第30号 - 広島経済大学

中・四国アメリカ学会
ニューズレター
第30号
(2011 年10 月発行)
1. 巻頭言
2. 中・四国アメリカ学会第 39 回年次大会
1) プログラム
2) 研究発表要旨
3) シンポジウム要旨
4) 中・四国アメリカ学会第39回年次大会会場案内
3. 会員近況報告
中・四国アメリカ学会事務局
〒731-0192 広島市安佐南区祇園5 丁目37-1
広島経済大学 山本貴裕研究室内
082-871-1494
[email protected]
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1.巻頭言
中・四国アメリカ学会会長
松水征夫(広島経済大学)
残暑厳しき折柄、中四国アメリカ学会の会員の皆様、お変わりございませんか。
今年は3月11日に発生した東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の事故で多
くの犠牲者や被災者が出ました。先日の台風12号でも、紀伊半島を中心にして洪水や山
津波で多くの犠牲者が出ました。犠牲になられた方のご冥福をお祈りするとともに、被災
された方々にお見舞い申し上げたいと思います。
さらに今年は、2001年9月11日にアメリカで発生した同時多発テロから10年の
節目を迎えました。比較的地震が少ないアメリカ東部のワシントンでも93年ぶりの地震
が発生し、爆弾テロの発生かと住民を心配させたり、ニューヨークも190年ぶりにハリ
ケーンが襲い、ニューヨーク史上初めて避難命令が出る等、自然災害が増えています。地
球規模での異常気象が続き、異変が続いていることを心配しています。
単に世界的な異常気象だけでなく、政治・社会の分野でもアラブ諸国で大規模な反政府
デモや暴動から独裁政権が打倒されるという「アラブの春」が注目されていますが、経済
の分野でも世界的に景気が停滞し、各国の財政状況が悪化し、そのことが外国為替の不安
定化をもたらし、異常な円高が続いています。アメリカ経済にはかつてのような成長力は
なく、世界経済に大きく依存している状況で、世界各国との協調が必要になっています。
来年の大統領選挙に向けて、オバマ政権のかじ取りに注目したいと思います。
さて、昨年の当学会の年次大会で会長に就任して1年が経過しようとしていますが、事
務局長を長年務めていただきました広島経済大学の山本貴裕先生と協力しまして、念願で
ありました当学会のホームページを立ち上げさせていただきました。とりあえず外注せず
に自前で運用し、会員の皆様からのご意見を参考にして、最終的なホームページを完成し
たいと思っていますので、お気づきの点を事務局までお寄せいただければ幸いです。
2011年度の年次大会は、広島経済大学の方でお世話させていただいていますが、幹
事会の皆様のご協力により、本ニュ―ズレターにプログラムが掲載されていますように、
2名の方の研究発表と、3名の会員による「アメリカ精神の基層」というテーマでのシン
ポジウムを開催することになりました。
会員の皆様の多数のご参加をお待ちしています。
2011年9月15日
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2.中・四国アメリカ学会第 39 回年次大会
2011 年 11 月 26 日(土)広島経済大学立町キャンパス
1)プログラム
理事会(11:30~12:30):121 教室
司会 松水征夫(広島経済大学)
受付開始(12:00~): 131 号教室
開会の辞(13:00~13:10)
研究発表(13:10~14:50)
松水征夫(広島経済大学)
・「二世教育」の変容―日系アメリカ人コミュニティ内における高等教育推奨の動きを中心
に―(13:10~14:00)
発表者:松盛美紀子(同志社大学・院)、司会:肥後本芳男(同志社大学)
・ハワイ先住民宣教師の海外伝道と 1861 年のハワイ先住民によるハワイ語新聞発行
(14:00~14:50)
発表者:佐野恒子(アジア太平洋交流センター)、司会:横山良(甲南大学)
コーヒー・ブレイク(14:50~15:10)
シンポジウム(15:10~17:10)
アメリカ精神の基層―民主主義の伝統と革新―
