2005.3.16 年間を通じて海外作品をプログラムするBITE(バービカン・インターナショ ルイーズ・ジェフリース バービカン・センター演劇部長 ナル・シアター・イベンツ)の他、海外との共同プロデュースに力を入れは じめたバービカン・シアター。その取り組みを演劇部長ルイーズ・ジェフ リース氏(Louise Jeffreys)に聞く。 (インタヴュー&文:菅 伸子) ■ ――バービカン・センターが開設された経緯は? バービカン・センターは、約14万平方メートルの敷地に現代的な高層住宅ビルが立 ち並ぶバービカン・エステートの真ん中にあります。かつてこのあたりは路地や倉 庫が迷路のようでしたが、1940年12月の第二次世界大戦の空襲でほぼ全焼しまし た。1955年にこの地域一帯の再開発計画案が提出され、その中で大規模な文化セン ターが計画されました。バービカン・センターが立地しているのは、ザ・シティ・ オブ・ロンドン(ザ・シティとも呼ぶ)という1世紀からある英国でも最も古い町 の中で、ここは独自の名誉市長と警察がいる特別自治地区になっています。ザ・シ ティ地区の独立自治体は、コーポレーション・オブ・ロンドンという法人です。 バービカン・センターは、今日の4∼5億ポンド(80∼100億円)に匹敵する1億 6,100万ポンドという莫大な総工費をかけて「ザ・シティが国民へのプレゼント」 1982年開館。バービカン・センターは、世 として建てたもので、コーポレーション・オブ・ロンドンはアーツ・カウンシル・ 界の金融機関が一同に集まるロンドン東部 オブ・イングランド、BBCについで英国で3番目に多く芸術を援助しているスポン のザ・シティ・オブ・ロンドン地区にある サーです。 ヨーロッパ最大の総合文化センター兼コン ファレンス会場。文化施設としては、2つの ギャラリー(約1400平方メートルのアー ──BITEとはどのようなプログラムなのですか。 ト・ギャラリーと約800平方メートルの馬 1998年からバービカンシアターは、BITEプログラムを通じて英国で最も重要な国 蹄形をしたザ・カーブ・ギャラリー)、コ ンサートホール(約2000席のバービカン 際演劇のプロモーターへと変貌しました。BITEというのは、バービカン・インター ホール)、2つの劇場(1166席のバービカ ナショナル・シアター・イベンツの略称で、 当初は5月から10月までの半年だけ ンシアターと200席のピット・シアター)、 BITEのシーズンにしていましたが、2002年の夏から年間を通じてBITEを実施する 3つの映画館、図書館をもつ。コンサート ホールは、イギリスを代表するロンドン交 ことになりました。もちろん、バービカンシアターでは、多方面から選んだ英国の 響楽団の拠点、バービカンシアターはロイ 演劇も上演していますが、今では英国で最も多く国際的なプログラムを上演する劇 ヤル・シェイクスピア・カンパニーの拠点 (2002年5月まで)として知られる。 場として、海外のパートナーと組んで、演劇、ダンス、ミュージック・シアターの ディレクターはジョン・チュサ、芸術監督 招聘や、共同プロデュースに力を入れています。最近では、プログラムには、ロー はグラハム・シェフィールド。 リー・アンダーソン、ピナ・バウシュ、コンプリシテ、マース・カニンガム、フィ http://www.barbican.org.uk/ リップ・グラス、Heiner Goebbels、蜷川幸雄、スティーブ・ライヒ、トワイラ・ サープ、トム・ウェィツ、ロバート・ウィルソンといった人たちの公演を行ないま した。 ──今シーズンはどのようなプログラムを予定していますか? 2005年1月から6カ月の新シーズンでは、アイルランドのアビー・シアターの現代 劇『鋤と星(The Plough and the Stars)』、ピーター・ブルック演出でチェーホ フと女優のオルガの愛を描いた『Ta Main Dans La Mienne』などをすでに公演しま した。