OF AOMORI PREFECTURAL ARCHAEOLOGI CAL ARTI FACTS RESEARCH CENTER 研 究 紀 要 BULLETI N 研 究 紀 要 No. 11 第 号 11 第 11 号 CONTENTS THE AGGREGATI ONS OF THE EXCAVATED ORNAMENTS I N AOMORIPREFECTURAL 青森県における装身具の集成 THE J OMON PERI OD 二 〇 〇 六 青森県埋蔵文化財調査センター March 2006 AOMORI PREFECTURAL ARCHAEOLOGICAL ARTIFACTS RESEARCH CENTER この印刷物は5 00 部作成し、印刷経費は1部当たり1 , 75 4 円です。 縄文時代編 2006.3 青森県埋蔵文化財調査センター 青森県埋蔵文化財調査センター25年にあたって 青森県埋蔵文化財調査センター 所 長 白 鳥 隆 昭 当センターは、県内の埋蔵文化財の保護と調査、研究を行う専門機関として昭和 55年に設立され、 今年度をもちまして 25周年を迎えました。このたび、編集委員会を設け「研究紀要」第 11号を記念 特集号として編集し、これまで当センター及び市町村が発掘調査した遺物の中から装身具を選んで集 成を行うことになりました。本号にその成果を掲載しましたので、今後の調査研究活動に役立ててい ただければ幸いです。 さて、県内の開発事業に先立って当センターではこれまでたくさんの遺跡を発掘し記録保存して参 りました。既に刊行した発掘調査報告書は 400冊を超え、青森県の歴史を知る上で貴重な資料を提供 して参りました。出土遺物については、国民共有の文化的遺産として永久保存に努め、展示等に活用 しております。今後の課題としては、学校教育や生涯学習の機関と連携しながら、発掘調査の成果を 歴史教育の分野に役立てることなどが挙げられます。また、一方では増え続ける出土遺物の保管場所 の確保や、情報化社会に対応した資料のデーターベース化、公開などの懸案もあります。 センター 25年を振り返りますと、発足当時 22名の職員であったものが今では 40人になり、施設も 旧情報処理教育センターの敷地と建物を取得するとともに保存科学分野の充実を図って参りました。 これまで発掘調査した遺跡や出土遺物の中には国、県の史跡や重要文化財に指定されたものもあり、 地域社会の文化財の普及、啓蒙活動に寄与しております。 今後とも、縄文文化の宝庫とされる青森県に残された貴重な文化財の保護に努めて参りたいと思っ ておりますので県内各地の発掘調査に際し、調査指導員・調査員の方々をはじめ関係各位にはご指導、 ご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます。 青森県埋蔵文化財調査センター 25年の歩み 昭和 55年(1980) 4月 青森県埋蔵文化財調査センター設立。総務課・調査第一課・同二課・同三課。職員数 22名。 昭和 57年(1982) 1月 「埋文あおもり」創刊。 5月 垂柳遺跡の発掘調査開始(∼昭和 58年)。弥生時代の水田跡を 656枚発見。青森県における米(稲)の 栽培を一挙に千数百年遡らせ、我が県の農業史の上で稲作の開始時期の書き換えを提起した。この年、 垂柳遺跡調査会が東奥賞受賞(東北初の弥生期水田跡の立証と研究)。平成 12年4月、国史跡に指定さ れる。 平成2年(1990) 3月 八戸市韮窪遺跡出土の狩猟文土器1点が県重宝に指定される。 平成4年(1992) 5月 三内丸山遺跡発掘調査開始(∼平成 6年)。縄文時代前期から中期にかけての国内最大級の集落跡である ことが判明。 平成6年に東奥賞受賞(三内丸山遺跡の発掘・研究と積極公開)。 平成7年からは教育庁文化課内に三内丸山遺跡対策室が設置され、発掘調査継続。 平成9年3月に国史跡、平成 12年 11月に国特別史跡に指定される。 平成 15年5月に出土遺物のうち 1958点が、国の重要文化財に指定される。 平成5年(1993) 4月 専門職員の増員により、総務課・調査第一課・調査第二課・調査第三課・調査第四課に改組。職員数 37 名。 7月 三内丸山遺跡の整理室として松原分室を設置(調査第四課が勤務)。 平成6年(1994) 1月 第1回遺跡発掘調査報告会の開催。 6月 浪岡町高屋敷館遺跡発掘調査(∼平成7年)。平成 13年1月、国史跡に指定される。 平成7年 (1995) 6月 六ヶ所村大石平遺跡出土品 198点が国の重要文化財に指定される。 平成8年(1996) 3月 「研究紀要」創刊(「埋文あおもり」は廃刊)。 平成 10年(1998) 4月 組織の改組。総務課・調査第一課・同二課・同三課・資料課となる。旧情報処理教育センターの土地と 建物を取得。 7月 県・市町村の埋蔵文化財発掘調査機関の情報連絡誌「ネットワーク発掘」創刊。 9月 旧情報処理教育センターを一部改修後、埋文センターの主要機能を移転。これを契機に出土遺物の保存 処理・遺物の収蔵展示・図書室等の設備拡充が図られる。木製品・鉄製品等の保存・修復のための機器 と軟X線撮影透過装置等の導入。以後、この分野での市町村支援。 平成 13年(2001) 11月 発掘調査を実施している県・市町村教育委員会で構成する青森県公立発掘調査機関連絡協議会の設立。 平成 14年(2002) 7月 親子体験学習「夏休みに考古学者になろう」始まる。 平成 15年(2003) 4月 六ヶ所村表館遺跡出土の細隆起線文尖底深鉢形土器1点が県重宝に指定される。 平成 16年(2004) 4月 課制を廃止し、グループ制に改組。総務G・調査第一G・同二G。職員数 40名。 平成 17年(2005) 3月 青森県教育委員会埋蔵文化財調査報告書第 406集に至る。(第 1集は、昭和 48年社会教育課刊行) 9月 情報連絡誌「ネットワーク発掘」にかわって「maibun-net.あおもり」創刊。 例 言 1,本集成は、青森県から出土した縄文時代の装身具を集成したものである。 ただし、頁数の節約のため、本号に弥生時代・下北地方の装身具を掲載した(図版3,4)。 2,時代については、次のように区分して図版を作成した。 1.縄文時代 2.弥生、続縄文時代 3.末期古墳時代(飛鳥、奈良時代) 4.平安時代 3,地域については、1.下北地方、2.南部地方、3.津軽地方に区分して図版を作成した。 4,資料は研究紀要第 1 1号と第 1 2号に分けて掲載することとした。本号には縄文時代の資料、 次年度の研究紀要には弥生時代∼平安時代までの資料を掲載する予定である。 5,集成の対象は、平成 16年度(20 0 5年 3月)まで県及び市町村刊行の発掘調査報告書等に掲載され たものである。集成であるために、装身具の可能性があるものを含め対象を幅広く捉えているが、 有孔石製品の一部は頁数の関係上掲載していないものがある。 