クロムフリーのアルミニウム化成処理剤についての最新情報

クロムフリーのアルミニウム化成処理剤についての最新情報
キザイ(株)
芝浦工業大学
丸田正敏、布留川宏
佐藤敏彦
1. はしがき
METEC‘04の表面技術総合展と一
緒に開催されていた技術講演プログラムの
一つとして、米国めっき協会日本支部主催
による「6 価クロムフリー表面処理技術に
ついて」の講演会も行われた。この講演に
200人近い人々が来場したので、テキス
トは売り切れ、立ったままの聴衆も多かっ
た。そして、途中退場者も居なかった。こ
の異常現象は 6 価クロム等のEU規制実施
が2006年7月(WEEEとRoHS)
と2007年7月(ELV)に近づいてい
るからである。
一方、米国めっき協会誌の「Plating &
Surface Finishing」にクロムを含まないア
ルミニウム化成処理剤の開発についての2
編の技術論文が掲載された。これらの論文
と日本での関連情報を以下に紹介する。
写真 1
2.
「6 価クロムは誤解されていないだろ
うか?」と題する文献
本稿の序論として上記の文献を紹介する。
写真 1 は「Plating & Surface Finishing」
の2004年1月号の表紙である。この表
紙には今月号の主要記事紹介として「The
Truth about Hexavalent Chromium」(6 価
クロムの真実)の大文字が印刷されている。
同 協 会 誌 の 中 で の 記 事 の 題 名 は 「 Is
hexavalent
Chromium
Being
Misrepresented?」(6 価クロムは誤解され
ていないだろうか?)である。原稿の長さ
は2ページで、以下の文章がある。
「銀はシアン化浴から電解析出されるが、
我々の銀めっきされた食器は危険なのだろ
うか?」と例え話をして、銀食器の場合と
1
Plating & Surface Finishing 誌
2004年1月号の表紙
同様に、
「6 価クロムは危険であるが、クロ
ムめっき皮膜はゼロ価のクロム金属であ
る」と述べている。そして、
「6 価クロムは
健康に有害であると言われているが、金属
クロムと 3 価クロムはそうではない」と結
論付けている。しかし、
「クロメート皮膜は
ゼロ価のクロムではない」と付言している。
この原稿の結論に相当する最終章では、
「金属クロムは六価ではありません、そし
て、金属クロムは人間の健康に危険であり
ません。クロムの本質を、クロムめっきを
依頼する顧客と一般市民に伝えるために、
クロムめっきに携わっている我々が出来る
事をしましょう。我々はクロム製品の特性
細な性能試験を行ったところ1種類のノ
ン・クロメート化成処理液のみが最終試験
にも合格したので、戦闘機の塗装下地処理
に使用している」がこの論文の概要である。
このノン・クロメート化成処理剤の商品
名は同論文には記載されていない。その理
由は技術論文中でのPR行為は禁止されて
いるからである。そこで、筆者らがインタ
ーネットで情報検索したところ、商品名は
「PreKote」であった。図 1 は「PreKote」
を製造している会社のホームページを示す。
このホームページに詳しい製品情報が紹介
されているが、更に、「PreKote」をキーワ
ードにして情報検索すると、「PreKote」に
関連する多くの情報が得られる。
と違いに関して我々の会社の営業担当者の
全員を啓蒙しなければなりません。そして、
我々は“電気メッキされたクロムが健康に
対して危険である“と思っている人々に対
して決起しなければなりません。我々が批
判に答えないならば、クロムめっきの恐怖
を扇動する人の声だけが広まります」と述
べている。
3.
「ノン・クロメート化成皮膜が戦闘機
で使われている」と題する文献
Plating & Surface Finishing 誌の20
0 3 年 1 0 月 号 に は 「 Non-Chromated
Technology Works Aircraft」(ノン・クロ
メート化成皮膜が戦闘機で使われている)
と言う原稿が掲載されている。同原稿のト
ップ・ページを写真 2 に示す。
図 1 「PreKote」の製造会社 http://www.
pantheonchemical.com/PreKote.htm
4.
