デジタル化によって起きた 日韓音楽業界のエコシステムの違い

デジタル化によって起きた
日韓音楽業界のエコシステムの違い
指導教員名:水越康介
氏名:安村友里
枚数:22 枚
1
目次
1
はじめに
2
先行研究
2-1
ビジネスエコシステムの概念
2-2
ビジネスエコシステムの生成過程
2-3
ビジネスエコシステムの健全性
2-3-1
生産性
2-3-2
堅牢性
2-3-3
ニッチの創出
2-4
エコシステム内でのプレイヤーの役割
3
事例分析
3-1
世界から見た日韓音楽業界
3-2
1990 年代
3-2-1
J-POP、K-POP の誕生
3-3
2000 年代
3-3-1
日本のデジタル音源配信システム
3-3-2
韓国のデジタル音源配信システム
3-3-3
日韓のデジタル化への対応の違い
3-4
巨大化する韓国の音楽エコシステム
3-4-1
政府と音楽業界
3-4-2
観光産業と音楽業界
3-5
テレビと音楽業界
3-5-1
90 年代のテレビが与えた音楽業界への影響
3-5-2
日韓での音楽番組
3-5-3
音楽ランキングの違いによるエコシステム生成の違い
3-6
日韓の CD 販売戦略
3-7
エコシステム内の健全度
4
考察、まとめ
5
参考文献
日韓音楽業界
CD の誕生によって急成長した大衆音楽
デジタル音源配信による音楽消費スタイルの変化
イノベーションの伝達、ニッチの創出
2
1
はじめに
近年、インターネットの普及や消費者の嗜好の多様化によって一つの製品ができるまで
に設計、生産、流通に多数の組織が関与し、産業構造がより複雑に変化している。音楽業
界もその産業の一つであり、特に流通過程において大きく変化を遂げているといえる。
2010 年 11 月 8 日、歌手の宇多田ヒカルが『Utada Hikaru SINGLE COLLECTION VOL2』
からのリードトラック‘Goodbye Happiness’の PV 解禁と共に YouTube に自身の公式ア
カウントを開設し、過去のミュージックビデオをフルコーラスで一挙公開した(音楽情報サ
イト
アールオーロック)。現在でもツイッターなどの言動がニュースに取り上げられるほ
どの彼女であるが、当時はミュージックビデオが有料という認識があったためこの行動に
私は驚かされた。また宇多田ヒカルのみならず同年スピッツや GLAY などのほかのアーテ
ィストも YouTube にアップロードしている。ここで注目してほしいのが、それまでのミュ
ージックビデオは有料でクリップ集や CD とセット販売されていたが、宇多田ヒカルのよ
うにアーティストが公認でミュージックビデオを無料で流通するようになったという点だ。
しかし実はこれ以前からインターネットの普及に伴い、音源がアップロードされたりファ
イル交換ソフトによって違法ダウンロードが蔓延していた。その結果、音楽業界は CD な
どパッケージから大きく収入を得ていたそれまでの産業構造の変化を余儀なくされた。
日本レコード協会によると CD や DVD、カセットなどパッケージ化された音楽ソフトの
売上推移は 1998 年の 6075 億円をピークに 2011 年では 2819 億円にまで落ち込んでいる状
態だ。メディアによっては「音楽業界が不況」と報じられるのを目にするが、実はここで
使われている指標は CD など音楽ソフトのみの生産状況や売上推移を述べているだけであ
って著作権やライブ収入が換算されていない。デジタルコンテンツ白書(2009)によると音楽
コンテンツ産業の売上は 2007 年から 08 年でほぼ横ばい状態であるのだ。インターネット
の影響を受けるなど外部環境が変化し、CD 売上が減少しているなかどのように収入を保っ
ているのであろうか。ここが本論文の注目すべき点である。
本論文ではまず Moore や Iansiti
and Levien が唱えたビジネスエコシステムの概念を今一度整理し、武石・李の日韓モバイ
ル音楽ビジネスエコシステム論 2005 年以降の両国の音楽業界の動きを見ていく。
※なお音楽コンテンツの規模は、音楽ソフト、ネット配信、モバイル配信、カラオケ、コ
ンサート入場料のそれぞれの売上収入の合算値。
2-1
ビジネスエコシステムの概念
ビジネスエコシステムは Moore(1993)や Iansiti and Levien(2004)によって提唱された概
念であり、彼らは本来生態系を意味しているエコシステムをメタファーとしてビジネスや
産業の分析に応用した。Iansiti and Levien(2004)によると従来のビジネスモデルは企業の
内部能力とビジネスモデルの発展に焦点があてられ、次世代技術や自社を脅かす新しいビ
ジネスモデルの出現は外部環境として位置づけられていた。それに対し、複数の組織が共
3
存し、発展することを目的に互いの技術を生かしながら設計、生産、流通さらには消費者
や社会、政府までを含むこの一連の収益構造を一つの体系と捉え、それをビジネスエコシ
ステムとした(Iansiti and Levien
2004 15 頁)。武石・李(2005)は Iansiti and Levien の考
えは複数の業界を扱うことの重要性を強調しているものの、その他の環境要素にはあまり
目を向けていないとして、制度や技術までを含めて捉えることが重要とした。ただし
Hughes の唱える大規模技術システムは、構成する要素が間接・直接に共通する目的に貢献
していることを要件にしているが、彼らは必ずしも共通の目的をもたないものもあり得る
とし、それをビジネスエコシステムとしている。エコシステム内を構成する要素間の結び
つきが緩やかであるということは、各要素は他の要素をあまり気にすることなく振る舞え
ることを意味する。しかし、エコシステム内の要素のいずれかに何らかの変化が起きると、
平時には相互に自立していた業界同士が非常時になると相互の関係を認識させられ、何ら
かの調整や変化が余儀なくされる(武石・李
2005
75 頁)。
次では Moore や Iansiti and Levien のビジネスエコシステムの生成条件や健全度、中核企
業となる役割を見ていく。
2-2
ビジネスエコシステムの生成
Moore(1993)は時系列をもって 4 つの段階でエコシステムの生成過程を表した(Moore
1993 77 頁)。
誕生(Birth)-この段階では企業はエコシステム内で重要となる顧客、サプライヤー、チャ
ネルの獲得が必要である。そして彼らとともにイノベーションから新しい価値を生み出し、
彼らに提供していく。このとき、互いに共存しているという意識が重要である。
拡大(Expansion)-次にシステムを発展させることである。パートナーと共にマーケットセ
グメントでの標準化をはかり、範囲を増加させることによって最適な大きさの集合体にな
る。
リーダーシップ(Leadership)-第 3 ステージでは権威者もしくはリーディング企業によっ
