将来の航空交通管理システム - 公益財団法人 航空機国際共同開発促進

(公財)航空機国際共同開発促進基金 【解説概要 21-3】
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将来の航空交通管理システム
-軌道(トラジェクトリ)管理について-
1.概要
ATM(Air Traffic Management:航空交通管理)は、全ての関係者の協力下での、安全、
経済的かつ効率的な航空交通と空域の動的かつ統合的な管理である。今後も増加する航空
交通量に対応し、安全で効率的な航空機の運航を実現するために、ATM の運用改善が進め
られている。将来の ATM の主要な構成要素として、航空機の軌道(トラジェクトリ)を予
測し管理する軌道管理(Trajectory Management)や軌道ベース運航(Trajectory Based
Operation)が検討されている 1)。これらの定義の世界標準はまだないが、航空機の軌道を
生成し、関係者が共有し、それに従って航空機を運航する概念である。両者は同じ概念を
示すため、以下では、各国の計画で使用されている特定用語を除き、軌道管理を使用する。
航空機の軌道は、空中および地上両方での3次元位置と時間を含む4次元の航空機の運動
の記述であり、気象条件など運航に影響するさまざまな要素を考慮して生成され、危険事
象の回避などに対応して修正される。
本稿では、将来の ATM の主要な構成要素と考えられている軌道管理を紹介する。初めに、
ATM の概要と国際的な動向を紹介する。次に、軌道管理の概要をまとめる。さらに、電子
航法研究所で研究開発中の軌道予測技術について述べる。
2.航空交通管理の概要
世界的に増大する将来の航空交通需要に対応するべく、ICAO (International Civil
Aviation Organization:国際民間航空機関)は、1991 年に開催された第 10 回航空会議に
おいて、CNS/ATM 構想をまとめた。CNS/ATM 構想とは、新しい通信(Communication)
、
航法(Navigation)
、監視(Surveillance)技術を活用し、航空機をより安全で効率的に飛
行させるための ATM を実現する構想である。空域管理、航空交通流管理、および、航空交
通業務の各機能が互いに連携して、総合的に機能する ATM を構成する。ここで、航空交通
業務は、航空管制業務、飛行情報業務、および、警急業務の総称である。航空管制業務は
航空機相互間の安全間隔の確保と円滑な交通流を形成する業務、飛行情報業務は飛行のた
めに有用な情報と助言を与える業務、警急業務は捜索救難に関する業務である。また、
CNS/ATM システムの戦略的ビジョンでは、航空機運航者が計画した通りの出発・到着時刻
で、希望する通りの飛行経路を、最少の制約で、規定された安全レベルを満足しつつ運航
できるようなシームレスな全世界規模の ATM システムの構築を目指している 2)。
2.1
ICAO の将来構想
ICAO は 2003 年に ATM 運用概念を作成した
3)。これは、運用上の要件に基づいて
CNS/ATM を導入するための基盤的な概念である。ここでは、ATM を全ての関係者の協力
下での便宜や切れ目のないサービスを通じた、安全、経済的かつ効率的な航空交通と空域
の動的かつ統合的な管理と定義している。ATM 共同体(航空会社、空港管理機関、管制機
1
関など)の期待として、アクセスと公平性、容量、費用対効果、効率、環境、弾力性、世
界的相互運用性、ATM 共同体の参加、予測性
(運航スケジュール作成や運航に必要な性能)
、
安全性、安全保障の 11 種類が示されている。また、ATM 運用概念の構成要素として、空
域編成と管理、飛行場運用、需要と容量の均衡化(空港や空域の容量に対する交通需要の
超過への対策)
、交通同期化(航空路交差点付近の合流での待ち行列の管理などの安全かつ
秩序正しく効率的な交通流の設定と維持)、空域ユーザの運航(運航情報の利用などによる
軌道の生成などの ATM に関連した航空機運航者の側面)、コンフリクト管理、ATM サービ
ス配信管理(航空機の全飛行段階での管制機関からの継ぎ目ないサービスの提供)の 7 種
類が示されている。ATM では、航空交通システムの最適なアウトカムのために、航空機が
関連機の軌道や危険事象を回避する場合、運航者が希望する軌道からできるかぎり少ない
修正を目指すことが求められている。
2.2
米国 NextGen 計画
