Pharma VISION NEWS

日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
Pharma
VISION NEWS
No. 6
( July 2005 )
Index
☆ 巻頭言
科学技術政策と創薬
藤井 基之
2
(参議院議員)
☆ 薬学研究ビジョン
(1) ヒトプロテオーム研究の基盤構築から網羅的機能解析へ
五島 直樹,野村 信夫
3
(産業技術総合研究所・生物情報解析研究センター)
(2) これからの天然物の合成と創薬
菅 敏幸,福山 透
7
(静岡県立大学,東京大学大学院)
☆ 薬学研究最前線
(1) 脳内在性化合物を手がかりとしたパーキンソン病
発症機構の解明と治療薬の開発に向けて
太田 茂
10
(広島大学大学院)
(2) プロテオミクスによる創薬ターゲット探索
小島 深一
14
(住友製薬㈱・研究本部・ゲノム科学研究所)
(3) 創薬に本当に役立つバイオインフォマティクス
塚原 克平
20
(エーザイ㈱・シーズ研究所)
☆ 薬学研究ビジョン部会からのお知らせ
薬学研究ビジョン部会賞
創薬ビジョンシンポジウムとフォーラムのご案内
☆ 編集後記
夏苅 英昭
(東京大学大学院)
24
25
26
社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
巻頭言
科学技術政策と創薬
藤井
基之
参議院議員
基之 参議院議員
厚生労働省が、2002 年に発表した医薬品産業
とした。2005年度の国家
ビジョン「生命の世紀を支える医薬品産業の国
予算では、税収40兆、一
際競争力強化に向けて」では、現在の日本の創
般歳出 80 兆円という赤
薬環境を次のように説明している。
字財政、ゼロシーリング
『21世紀に入って、人の遺伝子が解読され、
が続く中で、科学技術関
ゲノム科学やタンパク質科学等を応用した新し
係予算は、総額 3 兆 6442
い創薬手法(ゲノム創薬)による新薬開発競争
億円、対前年 1%の増と
が激化している。2010 年ごろには「新薬黄金時
なっている。
代」を迎え、
「テーラーメード医療」の世界が
私が大臣政務官を務める厚生労働省において
期待される。しかし、創薬環境としてのわが国
も、医薬品産業ビジョンの基本理念もと、具体的
の医薬品市場は国際的には魅力のあるものとは
プロジェクトの一環として、2004年には「独立行
いえない。近年における医療保険財政の悪化の
政法人医薬品基盤研究所」を創設、また、独立行
影響も少なくなく、このままでは、わが国の医
政法人医薬品医療機器総合機構において、実用化
薬品産業の競争力は将来弱体化してゆく可能性
研究の促進、ヒューマンサイエンス研究資源バン
が高い。そこで、国も世界に誇れるような創薬
クの充実、疾患関連タンパク質解析プロジェクト
創薬環境をつくることのできるような政策を行
などの研究プランの促進、治験活性化計画の策
って行くべきである。』
定、大規模治験ネットワークの構築等の事業を進
国は、医療、医薬品分野の研究をライフサイ
めている。
エンスの要と位置づけ、各種の政策を打ち出し
国会議員の間では、様々な課題について、テー
ている。2002 年には、「知的財産戦略会議」を
マごとに関心を持つ議員が集まり、いわゆる議連
立ち上げ、知的財産戦略大綱を決定、また、知
(国会議員連盟)を作って、政策勉強を行なって
的財産基本法を成立させた。遺伝子分野ではア
いる。科学技術にかかわる分野でも、ライフサイ
メリカ1人勝ち、アジア諸国の追い上げという
エンス議員連盟、ナノテクノロジー議員連盟があ
状況の中で、ゲノム時代におけるの最も有力な
り、私はその両方に参加している。優れた医薬品
産業分野として、医療分野の知的財産戦略を重
の開発は、高齢社会における国民の医療の向上に
点施策として掲げたのである。
大きく貢献する。同時にそれは、21世紀の日本
また、政府は、
「バイオテクノロジー戦略大綱」
経済を担う中核産業でもある。私も、薬学を専門
を策定し、1)研究開発費の圧倒的充実、2)産業
とする議員として、わが国の医薬品の開発促進、
化プロセスの抜本的強化、3)国民理解の徹底的
国際競争力の強化のためにどのような施策が必要
浸透、を掲げ、国の研究開発予算の拡充を柱に、
か、政策課題として考えて行きたいと思う。
バイオテクノロジーの推進に取り組んでゆくこと
◆略 歴◆ 藤井 基之
基之:参議院議員
1969 年東京大学薬学部卒業。薬学博士。1969 年厚生省入省。1992 年同省薬務局・新医薬品課長、以後、同・審査課長、
麻薬課長を歴任。1999 年退官し、
(財)ヒューマンサイエンス振興財団専務理事。2000 年日本薬剤師連盟副会長、(社)
日本薬剤師会常務理事。2001 年参議院議員。2004 年厚生労働大臣政務官。
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薬学研究ビジョン
(1)
薬学研究ビジョン(
ヒトプロテオーム研究の基盤構築から網羅的機能解析へ
五島 直樹 , 野村 信夫 産業技術総合研究所
・ 生物情報解析研究センター
信夫 産業技術総合研究所・
1 . はじめに
ヒトの全ゲノムDNAの塩基配列決定を目指した
ヒトゲノムプロジェクトがゴールにたどり着い
た。そして昨年の 10 月に、ヒトゲノムの全塩基
配列解析をまとめた論文がNature誌に発表され、
ヒトの全遺伝子数は 22,000 ∼ 25,000 と報告され
た 1)。今や、多くの研究者がこのゲノム配列情報
を利用し、ゲノムワイドな視点から遺伝子を解析
できるようになった。ゲノムワイドな考え方は、
タンパク質単独の機能解析から複数タンパク質の
相互作用解析、パスウェイ解析、さらにはシステ
ムバイオロジーにまで大きく影響を及ぼしてい
る。こうしたゲノムワイドな考え方には、ゲノム
全体の網羅的な情報を一同に示し、全体を俯瞰す
ることが基本としてある。こういう意味で、ゲノ
ムの情報が網羅的であればあるほどより正確に全
体像を捉えることができると言える。
ゲノムシーケンスプロジェクトが終わり、ポス
トゲノムシーケンス時代が本格的に始まった。す
なわち遺伝子産物であるタンパク質を、ゲノムワ
イドな視点に立って網羅的に解析を進めてゆく段
階になった。プロテオーム解析は、ゲノムの全塩
基配列の決定以上に生命現象に直接的に結びつい
ており、実りも多いが塩基配列解析よりも長く厳
しい道のりになると考えられる。プロテオーム解
析は疾患メカニズムの解明、臨床検査、創薬開発、
疾患予防にも、深く結びついてくる。この壮大な
研究領域に立ち向かっていくためには、最初の段
階で確固たる研究基盤を構築してゆく必要があ
る。
我国においては、現在のポストゲノムシークエ
ンス時代の到来を予見し、ヒトゲノム解析プロ
ジェクトの開始と相前後して、タンパク質機能解
析に最も重要なリソースであるヒト完全長cDNA
クローンの解析プロジェクトをスタートさせてい
た。NEDO プロジェクト「戦略的ヒトc DNA ゲノム
応用技術開発事業」および「完全長c DNA 構造解
析プロジェクト」の精力的研究によって全長性の
高いc DNA のクローンが解析され、クローンと塩
基配列情報が多数蓄積された(FLJ クローン)2)。
また、現在進行中の NEDO プロジェクト「タンパ
ク質機能解析・活用プロジェクト」においてスプ
ライシングバリアントクローン(SVクローン)が
作製されている 3)。我々はこれらのリソースを最
大限に活用し、ヒトタンパク質の網羅的発現基盤
の構築を行っている。
2 . ヒトc D N A クローンの網羅的タンパク
質発現基盤の構築 - ヒトc D N A クローン
の G a t e w a y エントリークローン化 ポストゲノム研究のタンパク質機能解析におい
て利用される発現タンパク質の形状は多種多様で
ある。1 つの cDNA について 1 つの発現クローンを
作製すれば済むというものではない。つまり、ネ
イティブタンパク質で十分な場合と融合タンパク
質が必要な場合がある、タグをつける場合、精製
を目的とする場合もあるしタンパク質の存在の同
定を目的とする場合もある、また、附加位置はタ
◆略 歴◆ 五島 直樹
: 産業技術総合研究所・生物情報解析研究センター・チームリーダー
直樹:
1987 年大阪府立大学大学院・農学研究科生化学専攻修了(農学博士)。理化学研究所、京都薬科大学、広島大学大学院・理
学研究科助教授を経て、2000 年ライフテックオリエンタル社(現インビトロジェン社)主任研究員。2001 年 4 月より現職。
ヒト完全長 cDNA の Gateway 化、網羅的タンパク質発現をもとにゲノムワイドなタンパク質機能解析を目指している。
◆略 歴◆ 野村 信夫
: 産業技術総合研究所・生物情報解析研究センター・副センター長
信夫:
1978 年京都大学大学院・理学研究科博士課程修了(理学博士)。1978-1981 年 UCLA・分子生物学研究所ポストドク研究員。
1981-1990 年日本獣医畜産大学。1990-1994 年日本医科大学・老人病研究所・助教授。1994-2001 年かずさ DNA 研究所室長、
ゲノム情報研究管理部長を歴任。2001 年 4 月より現職。ヒト完全長 cDNA を用いた網羅的な遺伝子機能解析に従事。
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ンパク質の N 末が適切な場合や C 末が適切な場合
た、ORF の 5 ´上流には、大腸菌発現用の SD 配列、
がある、Eucaryote の in vivo 系ではリーダーペ
真核細胞発現用の Kozak 配列を付加してある。
プチドはついたままが良いが、コムギ胚芽抽出液
我々は、現在までに既知クローンおよび未知ク
等の in vitro 系では切断した方が良い、等々で
ローンを含めて約 2 1 , 0 0 0 種類のヒトc D N A ク
ある。従来の遺伝子組換え技術を使って多数の遺
ローンに対して、合計約50,000種類のGatewayエ
伝子についてこのような種々の要件を満たす発現
ントリークローンを作製した 7)。内訳は全長 ORF
クローンの整備を行うことは非常な労力を要する
型− N-type が約 18,400 個、全長 ORF 型− F-type
(遺伝子の数が少ない場合は可能であるが、数の
が約23,400個、プロセシングORF型が約6,900個、
多い場合は実質的に不可能である)。そのような
ドメイン ORF 型が約 1,300 個である。今後、全ヒ
条件を満たした発現クローン作製のためのプラッ
ト遺伝子のc DNA に対して Gateway エントリーク
トホーム作りが、系統的な機能研究を遂行するた
ローンを作製する予定である。
めには必須である。
我々は、この世界に類のないエントリークロー
我々は、汎用タンパク質発現基盤の構築のため
ンをベースとして、様々な形でタンパク質発現を
にGatewayクローニング技術を導入することにし
行い、ポストゲノムシークエンス研究を進めてい
た 4)。Gateway システムは、c DNA の ORF の両端
る。
に組換え配列を持ったプラスミド(エントリーク
ローン又は導入クローンと呼ばれる)と組換え配
列の外側にタグやプロモーター配列を持ったプラ
スミド(デスティネーションベクターと呼ばれる)
を混合して、組換え酵素を試験内で短時間(通常
は 1 時間)反応させることによって、ORF が目的