4月にはイギリス注目の女性演出家デボラ・ウォーナーの『ジュリアス・ シーザー』、5月にはアメリカのパフォーマンス・アーティスト、ローリー・アン ダーソンの『The End of the Moon』とロシアのサンクトペテルブルグのマーリー・ ドラマ・シアターの『ワーニャ伯父さん』、6月にはアメリカのマース・カニンガ ム・ダンス・カンパニーの公演など12作品の公演を予定しています。 ──かつてバービカンは、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの拠点として知 られていましたが、なぜ離れたのですか。 元々バービカンシアターは、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(以下、 RSC)のロンドンの拠点として作られたのですが、彼らの活動方針変わり、ロンド ンのショービジネス街、ウェストエンドなどに拠点を移して公演を行なうことにし たため、バービカンから出ていってしまいました。まず、96年にRSCからバービカ ン劇場での公演を年間6カ月に削減したいとの申し入れがあり、98年から暫定的に 劇団とBITEが半年ずつ公演することになりました。これを契機に、国際的な演劇公 演ができるよう劇場の施設を大幅に改善しました。RSCは2002年5月に正式にバー ビカンを離れました。 (現在、RSCはウェストエンドのオルベリー・シアターでシェークスピア劇、プレーハウス・シア ターで外国の古典劇などを上演している) ──バービカン・センターの運営について教えてください。 バービカン・センターは、コーポレーション・オブ・ロンドンが所有し、その資金 援助を得て、運営が行われています。2003年度のコーポレーション・オブ・ロンド ンの年間援助予算は、総額2053万ポンドで、そのうち演劇部門の事業予算として 200万ポンド弱(約4億円)が割り当てられています。これと入場料収入をあわせて 2つの劇場の運営を行なっていて、私が演劇部長として、この2つの劇場のプログラ ムまかされています。 ──いつからバービカン劇場で仕事をしていますか。それ以前の経歴は? 99年1月からです。マンチェスター大学で演劇を専攻した後、英国のレパートリー 公演を行う劇場の舞台マネジャーを皮切りに、ドイツのミュンヘンにあるバイエル ン国立歌劇場で創作チームと劇場の間に立つ制作コーディネーター、ロンドンのイ ングリッシュ・ナショナル・オペラの技術部長、英国中部のノッティンガム・プレ イハウスの業務部長を経て、バービカン劇場の現職に付きました。オペラと演劇の 両方、しかも技術面・業務面・創作面など幅広い分野で仕事をしてきました。 ──日本に行ったことはありますか。 2001年に彩の国さいたま芸術劇場で上演された蜷川幸雄演出の『近代能楽集』を見 るために一度だけ行ったことがあります。残念ながら日本の演劇はあまり知らない ので、これから観たいと思っています。 ──BITEの演目はどのように選ぶのですか。 BITEには実に多様な演目が混ざっています。まず、ピーター・ブルック、蜷川幸 雄など世界的に有名な演出家の作品を選び、それと同時に挑戦的、意欲的なコン テンポラリーな作品も選びます。さらにコンテンポラリーダンスと音楽が大きな 比重を占めている舞台仕立てのミュージック・シアターの演目を選びます。重要 なのは、質の高い作品を選ぶこと。なので国別のテーマ設定をして作品を選ぶと いった方向では考えていません。まず、その年に上演する優れた作品を何本か選 び、その作品に対して表現として拮抗するような作品とか、演劇・ダンスなどの ジャンルのバランスとか、有名人・新人などのバランスとかを考えながらライン ナップを組んでいきます。どこかの国を1年間特集することはないと思いますが、 一つの国から複数の作品を招聘することはありえます。 ──作品選定にあたっての情報はどこから得るのですか。 私はあちこち海外に出かけて作品を見ますが、どの作品を見るかは業界の誰かの 推薦によります。BITEはフェスティバルの変形のようなものなので、他の国際 フェスティバルのプログラムを参考にすることもあります。