Bretton Woods システムと現代アメリカ 国際収支赤字の Sustainability

( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ
国際収支赤字の Sustainability 論争について
―― 「世界の銀行家からヴェンチャー・キャピタリスト」 に転じた
「米ドル本位制」 の脆弱性 ――
鳥
谷
一
生
目次
Ⅰ
はじめに
Ⅱ
仮説とアメリカ経常収支赤字 論争
() 現代世界経済の構造転換と 仮説
() アメリカ経常収支赤字 論争−フロー分析からストッ
ク分析へ−
Ⅲ
論争を巡る批判と 「米ドル本位制」
() 論争を巡る批判
() 論争と 「米ドル本位制」 のジレンマ
Ⅳ
は
結語
じ
め
に
年東アジア危機から
年が経過した昨夏, 現代の国際通貨金融システム=
「米ドル本位制」 にはいわゆるサブプライム・ローン問題の激震が走った1)。
) 今回のサブプライム・ローン問題は, 次の四点で深刻な問題を孕んでいる。 第一
に年代以降のアメリカの 「双子の赤字」 が, 貿易・経常収支赤字と政府部門公的
赤字のファイナンスに限定されていたのに対し, 今回のサブプライム・ローン問題
は, 住宅ローン貸出債権の小口証券化によって世界中の機関投資家・個人投資家と
米の家計所得とが直接結び付いていること。 第二に, 住宅ローン会社は貸付債権を
( %)
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
問題の表面化を契機に, 世界最低・史上最低の金利下にある我が国金融市場か
ら流出していた円キャリー・トレードは, リスク回避 (
) を目
的に次々と解消 (
) され2), 従前の円安・ドル高基調の為替相場は
一転して円高・ドル安に転じ, 外国為替市場もまた大きく混乱した。 現代の国
際通貨金融システムに再発するこうした混乱・危機の根底には, 年ニクソン
声明によって貨幣供給の節度を喪失し, 更に年代以降 「双子の赤字」 に陥っ
たアメリカの対外・対内資金循環構造が存在する。
さて, 拡大するアメリカ経常収支赤字を背景に, 近年その (持続可能性) を巡る論争が沸き起こっている。 論争に先鞭を付けたのは,
の !"
"
###であった。 しかし, $バ
ブルに湧く#
年代末当時, の警鐘は, その見解の当否は別として, 必
ずしも十分に受け止められていたとはいい難かった。 そうした潮流に歯止めを
かけたのが, %年 $バブル崩壊, 同年末の中国
$&加盟とその後の対米
貿易収支黒字拡大, そして%%年ユーロ現金通貨流通開始という現代世界経済
の構造転換という現実であった。 そのためか, を巡る論争は,
高度経済成長を疾駆する中国・人民元の為替相場制度論争と表裏一体化した形
で展開してきた感がある 3) 。 そして'年, こうした構造転換を踏まえつつ,
担保に銀行からレバリッジを掛けて幾度も資金を借り入れる一方で, 銀行はこの担
保債権を投資銀行・証券会社経由で小口に分割し世界中に販売する際, 投資銀行・
証券会社経由段階で複数の住宅ローン債権が分解組成されて小口証券化されている
ため, 債権債務関係の判別は俄かには付き難いこと。 第三に, 取引の多くが取引所
取引以外のそれであるため, 相殺決済システム外において突如として巨大なリスク
が表面化する懸念が依然として残り, 信用不安が容易には払拭できないこと。 第四
に, 貸付債権資産担保証券の格付け評価機関の審査力が改めて問われていること,
である。 総じて言えば, 市場経済は決して万能ではなく, アメリカ型直接金融方式
もまた, 「情報の非対称性」 からは決して免れることはできないとみるべきである。
%) #年代後半の円キャリー・トレードについては, ['] 拙稿を参照されたい。
') 中国・人民元の為替相場制度に関するアメリカの論争については, [''] 拙稿を
参照されたい。
( .)
エコノミト らが, 仮説として現代
の国際通貨金融システムの鳥瞰図を発表し, 議論は一大論争に発展することと
なったのである。 実際, 上記 は,
年5月 と題するシンポジウムを開催し, も, 年2月に と題するシンポジウ
ムを開催した4)。 仮説のインパクトの程度が推察されると
ころである。
そこで本稿は, 仮説とアメリカ経常収支赤字 !
"
論争を組み合わせ, 現代 「米ドル本位制」 の合理的存立根拠を主張する諸
説を紹介し検討していくことにする。 以下では, 次節Ⅱにおいて増幅する現代
世界経済の対外不均衡について簡単に分析した後, らの 仮設について紹介する。 その後で, 論争の嚆矢ともなった #
の
アメリカ経常収支赤字分析, 主に エコノミストらによる国際投資ポジショ
ン分析, $
の $%$($&
'
%
$&
) 概念と国際協調
的政策再調整を柱とする %
( )
'
*+
論について順次紹介してい
く。 そしてⅢでは, 論争における批判的論客である $&
, !
,
, #
-
の見解を紹介し, 以上を通して明らかとなった論点を踏ま
え, 現代の 「米ドル本位制」 が抱えるジレンマについて論じていくことにする。
尚, 本稿で紹介する所説・見解については, 中国・人民元為替相場制度につ
いて大きな論争が巻き起こった時期とほぼ同期の
年までのものであること,
この点予め断っておきたい。
) らの仮説が, 当時アメリカで如何にセンセーショナルに受け止められた
かは, 連銀の場合にはシンポジウムのタイトルに ([//] 0
,
&
+
), の場合には, シンポジウム提出論文集序文において, その主た
るテーマの一つが同仮説の検証であったことが記されている ([2] +
,
1&2
32
)。
( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
仮説とアメリカ経常収支赤字 論争
()
現代世界経済の構造転換と 仮説
拡大する世界経済の対外不均衡
仮説を理解するためにも, 現代世界経済の拡大する不均
衡について簡単にみておいた方がベターである。 第1表の通り, 今日の世界経
済の不均衡は, 経常収支赤字国=アメリカ, 経常収支黒字国=石油輸出国とい
う
年代と同じ基本構図を示しながらも, 決定的に異なる様相をも示している。
すなわち, 経常収支黒字国=先進諸国, 経常収支赤字国=新興経済諸国という
かつての不均衡構図から, 経常収支黒字国=日本・中国等の東アジア地域諸国
+ラテン・アメリカ諸国, 経常収支赤字諸国=アメリカを含む先進諸国という
第1表
世界の経常収支不均衡
(億ドル, %)
年−
年
平均
アメリカ
ユーロ地域1
日本
その他先進諸国
中国
その他新興アジア諸国
ラテン・アメリカ
中東欧諸国
石油輸出諸国
ノルウェイ
ロシア
サウジ・アラビア
−
−
−
−
年
−
−
注1:ユーロ参加国全体の合計。
(原資料) 。
[出所] [1] 年
−
−
年
−
−
年
−
−
−
年 /
対 比率
−
−
−
( )
構図に転換した。
具体的に数字を拾っていくと, アメリカの経常収支赤字が年の億ドル
から, 僅か3年で億ドルへと約
倍へと拡大した。 域内貿易比率が高い
ユーロ地域の場合, 直近の年では
億ドルの赤字であるが, 経常収支の黒
字・赤字は比較的循環的に変動し, 概ね安定的に推移しているということがで
きる。
他方, 経常収支黒字国/地域としては, 同期間に日本が億ドルから
億ドル (約
倍) に増大, 中国については億ドルから
億ドル (約
倍) へと大幅に増大し, その他新興アジア諸国も, 一定程度増減の振幅がある
ものの, 経常収支黒字幅は, 年−年の過去年間平均の約5倍の黒字を計
上するに至っている。 また, 近年の原油価格高騰を受けて, 石油輸出国の収支
黒字幅も大きく拡大している。
こうして, 今日の世界経済は, 毎年巨額の経常収支赤字を計上し続けるアメ
リカ, それとは全く対称的に収支黒字を計上する東アジア地域と原油価格高騰
によって潤う石油輸出国地域, そして経常収支黒字・赤字の循環的変動によっ
て相対的安定性を確保しているユーロ地域の三極によって構成されているとい
うことができる。 したがって, 対内外資金循環を海外に依存せねばならないア
メリカにとって, 第一位及び第二位の貿易赤字相手国である中国・日本等東ア
ジア地域, そして石油輸出国からの米ドル建資金のリサイクリングは, 同国の
資金循環構造を支える生命線の一つとなっているのである。
もっとも, ユーロ地域については, これをアメリカとの間の な関
係においてみれば, 上記のような特徴付けを行うことは必ずしも妥当ではない。
何故なら, 年のアメリカの貿易収支赤字相手国をみれば, 中国億ドル,
産油諸国
億ドル, ユーロ圏
億ドル, 日本
億ドル等であり, アメリカ
にとってはユーロ圏もまた貿易収支調整の対象地域となる5)。 しかし, )
[] 資料より。
( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
ドーハ・ラウンドにおける農産物輸入問題を除けば, 年以降米ドルの対ユー
ロ為替相場が大きく下落したため, アメリカとユーロ地域との間には為替相場
と連動した貿易摩擦問題は存在せず, この点米中経済摩擦とは大いに様相を異
にしている。 そこにまた, 次にみる らのいう 仮説
の検討を通じて浮かび上がる東アジア地域の特異な位置付けという伏線が存在
するのである。
仮説
. のエコノミストである らの 仮説
について, 最初に問われるべきは, いかなる根拠を持って, 現代の国際通貨金
融システムを年に崩壊したはずの 体制=旧 体制と類
らは実にユニークな認識視
比するのかということである6)。 この点で 角を提起している。
第一に, 彼らのシステム認識は, 中心国=アメリカと周辺諸国との非対称的
関係である。 すなわち, 戦後の国際通貨金融システムを, 国際通貨国=中心国
と周辺諸国という関係で把握した上で, 年代・年代の当時も, そして現
在もまた中心国=アメリカが, 世界経済の準備資産を供給しうるのは, 周辺国
が外貨準備資産の管理・運用という貨幣主権をアメリカ通貨当局に譲許する意
志がある限りであるという7)。 したがって, 経済成長を達成した周辺諸国が,
) オリジナル版は, ! " #
$%
&
%'%(であり, その後若干の
改訂が加えられて, ) *
+
,
-
"%
&
% %-
.
