イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割 -子どもを

東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 62 集・第 2 号(2014 年)
イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
―子どもを「自律的な利用者」
として育てることとは―
高
橋
春
菜*
近年,イタリアの公共図書館は,子どもを一人の「自律的な利用者」とみなし,そのように育てて
いくというあらたな教育的役割を自覚しつつある。こうした教育的役割はじっさいに子どもの目線
から「スペース」および「資料の情報と配置」を整備することや多様な「活動」を提供するという日々
の図書館の仕事のなかに具体化されている。子どもたちに直接的にかかわる「図書館員」の見取り
にもとづく支援と配慮もこれらの仕事を根底で支えている。またここには地域と学校との相互補完
的な連携と協働も不可欠である。これらの実践は公共図書館を子どもらが自らすすんでかかわる場
としており,子どもが「日常の世界において他者とともに生きることの質を高めるための知識と行
為を望むようになる」
という,より長期的・包括的な目的を追求するうえでも重要な意味をもつもの
と考えられる。
キーワード:イタリアの公共図書館,子ども,自律的な利用者,教育的役割,長期的・包括的目的
はじめに
本稿は,イタリアの公共図書館のもつ子どものための教育的役割を明らかにすることを目指す。
さまざまな機能のなかでも,子どもを「自律的な利用者」としてみなすという立場がいかに具体化さ
れているかを検討することに主眼をおく。ここでいう公共図書館とは,公的資金によって運営され
る図書館で,本稿ではおもに地域の一般市民を対象とした標準的な図書館を想定し,専門図書館や
ミュージアム附設図書館,国立図書館および大学図書館を論述の対象に含めない(具体的に言及す
る事例については第 2 章にあらためて明示する)
。なお対象とする「子ども」の定義にはイタリアの
関連文献があつかう概ね 18 歳以下の者を想定する。
今日,一般にイタリアの公共図書館は,
「勉強」や「読書」の場であるのみならず,地域における「情
報,対話,コミュニケーションのための優れた拠点」になりつつあるといわれる(Montecchi G.,
Venuda F. 2013, p.69)
。イタリアの公共図書館は地域のなかで一人一人の市民の社会的・文化的生
活を豊かにするのみならず,多様なアクター間の連携や協働の可能性をも豊かにしていくハイブ
リッドな拠点になりつつあるのである。またイタリアの公共図書館において長年司書および企画・
教育学研究科
*
博士課程後期
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イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
運営顧問を務めてきた A. アンニョリは,居心地のいい「町の広場」のような「通りすがり,偶然の発
見,出会い」
(Agnoli A., 2009, p.81)によってソーシャルキャピタル 1 を増進する場としての公共図
書館のイメージを現地社会に普及させ,また自ら公共図書館の企画・運営に携わりながらこれを実
践してきている。こうしたイタリアの公共図書館は,はたして地域の子どもたちに対してはどのよ
うな教育的役割を果たしているのだろうか。
一方で日本における近年の動向に目を向けると,公共図書館における子どもに対する教育的役割
の重点項目としては,おもに「学校教育支援」および「学校図書館支援」が重視されてきていること
がわかる 2。また,活動内容として「読書活動」3 の工夫が要請されてきている。こうした日本の公
共図書館に求められている役割とイタリアの公共図書館のそれとはどのように異なるであろうか。
とりわけイタリアは戦後の一般的な教育事情として,学校外教育のアクターが学校と対等なもう一
つの「極」と言われるほどに重要な位置を占めてきた 4。また学校図書館の整備が立ち遅れてきたと
いわれる。こうしたことを踏まえれば,日本において学校図書館が充実し,これを利用する教員の
意識も一般に高いという状況に対してイタリアは異なる文脈に位置づくことがわかり,その果たす
役割にも相違がみられるものと予想される。
しかしながらイタリア国内の文献をみても,理念や指針が主要な文献に示され,一方でさまざま
な実践報告が無数になされているものの,これらはしばしば先進的な取り組みの概要や断片的な報
告にとどまり,公共図書館という場の全体像を把握するのが困難であり,また理論や指針とこれら
の実践報告とはかならずしも理論的に繋がれていない。また,日本においてイタリアの事情は教育
一般についても十分な報告がなされておらず,公共図書館についてはほとんど知られていないこと
も事実である 5。
したがって本論は,イタリアの公共図書館における子どもの教育的役割について,理念や方針の
大枠を捉え,これがいかに具体化されえているか,一部の実践例を検討して特徴のいくつかを明ら
かにしたいと考える。なお実践の分析にあたっては,現地の文献にくわえて,筆者が2013年にボロー
ニャ市内の公共図書館において行ったエスノグラフィ(参与観察および,職員らに対するインタ
ビュー調査)の一部を用いる。
1.
イタリアの公共図書館と子ども―文献にみる教育的役割の移り変わり
さて,イタリアにおいて一般に地域の拠点となりつつあるといわれる公共図書館において,子ど
もに対する教育的役割はどのように捉えられているであろうか。本章では,まずイタリア国内の文
献を概観しながらその特徴を明らかにすることにしたい。
もとより戦後から学校図書館の発展が思わしくなかったイタリアにおいて,公共図書館において
子どものためのセクションは早い時期から関心の中心であり続けてきたといわれる(Montecchi G.,
Venuda F. 2013, op. cit., p.68)
。それはまず何よりも,「教育の場」でありつづけてきたのである。
かつてより公共図書館の図書館員らに教育者としての高い専門性が要求されてきたことを示す以下
のような言明も,その証左である。戦後イタリアの公共図書館における子どもセクションの発展を
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現場での実践にもとづいて牽引してきたミア・ラッバーテ・ウィッドマン女史のこの言葉は,いま
も国内の図書館学のマニュアルに記載され,影響力をもちつづけている。
もし子どもセクションが図書館で唯一,文献収集のみならず関連する文学それ自体の直接の知
識を必要とする領域だとするならば,また同様に,子どものための文学についてあらゆること
を知っているという図書館員であっても,さまざまな発達段階について何も知らなければ,ど
うあがいても彼らを誠実な専門家とみなすわけにいかない(L'abbate Widmann M, 1976, p.36)
このように,イタリアの公共図書館においてその「教育的役割」が重要であるという認識は,すく
なくとも戦後の歴史を通していまも受け継がれているのである。
一方で,この「教育的役割」の内実に目を向けると,決して一枚岩ではないことがみえてくる。す
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なわち,イタリアの公共図書館における子どもセクションが長いあいだ学校の不足を補うという意
味での「教育的役割」
を担ってきたこと,そのために図書館における独自の役割が損なわれてきたこ
4 4
とに,批判がみられたのである。
「学校図書館の不足を補う役割を負わされ,あまりにもまるで学校
空間の延長のようになっていたこと,このことは,そもそもの環境整備からして,子どもたちを一
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人の自律的な利用者としてではなくもっぱら学校の児童・生徒として迎え,学校の勉強や宿題を支
援するようなものでしかなかった」
(ibid., pp.25-6,傍点強調筆者)と懸念されてきた。こうした批
判の根底にあるのは,公共図書館の子どものための役割とは「学校図書館」に単に付随するもので
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も,
「学校の勉強や宿題を支援するようなもの」にとどまるのでもないという認識である。イタリア
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において公共図書館の独自の「教育的役割」は子どもたちを「一人の自律的な利用者として」とらえ
る目線の先に模索されてきたといえよう。
以上の状況に転機をもたらした出来事の一つは,1990 年以降,アメリカで成功をおさめた「よむ
ために生まれてきた」
(Nati per leggere)プロジェクト 6 がイタリアに上陸したことであったといわ
れる。とりわけ乳幼児セクションの環境整備が進むことで,公共図書館が「勉強し,調査をし,静粛
を保つところ」であるといった既成概念が,徐々に覆されてゆくこととなったのである(Ramonda
C., 2013, op. cit., p.25)
。こうした子どもセクションの発達は,イタリアの公共図書館の全領域の刷
新を率いてきたとさえいわれる(ibid., p.25)。
もうひとつの変化は,イタリアの出版業界における変化および社会一般における情報化の進展に
よって生じた。イタリアでは 1980 年代の終わりから 1990 年代に子ども文学の出版が盛んとなり,
連動するように公共図書館においてはさまざまな「読書活動」が活発化したといわれる(ibid.,
p.26)
。ここで扱われた資料はおもに「小説」や「物語」であった。しかし近年は,より多様な資料を
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用いて「情報を与えること」
,
「子どもを自らの必要に自ら応答していける利用者にする」ことへの
認識が高まり(ibid., p.26)
,これらが図書館の「教育的な役割」になりつつある。
さて,いま駆け足でみてきたように子どもを「一人の自律的な利用者」としてみなすイタリア公共
図書館の目指すところは,先にも言及したマニュアル『子どものための図書館』の以下のような言明
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に集約されている 7。
子どものための図書館における仕事のインパクトは,若年層の読者が,図書館を越えて,日常
の世界において他者とともに生きることの質を高めるような知識と行為を望むようになる様子
を見届けることのなかで測られる(ibid., p.36,下線強調筆者)
まず「図書館の仕事」の意義は「図書館を越えて」ゆくと述べられている。
「知識と行為」を媒介す
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ることも「図書館の仕事」に含まれる。また,これらが「日常の世界において他者とともに生きるこ
との質を高める」
ものであらねばならない。ここには必然的に「日常の世界」と「図書館」という場が
連結していることの重要性が浮かび上がる。
「図書館の仕事」は,「図書館」という特定の「空間」や
