第5号 - 日本薬学会

日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
Pharma
VISION NEWS
No.5
( January 2005 )
Index
☆ 巻頭言
創薬における死の谷 − ゲノム創薬の隔靴掻痒 −
平岡 哲夫
(三共有機合成(株))
2
ケモゲノミクス − 創薬へ向けて −
金久 實
(京都大学化学研究所/東京大学医科学研究所)
(2) ナノメディシンプロジェクト
菅 弘之
(国立循環器病センター研究所)
3
☆ 薬学研究ビジョン
(1)
6
☆ 薬学研究最前線
DNA/RNA 修飾機能を目指したインテリジェント人工核酸
佐々木茂貴
(九州大学大学院薬学研究院)
(2) ペプチド、タンパク質医薬の経口製剤化へのチャレンジ
森下真莉子
(1)
10
15
(星薬科大学)
☆ 薬学研究解説
マラリア治療薬の開発研究 − 人類史全般に亘って脅威を
与え続けてきた疾病との戦いの最前線 −
竹内 勤
(慶應義塾大学医学部)
20
☆ 薬学研究ビジョン部会からのお知らせ
薬学研究ビジョン部会賞授賞式の模様と部会賞応募要項
第 3 回フォーラムの案内と今後の創薬ビジョンシンポジウムの予定
☆ 編集後記
夏苅 英昭 (東京大学大学院)
24
25
26
社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
巻頭言
創薬における死の谷 ―ゲノム創薬の隔靴掻痒―
平岡 哲夫 三共有機合成株式会社
大手製薬企業の新 薬
創出数が世界的に減少し
つつあると 指摘されてい
る。一方「ゲノム創薬」と
いう言葉はフィーバーと
いえるほどに其処彼処に
あふれ出ていると共にそ
こから生ずる華々しい結
果( 新薬) に対する 期待も大 きい。そこでマ ス メ
ディアに も多数 とりあげられている「ゲノム 」、
「プロテオミクス」の研究の繁栄とはうらはらに
それを利用した新薬創出の進展が遅滞傾向 にある
理由を少し考察してみたい。
第一に言えることは「特定病因論」(一つの病気
には一つの原因又は原因物質が対応する)を解決
する薬は既に古典的方法や近代科学 をもって解決
済みである。現在未解決のまま残されている上に
強力に必要とされる 薬は多因子病又 は複数遺伝子
関与の病気に対するものであり本質的に開発困難
性が大きい(勿論例外はある)。
第二の新薬開発遅滞傾向 に対する要因としてあ
げられることは一連の創薬シークエンスの段階で
研究開発時間短縮困難な部分が主として2箇所存
在することである。即ち、それは創薬ターゲット
遺伝子のバリデーションと臨床試験である。一般
的に或る病気に関する新しい遺伝子 をみつければ
すぐに創薬ラインにのせて 化合物ライブラリーや
コンビケム を使用しハイスループットスクリーニ
ング(HTS)を駆使し候補化合物がみつかるものと
漠然と理解されているようである。しかし、現在
では、病気の種類と方法にもよるが、ある病因遺
伝子が単独でみつかる場合はほとんど無くその絞
り込んだ段階でも 20-30 個の候補遺伝子が残る。
しかしこれを一つに絞らなければ創薬研究 は成り
立たないし、一つに絞り込んだとしても薬のター
ゲットとしては不適であることが何年か後に判明
することもある。そこで、従来法による多くの生
化学的実験、ノックアウトマウスの作成、最近確
立されつつある RNAi 実験等多くの労力と時間が
バリデーションの為に必要となる。これらの途中
で運が悪ければ 2-3 年、場合によっては 4-5 年前
に戻って実験をしなければならないケースも生じ
るのである 。また、臨 床 試 験の 初 期 段 階で P O C
(Proof of Concept)、はなはだしい場合は Phase
Ⅲの段階 で作 用のポ ジ テ ィ ブ な確認 がとれない
ケースも増加しているのが現状である。従って、
「ゲノムが解れば生命現象のすべてが説明できる
し、創薬もたやすくなる」と宣伝されすぎたきら
いがある。これらにつき参考となる意見として東
大先端研の児玉龍彦教授による「逆システム学」
(岩波新書)があるし、関係者談として「現在世界
で最も売れているコレステロール低下剤HMG-CoA
リダクターゼ 阻害薬はゲノム創薬から生まれる可
能性は極めて低い」(理由は紙面の都合で割愛)と
いうものがある。しかしながら一方で解析用 DNA
チップ等の進展はめざましくゲノム創薬の重要性
は将来も増大してゆくと思われる。
上記のような事情により米国製薬業界大手企業
でさえ自社開発品のみでは長期的存続に問題あり
として、年間何千億円もの研究開発費のかなりの
部分を大学との連携、ベンチャー企業との提携・
製 品 導 入・買収に つ い や し て い る と 言われてい
る。狭義のゲノム創薬の進展が遅いが一方ではゲ
ノム情報(薬剤反応性遺伝子の多型解析、P-450関
連遺伝子解析等)(ファーマコジェノミクス)に関
する研究の進展はめざましいものがある。しかし
これらを利用したテイラーメイド医療への実現化
には健康保険への適用、統計学的思考への一般の
理解の 普及等 それなりの 時間 が必要 と考 えられ
る。従って日本の創薬関連研究者にゲノム創薬で
の飛躍的・効率的方法論でのブレイクスルー的発
見・開発を期待してやまない。
◆略 歴◆ 平岡 哲夫:三共有機合成株式会社・取締役社長
1958 年東京大学医学部薬学科卒業後、三共株式会社入社、研究所に勤務。1968-1970 年米国Harvard大学化学科博士研究
員。1987 年三共・活性物質研究所長、1993年同社化学研究所長、1994 年同社取締役、1999 年同社取締役研究本部長、以
後常務取締役、専務取締役、代表取締役副社長を歴任。2002 年 6 月から現職。
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薬学研究ビジョン(1)
ケモゲノミクス−創薬へ向けて−
金久 實 京都大学化学研究所 / 東京大学医科学研究所
1. はじめに
見えない状況にある。広い意味では、ケモゲノミ
ケモゲノミクス(chemogenomics)あるいはケ
クスとはこのケミカル空間を探索し、生命と環境
ミカルゲノミクス(chemical genomics)とは、生
との相互作用を理解していく学問分野でもある。
体と何らかの 意味で関わりをもつ化合物 の総体を
こ の よ う な ケ ミ カ ル情 報 の 重 要 性 を 考 慮 し、
解析する分野である。ゲノミクス、プロテオミク
我々の 21世紀COEプログラムでは以下の3つの先
ス、メタボロミクスが、それぞれ生体内に存在す
端研究領域を設定して、情報系と実験系の共同研
る遺伝子、タンパク質、代謝物質を対象としてい
究を行っている。
るのに対し、ケモゲノミクスでは生体内物質だけ
薬理ゲノミクス:
でなく、生体と相互作用をする物質、とくに薬物
ゲノム情報の系統的解析
の候補となるリード化合物や、細胞や組織の状態
創薬ターゲット探索とパーソナライズド医療
を計測するプローブなど、有用化合物を系統的に
ケモゲノミクス:
探索することが大きな目的である。2003年秋に発
ケミカル情報の系統的解析
表された米国 NIH のロードマップでは、ヒトゲノ
リード化合物探索
ム解読の次のステップとして、このケモゲノミク
環境ゲノミクス:
スが新たな重点項目に取り上げられている。
ゲノム情報とケミカル情報の関連解析
京都大学で は、化学研究所バ イ オ イ ン フ ォ マ
二次代謝と天然物の知識に基づく創薬
ティクスセンターと薬学研究科が連携して、2003
年度より 21 世紀 COE プログラム「ゲノム科学の知
薬理ゲ ノ ミ ク ス は従 来か ら あ る方 法 論 である
的情報基盤・研究拠点形成」を実施している。こ
が、ケモゲノミクスを導入し、さらにゲノムとケ
のプログラムの計画立案を 行ったのは 2002 年秋
ミストリーを融合した環境ゲノミクス を設定して
からであるが、米国の動きとは独立に、我々もケ
いる点が、本プログラムの特色である。
モゲノミクス を重点項目の1つとしてとりあげて
いる。ここでは、本プログラムのケモゲノミクス
3. ゲノムとケミストリーの融合
の考え方、より広くゲノムとケミストリーを融合
NIH ロードマップに基づき全米に設置されつつ
した考え方と、創薬研究への展開を紹介する。
あるケミカルゲノミクスセンターでは、創薬リー
ドだけでなく、細胞や組織の状態を検出する計測
2. ゲノム空間とケミカル空間
プローブなど、より幅広い有用化合物のスクリー
高等生物から微生物 までゲノム解読がルーチン
ニングが開始された。パーソナライズド医療にお
化され、地球上の生命がもつゲノム情報のレパー
いても、単に個人のゲノム情報を利用するだけで
トリー(これをゲノム空間と呼ぶ)がしだいに明
なく、個人の細胞や組織の化学的な状態や特徴を
らかになりつつある。これに対して、自然界の一
計測することができれば、より適切な投薬等の治
部としての生命に関与する化学物質や化学反応な
療を行うことが可能になるわけである。これに伴
どケミカル情報のレパートリー(これをケミカル
い NCBI(米国バイオテクノロジー情報センター)
空間と呼ぶ)については、まだ全体像がまったく
は文献情報(PubMed)、配列情報(GenBank/RefSeq)
◆略 歴◆ 金久 實:京都大学化学研究所/東京大学医科学研究所・教授
1975年東京大学大学院博士課程修了。1976-1985年米国ジョンスホプキンス大学研究員、ロスアラモス国立研究所研究員、
国立衛生研究所(NIH)主任研究員。1985年京都大学化学研究所助教授。1987年同・教授に昇任。1991-1995および2002.7現在、東京大学医科学研究所教授を併任。日本のヒト・ゲノム解析計画(1991-2000)の代表研究者。日本バイオインフォ
マティクス学会会長(1999-2003)。
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に続く第3 の柱と し て、化合物情報(PubChem )
(鋳型)に基づく複製・転写・翻訳で合成される。
データベースの構築を始め、これまで有料でしか
これに対し、糖鎖、脂質、多くの二次代謝物質の
入手できなかった化学構造データの公共化に着手
構造はテンプレートに書かれているのではなく、
した。このような米国のアプローチは、図に示し
生合成経路に 書か れ て い る。このような生 合 成
た通り、ケミカル空間の系統的なスクリーニング
コード は遺伝 コ ー ドに比 べ て は る か に複 雑であ
である。対象は異なるが、考え方はこれまでのゲ
り、そ の ご く一 部 分が 解読さ れ て い る に す ぎ な
ノム空間のスクリーニングと同じで、絨毯爆撃的
い。一方、抗生物質や生薬・薬用植物など、生物
なやり方である。
が生産する化合物には、これまでの経験と知識か
これに対して我々は、ゲノム空間とケミカル空
ら様々な有用性が見いだされ活用されている。多
間は本質的につながったものであるとの 考えに基
くの生物種の全ゲノム配列が決定されるに伴い、
づき、ゲノムとケミストリーを融合した論理的な
ゲノムの情報から個々の生物が作り得る化合物の
アプローチをとっている。実際、ゲノム情報を担
レパートリーを推定できれば、新たな有用化合物
う基本部品(タンパク質など)とケミカル情報を
を見いだすことができるだろう。さらに、作られ
担う基本部品(化合物など)は、部品間の配線図
る化合物の多様性と遺伝子(酵素)の多様性の関
すなわち相互作用ネットワーク あるいは 反応ネッ
連を、生合成コードの観点から統合し、一般的な
トワークとして本質的なつながりがある。我々が
法則を見いだすことにより、新規化合物のデザイ
構築している KEGG データベース(www.genome.jp/
ンも可能になると考えられる。我々のプログラム
kegg/)では、このような配線図は KEGG のパスウェ
では環境ゲノミクスとなづけた研究領域で、天然
イマップとして 表現さ れ て い る。NCBI のデータ
物に関するこれまでのデータ、関連する生物種の
ベースが既知のデータをすべて蓄積・提供するこ
ゲノム情報、および合成・分解経路に関する知識
とに主眼があるのに対し、KEGG では細胞・個体と
を集約し、ゲノムとケミストリーを融合したバイ
いった生命システムをコンピュータに再現するこ
オ イ ン フ ォ マ テ ィ ク スの 新た な方 法 論を 開発し
とを目的とし、基本部品と配線図のデータベース
て、創薬等の応用研究に適用することを目指して
化を行っている。これにより、基礎的な研究成果
いる。
を得るだけでなく、有用遺伝子や有用化合物の発
見においても、より論理的なアプローチがとれる
5. 生体内化学反応の体系化
と考えている。
そのような バイオインフォマティクス の方法を
1つ紹介する。生体内化学反応のほとんどは酵素
4. 生合成コードの解明
によって触媒されている。1960 年代より、既知の
遺伝情報を担う DNA、RNA、タンパク質は、分子
酵素には EC (Enzyme Commision) 番号がつけら
生物学のセントラルドグマとしてすでに 明らかに
れ分類されている。EC番号は4つの数字の組で表
