報告書 - 土庄町

第Ⅳ部 論考
第1章 「食事バランスガイド」をツールとして活用することについて
壺井尚子
はじめに
土 庄町 での 食と心の 健 康 教 育プログラムでは、食 知 識を習得する教 材として「 食事バ
ランスガイド」を用いた。
「 食事バランスガイド」は、小学 校での教 材として広く活用する
には至っていないが、今回、土 庄小学 校で授業にとりいれることとなった。以下に、
「食
事バランスガイド」の策定の背景を説明する。次に「 食事バランスガイド」を用いた授業
展開と、活用の問題点及び 今後の展望について論ずる。
1.
「食事バランスガイド」誕生までの経緯
20 0 0 年3月に、日本人の望ましい 食生活の指 針として、厚生労働 省、農林 水産 省、文
部科学 省が合同で、10項目から成る「 食生活指 針」が策定された。この指 針は、今まで
の指 針と比較して一つの大きな転 換 点があった。この転 換 点について、国立健 康・栄養
研 究 所の吉 池は、
「 肥 満の増 加 傾向が顕 著である中年の男性などを重 要なターゲットと
考え、
“ つくる人”だけでなく、
“ 食べる( だけ)の人”にもわかってもらえるようにと「 食品」
から「 料理」へと表現の仕 方をシフトした」1)と述べている。この指 針は多 様な視 点から
まとまられてはいるものの、必ずしも世間一 般に認知されるものではなかったこと、具体
的に“ どれだけ食べるか”については 示されなかったことが課 題とされた。一 般 的にわ
かりや すく示された栄養教育ツールとして、国ごとに作成されているフードガイドがある。
そこで、食生活指 針をより具体的な行動に移すため、また厚生労働 省と農林水産 省が日
本 版のフードガイド「 食事バランスガイド」を20 05年 6月に発 表した。同時 期に制定され
た「 食育基 本法」に基づき、省庁を越えて内閣府に食育推 進会議を置くことをはじめ、
「食
育推 進基 本 計画」が決定された。基 本 計画の数値目標の一つに、
「 食事バランスガイド」
等を参考に食生活を送っている国民の割合を、平成22年度までに6 0%以上にすることが
あげられている。
「 食事バランスガイド」の最も大きな特 徴は、成 人 が1日に何をどれだけ食べたらよい
かを、料 理によって示している点である。食事は、栄養 素のレベル、食 材のレベル、料
理のレベルと3つの視点から捉えることができる。栄養素レベルは、炭 水化物やたんぱく
質、ビタミンやミネラルなど、疾 病の予防、治療にも用いられる最も科学的な単位である。
次に食 材レベルは、米、肉、野 菜という素 材 である。さらに食 材を調 理・加工し、すぐ
に食 する形となったものが料 理レベルである。
「 食事バランスガイド」は、その意味で従
来までの栄 養 素 や 食 材という発 想を変え、料 理によって、一日にどれだけ食べたらよい
かを示した世界 初の試みとなる。つまり、
「 食生活 や 健康に関心が薄い人、食事のことを
69
細かく注 意 することがままならない人、地 域 で 行われる健 康 教 室にはまず 参加しなさそ
うな人たちへのアプローチを考えたもの」2)だと前述の吉 池は述べ、従来の栄養 指導・栄
養教 育での、病気に罹 患するハイリスクアプローチ*1 から、より多くの人を対 象にしたポ
ピュレーションアプローチ*2 への展開を考慮している。
一方、長らく「 食事バランスガイド」を検討してきた武見は、従来の栄養士が行う「 食育」
は、堅苦しくてつまらないと思われがちで、どうしたら広く受け入 れられる「 食育」になる
かを考慮し、わかりや すく、楽しく学べるツールとして「 食事バランスガイド」を考案した。
さらに、マーケティングの考え方を導入し、対 象者のウォンツとニーズに対応したきめ細
かいプログラムの提 供と、対 象者の自発的なかかわりを重 視している。つまり、教育とい
う働きかけだけでは行動変容に至らない対 象集団に、もう一歩踏み込んだ便益を伝える
ことが必要であると述べている。加えて、マスコミや企業、各種関連団体などさまざまは
社会資源を巻き込み、食環 境に働きかける3)栄養教育ツールとして、食事バランスガイド
の有 効性を述べている。
また、当初は 料理を作る機 会の少ない成人男性ために作られた「 食事バランスガイド」
であるが、幼児、小学生 4、5)妊婦向けに応用され、マスメディア登場することになったのは、
ポピュレーションアプローチとして、だ れもがわかりや すい栄養 教 育のツールとしての普
及を試みた結果であろう。
*1
ハ イリスクアプローチ…当該 課 題に関連して、高いリスクを有 する個人や小 集団に絞り込んで、リス
クの軽 減を目的として行うアプローチ
*2ポピュレーションアプローチ…対 象を限定せ ずに、集団全体に対して行うアプローチ
2.
