好きな言葉

好きな言葉
(ネットより)
katuraさん−千葉 (99/10/20)
氷点
自分一人ぐらいと思ってはいけない。その一人ぐらいと思っている自分に、たくさんの
人がかかわっている。
KAZUさん−兵庫 (99/10/17)
泥流地帯
・「商人になりたいと思って商人になったらそれが人生の成功者だ。農家になりたいと思
って農家になったらそれが人生の成功者だ。」・・のようなこと。(拓一・耕作の祖父の言葉)
・「叱られても叱られなくてもするべきことはするべ」(権太)
・「あの泥流で流されて死んだとしても馬鹿臭いとは思わんぞ。生まれ変わっても真面目
に生きるつもりだぞ。」(拓一)
かなめさん−東京 (99/10/16)
氷点
「おかあさんね、今死んだら陽子ちゃんにちゃんと謝っていないことが一番悔いが残る
と思ったの」(夏枝の台詞)
Kさん−東京 (99/10/13)
氷点
人が死んだ後に残るのは、その人が何を得たかではなくて何を与えたかである。
聖基さん−兵庫 (99/10/12)
光あるうちに
わたしなりの苦難についての考えをのべることを許してもらえるなら、それはやはり、
神の御心であるという以外に、言いようのない気がする。正しい人や、熱心な信徒の苦し
みは、この世を浄化するためにあるのではないか。その人々は特に、神に見こまれた人々
ではないのか。わたしはどうも、そんなような気がしてならないのだ。
山根 光晴さん−兵庫 (99/10/8)
道ありき
あなたの若き内に、あなたの創り主を覚えられよ(聖書)
Yasuko Sasaki さん−北海道 (99/9/26)
この土の器をも
神は愛なり(聖書)
かつらさん−東京 (99/9/19)
塩狩峠
-1-
『明日の事を思い煩うな,明日は明日みずから思い煩わん。一日の苦労は一日にて足れリ。』
この言葉で未来の事を心配するあまり、今をおろそかにしている自分に気付きました。後
悔しないために、一日一日を真剣に生きて行きたいと思いました。三浦さんの本と出会え
た事はわたしには大きな喜びです!!
虹さん−東京 (99/9/2)
塩狩峠
自分を偉いと思う人間に、偉い人はいない
坂 稲子さん−千葉 (99/8/20)
続氷点
・人が一生を終えた後に残るのはその人が集めたものではなく、与えたものである。
・包帯が巻けないのなら人の傷に触れてはならない。
黒猫のキキさん−福岡 (99/8/18)
光あるうちに
かけがえのない、そして繰り返すことのできない一生を、キリストを信じてあなたも歩
んでみませんか。今までの生活が、どんなに疲れきった、あるいは人に言えない恥ずかし
い生活であっても、または言いがたいほどに苦しく悲しい毎日であったにしても、今、あ
なたの前に、まだあなたの足跡が一つも印されていない純白の布のような道があるのです。
過去はどんな歩み方であったにせよ、自分の目の前に、足跡ひとつない道があり、そこに
どんな足跡を残して行くかは、自分の自由だということ、そんなすばらしいことはないと
思います。
過去はいいのです。今からの一歩を、あなたもキリストの愛の手に導かれて歩みたいと
お思いにはなりませんか。
そのことが、あなた自身にどんなにむずかしく見えても、神が助けてくださるのです。
キリストはこう言っておられます。(人にはできないことも、神にはできる)と
光あるうちに光の中を歩もうではないか。
カンさん−韓国 (99/8/17)
塩狩峠
カードを手にとった信夫は、一目してハッとした。それは今まで見たこともない、きれ
いな色刷りの絵だが、そこにえがかれているものは、むごたらしいものだった。両手両足
を釘にうたれ、その脇腹から血を流している十字架の上のやせたキリストがいた。信夫は
しばらく息をつめて、その絵を見つめていた。。。。
。
「怒ったでしょう?このイエスという人は」
「いや、それが怒らなかったのだな。その反対だったそうだよ。神さま、どうかこの人
たちをゆるしてあげて下さい。この人たちは、自分が何をしているか分からない、かわい
そうな人たちですからと、はりつけにした奴たちのために祈ったそうだよ」
濱口 ミッチャンさん−愛媛 (99/8/2)
ナナカマドの街から
-2-
「まだ3本も指があるのです。」
本当に失ったものより、今からのこと現在あるものに感謝して生きていきたいですね。
藤原 勝美さん−東京 (99/8/1)
細川ガラシャ夫人
顔や形の美しさというものは、そのように害われやすいものじゃ。だが、父は母を美し
いと思っているぞ。母は自分の顔がみにくくとも卑下はせぬ。卑下はせぬが、謙った思い
で生きている。謙遜ほど人間を美しくするものはない。その反対に、いくら見目形がとと
のっていようと、お前のように思い上がったものほど、みにくいものはない!
