CDM とデザインパターンを用いた情報システム実装手法の提案

CDM とデザインパターンを用いた情報システム実装手法の提案
吉田 和正*1
上田 紳一朗*2
高橋 和也*2
金田 重郎*1*2
*1)
同志社大学大学院工学研究科,*2)同志社大学工学部
情報システム開発分野では,業務担当者へのヒアリングを中心とした開発手法がしばしば適用されてきた.
しかし,業務担当者ヒアリングのみでは,対象業務が抱える問題を根本的に解決するシステムの導出は困難
である.そこで,あるべき業務の姿を求めるために特定非営利法人技術データ管理支援協会の概念データモ
デリングを採用し,これに,マイケル・ジャクソンのプロブレムフレームを用いて,実装モデルおよび機能
パターンを与える実装手法を提案する.併せて,市民税業務処理へ適用しその妥当性を探る.
Proposal of Information System Implementation Approach
using CDM and Design Pattern
Kazumasa Yoshida*1
*1)
*2)
Shin-ichiro Ueda*2
Kazuya Takahashi*2 Shigeo Kaneda*1*2
Faculty of Engineering, Doshisha University,
Graduate School of Engineering, Doshisha University
On-site hearing approach has been employed in the requirement analysis process of the information system
development. However, it is very difficult for this conventional approach to develop the system which solves the
essential problem of the target business. Thus, this paper proposes a new approach to provide implementation models
such as UML and a necessary function pattern from operation analysis by using Conceptual Data Modeling (CDM),
proposed by Manufacturing Architecture for Series Products (MASP), and Michael Jackson’s Problem Frames. Also,
this paper shows an example of application to the taxation business process in tax for citizens.
1.
はじめに
情報システム開発分野では,従来,現場担当者か
らのヒアリングによって業務フローを分析し,帳票
等のデータ項目からER図を作成して情報システム
を構築する手法がしばしば用いられて来た.しかし
近年,このアプローチには「開発されたシステムが
改造に弱い」「業務全体での導入効果が乏しい」等
の課題が指摘されている[1].
上記の課題を解決するアプローチとして,概念デ
ータモデリング(Conceptual Data Modeling,以下
CDM)が知られている.中でも,特定非営利法人技
術データ管理支援協会(MASP)[3]は対象世界の「も
の」と,あるべき姿としての「こと」に注目した,
独自のCDM手法を提案している[4][5][6].これに
より,業務全体のデータ整合性と,改造が容易な情
報システムを構築できるとしている[5].MASPの
CDMについては,KDDI[2],JFEスチール[7]等の成
功例が報告されている.
CDMでは,対象ビジネスに関する価値観を捨象し,
-1-
現実世界をあるがままにデータとして写し取る.た
だし,CDMで表現されているのは,概念的な上位ビ
ジネス記述であり,そのままでは,情報システムの
詳細仕様をそこから導くことはできない.すなわち,
CDM・実装間にはギャップが存在する.
そこで本稿は,CDMのモデルで捉えた「もの」
「こ
と」を,情報システムの実装へ繋ぐ手法を提案する.
具体的には,ビジネスにおける情報システムに必要
な要素の抽出方法と,情報システムの構築に必要な
概念クラスや機能種別を導く方法について述べる.
情報システムに関するモデリングにはUML[10]を,
デザインパターンにはマイケル・ジャクソンのプロ
ブレムフレーム[11]を採用する.
以下2章では既存情報システム開発手法の問題点
について述べる.3章ではCDMとプロブレムフレー
ムについて述べる.4章ではCDMとデザインパター
ンを用いた分析手法を提案する.5章では適用事例を
示す.6章では本提案手法の効果について考察する.
7章はまとめである.
2.
現状の課題
EA の視点から見ると,従来の開発手法には,ビ
ジネスの構造から情報システムを適用するまでの工
程に問題があることになる.例えば,現場ヒアリン
グからユースケース図を作成し,その中に現れる名
詞と動詞からデータベースや画面の設計を行う方法
がある.しかし名詞と動詞等の言語情報は必ずしも
情報システム上に実装されるデータとは限らず,対
象のビジネスの或る領域を表現しているに過ぎない
可能性がある.
