物理探査 ニュース

物理探査
ニュース
目 次
巻頭言…………………………………………………………… 1
学術講演会(春季)開催報告 ………………………………… 2
物理探査セミナー開催報告 …………………………………… 3
DISC2009の参加報告 ………………………………………… 4
分かり易い物理探査(電磁法1) ……………………………… 5
研究の裏話:OBEM …………………………………………… 8
企業紹介:シュルンベルジェ …………………………………… 10
書 評 …………………………………………………………… 12
お知らせ ………………………………………………………… 14
Geophysical Exploration News August 2009 No.3
トルコにおける海底電位磁力計による探査(写真左上:2009年の観測で使用した大成建設
の作業船サルーラ、写真右上:007で有名なクズ塔、写真左下:サルーラ船上での作業風
景、写真右下:投入直前のOBEM、本文p.8-9参照、写真提供:JAMSTEC 笠谷貴史氏)
巻頭言
物 理 探 査 と 私
副会長 太田陽一
1
地球の内部はどうなって
石油開発会社に入社して、
初めて反射法地震探査に触れ、
いるのだろう?これを解き明
自然地震の地震波の解析
(屈折法)
に比べ対象深度は数千
かす地球物理学というもの
mと浅いものの、
資源探査の技術の精度に感激すると同時
に興味を持つようになった
に、
反射法で得られた現代の地下地質構造断面図から、
長
のは40数年も前のことで、
い地質年代にわたる石油生成のメカニズム
(根源岩の分
父の古い蔵書の中の寺田
布、
熟成、
移動、
集積、
トラップ)
を構築して試掘に結びつける
寅彦編著「地球物理学」
(昔
地質専門家のアイデアにも新鮮な驚きを覚えました。
の岩波全書、
昭和8年発刊、
それ以来、
30年以上ににわたり物理探査の技術開発に
その後、
昭和24年以降坪井忠二編著による全面改訂版発
従事していますが、
古くはアブダビ海域の海上地震探査の
刊)
を読んだことがきっかけでした。
再処理・再解析をウェーブレット処理やインピーダンス処理
母方の祖父が小宮豊隆というドイツ文学者・評論家で夏
のソフトウェアを作成しながら実施し、
それらの解析結果
目漱石の門下生の一人であり、
同じく漱石の高弟で地球物
と多数の坑井検層データとを厳密な対比を通して解釈を
理学者・随筆家の寺田寅彦とはことのほか親交が厚かった
行い、
地質専門家と協力しながら主貯留層である礁石灰岩
関係で、
私も早くから「寺田寅彦」の名前は聞いており、
(リーフ)
の構造発達史を構築した仕事が、
印象深く思い
漱石の小説の中にしばしば登場する科学者・実験物理学者
出されます。地震探査データが地質構造解析等の探鉱段
(「我輩は猫である」の水島寒月先生や「三四郎」の野々宮
階だけでなく、
貯留層の物性分布把握等の開発段階にも
宗八等)
のモデルであることや、
学者としての名声のみなら
十分適用可能なほどの相対精度がある事を実感しました。
ず、
祖父がその編纂に携わった
「寺田寅彦全集」
のまとめら
もう25年以上も前の話ですが・
・
・。
れている様々な随筆から明らかな様に、
自然現象のみなら
その後の技術の進歩はめざましいものがあります。特に
ず社会現象や人情の機微、
それらの歴史等、
あらゆる分野
この10年ほどは、
計算機の高性能化や低価格化の恩恵に
についての幅広い興味、
知識それを求める感性の持ち主
より、
3次元調査の計測技術、
処理技術、
解析技術が格段に
である事に、
子供ながらに感心し憧れていた頃でした。
高度化、
細分化し、
3次元可視化技術と組み合わせて、
地下
地震の波には伝わる速度の違うP波、
S波2種類の波が
構造がまるで見てきたかの様に表現されるようになりまし
あり、
その到達時間の差から震源までのおよその距離が判
た。
しかしながら、
高度に専門化した技術は、
ハード・ソフトを
ること、
さらに地球の内部を通り裏側まで波が到達するほ
問わず至るところでそのBlack Box化を生み、
結果として
どの大きな地震の波の伝播の様子から、
地殻、
マントル、
コ
最終成果の信頼度、
精度を客観的に評価する事が難しく
ア等の地球の内部構造について推定できるという事が驚
なっている気がします。原データに含まれているであろう「
きでした。
ゆらぎ」や「ノイズ」が最早最終成果ではきれいにスクリー
中学生の頃の思いを持ち続け、
大学では地球物理学を
ンニングされている事が多く、
どこまで信じて良いのか判
専攻、
ちょうどその頃米国のアポロ計画で人類初の月面着
断に迷う場合が多々見受けられます。
陸の実況中継を駒場の生協前の大画面テレビで見ていた
これからの技術者には、
自ら技術を創造する事と共に、
事を思い出します。地球の外側に向かっては、
月、
太陽系、
次々と出現する新技術を正しく評価する事が求められま
銀河系、
更には宇宙の果てについてまでの観測・議論が既
す。そのためには、
各自の技術の依って立つ基盤を築く事
に行われていましたが、
肝心の我が地球の内部については
はまず重要ですが、
自分の専門以外についての幅広い知
実際にボーリングで確かめられるのは地表からせいぜい十
識を身に付ける事が最も大切であると思っています。物理
数km程度で、
半径約6400kmのうちのほんの薄皮でしか
探査学会には各分野の権威者が数多くおられますので、
ないことにギャップを感じるとともに、
改めて地球内部構造
春、
秋の学術講演会やセミナー、
研究会等の交流の機会を
の研究の必要性を感じた次第です。
活用して欲しいと思います。
社団法人 物理探査学会
第120回(平成21年度春季)学術講演会開催報告
物理探査学会第120回
(平成21年度春季)
学術講演会
が、
平成21年5月25日
(月)
から27日
(水)
の3日間、
東京
都新宿区の早稲田大学国際会議場で開催されました。
初日
(5月25日)
は一般講演16件が3つのセッション
(資源
探査1、
2、
3)
に分けて行われ、
ポスターセッションでは7件
の発表が行われました。
2日目
(5月26日)
は午前中2つのセッション
(電気、
防災1)
で9件の発表が行われ、
午後は通常総会と特別講演が行わ
