九州森林研究 No. 5 7 20 04. 3 速 報 機内アンテナとハンドヘルド GPS によるニホンジカの航空トラッキング*1 矢部恒晶*2 ・ 小泉 透*2 ・ 遠藤 晃*3 キーワード:ニホンジカ,航空トラッキング,機内アンテナ,GPS Ⅰ.はじめに 大型動物のラジオトラッキング(テレメトリー)では,動物が 遠方や急峻な地形の中に移動すると,地上からの探索が困難とな ペースに,もう1台(GPS −2とする)はアンテナを右前席に 座った調査員の右肩に固定し,本体は座席で調査員が操作した。 eTrex(GPS −3とする)は,飛行直前に電源を入れて本体を上記 と同じ荷物スペースに固定した。 ることがある。その場合,軽飛行機から電波を受信する航空ト 2. 受信実験および探索 ラッキングにより,動物の位置を容易に測定し得るが,修理改造 宮崎県椎葉村の九州大学宮崎演習林および周辺地域において, 検査(費用約20 0万円)を経て専用の外部アンテナを装備した機 浅い谷地形(底部から半径1 km 以内の最大標高差約300m)お 体や,近くにそのような機体がない場合はチャーター費に加え回 よび深い谷地形(同約60 0m)の底部に位置する既知の地点を選 航費が必要となる。そこで安価な小型アンテナおよびハンドヘル び,事前にそれぞれ地上約1 m の高さに発信器を設置した。軽 ド GPS を機内に仮設し,発信器からの電波の受信および飛行機 飛行機により対地高度約50 0m で設置点に接近し,設置点の周囲 の軌跡の記録が可能かどうか実験し,また実際にニホンジカ発信 を半径30 0m 〜10 0 0m で旋回し,同軸切換器で左右の受信を切り 器装着個体の探索を行った。なお実行に際し熊本航空(株)操縦 換えながらヘッドホンで受信音を聴き,それぞれの側から入感す 士の大串伸一郎氏にご協力頂いた。お礼申し上げる。 る電波の信号強度を比較した。 さらに,捕獲した地域から移動して詳しい位置が不明であった Ⅱ.方 法 ニホンジカ発信器装着個体2頭(F9 1 6および M2 13)を探索して 位置を測定し,後日可能な限り速やかに,付近の地上から再度位 1. 使用機材 置 測 定 を 行 っ た。上 空 か ら の 測 定 は Kenward(1)お よ び 機体は外部アンテナや航空用 GPS を装備していないセスナ17 2 Telonics, Inc.(2)を参考に,電波が入感したら信号が強くなる 型を利用した。 方向へ進入の後,再び信号が弱くなるまで通過し,進路上で左右 受信用に調整した小型の2エレメント八木アンテナ(ナテック とも信号が強い区域を特定した。通常この方法では複数の飛行軌 NY −1 44F,長さ約27cm,幅約8 4cm)2本を約6 0cm 離して互 跡により交点を求めるが,今回は目視による推定位置の確認を容 いに背面を向け,指向が飛行機の進行方向に対して直角に左右を 易にするため,信号が強い区域で旋回しながら左右の信号強度を 向くように,板材・パイプ・金具等で自作した支持具に取り付け 比較し,常に旋回軌跡の内側からの信号が強いときに,その円の た。支持具の基部(板材)は,接着剤が残らないタイプの粘着 中心を推定位置とした。地図および軌跡の表示には,国土地理院 テープおよび天井と床の間に設置した支柱(つっぱり棒)により, 数値地図2 5 00 0地図画像および5 0m メッシュ標高,ならびにカシ 機内中央部の天井に固定した(写真−1)。アンテナは,左右の ミール3D Ver. 7. 1. 6を使用した。 窓に向き,また旋回時に内側のアンテナが地表を向くよう,下に 約15°傾けた。アンテナケーブルは同軸切換器を通してアッテ Ⅲ.結 ネータ(減衰回路)を付けた1台の受信機(YAESU FT2 90mk Ⅱ)に接続した。 ハンドヘルド GPS は,GPS 用外部アンテナが接続できる機種 (Garmin GPS Ⅲ plus)2台と内蔵アンテナのみを装備する機種 果 受信系統のうち,航空トラッキングのみで使用するアンテナ, 同軸切換器,ケーブル類および支持・固定器具は合計約5万円で 準備できた。 (Garmin eTrex)1台を使用した。GPS Ⅲ plus の1台(以下 GPS 実験と探索は2 00 3年2月1 0日に行った。