ヒアリングや業務分析から得た情報をそのまま実
装するのではなく,この情報から対象ビジネスの本
質を表現するデータ構造を吟味する工程が必要であ
る.この工程を欠いたままに情報システム開発を行
うと,ビジネスレベルの変更を情報システムへ反映
することが難しくなる.EA 視点からすると,ビジ
ネスと実装との間をうまくつなぐモデル・分析手法
が必要である.
情報システム開発分野では,従来,情報システム
の機能仕様を導くために,現場へのヒアリングや対
象業務を分析した業務フローを作成した後,UML
のユースケース図や概念レベルのクラス図などの記
法を用いて,実装に直接必要な ER 図やデータフロ
ーダイアグラムを導く手法が多用されてきた.
近年,このアプローチの課題として,
「上流からの
仕様変更に弱い」
「現場の要求は満たすものの,設備
やシステムに対する投資効果や,業務全体の効率化
への寄与が希薄である」などが指摘されている.そ
して,このような効果に留まる原因として,ビジネ
ス側からは「ビジネス側のニーズが開発者に正しく
伝えられているかを確認できない」,開発者側からは
「ビジネスやユーザのニーズが曖昧なままに開発が
進み,ニーズが明確になる頃にはシステムの身動き
が取れなくなっている」などの指摘がある.
上記の問題の開発者側からの解決案として,アジ
ャイル開発プロセスや MVC フレームワークを通し
て,ユーザやビジネス側に早期のプロトタイプレビ
ューをフィードバックし,双方のギャップを埋めよ
うというアプローチが存在する.しかしながら,こ
れらのプロセスの中で用いられるモデルは実装主体
のレベルで記述されていることが多く,あくまで開
発者が読むためのモデルが主流である.
一方でビジネス側からのアプローチとして,経済
産業省を中心に EA(Enterprise Architecture)への関
心が高まっている.EA は企業(Enterprise)の活動
全体を様々な観点から記述・統合し,企業活動の全
体像を明らかにすることで,それを支援する情報シ
ステムの明確化を目的とする.EA は図 1 に示す 4
つの階層から成る.
3.
アプローチ
前章の課題を解決するため,本稿では,技術デー
タ管理支援協会(MASP)の概念データモデリング
(CDM)[4][5]と,UML のクラス図・コミュニケ
ーション図,そして,マイケル・ジャクソンのプロ
ブレムフレームの記法とを融合する.
3.1.
概念データモデリング
技術データ管理支援協会(MASP)が提案する概
念データモデリングでは,世の中のビジネスを構成
する「もの」と「こと」に着目して,対象業務をモ
デル化する[4][5].具体的には,以下の図を作成す
る.この中で,モデル化において特に重要な役割を
果たすのは,3 番目までの 3 つの図である.
・ 静的モデル
業務に関係し,重要な「もの」とそれらの間の関
連を表現する.
・ 動的モデル
静的モデルに現れた「もの」の中で,データ状態
が変化する原因となる「こと」を順番に記述する.
・ 組織間連携モデル
静的・動的モデルに現れた「もの」
「こと」を実際
に存在する組織上に貼り付け,データの流れや責任
関係の妥当性を検証する.
・ 機能モデル
上記以外の機能や動的モデルでは細かすぎる詳細
な機能についてデータフローダイアグラムで記述す
る.
図 1 EA(Enterprise Architecture)の構造
2
3.2.
プロブレムフレーム
プロブレムフレームは,マイケル・ジャクソンに
より提案された,問題解決デザインパターンの一つ
である[11].デザインパターンは,通常,ソフトウ
ェアの設計上の枠組みとして認識されているように
思われる.これに対して,プロブレムフレームはコ
ンピュータとそれを取り巻く外の世界との間を問題
領域とする.すなわち,情報システムで実現するべ
き外の世界からの機能要求とそのために必要な情報
システムの仕様要求を橋渡しする.このため,CDM
が持っている抽象性を機能仕様に変換するために効
果的と期待される.プロブレムフレームは以下に示
す基本の 5 つのフレームとそれらの組み合わせであ
る変種フレームで構成される.
現場ヒアリング
CDM
ビジネスレベル
詳細レベル
概念クラス図
シーケンス図
プロブレムフレーム
図 2 提案手法のフロー
・ 必要とされる振る舞いフレーム
外の世界や情報システム内の特定の条件に対して
情報システムが制御される部分の問題を明確にする.
・ 命令された振る舞いフレーム
外の世界のオペレータ(情報システムの操作者)
が発行するコマンドに対して情報システムが制御さ
れる部分の問題を明確にする.