度の事業報告と決算報告、
および平成21年度の事業計画
と収支予算がそれぞれ承認され、
名誉会員に小川克郎会
論文賞を受賞された中塚会員と大熊会員
員と毎熊輝記会員が推薦され、
承認されました。
また、
表彰
では平成20年度の学会論文賞として中塚正会員と大熊
茂雄会員、
学会奨励賞として武川順一会員と白石和也会
員、
永年在籍会員として信本亮一会員、
前田憲一会員、
福
冨幹男会員、
古市周二会員、
中日本航空株式会社
(30年)
、
(独)
日本原子力研究開発機構
(50年)
、
第118回春季学
術講演会優秀発表賞優秀講演賞として、
窪田健二会員、
川村陽介会員、
山崎鐘史会員、
第119回秋季学術講演会
優秀発表賞優秀ポスター賞として、
越智公昭会員、
下野祐
特別講演を頂いたJAXAの島田上席研究員
Geophysical Exploration News July, 2009 No.3
れ、
その後交流会が開催されました。
通常総会では平成20年
典会員、
上田匠会員、
坂田玄輝会員が表彰されました。特
別講演では内田利弘副会長が座長を務め、
「陸域観測衛星
『だいち』
と地球観測」
というタイトルで宇宙航空研究開
発機構の島田政信上席研究員と、
「わが国の延長大陸棚に
ついて」
というタイトルで内閣官房総合海洋政策本部事務
局の谷伸内閣参事官に講演を頂きました。
3日目
(5月27日)
は、
3つのセッション
(防災2、
3、
4)
で
16件の発表が行われました。
(文責:ニュース委員 海江田秀志)
学術講演会の様子
特別講演を頂いた谷内閣参事官
本年度名誉会員となられた小川会員による交流会の乾杯のご挨拶
2
セミナー
平成21年度「物理探査セミナー」開催報告
物理探査法の理論や実務、関連知識を習得していただくた
めに、毎年、初級・中級の実務者を対象に、物理探査セミナーを
開催しています。また、物理探査法のご自分の分野への応用を
考えておられる方、広く物理探査の世界に興味のある方、新入
社員教育の一環としてご利用になりたい方、さらに物理探査技
術の現状をお知りになりたい方々も対象といたしています。
今年は、平成21(2009)年6月23日(火)、24日(水)、25
日(木)に独立行政法人産業技術総合研究所臨海副都心セン
ター別館において開催致しました。
6月25日
地中レーダ:佐藤源之
(東北大学)
09:30~11:00
電磁探査:光畑裕司
(産業技術総合研究所)
11:10~12:40
微動探査:凌甦群(ジオアナリシス研究所)
13:40~15:10
リモートセンシング:岡田欣也
(㈱地球科学総合研究所)
15:20~17:20
産業技術総合研究所臨海副都心センター別館
毎回、資源探査及び土木地質調査に用いる物理探査につい
て、
11人の専門の講師により、物理探査ハンドブックをテキス
トとして行われており、
1日単位で興味のある講義を選択して
受講できるのが特徴です。
参加者は、企業、学生及び研究機関より、6月23日;54名、
6月24日;62名、6月25日;52名の方が参加しました。講
義内容は以下の通りです。
6月23日
位置測量:金田智久(㈱地球科学総合研究所) 09:30~10:30
電気探査・比抵抗トモグラフィ:井上誠
(地球情報・技術研究所)
10:40~12:40
物理検層(土木編):赤津正敏(中央開発㈱) 13:40~15:10
物理検層(石油編):日下浩二(シュルンベルジェ㈱) 15:20~17:20
6月24日
屈折法地震探査・弾性波トモグラフィ:斎藤秀樹(応用地質㈱)
09:30~11:30
反射法地震探査:阿部進(㈱地球科学総合研究所)
(11:40~12:40、13:40~15:10)
重力探査・磁気探査:大熊茂雄(産業技術総合研究所)
15:20~17:20
3
講義風景;上下とも、
リモートセンシング
(岡田欣也講師)
新入社員研修の一環として利用していただいている例も多
く、
また近年の物理探査に対する注目度upを反映してか、今年
の受講者は非物理探査学会会員の方が全体の70%以上と多
数を占めていました。受講後の参加者へのアンケートでは、最
新の解析事例やトピックスの内容を加え、丁寧な講義に努めて
くださる各講師の方々のお陰で、関心の高い講義については、
講義時間の延長を希望する意見もあり、
「役に立った」、
「分かり
やすかった」
との感想をたくさん頂戴いたしました。
(文責:ニュース委員 相澤隆生)
SEG/EAGE Distinguished Instructor Short
地質学・物理探査学・岩石物理学・貯留層工学等の関連
Course(DISC2009)
が、
平成21年6月19日に
(独)
技術群を如何に統合化するか、
その具体的な方法論が理
産業技術総合研究所臨海副都心センターにおいて開催
路整然と講義されました。
これまで統合化は叫ばれてきま
されました。DISCはSEG
(Society of Exploration
したが、
真の統合化はされていないとCorbett教授は指摘
Geophysicists:米国物理探査学会)
ならびにEAGE
します。油田から石油を生産する際、
発見された油田から
(European Association of Geoscientists &
原油の全て回収されるわけではなく、
多くの場合2〜4割
Engineers:欧州地球科学エンジニア協会)
が年に1度
程度しか回収されません。
油層に熱的あるいは化学的な刺
のペースで世界主要都市で開催している物理探査技術
激を与えて回収率を向上するための研究が行われており、
に関する教育講座です。技術が急速に変化する中、
世界
これをEOR
(Enhanced Oil Recovery)
技術と呼びます。
中の物理探査技術者は専門的かつ最先端の知識を効率
石油の生産量は、
技術革新的要因と地質的要因との相互
的に獲得する大変良い機会が提供されています。SEG
作用により大局的に決定されますが、
この問題を包括的に
とEAGEは地球科学や地球物理学の分野における教育
アプローチする体系は確立されていない状況であり、
この
を最優先事項の一つとして捉え、
世界各国の物理探査学
ことが、
将来のエネルギー供給予測をする際に、
技術革新
会と共同して教育講座を開催しています。今年度のテー