のプロモーター、タグに連結した発現クローンが
作製できる 5,6)。本システムは、エントリークロー
ンやデスティネーションベクターの種類が異なっ
ても、組換え反応自体は同一反応であり、すべて
同じ反応条件で発現クローンを作ることが出来る
ために、ポストゲノムシークエンス研究に必要な
多目的かつハイスループットの条件を満たした汎
用タンパク質発現システムといえる。ただし、こ
の Gateway システムを活用するためには、それぞ
れの cDNA についてあらかじめ Gateway エント
リークローンを作製しておく必要がある。
現在、我々が作製しているヒトc DNA に対する
エントリークローンは、1つのc DNA に対してC
末端がネイティブタンパク質と同じアミノ酸配列
となるエントリークローン(N-type)とC末端に
タグを融合できるようにストップコドンをセンス
コドンに変えたエントリークローン(F-type)の
二種類を作製している。エントリークローンの
ORF は、遺伝子の ORF 全体を持つ全長 ORF 型、全
長ORFからシグナルペプチドを除去したプロセシ
ング ORF 型、1 回膜貫通ドメインを持つ膜タンパ
ク質の細胞外ドメインまたは細胞内ドメインを発
現させるためのドメイン ORF 型など、様々なタイ
プ別のエントリークローンを作製している。ま
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3 . タンパク質のハイスループット合成系
エントリークローンには、2.でも述べたよう
に ORF の5´上流に SD 配列や Koza k配列が付加
してあるので、大腸菌からヒト細胞まで、あらゆ
るタンパク質発現系でタンパク質合成が可能であ
る。しかも、F-typeとN-typeのエントリークロー
ンを作製しているために、ネイティブタンパク質
は勿論、N 末融合、C 末融合、N & C 末融合タンパ
ク質を発現することができる。我々のプロジェク
トでは、プロテインファクトリーと呼ぶタンパク
質発現のスペシャルチームを編成し、ヒトエント
リークローンの膨大なリソースからタンパク質発
現できるようにしている(図1)。
プロテインファクトリー 4)には、コムギ胚芽無
細胞系 8) の東洋紡績 ㈱、三菱化学 ㈱、和研薬
㈱、ブレビバチルス分泌系のヒゲタ醤油 ㈱、大
腸菌インビトロ系の㈱ プロテイン・エキスプレ
ス、大腸菌コールドショック系のタカラバイオ
㈱、昆虫-バキュロウィルス系の片倉工業 ㈱、㈱
プロテイン・クリスタルが参加している。プロテ
インファクトリー各社の持つ特徴的な発現系を
Gateway システム対応に改変し、タンパク質発現
を行っている。最近、アメリカでも公的機関を中
心としてヒトタンパク質の供給体制を整えようと
しているが、日本はこれに先駆けてタンパク質供
給の基盤を立ち上げた。今後、この基盤を有効利
用していくことが大切であると考えている。
一方で、コムギ胚芽無細胞タンパク質合成系5)
を用いて、基本的に全ての全長 ORF 型クローンの
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FLJク ロ ー ン (NEDO FLcDNA プ ロジ ェ ク ト)
SVク ロ ー ン (タン パ ク 質 機 能 解 析 ・
活 用 プ ロ ジェ クト、SVチ ー ム )
各種解析系
発 現 クロ ー ン DN A
タ ン パ ク質 機 能 解 析
および
構造解析
A
その 他
G ATEW AY
+
A
デ ス テ ィネ ー シ ョン
ベ ク ター
FL cDNA ORF
プ ロ テ イン ファ クトリー
タ ン パ ク質 合 成 、精 製
エ ン トリ ー クロ ー ン
各種
タ ンパ ク質 発 現 系
網羅的発現
大量発現
ラベル化
・・・・・
A
発 現 クロ ー ン DN A
タ ン パ ク質
図 1. ヒ ト・タン パ ク質 の 網 羅 的 発 現
発現を試みた。その結果、98%以上のクローンで
報は、非常に重要な基礎データである。GFP 系の
タンパク質発現が確認された。また、我々は本発
蛍光タンパク質をタグとして融合させた発現ク
現を行うにあたり、タンパク質合成を短時間かつ
ローンを、ヒト培養細胞に導入し一定時間培養の
ハイスループットで行う必要性があったため、新
後、蛍光観察を行うと、細胞内での発現タンパク
手法を開発した 。従来法では、デスティネイ
質の局在場所を反映した蛍光像が得られる。ロ
ションベクターとエントリークローンの LR 反応
ボットシステムを導入した大量解析系を構築し、
後、大腸菌の形質転換を行い、生育するコロニー
ヒト cDNA クローンの解析を行っている。タグを
を培養し、プラスミド(発現クローン)を回収して
付加された末端の影響を調べるため、蛍光タグを
インビトロ転写(SP6 ポリメラーゼ)の鋳型と
N 末端に融合させた型(N-type 利用)と C 末端に
し、作製された mRNA をコムギ胚芽抽出液に加え
融合させた型(F-type利用)の両方の発現クロー
タンパク合成を行う。新方法においては、デス
ンついて解析を行っており、これまでにそれぞれ
ティネイションベクターとエントリークローンを
8,000 クローン以上の解析が終了している 9)。解
極微量使用して LR 反応後、この反応溶液を直接、
析を行った95%以上のクローンにおいて蛍光像が
PCRによって増幅し、インビトロ転写(SP6 ポリ
得られており、約半分は核、ER、ミトコンドリア
メラーゼ)を行い、コムギ胚芽抽出液インビトロ
といった特定の細胞内小器官への局在が観察され
系でタンパク質を合成する。新手法は大腸菌を形
た。そのほか同時に2つの器官へ局在するものや、
質転換する操作や発現クローンプラスミドDNAを
細胞の状態(周期など)によって局在の変化する
抽出する操作がないので時間を短縮できると共に
ものも観察されている。タンパク質の汎用発現系
全て in vitro(96 穴或いは 384 穴 plate の使用)
のデータベースにタンパク質の細胞内局在データ
で行えるという特徴を持っている。しかも、DNA
を整備を進めている。
からタンパク質合成まですべての行程が、組換え
DNA実験の対象にならず、実験場所の制限もない。
5 .プロテインマイクロアレイの作製
4 . ヒトタンパク質の細胞内局在情報
タンパク質機能の解析において、トランスクリ
プトーム情報と並んでタンパク質の細胞内局在情
およびこれを用いたタンパク質機能解析
これまでのヒトc DNA の Gateway 化、プロテイ
ンファクトリーにおけるコムギ胚芽無細胞系によ
る発現技術の改良の結果、我々のチームにおいて
5)
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
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12,000種類のヒトエントリークローンからタンパ
しかし、こうしたアプローチは近い将来可能に
ク質までの過程を1週間で完了することを可能に
なり、網羅的タンパク質を搭載したアレイ、キ
した。このタンパク質をスライドガラスにスポッ
ナーゼやプロテアーゼなど一群の機能タンパク質
トして、プロテインマイクロアレイ(12 K)を作
をまとめて搭載したアレイを用いて、網羅的タン
製することに成功し、現在、22,000種類のヒトエ
パク質あるいは一群のタンパク質を全体的に俯瞰
ントリークローンからタンパク質を発現させ、プ
しながら、タンパク質機能解析ができるようにな
ロテインマイクロアレイ(22K)を作製している
ると考えている。
10)
。これらのアレイを利用して、リン酸化チロシ
ン特異的な抗体を検出に用いて、発現タンパク質
の中から新規チロシンキナーゼの発見を行ってい
る。その他、このプロテインマイクロアレイを用
いた様々な解析が進行中である。
プロテインマクロアレイを用いたタンパク質機
能解析は、様々な可能性を秘めている。上述のよ
うにタンパク質を抗原として基盤に固定化し、抗
体を用いて特定のタンパク質を検出する抗原アレ
イがその一つである。タンパク質の翻訳後修飾の
解析、自己免疫疾患の患者の血清中の自己抗体の
解析、疾患マーカーの探索等が可能になる。活性
化状態のタンパク質のアレイは、タンパク質のプ
ロセシング、タンパク質相互作用、酵素タンパク
質の基質の探索、創薬開発としての低分子化合物
の結合解析などに利用できる。我々の網羅的に発
現したタンパク質に対する特異的抗体が整備され
れば、抗体アレイが作製でき、生体中の個々のタ
6 .おわりに
ここに記載された結果はNEDOプロジェクト「タ
ンパク質機能解析プロジェクト」(平成 12 年―14
年)、「タンパク質機能解析・活用プロジェクト」
(平成 15 年―)において得られたものである。関
係者の皆様に感謝を致します。当該プロジェクト
においては、ヒトc DNA をベースとした様々な研
究が進行中ですので、詳細は NEDO 成果報告書等
11)
を参照されたい。
最後にプロテインアレイおいてアレイ作製、抗
体による検出において、全面的に協力して頂い
た、渡辺慎也助教授(東京医科歯科大学大学院・
医歯学総合研究科・臨床インフォマティクス講
座)
、今井順一助手(東京医科歯科大学大学院・医
歯学総合研究科・臨床インフォマティクス講座)
、
上野明子研究員(JBIC生物情報解析研究センター
プロテオーム発現)に心から感謝いたします。
ンパク質の有無を一望の下に解析できる。このよ
うなプロテインアレイを利用した種々の解析に
は、今後様々な技術開発が必要である。
参考文献
1)
INTERNATIONAL HUMAN GENOME SEQUENCING CONSORTIUM: Nature 431, 931-945, 2004
2) Ota, T., et al.: Nature Genet., 36, 40-45, 2004
3) http://www.tech.nedo.go.jp/Index.htm
4) 五島直樹:「ポストシーケンス研究のための GATEWAY クローニングシステムによるヒト完全長c DNA
の網羅的発現」 実験医学別冊 「注目のプロテオミクスの全貌を知る」羊土社 p.95-102、2003
5)
五島直樹、木須康智、田中茂生、兼堀恵一、今本文男、菅野純夫、磯貝隆夫、野村信夫:「ヒトタ
ンパク質の網羅的発現のための基盤構築」実験医学 「ここまで進んだゲノム医科学と疾患研究」羊土
社 Vol.23、No.4(増刊)p.125-132, 2005
6) http://biotech.nikkeibp.co.jp/netlink/lto/gateway/
7) Kawamura,Y. et al.:「Human Genome Meeting 2005」abstract, HUGO, Poster No.177 p.94, 2005
8)
Sawasaki, T. et al. : Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 99,14652-14657, 2002
9)
Kisu,Y. et al.: 「Human Genome Meeting 2005」 abstract, HUGO, Poster No.179 p.94, 2005
10)Ueno,A. et al.: 「Human Genome Meeting 2005」abstract, HUGO, Poster No.195 p.99, 2005
