手軽なDNA検査器実現の 道を開く、MEMSベースの バイオセンサ 現在の家庭用妊娠検査器のように簡単に素早く使える使い捨てDNA検査器を医者が持つように なれば、遺伝子病の診察や治療に素晴らしいサービスが提供されることになるのではないでしょう か。また他にも血中タンパク質特性その他の生物学的物質を探知できる、安価なバイオセンサ が持てるとしたらどうでしょうか。 マイクロ流体工学ベースのラボオンチップという概念が進歩した おかげで、これは遠い世界のことではなくなってきました。カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校 (UCSB)のMeinhart教授は、バイオ分子を素早く探知できるバイオセンサの性能向上のために マイクロ流体装置の設計を研究するチームを率いています。 B Y P AU L G S C H R E I E R 電極を入念に設計して最適な駆動電圧を印加する ことにり検出時間を10分の1の10時間からわずか 1時間に減らせる可能性があります。 が官能基化された表面に送られます。相補的な一致がある場合、 このDNAは官能基化された表面とハイブリッド化され、アナライト の濃度に関連した電気的または光学的信号が発生します。理論的 には、DNAが表面へと拡散されてハイブリッド化の速度が制限 されますので、この検出システムでは液体にマイクロ攪拌を与えて反 応を促進します。Meinhart博士はこのアイデアを、まだDNAに ついて実験で確認していませんが、有望であると考え博士のチーム はこの技術を産業向けのセンサに使えるよう研究しています。 この新しいアプローチの実現のため、Meinhart博士は直径40μm で長さ250μmのマイクロチャネル装置(図1)を設計しています。 チャネル内の層流は表面に平行で、表面では流速が0のため、電気 励起がなくても、アナライトは反応表面に向かってゆっくり移動 Carl D. Meinhart博士はカリフォルニア大学サンタ・バーバラ校(UCSB)機械環境工 します。従って、主な輸送は表面に垂直な流れや拡散プロセスで生 学部の助教授です。博士はまたUCSBのマイクロ流体工学研究所ディレクタを兼 じます。反応が拡散によって制限されると検出プロセスはおよそ10 務しており、マイクロスケールにおける流体力学の研究及びそのMEMSベース 時間もかかります。 バイオセンサ最適化への応用の2分野を主に研究しています。 Meinhart博士のチームはAC動電流れを用いてアナライトの輸送 を増加することによって、反応面付近の流れを改善する方法を開発 しました。この方法では、結合面と反対側のチャネル壁面上に2つの 電極を設置します。電圧を印加した場合、AC動電力によって液 Meinhart博士は自分は主に実験家だといいますが、博士は数値モ 体に渦流パターンが生じ、より濃度の高いアナライトが結合面に デリングの専門家としても有名です。博士は観測された実験結果に 移動するので反応速度が上がります。 「電極を入念に設計して最 合う理論を絞り込むため、観測結果を説明できる理論の開発と検 適な駆動電圧を印加することによって検出時間を10分の1の10時間 証にCOMSOL Multiphysicsを使っています。これによって博士は吸 からわずか1時間に減らせる可能性があります。」とMeinhart博士は 引、微量(ナノリットル)の液体の攪拌、混合を伴う数多くの応用領域 説明します。多数の検査を行う必要があるラボにとって、この時間短 に自分の発見を拡げる用意ができると感じています。 縮は大変重要です。 Meinhart博士は、 マイクロ流体工学装置が、商業的に大きなポテン シャルを持つバイオセンサに応用できるのではないかと考えて研究 を始めました。サンプルが低濃度のアナライト(分析対象種)の場 6つの物理学に関連 電気力が液体を攪拌する方法は相当複雑で、多くの物理現象を 合、 現在のテスト方法では何十時間もかかることがあります。これ 伴います。特に3つの主要な現象が関連しています。1番目は、誘電 と対照的に、博士は電極に適切な電圧を加えて液体に微小攪拌 泳動(DEP)力で、分子は、電気的双極子として動作し、印加電圧 を加えることで、この時間を10分の1に縮める可能性を持つマイクロ に反応します。 チャネルデバイスを開発しました。 2番目は流体に対する電熱力です。電極は交流電場を生み出し て、流れに対して非一様なジュール加熱を与えます。 完全一致を見つけ出す 導電率と誘電率は温度の関数なので、加熱による変数の勾配が モデリングプロセスを見る前にまず(相補性塩基対間の領域)ハ クーロン力と誘電力を起こし、それが流体運動を変える電熱力 イブリッド化の物理的現象を考慮します。DNAテスト法の多く として作用します(参考文献)。 