・ 情報表示フレーム
外の世界の状態や振る舞いについて,特定の情報
が継続的に必要な場合に,情報の入手方法と表示に
必要な形式と適切な場所の問題を明確にする.
・ 仕掛品フレーム
コンピュータ上で処理可能なテキストやグラフィ
ック等をユーザが作成・編集・検索するような特定
の機能にはツールが必要となる.その機能が必要と
なる領域の問題を明確にする.
・ 変換フレーム
コンピュータが読み書きできる入力ファイルに対
し,特定の形式で変換した出力が必要となる部分の
問題を明確にする.
4.
業務分析
提案手法
EA(Enterprise Architecture)に基づく情報システ
ム設計では,対象ビジネスのモデルから情報システ
ムを導く過程において,ビジネスの要求からデータ
構造を導く必要がある.そこで,先ず,対象ビジネ
ス領域の「もの」
「こと」を CDM で取り出し,更に,
「もの」から概念クラス図を作成し,最後に,
「こと」
からシーケンス図とプロブレムフレームの機能パタ
ーンを導出する手法を提案する.
3
今回の提案手法は図 2 の中の(1)~(4)に示す
ような段階に分かれる.以下は各段階の概略につい
て述べる.
(1)
MASP により提案された CDM の実施であ
る.現場ヒアリングや業務分析で得たデータか
らステークホルダを導き,対象ビジネスにおけ
る「事業領域と使命」を決定する.その中から
現実社会に存在する「もの」から静的モデルを,
「こと」から動的モデルを作成し,それぞれか
ら組織間連携モデルを導く.組織間連携モデル
と現実社会を照らし合わせ,「もの」「こと」の
過不足に応じて静的・動的モデルを修正する.
(2)
ビジネス分析のための CDM では実装には
概念的すぎる.このため,最初に実装を意識し
た CDM の詳細化が必要となる.具体的には,
CDM の各図において,主に以下の点に留意して
追記修正し,情報システムが扱うドメインを決
定する(CDM が表現したビジネスのすべてが情
報システム化されるわけではない).
*
静的モデルでは,対象業務の中で「もの」を
扱う「人」を必要に応じて追加する.
「もの」の
属性と識別子は,実装する情報システムが管理
するものに絞り込む.
*
動的モデルでは,静的モデルに現れた「もの」
のデータ状態が変化するような「こと」を詳細
化し,
「こと」の識別子と属性を絞り込む.その
際,静的モデル上の「もの」によって「こと」
が能動受動問わず発生するようにする.また,
データ状態の変化はないが,業務上必要な「こ
と」についても,この詳細化プロセスで動的モ
①
CDM の動的モデルに表された,業務に必要
な「こと」に着目し,それらの「こと」が起こ
りうる順序を検討したシーケンス図を,一つの
「もの」ごとに作成する.その際,順序のあい
まいさが残らないよう,綿密に検討を行う.
②
シーケンス図に表れたそれぞれの「こと」を,
プロブレムフレームの 5 つの基本フレームに当
てはめる.その際,必要に応じて 1 つの「こと」
を複数の基本フレームに分割する.
③
作成した基本フレームそれぞれについて,各
フレームに応じたフレーム考慮事項やフレー
ムによらない考慮事項について検討し,その
「こと」を実際に行うために運用上必要となる
補助的な機能を導き出す.シーケンス図から得
られた順序制約についても,併せて検討する.
考慮事項には 5 つの基本フレームに対応するもの,
フレームの変種に対応するもの,そしてフレームに
よらず検討が必要なものがある.フレームによらず
検討が必要なものには,超過考慮事項,初期化考慮
事項,信頼性考慮事項,同一性考慮事項,完全性考
慮事項がある.これらの項目について検討すると,
業務に必要な「こと」を実際に運用していく上で,
どのような機能が必要となるかを導き出すことがで
きる.
デルに追記する.そして,最後に複数の動的モ
デルを並べ,
「もの」-「こと」-「もの」が連
鎖している構成とする.シーケンス図を生成す
る準備である.
*
組織間連携モデルでは,現実社会の組織上に
「もの」「こと」を貼り付け,「もの」の発生源
や「こと」による移動する様子を捉える.最終
的に,理想として成し遂げたい業務を写し取っ
た to be モデルになっているかに留意する.