モデレーター
藤永康政(山口大学)
・白人による「アメリカ」の問いなおし―ラッセル・バンクスの Continental Drift とそ
の政治的問題意識
栗原武士(広島経済大学)
・“Keepin’It Real” ―ヒップホップのインナー・シティ―
吉岡志津世(神戸女子大学)
・『ヘンリー・アダムズの教育』を読む―アメリカ民主政の転回を視点として―
中野博文(北九州市立大学)
総会(17:10~17:25)
司会 松水征夫(広島経済大学)
閉会の辞(17:25~17:30)
副会長 中野博文(北九州市立大学)
懇親会(18:00~20:00): ひろしま国際ホテル 1F 東風 広島市中区立町 3-13
(TEL: 082-240-0558)(年次大会会場から徒歩 1 分)
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2)研究発表要旨
「二世教育」の変容
―日系アメリカ人コミュニティ内における高等教育推奨の動きを中心に―
松盛
美紀子(同志社大学・院)
本報告は、1920 年代から 30 年代にかけて日系アメリカ人コミュニティ内で活発に議論さ
れた「二世教育」について検討する。まず、アメリカ化との関連から「二世教育」の変遷
をたどり、更に二世の高学歴化にまで議論を発展させていきたい。つまり、「二世教育」が
いつ、どのような形で高等教育推奨の議論に発展することになったのか、また高等教育を
推奨するために、日系アメリカ人コミュニティは具体的にどのような活動を行ったのか、
そしてこの動きによる成果はあったのか、などを考えていく。
これまでの「二世教育」に関する研究は、その多くが日本語学校に関するものである。
そこでは、1920 年代以降、学齢期に達した二世に対する祖国教育の場として日本語学校が
各地に設立されたことを明らかにし、そして 1924 年の排日移民法以後、日本語学校の教育
がアメリカ化に準拠した方針に転換されたことを指摘した。また近年の「二世教育」に関
する研究では、
「越境」という視点から、1930 年代に盛んであった二世の日本留学や祖国(日
本)見学団の実態を明らかにすると共に、そうした「二世教育」と当時の日米関係との関
連を論じることで、
「二世教育」の変容を明らかにした。さらに二世の高等教育に関しては、
第二次世界大戦中の強制収容期に東部の諸大学への転入学をテーマに扱った研究があるが、
二世の高学歴化がどのようなプロセスを経て進行したかなどを分析した研究は見受けられ
ない。そこで本報告は、これまでの先行研究を踏まえて、1920 年代から 1930 年代における
「二世教育」の変遷をたどるだけでなく、更に二世の高学歴化にまで議論を発展させてい
きたい。具体的には、南カリフォルニア地域を事例として、日系コミュニティ内で「二世
教育」をめぐる議論が時代と共にどのように移り変わっていったのか、そして 1920 年に日
系コミュニティ内に設立された奨学金基金、市民奨学協会 (the Citizen Educational Aid
Society) の設立に着目することで、日系コミュニティの高等教育推奨の動きについて言及
したい。
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ハワイ先住民宣教師の海外伝道と 1861 年のハワイ先住民によるハワイ語新聞発行
佐野恒子(アジア太平洋交流センター)
本発表ではハワイ先住民(以下、先住民)に焦点を当て、19 世紀中葉の先住民の海外伝道
と、先住民による最初のハワイ語新聞発行の意味を考察し、19 世紀末のハワイ反併合運動
の特徴である非暴力主義とハワイ語新聞の役割について検討を加える。
1819 年から 12 回にわたり、ボストンのアメリカ海外伝道評議会はアメリカ宣教師(以下、
宣教師)をハワイへ派遣した。ハワイ派遣の第一の目的は、ハワイ諸島にキリスト教を伝道
し、先住民を教育し、牧師として独立させ、教会の自治ができるようにすることであった。
しかし、宣教師の中には王国の政治を牛耳り、資本主義経済の拡大を図る者もいた。その
結果、ハワイ王国を転覆し、ハワイ併合を主導したのは他ならぬ宣教師の子孫であった。
第二次大覚醒の時期において、世界の異教徒をキリスト教に改宗させるという宣教師の伝
