全文 - 産学官の道しるべ

2014
6
Journal of Industry-Academia-Government Collaboration
Vol.10 No.6 2014
http://sangakukan.jp/journal/
芝浦工業大学
國井秀子
学長補佐・大学院工学マネジメント研究科 教授
ビジネス創出を支える
人材の育成急げ
欧州がイノベーション・市場化への活動を強化
― 新しい研究開発枠組みプログラム「Horizon 2020」―
日本発のトレーニング方法「Tabata」
英企業、国際的フィットネス事業を展開
特集
産学官6月号.indb
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共同研究開発で課題解決
2014/06/10
11:37:48
巻 頭 言
産学連携を超えた地域活動の可能性
ビジネス創出を支える人材の育成急げ
美馬のゆり… ……… 3
國井秀子… ……… 4
海外トレンド
欧州がイノベーション・市場化への活動を強化
―新しい研究開発枠組みプログラム「Horizon 2020」―
日本発のトレーニング方法「Tabata」
英企業、国際的フィットネス事業を展開
山下 泉… ……… 8
田畑 泉… …… 11
特 集 共同研究開発で課題解決
静岡県立大学 薬食研究推進センター
医薬品と機能性食品の“橋渡し研究”推進
山田静雄… …… 13
つながりから未来の関係を予測する
山口和泰… …… 15
幹細胞糖鎖精製ラベル化キットの開発
極端紫外線による半導体素子製造技術の実用化
CONTENTS
大企業の開放特許 文系大学生が製品開発
3 年ぶりに基礎研究事業から起業
― 平成 25 年度 JST 事業発ベンチャー調査 ―
連載
福島雅夫 / 阿部皓基… …… 17
木下博雄… …… 19
… …… 21
中神雄一… …… 24
ドイツの産学連携と研究推進機関の役割
第 3 回 シュタインバイス
もう一つのユニークな産学連携機関
永野 博… …… 26
イベントレポート
大学発ベンチャー再興シンポジウム
~加速する大学発ベンチャー創出とこれからの取り組みについて~
2
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元気なベンチャー生み出す秘訣を学ぶ
… …… 29
視点 / 編集後記
… …… 31
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巻
頭
言
■産学連携を超えた地域活動の可能性
美馬 のゆり
みま のゆり
公立はこだて未来大学 教授
2013 年 7 月、産学が連携し、3 年がかりで開発してきた「クルンバッソアイスクリーム」が発
売となった。また 2014 年 4 月、
2008 年から続けている産学官民連携組織であるサイエンス・サポー
ト函館の活動が、文部科学大臣表彰科学技術賞(理解増進部門)を受賞した。いずれも、函館とい
う地域に点在していた活動や人々がつながり、
目標を掲げて活動を続けてきた成果だと考えている。
筆者の役割は、メンバーが互いに学び合う環境、すなわち、各個人や組織だけが利益を追求する
のではなく、地域全体としての繁栄を考え、参加と協働の機会を提供することである。チームは生
き物である。常に耕していることが継続と発展につながっていく。
新たに活動を始める際に意識していることがある。それは以下の3つである。
アイデア そこに至った背景、過程、動機
ビジョン それを行った後どうするのかの展望
インパクト それが社会に与える影響
仲間集めをするにあたって、この 3 点を提示し、共有するのである。例えばクルンバッソアイ
スクリームの場合は、ドイツにおける車葉草の利用をヒントに、開発する商品と個人の趣味として
の利用が共存すること(アイデア)
、車葉草の香りが函館の香りとして全国に広まり、息の長い定
番商品の開発と普及を目指す(ビジョン)
、
地域ブランド商品を開発する「函館ハーブ研究会」の
方法が、産学連携を越え、市民を巻き込む手法として、全国に先駆けたモデルとなる(インパクト)。
一方、サイエンス・サポート函館の活動については、英国におけるサイエンス・フェスティバル
と、お祭り好きの函館市民の存在(アイデア)
、各組織の特色を活かした社会連携活動で、入口「科
学は楽しい」から「科学と社会の関係」
「社会の未来」を考えるようになることを目指す(ビジョ
ン)、函館市民の科学リテラシー向上のほか、科学館のない地域でも実施可能であることを示すモ
デルケースとなる(インパクト)
。
このように最初に設定した問題について、さらにチームのメンバーで、活動の方法や目的、意義
を具体的に検討する。この過程を通して各メンバーは、自らの役割を見いだしつつ、活動について
他者に物語れるようになっていく。自発的な行為が生まれ、チームが動き出し始める。
多様な背景を持つ市民による、それぞれの専門性を活かした連携活動が広がってきている。産学
連携だけでなく、市民参加を含めた、生涯にわたる長期的な学習環境と社会的ネットワークの形成
が、人材育成や文化振興につながっていく。
いま、函館をはじめとする全国の地域で起こっていることは、産学連携活動を越え、日本が抱え
る課題を解決する新たな道筋を提供するに違いない。
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國井秀子
芝浦工業大学 学長補佐・大学院工学マネジメント研究科 教授
ビジネス創出を支える人材の育成急げ
米国ではなぜベンチャー企業が数多く創出さ
れるのか。その強みは、大学生が正課とし
てアントレプレナーシップの基礎トレーニン
グを積めることや、ビジネスの世界では起業
の成功者がエンジェルなりメンターとなって
後輩を指導する仕組みがあること。わが国で
は、挑戦する人材を育てるために、大学の役
割が大きいという。米オースティンのイノ
ベーションを例に、わが国の課題を考える。
(聞き手:本誌編集長 登坂和洋)
成功モデルのオースティン
― 最近、米国のオースティンに行かれたそうですね。
國井 シリコンヒルズのオースティンとシリコンバレーに行ってきました。シリコンヒ
ルズはアントレプレナーを育成してベンチャー企業をたくさん創出しています。 半導
体関連企業に加えて先進的な IT 企業がどんどん増えています。 20 年前から比べ
れば、数倍の都市の大きさになっています。まさに産学官が連携してイノベーショ
ンを起こしている成功例、世界で一番いいモデルだと思います。
― 先生はこの地域の中心的な教育研究機関であるテキサス大学オースティン校に留学
されていました。
國井 ここはスパコンもあるいわゆる研究大学です。自然科学、工学だけではなく
て、社会科学もありビジネススクールもあり、いろいろな研究を総合的にやっていま
す。 特に IT やものづくり系の技術が高度である一方、ビジネススクールが一緒に
なって人材育成、アントレプレナーを育成しています。ビジネススクールには、アン
トレプレナー育成のための教育・研究機関として IC スクエアというところをつくっ
ています。この下には、オースティン・テクノロジー・インキュベーターという会社
もあります。
要するに、ビジネス創造に関するさまざまな機能の施設、サービスが大学の下に
あり、それらが産業界や自治体と密に連携しているわけです。この大学の学生さん
だけでなく、地域の人が新しいビジネスに挑戦したいというとき、このスクールやイ
ンキュベーターなどを利用します。 大学といえば大学ですけど、イノベーションの技
術とビジネススキルの両方を指導していく環境があるんですよ。まさに産官学連携
でのイノベーションのエコシステムが地域の中でできている。これは参考になるかと
思います。
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― オースティンはいつごろからこうした取り組みを行っているのですか。
國井 今のオースティンは1年や2年でできたわけではありません。ビ
ジネススクールのコズメツキーという先生がビジョンをつくり、州政府
や地元の産業界などを巻き込んで、必要な機能を少しずつつくられた
んですね。ご自分でもお金を出されたようですけれど、ファンディング
会社やインキュベーターを新たにつくり、また、外から呼び込んでき
ました。 1980 年代にはビジョンは持っていらして、具体的に大きく動
き出したのは 90 年代に入ってだったと思います。 私がテキサス大学
オースティン校にいた 80 年代初めは、町の中にはそういう雰囲気は
ありませんでした。 大学も研究一辺倒でした。イノベーション施策が
動きだしたのはその後ですね。
80 年代ごろには同大学の資金の 85%を州政府が出していましたが、今は 15%し
か出していません。それでも研究大学として評価は高まっています。一方で今お話し
したようにビジネスに優れた人材を育成し、さまざまな産業創出の事業にも関わり、
地域の産業創出・活性化にも貢献しています。相乗効果があるわけです。シリコンバ
レーからの技術人材の流入も顕著です。現在、人口が毎年約 4 万人増加しています。
アントレプレナーシップを醸成する実践教育
― 日本は何が欠けているのでしょうか。
國井 技術だけにお金を投入しても、イノベーションにつながっていくわけではあり
ません。今は異分野の技術が融合して、新たな価値を提供する製品や総合的なサー
ビスが求められています。ここにイノベーションが起きるケースが多くなっています。
わが国もそういう方向を狙っていく必要があるでしょう。 世界を見渡すと、イノベー
ション創出は主に若手が担っているので、若手人材を大事に育て上げられる環境を
どううまくエコシステムでつくるかが課題です。リーダーシップをとるのは、産学官
のどの分野の人でもいいと思います。
― 日本ではアントレプレナーシップがなかなか育たないと言われています。
國井 失敗してもそれが経験だととる文化とそうでない文化があります。この差は
大きいですね。「官製」を含めさまざまなファンドの創生など起業促進の動きが再
び活発になっていますが、重要なのはアントレプレナーがそこで育つかどうかです。
起業で成功することは簡単なことではありませんから、自ら選択し、波がいろいろあっ
ても、乗り越えていくだけのパッションを持ち続けないと、どんな事業もうまくいきま
せん。グーグルだって、アマゾンだって苦労した時代があったと思います。でも、こ
ういうサービスは世の中に広がるだろうと思って、夢を持ちながらガレージから始め
ているわけですよね。 基本は 「人」 なんです。 企業体として基本的な機能はある
程度持っていることは必要ですが、技術を持っていても、あるいはしっかりしたビジ
ネスモデルがあっても、引っ張り続ける人材がいないと何も成功しないんです。
― 大学は学生をどう教育すればいいのでしょう。
國井 学生さんが、単位の取れる正課として、アントレプレナーシップの基礎のトレー
ニングを積めることが大事でしょう。いったん社会に出ると失敗ばかりしていられな
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いでしょうから。スタンフォード大学やハーバード大学などでも学生は、学
内にいる間にビジネスをトライできる環境があります。あれは強みになるん
じゃないでしょうか。 大きなことでなくてもいいので、起業と事業運営を一
回りやってみるのは重要です。
例えばスタンフォード大学の d.school だと、学生が自らビジネスプラン
をつくって、地域のエンジェルなどを呼んで、自分の提案を実際の授業の