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ここで過ごす「時間」および,個別の「読書」について論じるのでは済まないものとして想定されて
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くるのである。さらに,これらの「知識と行為」を「望むようになる」ところまでを「図書館の仕事」
としていることにも注目したい。
「知識と行為」を,強制や機械的な訓練によるのではなく,子ども
が自らすすんで求めるようになることこそ肝要なのである。言い方をかえれば,
「そうすべき」,
「そ
うできる」というだけでなく,
「そうしたい」という原理によって子どもが動くのでなければならな
いということ。こうした仕事を果たして図書館はどこまで,どのようにして担えるというのであろ
うか。
以上を具体的に問う前に,このように長期的かつ包括的な視野をもった目的を追求するには不可
欠と思われる〈地域〉
や〈学校〉
との連携を,イタリアの公共図書館はどのように構想しているか,そ
の理念をみておきたい。
図書館は学校と出会う。
[…両者は]読書の文化と味わいを伝えるという共通の目的を追求し
て相互補完的に仕事をする必要がある。(ibid., p.141,下線強調筆者)
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ここではもはや,公共図書館が学校の学びを補佐するという一方的な関係性は解消され,「相互補
完的に仕事をする」相補性が強調されている。ここに公共図書館がますます独自の機能をもって学
校と連携していく展望があるのである。アンニョリは,公共図書館が学校に対して果たせる役割を,
より具体的に次のように指摘している。
・より広い媒体と情報源によって子どもたちが文献・資料の収集をより豊かにできる場としての
図書館
・子どもたちの嗜好を把握する観測所としての図書館,学校における義務の縛りから自由な読書
の場であり,大人に左右されない自主的な選択の場
・子ども文学および関連する出版業界の動向の観察所,またこれについての記録・養成・研修セン
ター。ここで図書館員はその専門性を生かすべきである
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・地域とその住民の歴史の記憶および文化・社会的アイデンティティの場
(Agnoli 1999, pp.66-67)
以上のアンニョリの指摘は,学校に対して公共図書館は「文献・資料」の豊かさ,
「子どもの嗜好」
の把握および「子どもの自由」
の尊重,
「子ども文学・出版業界の把握」,「記録・養成・研修のための
拠点性」,「地域性」の面で優れた特徴をもつという認識にもとづいている。これらの特徴を生かし
た独自の貢献が,公共図書館に求められているのである。
また公共図書館と地域との関係性については,以下のように述べられている。
公共図書館は地域で子どもおよび青年期の少年・少女のための仕事にたずさわる者たち(アソ
シエーション,遊戯館,スポーツチームなど)との出会いによって,いくつかの取り組みは彼ら
とともに考案することができるし,また特定の活動や企画にあわせたイベントを生み出すこと
も可能である。
(Ramonda C., 2013, op. cit., p.141,下線強調筆者)
公共図書館は地域のリソースを集結させる拠点としての強みももっており,各学校では容易でない
活動を豊かに展開するよう期待されている。
このようにイタリアの公共図書館は,
「学校の学び」の補佐の位置づけを超えて,また「読書」とい
う個別の活動にとどまらず,
独自の教育的役割を果たそうとしている様子がうかがえる。それでは,
子どもを「一人の自律的な利用者」としてみなし,そのように育ててゆくという理念は,じっさいど
のように具体化されているのであろうか。そのための他の主体との連携とはどのように展開してい
るのか。ひいては,
子どもが「日常の世界において他者とともに生きることの質を高める」ような「知
識と行為」を「望むようになる」ように育てるという究極の目的は,そうした日々の具体的な「図書
館の仕事」とどのように結びつけられるのであろうか。本論の以下においては,これらの点を実践
の場面に目を向けて検討していく。
2.
調査地・調査対象の公共図書館および分析の視点―実態の分析のために
⑴調査地と調査対象の公共図書館
本章では,イタリアの公共図書館における実践の具体例を検討するために,イタリア中部に位置
するエミリア・ロマーニャ州の州都ボローニャ市の公共図書館を中心に取り上げる。同州は,全国
でもっとも乳児の公的な社会教育サービスの利用率が高い 9 ことにも象徴されるように,社会・教
育領域においてイタリアでも屈指の実践を誇る地域である。またボローニャ世界絵本展の開催地で
もあり,公共図書館を含む子ども向け図書にかかわる業界間の交流や情報交換も盛んである。こう
した地域では図書館の発展がめざましく,子どもの重要性も当然のことながら看過できないものと
なっている。
なおボローニャ市図書館機構(Istituzione Biblioteca Bologna)では 16 の図書館を直轄の公共図書
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イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
館(大学図書館・州立図書館・各文化施設附設図書館・教会附設図書館・私設図書館・ごく小規模の
読書スペースなどを除く)としてリストアップしているが 10,本章ではそのなかでも中央図書館に
あたる「サラ・ボルサ」図書館 11 の子どもセクションである「サラボルサ・ラガッツィ」12 および,地
区図書館 13 に分類される 11 の図書館のなかから住民に対する子どもの比率の高いナヴィーレ地区
ボロンニーナ地域 14 に設置される「カーザ・ディ・カオウラ」図書館 15 と隣接する「ラーメ・チェー
ザレ・マルセルヴィズィ」図書館(以下「ラーメ図書館」とする)16 を取りあげる。なお分析には筆者
が 2013 年(一部はそれ以前から)
に実施した,これらの公共図書館における「消極的な参与観察」
(志
水宏吉 1998, pp.7-8.)
,利用者へのアンケート調査およびスタッフらへのインタビューの結果を用いる。
⑵分析の視点について―子どもが評価する図書館
子どもを「一人の自律的な利用者」としてみなすスタンスを基点として公共図書館の教育的役割
を明らかにしようとする本論の主旨に鑑みて,分析の視点を検討するうえで子どもの視点を参考に
することは有益であろう。ここでは,2013 年 11 月 19 日~ 29 日の 9 日間にカーザ・ディ・カオウラ図
書館にて利用者全体に対し筆者が独自に行った,任意のアンケート調査 17 の結果の一部を参照した
い 18。期間中,アンケートに回答した計 74 名のうち 22 名が 18 歳以下であった 19。ただし,その最少
年齢は 11 歳である。図 1.は,このアンケート調査のうち「カーザ・ディ・カオウラ図書館のどこが
好きですか」という質問
(選択肢による複数回答)に対して得られた回答をグラフにしたものである。
これにくわえて,自由記述で「環境」
と端的に述べた回答(1 名),
「菓子・飲み物の自動販売機」
(1 名),
「PC が利用できる」
(2 名)
の回答があった。図 1.をみると,
「家が近い」という点が最も多い(13 名)
のに続いて,
「心地よい空間と家具」
(11 名),
「資料に関する情報」
(6 名),
「図書館員の親切さと能力」
(6 名)
が上位に挙がっている。とはいえ,「資料」
(5 名)もわずか 1 票の差であるから,ほぼ横並びと
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いえよう。ただここで着目したいのは,
「資料」そのものではない他の要素がこれに劣らず,子ども
たちを公共図書館に惹きつけていることである。とりわけ「心地よい空間と家具」の評価が「資料」
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図 1.子どもによるカーザ・ディ・カオウラ図書館の評価(単位:人)
出典:筆者が行ったアンケートをもとに作成した。
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そのものを上回る結果からは,たんに特定の「資料」を探しに来ているだけでなく,当の環境に魅力
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を感じつつ,より広い意味でここで過ごすために足を運んでいる者が多いことが推察される。
以上の結果をイタリアの公共図書館すべてに一般化できるわけではないが 20,こうして「空間と
家具」といったそのものや「スタッフ」に魅力を感じる場であるとするならば,それはたしかに前章
に見たように,たんに「学校の学び」
の延長や個別の「読書」そのものに終始する公共図書館のイメー
ジを拡張するように思われる。また,このほかに,ワークショップ(これをイタリアではラボラトー
リオと呼ぶが詳細はあとにみる。
)
など特定の「活動」に参加しに図書館を訪れる子どもも多いが,上
の調査の対象には含まれていない。
本論以下ではこれらの点をふまえ,1)
「空間と家具」および「資料の情報」
,2)
「図書館員」にくわ
えて3)
「活動」に目を向けて分析を進めることにしたい。なお,1)にはサラ・ボルサの子どもセクショ
ン図書館を参照する。それは同図書館が中央図書館であるために,予算や物理的な空間の広さに恵
まれており,そのために他の図書館に比べてもっとも理想的な形で具体化できているため理解を助
けると考えられるからである。2)と 3)には,より地域に密着して子どもとかかわり,積極的に活動
を展開しているカーザ・ディ・カオウラ図書館とラーメ図書館の例を取りあげる 21。
3.
イタリア公共図書館における教育的機能の実態
⑴子どものための年齢層別スペース:子どもが「利用者」として育つ場
イタリアにおいて公共図書館の子どもスペースはおおむね乳幼児,子ども(小学校程度)
,少年・
少女(中学校程度)
,青年期(高校生)に区分されることが一般的である(Ramonda, pp.42-49)
。施設
の条件が許す限りにおいて,それぞれの区分に一定の空間があてがわれ,各年齢段階に応じたさま
ざまな配慮がなされているのである。近年はこうした子どものためのスペースの企画に子どもら自
身を参加させる動きもみられる(ibid., p.51)
。まさに企画・運営の領域にまで入り込んで,当の空
間が子どもたちのものになっているのである。
ここでは具体例としてサラ・ボルサ図書館を取り上げる。サラ・ボルサ図書館はイタリアにおいて,
もっとも子どものスペースの設置・運営に力を注ぐ図書館の一つである。すなわち,「すべての年
齢層の利用者にも容易なアクセスを保証する」ことを設立のミッションに掲げている(AIB 1998)
。
また幼児・子ども・青年スペースの企画にあたっては,親や当該年齢の子ども・青年らを招いての検
討会を開いたり,彼らを対象とする質問紙調査を行ったりした(Ramonda op. cit., p.51.: サラ・ボル
サ図書館子どもセクション責任者 G 氏,インタビュー,2013.11.8.)
