2016 年度第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校 講演予稿集

2016 年度 第 46 回
天文・天体物理若手夏の学校
講演予稿集
重力・宇宙論
重力・宇宙論分科会
重力宇宙論の新世紀
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
1
重力・宇宙論
日時
招待講師
座長
7 月 26 日 15:15 - 16:15(招待講演:白水 徹也 氏), 17:45 - 18:45, 20:15 - 21:15
7 月 27 日 9:00 - 10:00(招待講演:向山 信治 氏), 10:15 - 11:15, 14:45 - 15:45,
16:00 - 17:00(分科会別ポスター) , 18:30 - 19:30
7 月 28 日 10:15 - 11:15(分科会別ポスター), 13:30 - 14:30, 14:45 - 15:45, 16:00 17:00
白水 徹也 氏 (名古屋大学)「いまさら一般相対論」
向山 信治 氏 (京都大学)「Massive gravity and cosmology」
吉浦伸太郎(熊本大学 D1)、 秋田悠児(立教大学 D1)、 新居舜(名古屋大学 M2) 、
田原弘章(東京大学 M2)
、 山本貴宏(京都大学 M2)
これまでの天文学の飛躍的な進歩により、我々は標準宇宙モデルを確立するに至った。
標準宇宙モデルは、宇宙がインフレーションから始まり、ビッグバン元素合成、暗黒
時代、初代天体形成、銀河形成、宇宙再電離期と進み、現在の階層性豊かな宇宙へと発
展していく様子を整合的に説明するだけでなく、宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) の
観測や、宇宙の大規模構造の観測等によって支持される最も有望なシナリオであると
いえる。しかし、インフレーションの直接的証拠や、宇宙の加速膨張の起源、暗黒物
質の存在、そして初期の天体形成から宇宙再電離に至る過程など、標準モデルでは未
解明の課題も多く残されている。今後 CMB 偏光観測、すばる望遠鏡の HSC を用い
た SuMIRe プロジェクトによる分光観測、SKA に代表される 21cm 線電波観測など
概要
の次世代観測に基づいたボトムアップ的研究がますます期待されている。また基礎理
論に基づいたトップダウン的な研究により、インフレーション模型や宇宙の非ガウス
性等に関する新しい理論モデルの開発、そして大規模シミュレーションを用いた構造
形成の研究も同時になされている。その一方で、観測された宇宙の姿を通して基礎理
論に迫る研究もなされている。その 1 つに重力理論の検証がある。標準宇宙モデルは
一般相対性理論に基づいて記述されるが、暗黒エネルギーや暗黒物質を必要とする難
点がある。その他にも、重力の量子補正、特異点の存在、ブラックホール情報喪失問
題など、一般相対性理論には他の理論との整合性を欠く面がある。こうした点を解決
すべく構築された修正重力理論が多数提唱され、このような重力理論を観測的に制限
する試みは今まさに発展途上にある。こうした中、2016 年 2 月、アメリカの重力波検
出器 LIGO により重力波の直接検出が報告されたことは記憶に新しい。これにより重
力波を観測することが重力理論の検証に有効であると実証された。現在、KAGRA や
advanced VIRGO など、新たな重力波検出器が稼働に向けて動いている。重力波検出
が日常的に報告される日も近いだろう。今後、宇宙論や重力理論をより高い精度で検
証することができると期待は高まっている。重力波天文学の時代がいよいよ幕を開け
たのである。本研究会では宇宙論・重力理論の研究の最前線で 活躍されている講師を
招待し、最新の研究内容とその進展について講演していただく予定である。また宇宙
論・修正重力理論に興味のある学生を広く募り、研究内容を発表・議論する場を設け
る。 重力宇宙理論の新世紀の幕開けである 2016 年、この研究会が各々の研究の発展
のきっかけとなる事を期待している。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
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重力・宇宙論
白水 徹也 氏 (名古屋大学)
7 月 26 日 15:15 - 16:15 B 会場
「いまさら一般相対論」
宇宙の加速膨張の発見を契機にダークエネルギーや修正重力理論の研究が活発に行われている。一方でそれらを積極的にサポートをする観測的事
実もない。今年に入ってブラックホール連星合体からの重力波の直接検出も報告されこちらも一般相対論からの予言とよい一致を見せ、いよいよ重
力波天文学が本格的に開始されようとしている。そして, adS/CFT 対応を始めとし、一般相対論の””応用””は大きな広がりをみせている。本講演で
は様々な局面において応用可能な一般相対論の幾何 (解析) 学的側面について掘り下げたいと思う. 具体的には高次元時空, ダークエネルギー模型へ
の制限などの例を紹介しよう. また, 最近の (重要な) 進展並びに課題についても触れたいと思う.
向山 信治 氏 (京都大学)
7 月 27 日 9:00 - 10:00 B 会場
「Massive gravity and cosmology」
重力子がゼロでない質量を持つ可能性, すなわち massive gravity についての研究は, 1939 年に Fierz と Pauli が線形理論を提唱して以来, 長い歴
史を持つ. しかし, 1972 年に Boulware と Deser が非線形レベルでの不安定性を指摘してからは, 長い間, 重力子は質量を持てないだろうと考えられ
てきた. 約 40 年後の 2010 年になってやっと, この不安定性の問題を解決する理論が, de Rham と Gabadadze と Tolley によって提唱された. 本講
演では, 1939 年から現在に至るまでの massive gravity 理論の進展と, その宇宙論への応用について解説する.
1. 向山信治、「有質量グラビトン模型と宇宙論」 日本物理学会誌、2016 年 7 月号掲載予定
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重力・宇宙論
重宇 a1
赤方偏移空間歪みの解析とハローモデル
小林 洋祐 (東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 M1)
得ることができる。現在進行中のすばる望遠鏡の Hyper Suprime-Cam
(HSC) により、赤方偏移 z ≃ 1.4 までに渡り、銀河団周辺の質量分布の
赤方偏移進化を探ることが可能になる。
本研究では、従来の弱重力レンズ解析方法に存在する問題点を克服す
銀河が重力にしたがって固有運動をすることで生ずる赤方偏移空間歪
る、新しい大規模 N 体シミュレーションを使った観測量-銀河団質量関
み(redshift space distortion, RSD)の解析は、重力の効果を観測的に
係式の新しい較正手法を開発している。実際に、現在公開されている中
知る手段の一つであり、修正重力理論やダークエネルギーの性質に対す
で最も広域 (全天の 25%) のサーベイであるスローン・ディジタル・ス
る制限を観測的に得る研究に利用されている。
カイサーベイ (Sloan Digital Sky Survey, SDSS) から構築された、均一
この赤方偏移空間歪みを BOSS などの銀河サーベイで得られた観測
データの解析に用いるためには、宇宙の物質分布のモデルから、物質の
密度揺らぎのパワースペクトルを得る必要がある。ところが、実際の銀
河サーベイで観測できるのは銀河の分布であり、ダークマターハローの
分布を直接得ることはできない。銀河分布とダークマター分布との間に
はバイアスが存在し、両者のパワースペクトルは一致しない。そこで適
(volume limited) かつ銀河団のメンバー銀河数に対応する richness が推
定されている銀河団カタログ [3] に適用し、検証結果を報告する。
1. M. Oguri and M. Takada, P hys.Rev.Df 83, 023008 (2011)
2. K. Ichiki and M. Takada, P hys.Rev.Df 85, 063521 (2012)
3. E. S. Rykoff sletal., Astrophys.J. f 785, 2 (2014)
切なダークマターハローのモデルを構成し [1]、そこから銀河とダークマ
ターのパワースペクトル及び両者の相関を導出する方法が採られる。
Press-Schechter halo model をもとに改良を加えたモデルを用いて、
ダークマター及び銀河の非線型パワースペクトルを計算、両者の相互相
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重宇 a3
CMB 観測を用いたスカラーテンソル理論への
制限
関パワースペクトルを求めると、この結果は ΛCDM モデルでの N 体シ
大場 淳平 (名古屋大学 C 研 D1)
ミュレーションの結果とよく合致し、バイアスがスケール依存であるこ
とを示唆している [2]。また、同様のハローモデルを用いたバイアスのス
ケール依存性の研究から、線型バイアスが大スケール(k < 0.1hMpc−1 )
超弦理論が想定する高次元重力理論からは、一般相対性理論を極限に
においてのみよい近似を与え、スケールが小さくなるにしたがい銀河の
持つような様々な修正重力理論が示唆されており、観測からこれらの理
ビリアル運動によってパワースペクトルが小さく抑えられることが示さ
論モデルを制限することは重力理論の解明のために非常に重要である。
れている [3]。
そこで、修正重力理論と一般相対性理論とのずれをモデルパラメータで
ハローモデルは、赤方偏移空間歪みの解析において銀河観測と宇宙の
記述し、観測結果を用いて制限を与える。
物質分布の理論をつなぐ上で重要な役割を有している。本発表では、こ
本研究では、修正重力理論のモデルとしてスカラーテンソル理論 [1]
のハローモデルの理論とそれが赤方偏移空間歪みの解析にもたらす効果
に着目し、Planck 衛星による宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) の温度揺
について、これまでに得られた研究成果を紹介する。
らぎ、偏光、レンジングの観測データを用いて、モデルパラメータへの制
1. M. White Mon. Not. R. Astron. Soc. 321, 1-3 (2001)
2. U. Seljak Mon. Not. R. Astron. Soc. 318, 203-213 (2000)
3. U. Seljak Mon. Not. R. Astron. Soc. 325, 1359-1364 (2001)
限を行った。また、スカラーテンソル理論は、観測される重力定数が時
間発展するという特徴を持っているので、現在の重力定数 G0 と CMB
が放射された時代の重力定数 Grec とのずれについてもモデルパラメー
タへの制限と同様にして制限を与えた。
結果として、現在における一般相対性理論とのずれを表すモデルパラ
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メー タ α0 2 に対して α0 2 < 2.5 × 10−4−4.5β (95.45% C.L.)、および
2
α0 2 < 6.3 × 10−4−4.5β (99.99% C.L.) という制限が 0 < β < 0.4 の範
囲で得られた。重力定数については、Grec /G0 < 1.0056(95.45% C.L.)、
および Grec /G0 < 1.0115(99.99% C.L.) という制限が得られた。本発
2
重宇 a2
弱重力レンズ効果による観測量-銀河団質量関
係式の新しい較正手法の開発
村田 龍馬 (東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 M2)
表では加えて、制限に用いたマルコフ連鎖モンテカルロ法におけるパラ
メータの選び方が結果に与える影響についても議論する。
銀河団とは、主にダークマターから構成される質量 1014 M⊙ /h 程度
の宇宙最大の自己重力束縛系である。シミュレーションから予言される
質量と赤方偏移の関数である銀河団の質量関数とクラスタリングの観測
1. R. Nagata, T. Chiba and N. Sugiyama, Phys. Rev. D 66, 103510
(2002)
から、宇宙論パラメータの制限や重力理論の検証ができる。例えば、銀
河団の形成に影響する宇宙膨張速度を決めるダークエネルギーの状態方
程式 wDE (宇宙項の場合 −1)や宇宙の構造を平坦化し銀河団の形成を
抑制するニュートリノの質量和 Σmu を観測的に調べることができる [1,
2]。
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重宇 a4
231cm で見る宇宙
田中 俊行 (名古屋大学 C 研 M1)
上を実行するには、実際の観測量(銀河団のメンバー銀河数に対応する
richness や、宇宙マイクロ波背景放射のスニャーエフ・ゼルドヴィッチ
今日、宇宙論で標準とされている ΛCDM モデルによると、初代天体
効果の度合い、X 線輝度の大きさなど)と銀河団質量の関係式を精密に
(初代星、初代銀河、初代クェーサー)が形成され、宇宙再電離を経て
得る必要がある。その観測手法として、銀河団の重力場による背景銀河
現在の複雑な構造を持つ宇宙へ発展してきた。その過程で初代天体は構
像への弱重力レンズ効果が強力である。銀河団-銀河 (cluster-galaxy) レ
造形成や熱史に大きな影響を与えるが、その形成や性質は未だ謎に包ま
ンズ解析によって、高いシグナルノイズ比で弱重力レンズ効果の信号を
れている。初代天体周囲に存在する中性水素は、超微細構造に由来する
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重力・宇宙論
21-cm 線を放射する。従って、21-cm 線は初代天体周囲の構造を探る手
法として有効である。Square Kilometre Array (SKA) に代表される次
は、大規模構造形成におけるダークマターとバリオンの分布の解明に欠
世代の電波干渉計によって、高赤方偏移からの 21-cm 線が観測できる時
かせない。また、ガス雲と銀河の関係からバリオンの循環、つまり中性
代が到来するため、初代天体周囲の 21-cm 線シグナルの分布を理解する
ガス、星形成、超新星残骸の重元素ガスの分布を包括的に理解すること
ことは喫緊の課題である。
ができる。このようにガス雲を理解することは宇宙論的意義が大きい
銀河周辺にはガス雲が存在する。ガス雲の分布や物理状態を知ること
本講演では、赤方偏移が 10 に存在する初代天体周囲の 21-cm 線シグ
ガス雲は可視光を発しない非常に暗い天体である。従って、直接観測
ナルの分布を調査した論文 [1] のレビューをする。ここで重要になる物
ができない。そのため、ガス雲の背景クェーサーのスペクトルに現れる
理過程には Lyα 光子による Wouthuysen-Field effect (WF 効果) が挙
吸収線系を用いて間接的に観測するのが有力な手法である。本研究は
げられる。WF 効果とは中性水素のスピン温度とガス温度をカップルさ
クェーサーの吸収線系のカタログと、吸収線系と同じ赤方偏移にある候
せるプロセスで、天体周囲の 21-cm 線シグナルの分布に影響を与える。
補銀河のカタログを用いて、ガス雲と銀河の相関を調べ、前景銀河のハ
しかし、先行研究ではこの Lyα 光子に対して簡単なモデルを用いるか、
ロー領域におけるガス雲の分布や、ガス雲と銀河の物理量の関係を統計
または完全に無視して計算が行われてきた。一方で Lyα 光子を含む輻
的に探るものである。
射輸送シミュレーションを用いた論文 [1] の結果によると、初代星と初
い状態へなめらかに空間遷移し、初代銀河の周囲ではガスの状態は空間
この研究では、候補銀河のカタログが重要となる。[1][2] では、Sloan
Digital Sky Survey(SDSS) のデータを用いて z ∼ 0.5 の銀河と MgII
吸収線系の相関を計算し、冷たいガス(T ∼ 104 K)の分布や性質を議
的に鋭い遷移を示す。なぜなら初代星と初代クェーサーはエネルギーの
論している。しかし、SDSS の銀河サンプルは浅すぎるため、z ∼ 0.5
高い光子を多く放射するが、初代銀河は放射する高エネルギー光子の割
のような赤方偏移が小さい領域の議論しかできない。Lyman-α、SiIV、
合が少なく WF 効果が強いことに起因する。こうした空間分布の解析か
で、小さいシグナル分布を持つ初代星の観測は困難であるという結果と
CIV などのクェーサーの吸収線系は赤方偏移が大きいため、これらの吸
収線系と銀河の相互相関を調べるには、広視野に渡り z > 1 の銀河を
大量に含むサーベイが必要であり、SDSS の銀河サンプルは十分ではな
なったが、初代星の観測可能性については議論の余地がある。本講演で
い。そこで、我々はすばる Hyper Suprime-Cam(HSC) による深い銀河
はこの改善点を指摘し、今後すべき研究の提案をする。
の撮像データを用いてガス雲と銀河の相関関係を調べる。そうすること
代クェーサーの周囲にあるガスは電離された高温の状態から中性の冷た
ら初代星と初代クェーサーは SKA で観測できることが示された。一方
1. H. Yajima and L. Yuexing MNRAS 445, 3674-3684 (2014)
で、SDSS のデータだけでは成し得なかった赤方偏移が大きい領域や異
なるガス雲の分布の様子の議論が可能となる。これが本研究の新規性で
ある。
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重宇 a5
宇宙論的 MHD シミュレーションで探る構造
形成への宇宙磁場の影響
箕田 鉄兵 (名古屋大学 C 研 M1)
宇宙の構造には須く磁場が付随している。その強さは銀河内ではおよ
そ 10µG 程度、銀河団領域ではおよそ 1µG 程度と考えられている。こ
本講演では、銀河-ガス相関関数を用いてガス雲の分布などに対して観
測的制限を加えられることを、まず SDSS のデータを使って示し、その
後 HSC データを用いた場合どのような結果が期待されるか考察する。
1. GUANGTUN
ZHU,
BRICE
MENARD,
arXiv1309.7660v1[astro-ph.CO] 29 Sep 2013
et
al.,
2. TING-WEN LAN, BRICE MENARD, & GUANGTUN ZHU,
arXiv1404.5301v2[astro-ph.GA] 10 Oct 2014
れらの磁場の強度はファラデー回転やシンクロトロン放射などの観測に
よって見積もられている。中でも、銀河間領域・銀河団・大規模構造な
どの宇宙論的スケールに付随する磁場は「宇宙磁場」と呼ばれ、上記の
観測などから存在が示唆されているが、その構造や起源は未だに謎に包
まれている。本発表では、宇宙磁場が宇宙論的な観測量に与える効果を
見積もった、文献 [1] をレビューする。文献 [1] では宇宙論的 MHD シ
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重宇 a7
数値シミュレーションによるボイド形状の進
化の解析
簑口 睦美 (名古屋大学 C 研 M1)
ミュレーションを行い、星形成率、星質量関数、星ハロー質量関係、平
均磁場強度の時間発展、総銀河数について宇宙磁場の強度による影響を
現在の宇宙論では、宇宙の加速膨張を説明するために数多くの理論
求めている。具体的には銀河団を超えるスケール(∼数 Mpc)の宇宙磁
が提案されている。これらを制限するために、これまで銀河など高密度
場の大きさが 1nG を超えると、すべての赤方偏移において上記の物理
領域を用いたデータ解析が精力的に進められてきたものの、未だに宇宙
量が観測による制限から著しくずれることを明らかにしている。本発表
論パラメータの自由度は大きい。宇宙モデルをより制限するためには、
では宇宙磁場と宇宙論的観測量との関係に着目して、宇宙磁場の強度や
観測精度の向上に加え、これまで用いられてきたデータとは独立な、新
構造が観測量に影響する過程を詳しく議論する。
たな観測情報が必要である。そのような観測情報源として、ボイドと呼
1. F.Marinacci and M.Vogelsberger, MNRAS, 456, 69 (2016)
ばれる構造が注目を集めつつある。ボイドとは宇宙の大規模構造におけ
る低密度領域であり、近年の大規模な銀河観測によって統計的に十分な
数のボイドが観測されるようになった [1]。また、ボイドは一般に高密度
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重宇 a6
銀河-ガス相互相関で探る銀河周辺ガス雲
野沢 朋広 (東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 M1)
領域よりも大きなスケールを持ち、かつ極端に密度が低いため、我々の
よく知る物理とは異なった物理が効いている可能性もある。
このように、ボイドは観測情報源として格好の候補であるが、あまり
議論が進んでいない。この理由の一つとしては、ボイドの大きさや形状
などの厳密な定義が難しく、定量的な議論が難しいことがあげられる。
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重力・宇宙論
実際、ボイドの定義にダークマター粒子を用いるか、ダークマターハ
ローを用いるかで統計的な性質は異なる。もしボイドの持つ物理量を的
重宇 a9
F(R) 重力理論における暗黒物質候補の研究
桂川 大志 (名古屋大学 QG 研 D3)
確に取り出す手法が確立できれば、理論の制限に対し大きな貢献が期待
できる。
先行研究 Nadathur 2016[2] では、観測データ SDSS BOSS DR11(赤
F (R) 重力理論とは、作用をリッチスカラー R の関数 F (R) に拡張し
方偏移 0.15∼0.7)からボイドカタログを作成し、有効半径 8∼60h−1 Mpc
た修正重力理論である。この理論は、ワイル変換と呼ばれる計量の変換
のボイドのサイズ分布について、ΛCDM モデルを仮定したシミュレー
により、一般相対性理論にスカラー場が結合したものへと書き換えるこ
ションからのずれが 6% 以内に収まることを報告している。この論文中
とができ、質量をもったスカラー場が自然に導入される。宇宙のバルク
では他に、ボイドの形状を決定する際の系統誤差に関しても言及してい
のような大スケールにおいて、このスカラー場の質量が十分小さければ、
るが、形状の理論との比較は特に行われていない。そこで本発表では先
宇宙の加速膨張を説明できることが広く知られている。一方、カメレオ
行研究の検証に加え、改めてボイド形状の時間発展を数値シミュレー
ン機構と呼ばれる機構により、密度の大きい物体の周辺においては、ス
ションによって解析し、その特徴についても議論する。
カラー場の質量が大きくなり、小スケールでの重力理論に対する制限を
1. SDSS-III Collaboration (Shadab Alam et al.)
arXiv:1501.00963v3 [astro-ph.IM]
(2015)
2. S. Nadathur (2016) arXiv:1602.04752v1 [astro-ph.CO]
回避することができる。ここで、このスカラー場の性質に着目する。素
粒子物理における標準模型を修正することなく、重力理論の変更により
スカラー場が導入され、さらに、標準模型粒子との相互作用は、プランク
質量によって抑制されるため小さくなる。そして、銀河系周辺では、カ
メレオン機構によりスカラー場の質量は重くなる。これらの性質は、こ
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重宇 a8
Thermodynamics of charged Black Holes in
Einstein-Horndeski-Maxwell Theory
宮田 大輝 (立教大学 M1)
の新たなスカラー場が暗黒物質になりうるということを示唆している。
本発表では、このスカラー場が暗黒物質の候補となる可能性を検討する。
また、暗黒エネルギーを同時に解決できるかどうかについても評価する。
1. S. Nojiri and S. D. Odintsov, arXiv:0801.4843
2. S. Choudhury, M. Sen and S. Sadhukhan, arXiv:1512.08176
ブラックホール (BH) は一般相対性理論 (GR) から予言される最も興
味深い研究対象の 1 つである。BH は質量、角運動量、電荷という少数
のパラメータで記述でき (no-hair theorem)、さらに熱力学的な性質を
持つということが知られている。
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重宇 a10
修正重力理論における相対論的天体
山崎 雅史 (名古屋大学 QG 研 M2)
その一方で宇宙の加速膨張の発見により GR を修正する研究 (修正重
力理論) も注目されている。修正重力理論としてスカラー自由度を加え
て重力理論を拡張する研究も行われている。スカラー場を含む理論でス
本講演では修正重力理論の一種である「Masive Gravity 理論」を天体
カラー・テンソル理論がある。スカラー・テンソル理論を用いて BH を
物理に適用した場合に、相対論的天体の構造がどのように変化するか説
考えると scalar-hair という新しい自由度が現れることが明らかになっ
明する。
た。このように BH をスカラー・テンソル理論を用いて考えると GR で
は現れないスカラー場の影響が現れる。
「Massive Gravity 理論」とは有質量重力子のダイナミクスを表す理論
であり、修正重力理論の一種として用いられている。「Massive Gravity
本講演では論文 [1] をレビューする。Horndeski 理論のサブクラス
理論」では重力子質量を宇宙定数程度にした場合に、現在の宇宙の加速
を用いて電荷を持つ静的 BH を考え、その熱力学的性質を議論する。
膨張を説明できることが知られており、暗黒エネルギーを説明する理論
Horndeski 理論とはスカラー場を 1 つ含み、運動方程式が2階の微分方
として研究が進められている。一方で「Massvie Gravity 理論」の強重
程式になる一般的なスカラー・テンソル理論である。ラグランジアンは
力場・短距離スケールにおける性質はあまり研究されておらず、天体物
Horndeski 理論に Maxwell 場が最小結合し、スカラー場のシフト変換
に対して不変である。このような作用で与えられる BH の熱力学的性質
理などの現象に与える影響を調べる必要がある。
を Wald formula[2] を用いて解析することで BH 熱力学第1法則にスカ
きる可能性が存在する。現在見つかっている太陽質量の 2 倍ほどの中性
ラー場に関する項 (scalar-charge) が入ることが明らかになった。
子星などは、一般相対性理論と通常のハドロン物理では説明ができない
特にこの重力理論の変化によって、重い相対論的天体の存在が説明で
Horndeski 理論のサブクラスを用いて BH 熱力学を解析した結果、BH
という問題を抱えている。天体の密度分布などは、自重と内部物質の圧
熱力学第 1 法則が修正されスカラー場の影響が現れることがわかった。
力の釣り合いである静水圧平衡により決定される。このため修正重力理
今後は Horndeski 理論のより広いクラスについての解析を行い、スカ
論を用いた場合、自重の構造が変わることで天体の質量上限が変化する
ラー場の影響がどのように現れるか研究を行う。
可能性が存在する。
1. Xing-Hui Feng, Hai-Shan Liu, H. Lu, C.N. Pope Phys.Rev.D
93,044030 (2016) [arXiv:1512:02659[hep-th]]
2. R.M Wald Phys.Rev.
D48 (1993) 3427-3431[arXiv:grqc/9307038]
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2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
本講演では「Massive Gravity 理論」において最小模型と呼ばれる場
合に行った解析と、数値計算結果を説明する。この結果より質量上限が
減少することで観測結果と矛盾すること示し、その原因について説明す
る。また現在の研究において「Bigravity 理論」で同様の解析を進めて
いるため、その経過についても報告する。
1. T. Katsuragawa, S. Nojiri, S. D. Odintsov, M. Yamazaki,
arXiv:1512.00660 [gr-qc]
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重力・宇宙論
2. A. V. Astashenok, S. Capozziello, S, D. Odintsov, JCAP 1312
(2013) 040
less graviton と massive graviton を二つの計量を用いて記述する。
graviton に質量を持たせるという拡張 [1] は古くから研究されていたも
のの、ghost が出るという問題があった。しかし近年この問題を回避す
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重宇 a11
修正重力理論による時空特異点回避の可能性
小林 曜 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 M1)
一般相対論は多くの実験的証拠により裏付けられているが,Hawking,
Penrose らの特異点定理により,一般相対論では普遍的に特異点が生じ
ることが示された [1].特異点とは,時間的およびヌル測地線が不完備に
なる点であり,ブラックホール内部や宇宙初期に現れるとされている.
特異点では時空の構造が破綻するため物理量を定義できず,予測可能性
が失われる.よって,特異点は一般相対論の限界を示しており,特異点
のない重力理論に向けて様々なアプローチがなされている.
このようなアプローチの一つに,Limiting Curvature Hypothesis
(LCH) がある [2, 3].一般相対論では多くの特異点で曲率が発散する
が,Planck 長以下の長さに対応する極端に大きな曲率は量子論を考慮
る bigravity モデル [2] が提唱された。以上を踏まえ本講演では、ghost
free bigravity における massive graviton がダークマターの候補となり
得るかを検証する。
本講演は論文 [3] をレビューし、最大対称時空を background とした
時、massive graviton が重く安定で、物質との相互作用が重力相互作用
のみというダークマターの性質を満たすことを述べる。このことから
ダークマターの候補となり得ることがわかる。またこれらの性質を満た
していれば、このモデルは太陽系スケールでの一般相対論の観測と矛盾
しない予言を与えることを述べる。
このモデルでは少なくとも平坦な時空では、massive graviton と
standard matter は同じ重力相互作用をする、ということがわかってい
る。そこで曲がった時空でこの massive graviton がどう振る舞うのかを
調べることは重要である。もし平坦時空と曲がった時空で異なるなら、
曲がった時空での massive graviton の振る舞いを調べ、観測的に検証可
能かどうか議論していく必要がある。
すると現実には存在せず,そのような領域では量子重力が必要と考えら
1. M. Fierz and W. Pauli, Proc. Roy. Soc. Lond. A173, 211 (1939)
れる.Brandenberger, Mukhanov, Sornborger らはこの考えに基づき,
2. S. F. Hassan and R. A. Rosen, JHEP 02, 126 (2012),
arXiv:1109.3515 [hep-th]
3. E. Babichev, L. Marzola, M. Raidal, A. Schmidt-May, F. Urban,
2
4
量子効果により曲率が |R| ≤ lPl
, |Rµν Rµν | ≤ lPl
のような制限を越えな
いと仮定して特異点を回避する機構を提唱した.彼らは制限される不変
√
3(4Rµν Rµν − R2 )] を採用し,宇宙初期特異点を
回避した [2, 3].しかし,ブラックホールのような真空解では Weyl テ
ンソルが自明でない一方,特異点以外で Ricci テンソルが 0 になるため
量として [I = R −
常に I = 0 となり,このモデルでは曲率が制限されない.大きな曲率を
制限する量子効果を適切に取りこんだ修正重力理論は宇宙初期だけでな
くブラックホール内部などあらゆる状況で特異点を回避すべきである.
そこで,本研究では Riemann テンソルの全ての成分を含む不変量であ
2
る Gauss-Bonnet 曲率二乗項 [RGB
= Rαβµν Rαβµν − 4Rµν Rµν + R2 ]
を制限し,宇宙初期特異点だけでなくブラックホール特異点に応用でき
る手法を探った.その結果,宇宙初期特異点に関しては,空間の曲率が
正の場合宇宙が収縮から膨張に転じて特異点を回避するバウンス解を得
た.また,球対称静的な時空についても議論する.
H. Veermae and M. von Strauss, arXiv:1604.08564 [hep-ph]
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重宇 a13
インフレーション機構によるブラックホール
の情報喪失問題の解決
大下 翔誉 (東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン
宇宙国際研究センター D1)
2012 年、Almheiri, Marolf, Polchinski, Sully (AMSP) らは、ブラッ
クホール (BH) の蒸発過程が、量子論と無矛盾に完結するためには、一
般相対性理論の基本原理である「等価原理」が破れていなければならな
1. S. W. Hawking and G. F. R. Ellis, The large scale structure of
space-time, Cambridge University Press (1973)
2. V. Mukhanov and R. Brandenberger, Phys. Rev. Lett. 68, 1969
いことを指摘した [1]。これは、BH の蒸発過程が「量子縺れ」の基本的
(1992)
3. R. Brandenberger, V. Mukhanov and A. Sornborger, Phys. Rev.
よる。ある物質 (系 A) が重力崩壊によって BH に潰れたとしよう。す
な性質であるモノガミー (一つの系が、2つ以上の系と強く量子縺れを
起こすことはできないという性質) に抵触しているように見えることに
ると、BH は Hawking 放射によって蒸発する。Hawking 放射とは、事
象の地平面付近で生じる粒子の対生成であり、この時に対生成した粒子
D48, 1629 (1993)
は量子縺れを伴う。BH の蒸発が完了し、放射だけが残った状況 (系 B)
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重宇 a12
Gravitational origin of Dark Matter
赤間 進吾 (立教大学 M1)
一般相対論は太陽系スケールでの観測と高い精度で一致しているが、
異なるスケールでは未だ説明できないものもある。その中の一つである
ダークマターを説明するために、素粒子論的なアプローチや重力理論を
修正するというアプローチがある。本講演は後者に基づき、修正重力理
論を用いてダークマターの起源を説明できないか探る。
本講演では、bigravity という修正重力理論に着目する。これは mass-
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
では、(量子論が正しいとすれば) 放射全体が系 A の情報を含んでいなけ
ればならない。量子縺れはエントロピー (物質の量子的な情報) を伴うた
め、これは、Hawking 放射全体で強く量子縺れを起こしていること要求
することになる。つまり、Hawking 放射の粒子は、対生成した相手の粒
子、および既に放射された多粒子系の両方と縺れている必要がある。こ
れが AMPS が指摘したパラドックスである。AMPS は、地平面上で対
生成した粒子の量子縺れを断ち切るような高エネルギーの壁 (ファイア
ウォール:FW) が必要であると結論した。等価原理が正しければ、BH に
向かって自由落下する観測者は、自らが事象の地平面を横断した瞬間に
も、その事実を認識しない。つまり地平面上で、特別な境界である FW
を導入するには、等価原理の大きな破れを認めなければならない。FW
の導入には賛否両論ある [2] のが現状であり、混乱の中にある。本研究
7
重力・宇宙論
では、インフレーション中でも生じる、「量子揺らぎの古典化」[3] とい
したシナリオを好むと考えられる兆候も存在する.このようなシナリオ
うプロセスによって、地平面を跨いで対生成した粒子同士の相関が消滅
を記述する理論を修正重力理論という.
することを示した。この成果は AMPS 論文で示されたパラドックスを、
そのひとつに,ガリレオン重力理論がある.この理論はガリレイ対称
FW の存在を仮定することなく、既知の物理で自然に解決できること
を意味する。2012 年、Almheiri, Marolf, Polchinski, Sully (AMSP) ら
性をミンコフスキー時空で満たすように構成された 5 つのラグランジア
は、ブラックホール (BH) の蒸発過程が、量子論と無矛盾に完結するた
方程式を 2 次のオーダーに保つために場の運動項と曲率の相互作用項が
めには、一般相対性理論の基本原理である「等価原理」が破れていなけ
存在し第 5 の力を発生させる.しかし,スカラー場の非線形な自己相互
ればならないことを指摘した [1]。これは、BH の蒸発過程が「量子縺れ」
作用項によりヴァインシュタイン機構と呼ばれる第 5 の力の遮蔽機構が
の基本的な性質であるモノガミー (一つの系が、2つ以上の系と強く量
働き,局所領域において模型が一般相対論に近い振る舞いを回復するこ
子縺れを起こすことはできないという性質) に抵触しているように見え
とが知られている.すなわち,この模型は局所重力実験と整合性がある
ることによる。ある物質 (系 A) が重力崩壊によって BH に潰れたとし
ことを示している.
ン [1] を共変形式に拡張した理論 [2] である.この模型では一般に,運動
よう。すると、BH は Hawking 放射によって蒸発する。Hawking 放射
本発表では,先行研究 [3] のレビューとして,ガリレオン重力理論に
とは、事象の地平面付近で生じる粒子の対生成であり、この時に対生成
おいて加速膨張を引き起こし,かつゴーストやラプラシアン不安定性を
した粒子は量子縺れを伴う。BH の蒸発が完了し、放射だけが残った状
避けることができる条件を明らかにする.さらに,その条件を満たすモ
況 (系 B) では、(量子論が正しいとすれば) 放射全体が系 A の情報を含
デルに対して,輻射,物質,暗黒エネルギーの組成比の時間変化を数値
んでいなければならない。量子縺れはエントロピー (物質の量子的な情
計算によって示す.
報) を伴うため、これは、Hawking 放射全体で強く量子縺れを起こして
いること要求することになる。つまり、Hawking 放射の粒子は、対生成
した相手の粒子、および既に放射された多粒子系の両方と縺れている必
要がある。これが AMPS が指摘したパラドックスである。AMPS は、
地平面上で対生成した粒子の量子縺れを断ち切るような高エネルギーの
壁 (ファイアウォール:FW) が必要であると結論した。等価原理が正し
ければ、BH に向かって自由落下する観測者は、自らが事象の地平面を
1. A. Nicolis, R. Rattazzi and E. Trincherini, Phys. Rev. D 79,
064036 (2009).
2. C. Deffayet, G. Esposito-Farese and A. Vikman, Phys. Rev. D
79, 084003 (2009).
3. A. De Felice and S. Tsujikawa, Phys. Rev. Lett. 105, 111301
(2010).
横断した瞬間にも、その事実を認識しない。つまり地平面上で、特別な
境界である FW を導入するには、等価原理の大きな破れを認めなければ
ならない。FW の導入には賛否両論ある [2] のが現状であり、混乱の中
にある。本研究では、インフレーション中でも生じる、
「量子揺らぎの古
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重宇 a15
Double screening
長島 正剛 (立教大学 M1)
典化」[3] というプロセスによって、地平面を跨いで対生成した粒子同士
の相関が消滅することを示した。この成果は AMPS 論文で示されたパ
ラドックスを、FW の存在を仮定することなく、既知の物理で自然に解
決できることを意味する。
1. A. Almheiri, D. Marolf, J. Polchinski and J. Sully, JHEP f 1302,
062 (2013) [arXiv:1207.3123 [hep-th]].
2. L. Susskind, arXiv:1604.02589 [hep-th].
3. D. Polarski and A. A. Starobinsky, Class. Quant. Grav. f 13,
377 (1996) [gr-qc/9504030].
Ia 型超新星の観測により、現在の宇宙は加速膨張していることが知ら
れている。加速膨張を説明する 1 つの方法として、宇宙項を重力理論に
導入することが考えられる。しかし、宇宙項の起源を自然に説明するこ
とは難しく、他の方法で宇宙の加速膨張を説明する試みもある。その試
みの内、一般相対論を拡張し、宇宙の加速膨張を説明しようとする修正
重力理論 (MG) が盛んに研究されてきた。
一般相対論は、水星の近日点移動などの太陽系スケールにおける観測
により実証されている。このことから、MG には太陽系スケールで一般
相対論に帰着する機構、Screening 機構 (SM) が備わっている必要があ
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重宇 a14
宇宙論的に有効なガリレオン重力理論に対す
る制限
中村 進太郎 (東京理科大学 辻川研究室 M1)
る。よく研究されている SM として kinetic screening[1] と Vainshtein
screening[2] と呼ばれる2つのタイプが知られている。前者は、重力ポテ
ンシャルの一階微分が、後者は重力ポテンシャルの二階微分が screening
する。
これまで提唱されてきたモデルは1つのタイプの SM のみに着目し
たものがほとんどで、複数のタイプの SM が理論に同時に備わってい
超新星や宇宙背景輻射などの多くの観測によって,現在の宇宙は加速
る場合、どのように機能するのか調べられていなかった。そこで今回
膨張をしていることが示されている.この加速膨張の源は暗黒エネル
は 2 つ以上のタイプの SM が機能するモデルを模索した [3] をレビュー
ギーと名付けられており,その起源は未だ解明されていない.これを明
する。[3] では、ガリレオン理論に P (X) を加えたモデルで kinetic と
らかにすることは現在の宇宙論の重要な課題のひとつである.
Vainshtein の 2 種類が機能するようなモデルを考え、宇宙論に適用した。
暗黒エネルギーの最も単純な候補となる模型は,一般相対論の枠組み
で,負の圧力を持つ宇宙項を取り入れた模型である.宇宙項は素粒子物
その結果 kinetic screening が効く範囲の目安となる kinetic 半径は
M 1/2 に、Vainshtein screening が効いてくる Vainshtein 半径は M 1/3
理学において真空のエネルギーに対応するが,その理論値と観測から得
にそれぞれ比例し、同じ質量に対して異なった振る舞いをすることがわ
られる真空のエネルギー密度とを比較すると後者が小さすぎるという大
かった。このことから軽い物質には Vainshtein screening が支配的にな
きな問題を孕んでいる.さらに最新の観測結果によると,この宇宙項模
り、重い物質には kinetic screening が重要になることが判明した。特
型が必ずしも最適な模型ではなく,むしろ大スケールで重力理論を変更
に、太陽系スケールでは Vainshtein screening が効き、kinetic screening
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
8
重力・宇宙論
は銀河団スケールで効く。[3] で取り扱った理論は単純なもので、かつ限
一般相対論の拡張は古くは約 40 年前、場が二階微分方程式に従うよ
られた現象しか取り扱っていない。今後は理論を拡張し、さらに大規模
うな最も一般的なスカラーテンソル理論が Horndeski によって提唱さ
構造など他のスケールの宇宙の現象に着目した研究を行いたい。
1. E.Babichev, C.Deffayet and R.Ziour, Int. J. Mod. Phys. D 18,
2147 (2009)
2. A.I.Vainshtein, Phys. Lett. B 39, 393 (1972).
3. P.Gratia, W.Hu, A.Joyce and R.H.Ribeiro, arXiv:1604.00395
[hep-th].
れていた [1]。一般相対論では重力波の運動方程式が二階微分方程式で
表されている。重力波の自由度は 2 であるが、Horndeski 理論ではここ
にスカラー場を追加しているため自由度は 3 となっている。この段階で
は、運動方程式に高階微分項が含まれると Ostrogradsky 不安定性と呼
ばれる ghost が出現するために微分は二階までに留めていた。しかし近
年、Ostrogradsky 不安定性を回避できるように Horndeski 理論を拡張
した理論が構築された。これは GLPV 理論 [2] と呼ばれるもので、運動
方程式は一般に高階となるが自由度は Horndeski 理論と変わらないた
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重宇 a16
超高エネルギースケールで一般相対論を検証
する方法論
田原 弘章 (東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン
宇宙国際研究センター M2)
一般相対論は、現在までのあらゆる観測と矛盾しない。これを踏まえ
初期宇宙の諸相は、多くのばあい一般相対論に基づいて議論される。し
かし、その高エネルギースケールにおいてもなお一般相対論が有効であ
る観測的証拠はなく、これを検証する枠組みが必要である。
め、不安定性が現れない。同様の方針で GLPV 理論をさらに拡張した
ものが Gao 理論 [3] である。これによって幾つかの修正重力理論を包括
的に扱えるようになった。
今回の発表では GLPV 理論および Gao 理論に注目し、修正重力理論
がどのように拡張されてきたのかをレビューする。それを踏まえて、最
も一般的な修正重力理論への道を模索していきたい。
1. G.W.Horndeski, Int. J. Theor. Phys. 10, 363 (1974)
2. J.Gleyzes, D.Langlois, F.Piazza and F.Vernizzi, Phys. Rev. Lett.
114, 211101 (2015)
3. X.Gao, Phys. Rev. D 90, 081501 (2014)
そこで我々は、原始重力波の相関を用いて、インフレーション時の重
力理論を弁別する方法を開発する。インフレーション (初期宇宙の加速
膨張) によって、重力場の量子ゆらぎの波長がハッブル長よりじゅうぶ
ん大きくなると、その量子ゆらぎは統計的なゆらぎへと古典化する。こ
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重宇 a18
機械学習の手法を用いた未知の重力波源探索
山本 貴宏 (京都大学 天体核研究室 M2)
れが原始重力波である。原始重力波の統計的性質 (相関) は、インフレー
ションモデルの不定性としてハッブルパラメータのみに依存する [1] の
で、重力理論を精査するためのクリーンなプローブとなる。
GW150914 の観測により、重力波を観測することで宇宙の様々な現象
原始重力波は、宇宙マイクロ波背景放射に B モード偏光をつくる。計
を観測・検証することができると実証された [1]。今後、ブラックホール
画されている偏光の精密測定によって、原始重力波の相関が初めて明ら
や中性子星からなるコンパクト天体連星系の合体、超新星爆発、インフ
かになると期待される。我々は、ホルンデスキー理論に基づいた単一場
レーション由来の原始重力波など、これまで電磁波では観測できなかっ
インフレーションの原始重力波 [2] がつくる B モード偏光の角度相関を
たような天体・現象を、重力波を通じて観測することができるようにな
計算した。この結果をもちいて、一般相対論とその他の重力理論との弁
り、宇宙の理解がこれまで以上に大きく進展すると期待されている。
別可能性について議論する。
特に、重力波観測を続けていくうちに、未知の重力波源からの重力波
1. A. Starobinskii, JETP Lett., 30, 682 (1979)
2. X. Gao, T. Kobayashi, M. Yamaguchi, and J. Yokoyama, Phys.
Rev. Lett., 107, 211301 (2011)
を捉えることができれば、物理として非常に面白いターゲットになると
考えられる。未知の天体・現象からの信号を捉えることは、これまでの
電磁波での観測では何度も起きたことである。私はこうしたことが重力
波観測で起こっても不思議ではないと考えている。
これまでの重力波検出では、ターゲットとなる信号の波形が予測でき
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重宇 a17
Horndeski 理論を超えた、その先へ
彌永 亜矢 (立教大学 M1)
る場合は matched filter と呼ばれる手法が用いられてきた。しかし、こ
れは今回のように未知の重力波源をターゲットとする場合には適切では
ない。そこで私は、重力波信号を入力すると自動的にその信号の特徴を
抽出して分類するアルゴリズムを開発することを目標とした。
本講演では、機械学習の概要を述べたのち、先行研究の紹介として論
一般相対論は、太陽系スケールや弱重力場での物理現象を矛盾なく説
明できる理論である。例えば、ニュートン力学では水星の近日点移動の
説明に未知の天体を導入しなくてはならなかった。しかし重力理論を
ニュートン力学から一般相対論に拡張することで、未知の天体を仮定せ
ずにこの現象を説明できるようになった。一方、Ia 型超新星の観測から
文 [2] をレビューする。最後に、未知の重力波源探索への応用可能性に
ついて議論する。
1. B.P.Abbott, et al. (2016) Phys.Rev.Lett 116, 06112
2. J.Powell, et al. (2015) Class.Quantum.Grav 32, 215012
現在の宇宙は加速膨張していることが証明されている。これを一般相対
論で説明するには dark energy という未知のエネルギーを導入しなくて
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はならず、水星の近日点移動でのニュートン力学と似たような状況にあ
る。この解決法の一つとして、重力理論を一般相対論から拡張する修正
重力理論が現在盛んに研究されている。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
9
重力・宇宙論
重宇 a19
infinite string 上の kink から放出される重
力波
一般的な力学系はその多くが非可積分系であるため、カオス現象を伴う
ような系は自然界に多く存在すると考えられる。
ニュートン重力場中のカオス現象については様々な研究が行われてお
松井 由佳 (名古屋大学 C 研 M2)
り、重力波放出についてもいくつかの研究がなされている。しかし、一
般相対論で記述されるような強重力場中におけるカオス現象については
本発表では、宇宙に存在する cosmic string の kink から放出される重
ほとんど研究されていない。特に、重力波の観測可能な情報から重力波
力波について詳しく説明する。先行研究 [1] の問題点とそれに対する解
源となる現象がカオスであるかどうかを判別する手段は確立されてい
決方法を提示し、問題解決によって得た結果について議論し、今後の課
ない。
題を提示する。
本研究では重力波のモデルとして対称軸上に特異点が存在する時空を
宇宙初期の真空の相転移によって、位相欠陥の一種である cosmic
考え、その時空中を運動するテスト粒子から放出される重力波の解析を
string が生成され、ひも状の高エネルギー領域が宇宙空間を漂う。String
が複数本存在する場合、String 同士は互いに衝突する時がある。その
行った。まずテスト粒子の軌道を求め、軌道がカオス的であるものとそ
際、ある確率で組み換わり、kink と呼ばれる尖った構造を作る。この
に、その重力波形・スペクトルから各周波数毎にストークスパラメータ
kink は消えることなく string 上を伝播していく。String には loop 状の
を計算し、重力波の偏極をカオスとそうでないものとで比較した。これ
ものも存在し、その上に伝播する波の重ね合わせにより、突発的に極め
らの解析結果から、カオス現象から放出される重力波の特徴を議論して
て大きな振幅を持つ構造を作る場合がある。これを cusp と呼ぶ。
いく。
kink や cusp は string に四重極の運動を与えるので重力波を放出する
が、その放射のエネルギーは string の振動により生じる重力波のエネル
ギーよりも大きいことが知られている [2]。今回、cosmic string の中で
も無限に長い infinite string 上に存在する kink から放出される重力波
に注目する。Kink から放出される重力波は、string や kink の分布を考
うでないものそれぞれについて、波形やスペクトルの計算を行った。次
1. S. Suzuki, K. Maeda, Phys. Rev. D 55.8 (1997): 4848
2. S. Suzuki, K. Maeda, Phys. Rev. D 61.2 (1999): 024005
3. Y. Sota, S. Suzuki, K. Maeda, Class. Quantum Grav. 13 (1996)
1241
慮することで背景重力波を形成する。
[1] では、infinite string 上の kink の分布を表す時間発展方程式を解
き、kink から放出される背景重力波を求めていた。しかし、その発展方
程式を計算する際に解析的近似を用いたため、輻射優勢期で kink の数
...................................................................
重宇 a21
空間
を過小評価していた。よって、kink 由来の背景重力波のスペクトルが十
分な見積もりではなかった。そこで我々は数値計算を用いて kink の分
布の正確な見積もりを行い、背景重力波のスペクトルを見積もり直した。
AdS 時空における killing ベクトルとその軌道
松野 皐 (大阪市立大学大学院 宇宙物理・重力研究室 M1)
そして、将来観測計画のある重力波干渉計の eLISA や DECIGO、電波
干渉計の SKA での観測可能性を示唆した。
4 次元時空のおいて、Einstein 方程式の厳密解として得られる計量は
今回、infinite string 上の kink 由来の背景重力波のスペクトルを求め
唯一性定理により、定常軸対称かつ真空の仮定では Kerr 解に限られる
ることができたが、今後取り組む課題として、infinite string 上の kink
ことが知られている。しかし、高次元時空では Einstein 方程式の厳密解
由来の背景重力波には、非等方性が期待されることを述べる。非等方性
として得られるブラックホール解は唯一性がなく、ブラックリングなど
の検証により、スペクトル以外の情報を用いて重力波の起源を同定する
の様々なトポロジーをもつ解が見つかっている。このように様々な次元
ことが可能であると期待できる。
でのブラックホール構造をもつ時空をみつけることは非常に興味のある
1. M. Kawasaki, K. Minamoto and K. Nakayama, Phys. Rev. D81,
103523 (2010)
2. T. Damour and A. Vilenkin, Phys. Rev. D64, 064008 (2001)
問題である。
ブラックホール構造をもつ時空を得る方法として軌道空間を利用する
方法がある。軌道空間とは多様体上の正則なベクトル場の一つの積分曲
線上の点に同値関係を定め、その多様体をその同値類で類別した位相空
間に自然な微分構造と誘導計量を入れることで得られるものである。特
...................................................................
重宇 a20
軸対称時空におけるカオス現象と重力波
に擬リーマン多様体に対してこのようにして得られた軌道空間の計量に
射影に使ったベクトルのノルムを乗じた計量をもつ多様体を考える(こ
の操作を reduction と呼ぶことにする)と、そのベクトルがヌル的にな
南 佳輝 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 M1)
る点に対応する reduction された多様体の点が曲率特異点になる。特に
2016 年 2 月、LIGO で重力波の直接観測に成功したことが発表され
る時空を考えると、曲率特異点をもつだけでなく event horizon をもつ
対称性の高い時空の Killing ベクトル場から reduction によって得られ
た。観測された重力波は連星ブラックホールからのものであった。これ
が断定できたことには、重力の波形やスペクトルの理論的予測がなされ
てきた背景がある。
場合がある。
本研究では AdS3 に焦点を絞って、AdS3 の特定の Killing ベクトル
場から reduction によって得られる 2 次元時空の因果構造を調べるこ
既に多くの天体現象に関して重力の波形やスペクトルが理論的に研究
とでブラックホール構造を持ちうることがあることがわかった。どの
されており、それらのテンプレートと比較することで観測された重力波
Killing ベクトル場から得られる時空がブラックホール構造を持ちうる
かを考察し、さらにより高次元の AdS に対してもその reduction 時空
がブラックホール構造をもつような Killing ベクトルが存在することが
のソースを特定することができる。
しかしながら、これらの研究は規則正しい天体運動を中心に行われて
おり、カオス現象を伴うような複雑な系を扱っているものは数少ない。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
わかった。
10
重力・宇宙論
...................................................................
重宇 a22
銀河形成理論と、宇宙定数項問題の人間原理
解釈
須藤 貴弘 (東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 天
文学教室 M1)
ダークエネルギーは現代宇宙論における最大の謎である。観測されて
いる宇宙定数の値は場の量子論の予言する真空のエネルギーの寄与よ
り 55 桁以上も小さく、この問題の解決の見込みは立っていない。この
の散乱が superradiance、ergoregion instability、通常の散乱の3タイ
プの分類されることを見る。
1. C. Barcelo, S. Liberati, and M. Visser, Living Rev. Relativ. 14
(2011)
2. A. Vilenkin, Phys. Lett. B bf78, 301 (1978)
...................................................................
重宇 a24
問題へのアプローチの一つに「人間原理」によるものがある。宇宙定数
が様々に異なるマルチバースが存在した時、宇宙定数が大きすぎるマル
チバースでは、宇宙膨張の加速により構造形成が妨げられ、生命体が誕
インフレーション中の QED における量子異
常輸送
林中 貴宏 (東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン
宇宙国際研究センター D2)
生する確率は低いことが予想される。従ってこうした大きな宇宙定数が
生命体により”観測される”確率は低くなる。宇宙定数の値を現在我々が
インフレーション理論は、ビッグバン理論に内在する平坦性問題や地
観測する値より小さく観測するような確率 P (<Λobs ) が十分に大きけ
平線問題を解決し、さらに、後の宇宙の構造の起源となる原始ゆらぎの
れば、宇宙定数の小ささは選択効果により自然に説明できる。宇宙定数
存在を予言する。これらの原始ゆらぎのうち、スカラー型のゆらぎにつ
の人間原理解釈の可能性は Weinberg(1987) や Efstathiou(1995) など
いては CMB の精密観測によって、その存在だけでなく、性質までもが
により議論されてきた。これらの先行研究では、生命体が誕生する確率
わかるようになった。テンソルゆらぎ(原始重力波)についても、将来
を天体の質量などに比例すると仮定して計算していた。先行研究では
の観測がまたれている。ベクトル型のゆらぎは、通常、インフレーショ
天体の量を見積もる際にダークハローの重力崩壊のみが考慮されてお
ン中には減衰するため、あまり重要視されてこなかった。しかし、近
り、P (<Λobs ) = 5 − 10% と得られていた。しかしその際に生命の誕生
年、衛星によるガンマ線観測によって、銀河間領域に、非常に弱いが大
する銀河に条件として閾値 (銀河系程度の質量など) を課しており、そ
スケールにわたる磁場が存在することが示唆されるようになった。もし
の正当性は不明である。実際、108 M⊙ 程度の銀河にも星は数多く、そ
大きな原始磁場(ベクトルポテンシャルのゆらぎ)が生成できるならば、
れらの銀河に生命が生まれうることを考慮すると先行研究の方法では
こうした宇宙磁場の起源を説明することができる。
P (<Λobs ) = 0.6% まで下がる。本研究では、準解析的モデルを利用し、
本研究では、インフレーションを記述する de Sitter 時空の電磁気的応
バリオン物理を含めた銀河形成の要素を取り入れることで、生命誕生可
答について、spinor QED の場合の振る舞いを調べたのでこれを報告す
能性をより合理的に議論した。その結果として生命誕生の閾値など恣意
る。特に、3 次元と 4 次元の de Sitter 時空の場合に特徴的な負の電気伝
的な仮定をすることなく、P (<Λobs ) = 6.7% と比較的高い値を得た。
導度(輸送係数の異常)を発見したので、これとトレースアノマリーと
人間原理は宇宙定数問題の解決策の一つとなりうると言える。
の関係について述べる。
1. Weinberg S., 1987, Phys. Rev. Lett., 59, 2607
2. Martel H., Shapiro P.R., Weinberg S., 1998, ApJ, 492, 29
3. Efstathiou G., 1995, MNRAS, 274, L73
さらに異常輸送の効果が、インフレーション原始磁場形成の文脈でどの
ような役割を果たすかについても述べる。
1. T. Hayashinaka, T. Fujita, and J. Yokoyama, arXiv:1603.0416.
2. T. Hayashinaka and J. Yokoyama, arXiv:1603.0617.
...................................................................
重宇 a23
Acoustic superradiance for MHD waves
野田 宗佑 (名古屋大学 QG 研 D2)
superradiance は Kerr ブラックホールによる波の増幅散乱である。
また、ergoregion の中に、horizon の代わりに星表面などの mirror があ
る場合には、superradiance によって系が不安定になることが知られて
...................................................................
重宇 a25
ダークエネルギーの揺らぎがボイド形成に与
える影響
遠藤 隆夫 (名古屋大学 C 研 M2)
宇宙の加速膨張の原因としてダークエネルギーの存在が提唱され,
おり、この不安定性は ergoregion instability と呼ばれている。本発表
ダークエネルギーの正体の解明は現在の宇宙論において重要な課題の一
では、これらの現象の類似物を MHD flow 上に作り出すことを考える。
つとなっている. 現在標準モデルとされている, 宇宙項をダークエネル
背景時空が flat であっても、磁場が無い場合には流体上の音波方程式
ギーとする ΛCDM モデルでは, 空間的に一様なダークエネルギーを仮
が acoustic metric と呼ばれる擬似的な metric 上の Klein Gordon 方程
定しており, 宇宙マイクロ波背景放射やバリオン音響 振動といった宇宙
式の形にまとまることが知られている。また bathtub model と呼ばれ
論的な観測結果をよく再現している. 宇宙項の正体として真空のエネル
るバックグラウンド流を選ぶと acoustic metric は Kerr metric のよう
ギーが有力な候補とさ れているが, 理論的に予言される値と実際の観測
な形をとり、音波に対する effective な horizon と ergoregion が現れる。
から得られる値には 100 桁を超える隔たりがあり, この不一致は未だ解
この流体上の音波に対するブラックホール的な構造を流体ブラックホー
消されていない.
ルという。本発表ではまず、磁場が無い場合の流体ブラックホールにつ
本研究ではダークエネルギーのモデルを一般化し, 宇宙大規模構造に
いてのレビューをし、次に bathtub model を MHD に拡張した model
おいて天体の少ないボイド領域の形成過程を調べることにより, ダーク
を紹介する。さらに、バックグラウンド流の形状によって、MHD wave
エネルギーの性質に迫ることを目的とした. ボイドは宇宙全体の体積の
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
11
重力・宇宙論
うち大部分を占めているため統計量が得やすく, 形成過程には重力が大
きな寄与をしている. また, Goldberg,Vogeley (2004) は ボイド内部の
構造の成長はダークエネルギーに大きく左右されることをシミュレー
...................................................................
重宇 a27
スと観測的制限
ションによって示している.
先行研究において Besse et al. (2011) はダークエネルギーのモデルを
Multi-Field Conformal Inflation のダイナミク
戸塚 良太 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 M1)
一般化し, ダークエネルギーの密度・圧力 が空間的に揺らいでいるとき
に, 球対称崩壊モデルを用いてダークエネルギーの揺らぎがハローと呼
ビッグバン宇宙論の理論的困難を解決するアイデアとして、インフ
ばれる銀河団スケールの高密度領域の形成に与える影響を報告している.
レーション理論が提唱されている。現在、インフレーションのモデルは
本講演ではこの方法を応用し, ダークエネルギーの揺らぎが球対称なボ
数多く提唱されているが、インフレーション理論のエネルギースケール
イドの形成に与える影響を報告する. さらに Sheth,Weygaert (2004) で
はプランク質量より少し低い程度と考えられており、従来これらのモデ
提案されたボイドのサイズ分布へ応用した結果を報告する.
ルに観測的制限を課すことは難しかった。しかし近年、PLANCK など
の観測から、インフレーション理論の予言するゆらぎなどの観測量を見
1. T.Basse et al., JPAC,Issue 10, id. 038 (2011
2. R.Sheth and R.v.d.Weygaert, Mon.Not.Roy.Astron.Soc.
(2004) 517
350
積もり、モデルに観測的制限をつける事が可能になりつつある。[1]
超弦理論は、現在高エネルギー領域における素粒子統一理論として有力
視されている。この理論は、弦の性質から来る共形対称性を内在してお
り、この対称性は高エネルギー現象の鍵となることが予想され、インフ
...................................................................
重宇 a26
レーション理論においても重要な役割を果たすことが予想される。この
共形対称性を持つ作用から始め、インフレーションモデルを構築するア
Mimetic XG3
プローチ (Conformal Inflation) がある [2]。インフレーションを引き起
平野 進一 (立教大学 M2)
こすスカラー場であるインフラトンが一つの場合は、ある程度の任意性
を持つポテンシャルに対して、上記の観測的制限を満たすインフレー
我々の宇宙は、ΛCDM モデルによってほぼ記述されることが確かめ
ションシナリオが考えられている。
られている。しかし、Dark Energy と Dark Matter (DM) に関しては
ところで、超弦理論を 4 次元にコンパクト化すると、理論の中に多数の
大きな未解決問題を有している。特に DM は、その起源についても問題
スカラー場が存在することが知られている。このような理由から、超弦
であるが、現在の Cold Dark Matter (CDM) モデルで説明のできてい
理論由来のインフレーションモデルを考える場合には、インフラトンと
ない観測との矛盾 (missing satellites problem 等) を抱えており、問題
して多数のスカラー場を考えるのが自然である。
解決への糸口が模索されている。
本発表では、スカラー場が複数の場合の Conformal Inflation のダイナ
近年、DM モデルとして、Mimetic Dark Matter (MDM) が注目をさ
ミクスを解析し、インフレーションを引き起こしていることを見た後、
れている。このモデルでは、特異な disformal 変換により導入されるス
観測量である密度ゆらぎ、スペクトル指数などを解析して、このモデル
カラー自由度が CDM の役割を担う。さらに、その高階微分した項が導
にどのような制限がかかるかを考察する。
入されることで、僅かに音速を有する不完全流体として振る舞うため、
sub-galaxy スケールの密度揺らぎを抑制し、missing satellites problem
を解決できる [1]。このようなモデルの正当性は、標準的な素粒子論的
DM モデルからは現れない CDM を超えるシナリオへの示唆を与える。
その一方で、理論の安定性の観点からは、MDM 特有の拘束条件を導入
するために、他の項の寄与と複合的に ghost/gradient instability を出
1. P. A. R. Ade it et al. [Planck Collaboration], “Planck 2015 results. XX. Constraints on inflation,” arXiv:1502.02114 [astroph.CO].
2. R. Kallosh and A. Linde, “Superconformal generalizations of the
Starobinsky model,” JCAP bf 1306, 028 (2013)
してしまうことが知られている。先行研究 [2] では、[1] で導入された
高階微分項を入れることで、ghost instability のみを取り除けることが
明らかとなった。したがって、[1] で解析された MDM の振る舞いは、
gradient instability の起こる時間スケールが宇宙年齢よりも十分大きい
場合にのみ有効であり、理論の安定性の立場からは、信頼性のある結果
とは言えない。
...................................................................
重宇 a28
Beyond Horndeski 理論における原始重力波の
非ガウス性
秋田 悠児 (立教大学 その他)
上記の事情を踏まえ、本講演では、MDM の拘束条件を持つような安定
な理論の枠組みを構築し、それを一般的な理論に拡張することを試みる。
初期宇宙にはインフレーションと呼ばれる加速膨張期があったと考
最も一般的なスカラー・テンソル理論の枠組み XG3[3] に MDM の拘束
えられており、これはインフラトンと呼ばれる一つないしは複数のス
条件を導入し、不安定性を取り除くことができるのか検証し、安定性の
カラー場によって引き起こされる。この宇宙の加速膨張というシナリ
条件を導出していく。また、新たに加えられる項からの寄与も含めた宇
オは、現代の宇宙論において重要な一部を担う。例えば、宇宙がインフ
宙論を展開し、理論の安定性から導かれる DM の振る舞いの妥当性を検
レーション期を経ると、標準ビッグバン宇宙論の抱える諸問題が自然に
証する。
解決されるばかりか、銀河や星といった宇宙の大規模構造の “種”をイン
1. F. Capela and S. Ramazanov, JCAP 1504 (2015) 051
2. A. Ijjas, et al., arXiv:1604.08586 [gr-qc]
3. X. Gao, Phys. Rev. D 90 (2014) 081501
フラトンの量子ゆらぎから作ることができる。
現在までに、インフレーションを引き起こすような多くの初期宇宙モ
デルが考案され、モデルの多様化が進んできた。これらのモデルは典型
的にスカラー場とテンソル場(重力)によって記述されているため、総
称してスカラーテンソル理論と呼ばれる。モデルの多様化に伴い、多く
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
12
重力・宇宙論
のモデルを包括的に取り扱う手法が注目を浴びている。
初期宇宙モデルを決定するために有用な物理量は、インフレーション
重宇 a30
CMB anomaly から探る新物理の可能性
飯田 遼 (名古屋大学 C 研 M1)
によって生成されるゆらぎのパワースペクトルや非ガウス性である。例
えば将来的にインフレーション起源の原始重力波の直接検出に成功すれ
ば、インフレーションが起こったエネルギースケールがわかる。
現在では WMAP や Planck 衛星による宇宙マイクロ波背景放射
本講演では、まず、広く知られている一般的な枠組みである Horndeski
(CMB)の非等方性の精密観測と、Ia 型超新星の観測などによって、標
理論(場が二階微分方程式に従うような最も一般的なスカラーテンソル
準宇宙モデルが確立されている。標準宇宙モデルは、宇宙項 (Λ) と重力
理論)と、現状で最も一般的な理論である Gao 理論との簡単な比較を行
相互作用しかしない冷たい暗黒物質 (CDM) を含んだ ΛCDM モデルと、
う。続いて、Gao 理論の下でインフレーションモデルの決定にむけた物
初期揺らぎのパワースペクトルがスケールによらない冪(ns )を持つと
理用の導出を行う。特に、宇宙マイクロ波背景放射におけるゆらぎの偏
いう 2 つの仮定のモデルである。CMB の観測は標準宇宙モデルとほぼ
光 B モードを狙った Lite-BIRD 衛星などの観測をひかえた今、原始重
整合的であるが、WMAP と Planck 衛星の観測による CMB 温度揺ら
力波の非ガウス性を用いたモデル峻別に着目し、その特徴を明らかにす
ぎの角度パワースペクトルを見ると、多重極モーメント(l)が l∼20-40
る。本講演は、論文 [1] に基づき構成される。
の大スケールで、標準宇宙モデルの理論線から 2-3σ で外れていること
1. Y. Akita and T. Kobayashi, Phys. Rev. D 93, 043519
が指摘されてきた。このような観測点は CMB anomaly と言われる。現
在 CMB anomaly は主に 2 つの立場から議論が試みられている。1 つ目
は、CMB の最終散乱面から CMB 光子が現在に来るまでの前景の影響
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重宇 a29
ビッグバン元素合成から見る小スケールゆ
らぎ
ではないかというもので、2 つ目は初期パワースペクトルがスケールに
依存した冪を持っていたためではないかというものである。 本発表
では、後者の立場から、CMB anomaly を説明しようする論文 [1]、[2]
を紹介する。論文 [1] では、初期宇宙モデルによらない解析を行うため、
猪又 敬介 (東京大学宇宙線研究所 M2)
ns のスケール依存性をパラメーターを用いて表現し、そのパラメーター
に対する観測的制限が議論された。そして、論文 [2] では、初期パワー
インフレーション理論は、銀河や銀河団といった宇宙の構造の種とな
スペクトルによって CMB anomaly を説明しうる具体的なインフレー
る密度ゆらぎを生成する。したがって、密度ゆらぎを観測から調べる
ションモデルについて議論された。加えて、将来の CMB 偏光の観測に
ことがインフレーション理論の検証につながる。しかし、小スケール
よるインフレーションモデルの制限について議論する。
(≲1Mpc) 密度ゆらぎはシルク減衰などのために調べることが難しい。
これまでの小スケール密度ゆらぎの先行研究では、原始ブラックホー
ル (Primordial Black Hole: PBH) や超コンパクトミニハロー (Ultra
1. Vin’cius Miranda et al. PhysRevD.91.063514 (2015)
2. Michael J.Mortonson et al. PhysRevD.79.103519(2009)
Compact Mini Halo: UCMH) といった特殊な天体を仮定して小スケー
ル密度ゆらぎに対して制限をかけるのが主流であった。
近年、ビッグバン元素合成によって決まる軽元素の存在量を使って小
スケール密度ゆらぎに対して制限をかけられることが示唆された [1,2]。
...................................................................
重宇 a31
私は、特にビッグバン元素合成中に決まる陽子中性子比を小スケール密
度ゆらぎ中で計算することによって、小スケール密度ゆらぎが陽子中性
真空の初期条件を変えた場合のインフレー
ション
輿石 めぐみ (お茶の水女子大学 宇宙物理研究室 M1)
子比に与える影響を調べた。その際、先行研究 [1] では考慮されていな
かった陽子中性子比が温度の異なる場所ごとに決まることによる効果を
量子力学によると,一度測定を行うと状態は一般に変化する.量子測
考慮した結果、先行研究 [1] とは定性的に異なる結果を得た。さらに、そ
定により対象系を観測によって確定しようとすると,測定器の測定器.
.
.
の結果を軽元素の観測と比較することで小スケール密度ゆらぎに対して
という無限循環に陥ってしまう.私たちが宇宙,特に初期宇宙の量子論
制限をかけることに成功した。
の名残をとどめた状態を測定する場合,一度限りの宇宙にも関わらず,
この結果は、PBH や UCMH といった特殊な天体の生成条件を使わ
正しく測定することは可能なのだろうか.また,多世界理論による分岐
ずに小スケール密度ゆらぎに対して制限をかけられたという意味で大き
した宇宙の記述があるが,これら分岐した後の宇宙の間の相関が消える
な意義がある。
機構があるのだろうか.近年,量子揺らぎから古典化されるプロセスと
本講演では、私がこれまで行ってきたこの研究の結果 [3] について発
表する。
1. D. Jeong, J. Pradler, J. Chluba and M. Kamionkowski, Phys.
Rev. Lett. 113, 061301 (2014)
2. T. Nakama, T. Suyama and J. Yokoyama, Phys. Rev. Lett. 113,
061302 (2014)
3. K. Inomata, M. Kawasaki and Y. Tada, arXiv:1605.04646 [astroph.CO].
して negativity の時間発展を用いた研究が発表されている.特有の量子
相関の強さを表す指標である negativity の時間発展を計算することに
より量子ゆらぎが古典化される時間変化が明快に分かる.一般にインフ
レーションによって量子揺らぎの古典化していく場合その初期条件とし
て Bunch-Davies 真空が用いられているが,曲がった時空では無数に可
能な真空を選ぶ原理は一般にない.真空の初期条件が違った場合、古典
化へのプロセスは変わるのだろうか。今回の研究では、インフレーショ
ン時代の真空とは違った真空であった場合,新たな量子揺らぎの古典化
が現れるかどうかを吟味する.更に真空の選択により宇宙の相転移の過
程はどのように記述され,現在の宇宙とは違ったものになるのかを議論
...................................................................
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
する.
13
重力・宇宙論
1. 堀田昌寛 『数理科学 量子情報と時空の物理』 サイエンス社 2014
2. Yasusada Nambu arXiv:0805.1471
3. D.Bouwmeester A.Ekert A.Zeilinger『量子情報の物理 』共立出版
2007
重宇 b3
アンドロメダ銀河の広域モニター観測による
原始ブラックホール探索
新倉 広子 (東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 D1)
原始ブラックホール (PBH) は初期宇宙での生成が提唱されており、
...................................................................
重宇 b1
局所対称ケーラー多様体の変形量子化
原 健太郎 (東京理科大学理学部第二部 その他)
重力の量子化は(私の知る限り)困難と言われている。 量子化の
方法には初期の正準量子化、その拡張である変形量子化や幾何学的量子
化、ファインマンによる経路積分量子化や確率過程量子化などがある。
その間に物理学を記述するための数学構造である斜交多様体の研究は
進み斜交多様体を含むポアソン多様体の変形量子化の存在が示された。
その中で具体的に計算することの容易なケーラー多様体の量子変形をレ
ビューする。 この変形量子化では Yang-Mills 理論の位相不変量が複
素射影空間では影響を受けないことがわかっている。 今後は行列模型へ
の応用、作用素環論をベースにした非可換幾何学との関係、重力理論へ
の応用が期待される。
ダークマターの有力候補の一つである
[1]
。本研究では、近傍巨大銀河
であるアンドロメダ銀河 (M31) のすばる望遠鏡の広視野カメラ Hyper
Suprime-Cam (HSC) 観測を用いて、PBH ダークマター仮説を検証
した。
本研究では 1025 g 程度の質量の PBH をターゲットとし、検証手法と
しては重力マイクロレンズ効果を用いた。重力マイクロレンズ効果と
は、観測者、PBH と背景の点源 (星) が一直線上に並ぶ稀な現象が起こっ
た場合、重力レンズにより背景の星が増光を受ける効果である [2] 。本研
究のターゲット質量の PBH によるマイクロレンズ現象のタイムスケー
ルは典型的に数 10 分から数時間のものが考えられる。そこで、近傍巨
大銀河であるアンドロメダ銀河 (M31) の星をモニターすることにより、
時間変動する M31 内の星の探査を行い、天の川銀河と M31 のダークハ
ローを構成する PBH によるマイクロレンズ現象を探査した。
HSC の 1 視野は M31 のディスク、バルジ領域を一度に撮ることを可
能にし、集光力、高い解像度は微少な時間変動星の探査を可能にする。
本観測では約 2 分間隔で約 7 時間に渡り、約 170 枚の画像データから
1. A. V. Karabegov, 1996,“Deformation quantizations with separa-
時間変動天体の探査を行った。非常に星密度の高い領域での天体検出と
tion of variables on a Kahler manifold,’ Commun. Math. Phys.
bf 180, 745 (1996) [a
測光を行うため、HSC のデータ解析パイプラインを用いた解析手法 (差
2. A. Sako, T. Suzuki and H. Umetsu, “Explicit Formulas for Noncommutative Deformations of CP N and CH N ,’ J. Math. Phys.
bf 53, 073502 (2012)
分画像法) を改良した。また、マイクロレンズ現象の検出手法を評価し、
独自の変光イベントの分類手法を確立した。
本観測の短時間サンプリングにより、恒星フレア、変光星などの稀少
な短時間激変動天体を多数見つけた。一方、マイクロレンズ現象の選択
手法をデータに適用したが、本観測では検出されなかった。本観測での
...................................................................
重宇 b2
Calculation of the curvature perturbation in
stochastic inflation
Kim Suro (神戸大学 理学研究科物理学専攻 宇宙論研
究室 M1)
イベント検出感度をシミュレーションにより評価した結果、PBH の存
在量に対して、ケプラー衛星の 2 年間データ [3] よりも強い、今までで最
も厳しい上限を課すことができた。講演では、解析結果の報告、また得
られた PBH の存在量の制限について議論する。
1. S. W. Hawking, Nature, 248, 30 (1974)
2. B. Paczynski ApJ, 304, 1 (1986)
3. K. Griest, A. M. Cieplak, and M. J. Lehner ApJ, 786, 158 (2014)
Stochastic inflation における曲率揺らぎの計算法に関する論文 Ref[1]
を紹介する。このアプローチでは、Inflaton 場 を摂動展開することな
く、直接 deltaN formalism によって曲率揺らぎを計算する事ができる。
運動方程式を非摂動的に解 いたため、自動的に高いオーダーの摂動の寄
与が結果に含まれている。本講演ではこのアプローチにおける計算結果
が single field の slow-roll inflation の標準的な結果と一致することを
示す。
...................................................................
重宇 b4
Affleck-Dine Baryogenesis (Review)
森竹 貫人 (総合研究大学院大学高エネルギー加速器科学
研究科 M1)
1. T. Fujita and M. Kawasaki, ”A new algorithm for calculating
我々が住む宇宙は、Baryon で満たされ、Anti-Baryon で満たされてい
the curvature perturbations in stochastic inflation,” JCAP 1312
(2013) 036
ない。インフレーション終了直後の宇宙では、Baryon と Anti-Baryon
は同等に存在されていたと考えられている。しかし、ビッグバン元素合
成が起こる時期には、Baryon と Anti-Baryon の差の数密度とエントロ
...................................................................
ピーの比は nB /s ≃ 6 × 10−10 であることが必要である。この Baryon
asymmetry が宇宙初期にどのように生成されたか (Baryogenesis) とい
う問題は、宇宙論における未解決問題の一つである。標準模型の枠組み
では、Baryogenesis を説明する試みはあったが、現在では棄却されてい
る。従って、Baryogenesis を説明するには、標準模型を超えた物理が必
要である。Baryogengesis の1つの候補として、超対称性を課した素粒
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
14
重力・宇宙論
子標準模型からなる Affleck-Dine Baryogenesis(以下、ADB) がある。
も見積もる必要がある。
超対称化された標準模型では、スカラー場のポテンシャルに数多くの
この長波長ゆらぎの影響を宇宙論的 N 体シミュレーションに取り入れ
flat direction が存在する。その flat direction の存在のため、Baryon 数
を持つスカラー場がインフレーション終了後に、flat direction に沿って
る新たな手法として、理論的、観測的に見ることのできる範囲の宇宙を
非常に大きな期待値を持つことが可能になる。このスカラー場は、ハッ
提案されている [1]。この手法を用いることで、長波長ゆらぎが短波長ゆ
ブルパラメータが有効質量程度になった時に、原点まわりの振動を開始
らぎの成長に与える影響を見積もり、小スケールの観測量から、超長波
する。この時、Baryon 数を破る効果が存在し、これらのスカラー場に
長ゆらぎの情報を復元できるようになると考えられる。
周りの宇宙から切り離して扱う“separate universe”と呼ばれる方法が
位相方向のトルクを与えることが出来れば、Baryon asymmetry をもた
本研究では、先行研究をさらに推し進め、Λ−CDM 以外の成分が宇宙
らすことが可能である。これが ADB の概要である。本発表では、ADB
に存在する場合にも separate universe の手法が使えるように拡張した。
について詳しく説明し、その問題点についても議論する。
また、先行研究では長波長ゆらぎの等方的効果しか扱えていなかったが、
1. K.Enqvist and A.Mazumdar, Phys.Rept. 380 (2003) 99-234,
2. M.Dine, L.Randall, and S.Thomas, Phys.Rev.Lett.75 (1995) 398,
3. I.Affleck, M.Dine, Nucl.Phys. B 249 (1985) 361.
...................................................................
重宇 c1
球対称ドメインウォールの重力崩壊
池田 大志 (名古屋大学 QG 研 D2)
本研究では非等方的な効果(潮汐力モード)も N 体シミュレーションに
取り入れるための手法を開発した。さらに、長波長ゆらぎからの非等方
効果によって、赤方偏移空間におけるパワースペクトルの covariance が
どのような影響を受けるかについても議論する。
1. T. Baldauf, U. Seljak, L. Senatored, and M. Zaldarriaga, JCAP
f 1110, 031 (2011).
2. L. Dai, E. Pajer, and F. Schmidt, JCAP f 1510, 059 (2015).
3. W. Hu, C-T. Chiang, Y. Li, and M. LoVerde arXiv:1605.01412
[astro-ph.CO].