既知の2カ所に設置し −1とする)はアンテナを機体後部窓の内側下部にある荷物ス た発信器の電波を受信した結果,基本的には発信源に近い側の信 *1 *2 *3 Yabe,T., Koizumi, T. and Endo, A. : Aerial tracking of sika deer by internal antenna and hand-held GPS 森林総合研究所九州支所 Kyushu Res. Center, For. Forest Prod. Res. Inst., Kumamoto 860-0862 科学技術振興事業団 Jpn Sci. Tech. Corp, Kawaguchi, Saitama 332-0012 251 Kyushu J. For. Res. No. 57 2004. 3 号が強く入感した。しかし浅い谷地形の設置点周辺では,旋回軌 がわかった。さらに GPS をノートパソコンに接続すれば飛行機 跡上における特定の区間で,発信源が片側にあるにもかかわらず, の位置を地図上にリアルタイムで表示させることもでき,探索と 信号が両側から強く入った。この区間では発信源の反対側に比較 軌跡確認の補助として有効であろう。今後は測定精度の検討に加 的複雑な地形の尾根があった。また深い谷地形における設置点周 え,軌跡の交点を求める方法や外部アンテナを利用する場合の実 辺では,上空から見て設置点が尾根に遮られる区間における電波 験も行いたい。 の減衰が顕著であった。 発信器装着個体の探索と位置測定には,F916で2 4分,M21 3で 1 2分を要した。F916の方が急峻な地形の中で発見され,信号強度 の分布が不規則であった。しかし複数の方向からの通過や旋回場 所をずらすことなどにより推定位置が特定できた。F91 6について は2日後,M21 3については3日後に,地上の3点から発信源の方 引用文献 (1)Kenward, R.(1987)Wildlife radio tagging, 222pp, Academic Press, London, 118−128, 136−143. (2)Telonics, Inc.(1997)Telonics quarterly 10(1): 5−6. 位を測定し,方向線の交点を求める通常の方法(1)により位置 を測定した(M2 13は測定時に目撃)。その結果,個体位置は航空 トラッキングによる旋回軌跡上またはその内側にあった(図− 1) 。 GPS によるトラッキングポイントは,同時に測位した5 7分間 において,GPS−1で826点(1 4. 5点/分),GPS−2で7 54点(13. 2 点/分),GPS −3で123 5点(21. 7点/分)が取得された。それぞ れの GPS により描かれた軌跡の例として,個体 M213の位置測定 時の部分を図−1および図−2に示す。GPS−3の方が GPS−1よ り取得点数が多いにも関わらず軌跡の平滑性がやや劣る傾向が あった。アンテナ位置が主翼の下となる GPS −2による軌跡は, 写真−1. 機内に固定された八木アンテナ(左側) 平滑性が低く中断も1カ所あった。 Ⅳ.考 察 今回使用した機材では,上空でも地形による反射や遮蔽などに より電波の受信状態がある程度影響を受けたが,それに対し複数 の飛行コースをとることで発信器位置の測定が可能であると考え られた。発信器装着個体は2〜3日のうちに多少移動したと考え られるが,2個体とも航空トラッキングおよび地上調査による測 定位置が旋回半径以上に離れていなかったことから,探索とおよ その位置測定用にこの機材は実用可能であると判断された。ただ し今回の実験では既知の地点に設置した発信器の受信しか行って いないため,測定精度の検討をするためには,測定者にとって未 ● 航空トラッキングによる測定位置 ☆ 2日後の地上調査による F916の測定位置 ★ 3日後の地上調査による M213の目撃位置 (軌跡は GPS −1によるもの) 図−1.航空トラッキングと地上追跡によるシカ発信器 装着個体 F91 6および M2 13の測定位置 知の地点に発信器を設置して測定実験をする必要がある。 GPS のアンテナは,GPS−1と GPS−3のように上方が翼などの 障害物で覆われていない位置に設置すれば,旋回時に機体が傾い ても測位に問題はないと判断された。なおこの2機種で軌跡の形 状に差があるのは,機種によるデータ処理の違いによるものと思 われた。 Ⅴ.おわりに 図−2.GPS-2および GPS-3によるシカ個体 M2 1 3 測定時の軌跡 今回のような受信機材により,特別な装備を持たない軽飛行機 でも比較的安価に航空トラッキングを行うことが可能であること 252 (20 0 3年11月9日受付;2 0 04年1月5日受理)
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