6,集成作業の担当者名は、下記のとおりである。 資料収集担当者 県刊行発掘調査報告書による資料収集 1∼ 10 0集:山田雄正、10 1∼ 200集:岡本 洋、201∼ 3 00集:平山明寿、3 00∼ 40 6 集:佐藤智生、野村信生 市町村刊行発掘調査報告書による資料収集 青森市:齋藤 正、弘前市:新山隆男、八戸市:中村哲也、津軽地方:佐々木雅裕、 下北地方:小山内将淳、南部地方:畠山 昇 県外刊行発掘調査報告書、県内外雑誌による資料収集 全国:鈴木克彦 分布図:宮嶋 豊、写真:小笠原雅行、観察表:神昌樹、文献一覧:葛城和徳 時代概説:鈴木克彦(縄文時代) 、永嶋 豊(弥生∼飛鳥時代) 、工藤 忍(奈良、平安時代) 7,素材分類(石製、土製、骨・角・牙・歯・貝製、木製・漆塗製、硝子製・金属製)、名称は、図版 にキャプションとして示した。 8,分類や名称について、判断の難しいものは敢えて特定化せず環状石製品などと抽象的に表現した。 9,掲載資料の出土遺跡については、文中に記した。 1 0,掲載資料の縮尺は、二分の一に統一した。 11,図版の中に(参考)として掲載した実測図は、樋口清之 1940「垂玉考」『考古学雑誌』30-6によ る。 1 2,資料の出典及び引用文献目録については、次号に掲載する。 1 3,各市町村教育委員会には資料の確認・追加訂正等を依頼してご協力を賜った。 1 4,文献収集にあたり、苫小牧市埋蔵文化財センター工藤 肇氏にご協力を賜った。 4 青森県における縄文時代の装身具概要 鈴 木 克 彦 はじめに 集成にあたり、本来は装身具の定義から検討して取り掛かる必要があったが、本集成を単年度で行 うという事情により装身具の可能性のあるものまでを含めて孔の空いた遺物は全部収集することとし、 それらの中から選択して掲載することにした。その際、偏りが生じないようにしたが、逆にこれも装 身具と言えるのか、という類まで網羅した。本集成には、2 780点を掲載した。 定義問題は集成を行う際の両刃の剣であり、定義に対する異論が生じた場合に集成自体が恣意的な ものと受け取られる恐れがある。実際、石器を含めた各種の石製品、用途不明遺物、信仰祭祀儀礼遺 物、未成品、武器武具付属品などとの判断が難しいものもある。 本集成により、青森県から出土している質量共に優れた縄文時代の装身具の全容を明らかにするこ とができた。それらの資料的意義は高いので、幾つか考古学上の問題点を明らかにしておきたい。 2 装身具概要(時期別の特徴) 青森県で最も古い類例は、縄文時代早期前葉貝殻文土器期の八戸市根城跡、櫛引遺跡から出土して いる土製品(図版 26-10、28-20,21)である。装身具か否かの判断が難しいものである。次いで、後葉 の八戸市赤御堂貝塚から有孔石製品(図版 15-19)、角製玉(図版 31-7)、長七谷地貝塚から青森県最 古のけつ状耳飾(図版 5 1)、ヘアピン類(図版 30)が出土している。 前期では、青森市三内丸山遺跡に円筒下層 a,b式期の 状耳飾(図版 33-14,15)、下層d式期の 状 耳飾(図版 33-19)、小玉(図版 41-101)、或いは骨角製の牙玉類(図版 51)ほか(図版 43-28)が出 土している。前期の代表的な装身具である 状耳飾に、むつ市瀬野遺跡で円筒下層d式∼上層a式期 (図版 1-3,4),鯵ヶ沢町鳴沢遺跡で円筒下層d 2式期(図版 33-6)がある。また厳密には装身具と言 い難いが、平川市大面遺跡に岩版に紐孔の空いたもの(図版 43 -26, 27)が出土している。 中期では、八戸市熊ノ林遺跡に円筒上層 a式期の 状耳飾(図版 5-7)、深浦町津山遺跡に円筒上層 a式期(図版 33-7)、八戸市西長根遺跡に大木8b式平行期(図版 5-6)、八戸市笹ノ沢遺跡において 土坑内などに円筒上層 a式期の翡翠(図版 7 1 0 ) 、玉髄(図版 2 0 8 ) 、軟玉製(図版 7 2 0 ) 、滑石製(図 版 20-7)の大珠が出土している。後葉には、三内丸山遺跡に榎林式期の根付形大珠(図版 34)が出土 している。 中期後半期に石製装飾遺物が急増し、後期前葉にも土製装飾遺物が多く出土するが、階上町野場5遺 跡の中期末葉の滑車形(図版 27 )は、無孔の例もあり装身具かどうか検討する必要がある。 後期では、前葉に五戸町薬師前遺跡から人骨と共に貝製胸飾(図版 3 2)、黒石市一ノ渡遺跡から翡翠 大珠(図版 35-4,5)が出土している。土製の大型滑車形耳飾(図版 26-5∼ 9)、大型腕飾(図版 50-27 ∼ 32)もある。八戸市風張遺跡の後葉の土製縄文勾玉(図版 22-3,4)は、北海道に類例があるが、本 州での初見だと思う。 5 晩期では、むつ市二枚橋遺跡(図版 2 ) 、大洞C1,C2式期の六ヶ所村上尾駮 (1 ) 遺跡(図版 9∼ 1 2 ) 、 大洞C2、A式期の外ケ浜町宇鉄遺跡(図版 37,38)、青森市朝日山遺跡(図版 39)、つがる市亀ケ岡遺 跡(図版 40)に翡翠製を含む縄文勾玉、丸玉、小玉が多数出土している。また、土製縄文勾玉(図版 46 )が宇鉄遺跡から出土している。このような連珠にする用法が、青森県以北の特徴である。 その他、土製の耳飾(図版 24・25)、腰飾(図版 27-22,23,28-1∼ 3,50-15)がある。木製では、八 戸市是川中居遺跡から漆塗りの櫛、耳飾、腕輪(図版 2 9)が出土している。 3 まとめと問題点 青森県の縄文時代の装身具は、多量で多様性がある。また、南部地域と津軽地域で地域差がある。 形が特徴的な土製分銅形の小玉、耳栓(図版 2-35,38,40∼ 44,48)を出土する下北半島地域は、同じ 類例を出土する津軽地域(図版 47-1∼ 27)に関連すると思われる。縄文時代の代表的な装身具である 翡翠製縄文勾玉は、津軽地域を特徴づける貴石である。 青森県における 状耳飾の特徴は、円形と三角形の類型が多いことである。三内丸山遺跡で円形が 下層 a,b式期、三角形が熊ノ林遺跡で上層 a式期とされている。上限は長七谷地貝塚の類例によって 早期末葉、下限は西長根遺跡の大木8b式併行期である。この結果、早期末葉の丸みを帯びた円形― 前期中葉の扁平な円形―前期末葉から中期初頭の三角形―中期中葉の長方形の順に変遷すると考えら れる。 問題は、これが果たして定説化しているピアスかどうかである。人骨頭部付近から出土する傾向が あっても、紐に吊り下げて垂れ飾りとして使われたことも考えられる。事実上、三角形 状耳飾をピ アスとして用いることは、切れ目の幅などから不可能だと考える。 同じく、土製滑車形耳飾とされている類例(図版 3,26,)には直径 10センチを超えているものがあ り、耳たぶに孔を空けてはめ込むことは不可能であろうし、直ぐ外れるだろうから、耳飾とすること ができないと考える。