(3)
詳細化された静的モデルと動的モデルに
基づき,概念クラス図を作成する.具体的には,
「もの」を概念レベルのクラスに,
「もの」の属
性をフィールドに変換する.ただし,
「もの」の
持つ「こと」をメソッドへ変換する際,静的モ
デル上の関連が「こと」を集約した表現となっ
ている点に注目し,関連をメソッドへ変換して
も良い.尚,
『対象業務の中で「もの」を扱う主
な「人」』の詳細動的モデルには,見かけ上デー
タ状態が変化しない「こと」が記述されている
ことがある.この種の「こと」については,関
係する「もの」のメソッドとする.
「もの」およ
び関連の変換については以下の点に注意する.
*
『対象業務の中で「もの」を扱う主な「人」
』
と他の「もの」との間の関連の場合は,他の「も
の」にメソッドを加える.対象業務の中で「も
の」を扱う主な「人」を関連と共に 1 つのクラ
スに変換すると,システムの柔軟性を損なう結
果になることがあるためである[10].この際,
クラスにとって自然な使役関係を表現するメソ
ッド名をつける.
*
『業務に関係する人という「もの」― 対象業
務の中で「もの」を扱う主な「人」
』の関連の場
合には,前者をクラスに置き換え,
「取り込みチ
ェックメソッド」を付与する.また間に中継デ
ータクラスを作り,
「入力更新メソッド」を付与
する.この関連は,データ連携に関するものな
ので,この他のメソッドは必要ない.このよう
な関連では必ずデータの授受が必要で,データ
クラスを出現させる.
*
人という「もの」と所有の関連をもつ「もの」
は,両者をクラスへ置き換えるが,その関連を
メソッドへは変換せず,リンクのみを張る.
(4)
動的モデルからのシーケンス図の作成プ
ロセスである.以下の点に留意してシーケンス
図を作成する.
情報
業務
1月1日
住民基本台帳
課税対象者
の決定
成果
市申告書
給与支払報告書
公的年金リスト
公的年金
支払報告書
確定申告書
合算処理
通知書
納付書
賦課計算
市申告書
調定データ
課税状況調
収納データ
府民税報告
過誤納処理
通知書
督促処理
督促状
決算処理
決算調書
図 3 年次税務処理の流れ
4
5.
税務処理システムへの適用
目的語となり,挟まれる関連は「もの」が業務上最
終的に達成すべき「こと」を集約した動詞になるよ
う変更した.以上の変更から「もの」が 20 個となり,
図 4 の静的モデルを得た.●は関連における多重側
を表示しており,破線による囲いは「人」を表す「も
の」である.
次に,動的モデルでは,細かい作業レベルの「こ
と」を逐一捉えるのではなく,対象とした静的モデ
ル上の「もの」自身との関連で表現される業務上の
目的に必要な「こと」を,細分化した.また,
「こと」
による「もの」自身が受ける変化と,変化によって
他の業務上の「こと」が起きる条件を整理した.例
えば,納税義務者からの異動申告は市民課職員が受
け取り,税務課へ報告される.税務課への報告は,
税務処理上,納税義務者となる人数の増減に関わる
ため,変化として捉えた.扱う納税義務者の人数変
化は,後の合算処理を行う人数に影響を及ぼす.ま
た,証明書の発行などは見かけ上,データ状態に変
化のない「こと」である.この場合,証明書を要求
する「こと」は発行の責務を発生させる,として扱
うことで変化を捉えた.以上の変更から,静的モデ
ル上の全ての「もの」について図 5 の動的モデルを
得た.
今回は,或る市の市民税に関する年次処理業務一
連の業務を分析対象とした.ヒアリングにより得た
年次処理の概要は図 3 に示すとおりである.今回の
分析における業務の事業領域と使命は,市職員の方
と協議した結果,
「市民税の調査・課税・収納・滞納
を遂行する」となり,この目的で CDM の各図の作
成を行った.
5.1 ビジネスレベル~詳細レベル CDM
市職員と共に CDM モデリングを行い,45 個の「も
の」から成る静的モデルを作成した.
「もの」は「税
務課」
「企業」といった組織や,
「会計表」
「納税証明」
などの帳票・証明,「課税データ」「収納データ」と
いったデータが主となった.関連は「送る」
「印刷す
る」など作業内容レベルが主であった.動的モデル
では,静的モデルの関連(作業内容)に比して詳細
な「1 月 1 日住民の照合」
「チェックリストの作成」
などの作業手順レベルの「こと」が現れている.こ
れをビジネスレベルでの CDM と扱った.