て特徴づけられる。ここで企業がサプライヤーや顧客に対して強い交渉力を維持させたい
ところだが、彼らの要望に対し持続的に改善するために協力していくということが共生し
ていくために重要な点だ。
自己革新(Self renewal)-最後の段階は自己革新である。類似した新しいアイディアを持つ
他のビジネスエコシステムには消費者の切り替えコストや競合他社の参入コストのような
障壁を手段に用いて成長を遅らせる必要がある。
この生成過程において重要な役割を担うのは中核企業である。特に第 1、2 ステージでは
中核企業がシステム全体で協働し価値を創出できるようなシステムを構築しなければなら
ない。
2-3
ビジネスエコシステムの健全性
4
エコシステム内では多数の緩やかに結びついた参加者たちがお互いの発展と生き残りを
目的として相互依存しているため、それぞれの種は自分たちの生き残りの可能性を互いに
共有している。そして同じネットワーク内に属する企業はその健全性を守っていく行動を
していかなければならない。もしその均衡が崩れ、エコシステム内が不健全になれば個々
の種は厳しい運命に直面してしまう(Iansiti and Levien 2004 12 頁)。さてここで述べら
れている健全性とはいかなる指標をもって測ることができるのであろうか。彼らはエコシ
ステム内の 3 つの側面である生産性、堅牢性、ニッチの創出について検証していくべきだ
と述べた(Iansiti and Levien 2004
2-3-1
61 頁)。
生産性
イノベーションを低コスト、新製品、機能に変換するエコシステムの有効性も捉える必
要があるとし、生産性に関連した指標は3つの種類を考えることができる(Iansiti and
Levien 2004
63-67 頁)。
1 要素生産性
2 時系列を用いての変化
3 イノベーションの伝達
一つ目の要素生産性は伝統的な経済学の生産性分析で用いられている手法を活用し、参
加者の生産性を比較検証していく。ここで最もよく使われているのは投下資本利益率
(ROIC)である。
二つ目の時系列を用いての変化は 1 の ROIC に時系列を持たせ一定期間にわたって生産
性を増大させているか、同一の製品の生産と業務遂行を業務をコストを下げながら実行で
きているのかに焦点をあてて検証していく。
三つ目の指標、Iansiti and Levien(2004)はイノベーションの伝達は重要な指標であると
している。この指標は新しい技術が次第に発展し、エコシステムに浸透し、それに対する
企業の動きを評価できる。彼らはこの点に関して、ソフトウェア産業は興味深い事例を提
示している。モザイクブラウザの最初のベータ版が出た 1993 年から、すべてのウィンドウ
ズに対応したインターネットエクスプローラーが導入されたのは 1995 年であり、その間た
った 2 年間しか経ってない。このとき技術の出現とその伝播との間のタイムラグに注目す
べきである。
これらを明確にしていくことでエコシステム内が互いに共栄しているのかを見ることが
できる。
2-3-2
堅牢性
生態系のエコシステムは環境変化に直面しても生き残らなければならない。それはビジ
ネスエコシステムも同様である。企業は堅牢なエコシステムに組み込まれることにより広
範にわたる便益を享受でき、またそれによって比較的予測可能な環境で事業運営を行うこ
5
とができるため、安定した環境を壊す可能性である新しい技術上の変化や外部環境の変化
による衝撃を和らげられる。ここではその重要な堅牢性の指標を5つ示していく(Iansiti
and Levien
2004
67-71 頁)。
1 生存率
2 エコシステム構造の持続性
3 予測可能性
4 陳腐化の回避
5 利用者の経験とケースの持続性
一つ目は生存率である。エコシステム内の企業は長期間にわたって、あるいは他のエコ
システムと比べ、より高い生存率を記録しているということはエコシステムが堅牢である
といえる。
二つ目はエコシステム構造の持続性で、堅牢なエコシステムではメンバー同士の関係性
の変化は抑制され、エコシステムの構造は外部の衝撃から影響を受けにくくなっている。
三つ目は予測可能性。エコシステム構造の変化は単に抑制されているだけでなく、局部
に制限される。この事例として Iansiti and Levien(2004)は PC デスクトップ環境の発展を
挙げている。PC デスクトップは今や資料作成や管理といった用途だけでなく、ショッピン
グや映画鑑賞、ゲームや音楽を聴くといった用途にまで拡張したがこの発展において飛躍
的な技術があったわけではないとしている。
四つ目に陳腐化の回避である。健全なエコシステム内では、大変動した環境への対応と
して陳腐化した能力を一気に手放さず、引き続き活用していく。例えば、デジタルカメラ
が出現したときもパソコンはデジタル画像の編集や撮影のためのツールを採用したり、画
像関連機能を拡張するなど新しい分野へ自らを適合していった。
五つ目は利用者の経験とケースの持続性である。堅牢なエコシステムの製品に関わる消
費者の経験は新しい技術が導入されることによって、急激に変化するというよりもむしろ
緩やかに進化していく。
これらの指標全てがあらゆる環境に適応可能とはいえないが、一連の指標は堅牢性を評価
するための効果的なツールを提供している。
2-3-3
ニッチの創出
そして上記で見てきた生産性と堅牢性だけでは、健全なエコシステムの特性を捉えるこ
とができない。生態学的な意味において、エコシステムが多様性を有することは重要な特
性ではあるがすべてがプラスの特性とは限らない。ここで議論している多様性では価値を
生み出す多様性が重要である。事業における新しいカテゴリーがエコシステム内で意味の
ある斬新さであることが最も重要なのだ。そこでニッチの視点が重要となるのである。ニ
ッチは自らの専門性を特化させることで、エコシステム内に価値をもたらしている。健全
なエコシステムは長期間にわたってニッチを創出していく。そこでニッチ創出能力を測る
6
指標として 2 つの関連指標があげられる(Iansiti and Levien 2004
1 企業の多様性の増大…
72-75 頁)。
一定の期間においてエコシステムのなかで誕生した新企業の数
2 製品および技術の多様性の増大…
一定の期間においてエコシステムのなかで出現した
新製品の選択肢、技術的な基礎単位、カテゴリー、製品、事業の数
しかし Iansiti and Levien(2004)はここで古いニッチが持続することは必要ではないとし
ている。ここまでエコシステムの生成条件や健全性などのエコシステムのフレームワーク
を見てきたが、次の節ではエコシステム内にあるその個々の要素の役割を明らかにしてい
く。
2-4
エコシステム内のプレイヤーの役割
複雑なネットワーク構造が効率的、安定的に機能するにはハブの存在が必要である。ハ