併せて、分厚い土製の滑車形(図版 27)についても名称や用途を検討する必要 がある。 この耳飾りについては、北日本ではほとんど研究されていない。耳飾としては重くて実用性が希薄 な石製の類例(46-1,2)は、全国的にみても珍しいものである。その一方で、木胎の漆塗り(図版 299)がある。津軽地域に多く見られる型どりではないかと疑いたくなる小型な滑車形耳飾(図版 49-20 ∼ 41,他)は、華奢で薄い作りで壊れやすいものであり、長時間の佩用は無理であろう。両端の直径 が違うもの、或いは耳栓など、青森県だけでも従来耳飾ではないかと同定されてきた遺物は、実に多 様なものであり、分類、名称、用途などを含めて抜本的に検討されなければならないと考える。 中期の大型な翡翠製大珠について、青森県及び岩手、秋田県以北の北日本の特徴は荒谷型の根付形 である。近年、それが三内丸山遺跡などで製作されている可能性がでてきた。しかし、その時期は発 掘当時担当者から最も近い所から出土した土器が榎林式だと聞いた以外、一切土器型式に対応した根 拠が示されていないため正確な時期が不明であった。ところが、近年笹ノ沢遺跡において円筒上層a 式期とされる滑石製根付形大珠等(図版 7-10,20-7他)が発見された。その中の 7-10は、本県最古の 翡翠製装身具、日本でも五指に入る古さである。そこまで遡るとは想定外の古さで、石材、形態にも 多様性がある。しかも、本県最古の軟玉が使われている。軟玉問題は、石材の同定が考古学者が行う 6 ことができないために等閑視されているが、幾つか類例(図版 41-120)があり、滑石などと共に石材 産地と製作地を追求したいものである。装身具に多様な石材が使われていることから、かねてから予 測していた非翡翠製大珠(図版 45-13∼ 15)の存在や軽石製などの疑似大珠の存在(図版 21-1∼ 5) が現実味を帯びてきたように思われる。 翡翠製縄文勾玉は、本州では青森県が北陸地方よりも多く出土している。朝日山遺跡の一遺跡での 25点という出土量も突出している。津軽地域に多いということは上述した。それらの類例の大半が、 頭部を中心に体部上半部に刻み目を持つものである。朝日山、上尾駮(1)遺跡などのように、墓から丸 玉、小玉と一緒に出土することが多く、連珠で用いられていたと思われる。 問題はその初現で、中期末葉の大木 10式土器期とされる泉山遺跡の翡翠製の類例(図版 8-19)は再 検討される必要があるが、後期後葉の翡翠製の類例(図版 8-13)は異形であり、それ以外では晩期以 前の翡翠製の定型縄文勾玉は知られていない。晩期に出土する翡翠製定型縄文勾玉は、大洞BC,C 1 式期に集中するように思われる。因みに、泉山遺跡の翡翠製獣形縄文勾玉(図版 8-22)は、縄文時代 最大のものである可能性が高い。 土製の縄文勾玉の中で後期と思われる八戸市風張遺跡の文様が施される類例(図版 22-3,4)は、北 海道に存在する。北海道に多く見られるという点では、菊玉とも蜜柑玉とも言う刻み目の入った土製 の小玉もまた北海道に類例が多い。 緑色凝灰岩製の丸玉、小玉(図版 40)は、確実に在地生産である。東北地方最大の玉作り遺跡は、 工具、未成品が数多出土しているつがる市亀ケ岡遺跡である。ただこの遺跡で緑色凝灰岩製の縄文勾 玉が見当たらないことと、翡翠製の玉類を確実に製作しているかどうかをまだ実証できないことは問 題である。 次に、珍しいものを幾つか紹介する。土製の指輪形(図版 27-21)は、石製なら北陸に出土している が、土製品が他にあるかは不明である。「の」字形(図版 13-7)に類似するもの(図版 42-4)がある。 玉斧は2点ある(図版 2-16,13-8)。人形には、石製と土製がある(図版 13-9,28-14)。土鈴(図版 284∼ 13)という名称が相応しいかどうか問題があるが、空洞の中に小石の入った是川中居遺跡の類例 (13)により掲載したが、滝端遺跡の類例(4∼ 11)は中実、弥栄平遺跡の類例(12)は中空である。 稀少材の類例には、琥珀玉(図版 13-4∼ 6)、水晶製(図版 13-3)、大理石製(図版 33-14,15)、化石 (図版 31 -1 2 )などがある。 名称が付いていないものがある。菱形の類例には、石製と骨製がある(図版 14-2∼ 11,30-22)。最 近は、装身具であるか否かが明確にできないものを一括して有孔石製品と呼ぶ傾向がある。 全体を通観してみて分類、名称、観察表の有無、縮尺の不統一さなどの問題点もあるが、発掘で出 土したにも係わらず時期を特定できないものが多いことが最大の問題点であった。今や、縄文時代の 装身具は、中期とか後期などと同定するレベルでさえ通用せず土器型式に対応した時期の把握が求め られている。 7 中の平 宇鉄 山崎 (1) 稲平 大澗 瀬野 今津 鞍越 板子塚 熊ヶ平 高野川 (3) 槻ノ木 妻の神 田小屋野貝塚 千苅 (1) 亀ヶ岡 鳴沢 餅ノ沢 十腰内 (1) 大浦貝塚 長森 岡町 (2) 三内丸山 (2) 三内霊園 稲山 近野 蛍沢 三内沢部 熊沢 細越 沢山 三内丸山 (6) 朝日山 玉清水 津山 桜峯 (1) 山吹 (1) 小牧野 野尻 (4) 羽黒平 源常平 十腰内 (2) 細野 野脇 牡丹平 花巻 李平 板留 木戸口 石郷 大平 一ノ渡 砂沢平 大面 永野 第1図 津軽地域の資料掲載遺跡(縄文時代) ドウマンチャ 糠森 八幡堂 二枚橋 (2) 水木沢 大利浜 石持納屋 女館貝塚 大湊近川 最花貝塚 角違 (3) 戸沢川代 稲平 瀬野 鞍越 板子塚 熊ヶ平 高野川 (3) 檜木 第2図 下北地域の資料掲載遺跡(縄文時代) 8 富ノ沢 上尾駮 (1)、 (2) 大石平 沖附 弥栄平 向田 (1 8 ) 幸畑 (1) 有戸鳥井平 (4) 槻ノ木 大平 二ッ森貝塚 小田内沼 上田 猫又 底田 平畑 洞内 赤沼 寺上 長七谷地貝塚 岡谷地 是川中居 西長根 風張 赤御堂貝塚 上蛇沢 (2) 石手洗 根城跡 熊ノ林 鶉窪 田面木 沢掘込 蟹沢 館野 大開 八幡貝塚 弥次郎窪 櫛引 韮窪 小板橋 埖渡 一王寺 丹後谷地 野場 (5) 高谷 笹ノ沢 明戸 荒屋敷 平 荒谷 沖中 泉山 石亀 作和 水吉 野面平 第3図 南部地域の資料掲載遺跡 田ノ上 畑内 滝端 青森県における装身具の集成 縄文時代編 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 11 下北 地域 1 水木沢 2 二枚橋 瀬野 4 瀬野 5 3 瀬野 硬玉製 大珠 6 熊ヶ平 8 7 縄文勾玉 9 最花 熊ヶ平 丸玉、小玉 大利浜 10 14 10 ∼12 二枚橋 14 ∼3 6 二枚橋 13 18 19 15 角違 12 11 20 16 21 17 22 23 2 4 26 3 1 3 2 27 2 5 3 4 3 3 3 