「食事バランスガイド」の概要と各地での実践例
「 食事バランスガイド」のイラストは日本の 伝 統な玩 具で
あるコマの絵(右図参照)で示され、コマは、
「 何をどれだ
け食べたらよいか?」を計る一つのものさしである。料理の
主材料に注目し、
「主食」
「主菜」
「 副菜」
「 牛乳・乳 製品」
「果
物」の5つに 料 理を区分し、料 理区分ごとにかかれた料 理
とその数で「 バランスの良い食事の組み合わ せとおおよその
量」が示されている。各料理区分で料理の単位を、ひとつふたつの「つ(S V )」と数え、おお
よその数を数えて適量を判断 するものである。料理の食べ過ぎ、不足によってバランスを崩
しコマが傾くことを表す。実際に活用する際には、基 本の食事バランスガイドに、対 象者の
年齢や性 別、身体活動レベルを考慮し、料理数「つ(SV)」を調整して用いる。
「 食事バランスガイド」は、とりあえず、人々に受け入 れられ、活用されることが先決で
70
あることから、従来の方 法との相違点でさまざまな疑問が生じることを見 越して、農 水省
と厚労 省は試 行 錯 誤を繰り返している段階であると思われる。
「 食事バランスガイド」について、インターネット検 索した結果、3,24 0,0 0 0 件のヒット
数があり( 20 08年 6月現 在)
、自治体や企業で活用されていた。食事バランスガイドのイラ
ストを応用した例では、料 理例として郷土 料 理や 地 場 野菜を用いた料 理をアレンジした
ものや、コマの上を走る人が、スキー( 北 海道)や阿波 踊り( 徳島県)やじゃ踊り( 長崎
県)など描かれ、地 方色豊かであった。
実践活動としては、平成18年に新潟市内の小学生 約30 0 名を対 象に健康 学習プログラ
ムを開発・実 施し、その効果の検証を行っている。実 践の結果、食事バランスガイドに
関する認知、理 解が高まり、栄養素・食品摂取量の変化については望ましい方向に改善
する傾向があった 6,7)と報告されている。
また、東 京 都内でスーパーマーケットにおける「 食事バランスガイド」を活用した取り
「 食事バランスガイド」を活用した栄養 教 育の試 み10)が
組み 8,9)や、従 業 員食 堂などで、
なされていた。それらの取り組みは現 在も継 続しており、食事の選 択状 況を確 認するこ
となどにより取り組みの有 効 性や成 果を評 価することになっている。いず れも試 行の段
階で、成 果の報告が待たれる。
また、本年度、奇しくも小豆島町( 土 庄町の隣 町)で、農 水省が支援する事業の一環
として、
「 食事バランスガイド」を活用しながら、地 域全体でモデル 的な 食育活動に取り
組む団体に「 小豆島 食 料産業クラスター協議 会」が選ばれた 11)。10月から3 ヶ月間、企業
を巻き込み、学 校、病院などと連 携しながら、島産の食材を使ったレシピの開発 や講 習
会を行い、健康 づくりの方 策を探るものであった。その結果は、まだ公 表されていない。
3.