平林 賢一さん−千葉 (99/7/8)
あさっての風
人は立ち止まってはならない。しかしまた立ち止まらなければならない。私達人間は、
日々歩いている。何かに向かって日々歩きつづけている。が、その歩みは果たしてひたす
らな歩みか、否か。私達は、自分のその歩みを止めて、自分が何に向かって歩んでいるの
か、どのような姿勢で生きているのかを、ある時は静かに立ち止まってみなければならな
い。
岡嶋 彩子さん−東京 (99/7/5)
続氷点
ある一人がでたらめに生きると、その人間の一生に出会う全ての人が不快になったり、
迷惑をこうむったりするのだ。そして不幸にもなるのだ。
橋本さん−東京 (99/5/27)
新約聖書入門
人間はそのように、自分に与えられている豊かさを常に忘れるものだ。自分を愛してく
れる豊かな愛を忘れるものだ。(137ページ)
浅野 裕加里さん−岐阜 (99/5/4)
果て遠き丘
若き日に汝の思想を培え 若き日に汝の体躯を養え 若き日に汝の知能を磨け 若き日に
汝の希望を星につなげ
四小パパさん−静岡 (99/2/27)
ナナカマドの街から
「モッコは重いほうを持て」
迷惑とは何ぞの中のレオナルド熊さんのお母さんの言葉です。人はいつも自分のことの
み最優先で守ろうとし、自分勝手な主張を通そうとし、辛いことは避けようとしてしまい
ます。しかし、熊さんの母親は子供たちにはモッコは重いほうを持て」あえて苦労を背負
うように、周りの人を助けてあげるよう教えてくれたのです。すばらしい母親だと思いま
した。
-3-
西川 聡さん−大阪 (99/2/3)
塩狩峠
「お互いにこのくり返しのきかない一生を、自分の生命を燃やして生きて行こう、そし
てイエス・キリストのみ言葉を掲げて、その光を反射する者となろう。安逸を貪るな。己
れに勝て。」
自分は何のために、何を目標に生きているんだろうと悩んでいるときにこの本を読み、
この言葉に救われました。
寺田 真弓さん−アメリカ (99/1/17)
ひつじが丘
「愛するということは許すことだよ。」
お父親が娘,奈緒美に言った言葉。今私は大学四年生になり、愛することはどういうこ
となのかいろいろと考えていたときに丁度読んだのがひつじが丘です。人を一人くらい愛
せるといった奈緒美。でも、結婚してその難しさを思い知らされる。聖書のなかでもイエ
スキリストの弟子がイエスに、もし友人が罪を犯し謝れば何度許してやればいいですか。
七回まですか。イエスは、七回だけでなく七十回でも許してやりなさいと言われました。
愛するということは許すこと。とても難しいですね。
川田 大さん−愛知県半田市 (98/12/25)
銃口
キリスト教の神というのは、自分の想像を超えた、とてつもない存在のようで、すべて
を委せてみたいと思うようになった。
tomowo さん−鹿児島 (98/12/20)
残 像
「第一ね、不二夫さん。傷つけまいとすることも、あなたのようになっては傲慢よ。人
間は弱いんですもの、傷つきやすいものよ。傷つけまいとして、人とろくに口をきかない
存在なんて、目ざわりよ。至らぬために傷つけ合うことはあっても、それは仕方がないん
じゃない?」
(中略)「あなたは傷つけたくないというより、傷つきたくない人なのよ。意気地なし
の。傷ついたら、人をゆるせない人なのね。そういう傲慢な人なのよ、きっと」
もぎもぎさん−埼玉 (98/12/6)
裁きの家
人間は自分の短所によっても人を傷つけるけど、長所によっても人を絶望させるほど傷
つけるものだって。
魔女の弟子さん−岐阜 (98/12/5)
ひつじが丘
お前自身、幾度も幾度も人に許してもらわねばならない存在なんだよ。
ぴあにすと(?)さん−群馬 (98/11/27)
-4-
続氷点
「燃える流氷」
はじめまして。知人からこちらのサイトを教わりました。ずいぶんまえに読んだので
くわしい内容は忘れてしまいました。陽子が罪を自覚するとき、その心理の描写と風景と
ことばがまさに「燃える流氷」で一致すると思います。このほかにも、いろいろ読みまし
た。高校時代の愛読書は三浦綾子さんでした。これからもお元気でいてほしいです。
高橋 真紀さん−東京 (98/10/22)
道ありき