への極端な楽観論あるいは悲観論につながっていると考
マは「Petroleum Geoengineering:Integration of
えられます。今回の講座で紹介された方法論はこのような
Static and Dynamic Models」でした。
講師は、
スコット
状況を打開すべく、
重要な位置にあると言えます。
ランドのHeriot-Watt大学のPatrick W.M.Corbett教授
昨今のエネルギー問題において、
石油生産の減耗率や
で、
石油地質学・物理探査学・岩石物理学・貯留層工学等、
石油回収率向上を監視するための科学合理性を有する系
石油開発に関わる多岐の分野に渡って豊富な実務・研究経
統的な方法論はその重要性を増すばかりです。
Geophysical Exploration News July, 2009 No.3
DISC2009 の参加報告
験を有する学際色の強い研究者です。
イントロダクションでは、
全世界の石油生産量がピークを
迎えるというオイルピーク論の説明があり、
石油開発にお
ける原油回収率の向上が技術的に重要な課題になってい
るとの指摘がありました。
このような課題に挑戦していく新
しい体系が
「Petroleum Geoengineering」
であり、
石油
Patrick W.M.Corbett教授
(文責:ニュース委員 松島 潤)
会場風景
4
物理探査
手法紹介
分かり易い物理探査
電磁法 1) 物理探査ニュースでは、よく利用されている物理探査
坑道を掘るなどして、直接地下を見る技術がありますが、
の手法について、
会員はじめ一般の方にもご理解頂けるよ
費用や時間がかかり、
また深い場合や地質が複雑であった
う、分かり易く解説を行うコーナーを設けました。今回は、
りすると、その工事自体が困難になり、事前に物理探査が
電磁探査法について、国内のこの分野の第一人者である
実施されるということもよくあります。物理探査とは一言
早稲田大学の斎藤章教授に解説をお願いしました。
で言えば、地下をその物理的な性質に基づいて間接的に、
非破壊で調べる技術ということができると思います。たと
電磁探査入門講座
えば、地下に密度の高い鉱脈などがあれば、そこでは重力
が大きくなるために、重力探査が使われます。また、鉱脈
は、一般に電気を流しやすいので、大地に電流を流してそ
の流れ方から鉱脈の調査が可能になります。本講座では、
これらの技術のうちでも、電磁探査と呼ばれる技術につ
いて、なるべく分かりやすく解説するつもりです。対象は
高校生以上という事務局からの要請があるものの、電磁
探査の基本は電磁気学と地球物理学や地質学などであ
り、厳密な解説は大学院レベルとなってしまいます。
しか
しながら基本となるクーロンやファラデーの法則などは、
高校までの物理で履修済みのはずです。電磁探査には
早稲田大学教授
斎藤 章
Resonance Imaging)という人体内部の構造をイメー
ジ化する技術が普及して広く知られていますが、
これはま
1. はじめに
つくと思います。人体と地球とで、対象の規模や構造、複
さしく電磁探査の技術ですので、
どういう技術かの想像も
人間生活に必要な資源のほとんどは、地下に存在して
雑さなどは全く異なりますが(物理探査の人たちはみな
います。裏庭に埋まっている先祖の小判を探そうとする
地球のほうが人体より複雑だと信じています)、同じ原理
人、地下水を必要としている人、温泉や鉱山を見つけて一
にもとづく技術が医学にも電磁探査にも存在しています。
攫千金を狙う人など、地下の情報を知りたいと考えている
まず、前述の物理探査が使われる分野を大きく分けて
人は多く、調査会社や大学などによく相談が持ち込まれま
整理しておきます。
す。国の機関や企業などは、日本の将来を考えた上で石
油・金属資源などを世界中で調査しており、
また衛生状態
5
なじみがなくても、例えば医学分野ではMRI(Magnetic
①石油・天然ガス・鉱物資源・地下水などの、エネルギー
資源・地下資源調査
が悪くて乳幼児の死亡率の高い発展途上国に対しては、
②土木・建設・防災
きれいな地下水を探す援助がJICAやNGO・NPOなどで
③環境調査
続けられています。地すべりなどの地盤災害、地震の被害
最初は何か有用なものを探す技術、2番目は地下の状
などを最小にするためにも、地下の情報は極めて重要に
態をそのまま調べる技術、最後は汚染物質の分布などを
なります。
トンネル工事では、事前に地盤・岩盤の状態を調
調べる技術です。これは調査対象によって分類しています
査して、出水・落盤などの事故を未然に防がなければなり
が、電気・磁気・重力などを使う、地震波の伝わり方を調べ
ません。有害物質による土壌汚染が発生した場合には、そ
るなどの使う基本となる技術による分類も広くなされて
の現状と、
これからの汚染の拡散の可能性などを調べる
います。
必要があります。こうした地下のことを知る技術の一つと
電磁探査法の技術は、
これら3つの分野の全てに利用
して、物理探査があり、本学会はその技術に関与する人た
されています。まず、電磁探査法は、電磁誘導現象を利用
ちで構成されています。地下を調べるには、
ボーリングや
する電気探査法と定義することができ、電気探査技術の
析などのより高度な解析技術も必要になります。また、対
ンベルジャー法などの直流比抵抗法や、
IP法・SP法など
象以外にはなるべく誘導電流を流さないように、送受信
の分極現象を使う技術を電気探査法と呼んでいて、電磁
器を共になるべく探査対象に接近させる技術なども重要
探査とは区別しています(Fig.1.1参照)。
になります。②については、例えば海の水や空が青く見え
電磁探査法は、歴史的には1910年代から始まってお
るのは、波長の短い(周波数の高い)青い光が散乱されや
り、直流比抵抗法などと比べても決して新しい技術ではあ
すいからで、
夕焼けのように遠くから来る光は青の成分が
りませんが、
日本では送電線・鉄道・人家・地形・複雑な地質
少なくなって赤くなります。電磁探査でも深いところを調
構造その他の困難な要因によって適用が困難とされ、広
べようとすると、低い周波数の電磁場を使います。
しかし
く利用されるようになったのは、エレクトロニクスや数値
ながら、CSAMT法などの周波数領域の電磁探査法を考