/(として配布された。 現在ある らの著作
[] は, その他の論文と一括して公表されている。
) もっとも, このような見解は何も らに限られている訳ではない。 我が国
でも, 「不換の国際通貨ドルの流通根拠」 を巡るかつての論争において, 例えば平
が次のように記していた。 「各国当局がドルと自国通貨との交換性を安定的に維持
したところに, 民間の国際取引における価格表示の手段・支払い決済の手段として
流通した根拠があるとしなければならない。…各国の当局にしても, その下に巨額
のドル準備が累積していることに加えて, たとえドルが不換化したといってもこれ
にとって代わる国民通貨がなく, しかも国際経済取引を中断しえない以上, ドルの
流通を引き続き支えていくほかはなかったのである。」 ([] 平, (ページ)
( )
量的に膨張した外貨準備を無視して, アメリカの経常収支赤字を盲目的に引き
受けるか否かは保証の限りではないという の議論を引用している8)。
それでは, 何故周辺諸国は, 意識された判断として, 米ドル建外貨準備を積
み上げてきたのであろうか?それは, 周辺諸国の場合には, 世界市場での競争
力強化を目的とした国内資本形成に政策プライオリティを置き, 外貨準備の資
産としての運用コストを次善の事としてきたからである。 そのため, 周辺諸国
は, 外国為替取引を含め民間部門の国際金融資本取引には規制を課し, 通貨当
局に外貨準備を集中させる必要があったのである。 しかし, 経済成長策が一定
程度の成功を収めた後には, 輸出部門の実質賃金上昇によって, こうした政策
優先順位は再検討の対象となってくる。 実際, ヨーロッパの経験に照らせば,
各国が自由主義的市場経済に舵を切り始めた年代, 金融規制は徐々に解除さ
れ, 固定為替相場制度は遂に崩壊したのである9)。
第二に, らの見解のユニークさは, 年代の変動相場制移行とその
後の国際的金融資本取引自由化の時代を 「過渡期」 と位置づける点にある。 そ
して, 年ベルリンの壁崩壊によって明らかとなった旧ソ連−東欧の社会主義
ブロックの瓦解によって, 世界経済はアメリカ−西欧−日本を中心センターと
した新たな段階に突入したというのである。 というのも, かつて年代・年
代の西欧・日本がそうであったように, 今や東アジア地域の諸国が, 輸出主導
工業化戦略により経済発展を果たし, 巨額の対米貿易収支黒字を計上する周辺
諸国として, 世界経済の一角を担うようになったからである。 その際注目すべ
きは, 新しく世界経済の重要なプレイヤーとして登場するに至った東アジア地
域と, 同地域に対し巨額の貿易収支赤字を計上するアメリカとの間において,
変動相場制と自由な国際的金融資本取引の原則に準じた国際収支調整策が実施
されている訳ではないという現実である。 特に彼らが最も注目するのが, 事実
) [9] ) ( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
上の対米ドル固定為替相場制下にあった中国であり, 中国人民銀行 (
, 以下 ) の為替市場介入と外貨準備増による公的
対米ファイナンスである。 そして, この点にこそ らが現代の国際通貨
金融システムを と位置づける根拠が存在する)。 そこで次
にその内容を紹介してみよう。
らによれば, 現代の世界経済は, 中心国アメリカ, 貿易収支地域の
東アジア, そして資本収支地域の欧州 (カナダやラテン・アメリカ地域を含む)
の三極から構成されるという。
貿易収支地域としての東アジア:同地域の成長戦略は輸出主導工業化戦略で
あり, そこでは輸出は成長と同義である。 年危機以降, 多くの諸国は管理フ
ロート制に移行したものの, 貿易収支黒字 (正確には, 経常収支黒字) の結果
として発生する自国通貨の為替相場上昇に対し, 中央銀行・通貨当局は進んで
為替市場介入を行い, 主にアメリカ財務省証券購入という形態で外貨準備を積
み上げている。 実際, 第1図に示されている通り, 年末段階で, 日本・中
国・韓国・香港・台湾だけで, アメリカ財務省証券購入残高の%を占めてい
た。 こうした市場介入と外貨準備政策においては, リスク/リターンという点
での介入コストは度外視され, また貿易摩擦が発生した場合には, アメリカか
ら輸入品目を選択して購入し, 摩擦回避に動くだけである。
資本収支地域としての欧州:同地域は, 変動相場制を採用し, 基本的に中央
銀行・通貨当局の為替市場介入も余り行われてはいない。 したがって, 経常収
支黒字・赤字に対する国際収支調整弁としては民間資本取引, 特にリスク/リ
ターンへの感応度が高く, 近年対米投資に偏っている民間証券投資・銀行間貸
借が大きな役割を担っている。
中心国アメリカ:中心国アメリカは, 貿易・経常収支赤字を計上し, 国際収
) [9] ! !
!