なっているように 、遺伝コ ー ド と テ ン プ レ ー ト
現され、最初の3つは反応のクラス、サブクラス、
ゲノム空間とケミカル空間の探索と解析
創薬ターゲット
有用遺伝子
有用タンパク質
ゲノムと環境の普遍性と多様性
遺伝コードと生合成コード
病気の遺伝要因と環境要因
生物界と自然界の統一原理
論理的発見
創薬リード
計測プローブ
有用化合物
論理的発見
ゲノムとケミストリーの融合
相互作用・反応ネットワーク
スクリーニング
スクリーニング
(従来の方法論)
(新しい米国の方法論)
ゲノム空間の知識
分類・
体系化
知識集約
ゲノム空間(ゲノム、トランス
クリプトーム、プロテオーム)
4
ケミカル空間の知識
分類・
体系化
知識集約
ケミカル空間(ケミカルゲノム、
メタボローム、グライコーム)
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サブサブクラスを表現し、4つ目は基質特異性を
あるいは酵素遺伝子の分類にも使われている。ご
見つかった順番で番号づけしたものである。現在
く当たり前のことであるが、この二重性が、実は
の EC 番号の体系では、4000 近くの EC 番号が 223
ゲノムとケミストリーの融合という、非常に重要
種類の反応サブサブクラスに分類されている。今
な意味をもっている。植物の二次代謝物質では、
後とも EC 番号は増え続けるだろうが、それはほ
化合物の化学構造は知られているのに、合成経路
とんど基質特異性の違いで、反応の種類としては
や関与する酵素については分からないケースが多
それほど増えないと思われる。EC番号はそれなり
い。我々の方法を適用すれば、化学構造のセット
に有用な命名法であるが、手作業で番号づけが行
から反応のネットワークを予測し、さらに存在す
われていること、酵素が存在することを確認した
べき酵素遺伝子のセットを予測し、ゲノムと照合
論文がなければ番号づけをしないルール であるこ
することができる。逆にゲノムの情報から反応の
とから、ゲノムワイドな解析には不向きである。
ネットワークを予測し、合成され得る物質を予測
KEGGにおいても、パスウェイ上で反応が存在する
することも、将来的 には可 能であると 考え て い
ことは間違いないのに、個々の反応に関する論文
る。現在で もゲ ノ ムに 含ま れ る糖 転 移 酵 素の レ
がないため EC 番号がついていないケースが多々
パートリーから可能な糖鎖構造を予測したり、発
ある。
現データにある糖転移酵素のレパートリーの変化
そこで、我々は化合物の化学構造情報だけから
から糖鎖構造 の変化を予測したりする試みを行っ
反応分類を自動的に行う方法を開発した。まず、
ている。このようにゲノム空間とケミカル空間の
化学構造中の C, N, O, P, S といった原子を、ま
関連を知ることにより、相互にデータや知識を補
わりの環境あるいは官能基 を考慮して 68 種類の
い、また制約を加えて探索空間を狭めることがで
アトムタイプに分類する。これに基づき2つの化
きるわけである。
学構造のアライメント を行うグラフ比較アルゴリ
ズムを開発した(Hattori et al., JACS 1 2 5 ,
6. おわりに
11853 (2003))。次に、酵素反応の反応式を基質
ゲノム空間とケミカル空間のスクリーニングで
と生成物のペア(一般に複数ある)に分解し、そ
創薬ターゲットや創薬リードを見つける アプロー
れぞれに構造アライメントを適用すると、構造変
チは資金力があれば可能だが、ヒット率は非常に
化のパターン を抽出することができ 、これを R C
低いと思われる。創薬リードについては以前から
(Reaction Class) 番号として分類した(Kotera
す で に か な り の化 合 物 が 探 索 さ れ 、 d r u g -
et al., JACS 1 2 6 , 16487 (2004))。RC番号の数
likeliness といった指標も定 義されているわけ
は 1000 以上あり、EC サブサブクラスよりずっと
で、ケモゲノミクスでどれだけ新規化合物が見つ
細かい反応分類となっている。一般に複数のRC番
かるか興味深い。一方、計測プローブとしての有
号の組み合わせが1つの EC番号に対応するが、両
用化合物は未知の領域であり、多くの新規化合物
者の関係はかなり複雑で、EC番号の問題点も明ら
が見いだされるのではないだろうか。ヒトゲノム
かになった。一方、現状では RC 番号は EC 番号の
解読が終了して個々の遺伝子の知的所有権確保の
3桁目までしか対応していないので、4桁目の基
段階もほぼ終了し、米国は国家戦略として低分子
質 特 異 性に つ い て も自 動 的な 分類を 開 発 中であ
化合物の知的所有権確保を狙っているものと思わ
る。今後は IUBMB/IUPAC 生化学命名委員会(以前
れる。これに対し残念ながら、わが国のポストゲ
の Enzyme Commission)と協力して、RC 番号を用
ノム研 究では 、ト ラ ン ス ク リ プ ト ー ム、プロテ
いた EC 番号づけのコンピュータ化や、論文のな
オーム、多型(SNP)といったゲノム空間のスク
い反応に対する仮の E C 番号づけを行う予定であ
リーニングは盛んに行われているが、ケミカル空
る。
間の重要性は全く認識されていない。我々は米国
EC 番号は本来、酵素反応の分類であるのだが、
とは相補的なアプローチで、ケミカル空間を考慮
ゲノムのアノテーション で遺伝子に EC 番号がつ
した新しい創薬研究を開拓したいと考えている。
けられていることから明らかなように、酵素分子
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薬学研究ビジョン(2)
ナノメディシン (Nanomedicine) プロジェクト
菅 弘之 国立循環器病センター 研究所
1. はじめに
2. 指定研究課題
ナノメディシン・プロジェクトは、平成 14 年
本プロジェクトは、その研究体制・課題図(図
度から5年間の予定で厚生労働科学研究の萌芽的
1 )のように 4 課題に大 別されている( h t t p : / /
先端医療技術推進研究の一つとして発足し、指定
nano.jaame.or.jp/medicine/report/shitei/
研究(5 課題、計約 6 億円/年)と公募研究(22
index.html)。それぞれの研究概略は、次のよう
課題、計約 6 億円/年)に 2 分されている(http:/
である。
/www.mhlw.go.jp/wp/kenkyu/gaiyo04/0208.html)。その指定部分は厚生労働省直轄の国立
2-1. 超微細画像(ナノイメージング)
高度専門医療 センターで あ る 国 立 循 環 器 病セン
ナノレベルイメージングによる 分子の機能およ
ター、がんセンター、精神神経センター、成育医
び構造解析(主任研究者:国立循環器病センター
療センター、国際医療センター)と国立医薬品食
研究所 盛 英三)循環器・脳神経疾患等の制圧
品衛生研究所、及び(財)医療機器センターを中
の た め にナ ノ テ ク ノ ロ ジ ーを 駆使し て、病態解
心に大学、独法研究機関 、民間企業等の研究者が共
析、早期診断・治療法の開発を推進することを目
同して研究を行ってきた(http://nano.jaame.or.jp/
標に、イメージングによる細胞・組織内での分子
medicine/index.html)。
機能解析、分子構造決定による構造生物学的アプ
本プロジェクトの目的は、我が国が世界に誇る
ローチによる創薬、臨床画像診断技術の開発、新
ナノテクノロジー(nanotechnology)の基盤研究成
規医用材料の開発等を行っている。
( 原著論文113
果や技術を積極的に医療分野への応用研究
編、特許出願 3 件)
(translational research)に有効利用することに
・ 循環系分子構造イメージング(盛 英三、他)
よって、新規の医療技術・機器開発や創薬等の成
心筋収縮蛋白調節分子の結晶化試料設計 と発現
果に導き、「健康日本 21」や「健康フロンティア
系改良、心筋イオン交換輸送体調節因子複合体
戦略」に代表される国民健康増進政策に貢献して
の結晶構造解析、プロスタグランジン関連蛋白
行き、同時に科学技術創造立国を目指す我が国の
の大量発現、細胞内情報伝達分子の結晶化等の
産業活性化に貢献することにある。
成果を得た。
本プロジェクトのナノメディシンの意図すると
・ 循環系分子機能イメージング(国立循環器病
ころは原子、分子サイズのナノ(10 )m レベルで
センター研究所 望月直樹、他)FRET によるヒ
生体の構造と機能を観察、計測、制御、修飾、代
ト大動脈内皮細胞運動の極性形成時の Rap1 の
替等をする技術、機器、材料を開発し、これらを
活性化の可視化、流れ負荷時の Rho 活性化の可
遺伝子、蛋白質、細胞、組織、臓器、器官系から
視化、変異ミオシン 作成と アクチン滑走能測
個体までの幅広いレベルでの医学研究や医療に応
定、変異・野生型ミオシンの ATP 依存性頭部構
用しようとするものである。これと類似の意図で
造変化の予想、ミオシンステップサイズ測定等
米国でもナノメディシンが N I H (米国健康機構)
の成果を得た。
ロードマップの 中心課題の一 つとなっている
・ 神経系分子機構イメージング(国立精神神
(http://nihroadmap.nih.gov/nanomedicinelaunch/)。
経センター研究所 中村 俊、他)脳由来神
-9
◆略 歴◆ 菅 弘之:国立循環器病センター研究所・所長/ナノメディシンプロジェクト代表者
1970年東京大学大学院医学系研究科修了後、東京医科歯科大学助手。1971-1973年米国ジョンスホプキンス大学(JHU)医
学部で博士研究員。帰国後1982 年まで東京大学医学部生理学第二講座助手。この間 1975-1978年米国JHU大学医学部で助
教授。帰国後、国立循環器病センター研究所へ出向。1982-1991 年同・循環動態機能部部長。1991-2000年岡山大学医学
部教授。2000 年から現職。
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図1
経栄養因子 BDNF が発達期初期に見られるサイ
2-2. 微小医療機器・操作技術開発(ナノデバイ
レントシナプスの活性化に必須である証明、
ス)
プリオン蛋白質 PrP と GFP とのキメラ蛋白質
ナノテクノロジーによる機能的・構造的生体代
を培養細胞に強制発現し、蛍光顕微鏡により
替デバイスの開発(主任研究者:国立循環器病セ
PrP の微小管依存性細胞内順行性・逆行性輸
ンター研究所 杉町 勝)ナノメディシンによる
送を解明、パーキンソン病の病因遺伝子産物
循環機能代替デバイスの開発研究、ナノ分子操作
を特異的神経変性を発症する新規モデルマウ
技術による血液界面代替デバイスの開発研究、ナ
スに用いて神経変性極初期の変動分子群の同
ノ生化学系による非細胞性代謝機能代替 デバイス
定の成果を得た。
の開発研究等を行っている。
(原著論文 133 編、特
・ 原子間力顕微鏡(AFM)等を用いた分子構造
許出願 32 件)
c
c
解析( 国 立 医 薬 品 食 品 衛 生 研 究 所 土屋利江、
・ 循環調節機能代替デバイスの開発研究(杉町
他)AFM にてイオンチャネル形成型 ATP 受容体
勝、他)ナノテクノロジーを駆使して、病因特
蛋白質の 像を得 て、変異型 A T P 受容体を作成
定や除去が不能な難治性の循環器疾患での機能
し、その構造機能相関を解析、ナノ粒子フラー
再建(生体機能の代替・置換)によるバイオニッ
レンの GST 阻害活性に着目し、活性向上と活性
ク治療戦略の開発(バイオニック神経制御シス
阻害部位特定のための光ラベル剤の合成、蛋白
テム、バイオニック心不全治療理論、米粒大心
質イメージングの解像度向上を目指してAFM探
臓ペ ー ス メ ー カ ー)の成果を 得た。
針の先端修飾有機分子の合成の成果を得た。
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・ナノ分子操作技術 による血液界面代替デバイ
感染症研究への応用、ペプチド標的治療法に対
スの開発研究(国立循環器病センター研究所中
するモニタリングの可能性、腎疾患治療への応
山泰秀、妙中義之)ナノ分子操作技術を用いて
用、半導体ナノ粒子の DNA 損傷性検討などの有
新しい循環器治療用デバイスを開発を目指し、
効な D D S システム の開発 へ向け て の成果 を得
ナノ表面構造設計法 とナ ノ表面改質法 を開発
た。
し、血液界面代替デバイスとしての小口径人工
・ アテロコラーゲン・ナノ粒子による DDS(国
血管、ステント、人工弁、心肺補助装置の開発
立がんセンター 落谷孝広)バイオマテリアル
等の成果を得た。
の一種であるアテロコラーゲンがDNAとの相互
・ナノ生化学系による非細胞性代謝機能代替 デ
作用により複合体を形成し、高効率取り込みに
バイスの 開 発 研 究(国 立 成 育 医 療 セ ン タ ー研
より遺伝子発現能力を持つが、そのナノサイズ
究所 絵野沢 伸、他)現在の物理的篩分けに