処理技術の発展に伴って、比較的最近になってからになり
えると、周波数を下げればいくらでも探査深度が大きくな
ます。
るということはありません。直流比抵抗法は、周波数がゼ
電磁探査法は、直流比抵抗法に比べて次のような特徴
ロの電磁探査と考えることもできますが、その探査深度
があります。
は電流電極-電位電極の間隔で規定されてしまいます。
①地下の比抵抗の変化に対して感度が高い。
例えば電極間隔AB/2が100mのシュランベルジャー
②探査深度のコントロールが、
周波数や時間を変えるこ
法では、いくら送信電流を増やしてS/N比を良くしても、
とで可能(パラメトリック探査)であり、直流比抵抗法
決して1000mの深度の情報を得ることができません。
のように電極間隔を必ずしも変える必要がなく、測定
CSAMT法も、送信源と受信機との距離を十分に大きくし
が簡便になります。
て且つ周波数を下げるという2つのことをクリアしないと
③必ずしも大地に電極を打ち込む必要がなく、岩盤の
深部の調査はできません。送受信機間隔が狭い場合の問
発達したところや砂漠などの電極設置が困難なとこ
題はニアフィールド現象などと呼ばれています。これらの
ろでも調査が可能です。
したがって、航空機からの空
技術や問題点については、各手法の説明のところで改め
中電磁探査も広く利用されています。
て詳しく解説します。③は電磁探査法の優位な点ですが、
当然のことながら、欠点もあります。例えば①は裏を返
インダクタンスの大きな送信コイルに電流を流すことの
せばノイズに弱いということになります。探査対象以外の
困難さや、測定器が複雑になるという問題もあります。現
構造にも敏感であるため、測定点を密にしたり、3次元解
在はマイクロプロセッサやIC技術、数値処理技術の進歩
Geophysical Exploration News July, 2009 No.3
一部ということになりますが、通常はウェンナー法、
シュラ
のおかげもあって、電磁探
査法が広く普及しています。
第1種電位法
等電位線法,
流電電位法
電圧比法,
流電電磁法*
第2種電位法
(比抵抗法)
直流比抵抗法
(ウェンナー法、
シュランベルジャー法など)
自然分極
SP
人工分極
IP、MIP 、SIP
電位法
電気探査
(狭義)
分極法
電気探査
(広義)
MT、AFMAG、地電流法
周波数領域
(FDEM)
電磁探査
人工電磁場
時間領域
(TDEM)
Fig.1.1 電気・電磁探査の分類
(物理探査ハンドブック)
査技術を、
これから勉強しよ
うとする方々、調査に実際に
利用してみようと考えてお
*
自然電磁場
本講座は、
こうした電磁探
受動的
VLF、PLMT
能動的
CSAMT、SLINGRAM、TURAM
DIGEM、中心誘導法
られる方々を主な対象にし
て、厳密さよりもどういう技
術かを分かりやすく説明す
ることを主な目的としてい
ます。本講座ではその点を
TDEM、TEM、UTEM、
LOTEM、INPUT
ご理解しておいていただき
*電磁誘導現象を利用した測定を含む
探査の基本技術のかなりの
たいと思います。また、電磁
部分が直流比抵抗法と同じ
6
物理探査
手法紹介
分かり易い物理探査
電磁法 1) えていただくと分かりやすいと思います。
トランスの場
合には、1次コイルと2次コイルは鉄心で連結され、1次
コイルで発生した磁束は全て2次コイルの中を通るよう
に設計されていますが、電磁探査の送受信コイルは、磁
束の一部しか受信コイルを通りません。
Fig.1.2のように、送信コイルの作る磁場の一部は地下
構造のモデルであるショートしたコイルを横切ります。こ
のショートコイルには受信コイルのときと同様に起電力
が発生し、コイルの中には磁場の変化を妨げようとする
方向に電流が流れます。この電流は図で
と示した2
次磁場を作りますが、それを数式で示すと
Fig.1.2 電磁探査の原理
と は、
それぞれショートコイルの抵抗とインダクタ
になるため、
ここでは基礎として直流法も含めて解説する
ンスです。
ここで今度は になっているのは、
より厳
ことにします。誤りや分かりにくい点などをご遠慮なくご
密にいうと磁場の変化に比例した逆向きの起電力を発生
指摘いただいて、それをこの講座の中で反映させて行き
させるということで、
これは磁場の微分
( の微分は
たいと考えています。
になります)
ということです。周波数が低いとき
基礎となるいろいろな電磁気学の法則などの説明の前
は 、
上の式の分母はRだけが残ります。
高周波数
に、
まず電磁探査とはどのような物理現象に基づいている
では、
逆にRが無視できるようになり、
かつ分子分母で共通
か、簡単な例で説明することにします。Fig.1.2に示すよう
の が消えますから、
に、水平に置かれた送信コイルと受信コイルを考えます。
位相も をiで割った となります。
つまり、
さらに、
ショートしたコイルを地下構造の代わりとして考え
高周波数では送信コイルの電流と同相で反対向きの磁場
ます。送信コイルに交流電流を流すと、
ビオ・サバールの
がショートコイルにできます。
これはプライマリーの磁場を
法則に従ってその周囲には交流磁場ができますが、
この
打ち消そうとする磁場で、
高い周波数の電磁場は、
導体( こ
磁場と送信電流とには位相のずれなどはありません。
こではショートコイル)の中に入ろうとすると、
同相で反対向
の大きさは周波数にはよらず、
きの磁場ができて打ち消すという交流の磁気シールドを示
式で書くと、送信電流 は、
しています。
となり、
ここで は送信電流の振幅、
は角周波
数、 は周波数、 は時間です。同様にこの送信コイルに流れ
本講座では、
なるべく電磁探査の基本となる法則から分
る電流が作る磁場(プライマリー場)
は、
かりやすく紹介することを目的としています。
次回からはベ
と表 せます。位 相 のずれがないとは、送 信 電 流と同じ
を分かりやすく解説した本なども多く出版されていますの
で振動しているということです。このプライマ
で、
そうした本も見ていただけたら理解がしやすくなると思
リー磁場の一部は受信コイルを横切り、
ファラデーの法
います。本講座に対するご意見などをお寄せいただいて、
則によりコイルに電圧(起電力)を発生させます。コイル