道活動は、アメリカ史における「明白な運命」の側面でもあった。
1820 年代、先住民の全ての大人たちは、キリスト教の教義や読み書きを学び、1830 年代
には優秀なものは宣教師学校で教育を終了し、教会や学校で活躍しようとしていた。とこ
ろが、宣教師は先住民の行動を制限し、正式な牧師として認めず使用人として扱った。彼
らは、自分たちが WASP という優性人種を代表する例外的な存在なのだという神話を信じ、
先住民と同じ立場で伝道することは論外だと考えていたのである。
先住民側は、自分たちには神から特別な啓示が与えられ、異教徒を導く神の光を受けた
と信じた。知識と技術を得たものは海外伝道をも志した。1840 年頃、先住民はハワイの宣
教師として独自にアメリカ北西海岸へ向かった。また、1850 年代には先住民教会は、先住
民宣教師をミクロネシアやマルケサス諸島へ派遣した。それはアメリカ宣教師から独立し
た先住民の自治を意味した。
1830 年代になると先住民は、欧米人が発行するハワイ語新聞や英字新聞を読み、彼らの
識字率は世界で 3 番目といわれていた。1861 年、先住民は突如としてハワイ語新聞『カ・
ホク・オ・カ・パキピカ』(太平洋の星)を発行した。宣教師は全ての印刷物を厳しく検閲
していたため驚きと激怒をあらわにした。検閲なしの新聞発行は宣教師に対する反体制を
意味したからである。先住民はハワイの伝統文化を誇り、宣教師に対する反対意見を自由
に掲載することを望み、ハワイ王国の独立維持のため、外国の出来事を先住民仲間に広く
報道する必要性を感じていた。それは武器を手段としない先住民の反植民地闘争の始まり
であった。
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3)シンポジウム要旨
シンポジウム「アメリカ精神の基層-民主主義の伝統と革新-」企画趣旨
中野博文(北九州市立大学)
アメリカ民主主義が人類社会に希望を与えていた時代は過ぎ去ったのであろうか。中東
の政治的激動に直面し、深刻な金融不安に覆われている今日の世界を見ると、1990 年代、
唯一の超大国として軍事的・経済的な影響力を誇ったアメリカの凋落、そしてそれ以上に、
アメリカが世界に発していた文化的魅力の衰えが目につく。
アメリカとは異なる 21 世紀に相応しい民主主義を求める声は、すでに 2003 年、現代哲
学界の巨人であるユルゲン・ハーバーマスとジャック・デリダの共同声明によって、はっ
きりとした形で現れた。そこでは、政教分離、市場経済への信頼、戦争や暴力に対する態
度といった民主主義の根本にかかわる考えが、アメリカとヨーロッパで大きく隔たってい
ることが指摘された。大統領を含めて多くのアメリカの政治家がキリスト教の教えにそっ
て政治活動をおこなっていることは、世俗化したヨーロッパではキリスト教民主主義政党
の者でさえ、考えられないことであった。貧富の格差を容認する社会風土や未成年者を死
刑にする人権感覚も、成熟した民主国家の常識からすれば許し難いものに映った。
無論、こうした意見が現れるのには理由があり、ハーバーマスとデリダの声明は、テロ
との戦いを遮二無二進めたブッシュ政権を念頭に置いたものであった。しかし、そのブッ
シュ政権の政治を否定して変革を訴えたオバマ政権が誕生した後も、アメリカ民主主義に
対する信頼は必ずしも回復していない。ティー・パーティーの唱える政策やその影響力、
また政策的なイニシアティヴを発揮できないオバマ政権を考えるとき、民主主義の基盤が
アメリカ社会のなかで大きく動揺しているとの思いを払拭できなくなる。
こうした状況を前にした現在のアメリカ研究者にとって必要な仕事は、アメリカ民主主
義とは何であったのか、また歴史の流れのなかで、いかにその形が変わっていったのかに
ついて、冷静で根本的な考察を行うことのように思える。
もとより、民主主義を論ずる角度は多様であるが、このシンポジウムでは、その糸口と
して人種とジェンダーに注目したい。アメリカの伝統の一つに過酷な差別があったことは、
誰も否定できない。一方、その差別を打ち崩す民主主義運動が、差別撤廃の原動力であっ
たこともまた否定できない。現在の民主主義文化の大きな柱である人種とジェンダーをレ