中で聞いてもらっています。それで、そのビジネスプランが面白ければ、
「資
金を出そう」ということになります。 授業がすでに実践の場なんですね。
こうしたやり方も一つですね。
米国で参考になるのはビジネススクールの役割に限りません。シリコンバレーやシ
リコンヒルズのように実践を通して学ぶ場があり、失敗しても再び受け入れる文化
があり、起業の成功者がエンジェルなりメンターとなって後輩を指導する仕組みが
あります。しかし、これらがない日本では、アントレプレナーの育成に、大学が果た
す役割は大きいはずです。ビジネスモデルを考えて、関連するさまざまな組織を結
び付け、いろいろ挑戦する人を育成できるのが大学です。
― 日本の大学の現状はどうですか。
國井 米国のビジネススクールのような機能は日本の大学にはほとんどありません。
ビジネス創造について実際に経験していてケーススタディーを話せるとか、実践的に
サポートできる人材があまりいませんし、そういう人材を育成できる環境もありません。
急がれる日本の“ビジネススクール”
― とはいえ、わが国では大学の先進技術(特許)を活用して産業を生み出していこうと
いう機運が再び高まっています。 大学への期待も大きくなっています。
國井 そうですね。 大学発ベンチャー創設やファンドの動きが活発化しています。
東京大学など4大学が出資できるようになるそうです。エコサイクルを回そうとする
と、一番問題になるのは人材です。この4大学には本格的なビジネススクールがあ
りません。 最近少しビジネス関連のプログラムが提供されだしましたが、アントレプ
レナー人材を育成できる場が乏しいのです。
― こうした人材の育成が急がれることについては、 産学官各界がほぼ共通の認識を持
つようになりました。
國井 リーディング大学院とか、少しずつその方向性を目指しているプログラムもあ
りますが、課題はそれを評価するときの評価委員の考え方です。 やはり「論文の
数は?」とかと言っていらっしゃいます。 米国流のビジネススクールは、どれだけ産
業を生み出したか、あるいはイノベーションに結び付けたかで評価されます。 米国
では、実践することを教育と見なしています。日本の場合、実践となると、研究よ
り低いものと見なされることが多い。日本では、教えられる人がいるかという課題も
あります。 PBL(Project Based Learning)が広まりだいぶ柔軟になってきたか
らよくなるかもしれませんが、単位にするのがまだ難しいケースもあります。それに、
教員には、実践教育を行うために外部の機関や人と交渉して教育環境を整えるこ
とに消極的な方も多い。 実際こういう仕事は学内であまり評価されないのでしょう。
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多様な支援の形
― 大学から社会に目を転じると、起業家・ベンチャー企業を育成・支援する団体や企業
が少しずつ増えています。
國井 ベンチャー企業のサポートにはいろいろな形があると思います。 例えば、オー
スティンである女性が起業し今は大変成功しているそうですが、初めはあちこち出
資を呼び掛けても相手にされませんでした。この企業に、最初にコズメツキー教授
が1ドル投資をしたというだけで、「あの先生が投資したんだから」と、ほかの人も
話を聞いてくれるようになったと聞きました。ですから、支援するとしても金額だけ
ではないんです。こういう形で、支援したいベンチャー企業に 「信用」を与える形
もあるのですね。
私は株式会社産業革新機構の委員もやっていますが、ここには国がお金を出して
いますので、産業革新機構が投資したというのが信用になっているという話はよく
聞きます。ところで、同機構は、起業に対してはセカンドラウンドのインベストメント
を主に対象としているので、金額も大きいことが多いのですが、大学からの投資は
違うと思います。 研究資金とは違うことを認識する必要があります。オースティンの
話を聞いていると、最初の投資金額はかなり小さい。 資金提供という機能以上に、
ビジネス面でここが足りない、あれが足りない、こうしたらいいとか、実務的なアド
バイスが多い。エンカレッジもしてくれる、こういう場が大切なんですね。
― 多様な支援の仕組みが必要なわけですね。
國井 シリコンバレーのエンジェルは、これが面白いと思ったら、お金も出すけれど
そのマネジメントに対してもいろいろアドバイスする。そこでビジネスに長けた人の
経験を投入できるわけです。ビジネスを成功させるためにはいろんなファクターがあ
ります。「信用」もその一つでしょう。それは信頼できる目利きが存在することです。
足りないファクターを補完してあげ、人を育て、成功した人が次世代を育てるという
エコシステムがあります。
求められる取り組みの加速
― 最後に、わが国のイノベーション創出に向けてひとことお願いします。
國井 わが国の課題は何か、イノベーションを生み出す仕組みで何が不足している
のか。その認識は高まっています。エコシステムが重要だという点では一致してい
ます。ファンドができています。 本格的なビジネススクールはできていませんが、そ
うした勉強ができるようなコースが出始めています。でも、こうした取り組みを加速
する必要があります。そこなんですよ。
とはいっても、突然シリコンバレーのような理想を掲げて、あれでなければだめ、
オール・オア・ナッシングというやり方が一番よくありません。 変革しなければなら
ないところにリソースを戦略的に投入しないとスピードアップしません。 難しい局面
が続きます。
― ありがとうございました。
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欧州がイノベーション・市場化への活動を強化
海外トレンド
― 新しい研究開発枠組みプログラム「Horizon 2020」―
遠い欧州での大規模な研究開発投資プログラム。日本から参加はできても原則と
してファンディングを受けられない。このプログラムは私たちにとってどのよう
な意味をもつか。
■はじめに
山下 泉
やました いずみ
独立行政法人科学技術振
興機構 研究開発戦略セ
ンター 海外動向ユニッ
ト フェロー
2013 年 10 月と 2014 年 3 月に渡欧し、欧州の新しい研究開発枠組みプログ
ラムである Horizon 2020 について調査を行った。このプログラムは、7 年間
で 770 億ユーロ(1 ユーロ 140 円として 10 兆 7,800 億円)という多額の資金
を配分するものであり、世界的な注目を集めている。本稿では、Horizon 2020
の特徴を整理するとともに、その意味について考察する。
■ Horizon 2020 の概要
Horizon 2020 とは、2014 年 1 月に開始された、新たな研究開発枠組みプロ
グラムである。研究開発枠組みプログラムとは研究開発・イノベーションに関す
るプログラムの全体的な方向付けを行う複数年プログラムで、現在までで約 30
年の歴史がある(図 1)。この枠組みプログラムは、2010 年に策定された欧州
の成長戦略である Europe 2020 の一部の実行プログラムとしての位置付けをも
つ。つまり、研究開発の成果を、いかに欧州の成長に結び付けていくか、という
点に主眼が置かれている。
Horizon 2020 は、大きく 3 つの取り組みに分けられ、それらに従って公募
1986
単一欧州
議定書
1997
アムステル
ダム条約
1992
マーストリヒト
条約
2009
リスボン条約
2010
EUROPE
2020
2000
リスボン戦略
2014
New
Financial
Framework
2020
1984
フレームワークプログラム:29年
FP1
FP2
FP3
FP4
欧州研究圏
(ERA)
2000
FP5
European
Research
Council
2005
FP6
FP7
Horizon
2020
ESFRI
2002
図 1 欧州の条約・戦略と研究関連プログラムの時系列
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柱
金額(億ユーロ) 金額
社会的課題への取り組み
297
29,679
卓越した科学
244
24,441
産業リーダーシップ
170
17,016
欧州イノベーション・技術機構(EIT)
27
2,711
共同研究センター(JRC)(原子力を除く)
19
1,903
その他
13
1,278
型の資金配分が行われる(図 2)
。まず「卓越
した科学」で、基礎研究支援や研究者のキャリ
(億ユーロ)
19 13
27 2%2%
3%
ア開発支援等を通じ、欧州の研究力を高めるこ
とを目的とする。
次に
「産業リーダーシップ」
で、
産業技術研究の支援、リスクファイナンスの提
170
22%
供、中小企業の支援などを通じ、技術開発やイ
ノベーションを推進する。最後の「社会的な課
題への取り組み」では、7 つの社会的課題を定
社会的課題への取り組み
卓越した科学
297
39%
��
産業リーダーシップ
770億
欧州イノベーション・技術機構(EIT)
ユーロ
共同研究センター(JRC)(原子力を除く)
244
32%
その他
義し、その解決に資する取り組み(基礎研究か
らイノベーション、社会科学的な研究まで)が
図 2 Horizon2020(額の大きい順)
行われる。ただし、ここでは、より市場に近い
取り組み(パイロットテスト、テストベッド、デモンストレーションなど)に主
眼が置かれている。その他にも相対的に小さな取り組みがあるが、ここでは省略
する。
■ Horizon 2020 の特徴
では、この Horizon 2020 は、これまでの取り組み(第 7 次研究枠組み計画
[FP7])と比べて何が変わったのか。また、変わらぬ特徴として注目すべき点は
何か。
イノベーション関連プログラムの取り込みとシームレスな連携のための工夫
Horizon 2020 では、イノベーションから市場化の手前ま
での活動の比重が増している。FP7 が研究開発をメインの
♫఍ⓗㄢ㢟䜈䛾ᑐᛂ
ターゲットとしており、イノベーション関連のプログラムが
別の枠組みとして独立していたのとは対照的である。全体予
算は FP7 の 1.5 倍くらいなのだが、その増加分の大部分が
⏘ᴗ䝸䞊䝎䞊䝅䝑䝥
༟㉺䛧䛯⛉Ꮫ
ᇶ♏◊✲
イノベーション関連の取り組み(リスクファイナンスの提供
や公共調達などの、研究開発以外の取り組みも含む)による
኱つᶍᐇド
䝕䝰䞁䝇䝖䝺䞊䝅䝵䞁
ᢏ⾡㛤Ⓨ
ᕷሙ໬
䝥䝻䝖䝍䜲䝢䞁䜾
䝟䜲䝻䝑䝖䝔䝇䝖
ものだと言われる。
また Horizon 2020 では、研究から市場化に向けてのシー
ムレスな連携を目指した工夫が見られる。第 1 に、上述の
図 3 Horizon2020 の3つの取り組みの関係
ように、研究開発だけでなくイノベーション・市場化に向け
た取り組みが一つの枠組みプログラムに含まれたことである。全体を統一的にデ
ザインしようとする姿勢がうかがえる(図 3)
。第 2 に、単に多様な個別プログ
ラムを一つにくくるだけでなく、
それらをつなげる仕組みを導入したことである。
例えば、ボトムアップ型基礎研究プログラムである欧州研究会議(ERC)のプ
ログラムで得られた研究成果を対象とした、コンセプト実証型のプログラムであ
る。基礎研究を基礎研究で終わらせない仕組みが組み込まれている。
さらに、Horizon 2020 では、ナショナルコンタクトポイントと呼ばれる
Horizon 2020 への参加者への情報提供などのサポートを行う機関が強化され