次回以降の講座に反映させていきたいと考えています。
は銅線でできていて、
この電圧によって電流が流れます
が、それは磁場の変化を妨げるように流れます。これが
ファラデーの法則です。これは鉄心のないトランスと考
7
クトルの演算なども少し出てきます。最近は電磁気学など
新技術
紹介
海底電位磁力計(OBEM)
近年、マントル構造探査や巨大地震発生域における構
造探査((参考文献の(1)
と
(2)
を参照下さい)
と言ったサ
イエンスの側面だけではなく資源探査からも海洋電磁探
査が注目されてきています。現在は石油資源の賦存量を
調べる目的で、地震波探査とあわせて実施する探査法の
(独)海洋研究開発機構
地球ダイナミクス研究領域
一つとして考えられるようになりました。参考文献の(6)
笠谷貴史
様に海洋電磁探査にも多くの探査法や探査装置がありま
た。ちょうどその頃JAMSTECにポスドク研究員として着
すが、本稿では海洋研究開発機構(JAMSTEC)で開発・
任した私も、
これらの解析や開発の一翼を担うこととなり
運用している海底電位磁力計(OBEM)の紹介をしたいと
ました。陸から海へとフィールドを変えたばかりで色々戸
思います。
惑ったことを覚えています。我々のOBEM、OBEは南海ト
日本のサイエンスコミュニティでは1970年代後半か
ラフに代表される巨大地震発生域の流体分布を明らかに
ら海底磁力計(OBM)の開発が始まり、ほどなく電位差
することを主なターゲットとして開発を行っていました。
計(OBE)の開発も始まりました。当時はOBMとOBEを
海底観測機器はセンサーの性能もさることながら、海
別々に投入する形が取られていました。1990年代になる
底への設置と安全な回収が可能であるということも非常
と電磁場を同時に取得するOBEMが観測に使用されるよ
に重要な機能要件の一つです。これは陸上の観測機器と
うになり、東京大学、千葉大学、神戸大学においていくつ
大きく異なるところでしょう。
かの方式の観測機器が製作されてきました。
我々の観測装置はこれまでの機器とは異なり、一つの
Geophysical Exploration News July, 2009 No.3
や(7)
に詳しいレビューがあります。陸上の電磁探査と同
耐圧ガラス球で運用することを目標にしたのが特徴です。
一つの耐圧ガラス球で運用することは小型でハンドリング
しやすくなる反面、電子回路や電池、設置・回収に必要な
音響機器を収納できるスペースが限られる事につながり
ます。また、電位差観測に使用する電極測定アームが機器
の回収時に邪魔になることも多かったので、回収時にこの
図1 開発当時の外装のスケッチ
アームを折りたたんで浮上する方式を採用することも決
海洋研究開発機構(当時は海洋科学技術センター)で
定しました。そのため、開発の初期段階では、折りたたみ
は2000年から観測機材をレンタルしての観測が始まり、
機構をつけるためのいろいろなアイデアを出してはボツ
時を同じくして独自に観測機材の開発もスタートしまし
にする事を繰り返していたように思います。
(A)
(B)
(C)
(D)
切り離し信号
チューブ
電極アーム
錘
電極アームユニット
図2 開発したOBEMの電極アーム折りたたみ機構の概念図
8
新技術
紹介
海底電位磁力計
(OBEM)
図1はその当時の記憶をたどって描いてみたスケッチで
この記事が掲載される頃には熊野灘の海底に設置さ
す。発想は赤ちゃんの歩行器からですが、
これを「ちゃぶ台
れ、観測をしているでしょう。この観測により、以前の観測
1号」などと命名しておもしろがっていたことを思い出しま
データを用いた構造の高精度化が期待されています。こ
した。いろいろな試行錯誤の結果、回収時には図2のよう
の調査航海ではJAMSTECで開発した海底電気探査装置
に機器本体と電極アーム部を離れる方式としました。こう
(参考文献の(3)
と
(4)
に詳細があります)も用いた観測
することによって、回収時に電極アーム部が必ず海面下に
が行われます。次の機会には海底電気探査装置の紹介も
あり海底地震計(OBS)
とほぼ同様にハンドリングできる
できればと思います。
ようになりました。実際、
表紙に紹介させていただいたトルコ
での観測では小さい漁船での回収も行っています(図3)。
浮上して漂っている姿が「くらげ」の様に感じたので、
「Jellyfish」と言う愛称にしました。機器の詳細について
は参考文献の
(3)
と
(5)
を参照いただければ幸いです。
このようにして開発されたOBEMとOBEは2005年に
試験観測を実施して以来、日本海、東海沖、
トルコ・マルマ
ラ海などで本格的な観測が行われています。
トルコの観
測では、
トルコ海軍の調査船、大成建設の作業船や民間の
漁船を協力により15点での観測を行い、2009年6月に
全ての調査を終了しました。
トルコでの観測を終えた機材
は間髪おかず、熊野灘、三陸沖、鹿児島湾と年内は休み無
しに転戦する予定です。1年に同じOBEMが5回も設置回
収されることはこれまでに無いことです。
参照文献
熊野灘での構造探査に関する文献
(1)Kasaya, T et al, Earth Planets Space 57, 209–213,
2005.
(2)木村ほか,物理探査, 58, 251-262, 2005.
観測機材に関する文献
(3)笠谷ほか, 物理探査, 59, 585-594 2006.
(4)Goto, T. et al., Exploration Geophysics, 39, 52-59;
Butsuri-Tansa, 61, 52-59; Mulli-Tamsa, 11, 52-59,
2008.
(5) Kasaya, T., and Goto, T., Exploration Geophysics 40, 4148; Butsuri-Tansa, 62, 41-48; Mulli-Tamsa, 12, 41-48.,
2009.
資源探査に関する文献
(6)山根一修, 石油・天然ガスレビュー,
42,
55-73, 2008.
(7)後藤忠徳・三ケ田均, 地学雑誌, 117, 997-1010, 2008. 山
根一修(2008)
: 油ガス田探鉱における海洋電磁法の適用
可能性. 石油・天然ガスレビュー、42、55-73.