「食事バランスガイド」を使った実践活動
平 成19 年 度11月から1月まで、 土 庄小 学 校の5 年 生 2 8 名を対 象に、
「 食事 バランスガ
イド」 を用いて「 食と心の 健 康教育プログラム」 を企画、実 施した 。
「 食事バランスガイ
ド」 は、 厚生労働 省と農 林 水産 省が 推 奨しているが、 小 学 校の家 庭 科の教 科 書 では、
「 6つの基 礎 食品」 や「 3つの 食品 群」 を用いている。 これらの 分 類 法は、 食 材の 名前
を知り、 栄養 素の基 本 的な知 識を 習得するには重 要であるが、 食事として必 要な全 体
的な量 や 食事のバランスなどはわかりにくい。 今回、介入の対 象学 年が5年 生で、主食、
主 菜、 副 菜 の 知 識 があることを前 提 にして「 食事 バランスガイド」 を活用した 。 また、
① 栄養の知 識の有無に関わらず、 イラストにあてはめると、 1日の中で、 自分の不足して
いる料理、取りすぎている料理などを知ることができる、②日ごろ食べている状態に則
して食生活を見直すことができる、③自分の家 族の 食生活もチェックして話題にできる、
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ことなどの理由から、 家 族を巻き込む 仕 掛けづくりに有 効と考えたからである。
プログラムの内容は、① 授業( 45分)×4回(うち食事バランスガイド2回)、② 授業 前
の宿題2回( 食事 記 録1回)、③ 朝の会でのミニレクチャーでの学習( 食事バランスガイド
3回、その 他9回)④ 保 護 者むけ学 級 通 信3回で 構成された。授業 前の宿題で、自分の
朝食と夕食調べを行い、それをもとに食事バランスガイドに当てはめて、食生活の振り返
りを行った。また、授業 終了後、知 識の習得 や 食態 度についてアンケート調査した。そ
の結果、
「 食事バランスガイド」に対 する知 識は高まり、
「自分の体に良い食事とはどんな
食事か説明できる」
「 栄養について家 族とよく話 す」などの食態 度にも変化が見られた。
4.
「食事バランスガイド」の問題点と今後の展望
プログラムを実 践した 結果、
「 食事バランスガイド」には 以下のような問 題 点が示 唆さ
れた。① 料理を数える
「つ(SV)」という単位があり、サービングの数え方は、料理ごとによっ
て違いがあり、料 理ごとにサービング数を全 部覚えるのは困難 である。②また家 庭 科で
習う「3つの 食品 群」と、
「 食事バランスガイド」の 分 類では 相違 点がある。例えば、家
庭 科で、いも類は炭 水化 物で主食だが、
「 食事バランスガイド」では、料理として食べる
分 量に注目して副菜となる。また、豆 類もたんぱく質だが、副菜となる。油脂 類も、
「食
事バランスガイド」のイラスト上には 示されていない、などが考えられた。
本年度のプログラムでは、
「 食事バランスガイド」を用いて試 行し、先生 方や 管理 栄養
士と一 緒に授業 前 後に内容のうち合わ せを行うことで、共通の理 解を深めながら、プロ
グラム進 行 や 教 材の工夫 がなされた。児 童からの具体 的な疑問や 質 問には、授業を補
助している管理 栄養士、院生がその場で応じ、混乱は少なかったと思われた。サービン
グの数え方、家 庭 科での区分の違いなど今後考慮しなければならない点はあるが、今回
のプログラムでは、
「 食事バランスガイド」のゲーム的な特 徴を活かし、子どもの興 味を
引くような用い方ができたのではないかと思う。
今後はさらに、食事バランスガイド策定の背景にある、食環 境の整 備や家 族・地 域を
巻き込んだポピュレーションアプローチも視 野にいれて、現 場の先生 方と緻 密に連 絡を
取り合いながら、プログラムの企画・実 践・評 価を行う予定である。
終わりに
本年度のプログラムは、
「 食事バランスガイド」というツールを用いて、食育と心の健 康
教 育のコラボレ ーションを試 みた 新しいチャレンジ であった。今後、食 育と心の教 育と
の接点となるツールとしての有 効性について検討 する必要がある。
72
【 文献】
1)
吉 池信男:
「 食事バランスガイド」はなぜ 誕 生したのか 特 集ポピュレーションアプ
ローチとしての食育について考える 栄養日本,49( 7),12-14,20 0 6
2)同上
3)
武 見ゆかり:売 れる食 育を考えよう-ソーシャル マ ーケ ティングを活用して- 特
集 ポピュレ ーションアプローチとしての 食 育について考える 栄 養日本,49( 7),
9 -11,20 0 6
4)
香 川明夫:子どもとの「 言 葉 意 識 」 のズレを見 直 す( その2) 学 校 給 食,74 -75,
20 07
5)森 野眞由美:食事バランスガイドの応用編 学 校 給 食,80 -81,20 05
6)
武 見ゆかり:食事バランスガイドを活用した栄養教育・食環 境づくりの手 法に関する
研究 厚生労働 科学 研究費補助金 総括研究報告書18年度,1-10,20 0 6
7)
佐 々木 敏、大 久保 公 美:食事バランスガイドを活用した栄養 教 育・食 環 境づくりの
手 法 に関 する 研 究 厚生労 働 科 学 研 究 費 補 助 金 総 括 研 究 報 告 書18年 度,12814 6,20 0 6
8)
二 瓶 徹:スーパーマーケットにおける「 食事バランスガイド」を活用した取り組みと
利用者の変化 臨 床栄養,110( 1),16 -17,20 07
9)
勝 野 美江:
「 食事バランスガイド」の活用-こんな風に店 舗や 各地で使われています!
臨 床栄養 111( 6),716 -717,20 07
10)
由田克士、 溝口景 子、石田裕 美ら他:従 業 員食 堂 等を活用した健 康・栄 養 教 育に
関する取 組― 食事バランスガイドを活用した利用教 育の取り組み 産業 衛生誌4 8,
582,20 0 6
11)
四 国新聞社:バランスガイドを活用し食育活動 ―小豆島 食 料産業協議 会 20 07年9
月11日
73
第2章 学校における子どものメンタルヘルスと友人関係
朝日香栄
はじめに
子ども達は、学 校場面を中心として他の子どもと関 係を築き、学 校 生活を共にしなが
ら社会性や自尊 心、感情、思考力といった「心」を育んでいく( 小学 校学習指導要領「 保
健体育」)。学 校では、知 識 や技 能の習得、社 会規 範の遵守といった教 育の「 教 」の活
動が中心となっているが、心 身の「 育」ちの部分も重 視した統合型の教育を行っていくこ
とが期 待されてきている1)。学 校で子ども達の心 身の育ちを見ていくにあたり、ここでは
心 身の育ちを促す仲間・友人関 係について焦点をあてる。
本 章では、まず、児童 期の友人関 係の発 達 的意義と、メンタルヘルスとの関連につい
て整 理する。そのことをふまえ、プログラムで行われた取り組みについていくつか取り上げ、
友人関係の発達支援という視点から、その意味を検討していきたい。
1.児童期の友人関係 ― 発達過程に見られる特徴と意義
小学 校は、子どもが親から離 れて、子ども同士で文化や関 係を築いていくところである。
その間、入学してから卒 業するに至るまで、子どもは目覚しい心 身の成長と共に、友達と
の関 係をどのように発 達させるのだろうか。教育 現 場では 感覚的に捉えられているこのよ
うな当たり前のことも、実 証 的に研究するとなると、多くの議 論がある。発達心理学の研
究では、これまで、関係の育ちが集団の質の変化から捉えられてきた 2)。様々な研究から、
およそ次のようなことが言われている。
小学 校 入学以降の仲間集団は、子どもの気分 や状況によって形成されたり、席や家が
近いなどの理由で仲良しになるなど、流 動的なところがある。逆に、どのような子どもと
もそれなりに関わることが可能であるともいえ、相手と自分との空間的・地 理的な近 接 性
によって仲良しが決まりや すい 3)。それが徐々に、子ども達 が自発的に形成 する、一定の
メンバーの 集 団や関 係ができていく。遊 びを仕 切るような子どもを中心とし、同じ顔ぶ
れの子どもが集まって遊ぶことが繰り返される。メンバー構成が緩 やかで比 較 的大きい
仲間集団の中で、子ども達は、ぶつかったり、助け合ったりするなど、試 行 錯 誤しながら