5 30 36 高野川 管玉 29 28 37 垂飾品 38 39 4 2、4 4最花 4 3、4 5八幡堂 3 8 二枚橋 40 41 39 ∼41熊ヶ平 4 2 4 3 4 4 45 図版1 (下北地域1) 1/2 青森県における装身具の集成 12 2 3 1 4 6 8 7 5 9 10 11 12 玉斧 14 13 1∼1 5二枚橋 丸玉、小玉 1 6 女館 15 土製装身具 縄文勾玉 20 1 8 1 7 19 瀬野 27 22 2 1 23 28 25 24 26 34 2 9 3 0 37 36 3 1 33 32 38 35 39 18 ∼49二枚橋 耳栓 40 41 管玉 42 43 45 4 4 48 戸沢川代 1/2 46 47 49 図版2 (下北地域2) 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 13 環状品 3 4 5 2 1 1、2 ドウマンチャ 3∼9 大湊近川 7 6 8 垂飾品 10 9 12 11 1 3 14 15 10 ∼15二枚橋 17 鞍越 1 6 18 糠森 最花 弥 生 時 代 土製 (装身具) 瀬野 1 9 図版3 (下北地域3) 1/2 青森県における装身具の集成 14 骨角製装身具 2 1 ドウマンチャ 3 8 6 7 5 4 2∼7最 花 12 10 9 4の復元品 11 8∼1 2二枚橋 弥生時代 石製装身具 ( 13 ∼2 3 板子塚土坑内 ) 16 1 4 15 1 3 17 21 20 1 8 1 9 22 13 ∼24 、 26 ∼33 板子塚 23 丸玉、小玉 27 縄文勾玉 30 2 6 32 管玉 2 4 2 8 2 9 31 33 34 瀬野 2 5 戸沢川代 図版4 (下北地域4) 1/2 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 15 南部地域 石製装身具 状耳飾 1 長七谷地 2 2、3向 田 3 4 富ノ沢 5 二ッ森 6 西長根 7 熊ノ林 8 8∼1 0畑 内 9 10 館野 1/2 図版5 (南部地域1) 11 青森県における装身具の集成 16 硬玉製大珠 3 2 1 6 1 ∼7富ノ沢 7 5 4 10 8 9 8 ∼1 3 上尾駮2 12 11 13 14 18 二ッ森 1 4、1 5 大石平 1 5 1 6 17 16 、1 7沖 附 1/2 二ッ森 図版6 (南部地域2) 19 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 17 2 大平 3 明戸 1 二ッ森 5 切谷内 西長根 6 7 4 切谷内 洞内 8 一王寺 田面木平 9 荒谷 10 11 笹ノ沢 平 12 1 3 1 3、1 4広 場 16 15 泉山 1 7 14 16 ∼19 富ノ沢 軟玉製 18 1 9 1/2 笹ノ沢 図版7 (南部地域3) 20 青森県における装身具の集成 18 縄文勾玉 6 4 5 赤沼 3 2 1 丹後谷地 明戸 明戸 7 大石平 12 9 11 10 8 6 ∼1 4是川中居 15 16 名久井 名久井 18 17 泉山 1 4 13 八幡 1 9 21 2 0 22 1 9∼22泉 山 24 2 3∼25野面平 2 3 28 泉山 26 2 5 石亀 (参考) 大石平 27 29 鳥井平7 1/2 図版8 (南部地域4) 30 是川 31 榎館 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 19 第1 0 号土坑 (共伴櫛) 第2 5号土坑 1 2 第8 9 号土坑 3 全て上尾駮(1 )遺跡 C地区 第14号土坑 4∼99 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 82 83 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 81 66 84 99 第25号土坑 ∼ 100 265 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 184 185 186 187 188 189 190 191 205 206 207 208 224 225 226 227 228 242 243 244 245 246 261 262 264 265 263 209 162 181 182 183 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 210 211 212 213 214 215 229 230 231 232 233 234 248 249 250 251 247 153 154 155 156 157 158 159 160 161 252 216 217 235 253 254 218 219 220 221 222 223 236 237 238 239 240 241 255 256 257 258 1/2 図版9 (南部地域5) 259 260 青森県における装身具の集成 20 第32号土坑 1∼99 1/2 第35号土坑 ∼ 100 150 100 106 105 102 104 103 101 120 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 129 130 128 121 122 123 124 125 126 127 136 131 132 133 138 139 134 135 140 137 141 142 143 144 第6 0 号土坑 145 146 147 148 149 全て上尾駮 (1) C地区 第73号土坑 第6 2 号土坑 150 151 152 第8 6号 154 155∼158 土坑 159∼166 図版10 (南部地域6) 153 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 21 第84号土坑 ∼ 1 5 4 第85号土坑 ∼ 5 5 2 09 55 56 57 58 74 75 76 77 78 91 92 93 94 95 110 111 112 113 129 148 149 59 63 64 65 66 67 83 84 101 102 119 120 137 138 155 156 157 173 174 175 176 192 193 194 195 60 61 62 79 80 81 96 97 98 99 114 115 116 117 118 130 131 132 133 134 135 136 150 151 152 153 154 167 168 169 170 171 172 186 187 188 189 