女性のそばの食し方についての考察 15023 松田綾子

女性のそばの食し方についての考察
15023
松田綾子
もりそばを食べるとき、豪快に音を立てながらズルッ、ズ
ルズルーッとたぐる姿は、見事な江戸仕草のように思ってい
た。しかも、初老の男性が、力強くたぐると、これまでの人
生の『成功者』の現在…というような、勝手な妄想をするの
は、ひとりそば屋でそばを待つ身にはちょっとした楽しみで
もあった。
ところが、金沢の老舗のおかみさんとそば屋に行ったとき
に、目から鱗の仕草を拝見した。それはそれは優雅を絵に描
いたような方だったのだが、ざるの上で2〜3本のそばをた
ぐり、一度置き、塩を箸先でちょんちょんとのせ、くるりと
そばを巻き込んでおちょぼにした口に運んで召し上がった。
「この食べ方が一等好きなんよ」と、これまた優雅におっし
ゃる。わー!美しい!まず、ピンと伸びた背筋がきれい。そ
のころの私はうっとりとしてしまった。
我が身はそば汁にズドーンと音がするくらいにそばをつけ
てしまい、取り戻すようにそば猪口の中でたぐって大きくあ
けた口に運ぶ…もちろん周りには汁のしぶきがぽちぽちと模
様をつくっている。あわてて、先ほど手を拭いたおしぼりで、
ごしごしとテーブルを拭く。元々がさつな上、不器用なもの
だから、「ごちそうさま」のときはほぼ茶色いおしぼりにな
っている。情けない。
麺類は、大好きなのだが、汁物は、必ず、胸元を汚してし
まうのである程度大人になったときは、恥ずかしいが、「ま
いかけ」をかけて、麺類には臨む。おまけに猫背だ。どちら
にしろ、かっこわるいことこの上ない。
なにもかっこよく食べなくてもいいと思うが、ちょっとこ
の歳になってこぼし過ぎ、飛ばし過ぎなのである。
私のよく行くある店では、女性のそば猪口は漆塗りのもの。
男性は白木のそば猪口。なんでも口を付けられたときに口紅
がつくと、洗ってもとれないからという理由だった。なるほ
ど、口を付けないでたぐるのか?何となく見えてきた…
ところが、なにげなく見ていたバラエティ番組でタレント
の行きつけのお店に、アナウンサーを連れて行くという、本
当によくあるその1シーンに雷で頭を撃たれたように仰天し
てしまったのである。
それは、松たか子。『小さいころからよく来ている』『ひ
とりでもしょっちゅう来ている』『父ともよく待ち合わせる』
というそば屋に、アナウンサーと対面し、座り、会話を楽し
んでいる。そして、松たか子の前にもりそばが置かれる。置
かれるか置かれないかの一瞬のうちに箸を割る。そしてなん
と、アナウンサーの頼んだ(確か)温かい松茸そばの来る前
に、自分の前に置かれたもりそばを、ズルーズルズルーっと
3口で食べ終わってしまった。もちろん背筋はピンと伸びて
いる。
これぞ、江戸しぐさ!かっこいい!アナウンサーは、あん
ぐりと口を開けたまま。
当然、テレビの前の私は、家にあった乾麺をすぐにゆがき
始めた。これは、まねしなくては?と、練習してみたのだが、
なかなか、パワーがいる。特に吸引力は、相当なのである。
おまけに猫背である。
さすが、松たか子!この人はテレビに出ていると、いつも
女らしさよりも男らしさを感じてしまうほどなのだが、とに
かくかっこいい。
そのとき以来、一般人の食レポを含め、そばのたぐり方に
ついては大注目しているのだが、女性では松たか子ほどかっ
こいいたぐり方をしている人はいない。
そりゃあ、女性が、お見合いの席にズルッ、ズルズルーと
やっちゃっては、まとまるものもまとまらないかもしれない
が…。
また、海外でスパゲッティーを、ズルズルはもちろんいた
だけないのはわかっているつもり。
どうしたら、女性が美しくそばをたぐれるか…そして、自
分がそのそばの美味しさを充分に楽しめているか?この双方
を満たすたぐり方…今後とも研究し続けたい。