液体燃料ロケットに関する研究 Ⅰ 概要 液体燃料(メタノール)の燃焼反応から得られるエネルギーを利用して,ペットボトル やアルミ缶を材料としたロケットの機体を鉛直飛行させる。また,酸素濃度等を変化さ せて複数回の試行を行い,結果をもとにした考察や分析を行う。 Ⅱ 研究意義・目的 1 テーマ設定の理由 宇宙にはロマンがある。ほぼ全てが未知だからこそ,人を惹きつけてやまない。しか し,探求には危険が伴う。2003 年に発生したスペースシャトル・コロンビア号帰還時の 空中分解事故は記憶に新しい。この事故がきっかけで,私は輸送手段としての機体,特 にエンジンに興味を持つようになった。2年次に行った米国研修で NASA を訪れ,実際 に使用された機体やエンジンを見る機会に恵まれたことも大きな一因である。動力に液 体燃料を選択した理由は,固体燃料よりも比推力が大きいため,小さな容積でも打ち上 げることが可能ではないかと推測したためだ。実用のものと同じように化学反応を使い, 自分の力でロケットを飛ばしたい,との一心でこのテーマを設定した。 2 研究意義 ペットボトルや空き缶といった身近なものを機体に使用したり,化学のノートに記し た熱化学方程式から実際に使用する燃料の量を導き出したりすることによって,航空工 学は身近なものだという実感を自分はじめ周辺に広めることができる。やりたい事を自 由にやっているので,大学の研究室に入って自分の研究テーマを決定する時などにもこ の体験は役立つと思う。 3 研究目的 「揚力を使用せず,重力加速度に対して逆向きの加速度を与えて機体を飛行させる」 事が達成必須の目的だが,それに付随する具体的な目標として以下の5つを設定した。 ・高く飛ばす(目標高度 100m) ・長時間飛ばす(目標滞空時間 10 秒) ・搭載したパラシュートによる回収,再使用 ・機体の材料の違いが試行に与える変化の考察 ・空気の流れを調節する羽の形状の違いが試行に与える変化の考察 他,研究を進める中で必要だと思われる目標を随時付加していく。 Ⅲ 実験の方法・手順 1 電気回路の製作 機体の内部に充填した液体燃料に点火するには,イグナイター(発火装置)に十分な電 圧を掛けることが必要である。また,危険を避けるため,点火時にロケット本体から十 分な距離を取ることのできる回路でなければならない。と考えていたところ,以前に SSH の先輩が使用していた回路があったので,それに手を加えて使用した。 (図1)回路の模式図 電源:直流電源を使用 単1乾電池 1.5V×4 本=6.0V これは発火装置の着火に必要な起電力(≧6.0V)を満たす スイッチ:プラスチック製 ボタンを押すと中の鉄板が接触する仕組み 発火装置:市販のイグナイターを使用(使い捨て) 両端に十分な電圧がかかると先端の火薬から発火する スイッチ~イグナイターの距離は約5m 2 発射台の製作 機体を鉛直方向に打ち上げる際,ガイドと呼ばれる長い棒にロケット本体付随のスト ロー筒を通して道標とするため,持ち運び可能な簡易発射台を製作した。 (図2)発射台のスケッチ(断面図) ガイド棒:ハンガーを一本の針金に伸ばしたもの 突出部の長さは 70cm (2L ペットボトル機体のおよそ2倍) 土台:バケツに土を入れたもの 針金の先を丸めて空き缶の中に接着し,動かないように固定 空き缶は土に埋め,安定性を高める バケツの上には厚紙を置き,機体と土が直接触れるのを防ぐ なお,この発射台を保管したり持ち運んだりする際には棒の先端が目に入らないように 紙コップを被せるなどして対処した。 3 機体の製作 (1)ペットボトル機体 研究の主となるペットボトルの機体は,全て炭酸飲料用のペットボトルを使用した。 以下に他のペットボトルとの相違点を簡単にまとめておく。 「炭酸飲料用のペットボトルは内部の炭酸ガス圧力に耐えるために厚肉ボトルを使用し, 底に凹凸を設けて,炭酸ガスの圧力を分散させ内部圧力に耐えられるよう補強されてい る。この底の形状をペタロイド形状という。」 (鉤括弧内 Wikipedia より引用) (図3)ペットボトル機体 全長:約 40cm 直径:9cm(羽部分除く) 容積:2L 羽:3 枚羽 or4 枚羽 ホットボンドによる接着 厚紙製 噴射口:本体のキャップに錐で 直径 0.8cm の穴をあけたもの プラスチック製 ノズル:着脱可能式 パラシュートを内包 上質紙製 パラシュート:薄いプラスチック製 ガイド筒:径口 7mm のストロー ガムテープで固定 製作数:8 体(+0.5L の機体を 1 体) (2)アルミ缶機体 同様に,キャップ式のアルミ缶を用いて機体の製作を行った。 (図4)アルミ缶機体 全長:約 20cm 直径:6cm(羽部分除く) 容積:約 0.25L 羽:4 枚羽 本体の覆いごと着脱可能 ホットボンドによる接着 厚紙製 噴射口:製法は(1)同様 アルミ製 ノズル:着脱可能式 パラシュートを内包 上質紙製 パラシュート:薄いプラスチック製 ガイド筒:径口 7mm のストローを 15cm 程に切ったもの ビニールテープで固定 製作数:2 体 4 燃料の決定 当初は様々な燃料を使用してその比推力を比較する,という案だったが,事前調査の 結果ナフサやガソリンなどは安全性の確保が難しいという結論に至った。基本的に実験 や保存時の管理は一人で行うため物理的な壁もあり,この案は廃棄した。 そこで,アルコールランプに使用されているメタノール(CH3OH)の燃焼反応を利 用して推力を得る方法をとった。実験の後半では,酸素缶を使用して容器の内部で完全 に反応が起こるように各々の量を調節した。以下に使用した反応式を示す。 例)2L ペットボトル機体内部の燃料の配分 2CH3OH+3O2=4H2O+2CO2+1452 kJ よって CH3OH:O2=2mol:3mol のとき 1452kJ の熱エネルギーを得る O2 はもともと気体なので 2L 容器の 60%を占めればよい 2×0.6=1.2L≒0.054mol 液体の CH3OH は 0.036mol あればよいので CH3OH=32 より 32×0.036=1.152g 必要 CH3OH の密度は 0.79g/cm3 であるので 1.152g→1.458cm3 液体を 1 回に 0.64ml=0.64cm3 噴射できる噴霧用容器を使用して燃料を充填する時, 1.458÷0.64=2.29 より CH3OH は約2回の噴霧で十分量になる 5 試行の手順 ① 屋外にて打ち上げ台,電気回路の設置 ↓ ② 回路の通電の確認(電圧計を用いる) ↓ ③ 回路先端にイグナイターの取り付け ↓ ④ 機体内部に酸素の充填(第四回の実験以降) ↓ ⑤ 機体内部にメタノールの充填(先生にお願いする) ↓ ⑥ 機体を打ち上げ台に設置 ↓ ⑦ スイッチ ON ↓(イグナイターが着火しなかった場合②に戻る) ⑧ 打ち上げの様子をビデオカメラで記録 ↓ ⑨ 記録映像の確認,改善点の発見 ↓(再度試行する場合③に戻る) ⑩ 機体の回収,用具の撤収 ↓ ⑪ 試行の記録をもとに考察,反省 次回の試行に向けた機体や回路の改良 Ⅳ 実験結果 これまでに,計5回の実験を行った。概要を以下に記す。 第一回(6/4) 試行1:電池の接触不良により電流流れず 試行2:燃料の過剰噴射により酸素濃度が不足し,点火せず 試行3:機体内の燃料を減らすと,点火して鉛直方向に 5m ほど上昇して落下 ↓ 改善策1:乾電池の接続用のケースを使用する 改善策2:燃料濃度の確認 第二回(6/25)0.5L の機体を追加(パラシュート有) 回路の接触が悪く,1時間ほど電気回路にとられた。終盤でようやく成功。 試行1:0.5L の機体で 7m ほど上昇して落下,パラシュート開かず 試行2:2L の機体で 10m 近く上昇,勢い良く落下しノズル損傷 ↓ 改善策1:2L の機体に回収装置(パラシュート)の搭載 改善策2:回路の接続の確認 改善策3:試行後は機体内に水蒸気が充満してしまうため,複数機体の準備 第三回(7/9)2L の機体にパラシュート追加,複数機体の製造 回路の接触が悪い。