V. 高血圧症合併妊娠 1. 基本的知識 高血圧合併妊娠の種類と母児の

V. 高血圧症合併妊娠
1. 基本的知識
高血圧合併妊娠の種類と母児の予後
CQ1. 高血圧合併妊娠とは?高血圧合併妊娠の分類は?母児の予後は?
1. 高血圧合併妊娠とは、妊娠前または妊娠 20 週以前に 140/90 mmHg 以上の高
血圧を認め、分娩後 12 週以降も高血圧が持続する場合をいう。
(グレード A)
2. 高血圧症は、一般的に本態性高血圧と二次性高血圧に分類され、本態性高血
圧が 90%を占めるが、二次性高血圧の有無の検索が重要である。(グレード
A)
3. 高血圧合併妊娠における主な周産期リスクとして、加重型妊娠高血圧腎症、
常位胎盤早期剥離、早産、胎児発育不全、死産などがあげられる。これらは
軽症高血圧より重症高血圧でより高頻度にみられる。(グレード B)
4. 高血圧合併妊娠が妊娠中期から後期、または分娩時、分娩後に血圧が上昇し
て重症化してもそれだけでは PIH に分類されないが、母体、胎児の予後には
十分な注意を払う必要がある。(グレード B)
解
1.
説
高血圧合併妊娠とは
PIH の分類には含まれず、妊娠前または妊娠 20 週以前に 140/90mmHg 以上
の高血圧を呈し、分娩 12 週以降も高血圧が持続する場合をいう 1)〜5) 。
発症頻度は全妊婦の 0.5〜5%とされるが、母集団によってまた高血圧の診断基
準によって異なる。一般に高齢になるほど増加し、最近は妊婦の高齢化と肥満
の増加に伴い増加傾向にある 6) 7)。
2.
高血圧症の分類
一般に高血圧症は、本態性高血圧(essential hypertension)と二次性高血圧
(secondary hypertension)に分類される。一次性高血圧が 90%を占める。お
もな二次性高血圧の原因疾患としては、腎実質性高血圧、腎血管性高血圧、内
分泌性高血圧(原発性アルドステロン症、クッシング症候群、褐色細胞腫、甲
状腺機能低下症・亢進症など)血管性高血圧(大動脈炎症候群、大動脈縮窄症
など)
、脳・中枢神経系疾患による高血圧、薬剤誘発性高血圧などがある 8)。
3.
高血圧症の軽症、重症の診断基準
診断基準として最も一般的なのは、軽症が収縮期血圧140〜159 mmHgまたは
拡張期血圧90〜109 mmHg、重症が収縮期血圧160 mmHg以上または拡張期血
圧高血圧110 mmHg以上である 1)2)が、NICEガイドラインのように軽症140〜
149/90〜99 mmHg、中等症 150〜159/100〜109 mmHg、重症160/110 mmHg
とする分類もある。また重症高血圧の定義は必ずしも一定ではなく、拡張期血
圧については110 mm以上でほぼ意見の一致をみるが、収縮期血圧については報
告者によって160〜180 mmHgと幅がある。これは日内変動(サーカディアンリ
ズム)があり、また精神的な影響や運動などにより影響を受けやすく変動幅が
大きいことなどによる。臨床管理上は160/110 mmHg以上を重症高血圧とするの
が妥当と思われる7)。
内科領域では、多くの疫学研究・観察研究から収縮期血圧 140 mmHg 以上、
拡張期血圧 90 mmHg 以上で心血管死亡が増加することが明らかにされており、
わが国のみならず世界のガイドラインで 140/90 mmHg 以上を高血圧と定義し
ている。高血圧治療ガイドライン 2014(JSH2014)から、成人における血圧区
分を表1に示す 8)。
4.
