消防救急デジタル無線の設計手法について

こ う えい フ ォ ー ラ ム第 22 号 / 2014.3
消防救急デジタル無線の設計手法について
DIGITAL RADIO COMMUNICATION SYSTEM DESIGN FOR FIRE AND RESCUE SERVICE
相原青海 * ・ 小林正典 * ・ 佐口栄一 * ・ 進士悦行 *
Shigemi AIHARA, Masanori KOBAYASHI, Eiichi SAGUCHI and Yoshiyuki SHINJI
The first response fire services using the analogue radio band of 150MHz are scheduled to cease
on 5-31-2016. Hence, over 800 fire departments nationwide have started the transition to the 260
MHz digital radio band. This paper explains the design methods of the Digital Radio Communication
System for migration from the analog band to the digital band for the fire and rescue services. The
following four methods were implemented to enhance the efficiency/accuracy of the design: (1) The
Bit Error Rate of the digital band of 260MHz varies depending on the need of data communications.
Therefore, prior clarification should be given to the functional selection of the Digital Radio
Communication System; (2) Regarding the Radio Propagation Simulation, the topographical
coefficient was given depending on the scale and density of the buildings in the target area; (3) A data
converter was developed to integrate the collected field data of different data formats for the measuring
equipment of different manufactures used for the Radio Propagation Test. Then the data were
processed and projected onto the same simulation map using free mapping software; (4) Such design
method was applied for multiple base stations in order to reduce the interference area exceeding 21dB
of the Desired Ratio to Undesired Ratio (D/U) .
Keywords : Fire and Rescue Services Digital Radio; Radio Propagation Simulation; Radio
Propagation Test; Received Voltage; Space Diversity; Desired to Undesired Ratio
(D/U) ; Bit Error Rate (BER)
レーション、 電波伝搬調査方法、 カバーエリアとチャネルプラ
1. はじめに
ンの設計方法について述べ、 5 項にてアプローチ回線および