。そのときのメンバーらの手形
や足形が各スペースの入り口に飾られ,彼ら自身の空間としてのアイデンティティを象徴している
(フィールドノーツ,2013.11.8.)
。
①乳幼児スペース
サラ・ボルサ図書館は,乳幼児ないしその親子のために 0-3 歳向けスペースを設けている。まず目
を引くのは色のカラフルさである。また,親子に向けた言葉かけや言葉遊びがスペースを仕切るガ
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イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
ラス面に表記されており,通りかかる人をなかへと誘い込む。言葉遊びとはたとえば以下のような
もので,ガラス面いっぱいにいくつもつづられているが,どれも本を読むことの心地よさや楽しさ
をイメージさせるものである。
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本はしずんでゆくところ,
水の中のさかな,草原のいもむし,ジェラートのなかのべろ,クッショ
ンにしずむあたま,プディングのなかに入っていくスプーン,ティッシューに包まれるときの,
ベッドのなかで夢のなかの鼻,かれのマンゴーにどっぷりのさる,大好きなどろにまみれたぶ
たのように
ロベルト・ピゥミーニ作
床には柔らかいマットが敷かれ,子どもはもとより,親子でも寝転がったりと思い思いの過ごし
方ができるようになっている。また簡単な布製のおもちゃなども置かれ,本は,むしろこうした自
然体の過ごし方の一部として位置づけられている印象を受ける。
ここで,筆者のフィールドワーク中に,ごく幼い子どもが一人でカウンターに本をもっていって
差し出すという場面が観察された(フィールドノーツ,2013.1..29.)22。この 2 歳ほどにみられる子ど
もは,ある本をみつけて握りしめると一目散にカウンターへ駆け寄ってきてその本を差出し,図書
館員がやってくるのをじっと待っていたのである。図書館員はすぐに駆け寄ってその本を手に取り,
子どもの選んだ本について彼に何かを語りかけているようであった。その声に彼は身を乗り出して
耳を傾け,自分の選んだ本を注意深く見つめているのである(フィールドノーツ,2013.1.29.)。ここ
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には,乳幼児スペースがたんに親子のためにあることを越えて,当の年齢層の子ども自身が,すす
んで「カウンター」や「図書館員」といった要素にかかわりながら,すでに図書館の「利用者」となり
つつある姿がみられる。たとえそのように認識していないとしても,すでにそのように行為してい
るのである。ここに,環境全体が子どもの目線で仕立てられていることの成果の一端が見てとれは
しないであろうか。こうした配慮にまるで応答するように,子どもは当の環境をわがものとしてふ
るまっているのである。
なお同スペースには,親や保育・教育関係者のための育児ないし保育・教育に関する図書・資料も
配架されている。また授乳スペース,ベビーカーの置き場があり,図書館員は,本の閲覧のみでは
なく,授乳や休憩の用にも同スペースを活用してほしいと述べている(サラ・ボルサ図書館子ども
セクション責任者 G 氏,インタビュー,2013.11.8.)
。こうして環境そのものを子育て支援の場とし
て提供しているのである 23。これは利用者の生活の文脈のなかに本や図書館を位置づけることで,
公共図書館とのかかわりを深めるきっかけになると考えられているためである(インタビュー,同
上)24。
②子どもスペース(小学校低学年程度)
小学校低学年程度の子どもには,保護者や随伴者の手を離れ,ひとりでに図書館の構造や仕組み
に慣れ親しみ,主体的に本を選べるようになってくる時期であることから,主体的な行為をうなが
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すような工夫が必要であるといわれる
(ibid., p.43)。読みやすく書かれた本(活
字の種類ごとに)や彼らの読書レベルに
合った蔵書をまとめておくなどの配慮が
求められ,さらに,友達と一緒に宿題や
勉強をするテーブルも備え付けられる
(ibid., p.44)。
サラ・ボルサ図書館では 4 ~ 7 歳に 1
セクションを充てている。スペース全体
の壁がイラストで飾られ,調度品はカラ
フルで,このセクションでもまた,空間
のたのしさや心地よいイメージを伝えて
写真1:4-7 歳スペースの突き当りには階段ベンチが設置され
る。読書ワークショップに用いられるほか,普段から
子どもの動きに変化を生む。
(筆者撮影 2013.12.12)
いる。床面も階段ベンチがスペース奥に
設置され,読書会に用いられるほか,ふ
だんから子どもの動きに変化を生む仕掛
けとなっている(写真 1)
。階段の上には
大量の本が無造作に置かれており,そこ
から子どもは手あたりしだいに気に入っ
た本を手に取る(写真 2)
。この年齢層程
度の幼い子どもにとって,
「本とのかか
わりは身体的であるため,子どもと本と
の仲介者となるようなカタログは必要と
しない(これを必要とするのは家族や教
師やたちが検索するときでそれは子ども
のためというより自らのためにしている
のである)」
(ibid., p.82)
といわれる。
「配
写真 2:階段ベンチのうえには本が無造作に置かれる。子ど
もはまるで宝探しのように気に入りの本を手に取る。
管理よりも子どもにとっての魅力が優先される。
(筆
者撮影 2013.12.12)
架記号」にしたがって本を並べるのでは
なく,こうして遊びの動きのなかに本の配置を組み込んでいくことは,親や教師ではなく,子ども
の目線にとって魅力的な配置を採用しているということにほかならない。
このスペースには保護者同伴で訪れる子どもがほとんどのようであるが,筆者の観察において,
多くの場合に本を選ぶのは子ども自身であった。たとえば階段ベンチを上り下りしては選んだ本を
親のところにもってきて「これ好き?」と何度も尋ねる子どもの姿(フィールドノーツ,2013. 12.
24.)や,偶然に同じ空間に居合わせた子どもの開く本に寄ってきて興味を示す子どもの姿が観察さ
れている(フィールドノーツ,2011.12.17.)。空間を自らのものとし,すすんでかかわることから,場
を共有する家族や他の子どもたちとのかかわりもまた自然と生じているようである。
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イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
③少年・少女スペース(小学校中~高学年程度)
少年・少女スペースへの配慮は一般に,
「子ども(小学校程度)」のものとさほど変わりないと言わ
れるが,
自分と年少者とを差別化して意識するなど,自己認識を形成してゆく時期に特有のデリケー
トな心理作用に留意すべきであると言われる(ibid., p.44)。
サラ・ボルサ図書館では 8 ~ 12 歳に,②にみた「子どもスペース」よりも広い,開放的な吹き抜け
のスペースをあたえている。配架蔵書数も一気に増え,物語・小説のみならず,学校の教科に対応
する分野およびその他の専門図書にもコーナーが設けられ,図鑑や図録,外国語学習用資料なども
増える。コンピューターや DVD 鑑賞のスペース,円形テーブルなどが複数設置されている。
ここではとりわけ配架の形態において遊びの要素が薄れ,必要に応じて資料を効率的に引き出せ
る利便性を重視したテーマ型の配置となっている。また,乳幼児のためのおもちゃに代わって,さ
まざまな学びの機会への誘いが随所に組み込まれていることも興味深い。たとえば,科学の図書の
配架棚の上には町の科学ワークショップ「サイエンス・ラボラトリー Start」の案内パネルが設置さ
れたり,外国語教材の配架棚そばのカフェ・テーブルの上にはちょうどカフェのメニュープレート
のように「アラビア語コース」
の案内が置かれたりしている(フィールドノーツ,2013.12.24.)。
なお壁面や調度品には適度に色やイラストが用いられ,子どもにとっての「たのしさ」や「心地よ
さ」
はここでも意識されている。学習の便と余暇のための読書の雰囲気が共存しているといえよう。
④青年期スペース(高校生~)
イタリアにおいて青年期のスペースが確保されている例はまだ多くない。一般に,この年齢層の
ためのスペースは,そこで提案しようとする活動の構想という観点からも,スペース自体の図書館
全体のなかにおける配置の観点からも,もっとも企画・運営が難しいと言われている(ibid., p.46)
。
海外には,彼らだけにアクセスを許可して大人の滞在を 15 分以内に限定しようとする取り組みもあ
れば 25,かえって分けることが同年代の若者のもつ活用能力のポテンシャルを矮小化することにつ
ながるといった懸念(ibid., p.47)
もあり,その設置に関する見解もまちまちである。
サラ・ボルサ図書館では,最近,彼ら主導のイベントを企画・運営するスペースを静かな閲覧・勉
強スペースとは別に設けており,ここに表現活動のワークショップや講習会,アート作品の展示な
どが展開し始めている。というのも,一部の若者による閲覧・勉強スペースを荒らすような行為が
ペ ダ ゴ ジ ス タ
増え,当初は警察を呼ぶこともあった。そのため,市の教育専門家の協力により彼ら自身の要望を
ヒアリングすることを経て,彼らのためのあらたなスペースを設置したという(サラ・ボルサ図書
館子どもセクション責任者 R 氏,インタビュー,2013.11.8.)
