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速報 No.2014-25P
痴呆予防及び治療用の組成物事件【同じ活性成分を含む栄養補助食品が痴呆予防及
び治療用の組成物に関する特許発明の技術的範囲に属しないと判断した裁判例】
言渡年月日
平成 26 年 4 月 16 日
裁判所
東京地方裁判所民事第 40 部
裁判長裁判官 東海林 保
事件番号
平成 24 年(ワ)第 24317 号
出願・権利
特許第 4350910 号
発明の名称「ハイドロキシシンナム酸誘
導体又はこれを含むトウキ抽出物を含
有する痴呆予防及び治療用の組成物」
事件名
関連条文
キーワード
特許権侵害差止請求事件
結論
請求棄却
特許法 70 条
包袋禁反言、食品、用途発明、技術的範囲
【事実関係】
本件は、原告が被告に対して被告製品の製造、譲渡等の中止等を求めた事件である。原告は、
本件特許権についての専用実施権者であり、本件特許発明を分説すると、次のとおりである。
A フェルラ酸又はイソフェルラ酸であるハイドロキシシンナム酸誘導体又はこれの薬学的
に許容される塩を痴呆の予防及び治療に有効量で含有する
B 痴呆予防及び治療用の
C 組成物。
被告は、商品名「Newフェルガード」、「フェルガード100」等の 7 種の栄養補助食品(以
下、まとめて被告製品という)を業として、製造、譲渡等している。
被告は、構成要件A、B及びCの充足性について争ったが、被告製品がフェルラ酸を含有する
ことは認めていた。裁判所は、本件発明の意義について検討した上で、構成要件Cの充足性につ
いて審理し、以下に示す理由で被告製品は本件特許発明の技術的範囲に属しないと判断した。
【判断のポイント】
1 本件発明の意義
本件明細書の関連記載を詳細に摘示した上で、
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『本件発明は,従来は心臓,肝臓,脾臓の疾患の治療に使用されてきたトウキの抽出物中に存在
するフェルラ酸について…痴呆予防及び治療用という新たな用途に適用すべく,当該フェルラ
酸,又はその異性体であるイソフェルラ酸を含有させた組成物について,特許請求の範囲請求項
1に記載された構成とした発明である』と認定した。
2.構成要件Cの充足性について
(1)「組成物」の意義
『構成要件Cの「組成物」とは,そのうち「組成」が,「複数の要素・成分をくみたてて成る
こと。また,その各要素・成分。」(広辞苑第5版)を意味することから,複数の要素・成分か
ら組み立てて成った物と解するのが相当と認められるから,本件発明に関していえば,医薬組成
物のみならず,食品組成物をも含む,これらの上位概念であると認められる。したがって,構
成要件Cの「組成物」は,その用語の意義としては,食品組成物が含まれると解される。』
(2)包袋禁反言について
イ 本件特許の出願経過
(ア)出願当初の請求項1、2及び8
【請求項1】下記の化学式Iのハイドロキシシンナム酸誘導体又はこれの薬学的に許容される塩
を含有する痴呆予防及び治療用の組成物。
(注:化学式は省略した。化学式Iには、クロロゲン酸及びフェルラ酸が包含される。)
【請求項2】前記化学式Iのハイドロキシシンナム酸誘導体がフェルラ酸又はイソフェルラ酸で
ある請求項1に記載の組成物。
【請求項8】下記の化学式Iのハイドロキシシンナム酸誘導体又はこれの食品学的に許容される
塩を含有する痴呆予防及び治療用の食品組成物。
(イ)拒絶理由通知
①引用文献1には、クロロゲン酸がアルツハイマー病の治療に有用である旨記載され、クロロゲ
ン酸は食品に添加する旨記載されており、請求項1及び8に係る発明は引用文献1に記載された
発明である。
②引用文献2には、トウキのアルコール抽出物を含有する食品が記載されており、トウキのアル
コール抽出物はフェルラ酸及びデクルシノールを含有するものと認められ、引用文献2には「痴
呆予防及び治療用」について記載がないが、これを付加したことをもって、請求項8~10及び
同12~14に係る発明の食品と引用文献2記載の食品を区別することはできない。
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(ウ)手続補正書及び意見書
請求項1及び8(補正後の請求項1及び7)に、
「痴呆の予防及び治療に有効量で」含有する、
との発明特定事項を追加する補正をし、意見書で引用文献1及び2が補正後の請求項1及び7に
おけるハイドロキシシンナム酸誘導体等の「痴呆の予防及び治療における有効量」について開示
も示唆もしていない等を主張した。
(エ)拒絶査定
①引用文献1にクロロゲン酸がアルツハイマーの治療に有用であることが記載されているに等