11) http://www.tech.nedo.go.jp/Index.htm
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薬学研究ビジョン
(2)
薬学研究ビジョン(
これからの天然物の合成と創薬
菅 敏幸 静岡県立大学薬学部
福山 透 東京大学大学院薬学系研究科
「特異な構造と生理活性に興味を持ち全合成研
これまで創薬研究のキーワードとして、1980
究に着手しました」とか「医薬品として期待され
年代は CADD(Computer Assisted Drug Design)、
る活性を有するため効率的な全合成は意義が大き
1990年代はHTS(High Throughput Screening)と
い」という言葉は学会発表などのイントロでよく
CC(Combinatorial Chemistry)、2000年になりゲ
使われています。しかし、このセリフを枕言葉だ
ノム科学が大変注目されてきました。
けに終わらせない研究はこれまでにいくつあった
しかし、現在ではフィーバーは一段落し、これ
でしょうか?これまでの天然物合成は、息も絶え
らは手法として期待されやはり創薬研究では
絶えの状態で全合成に到達して、天然物とスペク
シーズとなる「低分子化合物」の重要性が改めて
トルを一致させて「万歳」というのがほとんどで
認識されています。 さて、自然は人間の叡知を
あったと思います。実際、筆者 (TK) もそうで
超えた多様な構造と活性を有した化合物を提供
した。しかし、これからは実用に供する天然物の
してくれるため、天然物はシーズの宝庫です。こ
全合成が必要な時代であると私たちは考えていま
れまでにも優れた医薬品として期待される化合
す。
物が、微生物や海洋生物などの天然素材から見
21世紀になり、ヒトを初めとする様々な生物
いだされています。
種のゲノムプロジェクトが終了し、生体の設計図
しかし、その一方で多くの場合は極微量にし
であるゲノムの全容がほぼ明らかになりました。
か得られないため、医薬品のシーズとして適切
これらのゲノム解析によって、病気の原因となる
なスクリーニングが行われずに埋没しているの
遺伝子の発見が急速に進んでいます。しかし、遺
が現状です。
伝子の解明がそれらの治療に直結するわけではあ
実際、発酵や培養が可能な化合物の供給例は
りません。例えば、遺伝子診断により「その病気
ありますが、複雑な化合物の化学合成はその時
になりやすい」ことが分かったとしても、有効な
間と労力のため、これまでは完全な敗北状態で
予防や治療の方法のない疾患には無力なままで
した。しかし、これからは必要な量の人工合成に
す。そのため、次のステップとしては、病気に関
挑戦して表舞台に引っ張り上げるべきであると、
わる遺伝子が生み出すタンパク質に特異的に作用
私たちは考えています。 さらに、合成による供
し制御する低分子化合物の創製が重要となりま
給は炭素原子一つのレベルでの構造 - 活性相関
す。特に、
「がん」や「アルツハイマー」といっ
研究が可能となる利点があり、天然物より活性
た難治性疾患の克服は社会的要請が強く、
「薬」に
の増強された化合物の発見が期待されます。ま
直結する化合物を見つけ出すことは、急務の課題
た、全合成の過程で得られる数多くの類縁の中
です。
間体は Diverse Scaffold (多様な骨格)のラ
◆略 歴◆ 菅 敏幸
: 静岡県立大学薬学部・教授
菅 敏幸:
1986 年北海道大学理学部化学科卒業、1993 年同大学大学院理学研究科博士課程修了、(財)サントリー生物有機科学研究
所研究員、1996 年東京大学薬学部助手、2004 年同大・助教授、2005 年より現職。2002 年有機合成化学協会奨励賞、
平成 16 年度日本薬学会薬学研究ビジョン部会賞受賞。
◆略 歴◆ 福山 透
: 東京大学大学院薬学系研究科・教授
福山 透:
1971 年名古屋大学農学部農芸化学科卒業、1977 年ハーバード大学化学科 PhD 取得、1977-1978 年同大学大学院博士研究
員、1978 年ライス大学化学科助教授、1988 年同教授、1995 年より現職。2002 年国際複素環化学会 Senior Award、
2004 年アメリカ化学会賞受賞。
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イブラリーと考えられるため、それらのスクリー
ニングを行なうことで思いがけない生物機能を有
で、膜タンパクから Na+ チャネルの初の単離が達
成されました。その後、TTX は Na+ チャネルに蓋
する化合物と出会える可能性もあります。近年、
をして、
その流入を阻害して活性を発現している
欧米では天然物に類似した化合物を多様に合成す
ことも明らかになりました。さらに、近年急速に
るプロジェクトや、数十万の化合物をライブラ
進歩したゲノム情報の利用は、
標的タンパク質の
リー化して管理するセンターの設立が盛んに行わ
同定を迅速かつ簡便にしてくれています。
これら
れています。我が国でも化合物をライブラリー化
プローブ分子により明らかになった標的タンパク
する「化合物バンク」の国家的なプロジェクトが
質の分子レベルの構造情報は、創薬研究へと
本格化すると聞きます。
フィードバックされるため重要です。また、
特筆
私達は全合成の中間体こそが天然物類似化合物
すべきことは生理活性天然物のプローブ化はバイ
であり、すべての中間体がライブラリーとして管
オ技術による供給が不可能なため、
有機合成が必
理され、適切なアッセイを施すべきであると考え
須の手段であることです。そのため、プローブ分
ています。
子への展開も考慮にいれた天然物合成も、
これか
らは重要な課題になってきます。
また、20世紀後半の遷移金
MeO
HO
O
MeO
H
O
O
O
O
O
+ HO
H2N
N
H
O
H
OH O
属触媒に代表される有機反応の
O
OH
物であっても実用供給に挑戦す
H NHO
O
OH
OH
OMe
O
目覚ましい発展は、複雑な天然
OO
OH
FK-506
ます。例えば、2001 年のノーベ
ル賞に代表される触媒的不斉合
OH
コンパクチン
る勇気を我々に与えてくれてい
テトロドトキシン
図 1. 日本の研究者によって発見された活性天然物の代表例
成の進歩により望みの「光学活
性な材料」が簡単に手に入るよ
うになりました。また、クロス
カップリング反応やメタセシス
また、天然物には医薬品あるいは生体機能解明
反応の開発は、分子を組み立て
る際の「飛び道具」を与えてくれました。 さら
に活躍してきた顕著な実績があります。図 - 1に
に、近年の検索技術の進展により既存の反応を探
は、日本の研究者により見いだされた化合物の代
すことも簡単になりました。しかし、これらの単
表例を示しました。コンパクチンは高脂血症治療
純な組み合わせだけでは、
複雑な化合物の全合成
薬の開発の発端となり、FK-506は臓器移植に無く
には不十分です。さらに、これからの全合成は、
てはならない免疫抑制剤であります。また、フグ
臨床的評価を得るため患者に十分供給可能にした
+
り、構造活性相関やプローブ分子を見据えた柔軟
毒テトロドトキシン(TTX)は神経細胞膜上の Na
チャネルの機能解明に大きく貢献してきました。
な合成です。そのため、構造決定の最終目標で
これらの化合物の強い活性は、標的タンパク質
あった時代の天然物合成とは基本姿勢が異なりま
との精密な相互作用によって発揮されます。標的
す。高効率的な合成は、高収率の反応を短工程で
となるタンパク質の単離と解析は、有機合成で得
用いることが当然必要ですが、合成全体を見据え
られる分子プローブにより可能となりました。例
たルートのデザインにも課題があります。 例え
えば、FK-506 をポリマーに固定化したアフィニ
ば、多段階を要する複雑な化合物の合成の、初期
ティカラムを用いることで、標的タンパク質 FK-
段階には大量合成可能な
(副生成物がなく煩雑な
BP の単離に成功しました。その後、FK506 の同位
精製を必要としない)反応の設定を、多くの官能
体標識化合物の合成により標的タンパク質の機能
基が共存する後半の段階には選択的な反応を設定
解明の研究が推進され、その活性の発現にはタン
する必要があります。また、従来は保護基が必須
パク質のリン酸化と脱リン酸化を機軸とする情報
であった変換反応をその使用が必要としない新反
伝達が基になることも明らかとなりました。
応とか、何段階もの変換を一段階で行える画期的
一方、TTX は光親和性プローブを合成すること
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
な短工程化を目指し、
既知反応の適用では困難な
8
社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
場合には新規反応の開発も必要になります。この
連携(積極的なコミニュケーション)することで、
ように、新時代の天然物の全合成には解決しなく
創薬ひいては人類の幸福に貢献できると信じてい
てはいけない課題が山積みされており、その達成
ます。
には幾多の困難に直面することが予想されます。
これまでに、人類の知恵と工夫が凝集された天
しかし、だからこそ「魅力的」かつ「挑戦的」な
然物の全合成は、敬意をもって「芸術(Art)
」と
学問分野なのです。
いう単語により形容されてきました。しかし、こ
生理活性天然物(生体機能分子)を効率よく合
れからは、その美しさを保ちながら、
「鑑賞する」
成し、その機能の解明および制御をめざした研究
だけでなく「実用に供する」全合成を目指してい
に発展させるためには、探索、合成、機能解明を
くべきであると、私たちは考えています。また、多
専門とする研究者の有機的連携が必要となりま
くの材料や飛び道具が手に入った今こそ、そのよ
す。これまで、我が国では連携して研究する機会
うな研究ができる時期にきていることを理解いた
が少なかったように思うのですが、昨年の7月よ
だけたと思います。
り、筆者 (TF) が代表となり生理活性天然物を
中心として自然から学ぶ研究グループとして特定
領域研究「生体機能分子の創製」を発足しました。
このように、専門分野の異なる研究者が有機的に
特定領域研究「生体機能分子の創製」の詳細
については、ホームページ
(http://barato.sci.hokudai.ac.jp/ oc2/
seitaikinou/)をご覧ください。
1
特定領域研究「生体機能分子の
生体機能分子の創製」
創製」の目的
特定領域研究「
特定領域研究「生体機能分子の創製」の目的
生体機能分子
生体機能分子
DNA・タンパク質(酵素・受容体)に
DNA・タンパク質(酵素・受容体)に
特異的に結合して機能する分子
特異的に結合して機能する分子
新し
新しい創薬
い創薬
(がん・アルツハイマーなど)
(がん・アルツハイマーなど)
化学的
化学的
アプローチ
アプローチ
病気の原因となる遺伝子
ゲノム解析
酵素・受容体タンパク質
生命機能の
生命機能の
解明・制御
解明・制御
ポストゲノム時代の科学
ポストゲノム時代の科学
2
生体機能分子創製のための化学的アプローチ
生体機能分子創製のための化学的アプローチ
シーズとなる活性天然物質
シーズとなる活性天然物質
(天然素材:微生物・海洋生物..)