は、(DNA基本成分の)固有配列を持つオリジオ・ヌクレオチドの 3番目の力は電気浸透に起因します。流体は伝導体なので電極に 濃度や存在を検出するためにこの技術を使っています。1つの検出 印加された電圧によって、流体中のイオンは電圧と反対向きの引き 技術は、既知の単鎖DNAを備えたマイクロチャネル表面の官能基 金になります。その結果、電極の表面に、数ナノメートルの極めて 化です。マイクロチャネル内の流れによって、未知の単鎖DNA分子 薄いイオン層が形成されます。電場は電極表面に対して垂直方向 http://www.kesco.co.jp/ 図1 流体はマイクロチャネル内を左から右に流れ、底部の電極に加えられた 最適化AC電圧によって結合面での吸収率が改善される。 モデル生成の支援のため、Meinhart博士のチームはCOMSOL Multiphysicsを2000年から使い始めました。博士によりますと、 「そ れ以前には、 これら全ての物理現象を解ける商用パッケージはあり ませんでした。 マイクロチャネル内の流れを調べるプログラムを、自 分で開発した研究者を知っていますが彼は何年もかかっていまし 研究助手のGaurav Soni氏(左)とCarl Meinhart博士(右)が研究室でマイクロチャネル 装置を検討している様子。 た。COMSOL Multiphysicsを使うと慣れているユーザーなら1週 間でプログラムできます。今まで、複数の物理現象を扱える商用 パッケージは他に幾つか出てきましたが、選んだパッケージの中に 必要な物理現象の組み合わせが含まれていることを祈るしかありま せんでした。それが狭い領域であればなおさらです。実際、このよう に出ますが、わずか数10ナノメートルの薄層であれば、電場はわずか に接線成分を持ち、この電気浸透力が流体運動に寄与します。 Meinhart博士のチームはこれらの力とその結果を調べる実験を行 いました。ひき続き、実験結果と数値シミュレーションを合わせて 様々な理論の有効性を検証しました。 この問題は、電位の挙動、電場、温度、電気伝導率、誘電率、流体 な狭い領域では商用のプログラムは殆どありません。仮に幸運に 見つけたとしても、このような状況下の物理現象をリンクするのは 極めて難しいでしょう。 COMSOL Multiphysicsはこれらとは対照 的に大変進んでいて柔軟性もあります。支配方程式が定かでは無 い場合、目的に合った設定が見つかるまで、幾つもの方程式や項を 何回でも構築し直すことができます。」 速度、アナライト濃度及び一次不均質反応を含む多数の物理現象 が絡んでいるためこのような数値モデルの作成は、極めて複雑で す。 このモデルは同時に6つの方程式を連成します。 ・ラプラス方程式を使って基本静電学の問題を解く。 ・電場をソースタームとしてジュール加熱を伴う熱エネルギー こういった革新的な技術に基づいたCOMSOLによる モデリングは、バイオセンサ業界が創造的な製品を 市場に投入するのを早めることになるでしょう。 方程式を解く。 ・静電気学と温度のシミュレーション結果から非線形電熱力 を計算する。 ・ソースタームとして電熱力を加えたナビエ・ストークス方程式 内蔵された方程式が不十分な場合 を使って、チャネル内流体の速度場を解く。電熱力方程式か Meinhart博士はこの問題の持つ特殊な連成、特に電場、流体の ら、 加熱、非均一性拘束力を説明する電熱の攪拌を指摘します。ある 低周波領域ではクーロン力が支配的であり、高周波領域では 効果を調べている時、博士は必要な方程式を予め備えたパッケー 誘電性泳動力が支配的であることが分かります。 ジがないことを知りました。例えばDEP力を計算する際、境界のポ ・時間依存の拡散-対流スカラー方程式を使って、 マイクロチャ テンシャル場の1次及び2次導関数を解かなければなりませんでし ネル内のアナライトの懸濁濃度を予測する。 た。 そういった場合でも、COMSOLモデルではフリーフォームで直接 ・1次元不均一反応方程式を解き、1次元の結合表面を2次元 入力できる方程式フィールドにキーボードから直接式を入力す のマイクロチャネルに組み合わせる。 ることができました。しかし、モデル作成上最も興味深い局面 は、化学反応への対処です。博士のチームは結合面の1次元ジオ これらのファクタ全てをバイオセンサに組み込んだ正確な数値 メトリを、 マイクロチャネルを表す2次元ジオメトリにカップリングし http://www.kesco.co.jp/ 図2 特定電圧を電極に加えて5秒経過した流れは流体流を攪拌し、アナライト を反応面付近の狭いパスに集中させる。カラープロットはアナライトの濃度 を示し、矢印は流速場を示す。カラープロットはアナライトの濃度を示し、矢印 は流速場を示す。 ました。 