( )
第1図
アメリカ財務省証券の海外保有額 (内訳)
注1:石油輸出国には, ヴェネズエラ, インドネシア, バーレーン, イラン, イラ
ク, クウェート, オマーン, カタール, サウジアラビア, アラブ首長国連邦,
アレジェリア, ガボン, リビア, ナイジェリアが含まれる。
注2:カリブ海諸国には, バハマ, バミューダ, ケイマン諸島, オランダ領アンタ
イル諸島, パナマが含まれる。
[出所] [] 資料より作成。
支ファイナンスを周辺諸国からの資本収支黒字に依存している。 また, 同国は
独自の為替相場制度を有しておらず, 外貨準備保有額も限られている。 したがっ
てアメリカは, 資本収支地域として位置づけられる。 しかし, アメリカが貿易
収支を無視しているかといえば, そうではない。 同国は, 国内資本形成のため
の資金をも周辺国からの資本流入に依存するため, 概ねドル高政策を採用して
いるが, 時としてドル安不安を煽り, 国内輸出産業の要求を満たしながら, 資
本取引に伴う為替リスクを周辺諸国に転嫁させているのである)。
らの以上のような三極構図を簡略化していえば, アメリカの経常収
支赤字は, 東アジア地域の公的外貨準備と欧州地域の民間証券投資・銀行間貸
借によってファイナンスされているということである。
) [9] ( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
問題は, 三極構図の安定性である。 アメリカの経常収支赤字ファイナンス源
の一つである欧州地域からの民間投資は, 高い投資利回りを要求するが, こう
した利回りを実現する要因としては, 第一にアメリカの証券利回り自体の上昇,
第二に米ドル下落に対する将来における米ドルの上昇, したがって後日におけ
る自国通貨建米ドル建金融資産利回りの上昇という二つが考えられる。 しかし,
貿易収支地域である東アジアが, 貿易・経常収支黒字分をアメリカ証券投資と
して還流させているため, アメリカの証券利回りは相対的に低水準に留まり
(証券価格上昇), また米ドルの下落も発生しない。 そのため, 資本収支地域は,
アメリカ証券投資を手控えるか或いは同投資から資本を引き上げる傾向にあり,
資本収支地域諸国の通貨には上昇圧力が加わっている。 近年のユーロ高はその
現れであるというのである。
しかし, 資本収支地域が対米民間投資を引き上げ, 還流した投資資金を同地
域の証券投資に回せば, その証券利回りは低下し, その結果アメリカと資本収
支地域の証券投資利回りとの間のスプレッドは縮小していくことになる。 加え
て, 対米投資からの資本還流は, 資本収支地域通貨の為替相場を上昇させ, そ
の分同地域の対米貿易収支は悪化し, その間隙は貿易収支地域東アジアが埋め
ることになるが, 収支黒字分は再び公的ルートを通じてアメリカの経常収支赤
字ファイナンスに回ることになる)。
) したがって らは, 年危機から回復した東アジア地域通貨の対米ドル為
替相場はこの間安定し, 特に中国・人民元に対しては過小評価と非難されつつも,
事態はそれ以上には進まないという。 彼らは, 当該論文を執筆した年当時, 人
民元が固定相場制下にあったため, の為替市場介入を通じ, 景気過熱とイン
フレ懸念があるとする世界の論調に対し, 次のように記している。 当時中国のマネー・
サプライ 2の増加率は%∼%程度であり, インフレ率も直近2年間で5%程
度であるため, 中国の金融システムは安定圏内にある。 予防的措置としても, 商業
銀行の準備率引き上げや金利引き上げ政策も措置可能である。 また, 貿易摩擦を回
避すべく, 人民元為替相場の3%程度の切り上げ, アメリカからの輸入拡大措置を
講ずることも可能である。 いずれにせよ, 中国は経済成長を最重要目標としている
以上, 農村部に滞留した労働力が枯渇するまでは, 従来の政策に変更はないという
のである。 そして, 中国の背後にはインドが控えており, 三極体制における貿易収
支地域の役割は当面続くというのである ([9] )。
( )
こうして らは, アメリカ経常収支赤字に対する資本収支地域の民間
投資の先細りは, 貿易収支地域東アジアの公的ファイナンスによって担保され
て (
) いるというである)。 かくて, 今日新興経済諸国には, 貿
易収支地域と資本収支地域の二つのモデル選択肢があり, 経済成長を追及する
ラテン・アメリカ諸国は, 本来貿易収支地域東アジアをモデルとして追うべき
であるとする。 この点では, 変動相場制と自由な国際金融資本取引をベスト・
マッチとして推奨する の立場とは, 資本収支地域欧州のモデルを推奨し
ていることになるという)。
以上が, らの描く現代の国際通貨金融システムの三極構図である。
それ故, 約年前, 体制崩壊と共に ノン・システムに移
行し, 新たな 「不完全システム (
)」 が登場したかにみえた現代
のシステムも, 現実の三極構図からみれば, それは実のところ壊れたはずの
体制が装いを新たにして登場したに過ぎないというのであ
る)。 確かに, 年代∼年代, 当時新興経済諸国ともいうべき地位にあっ
た欧州・日本は, 今日最早中心国アメリカの国際金融仲介を必ずしも必要とは
しない程までに成長を遂げた。 しかし, 過去年間, 欧州・日本に続く国は登
場せず, むしろ社会主義体制の崩壊と共に, 新興経済諸国が族生し, これら諸
国の培養装置ともなった貿易収支地域の開発システムが, 次々と模倣され拡がっ
ているという。
以上が らの 仮説の概要である。 そこで次に焦点
をアメリカ経常収支赤字 !
に絞って, , "エコノミス
ト, そして #
の所説を紹介することにする。
) $
) [9] %
$
%&$
$
) $
( )
()
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
アメリカ経常収支赤字 論争−フロー分析からストック
分析へ−
論−相互依存説−
. の 年代末以降の論争の口火を切った は, その後も論稿を発表し分析
を重ねてきている。 の議論の特徴は, その分析を次の三つの次元, す
なわち貿易・経常収支赤字の次元, 貯蓄−投資の国民所得調整の次元, 国際的
金融資本取引及び為替相場制度の次元に分けている点にある ) 。 もっとも,
の分析で特筆すべきは, 貿易・経常収支赤字のフロー次元に限られる
といってよい。 というのも, 残り二つの次元における分析については, 後続の
他の論者に引き継がれ或いは共有されているからである。 そこでここでは, 貿
易・経常収支赤字分析についてのみ紹介することとする。
によれば, アメリカの貿易・経常収支は, アメリカとその他諸国の
所得の伸びの同調性・非同調性, そして相対価格によって影響されるとしてい
る。 第2図の通り, レーガン共和党政権第一期目の
年代前半, 当時の高金利・
ドル高政策は米ドルの実質実効為替相場を上昇させ), 貿易・経常収支赤字を
大きく拡大させた。 だが, 年9月のプラザ合意による国際的協調策によって,
米ドルの為替相場は下落し, 年初頭には貿易・経常収支赤字も大きく減少し
た。 ところが年代, 単一通貨導入を目指していたユーロ地域は景気拡大策を
抑え, 日本もまたバブル崩壊後深刻な景気低迷に喘いでいた。 は, こ
れ以降アメリカとユーロ地域・日本等世界経済との同調性が失われていったと
主張する。 そして, 年東アジア危機を契機に, アメリカの実質実効為替相場
は上昇し, 以降その貿易収支赤字は大きく拡大していくことになったという。
特に, 貿易収支赤字の構成品目でいえば, 消費財と自動車の輸入だけで, 年
) [] ) 第1図の とは, アメリカの主要貿易相手国ヶ国の
貿易ウェイトから算出された実質実効為替相場である。 詳細は [] の説明
を参照されたい。
( )
第2図
アメリカの貿易・経常収支と !"#実質実効為替相場
[出所] [] 以降の石油・農産物を除いた輸入額の34を占めると指摘する。 ここには
仮説で示されるアメリカの高い消費性向と
結び付いた輸入性向−海外諸国の所得増大に対するアメリカの輸出増大とアメ
リカの所得増大に対するアメリカ輸入増大を比較した場合, 後者の伸びが遥か
に急速であるという説−が大きく作用しているというのである。 これを は
パズルとネーミングしている)。
したがって, によれば, こうした傾向と結び付いたアメリカの旺盛
な個人消費にブレーキをかけることは極めて難しく, それがまた対米輸出に
依存した世界経済と不可分に結び付いているだけに, 問題の打開は容易では
ないというのである。 アメリカ経済とその他世界経済との相互依存性 (
), 特に中央銀行・通貨当局による為替市場介入によって巨額の外
) [] [] [] ( %)
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
貨準備を積み上げてきている日本・中国等東アジア地域との密接な相互依存関
係において, 問題は検討されるべきであるというのが の結論である。 この意味で, という表現こそ使わないもの
の, アメリカ経常収支赤字 を支える東アジア地域の役割は,
も らの見解と同じである)。 それ故, アメリカ経常収支赤字問
題を解決するには, 世界恐慌をもってするか, 全体的な構造調整政策が必要で
あると主張するのである)。
. アメリカの国際投資ポジションとドル切り下げの評価益説− 「金融統合
仮説」 −
上記の通り, の所説については, 貿易・経常収支のフロー次元に限
定した形で取り上げた。 これに対し エコノミストの らは, 年代以降の金融市場のグローバルな統合化において, アメリカ対外バランスの
ストック次元, すなわち純国際投資ポジション (
!