ブは異なるネットワーク・ノード同士が相互に結びつく可能性を容易にすることで、生産
性の改善や成長の実現に必要な調整や統合に関わる複雑さを低減し、さらにさまざまな種
類の環境の変化に対する堅牢性も高めてくれる。しかしすべてのハブがそのような効果を
もたらすとは限らない。組織がどのような行動をするかによって決定するのである(Iansiti
and Levien
2004
88-90 頁)。ここではまずエコシステムを構成するメンバーの役割を
明らかにし、それらの行動によってエコシステムにどのような効果をもたらすのかを見て
いく(Iansiti and Levien 2004
キーストーン…
88-100 頁)。
この理論での鍵となる重要な役割である。キーストーンはエコシステム
内で不相応に生産性を減少させる種を取り除いたり、その数を制限することでエコシステ
ムの生産性を高めることができる。またキーストーンが確実に生き残るためにはエコシス
テムの安定性を高めることであるため、多様性を高めるために働きながらも安定性を維持
するようにも努める。このように健全性を積極的に改善していくため、その結果、自社も
持続的なパフォーマンスにより利益を得ることができる。エコシステム内での影響力は大
きいが物理的な存在感は一般に小さい。
支配者…
支配者とキーストーンでは以下の 2 点から分けることができる。一つ目はエコ
システム内での物理的な存在量といった指標で、支配者はキーストーンに比べエコシステ
ムの多くを占有する。二つ目は垂直的、水平的に統合し、その企業の機能を乗っ取ったり
排除したりと侵略的な点である。つまり、エコシステムでの価値創出の大半を単独で行っ
たり、その価値を自社のみで独占してしまう。
ハブの領主…
支配者には 2 つのタイプがいる。上記のようなネットワークの大部分をコ
ントロールし価値創出と価値獲得の双方に支配していくタイプとハブの領主のようにネッ
トワークはコントロールしないが、できるだけ多くの価値を強奪するタイプである。キー
7
ストーンはエコシステムでの価値創出と価値獲得のバランスを注意深く考慮しなければな
らない。その配分を間違うとキーストーンも領主へと変わってしまうかもしれない。
ニッチプレイヤー…
エコシステムにはキーストーンと支配者に加えて、第 3 の種、ニッ
チが存在する。ビジネスエコシステムではニッチは一部のネットワーク資源を利用しなが
ら他社と差別化を図り自社の専門性に特化した価値を生み出し、自らで獲得する。ニッチ
企業個々ではエコシステムに対し大きな影響力は持たないが、集合的にはその総数、多様
性においてエコシステムの大部分を占める。
先行研究を踏まえて
Moore のエコシステムができるまでの生成条件から Iansiti and Levien のシステム内の
健全性やプレイヤーの役割などを見てきたが、彼らもまた武石・李と同じようにエコシス
テム内の中核となる企業、そして各要素はシステムの健全という共通の目的を持っている
ことが分かる。また Iansiti and Levien は著書の中で生産過程でのエコシステムの事例を多
く提示していたが、本論文では武石と李によるビジネスエコシステムの概念をベースに日
韓の音楽業界の流通の変化やその違いに焦点を当てて見ていく。さらにその流通の変化に
対して両国間がどのようにエコシステムを変化させてきたのか、健全度や中核企業の役割
を踏まえながら日韓音楽業界の違いを追っていく。
事例分析
3-1
日韓音楽業界
世界から見た日韓音楽業界
まずは日韓音楽業界の市場規模を見ていこう。冒頭で述べたようにここ 15 年間で CD の
売上が大きく落ちている日本であるが、世界規模でみると 2009 年、日本の音楽市場はアメ
リカに次いで 2 位の市場規模であり、アメリカと日本で世界市場の半分を占めている。君
塚によると、多くの分野の経済活動において国外マーケットを視野にいれることは当たり
前になっているが、日本の音楽産業は国内アーティスト達で一定の規模が保てる「内向き
の」市場なのである。ビジネス面だけ考えればリスクの高い海外進出を目指す必要性はな
い。一方、韓国の音楽市場は世界上位 10 カ国にも入らない規模で日本と比べると約 28 分
の 1 に過ぎない小さなマーケットであり、隣国である日本をターゲットに定める K-POP ア
ーティストが多いのは当然である(君塚 2011 70-72 頁)。近年、東南アジアを中心に積極
的に KPOP を推し進めているのは、韓国内では市場が小さいため大きなマーケットである
海外に進出せざるを得なかったという背景がある。
8
スペイン, 246
イタリア, 252
その他, 2748
オランダ, 265
アメリカ, 4632
オーストラリア,
382
フランス, 948
ドイツ,
1533
日本, 4050
イギリ
ス,
1574
音楽産業総売上金額の世界上位 10 カ国とシェア(2009 年のパッケージ売上、音楽配信、著
作権収入を合計したもの)
国際レコード産業連盟『Recording Industry in Numbers 2010』
また市場規模だけでなく、その内訳にも両国では大きな違いがある。IFPI によると 2011
年の日本の音楽市場はパッケージ売上 75%、有料音楽配信売上 22%の内訳に対して、韓国
の音楽市場ではパッケージ売上 44%、有料音楽配信売上が 54%となっており、ネットやモ
バイルでの配信が過半数を超えている結果となった。またこのとき、日本はパッケージ売
上だけの順位だと世界 1 位である。なぜこのように両者間で大きく流通過程で違いが起き
たのだろうか。次の節では日韓共に CD 売上がピークだった 90 年代の音楽市場、そして
CD 売上に大きく関わっていたテレビ産業との関わりを見ていく。
3-2
90 年代
3-2-1
CD の誕生によって急成長した大衆音楽
J-POP、K-POP の誕生
「J ポップ」という言葉が誕生した 1988 年、それから 10 年後の 1998 年の間に日本のレ
コード生産金額は 3429 億円から 6074 億円と市場規模がほぼ 2 倍に成長した(烏賀陽 2005
26 頁)。この急成長の要因には CD の登場が挙げられる。CD が登場するまでのアナログ時
代、レコードプレイヤーにアンプ、スピーカーなどコンポをそろえて LP を楽しむことがで
きたのは、購買力の高い層でその中心は成人男性だった。この LP に対して補完的な役割を
担っていた音楽メディアがカセットテープである。レコードを日常的に購買力のない層、
若者や女性などはラジオやレンタルレコード店や友人から借りたレコードをカセットに録
音し、ラジカセ、カセットテープウォークマンで聞くというのが一般的な姿だった。LP を
9
好む層は高価な再生装置をそろえているだけあり、音質に敏感であり、クラシック、ジャ