ンズとすることで、アメリカを動かしている精神風土に接近し、文学的・歴史的な立場か
ら斬新な議論を提起することが、このシンポジウムの狙いである。
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白人による「アメリカ」の問いなおし
―ラッセル・バンクスの Continental Drift とその政治的問題意識―
栗原武士(広島経済大学)
1970 年代以降、短編・長編の作品を精力的に発表し続けている白人男性作家ラッセル・
バンクス (Russell Banks [1940-] ) は、アメリカの歴史を縦横に語った著書 Dreaming Up
America (2008) において、アメリカ独立宣言と権利の章典について言及し、「200 年以上を
経た今日でも、我々はこれらのラディカルな文書の霊感に満ちた言葉が、現実のものとな
ることを待ち続けている」と語っている。
この著書の中でバンクスは、今日に至るまでのアメリカの歴史はとりもなおさず奴隷制
と人種差別の歴史であること、現在のアメリカを創り、ひいては世界の形を変えたのはフ
ォードやロックフェラーなどの有力な実業家ではなく、彼らの下で働いた何百万人もの無
名の労働者であること、1950 年代以降の消費文化と資本主義の下で、無防備な子供たちが
次々とそれらの画一的な価値観に囲い込まれていることなどを指摘している。これらの文
化的・社会的現象を通して現代アメリカを語るバンクスの政治的問題意識からは、「すべて
の純文学は本質的に、人道的であるとはどういうことかを我々に認識させるようなイメー
ジを作り上げるために機能する」と語る彼の、社会的弱者が感じている痛みへの鋭敏さが
伺えると同時に、そのような社会的弱者を生み出すアメリカ社会の歴史的現実を、自由と
平等というアメリカの民主主義が依拠する基本的な理念のもとに問い直す巨視的な感覚を
見て取ることができる。
このような彼の政治的問題意識は、労働者階級に属する白人男性の精神的苦境を主題と
した彼の作品にどのように影響を与えているのだろうか。本発表では 1985 年に出版された
Continental Drift を中心に、人種・階級・ジェンダーといった様々な政治的領域を往還し
ながら、自由と平等を国是とする<アメリカ>のありようを白人男性の視点から問いなお
すバンクスの政治性を考察したい。その際、バンクスと同世代人であり、同じく労働者階
級 の 白 人 男 性 を 短 編 と い う 形 式 で 描 い た レ イ モ ン ド ・ カ ー ヴ ァ ー (Raymond Carver
[1938-88] ) の作品群と彼の政治的態度を参照することで、現代アメリカにおける白人性
の一端をより立体的に示せるのではないかと考えている。
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“Keepin’ It Real”
―ヒップホップのインナー・シティ―
吉 岡 志津世(神戸女子大学)
W.E.B. デュボイスが 20 世紀の問題は「カラー・ラインの問題」と喝破し、「白い」アメ
リカが標榜する自由と民主主義が実は非民主的な人種問題を内包していることを鋭く指摘
したが、公民権獲得運動によって 1964 年包括的公民権法が議会を通過し、法制度上は、カ
ラー・ラインは「消滅」した。事実、アファーマティヴ・アクション・プログラム等の恩
恵を受けたポスト公民権世代にとって人種アイデンティティは選択的であり、カラー・ラ
インは軽やかに越境できるものとなった。ミドル・アメリカに参入する黒人中流層も増え、
黒人のソーシャル・モビリティは高まった。
その一方、黒人の犯罪率は上昇し、20 世紀末には、総人口の 12%の黒人が受刑者総数の
半数近くを占めるまでになり、法社会制度にアクセスできないインナー・シティでは、貧
困、婚外子出生、犯罪の低年齢化、麻薬、売春、暴力が日常の風景となっている。公民権
運動の成果である機会と結果の平等が黒人コミュニティの階層化を伴ったということは何
を意味するのか。ここでは、社会学者らが観察し統計を取り分析した種々の報告書ではな
く、カラー・コンシャスネスとカラー・ブラインドネスの狭間で「耳障りな」インナー・