) の意義を強調し, その経常収支赤字の持続可能性を主張
している。 以下では, これを 「金融統合仮説」 という)。
第2表は, アメリカの国際投資ポジションを示したものである。 年資産
"#
兆ドル, 負債$#
"兆ドル, 純資産−#
%兆ドル, &年資産$#
"兆ドル, 負債#
'
兆ドル, 純資産−#
兆ドル, "年資産#
(兆ドル, 負債(#
兆ドル, 純資産−
#
"兆ドルとなり, 期間中にアメリカの対外純負債額は凡そ2倍に膨れ上がっ
ている。
そこで資産・負債構成を"
年で詳しくみれば, 次の通りである。 資産側では,
収益率も高い一方でカントリー・リスクもある対外直接投資やハイ・リスク/
ハイ・リターン原則が支配する株式投資が, 各々#
兆ドル, %#
&兆ドルで, 合
) ['] )**#
&)[] *#
")
#
) [] )*#
)*#
#
) 名称については, [$] 岩本に倣っている (*#
&)。
年
年
年
負債
(単位:億ドル)
(注1) 負債側の米国通貨は, 非居住者保有の米ドル現金通貨である。
(注2) 原資料は万ドル単位であり, 原数値の万ドル桁を四捨五入しているため, 各項目の小計・計では, 若干数値に差
がある。
[出所] [] 資料より作成。
計
民間部門
その他
その他の政府債務
米国通貨
民間債務
対内直接投資
対内証券投資 (財務省証券を除く)
社債・その他債券
株式
借入金等
米国非金融機関借入金
米国金融機関借入金
外国公的機関に対する米国金融機関債務
その他外国政府保有資産
政府債務
政府証券
財務省証券
外国政府
年
アメリカの投資ポジション
民間債権
対外直接投資
対外証券投資
債券
株式
貸付金等
米国非金融機関貸付金
米国金融機関貸付金
計
年
政府債権
外貨準備
政府保有対外資産 (外貨準備を除く)
政府債権及び長期貸付金
外貨資産及び短期貸付金
年
資産
第2表
( )
( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
わせて民間債権の%を占めている。 その一方で, 債券投資は
兆ドルであ
り, 民間債権の僅かに%足らずでしかない。 他方, 負債側では, 対内直接投
資と株式投資が, 各々
兆ドル, 兆ドルで, 民間債務の%でしかない一
方で, 社債・その他債券及び米国金融機関借入金が, 各々
兆ドル, 兆ド
ルで, 合わせて民間債務の%を占めている。 また, 社債・その他債券に政府
債務・財務省証券と合わせると, 負債総額の%となり, これに米国金融機関
借入金を加えると, 負債総額の
%を占めることになる。
以上のような数字から, アメリカの国際投資ポジションについては, 次のよ
うな特徴を指摘することができる。 第一に, 債券及び金融機関借入に偏った資
金調達が行われていること, 第二に, 調達された資金は対外直接投資や株式投
資に偏った資金運用が行われているということ, 第三に, 米国金融機関の貸付・
借入は, 期間中ほぼ資産・負債両建で膨らんでいるものの, 常に負債超過であ
り, 純負債額が増大する状況下では, 負債超過分は国内の資金循環に回されて
いること, である。
総じていえば, 低金利の銀行預金と低利回りの債券で資金調達を行い,
を含むところの高い投資収益をもたらす直接投資や高利回りの対外株式
投資で資金運用を行う構造, ここにアメリカの国際投資ポジションの特徴を見
出すことができよう)。 そして第3図に示される通り, こうした国際投資ポジ
ション構造こそが, 従来純債務国でありながら国際収支レベルでの所得収支黒
字を実現してきた理由があるといわれている。 したがって, 低金利銀行預金及
び低利回り債券形態での資金調達が, 現状の国際投資ポジションを維持できる
) らは, 年のアメリカの対外投資収益率は
%, 対内収益率は
%で
あっ。 特に年以降 における対外投資と対内投資の収益率格差は, 約
%ポ
イント程度あり, %ポイント以下に下がったことはないとしている。 したがって,
アメリカの対外投資収益率が低下した場合には, 国際収支レベルでの所得収支は更
に悪化する懸念があると指摘している。 もっとも, 上の数字は, アメリカ国内経済
の相対的収益率低下を示すものである ([
] )。
( )
第3図
アメリカの純投資ポジションと所得収支
(原資料) "
#
$
%
$&'%%
(
&)
%
*
[出所] [] +
,,
$
かどうか, 所得収支黒字を実現できるかどうかの条件である。 ちなみに
は, こうしたアメリカの国際投資ポジション構造を指し
て, 「世界の銀行家から世界のヴェンチャー・キャピタリストへ」 転換したと
記している)。
その上で指摘しなければならないのが, 資産・負債の通貨建構成が与える影
響である。 第4図に示されている通り, アメリカの負債の殆どは米ドル建であ
るのに対し, 上記の通り, 主に や株式投資から成る資産は, 投資先相手
国通貨建である。 によれば, 年末時点でアメリカの外貨建対外資産
は対 比約%, 米ドル建対外債務は同約%であったと指摘している)。
) [] 尚, イギリスの対外投資ポジションもアメリカ
と同じく構造にあり, イギリスもアメリカと同じくヴェンチャー・キャピタリスト
であるというのが らである ([] !)。 イギリスの国
際収支・国際投資ポジション分析の紹介については, [] 小林を参照されたい。
) [] イギリスもアメリカと同じ国際投資ポジションにある以上, ポン
( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
第4図
アメリカの通貨別対外資産・負債構成
注:は市場価格評価で修正済み。
(
) !
"
#
$
%
&
% '
[出所] [(] )
*'
+('
したがって, 米ドルがその他諸国通貨に対する名目為替相場で下落した場合,
投資先相手国通貨建対外資産の米ドル建評価額は逆に膨張してしまい, 純投資
ポジションはむしろ好転することになってしまうのである。 また, は,
米ドルがその他諸国通貨に対し一方的な全面安を回避できてきた過去年間の
経験を踏まえれば, 投資先相手国通貨の多様性によって, フロー次元の経常収
支赤字は激増しても, ストック次元のネット対外投資ポジションの対 比
ド安はアメリカと同じく外貨建資産の再評価益を得ることになる。 しかし, 後に記
す米ドル切り下げ論にイギリスが与すれば, ポンドの対米ドル為替相場上昇比率に
もよるが, イギリスの米ドル建対外資産のポンド建再評価は評価損を被ることにな
る。 「金融統合仮説」 が世界的に流布される中で, ここに英米間の呉越同舟の利害
関係が透けてみえてくる。 こうしたイギリス国際投資ポジションの抱える弱点につ
いては, [] 小林でも指摘されている (ページ)。
( )
率は, 年末%, 年末%と安定していると指摘するのである。 ちなみに,
アメリカ商務省が算出したドル下落による投資ポジション評価益の対 比
は, 年
%, 年
%, 年
%に相当すると紹介している)。
尚, 付言すれば, 米ドル為替相場の下落は, 米ドル建金融資産の自国通貨建
評価損を海外投資国に一方的に転嫁させていることはいうまでもない。
こうして米ドル下落再評価説の見解にしたがえば, 米ドルの為替相場下落は,
その外貨建対外資産の米ドル建評価額の嵩上げを意味しており, その分アメリ
カのストック次元での対外債務支払能力も膨れ上がることになる。
説
. 同説を唱える は, 年前半5ヵ月期を基準に, 事態がこのまま推移し
た場合, 年にはアメリカ経常収支赤字は対 比
%, グロスでみた対
外債務は年の
兆ドルから
兆ドル (対 比%から
%) に,
そして の対 比は−%から−%へと悪化の一途を辿ると推計し
ている)。 しかし は, 経常収支赤字が直ちにドル危機に転化するという
見解には与しない。 何故なら は, ここで新たに提起する 概念によっ
てアメリカ国際投資ポジションを再評価し, その結果アメリカは依然として
「純債権国」 の地位にあると主張するからである)。 要するにアメリカは, 依
然対外資産をもって対外債務の資産決算が可能というのである。
とは, 毎年の対外投資の投資収益額と対内投資の投資収益支払額を長
期金利, すなわち年物アメリカ国債の平均金利で除して資産・負債評価額を
出し (資本還元), その差し引きネット額を算出したものである。 したがって,
資産側の対外投資収益率と負債側の対内投資収益率が同率である場合, で再評価したアメリカの国際投資ポジションは, と同じとなる。 ともあ
) [4] ) [5] !