た。日本においても、日欧産業協力センターが初のナショナルコンタクトポイン
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トに任命されている。このような仕組みを整備することにより、EU 域内外から
の参加を積極的に募っている。
全体として、研究フェーズ間・研究主体間をつなぐための仕組みが強化された。
外部の投資を巻き込む仕組み
Horizon 2020 は欧州の科学技術・イノベーションの中心であるが、それはあ
くまで中心に過ぎない。Horizon 2020 の周りには、各国の政府機関や企業が集
まり独自の資金を投入するとともに、隣接領域での独自プログラムを運営してい
る。それらを通じ、Horizon 2020 は、770 億ユーロというそれ自身の予算より
も大きな規模の活動を誘発していくと考えられる。
このような活動の中心となるのが、共同技術イニシアチブ(JTI)などの産学
連携組織であり、FP7 時より活動を活発化させている。産業界とアカデミアか
らの出身者により運営されるこれらの組織は、多くの企業をパートナーに持つ。
活動の内容は、戦略研究アジェンダ(Strategic Research Agenda)を通じて、
特定分野の今後の研究開発の道筋を提案するとともに、Horizon 2020 の一部の
プログラムのファンディングを実施することである。つまり、Horizon 2020 に
は、国をまたいだ官民の連携を促進し、連携組織から得られたアイデアを政策
に反映するとともに、ファンディングを外部委託する仕組みが存在する。また、
JTI に対しては企業からおおむね全体予算の半額の資金が投じられており、企業
の関心の高さがうかがわれる。
■ Horizon 2020 の日本の研究コミュニティへの示唆
Horizon 2020 には、原則として日本のような欧州域外国の研究主体も参加
できる。他方、欧州域外の日本のような先進国に属する国の研究主体は、仮に
Horizon 2020 に参加したとしても原則としてファンディングを受けることはで
きない。最後に、このような海外のプログラムが、日本の研究主体にとってどの
ような意味を持つか考えたい。
上述のとおり、Horizon 2020(特に、そのうちの産学連携関連のプログラム)
は JTI などの連携組織の意見を踏まえつつ策定されている。そして、そのような
連携組織には、欧州域外の組織も参加する余地がある。また、このプログラムで
は、将来の産業において重要になる技術を開発するとともに、それらに関わる標
準化を進めるという点も重視されている。
このような連携組織に加わることで、自身と競争関係にある主体や、自身の属
する分野のバリューチェーン上にある主体との関係を構築することができる。ま
た、一般的に言われるように、欧州はこれまで優れた標準化戦略を展開してきた。
そのようなプロセスに初期段階から参加し、情報を得るとともに働き掛けること
を行えば、将来の欧州におけるビジネスにとってプラスになるだろう。つまり、
今回整理した特徴からは、産学連携プログラムへの参加を通じ、欧州での将来の
活動の土台づくりをするという意味が示唆された(Horizon 2020 の持つ意味は、
産学連携に限ったものではない。優れた基礎研究のチームに参加するといったそ
の他の意味についても検討し、付き合い方を考える必要があると思う)
。
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*本文や図中に登場したプ
ログラムの詳細について
は、以下を参照されたい。
科学技術・イノベーショ
ン動向報告 EU 編(2013
年度版)
http://www.jst.go.jp/
c r d s /p d f / 2 013 /O R /
CRDS-FY2013-OR-04.pdf
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日本発のトレーニング方法「Tabata」
英企業、国際的フィットネス事業を展開
Tabata protocol、Tabata training というトレーニング方法が欧米で流行して
いる。立命館大学の田畑泉教授らが 1996 年に米国の科学誌に投稿した論文が基
になっている。英国のユニバーサル・ピクチャーズ・インターナショナル・エンター
テインメント社が国際的なフィットネス事業展開に乗り出している。
■はじめに
いくつかの例外もあるが、フィットネスクラブ等で実施されている健康増進を目的
としたものを含む運動プログラムの多くは、エアロビクスなどカタカナの名前の付い
た“外来”のものである。わが国における健康科学・スポーツ医学研究は、1964 年
田畑 泉
たばた いずみ
立命館大学 スポーツ健
康科学部 教授
の東京オリンピックを契機に発展し、世界的にも競争力は高く、これまでのオリンピッ
クメダル獲得に大きく貢献している。しかし、いわゆる一般の方々が行う運動・トレー
ニングについては、いまだに“欧米依存”である。
最近、Tabata protocol、Tabata training というトレーニング方法が欧米で流
行している。これは筆者らが 1996 年に米国の科学誌に投稿した論文が基になって
いる。短時間(20 秒間)の高い強度の運動を休息(10 秒間)を挟んで 6 ~ 8 回行
う運動トレーニングである。理論的説明は他に譲るが、YouTube を見ると多くの人々
がそれぞれの Tabata protocol を楽しんでいる。すでに米国では「Tabata」は普
通名詞化しているくらいポピュラーであり、Tabatas というように複数形の呼び方も
ある。通訳・旅行ガイドをやっている筆者の知人が、米国からの観光客に Tabata
を知っているかと聞くと、少なくとも 20 名に1人くらいは知っているという。
このトレーニングは、もともとオリンピックのメダルを目指すスピードスケート選手
の体力向上のために考案したものであり、
“疲労困憊(こんぱい)に至る”運動であ
る。従って、モチベーションの高いトップクラスの競技選手が採用することを期待して
いた。しかし、YouTube で行っているのは、若い女性を含む一般の方々である。こ
れは、想定外の展開であった。
■ロンドンからのアプローチ
一昨年の 3 月、前触れもなく、ユニバーサル・ピクチャーズ・インターナショナル・
エンターテインメント社(英国・ロンドン:以下「ユニバーサル社」
)から電話があり、
いわゆる Tabata を一緒に商業化しようと提案された。
それより前にも、Tabata protocol に関するビジネスをやろうというようなメール
がいくつか欧米からあった。しかしそれらは、うさんくさいタレント事務所のようであ
り、大学人として個人で対応することに危険性を感じていたので返事をしなかった。
しかし、ユニバーサル社は、米国の3大キー局の1つ NBC の子会社であり、またユ
ニバーサル・ピクチャーズとの関係も深く信頼が置けそうであったので、対応するこ
とになった。最後まで個人契約することを求められたが、1教員、1研究者では国
際法務等の対応ができないと判断し、契約はユニバーサル社と学校法人立命館が行
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い、筆者が“裏書き”する形をとった。立命館大学は産学連携では歴史が古く、企
業からの委託研究件数は、日本の大学でトップである。しかし、このような案件は
これまで例がなく、担当のリサーチオフィスでも苦労をされたが、産学連携の機能が
しっかりしているので助かった。
■ユニバーサル社がブランド化
具体的な商品化は次の通りである。ユニバーサル社がこの高強度・
短時間・間欠的運動トレーニングを tabata™ としてブランド化し、ビ
ジネスは、フィットネスクラブでの tabata™ のレッスン実施にロイヤル
ティーをとり、さらに tabata™ の指導者資格取得には個人(資格取得
者)から代金を得るという組織的なものと、一般の方へ tabata™ の
内容が入った DVD を販売するという 2 つの流れがある。これらのビ
ジネスにより得られた利益から、一定の対価をブランドの象徴(figure
2013 年 3 月、ロンドンのユニバーサル社にて
head)代として立命館に納めるということである。今はまだ利益が生じていないが、
それが生ずれば、その一部が収入となる。すでに英国に本拠地をもつ世界で最も大
きいフィットネスクラブである Fitness First 社でレッスンが開始されている。
■国際的なフィットネス事業目指す
米国スポーツ医学会は 2014 年度で最も注目される運動メニューとして tabata™
を含む高強度・短時間・間欠的運動を取り上げており、今が旬である。この波に乗っ
て、ユニバーサル社は、米国、ドイツというように次々に tabata™ の展開を計画し
ている。英国は、旧英国領を対象に指導システムも“輸出”しており、今後、UAE、
インド、マレーシアというように tabata™ のシステムが伝搬していくと考えられる。
ユニバーサル社の目指しているのは世界で数百万人が行うようなフィットネス事業で
あり、この分野で著名な Zumba を上回る事業展開を見据えている。Zumba Tシャ
ツや、Zumba シューズがあるように、tabata™ ドリンクとか、tabata™ トレーナー
というような tabata™ グッズの開発・販売を各企業が企画することも可能となる。
■日本への好感度アップを期待
この tabata™ の“成功”は、研究成果を英語論文にしたことが大きい。当然であ
るが英語のアクセスのよい米国人が論文を読み、英語で、それを紹介したことにより、
英国人、その他の欧米人がこのトレーニングを知るようになったのである。英語論文
にしていなかったら、この“成功”は無かったと思われる。また、ユニバーサル社が
“scientifically proven”といううたい文句を使っているように、もともと科学論文
から発生した運動法であることも、消費者に対するインパクトが大きい(しかし、ど
の業界でも同じかもしれないが、企業化するときの科学性の担保は容易では無いこ
ともあり、今では、象徴というより、彼らの提案を科学的に評価する立場となっている。
これは筆者の科学者としての蓄積を一瞬にして崩壊させてしまうような非科学性が世
に出ることを最低限、抑止するためである)
。
最後に、日本国旗をモチーフにした tabata™ のロゴが作成されている。これによ
イギリスで販売されている
TabataTM の DVD
り英国を含む諸外国での日本のプレゼンスは上がると思う。少しでも、わが国への
好感度を上げるような動きになればと期待している。
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特集
共同研究開発で課題解決
特集
静岡県立大学 薬食研究推進センター
医薬品と機能性食品の“橋渡し研究”推進
国内で唯一、薬学と食品栄養科学の研究機能を併せ持つ静岡県立大学は、これら
の融合的研究を進めている。昨年末には薬学研究院の附属施設として「薬食研究
推進センター」を設置した。
■背景と設置の目的 山田 静雄
静岡県立大学は 5 学部・5 研究科および短期大学部を有する総合大学である* 1。
国内で唯一、薬学と食品栄養科学の両分野の研究機能を併せ持つことから、この
特色を生かして薬食同源、食薬融合を共通認識とした融合的研究を進め、
「健康
長寿科学」の確立を目指している。2012 年 4 月には薬学研究科と生活健康科学