複合体の粒子形成の詳細な検討を行い、遺伝子
依存する非効率な血液浄化に代わり、分子レベ
医薬としてのナノ粒子形成条件設定に至った。
ル設計により生体高分子の持つ選択性能動性を
・ ナノミセルによる DDS(東京大学大学院 片
利用したナノ代謝デバイス として 新規高効率血
岡一則、国立循環器病センター研究所 斯波真
液 浄 化 法の開 発を目 指し て、細 胞 膜 物 質 輸 送
理子)世界に先駆けて高分子のナノ集積手法に
チャネル蛋白分子 を人工膜 に固定する方法の開
基づいて創製した高分子ナノミセルを安心安全
発において、リポソーム迅 速 大 量 調 製 法の確
なナノ遺伝子治療 に用いられるような構造設計
立、プロテオリポソーム作成法の最適化と機能
の実現を目指す一方、外殻への効率的な標的指
評価、薬 物 代 謝モ デ ル系の 構 築 等の成 果を得
向分子 の導 入 法の確 立を 目指し て の 成 果を得
た。
た。また、これらナノレベル設計ミセルを用い
微 細 鉗 子・カテーテルと そ の 操 作 技 術の開 発
た遺伝子導入用ベクターによるDNAの発現効率
(主任研究者:国立が んセンター 垣 添 忠 生)
を、架橋ミセルの in vivo ターンオーバースタ
(原著論文 10 編、特許出願 39 件)
ディや in vitro および in vivo 遺伝子導入実
・ 微細鉗子・カテーテルとその操作技術の開発
(垣添忠生、他)
:気管支、血管、消化管等の管
験を基にミセルの設計にフィードバック して成
果を得た。
腔での診断、治療目的の磁気アンカー、微細鉗
子やカテーテル、微細内視鏡とその操作技術、
2-4. 基盤データベース技術・研究評価
装置(磁気誘導可能微細内視鏡等)等を臨床適
ナノメディシンの実用化基盤データベース開発
用に配慮しながら段階的に成果を得た。
及び評価に関する研究(主任研究者:(財)医療
機器センター 長谷川慧重)(出版物4編、オン
2-3. 薬物送達システム(DDS)
ラインナノメディシンフォーラム NMF 開催5回、
半導体ナノ粒子等による DDS(主任研究者:国
ナノメディシン HP 作成維持管理)
立国際医療センター研究所 山本健二)半導体ナ
・ナノメディシンの実用化基盤データベース 開
ノ粒子の製造法が改良され、再現性の高い細胞へ
発(長谷川慧重、東京女子医大 桜井靖久、東
の導入効率、蛋白質結合等が実現しているが、こ
京慈恵会医科大学 古幡 博、他)
:我が国のナ
の半 導 体を用 いナ ノ粒子 の製 造と有 効な 表面加
ノメディシン分野の競争力強化に資するインフ
工、蛋白・核酸・薬剤とのタッギング、細胞生体
ラ的情報バンクの構築を目指してナノメディシ
内での動態解析、製造物の細胞毒性、生体安全性
ン実用化基盤データベース開発や、ナノメディ
の検討を行い、有効な DDS システムの開発を行っ
シンに関する海外動向調査、特許情報収集、企
ている。(原著論文 109 編、特許出願 12 件)
業情報収集、ニーズ情報収集、それらの分析も
8
・ 半導体ナノ粒子による DDS(山本健二、湯浅
行い、さらにシーズのニーズのマッチングを図
明、神戸大学 近藤昭彦、他):一桁ナノ m サ
るためにインターネットでも参加可能な「ナノ
イズの量子ドットの合成と有効な表面加工・修
メディシンフォーラム NMF」の運営を行ってき
飾、それらの量子ドットに標識された細胞によ
た。これらに 関す る資 料は h t t p : / /
る生体内動態の解析(蛋白、核酸、薬剤とのタ
nano.jaame.or.jp/medicine/index.htmlで閲覧可 。
ギングや細胞)、これらの各プロセスにおける
・ 研究評価(国立循環器病センター 菅 弘
製造物の細胞毒性等の生体安全性の検討、ヒト
之):運営委員会等を設けて、個別研究のみな
血液細胞への遺伝子導入効率改善、ナノ粒子の
らずプロジェクト全体の進捗状況を共有し、期
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待される成果への方向付けを行っている。
開発に対する有効性は期待できるが、知的財産権
これらの研究成果は、公募研究の発表も含め、
の獲得に十分配慮しつつ、着実に実施すべき、と
毎年度末に一般に公開された「ナノメディシン
のこと。留意事項は、1)医工連携や民間企業、独
研究成果発表会」として医療機器センター主催
法研究機関との施策連携をさらに進めることが必
で開催さ れ、その要 旨 集も発刊 さ れ て き た
要、2)関係する省庁間の連携と役割分担を明確に
(http://www.jaame.or.jp/koushuu/
し、着実に推進すべきである、とのことであった。
k_kouen.html)。また、ナノメディシン事務局
また、指定・公募課題全体の「ナノメディシン
(国 立 循 環 器 病 センター内 )からも 、「ナ ノ メ
研究成果発表会」の折りに、参加者全員が進捗状
ディシン・トピックス 2002」および「ナノメディ
況や成 果を共 有す る と 同 時に 、相互の 質 疑 応 答
シン・トピックス 2003」として冊子体が刊行さ
や、評価委員、厚生労働省担当官等よって進捗状
れてきた。この内容も医療機器センターのホー
況や成果に対する助言や評価がなされてきた。同
ムページ(http://nano.jaame.or.jp/medicine/re-
時に厚生労働省中間評価委員会があり、課題毎の
port/shitei/index.html) において公開されて
次年度への継続の可否が審査されてきた。その際
いる。
の評価や助言に対応して各研究者は次年度の研究
計画を改善してきた。
3. 評 価 結 果
本プロジェクトの国家レベルでの評価は、総合
4. お わ り に
科学技術会議による 次年度概算要求 における科学
以上、今回薬学研究ビジョン部会代表の馬場嘉
技術関係施策の優先順位付けであり、研究進捗状
信教授から執筆依頼を頂いた趣旨に添って、厚生
況に関するヒアリングの後 SABC 評価が行われて
労働省のナノメディシンプロジェクトの研究成果
きた 。その 結果 は 1 5 年度 は S 評価( h t t p : / /
概要を紹介させて頂いた。馬場教授はナノメディ
www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihu32/siryo2-4.pdf)、
シンの実用化基盤データベース 開発及び評価に関
16 年度は A 評価(http://www8.cao.go.jp/cstp/
する研究の研究協力者として貴重な最新情報、
例え
siryo/haihu40/haihu-si40.html)であった。この
ばμTAS2004の参加報告(http://nano.jaame.or.jp/
S 評価理由は、1)医療デバイス・機器分野の国際
medicine/trend/microTAS2004.pdf)等を提供して頂
競争力強化の た め に も 重 要な テーマ で あ り、2 )
いてきた。ここに改めて感謝したい。
テーマが多岐にわたるも、有用かつ重要なテーマ
この指定研究ナノメディシン 研究成果 がどの程
が選択されていると共に、挑戦的テーマも含まれ
度本誌の薬学分野の読者の方々にお役に立つかは
ており、積極的に実施すべきである、とのこと。留
未だ判らないが、創薬、送達法、薬理学的評価等
意事項は 、1 ) ナ ノ テ ク技術 の導入 を促進 するた
に有益な概念、技術、装置等に関連が深い部分が
め、医薬系と理工系との連携をいっそう強化すべ
多々あろうと 思わ れ る 。具体的 にご関 心が あ れ
き、2)物質・材料研究機構の革新的ナノ薬物送達
ば、直接主任・分担研究者と連絡を取っていただ
システム(DDS)のための担体材料開発等の関連分
ければ幸いです。
野との連携を具体的かつ明確にすべきで、とのこ
尚、国立循環器病センター担当の課題と研究内
とであった。A 評価理由は、1)テーマについては
容は当センターの HP(http://www.ncvc.go.jp/
妥当性が認められ、2)目標はややブロードである
kenkyu_project/nano/nano.html)でも閲覧できる。
が、それぞれの施策の内容は明確であり、3)技術
9
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研 究 紹 介
薬学研究最前線(1)
DNA/RNA 修飾機能を目指したインテリジェント人工核酸
佐々木 茂貴 九州大学大学院薬学研究院
1. はじめに
の、これまでアンチセンス 3 ) やアンチジーンあ
1980 年代後半から癌遺伝子および癌抑制遺伝
るいは最近特に実用化の期待の高いsiRNAなどに
子など癌発生 に関わる多数の遺伝子の解明が相次
よる特異的な発現阻害が実現されてきた。
ぎ、1990年代始めには癌発生に関する「標準理論」
我々が研究を始めた当初は、アンチセンス核酸
がほぼ完成した。しかし引き続き、癌に関係する
の医薬 と し て の期 待が高 まっていた 時期 であっ
非常に多くの多様な遺伝子変異 の情報が加わるこ
た。我々の最初の着想は、アンチセンス核酸によ
とにより、標準理論には大きな修正が加えられて
る遺伝子認識の原理を利用し、点変異によって疾
いる
。さらに、最近では蛋白質をコードしない
患原因遺伝子 となっている場所をピンポイント的
ncRNAが遺伝子機能調節において非常に重要な役
に識別し、修復するような機能性核酸を創製でき
割を果たしていることが明らかになり、疾患原因
ないか、というものであった。その目的を化学用
としての遺伝子異常の内容はさらに複雑化の様相
語で表現すると「核酸ハイブリッド内において特
を呈して来た
。このような複雑な要因を含む疾
異的で効率的な化学反応」を実現し、「標的塩基
患に対しては、従来の「たんぱく質作用薬」に代
構造を特異的に変化させる」インテリジェント核
わる何らかの 斬新なアプローチ が必要であるよう
酸の開発、ということになる。これまでの検討の
に見える。
結果、標的に効率的かつ選択的に共有結合(クロ
さて、近年では我々大学研究者にも社会に直接
スリンク)を形成するインテリジェント核酸の開
貢献する成果が求められているが、
「 ゲノム創薬」
発に成功し、共同研究による DDS 機能の付加によ
の本流である網羅的で大規模な合成・解析作業は
り生体内で機能させる目途も立ってきた。まだ生
大学院学生の教育を主たる使命とする大学研究に
体内で の機能評価 はできていないが 、塩 基 変 換
はなかなか馴染みにくいものがある。我々は、将
(シトシンからウラシル、メチルシトシンからチ
来的な発展性を期し、多様な変異遺伝子のそれぞ
ミン)を配列特異的に行うインテリジェント人工
れに臨機応変 に対応できる新しい原理の確立を目
核酸の開発にも成功した。これらのインテリジェ
指すことにした。セントラルドグマでは遺伝情報
ント人工核酸は、RNA を標的として、翻訳阻害だ
は DNA から mRNA への転写を経てたんぱく質に翻
けではなく翻訳促進や、人工的なRNA修飾(エディ
訳され、機能を発現する。また最近、mRNA からの
ティング)によるたんぱく質配列の変化(改変)
翻訳調節に ncRNA が多数関係することが分かり、
などを行う可能性が期待され、ncRNA の役割を組
新しいドグマが構築されつつある。遺伝情報は 4
み入れた新しいセントラルドグマにおいても、活
種の塩基 AGCT(U)の相補的な水素結合を基本と
用可能であると考えている。すでに我々の研究概
して成立しており、原理的には人工核酸(オリゴ
要は総説としてまとめてあるが 4 -6)、本稿では、基
ヌクレオチド )に よ っ て特 異 的に 識 別 可 能で あ
本概念とその後の展開を紹介する。
1)
2)
る。したがって、標的遺伝子に相補的な配列をも
つオリゴヌクレオチドによって、標的に臨機応変
2. 研究の着想:原子レベルの構造変化による遺伝
に対応した遺伝子発現阻害剤を設計できることに
子機能の調整
なる。実際の配列設計には工夫が必要であるもの
N-メチルニトロソウレアや一酸化窒素はDNAと
◆略 歴◆ 佐々木 茂貴:九州大学大学院薬学研究院・生物有機合成化学分野・教授
東京大学薬学系大学院博士課程(製造化学教室)を終了後、1982 − 1984年インディアナ大学化学科博士研究員。1984年
東京大学薬学部助手、1990 年九州大学薬学部助教授を経て、2002 年 4 月から現職。現在、遺伝子発現の化学的制御のた
めの人工機能性核酸の創製、生体における遺伝子発現イメージング法の研究、天然物合成(DNA 副溝結合性天然物)研究
に従事。
10
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ランダムに反応しアルキル化や脱アミノ 化反応を
起の可能性も考えた (図 1 )。我々が当初から最
引き起こし、遺伝子変異の原因になると考えられ
も関心を持っていたのは、塩基構造を変化させる
ている。化学構造式からは明確であるが、シトシ
反応性分子の開発であったが、共有結合形成分子
ンの4位アミノ基の窒素原子を酸素原子に置き換
で得た設計概念を発展させることによって、最近