(天然素材:微生物・海洋生物..)
有機合成化学
有機合成化学
ー自在な合成ー
ー自在な合成ー
優れた生体機能分子
優れた生体機能分子
分子プローブ
分子プローブ
生命機能の解明・制御
生命機能の解明・制御
(標的タンパク質の機能解析ツール)
(標的タンパク質の機能解析ツール)
標的タンパク質
標的タンパク質
(受容体、酵素など)
(受容体、酵素など)
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
新しい創薬
新しい創薬
(がん・アルツハイマーなど)
(がん・アルツハイマーなど)
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研 究 紹 介
薬学研究最前線 ( 1 )
脳内在性化合物を手がかりとした
パーキンソン病発症機構の解明と治療薬の開発に向けて
太田 茂 広島大学大学院医歯薬学総合研究科
1 . はじめに
パーキンソン病の病因に関しては、
疫学的調査
から多因子性疾患であることが強く示唆されてい
るが、
現在までのところ具体的な因子の特定には
成功していない。最近家族性パーキンソン病の原
因遺伝子の研究が進んできたが、
孤発性パーキン
ソン病の場合は遺伝的要因のみで発症するケース
al., 1995 a)。この毒性はパーキンソン病治療
薬デプレニルにより軽減されるため
(Hao et al.,
1995 b)、パーキンソン病発症物質がパーキンソ
ン病患者の脳脊髄液中に存在する可能性が示唆さ
れた。
発症物質研究の端緒となった MPTP は多様な薬
理活性を有しており、in vivo でもパーキンソン
は殆ど存在しないと考えられている。
病と酷似した症状を引き起こすが、通常生体内に
一方 1983 年に N-methyl-4-phenyl-1,2,3,6-
摂取されることはなく内在性化合物でもないこと
tetrahydropyridine(MPTP、図1)という化合物
からパーキンソン病発症物質とはなり得ない。そ
の摂取によってパーキンソン病様症状の発現が認
こで、MPTPの有する特徴的な毒性を指標に低分子
められてから、環境中に存在する低分子性化合物
化合物がスクリーニングされ、MPTPに構造の類似
が発症原因であるという推測もなされている
した種々の化合物が提唱された。
(Langston et al., 1983)。
このような背景の中で我々及び他のグループに
よりパーキンソン病発症物質候補として挙げられ
たものは既に 20 数種に及び、それらの候補化合
物群から動物個体レベルにおいてもパーキンソン
病類似症状を発症させ、
且つヒト脳内在性化合物
であるものとして数種の低分子性化合物が確認さ
れている。これら化合物には一般にミトコンドリ
アの呼吸鎖阻害活性が存在し、
パーキンソン病患
者脳での顕著な集積が認められる等類似した性質
を有している。以下にパーキンソン病発症物質候
補について我々の研究を紹介するとともにパーキ
ンソン病の治療薬開発についても言及する。
我々はパーキンソン病発症物質がそなえている
べき条件として、
1. ヒト脳内在性物質であること
2. パーキンソン病患者の脳あるいは脳脊髄液中
で濃度上昇がみられること
3. 神経細胞において毒性が認められる、あるい
はできれば実験動物の個体レベルにおいて
パーキンソニズムを発症させ得る物質である
こと
の3点を挙げ検討を行った。
その結果、ヒト死後脳、ラット脳から
tetrahydroisoquinoline(テトラハイドロイソキ
ノリン,TIQ)という物質が内在性として存在す
ることを確認した(Kohno et al., 1986)
(図1)
。
この TIQ には細胞毒性があり、サルに長期間連続
2 . パーキンソン病発症物質
パーキンソン病患者の脳脊髄液から分子量1万
以下の分画を集め、
中脳初代培養系に加えたとこ
ろ細胞毒性を示すことが明らかとなった
(Hao et
投与するとパーキンソニズムを発症することか
ら、パーキンソン病発症物質の有力な候補である
ことを明らかにした(Kotake et al., 1996)
。し
かし、パーキンソン病患者死後脳の TIQ を定量し
◆略 歴◆ 太田 茂
太田 茂:広島大学大学院医歯薬学総合研究科・教授
東京大学大学院薬学系研究科博士課程(薬品代謝化学教室)を修了後、1981-1983 年スイス連邦工科大学(ETH)博士
研究員。1983 年東京大学薬学部・助手、1993 年東京大学医学部・助教授を経て、1997 年 4 月より現職。現在、神経変
性疾患の病因解明と新規治療薬開発研究、環境化学物質研究に従事。
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
10
社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
たところ、コントロールと比較して有意な差が認
められなかった(Ohta et al., 1987)。これは
ソキノリンアルカロイドが含まれている。
図2に示すようにいずれも TIQ 類の範疇に入
2番目の条件を満たしていないことになり、TIQ
る化合物である(Kotake et al., 2004)。この
それ自体が発症物質となっている可能性は低いと
地方では特徴的なパーキンソン病様症状を呈す
考えられる。
る患者の存在が認められており、この患者は
その後の検討によって、TIQ 誘導体の一種で
soursop 果実あるいはその葉から抽出された茶
ある1 BnTIQ(図1)をヒト脳脊髄液およびマ
を摂取しているため、発症との因果関係は極め
ウス脳内から検出し、そのものがパーキンソン
て高いと考えられる。このことからもパーキン
病患者の脳脊髄液中で増加傾向にある化合物で
ソン病あるいはパーキンソニズムにおいて環境
あり(Kotake et al., 1995)、サル、マウスに
投与するとパーキンソニズムを引き起こすこと
を明らかとした。これらの結果から、1 BnTIQ
H 3 CO
H 3 CO
N
HO
はパーキンソニズム発症物質の条件を満たして
reticuline
いると考えられる。
3’
,4’DHB n TIQ(図1)は、ドーパミンと構
H 3 CO
造的に類似したTIQ 類であり、マウス脳内から見
HO
出された内在性化合物である(Kawai et al.,
1998)
。ドーパミン輸送タンパクであるドーパミ
ントランスポーター(D A T )が豊富に存在する
NH
NH
HO
NH
OH
OH
OCH 3
O CH 3
N
norreticuline
CH 3
N-methylcoculaurine
OH
図 2. Soursop に 含 ま れ る 神 経 毒
中から摂取される神経毒が原因の一部を担って
いる可能性が示唆される(Caparros-Lefebvre
TIQ
N
CH3
1BnTIQ
OH
3', 4'DHTIQ
et al., 1999)。更に上記の果物を大量に摂取
しても発症しないケースも存在する事、限られ
NH
MPTP
CH 3
OH
た村落において発症しやすい事から、本疾患の
発症には環境因子のみではなく遺伝因子も重要
であることが示唆される。
図 1. パーキンソン病様症状発症物質の化学構造
生体内アミンであるインドールアミンがTIQと
同様に閉環するとβカルボリンという化合物にな
ラット線条体シナプトゾームを調製し、DAT によ
る。
この化合物群も食物中等に含まれる環境因子
る細胞内への取り込みを調べたところ、細胞内に
のひとつであり、生体内からも検出される。2 −
取り込まれることが明らかとなった。行動薬理試
メチルテトラハイドロβカルボリンは MPTP の環
験を行ったところ、DAT による細胞内への取り込
構造を窒素原子で架橋した化学構造を持ち、TIQ
み活性の高さとパーキンソニズム発症活性には正
にも増して MPTP に構造類似性が高い。βカルボ
の相関があることが示唆された。
リン誘導体の中で最も毒性が強いのは2,9−ジメ
これら TIQ 誘導体は in vitro においても細胞
チルβカルボリニウムイオンである。
この化合物
に発現させたDATによるドパミン取り込みを抑制
はメチル化されていないβカルボリンが 2 位、9
し、ミトコンドリア complex Iを阻害する等、
位の順にメチル化されることが in vitro の実験
パーキンソン病発症に関連した活性を有している
で示されており、
メチル化されるにつれて毒性を
ことも明らかとなっている。
増強する。
パーキンソン病患者脳脊髄液中βカル
今まで述べてきた TIQ 類は生体内在性物質で
ボリン誘導体を定量し、
コントロールと比較した
あったが、これら TIQ 類を食品等から摂取する
ところ、
メチル化されていないβカルボリンには
可能性は考えられないのであろうか。
大きな差は認められなかったが、2,9 −ジメチル
西インド諸島には soursop という名前の果実
βカルボリニウムイオンはパーキンソン病患者の
が自生しており、これらの果実にはベンジルイ
みに存在が認められた(Matsubara et al.,
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
11
社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
1995)
。メチル化されたβカルボリンを投与した
(Tasaki et al., 1991)
。つまり 1MeTIQ はパーキ
マウスはパーキンソニズムを誘発し、線条体、中
ンソン病の治療薬候補となりえる。この1MeTIQの
脳のドーパミン量を減少させ、このとき黒質緻密
誘導体を合成し、その薬理活性を検討したとこ
層のTH陽性細胞数が減少していた(Matsubara
ろ、芳香環に水酸基が置換した誘導体にパーキン
et al., 1998)
。これは中脳初代培養系を用いて
ソニズム防御活性が認められた(Okuda et al.,
2003)
(図3)
。1MeTIQ自身より高い活性を有して
も確認されている。
いることから新しいパーキンソン病治療薬候補と
3.