尚, の所説は [6] によっても知ることができる。
) [5] ( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
第5図
アメリカの国際投資ポジションと [出所] [5] れ, 第5図に示される通り, 概念によって の推計したアメリカの
国際投資ポジションは, 年対 比
%のプラスであり, 依然 「純債権国」
としての地位にあるというのである)。
もっとも, このように記す の見解が, 前掲第2表に示されていたアメ
リカの対外資産・負債構造に大きく依存していることはいうまでもない。 対外
資産における直接投資・株式投資による高収益, 対外負債における債券発行・
銀行借入による低い利子支払額こそが, の 概念で再評価したアメ
リカ 「純債権国」 論を支えているのである。
更に, 「双子の赤字」 の一半である財政赤字については, 戦後アメリカを含
) ( )
む先進諸国が財政赤字によって経済危機に陥ったことはないという歴史的経験,
アメリカが自国通貨米ドルによって債務を負うことのできる特権的地位
(
) から, 通貨のミスマッチに陥ることなく負債管理が可能
であること, こうした理由からアメリカの経常収支赤字が直ちにドル危機を招
くことはないとしている
)。
しかしながら, 第5図に示される通り, が新しく提起した 概念
でも, 近年アメリカの国際投資ポジションは次第に悪化してきている。 その背
景に控えているのが, 財政赤字と民間個人貯蓄率の低迷である。 特に が
問題視しているのは, 財政赤字が将来の生産性向上に結び付く公共投資には必
ずしも向かっていない点, そして過大な個人消費である。 もっとも, 民間投資
の抑制による民間貯蓄率の上昇は政策的誘導が困難であるため, 増税を含む財
政収支の健全化によって, アメリカの経常収支赤字を削減する必要があると強
調する。 さもなくば, 経常収支赤字は, 債務負担比率 (純利払い額/財・サー
ビス輸出額×%) を上昇させかねないというのである。 その結果発生する
アメリカ長期金利上昇は, その負債構造を特徴付ける債券価格の崩落を引き起
こし, らが指摘した貿易収支地域東アジアの外貨準備形態でのアメリ
カへの資金還流が先細り・途絶するだけでなく, で推計したアメリカの
国際投資ポジションも更に悪化して (対外投資収益率<アメリカ長期金利),
深刻なドル危機, ハード・ランディング・シナリオに陥る懸念があるという)。
) [5] ) [5] 「金融統合仮説」 のいう為替相場再評価益の一面
的強調に対し, アメリカの債務累積はいわば ダモクレスの刃であり, アメリカ
の金利上昇によって国際投資ポジション安定説のシナリオは破綻すると警告を発し
ているのが !
"# $%!
!である。 彼らは, アメリカ経常収支赤字がゼロに
なるためには, %の実質実効為替相場 (名目為替相場でも同程度) の上昇が必要
であると推計する一方, アメリカの金利上昇は, 一方で金利感応度の高い債務構造
であるが故に, 例えば米ドルが
%下落したとしても, %の金利上昇で外貨建
再評価益を消失させると警鐘を鳴らしている ([
] !
" # $%!
!
)。 尚, !
"# $%!
!説の詳細な紹介については [
&] 岩本を参照。
( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
問題は, 財政赤字削減という対内調整とパッケージとして提起されている対
外調整政策である。 は, アメリカ以外の諸国が毎年向こう三年間
%
で成長を加速させることを前提に, アメリカ経常収支赤字削減目標を, 年
の対 比−
%から
年までに約−3%までに削減するため, 既に記し
た 算出の実質実効為替相場がどの程度調整を要するか推計している)。
例えば, スウェーデン・クローネの場合, 年を基準年として
年3月ま
でに対米ドル
%と大幅に上昇したところから, 目標達成のためには米ドル
に対し
%上昇する必要があるとする。 他方同国の対ユーロ地域との貿易取
引ウェイトの大きさから, 同期間対米ドルで既に
%上昇したユーロを含む
主要貿易相手国通貨に対しては, クローネの実質実効為替相場は僅かに
%
の上昇で済むというのである。 そして, ユーロの場合には, 目標達成のために
は米ドルに対して5%の上昇, ユーロ自体の実質実効為替相場は7%の下落と
算出されている。 要するに, 当該国通貨の対米ドル為替相場は大きく切り上がっ
たとしても, 関係諸国が協調的対米ドル為替切り上げに臨むことで, 当該国通
貨の実質実効為替相場という点では, 個々の通貨の対米ドル為替相場切り上げ
率が計算上相殺されるため, 実質的な切り上げ幅は軽度に収まるというのであ
る
)。
しかし, 東アジア地域諸通貨の場合には, 事態は容易ではない。 日本円の場
合, この間米ドルに対し
%の上昇, 実質実効為替相場は−
%であると
ころから, 目標達成のためには対米ドル
%, 実質実効為替相場は
%上
) その際問題は, がいみじくも記している通り, 現在の
経常収支赤字水準に問題を認めない立場であれば, 為替相場の調整は不要であるし,
問題有りとする場合でも, ではどの程度の赤字削減水準を目標に立てて為替相場調
整に臨むかということである。 したがって, この点では, 将来の経常収支赤字推計
と関係付けて現状の赤字水準をどのように評価するか, またそうした推計からのコ
ラリーとして赤字削減目標をいずれに設定するかで, 調整を要するとされる為替相
場水準は大きく異なってくる ([2] )。
) [5] !
( )
昇しなければならないとされている。 中国・人民元の場合には, 対米ドル相場
%, 実質実効為替相場
%, マレーシア・リンギットの場合には, 各々
%, %, シンガポール・ドルの場合, 各々
%, %の上昇であ
る
)。
こうして の推計では, 東アジア地域の対米ドル為替相場切り上げ, そ
して実質実効為替相場の上昇は不可避であると結論付けられるのである。 しか
し, 当然ながら, 関係諸国の個別的な対米ドル為替相場切り上げは, アメリカ
市場のみならず第三国市場での当該国通貨の輸出競争力の一方的な低下を招く
だけである。 それは, いうなれば 「囚人のジレンマ」 に等しい。 それ故年
月のスミソニアン合意のように, 関係諸国総てが調整協議の上, 為替相場の切
り上げを行うべしと主張するのである。 これが のいう の要請である
)。
もっとも, 対米輸出依存諸国の対米ドル為替相場切り上げは, 当該諸国中央
銀行・通貨当局の為替市場介入が抑制され, 外貨準備という公的ルートでの対
米ファイナンスが減少することを意味する。 事態を放置したままでは, アメリ
カ長期金利の上昇は必至である。 そのためにも, アメリカを除いた諸国の対米
ドル為替相場切り上げとアメリカの財政赤字削減・貯蓄率引き上げによって,
長期金利上昇を回避しなければならない。 したがって, の 説は, 的アメリカの為替相場政策批判にも通じてい
くのである
)
) [5] ) [5] ) 対米ドル為替相場の切り上げだけでは, アメリカ以外の諸国は単に輸出減少によ
る国内景気低迷をもたらすだけである。 したがって, 為替相場切り上げ措置は, 内
需拡大策と結び付かねばならないというのである。 また, 切り上げによって, 米ド
ル建対外債務の債務負担比率は低下するため, その分だけ内需拡大の余地が発生す
るというのである ([5] )。 ちなみに !は, 短期的・中期的
にはともかくも, 長期的には米ドルの為替相場切り下げでは, アメリカ経常収支赤
字解消の抜本的解決策にはならないという。 何故なら, 為替相場調整効果によって,
( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
の所説は以上に尽きるが, 議論の核心はアメリカ長期金利の上昇をい
かに回避するかということにある。 何故なら, 長期金利上昇を回避しうる限り,
で推計したアメリカの国際投資ポジションは 「純債権」 国の地位にある
という の見解は貫徹するからである。
以上, アメリカの経常収支赤字 に関する三つの所説を紹介
してきた。 勿論, これら所説に対しては批判が展開されている。 そこで次にこ
うした批判的見解について紹介し, その後に現代の国際通貨金融システム=
「米ドル本位制」 について私見を記すことにする。
論争を巡る批判と 「米ドル本位制」 のジレンマ
()
論争を巡る批判
. アメリカ経常収支赤字健全説
批判の一番手は である。 は, 国際金融センターとしてのア
メリカの役割を重視し, 現代世界経済の不均衡から経常収支赤字問題をむしろ