メンバーと関わりをもっていく。その過程で、遊 び 仲間としてだけではなく、内面を分か
ち合える友だちをみつけ、一緒にいることが多くなっていく。そして、高学 年に至る頃には、
興 味・関心の近さに基づく同性同士の 集団となり、集団で 意志を共 有し、維 持していく
様 子が見られるようになる。つまり、一見すると、低 学 年から高学 年まで、子ども達が集っ
て遊んでいるだけのようであるが、その集団は、年月をかけてグル ープとしてのダイナミッ
クな関 係へと発展していくのである 4)。集団の中での関わり合いから、子ども達は、他 者
の意思を理 解すること、共感すること、コミュニケーション能力、自己調 整 力といった、様々
な社会性の能力を身につけ、社会的規 則などを理 解していく。
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さらに、児 童 期から思 春 期への変化については次のように言われている。思 春 期は、
第二次性 徴の到来があり、心 身が大人への変化を遂げる、子ども達にとっては激 動の時
期である。対人関係も質的に変化することが指摘されており、特に、子どもにとって重要
な関係が「 親」から「 友人」へと移 行していくことから「 親からの心理的離乳を果たす時
期」などとも言われる。この時 期においては、
「 親 友関 係」Chumsh ip 5)を築けることが
大事であるとされる。親 友とは、アイデンティティ形成上、心理学的に意味を持った、特
に心を分かち合える友人のことを指して言う。その相手がいることで、変化の多い思 春 期
の嵐の中を共に乗り越えていくことができると言われる。相手が自分にとって欠か せない
くらいの存 在になり、相手の体 験 する満足や 安 全 が自分と同等の重 要性を持 つようにな
り始める。相手が何を考え、どういう感じを持ち、何がしたくて何がしたくないかに非常
に気が行くようになることで、自己中心的だった性 格が、徐々に他 者の心を取り入 れられ
るようになっていく6)。そのような、いわば映しあうような互 恵的な関 係性の獲得が、この
時期の友人関係の発達において1つの発達的な課 題であると考えられる。
このような密な関 係は、環 境などによって、十分に体 験できる子ども、できない子ども
といるだろう。個人差、コミュニティの風土によるところもあるかもしれない。しかし、親
友関 係が一度形成され、体 験されると、その後も、仲間と共に協力しつつ寛いで や れる
能 力が身につくと言われる。対人関 係を長期的 視 点でながめたとき、この時 期の友人と
の関係をいかに体 験できるかが重要である。
2.メンタルヘルスとの関連 ― 抱えやすい臨床的問題
このように、友人関 係は、それ自体も変化していくだけでなく、さまざまな社会的能力
を培う基 盤となる、成 長の糧であるといえる。だからこそ、それがうまくいかないときの
子どもたちへの心理的負荷も大きい。子ども達の学 校生活におけるストレスについて調査
した先行研 究では、特に高学 年の子どもにおいて、友人関 係からくるストレスが、学 業
成 績などほか のストレスを差し置いて最も大きいということが 指 摘されている7)8)。また、
友人関 係が不登 校に結 びつくケースも決して少なくはない。H 20 年度の最 新の不登 校に
関 する調 査 では、 年 間30日以 上 欠 席した不 登 校 者 数 が2年 連 続して増 加していたこと、
その不登校のきっかけとなった具体的な原因として「 いじめを除く友人関 係」が18.4%と
多くあげられたことが報 告されている9)。ほぼ毎日、一日の多くの時 間 顔を合わ せる学 校
での友人との関 係は、子ども達にとって、人間関係の大部分を占めるといっていいだろう。
一度クラスが決まると、その環 境は 最低でも1年は続き、自分からメンバーを変えること、
環 境を変えることは難しい。低 学 年では柔軟で流 動的な人間関 係であっても、徐々にグ
ル ープができ、一 緒に過ごすメンバーが 決まっていく中で、役 割が固定化してしまうと、
なかなかその関 係性を変えていくことは難しい。そういった不可避的な点が、ストレスに
つながっているのではないかと考えられる。