パーキンソン病治療薬開発に向けて
TIQ 誘導体の中で1メチル TIQ(1MeTIQ)は上
記の TIQ 類とは異なり、パーキンソン病防御物質
の候補となりうる化合物である。パーキンソン病
患者死後脳における 1MeTIQ 量はコントロール脳
と比較して有意に減少しており(Ohta et al.,
1987)、マウスに前処理することにより MPTP や
TIQ類によるパーキンソニズム発症を行動薬理学
的に完全に抑えることも明らかとなっている
HO
NH
CH 3
1MeTIQ
NH
CH 3
6OH-1MeTIQ
NH
HO
CH 3
7OH-1MeTIQ
して期待がもてる。
4 . おわりに
以上、現在までに検討されたパーキンソン病
発症物質候補に関して幾つかの化合物を例に説
明してきた。これら化合物は基本骨格が違うも
のでも性質はかなり良く似ている。現在までの
ところ真の発症物質あるいは発症物質群の全体
像は明らかになっていないが、今回概説した事
からでも発症物質が持つべき性質の輪郭はかな
りはっきりしてきたように思う。パーキンソン
病発症のプロセスの中で神経毒といわれる脳内
在性因子あるいは環境因子の役割が明らかにさ
れ、一日も早くパーキンソン病の病因の解明が
なされることを願う。
図 3.
抗パーキンソン病活性を有するTIQ類
参考文献
1) Caparros-Lefebvre, D., Elbaz, A., and the Caribbean Parkinsonism Study Group. (1999)
Possible relation of atypical parkinsonism in the French West Indies with consumption of
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culture from toxic factor(s) present in the cerebrospinal fluid of patients with Parkinson’
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7) Kotake, Y., Yoshida, M., Ogawa, M., Tasaki, Y., Hirobe, M., Ohta. S. (1996) Chronic
administration of 1-benzyl-1,2,3,4-tetrahydroisoquinoline, an endogenous amine in the
brain, induces parkinsonism in a primate. Neurosci. Lett. 217, 69-71
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
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8) Kotake, Y., Okuda, K., Kamizono, M., Matsumoto, N., Tanahashi, T., Hara, H., CaparrosLefebvre, D., Ohta. S. (2004) Detection and determination of reticuline and Nmethylcoculaurine in the Annonaceae family using liquid chromatography-tandem mass
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9) Langston, J. W., Ballard, P., Tetrud, J.W., et al. (1983) Chronic parkinsonism in humans
due to a product of meperidine-analog synthesis. Science 219, 979-980
10) Matsubara, K., Kobayashi, S., Kobayashi, Y., et al. (1995) -Carbolinium cations, endogenous
MPP+ analogs, in the lumbar cerebrospinal fluid of patients with Parkinson’s disease.
Neurology 45: 2240-2245
11) Matsubara, K., Gonda, T., Sawada, H., et al. (1998) Endogenously occuring. -carboline
induces parkinsonism in nonprimate animals: a possible protoxin in idiopathic Parkinson's
disease. J. Neurochem 70: 727-735
12) Ohta, S., Kohno, M., Makino, Y., et al. (1987) Tetrahydroisoquinoline and 1methyltetrahydroisoquinoline are present in the human brain: relation to Parkinson's
disease. Biomed. Res. 8: 453-456
13) Okuda, K., Kotake, Y., Ohta, S. (2003) Neuroprotective or neurotoxic activity of 1-methyl
1,2,3,4-tetrahydroisoquinoline and related compounds. Bioorg. Med. Chem. Lett. 13, 28532855
14) Tasaki, Y., Makino, Y., Ohta, S., Hirobe. M. (1991)
1-Methyl-1,2,3,4-tetrahydroisoquinoline(1MeTIQ), decreasing in MPTP-treated mouse, prevents
parkinsonism-like behavior abnormalities. J. Neurochem., 57, 1940-1943
第6回
創薬ビジョンシンポジウム
「薬効・副作用発現およびそれらの個人差の解析・予測法」
平成 1 7 年 7 月 2 1 日 ( 木 ) ∼ 2 2 日 ( 金 ) 東京大学医学部鉄門記念講堂で開催
プログラム
【 第1日目】7月21日(木)
13:00
薬学研究ビジョン部会 第5回総会
13:30 - 部会賞授賞式と受賞者記念講演
10:30 - 品川 朗(三共・バイオメディカル研究所)
「ノスカールでの経験とこれからの臨床治験」
オープニングリマーク
11:15 - 福西 快文(産業技術総合研究所・生物情報解析センター)
14:45 - 永井 良三(東京大学大学院・医学系研究科・
「多数標的蛋白質スクリーニングとドッキング情報析」
医学部附属病院長)
「ポストゲノムとEBM時代の創薬」
13:00 - 小谷 秀仁(萬有製薬・つくば研究所)
特別講演
「GPCRリガンドのスクリーニング系と標的遺伝子の
15:30 - 劉 世玉(グラクソ・スミスクライン・筑波研究所)
探索」
「日本における製薬企業でのファーマコジェネティ
クスの取り組みと課題」
13:45 - 斎藤 尚亮(神戸大学・バイオシグナル研究センター)
「PKCターゲティングの重要性とPKC作用薬
16:15 具嶋 弘(バイオフロンティアパートナーズ)
スクリーニングへの応用」
「ファーマコゲノミクスと生命倫理」
17:00 -
村松 正明(東京医科歯科大学・難治疾患研究所、
ヒュビットジェノミクス)
「SNPインフォマティクスと創薬」
【第2日目】7月22日(金)
特別講演
9:00 - 竹内 勤(埼玉医科大学・総合医療センター)
「抗リウマチ薬の作用・副作用個人差」
9:45 -
三木 義男(東京医科歯科大学・難治疾患研究所、
癌研究会ゲノムセンター)
「SNP解析による抗がん剤の副作用規定因子の
探索」
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
14:30 - 児玉 龍彦(東京大学・先端科学技術研究センター)
「G蛋白共役型受容体、核内受容体ファミリーの系統的
解析と医薬品スクリーニング」
15:30 - 古川哲史(東京医科歯科大学・難治疾患研究所)
「QT延長問題の分子メカニズムと性差」
16:15 - 澤田光平(エーザイ・筑波研究所)
「薬剤誘発QT延長作用のリスク予測のためのイオン
チャネル評価技術」
17:00 -
閉会の辞 次期大会委員
13
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研 究 紹 介
薬学研究最前線
(2)
薬学研究最前線(
プロテオミクスによる創薬ターゲット探索
小島 深一 住友製薬(株)研究本部・ゲノム科学研究所
ヒトゲノムプロジェクトの影響は様々な研究分
野で現れており新しい技術が開発されつつある。
ことができる。
プロテオームは特定の生物の細胞および組織の
特に製薬業界では創薬研究のパラダイムシフトと
タンパク質群であり、その網羅的解析はプロテオ
言われるほどの大きな変化が起きつつあり、住友
ミクスと称されており発現プロテオミクス、機能
製薬でもゲノム技術を活用した創薬研究を5年前
プロテオミクスおよび構造プロテオミクスがあ
から促進している。本稿ではゲノム情報の利用で
る。発現プロテオミクスはタンパク質の発現量を
中心的な技術となるプロテオミクス技術につい
比較定量する手法であり、二次元電気泳動法(2-
て、これらの技術を用いた最新の成果を交えなが
DE) (3)や質量分析法(MS)が用いられる。機能プ
ら紹介する。
ロテオミクスには、相互作用するタンパク質を同
定し、特定のタンパク質を細胞に過剰発現させ、
ゲノム情報が解明されたことで、受容体タンパ
あるいは細胞内のタンパク質を消失させることで
ク質、チャンネル、酵素等の新たな創薬ターゲッ
タンパク質の機能を解析する技術がある。構造プ
トが 2-3000 個見つかると期待されている(1,2)。
ロテオミクスはタンパク質を網羅的に発現させて
今やターゲット候補のリストを眺め、対象疾患
立体構造を解析することによりその機能を解析し
の関連遺伝子を選択することから創薬研究が始ま
ようとする技術である。
るようになった。全ての遺伝子あるいはタンパク
質の働きを網羅的に解析しそこから生体反応を演
以下に当研究所で確立した発現プロテオミクス
繹するという方法論が現実的になってきている。
の技術について概説する。2-DEはタンパク質の表
当社では大量の実験データから疾患と関わりのあ
面荷電および分子量の差で分離する手法であり、
る情報を選別するために、米国のバイオベン
一度に約 3000 個のタンパク質の分離が可能であ
チャー GeneLogic 社および LifeSpan 社から大規
る。従来は定量性、再現性に問題があったが、ア
模なデータベースを導入している。GeneLogic 社
マシャム・バイオサイエンス社により、蛍光ディ
のデータベースには健常者や患者のヒト組織サン
ファレンシャル二次元電気泳動システム(2 D -
プルのm RNA 発現情報が蓄積されており、社内で
DIGE )の手法が開発された(4)。本法により 2 種
得られた動物モデルあるいは細胞レベルの発現情
類のサンプルをそれぞれ異なった波長の蛍光試薬
報と比較することによって、動物実験の結果をヒ
CyDye でラベル化することにより、1 枚のゲルで
ト疾患に対応付けることが可能である。LifeSpan
比較定量、統計解析することで信頼性のあるデー
社のデータベースは創薬ターゲットとして有望な
タを取得することが可能になった。発現量に差の
Gタンパク質共役型受容体(GPCR)に特化したデー
あるスポットを蛍光発色率の差によりモニター
タベースであり、全ての GPCR についてヒト病理
し、ナノ・グラムオーダーの数千個のタンパク質
組織切片中でのタンパク質の発現分布情報を得る
について1.5倍以上の差を比較することが可能で
ある。
◆略 歴◆ 小島 深一
:住友製薬 (株) 研究本部・ゲノム科学研究所・主席研究員