シティのヒップホップ世代のノイズに耳を傾けたい。
ヒップホップは、もともと 1970 年代中頃ニューヨークのストリートでアフリカン・アメ
リカン、カリビアン・アメリカンやラティーノの若者たちによって育まれたラップ・ミュ
ージックに端を発するが、音楽だけでなくブレイク・ダンスや壁面グラフティ、映像とい
った多様な表現様式の総称であり、都市ゲットーの犯罪や反社会的行動と絡みながら、人
種、セクシュアリティ、暴力といった極めて強力な政治性を孕んでいる。
「犯罪を誘発する」
「暴力的だ」と排斥されると同時に一大ビジネスとして成立しているヒップホップである
ことに留意しながら、インナー・シティの言葉なきリアリティをすくい取ることで、アメ
リカ民主主義の一つの到達点ともいえる公民権運動の両義性を考えてみたい。主として扱
うテキストは「ヒップホップ小説」を開拓したヴィッキー・ストリンガー(Vickie M.
Stringer)の作品である。
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『ヘンリ・アダムズの教育』を読む
アメリカ民主政の転回を視点として
中野博文(北九州市立大学)
『ヘンリ・アダムズの教育』は自叙伝文学の傑作として名高い。アダムズ本人は喜ばな
かったかもしれないが、1919 年にピューリッツアー賞受賞の栄にも輝いている。大統領を
輩出した名門の家に生まれた者が、19 世紀民主社会のなかで挫折し、自己の来歴を振り返
りながら民主政の将来について考察した書として、それはいまなお読み継がれている。
もとより、この著作に登場するアダムズは、実際の彼ではない。その序文にあるとおり、
この書の著述の目的は、新時代に生きる新しい人間たちへの参照モデルの提示である。ア
ダムズは読者の心象を形成することを重視して、現実の彼の考えや行動とは異なる多くの
フィクションを織り交ぜて記述をしている。自身の誕生から日露戦争期までを描ききった
彼にとって、それは、危機に瀕したアメリカ民主政の再生を若人に託そうという強い意識
の現れでもあった。
このような関心から本書を執筆した彼は、この書の発表にも強いこだわりがあった。同
書が公刊されたのは、1918 年、彼が死んだ後である。脱稿後の 1906 年に私家版として、一
部の人々に贈られたものの、一般の人の目に触れることになかった。死後の出版をアダム
ズから依頼されていた H・C・ロッジによって、同書はマサチューセッツ歴史協会とフート
ン・ミフリン社から出版される。これ以前に二つの小説を発表した経験から、アダムズは
本の売れ行きが広告によって決定される出版産業のなかで、作品が公開されることにつよ
い反発を感じていた。そうした商業文化の外での生を望んだのである。
この書をはじめとして晩年の作品は一般読者ではなく、彼を取り巻く一部の人々、とく
に女性たちのために書かれたものとも言って良い。いささか誇張を込めて言えば、それら
はヨーロッパのサロンにおいて、彼の言う「アメリカ人の姪たち」に読んで聞かせるため
に執筆されたのであった。
彼を動かしていたのは、近代化によってすべてが組織の中に組み込まれ、企業や国家の
利益を最大化することのみに奔走する社会への嫌悪であった。彼はハーバード大学の卒業
に際して、物質主義の蔓延に警鐘を鳴らしているが、そうした関心は終生一貫し、奴隷制
やビッグビジネス、そしてボス政治との闘いを展開する上で基本的な視座となっていた。
この報告では、アダムズが認識した民主政の危機と、その危機を救うものとして彼の前
に現れた女性の徳について、『ヘンリ・アダムズの教育』のテキストと実際の彼の人生の二
つを重ね合わせながら見ていくこととする。
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4)中・四国アメリカ学会第 39 回年次大会会場案内
場所:広島経済大学立町キャンパス
〒730-0032 広島市中区立町2-25 IG石田学園ビル(旧広島ロプロビル)
立町キャンパスは、広島市内のオフィス街の中心にあるサテライトキャンパス
です。向かって右隣が野村證券広島支店です。
広島経済大学立町キャンパスへのアクセスの方法は以下の通りです。
1.