「ノン・クロメート化成処理法の好ま
しい様子」
こ の 技 術 解 説 も Plating & Surface
Finishing 誌に掲載されている論文である。
英 文 題 名 は 「 Desirable Feature of
Non-Chromate
Conversion
Coating
Process」で、2004 年 3 月号の38ページ
から44ページに書かれている長文の論文
である。表題には「アルミニウム」の文字
は無いが、本文中ではアルミニウムに対す
るノン・クロメート化成処理法の解説であ
写真 2 「ノン・クロメート化成皮膜」論
文のトップ・ページ
「多くの種類のノン・クロメート化成処理
液が市販されているが、塗装下地処理の効
果を試験したところ、大半のノン・クロメ
ート化成処理液で満足のいく結果が得られ
なかった。そして良い結果であった4種類
のノン・クロメート化成処理液について詳
2
ることを述べている。
この解説論文は単なる文献集や事例集で
はない。
「クロメート代替化成処理剤の開発
は、分子生物学や医薬品の分子設計の様に、
“分子レベルの化学”で行うべきである」
と言う情熱的な論文である。そして、
「代替
化成処理剤の候補にする化学薬品はイオン
半径、標準電極電位、配位数などを考慮し
て決められるべきである」と述べている。
この様な条件で選ばれた化学種が表 1(原
論文では Table 5)に示されている。表 1
には3価クロムと 6 価クロムも含まれてい
る。逆の言い方をすれば、
「この表の金属イ
オンは3価クロムや 6 価クロムと同じ化学
的特性を持っているので、この表のイオン
種を使えばクロム代替の化成処理剤を開発
できる」と言う事になり、この事が本論文
の趣旨である。そして、結論は「3価マン
ガンと 6 価マンガンの混合ゲル層でクロム
フリーの化成処理ができた」である。
いずれの特許も長文であるが、特許の「実
施例」の項目で具体的な浴組成や処理条件、
化成皮膜の耐食性を知ることができる。
5.
クロムを含まないアルミニウム化成処
理剤を製造している米国会社リスト
「商品案内:アルミニウム用クロムフリ
ー化成処理剤」(Product: Chromium-Free
Conversion Coatings for Aluminum )
http://www.pfonline.com/dp/pfd/byzone/
SuppliersDatabase_Detail.cfm?ID=1610%2
0&zntype=ENV と言うホームページにアルミ
ニウム用ノン・クロム化成処理剤を製造し
ている米国会社リストが掲載されている。
これら15社の社名をクリックすると各社
のアルミニウム用ノン・クロム化成処理剤
を解説しているホームページが開かれる。
第3節で紹介した「PreKote」を製造してい
る会社もリストに含まれている。
★ACI Chemicals
表 1
★Accu-Labs, Inc.
好ましい陽イオンの配位数とイオン
半径
★Alsa Corporation
★BroCo Products Inc.
★Chemical Methods
★Chemical Processing & Accessories
★Deveco Corp.
★Dipsol of America, Inc.
★GE Water Technologies
★Henkel Technologies
★Milanco
★Nalco Company
★Pantheon Chemical
★Working Solutions, Inc.
★Zinex Corp.
6. 「6価クロムフリー等の環境対応技術」
の完璧な日本語文献集
6 価クロムフリーの文献やインターネッ
ト情報、講演概要が多く発表されているが、
紙面の都合などで必ずしもすべての関連情
報を網羅はしていない。しかし、図 2 に示
この論文で解説されている化成処理剤は
原論文の著者の米国特許として公開されて
いる。特許番号は下記の2件である。
US patent 6,669,786(2003)
US patent 6,248,183(2001)
3
す特許庁のホームページに掲載されている
「6価クロムフリー等の環境対応技術」
( http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonot
a/hyoujun_gijutsu/chromium_free/m1_top
.htm)は完璧な解説である。前田重義氏が
中心になって作成した文献・特許集である。
図 2
噴霧試験結果、●セリウム皮膜のシリケー
ト、●希土類塩系(セリウム系を除く)
、●
ふっ化アルミニウム系、●硫酸リチウムと
重炭酸ナトリウム混合、●2段階処理:炭
酸リチウム→けい酸塩、●ベーマイト系、
● ベーナイト皮膜重量とアルミニウム-樹
脂のはく離強さの変化、●バナジウム系、
●ジルコニウム-バナジウム系、●ビスマ
ス酸塩、●水酸化カルシウム処理液とケイ
酸塩処理による二段階処理、●水酸化スト
ロンチウム処理液
この項目の多さからも、ほとんどの情報
を網羅した文献集である事を御理解して頂
けたと思う。クロムフリー浴を検討したい
人々には必読の情報である。なお、この情
報の更新日は 2003 年 3 月 28 日である。
7. 「クロム化学分析での注意事項」の文献
イ ギ リ ス 学 会 誌 の J. Environ.
