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2005.11.18 チンパンジー飼育マニュアル見本
Ⅰ章
亜種と生息地
亜種と生息地
Pan 属にはボノボ Pan paniscus とチンパンジ
▼西チンパンジー
ーPan troglodytes の 2 種が含まれるが、このマ
Pan troglodytes verus
ニュアルはチンパンジーに焦点を当てたもので
分布:西アフリカ
ある。
の西に生息する(Lee et al. 1988, Teleki 1989,
ガンビア川からニジェール川
E.Sarmiento & J.Oates, pers.comm)。生息国は、
チンパンジーは、地理的に異なる地域に生息す
る 4 つの亜種が存在する。西アフリカに生息する
12 カ国(シエラレオネ・リベリア・コートジボワ
西チンパンジー、中央アフリカに生息する中央チ
ール・ギニア・セネガル・ベナン・トーゴ・ブル
ンパンジー、東アフリカに生息する東チンパンジ
キナファソ・ギニアビサウ・ガーナ・マリ・ガン
ー、ナイジェリアとカメルーンの一部に生息する
ビア)で、その一部もしくは全体に生息する。こ
ナイジェリアチンパンジーの 4 亜種である。
れらの国の地形や植生、政治的不安のために生息
チンパンジーは、海抜 0~2,800mのサバンナや
個体数の推測は困難だが、200 万平方キロメート
森林、モザイク状の草原林、熱帯多湿林に生息し
ルに 50 万個体が生息していたと思われる。最近
て い る (Groves 1971, Kortlandt 1983, Teleki
のデータでは、7,420~15,925 個体と推定され、
1989)。かつてセネガル南部からタンザニア南西
絶滅の危機に瀕している(Teleki 1989, Sugiyama
部の 25 カ国の赤道直下のほとんどの地域に生息
& Soumah 1988)。2003 年の IUCN の情報では
していたと考えられているが、現在は北緯 13 度
21,000 ~ 56,000 個 体 と い わ れ て い る (IUCN /
から南緯 7 度の 22 カ国に分布している(Hill 1969,
SSC Primate Specialist Group 2003)。
Kortlandt 1983, Lee et al. 1988, Teleki 1989)。
特徴:マスクチンパンジーとも呼ばれる。こども
チ ン パ ン ジー の 現 在 の地 理 的 生 息地 は お よ そ
の頃は、目の周辺に薄く蝶の形をした黒い仮面の
2,342,000km2である。
ように色素が沈着する。年齢と共に顔の色は黒く
Pan 属の亜種別生息地
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なり、特に紫外線にさらされると、それは顕著に
なる。
▼ナイジェリアチンパンジー
Pan troglodytes vellerousus
分布:ナイジェリアとカメルーン北部に生息して
▼中央チンパンジー
Pan troglodytes troglodytes
いる。1997 年に論文が発表され、新しい亜種と
ニジェール川の東からウバ
して区別されるようになった(Gonder 1997)。
ンギ川とザイール川の西に生息する(Gonder et
5,000~8,000 個体が生息していると推定される
al. 1997)。生息国は 7 カ国(ナイジェリア・アン
(IUCN / SSC Primate Specialist Group 2003)。
分布:中央アフリカ
ゴラ・中央アフリカ・赤道ギニア・コンゴ・カメ
ルーン・ガボン)で、その一部もしくは全体に生
野生個体数の減少
息する。最近のデータでは 62,100~95,800 個体
「人口の増加」や「人間の活動による生息地の
と推定されている(Teleki 1989)。2003 年の IUCN
減少」、
「農業の拡大」、
「生息地の分断」、
「ブッシ
の情報では 70,000~117,000 個体といわれている
ュミートのための狩猟」
、
「人口密度の増加から引
(IUCN / SSC Primate Specialist Group 2003)。
き起こされる伝染病の蔓延」などで、野生チンパ
特徴:以前は、ハゲアタマチンパンジーとも呼ば
ンジーの個体数は急激に減少している。リベリア
れた。こどもの頃は顔色が淡く、年齢と共に黒い
の周辺では急速な人口増加と肉の供給のために、
しみが現れ、わかもの期までには黒く広がり、顔
ハンターによる狩りが広範囲でおこなわれてい
は完全に黒くなるか、そばかすが強く出る。
る。また、
「科学的研究」という目的で捕獲され、
ブッシュミートとして流通されるなどの問題も
ある。チンパンジーの母親は食肉用に殺され、小
▼東チンパンジー
Pan troglodytes schweinfurthii
さなこどもは手なずけやすく、生きたままのほう
ウバンギ川の東からザイール
がより価値が高いので、食肉としてではなくその
川の北に沿って、ビクトリア湖とタンガニーカ湖
まま業者に売られる。ワシントン条約により、ア
付 近 に 生 息 す る (Kortlandt 1983, Lee et al.