米国は、航空交通量が 2025 年までに現状の 2~3 倍に達するとの予測で、現状の航空管
制の仕組みでは対処できないとの危機感から 2003 年に NextGen 計画を作成した。本計画
は、米国の全ての航空機(軍用も含む)を対象とすることから、FAA(Federal Aviation
Administration:連邦航空局)
、NASA(National Aeronautics and Space Administration:
航空宇宙局)
、国防省、国土安全保障省などによる JPDO(Joint Planning and Development
Office)が設立された。
JPDO は 2008 年に統合ワークプランを策定した 4)。計画実現に必要な機能分野として、
軌道ベースおよび性能ベースによる運用と支援(飛行軌道に基づく、航空機の性能に応じ
たサービスやより柔軟な運用の提供)
、空港運用および支援、気象情報サービス、安全性管
理、階層型適応安全保障、環境管理フレームワーク、ネットセントリック・インフラサー
ビス、位置・航法および時間管理サービス、監視サービスがある。
2.3
欧州 SESAR 計画
SESAR(The Single European Sky ATM Research Program)は、欧州の航空管制基盤
の近代化計画である 5)。EC(European Commission:欧州委員会)とユーロコントロール
が設立した SJU(SESAR Joint Undertaking)が作業計画を管理する。2020 年までに 2005
年と比較し処理容量を 3 倍に、安全性の改善(10 倍)
、1フライトあたりの環境への影響を
10%削減し、
かつ ATM 関連の所要コストの 50%低減を目標にした。
ATM の将来像として、
軌道管理、ネットワーク運用計画/協調的計画、統合的な空港運用、容量拡大に寄与する新
間隔設定方式、SWIM (System Wide Information Management) (ATM システム間での
情報交換の基盤)
、ATM システムの中心となる人間(航空管制官やパイロットなどの業務
の変化への対応と業務支援システムの開発)の項目が述べられている。
2.4
我が国の将来計画
2
国土交通省航空局は 2009 年 4 月から「将来の航空交通システムに関する研究会」を開催
し、将来の航空交通システムの構築のための長期ビジョンを検討している 6)。運用概念と基
盤技術の変革の方向性として、軌道ベース運航、予見能力の向上、性能準拠型の運用の高
度化、混雑空域・空港における容量拡大のための柔軟で精密な運航の実現、全飛行フェー
ズでの衛星航法の実現、地上・機上での状況認識能力の向上、高度に自動化された包括的
支援システムによる機械と人間の能力の最大活用、情報共有と協調的意思決定の徹底の 8
項目が検討されている。
3.軌道管理の概要
航空機は出発前に飛行経路、高度などを記述したフライトプランを管制機関に提出し、
管制承認を受けた後に運航を開始する。飛行中は、フライトプランの経路に沿って、管制
指示に従いながら、目的空港まで飛行する 7)。航空管制業務は、航空機相互間の安全間隔を
確保し、円滑な交通流を形成するために航空交通の指示や許可、情報提供を行う業務であ
る。その業務は飛行場管制、ターミナル管制、航空路管制など数種類に分けられており、
各管制機関の航空管制官が区分された空域を担当している。航空管制官は、レーダなどの
管制機器を使用して航空機の現在位置を監視する。さらに、航空機の将来位置を予測し、
適切な管制指示をパイロットに通知する。パイロットは、その指示に従って航空機を操縦
する。その軌道を航空管制官が監視し、新たな管制指示を発出する繰り返しにより航空機
の運航が行われている 8)。航空管制業務や航空機の運航は、それを支える CNS 技術が活用
され、さまざまな規程に基づいている。このように、航空交通システムはさまざまな要素
で構成される大規模で複雑な制御システムとも捉えることができる。ここで、気象条件の
変化などの外乱が発生しても、できるだけ快適で定時運航を維持できるロバスト性が必要
である。航空交通システムがさらなる自動化を推進する場合には、制御の対象となる航空
機の軌道情報が重要となる。
第 2 章で紹介した将来計画では、航空機の 4 次元軌道を共有し管理する軌道管理が、将
来の運用概念として検討されている。航空機の軌道とは、航空機の位置、時刻、速度、加
速度を含む空中と地上での運動の記述である。これは、出発空港のスポットアウト(出発
