睡眠時無呼吸症候群と不整脈

Volume
25
睡眠時無呼吸症候群と不整脈
須賀 幾 先生
自治医科大学附属 さいたま医療センター 循環器科
医療法人 須賀医院 副院長
須賀 幾 先生
自治医科大学附属
さいたま医療センター 循環器科
医療法人 須賀医院 副院長
●経歴/
1990 年
1990 年
1998 年 2002 年 2007 年
2008 年 2011 年
埼玉医科大学 卒業
埼玉医科大学 第二内科入局
メイヨークリニック 内科循環器部門リサーチフェロー
埼玉医科大学 循環器内科 講師
埼玉医科大学 国際医療センター 心臓内科 講師
自治医科大学附属 さいたま医療センター 循環器科 講師
医療法人 須賀医院 副院長
ペーシング治療研究会 代表世話人
睡眠時無呼吸症候群と不整脈
須賀 幾 先生
自治医科大学附属 さいたま医療センター 循環器科
医療法人 須賀医院 副院長
01 は じ め に
神経系の充進が生じ、徐脈が惹起されるものと考えられてい
る 1)。OSA に伴う徐脈性不整脈の発生は、血液ガスの変化
が生じるより前に換気の停止に一致して生じる 8)。 それに
睡眠時無呼吸症候群(以下 SAS)には、しばしば睡眠中の
より徐脈の発生には、頸動脈体や圧受容器を介した神経調節
不整脈が併発する。洞停止、房室伝導障害などの徐脈性不整
性の反射が直接関与していることが示唆される 9)。OSA に
脈や、心房細動、心室性期外収縮、非持続性心室頻拍が多く
伴う徐脈性不整脈はアトロピンにより正常化することが多
みられ、その併発頻度は最大 50%程度である。これらの不
く、副交感神経遠心路の充進がより重要な役割を果たしてい
整脈は SAS の重症度に依存してその頻度が増加するといわ
ると考えられる 6、10)。さらに、SAS に伴う夜間の徐脈性不
れている 1、2、3、4)。
整脈の程度・重症度は、酸素飽和度の低下のみならず無呼吸
SAS に併発する夜間不整脈の原因が SAS 自体に起因するも
の持続時間によっても規定されるため、夜間徐脈は呼吸運動
のであるのか、あるいは他に原因を求めるべきであるのかに
の停止と低酸素血症の両者の複合した結果であることがわか
関しては議論のあるところである。
る。
しかし、Sleep Heart Health Study によれば、睡眠呼吸
また、徐脈性不整脈を併発した SAS 症例に対して臨床心臓
障害は心房細動、非持続性心室頻拍、心室性期外収縮の予
電気生理学的検査を行ったところ、なんらの刺激伝導系異常
測因子となりうることが示されており 、SAS が夜間不整
を認めなかったとの報告がある 11)。したがって、SAS に伴
脈の発生に何らかの役割を果たしていることは疑いがない。
う徐脈性不整脈は無呼吸イベント発生時に限られる機能的な
SAS に伴う夜間睡眠中の不整脈は潜在的な致死的不整脈で
ものである可能性が高い。
5)
ある可能性があり 、これらの不整脈が、一般人口より高頻
3)
度に認められる SAS 患者の突然死の一因となっている可能
性も否定できない
。
4、6、7)
睡眠呼吸障害(SDB)と併発症
25
%
本稿では、SAS に併発する不整脈発生の機序、SAS の治療
が不整脈に対してどのような関与をするか、反対に不整脈に
対する治療が SAS にどのような影響を及ぼすかを検討する。
02 徐 脈 性 不 整 脈 と S A S
SAS 患者の 5 ~ 10%に洞徐脈、洞停止、房室伝導障害など
夜間の徐脈性不整脈が認められ、その機序は閉塞性睡眠時無
呼吸(OSA)の際の無呼吸と低酸素血症に関連して副交感
1 New Hear topics, Vol. 25
14.5
4.8
5.3
0.9
Mehra et al. AJRCCM vol173 pp910-916 ,2006
1.2
Volume
25
心不全患者に度々認められる中枢性睡眠時無呼吸(CSA)
る 3、15)。OSA 症例の心室性不整脈は OSA のない症例とは
では徐脈の発生機序が若干異なる可能性があるが、無呼吸と
対照的に、
夜間睡眠中に多くみられる特徴を有する。さらに、
呼吸再開、低酸素血症と覚醒反応による自律神経活動の変動
OSA における心室性不整脈は無呼吸の最中にもっとも高頻
に関連して徐脈性不整脈が生じると考えられる 。
度にみられる 16)。
4)
心室性不整脈はより重症の OSA において高頻度に出現し、
03 心 房 細 動 と S A S
また睡眠呼吸障害の程度と夜間の心室性期外収縮には有意
な相関が認められる 5、17)。心室性不整脈に関しては SAS が
その発生に及ぼす機序について明確でない点も多いが、低酸
AHI ≧ 30 の SAS 症例では約 5 %に心房細動が併発し、
素血症、徐脈、無呼吸後の交感神経活性の充進などに関連し
SAS のない症例に対して発生率は約 4 倍である 。OSA で