。こうしてサラ・ボルサ図書館では,青
年期の彼らもまた,能動的かつ自律的な「利用者」として活用する場をもちつつある。
⑤蔵書目録と配置ラベル―子どもの必要性に応じて
イタリアの公共図書館においてはしばしば,図書館の蔵書の整理にあたっても親や子ども自身が
必要性に応じて本をみつけやすいような工夫が重視されている(ibid., p.82)。
― 194 ―
東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 62 集・第 2 号(2014 年)
7 ~ 14 歳ころの子どもには,子ども向けのオンライン蔵書目録システムがあるとよいと言われる
が,それはたんにグラフィックでかわいらしくすればよいということではなく,とりわけ「意味論」
のレベルで改造する必要があり,その開発にも子どもら自身を巻き込まない限り難しいと言われる
(Ramoda, op. cit., p.83)
。イタリアにおいて唯一,試験的に用いられているのは,エミリア・ロマー
ニャ州によって開発された Sebina Open Library Ragazzi26 である。さらに,青年期向けの図書を当
の年代における関心の高い 13 のジャンル別にカテゴライズしてデータベース化したカタログとし
てボローニャ市のサラ・ボルサ図書館のサイト内の青年期向けページに設置されたコーナー 27 が全
国的に注目されている。ちなみにそのジャンルとは,
「民族間の共生」,
「高い情熱」,
「歴史的人物」,
「成長に伴う困難」
,
「ボローニャの歴史」,「愛の物語」,「平和と戦争」,「怖い話」,「家族」,「歴史
に残る小説」
,
「可能的世界」である。各カテゴリーがさらに 2,3 のサブカテゴリーに分けられ,こ
れらから一つを選択すると,本の表紙の写真とあらすじおよび書誌情報,配架情報が表示される。
また乳幼児の親や子どものためには,テーマ型蔵書目録が多数作成され,図書館のサイトに公開さ
れ,紙媒体でカウンターや閲覧室に備え付けられている。
配架記号についても,子どもの目線に立ったさまざまな工夫が生まれている。ボローニャ市に隣
接するイモラ市の子ども図書館カーザ・ピアーニによって考案された動物のシンボルとカラーシー
ルで図書をジャンル分けする方法もその一つで,おもにエミリア・ロマーニャ州の多くの図書館に
広まっている。わずかな手間で本をみつけやすくする工夫であると同時に,かわいらしいシンボル
は子どもたちを惹きつける効果もあるといえそうである。カテゴリー分けや色による識別について
はほかにもいくつかのパターンが試されている(Ramonda, op. cit., pp.88-90)。
なお,近頃では子ども利用者らの読書コメントを掲示して図書の推薦コーナーとする実践も頻繁
に見られる。たとえばサラ・ボルサ図書館では図書館職員らも毎月推薦図書の目録を作成している
が,じっさい来館した子どもらが真っ先に見に行くのは,子どもら自身によるコメントカードを掲
示したコルクボードであるという(サラ・ボルサ図書館子どもセクション責任者 R 氏,インタ
ビュー,
2013.11.8.)
。公共図書館サービスによる基本的な「コミュニケーション」は,
「資料」および「情
報」の提供を媒介として営まれる(Montecchi G., Venuda F. 2013, op. cit., pp.73-83)。ここでは,子
どもらもまた自らの〈発見〉をもとに,こうした「コミュニケーション」の担い手になっているとい
えよう。
⑵子どものための活動―「読書」
を超えて,「図書館」を超えて
2013 年のイタリア子ども図書館マニュアルには「子どものための図書館は活動のラボラトーリオ
である」
(Ramonda, op. cit., p.109)といわれ,全国から多くの実践例が報告されている(ibid.,
pp.109-140)。「ラボラトーリオ」
とはイタリア語で「工房」を意味し,実践的な教育活動形態を指す。
たとえばカーザ・ディ・カオウラ図書館でも,基本となる図書・資料および情報の提供にくわえて
さまざまな活動が実施されている。表 1 は,2013 年 11 月の第 4 週目の一週間における学校向け活動
をのぞく活動の内容であり,ごく日常的な様子を反映している。これらは利用者に対し,すべて無
― 195 ―
イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
料で提供されている。以下に,内容,おおよその実施頻度,実施主体を説明していく 28。
まず,日本の公共図書館における子どもサービスでもなじみのある「読み聞かせ」がみられる
(⑥)
。これらは幼児期以上の年齢層に対しては図書館員らが毎週行い,乳児期対象(⑥)のものは地
区の児童センター(Piccole invenzioni)のスタッフが出前でほぼ毎週行っている。大人向けの「本
の紹介」
(⑦)には著者が新刊書を紹介にくる場合が多く,また主題に関心のある人々が一堂に会す
場となる。なおその間に,小さい子どもを預けることのできる子ども向けのラボラトーリオが催さ
れることもしばしばである。また,子ども向けの本・資料や教育問題を扱う資料についても著者を
招いての紹介が頻繁に催される。
調査時の「絵画展」
(⑧)は食にまつわる絵画展であった。同スペースにはほぼ常時,絵画,写真,
彫刻などの芸術作品の展示が催されている。2013 年には,エミリア・ロマーニャ州北部を襲った地
震の被災者避難キャンプで被災者である子どもらによって撮影された写真の写真展も開催された
29
。また,あらたな展示を迎えるたび落成会も開かれる。主題に関するトークセッション,アペリティ
フ,オマージュとしての詩の朗読会など,その中身もさまざまである。すべて市民に開かれており,
主題に関心のある人や関係者らの集う機会を生み出している。
表 1.カーザ・ディ・カオウラ図書館の一週間の活動(2013 年 11 月 26 日~ 30 日)
活動とタイトル
対象
年齢
参加
実施場所
実施主体
①グループ読書ラボラトーリオ
Avamposto Fuorilegge
11–16
任意
Lame
図書館
図書館ネット
ワ ー ク +Ass.
Equilibri
活動時間
15:00
26 火
17:30–18:30
②音楽ラボラトーリオ
E ducazione musicale ludica infantile al
canto, suono e ritmo
14:00–17:00
③放課後教室
Dopo scuola
17:00–18:00
④英語教室
Super Simple English
14:00–17:00
⑤放課後教室
Dopo scuola
16.00–18:00
29 金
30 土
6–11
任意
Ass.
1F
Arcobaleno
アトリエ ( ア ソ シ エ ー
ション)
Ass. Giovani
cittadini
(アソシエー
ション)
11–15
任意
1F/2F
閲覧室
3–6
任意
2F
閲覧室①
個人(講師)
11–15
任意
1F/2F
閲覧室
Ass. Giovani
cittadini
⑥読み聞かせ
Piccole invenzioni racconta
2–3
任意
18:00–
⑦本の紹介
Anita friggeva d'amore
Sessanta sfumature di Gola
⑧絵画展の落成パーティ
Cibo, sentimento e passione
成人
任意
2F
ホール
個 人( 著 者 及
び 作 家 )+ 地
域協賛商店
9:00–12:00
⑨アート絵本ラボラトーリオ
Orto in figure
5–8
任意
1F
アトリエ
ボローニャ市
+個人(作家)
27 水
28 木
出典:期間中の参与観察により筆者が作成した。
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Piccole
invenzioni
1F
アトリエ ( 地 区 児 童 セ
ンター)
東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 62 集・第 2 号(2014 年)
また「英語教室」
(④)
,
「放課後教室」
(③・⑤)も外部のアクターによって毎週同曜日に実施され
ている。前者はおもにイタリア人の子どもたちが通ってきており,後者はおもに外国籍の子どもの
学習支援を行うものである。
「放課後教室」では,かならずしも勉強せずに友達や講師らとおしゃべ
りをして帰る子どももおり,勉強するためだけではなくより広い意味で居場所を与えているといえ
る(フィールドノーツ,2013.11.18.)
。
「グループ読書ラボラトーリオ」
(①)は 11 歳から 13 歳の有志による読書グループで,最近では本
の紹介映像の制作,その制作過程における著者インタビューや書店訪問などを活動に含み,地域全
体をフィールドとして活動しているほか,全国規模の読書フェスティヴァルに参加して,さらに多
くの作家や他地域の子どもらと交流を深めている。
「音楽ラボラトーリオ」
(②)は簡単な楽器演奏のワークショップで,
「音色の違い」を異文化間教
育と関連付ける一月ほどの短期プロジェクトであった。このような数週間から数か月の期間で行わ
れる企画も年に数件あり,外部のアクターによって実施されている場合が多い。「アート絵本ラボ
ラトーリオ」
(⑨)は,アート絵本を読み聞かせながらその内容に含まれる遊び―野菜のイラストを
組み合わせて物語をつくる―に子どもたちを誘い込み,実際に図書館のアトリエで創作させるとい
うものであった。このラボラトーリオは絵本の作家自身が担当している。2013 年中,カーザ・ディ・
カオウラ図書館ではほぼ毎週土曜の午前中に幼児~小学校低学年向けに芸術作品の制作を中心とす
る手作業を含んだラボラトーリオが実施されていたが,担当の図書館職員が企画・実施することも
あれば,この例のように外部のアクターを招くこともあった。このように同図書館で実施されるラ
ボラトーリオにはさまざまな表現媒体が導入されていることも注目に値する。
さらに学校向けの活動には図書館ガイドやテーマ型の読書ラボラトーリオがあり,幼児期から高
等学校段階までを対象に,
「読書のよろこび(Piacere di leggere)」
(幼児期~小学校),「旅の歴史と
物語の交換(Storie di viaggi, scambi di racconti)」
(小学校~高等学校)の枠が設けられている。前
者は図書館員の提案や教師らとの相談によってテーマが定められ(
「冒険」
,
「ファンタジー」など)
,
読み聞かせを中心に「読書のよろこび」を伝えることを主旨とする(カーザ・ディ・カオウラ図書館
員 V 氏,インタビュー,2013.11.22.)