190 191 205 206 207 208 209 69 70 71 72 73 85 86 87 88 89 90 103 104 105 106 107 108 109 121 122 123 124 125 126 127 128 139 140 141 142 143 144 145 146 147 158 159 160 161 162 163 164 165 166 177 178 179 180 181 182 183 184 185 196 197 198 200 201 202 203 204 221 222 223 242 243 244 82 100 68 199 第89号土坑 ∼ 210 247 210 211 212 213 231 232 233 234 214 215 235 236 219 220 216 217 218 237 238 239 240 241 全て上尾駮 (1)遺跡 C地区 図版11 (南部地域7) 224 245 225 226 246 227 228 229 230 247 1/2 青森県における装身具の集成 22 第6 8 号土坑 1∼60 1∼6 0上尾駮(1 )遺跡C地区 丸玉、小玉 64 63 68 66 風張 70 69 67 62 61 65 6 2∼65明 戸 桧木 67 ∼7 6是川中居 80 八幡 77 76 75 西長根 72 7 9 74 73 71 82 85 84 83 81 畑内 78 87 86 80 ∼8 9滝端 88 89 1 21 9 0 93 94 95 9 1 畑内 名久井 93 ∼97泉 山 9 2 名久井 10 2 98 96 97 99 沖中 10 0 10 3 10 1 99 ∼10 1野面平 (参考) 10 2∼106 石亀 1 04 10 5 榎館 1/2 10 6 図版12 (南部地域8) 是川 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 管玉 23 1/2 水晶玉 2 1 3 岡谷地 上尾駮(2) 泉山 琥珀玉 4 5 6 向田 (1 8) 向 田(18 ) 富ノ沢 の字形 玉斧 人形 8 7 泉山 十字形 9 風張 風張 明戸 10 明戸 12 1 1 大石平 13 名久井 富ノ沢 16 泉山 泉山 1 5 韮窪 17 図版13 (南部地域9) 14 青森県における装身具の集成 24 1/2 菱 形 1 4 2 風張 5 3 滝端 3∼5是川中居 9 8 6 7 八幡 八幡 泉山 泉山 (未成品) 11 1 0 12 野面平 泉山 水吉 ボタン状 14 1 3 15 16 泉山 是川中居 泉山 平 18 槻ノ木 17 上尾駮(2 ) 図版1 4 (南部1 0 )地域 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 25 1 3 2 畑内 富ノ沢 畑内 6 4 弥次郎窪 8 7 5 館野 弥次郎窪 沖中 沖中 9 13 1 0 12 11 沖中 15 1 4 16 17 10 ∼17泉 山 1 8 石亀 垂飾品 19 赤御堂 石手洗 21 是川中居 22 泉山 1/2 図版15 (南部地域1 1) 20 青森県における装身具の集成 26 高谷 1 3 畑内 2 野面平 4 畑内 7 富ノ沢 6 畑内 竪孔 8、9槻ノ木 畑内 5 1/2 8 図版1 6 (南部地域1 2) 9 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 27 1 1∼4 富ノ沢 3 2 4 泉山 5 6 泉山 扁平垂飾品 10 7 11 9 8 16 15 1 2 14 1 3 7∼18富ノ沢 18 17 1/2 図版1 7 (南部地域1 3) 青森県における装身具の集成 28 5 4 1 3 1 ∼7富ノ沢 2 9 10 槻ノ木 槻ノ木 8 7 槻ノ木 6 15 館野 13 12 幸畑(1 ) 蟹沢(2) 11 16 14 槻ノ木 館野 沢堀込 20 19 上蛯沢 17 1 8 19 ∼24 泉山 野面平 24 2 1 風張 2 2 23 25 紡錘形 2 6∼29石 亀 30 29 富ノ沢 2 6 27 28 1/2 図版1 8 (南部地域1 4) 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 1 29 4 2 3 泉山 泉山 4∼1 5 富ノ沢 笹ノ沢 6 8 5 7 11 12 10 9 1 3 15 14 18 17 1 6 西長根 沖附 槻ノ木 1 9 向田(18) 図版1 9 (南部地域1 5) 1/2 青森県における装身具の集成 30 4 大平 2 槻ノ木 3 1 槻ノ木 大平 6 7 二ッ森 9 8 5 7∼9 笹ノ沢 10 是川中居 13 泉山 1 1 畑内 1/2 12 泉山 大石平 24 16 15 二ッ森 1 4 槻の木 18 19 17 17 、18八幡 図版2 0 (南部地域1 6) 富ノ沢 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 31 軽石製 3 笹ノ沢 1 明戸 2 館野 4 笹ノ沢 7 6 野場5 8 二ッ森 泉山 5 笹ノ沢 11 風張 9 風張 10 風張 是川 西長根 14 13 12 (丹後谷地) 図版2 1 (南部地域1 7) 1/2 青森県における装身具の集成 32 土製装身具 縄文 勾玉 4 2∼4風 張 2 1 明戸 3 11 10 5 7 8 6 丹後谷地 9 是川中居 7∼1 1八 幡 泉山 14 1 3 12 16 15 泉山 12 ∼1 4滝 端 17 泉山 19 18 泉山 泉山 20 泉山 21 1/2 野面平 土玉 弥栄平 赤御堂 25 2 2 27 30 29 31 32 33 2 4 2 3 明戸 26 二ッ森 明戸 富ノ沢 29 ∼33滝 端 35 ∼56泉 山 28 (西長根) 3 4 3 5 3 6 3 7 38 39 40 41 42 43 野場5 4 5 4 6 4 7 4 8 4 9 50 51 図版22 (南部地域1 8) 52 53 54 55 44 56 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 33 7 6 1 8 9 荒屋敷 5 2 1 0 1 0、1 1風 張 3 平畑 1∼7 泉山 4 11 18 17 12 13 丹後谷地 15 石亀 14 野面平 16 17 ∼19富ノ沢 丹後谷地 韮窪 19 20 是川中居 21 風張 22 笹ノ沢 2 3 風張 2 4 泉山 25 是川中居 26 26 ∼38丹後谷地 27 32 31 30 29 2 8 39 35 3 3 36 八幡 37 3 4 38 野面平 43 小板橋 45 44 4 1 