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友人関 係からくるストレスと子どものメンタルヘルスとの関 係について、学 校メンタルヘ
ルス10)の6尺 度の中では、特に「 非 効力感」との関 係が強いことが示されている11)。非 効
力感とは、自己効力感の持てない感覚、すなわち、生活全 般においてうまくや れている
という感じが 持てず、やる気や自信を喪 失している感覚である。子ども同士、試 行 錯 誤
しながら友人との関 係を調 整し、それなりにうまくや れているという感覚は、子どもの自
分の能力への自信にもつながる大きなことであることがうかがえる。
これらは主に大 規 模な調 査 研 究から見出されている知見だが、本 報 告書 の調 査 部門
でも、友人関 係とメンタル ヘルスとの間において、また、友人関 係と食 行 動の間におい
て、正の相関が見出されていた( 第Ⅲ部第1章 参照)。つまり、友人関 係が良いと答える
子どもは、メンタルヘルスも食 行動も良好であるという傾向が見られた。子ども達は、身
近で重 要な人間関 係を基 盤として心 身の健 康を維 持し、食 行動も促 進されていると言え
る。教 科における食事や 栄養 摂取の指 導はもちろん欠かせないが、それだけでなく、共
に過ごす人間と食事をとることがポジ ティブな体 験となることが、今後の 食育ではより重
視されるのではないだろうか。
3.友人関係の発達的支援の可能性 ―プロジェクトでの取り組み 本プロジェクトでは、友人関 係を活かした活動をいくつか 行った。その1つに、介入ク
ラスにおいて導入したシークレット・サンタというゲームがある※ 。第Ⅱ部第2章でも紹介
されたように、このゲームでは、クラス内で、誰かが誰かのサンタとなるよう、くじによっ
てランダムに設 定される。一定 期 間、 相手に知られないように、 相手にちょっとした気
配りをし、最後にサンタを明かして皆で体 験を共 有 するという社 会 性を育む活動である。
社 会 性を育てる訓練としてしばしば学 校で取り入 れられるソーシャル・スキル・トレーニ
ングでは、援助者側から、伸ばしたいスキルに特 化したプログラムが提 供される12)。しかし、
それはときに、個々の関 係の発達レベルにそぐわないものとなることがある。その点、シー
クレット・サンタの場 合は、個人の主体 性 が大事にされ、個々の社 会 性のレベルは問わ
れず、またクラス全体で実 行できるために学級風土全体を改善していけるメリットがある。
実 施後の子ども達の感 想を概 観したところ、多くが、一 般 的に好ましい 行い、― 例え
ば係の 仕事などを手 伝ってあげた、配 布物を代わりに配ってあげた、給 食をとってきて
あげた、などの親切行為が上げられていた。その中で、相手に特有の悩みに気付き、自
分なりにその子どもが助かると思われたことをしてあげたと答える子どももいた。自分に
はわからないが相手が困っている、そのような相手の内面に思いを馳せられることは、
「相
手にとって何がいいか」について考えられる「 親 友関 係」の萌芽ともいえる感 想であった
といえよう。はからずも、友人関 係の 発 達 促 進的な面を持っていたのではないかと考え
られた。
また、授業においては、
「 家 族がHAPPYになる食卓」と題して、家 族関 係や友人関
76
係を通して食について考えた。食事について、
「自分がどうか」ではなく
「 家 族にとってどうか」
という設定であること、その家 族のことを思いながら、栄養、味、好みなどをトータルし
て食事を構想すること、かつそれをグル ープでまとめる作 業は難しかったであろう。しか
し、クラスの子ども同士、知恵を出し合って、皆が満足できる食卓を子ども達なりに考え
ることができていた。共同作 業を通して、自然と、相手が何を望むか、どんな食事であっ
たら楽しいかについて、考える機 会ができたのではないかと考えられる。これらの試 み
が1つのプログラムとしてどのような効果があったかについては、感 想や今後の経 過などを
より詳細に見ていき、普遍的に用いられるようさらに検討していくことが必要である。
4.今後の課題
以上、友人関 係の発 達 過程の特 徴と、友人関 係とメンタルヘルスとの関連、プロジェ