ズなど生楽器を多用する音楽、あるいはロックの中でも欧米の洋楽を好む人が多かったが、
カセットテープを使用していた層はロックやフォーク、ニューミュージック、歌謡曲を好
んで聞いていた。このように CD 誕生以前のアナログ時代には再生機器の違いによって年
齢層、性別、所得層、好む音楽のジャンルの違いが明確に分かれていた。しかし CD 誕生
後、ソニーが CD を音楽メディアとして普及させるためにハード部分の再生機器を製造価
格の半分以下で販売するという戦略が功を奏し、誰もが再生機器を購入できるようになっ
た。アナログ時代にあった再生機器による違いは CD により平準化し、またそれまでハー
ドにかけていたお金をソフトの部分に回せるようになった。また 90 年代にヒットソングを
生む購買層として 10 代の若者や女性が大きな影響を持ち始めたのも CD 誕生による変化で
ある。このように新しい時代の幕開けに音楽産業が用意した「邦楽」、「歌謡曲」にかわる
新しいブランド名が J-POP でいえるのではないかと烏賀陽は述べている(烏賀陽 2005
34-44 頁)。
一方で 90 年代の韓国音楽産業も大きな変化を迎えている。90 年代、韓国のレコード産業
は成長と下落を繰り返した。1997 年に 4104 億ウォン(現在のレートで約 348 億円)に達す
るが、その後 IMF 経済危機により下落し、そして 2000 年まで増加していった。また 90 年
代は日本同様、韓国歌謡業界にも大きな変化が訪れた。それまではバラードやトロット(日
本で言う演歌)が中心だった韓国歌謡業界であったが 90 年代初めに「ソテジワアイドル」の
登場により、現在の韓国の音楽のスタイルが方向づけられた。彼らはパワフルなダンスと
ラップという今までにないジャンルの歌を歌い、爆発的な人気を集め、また韓国にミュー
ジックビデオの文化を定着させた。その後「H.O.T」「ジェクスキス」「神話」「G.O.D」な
ど男性グループを筆頭に韓国音楽業界はアイドルグループ中心になり、第 1 次アイドルブ
ームが巻き起こった(韓国・台湾アジアエンタメ
3-3
2000 年代
ブロコリ)。
デジタル音源配信誕生による音楽消費スタイルの変化
90 年代順調に売り上げを伸ばしていた CD 産業だが、日本では 1998 年、韓国では 2000
年にそれぞれ頭打ち状態になり、その後 2000 年代には両国とも減少の一途を辿っている。
その背景には MP3 プレイヤーや P2P 技術を用いたファイル共有ソフトの誕生によって、
違法配信や音楽の共有、また CD 海賊版の蔓延化などがあげられる。これにより誰もが簡
単に音源を低コストで手に入れることができるようになった。また携帯電話の普及が進み、
通信費コストが上がり、その分 CD 購入の余力がなくなったなど CD 売り上げ減少に拍車
をかけた。下のグラフを見てもらえばわかるように韓国の CD 売上は日本以上に急速に落
ちていった。このようにインターネットやモバイルの普及は大きく音楽の消費パターンが
変えた。この節では技術革新によって変わっていった音楽消費スタイルに対し、日韓音楽
業界ではどのように対応していったのかを見ていく。
10
韓国レコード産業売上
4500
4000
3500
3800
3530
4104
3733
2861
3000
2500
1833
2000
1338
1500
1000
1087 848
788 811 802 823
500
0
2010
2009
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
単位(億ウォン)
(サ)韓国音楽コンテンツ産業協会資料編集
3-3-1
日本のデジタル音源配信システム
1999 年に NTT ドコモがiモードとして始めた着メロを始まりに、それまで別の産業で
あったモバイルと音楽業界の関係性が変化していった。その後ドコモに続き KDDI、ボーダ
フォンが参入していき、着メロはどの携帯でも楽しめるようになりモバイル音楽は徐々に
一般的になっていった。2002 年には KDDI が楽曲の一部を切り取って携帯電話の着信音に
できるサービス「着うた」を発表した。このサービスは順調に利用が伸び、サービス開始
から一年半で着うたの累計利用件数が一億曲を突破し、100 億円前後の売上を確保した(『日
本経済新聞』2004 年 7 月 10 日
11 頁)。しかしこの着うたと着メロは著作権の観点では大
きく異なる。着メロは作曲者の著作権だけが関係するのに対して、着うたは作詞家・作曲
家のほかに実演家(歌手、演奏者)、レコード製作者などが関係してくるため、楽曲使用許可
を得ることを考えるとこのサービスを提供できるのはおのずと限られる (武石・李
2005
78 頁)。こういった著作権の話があるため、原盤権を所有しているレコード会社が市場に参
入しやすい。レコード会社が共同出資して作られたレーベルモバイル(現在のレコチョク)
がモバイル音楽市場で成功できたのはこれが一つの要因であろう。着うたに引き続き、2004
年に KDDI は携帯電話に音楽を一曲まるごとダウンロードできる音楽配信サービス「着う
たフル」を発表し、開始 1 ヶ月後にダウンロードが 100 万曲を超えるなど瞬く間に広まっ
ていった (『日本経済新聞』2004 年 12 月 28 日 31 頁)。これをきっかけに携帯電話が音楽
を聴くツールとして変わっていった。
着うたや着うたフルの誕生後の 2006 年には有料音楽配信の市場規模が約 534 億円と前年
比 1.5 倍に膨らみ、このうち約 9 割が携帯電話向けのものが占める結果となった。このと
き大手レコード会社をきっかけに新しい料金体系も発表され、量販競争が勃発した。エイ
11
ベックス・マーケティングは月額 580 円で 30 曲ダウンロードできるサービスを開始、それ
に対してユニバーサルミュージックは長い楽曲を複数の着うたに分割し、歌詞の内容など
ストーリー仕立てに順番に配信する「着うたドラマ」サービスを始めた。CD の市場規模が
縮小するなか、レコード会社は積極的にモバイル音楽配信に力を注いでいった(『日経産業
新聞』2007 年 8 月 28 日 2 頁)。しかしこの好調なモバイル音楽配信も長くは続かなかった。
2009 年にはモバイル配信が大きく牽引していた音楽配信市場の伸びが鈍化、また着うた
平均ダウンロード数は 08 年比で 3 割減という結果に至った。この原因には携帯端末の出荷
の減少や無料ゲームや個性を示すブログへと嗜好の変化があげられる(『日本経済新聞』
2010 年 3 月 10 日 35 頁)。またスマートフォンの普及もあるなか、着うたフルを携帯電話
からスマホに対応させることが遅れたのも要因の一つに挙げられるだろう。さてモバイル
音楽配信に的を絞って見てきたが次に韓国のデジタル音源システムを見たのち、あらため