一方,業務で導入するべき情報システムを設計す
るには,業務上何がどのような目的で扱うか,を通
して誰がどのデータをどの範囲までアクセスするこ
とができるかを規定する必要がある.そこで,CDM
の詳細化が必要である.静的モデルでは税務上の役
割に応じて「税務課」に集約されていた役割と担当
職員を「税務課職員」
「会計課職員」など 4 つの担当
課職員という「もの」に分けた.また,組織につい
ては組織名がついた「もの」を「税務署担当者」な
ど組織内で業務に関係する担当者という「もの」に
変更した.
静的モデルの関連については,
「税務課職員は 1
月 1 日付けの住所を調査する」など,もの」が主語・
図 5 詳細レベルの動的モデル(一部抜粋)
組織間連携モデルでは,金融機関など,現実社会
の組織名と静的モデル上の「もの」の名前が同一に
なる場合が存在した.この場合,業務上必要な組織
内での「もの」
「こと」が捉えられなくなるため,内
部の担当者を「もの」として静的モデルの修正する
ことになる.また,情報システム内で扱う情報の種
別として賦課は調定額と収納金の情報を統合した
「もの」とするなど,業務上の作業と情報システム
で行う作業の分別も行った.
図 4 詳細レベルの静的モデル
5
5.2 詳細レベル CDM~概念クラス図
次に,詳細レベルの CDM から概念クラス図への
変換を行った.静的モデルの「もの」をクラスへ変
換する.今回の適用事例では,納税義務者の識別子
として「氏名,生年月日,性別や現住所」があり,
属性「配偶者等の血縁関係,課税区分」を持つため,
これらをフィールドへ置き換えた.概念クラス図で
は,オブジェクトを一意に識別するフィールドを作
る必要はないが,実装レベルのクラス図では識別子
の代わりに「市民個人コード」を設ける必要がある.
メソッドの付与に関しては,
「税務署担当者―納税
義務者」および「収入支払機関担当者―納税義務者」
の場合,中継データクラスとして「収入支払データ」
と「確定申告データ」クラスを作成し,ともに「入
力するメソッド」を与えた.プログラム上では,例
えば確定申告データの取り込みを税務課が行う場合,
確定申告データクラスが「create()」され,
「入力(the
納税義務者,the 確定申告データ)メソッド」を起動
し,納税義務者クラスの「確定申告可能メソッド」
で入力を許可し,確定申告クラスの「入力実施メソ
ッド」で作業は終了する.
「税務署担当者―税務課職員」の「確定・相続の
申告通知をする」といった関連は,特にメソッドへ
変換しなかった.この関連を詳しく確認するために
詳細動的モデルを確認すると,
「通知およびデータの
送信」という業務であることがわかる.これは納税
義務者の情報を照会するために必要となる業務であ
り,システム上では,「納税義務者―税務署担当者」
の「確定・相続の申告をする」という関連をメソッ
ド化することで実現できる.
図 6 「税務担当者-納税義務者」の変換
6
また「コンビニ収納代行業者―会計課職員」のよ
うな場合にも,
「コンビニデータ」という中継データ
ができる.静的モデルでは,「コンビニ収納担当者」
と「コンビニ収納代行業者」を別の「もの」として
扱っていたが,クラス変換の際には「コンビニ収納
代行業者―コンビニ収納担当者」の関連である「支
払いを集約する」は,コンビニ担当者側のシステム
で行う業務であり,今回はこの 2 つを集約した.
図 7「会計課職員-コンビニ収納代行業者」の変換
「納税義務者―資産」については,所有という関連
で結ばれているため,概念クラスとしてメソッドを
付与する必要はない.ただし,資産は納税義務者の属
性でもあり,リンクを切ってはならない.また資産は
差し押さえ対象となるので,「徴収課担当者―資産」
での関連をもとに「差し押さえ調査をする()」とい
うメソッドが付与される.
その他に,収納業務に関する「もの」として「金
融機関担当者」や「銀行口座」が存在する.この 2
つは「所有」の関連であり,特別なメソッドは存在
しない.しかし,これら 2 つの「もの」と「会計課
職員」の間の関連は業務上重要なものが多く,変換
作業は注意を要した.静的モデルでこの 2 つを分割
したことによって,金融機関担当者が行う業務が明
確になり,半自動化された口座経由の入金・還付作
業をメソッドとして扱いやすくすることができた.
