放射線抵抗性の悪性腫瘍や大きくなった腫瘍にも効果絶大! 「酵素標的・増感放射線療法(コータック)」を 獣医医療分野で初めて導入 症例❶ 脳神経科 開頭手術による脳腫瘍摘出術 猫の髄膜腫について 報告医:脳神経科科長 松永 悟 ブトルファノール前投与後にプロポフォールにて麻酔導入し、 髄膜腫は犬と猫において最も多い原発性脳腫瘍である。脳 手術中はプロポフォール、 ブトルファノールの持続点滴により 実質外由来であり良性であることが多いため、外科的治療が 麻酔を維持した。 適応となる場合も少なくない。特に猫の髄膜腫は脳実質との 頭頂部の正中で皮膚を切開し右側の側頭筋を剥離、反転し JARMeC放射線科では、 2009年5月より 「酵素標的・増感 境界が明瞭で脳実質内に浸潤していない場合が多く、 手術にて て頭蓋骨にアプローチした後、 頭蓋骨をバードリルおよび超音 放射線療法 (KORTUC) 」 を導入した。 通常、 腫瘍は大きくなる 摘出できた場合には術後の放射線治療や化学療法を実施しな 波メスにて切除した。 硬膜を切開し、 露出した腫瘍組織と大脳 くても再発を認めないことが少なくない。 との境界部を超音波メスにて剥離して腫瘍を摘出した (図2) 。 ほど腫瘤内部の酵素分圧が低下し、多量の抗酸化酵素を含ん でくるため、 放射線の効果は1/3ほどに低下すると言われる。 JARMeCにおける「KORTUC」 療法の治療経過 こうした腫瘍への放射線効果を飛躍的に高める局所注射用の 硬膜が欠損した部位は側頭筋筋膜を移植、 縫合して補填し、 フ 症例 「放射線増感剤」が、 「乳房温存療法」の国内における第一人者 鼻腔内腫瘍 (未分化肉腫) を患う症例に、 2回目より過 10歳、 去勢雄のチンチラで排尿困難を主訴に紹介動物病院 である、 高知大学医学部・小川恭弘教授の研究チームによって 酸化水素含有ヒアルロン酸注射液注入。照射により腫 を受診した。尿道の検査では閉塞はなく神経性の排尿障害が 2007年に世界で初めて開発された。 瘍が縮小し、 鼻道内に空間が形成されている。 疑われたこと、 6ヶ月ほど前にけいれん発作を起こしており、 ィブリン糊にて補強した。 切除した頭蓋骨は戻さずに欠損部は 反対側の側頭筋を反転、 縫合して閉鎖した。 術後経過 その後も歩行時のふらつきや、 狭いところに入りたがるなどの 術後は浸透圧利尿剤 (グリセオール) 、 ステロイド剤、 抗生物 の新しい「放射線増感剤」を使った治療法「KORTUC(コータ 行動異常も認められていることから中枢神経疾患を疑い当セ 質による治療を1週間継続したが、 経過良好であり臨床症状も ック) 」 の治療効果に驚き、 関心が高まっている。 ンターに紹介された。 消失したため内科治療を終了し退院とした (図3) 。 手術3ヵ月 現在、 ヒトの医療現場では、多くの放射線治療専門医が、 こ 後のMRI検査では腫瘍の残存、 再発はなく、 圧排されていた大 小川教授らが着目したのが過酸化水素(オキシドール)。こ 当センターでの検査 脳も正常に近い形状に回復していた (図4) 。 その後も神経症状 れを局所注入することで、腫瘍内部の抗酸化酵素を消費しつ 初診時の神経学的検査では、 四肢の姿勢反応の低下、 威嚇瞬 の再発、 MRI検査による腫瘍の再発も認められずに術後22ヵ つ酵素を大量に発生させ、 この結果腫瘍に対する放射線本来 き反応の低下、 知覚過敏などの異常を認め脳疾患の存在が疑 月後の現在まで良好に経過している。 の効果を100%取り戻すという画期的なアイデアである。増 われた。 頚椎および胸部のレントゲン検査、 血液検査では特記 感剤として、 この過酸化水素をヒアルロン酸注射液で希釈し すべき異常所見は認められなかった。 て使うが、 正常組織に対する副作用がほとんどなく、 安全でコ 以上の結果から大脳の器質的病変が疑われたため全身麻酔 ストも安い。 放射線治療が抱える 「高額」 「副作用の懸念」 「大き 下にて頭部のMRI検査を実施した。 MRI検査では大脳円蓋部に い腫瘍には緩和治療にとどまる」といった課題がすべてクリ 頭蓋骨に広く接する巨大な占拠性病変 (25×20×27mm) を アできる画期的な治療法である。 A B 認め、 左右の大脳は腹側に強く圧排されていた。 この病変はT2 強調画像およびT1強調画像にて脳実質と等信号を示し、 ガド 人医療の分野では臨床研究として、肉腫や切除を希望しな い乳がんの患者には50例以上施行され、その約65%が完全 寛解(CR)を示し、中でも未治療の乳がん患者21例では平均 テリドールによる造影後T1強調画像では均一に強く増強され た(図1)。またこの病変周囲の髄膜には明瞭な髄膜増強像 (dural tail sign) を認め、 髄膜腫が強く疑われた。 図1 術前のMRI検査 (A: T2強調像、 B: 造影後T1強調像) 経過観察期間15.2ヵ月の時点で、 全例で局所再発を認めてい 治療方針とインフォームドコンセント ないという。 MRI検査にて認められた占拠性病変は髄膜腫の可能性が高 JARMeCでは、 この「KORTUC」 を獣医療分野で初めて治 く、 手術にて摘出可能である。 この場合は完治も見込める。 一方 験として導入し、 現在症例への治療効果を確認している。 今後 で、 腫瘍は非常に大きく大脳が強く圧迫されているため、 手術 の放射線治療の新たなスタンダードとなることを期待してい が成功しても大脳の損傷による発作等の後遺症が残る可能性 る。 がある。 また、 手術侵襲により手術中あるいは術後に頭蓋内圧 が上昇して死亡する危険もある。 手術を行わなかった場合、 放 ※この治療法の実施にはライセンスの取得が必要です。 KORTUCに よる治療法の問い合わせは日本動物高度医療センター 院長 夏堀 雅宏までお願いします。 射線治療、化学療法では腫瘍が消失もしくは大幅に縮小する 図2 術中写真 A 図3 術後の症例 B ほどの効果は期待できない。対症療法によりある程度の臨床 症状の改善は見込めるが限界がある。手術を実施した場合に は手術、麻酔、 注射、 入院等で合計60∼70万円程度の費用が かかる。 以上の内容をオーナー様にご説明したところ、 手術で の治療を希望された。 治療 術前から浸透圧利尿剤 (濃グリセリン) 、 メチルプレドニゾロ ンによる頭蓋内圧を低下させる治療を開始した。 ジアゼパム、 JARMeC NEWS 4 図4 術後のMRI検査 (A: T2強調像、 B: 造影後T1強調像) JARMeC NEWS 5
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