フリカからのチンパンジー輸出は禁止されてい
1988)。生息国は、6 カ国(ブルンジ・ルワンダ・
るが、科学的な研究目的での幼いチンパンジーの
タンザニア・スーダン・ウガンダ・ザイール)で、
捕獲・輸出は完全になくなっていない。
分布:東アフリカ
その一部もしくは全体に生息する。最近のデータ
取締りが不十分なため、野生個体数の減少は続
では 150,900~235,400 個体と推定されている
いている。財政難や政治的強制力の弱さ、人口増
(Teleki 1989)。確実な調査がおこなわれていない
加に伴い必要とされる社会事業などが十分に備
ため、実際にはもっと少ないかもしれない。2003
わっていないため、複数の政府が協力してこれら
年の IUCN の情報では 76,000~120,000 個体と
の問題に対応することができていない。こうした
いわれている(IUCN / SSC Primate Specialist
状況は、すべての亜種に共通するが、どの要因が
Group 2003)。
一番影響を与えているかは、地域によって差があ
特徴:こどもの頃は顔色が淡く、年齢と共に黒く
る。たとえば西チンパンジーでは、食肉や生理学
なる。他の亜種に比べ、体毛と頬ひげが長く、ケ
的研究のために数を減らしている。シエラレオネ
ナガチンパンジーとも呼ばれる。
のフリータウン港から、アメリカやヨーロッパの
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研究施設にたくさんのチンパンジーが輸出され
での栄養不足や感染症が原因で死亡した。その後、
た。リベリアでは人口増加に伴い、多くの大人チ
栄養に配慮したサル用ペレットの開発やガラス
ンパンジーが食肉として殺され、こどものチンパ
展示の普及などにより長生きできるようになっ
ンジーは、研究のために輸出された。こうした利
た。しかし、繁殖と常同行動の問題は現在も解決
用方法がこの地域の個体数減少を加速させてい
されていない。
る。
一般に、チンパンジーの飼育下繁殖は難しい。
また、個体数の減少だけでなく、農地化や定地
子供期の社会経験が、社会行動や性行動、知的能
化などの人間の活動により、チンパンジーの生息
力 の 発 達 に 非 常 に 重 要 で あ る (Fritz & Fritz,
地が分断され、島状になった。これは、将来の遺
1985)。適当な方法、適当な頻度で母親から刺激
伝的多様性に深刻な影響を及ぼすと思われる。
を得られないと、将来、正常な繁殖行動をおこな
うことができない。また、環境刺激が乏しいと、
過剰なセルフグルーミングや、自傷行為、体を前
世界の飼育の歴史
後にゆすり続けるといった異常行動が見られる
ヨーロッパにチンパンジーが来たのは、1640 年
(Fritz & Fritz, 1986 )。
イギリスのオレンジ公に献上されたものが最初
だったといわれている(グドール 1990)。初めて
1960 年後半から 1970 年前半に、野生と飼育下
展示された個体は、1836 年にロンドン動物園にき
で多くの研究がおこなわれ、チンパンジーの生活
た「トミー」というオスのチンパンジーだが、ト
やその知性、必要な環境刺激などが明らかになっ
ミーは 5 ヶ月間しか生きず、1845 年に来た別のチ
た。チンパジーは社会的な動物なので、社会的接
ンパンジーも 7 ヶ月しか生きなかった(佐々木
触が制限されると、精神的なストレスが高くなる。
1977)。1830 年代には、行動の記述がいくつか残
物を巧みに操作し、新しい物には高い関心を示す
されている。現在ある剥製の多くは、1750~1850
ことも明らかになった。こうしたことから、チン
年の間に、生きている状態でヨーロッパに持ち込
パンジーの飼育方法は、野生と同様の社会的な群
まれたものだと思われる(Yerkes & Yerkes, 1929)。