えると(脱アミノ化)、ウラシルという別の塩基
になってやっと開発の糸口を見つけることができ
になる 。このような極 小の 化 学 反 応が 、生体の
た。遺伝子を反応場とする反応性分子は、水中で
様々な防御機構を逃れ、結果として疾患に結びつ
しかも他の塩基、アミンやチオールなどの種々の
くのは非常に不思議である。一方では、シトシン
求核剤が存在する中で、高い反応性と選択性を実
5位が水素原子から炭素原子に変わる小さな構造
現するという 厳しい条件を満たさなくてはならな
変化は(メチル化)、正常な遺伝子発現調節の重
い。高い反応性と安定性という矛盾する機能をど
要な鍵反応となっている。有機化学的には最も単
のように達成するかが、最初の大きな障壁となっ
純な反応に入る、脱アミノ化あるいはメチル化反
た。我々の戦略では、高い反応性を近接効果で獲
応ではあるが、これらを巨大分子である遺伝子に
得させ、選択性は反応性分子自身に分子認識能を
対して生体内 で人工的 に精密に制御して行うこと
持たせることで克服できると考えた(図 2)。さ
ができれば、結果的に大きな機能変化を生体に与
らに、保護された反応性分子が標的の近傍でのみ
えることができるかもしれない。このような化学
活性化される誘起反応性を設計することで安定性
反応の実現は、有機化学としても新しいチャレン
を持たせることを計画した(図 3)。
ジであると同時に、新しい手法として生命科学に
貢献できる可能性があるのではないか、と考え遺
4.シトシン選択的 および位置選択的クロスリンク
伝子を標的にした選択的化学反応を始めることと
反応 7,8)
なった。
まず、最初に設計した 2 −アミノ− 6 −ビニル
プリンが設計どおりに シトシン 特異的なアルキル
3. 分子設計の基本戦略
遺伝子 に対 して化 学 反 応を 高度に 制御 するた
ビニル基
め、遺伝子配列をピンポイント的に識別し、修飾
アミノ基
するような機 能 性 核 酸 の 創製 を目指 し、ハイブ
リッドを反応場とする 精密に制御された 反応性分
子の開発を目標とすることにした。
分子設計の基本戦略では、特異的反応性分子を導
近接効果
入した オ リ ゴ ヌ ク レ オ チ ドを 利用す る こ と と し
N
た。オリゴヌクレオチドで配列を認識し、反応性
分子により標的塩基を識別することで正確な認識
N
レベルの高い識別能をもつ発現阻害が実現できる
NH
H
1
および選択的な反応を実現できると期待した。反
応性分子により共有結合が形成できれば、1 塩基
NH
N
DNA
共有結合形成
NH2
N
O
NH
N
N
N
N
DNA
DNA
NH
N
NH
H
O
N
DNA
図2: シトシン認識能 を持ち、近接効果に よ っ て高い
反応性を期待し設計した2-amino-6-vinylpurine誘導体
可能性がある。また、共有結合形成による変異誘
反応性分子
O
H
H
共有結合形成
H
N
遺伝子を反応場とする反応性分子
N+
N
特異的阻害
DNA
オリゴヌクレオチド 塩基構造変化
条件
戦略
1.高反応性
1.近接効果
2.選択性
2.分子認識
3.安定性
3.誘起反応性
点変異誘起
修復
H
N
1
S
S
H
HN
N H
H
活性化
N
O
N
シトシン特異的 な
クロスリンク反応
+
N
N H
N
2
活性化
H
HN
N
N H
H
N
O
DNA 中の微視的環
境下での活性化
N
N+ H
N
N
N
3
N H
H
H
HN
N
O
N
ハイブリッド形 成
による配列認識
図3: 2-Amino-6-Vinylpurine (1 ) の分子設計、およ
図1:反応性分子を用いる化 学 的 遺 伝 子 マニピュプ
び安定前駆体(2 and 3)を用いるハイブリダイゼーショ
レーション 技術の基本概念図
ンをトリガーとする2本 鎖 内 活 性 化 分 子 のデザイン
11
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とはできない。そこで我々は東大・片岡、筑波大・
R
N
N
5'
3'
H2N
N
N
N
標的 C へのクロスリンク収率
N
10
O
S
NH 2
CTTT
TTCTCCTTCT
3'
GAAA
AAGAGGAAGA
5'
Ph
長崎らと共同で PEGコンジュゲート体を用いる送
達システムの利用を検討している(図 5) 10)。イン
テリジェント人工核酸だけではアンチセンス効果
O
は発揮されなかったが、PEG をコンジュゲートし
た人工核酸を含むオリゴヌクレオチド とポリカチ
S
5
COOH
オンとのポリイオンミセル を形成させることによ
り、アンチセンス作用の増強に成功した 11)。生体
系においては、化学的には非常に安定な機能性核
24
1
2
4
8
Time
図4: ハイブリッド形成によって 誘起されたシトシン
選択的なクロスリンク反応
酸が有効な効果を発揮することが明らかになり、
生体内での活性化が示唆される結果となった。細
胞内化学反応の詳細については現在検討中である
が、高分子を利用するナノ送達システムはインテ
リジェント人工核酸の生体内利用に非常に有用で
化能を有することを確認した(図 2)。さらに、こ
あることが示された。
の安定前駆体としてフェニルスルフォキシド体、
スルフィド体を組み込んだ反応性オリゴヌクレオ
6. 分子設計概念の拡張:遺伝子への特異的官能基
チドが相補鎖とハイブリッド内で特異的な活性化
転移反応
を受け、極めて効率的で、シチジン選択的なアル
詳細な反応メカニズムにはまだ検討の余地があ
キル化反応(クロスリンク)を実現することを明
るものの、近接効果、分子認識および誘起反応性
らかにした。図 4 にはビニル体、スルフォキシド
を基本とする設計概念は、ゲノム標的反応性をも
体、スルフィド体の反応性が比較してある。有機
つインテリジェント人工核酸の開発には非常に有
化学的には一般に安定であると考えられているス
効であることが示された。そこで、この概念を拡
ルフォキシド体、スルフィド体が生理的条件下、
張し、特異的に官能基を転移する新しい反応性分
ハ イ ブ リ ッ ド内 で活 性 化 を う け (シ ン ク ロ ナ イ
子を設計した(図 6)。このような官能基転移反
ゼーション活性化)、活性本体のビニル体と な り
応を遺伝子に対して配列特異的および 塩基特異的
効率的なアルキル化反応を実現することができた
に起こすことができれば、ピンポイントに特定遺
ことから、反応性誘起のための戦略が有効に機能
伝子を構造修飾 できる技術への展開が可能になる
していることが確認された。
と期待したものである。
官能基転移反応の一例として、最近我々はニト
5.インテリジェント 人工核酸の生体内利用に向け
ロシル基を配列および塩基特異的に転移させる分
た送達システム利用の試み 9)
子の開発に成功した(図 6)12)。図 6 の一般式に
リン酸ジエステル結合を有するオリゴヌクレオ
おける X=S、Y=NO に相当する S- ニトロシルチオグ
チドはそのままでは酵素加水分解を受けやすく、
アノシンをオリゴヌクレオチドに導入した反応性
また細胞膜透過性が悪いため、生体に利用するこ
オリゴヌクレオチドを合成し、相補鎖との反応を
polycation
++ + + + ++
- - - - -
Poly-Ion Complex (PIC) Micelles
+ ++ + + +
--
CCCATACTNTTGAGCAAT
Antisense Part
DNA
+
O
O
PEG
O
細胞標的化 リ
ガンド
OEt
OEt
50-60 nm
図5: インテリジェント人工核酸―PEG コンジュゲートとポ リ カ チ オ ン とのポ リ イ オ ン ミ セ ル の概念図
12
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この新しいニトロシル基転移反応により、これ
共有結合形成
近接効果
N
NH
N
DNA
N
N
NH
H
N
O
N
DNA
まで選択的な合成が全く不可能 であった ニトロシ
NH
N
NH2
N
DNA
NH
N
NH
H
O
ル化ヌクレオシドが容易に得られることになり、
N
その点変異について極めて詳細な検討が可能にな
DNA
る。さらに細胞内で RNA を標的にニトロシル転移
反応を行うことができれば、ピンポイント選択性
概念の展開
近接効果
XY
N
N
N
DNA
官能基転移
NH 2
NH
N
NH
H
O
X
N
N
N
N
DNA
DNA
を持つ化学的 RNA 修飾技術(図 1)としての展開
Y
が可能である。現在、DDS などの技術とあわせて
NH
NH
N
NH
H
O
細胞内利用を検討中である。
N
DNA
7. おわりに
図 6.近接効果によって官能基転移を起こす新しい反応性分子の設計。
図6: 近 接 効 果 に よ っ て 官 能 基 転 移 を 起 こ す
新しい反応性分子の設計
複雑な疾患原因遺伝子 が関与する疾病の治療に
おいては個々の遺伝子 の機能の解明がますます重
要となり、ケミカルバイオロジーあるいはケミカ
行ったところ、標的部位にシトシンあるいは5-メ
チルシトシンをもつ相補鎖とのみ速やかな S → N
ニトロシル基転移反応が起こった。標的部位に他
の塩基をもつ 相補鎖あるいはシトシンを標的部位
と異なる位置に持つ相補鎖にはほとんど 反応性を
示さず、この反応が極めて特異性の高いものであ
ることが示された。また、転移したニトロシル基
(NO)を検出したところ、ほぼ定量的に相補鎖に
転移していることが確認さ れ た。さらに、S → N
ニトロシル基転移反応後、酸処理、単離精製した
相補鎖を酵素加水分解し、ヌクレオシド成分を分
析したところ、脱アミノ体(シチジンから 2 ・デ
オキシウリジン、5 - メチルシチジンか らチミジ
ン)が得られることを確認した(図 7)。この反
応でも、近接効果、分子認識および誘起反応性の
分子設計概念が、遺伝子を標的とする反応性分子
開発で極めて有効であることが示された。
配列および塩基特異的ニトロシル基転移反応の意義
ルゲノミックス研究に有用な汎用性の高い新しい
機能性分子の開発が求められている。我々は「核
酸ハイブリッド内において特異的で効率的な化学
反応」を実現し、「標的塩基構造を特異的に変化
させる」インテリジェント人工核酸の開発を目指
し、これまでの成果として特異的なアルキル化お
よびニトロシル化(脱アミノ化)を行うインテリ
ジェント人工核酸を開発することができた。引き
続き、これらの新しいインテリジェント人工核酸
を、ナノ送 達システム に搭載 す る こ と に よ っ て
DNA および RNA を標的とする人工的マニュプレー
ション技術への発展を計画中である。これまで実
現してきた反 応 性 分 子 開 発の 経験か ら、ハイブ
リッド内での化学反応 を高度にコントロールする
ための 基本的 な分 子 設 計 指 針 が得ら れ た 。今後
は、小さな有機化学反応が実際に生体に大きな効
果を与えることができるかどうかを検証して行く
予定である。さらに、ハイブリッド形成の影響を
生体に増幅して伝わるようなインテリジェント人
工核酸を開発し、癌などの複雑な変異遺伝子を含
O
N
S
N
3'
CTTT
GAAA
N
N
N
5'
N
NO
NH2 R
定量的転移
S
N
室温、pH7
O
NH
NH2
N
N
NH
N
N
5'
CTTT
TTCTCCTTCT
AAGAGGAAGA
5'
3'
GAAA
AAGAGGAAGA
60
40
20
0
ジェント機能を持つナノ医薬への展開を行いたい
と考えている。
3'
5'
単離、酵素加水分解
R=CH3の場合
80
シトシンおよ
び5-メチルシ
トシンを標的
とした反応
N
NH2
3'
NO転移速度
R=H, CH3
O
TTCTCCTTCT
(%)
100
む疾患 に対す る新 しい原 理を 目指し 、イ ン テ リ
R
標的以外との反応
0
2
4
6
8
time (hr)
O
H2N
NN
N N
N N
dR
dR
O
O
45%
チミジン
O
HN N
dR
O
13%
42%
図7.配列および塩基特異的ニトロシル転移反応および特異的な塩基構造の改変。
図7: 配列および塩 基 特 異 的 ニトロシル転 移
反応および特異的 な塩基構造の改変
13
Pharma VISION NEWS No.5 (Jan. 2005)
社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
謝辞
新しい研究分野の発展に、ともに取り組んでいる永次史助教授 、中川治助手、博士研究員ならびに学
生の皆様に、深く感謝いたします。また、DDS を利用した成果は、共同研究者の援助なくしては得られな
い結果であり、CREST 研究代表者、片岡一則教授、共同研究者、長崎幸夫教授、大石基博士研究員、原島
秀吉教授に深謝いたします。本研究は文部(科学)省科学研究費、科学技術振興機構戦略的基礎研究推
進事業、九州経済産業局地域新生コンソーシアム研究開発事業などの助成を受 けて行ったものでありそ
の資金援助に深く感謝します。
参考文献
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,2004,62,1026-1037.