手紙による売り込み や提案も大量に来ますし、外国の文化部門のひとたちが面会に来ることもありま す。蜷川さんのように評判がよくて、別の作品を招聘することもあります。 ──BITEの客層は? BITEにはフェスティバルに近い面もありますが、客層という意味では少し異って います。国際フェスティバルは短期集中型なので、それを目当てにいろいろなと ころから観光客が来たりしますが、1年を通して海外の作品を紹介するBITEの観客 は大半がロンドンの人で、観光客はほとんどいません。ただ、日本の舞台を紹介 すればロンドンにいる日本人がたくさん来るといったことはあります。 『エレファント・バニッシュ』 Photo by Joan Marcus ──これまでどのような日本関係の舞台が紹介されましたか。また、どのような 作品がヒットしましたか。 蜷川幸雄の『近代能楽集』『身毒丸』『ハムレット』、ダム・タイプの公演を行 ないました。それから日本関係ではコンプリシテと世田谷パブリックシアターが 共同プロデュースした『エレファント・バニッシュ』、スイスのローザンヌの劇団 Theatre Vidyが上演した『Hashirigaki』には日本の民謡が使われていて、日本人女 優も出演していました。『エレファント・バニッシュ』は、BITEの中でも最も成 功した作品のひとつだったので、2シーズン公演しました。これがロンドンの観客 に非常に受けたのは、第1に作品がすばらしかったこと、第2にサイモン・マク バーニーとコンプリシテの知名度が高かったこと、第3に作家の村上春樹は英国で カルト的な人気があり敬意が払われていること、という3つの要素がうまく作用し あったからだと思います。私も見ましたが本当に素晴らしい作品でした。蜷川作 品では、日本の生活が見えてくるような舞台の方に人気があったように思います。 この他、ヒットした作品としては、ピーター・ブルックの公演はチケットが完売 しましたし、アフリカのダンス、英国のアビー・シアターの公演も人気でした。 アメリカのロバート・ウィルソンも評判になりました。あまり知られていないウ クレレ・オーケストラ・オブ・グレート・ブリテンという奇想天外なグループも 大人気でした。 ちなみに、今年度は過去6カ月、チケット販売は非常に好調で、大半の作品に予想 以上の観客が入りました。常に予算内で仕事ができたので上々だと思います。 ──BITEが始まって数年になりますが、方向性が変わった点がありますか。 年間を通してBITEをやるようになってから、少し変わりました。期間が半年から1 年と2倍になったからといって、作品本数を2倍にするのは、資金的にも集客面で も無理でした。それで何本かの作品については公演回数を増やし、何本かの作品 についてはバービカンシアターで自主プロデュースをすることに決めました。そ れで、昨年、はじめてロバート・ウィルソンの『ブラック・ライダー』をプロ デュースし、バービカンシアターで5週間公演した後、サンフランシスコとシド ニーで海外公演を行ないました。現在、制作中のデボラ・ウォーナーが演出する 『ジュリアス・シーザー』は、パリ、マドリッド、ルクセンブルグでの海外公演 が決まっています。 ──海外公演のメリットは? 海外公演を行なっても利益は上がりませんが、共同プロデュースしてくれる、作 品づくりに出資してくれるパートナーが見つかるというメリットがあります。制 作したのは大変コストの高い作品ですが、これは共同制作のパートナーなしには できないことでした。 ──今後も国際共同プロデュースを行う予定ですか。 コンプリシテと世田谷パブリックシアターが共同プロデュース作品を企画してい るという話もあるので、そうなれば、バービカンはその一端を担いたいと話しま した。 ──今後日本の作品を上演する予定は? 現在のところ特にありませんが、いつ話があるかは分かりませんからね。蜷川さ んの作品には興味をもっていますが、まだ具体的にはなっていません。
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