機のスポットからの離脱)
、地上走行、離陸、飛行、着陸、地上走行、スポットイン(到着
機のスポットへの到着)の各飛行フェーズを 4 次元で記述し、現在のフライトプランをよ
り詳しくしたものである。また、軌道は既に飛行した区間とこれから飛行する区間の両方
を含む。軌道管理は精密な軌道予測に支援される航空機の新運航方式である。
航空機の FMS(Flight Management System:飛行管理システム)は、軌道を生成する
機能がある。FMS は飛行経路や通過予定地点(ウェイポイント)での高度制限などを入力
すると、それに従った軌道を生成する。この時、飛行条件(重量、高度、風など)に応じ
て燃料効率を最適とする速度を算出して、ウェイポイントの通過時刻を求める。また、ウ
ェイポイントの通過時刻を指定できる RTA(Required Time of Arrival)機能がある。航空
機は、自動操縦装置(Autopilot System)と自動推力調整装置(Autothrottle System)を
3
介して、このようにして生成した軌道を飛行することができる。
混雑した空域では、航空機間の管制間隔を確保するため、このような個々のフライトに
ついて運航者が希望する軌道に従った運航は難しくなる。そこで、軌道管理は各フライト
が希望する軌道になるべく近づけて飛行できるように、全体を考慮しながら、必要な部分
での軌道を修正し、それに従った航空機の飛行の実現を目指してしている。現在は航空管
制官が担当するセクタ内で航空機を誘導しているが、情報処理技術を活用して、より広域
的で早期の段階から航空機の制御を実施する。
軌道管理では、初めに運航者が各フライトの運航目的に合わせて、空港と空域の制約を
考慮して、軌道を生成する 9)。次に、その軌道は必要であれば修正され、運航者、管制機関、
空港管理者が同意する。軌道への規制がかけられたり、解除されたりする手順は、対応時
間に余裕がある場合には関係者間の CDM(Collaborative Decision Making:協調的意思決
定)により実施される。
軌道は 4 次元で定義され、航空機の FMS により正確に飛行される。航空機の現在位置か
ら 20 分から 30 分先までの区間は、管制機関により承認される。このとき、正確な軌道予
測技術により他の航空機の軌道との間隔欠如などが予測されると、航空機と調整し、軌道
を修正する。軌道は、このようにフライトの計画時に生成され、運航の過程で修正され、
目的空港に到着した後にその管理が終了する。
軌道管理では、実世界での航空機と情報処理システムでの航空機の情報の正確な対応が
重要となる。そのため、航空機の飛行性能、および、気象条件などの飛行環境のモデル化
技術の精度向上が望まれる。また、航空機と管制機関が軌道情報を共有するための空地間
のデータ通信技術が必要となる 10)。
4.軌道予測技術
軌道管理を実現するためには、正確な軌道予測技術が必要となる。電子航法研究所では、
軌道予測システムの研究開発を進めている。航空機が経路上のウェイポイントを通過する
時刻を算出するためには、現在位置から当該ウェイポイントまでの経路に沿った距離とそ
の区間を飛行する速度を使用する。距離は、RNAV(Area Navigation:広域航法)のよう
に経路に従った飛行を想定すると、正確に求めることができる。所要時間は、
(距離/速度)
で求まるので、速度を正確に算出することが重要となる。航空機は、飛行操作に使用され
る指示対気速度またはマック数を一定にして飛行することが多い。予測システムもこの考
え方に従って、指示対気速度またはマック数から真対気速度に変換し、風の影響を考慮し
て対地速度を算出する。航空機の運動計算には、航空機を質点としたエネルギー保存則に
基づくモデルを使用する。これは、航空機に作用する力の仕事率が、機体の運動エネルギ
ーと位置エネルギーの増加率と等しくなるモデルである。ここで、運動エネルギーは速度、
位置エネルギーは高度に対応する。例えば、アイドル推力による定速の降下では、推力、
抗力、速度から降下率を算出することができる。航空機の飛行性能データとしてユーロコ
ントロールの BADA(Base of Aircraft Data)
4
11)、気象予報データとして気象庁の
GSM
(Global Scale Model:全球数値予報モデル)と MSM(Meso Scale Model:メソ数値予報
モデル)を使用する。
これまでに基本的な予測機能を開発し、実運航データとの比較を実施している。時間予