消防本部 ・ 消防署と消防救急車両とを結ぶ消防救急無線
は、 消防救急活動および災害時の救援活動の無線通信シス
テムであり、 全国の消防本部で必要不可欠な通信施設として
運用されている。
消防救急無線は現在、 音声主体のアナログ無線で運用さ
ネットワーク設計、 6 項にて付帯設備設計等について設計手
法の要点をまとめた。
2. アナログ無線とデジタル無線の相違
(1) アナログ無線とデジタル無線の相違
れているが、 近年の情報通信技術の進展に伴う情報の多様化
150MHz アナログ無線と 260MHz デジタル無線では周波
(情報デジタル化) などの時代のニーズに対応することが困難
数の電波伝搬特性の違いにより、 サービスエリアが異なってく
となってきている。
る。 以下に、 アナログ無線と比較したデジタル無線のメリットお
このような背景を踏まえて、 デジタル化による活動支援補強、
大規模災害時における輻輳緩和、 通信の秘匿性向上など消
防救急活動の高度化が必要とされている。 また近年、 有限な
よびデメリットを以下に述べる。
① デジタル無線のメリット
●
データ通信による確実かつ効率的な情報伝達
資源でもある無線周波数割当てが逼迫していることから、 総務
音声情報だけでなく文字情報や位置情報、 支援情報
省は、 消防救急無線においても、 平成 28 年 5 月 31 日まで
等のデータ通信が可能であり、 確実かつ効率的な情報
に 150MHz アナログ無線から 260MHz デジタル無線に移行
2)
する指針を全国消防本部へ通達した 。
の伝達が実現する。
●
無線チャネルの増加
本 論 で は、 ま ず 2 項 に て 260MHz 消 防 救 急 デ ジ タ ル 無
アナログ無線のキャリア間隔は 20KHz であるが、 デジ
線の特徴について述べ、 次に 3 項において消防救急無線の
タル無線のキャリア間隔は 6.25KHz であり、 無線帯域
アナログからデジタルへの移行について述べる。 4 項では、
が 3 分の 1 となり、 周波数の有効利用が可能であること
260MHz 消防救急デジタル無線の設計手法、 電波伝搬シミュ
から、 無線チャネル数を増加することができる。
●
*
通信秘匿性向上
通信の秘匿性が向上することにより、 一般的な受信機
電力事業本部 プラント事業部 機械 ・ 情報通信技術部
での傍受ができなくなるため、 搬送患者の個人情報、
89
消防救急デジタル無線の設計手法について
特殊災害における機密情報等の保護が可能となる。
2 波複信は救急車に使用されるが、 基地局にて中継を行わ
② デジタル無線のデメリット
ない。 図- 2 の C に示すように、 2 者間の同時通話を実現す
マルチパス干渉の影響
るために、 基地局は FH2 で送信しながら FL2 で受信し、 移
●
デジタル無線ではマルチパス干渉 (反射波による相互
動局では FL2 で送信しながら、 FH2 を受信する。
干渉) の影響が顕著であり、 ビル群などで受信電圧が
高くてもスポット的に通話不能箇所が現れる。 弱電界エ
リアでは、 音声が突然途切れることがある。
㻞 波単信㻌
㻞 波複信㻌
(2) 無線構成
㻲㻴㻝㻌
㻯㻌
無線の通話方式として複信と単信がある。 複信は同時に送
㻲㻴㻞㻌
受信可能な方式で、 電話と同じように会話することが可能であ
㻲㻸㻞㻌
㻲㻸㻝㻌
る。 単信は送信と受信を切り替えて通信する方式で、 交互に
送受信を行う。 そのため、 発信したい場合でも、 通話相手の
㻭㻌
㻲㻴㻝㻌
㻲㻸㻝㻌
送信が終了するまで受信している必要がある。
150MHz 消防救急アナログ無線構成を図- 1 に示す。 消
㻲㻴㻝㻌
㻞 波単信㻌
㻲㻸㻝㻌
㻞 波単信㻌
基地局㻌
防隊は複数の車両にて編成されており、 一斉に指示を行う必
要性から単信運用がほとんどである。 送信と受信を同一の周
波数 F1 にて運用する 1 波単信方式であるため、 電波到達範
㻝 波単信㻌
㻲㻸㻝㻌
囲の移動局すべて同時に受信することが可能である。 基地局
は見晴らしの良い場所に設置されることが多いため、 移動局か
㻮㻌
㻔基地局カバーエリア外㻕㻌
ら基地局への通話は良好となるが、 移動局間での通話は建築