市内電車
広島駅(JR 山陽本線・山陽新幹線)から 1 番または 2 番または 6 番の電車にのり、
「立町」で降りる。(所要時間約 15 分)
2.
バス
広島駅(JR 山陽本線)から紙屋町方面に向かうバス(多数あり)に乗り、「立町」
で降りる。(所要時間約 15 分)
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3. 会員近況報告(敬称略、五十音順)
伊藤詔子
今年は 6 年ぶりにインディアナ大学に出かけ ASLE-US(文学環境学会)に参加し、Lawrence
Buell,
Ursura Heise 先生らとお会いできました。3 年越しの共編著『オルタナティヴ・
ヴォイスを聴く-- エスニシティとジェンダーで読む現代英語環境文学 103 選』(エコク
リティシズム研究会企画、音羽書房鶴見書店)を、やっと 7 月に出しました。<環境文学
の使える教科書>を目指し、必読研究書やエコクリティシズムで楽しめる映画、音楽も入
れました。今年後半は何冊かの共著論文締め切りで、無い知恵を絞っています。単著が遅
れていますが、そのうちと思っています。
杉野健太郎
みなさまにお世話になった恩返しとして、杉野は少しはがんばりたいと考えています。12
月に以下の編著を刊行します。
「ヴァンプ」論からはじまって、10 本中 6 本がアメリカ映画
に関する論文です。ご笑覧いただければ幸いです。
・杉野編『映画のなかの社会/社会のなかの映画』、映画学叢書(加藤幹郎監修)、ミネル
ヴァ書房
土屋由香
近著は以下のとおりです。
1)土屋由香「広報文化外交としての原子力平和利用キャンペーンと 1950 年代の日米関係」
竹内俊隆編著『日米同盟論』(ミネルヴァ書房、2011 年 10 月刊行予定)
2)土屋由香「占領期のCIE映画(ナトコ映画)」黒沢清他編『日本映画は生きている
第7巻
踏み越えるドキュメンタリー』(岩波書店、2010 年 12 月)
3)土屋由香「『アラスカ―49 番目の州』と『ハワイ―50 番目の州』―冷戦初期の USIS
映画と米国の太平洋地域におけるヘゲモニー」『愛媛大学法文学部論集
第 30 号
総合政策学科編』
(2011 年 3 月)
また、7 月に南山大学NASSSで研究報告の機会をいただき、たいへん貴重なコメント
の数々を賜り感謝の気持ちで一杯です。報告論題は "The Cultural Cold War as a
Modernizing Project: Industry and Technology as the Center of U.S. Public Diplomacy"
でした。
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橋本金平
Sprout & Sprout "The Rise of American Naval Power 1776-1918" の翻訳完了し出版準備
中、学習研究社『日露戦争
兵器・人物事典』の人物の一部を執筆中。
松水征夫
本年4月から、広島経済大学で地域経済研究所長を併任しています。少しでも地域社会へ
の貢献ができればと考えています。
横山良
田中きく代編著『境界域からみる西洋世界』(ミネルヴァ書房、近刊)に 「サンフランシ
スコのヴィジランティズムー「共和国ごっこ」の劇場?」という小論を寄稿しました。
山本貴裕
この 11 月で、2 期務めた本学会の事務局長の仕事を終えます。皆様にはその間いろいろご
迷惑をおかけしましたが、皆様のご協力のおかげで、何とか乗り切ることができそうです。
ありがとうございました。
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