図 3 トルコでの漁船による回収の様子
9
シュルンベルジェ株式会社(SKK)
日本で初めて検層が行われたのは1936年で、それ以来
シュルンベルジェは日本国内の石油・ガスの探査に貢献して
きました。その後、日本法人であるシュルンベルジェ株式会社
(SKK)が1982年に設立され(当時名称:日本シュルンベル
ジェ㈱)、
ワイヤーライン検層機器の開発に本格的に着手しま
した。
3年後の1985年には、研究開発の分野を拡大し、
アジア
初の技術開発センターとして、神奈川県相模原市に社屋を移
しました。シュルンベルジェ㈱は、
この相模原市のインテグレー
ションセンター、新潟県長岡市の長岡事業所、東京都中央区の
東京事業所から成り、現在約450人の社員が勤務しています。
(シュルンベルジェ相模原市淵野辺の社屋)
長岡事業所では、日本、韓国、台湾の石油関連企業および
政府研究機関に対し、掘削・生産現場で坑井掘削・掘削時検層、
ワイヤーライン検層、セメンティング・坑井刺激、試油・試ガス、
データ解析といったさまざまな油田サービスを提供していま
す。長岡事業所では実際の油田開発現場で作業をするフィー
ルドエンジニアたちが、石油や天然ガスの掘削現場における責
任者として、石油会社などから依頼された油層の計測や調査な
どの現場作業全体を指揮する仕事をしています。
東京事業所は、
オイルフィールドサービスの中のシュルンベ
ルジェインフォメーションソリューション
(SIS)部門に属し、
ソフ
トウェア、情報管理サービス、情報技術、および多様なエキス
パートサービスなど、総合ビジネスソリューションを提供してい
ます。ソフトウェア製品としては、地質解析ソフトウェア、油層開
発ソフトウェア、情報管理ソフトウェアなどがあり、顧客である
日本、韓国、台湾の石油・天然ガス開発会社および学術機関に
製品及びサービスを提供しています。
*
VSI(Versatile
Seismic Imager)
Geophysical Exploration News July, 2009 No.3
シュルンベルジェは、世界中の石油・天然ガス開発企業や政
府機関に対し、最先端の技術と高度なサービスを組み合わせ
たハイブリッドなソリューションを提供する、世界有数の多国
籍企業です。現在140以上の国籍からなる約8万人の社員が、
80を超える国と地域で連携を図りながらビジネスを展開して
います。
SKKで開発された検層機から得られた大量のデータから
多くの情報を引き出せるよう、解析ソフトウエアの重要性も高
まっています。このニーズに応えるため、データを効率よく解
析するためのソフトウェアを開発する部門があります。音波検
層解析においては、音響物理に基づいて音波の波形データに
信号処理を行い、
P波及びS波の速度、油層内の亀裂、浸透率
を評価します。解析されたデータは顧客にとって重要な意思決
定材料となるわけですから、
より最適化したソフトを開発する
必要性があります。
(Sonic Scanner*)
アジア地区における開発・製造の重要拠点としてSKKが誕生
した背景には、生産技術立国としての日本の高い技術力と勤
勉な国民性があるのは言うまでもありません。淵野辺のインテ
グレーションセンターでは、音響計測装置、光・センサ、流体分
析、およびテレメトリー技術を専門分野とし、世界に誇る日本の
製造技術を活用し、油田サービスの中枢とも言える、
ワイヤー
ライン検層や掘削同時検層(Logging While Drilling)
に必
要な製品の開発の一翼をになっています。
(音波検層データの解析結果例)
10
シュルンベルジェ株式会社(SSK)
SKKでは、さまざまな日本の技術メーカーや学術機関との
共同研究開発も行っており、不可能とまで言われた地層間隙流
体光分析装置や、
イメージング検層の印刷を可能にしたカラー
プリンター、坑井内だけでなく地上や海底での地震探査装置
に搭載される加速度型ジオフォンセンサなど、先端機器も数多
く産み出してきました。
私たちの開発した製品は、シュルンベルジェの標準仕様で
ある1700気圧、175℃という過酷な環境下で確実に動作す
ることが求められます。開発された機器は地球上のあらゆる
地域で使用されますが、地下構造は場所によって極端に異な
ります。あらゆるものが制限を受ける「地中」という特殊環境
下で、地上同等の動作性能の実現が求められるのです。そこで
私たちは、地域や用途なども考慮しながら、
日本の製造技術を
駆使して装置の製造・開発を行っています。
しかし、
どんなに高
度な技術を持っていても製品の品質が低くては意味がありま
検層データ品質についての活発なディスカッション
せん。そこでSKKでは、極限の信頼性を追及する厳しい品質
保証体制を敷いています。設計段階のおける環境試験、試作
品の現地でのテスト、生産段階での部品の品質テスト、そして
出荷直前、石油採掘現場と似た環境のもとで実施されるCAT
(Customer Acceptance Testing)
と呼ばれる最終製品
テストなど、設計から出荷にいたる全てのプロセスでテストが
繰り返されています。また、世界の採掘現場に出荷された製品
の性能を監視することも、信頼性の高い製品を供給していく
ためには欠かせません。SKKでは技術開発と製造のプロセス
(最終製品テストの行われるCAT: Customer Acceptance Testing)
改善のために全力をあげて取り組んでおり、全従業員に対して
も、品質教育を徹底し、
また品質改善提案を募り、有益な意見
に耳を傾け、
よりレベルの高い生産体制の確立および品質向
上に努めています。あらゆる試験をクリアした開発製品は、
シュ
ルンベルジェとしての信頼に耐えうる製品として、世界各地の
シェルンベルジェグループの拠点に出荷され、得られた質の高
いデータが顧客である石油・ガス開発会社へ提供されていま
す。
しかしシュルンベルジェの技術者たちは、現状に満足するこ
となく、世界中の顧客からのニーズに対応すべく、常により高
度な技術、そして品質の追求を続けているのです。
技術開発に際しては、電気、電子、通信、情報、機械、物理、応
用物理といった専門分野別のネットワークを築いており、世界
中のシュルンベルジェグループ間で知識や情報を共有してい
ます。また、
グループ内の研究・技術センターとの人事交流や情
報交換はもちろんのこと、内外の研究機関、学術機関、あるい
は企業との交流も積極的に進めています。その代表的な例で
ある物理探査学会との関わりは古く、SKKは1984年から賛
助会員としてさまざまなイベント、講演会、技術キャラバンなど (Sonic ScannerのCATにおける試験)
に参加してきました。現在SKKの会員は30名。昨年行われた
60周年記念事業では、学生イベントを企画提案し、
アイディア
の革新性、技術レベル、実現性とプレゼンテーションの総合評
価に携わり、優秀な作品に「シュルンベルジェ賞」
という特別賞
を設けさせていただきました。SKKではこれからも積極的に
学会活動に参画し、常に知識と情報の共有、吸収、発展に努め
ていきたいと考えています。
(文責:伊豆原渉、
小林志津)
*シュルンベルジェの登録商標
11
(掘削同時検層機の耐高温高圧試験)
書評
である。研究者・技術者に対するインセンティブには知的財
産権や金銭的な利益のみならず、
新規性の高い成果を得よ
うとする研究上の活動・競争も含まれると考えられており、
経済活動において目にすることの多いこの利益相反が、
実
「医学と利益相反-アメリカから学ぶ」
(2007年弘文堂発行;全347ページ;価格2,625円;ISBN 9784335-35411-3)
は科学の世界でも容易に生じる問題であり、
我々の身近な
問題であることに気付かされる。
米国では、
1980年に制定されたバイ・
ドール法により大
三ケ田 均
学で行なわれている研究が積極的に産業へ移転されるよ
本書は、三瀬朋子氏による、米国の生命科学研究の進
うになった。
このバイ・
ドール法制定後約30年で、
現在では
化に伴う利益相反
(Conflict of Interest、
或はCoIと略称
学生数の多い国立大学一校の年間運営費交付金に匹敵
される)の具体例の紹介、および米国に20年ほど遅れた
する約1200億円のロイヤリティ収入が技術移転の結果
我が国の利益相反への鈍感さに対する警鐘、そして我が
もたらされ、
全米の大学に還元されるようになっている。
こ
国の生命科学研究の発展に米国を見習う必要性などを訴
うした米国の動きに遅れること20年にして、我が国でも、
える好書である。生命科学という分野は物理探査の研究
、
1999年に大学等技術移転促進法
(いわゆる TLO(註1)法)
者や技術者に縁遠い気がするかもしれないが、実は生命
そして産業活力再生特別措置法
(いわゆる日本型バイ・
ドー
科学分野を例としたこの利益相反の問題は非常に我々に