測に重要となる航空機の速度について、予測値と実測値の誤差を求めた。航空機の対地速
度の誤差は、航空機の真対気速度の誤差と風速の誤差に分けられる。解析の結果、風速の
誤差はそれほど大きくなく、航空機の真対気速度の誤差(実運航速度と予測モデルの速度
の差)が大きいことがわかった。航空機の速度モデルについては、各国での運航が異なる
ため、実態に適応させることが望ましいと BADA でも述べられている。軌道管理の初期運
用の目標とする時間精度は航空路区間が 30 秒、ターミナル区間が 10 秒とされており 9)、
電子航法研究所で開発している予測技術も、このような精度を目標にしている。巡航中は、
高度が一定の飛行のため、マック数が予測モデルと一致すれば、風速の誤差は大きくない
ので、高い精度で予測できる。上昇・降下中は、高度変化率が影響するので、巡航中に比
較して誤差が大きい。この区間の実運航のモデル化と予測精度の向上が今後の検討課題で
ある。
5.まとめ
将来の ATM の主要な構成要素と考えられている軌道管理について紹介した。ATM の概
要と国際的な動向、軌道管理の概要、電子航法研究所で研究開発中の軌道予測技術につい
て述べた。軌道管理を導入するためには、軌道予測技術を改善するとともに、それを活用
するための運用方法を開発し、関係者に受容されなければならない。そのためには、本技
術の有用性と使用容易性の実証が重要である。FMS の RTA 機能の活用、軌道情報を空地
間で共有するデータ通信技術、管制情報処理システムでの軌道情報のデータ管理、航空管
制官への情報提供方法などが今後の課題である。
参考文献
1) 藤井、
将来の航法システムについて、
航空機等の動向調査事業の調査概要[平成 20 年度],
20-2,
(財)航空機国際共同開発促進基金
2) ICAO, Global Air Navigation Plan for CNS/ATM Systems First Edition, Doc 9750,
2000
3) ICAO, Global Air Traffic Management Operational Concept, Doc 9854, 2005
4) JPDO, Next Generation Air Transportation System Integrated Work Plan Version 1.0,
Sept. 2008.
5) SESAR Consortium, The ATM Target Concept Deliverable 3 at a glance, Sept. 2007.
6) 国 土 交 通 省 航 空 局 、 将 来 の 航 空 交 通 シ ス テ ム に 関 す る 研 究 会 、
http://www.mlit.go.jp/koku/koku_CARATS.html
7) 長井、エアラインにおける CNS/ATM 考察、pp.20-24、日本航空宇宙学会誌、第 57 巻
第 667 号、2009 年 8 月
5
8) 長岡、航空交通管理とその動向の概観、pp.6-11、NAVIGATION、168 号、日本航海学
会、2008 年 6 月
9) EUROCONTROL, Understanding Trajectory Management, March 2009.
10) EUROCONTROL, Initial 4D - 4D Trajectory Data Link (4DTRAD) Concept of
Operations, Dec. 2008.
11) EUROCONTROL, User Manual for the BASE of Aircraft Data (BADA) Revision 3.7,
March 2009.
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参考:ウエブサイトで見ることができるトラジェクトリ管理の図解を参考に掲載します。
(1)FAA NextGen:
http://www.faa.gov/about/initiatives/nextgen/media/ngip.pdf
7
8
9
この解説概要に対するアンケートにご協力ください。
(2)SESAR:
http://www.eurocontrol.int/airspace/public/standard_page/141_Airspace_Strategy.html
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