試行失敗 ↓ 改善策1:機体内の燃焼条件を向上させるため,酸素量を増加させる 改善策2:事前に電気回路の接触を完璧に準備しておく(イグナイター含む) 第四回(8/20)酸素の投入 試行1~3:化学式から求めた酸素量を機体に入れた場合,勢いよく発射するがペッ トボトル機体が反応熱に耐えられず変形,ボンドで接着した羽の剥落 酸素量を少しずつ減らすが,変形は止まらず 試行4:酸素の量を僅かにすると,10m ほど上昇して落下,パラシュート開かず ↓ 改善策1:大きな熱量にも耐えられる機体の製造 改善策2:羽の接着の徹底 第五回(9/11)アルミ缶機体追加 試行1,2:2L 機体で酸素の調節を行った場合,10m ほど上昇 試行3,4:缶機体で十分な酸素量を入れた場合,3m ほど上昇,変形なし 試行5:0.5L の機体で酸素の調節を行った場合,5m ほど上昇 第四回の試行2,機体が打ち上げられてバラバラになっていく様子。(左→右) ←ここまで 0.2 秒である。 第四回の試行1で,理論上燃料が完全燃焼する酸素量(1.2L) を投入すると,ペットボトルの機体は発生した熱量に耐えられず 変形することが分かった。 したがって,この試行2では酸素の投入量を半分(0.6L)に変 更して行ったところ,いくらか発射の勢いは弱まったが,やはり 同様に変形した。また,ホットボンドで接着した羽 4 枚全てが剥 落した。発射の瞬間に接着部分のボンドが熱で軟化され,さらに 上昇時に空気抵抗を受けて剥がれ落ちたものと推察される。到達 高度は 10m 弱。 Ⅴ 実験結果の解析・分析・考察 ・高度は周辺の建物の高さなどを利用し,目測により算出した。正確な測定は難しい。 ・1 秒以上滞空させるにはもっと高く打ち上げなければならない。 ・10m 程度の高度だとパラシュートは開かない。 ・燃焼は一瞬で,単純構造だと持続させることは難しい。 ・ペットボトルは熱に弱く,容積に十分量の燃料を積むことはできない。 ・アルミ缶の方がペットボトルよりも熱に強く,変形しにくいが,ペットボトルと同じ 容積のキャップ付きアルミ缶は入手が困難で,対照実験ができなかった。 ・羽根の枚数や形状の差による飛行の差異は認められなかった。 ・通常のボンドより強く接着できるホットボンドを使用したが,それでも熱による軟化 や空気抵抗に負けて羽が取れてしまう。 Ⅵ まとめ 初めとりあえず飛んだ時は, 「おお!飛んだ!!!」と何も考えずに感動したが,その 飛行を改良しようとなるとなかなか難儀だった。ひとつでも条件が悪いと飛ばないので イグナイターの接触が悪いやら,電圧が来てないやら,燃料が多すぎるやらをひとつひ とつ試行錯誤しながら解決していった。手塩にかけた機体がチャレンジャーばりの空中 解体を起こした時は若干泣きそうになったが,高橋先生の根気強いご指導のおかげでな んとか実験としてまとめることができた。ただ容器にメタノールを吹き込んで点火する というだけの試行だが,まだまだ改良の余地はあると思う。折しも友人が 0.5L のアル ミ缶を見つけてきてくれたため,ペットボトルと対照実験ができそうだ。条件を変えて 実験をやれば,また新しい発見や改善すべき点などがどんどん出てくるだろう。もし誰 か興味のある人がいたら引き継いでくれないだろうか。 とにかく,宇宙にはロマンがある。この研究を通して,私が抱いているワクワク感を 読んでくれた人と分け合うことができたなら,とてもうれしく思う。 Ⅶ 参考文献・謝辞 ・「アマチュア・ロケッティアのための手作りロケット完全マニュアル」久下洋一著 ・液体燃料推進ボトルロケット Gregory Vogt(オクラホマ州立大学) http://www.bekkoame.ne.jp/~yoichqge/roc/2000_3_4/Edu/NASA_BOOK/htmls/Liqu id_Fuel_Bottle_Roc.htm ・SPACE INFORMATION CENTER http://spaceinfo.jaxa.jp/ ずっとお付き合いいただいた高橋先生を始め,打ち上げを見て貴重なご意見をくださっ た諸先生方,色々と支えてくれたクラスの方々に最大限の感謝を捧げます。
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