て日韓のデジタル音源配信システムについてみていこう。
3-3-2
韓国のデジタル音源配信システム
1990 年代から韓国では国家が主導して通信網の構築に莫大な予算を投資し、家庭でも手
軽に 100mbps 級の超高速通信網が使用できるようにするなど、インターネットの普及を進
めてきた。時を同じくして MP3 が誕生し、それまで順調に推移していた CD 売上が急降下
し始めた 。この背景には日韓の著作権管理の認識の違いが関係しており、韓国では音楽流
通会社だけでなく、本来、著作権を保護すべき立場にあるレコード会社や作詞・作曲家の
間でも著作権管理の認識が薄いという問題があるほどだ(武石・李
2005
76 頁)。インタ
ーネットの普及、著作権認識の甘さから 2000 年に始まったバグズミュージック(ストリー
ミング方式)やソリバダ(P2P 方式)はのちに提訴され、2005 年にはどちらも有料化へと移行
していった (『日経産業新聞』2005 年 3 月 22 日)。しかし、そんな PC による違法ダウン
ロードが猛威をふるっている中、通信キャリアのサービスは唯一合法ダウンロード・サー
ビスとして定着していった。本論文ではその中でも最大手の無線キャリア通信である SK
Telecom(SKT)の「MelOn」サービスの事例を見ていく。
SKT は携帯電話の普及により、音楽を携帯電話の着うたで使えるメロディーコール、着
メロなどの新しい音楽の形態に目をつけ、大規模な資本を投じて市場の先取りに乗り出し
た。その際 SKT は PC とケータイを併せた初の配信サービスを始めたという点が大変意味
深い。違法ダウンロードが横行するなか、同社はあえてインターネットのポータルサイト
を立ち上げ、ブラウザ兼用の音楽ソフトウェアを開発し、会員制中心の音楽サービス
「MelOn」をスタートしたのである。MelOn はユーザーの半分が携帯電話の他に MP3 プ
レイヤーを所持していることに着目し、一度自社のポータルサイトで購入するとその楽曲
をパソコン、ケータイ、PDA、MP3 プレイヤーなどあらゆるデバイスに使いまわすことが
できる世界初のユビキタス音楽志向のサービスを提供した。また MelOn は月額制でのスト
リーミングだけでなく一曲ごとの購入やレンタルと所有を混合したものなど低価格で幅広
12
いサービスを提供したことでさまざまな顧客のニーズに対応した。このようなマルチデバ
イス化や低価格でのサービス提供により、有料化が定着しているモバイル分野と無料認識
が一般化されている有線分野を統合し、多くの顧客の獲得へとつなげていった(崔
2009
364、365 頁)。
3-3-3
日韓のデジタル化への対応の違い
上記で MelOn のマルチデバイス化によるデジタル音源配信を述べたが、驚くべきことに
日本でこの動きが高まったのはここ 2、3 年の出来事である。これまで日本では音源配信サ
ービスは著作権保護の観点が強く携帯電話や音楽プレイヤーなど市場が断絶している状況
であったが、アップルが始めた「DRM(デジタル著作権管理)なし」の音楽配信によってそ
れが大きく変わりつつある。2012 年 1 月にアップル日本法人は iTunes イン・ザ・クラウ
ドを日本に導入することを発表した。これは iTunes ストアで購入した楽曲をクラウド上で
一括管理し、複数の機器で楽しめるサービスだ。また iPhone で購入した楽曲をクラウドを
介してすぐにパソコンでも聴けるなど相互作用を高めた(『日本経済新聞』2012 年 2 月 23
日 3 頁)。ソニーも対抗して同年 7 月にクラウドベースの定額性音楽配信サービス「Music
Unlimited」を開始した。これは月額 1480 円で 1000 万曲以上が聴き放題のサブスクリプ
ション型のサービスで、海外では 2010 年にスタートしており日本でもついに利用が可能と
なった。しかし韓国をはじめ他の国よりもサービスへの対応が遅かったのは、これは日本
のレコード会社が著作権をたてに支配者になっていったからではないだろうか。そのため、
エコシステムを拡大し、再形成していくのに遅れがでたのではないだろうか。
日本レコード協会の「日本のレコード産業 2012」によると、有料音楽配信は 2009 年を
頂点に年々減少傾向にあり、また内訳を見てみると有料音楽配信売上の 8 割をモバイルが
占めている状態である。クラウド化以前にも iTunes は日本に上陸していたにも関わらず、
有料音楽配信売上の衰退が着うたの売上減少と重なっているのをみるとモバイルに依存し
ていたのがわかる。他国よりもエコシステム形成が遅れた日本は今後インターネットに上
手くシフトできるのであろうか。
一方で MelOn の事例を見ると日本と比べいち早くマルチデバイス化した韓国であるが、
やはりその背景には著作権保護に関する認識が日韓で異なっていたためであろう。インタ
ーネットとモバイルをいち早く統合した結果、今では有料音楽配信市場は CD 売上を超え
るほど成長していった。元々アメリカのようにシングルでの販売ではなくアルバムでの販
売スタイルであったが、今ではデジタルシングルとして配信限定の楽曲がリリースされる
ことも多い。こうしたデジタルシングルは、アルバムが出た際に CD に収録されることも
あるがそのまま配信のみで終わってしまうこともしばしばある(so-net『K-POP 基礎知識』)。
しかし韓国ではこのデジタル音源の増加は喜ばしいことばかりではなく、収入分配の問題
もある。韓国では日本と違いレコード会社と流通業者が異なっているため、この流通業者
に多くマージンを取られている現状だ。デジタル化されたときにレコード会社ではなく、
13
他の産業からエコシステムに入ってきたためであろう。現在では分配に関して法改正も進
んでいるが、これら問題は著作権認識が曖昧だったからこそ起こったのだろう。しかしな
がら CD 売上の急激な減少に関わらず、音楽業界自体の売上は安定を保っている。その理
由にはそれまで韓国で定着していなかったライブ市場での売上の増加などが挙げられるが、
やはり大きな要因となったのは近年見られる「K-POP のグローバル化」が挙げられるだろ
う。次の節では韓国のグルーバル化に伴ってさらなるエコシステムの拡大をみせる韓国音
楽市場を見ていこう。
3-4
巨大化する韓国の音楽エコシステム
前の節では韓国のデジタル化に対してのエコシステムの変化を見てきたが、そこでデジ
タル化にいち早く対応したからこそグローバル化へとつなげていけたと私は考える。ここ
ではグローバル戦略論に関しては多くは述べないが、K-POP がグローバル化していったの
は「YouTube」を使った動画配信がきっかけと言われている(木戸 2011 29 頁)。YouTube
では無料で動画が配信されるため日本では規制もあったが、MP3 合法化への対策も早かっ