現代の素粒子標準模型を超えた高エネルギー物理理論のいくつかは初
期宇宙における位相欠陥を予言する。本研究ではこの位相欠陥の中でも
ドメインウォールに注目する。ドメインウォールは量子色力学の強い
CP 問題にまつわる PQ 機構や、ナチュラルインフレーションモデルで
予言されており、これまで宇宙における役割が議論されてきた。その役
...................................................................
重宇 c3
暗黒物質候補としての重力子
青木 勝輝 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 D2)
割の一つがドメインウォールの重力崩壊による原始ブラックホール形成
である。先行研究においてドメインウォール由来の原始ブラックホール
暗黒物質や暗黒エネルギーの正体は現代物理学に残された最大の課題
の数密度が見積もられているが、ブラックホール形成の詳細な解析がな
の1つであり、これらの解明には標準理論を超えた物理が必要であると
されていないためおおまかな見積となっている。そこで本研究では原始
考えられる。ここで重力理論に注目すると、その標準理論である一般相
ブラックホール形成を見据えて、ドメインウォールの重力崩壊の詳細な
対論は素粒子物理の視点からは質量ゼロのスピン2粒子(重力子)の理
解析を行う。
論と言える。しかし、重力が質量ゼロの重力子のみによって媒介されて
1. S.Hawking.Mon.Not.Roy.Astron.Soc.152(1971)75.
2. S.G.Rubin et al [hep-ph/0005271]
3. K.Clough and E.A.Lim arXiv:1602.02568[gr-qc]
いるかはわかっておらず、他のゲージボソンのように複数の種類の重力
子が存在する可能性も考えられる。そこで本発表では Bigravity 理論と
呼ばれる2つの重力子が存在する理論に注目し、暗黒物質への示唆を述
べる。Bigravity 理論では重力子の間の相互作用により一方の重力子が
質量をもち、もう一方の重力子は質量ゼロである。我々は質量をもった
...................................................................
重宇 c2
長波長ゆらぎが宇宙の構造形成に与える影響
秋津 一之 (東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構 M2)
重力子が重力場に与える影響を計算することによって、有質量の重力子
が暗黒物質として振る舞うことを示した。本シナリオでは質量ゼロの重
力子は重力波として、有質量の重力子は暗黒物質として観測される。こ
れらは一般には宇宙初期に同時に生成されるため、背景重力波を観測す
ることにより暗黒物質の情報を調べることが可能である。例えば LIGO
現在の宇宙に存在する銀河・銀河団・大規模構造という豊かな階層構
造の起源は、初期宇宙に生み出された原始ゆらぎに遡る。この原始ゆら
ぎは、インフラトンの量子ゆらぎが加速膨張で引き延ばされることに
よって生成されたと考えられており、原始ゆらぎにはインフラトンの性
質が刻まれていると言える。
インフレーションではあらゆるスケールにゆらぎがつくられるため、
銀河サーベイ等の観測領域を超えるような波長のゆらぎも存在すると
が preheating 由来の重力波を観測した場合、0.01GeV 程度の質量の重
力子が暗黒物質候補となる。
1. S. F. Hassan and R. A. Rosen, JHEP 02, 126 (2012)
2. K. Aoki and S. Mukohyama, arXiv:1604.06704
3. E. Babichev, L. Marzola, M. Raidal, A. Schmidt-May, F. Urban,
H. Veermae, and M. von Strauss, arXiv:1604.08564
考えられる。このような超長波長ゆらぎは、小スケールのダークマター
密度ゆらぎの成長に対し、非線形モードカップリングを通じて影響を与
...................................................................
える。
そこで、観測量から原始ゆらぎの情報を引き出すためには、短波長同
士の非線形モードカップリングの影響を評価するのはもちろんだが、長
波長ゆらぎが短波長ゆらぎの成長にどのような影響を与えるかについて
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
15
重力・宇宙論
重宇 c4
ローレンツ対称性の破れから探る高エネル
ギーの重力法則
新居 舜 (名古屋大学 C 研 M2)
ており、高エネルギーの多体系を量子力学的に扱える学問であり、物理
学で重要な役割を担っている。これはもちろん、量子の波長が時空の曲
率と比べて十分短いという仮定に基づく結果であり、地表上の高エネル
ギー現象はこれを満たしている。この夏の学校では重力の影響が無視で
きないような状況の場の理論、つまり、
(一般)相対論的量子力学に着目
ローレンツ対称性は、重力を含まないミクロな世界を記述する素粒子
する。このような理論は現在において体系化されておらず、非常に興味
理論の基本的対称性であると考えられている。しかし、重力理論がロー
深い分野になっている。今回は Hawking 放射をこのような曲がった時
レンツ対称性を保つかどうかは非自明である。一般相対性理論はローレ
空上の場の理論から導出する。特に今回は背景時空を Schwarzschild 時
ンツ対称性を保っているが、その観測的な検証はほとんどない。さらに、
空にとっている。
一般相対性理論はプランクスケール近傍で量子論的な予言能力を失う
1. S.Hawking, Commun. Math/ Phys. 43, 199 (1975)
ため、重力の量子性を記述できない。こうした状況から、高エネルギー
では重力法則が変更されると考えることが自然である。その可能性の 1
つにローレンツ対称性を破る重力理論が考えられる。本ポスターでは、
CMB の非等方性、宇宙の構造形成、そして重力波などを通して時空に
関する高精度の情報から、重力理論においてローレンツ対称性が破れて
...................................................................
重宇 c7
いるかを検証する方法について総説する。
Oscillations in the CMB angular power spectra
at ell - 120
堀口 晃一郎 (名古屋大学 C 研 D2)
1. S. Mirshekari, N. Yunes and C. M. Will, Phys. Rev. D 85,
024041 (2012)
2. A.Hees et al Phys. Rev. D 90, 124064 (2014)
宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) は WMAP 衛星の観測で温度揺らぎ
のスペクトルが観測されて以来、初期宇宙に迫る観測として標準宇宙論
3. P. Horava, Phys. Rev. D 79, 084008 (2009)
の枠組みでは多くの成功をおさめてきた。しかし、WMAP 衛星の時代
から multipole : ℓ
...................................................................
重宇 c5
120 付近に標準宇宙論では説明できない振動がある
ことが示唆されてきた [1]。
近年では Planck 衛星等により、より精密な CMB 観測が進められて
宇宙再電離と銀河・活動銀河核
いるが、Planck2015 の観測にも WMAP で示唆されていた multipole :
吉浦 伸太郎 (熊本大学 自然科学研究科 D1)
ℓ
120 付近で CMB 角度パワースペクトルの振動が表れていることが
判明した。これらの振動は温度揺らぎのみならず、偏光モードの角度パ
赤方偏移 z¿6 の銀河間物質中の中性水素が初代の天体から放射された
ワースペクトルにも存在している。本発表では、Planck2015 の観測に
紫外線光子によって電離される時代を、宇宙再電離期と呼ぶ。再電離期
現れる振動の位置や大きさなどの解析結果を WMAP の場合と比較して
の直接的な観測は少ないが、高赤方偏移クェーサーのスペクトル観測か
紹介する。
ら水素の電離が z 6 で終了したことが分かっている。また、同様の観測
からヘリウムの電離が z 3 で終了したという事も示唆されている。 す
でに遠くの宇宙で銀河がいくつか見つかっているため、再電離を引き起
1. K.Ichiki, R.Nagata and J.Yokoyama Phys.Rev.D81 083010
(2010)
こすのは電離源の第一候補は宇宙の初期に生まれた星形成銀河だと考え
られている。一方で、活動銀河核の電離への寄与はよくわかっていない。
最近の観測で遠方で暗い活動銀河核が観測され、その寄与を考えれば活
動銀河核だけでの再電離の説明も可能であるという研究もある。 今回、
我々は活動銀河核と星形成銀河の観測に基づいたモデルを用いて水素や
ヘリウムの電離を解く。さらに観測で得られている再電離への制限と比
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重宇 c8
(2+1) 次元 massive gravity における漸近的平
坦なブラックホール解について
中司 桂輔 (東京学芸大学大学院 M1)
較する事によって、星形成銀河の光子脱出率や高赤方偏移での AGN の
光度関数への制限を行ったので、それを報告する。
1. Yoshiura, S., Hasegawa, K., Ichiki, K., et al.
2016, ArXiv
1602.04407
2. Madau P., Haardt F., 2015, ApJ, 813, L8
(2+1) 次元時空では、負の宇宙定数を持つ (2+1) 次元時空でのブラッ
クホール解 (BTZ) しか非自明な解は存在しないと考えられていた。
しかし、量子重力との関わりから、一般相対性理論の拡張として考え
られた massive gravity 理論においては、 (2+1) 次元の空間における
asymptotically flat なブラックホール解 (black flower) が得られるこ
とが発表された。この black flower は、これまでの (2+1) 次元ブラッ
...................................................................
重宇 c6
Hawking Radiation
Fujikura Kohei (東京工業大学宇宙物理学理論グループ
M1)
(特殊)相対論的量子力学は名前の通り、ポアンカレ群の対称性を
満たす量子論である。理論の枠組みでは Special Covarience を仮定し
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
クホールとは異なり、角度に依存した形状を持つブラックホール解と
なっている。 本発表では、massive gravity 理論の概要と、この black
flower 解について、[1] に基づいてレビューを行う。
1. Gokhan Alkac, Ercan Kilicarslan and Bayram Tekin, Phys. Rev.
D 93, 084003 (2016)
2. Eric A. Bergshoeff, Olaf Hohm and Paul K. Townsend,
Phys.Rev.Lett.102:201301 (2009)
16
重力・宇宙論
γ線バースト現象などを用いて,重力波観測装置による重力波の実際の
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重宇 c9
f (R) 重力理論における inflationary dynamics
と dark energy
家鋪 真衣 (立命館大学 素粒子論研究室 M2)
観測データからその破れの程度を評価する試みが行われている。今回は
文献,[1] のレビューを行い、重力波の観測によって CS 重力理論が GR
とどのように選別が可能であるかについて示す。
1. Nicol’as Yunes, Richard O’Shaughnessy, Benjamin J. Owen, and
Stephon Alexander Phys.Rev.D82.064017 (2010)
修正重力理論の 1 つである f (R) 理論において、宇宙初期の加速膨
張である inflation と、現在の加速膨張を引き起こすと考えられている
dark energy を統一し、1つのモデルで説明できるかを検証する。
...................................................................
重宇 c12
1. A. De Felica and S. Tsujikawa Living Rev. Relativity 13 (2010),
3
2. M. Artymowski and Z. Lalak J. Cosmol. Astrpart. Phys 09
(2014) 036
...................................................................
重宇 c10
super-Penrose 過程について
小笠原 康太 (立教大学 D1)
Thermodynamics of non-Abelian BH in
asymptotically spacetime
宮下 翔一郎 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 M2)
4 次元 Einstein-Maxwell 系において存在できる定常な BH 解は kerrNewman 族に属するものに限られ、大域的積分量である質量、電荷、角
運動量を指定すれば対応する BH 解は唯一に定まる (BH 唯一性定理)。
BH 自体を孤立系だと見做したとき、この唯一性定理を熱力学的に解釈
すると大域的積分量は示量変数に対応し、単純な熱力学系であることを
示唆しているように思われる。示量変数を決めても対応する状態が一意
2009 年, Bañados・Silk・West の 3 人は回転ブラックホール近傍で
の粒子衝突において, 重心系エネルギーを任意に大きく出来ることを発
に決まらないような複雑系を表す孤立系 BH 熱力学は大きく分けて次の
見した. 大きな重心系エネルギーは高エネルギー粒子の生成を可能に
2 つの場合に実現される;(i) 高次元時空への拡張。(ii) 物質場の拡張。
このような場合は様々な相が存在することになり、BH 相転移が起こる
し, これにブラックホールからのエネルギー引き抜き過程である super-
ことが期待される。また、孤立系に限らず熱浴系においても複数の相の
Penrose 過程と合わせて考えることで, 回転ブラックホールを天然の粒
子加速器として考えることが可能になる. 本講演では, 生成された高エネ
ルギー粒子の脱出確率を評価し, 宇宙の高エネルギー粒子の起源として
出現が期待され、同様に BH の相転移、又は一般に時空の相転移が起こ
の可能性を議論する.
1. M. Bañados, J. Silk, and S. M. West, Phys. Rev. Lett. 103
(2009)
2. K. Ogasawara, T. Harada and U. Miyamoto, Phys. Rev. D 93
(2016)
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重宇 c11
重力波や短γ線バーストでの重力パリティ対
称性の破れ
森 彩乃 (東京理科大学 辻川研究室 M1)
る可能性がある。本講演では「(ii) 物質場の拡張」に焦点を当てて、特に
漸近的 AdS 時空における Yang-Mills 場の存在する時空の熱力学につい
て考察する。様々な相の存在する系の熱力学を考察することは単に BH
熱力学的な興味に留まらず、ホログラフィの観点からも有用であること
が期待される。
1. R. B. Mann, E. Radu, and D.H. Tchrakian Phys.Rev. D74 (2006)
064015
2. O. Kichakova, J. Kunz, E. Radu, and Y. Shnir Phys.Lett. B747
(2015) 205
...................................................................
重宇 c13
mimetic waves
林 峰至 (立教大学 M2)
重力波は、一般相対性理論(GR)からその存在が予言され、時空の小
さな歪みが波動として伝搬する現象である。2016 年 2 月 12 日に米国の
観測装置 LIGO が、重力波を初めて直接検出したと発表した。
GR は太陽系における重力実験と整合的であるが,宇宙膨張が関係す
一般相対論の枠組みで宇宙の加速膨張を説明するには、我々の住む宇
宙の組成の約 7 割をダークエネルギーが占めていなければならない。ま
た、様々な観測から、間接的にダークマターの存在も示唆されている。
るような巨視的なスケールにおいて重力理論が変更されている可能性も
しかしながらもう一つの考え方として、現実の重力が一般相対論ではな
ある。そのような修正重力理論の一つとして、Chern-Simons(CS)重
い別の重力理論に従っているという可能性がある。これらの謎を説明
力理論という超弦理論に動機づけられたものがある。CS 理論は、重力
するモチベーションから、一般相対論の修正・拡張について盛んに研究
のパリティ対称性の破れを予言し、回転体から生成される重力波の円偏
されてきた。そこで私は、一般相対論に変わる新しい重力理論として、
波によってその破れを検証することが可能である。特に,重力波の左右
mimetic gravity という重力理論について注目した [1]。この理論では、
に巻かれた円偏波が同じスピードで、かつ違う振幅展開をしながら伝播
運動方程式に重力場の余分な自由度が現れ、コールドダークマターの源
するときに生じる振幅複屈折という現象がその検証に用いられる。
としての機能を果たすことが示されている。
文献,[1] において、CS 重力理論における重力のパリティ対称性の破れ
本研究の目的は、mimetic gravity における連星からの重力波を明ら
が見積もられており、さらに,中性子星連星系の合体により放出された
かにすることである。本発表では、その手始めとして、この理論におい
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
17
重力・宇宙論
て線形化された波のスペクトルを調べ、モードについて議論する。
1. A.H.chamseddine and V.Mukhanov, arXiv:1308.5410
本 発 表 で は 、What does the Bullet Cluster tell us about SelfInteracting Dark Matter?,Robertson, Andrew; Massey, Richard; Eke,
Vincent,2016,eprint arXiv:1605.04307 をレビューする。弾丸銀河団
(りゅうこつ座,1E 0657-76) では銀河団同士の衝突が起きているが、質
...................................................................
重宇 c14
曲がった時空の場の理論と粒子生成
芳賀 拓 (東京工業大学宇宙物理学理論グループ M1)
量分布を調べるとガスの分布よりも前方に質量が集中していることがわ
かる。これは、ダークマターが他の物質と重力以外の相互作用をしない
ために起きていると考えられている。つまり、銀河団衝突の際ガスなど
の見える物質は抵抗を受け減速するがダークマターはほぼ減速するこ
となくすり抜けるということである。衝突における数値シミュレーショ
Minkowski 時空の下で構成された場の理論においては,Lorentz 不変
ンを行い挙動を調べると、銀河団のさまざまな構成物質の位置を計算す
かつ Hamiltonian の最低エネルギー状態であることを要請することに
る方が衝突の初期条件を変えるよりもダークマターの自己相互作用の
より真空は一意に定まる.
散乱断面積で得られる束縛状態に大きな影響があることがわかった。特
しかし一般の時空に対してはグローバルな真空を一意に定めることは
に、今までの研究において散乱断面積の強い束縛状態を考えていたもの
できない.真空が一意に定められないことにより,Bogoliubov 変換は
は観測によって得られたものを反映してはおらず、弾丸銀河団がダーク
非自明なものとなり異なる真空を結びつける.この Bogoliubov 変換に
マターを束縛する能力を大きく見積もっていた。そこで、ダークマター
より正 (負) エネルギーモードは異なる真空での正エネルギーモードと
とガスの両方の自己相互作用を考慮してシミュレーションを行うと、ガ
負エネルギーモードが交じり合う線形結合で表される.これはある真空
スが引き剥がされるにつれて物質やダークマターの動径方向の分布に非
から見ると別の真空は粒子が生成されている多粒子状態に見えることに
対称性が生ずることがわかった。このダークマターや銀河の位置を決め
対応している.
る方法では、動径方向のスケールの違いに敏感であり、この非対称性は
本講演では Unruh の論文をレビューする.具体的に Schwarzschild 時
空に適用することで,Horizon 近傍の Schwarzschild 観測者から Horizon
近傍の Kruskal 観測者にとっての真空を見ると多粒子系と見えることを
示した.この際に生成される粒子の数密度は Planck 分布関数になり,
ダークマターと銀河における計算の誤差は打ち消されている。
...................................................................
重宇 c17
ここで Planck 分布に現れる温度パラメータはブラックホールの質量に
三浦 真 (東京理科大学 辻川研究室 M2)
依存する量として現れることを示す.
1. W. G. Unruh. Phys. Rev. D 14, 870 (1976)
一般化されたスカラーテンソル理論における
ブラックホールのスカラーヘアー
現在の宇宙の加速膨張の原因とされるダークエネルギーを説明するた
めに、宇宙論的な大スケールにおいて一般相対性理論を修正する研究
...................................................................
重宇 c15
Cosmological quantum channel
ROTONDO MARCELLO (名古屋大学 QG D1)
が盛んに行われている。この修正重力理論のうちの一つが Brans-Dicke
理論というものであり、これはスカラー場と重力場が非最小結合して
いる理論である。 一方、ブラックホールは一般相対論の枠組みにおい
て質量、電荷、角運動量の3つの物理量しかもち得ないということがわ
かっており、これを無毛定理 (No-hair theorem) という。Hawking は、
It is known that the evolution of a quantum field in an expanding
universe results in the creation of entangled particle states, even if
Brans-Dicke 理論においてブラックホールにスカラーヘアーは生えない
the initial state is a vacuum. The purpose of our work is to consider
the evolution of such initial vacuum state (with a particular choice
of the scale factor) from the point of view of quantum information
た。これらの証明では、ブラックホール時空中でスカラー場が定数にな
ことを示し、この結果はより一般的なスカラーテンソル理論に拡張され
るということが示された。その一方で、基礎方程式を 2 階微分までに保
つ最も一般的なスカラーテンソル理論である Horndeski 理論では、ス
theory, treating the universe as a quantum channel and expressing
some of the parameters of this channel in terms of its cosmological
カラー場が定数とならないような解が存在することが示されている。本
properties.
ラックホール時空において非自明な振る舞いをみせ、ブラックホールは
1. Jieci Wang, Zehua Tian, Jiliang Jing, Heng Fan, Nuclear Physics
B, 892:390–399 (2015)
2. J.L.Ball, I.Fuentes-Schuller, F.P.Schuller, Phys. Lett. A 359 (6),
550–554 (2006)
3. M.G.A. Paris , Int. J. Quantum Inf. 07 (supp01), 125–137 (2009)
...................................................................
重宇 c16
What does the Bullet Cluster tell us about
Self-Interacting Dark Matter?
酒井 史裕 (筑波大学 宇宙観測研究室 M1)
発表では、Horndeski 理論で並進対称性を考えることでスカラー場はブ
スカラーヘアーを持つ可能性があることに関して、レビューを行う。
1. Black hole hair in generalized scalar-tensor gravity Thomas P.
Sotiriou
...................................................................
重宇 c18
oct-tree 構造を用いた輻射輸送計算の加速化
油井 夏城 (筑波大学、宇宙物理理論研究室 M1)
今回、2011 年 9 月 29 日に掲載された論文、accelerated radiarive
transfer on grids using oct-tree をを題材とする。著者は Takashi
Okamoto,Kouji Yoshikawa and Masayuki Umemura である。光子の
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
18
重力・宇宙論
輻射輸送は銀河や星、ブラックホールといった天文学的な物質の構成を
影響を調べ、一般相対性理論からの差異を精査する。中性子星の半径-質
理解するうえで大変重要である。しかし輻射輸送は 6 次元の光子の相
量関係が一般相対論から変更されることが分かっており重力波などに与
の時間発展を解かなければならないため正確に解くのは困難である。輻
える影響や、そもそもこのような中性子星が安定に存在できるかという
射輸送の計算は様々な方法があるが大きな計算コストがかかるなど問題
ことも評価したい。
点は多い。そこで本論文では、三次元格子内に分布している放射源の輻
射輸送計算を oct-tree 構造を用いて計算のタイムスケールを短縮する
方法を二通り与えている。一つ目は Supermesh approximation で二つ
目は Point source approximation である。前者は supermesh を導入す
る。supermesh とは、8n の mesh で構成されており、supermesh 内に
ある mesh の化学種の平均密度で characterize されるものである。遠く
にある放射源をクリティカルな角度である θcrit よりも小さい値である
1. T. Damour and G. Esposito-Farese,“Nonperturbative strong field
effects in tensor - scalar theories of gravitation,’Phys. Rev. Lett.
f 70, 2220 (1
2. P. Chen, T. Suyama and J. Yokoyama,“Spontaneous scalarization: asymmetron as dark matter,’ Phys. Rev. Df 92, 124016
(2015).
θs の範囲にある広がった放射源とみなしそれを supermesh 内でグルー
プ化し、さらに輻射輸送もグループ化して計算する。この方法では計算
のタイムスケールが Nm log(Nm )log(Ns ) になる。Nm と Ns はそれぞ
れ mesh の数と放射源の数である。Supermesh approximation の欠点
...................................................................
重宇 c20
修正重力理論によるインフレーションモデル
園元 英祐 (東京大学宇宙線研究所 M1)
は放射源をグループ化しているために optical depth を過大評価してし
まう点である。後者の計算方法はターゲットの mesh から十分遠くにあ
るいくつかの放射源を空間を無視して一点の光源としてみなして計算
宇宙初期には、地平線問題や平坦性問題などを解決する手段とし
するものである。そして輻射輸送も先ほどのようにグループ化せず一つ
て、インフレーションが起こったとされている。しかし、その具体的
一つの mesh 上で計算する。この方法では計算コストは前者の計算方法
なメカニズムは未だ解明されておらず、観測的事実に合致するよう
より大きくなってしまうが前者よりよりいい精度で計算できる。本論文
なモデルが多く存在している。その中の一つに、古くから考えられ
では oct-tree アルゴリズムを用いて、上記の計算方法の advantage と
おり、かつ物理的に妥当なモデルとして、Starobinsky inflation モデ
disadvantage を研究している。
ルがある。重力を考える際、一般に用いられるのは、アインシュタイ
1. Hasegawa K., Umemura M.,2010,MNRAS,407,2632
2. PawlikA.H.,Schaye J.,2008,MAEAS,389,651
...................................................................
重宇 c19
物質と結合するクインテッセンス場が与える
中性子星への影響
小川 潤 (立教大学 D1)
1
ン・ヒルベルト作用 [ S = − 16π
∫
√
d4 x −gR.] であるが、被積分関数
はリッチスカラー R の 1 次である必要はなく、本来はより高次の補
∫
√
d4 x −g(R + aR2 + bRµν Rµν + cR3 + · · · ). ] を
考慮することが可能である。そこで、2 次の補正項までを考えた、[
)
∫ 4 √ (
1
1
2
S = − 16π
d x −g R − 6M
. ] の作用に従うインフレーション
2R
1
正 [ S = − 16π
モデルを Starobinsky inflation モデルと呼び、2 次の補正項を考えるこ
とによって、インフラトン場などを導入することなくインフレーション
機構を説明することを可能にした。しかし、単純にこれだけでは、イン
フレーションを終わらせるメカニズムなどが組み込まれておらず、物理
的に妥当なモデルになっているとは言えない。そこで、現在では、この
近年の観測によって発見された宇宙の加速膨張により、一般相対論は
綻びを見せ始めている。観測されている宇宙の加速膨張を物質場により
説明するひとつの方法は、ダークエネルギーと呼ばれる圧力が負となる
物質の導入であるが、そのような物質の存在を肯定する積極的な根拠は
モデルをもとにした様々なモデルが提唱され、研究されている。
1. V. Mukhanov,
2. A. A. Starobinsky, Phys. Lett. 91B, 99 (1980).
見つかっていない。そのため、そのような正体不明の物質に頼らずに一
般相対論を拡張することで加速膨張を説明する試みが盛んに行われてき
た。それらは修正重力理論と呼ばれる。
修正重力理論には、様々な拡張の方法が考案されているが、重力を記
述するテンソル場にスカラー場の自由度を追加することによって有効的
に記述できる (スカラー・テンソル理論)。スカラー場と物質が結合する
...................................................................
重宇 c21
重力波を用いた一般相対性理論の検証
山本 峻 (大阪工業大学大学院情報科学研究科情報科学専
攻 M1)
スカラー・テンソル理論において、物質の密度がある臨界密度以上で自
発的スカラー化 (spontaneous scalarization) が起きることが知られて
重力波イベント GW150914 が報告され,強い重力場での一般相対性
いた [1]。[1] ではスカラー場の質量がゼロであることを仮定していたが、
理論の検証が可能な時代になった.LIGO のグループはこのイベント
近年これをスカラー場が質量を持つ場合に拡張する研究がなされた [2]。
[1] では自発的スカラー化が起こっている領域 (特に中性子星のような高
は,一般相対性理論と無矛盾であると報告している [1].このことは,一
密度領域) で重力定数が変化するなど、重力法則が一般相対論から変更
についてまとめるとともに今後の展望について述べる.
されることが示されている。[2] では、これらのような変更に加えて、ス
カラー場が有質量のためスカラー場の振動成分が暗黒物質として振る舞
い、観測から要求される値と対応が付くことが判明している。
本発表では、現在の重力実験と無矛盾だが、強重力場、特に中性子星
方で,他の重力理論に対する制限も与えることになった [2].この 2 報告
1. The LIGO Scientific Collaboration, the Virgo Collaboration,
Phys. Rev. Lett. 116, 221101 (2016)
2. Nicolas Yunes, Kent Yagi, and Frans Pretorius, arXiv:1603.08955
の内部構造に物質とスカラー場 (クインテッセンス場) の結合が与える
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
19
重力・宇宙論
...................................................................
重宇 c22
しかし、ダークマターを主な重力源と考えることで、この問題は解決で
きる。ダークマターが集まっている場所に、重力によってバリオン物質
Entanglement Structure in Expanding
Universes
が引き寄せられる。集まったバリオン物質によって天体や銀河が形成
される、というのが現在の構造形成のシナリオだ。宇宙の物質を圧力の
徳田 順生 (京都大学 天体核研究室 M2)
無視できる非相対論的 Newton 流体と考え、連続の式や Euler 方程式、
Poisson 方程式で密度ゆらぎの発展を記述するのが一般的である。しか
本発表では、主に [1][2] のレビューを行う. 具体的にはドジッター時空
し、宇宙の物質の大半がダークマターであると考えた場合、流体近似が
上における minimally massless coupled scalar 場、conformally coupled
破綻するような状況が生じる。これを回避する、Schrödinger 方程式と
scalar 場のエンタングルメント構造について考察する. インフレーショ
ン中の量子場のゆらぎが準指数関数的膨張により超ハッブルスケールに
Poisson 方程式を用いてその発展を記述する Schrödinger Method があ
る [1]。本研究ではこの Schrödinger Method でいくつかのポテンシャ
引き伸ばされ、時空の古典的ゆらぎとなるというインフレーションパラ
ル中での密度ゆらぎの発展を記述し、流体近似の場合との違いを議論し
ダイムは、観測される CMB 温度ゆらぎを典型的によく説明する. 一方
報告する。
で、超ハッブルスケールに引き伸ばされたゆらぎがどのように古典化し
たのかということは現在も未解決問題である.
ゆらぎの古典性・量子性を表す指標の一つにエンタングルメントがあ
1. Widrow L. M., Kaiser N., 1993, ApJ, 416, L71
2. Coles P., Spencer K., 2002, MNRAS, 342, 176
る. 今回は長波長ゆらぎの古典化の問題へのアプローチとして、ドジッ
ター時空上において、空間的に超ハッブルスケール離れた 2 点 AB 間に
おけるスカラー場のエンタングルメントの構造を調べる. その結果、ド
ジッター時空上において超ハッブルスケール離れた 2 点間のエンタン
...................................................................
重宇 c25
ブラックホールの蒸発を制御できるか
徳住 友稜 (名古屋大学 QG 研 M1)
グルメントは、minimally coupled scalar 場の場合失われ、conformally
coupled scalar 場の場合は失われないことが分かる.
古典的には black hole の horizon 半径は減少しない。しかし量子補正
1. Yasusada Nambu arXiv:1305.4193
2. Yasusada Nambu and Yuji Ohsumi Phys.
124031(2009)
Rev.
D 80,
を考慮すると hawking radiation によりエネルギーを放出し、horizon
半径を減少させ black hole は蒸発していくことが予想されている [1]。
これは自発的に起り、time scale が一般的に非常に長いので蒸発してい
るか確かめるのは容易ではない。
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重宇 c23
ビッグバン元素合成のリチウム問題における
New Physics Scenario
そこで、量子情報的な方法を用いて hawking radiation を制御する方
法が調べられている [3]。これは、entangle した ground state の場を二つ
用意し、一方の場を観測し、観測結果をもう一方に伝えた後で観測結果に
依存した操作を行うことでエネルギー輸送が行われる QET(Quantum
長谷川 拓哉 (総合研究大学院大学高エネルギー加速器科
学研究科 M2)
Energy Teleportation) protocol[2] を利用したものである。
今回の発表では [3] の review を行い、QET で発生したエネルギーは
負であり、black hole がそのエネルギーを吸収することで horizon 半径
現在の宇宙に存在する様々な元素の内、幾つかの軽元素についてはそ
が減少することを紹介する。また、実際に操作論的に制御はでき得るが
の大部分が宇宙初期のビッグバン元素合成の際に生成されたことが分
元々の hawking radiation とは発生機構が違うので QET protocol を用
かっている。また、ビッグバン元素合成の理論と観測から得られるバリ
いた方法と hawking radiation との対応関係についても述べたい。
オン非対称性の値は最新の CMB 観測から得られているものと非常に良
い一致を見せており、標準的なビッグバン宇宙論を支持する礎にもなっ
ている。そのような中で唯一、リチウム7については理論と観測の結果
が一致しない。この問題はリチウム7問題と呼ばれここ10年、様々な
1. S. W. Hawking, Commun. Math. Phys. 43, 199 (1975).
2. M. Hotta, J. Phys. Soc. Jpn. 78, 034001 (2009).
3. M. Hotta, Phys. Rev. D 81, 044025 (2010).
分野で解決を目指した研究がなされてきた。今回の発表では、素粒子標
準模型を超える理論を仮定することでリチウム7問題の解決を目指す
New Physics シナリオについて近年の研究を詳しく紹介する。
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重宇 c24
Schrödinger Method における密度ゆらぎの
発展
福田 晋久 (首都大学東京 宇宙物理実験研究室 M1)
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重宇 c26
axion-photon conversion の宇宙物理的効果
正木 愛美 (神戸大学 宇宙論研究室 M1)
観測から銀河や銀河団には mmuG 程度の、それより大きいスケール
では mnG 程度の磁場が存在していると分かっている。axion と電磁場
とが磁場中でカップルすれば photon と mixing するので、この現象が
宇宙の構造は宇宙初期に存在した微小な密度の空間的なゆらぎが重力
宇宙空間でどのような影響を及ぼすかを考えることは重要である。
の作用によって成長することで形成される、というのが現在の標準的な
ひとつの例として、axion-photon conversion によって超新星の減光
考え方だ。密度ゆらぎの宇宙初期での大きさには、CMB(宇宙マイクロ
がもたらされると考えられないだろうか。[2] ではこの考え方でパラメー
波背景放射) の観測から上限がつき、バリオン物質のみを考えた場合、
タを適切に選べば、宇宙が加速膨張していると考えたときと全く同じ結
ゆらぎの大きさは大規模構造を形成するには小さすぎると考えられた。
果が得られると主張している。本発表では [2] の主張に対して、考慮す
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
20
重力・宇宙論
べき条件を丁寧に精査した [1] の論文をレビューする。論理的に考えう
具体的には計量を新たに補助計量とスカラー場の一階微分で再定義し、
る全ての状況を尽くしたところ、余程都合の良い状況を考えない限り、
その変分から得られる運動方程式から mimetic dark matter を導出す
axion-photon conversion で超新星の観測結果を説明することは不可能
る。今回の発表では実際にこれらを紹介した後、この手法を用いた物理
であるということが分かった。しかし減光の要因を加速膨張に求めた時
を議論していく。
によく考えられる、宇宙定数やクインテッセンスも観測から大きくずれ
ていたり、現在のハッブルパラメータ H0 ∼10−33 meV よりも小さい質
量の粒子を考えなければならない等という不自然さを持っている。
1. A.H.Chamseddine and V.Mukhanov, Mimetic Dark Matter,
arXiv:1308.5410.
超新星を減光させる要因として、宇宙の加速膨張以外の可能性を探る
余地はある。
...................................................................
1. Cedric Deffayet,Diego Harari,Jean-Philippe Uzan,and Matias
Zaldarriaga,Phys.Rev.D66,043517(2002)
2. Csaba
Csaki,Nemanja
Kaloper,and
John
Tern-
重宇 c29
21cm 線と CMB 偏光を用いたニュートリノ
の性質への制限
石原 陽平 (京都大学 基礎物理学研究所 M1)
ing,Phys.Rev.Lett.88.161302(2002)
現在ニュートリノ振動の観測によりニュートリノに質量があることが
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重宇 c27
Hybrid Higgs Inflation
佐藤 星雅 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 M1)
判明し、それらの世代間の質量差が測定されている。しかし、ニュート
リノの全世代の総質量はまだ知られていない。一方で、宇宙の密度ゆら
ぎの統計性からニュートリノの総質量などに制限をかけることができ
る。これまでに宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) や銀河、銀河団の分布
の観測によって宇宙の密度ゆらぎが測定されてきた。さらに、将来予定
素粒子標準モデルの範囲でインフレーションを考える場合、インフ
されている Square kilometer Array などにより観測が期待されている
ラトンは唯一のスカラー場である Higgs 場だと考えられる。しかし、
宇宙初期の 21cm 線を用いると、これまでの観測と独立した情報を得る
Einstein-Hilbert 作用に Higgs の作用を加えるだけでは生成される密度
ことができる。宇宙初期の 21cm 線とは、宇宙の晴れ上がりから最初の
揺らぎが大きくなりすぎてしまう問題がある。そのため、以下のよう
星ができる頃までの間に中性水素から放射された電波であり、この期間
な重力相互作用を考えたモデルが考えられた。一つ目は Non-minimal
の宇宙の密度ゆらぎについての情報を持っている。ニュートリノの総質
coupling 項 ξϕ2 R を加えた Higgs Inflation である [1]。このモデル
の場合 Cosmic Microwave Background(CMB) の観測から結合定数を
量は密度ゆらぎの成長に影響しているため、異なる時期の密度ゆらぎの
不自然なほど大きくしなければならないことがわかっている。二つ目
量などにこれまでより強い制限をかけることができる。本発表では論文
は、Higgs 場の運動項が曲率と結合する項 Gµν D µ ϕDν ϕ を加えた new
[1] をレビューし、21cm 線と CMB を組み合せてニュートリノの総質量
Higgs Inflation である [2]。しかしこの場合も CMB の観測に対し重力
などにどのように制限をかけるのかを説明する。
波揺らぎが比較的大きくなるという問題がある。そこで、本講演では、
両方もモデルを融合した Hybrid Higgs Inflation を提案し、上記の問題
が解決可能かどうかを検討した。その際、計量を Disformal 変換するこ
情報を持つ 21cm 線と CMB を組み合せることでニュートリノの総質
1. Y.Oyama, K.Kohri and M.Hazumi, J. Cosmol. Astropart. Phys.
f 2016, 008(2016).
とで実質的に Einstein 重力に帰着し、変形されたポテンシャルを用いて
Higgs 場のダイナミクスの解析を行った。その際 Higgs 場の高次の微分
項を Inflation の Slow-roll 中では無視できると考えたので変換前の系と
比較を行いその妥当性を検証した。
1. Toshifumi Futamase and Kei-ichi Maeda. Chaotic inflationary
scenario of the universe with a nonminimally coupled ‘‘ inflaton
’’ field. Physical Review
2. Cristiano Germani and Alex Kehagias. New model of inflation
with nonminimal derivative coupling of standard model higgs
boson to gravity. Physical rev
...................................................................
重宇 c30
原子干渉計を用いた chameleon 場への制限
中村 智広 (名古屋大学 QG 研 M1)
宇宙の加速膨張を引き起こすダークエネルギーの候補として screen-
ing mechanism をもつ新しいスカラー場を導入するようなモデルが考え
られる。そういったものの1つとして chameleon 場というものが提唱
されている [1]。この理論ではスカラー場の質量が周囲の質量密度に依
存して変わるような機構を考えることで地球上における重力の観測と矛
盾が生じないことを保証している。さらにこの場と物質の結合を介して
...................................................................
重宇 c28
Mimetic dark matter
松井 一真 (名古屋大学 QG 研 M1)
働いてしまう物質間の”5 番目の”相互作用の大きさは物質の大きさや
密度が高いほど小さくなることが示せ [2]、太陽系スケールでの観測結果
とも整合性が取れる。一方でそのような性質から原子のようなミクロの
スケールでは既存の重力理論からのずれが見える可能性が高いと期待さ
れる。
近年、ダークマターの導入方法として mimetic dark matter の方法が
そこで本発表では原子干渉計を用いて chameleon 場による 5 番目の
盛んに研究されている。[1] これは従来の物質や相互作用に変更を加え
力を測定する方法 [3] について review し、測定結果から場の screening
る事無く、一般相対性理論に変更を加えることによって重力以外の相互
のスケールを決めるようなパラメーターに大きく制限がつくのを見る。
作用をしないダークマターのように振る舞う項を導入するものである。
このようなミクロなスケールの観測からの制限は chameleon 場以外の
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
21
重力・宇宙論
他のモデルに対しても適用可能だと思われるので、その可能性について
エネルギーを持つ物質、所謂「エキゾチック物質」が必要であることが
も議論したい。
Thorne-Morris らによって示唆されている。[1]
1. J. Khoury and A. Weltman, Phys. Rev. Lett. 93, 171104 (2004)
2. Clare Burrage, Edmund J. Copeland, E. A. Hinds,
arXiv:1408.1409
3. P. Hamilton, M. Jaffe, P. Haslinger, Q. Simmons, H. Mddotuller
and J. Khoury, arXiv:1502.03888.
本発表では、二つの Schwarzschild 時空を事象の地平線を持たないよ
うに切り貼りして接合し、それら二つの漸近的平坦な時空の境界を成す
3次元多様体上にゼロでないエネルギー運動量を集中させることによっ
て形成される通過可能なワームホールを考える。そのように時空を接
合して作られたワームホールの喉における、時空の境界を含む「エキゾ
チック物質」が動的である場合、その状態方程式にどのような制約が課
せられるのか議論した論文 [2] のレビューを行う。
...................................................................
重宇 c31
photon sphere を持った静的 Einstein-Maxwell
時空の唯一性
穴瀬 信 (大阪市立大学大学院 宇宙物理・重力研究室 1. M. S. Morris and K. S. Thorne, “Wormholes in space-time and
their use for interstellar travel: A tool for teaching general relativity”, Am. J. Phys. 5
2. Matt Visser,
M1)
...................................................................
photon sphere とは一般相対性理論のよく知られた予言であり、black
hole や中性子星、wormhole、裸の特異点などの ultracompact object が
持つ4次元時空の中の超曲面として知られている。photon sphere 上で
重宇 c33
ブラックホール連星の形成プロセス
今里 祐也 (熊本大学 自然科学研究科 M1)
運動する光はこの超曲面上の閉じた軌道に制限される。4次元時空内の
この領域は重力レンズとも深い関わり合いがあり、観測天文学などの分
野では重要な概念である。
今年2月、アメリカの重力波干渉計 LIGO が重力波の直接検出を報
告し大きな話題となった。今回の重力波検出はアメリカのハンフォー
Schwarzschild Black Hole や Reissner-Nordstrom Black Hole など
ドとリヴィングストンにある二台のレーザー干渉計を用いて行われた。
の black hole 解の唯一性定理が示されているのはよく知られているが、
LIGO が観測した重力波は太陽のおよそ 36 倍と 29 倍の質量を持つ二つ
photon sphere をもった時空を考えた場合も black hole 解の唯一性が
のブラックホールのインスパイラル運動と合体、合体後のブラックホー
あることが示されている。最近 Cederbaum によって、photon sphere
ルのリングダウンによるものである。合体後のブラックホールの質量は
をもった、漸近的に平坦な真空静的時空の Einstein equations の解は
太陽のおよそ 60 倍で、この時、太陽の質量の 3 倍と同等のエネルギーが
Schwarzschild 解と isometric になることが示された [1]。
重力波として放出されたことがわかった。また、観測された重力波の周
今回の発表では Stoytcho Yazadjiev と Boian Lazov の論文 [2] のレ
波数は 35∼250Hz である。今回、LIGO により観測された重力波の波源
ビューとして、電場と直交する photon sphere をもった、静的で漸近的
である太陽質量の 30 倍のブラックホールやブラックホール連星の形成
に平坦な Einstein-Maxwell 時空は Reissner-Nordstrom 解と isometric
のプロセスはいくつか考えられているが、まだはっきりとわかっていな
になることを示す。ただし質量 M と電荷 Q が
Q2
M2
≤
9
8
を満たすことが
前提となる。
1. C.Cederbaum,arXiv:1406.5475[math.DG]
2. S.Yazadjiev and B.Lazov,arXiv:1503.0628v1 [gr-qc] 23 Mar 2015
い。また、Pulsar Timing Array(PTA) が観測する重力波 (周波数 10−6
∼10−9 Hz) の波源である超巨大ブラックホール (太陽質量の 106 ∼109
倍) 連星の形成のプロセスとしては、まず超巨大ブラックホールを中心
に持つ銀河同士が衝突し、力学的摩擦によりブラックホールが中心に沈
んでいき、超巨大ブラックホール連星が形成され、周りの星との相互作
用と重力波放出により連星の軌道半径を縮めていき最終的に合体する、
...................................................................
重宇 c32
修正された Schwarzschild 時空における通過
可能なワームホールの動的安定性
高橋 一麻 (大阪市立大学大学院 宇宙物理・重力研究室
M1)
というものが考えられている。今回、LIGO により観測されたブラック
ホール連星の形成が、この超巨大ブラックホール連星の形成のプロセス
と同じかどうかはまだわかっていない。今回の発表では、このようなブ
ラックホール連星の形成のプロセスがどのようになるのかを考察する。
1. B.P.Abbott et al. 10.1103/PhysRevLett.116.061102(2016)
2. A Sesana arXiv:1307.2600v1 [astro-ph.CO](2013)
ブラックホールのような構造を始め、Einstein 方程式を満たす解の一
つとして、「喉」のようなもので時空を繋ぐ数学的構造物が見いだされ
た。後に John Wheeler によって「虫食い穴」のような構造であるため
に「ワームホール」と命名されたその数学的構造物は、宇宙 (時空) の離
れた二点間を繋ぎ、それを通過することが可能であるならば二地点が天
...................................................................
重宇 c34
CGHS 模型と情報問題
槌谷 将隆 (名古屋大学 QG 研 M1)
文学的に離れていようとも短時間でその地点へと移動できることを示し
ている。ところが、制約を課さないワームホールは通常、非常に不安定
であるため無事にそこを通過することはほぼ不可能である。
1+1 次元時空は共形場理論において重要な考察対象であるが、GaussBonnet の定理より、作用が時空の位相に一意に依ってしまうという事
ワームホールが潰れず安定で、通過する宇宙飛行士が無事に生還を
実がある。これについて、ディラトンを導入することで物理的に豊かな
果たす事ができるには条件として、二つの時空間を繋ぐ喉に負の質量、
理論を構築したのが Callan-Gibbings-Harvey-Strominger(CGHS)模
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
22
重力・宇宙論
型である。高次元時空は対称性を課すことでしばしば低次元に落とし込
調べる研究を行った。Massive gravity 理論では一般相対論における無
むことができ、逆に CGHS 模型も 1+1 次元でありながら様々な物理現
質量スピン 2 のモードが有質量スピン 2 になることから、この変更によ
象を再現する。
る新たな影響が理論的に検証できると考えられる。
ブラックホールは熱的輻射を伴って蒸発するが、その際に波動関数の
ユリタリ性が一見失われている(情報喪失問題)。この問題について情
報は失われることはないという結論が得られると期待され、その根拠は
AdS/CFT 対応を用いた情報喪失のないシナリオが構築されたことにあ
る。しかしながら負の宇宙項を仮定するという制限がついており、さら
1 C. de Rham, G. Gabadadze, A. J. Tolley, Phys.Rev.Lett. 106
(2011) 231101
1. Curtis G. Callan, Jr., Steven B. Giddings, Jeffrey A. Harvey, and
Andrew Strominger Phys. Rev. D 45, R1005(R)
に、ブラックホールの蒸発過程があらわに記述されない。将来の展望と
しては量子重力理論が完璧な解答を与えるといわれているが、発展途上
である。
上の理由を以てブラックホールの蒸発過程に焦点を当てたのが [1] で
あり、解析が実行可能な CGHS 模型を用いている。本発表では CGHS
...................................................................
重宇 c37
Hybrid Higgs Inflation
佐藤 星雅 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 M1)
模型と情報喪失問題を概観し、さらに CGHS ブラックホールの蒸発の前
後で情報が保存することを結論づける。その結論はブラックホールの量
素粒子標準モデルの範囲でインフレーションを考える場合、インフ
子的側面への知見を深め量子重力を構築する上で非常に役立つだろう。
ラトンは唯一のスカラー場である Higgs 場だと考えられる。しかし、
1. A. Ashtekar, V. Taveras, and M. Varadarajan, Phys. Rev. Lett.
100, 211302 (2008).
2. A. Ashtekar, F. Pretorius, and F. M. Ramazanoǧlu, Phys. Rev.
D 83, 044040 (2011).
Einstein-Hilbert 作用に Higgs の作用を加えるだけでは生成される密度
揺らぎが大きくなりすぎてしまう問題がある。そのため、以下のよう
な重力相互作用を考えたモデルが考えられた。一つ目は Non-minimal
coupling 項 ξϕ2 R を加えた Higgs Inflation である [1]。このモデル
の場合 Cosmic Microwave Background(CMB) の観測から結合定数を
不自然なほど大きくしなければならないことがわかっている。二つ目
...................................................................
重宇 c35
Sequestering Mechanism in Scalar-Tensor
Theory
塚本 拓真 (名古屋大学 QG 研 M2)
は、Higgs 場の運動項が曲率と結合する項 Gµν D µ ϕDν ϕ を加えた new
Higgs Inflation である [2]。しかしこの場合も CMB の観測に対し重力
波揺らぎが比較的大きくなるという問題がある。そこで、本講演では、
両方もモデルを融合した Hybrid Higgs Inflation を提案し、上記の問題
が解決可能かどうかを検討した。その際、計量を Disformal 変換するこ
とで実質的に Einstein 重力に帰着し、変形されたポテンシャルを用いて
宇宙定数を真空のエネルギーとみなすとき、場の量子論を用いた理論
値と観測から得られる実験値との間には大きな差があることが知られて
Higgs 場のダイナミクスの解析を行った。その際 Higgs 場の高次の微分
項を Inflation の Slow-roll 中では無視できると考えたので変換前の系と
いる. これは宇宙定数問題と呼ばれ, なぜ観測値が小さくなるのかはわ
比較を行いその妥当性を検証した。
かっていない. 今回の発表では, 宇宙項問題を解決するモデルとして近
年提唱された Sequestering Mechanism に Scalar-Tensor Theory を導
入したモデルを用いて宇宙定数が現在の値をとり得るかを見る. このモ
デルでは, 物質場からくる真空の寄与を, Einstein 重力の action の中に
global constraint を導入することで打ち消している. そうすることで, 観
測の値に近い値となることが期待される. だが, このモデルでは宇宙の発
展を予想する必要があり, 今回の発表では, 幾つかの簡単な宇宙の発展の
1. Toshifumi Futamase and Kei-ichi Maeda. Chaotic inflationary
scenario of the universe with a nonminimally coupled ‘‘ inflaton
’’ field. Physical Review
2. Cristiano Germani and Alex Kehagias. New model of inflation
with nonminimal derivative coupling of standard model higgs
boson to gravity. Physical rev
モデルを用いて宇宙項が現在の値をとり得るかを見る.
1. Nemanja Kaloper, Antonio Padilla ”Sequestering the Standard
...................................................................
Model Vacuum Energy”[arXiv:1309.6562v2 [hep-th]]
...................................................................
重宇 c36
Massive gravity 理論における 2 次元ブラック
ホールの解析
森 大作 (名古屋大学 QG 研 M2)
2 次元へ reduction された重力理論は 4 次元重力理論の有効理論とし
て盛んに研究が行われてきた。例として、4 次元ブラックホールのダイ
ナミクスや、ホーキング放射などが 2 次元 reduction 模型において調べ
られている。特に今回の発表では、2 次元の有効理論として、CGHS 模
型を用いて、Massive gravity 理論における古典解、及びその安定性を
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
23
宇宙素粒子
宇宙素粒子分科会
宇宙線観測・ 理論研究の最先端
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
24
宇宙素粒子
日時
招待講師
座長
7 月 26 日 15:15 - 16:15(分科会別ポスター)
7 月 27 日 9:00 - 10:00(分科会別ポスター), 16:00 - 17:00
7 月 28 日 10:15 - 11:15(招待講演:高原 文郎 氏 ), 13:30 - 14:30(招待講師:山崎 了
氏)
高原 文郎 氏 (大阪大学) 「宇宙線の起源」
山崎 了 氏 (青山学院大学)「ガンマ線バースト」
野上雅弘 (青山学院大学 M2) 、小林瑛史 (青山学院大学 M2)、岩村由樹 (東京大学 M2)
、加藤翔 (東京大学 M2) 、谷川俊介 (京都大学 M2)
Hess によって宇宙線が発見されてから約 100 年にわたり宇宙線について、多くの研究
がなされてきています。その起源として超新星残骸 (SNR) や活動銀河核 (AGN) など
が候補に挙げられていますが、非常に高エネルギーの粒子を実現する物理過程は未だ
に明確な解が得られていません。また、ガンマ線バースト (GRB) のようにその正体が
謎に包まれたままの現象も存在しています。さらに、宇宙線の研究はそれが伝搬して
きた空間の様子やダークマターの正体となる新たな素粒子の探査においても重要な役
割を果たします。 「宇宙素粒子」とはニュートリノやガンマ線、ダークマター候補の
概要
粒子など、あらゆる観測粒子を扱う意味から名づけられています。理論面からはこれ
らの謎に関して日に日に新たなモデルが提唱されており、非常に活発な状況にありま
す。実験的には、近年高エネルギー宇宙線やガンマ線、ニュートリノ、そして未知の
ダークマター粒子を狙ったプロジェクトが次々と始動、または数年以内に観測開始を
予定しています。また、天体現象を実験室内で再現し直接観測するという実験室宇宙
物理学という新たな研究手法も確立されてきており、これから大きく謎の解明が進む
と期待されています。 過去も将来も宇宙を観る基盤となるであろう宇宙素粒子につい
て、理論・観測の分け隔てなく活発な議論や交流が行われることを期待しております。
注)宇宙線としてのニュートリノは宇宙素粒子分科会で扱います。コンパクトオブ
ジェクトからの高エネルギー粒子の放射・伝播・加速機構に関しては宇宙素粒子分科
会で扱います。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
25
宇宙素粒子
高原 文郎 氏 (大阪大学)
7 月 28 日 10:15 - 11:15 B 会場
「宇宙線の起源」
近年詳細な宇宙線観測が進み、陽電子異常、H,He のスペクトル異常、TeV 宇宙線の非等方性など従来の枠組みでは理解困難な発見が相次いでい
る。本講演では宇宙線の起源をめぐるいくつかの理論的問題についてレビューする。
1. 超新星残骸衝撃波における宇宙線加速と逃走
2. 加速源における2次粒子生成と陽電子・反陽子問題
3. 宇宙線加速と輸送機構における自己散乱の役割
4. knee から ankle までの宇宙線の起源
1. I.S.Grenier, J.H.Black and A.W.Strong Ann.Rev.A.Ap. 53, 199 (2015)
2. A.R.Bell MNRAS 353, 550 (2004)
山崎 了 氏 (青山学院大学)
7 月 28 日 13:30 - 14:30 B 会場
「ガンマ線バースト」
ガンマ線バースト等の高エネルギー天体現象について解説する。ガンマ線バーストの研究の歴史を振り返ると得られる教訓があるのでそれらにつ
いても紹介したい。また、最新の観測や理論からガンマ線バーストの起源にどう迫るか、また、類似の天体現象との関連についても解説したい。
1. T. Piran, Phys. Rep. 314, 575 (1999)
2. P. Kumar and B. Zhang, Phys. Rep. 561, 1 (2015)
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
26
宇宙素粒子
宇素 a1
相対論的衝撃波中での宇宙線加速シミュレー
ション
野上 雅弘 (青山学院大学大学院 M2)
自発光強度の時空間発展)、Shadow 計測、協同トムソン散乱計測を用い
て、その実験結果からアルミプラズマの速度を算出した。また、自発光
計測と Shadow 計測の結果から、水素ガスをチャンバー内に封入した際
に大きな密度変化があることを確認した。
本講演では、昨年度の実験結果の報告に加え、今年度の実験の展望につ
衝撃波加速によって加速された電子から放射されるシンクロトロン光
子の最高エネルギーは、加速時間 Tacc とシンクロトロン放射による冷却
時間 Tcool の釣り合いから 160MeV 程度になると期待されている。しか
し衝撃波による粒子加速を考える場合、加速領域と冷却領域が異なる可
いて議論する。
...................................................................
宇素 a3
超高エネルギーガンマ線と CTA 計画
黒田 隼人 (東京大学宇宙線研究所 M1)
能性があるため、160MeV という値が本当に実現されるのか? それよ
り大きな、または小さなシンクロトロン光子の最高エネルギーになるの
かわかっていない。相対論的衝撃波では衝撃波面のごく近傍で荷電粒子
チェレンコフ望遠鏡アレイ (Cherenkov Telescope Array, 以下 CTA)
がジャイロ運動をすることにより加速を行う。シンクロトロン放射によ
計画とは TeV 領域の超高エネルギーガンマ線を観測するための地上望
る冷却が効く最高エネルギー付近の電子の場合、輻射反作用が粒子の運
遠鏡を多数配置するプロジェクトであり、大中小 3 種類の口径を持つ
動に大きく寄与する。
望遠鏡の設置が予定されている。地上設置型のガンマ線望遠鏡はフェル
本講演では、相対論的衝撃波による粒子加速を加速機構としたときの
ミ衛星や AGILE といったガンマ線宇宙望遠鏡による直接観測とは異な
シンクロトロン光子の最高エネルギーを正確に調べるために、シンクロ
り、地球へと降り注いできたガンマ線と地球大気との相互作用によって
トロン放射の反作用を考慮した電子の運動方程式を数値的に解いた結果
発生する空気シャワーのチェレンコフ光を用いた間接観測を行う。宇宙
を報告する。数値計算で得られた相対論的衝撃波中で加速する電子の最
の観測を行う際、その波長域により観測対象は様々であるが、TeV ガ
高エネルギーやシンクロトロン放射の最高エネルギー、加速時間が磁場
ンマ線の観測では超新星残骸や活動銀河核、ガンマ線バースト等が観測
の揺らぎの強度や衝撃波速度を変えた場合にどうなるのか発表する。
対象となる。いずれの対象も発生機構や宇宙線の加速機構等の謎が残さ
1. E.J.Summerlin and M.G.Baring ApJ 745:63 ,2012 January 20
2. M.Hussein and A.Shalchi ApJ 785:31 , 2014 April 10
3. P.Dirac, Proc. R. Soc. A 167 148 (1938)
れており、CTA ではこれらの謎に答えるため、MAGIC や H.E.S.S と
いった既存の地上ガンマ線望遠鏡と比べ望遠鏡数の増加による一桁以上
の感度上昇及び 3 種類の口径を持つ望遠鏡を配置する事による観測可能
エネルギー領域の拡大が行われる。これらの性能向上により TeV 領域
のガンマ線源が 1000 以上発見されることが予見されており、次世代の
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宇素 a2
大型レーザーを用いた磁化プラズマ中を伝播
する無衝突衝撃波の生成実験
冨谷 聡志 (青山学院大学大学院 M1)
地球には、宇宙空間から宇宙線とよばれる高エネルギー粒子が絶えず
飛来している。その加速源として最も有力視されているのが、超新星残
骸の無衝突衝撃波である。超新星残骸の無衝突衝撃波における粒子の加
高エネルギー天文学を牽引することが期待されている。本発表ではこう
した CTA 計画の概要を紹介する。
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宇素 a4
超高エネルギーガンマ線による活動銀河核の
解明及びその応用
櫻井 駿介 (東京大学宇宙線研究所 東京大学理学系研究科
物理学専攻 M1)
速機構として、粒子が衝撃波面を行き来することでエネルギーを得る
フェルミ加速というものが考えられている。しかし、最初に加速過程に
長年に渡る電磁波観測は宇宙の多様な性質を明らかにした。ガンマ
注入される粒子がどのような機構で作り出されているのかという未解明
線は電磁波の中でも最も高いエネルギーを持ち、宇宙の非熱的な現象
問題がある。
と深く関わりを持つ。超高エネルギーガンマ線天文学は 100,GeV から
無衝突衝撃波の粒子加速については、宇宙物理学の従来の研究手法と
10,TeV に渡るエネルギー領域のガンマ線天体を標的とし、ここ 30 年で
して観測やシミュレーションによる検証が行われているが、決定的な観
約 180 の天体の発見に至った。これらの多くは未だにその詳細が判明し
測事実はこれまでなく、また理論計算も実際とは異なる条件下で計算が
ておらず、今もなお継続して研究が進められている。本講演では、超高
行われるなど、完全な解明には至っていない。そこで、本研究では天体
エネルギーガンマ線観測による検証が行われている現象の中で、活動銀
観測研究や理論研究に次ぐ第三の研究手法として、大型レーザーを用い
河核 (AGN) に注目しレビューを行う。AGN はその光度が母銀河全体
た実験室宇宙物理学という新たな研究分野に着目し、地上実験で無衝突
に匹敵、あるいは上回るほどの明るさをもつ銀河中心核である。その変
衝撃波を生成し、その測定を通じて粒子加速の理解に迫ることを目指す。
動性や相対論的ジェットの有無、観測方法でいくつかの種類に分類され
昨年度我々の実験グループは大阪大学の激光 12 号レーザーを用いて
ており、この内ジェットを真正面から観測している天体をブレーザーと
実験を行った。当面の目標は、地上の実験室で低マッハ数の磁化プラズ
呼ぶ。ブレーザーでは数分から数日という短い時間変動のガンマ線放射
マ中の無衝突衝撃波を生成することである。本実験の準備として、1 次
(フレア現象) が確認されている。相対論的ジェットの特性上、放射され
元流体シミュレーションコードを用いてターゲット起源のイジェクタの
るガンマ線は強く指向性を持ちジェットの情報を色濃く反映している。
速度を算出した。これより、ターゲットの物質の種類をアルミニウム、
そのためガンマ線によるブレーザーの観測によって、ジェットの駆動機
雰囲気ガスを水素ガスとする実験セットアップを決定した。
構、フレア現象の解明 (ガンマ線の放射機構、 放射の時間変動) の解明
昨年度の実験は、磁場発生装置 TopB の動作不良により、すべての
が可能となる。更に、AGN が銀河系外にある事を利用すると、超高エ
ショットを外部磁場なしで行った。計測器として自発光計測 (プラズマ
ネルギーガンマ線が可視や赤外線領域の光と反応し、減光されることか
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
27
宇宙素粒子
ら、光、赤外背景光の密度を見積もることが可能になる。これらの電磁
波は星や銀河の形成時に放射されるため、星や銀河の宇宙論的進化を検
2. Helder et al. sci 325, 719 (2009)
3. Helder et al. MNRAS, 435, 910
証することに繋がる。以上のテーマについて最新の研究成果を紹介した
後、現在建設中である CTA の超高エネルギーガンマ線天文学に対する
寄与を述べる。
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宇素 c1
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宇素 c3
流星の電波観測と日周変動の解析
小林 瑛史 (青山学院大学大学院 M2)
密度行列を用いた超新星ニュートリノの振動
計算
藤井 貴之 (東京理科大学 鈴木研究室 M2)
超新星爆発で生成されたニュートリノは、コアから表面に到達するま
でにさまざまなものと相互作用する。ひとつは超新星を形成している物
質であり、これは線形効果であるため解析的に解くことができる。もう
ひとつはコア近傍においてニュートリノが大量に存在することに起因す
る、ニュートリノ自己相互作用である。こちらについては、非線形効果
であり、観測結果にどのような影響を与えるのか分かっていない。
そこで今回、数値シミュレーションで得られた超新星爆発モデルに対
して、密度行列を用いた新しい計算コードを開発することでニュートリ
ノ自己相互作用について過去の研究結果と比較して発表する。また、そ
れに伴い CP 対称性の破れを考慮した際、ニュートリノの観測結果がど
う変わるのかについてまとめ、発表する。
1. Y. Zhang and A. Burrows, 2013
宇宙初期の星や銀河が放射した光が、宇宙膨張とともに赤方偏移して、
宇宙赤外線背景放射として地球で観測されているが、太陽系近傍に存在
するダストは太陽からの電磁波により温められ、一部は赤外線を放射す
る。この黄道光の影響により、宇宙赤外線放射の正確な見積りは未解決
問題となっている (赤外線超過問題)。私たちは流星を電波を用いて観測
した解析したデータから流星のカウント数の周期変動を調べることで、
太陽系近傍に存在するダストの分布を解明をすることができると考えて
いる。流星の起源は宇宙空間に存在する約 0.1mm∼数 cm の小さな塵で
ある。この小天体が大気中の物質に衝突すると高温プラズマとなって発
光現象を起こし、これを流星として観測することができる。今回、私た
ちは牡羊座流星群に焦点を当てて、プラズマによって反射(トムソン散
乱)された電波エコーを受信し、データ解析を行うことでピークが昼間
と明け方に観測されることを確認した。昼間のピークは牡羊座が極大で
あることを示し、明け方は散在流星の影響と考えられる。今後の展望と
しては、黄道付近に存在するダスト分布を精査する事で宇宙赤外線背景
放射の正確な見積もり、超高エネルギー宇宙線 (UHECR) の観測に応用
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宇素 c2
現実的星間媒質中を伝播する超新星残骸衝撃
波での宇宙線加速効率の測定についての理論
研究
霜田 治朗 (青山学院大学大学院 D2)
宇宙線加速の現場と考えられている超新星残骸(SNR)では, Halpha 放
射フィラメントの固有運動と1次元の衝撃波接続条件が予言する下流の
温度と実際の下流の温度を比較して宇宙線加速効率が調べられており,
SNR での高効率宇宙線加速が示唆されている。一方で, 最近の多次元磁
気流体シミュレーションによって, SNR の衝撃波は星間媒質がもつ密度
揺らぎとの相互作用によって波打ち, ほとんどの領域で斜め衝撃波とな
ることが示されている。このとき, 下流の温度は1次元の衝撃波接続条
件の予言よりも低くなるので, 宇宙線加速効率は大きく見積もられる可
能性がある。
我々は3次元磁気流体シミュレーションを用いて, SNR での Halpha
輝線放射の固有運動と衝撃波接続条件から見積もられる宇宙線加速効率
が大きく見積もられうることを明らかにした(Shimoda et al. 2015)。
さらに, 宇宙線加速効率を準解析的に評価したところ, 加速効率は上流
の密度揺らぎの振幅程度の不定性を持ち, 数値計算の結果と大まかに一
致した。しかしながら先行研究では衝撃波上流の密度揺らぎの振幅は限
られた場合でしか計算していない。実際の SNR の周囲の環境は多様で
あり, 例えば SN1006 は銀河面から離れているので, 他の SNR よりも周
辺媒質の揺らぎの振幅が典型的な星間媒質よりも小さいことが予想され
る。本研究では, 密度揺らぎの振幅が典型的な星間媒質のものより小さ
い場合のシミュレーション結果と、より広いパラメーター領域をしらべ
することである。
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宇素 c4
大型レーザーを用いた磁化プラズマ中の無衝
突衝撃波の生成実験
正治 圭崇 (青山学院大学大学院 M2)
銀河系内宇宙線(∼1015.5 eV)の加速源の最有力候補として、超新星残
骸における無衝突衝撃波が挙げられる。その加速メカニズムとして、粒
子が電磁波で散乱されて衝撃破面を往復することでエネルギーを得る、
フェルミ加速などの理論的モデルが考えられている。しかし、フェルミ
加速には注入問題や粒子を散乱させるための電磁波の励起方法等の問題
が指摘されている。注入問題の解決方法としては、波乗り加速といった
加速機構がシミュレーションによって示唆されている。, 宇宙線の加速
メカニズムの研究として、理論的研究および観測的研究が主な方法とし
て行われてきたが、我々は第三の方法として、大型レーザーを用いた地
上実験によって宇宙線加速のメカニズムを解明する。我々の第一目標は
磁場中の無衝突衝撃波を生成することである。
, 実験の準備として、イオンのジャイロ半径・Alfven マッハ数・クーロ
ン散乱の平均自由行程より無衝突衝撃波生成の条件を考えた。その条件
を満たすためのターゲットを決めるために輻射流体シミュレーションで
ある ILESTA1D を用いて計算を行ったところ、Al の 10∼15 µm の厚
さが最適であるとわかった。そして考えたパラメータ条件を用いて、実
験を行った。昨年度及び一昨年度の実験では、無衝突衝撃波の生成には
至らなかったが、結果より求めた ejecta の速度が生成条件を満たすこと
を確認しトムソン散乱計測によってプラズマの温度を計測することに成
功した。また、生成条件を満たすための実験のセットアップを変更した。
るために行っている線形解析の結果について報告する。
1. Shimoda et al. ApJ 803, 98 (2015)
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
1. Hoshino & Shimada, 2002
28
宇宙素粒子
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宇素 c5
Gravitational Leptogenesis
安藤 健太 (東京大学宇宙線研究所 M1)
宇宙における物質と反物質の非対称性の起源は、宇宙論と素粒子論の両
者で議論される興味深い問題である。素粒子スタンダードモデル(SM)
でも、カイラルアノマリーによってバリオン数(B)やレプトン数(L)
が生成され得るが、B-L は保存される。これにより、スファレロン機構
という熱的な機構で B や L は洗い流されてしまう。右巻きニュートリ
ノを導入する leptogenesis は、重い右巻きニュートリノの崩壊で B-L を
破って L が作られ、これがスファレロンによって B にも転換されるとい
う理論である。一方、gravitational leptogenesis では、重力アノマリー
によって、L が作られる。
レプトン数、あるいはフェルミオン数への重力アノマリーは次のよう
に表される。
∂mu jLmu = f racNl−r 16pi2 RR̃
(1)
where
jLµ = li γ mu li + ui γ µ νi ,
RR̃ =
1 αβγδ
ϵ
Rαβρσ Rγδ ρσ
2
(2)
この機構でレプトン数が生まれるには、Nl−r と RildeR が共にノンゼ
ロの寄与をすることが必要である。ここで、Nl−r は左巻きと右巻きの
フェルミオンの自由度の差であり、SM では左巻きのみのニュートリ
ノが 3 世代あるので、Nl−r = 3 であるが、右巻きニュートリノの質量
スケール ( 1014 , GeV) より高温では Nl−r = 0 である。 また、RR̃
は Pontryagin density と呼ばれ、一様等方の Robertson-Walker 計量
では 0 だが、そこからの揺らぎを二次まで入れると、カイラルな(左巻
きと右巻きが非対称な)重力波からはノンゼロの寄与がある。これは、
Sakharov の条件のうち、CP の破れを反映している。そのような CP の
破れは、修正重力の相互作用
∆L = P (ϕ)RR̃
(3)
から得られる。ここで、ϕ は CP odd なインフラトン場、P は ϕ の奇関
数である。この相互作用の痕跡を CMB に観測できる可能性もある。
1. S. H. -S. Alexander, M. E. Peskin and M. M. Sheikh-Jabbari
Phys. Rev. Lett. 96, 081301 (2006)
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2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
29
コンパクトオブジェクト
コンパクトオブジェクト分科会
コンパクト天体で築く侍の物理
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
30
コンパクトオブジェクト
日時
招待講師
7 月 27 日 16:30 - 17:30(招待講師:田中 雅臣 氏), 20:15 - 21:15
7 月 27 日 10:15 - 11:15(分科会別ポスター), 13:30 - 14:30 , 17:15 - 18:15(分科会
別ポスター), 18:30 - 19:30 (招待講師:榎戸 輝揚 氏)
7 月 28 日 9:00 - 10:00 , 14:45 - 15:45 , 17:15 - 18:15
田中 雅臣 氏 (国立天文台)「超新星爆発:理論・観測の現状と未解決問題」
榎戸 輝揚 氏 (京都大学)「宇宙最強の磁石星「マグネター」から中性子星の統一理解
へ」
座長
原田了 (東京大学 D2) 、松本達矢 (京都大学 D2) 、犬塚愼之介 (早稲田大学 D1) 、長
尾崇史 (京都大学 D1)
2016 年 02 月 11 日、重力波初検出の報は世界を駆け巡り、文字通り我々の心を時
空と共に震撼させた。 今や人類は白色矮星・中性子星に加え、ブラックホールという
コンパクト天体の存在を確信できる段階にきたのだ。 昨今の天文観測界の趨勢は、ま
さにコンパクト天体に向かっていると言っても過言ではない。 重力波は言わずもが
な、IceCube での PeV ニュートリノ検出や AMS02 をはじめとする宇宙線観測はコン
パクト天体の新たな側面を照らしだし、ガンマ線・X 線観測もより高感度、広視野を
武器に新たなフロンティアに迫りつつある。 さらに、可視光サーベイ観測は数々の新
奇な変動天体を発見し、これらはまたコンパクト天体に端を発していると考えられる。
コンパクト天体はそのコンパクトさ故に莫大なエネルギーを解放し、人智を超えた現
概要
象を引き起こす。 地球上では決して到達できないその超極限的な現象が、人類を魅了
し、そして新たな物理へと導くのだ。 本分科会ではこのような信条のもと、参加者が
一体となってコンパクト天体についての議論を行う。 小手先の知識でコンパクト天体
の理解はできない、みなが各々一人の侍としてこの対象に挑むことを欲する。 そうし
て、コンパクト天体の名のもとに、侍の物理を打ち立てるのだ!