。後者については図書館員があらかじめ「移民」について収集
した図書・資料の内容に沿いながら,児童・生徒ら自身の経験を語り合う場が持たれている(フィー
ルドノーツ,2012.11-2013.31.)
。またここに地域に在住の移民の大人がゲストとして対話に加わる。
なお2009/10年度にはこうした学校むけ読書ラボラトーリオの実践が計180件行われている(Righini
M., 2010, p.118)。
さて,ここでは地域のリソースが活用されていることや学校との連携がみられる。以下にこの点
についてより詳しくみていく。
①活動における地域との連携―子どもたちを多様な活動とフィールドへ
表 1 にも反映されているように,同図書館では,地域で文化活動を行う個人やアソシエーション
などの活動を受け入れている。図書館責任者は市民側からの提案を受けると,ある程度まとまった
― 197 ―
イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
企画書を作成するよう求め,これが信頼性のあるものと判断されると,そこから図書館員も一緒に
なって計画を詰めてゆき,実施をサポートするという(カーザ・ディ・カオウラ責任者 R 氏,インタ
ビュー,2013.11.26.)
。こうして,どのプロジェクトも地域のアクターと図書館との協働プロジェク
トになってゆく。さらに,地域における自治体主催のイベントや特定の事業への参加ないし協力に
も積極的である(インタビュー,同上)
。たとえば 2013 年,同図書館が参加した地域のおもなイベン
トには,
「女性暴力反対の日」
,
「世界子どもの人権の日」,
「世界母語の日」,環境問題を扱う「ツリー・
フェスタ」
,
「アートフェスタ」
,
「漫画フェスタ」,「ボローニャ世界絵本展」などがあった。いずれ
においても,ボローニャ市中でイベントが催されるなかで,同図書館もその一環としてラボラトー
リオや特別テーマの図書・資料展示を行ったのである。
外部のアクターらは,カーザ・ディ・カオウラ図書館がすでに地域の拠点であることから,子ども
や学校との密接な繋がりをもつためより効率的に多くの参加者を得られることや,また自分たちの
存在をより多くの人に知ってもらうため効果的であることから同図書館を実施場所として選択する
(カーザ・ディ・カオウラ責任者 R 氏インタビュー,2013.11.26.)。一方の図書館側は外部からの活動
を受け入れることで自前の予算や人材を節約でき,予算がひっ迫するなかでも,実践の質を維持す
る手立てとなっている(インタビュー,同上)。このように両者は地域の文化的活動を推進するうえ
で相互補完的な関係にある。また実践を積み重ねるたびに,この協力関係は益々密接なものになっ
てゆくのである。
同図書館の責任者が外部アクターとの連携について評価するもう一つの点は,
「当の活動を実施
するエネルギー」の面である。これらの外部のアクターによる活動はその多くがボランティアなど
によって推進されており,その高いモチベーションによって図書館員のみではとても実施しかねる
活動をもちこんでくれるというのである(インタビュー,同上)。また,各アクターのもつ特定の分
野についての専門性も連携のメリットであろう。また地域との連携は,活動の内容やフィールドの
幅も広げている。たとえば表 1.の少年・少女の有志によるグループ読書(①)の活動 30 は,映像制
作の専門家が協力することで映像制作の活動が読書活動に加わり,本の読みがさらに深められ,メ
ンバー間の対話もより活発なものへ発展している 31。また協力者が増えることで引率も容易となり,
活動のフィールドを「図書館を越えて」地域へ拡大している。この活動は,他の地域や全国規模の
イベントなど子どもたちをさまざまな交流の場へ連れ出してもいる。
「読書」から〈対話〉へ通ずる
多様な行為が拡張されたフィールドにおいて生み出されているのである。
②公共図書館から提案される学校プログラム―両者の相互補完性とは
ラーメ図書館はカーザ・ディ・カオウラ図書館よりも歴史をもつ。地域の歴史的特徴を反映した
アーカイヴを所蔵しており,これらの地域教材を活用した教育プログラムを提供している点が特徴
である。表 2 は 2013/4 年度用にラーメ図書館が地域の中学校に提案した活動の一覧である 32。これ
らの活動が,原則的に同図書館の施設において提供される。くわえてラーメ図書館では,小学校と
中学校のために,年齢段階ごとに推奨される文献一覧を作成してボローニャ市図書館機構のイン
― 198 ―
東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 62 集・第 2 号(2014 年)
ターネットサイトに掲示している 33。これらの内容は必ずしも学校の学習内容に縛られていないこ
とも特筆すべきであろう。
このようにラーメ図書館は学校に対し,
「文献・資料」の提供および調査の支援(⑩・⑱)のみならず,
先にアンニョリ(Agnoli, 1999 op. cit., pp.66-67.)が述べていたように,「子どもの嗜好の把握」
(⑰
など)
,
「子ども文学・出版業界の把握」
(⑰・⑱),「記録・養成・研修のための拠点性」
(⑯),「地域性」
(⑫・⑬・⑭など)といった図書館の特徴を生かすさまざまな教育プログラムを提案している。そして,
表 2.2013/2014 年度ラーメ図書館による地域の中学校向けの活動
タイトル
活動内容
目的
対象学年
⑩
図書館の発見
Alla scoperta della biblioteca
図書館の紹介の後,図書館内の「宝
探し」ゲーム
⑪
リーベラ―反マフィア活動団体の
名前と数字
L ibera- Associazioni, nomi e
numeri contro le mafie
マフィア反対活動をしているアソシ
図書・資料を用いた社会
エーションによる反マフィアのレク
学習
1・2 年生
チャー(右のタイトルはアソシエー
(全 2 回)
ション名である。)
⑫
物語のワークショップ―交換の歴
史と移民の過程の物語
L aboratorio di narrazione:
storie di scambi, racconti di
percorsi migratori
図書,映画,資料によって移民の歴
図書・資料を用いた社会
史を学んだうえで,自分の家族史を,
学習/対話/創造的・芸
物語,新聞の切り抜き,写真,詩,絵
すべて
術的な表現
画など,創造的・芸術的な方法で表
(全 2 回)
現
⑬
ラーメ門の戦い―資料を基に歴史
を再構成する
B attaglia partigiana di Porta
Lame: ricostruire la storia
attraverso le fonti
・11 月 7 日の記念日に元パルチザン
として活躍した人物との面会/討議
・ラーメ門の戦いに関する史料の使
い方のワークショップ(学校への出
張も可能)
・ボローニャにおけるパルチザンに
よる戦いとレジスタンス運動の拠点
へのガイド訪問
⑭
イタリア万歳,イタリアの反戦
Viva l'Italia, l'Italia che resiste
音楽・詩の史料の使用/
・イタリア反戦歌謡曲の詩の分析
特定史料へのアクセス
・図書館が所蔵するラーメ地区の民
すべて
(全 1 回以上―要望に応
衆歌謡のアーカイブの訪問
じて)
⑮
作家に会おう
Incontri con l'autorice
著者に会う/本について
地域在住のベアトリーチェ・マセッ
著者と語る/本の書きか
ラに会って,著作について語りあう
た相談
ほか,作家業のコツを伝授
(全 1 回)
すべて
⑯
わたしたちはわたしたちを自己と
他者の尊重へ教育するために教育
する
E d u c a r e p e r e d u c a r c i a l
rispetto di sè e dell'altro
地域の普通高等学校の元校長が,毎 地域の教育者による教育
月教育論を執筆し,教師集団や生徒 論の公開
らとの対話に資する目的で公開
(随時)
教師
すべて
⑰
よむことの喜び
Fieri di Leggere
ボローニャ世界絵本展の開催時期に
おける著作者ら(イラストレーター 著作者らとの面会
などを含む)との面会
すべて
図書館ガイド/蔵書一覧
Visite guidate e bibliografie
図書館を知る/学級単位
の貸出・返却/蔵書一覧
図書館ガイド,学級への貸出し,テー
(テーマ型を含む)やレ すべて
マ型の調査研究へのサポート
ファレンスによる調査活
動の促進
⑱
図書館を知る/情報・文
すべて
献調査の体験
歴史的イベントの主要人
物との面会・討議/史料
の使い方のワークショッ
3 年生
プ/実地訪問
(全 1 回以上―要望に応
じて)
出典:
〈http://informa.comune.bologna.it/iperbole/media/files/lettera_medie_1314.pdf〉
(2014. 3. 15. アクセス確認済
み)に公開されるラーメ図書館から各学校への連絡文書をもとに筆者が作成した。
― 199 ―
イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
外部アクターの参入がここにもみられる。⑪の活動における実施主体であるアソシエーション
「リーベラ」や,⑮においてゲストとなる作家,⑯において教育論を寄稿する地域の元教師がそれに
あたる。しばしば各学校にとっては困難な―あるいは手続きが煩雑化する―施設外部の地域アク
ターの活用も図書館という〈拠点〉
が仲介することで可能となっているのである。
繰り返しになるが,これらは学校のためのプログラムとはいえ,かならずしも「学校の学び」に準
4
4
ずるよう構想されているのではない点が重要である。直接的であれ間接的であれ「学校の学び」に
資することも当然のこと否定できないものの,公共図書館による提案は,これをむしろ拡張してい
ることに着目したい。また,文献やインタビューのなかで,しばしば学校のプログラムで公共図書
館を訪れることが子どもたちがここに通い始めるきっかけとなる(Ramonda., op.cit., p.112)といわ
れる。「公共図書館に通う」ということが一つの独立した価値をもち,そのために学校が協力すると
いう構図である。かつて公共図書館が学校の補佐に徹していたころからみると両者の位置づけは逆
転しており,ここに相互補完的な協働関係のあり方がみえてくる。
⑶図書館員
①図書館員の経歴―司書歴と教育歴のバランス
イタリアの公共図書館の子どもセクションでは,図書館員の雇用においてかならずしも司書資格
ばかりが重視されてきてはいないようである。むしろ「単一の専門職者によって担われるのではな
く,多様な専門性をもった職員が共通の同じ目的のために協力するべき」といわれる(Ramonda, op.