研究科の教育部門を統合した「薬食生命科学総合学府」を開設した。
超高齢化が進むわが国において、
医療費を含む社会保障費が増加しているため、
生活習慣病や高齢者関連疾患の予防や治療に貢献する医薬品および機能性食品の
開発とともに、それらの併用も含め有効かつ安全な使用法を指向した基礎研究と
信頼性の高い臨床研究の実施が望まれている。
やまだ しずお
静岡県立大学 特任教授、
大学院薬学研究院
薬食研究推進センター長
*1
「開かれた大学」「県民の誇
りとなる価値ある大学」を
目 指 し、 教 養・ 専 門 教 育、
基 礎・ 応 用 研 究 を 推 進 し、
さらに産学民官連携による
地域貢献や国際交流を積極
的に進めている。
本学では、2002 年度から採択された文部科学省の 21 世紀 COE およびグロー
バル COE(
「健康長寿科学教育研究の戦略的新展開」
:2007-2011 年度)の両
プログラムにより、医薬品や機能性食品・素材に関する多くの基礎研究成果を挙
げてきた。現在も健康長寿学術研究推進拠点として薬食研究を積極的に進めてい
*2
薬食研究推進センター
http://w3pharm.u-shizuokaken.ac.jp/CPFR/
る。特に、有効性が確実で、かつ副作用や有害事象を低減するための医薬品の適
正な使用法や、安全かつ有効な機能性食品の開発につなげるための橋渡し研究
(トランスレーショナルリサーチ)
など、
臨床研究への取り組みを強化すること
が重要であることから、2013 年 11 月
1 日、大学院薬学研究院の附属施設と
薬食研究推進センター
(指向性、研究内容、対象、実施場所)
して「薬食研究推進センター*2」を開
設した(図1)。
本センターでは、健康科学の発展お
基礎研究部門
【細胞や動物実験、県大】
臨床研究部門
薬食情報部門
【健常人や患者、医療機関】
【県大、医療機関、薬局】
よび健康長寿社会の実現に寄与するこ
とを目的とし、事業化を指向した医薬
品および機能性食品・素材に関する学
術的な基礎研究の推進および臨床研究
への支援とともに、薬食に関する情報
提供ならびに専門職および研究者の養
成に関する支援を行う。
・医薬品の候補物質の探索、
機能性食品の有効性と体内
動態の解析
・医薬品の適正使用、副作用
の低減や効能拡大を支援す
る基礎研究
・医薬品と食品の相互作用や
併用効果の検証
・医薬品の育薬研究
(市販後医薬品の有効かつ安
全な使用法、副作用の低減
及び効能拡大)
・機能性食品の有効性と安全
性の検証
・新規機能性食品の開発
・食品と医薬品の相互作用や
併用効果の検証
・医薬品や機能性食品に関する
確かな情報の提供(医療専門
職や一般市民)
・医療機関や地域薬局との連携
・臨床試験関連専門職(治験
コーディネーターなど)の人材
育成の支援
・薬食に関する学会・研究会・講
演会の開催支援
図1 薬食研究推進センターの体制
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■特色 21 世紀およびグローバル COE プログラムの採択により得られた医薬品や機
能性食品・素材に関する多くの研究成果を基盤として、それらの成果の事業化を
推進するための実践的研究および臨床研究を推進する。具体的には、病院におけ
る臨床研究(治験)は、本県では主にファルマバレーセンター(PVC)を拠点
として実施されているが、本センターは、臨床研究には縁遠かった診療所(クリ
ニック)を中心として連携し、医薬品の適正使用のための市販後研究や、機能性
食品の開発につなげるためのトランスレーショナルリサーチを推進する。
臨床研究に携わる医師は、全国から公募して、不足しがちな地域の医療体制の
補充にも一役買って、薬食に関する信頼性の高い情報提供を行いたいと考えてい
る。本センターは、医薬品と機能性食品・素材に関する基礎と臨床に関する双方
向的な学術研究を行うセンターとしては国内で初めてのケースである。静岡県は
男女の平均健康寿命が全国一位で、県民の健康意識が高く、地域に根差した公立
大学による臨床研究に対しボランティアが集まりやすいのも特色である。また、
臨床研究を推進するために不可欠な臨床研究コーディネーター(CRC)など、
医薬品と食品に造詣が深く実践能力が高いと考えられる本学の医療系学生
(薬学、
食品栄養科学部、看護学部等)や卒業生を中心に、より高いレベルの医療専門職
や研究者の養成を支援する。
医薬品と食品を融合した新領域研究によるライフサイエンスにおけるイノベー
ション実現の新たな機関として、製薬企業のみならず、多くの県内の食品・飲料
企業や行政からも注目されている。
■主な事業内容 以下のような事業を行っている(図2)
。
1.基礎研究の推進:医薬品と機能性食品の開発やそれらの適正使用を支援す
るための解析等を行う。
2.臨床研究の支援:医療機関と連携し、①医
薬品の有効かつ副作用を低減した使用法、
②安全かつ有効な機能性食品の開発、③薬
新たな臨床試験
の草案・相談
食併用によるシナジー効果や安全な使用法
し、薬食に関する信頼性の高い情報(効果、
有害作用、相互作用等)提供を行う。また
市民講演会や学術学会の開催を支援する。
薬食研究推進センター
検査データ
チを支援する。
看護師、管理栄養士等)や一般消費者に対
CRC(
CRC(薬剤師・看護師・
管理栄養士)
臨床試験事務局
診�・検査
診療所
医師
看護師
病 院
派遣された
CRC
医師 看護師
薬剤師 管理栄養士
4.人材養成:センターでの実地研修により、
CRC などの薬食に精通した実践能力のあ
る医療専門職や研究者の養成を支援する。
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�薬・
��
会�
(臨床研究部門)
などに関わるトランスレーショナルリサー
3.情報提供:地域の医療専門職(医師、
薬剤師、
静岡県立大学
受診・試験参加者
の登録管理・
相談窓口
受診
講演会・市民公
開講座での宣伝
受診・試験参加
のすすめ
受診・試験参加
のための推薦医
療機関の紹介
患者
図2 薬食研究推進センターの事業
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特集
共同研究開発で課題解決
特集
つながりから未来の関係を予測する
活用されていないデータから、人、モノ、場所、サービスなどの間の潜在的な関係性
を定量化し、未来の関係を予測する。
近年、ライフログ等によるマーケティングが注目を浴びているが、実際に活用され
ているデータはごく一部である。活用されていないデータにも人の行動やモノの流通
などの情報が含まれていると考えられるが、それらを余すことなく活用する方法がな
い。また、分析にはデータマイニングや統計といった高度な知識が必要となり、人材
の面でも問題がある。
これらの問題に対して、株式会社神戸デジタル・ラボ(以下「当社」
)は 2010 年
より京都大学大学院情報学研究科の新熊亮一准教授らとともに、あらゆるデータ
山口 和泰
やまぐち かずひろ
株式会社神戸デジタル・ラボ
先端技術開発事業部 執行役員 事業部長
から利用者にとって有益な情報を取り出す「関係性技術」の研究開発を進める一方
で、新熊氏らと共に設立した産業化推進フォーラム「モバイルソーシャライズシステム
フォーラム(以下「MSSF」
)
」*1でその実用化を進めている。
■京都大学との産学連携のきっかけ
*1
現在 36 企業/団体がマー
ケティングや予防保全など
の用途で関係性技術のサー
ビ ス 化 に 取 り 組 ん で い る。
http://mssf.jp/
新熊氏が考案された「関係性技術」研究のビジョンに筆者が感銘を受けたことが
京都大学と連携するきっかけである。
2009 年 11 月、共通の知人を介して筆者は新熊氏と知り合った。当時筆者は、自
社だけでは研究開発は難しく、イノベーションを生み出すには強力なパートナーが必
要だと考えていた。2010 年に独立行政法人情報通信研究機構の「新世代ネットワー
ク技術戦略の実現に向けた萌芽的研究」に採択され、シーズ技術の本格的な研究
開発が始まった。2011 年 9 月には同機構の「新世代ネットワークを支えるネットワー
ク仮想化基盤技術の研究開発」に採択され、実用的な研究開発に取り組んでいる。
■関係性技術とは
人、モノ、場所、サービスなどの間
の潜在的な関係性を定量化し、未来
の関係を予測する技術である。
具体的には、観測したイベントに含
まれる人、モノ、場所、サービスなど
を相互につなげ、グラフ化(以下 「関
係性グラフ」)する。その際、つなが
りを観測時刻、観測頻度などから数
図1 関係性グラフ
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値化する。そして、さまざまな状況で形成された関係性グラフを共通のノードを介して
一つの巨大な関係性グラフに統合する(図1)。この関係性を、関係の直接性や距離
などの指標で評価し、例えば関係が直接的で距離も近い関係は「納得感のある関係」、
関係は間接的だが距離が近い関係は「潜在的な関係」と解釈する。「関係性技術」
では、このようなグラフ構造の特性を用いて、関係の変化を予測する。
■関係性エンジンとは
「関係性技術」が持つ機能のうち、関係を形成する機能、関係を蓄積する機能、
関係を抽出する機能を実装した関係性エンジンを当社が開発し、フォーラム会員へ
の技術提供を 2014 年 3 月より開始した。関係性エンジンに企業が持っている購買
データ等を入力すると、商品や場所、人などの関係性から個人の嗜好(しこう)に合っ
た商品やサービスを導き出すための基礎データが得られる。企業は、基礎データを
マーケティングでの仮説構築などに応用する。
■フォーラムによる実用化への取り組み
「関係性技術」の産業応用を目的とした産業化推進フォーラム MSSF を設立した
のは 2011 年 9 月 30 日である。以下のような経緯である。
「関係性技術」を展示会に出展し、さまざまな業界関係者と「関係性技術」の応用
先を議論する中で、当社だけでは「関係性技術」の事業としての可能性を活かしきれ
ないと思った。
一方で、
実用化を進めるためには早期にプレーヤーとなる企業を確保し、
密に連携しながら進める仕組みの必要性を感じていた。そんな時、展示会で知り合っ
た企業の方からの提案がきっかけで、フォーラムを設立することになった。
MSSF では企業が安心して実用化検討ができ、フォー
ラムの効果を最大化するため、オープンとクローズを共
存させる仕組みを実現している(図 2)
。
「クローズ」は、
フォーラム会員が関係性技術の事業検討などを行う際
に事業内容や独自に開発する技術などの機密情報を決
定し、関係者以外には伝搬させないための仕組みである。
「オープン」は、フォーラム会員間で知識、アイデア、実
用化検討の成果などを共有し、京都大学、当社が持つ
技術を効果的に普及させる仕組みである。
図2 「オープン」と「クローズ」を共存させる仕組み
■今後の展望
MSSF 内では複数のプロジェクトで実用化を進めており、2014 年度中のサービス
化を目指している。一方で、実用化を促進するためには、関係性エンジンで得られ
る結果が誰でも簡単に理解できるようにするなどの課題もあり、京都大学と共に関
係性エンジンの改良を継続して進めている。中長期的には MSSF の規模拡大による
大量普及を目指す。
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特集
共同研究開発で課題解決
特集