注)超新星爆発や中性子星はコンパクトオブジェクト分科会で扱いますが、 激変星
(新星や矮新星など) や白色矮星は太陽・恒星分科会で扱います。
注)活動銀河核 (AGN) のブラックホールとしての挙動やジェットに注目する場合は
コンパクトオブジェクト分科会で扱いますが、 AGN ホスト銀河や AGN と銀河の共
進化については銀河・銀河団分科会で扱います。
注)相対論の基礎理論に関する話題は重力・宇宙論分科会で扱います。
注)重力波についての話題は、コンパクトオブジェクトの天体現象としての重力波に
着目したものについてはコンパクトオブジェクト分科会で取り扱います。
注)高エネルギー天体現象由来の高エネルギー粒子の放射・伝播・加速機構に関して
は宇宙素粒子分科会で扱います。 注)Fast Radio Burst についての話題は、起源に
着目したものについてはコンパクトオブジェクト分科会で取扱います 。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
31
コンパクトオブジェクト
田中 雅臣 氏 (国立天文台)
7 月 26 日 16:30 - 17:30 B 会場
「重力波天体とマルチメッセンジャー天文学」
2015 年、史上初めて重力波が直接検出され、
「重力波天文学」が幕を開けました。また、重力波天体を電磁波で探査する観測も精力的に行われ、天
体からのあらゆるシグナルを駆使する「マルチメッセンジャー天文学」が始まったとも言えます。驚くべきことに、これまでに報告された 2 例はど
ちらも連星ブラックホール合体からの重力波で、ブラックホールの形成や、連星進化の研究に大きなインパクトを与えています。また今後は、連星
中性子星合体からの重力波も検出されることが期待されています。連星中性子星合体は金やプラチナなどの重元素 (r-process 元素) の起源としても
注目されており、マルチメッセンジャー天文学によって重元素の起源を明らかにすることができるかもしれません。本講演では、連星中性子星合体
における元素合成と電磁波放射を中心に、重力波天体研究の現状の理解をまとめ、これから挑むべき課題や未解決問題を紹介します。
榎戸 輝揚 氏 (京都大学)
7 月 27 日 18:30 - 19:30 B 会場
「宇宙最強の磁石星「マグネター」から中性子星の統一理解へ」
中性子星は物理学と天文学のいずれの視点からも魅力的な研究対象になっている。地上実験では実現できない高密度、強重力、強磁場といった極
限物理が現れる中性子星は、物理の視点からは理想的な宇宙実験室である。また天文学的にも、観測的に多様な種族が数多く見つかるようになって
おり、超新星爆発の中心エンジンの理解や、宇宙遠方からの謎の短時間の電波バースト Fast Radio Burst (FRB) の起源に関わり、さまざまな突発
現象の理解にも欠かせない。これら多様な中性子星は、電磁波放射のエネルギー源を考えても、星の自転、降着による重力エネルギーの解放、超新
星爆発での残熱、蓄えられた磁気エネルギーなどさまざまで、中性子星の多様性をどのように統一的に理解するかは大きな未解決問題である。その
有力な鍵は、sim1012 ,G もの強磁場と、その減衰に伴う天体進化であろう。それを考える上で、軟ガンマ線リピーター (Soft Gamma Repeater) や
特異X線パルサー (Anomalous X-ray Pulsar) と呼ばれる新種族は、通常の中性子星よりも 2 桁近く強い磁場をもち、磁気エネルギーを解放して輝
く「マグネター」と呼ばれており、近年急速に観測が進んでいる。突発天体として次々に見つかるようになった宇宙最強の磁石星マグネターは、X
線観測により磁気的活動の諸相が明らかになりつつあり、中性子星の統一的理解に大き役割を果たすと考えられる。本発表では、中性子星の多様性
とマグネター観測を軸に、中性子星の最新の研究成果を紹介する。さらに、次世代の宇宙X線望遠鏡のプロジェクトでは、中性子星の冷却や進化、
質量や半径の精密測定などを通して、中性子星内部の高密度の状態方程式の解明も視野に入ってきた。近い将来の観測プロジェクトも紹介したい。
1. S. Mereghetti, Astron. Astrophys. Rev. 15(4), 225 (2008)
2. S. A. Olausen and V. M. Kaspi, ApJL Supplement, 212(1), 22 (2014)
3. 榎戸輝揚,「宇宙最強の磁石星:マグネター観測で垣間見る極限物理」, 物理科学月刊誌パリティ 2015 年 8 月号
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
32
コンパクトオブジェクト
コン a1
数値相対論を用いた超大質量星の重力崩壊シ
ミュレーション
打田 晴輝 (京都大学 基礎物理学研究所 D1)
107 − 109 cm−3 のガス回転円盤中においてほとんど宇宙年齢以内に合
体可能であることがわかった。また、ブラックホールの質量が大きくな
るほど合体時間が短くなることがわかり、もし 3 体以上のブラックホー
ルを想定した場合に、合体によってブラックホールの質量が増えていけ
ば、さらに合体が起こりやすくなると言える。 今後、3 体以上のブラッ
赤方偏移 z ≥ 6(宇宙誕生から 10 億年程度)の初期宇宙には約 109 太
クホールの合体を考えて数値シミュレーションをしていこうと考えてい
陽質量の超巨大 BH が存在することが分かっている [1]。しかし、この
る。その場合、ガスの力学的摩擦の他に、3 体相互作用、近日点移動、重
ような巨大な BH がどのようにして形成されたのかは分かっておらず、
力波放射の効果を取り入れて計算を行う必要がある。その計算を行うに
現在の宇宙物理学の大きな問題の一つになっている。この問題を解決で
は、卒業研究で用いた Leap-frog 法では精度が足りなくなってしまうた
きるシナリオとして、105 太陽質量程度の超大質量星(Super Massive
め、Hermite 法を用いる必要がある。また、相対論効果を入れるために
Star;SMS)が宇宙初期に形成され、重力崩壊して同程度の質量を持った
BH が形成され、ガス降着により超巨大 BH へ成長するというシナリオ
post-Newtonian 近似 (Kupi et al. 2008) を取り入れて計算を行ってい
が考えられている。このシナリオを検証するには SMS が宇宙初期に存
在したことを確認できれば良いが、非常に遠方の初期宇宙に存在するた
めに直接観測には成功していない。そこで我々は SMS の重力崩壊に着
こうと考えている。
1. H. Tagawa et al. MNRAS 451, 2174-2184 (2015)
2. G. Kupi et al. Mon. Not. R. Astron. Soc. 000, 1-5 (2006)
目し、重力崩壊に伴い観測できる電磁波や重力波が放出される可能性に
ついて調べている。我々の過去の研究により、SMS は回転していると強
く安定化され、質量が 2 × 105 太陽質量より小さい SMS は重力崩壊を
開始する前に水素燃焼が終わり、組成の大部分がヘリウムになりうるこ
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コン a3
とが分かっている [2]。核融合反応は元素が重いほど強い温度依存性を
狭輝線 1 型セイファート銀河 NGC 4051 の X
線スペクトル時間変動解析
清野 愛海 (東京大学 馬場中澤研究室 M1)
持つため、このような SMS は重力崩壊時に爆発的に核融合反応が起き、
大量の電磁波が放出されて観測できる可能性がある。また、我々が過去
に簡単なモデルで SMS を近似し重力崩壊を計算した所、BH の形成に
ブラックホール(BH)近傍では、降着によって高温・高エネルギーの
伴い強い重力波が放出され、観測できる可能性があることが分かってい
現象が起き、放射される X 線を観測することでその状態を知ることが
る [3]。そこで現在はより現実的な SMS のモデルを置いて重力崩壊を数
できる。活動銀河核(Active Galactic Nucleus; AGN)の X 線スペク
値相対論シミュレーションし、核融合の効果などについて調べている。
トルは、光子指数 Gamma ∼ 2 のベキ関数型(PL)成分、鉄輝線を伴
本発表では研究の進捗を報告するとともに、シミュレーションの結果か
う反射成分、などで構成されることが知られている [1]。 ただし、実際
ら得られる超大質量星の観測可能性について議論する。
に観測される X 線スペクトルではこれらの成分が混じり合い、その結
1. Mortlock D.J. et al., Nature 474 616(2011)
2. M. Shibata ,H.Uchida and Y. Sekiguchi ,ApJ 818 157(2016)
3. M.Shibata ,Y.Sekiguchi , H.Uchida ,H Umeda ,in prep.
果として構造が乏しく、何らかの仮定や先見なしにそれらの成分を分離
することは難しかった。 そこで我々は AGN の X 線スペクトルの時間
変動に着目し、これを用いて成分を分解する研究を進めている。野田ら
は、セイファート 1 型 AGN(Sy1)のスペクトルを独自の手法で成分分
解し、Sy1 の X 線放射源であるコロナが複数存在することを観測的に
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コン a2
銀河中心領域における巨大ブラックホールの
合体シミュレーション
石川 徹 (筑波大学、宇宙物理理論研究室 M1)
明らかにした [2][3]。 本研究では、Sy1 で得られた BH 周辺の描像が、
Sy1 よりも BH 質量が小さく、降着率のエディントン比が高いと考えら
れている挟輝線 1 型セイファート銀河(Narrow Line Seyfert 1; NLS1)
でも成り立つかの検証を目的とする。 NGC 4051 は、赤方偏移 0.0024
(Brinkmann et al. 1995)、質量 1.73 × 106 M⊙ (Denney et al. 2009)
の NLS1 である。X 線衛星「すざく」で 2005 年と 2008 年に計 3 回の観
銀河中心には、普遍的に巨大ブラックホールが存在する。しかし、そ
測が行なわれており、2–10 keV のフラックスが ∼ 2 × 10−11 erg/cm2 /s
の巨大ブラックホールの質量の獲得過程や形成過程は現在でもはっき
(2008 年)と明るく、観測間での変動も 2―3 倍と大きいため、時間変
り解明されていない。巨大ブラックホールの成長の可能性として有力
動解析に適している。明るいときと暗いときのスペクトルの差分をとっ
なのが、ブラックホールの合体である。系の中心に巨大ブラックホール
た結果、大きく変動しているのは Gamma ∼ 2.3 の PL 成分だと分かっ
が存在する場合、ガス中を別のブラックホールが動くと、そのブラッ
た。この情報を元に、時間平均スペクトルを、Gamma ∼ 2.3 で固定し
クホールは減速する。この力学的摩擦によって徐々に系の中心に向か
た PL 成分と反射成分の 2 成分モデルでフィッティングしたところ、残
い、バイナリー形成を起こす。そして最終的に重力波放射が支配的にな
差として鉄の吸収エッジと硬 X 線帯域のハンプ構造が見られた。そこで
るほど軌道が縮み、やがて合体に至る。Tagawa et al. 2015 で、ガス
新たに、吸収を受けた別の PL 成分を加え、3 成分でフィッティングを
が豊富な原始銀河中では複数のブラックホールが合体可能であること
行うと、時間平均スペクトルをよく再現できた。すなわち、NLS1 の X
がわかっている。 卒業研究において、銀河の中心領域を想定したガス
線スペクトル が 2 種の PL 成分を含むことが示され、NLS1 の BH 周囲
回転円盤の中心に質量 108 M⊙ の巨大ブラックホールが存在していると
にも、Sy1 と同様に複数のコロナが存在することが分かった。
想定し、その周辺を円運動しているブラックホール 1 体の重力波放射
のタイムスケールが経過時刻を下回ったときに合体したとみなすこと
で、ガス回転円盤中で宇宙年齢以内に合体できるのかを検証した。その
結果、質量 105 − 106 M⊙ の周辺のブラックホールが、ガスの数密度が
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
1. Fabian, A. C., and Miniutti, G.2005, arXiv:astro-ph/0507409
2. Noda, H., Makishima, K., Nakazawa, K., et al. 2013, PASJ, 65,
4
33
コンパクトオブジェクト
3. Noda, H., Makishima, K., Yamada, S., et al. 2014, ApJ, 794, 2
ば超臨界降着の有力な証拠となる。
アウトフローはドップラー効果によって、輝線や吸収線に大きな影響
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コン a4
超大質量バイナリーブラックホールの超臨界
降着
飯島 一真 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
超大質量ブラックホール (SMBH) は、数々の興味深い観測事実、そ
してそこから示唆される多くの重要な理論的予測と相まって、現代の天
文学において不可欠な要素である。例えば、銀河の中心には SMBH が
あり、更には銀河との共進化が知られ、あるいは銀河進化の歴史のなか
で、銀河同士の衝突による SMBH のバイナリーブラックホール (BBH)
の生成も期待されている。この SMBH の BBH については従来よりシ
ミュレーションがなされており、バイナリー系を取り囲む円盤状のガス
流、そこから 2 つのブラックホールそれぞれに質量降着してできた内側
の 2 つの円盤、合計 3 つの降着円盤が存在するとわかっている (Brian
et al.[1])。そしてこの SMBH 自体の生成のメカニズムについても、多
くの議論がなされており、BBH の衝突・合体や超臨界降着によるもの
を及ぼす。現在の観測装置のエネルギー分解能では、超高光度 X 線源の
スペクトルにこれらを検出することができず、アウトフローを確かめる
ことができなかった。しかし次世代の観測装置ならば、鉄の輝線が見え
るのではないかと指摘されている。また理論的にも、超臨界降着を利用
した輝線のシミュレーションが未だなされていない。
そこで、アウトフローの効果を検証するために、私は簡単化したモデ
ルで輻射輸送の 3 次元シミュレーションを行った。このモデルではモン
テカルロ法を用いて、光子とアウトフローの相互作用を計算した。その
結果、鉄の輝線は出ているが、アウトフローの構造に強く依存したドッ
プラー効果で、輝線の幅が大きく広がることがわかった。今後はより詳
細な超臨界降着を反映した大規模シミュレーションに取り組む予定で
ある。
本講演では私の行った 3 次元シミュレーションの結果を中心に、超高
光度 X 線源について紹介する。
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コン a6
とされている。ここで、超臨界降着とは、エディントン限界以上の質量
川名 好史朗 (東京大学 宇宙理論研究室 M1)
が降着する状態のことである。このように SMBH を考える上で、バイ
ナリーや超臨界降着といった概念は切り離せない関係にあるのである。
本発表の前半ではまず SMBH による BBH について論じた論文、Brian
et al.2014 を紹介する。
上記の SMBH 研究の歴史的な潮流を踏まえたうえで我々は、今まで
考えられていなかった、「SMBH による BBH への超臨界降着」という
テーマで研究している。超臨界降着によって起こる現象としてアウトフ
ローがある。アウトフローとは、超臨界降着を起こすブラックホールに
おいて降着円盤内の輻射圧が高まり、高速のガスを外に噴き出す現象で
ある。BBH においてもアウトフローが期待され、それにより、観測に結
びつく結論が得られることが考えられる。そのために、現在我々は 2 次
元の流体シミュレーションコードを用いて、SMBH のバイナリー系を想
定し、得られる垂直方向への輻射圧からアウトフローをシミュレーショ
ンしており、またバイナリー系における SMBH 自体の進化についても
研究していきたいと考えている。本発表の後半では、我々の研究の途中
経過を報告する。
中間質量ブラックホールによる白色矮星の潮
汐破壊現象の数値流体シミュレーション
ブラックホール (BH) のごく近傍を星が通過すると、BH の潮汐力
で星が破壊され、超新星爆発に相当するエネルギーが突発的に解放され
る場合がある。今日まで、様々な種類の BH、星に対してこの潮汐破壊
の研究が進められてきた。その中でも白色矮星 (WD) の破壊に関して
は、潮汐力で収縮・破壊された WD が高温で原子核反応を起こし、Ia 型
超新星爆発に似た現象として観測されるという興味深い特徴を持つ。ま
た、潮汐破壊においては WD の質量 (MWD )、BH の質量 (MBH )、潮汐
破壊が起こる半径と軌道の近点距離の比 (β) が重要なパラメータで、破
壊された WD がシュバルツシルト半径の内側に入ると観測不可能とな
り、あるいは軌道が遠すぎれば潮汐破壊が起こらず、観測可能なほどの
エネルギーが解放されない。WD の場合、この制限から観測可能な場合
の MBH は約 100−5 M⊙ に限定され、中間質量ブラックホール (IMBH)
を探す良い指標になるという重要性がある。このため、IMBH-WD の
潮汐破壊について多くの数値シミュレーションを用いた先行研究がある
が、パラメータサーベイを行った研究は一部で行われるのみだった [1]。
1. B. D Farris , P. Duffell and A. I Macfadyen
しかし、そこでのパラメータの刻み幅は荒く限られた条件しか調べられ
ていない。また、WD の元素組成は He pure か C:O=1:1 の 2 通りしか
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コン a5
アウトフローで探るブラックホールへの超臨
界降着
北木 孝明 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
超高光度 X 線源と呼ばれる X 線で明るい天体が、多数発見されてい
る。典型的な光度は 1039∼41 [erg/s] で、太陽質量のエディントン光度を
超えている。この天体現象を説明する立場として、恒星質量ブラック
ホール (20 太陽質量程度以下) に超臨界降着 (超エディントン降着) が起
こっているという考えがある。超エディントン光度を持つ天体の周りで
は、輻射圧が卓越するために外向きのガスの流れ (アウトフロー) が生じ
るはずである。実際に超臨界降着のシミュレーションでは、光速の 10
分の 1 のアウトフローが生じることがわかっている。これが観測できれ
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
考慮されていない。
そこで本研究では、MWD , MBH , β をパラメータとしてより細かい刻み
幅で動かすとともに、多様な元素組成の WD を仮定して、これまで考慮
されなかった場合での IMBH-WD の潮汐破壊の数値シミュレーション
を行う。計算手法は Smoothed Particle Hydrodynamics (SPH) 法を用
い、原子核反応を組み込んで、生成される原子核の種類、量、核反応エネ
ルギーを定量的に評価する。その結果から、Ia 型超新星爆発との比較、
観測可能性の有無、IMBH の指標となりうる特徴等に対するパラメータ
依存性を検証する。
1. Rosswog, S., Ramirez-Ruiz, E., and Hix, W. R. 2009, Astrophys.
J., 695, 404
2. Rees, M. J. 1988, Nature, 333, 523
3. Luminet, J.-P., and Pichon, B. 1989, Astron. Astrophys., 209,
103
34
コンパクトオブジェクト
あった [3]。本講演では、V404 Cyg の 2015 年のアウトバーストの可視
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コン a7
GW150914 から示唆される銀河系内ブラック
ホールの観測可能性
松本 達矢 (京都大学 天体核研究室 D2)
ブラックホール(BH)は大質量星の重力崩壊にともなって形成され
及び X 線観測データの解析の結果と、そこから考察される今回のアウト
バーストの描像について議論する。
1. Kato, S., Fukue, J. & Mineshige, S., itKyotoU niv. P ress (2008)
2. Zycki, P. T., Done, C. & Smith, D. A., itM N RAS, 309, 561
(1999)
3. Kimura, M. et al., itN ature, 529, 54 (2016)
ると考えられるコンパクト天体である。銀河系内では銀河中心部に存在
する SgA∗ を除き、伴星からの質量降着によって X 線連星として観測
されている。これに対し、単独の BH が銀河系内に存在しているかはほ
とんどわかっていない。しかし、昨年の重力波観測により、60M⊙ を超
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コン a9
フェルミガンマ線宇宙望遠鏡による Cygnus
X-3 の解析
えるような単独 BH が存在することが確認された。また、重力波イベン
林 直志 (立教大学 M1)
トレートはこのような BH が銀河内に最大で 105 個存在することを示
唆する。本研究では、この重力波観測の結果を踏まえ、銀河系内に観測
されたような合体後の BH が存在した場合、どのような観測的特徴を持
マイクロクエーサーはブラックホールまたは中性子星のコンパクト天
つのかを議論する。BH は Bondi 降着によって星間物質を降着していく
体と恒星の連星であり、恒星からコンパクト天体に質量降着して降着
が、BH 近傍では降着円盤を形成すると考えられる。本講演では、この
円盤を形成している。マイクロクエーサーの大きな特徴は相対論的な
降着円盤とその放射の基本的性質について報告し、その観測可能性を議
ジェットを放出することである。同じく相対論的なジェットが観測され
論する。
る活動銀河核のクエーサーと比べ中心天体の質量が 7-8 桁以上も違うに
1. B. P. Abbott. et al, PRL, 116, 061102 (2016)
2. H. Bondi, MNRAS, 112, 195 (1952)
3. R. Narayan and I. Yi, ApJL, 428, L13 (1994)
もかかわらず、ジェットや降着円盤など様々な特徴が一致していること
から、同様のメカニズムでジェットが放出されていると考えられている。
マイクロクエーサーはクエーサーに比べジェットの時間スケールが短
いためメカニズムを探るのに適している。
Cygnus X-3 はマイクロク
エーサーの一種であり、コンパクト天体(ブラックホールか中性子星)と
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コン a8
X 線新星 V404 Cyg のアウトバーストにおける
規則的な可視短時間変動の発見
木邑 真理子 (京都大学宇宙物理学教室 M2)
Wolf-Rayet 星からなる連星である。Cygnus X-3 は相対論的なジェッ
トを放出していると考えられる期間のみガンマ線で観測することができ
る。ガンマ線放射機構の候補として逆コンプトン散乱か π 0 崩壊による
ものではないかと考えられていたが明らかになっていない。
本研究で
はフェルミガンマ線宇宙望遠鏡を用いて Cygnus X-3 の解析を行った。
相対論的なジェットを放出していると考えられる期間のみにしぼりエネ
ブラックホール X 線新星は、ブラックホール (主星) と晩期型星 (伴
ルギースペクトルを調べたところ、逆コンプトン散乱のスペクトルの特
星) から成る近接連星系の一種である。伴星からの質量輸送によって主
徴であるべき関数型になり、π 0 崩壊の特徴である数 100 MeV での折れ
星の周囲に降着円盤が形成されており、降着円盤に溜まった物質が主星
曲がりは存在しなかった。このことから Cygnus X-3 のガンマ線放射機
に一気に落ち込む際、重力エネルギーの解放に伴い X 線や可視領域で不
構は逆コンプトン散乱によるものだと明らかになってきた。
定期な増光現象 (アウトバースト) を起こす [1]。V404 Cyg はこのよう
にしてアウトバーストを起こすブラックホール X 線新星で、過去の観測
から、アウトバースト中に X 線で激しい短時間変動を示す特異な天体で
1. Abdo et al. Sci, 326, 1512 (2009)
2. A.Bodaghee et al. ApJ, 775, 98 (2013)
あることが知られていた [2]。
2015 年 6 月中旬、V404 Cyg は可視光の観測技術が飛躍的に進歩して
以来初めて、26 年ぶりにアウトバーストを起こした。私達は、私達の研
究グループが主導している国際協力変光星観測ネットワーク VSNET を
通じてこのアウトバーストの可視連続測光観測を行い、ブラックホール
X 線新星のアウトバーストでは過去最大の、アウトバースト全期間のお
よそ 65 %をカバーする可視データを得た。その結果、規則的なパター
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コン a10
強磁場中性子星マグネターにおけるナノフレ
ア加熱モデル
竹重 聡史 (京都大学宇宙物理学教室 D2)
ンを持つ可視短時間変動 (振幅: 0.1–2.5 mag, 周期: 5 min–2.5 hours)
近年観測技術の発展から、一般的な中性子星よりも非常に強い磁場を
を世界で初めて発見した。この変動は、今まで X 線でしか観測できない
もつ中性子星 (∼ 1015 G) としてマグネターという天体が発見されてい
と考えられていた、ブラックホール近傍からの放射エネルギーの振動現
る。マグネターの一部は巨大なフレア現象 (∼ 1042−46 erg) を起こすこ
象を表すものである。また、可視光・X 線の同時観測データの解析から、
とで発見され、このフレアはその豊富な磁気エネルギーによって駆動
この変動がエディントン光度の 100 分の 1 程度の低い光度でも起こって
されると考えられている。また観測によって、マグネターからの定常
いたことが明らかになった。今まで他のブラックホール連星における規
的な放射から得られる有効温度 (∼0.4 keV) は一般的な中性子星の温度
則的な X 線変動はエディントン光度近くまで光度が高いときにしか観
(∼0.08 keV) よりも高いことが知られている [1]。本研究ではこの温度
測されておらず、それを説明する理論も光度が高いことを前提としてい
の違いが定常的な磁気エネルギーの解放による加熱の結果と考えた。天
たため、今回私達が発見した変動は既存の理論では説明できないもので
体表面における定常的な磁気エネルギーの解放過程として、本研究では
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
35
コンパクトオブジェクト
太陽コロナにおけるナノフレアモデルを応用することを試みた [2]。この
変化するかを調べ,上記の系に似た別の少数多体系が存在したときにど
モデルでは、太陽コロナ下層のスケールハイト程度の大きさの磁気ルー
のような進化を遂げるのかを予想した.
プに、表面運動によってエネルギーを注入する。この磁気エネルギーは
磁気リコネクション過程を通して観測を説明出来るような短いタイムス
ケールで変換される。太陽フレアの標準モデルでは、解放されたエネル
ギーが電子による熱伝導によって大気下層に運ばれることで高温の磁気
1. S. M. Ransom et al. Nature 505, 520 (2014)
2. Rafikov R. R. ApJ 794, 76 (2014)
3. Kozai Y. AJ 67 591 (1962)
ループが形成され、このプラズマが放射冷却で冷えることによってフレ
アの光度曲線が指数関数的に減衰していくと考えられる。そこで本研究
では注入されたエネルギーが閾値を越えるとエネルギー解放が起きると
仮定し、この閾値をパラメータとして磁気リコネクションによる加熱と
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コン a12
Ia 型超新星の特異な減光則と星周ダストによ
る多重散乱の効果
エネルギー輸送、表面で加熱されるプラズマからの放射で定常放射を説
長尾 崇史 (京都大学宇宙物理学教室 D1)
明することを試みた。過去の理論的な研究から、マグネターのフレアで
はエネルギー輸送過程として、電子による熱伝導よりも光子による放射
が有効であることが示唆されている [3]。本研究ではこれを考慮して加
Ia 型超新星は絶対光度と光度の減衰率に関係があり、距離測定の指標
熱と冷却のバランスを考えることでモデルを構築し、ナノフレアの起こ
として使われている(Riess et al. 1998; Perlmutter et al. 1999)
。しか
るタイムスケールやその頻度、また光度曲線の減衰するタイムスケール
し、Ia 型超新星は銀河系などでの一般的な減光に比べ、より赤くなると
の物理量依存性を調べた。
いうような特異な減光(小さな RV )を受けることが知られており、距
1. Vogel, J. K., Hascoët, R., Kaspi, V. M., et al. 2013, ApJ, 779,
163
2. Parker, E.N. 1988, ApJ, 330, 474
3. Masada, Y., Nagataki, S., Shibata, K., & Terasawa, T. 2010,
PASJ, 62, 1093
離測定における最大の不定性となっている(Nordin et al. 2008)。この
特異な減光を説明する有力なモデルとして、星周ダストによる多重散乱
で説明する研究がある(多重散乱モデル、Wang 2005; Goobar 2008)。
光源周りに少しでもダストがあれば、何度か散乱をして視線方向に入っ
てきた光が足される為、実効的に減光が変化するというモデルである。
一方、星周ダストによる多重散乱が減光に与える影響は、ダストの光学
特性に大きく依存する。しかし、過去の研究では二つのダストモデルし
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コン a11
パルサーを中心とする少数多体系の相対論的
軌道長期安定性
鈴木 遼 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 M1)
か用いておらず、多重散乱モデルが一般的に Ia 型超新星の特異な減光の
解決になるかどうかは分かっていない。本研究では、多重散乱モデルに
おいて、Ia 型超新星の特異な減光を再現できるようなダストの光学特性
を特定することを目的とした。様々な値の散乱係数、吸収係数を持つダ
スト定常光源の周りに一様に置き、実効的な減光を計算した。その結果、
可視光域で波長が短いほど反射率が小さく、かつ質量減光係数が大きい
1990 年代以降の観測技術の目覚しい発展により,2016 年 5 月現在で
3000 以上もの系外惑星の存在が確認されている.惑星系を構成する天
場合のみ、Ia 型超新星の減光を再現できることが分かった。またこのよ
体は様々で,太陽系の天体とはかけ離れた軌道を示すものも観測されて
多環芳香族炭化水素を含むダストであることを明らかにした。つまり、
いる.中でも,近年,パルサーを中心とする惑星系 (パルサー・プラネッ
多重散乱の効果は普遍的なものではなく、ダストの種類やサイズに依存
ト) が観測され,注目を浴びた.パルサーとは,周期的な電波を放出す
すること、また Ia 型超新星に対して測定された RV から親星進化の過
る中性子星のことで,超新星爆発のあとにできる天体であると考えられ
程で生成・放出するダストに制限をつけられることを明らかにした。
ている.そのため,パルサー・プラネットの軌道や形成過程は超新星爆
発についても新たな情報を提供する可能性があり,非常に興味深い.
本研究では, パルサー・プラネットの軌道が長期的にどのような進化
を遂げるのか,数値計算を用いて調べた.研究対象としたのは,パル
うな光学特性を持つダストとしては、小さなケイ酸塩ダスト、あるいは
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コン a13
IIb 型超新星爆発の親星の多様性の起源
大内 竜馬 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
サーを中心に小惑星が 3 つ回転している PSR B1257+12 という天体
と,パルサーを中心天体として 2 つの白色矮星が回転している PSR
超新星爆発は大質量星や白色矮星が進化の最期に起こす爆発現象であ
J0337+1715 という天体である.具体的な手法としては,多体系の運動
り、未だ解明されていないことが多い。特に爆発前の星 (親星) の姿は爆
方程式を直接数値積分していくことになるのだが,このとき運動方程式
発が生じた後からでは観測することができないため、不明な点が多い。
は相対論の効果を含むものでなければならない.なぜならパルサーの質
超新星はスペクトルや光度曲線に応じて、観測的にいくつかのタイプに
量は太陽質量程度であり,また上記2つの系はどちらも中心天体と内側
分類されている 1 。特に爆発直後には水素の吸収線が見えるが、極大増
の天体の距離が太陽-水星間の距離よりも近いので,水星の軌道との類推
光時前後からはそれが弱まり、その後はヘリウムの吸収線を伴うスペク
からこれらの系の軌道においても相対論的な効果を無視することはでき
トルを示すものを IIb 型超新星と呼ぶ。 IIb 型超新星を起こす親星は少
ないと考えられるからである.そこで,相対論的な運動方程式として1
量の水素外層 (≲ 1M⊙ ) を持つ大質量星と考えられているが、このよう
次のポストニュートン近似による運動方程式(EIH 方程式)を採用し,
な親星に至る恒星進化シナリオに関しては決着がついていない。進化シ
IRK 法による数値積分を行って系を構成する天体の運動を求めることで
ナリオは主に、単独大質量星が強い恒星風によって水素外層の大半を放
軌道の長期的な進化を調べた.また,上記の系において軌道要素を少し
出するか、または連星系をなす星が伴星へ水素外層の大半を輸送すると
ずつ変化させたモデルを複数用意して同様の計算を行うことにより,初
いう2つが考えられている。現在 IIb 型超新星に関しては、連星系のシ
期値としての軌道要素の違いによって軌道の長期的な進化はどのように
ナリオがより支持されつつある 2 。 IIb 型超新星の爆発直前の親星はこ
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
36
コンパクトオブジェクト
れまでに 4 例が観測されている。またそれらの親星は HR 図上で青色超
巨星から黄色超巨星に至るまで多様性を示すことが知られている 3 。し
1. K. Kawaguchi et al. arXiv:1601.07711 (2016)
2. M. Tanaka et al. Astro. Phys. J. 780:31 (2014)
かしその多様性の起源はまだ分かっていない。 そこで本研究では、連
星進化の立場からその多様性を説明で きるか、またできた場合どのよ
うな要因が多様性を生み出しているかを調べた。連星系の進化計算には
MESA を用い、ゼロ歳主系列星から主星の爆発直前までの 2 星の内部
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コン a15
構造や光度などの時間進化を、質量輸送も考慮して同時に計算した。結
連星中性子星合体における short GRB の
ニュートリノ駆動モデルの検証
果、伴星の初期質量と初期公転周期をパラメータとした様々な連星系の
藤林 翔 (京都大学 天体核研究室 D3)
進化を考えることで、観測されている親星の多様性を再現できることが
明らかになった。さらに多様性は主に連星の初期公転周期によって生み
出されていることも明らかにした。本発表ではこの成果を発表する。
継続時間の短いガンマ線バースト (short GRB) の母天体が何か、そし
て相対論的ジェットの駆動メカニズムが何かは未だ確立していない問題
1. Filippenko,A.V.1997,ARA&A,35,309
である。我々は、連星中性子星の合体後に形成される、大質量中性子星
2. Folatelli G., Bersten M.C., Kuncarayakti H., Benvenuto O.G.,
Maeda K., Nomoto K., 2015, ApJ, 811, 147
と降着円盤から成る系でのニュートリノの対消滅によるジェット駆動メ
3. Van Dyk, S.D., Zheng, W., Fox, O.D.,et al. 2014, AJ,147, 37
カニズム [1] の検証を、連星中性子星合体の数値相対論シミュレーショ
ン結果 [2] を初期条件とした、数値相対論軸対称シミュレーションによ
る現実的なセットアップの基で、ニュートリノの対消滅による加熱率を
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コン a14
ブラックホール中性子星連星合体からの
Kilonova/Macronova
川口 恭平 (京都大学 基礎物理学研究所 D3)
ブラックホール中性子星連星合体は有望な重力波源として地上重力波
干渉計のメインターゲットのひとつとされており、今後数年以内にはそ
の重力波が検出されると期待されている。また、ブラックホール中性子
星連星は中性子星を含む事から、多様な突発的電磁波対応天体の源とな
るとも考えられている。こうした電磁波対応天体は重力波検出をより確
かなものとするとともに、その科学的成果を最大化あうる上で重要な役
割を果たす。
ブラックホール中性子星連星合体の電磁波対応天体として注目されて
いるものに Kilonova/Macronova という可視光から近赤外領域で明るく
光る突発天体が理論的に考えられてきた。これは連星合体時に中性子過
剰物質が放出され、その内部で合成される放射性重元素の崩壊熱によっ
て光る現象である。Kilonova/Macronova は合体後数日から十数日の時
間スケールで準等方的に光ると考えられ、連星合体の電磁波対応天体と
して観測的に有望視されている。
近年の数値相対論シミュレーションと輻射輸送シミュレーションに
より、Kilonova/Macronova の光度曲線の理論的予測が行われ、その理
解が進んでいる。一方、Kilonova/Macronova の光度曲線は放出される
物質の形状、質量、速度分布を通して連星合体のパラメータ、連星の質量
やスピン、中性子星の半径に依存するが、こうした連星合体のパラメー
タに対する Kilonova/Macronova までの一貫した系統的依存性について
の理解は十分ではなかった。
そこで本研究では最新のブラックホール中性子星連星合体の数値
相対論シミュレーションを元に、放出される物質の性質の連星合体の
パラメータ依存性をフィティングモデルを構築した。これと先行研究
の輻射輸送計算による光度曲線をよく再現する Kilonova/Macronova
の光度曲線モデルと組み合わせ、Kilonova/Macronova の光度曲線の
連星合体のパラメータに対する系統的依存性を明らかにした。本講演
ではこのモデルが与える Kilonova/Macronova 観測戦略への示唆や、
Kilonova/Macronova 観測からのパラメータ制限可能性について議論
評価することで行った。本講演ではその概要について説明する。
1. P. Mészáros and M. J. Rees MNRAS 257 29 (1992)
2. Y. Sekiguchi et al. Phys. Rev. D91 064059 (2015)
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コン a16
Suzaku/WAM データアーカイブを用いたガ
ンマ線バーストの系統的な解析
西山 楽 (埼玉大学 理工学研究科 物理機能系専攻 田
代・寺田研究室 M1)
ガンマ線バースト(Gamma Ray Burst: GRB)は宇宙でガンマ線が
突発的に大量放出される現象である。超新星爆発や相対論的天体の合
体に付随する現象だと考えられているが、いまだに解明されていない
部分も多い。X 線天文衛星「すざく」に搭載された広帯域全天モニタ
(Wide-band All-sky Monitor: WAM)は 50-5000 keV の観測帯域をも
ち、全天のほぼ半分という広い視野と硬 X 線帯域で大きな有効面積があ
ることを利用して、GRB などの突発現象を検出することができる。し
かしながら WAM には撮像機能がなく、これまでに天体の位置決定と硬
X 線の入射方向の位置決定、それを用いた正確なスペクトル解析が行わ
れた GRB は、他衛星との同期観測によって方向が求められたものに限
られ、全体の 15% にすぎなかった。未解析の GRB は 1000 あまりにも
なる。そこで、藤沼(2016)は、Geant4 ツールキットを用いて衛星全
体を再構成したマスモデルにモンテカルロシミュレーションを施し、入
射角ごとの WAM の応答を調べ、実際の観測結果と比較することにより
WAM 単独で GRB の位置決定をする方法を考案した。このシミュレー
ションによる到来方向の精度は、冷媒タンクがある方向を除けば方位角
方向の差分の平均が約 7°である。これにより、他衛星との同期観測の
ない GRB の解析が可能となった。
本研究では、WAM 単独で GRB の位置決定を行う手法を用いて実際
に未解析の GRB のスペクトル解析を系統的におこなう方法を確立し、
その結果を報告する。
1. 藤沼洸 修士論文「モンテカルロ計算による Suzaku/WAM 単独で
のガンマ線バースト解析手法の確立」 2016
する。
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コンパクトオブジェクト
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コン a17
非等方な密度揺らぎを持つプラズマ中でのワ
イベル不安定性
冨田 沙羅 (青山学院大学 M2)
相対論的電子と光子の間のエネルギー交換を正確に表現することが重要
である.
本研究では,輻射輸送計算手法としてモンテカルロ法を用い,GRB
放射スペクトルを再現するモデルを構築することを目標に,電子と光子
のエネルギー変化を正確に追尾する計算コードを開発してきた.衝撃波
により電子のみが急激に高温になる状況を想定し,3 次元モンテカルロ
γ線バースト (GRB) の後に見られる残光は、電波から X 線という幅
計算を行った.初期分布としてそれぞれ Wien 分布および Maxwell -
広いエネルギー帯域で、数日から数年かけて輝き、非熱的粒子の存在を
j”uttner 分布を考え,散乱過程としてトムソン散乱およびコンプトン散
示す。GRB 中心天体は相対論的超音速のアウトフローを放出し、その
乱を考え,散乱優位な流体場を仮定して計算を行った.その結果,相対
運動エネルギーは相対論的無衝突衝撃波によって散逸される。従って非
論的な電子と光子の衝突により逆コンプトン散乱が起こり高エネルギー
熱的粒子の存在を示す残光が生じる過程には、エネルギー散逸、磁場生
光子が生成される過程を再現できること,平衡状態へ遷移する過程で非
成そして粒子加速が重要となる。 GRB の残光の観測によると、相対
熱的なスペクトルが得られることがわかった.また,観測結果と近いス
論的衝撃波下流の広い放射領域で、星間空間の磁場を圧縮した値から約
ペクトルを得るために必要な光学的厚さや電子 · 光子の初期温度につい
100 倍にも磁場を増幅する必要があると示唆されている。その磁場の増
て検討した.
幅機構は未解明である。ワイベル不安定性は、温度非等方な速度分布を
もつ無衝突プラズマ系において磁場揺らぎを励起する現象であり、相対
論的無衝突衝撃波での磁場生成において重要であると考えられている。
先行研究では、一様プラズマ又は、一様プラズマ中を伝播する衝撃波で
のワイベル不安定性の Particle-in-cell(PIC) シミュレーションが行われ
てきた。これより Weibel 不安定性による磁場はすぐに減衰し、観測か
1. D. Band, J. Matteson & L. Ford, Astrophysical Journal, Vol 413
(1993)
2. A. Chhotray & D. Lazzati, Astrophysical Journal, Vol 802 (2015)
3. G. B. Rybicki & A. P. Lightmann, Radiative Processes in Astrophysics, 1979.
ら期待されるような広い放射領域を占めることが出来ないことが分かっ
てきた。
...................................................................
しかし現実の星間物質には密度揺らぎがあるはずである。衝撃波下流で
は、相対論的衝撃波の伝搬方向に密度揺らぎが強く圧縮され、非等方的
コン a19
な密度揺らぎが生成されると期待される。そこで本研究は、非一様媒質
ガンマ線バースト付随超新星の爆発モデリ
ング
早川 朝康 (京都大学宇宙物理学教室 M2)
中でのワイベル不安定性の非線形発展を調べるために、2 次元 PIC シ
ミュレーションを行った。 その結果、先行研究の結果よりも、ワイベ
ル不安定性による磁場を長時間維持させることができた。これは、空間
宇宙の高エネルギー突発天体としてガンマ線バースト (GRB) と超新
的に非等方な密度揺らぎが、非等方な速度分布を作り出したことで、2
星爆発が観測されている。GRB はガンマ線で太陽が一生の間に放出す
度に渡りワイベル不安定性による磁場が生成されたためである。さらに
るエネルギーに相当するエネルギーを数秒で放出する現象で、超新星は、
2 度目に生成された磁場揺らぎが維持される時間は、密度揺らぎスケー
恒星の進化の最終段階で爆発する現象であり、可視光で数日かけて光る
ルに比例することから、観測を説明出来ると期待される結果を得た。
現象である。これらはとても明るく、また爆発時に重元素を巻き散らか
1. Weibel, E. S. Phys. Rev. Lett., 2, 83 (1959)
2. Medvedev and Loeb Apj 526 : 697-706 (1999)
3. Santana, R., Duran, R. B., and Kumar, P. ApJ, 785, 29 (2014)
...................................................................
コン a18
相対論的流体場における電子 · 光子温度遷移
過程を考慮した GRB 放射モデルの検討
鍋島 史花 (東北大学工学研究科 航空宇宙工学専攻 M2)
すために、宇宙の初期で何が起き、また銀河の化学進化にどのような影
響を与えてきたか知る手段となりうる。
これらは、別々の現象として観測されてきたが、近年 GRB が観測さ
れた位置付近で続いて超新星が観測される例が十数例見つかってきた
([1] など)。この GRB 付随の超新星は爆発機構がよくわかっていないの
に加えて、GRB のエネルギーや超新星の特徴に関して多様性があるこ
とが観測からわかっており、一層謎を深めている。
この現象を説明するモデルとして collapsar モデルと呼ばれる高速回
転する大質量星の重力崩壊モデルが考えられている。大質量星の重力崩
壊後に中心にブラックホール、その周りに降着円盤を作り、円盤からブ
ラックホールへの降着で放出した重力エネルギーを GRB のジェットの
ガンマ線バースト(GRB)の放射スペクトルは Band 関数と呼ばれ
エネルギーに変換し、このジェットが外層を貫くことで GRB になると
る特徴的な構造を持っている.GRB の放射構造を解明しようとこれま
されている。また降着円盤からは円盤風と呼ばれる光速に近い速度でガ
で様々な議論がされてきたが,観測スペクトルを再現するモデルは未だ
スが噴出され、この円盤風が外層を吹き飛ばし超新星になると示唆され
提案されていない.GRB の形成シナリオとして,大質量星が一生の最
ている ([2],[3])。
後に重力崩壊を起こした後,中心から相対論的ジェットが噴き出し,光
しかしながら、GRB と超新星の関係性を明らかにした研究は少なく、
のエネルギーがガンマ線まで上昇することが考えられている.相対論的
また GRB 付随の超新星の多様性について明らかにした研究はなかっ
ジェット内には衝撃波が幾つか存在することが知られているが,光子が
た。そこで本研究では、collapasr モデルを、外層、円盤、ブラックホー
衝撃波をまたぎ温度の高い電子と出会い平衡状態へ遷移する過程で非熱
ルでの系とし、質量や角運動量のやりとりを計算し、GRB のエネルギー
的なスペクトルが形成される可能性がある.GRB 放射スペクトルの非
や超新星のエネルギーや放出された質量を計算した。その結果、双極的
熱的構造が電子 · 光子の平衡遷移過程で得られる可能性を検証するため
な円盤風が吹き出す時のみ超新星になり、付随する GRB も含めて、一
には,輻射輸送計算において相対論的な電子分布を適切に与えることや
部の観測を説明できることがわかった。また GRB のエネルギーの多様
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
38
コンパクトオブジェクト
性を、親星の角運動量の依存性で説明できることも新たにわかった。
1. Galama, T. J., Vreeswijk, P. M., van Paradijs, J., et al.
Natur.395..670 (1998)
2. MacFadyen, A. I., & Woosley, S. E. ApJ, 524, 262 (1999)
3. Kohri, K., Narayan, R., & Piran, T. ApJ, 629, 341 (2005)
成・構造に大きく関係しているということが示唆されてきたが、実際に
観測、偏波解析を行うことで、これを裏付ける結果が多く得られている。
しかし、未だに解明されていない点も存在する。
本講演では、SS 433 の偏波解析の現状の理解を深めるべく、David et
al.(2008)[3] のレビューを行う。この論文では、VLA(The Very Large
Array) による SS 433 の主に 4.8 GHz と 14.94 GHz での電波観測の
結果を用いて、偏波解析を行っている。その結果から、ジェット上の場
...................................................................
コン b1
銀河系中心核 Sgr A*の 43 GHz 帯における準
周期的振動の検出
岩田 悠平 (慶應義塾大学大学院 M1)
所ごとに偏波の程度が異なっていることがわかった。また、多波長を用
いたファラデー偏波解消の解析やジェットの運動による影響を考慮する
と、ジェット自体の磁場がジェットのらせん構造に平行になっているこ
とがわかった。これらの結果について紹介する。
今後は SS 433 のジェットの電波観測に基づく偏波解析を自身の研究
として行い、さらなる磁場構造の解明を行う予定である。将来的には
銀河系の中心核は、Sgr A*と呼ばれる強烈な点状電波天体として認
大型電波干渉計 SKA(Square Kilometer Array) などの装置の完成によ
識され、M ∼ 4 × 106 M⊙ のブラックホールを内包していると考えら
り、さらにジェットの解明が進むであろう。その時に自身の研究が貢献
れている。しかしながら Sgr A*は、未だ一般相対論が予言するブラッ
できるよう、まずは現状の把握を目指す。
クホールの「候補天体」に過ぎない。一般にブラックホール候補天体は、
その光度に準周期的振動 (Quasi-Periodic Oscillation; QPO) と呼ばれ
る特有の変動現象を伴う事が知られている。これは、一般相対論的効果
を受けた降着円盤内の軌道運動とエピサイクリック運動との共鳴に起因
1. K. Kubota, et al., ApJ, 709:1374-1386, 2010
2. Abell, G. O., and Margon, B., Nature, 279, 701, 1979
3. David H. Roberts, et al., ApJ, 676:584-593, 2008
する現象と解釈されており、ブラックホールの有力な存在証拠の一つと
考えられている。Sgr A*もまた、近赤外線および X 線フレア中に QPO
を呈しているとの報告があり、電波領域でも 43 GHz 帯にて Sgr A*の構
造変化を用いた QPO の検出が報告されている (Miyoshi et al. 2011)。
...................................................................
コン b3
我々は、Miyoshi et al. (2011) で QPO の検出報告があった 43 GHz 帯
放射冷却を取り入れたブラックホール降着
円盤
大村 匠 (九州大学 宇宙物理理論研究室 M1)
での VLBA によるデータを使用して、光度曲線を用いた強度変動の詳
細な周期解析を行った。2004 年 3 月 8 日のデータを解析した結果、Sgr
A*は 43 GHz において 13% 変動し、少なくとも 14.6 分、32.1 分に有意
ブラックホールなどのコンパクト天体には, その強い重力によって落
な周期的振動を示すことが分かった。これらの周期を降着円盤の共鳴振
ち込むガスによって降着円盤が形成される. ブラックホール X 線連星や
動モデル (Kato et al. 2010) でフィットするならば、Sgr A*のスピンパ
活動銀河核は,降着円盤から解放される重力エネルギーが活動性の起源
ラメータ a∗ は a∗ = 0.56 ± 0.15 と求められる。この a∗ の値は、質量降
となっている.
着による Sgr A*の自転角運動量の上昇過程以外に、何らかの角運動量
の抜き取り過程があることを示唆している。
1. M. Miyoshi et al. PASJ, 63, 1093 (2011)
2. Y. Kato et al. MNRAS, 403, L74 (2010)
X 線連星で観測される X 線スペクトル状態は, ハード状態とソフト状
態の 2 種類に大別される. ソフト状態は, 比較的軟 X 線が強く,X 線スペ
クトルはおおよそ 1KeV の黒体放射とべき分布の重ね合わせで説明する
ことができ, 光学的に厚く, 幾何学的に薄い標準円盤 (SSD) に対応する
と考えられている. ハード状態の X 線スペクトルは, 多温度黒体放射成
分がなく, スペクトル全体がべき型分布を持ち, ソフト状態には見られな
...................................................................
コン b2
VLA の電波観測に基づくマイクロクエーサー
SS 433 のジェットの偏波解析
酒見 はる香 (九州大学 宇宙物理理論研究室 M1)
い 100KeV 付近でのカットオフが見られる. また, 光学的に薄く, 幾何学
的に厚いことから移流優勢降着流 (ADAF) に対応していると考えられ
ている. 近年の X 線観測では, ハード状態とソフト状態の中間にあるよ
うな中間状態も発見されている.
ハード状態は, 放射を出す効率が極端に悪いため, 重力エネルギーの解
放により生じた熱エネルギーを外に排出することできない. そのため, 円
我々の宇宙には数多くの宇宙ジェットが存在することが知られてい
盤内部は高温となり, 温度が電子の静止質量エネルギーを超え 2 温度分
る。宇宙ジェットとは、原始星やブラックホール(BH)といった重力天
布が形成される. ハード状態では, 高エネルギー電子による制動放射, シ
体から、プラズマガスなどが細く絞られて噴出しているものである。そ
ンクロトロン放射, 逆コンプトン散乱が基本的な放射機構となる. ゆえ
のジェットの形成や構造については現在までに多くのことが解明されて
に, 電子の温度を考慮した円盤モデルを考えることで, 放射冷却効果を取
きている。特に、マイクロクエーサー SS 433 は比較的近傍にあること
り入れることができる. 紹介論文では, 高温降着流内のガス温度から電子
から、多数の観測が行われており、構造の理解が進んでいる。SS 433 は
温度を近似的に与えることで, 放射冷却を取り入れた 2 次元の降着円盤
恒星質量 BH もしくは中性子星
[1]
を主星に持つ近接連星である。特徴
の hydrodynamical シミュレーションを行っている. 放射冷却を取り入
としては、主星であるコンパクト天体の両側から、0.26c の速度をもつ
れることで, 質量降着率が上昇することが確認された. また, 質量降着率
ジェットを噴出していること、またこのジェットが 162 日の周期で歳差
が臨界点に達したとき, 高温ガス中に低温の clumpy/filamentary な構
運動をしていること
[2]
が挙げられる。このジェットを理解する手法の
一つとして、偏波解析が挙げられる。理論により、磁場がジェットの形
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
造ができ, 幾何学的に薄いディスクが形成されるのを確認できた. これ
は, ハード状態とソフト状態の中間の状態であると推測できる.
39
コンパクトオブジェクト
私は, 電子の温度を近似的に与えるのではなく, 二温度プラズマの電磁
流体方程式を数値的に解くことによって求めたいと考えている.
を有する (回転軸方向に強く、赤道面方向に弱い) 点に着目した。我々
は、原始ガス (水素・ヘリウム) 内での電離・再結合を考慮した、2 次元
1. Mao-chun Wu,Fu-Guo Xie,Ye-Fei Yuan,Zhaoming Gan,astro-ph
1604.02283v1 (2016)
輻射流体計算 (HLL 法) を行った。なお、輻射により周囲のガスを温め
る効果を取り入れた。結果、非等方な輻射によって、2 次元的なガスの
運動が生じることがわかった。回転軸付近で、アウトフローが発生する
一方、それ以外の部分のガスは、赤道面に集まり、赤道面付近でインフ
...................................................................
コン b4
超新星残骸における Rayleigh-Taylor 不安定性
の 1D モデル
長野 源生 (九州大学 宇宙物理理論研究室 M1)
今回の発表では 1D の流体方程式として、Rayleigh-Taylor(RT) 不
安定性の多次元の効果を近似する方法について議論している、Paul
C.Duffell らの論文 (”A one-dimentional model for Rayleigh-Taylor
instability in supernova remnants”) を取り上げてレビューを行う。こ
のモデルでは、2D での RT 不安定な流れの数値計算と比べることで決
ローが増大する。ただし、アウトフローとインフローの双方が促進され
るため、この 2 次元的なガスの振る舞いが、超臨界をもたらすか否かは、
今後の課題である。
1. Mortlock et al. 2011, Nature, 474, 616
...................................................................
コン c2
SMBH のダウンサイジングと合体成長説
近藤 さらな (お茶の水女子大学 宇宙物理研究室 D1)
められる無次元のパラメータを導入することで、1D 流体方程式を計算
銀河の中心を定める超大質量ブラックホール(SMBH)が、どのよう
している。超新星のモデルと観測を繋げるためにはパラメータ空間の研
にして質量を獲得していったかという問題に対して、銀河同士の合体に
究が必要であり、これは 1D でのみ可能であると予測されている。従っ
よるという説が唱えられている。つまり、各銀河に含まれる BH が合
て、ここで示すモデルはそのパラメータ空間を調査するために有用な
体を繰り返すことにより成長するため、後年になればなるほど観測され
ツールである。 RT 不安定性は流体の間の接触不連続面で起きる。超
る SMBH の質量は大きくなるだろうということが予測されるのである。
新星の場合には、イジェクタと CSM の衝突で衝撃波が作り出され、そ
しかし一方で、巨大ブラックホールのダウンサイジング現象が観測され
れによって接触不連続面ができ、これが減速されることで生じる慣性力
ている。観測によると、暗いクエーサーほど個数密度が赤方偏移の小さ
が引き金となって RT 不安定性が起きる。実際の計算項では、圧力勾配
いほうにピークがある。例えば-26 等級のクエーサーは個数密度のピー
と密度勾配が逆の符号を持っているときはいつでも外形が不安定とな
クが赤方偏移z=2.4 であるが、-23 等級のクエーサーのピークはz=1.6
るように決められている。これらの多次元の乱流の効果を考慮するため
である。このことから、明るいクエーサーほど先に形成されたことが推
に、乱流変動の強さを表すスカラー量、κを定義する。このκを 1D 流
測される。中心のブラックホールの質量が大きいほどそこへの質量降着
体方程式に導入し、また、κを入れた成長項をソースに組み込むことで
が多くなり、解放される重力エネルギーが大きく、その分明るくなるこ
乱流を引き起こしている。ここでは、RT なしの 1D 計算、乱流を入れ
とが考えられるため、質量の大きいブラックホールほど先に形成された
た 2D 軸対称の計算、κを組み込んで作った RT モデルの 1D 計算を比
という推測に言い換えることができる。このようにマージャー説と観測
較して示す。
により発覚したダウンサイジング現象とは自然には相いれない。一方、
もう一つの可能性として、SMBH がはじめから存在したと仮定すれば、
1. Paul C.Duffel,Astrophys,J,821,76(2016)
このダウンサイジング現象は自然に帰結されるように考えられる。どの
ような経緯で SMBH がはじめから存在したにしろ、この考えでは、大
...................................................................
コン c1
2 次元輻射流体計算から迫る、宇宙初期におけ
る超大質量ブラックホールの起源
きな SMBH ほど星や銀河を作る活動を早く終えるので、ダウンサイジ
ングを自然に説明できるのではないかと考えられる。講演ではこの機構
について議論しようと思う。そして、標準理論でのダウンサイジング現
象の記述と比較していきたい。
竹尾 英俊 (京都大学宇宙物理学教室 M2)
宇宙初期 (赤方偏移 z ∼ 6 − 7、宇宙年齢 ∼ 1Gyr) において、超巨大ブ
ラックホール (> 109 M⊙ ) が観測されている ([1]) が、その形成過程は不
1. 谷口義明 和田桂一 ”巨大ブラックホールと宇宙” 丸善出版
2. Y. Ueda Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 2015 May 9; 91(5):
175192.
明である。一説として、宇宙初期 (z ∼ 20、宇宙年齢 ∼ 0.2Gyr) にでき
た初代星由来のブラックホール (∼ 101−3 M⊙ ) が、ガス降着で急成長し
たとするものがある。この説に従うと、エディントン限界を上回る、超
臨界降着による成長が不可避である。なぜなら、このブラックホールが
9
エディントン限界で降着し続けても、観測された時期までに、> 10 M⊙
へと成長できないためだ。しかし、球対称的な輻射場を仮定する限り、
超臨界降着は困難である。降着に伴って、中心部から輻射が生じ、ガス
を電離加熱する。ガスは高温・高圧になり、ガスを押し返し、降着が抑
...................................................................
コン c3
MAXI GSC のデータを用いたパワースペクト
ル解析によるブラックホール候補天体の X 線
短時間変動の系統的解析
川瀬 智史 (日本大学大学院理工学研究科物理学専攻宇宙
物理学研究室 M1)
制されるためだ。
そこで、2 次元 (非球対称) 効果を考慮すれば、超臨界降着が可能かも
全天 X 線監視装置 MAXI は、国際宇宙ステーション(ISS)の日本
しれない。我々は特に、中心部からの輻射が、降着円盤由来で非等方性
実験棟「きぼう」に取り付けられており、約 92 分で地球を一周する ISS
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
40
コンパクトオブジェクト
の周回運動に合わせて全天のスキャン観測を行っている。比例計数管を
が期待される事が分かった。これは ULS の観測的特徴と一致する。こ
用いた MAXI の GSC (Gas Slit Camera) 検出器は 2-20 keV のエネ
の結果は ULX と ULS がどちらも超臨界降着円盤を見ているものであ
ルギー領域に感度を持ち、50 (µ)s の時間分解能を持っている。また、
るという説を支持する。
ブラックホール候補天体には hard state や soft state などの状態が存
在し、状態によって異なる強度変動を示す。それらを判別する方法の
一つにパワースペクトルを用いた時系列解析がある。天体からの X 線
が MAXI の視野に入ってから出るまでの 1 スキャンデータ (観測時間
(∼)40-200 s) を用いたパワースペクトルから、明るいブラックホール候
補天体や中性子星連星の状態遷移や準周期的振動 (QPO) の検出が期待
される。
1. Gu, Wei-Min; Sun, Mou-Yuan; Lu, You-Jun; Yuan, Feng; Liu,
Ji-Feng, 2016, arXiv, 1601, 04750G
2. Kawashima, T., Ohsuga, K., Mineshige, S., Heinzeller, D., Takabe, H., & Matsumoto, R., 2009, PASJ, 61, 769K
...................................................................
MAXI のデータを用いる理由は二つ挙げられる。明るい突発現象が
発生した際に、MAXI は全天をスキャン観測しているので突発現象を捉
コン c5
えられる可能性が高いためと、多くの X 線望遠鏡がサチュレーションを
軌道収縮する大質量ブラックホール連星にお
ける Kozai-Lidov mechanism
岩佐 真生 (京都大学 天体核研究室 D2)
起こしてしまうほどの明るい現象でも、X 線を集光するミラーを持たな
い MAXI では観測できるためである。
ところが、MAXI のデータを用いて作成したパワースペクトルは、ス
大質量ブラックホール (以下 MBH と略記) 連星は銀河の合体に際し
キャン観測による点源に対する有効面積の時間的変化(三角形の窓関数)
て形成されると考えられている。この連星は最終的に重力波放出をして
の影響を受けて変形しているので、そのままでは正しいスペクトルの形
合体する可能性があり、将来の観測の宇宙重力波干渉計 eLISA の重要
状がわからない。そこで、先行研究者である鈴木和彦がこの問題に取り
な観測対象となっている。また MBH の周囲には星が多く存在すると考
組み、正しいパワースペクトルを作成して解析する方法を確立した。
えられており、この星は MBH へと落下すると重力波や電磁波を放射す
今後は、MAXI で検出されたブラックホール候補天体及び中性子星
ると考えられている。このような事象は MBH の強重力場の情報を引
連星について、新しい解析方法を用いてパワースペクトル作成とフィッ
き出す可能性があるので重要である。近年、単独の MBH の場合に比べ
ティングを行う。そしてこれらの天体のパワースペクトルと X 線強度と
て MBH 連星の場合の方がこのような事象の割合が増加することが示唆
の関係を系統的に調査する。また、この解析方法を研究手法として確立
されている。なぜなら、MBH 連星の場合には離心率が大きく振動する
するために、解析の自動化にも取り組む。
Kozai-Lidov mechanism[1,2] が働くと考えられているからである。
しかし、Kozai-Lidov mechanism による離心率の振動は短距離力 (一
1. 鈴木和彦 修士論文 (2014)
2. 本田扶紀 修士論文 (2015)
般相対論的効果や星団が形成するポテンシャル) により抑制されること
が示唆されている。この短距離力の効果は MBH 連星間の距離が遠い
ほど優位に働く。本研究では軌道収縮する MBH 連星における Kozai-
Lidov mechanism と短距離力との関係について調べた。具体的には永
...................................................................
コン c4
ULS と ULX の統合モデル
小川 拓未 (京都大学宇宙物理学教室 D1)
年摂動論のもと位相空間の構造の進化を調べることで MBH 連星周りの
星の軌道の進化を明らかにした。その結果、MBH 連星の軌道収縮に伴
い位相空間の不動点で特徴的な分岐が起こることで、離心率が急激に増
加すること及び確率的な分岐を起こすことがわかった [2]。 本発表では
この事象について報告する。
近年、超高光度 X 線源 (Ultra-Luminous X-ray source; ULX) と呼ば
れる天体が数多く発見されている。この天体は恒星質量ブラックホール
(MBH ∼ 10 : M⊙ ) のエディントン光度 (LE ∼ 1039 erg : s−1 ) を超える
ほどのエネルギーを X 線で放射しており、そのスペクトルは 10 keV 程
1. Y. Kozai, Astron. J. 67, 591 (1962)
2. M. L. Lidov, Planet. 562 Space Sci. 9, 719 (1962).
3. M. Iwasa and N. Seto, arXiv:1508.05762
度のコンプトン散乱を受けたような特殊な形になっている。 一方で、超
高光度軟 X 線源 (Ultra-Luminous Supersoft source; ULS) と呼ばれる
天体が存在する。この天体もまた ULX と同様に非常に光度が高く、し
かし一方でスペクトルが非常にソフト (≲ 0.1 : keV) であるという性質
を持っている。 これら 2 つの天体に関して、
「実はどちらも超臨界降着
円盤を見ているもので、見込む角度が違うだけではないのか」という説
がある (Gu et al. 2016)。そこで我々は 2 次元の輻射流体計算により、
...................................................................
コン c6
特殊相対論的流体力学を記述する高精度衝撃
波捕獲数値計算法の開発
松本 紘熙 (名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
Ta 研 (理論宇宙物理学研究室) M1)
様々な降着率の超臨界降着円盤を計算し、この説を検証する事にした。
輻射スペクトルの温度などを知るためにはアウトフローの性質を正確に
ブラックホール近傍の天体現象を解析するには、相対論的な記述が
捉える必要があるため、今回のシミュレーションでは計算領域を 5000rS
必要になる。また、相対論的速度の流体の運動では、超音速流による
まで拡げた。 結果としては、質量降着率が Ṁ ≳ 103 ṀE (ṀE = LE /c2
強い衝撃波を扱うことも多くなる。これらを数値シミュレーションに
のときには、円盤軸方向から見た時に 100LE ほどの光度を持った 1
よって正しく記述するためには、新しい数値計算手法を開発する必要
keV-10 keV のコンプトン散乱を受けた輻射が観測される、つまり ULX
がある。数値シミュレーションの計算法の一つに Smoothed Paticle
として観測されることが分かった。その一方で円盤面に近い角度から見
Hydrodynamics 法 (以下、SPH 法) がある。これはカーネル関数によっ
た時には光度が LE 程度で 0.1 keV を下回る黒体放射に近いスペクトル
て表される広がりをもった質量分布の粒子を用いて流体力学を記述す
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
41
コンパクトオブジェクト
る手法である。標準 SPH 法を相対論に拡張した研究は存在する [1][2]
ジェットの形成にはその中心にあるブラックホールのまわりでの磁気
が、この標準 SPH 法の弱点として強い衝撃波を精度良く記述できない
的活動が寄与していると考えられている。しかし、その具体的なメカニ
ことが挙げられる。これに対して、Inutsuka 2002[3] では格子法で確
ズムはまだ分かっていない。一方、プラズマジェットに沿ってブラック
立された Godunov 法を応用し、SPH 法で強い衝撃波を正しく記述で
ホールから遠ざかるにつれてその流れが速くなり、十分遠方においては
きる計算法 (以下、GodunovSPH 法) を開発した。本研究では、この
光速度とほぼ等しくなっていることが観測から明らかとなってきた。本
GodunovSPH 法を特殊相対論を扱える計算法に拡張した。いくつかの
研究では磁気面に沿って加速されるプラズマ流の GRMHD シミュレー
問題に対してテスト計算を行い、本研究で開発した計算法の有効性につ
ションにより、その流れの安定性や加速機構を明らかにすることを目的
いて議論する。
としている。発表ではテスト的な結果を報告する。今後、この結果を拡
1. S.Rosswog LRCA 1,1 109 (2015)
2. S.Rosswog JCP 229,8591 (2010)
3. S.Inutsuka JCP 179,238 (2002)
張して2次元でのプラズマの振る舞いや放射などの外的要因を考慮した
シミュレーションを行いたい。
1. David
L.
Meier,
”BLACK
PHYSICS”,Springer(2012)
HOLE
ASTRO-
...................................................................
コン c7
ボルツマン方程式を用いた一般相対論的輻射
輸送計算コードの開発
...................................................................
コン c9
牧野 芳弘 (京都大学宇宙物理学教室 M2)
定常流を用いたジェットの解析
渡邊 玲央人 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 M1)
ブラックホール周囲の降着円盤は、超高速ジェットや強力な電磁波放
射など、高エネルギー現象の起源と考えられている。また、降着円盤か
宇宙には様々なダイナミックな現象があり、その一つとして宇宙
らの光子や物質のエネルギーや運動量の放出は、周囲の星間ガスに影響
ジェットがある。宇宙ジェットとは、大きな重力を持った中心天体から
を与えるため、星や銀河の進化にとっても重大な影響である。しかしな
双方向に高速で噴出しているガスの噴流である。宇宙ジェットは星間分
がら、光子や物質の放出メカニズムは、未だよく分かっていない。
子雲の中で生まれたばかりの原始星、系内に存在している NS や BH な
円盤表面からのガス噴出や円盤内部の乱流など、多次元効果が重要で
どのコンパクト天体、中心に大質量ブラックホールもつ AGN から噴出
あると共に、しかも、輻射場や磁場とガスの相互作用が問題の本質に関
していることが分かっている。このように宇宙ジェットは様々なスケー
わることが示されてきたため、多次元の輻射磁気流体計算が行われるよ
ルで重力天体の周辺で発見されているのである。宇宙ジェットには未だ
うになってきた。特に、一般相対論を組み込んだ輻射磁気流体計算は、
解明されていない様々な問題がある。ジェットはどのような機構によっ
最先端の研究課題であり、近年になってようやく実現可能となった。た
て光速に近い値まで加速されているのかという加速機構の問題、なぜ
だし、そこでは M1 closure 法と呼ばれる近似法を用いて輻射モーメン
ジェットが拡散せずに細いまま進んでいくのかという収束問題、ジェッ
ト式を解いている。M1 closure 法は、光学的に厚い極限で正しいが、薄
トの構造の問題などが挙げられる。重力天体の成長や周辺の星間空間を
い状況や、光学的厚みが1程度の場合に不正確な輻射場を示す場合があ
深く知るために、私たちにはこれらの問題を解明していくことが望まれ
る。円盤の冷却や、円盤表面からのガス噴出を正しく調べるには、光学
る。先行研究では数値シミュレーションによってジェットの時間発展の
的厚みが1かそれ以下の領域での輻射輸送を正しく解かねばならない。
様子を描写した研究がある。しかし、この時間発展のシミュレーション
よって、輻射輸送方程式を直接解く、より厳密な輻射輸送計算が必要で
では細かい物理現象やジェットの構造を理解するのが難しい。本研究で
あり、本研究では、ボルツマン方程式を用いて、近似なしに一般相対論
はジェットの先端に生じるバウショックについて着目するが、このとき
的輻射輸送方程式を解くコードの開発をしている。
時間発展の解ではなくバウショックの下流の定常解を求めることを試み
ここで開発するコードは、流体計算と結合させて、より厳密な一般相
た。バウショック静止系で見ると下流が定常流になっているので、その
対論的輻射磁気流体計算コードへと発展させることを見据えているが、
下流では流線はどのようになるのか、密度や圧力はどのようになるのか
まずはポストプロセスで輻射スペクトルを計算する予定である。今回の
ということを、流体シミュレーションを用いることで定常解を求めた。
発表では、コードの開発状況と今後の展望について解説する。
これによってジェットの先端にできるバウショックはどのような形状に
1. Ohsuga, K.,Mineshige, S.2011, ApJ,736,2
2. Nagakura, H. et al. 2014, ApJS,214,16
...................................................................
コン c8
ブラックホール磁気圏における相対論的アウ
トフローの形成
松枝 直紀 (熊本大学 自然科学研究科 M1)
磁場とプラズマが相互作用するブラックホールまわりの領域はブラッ
クホール磁気圏と呼ばれ、さまざまな激しい現象が起こっていると考え
なるのか、またジェットはどのような状況下で安定し、崩れるのかとい
うことを解析していきたいと考える。
1. Christian Fromm, Spectral Evolution in Blazars(2014)
2. H.Nagakura, Gamma-Ray Bursts from Explosive Death of Massive Stars(2011)
...................................................................
コン c10
ニュートリノ輻射輸送計算によるガンマ線
バーストのジェット駆動機構の研究
西野 裕基 (京都大学 天体核研究室 D1)
られている。例えばクエーサーの中心核から放射される相対論的宇宙
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
42
コンパクトオブジェクト
2015 年の 9 月 14 日にアメリカの重力波検出器 advanced LIGO は
重力波の直接検出に初めて成功した。重力波源は太陽質量の 29 倍と 36
1. Perna, Rosalba; Lazzati, Davide; Giacomazzo, Bruno ApJL
821:L18 (2016)
倍の2つのブラックホールの衝突・合体であると推定された [1]。2 つ
2. Lyutikov arXiv:1602.07352 (2016)
のブラックホール衝突・合体の次に、世界中の重力波望遠鏡が狙うター
ゲットが中性子星とブラックホール、あるいは2つの中性子星連星の合
体である。このような現象に着目する理由は、合体時に重力波だけでな
く、観測可能な電磁波、ニュートリノが期待されるためである。連星の
...................................................................
コン c12
少なくとも一方が中性子星ならば、合体後にブラックホールとコンパク
渡邊 幸伸 (新潟大学宇宙物理学研究室 M1)
トな降着円盤を作りうる。高温高密度なブラックホール降着円盤では何
らかの機構によって幾何学的に絞られたジェットが形成され、ガンマ線
バースト (Gamma-Ray Bursts, GRB) を起こしうる。連星合体による
GRB は、特に継続時間の短い、ショート GRB の候補とされる。
しかし、ブラックホール降着円盤が GRB ジェットを駆動する機構
は未解決の問題である。GRB ジェットの有力な駆動機構として、ニュー
トリノ対消滅ジェット説 [2] が提案されている。降着円盤は高温・高密
度で、大量のニュートリノ・反ニュートリノが放射される。このように
放射されたニュートリノが対消滅し、電子と陽電子からなるプラズマ
(相対論的なジェット)を作ると考えられている。
ジェット駆動機構の解明のためにはニュートリノ輻射輸送の計算が
必要である。計算すべきニュートリノ分布関数は空間・運動量の 6 次元
分布である。ニュートリノ対消滅反応は、衝突角度とエネルギーに対し
て大きな依存性を持つので、ニュートリノの多次元分布関数を高分解能
で解かなければならない。そこで、輻射輸送を少ない計算量で解くこと
ができる ray-tracing 法を用いた試みを紹介する。
Hilbert-Huang 変換を用いた重力波解析
太陽質量の8倍以上の恒星は進化の最後に超新星爆発を起こし、中性
子星かブラックホールを形成する。恒星の最終段階では重力崩壊によっ
て周囲の物質が中心へ落下し、中心密度が原子核密度程度になるとコア
バウンスという核力の跳ね返りが起こる。これにより原始中性子星の外
側に衝撃波が形成されることで外層を吹き飛ばし、超新星爆発として観
測される。超新星爆発はこれまで多くの数値シミュレーションが行われ
てきたが、その爆発メカニズムについてはまだ解明されていない。コア
バウンスからの重力波はバースト的重力波と呼ばれ、これを解析するこ
とで重力崩壊型超新星爆発のメカニズムが解明できるとして期待されて
いる。
超新星爆発での重力波の理論的予測波形を精度良く用意することは困
難なため、時間-周波数空間で雑音と重力波信号のパワーを比較する解
析手法が適切であると考えられている。これまで短時間フーリエ変換や
ウェーブレット変換などのフーリエ変換を基礎とした解析手法が用いら
れてきたが、このような解析手法には時間と振動数に関する不確定性関
1. Abbott et al., Phys.Rev.Lett. f 116 (2016) no.6, 061102
係が存在し、バースト的重力波は数 10Hz-数 kHz の広範囲に渡る振動数
2. Meszaros&Rees, Mon.Not.Roy.Astron.Soc. f 257 (1992) 29-31
を持つことから、これらの解析手法は必ずしも適切であるとは言えない。
Hilbert-Huang 変換 (HHT) は 1996 年に N.Huang が提案した時間...................................................................
コン c11
Short gamma-ray bursts from the merger of
two black holes
荻原 大樹 (東北大学天文学専攻 M1)
Perna et al. (2016) についてレビューをする。この論文では、ブラッ
クホール同士の連星系で short Gamma-Ray Burst(sGRB) が起こるモ
デルを提唱している。sGRB は、二つのコンパクト天体が合体する際に
起こる現象で、連星系の中に質量を供給する中性子星が少なくとも一つ
あることが必要とされてきた。しかし、ブラックホール同士の合体によ
周波数解析手法である。これはフーリエ変換を用いない解析手法である
ため、従来のような時間と周波数による不確定性関係に制限されない。
これにより、振動数や振幅の時間変動をこれまでよりも詳細に解析す
ることができるようになる。HHT では初めに時系列上でのモード分解
Empirical Mode Decomposition(EMD) を行う。各モードを Intrinsic
Mode Function(IMF) と呼び、IMFs について Hilbert 変換を用いたス
ペクトル解析 Hilbert Spectrum Analysis(HSA) を適用する。そして
HSA を行うことで振幅と振動数の時間変動を求める。本研究では、主
にバースト的重力波の解析に用いられるこの HHT について発表する。
1. 金山雅人:学位論文「Hilbert-Huang 変換を用いたバースト的重力波
の解析」, 新潟大学 (2015)
る重力波信号 (GW150904) と同時に、Fermi 衛星により sGRB の特徴
を持った γ 線の検出が報告された。ブラックホール同士の合体に sGRB
が付随していた可能性がある。検出された放射エネルギーは 1049 erg/s
で、 このエネルギーを放射するには 10−5 )M⊙ /s の急激な質量降着が
必要である。従来のモデルでは、ブラックホール周辺には十分な量の物
質が残らず、合体時にのみ激しい降着が起こることはない。よって、ブ
ラックホール合体時に質量供給が起こるモデルを考える必要がある。こ
こでは以下のようなモデルを考える。連星ブラックホールの親星の一方
が、高速回転をしている低金属量の重い星であれば重力崩壊時に円盤が
形成される。円盤は高温で、磁気回転不安定性 (MRI) による乱流の角
運動量輸送により拡散と質量降着が起こる。時間進化に伴い放射冷却に
より冷えて電気的に中性になると、MRI が効かなくなり質量降着がとま
る。この円盤は合体直前まで残ることができ、合体時に短い時間で落ち
ることにより、sGRB に十分な降着率を達成できる。このモデルの妥当
性について議論する。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
...................................................................
コン c13
Hllbert-Huang Transform with Gravitational
Wave data analysis
若松 剛司 (新潟大学宇宙物理学研究室 D2)
It will begin Gravitational wave Astronomy now.It is the first discover gravitational wave can be directly detection at advLIGO.The
first detected data is when it is detector to regulate in the tecnicalenginering.This discover have a point during operating online
pipeline.The final check detected Gravitational Wave done by mached
filtering tecnechnique. But,before semicheck detected Gravitational
Wave done by time-frequency analysis. This time is BH-BH merger,
43
コンパクトオブジェクト
however, the next time will be NS-NS or NS-BH merger, because
the detector sensitivity will be the same good. This publication is
HILBERT-HUANG TRANSFORM(HHT) with time-frequency analysis.This analysis have the adovantage of nonlinear data.HHT is made
up of Hilbert spectrum analysis(HSA)and Empirical mode decomposition(EMD), and how detecting tecnique is empiricaly.This announce mention to calculation for basic wave by HHT.
1. Norden E. Huang and Zhaohua Wu Reviews of Geophysics, 46,
RG2006 / 2008
太陽の約8倍以上の重さをもつ恒星は元素合成の最終段階において中
心部に鉄のコアを形成する。この鉄コアが重力的に不安定になることか
ら急激に潰れ始め、それによって生じる爆発が重力崩壊型超新星爆発
(超新星)である。この現象は自然界の 4 つの相互作用がすべて関与し起
こる極めて稀な現象である。さらにガンマ線バーストを始めとする様々
な天体現象の謎を解明するにあたって重要であると考えられており、天
文学や高エネルギー宇宙物理分野において最も注目される天体現象の一
つである。また爆発後に残される中性子星、ブラックホールといった最
終的な高密度天体の形成過程そのものであり、爆発の際に形成される元
素組成は銀河の化学進化を決め、膨張する衝撃波は宇宙線加速の要因と
なっている。しかし爆発がどのような過程により起こっているのかは長
...................................................................
コン c14
重力崩壊型超新星内部の流体力学的不安定性
と重力波の解析
犬塚 愼之介 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 D1)
い研究の歴史を持ちつつも未だ解明されていない。そしてこの現象を解
明するにあたってまず内部コアで起こっている現象を理解する必要があ
る。重力崩壊が進み中心密度が核密度に達したとき、核力により急激に
圧力があがるため外側の物質をはじき返し、内部コアの表面に衝撃波が
形成される。しかし衝撃波はおよそ半径が 100 200km の地点で一度失
速する。そして外側から落下する物質の運動量とつりあう地点で停止し
てしまう。その原因として衝撃波の背面での鉄の光分解とニュートリノ
超新星爆発は近年注目を集めている重力波の放出源の一つと考えられ
冷却によりエネルギーを損失してしまうからである。そして失速してし
ており、放出される重力波の理論予測から超新星内部の物理に関する知
まった衝撃波が復活するにあたって重要になるシナリオがニュートリノ
見が得られると期待されている。本研究では重力波に寄与する超新星内
加熱メカニズムである。ニュートリノによって再加熱された衝撃波は復
部の非対称性の要因として、物質の運動の流体力学的不安定性に着目し
活し、星の外まで膨張し超新星として観測されるものと考えられている。
た。対流不安定性、定在降着衝撃波不安定性 (SASI) といった不安定性
今回の夏の学校では、ニュートリノによる再加熱でなぜ衝撃波が復活す
がニュートリノ加熱効率を高め衝撃波の復活を助けると考えられてい
ることができるのか、なぜ流体運動の多次元性が重要になってくるかに
る。既に回転を伴う超新星内部の SASI の成長が二次元軸対称のもとで
ついて詳細なレビューを行いたい。
計算され、鉄コアの付近で非対称性が生まれることにより放出される重
力波が予測されている。しかし星が初期に回転をもたない場合、超新星
内部の物質の運動の非対称性を起源とする重力波の発生について、明確
な基準はない。そこで三次元の流体力学シミュレーションをもとに重力
1. Kei Kotake,Katsuhiko Sato and Keitaro Takahashi,(2006) Ex plosion mechanism,neutrino burst and grabitational wave in corecollapse supernovae,Rep.P
波解析を行い、その特徴を解析することを目的とする。
原始中性子星が形成され衝撃波が停滞した後の超新星内部について三
次元流体力学計算を行った。これまで無視していた自己重力の効果を計
算コードに組み込み、より厳密な計算を可能にした。そして重力波の放
出が期待されている原始中性子星内部の高密度領域が重力波形に与え
る影響を調べるための計算を行った。原始中性子星内部で計算される
...................................................................
コン c16
音響メカニズムによる重力崩壊型超新星爆発
の系統的研究 II
原田 了 (東京大学 宇宙理論研究室 D2)
ニュートリノ加熱・冷却量に光学的厚みに依存する補正を加えることで
高密度領域を計算に含める事が可能になったので、密度が 1013 g/cm3 と
本講演では、音響メカニズムによる重力崩壊型超新星爆発 (CCSNe)
なる半径を内部境界に設定した。星中心への物質の質量降着率とニュー
を駆動するためにはどれだけの強度の音波が必要になるかを報告する。
トリノ光度を初期条件とし、多数のモデルを作成してシミュレーション
重力崩壊型超新星爆発は大質量星の最期の爆発である。爆発の衝撃波が
を行い、不安定性の現れ方の傾向を調べたところ、今回計算したモデル
星表面に到達すれば光学的に観測されるが、その前に一度エネルギーを
では SASI の成長が見られた。このモデルに関しては放出される重力波
失って停滞してしまう。その復活メカニズムは不明である。音響メカニ
の卓越する周波数成分が回転の周波数 (∼ 200Hz) とよく一致し、また得
ズムとは、Burrows et al. (2006) によって提案された衝撃波復活メカニ
られた重力波形が円偏光状態にあるという結果を得た。本講演ではこの
ズムの仮説である。具体的には、中心の原始中性子星 (PNS) に g モー
結果を発表する。
ド振動が励起され、そこから放射される音波が衝撃波を加熱することで
1. Iwakami et al. ApJ. 786, 118 (2014).
2. Murphy et al. ApJ. 771, 52 (2013).
3. Murphy et al. ApJ. 707, 1173 (2009).
復活するというものである。PNS からどれだけの強度の音波が放射さ
れるかということを調べた研究はいくつかあるが、統一的な結論は得ら
れていない。そこで、本講演では音波の放射ではなく、音波の衝撃波へ
の作用に着目した。即ち、一定の質量降着率とニュートリノ光度のもと
で停滞衝撃波モデルを構築し、それを爆発させるのに必要な音波強度を
...................................................................
コン c15
超新星の多次元ニュートリノ加熱メカニズム
坪根 達之 (福岡大学理学研究科 M1)
調べた。この際、1 次元球対称の理想化したシミュレーション及び 2 次
元軸対称のより現実的なシミュレーションを行い、それぞれの結果の比
較も行った。加えて、音波の強度を推定するために、ニュートリノ反応
を考慮した大振幅音波のエネルギーを定式化する新しい理論を構築し
た。その後に、必要な音波強度を元のモデルの質量降着率・ニュートリ
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
44
コンパクトオブジェクト
ノ光度の関数として表し、パラメータ空間上の臨界曲面として表した。
実験値に近い GT 遷移強度を用いることで、中性子過剰核の生産を抑制
2 次元シミュレーションの結果によると、必要な音波強度は典型的には
することができる可能性がある。最近の殻模型計算により、実験値に近
∼ 1051 , erg/s であり、これは 1 次元シミュレーションのものより小さ
い。加えて、今回構成した臨界曲面は、Burrows の報告した結果をエネ
い GT 遷移強度が理論的に再現されるようになった [2]。そこで本研究
ルギーの観点から説明できる。
成ネットワーク計算を行い、従来の電子捕獲率を使って行われた同様の
1. Burrows, A., Livne, E., Dessart, L., Ott, C. D., & Murphy, J.,
2006, ApJ, 640, 878
2. Yoshida, S., Ohnishi, N., & Yamada, S., 2007, ApJ, 665, 1268
3. Weinberg, N. N., & Quataert, E., 2008, MNRAS, 387, L64
...................................................................
コン c17
自己重力流体シミュレーションにおける高速
自己重力計算手法
平井 遼介 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 D3)
では、新しく計算された電子捕獲率を用いて Ia 型超新星における元素合
計算と比較を行う [3]。
1. K. Iwamoto et al., Astrophys. J. Suppl. 125, 439 (1999).
2. T. Suzuki, M. Honma, H. Mao, T. Otsuka and T. Kajino, Phys.
Rev. C 83, 044619 (2011).