物や山などの障害物によって通話不可となることがある。
図- 2 260MHz 消防救急デジタル無線構成
㻝 波単信㻌
(3) 通信機能
消防救急デジタル無線の移行による通信機能を表- 1 に示
す。 260MHz 消防救急デジタル無線では通信統制が可能と
㻲㻝㻌
㻲㻝㻌
なる。 これは基地局側から移動局の送信を強制的に停止する
㻲㻝㻌
機能や、 重要な指令を行う前に移動局側で喚起音を鳴動させ
る機能である。 またポケベルのように簡単なメッセージを移動
㻲㻝㻌
㻝 波単信㻌
局側に表示させるショートメッセージ機能も追加されており、 無
㻲㻝㻌
線機取扱者不在であっても確実に連絡することができる。 発信
基地局㻌
㻝 波単信㻌
者番号表示は電話と同様に送信している基地局および移動局
に名称を付けることが可能で、 発信局を識別することが可能と
なる。
図- 1 150MHz 消防救急アナログ無線構成
表- 1 通信機能一覧
260MHz 消防救急デジタル無線では単信においても送信
通信形態
と受信の周波数が異なる 2 波単信方式となっている。 移動局
無線構成を図- 2 に示す。 図- 2 の A に示すように、 移動
○
○
○
○
グループ音声通信
○
○
通信統制
×
○
移動局間直接音声通信
○
○
自営通信網接続通信
○
○
公衆網接続通信
○
○
消防指令センター間音声通信
○
△
ショートメッセージ送信・表示
×
○
音声+データ同時通信 一斉音声+ショートメッセージ
×
○
×
△
音声通信
局が低群周波数 FL1 にて送信すると、 基地局で高群周波数
FH1 にて中継を行う。 そのため基地局通話エリア内の移動局
は他の移動局が発信するすべての送信内容を受信できる。
基地局通話エリア外の移動局との通話は基地局中継が使用
できないため、 図- 2 中の B に示すように FL1 を送受信に
用いる 1 波単信方式によって対応する。
90
アナログ無線 デジタル無線
個別音声通信
間の通話において基地局で中継を行うことで、 直接見通しが
なくても通話可能となっている。 260MHz 消防救急デジタル
機能名
一斉音声通信
データ通信
機能
移動局自動チャンネル切替
発信者番号表示
×
○
○:可 △:条件付可 ×:不可
×㻌
消防本部㻌
㻔デジタル㻕㻌
救急車㻔アナログ㻕㻌
救急車㻔デジタル㻕㻌
:通信可㻌
:通信不可㻌
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図-㻟㻌 㻌 デジタル方式での通信㻌
×㻌
3. 消防救急デジタル無線への移行
(1) デジタル化への整備計画概要
消防車㻔アナログ㻛デジタル㻕㻌
平成 8 年に総務省指導による消防救急無線のデジタル化の
消防車㻔アナログ㻕㻌
検討が始まり、 デジタル方式に適した周波数検討の結果、 平
成 14 年に 150MHz のアナログ方式から 260MHz デジタル
方式に移行することが決定した。 その後、 デジタル化実験お
よび検討委員会を経て、 平成 18 年より整備計画について審
議が行われ平成 21 年に 「消防救急デジタル無線共通仕様
書 第一版」 が策定された。
この仕様書をもとに全国消防本部ごとに基本設計、 実施設
救急車㻔アナログ㻕㻌
消防本部㻌
㻔アナログ㻛デジタル㻕㻌 救急車㻔アナログ㻛デジタル㻕㻌
:通信可㻌
:通信不可㻌
×㻌
図- 4 アナログ / デジタル方式での通信
計が平成 27 年度の運用開始に向けて実施されている。 表- 2
ためデジタルへの移行期間においては、 アナログ無線とデジ
にデジタル化整備計画概要を示す。
タル無線の両方を並行運用しなければならない (図- 4)。
㻌
表- 2 デジタル化整備計画概要
+
+
+
+
+
+
+
+
なお、 デジタル化が完了する平成 25 年度から平成 28 年
+
+
+
整備計画の策定
5 月末まで広域応援時の通信手段としてアナログ無線を維持
運用すべきことが消防庁より通知されている。
整備計画の作成
全体整備計画の確定
基本設計
実施設計
4. 消防救急デジタル無線の設計
整備
260MHzデジタル方式
運用開始
(1) 設計業務の流れ
150MHz帯周波数利用
期限
㻡 㻛㻟㻝
設計フローを図- 5 に示す。 「1. 計画準備 」 では顧客より