42 是川中居 野場5 沢堀込 沢堀込 40 (参考) 48 50 49 4 7 大石平 小田内沼 八幡 46 小田内沼 泉山 夏間木 1/2 図版2 3 (南部地域1 8) 青森県における装身具の集成 34 土製管玉(管状土製品) 6 7 2 1 4 8 埖渡 7、8西長根 泉山 3 大石平 5 小田内沼 平畑 明戸 9 風張 滝端 畑内 10 12 1 1 野場5 是川中居 14 13 水吉 畑内 耳飾(耳栓) 1 5∼2 0大石平 2 1∼25上尾駮 28 ∼41明 戸 17 16 15 2 1 小田内沼 19 18 22 20 25 24 23 31 26 28 30 29 2 7 寺上 36 35 3 2 34 3 3 39 40 41 3 7 3 8 45 44 4 2 底田 43 44 ∼46 風張 鶉窪 48丹後谷地 1/2 46 図版2 4 (南部地域2 0) 丹後谷地 47 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 1 35 5 4 3 2 7 6 8 1∼10風 張 13 14 大開 9 1 0 11 韮窪 12 長者森 16 1 5 17 14 ∼1 6是川中居 18 19 20 17 ∼22八 幡 23 24 23 ∼28滝 端 25 2 1 22 27 26 28 2 9 埖渡 33 3 1 30 佐和 佐和 滝端 32 35 36 3 4 33 ∼37 沖中 40 3 8 37 41 3 9 38 ∼4 3是川中居 1/2 図版2 5 (南部地域2 1) 42 43 青森県における装身具の集成 36 耳飾 (滑車形) 1 野面平 4 2 3 2∼4石 亀 5、6 、8、9風 張 7 滝端 6 5 管状有孔 9 8 櫛 引 10 1 1∼1 5富ノ沢 1 8泉 山 1 9明 戸 2 0滝 端 1 1 13 12 14 15 17 16 西長根 笹ノ沢 1/2 18 19 20 図版2 6 (南部地域2 2) 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 37 滑車形 槻ノ木 2 猫又 1 明戸 上田 上田 4 6 上蛇沢 5 3 7 田ノ上 10 8 9 11 1 2 13 16 8∼1 8野場5 17 14 15 泉山 指輪形 1 / 2 19 18 泉山 21 野場5 腰飾 20 泉山 2 2 泉山 図版2 7 (南部地域2 3) 23 青森県における装身具の集成 38 2 泉山 1 泉山 3 野面平 土鈴 4∼11滝 端 6 5 4 7 10 8 9 1 1 12 人形 13 是川中居 弥栄平 上尾駮 (2) 1 4 15 滝端 16 17 鳥井平(4) 18 泉山 22 泉山 23 丹後谷地 2 1 根城跡 根城跡 19 滝端 小板橋 2 0 27 25 名川町 2 6 29 名川町 弥栄平 30 (参考) 24 名川町 二ッ森 1/2 27 、28滝 端 28 図版2 8 (南部地域2 4) 是川 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 木製装身具 39 櫛 1∼1 1是川中居 2 3 4 1 6 (参考) 5 7 是川中居 1/2 耳飾 腕輪 8 21 10 9 図版2 9 (南部地域2 5) 11 青森県における装身具の集成 40 4 1 1∼5是川中居 3 2 5 1/2 骨角製装身具 7 一王寺 11 唐貝地 10 二ッ森 8 一王寺 6二ッ森 赤御堂 12 13 赤御堂 17 18 1 4 15 9 16 19 二ッ森 14 ∼1 9長七谷地 赤御堂 赤御堂 21 20 二ッ森 24 二ッ森 22 23 是川中居 図版3 0 (南部地域2 6) 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 41 1 二ッ森 2 二ッ森 3 二ッ森 角製玉 7 赤御堂 6 是川中居 5 4 是川中居 (参考) 牙玉 桧木 9 11 富ノ沢 8 富ノ沢 10 是川 畑内 12 風張 1/2 図版3 1 (南部地域2 7) 青森県における装身具の集成 42 貝輪 2 6 3 7 4 8 5 9 12 10 1 平 11 14 二ッ森 13 2∼13薬師前 1/2 図版3 2 (南部地域2 8) 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 43 津軽地方 石製装身具 状耳飾 2 五所川原市内 1 原子 6 鳴沢 石神 4 5 3 旧森田村 津山 9 8 深浦町内 矢田前 7 10 12 三内霊園 13 14 11 18 15 1 6 11 ∼19三内丸山 20 ∼22出土地不詳 17 19 23 22 2 1 1/2 図版3 3 (津軽地域1) 20 青森県における装身具の集成 44 硬玉製大珠 3 岡町 2 1 算用子 4∼7 三内丸山 宇鉄 4 5 6 7 9 8 三内丸山(6) 近野 10 三内 高田 11 13 山吹(1 ) 12 、15亀ヶ岡 12 13大浦 15 1/2 1 4 図版3 4 (津軽地域2) 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 45 2 花巻 1 岩木山麓 3 牡丹平 花巻 4 一ノ渡 5 一ノ渡 7 餅ノ沢 6 野尻(4) 1/2 東獄 花巻 笹森 (参考) 縄文匂玉 9 11 10 8 12 14 13 16 15 8 ∼18宇 鉄 19 ∼20今 津 1 8 1 7 1 9 20 図版3 5 (津軽地域3) 長森 21 青森県における装身具の集成 46 3 4 2 1 細越 安方 8 7 6 5 13 12 1 0 9 11 17 1 4 16 15 18 21 19 20 22 24 23 3∼2 7 朝日山 25 26 1/2 27 (槻の木) 27 図版3 6 (津軽地域4) 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 5 4 3 2 47 6 1 11 10 9 7 千苅(1 ) 妻の神 吾妻浜 12 1∼7 、9、1 0 亀ヶ岡 8 15 17 16 十腰内 十腰内 14 餅ノ沢 1 3 餅ノ沢 弘前市 19 18 弘前市 21 2 0 野脇 野脇 22 (参考) 大澗 小湊 23 細野 (参考) 24 石郷 奥平部 小湊 小湊 細越 1/2 長森 小湊 丸玉、小玉 十腰内 25 ∼92宇 鉄 28 4 5 61 77 2 9 30 4 6 47 6 2 63 78 26 25 79 31 48 6 4 8 0 32 3 3 34 36 35 49 50 5 1 52 6 5 6 6 67 68 8 1 82 8 3 84 38 37 53 69 85 54 70 86 