3. K. Mori, M. A. Famiano, T. Kajino, T. Suzuki, J. Hidaka, M.
Honma, T. Otsuka, K. Iwamoto and K. Nomoto in preparation.
...................................................................
コン c19
中性子星放射の偏光に対する磁気圏の効果
矢田部 彰宏 (早稲田大学 前田研究室・山田研究室 近年の宇宙物理学の発展は、計算機器性能の発達、及び数値計算手法
D2)
の高精度化によって大きく促進されている。特に流体数値シミュレー
ションは様々な天文現象(超新星爆発、星形成、連星合体、降着円盤 etc)
中性子星の定常放射の電磁波は星表面から放射されていると考えられ
に対して用いられており、大規模な計算が数多く行われている。他の分
て、中性子星大気に存在するイオン化した水素などのプラズマの影響を
野で行われる流体シミュレーションと異なり、宇宙物理学では自己重力
受けていると考えられている。また、中性子星は強い磁場を伴うために
が大事になるケースが多い。このとき、
(相対論的な場合を除いて)流体
磁場の影響を考慮しなくてはならない。磁場が存在する場合の電磁波の
力学の基礎方程式と重力のポアソン方程式を連立して解くことになる。
散乱は主にコンプトン散乱によるものであるが、これは電磁波の偏光
しかし、ポアソン方程式は楕円型偏微分方程式であり、数値計算のコス
モードに依存して不透明度が変わることが知られている。そのため、中
トが非常に高い。多くのシミュレーションでは流体を解く部分より自己
性子星放射は2つ偏光モードがあるうちの片方の偏光モードがより多く
重力を扱う部分に大半の時間がかかっている。本発表ではこの自己重力
放射されることになり、その結果放射が強く偏光していることが予想さ
にかかる数値コストを劇的に削減できる新たな手法を紹介する。具体的
れている。実際、かにパルサーではさまざまな波長に対する観測で、こ
には、ポアソン方程式そのものを解くのではなく双曲型の偏微分方程式
のことは観測されている。電磁波の偏光観測は周波数によって異なる方
(波動方程式)に書き換え、近似的に解を得る。双曲型偏微分方程式は式
法で行われるが、X線のような高エネルギー放射に関してはかにパル
の性質上非常に数値コストが安い。新手法をいくつかの問題に適用し、
サーのような特定の明るい天体以外観測されていない。現在その状況が
従来手法と計算時間を比較する。また、誤差を定量的に調べる。これら
変わりつつあり、複数のX線偏光観測衛星が計画されていて近い将来に
を元に、より高度な問題への適用可能性を議論する。
X線の偏光観測が行われる予定である。そこで本研究では定常放射のX
1. R. Hirai et al. Phys. Rev. D93 8 (2016)
線の偏光に着目する。中性子星の表面近くは密度の高いプラズマ大気で
覆われていると考えられているが、プラズマ自体は大気のさらに外側の
磁気圏中にも存在するはずである。中性子星のパルス放射のモデルであ
...................................................................
コン c18
Impact of New GT Strengths on Explosive SN
Ia Nucleosynthesis
森 寛治 (国立天文台三鷹 東京大学大学院理学系研究科天
文学専攻 M1)
白色矮星に徐々に物質が降着すると、やがて質量がチャンドラセカー
ル限界 ∼ 1.4M⊙ に達して熱核融合を起こす。これが Ia 型超新星である
る Goldreich-Julian モデルによると、中性子星の周囲には単極誘導に
よってうまれた電場のギャップによって磁極付近には電子が、赤道面の
周囲には陽電子が集まっていると考えられている。電子と陽電子はそれ
ぞれプラズマとして働くので、偏光に影響を与える可能性は充分にある。
本研究では、中性子星の大気の外側に電子または陽電子が分布している
場合にX線に関してどのような偏光が予想できるかを扱う。
1. C. Wang, D. Lai, Mon. Not. R. Astron. Soc. 398 (2009) 515
2. C. Wang, D. Lai, Mon. Not. R. Astron. Soc. 377 (2007) 1095
と考えられている。Ia 型超新星は、宇宙における距離を測定するための
標準光源として広く利用されている。また、宇宙核物理学の立場からは、
鉄族元素の主な供給源として、宇宙の化学進化を考える上で重要な天体
である。
近年の実験によって、pf 殻核の Gamow-Teller (GT) 遷移強度が従来
の計算に比べて小さいことが明らかになってきている。従来用いられて
きた GT 遷移強度を用いて Ia 型超新星における元素合成計算を行うと、
...................................................................
コン c20
単独中性子星 RX J1856.5-3754 からの keV X
線超過成分の発見
米山 友景 (大阪大学 常深研究室(X 線天文グループ)
M1)
Cr、Mn、Fe、Co、Ni の同位体のうち中性子過剰な核種を太陽系組成
と比べて多く作りすぎてしまうという問題があった [1]。しかし、より
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
RX J1856.5-3754 は近傍 (∼ 120 pc) の単独中性子星で、複数の X 線
45
コンパクトオブジェクト
天文衛星で繰り返し観測されている。そのスペクトルは温度 kT∼32 eV
と 63 eV の 2 温度黒体輻射モデルで近似されることが知られており、軟
X 線検出効率の較正に用いられてきた。本研究で、すざく及び XMM
Newton 衛星のデータを網羅的に解析した結果、1keV 以上に 2 温度黒
体輻射では再現できない超過成分があることを発見した。検出効率の不
定性、バックグランド、パイルアップ、混入天体などの可能性をそれぞ
れ検証した結果、いずれでも説明できない。この超過成分の起源に関し
て議論する。
1. Sartore, N., Tiengo, A., Mereghetti, S., De Luca, A., Turolla, R.,
& Haberl, F. 2012, A&A, 541, A66
2. Beuermann, K., Burwitz, V., & Rauch, T. 2006, A&A, 458, 541
3. Enoto, T., Nakazawa, K., Makishima, K., Rea, N., Hurley, K.,
& Shibata, S. 2010, ApJ, 722, 162
..................................................................
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
46
銀河・銀河団
銀河・銀河団分科会
銀河はどこから来たのか 銀河とは何か 銀河はどこへ行くのか
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
47
銀河銀河団
日時
7 月 26 日 16:30 - 17:30 ,
7 月 27 日 10:15 - 11:15 , 13:30 - 14:30(分科会別ポスター) , 16:00 - 17:00(招
待講師:竹内 努 氏 ),17:15 - 18:15
7 月 28 日 9:00 - 10:00, 13:30 - 14:30(分科会別ポスター),16:00 - 17:00 , 17:15 18:15(招待講師:吉田 直紀氏 ), 18:30 - 19:30
竹内 努 氏 (名古屋大学)「極めて個人的な観点からみた銀河の形成と進化」
招待講師
座長
吉田 直紀氏 (東京大学)「ダークマターと銀河形成」
道山知成 (総合研究大学 D1)、 木村勇貴 (東北大学 D1) 、安藤亮 (東京大学 M2) 、岡
村拓 (東京大学 M2) 、菊田智史 (総合研究大学 M2)、 服部詩穂 (奈良女子大学 M2) 、
一色翔平 (北海道大学 M1)
宇宙には幾多の銀河が存在する。銀河は永久に現在の姿をとどめているわけではなく、
今後その姿や性質が進化すると考えられている。銀河がいつどのようにして生まれた
のか、どのようにして現在の姿になったのか、今後どのように姿を変えていくのか。
これらの謎に挑むのが本分科会の究極的な目標である。近年の目覚しい観測装置の発
達により、ガンマ線から電波の様々な波長で銀河を観測することができるようになり、
様々な銀河進化の様子が観測的に明らかになってきた。また、計算手法や計算機の性
能の発達によって、観測するのは難しい小さなスケールの物理や様々な時間スケール
での銀河進化を予測できるようになった。一方で、各分野での専門性が高くなったこ
とから、普段の研究生活では観測波長や理論と観測の垣根を越えて銀河・銀河団全般
に関する知識を共有することは困難である。そこで、本分科会ではこのような垣根を
越えて、
「銀河の形成進化」の謎に取り組む学生同士が交流し意見交換する場を提供す
概要
る。また、銀河系・近傍銀河・遠方銀河・銀河団・AGN・BH 共進化など、様々な視
点での最新の研究成果に触れることで、今後の研究活動の幅を広げる良い機会となる
ことを願う。
注)AGN ホスト銀河と AGN と銀河の共進化については銀河・銀河団分科会で扱う。
注)AGN のブラックホールとしての挙動やジェットに注目する場合はコンパクトオ
ブジェクト分科会で扱う。
注)球状星団を 1 つの系としてみる場合などは銀河・銀河団分科会で扱う。
注)系外銀河内の星形成あるいは銀河系内の kpc スケールに関連する星形成活動は銀
河・銀河団分科会で扱う。
注)系外銀河内の星形成あるいは銀河系内の kpc スケールに関連する星形成活動は銀
河・銀河団分科会で扱う。
注)Gpc 以上の大スケールの構造形成は銀河・銀河団分科会では扱いません。Mpc
以下のスケールの構造形成は、 その構造をトレースするものが銀河である場合 (例え
ば銀河団、銀河クラスタリングなど) は銀河・銀河団分科会で扱います。
注)銀河形成に関連するフィードバック (SN, AGN, 大質量星による輻射等) は銀河・
銀河団で扱う。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
48
銀河銀河団
竹内 努 氏 (名古屋大学)
7 月 27 日 16:00 - 17:00 B 会場
「極めて個人的な観点からみた銀河の形成と進化」
私が銀河研究に興味を持ち始めてからはや四半世紀、銀河形成進化についての問題意識、そして宇宙物理学全体の問題意識も大きく変貌した。こ
こでは、華々しいものそうでもないものも含む、個人的に興味を持ってきた様々な銀河物理学の話題をできれば一貫した形で紹介したい。特にこれ
から重要性が増していくであろう系外銀河の星間物理を Square Kilometre Array (SKA) との関連から解説する。
1. Takeuchi, T. T., et al. 2016, arXive/astro-ph/http://arxiv.org/abs/1603.01938v1
吉田 直紀氏 (東京大学)
7 月 28 日 17:15 - 18:15 B 会場
「ダークマターと銀河形成」
宇宙の大規模構造や銀河の形成過程において、ダークマターは重要な働きをしたと考えられる。ダークマターが微視的な素粒子で構成される場合、
粒子質量や散乱断面積、速度分散は構造形成に大きな影響をおよぼす。逆に、宇宙の観測からダークマターの性質に迫ることも可能である。講演で
は最近の宇宙観測と大規模コンピュータシミュレーションの結果を交え、ダークマターの性質と銀河形成について議論する。
1. G. Bertone and D. Hooper, A history of dark matter, arxiv:1605.04909
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
49
銀河銀河団
銀河 a1
近赤外線分光観測に基づくセイファート銀河
の狭輝線領域における電離メカニズムへの
制限
寺尾 航暉 (愛媛大学 D1)
あると示唆されてきた。しかし、可視光観測ではダスト吸収の影響が大
きく、星生成と AGN の寄与を明確に区別することは難しい。そこで、
この問題を解決する有用な手段が、透過力の強い硬 X 線による観測であ
る。特に、強い硬 X 線放射は AGN 特有であり、ダストに深く隠された
“埋もれた AGN(水素柱密度 NH > 1024 cm−2 )” の存在を裏付ける証
拠となる。
活動銀河核 (AGN) の狭輝線領域 (NLR) の電離メカニズムは、主に
本研究では、代表的な近傍 ULIRG の1つである “UGC 5101” につ
中心核からの電離光子による光電離であると考えられているが、電波
いて、Swift, NuSTAR, Suzaku, XMM-Newton, Chandra といった X
ジェットなどに起因する衝撃波による衝突励起が電離に寄与している可
線衛星の観測データをすべて利用し、過去最高精度の広帯域 X 線スペ
能性も指摘されており、議論が続いている。観測から電離メカニズムを
クトル解析(0.25–100 keV)を行った。その結果、10 keV 以上で卓越
切り分ける方法として、近赤外線の [Fe II]1.257 µm/[P II]1.188 µm 輝
する硬 X 線放射を検出し、UGC 5101 の中心に AGN が存在すること
線強度比による診断が有用であると Oliva et al. 2001 (Hashimoto et
を発見した。また、複雑なジオメトリを考慮した立体トーラスモデル
al. 2011 も参照のこと) で提案されている。鉄はダストに非常によく吸
(Ikeda et al. 2009)を用いることにより、その AGN が埋もれた AGN
着するが、リンはダストに吸着せずガス中に存在する。ダストは衝撃波
であり(NH ∼ 1.7 × 1024 cm−2 )
、ULIRG のエネルギー源の1つとして
によって簡単に破壊されるため、ガス中の鉄の存在量が増加し、[Fe II]
赤外線放射に十分寄与していることを明らかにした(Oda et al. 2016,
輝線は強くなる。対するリンの [P II] 輝線の強度は衝撃波の有無に寄ら
submitted to PASJ)。本講演では、解析の詳細を述べるとともに、UGC
5101 における埋もれた AGN の性質について議論する。
ないため、[Fe II]/[P II] 輝線比が大きいことは衝撃波の影響が強いこ
とを示唆している。しかし、AGN におけるこの輝線比はこれまであま
り調査されておらず、サンプル数が少ないため統計的な議論は進んでい
ない。
1. Ikeda et al. 2009, ApJ, 692, 608
2. Oda et al. 2016, submitted to PASJ
本研究では、近傍セイファート銀河 26 天体の中心核領域を岡山天体
物理観測所 188cm 望遠鏡の近赤外分光装置 ISLE を用いて分光観測を
行った。観測で得られたスペクトルと先行研究の結果から、計 41 天体
の [Fe II]/[P II] 輝線比とその下限値を得た。この結果から、多くの天
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銀河 a3
体では光電離が主な電離メカニズムであることを示すが、衝撃波が電離
に寄与している天体も見つかり、実際に NLR の電離に衝撃波が寄与し
スローン・デジタル・スカイ・サーベイ
(SDSS) の Stripe 82 領域のクエーサーの変光
観測
和田 一馬 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
ている天体が一定の割合で存在することが分かった。この衝撃波の起源
について電波ジェットの活動性の強弱と輝線比の関係を見ると、これら
の間に相関は見られなかった。そのため、NLR における衝撃波の起源
SDSS の Stripe82 領域ではクエーサーが 2000 年から 8 年間に渡り、
には、電波ジェット以外の放射開口角が大きいアウトフロー現象が関与
複数回観測されている。この観測結果から、クエーサーの変光成分は降
していることが示唆された。また、得られた輝線比と光電離モデルとの
着円盤の thin disk model で説明でき、その主な起源は連続光だとされ
比較やアウトフロー現象の候補として近傍 AGN でも観測されている
ている。さらに最近では、定常スペクトルが赤化されたクエーサーが発
AGN outflow に関しても議論する。
見されてきている。このような天体はクエーサーとして活発に活動する
直前の状態だと考えられている。しかし、クエーサーの活動の時系列で
1. Oliva, E., et al. 2001, A&A, 369, L5
2. Hashimoto, T., et al. 2011, PASJ, 63, L7
の変化はまだよく分かっていない。割合として少ない特異なクエーサー
を見つけることができれば、その変化の途中の段階にあるクエーサーを
捉えられる可能性がある。
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銀河 a2
超高光度赤外線銀河 UGC 5101 の広帯域 X 線
スペクトル解析
小田 紗映子 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
本研究の目的は中心核付近でのみ強く赤化を受けている特異なクエー
サーを発見することである。こういった天体は雲が一部分のみかかって
いる状況にあると考えられる。
本研究ではまず SDSS の個々のクエーサーに対して多数回の測光デー
タを等級の大きいグループと小さいグループに分け、その差分を変光
成分とした。そしてその変光成分をクエーサーの典型的なパワーロー
超高光度赤外線銀河(UltraLuminous InfraRed Galaxy; ULIRG)は
12
である Fλ ∝ λ−2.33 と、小マゼラン雲 (SMC) タイプの減光曲線を用い
赤外線で極めて明るく輝く天体である(LIR > 10 L⊙ )。ULIRG 中に
フィッティングし、中心核までの減光量を推定した。また、輝線の影響
は多量のガスやダストが密集しており、加熱されたダストが再放射を行
による赤方偏移依存性を補正した定常成分のカラーを算出し、その補正
うことによって強力な赤外線光度を実現している。そのエネルギー源と
された全体のカラーに対し中心核付近の減光量が異常に大きい 3 天体を
しては活発な星生成、あるいは超巨大ブラックホールへの急激な質量降
特定した。
着によって輝く活動銀河核(Active Galactic Nucleus; AGN)の存在が
SDSS の観測期間中においてこの 3 天体の変光量は少なかったため、
期待され、ゆえに ULIRG は銀河進化の途中段階であると考えられてい
変光成分のカラーの測定精度が悪い。そこで、西はりま天文台の可視撮
る。現代天文学における大問題の1つである、銀河の星生成活動と超巨
像装置 MINT で観測を行った。この結果と SDSS とで差分をとり、変
大ブラックホールの共進化を理解するためには、ULIRG のエネルギー
光成分を求めた。
源やその構造を明らかにすることが非常に重要である。
先行研究においては、活発な星生成が ULIRG の主なエネルギー源で
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
その結果、観測したクエーサーの内の 1 つについて、SDSS 観測期間
から現在までの間で中心核付近に 0.09 等の赤化が追加された可能性が
50
銀河銀河団
あることが分かった。
系外銀河中心部での活発な星形成活動は、しばしば多量の星間物質に
1. Kokubo et al. 2014, ApJ, 783, 46
2. MacLeod et al. 2016, MNRAS, 457, 389
覆われ、可視光・近赤外線では強い減光により見通せない領域を含んで
いる。ミリ波サブミリ波帯の観測は、多様な分子種のスペクトル線やダ
スト連続波を検出することで、星間物質に埋もれた星形成領域を直接捉
え、その性質を探ることのできる強力な手法である。しかし、個々の星
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銀河 a4
輻射輸送計算によるクランピートーラスモデ
ルの作成
谷本 敦 (京都大学宇宙物理学教室 M2)
形成領域を空間分解し、その活動性や化学組成を調べるには、従来の観
測装置では分解能・感度ともに不十分であった。また銀河系内星形成領
域との直接的な比較も難しく、これらの集合体として活発な星形成銀河
が説明できるのか、あるいは全く異なる種族の星形成を行うのかは未解
明である。
本研究では、ALMA のサブミリ波帯高分解能観測により、近傍スター
銀河中心には、約 1 億倍太陽質量の超巨大ブラックホール (Super-
バースト銀河 NGC253 の中心 200 pc の領域について、先行研究より 5
Massive Black Hole: SMBH) が普遍的に存在し、銀河バルジ質量と
SMBH 質量には強い相関関係がある (Magorrian et al. 1998) 。この事
実は、銀河と SMBH が互いに影響を与えながら、
「共進化」してきたこ
た 10 pc スケールの星形成領域 8 個が、2 本の平行な列状に分布する姿
とを示唆する。しかし、銀河中心の極めてコンパクトな領域に存在する
を初めて分解できた。また、各領域で H3 O+ や H2 CO など多種の分子
SMBH が、何故母銀河の質量と強く相関しているのかは謎に包まれて
輝線を検出したが、その化学的性質はわずか 10 pc 程度隔てた領域ごと
いる。この課題を解決する鍵が、活動銀河核 (Active Galactic Nucleus:
でも大きく異なった。特に、HII 領域に起因する水素再結合線 H26α と、
AGN) である。 AGN はガスが SMBH へ降着することで、その重力エ
赤外線輻射で振動励起された HNC 分子 (J = 4 − 3, v2 = 1f ) は特徴的
ネルギーを放射エネルギーへ変換し、銀河中心が明るく光り輝く現象で
な分布を示した。また各領域の分子組成は、顕著な HCN の増加や SO
ある。すなわち、 AGN 観測によって、 SMBH の成長を調べることが
の減少など、銀河系内星形成領域には見られない性質を有していた。こ
可能となる。
れらの結果から、NGC253 中心部の星形成領域には、大質量星に加熱さ
倍以上高い空間分解能 (0”.3; 5 pc に相当) でのイメージングを行った。
その結果、850 µm 帯の連続波放射でトレースされる、ダストに覆われ
AGN は中心の SMBH と降着円盤、その周囲のガスやダストから成
れる典型的な HII 領域以外に、比較的大質量星を欠いた大規模な中質量
るドーナツ状の物質 ( ダストトーラス ) から成る。母銀河と SMBH
星団を熱源とする領域の存在が示唆される。こうした領域は系内星形成
を繋ぐトーラスは、 SMBH への質量降着の役割を担っており、銀河と
領域とは異なる初期条件や進化過程により生じ、その進化段階と加熱機
SMBH の共進化を理解する鍵となる構造である。赤外線観測から多数
のガスの塊から成るトーラス ( クランピートーラス ) が示唆され、赤外
線スペクトルに適応出来るモデルが作成された (Nenkova et al. 2008)
構の差により多様な活動性を示すと考えられる。
。赤外線はダストのみの分布を反映する一方で、 X 線はダストとガス
を含む全物質の分布を反映し、トーラス全体の構造を知ることが可能と
1. D. S. Meier et al. ApJ 801 63 (2015)
2. G. J. Bendo et al. MNRAS 450 L80 (2015)
3. J. L. Turner and P. T. P. Ho ApJ 299 L77 (1985)
なる。しかし、 X 線スペクトルに適応可能なモデルは、未だに作成され
ていない。
...................................................................
そこで X 線領域におけるクランピートーラスモデルの作成に取り
組んだ。まず、理論予想や他波長観測結果を考慮し、ある確率分布に
従ってクランプを配置するコードを作成した。そして、作成したコード
を輻射輸送計算コードである MONACO(Monte Carlo Simulation for
銀河 a6
銀河団のスロッシングによる衝撃波形成
足立 知大 (大阪大学 理学研究科 宇宙進化グループ M1)
Astrophysics and Cosmology: Odaka et al. 2011) と組み合わせ、 X
線観測データに適応可能なモデルの作成に世界で初めて成功した。本講
銀河団の観測では衝撃波が確認されている。これは銀河団の形成、
演では、モデルの詳細や既存モデルとのスペクトルの違いについて議論
成長の過程で銀河団同士が衝突したためだと考えられる。これまでは独
する。
立した銀河団同士が衝突する際に大きなポテンシャルエネルギーが衝
1. Magorrian, J., Tremaine, S., Richstone, D., et al. 1998, ApJ 115,
2285
2. Nenkova, M., Sirocky, M. M., Ivezić, Ž., & Elitzur, M. 2008, ApJ,
685, 147-159
3. Odaka, H., Aharonian, F., Watanabe, S., et al. 2011, ApJ 740,
103
突速度に変換されるために超音速で衝突すると考えられてきた。実際、
X 線観測で確認されている弾丸銀河団は超音速の衝突の特徴を持って
いる。一方、超音速で銀河団同士が衝突するとマッハ数が 2 以上の衝
撃波しか生じない (Takizawa,1999)。しかし、実際の観測ではマッハ数
が 2 以下の衝撃波も観測されている (Ogrean et al. 2013)。これは大
きな銀河団の内部で小さな銀河団が振動している、いわゆるスロッシン
グが起きているためだと考えられている (Markevitch et al. 2001)。先
行研究で行われたスロッシングのシミュレーションでは銀河団同士の
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銀河 a5
ALMA で探る近傍星形成銀河 NGC253 中心部
での多様な星形成活動と加熱機構
安藤 亮 (東京大学 天文学教育研究センター M2)
スロッシングで cold front と呼ばれる温度の不連続境界面が生じるこ
とを確認できた (Ascasibar & Markevitch ,2006) が、衝撃波に着目し
たものはあまりない。今後、本研究では銀河団内部で小さい銀河団を亜
音速で振動させるモデルを考える。衝撃波を高解像度で分解するために
AMR(Adaptive Mesh Refinement) シミュレーションを行い、マッハ
数が 2 以下の衝撃波が生じるかどうか調べ、本講演ではその進展を報告
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
51
銀河銀河団
する。
た物理量を使用することで、より高次の空間精度を実現できる。しか
1. Markevitch, M., Vikhlinin, A., Mazzotta, P., 2001, ApJ, 562, 153
2. Ascasibar, Y.,Markevitch, M., 2006, ApJ, 650, 102
し、単純に MUSCL 法を適用しただけでは不連続面で数値的な振動が発
生してしまうため、通常は流速制限関数を導入して、補間される物理量
に制限を付ける。先行研究として、Murante et al. (2011) によって導
入された van Leer 型の流速制限関数等がある。本研究では、van Leer
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銀河 a7
銀河団内高温ガスの乱流による共鳴散乱への
影響の評価
古川 愛生 (東京理科大学 松下研究室 M1)
型に加えて、minmod 型、superbee 型、van Albada 型等の流速制限関
数を適用した MUSCL 法により高次精度化した GSPH 法を開発した。
本研究では、新しいシミュレーションコードを使って、衝撃波管問題や
Kelvin-Helmholtz 不安定性、点源爆発といったテスト問題を行い、その
計算性能を比較した結果を報告する。さらに、それらの GSPH 法と通
常の SPH 法や Density-Independent SPH 法 (Saitoh & Makino 2013)
銀河団は数十から数千個もの銀河が重力的に束縛されている宇宙で
最大の天体であり、重力により加熱された高温ガスが X 線を放射して
いる。銀河団中心部では共鳴散乱の光学的厚さが 1 を超えており、共
鳴散乱の影響による重元素のアバンダンスの過小評価の可能性や、共
鳴散乱とガスの乱流運動の影響などが議論されてきた (e.g ASTRO-H
WHITE paper)。共鳴散乱の大きさは各重元素からの輝線の観測から直
を比較し、接触不連続面における解の振る舞いを議論する。
1. Inutsuka, S., 2002, J. Comput. Phys., 179, 238
2. Murante, G., Borgani, S., Brunino, R., Cha, S. -H., 2011, MNRAS, 417, 136
3. Saitoh T. R., Makino J., 2013, ApJ, 768, 44
接測定可能であるが、従来の X 線 CCD 検出器ではエネルギー分解能
が不十分であり測定が困難であった。「ひとみ」衛星に搭載されたマイ
クロカロリメーター検出器 SXS は CCD 検出器に比べてエネルギー分
解能が飛躍的に向上し、これまで分離できなかった輝線の微細構造から
共鳴線を分離することが可能となり、個々の輝線幅から乱流運動をも調
べることができる。共鳴散乱シミュレーションはペルセウス座銀河団の
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銀河 a9
激動進化期 z ∼ 1.4 における初期質量関数は
top-heavy か?
猪口 睦子 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
Fe-Kα 輝線について、R500 まで一様な乱流を仮定した場合の結果が報
告されており (Churazov et al. 04, Zhuravleva et al. 14)、乱流が大き
星が集団で生まれる時の質量分布関数を初期質量関数 (Initial Mass
くなると共鳴散乱の効果が小さくなること、銀河団中心部ほど共鳴散乱
Function; IMF) という。IMF は観測から星形成率や星質量等を決めた
の効果が大きいことなどが議論されてきた。
り、モデルからスペクトルや化学進化等を計算したりする際に鍵となる
本研究ではペルセウス座銀河団の He 様 Fe-Kα 輝線について、XMM 衛
仮定である。すなわち、これを明らかにすることは銀河の形成・進化を
星の観測をもとに球対称な銀河団を仮定し、
「GEANT4」及び「ひとみ」
考える上で非常に重要である。近傍での研究から、IMF は一般には質
SXS の応答関数を用いて、「非一様なガスの乱流運動を仮定した場合」
量のべき関数で表され、そのべき指数 Γ は我々の銀河の円盤部でおよそ
や「中心コアの独立な運動を仮定した場合」の共鳴散乱の影響について
た場合に比べて、中心部の乱流のみを考慮した場合の方が共鳴散乱の影
1.35(Salpeter 1955) とされている。そして、多くの人は遠方宇宙の銀河
内でも IMF は近傍とほぼ同様だと考えているようだ。しかし、本当に
それが成り立つかはまだわかっていない。特に、z ∼ 1 − 3 は宇宙の星形
響が小さくなることがわかった。
成密度が大きく銀河が劇的に進化していたとされる時代 (“激動進化期”)
シミュレーションを行った。その結果、銀河団中に一様な乱流を仮定し
...................................................................
銀河 a8
Godunov SPH 法への流速制限関数の実装とそ
の性能比較
藤原 隆寛 (筑波大学、宇宙物理理論研究室 M1)
で、IMF が銀河進化に与える影響はとても大きい。従って、激しく星形
成活動を行う遠方銀河での IMF を明らかにする必要がある。
そこで本研究では、z ∼ 1.4 の星形成銀河の IMF に制限をつけること
を試みた。サンプルとしては、すばる多天体ファイバー分光器 (FMOS)
で得られた銀河 280 個の近赤外分光データを用いた。これらは Subaru
XMM-Newton Deep Field Survey 領域で K バンドで選択したものの
Smoothed Particle Hydrodynamics (SPH) 法は、粒子を用いて流体
うち、FMOS で有意に Hα 輝線が検出された主系列星形成銀河である。
を表現するという特徴を持つ流体力学シミュレーション法であり、現在
このサンプルについて Hα 等価幅と銀河の色 (J − H; rest g − r) の分布
は物理学の研究分野のみならず広く活用されている。本研究では銀河形
を求め、スペクトル合成モデル (PEGASÉ.2) で IMF と星形成史を仮定
成・進化シミュレーションのための、新しい SPH 法の実装について提
して作った分布と比較した。
案し、その性能について報告する。銀河形成シミュレーションでは、流
その結果、Salpeter IMF と滑らかな星形成史を仮定したモデルでは分
体の接触不連続面を正確に捉える必要があるが、SPH 法には接触不連続
布を再現できなかった。そこで大質量星に偏った (top-heavy) IMF を
面で非物理的な圧力ジャンプが生じ、起こるべき流体の不安定性の成長
仮定したところ、分布を再現することに成功した。つまり、激動進化期
が著しく抑制されるという弱点がある。現在、SPH 法でこの弱点を回避
における銀河の IMF は top-heavy であるという示唆を得られたことに
するために様々な方法が考案されているが、その 1 つに Godunov SPH
なる。しかし一方で、Salpeter IMF であってもスターバーストがある
法 (GSPH, Inutsuka 2002) がある。これは、粒子間の相互作用を評価
星形成史を考えれば説明できることも同時にわかった。講演では、どの
する際に Riemann 問題の厳密解を用いる手法で、圧力ジャンプを抑え
ように両者を判別するかについても議論したいと考えている。
られるほか、通常の SPH 法で必要とされる人工粘性項を導入せずに衝
...................................................................
撃波を解くことができるという長所がある。
GSPH 法では、Riemann 問題を解く際に MUSCL 法を用いて補間し
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
52
銀河銀河団
銀河 a10
ダスト・ガス二流体で解く大質量星からの輻
射フィードバック
しか見つかっておらず統計的性質を議論することが困難だった点だが、
HSC の最新のデータで観測領域を ∼ 55 deg2 にし、424 天体発見した。
一色 翔平 (北海道大学 宇宙物理学研究室 M1)
2 つ目の問題点は可視光線のデータが 2 バンドのみであり可視光線にお
ける 性質を議論するには情報が少なすぎた点だが、HSC の 5 バンドの
色情報より、比較的赤い天体ばかりだとされてきた DOGs が (g − z) ヒ
本研究では, 独自開発したダスト・ガス二流体の球対称一次元輻射流
ストグラム上の HSC 母集団との比較で DOGs の全てが赤い天体でな
体シミュレーションコードを用い, 大質量星からの輻射フィードバック
いとわかった。3 つ目の問題点は HSC と WISE の空間分解能の差を埋
過程を追った. その結果, ダストにかかる輻射圧のため, ダストがガスを
めるために VIKING の Ks バンドデータを prior (先により赤い天体
置いて行き, 大質量星付近ではダストがほとんどない領域が出来る事を
を選出するもの) として入れなければ選別できず、VIKING の観測領域
示した. 以下詳細に述べる. 星形成の抑制機構であるフィードバックは,
に調査領域が左右されていた点だが、HSC の多色の情報から HSC の
銀河形成において銀河構造をコントロールする重要な物理過程である.
全データを 30% 減らすことができ、 VIKING のデータを用いずとも
最近の数値シミュレーションから, 強いフィードバックがなければ, 星質
HSC のデータで prior を設定できると新たに見出した。
量の合計が観測と比較して一桁以上大きくなることが示されている [1].
このような強いフィードバックの候補としては, 超新星爆発, 大質量星か
らの輻射, そして活動銀河核が考えられている. 強いフィードバックの
1. Dey et al. ASP,408,411D (2009)
2. Toba et al. PASJ,67,86 (2015)
起源を解明する事は急務である. このうち, 大質量星からの輻射フィー
ドバックについては, [2] の研究から, 光電離によるガス圧とダストに働
く輻射圧の相乗効果で引き起こされていることがわかった. しかし, [2]
の研究など, 多くの研究においてダストとガスが完全にカップルすると
考え, ダストとガスをあわせて一流体として扱う近似を行っている. 故
に, 本研究ではダストとガスの速度差を [3] で提唱された近似法を用いて
...................................................................
銀河 a12
SDSS と DEEP2 で探る星形成銀河のアウト
フロー
菅原 悠馬 (東京大学宇宙線研究所 M2)
導出し, ダスト・ガスの二流体方程式を解いた. このとき, ダスト抗力と
しては, 衝突による抗力とダストチャージによる抗力の影響を考慮して
星形成を抑制するようなフィードバック機構は銀河形成史を理解する
いる. シミュレーションの初期条件としては, 中心に光源を置き, 球対称
鍵である。宇宙の大規模構造をうまく説明できる ΛCDM モデルでは、
にガスとダストを分布させた. ガスの成分は H, He とした. ダストにつ
フィードバックを考慮しない場合、過剰に効率良くガスから星が形成さ
いては, 0.1 mathrmmum のグラファイトを使用した. また, 光源のス
れ、観測されている数よりも多くの銀河が形成されてしまう (過冷却問
ペクトルとしては PEGASE.2 から得た星団のものを使用した. 数値シ
題)[1] 。フィードバックの主要因の一つは、星を作るガスが銀河から吹
ミュレーションの結果, ダストとガスはデカップルし, 二流体で取り扱う
き出るアウトフローである。銀河の形成進化を説明する理論モデルの多
べきであることを示した.
くは、銀河の統計的な観測量 (例えば光度関数の進化) を再現するよう
1. Kereš D., et al., MNRAS, 396, 2332 (2009)
2. Ishiki S. & Okamoto T., MNRAS, accepted (2016)
3. Laibe G. & Price D., MNRAS, 2136, 46 (2014)
にアウトフローが組み込まれており、観測からアウトフローの性質を決
めているわけではない。観測では、銀河のスペクトル中の金属吸収線か
ら星形成銀河のアウトフローが検出されている。近年、z < 1 の銀河の
星形成率や星質量と、アウトフローガスの速度や質量との正の相関関係
が観測から明らかになってきた [2] 。しかしこれら過去の研究は近傍の観
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銀河 a11
すばる望遠鏡 Hyper Suprime-Cam を用いた
Dust-Obscured Galaxies の探査
登口 暁 (愛媛大学 M1)
測から銀河とアウトフローの物理量の関係を調べるものが多く、赤方偏
移の違いについては議論していない。そのためアウトフローが赤方偏移
進化すると主張する数値シミュレーションも存在する
[3]
一方で、各赤
方偏移においてアウトフローが銀河形成に与えた影響は観測的にほとん
ど確かめられていない。そこで本研究では z ∼ 0 と z ∼ 1 の星形成銀
河のアウトフローを比較することで、アウトフローの赤方偏移進化を調
Dust-Obscured Galaxies (DOGs) は R − [24] ≥ 7.5 (ABmag) と非
べた。z ∼ 0 のサンプルとして Sloan Digital Sky Survey (SDSS) DR7
常に赤く、深く塵に覆われていると考えられている銀河種族である。こ
を、z ∼ 0 のサンプルとして DEEP2 redshift survey を使用した。銀河
の DOGs について Dey et al. (2009) では、 Major merger シナリオ
の物理量ごとに足し合わせたスペクトルの金属吸収線からアウトフロー
における gas-rich な merger 系の進化の途中段階ではないかとされて
成分を抜き出し、アウトフローガスの速度と質量を求めた。その結果、
いる。また、 DOGs はその Spectral Energy Distributions の形から
3σ の有意性で z ∼ 1 では z ∼ 0 よりも 50 km/s ほどアウトフロー速度
“Power-Law (PL) DOGs” と “BUMP DOGs” に分類され、特に PL
DOGs は赤外線で明るい成長途中のブラックホールを持つ可能性がある
が大きかった。この結果からアウトフローが赤方偏移進化する可能性を
と示唆され重要視されている。
例とも比較しながら、アウトフローの赤方偏移進化について議論する。
DOGs に関する先行研究の Toba et al. (2015) では、すばる望遠鏡
の Hyper Suprime-Cam (HSC, 可視光線) のデータと VIKING (近赤
外線) のデータ、および ALLWISE (中間赤外線) のデータを用いて、中
間赤外線で比較的明るい DOGs を ∼ 10 deg2 で 48 天体発見していた。
観測的に初めて示唆した。本講演ではこれまでの理論モデルや他の観測
1. Somerville, R. S., & Davé, R. 2015, ARA&A, 53, 51
2. Heckman, T. M., et al. 2015, ApJ, 809, 147
3. Muratov, A. L., et al. 2015, MNRAS, 454, 2691
しかし、先行研究では 3 つの問題点があり、今回我々はその克服を
行った。1 つ目の問題点は観測領域が ∼ 10 deg2 で DOGs が 48 天体
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
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53
銀河銀河団
銀河 a13
ALMA を用いた CO 輝線による分子雲質量
密度
抽出を行ったところ,観測周波数 273.29 GHz に輝線天体候補 (Speak
= 3.8 ± 0.7 mJy, S∆V = 0.53 ± 0.08 Jy km s−1 , FWHM = 100
浜端 亮成 (東京大学 宇宙理論研究室 M1)
km s−1 ) を検出した.輝線天体付近で同定された対応天体候補に対す
る,可視光–近赤外線 SED フィットによって求められた測光赤方偏移
(zphoto = 0.97+0.13
−0.40 ) は,検出された輝線が z = 0.687 の CO(4-3) 輝線
分子雲は主に H2 、CO から出来ており、この分子雲は収縮、降着に
である可能性が高いことを示している.求められた輝線天体の分子ガス
よって星になり、また星は一生を終えるとその一部は分子雲に還元され
質量比 [fgas = Mgas /(M∗ + Mgas ) = 0.97, 0.69; それぞれ M82 と銀河
る。そのため、サーベイ観測によって分子雲質量密度の赤方偏移進化を
系の輝線比,換算係数を仮定した場合] は,同じ時代の星形成銀河の値
調べれば、星形成史に示唆が得られる。具体的な手法としては、近傍宇
宙での観測によって得られた CO 輝線の光度と分子雲質量の関係 [1] を、
(fgas ≃ 0.2–0.4) よりも高い値になっている.これらの結果は,今回の
ALMA を用いた無バイアスミリ波輝線銀河探査によって,従来の探査
サーベイ観測で検出された遠方銀河の CO 輝線光度に適用するというも
では見逃されてきた種族の天体が検出されたことを示唆している.本研
のがある。
究で検出された天体は 1 つだが,CO 輝線光度関数に与える制限は準解
参考文献 [2] で、電波望遠鏡 PdBI を用いて天球面の一領域である
Hubble deep field north のサーベイ観測が行われ、CO 輝線の検出に
よって赤方偏移が 0.3,1.5,2.7 の分子雲質量密度が見積もられた。しか
し、検出感度が十分でなく、擬天体の可能性や他輝線の可能性を棄却で
きなかった。そのため検出光度を精度よく定めることができず、分子雲
質量密度の推定に大きな不定性が残った。
析的モデルに矛盾しないことが示された.
1. Kohno, K., Yamaguchi, Y., Tamura, Y., et al.
2016,
arXiv:1601.00195
2. Williams, J. P., de Geus, E. J., & Blitz, L. 1994, ApJ, 428, 693
3. Obreschkow, et al. 2009, ApJ, 703, 1890
そこで、我々はより精度よく測定できるアタカマ大型ミリ波、サブミ
リ波干渉計 (ALMA) によるサーベイ観測で赤方偏移 0.7 における CO
輝線を検出し、その光度からこの新しい領域での分子雲質量密度を見積
もった。この検出された CO 輝線が他輝線でないことは可視から近赤外
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銀河 a15
の対応天体の存在によってわかる。さらに S/N 比が 6.5 σ であり、擬
星形成率密度の宇宙論的進化は分子ガス密度
の進化か
前田 郁弥 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
天体でないとみなせる。そのため光度分布を仮定しそれを積分すること
で、分子雲質量密度に制限を与えることができた。この値を観測的予想
や準解析的なシミュレーションの結果 [3] と比較した結果、後者とは整
銀河はどのように形成され、進化したのか、その過程を明らかにする
合性が悪かった。さらに、今回の値を参考文献 [2] によって与えられた
ことは天文学の大きな目標の一つである。そのなかでも星形成率は銀河
分子雲質量密度と比較することで、少なくとも赤方偏移 0.7 までの領域
の星形成活動を直接的に表す重要な指標である。90 年代後半から、赤方
では、分子雲質量密度は赤方偏移が大きくなるにつれて増加しているこ
偏移 (z) が 1 − 3 の時代の星形成率密度が現在に比べて約 10 倍大きい
とがわかる。
ことが報告されてきた。これは z = 1 − 3 の銀河の星形成活動が現在に
本講演ではどのような観測的予想や準解析的な手法が観測された分子
雲質量密度に即しているかを考察する。
1. C.L.Carilli andF.Walter ;2013.ARA & A,51:105
2. Walter.F et al. ;2014,ApJ,782,79
3. Lagos et al, ;2011,MNRAS,418,1649
比べて非常に活発であったことを示しているが、その原因は現在でもよ
くわかっていない。考えられる 1 つの原因として、宇宙の分子ガス密度
が現在よりも約 10 倍大きかったのではないかということが挙げられる。
この可能性を調べるには遠方銀河における分子ガスのデータが必要とな
るが、これまで十分なデータがなかった。最近になってようやく IRAM
や ALMA といった高感度な望遠鏡によって z ∼1.5 の分子ガスの観測が
進み、銀河中の分子ガスの割合 (fgas ) と銀河の星質量 (Mstar ) の関係が
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銀河 a14
SXDF-ALMA survey のデータを用いたミリ
波輝線銀河探査
山口 裕貴 (東京大学 天文学教育研究センター D1)
本研究では,ALMA データを用いて行った輝線銀河探査の結果を報
告する.近年の観測により,宇宙の星形成率密度の変遷が明らかになり
つつある.次なるステップとして,その進化の原因を探るためには,ミ
わかってきた。 そこで、本研究では銀河の星質量関数と fgas の Mstar
依存性を組み合わせることで z ∼ 0 と z ∼ 1.5 の分子ガス密度を求め、
赤方偏移進化を調べた。その結果、z ∼ 1.5 での分子ガス密度は現在に
比べて 30 倍以上大きいということがわかった。これは予想した値より
大きく、本講演ではこの結果の解釈についてもいくつか紹介する。
1. Akihumi Seko, et al. 2016, ApJ, 819, 82
2. L. J. Tacconi, et al. 2013, ApJ, 768, 74
3. Adam R. Tomczak, et al. ApJ, 783, 85
リ波輝線銀河探査を行い,宇宙の分子ガス質量密度を制限する必要が
ある.ところが,これまでのミリ波輝線銀河探査の多くは,赤外線など
の他波長で選択された銀河を対象にしているという問題があった.本
研究では,ALMA による SXDF 領域の掃天観測 (観測波長 1.1 mm,
探査面積 2 arcmin2 , 1σ = 0.048–0.061 mJy beam−1 ) のデータを用い
て,無バイアスなミリ波分子輝線探査を行った.周波数幅 60 MHz で
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銀河 a16
銀河団コアの探査
入倉 和志 (東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 天
文学教室 M1)
作成した 3 次元データキューブは,1σ = 0.45–0.70 mJy beam−1 を達
成している.このデータキューブに対して,CLUMPFIND を用いた天体
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
現状の原始銀河団探査は,QSO や電波銀河に着目する方法や,単純
54
銀河銀河団
に銀河の密度超過に着目する方法によってなされてきた.しかし,近傍
ためには銀河団の質量分布モデルを構築しなければならない.我々は,
の銀河団の中心部,コアとなっている領域では,銀河進化の環境依存性
共同研究者の大栗真宗が開発し公開している glafic というレンズ効果
が顕著に現れており,遠方についてもこの領域にある銀河を見出すこと
を扱うソフトウェアを用い,新たに 3 つの HFF 銀河団の質量分布モデ
で,銀河進化の環境依存性や銀河団の進化についての手掛かりを得るこ
ルを構築し,既に構築した 1 つ目の銀河団のそれもアップデートした.
とが期待できる.今回の研究では,COSMOS field において,この遠方
本講演では,これら 4 つの質量分布モデルの作成法とその概要を発表す
の原始銀河団におけるコアの領域を見出す方法として,high-SFR 銀河
る.今回構築した質量分布モデルは,HFF のページで公開されており,
や重い銀河に注目し、その密度超過を、現状の原始銀河団探査で採用さ
Kawamata et al. (2016) で発表済みである.
れている探査半径よりも 1 桁程度小さい半径で測ることを試みた.ま
この 4 つの HFF 銀河団のうちの1つである MACSJ 1149 の領域に
た,その密度超過が実際に原始銀河団のコアに対応しているかどうか検
おいて,レンズ効果を受けた z = 1.49 にある渦巻銀河が 3 つの多重像と
証した.また従来の方法が原始銀河団探査を行う上でコンプリートでな
なって現れている.2014 年 11 月,この渦巻銀河の多重像の 1 つに超新
いことも明らかになった.
星 SN Refsdal が観測された.SN Refsdal は母銀河が多重像となって
1. Chiang, Yi-Kuan, ApJL, 782, L3 (2014)
いることから,他の 2 つの多重像にも時間差を持って超新星が現れるこ
とが予測される.時間差と増光率などの予測と実際の観測を比較するこ
とにより,この現象は重力レンズモデルの信頼度を検証できる非常に貴
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銀河 a17
Extremely low-mass star-burst galaxies at
z ∼ 2.2
日下部 晴香 (東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻
天文学教室 D1)
遠方の小質量銀河は、より近傍で見られるより重い銀河の祖先として、
銀河形成 · 進化において重要な役割を果たしている。しかし、これまで
は、多波長のデータがそろっていて、宇宙の星形成が最も盛んな cosmic
重な機会である.我々は,他のグループとのモデルの比較 [2] に参加し,
来るべき超新星多重像の出現時期とその増光率の予言を行った.2015
年 12 月,予言されていた超新星多重像が検出された.我々の予言は観
測と良い一致を示し,我々のモデルの高い精度を証明するものとなった
[3].本講演では,この予言と観測の概要も発表する予定である.
1. Kawamata, R., Oguri, M., Ishigaki, M., Shimasaku, K., & Ouchi,
M. 2015, ApJ, 819, 114
2. Treu, T., Brammer, G., Diego, J. M., et al. 2015, ApJ, 817, 60
3. Kelly, P. L., Rodney, S. A., Treu, T., et al. 2016, ApJL, 819, L8
noon の時代でさえ、小質量銀河の星形成活動は、stellar の性質を中心に
明るい銀河に特化して個々の描像を得るか、暗い銀河まで含めた平均的
な描像を得るにとどまっていた (e.g., Hagen et al. 2014; Nakajima et
al. 2012)。そこで本研究では、SXDS 領域の 604 個の LAEs の深くて
広いデータをもとに LAEs をサブサンプルにわけ、stellar の性質とダー
クマターハローの質量を求め、多様な星形成活動について調べた。 サブ
サンプルの 3 分の 2 は、 z ∼ 2.2 の star formation main sequence の
小質量側の外挿 (∼ 109 M⊙ ) にのることがわかった。一方、残りの 3 分
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銀河 a19
重力レンズ効果の像復元アルゴリズムの開発
とサブミリ銀河 SDP.81 への適用および星形
成活動の解析
石田 剛 (東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 天文
学教室 M1)
の 1 のサブサンプルは、∼ 107 M⊙ という非常に低い星質量を持ち、爆
発的に星を形成している。これらの非常に小質量 LAEs の星形成率は、
サブミリ銀河 (SMG) は宇宙論的遠方に多く見つかり、非常に高い星
ダークマターハローのバリオン降着率よりも大きい程であり、通常の星
形成率 (100–1000,M⊙ /yr) を示す。この値は近傍の一般的銀河と比べ桁
形成の効率とは異なる。これらの銀河は、cosmic noon における銀河形
で大きく、その星形成の物理を紐解くことは銀河進化を論じる上で大
成初期のフェーズにある新たな銀河種族の可能性があり、この爆発的な
きな意義がある。そのためには分子雲スケールでの観測が必須である
星形成を引き起こすユニークな星形成メカニズムがあると考えられる。
が、ALMA の運用開始に加え重力レンズ効果を組み合わせることで、
1. Nakajima et al., ApJ, 745, 12 (2012)
2. Hagen et al., ApJ, 786, 59 (2014)
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銀河 a18
Hubble Frontier Fields 銀河団の質量分布モデ
ル構築と超新星多重像の出現予言
z=3.042 という遠方にある SDP.81 という SMG において、それが初め
て可能となった。本研究では、既存のものよりはるかに高い解像度で
の像復元を可能とするアルゴリズム (GLEAN: Gravitational Lensing
+ CLEAN) を開発した。これは電波干渉計の deconvolution で用い
られる、CLEAN に着想を得た手法である。我々は GLEAN を用い、
SDP.81 の source plane の画像を復元し、その星形成の性質を解析した。
その結果、SDP.81 では各々の分子雲がそれぞれ理論的限界、すなわち
Eddington limit に近い星形成率を示す、非常に extreme な状況にある
川俣 良太 (東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 天
文学教室 D2)
ことがわかった。今までの観測では、分解能の不足により銀河全体で積
Hubble Frontier Fields (HFF; PI: J. Lotz) は,重力レンズ効果の強
用いることにより、分子雲スケールでの議論が可能となったことは特筆
い 6 つの銀河団を HST で深く撮像し,銀河団背後にある高赤方偏移銀
すべきことである。今後、ALMA による重力レンズ銀河の高解像度デー
河の探査を目的とした,現在進行中のプロジェクトである.我々の研究
タに対し、GLEAN を適用することで、直接星形成の現場を見ることが
[1] を含めた多くの高赤方偏移銀河に関する研究の進展に貢献してきた.
できるようになっていくと期待される。
分した値でしか星形成の議論ができていなかったが、SDP.81 の超高解
像度データに加え、新しい高解像度での像復元アルゴリズム GLEAN を
HFF データの解析では,重力レンズ効果の計算が必要であり,その
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
55
銀河銀河団
1. ALMA Partnership et al. 2015, ApJL, 808, L4
2. Dye, S. et al. 2015, MNRAS, 452, 2258
方の力学的な安定性の議論をする。ヒミコの場合、星の集団が直線状に
3. Tamura, Y. et al. 2015, PASJ, 67, 72
clump の並びを呈していて、chain 銀河と呼ばれている。この直線状に
並んだ形状にも注目して、ヒミコと clumpy 銀河を比較していきたい。
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銀河 a20
直接温度法で探る z ∼ 2 星形成銀河の星間物
質進化
小島 崇史 (東京大学宇宙線研究所 M2)
BPT ダイアグラム ([O,iii]/Hβ 対 [N,ii]/Hα 図) 上の星形成銀河の分
並んだ形状が特徴的である。一方、相当数の clumpy 銀河が 1 次元的な
1. Ouchi, M., Ono, Y., Egami, E., et al. 2009, ApJ, 696, 1164
2. Ouchi, M., Ellis, R., Ono, Y., et al. 2013, ApJ, 778, 102
3. Matsuda, Y., et al. 2004, AJ, 128, 569
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銀河 a22
布は、z = 0 と z = 2 で異なることが知られている (BPT オフセット
角田 匠 (名古屋大学 C 研 M1)
と呼ばれる)。BPT オフセットは星間物質の性質の進化を示唆してお
り、z = 0 − 2 でどのような進化があったのかを明らかにすることが
喫緊の課題となっている。現在、ガス重元素量 (O/H) に対する窒素・
酸素組成比 (N/O) または電離パラメータの増加が最も有力とされてい
るが、決定的な結論には至っていない。決定的な結論を得るためには
直接温度法による測定が必要不可欠であるが、直接温度法で使われる
O,iii]1665/[O,iii]4363 輝線は微弱であるため、これまで z ∼ 2 銀河へ
の直接温度法の適応は難しいものと考えられてきた。
本研究は、初めて 11 個もの z ∼ 2 銀河に対して直接温度法による測
定をし、z ∼ 2 における N/O の増加と電離パラメータの増加の可能性を
議論したものである。我々は z = 2.2 の銀河に対して Keck/LRIS によ
る ∼7 時間の分光観測を行い、1 個の銀河に対して 6.8σ で O,iii]1665 を
検出した。さらに、重力レンズで増光された銀河を中心に徹底的な文献
調査を行い、O,iii]1665 または [O,iii]4363 の検出された 10 個の z ∼ 2
銀河を選び出した。以上合わせて 11 個の z ∼ 2 銀河は、N/O に平均し
て 0.15 dex 以上の増加がないことを示しており、少なくとも N/O の増
加だけでは BPT オフセットを説明できないことが明らかになった。さ
らに、複数の z ∼ 2 銀河が電離パラメータの超過を示しており、この電
離パラメータの超過が BPT オフセットを促進していると考えられる。
講演では、今回得られた結果の物理的解釈について、詳細な議論を展開
電離光子脱出率が示す多様性の起源
現在の標準宇宙論によれば、初期に高温、高密度であった宇宙は宇宙
膨張とともに冷え、宇宙年齢約 38 万年に自由電子と陽子が結合するこ
とにより宇宙空間は中性化する。その後、宇宙に初代の天体が形成され
ると、それらが放射する電離光子によって宇宙空間を満たすガスが再
び電離される。この期間のことを宇宙再電離期と呼ぶ。観測による制限
から宇宙再電離は z ∼ 6 までに完了していると考えられている。宇宙
再電離を引き起こした天体は初代星や銀河などである。再電離のプロ
セスを理解するためには、それぞれの天体がどのくらい宇宙再電離に
寄与したのかを知る必要がある。高赤方偏移の銀河の電離光子脱出率
(fesc ) は、銀河からの寄与を決める重要なパラメーターである。しかし、
観測や銀河シミュレーションから fesc の値には高い多様性が見られる
(0.01 ≲ fesc < 1)。本発表では、まず文献 [1] の議論を拡張し、clump と
呼ばれる銀河ガスの内部構造がどのように fesc に影響を与えるのかにつ
いて議論する。さらに星種族合成モデルにより、銀河のスペクトルを再
現し、星種族や星形成率、金属量、年齢などの銀河の様々な性質と fesc
の関係を調べることで、fesc が示す多様性の起源について議論する。
1. Elizabeth R. Fernandez and J. Michael Shull (2011)
2. Yajima et al. MNRAS,412,411(2011)
する。
1. Steidel, C. C. et al. 2014, ApJ, 795, 165
2. Shapley, A. E. et al. 2015, ApJ, 801, 88
3. Sanders, R. L. et al. 2015, ApJ, 816, 23
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銀河 a21
ヒミコ
長谷川 萌 (お茶の水女子大学 宇宙物理研究室 M1)
2008 年に発見された、z=6.595 という遠方にある巨大な天体「ヒミ
コ」は、Lyα 輝線を出している雲に覆われている。同時代の天体よりも、
ボトムアップ・シナリオで説明しにくい異常な大きさ、Lyα 輝線による
輝き、そして星生成率 100M⊙ yr−1 を有している。また、詳細は明らか
ではない 3 つの星の集団が力学平衡にあり、それらが丁度横に整列して
いるような形をしている。このような複数の星の集団(clump)を有す
る典型的な遠方天体として、clumpy 銀河が知られている。
本研究では、これらの多数の clumpy 銀河をヒミコと比較し、星の集
団の成因やその後の進化の多様性を追究していく。例えば、ヒミコは力
学平衡にあるが、clumpy 銀河はそうではないと知られているので、双
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
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銀河 a23
宇宙再電離と LAE 探査
樋口 諒 (東京大学宇宙線研究所 東京大学大学院理学系研
究会 M1)
宇宙は誕生してから数十万年後の「宇宙の晴れ上がり」により中性と
なった。その後現在に至るまでにもう一度電離を起こしたことが知られ
ている。これを宇宙再電離という。宇宙再電離の物理的な過程を知るこ
とは今日の天文学の重要な目標の一つである。そのためには宇宙再電離
が起こったと考えられている z=6 以前の時代の高赤方偏移の天体を観測
する必要がある。Lyman α emitter(以下 LAE)は高赤方偏移でも明る
く探査しやすい。さらに、LAE の Lyα 線は銀河間の中性水素により吸
収されるため、宇宙再電離が起こったとされる時代の銀河間物質の水素
の電離比率を知る指標になる。Ouchi et al. 2010 ではすばる望遠鏡の
主焦点カメラ(SC)の狭帯域撮像によって得られた LAE のデータを用
いて z=5.7,z=6.6 の光度関数を作成し、z=5.7 6.6 における光度関数の
進化を明らかにした。しかし、これには2 σ 弱の統計誤差が存在する。
本研究では新しくすばる望遠鏡の超高視野主焦点カメラ (HSC) で観測
された SXDS 天域(限界等級 24.5-25mag)を探査した。現段階で探査
56
銀河銀河団
面積 0.32deg2 において z = 5.7 の LAE を狭帯域撮像により 18 個検出
熱伝導が起こる。これまでのフィードバックモデルでは、分解能が足ら
している。探査領域はこれからも増える見込みである。HSC のデータ
ず、スーパーバブルの熱伝導による効果が取り入れられていなかった。
を用いた類似の解析は前例がない。得られた LAE から光度関数を作成
これにより、過剰にガスを cooling する overcooling の問題が生じてし
し、z=5.7 6.6 における光度関数の変化から銀河間物質の水素の電離比
まう。この問題を、従来のモデルでは、様々な free parameter を使うこ
率に制限をかける予定である。
とで解決してきた。
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銀河 b1
High-Velocity Compact Cloud の自動同定アル
ゴリズムの開発
Keller et al.(2014)では、overcooling の問題を free parameter を
入れずに、hot phase や cold phase からなる 2 相を持つ粒子や、2 相
間の熱伝導の効果を subgrid で導入することで解決する superbubble-
feedback model を構築した。そして、この新たなモデルが分解能に依
徳山 碩斗 (慶應義塾大学大学院基礎理工学専攻 M1)
存しない結果を導くことを確認した。さらに、新しいモデルと従来のモ
デルを用いて、孤立銀河のシミュレーションを行い比較した。その結果、
銀河系中心から半径 200 pc 以内の領域 (CMZ; Central Molecular
Zone) は、銀河系円盤部に比べ高温・高密度・広速度分散という特異性
を持つ。しかしその特異性の原因は未だに解明されていない。CMZ の
特異性解明の鍵を握る天体として高速度コンパクト雲 (HVCC; High-
従来のモデルと比べると新しいモデルは、より効率的に星形成を抑え、
強力な outflow を生成した。
1. Keller et al. MNRAS, 442, 3013 (2014)
Velocity Compact Cloud) の存在がある。HVCC はその名の通り空間
的にコンパクトかつ広い速度幅を持つ特異的な分子雲であり、それぞれ
度重なる超新星爆発または巨大な重力源に起因する構造と解釈されてい
る。HVCC の同定手法として、Nagai (2008) の開発した方法がある。
この方法は計算機による自動同定アルゴリズムと人間による選別プロ
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銀河 b3
活動銀河核における狭輝線領域の赤方偏移進
化の観測的研究
仁田 裕介 (愛媛大学 M1)
セス組み合わせたもので、巨大なデータセットに対しては膨大な労力を
要するという問題が残されていた。今回我々はこの問題を解決すべく、
HVCC の完全な自動同定アルゴリズムの開発を行った。このアルゴリズ
銀河における星間物質 (ISM) が宇宙 138 億年の歴史の中でどのよう
ムは (1) pressing method、(2) unsharp mask、(3) modified clumpfind
にその性質を変えてきたかを明らかにすることは、銀河進化の全貌を
の 3 つの手順からなる。先ず pressing method により銀河系円盤部に
理解するために極めて重要である。Kewley et al. (2013) では BPT 図
あるガスの影響を軽減させる。次に unsharp mask で空間的にコンパク
とよばれる輝線診断図上で、星形成銀河と AGN のどちらにおいても赤
トかつ速度幅が広い成分を強調する。最後に modified clumpfind を用
方偏移とともに ISM の物理状態が変化していく理論モデルを示してい
いて HVCC を同定する。また、Nagai (2008) で用いた
12
CO(J=1–0)
る。現在、星形成銀河については Steidel et al. (2014) や Hayashi et
データは空間情報が完全ではなかったため、我々は新たに野辺山 45 m
電波望遠鏡を用いて同輝線の Nyquist サンプリングによる OTF マッ
al. (2015) において Kewley の理論モデルに一致するような観測結果が
報告されている。しかし、AGN に関してはほとんど調査がされておら
ピング観測を行った。これにより今まで見落とされていた、さらにコン
ず、Kewley et al. (2013) で予想されたような、AGN 母銀河における
パクトな HVCC を多数発見出来ることが期待される。実際、新データ
ISM の進化の有無は観測的にテストされていない。
Araki et al. (2012) では z ∼ 3 の 1 型クエーサー SDSS J1707+6443
に今回開発した自動同定アルゴリズムを適用することにより 116 個の
HVCC 候補天体を同定することに成功した。本講演では、今回開発した
アルゴリズムの詳細と HVCC 候補天体の統計解析結果の報告を行う。
の近赤外線分光観測を行ない、得られたスペクトルから狭輝線領域
...................................................................
の輝線強度比の測定を行なっている。その結果、近傍 (0< z <1) の 1 型
銀河 b2
overcooling 問題解決を目的とした
superbubble-feedback model の構築
田中 雅大 (北海道大学 宇宙物理学研究室 M1)
(NLR) における [NeIII]λ3869/[OIII]λ5007、[OII]λ3727/[OIII]λ5007
クエーサーに比べると [NeIII]/[OIII] が顕著に高く、[OII]/[OIII] は低
くなることがわかった。この観測結果は SDSS J1707+6443 において、
ISM の典型的密度が low-z のクエーサーよりも高いと解釈できる。しか
し、high-z クエーサーの母銀河の ISM 密度が low-z に比べて系統的に
高いかどうかは不明である。よって我々は、SDSS J1707+6443 と同程
本講演では、Keller et al.(2014)のレビューを行う。彼らは、新し
度の赤方偏移である z ∼ 3 のクエーサー 5 天体について、すばる望遠鏡
く開発した superbubble-feedback model を銀河スケールのシミュレー
の MOIRCS を用いて近赤外線分光観測を行なった。得られたスペクト
ションに組み込みフィードバックの効果を調べた。以下に本レビューの
ルより、Araki et al. (2012) と同様に [NeIII]/[OIII]、[OII]/[OIII] の輝
詳細を述べる。
線強度比の測定を行い、先行研究との比較を行なったので、その結果に
観測で得られる銀河の光度関数はネガティブフィードバックなしのシ
ミュレーションで得られる光度関数と大きく異なってしまう。このよう
なフィードバックの候補としては、超新星爆発(SNe)や活動銀河核な
どが考えられている。
ついて報告する。
1. Araki et al. A&A 543A 143A (2012)
2. Kewley et al. ApJ 774 100K (2013)
Keller et al.(2014)は 集 団 的 な SNe に よ っ て 引 き 起 こ さ れ る
superbubble-feedback に注目した。宇宙では、複数の SNe が同時期、
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局所的に起こることが知られている。このような SNe によって hot gas
の周りを cold gas が囲んだ superbubble と呼ばれる泡状構造が形成さ
れる。この時、hot gas と cold gas の間には、温度勾配によって大きな
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
57
銀河銀河団
銀河 c1
分子輝線観測で探る銀河系中心核への質量供
給過程とそのフィードバック
竹川 俊也 (慶應義塾大学 D2)
より広い領域での比較が必要である。
我々は先行研究で用いられた IRSF のデータに加えて Vista Variable
in the V’ia L’actea (VVV) のデータを用いて銀経 ±10◦ , 銀緯 ±5◦ 以
内の M 型巨星の星数密度分布を取得、X 線強度分布との比較を行った。
銀経方向分布の比較では、中心部での X 線強度の超過を再確認した。こ
銀河系中心核 Sgr A*は、約 4 百万太陽質量の超巨大ブラックホールを
のとき、分布の規格化を行った銀経 ∼ 8◦ の領域における X 線 (6.7 keV
内包する低光度活動銀河核であると考えられている。この Sgr A*は、核
輝線) 強度と M 型巨星数の比は (1.09 ± 0.13) × 10−8 [photons/(s cm )]
周円盤 (CND) と呼ばれる高温・高密度な分子ガスリングに取り囲まれ
で、太陽系近傍での値から得られる予想値と矛盾しない。本発表では他
ており、さらにその CND の外側には二つの巨大分子雲(M-0.02-0.07,
に、6.4keV 輝線強度分布との比較、銀緯方向の比較の結果を示す。得ら
2
M-0.13-0.08)が隣接している。現在 Sgr A*の活動性は極端に低いが、
れた結果から、バルジ領域における GDXE の X 線源の種類とその分布
それを取り囲む CND は将来の燃料貯蔵庫であると同時に、過去の中心
について議論する。
核活動を反映している可能性がある。
これまで、我々のグループは、野辺山 45 m 鏡、ASTE 10 m 鏡、JCMT
15 m 鏡等を用いて銀河系中心部の詳細な分子輝線観測を行ってきた。
その結果、CND は比較的小さい分子のみで構成されており、大きい分
1. Nishiyama, S. et al. ApJ, 769, L28 (2013).
2. Yasui, K. et al. PASJ, 67, 123Y (2015).
3. Yamauchi, S. et al. PASJ accepted (2016).
子が過去の中心核活動により壊されている可能性を見出した [1] 。また、
CND と巨大分子雲 M-0.13-0.08 とを直接的に繋ぐ構造を発見し、この
観測結果は、CND の一部がその手前にある M-0.13-0.08 に突入してい
ると考えるとうまく説明できることが分かった [2] 。このような衝突によ
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銀河 c3
り、Sgr A*を周回する分子雲が角運動量および運動エネルギーを失い、
Suprime-Cam を用いた Ursa Minor 矮小楕円体
銀河 の測光解析
佐々木 花 (東北大学天文学専攻 M1)
中心核近傍への質量供給が促進される可能性がある。
CND やその周囲の分子雲の運動状態・物理的性質およびその化学組
成を統合的に把握することは、過去から未来にわたる中心核活動性を理
Cold Dark Matter (CDM) model に基づく構造形成理論によると、
解する上で極めて重要である。本ポスター講演では、銀河系中心核を取
より小さい銀河が集積・合体を繰り返すことで巨大銀河へと階層的に進
り巻く分子雲の物理・化学状態を、我々の観測成果に基づき整理し、銀
化すると考えられている。実際、アンドロメダ銀河や天の川銀河等の
河系中心核への質量供給過程およびそのフィードバックについて議論
巨大銀河の周辺では、矮小銀河等の集積・合体の名残が恒星ストリーム
する。
等として観測されている。合体の名残としての substructure は巨大銀
1. Takekawa et al. 2014, ApJS, 214, 2
2. Takekawa et al., submitted to ApJL
河だけでなく、矮小銀河そのものにも観測されつつある。 Ursa Minor
矮小楕円体銀河 (UMi dSph) はその 1 つで、Pace et al. 2014 にお
いて後退速度分布の解析から 2 つの substructure の存在が示唆され
た。本研究では、この UMi dSph について、すばる望遠鏡主焦点カメ
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銀河 c2
銀河系バルジ領域における銀河系拡散 X 線の
放射源と古い星の分布
長友 竣 (京都大学宇宙物理学教室 D2)
ラ Suprime-Cam によって得た撮像データの解析・測光を行い、2 つの
substructure 候補の領域とそれ以外の領域について比較した。
較正の結果、点光源の限界等級は V∼25.5mag まで到達しており、
UMi dSph の星の転向点 (V∼23mag) も十分にカバーしている。本研究
では、UMi dSph を 5 つの領域 (中心部、北西部、南東部、substructure
が示唆されている 2 つの領域) に分割して各領域について色等級図を作
銀河系を X 線で観測すると、点源に分解できない広がった X 線放射
成し、RGB-bump の解析から金属量の推定、転向点付近の解析から年
(銀河系拡散 X 線; GDXE) があることが知られている。この X 線の放
齢分布の推定を行った。解析の結果、2 つの substructure 候補の領域
射源として、比較的暗いため分解できない点源であるという説と真に広
の平均金属量は他の領域より低い値となることがわかった。また、各領
がった、加熱された星間物質が放射源であるという説が考えられている。
域について求めた金属量に基づき各領域内の星の年齢分布を求めたとこ
点源説の場合、有力な放射源として考えられているのは激変星などの星
ろ、substructure 候補領域とその他の領域では、星の年齢分布には有意
で、これらは比較的古い星である。対して真に広がった放射源説の場合、
な差は見られなかった。以上の結果は、 substructure 候補の領域に存
星間物質の加熱源として考えられているのは主に超新星爆発であり、寿
在する星の多くは、金属量の違いから銀河本体とは別の起源である可能
命が短い重い星の分布が GDXE の分布に大きく影響する。したがって
性を示唆していると考えられる。本発表では、 詳細な解析結果について
GDXE の放射源を知ることにより、銀河系において星がどこでどのよう
発表する。
にできてきたかに制限をつけられることが期待される。
GDXE の放射源を探る有力な方法の一つが、近赤外線で見える「古い
星」の分布と GDXE の分布を比較することである。今まで、広い範囲に
わたった分布の比較には星分布として近赤外面輝度分布が用いられてき
たが、面輝度分布は明るい若い星の影響が避けられず、また減光補正も
正確に行えない。Nishiyama et al. (2013) および Yasui et al. (2015)
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銀河 c4
カスプコア遷移とダークマターハローのユニ
バーサリティの関係
田沼 萌美 (筑波大学、宇宙物理理論研究室 M1)
では銀経 ±2◦ 、銀緯 ±1◦ 以内の M 型巨星の星数面密度分布を求め X 線
強度分布との比較を行ったが、放射源についてより詳しく知るためには
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
本発表では The connection between the cusp-to-core transforma-
58
銀河銀河団
tion and observational universalities of DM haloes, Ogiya G., Mori
M., Ishiyama T., Burkert A., 2014, MNRASL, 440, L71 をレビュー
目し、化学組成の調査を試みた。本発表では、2016 年 3 月に実行され
する。最近の観測により、近傍矮小銀河のダークマターハローには 2 つ
レーサーを含む 10 種類以上の分子輝線 (c-C3 H2 , H13 CN, H13 CO, SiO,
の一般的な性質があることがわかってきた。矮小銀河の中心から 300
た最新の ALMA 観測結果を紹介する。ショックトレーサー、光乖離ト
pc 以内のダークマターハローの総質量が一定になること(Strigari の関
CCH, HNCO, HCN, HCO+ , HNC, CH3 OH, CS, HC3 N, CH3 CCH,
C18 O,13 CO) を同定した。これの輝線の情報を元に銀河の化学組成物理
係)
、そしてダークマターハロー中心部の面密度が一定になること(µ0D
状態運動状態、が明らかになる。これらの情報を元に NGC 3256 の形成
関係)である。一方、コールドダークマターモデルに基づく宇宙論的シ
過程を議論する。
ミュレーションでは、ダークマターハローの中心密度分布がカスプ状に
なるという予言がされている。ところが、近傍矮小銀河の観測ではダー
クマターハローの中心密度分布が平坦に近いコア状の分布を持つものが
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銀河 c7
多数発見されている。このようなシミュレーションと観測の結果が矛盾
銀河団 RXC J0751.3+1730 の物理量空間分
布、及び周囲の銀河団との相互作用
小林 洋明 (名古屋大学 Ux 研 M2)
するというコア・カスプ問題が指摘されている。本論文では、初期にカ
スプ状だったダークマターハローの中心密度分布が、何らかのバリオン
の力学過程によってコア状に変わるモデル(カスプ・コア遷移)を考え
銀河団は重力的に束縛された宇宙で最も大きな系であり、宇宙の大規
る。その結果、カスプ・コア遷移が µ0D 関係と密接に関連しているこ
模構造形成史の重要な役割を担っている。 また、銀河団の進化過程の一
と、コア状のダークマターハローの中心密度からハローが形成された時
つである衝突・合体では銀河団ガスが互いに相互作用することで、衝撃
期を推定できること、矮小銀河に対する µ0D 関係が Strigari の関係にあ
波加熱により力学的に安 定した銀河団の典型的な温度プロファイルに比
たることが示された。
べ逸脱する点が見られる。また、逸脱した点では圧力や重元素アバンダ
1. Ogiya G., Mori M., Ishiyama T., Burkert A., 2014, MNRASL,
440, L71-L75
ンス等の物理量に関しても変化が見られることが期待される。 そこで、
我々は銀河団カタログを用いて、銀河団が近接した領域を選び、その領
域の X 線天文衛星 XMM- Newton によ る観測データを解析した。そ
の結果、視野中に RXC J0751.3+1730 や SDSS +117.7+17.7+0.19 を
...................................................................
銀河 c5
21cm 線スペクトル重ね合わせ解析による近傍
銀河星間ガス量に関する研究
含む計 3 つの銀河群・銀河団からの X 線を検出した。その際、それぞ
れの銀河団の中心付近では他の銀河団による影響は見られなかった。
今回は、検出したソースの内 RXC J0751.3+1730 に着目し、他の銀河
団との間の領域での相互作用を調べると共に、銀河団自身の表面輝度や
上野 紗英子 (鹿児島大学 M1)
温度等の物理量の空間分布を調べた。その結果、温度は中心から 0.05 ∼
我々は HI All-Sky survey(HIPASS) と 2 degree Field Galaxy Red-
0.1 Rvir で 4.6 keV と 最も高くなり、> 0.5 Rvir では 2.9 keV と中心
付近に比べ、70% 程度まで低下していることを明らかにした。また、周
囲の銀河団との間の領域に関して RXC J0751.3+1730 の中心から近傍
shift Survey(2dFGRS) の デ ー タ を 用 い て 重 ね 合 解 析 を 行 い 近 傍
(∼160Mpc) のうち絶対等級 Mv = −16.7 より明るい銀河について
HI の質量を見積もった。解析は 0.003 < z < 0.04 の範囲において z を
0.005 間隔で分割し (最初の区間は 0.003 < z < 0.005)、赤方偏移ごと
の銀河団の方位角方向への表面輝度分布を作成し、RXC J0751.3+1730
に解析を行った。最終的に合計 5855 個の銀河を重ね合わせた。赤方偏
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移分割後に関しても、全区間で signal to noise ratio(S/N) は 3.6 以上
を達成しており、放射が弱い系外銀河の電波を捉えることができた。ま
の中心を対称点とした反対の方位角方向や垂直方向への表面輝度分布と
比較したが有意な差は見られなかった。
銀河 c8
ク現象の調査
た、重ね合わせ解析により得られた結果をもとに HI 質量の赤方偏移変
化を計算すると、8 つの区間での HI 質量の平均は 7.1 × 10 M⊙ であ
8
Abell2399 銀河団における AGN フィードバッ
佐藤 瑛子 (奈良女子大学 宇宙物理学研究室 M1)
り、z ∼0.04 において 32% 以内で一定であることがわかった。この結果
は系外銀河や銀河ハローからガスがディスクに供給されていることを示
活動銀河核 (AGN) は、周辺からガスの供給を受けて重力エネルギー
唆する。G 型矮星問題におけるガス降着モデルも系外からのガスの供給
を解放し、その一部をジェットとして外界に放出することでまたガスを
を許す仮定をとっている。以上のことより、いままで化学進化の面から
加熱する。このような AGN フィードバック現象の影響は大きく、銀河
提言されていたガスの流入を、ガスの消費という面からも確認すること
団のコア領域のガスさえも加熱するため、銀河間ガスのエントロピー生
ができた。
成の重要な起源の一つと考えられている。実際、AGN 加熱の影響は、銀
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銀河 c6
ALMA を用いた衝突後期段階銀河 NGC3256 の
分子輝線探査
道山 知成 (国立天文台三鷹 D1)
河団ガスとジェットの相互作用によってできたガスの空洞の存在や中心
銀河の K バンド光度と銀河団ガスのエントロピー値の相関などからも
指摘されている。一方、最近、X 線輝度の低い銀河団 (以下、これを低
輝度銀河団と呼ぶ) において、典型値よりも数倍高いガスエントロピー
値を示すことが見つかった。これは、一般に、輝度の高い銀河団ほど高
いエントロピー値を示す傾向と異なっており、従来の重力加熱や AGN
銀河と銀河は頻繁に衝突している。理論シミュレーションによる研究
加熱のシナリオでは説明が困難である。現状では、サンプル数が不足し
では、銀河衝突によって爆発的星形成や AGN 活動が促進されることが
ているため、低輝度銀河団における高エントロピーの起源は十分理解で
知られれている。このような活発な活動は銀河の化学組成を変化させ
きていない。
る。本研究では、ALMA を用いて、衝突の後期段階の NGC 3256 に着
そこで今回、銀河団ガスにおける AGN フィードバックの影響を調べる
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
59
銀河銀河団
ため、低輝度銀河団 A2399 (z=0.057) の観測を行った。すざく衛星で取
環境密度 (明るい側にも影響) の影響の有無を調べたが、いずれの領域で
得した X 線データを利用して、銀河団ガスの温度や密度、エントロピー
も近くと遠くで有意な差は見られなかった。本講演ではこれらの結果と
を測定し、中心銀河の光度との比較から、AGN 加熱の影響を評価する
それらが銀河形成に与える示唆を示すとともに、Suprime-Cam の後継
ことを目的としている。A2399 は暗い天体であるため、バックグラウン
機である Hyper Suprime-Cam を用いた今後の展望について議論する。
ドを詳細にモデル化し、銀河団コア領域の X 線放射のスペクトルの解析
を行った。本講演では、得られた解析結果を報告し、低輝度銀河団のガ
ス加熱機構について議論する。
1. Ota et al.(2013), Astronomy & Astrophysics, Volume 556,
id.A21, 6 pp.