本手法を用いてクラスへの変換を行う作業は,業務
上のデータの流れを改めて確認し,加えてシーケン
ス図を利用してオブジェクトの起動,そして消滅ま
でを大まかに考える作業でもある.作業を進める中
で,静的モデルの識別子は必ずしもキー属性として
このように,シーケンス図に「こと」の順序関係
を明確に表すことで,それぞれの「こと」がどのよ
うな前提条件を満たしていなければならないか,ま
た順序関係があやふやな箇所は無いかを確認するこ
とができる.
次に,シーケンス図に表されたそれぞれの「こと」
を,プロブレムフレームに当てはめる.フレーム図
は図 9 のように表される.大抵の場合,一つの「こ
と」の実行のためには,インタフェース表示部,デ
ータ変換処理部といったように,複数の基本フレー
ムへの分割が必要となる.
「こと」をフレームに当て
はめる際には,これ以上問題を分割する必要が無い
か十分に注意する.
最後に,それぞれのフレームに対し,プロブレム
フレームの考慮事項をもとに運用上必要となる機能
を検討していく.図 9 のコンビニ入金確報データの
取込について実際に検討したところ,その一部とし
て次のような事項について考える必要があることが
わかった.
・ 入金確報データにデータ形式を満たさないデー
タが混ざっている可能性はあるか
・ 入金確報データに誤りがあった場合,どのよう
に対処すべきか
またシーケンス図から得られた前提条件として,
入金確報データと作成済みの仮入金データの対応が
取れている必要があることがわかっている.この前
提条件を満たすため,以下についても検討が必要で
ある.
・ コンビニ入金確報データの個々のデータに対応
する仮入金データが無い場合はあるか.また逆
に,仮入金データに対応する確報データが無い
場合はあるか.
・ 上記の対応関係を満たさなかった場合,支払い
情報の消失等を防ぐためどのような対応を行う
必要があるか.
以上のように税務の収納業務に対し検討を行った結
果,シーケンス図とプロブレムフレーム収納業務の
「こと」を実際に運用する際に必要となる機能を体
系的に導出できることが確認できた.
利用することはなく,新たに実装レベルでオブジェ
クトの識別コードを付与する場合があることが示唆
された.また業務担当職員を静的モデルへ盛り込ん
だ詳細 CDM によって,システムの大まかな振る舞
いを定義することは,概念クラス図への変換に大き
く寄与したと考えられる.
5.3 詳細レベル CDM~シーケンス図・プロブレム
フレーム
次に動的モデルから,シーケンス図などを導く必
要がある.詳細レベルの CDM からシーケンス図・
プロブレムフレームへの変換は,まず動的モデルに
着目し,
「こと」が実行されうる順序が明確になるよ
う注意しながら,シーケンス図を作成する.実際に
作成した図の例が以下の図 8 である.
図 8 収納業務のシーケンス図(一部)
図 8 からは,コンビニ入金速報データが送られて
くるたびにコンビニ仮入金データを作成し,最後に
それらをまとめたコンビニ入金確報データを受け取
って最終的なコンビニ入金データを作成するという
業務の流れがわかる.この図をもとに検討を行うこ
とで,例えば,コンビニ入金データの作成には,コ
ンビニ入金確報データに対応するコンビニ仮入金デ
ータが存在している必要があることなどが導き出さ
れる.
図 9 コンビニ入金確報データの取込のフレーム図
7
6.
考察
動的モデルからの分析を CDM で行うなどのアプロ
ーチが必要である.その結果と,MVC フレームワー
クなど実装アーキテクチャのデザインパターンから,
今回のステップで導かれた概念クラス図は制御上必
要なデータを補って実装クラス図へ変換されると考
えられる.
前章の適用事例で,今回の提案手法では,税務処
理業務における「もの」や「こと」から,業務上必
要となる情報システム内のクラスや機能種別,付随
データをある程度得られることが分かった.