「最初は物理現象をこれら2つのジオメトリにどの様にカッ プリングすれば良いのか悩みました。」とMeinhart博士は言いま す。 「結局、私たちのケースによく似たサンプルがあるCOMSOLハ ンズオンのコースでやり方を習いました。 こういったハンズオンク ラスは、込み入ったモデルを扱う時には不可欠だということが すぐに分かりました。」チームメンバーのGaurav Soni氏、Marin Sigurdson氏、Dahzi Wang氏の協力で開発された博士のモデルで 図3 平均濃度(mol/liter)対時間(sec.)をCOMSOLでプロットしたもの。 電極に10Vrmsの信号を加えると、最初の5秒間で境界濃度を1.5倍向上させる事 は、流入流は低濃度の生物学的アナライトを持ち、左から右へ流れ を示している。この向上率は時間とともに増加する。曲線の傾きは結合率を ます。底部の2つの電極に印加された電圧がない状態では、この流 示し、電動学的な流れにおいてはまた、約1.5倍高い。 れ分布は飽和した層流の特性、即ちチャネルの壁面で流速0の放物 線状の速度分布を持ちます。アナライトは流体と共に輸送されて上 部境界の反応表面に吸収され、他の残りの溶液はチャネルの右側 新しい組み合わせを素早く調べる から流体と共に排出されます。このモデルは与えられた電場及びそ COMSOL Multiphysicsを使ったモデリングによって得られた知識 の結果発生する電熱力と相互作用する定常流れを解きます。次 を基に、チームはマイクロチャネルの様々なジオメトリ並びに結 に比較のため、チームは初期濃度0で、流入口から与えられた濃 合面や電極の配置による影響を素早く効率的に調査できます。 度が注入される場合を想定した物質収支の過渡的状態のシミュ また、様々な励起電圧で何が起きるかを調べられます。このよ レーションを行いました。 うにして、様々な流体に広範囲のアナライトを注入して検査する 図2の画像は交流電圧が電極に加えられると流れ分布は放物線 特定のバイオセンサ応用に関する基本則を素早く最適化するこ ではなくなり、結合面に向かってずれることを示します。これは とが可能になります。その結果、こういった革新的な技術に基づ 電場が存在すると、アナライト濃度は結合面に向かって遥かに速く いたCOMSOL Multiphysicsによるモデリングは、 バイオセンサ業 移動することを意味します。或る研究では、戦略的に配置された 界が創造的な製品を市場に投入するのを早めることになるで 電極に14Vrmsを加えると、最初の数分間での結合速度はほぼ5倍 しょう。また、Meinhart博士はbio-MEMS分野の独立コンサルタ に上がることがわかりました。COMSOLモデルを使ったシミュレー ントとして活躍しており、COMSOL Multiphysicsは実験家の ションによる電極のジオメトリと配置の最適化で、この技術は様々な 博士が背後の理論や数値式に関わることを可能にしました。 マイクロフルイディック免疫センサに有効に利用できます。 「COMSOLMultiphysicsは市場に出ている他の何よりもはるか チームはさらに、結合反応の改善を定量化するために、電場の有無 に柔軟なので、解く必要がある物理現象がはっきりしていない による2つのケースで結合力を比較しました(図3)。電極に10Vrmsを 私には大変貴重なツールです。」 加えると最初の5秒間で境界での濃度が1.5倍向上し、この効果は時 脚注: 間の経過と共に増加しました。さらに曲線の勾配に見られるよう このチームのマイクロチャネル・バイオセンサのCOMSOLモデルは、オプ に、動電学的な流れの場合の結合速度はほぼ1.5倍高くなりまし ション製品MEMSモジュールの標準モデル・ライブラリとして製品に含ま た。 れております。このモデルは、COMSOL MultiphysicsとMEMSモジュー ルを用いた評価版ライセンスでもご確認いただくことが可能です。 参考文献: Reference: Ramos, SPA., H. Morgan, N.G. Green and A. Castellanos, 1998. AC electrokinetics: a review of forces in microelectrode structures.J. Phys. D: Appl. Phys. 31, 2338-2353. 計測エンジニアリングシステム株式会社 TEL 03-5282-7040 03-5282-0808 http://www.kesco.co.jp/ [email protected] KES-COMSOL-US-MEIN-3.1i-0904
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