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銀河 c9
1. Kashikawa et al. 2007, ApJ, 663, 765
2. Adams et al. 2015, MNRAS, 448, 1335
3. Benson et al. 2002, MNRAS, 333,156
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銀河 c11
ハーシェル宇宙望遠鏡で探る z=2-3 原始銀河
団の星形成活動
加藤 裕太 (国立天文台三鷹 東京大学 D2)
宇宙論的シミュレーションで探る天の川銀河
サイズの銀河の形成過程
畑 千香子 (北海道大学 宇宙物理学研究室 M2)
宇宙論的流体力学シミュレーションを用いて、天の川銀河サイズの銀
河の形成・進化の過程について研究を行っている。円盤銀河形成の標準
平均的な銀河の星形成史と合わせて、銀河団環境における銀河の星形
的なシナリオは、バルジが高赤方偏移で形成された後その周囲に円盤
成史を理解することは、宇宙の大規模構造の変遷を理解するための重要
が内側から徐々に形成されるという inside-out シナリオである (Mo et
な課題である。原始銀河団は、銀河の衝突合体を要因として爆発的星形
al. 1998)。一方観測的には、天の川銀河サイズの銀河の祖先とみられ
成銀河が多く、群れて見つかる可能性を指摘されているものの、これまで
る銀河は z ∼ 2.5 から z ∼ 1 までの間、銀河の中心部も外縁部も同じ
の爆発的星形成銀河の探査は、電波銀河周りの原始銀河団で行われてい
割合で質量を獲得する、自己相似的な成長をすることが指摘されている
る。そこで我々は電波銀河を持たない 3 つの原始銀河団 (2QZCluster,
(van Dokkum et al. 2013)。この結果は inside-out シナリオに矛盾し、
HS1700, SSA22) をハーシェル宇宙望遠鏡で観測した。その結果、3 つ
理論的に不自然である。本研究の目的はこの自己相似的な成長を再現す
の原始銀河団において、爆発的星形成銀河の高密度領域を発見した。そ
る物理過程を明らかにし、観測結果を理論的に説明することである。そ
の領域における星形成率密度は、同じ時代の平均的な値と比べて一千倍
のために、ガスの放射冷却や星形成、大質量星からの輻射や超新星爆発
から一万倍高い値を示した。これらの結果は、観測した電波銀河を持た
によるガス加熱 (フィードバック)、化学進化などの銀河形成に重要な
ない原始銀河団においても、爆発的星形成銀河を伴う激しい星形成が行
バリオンの物理課程を考慮した高分解能の宇宙論的シミュレーションを
なわれていることを示している。
行った。また、今回のシミュレーションでは delayed cooling を試した。
1. Kato et al., 2016, accepted in MNRAS, arXiv:1605.07370
2. Casey, 2016, accepted in ApJ, arXiv, 1603.04437
3. Rigby et al., 2014, MNRAS, 437, 1882
Delayed cooling とは超新星爆発により加熱されたガスの冷却を一定期
間禁止することにより、ホットバブルを作るというものである。その結
果、仮定したモデルでは星形成が抑制されすぎてしまうことがわかった。
そのため、Type II の超新星爆発で排出されるエネルギーの効率を半分
にしたものを試すことにした。本発表ではこれらのシミュレーション結
...................................................................
銀河 c10
QSO environment and feedback to its
neighbors
菊田 智史 (国立天文台三鷹 M2)
AGN がその母銀河へ与える影響 (AGN フィードバック) は観測的に
も理論的にも多く研究されているが、AGN が周囲の別の銀河に与える
フィードバックは理論的にあるとされているものの観測的研究は十分進
んでいない。特に、光度の大きな AGN(=QSO) の周囲では輻射により
果の詳細を説明し、自己相似的な成長を再現できているかどうかを議論
する。
1. Mo, H. J., Mao, S., & White, S. D. M. 1998, MNRAS, 295, 319
2. van Dokkum P. G. et al., 2013, ApJ, 771, L35
...................................................................
銀河 c12
赤外線銀河のエネルギー源調査
正垣 綾乃 (関西学院大学大学院 松浦研究室 M1)
銀河の形成が妨げられるため、影響のない場所と比べて低質量銀河の数
密度が減少することが予測される。一方で、遠方の QSO 周辺は銀河の
光度の大部分を赤外線で放射している銀河は、赤外線銀河と呼ばれ、
多い高密度環境であるとも言われている。そこで我々は、すばる望遠鏡
ダストに埋もれたエネルギー源の存在が示唆される。エネルギー源とし
の広視野可視光線カメラ Suprime-Cam を用いて z = 4.87 付近の 2 つ
て、銀河同士の合体に起因した、爆発的な星生成活動、もしくは、活動銀
の QSO の周囲を観測し、これらの予測を検証することを試みた。狭帯
河核 (AGN) 活動が候補として挙げられる。これまでの多くの観測結果
域フィルター NB711 および広帯域フィルター (R,i,z) で広視野かつ深い
より、AGN が銀河の星生成活動おいて重要な役割を担ってると考えら
撮像観測を行った結果、2 つの QSO のまわりに 201 個の z ∼ 4.86 LAE
れる。したがって、ダストに隠された、エネルギー源が AGN の寄与で
と 165 個の z ∼ 5 LBG が検出された。我々はそれぞれの銀河種族に対
ある赤外線銀河を特定し、その物理的性質を理解することは、銀河進化
し、QSO から近い銀河と QSO による影響がない遠くの銀河にサンプル
を理解することにつながる重要なテーマである。 本研究では、赤外線
を分けて光度関数を描くことで、フィードバック (暗い側に影響) と周辺
天文衛星「あかり」の NEP サーベイ観測で見つかった赤外線銀河から、
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
60
銀河銀河団
AGN 候補天体を選別し、調査を行う。その足掛かりとして、我々は昨年、
西はりま天文台 なゆた望遠鏡/MALLS(Medium And Low-dispersion
ラックホールの成長は、互いに影響を及ぼし合っていると推察される。
Long-slit Spectrograph) を用いて NEP 天体 J175348.55+663920.9 の
セントしか星へと変換されず、星形成の効率が非常に悪いことが観測よ
可視分光観測を行った。輝線強度比より、電子温度や電子密度の見積
り示唆されている。星形成は、ガスの自己重力収縮によって起きるが、
もりを行った。加えて、AGN と星形成銀河とを区別する BPT 輝線診
銀河中の大質量星からの紫外線放射や超新星爆発によるフィードバック
断 (Baldwin et al.1981) によって、エネルギー源の推定を試みた。そ
が原因で抑制される。銀河円盤が光学的に厚く、ガスとダストがカップ
の結果、電子密度がスターバースト銀河の典型的な値より大きいこと
リングしているとき、ダストが星からの紫外線放射で輻射圧を受けるこ
から、この天体の赤外線光度には、AGN 由来の放射が寄与している可
とによって、ガスは自己重力で収縮することを妨げられる。よって星形
能性が示唆される。 今後は、より大きなサンプル数の赤外線銀河の分
成銀河では、星形成の効率が悪いと推測できる。そこで、星形成からの
光データから、AGN の光度や赤方偏移分布などの統計的な性質を導き
フィードバックによって支えられた自己重力円盤モデルについて考え
出し、AGN が駆動する銀河進化を明らかにすることを目指す。すでに
た。このモデルから得られたエネルギー流速密度や有効温度は、星形成
取得した「あかり」NEP 領域における、Keck 望遠鏡/ DEIMOS(Deep
が活発な銀河である ULIRGs の観測量とよく一致する。次に、この円
Imaging Multi-Object Spectrograph) の観測データを詳細に解析して
盤のモデルを用いて銀河中心の活動銀河核への定常降着流について考
いく。
察すると、活動銀河核が十分な明るさを得るためには、臨界値となる降
星形成銀河円盤では、力学的な時間あたりに星間物質中のガスが数パー
着率があることがわかった。本講演では、このモデルについて研究した
...................................................................
銀河 c13
輻射輸送計算を用いた 1 次元円盤銀河の SED
モデルの構築
永田 拓磨 (名古屋大学、銀河進化学研究室 (Ω研) M2)
銀河はあらゆる波長の放射源である。例えば OB 型星による紫外線の
放射、ダストによる赤外線の再放射が代表的である。これらの放射の波
長ごとのをスペクトルエネルギー分布 (SED) と呼ぶ。銀河内にあるダ
ストは OB 型星から放射される紫外線や可視光を吸収し、赤外線で再放
Thompson, Quataert, Murray 2005 についてレビューし、星形成銀河
円盤と活動銀河核の関係について議論する。
1. Thompson T. A., Quataert E., and Murray N., 2005, ApJ, 630,
167
...................................................................
銀河 c15
低質量超大質量ブラックホールの短時間変動
谷口 由貴 (東京大学 天文学教育研究センター M2)
射する性質だけではなく、ダスト表面で H2 を形成することで、ガスが
冷却され星形成を促進する働きがあり、銀河形成や銀河進化において重
現在までに、超大質量ブラックホール (MBH ∼ 106−9 M⊙ ) と母銀
要な役割を果たしていると考えられる。このダストの質量や空間分布、
河の様々な物理量 (質量、速度分散、光度など) との間にはタイトな相
種類 (サイズ、組成) が SED を決める重要な物理量となる。しかし、銀
関が見つけられてきた (e.g., Marconi & Hunt 2003, Kormendy & Ho
河の SED モデルの多くで、ダストの空間分布や種類を近傍銀河や銀河
2013)。しかし、ブラックホール質量の低質量側 (MBH ≲ 106 M⊙ ) にお
系の観測で得られた経験的なモデルが用いられている。ダストの進化モ
いて、そのデータ数の少なさから、それらの相関に制限をつけるのは未
デルは確立されてきており (e.g. Asano et al. 2013, 2014a, 2014b: 以
だに困難な状況となっている。また、z ∼ 7 において 109 M⊙ もの質量
下 Asano モデル)、ダストの進化に応じた SED モデルを構築する必要
を持つブラックホールが観測されており、このような天体の存在を説明
がある。
できる初代ブラックホールの形成・進化過程の理解においても低質量超
そこで本研究では、ダスト粒子が高密度で存在する領域を一つの巨大
大質量ブラックホールは重要な鍵となる。 これまでに、SDSS などの
なダスト粒子と仮定するメガグレイン近似を用いて、一次元円盤銀河の
大規模サーベイにより、低質量超大質量ブラックホール探査が進められ
輻射輸送方程式 (Inoue 2005) を解くことで、0.1µm∼1000µm(紫外線
てきたが (e.g., Greene & Ho 2004, 2007)、我々は、時間的にコストのか
から遠赤外線) まで、星による放射、ダストによる吸収、散乱、再放射を
かる分光観測をせずに、ブラックホールの可視光での短時間変動という
計算し、銀河の SED を導出した。星の放射については PEGASE(Fioc
指標を用いてブラックホール質量を見積もる、効率的な方法を提案して
& Rocca-Vomerage 1997) を用い、ダストの種類はグラファイト、シリ
いる。我々の観測により、短い時間変動を示す天体が、実際に低質量超
ケイト、多環芳香族炭化水素 (PAH) を考慮した (Draine & Li 2007)。
大質量ブラックホールであることが確認できた例もある。(Morokuma
ダストの温度は非平衡ダストを考え、モンテカルロシミュレーションに
よって温度分布を導出した (Draine & Anderson 1985)。ダストの質量
et al., 2016) これまでに、X 線、可視光領域で、ブラックホール質量と変
光の時間変動スケールとの間に相関があることがわかっているが (Kelly
分布は MRN 分布 (Mathis, Rumpl, & Nordsieck 1977) および Asano
et al., 2009, 2013)、可視光領域での低質量側の相関は未だに調べられ
モデルを用いて比較した。これにより、ダスト進化に応じた銀河 SED
ていない。本研究では、木曽シュミット望遠鏡で得られたデータを用い
進化モデルを構築した。本発表では、これらの研究成果を発表する。
て、すでに低質量であることが確認されているブラックホールの光度の
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銀河 c14
星形成銀河円盤の構造および活動銀河核への
質量降着
松木場 亮喜 (東北大学天文学専攻 M1)
観測より銀河バルジの質量とその中心のブラックホールの質量は、比
時間変動について議論する。
1. Greene, J. E & Ho, L. C. 2007, ApJ, 670, 92
2. Kelly, B. C., et al. 2013, ApJ, 779,187
3. Morokuma, T., et al., 2016, PASJ, 68, 40M
...................................................................
例関係にあることが知られている。これより銀河の成長とその中心ブ
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
61
銀河銀河団
銀河 c16
活動銀河中心核における狭輝線領域の物理
状態
銀河 c18
Cosmic Galaxy-IGM HI Relation at z ∼ 2 − 3
Probed in the COSMOS/UltraVISTA
米倉 健介 (鹿児島大学 M1)
向江 志朗 (東京大学宇宙線研究所 M2)
活動銀河中心核 (Active Galactic Nucleus;AGN) は現在、観測可能
宇宙の大規模構造とバリオンガス、特に銀河と銀河間物質の広範
な分解能よりも小さいためその構造はよく分かっていないが、AGN 周
囲な分布を描くことは、銀河形成や銀河と銀河間物質 (Intergalactic
辺の星間ガスには光学的に分解出来る領域が存在する。その一つが狭
温度、電離度といった物理状態や輝線強度分布の構造の特徴は分かっ
medium;IGM) の間で行われる物質循環の理解への手がかりとなる。
IGM は希薄で直接的な観測で捉えることが難しいため、クェーサーや
銀河のような明るい背景光源の分光スペクトルに現れる Lyα forest と
ていない。本研究では AGN の三次元輻射流体シミュレーションデータ
呼ばれる中性水素 (HI) ガス吸収線と重元素ガスの吸収線で調べられる。
(Wada 2012) を用いて NLR の分布と物理状態を求めた。シミュレー
これまで背景クェーサーの視線周囲に限って行われた分光探査により銀
ションからブラックホール (BH) 周辺の星間ガス (トーラス) の密度構
河と銀河間空間の中性水素および重元素ガスの関係が調べられ、ガスと
造と温度、速度構造が分かっている。このデータと降着円盤から観測
銀河までの距離によるガス吸収量の依存性が報告された。ただしクェー
面まで伝搬する電磁波を求めるために光電離シミュレーションソフト
サー は個数密度が低いため、これらの研究 では 3 次元構造は調べられ
ウェア CLOUDY を用いて放射輸送方程式を解いた。これにより電離ガ
なかった。一方でクェーサー より個数密度の高い背景銀河を用いた分
スに対する輝線強度を得た。NLR は電子密度が十分に低いので禁制遷
光探査により銀河と HI の3次元構造を明らかにする研究 が可能となっ
移が衝突によって抑制されず、禁制線を放射することが分かっている。
た。しかし、これらの観測研究は 1 deg2 程度の範囲に留まる。大規模
CLOUDY で得られた禁制線を含む特定の輝線の強度比 ([OI]/H α-[OII
I]/H Β) を使って分光診断 (BPT) 図 (Kewley et al. 2006) を作成する
構造における物質循環を調べるためには、これを超えたスケールで銀
ことで NLR がシミュレーション中に再現出来たことを確認した。観測
本研究では COSMOS/UltraVISTA 領域 (1.62 deg2 ) において z ∼
面において NLR であると診断された領域に対して [OIII] 輝線強度の空
2 − 3 の測光観測された銀河約 13000 天体と SDSS-III の背景クェーサー
間分布図を CLOUDY の計算結果より作成した。この [OIII] 輝線強度
の分光データを組み合わせた広領域サンプルを構築し、z ∼ 2 − 3 での
が比較的高い領域に対する密度と温度、電離度を元のシミュレーション
銀河密度超過量と HI ガス (damped Lyα system を除く) 吸収量の空間
データより得た。これにより NLR の物理状態を特徴付けることが出来
相関を調べた。その結果、銀河密度超過量と HI ガス吸収量には有意度
た。本講演では NLR の密度、温度、電離度の特徴を述べる。
90% で相関があることが分かった。これは HI ガスの超過領域で銀河が
輝線領域 (Narrow Line Region;NLR) である。しかし、NLR の密度や
河-IGM 関係を探る必要がある。
形成されていることを示唆する。宇宙論的流体シミュレーションの理論
1. Wada,K. 2012,ApJ,758,66
モデルを構築し観測と同様の解析を行ったところ、同程度の相関が再現
2. Kewley, L.J. et al.2006,MNRAS,372,961
された。更に、観測結果からは銀河密度超過または HI ガス吸収量が極
めて大きい (小さい) 値を示した領域が 4 つ見つかった。観測結果と理論
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銀河 c17
COSMOS 領域における low redshift [OI II]
emitters の統計的性質
西塚 拓馬 (東北大学天文学専攻 M1)
ハッブル宇宙望遠鏡基幹プログラムである COSMOS プロジェクト
の一環として 12 枚の中帯域フィルターを用いたすばる望遠鏡 Suprime-
Cam の撮像観測に基づき、約 6000 個の強輝線銀河を観測した。その
モデルとの比較からこれら 4 つの領域の物理的起源について議論する。
1. Lee et al. 2014, ApJ, 795, L12
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銀河 c19
宇宙背景放射の観測で探る銀河形成
佐野 圭 (宇宙科学研究所 東京大学理学系研究科天文学専
攻 D3)
中には活発な銀河形成を終えパッシブのフェーズに移行していると考
えられる銀河も発見されている。今回のそのような銀河が発見された
銀河形成を探る方法としては、個々の銀河観測によるものが主流であ
COSMOS 領域で約 4700 個の low redshift の [OIII] やバルマー系列の
輝線が強い天体に着目しデータを調べたところ、EW が大きな天体が数
るが、紫外線から赤外線の波長における宇宙背景放射を観測する方法も
千のオーダーで検出できた。その中でも、[OIII] 輝線の天体に着目し以
銀河や遠方の銀河を含むあらゆる光が含まれるため、銀河形成史に加え
下の基準で選別した:(1)SEDfiting の reduced χ¡0.5 (2)SEDfitting の
て素粒子の崩壊に伴う未知の放射などを包括的に明らかにできる可能性
際、upperlimit を用いらない (3) 既存の photo-z カタログの photo-z と
がある。宇宙背景放射を測定するためには、その前景放射となる銀河系
の差が 0.05 以下。その結果、98 個の [OI II]emitter が得られた。それら
内の星や、星間ダストによる散乱光、熱放射を正確に除去する必要があ
の天体に対して光度,EW などの観測量の分布、また SEDfitting から得
る。以前の研究では、特に近赤外線域でそれら前景放射の評価が不十分
られた SFR の分布などについて考察を行った。
であったため、我々は近年得られた星のカタログなどを利用して、あらゆ
1. Yoshiaki Taniguchi,
Masaru Kajisawa,
Masakazu A. R.
Kobayashi, Tohru Nagao and other 19 author
ある。宇宙背景放射には個々の銀河観測では見落とされてしまう、暗い
る前景放射を考慮し尽くした再解析を行った。その結果、1 − 2, mmum
の波長域では、宇宙背景放射の輝度は系外銀河の積算光の数倍に達する
ことを示した。これは通常の銀河以外の未知の放射源が宇宙に存在する
ことを示唆する。近年の理論計算によると、初代星などの遠方宇宙に存
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2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
在するとされる天体はその超過成分には寄与しないと予想されるため、
62
銀河銀河団
超過成分の起源は近傍宇宙にある可能性が高い。考えられる放射源のひ
とつとしては銀河同士の衝突、合体時にその周囲にばらまかれた星々で
ある銀河ハロー浮遊星が挙げられるが、それだけで超過成分を説明する
のは困難であり、現状では超過成分の起源は謎である。
1. Sano et al. 2015, ApJ, 811, 77
2. Sano et al. 2016, ApJ, 818, 72
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2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
63
太陽・恒星
太陽・恒星分科会
For Whom the Stars Shine
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
64
太陽・恒星
日時
7 月 26 日 15:15 - 16:15, 17:45 - 18:45(招待講演:本田 敏志 氏), 20:15 - 21:15
(分科会別ポスター)
7 月 27 日 13:30 - 14:30, 14:45 - 15:45(招待講演:岩井 一正 氏)
7 月 28 日 10:15 - 11:15, 13:30 - 14:30
本田 敏志 氏 (兵庫県立大学)「星の化学組成からわかること」
招待講師
座長
岩井 一正 氏 (情報通信研究機構)「電波で見る太陽の姿」
吉田正樹 (総研大 M2) 、松野允郁 (総研大 M2) 、和田有希 (東京大学 M2) 、鄭祥子
(京都大学 M2)
近年の太陽・恒星研究では、数多くの新しい観測が計画・実行されてきています。 太
陽研究に関しては、2006 年から行われてきた日本の Hinode 衛星による太陽表面の微
細構造の観測と上空大気のプラズマ診断に加えて、SDO 衛星による紫外線から極端紫
外線における多波長での太陽全面観測、2013 年に打ち上がった IRIS 衛星による紫外
線分光観測などが多くの成果をあげつつあり、去年の夏には CLASP ロケットも打ち
あがり、Lya 線の偏光観測に成功しました。また恒星研究においても、これまでのす
ばる望遠鏡や Kepler 衛星、国際宇宙ステーションに設置の全天 X 線サーベイ MAXI
の観測に加えて 2013 年には位置天文衛星 GAIA が観測を開始し、今後は京都大学の
3.8m 望遠鏡や ASTRO-H(Hitomi 衛星) による恒星観測も期待されています。 このよ
うに様々な観測データが得られることにより、太陽と他の恒星を関連付けた研究の重
概要
要性も増してきました。新たな観測と理論や数値シミュレーションの総合力をもって
太陽・恒星ともに研究を大きく前進させる時期が来ています。本分科会では太陽・恒
星の幅広いテーマを取り上げ、広い角度から太陽・恒星の全体像を把握することを目
指します。 この試みにより専門分野を越えて多くの議論が行われ、知識の共有や新た
な発見が生まれることを期待しています。さらに招待講演では太陽・恒星分野の第一
線で活躍されている研究者を2名招待し、最新の研究を紹介していただきます。 最先
端の研究を肌で感じ、参加者のさらなる研究意欲をかきたてられることでしょう。 皆
が持っている太陽・恒星に関する知識やアイデアを結集し、本分科会が日本における
太陽・恒星の研究をさらに加速させるエネルギー源となるよう期待しています。
注)激変星 (新星や矮新星など) や白色矮星は太陽・恒星分科会で扱います。
注)超新星爆発や中性子星はコンパクトオブジェクト分科会で扱います。
注)水素燃焼が始まる前の原始星は星形成・惑星系分科会で扱います。
注)水素燃焼しない褐色矮星は惑星系分科会で扱います。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
65
太陽・恒星
本田 敏志 氏 (兵庫県立大学)
7 月 26 日 17:45 - 18:45 B 会場
「星の化学組成からわかること」
恒星の高分散分光観測によって得られる星の化学組成は様々な情報を与えてくれます。太陽のような星では、その星が誕生した時の環境を反映す
ると考えられるので、様々な時代の星について調べることで、銀河系の進化や宇宙の進化、さらには元素の起源についての情報を得ることができま
す。また、進化した星では内部での元素合成の結果が見られることもあるので、恒星の進化や大気構造についての理論モデルを検証するための重要
な証拠ともなります。近年では、惑星を持つ星では高い金属量を示す傾向が見られ、このことは星の詳細な化学組成から惑星の形成についての情報
が得られる可能性もあります。このように、恒星の分光観測は昔から行われている研究手法でありますが、今でも重要な研究手法です。最近の恒星
の化学組成についての観測とその結果について紹介します。
1. Asplund et al. ARAA 2009
2. McWilliam ARAA 1997
3. Tolstoy et al. ARAA 2009
岩井 一正 氏 (情報通信研究機構)
7 月 27 日 14:45 - 15:45 B 会場
「電波で見る太陽の姿」
太陽・恒星からは様々な放射機構で電波が放射されています。その放射は基本的には連続波であり、放射される領域のプラズマ環境によって、キ
ロメートル波からサブミリ波までの全ての波長帯で観測されます。様々な放射機構で様々な波長に放射される電波の情報からは、太陽表面近く (温度
最低層) から外部コロナ・惑星間空間に至るまでのあらゆる領域の、熱的・非熱的プラズマの密度・温度・磁場などの診断が可能です。しかし、あま
りにも様々な情報が含まれているため、電波のデータは時として難しいと敬遠されることもあります。今回、若手を中心とした会合で講演の機会を
いただくに当たり、まず、
「恒星はどうして電波を出すのか?」という基本的な部分まで遡って解説を始めたいと思います。そして、主に日本の望遠
鏡を中心に HiRAS、AMATERS、電波ヘリオグラフ、強度偏波計、45 m望遠鏡がどのような太陽観測を行い、何を明らかにしてきたのかをまとめ
ます。その上で、今年から始まる ALMA による太陽初期観測について紹介します。ALMA によるミリ波・サブミリ波の太陽観測では、太陽彩層を
今までにない高い空間分解能で電波観測が可能となるだけでなく、非常に高精度な較正により、質の高いデータを提供予定です。この観測で何が明
らかになりそうか、今後どのような形態で参画が可能かについて紹介します。また NICT が進めている低周波の電波望遠鏡によるコロナ研究・宇宙
天気予報研究の展望についても言及します。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
66
太陽・恒星
太恒 a1
すざく衛星によって新たに発見された激しい
光度変化を示す X 線天体の解析
木下 聖也 (宇宙科学研究所 東京大学大学院理学系研究科
天文学専攻 M1)
に 2:1 共鳴が起きると考えられている質量比の上限値に比べて約 1.5 倍
大きい点である。そのため、早期スーパーハンプの発生機構や 2:1 共鳴
が起こる質量比について見直す必要がある。二つ目は、ASASSN-16eg
は軌道周期 (Porb = 0.07554pm0.00003 日) が平均的な WZ Sge 型矮新
星に比べて約 1.3 倍長く、連星進化理論により予測される質量比-軌道
周期関係 [3] から大きく外れている点である。そのため、ASASSN-16eg
X 線は地球大気によって吸収されるため、地上からでは観測が不可能
である。よって、X 線天体を観測するためには、基本的に天文衛星が必
要である。そのため、X 線天文学の始まりは宇宙開発の始まりとほぼ一
致し、その歴史は 50 年程度と浅い。その間に打ち上げられた X 線天文
衛星の数は限られており、宇宙には数多くの X 線天体が未発見のまま残
されている。
が他の多くの激変星とは異なる進化経路を辿っている可能性が示唆され
る。本講演では、以上の二点について議論する。
1. Kato, T., 2015, PASJ, 67, 108
2. Osaki, Y., and F. Meyer, 2002, A&A, 383, 574
3. Knigge, C., I. Baraffe, and J. Patterson, 2011, ApJS, 194, 28
すざく衛星は 2005 年から 2015 年にかけて活躍した日本の X 線天文
衛星である。すざくは、いくつかの観測装置を備えており、その一つ
が撮像能力を有する X 線 CCD 検出器 (X-ray Imaging Spectrometer
: XIS) である。この検出器は、同時期に運用されていた Chandra や
XMM-Newton などの X 線天文衛星の CCD 検出器に比べ、空間分解能
が悪く、点源検出能力では劣っていたのだが、広がった X 線天体に対し
ては優れた感度を有していた。この特長を生かし、すざくはこれらの衛
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太恒 a3
炭素-酸素混合強結合プラズマの固液相転移に
おける理論的研究
藤田 勝美 (大阪大学 理学研究科 宇宙進化グループ M1)
星が観測していない多くの領域も観測したため、偶然未知の X 線天体を
視野に入れていた可能性がある。また、X 線天体の光度は激しく時間変
白色矮星内部は主に炭素と酸素で構成されているが、その内部構造は
動することが多いため、既に他の衛星によって観測された領域からもし
よくわかっていない。白色矮星内部は非常に高密度な天体であり、電子
ばしば新たな天体が発見される。
の縮退が強いため一様な背景電荷とみなすことができる。このため One
実際、全ての XIS データから点源検出を行った結果、1000 以上の新
たな X 線天体が発見された。また、さらにその中の数十個の天体は、観
Component Plasma(OCP) と呼ばれるプラズマを理想化したモデルを
用いて白色矮星内部の構造を調べることが可能である。 OCP ではプ
測期間中に大きな光度変化が確認された(山崎、2016)
。我々は、すざく
ラズマの性質を結合定数 Γ で決定するという特徴がある (S. G. Brush
によって新しく発見された X 線天体のうち、光度変化が特に激しい天体
et al. 1966 & K.-C. Ng 1974)。現在、炭素の純物質での場合 Γ = 178
に焦点を当て、詳細に解析した。本講演ではその結果を報告するととも
付近で液体から固体へと相転移が起こることが知られている (東辻浩夫
に、それらの天体の起源を議論する。
1989 & W. L. Slattery 1980)。また結晶構造は体心立方格子 (BCC) に
なることが知られている (J. P. Hansen et al. 1973)。しかし重力下に
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太恒 a2
WZ Sge 型矮新星 ASASSN-16eg の可視連続測
光観測と早期スーパーハンプ発生機構見直し
への示唆
若松 恭行 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
ある OCP や炭素と酸素の混合系についてもまだ確認されていない。こ
のような研究が進むことによって将来的には、白色矮星の内部が冷えて
いく過程での進化の仕方や新星爆発のメカニズム等が理解できると予想
されている (S. Ichimaru et al. 1988)。 これらを踏まえ本研究では、炭
素と酸素の混合系強結合プラズマが相転移を起こすときの結合定数とそ
の付近の結晶構造を調べることを目的とした。 計算の方法として分子
矮新星は激変星 (白色矮星を主星に持つ近接連星系) の一種である。伴
動力学法 (leap-frog 法) を用い、炭素と酸素の粒子数をそれぞれ 216 と
星からの質量輸送によって主星の周りに形成された降着円盤内の物質
てシミュレーションを行い、動径分布関数と 1 粒子あたりの相互作用エ
が急激に主星に降着するとき、突発的な増光現象 (アウトバースト) が
ネルギーの値を求めた。この結果、炭素と酸素の混合状態では相転移が
観測される。矮新星の中には、降着円盤内の物質の運動と伴星の軌道運
Γ = 176pm2 で起こると予測した。白色矮星の冷却過程で酸素の固化の
動の共鳴が原因で、通常のアウトバーストに比べて大規模な増光である
早さによって白色矮星の寿命が延びることが考えられる。今回の結果か
スーパーアウトバーストを起こすグループが存在する。その中でも、連
ら混合系の固化が酸素の固化より早いと酸素が中心に落ち込むことはな
星の軌道周期 Porb が短く質量比 it q が小さい WZ Sge 型矮新星と呼ば
く寿命が伸びない可能性がある。このため混合系の固化についてもっと
れるグループでは、降着円盤が 2:1 共鳴を起こす半径まで広がり、早期
調べるべきである。
スーパーハンプと呼ばれる微小光度変動を伴うスーパーアウトバースト
が観測される [1]。早期スーパーハンプは 2:1 共鳴に特有の現象であり、
q < 0.08 の系で発生すると考えられている [2]。
2016 年 4 月、早期スーパーハンプを伴うスーパーアウトバーストを
起こしている WZ Sge 型矮新星 ASASSN-16eg が発見された。この天
体のスーパーアウトバーストについて、我々が主導する国際変光星ネッ
1. W. L. Slattery and G. D. Doolen, Phys. Rev. A21(1980)2087.
2. S. G. Brush, H. L. Sahlin and E. Teller, J. Chem.
45(1966)2102.
3. S. Ichimaru, H. Iyetomi, and S. Ogata, Astrophys.
334(1988)L17.
Phys.
J.
トワーク VSNET を通じて可視連続測光観測を行い、光度変動の周期解
析から軌道周期と質量比を推定した。その結果から、ASASSN-16eg が
...................................................................
以下の二点で他の WZ Sge 型矮新星とは異なる性質を示すことがわかっ
た。一つ目は、ASASSN-16eg の質量比 (q = 0.123pm0.003) が、理論的
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
67
太陽・恒星
太恒 a4
強く速度場を抑制されたときの熱対流のエネ
ルギー輸送について
1. J.Zhao., et al. 2013, ApJL, 774, L29
2. M.Rempel., 2005, ApJ, 622, 1320
3. H.Hotta., M.Rempel., & T.Yokoyama., 2015, ApJ, 798, 51
新井 祥太 (千葉大学 宇宙物理学研究室 M1)
太陽対流層における熱対流は差動回転や子午面還流を維持するのに重
要な役割を果たしている。太陽は赤道加速型の差動回転をしているが、
...................................................................
太恒 a6
最近の太陽パラメータを用いた高解像度シミュレーションでは極加速
が実現されてしまっている。この問題は数値シミュレーションにおける
熱対流速度が速すぎることが原因だと考えられており、局所日震学から
中川 雄太 (東京大学 宇宙理論研究室 M1)
得られた結果もこれを支持している。最近の MHD シミュレーション
(Hotta et al. 2015)では小スケールのローレンツ力が速度を抑制する
ことが分かったが、十分に抑えられてはいない。また、解像度が高けれ
ば高いほど速度場は強く抑制されており、収束していない。 そこで、
我々は解像度が無限大の極限(現実の太陽)では小スケールのローレン
ツ力が赤道加速を説明するのに十分に効くという仮定をし、この極限で
の対流によるエネルギー輸送の振る舞いについて調べることにした。こ
の速度場が強く抑制された極限の状況を調べるために、磁場を模した粘
性を考慮した 2 次元熱対流シミュレーションを行った。たとえ対流速度
が遅くなったとしても、熱対流は下部境界から課されたエネルギーを運
ぶ必要があるため、なにかしらの熱力学変数が変化しなければならない。
本研究では、鉛直方向速度と温度擾乱の相関が良くなることによってエ
ネルギーを効率よく運ぶようになることが確認された。この結果が非常
に強い磁場を持った熱対流に適用できることを期待している。
1. Hotta et al., 2015, ApJ, 803, 42
ケプラー宇宙望遠鏡の観測から示唆された太
陽型星内部の一様回転とそれを担う角運動量
輸送機構の効率評価
太陽型星の表面付近では乱流によって音波振動が励起されており、そ
の結果これらの恒星は太陽の5分振動に代表されるような周期的な光
度変化を示すことが知られている。この音波振動は星内部にまで伝わる
ため、星固有の光度変化の周期解析から内部構造や内部自転に関する情
報が推定できる。近年まで対象は太陽と少数の近傍恒星に限られてき
たが、コローやケプラー宇宙望遠鏡によって高精度・長期間の光度変化
データが得られ、それ以外の多数の恒星についても解析できるように
なった。
Benomar et al. (2015) は 1∼1.6 太陽質量主系列星 22 個について、ケ
プラーデータの星震解析から恒星内部の平均自転角速度を求めた。そし
てそれと地上の分光観測から得た表面自転角速度とを比較し、両者の間
に概ね有意な差が見られないことを示した。これは太陽型星の内部と外
部がほぼ同じ角速度で回転していることを示唆する。一方で、内部コア
が角運動量を保ちながら進化に伴い収縮していくと考えると、外層に比
べ大きい角速度を持つことが予想される。ゆえに、上の観測結果と「内
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太恒 a5
2セル子午面循環流に基づく太陽差動回転の
数値シミュレーション
戸次 宥人 (東京大学地球惑星科学専攻 M1)
太陽の大規模対流構造は、赤道が極に比べて速く回転する「差動回転」
と、子午面内で閉じた循環流である「子午面流」の2つで特徴づけら
れ、これらは互いに影響を及ぼし合いながらバランスしていると考えら
れている。このうち子午面流に関しては、近年の日震学的観測結果によ
り、これまでの多くの磁束輸送型ダイナモモデルに基づく運動学的数値
シミュレーションにおいて仮定されてきた1セル構造ではなく、動径方
部コアと外層に大きな角速度差が生じる」という単純な予想は矛盾する。
これから、主系列期もしくはそれ以前の進化段階において、内部コアか
ら外層へ十分な角運動量輸送が行われたことが示唆される。この輸送機
構としては主に 1. 対流層での子午面対流やシア乱流の効果、2. 放射層
を掃く重力波の効果、3. 内部磁場に起因する磁気流体不安定性の効果、
が挙げられる。
以上を踏まえ、本研究では太陽型星内部の一様回転を説明するべく、こ
れら 3 つの機構を組み入れたモデルを考えてそれぞれの角運動量輸送効
率を評価し、上の結果と整合的か、また効率の大きさの制限付けが可能
かを議論する。加えて、Benomar et al. (2015) のうち最も有意に内部/
外部の回転の差が見られた KIC9139163 について、輸送効率評価を通し
てその原因と天体の成り立ちを考察する。
向に異なる2つの逆向き循環流が並んだ2セル構造をしている可能性が
1. Huber et al. 2013b, ApJ, 767, 127
示唆された。子午面流は差動回転と共に太陽内部での周期的な磁場の維
2. Benomar et al. 2015, MNRAS, 452, 2654
3. Deheuvels et al. 2012, ApJ, 756, 19
持・生成メカニズム(ダイナモ機構)において極めて重要な役割を担っ
ており、特に磁束輸送型ダイナモモデルにおいては赤道方向への黒点移
動という観測事実は対流層底での赤道向きの子午面流によって説明され
ていたので、対流層底で極向きの流れを示唆するこの日震学的観測結果
は、従来の磁場生成理論に大きな見直しを迫る恐れがあると考えられる。
そこで本研究では、太陽の大規模対流構造を駆動している乱流角運動量
輸送の効果をモデル化した平均場流体シミュレーションを行うことによ
り、自己無頓着な差動回転と子午面流の平均場構造を計算することを可
能にし、日震学的観測結果から示唆される2セル子午面流が太陽の差動
回転とバランスして達成されることが可能かどうか検証を行った。その
結果、動径方向と経度方向の乱流の相関が対流層下部で正、対流層上部
で負となるような空間分布を持つ時に太陽作動回転と2セル子午面流が
両立することが確かめられた。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
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太恒 a7
miniTAO による銀河系とマゼラン雲の大質量
星クラスターの近赤外観測
大澤 健太郎 (東京大学 天文学教育研究センター 東京大
学大学院理学研究科天文学専攻 M1)
Wolf-Rayet 星は初期質量が 20M⊙ 以上の大質量星の終末段階の星で
あり、重力崩壊型の超新星爆発を引き起こすと考えられている。WolfRayet 星の特徴としては、大きな質量放出がある。これにより水素外層
68
太陽・恒星
は取り除かれており、ヘリウムや窒素や炭素の幅の広い特徴的な輝線を
もつ。Wolf-Rayet 星になるような大質量星は寿命が短く、Wolf-Rayet
太恒 a9
星の滞在期間は非常に短いため、Wolf-Rayet 星は星形成領域のよいト
太陽フレアに伴う彩層蒸発における高エネル
ギー粒子の効果
中村 達希 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
レーサーになる。また、Wolf-Rayet 星は強い UV 光の放射や大きな質
量放出によって周囲の環境に与える影響が大きく、超新星爆発により重
元素を宇宙空間に供給することで銀河の化学進化にも寄与する重要な
太陽フレアとは、太陽表面で観測される数分から数時間にわたる増光
天体である。しかし、Wolf-Rayet 星は大きな質量放出をしているため、
現象であり、爆発的な磁気エネルギーの解放により生じると考えられて
星自身の物理量を直接得るのは困難であり、多くの不明な点が残されて
いる。太陽大気上層にはコロナと呼ばれる希薄かつ高温なプラズマがあ
いる。
り、磁気エネルギーの解放がコロナで発生するとそれがフレアとして観
我々はチリ・アタカマにある miniTAO 望遠鏡に近赤外カメラ ANIR
測される。
を装着して銀河系とマゼラン雲の大質量星クラスターについて取得さ
フレアによってコロナで解放されたエネルギーは太陽大気下層へ輸
れたデータを用いて解析を行った。解析により、金属量の異なる環境下
送される。太陽大気下層には低温高密の彩層が存在する。彩層のプラズ
では大質量星の進化が異なると示唆する結果が得られた。また、Wolf-
マはコロナから輸送されるエネルギーによって急激に加熱され、膨張
Rayet 星の星自身の Ks 等級が推定できる結果も得られた。本発表では
し、大気上空へのプラズマの流れができる。この現象は彩層蒸発と呼ば
これらについて紹介する。
れる。
1. Paul A. Crowther Annu. Rev. Astron. Astrophys. 45 177 (2007)
2. C. K. Rosslowe and P. A. Crowther MNRAS 447 2322 (2015)
Nagai(1980) はエネルギー輸送過程として熱伝導を考慮すること
で彩層蒸発流を再現している。このことから熱伝導はコロナから彩
層への最も有力なエネルギー輸送過程だと考えられている。しかし、
vSvestka(1968) による観測など、熱伝導だけでは説明できない現象も観
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太恒 a8
XMM-Newton 衛星で捉えられた急激な X 線変
動天体の正体
中村 優美子 (中央大学 天体物理学 (坪井) 研究室 M1)
測されている。高エネルギー粒子によるエネルギー輸送も議論されてい
るが (Nagai and Emslie, 1984)、定量的には十分でない。
そこで、フレアに伴うコロナから彩層へのエネルギー輸送過程を理解
するために、Nagai and Emslie(1984) の高エネルギー粒子のモデルを
用いた一次元の流体数値計算を行った。熱伝導と高エネルギー粒子によ
るエネルギー輸送で、彩層蒸発流の温度や密度にどのような違いが現れ
X 線天文衛星 XMM-Newton は、現在、観測可能な X 線天文衛星の
中で最も有効面積が広く、集光能力が高い衛星である。そのため暗い天
体からのフレアも検出することが可能である。XMM-Newton の観測に
より 2XMMi-DR3 カタログが作成された。その中にある光度変動の確
認された天体の中から AGN を探す研究が行われた。(Kamizawa et al.
2012) その際、光度曲線が、急激に光度が増し指数関数的に減少すると
いう恒星からのフレアの光度曲線に似ている天体が 26 天体見つかった。
この 26 天体の天体の種類や距離は不明であり、フレアの大きさを表す X
線光度などももとめられていない。 そこで私は、まずこれらの天体を可
視光や赤外の天体と同定し、それらのデータを用いて SED を作成した。
そして作成した SED から天体の温度をもとめた。その結果、M 型星に
るかを調べる予定である。
1. Nagai, F., 1980, ApJ, 68, 351
2. Svestka, Z., 1968, Nobel Symp, 9, 17
3. Nagai, F., and Emslie, A. G., 1984, ApJ, 279, 896
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太恒 a10
太陽の白色光フレアの統計的研究と恒星フレ
アとの比較
行方 宏介 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
対応する温度の天体が 22 天体 、K 型星の温度の天体が 3 天体 、F 型
星の温度の天体が 1 天体 あることが分かった。M 型星の中には褐色矮
フレアは恒星表面で起こる爆発現象であり、突発的な増光が様々な波
星程度の温度のものもあった。褐色矮星からの X 線、特に年齢の高いも
長帯で観測される。特に、可視連続光で観測されるフレアのことを白色
のからの検出はほとんど例がない。また、26 天体中 B-V 等級が 1.5 よ
光フレアという。近年、最大級の太陽フレアの 10 ∼ 10, 000 倍のエネル
り小さい 15 天体 を主系列星だと仮定し、HR 図上の星と比較すること
ギーを持つスーパーフレアが、太陽型星 (G 型主系列星) において白色光
で距離をもとめた。これらの天体までの距離は数十∼約 1500 pc であっ
フレアとして多数発見された ([1] ほか)。そして、統計的な研究により、
た。もとめた距離での X 線光度は、1028 − 1032 ergshspace1exs−1 程度
太陽型星の白色光スーパーフレアのエネルギー (E) と継続時間 (τ ) の間
であり、それぞれのスペクトル型の主系列星としては最大級のものであ
の関係に τ ∝ E 0.39 という関係があることがわかった([1])。この冪乗
る。また、もしこの 21 天体 が主系列星ではなく他の進化段階であった
則が、太陽フレアの硬・軟 X 線の観測 ([2],[3]) とも対応していること
場合、前主系列星や、巨星などは主系列星よりも大きな光度をもつので、
から、フレアのエネルギー解放過程において統一的な機構が示唆される
距離は我々の見積りよりも大きくなる。つまり、この X 線光度はそのス
(リコネクションによる磁気エネルギーの解放)。太陽型星スーパーフレ
ペクトル型の星から考えられるフレアの大きさの下限値を表している。
アと太陽フレアと比較し、統一的に説明できることを観測的に示すには、
この関係を太陽の「白色光」フレアでも検証することが必要であった。
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今回、SDO 衛星の HMI(可視連続光) のデータを用いて約 50 個の白色
光フレアの統計解析を行った。解析における問題は、太陽における白色
光フレアは、光球面の背景放射に対して増光が弱いことであった。そこ
で、フレアにおいて白色光の増光位置と硬 X 線の増光位置がよく対応し
ていることに着目し、RHESSI 衛星 (硬 X 線) の増光から白色光の増光
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
69
太陽・恒星
位置を特定して、白色光フレアの増光を検出した。さらに、フレアのエ
山らは、ケプラー衛星による可視光データを用いて G 型主系列星の光
ネルギーは、先行研 究をもとに 10,000K の黒体放射を再現するように
度曲線をサーチし、279 天体においてスーパーフレアを確認した。これ
計算した。その結果、太陽の白色光フレアにおいては τ ∝ E 0.4 で、太陽
らの中には、自転周期が太陽のように遅い天体 (20 日ほど) も含まれて
型星スーパーフレア及び太陽の硬・軟X線での冪の傾き (τ ∝ E 0.2−0.4 )
いた。また、フレアの最大エネルギーと自転速度の間に相関はなかった
と矛盾しないことがわかった。一方で、太陽の白色光フレアの継続時間
(Maehara et al.2012)。上記の結果は、星の磁気的活動をトレースする
は、太陽型星のスーパーフレアの冪乗則から予測されるものより、約一
桁大きかった。この結果はより短い継続時間の太陽白色光フレアの存
X 線帯域の結果とは矛盾する可能性がある。従来、小質量星では自転周
期が短いほど X 線光度が大きいという関係が得られている(Pallavicini
在、あるいは長い継続時間の太陽型星のスーパーフレアの存在を示唆し
et al 1981)。スーパーフレア星のX線帯域での活動性を調べるため、
ており、さらなる観測が必要である。
我々はX線帯域のアーカイブデータを解析した。我々の目的は、まず可
1. Maehara, H., Shibayama, T., Notsu, Y., et al. 2015, Earth,
Planets, and Space 67, 59
2. Veronig, A., Temmer, M., Hanslmeier, A., Otruba, W., and
Messerotti, M. 2002, A&A, 382, 1070
3. Christe, S., Hannah, I.G., Krucker, S., McTiernan, J., and Lin,
R.P. 2008, ApJ, 677, 1385-1394
視光帯域で巨大なフレアを起こす G 型矮星が X 線帯域においても高い
光度を持つのか、またこれらスーパーフレア天体の X 線光度 (Lx ) と全
波長での光度 (Lbol ) の関係を調べることであった。その結果、ROSAT
で 3 天体、XMM-Newton では更に 5 天体がのデータが存在した。これ
らを解析したところ可視光フレアの最大エネルギー (Emax ) と定常的な
X 線光度との間に正の相関を見出した (Emax ∝ L1.07
x )。この傾きは、X
線フレアの最大エネルギーと定常X線の関係から得られる傾き (中央大
学 佐々木発表) とは異なる傾きを示した。このことは、可視光フレアと
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太恒 a11
全天 X 線監視装置 MAXI を用いた星からの
巨大フレアの統計的研究
X線フレアの機構の違いを示している可能性がある。また、自転周期の
短い天体は Pizzolato et al.2003 の (Lx /Lbol ) 飽和線上に乗り、自転周
期 10 日以上の天体は従来の関係より約一桁大きいことが分かった。
佐々木 亮 (中央大学 天体物理学 (坪井) 研究室 M1)
1. Shibayama, T., Maehara, H., Notsu, S., et al. 2013, ApJ, 577,
422
星表面で起こるフレア現象はいつ起きるかわからない。このような
2. Maehara, H., Shibayama, T., Notsu, S., et al. 2012, Natur, 485,
478
発生の予測が困難な現象の観測には、全天監視装置によるサーベイが有
効である。MAXI は国際宇宙ステーションに搭載され、90 分で地球を
1 周し全天をサーベイする高感度の全天 X 線モニターである。Gas Slit
Camera と Solid-state Slit Camera の 2 つの検出器が搭載されており
エネルギー帯域はそれぞれ 2 – 30 keV、0.5 – 12 keV である。
この能力を用いて、我々は MAXI を使って星フレアのサーベイを行っ
た。7 年間で 25 天体 (RS CVn 型連星:12, Algol 型連星:1, dMe 型星:9,
dKe 型星:1,YSO:1,TTS:1) から計 100 発のフレアを検出した。これら
のフレアの X 線ルミノシティー (Lf ) は 2e30 – 5e33 erg s−1 であり、
星として最大級のフレア群と言える。
3. Notsu, S., Honda, S., Notsu, Y., et al. 2013, PASJ
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太恒 a13
巨大黒点はスーパーフレアを起こしうるか?
幾田 佳 (京都大学宇宙物理学教室 M2)
フレアとは太陽表面での黒点近傍の磁場に駆動される突発的爆発現象
であり, 太陽以外の様々な恒星で観測されている. 恒星の中でも自転速度
Pevtsov et al. 2003 により、定常 X 線のルミノシティーと星の磁束と
が遅く (∼2km/s), 年をとった太陽で現在までに観測されたフレアの最
の正の相関が示されている。よって磁気エネルギーの解放であるフレ
大のエネルギーは 1032 erg 程であるが, 自転速度が速く (>10km/s), 若
アのルミノシティーとの相関も考えられるため、我々は MAXI によっ
い星や近接した連星ではエネルギーがその 101−6 倍で 1033−38 erg 程の
て検出された各天体における最大の Lf と、定常 X 線ルミノシティー
大規模なフレア (スーパーフレア) も多数発生していることが報告されて
(Lq ) (Voges et al. 1999) とを比較した。その結果 Lf ∝ (Lq )0.7 の相
関が得られた。また、これらのデータに対して太陽のデータ (Drake et
が穏やかであり, スーパーフレアは起こらないだろうと考えられてきた.
al.1969, Sammis et al. 2000) をプロットしたところ同一直線上に乗る
しかしながら, 系外惑星探査衛星ケプラーの測光観測による 8 万天体以
ことが確認され、星全般の相関であることが示唆された。
上の太陽型星の解析により, 太陽型星の 279 天体で延べ 1547 回のスー
MAXI におけるフレアサンプルは各々の恒星が持ちうる最大フレアと
パーフレアが報告された.[1,2] もしこのようなスーパーフレアが太陽で起
言っていい。しかしこのような統計的研究は今までになされていなかっ
これば, 磁気嵐などによる地球環境や文明社会の甚大な被害は免れない.
た。本講演では、これらの統計的結果の解釈について述べる。
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太恒 a12
スーパーフレア星のX線調査
矢吹 健 (中央大学 天体物理学 (坪井) 研究室 M2)
いる. それ故に, 近年までは, 自転速度が遅く年をとった太陽は磁気活動
スーパーフレア星の観測データには数日から数十日の準周期的な光度
の時間変動が見られるため, スーパーフレア星の表面に巨大黒点が存在
し, 自転に伴って黒点の見え方が異なることが示唆され, すばる望遠鏡で
分光観測によって精査することで立証された. また, 光度の時間変動から
巨大黒点の大きさと磁気エネルギーを概算すると, 巨大黒点の磁気エネ
ルギーでスーパーフレアのエネルギーが説明可能だと確認された.
恒星で起こるフレアは磁力線がつなぎ変わる際の磁気エネルギーの解
そこで,「どのような物理量で, 巨大黒点がスーパーフレアを引き起こ
放で起こると考えられており、中には太陽と同じ G 型星でありながら、
すのか」という点を詳細に解明する必要がある. そのために本研究では,
太陽における最大フレア (1032 erg 程度) の 10 倍以上ものエネルギーを
先行研究 [3] を元に, 光度の時間変動からスーパーフレア星の自転周期や
解放するフレアも存在する。これらをスーパーフレアという。前原、柴
差動回転, 巨大黒点の大きさや緯度の時間変動などの物理量をマルコフ
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
70
太陽・恒星
連鎖モンテカルロ法というベイズ統計の手法を用いて直接的に推定する
こういった背景から、本研究では、京都大学飛騨天文台 SMART 望遠
ことを試み, それらの物理量とスーパーフレアの相関を調べた. 本発表で
鏡の太陽全面の Hα 線撮像データを用いて、噴出した多数のフィラメン
は, スーパーフレアについての概説と研究経過を提示する. また, 本研究
トに対し、噴出直前に振動現象が確認される割合を調査する。さらに、
の統計的手法の天文学への応用なども紹介する.
振動の確認された噴出例に対し、振動中のフィラメントの種々の物理量
1. Maehara, H. et al. Nature 485, 478-481 (2012)
2. Shibayama, T. et al. Astrophys. J. Suppl. Ser. 209, 5 (2013)
3. Bonanno, A. et al. A&A, 569, A113 (2014)
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太恒 a14
地球に向かうコロナ質量放出の伝播時間予測
を解析することで、噴出を伴うフィラメント振動の特徴の抽出を試みる。
これらの研究により、フィラメント振動が噴出の前兆現象として予測に
役立てられ得るか、その場合、重要な物理量や特徴は何か、について結
論を得る。
1. Kopp, R. A. & Pneuman, G. W. 1976, Solar Physics, 50, 85
2. Forbes, T. G. & Priest, E. R. 1995, ApJ, 446, 377
3. Isobe, H. & Tripathi, D. 2006, A&A, 449, L17-L20
王 怡康 (東京大学地球惑星科学専攻 M1)
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コロナ質量放出 (Coronal Mass Ejection, CME) は太陽から宇宙空間
へのプラズマ放出現象である。CME が地球に向かって伝播する場合、
太恒 b1
壊までの過程
磁気圏が影響を受け社会的な被害をもたらすこともあり得る。本研究で
は STEREO と SOHO 衛星で多角度から撮られた画像データに基づき、
Graduated Cylindrical Shell モデルによる CME の 3D 構造を再現し、
CME の初期伝播速度を測った。一方、WIND や ACE 衛星の観測で地
8-10 太陽質量星における O+Ne+Mg コアの崩
中尾 美穂 (九州大学 宇宙物理理論研究室 M1)
恒星の進化はその質量によって大きく異なる。中でも 8 太陽質量以
球向き CME が地球に到達する時刻を測ることもできるので、抗力モデ
上の星は大質量星と呼ばれ,進化の最終段階で重力崩壊による超新星爆
ルを用いて 21 イベントの CME の初期速度と伝播時間について統計的
発を引き起こし,その後中性子星やブラックホールへと変化する。この
な解析を行った。21 イベントの中 5 イベントの CME は 3D 構造からは
大質量星の中でもさらに質量によって細かく進化の過程は異なる。それ
地球に到達できないと予想されるにもかかわらず、実際は到達すること
は,恒星の内部では,H,He,C,Ne,…の順に原子核燃焼を起こしてい
が分かった。それらのイベントでは抗力モデルは成り立たないと考えら
くわけだが,それが起こるための中心コアの質量の最小値がそれぞれ存
れる。この 5 イベントを取り除くと、モデルから得られる伝播時間と実
在するためである。今回注目する 8-10 太陽質量の恒星は,C 燃焼後中
際伝播時間の平均的な誤差は約 7 時間であった。
1. Shi, T., Wang, Y., Wan, L., et al. 2015, ApJ, 806, 271
2. Thernisien, A. F. R., Howard, R. A., & Vourlidas, A. 2006, ApJ,
652, 763
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太恒 a15
フィラメント噴出とそれに先行するフィラメ
ント振動の相関性に関する調査
関 大吉 (京都大学宇宙物理学教室 京都大学大学院総合生
存学館 M1)
太陽の上空大気であるコロナ中には、フィラメントと呼ばれる周囲に
比べて低温高密な帯状のプラズマが浮遊している。このフィラメントは
磁場の力によって支えられているが [1]、しばしば磁場構造の不安定化に
より噴出する [2]。これによりコロナから大量のプラズマ粒子が惑星間
空間に放出され、人工衛星の故障や地磁気の乱れによる大規模停電が引
心で O+Ne+Mg コアが形成された後,そのコアの質量が Ne 点火に必
要な 1.37 太陽質量を下回っているために Ne 燃焼が起こらず,He 層が
dredged up される。そしてヘリウム層よりも内側のコアの質量が 1.375
太陽質量まで到達すると,24 M g(e, ν)24 N a(e, ν)24 N e と 20 N e(e, ν
)20 F (e, ν)20 O の電子捕獲反応が始まり,コアが急速に収縮してやがて
崩壊し超新星爆発を引き起こし,中性子星となる。[1]
今回紹介する論文 [1] は,8.8 太陽質量の星について数値計算をしてお
り,上記のようなことが確かめられた。また,9.6 太陽質量のものとも
比較し,おおまかには同じ進化の過程を経ていたが,dredged up が始ま
る段階が 8.8 太陽質量のものの方がはるかに早いことも分かった。
1. 1. Nomoto, 1987, ApJ, 322, 206
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太恒 c1
VERA によるミラ型変光星 T UMa の年周視差
測定
大山 まど薫 (鹿児島大学 M1)
き起こされる恐れがある。この社会的影響を最小限に抑えるには、フィ
ラメント噴出の予測が重要である。
ミラ型変光星を含む長周期変光星には変光周期と明るさの間に周期
フィラメントはしばしば噴出直前において振動や激しく動く様子が観
光度関係 (Period-Luminosity Relation) と呼ばれる数量的な関係があ
測されている [3]。そのため、もしフィラメントの運動を噴出の前兆現
る。鹿児島大学グループでは国立天文台 VERA による高精度な年周視
象と捉えることができれば、フィラメント振動の観測を噴出予測に役立
差の測定と鹿児島大学 1m 光赤外線望遠鏡による見かけの等級と変光周
てられる可能性がある。また、噴出直前の振動現象は、フィラメントが
期の測定を行い、天の川銀河のミラ型変光星に対する周期光度関係を確
安定状態から不安定状態へ遷移する過程の情報を反映しているはずであ
立することを目標としている。現状では VERA と 1m 望遠鏡によって
る。したがって、噴出直前のフィラメント振動について、観測データか
距離と変光周期がどちらも測定された天体は少なく、より多くのデータ
ら物理量を調査することで、噴出を伴うフィラメント振動の特徴を統計
が必要である。今回、私はミラ型変光星 T UMa(T Ursae Majoris) を
的に抽出できる可能性もある。
VERA によって観測し、その年周視差がπ=0.96 ± 0.19 ミリ秒角、距
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
71
太陽・恒星
離が D = 1.05+0.25
−0.17 キロパーセクであることを求めた。また、鹿児島大
たに取得したスペクトルをもとに、より詳細に組成を測定し、Li 含有量
学 1m 光赤外線望遠鏡より、変光周期は 257 日、近赤外線 K バンド見か
とその他の元素の組成や恒星大気パラメータとの相関を調べた。Li 含有
け等級は 2.79 等が得られた。これらから、絶対等級は −7.31+0.39
−0.47 等と
量はほかのいかなる恒星の性質とも相関を示さないという結果を得た。
求められた。この結果より、Nakagawa et al.(2014) の周期光度関係は、
この結果は、Li 含有量のばらつきは、恒星の質量や進化段階、形成環境
T UMa の測定誤差範囲内に含まれることがわかった。
に依存して起こるものではないことを示唆している。現状ではこうした
金属欠乏星の Li 含有量の振る舞いを満足に説明できるモデルは存在し
...................................................................
太恒 c2
The solar-like oscillations of HD 49933: a
Bayesian approach
八田 良樹 (国立天文台三鷹 総合研究大学院大学物理科学
研究科天文科学専攻 M1)
ていない。
1. Aoki, W. et al., 2013, AJ, 145, 13
2. Aoki, W. et al., 2009, ApJ, 698, 1803
3. Spite, F. & Spite, M., 1982, A&A, 115, 357
...................................................................
物体の固有振動はその物体の内部構造に関する情報を含んでおり、例
えば長さのわかった弦の固有振動数は、その弦の張力と密度とによっ
太恒 c4
て決定される。恒星もまた固有振動を持ち、その星その星に固有の振
動から星の内部構造を知ることができる。これが星震学である。近年、
Kepler 衛星や CoRoT 衛星など、宇宙からの観測を可能とする装置が打
近赤外高分散分光観測による M 型星の金属量
決定
石川 裕之 (国立天文台三鷹 総合研究大学院大学物理科学
研究科天文科学専攻 M1)
ち上げられており、それらがもたらす豊富なデータにより星震学のさら
なる発展が見込まれている。しかしながら、星震学の根幹をなす、固有
M 型主系列星は、近傍のハビタブル惑星を探すターゲットとして有力
振動の振動数、線幅、振幅などのパラメタを、データから推定すること
視され、現在いくつかの系外惑星探査計画が進められている。これらの
は容易なことではない。これまでに、最尤法 (MLE) や最大事後確率推
計画の中で、どのような性質を持つ系外惑星が、どのような中心星の周
定 (MAP) を利用したパラメタ推定が行われてきたが、それらの手段は
りに存在するのか詳細な議論をするにあたって、中心星の質量、半径、
得られたパラメタの確率分布の情報が断片的であるという点から、改善
金属量など、星の基礎となるパラメータの正確な情報が必要である。既
の余地があった。 以上の背景を踏まえ、今回の講演では O.Benomar,
に Gaia 衛星による観測から質量と半径は分かっているが、金属量につ
et al. (2009) “The solar-like oscillations of HD 49933: a Bayesian
approach”について紹介する。この論文では大陽型の恒星 (HD49933)
を例に取りベイズ法とマルコフ連鎖モンテカルロ法 (MCMC) を組み合
いては良く分かっていないのが現状だ。
わせたパラメタ推定、および、その推定方法の確からしさを検証するた
法が一般的である。しかし M 型星では、低温の恒星大気に含まれる分子
めのシミュレーションを行っている。主な結果としては、断片的でなく
の吸収線が原子の吸収線の正確な解釈を妨げるため、金属量の研究はあ
広い情報を持った、パラメタの事後確率分布が得られたこと。数通りの、
まり進んでこなかった。そのため M 型星の金属量決定は、測光観測や
想定されるモデルの比較を定量的に行えたこと。シミュレーションの結
低∼中分散分光観測を用いた経験則に基づく推定がほとんどであった。
果から、今回のパラメタ推定法が有効であると考えられること。以上の
近年、近赤外線の高分散分光装置が世界中で作られ、これらを用いた
三つが上げられる。最後に、今後の研究の展望について述べる。
1. O.Benomar, et al. (2009) “The solar-like oscillations of HD
49933: a Bayesian approach” Astronomy and Astrophysics 506,
15-32
恒星の金属量を厳密に決める手法としては、恒星モデルから得られる
スペクトルと実際に高分散分光器で観測されたスペクトルを比較する方
M 型星の金属量決定の可能性が開かれようとしている。先行研究の例と
して、”Onehag et al. (2012) [1] と Lindgren et al. (2016) [2] は、J バ
ンドの高分散分光観測データを用い、分子による吸収線も考慮し合成し
たスペクトルに基づく金属量の決定を行っている。しかし彼らのデータ
は M4 型より早期の星しか含んでいないため、近い将来ハビタブル惑星
の発見が期待される、より晩期の M 型星の金属量については今後調べ
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太恒 c3
超金属欠乏星に見られる低いリチウム組成の
起源
ていく必要がある。
国立天文台のすばる望遠鏡では、今夏ファーストライトを迎える近赤
外高分散分光器 IRD による、近傍 M 型星周りの系外惑星探査サーベイ
を計画している。我々は IRD で来年から得られる M 型星の近赤外高分
松野 允郁 (国立天文台三鷹 総合研究大学院大学天文科学
専攻 M2)
散スペクトルのデータを用いて、晩期型 M 型星の金属量の決定を行う
[Fe/H] < − 1.5 の金属欠乏星中では Li 含有量は恒星によらず一定
となり、Spite plateau を形成することが知られている。この一定値は
が今後 IRD のデータをどのように解析することでこの研究に貢献する
べく、検討を進めている。
本発表では、M 型星の金属量決定に関する研究の現状を概説し、我々
ビッグバン元素組成を反映していると考えられてきたが、近年の金属欠
乏星の観測により [Fe/H] < − 2.5 の恒星の中に低い Li 含有量を持つも
のが存在し、全体としてリチウム含有量にばらつきが生じることが明ら
かになってきた。我々は低い Li 含有量の原因を探るため、Aoki et al.
かを展望する。
1. Onehag, A. et al., A&A 542, A33 (2012)
2. Lindgren S. et al., A&A 586, A100 (2016)
3. Mann A. et al., Astron. J. 147, 160 (2014)
(2013) で観測を行った 137 の金属欠乏星のうち、[Fe/H]∼ −3.5 の 8 つ
の天体に対し追観測を行い、より高い S/N のスペクトルを取得した。新
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
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72
太陽・恒星
太恒 c5
偏光分光観測で探る光球層での磁束管形成
過程
二宮 翔太 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
熱されることが示されている。従って、Sigmoid 構造の形成を観測的に
理解するには、光球の磁場構造を調べる必要がある。今回は、Sigmoid
構造の研究の現状と課題をレヴューするとともに、太陽観測衛星ひので
により得られた観測データを用いて、典型的な Sigmoid 構造が見られる
ときに光球磁場がその存在を示すか、またその存在を示す要素について
太陽表面の光球では、黒点近傍の領域の数 kG(ガウス) 程度の磁場強
度がある。一方、磁気的活動が活発ではない領域 (静穏領域) での平均磁
場強度は数 G 程度であるが、静穏領域の中に局所的に (100km 程度の
大きさ) 磁場が強い磁束管 (∼kG) があることが観測的に知られている
考察を行う。
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太恒 c7
([1])。
磁束管形成過程の観測研究は、磁束管が非常に小さいため、理論研究
に比べてあまり進んでいない。分光観測によって視線方向のガスの速度
太陽フレアループ内のエネルギー輸送に対す
る電子-イオン2流体効果
横澤 謙介 (名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
Ta 研 (理論宇宙物理学研究室) M1)
が、偏光観測によって磁場の強度や方向が理解される。磁束管を偏光分
光観測した主な例として、ひので衛星での観測がある。その観測の結果
太陽フレアは、突発的なエネルギー解放によって生じる太陽系最大級
は、理論的に求めた形成過程によく合致していることが確かめられた
の爆発現象である。太陽フレアがエネルギーを解放するメカニズムには
([2])。しかし、この観測では、光球近傍のごく一部の高さにしか感度が
磁気リコネクションが関与していると考えられている。こういった太
ないため、磁束管の形成過程において高さ方向で、どのような変化が起
陽フレアの物理を理解するため、多くの研究者によって磁気流体力学
きているかは確かめられていない。
的 (MHD) 数値シミュレーションが盛んに行われてきた。Yokoyama &
本発表では、磁束管の形成過程と観測の現状を論じた後、京都大学飛
騨天文台にあるドームレス太陽観測望遠鏡 (DST) を用いた新たな観測
Shibata(1998,2001) では、磁気リコネクションモデルを用い、熱伝導と
彩層蒸発の効果を考慮した 2 次元の MHD シミュレーションを行った。
計画の概要を紹介する。DST では、多波長の吸収線を同時観測するこ
この論文は Yohkoh の観測によって捉えられていたカスプ型ループ構
とができる。吸収線ごとに高さの感度が決まっているため、同時刻での
造 (Tsuneta et al. 1992) を数値シミュレーションによって確認し、太
磁束管の高さ方向の力学的振る舞いと磁気的振る舞いを求められ、空間
陽フレアが磁気リコネクションモデルで説明できることを明確にした論
分解能が十分でなくても、その高さ方向の振る舞いを議論することがで
文である。しかし Yokoyama & Shibata(1998,2001) で行われているシ
きる。光球近傍は Fe I 線 (5247AA、5250AA、6301AA、6302AA)([3])
ミュレーションでは、電子とイオンの相互作用は強く、単一流体として
を、光球上空にある彩層の底部は Na D 線 (5896AA) を用いて偏光分光
運動するという仮定が用いられており、電子とイオンは常に等しい温度
観測を行う。光球を様々な高さで観測し、強い磁場を持つ磁束管の形成
をもつと仮定されている。しかし実際のフレア現象では、コロナのガス
過程について論じる。
は無衝突プラズマに近い状態であり、何らかの原因によりイオンが加熱
1. Stenflo, J. O. 1973, Sol.P hys., 32, 41.
2. Nagata, S.,Tsuneta, S.,Suematsu, Y., Ichimoto, K. et al. 2008,
ApJ, 677, 145.
3. Stenflo, J. O., Demidov, M. L., Bianda, M., and Ramelli, R.
2013, A&A, 556, A113.
されると、電子はイオンとの衝突を介して加熱されると考えられる。こ
こで注意すべきことは、イオンと電子が衝突して緩和する時間スケール
は力学的な運動の時間スケールと同程度、あるいはそれよりも長い点で
ある。過去の研究の多くはこの点を無視しており、電子による熱伝導の
効果を過大評価している可能性が高い。本研究はフレアの基本物理を電
子ーイオンの2流体の枠組みで再考することを目指す。夏の学校では、
Yokoyama & Shibata (1998, 2001) の紹介を行うとともに現状の理解
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太恒 c6
太陽コロナにおけるシグモイド構造形成と光
球磁場構造
土井 崇史 (東京大学地球惑星科学専攻 M1)
太陽フレアは太陽大気中で起こる爆発的増光現象である。フレアに伴
い、コロナ質量噴出 (Coronal Mass Ejection, CME) に代表される大量
のプラズマ噴出が発生し、磁気嵐の原因となる。また、フレアのエネル
ギー源は黒点近傍に蓄えられた磁気エネルギーであることが分かってい
る。ゆえに、フレア発生前の活動領域での磁場構造を観測的に理解する
の問題点を指摘し、2流体シミュレーションの重要性を議論する。
1. Yokoyama, T., & Shibata, K. 1998, ApJL, 494, L113
2. Yokoyama, T., & Shibata, K. 2001, ApJ, 549, 1160
3. Tsuneta, S., Hara, H., Shimizu, T., et al. 1992, PASJ, 44, L63
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太恒 c8
Fast magnetic reconnection supported by
sporadic small-scale Petschek-type shocks
柴山 拓也 (名古屋大学 宇宙地球環境研究所 D1)
ことはフレアや CME を予測する上で有用である。
シグモイド (Sigmoid) とは、軟 X 線で観測される S 字型あるいは逆 S
磁気リコネクションは反平行成分を持つ磁力線同士のつなぎかえ過程
字型のコロナループのことである。Sigmoid は太陽大気中の磁束管のね
であり、磁場に蓄えられた磁気エネルギーをプラズマの運動エネルギー
じれた構造を示唆し、高い磁気エネルギーを持ちフレア発生の可能性が
や熱エネルギーなどに変換することで短時間に大きなエネルギーを解放
高いことが推察される。Fan&Gibson,2004 での数値計算では、浮上磁
することができる。太陽フレアなど様々な天体物理現象においても磁気
場の光球面でのねじれによる電磁流体的不安定がコロナ磁場に伝わり、
リコネクションは重要な役割を果たしていると考えられている。磁気流
周囲のコロナ磁場との不連続により S 字型の強い電流シートが形成さ
体力学 (MHD) 近似を用いた磁気リコネクション理論の大きな問題の一
れ、電流シート付近で磁気リコネクションが起こり周囲のプラズマが加
つは宇宙プラズマや実験室プラズマの観測に比べてリコネクションによ
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
73
太陽・恒星
るエネルギー変換効率がはるかに低いことである。この「リコネクショ
3. P. Heinzel et al. Solar Phys. 152 393H (1994)
ンの高速化問題」を解決する可能性がある MHD リコネクション理論と
して近年注目されているのがプラズモイド (磁気島) の発生を伴う高速
化理論であるが、プラズモイド生成によりリコネクションが高速化する
理由は未だ十分に解釈されていない。本研究では大規模数値実験を用い
てプラズモイドの生成によるリコネクション高速化メカニズムの解明に
取り組んだ。はじめに、リコネクションをおこす電流層全体を含む大き
な系での時間発展を再現するグローバルモデル数値実験を行った。これ
によりプラズモイド生成による高速化が起こる際に局所的にペチェック
タイプと呼ばれる、衝撃波を持つリコネクション領域構造が繰り返し出
現していることを明らかにした。次に、ペチェックタイプの構造が出現
した部分の物理状態をモデル化したローカルモデル数値実験を行った。
これによりペチェックタイプの構造が出現するための条件を明らかにし
た。本発表では、以上の数値実験によって得られた知見をもとにプラズ
モイドの発生に伴うリコネクション高速化理論である「動的ペチェック
リコネクションモデル」を提案する。本モデルはリコネクション領域の
自己無撞着な発展の結果として高速化を説明できる。
1. Shibayama et al., Physics of Plasmas, 22, 10, 100706(2015)
...................................................................
太恒 c10
衛星観測を用いた太陽フレアにおけるエネル
ギー輸送過程に関する研究
吉田 正樹 (国立天文台三鷹 総合研究大学院大学物理科学
研究科天文科学専攻 M2)
太陽フレアは、太陽大気で起こる爆発現象であり、磁力線のつなぎ変
わりによる磁気リコネクション機構によって起こると考えられている。
フレアに付随する特徴的な現象として、惑星間空間へプラズマの塊を放
出するコロナ質量放出 (CME)、磁気リコネクションによって出来た磁
力線アーチ構造に熱いプラズマで満たされることで出来るポストフレア
ループ、フレア継続中に太陽表面付近で輝点がリボン状に広がって見え
るフレアリボン等がある。磁気リコネクションによって突発的に磁気エ
ネルギーが運動エネルギーや熱エネルギーとして解放されるが、そのエ
ネルギーは 1029 − 1032 erg にも及ぶ。このエネルギーがどのように各構
造に輸送されるのか調べるには、フレア発生時の各構造に注目して温度
...................................................................
太恒 c9
彩層分光観測で探る太陽フレアのエネルギー
解放過程とダイナミクス
鄭 祥子 (京都大学宇宙物理学教室 M2)
太陽フレアとは、広い波長域にわたって観測される突発的な爆発・増
光現象である。これは、磁気リコネクションという物理過程によって、
大気中の磁気エネルギーが熱や運動エネルギーに突発的に変換されるこ
とで引き起こされると考えられている。太陽フレアで観測される硬 X 線
放射は、高エネルギー粒子による高密領域での制動放射として理解され
ており、この硬 X 線放射と白色光増光、さらに彩層スペクトル線の放射
の時間変化を追う必要がある。先行研究として複数のフレアイベントで
統計的にエネルギー解放量を調べた報告 (Emslie et al. 2012) はあるが、
構造と時間変化に同時に注目した研究はまだ行われていない。本研究で
は、まず HINODE、SDO、SoHO 衛星の観測データを用いて各構造に
おけるエネルギー解放量を調べた。結果、磁気リコネクションによるエ
ネルギーはほとんど CME として放出されることが分かった。さらに、
SDO/AIA の極端紫外線観測データと HINODE/XRT の軟 X 線観測
データを用いることで、視線方向の温度構造も考慮に入れた differential
emmision measure (DEM: Cheung et al. 2015) を割り出せる。これを
用いてフレア継続中における各構造に注目した温度と物質の時間変化を
追うことで、エネルギーがどのように各構造に輸送されたのかを調べた。
本講演ではこれらの解析結果について報告する。
は空間・時間的によく対応することから、白色光・彩層スペクトル線の
1. A. G. Emslie, B. R. Dennis, A. Y. Shih, et al. 2012, Apj, 459, 71
放射もまた、高エネルギー粒子に関連して生じると考えられる。しかし、
観測される硬 X 線放射や白色光増光、彩層スペクトル線の振る舞いに対
2. Mark C. M. Cheung , P. Boerner , C. J. Schrijver, et al. 2015,
Apj, 807, 143
する理解は十分ではなく、これらの放射も含めて説明できる太陽フレア
3. A. Asai, T. Yokoyama, M. Shimojo, et al. 2004, Apj, 611, 557
のモデルは確立していない。
そこで本研究では、彩層スペクトル線か
ら高エネルギー電子の情報を得ることで、フレア中のダイナミクスとエ
ネルギー解放過程について明らかにすることを試みた。太陽のフレア領
...................................................................