7) F. Nagatsugi, T. Kawasaki, D. Usui, M. Maeda, S. Sasaki, J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 6753,
8) Kawasaki T., Nagatsugi F., Ali, M. M., Maeda M., Sugiyama K., Hori K., Sasaki S., J. Org. Chem. in
press.
9) 東大工学部・片岡一則教授 , 筑波大学・長崎幸夫教授 , 同・大石基研究員との共同研究 .
10) M. Oishi, F. Nagatsugi, S. Sasaki, Y. Nagasaki, and K. Kataoka, Chembiochem, in press.
11) 長崎 幸夫 , 片岡 一則 , 佐々木 茂貴 , 永次 史 , 大石 基 ,PEG- 機能性核酸コンジュゲート特願 国際特許分類 A61K
48/00.
12) Md. M. Ali, Md. R. Alam, T. Kawasaki, F. Nagatsugi, S. Sasaki, J. Am. Chem. Soc., 2004, 126, 88648865, 佐々木 茂貴 , チオヌクレオシド "S" ニトロシル誘導体 , PCT/JP2004/003337.
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研 究 紹 介
薬学研究最前線(2)
ペプチド、 タンパク質医薬の経口製剤化へのチャレンジ
森下 真莉子 星薬科大学
1. はじめに
grafted with poly(ethylene glycol)(以下P(MAA-
プロテオミクス や構造 ゲノミクス の研究成果
g-EG)と略)を用いた、ペプチド・タンパク薬物の
は、医薬品シーズと成り得るペプチド、タンパク
理想的経口送達の成功例について紹介する。この
質の同定に直結するものと期待されている。その
スマートハイドロゲル はこれまでの著者らの研究
ため、疾病治療に有効なタンパク質を創製しよう
から、①優れた薬物放出制御能力、②タンパク分
とする プ ロ テ オ ー ム創薬 が強 い関心 を集 めてい
解酵素阻害作用、③粘膜付着性作用の全てを有す
る。しかし、その創薬が現実となったとき、デリ
る多機能性薬物送達キャリアであることが明らか
バリーに代表される創剤の貢献なくしてその臨床
にされ、ペプチド・タンパク薬物の経粘膜吸収に
応用は困難をきたすはずである。特に、それらの
は極めて有用であると考えられている。
薬物を患者コンプライアンスの高い経口経路から
デリバリーすることは最も望ましく、それを可能
2. スマートハイドロゲルの基本的物性
とするための ドラッグデリバリーシステムの確立
P(MAA-g-EG)の構造式とその機能を模式的に表
が、今、ぜひとも必要であると考えられている。
したものを図 1 および 2 に示す。P(MAA-g-EG)は、
これまでに 著者らは代表的なペプチド 薬物であ
tetraethylene glycol dimethacrylateを架橋剤
るインスリンを、ポストゲノムに誕生するタンパ
としてmethacrylic acid (MAA) とmethoxy-ter-
ク質医薬のプレカーサー的な薬物と位置付けて、
minated
経口吸収率をあげることを主目的に様々な製剤学
monomethacrylateとをフリーラジカル連鎖重合さ
的アプローチを試みてきた
。本稿では特に、ス
せて合成した 4-7)。このグラフト共重合体は、フィ
マートハイドロゲル poly(methacrylic acid)
ルム状、ディスク状、あるいはナノサイズの粉末
1-4)
poly
(ethylene
glycol)
PMAA network
Stomach
CH3
Upper small intestine
CH2
PMAA network
PEG graft
Drug
Drug
Drug
C
CH3
CH2
C
C=O
C=O
O
H
O
H
CH2 CH 2O
CH2 CH2O
pH
increase
Drug
Drug
Drug
Hydrogen bonding
PEG graft
図1 Reversible Interpolymer Complexation /Decomplexation
of P(MAA-g-EG) Smart Hydrogels
図2 Interpolymer Complexation in P(MAA-g-EG)
Smart Hydrogels
◆略 歴◆ 森下 真莉子:星薬科大学・薬剤学教室・講師
星薬科大学大学院修士課程卒業後、国立国際医療センター・臨床薬理研究室研究員を経て、1993年博士(薬学)取得。同
年より星薬科大学助手。2000-2001 年米国 Pennsylvania 州 Thomas Jefferson University 医学部麻酔科および Drexel
University 工学部化学工学科の両大学において 客員講師となり DDS 研究(Macromolecular Drug Delivery and
Biopharmaceutics in GI-tract)に従事。2002 年から現職。
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状 8)に自由に成型することが可能である 。
かに放出することが出来る。このようにP(MAA-g-
P(MAA-g-EG)は分子内複合体を形成することによ
EG)マイクロパーティクル のインスリン放出制御
り、環境下のわずかな p H の変化にもすみやかに
性は極めて良好である。
応答し た膨潤挙動を 示す
3-2. カルシトニン
。酸性条件下で は、
5 - 9)
バックボーンチェインである poly methacrylic
アミノ酸 32 個、分子量約 3400 のペプチド、カ
acid (PMAA)のカルボン酸のプロトンとグラフト
ルシトニンについてモル比 1:1のスマートハイド
チェイン poly (ethylene glycol) (PEG)のエー
ロゲルからの放出挙動を検討し、それをインスリ
テル基との間での水素結合により、分子内で安定
ンと比較した。その結果、インスリンが示したよ
な高分子複合体が形成され、高分子が高度に収縮
うなハイドロゲルに対する高い親和性 はカルシト
する。この状態では、高分子ネットワークのメッ
ニンにも認められたが、放出挙動については第1
シュサイズが非常に小さくなるため、取り込まれ
液中での漏出がインスリン のそれより 高いことが
た薬物の有効拡散面積が減少することになり、薬
認められている。
物は容易に拡散することが出来ない。また、中性
3-3. インターフェロンβ
から塩基性では、高分子複合体はイオン化して解
アミノ酸 166 個、分子量約 23,000 のタンパク
離し、高度に 膨潤し たハ イ ド ロ ゲ ル が形成 され
薬物であるインターフェロンβについてもインス
る。この状態においては、取り込まれた薬物は高
リン、カルシトニンと同様に、高い親和性が認め
分子ネットワークから容易に放出される。この膨
られたものの、第 1 液中での漏出はカルシトニ
潤収縮の変換は環境下の p H あるいはイオン強度
ンと同様に大きいことが示唆された。また、第 2
の変化に応じて非常に速やかにおこる。なお、こ
液におけるインターフェロン放出量はインスリン
の高 分 子のメ ッ シ ュ サ イ ズは 最大に 膨潤 した場
に比べて著しく低く、インターフェロンのもつ糖
合、収縮時のほぼ 3 倍となり約 210 Åになること
鎖とスマートハイドロゲルの PEG鎖が相互作用し
が報告されている 5)。
ている可能性が示唆されている。
3-4. 薬物封入効率
親水性高分子 のデ キ ス ト ラ ン(f l u o r e s c e i n
3-1. インスリン
isothiocyanate-labeled dextran with MW of
図 3A に示すように P(MAA-g-EG)マイクロパー
4.4 (FD-4), 10 (FD-10), 20 (FD-20))について
ティクルはインスリン をすみやかにその メッシュ
は、スマートハイドロゲルへの親和性は著しく低
内部に取り込み、インスリンに対して高い親和性
く、10%以下にとどまった。一方、ペプチド薬物
を有する。特に、PEG をグラフトすることによっ
のインスリンでは平均約 90%、カルシトニンでは
て,取り込み量およびその速度も増加し、MAA:EG
約 50%という高い封入率が得られており、分子量
モル比 1:1 の試料では高分子添加 30 分以内にほ
が比較的近いカルシトニンと FD-4 を比較しても
ぼ 100%のインスリン分子が P(MAA-g-EG)に分配
その差は大きく、このスマートハイドロゲルがペ
する 。また 、図 3 B に示 すように 、第 1
液中
プチドに対して親和性が特異的に高いことが明ら
(pH1.2)でのインスリンの放出は10%以下に抑制
かである。さらに、インターフェロンβの封入率
されるが、一方、第 2 液中(pH6.8)ではすみや
も高く、タンパク薬物に対するハイドロゲルの応
125
pH 1.2
100
100
Blood glucose level (% of initial)
3.スマートハイドロゲルの薬物の封入/放出挙動
pH 6.8
75
10
0
%
(M t /M ∞∞
) x)x 100 %
% % incorporated
i
100
50
50
r
te
d
A
00
50
B
25
0
0
11
Time ( hr )
2
00
2
44
Tim e ( hr )
66
8
図3 Insulin
Incorporation
図3 Insulin
Incorporation
(A) and
and Release
ReleaseProfiles
(B) Profiles
16
140
Control
120
*
100
**
**
**
***
80
**
L-ILP
***
***
60
*p<0.05; ** p<0.01; *** p<0.001
SS-ILP
40
0
2
4
6
8
Time (hr)
図8 Oral Absorption of Insulin from ILP
図4
in Type 1 Diabetic Rats
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用性も、ペプチド薬物のそれと比較して遜色ない
することが出来た。さらに、2型糖尿病モデルラッ
ものと考えられる 。
トにおける連続投与実験でも同様の効果がすでに
以上の in vitro における検討結果から、この
碓認されており、SS-ILPは経口投与で良好な血糖
ハイドロゲルは胃内での放出を回避し、腸管内で
コントロール を可能とする優れたインスリン製剤
高濃度に放出させることが望ましい薬物にとって
となり得るものと考えられる。また、カルシトニ
は、有用性の高い薬物送達キャリアに成りうるも
ンあるいはインターフェロンβの経粘膜吸収性も
のと考えられる。特にペプチド薬物であるインス
ハイドロゲル により著しく改善されることもこれ
リンに対してはその生物活性を失うことなくほぼ
までの検討により認められている。
完全にハイドロゲル内に取り込むこと、およびそ
の分配率の高さから含有量を自由に調節できるメ
5. スマートハイドロゲルの薬物吸収改善機構
リットを有する優れた製剤素材 であると 考えられ
ペプチド薬物に対し優れた封入および放出制御
る。
能力を持つスマートハイドロゲルをキャリアにし
た場合、確かに in vivo でペプチド薬物が有する
4. スマートハイドロゲルによるペプチド・タンパ
臨床効果を発現できることが明らかとなったので
ク薬物経口製剤化
あるが、膵酵素からの分解を保護しない限りペプ
それでは、実際にペプチド・タンパク薬物はス
チド薬物自身は腸管から吸収されないため、これ
マートハイドロゲルをキャリアとして、経口的に
らハイドロゲルの特質のみが腸管吸収性 を増大さ
吸収されることが出来るのであろうか?これを実
せるとは考えにくい。このことからペプチド薬物
証するために1型糖尿病モデルであるストレプト
の吸 収 改 善 機 構について 詳細 な検討 を行 った結
ゾトシン誘発糖尿病ラットを用いて、経口投与に
果、スマートハイドロゲルは酸性中で高度に収縮
よるイ ン ス リ ン吸収実験 を行っ た 1 0 )。具体的に
する機能だけで、インスリンを酵素分解から保護
は、マイクロサイズに調製したインスリン封入ス
していることが明らかとなった。さらに、このス
マートハイドロゲル(SS-ILP)をゼラチンカプセ
マートハイドロゲルは、粒子サイズに依存した強
ルに充填し、48時間絶食したラットに経口ゾンデ
い粘膜付着性も備えている。したがって、胃内で
で無麻酔下固定板法に よ りイ ン ス リ ンとして 2 5
はインスリン はスマートハイドロゲルの収縮機能
IU/kg 投与した。その結果、図 4 に示すように経
により充分に酵素分解から保護され、ハイドロゲ
口投与において、インスリン水溶液を投与したコ
ル粒子の胃排出後は、消化管粘膜上の付着部位で
ントロール群に比べて、強い血糖低下作用が認め
高濃度に放出され、そこでの酵素分解を免れた分
られ、その作用は8時間以上にわたって持続した。
子のみが吸収されたという可能性が考えられる。
この製剤の皮下投与に対する薬理学的利用率は、
確かにこれは消化管粘膜のintegrityを維持した
10IU/kg 経口投与時で平均約 10%と算出され、本
ままペプチド・タンパク質医薬の粘膜吸収率を受
製剤の病態モデルでの有効性が確認された。さら
動的に 上げる 最良 の方法 でもある。しかしなが
に、SS-ILP はその有効性が 2 型糖尿病モデルラッ
ら、消化管のインスリン分子に対する厳しい環境