Monit.,2003,5,707-716 に「Sampling and
analysis
consideration
for
the
determination of hexavalent chromium in
workplace air」
(職場の大気中の 6 価クロ
ム重量を決定する時の試料採取および化学
分析での注意事項 )の解説論文が発表され
ている。この論文は米、英、仏、スエーデ
ンの各国環境庁の科学者による共同執筆で
ある。論文の内容を図 3 に図解した。
「6価クロムフリー等の環境対応技
術」のフロント・ページ
パソコン画面の「文字のサイズ」を最小
にしても、解説の目次だけでも8画面であ
った。全情報量は数百ページの書籍に相当
する分量であろう。
「被処理材がアルミニウ
ム合金のクロメート代替皮膜」の章の小目
次は以下の 30 項目である。●アルミニウム
の化成処理方法の一覧表●モリブデン、タ
ングステン系、●ジルコニウム系、●チタ
ン系処理およびジルコニウム系処理の皮膜
構造と塗装後性能、●ジルコニウム皮膜組
成、●塗膜密着性と耐食性、●ジルコニウ
ム-バナジウム系、●ジルコニア系処理と
各種処理との比較、●フルオロジルコニウ
ム酸を含むもの、●フッ化水素酸をさらに
含むもの、●チタン系、●チタン系処理お
よびジルコニウム系処理の皮膜構造と塗装
後性能、●チタン系にインヒビター添加、
インヒビター無添加、●コバルト系、●マ
ンガン系、●セリウム系、●処理液と塩水
図 3 クロム化学分析での注意
4
クロムめっき工場やクロム化合物を使う
各工場ではクロム・ミストが発生する。こ
のクロム・ミストの測定はフィルターに付
着したクロムを化学分析する。この化学分
析過程での諸注意が解説されている。例え
ば、(1)フィルターからのクロム溶出を酸
性溶液で行うか、アルカリ溶液で行うか、
(2)クロム溶出液中での 6 価クロムと3価
クロムの酸化還元反応をいかに抑制するか、
(3)クロム溶出液中での溶存酸素や共存化
学種の影響は無いか、などを考慮する必要
があると述べている。なお、ジメチルカル
バジット発色法の分析限界は 1ng/m3 と
の事である。なお、同論文にはアメリカ機
関の ACGIH によるクロム化合物規制値が紹
介されている(表 2)
。
表 2
ACGIH によるクロム化合物中に含ま
れるクロム規制値
化合物の名称
Cr 規制値
(mg/m3)
クロム酸カルシウム
0.001
金属クロムと Cr(Ⅲ)化合物
0.5
水溶性 Cr(Ⅵ)化合物
0.05
不溶性 Cr(Ⅵ)化合物
0.01
クロム酸鉛
0.012
クロム酸ストロンチューム
0.0005
クロム酸亜鉛
0.01
メート溶出試験データとしてイギリス学会
誌、TIMF, 75 (5) 158 (1996)のデータと㈱
梅田鍍金工業所のデータが有名である。前
者のデータを表 3 に、後者のデータを表 4
に示す。
表 3
クロメートした亜鉛-ニッケル合金
めっきからの 6 価クロムの溶出試験
クロメート種
Cr6+(μg/cm2)
有色クロメート
0.22
黒色クロメート
0.05
黒色クロメート
(コーティング処理)
0.07
光沢クロメート
未検出
表 4 クロメート処理した亜鉛めっき
からの 6 価クロム溶出試験結果
クロメート種
Cr6+(μg/cm2)
有色クロメート
0.073
有色クロメート+無機
0.029
コート
光沢クロメート
未検出
9. METEC`04 での3件の技術講演
METEC`04 が開催中に開かれた表面技術環
境部会第 28 回講演会でOEAガルバノ事
務所の青江徹博は「6価クロムフリー化成
処理の現状と今後の動向」の講演を行った。
同講演概要の「あとがき」で、
「6 価クロム
クロメートの代替処理剤への切り替えは緒
についたばかりで、各社独自の規定をもう
けている。
いずれは代替処理についても JIS
が制定されて標準化されるものと思われる。
現在、代替皮膜として3価クロム系化成処
理が大勢を示しているが、今後、まったく
別種の皮膜剤が開発される可能性もある。
中でも、バナジン酸塩皮膜、タングステン
酸塩皮膜、ジルコニウム酸塩皮膜、タンニ
ン酸塩皮膜、珪酸酸塩皮膜などはすでにラ
ボ上では研究・開発が進んでおり、特にア
ルミニウム上 6 価クロムクロメートの代替
処理としてはジルコニウム酸塩が主力にな
8. クロム溶出試験結果の文献
最近の文献ではないが、クロム製品から
のクロム溶出試験結果が幾つかの文献やホ
ームページで紹介されている。ここでは「亜
鉛めっきクロメート処理の動向(Ⅱ)」と題
するホームページ情報(http://www.neji.