域を上空から分光観測すると、彩層スペクトル線は強度が大きくなり、
長波長側にシフトして非対称になることが知られてる。この彩層スペク
トル線の振る舞いは Red asymmetry と呼ばれる。Red asymmetry は、
上空の磁気リコネクション領域で生成された高エネルギー粒子が彩層に
向かって注入し、彩層中で下降流が生じるために、その視線方向成分が
ドップラーシフトするものと解釈されている ([1])。
本研究では、IRIS 衛星によって太陽フレア領域の彩層を高時間・高
空間分解能分光観測した。解析の結果、 Red asymmetry が 短い時
間スケールで変動(∼10 秒)していることが分かった。また、 Red
asymmetry の前に非常に弱い Blue asymmetry が ∼30 秒継続するの
が発見された。本講演では、この結果に対する議論を行う ([2],[3]) こと
で、太陽フレアモデルに対する新たな示唆を与える。
1. K. Ichimoto and H. Kurokawa Solar Phys. 93 105I (1984)
2. R. Canfield et al. ApJ 363 318C (1990)
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
74
星間現象
星間現象分科会
星間現象 -星の誕生を探る-
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
75
星間現象
日時
招待講師
座長
7 月 26 日 17:45 - 18:45(分科会別ポスター), 20:15 - 21:15
7 月 27 日 13:30 - 14:30(招待講師:羽部 朝男 氏)14:45 - 15:45, 16:00 - 17:00,
18:30 - 19:30
7 月 28 日 16:00 - 17:00(招待講演:斎藤 正雄 氏 )
羽部 朝男 氏 (北海道大学)「分子雲衝突による大質量星形成」
斎藤 正雄 氏 (総合研究大学院大学)「星と銀河をつなぐ星間物質」
河野樹人 (名古屋大学 M2) 、岩崎啓服 (立教大学 M2) 、小出凪人 (鹿児島大学 M2) 、
永野将之 (鹿児島大学 M2)
星間空間には、原子ガス、分子ガス、電離ガス、ダストなど様々な状態の物質が存在
しています。これらは HII 領域、分子雲、惑星状星雲、超新星残骸といった多彩な
姿をとり、加熱と冷却、磁場、乱流、衝撃波などの多彩な物理現象の場となっていま
す。そこでは電離や結合などの物理過程・化学過程を通して物質の状態が様々に変化
します。 したがって、星間現象を理解することは宇宙における物質の進化過程を理解
することにつながります。そのため、銀河系内を中心に電波からγ線までの多波長で
観測を行うことで 星間現象を理解する試みがなされています。今後は、SKA(センチ
波), ALMA(サブミリ波), SPICA(赤外線), TMT(可視光, 赤外線), ASTRO-H(X 線),
CTA(γ線) などの次世代望遠鏡によってさらに進展すると考えられます。また、理論
分野からは高性能計算機を用いて、磁場の影響、分子雲の衝突、不安定性の非線形解析
概要
などの数値シミュレーションが行われています。多波長による観測とシミュレーショ
ンを通した理論を総合的に結びつけて考察することで、星間現象についての理解が深
まり、さらにそれらは銀河進化や星形成のようなスケールの異なる現象の理解にもつ
ながります。本分科会では、観測・理論を問わず銀河系内 (天の川銀河) の星間現象に
ついて取り扱います。招待講演では星間現象の分野の最先端で活躍されている講師の
方々を招き、星間現象の面白さや最新の成果、問題点などについて講演していただく
予定です。
注)星形成領域、分子雲は星間現象分科会で扱います。
注)分子雲コア、アウトフローは星形成・惑星系分科会で扱います。
注)超新星自身の研究はコンパクトオブジェクト分科会で扱います。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
76
星間現象
羽部 朝男 氏 (北海道大学)
7 月 27 日 13:30 - 14:30 B 会場
「分子雲衝突による大質量星形成」
分子雲衝突によって起こる物理現象を解説し,それと大質量星形成との関連の研究を紹介する。 分子雲衝突による星形成の可能性は,かなり古
くから指摘されていた。しかし,観測的な証拠が少なく,また,分子雲衝突についての単純な理論的頻度予想値もかなり小さいため,これまで十分研
究されていなかった。ところが,最近,分子雲衝突のシミュレーション結果によく対応する特徴を持つ観測例が次々と報告され,また,銀河スケー
ルの分子雲形成進化のシミュレーションから分子雲衝突頻度が従来の考えよりもかなり大きい可能性が示され,注目されている。特に,分子雲衝突
は,大質量星形成との関係で興味が持たれている。 この講演では,星形成,特に,大質量星形成についての基本的な事項を整理し,それとの関連
で,分子雲衝突によって起こる物理現象の特徴を紹介する。乱流を持つ分子雲が衝突することによって,降着率の大きな高密度コアが形成されるこ
と,形成された高密度コアの質量関数は質量のベキ乗則に従うこと,質量関数のベキ乗則の衝突速度依存性などを紹介する。降着率の大きな高密度
コアから大質量星形成が期待されることから,分子雲衝突と大質量星形成との密接な関係が期待されることを紹介する。
1. A. Habe and K. Ohta, PASJ. 44 203 (1992)
2. Fukui, Y.; Ohama, A.; Hanaoka, N.; Furukawa, N.; Torii, K, et al. ApJ. 780 36 (2014)
3. K. Takahira, E. J. Tasker. and A. Habe, ApJ. 792 63 (2014)
斎藤 正雄 氏 (総合研究大学院大学)
7 月 28 日 16:00 - 17:00 B 会場
「星と銀河をつなぐ星間物質」
星間物質と一言でいってもその形態、スケール、物理量、特徴づける物理プロセスは多岐に渡っている。本講演では星間物質のイメージが観測天
文学の進展とともにどのように変わってきたのか、そして今後どのように進めたら良いかを一緒に考える材料を提供する。特に、初期の電波観測
による成果をもとに巨大分子雲、分子雲コアなどの概念がどのようにして確立していったのか、当時提案された概念はその後の観測でどのよう変
わっていったのかを関連する物理にふれながら、概観する。また、この 10 年くらいででてきた新たなシナリオや現在進んでいる様々な観測、特に
NANTEN での全天サーベイ、野辺山 45m 鏡による銀河面サーベイ、ALMA による高分解能観測で今後どのような成果が期待できるのかについて
も触れたい。また、観測天文学で使われている解析手法についても合わせて紹介する。
1. 星間物質と星形成 (シリーズ現代の天文学)
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
77
星間現象
星間 a1
超新星残骸 Cassiopeia A 周辺星間ガスの観測
的研究
稲葉 哲大 (名古屋大学大学院理学研究科 天体物理学研
究室 (A 研) M1)
が必要である。
スーパーバブル 30 Doradus C (30 Dor C) は、大マゼラン雲に位置
する SNR 複合体であり、宇宙線加速の面から注目される。特にシンク
ロトロン X 線や、TeV ガンマ線で非常に明るいことは、数 TeV を超え
る高いエネルギーまでの宇宙線加速を示唆している。また、高銀緯に位
置する 30 Dor C は手前に存在するガスの影響が少なく、距離も 50kpc
宇宙線とは, 宇宙空間を飛び交う高エネルギー粒子のことであり, 地球
であることが正確に分かっている。そのため、銀河系内の SNR に比べ
にも絶えず降り注いでいる. その主な成分は陽子であり, その他に電子,
て、物理量推定の誤差が小さく、衝撃波と星間ガスの相互作用を研究す
原子核なども含まれる. 宇宙線は地球環境に影響を与えるだけでなく,
るうえで適している。
星形成の場となる星間ガスにも加熱や電離を通して大きな影響をあたえ
今回我々は ASTE 電波望遠鏡で、30 Dor C 周辺の 12 CO(J=3–2) を
る. しかし宇宙線の発見以来, その起源は解明されておらず, 天文学にお
角度分解能 ∼ 22′ (∼ 5mpc@LMC) で観測した。この高分解能なデータ
ける最大の課題の一つとして残っている.
を用いて、30 Dor C 周辺の分子雲クランプを同定した。さらに Mopra
超新星爆発による衝撃波は星間空間に多大な影響を与えるだけでな
による 12 CO(J=1–0) や、mHI の公開データも組み合わせて解析し、X
く, E ∼ 3 × 1015 eV(extitknee energy) までの宇宙線加速源の最有力候
線の詳細な空間分布との比較も行った。それにより、X 線と空間的に反
補である. これまで, 我々のグループでは銀河系内の 7 つの超新星残骸
相関を示すガス成分を発見したま。また、mHI /CO それぞれについて
(Supernova remnant; SNR) において星間ガスとエックス・ガンマ線放
射の空間分布の比較やスペクトル解析を行い, SNR 衝撃波と星間ガス
位置速度図を作成し速度構造を精査したことで、直径 ∼ 4 分角、膨張
の相互作用が高エネルギー放射, および宇宙線加速と深く関わっている
至った。以上の結果を踏まえ、本講演では 30 Dor D における宇宙線加
ことを明らかにしてきた (e.g., Fukui et al. 2012; Sano et al. 2013,
速について論じる。
2015).
Cassiopeia A は銀河系内の若い (年齢∼340 歳)SNR であり, エッ
クス・ガンマ線をはじめとする全波長帯で非常に明るい天体である.
Cassiopeia A は自由膨張期 - セドフ膨張期にあると考えられており
(e.g., Gotthelf et al. 2001), この進化段階の SNR は extitknee energy
に届く宇宙線の加速源である可能性が示唆されている (Ohira et al.
2012). したがって, Cassiopeia A における星間ガスと高エネルギー放
射との関係性を明らかにすることは, 宇宙線の起源を解明するうえで重
要な手掛かりとなるはずである.
速度 ∼ 15km/s の膨張シェル構造を発見し、付随するガス成分の特定に
1. Koyama, K., Petre, R., Gotthelf, E. V., Hwang, U., Matsuura,
M., Ozaki, M., and Holt, S. S. 1995, Nature, 378, 255
2. Fukui et al., 2012, ApJ, 746, 82
3. Aharonian et al. 2008 A & A, 481, 401A
...................................................................
星間 a3
12
今回我々は, 野辺山 45 m 鏡 CO(J=1–0) 輝線, Heinrich Hertz
Submillimeter Telescope 12 CO(J=2–1) 輝線, it Chandra エックス線
超新星残骸 HB21 の X 線観測: 分子雲衝突、
過電離および粒子加速の関係
鈴木 寛大 (東京大学 馬場・中澤研究室 M1)
望遠鏡公開データ, VLA Hsc i データ他を用いて星間ガスと高エネル
ギー放射の空間分布の比較を行った. 結果として, エックス線の吸収に
寄与している分子雲を同定した. さらに分子雲および硬エックス線の空
間分布と
12
CO の J=2–1/1–0 比から, 衝撃波と相互作用を起こしてい
宇宙には超高エネルギーの荷電粒子が満ちており、それらは星間物質
等との相互作用で γ 線を放出して観測される。
る星間ガスを発見した. 本講演ではこれらの結果を踏まえ, 銀河系内の
粒子は超新星残骸 (Supernova Remnant; SNR) の衝撃波面における
Fermi 機構などにより高エネルギーまで加速されると考えられている
若い超新星残骸 Cassiopeia A における星間ガスと高エネルギー放射, 宇
が、その過程は十分には解明されていない。加速現場としての SNR の
宙線加速との関係性について述べる.
理解のためには、付随する数百万度のプラズマを調べ、温度や密度など
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星間 a2
スーパーバブル 30 Doradus C に付随するガス
雲の観測的研究
山根 悠望子 (名古屋大学大学院理学研究科 天体物理学
研究室 (A 研) M1)
の環境を知ることが重要である。プラズマは X 線帯域で熱制動放射や
特性 X 線の放射をするため、X 線観測がこれらの物理量測定に最適で
ある。
近年、プラズマの「過電離」という現象が SNR から見つかっている
[1]。これはプラズマの電離温度が電子温度よりも高い状態であり、分子
雲と相互作用している SNR でのみ発見されていることから、衝撃波と
分子雲の相互作用がこの特殊な状態をつくっていると考えられる。興味
超新星残骸 (SNR:Supernova Remnant) は宇宙線加速源の最有力候
深いことに、γ 線が検出された SNR のほとんどが過電離プラズマを持
補である。これまでに、SNR からの電波及びシンクロトロン X 線観測
つことも分かっている。したがって、過電離の要因を探ることは粒子加
によって、SNR の衝撃波面における宇宙線加速が確認されている (e.g.
速の理解にもつながり得る。
Koyama et al. 1995) 。さらに、宇宙線の大部分を占める陽子成分につ
そこで我々は過電離・γ 線と分子雲衝突との相関が調べられる天体と
いても、星間ガスとの衝突により放射されるガンマ線と、SNR に付随す
して、HB 21 を研究対象に選んだ。この SNR からは γ 線放射も確認さ
るガスの分布との一致が示されたことから、SNR における加速が観測
れており [2]、南部において比較的薄い、もしくは小さい分子雲と相互作
的に実証され始めた (e.g. Fukui et al. 2012) 。しかし、陽子加速が確
用していることが分かっている [3]。そのため HB 21 は、分子雲と強く
認された SNR はまだ 5 天体に過ぎない (Aharonian et al. 2008, Fukui
相互作用する SNR と分子雲の付随しない SNR の中間に位置すると言
etal. 2012, Fukui 2013, Yoshiike et al. 2013, Fukuda et al. 2014)。宇
え、この天体の解析によって分子雲衝突と過電離・粒子加速の関係性の
宙線加速の一般的描像を得るには、さらに様々な性質の SNR での検証
理解を進めることができる。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
78
星間現象
我々は「すざく」衛星で HB 21 南部を 156 ksec 観測し、観測領域全
の過程を理解する上で重要なサンプルになることが期待される。しかし
体に広がった放射を発見した。また、スペクトルには熱制動放射の上に
Chandra の先行研究では、多くの若い SNR で顕著な Fe-K 輝線の検出
H 状や He 状に電離した Si, S の輝線が見られた。熱的放射を詳しく調
べてプラズマの電離状態を明らかにし、さらに熱的放射(X 線)と γ 線
エネルギー側の統計が悪く、またバックグラウンドが高いことが一因と
との相関についても考察する。
考えられるが、そもそも年齢の見積もりが不正確である可能性も否定で
1. Yamaguchi et al. 2009, ApJ, 705, L6
2. Pivato et al.
for the Fermi LAT collaboration 2013,
arXiv:1303.2091
3. Koo et al. 2001, ApJ, 552, 175
が報告されていない。これは Chandra のスペクトルで 2 keV 以上の高
きない。そこで我々は初の Fe-K 輝線の検出を目的として、エネルギー
分解能に優れ、高エネルギー側でバックグラウンドの影響が少ない「す
ざく」を用いて、2014 年 8 月 14 日に G306.3−0.9 の観測を行った。得
られた X 線スペクトルから Fe-K 輝線を初めて検出し、輝線の中心エネ
ルギーから比較的低電離の Fe が存在する兆候を確認した。このことか
ら G306.3−0.9 は電離が進む前の若い SNR だということが示唆される。
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星間 a4
X 線天文衛星「すざく」による超新星残骸
G6.4−0.1(W28) の北東部の観測
尾近 洸行 (京都大学 宇宙線研究室 M1)
G6.4−0.1(W28) は電波ではシェル状に広がり、X 線では中心集中し
ている形状から Mixed-Morphology (MM) 型の超新星残骸 (SNR) に
分類される。近年の X 線天文衛星「Suzaku」による観測で、MM 型の
SNR から過電離プラズマが次々に発見されている。現在詳しい形成過
程はよくわかっていないが、有力なモデルとして星間物質 (ISM) からの
熱伝導冷却によって温度の低いプラズマが生ずる熱伝導モデルと、電離
平衡状態にあったプラズマが衝撃波により密度の低い ISM に広がって
近年の研究では、Fe-K 輝線の強度と電離状態を調べることで爆発のタ
イプ (大質量星の重力崩壊; CC 型または白色矮星の核暴走; Ia 型) や年
齢の正確な見積もりが可能であることが示されている [2]。本研究では
Fe-K 輝線より年齢について定量的に見積もり、また、これまでに明らか
にされていない G306.3−0.9 の爆発の起源についても議論する。
1. Reynolds et al. 2013, ApJ, 766, 112
2. Yamaguchi et al. 2014, ApJ, 785, L27
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星間 a6
ETCC による観測に向けた銀河面拡散核ガン
マ線イメージングシミュレーション
中村 優太 (京都大学 宇宙線研究室 M1)
断熱膨張する際に電子温度が下がる断熱膨張モデルの2つが提案されて
いる。この2つのモデルを検証するには、過電離状態にあるプラズマの
空間分布を調べることが必要である。
AGB 星、Wolf-Rayet 星、重力崩壊型超新星、新星のアウトフローなど
Sawada & Koyama (2012) は「Suzaku」の観測から、W28 の中心
により生成される 26 Al は 1.8MeVγ 線を放出して 26 Mg へ崩壊する。そ
部で電離過程より再結合過程が優勢な過電離状態にあるプラズマを発見
の寿命は 0.7 × 106 年であり、銀河系内における物質拡散速度と同程度で
した。そこで、W28 のプラズマの過電離状態の形成過程を解明するた
あることから系内物質流のトレーサーとして重要である。系内で観測さ
めに、今回我々は「Suzaku」による W28 北東側のシェルの観測に着目
れる核 γ 線の中でも特に強度が高く、COMPTEL や SPI/INTEGRAL
した。断熱膨張モデルの場合、プラズマの電離状態の空間分布は大域的
による観測から 26 Al 銀河面内分布も得られている。
にほぼ一様になると予想される。一方で熱伝導モデルでは衝撃波と ISM
しかし、これら従来型の観測装置では γ 線の到来方向についての情報
との衝突が起こる面で電子温度の冷却によって特に強い過電離状態を示
が本質的に不足しているために十分な解像度が得られておらず、26 Al 系
すと考えられる。したがって、北東側の温度や電離状態を中心部分と定
内分布の詳細な議論には至っていない。MeV 領域の γ 線観測が他のエ
量的に比較することで過電離プラズマの形成モデルの検証が行える。本
ネルギー領域に比べ遅れている要因としてはこの帯域の γ 線の相互作用
発表では、W28 北東の X 線スペクトルの解析の詳細について報告し、
がほぼ Compton 散乱に限られることが上げられる。我々が開発をして
その結果に基づいてこの天体の過電離プラズマの起源を議論する。
いる ETCC(Electron Tracking Compton Camera) はチェンバー内ガ
1. Makoto Sawada, Katsuji Koyama PASJ, Vol.64, No.4, Article
No.81, 7 pp
スの電子との Compton 散乱による散乱 γ 線と同時に反跳電子飛跡も検
出することで入射 γ 線についての情報を完全に再構成することができ
る。そのため PSF(Point Spread Function) の広がりを抑えることがで
き、同時に視野外の事象の影響も受けなくなるため高い撮像能力が得ら
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星間 a5
X 線天文衛星「すざく」による新発見の若い超
新星残骸 G306.3-0.9 の観測的研究
れる。26 Al をはじめ 60 Fe、e+ e− 対消滅などによる γ 線の分布を大幅に
改善可能である。性能試験用の 30 × 30 × 30cm3 小型 ETCC では PSF
の FWHM で 10◦ (@662keV) を達成している。
立花 克裕 (京都大学 宇宙線研究室 M1)
Al と e+ e− 対消滅の γ 線観測を目的とする気球
実験:SMILE-II+(Sub-MeV gamma ray Imaging Loaded-on-balloon
Experiment) を 2018 年ごろに豪州で行う予定である。また、スウェーデ
銀河面からの
26
G306.3−0.9 は 2013 年に Swift の銀河面サーベイで新しく発見され
ン、南極での長期気球実験:SMILE-III、衛星観測実験:SMILE-Satellite
た超新星残骸 (SNR) である。発見後すぐに Chandra によって追観測
による全天観測も計画中である。充填ガス・シンチレーションカウン
が行われ、サイズの見積もりから年齢 ∼2500 年と比較的若い SNR と
ター部分の変更、装置の大型化などにより Satellite では 1mCrab の検
推定されている [1]。銀河系内の SNR は現在およそ 300 以上発見され
出感度に達する見込みである。これは COMPTEL の 100 倍の感度で
ているが、年齢 10000 年以下の SNR はサンプルが少なく、2000 年以
ある。これらの計画、特に SMILE-III,Satellite の計画に向けて我々の
内のものは 5–6% にすぎない。したがって G306.3−0.9 は SNR の進化
ETCC の性能で銀河面核 γ 線分布がどのように見えるかシミュレーショ
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
79
星間現象
ンした結果について述べる。
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星間 a7
Planck・AKARI・IRAS 衛星による銀河系ダス
ト放射のモデル構築
西原 智佳子 (名古屋大学、銀河進化学研究室 (Ω研) M1)
して NANTEN2 電波望遠鏡 (角度分解能 180′ ) を用いて 12 CO(J=1–0)
観測を行った。その結果 32 天体につい Spitzer Bubble 方向に異なる視
線速度の 2 つの分子雲を同定した。これらは 8µm の輪郭と相補的な空
間分布をもつことが分かった。さらに 2 つの分子雲の速度構造が星風
などの膨張モデルでは説明できない構造であることから、分子雲衝突に
よって形成されたと結論づけた。しかし、90% 近くの Spizter Bubble
は視直径が 6 分角より小さいため NANTEN2 望遠鏡による観測は大き
い天体にバイアスされている可能性がある。そこで、さらに視直径が 6
我々は星やガス、ダストおよびダークマターが集まった渦巻き銀河で
分角以下の天体について、Mopra 望遠鏡 (30′ ) による 12 CO(J=1–0)、及
ある銀河系内に住んでいる。そのため、天文衛星が宇宙空間で全天を観
び ASTE 望遠鏡 (22′ ) による 12 CO(J=3–2) の観測を約 40 天体につい
測すると必ず銀河系内のダストによる放射が前景放射として重なること
て実施した。その結果、全天体の方向で Spitzer Bubble の 8µm の輪郭
になる。 銀河系のダスト放射のデータは様々な観測衛星から得ること
に一致する分子雲を同定した。また 12 CO(1–0) と 12 CO(3–2) の輝線強
ができる銀河のダストの性質の理解につながる重要なデータである。ま
度比 R3−2/1−0 を求めたところ、比の値が銀河系での典型値の 0.5(Oka
た前景放射によって隠されてしまう宇宙マイクロ波背景放射などの情報
et al. 2007) より高くなっていることが分かった。これは周囲の分子雲
が Spitzer Bubble 内部の大質量星の放射によって励起されていると解
を得るためにもダスト放射の精密なモデル化は急務である。ダストは大
きく多環式芳香族炭化水素 (PAH)、 very small grain、large grain の
3 種類に分類され、その中で large grain は輻射場と熱平衡になり熱的
釈することができ付随状態を強く支持する結果である。本講演では、こ
放射をする。そのエネルギースペクトル (SED) は Iu ∝ uβ Bu (T ) (β は
よる形成についての議論を行う。
定数、Bu (T ) は黒体放射の放射強度) で表される modified blackbody
で近似するのが現在の主流であるが、このモデルでダスト放射を正確に
記述できるかは分かっていない。そこでダストの熱的放射の近似として
modified blackbody が本当に「良い」モデルなのかを判定することを
目指した。そのためにダストの放射モデルを Iu ∝ uβ Bu (T ) とし、モデ
ル 1: β = β0 及びモデル 2 : β = β1 + β2 log u (ただし β0 , β1 , β2 は定
数) の 2 つを考え、どちらの方が「良い」モデルかを検証した。モデルの
れらの結果について報告し、温度・密度などの物理量から分子雲衝突に
1. Torii, K., Hasegawa, K., Hattori, Y., et al. 2015, apj, 806, 7
2. Habe, A., and Ohta, K. 1992, pasj, 44, 203
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星間 a9
「 良 さ 」 は Akaike の Information Criterion を用いて判断している。
ALMA 望遠鏡による小マゼラン雲内の星形成
初期段階領域 N83 の高分解能観測
本間 愛彩 (大阪府立大学 宇宙物理学研究室 M1)
本研究では Planck・ AKARI・IRAS の 3 つの観測衛星の計 8 バンドの
データを用いた。また、ダストの密度による SED の違いを考慮するた
めに 353 GHz での光学的深さで全天を 8 つに分類して SED フィッティ
南天の空に輝く小マゼラン雲 (SMC) は、銀河系から最も近い銀河の
ングを行った。その結果から β に u の依存性が入ったモデルの方が「良
内の 1 つである。銀河系に比べてガスダスト比が 17 倍で比較的ダスト
い」モデルであるという示唆が得られた。本講演では観測データの処理
が少なく、重元素量が 1/10 程度と少ない特徴を持つ。宇宙初期に似た
や SED フィッティングの方法、考察なども含めた研究内容と今後の展
環境における分子雲の物理的状態や星形成過程を観測的に理解する上
望について述べる。
で、極めて重要な対象である。SMC 内の分子雲は単一鏡のビームサイ
1. Akaike, H, IEEE Transaction on Automatic Control 19(6): 716723 (1974)
ズとほぼ同規模の大きさであり、これまで星形成に直結する分子雲コア
やクランプを同定かつ分解するのは困難であったが、ALMA 望遠鏡の
登場により SMC 内の分子雲を sub-pc スケールで観測可能となり、銀
河系分子雲との直接比較が初めて可能となった。本研究では ALMA 望
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星間 a8
分子雲衝突による Spitzer Bubble の形成
服部 有祐 (名古屋大学大学院理学研究科 天体物理学研
究室 (A 研) D2)
遠鏡を用いて、低重元素量環境での分子雲構造や星形成過程を調査する
ため、SMC をターゲットに観測を行った。
観測対象とした N83C は、SMC のバー部分から孤立したウィング部
分に位置するが活発な星形成領域であり、HIhspace-.1emI 領域の淵に
沿って分子ガスが付随している。先行研究として ASTE 望遠鏡を用い
た 12 CO,13 CO (J=3–2) の観測から、SMC 内で最も温度が高くかつ高
大質量星の形成メカニズムの解明は天文学において重要な課題となっ
密度な領域である事が分かり、Spitzer source が分子雲内に数個付随し
ている。現在我々は分子雲同士の衝突 (Cloud-Cloud Collision; CCC)
ている事からも、星形成初期段階領域を研究するには最適のターゲット
による大質量星の形成について注目している。これまでに 4 つの超巨
である。
大星団について CCC を支持する結果が得られているが (Torii et al.
本講演では、我々が ALMA Cycle 2 にて行った N83C の CO (J=2–
1,3–2) およびその同位体等の輝線観測について報告する。N83C 分子雲
2015, Fukui et al. 2014, Furukawa et al. 2009, Ohama st al. 2010,
Kuwahara et al. in prep.)、超巨大星団は銀河系で 10 天体程度しかな
い。そこで次に我々は大質量星形成領域の候補として Spitzer Bubble に
北部では、輝線強度比より見積もった温度が高く、原始星が進化し周囲
注目した。Spitzer Bubble は Churchwell et al.(2006, 2007) によって銀
では C18 O (J=2–1) 輝線のスペクトルを検出出来た事から、分子ガスの
経 ±60 度以内に約 600 天体がカタログされている。赤外線 8µm でリン
密度が高く、星形成活動が近い将来さらに活発になる可能性があると推
グ構造をもち、内部の大質量星によって電離された HII 領域を伴うのが
測できた。また、分子雲の柱密度分布を銀河系の大質量星形成領域であ
特徴である。我々は視直径が 6 分角以上の 52 個の Spitzer Bubble に対
る Orion 領域と比較したところ、N83C 分子雲の方がよりコンパクトで
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
の分子雲を加熱/散逸させつつあることが分かった。一方同分子雲南部
80
星間現象
高密度であった。このことは、SMC のような低ダスト環境下において、
周囲の星からの紫外線が分子雲内部まで入り込み、CO が選択的に光解
離されている状態を示唆する。
ある。
LMC では、多数のスーパージャイアントシェル (SGS) が同定されて
おり、その一つである LMC4 は直径 1.5kpc であり、LMC の中では最
1. Mizuno, N., Rubio, M., Mizuno, A., et al. 2001, PASJ, 53, L45
2. Bolatto, A. D., Simon, J. D., Stanimiroviacutec, S., et al. 2007,
ApJ, 655, 212
大のシェル状構造である。今回の観測ターゲットである HII 領域 N55
は、この LMC4 の内部に位置している。N55 は、ポピュラス星団 LH72
により励起されており、LMC4 のキャビティ内において唯一観測された
巨大分子雲を伴っている。この領域の分子雲分布は、ASTE 望遠鏡 (空
間分解能は 22”) による先行観測により、Spitzer 24µm および 8µm の
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星間 a10
巨大 HII 領域における分子雲の内部構造につ
いて
北亦 裕晴 (大阪大学 理学研究科 宇宙進化グループ M1)
強度ピークに 12 CO (3–2) 輝線で非常にコンパクトな局所ピークを持つ
ことが明らかにされた。
本研究では、ALMA(Cycle1,Cycle2) によって N55 に付随する分子雲
の高空間分解能観測を行った。12 CO (1–0),
13
CO (1–0), C18 O (1–0),
CS (2–1) や H (40α) 輝線、連続波の 6 × 4 分角のモザイク観測である。
この観測は、N55 領域の分子雲をほぼすべてカバーできており、空間分
解能は 2.5”(0.6pc) である。本研究の結果、分子雲の詳細な分布や速度
大質量星の形成過程を知ることは、銀河天文学の大きな課題の一つに
構造が明らかになった。検出された分子雲分布は、Spitzer 8µm で見え
なっている。しかし、大質量星は数が少ない上に、低質量星形成領域に比
るフィラメント状の構造に沿ってつぶつぶとしたクランプが多く分布し
べると距離が遠いため、その形成過程は未だよく分かっていない。 大
ていた。また、13 CO (1–0) 強度が強いところでは、連続波や CS (2–1)
6
質量星は集団で形成され、また非常に短い時間で進行する (∼ 10 [yr])。
輝線も検出された。それぞれのクランプの質量を導出したところ、103
また、その形成過程において強い紫外線を放射したり、超新星爆発を起
M⊙ 程度の分子雲が多いことが分かった。銀河系内の大質量形成領域で
こしたりすることによって、周囲の星間物質に大きな影響を与える。高
ある Orion 分子雲 (104 M⊙ 程度 (Nishimura et al. 2015)) とは違い、
輝度の Hα 線 (∼ 1040 [ergss−1 ]) を放出する巨大 HII 領域は、密集し
孤立したコンパクトなクラウドから中大質量原始星が誕生していること
た OB 型星の集団的な形成過程を知るのに理想的な環境である。そこ
が分かった。これは、HII 領域やシェルの影響を受けてガスが吹き飛ば
で我々は、そのような HII 領域である NGC604(距離 840[kpc]) を調べ
されたという可能性が考えられる。
ることにより、大質量星形成の環境を明らかにすることを目指してい
る。 NGC604 は渦巻銀河 M33 にあり、中心に約 200 個の OB 型星
のクラスターとそれに付随した巨大分子雲を持つ。これまでの観測か
ら、NGC604 にはアーク状の高密度な分子雲が存在していることが知
られている (Tosaki et al. 2007)。アーク形状は、中心に位置する大質
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星間 a12
R136 に付随する水素原子ガスの観測的研究
Tsuge Kisetsu (名古屋大学大学院理学研究科 天体物理
学研究室 (A 研) M1)
量星の集団が、星風や超新星爆発により、周囲の分子雲を圧縮すること
や、大質量星の形成過程を総合的に理解するためには、NGC604 に付随
1 pc3 に 104 個以上の大質量星を含む大規模星団 (Super Star Cluster:
SSC) は重元素の供給や、紫外線放射による星間ガスの電離を引き起こ
する巨大分子雲の内部構造をより詳細に分析する必要があり、より高い
し、周囲の環境に多大な影響を与える。よって、この形成過程を探るこ
分解能 (≤ 10[pc]) の観測が必要となる。そこで我々は ALMA を用い、
とは銀河の進化をはじめ、宇宙の構造形成を解明する上で重要である。
NGC604 から放射される 13CO(1-0) などの輝線の高感度高空間分解能
しかし、その形成過程は明らかになっていない。
で形成されたと考えられる。しかし形成されたばかりの大質量星の環境
の観測を行った。本発表では、星形成に直結するクランプスケール (∼
R136 は大マゼラン雲 (LMC) に含まれる SSC である。この天体は
数 [pc]、∼ 1000[M⊙ ]) での分子雲の物理的性質について調べた結果を中
局部銀河群の中で最も重い巨大星団で太陽の 105 倍もの質量を持つ。こ
心に報告する。
れは天の川銀河に存在する SSC の質量より 1 桁大きい。また、非常に
1. Tosaki et al. 2007, ApJL, 664, L27
2. Kawamura et al. 2009, ApJS, 184, 1
明るい Hsc ii 領域が付随しており太陽質量の 200 倍を超える大質量星
が存在する (Crowther et al. 2010)。このような特徴から、R136 の形
成過程を明らかにすることは球状星団の形成過程の理解にもつながると
考えられ意義深い。さらに LMC は天の川銀河から最も近い距離 (∼50
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星間 a11
大マゼラン雲におけるスーパージャイアント
シェル LMC4 内部の HII 領域 N55 の ALMA
による高分解能観測
kpc) に存在する銀河であるため、より正確に物理量を定量できるという
利点もある。
本研究では R136 について ATCA & Parkes (Kim et al. 2003) に
よって得られた Hsc i データを解析し、2 つの異なる速度を持つ原子ガ
スと二つの速度成分をつなぐ速度成分の存在を明らかにした。この 2 成
高田 勝太 (大阪府立大学 宇宙物理学研究室 M1)
分は Luks & Rohlfs (1992), Mizuno et al. (2001) で同定された L, D
大マゼラン雲 (LMC) は、太陽系から約 50kpc の距離にあり、小マゼ
コンポーネントに対応する。また、Hsc i データと NANTEN (Fukui et
al. 2008) による CO のデータ、星団の位置との比較を行った。
ラン雲 (SMC) と共に最も近い系外銀河の一つである。また、LMC は
face-on の銀河であり、高銀緯に位置していることから、非常に観測に
適した天体であるといえる。また、銀河系と比べて重元素量が少なく、
銀河系内とは異なる環境下での星形成を考察する上でも重要な天体で
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
本講演ではこれらの結果を踏まえて、水素原子ガス同士の衝突が大質
量星団の形成にどの程度寄与しているかを議論する。
1. Luks and Rohlfs 1992, Astronomy and Astrophysics, 263, 41-53
81
星間現象
2. Mizuno et al. 2001, PASJ, 53, 971-984
3. Crowther et al. 2010, Mon. Not. R. Astron. Soc. 408, 731-751
3. Hattori.Y., et al. 2016, PASJ, doi: 10.1093/pasj/psw028
...................................................................
...................................................................
星間 c1
星間 c3
分子雲衝突シミュレーションで探る大質量星
形成
分子雲と相互作用する超新星残骸での低エネ
ルギー宇宙線
岩崎 啓克 (立教大学 M2)
島 和宏 (北海道大学 宇宙物理学研究室 D2)
超新星爆発によって衝撃波が形成され、高温の物質が放出される。そ
分子雲衝突が大質量星形成の外的要因となっていることを示唆する観
れらは超新星残骸と呼ばれる構造を形成し、数万年の間、周囲の物質や
測結果が多数報告されている。北大のグループでは、衝突の衝撃波圧縮
磁場と影響しあいながら膨張を続ける。超新星残骸は宇宙線の銀河系内
による高密度コア形成、衝突と大質量星形成のタイムスケールが矛盾し
での加速源として有力視されているが、加速領域への粒子の注入、加速
ないかどうか、電離ガス分布や大質量星のフィードバックによる誘発的
効率、粒子の逃走など、宇宙線加速に関して未解決の問題も多い。
星形成などを明らかにするためにシミュレーション研究を進めてきた。
超新星残骸の中には、Fermi 宇宙望遠鏡などによってガンマ線の放射が
講演ではこれまで得られた結果と共同研究者である Haworth の論文の
観測されているものもある。このガンマ線放射は超新星残骸によって加
レビューを含めて発表する。
速された電子や陽子といった高エネルギー粒子からの放射であると考え
1. Takahira, K., Tasker, E. J., & Habe, A., 2014, apj, 792, 63
2. Haworth, T. J., Tasker, E. J., Fukui, Y., et al., 2015, mnras, 450,
10
3. Haworth, T. J., Shima, K., Tasker, E. J., et al., 2015, mnras,
454, 1634
られている。Fermi 宇宙望遠鏡によってガンマ線が観測された超新星残
骸のうち、ガンマ線強度が強いものはほぼ全て、分子雲と相互作用をし
ている。また、そのような超新星残骸では過電離状態のプラズマが X 線
観測によって発見されてきているのも特徴である。
一方で、10 MeV 程度の低エネルギーの宇宙線陽子についてガンマ線
による観測はできないが、宇宙線が分子雲中の原子にぶつかることで原
子の周りの電子が励起し、特性 X 線が放射されると考えられる。X 線帯
...................................................................
星間 c2
「あかり」及び Herschel による銀河系赤外線
バブルの統計的研究
花岡 美咲 (名古屋大学 理学研究科 宇宙物理学研究室 赤
外線グループ (UIR 研) D1)
域での観測からそのような輝線を検出することで、低エネルギー宇宙線
の量に制限をかけられると考えられる。これまでに、Kes79 や、3C391、
Kes78、W44 などの超新星残骸において、中性もしくは低電離の鉄から
の Kα 輝線(∼6.4 keV)を用いた解析が行われ、低エネルギー宇宙線の
存在が検出、示唆されてきた(T. Sato 2015)。現在、陽子由来の強い
ガンマ線放射があり、分子雲との相互作用が報告されている IC443 にお
いて、鉄の輝線放射について解析を行い、低エネルギー宇宙線の探索を
銀河系内には、赤外線でバブル構造が見える天体が多く確認されて
行っている。空間分解能に優れた Chandra X 線天文衛星によって観測
いる。これら赤外線バブルは、中心の大質量星からの放射により、星
されたデータを用いており、相互作用している分子雲など領域を絞った
間物質がシェル状に分布することで形成されると考えられている。一
詳細な解析が可能である。
方で、大質量星自身の形成過程は未だ明らかではない。大質量星形成
メカニズムは理論的にいくつかのシナリオが提唱されており、近年の
NANTEN/NANTEN2 を用いた CO 電波観測からは、分子雲同士の衝
突によって、大質量星が形成されたと考えられる結果が示されている。
ダストで覆われた中心の大質量星とその周囲の星間物質の状態を調べ
るには、赤外線観測が有効であり、これら観測結果と提唱されるシナリ
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星間 c4
銀河系中心領域における磁気活動がもたらす
星間現象の解明
柿内 健佑 (名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
Ta 研 (理論宇宙物理学研究室) M2)
オを比較することで、大質量星形成メカニズムに制限を加えることがで
きる。本研究では、「あかり」及び Herschel 衛星によって得られた赤外
銀河系中心領域では、数 100kpc 以内の小さな領域に高温高密度の分
線観測データを統計的に解析し、大質量星形成メカニズムについて議論
子ガスが集積している。CO などの観測結果から、この領域における分
する。
子ガスは数 100km/s に及ぶ大きな視線速度の分散を持っており、銀河
銀河系円盤内における赤外線バブル約 100 天体について、観測デー
回転に沿った回転速度成分だけでは説明できないような複雑な速度構造
タから赤外線バブルの中心座標と円半径を見積もった。また、Spectral
をしていることが分かっている。この要因として、銀河系中心領域では、
Energy Distribution (SED) を導出し、得られた SED に対して芳香族
炭化水素と warm dust、cold dust の 3 成分を用いた model fit を適用
重力以外に磁場や衝撃波などの他の物理的要素が強く寄与する可能性が
することで、各成分の光度と総赤外線光度を求めた。さらに、各成分の
に達するという観測的示唆 (Morris et al. 1992) に基づけば、星間ガス
空間分布を求め、赤外線バブルの構造と大質量星の位置関係を議論した。
にかかる磁気圧は、ガス圧(∝ 温度 × 密度)と同程度に寄与すること
大質量星形成シナリオから予想される赤外線バブルの構造と比較するこ
から、磁気活動は星間ガスの動力学に強い影響を与えていると推定され
とで、大質量星形成メカニズムに制限を加える。
る。これを理論的に検証するために、Suzuki et al.(2015) は、銀河系中
1. Churchwell, E., et al. 2006, ApJ, 649, 759
2. Habe, A., & Ohta, K. 1992, PASJ, 44, 203
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
考察されている。特に、領域内の磁場の強さは局所的に 0.1-1mG 程度
心領域における大規模な3次元磁気流体シミュレーションを行った。そ
の結果、磁気乱流が動径方向の運動を励起し、位置-速度図に観測結果と
82
星間現象
合致するような特徴的な平行四辺形構造を再現することを明らかにして
いる。これに加えて、本研究では、同数値計算結果を用いて、未解析で
3. An Origin of Supersonic Motions in Interstellar Clouds.The Astrophysical Journal, Volume 564, Issue 2, pp. L97-L100
あった鉛直方向のガス運動、特にバルジ内部における磁場の鉛直構造に
起因するガスの下降流について詳細な解析を行った。この下降流は上空
から銀河面に向かうに従い加速するが、その領域を位置速度図に対応さ
せたところ、観測されている CO 輝線の位置速度図に見られる高速度分
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星間 c6
散領域をよく説明することも分かった。見つかった下降流は複数存在し
VERA と FCRAO-14m による銀河系外縁部分
子雲衝突の観測的研究
ており、見込む角度により、位置-速度図に異なる分布を示すことが期待
小出 凪人 (鹿児島大学 M2)
され、観測されている多様な構造を説明できる可能性がある。
1. Morris M., Davidson J. A., Werner M., Dotson J., Figer D. F.,
Hildebrand R., Novak G., Platt S., 1992, ApJ, 399, L63
2. Suzuki T. K., Fukui Y., Torii K., Machida M., Matsumoto R.,
2015, MNRAS, 454, 3049
IRAS 01123+6430 は銀河系外縁部に属する mH2 O メーザーを放射
する大質量星形成領域の一つである。この天体について VLBI Exploration of Radio Astrometry (VERA) による年周視差測定から距離計
測を行ったところ、距離は 7.64+1.02
−0.80 kpc であった。また、この天体
には分子雲が付随しており、アメリカの5大学が設立したミリ波望遠
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星間 c5
中間質量ブラックホール存在の検証及び重力
散乱過程についての理論的研究
Guo YanSong (名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学
専攻 Ta 研 (理論宇宙物理学研究室) M2)
天の川銀河における IMBH の存在は Oka et al. (2016) の分子雲観測
によって初めて示唆された [1]。彼らは分子雲 CO-0.40-0.22 を電波で詳
細に観測した結果、∼100 km/s という非常に大きな速度分散を持った
コンパクトな分子雲を発見した。この速度は分子雲の典型的な温度 10K
に対応する音速 0.2 km/s に対して非常に大きいため、熱的なものでは
この速度分散を説明できない。彼らはこの異常に大きい速度分散が分子
雲同士の衝突や超新星爆発による影響では説明できないことを示した。
その上で、彼らはブラックホールのようなコンパクトな重力源によって
分子雲が散乱されている可能性を N 体シミュレーションによって検証し
た。その結果、太陽質量程度の IMBH が存在すれば観測される分子雲の
速度分散を説明できることを示した。Oka et al. は天の川銀河に IMBH
が存在する可能性を初めて定量的に示唆した重要な研究であるが、彼ら
の N 体シミュレーションは観測結果の正確な解釈をする上で大きな問題
鏡”Five College Radio Astronomical Observatory (FCRAO)-14m”の
12
CO(J = 1 − 0) 輝線サーベイデータを調べたところ、弧状成分と直線
状成分を持った、分子雲衝突の痕跡を示す形状の分子雲が確認された。
この分子雲を特徴付けるために、VERA の年周視差測定で求めた距離と
視直径を使ってサイズを ∼ 40 pc、FCRAO-14m で観測された光度を用
いて光度–質量変換の式から質量を 2.0 × 104 M⊙ と見積もった。衝突
の証拠を明らかにするために、大型分子雲に小型分子雲を衝突させた後
の形状を示す分子雲衝突モデルとの比較を行った。このモデルの仕組み
は、大型分子雲に小型分子雲が衝突した後、衝撃波によって圧縮層が生
じ、大質量星が形成されるというものである。その結果、弧状成分は、大
型分子雲に小型分子雲が衝突した後に形成される衝撃波面を示し、直線
状成分は、小型分子雲が通過した後に生じた成分が圧縮しながら弧状成
分の方へ運動しているものだと分かった。また、比較に使用したモデル
の衝突速度を調べたところ、衝突速度の遅い分子雲衝突ほど直線状成分
が形成されやすいことが分かった。このことから、IRAS 01123+6430
は比較的遅い分子雲衝突により星形成が起こったと考えられる。
1. Habe. A and Ohta. K, 1992, PASJ, 44, 203
2. Heyer. M.H, Carpenter. J.M, and Snell. R.L, 2001, ApJ, 551,
852
3. Takahira. K, Tasker. E.J, and Habe. A, 2014, ApJ, 792, 63
がある。それは、先述のように分子雲は音速より非常に大きい速度分散
を持つことがわかっているが、このことは分子雲が重力源によって散乱
される際に潮汐変形によって非常に強い衝撃波が形成されることを示唆
する [2]。その結果、電波観測の分子線を出す分子(CO, H2 など)は解
離されてしまう可能性がある。Oka et al. の研究は分子輝線の観測に基
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星間 c7
チャンドラ衛星と NuSTAR 衛星による超新星
残骸 RX J1713.7−3946 の観測結果
づいているが、彼らの N 体シミュレーションには衝撃波加熱の効果が考
辻 直美 (立教大学 M2)
慮されていない。そのため実際に IMBH に重力散乱されている分子雲
が観測された分子輝線を出せるかは未解明である。IMBH による重力散
乱の仮説を検証するには、放射冷却 [3] の影響も含めて極めて強い衝撃
波の中で観測される輝線を出す分子が解離せずに生き残ることができる
のか、輝線放射をどのように解釈すれば良いのかを理解することが重要
である。
銀河系内の宇宙線は超新星残骸 (SNR) で加速されていると考えら
れている。銀河系内に存在するシェル構造を持つ超新星残骸の中でも、
SNR RX J1713.7−3946 はシンクロトロン X 線と TeV ガンマ線放射が
非常に強く、粒子加速を検証する上で、広く研究が進められてきた天体
である。本講演では、RX J1713.7−3946 のチャンドラ衛星による観測
1. Signature of an Intermediate-mass Black Hole in the Central
Molecular Zone of Our Galaxy.The Astrophysical Journal Letters, Volume 816, Issue 1, artic
の詳細な解析結果と、NuSTAR 衛星による最近の観測における解析の
2. Tidal Disruption and Ignition of White Dwarfs by Moderately
Massive Black Holes.The Astrophysical Journal, Volume 695, Is-
をもとに、RX J1713.7−3946 の北西領域の proper motion を測定した。
sue 1, pp. 404-419 (2009).
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
現状を報告する。
我々は 2000 年から 2011 年に渡る 7 回のチャンドラ衛星による観測
これにより、表面に形成される衝撃派速度が約 3900 km/s であることを
明らかにした。この比較的速い衝撃派速度の値と、XMM-Newton 衛星
83
星間現象
による熱輝線放射の発見 (Katsuda et al., 2015) を合わせて、SNR の流
質量星にのみ付随する 6.7GHz メタノールメーザーが観測されること
体力学的性質を記述する解析解と比較することで、この天体の物理量や
が知られており、強度変動するものも存在する。また、現在までに確認
まわりの環境に制限を与えることができた。特に、X 線観測から初めて
されている 6.7GHz メタノールメーザーで周期変動を示す天体は 19 あ
西暦 393 年の新星 (SN393) との関連を支持する結果や、この天体が自
るが、本研究ではその中の一つであり、中質量星ながら 6.7GHz メタ
由膨張期にある可能性が高いことを示唆する結果を得た。
ノールメーザーを放射する唯一の天体である IRAS 22198+6336 ( 以
さらに、最近に NuSTAR 衛星によって撮像された観測についても解
下 IRAS 22198 ) に着目した。IRAS22198 の 6.7GHz メタノールメー
析を開始した。2015 年 9 月と 2016 年 3 月にそれぞれ 50 ks、57 ks の露
ザーは Fujisawa et al. (2014) によって初めて確認された。しかし、そ
光時間で、NuSTAR 衛星による北西領域の観測が行われた。NuSTAR
こではデータ不足のためにフレアの起き始めを観測できていなかった
衛星は硬 X 線観測に特化した衛星であり、特に 10 keV 以上の硬 X 線で
ほか、検出されていても変動形状やピーク時刻のずれが導出できていな
は、はじめての撮像観測を実現している。今回は RX J1713.7−3946 に
かった点が課題として挙げられた。そこでより詳細な変動パターンを求
おける 10 keV 以上の硬 X 線イメージなど、観測結果の現状について報
めるため日立 32m 電波望遠鏡を用いて観測を行った。IRAS 22198 は
告する。
2012/12/30 - 2014/01/10 及び 2014/05/05 - 現在まで 1 日 1 回観測し
1. Katsuda, S., Acero, F., Tominaga, N., et al. 2015, ApJ, 814, 29
2. Tanaka, T., Uchiyama, Y., Aharonian, F. A., et al. 2008, ApJ,
685, 988
3. Truelove, J. K., & McKee, C. F. 1999, ApJS, 120, 299
ているが、今回はフレアが予想されるときに 1 日 30 回以上集中的に観測
した 2014/07/12 - 2014/07/26 のデータを解析に用いた。観測の結果、
全部で 6 つのスペクトル成分を 2014/07/13 - 2014/07/23 の 10 日間
で確認した。それ以外では検出感度以下だった。先行研究と同様にピー
ク時刻のずれを確認し、その期間は最大で 4.3 日だった。現在は IRAS
22198 のメーザー放射領域やその周期変動モデル、また各スペクトル成
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星間 c8
VERA で知る星形成領域
G135.28+02.80,G137.07+03.00 の天の川銀河
内での位置
分の変動傾向について考察中である。
1. K. Fujisawa et al. pasj psu053 (2014)
2. T. Hirota et al. pasj 60.5 961 (2008)
3. K. Inayoshi et al. 2041-8025 769 2 L20 (2013)
永野 将之 (鹿児島大学 M2)
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我 々 は 、VERA
に よ る 天 の 川 銀 河 内 の 星 形 成 領 域
G135.28+02.80,G137.07+03.00 の 観 測 結 果 か ら 、そ れ ぞ れ の 年
周視差と固有運動を求めることに成功した。それぞれの年周視差(距
+0.38
離)は、0.110±0.009 mas(9.09+0.81
−0.69 kpc) , 0.183±0.012 mas(5.45−0.34
星間 c10
近赤外線での偏波観測による銀河系中心の磁
場構造の研究
有村 幸大 (九州大学 宇宙物理理論研究室 M1)
kpc) で 、固 有 運 動 が (µα cosδ, µδ ) = (−0.60 ± 0.16, 0.16 ± 0.16) ,
(µα cosδ, µδ ) = (−0.73 ± 0.14, 0.01 ± 0.17) となった。この結果は、視
線速度から求めた運動学的距離と一致しておらず、2 天体の銀河系内で
の位置を調べると、外縁部の Outer Arm、もしくはさらに遠方の New
天の川銀河中心には銀河面に垂直な方向のシンクロトロン放射やフィ
ラメントの存在から銀河面に垂直な磁場が優位であるという観測結果が
得られた。一方で遠赤外やサブミリ波による観測は磁場と同じ方向の回
Arm に付随していることが分かった。
また、同方向の大質量星形成領域 W3(OH) との位置関係を調べると
転軸をもつダストによる磁場に垂直な方向の熱放射によって中心の磁場
天球面上で 4 度以内にあるのに対し、奥行きの距離の大きな差があり、
組み合わせた磁気流体学のモデルが Uchida et al. によって提案されて
それぞれ異なった Arm に付随していることを明らかにできた。
おり、そのモデルでも銀河面付近では平行な磁場が優位であると予測し
が銀河面に平行であることが示唆された。又垂直な磁場と平行な磁場を
さらに、測定した距離と固有運動を用いて、2 天体の銀河回転速度を
ている。 今回紹介する論文 Nishiyama et al. では、銀河中心での磁場の
求めると、太陽系の回転速度と 10km/s 以内で一致した。これは銀河
配置を求めるために、近赤外線である J,H,Ks バンドでの観測で磁場の
系の回転曲線が銀河中心距離 R=16kpc までフラットであることを示唆
方向に平行なダストが背景光を吸収することによる偏波の方向を求めて
する。
いる。J,H,Ks バンドでの観測には近赤外カメラ SIRPOL と 1.4m 望遠
1. Reid et al. (2014)
2. David A.Lyder & John Galt (1997)
3. K.Hachisuka et al. (2009)
鏡の IRSF を用い SgrA*を中心とする 20′ ×20′の領域を観測してい
る。左右両偏波からストークスパラメーラQ,Uがわかり、偏波放射強
度と偏波角を見積もることができる。 今回、3つのうち2つのバンドで
の等級の差によって星を近くの星、青色星、赤色星に分類した。青色星
での平均の偏波放射強度は 3.8 %であり、平均の偏波角は 15°.1 であっ
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星間 c9
星形成領域 IRAS 22198+6336 に付随する 6.7
GHz メタノールメーザーの強度変動の研究
宮本 祐輔 (茨城大学理工学研究科理学専攻物理系 M2)
た。また赤色星でのでの平均の偏波放射強度は 4.3 %であり、平均の偏
波角は 15°.0 であった。赤色星は、銀河中心での吸光に加えてディス
クでの吸光も受けているので銀河中心における偏波放射強度と位置角は
赤色星から青色星を引いたものになる。その平均の偏波放射強度は 0.85
%であり、偏波角は 16°.0 であった。偏波角は分散が 21°.5 でヒスト
グラムのピークは約 20°であった。銀河中心での位置角のヒストグラム
大質量星とは太陽の 8 倍以上の質量を持つ天体のことを指すが、未
のピークは約 20°なので、銀河中心での磁場は銀河面にほぼ平行という
だその形成過程は解明されていない。一方で大質量星形成領域には、大
結果になった。また銀河中心付近のフィラメント、GC Radio Arc など
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
84
星間現象
の近くではフィラメントからの放射が強く直線偏光されており、磁場が
ことは、リング構造の詳細、爆発前の星の性質を解明することにつなが
フィラメントの長軸に平行になっていることも確認された。
る。
)我々は、
「すざく」による観測データの中で、最も新しい、2012 年
1. Nishiyama S. et al ,ApJ,690,1648 (2009)
2. Uchida Y.Sofue Y.& Shibata.K. Nature, 317 699 (1985)
11 月の観測データに着目して、解析を行った。観測時間は 81.3ksec で
ある。得られたスペクトルは、Strum et al. 2006 と同様の二温度の電
離非平衡プラズマモデルでよく再現できた。結果、軟 X 線フラックスは
8.421 × 10−12 erg, cm−2 , s−1 となり、Maggi et al. 2012 での報告以降
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星間 c11
銀河系中心領域に存在する young,
intermediate-age stars の起源の探査
岩松 篤史 (東北大学天文学専攻 M1)
銀河系の中心から 0.5pc 以内の領域には若い星 (∼Myr) が密集してい
においてもフラックスの増加が継続していることがわかった。
1. Chevalier, R. A. and Dwarkadas , V. V. 1995, ApJ, 452, L45
2. Maggi, P., Harberl, F., Sturn, R., and Dewey, D., 2012, A&A
548, L3
3. Park, S., Zhekov, S. A., Burrows, D. N.., & MacCray, R. 2005,
ApJ, 634, L73
る。しかし、その起源は明らかになっていない。有力視されている形成
過程の 1 つは、中心から離れた領域で星団が形成されて、摩擦で中心ま
で移動する、というものである。Nishiyama & Schodel (2013) は、中
心から 0.5 ∼ 3pc の範囲に若い星の候補が存在することを発見した。分
光観測の結果、若い星の候補は 50 ∼ 500Myr の intermediate-age stars
であるとわかった (Nishiyama et al. 2015)。これらが、中心に向かって
移動している星団の残骸かもしれない。
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星間 c13
多輝線観測データで探る超高速度コンパクト
雲 HVCC−0.21−0.12 の起源
辻本 志保 (慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学
専攻 岡研究室 M1)
本研究では、固有運動を使って星団の残骸の有無を明らかにするため、
2012 年にすばる望遠鏡/IRCS+AO188 で intermediate-age stars を含
む 14 視野を撮像した。intermediate-age stars は、銀河中心に多く存在
銀河系の中心部半径 200 pc の領域は中心分子層 (central molecular
する赤色巨星 (∼Gyr) とは異なる時期に形成された。intermediate-age
zone; CMZ) と呼ばれ、大量の分子ガスが集中している。CMZ 内の分
子雲は、高温 (Tk >30 K)・高密度 [n(H2 )≳104 cm−3 ] かつ激しい乱流
stars とその周りの星が星団の残骸として存在する場合、それらは星団
状態にあり、これらの特異性の起源は未解明である。
の運動を保持している。したがって、赤色巨星に対し特異な固有運動を
示す集団を発見できたら、星団の残骸であると言える。
私たちのグループはこれまで、野辺山 45 m 鏡や ASTE 10 m 鏡等
を用いて、複数の分子輝線による CMZ の大規模なイメージング観測
固有運動検出の可能性を議論するため、視野にある星の位置の相対
を行ってきた。その中で、空間的に小さく (< 5 pc)、速度幅が異常に
的な精度の測定を行った。典型的な位置精度は 2.3 ∼ 4.0mas であっ
広い (∆V > 50 km s−1 )、特異な分子雲『超高速度コンパクト雲 (high
た。星団の残骸の固有運動を、銀河中心領域のアーチ星団の固有運動
velocity compact cloud; HVCC)』が多数発見された (e.g. Oka et al.
(∼ 5mas/yr) と同程度だと仮定する。この場合、2012 年の観測時から
現在まで、星団の残骸は ∼ 25mas 移動していると考えられる。この仮
定の上では、現段階で固有運動を 5σ ∼ 8σ で検出できる。また、等級や
2012)。ほとんどの HVCC は分子輝線でのみ確認でき、他波長に対応
画像上の位置と各星の位置精度に相関があることを確認できた。
CO−0.40−0.22 の空間–速度構造は、105 M⊙ の見えない質量により分
1. Nishiyama & Schodel 2013 A&A, 549, A57
2. Nishiyama et al. 2015 A&A, 588, A49
天体を持たず、その起源や解釈を困難なものにしている。いくつかの
HVCC についてはより詳細な分子輝線観測が行われている。最近では、
子ガスが重力散乱された結果である可能性が指摘され、中間質量ブラッ
クホールの存在が示唆された (Oka et al. 2016)。また、CO 0.02−0.02
と CO 1.27+0.01 には大質量星団が付随している可能性がある (Oka et
al. 2001, 2008; Tanaka et al. 2007)。つまり HVCC は銀河中心核の成
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星間 c12
X 線天文衛星「すざく」による超新星残骸
SN 1987A の観測
梅田 真衣 (関西学院大学大学院 M1)
長の鍵となる中間質量ブラックホールや大質量星団と関係している可能
性が高く、その起源の解明は極めて重要である。
今回私たちは、CMZ の西側に位置し、高い CO J=3–2/ CO J=1–0
強度比を示す CO−1.21−0.12 に注目し、CO J=3–2, CO J=1–0,
13
CO
J=1–0 および C O J=1–0 輝線データの詳細な解析を行った。その結
18
果、この HVCC は速度 Vexp ∼ 60 km s−1 で膨張するシェル状の分子
超新星残骸 1987A は、1987 年2月 23 日に約 50 kpc 離れた Large
雲に付随することが判明し、その運動エネルギーは ∼ 1051 erg と評価
Magellanic Cloud(LMC)に発見された超新星 SN1987A の残骸であ
することができた。したがって、CO−1.21−0.12 の起源として複数の超
り、ハッブル宇宙望遠鏡による観測で、超新星を取り巻く明るいリング
新星爆発が考えられる。本ポスター講演では、以上の結果に基づいて、
構造が確認されており、爆発前の親星の質量放出によって形成された密
CO−1.21−0.12 と他の HVCC との共通点・相違点を整理するとともに、
度の高い領域と考えられている [1]。1992 年 ROSAT の観測で初めて軟
HVCC の起源について議論する。
X 線を検出し、軟 X 線フラックス(0.2-5keV)は継続的な増加してい
る。特に、爆発後約 6000 日以降に増光の傾きが大きくなっており、こ
の傾向は 9000 日においても継続していることが確認された [2] [3]。動
径方向に広がる超新星爆発による衝撃波が、密度の高いリング構造と
1. T. Oka, et al. ApJL, 816, L7 (2016)
2. T. Oka, et al. ApJS, 201:14 (2012)
3. T. Oka, et al. PASJ, 53, 787 (2001)
相互作用し始めたことを示唆している [3]。(X 線光度の時間発展を追う
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
85
星間現象
...................................................................
星間 c14
年周視差を用いた星形成領域
IRAS05358+3543 の距離測定及び内部運動
水窪 耕兵 (鹿児島大学 M1)
IRAS05358+3543 は、大質量星の周囲に様々な分子雲とアウトフ
ローがあり、ジェットの存在も示唆されている。しかし、この領域は
(l,b)=(173.4845,+02.4337) に位置しているにもかかわらず運動学的距
離でのみ測定されており、正確な距離の測定は行われていない。そこ
で、年周視差による距離決定をするために、2013 年から 2015 年にかけ
て VERA で行われた水メーザーの観測を解析した。 解析方法は、参照
電波源が弱いため逆位相補償を用いた。その結果、1.160±0.088mas の
年周視差を測定することができた。だが、約 60mas 離れた隣のフュー
チャーでは 2.782±0.157 という年周視差が得られた。
1. Ronald.S and Snell et al. (1990)
2. H.Beuther et al. (2007)
3. S.Leurini te al. (2007)
...................................................................