当然であるとする。 その主な論点を要約すると, 次の通りである。
第一に, 経常収支赤字に対する貯蓄・投資バランスについて, 消費と投資の
性質を再検討すべきであるという。 国民経済計算では, 耐久消費財・教育・
への支出は, 一般に消費項目に計上されるが, 消費財の耐久性, 教育が
与える将来における人的資本の高度化, そして −特に知能情報化技術−
が, 企業の無形資産価値を引き上げることを考慮すべきであり, これらはいわ
ば貯蓄的消費と投資であるという。 また個人住宅投資も, 将来退職後に宅地・
建物を担保にして生活資金を借り入れるリバース・モーゲージのための現時点
での貯蓄的投資であるという。 最早強弁としかいいようがないが, の
たとえ短期的・中期的には経常収支赤字幅は減少したとしても, その後再びアメリ
カ特有の 効果が発現し, 収支赤字幅は拡大するからであると
記している ([] !")。
( )
こうした解釈が の 仮説に対する抗弁であること
は推察できよう。 財政収支については, 年と年のような臨時減税策を恒久
化させることを回避し, 財政支出削減に努めれば, 収支改善は期待できると主
張している)。
第二に, 米ドル為替相場下落による貿易収支調整効果は, 日本とユーロ地域,
特にドイツとの間では期待できないという。 その理由は, 戦後輸出主導で復興・
発展を遂げてきた両国においては, 日本円・ユーロの対米ドル為替相場の上昇
によって輸出減が発生すれば, 直ちに景気悪化による将来所得の減収を予想し
て, 消費を抑えて貯蓄に励むという性向が根深くインプットされているからで
ある。 したがって, 両国の貯蓄率は依然として高く, そのため金利低下が続い
ているものの, 高齢化社会では民間個人住宅投資も手控えられている。 また,
巨額の財政赤字を抱えている日本, 財政赤字対 比3%以下という収斂基
準を遥かに超えて7%近辺の財政赤字を抱えるドイツ及びユーロ諸国には, 財
政出動による内需拡大策は期待できないというのである)。
第三に, 年代後半の世界的金融危機以降, 危機に陥った諸国は今日経常収
支黒字・貯蓄超過傾向が定着している)。 そうした過剰な貯蓄を, 高い利回り
収益率を計上するアメリカが吸引するのは当然であり, したがって, アメリカ
が魅力的な金融商品を提供し続ける限り, 経常収支赤字は問題とはならないと
いうのである。 したがって, 「アメリカ経済は, 海外の金融投資とアメリカの
実物投資を仲介している」 というのである)。
確かに の指摘する通り, アメリカの経常収支赤字は, その裏面にお
) [8] ) [8] ) は, 年月に に投稿した記事の中で, アメリカは
毎年億ドルの経常収支赤字を計上しているが, その他世界では毎年6兆ドルの
貯蓄を生み出している。 したがって, その∼%をアメリカ向けに投資すること
は, 当然であると記している ([7] )。
) [8] ( %&)
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
いて世界的な貯蓄超過と過剰流動性を発生させている。 こうした事態を指して,
現 議長 は, と形容した。 また, 各国
に充満するそうした過剰貯蓄・過剰流動性をアメリカに還流させるべく, 各国
の 国 際 的 金 融 資 本 取 引 規 制 を 緩 和 す べ き で あ る と し た の が 前 議 長
の議論とは, こ
の 論であった)。 それ故, うしたアメリカ ・金融界の主流的意見を反映したものと考えることがで
きる。 しかし, 累増する経常収支赤字に何らの問題性も認めず,
論自体の存在さえ封印してしまう見解は極端に偏ったものとい
わざるを得ないであろう。
システム批判
. らが提示した という現代の世界経済, 国際通貨
金融システムの鳥瞰図に対しても, 各所から疑問や批判が寄せられている。 そ
の内, ここでは二つの代表的な見解を紹介しよう。
最初に の見解である。 彼らは, 現代の国際通貨金融シス
テムは, 変動相場制と国際資本移動の自由化が基調であり, 固定相場制と国際
資本移動の規制を原則としていた旧 体制とは異なっていると
主張する!)。 もっとも, らにしても, この点は承知済みであり, その
上で敢えて, "
年代以降続いてきた変動相場制と国際資本移動自由化の流れを,
経過的暫定的な段階であったというヴィジョンを提示しているのである。 上記
の通り, らが重視するのは, 貿易収支地域東アジアの外貨準備, 特に
中国の事実上の対米ドル固定相場制下における #$の為替市場介入と外貨
準備による対米公的ファイナンスである。 したがって, は,
の体制としての安定性, その脆弱性に論点を移して批判す
る。
) [3] '[!(] )
!) [%%] ')
*%)
( )
第一に, 旧 体制とは, 第二次大戦後の冷戦下において, ア
メリカを盟主とする西欧・日本等の国際政治的結束を国際的経済協定によって
制度化したものであった。 例えば, 年代のドル危機に際しての金プール協定
がそうであったし, 年以降の米ドル建外貨準備の対米金交換請求の自粛もま
た, そうした結束の表れであった。 これに対して, 現代のシステムにおいては,
そのような国際政治的結束を制度化した経済協定は存在しない)。
第二に, の為替市場介入による米ドル建外貨準備の増嵩にも限界が
存在し, 現実にも は外貨準備の多様化, 一部ユーロ建準備へのシフト
を始めている。 また, ロシアやタイの中央銀行も, 外貨準備の多様化シフトを
宣言している)。
第三に, アメリカの対外債務は余りにも巨額であり, 一日億ドルのネット
資金流入を仰がねばならない状況は持続不可能である。 実際, 年段階でア
メリカの対外債務額は輸出の%に達し, 年代末危機に陥ったブラジル
(%∼%)・アルゼンチン (%) と同じ道を辿っている)。 こうした
理由から, の体制としての永続性は何処にも存在しないし,
早ければ
年には綻びを見せ始めるとまで記している)。
では, アメリカ経常収支赤字問題は, いかにして打開されるべきか?
は, アメリカ・ユーロ・そして中国・日本等との政策協調
によって, 財政赤字削減等マクロ所得バランスの調整を講ずべし, ユーロ地域
は金融緩和政策を実施し, 中国・日本等は対米ドル為替相場を引き上げ, 世界
的な調整リスクを緩和すべしというのである
)。
) [] ) [] ) [] 彼らは, のエコノミストである !"#
を引用しており, 典拠となった資料をみれば, 年アメリカの債務$輸出比率は
%を超え, 危機以降同比率が改善したアルゼンチン・メキシコ・ブラジル・ト
%)。
ルコの水準を遥かに超えている ([%] !"#
) [] ) [] %, [] ( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
確かに現実は, の予想に反し, 年段階で既存のシス
テムが破綻することはなかった。 しかし, 彼らの所説が, 貿易収支地域東アジ
アの外貨準備に依存した 仮説のシステム安泰論, 或いは米
ドル下落による外貨建対外資産再評価益に安住した 「金融統合仮説」 とは異な
り, 実体経済の調整が不可避であることを強調している点で, アメリカ経済と
世界経済の対外不均衡に厳しい視線を当てているといえよう。
批判の二番手は, である。 は, 近著を予告した小論
の中で らの 仮説に言及している。 周知の通り, 「−
論」 を根拠に 「米ドル本位制」 を説く論客である。 増大するアメリカ経常収
支赤字をもって, 俄かに米ドルの暴落, 「同本位制」 瓦解を主張する見解を厳
は, ドル危機論者とは一線を画す
しく指摘する ) 。 したがって らの 仮説について, 一定の評価を行う)。 しかし,
対米ドル固定為替相場を維持すべく周辺国中央銀行・通貨当局が為替市場に介
入し外貨準備を保有する根拠については, らの輸出指向工業化による
「重商主義的」 なそれではなく, これら中央銀行・通貨当局が, 国内物価水準
安定を目的とした国内金融政策の名目アンカーとして対米ドル固定為替相場の
安定化を図っているからであるという。 それ故, アメリカ及びその他周辺諸国
との間の貿易・経常収支不均衡は, 関係諸国間の貯蓄・投資不均衡を反映した
ものであって, 為替相場の問題ではないというのである)。
) 「諸国の中で, 唯一アメリカだけは, 事実上無限の信用枠を他の諸国に対して有
し, 経常収支赤字を維持できるのである。 何故なら, 極端な場合, アメリカは国際
決済手段を創出して, 外国人に対する債務支払いを行うことができるからである。」
([] !