ル法)
が制定され、
産学連携が推奨され始め、
ほぼ10年が
身近な存在なのである。例えば、深海掘削計画(ODP)
や
経過している。産学連携で先行した米国の生命科学分野の
統合深海掘削計画(IODP)
に参加したことのある地球科
研究では、
ロイヤリティ収入という魅力的な面が強調され
学系の研究者・技術者は利益相反という言葉に敏感であ
る一方、実は「タスキギー梅毒事件」、
「ウィロウブロック肝
るに違いない。これは、高額な資金を必要とする研究の推
炎事件」、
米軍兵士へのLSD摂取実験など数限りない非人
進に当たり、
研究提案、
研究予算措置、
研究内容評価、
研究
道的人体実験がなされ、1999年には被験者の遺伝子を
内容実施がそれぞれ独立した組織によってなされる必要
ウイルスに組み替えさせようとした結果、
被験者が死亡する
があることを示す言葉に他ならない。例えばODPでは、研
(「ゲルシンガー事件」
と呼ばれている)
という利益相反の
究予算は米国科学基金(NSF或いはNational Science
問題が発生していることを本書は訴えている。新規性の高
Geophysical Exploration News July, 2009 No.3
三瀬朋子著
Foundation;日本の文部科学省に相当する)
を中心とする
国際的な予算措置に依存するものの、研究提案は一般の
研究者・技術者、研究内容評価は科学評価組織(SAS或い
はScience Advisory Structure)
、
そして研究の実施に
当たる掘削船の運航は海洋研究所連合(JOI或いはJoint
Oceanographic Institutions)
と、
それぞれ情報を共有
しながら独立性の極めて高い分権状態が確立されている
ことが分かる
(図1)。上述全ての組織の運営には全て全米
科学基金による予算措置がなされているが、
それぞれの組
織の独立性が尊重されており、
利益相反の問題を非常に重
視していることが見受けられる。本書を手にすることで、
生
命科学の発展は勿論のこと、我が国の研究者・技術者の疎
いこの利益相反について、
分野に関わらず学ぶことが可能
図1 国際深海掘削計画における研究推進体制を例とする模式図。利
益相反の問題が生じないよう、研究提案者(研究提案組織)、研究評
価組織、研究実施組織の間の独立性が尊重され、互いに力の「均衡」
と
「抑制」
が図られることを目指している。
12
書評
い成果を生み出す研究者・技術者に対するインセンティブ
て、
何か問題が生じた際に
「法律上問題が無い」
とすること
には知的財産権や金銭的な利益のみならず、研究上の活
は、
研究者や研究組織の倫理観の欠如を示す言い訳になっ
動・競争も含まれ、
産業の発展に必要であることは明らかで
てしまうこともあり得る。本書には、
この研究や技術開発の
はあるものの、
このインセンティブが利益相反につながり
成果に対する科学的客観性、成果の恩恵を受ける人々を
やすいことを本書は明確に示している。研究の遂行や技術
利益相反から生じる問題から保護するために米国の採用し
開発の進行は、
実は研究者・技術者の利益であり、
科学的客
た方法が詳しく延べられている。但し、10年前の「ゲルシ
観性を重視し、研究・技術開発の成果に対する社会的価値
ンガー事件」のように、
我が国より 20年も先行した米国で
を保持するためには、
利益相反を生じさせない実施体制や
も、
まだ利益相反によって引き起こされる問題が生じること
方法を考えることが重要なのである。
は、
科学技術移転における利益相反の問題を根絶するため
科学や技術開発の分野で生じる利益相反に対し、
例えば
の継続した努力が必要であることを物語っている。米国で
欧米の信託法が採用したような法律による規制強化では
は、
この「ゲルシンガー事件」を受け、同様な利益相反を生
科学の発展が妨げられる可能性もある。経済活動において
じさせないための議論が続けられ、
全米科学基金のような
は,
古来より利益相反の問題が多数発生し、法律的な規制
研究資金供与機関の保護の下、研究者評価組織、研究者、
という形でその活動が制約され監視される。
これに対し、
大
研究実施母体という分立した組織が互いに情報を共有し関
学等の研究機関の科学技術を積極的に産業に活かそうと
わる体制構築が提唱された(図2)。利益相反を生じさせな
する比較的新しい技術移転の分野では、
その活動を促進す
いためには、モンテスキューの提唱した司法・立法・行政の
るために、法的規制を最低限にとどめ、法律で縛らない部
三権分立にも似た体制が研究の遂行にも必要なのである。
分を研究機関や研究者組織の規制に任せるソフト・ローの
IODPにおける科学計画実施体制のように、地球科学・地
仕組みが基本になっていることを忘れてはならない。従っ
球工学の分野の研究の遂行にも「三権分立」
した組織が必
要であることも理解できる。更に利益相反問題のために、
三権分立的な体制から、
「抑制」を担う規制を中心とした体
制に変化してしまう状況も理解される。本書のように、
日本
より20年も早く技術移転を促進し始めた米国で、地球科
学・地球工学より技術移転の著しい生命科学の分野に生じ
た利益相反の問題を、
どのように扱って来たか、
またどの
ような対応策が採択されて来たかを知ることは、今後の物
理探査の分野での利益相反の問題解決あるいは予防への
フィードバックという点で、
非常に重要である。残念ながら、
本書には、
研究の遂行に関わる組織体系等の図面が少ない
が、
著者の筆力による十分な記載がなされており、
必ずしも
生命科学分野に明るくない筆者にも理解可能な内容でま
図2 本書に記載された米国における生命科学研究推進のために提唱
された組織図を図示したもの。
このような組織形態は、互いに独立性の
高い複数の研究実施機関の存在を反映していると考えられる。過去に
発生した利益相反の問題発生の経験から、審査委員会とは独立した利
益相反委員会
(委員も互いに兼任しない)
が、常に利益相反の有無を確
認する構造に帰着したと考えられる。被験者の存在する場合、更にイン
フォームド・コンセントについても確認される。
また、利益相反委員会と施
設内審査委員会は、綿密な情報の共有を行なう体制になっていることが
窺える。更に利益相反を規制するために、
「三権分立」的な構造が大きく
歪められ、
「抑制」
するための構造に変化していることが理解される。
13
とめられている。研究の遂行とその実施上生じる可能性の
ある利益相反問題に興味のある読者に是非お勧めしたい
一冊である。
註1:TLOとはTechnology Licensing Office或はTechnology
Licensing Organizationの略で、大学等の特許や技術を産業に
移転することを推進する活動を行なう組織のこと。
第121回(平成21年度秋季)
学術講演会のお知らせ
第9回物理探査学会
国際シンポジウム開催のお知らせ
1.会期:平成21年11月23日(月)~11月25日(水)
会 期:平成21年10月12日
(月)
~14日
(水)
テクニカルツアー:平成21年10月15日
(木)
会 場:北海道大学学術交流会館
テーマ:Imaging and Interpretation- Science and
Technology for Sustainable Development –
セッション:
Sensors and Acquisition Technologies
Seismic/Geodetic Imaging Technologies
DC/EM Imaging Technologies
GPR Imaging Technologies
Data Processing/Signal Processing
Laboratory/Scaled Geophysics
Marine Technologies
Airborne Studies
Multi-scale Imaging/Interpretation Methodolo- gies
Spatial/Time-Lapse Data Management
Reservoir Characterization
Energy and Resource Explorations
Shallow/Near-Surface Applications
Environmental and Engineering Applications
Geological Disposal and Storage
Disaster Mitigation Applications
Long Term Monitoring
2.会場:名古屋大学 野依記念学術交流館(愛知県名古屋市
千種区不老町名古屋大学東山団地構内)
3.一般講演(口頭およびポスター)の申し込みは平成21年8
月21日(金)までに、学会ホームページ(http://www.segj.