提示された基地局や消防署所について、 フリーの地図表示
ソフトであるカシミール 3D 上に地点データとして登録すること
(2) デジタル化移行についての留意事項
消防救急無線のデジタル化には、 デジタル無線へ完全移行
で地理条件を明確化させる。 数値地図 50m メッシュ (標高)
するまでの移行過程においても、 災害発生時の消防救急活動
データと重ね合わせることにより、 地形特性を机上で確認す
に支障を来すことがないようにするため、 その移行方法を策定
る。 「2. 資料整理」 では対象物の建築図面や既設無線設備
することが求められる。
図面を収集し、 物理的に配置が可能であるか検討を実施する。
現行アナログ運用から消防本部隊 ・ 消防救急隊員がスムー
「3. 現地踏査」 においては、 図面上の相違や機器設置箇所
ズにデジタル運用に対応できるようにするために、 移行計画の
およびケーブルルートについて確認し、 設計図面を作成する。
策定、 デジタル無線サービスエリアの確保、 デジタル運用方
電波伝搬調査を行う際には、 電波伝搬シミュレーションと地点
法の立案、 消防救急車両への無線設備設置方法などの検討
データを活用し、 地形的に見通しが取れない地点を重点的に
が必要となる。 とりわけ、 消防救急隊員が円滑にデジタル化運
調査し、 通話可能であることを確認する。 通話不可地点につ
用に移行できるよう計画することが極めて重要である。
消防車両は隊編成にて出動するためアナログ無線のみとデ
ジタル無線のみを搭載した車両が混在する状況では、 互いに
通話ができなくなるため部隊運用ができない (図- 3)。 その
4.実施設計
1.計画準備
要求機能検討
設計計画検討
チャンネルプラン設計
・干渉シミュレーション
ネットワーク設計
×㻌
消防車㻔デジタル㻕㻌
×㻌
2.資料整理
・有線回線
電波伝搬シミュレーション
付帯設備設計
・空中線鉄塔、支柱
消防車㻔アナログ㻕㻌
×㻌
・施設設計
3.現地踏査
㻔デジタル㻕㻌
・電源設備設計
対象基地局調査
×㻌
消防本部㻌
・アプローチ無線回線
情報収集・分析
救急車㻔アナログ㻕㻌
対象固定局調査
電波伝搬調査
救急車㻔デジタル㻕㻌
×㻌
:通信可㻌
:通信不可㻌
図- 図-㻟㻌
3 デジタル方式での通信
㻌 デジタル方式での通信㻌
5.工事設計
設計図面作成
積算書作成
図- 5 設計フロー
91
消防車㻔アナログ㻛デジタル㻕㻌
消防車㻔アナログ㻕㻌
消防救急デジタル無線の設計手法について
いては客先と協議し、 追加基地局の必要性について検討する。
以内で、 ベクトル演算による位相差がπ/ 2 となることから第一
「4. 実施設計」 では調査結果を踏まえてシステム構成を決定
フレネルゾーンを通ってくる電波は受信点で互いに強め合う領
する。 要求機能検討、無線回線設計 (電波伝搬シミュレーショ
域となっている。 電波的な見通しとして、 第 1 フレネルゾーン
ン、 アプローチ回線)、 チャネルプラン設計 (干渉シミュレー
内に遮蔽物があるか否かで判断を行う。
ション)、 床荷重、 空中線取付強度、 機器発熱量、 消費電流
2) 電波伝搬シミュレーションの解析方法
を計算し、「5. 工事設計」 にて設計図、積算書を作成していく。
図- 7 は見通し通信の例で第 1 フレネルゾーン内に遮蔽物
がない。 ただし、 電波は大地面による反射の影響を受け、 直
(2) 要求機能の検討
接波と反射波による位相差による干渉で受信点電力の増減が
消防救急デジタル無線は共通仕様書に基づくが、 同書には
発生する。 シミュレーションでは反射も考慮する。
搭載すべき要求機能が必須機能とオプション機能に分類され
図- 8、 図- 9 は第 1 フレネルゾーンが遮蔽された状態で
ている。 オプション機能について共通仕様書上では運用上の
あるが、回折によって通信が可能な例である。シミュレータでは、
メリットが明記されていないため、 詳細な検討を行い、 決定し
回折による伝搬についてもシミュレーションすることができる。
ていくことが肝要である。 データ通信はオプション機能となって
おり、 40 文字以下のショートメッセージ (簡易メッセージ) 表
M