れ作りに重点が置かれ、敏捷で知的なチンパンジ
アメリカでの、最初の記録は、1901 年にブロン
ーに必要な刺激を与えられる展示手法がとられ
クス動物園に来園したオスの「ゾンゴ」で、1898
るようになった。
年生まれと推定されている。それ以降、1000 個
アメリカでは、1989 年にミネソタ動物園のキ
体以上のチンパンジーがアメリカの動物園に輸
ャサリン・キャッスルにより最初のチンパンジー
入されている。
の血統登録書が作成され、1989 年 8 月に、チン
昔は、野生チンパンジーに対する知識が十分で
パンジー種保存委員会(SSP)の設立がアメリカ
ないため、群れ飼育することもなく、生きていく
動物園水族館協会(AAZA)の野生保護管理委員会
ために必要なものを与えることもできなかった。
に提出され、受理された。1989 年には、アメリ
幼いチンパンジーは捕獲され、劣悪な状態で数週
カ魚類野生動物庁(FWS)が、チンパンジーを「絶
間かけて輸送された。長生きする個体はほとんど
滅 危 急 (Threatend) 種 」 か ら 「 絶 滅 危 惧
なく、1 年を生きられるのは 30 個体のうち 1 個
(Endangered)種」とした。これがきっかけとなり、
体だけだった(Teleki, 1989)。捕獲の段階でほとん
チンパンジーの飼育管理の改善が最重要課題と
どのチンパンジーが死亡し、生き残っても飼育下
なった。1991 年1月 1 日の時点で、アメリカの
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動物園での飼育数は 280 個体(♂103、♀177)であ
背景には、野生チンパンジーの多くの犠牲がとも
り、研究施設では推定 1,500~1,700 個体が飼育
なったことも忘れてはならない(杉山 1985a)。
されている。
1970 年頃になると、野生の動植物を保護しよう
という考えが強まり、チンパンジーをショーに利
用することに対しても批判が集まるようになっ
日本の飼育の歴史
日本には、1927 年、天王寺動物園で「太郎」と
た(堤 2003)。日本では 1973 年に、
「動物の保護
いうオスのチンパンジーが飼育されたのが、最初
および管理に関する法律」が制定され、動物の適
である(堤 2003)。この個体は翌年には死亡してし
正な取り扱いについて定められた。世界では、
まったが、1932 年に天王寺動物園が購入したウガ
1973 年に希少な野生動植物の輸出入を制限する
ンダからやってきた 4 歳のメスのチンパンジーは、
「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取
テーブルマナーや三輪車乗りのショーをし、「リ
引に関する条約(CITES、通称:ワシントン条約)」
タ嬢」として全国的に有名になった。その後、チ
が採択され、1980 年には日本も批准した。こうし
ンパンジーを飼育する動物園も増えたが、飼育技
た流れを受けて、チンパンジーのショーをやめる
術が確立していなかったこともあり、多くのチン
動物園が続出し、繁殖に力を入れる傾向が強まっ
パンジーは数ヶ月から数年で死亡した。また、
てきた。一方で、ワシントン条約の批准により今
1940 年になると日本は戦争により大きな影響を
後アフリカから個体が入りにくくなるのを警戒
受け、1945 年の時点で飼育されているチンパンジ
して、野生から日本への“駆け込み輸入”が大量
ーは、東山動植物園の「バンブー」1 個体だった(堤
に起こった。また、1979 から 1984 年には厚生省
2003)。
による肝炎の実験動物として、110 個体以上のチ
第二次世界大戦後の 1950 年代以降は、各地に
ンパンジーがシエラレオネから輸入されている
動物園が設立され(市民 ZOO ネットワーク 2004)、