)
) [] !
"
!
) は, 第一次世界大戦後の戦債・賠償処理で有名となったいわゆるトラ
ンスファー問題をあげ, 要は為替相場水準の問題ではなく, 一方の国の所得−貯蓄
が, 他方の国の所得−消費に移転される問題であると指摘する。 したがって, アメ
リカの経常収支赤字問題は, アメリカの過大な消費を削減し, 黒字国の不足する消
費を増大させることであり, 収支調整問題を為替相場の次元に引き込んで解決しよ
うとするアプローチに対して厳しく批判している ([] !
!
)。
( )
以上のような の立論の背景には, 貨幣需要は国内的には不安定
ではあっても, 世界的には安定的であるという国際貨幣主義者の理論が反映さ
れている。 したがって, 年7月まで中国が事実上の対米ドル固定為替相場
制を実施していた理由も, 為替市場介入によって意図的に人民元を 「過小評価」
させるためではなく, 国内物価水準の安定化を図るためのものであったという
によれば, 仮説は, のである)。 それ故 らが考える以上に−たとえ対米ドル為替相場にペッグする仕方は緩やかなもの
に制度変更されていったにせよ− 「強固」 であり, アメリカの経常収支赤字削
減は, 東アジアとユーロ地域との間での協調的な所得調整策を通じてなされる
べきであるというのである)。
()
論争と 「米ドル本位制」 のジレンマ
以 上 , ら の 仮 説 に ア メ リ カ 経 常 収 支 赤 字
論争を結び付けた形で, 主な所説を紹介してきた。 そこで最後
に全体を通して, アメリカの国際通貨政策, として特徴付
けられた現代の国際通貨金融システムの不安定性, そして 「米ドル本位制」 の
ジレンマの三つの観点から諸説を踏まえつつ, 私見を展開していくことにした
い。
命題とアメリカの国際通貨政策
. 周知の通り, 年東アジア危機に際し, 欧米の主要な論客は 対中間的為替相場制度の一大論争に突入した。 その多くは, !
"
#モデルから演繹された 命題 (為替相場の安定性・
独立した金融政策・自由な国際資本移動の三つは同時には成立しえないという
) $
$
は, 人民元切り上げを求めることは, 中国を日本と同じく に陥れるものであると批判する。 こうした の見解につい
ては [%%] 拙稿, %&ページを参照されたい。
) [] '$
$
( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
命題) の衣鉢を引き継ぐ に与し, 新興経済諸国の変動相場制
移行と国際的金融資本取引・為替取引自由化の大合唱を演じてきたところで
ある)。 この政策スタンスについて, 「世界の銀行家から世界のヴェンチャー・
キャピタリストへ」 と記した の弁を借りれば, それは正
にアメリカの国際投資ポジションの現実と符牒が合う。
しかしながら, アメリカの場合, 命題における為替相
場の安定性が固有の為替相場制度の選択問題としては存在しない点に最大限留
意すべきである。 何故なら, 本来外国為替取引とは, 国際通貨国以外の周辺諸
国において取り組まれ, 外国為替相場もこれら周辺諸国市場で建てられる相場
だからである。 したがって, 年危機後変動相場制かハード・ペッグか, 或い
は通貨バスケット制かという特定の為替相場制度を巡る一大論争は, アメリカ
を除く残余世界の問題ではあっても, アメリカの問題では凡そないのである。
換言すれば, アメリカの場合, 命題を構成する三要件の
内の一つ, 為替相場の安定性は, 特定の為替相場制度の選択問題と結び付いて
浮上する訳ではないのである。
このことは, 命題を構成する三要件の内, 為替相場の
安定性, 換言すれば特定通貨に対する特定水準での為替相場の制度的安定性の
有無という要件は, 残余世界の中央銀行・通貨当局にとっては重要な政策選択
の課題とはなりえても, アメリカにとっては直接的な政策課題とは成り難いこ
とを意味している)。 極論すれば, アメリカの国際通貨政策には, 同命題の内
) 対中間的為替相場制度論争については, [] 拙稿を参照されたい。
) 米ドルの安定性は, 直接的にはアメリカの国際収支に規定され, 間接的媒介的に
は残余世界の特定の為替相場制度が条件付ける国際収支調整の在り方−単純化して
いえば, 固定相場制では主に公的外貨準備, 変動相場制であれば主に民間の国際金
融資本取引−に規定されているといわねばならない。 そのため国際通貨国アメリカ
の場合, 国内所得調整策による迂回的手段を除けば, 国際資本移動規制や為替管理
等の包括的措置 (例えば, 年代の金利平衡税, 直接投資・銀行対外投融資規制)
以外, 米ドルの為替相場の安定性を直接操作することは不可能なのである。
( &)
の二つ, すなわち独立した金融政策と自由な国際資本移動の二つの要件しか存
在しないことになり, それは の 「−論」 と正に理論整合的であ
るばかりか, 年の旧 体制が崩壊して後, アメリカが今日
まで採り続けてきた国際通貨政策, いわゆる 政策とも政策整
合的である。 かくて独立した金融政策のフリー・ハンドを得たアメリカは, イ
ンフレ・ターゲット策による米ドルの対内通貨価値安定性を図る一方で, 自由
な国際資本移動策を通じては, 世界最大の対外債務国に陥ったその国際収支ファ
イナンス・ニーズを充足させ, 尚且つヴェンチャー・キャピタリストとして国
際金融仲介機能を発揮してきたのである。
しかし, 論争において押並べて主張されている政策は, 米ド
ルの切り下げである。 それは, 変動相場制からカレンシー・ボード制のような
ハード・ペッグに至るまで各種各様の為替相場制度を具えた残余世界の通貨の
対する米ドルの切り下げ, 残余世界の諸通貨, 特に人民元等東アジア地域諸通
貨の対米ドル為替相場切り上げである。
ところが, 上記の通り, 米ドル自体には特定の為替相場制度は存在しない。
したがって, アメリカは, 特定国の為替相場制度の変更と特定国通貨の対米ド
ル為替相場水準の切り上げという二国間交渉で, 残余世界の政策選択にまで干
渉しているのが現実である。 その典型が, 年9月に始まった米中戦略的対
話 (
) であり, 日本を含む東アジア地域諸通貨
に対する対米ドル為替相場切り上げ要求である。 このことは, アメリカの国際
通貨政策が, 延々と続く な二国間交渉に引きずられていくことを意
味し, これを回避しようとすれば のいう ! "
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な多国間調整策を主導するしかないであろう。
こうして 論争を通じて明らかになったことは, アメリカの
国際収支赤字を不問に付す 政策が最早限界に達し, 残余世界
の特定の為替相場制度が条件付ける国際収支調整の在り方にまで政策介入をせ
( )
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
ざるを得なくなっているというアメリカ国際通貨政策の現実である。
システムの不安定性−アメリカ国際金融資本政策の
. 矛盾−
巨額の経常収支赤字を計上し, 最早所得収支黒字のみがフロー次元の生命線
となっているアメリカの国際収支構造である。 直接投資を通じた米系多国籍企
業のグローバル展開の条件のみならず, 米ドル建国際金融資本取引が新興経済
諸国の金融資本市場を駆け巡る条件をも整備することは, アメリカの国際収支
構造を延命させる上で不可欠の制度条件である。
しかし, 世界のヴェンチャー・キャピタリストたらんとすることには,
システムの安定性と矛盾する一面を有することに留意する
必要がある。 何故なら, アメリカが 「双子の赤字」 を国際的金融資本取引によっ
て常にファイナンスし続けなければならない以上, 新興経済諸国の変動相場制
への移行と国際金資本取引・為替取引の自由化要求策は, それが特に のいう貿易収支地域東アジアに向けられた場合, 中央銀行・通貨当
局の為替市場介入による外貨準備の増大=安定した対米ファイナンスの資金ソー
スを ノン・システムの市場原理に委ねてしまうことを意味する。 加えて,
ユーロが登場した現在−ユーロ現金流通領域の拡大にしたがって, 国際通貨ユー
ロの流通領域は縮小するという逆説はあるにせよ−, 米ドル建国際決済システ
ムに代位しうる通貨が登場したことは紛れもない事実である。 今日ユーロは既