org/chishiki.files/matsuki1.html)を紹
介する。
「1992 年に Volvo 社はめっき部品からの
6価クロム溶出量を 0.3μg/cm2 以下に自
主規制した」は有名なデータで、「Volvo
Leach Test」と呼ばれている。
クロメート処理した製品からの 6 価クロ
5
っている。近い将来3価クロム系処理剤に
とって代わりこれらの皮膜が実用化される
ことも考えられる」と記述している。
METEC’04 の特別技術講演で、大阪市立
工業研究所の藤原裕は「環境調和表面技術
の現状と展望」を報告した。この講演概要
の中で、
「3価クロム処理の実用化が始まっ
ているが、皮膜中のCr3+は極端な高温や極
端な酸性・酸化性雰囲気に曝されることに
よって酸化され、Cr6+を生じる危惧が残る。
したがって、将来は防食用化成処理の完全
なクロムフリー化が望まれる」と記述して
いる。
METEC‘04 の時に開催された米国めっき
協会日本支部主催による「6 価クロムフリ
ー表面処理技術について」の講演が日本パ
ーカーライジング株式会社の吉武教晃によ
って行われた。吉武は「アルミニウム主要
分野におけるクロムフリー化の状況」の一
覧表を引用して解説した。多くの分野でジ
ルコニウム系やチタニウム系の化成処理剤
が使用されたり、検討されていると報告し
た。そして、
「まとめ」では「耐食性という
点では、条件にもよるが、クロメート皮膜
に迫る技術も出始めている。しかし、文中
でも述べたようにクロメート皮膜は広く用
いられており、地球環境保護への貢献とい
う点からも更なる 6 価クロムフリー代替技
術の開発を進め、これを社会に広めていく
ことが我々表面処理剤開発者の使命である
と考えている」と結んでいる。
上述の状況なので、1,2年前から「3 価
クロメートからノン・クロム化成皮膜」へ
と状況が変化している。最近の特許調査で
「化成処理」のキーワードを入力すると、
大半の特許は「クロムフリー化成皮膜」の
特許である。なお、参考資料として図 4 に
電位ーpH図を示す。同図より、酸化性の強
アルカリ性水溶液中では3価クロムよりも
6 価クロムが熱力学的に安定である事が分
る。
6
図 4 クロムの電位―pH 図
10. むすび
METEC‘04 の講演会で青江徹博が指
摘しているように、フロムフリー化成処理
剤については皮膜性能以外に、「処理条件、
管理性、老化性などと関連しての処理コス
トの問題」もある。また、青江は「電着塗
装への移行など異なる方向への変更も視野
に・・」とも述べている。
この様な「異なる方向への変更」の事例
としては、
「三菱アルミ、ノンクロム表面処
理技術を開発」のオンライン・ニュース
( http://www.japanmetal.com/seihin/sei
hin200307.html#531)もある。同ニュース
では以下の技術紹介がされている。
「酸化アルミを電気的に形成させる陽極酸
化処理技術を応用し、特殊な電解液により
ある一定の条件で陽極酸化処理することで、
クロムを用いなくても接着性や耐食性に優
れた下地処理技術・材料開発に成功した」
Recent information on the chromium-free conversion coating chemicals for
Aluminum
Toshimasa MARUTA and Hiroshi FURUKAWA
KIZAI Co. Ltd. 2-10-4 Fukuura, Kanazawa-Ku, Yokohama, JAPAN 236-0004
Toshihiko SATO
Shibaura Technical University,
3-9-14 Shibaura, Minato-Ku, Tokyo, JAPAN 108-8548
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