あなたがたは心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたし(イエス)を信じなさい。
(ヨハネ14:1)
(三浦光世さんが綾子さんに好きな聖句を読んで下さいと言われたところから)
藤岡 宏さん−北海道 (98/9/11)
道ありき
確信を放棄してはならない。確信には大いなる報いがともなっている。
かのんさん−茨城 (98/9/4)
孤独のとなり
あいさつとは「心を開いて迫ること」だそうだ。迫るとは近づくことだ。心をひらいて
人に近づくのは、人間としての基本的なあり方である。
mirai さん−兵庫 (98/8/4)
ひつじが丘
愛するとはゆるすことでもあるんだよ。一度や二度ではないよ。ゆるしつづけることだ。
ラオさん−千葉 (98/8/4)
道ありき、生命に刻まれし愛のかたみ
生きるということは苦しく、また謎に満ちています。(前川正さんの遺書から)
村田 知章(Tomoaki Murata)さん−大分 (98/7/23)
塩狩峠
やがて死ぬものとしてどのように生きるべきか。
YOTTA さん−群馬 (98/4/19)
泥流地帯
難儀なことだからやってみる。楽なことなら誰でもやるさ。しかし難儀なことは、やる
気のある者でなければやれないんだ。
橋川 清太さん−大阪 (98/2/22)
銃口(下)
人間恩返しをしたと思ったら、途端に恩を忘れたことになる。恩を返したと思うことが
-5-
最大の忘恩だ。
橋川 清太さん−大阪 (98/1/15)
嵐吹く時も(下)
「俺、増野の家は居心地がよすぎてさ。だってそうだろ。みんなに坊っちゃんだの、新
ちゃんだのと言われて、ちやほやされる。おふくろも増野の親父も、充分なことをして、
大事にしてくれる。何かぬるま湯につかっているみたいなんだな。」
「ぬるま湯?」
「うん。ぬるま湯ってやつ、外に出たら寒いんじゃないかな。俺、何だかそんなひ弱い
人間になりそうで、あの家を出たんだ。」
橋川 清太さん−大阪 (98/1/15)
愛に遠くあれど
わたしはね、夫婦は惜しみなく惚れることだと思うのよ。気前よく惚れるの、ケチらな
いで。夫の声も話し方も、後姿も、世界一、スリッパの脱ぎ捨てた形も、夫が脱ぎ捨てた
形なら世界一、そう思い続けて一生を終りたいと思うわ。
橋川 清太さん−大阪 (98/1/15)
孤独のとなり
人生には学ぶべき教材が、ごろごろところがっている。学校を出ていないということも
また、一つの教材である。貧しいことも、体の弱いことも、失敗も失恋も、人との不和も、
そしてまた、順境も逆境も、学ぼうと思えば、すべてが教材なのである。朝起きた瞬間、
私たちは、人生の教科書がまた一枚めくられたと思えばよい。
橋川 清太さん−大阪 (98/1/15)
ひつじが丘
いつ、どこで、自分の生活を断ちきられても、その断面は美しいものでありたい。
ジェニファーさん−台湾 (97/12/22)
ナナカマドの街から
この世に生まれて、ころんだことのない人は、一度もない筈です。ころんで起きなかっ
た人は、一人もいない筈です。さあ、あなたも立ち上がって歩き始めませんか。
米山 隆さん、安子さん−神奈川 (97/11/24)
続泥流地帯
とにかく、災害に遭うと、人の情けが身に沁みるよ。先生はなあ、家内と子供を失った
代わりに、感謝ということが、わかったような気がするなあ。失ったものばかり数え上げ
みても、生きる力にならん。自分に残されたものを、数えて感謝しなくちゃなあ
ラオさん−千葉 (97/11/14)
母
ああ、そん時近藤先生に、「多喜二は天国にいるべか」って聞いたら、
-6-
「あのね、お母さん。聖書には『この小さき者になしたるは、すなわち我になしたるな
り』という言葉があるんですよ。チマさんからも聞いていますが、多喜二さんはずいぶん
たくさんの貧しい人に、いろいろ親切にして上げたそうですよね。『小さき者』というの
は、貧しい人ということでね。名もない貧しい人に親切にすることは、イエスさまに親切
にすることなんですよ。多喜二さんが天国にいないとは思えませんよ」
うれしかったなあ。多喜二に会える、多喜二に会える。うれしかったなあ。
そにやんさん−大阪 (97/7/28)
孤独のとなり
人間は、「何になるか」を考える前に、まず「どのように生きるべきか」を考えるべき