た韓国ではこれをプロモーションツールとして用いた。少女時代が日本デビュー時に行っ
たショーケースで約 2 万人の観客を集めたのも、YouTube の影響があったといえるだろう。
そしてこの K-POP がグローバル化していくことに政府が目を付けていった。この節では政
府や観光産業をもエコシステムに取り入れていった韓国音楽業界を詳しく見ていきたいと
思う。
3-4-1
政府と音楽業界
なぜ政府が積極的にコンテンツを支援していったのか。それは韓国コンテンツいわゆる韓
流は韓国経済を活性化させるための起爆剤なのだ。例えば、ある歌手が流行するとまず彼
らに関連する商品、DVD や CD、キャラクターグッズの販売が増加する。それらの影響で
さらに彼らに対する関心が強くなると次は広告を務める商品を購入し、韓国商品の販売が
増加する。また新大久保で彼らが好きな韓国料理を食べたり、握手会やライブのために韓
国へ行きそのついでに観光をしたりと、どんどん韓国文化へと触れる機会が増えてくる。
このころには歌手が好きから韓国大好きという風に意識が変化し、韓国への好感が高まっ
ていく(酒井
2012
35 頁)。
なぜ近年韓国歌手が日本に来るのかを日韓の音楽市場の違いを見ながら説明したが、も
ちろん海外進出には大きな投資が必要でありまたその投資を回収できないリスクもはらん
でいるため大きなレコード会社しか海外進出できない。しかし政府が国策として所属アー
ティストが少ない小さなレコード会社を支援していった。それではその政府の対策を事例
とともに詳しく見ていこう。
2009 年 5 月 7 日、文化産業の振興発展を効果的にサポートするため文化産業振興基本法
31 条に基づき、それまでにあった放送映像やソフトウェア、文化、ゲーム産業振興院をひ
14
とつに統合して韓国コンテンツ振興院(KOrea Creative Content Agency 通称 KOCCA)を公
共機関として設立した。韓国のコンテンツ産業が創造経済をリードするグローバルリーダ
ーに成長できるように支援事業を繰り広げており、日本、アメリカ、中国、ヨーロッパに
事務所を置いている。具体的な事業としては制作、海外進出、人材養成、CT 融合コンテン
ツ、施設の構築/運営など多岐に渡っている。音楽コンテンツに関しては、さまざまなジ
ャンルのミュージシャンの発掘、戦略的な広報支援を通して韓国内の音楽産業の創作底辺
を拡大。また日本事務所では日本コンテンツ産業のデータを収集、流通システムを把握し、
それらの情報を韓国企業に提供、さらにはトータル・コンサルティングまで行っている。
(KOCCA 日本事務所 HP 内)
そして 2011 年、韓国の音楽事務所であるスター帝国所属のアイドルグループ「ZE:A」
が海外進出に際し、「韓国大衆音楽海外進出プロジェクト支援事業」の支援を受けた。会社
代表であるシン・ジュハク氏は『弊社のような中堅事務所が海外進出をし、CD 制作やライ
ブ、プロモーション活動するとなると巨額の投資が必要となるので、海外進出に二の足を
踏んでいたが支援金のおかげでその準備ができました。』(酒井
2012
71、72 頁)と述べて
いる。
3-4-2
観光産業と音楽業界
上では政府が音楽業界のエコシステムへ入りこんでいく理由と政府の実際の支援してい
る例をみてきたが、韓国の音楽業界は観光産業とも結びついていった。2012 年 9 月 9 日、
韓国の仁川(インチョン)で仁川都市公社が主催のもと、「仁川 K-POP コンサート 2012」
が開催された。仁川はソウルから電車で約 1 時間ほどの都市で大きな国際空港があり、コ
ンサートは仁川ワールドカップ競技場で行われた。出演者には日本でもヒットを飛ばした
KARA や超新星、BOA にはじまり、SHINee や IU、4minute など日本でもデビューを果
たしている K-POP 歌手や韓国でデビューしたばかりの新人など多彩な顔ぶれだった(韓国
観光公社公式サイト内ニュースより)。私はそのときちょうど韓国に旅行中で友達に誘われ
ライブに行ったのだが、観覧料金が無料だったことには驚いた。また一般的なライブとは
違ってライブが始まる前に仁川の観光に関するアンケートの記入や、舞台で市長があいさ
つをしていた。また観光客は優遇措置で舞台目の前のいわゆるアリーナ席で現地の方は後
方のスタンド席であった。韓国芸能ニュース「wow!Korea」によるとこのコンサートで 3
万 8 千人の観客を動員し、そのうち約 6600 人は外国人で欧州、東南アジアなど約 60 カ国
の地域から訪れるなど観光産業支援に大きく結びついたといえる(wow!Korea 2012 年 9
月 12 日)。これは一つの事例であるが、実際韓国に訪れる外国人観光旅行者も 2004 年から
増加しており 2010 年には 879 万人を突破した(酒井 2012 37 頁)。このライブは韓国内の
テレビでも放映され、結果 TV、音楽、観光産業の 3 つが結びついていき、どんどんエコシ
ステムが拡大化していった。
15
3-5
テレビと音楽業界
3-5-1
90 年代のテレビが与えた音楽業界への影響
これまで CD 誕生からデジタル音源への流れ、またそれに対する日韓音楽業界の違いを
見てきたが、この節では音楽業界と近い存在であるテレビ業界とのつながりの変遷を見て
いく。
90 年代に CD 産業が急成長を遂げた要因にはテレビの影響も大きい。それ以前にもテレ
ビ業界はヒット曲に影響を与えていたが、80 年代以降テレビとの「タイアップ」というビ
ジネスモデルが登場したことで、音楽業界とテレビ業界の関係がより密接になった。数字
で見てみると、CD 産業が活発だった 90 年から 98 年の間ずっと、オリコン年間シングルセ
ールストップ 50 のうち 40 曲以上がタイアップとしてテレビで流されていた。タイアップ
には基本的に CM とドラマの 2 種類がある。前者の CM タイアップではレコード業界にと
って莫大な広告費を使わずにテレビで大規模なオンエアができるし、スポンサー企業側は
広告料を支払う代わりに楽曲使用料が免除されるというのが、タイアップの基本的な商習
慣で双方にとってうまみの多い取引であった。またタイアップがヒットすれば話題にもな
りやすく、音楽の印象によっては商品や企業のイメージも上がる。このように両者にとっ
てはこの関係性は「共存共栄」のビジネスモデルであった。またドラマタイアップが 91 年
にはヒットメーカーとして大きく活躍した。ドラマ「東京ラブストーリー」の主題歌だっ
た小田和正の「ラブストーリーは突然に」、同じく「百一回目のプロポーズ」の主題歌「SAY
YES」(CHAGE&ASKA)がシングル年間売上記録の 1 位、2 位を占め、前年のシングル 1
位の売上枚数の約 2 倍を売り上げたことから、ドラマタイアップの影響力がどれだけ大き
かったかわかる。ドラマそのものが人気だったということもあるが、曲自体もドラマの内