cit., p.34)
。
カーザ・ディ・カオウラ図書館の常勤のスタッフは 2014 年 3 月現在で 5 名である 34。2008 年の開
館時から教育関係の職歴を重視してスタッフを起用したという。そこでは約 70 名の市の公務員が
応募したなかから同図書館の責任者および行政の担当者が 4 名の常勤スタッフを選抜したが,採用
された者のうち図書館勤務の経験があったのは1名であった。ほかに,前職が幼稚園教員の者,ボロー
ニャ市の社会福祉行政において中学校・高校段階の青少年の教育に携わってきた専門教育者,さら
に市の住宅支援課に勤務していた者が,芸術関係の学科を卒業していることを評価され採用された
(以上スタッフの選定については,カーザ・ディ・カオウラ責任者 R 氏,インタビュー,2013.11.26.)。
なおこの図書館員は,教育関係職でこそなかったが,前職の公的機関の窓口業務において利用者市
民に対応するノウハウを身につけたことが現場で責任者から高く評価されており(インタビュー,
カーザ・ディ・カオウラ図書館責任者,2013.11.26.),自身もこの点が日々の仕事に役に立っている
と認識している(カーザ・ディ・カオウラ図書館員 V 氏,インタビュー,2013.11.22.)。
なお,すべての職員が,レファレンスサービスから目録作成,貸出・返却のカウンター業務まで,
基本的な司書業務をほぼすべて行える。こうした図書館学にまつわる知識・能力は,おもにボロー
ニャ市の主催する短期型の集中コースやほぼ定期的に異なるトピックで開催される勉強会などで学
ぶほか,
「仕事をしながら学んだ」
という職員がほとんどである(カーザ・ディ・カオウラ図書館員ら,
インタビュー,2013. 11.22.,2013.11.26.,2013. 11.28.)。
― 200 ―
東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 62 集・第 2 号(2014 年)
②図書館員と子ども―教育者としての直接的なかかわり
さて,こうした図書館員たちの子どもとのかかわりはじっさいにどのようなものであろうか。い
くつかのインタビューに言及しながらみていきたい。
カーザ・ディ・カオウラ図書館で学校向けの読書ワークショップを担当する図書館員も,もっと
も重視していることは子どもに読書の楽しみを伝えることであると述べる(カーザ・ディ・カオウ
ラ図書館員 V 氏,インタビュー,2013.11.22.)。
また前職で青少年の教育活動に携わってきた図書館員は,図書館を,
「資料の利用」や「図書館の
なかでの過ごし方」
,
「他者の受容,歓迎」という観点からの「規律を学ぶ場」としてもとらえている
(カーザ・ディ・カオウラ図書館員 A 氏,インタビュー,2013.11.28.)
。さらには,そうした「規律を
学ぶ」
という意味をもつ日常において子どもたちないし青少年らとかかわる際には,「必要な支援の
ために応対する用意があることを彼らに示すことと同時に,一方で必要以上に甘やかさない距離を
測ることが重要である」とも述べている(インタビュー,同上)
。こうしたインタビューからは,子
どもないし青少年らとの密接なかかわりが透けて見えるようである。
さらに同図書館スタッフのなかでもっとも長い司書歴をもつ図書館員は,前職の図書館(とくに
女性問題を扱う図書館で,
そこでの業務は高学歴の研究者を相手とするレファレンスが主であった)
と比較して,子どもが多く訪れるカーザ・ディ・カオウラ図書館での仕事は「身体的」,「多種多様」,
「 先 が 読 め な い 」と 指 摘 し て い る( カ ー ザ・デ ィ・カ オ ウ ラ 図 書 館 員 L 氏,イ ン タ ビ ュ ー,
2013.11.29.)。つまり,かならずしも文献のことではなく,「イタリア語教室がどこにあるかという
質問」
があったり,
「ベビーカーを引いてやってくる母親の集団」に対応したりと,予測外の,またカ
ウンターに座っているだけでは済まない仕事に日々,直面しているために,
「毎朝,その日がどうなっ
て終わるかわからない」
というのである(インタビュー,同上)。
たしかにカーザ・ディ・カオウラ図書館において,図書館員はよく動いている。ごく基本的な閲
覧室の整備のほか,利用者に求められた資料を一緒に探しにいく,ワークショップの準備のため棚
や調度品を移動させ備品を運ぶ,ワークショップそのものや図書館ガイド,巡回,子どもたちの逸
脱行動の注意,といった具合である(フィールドノーツ,2013.11 ~ 12)
。また,子どもの側からも
頻繁にスタッフにかかわっている。たとえば,本論の冒頭で示した図 1.と同じアンケート調査に
おいて,
同22名の子どものうち,
8名は「その日にスタッフに何かを尋ねたか」という質問に「尋ねた」
と回答しており,その内訳をみると「資料について」
,
「図書館の使い方について」のほかに,自由記
述で「次に読む本のおすすめ」
,
「資料の貸し出しの延長について」という回答がみられている。筆
者のフィールドワーク中も,図書館設置のコンピュータからの印刷で「どう画面を切り取るか」をス
タッフに相談したり,
「クリスマスの本で何がいいか」を相談したりする様子が,ごく日常的に観察
されている(フィールド・ノーツ,2013. 11.27.)。
こうして,子どもに本の楽しみを伝える,規律を学ぶよう配慮する,子どもの動きに合わせて身
体的・動的にかかわる,また子どもからも頼られるといった様子からは,特定のテーマについての
4
4
4
4
図書・資料の提供や情報サービスを介して間接的にかかわるだけでなく,まさに子どもに寄り添い
― 201 ―
イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
4 4
4
ながらじかにかかわる,きわめて教育的なスタッフ像が浮び上がる。
③その他の協力者たち―多様なバックグラウンドのリソース
子どもたちは図書館に足を運ぶだけでも色々な国の人が同じ地域のコミュニティーにいるという
ことに触れる経験をもつ(カーザ・ディ・カオウラ図書館責任者 R 氏,インタビュー,2013.11.26.)
。
またさまざまな活動を通して,作家,教育者,アーティスト,詩人,移民の大人,外国語話者,他の
学校・他学年の子ども,本屋,映像制作技術者など,じつに多様なバック・グラウンドをもった大人
とかかわっている。
またこれらの活動は,学校とは異なり強制されるものではない。子どもたちは,あるときは活動
の魅力に惹かれ,あるときは大人からさまざまなことを学ぶことの魅力,あるいはこうした大人た
ち自身の魅力に惹かれて,ほとんどの場合にこうした活動に自らすすんで参加しているのである。
こうして多様なバックグラウンドをもった大人たちが協力してそのリソースを提供することで,
公共図書館は子どもにとってますます自らすすんで足を運ぶ場になっていると考えられる。
4.
イタリアの公共図書館の教育的機能とその意義
⑴子どもを「自律的な利用者」
に育てるとは
本論に取り上げたイタリアの公共図書館において,子どもを一人の「自律的な利用者」としてみな
し,またそのように育てるという姿勢は,どのように具体化されており,そこにどのような教育的
機能が生まれていたといえるであろうか。以下に,その要点を整理したい。
①スペース
サラ・ボルサ図書館の子どもセクションにおいては,各年齢層に応じて,親子(乳児スペース)や
子どもの目線から「スペース」や「資料」の配置が工夫されており,ここに,子どもを一人の「自律的
な利用者」としてみなし,また育てていくということの実践の一つが見出された。
4 4
4
4
4
4
4
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4
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4
またこうして親子
(乳児スペース)
や子どもの目線で環境を整備するということは,より具体的に,
4
4
4
4
4
4
当の環境を,乳幼児とその親や各年代の子どもらの,図書館の外の生活において自然な欲求あるい
は必要であるところの〈遊び〉
や〈子育て〉や〈学習〉や〈表現活動〉へと連結させることであった点も
重要である。そうすることで,子どもは,すすんで「そうしたい」という欲求から本を求め,また図
書館へやってくるようになるのであると考えられる。
またこの環境においては,かならずしも一人で読書するだけではなく,得られた〈発見〉や〈知〉を
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誰かと〈共有〉し〈伝達〉
する営みが自然と生じていた。もとより,すすんで伝えたいと〈発見〉や〈知〉
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をみいだすことも,またこれを〈共有〉
し〈伝達〉することも,そもそも当の子どもがすすんで本やそ
の環境にかかわっているのでなければ,生じえないことであろう。きわめて管理的な環境において
はこうしたことが阻まれがちであることにも留意しておきたい。このような〈共有〉,〈伝達〉,〈コ
ミュニケーション〉が自然に生じていたのも,ひるがえってみれば,子どもを「一人の自律的な利用
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東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 62 集・第 2 号(2014 年)
者」としてみなし,その必要性や欲求を尊重したうえで環境を用意しているがゆえの効果であった
と考えられる。
②活動
本論において取り上げた公共図書館においては,かならずしも「学校の児童・生徒」としてではな
く「自律的な利用者」としての子どもにとって魅力的と思われる,
「学校の学び」を拡張する多様な
媒体による文化的活動が,
「読み聞かせ」
のほかにもふんだんに提供されていた。とくに子どもたち
が自ら〈表現〉をするような場がより積極的に与えられており,その媒体も〈文字〉を越えて多様で
あった。同図書館のあるスタッフは「ここでは誰も強制されてくるのではないので,私たちはおも
しろくなければならないのです」
( カ ー ザ・デ ィ・カ オ ウ ラ 図 書 館 員 V 氏,イ ン タ ビ ュ ー,
2013.11.22.)と述べている。こうした努力があることによってもまた,子どもたちが「そうしたい」
と欲して図書館に足を運ぶ機会は増えているものと考えられる。
カーザ・ディ・カオウラ図書館の責任者は「地域に住むさまざまな人々が集まる場となること」を
最 も 重 要 な 使 命 の 一 つ と し て い る が( カ ー ザ・デ ィ・カ オ ウ ラ 責 任 者 R 氏,イ ン タ ビ ュ ー,
2013.11.26.)