小島 深一:
1973 年九州大学大学院修士課程修了後、住友化学(株)に入社。1984 年住友製薬(株)設立に伴い移籍。インターフェロ
ン - α、t-PA 等のバイオ医薬品の研究開発、工業化、生体内リガンド探索およびプロテオーム研究業務に従事。九州
大学農学博士。
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当研究所では、2001年に国内で最初に本技術を
導入し、創薬研究への応用を図った。ただし、本
システムの解像度をしても 1 種類の細胞でさえ
3000個程度のタンパク質しか解析できないため、
充分な情報を得るためにはサンプルの前処理が鍵
になる。リン酸化タンパク質等の目的タンパク質
のアフィニティー精製による分離、血清マーカー
分析前の抗体カラム等による主要血清タンパク質
の除去、細胞のオルガネラ分画等を併用する必要
がある。特に細胞のオルガネラ分画は、2-DEの解
像力をあげるためにもタンパク質の局在情報を得
るためにも有用である。
ゲノム配列が決定され、マススペクトル(MS)
機器の性能が向上したことで、タンパク質の酵素
消化断片ペプチドの分子量と M S フラグメント
データを基にゲノム配列データベースを検索する
ことでタンパク質を同定することが可能になって
ヒト肝由来培養細胞 H u H 7 の脂肪滴のプ
ロテオーム解析
脂肪細胞、肝細胞などでは細胞内に中性脂質を
蓄える能力が発達している。ヒト肝由来培養細胞
HuH7 の脂肪滴をショ糖密度勾配法により分画し
て解析した。 脂肪滴に含まれているタンパク質
を計 17 種同定した結果、この中には脂質代謝酵
素が 5 種類、脂質結合タンパク質が 3 種類、Rab
ファミリー small GTPase が 2 種類、機能未知の
タンパク質が 3 種類含まれていた(9)。脂肪滴で
最も主要な 5 5 k D a のタンパク質は a d i p o s e
differentiation-related protein(ADRP)であっ
た。ADRP と、
脂質代謝酵素17βhydroxy steroid
dehydrogenase 11 はイムノブロット法と蛍光抗
体法により脂肪滴に分布することが確認された。
特定の脂質関連タンパク質が脂肪滴に存在するこ
とから脂肪滴が脂質代謝の場である可能性が考え
られる。
いる。当研究所ではエレクトロスプレーイオン化
(ESI) (5)に基づくイオントラップ型質量分析
(IT MS)による LC-MS/MS 解析法およびマトリッ
クス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)(6,7)に
基づく MALDI 飛行時間型質量分析(TOF MS)によ
るペプチドマスフィンガープリント法(PMF法)を
併用している。銀染色で観察される1ng程度のタ
ンパク質であればルーチンに同定することが可能
である。また、タンパク質を同位体ラベルした後
に混合試料について LC-MS/MS 分析し、データ処
理することにより 1 回の分析で少なくとも 500 種
類程度のタンパク質について比較解析することが
可能である(8)。
二次元電気泳動法や質量分析法によりタンパク
質の発現量を比較解析するプロテオミクス技術は
いまだに発展途上であるが、当社では疾患モデル
あるいは薬剤によって生体内で変動するタンパク
質を同定し、その機能を明らかにすることによ
り、創薬ターゲットの探索、薬剤の作用点および
副作用を解明しようと試みている。プロテオミク
スによる創薬ターゲット探索について、中性脂肪
疾患モデル、虚血性心疾患病態モデルおよび自己
虚血性心疾患病態モデルのプロテオーム
解析 虚血性心疾患の基礎検討として、ラット心臓を
用いた虚血/再灌流モデルにおけるタンパク質変
動を解析した。虚血前、虚血、再灌流後の心臓に
ついてオルガネラ分画した後に 2-DE 解析を実施
した。核、未破壊の細胞画分、小胞体、ミトコン
ドリア、膜画分、細胞質可溶性タンパク質画分に
分画した後に、それぞれの画分を蛍光試薬 CyDye
でラベル化し2D-DIGEにより解析した。その結果、
虚血、再灌流に伴って、ジスルフィドイソメラー
ゼ P D A 3 、熱ショックタンパク質 H S P 6 0 および
Elongation Factor TU の発現量が変化すること
を見出した(図 1)(10)。等電点の異なるスポット
について詳細に解析した結果、PDA3が脱リン酸化
されていることを見出すと共に、PDA3のリン酸化
部位を 343 残基目の Ser と同定し、PDA3 脱リン酸
化と虚血との関連性を初めて明らかにすることが
できた。また、2D-DIGE 解析技術が修飾タンパク
質の変動解析に有効であること、MS/MS 解析技術
がリン酸化アミノ酸の同定に有効であることが実
証された。
免疫疾患病態モデルの具体的解析事例を交えなが
ら紹介する。
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自己免疫疾患病態モデルのプロテオーム
解析
自己免疫疾患モデル動物のリンパ球で発現が変
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A
B
1
2
C
1
2
1
2
Spot 1
FVMQEEFpS
110
120
130
140
FVMQEEFS
Spot 2
110
120
130
140
図 1 P D A 3 タンパク質の脱リン酸化スポットおよびリン酸化部位の同定
虚血前:A、虚血(40 分間後):B、 再灌流(20 分後):C
動しているタンパク質についてプロテオーム解析
対応する動物モデルのいずれにおいても観察さ
し、自己免疫疾患の発症に伴って免疫系細胞にお
れた。一方、自己免疫疾患を未発症の動物および
いて糖新生の鍵酵素のひとつ P120 の発現が減少
発症後寛解に入った動物では糖新生酵素の減少
していることを見出した。さらに検討したとこ
が見られなかった。また遺伝的背景の違いによ
ろ、その減少は 3 種類の異なった自己免疫疾患に
り自己免疫疾患を発症しない動物の解析から、
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糖新生酵素の減少は自己免疫疾患によって二次的
したところ、EAEの症状を緩和する作用が認められ
に生じる現象ではないことが確認され、
自己免疫
た。さらに成長ホルモンの分泌を制御する成長ホ
疾患の病態の形成と密接に関連する可能性が示唆
ルモン放出因子(GHRH)の EAE 発症に対する影響
された。
そこで自己免疫疾患における糖新生酵素
を GHRH 受容体欠損マウスおよび GHRH アンタゴニ
の減少という知見をヒントにし創薬ターゲットの
ストを用いて検討した。
探索を試みた。
予想に反して GHRH 受容体を欠損する lit/lit
マウスは EAE 発症に強い抵抗性を示した (図 2、
糖新生の調節の鍵になる酵素が変動していたこ
上) ( 1 1 ) 。またアンタゴニスト M Z - 4 - 7 1
とから、
その糖の代謝に影響を与える条件が自己
[ i s o b u t y r y l 0, D - a r g i n y l 2, p a r a -
免疫疾患の発症に影響を与えるかどうか動物モデ
chlorophenylalanyl 6 , α -aminobutyryl 15 ,
ルを用いてin vivoで検討したところ、絶食によ
norleucyl27] hGH-RH (1-28)Agmの投与によりEAE
り実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)の発症の遅
発症を抑制できた(図2、下)。レプチンやGH、GHRH
延が確認された。
この結果より絶食によって発現
がEAEの発症に関与するメカニズムはこれからの
が変動するタンパク質の中にEAEの発症に影響を
解明を待たねばならないが、これらの因子が自己
与えるものが存在する可能性が考えられた。
免疫疾患の創薬ターゲットとなりうる可能性が見
絶食により血中レベルが変化するタンパク質と
出された。
してレプチンが知られていることから、
レプチン
の自己免疫疾患ターゲットとしての可能性を検討
ゲノム技術は、薬理、合成、安全性といった従
した。絶食中にレプチンを投与することにより、
来からの創薬研究のプロセスと遊離したものでは
EAE の発症の遅延は解除された。またレプチンを
あり得ず、これらの研究と融合することによって
欠損したマウス(ob マウス)
、およびレプチン受
最大の効果を発揮する。本稿では触れることがで
容体欠損マウス(db マウス)が EAE の発症に対し
きなかったが、製薬メーカーにとって最も重要な
て抵抗性を示すことを見出した。
さらに抗レプチ
薬剤の作用および副作用メカニズムを解析する方
ン抗体の投与はEAE発症を抑制した。これらの実
法として、薬剤と相互作用するタンパク質を直接
験結果から、
レプチンの作用の抑制が自己免疫疾
捉えるケミカル・プロテオミクスの手法は直接的
患の創薬ターゲットになる可能性を見出した。次
であり有効な方法である。当研究所では、薬剤を
に、
レプチンの作用の抑制によって自己免疫疾患
適当な樹脂あるいはチップ上に固定化したり、ア
の治療と、
その副作用として考えられる体重の増
ジド化合物を使用して薬剤をフォトアフィニ
加の関係を検討するために、肥満を呈さないレプ
ティーラベル化することにより化合物に結合する
チンのヘテロ欠損マウス(+/ob マウス)の EAE 発
タンパク質を同定する手法を用いて、薬剤の作用
症の検討を行なった。
レプチンのヘテロ欠損マウ
メカニズムを解析している。特異的な親和性タン
ス及び対照として野性型マウス、
ホモ欠損マウス
パク質の選別に 2-DE および SDS-PAGE を応用し、
についてミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパ
微量の親和性タンパク質を同定するためにESI-IT
ク質(MOG)由来のペプチドを感作し、EAE 発症の
MS による LC-MS/MS 解析法を汎用している。ゲノ
検討を行なった。
肥満を呈さないレプチンのヘテ
ム科学研究所では新しい研究分野であるゲノム科
ロ欠損マウスについても野性型マウスと比較して
学の成果を創薬研究に有効に活用すべく種々の技
EAE 発症の抑制が認められ、レプチンの部分的な
術開発を進めながら、創薬研究に活用できるとこ
抑制により肥満を呈さずに自己免疫疾患を抑制で
ろから積極的に活用するといった姿勢で研究を進
きる可能性が示された。
めている。
次に、レプチンの分泌に影響を与える因子が
EAE 発症に与える影響について検討した。成長ホ
ルモン(GH)はその作用の一つにレプチンの分泌
抑制があるホルモンであり、また絶食時に血中濃
度が変動する。EAE マウスに成長ホルモンを投与
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野性型マウス
GHRHヘテロ欠損マウス
GHRHホモ欠損マウス
EAEスコアの平均
3
2
1
0
0
5
10
15
20
感作後の日数
EAEスコアの平均
6
25
30
生理食塩水投与群
MZ-4-71投与群
5
4
3
2
1
0
0
5
10
15
20
感作後の日数
25
30
図 2 ( 上)
G H R H 受容体欠損マウスの E A E 抵抗性
上)G
( 下 ) G H R H アンタゴニスト M Z - 4 - 7 1 投与による E A E 発症の抑制
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参考文献
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Chem. 250: 4007-4021, 1975
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gel electrophoresis proteomics technology. Proteomics 1 : 377-396, 2001
5) Fenn JB, et al. : Electrospray ionization for mass spectrometry of large biomolecules.