母児の予後
(表 2)
高血圧合併妊娠では母体死亡が正常血圧に比べて約5倍、胎児死亡や新生児
死亡が約2倍であったという報告 9)があるが、その他の主な周産期リスクとして
は、加重型妊娠高血圧腎症の発症、常位胎盤早期剥離、早産、胎児発育不全、
帝切率の増加などがあげられる。こうした合併症の発症率は、高血圧の罹病期
間や重症度、加重型妊娠高血圧の併発と関連がある 1)。
i) 加重型妊娠高血圧腎症
高血圧合併妊婦の加重型妊娠高血圧症候群の発症リスクは、正常血圧妊婦に
比較して調整オッズ比(OR)で11.3(95%CI9.7〜13.2)であった10)。高血圧
合併妊婦における加重型妊娠高血圧腎症の発症率については、全体として
25%(軽症4.8〜15.6%、重症28.2〜52%)であった7)。また高血圧合併妊婦で妊
娠初期から中期にかけて血圧低下傾向を示さない症例では、加重型妊娠高血
圧腎症へと増悪しやすい。
さらに高血圧の既往が4年以上(31% vs 22%)、前回妊娠高血圧腎症例(32%
vs 23%)、拡張期血圧が100 mmHg以上(42% vs 24%)の症例では、それぞ
れそうでないものと比較して加重型妊娠高血圧腎症発症率は有意に増加し
た11)。
ii) 常位胎盤早期剥離
高血圧合併妊婦における常位胎盤早期剥離の発症率は全体としては 1.1%
12)だが、重症高血圧症例ではその半分が加重型妊娠高血圧腎症に発展し、
8.45%に早剥が発症した 13)。また 2007 年の Ananth らによる 221,090 例
の単胎例の検討では、1000 例当たり 7.3 例の高血圧症がみられ、高血圧合
併例での早剥の頻度は 1000 例当たり 15.6 例であり高血圧を伴わない症例
に比較して RR2.4(95%CI2.3〜2.5)であった 14)。さらに、高血圧合併例
に胎児発育不全を伴う場合の早剥の RR は正常血圧母体・正常発育胎児症
例に比較して 3.8(95%CI3.6〜4.1)、高血圧合併例に加重型妊娠高血圧腎
症を併発した場合の RR は 7.7(95%CI6.6〜8.9)であり、高血圧症と胎
盤早期剥離との間には強い関連があったと結論づけている。
iii) 帝王切開、分娩後出血
高血圧合併妊娠では、正常血圧女性と比較して、帝切がほぼ3倍(OR2.7;
95%CI:2.4〜3.0)、分娩後出血のリスクが2倍(OR2.2; 95%CI:1.4〜3.7)
であった15)。さらに母体の生命を脅かすような合併症として肺水腫、高血圧
脳症、脳出血、急性腎不全などのリスクも高まる。
iv) 早産、低出生体重児
高血圧合併妊娠では早産も約3倍に増加する9)。さらに早産率は高血圧の重
症度によっても差があり、軽症高血圧よりも重症高血圧や加重型妊娠高血圧
腎症で有意に早産率が高かった16)。
またいくつかの研究で高血圧合併妊娠ではSGA(small for gestational age)
児が2〜5倍に増加すると報告されている9) 15) 17) 18)。児の体重についてもやは
り高血圧の重症度によって差があり、血圧がよくコントロールされた高血圧
合併妊娠での低出生体重児の発症率は23%なのに対して、重症高血圧では
52%、さらに加重型妊娠高血圧腎症では71% になったとの報告も有る16)。こ
の報告によるとNICUへの入院率も軽症高血圧よりも重症高血圧や加重型妊
娠高血圧腎症で高かったという。
高血圧症合併妊娠が妊娠中期から後期、または分娩時、分娩後に血圧が上昇
し重症化しても蛋白尿を伴わない限り PIH には分類されない。しかし、重症高
血圧症例では子癇や脳血管障害などの重篤な合併症の発症の可能性があり、母
体、胎児の予後には十分な注意を払う必要がある。
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