CDM の各図を詳細レベルに変換する部分では,
例えば税務上では税務課職員が 1 月 1 日の調査を必
ず行い,課税条件として重要な要素として扱われる
7. おわりに
ため,住所などは「もの」として静的モデル上に現
今回の提案手法では,税務処理業務の内,業務を
れた.業務に関する制度や制約と,業務上必要な「も
行う際に扱う「もの」が更新されるようなデータに
の」と「こと」の関連から分析することで,データ
ついて,実装すべき情報システムの概念クラスと機
が扱われる意図や業務上の役割を考慮し易くするた
能種別については一定の情報を抽出することができ
めの設計が行えたと考えられる.
た.しかし,完全な実装レベルの設計には,今回の
詳細レベルの CDM から概念クラス図の変換にお
結果で得たデータに加え,業務レベルで必要な「も
いては,
「もの」を構成する情報と業務上必要とされ
の」
「こと」以外の,情報システム内でデータを制御
る振る舞いが「こと」と関連から捉えられている.
するための情報まで導かねばならない.
静的モデルにおいて「もの」は関連を持つので,デ
そのためには,詳細レベルの CDM で表現される
ータとリレーションという概念と照らし合わせれば, 業務上の「こと」の達成に必要な「こと」を導出す
ER 図との対応を連想する.しかし,動的モデルで
「も
るようなプロセスや,今回の結果に加え,MVC モデ
の」には変化を及ぼす「こと」が存在しており,静
ルのような実装アーキテクチャ上で考えた場合の概
的モデルにおける関連は「こと」を集約した動詞で
念クラス図やシーケンス図プロブレムフレームを通
表現される.ER 図における関連はエンティティ同士
した「もの」
「こと」の位置付けを行う手法を考える
の集合としての論理性を表現するが,言語表現とし
必要がある.
ての動詞はそれを含む主語の目的語に対する振る舞
いを表現する.従って,ER 図ではなくクラス図への
参考文献
変換が適していると考えられる.
[1] 経営情報学会 システム統合特設研究部会[編],「成功に導
詳細レベルの CDM からシーケンス図・プロブレ
くシステム統合の論点」日科技連合,2005
ムフレームの変換では,業務上の「こと」について
[2] 前掲書,p121,「KDDI の事例-概念データモデルによるシス
テム統合-」
情報システム内に必要な機能が体系的に捉えられて
[3] 特定非営利法人 技術データ管理支援協会
いる.これは,動的モデル上の「こと」が,シーケ
(MASP)Web サイトは以下の通り.
http://www.masp-assoc.org/
ンス図において実際の業務で情報システムを運用す
[4] 手島歩三,「概念データモデル設計によるソフトウェアのダ
る際の順序・選択・反復を整理され,
「こと」毎に起
ウンサイジング」
,日本能率協会マネジメントセンター,1994
[5]
手島歩三
「ビジネス情報システム工学概説―概念データモデ
き得る業務上の要求と情報システムに必要な機能と
リングに基づく情報システム構築と運営―」技術データ管理
の仕様に関する問題がプロブレムフレームに沿って
支援協会(MASP)・内部資料(非売品),2006
[6] 中村善太郎,「もの・こと分析で成功するシンプルな仕事の
考慮されたことによると考えられる.
構想法」,日刊工業新聞社,2003
詳細レベルの CDM 以降のステップに共通するの
[7] 杉原明,白崎俊行,森弘之「J-Smileを支えるITイノベーショ
ン(メソドロジ)-柔軟なシステム構造,短工期開発を実現
は,業務上必要な「もの」と「こと」を情報システ
する設計開発方法-」,JFE技報,No.14,pp.25-28,11月,
ムで扱うべきデータ表現として捉えられることであ
2006
[8]H・ウィリアム・デトマー著,内山春幸・中井洋子訳,「ゴー
る.しかし,情報システムに関する検索・照会・履
ルドラット博士の論理思考プロセス」同友館,2006
歴の機能などは捉えきれない.これは,情報システ
[9]吉澤憲治,星翔太,金田重郎,寺田守正「TOC と CDM を用
ム内で,各ステップから導かれたクラスや機能をコ
いた業務分析手法の提案」
,情報システムと社会環境研究会,
2008
ンピュータ上で制御するにはどのようなデータが必
[10]児玉公信,
「UML モデリングの本質―良いモデルを作るため
要か,は捉えきれないということである.この問い
の知識と実践―」
,日経 BP 社,2004
「プロブレムフレーム-ソフトウェア開発問
[11]Michael Jackson,
には例えば,動的モデルで現れた「こと」には,さ
題の分析と構造化-」,翔泳社,2006
らに細かい「こと」が達成には必要である,とした
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