Science 46 : 64-67, 1989
6) Tanaka K, et al. : Protein and polymer analyses up to m/z 100,000 by laser ionization
TOF-MS. Rapid Commun. Mass Spectrum 2 : 151, 1988
7) Hillenkamp F, et al. : Mass spectrometry of peptides and proteins by matrix-assisted
laser adsorption/ionization. Methods Enzymol. 93 : 280-289, 1990
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9) Fujimoto Y, Itabe H, Sakai J, Makita M, Noda J, Mori M, Higashi Y, Kojima S, Takano T.
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difference gel electrophoresis. Proteomics 3(7): 1318-24, 2003
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hormone in the development of experimental autoimmune encephalomyelitis. J. Immunol.
15;171(6): 2769-72, 2003
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研 究 紹 介
薬学研究最前線
(3)
薬学研究最前線(
創薬に本当に役立つバイオインフォマティクス
−薬剤作用機序解析システム Z u c c h i n i の開発−
塚原 克平
エーザイ
( 株 ) シーズ研究所
エーザイ(
1.はじめに
われわれの研究室では wet(実験)と dry(バイ
オインフォマティクス)の研究者が机を並べてい
る。このことはわれわれにとって当たり前の状況
であるが、創薬研究現場で当たり前かというとそ
うでもないらしい。ここではそのような状況が実
を結んだ一例をご紹介したい。このプロジェクト
では、wet と dry の担当者間で毎週 face to face
のミーティングを重ね、wet 研究者にとって本当
に使いやすいシステムとなるようアイデアを出し
あった。スタート時は専門用語の障壁もあり、お
互いの思いを理解するのに相当苦労したが、今で
はすっかりコンテクストが確立され、dry 研究者
はこちら(wet)の要求を完全に把握して先を見
た提案を行ってくれるし、wet 研究者も dry の感
覚を知った上で実験計画を練ることができるよう
になっている。薬剤作用機序解析システム
Zucchini はそのような過程を経て開発された。
2.薬剤作用メカニズム研究
薬剤が作用するメカニズムおよびその標的分子
の同定は、ゲノム構造が明らかになった現在でも
困難な課題の一つである。ここ数年 D N A
microarray等により薬剤の作用をゲノムワイドに
解析する試みがなされてきているが、未だ決定的
な方法論は確立されていない。単細胞真核生物で
ある出芽酵母 S.cerevisiae は、多くのヒト相同
遺伝子を持ち遺伝学的手法が使えることから、古
くから薬剤の作用メカニズム解明に有用な道具と
考えられてきた(1、2)
。最近、出芽酵母の全遺伝
子約 6 0 0 0 種を一種ずつ破壊したコレクション
(Yeast Deletion Set:YDS)が構築され、これを
用いた薬剤作用機序解析法が注目されてきている
(3、4)。例えば、ある薬剤を 6000 種の遺伝子破
壊株に作用させた場合、その薬剤の作用点と密接
な関係のある遺伝子の破壊株の増殖は他の株に比
べて悪くなることが期待される。したがって、あ
る薬剤に対して特異的に強く増殖阻害を受ける遺
伝子破壊株を同定できれば、そこから作用機序解
析のヒントが得られるはずである。
3.出芽酵母全遺伝子破壊株セット
YDSを利用した遺伝学的な標的遺伝子同定法に
は二つの考え方がある。一つは Drug-induced
haploinsufficiency(薬剤によって特異的に誘導
される、一倍体であるがゆえの不十分性)という
phenotype を利用するものである(5)
。この原理
は「ターゲット分子のコピー数低下がその薬剤に
特異的な感受性化を誘導する」というところにあ
る。例えばある濃度の薬剤存在下では野生株すな
わちターゲット遺伝子をホモで持つ株に比べてヘ
テロノックアウト変異株の増殖が遅れるという
phenotype を示す。したがって、ターゲット未知
の化合物についてヘテロノックアウト株に対する
感受性試験を行うことで、そのターゲットもしく
は関連遺伝子が浮かび上がる。Lum らはこの方法
を用いて様々な疾患治療剤 78 種類の作用機序を
行った結果、狭心症治療剤 molsidomine のター
ゲットとしてラノステロール合成酵素遺伝子
ERG7を同定し、この薬剤の副作用であるコレステ
ロール降下の原因を突き止めた(6)
。またこの方
法の提唱者である Giaever らは、適応症の異なる
3種類の薬剤が同じ株に対して haploinsufficiency を誘導することを発見しこれらに共通し
た化学構造の存在を見出した(3)。
もう一つは synthetic lethality (合成致死
◆略 歴◆ 塚原 克平
:エーザイ(株) シーズ研究所・統括課長
克平:
北海道大学大学院修士課程卒業後、1989 年エーザイ株式会社入社。1993-1996 年東京大学医学部第一生化学教室にて酵
母研究に従事し、その後博士号取得。エーザイ帰社後、酵母を用いた薬剤作用機序解析研究を担当し現在に至る。
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
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性)を利用した方法である。これは酵母遺伝学で
同時培養し、経時的に濁度測定を行って増殖曲線
はポピュラーな考え方である。例えばある遺伝子
を描くことにした。さて問題は薬剤感受性株の検
の単独破壊株が生育可能であるとき、さらにもう
出である。増殖阻害を定量化する方法は倍化時間
ひとつ別の遺伝子を破壊すると生育不能となる場
や傾きを算出する方法などが知られているが、遺
合、2つの遺伝子は synthetic lethal(合成致
伝子破壊株の増殖速度はもとより様々で、薬剤に
死)の関係にあるという。これをゲノムの総当り
対する感受性パターンも株毎、薬剤毎に異なるた
で探索すれば遺伝子毎に synthetic lethal と
め、既存の増殖測定法では判定が困難であった。
なる相手の遺伝子のリストができることになる。
そこでわれわれは dry と wet の議論を重ね、最終
実際にトロント大学の Boone らは約 4700 ある非
的に薬剤処理データと非処理データの2つの増殖
必須遺伝子ノックアウト株についてこの膨大なプ
曲線で囲まれた面積(ARS: area score)を、独
ロジェクトを進めている(7)
。この2つの遺伝子
自のスコアリングアルゴリズムを用いて計測する
破壊の片方を薬剤による機能阻害に置き換え、薬
剤に対して超感受性となった単独破壊株(いわば
方法を見出した(図1)
。 ARSは、増殖速度の大き
く異なる細胞群の増殖を同時に比較することや、
chemical synthetic lethal)のリストを作成し、
異なる感受性パターンを示す細胞を一律に評価す
これと一致するプロファイルを持つ遺伝子破壊株
ることを可能とするばかりでなく、はずれ値の影
をデータベースから探し出すことでターゲット遺
響を受けにくいことや、最低2点のタイムポイン
伝子がわかる。Parsons らは既知薬剤についてコ
トがあれば計算できるなど、非常に実用的な指標
ンセプトの検証を行い、その有用性を報告した
であった。したがってわれわれはこの ARS を、シ
(4)。現在のところ synthetic lethal のデータ
ステムの根幹となる新たな定量的薬剤感受性検出
ベースが不完全であるが、完成すればこの方法も
指標として採用し、すべての YDS 実験データを
ターゲット同定の強力なツールとなることが期待
データベース化していく方針を固め、様々なデー
されるし、すでに現状においてもどのような遺伝
タ解析機能を搭載した網羅的薬剤作用機序解析シ
子破壊株が薬剤感受性を示すかを知ることによ
ステム Zucchini の開発へと進んでいった。実際
り、作用パスウェイ予測を行うことが可能であ
にいくつかのターゲット既知化合物について検証
る。
を行ったところ、ARS による感受性評価によって
ターゲット遺伝子が見出されることを確認した。
4.創薬現場で使えるシステムの構築
われわれもこの方法に興味を持ち導入を試み
た。しかしながら、いざ自分達の研究室で YDS 法
を実施するためには、破壊株セット自体は購入可
能であるものの、細胞増殖の検出法に課題があっ
た。上述の先行研究ではコロニーの大きさを目視
判定する方法、もしくは特別な DNA マイクロアレ
イを用いた方法を使用しているが、前者は非定量
的であり、また後者はアレイが簡単に手に入らな
いことが問題となった。そこでわれわれは一般に
製薬会社でよく使われている機器(マイクロタイ
タープレートと自動分注機、および吸光度計)を
使って簡便にYDS法を実施できるシステムの構築
に取り組むことにした。細胞増殖の指標として
は、最もよく用いられている濁度(OD650)を採用
した。また作業をハイスループット化するために
384 ウェルプレートでの培養法を確立した。具体
的には約 6000 株の遺伝子破壊株セットを 17 枚の
384 ウェルプレート上、薬剤存在下・非存在下で
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
5.研究者のセンスを刺激する解析機能
YDS 法では一実験につき約 6000 の ARS 値が算出
されるが、これをどのような解析結果として表示
するかが標的未知化合物の作用機序研究には大変
重要である。単なる数字の羅列では wet 研究者に
とって何の情報にもならず、そこから薬剤の作用
機序や標的分子を言い当てることなどとても不可
能である。DNA microarray をはじめとする多く
の網羅的解析実験が今もって同様の課題を抱えて
いるように、YDS 法においても、そこから生物学
的な意味が見えてくるような解析機能が絶対に必
要であると考えていた。しかしながらこれについ
ては先行研究の中にも答えがなく、独自にその方
策を探る必要があった。そこでわれわれは実験結
果の表示法として、2薬剤のデータを散布図表示
し、共通の GO(Gene Ontology)アノテーション
情報を持つ遺伝子破壊株をハイライトさせる機能
を考案した。GO アノテーションはプルダウンメ
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有効時間 t
吸
光
度
面積 S
経過時間 ( hours)
図1 ARS法ではどのような増殖阻害パターンでも評価可能
ニューにより自由自在に選択することができ、リ
DNA microarray や proteome データとの統合機能
アルタイムでハイライトが変わっていくようにし
等、実用的な解析ツールが数多く搭載されてい
た。この機能により、2つの薬剤間に共通な遺伝
る。
子や、それぞれに特異的な遺伝子の破壊株群が感
受性を示したかが一目でわかるようになった。一
例として、スクワレン合成酵素阻害剤 Zaragozic
acid Aとチューブリン重合阻害剤Benomylとの比
較プロットを示す(図2)。X軸にBenomyl感受性、
Y 軸に Zaragozic acid A 感受性がプロットされ
ている。例えば tubulin folding という GO を黄
色にハイライトしてみると、これらの遺伝子破壊
株がBenomylに対し特異的に感受性を示している
ことがわかる。一方、endosome membrane のハイ
ライトでは Benomyl 感受性を示す株は一つもな
く、この遺伝子機能が Zaragozic acid A と密接
な関連を持つことを見出せる。このような機能以
外にも基本的ツールとして個々のグラフサムネイ
6.おわりに
Zucchiniに搭載されている解析機能や表示機能
は、全てわれわれ wet 研究者が要望し、dry 研究
者がそれに応えて実現していったものである。
Zucchiniを使えば実験から解析までを最短2日で
完了することができるという、大変な高速作用機
序解析が現在では可能となっている。YDS 法は創
薬研究において現在のところ最も実用的な細胞ア
レイであると考えられるが、そこで培われたノウ
ハウは、近い将来に実用化されるであろう網羅的
RNA干渉法を用いたヒト細胞アレイ等による薬剤
作用機序解析にも生かされるものとわれわれは確
信している。
ル表示機能付き結果一覧表示機能やヒストグラ
ム、クラスタリング機能、公知情報との比較機能、
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SNF7
SNF7
VPS36
VPS36
STP22
STP22
Zaragozic acid A感受性
SNF8
SNF8
VPS20
VPS20
VPS25
VPS25
VPS28
VPS28
SRN2
SRN2
DID4
DID4
VPS24
VPS24
YKE2 CIN1 PAC2
PAC2
PAC10
PAC10 YKE2 CIN1
GIM5
GIM5
ALF1
ALF1
GIM4
GIM4
Benomyl感受性
図2 GOハイライト機能による薬剤特異的遺伝子の検出
謝辞
本研究は、wet 研究をエーザイ(株)シーズ研究所 日向麻紀代が、dry 研究を三井情報開発(株)
松月宏天がそれぞれ主担当として行ったものである。
参考文献
1) Tsukahara K., et al. : Mol. Pharmacol., 2001 Dec; 60(6): 1254-9.