幹細胞糖鎖精製ラベル化キットの開発
糖鎖は構造的な不均一性を有するため、糖鎖の解析は時間と手間のかかるもので
あった。手法によっては、単に時間がかかるだけでなく、熟練作業者でないと再現
性が低かった。大学等の共同研究成果を活用した幹細胞糖鎖精製ラベル化キット
は、従来の糖鎖解析の課題をどう解決したのか。
住友ベークライト株式会社(以下「当社」
)は、幹細胞の特徴的な糖鎖が簡便
に精製・解析できる「幹細胞糖鎖精製ラベル化キット BlotGlyco®」を 2013 年
4 月 15 日に発売した(写真1)。当社は、北海道大学と共同開発した高密度ヒ
ドラジド基が導入されたポリマービーズ技術をベースにして、新エネルギー・産
福島 雅夫
ふくしま まさお
住友ベークライト株式会社
S- バイオ事業部 研究部
業技術総合開発機構(NEDO)研究プロジェクト「ヒト幹細胞実用化に向けた
評価基盤技術の開発」において、
京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)
の中辻憲夫設立拠点長・教授が率いるチームの共同研究成果を活用してヒト幹細
胞の糖鎖精製に特化した製品を開発したので紹介する。
■糖鎖精製原理
糖鎖は枝分かれ構造や立体異性の違いに基づく複雑な構造を持ち、また、構造
的な不均一性を有するため、糖鎖の解析は時間と手間のかかるものであった。例
えば、古典的な手法であるゲルろ過カラムクロマトグラフィーを用いた場合、糖
タンパク質からの糖鎖精製とラベル化に数日~1週間を要する上、熟練作業者で
阿部 皓基
あべ ひろき
住友ベークライト株式会社
S- バイオ事業部 研究部
ないと再現性が低いといった難点があった。
BlotGlyco® は高密度にヒドラジド基が導
入されたポリマービーズであり、アルデヒド
基を持つ糖鎖のみを選択的かつ網羅的に捕捉
回収することができる。糖鎖とビーズが化学
的に結合するため、ビーズ洗浄操作により糖
鎖以外のあらゆる夾(きょう)雑物を簡便に
排除することができる。さらに、アミノ基、
アミノオキシ基、ヒドラジド基を有する任意
の化合物を還元末端に導入することができ、
目的に合わせた標識が可能である。標識まで
に要する時間はわずか 4 ~ 6 時間と従来法
と比較して圧倒的に短く、多検体同時処理も
可能であるため糖鎖のハイスループット解析
が可能である。
写真1 幹細胞糖鎖精製ラベル化キット BlotGlyco®
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■製品のアプリケーション例
本キットを用いることで、幹細胞の糖鎖を網羅
的に精製・ラベル化することができる。一連の操
作は簡便であり、専用装置は不要である。また得
られたラベル化糖鎖は、糖鎖の定量分析で一般的
に用いられる LC-MS に持ち込むことが可能であ
る。さらに目的に応じて、幹細胞中に多く含まれ
る糖鎖を簡便に除去することが可能で、これによ
り発現量の少ない糖鎖を再現性(精度)よく分析
できるようになった。例えば、ヒト幹細胞の N
型糖鎖は高マンノース型糖鎖を多く含むが、それ
以外の糖鎖は微量であり解析することが困難であ
る。そこで、高マンノース型糖鎖を特異的に認識
するコンカナバリン A を結合させた樹脂に糖鎖
図1 糖鎖解析(高マンノース型糖鎖)
を反応させ、高マンノース型糖鎖を除去すること
で、高マンノース型糖鎖以外の微量糖鎖を集める
前処理が可能となった。
本キットを用いて、未分化ヒト ES 細胞と分化
させたヒト ES 細胞(KhES1 株)の糖鎖解析を
行った。未分化ヒト ES 細胞およびレチノイン酸
で分化させたヒト ES 細胞をホモジナイズ後、Nグリコシダーゼ処理により N 型糖鎖を遊離させ、
BlotGlyco® ビーズにより糖鎖を精製・ラベル化
し、LC-MS で分析した
(図1)
。次に、ヒト ES
細胞の微量糖鎖を分析するために高マンノース型
糖鎖を除去し、同様に LC-MS で分析した
(図2)
。
ピークパターンを比較した結果、未分化細胞と
図2 糖鎖解析(微量糖鎖)
分化細胞の糖鎖発現量に有意な差が認められた。この結果から、本キットを用いて
幹細胞の糖鎖を解析することで、細胞の状態を把握することが可能であり、品質管
理に十分使用できると示唆された。
■展望
本キットを用いて ES/iPS 細胞などの特性解析と細胞分化の研究を進め、糖鎖
プロファイルによる幹細胞の品質評価法の確立を目指す。幹細胞を特徴付ける糖
鎖の検出感度と分析結果の再現性の両方が向上し、幹細胞分野における糖鎖研究
の進展が期待される。
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特集
共同研究開発で課題解決
特集
極端紫外線による半導体素子製造技術の実用化
半導体素子を高速・大容量化するには、回路パターンを精緻に書き込む技術が必
要。次世代の製造技術である極端紫外線を用いた大面積露光装置はいかにして開
発されたのか。
■はじめに
半導体製造技術は More Moore(さらに微細化)から More than Moore(3
次元化など)へというトレンドもあるが、More Moore が今後も半導体製造
技術の要であることに変わりはない。現在、ArF(193nm)液浸技術を用いた
木下 博雄
きのした ひろお
兵庫県立大学 高度産業科
学技術研究所 教授
2 回露光による微細化が進んでいるが、製造コストを考えると、より短い波長
13.5nm の極端紫外線露光によるデバイスの製造への期待は大きい。
■新技術開発の契機
この技術の検討は 1984 年から進められた。当時 g 線を光源とする縮小露光に
より 1μm 幅のパターン形成が進められた。次世代技術としてi線が検討されて
いたが、その先の技術に不安があった。そこで、X線等倍露光の研究が 1970 年
代から進められた。この露光法は波長 1nm ほどの軟 X 線光源を用い、マスクと
ウエハを 10 数μm の平行な gap を介して露光を行う等倍方式である。解像度
はマスクの描画精度に依存する。X 線等倍露光のマスクには開口 20mm 角、2
μm 厚ほどの SiN 等の薄膜上に Ta,W 等の吸収体パターンを形成したものを用
いねばならず、開口内での薄膜の応力ひずみによる吸収体パターンの位置誤差が
問題となった。
そこで、X 線領域でも g 線や i 線のような縮小光学系と薄
膜を用いないバルクマスクによる露光法を検討し、反射光学
系による縮小露光と反射型マスクの構成の露光方式を 1986
年に報告した。さらに、軟 X 線領域で反射率が 70%ほど取
れる Mo/Si 多層膜に着目し、この多層膜を反射ミラーとマス
ク基板に形成した波長 13.5nm の反射縮小露光方式を提案し
た。1989 年 5 月の電子・イオン・フォトンビーム国際会議
(米国 Monterey)にて X 線縮小投影露光方式による 5 分の 1
に縮小した 0.5μm のパターンを発表した。翌年の 1990 年、
AT&T、Bell 研究所が追試を進め、0.05μm のパターン形成
を実現し、本技術は一躍次世代露光技術として脚光を浴び、そ
の後世界中の研究機関で開発が進められ、今日に至っている。
2006 年から兵庫県立大学が開発した大面積露光装置
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■主たる技術課題
開発当時、この技術の主たる技術課題は、露光波長 13.5nm 近辺での反射光学
系の設計と、
高精度(0.1nm)に研磨された非球面ミラーの製作、
高反射率(68%)
を有する多層膜の開発であった。1989 年に非球面ミラー 2 枚の縮小光学系を提
案し、また、高精度な形状精度を有する光学系の研磨は米国 Tinsley 社と共同で
進め、また、高反射多層膜は日本電信電話公社(現 NTT)の武蔵野電気通信研
究所にて開発した。この結果、1995 年までに 10mm 角の大面積に 0.1μm のパ
ターン形成を実現した。
その後、兵庫県立大学に移り、本格的な露光面積でかつ微細なパターン形成が
ASML 社量産機により形成した
16nm ラインアンドスペース
パターン
可能なシステムの開発を進めた。この露光機を用いた国家プロジェクト ASET
(技
術研究組合・超先端電子技術開発機構)が 1998 年から本学の放射光施設ニュー
スバルを拠点としてスタートし、実用化研究が進められた。
現在の課題は、光源の大出力化、マスクの無欠陥実現のための検査機の開発で
ある。マスクの検査機開発は 2002 年からの科学技術振興機構(JST)戦略的創
造研究推進事業 CREST(以下「CREST」
)にてシュバルツシュルト光学系を用
いた装置開発を進め、60nm の吸収体パターン欠陥、20nm 幅、1nm 厚以下の
位相欠陥の検出を可能とした。また、2008 年からは CREST にて次世代の計測
技術として従来の光学系を用いないレンズレスな検査方式を提案、光源にフェム
ト秒レーザーの高次高調波からの 13.5nm のコヒーレント光を用いたシステム
の開発を進めた。この装置によりマスクの吸収体パターン欠陥の検査、線幅の一
様性の評価を、簡易・安価・高解像度・高速評価を実現した。
■商品化の概要
2008 年にはオランダの半導体露光機製造メーカーである ASML 社よりα
-tool が開発され、また、2010 年には ASML からβ -tool が世界の半導体製造
メーカー 6 社に納品され、
露光特性、
Mix & Match での位置決め性能が評価され、
20nm 世代の製造に問題なしとの評価を得た。また、2013 年からは量産機が出
荷されている。しかしながら、スループット 100 枚以上を満足させるレーザー
プラズマ光源のパワー向上に予想以上に時間を取られ、現状では 30W、スルー
プット 30 枚弱での利用となっている。
■展望その他
現在では 10nm 以下のデバイスまでを視野に、露光光学系の NA の拡大や、2
回露光技術、さらには DSA 材料を組み合わせたデバイス製造が検討されている。
この開発に対し、2010 年に山崎貞一賞、2011 年に文部科学大臣賞、2012
年に OSA(The Optical Society)より Joseph Fraunhofer Award / Robert
M. Burley Prize 等を頂いている。
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大企業の開放特許 文系大学生が製品開発
大企業は多くの休眠特許を抱えているが、活用しなくても特許の維持費は掛かる。
この技術に興味があるという中小企業があれば有償で開放したいが、課題は新製
品開発。そこで大学と連携した。
「こんな製品があったら自ら買ってもよい、
あるいははやるのでないかという視点で考えて
みてください。類似商品が既にあるかもしれま
せん。よく調べてそれらとの差別化を考えてみ
てください。特許技術にさらに機能や処理を追
加するのは原則として自由ですが、削除したり
前提条件を変えるのは NG です」
5 月 12 日、大学生による「富士通の開放特
許を活用したビジネスアイディア創出」プロ
ジェクトの神奈川県川崎・横浜地区キックオフ
会が東京都大田区の同社施設で開かれた。
同社が提示する技術シーズ(特許)を理解し
てもらった上で、チームで中小企業向けの商品
開発を進めてもらう。
川崎・横浜地区のキックオフ会
参加したのは専修大学経済学部(キャンパス:神奈川県川崎市)の遠山浩准教