示や別途地図表示端末等を接続することで位置情報の伝達お
よび動態監視の利用が可能となっている。 データ通信の要否
により必要となる BER (Bit Error Rate/ 符号誤り率) が異
なるため、 無線回線設計前に要求機能の決定が必要である。
Rn
T
d1
C
d2
BER は音声通信では 3 × 10 -2 以下、 データ通信では 1 ×
10 -2 以下を確保する。
図- 6 フレネルゾーン 3)
(3) 無線回線設計
1) 電波伝搬シミュレーションの計算方法
電波は距離の 2 乗に比例、 波長の 2 乗に反比例して減衰
していく特性があり、 計算によって減衰量を求めることが可能
である。 条件としては送信端と受信端間に障害物が存在しな
い場合となるが、 これを自由空間損失という。 自由空間損失の
量は送信端と受信端の距離 D、 波長 λ により式 (1) にてデシ
ベルで表される。
Lp=20log (4π ・ D/λ )
(1)
実際には伝送路上には各種障害物が存在することになるた
図-㻣㻌
図-㻌7直接波伝搬状況㻌
直接波伝搬状況
図-㻣㻌 㻌 直接波伝搬状況㻌
め、 シミュレーションでは数値地図 50m メッシュ (標高) デー
タにより遮蔽損失を計算し地形による影響を考慮している。
電波伝搬ハンドブックより引用すると、 電波は直線上を伝搬
しているのではなく、 複数の経路を伝搬する。 図- 6 に示す
ように、 送信点 T と受信点 R との間に点 C を考え、 TC と CR
の距離を d 1 および d 2 と電波波長を λ として C を通り TR に垂
直な面内に点 M を考える。 点 T および R を二つの焦点とす
る回転楕円体のうち、 n を正整数として式 (2) を満たすもの
を第 n フレネル回転楕円体という。
TM+MR-TR=n ・ λ /2
図- 8 回折波伝搬状況
(2)
CM を含む平面内において第 n と第 n- 1 フレネル回転楕
円体とによって囲まれる帯状の部分を第 n フレネルゾーンとい
い、 その半径 R n は式 (3) で与えられる 3)。
(3)
そのうち第 1 フレネルゾーンについては伝送経路差がλ /2
92
図- 9 多重回折波伝搬状況
R
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シミュレータには基地局の地理的条件として経緯度と空中
行う。 直接波と反射および回折波との干渉は場所により異なり、
線地上高を入力し、 無線条件として周波数・変調方式・出力・
移動すると受信電圧が大きく変動するため、 空中線を 1 λ以
給電線長 ・ その他損失および空中線種別を入力することで
上離して設置し、 2 つの空中線による受信波の位相を合成、
受信電圧のエリア図が作成可能となっている。 新規空中線に
あるいは高速で空中線を切り換えることで BER 改善が可能で
対応するため、 水平 ・ 垂直指向特性パターンの入力が可能
ある。
電波伝搬調査では、 電波の強弱を判定するための受信電
である。
標高データによりシミュレーションを実施しているため、 建築
圧 (dBμV) と、 通話品質を判定する明瞭度および BER に
物による遮蔽損失が考慮されていない。 これを補足するため、
ついて、 GPS 受信器による経緯度とともに連続で測定記録を
土地係数による補正を行って対応している。 土地係数につい
行う。 明瞭度については試験音声を連続で送信し、 受信側で
ては建築物の規模および密度により設定する必要がある。 過
聞き取り測定者の主観により 5 段階にて判定を行う。 BER に
去の電波伝搬調査結果を集計すると、 高層ビルや高速道路
ついては 9 段 PN 符号 (511 ビット疑似乱数) を連続送信し、
が密集する都市部で- 35dB 程度、 木造住宅や RC 構造マン
受信側でエラー数を自動的に測定する。 受信側においても同
ションが点在する地域では- 15dB 程度にすることにより実際の
一の PN 符号が生成可能であることを利用してエラー数の計測
伝搬状況とほぼ一致することがわかっている (図- 10 および
を行っている。 音声と PN 符号を同時に送信することはできな
図- 11)。