しく、上記補正後の請求項1及び7に係る発明は、上記引用文献に記載された発明である。
②引用文献2も上記補正後の請求項7ないし12に係る発明もともに食品として利用されるも
のであり、「痴呆の治療及び予防」なる記載を付加したことをもって本願発明の食品が食品とし
て新たな用途を提供するものとはいえない。
(オ)手続補正書及び審判請求書の理由補充書
請求項1を、「フェルラ酸又はイソフェルラ酸であるハイドロキシシンナム酸誘導体又はこれ
の薬学的に許容される塩を痴呆の予防及び治療に有効量で含有する痴呆予防及び治療用の組成
物。」(本件発明)と補正するとともに、請求項7乃至12等を削除し、理由補充書において、
①引用文献1には、フェルラ酸又はイソフェルラ酸がアルツハイマーの治療に有用であることは
記載されておらず、本件発明は同文献に記載された発明ではないと主張し、②上記請求項の削除
により、上記請求項7ないし12に係る発明(「食品組成物」に係る発明)が引用文献2に記載
された発明であるとの拒絶理由は解消された、と主張した。その後特許査定された。
ウ 『…以上の出願経過に鑑みると,特許庁審査官は,出願当初の請求項1ないし7(前記イ(ウ)
における補正後の請求項1ないし6)記載の発明は,その文言が単なる「組成物」であっても
それが医薬組成物に係る発明であることを前提とし,また,前同請求項8ないし13(前同請
求項7ないし12)記載の発明は食品組成物に係る発明であることを前提とした上で審査し,
前同請求項1ないし7に係る発明について引用文献2を適用して新規性を有しないとはしない
一方で,前同請求項8ないし13に係る発明については,引用文献2との関係で新規性を有し
ないとして拒絶査定をすると,本件特許権者が当該請求項を全て削除する補正をしたことから,
本件発明がもはや食品組成物に係る発明を含まない医薬組成物に係る発明であることが明らか
になり,さらに,前記イ(オ)の「フェルラ酸又はイソフェルラ酸である」との記載を追加する補
正により,引用文献1との関係でも新規性が肯定できるとして,本件発明について特許査定を
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したものと認められ,本件特許権者においては,かかる特許庁審査官の認識を前提に対応して,
前記イの補正を経て本件発明の特許査定に至ったものと認められる。また,本件発明は,痴呆「予
防『及び』治療用の」組成物であると記載されるところ,食品は治療の用途で用いられるもの
ではないから,痴呆の予防のみならず「治療用の」組成物でもあるとした上記記載の組成物は,
食品組成物ではなく,医薬組成物であると解するのが自然である。
そうすると,上記出願経過を経て,特許査定がされた本件発明において,原告が,構成要件C
の「組成物」になお,食品組成物が含まれると解されるとして,被告各製品が本件発明の技術的
範囲に属すると主張することは,禁反言の原則により許されないと解するのが相当である。』
【コメント】
本件特許の審査において、請求の対象を「痴呆予防及び治療用組成物」とした発明は、医薬に
関するものとして、「痴呆予防及び治療用」という用途が新規性及び進歩性を有することを根拠
にして特許された。一方、請求の対象を「痴呆予防及び治療用食品組成物」とした発明は、「痴
呆予防及び治療用」という用途が、食品として新たな用途を提供するものとはいえない、として
新規性が認められず、最終的には「食品組成物」関する請求項を全て削除して特許に至った。裁
判所は、このような審査経過を考慮したうえで、被告各製品(栄養補助食品)が本件発明の技術
的範囲に属すると主張することは禁反言の原則により許されない、と判断した。このように我が
国の審査では、同じ用途を特徴とする発明でも、医薬を対象とするか食品を対象とするかによ
って新規性及び進歩性の判断が全く異なる。審査段階において特許化のために対象を医薬に限
定すると、権利行使の局面では、本判決のように同じ用途を特徴とする食品は権利範囲外にな
ると考えられる。
2006年6月21日に改訂された新規性・進歩性に関する審査基準において、「成分Aを添加した
骨強化用ヨーグルト」の事例で食品分野の用途発明の運用が示され、「食品分野の技術常識を考
慮すると、ヨーグルトに限らず食品として利用されるものについては、公知の食品の新たな属性
を発見したとしても、通常、公知の食品と区別できるような新たな用途を提供することはない」
との説明がなされている。2015年6月までに食品の新たな機能性表示制度が導入される予定であ
り、食品分野の用途発明の審査実務、及び特許権の効力について熟慮すべき時期にあるように思
われる。
以上
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