授、横浜市立大学国際総合科学部の山藤竜太郎准教授および両准教授が指導する
学生合わせて約 30 人。
冒頭の言葉は、富士通知的財産権本部ビジネス開発部マネージャーの広瀬勇一
さんが開放特許を具体的に紹介した後、学生らに呼び掛けたものだ。
■ライセンス契約は「スタート」
自社の休眠特許を中小企業に有償で活用してもらうことに力を入れている大企
業は少なくない。各地のビジネスマッチングイベントに参加して、自社の開放特
許技術を紹介し、その技術で新製品を開発したいと考える中小企業を募るといっ
た活動だ。こうした中で、富士通と大学との連携が関係者から注目されている。
大学生に具体的な特許技術活用のアイデアを出してもらい、そのアイデアと共に
特許技術を中小企業に示し、マッチング率を高めようという作戦だ。
富士通はおよそ 10 万件の特許を保有している。知財活用の考え方は①相手企
業の業態、
規模を問わない②提供するのは開放可能な技術シーズ
(特許、
ノウハウ、
試作評価等)③基本は売却ではなく実施許諾で、長期の友好的関係を重視―の
3 つである。
窓口は法務・コンプライアンス・知的財産権本部ビジネス開発部である。
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ビジネス開発部の活動の最大の特徴は
「ライセンス契約締結はゴールではなく、
スタートである」
(吾妻勝浩ビジネス開発部長)と捉えていることである。ライ
センス先である中小企業の顧客のことまで考える。ライセンシー(ライセンスを
受ける者)である中小企業・ベンチャー企業のビジネスが成り立つようにならな
いと、大企業の特許を使ってくれない。つまり、
「大企業の休眠特許の有償開放
が進展するために重要なのは出口戦略」
(吾妻部長)なのである。
ライセンサー(ライセンスを与える者)である大手企業の出口戦略、ライセン
シーの中小企業・ベンチャー企業の新事業構築への強い情熱が基本だが、こうし
た出口戦略を進める上で、連携先として欠かせないのが自治体(市役所、県庁)
や支援機関(自治体の財団、公設試験研究機関、発明協会など)
、さらに地域金
融機関(地方銀行、信用金庫など)だ。
自治体にはビジョン(大企業の開放特許を活用した地域の中小企業の新事業開
拓)の浸透、開発した製品等の地域ブランド展開、各種パブリシティー、補助金
などを期待できる。地域企業を熟知している財団等の支援機関はコーディネート
機能が優れている。地域金融機関は地域企業を熟知しているだけでなく、取引先
企業の親睦の会などを通じて強力なネットワークを持っている。
■連携する大学生は文系
大学との連携は 2 年前から取り組んでいるが、アイデアを出してもらうのは
理系ではなく文系の大学生だ。2012 年は専修大学経済学部、2013 年は埼玉大
学経済学部の学生だった。今年はネットワークを全国に広げるとともに、各地区
において地域の信用金庫などとも連携し、地域の中小企業に関心を持ってもらう
ようにしている。
5 月 12 日の川崎・横浜地区のキックオフ会では、ビジネス開発部の吾妻部長
が同社の開放特許を活用したビジネス創出の意義や事例を紹介した後、広瀬さん
が、学生にアイデアを出してもらう 4 件の特許技術(車載型ペットロボット技術、
高指向性マイク技術、圧電素子技術、電子郵便受け)について説明した。
このうち車載型ペットロボット技術は車に搭載するペット型のコミュニケー
ションロボットで、音声やセンサー入力を解読し音声と制御信号を出力、その制
御信号で自らの動きやカーナビ等をコントロールする―というもの。
使用例として次の 3 つが示されている。
・運転手が「音量下げて」と言うと、ロボットが「OK」と言いボリューム
ダウン制御
・温度が30度を超える(温度センサー)と、ロボットが「暑い。空調入れ
るね」と言いエアコンON制御
・急発進を検出する(加速度センサー)と、ロボットが「きゃー!」と言い
両手の上下駆動制御
入力情報は音声、センサー、車載情報処理装置(カーナビ等)のいずれからの
情報でも構わない。センサーは加速度、温度、照度、臭気、映像、タイマーなど
状態を検出できるものであればいずれでもいいとのこと。広瀬さんは「ロボット
は頭部と胴部から構成されなければなりません」
「出力情報は、音声と制御信号
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の組み合わせでなければなりません」
「ペットのかぶせ物のデザインは自由で、
地域色を出すのも面白いのではないか」など注意する点を詳しく解説した。
■ 12 月にプレゼンテーション全国大会
川崎・横浜地区ではこのキックオフ会の後、
6 月 16 日に第1回プレゼン・ブラッ
シュアップ会を開催する。8 月をはさみ、その前(6 月下旬~ 7 月下旬)と後(9
月)にそれぞれ中小企業訪問(経営者とのディスカッション)と各大学内のプレ
ゼン・ブラッシュアップを行い、10 月に第 2 回プレゼン・ブラッシュアップ会、
そして 11 月にプレゼンテーション地区大会というスケジュールだ。
大学生によるアイデア創出は、川崎・横浜地区のほか、埼玉(参加大学[以下
同]:埼玉大学)
、千葉(東京情報大学など)
、東京(駒沢大学)
、青森(大学公募
中)の各地区でも実施する予定である。
各地区でこのプロジェクトを進めるにあたり、地元の自治体、産業振興を目的
とする財団等の支援機関、地域金融機関の支援を受けている。
川崎・横浜地区では川崎市経済労働局、川崎市産業振興財団、横浜企業経営支
援財団、川崎信用金庫と密な連携を取っている。埼玉地区ではさいたま市産業創
造財団、埼玉県産業技術総合センターの協力を得ている。また、青森地区では、
青森県商工労働部新産業創造課が窓口になって参加大学を募っている。
グローバル化が進み、国内のものづくり産業が空洞化している中で、中小企業
では自社製品開発への意欲が高まっている。大企業の開放特許活用はその一つの
手段だ。一方の大企業は、ロイヤルティー収入による新たな研究開発の推進が可
能となる。このプロジェクトの効用はそれだけではない。
「学生は生きた社会学習、自治体は地域の活性化への寄与、地域金融機関は将
来の事業展開をにらんだ融資先の獲得がそれぞれ可能になる。開放特許活用は連
携する全ての機関等にメリットがあるプロジェクトだ」と吾妻部長は言う。
12 月には各地区の代表を集めて大学生による「富士通の開放特許を活用した
ビジネスアイディア創出」の「プレゼンテーション全国大会」を開催することに
している。
(本誌編集長 登坂和洋)
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3 年ぶりに基礎研究事業から起業
― 平成 25 年度 JST 事業発ベンチャー調査 ―
JST 事業発ベンチャー(科学技術振興機構= JST の各事業を活用して設立された
ベンチャー)の設立件数がやや回復してきた。平成 26 年から出資型新事業創出
支援プログラム(SUCCESS:Support Program of Capital Contribution to
Early-Stage Companies)を開始し、資金などの支援だけでなく、人的・技術
的援助の提供による創業支援にも乗り出した。今後、ベンチャー創出・成長の加
速が期待される。
中神 雄一
なかがみ ゆういち
独立行政法人科学技術振興機
構 (JST) では、大学等の成果を
45
40
た 研 究 開 発 を 行 う「 プ レ ベ ン
35
度)や、「大学発ベンチャー創出
推進事業」(平成 14 ~ 20 年度、
初年度のみ文部科学省にて実施)
のほか、基礎研究事業、産学連
携事業、地域関連事業等を通じ
て、大学発ベンチャー企業の創
出を支援している。平成 25 年度
(26 年 2 月末まで)に JST の各
事業を活用して設立されたベン
チャー(JST 事業発ベンチャー)
独立行政法人科学技術振
興機構 産学連携展開部
企画課 係長
350
41
もとにベンチャー起業を目指し
チャー事業」(平成 11 ~ 15 年
(社)
38
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300
10
250
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18
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10
20
6
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10
1
0
1
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1
2
5
15
11
6
14
10
6
100
14
4
9
7
4
4
6
4
5
50
1
4
1
0
H7 H8 H9 H10 H11 H12 H13 H14 H15 H16 H17 H18 H19 H20 H21 H22 H23 H24 H25(年度)
図1 JST 事業発ベンチャー年度別設立件数
〔平成 25 年度は平成 26 年 2 月末時点の件数〕
(PV:プレベンチャー事業、UV:大学発ベンチャー創出推進)
は 5 社で、累積で 292 社となった(図 1 参照、5 社の内訳は表 1)
。累計起業数
の内訳を見ると、プレベンチャー事業による起業数は 45 社、大学発ベンチャー
創出推進事業に由来するものは 98 件、その他 JST 事業発ベンチャーは 149 件
となっている。
データがある平成 7 年度以降の年度別設立件数は、平成 11 年度から急速に増
加していたが、平成 17 年度の 41 件をピークに減少に転じ、平成 24 年度は 4
件にまで落ち込んだ。平成 25 年度は平成 26 年 2 月時点で既に 5 件と、それま
表1 平成 25 年度 JST 事業発ベンチャー企業一覧(平成 26 年 2 月末現在)
会社名
設立年月日
分野
所在地
関連研究
開発機関
JST における
支援事業
1
株式会社ジンテク
H25.4.1
環境
長野県 上田市
横浜国立大学
信州大学
大学発ベンチャー注)
2
スペクトラ・クエスト・ラボ株式会社
H25.4.1
材料ナノ
千葉県 千葉市
千葉大学
先端計測
3
株式会社クリアフィックス
H25.5.23
IT
岩手県 盛岡市
岩手県立大学
A-STEP
4
ハルタゴールド株式会社
H25.7.25
材料ナノ
東京都 八王子市
首都大学東京
CREST
5
アフォードセンス株式会社
H25.11.18
材料ナノ
神奈川県 横浜市
兵庫県立大学
ERATO
注)JST「大学発ベンチャー」支援事業終了後、環境省「循環型社会形成推進研究事業」の支援も受けて設立
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での減少傾向に歯止めがかかり増加に転じた。この傾向は、文部科学省が実施し
ている全国の大学等発ベンチャー設立件数の調査*1とも一致している。同調査
によれば、平成 24 年度までの大学等発ベンチャー設立数は累計で 2,197 件、年
度別では平成 17 年度の設立件数 252 件がピークだった。その後は年を追うご
とに少なくなり、平成 22 年度は 47 件と低迷した。しかし平成 23 年度は 69 件、
平成 24 年度は 54 件と若干持ち直してきている。
* 1
平成 24 年度大学等における
産学連携等実施状況につい
て.文部科学省 科学技術・
学術政策局 産学連携・地
域支援課 大学技術移転推
進室.