いため、 同一ルートを 2 周回する必要がある。
無線装置㻌
㻳㻼㻿㻌
㻼㻯㻌
基地局設備㻌
スペースダイバシチ㻌
無線装置㻌
㻳㻼㻿㻌
㻼㻯㻌
移動局設備㻌
図- 10 電波伝搬シミュレーション結果
㻼㻯㻦受信電圧、㻮㻱㻾 自動計測㻌
図- 12 電波伝搬調査機器構成
消防救急デジタル無線機メーカーは複数あり、 出力される
データフォーマットも異なるためデータコンバータを Microsoft
社の Excel にて作成した。 変換データについてはカシミール
3D の地点データである GPS ファイルのウェイポイント (地点
プロット) に変換することで、 異なるメーカーの測定記録につ
いても同一の地図上に表示可能として比較検討ができるように
した。 地図上にプロットする測定記録については、 通話可否
により色分けを行うことでサービスエリアの把握を容易にした。
図- 11 電波伝搬試験結果
カシミール 3D については画像ファイルについても地図データ
として読み取り可能である。 このことより、 シミュレーション結果
と実測値を重ね合わせることもできるようになり、 妥当性の確認
3) 電波伝搬調査
机上検討では地上構造物による減衰を考慮するため、 土地
係数を使用している。 電波伝搬シミュレーション結果の妥当性
の確認のために、 電波伝搬調査が必要である。
電波伝搬調査は、 図- 12 電波伝搬調査機器構成で示すよ
作業の短縮が可能となった。
4) カバーエリアとチャネル数
電波法関係審査基準によりポンプ車および救急車台数により
周波数割当を実施することとなっている (表- 3 および表- 4)。
以下に基準を示す 4)。
うにシミュレーションにより決定された基地局に無線装置と空中
・ 原則として 1 の市町村の管轄区域を 1 ゾーンとする。 ただ
線を設置して連続送信を行い、 通話対象エリアを走行しながら
し、管轄区域を 1 の統制局 (1 又は複数の基地局に対して、
受信することで通話の可否判定をするものである。 受信アンテ
回線制御の機能を有するもの) でカバーする場合は、 当該
ナについては 2 系統使用し、 スペースダイバシチとして計測を
統制局がカバーする管轄区域を 1 ゾーンとし、 また、 管轄
93
消防救急デジタル無線の設計手法について
表- 3 電波法関係審査基準の割当基準
基地局に指定可能な㻌
周波数の数㻌
㻝㻠 台以下㻌
㻝㻌
㻝㻡~㻞㻤 台以下㻌
㻞㻌
㻞㻥~㻠㻞 台以下㻌
㻟㻌
㻠㻟~㻡㻢 台以下㻌
㻠㻌
㻡㻣~㻣㻜 台以下㻌
㻡㻌
以上 㻝㻠 台増すごとに 㻝 波増加した数㻌
消防ポンプ車両台数㻌
対象箇所
表- 4 電波法関係審査基準の割当基準
図- 13 D/U 比対策前 ( 赤色が D/U 比 21dB 未満 )
基地局に指定可能な㻌
救急車両台数㻌
周波数の数㻌
㻤 台以下㻌
㻝㻌
㻥~㻝㻢 台以下㻌
㻞㻌
㻝㻣~㻞㻠 台以下㻌
㻟㻌
㻞㻡~㻟㻞 台以下㻌
㻠㻌
㻟㻟~㻠㻜 台以下㻌
㻡㻌
以上 㻤 台増すごとに 㻝 波増加した数㻌
区域を運用方面系に分ける場合は、 その運用方面毎の区
域を 1 ゾーンとする。
・ 1 ゾーン内に加入する車両台数に応じ、 必要な周波数を算
定する。
図- 14 D/U 比対策後
・ 所要 D/U 比※ (21dB) を満足する場合は、 同一周波数
の繰り返しを行うなど周波数有効利用を図る。 のヌルポイントを向け、 再度シミュレーションを繰り返し各基地
※希望波と干渉波の受信電圧の比率
局の空中線指向角度を最適化することで干渉エリアを縮小する
1 つの基地局により必要とするカバーエリアを網羅することが
(図- 14)。 通話が必要なエリアの受信電圧が高い場合には、
可能であればチャネルをすべて割当でき問題ないが、 複数基
地局が必要となる場合は同時送信の影響について検討する必
要がある。
送信出力を低減することでも対応可能である。
またカバーエリア内だけではなく、 200km 程度の広域につ
いてもシミュレーションを実施し、 必要外の地域への伝搬がな
同一周波数で複数個所からの同時送信を行うと、 受信点と
いことを確認することも必要である。 日本国内に 800 以上ある
送信点の距離が同一でない限り、 到達時間差により相互干渉