て生じるものと推測される。Shepard らは、酸素飽和度が
生じる低酸素血症、交感神経活性増進、左室 transmural
60%未満に低下した場合に心室性期外収縮の出現頻度の増
pressure の増大、炎症などが関与して、心房細動のサブス
加が認められたことを報告している 16)。
5)
トレートが形成されることでその発生が促されると考えられ
ている。逆に心房細動が OSA および CSA の危険因子であ
るとの報告もあり
、心房細動と SAS の発症は相互に
12、13)
関連しているものと考えられる。心房用植込み型除細動器を
05 S A S 治 療 が 不 整 脈 に
及ぼす影響
用いた心房性不整脈の継続的なモニタリングでは、SAS を
睡眠呼吸障害に併発した不整脈に対する SAS 治療の効果を
有する症例では心房性不整脈が主に夜間に発生することが確
評価した大規模な前向き介入試験は存在しない。しかし、こ
認されている
れまでの多くの研究の結果から、SAS の治療が夜間睡眠中
。
14)
の不整脈に対しても有用である可能性が示されている。徐脈
04 心 室 性 不 整 脈 と S A S
性不整脈では刺激伝導系の器質的病変がない場合、無呼吸時
に発生する徐脈性不整脈は経鼻的持続陽圧呼吸療法(CPAP)
あるいは気管切開によって改善することが報告されている 1、
心室性期外収縮をはじめとする心室性不整脈も、SAS のな
18-20)
い症例に比べ SAS を有する症例において高頻度に認められ
心房細動に関しては、心房細動除細動後に OSA が未治療で
。
あった場合の 1 年後の再発率は 82%であり、OSA 治療を
AHI と生命予後
行った場合の約 2 倍に達したとの報告があり、この結果は
SAS 治療が心房細動に対しても抑制的に作用したことを示
している 21)。
心室性不整脈に関しても同様に、CPAP をはじめとする
SAS 治療は夜間の心室性不整脈を改善することが示されて
いる 18、19)。そして心室性不整脈の減少は、夜間の尿中ノル
エピネフリン排泄量と並行してみられたとの報告があり、こ
の結果から、SAS 治療による交感神経活性の低下に関連し
て心室性不整脈が改善したことが推測される。
これらの報告は、おもに OSA に併発した不整脈に対する
Punjabi NM et al. Sleep-Disordered Breathing and Mortality: A Prospective
Cohort Study, PLoS Medicine 2009 Aug, 6(8):e1000132.
SAS 治療の効果に関する評価であるが、一方で CSA に併発
した不整脈に対する SAS 治療の効果に関しては十分な評価
睡眠時無呼吸症候群と不整脈 2
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がなされているとはいいがたい。CPAP は CSA に対しては
るが、その対象症例は CSA が主であったり、あるいは低心
効果が低いとの報告もあり
、夜間睡眠中の不整脈の出現
機能症例で心拍数増加による血行動態上のメリットが期待で
が無呼吸の程度に依存するのであれば、CSA に併発する不
きる症例であるなど、一般的な SAS 患者を対象とした評価
整脈は SAS 治療に反応しづらい可能性がある
とはいいがたい 25、26)。OSA を主体とした、より一般的な
22)
。
23)
SAS の病期分布に近い症例を対象とした評価では、心房オー
06 不 整 脈 治 療 が S A S に
及ぼす影響
バードライブペーシングの効果は限定的であった 27)。ペー
スメーカによる SAS 改善の機序は、オーバードライブペー
シングによる自律神経バランスの安定化や心拍出量の増加な
抗不整脈薬投与による SAS の治療効果を評価した報告はこ
どが考えられるが、その効果は軽度のものであり、標準的
れまでのところみられないが、SAS が不整脈以外を含めた
な SAS の治療手段とはなりえない。また心不全に併発した
複合要因で生じている以上、抗不整脈薬の効果はきわめて限
CSA に対し心臓再同期療法が有効であったとの報告がみら
定的であると考えられる。またペースメーカにより徐脈を改
れるが、
その効果は心不全に対する治療効果に基づくもので、
善したのみでは、SAS の直接的な改善効果には乏しいよう
徐脈の改善に依拠するものではない 28)。よって不整脈を治
である 24)。ペースメーカを用い心房オーバードライブペー
療することによる SAS の改善効果は一般にきわめて限られ
シングを行うことにより SAS が改善したとの報告がみられ
たものであると考えられる。
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2014-03-15-01