(杉山 1985b)。この頃に 1-3 歳で輸入されたチン
多くの動物園でチンパンジーを輸入し、ショーを
パンジーが現在 25 歳前後になり、国内チンパン
おこなうようになった。また、子供のチンパンジ
ジーで一番個体数が多い年齢となっている。
ーは、移動動物園やサーカスでのショー、一般家
チンパンジーの繁殖は、1962 年に福岡市動物園
庭でペットとして飼育され、テレビコマーシャル
が成功して「初男」が誕生して以来、王子動物園
でも人気になった(堤 2003, 吉原 1989)。チンパ
(チェリー、金、銀)や京都市動物園(初子)などが
ンジーは 8 歳ぐらいで調教師をライバルとみな
成功していたが、母親による育児放棄で人工保育
すようになり危険になってくるので(堤 2003)、2
になることが多かった。また、交尾行動自体がで
から 6 歳ぐらいのチンパンジーをショーやペット
きないチンパンジーも多かった。育児放棄や交尾
に利用した後は檻の中で飼育し、新しい個体を野
行動の欠如といったチンパンジーの行動的な問
生から購入するということが繰り返された。こう
題は、捕獲・輸送・人工保育などでこうした子供
して、日本には多数の子供チンパンジーが輸入さ
期の学習がうまくできなかったためだと思われ
れた。輸入元は主にシエラレオネからであり、ア
る。
フリカの生息地で母親を殺された 1~2 歳の子供
そうした個体の繁殖を進めるために、京都大学
チンパンジーが、船便ではるばる日本まで運ばれ
霊長類研究所では人工授精を試み、1982 年に「ポ
てきている。日本に到着した子供チンパンジーの
ポ」と「レオ」、1983 年に「パン」の出産に成功
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した(松林, 清則, 釜中 1985)。また、1998 年に
体群の血縁の偏りが発生するという問題も生じ
は、安佐動物公園にて死亡したオス個体の凍結精
ている。
子を使った人工授精が試みられ、「ナナ」が誕生
日本のチンパンジーの個体数は、戦後急激に増
している(Kusunoki 2001)。こうした技術は、遺
加し、野生からの輸入が厳しくなった 1985 年以
伝子を残していくという意味では非常に価値の
降は、国内繁殖の成果もありゆっくり増加をして
あることだが、こうして生まれた子どもが再び人
きたが、1996 年の 393 個体をピークに減少に転じ
工保育になるなど、根本的な問題の解決にはなら
ている。2004 年の個体数は、57 施設 349 個体(研
ないため、同時に群れ作りや行動の学習をしてい
究所など含む)となっている。減少している理由
く必要が生じている。
としては、経済事情により動物園など飼育施設が
このように、チンパンジーは子供の頃から群れ
縮小傾向にある、血縁の偏りなどで繁殖を制限す
で育つことが非常に重要なわけだが、その重要性
る園が出てきた、亜種問題が明らかになり繁殖を
に早くに気付き、群れ作りをおこなった動物園も
制限する園が出てきた、などが考えられる。亜種
あった。1980 年代には、多摩動物公園や札幌市円
については、2000 年に全国のチンパンジーを対象
山動物園で群れ作りが成功し、繁殖が軌道に乗り
に判定がおこなわれ、3 亜種とその亜種間雑種が
始めた。こうした群れの中で母親に育てられた子
いることが判明した(チンパンジー会議実行委員
供たちは、他園に移動後も他のチンパンジーとの
会 2001)。近年はこれらの問題により、パイプカ
付き合いが上手く、繁殖にも成功することも多か
ットやインプラント手術、ピルの投与や隔離飼育
った。結果として、現在国内で生まれた子どもの
されている個体も増えている。
多くがこれらの園の血を引く子供であり、国内個
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