消防本部に対して割当周波数には限りがあり、 同一周波数が
が生じて受信波形が歪み復調が困難となる場合がある。 相互
複数の消防本部に割り当てられている。 よって混信を避けるた
干渉の影響を排除するためには、 D/U 比が 21dB 以上必要
めに必要外の場所へ電波が到達しないことを確認する必要が
である。 21dB 以上の確保が困難である場合は、 カバーエリ
ある。
アごとに異なるチャネルを使用して同時送信することで干渉の
影響を回避することとなる。 よって、 同時送信が必要である場
合は基地局増加により有効なチャネル数が減少するため、 運
用面での考慮が必要となる。
5) 送信出力と空中線
D/U 比 21dB を確保するためには、 空中線の変更と送信
出力の低減が有効である。
まずは干渉している基地局間のシミュレーション結果から D/
5. ネットワーク設計
(1) アプローチ無線回線
電波は見通しが良いほどカバーエリアが広くなるため、 無線
機を設置する基地局と無線を運用する指令センターとは離れ
て設置されることが多い。 基地局と指令センター間を接続する
回線をアプローチ回線という。
U 比が 21dB 以下のエリアを地図上に表示させ対策が必要な
大規模災害時に継続運用が必要とされる消防救急デジタル
場所を明確にする (図- 13)。 その後、 与干渉基地局の必
無線においては、 基地局へのアプローチ回線として無線回線
要となるカバーエリア方位に対して被干渉基地局の方位を測
を採用することが信頼性の点から望ましい。
定する。 指向性空中線の水平面放射パターンには利得が大
免許が必要である大容量回線としては多重無線となり、 種別
きく減衰するヌルポイントと呼ばれる水平角度がある。 そこで水
には国土交通省標準仕様として多重無線 (標準型)、 多重無
平放射パターンを参照し、 被干渉基地局方向に対して空中線
線 (簡易型) および FWA (Fixed Wireless Access) が挙
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こ う えい フ ォ ー ラ ム第 22 号 / 2014.3
げられる。 4.9GHz 帯無線 LAN や 25GHz 帯高速無線伝送
装置が比較的安価であるが、 免許が不要であることから混信
等が考慮されておらず、 メイン回線としては選定せずバックアッ
(2) 避雷設備
無線設備は空中線を高所に取り付けることから、 雷による被
害を受けやすい。
空中線には中心導体を直流的に接地するショートスタブ型の
プ回線用として設計を行う。
多重無線はパラボラアンテナが大型で鉄塔が必要となる場
避雷器を設置する。 電源系統については誘導雷による影響や
合が多いが、 機器構成が現用予備構成となっており信頼性が
直撃雷による他機器への影響を軽減するため、 耐雷トランスを
高い。 8km 以内の短距離であれば 18GHz 帯 FWA が採用
設置する。 耐雷トランスの設置場所が確保できない場合には
可能であり小型で安価である。
SPD (Surge Protective Device) の直撃雷電流保護となる
クラスⅠおよび誘導雷電流保護となるクラスⅡを設置する 6)。
(2) 有線回線
接地についても可能な限り等電位ボンディングを行い、 落雷
基地局のアプローチ回線として物理的に使用可能な有線
による接地電位差が生じないよう考慮する必要がある。
回線としては、 専用線や専用型ネットワーク、 インターネット
VPN 等が考えられる。 災害時に輻輳しない回線であることが
(3) 直流電源装置
必要であるためインターネット VPN は一般的に使用しない。
直流電源の容量についても 「 無線設備の停電 ・ 耐震対策
また帯域が確保されない回線についても、 データの遅延が通
のための指針 」 を基本として設計する。 停電時における直流
話品質に影響を与えるため同様に使用しない。 また回線断が
電源装置の保持時間は表- 6 のとおりとする。
許容されないことから 365 日 24 時間のサポート体制が得られ、
また SLA (サービス品質保証制度) がある回線のみとする。
直流コンバータについては n+1 の冗長構成を主とし、 最大
負荷の発生条件を考慮して出力電流値を決定する。