クトで取り組んだことと友人関係の支援の可能性について述べてきた。
メンタルヘルスと友人関係のつながりは経験的に捉えられているが、発達的な変化を連
続的に把 握しながら、その関 係と対応を系統立てて説明する理論は、発達臨 床心理学の
分野においても、未だ発展途上である。しかし、これは、スクールカウンセラーが学 校で
こそ行える子どもの発達支援に、是非とも必要なことである。
今後の課 題の一つとして、
まず、
子どもの発 達 過程に即した友人関 係のアセスメント方 法が確 立されなくてはならない。そ
の上で、支援に必要な心理教育プログラムの開発がなされれば、説明力のある心の授業が
可能になるだろう。対人関係のアセスメントツールについては豊富にありつつも、支援の段
階となると、個々の関 係の発 達を考慮していなかったり、対処的あるいは短 期・単発的な
プログラムになりがちである。関 係の発 達を敏 感に捉え、長期的な視野に立って子ども同
士の関係やコミュニティ全体の成長を促していくことに使える手法の開発が待たれる。
友人関 係の発 達・変化の過程を一貫して見守る視 点をもち、発 達 促 進的なプログラム
を取り入 れていくこと、友人関 係で躓きつつある子どもに対しては、適宜 支援を行ってい
くことで、子どもの心を豊かに育てていくことを学 校側が保障していけるのではないかと
考えられる。
【 脚注】
※)これは、本プロジェクト研 究 推 進 者の仲野の学 生時 代の経 験 談から、昨 年度青木
がお茶の水女子大学附属校で、小、中、高校に、心の教育プログラムとして再編し、
実 践している。
【 文献】
1) 花井正樹:第5回 教 師が語る「 学 校心理臨 床に求めるもの」 定森恭司編 教 師と
カウンセラーのための学 校心理臨 床講座 昭和堂 20 05
77
2) 保 坂 亨・岡 村達 也:キャンパス・エンカウンター・グル ープの 発 達 的・治 療 的 意 義
の検討 ―ある事例を通して― 心理臨 床学 研究,4( 1),15-26,1986
3) 明田芳久:児 童の 仲 間関 係 形 成について-仲 間 選 択の 理 由,仲 間関 係の 分 化 度,
および 共感 性との関 係- 上智大学心理学 年報,19,29 -4 2,19 95
4) 向井隆代:第9章 友達と仲良くなりたい 桜井茂 男・濱口佳和・向井隆代 子ども
のこころ 児童心理学入門 有斐閣アルマ 20 03
5) Su lliv a n,H .S.:T h e Inter p ers o n al T h e or y of Ps yc hiatr y. N or t o n
1953 中井久夫・宮 崎隆吉・高木敬 三・鑪 幹八 郎訳 精 神医学は対人関 係論で
ある みす ず書房 19 9 0
6) 同上
7) 長根光 男:学 校 生活における児 童の心理 的ストレスの分析-小学 4,5,6 年 生を対
象にして- 教育心理学 研究,39( 2),182-185,19 91
8) 岡隆:第7章 友人関 係 橋口英俊・稲垣佳世子・佐々木正人・高橋惠子・内田伸子・
湯川隆子 編 児童心理学の進歩 19 9 9 年版Vol.3 8 金子書房 19 9 9
9) 文部科学 省:平成20 年度学 校 基 本 調査 速報 朝日新聞H 20 年 8月8日 20 08
10)青木紀久代:幼児期から青年 期までのメンタルヘルス縦 断研 究~心理的 援助のため
のアウトリーチプログラムの構 築 ~ お 茶の水女子大 学 21世 紀 C O Eプログラム 誕
生から死までの人間発達 科学 最終 報告書 20 07
11)南山今日子:第11章 メンタルヘルスと友人関 係・家 族関 係の関連―小学 校高学 年
から中学 校にかけての 縦 断 的 検 討 ― 幼児 期から青 年 期までのメンタル ヘルス縦
断研 究~心理的 援助のためのアウトリーチプログラムの構築~ お茶の水女子大学
21世 紀C O Eプログラム 誕 生から死までの人間 発 達 科学 最 終 報 告書,113-120,
20 07
12)渡辺弥生:ソーシャル・スキル・トレーニング 内山喜 久 雄・高野清純( 監 ) 講座
サイコセラピー,11,6 -7,19 9 6
78