海軍の駆逐艦

日中産学官交流機構
第 109 回中国セミナー
日
時: 2016 年 2 月 29 日
講
師: 小原 凡司(東京財団研究員・政策プロデューサー)
テーマ: 「中国の軍事戦略」
最近、中国は南シナ海でミサイル基地を建設するなど軍事的プレゼンスを高めている。
アメリカや周辺諸国の懸念を無視する一連の強硬な行動の背景と今後を考えてみたい。
中国の南シナ海進出は新しい話ではない。1953 年に南シナ海の領有権問題に関し、中国は地図上に九
段線を描いて、線内における権利を主張。毛沢東は洋上に万里の長城を築けと言い、1979 年 8 月に鄧小
平が太平洋における発言権を確保せよと海軍に指示している。鄧小平の命を受けた劉華清は近海防衛と第
一列島線というアイデアを提起。対米有事において、九州を起点に沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオ島に至
るライン(第一列島線)内の制海権を握ることが目標。劉華清が指示した中国海軍建設は 3 つの段階が設定
されており、第 1 段階は 2000 年までに海軍の活動を第一列島線内外まで拡大することとされていた。第 2
段階は 2020 年まで、第 3 段階は 2050 年までの期間が設定されているが、中国海軍艦艇等の装備を見る限
り、第 2 段階は空母打撃群を世界各海域に派遣しプレゼンスを示すこと、第 3 段階は米海軍に匹敵する海
軍力を保持すること、と理解できる。現在、この指示は、約 10 年遅れで実現している。そして、1974 年に西沙
諸島をベトナムから奪い、1988 年南沙諸島に進出。国連海洋法条約では、領海内の無害通行権を認めな
ければならないが、1992 年に中国は「領海法」を成立させ、領海での外国籍軍艦の無害通航権を拒否。そ
の後、中国は米軍の侵入、侵略を阻止するための対艦弾道ミサイルを配備し、A2AD(接近阻止、領域拒否
=Anti Access/Area Denial)能力を伸ばしている。中国の一連の動きの背景には、米国が中国の発展を妨害
するという危機感があり、米国の中国に対する軍事力行使を排除したいという狙いと、主として西に展開する
中国の経済活動を軍事力で保護するという思惑がある。
今、アメリカは中国によるサイバー攻撃と衛星破壊を警戒、また、米海軍が最も恐れるのはジャミング(電
子妨害)で米海軍のセンサーや通信が麻痺する可能性がある。
最近、中国は西沙諸島でウッディ島その他を埋め立てて滑走路を建設、地対空ミサイルを配備。また、南
沙諸島ではクアルテロン礁などの人工島にレーダー基地や滑走路を建設し、領有権を主張。西沙・南沙諸
島での権益を既成事実化する一方、習近平自身は Win-win の協力関係を中核とする国際関係を構築する
と宣言。米中二大国がアジア太平洋の安全保障を決定していく新型大国関係を提唱した。2015 年 9 月の米
中首脳会談の前日に、空軍同士の偶発的な衝突回避の行動規範を作ろうとしていることを中国国防部が一
方的に発表、狙いは米中が国際秩序を決めていると、国際的にも中国国内にも宣伝することであった。とこ
ろが、同会談での合意は表面的なものとアメリカは捉えており、アメリカは南シナ海、気候変動などについて
も不満を持ち、新型大国関係には慎重で賛同していない。2016 年 2 月の ASEAN 首脳との会談でオバマ首
相は中国の南シナ海の軍事基地化に反対し、中国に圧力をかけようとしたが、諸国の利害が不一致で、全
会一致をみなかった。
2015 年 10 月 27 日、南沙諸島に中国が建設した人工島の 12 マイル以内を米海軍のイージス駆逐艦が
航行。さらに 12 月 18 日には、米国防総省が、中国が埋め立てを行っているクアテロン礁から 2 マイルの空
域を B-52 戦略爆撃機が飛行したことを明らかにし、2016 年 1 月 30 日には、西沙諸島のトリトン島 12 マイル
以内を航行。アメリカは公海であろうと領海であろうと無害航行であり、米海軍はどこでも航行活動できるとい
う示威行為(航行自由作戦)を行った。
2015 年 5 月、中国国防大学の劉亜洲上将が論文を発表し、中国は戦争をすると、勝つ以外にオプション
はない。負ければ、指導部の権威は失墜し、共産党の統治も危うくなると警鐘。そして、COP21 では発展途
上国の代表として異なる案を提示できたにも関わらず、中国はアメリカに譲歩しアメリカ案を支持するという
硬軟織り交ぜた態度を示した。 2012 年、北京大学の王緝思教授が発表した「西進」は、東に出るとアメリカ
と軍事衝突する可能性あり、それを避けるためには内陸部の経済発展を進め、経済格差を縮小すべきという
ものだったが、今、経済減速で共産党の正統性が危惧される中、西への「一帯一路」構想が進められている。
それには陸上輸送だけでなく、海上輸送が重要視されている。陸上輸送では経由国の政治的安定や良好
な外交関係が必要だが、海上輸送には必要ないからである。中国は九段線内の南シナ海を領海化し、他国
艦隊の航行制限のために、海南島の海軍基地に 8000 キロの射程距離を持つミサイルを配備し、東海艦隊
には多くの潜水艦、駆逐艦を配備している。
今後、アメリカの自由航行作戦や B52 爆撃機飛行などの示威行動に対して、中国が強硬行動にでることが
あれば、両国間に緊張感が一気に高まると予想される。また、日本が米海軍の航行自由作戦に参加したり、
海上警備活動を発令すると、中国は日本の軍事行動と捉え、東シナ海での緊張が高まる可能性もある。
2015 年 11 月 24~26 日中国軍事委員会改革工作委員会が開かれ、習近平は人民解放軍の大規模改革
に着手すると言明。人民解放軍が地方の権力者と癒着し、私腹を増やす部隊となっているのを戦う部隊にし、
中央軍事委員会が軍全体を掌握することが目的とみられ、その動向は注意すべきである。
中国の今後の動きを考えると、中国に対する抑止は利かない。軍事力で意志を表示すれば、中国は更に
強硬姿勢にでるだろう。しかし、何もしなければ、力による現状変更が進む。日本は米国、他友好国との同
盟関係をネット化し、中国に反対していくことが重要になる。A2AD 境界線内にある日本、韓国がアメリカと同
盟関係を強めるとともに、日本と韓国が、米国の同盟国同士の協力関係を強めることによって、中国に対す
る強い意思表示をすることが可能になる。また、東南アジア諸国が統一された主体として行動できるよう支援
することによって、「米中対立」の構造を変えることができる。