■革新的材料による事業化が 3 社
また、平成 25 年度に設立された JST 事業発ベンチャー 5 社(表 1)を研究分
野別に見ると、材料・ナノ分野が 3 社、環境分野が 1 社、IT 分野が 1 社と、革
新的な材料による新規事業が多い。また、JST の支援事業別では、産学連携事業
に由来するものが 3 社、基礎研究事業の成果に基づく起業が2社(CREST:戦
略的創造研究推進事業、ERATO:創造科学技術推進事業各1社)という内訳で
ある。基礎研究事業からの起業は平成 22 年度以来 3 年ぶりであり、JST 事業発
ベンチャー設立数が前年度実績を上回った要因となっている。
近年 JST では、基礎研究事業の研究成果の実用化を促すため、同事業に採択
された研究者に対して、研究成果の権利化の重要性を伝える取り組みや、産学連
携事業が提供している研究開発プログラムを紹介する取り組みを行っている。さ
らには JST 知的財産戦略センターでは、JST 事業の成果の特許化を審議する専
門委員会を設置したり、特定プロジェクトに対して成果の権利化に関するサポー
トを強化したりしてきた。このような取り組みは、基礎研究事業からの革新的な
研究成果を活用した実用化・事業化に対する研究者の起業マインドの喚起、有望
な技術シーズの発掘や、その強化につながるものと期待され、今後も継続して実
施していく必要があると認識している。
■人的・技術的援助の提供も
大学等発のベンチャー起業においては、一般に創業資金、知財や技術マネ
ジメント、経営に関するノウハウ等の不足が創業の障壁となっていることが
指摘されてきた。JST では平成 26 年 4 月より出資型新事業創出支援プログラ
ム(SUCCESS:Support Program of Capital Contribution to Early-Stage
Companies)を開始した。これは、JST の研究開発成果の実用化を目指すベン
チャー企業に対し、出資のみならず知的財産・設備等の現物提供に加え、JST が
実用化開発支援を通じてこれまで培ってきた知財・技術マネジメント、経営ノウ
ハウ等の人的・技術的援助を提供し創業支援を行うものである*2。本事業によっ
て JST 事業発ベンチャーの創出およびその成長を支援し、JST の有する研究開
発成果の実用化・社会還元を通じたイノベーション創出がさらに加速されるもの
と期待している。
* 2
JST 起業支援室(出資型新
事業創出支援プログラム)
http://www.jst.go.jp/entre/
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連載
第3回
ドイツの産学連携と研究推進機関の役割
シュタインバイス
もう一つのユニークな産学連携機関
シュタインバイス財団は、中小企業への技術コンサルティングを目的として1971年に
バーデン・ヴュルテンベルク州によって設立された。その後、財団が設立した会社が実
際の仕事を行うようになり、活動の舞台を他州、さらには世界に拡大。コンサルティン
グ、研究開発、評価・専門家報告の作成、人材教育・訓練の4つの活動を行っている。税
金を一切使わないユニークな取り組みとは?
ドイツにおける産学連携に関わる機関の中で実にユニークな存在が、税金を一
永野 博
切使わないシュタインバイス財団である。
この財団はドイツ南部のバーデン・ヴュ
ながの ひろし
ルテンベルク州の州都シュツットガルトに本拠を構えている。財団の名称になっ
政策研究大学院大学 前教授/ OECD グロー
バルサイエンスフォー
ラム議長
ているシュタインバイス(1807 - 1893)は、ドイツにおけるデュアル教育(実
践能力と理論的知識を併せ持つ産業人材の養成)の父とも呼ばれ、19 世紀にヴュ
ルテンベルグ王国の貿易・商務長官まで務めた人物である。
当時、南ドイツに位置するこの地域は遺産相続に際して全て
の男子を平等に扱ったため、農地が細分化し、ついには食糧
不足に陥り、米国への移民が多く出るような事態にまでなっ
た。この危機を克服するためにシュタインバイスが推進した
のが手工業の振興とそのための教育である。この改革に成功
フェルディナント・フォン・
シュタインバイス
(1807-1893)
(出典:シュタインバイス)
したバーデン・ヴュルテンベルク州は今やドイツで中小企業
が一番強い地域と呼ばれている。
■政府資金を投入しない
シュタインバイスの名を冠した財団は、中小企業への技術コンサルティングを目的
として 1971 年にバーデン・ヴュルテンベルク州により設立された。1983 年、同州
フルトヴァンゲン専門大学の学長であったレーン教授が同州技術移転相と兼任で財
団理事長に就任した。彼の考案した特異な技術移転の方式を実践することにより、
シュタインバイス財団はその後、世界に発展していくことになる。その方法とは、彼
が長年、中小企業を自ら訪問しているうちに編み出したもので、政府資金を一切投
入せず、企業との契約のみにより、大学の教授を非常勤のリーダーとして雇用し、
その下にエンジニアをつけて企業の求める解決策を開発するというものである。
シュタインバイス財団は州政府が出資する財団という形態で設立されていたた
め、州政府の関与があり、同州以外での活動、収益の処理という面での問題があっ
た。この問題を克服するため 1998 年に、収益部門を独立させて財団の下に企業
形態の会社(シュタインバイス技術移転会社、以下「シュタインバイス」
)を設
立し、実際の仕事はこの企業が行うようにしたため、その後は、活動の舞台を他
州、さらには世界に移し、1999 年には日本にも株式会社シュタインバイスジャ
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パンを設立している。シュタインバイスにはコンサルティング、研究開発、評価・
専門家報告の作成、人材教育・訓練と大きく 4 つの活動分野があるが、近年は、
コンサルティングが重要度を増している。
■勤務時間 2 割以内の兼業
シュタインバイスの活動形態はユニークである。ここで活躍する大学の教授は、
総合大学の教授の場合もあるが、多くは専門大学(ドイツ語で Fachhochschule:
以前は例えば、技術者学校と称した職業専門学校が 1969 年に高等教育機関とさ
れたもの)の教授である。ドイツには現在 200 校近くの専門大学があり、専門大
学の教員になるには 5 年以上の産業界における経験が必要とされている。このよ
うな大学の教授が特定のシュタインバイスセンターのセンター長に任命され、課
題を持ち込む企業と契約を結ぶことになるが、企業経験の豊富な教員がこのよう
な仕事を見つけることは難しいことではない。
教授は大学当局と交渉し、勤務時間の 2 割以内で兼業を認められ、収入を得る
こともできる。大学の教授が勤務時間の 2 割までを本務以外のことに利用するこ
とについては、レーン教授が当時のシュペート州首相に掛け合ったところ、両者
が意気投合し、申請があれば半ば自動的に承認するように規則を変えることによっ
て実現した。大学の先生は、論文を書くばかりが能ではないというのが、ここで
の考えである。決して高給ではない専門大学の教授の流出を防ぐ機能も果たして
いる。本来、大学の研究や知識は公開が前提であり、成果は論文で公にされるので、
守秘義務のある企業からの委託による開発は嫌がるのではないかと思われるが、
研究者の中には企業との共同プロジェクトを行い、参加する学生のキャリアパス
開拓や技術移転につなげたいと考えている人も多いとのことである。また、ここ
でこそ、プレコンペティティブ(競争前)ではなく、競争的なフェーズにおける
知識移転が行えることにもなる。企業からの案件の中に
は、コカコーラのペットボトルの洗浄プロジェクトのよ
うに、逆に企業があえて公表し、シュタインバイスで開
発した技術の安全性をアピールする場合もある。
大学の施設を使って分析や開発を行う場合は、シュタ
インバイスが大学に必要経費を支払うことになる。ま
た、プロジェクトによっては外部の技術者を雇う必要も
あり、この場合は教授がシュタインバイスの一員として
雇用契約を結ぶことになり、大学とは関係のないところ
で人事を行うことになる。シュタインバイスの本部には
90 名の職員がいて、教授の負担を軽減するため事務的
な仕事を引き受けている。
シュタインバイス本部のある「House of economy」
(シュツットガルト市)
(出典:シュタインバイス)
■市場ニーズに応じて拠点を創設、閉鎖
2012 年末の統計によると、ドイツ内外にシュタインバイスの拠点は 918 あ
るが、累計では 1,800 カ所とされているので、市場のニーズに応じて創設、閉
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鎖が行われていることが分かる。プロジェクトに携わる人材の総数は 6,021 人
である。その内訳は、非常勤的に業務に関係する大学教授が 752 人、常勤雇用
者は 1,572 人、非常勤契約従業者(主にエンジニア)が 3,697 人である。年間
の契約相手数は 1 万以上の企業、個人を数え、全プロジェクトの約半数が千ユー
ロ以下の非常に小さな案件である。ドイツではイノベーションに熱心な中小企業
が多いため、小規模な金額の依頼も多い。年間の事業規模は 1 億 4,100 万ユー
ロであり、ダイムラー、シーメンス、ボッシュ、ツァイスなどの名だたる大企業
も顧客に名を連ねている。結果として全プロジェクトの 20%程度は大規模案件
で、全売上高の 80%をこの 20%の大プロジェクトで賄っている。
■ 1998 年創設の大学はドイツ最大の私立大学
シュタインバイスのさらなる驚きは、1998 年にベルリンでシュタインバイス
大学を立ち上げ、学部、修士と博士、合わせて 6,248 名の学生(学部 4,208 名、
修士 1,987 名、博士 53 名、2012 年現在)
(これまでの卒業生累計は 7,520 名)
を有し、ドイツ最大の私立大学となっていることである。大学のモットーは、
「理
論と実践のかみ合わせ」
、すなわち、学生は獲得した知識を即座に自らの仕事に
活用するというものである。このため、学部では全ての学生がパートナー企業を
持つことが条件であり、
学生は企業の社員である必要はないが、
学費はパートナー
企業が支払う仕組みである。一方、修士課程では大学が企業とのマッチングを行
う。一種の専門的なインターンプログラムだが、企業にとっては専門技術者を 2
年間試用し、終了後に雇用するチャンスがある。知名度のない企業で、開発の意
欲はあるが優秀な専門的な人材の雇用が簡単ではない企業にとって特にメリット
が大きい。学生が課題とともに学業をスタートし、在学中にその課題を解決して
卒業するという、まさに Problem-based learning(PBL)の先をいくプログラ
ムでもある。学生はほとんどが社会人であるが、授業料、生活費は、その課題を
与えた会社が負担し、学生の負担はない。
以上、今回はドイツにおける技術移転において
特異な機能を果たしているシュタインバイスを取
り上げたが、最後に前回紹介したフラウンホー
ファー協会との特徴を比較してみる。本質的な違
いの第一は、政府資金の投入の有無にあり、第二
は、コンペティティブなフェーズでの知識移転の
