第54回 青蔵鉄道紀行

第五十四
五十四回:
回:青 蔵 鉄 道 紀 行
常陽銀行上海駐在員事務所
青蔵鉄道は青海省の西寧とチベット自治区のラサを結ぶ全長1,956キロメートルの鉄道です。
2006年7月に開業して以来、「世界で最も海抜の高い場所を走る寝台列車」として、国内外の鉄道
ファンの注目を集めています。
「標高5,000メートルの峠を越え、7,000メートル級の峰々の雄姿を車窓いっぱいに楽しみながら
聖なる都ラサに導く、人呼んで天空列車」といったガイドブックの文言にも魅せられ、春節(旧
正月)に青蔵鉄道を利用してラサを訪れました。
1.青蔵鉄道の誕生の経緯
青蔵鉄道の「青」は青海省、「蔵」は中
国語でチベットの意味。青海省の省都「西
寧」からチベットのラサを目指して1958
年に建設が始まり、西寧から814キロメー
トル先のゴルムドまでの第一期工事は
1984年に完了し、営業が開始した。
そ の 後、 技 術 的 な 問 題 か ら 工 事 は ス
トップしていたが、2000年に国家プロジェ
クトである「西部大開発」が始まると、
チベットに経済発展をもたらす目玉とし
て、ゴルムドとラサを結ぶ1,142キロメー
青蔵鉄道路線図(日中平和観光㈱ホームページより)
トルの第二期工事に着工。計画より早く
2005年に完工し2006年7月に旅客列車の運行が開始された。ゴルムドからラサまでの区間の85%
にあたる965キロメートルが標高4,000メートル以上の高地であり、最高地点のタングラ峠は標高
5,072メートルと、世界で最も海抜が高い場所を走る鉄道となった。
2.青蔵鉄道の起点、西寧
上海から西安経由空路4時間で、青海省の省都西寧に到着。西寧は標高2,280メートルにある高
原都市。四方を山に囲まれた街の中心部には高層ビルが立ち並び、郊外ではマンションの建設ラッ
シュが進んでいて、「西部大開発」の波がこの地にも大きく打ち寄せていることがわかる。
街では白い帽子をかぶった回族と呼ばれるイスラム教徒の人達や、毛皮をふんだんに使ったカ
ラフルな民族衣装のチベット人の姿を目にすることができる。ここは、チベットの東の玄関口で
あると同時にシルクロードの南ルートの入口であり、チベット、イスラム、中国の三つの文化が
交差している街であることを実感する。
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街の中心部から南西に車で30分
ほどにあるタール寺を訪問した。
タール寺はチベット仏教の最大宗
派であるゲルク派の六大寺院の一
つ。ゲルク派に属し現在インドに
亡命中のダライ・ラマ14世の生家
も近い。今では中国内陸の一つの
省となっている青海省だが、かつ
てはこの地がチベット文化圏にあ
り、チベット人の故郷といわれて
いる。
開発が進む西寧の街並み
3.青蔵鉄道に乗車
早い夕食を済ませ青蔵鉄道の出
発地となる西寧駅に18時に到着し
た。北京、上海、広州といった大
都市とチベットを結ぶハブ駅とし
て重要な役割を果たしてきた駅に
相応しく、駅舎はかなり大きい。
列車の発着時刻が表示される電光
掲示板を頼りに、ラサ行きの列車
の待合室に向かった。乗車するの
は19時12分発の広州始発ラサ行き
の列車T265号。広州∼ラサ線は全
青蔵鉄道の起点となる西寧駅
長4,980キロ、所要54時間で中国最
長の直通列車である。前日の12時に広州を出発した列車は31時間かけて西寧にやってくる。
車掌の女性に笑顔で迎えられ乗車。青蔵鉄道の客車は15両編成。運賃が高いほうから、一等寝
台車(軟臥)2両、二等寝台車(硬臥)8両、座席のみの普通車(硬座)4両、そして食堂車か
らなっている。予約した寝台車は一等寝台車(軟臥)。4人が上下のベッドで寝ることができるコ
ンパートメントタイプで扉があり完全に個室になる。各部屋にお湯の入ったポットが置かれてい
るが、コップがないので使い捨ての紙コッ
プがあると便利。ベッドの幅は75センチで
各ベッドに液晶テレビと読書灯がついてい
る。また、日本の寝台車のようにベッドに
カーテンは無く、女性は着替えや就寝時に
は気になるかもしれない。
定刻から10分遅れて音も無く発車。しば
らくすると車掌が「旅客健康登録カード」
を配りに来た。
「標高3,000メートル以上に
適応できる健康体です」
、「高地での旅行に
ついての注意事項を承諾します」と宣誓す
西寧からラサまでの寝台列車のチケット
料金は810元 約10,000円