,放課後教室はとりわけ外国籍の子どもたちに学習支援を提供するのみならず彼らに居
場所を与える役割を果たしており,音楽教室や英語教室ではおもにイタリア人の親子を惹きつけて
いる。こうして活動の提案を通してさまざまなバックグラウンドをもった子どもたちが積極的に包
摂されるなかで,読書や学習の場を与えることはもちろんのこと,これにとどまらない,多様な媒
体を駆使した〈対話〉
や〈コミュニケーション〉の可能性が開かれているのである。
ここで欠かせない要素となっていたのは地域との連携であり,学校との相互補完性というあらた
な協働の形であった。これによって支えられながら,拠点としての公共図書館において,個々の主
体のみでは果たし得ない,独自の教育的役割が果たされていたといえよう。
③図書館員
本論でみてきた公共図書館においては,図書館員をはじめとして多くの大人たちが子どもに直接
的に,また独自の教育的配慮をもって子どもにかかわっていた。このこともまた,子どもが一人で
すすんで図書館へ行くということのもう一つの支えになっているものと思われる。すなわち子ども
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の「自律」
はただ放置することではなく,適切な配慮と必要に応じた支援のもとに育まれているので
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ある。また,上にみてきたさまざまな教育的機能が子どもの目線に立つという子どもの見とりを必
要とするものであることをいまいちど踏まえるならば,ここにみた図書館員らの教育的なかかわり
は,本論でみてきたすべての機能をも根底で支えているものといえるであろう。
もとより「読書の楽しみを伝える」というもっとも基本的な役割を果たすうえでも,
「子どもとの
コミュニケーションを円滑にするような情緒的な能力が求められる」
(Ramonda, op. cit., p.35)とい
われる。この意味で図書館員は「仲介者」
というよりも「価値のあるものとして相手が喜ぶとわかっ
ている貴重ななにかを,共犯的な感覚でもってその手に委ねるといった感覚」を伴う「密輸者」のよ
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イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
うな存在である(ibid., p.35)とさえいわれる。こうした子どもとの近しさは,日々の直接的なかか
わりなしには得難いものであるといえよう。
⑵イタリアの公共図書館における長期的・包括的目的に照らして
さて,以上のようなイタリアの公共図書館におけるさまざまな側面の持つ教育的機能は,その究
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極的な目的である,子どもが「図書館を越えて,日常の世界において他者とともに生きることの質
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を高めるような知識と行為を望むようになる」までを,どのように実現しうるといえるであろうか。
まず本論においてみてきた公共図書館のさまざまな側面が,すでに「図書館を越えて」
,
「日常の世
界」
へと接続されていたことを思い出すことができる。その「空間と家具」や「資料」の配置,「活動」
における地域や学校との連携において,すでに子どもたちは「図書館」と「日常の世界」とを繋ぐ連
関のなかに位置づけられていたのである。
ここで重要となるのは「知識と行為」
の媒介という点である。筆者は,これをうえに見たような〈発
見〉や〈知〉の〈共有〉
,
〈伝達〉
,
〈コミュニケーション〉にこそ契機をみいだすことのできる「仕事」
ではないかと考える。ここで,
「語る」という行為が「『理論』と『実践』を重ねあわせる媒介性」
(野
家啓一 1993, p.155)をもつということに目を向けたい。
「語る」という行為は本来的に他者の存在を
前提とした「終わりなき対話」
(ibid., 185)である。この「伝達的対話」の営みにこそ,わたしたちは
「共同存在」として〈他者とともに生きる場〉をもちえている(ibid., p.112)。こうした行為が,「図書
館の仕事」のなかで,じっさいに営まれていたのであるといえよう。
ここで最後に残される課題は,これらを子どもらが自ら「望むようになる」という段階へ至ること
である。ところが,アメリカの教育哲学者である I. シェフラーによれば,このような「~になる傾
向性(propensity to being)
」
(Scheffler I. 1985, p.52: 邦訳 p.75)を教育者の目から見たとき,そこへ至
るための条件をあらかじめ規定するような「全体的法則」はない(ibid.: 邦訳 p.81)
。さしづめ教育
者に残された手立てと言えば,
「多くの適切な[と思われる]条件(ifs)を実現」
(ibid., p.81)しなが
らたえず予測を更新することでしかないのである。ここでますます,子どもを見とりながら多様な
「条件(ifs)」を具体的に試していく,図書館員らの教育的なかかわりが重要になる。また,子どもを
「一人の自律的な利用者」
としてみなすことも重要な意味をもつであろう。すすんで何かをすること
と,
「望む」ようになることとは,切っても切り離せない関係にあるように思われるのである。
おわりに
本稿は上記のような実践によって「読書活動」そのものが推進されると主張するものではない。
とはいえ,イタリアの公共図書館における子どもを「一人の自律的な利用者」としてみなす立場にも
とづく図書館員らによる日々の具体的な工夫や努力および多様な主体との連携によって,公共図書
館が子どもが自らすすんでかかわる場になっていること,このことが,「他者とともに生きる生活
の質を高めるような知識と行為を望むようになる」という,より長期的・包括的な目的の追及におい
ても不可欠であると考察されたことは重要であろう。今後は論点の一つ一つをより具体的に論じて
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東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 62 集・第 2 号(2014 年)
いくことで実践上の課題を明らかにしていくことや,個別の教育問題との関連で機能を分析してい
くことが課題である。
【註】
1 アンニョリはブルデューやコールマンを導きとしている。(Agnoli 2009, p.79)
2 平成 17 年 1 月 28 日文部科学省・図書館をハブとしたネットワークの在り方に関する研究会『地域の情報ハブとし
ての図書館(課題解決型の図書館を目指して)』
「第 3 章
7.取組課題候補Ⅴ:学校教育支援・子育て支援」pp.43-47
は就学前の乳幼児を対象とする「子育て支援」を除くと公共図書館の教育的機能をもっぱら「学校教育支援」として
検討している。なお同報告書は「第 2 章 3 国内及び海外の公共図書館の先進事例」で国際比較調査の先行研究から先
進的事例をレビューしているが,あらたな観点を提示するというよりは,上記と同様の重点項目を引き出している。
3 日本において「読書活動の推進」のための公共図書館の役割はもっぱら「読み聞かせ」の工夫など,「読書」そのも
のの実践に集中している。(文部科学省「子どもの読書活動の推進に関する基本的な計画」平成 25 年版 p.21)なお海
外の優れた読書活動にはたとえば M. サルト(1997),D. アラミシェル(2010)による「読書アニマシオン」の紹介が
実践の背後にある理念や公共図書館の社会的位置づけをも伝えており重要な示唆を与えているものの,個別の実践
を超えた公共図書館全体の教育的機能を具体的かつ包括的に検討するには十分でない。
4 イタリアは 1980 年代,国家主導の国民普通教育の普及を目指した近代的な学校教育が「実質的な完成をみるまえ
に」すでに社会的な教育的要請の受け皿が「多心的教育主義のイメージに取って代わられた」
(Giovannini G., 1997,
p.396)といわれる。社会のなかで学校を唯一の教育主体とする「学校中心主義(scuola centrismo)」が相対化されて
きたのである。こうした傾向は 1970 年代より西欧諸国に広まったものの,イタリアにおいてはとりわけ顕著だった
といわれる(ibid., p.396)。またイタリアの場合は「学校」と「地域」にくわえてもう一つの「極」として教会を,とり
わけ「家庭教育の拠り所」として加える必要があるといわれるが一概に一般化できない(ibid., p.394 の註)
5 とはいえ教育に限定しなければ,イタリアの公共図書館において司書および企画運営の顧問を長年務める A. ア
ンニョリの『知の広場―図書館と自由』
(2011)が翻訳されたり,本稿でも取り上げるサラ・ボルサ図書館が第一線の
デザイン雑誌に特集が組まれる(多木洋介 2010)などしており,日本においてもイタリアの公共図書館は社会的な
関心を集めているといえる。
6 さまざまな「子育て支援」を包むプロジェクトである。イタリアにおける受容については稿をあらためて論じる。
7 もとより,国際図書館連盟 IFLA とユネスコによる『児童図書館サービスの指針』
(org.2003: trad. it 2004 p.7)に
は公共図書館における児童サービスの目的が示されているが,国によってさまざまな力点の違いをもって解釈され
実践されている。本稿ではイタリアの言説を分析する。〉
8 この側面は日本でもすでに多くの議論がある。たとえば本稿「はじめに」を参照。イタリアの実態については,日
本との比較をふまえてあらためて論じることにしたい。
9 ISTAT(2011/12)L'offerta comunale di asili nido e altri servizi socio-educativi per la prima infanzia,
10 ボローニャ市図書館機構〈http://www.bibliotechebologna.it/documenti/51441〉
11 延床面積(公共)5127 m2 ,年間来館者数 1.158.132,所蔵資料数 223.664,年間延べ貸出点数 585.926(※以上は「サラ・
ボルサラガッツィ」の実績を含まない。)なお図書館基本データは 2012 年のものである。出典 Comune di Bologna,
Capitolato Speciale d'Appalto: SERVIZI DI CATALOGAZIONE PER L'ISTITUZIONE BIBLIOTECHE DEL
COMUNE DI BOLOGNA. Periodo 1°gennaio 2014 - 31 dicembre 2016,Allegato A〈http://www.comune.