図版3 7 (津軽地域5) 39 55 71 87 40 56 72 88 41 57 73 89 27 44 42 58 74 90 43 59 75 91 60 76 92 青森県における装身具の集成 48 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 33 34 49 35 51 50 65 66 81 36 68 83 38 53 52 67 82 37 39 54 69 40 55 70 41 56 71 42 57 72 58 73 74 13 14 15 29 30 31 47 43 44 45 46 59 60 61 62 63 78 79 75 76 77 16 32 48 64 80 84 85 86 87 88 89 90 91 106 105 97 96 94 93 107 118 129 130 142 143 155 168 183 119 157 184 197 198 158 186 199 187 200 111 122 134 146 159 102 101 173 211 212 104 188 201 202 213 214 215 216 127 139 150 163 162 177 176 191 192 205 204 203 217 図版3 8 (津軽地域6) 218 128 141 140 152 175 190 189 138 116 115 126 154 153 151 178 179 193 180 181 182 196 195 194 206 167 166 165 164 219 210 103 114 125 137 149 161 174 113 124 136 148 160 112 123 135 147 172 171 185 121 133 145 144 170 110 120 132 131 156 169 100 108 109 117 99 98 95 92 207 1∼220宇 鉄 1/2 208 220 209 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 5 ∼7 細 越 8 ∼5 1長 森 1 2 7 4 3 19 2 0 35 3 6 3 7 蛍沢 5 2 2 1 39 3 8 24 23 22 10 9 8 18 3 4 6 5 1 ∼4 今津 17 49 4 0 26 25 41 27 43 42 11 12 28 44 13 30 29 46 45 47 14 15 31 32 33 48 49 50 16 51 55 5 3 56 58 57 60 59 62 61 54 6 3 6 6 6 7 68 70 7 5 78 10 2 11 4 12 6 13 9 94 9 3 96 95 97 10 3 1 04 1 05 1 06 10 7 11 5 11 6 11 7 11 8 11 9 127 140 12 8 14 1 12 9 14 2 13 0 14 3 13 1 14 4 99 98 10 9 10 8 12 0 13 3 13 4 145 14 6 14 7 91 10 1 10 0 11 2 11 1 11 0 12 1 132 152 90 89 88 8 6 85 82 79 87 8 4 92 81 80 7 6 7 7 8 3 朝日山 53 ∼70朝日山 69 7 4 73 72 71 6 5 64 12 2 13 5 14 8 11 3 12 3 12 4 12 5 13 6 13 7 13 8 14 9 15 0 15 1 15 7 15 3 15 4 15 5 15 8 156 15 9 16 2 16 0 16 1 71 ∼1 54朝日山2 1/2 163 16 4 16 5 16 6 図版3 9 (津軽地域7) 16 7 16 8 15 5∼1 62玉清水 16 3∼1 67槻の木 16 9 16 8瀬辺地 16 9野 木 青森県における装身具の集成 50 3 2 4 1 13 14 16 15 9 8 7 6 5 11 10 12 1∼68 亀ヶ岡 17 29 23 18 24 22 21 33 34 35 37 39 38 45 44 43 42 40 46 47 41 31 36 49 48 28 27 25 20 1 9 32 30 26 52 51 58 57 54 53 50 55 60 59 56 61 62 69 71 68 63 64 66 65 72 73 74 76 75 77 羽黒平 70 67 78 79 81 80 83 82 3号墓 85 84 86 87 88 89 92 91 90 93 94 95 96 97 98 104 105 106 107 108 109 110 111 112 116 115 117 号 10 9号 129∼132 118 134 133 126∼128 120 119 135 101 121 136 102 122 103 123 124 125 1 38 137 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 70∼201 源常平 172 29号墓 177∼201 19号 114 113 100 99 1/2 176 169 図版4 0 (津軽地域8) 170 171 18号墓 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 51 2 1 10 ∼30 3 ∼9 31 ∼87 1/2 1∼8 8 源常平 88 89 ∼10 0 9 1 90 8 9 野脇 92 93 95 94 96 10 1 97 9 9 9 8 10 0 三内丸山 10 6 10 3 10 2 10 4 10 5 10 8 10 7 1 02∼113十越内 11 0 1 15 11 7 深浦 11 8 11 6 唐竹 11 9 大平 1 14、115餅ノ沢 1 20 琥珀玉 1 14 宇鉄 11 3 11 2 11 1 10 9 三内丸山(6 ) 三内丸山 12 1 12 3 三内丸山2 12 2(小牧野) 翡翠 製品 12 7 12 6 12 5 12 4 三内丸山 12 4 ∼1 26中の平 12 8 山吹1 亀ヶ岡 三内丸山 12 9 1 30 三内丸山(6 ) 13 2 三内丸山(6) 13 1 1 33 1 34 13 6 13 5 三内丸山 三内丸山 宮本 図版4 1 (津軽地域9) 三内丸山 青森県における装身具の集成 52 環状 3 2 1 1∼3中の平 4 三内丸山 (6 ) 5 大平 6 三内丸山 8 7 10 9 11 7∼13稲 山 12 三内丸山 14 13 15 三内丸山 餅ノ沢 17 18 熊沢 16 三内丸山 大面 19 21 熊沢 熊沢 20 