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
86
星形成・惑星系
星形成・惑星系分科会
星・惑星の古今東西に迫る
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
87
星形成・惑星系
日時
招待講師
7 月 26 日 16:30 - 17:30
7 月 27 日 9:00 - 10:00, 10:15 - 11:15(招待講演:元木 業人 氏 ), 17:15 - 18:15
7 月 28 日 9:00 - 10:00(招待講師:谷川 享行氏)10:15 - 11:15 , 14:45 - 15:45(分
科会別ポスター), 17:15 - 18:15(分科会別ポスター),18:30 - 19:30
元木 業人 氏 (国立天文台)「高分解能原始星観測の現状と将来展望」
谷川 享行氏 (一関工業高等専門学校) 「巨大ガス惑星周りにおける衛星系形成過程の
レビュー」
座長
森昇志 (東京工業大学 D1)、 松下祐子 (九州大学 M2) 、荒川創太 (東京工業大学 M2)、
河瀬哲弥 (京都大学 M2) 、逢澤正嵩 (東京大学 M2)
本分科会では、分子雲コアの収縮による星や原始惑星系円盤の形成、円盤内のガス
とダストの物理現象、太陽系内および太陽系外天体の形成史や表層・内部構造に関す
る研究を扱います。 この分野では、観測・探査技術の進歩が著しく、赤外線・電波
での観測による原始惑星系円盤の詳細な構造の検出、系外惑星大気の分光観測、太陽
系内衛星の表層・内部構造の解明といった驚くべき結果が報告されています。特に、
ALMA の超高解像度観測ではおうし座 HL 星 (HL Tau) 周りの円盤の鮮明な姿が明ら
かになりました。加えて、国内の系内惑星探査では、小惑星探査機「はやぶさ 2」、金
星探査衛星「あかつき」
、火星衛星へのサンプルリターン計画など巨大プロジェクトが
概要
目白押しで、太陽系惑星科学の急速な進展が期待されています。また、系外惑星探査
では、トランジット観測衛星 TESS、次世代超大型望遠鏡 TMT などの次世代の観測装
置が新たな世界を切り拓くでしょう。 一方で、理論研究の進展も見逃せません。例
えば、アウトフローや輻射フィードバックを考慮した星形成シミュレーションや、ダ
ストの内部密度進化を考慮した微惑星形成モデル、ガス惑星まわりの周惑星円盤にお
ける衛星系形成シナリオなどが挙げられます。また、HL Tau の詳細な円盤構造を説
明するため、様々な理論モデルが提案されています。加えて、最近では天体力学の研
究によって海王星以遠に第 9 惑星の存在が示唆されたことも記憶に新しいです。 こ
れらの観測・探査・理論研究の目覚ましい成果は相互の進展に大きく寄与することは
言を待ちません。特に ALMA による本格的な科学観測が始まり星形成・惑星系研究
は新しい時代を迎えつつあります。本分科会に参加される、新時代の研究を担う皆様
には、夏の学校での発表や議論を通じて観測や理論といった枠にとらわれずに視野を
広げ、今後の研究に役立てて頂くことを期待します。
注)水素燃焼する質量の星は太陽・恒星分科会で扱います。
注)サブ pc スケールの分子雲コアやアウトフローは星形成・惑星系分科会で扱いま
すが、pc スケールの星形成領域や分子雲などは星間現象分科会で扱います。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
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星形成・惑星系
元木 業人 氏 (国立天文台)
7 月 27 日 10:00 - 11:00 B 会場
「高分解能原始星観測の現状と将来展望」
H、He、Li のわずか 3 元素から始まった宇宙は、恒星の生と死を通じて元素合成を繰り返し現在の姿に至る。誕生する星の量と質を問う星形成研
究は宇宙の物質進化を考える上で最も基本的な分野の1つであると言える。我が国においては歴史的経緯から惑星形成過程や基礎的な星間物理の実
験場として近傍の低質量形成が重要視されてきた。一方、宇宙における星形成の大部分は星団形成によって占められており、物質進化の文脈におい
ては大質量星を含む星団形成過程がより重要な意義を持っている。母体雲深くに埋もれた主質量降着期にある原始星の研究は、電波干渉計による観
測を中心に進められてきた。こうした高分解能観測による原始星研究では余剰角運動量/磁束の抜き取りや円盤分裂など降着現象に関する物理過程
や、原始星進化とそれに伴う星周環境へのフィードバック (アウトフロー、輻射、電離領域) が主たる研究テーマである。特に自身のフィードバック
が最終的な星質量に強く影響する大質量原始星においては高分解能観測が果たす役割は非常に大きい。近年 ALMA/J-VLA による感度と分解能の大
幅な向上によって、原始星近傍 100AU スケールでの降着円盤撮像が急速に進んでいる。また 1 - 0.1 pc スケールの母体雲と 1000 AU 以下の個別原
始星を結ぶ階層的な降着構造についても観測が進みつつある。本講演では低質量/大質量原始星観測の現状について紹介するとともに、SKA/TMT
など次世代観測装置を用いた原始星大気とその超近傍環境の観測可能性についても紹介する。
1. Hirota, T et al. 2014, ApJ, 797, 35
2. Hosokawa, T., Yorke, H. W. and Omukai, K. 2010, ApJ, 721, 478
3. Lim, J et al. 1998, Nature, 392, 575L
谷川 享行氏 (一関工業高等専門学校)
7 月 28 日 9:00 - 10:00 B 会場
「巨大ガス惑星周りにおける衛星系形成過程のレビュー」
衛星系は、我々の太陽系においてはガス惑星(木星・土星)・巨大氷惑星(天王星・海王星)の周りに普遍的に見られる。全衛星質量の大部分を
担う規則衛星(惑星に近くほぼ円軌道・同一平面上)は、その軌道的特徴から周惑星円盤内で形成されたと考えられている (Lunine and Stevenson
1982) 。しかし、太陽系形成の標準モデルと同様に質量供給の無い円盤を採用すると、初期条件として既に現在の衛星系を再現しうる全質量を同時
に持つ必要があるため、(1) 円盤面密度・温度が高くなり現在の衛星系の主要材料物質である氷が気化してしまう、(2) 形成した衛星が重い円盤との
重力相互作用で即座に惑星へと落下してしまう、などの困難が明らかになってきた。そこで、質量供給が続いている円盤を考えると、円盤質量を小さ
くすることができるため、円盤温度が下がり氷が固相のままで存在し、かつ衛星落下を低減させられる可能性が示された (Canup and Ward 2002)。
未解明であった円盤への質量供給過程は、特にガス供給については、数値流体計算 (Tanigawa et al. 2012, Tanigawa & Tanaka 2016) により具体
的描像が明らかになってきている。一方、固体材料物質の供給については軌道計算 (Tanigawa et al. 2014) による研究は行われているものの、まだ
未解明な点が多い。本講演では、周惑星円盤における規則衛星形成過程について、現状の問題点も含めて紹介する。さらに、中・小サイズ規則衛星
の形成過程について、惑星周りの粒子リングからサイズ分布も含めて非常に良く再現されるモデル (Crida & Charnoz 2012) が提案されているので、
これも紹介する。
1. Canup and Ward, AJ, 124, 3404 (2002)
2. Crida and Charnoz, Science, 338, 1196 (2012)
3. Tanigawa et al., ApJ, 747, 47 (2012)
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
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星形成・惑星系
星惑 a1
フィラメント状分子雲における分子雲コア質
量関数の理論の検証
川村 香織 (名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
Ta 研 (理論宇宙物理学研究室) M1)
元素が豊富な領域では活発におこり、ダストのサイズを大きくする方向
に働き、サイズに対する表面積が大きい小さなダストに対してこの影響
は大きくなる。ダストはケイ酸塩を主として様々な組成があるが、この
組成の違いはダスト同士の衝突の際の、合体・破砕の頻度を変えると考
えられる。これらの過程によるダストのサイズ分布の変化はダストの総
表面積の変化に直結し、オパシティを変化させる。上で述べたような計
星は星間媒質中の分子雲の中で形成されると考えられている。その過
算ではダストの性質は事前に計算したテーブルを利用しており、ダスト
程を理解することは現代の天文学における大きな課題である。Herschel
サイズ分布の進化は考慮されていなかった。本発表ではこの効果を調べ
宇宙望遠鏡による Gould Belt 領域のサーベイ観測で、分子雲中には幅
た研究(Hirashita & Omukai 2009)を紹介する。この研究ではダスト
0.1pc 程度の細長く伸びた構造があまねく存在し、分子雲コアや原始星
としてシリケイト及びカーボン系のものが考慮されていたが、実際の星
はこのフィラメント状構造に沿って分布していることが明らかになった
形成過程では氷のダストが重要である。氷ダストは 150K 程度で蒸発す
(André et al. 2010)。この結果はフィラメント状構造の分裂が重要であ
るため、その前後でオパシティに大きな影響を及ぼす。これらの現実的
ることを示唆する。またこの観測では、分子雲コアの質量関数と星の初
な要素を取り入れたダストの成長モデルと、それを用いた星形成過程の
期質量関数の形がよく似ていることも示された。このような事実から、
研究の進展についても報告したい。
星形成の理解において、まずは分子雲コアの質量関数の形成機構を解明
することが必要であると考えられる。
Inutsuka(2001) は宇宙論において銀河ハロー形成過程の研究でよく
用いられる Press-Schechter 理論をフィラメント状分子雲に応用するこ
とで、分子雲コアの質量関数を求める理論を提唱している。この理論で
1. Hirashita, H. and Omukai, K. 2009, MNRAS, 399, 1795
2. Masunaga, H., and Inutsuka, S.-i. 2000, ApJ, 531, 350
3. Tomida, K., Tomisaka, K., Matsumoto, T., Hori, Y., Okuzumi,
S., Machida. M. N., and Saigo. K. 2013, ApJ, 763, 6
は質量関数はフィラメントの線密度ゆらぎのパワースペクトルによっ
て決定される。例として、パワースペクトルが波数の −1.5 乗に比例す
る形の場合、得られる質量関数は観測結果とよく一致することが示さ
れていた。近年の Herschel 観測でゆらぎのパワースペクトルは波数の
−1.6 ± 0.3 乗に比例しているという結果が報告され (Roy et al. 2015)、
Inutsuka(2001) の理論で分子雲コアの質量関数を説明できることが期待
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星惑 a3
非理想 MHD 効果による連星形成への影響
中村 亮介 (大阪大学 理学研究科 宇宙進化グループ M1)
される。しかし、一般に Press-Schechter 理論では幾つかの仮定が用い
られており、実際のコアと理論から得られる質量関数が対応しているこ
とは自明ではない。
そこで本研究では、計算機上にフィラメントの線密度分布を再現し、具
宇宙において連星は非常にありふれた存在であり、その形成について
理解することは極めて重要である。分子雲から原始星が形成され、その
周りに円盤や連星が生まれる過程について様々な研究がなされてきた。
体的にコアを同定して質量関数を求めることを通して、Inutsuka(2001)
この過程で重要なのは磁場による角運動量輸送であるが、磁場による
の数学的な正しさと実際の観測へ応用できる可能性を検証する。本講演
角運動量輸送の効率が非常に高いために円盤や連星が形成されにくい、
では Inutsuka(2001) のレビューを行った後に、検証の結果について議
Magnetic Braking Catastrophe または Fragmentation Crisis と呼ばれ
る問題が存在する(Mellon & Li 2008, Hennebelle & Fromang 2008
論する。
1. Andé, Ph., Menp rimeshchikov, A., Bontemps, S., et al. 2010,
A&A, 518, L102
2. Inutsuka, S. 2001, ApJ, 559, L149
3. Roy, A., et al. 2015, A&A, 584, A111
他)。この問題は最近精力的に研究され様々な解決策が提案されている
が、その一つとしてオーム散逸等の非理想 MHD 効果による磁場の散逸
で角運動量輸送を抑制することが考えられている(Tomida et al. 2015
他)。連星系の形成の形成を理解するためにはこのような現実的物理過
程を取り入れた精密な研究が必要である。
連星系の形成条件はオーム散逸を考慮した磁気流体シミュレーション
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星惑 a2
ダスト成長が星形成に及ぼす影響
国松 翔太 (大阪大学 理学研究科 宇宙進化グループ M1)
により既に調べられている(Machida et al. 2008)。本発表ではまずこ
の研究について紹介し、連星系形成と磁場、回転の関係を説明する。現
在この研究を拡張し、ambipolar diffusion(電離度が非常に低い領域で
中性粒子と荷電粒子の結合が弱くなり、ガスから磁場が抜ける効果)も
取り入れたより現実的なシミュレーションにより連星系形成条件への影
響を調べているため、その進展についても報告したい。
星形成過程では星間ガスが重力により収縮して原始星を形成するが、
ガスが収縮するには輻射または化学反応による冷却が必要である。現在
の星形成過程において輻射輸送を支配しているのは主にダストの熱放射
であり、既にそれを取り入れた輻射流体シミュレーションが多数行われ
1. Machida et al. ApJ, 677, 327 (2008)
2. Tomida et al. ApJ, 801, 117 (2015)
3. Hennebells & Fromang A&A, 477, 9 (2008)
ている(Masunaga & Inutsuka 2000, Tomida et al. 2013 他)
。ダスト
は星間ガス中に存在する微小な個体微粒子であり AGB 星や超新星から
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放出されたものに由来する。このダストは比較的密度の高い星間雲中で
は重元素の付着、ダスト同士の衝突による合体あるいは破砕、または蒸
発により、サイズ分布が変化すると考えられる。特に付着はダストと重
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
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星形成・惑星系
星惑 a4
宇宙の進化と星形成過程の変遷
樋口 公紀 (九州大学 大学院理学府 地球惑星科学専攻
M2)
ていた。以上より、大質量星形成においても、磁場と円盤へのガス降着
の過程が星形成を支配していると考えられる。また、低質量星同様に大
質量星においても、アウトフローにより主に角運動量が輸送されている
ことが分かった。この結果から、大質量星における角運動輸送と円盤分
裂についても議論する。
星形成環境は宇宙の進化に伴い変化し続けている。星形成環境を変化
させる一因として、分子ガス雲の重元素量と電離度 (宇宙線強度と放射性
元素崩壊で生じる γ 線強度) が挙げられる。重元素は星の進化とともに
形成され、増加する。また、周囲の電離環境に伴い、分子雲ガスの電離度
1. Beuther, H et al., 2002, A&A, 383,892B
2. Machida, M. N., & Hosokawa, T. 2013, MNRAS, 413, 1719
3. Wu, Y., et al., 2004, A&A, 426, 503
は異なる。重元素量と電離度は、星形成過程を考える場合、冷却効率を
変化させるため重要である。例えば、宇宙初期のような重元素や電離源
が存在しない環境では、ガスの冷却効率が悪く、高温になる。星への質
量降着率は温度に依存する。そのため、宇宙初期の星形成環境における
質量降着率は現在の値よりも大きく、大質量星ができやすい環境となる。
また、電離度は磁場の散逸度合を変化させるため、磁場を考える上でも
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星惑 a6
AKARI を用いた YSO の氷吸収の観測・解析
木村 智幸 (東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 天
文学教室 M1)
重要となる。星間空間に磁場が存在することは既知であり、星形成を考
える際に磁場の影響を無視することはできない。磁場は、星形成過程や
今研究では、銀河系内に見つかった 2 つの young stellar object(YSO)
宇宙の構造形成に伴い生成・増幅されるので、宇宙初期の磁場は、現在の
候補天体についての近赤外から中間赤外の波長域 (2.5-13µm) で得られ
磁場より弱いと考えられている。しかし、宇宙初期の磁場は観測できな
たスペクトルについて解析を行う。この YSO candidates は赤外線天文
いため、その強度は未だ不明である。 本研究では、宇宙初期から現在
衛星 AKARI に搭載された近・中間赤外線カメラ IRC のスリットレス
までの星形成過程に磁場が及ぼす影響を検証する。初期条件として、電
分光モードで銀河面を無バイアスに観測していた際に偶然発見されたも
離源のない環境で、重元素量を 0 − 1Zsun まで変化させた。低金属量星
のである。
形成環境の初期磁場は、観測結果より得ることができない。そこで、現
両天体のスペクトルには、星周円盤やエンベロープに存在する固体の
在の星形成環境で重力エネルギーと磁気エネルギーの比 (Mass-to-Flux
Ratio) が、1 程度であるので、宇宙初期から現在までの星形成環境でも
H2 O、CO2 、CO、XCN− 、silicates による吸収や、気体の CO の可能性
がある吸収のバンドが見られる。推定される XCN− の柱密度が非常に
その比が 1 程度であると仮定する。本発表では、そのような初期条件
大きいことから、両天体は Class I のダストに深く埋もれた YSO であ
のもと、分子雲コアから原始星形成までの、磁場の散逸 (オーム散逸・
ることが示唆される。しかし、両天体は既知の星形成領域に属してはい
両極性拡散) を考慮した 3 次元非理想磁気流体力学 (MHD) シミュレー
ない。
ションを行い、その結果を用いて、星形成過程に磁場の及ぼす影響を議
典型的な YSO の輻射のピーク波長に比べて両天体のピーク波長が
∼ 4mum と非常に短い所にあり、遠赤外での輻射が弱く観測できていな
論する。
1. Susa, H., Doi, K., & Omukai, K. 2015, ApJ, 801, 13
いという事実は既存の YSO の SED モデルからは説明できない。一方
で XCN− の feature の存在や、天体の見られる領域に星雲が見られない
ことは、観測天体が background star ではないだろうとも推測できる。
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星惑 a5
高降着率をもつ星形成分子雲での磁場を考慮
した大質量アウトフロー
松下 祐子 (九州大学 大学院理学府 地球惑星科学専攻
M2)
原始星からの双極分子流 (以下、アウトフロー) は、星形成過程におい
て普遍的に出現すると考えられている。したがって、アウトフローは、
星形成過程を理解する上で重要な指標となる。大質量星の形成過程は、
未だ解明されていないが、近年のアウトフローの観測結果から、大質量
星の形成過程は低質量星形成のスケールアップ版ではないかと示唆され
本講演では、得られた結果を元に観測天体の物理的特徴を議論する。
1. Aikawa, Y.,Kamuro, D., Sakon, I., et al. A& A, 538, A57 (2012)
2. Boogert A. C. A., Gerakines P. A., Whittet D. C. B., ARA& A,
53 541 (2015)
3. Noble, J. A., et al. ApJ, 775, 85 (2012)
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星惑 a7
ALMA Cycle1 による原始星 L1448-mm の観測
黒瀬 一平 (国立天文台三鷹 東京大学大学院理学研究科天
文学専攻 M2)
ている。 本研究では、アウトフローに着目し、3 次元非理想磁気流体力
学 (MHD) シミュレーションを用いて、分子雲コアから原始星が形成す
星形成過程で、若い星の周囲に原始惑星系円盤と呼ばれる星周円盤
るまでを計算した。初期の分子雲コアの不安定性 (重力エネルギーに対
が形成されることが知られているが、その役割は、惑星系の形成に加
する熱エネルギーの比) をパラメータとすることで、低質量星から大質
えて、円盤を通じた角運動量輸送や中心星への質量降着など、星形成
量星までの広い質量範囲をカバーしている。本研究の結果では、観測結
自体にとっても極めて重要である。この観点から円盤の力学的進化の
果と同様に、原始星質量 (光度) とアウトフローの物理量に強い相関があ
過程を明らかにすることは、星形成から惑星形成、ひいては我々の太
ることが示された。したがって、低質量星から大質量星まで同じ形成メ
陽系の形成過程を理解する上で重要である。今回は原始星初期段階の
カニズムであることが示唆される。今回のシミュレーションでは、星か
L1448-mm (Class 0,Tbol =69K) を ALMA Cycle 1 にて 1.3mm 連続
らの輻射の影響を考慮していないにも関わらず、観測結果とよく一致し
波, C18 O(J = 2 − 1), D2 CO(J = 40,4 − 30,3 ), N2 D+ (J = 3 − 2) で観
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
91
星形成・惑星系
測した結果を報告する。空間分解能は 0.36”×0.24”を達成した。1.3mm
性が起こることが指摘されている (e.g.,Takahashi & Inutsuka 2014)。
連続波で中心星から半径 20AU の分子流の軸にほぼ直行する東西に伸
Secular GI は自己重力安定な円盤でも起こるため、新たな微惑星形成
びた構造を検出することができた。この伸びた構造は、主に星周円盤の
法として提唱された。しかし微惑星形成過程を詳細に議論するためには
構造を示すものと思われる。又この天体は連星系であることが知られて
Secular GI の大局的非線形成長を調べる必要がある。
いるが、本観測でも主星から南東方向に 7”離れた伴星を連続波で確認
近年の観測によって原始惑星系円盤中に様々なリング構造が発見さ
することができた。一方、円盤周囲のガスを捉えているとされる C18 O
れた。特に 2015 年にアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計 (ALMA)
では円盤長軸方向に速度勾配が認められ、この速度勾配は中心に近づく
によって観測された HL Tau の多重リング構造は注目を集めている
ほど大きくなり、このことから円盤とその周囲のガスの差動回転運動を
トレースしていると考えられる。D2 CO においても、C18 O と同じ方向
(ALMA Partnership et al. 2015)。Takahashi & Inutsuka (2016) で
は、HL Tau のリング構造が Secular GI によって説明されうることを
に速度勾配が検出されたが、そのプロファイルは C18 O とは大きく異な
線形理論によって示していた。したがってリング形成のメカニズムを理
り、中心から離れるほど速度が大きくなることが分かった。講演では、
解するためにも Secular GI の大局的進化を調べることは非常に重要で
C18 O の観測結果とモデルとの比較、D2 CO の起源等について議論する。
ある。
1. Yen, H.-W., Takakuwa, S., Ohashi, N., Ho, P. T. P. 772, 22
2. Hirano, N.. Ho, P P. T., Liu, S.-Y.. Shang H., Lee, C.-F.,
Bourke, T. L. 2010, ApJ, 717, 58
本研究の目的は数値計算によって Secular GI の大局的非線形成長
を調べることである。Secular GI の成長時間は円盤の回転周期と比べ
てかなり長いため、数値散逸を生じることなく長時間流体の計算を行え
る計算法を用いる必要がある。そこで本研究では Symplectic 法を数値
流体力学に応用した新しい数値計算法を開発した。開発した計算法では
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星惑 a8
疎性モデリングによる原始惑星系円盤の超解
像イメージング
山口 正行 (国立天文台三鷹 東京大学大学院理学系研究科
天文学専攻 M1)
本研究では、ALMA 望遠鏡の長基線キャンペーンで得られた HL Tau
の観測データに対して、疎性モデリングと呼ばれる新たな超解像イメー
ジング法を適用し、天体画像の復元を試みた。電波干渉計データからの
Lagrange 的な定式化を行うことで数値誤差によるエネルギー散逸を回
避している。本講演では開発した数値計算法を紹介し、Secular GI の非
線形発展について議論する。
1. ALMA Partnership, Brogan, C. L., Pérez, L. M., et al. 2015,
ApJ, 808, L3
2. Takahashi, S. Z., & Inutsuka, S. 2014, ApJ, 794, 55
3. Takahashi, S. Z., & Inutsuka, S. 2016, ArXiv e-prints, arXiv :
1604.05450
画像復元は、観測量不足のために不良設定問題となり、有限のサイズを
持った合成ビームやそのサイドローブの影響を強く受けてしまう。よっ
て、回折限界よりも小さな天体構造の復元が困難であった。そこで我々
は疎性モデリングという新しいイメージング法を使用することで、この
不良設定問題を解き、超解像画像の復元を目指した。ALMA 望遠鏡の
1.3mm 連続波で観測した HL Tau の観測ビジビリティを 200 秒積分
し、さらに計算処理の軽減化として gridding を行い、疎性モデリングを
適用した結果、HL Tau の復元に成功した。これは、疎性モデリングを
ALMA 望遠鏡の観測データに適用した初めての研究である。
1. ALMA Partnership, 2015, Astrophys. J. Let. 808,
2. Honma,M.,Akiyama,K.,Umemura,M.,&Ikeda,S.2014,PASJ,66,95
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星惑 a10
隕石中の固体微粒子から探る岩石微惑星形成
荒川 創太 (東京工業大学 地球型惑星科学専攻 中本研
究室 M2)
地球型惑星は、km サイズの岩石微惑星が衝突合体を繰り返すことで
形成されたと考えられている。この岩石微惑星は、隕石を構成する粒子、
つまり、コンドリュール(mm サイズの球形粒子)およびマトリックス
粒子(nm–µm サイズの微粒子)の集積によって形成されたと考えられ
るが、その集積過程は解明されていない。さらに、コンドリュールおよ
びマトリックス粒子がいつ、どこで形成されたのかも明らかでない。
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星惑 a9
永年重力不安定性の解明に向けた数値計算法
の開発
微惑星は、その形成過程において 10ms−1 を超える高速衝突を経験す
る。衝突時に粒子の集合体(アグリゲイト)が合体するか破壊するかは、
集合体を構成する1つ1つの粒子(モノマー)の物性およびサイズに依
存する。従来の惑星形成の理論研究においては、アグリゲイトを構成す
冨永 遼佑 (名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
Ta 研 (理論宇宙物理学研究室) M1)
るモノマー粒子の大きさは µm 程度と考えられてきた。これは星間物質
星が生まれる際にその周りには原始惑星系円盤が形成される。原始
ズであることが分かっている(Toriumi, 1989)。岩石の場合、µm サイ
の観測(e.g., Mathis it et al., 1997)などに基づくものである。一方、実
際に隕石中を電子顕微鏡で観察すると、サイズ分布のピークは nm サイ
惑星系円盤は、主に水素分子からなるガスと固体微粒子 (ダスト) からな
ズのモノマー粒子からなるアグリゲイトは高速衝突によって破壊され、
る。惑星形成の古典的標準理論では、この円盤中でダストが自己重力に
微惑星を形成することができないが、モノマー粒子のサイズを nm サイ
よって集積し合体成長することで惑星が形成されると考えられている。
ズと仮定すれば衝突破壊が回避される( e.g., Wada it et al., 2008)。
したがって惑星形成理論を解明するためには円盤中のダストの運動を理
解することが大変重要である。
本研究では、コンドリュールとマトリックス粒子が同時に集積した場
合、これらの粒子からなるアグリゲイトはどこまで成長することができ
原始惑星系円盤中のダストにはガスとの速度差に起因する摩擦力が
るのかを調べた。その結果、マトリックス粒子が nm サイズの場合に
働く。この摩擦によって永年重力不安定性 (Secular GI) という不安定
は、岩石微惑星まで成長可能であることが判明した。本講演では、コン
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
92
星形成・惑星系
ドリュールとマトリックス粒子の集積・形成過程について議論する。
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星惑 a11
微惑星の衝突破壊を考慮した巨大衝突ステー
ジにおける原始惑星の軌道進化
佐藤 雄太郎 (名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専
攻 Ta 研 (理論宇宙物理学研究室) M2)
惑星は円盤との重力トルクを通した相互作用により中心星に向かい
螺旋軌道をとり落下する (I 型惑星移動)。太陽系最小質量円盤モデルの
円盤中で I 型惑星移動の典型的なタイムスケールは 10 万年以下である
(Tanaka et al. 2002)。移動時間は円盤の散逸時間に比べてずっと短い
ため、形成された惑星は中心星に落ちてなくなってしまう (惑星落下問
題)。しかし、これまでのモデルでは円盤風による円盤の時間進化を考慮
していなかった。円盤風による円盤の消失の効率は円盤鉛直方向にかか
る磁場の強さに依存するため、様々な磁場の強さを考えて円盤進化を計
太陽系の地球型惑星は火星程度の大きさの原始惑星同士の衝突によっ
算し、その円盤中での惑星成長を N 体計算により調べた。その結果、シ
て形成したと考えられており、惑星形成におけるこの段階は巨大天体衝
ミュレーションを実施した円盤風を考慮した全てのモデルにおいて、軌
突ステージと呼ばれる。このことは理論的な研究からだけでなく、地質
道長半径 1AU より内側に存在する火星質量程度の惑星は、惑星落下問
学的な証拠からも支持されている。そこで、このステージで原始惑星が
題を回避できることがわかった。重い円盤ほど円盤から強い重力トルク
巨大衝突を起こして地球型惑星が形成する過程の N 体シミュレーション
を受けるため惑星の動径移動は速くなるが、円盤風により円盤面密度分
を行った。その結果、確かに巨大衝突は起こり、地球型惑星が形成した。
布が変化するため惑星移動は遅くなる。その結果、重い円盤でも惑星移
しかし、形成した惑星の離心率は現在の地球型惑星のものよりもはるか
動による落下は起きないことがわかった。
に大きくなってしまった。この原因は、本研究において原始惑星同士の
しかし、太陽系の地球型惑星の軌道や質量の分布を説明できたわけで
衝突のみを扱ってきたことにあると考えられる。なぜならば、実際の宇
はない。本講演ではさらに、円盤風を考慮した円盤の面密度進化を様々
宙には様々なサイズの惑星が存在しているからである。そこで、原始惑
なパラメータで数値計算を行い、地球型惑星の軌道や質量分布を説明可
星の周りに小さな微惑星が多数存在しているような系を考える。この系
能な原始惑星系円盤について議論する。
では微惑星と原始惑星の力学的摩擦によって、形成した地球型惑星の離
心率を下げられるはずである。しかし、周りの微惑星は衝突破壊により
数が増える。N 体シミュレーションの計算量は粒子数の二乗に比例す
るので、この様に多くの粒子が必要な長時間の計算をすることはできな
い。この問題を解決するため、N 体計算と統計的計算を融合した新たな
1. Ogihara, M., Kobayashi, H., Inutsuka, S., & Suzuki, T. K. 2015b,
A&A, 579, A65
2. Suzuki, T. K.,& Inutsuka, S.-i. 2009, ApJL, 691, L49
3. Tanaka H., Takeuchi T., Ward W. R., 2002, ApJ, 565, 1257
惑星集積コードが開発された (Morishima 2015)。その結果、Morisima
(2015) では形成後の地球型惑星の離心率が抑制されることを示唆した。
しかしながら、Morishima (2015) では、微惑星の合体しか取り扱って
おらず、破壊の影響が考えられていない。地球型惑星形成後期では微惑
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星惑 a13
星のランダム速度が大きいので微惑星同士の衝突は合体ではなく破壊を
山川 暁久 (東京工業大学地球惑星科学系野村研究室 引き起こす。本研究では、微惑星の破壊を考慮して、微惑星達との力学
的摩擦により地球型惑星の離心率が抑制され、その後破壊によりこれら
惑星形成 N 体計算の大粒子数化に向けて:
FDPS を用いた P3 T 法の並列計算
M1)
の微惑星が消失することを明らかにしたい。そこで、本講演では微惑星
の破壊を考慮した計算コードの開発に向けて行った種々の計算と結果に
ついて議論する予定である。
1. Morishima(2015)
2. Kobayashi & Tanaka (2010)
3. Chambers et al. (1996)
微惑星集積による地球型惑星の形成過程は N 体計算によって解明さ
れつつあり、暴走成長や寡占成長 (Kokubo and Ida 1996, 1998) といっ
た形成過程が存在することが明らかとなっている。しかし、これまでの
N 体計算は計算コストの問題から、完全合体を仮定したうえで狭い領域
を少ない粒子数で計算するものがほとんどである。より現実的な惑星形
成過程のシミュレーションには、衝突による破壊を考慮した上で、大粒
子数による長時間積分を行う必要がある。
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星惑 a12
原始惑星系円盤の円盤風による進化を考慮し
た巨大衝突ステージにおける地球型惑星形成
常盤 直也 (名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
Ta 研 (理論宇宙物理学研究室) M1)
そこで本研究では、大粒子数による惑星形成 N 体計算を行うために、
計算効率の良いアルゴリズムである P3 T 法 (Particle-Particle Particle-
Tree 法)[1] の並列化の実装を行った。
P3 T 法では、2 粒子間の重力を滑らかなカットオフ関数によって近
距離力と遠距離力とに分割する。近距離力は粒子間相互作用をエルミー
ト法と独立時間刻みによって高精度に積分する。遠距離力はツリー法と
リープフロッグ法によって効率良く積分する。P3 T 法を用いることによ
恒星が誕生する際、その星の周りにガスとダストからなる原始惑星系
り、低い計算コストで高精度に時間積分することができる。P3 T 法の
円盤(以後、円盤と呼ぶ)が形成される。惑星は円盤中で形成されるた
並列処理にあたって、ツリー法の領域分割を高速に処理するライブラリ
め、円盤の時間進化が惑星形成過程に多大な影響を及ぼす。円盤は数百
である FDPS(Framework for Developing Particle Simulator)[2] を用
万年程度で散逸すると示唆されているが、その散逸機構は未だ完全には
いる。
解明されていない。有力な散逸機構は、磁気乱流により駆動される円盤
本発表では、FDPS を用いた P3 T 法の並列計算性能を評価し、大粒
風である (Suzuki & Inutsuka 2009)。本講演では、円盤風による円盤
子数による N 体計算が可能であることを示す。今後は衝突による破壊
進化を考慮して巨大衝突ステージにおける地球型惑星形成を調べた論文
を考慮した惑星形成 N 体計算を行おうと考えている。
(Ogihara et al .2015) のレビューをする。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
93
星形成・惑星系
1. S. Oshino, Y. Funato, and J. Makino. PASJ,63,881-892 (2011)
2. M. Iwasawa, A. Tanikawa, N. Hosono, K. Nitadori, T. Muranushi, and J. Makino. arXiv:1601.03138 (2016)
い。そこで、本研究ではその検証を進める。
第一段階として、微衛星形成終了時から衛星形成までを、重力 N 体計
算を用いて考える。地球の月形成は GI モデルによる説明が有力とされ
ており、先行研究も多い。特に微衛星集積による月形成については多く
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星惑 a14
の N 体計算が行われている (e.g., Ida et al. 1997)。その手法を参考に、
天王星周りでの微衛星集積によって衛星が形成される過程を N 体計算で
進化するガス円盤中のペブル集積による地球
型各惑星への水供給
検証する。本講演では研究の進展状況を報告し、その結果について議論
山村 武 (東京工業大学地球惑星科学専攻井田研究室 1. Slattery, W. L., Benz, W., & Cameron, A. G. W. 1992, Icarus,
M1)
を展開する予定である。
99, 167
2. Ida, S., Canup, R. M., & Stewart, G. R. 1997, Nature, 389, 353
地球は 0.023wt%-1wt% の水をその表面と内部に含んでいると言われ
ている。また、観測から火星と金星もかつて水を持っていた可能性が示
唆されている。これを元に、我々は昨今議論が盛んになっているペブル
集積によって、地球型岩石惑星が獲得する含水量を数値シミュレーショ
ンを用いて計算した。
本研究において、snow line の位置は非常に重要な問題である。近年
の研究から、snow line は太陽系星雲進化の晩期に約 0.7AU の位置に移
動していたことが分かっている。故に原始惑 星系円盤中の氷ダストが原
始惑星によって集積され、その結果水を獲得した可能性が考えられる。
このモデルを用いて、Sato et al. 2016 では、ペブル集積によって原始
地球が獲得する水の量を計算した。この先行研究では、ガス円盤の時間
進化は考慮せずに、snow line の時間進化もパラメータを振って計算を
行っていた。そこで我々は、ダスト円盤の時間進化は Sato et al. 2016
と同じモデルを採用した一方、ガス円盤と snow line の時間進化を数値
シミュレーションで解いた。また、今回の計算では火星、地球、金星、
水星の 4 つを想定した惑星を設置し、それぞれの惑星のペブル集積によ
るダストマスフラックスの減少効果も入れて計算した。その結果、惑星
が最終的に獲得する水の量は、snow line が惑星軌道を通過する時点で
外側に残っているダスト総質量に惑星によるペブルの filtering rate を
かけたものでおおよそ見積もれることがわかった。また、filtering rate
は惑星質量と Stokes number から求めることができる。
1. Sato et al. 2016
2. Ida et al. 2016
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星惑 a16
Chandra 衛星による HD189733b のトラン
ジット観測
上塚 奈々絵 (奈良女子大学 宇宙物理学研究室 M1)
系外惑星が発見されてから現在まで、観測や調査は可視光・赤外線が主
流である。一方、X 線は銀河団や超新星残骸などにおける高エネルギー
天体現象の観測で利用されることが多い。そのような中、Poppenhaeger
らは初めて X 線で太陽系外惑星 HD189733b のトランジット現象を観
測することに成功した (Poppenhaeger et al. 2013)。最近では X 線天
文衛星 Chandra や XMM-Newton によって X 線観測は増えつつある。
可視光や赤外線は惑星大気を通過することができるが、X 線は大気中
の原子や分子によって光電吸収を受けるため通過しにくい。この特徴を
利用することで、系外惑星の大気に関する研究が一段と飛躍すると期
待されている。 これまでに可視光で観測された主星 HD189733 の減光
率、すなわちトランジットの深さは 2.41% 程度であることがわかって
いた (Winn et al. 2007)。しかし、Poppenhaeger et al.(2013) による
と、X 線で観測されたトランジットの深さは 6 − −8% であった。さら
に、X 線のライトカーブは「W」のような形をしていることもわかった
(Poppenhaeger et al. 2015)。X 線によるトランジットの深さが大きく
なった原因として、トランジットをしている間に主星から放射された X
線を惑星大気が光電吸収を起こしているからであると考えられている。
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星惑 a15
ジャイアントインパクトモデルによる天王星
の衛星形成
石澤 祐弥 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
天王星は他の太陽系内惑星と異なり、公転面に対して赤道面が約 90
度と大きく傾いている。さらに、天王星の主な衛星はおよそ天王星赤道
本研究では、2 つの解析を行った。1 つ目はトランジット現象の再現実
験、2 つ目は主星が放射する X 線スペクトルの解析である。トランジッ
ト中のスペクトルには、主星のスペクトルに加えて惑星大気による吸収
の兆候が現れていると推測できる。従って、スペクトルをトランジット
中とトランジット前後の 2 種類に分け、スペクトル差から惑星の大気に
よる吸収の効果を調べた。 本講演では、X 線におけるトランジット現象
の再現実験と X 線スペクトル解析の結果と課題を報告し、今後の系外惑
星と X 線観測について議論したい。
面上に分布している。これより、惑星形成期に衛星が形成される周惑星
1. K.Poppenhaeger, J.H.M.M.Schmitt, S.J.Wolk 2013, AJ, 773, 62
円盤がすでに公転面に対して傾いていたと思われる。
2. J.N.Winn, M.J.Holman, G.W.Henry, et al. 2007, AJ, 133, 1828
3. K.Poppenhaeger, S.J.Wolk, J.H.M.M.Schmitt 2015, 18th Cam-
これらを説明するシナリオとして、ジャイアントインパクト (GI) モ
デルが考えられている (Slattery et al. 1992)。GI モデルとは、比較的
大きい原始惑星同士の衝突により周囲に散らばった破片から微衛星が
bridge Workshop (Edited by G. van Belle and H.C. Harris.,
pp.733-738)
形成され、微衛星が重力で集められ衛星になるという説である。GI モ
デルならば赤道傾斜角の大きなずれを説明できる可能性がある。それを
論じるためには、まず天王星の衛星形成を説明できる必要がある。しか
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し、GI モデルによる天王星衛星形成の詳細な検証は未だ成されていな
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
94
星形成・惑星系
星惑 a17
直接観測で見る系外惑星・褐色矮星の大気
構造
星惑 b1
田中 祐輔 (東京大学大学院 理学系研究科 天文学専攻 天
文学教室 M1)
オリオン A 巨大分子雲におけるダストと
C 18 O の比較
浦沢 優弥子 (新潟大学宇宙物理学研究室 M1)
今回は参考文献 [1] の論文にそって発表します。分子雲は星形成の場
太陽系外惑星の探査方法には直接観測法、視線速度法、トランジット
であると考えられている。水素や一酸化炭素、多数の分子イオンなど
できる点で優れており、現在さかんに研究が進められている方法の一
CO や 13 CO などがある
が、今回はダストと C O に注目している。AzTEC での観測で 1.1mm
マップと、C 18 O (J=1∼0) 輝線のデータを基にした、オリオン A 巨大分
つである。色やスペクトルなどの情報から、惑星の温度や大気といった
子雲コアのカタログをつくる。まず、クランプメソッドを使って 1.1mm
物理量を得ることができる。また、ハワイ、マウナケア山に存在するす
マップで 619 のダストのコアに分類する。半径、質量、密度はそれぞ
法、重力マイクロレンズ法など、様々な方法が存在する。直接観測法は
他の方法では得ることの難しい光度、色、スペクトルなどを得ることが
の存在が確認されている。観測対象として
12
18
ばる望遠鏡には、超補償光学 SCExAO と組み合わせられる面分光装置
れ 0.01 − 0.20pc、0.6 − 1.2 × 102 M⊙ 、0.3 × 104 − 9.2 × 106 cm−3 と
CHARIS が近々搭載される予定である。本講演では、系外惑星探査にお
ける直接観測の現状と、直接観測によって検出された天体 (HR8799、が
推定しています。C 18 O のデータからは 235 のコアを確認した。半径、
か座β星、51 Eri、GJ 504) に付随する惑星とその大気についてレビュー
、1.0 − 61.8M⊙ 、(0.8 − 17.5)× 103 cm−3 としている。これらのダス
を行う。さらに、CHARIS が運用を開始された際に、どのようなサイエ
トと C 18 O のコアの特別な分布を比較することで、4 つの特別な関係が
ンスが期待されるか議論する。
明らかになった。(1) ダストと C 18 O のコアのピークの位置がそれぞれ
1. M.Kuzuhara et al. The Astrophysical Journal, 774:11, (2013)
2. Jeffrey Chilcote et al. The Astrophysical Journal, 798:L3 (2015)
3. Travis S. Barman et al. Astrophysical Journal, 804:61, (2015)
速度幅、LTE 質量、密度はそれぞれ 0.13 − 0.34pc、0.31 − 1.31kms−1
一致していること。(2)2 つかそれ以上の C 18 O のコアがダストのコアの
ピークの位置の周辺に分布していること。(3)C 18 O コアの 56.8% がダ
ストのコアと関係ないこと。(4) ダストのコアの 69.3% が C 18 O コアと
関係ないこと。以上のことについて発表する。
今後は NRO でオリオン A 巨大分子雲についての観測プロジェクトに
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星惑 a18
地球超高層大気からの X 線輝線スペクトルの
解析
森田 佳恵 (埼玉大学 理工学研究科 物理機能系専攻 田代・寺田研究室 M1)
超高層大気は、成層圏より上の高度 80 − 1000 km に広がる最も上
層の大気圏を指す。特にこの領域は、太陽からの荷電粒子の入射や紫外
線・X 線放射を強く受けており、低層とは異なった電離状態の原子、分
参加し、より詳しい解析をする予定である。
1. Yoshito Shimajiri et al.,ApJS,7,35,2015
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星惑 b2
UH88 を用いた高銀緯分子雲における星形成の
可視分光探査
平塚 雄一郎 (埼玉大学教育学部理科専修 天文学研究室
M1)
子、化合物があると考えられている。その化学平衡は、太陽放射によっ
て変化すると期待され、対流圏の気候変動にも間接的に影響すると考え
星は分子雲から形成される。星形成は銀河円盤付近の高密度分子雲で
られている。しかし、その詳細については多くのモデル計算があるもの
多く起こると考えられている。一方で、密度の低い銀緯± 30°に位置
の、直接の観測は手薄である。低軌道を周回する X 線天文衛星の視野に
する高銀緯分子雲は距離が近い、背景星の混入が少ないという特徴もあ
入る日照中の地球大気からは、窒素や酸素の輝線スペクトルが得られて
る。一方で星なし分子雲とも呼ばれるなど広領域で前主系列星の探査観
いる。将来の高分散 X 線分光による詳細な化学分析の基礎として、我々
測例も少ないため、星形成の様子が明らかではない。そのため、高銀緯
は、地球超高層大気の輝線スペクトルを太陽活動周期にわたって俯瞰す
分子雲中で星形成が起こっているかどうか、そしてどのような特徴を持
るデータ解析を行っている。用いたデータはすざく衛星に搭載されてい
つかを調べる。また、銀河面の分子雲との星形成の描像に違いがあるの
る軟 X 線検出器 (X − ray Imaging Spectrometer;XIS) の観測データ
かを調べ、高銀緯での星形成過程の解明の助けとする。本研究では 2012
である。 今回、我々はすざくの XIS の観測データから太陽風の影響を
年∼2015 年までに T タウリ型星の H α輝線探査を目的としてハワイ大
強く受けている昼の地球を観測しているデータを取り出し、夜の地球を
学の 2.2m 望遠鏡と WFGS2(広視野グリズム分光撮像装置) を用いたス
観測している時間帯のデータを差し引くことで、日照大気からの X 線
リットレス可視分光観測を行った。観測対象として Magnani カタログ
スペクトルを得た。大気の構造モデルから、X 線放射のほとんどは高度
から MBM01、MBM03 と MBM32 及び参照領域としてペルセウス座
100 km 程度の超高層大気をターゲットとした散乱 X 線と考えられる。
また、400 eV と 530 eV 付近に見られる酸素と窒素の K 輝線を散乱連
分子雲 L1455 を観測対象として選択した。可視分光観測の結果、各領域
で H α輝線が検出された T タウリ型星候補天体を複数同定した。さら
続成分と比較することで、それぞれの組成と化合物の割合に制限をつけ
に、ROSAT、USNO、2MASS、WISE などの多波長測光値を用いて、
ることができる。本講演ではこれらの詳細な解析方法とその解釈、およ
これらの T タウリ型星候補天体について、赤外超過や X 線検出の有無、
び将来に向けての展望について議論する。
距離の推定を行った。また HR 図と進化トラックから質量と年齢の算出
...................................................................
を行い、分子雲の電波 CO 強度図と T タウリ型星候補天体の空間分布を
調べた。その結果、高銀緯分子雲では質量の軽い星が形成しやすく、分
子雲の進化が進んでいる傾向があることが示唆された。本講演では H α
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
95
星形成・惑星系
の等価幅や赤外超過、X 線検出の有無、HR 図の結果から、T タウリ型
かった。しかし、ハロー中心部では星が大量に存在しており、その中か
星候補天体が高銀緯分子雲中で形成したのか、その場合の星形成率につ
ら種族 III 星を見つけることは容易ではない。また、ハローの高緯度領
いて議論する。
域で低質量種族 III 星を探そうとしても、光度の低い小さい星であるの
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星惑 b3
初期宇宙における超大質量ブラックホールの
形成可能性
高野 凌平 (九州大学 大学院理学府 地球惑星科学専攻
M1)
で発見しにくい。一方で、低質量種族 mIII 星は矮小銀河に集中するこ
とも分かった。よって、矮小銀河近傍を調査すると、低質量種族 III 星
は、天の川銀河中より発見され易い。また、近傍の矮小銀河をいくつか
調査すると、低質量種族 III 星が 1 個見つかる可能性がある。以上の結
果に観測的制限を加味し、低質量種族 III 星の観測可能性を評価した。
本発表では、Ishiyama et al. (2016) の紹介をする。さらに、現在まで
生き残ることが可能な 0.8 太陽質量以下の種族 III 星が、宇宙黎明期に
最近の観測により、赤方偏移 z = 7.09 に質量 2 × 109 Msun の超大
おいてどのような条件下で形成されるのかを議論する。宇宙黎明期にお
質量ブラックホール (SMBH) の存在が確認されている。この観測事実
ける低質量星の形成の研究は、初期宇宙の情報を得るため、また、初期
は SMBH の形成シナリオに大きな制限を与えた。この SMBH を形成
宇宙での天体形成過程を理解するために重要である。
するため、いくつかのシナリオが考えられており、その 1 つとして、大
質量のガス雲が直接重力崩壊して超巨大ブラックホールとなる説 (ダイ
レクト・コラプス説) がある。Inayoshi et al. (2014) では、宇宙初期に
1. Ishiyama T. et al., ApJ, submitted (arXiv:1602.00465)
2. Kroupa,P. 2001, MNRAS, 322, 231
SMBH の種となりうる超巨大星 (> 105 Msun ) の形成可能性を評価して
いる。
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Inayoshi et al. (2014) では、3 次元流体シミュレーションを用いて、超
巨大星形成過程の計算を行った。宇宙初期では、重元素が存在しないた
星惑 b5
め、水素分子冷却の影響が大きい。そこで、周りの銀河や星からの強い
小田 達功 (埼玉大学教育部理科専修 天文学研究室 紫外線放射による水素分子の光解離、光学的に厚くなった場合での水素
分子同士による衝突解離を考慮した。さらにこれまでの先行研究では考
へび座分子雲における超低質量天体形成の観
測的研究
M1)
えられてこなかった、光学的に厚い領域での、Lyα 放射による寄与や、
水素分子冷却による影響も取り入れている。シミュレーションの結果、
超低質量天体と呼ばれる褐色矮星・惑星質量天体は、非常に暗いため観
1 Msun まで原始星を成長させたときの質量降着率が Ṁ ∼ 2 Msun /yr で
測数が少なく、形成過程の理解があまり進んでいない。超低質量天体は
あった。今回得られた質量降着率は、非常に大きく、輻射によるフィー
近赤外に輻射のピークを持つことや、近赤外が分子雲による吸収散乱の
ドバックを考えなくてよいとされる 0.01 Msun /yr を達成している。ま
影響を受けにくいことから、分子雲内の超低質量天体の探査観測には近
た、宇宙初期では重元素が存在しないため、原始星からの輻射フィード
赤外が適している。以上のことから本研究では、UKIRT3.8m 望遠鏡と
バックと脈動不安定による質量放出はともに原始星の成長を妨げる要因
広視野赤外線撮像装置 WFCAM を用いて、近赤外線測光観測法による
ではないということが分かっている。以上より、ダイレクト・コラプス
若い超低質量天体の探査を行った。研究領域は、若い中質量星が超低質
を起こすような超巨大星が宇宙初期に形成可能であることを示唆した。
量天体の形成に及ぼす影響を探るため、近傍の中質量星形成領域である
1. Inayoshi, Omukai, Tasker, MNRAS, 445, L109L113 (2014)
へび座分子雲とした。 へび座分子雲は大きく 3 つの領域 (A,B,South)
に分けられる。A 領域では、すばる望遠鏡による近赤外線観測から新
たに超低質量天体候補が 1000 以上発見されている。さらに、CO の電
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星惑 b4
宇宙黎明期における低質量種族 III 星の生存可
能性
波観測との比較から、分子雲密度が低い環境で惑星質量天体が形成され
やすいと報告されている。本研究では、超低質量天体が見つかっていな
い B 領域について、超低質量天体形成の有無を探った。測光結果から 2
色図を作成し、赤外超過が見られる YSO 候補天体を、約 1600 同定し
下山 ちひろ (九州大学 大学院理学府 地球惑星科学専
攻 M1)
た。また、YSO 候補天体の年齢を 100 万年と仮定することで、質量を
宇宙黎明期における星形成は、未だ詳しく解明されていない。宇宙黎
体及びそのアウトフローの周囲を除く全域に惑星質量天体候補は存在し
明期とは、赤方偏移 z= 1100 ∼ 6 の期間のことであり、初期宇宙でで
ていることがわかった。特にアウトフローの方向に惑星質量天体候補は
きた金属を持たない星を種族 III 星と呼ぶ。初代星が 0.8 太陽質量以下
多く、Class0 天体付近には存在せず、少しはなれた領域で多く発見され
の低質量星である場合、寿命が宇宙年齢より長い。そのため、現在まで
た。これらから、分子雲密度が高い領域で褐色矮星が形成されている可
生き残った種族 III 星は、超金属欠乏星として観測される可能性がある。
能性と、Class0 天体のアウトフローが惑星質量天体形成を抑制および促
ここで、超金属欠乏星とは、Fe の量が太陽の 300 分の 1 以下の星のこと
進している可能が示唆される。
推定し、惑星質量天体候補と褐色矮星候補を合わせて約 700 同定した。
結果、分子雲密度が高い領域で褐色矮星候補が存在する一方、Class0 天
を指す。金属汚染の効果を考え、0.8 太陽質量以下の質量を持つ超金属
欠乏星が観測されれば、その星は種族 III 星である可能性が高い。
Ishiyama et al. (2016) では、宇宙論的 N 体シミュレーションと種族
III 星形成モデルを用いて、天の川銀河中と矮小銀河中におけるそれぞ
れの低質量種族 III 星の観測可能性を調べた。計算の結果、低質量種族
III 星は、天の川銀河中でハローとサブハローの中心に集中することが分
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
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星惑 b6
埼玉大学 55cm 望遠鏡 SaCRA を用いた V1647
Ori における変光探査
佐藤 耕平 (埼玉大学教育学部理科専修 天文学研究室 M1)
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星形成・惑星系
本研究は FU Ori 型星である V1647 Ori を可視・近赤外で長期的に観
測を行い、その光度変化から変光の原因を物理的に検証し、明らかにす
1. Inutsuka, S. and Sano, T. 2005, ApJ, 628, L155
2. Mori, S. and Okuzumi, S. 2016, ApJ, 817, 52
3. Okuzumi, S. and Inutsuka, S. 2015, ApJ, 800, 47
る。FU Ori 型星は、短い期間に爆発的に増光する天体で、星周物質の質
量降着によってアウトバーストを起こすと考えられている。V1647 Ori
は 2003 年 11 月にアウトバーストが始まり約 4 ヶ月の間に可視で 5 等
程明るくなったが、その後 2 年ほどで元の明るさに戻り、2008 年に再び
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星惑 b8
アウトバーストを起こした FU Ori 型星である。本研究では V1647Ori
の可視・近赤外の光度変化を調べるために、可視測光観測には主に埼玉
大学 55cmSaCRA 望遠鏡を、近赤外観測には兵庫県立大学西はりま天
文台 2m なゆた望遠鏡を用いて観測した。2014 年 11 月∼2016 年 3 月
の 31 晩の観測データに対して、「IRAF」を用いてアパーチャー測光を
行った。V1647 Ori の光度変化の特徴から、2014 年 11 月 13 日∼12 月
1 日の間に約 0.7 等の増光、また 12 月 1 日∼12 月 24 日の間に同程度の
減光が見られ、周期光度解析からは 1.5 日と 3 日の変動周期が得られた。
2015 年 1 月 8 日∼16 日の間に、i バンドと H,Ks バンドに同程度の減光
を示す相関、さらに 2016 年 1 月 8 日∼20 日の間に、i バンドと z バン
ドにそれぞれ 0.5 等と 0.1 等の減光を示す相関があった。先行研究と合
わせて光度変化から、2008 年のアウトバースト以後 V1647Ori の光度は
ほとんど変化していないことから、2nd アウトバーストは 2016 年 3 月
現在も継続していることが分かった。また広島大学かなた望遠鏡による
近赤外分光観測から V1647Ori に見られる Br-γ輝線の等価幅が数時間
単位で変動しているのがわかった。本研究からは、V1647 Ori の不規則
な変光の原因は質量降着による可能性があると考えられる。
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星惑 b7
電子加熱による原始惑星系円盤中の磁気乱流
の抑制
森 昇志 (東京工業大学 地球惑星科学専攻 D1)
原始惑星系円盤の乱流は、円盤内の角運動量輸送を担い、円盤進化に
大きな影響を与える。現在、円盤乱流の起源として有力な候補は磁気回
転不安定性 (MRI) である。中心星から遠くでは MRI は十分成長する
と考えられているが、そこでは MRI 乱流に付随する強電場が電子を加
熱する (電子加熱; Inutsuka & Sano 2005)。我々はこれまで見落とさ
れてきた電子加熱現象が円盤乱流に与える影響について研究を行って
原始惑星系円盤形成段階における微惑星形成
の可能性
本間 謙二 (東京工業大学理学院地球惑星科学コース M1)
微惑星は惑星のビルディング・ブロックとなる天体であり、微惑星が
形成される条件を明らかにすることは、現在の太陽系の成り立ちや系外
の惑星系の理解のために非常に重要な事である。微惑星は、原始惑星系
円盤(以後、
”円盤”と呼ぶ)中の µm サイズの固体微粒子(ダスト)が
合体成長し km サイズまで成長し形成されると考えられるが、その過程
には様々な困難がある。中でもメートルサイズのダストがガス円盤中で
ガスによる抵抗力を受け、角運動量を失って中心星へ落下してしまう中
心星落下問題は深刻な問題である。一方、空隙率の大きいダストアグリ
ゲイトは中心星への落下を回避しうることが示唆されている (Okuzumi
et al. 2012) が、このような円盤モデルではガス円盤の時間進化は考慮
されていない。ダストの合体成長がどのようなタイミングで開始するの
かは円盤の状態に依存するので、実際の微惑星形成を考える場合は、円
盤の形成から粘性進化とダストの合体成長を同時に考える必要がある。
本研究では、円盤の形成とダストの合体成長が同時に起きているという
状況を考え、分子雲コアの崩壊から円盤の粘性進化を含めた、時間進化
する円盤モデルを用いてダストの合体成長を調べた。その結果、微惑星
サイズへと合体成長可能なのは、比較的大きな角速度を持つ分子雲から
形成され、なおかつ粘性の小さい円盤の場合であることがわかった。こ
の場合は、氷ダストが中心星へ落下するようなサイズになる前に、十分
な空間密度の氷ダストがスノーライン外側に供給されるからである。ま
たこの結果は、そのような円盤であれば、微惑星は分子雲コアの崩壊か
ら数十万年で形成される可能性を示唆している。
1. Okuzumi, S., Tanka, H., Kobayashi, H., & Wada, K. 2012, ApJ,
752, 106
きた。その結果、円盤内の広い領域で電子加熱が起こることを示した
(Mori & Okuzumi 2016)。 電子加熱が起こると、加熱電子がダストに
衝突し吸着され、電離度が減少し、オーム散逸が増幅する (Okuzumi &
Inutsuka 2015)。そのため、この効果により円盤内の磁気乱流が抑えら
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星惑 b9
れるかもしれない。
我々はこの可能性を検証するために、電子加熱によってオーム散逸が
増幅する効果を単純な解析的なモデルで模擬し、MHD シミュレーショ
ンを行った。その結果、電子加熱によって電流密度が低い値に抑制され
ればされるほど、降着応力が減少することを確認した。また、電子加熱
の効果がよく効く時、磁気乱流は全く起きず、定常的な層流状態になる
ことを発見した。そのときの降着応力は整列した磁場によるマクスウェ
ル応力が支配的である。そして最終的に、このシミュレーション結果と、
マクスウェル応力と電流密度間のスケール則の両方から、電子加熱時の
降着応力の予言公式を得た。つまり、電子加熱領域において、飽和状態
の電流密度が分かれば、降着応力を与えることができる。本発表では、
得られた経験式を用いて、電子加熱が円盤の大局的構造に与える影響に
ついても議論する予定である。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
トランジット観測による系外惑星大気中にお
ける水蒸気の発見
前嶋 宏志 (宇宙科学研究所 東京大学大学院理学系研究科
物理学専攻 M1)
本発表では、系外惑星 HD 189733 b のトランジット観測における各
波長での減光量の違いから、HD 189733 b の大気に水蒸気が存在するこ
とを示した論文 (Tinetti et al. 2007) についてレビューする。水蒸気は
ホットジュピターの大気に多く含まれていると予測されており、水蒸気
の検出の試みは他にもあったが、決定的な証拠を発見したものは当時は
なかった。
トランジット中の主星の減光量には惑星大気における吸収に起因す
る波長依存性がある。これを利用し、トランジット中の複数波長帯で
の減光量を比較することで、惑星大気の組成を推定することができる。
97
星形成・惑星系
Tinetti et al.(2007) では、ホットジュピター HD 189733 b のトラン
ジットを Spitzer/IRAC の 3 波長帯 (3.6,µm, 5.8,µm, 8,µm) で観測を
星惑 c1
し、その結果を惑星大気モデルの吸収シミュレーションと比較すること
低金属度大質量星形成における輻射フィード
バック効果
福島 肇 (京都大学 天体核研究室 D1)
で、観測された 3 バンドの減光量が水蒸気の存在によって説明できるこ
とを示した。
このトランジット観測に加え、HD 189733 b は主星の背後を通過する
大質量星は紫外線放射によるガスの電離、超新星爆発による運動エネ
2 次食も観測されており (Grillmair et al. 2007)、2 次食中の減光量か
ルギーの注入や重元素放出による化学進化を行うことで星間空間に多大
ら惑星の放射スペクトルを推定することができる。しかしこの観測では
な影響を与える。銀河の進化に対してこのように重要な天体であるが、
上の結果と反対に、水蒸気の放射特徴が見られなかった。Tinetti et al.
大質量星の形成過程には以下のような困難があり、いまだ標準的なシナ
(2007) はこの矛盾を説明するために放射スペクトルについてもシミュ
リオは存在しない。星は、高密度コアが重力収縮することで非常に小さ
レーションを行った。その結果、HD 189733 b の大気が鉛直方向にほぼ
い原始星が形成された後、ガスが原始星に降着することで質量を増大さ
等温な構造をしている場合は、水蒸気が十分存在しても水蒸気の特徴が
せる。大質量星形成における問題点は、原始星が降着により大質量にな
放射スペクトルに現れないことを示した。
ると、降着流内でダスト粒子が輻射を吸収することで輻射圧が働き、質
1. Tinetti, G. et al. Nature 448, 169-171 (2007)
2. Grillmair,C. J. et al. Astrophys. J. 658, L115-L118 (2007)
量降着が妨げられることである。現在の星形成における一般的な降着率
である 10−5 M⊙ yr −1 の場合には質量が 15M⊙ 程度で降着限界となる。
この限界質量は降着率に対して依存性を持つことがわかっている。ま
た、降着流へのフィードバックを考える際に重要な原始星の光度は、降
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星惑 b10
円偏光によるアミノ酸異性体過剰生成モデル
の構築
北澤 優也 (筑波大学、宇宙物理理論研究室 M1)
着率と星形成領域の金属度によって異なることがわかっている。低金属
度環境における星形成では降着流内のダスト粒子の数密度も減少し輻射
フィードバックが弱くなるため、より大質量な星を形成できることが期
待される。先行研究では、数値計算で得られた原始星の光度に対して解
析的に輻射フィードバックの効果を求めているが、外層における輻射や
ガスの構造、ダスト粒子のサイズ分布や破壊の過程については計算され
地球上の生命に欠かせない物質の一つとしてアミノ酸がある。アミノ
ていない。本研究では、定常降着率での原始星進化計算から得られた光
酸は L 型と D 型の構造を持つ鏡像異性体であり、これらは化学的性質
度をもとに、球対称定常の仮定における降着流の内部構造を求めた。こ
が等しい。そのため化学合成反応では両者は等量生成される。しかし地
の際、原始星からの輻射フィードバックを調べるために、輻射場の構造
球上の生物は、そのほとんどが L 型のアミノ酸のみを利用している。こ
をダスト粒子による吸収・再放射を含め計算した。これより、原始星に
れを L 型アミノ酸ホモキラリティといい、その起源は未だ解明されてい
よる降着流への輻射フィードバック効果の金属度、質量降着率依存性を
ない。近年、地球に飛来した隕石の中からアミノ酸が検出され、それら
議論する。
が地球上のアミノ酸同様 L 型に偏っていることがわかった。これはアミ
ノ酸の起源が宇宙に由来することを裏付ける証拠の一つとなり、今後 L
型異性体過剰生成のさらなる理論的考察が求められる。
1. Hosokawa , T. & Omukai , K. 2009, ApJ , 703, 1810
2. Wolfire, M. G. & Cassinelli, J. P. 1987, ApJ, 319, 850
星間空間における異性体過剰生成機構の一つとして、円偏光によるア
ミノ酸の光不斉分解が提案されている (P. Modica extitet al. 2014)。
アミノ酸は、左巻きと右巻きの円偏光の吸収度に差があり (circular
dichroism: CD)、CD スペクトルは L 型と D 型のアミノ酸で対称的な
振る舞いをする。星間空間で L 型と D 型のアミノ酸が片方の円偏光の
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星惑 c2
種族 III 星形成における ΩΓ-限界の効果
杉浦 宏夢 (京都大学 天体核研究室 M1)
照射を受けた場合、一方のアミノ酸は他方に比べより多く円偏光を吸収
し光分解する。その結果異性体過剰が生成され、これらが隕石中に保存
され地球に飛来することで、地球上のアミノ酸ホモキラリティの起源に
なったと考えられる。
本講演は論文 [1] のレビューである.
宇宙で最初に誕生した星は種族 III (population III) と呼ばれ, 重元素
をまったく含んでいなかったと予想されている. 種族 III 星と現在の星
本研究では、鏡像異性体を持つ最もシンプルなアミノ酸であるアラニ
の形成過程は, 種となる分子雲が現在の星形成領域 (∼10K) と比べて高
ンとその中間体の CD を、量子力学計算を用いて第一原理的に求める。
温であること (∼200-300K), そのため質量降着率が初期宇宙の方がずっ
星間ダスト上で起こりうるアラニンの生成機構を検討し、生成経路にお
と大きいこと等の違いがあり, 近年活発に研究されている.
ける中間体とアラニンの CD を算出する。求めた CD を比較すること
先行研究 [2] は, 種族 III 星の初期質量が 100M⊙ を越える可能性を指
で、光不斉分解を起こしやすい中間体を特定する。それらは異性体過剰
摘している. 初期質量は, 原始星光度が大きくなると輻射圧により原始星
生成に有意に働く分子であると期待される。さらに、反応生成物の安定
への質量降着が妨げられることなどにより決まる (質量降着が可能な光
性と反応障壁のエネルギー評価を行うことで、最も有効なアミノ酸生成
度の上限が Eddington 限界である). ただし, 回転を考慮すると, 遠心力
経路を特定し、より現実的なアミノ酸のホモキラリティ形成のモデル構
により重力が実効的に弱められ, 質量降着が可能な上限光度が回転して
築を行う。
いない場合に比べて小さくなる (この修正された Eddington 限界は ΩΓ-
1. P. Modica extitet al. ApJ, 788, 79 (2014)
限界と呼ばれる). そのため, 原始星の回転はその初期質量に影響する可
能性があるが, 先行研究 [2] などではその効果は考慮されていなかった.
今回紹介する研究 [1] は, 種族 III 原始星の回転の効果を数値的に調
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2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
べたものである. 本講演では, まず降着円盤からの質量降着によって原
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星形成・惑星系
始星が成長する過程, 特に原始星の角運動量進化について見る. そして,
冷却が起こる。また、原始惑星の後ろの tail shock によってい2度目の
ΩΓ-限界が種族 III 星の初期質量や半径に与える影響について詳しく論
加熱が起こる。そこから、全溶融を経験したコンドリュールは形成でき
じる. 主要な結論は, 種族 III 星が初期質量として 20 − 40M⊙ を超える
そうであるが、部分溶融を経験したものは断熱の極限のみで形成される
ことは困難であること, そして, 回転していない場合と比較してコンパク
ということがわかった。この研究は原始惑星系円盤内の固体物質が受け
トになる (R < 50R⊙ ) ことである.
る加熱過程を理解するための重要な一歩である。
1. H. Lee and S. Yoon, ApJ, 820, 10 (2016)
2. T. Hosokawa, K. Omukai and H. W. York, ApJ, 756, 93 (2012)
1. Boley, A. C., M. A. Morris, and S. J. Desch. The Astrophysical
Journal 776.2 (2013): 101.
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星惑 c3
原始星周囲の円盤形成と進化
崔 仁士 (国立天文台三鷹 東京大学大学院理学系研究科天
文学専攻 M1)
星惑 c5
マグマオーシャンによる表層・マントルへの水
の分配について
小佐々 唯 (東京工業大学地球惑星科学専攻井田研究室 M1)
低質量星の形成過程は大きく分けて二つの段階、即ち、形成中の若い
星が母体となる分子雲に深く埋もれた原始星期と、分子雲が晴れ上がっ
このポスターでは惑星表層の環境の決定にとって重要な過程であるマ
た T タウリ期に分けられる。原始星期には、分子雲の重力収縮から原始
グマオーシャン関連の論文を紹介する。形成段階初期における地球は、
星が形成されるが,その際に、原始星の周囲に星周円盤も形成される.
天体の集積のエネルギー等によりマントルが部分的あるいは完全に融
中心星への質量降着はこの星周円盤を介して進む。最終的には周囲のガ
解した状態であるマグマオーシャンを経験したと考えられている。この
スが散逸し、星周円盤への質量降着は止まる。この段階が T タウリ期で
マグマオーシャンが固化する過程では、マグマ中の揮発性成分が惑星表
ある。T タウリ期には、中心の若い星は可視光でも観測される T タウリ
面から脱ガスすることにより表層部分に分配される。そのため、マグマ
型星となる。一方、星周円盤内ではダスト同士の衝突から惑星が形成さ
オーシャンを理解することは惑星の表層環境の決定を考える上で非常に
れると考えられている。そのため、星周円盤は星惑星形成において重要
重要である。
な役割を果たすと考えられ、そのような理由から、原始惑星系円盤とも
マグマオーシャンの深さを変えつつ、固化過程における揮発性成分の分
呼ばれる。このような若い星に付随する星周円盤は、当初は T タウリ型
布の進化を追った Elkins-Tanton(2008) では、固化終了後にはマントル
星周囲のものが主に観測されていたが、現在では,質量降着が続いてい
に含まれていた水の大部分(7-9 割以上)が表層に脱ガスされるという
る原始星周囲にも円盤の存在が確認されている。しかしながら、原始星
結果を示している。しかし、現在の地球においてマントル中に含まれる
周囲での円盤の詳細な形成過程や,円盤が原始星期から T タウリ期の間
水の量は海の質量のおよそ 1-10 倍と推定されているため、マグマオー
にどのように進化していくのかについては,未だ明らかではない.
シャンによる表層への高い割合での水分配と、現在のマントル中の水の
このような状況の中、これまでにない高感度、高空間分解能を達成す
量の両方を説明するには、表層の水を大量に宇宙空間に逃がすか、ある
ることのできる ALMA 望遠鏡の登場により、原始星周囲での円盤形成
いはマグマオーシャン固化後に再び水がマントル中に沈みこむといった
や円盤進化の過程が急速に解明されつつある。本発表では,原始星周囲
プロセスを考えなくてはならない。さらに、最終的な水の分配はマグマ
の円盤形成に関する最近の論文のレビューを行い,これらの研究の進展
オーシャンの最終段階によって大きく決定されるにもかかわらず、その
を展望する.
段階の物理的な過程はあまり分かっていない等、マグマオーシャンの固
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星惑 c4
3D 輻射流体力学シミュレーションを用いた
Bow Shocks によるコンドリュール形成モデル
佐藤 拳斗 (東京工業大学理学院地球惑星科学系中本研究
室 M1)
化過程そのものにおける水の分配についても議論の余地があると考えら
れる。よって、以上のテーマに関する論文もいくつか紹介し、議論する。
1. L.T. Elkins-Tandon Earth and Planetary Science Letters 271
(2008) 181-191
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コンドライト隕石内で発見されているコンドリュールの融解と結晶化
は太陽系の形成過程での未解決問題である。コンドリュールは実験か
ら温度変化過程の一部を推定することができる。しかし、コンドリュー
ル形成の詳しいメカニズムはまだ明らかになっていない。微惑星が円
星惑 c6
エンケラドスの軌道進化と潮汐加熱
中嶋 彩乃 (東京工業大学地球惑星科学専攻井田研究室 M1)
盤ガス内を超音速で動くことによってコンドリュールを溶かすことが
可能な Bow Shock を生み出すことができる。この論文では微惑星がま
土星の衛星であるエンケラドスは土星中型衛星で唯一熱的に活発な天
とっている Bow Shock の 3D 輻射流体力学的シミュレーションでのコ
体として知られており、カッシーニの観測によって約 16GW の赤外放射
ンドリュールの形成過程を研究している。Flux-Limited Diffusion 近似
が観測されている (Howett et al., 2011)。しかし、一般的に用いられる
とモンテカルロ法を組み合わせた新しい輻射輸送計算を用いると Bow
土星の散逸係数 QSaturn = 18, 000 の場合、潮汐加熱による熱放射は最
Shock 近傍の複雑な挙動をとらえることができる。状態方程式は水素分
大 1.1GW となり、観測値を説明することができなかった。近年の観測
子の回転や振動を考慮し、解離も考慮している。ダストの運動は直接計
から従来の値より小さい散逸係数 QSaturn が示唆された。本研究では従
算を行い、加熱過程を記録した。その結果から断熱膨張によって急激な
来より小さい散逸係数を用いて土星中型衛星 4 体の軌道進化を計算し、
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
99
星形成・惑星系
エンケラドスにおける潮汐加熱量の見積もりを行った。
従来より小さい値 (QSaturn = 1, 680) を用いた場合、土星円盤は後か
星惑 c8
ら捕獲された天体が潮汐破壊を受けることによって形形成され、土星中
型衛星はその円盤で形成されると考えられる (Charnoz et al., 2011)。
この時、エンケラドスはテティスより先に形成され、軌道進化する。そ
弾性体ゴドノフ SPH 法を用いた衝突合体によ
る複雑形状小惑星の形成シミュレーション
杉浦 圭祐 (名古屋大学理学研究科素粒子宇宙物理学専攻
Ta 研 (理論宇宙物理学研究室) D1)
の結果、QSaturn < 10, 000 であれば軌道進化の過程で、必ずエンケラド
スとテティスの軌道が接近することになる。
近年、探査機によるその場観測によって幾つかの小惑星の形状の詳細
我々の計算によれば、2天体の軌道が接近する時、エンケラドスはテ
が明らかとなってきている。例えば、探査機はやぶさの小惑星イトカワ
ティスとの平均運動共鳴に捕獲される。テティスはエンケラドスに比べ
の観測や、探査機ロゼッタのチュリュモフ・ゲラシメンコ彗星の観測の
て質量が大きく軌道進化が早いので、エンケラドスは共鳴関係を維持し
結果、イトカワはラッコのような細長い形状を、チュリュモフ・ゲラシ
たまま、テティスの軌道進化に引きずられる。この時にエンケラドスの
メンコ彗星はアヒルの玩具のような石が2つくっついた形状をしている
離心率が上昇し、やがて軌道交差を起こしてテティスの軌道の内側へ散
ことが分かった。このような球から離れた複雑な形状は微惑星の衝突に
乱される。その後、自身の潮汐によって離心率は減衰し、その際に莫大
よってできたと考えられており、形成に必要な衝突条件を明らかにする
なエネルギー散逸が起こる。このような共鳴捕獲と軌道交差によってエ
ことによって、形成時の微惑星の軌道や運動の様子を知ることができる
ンケラドスが約 16GW の熱放射を起こすことが説明できる可能性があ
と期待される。細長い形状や2つの石がくっついたような形状の小惑星
るとわかった。
の形成条件を調べるために、Jutzi and Asphaug (2015) は Smoothed
しかし、我々が今まで行ってきた 4 次のエルミート法を用いた計算で
Particle Hydrodynamics (SPH) 法を用いて、km サイズの微惑星が m/s
は、計算時間の問題からラブ数を現実的な値より大きくすることで軌道
程度の低速度で衝突する様子を再現した。彼らは弾性体力学に拡張され
進化を早めているという問題点があった。そのため、新たに SyMBA を
た SPH 法にひび割れ、摩擦、塑性、空隙のモデルを導入し、現実的な岩
用いることで、より現実的な値に近いラブ数で同様な軌道計算を行い、
石を扱える計算手法を用いて衝突の様子のシミュレーションを行った。
このような軌道進化と熱放射が実際に起こるかを検討する。
その結果、限られた質量の天体に対してのみであるが、細長い形状の
1. Charnoz, S., et al. Icarus 216, 535-550 (2011)
2. Howett, C.J.A., Spencer, J.R., Pearl, J., Segura, M. F. Geopbys.
Res. 116, E03003 (2011)
小惑星が形成されるための衝突速度と衝突角度の条件を明らかにした。
我々はこれまでの研究で、ゴドノフ SPH 法(Inutsuka 2002)を弾性体
力学に拡張し、さらにひび割れ、摩擦、塑性、空隙のモデルを導入した。
我々が開発した弾性体ゴドノフ SPH 法は引き伸ばされた固体も安定に
扱えるという利点を持っている(Sugiura and Inutsuka 2016)。本講演
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星惑 c7
原始月円盤の熱進化
河瀬 哲弥 (京都大学宇宙物理学教室 M2)
月形成の最有力シナリオはジャイアント・インパクト説である。この
では弾性体ゴドノフ SPH 法を用いて微惑星の衝突を模擬した結果を紹
介し、複雑形状小惑星の形成について議論する。
1. M. Jutzi and E. Asphaug, Science, 38, 1355, (2015)
2. S. Inutsuka, J. Comput. Phys., 179, 238, (2002)
3. K. Sugiura and S. Inutsuka, J. Comput. Phys., 308, 171, (2016)
説では、原始地球に火星サイズの原始惑星が衝突し、その結果、 この円
盤物質が自己重力で集積し、合体成長することで月が誕生したとされる。
衝突から原始月円盤の形成の段階においては SPH 法のシミュレー
ションにより多くの理論的研究がされている。その結果、非常に高温で
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星惑 c9
MOA-2012-BLG-505; バルジ領域にある惑星系
永金 昌幸 (大阪大学 芝井研究室 M2)
岩石の気体や液体物質からなる原始月円盤が形成されることが示唆され
ているが、その後どのような過程で原始月円盤が進化したかについては
ら原始月円盤がどのように進化するかの試みがあるが、原始月円盤の進
惑星イベント MOA-2012-BLG-505 の解析を行った結果、7.0 ± 1.2
+0.19
kpc 離れたバルジ領域に位置する、8+13
−4 M⊕ の惑星が 0.12−0.06 M⊙ の
化の理論的な研究は未だ不十分である。特に月サンプルの元素組成の測
M 型星周りを軌道長半径 1.3+0.8
−0.4 AU で周回する惑星系であることが分
定から、原始月円盤において揮発性元素が除去されたことが示唆されて
かった。 惑星系までの距離が求まると、主星が銀河系内でディスクの
いるが、それがどのような過程で起こったのかは不明確である。
部分に属するかバルジの部分に属するかが分かる。ディスクの星は比較
現在もよく分かっていない。月サンプルの同位体比や元素組成の測定か
今回の発表では、原始月円盤の 1D シミュレーションを行った
的最近に出来たために若く金属量が多い。一方バルジの星は比較的古く
Charnoz & Michaut (2015) について紹介する。特に原始月円盤の力学
金属量が少ないものも多い。しかし、その特徴が惑星形成にどのように
的、熱力学的進化のシミュレーション結果の他、原始月円盤における揮
寄与しているのかははっきりしていない。唯一重力マイクロレンズ法で
発性元素の除去の過程について紹介する。また、今後の展望についても
のみ探査可能な銀河系中心までの領域における系外惑星系の分布を知る
議論する。
ことは、主星の金属量や年齢などのパラメータと惑星の形成頻度との関
1. Charnoz, S., & Michaut, C. 2015, Early Solar System Impact
Bombardment III, 1826, 3002
係性を解き明かす上で重要である。
1. Penny, M. T., Henderson, C. B., & Clanton, C. 2016,
arXiv:1601.02807
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2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
100
星形成・惑星系
星惑 c10
重力マイクロレンズイベント
MOA-2014-BLG-472 の解析
山田 瞳子 (大阪大学 芝井研究室 M1)
測る方法として、惑星がトランジットする際に主星の見かけの視線速
度が変わる Rossiter-McLaughlin 効果 (RM 効果) を観測する方法があ
る。しかし、近年では、RM 効果より正確に λ が決定できるという理由
から、主星のスペクトル線の影を見る Doppler Tomography という手
法での観測もされている。これからの研究で、Doppler Tomography で
重力マイクロレンズ現象とは、ある恒星(ソース天体)と観測者の間
観測されていない系外惑星の λ を算出し、RM 効果での λ と比較する。
を質量を持つ天体(レンズ天体)が通過したときに、レンズ天体の重力
そこで、今回は、ESO の HARPS のデータから Doppler Tomography
場によってソース天体からの光が曲げられ、観測者にはソース天体が一
で HD189733b の λ を求めた論文、Cameron et al.(2009) のレビューを
時的に増光して見える現象である。レンズ天体が単星の場合、ソース天
行う。
体の光度曲線は単調に増光して減光するが、伴星を持つ場合はそのよう
な光度曲線に変化が生じる。この変化を解析することで主星と伴星の質
量比や距離を求めることができる。私が所属する MOA グループでは、
ニュージーランドの Mt.John 天文台にある口径 1.8m の MOA-II 望遠
1. Cameron, A.Collier et al. Mon.Not.Roy.Astron.Soc. 403 (2010)
151 arXiv:0911.5361
2. Triaud A. H. M. J., et al., 2009, arXiv, arXiv:0907.2956
鏡を用いて、広視野・高頻度で重力マイクロレンズイベントを観測して
いる。今回は 2014 年に発見された重力マイクロレンズ現象による惑星
イベント、MOA-2014-BLG-472 の解析について報告する。
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星惑 c11
太陽系外における惑星のリングの探索
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星惑 c13
SKA(Square Kilometre Array) による地球外
知的生命の探査
向野 伝 (熊本大学 自然科学研究科 M1)
逢澤 正嵩 (東京大学 宇宙理論研究室 M2)
近年、観測技術の進歩により太陽系外惑星が次々と発見されている。
天体 J1407b が 1 天文単位程度のリング構造の周惑星円盤を持つとい
その中で地球と同じような環境の惑星を探し、そこに生命が存在する痕
う報告を除き、未だに太陽系外においては惑星のリング、具体的には土
跡を探す。しかし、生命の痕跡となるシグナルは非常に弱いため、実際
星がもつほど大きなリングは発見されていない。それを踏まえ、最近の
に生命の存在を証明することは極めて困難である。一方で、我々は知的
研究では、蝕を通じて惑星を発見した Kepler 衛星の公開データを用い
生命からの人工的な電波を観測する手段はある。そこで、知的文明を探
て、21 の短周期惑星の中からリングが探索されたが、結果的に発見には
すことを論じる。我々が地球から宇宙に垂れ流している電波などの人工
至らなかった。この結果は惑星が中心星に近いと、リングが物性的にも
的な信号、特に受信を意識した信号は、生命の痕跡を探すことよりもはる
軌道的にも不安定であることと矛盾しない。
かに容易である。1960 年、電波天文学者の F.Drake が宇宙文明からの
この状況を踏まえ、我々は Kepler 衛星が発見した長周期惑星の周りで
電波通信の受信 (Communication with Extra-Terrestrial Intelligence :
リングの探索を行った。ターゲットとしては Kepler の公式チームが発
CETI) を試みた。しかし、この当時観測できる惑星の数は少なく、系
見した長周期惑星に加え、我々のグループ、そして別の第3のグループ
外惑星からの人工電波の受信は失敗に終わった。それから数十年、科
が新たに発見した長周期惑星を選んだ。次に、我々はターゲットにした
学技術の進歩に伴い、観測技術も向上したため、CETI は宇宙文明の探
86 の惑星の全ての蝕について、単一惑星による蝕で解釈をし、光度曲
査=SETI(Search for Extra-Terrestrial Intelligence) へと変わっていっ
線の中の惑星モデルで説明できないリング付き惑星特有のズレを探索し
た。SETI は、相手からの電波を待つ CETI とは違い、電波望遠鏡を用
た。そして、その 86 天体の蝕のズレを定量的に評価し、S/N が悪くリ
いてその惑星からの文明的な電波を傍受する。本研究では、国際共同で
ングの大きさに上限が与えられない系を 64 例 、リングでは説明できな
2020 年代の実現を目指す 1 望遠鏡 SKA による SETI(10 年間で 100 万
いほどのズレを示す系を 7 例、リングでうまく説明できそうなズレをも
星を観測する)について議論する。
つ系を 8 例、リングを持っている可能性が低い系を 7 例同定した。そし
て、リングでうまく説明できそうな 8 例の蝕については詳細に吟味をお
1. AndrewP.V.Siemion (2014)
こない、その中の 1 つの天体が土星ほどの大きさのリングをもつ惑星で
ある蓋然性が高いことを示した。これは世界初のリング付き惑星候補天
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体の発見である。また、リングを持っている可能性が低い系については、
リングの大きさに上限を与えた。本発表では、以上の流れに従って、惑
星リング探索の手法、リング付き惑星候補の詳細な解析結果について紹
介する。
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星惑 c12
Doppler Tomography による公転軸傾斜角 λ
の測定
渡辺 紀治 (国立天文台三鷹 総合研究大学院大学 M1)
初めて系外惑星が発見されてから今日まで、様々な軌道を描く惑星が
見つけられている。惑星の軌道進化を考察する際、惑星公転軸と見かけ
の主星自転軸とのずれ (公転軸傾斜角)λ が重要な手口となる。この λ を
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
101
観測機器
観測機器分科会
サイエンスとテクノロジーの架け橋
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
102
観測機器
日時
7 月 26 日 15:15 - 16:15, 16:30 - 17:30(分科会別ポスター),17:45 - 18:45
7 月 27 日 9:00 - 10:00, 14:45 - 15:45, 17:15 - 18:15(招待講演:身内 賢太朗 氏),
18:30 - 19:30(分科会別ポスター)
7 月 28 日 14:45 - 15:45(招待講師:高見 英樹 氏), 17:15 - 18:15, 18:30 - 19:30
身内 賢太朗 氏 (神戸大学)「宇宙線観測装置の最前線」
招待講師
座長
高見 英樹 氏 (国立天文台)「光赤外線高解像天文観測の将来」
稲田知大 (東京大学 M2) 、毛利清 (東京大学 M2) 、吉川慶 (京都大学 M2) 、寺尾恭範
(東京大学 M2) 、西田和樹 (東京理科大 M2)
今日の天文学は、電波、赤外線、可視光、紫外線、X 線、γ線といった電磁波のみな
らず、ニュートリノ、さらには重力波といった様々な観測手段を用いて盛んに研究が
行われています。新たなサイエンスを明らかにするためには、新しい観測手法の確立
が不可欠であり、ハードウェアとソフトウェア両面での観測機器開発が重要な役割を
担っています。しかし昨今、観測機器開発には高度なテクノロジーの理解が求められ
るようになり、サイエンスとどちらも最先端の知見を得て研究を進めることは容易で
はなくなっています。今年の初め、重力波検出のニュースに世界が沸きましたが、天
文学者でさえ、その観測機器の仕組みや、克服してきた技術的課題といった、最先端
のテクノロジーを理解している方は多くないのではないでしょうか。本分科会では、
概要
将来の天文学を支える観測機器の最先端の開発について、サイエンス、ハードウェア、
ソフトウェアという 3 つの軸を中心として理解を深め、議論する場を設けます。開発
を行う方だけでなく、理論、観測の方も含めた多くの分野の研究者が互いに情報交換
を行うことで、当分科会がテクノロジーとサイエンスの架け橋となることを期待しま
す。是非、ご参加ください。
注)装置開発に関するものは基本的に観測機器分科会で扱います。開発する装置が目
指す科学目標に話の重点を置く場合は、 それに該当する分科会で扱います。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
103
観測機器
身内 賢太朗 氏 (神戸大学)
7 月 27 日 17:15 - 18:15 B 会場
「宇宙線観測装置の最前線」
宇宙線観測とその観測装置について講演します。
高見 英樹 氏 (国立天文台)
7 月 28 日 14:45 - 15:45 B 会場
「国立天文台の装置開発と若い研究者の参加」
1994年、国立天文台は天文機器開発実験センター(現在の先端技術センター)を設立し、当時建設中であったすばる望遠鏡のために世界と対
抗できる観測装置作りを始めました。それも 7 台同時に作るという大胆なもので、海外の天文学者からは、それまで小望遠鏡用の観測装置しか作っ
てこなかった日本の天文学者には無謀な挑戦であると言われました。私も無謀な人間の一人です。それをリードしたのは、当時30歳そこそこの研
究者、技術者です。結局、すべての装置で科学的成果を上げ、現在も多くの装置が現役で活躍しています。そして、このときに開発に参加していた
大学院生が現在の日本の装置開発の中核となっています。先端技術センターはその後 ALMA 受信機や、ハイパーシュープリームカムなど真に世界
をリードする装置を生み出すようになりました。ここでも、やはり若い研究者、技術者が参加し、第一級の人材として成長しています。私は、世界
との競争と、またその過程での様々な交流という刺激的な環境がとても良かったのだと思います。今の装置開発は巨大になりすぎて大学院生の間に
は成果がでない、と言われることがあります。しかし私は、大学院の間に、修士、博士論文をまとめる研究を行いながらも、この刺激的な環境を経験
することが重要と思いますし、大きな装置から小さな装置まで、多くのチャンスがあると考えています。次世代の第一線のサイエンスとそれを実現
する観測装置について、海外の研究者・技術者と、真摯に議論し、共同で研究することは、心躍るものがあります。国立天文台をステップにしてこの
ような世界に踏み入れていただくことを願っています。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
104
観測機器
観測 a1
TMT 中間赤外線観測装置 MICHI 冷却チョッ
パー用超伝導 VCM の開発
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観測 a3
毛利 清 (東京大学 天文学教育研究センター M2)
次世代型 MeV ガンマ線望遠鏡を目指した電子
飛跡検出型コンプトンカメラの開発と現在の
性能
谷口 幹幸 (京都大学 宇宙線研究室 M1)
中間赤外線における地上観測では大気の放射が非常に大きくこれを取
り除くことが課題である。これまで副鏡を動かすチョッピングと呼ばれ
る技術によって放射を取り除いてきたが、TMT など口径 30 m 以上の
現在、さまざまな波長領域で天文学が切り拓かれているが、MeV ガン
次世代大口径望遠鏡の時代においては副鏡が大きくなり、副鏡チョッピ
マ線領域は数少ない未開拓領域である。しかし、MeV ガンマ線は超新
ングは不可能となる。代替案として副鏡を動かす代わりに、光学的に副
星残骸や銀河面にある放射性同位体、ガンマ線バーストや活動銀河核の
鏡と共役な位置にあたる冷却された装置内の鏡を動かすことにより、副
ジェットなどさまざまな天体、物理過程で放出されており、MeV ガンマ
鏡を動かした際と同じ効果を得る「冷却チョッピング」という手法が考
線を高い感度で観測することは重要である。
案されている。冷却チョッピングの実現には低発熱かつ高速で動く動力
MeV ガンマ線天文学が未開拓であることの大きな理由は、そのイメー
源の開発が必須であるが、本研究では動力源として駆動部が非接触で摩
ジングの難しさにある。MeV ガンマ線が検出器中のターゲット物質と
擦による損失がなく、かつ電気的な駆動により立ち上がりが素早いボイ
おこす相互作用はコンプトン散乱が主であるが、コンプトン散乱を完全
スコイルモーター(VCM)に着目した。さらに、低発熱化によって装置
に再現し、到来したガンマ線の方向とエネルギーを得るには、ガンマ線
の安定性の向上を図るため、VCM には駆動にジュール熱の発生しない
によって反跳された電子の方向とエネルギーおよび散乱後のガンマ線の
超伝導線を用いている。今回は超伝導線を用いた VCM の設計と完成し
方向とエネルギーを得る必要がある。現在までに MeV 領域の全天観測
た試作 VCM の試験評価、並びに今後克服すべき課題について発表する。
に唯一成功した COMPTEL では、反跳電子の方向を得ることができな
1. A.T. Tokunaga, et al. 2010, SPIE
2. T. Miyata, et al. 1999, PASP
かったため、コンプトン散乱を完全には再現できず、発見した定常的放
射天体は約 30 個にとどまった。また、環境放射線由来の大量のバック
グラウンドによっても感度が制限されるため、高いバックグラウンド除
去能力が必要となる。
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観測 a2
マイクロマシン技術を利用した超軽量 X 線望
遠鏡の超小型衛星搭載に向けた開発と現状
寺田 優 (首都大学東京 宇宙物理実験研究室 M1)
我々はこれらの要請を満す次世代型 MeV ガンマ線望遠鏡として、電
子飛跡検出型コンプトンカメラ (ETCC) の開発を進めている。この検
出器は、µ-PIC と呼ばれる高位置分解能検出器を用いることで、従来の
検出器では困難であった反跳電子の方向を決定することが可能であると
ともに、散乱ガンマ線の方向と反跳電子の方向の成す角を幾何学的な方
法と運動学的な方法の 2 通りで求め、両者が一致するイベントのみを取
近年、超小型衛星の性能向上は目覚ましく、技術実証のみならず、3 軸
ることで高いバックグランド除去を実現する画期的な検出器である。現
制御による本格的な宇宙理学観測が可能になってきた。X 線天文におい
在は 2018 年頃の気球搭載実験に向け、さらなる感度向上を目指した研
ても、幾つかの超小型衛星が計画されている。しかし、X 線天体からの
究を行っている。
光は一般に微弱であり、大型衛星同様に望遠鏡が欠かせない。一方で、
従来の望遠鏡は有効面積と重量にトレードオフ関係があり、超小型で大
型衛星と相補的なミッションを確立するのは難しいという状況があっ
た。我々は現在、首都大 航空宇宙コースとの共同開発による、ブラック
ホールバイナリー探査のための超小型衛星 ORBIS (2020 年頃打ち上げ
目標) に向けて、超軽量な X 線望遠鏡の開発を行っている。半導体加工
本講演では、ETCC について解説するとともに、現在得られている性
能について述べる。
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観測 a4
ASTE 搭載用 TES ボロメータカメラの開発
鈴木 駿汰 (大阪府立大学 宇宙物理学研究室 M1)
技術の一つであるマイクロマシン技術を応用し、超軽量な X 線望遠鏡
を開発している。直径 100 mm、厚さ 300 µm のシリコン基板に、深堀
我々が開発している TES ボロメータカメラは 2016 年にチリのアタ
エッチングによって 20 µm 幅の微細孔を無数に形成し、側壁を水素ア
カマ砂漠にある ASTE 望遠鏡に搭載され試験観測が行われる。ミリ波
ニールにより平滑化して、表面粗さ ∼1 nm σs 程度として、反射鏡とし
サブミリ波帯連続波観測を行う TES ボロメータカメラは宇宙初期に
て用いる。基板を高温塑性変形により球面に変形した後、反射率向上の
みられるサブミリ波銀河に加え、近傍銀河の低温ダストからの熱放射、
ために原子層堆積法による重金属膜付けをほどこし、集光結像系として
Sunyaev-Zel’dovich 効果を用いた遠方銀河団の高温ガスの観測も可能
用いる。この手法では、従来に比べ、1 桁以上、軽量かつ高性能の望遠鏡
にする。そこで我々は遠方銀河から近傍銀河までの観測を通して、宇宙
を実現可能である。望遠鏡の性能の鍵となる角度分解能を現在、制限し
のダイナミックな構造形成及び銀河形成史を明らかにすることを目的と
ているのは、鏡表面の形状精度と、鏡の望遠鏡全体に対する配置精度で
している。
ある。我々は ORBIS で目標とする角度分解能 10 分角達成のため、テ
TES ボロメータカメラは天体からの入射エネルギーを温度計を用い
スト 1 回反射光学系に対して、変形前後でのペンシルビーム X 線照射を
て温度上昇として検出する極低温で扱う検出器であり、ここで TES は
行って、形状精度と配置精度の切り分けを行っている。また、H–IIA ロ
低インピーダンスで動作する温度計のため、インダクター L とキャパシ
ケットの打ち上げを想定した、望遠鏡の振動試験を行って、前後での X
ター C から成る読み出し回路として、高感度な磁束計である SQUID を
線評価から定量的に、厚さ 300 µm の望遠鏡が、打ち上げ時の振動に耐
用いている。さらに 1 つの SQUID で複数の TES ボロメータを読み出
えうる事を確認した。本講演では、我々の超軽量 X 線望遠鏡の概要と、
すことが可能となるマルチプレクス化を利用することで大規模な 2 次元
超小型衛星 ORBIS に向けた開発状況について報告する。
アレイを実現する。
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
105
観測機器
本研究では将来的に、より大規模なカメラの開発を目指しており、そ
る。 地上の大型望遠鏡にとって大気ゆらぎによる像の劣化を改善す
のためには TES ボロメータの素子数を向上させる必要がある。しかし、
る補償光学の技術は必要不可欠となっているが、従来の補償光学では望
1K 以下の極低温では、冷却パワーが小さくなるため、熱流入が多くな
遠鏡の視野のわずかな部分しか補償することができなかった。我々のグ
る理由で配線を大量に入れることは避けたい。そこで、少ない配線と読
ループでは、すばる望遠鏡の赤外ナスミス焦点に設置が検討されている
出し素子数で効率良く読み出す必要があり、マルチプレクス数の向上が
多天体補償光学(MOAO) と呼ばれる広視野補償光学系の導入・開発実
将来の TES ボロメータカメラ開発に大きく関わってくる。同時に我々
験を進めている。MOAO ではトモグラフィーと呼ばれる手法により、
は従来の LC-Board(インダクターとキャパシターが一枚のボード上に
複数のガイド星の波面情報から観測天体方向の波面の情報を 3 次元的
配置されている)より歩留まりを向上させたい狙いもある。そこでまず
に推定する。これにより、視野に広く点在する銀河に対して同時に補償
は、特性 (L, f ∝ 1/√ LC) の揃った L を小さなチップから wafer に更
を効かせることができ、すばる望遠鏡の口径を活かした観測が可能とな
新した。それに伴って、TES ボロメータ, L, C を結ぶと共に、C をコン
る。 MOAO では複数のレーザーガイド星を用いて波面を測定する
パクトに実装するための回路基板の設計と測定を行った。その結果、こ
が、レーザーガイド星は高度 90km にあるナトリウム層を励起発光させ
の読み出し回路の改良はマルチプレクス数の増加につながり、本研究を
て生成するため、無限遠にある自然ガイド星とは合焦位置が異なる。ま
実現することによって将来的に素子数を倍増するための道筋を開いた。
たナスミス焦点に設置することで、追尾中に天体を写野に固定しておく
...................................................................