org/)
から行って下さい。
4.講演会参加費
一般:4,000円(事前登録)、5,000円(会場登録)
、
学生:2,000円(事前登録)、3,000円(会場登録)
5.講演会参加事前登録
締切:平成21年11月13日(金)
6.交流会参加事前登録
締切:平成21年11月13日(金))
一般:4,000円(事前登録)、5,000円(会場登録)
学生:2,000円(事前登録)、3,000円(会場登録)
7.見学会参加事前登録
締切:平成21年11月13日(金)
)
見学場所:東濃地科学センター瑞浪超深地層研究所
(地下坑道内見学も予定しております)
http://www.jaea.go.jp/04/tono/index.htm
日時:平成21年11月25日
(水)
午前中のセッション終了後に出発し、
夕方名古屋駅で解散
※参加費
(交通費、
昼食代)
は、
一般:3,000円、
学生:無料です。
Geophysical Exploration News July, 2009 No.3
講演会・セミナー開催のお知らせ
発表申し込みは終了しました。
事前登録は現在受け付中で、締め切りは8月15日です。
詳しくは、http://www.segj.org/is/9th/をご覧下さい。
「ぶったん川柳」募集のお知らせ
8.展示企業募集
展示企業を募集いたします。展示を希望される場合、下記
にお問い合わせ下さい。
9.問い合わせ先
〒101-0031
東京都千代田区東神田1-5-6 MK第5ビル 2F
社団法人物理探査学会 学術講演委員会
電話・FAX:03-6804-7500
E-mail:[email protected]
ホームページ:http://www.segi.org/
10.技術士の継続教育(CPD)時間認証について
本学術講演会参加者には、会員・非会員に拘わらず、毎日の
参加時間に応じて物理探査学会の参加認定証を交付致し
ます.
さらに、口頭およびポスター発表者には、1編当たり
10時間のCPD時間を認定し、別途認定証を交付致します。
物理探査ニュースでは、
「ぶったん川柳」
コーナーの設置を検
討しています。川柳という窓を通して、
物理探査の世界と魅力を
アピールしたいと考えています。少ない言葉にこそ、想いが凝
縮されることがあります。日頃の物理探査業務での一コマを、
五・七・五の句にのせて表現してみませんか。
・投句資格:原則として会員の方に限らせていただきます。
・投句方法:以下のサイトにて随時投稿を受け付けています。
http://www.segj.org/committee/news/
senryu/index.html
・投 句 例:(作品)調べてね 穴蔵住まい どんなかな
(ペンネーム)
もぐら君
(文責:ニュース委員 松島 潤)
14
いかがでしょうか? また今までの1、
2号はいかが
大学斎藤先生の力作です。
わかりやすく書くこと
だったでしょうか?
は非常に難しいことと思いますが、
私は大変すば
委員会では、原稿集め、編集の仕事のほかに、
らしいものになっていると思います。
親しみやすいニュースにするにはどうするか、
ま
ニュースではこれからもさまざまな記事を載
た会員以外の読者も想定して分かりやすくする
せていく予定です。
にはどうするか、会誌との関係は、などなど、老
まだ、
発展途上にあるニュースですので、
皆様
若男女の委員が集って、海江田委員長のもと、
の率直なご意見をお待ちしています。
議論しています。議論は場所を変えて夜まで続
同時にニュースでは皆様の原稿もお待ちして
くこともしょっちゅうです(このときは老が元気
います。
になります)
。
今号から連載予定の
「わかりやすい物理探査、
(ニュース委員会委員:東 宏幸)
本ニュースの内容は物理探査学会のWeb siteでもご覧になれます。また、広く一般の方にも見て頂けるよう配
布をご希望の方は下記学会事務局までご連絡下さい。無料でお届けいたします。
なお、
配信をご希望なさらない方は、
ご面倒でも学会事務局へご連絡頂きたくお願いいたします。
ニュース原稿の投稿等について…………………………………………………………………………
本ニュースには会員のほか一般の方からも投稿や表紙の写真を受け付けます。また、物理探査学会および物理
探査の技術に関するお問い合わせは、学会事務局に所属機関、住所、氏名など連絡先を記入の上、E-mailもしくは
文書で連絡下さい。
著作権について……………………………………………………………………………………………
本ニュースの著作権は、
原則として社団法人物理探査学会にあります。本ニュースに掲載された記事を複写した
い方は、学会事務局にお問い合わせ下さい。なお、記事の著者が転載する場合は、事前に学会事務局に通知頂け
れば自由にご利用頂けます。
物理探査ニュース 第3号 2009年(平成21年)8月発行
編集・発行 社団法人物理探査学会
〒101-0031
東京都千代田区東神田」1-5-6 東神田MK第5ビル2F
TEL/FAX:03-6804-7500
E-mail:[email protected]
ホームページ http://www.segi.org
August 2009 No.3
ニュースの配布について …………………………………………………………………………………
Geophysical Exploration News
電磁探査入門講座」
はいかがでしょうか? 早稲田
物 理 探 査 ニュー ス
「物理探査ニュース」
の第3号をお届けします。