専用型ネットワークは接続場所から電話局等までの端末区
直流電源装置は指令系設備と無線系設備との共用も可能で
間と電話局間を接続する中継区間に分けることができ、 回線の
あるが、 雷害の影響範囲が広くなることから設置対象が狭小で
二重化等冗長構成はそれぞれの区間により異なる。 中継区間
ある場合のみ共用を可とする。
の冗長は経路の異なる回線を用いることで耐障害性を高めて
いるため、 災害時においても有効であると考えられる。 端末区
(4) 空調設備
間の冗長に関しては、 回線終端機器の故障には対応可能で
機器発熱量と熱負荷計算を行い、 必要な空調設備の設計を
あるが、 電話局までの経路が同一となってしまうため、 災害時
行う。 冷房を使用すると発電機容量を一般に 10kVA 以上増
には主 ・ 副回線同時に被災する可能性が高い。 別の回線事
加させる必要があるため、 可能であれば換気のみとして発電
業者による冗長化も考えられるが、 電柱や地中線管路を共有
機負荷を低減させる。
していることが多いため、 回線経路が異なる場合においては費
用面を考慮して検討を行う必要がある。 よって回線の選定にあ
たって中継回線の冗長構成を取れることを第一条件として選定
する。
表- 6 直流電源装置保持時間
管理方法㻌
有人㻌
夜間休日無人㻌
非常用発電設備㻌
無人㻌
設備あり㻌
設備なし㻌
直流電源保持時間㻌
㻝㻡 分以上㻌
㻟 時間以上㻌
㻤 時間以上㻌
㻠㻤 時間以上㻌
6. 付帯設備設計
(1) 非常用発動発電機
非常用発電機の燃料保持時間は総務省のガイドライン 「 無
7. まとめ
線設備の停電 ・ 耐震対策のための指針 」 を基本として設計す
消防救急デジタル無線の計画準備 ・ 資料収集整理 ・ 現地
る。 表- 5 に示すように無保守で最低 24 時間連続運転でき
踏査 ・ 実施設計 ・ 工事設計について、 設計手法の要点をまと
るよう燃料タンクの容量を設計することが望まれるが、 中継局に
める。
ついては山上にあることが多いため 48 時間とする 5)。
①
通常時使用するものではなく円滑に始動や切替が行えない
例が報告されていることから手動始動は避け、 自動始動方式
データ通信の要否により必要となる BER が異なるた
め、 電波伝搬調査前に要求機能を確定する。
②
を採用する。
電波伝搬シミュレーションにより電波伝搬試験の重点
確認箇所を明確にすることで調査密度の最適化が可
能となった。
表- 5 非常用発動発電機保持時間
地域㻌
都市部㻌
上記以外の地域㻌
燃料等の保持時間㻌
㻞㻠 時間㻌
㻠㻤 時間㻌
③
電波伝搬調査時の複数メーカー実験機材に対応する
方法として、 データコンバータを作成し、 フリーの地
図ソフト上に表示することで、 設計の効率化を図った。
④
建築物による影響を考慮するための土地係数につ
95
消防救急デジタル無線の設計手法について
いては、 過去の電波伝搬調査結果から高層ビルや
高速道路等が密集する都市部で-35dB 程度、 木
⑤
参考文献
造 住 宅 や RC 構 造 マ ン シ ョ ン が 点 在 す る 地 域 で は
1)
総務省消防庁 : 消防救急デジタル無線共通仕様書 第一版
-15dB 程度が適当であった。
2)
消防救急無線のデジタル方式への移行過程における広域応援時
複数基地局が必要である場合は電波伝搬シミュレー
の通信手段確保に関する検討会 : 消防救急無線のデジタル方式
ションにより空中線指向角度と送信出力の最適化を行
への移行過程における広域応援時の通信手段確保に関する検討
うことで各基地局間の干渉を低減した。
会報告書
消防救急デジタル無線の設計手法について定型化したこと
3)
細矢良雄 : 電波伝搬ハンドブック
により、 今後防災デジタル無線をはじめとした他無線業務につ
4)
総務省 : 電波法関係審査基準
いても本手法を展開していく予定である。
5)
総務省 : 無線設備の停電 ・ 耐震対策のための指針
6)
社団法人 建設電気技術協会 : 雷害対策設計施工要領 (案) ・
謝辞 : 本論文を記述するにあたり、 シミュレーションおよび電
波伝搬調査結果の転載を許可いただいた、 長野市消防局様
に深く感謝いたします。
96
同解説