ではないだろうか。生きるということは、そういうことだと、私は思う。
ラオさん−千葉 (97/6/26)
ちいろば先生物語
人間単にいい人というだけではならんのです。
マタイ水戸さん−広島 (97/5/2)
あさっての風
家庭は愛を学ぶ学校である。
夫婦とは、結婚したからといって、その翌日から夫婦になったのではない。一生かけて
夫婦になるのである。
ゆきさん−北海道 (97/3/20)
岩に立つ
人間、命より大事なものがある。
TAKAKO さん−神奈川 (97/3/17)
道ありき
ほんとうに人を愛するということは、その人が一人でいても、生きていけるようにして
あげることだと思った....「綾ちゃんは、もうぼくなどを頼りにして生きてはいけないとい
う時にきているのですよ。人間は、人間を頼りにして生きている限り、ほんとうの生き方
はできませんからね。神に頼ることに決心するのですね。」...親が子を愛することも、男
が女を愛することも、相手を精神的に自立せしめるということが、ほんとうの愛なのかも
しれない。「あなたなしでは生きることができない」などと言ううちは、まだ真の愛の厳
しさを知らないということになるのだろうか。
佐藤さん−愛知 (97/3/6)
氷点
血と涙は人のために流しなさい
kurosu さん−千葉 (97/3/3)
氷点
-7-
一生を終えてのちに残るのは我々が集めたものではなくて,我々が与えたものである。
TAKAKO さん−神奈川 (97/2/2)
生きること思うこと
友人とは何か。わたしの場合、お互いに何を祈ってほしいのか、わかっている間柄の人
たちだと思っている。お互いの祈りの課題、それは、真の心の底を見せることであり、弱
さを見せることだと思う。この課題をお互いに知って祈っているならば、ふだん、特に親
しく出入りしなくても、遠くに離れていても、わたしは深く交わっていることになると信
じている。
齋藤 智郎さん−神奈川 (97/1/20)
塩狩峠
人間にとって一番大事なものは,体だと思うんですか。ぼくはそうは思いません,ぼく
には体よりも心のほうが大事です。
ラオさん−千葉 (97/1/12)
道ありき
よく、教会という所はこの世の最も清らかな人たちが集まっている所だと錯覚して、教
会に来る人もあるが、教会は決して美しい人の集まりではない。教会は神の前にも、人の
前にも頭を上げ得ない罪人だと、自分を思った人たちが集まっている所のはずなのだ。だ
から、人に何かを求めるのでなく、神に求めていかなければ、人々は絶望するかも知れな
い。
ラオさん−千葉 (96/12/26)
あさっての風
失恋、それはわたしを成長させる肥料だ。病気、それはわたしを立ちあがらせるテコだ
TAKAKO さん−神奈川 (96/12/16)
続泥流地帯
実りのある苦労なら、誰でもするさ。しかし、全く何の見返りもないと知って、苦労の
多い道を歩いてみるのも、俺たち若い者のひとつの生き方ではないのか。自分の人生にそ
んな三年間があったって、いいじゃないか。
ラオさん−千葉 (96/12/13)
残像
罰があたらないで、人間したいままに悪いことをしている状態が、もっとも恐ろしい罰
だろう・・・
ぴよこさん−福岡 (96/11/21)
生きること思うこと
人を責める時は、相手が申し開きのできないような理攻めは、いけない。必ず相手に逃
げ道をつくっておいてやるものだ。
-8-
ラオさん−千葉 (96/11/15)
海嶺
・・・そうか。お上がわしらを捨てても・・・決して捨てぬ者がいるのや
TAKAKO さん−神奈川 (96/11/8)
塩狩峠
人間てね、その時その時で、自分でも思いがけないような人間に、変わってしまうこと
もあるのです。
百合花さん−栃木 (96/11/1)
帰りこぬ風
だますより、だまされよ。
ラオさん−千葉 (96/10/26)
光あるうちに
人間は思い上がってはならない。(中略)「何も知っちゃいない」存在なのだということ
である。
ラオさん−千葉 (96/10/10)
死の彼方までも
自分の非を素直に認めたり、まぬけさを客観的に笑えたら、これは立派だよ。
ラオさん−千葉 (96/10/1)
新約聖書入門
自由に生きていると錯覚している人間ほど、不自由な人間はあるまい。
-9-