トにおいてもすでに碓認されている 。
を考えれば、たとえ無償のインスリンが大量に小
一方、実際の臨床の場では、一日数回の繰り返
腸で放出されたとしても、SS-ILPが示したような
し投与が必要である。インスリンの場合も、摂食
強い血糖低下作用が発現することは考えにくい。
後の血糖上昇 の回避と基礎インスリン分泌を補う
一方、このハイドロゲル:P(MAA-g-EG)はカルシ
ための頻回投与が余儀なくされている。絶食下、
ウムの吸着能力があり、この作用に基づくトリプ
単回経口投与で薬理効果が認められたとしても、
シン阻害作用を示すことがわかり、実際に腸液中
より臨床的である摂食下の繰り返し投与によって
においては、SS-ILPから放出されたインスリンは
も、インスリン封入スマートハイドロゲルは果た
徐々に分解されるものの、最初の burst 的放出時
して充分に血糖値を制御できるのであろうか?こ
には、酵素非存在下での放出量に匹敵するインス
れを検証するために 1型糖尿病ラットにおける一
リン局所濃度が得られることが証明された。つま
日3回、SS-ILP、25IU/kg の連続投与実験を行っ
り、スマートハイドロゲルは胃内でのインスリン
た 11)。その結果、SS-ILP は食後高血糖を完全には
分解保護作用、小腸での粘膜付着性作用と同時に
抑制できなかったものの摂食下 という条件におい
膵酵素阻害作用を合わせ持っており、これらの多
ても SS-ILP 投与群の血糖値は、コントロールに
機能な性質が相乗効果 としてインスリン の小腸吸
比べて有意に低く抑えられ、ほぼ投与前値を維持
収に有利に働いたものと考えている 。
17
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6. スマートハイドロゲルの消化管粘膜障害作用
研究されてきたものの、なかなか研究の域をぬけ
消化管粘膜適用製剤として用いる場合に、毒性
ず実用化が見えてこなかった。しかしながら、こ
および 刺激性 が な い こ と は必須条件 で あ る。ス
こ数年の間にいくつかの画期的な非侵襲的製剤が
マートハイドロゲル:P(MAA-g-EG)にはカルシウ
臨 床 治 験 段 階に 入り 、臨 床 応 用が 現実 のものと
ム吸着作用および強い吸水能力があることから、
なってきた。現在、インスリン経口製剤でも5社
腸 吸 収 上 皮 細 胞 の 細 胞 間 の密 着 接 合 部 t i g h t
が臨床治験を展開中である。米国・ニューヨーク
junctionに作用することも予測されるため、ハイ
の Emisphere Technologies は、自社開発した
ドロゲル適用時の膜抵抗値(TEER)の経時的変化
Delivery agent (sodium N-[8-(2-hydroxybenzoyl)
について検討を行った 10)。その結果、ハイドロゲ
amino] caprylate : SNAC)を用いて、経口カル
ルを直接小腸回腸部に一定時間適用しても、TEER
シトニン、インスリン、ヒト副甲状腺ホルモンお
にはほとんど変化が無く、このことから、tight
よびヒト成長ホルモン製剤の開発を展開し、この
junctionへのスマートハイドロゲルの影響はほと
分野でトップを走っている。彼らの開発した技術
んど無いものと考えられた。さらに、乳酸脱水素
は、分子量 300-400 程度の両親媒性の低分子をタ
酵素の粘膜からの漏出はスマートハイドロゲルに
ンパク・ペプチド薬物と共存させ、消化管粘膜を
よってほとんど惹起されない。この結果はカプリ
受動拡散によって透過させようとする コンセプト
ン酸ナトリウムやグリココール 酸が乳酸脱水素酵
に基づく 1 2 )。この技 術は、本論文 で紹介 したス
素を管腔内に著しく漏出しているのとは 対照的で
マートポリマーと同様に、従来検討されてきたよ
あり、スマートハイドロゲルは細胞傷害性を持た
うな方法、すなわち、タンパク質に化学的修飾を
ない安全性の高い薬物送達キャリアであると考え
施す、あるいは生体膜の構造変化を伴う吸収促進
られる。
技術などを用いることなく、高分子の薬物を吸収
させることができる安全性の高い方法である。こ
7. おわりに
のような優れた薬物送達方法の利用と、それに加
薬物を毎日繰り返し必要とする患者の利便性、
えて、消化管粘膜透過障壁の詳細な機能解析に基
ひいてはコンプライアンスの向上を考える時、注
づく薬物送達方法の最 適 化を行うことによって、
射以外の製剤が望ましいことは言うまでもない。
臨床適用も可能なペプチド、タンパク質医薬の経
このような背景のもと、経粘膜ペプチド・タンパ
口 吸 収 率を 得る こ と は充分可能 となるに 違いな
ク薬物送達システム製剤の開発は、常に精力的に
い。
参考文献
1) Hypoglycemic effect of novel oral microspheres of insulin with protease inhibitor in normal and
diabetic rats: I. Morishita, M. Morishita, K. Takayama, Y. Machida and T. Nagai, Int. J. Pharm.,
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3) Enhanced colonic and rectal absorption of insulin using a multiple emulsion containing
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Pharma VISION NEWS No.5 (Jan. 2005)
社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
insulin enteral absorption: M. Morishita, T. Goto, N. A. Peppas, J. I. Joseph, M. C. Torjman, C.
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2004.
10) In vivo studies of oral insulin delivery systems based on complexation hydrogels: T. Goto, M.
Morishita, A. Foss, N.A. Peppas, A.M. Lowman, K. Takayama, presented at the 29th Annual Meeting of the
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11) Successful oral insulin carrier systems based on complexation polymer hydrogels: single and multiple
administration studies in type 1 and type 2 diabetic rats, M. Morishita, T. Goto, A.M. Lowman, N.A.
Peppas, T. Nagai, K. Takayama, presented at the 31st Annual Meeting of the Controlled Release Society,
Hawaii, USA, 2004.
12) Oral delivery of biologically active parathyroid hormone: A. Leone-Bay, M. Sato, D. Paton, A.H. Hunt,
D. Sarubbi, M. Carozza, J. Chou, J. McDonough and R.A. Baughman, Pharm. Res., 18, 964-970, 2001.
第 5 回創薬ビジョンシンポジウムを1 月 20 日、 21 日に昭和大学上條講堂で開催
[第 1 日目] 1 月 20 日(木)
[第 2 日目] 1 月 21 日(金)
特別講演
13:30
日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
14:00
オープニングリマーク
榊
第 4 回総会
佳之(理化学研究所)
創薬の最前線(学)
9:30
「天然物全合成と創薬化学との接点」
「ゲノム科学と創薬研究の進展」
10:15
特別講演(学)
14:45
製で遭遇した課題」
「創薬研究を推進する薬学会の役割」
15:25
11:00
手代木
特別講演(官)
16:25
富岡 清(京大院・薬)
「プロセス有機合成化学が拓く創薬化学」
功(塩野義製薬)
「世界の医療に貢献する創薬企業を目指して」
(仮題)
井原 正隆(東北大院・薬)
「大学での創薬研究:中枢神経保護および抗マラリア剤創
井上 圭三(日本薬学会・会頭)
特別講演(産)
福山 透(東大院・薬)
11:45
休憩・昼食
創薬の最前線(産)
渡辺 公綱(産業技術総合研究所 )
13:15
「生物情報解析と創薬研究の進展 」
17:25
講演終了
18:00∼
懇親会(昭和大学病院 17 階・レストラン昭和)
木村 富美夫(三共)
「メディシナルケミストリー研究の最前線」
14:00
土屋 政幸(中外製薬)
「抗体医薬の現況」
14:45
中根 正己(ファイザー)
「戦略的探索の現況」
15:30
休憩・コーヒーブレイク
創薬ビジョン(官)
15:45
高山 昌也(厚生労働省)
「創薬に貢献する(独)医薬基盤研究所 」(仮題)
16:30
多喜田
圭三(経済産業省)
「創薬に貢献するバイオ産業振興方策」(仮題)
17:15
19
閉会の辞
次期大会委員長
Pharma VISION NEWS No.5 (Jan. 2005)
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薬学研究解説
マラリア治療薬の開発研究
−人類史全般に亘って脅威を与え続けてきた疾病との戦いの最前線−
竹内 勤 慶應義塾大学医学部 マラリアは人類を最も多く殺してきている疾病
ける死亡例の大多数は 5才以下の乳幼児である事
といわれ、人類史にも多くの足跡を残している。
も、マラリアの特徴の一つである。更に、マラリ
アフリカの風土病である鎌形赤血球症は、マラリ
アの発生には気候異常、森林破壊、都市化、内戦
ア原虫に対する抵抗性があるためだけに、今日ま
による難民発生等種々の要因が関与している。こ
で淘汰されずに残ってきているし、古代ローマを
のような種々の要因がマラリア の制圧を極めて困
イスラム勢力の侵略から守ったのは、ローマ近隣
難なものにしている。
の湖沼地帯に生息するハマダラカとそれが媒介す
他方、我々日本人は直接のマラリアの脅威にさ
るマラリアであったといわれている。外国のみな
らされていない。わずかに輸入感染症として年間
らず、日本においても、三日熱マラリアが本土に
100 例を超えるくらい報告されるだけである。し
過去存在していた。源氏物語で、光源氏が紫の上
かし、日本人は非流行地に居住しているだけに免
と出会うきっかけになった「わらわ病み」とは、
疫がなく、途上国で感染した場合、重症化する可
この 三 日 熱マ ラ リ アで あ る と言 わ れ て い る し 、
能性があることも認識されるべきである。また一
「おこり」も三日熱マラリアのことである。現代
方、日本政府は近年 HIV/AIDS、マラリア、結核を
の日本においても、マラリア原虫自身は駆逐され
はじめ、感染症/寄生虫症に対する世界レベルの
ているが、媒介蚊は存在し、罹患者の移入などに
取り組みを促進してきている。特に Global Fund
より、媒介蚊が再びマラリア原虫に感染する可能
to Fight HIV/AIDS, Tuberculosis and
性も残っている。となりの韓国でも一旦なくなっ
Malaria(GFATM)は最近感染症/寄生虫症対策実施
た三日熱マラリアが 1990 年代後半より急激な増
に大き な役割 を果 た し て い る が、これも 当初サ
加経過をたどり、原因は今でも不明とされている
ミットにおける日本の発議によってできたもので
が、38 度線のいわゆる Demilitarized Zone に当
ある。更に加えて、それよりも以前から人材育成
初発生した事から、北側から季節風に乗って媒介
を中心として 学校保健 の枠組みをこのような疾患
蚊が飛来したためではないかと 推測する向きもあ
制圧に適用しようという、いわゆる橋本イニシア
る。
ティブも機能している。日本に住んでいる我々も
現時点においてもマラリアは人類に脅威を与え続
このような事 実を よ り 明 確に 認識す る べ き で あ
けており、人類はマラリアと闘わなければならな
る。
い運命にもある。マラリアは百余ヵ国において、
この様に、人類の歴史は、ある意味でマラリア
年間 1 ∼ 5 億人が罹患し、100 ∼ 200 万人の死亡
との戦いの歴史である。この戦いには上述のよう
者を出していると推定されている 。正確な疫学
に多様な因子が関係している。しかし、マラリア
データが出ないのは、マラリア、特に死亡率の高
との戦いの歴史がマラリア治療薬の開発の歴史で
い熱帯熱マラリアの主要な発生地域がアフリカの
ある事も間違いない。以下、マラリアに対する薬
サハラ砂漠以南の諸国であり、正確な診断がなさ
物の現状と今後の課題を概説するが、マラリア薬
れないまま亡くなったり、統計的なシステムが完
の作用機序の考察には、マラリア原虫の生活環と
備していないことにもよる。サハラ砂漠以南にお
その作用対象を見極める必要があるため、まずマ
1)
◆略 歴◆ 竹内 勤:慶應義塾大学医学部・熱帯医学寄生虫学教室・教授
1970 年慶應義塾大学医学部卒業。寄生虫学教室(松林久吉教授)に入室し、トキソプラズマなど寄生性原虫類の研究を