容を反映させて書かれており、オーケストラやピアノで演奏したメロディだけを劇中に流
すなど、ドラマと歌がどちらもヒットするよう、隅から隅まで設計が行きとどいていた(烏
賀陽 2005
69-76 頁)。
一方で韓国では日本のようなタイアップの形はない。日本ではドラマでも CM でも曲を
そのまま使用し、その後 CD として売り出していくが、韓国では CF(commercial film)やド
ラマでは基本それぞれのストーリーにあったオリジナルソングを制作し、販売することは
ない。ドラマの場合 OST アルバムとして販売されることもあるが、日本のようにアーティ
ストが一曲一曲ずつシングル CD として売り出すことはない。エコシステムの観点で比べ
てみると日本の音楽業界とテレビ業界のように強く相互作用しているわけではないといえ
る。
3-5-2
日韓での音楽番組
90 年代、日本では、「うたばん」や「HEY!HEY!HEY!」など、その後 10 年以上続く長
寿音楽番組も誕生した年代でもある。「HEY!HEY!HEY!」は 99 年 6 月 21 日には番組
史上最高の視聴率 28.5%を記録するなど人気音楽番組で、当時は音楽業界にとって大きな
16
影響力を与えていたテレビ業界。しかし近年ではゴールデンの時間帯の音楽番組が相次い
で終了を迎えるなど日本の音楽業界とテレビは遠ざかりつつある。最近ではゴールデンの
時間帯であっても視聴率が一桁台に落ち込むこともあり、またかつては歌番組に出演すれ
ば CD の売上につながっていたが、CD が売れない今はあまり音楽番組に出演するメリット
がなくなったため、アーティストの所属事務所やレコード会社が出演に対して消極的にな
っているため、それらが原因で番組が打ち切りになったようだ(エキサイトニュース 2012
年 9 月 18 日)。
また最近では新しい形態の音楽番組も出てきており、「新堂本兄弟」、
「火曜曲」などトーク
を中心にしたバラエティ要素が含まれているものや、深夜帯に放送している音楽番組も多
い。他には 1 組のアーティストに焦点をあてた「Music Lovers」や「僕らの音楽」など音
楽番組の内容自体が以前とは変化しつつある。またアーティストも音楽番組に出演するの
ではなく、最もプロモーション効果が高いとされる朝の情報番組に日本や海外のアーティ
ストが歌を披露することが増えてきている(君塚
2012 30 頁)。
一方、韓国の音楽番組は K-POP アイドルブームの影響もあってか以前の日本のように盛
り上がっているようだ。韓国では大きく分けて 4 つの音楽番組が放送されている。そして 4
つの音楽番組に共通しているのは生放送で番組が進行される点で、そのもっとも大きな理
由はその週のランキングに視聴者の投票が直接的に反映されるシステムを採用しているた
めである。また後で詳しく言及するがこのランキング、日韓によって少し異なっているの
が興味深い。しかしこの 4 つの音楽番組の基本的なスタイルは日本の「ミュージックステー
ション」にほとんど似ているため、ここでは日本にない音楽番組を紹介していく。
近年、韓国ではサバイバル型オーディション番組の流行もある。2009 年から始まった「ス
ーパースターK」という番組では、歌手志望の一般視聴者がデビューを目指してさまざまな
課題をクリアしていき、ステージ上でのパフォーマンスを披露し、有名レコード会社代表
がジャッジを行う。またその裏側もドキュメンタリー風に見せていくなど、イギリスの「ポ
ップアイドル」のような番組構成だ。音楽専門のチャンネルにも関わらず、最高視聴率 21%
を記録し、現在シーズン 3 まで放映され、韓国内だけで応募者は 191 万人(全国民の約 25
人に一人)にまで上るほど人気のある番組だ(君塚
2012
21 頁)。
2011 年からはそれに影響を受け、「私は歌手だ」という音楽番組も誕生した。これは上記
のオーディション番組のプロフェッショナル版で、さまざまなジャンルのベテランから若
手の歌唱力を誇るアーティストが参加し、一般公募で集められた 500 名で審査を行う。こ
れは 2 ステージのポイントの合算で最下位が脱落するというルールでベテラン歌手のプラ
イドもかかっており、そこも見どころの一つとなり人気を集めている。
このように韓国の音楽番組の盛況ぶりの一方で、音楽番組が打ち切りになっていく日本
を見ると日本の音楽業界がテレビ業界から離れていっているのがわかる。またオリコンの
2012 年の CD シングル年間ランキングをみても、TOP20 には AKB48 グループやジャニー
ズグループしかランクインしておらず、90 年代のタイアップが CD 売上に影響していた頃
17
とは明らか異なっている。以前はテレビがプロモーションのツールとして非常に大きな役
割を果たしていたが、現在ではあまり影響は少ないようだ。
3-5-3
音楽ランキングの違いからみるエコシステム生成の違い
テレビ産業との関わりを見てきたが、音楽番組内でも用いられるランキングにも日韓の
違いがあると言及したが、この節では細かくその違いについて見ていく。
日本では代表的なオリコンリサーチの週間ランキングを例に見てみよう。オリコンモニ
ターリサーチによると統計方法は音楽映像ソフト販売している全国約 28,390 調査協力店
(CD ショップ、レンタルや書籍などを扱う複合店、家電量販店、コンビニストア、インタ
ーネット通販、ジャンル専門店)の店頭やイベント会場などでの販売実績をもとに毎週月曜
から日曜までの推定売上枚数に POS データを基に推定しているデイリーランキング協力店
からの売上枚数を加えて、週間推定売上枚数を算出している。なお JAN コードの付与され
た国内盤を集計対象としており、CD アルバムのみ国内盤と輸入盤を合算集計したランキン
グとなっている。(オリコンモニターリサーチ
HP より) つまり、オリコンではあくまで
CD 販売数をもとにランキングを算出している。
一方、韓国には日本ならオリコン、アメリカならビルボードという風に日米ほど歴史と権
威があるチャートが少なく、テレビ局の番組で独自の基準を設けているという状態だ。KBS
の「MUSIC BANK」、Mnet「M!カウントダウン」の基準を参考に見ていく。「MUSIC
BANK」は CD 売上点数 5%、デジタル音源チャート点数 65%、視聴者選好度チャート点
数 10%、放送回数 20%で構成されている(KBS
HP 内より)。また「M!カウントダウン」
では CD 販売 10%、デジタル音源 50%、年齢別選好度 20%、SMS 投票 5%、ライブショ
ーパフォーマンス 10%、Global 投票で算出されている(Mnet ジャパン HP 内より)。ここ
で日韓の音楽ランキングの統計の違いは、はっきりと異なっているのがわかるだろうどち
らのランキングが純粋に流行っている曲を示している指標かどうか判断するのが難しいが、