22 1/2 大面 熊沢 23 図版4 2 (津軽地域1 0) 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 53 稲山 4 2 1 3 1、2、4、5 三内丸山 5 小牧野 6 中の平 7 8 砂沢平 11 10 9 14 9∼1 2稲 山 12 17 三内丸山(6 ) 16 1 5 13 13 ∼15三内丸山 18 小牧野 小牧野 稲山 19 近野 20 梯形石製品 24 23 22 21 ∼2 5三内丸山 2 1 27 大面 26 大面 25 1/2 図版4 3 (津軽地域1 1) 三内丸山 28 青森県における装身具の集成 54 4 三内丸山 1 稲山 2 3 三内丸山 三内丸山 5 9 6 程森 7 8 三内丸山 (6 ) 稲山 板留 三内丸山 (6) 12 13 長森 11 熊沢 亀ヶ岡 10 餅ノ沢 16 稲山 15 14 山崎 17 朝日山 稲山 木戸口 小牧野 2 1 20 野脇 18 稲山 19 22 23 1/2 24 22∼25餅ノ沢 図版4 4 (津軽地域1 2) 25 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 55 小牧野 2 1 永野 3 山吹1 4 5 稲山 6 稲山 8 稲山 餅ノ沢 9 三内丸山 7 餅ノ沢 11 稲山 12 小三内 10 13 稲山 15 三内丸山 羽黒平 14 1 7 16 三丸 18 稲山 水晶 永野 20 近野 大面 1 9 21 近野 1/2 図版4 5 (津軽地域1 3) 22 23 小牧野 青森県における装身具の集成 56 補遣 風韻堂 コレクション 1 玉清水 3 玉清水 旧平賀町 2 4 細越 7 5 亀ヶ岡 9 沢山 6 岡町 8 長森 玉清水 11 10 宇鉄 岡町 玉清水 15 12 長森 13 岡町 14 20 亀ヶ岡 亀ヶ岡 18 小館 19 17 玉清水 瀬辺地 16 玉清水 補遣 今 津(21∼27) 21 2 7 2 2 土製装身具 23 25 24 26 1/2 28∼32亀ヶ岡(風韻堂) 縄文勾玉 33∼39宇 鉄 28 33 29 34 31 30 35 3 2 36 永野 4 2 37 38 39 朝日山 長森 図版4 6 (津軽地域1 4) 40 41 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 57 1∼ 14 13 26 25 3 4 5 6 7 8 9 10 15 16 17 18 19 20 21 22 27 29 28 12 11 23 30 宇鉄 31 2 1 24 中の平 32 31 33 34 35 36 37 38 42 40 39 三内丸山 (6 ) 41 三内丸山 稲山 小牧野 35∼40近 野 小牧野 稲山 43 44 51 亀ヶ岡 49 48 朝日山 十腰内 46 45、46 三内丸山 (6) 45 稲山 52 47 亀ヶ岡 50 野脇 山 吹 53 54 58 53、54桜 峰1 玉清水 59 57 55 葛野 56 近野 十腰内 60 三内丸山 61 三内丸山 (6 ) 三内丸山 (6 ) 62 65 64 山吹 63 三内丸山 (6 ) 三内丸山 三内丸山 67 68 三内丸山 三内丸山 桜峰 (1 ) 70 1/2 69 餅ノ沢 図版4 7 (津軽地域15 ) 66 青森県における装身具の集成 58 4 1 1∼5 近 野 6∼12近 野 3 2 5 8 6 11 14 13 12 10 小牧野 9 7 小牧野 今津 1 5 17 三内丸山 16 近野 19 1 8 小三内 22 20 三内沢部 三内沢部 朝日山 23 21 朝日山 山吹 27 三内丸山 28 24 26 25 25 ∼28 小牧野 31 29 32 3 0 33 37 35 39 34 1/2 36 38 29 ∼38 三内丸山(6) 図版 48 (津軽地域1 6 ) 十腰内 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 59 滑車形 玉清水 2 3 玉清水 1 山崎 耳飾 5 三内丸山 7 板留 三内沢部 4 小牧野 6 9∼12 中の平 11 12 9 8 長森 10 細越 岡町 16 14 13 稲元 15 蛍沢 20 20∼29 近野 19 三内丸山 21 24 23 18 22 25 30 31 37 28 27 26 30∼36小牧野 三内丸山 17 槻の木 36 33 32 35 34 37∼41 稲山 39 38 29 40 42 41 43 42、43亀ヶ岡 46 45 44 47 野脇 48 49 木戸口 44∼47 十腰内 50 熊沢 51 一ノ渡 58 53 小三内 55 57 56 54 一ノ渡 52 稲山 50、51源常平 小牧野 李平 図版4 9 (津軽地域1 7) 1/2 青森県における装身具の集成 60 管状 1 2 稲山 新山 4 5 6 3 三内丸山(6 ) 小牧野 小牧野 稲山 7 9 8 宮本 朝日山 10 朝日山 三内丸山(6 ) 三内丸山 13 三内丸山 1 1 小牧野 1 2 14 朝日山 野脇 近野 18 16 15 朝日山 玉清水 17 宇鉄 玉清水 19 22 今津 小牧野 2 3 21 20 小三内 三内丸山 24 26 稲山 25 小牧野 三内丸山(6 ) 近野 30 2 9 2 8 近野 近野 1/2 小牧野 31 図版 50 (津軽地域1 8 ) 近野 32 27 研 究 紀 要 第 11号 ・ 2006 漆製品 61 骨角製品 2 1 3 9 7 5 6 8 11 4 12 15 14 1∼15 亀ヶ岡 16∼20 大 浦 10 21∼42 三内丸山 13 21 17 16 19 18 26 23 34 27 25 24 35 28 29 30 38 37 36 20 31 22 32 33 39 40 ︵参考︶石製 43 東嶽 42 44 43、44 田小屋野 41 1/2 五本松 図版5 1 (津軽地域1 9) 亀ヶ岡 亀ヶ岡 亀ヶ岡 青森県における装身具の集成 62 5 1 6 2 7 8 1∼9 田小屋野 3 9 (貝輪未製品) 1/2 4 図版5 2 (津軽地域2 0) 青森県埋蔵文化財調査センター 研究紀要 第1 1号 発行年月日 2 00 6年3月10 日 発 行 者 青森県埋蔵文化財調査センター 〒038-0042青森市新城字天田内152−15 TEL(017)788-5701 FAX(017)788-5702 印 刷 所 青森相互印刷株式会社 〒038-0013青森市久須志4丁目1-25 TEL(017)766-5161 FAX(017)766-5162
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