有無ということになる。
その他にも、
フラウンホー
ファー協会には自前の研究施設があるが、シュタ
インバイスにはない(通常、教授のいる大学の施
設を使う)、フラウンホーファー協会は研究を行
うが、シュタインバイスは開発に徹している、後
者は小規模な活動でも受託可能なことなどがあ
る。どちらも、多くのイノベーティブな中小企業
の存在が前提となっていることは確かである。
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バーデン・ヴュルテンベルク州科学研究文化省から眺めるシュツットガルト市中心部
(筆者撮影)
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イベント
大学発ベンチャー再興シンポジウム
~加速する大学発ベンチャー創出とこれからの取り組みについて~
レポート
元気なベンチャー生み出す秘訣を学ぶ
文部科学省は 5 月 14 日、コクヨホール(東京都港区)において、大学発新産
●概要
大学発ベンチャー再興シンポ
ジウム~加速する大学発ベン
チャー創出とこれからの取り
組みについて~
日時:2014 年 5 月 14 日(水)
会場:コクヨホール
(東京都港区)
主催:文部科学省
業創出拠点プロジェクト(以下「START」
)の「大学発ベンチャー再興シンポ
ジウム~加速する大学発ベンチャー創出とこれからの取り組みについて~」を開
催した。
START は平成 24 年度に開始された文部科学省事業で、大学発ベンチャー創
出のための研究開発と事業化を支援している。本シンポジウムは、大学発ベン
チャーを創業後も持続可能な組織とするためにはどのように連携していくべきか
をメインテーマとして、次世代ベンチャーのスタートアップについての講演や
ディスカッションを行い、また、START の制度概要と START が支援する先進
事例の成果を紹介した。
■失敗に学ぶベンチャー経営
第 1 部では「社長失格」
(日経 BP 社)の著者である Synergy Drive Inc. の
CEO 板倉雄一郎氏が、自らの過去のベンチャー企業経営の失敗とその経験を活
かした第 2 の START-UP について講演を行った。板倉氏は、個々の事業リス
クに合わせた経営資源(ヒト・カネ)を選択する重要性を指摘した。
また、シリコンバレー発コンサルタント AZCA,Inc. 代表取
締役社長の石井正純氏が、活発な起業のために国の税制や制度
●大学発新産業創出拠点プロジェクト (START) とは
等を改正することについて提案した。
事業化ノウハウを持った人材(事業プロモーター)
■求められる持続可能な経営
前記の 2 人の講演に続き、「講演から何を学びどう生かすの
か」と題してパネルディスカッションが行われた。アントレプ
レナーにとってベンチャー企業設立はあくまでもスタート。パ
ユニットを活用し、政府資金と民間の事業化ノウハウ
等を組み合わせることにより、リスクは高いがポテン
シャルの高い技術シーズに関して、事業戦略・知財戦
略を構築し、企業価値の高い大学等発ベンチャーの創
業を目指す。これにより、研究成果の社会還元を実現
しつつ、持続的な仕組みとしての日本型イノベーショ
ンモデルの構築を目指す。
START ホームページ
http://www.jst.go.jp/start/index.html
●事業に参画する事業プロモーターユニット(50 音順)
・ウエルインベストメント株式会社
・ウォーターベイン・パートナーズ株式会社
・株式会社ジャフコ
・つくばテクノロジーシード株式会社
【共同実施機関】
中部テクノロジーシード株式会社
先端科学技術エンタープライズ株式会社
・DBJキャピタル株式会社
・株式会社東京大学エッジキャピタル
・東北イノベーションキャピタル株式会社
・野村ホールディングス株式会社
・バイオ・サイト・キャピタル株式会社
・株式会社ファストトラックイニシアティブ
・360ip ジャパン株式会社
会場の様子
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ネル討論では、投資家の目線で見た「投資や支援を受けるための要因」や、大学
発のベンチャー特有の課題などに焦点を当て、
“創業後も持続可能な大学発ベン
チャー”を活発に創出するためにはどのような取り組みが必要かについて意見交
換を行った。ヒト、カネといった経営資源を健全に築く仕組みづくりとともに成
功事例を多く発信して、ベンチャー創出の志向が日本全体に根付く環境づくりが
重要であることを確認した。
■ベンチャー設立を目前に控える先進事例を紹介
第 2 部では「次世代大学発ベ
ン チ ャ ー 紹 介 」 と 題 し、3 年 目
を迎えた START の支援課題の
紹介を行った。東京工業大学発
ベンチャー設立を目指す川嶋健
嗣教授 *1 のプロジェクトと、開
学後初の沖縄科学技術大学院大
川嶋健嗣氏
市川尚斉氏
学発ベンチャーを目指すウルフ・
スコグランド教授のプロジェク
* 1
川嶋教授の現所属は東京医科
歯科大学 生体材料工学研究
所 教授および東京工業大学
精密工学研究所 客員教授
トについて、同大学の事業開発支援セクションの市川尚斉氏から紹介していた
だいた。両プロジェクトはベンチャー設立が目前である。研究成果を広く普及
させる息の長い会社とするべく工夫を凝らしたビジネスプランや、これまでに
至る事業プロモーターとの事業化への取り組みを垣間見ることができた。
パネルディスカッションの様子
現在 START は平成 26 年度の新規課題の申請を公募している*2。公募に際し
て START の理念や事業制度について文部科学省から説明があった。また、本
シンポジウムの冒頭、科学技術振興機構(JST)が平成 26 年度に開始した JST
の研究開発成果の創業を支援する出資事業「出資型新事業創出支援プログラム
(SUCCESS)
」*3 を紹介した。これまでにはなかったベンチャー創出の支援メ
ニューとして、START 事業と併せて広く活用していただきたい。
(大垣有美(旧姓:今田)
:筑波大学 研究推進部研究企画課 URA 支援室 主任
リサーチ・アドミニストレータ(2014 年 5 月まで、独立行政法人科学技術振興機構 産学連携展開部 START 事業グループ)
)
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産学官6月号.indb
* 2
START 公募情報
http://www.jst.go.jp/start/
event/20140131-0707.html
* 3
SUCCESS 支援情報 http://www.jst.go.jp/entre/
(JST 起業支援室ホームページ)
6 月 18 日(水)には本シンポ
ジウムを京都で開催する。東京
開催と同じテーマでディスカッ
ションを行うが、講演者やパネ
ルディスカッション登壇者、先
進事例の紹介について異なる内
容を企画している。
http://www.jst.go.jp/start/
event/20140618.html
Vol.10 No.6 2014
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2014/06/10
11:38:58
視 点
産学官連携でも互いの個性を生かす
理想的な姿を目指して種をまき続けよう
★もはや産学官の連携推進は既定路線。個別
★今から 138 億年前にビックバンが起こり、
の“文化”を持つ産・学・官が不要な隔壁を
撤去して風通しよく意見・情報を交換し、ニー
ズとシーズの共有・協働を図ることは素晴ら
しいが、いきおい過剰な相互乗り入れはそれ
ぞれの個性を消すことにならないだろうか。
餅は餅屋、互いを知ってうまく得意技を生か
し、明確な役割分担をすることが真の連携と
思う。最も資金力の劣る大学は、往々にして、
本来すべきこと、大学にしかできないことを
二の次にして、競争的資金獲得に走りがち。
産学官がそれぞれの個性と強みを生かすこと
が大きな成果に結び付くのではないか。とん
がったメンバーたちのチーム力に期待する。
有賀早苗 北海道大学 大学院農学研究院・生命科学院 教授
編 集 後 記
現在の宇宙の姿があると言われている。人
類の足跡はその一部だが、長い年月、常に
考え、未来を創造してきた。産学官が連携
するとは、あらゆる事象を関連付けながら、
常に種をまくことを習慣化すること。それ
によって理想的な未来を創造することがで
き る。 文 部 科 学 省 科 学 技 術 政 策 研 究 所 の
「日本の大学における研究力の現状と課題」
(2013 年 4 月)の中に 「優れた事例を広く
わかりやすく発信し、 社会的認識を高めて
いくことが必要」 と記してある。輝く未来
のためにも理想的な姿の種を常にまき続け、
社会的に認知されることが必要だと思う。
大西一男 一般財団法人九州環境管理協会 総合企画室 参与
奇抜な発想から突破力
「先生、かけるとアタマのよくなる眼鏡はできませんか」。眼鏡ブランド「JINS」を展
開する株式会社ジェイアイエヌの田中仁社長が4年前、東北大学加齢医学研究所の川島隆
太所長に投げ掛けた奇抜な相談から、この産学共同開発プロジェクトは始まった。同社が
5 月半ばに発表(発売は 2015 年春)したのは 3 点(鼻パッドと眉間部)に眼電位センサー
を搭載した眼鏡で、うたい文句は<世界初、「自分を見る」アイウエア>。スマートフォ
ン連動アプリで、いろいろなシーンでの自らの疲れ、眠気などを可視化できる。すでにト
ヨタ自動車系の大手部品メーカー・株式会社デンソー、慶應義塾大学大学院メディアデザ
イン研究科と共同で、同センシングを用いた次世代の運転サポート技術に関する研究をス
タートさせている。同研究科の研究者は「電機メーカーの提案だったらこんなに興味を持
たなかった」という。田中社長の斬新な発想と事業への情熱からこの突破する力が生まれ
たのだろう。
芝浦工業大学の國井秀子教授は本号インタビュー記事で、米国の大学のビジネススクールの
機能をわが国の大学にもつくる必要があると説いている。教員が評価されるのは「論文の数」
ではなく「ビジネス創造の成果」。わが国の課題の大きさを痛感する。 (編集長・登坂和洋)
産学官連携ジャーナル(月刊)
2014 年 6 月号
2014 年 6 月 15 日発行
PRINT ISSN 2186 - 2621
ONLINE ISSN 1880 - 4128
Copyright ©2005 JST. All Rights Reserved.
編集・発行:
独立行政法人 科学技術振興機構(JST)
産学連携展開部 産学連携支援グループ
編集責任者:
野長瀬 裕二
山形大学大学院 理工学研究科 教授
問合せ先:
「産学官連携ジャーナル」編集部
登坂、萱野
〒 102-0076
東京都千代田区五番町 7
K’s 五番町
TEL:
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FAX:
(03)5214-8399
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Vol.10 No.6 2014
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