開始。1973年から 1977 年まで Laboratory of Parasitic Diseases, NIAID, NIH, USAに留学。赤痢アメーバを中心とす
る原虫の研究に従事。1978 年 12 月に慶應義塾大学医学部専任講師(寄生虫学)、1987 年から現職。現在、日本熱帯医学
会理事長、Expert Advisory Panel (WHO)のメンバー等を兼ねる。
20
Pharma VISION NEWS No.5 (Jan. 2005)
社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
ラリア原虫の生活環について述べる 。
からオーシスト(注6)と成熟し、オーシストが破裂
して、内部に形成された多数のスポロゾイトが中
1. マラリア原虫の生活環
腸壁から放出され、唾液腺に集結して、新たなヒ
人寄生マラリアには、熱帯熱マラリア原虫、三
トへの感染を引き起こす。
日熱マラリア原虫、卵形マラリア原虫および四日
熱マラリア原虫の4種類があり、形態、発育、病
2. これまでの抗マラリア薬とその現状
原性などに関しての違いがある。この中で、熱帯
人類とマラリアとの戦いにおいて、治療薬とし
熱マラリア原虫による感染が、感染者数、薬物耐
て、最初に世に出たのはキニーネ(図1)である。
性、重症マラリアを引き起こす点などから、もっ
キニーネは、アンデスに自生するキナの樹皮に含
とも重要である。
まれるアルカロイドである。キナの樹皮そのもの
マラリア原虫は、ハマダラカ属の蚊の唾液腺に
は、熱病の治療のための生薬として、新大陸の発
スポロゾイト
として集積し、これが吸血時
見とともに、欧州へと伝えられている。ヴィクト
に人体内に入り、血流にのって肝に達し、肝細胞
ル・ユゴーの「レ・ミゼラブル」には、死の床に
内に入った後に、赤血球外発育と呼ばれる単純多
あるファンチーヌに、修道女がキナの樹皮の煎じ
数分裂を行う。約 1 週間で多数の成熟したメロゾ
たものを与えるシーンが描かれている。キニーネ
イト
(注1)
となり、肝細胞を破って再び血流に放
はこの樹皮の抽出物を精製して作られていた。第
出される(赤血球外発育期)。この期間が潜伏期
二次大戦中の東南アジアにおいて、キナの生育地
である。赤血球外増殖に通常向かうスポロゾイト
を米 国と 日本 が争 った 話 は有 名な 話で あ る 。キ
のなかには肝細胞内でヒプノゾイト(休眠体)と
ニーネの主たる作用は、シゾントに対しての選択
呼ばれる非活動型になるものもあり、これが三日
的殺原虫効果であり、その機序はヘモゾイン(注7)
熱などの再発(relapse)の原因となる。
の生成阻害であると言われている。この薬物はク
一方、熱帯熱マラリア等ではこのヒプノゾイト
ロロキンの登場後は、長い間その存在意義が薄れ
が存在せず、従って治療後の再発症は赤血球内発
ていたが、後に述べるように、薬物耐性マラリア
育型(メロゾイト )の残存 による 。これを 再燃
の登場と と も に、マラリアの化学療法における、
(recrudescence)と呼んで区別している。メロゾ
最後 の防 衛 線 的な 性 格 付 け が な さ れ る よ う に な
イトは赤血球に侵入した後、トロフォゾイト(注3)
り、その存在意義が再認識された。しかし再度、耐
となり、数日で分裂体であるシゾント
性原虫の出現等、種々の理由で使用が制限されつ
(注2)
(注4)
に成
熟して、無性的な単純多数分裂を行い、新たなメ
つある。
ロゾイトを放出する。この周期は、マラリアの発
キ ニ ー ネに 次い で登 場 したのが 、ク ロ ロ キ ン
熱発作に一致する(赤血球内発育期)。メロゾイ
(図 1 )である。クロロキンは、マラリアの特効
トの中には、雌雄のガメトサイト(生殖母体)と
薬キニーネの基源植物である、キナの生育地を日
なるものもあり、これがハマダラカに吸血時に吸
本軍に抑えられた米国によって、合成薬でキニー
い上げられ、雌ハマダラカの中腸で雌雄のガメト
ネに対抗す べ く開発さ れ た抗マ ラ リ ア薬である。
(生殖体)に変態し、受精してオーキネート (注5)
基本構造 は、キニーネ と同 じキ ノ リ ン 骨格 であ
り、キニーネの 6 位のメトキシ基を取り去り、7
位に塩素を導入している。又、4 位のヒドロキシ
H
NH2
N
NH
NH
N
H
HO
N
している。この薬物も殺シゾント薬であり、ヘモ
ゾインの生成阻害が主たる機作であると言われて
H3CO
Cl
H3CO
N
N
キニーネ
クロ ロキン
プリマキン
H
HO
N
H
N
CF 3
CF3
メフロ キン
図1
環状アミン構造を、分岐鎖のジアミン構造に変換
H3C
CH3
当初は極めて高く、長い間、マラリアの確定診断
後の第一選択薬剤として、世界各国で広く使用さ
れてきた。しかし 1970 年代前後より、クロロキン
OO
O
H
いる 2,3)。 クロロキンの有効性は、クロロキン登場
に対して薬物耐性を示す熱帯熱マラリアが広範に
O
CH3
R
アル テミシニン
広がり、その有効性が薄れた。それとともに、マ
ラリアが再興感染症となり、感染症問題における
制圧すべき世界的な重要課題となった。薬物耐性
マラリアには、クロロキンにのみ耐性を示すクロ
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Pharma VISION NEWS No.5 (Jan. 2005)
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ロキン耐性マラリアと、その他のマラリア薬にも
ニン治療の後に、メフロキンなどを投与して再燃
耐性を示す多剤耐性マラリアが存在するが、薬物
の予防処置を行わなければならない 。
耐性マラリア が最も高頻度に分布する東南アジア
以上述べたように、現在使用されている抗マラ
(タイ/ミャンマー、及びタイ/カンボジア国境)
リア薬には、それぞれが欠点を有しており、これ
では、多剤耐性マラリアが、全熱帯熱マラリアの
らの欠 点を克 服す る必要 が あ り、その為 の研究
50%以上を占めるようになっていると言われてい
が、現在、日本でも厚生労働省のプロジェクトな
る。薬物耐性株の伝播が、クロロキンの治療薬と
どで進められている。その内容を以下に簡単に紹
しての有効性を著しく減じており、そのことが、
介する。
最重要課題の一つとして、マラリア制圧を世界的
に取り上げなければならい状況を生みだしている
3. マラリア・ワクチンの開発
原因の一つと言える。
マラリアは宿主の血球中に生息するため、宿主
プリマキン(図 1)は、クロロキンの側鎖構造
の免疫機構から逃れるための種々の手段を有して
について、7 位塩素を 6 位メトキシ基に戻し、キ
いると考えられる。この為、原始的な手技でのワ
ニーネに近い形にした上で、4位の分岐ジアミン
クチンの開発は、過去何度となく失敗を重ねてき
を8位 に移し て お り、分 岐 構 造も単 純なものと
た。近年になってわが国でも、大阪大学の堀井俊
し、アルキル基の末端に1級アミンを配する形を
宏教授等の研究により、マラリア原虫にとってア
取っている。毒性が非常に高いため、その使用は
キレス腱ともなるタンパク(SERA)が見出され、
極めて限られたものであるが、キニーネやクロロ
それに対するワクチンが開発されている 7)。ワク
キンなどとは異なり、休眠期の原虫に対して殺原
チン治療は、数回の接種で長期間病原体に対する
虫効果 を示す 利点 があり 、殺シゾント薬 の投 与
抵抗性が維持される利点があり、これが実用化さ
後、完治或いは再燃の防止のために、現在でも用
れれば 、マ ラ リ アの制 圧に は有力 な武 器と な ろ
いられている。
う。但し、広汎に予防に使用すると、ワクチンに
メフロキン(図1)も、キニーネ、クロロキン、
対して抵抗を示す株をセレクションすることにな
プリマキンに続いて、キノリン構造を基本骨格と
りかねないので、その使用方法と、適切な化学療
した抗マラリア剤であり、クロロキン、プリマキ
法剤との組合せが必要になろう。
ンの開発情報 を取り入れた化合物設計となってい
る。メフロキンはキノリンの2位と8位にトリフ
4. 新規の抗マラリア薬の開発
ルオロメチル基を導入し、更に、4位にヒドロキ
歴史的に見て、マラリア感染において、最も生
シ環状アミン構造を導入している。キニーネの構
命を脅かす急性期を凌ぐ為には、殺シゾント薬の
造を単純化し、トリフルオロメチル基で動態特性
有効性は誰もが認めるところであろう。現在、耐
を向上させた設計であると言える。この薬物も、
性株の伝播によって、その有効性が減じている殺
作用は殺シゾントであり、クロロキン耐性マラリ
シゾント薬を開発することは急務である。その様
アの流行地において使用されたり、動態特性の良
な背景で、各種の化合物についての抗マラリア作
さと安全性から予防薬として、旅行者などに利用
用のスクリーニングが、北里研究所の大村智所長
されている。近年、マラリアの薬剤耐性は、クロ
のグループ等によって為されている 。
ロキン耐性から、多剤耐性へと移行しており、既に
又、蚊による吸血→ヒトへの感染→蚊による吸
メフロキンに対して耐性を示す株も広がっている 。
血→蚊への原虫の移行・有性生殖→蚊による吸血
アルテミシニン(図1)は、漢方生薬として、
→ヒトへの感染のルートを断ち切るためには、ヒ
発熱に対して用いられていた、キク科ヨモギ属の
トに移行した原虫が再び蚊に移行しないようにす
青蒿(和名 クソニンジン)の抽出物から、単離
ることがマラリアの流行を阻止する上で有効であ
同定された化合物で、エンドパーオキサイドブッ
り、この意味で生殖母体や休眠体に対して殺原虫
リジ構造を有する特異的な化合物である。この薬
効果を示す薬物 の開発も重要 である。ウォル
物の作用は、殺シゾント作用であり、機序は、不
ター・リード陸軍病院で開発されたタフェノキン
明な点が多く、ヘム・ヘモゾイン変換に作用する
(図 2)は、まもなく上市されるが、生殖母体や休
と言われている。その点で、キニーネ、クロロキ
眠体にも有効と言われており、これからの薬物と
ン、メフロキンと類似しているが、耐性株が殆ど
して期待されている 8)。
出現しないと言う利点を有している。最大の欠点
は再燃を起こすことであり、その為、アルテミシ
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Pharma VISION NEWS No.5 (Jan. 2005)
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ジベンゾスベリルピペラジン骨格の化合物がその
CH3
H2N(CH2) 3
作用に優れることを見出している 9)。この研究過
C NH
H
N
OCH3
H3 CO
程で、グルタチオンの動向が、クロロキンの作用
発現と原虫の薬物耐性の発現と解除の両方に大き
な影響を与えることを見出している。マラリア原
CH3
O
虫の薬物耐性を解除し、クロロキンなどの抗マラ
リア薬の効果を向上させることは、マラリア制圧
CF3
に有意義なことであると考える。
タフェノキン
以上、マラリア薬の開発研究史について、簡単
図2
に述べたが、マラリア制圧への道は遠く険しいも
のと認識している。又、世界が狭くなりつつある
5. 薬物耐性の解除薬の開発
現在、日本にとってもマラリアは他国の問題以上
薬物の耐性の問題さえなければ、クロロキン、
の重みとなってきている。学術的にも、寄生体の
メフロキンはマラリア制圧には有用な薬である。
薬 物 耐 性 獲 得 機 構 、酸化 ストレス か ら の回 避 機
この薬物耐性の発現には、ABCトランスポーター
構、宿主免疫システムからの回避機構など、興味
が関与していると言われている。当研究室と北
深いテーマも多々存在するので、多くの優秀な科
里大学の長瀬 博教授の生命薬化学研究室では、
学者がマラリアの研究に携わり、一日も早いマラ
薬物排出ト ラ ン ス ポ ー タ ーを阻害し 、原虫の薬
リア制圧の道が開かれることを期待して筆を置き
物耐性を解除する薬物の研究を行ってきており、
たい。
注 1)
注 2)
注 3,
注 5)
注 6)
注 7)
スポロゾイト:感染型原虫のこと。蚊の吸血時に唾液腺よ りヒトの血液中に は い る。スポロゾイトは短時間 の
うちに肝臓に到達し、肝実質細胞に侵入する。
メロゾイト:肝細胞内で赤 血 球 外 発 育を行う結果形成さ れ る。一個のスポロゾイトは 数千から数万のメ ロ ゾ イ
トを形成する。メロゾイトは肝細胞 を破壊して、赤血球内に直ちに侵 入する。
4) トロフォゾイト、シゾント:赤血球に侵入した虫体 はリング期に続いて トロフォゾイト期、シゾント期と呼
ばれる特有の形 態 変 化を示しながら発 育する。最終的に 10-30 個のメロゾイトを形成する。
オーキネート:ハマダラ蚊の体内で患 者から吸い込まれたマ ラ リ ア 原虫の雄 性 生 殖 体 と雌性生殖体が接 合した
ものがオーキネート であり、運動性を獲得した虫 体である。
オーシスト:オーキネートが中腸の 漿膜下に移動して、分裂を開始し、オーシストを形成する 。10-14 日ほど
で、オーシストの中に多 数のスポロゾイト が形成される。
ヘモゾイン:マラリア原虫は宿主の 赤血球内でヘ モ グ ロ ビ ンをフ ー ド バ キ ュ オ ルで分解し、アミノ酸の供給源
として利用する。この時、遊離するヘムが原虫に と っ て 極めて有毒で あ る た め 、重合させてヘモゾイン として
無毒化する。ヘモゾインはヘム鉄と ポルフィリン環側鎖の プロピオン酸が次々 に結合したポリマー構 造をとっ
ている。
参考文献
1) A WHO Study Group on the Implementation of the Global Plan of Action for Malaria Control 1993-2000.