このランキングの違いは CD に重点を置く日本とデジタル化を受け入れた韓国を表してい
るともいえる。
3-6
日韓の CD 販売戦略
これまでエコシステムの観点から見てきたが、ここで少し日韓の CD 販売戦略の違いも
見ていこう。
デジタル音源をこれまで見てきたが、やはり利益の面を考えると CD のほうがレコード
会社やアーティストにとっては大きい。また日本にとっては音楽市場を支える大きな資源
でもあるためそれを守っていこうという動きが強い。その結果として近年は CD の高付加
価値化が進んでいる。例えば AKB48 の握手権や投票権がそれにあたる。またミュージック
ビデオ DVD やグッズが付いた CD も発売れており、販売促進へとつなげている。
韓国でも CD 市場は大きく変化している。韓国では 2000 年代前半まではシングルレコー
18
ドも馴染みのないものだったが、デジタル音楽が進むことでシングルと共に 5、6 曲をいれ
たミニアルバムが流通し始めた。アルバムだと 10 曲以上もあるため、ダウンロードが面倒
になってしまうためミニアルバムにして気軽に曲を選んでもらうようにした。またコアな
ファン向けに「リパッケージ」という販売戦略もある。これは従来の正規アルバムに新曲 1、
2 曲を加え、パッケージを新調して販売するというもので、ファン層をある程度所有してい
るアイドルグループを中心に行われている CD 戦略である(木戸 2011
3-7
エコシステム内の健全度
27 頁)。
イノベーション伝達、ニッチの創出
これはデジタル化が起こったときの日韓の対応によって健全度の違いがわかるだろう。
韓国では MP3 誕生から約 5 年ではマルチデバイス化したサービスを提供し、柔軟にエコシ
ステムを対応させていった一方で、日本がそれを導入したのは 2012 年のことで韓国よりも
7 年も後である。またそのときの有料音楽配信売上の衰退を見るとイノベーション伝達の視
点からみたエコシステム内の健全度は韓国のほうが高いと言えるだろう。
次にニッチの創出の観点から考えてみる。下の2つの図は日韓のデビュー歌手の推移を
表している。図 1 では CD の売上が落ちると同時にデビュー歌手数も減少傾向になり、着
うたや着うたフルで有料音楽配信が順調なときには増加、有料音楽配信が不調になれば減
少するなどこのグラフは市場に大きくリンクしている。また図 2 ではグローバル化や政府
が支援開始など韓国音楽業界のエコシステムが拡大時期とつながっている。両国ともデジ
タル化に伴って音楽ソフトが売れにくくなっているが、図 1 をみるとデビュー歌手は数は
それに反比例している結果である。これはニーズが多様化し、それに対してレコード会社
が新しい歌手を生産したからではないのだろうか。そしてそれはニッチの創出を表してお
り、日本の音楽エコシステムの健全度は減少傾向にあるといえる。
図 1 日本の新譜数とデビュー歌手の推移
日本デビュー歌手の推移
600
25
500
20
400
15
300
10
200
100
5
0
0
19
新譜数
デビュー歌手数
日本レコード協会
HP 内
統計より作成
図2
韓国デビュー歌手数推移
40
34
35
30
30
25
18
20
7
8
6
13
9
8
5
5
6
7
7
2008
7
10
2007
10
10
2006
15
1
2012
2011
2010
2009
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
0
『大韓民国の大衆音楽アイドルグループのリスト』Wikipedia
※wikipedia なので細かい数値的には確証は得られないが、今回はおおまかな傾向でも日韓
比較がしたかったため掲載。またシングルを売りだす習慣がないため、新譜数は不明。
分析と考察
本論では従来の経営戦略の見かたとは少し異なるビジネスエコシステムの視点を用いて、
日韓音楽業界に起こった技術革新に対する動きを見ていった。
両国はそれぞれ世界をリードするような携帯会社をもち、同じような技術革新が起こっ
たなか、現在の CD 重視型の日本とデジタル配信型の韓国へと大きく分かれていった。や
はり SKT の「MelOn」の事例が現在のエコシステムの違いを作ったきっかけであることが
本論文をとおしてわかった。違法ダウンロードが横行するなかでのモバイル音楽ビジネス
を行うには、本来は自社のサービスを脅かす可能性のある MP3 プレイヤーは排除すべきで
あったが、顧客の半分以上が所有しているという点に目を付け MP3 プレイヤーを含むあら
ゆるデバイスに対応させたことが顧客のニーズと合致し人気を集めた。SKT のマルチデバ
イス化は自社のおける環境を十分に考えられて生み出されたもので、また顧客のニーズに
も合わされているので利用者が増え、その後モバイルとネットを結びつけた画期的なサー
ビスとなった。SKT はこの理論でのキーストーンへの役割を果たしたといえる。一方で日
本のレコード会社は支配者となり自社の利益のために著作権を保護してきた結果、モバイ
ル音源配信からネットへの移行が遅れ有料音楽配信売上が下がる結果となった。有料音楽
配信の内訳でモバイルの割合が高いのも、著作権保護によって携帯音楽プレイヤーやモバ
イルの市場を分断していたからだろう。また MelOn がいち早く MP3 を合法化に導いたこ
20
とで、それまでの楽曲を売るビジネスから楽曲を無料で配布し認知を高め、改めて CD や
ライブで利益を得るというビジネスにいち早くシフトし、YouTube を用いてグローバル化
へと結びついっていったのであろう。
一方で日本のレコード会社は技術革新以降も著作権を握り、支配者としてエコシステム
を狭めていった。テレビ業界からも遠ざかっていったが、うまく CD の高付加価値化やラ
イブ市場の拡大化を成功させ音楽業界自体の市場規模は保っている。また日本の 2012 年の
音楽ソフト売上は 6 年ぶりに前年比増を記録する結果となった(オリコン「2012 年年間音楽
ソフトマーケットレポート」)。Moore や Iansiti and Levien が唱えたエコシステム理論か
らいうと支配者がいるエコシステムは衰退していくと考えられたが、環境が変わる中で CD
を高付加価値化したりと従来の資源を用いて発展させたビジネスを構築し、音楽市場全体
の規模をいまだに保っている日本を考えるとエコシステムを狭めたからといって必ずしも
失敗していくとは限らないということが本論文を通してわかった。
つまりエコシステムの縮小化やシステム内に支配者がいることが失敗の要因になるので
はなく、企業の周りにある環境や制度を考慮し、戦略を考えていくことが重要である。
21
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22
2012/12/30。