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イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
bologna.it/media/files/allegato_a_7.pdf〉
12 延床面積(公共)993 m2 ,年間来館者数 237.489,所蔵資料数 73.604 年間延べ貸出点数 130.298(ibid.)
13 ボローニャ市は市内を 9 の地区(クアルティエーレ)に分割し,それぞれに公共サービスの住民窓口を設けている。
ボローニャ市図書館機構がリストアップする市内16の公共図書館のうち11の図書館が地域のニーズに密着したサー
ビスを行う地区図書館として分類されている。
14 2010 年末のデータでボロンニーナ地域の全人口 33941 人に対し 0-14 歳の割合は 11%,15-29 歳の割合をこれに足す
と 25%である。ボローニャ市は全体として高齢化が顕著であり,同地域はこのなかでもっとも「若い」地域の一つ
と い わ れ る。 出 典:Comune di Bologna, Situazione demografica Quartiere Navile 2010. in Bilancio sociale
Quartiere Navile 2010.
15 延床面積(公共)756 m2 ,年間来館者数 26.168,所蔵資料数 16.891,年間延べ貸出点数 22.976(ibid.)
16 延床面積(公共)476 m2 ,年間来館者数 21.280,所蔵資料数 29.824,年間延べ貸出点数 21.707(ibid.)
17 筆者が同図書館の許可を得て同期間に行った質問紙調査である。図書館入口に質問紙と回答用紙の回収箱を設置
し,図書館の利用者に対し任意で解答してもらうよう呼びかける張り紙をした。質問内容は本文に記したもののほ
か「回答者の年齢・出身国・来伊年(イタリア出身でない場合)」,「職業」,「同図書館を利用する頻度」,「当日に図
書館でしたこと」,以上であった。
18 あいにくボローニャ市内の図書館で子どもに対する質的調査を行った図書館はいまだに存在せず,中央図書館で
あるサラ・ボルサ図書館もこれを次年度から行うとしている(Salaborsa, Newsletter n. 3 Marzo 2013)。したがっ
て小規模ではあるが現時点で筆者がなし得た予備調査の結果を参照する。
19 ただし,たとえば後にみる放課後学習など特定の活動に参加するために来館していた者はここに含まない。彼ら
には,上記の一般向け調査とは分けて,別の機会に別の質問紙によって調査を行っている。
20 なお,筆者が同図書館で放課後教室に通う外国籍の子どもを中心とする 11 ~ 15 歳の集団を対象に上の調査とは
別に行った任意のアンケート調査では,回答した 16 名の子どものうち,「カーザ・ディ・カオウラ図書館のどこが好
きですか」という同様の質問に対し 9 名が「図書館員」と答えており,
「家に近い」
(7 名),
「資料」
(5 名),
「空間と家具」
(3 名)をおさえてもっとも多かったことを付け加えてもよいだろう。放課後教室については本稿第 3 章⑵で再び取
り上げる。
21 サラ・ボルサ図書館は規模が大きく来館者数も膨大であるため「活動よりももっぱら蔵書および資料の展示と活
用の推進に力を入れている」
(Legacoop bologna(a cura di), p.125)といわれるが,じっさいには独自にさまざまな
展示や催しを展開している。詳細は下記を参照〈http://www.bibliotecasalaborsa.it/ragazzi/〉
22 この場面の子どもの顔を映さない写真資料があるもののイタリアにおける肖像権の法律に鑑みて出版を控える。
23 ただし利用者の行き過ぎた要求も生じる。調整のために地域の教育専門家の助言なども得ながら調整を図ってい
る。(サラ・ボルサ図書館子どもセクション責任者 G 氏,インタビュー,2013.11.8.)
24 なお,イタリアの図書館における「子育て支援」については,先に言及した「読むために生まれてきた」プロジェク
トとの関連も含めて,稿をあらためて論じたい。
25 YALSA-Young Adult Library Association, National Teens Space Guidelines, 2012, p.6.
26 エミリアロマーニャ州の「情報マネージメントセクションおよび芸術・文化・自然環境財のためのセクション」が
行った研究成果である。
27 Ar.in.g.a- Aree di Interesse per Giovani Adulti <http://www.bibliotecasalaborsa.it/aringa/>
28
以下,カーザ・ディ・カオウラ図書館の活動については各活動の参与観察,案内などの資料にくわえて同図書館の
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東北大学大学院教育学研究科研究年報
第 62 集・第 2 号(2014 年)
責任者 R 氏の話をもとに述べる。
29 Cento scatti. Ragazzi in terremoto., 2013. 5. 14 ~ 6.15.
30 筆者はこの活動を 2013.10 月~ 12 月に全 4 回観察した。このうち 1 回は地域において子どもたちの撮影活動が行
われた(2013.12.16.)。
31 たとえば音響は入れるか(話し声を聞こえるようにするか,映像だけにするか),それによって生み出される効果
(せわしなさ,親密な甘い雰囲気,さわやかさ)について,本の読解に沿うものであるかどうか,大人も子どもも対等
に意見を交わしている(フィールドノーツ,2013.12.3.)
32 図書館から各学校に配布されるほか,ボローニャ市がインターネット上に公開している。下記を参照。〈http://
informa.comune.bologna.it/iperbole/media/files/lettera_medie_1314.pdf〉
33 下記ページを参照〈http://www.bibliotechebologna.it/articoli/58692/offset/6/id/58721〉
34 ここに,目録作成やラボラトーリオなどのための協力者がパートタイムで配置される。こうした臨時の協力者の
中には,しばしば大学の実習生,障害者就業支援などが含まれる。
【引用文献】 ※このほか省庁刊行物など註のなかに記したものは再掲しない。
アラミシェル
D.『フランスの公共図書館 60 のアニマシオン―子どもたちと拓く読書の世界!』教育史料出版会,
2010
アンニョリ A.,萱野有美訳『知の広場―図書館と自由』みすず書房,2011
サルト
M.『読書で遊ぼうアニマシオン―本が好きになる 25 のゲーム』柏書房,1997
志水宏吉(編著)
(1998)
『教育のエスノグラフィーー学校現場のいま―』嵯峨野書院
シェフラー I.,内田種臣・高頭直樹訳『ヒューマン・ポテンシャル―教育哲学からの考察』勁草書房,1994
多木陽介「優しき生の耕人たち『知の広場―21 世紀の図書館づくり』」アクシス vol.145 June,2010
野家啓一『言語行為の現象学』勁草書房,1993
ライル G.,坂本百大・宮下治子・服部裕幸『心の概念』みすず書房,1987
Agnoli A., Le piazze del sapere: Biblioteca e libertà, Gius. Laterza & Figli, Roma-Bari 2009
Giovannini G., I moltti tempi, luoghi, attori della formazione: un'analisi del policentrismo a partire dalla offerta, in
Morgagni E. e Russo A (a cura di), L'educazione in sociologia, Testi scelti, Clueb, Bologna, 1997
Mia L'abbate Widmann, La biblioteca pubblica e la biblioteca giovanile, in Problemi tecnici, organizzativi e
funzionali della biblioteca pubblica giovanile, Trento, Provincia autonoma di Trento, 1976
Mongelli A., Il non schooling nel quadro del policentrismo formativo, in Colombo M., Giovannini G., Landri P.(a cura
di), Sociologia delle politiche e dei processi formativi, Guerini Scientifica, Milano, 2006
Morin E., Les Sept savoirs nécessaires à l'éducation du future, 2000
Montecchi G., Venuda F., Manuale di biblioteconomia: Quinta edizione interamente riveduta e aggiornata, editrice
bibliografica, Milano, 2013
Ramonda C., La biblioteca per ragazzi, Editrice bibliografica, Milano, 2013
Righini M.[atto della presentazione], Legacoop Bologna(a cura di), “Molteplicittà: Domani e un altro mondo: Il
contributo dei cittadini stranieri alla nostra ricchezza” Bologna, 2 luglio, pp.117-8
Sceffler I., Of Human Potential: An Essay in the Philosophy of Education, Routledge Revivals, 2010(org. 1985)
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イタリアの公共図書館における子どものための教育的役割
The Role of the Italian Public Library for Children’s Education :
Focus on Approach to Prepare Children as Autonomous User
Haruna TAKAHASHI
(Graduate Student, Graduate School of Education, Tohoku University)
Recently, the Italian public library has been more and more conscious of its own role for
children’s education, with a new approach which would encourage their autonomy. In some cases
we can observe this approach concretely put in practice in the arrangement of its spaces, in the
disposition of its documents and in its very various activities, organized and offered for children.
More importantly, these aspects fundamentally are supported by the direct relationships the
librarians(operators)have with their children users on the daily basis. Moreover, the mutual
collaboration with the local actors and with schools permits the library to bring together their
resources in its structure and its projects, so as to take an original position in the whole picture
of their children’s education in the territory. Children, on their part, seem to frequent and use the
public library more voluntary and with autonomy. On the other hand, from some theoretical
viewpoints this tipe of children’s attitudes appears a crucial condition to pursue the more complex
and long-life aim of the Italian public library, to let the children “desire knowledge and practice
with which they would increase the quality of common life with others, in their daily world,
beyond the specific site of a library”.
Key word:Italian public library, children, autonomous user, role for education, complex and longlife aim
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