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るカードに署名させられ、普通とはひと味違う旅が始まることを実感する。旅の無事を祈ってビー
ルで乾杯といきたいところだが高所ではアルコールの回りが早く高地順応によくないということ
で、コーラで我慢した。
出発して30分もすると街の灯りも見えなくなり暗闇の世界。やることもなくなり明日からの旅
程に思いを巡らせながらベッドに横になった。
4.鉄道の世界最高地点へ
翌朝7時に目が覚めたが外はまだ真っ暗。
日の出は午前8時半の予定とのこと。中国で
はすべて北京時間を標準時間にしているため、
当然のことながら西の果てでは日の出が遅く
なる。午前9時ごろにようやく外の景色が見え
始めてきた。ココシリと呼ばれる大平原を走っ
ているようだ。ココシリは標高4,500メートル
の永久凍土に覆われた大地のことで、酸素は
低地の半分しかなく人間が暮らすには条件が
過酷過ぎることから北極・南極に次ぐ「第三
の極地」ともいわれている。時々野生のヤク
の群れが草を食んでいるのが見えるぐらいで
延々と平らな草原が続いている。ココシリを走
り続けること2時間余り、列車は少しずつ高
度を上げていく。廊下にある電光掲示板の標
高の数字が5,000メートルを超えてきた。座席
に戻り景色をボーとみていたらついウトウト。
気がついたときには鉄道最高地点である5,072
メートルの場所は過ぎてしまったらしい。まわ
りの人に聞いてみたところ、日本の観光地の
ように「ただいま最高地点を通過中です」と
のアナウンスもなかったので最高地点がどこ
だったのかよくわからなかったらしい。
なんとなく消化不良の気分を残しながら
上:冬の草原で草を食む野生のヤクの群れ
下:客車の廊下にある電光掲示板の表示は海抜
5,043メートル、最高地点に近づいてきた
ベッドに横になる。高山病にかかったせいか、
頭が痛く、体も重い。急に睡魔に襲われ横になった瞬間に眠ってしまった。
5.高地を走る列車にみられる技術
標高5,000メートルでは酸素濃度は平地の約半分。しかし青蔵鉄道の中では、飛行機と同様に車
内を与圧し酸素を供給して平地の8割程度(標高2,000メートル程度に相当)の酸素濃度を保って
いる。さらにコンパートメントには酸素の供給口が設けられておりゴルムド∼ラサ間ではいつで
も新鮮な酸素を吸うことができる。客車は気密性の高い構造になっているため、与圧しているゴ
ルムド∼ラサ間は禁煙となっている。
トイレは洋式と中国式があり、新幹線や飛行機のような真空吸引式で、駅で回収するタンク方
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式が採用されている。乗務員が定期的に
掃除しているので割合清潔であるが、備
え付けのトイレットペーパーはすぐなく
なるので持参する必要がある。
6.ラサに到着
西寧を発って23時間、ほぼ時刻通りの
18時30分に終点ラサ駅に到着。きれいで
大きな駅で、ホームから駅の外に出るま
でに結構歩かなくてはならない。ラサの
青蔵鉄道の客車、与圧システムを整えた高地仕様の密
閉型車両
標高は3,658メートル。富士山より少し低
い程度で、酸素は平地の7割ほどの高地
である。自分も含め、ホームに降
りた観光客の足取りは重い。ゆっ
くりと呼吸を整えながら歩いて、
やっとの思いで駅舎の外にでた。
日没は午後8時過ぎなので、ま
だ明るく空は真っ青。日差しが強
いので意外と暖かく感じる。朝晩
は氷点下になるそうだが、日差し
がある昼間は冬でも15度前後にな
るという。街の中心部までは車で
15分ほど、チベットの象徴である
ポタラ宮がみえてきた。雲ひとつ
ラサ駅
ない青空に映える白いポタラ宮が
すばらしい。ついにチベットのラ
サに来たことを実感する。
7.おわりに
青蔵鉄道の開通により、人や物
がどんどんラサに流れ込み、開発
の手が伸びて本来のチベットらし
さが薄れてきていると嘆く人もい
ます。一方、青蔵鉄道を利用して
世界に誇れるような列車の旅を体
験できるようになったのも事実で
世界遺産のポタラ宮、空が信じられないくらい青い
す。どちらがよいのかは微妙な問
題もあり簡単には判断できません。ただ、「高速鉄道」の開通ラッシュが続き、とにかくスピード
を重視する傾向がある中国にとって、のんびりと車窓の景色を眺めながら旅することができる鉄
道の存在は貴重であり、ずっと残していってほしいと思います。
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