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社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
薬学研究ビジョン部会からのお知らせ 1
第2回 ( 平成 1 6 年度
年度)
)
薬学研究ビジョン部会
部会賞の選考結果の発表
部会賞選考委員会において、候補者を推薦し、
部会賞受賞者と表彰対象内容
小田 吉哉 (エーザイ㈱ ・シーズ研究所)
「生体分子の分離定量法の開発に関する研究」
1次審査として書類選考を行いました。さらに、
2次審査を行い慎重に審査した結果、次の3名の
菅
敏幸
(静岡県立大学薬学部 薬品製造化学教室)
先生方を平成16年度部会賞受賞者として選考しま
「有機合成を基盤とするγセクレターゼの機能
選考委員会において、
書類選考の結果に基づいて、
解析研究」
した。
なお、本年 7 月 21 日∼ 7 月 22 日に開催する第6
回創薬ビジョンシンポジウムにおいて、受賞式と
受賞講演を行う予定です。
森下 真梨子 (星薬科大学 薬剤学教室)
「インスリンに代表されるペプチド/タンパク
質医薬の経口デリバリーシステムの開発研究」
平成 16 年度部会代表 馬場 嘉信
平成 16 年度部会賞選考委員長 辻本 豪三
第3回
( H 1 7 年度)
薬学研究ビジョン部会賞の推薦
年度)薬学研究ビジョン部会賞の推薦
応募要領
1)推薦者 自薦・他薦 いずれも可。
2)受賞の対象 薬学研究に関する明確なビジョンをもち、創薬を目指して境界領域において独創的な研究業績を
あげつつあり、薬学の将来を担うことが期待される研究者に授与する。日本薬学会奨励賞の受賞者で、
その受賞対象の主要部分が同一の場合は受賞対象としない。受賞年度の4月1日に満45歳以下で、
原則本部会会員であること。
3)授賞件数 数件
4)表彰
受賞者には、賞状(楯)を贈る。
5)推薦締切 平成17年11月初旬
6)推薦方法 推薦理由書(自薦・他薦いずれの場合も、500-1000字程度)および業績リストを所定の書式(部会
ホームページからダウンロード)に準じて作成し、電子メールの添付書類として平成17年度部会賞選考
委員長に送付すること。
7)授賞式 平成18年度7月シンポジウム時
8)備考
受賞者には、授賞式時に受賞講演をお願いするとともに、その研究業績をまとめてAnnual Reportの
執筆をお願いする。また、シンポジウムでの講演をお願いすることもある。
9)推薦書類提出先
薬学研究ビジョン部会 部会賞選考委員長
辻本 豪三 E-mail:[email protected]
http://www.pharm.or.jp/bukai/index.html
平成17年度部会代表 馬場 嘉信
平成17年度部会賞選考委員長 辻本 豪三
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
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社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
薬学研究ビジョン部会からのお知らせ 2 ★第7回創薬ビジョンシンポジウム(予告)
開催日:平成 18 年 2 月 22 日(水)、23 日(木)
場 所:東京ビックサイト 期間中、同場所で nanotech 2006/Nanobio EXPO 2006 が開催される
オーガナイザ:馬場 嘉信(名古屋大院・工)
co- オーガナイザ:小田 吉哉(エーザイ㈱・シーズ研究所)
主 題:ナノテクノロジー・ナノバイオテクノロジーと創薬・医療(案)
∼創薬・医療ニーズとナノテク・ナノバイオシーズのマッチング∼
★第 4 回部会フォーラム(予告)
開催日:平成 18 年 3 月 28 日− 30 日のいずれかの日
場 所:日本薬学会第 126 年会(仙台)のシンポジウムとして開催
オーガナイザ:横井 毅(金沢大・薬)
co- オーガナイザ:神沼 二眞(広島大学・プロジェクト研究センター)
主 題:核内受容体と生活習慣病
★平成 1 7 年 度 ・ 薬学研究ビジョン部会常任世話人
石黒 正路(サントリー生有研)、大和田 智彦(東大院・薬)[副代表]、
杉山 雄一(東大院・薬)、鈴木 洋史(東大病院)、高柳 輝夫(第一製薬)
、
辻本 豪三(京大院・薬)、長洲 毅志(エーザイ)、夏苅 英昭(東大院・薬)、
西島 和三(持田製薬)、馬場 嘉信(名大院・工)[部会代表]、
三橋 晴美(アベンティスファーマ)、横井 毅(金沢大・薬)[副代表]、
加地 範匡(名大院・工)〔事務局〕
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社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
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編 集 後 記
Pharma VISION NEWS 第 6 号をお届けいたします
今号では、藤井基之先生より巻頭言「科学技術政策と創薬」をいただきました。折しも 7 月 8 日に厚
生労働省から 2005 年の後発医薬品等薬価追補収載が官報告示されました。新規収載品のうちには、日本
発の大型医薬品、ランソプラゾール(
「タケプロン TM」
、消化性潰瘍治療薬)
、塩酸タムスロシン(
「ハル
TM
TM
ナール 」
、排尿障害改善薬)
、ボグリボース(「ベイスン 」
、糖尿病治療薬)、エパレルスタット(
「キネ
ダック TM」
、糖尿病性末梢神経障害治療薬)なども含まれています。すでに一昨年、大型製品プラバスタ
チン(
「メバロチン TM」
、高脂血症治療薬)の後発品が参入し話題になりましたが、今後は 1980 年代後半
に特許出願された医薬品の後発品の参入が続くことになります。日本では後発品のシェアはまだ低い現
状にありますが、新薬の創製が難しくなっている状況下、医療費削減を求める社会的要請と新薬創出に
賭けるメーカーの立場も考慮し、様々な角度から後発品や薬価について議論すべきではないかと思いま
す。
薬学研究ビジョンでは、五島直樹先生、野村信夫先生には平成 12 年からスタートした NEDO プロジェ
クト「タンパク質機能解析・活用プロジェクト」について、また、菅敏幸先生、福山透先生には平成 16
年度から発足した特定領域研究「生体機能分子の創製」について紹介していただきました。これら二つ
のプロジェクトの成果に期待したいと思います。
薬学研究最前線では、太田茂先生、小島深一先生、塚原克平先生にご執筆をお願いいたしました。薬
学研究ビジョン部会では日本薬学会年会時にフォーラムを開催しており、お蔭様で毎回好評を博してお
ります。これらの先生方にはそれぞれ第 1 回(長崎)、第 2 回(大阪)、第 3 回(東京)で開催されたフォー
ラムでご講演いただきました。本号では、そのご講演内容をベースにして研究を紹介していただきまし
た。
さて、本部会では、薬学研究に関する明確なビジョンをもち、境界領域において創薬を目指し独創的
な研究業績をあげている研究者を対象に部会賞を設けております。応募(自薦・他薦いずれも可)をお
待ちいたします。詳細は本誌、部会からのお知らせコーナーをご覧ください。
来る 7 月 21 日(木)、22 日(金)には第 6 回創薬ビジョンシンポジウム(於、東京大学・医学部)が開
催されます。今回は「薬効・副作用発現およびそれらの個人差の解析・予測法」を主題にしております。
多数の皆様とお会いできますことを楽しみにしております。
(夏苅英昭)
発行
: 薬学研究ビジョン部会(部会代表:馬場嘉信)
発行:
編集委員会:
夏苅英昭(委員長)、長瀬 博
鈴木洋史(副委員長)、辻本豪三、
長洲毅志、渕上尚子(編集事務局)
編集事務局:
編集委員会からのお知らせ
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この Pharma VISION NEWS は、本部会が年 2 回
の予定で部会員宛にメール発信致します。ご
希望の方は、薬学研究ビジョン部会事務局宛
にお問い合わせ下さい。
部会員登録が必要です。部会員登録用紙は、部
会 H P から P D F でダウンロードしてください。
部会員の登録には、入会金・年会費は無料で
す。日本薬学会の会員でなくても部会員登録
はできます。
投稿原稿を募集いたします。詳細は編集事務
局宛にお問い合わせ下さい。
Pharma VISION NEWS No.6 (July 2005)
東京大学大学院薬学系研究科 創薬理論科学教室内
TEL & FAX:03-5841-4775
Email:[email protected]
薬学研究ビジョン部会事務局
:
薬学研究ビジョン部会事務局:
☆お問い合わせや所属変更のご連絡等はこちらへ
名古屋大学大学院工学研究科 馬場研究室内
〒464-8603 名古屋市千種区不老町
TEL:052-789-4611 FAX:052-789-4666
E-mail:[email protected]
*本誌の全ての記事、図表等の無断複写・転写を禁止
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