ためには写野を回転させるイメージローテーターが必要になるが、レー
観測 a5
高角度分解能を目指した X 線望遠鏡用 CFRP
反射基板の精密配置法の開発
横田 翼 (名古屋大学 Ux 研 M1)
ザーガイド星は主鏡に対して固定であるため、レーザーガイド星の検出
器は天体に対して独立に回転させなければならない。 本発表ではこれ
らの問題を克服するために必要な機械的な機構を含め、波面センサーの
光学設計など現状の開発状況について説明する。
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従来、日本の X 線望遠鏡は厚さ 0.1 ∼ 0.3 mm の多数の X 線反射鏡
を同心円上に多数配置した多重薄板型を用いてきた。これは有効面積が
大きいという利点を持つが、1 枚の反射鏡が薄く鏡面の形状精度が十分
ではないため、角度分解能は数分角に制限される。角度分解能をさらに
観測 a7
次世代ガンマ線天文台 CTA 大口径望遠鏡に搭
載する信号波形サンプリング回路の開発
野崎 誠也 (京都大学 宇宙線研究室 M1)
向上させるためには、高精度形状の X 線反射鏡を開発することが重要で
ある。そのため我々は炭素繊維強化プラスティック (CFRP) に着目し、
宇宙の高エネルギー現象を理解するために、大気シャワーで生じるチェ
より薄く軽い高精度な基板の開発を進めている。CFRP は今まで反射鏡
レンコフ光を用いて超高エネルギーガンマ線を間接的に検出する手法
基板に使用していたアルミニウムと比べ比重が約 2/3 倍、比弾性率が約
がある。超高エネルギーガンマ線天文台の次世代計画 CTA(Cherenkov
17 倍と軽量かつ高剛性であり、高精度な基板成形に適した素材である。
までは、アライメント・バーが持つ“くし”の歯状の溝に反射鏡をさす
Telescope Array) では、従来の望遠鏡よりも 10 倍の感度を達成し、北・
南両サイトに大きさの異なる 3 種類の望遠鏡を計約百台建設し、20GeV
から 300TeV という広いエネルギー領域で全天観測する。その中でも直
ことで反射鏡の位置決めを行ってきた。この方法の位置決定精度は 10
径 23m の大口径望遠鏡 (LST) は、より多くのチェレンコフ光を集光で
µm 程度であり、結像性能の劣化は 1 分角程度になる。
きるため、エネルギー閾値を下げることができ、遠方の活動銀河核、ガン
本研究では、精密位置決め装置であるピエゾ・アクチュエータを用いて
マ線バースト、パルサーの研究において重要な数十 GeV から数百 GeV
CFRP 基板同士を精密に配置する位置調整機構を開発した。位置調整
方法としては、まずピエゾ・アクチュエータを 6 個取り付けた機構に
子増倍管(PMT)とその出力波形をサンプリングする読み出し回路基
CFRP 平板を固定した。そして、平板の端 6 カ所をピエゾ・アクチュ
板などを束ねた光検出器モジュール 265 個で構成される。チェレンコフ
エータで押し引きして高さを変え、その様子をレーザー顕微鏡で観察・
光からの数ナノ秒幅の信号を記録し、星の光などの夜光バックグラウン
高さ測定しながら位置調整を行った。まず、平板を適当な間隔で完全
ドを効果的に除去するために、信号波形を高速サンプリングするシステ
に平行となるよう配置する試験を行った。その結果、位置調整精度は 1
ムが必要となる。我々が開発した読み出し回路では、アナログメモリの
µm 以下を達成した。さらに、機構に取り付けた平板 6 カ所をピエゾ・
ASIC“DRS4”チップを採用している。これは 9 つの差動入力チャンネ
アクチュエータで位置調整し、表面形状を矯正することで、平板のうね
ルをもち、1 チャンネルあたり 1024 個並んだキャパシタに入力アナロ
りの大きさを 10 µm 以下にする実験を行った。その結果、位置調整前
グ波形を GHz で順次保存していく。保存された各キャパシタの電圧値
の 33.9 µm から 7.7 µm と、大きく削減した。
は低速の ADC で読み出されるため、高速サンプリングを低コスト・低
この研究により、うねりの大きさを 10 µm 以下に矯正した CFRP 反射
消費電力で実現できる。現在、光検出器モジュールを 19 個組み合わせ
鏡同士をピエゾ・アクチュエータによる位置調整によりアライメント・
たミニカメラの動作試験を行っており、較正が終わり次第、順次出荷し
バーの 1/10 以下の精度で配置する方法が可能になる。
ていき、今年度中に LST 初号機の建設が開始される予定である。また、
次に大切なのは反射鏡基板を精度良く配置決めをすることである。これ
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観測 a6
すばる望遠鏡レーザートモグラフィー補償光
学用波面センサーユニットの開発
渡邉 達朗 (東北大学天文学専攻 M1)
領域に焦点をあてた望遠鏡である。LST の焦点面カメラは、7 本の光電
次号機以降での搭載に向けた新版の読み出し回路の設計も行っており、
DRS4 のタイミングキャリブレーション用のオシレータなどを新たに配
置する予定である。本講演では、初号機搭載に向けたカメラの試験状況、
及び新版回路の設計の概要、試験結果について報告する。
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本発表では、我々のグループが検討しているすばる望遠鏡の次世代
補償光学系のための波面センサーユニットの開発状況について紹介す
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
106
観測機器
観測 a8
補償光学系とコロナグラフを用いた系外惑星
の分光観測精度の向上
細川 晃 (国立天文台三鷹 総合研究大学院大学物理科学研
究科天文科学専攻 M1)
scope”, T.Ogawa et al, Microsys. Tech., in press
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観測 a10
X 線天文衛星ひとみにおける自律型時刻決定
法の検証
これまで発見された太陽系外惑星は 3000 を超えており、発見された
惑星をフォローアップ観測することで各々の惑星の物理量や大気を探る
ことが重要になっている。近年、トランジット法で恒星光を低分散分光
観測することで惑星大気中の分子検出が行われているが、低分散分光で
はスペクトルモデルを作成しないと分子種の情報は得られず、系統誤差
の影響が大きいという問題がある。一方、Hot Jupiter や若く高温な巨
大惑星を高分散分光観測し、相互相関解析を介して分子の波長パターン
を検出する手法が成功し、一酸化炭素や水などの分子が検出されるよう
になってきた。この手法は系統誤差を減らすことができ、より確実な分
子検出が可能ではあるが、低温・低質量の惑星から得られるシグナルは、
主星光の光子ノイズに埋もれてしまうため大気組成を詳しく調べること
が難しい。 本発表では、補償光学系とコロナグラフを組み合わせ、主
星の光量を抑えた上で分光する手法を提案した論文を紹介する。分光器
の前にコロナグラフを組み込むことで主星由来のノイズを低減し、より
高い S/N で惑星のスペクトルを得ることを可能にする。これにより、よ
り細かなスペクトルが得られることに加え、より低温・低質量の惑星を
検出することが出来る。また以上の手法を用いることを見据え、今後研
究する空間分解能を持つ高分散分光装置について提案する。
1. H.Kawahara et al. Apj. 212.2.27.10 (2014)
大清水 健也 (埼玉大学 理工学研究科 物理機能系専攻
田代・寺田研究室 M1)
X 線天文衛星「ひとみ」では、パルサーなど時間変動の速い天体を観
測するため、GPS 衛星からの信号を基準とした時刻配信システムを採
用している。具体的には、GPS 衛星からの時刻情報をもとに衛星の中央
管理コンピュータ (SMU:Satellite Management Unit) で衛星内部の時
刻情報を生成し、ネットワークを介して各検出器に配信し、衛星内の各
機器で記録される時刻を同期している。さらに、GPS 衛星との通信が
できない場合に備え、ひとみ衛星は SMU 内部のクロックで代わりの時
刻を自律的に生成・配信する機能ももつ。本研究では、この機能の検証
をおこなった。検証すべき課題としては以下の 3 つが挙げられる。(1)
SMU クロックのもととなる水晶発振子の温度依存性の補正方法の検証、
(2) GPS 信号の補足ができたときに、矛盾なく時刻情報を接続するアル
ゴリズムの検証、(3) 地上補正での最終時刻決定値の精度と時刻精度目
標値との比較である。我々は、衛星熱真空試験で得られたさまざまな温
度条件における衛星ネットワーク上での時刻データと、単体試験で得ら
れた SMU クロックの温度特性を比較し、両者が一致しており予定して
いた温度補正方法が適用できることを確認した。また、同試験中に GPS
衛星の通信の遮断と回復試験も行い、自走した SMU クロックによる時
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観測 a9
超小型衛星 ORBIS 搭載へ向けた MEMS X 線
光学系の設計検討
武内 数馬 (首都大学東京 宇宙物理実験研究室 M1)
刻付けが、GPS との通信回復時に矛盾なく接続されており、アルゴリズ
ムが正常に機能することを確認した。さらに、ソフトウェアによる最終
時刻補正にて、その時刻精度と目標値の比較、検証を行った。
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観測 a11
DIOS 衛星に搭載する 4 段反射型望遠鏡の
反射鏡形状の改善
我々は、Micro Electro Mechanical Systems (MEMS) 技術を用いた
超軽量 X 線望遠鏡、MEMS X 線光学系を開発している (Ezoe et al.
2010 Microsys. Tech.) 。これまでに Wolter I 型望遠鏡による Al Kα
1.49 keV の結像実証、Ir 膜付けした 1 回反射光学系による Ti Kα 4.51
keV の反射実証に成功している (Ogawa et al. 2013 Appl. Opt.) 。今
回、超小型衛星 ORBIS に向け光学設計を行った。 ORBIS(ORbitting
Bainary black hole Investigation Satellite) は首都大を中心に設計・開
発を進めている超小型衛星で、バイナリーブラックホールの探査を行う。
超小型という特性をいかすために、軽量・安価・短焦点の望遠鏡が必要と
され、その観点から MEMS X 線望遠鏡を搭載する予定である。ORBIS
では活動銀河核 (AGN) からの X 線放射の時間変動を捉えるため 2–10
keV における集光が必要となる。我々は独自に構築した光線追跡シミュ
レーションを用いて、ORBIS に対する MEMS X 線光学系の最適設計
を模索した。従来の Wolter I 型 (2 段) に加え、1 段、3 段、4 段、さら
に小型化した光学系についてシミュレーションを行ったところ、小型化
した場合が最適であることがわかった。
1. “Ultra light-weight and high-resolution X-ray mirrors using
DRIE and X-ray LIGA techniques for Space X-ray Telescopes”,
Y.Ezoe et al,, Microsys. Techn
2. “First X-ray imaging with a micromachined Wolter type-I tele-
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
菅沼 亮紀 (名古屋大学 Ux 研 M1)
近傍宇宙の観測では宇宙初期から推定されるバリオン量の半分以上が
未検出であり、それらはダークバリオンと呼ばれる。ダークバリオンの
多くは、温度が 105 - 107 K の希薄な銀河間物質として宇宙の大規模構
造に沿って分布すると考えられている。ダークバリオンの空間分布の解
明を目的とした DIOS 衛星には、大有効面積( S )と広視野(Ω)
( SΩ
≥ 100 cm2 deg2 )の望遠鏡が要求される。この望遠鏡の開発において、
結像性能の要求値 5 分角の達成は重要である。要求を満たすための望遠
鏡として、我々は 4 回反射型望遠鏡の開発を行っている。従来の 2 回反
射型望遠鏡の光学系を 4 回反射に拡張することで大有効面積かつ広視野
の望遠鏡製作が可能となるが、反射回数が多くなるほど反射鏡の形状誤
差や位置決め誤差による結像性能への影響は大きくなる。 現状の反射
鏡の結像性能 ( HPD : Half Power Diameter ) は、 4 段 1 組で 6 分角
が最も良い値であるが、これは要求値を満たしていない。望遠鏡の結像
性能劣化要因には、単体反射鏡のもつ形状誤差やハウジング内での反射
鏡の変形、反射鏡の位置決め誤差が考えられる。このうち、単体反射鏡
のもつ形状誤差は、レプリカ反射鏡製作の各プロセスに起因しうるが、
今回は基板の熱成形やレプリカ反射鏡のマンドレルとして用いられる金
型形状精度の評価から検証を行った。 円錐形の金型の形状精度を、接
107
観測機器
触式精密 3 次元測定器を用いて測定を行った。その測定結果から母線
質量和に制限を与えられると期待されている。 発表者らが行ってい
方向のスロープエラーと円周の真円度、円錐の頂角などを円錐モデルの
る POLEARBEAR-2 実験(PB-2)は、CMB の B-mode 偏光の精密観
フィッティングにより解析する。そこで得られた解析結果から、製作し
測を目指す実験であり、2017 年よりチリ・アタカマ高地での地上観測を
た金型の形状が設計値にどの程度近づけられたかを評価する。 測定で
得られたデータを解析し、金型の円錐頂角の設計値とのずれ、および光
開始する。特徴として、(1)7,588 個の超伝導 TES(Transition Edge
Sensor)により統計感度を向上させる、
(2)95GHz, 150GHz の両周波
軸方向形状の真直度 、即ち PV 値を評価した。本発表ではこの結果に
数帯域を観測することで前景放射の影響を除去する、の2点が挙げられ
ついてまとめ、反射鏡の性能への影響を評価し、その現状を報告する。
る。一方で大型・多チャンネル化により光学系や読み出し系から流入す
るノイズの増大が予想され、これらの問題の解消に向けて開発研究が進
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観測 a12
重力波源の特定を目指した広視野 X 線撮像検
出器の開発
伊奈 正雄 (金沢大学宇宙物理学研究室 M1)
められている。特に発表者が携わっている読み出し系には、多チャンネ
ルの出力を一本の読み出し線で読み出すことで読み出し線からの熱の流
入を抑える周波数多重化(fMUX)の手法が用いられている。TES を用
いた観測は多チャンネル化が進む傾向にあるが、PB-2 は 8,000 に迫る
チャンネルの読み出しを計画しており、この規模の多重読み出しには先
例がない。 本講演では、PB-2 実験の概要と、その読み出し系の評価
2018 年頃から世界中で本格的に重力波観測が開始される。重力波の
みの観測では、方向決定精度が 10-100 平方度と非常に粗く、母天体を
特定することが困難であるため、電磁波との同時観測が重要となって
試験について紹介する。
1. M.A. Dobbs et al. arXiv:1112.4215v2 (2012)
くる。特に、中性子星連星の衝突・合体は重力波候補天体であると同時
に短時間ガンマ線バースト (SGRB) の母天体であると考えられている。
我々は重力波発生源を精度良く方向決定するとともに、いち早く地上へ
アラートを送信することを目指している。これにより、残光を多波長で
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観測 a14
観測し、母天体までの距離を特定したり、ブラックホールの形成メカニ
大型自由形状光学素子の表面計測を可能にす
る小型干渉計
今西 萌仁加 (京都大学宇宙物理学教室 M1)
ズムを解明することを目的としている。また、軟 X 線帯域での観測によ
り、HETE-2 以降観測されていない X 線フラッシュや、SGRB の X 線
超過の放射機構の解明、高赤方偏移ガンマ線バーストの観測が期待され
望遠鏡の建設において鏡など光学素子の表面計測は不可欠である。従
る。そのため、我々は観測エネルギー帯域 1-20keV、視野 1 ステラジア
来ではその手法として干渉計が広く用いられてきている。しかし、その
ン以上、角度分解能 15 分角を目標とした広視野 X 線撮像検出器を開発
原理的な制約から望遠鏡の大型化・多様化に際しての問題点として、1)
しており、2018 年度打ち上げ予定である 50kg 級の超小型衛星への搭載
計測装置の巨大化、2) 空気乱流や振動など測定環境に対する弱さ、3)
を予定している。 広視野 X 線撮像検出器はストリップ型シリコン半導
個々の被検面に即した基準光学系が必要で実質的に凸面は計測不可能、
体検出器 (SSD) と低エネルギーの読み出しに特化した高利得アナログ
が考えられる。そこで、我々は分割計測とデータステッチングを用いて
集積回路 (ASIC) が一体となっている。信号の読み出しにおける主要な
以上の問題を解決する大型自由曲面の計測方法を考案した。これは、手
ノイズは、SSD の基礎特性であるリーク電流・静電容量に起因するノイ
のひらサイズの小型干渉計を用いて計測面を複数に分割し、それぞれの
ズであるため、様々な電極幅の SSD を開発し、リーク電流・静電容量を
データをなめらかにつなげる手法である。この方法によって、1) 計測装
測定することでフライトモデルに搭載する電極幅の最適化を行った。ま
置の小型化、2) 光路差短縮による空気乱流や振動の影響の軽減、3) 狭
た、ASIC の 2 号機は信号の読み出し下限値 1.5keV、エネルギー分解能
い視野内において曲率一定であると近似することで廉価な基準光学系で
1.0keV を達成しているが、さらなる性能向上を目指して、3 号機の開発
に向けた設計を進めている。本講演では SSD の電極幅の決定、ASIC と
実現可能、となる。またこの計測装置は、汎用の加工機に取り付けて加
組み合わせた性能評価、今後の開発目標について報告する。
を目指す。このとき加工機固有の高周波振動が問題となるため、高速で
1. D. Lazzati et al. 2001
工と計測を効率よく行うことで、素子の加工期間短縮と測定精度の向上
データを取得する必要がある。本研究では以上の点を満たす干渉計の開
発を行った。
今回開発したフィゾー干渉計は全長 300mm 程度のサイズで、液晶リ
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観測 a13
CMB B-mode 偏光観測実験
POLEARBEAR-2 のための多重読み出し試験
田邉 大樹 (総合研究大学院大学高エネルギー加速器科学
研究科 M1)
ターダと高速カメラにより 5 ミリ秒で干渉画像を取得できる。実際に製
作した装置で、面精度 λ/20 の参照面と λ/10 の被検面を用いて3つの
位相の干渉縞を取得し、3ステップ法のアルゴリズムに基づいて表面形
状を解析した。得られた結果は P-V で λ/2 という値であった。これは
要求する精度の λ/10 を下回る値であるが、光学素子のアライメント誤
差に由来しているので改善可能である。
今後は上記の誤差の改善と加工機への取り付けに対する耐性向上に取
宇宙マイクロ波背景放射(CMB, Cosmic Microwave Background)は
宇宙の晴れ上がりの時期に放たれた光であり、その偏光パターンは発散
成分である E-mode と回転成分である B-mode に区別される。中でも
り組む。
1. Daniel Malacara(ed.) (2007). Optical Shop Testing, 3rd Edition
B-mode は、古くはインフレーション時に発生した原始重力波、新しく
は銀河による重力レンズ効果の影響を留めているとされ、これを観測す
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ることでインフレーションのエネルギースケールや宇宙のニュートリノ
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
108
観測機器
観測 a15
超伝導遷移端検出器の弱結合の理解へ向けた
臨界電流測定
北澤 誠一 (首都大学東京 宇宙物理実験研究室 M1)
バリオンは、ダークエネルギー (71%) やダークマター (24%) に比
は検出器側で焦点調整をする必要がある。 本講演では、光学系の温度
変化を考慮した上で光線追跡を 65K∼100K でシミュレートし、SWIMS
の結像性能の温度依存性を評価するとともに、実温度で検証した結果を
報告する。
1. K. Motohara, et al., Proc. SPIE 9147 (2014)
べると、存在量は 5% と小さいが、宇宙の大規模構造形成と化学進化で
果たした役割は大きい。バリオンの多くは中高温銀河間物質 (WHIM)
と考えられているが、弱く広がった X 線放射が主となるため、過去の
X 線ミッションで検証は困難であった。これを打破するには、バック
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観測 a17
近赤外線検出器 HAWAII-1RG の駆動試験
山口 淳平 (東京大学 天文学教育研究センター M1)
グランド放射と WHIM を精密分光で切り分けることが鍵であり、X 線
CCD のエネルギー分解能を桁で上回る検出器が必要であった。我々は、
WHIM を捉える将来 X 線衛星 DIOS への搭載を目指し、超電導の精密
X 線分光器の開発を行っている。TES 型カロリメータは Ti と Au の2
層薄膜で構成される。50mK 程度の極低温で動作させ、超電導から常伝
我々は、中間赤外線撮像分光装置 MIMIZUKU(MId-Infrared Multifield Imager for gaZing at the UnKnown Universe) を東京大学アタ
カマ天文台 (TAO) 計画で建設中の 6.5m 望遠鏡の第 1 期装置として開
導への2次の相転移に伴う物理量 (抵抗値) の飛びを活用した超高感度
発中である。TAO の建設予定地は大気中の水蒸気量が非常に少なく、
の温度計であり、エネルギー分解能は 6.4keV で約 2eV の精度で測定が
赤外線波長における大気透過率が高くなる。この特長を活かすため、
実現できる。
MIMIZUKU は 1 台で波長 2–38,µm という広い波長範囲をカバーして
近年の TES の多素子化の研究が進んだことにより、巨視的な波動関数
いる。
が TES の内部や外部の電磁場との干渉により、予測が困難な挙動を引
この波長範囲をカバーするために MIMIZUKU は 3 つの波長チャネ
き起こすことが分かってきた。そのため、物性物理や超電導物理を駆使
ルを持っており、それぞれに異なる検出器が搭載される。このうち最も
し、実測により複雑な TES の物理を正しく理解することが重要である。
短波長側 (2.0–5.3,µm) では、Teledyne Scientific & Imaging (TIS) 社
我々は TES 物理の解明に向けて、自作した TES を様々な外的環境に
の検出器 HAWAII-1RG (HgCdTe 5µm-cut off, 1K×1K pixel) を使用
置いて、超電導特性を測定するセットアップの構築を行っている。TES
している。HAWAII-1RG の感度波長では特に L,M-band において背景
に 0.01G 程度の精度で可変できる磁場をかけ測定を行う計画であるが、
光の明るさによって読み出し時間に対して制約が生じるため、読み出
この磁場は地磁気よりも小さい為、地磁気を遮蔽する必要がある。現在、
しを出来る限り高速化したい。しかし、読み出しのピクセルレートを速
我々が使用している無冷媒希釈冷凍機で用いているシールドは主に無酸
くすると読み出しノイズが増加するという報告がある。そこで我々は、
素銅であるが、比透磁率が 1 程度であり地磁気の遮蔽がほぼできていな
TIS 社から提供されている読み出しシステムを用いずに独自の読み出
い。そこでその中の 4K シールドに、新たに Ni と Mo と Fe の合金で出
しシステムを開発して、柔軟に設定を変えながら最適な読み出し設定を
来ている CRYOPYH というシールドを無酸素銅の代わりに用いると、
模索できるようにした。本講演ではこの読み出しシステムについて行っ
比透磁率が 70000 である為シールド内の地磁気を 1/33 程まで遮蔽でき
た、HAWAII-1RG の駆動に向けた駆動環境の設定、読み出しシステム
る。また、超電導磁気シールドを用いても地磁気を遮蔽でき、100mK
の動作確認と HAWAII-1RG マルチプレクサの駆動試験について報告
シールドに Al 磁気シールドを用いると 1/25 程度まで遮蔽できると予測
する。
できる。
本講演では、これらのシールドを用いた地磁気遮蔽について調査及び
実験結果について報告する。
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観測 a16
近赤外線分光カメラ SWIMS の低温光学系結
像評価
大橋 宗史 (東京大学 天文学教育研究センター M1)
1. 藤堂颯哉 : 修士論文「近赤外多天体分光カメラ SWIMS における
検出器読み出しシステムの開発と評価」、東京大学 (2015)
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観測 a18
TES 型 X 線カロリメータの読み出し系の
改良
田中 桂悟 (金沢大学宇宙物理学研究室 M1)
近赤外分光カメラである SWIMS は、光学系全体を 100K 以下に冷
X 線マイクロカロリメータは入射する X 線光子1つ1つのエネルギー
却することでカメラ本体からの黒体輻射を抑える必要がある。SWIMS
を,素子の温度上昇として計測する検出器であり,0.1 K 以下の極低温
の光学系はその温度が 65K に最適化されて設計しているが、実際に製造
で動作させることにより,優れたエネルギー分解能を実現する。中でも
を行い、組み立て冷却試験を行った結果、冷却システムの能力が設計値
TES 型は,超伝導遷移端を高感度の温度計として利用することにより,
E/∆E >1000 の分光性能が期待できることから,X 線天文学における
よりも低く、到達温度が高くなる可能性があることが明らかになってき
た。 そこで問題となるものの1つに、光学系の温度変化による結像性
次世代精密分光装置として最も注目されている。我々は将来の X 線天文
能の変動がある。具体的には、結像時のスポットダイアグラムには大き
衛星への搭載を念頭に置き,微小重力下で < 0.1 K の極低温を実現でき
な変化はないものの、硝材の屈折率の温度依存性および光学系の温度収
る断熱消磁冷凍機 (ADR) をカロリメータと一体で開発している。昨年
縮のため、焦点位置がずれてしまう。焦点調整だけであれば望遠鏡側の
は温度制御ロジックの見直しによる温度安定度の改善について報告した
調整を行うことでも可能だが、分光観測用のスリットマスクとカメラ光
(2015 年夏の学校 a7 海道,b9 伊東)
。その後,安定した素子評価環境の
学系との間の位置調整が行えないために、波長分解能を維持するために
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
実現を目指して,さらなる ADR の改善に努めてきた。
現在 5.9 keV
109
観測機器
の X 線に対して 3.8 ± 0.4 eV (FWHM) のエネルギー分解能を実現して
に応力が発生し、薄板ガラスに変形が生じた。また、内部応力が経年変
いるが,ここで使用した TES 素子は希釈冷凍機上で 2.8 eV の分解能を
化することも明らかにした。次に、ガラスの両面に反射膜を成膜するこ
記録した素子であり,我々の ADR 上ではまだ改善の余地がある。その
とで、変形を打ち消す方法を試みた結果、変形が 1/5 以下に抑えられた。
原因について詳しく調べたところ,数百 Hz の周波数帯域における読み
また、ブラッグ反射を利用して硬 X 線を反射させるために必要な重元素
出し系(TES 素子の信号読み出しに使用している SQUID 電流計とその
と軽元素を交互に成膜する多層膜についても変形量を評価した結果、重
後段の増幅回路)の雑音が大きいことが原因であることが分かった。そ
元素が占める厚さの割合がおよそ 0.4 で変形が最小となった。本講演で
こで,SQUID 電流計を低発熱型のものに変更して,極低温部で動作で
は、 Pt 単層膜を NASA/GSFC で作製された Wolter 型のガラス基板に
きるように変更し,さらに後段の増幅回路を見直して,雑音の低減に取
成膜した際の変形量についても報告する。
り組んでいる。本講演ではこれらの改良について報告する。
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観測 a19
観測 a21
26 cm 口径可視光望遠鏡による観測システム
の自動化
裏面照射型 X 線 SOI ピクセル検出器の軟 X
線性能評価
林 秀輝 (京都大学 宇宙線研究室 M1)
山田 宗次郎 (中央大学 天体物理学 (坪井) 研究室 M2)
我々は、次世代の X 線天文衛星「FORCE」搭載予定である X 線照
当研究室では、2009 年 8 月から全天 X 線監視装置 MAXI を用い
射用 SOI ピクセル検出器「XRPIX」を開発している [1]。XRPIX は、
て、恒星からの巨大 X 線フレアを探査している。MAXI で検出したフ
SOI(Silicon On Insulator) 技術を用いた検出部・読み出し回路一体型
の検出器である [2]。各ピクセルにヒットタイミングを出力させるイベ
ントトリガー機能を備えることで、∼10 µs の時間分解能を実現する。
レアの即時追観測を目的として、2012 年度に後楽園キャンパス 6 号館
屋上に、ドーム型可視光望遠鏡 CAT ( Chuo-university Astronomical
Telescope ) を設置した。U, B, V, R, I, Hα フィルターを用いた測光観
測を行っており、視野分角は 51 × 34 、限界等級は都内中心ながら V
バンドで約 14 等級である ( 露光時間 120 sec 、S/N = 10 ) 。現在、追
これまで主に用いられてきた X 線 CCD の時間分解能 ∼ 数 s を大き
観測実現のために観測設備の制御ソフトの動作試験など、観測システム
り、XRPIX は 0.5–40 keV の広帯域撮像分光を実現する。これは、X
の自動化を進めている。 一方で市販の分光器 ( R ∼ 10 Å ) を導入
線 CCD のエネルギー帯域 0.5–10 keV をはるかに上回り、超新星爆発
し、手動の切り替えによって、分光観測を行うことができる。限界等級
の機構などの解明に大きな進展をもたらすことができる。
く上回る時間分解能により、高エネルギー粒子起源の非 X 線バックグ
ラウンドを除去する反同時計数法を用いることができる。このことによ
は約 8 等級 ( 露光時間 300 sec 、S/N = 50 ) であり、今年度に可視光
XRPIX の表面には 10 µmm 程度の回路層が存在するため、表面照
分光観測用ドームを設置する計画を立てている。これによって今まで前
射型の観測方法では軟 X 線検出が困難である。このため、不感層の薄い
例がないであろう、恒星フレアの X 線と可視光による測光かつ分光の
裏面照射型素子の開発が必須である。我々は、これまでに、XRPIX2b
同時観測が可能となる。 本講演では、観測システムの自動化の現状を
と呼ばれる素子に 2 種類の方法で裏面処理を行った。不感層厚を計測す
報告する。
ると 1.1–1.5 µm, 0.9–1.0 µm であった [3]。0.5 keV を検出するための
不感層厚の要求 < 1 µmm を満たしているものもあるが、軟 X 線感度
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観測 a20
FORCE 高角度分解能硬 X 線望遠鏡に向けた
基板成膜による変形の調査
中野 慎也 (名古屋大学 Ux 研 M1)
のさらなる向上のため不感層厚 0.1 µmm を実現したい。そこで、今回、
同じ XRPIX2b に対して CVD という異なる方法の裏面処理を施し、薄
い (< 0.1 µmm) SiO2 を蒸着させた。様々なエネルギーの X 線をこの
素子に照射し、各エネルギーでの量子効率を求めることで不感層厚を実
測し、過去の結果を上回るものであるかを評価する。また、暗電流の測
定も行い、この素子の暗電流起源ノイズについて評価する。
多くの銀河中心に、最大 10 億太陽質量もの超巨大ブラックホールが
存在するが、超巨大ブラックホールがどう形成され成長してきたかは謎
である。小型衛星計画 FORCE は、この謎の解明を主目的とし、1∼80
keV のエネルギー帯域において、15 秒角 (HPD) 以下の高角度分解能で
撮像分光観測する。大有効面積と高角度分解能の両立が必要な FORCE
では、薄い反射鏡基板を同心円状に多数配置した多重薄板型 Wolter-I 光
学系を採用する。高角度分解能実現のため反射鏡には高い形状精度が要
求される。これまでのところ、薄板ガラスを使った基板自身では、角度
分解能 15 秒角を満たす形状精度が達成されている。しかし、X 線反射
1. T.G. Tsuru, et al., Development and performance of Kyoto Xray astronomical SOI pixel (SOIPIX) sensor, Proc. SPIE9144
(2014) 914412.
2. Y. Arai, et al., Development of SOI pixel process technology,
Nucl. Instrum. Methods Phys. Res. A 636 (2011) S31.
3. M. Itou, et al., The first back-side illuminated types of Kyoto
X-ray astronomy SOIPIX, Nucl. Instrum. Methods Phys.Res.
A (2016 in press).
鏡として薄い基板に数百∼数千 AA の金属膜を成膜すると膜の内部応
力により分角オーダーまで形状が悪化してしまう。 本研究では、薄い
反射鏡で角度分解能 15 秒角を実現するため、成膜による変形を十分に
抑える方法の確立を目指す。まず、膜の性質を調べるために、30mm ×
70mm の薄板ガラス (0.21mm 厚) に X 線反射鏡で使われうる Pt 単層
膜、lr 単層膜および Ni(90%)+V(10%) 合金の単層膜を成膜した。その
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観測 a22
将来衛星に向けた積層配線 TES 型 X 線マイ
クロカロリメータの表面粗さの改善と評価
小坂 健吾 (首都大学東京 宇宙物理実験研究室 M1)
結果、Pt および lr 単層膜では突っ張る方向、NiV 単層膜では縮む方向
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
110
観測機器
我々は将来の小型科学衛星 DIOS (Diffuse Intergalactic Oxygen Surveyor) に向けて、独自の積層配線デザインを用いた TES (Transition
Edge Sensor) 型 X 線マイクロカロリメータを開発している。TES は超
伝導金属の常伝導-超伝導転移時の急激な抵抗変化を利用して、X 線光子
のエネルギーを高い分解能で分光する X 線検出器である。我々はこれま
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観測 b2
NANTEN 2 115GHz 帯受信機用 IF 系の開発
栗田 大樹 (名古屋大学大学院理学研究科 天体物理学研
究室 (A 研) M1)
でに 4 × 4 アレイを用いて、5.9 keV において 2.8 eV のエネルギー分
解能を達成した。これは従来の X 線 CCD に比べ、1 桁以上優れている。
我々の研究室では南米チリ共和国のアタカマ高地に所有する 4m サ
DIOS では検出器の性能として、1 cm 角の有効面積と 2 eV のエネ
ルギー分解能が要求されており、そこで我々は 200 µm 角を 1 素子とし
た、大規模 400 ピクセル TES アレイを製作している。その際、単純な
ブミリ波望遠鏡「NANTEN2」を用いて主に一酸化炭素分子 CO の
配線デザインでは多素子化すると配線スペースが問題になることや、密
骸など様々な星間現象の解明が期待されている。
J = 2 − 1 および J = 1 − 0 の輝線を観測している。この輝線は分子ガ
スをトレースしており、このデータから大質量星の形成過程や超新星残
集した配線間でクロストークが発生しエネルギー分解能を劣化させうる
現在我々は「NANTEN2」を用いて全天のうち主要な 37 %の範囲の分
ことから、我々のグループでは超伝導積層配線と呼ぶ、素子までの行き
子雲の分布を調査する NASCO(NAnten2 Super CO survey as legacy)
と帰りの配線を絶縁膜を挟んで上下に配置するデザインの開発に取り組
計画を推進している。広範囲を詳細に観測する NASCO 計画には高い
んでいる。これまでに、400 ピクセル用の積層配線自体の超伝導転移は
観測効率が求められる。そのため現在の受信機構成(1ビーム・片偏波)
確認ずみであり、現在は配線上に TES をパターニングして、アレイの
を見直し、115GHz 帯では 4 ビーム・両偏波・SSB、230GHz 帯では1
製作に取り組んでいる。しかし、これまでの試作品では TES が良好に
ビーム・両偏波・2 SB となる新受信機システムの開発を進める。この
転移しなかった。原因として有力なのが、二乗平均面粗さ 4.5 nm に達
新システムを用いれば約 2 年で観測が可能になると予想される。
している TES 表面の粗さであり、これを 5 倍程度改善する必要がある。
本開発ではこの 115GHz 帯受信機システムに搭載する新 IF 系試作
我々は TES 表面の粗さの原因が、下地の配線製作プロセスにあること
機の設計、製作及び評価を行った。この IF 系は 115GHz 帯受信機で受
を特定し、配線の素材を変更し、傾斜角度を浅くするなどすることで、
信された
積層配線ではない従来の素子に筆記する二乗平均面粗さ ∼1 nm の達成
CO,13 CO,C18 O(J = 1 − 0)の3輝線が含まれた 1stIF(412GHz) をフィルターで 9-12GHz(12 CO) と 4-6GHz(13 CO,C18 O) の
に成功した。また、配線表面を研磨する新たな手法も試している。本講
2系統に分け、それぞれ 2GHz 以下にダウンコンバートしてデジタル
演では、積層配線 TES 型 X 線マイクロカロリメータの開発の現状につ
分光計 XFFTS へと同時に導入する回路である。IF 系全体のリニアリ
いて述べる。
ティは 0-10dB の範囲で± 0.1dB、アラン分散は 20 秒の性能を目標に
1. Ezoe et al. 2015 IEEE TAS
2. Kuromaru et al. 2016 JLTD
12
製作している。また、現受信機システムでは隣の受信機 (SMART:ケル
ン大学所有) からの混信が見られているためこれを防げるよう周波数設
計を行った。以上の目的のため本開発では Lo 周波数およびバンドパス
フィルターの帯域の見直し、広帯域 (4-12GHz) のアンプの採用や入力
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観測 b1
次世代ガンマ線望遠鏡 CTA 小口径望遠鏡用焦
点面カメラ較正システムの開発
中村 裕樹 (名古屋大学 宇宙地球環境研究所 M1)
反射損失の少ない低周波 (0-2GHz) 用のアンプの自作(大阪府立大学阿
部氏ら協力)等を行った。作製した IF 系の回路は、各コンポーネント
および系全体でベクトルネットワークアナライザーを用いて電気的特性
を確認し、スペクトルアナライザーを用いたリニアリティ調査・アラン
分散測定を行って評価している。本ポスターでは上記の内容の詳細と今
後の計画について報告する。
チェレンコフ望遠鏡アレイ(Cherenkov Telescope Array 、CTA)は
超高エネルギーガンマ線を地上から観測する次世代の国際天文台計画で
ある。異なる口径の望遠鏡を数 km2 の広範囲に多数設置することで、20
GeV から 300 TeV のエネルギー範囲にわたるガンマ線を、現行のガン
マ線望遠鏡より 1 桁高い検出感度での観測を目指している。
我 々 は 3 つ の 異 な る 小 口 径 望 遠 鏡 の 設 計 の う ち 、Gamma-ray
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観測 b3
NASCO 計画にむけた NANTEN2 制御ソフト
ウェアの更新
兵頭 悠希 (名古屋大学大学院理学研究科 天体物理学研
究室 (A 研) M1)
Cherenkov Telescope (GCT)の焦点面検出器を開発している。GCT
では副鏡を用いた Schwarzchild-Coulder 光学系を採用することで、従
我々は、NANTEN2 望遠鏡を用いた CO(J=1-0) 輝線の超広域サーベ
来の地上ガンマ線望遠鏡に比べて結像性能が高く、また焦点面カメラを
イ計画である NASCO(NANTEN Super-CO Survey as Legacy) プロ
小さくできる。カメラの小型化により費用の低減が可能となり、望遠鏡
ジェクトを推進している。NASCO では、全天の 70% の領域を角度分
の設置台数を増やすことができる。GCT の焦点面検出器には多ピクセ
解能 2.6 分角の高分解能で観測する予定であり、これまで整備が遅れて
ルの半導体光検出器と小型の波形記録回路を用いることで、従来の光電
いた全天にわたる CO 輝線のデータセットが提供される。NASCO を
子増倍管に比べ小型で多チャンネルの読み出し、高い光検出効率の達成
4 年間の運用で実現するためには、広域観測の効率化が極めて重要であ
が可能になる。検出器に用いる半導体光検出器は、出荷時には暗電流特
り、マルチビーム受信機を用いて高速スキャン観測を行えば達成できる
性や検出効率といった基本特性しか測定されていない。そのため全ての
見通しを得ている。観測を実施するため、制御ソフトウェアに求められ
ピクセルについてノイズ、時間応答特性、ゲイン特性について較正を行
ることは、全天を効率的に観測するために最適化された観測モードを実
う必要がある。本研究では多数の検出器の較正を効率的に行うため、波
装すること、また長期にわたる観測期間とマルチビーム受信機による
形記録回路も含め較正を行うシステムを開発する。本講演では焦点面カ
2TB/day にのぼる膨大なデータを効率良く処理するため、観測オペレー
メラの較正方法について報告する。
ションおよびデータ解析を簡素化することである。NANTEN2 移設当
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
111
観測機器
初から使用されている制御ソフトウェアは独自に開発された言語を使用
る。また、北・南半球を含めて計 100 台程設置することで、広い有効面
しており、汎用性が低く、さらには現在サポートが終了した Real-Time
積を確保し、従来よりも一桁高い検出感度の実現を目指す。CTA の高
Linux 上で構築されており、さらなる維持、改修が困難であった。そこ
い検出感度で銀河系内天体を探査することで、現行望遠鏡に比較して約
で我々は昨年度から計算機のリプレイス、観測プログラムの最適化、制
御ソフトウェアの python 化などの更新作業を進めている。すでに計算
10 倍の超新星残骸やパルサー風星雲が検出可能になると期待される。ま
た、ガンマ線エネルギースペクトルを 100 TeV 超まで測定することで、
機の Linux 化が完了しており、制御ソフトウェアの python 化もほぼ完
宇宙線加速の謎に迫ることが期待される。
了した。2015 年 12 月に望遠鏡を構成するアンテナやミラーなど各装置
我々は3種類ある小口径望遠鏡設計の内、Gamma-ray Cherenkov
の動作試験を実施し、従来と同等の性能に達していることを確認した。
Telescope (GCT) の焦点面カメラを開発している。GCT の光学系は
現在は観測プログラムの最適化の検討やデータ解析プロセスの設計、検
副鏡を採用しているため、焦点面上での画像を縮小することでカメラ
討を進めており、2016 年 9 月のファーストライトを目指す。本公演では
の小型化と製作費用の低減を可能にした。GCT の焦点面カメラは半導
制御ソフトウェア更新計画とこれまでの進歩を報告する。
体光電子増倍素子 (SiPM) を採用しており、超高エネルギー帯域 ( 100
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観測 b4
NANTEN2 新マルチビーム受信機の開発
堤 大陸 (名古屋大学大学院理学研究科 天体物理学研究
室 (A 研) M1)
MeV − 100 TeV) のガンマ線が地球大気との相互作用で放出するチェ
レンコフ光 (紫外光) に対する高い光検出効率とカメラの小型化を実現
する。高い光検出効率は、数 TeV のエネルギー帯域における有効面積
向上に寄与する。 しかし、隣接する SiPM 間には隙間 (不感層) があり、
12% のチェレンコフ光を損失する。そこで、紫外透過型のレンズアレイ
を SiPM に被せて入射チェレンコフ光を屈折させ、SiPM へと集光する
我々が運用しているチリ・アタカマ砂漠の 4m ミリ波/サブミリ波望遠
ことで、損失率を下げる方法を検討している。高い集光効率に寄与する
鏡 NANTEN2 では一酸化炭素分子 CO(J=2-1,1-0) 輝線の観測を行い、
最適なレンズ形状を選定することで、既製品 SiPM との相対値にして最
そこで得られた広範囲の観測データを用いて様々な大質量星形成や超新
大約 15 %の光検出効率向上が見込める。
星残骸等の星間現象の解明を進めてきた。今後 f HI の観測データとの
比較を行うことによる水素ガスの精密定量を行うことで、星間物質の研
本講演では、光線追跡ソフトを用いての光学シュミレーション及び、
光学材料の測定、最適なレンズ形状の選定について述べる。
究が劇的に進歩すると予想される。しかしその一方で、なんてん望遠鏡
で行われた NGPS(NANTEN Galactic Plane Survey) のデータはナイ
キストに取れていない、CfA 望遠鏡での観測は分解能が低いなど、現在
に至るまで高分解能で全天をカバーした CO の観測データは未だ作られ
ていない。
そ の 現 状 を 受 け て 、NANTEN2 で 現 在 進 行 し て い る
NASCO(NAnten2 Super-CO survey as Legacy) 計 画 で は 南 半 球
から観測可能な、全天の約 70% をカバーする超広域 CO 観測を目標と
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観測 b6
「あかり」中間赤外線全天マップの表面輝度の
評価方法
高羽 幸 (名古屋大学 理学研究科 宇宙物理学研究室 赤外
線グループ (UIR 研) M1)
している。この計画の主要な領域 (全天の約 37%) をおよそ 2 年で実現
宇宙空間には、さまざまな波長の電磁波が存在する。その中でも、中
するために旧来のシングルビームとは異なる、高分解能での広域サーベ
間・遠赤外線を用いると、星間ダストの放射を観測することができる。
イの可能な新型のマルチビーム受信機の開発が必要となった。
赤外線天文衛星「あかり」は、2006 年 5 月から 1 年 3 か月にわたり、宇宙
これまでに NASCO 計画用の受信機は光学系設計が終了しており、光
からの赤外線放射を多波長で全天を掃天観測した。そのうち、9 µm バン
軸上の 1 ビームの 230GHz 両偏波 2SB 受信機、4 ビームの 115GHz 両
ドは、炭素系のダストである多環芳香族炭化水素 (Polycyclic Aromatic
偏波 SSB 受信機、および冷却ミラーを採用することで開口能率約 70%
とエッジレベル-15dB を達成する予定である。その光学設計をもとに、
Hydrocarbon; PAH) からの放射をとらえることができ、18 µm バンド
は、高温のケイ素系ダストからの熱放射をとらえる。PAH の放射の検出
100GHz 用冷却ミラー及びそのホルダーをはじめとする各コンポーネン
を目的とした全天の掃天観測は、世界で初めてである。「あかり」中間赤
トのプレモデルを 3 次元 CAD で設計し、ダンボール・3D プリンタで
試作をしながら受信部の形状を決定し、熱計算および強度計算等の構造
外線全天観測は、空間分解能が 5.5’ (9 mum)、5.7’ (18 mum) であり、
1983 年に観測が行われた、Infrared Astronomical Satellite (IRAS) の
解析を行っている。またそれと並行して、実際に NANTEN2 望遠鏡に
全天観測と比べて 10 倍以上、向上した。この全天マップの公開は、銀
搭載可能なクライオスタット、300K シールドなどの設計を行っている。
河の進化、星形成の過程、惑星系の進化などの研究に貢献する。本研究
今回の発表では NASCO 用受信機の設計の進捗について報告する。
では、9 µm バンドと 18 µm バンドにおける全天マップを作成し、マッ
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観測 b5
次世代ガンマ線望遠鏡 CTA 小口径望遠鏡カメ
ラの光検出効率の向上に向けた SiPM 用レン
ズアレイの検討
朝野 彰 (名古屋大学 宇宙地球環境研究所 M1)
プでの表面輝度とその不定性の計算を目的とした。 最初に、観測データ
に対して、装置由来のノイズの補正や、黄道光や月の迷光の除去など、
さまざまな補正を全天に渡って行った。これらの補正を行ったのち、表
面輝度は同じ領域の複数回観測(スキャン)の平均値とし、そのエラー
はスキャンの標準偏差として、これらのマップを作成した。また、一部
の領域について、1 回のスキャンあたりの検出限界を求め、9 mum で
40 mJy、18 mum で 100 mJy という値が得られた。観測装置から期待
チェレンコフ望遠鏡アレイ (Cherenkov Telescope Array 、CTA) は、
宇宙における高エネルギー現象により放射されるガンマ線を観測する次
世代ガンマ線望遠鏡である。大・中・小口径の異なる口径の大気チェレ
ンコフ望遠鏡により、20 GeV-300 TeV の広いエネルギー帯域を確保す
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
される値である、9 µm で 50 mJy、18 µm で 120 mJy (Onaka et al.
2007) と比較し、ファクターの範囲で一致することを確認した。
1. Kondo, T., et al. 2016, AJ, 151, 71
112
観測機器
2. Onaka T., et al. 2007, PASJ, 59, S411
実証した。この結果についても報告する。
1. Ian S. Mclean, [Electronic Imaging in Astronomy (second edi...................................................................
観測 c1
外部からの電気パルスで変調駆動できる可搬
型 X 線発生装置の開発
西田 和樹 (東京理科大学 玉川研究室 M2)
tion)], Praxis Publishing, Chichester, 2008
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観測 c3
MEMS ガス検出器で切り拓く MeV ガンマ線天
文学
今後ますます、搭載される観測装置の機能が複雑になっていくであ
竹村 泰斗 (京都大学 宇宙線研究室 D1)
ろう X 線天文衛星にとって、コンパクトかつ変調可能な X 線発生装置
(Modulated X-ray Source:MXS)は、検出器の較正機器として不可
欠である。すでに様々なタイプの MXS が開発され、衛星プロジェクト
に採用されているが、我々は全く新しい装置である、針葉樹型カーボン
ナノ構造体(CCNS)を用いた MXS(CCNS-MXS)を開発している。
CCNS-MXS は従来の MXS がと比較して、格段に低電圧での運用がで
きるので、さらなるコンパクト化が期待される。
CCNS はカーボンナノチューブなどの炭素構造体が針葉樹型を形成
している。その先鋭な構造のため、10 kV/cm の電場中におくと電子電
界放出によって電子を発生する。CCNS-MXS はこの CCNS に厚さ約
100 μ m のガス電子増幅フォイル(GEM)を押し付けることで製作さ
れる。GEM は絶縁体の片面に電極がついた構造で、約 100 µ m 直径の
貫通穴が規則正しくあいている。GEM に 100 V の電圧を印加すると、
貫通穴の中に位置する CCNS には 10 kV/cm の電場が加わるため電子
が電界放出される。その電子を電場で加速させてターゲット金属に当て
ることで X 線を発生させる。このとき、外部から与える 100 V の電圧
の ON/OFF に同期して、X 線も ON/OFF することができる。
我々は実際に製作した CCNS-MXS を製作して、100 V の電圧印加に
よって 600 ns の幅のパルスで X 線を発生させることに成功した。さら
に CCNS にかける電場を 67 kV/cm まで上昇させると 1.2 mA の電流
を引き出すことができた。これは実際に衛星に搭載されている MXS の
102 の X 線フラックスに相当する。本研究では、CCNS-MXS の特性と
開発の進捗情報について報告する。
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観測 c2
近赤外線検出器の概要と SWIMS の検出器性能
評価
寺尾 恭範 (東京大学 天文学教育研究センター M2)
近赤外線による観測は、ダストに覆われた星形成銀河や赤方偏移の大
きな宇宙初期の銀河の性質を調べる際の有力な手法である。近赤外線の
検出には半導体検出器が広く用いられており、観測したい波長に応じて
材質が異なる。これらの検出器は、天体からの光により励起された電子
を集めることにより光の強度を測定する。本講演では、近赤外線検出の
原理や信号の読み出し方法のほか、読み出しノイズや暗電流といった
ノイズが発生する原理とノイズ低減の手法についても紹介する。また、
我々のグループでは東京大学アタカマ天文台 (TAO) 6.5m 望遠鏡の第
1 期近赤外線観測装置 SWIMS を開発しており、2017 年度初頭からす
ばる望遠鏡に搭載しての試験観測を予定している。SWIMS には近赤外
線観測に広く用いられている検出器 HAWAII-2RG が 4 台搭載されて
おり、これらを同時に駆動することで広視野を実現する。これまでの試
験により HAWAII-2RG の同時駆動時にはノイズが増加することが判明
したが、読み出し用のケーブルを改良し、読み出し回数を増やすことで
SWIMS の要求性能を満たすのに十分なノイズ低減が可能であることを
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
MeV ガンマ線天文学は超新星爆発や核ガンマ線、最遠方ガンマ線バー
ストなど様々な天体現象の観測が期待されている一方で、1991 年に打
ち上げられた CGRO 衛星に搭載された COMPTEL 以降 MeV ガンマ
線に対する全天観測はまったく行われていない。この状況を打開するべ
く、われわれは高空間分解能ガス飛跡検出器 u-PIC を用いた電子飛跡検
出型コンプトンカメラ (ETCC:Electron-Tracking Compton Camera)
の開発を行っている。ETCC では電子飛跡情報を得ることで、既存の
MeV ガンマ望遠鏡では不可能であった各光子の方向を一意に再構成す
ることが可能であり、MeV ガンマ望遠鏡として初めて Point Spread
Function(PSF) を定義した。しかし、MeV ガンマ線天文学を切り開く
には 5 度以下の PSF が必須であり、このためにはより高い精度の電子
飛跡情報が要求される。 電子飛跡情報を得るガス検出器 u-PIC は現
在プリント基板技術で作製されており、その位置分解能は約 120 µ m
(RMS) を実証している。しかし、MeV ガンマ線望遠鏡の要請を満たす
には u-PIC の位置分解能 100 µ m 以下が必要となる。Micro Electro
Mechanical System (MEMS) 技術はこの要求を満たしうる解のひとつ
である。この技術を用いて u-PIC を作製することにより、高位置分解
能・高エネルギー分解能・高ガスゲインの u-PIC が期待できる。MEMS
ガス検出器の基本研究として複数の素子を作製し、実測とシミュレー
ションによりその評価を行った。
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観測 c4
CTA 大口径望遠鏡用分割鏡性能評価
稲田 知大 (東京大学宇宙線研究所 M2)
Cherenkov Telescope Array (CTA) 計画とは、大・中・小と口径が
異なる 3 種類の解像型チェレンコフ望遠鏡群を用いて、現行の望遠鏡の
約 10 倍の感度 で 20 GeV から 100 TeV 以上に渡る広いエネルギー範
囲において超高エネルギーガンマ線の観測を目指す国際共同プロジェク
トである。CTA-Japan グループが研究開発を行っている大口径望遠鏡
は、CTA 計画全体で建設が予定されている南北のサイトそれぞれに 4
台建設される予定である。望遠鏡の主鏡には、1 台あたり六角形の対辺
が 1.51 m の分割鏡を約 200 枚 使用する。分割鏡性能は望遠鏡の感度、
エネルギー分解能等に大きく影響を与える。そのため分割鏡の重要な性
能である結像性能、曲率半径を評価する必要がある。評価基準として分
割鏡には仕様要求が定められており、最も重要である結像性能は、焦点
距離 f (28 m から 29.2 m) において光量の 80 % が収まるスポット直
径 (D80) が 16.6 mm 以下であることが求められる。結像性能、曲率半
径の評価には 2f 法と呼ばれる方法を用いている。2f 法とは焦点距離の
2 倍の位置 (2f) に光源となる LED とスクリーンを置き、反射像をカメ
ラで撮影し解析することでスポットサイズを求める方法であり、東京大
学宇宙線研究所に実験装置を設置している。本講演では望遠鏡に搭載予
定である分割鏡の性能評価測定を 2f 実験装置で測定した結果について
113
観測機器
報告し、測定で得られた光学パラメータを用いて望遠鏡への分割鏡の配
な ど の IF レ ベ ル を 測 定 し た 。 そ の 結 果 ビ ー ム サ イ ズ が
置方法の最適化を検討するために将来行う予定である simulation study
12.60[arcmin]@1.42GHz, 9.78[arcmin]@1.66GHz, 4.23[arcmin]@4.9GHz, 3.57[a
に向けた展望を述べる。
と な り ま た 各 周 波 数 で の サ イ ド ロ ー ブ
1. CTA-Japan Consortium, /Cherenkov Telescope Array 計 画 書
(LOI)
の 位 置・レ ベ ル が 分 か っ た 。ま た
Tsys
が
96[K]@1.42GHz, 85[K]@1.66GHz, 70[K]@4.9GHz, 80[K]@6.7GHz, 36[K]@8.4G
で あ る こ と が 分 か っ た 。ま た 較 正 用 ノ イ ズ ソ ー ス 等 価 温 度 は
39.1[K]@1.42GHz, 29.0[K]@1.66GHz であった。 以上の性能評価に
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観測 c5
炭素繊維強化プラスチックを用いた次世代 X
線望遠鏡の開発
島 直究 (名古屋大学 Ux 研 M2)
より L 帯のノイズソースを用いた強度較正が可能になり, 観測計画をた
てる際に必要であるシステム雑音温度やビームサイズが分かった。
1. Hama et al. 1994PASJ...46..511H
2. Sekido et al. 1994vtpp.conf..306S
3. Doi et al. 2007PASJ...59..703D
X 線望遠鏡の多くは、放物面と双曲面に共焦点配置された反射鏡に 2
回反射させることにより結像集光する Wolter I 型光学系を採用してい
る。特に日本の X 線望遠鏡は多重薄板型と呼ばれ、アルミ製の薄い反
射鏡を同心円状に多数配置することで軽量かつ高い集光力を得られる一
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観測 c7
コリメータ製作
方、角度分解能が数分程度に制限されてしまうという欠点を併せ持つ。
これは Wolter I 型光学系の二次曲面を円錐近似して用いていることや、
薄い反射鏡の形状誤差・位置合わせの誤差が大きいことが原因として挙
X 線微細ピクセル検出器のための金属マルチ
児嶌 優一 (関西学院大学大学院理工学研究科物理学専攻
M1)
げられる。次世代 X 線望遠鏡には、この高い集光力を保持したまま結像
性能の向上が要求される。そこで我々はアルミの 7 倍の比強度と 1/8
X 線 CCD は、高い空間分解能とエネルギー分解能を併せ持つ検出器
の熱膨張率を持ち、かつ成形の自由度の高い炭素繊維強化プラスチック
として、X 線天文分野で活躍してきた。現在、次世代 X 線観測ミッショ
(以下 、CFRP) を基板材料として、完全な Wolter I 型光学系を再現し
た二段一体型反射鏡の開発を行っている。 CFRP 反射鏡の鏡面形成
ンへの活用を念頭に、SOIPIX、DEPFET など、時間分解能の向上と、
手法は、母型に反射膜を成膜し、それをエポキシ接着剤を用いて基板に
線撮像分光検出器が開発されている。
Si 有感層を厚くし、硬 X 線に対する検出効率を向上させた、様々な X
転写させるレプリカ法を用いる。X 線反射鏡には入射 X 線の波長程度
これらの検出器はいずれも、入射した X 線光子により生成された多数
の表面粗さが要求されるため、ガラス製の母型を用いることで滑らかな
の電荷群(一次電荷雲)が空乏層内をドリフトし電極に集められて、ピ
鏡面を転写させる。従来はガラス製の円筒母型をレプリカ用母型として
クセルごとに信号電荷として読み出される。そのため、収集された電荷
使用していたが、量産実現性向上のため新たに Wolter I 型の二次曲面
は有限の拡がりを持ち、一イベントによる電荷が複数画素にまたがって
に薄板ガラスを貼付けた母型を用いて 1/4 周 CFRP 基板 (ϕ200, , mm、
検出される場合がある。電荷雲の大きさは X 線光子の吸収深さに依存す
各段 150, , mm) に鏡面形成を行っている。この 2 種類のレプリカ用母
ると考えられ、電荷雲形状を実測できれば、深さ方向における内部電場
型で製作した CFRP 反射鏡を保持機構であるハウジングに組み込み、
を直接検証でき、信号生成の素過程を物理的に理解、精密な応答関数の
宇宙科学研究所の 27 m ビームラインにて性能評価を行った結果、新た
構築に役に立つ。
な鏡面形成手法で製作した反射鏡が従来の反射鏡と同程度の結像性能を
持つことを確認できた。
...................................................................
観測 c6
電荷雲形状を実測するためには、X 線入射位置を画素よりも高い精度
で決定する必要がある。これまでに、数 10 μ m オーダーの同一画素多
臼田 64m アンテナでの連続波およびスペクト
ル線観測における性能の評価
数有する CCD に対して直径 2-3 μ m の微細孔を多数開けたマルチコリ
メータを用いて、実効的に画素内をスキャンする実験法が考案され、実
施された。しかし X 線吸収部分が薄く、7keV 以上の硬 X 線には適用で
きなかった。
藏原 昂平 (鹿児島大学 M1)
我々は、30keV の硬 X 線まで適用可能な厚型金製マルチコリメータの
本講演では臼田宇宙空間観測所 64m アンテナの性能評価の結果
μ m 毎に周期的に配置したマルチコリメータである。X 線に対する微
試作を行った。80 μ m 厚の金プレートに直径 3-5 μ m の微細孔を 60
について報告する。64m アンテナは衛星管制用アンテナとして運用さ
細孔の有効径を調べるため、10-30keV の X 線に対する計数率を測定し
れている日本一の口径を持つ望遠鏡であり, 野辺山 45m 望遠鏡では観
た。80 μ m 厚の金の透過率は 10−7 以下なので、コリメータがある場
測できない 10GHz 以下の L 帯 (1.4 − 1.7GHz),S 帯 (2.2GHz),C 帯
(4.9, 6.7GHz),X 帯 (8.4GHz) が観測可能な望遠鏡として利用可能であ
る。 64m アンテナを天文観測に用いるため最新のアンテナパターン
合とない場合とで測定される計数率の比は、微細孔の開口率で決まる。
やシステム雑音温度, 受信機雑音温度, 較正用ノイズソース等価温度を得
...................................................................
本講演では、実験の結果から得られたコリメータの性能と、これを用い
た今後の実験計画について発表する。
る為に L,C,X 帯について再測定を行なった。アンテナパターンを測定
するためには明るい点源を中心にラスタースキャン観測を行った。シス
テム雑音温度, 受信機雑音温度, 較正用ノイズソース等価温度を測定する
ためにはアンテナを sky を向けた時の受信機出力, アンテナを sky を向
け ノ イ ズ ソ ー ス の 信 号 を 注 入 し た 時 の 受 信 機 出 力,R(300), R(77)
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
114
観測機器
観測 c8
1m 赤外線望遠鏡に搭載する近赤外線 3 バンド
同時撮像カメラの熱設計と冷却到達温度の
検証
内野 亮太 (鹿児島大学 M1)
慮しても Hitomi 搭載軟 X 線望遠鏡 SXT よりも ∼ 4 倍の有効面積を
得られ、実機においても十分な性能が見込めることがわかった。
...................................................................
観測 c10
次世代型 MeV ガンマ線望遠鏡における読み
出し回路開発とデッドタイム削減
吉川 慶 (京都大学 宇宙線研究室 M2)
私は、鹿児島大学 1m 赤外線望遠鏡に搭載する近赤外線カメラの開発
を行っている。現在のカメラはフィルターホイールを回転させることで
J(1.2 μ m)、H(1.6 μ m)、K(2.2 μ m)の 3 バンドを別々に撮像
超新星爆発では、通常の恒星では作られない (Fe) よりも重い元素が生
している。新赤外線カメラは HAWAII アレイを 3 つ搭載し、入射窓か
成されると考えられている。ここでできた放射性元素は、数百 keV から
ら入ってきた光が offner 光学系を通り、ダイクロックミラーを通ること
数 MeV のガンマ線を放つので、観測することで、どこでどのくらいど
で 3 つの光束に分かれ、それにより J、H、K, の 3 バンド同時撮像を行
んなプロセスで元素ができているのか解明することができる。
うことができる。これにより、現在のカメラよりも観測時間が 1/3 にな
しかし、このエネルギー帯のガンマ線は特有の膨大なバックグラウン
り、フィルターが固定されるためトラブルも少なくなると考えられる。
ドがあるため測定が難しい。(2014) 年に約 (40) 年ぶりに (3.5 Mpc) と
近赤外線カメラは、バックグラウンド光子、検出器の暗電流を減らすた
いう地球近傍で (Ia) 型超新星爆発が起き、INTEGRAL 衛星によって
めに装置内部を冷却する必要があり、そのためには装置内部を真空にす
世界で初めて核ガンマ線 (
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る必要がある。私は、この冷却に関して研究をしている。目標到達温度
Co ) が検出されたのだが、検出有意度は
4σ しかなかった [1]。この原因として、衛星筐体が宇宙線と相互作用す
は、コールドボックス(光学部品が入る容器)が 100K、検出器部分が
ることで、衛星自体が放射化し、MeV 領域のガンマ線のバックグラウン
70K である。この目標を達成するために私は、装置外部からの熱流入量
ドとなることが挙げられる。今、強力なバックグラウンド除去能力をも
の見積もりをおこなった。装置外部からの熱流入の要因として対流・熱
つ、MeV ガンマ線望遠鏡が必要とされている。
輻射・熱伝導の 3 つがある。対流は装置内を真空にするため 0 とみなす。
そこで、次世代の MeV ガンマ線望遠鏡として電子飛跡検出型コンプト
よって熱輻射と熱伝導の 2 つについて計算し、熱流入量を見積もった。
ンカメラ ETCC の開発を行っている [2]。MeV 領域ではコンプトン散
その結果を踏まえ、目標温度を達成するために必要な、コールドボック
乱が優位に起こり、入射してきたガンマ線が散乱ガンマ線と反跳電子に
スと冷凍機を繋ぎ熱を伝達する熱パスの設計をした。その後、冷却実験
分かれる。シンチレーション検出器により散乱ガンマ線のエネルギーと
をおこなった。温度の測定には白金抵抗温度計を使用した。冷却実験の
吸収位置を検出し、ガス飛跡検出器により反跳電子のエネルギーと三次
結果は、コールドボックスが 71.2K となり、目標温度を達成している。
元飛跡を検出する。コンプトン散乱における全物理量を測定すること
今後は、真空容器に入射窓を取り付けての冷却実験や光学支持部品の塗
で、バックグラウンドと区別でき、核分光能力が従来より 2 桁以上改善
装、光学調整、検出器のインストールなどを行い、近赤外線カメラの完
される。
成を目指す。
現行の原理検証用 ETCC では、阻止能の高いシンチレーション検出器
のみでトリガーをかけていたため、デッドタイムが長い。核分光のため
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観測 c9
の ETCC にアップグレードする際、シンチレーション検出器を増強す
るので、そのデッドタイムがさらに伸び、数十 % となってしまう。これ
汎用 4 回反射型 X 線望遠鏡の開発
を改善するため、新トリガーとしてシンチレーション検出器とガス飛跡
萬代 絢子 (名古屋大学 Ux 研 M2)
検出器が同時に検出した時のみデータを収集するシステムを開発した。
また、データ収集レートが数 kHz でも測定できるように新たに読み出し
X 線は透過力が高いため、全反射を利用して集光させる。X 線望遠鏡
では、2 回反射の Wolter I 型光学系が用いられる。また、日本の X 線
望遠鏡では多重薄板型と呼ばれる、薄い反射鏡を同心円状に多数配置し
たものが用いられる。例として、Suzaku/XRT や Hitomi/HXT, SXT
回路を作成し、試験をした。それについて報告をする。
1. E. Churazov et al., Nature 512 406 (2014)
2. T. Tanimori, et al., ApJ 810, 28 (2015).
などが挙げられる。しかし 2 回反射の光学系では数 m の焦点距離を仮
定するとその有効面積は数 100 cm2 にとどまっている。一方、数 m の
焦点距離の望遠鏡に 4 回反射光学系を導入するとさらなる大口径化が可
能となり、単一望遠鏡でこれまでの数倍の有効面積が期待できる。
我々は 4 回反射 X 線光学系の応用として、従来の X 線望遠鏡の数
m の焦点距離を保ちつつ、鉄の K 輝線を含む ∼ 10 keV までのエネル
2
ギーにおいて大有効面積 (例えば鉄輝線のエネルギーで 2900 cm ) が期
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観測 c11
1m 光・赤外線望遠鏡で明るい天体の観測時
に用いる 1/100 部分減光フィルターの減光率
の検証
山口 凌平 (鹿児島大学 M1)
待される汎用 4 回反射型 X 線望遠鏡を提案してきた。しかし一方で、4
回反射型の X 線望遠鏡は従来の 2 回反射型の X 線望遠鏡に比べて反射
赤外線で観測できるほとんどの星は K バンドで見かけの投球が
回数が多いために、反射鏡形状誤差が望遠鏡の性能に与える影響がより
6等より明るい。このような星を観測すると検出器がサチュレーショ
顕著になるという実製作上の問題をはらんでいる。本研究ではその影響
ンを起こしてしまう。多くの望遠鏡では、焦点をわざとぼかして観測
を見積もるために、これまでの反射鏡製作で得られている典型的な形状
するデフォーカス観測という方法でこの問題を解決してきた。しかし、
誤差を考慮して、光線追跡法により焦点距離 6 m、口径 1.1 m の 4 回
デフォーカス観測では目的星の星が明るいと参照星が測光できなくな
反射型 X 線望遠鏡の性能を調べた。その結果、1-10 keV のエネルギー
り、等級補正の方法が標準星測光になる。加えて、十分な制度を得るに
に対する有効面積の劣化は ∼ 20% であった。本望遠鏡は形状誤差を考
は非常に天気が良い日でなければならず、観測可能日も限られてしま
2016 年度 第 46 回 天文・天体物理若手夏の学校
115
観測機器
う。そこで、部分減光フィルターを導入することでこのような問題を解
表面粗さを設定することで応答関数の精度を高めて行く必要があること
決することができ、明るい星の観測可能日の増大と精度の向上がなされ
がわかった。
た。このフィルターは視野の一部のみを減光することができ、その減光
領域で目的星を観測することでサチュレーションを回避し、そのほかの
領域は減光されずに観測することができる。そして、減光率を補正する
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観測 c13
湾曲結晶鏡のX線分光実験・評価
ことで、目的星の周囲の星と視野内相対測光ができ、見かけの等級を求
Suzuki Ryota (中央大学 M2)
めることができる。 本研究では 1/100 部分減光フィルターの減光率
近年、X線天文学において、偏光の測定が可能な観測機器の開発が行わ
の測定を行った。標準星は SAOO 標準星 (Cartar.1990) と CIT 標準星
れてきている。X線天文学に偏光の情報が加わると、位置、エネルギー、
(Elias.1992,UKIRT bright standard star list) を用いた。減光率の決定
時間に加えて4つの情報を得ることが出来るようになる。我々の研究室
制度を上げるため、各バンドで平均をとって減光率を求めた。測定の結
では、湾曲した結晶とCCDを用いて、X線のエネルギーと偏光情報を
果、減光率は K バンドで 5.03±0.04 等、H バンドで 5.02±0.03 等、J バ
同時に得られる観測機器の開発を行っている。本研究では、相模原の宇
ンドで 4.99±0.03 等であった。また、部分減光フィルターを用いた同じ
宙科学研究所において、我々の研究室で作成した湾曲した結晶に、標準
標準星の時間変動のばらつきは 0.02±0.01 等であった。 1/100 部分
X線発生装置から出力したX線を当てる実験を行い、作成した結晶鏡の
減光フィルターを用いて PNV J18365700-2855420 を観測したところ有
X線のエネルギースペクトル検出器としての性能を評価した。X線発生
意義な変動を制度よく観測することができた。
装置のターゲットに Cu を用いて、Cu の K 線に対して分光が行える
1. Cartar et al. (1990)
2. Elias et al. (1982)
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観測 c12
か、分解能はどれほどかを調査した結果、現段階で 66eV というCCD
単独以上のエネルギー分解能を持つことが明らかになった。実験の方法
と、その解析の方法に関して説明をする。
1. Cartar et al. (1990)
2. Elias et al. (1982)
ASTRO-H 搭載軟 X 線望遠鏡に用いる反射鏡
の反射率測定
中庭 望 (首都大学東京 宇宙物理実験研究室 M1)
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観測 c14
の開発
2016 年 2 月に打ち上げられた X 線天文衛星「ASTRO-H」には、軟
関 大策 (名古屋大学 Ux 研 M1)
X 線領域 (0.3∼10 keV) の集光を担う軟 X 線望遠鏡 (SXT) が 2 台搭載
されている。SXT には焦点を共有する初段の回転放物面鏡と二段目の
回転双曲面鏡で二回反射させて X 線を集光する斜入射光学系 (Wolter-I
型光学系) が採用されている。反射鏡の基板はアルミニウムであり、X
4 回反射型 X 線望遠鏡の新しい鏡面支持機構
ダークバリオン探査衛星 DIOS 用の望遠鏡として、600 mm の大口径、
700 mm の焦点距離を有する 4 回反射型 X 線望遠鏡 FXT(Fou-stage
線反射率を上げるために表面には金が成膜されている。さらに有効面積
X-ray Telescope) の開発が行われている。FXT は 4 回反射により、広
を稼ぐために、反射鏡基板の厚さを 300µm 以下に抑え、反射鏡を同心
視野で大有効面積を有する一方、反射鏡の形状誤差や位置決め誤差が結
円状に 203 枚積層している。
像性能に影響する。これまでに、4 段一体で反射鏡を支持するアライメ
観測したデータから対象天体の物理量を引き出すには観測機器の性能
ントプレー トを使用することによってミラーの位置決め誤差を小さく
を再現する応答関数が必要になる。この応答関数を構築するパラメータ
し、又、円周方向の形状誤差を改善するためアライメントプ レートの
の一つに、X 線望遠鏡の集光力を表す有効面積が挙げられる。有効面積
動径方向の位置を最適化するための微調機構を導入した。しかし、現状
は、個々の反射鏡の開口面積にその反射鏡の反射率を掛けたものの総和
の結像性能は 7.9 分角 (HDP) であり、 DIOS/FXT の要求結像性能の
である。そのため、反射鏡の入射角度ごとの反射率 (角度反射率) を知る
5.0 分角には達していない。この要因として単体ミラーの形状精度不足
ことが有効面積の精度向上につながる。反射率に大きく影響する物理量
やハウジング内で のミラーの変形が考えられているが、実際にハウジン
として、反射面の表面粗さが挙げられる。表面粗さが大きいとき、入射
グ内でミラーがどのように変形しているか検証はまだ行われていな い。
角度が大きくなるほど正反射する X 線が減るので、反射率は落ちてしま
また、微調機構も定量的な微調は行われていないため、完全にはその機
う。反射鏡の表面粗さは、角度反射率曲線に Model fit を行うことで算
能が活かされてはおらず最適化は不十分である。 これらの解決の一助
出できる。
として 2 枚 1 組のアライメントプレートが製作された。反射鏡挿入後に
そこで SXT の flight model と同じ工程で作られた反射鏡サンプル
片方のプレートを動径方 向にずらすことで溝の遊びを実効的にゼロに
を 6 枚 (初段と二段目から各 3 枚) 選び、宇宙科学研究所 X 線ビームラ
するという方式である。これにより、ミラーの過剰変形を避けつつ、ミ
インにおいて角度反射率を測定した。測定では、Ti-Kα(4.51 keV),Cu-
ラー支持の最適化が図れると期待される。 本研究では、この 2 枚 1
Kα(8.04 keV) の特性 X 線のエネルギーを用いることで、表面粗さのエ
組のアライメントプレートを用いてプレート内のミラーの遊びの間隔と
ネルギー依存性の有無も確認している。
ミラー変形量の関連を、 可視平行光の反射像を用いて精密に評価し、ど
測定した角度反射率から算出したそれぞれの反射鏡の表面粗さに、特
性 X 線のエネルギーによる違いは見られなかった。しかし、初段と二段
目で反射鏡の粗さに違いが見られ、特に二段目の反射鏡では、3 枚のサ
うすれば変形量を抑えられるかを探った。講演ではこの測定の結果を中
心に報告する。
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ンプルで全て異なる粗さが算出された。これに対して現在使われている
SXT の応答関数では、表面粗さはすべての反射鏡で一律に同じ値となっ
ている。反射鏡の測定サンプル数を更に増やし、個々の反射鏡に適切な
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全体企画
全体企画
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全体企画
福田 尚代氏(公益社団法人日本工業英語協会 専任講師)
7 月 29 日 11:30 - 12:30 B 会場
「大学院生のための英語科学論文読み方セミナー」
英語科学論文は、その性質上堅苦しく、苦手意識を持つ皆さんも多いかもしれません。しかしながら、専門用語は別として、形式や、使われている
単語や構文は研究分野を問わずほとんど同じです。本講演では、英語科学論文に共通する構成と表現に絞り、大学院生の皆さんが、より早く、より
正確に英語論文を読むための要点をお話します。トップダウン方式で論文の概要を素早く捉えた後、詳細を読み込んでいくためのポイントを、セン
テンスレベルの理解(基本文型をつかむ、 情報を伝える名詞句を攻略する)から、 論文全体の流れの理解(冠詞や代名詞、シグナルワードを正確に
理解する、キーワードや関連語をとらえる、著者の確信の度合いを知る)に至るまで、具体例をもとにお話しします。1 時間という短い時間ですが、
今回集われる皆さんにとって、英語論文を読む敷居が少しでも低くなり、研究生活の励みになるような講演にしたいと思います。
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