Implementation Series 839; World Health Organization: Geneva,1993, pp1-58
2) Krogstad DJ.; Schlesinger PH.; Gluzman IY.
J Cell Biol. 1985, 101, 2302-2309.
3) 大友弘士、狩野繁之; 医学のあゆみ 1999, 191, 109-113.
4) Arora R. B.; Madan B. R. Arch Int Pharmacodyn Ther. 1956, 107, 215-222.
5) Heim MU.; Mezger J.; Scheurlen C.; Twardzik L.; Wilmanns W. Dtsch MedWochenschr., 1988, 113, 941-944.
6) Hoppe H. C.; van Schalkwyk D. A.; Wiehart U. I.; Meredith S. A.; EganJ.; Weber B. W. Antimicrob. Agents
Chemother. 2004, 48, 2370-2378.
7) Aoki S.; Li J.; Itagaki S.; Okech B. A.; Egwang T. G.; Matsuoka H.; Palacpac N. M.; Mitamura T.; Horii
T. J. Biol. Chem. 2002, 277, 47533-47540.
8) Ponsa N.; Sattabongkot J.; Kittayapong P.; Eikarat N.; Coleman R. E. Am. J. Trop. Med. Hyg., 2003, 69,
542-547.
9) Osa Y.; Kobayashi S.; Sato Y.; Suzuki Y.; Takino K.; Takeuchi T.; Miyata Y.; Sakaguchi M.; Takayanagi H.
J. Med. Chem. 2003; 46, 1948-1956.
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社団法人 日本薬学会 薬学研究ビジョン部会
薬学研究ビジョン部会からのお知らせ 1
部会賞 AWARD
平 成 15 年 度 部 会 賞 は 第 4 回 創 薬 ビ ジ ョ ン シ
ンポジウムで授与
本部会においては、薬学研究に関する明確なビ
ジョンをもち、創薬を目指して境界領域において
独創的な研究業績をあげつつあり、薬学の将来を
担うことが期待される研究者を選考し、部会賞を
授与することとしました。
平成 15 年度授賞者は、山下富義(京都大学大学
院薬学研究科)「新しい情報科学的アプローチに
基づく In Silico 薬物動態予測に関す る研究」、
杉本幸彦(京都大学大学院薬学研究科)
「 創薬ター
ゲットとしてのプロスタグランジン受容体の分子
において授賞式を行いその業績に対し、楯を授与
基盤に関する研究 」、小川治夫(University of
いたしました。
Nevada,Reno )「心房性ナ ト リ ウ ム利尿ペプチド
平成 16 年度部会賞は、候補者を推薦し、1次審
(ANP)受容体立体構造の解明に関する研究」、池
査として書類選考を行い、書類選考の結果に基づ
谷裕二(東京大学大学院薬学系研究科)「中枢神
いて、2 次審査を選考委員会において審査してお
経薬理学に関する研究」の 4 名の先生方には、第
ります。第 3 回部会フォーラムの際に授賞式と受
4 回創薬ビジョンシンポジウム(2004 年 9 月 30日)
賞講演を行う予定です。
薬学研究ビジョン部会では、 下記の要項で部会賞候補者を募集!
多くの応募 ・推薦をお願い致します!
平成 17 年度部会賞募集要項については 詳細が決まり次第、 部会 H P
(http://www.pharm.or.jp/bukai/index.html)に掲載します
*ご参考までに、平成 16 年度部会賞候補者募集要項を記載いたします。
1) 推薦者:自薦・他薦 いずれも可。
2) 受賞の対象:薬学研究に関する明確なビジョンをもち、創薬を目指して境界領域において独創
的な研究業績をあげつつあり 、薬学の将来を担うことが期待さ れ る研究者に授与する。日本薬学
会奨励賞の受賞者で、その受賞対象の主要部分が同一の 場合は受賞対象としない。受賞年度の 4月
1 日に満 45 歳以下で、原則本部会会員であること。
3) 授賞件数:数件
4) 表 彰:受賞者には、賞状(楯)を贈る。
5) 推薦締切:平成 16 年 11 月 1 日(月)
6) 推薦方法:推薦理由書(自薦・他薦いずれの場合も、500-1000 字程度)および業績リストを所
定の書式(部会ホームページからダウンロード)に準じて作成し、電子メールの添付書類とし て平成 16 年度部会賞選考委員長に送付すること。
7) 授賞式:日本薬学会年会の部会フォーラム時
8) 備 考:受賞者には、授賞式時に受賞講演をお願いするとともに、その研究業績をまとめて Annual Report の執筆をお願いする。また、シンポジウムでの講演をお願いすることもある。
9) 推薦書類提出先:
薬学研究ビジョン部会 部会賞選考委員長
辻本 豪三 E-mail:
[email protected]
http://www.pharm.or.jp/bukai/index.html
平成 16 年度部会代表 馬場 嘉信
平成 16 年度部会賞選考委員長 辻本 豪三
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薬学研究ビジョン部会からのお知らせ 2 第 3 回 創 薬 ビ ジ ョ ン フ ォ ー ラ ム を 125 年 会 ( 3 月 31 日 9 : 0 0 - ) 開 催 !
シ ン ポ ジ ウ ム 34 「 創 薬 に 本 当 に 役 立 つ バ イ オ イ ン フ ォ ー マ テ ィ ク ス 」
本部会では薬学会年会時 に年会のシンポジウム
として部会フォーラムを行っております(今計画
で 3回目)。125年会においては、バイオインフォー
3 月 31 日 9:00 ∼ 会場は未定(詳細は年会プログラムで確認ください)
見る形でのフォーラムを開催いたします。
シンポジウム 34
薬学研究ビジョン部会フォーラム:
創薬に本当に役立つバイオインフォーマティクス
ヒトゲノムも含め、100種類以上の生物種の
オーガナイザー:
マティクスの創薬応用を Wet 研究現場サイドから
ゲノムシークエンスが完了している現在、新しい
ゲノム研究の焦点は遺伝子 という貴重な情報を人
類の健康・疾病の治療に役に立てることにフォー
カスし て い ま す 。これまでの バ イ オ イ ン フ ォ マ
ティクス研究は主にゲノム 研究の支援業務に過ぎ
ず、創薬研究に直接結びついておりません。しか
長洲 毅志(エーザイ)
青島 健(三井情報開発)
講演者:
エーザイ株式会社シーズ研究所
産業技術総合研究所
国立がんセンター研究所
慶応義塾大学
東海大学
東京大学
塚原 克平
高橋 勝利
山田 哲司
曽我 朋義
猪子 英俊
田口 良
し、今日の創薬研究では、既存の薬理試験に加え
て、DNA マイクロアレイ、プロテオーム等新たな
研究手段によって得られた 大量データ を扱う必要
メタボローム研究、グライコーム研究、及びがん
を生じており、これらの解析にはバイオインフォ
予防検診研究 など各領域で活躍されている先生方
マティクスのサポートは不可欠で、この分野の定
から講演いただき今後のバイオインフォマティク
義はますます混沌としている感があります。そし
スの方向性について議論を深めたいと思っており
て、これからの創薬研究の成否はバイオインフォ
ます。是非とも多くの皆様の参加をお待ちしてお
マティクスをいかに研究活動に応用するかどうか
ります。
にかかっているといっても過言ではありません。
なお、部会フォーラム終了後、薬学研究ビジョン
本シンポジウムでは、創薬に直接貢献している
部会部会賞の 表彰 と受賞講演 を開催 する 予定で
実験科学を支える学問としてのバイオインフォマ
す。
テ ィ ク スに 焦点 を当 てて、ゲノム 多 様 性 解 析 研
究、薬剤作用機序解析研究、プロテオーム研究、
今後の予定−創薬ビジョンシンポジウム−
詳細が決まり次第 Web に掲載します!
☆
第 6 回創薬ビジョンシンポジウム お楽しみに!!
日時 :H17 年 7 月 14 日 (木)、 15 日 (金)予定
場所 :東京大学鉄門講堂
主題 :「薬効 ・副作用発現の予測系」
Co-chair :鈴木洋史 (東大医学部付属病院 ・薬)/小澤正吾 (国立衛研)
☆
第 7 回創薬ビジョンシンポジウム 日時 :H18 年1月 19 日 (木)、 20 日 (金)予定
場所 :未定
主題 :「21世紀の創薬を指向した臨床試験のビジョン」
Co-chair :杉山雄一 (東大院 ・薬)/樋坂章博 (万有製薬 ・臨床医薬研)
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Pharma VISION NEWS No.5 (Jan. 2005)
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編集後記
本年は薬学研究ビジョン部会が発足して 3 年目を迎えます。年 2 回発行の Pharma VISION NEWS も本
号が第 5 号となります。毎号、薬学研究あるいは創薬に関するビジョンや研究紹介など、幅広い専門領
域の先生方にご執筆いただいております。今回は平岡哲夫先生、金久實先生、管弘之先生、佐々木茂貴
先生、森下真莉子先生、竹内勤先生にお願いいたしました。ご多忙中にもかかわらず、快くお引き受け
いただきましたことに心より感謝いたします。
平岡先生は巻頭言で、ゲノム、プロテオミクス研究の繁栄とはうらはらに、新薬創出の進展が遅滞傾
向にある理由を考察されておられます。 “ゲノム創薬の隔靴掻痒”という印象深い副題は、創薬の現状
を大変簡潔に表現しているように感じました。
薬学研究ビジョンでは、金久先生にゲノムとケミストリーの 融合した“ケモゲノミクス”について京都
大学 21 世紀 COE プログラムの考え方を、管先生には厚生労働省の“ナノメディシン”プロジェクト(H14
年―)についてご紹介いただきました。ケモゲノミクスとナノメディシンはともに米国のNIHロードマッ
プでも重点項目に取り上げられているということですが、金久先生、菅先生をリーダーとするこれら二
つのプロジェクトの成果に期待したいと思います。
薬学研究最前線では、佐々木先生にインテリジェント人工核酸の創製研究の現状を紹介していただきま
した。
「核酸ハイブリッド内で特異的かつ 効率的な化学反応を実現し、標的塩基構造を特異的に変化させ
る」インテリジェント人工核酸が新しい タイプの医薬品として開発されることを願っています。森下先
生には、ペプチド、タンパク質医薬の経口製剤化研究についてご紹介いただきました。プロテオーム創
薬への関心の高まりとともに、低分子医薬品に代わって biologics 医薬品へ開発が移るともいわれてい
ます。経口製剤化研究はこのような流 れの中で解決すべき重要な研究課題と感じました。
薬学研究解説では竹内先生に抗マラリア薬の開発研究について、その歴史、現状、今後の展望まで丁寧
に解説していただきました。改めて研究の重要性も認識させられました。読者の皆様にも大変参考にな
ることと思います 。
さて、1 月 20 日(木)、21 日(金)には第 5 回創薬ビジョンシンポジウム(於、昭和大学)が開催され
ます。今回は「物作り(合成)を意識した創薬の最前線」を主題にしております。多数の皆様とお会い
することを楽しみにしております。
(夏苅英昭)
発行 :薬学研究ビジョン部会 (
部会代表 :馬場嘉信)
編集委員会 :
夏苅英昭 (
委員長)
、 長瀬 博
鈴木洋史 (
副委員長)
、 辻本豪三、
長洲毅志、 獅山喜美子 (
編集事務局)
編集事務局 : 編集委員会からのお知らせ
※ このPharma VISION NEWSは、本部会が年2回の予定
で部会員宛にメール発信致します。ご希望の方は、薬
学研究ビジョン部会事務局宛にお問い合わせ下さい。
※ 部会員登録が必要です。部会員登録用紙は、部会HP
からPDF でダウンロードしてください。
※ 部会員の登録には、入会金 ・年会費は無料です。日
本薬学会の会員でなくても部会員登録はできます。
※ 投稿原稿を募集いたします。詳細は編集事務局宛に
お問い合わせ下さい。
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東京大学大学院薬学系研究科分子薬物動態学教室内
TEL :03-5800-6988 FAX :03-5800-6949
Email :[email protected]
薬学研究 ビジョン部会事務局 :
☆お問い合わせや所属変更のご連絡等はこちらへ
徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部馬場研究室
〒 770-8505 徳島市庄町 1-78 TEL&FAX :088-633-9507
E-mail :[email protected]
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