に民間次元での国際金融取引資産, 公的国際準備資産としての地位を一定程度
確立しており, 米ドルとユーロとの綱引きは, 仮説のいう
金融資産利回りに左右されているといっても過言ではない。
したがって, の危惧する通り, 今後中国が一連の自由化
に踏み切った場合, 民間次元の投資家は, 米ドル建金融資産の運用からユーロ
建金融資産のそれへと脱兎の如く切り替えるかもしれない可能性がある。 現に
外貨準備資産の運用が (
, 政府系投資ファンド)
( )
に委託され始めている。 欧米の論客が予てより指摘してきた通り, 事実上の対
米ドル固定相場制の介入・維持コストが無視できないとすれば, 高利回り運用
を求める が, 今後も果たして低金利・低利回り且つその自国通貨建評価
に差損が発生しかねない米ドル建金融資産に敢えて甘んじるかどうか, 注視し
ていく必要がある。 裏を返せばこのことは, エコノミストや 説
の安全弁ともいうべき, 低コスト国際資金調達依存のアメリカの国際投資ポジ
ションが, 従前通りに今後も引き続き推移しうるかどうかということである。
そして, 残余世界, 特に対米債権国である東アジア地域が変動相場制に移行
し, これら諸国通貨の対米ドル為替相場が上昇すれば, の指摘する通
り, アメリカの輸入商品価格は上昇してインフレが発生し, 次にそれは の金利引き上げを誘発して資産価格下落, 逆資産効果発現の引き金ともなりか
ねないのである。 詰まるところ, インフレとデフレとが同居したスタグフレー
ションに陥る可能性さえあるのである)。 この点で, 世界のヴェンチャー・キャ
ピタリストたらんとするアメリカの国際金融資本政策は, 逆に独立した金融政
策を拘束することになりかねず, 矛盾した側面を具えている点に留意しなけれ
ばならない。
と 「米ドル本位制」
. 米ドルの国際通貨としての 上記のように記せば, ならずとも, アメリカは唯一負債決済が
可能である国際通貨国であり, 「米ドル本位制」 の破綻はありえないとの批判
が予想される)。 しかし, 既に記してきた通り, 年時点において, 現代の
「米ドル本位制」 には次のような脆弱性が存在していたことに留意しなければ
ならない。 第一に, 仮説が重視する東アジア地域外貨準備
による対米公的ファイナンスが, その安定性を失った場合, 第二に, 「金融統
合仮説」 のいう対外資産収益が, アメリカ長期金利の上昇による対外負債利払
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Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
い増大によって相殺され, 更に所得収支おいてもマイナスを計上した場合, 第
三に, 米ドルの為替相場下落とインフレが金利上昇を誘発し, の による外貨建対外資産の評価額が減少する一方で, 米ドル建対外負債=残余世
界の米ドル建対外投資の自国通貨建評価損を発生させ, 対米ファイナンスに資
金供給していた残余諸国がアメリカ金融資本市場から逃避を開始した場合, で
ある。 それでもなお, アメリカは米ドル建流動負債によって対外債務を決済で
きると主張する見解があるとすれば, それは国際通貨国としてのアメリカは,
本質において米ドル建対外金融負債を米ドル建対外流動負債で決済可能である
というに等しい。 最早論理の循環論であり, ここでは と同じく,
米ドルの国際通貨としての流通根拠, は不問に付されたままで
ある。
しかし, 東アジア地域の外貨準備の役割を強調する 仮説
は, むしろそうした負債決済が可能である条件を特定化していると読むことが
できる。 更に, や らがいう財政赤字削減・貯蓄率上
昇の必要性とは, アメリカが資産決済を求められる可能性があるが故に, フロー
の国民所得次元でのネット貯蓄資産形成の必要性を主張しているのである。 彼
らの見解では, 国際通貨としてのアメリカ・ドルの持続可能性に黄色信号が点
滅していることになる。 これに対し, 概念を提起する の見解は,
資本還元された金融資産・負債ポジションによる既存システムの延命論ではあ
るが, 論理を構成する米ドル切り下げ論は, アメリカの対外負債の借金棒引き
論, アメリカ実体経済の安売り論である点に留意しなければならない。
したがって, たとえ国際通貨国アメリカがその対外債務を今後も引き続き負
債決済することが可能であるとしても, それは決して無条件的ではありえず,
将来における歴史的条件に規定されてのことである。 そうであればこそ, 「世
界の銀行家から世界のヴェンチャー・キャピタリストへ」 と記した )」 を指摘し, 世界
も, 「米ドルへの取り付け (
( %)
貨幣=金或いはその他資産への逃避という 「
の亡霊 (
)」 が付き纏っていることを指摘するのである)。
結
語
以上, 本稿は 仮説という現代の国際通貨金融システムの
鳥瞰図に, アメリカ経常収支赤字 論争を組み込ませつつ, 諸
説を紹介してきた。 対 比8%近くの経常収支赤字という現実を前に, ア
メリカの論客たちも正に百家争鳴, 評価・見解は混沌としている。 年代以降,
アメリカは巨額の 「双子の赤字」 に直面し, その最終決済を先送り繰り延べす
べく, 残余の世界に対し変動相場制移行と国際金融資本取引・為替取引の自由
化という国際通貨金融政策を主張してきた。
しかし, そうしたアメリカの政策も, ユーロの登場, そして世界最大の対外
債権国として登場してきた東アジア地域, 特に中国を前に, 前後撞着一貫性を
失いつつあるかに考えられる。 それと共に, 年危機後の 対中
間的為替相場制度との論争, その後の人民元為替相場制度論争と本稿で取り上
げてきた論争を通じてみえてきたことは, 論争の主流派見解の基礎となってき
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命題が, ことアメリカの経常収支赤字 問題については, 本質的にその理論的適用範囲から外され, 「金融統合仮説」
を振り翳して強弁を繰り返さざるをえないという状況である。 今日 「双子の赤
字」 により世界最大の債務大国に陥ったアメリカは, ラテン・アメリカ危機を
モデル化した危機の第一世代説が当てはまる様相を呈している。 しかし, 主流
派はことアメリカに対してのみは例外扱いのようである。 ここにみられるのは,
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政策を行使してきたアメリカの独占的地位と残余世界の
国際通貨金融システムにおける非対称性という現実のみならず, そうした非対
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( 49)
Bretton Woods システムと現代アメリカ国際収支赤字の Sustainability 論争について
称性を合理化すべく世界中に流布された理論の適用範囲の非対称性であるとい
わざるを得ない。
参考文献
[英語論文]
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現代の貨幣・金融
ミネルヴァ書房, 12年, 第5章所収]。
[2] 岩本武和 「アメリカの経常収支赤字の持続可能性−キャピタルゲインと評価効果
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世界経済評論 , 0年9月。
[1] 木下悦二 「世界不均衡を巡って−世界経済の構造変化の視点から−」
世界経済
評論 , 0年9月。
[] 小林譲治 「英国の対外投資ポジション」
証券経済研究
第2号, 0年6月。
[] 鳥谷一生 「「円キャリー・トレード」 と国際通貨金融危機」 [平勝廣編著
バル市場経済化の諸相
グロー
ミネルヴァ書房, 第3章所収, 年3月]。
[] 鳥谷一生 「危機後における東アジア地域の通貨金融協力体制− 「米ドル本位制」
下における意義と限界−」
大分大学経済論集
第)巻第3号, 年9月。
[] 鳥谷一生 「アメリカにおける人民元為替相場制度論争と 「米ドル本位制」 の論理」
大分大学経済論集
第1巻第3号, 0年9月。
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