The Murata Science Foundation 東郷實の比較植民地思想:イギリス支配下の インドとエジプトにおける教育政策への見解を中心に Minoru Tōgō and His Comparative Colonial Thought: His Views of the British Colonial Education Policies in India and Egypt A91209 代表研究者 水 谷 智 同志社大学 言語文化教育研究センター 准教授 Satoshi Mizutani Associate Professor, Institute for Language and Culture, Doshisha University This research is part of a larger collaborative project whose aim is to study the formations of various modern empire-states across the globe―including those of Britain and Japan―, not in isolation but by examining them together using a single framework of historical analysis. The project would inquire, for instance, how and why Japanese politicians, administrators, and scholars learned from the British colonial experiences in AsiaPacific, Africa, and the Americas in their efforts to prescribe suitable colonial policies for their own country’s overseas possessions in Taiwan, Korea, and so forth. My concern in this particular piece of research is how the British educational policies in India and Egypt were discussed and made objects of comparison at the beginning of the twentieth century by Japanese ruling classes, particularly by Minoru Tōgō (1881-1959), an high-ranked administrator / scholar who served in colonial Taiwan. Tōgō’s works, particularly his widely-read magnum opus Shokuminchiseisaku to Minzokushinri (1925) [Colonial Policy and Ethno Psychology], are notable in their extensive borrowings―and critiques―of various ideas and practices concerning the colonial policies practiced by such European powers as Britain, France, and Holland. It therefore presents an extremely interesting case of what may be called ‘comparative colonial studies’, which had been extensively pursued not just in Japan but across different empires. ①と②は相互不可分の関係にある。帝国日 研究目的 本の植民地官僚/学者である東郷によってい 本研究の目的は主に以下の2点を明らかに かに論じられたかを検証することは、イギリス することであった: 植民地主義を比較の視点から再検討すること ① 台湾総督府の官僚で植民政策学者でも につながるという意義がある。一方、逆に彼 あった東郷實(1881 1959年)によって、 のイギリス植民地主義観への理解を深めるに イギリス教育政策が、なぜ、どのように は、イギリスの植民地教育政策の実像を歴史 して議論されたか。また、なぜ彼が特に 実証的に掘り下げることが不可欠である。本 インドとエジプトの例をとりあげたのか。 研の目的は、この2つをできる限り一次史料に ② インドとエジプトにおけるイギリスの教 基づいて明らかにすることであった。 育政策の歴史的特質。 ─ 697 ─ Annual Report No.24 2010 までには、フランスの「同化主義」にたいし 概 要 てはフランス帝国内部に反対勢力が形成され 本研究は、ヨーロッパと日本の植民地主義 ており、彼らはイギリスの植民政策から積極 を世界史的な視野から再検討する共同研究 の 的に学ぼうとした(水谷 2009, 6−9) 。ストー 過程で着想されたものである。植民地主義の ラーが主張するのは、我々研究者に現在求め 多様なあり方について包括的に論じることが、 られているのは比較研究ではなく、こうした< 急速に進展する学問のグローバル化のなかで 比較する主体>としての植民地主義のあり方 必要なことはいうまでもない。しかし、これま ――つまり比較するという行為そのもの―― でそれは単純な「比較研究」の域を出ないこ を歴史研究の対象にするべきであるというこ とが多かったのではないだろうか。研究者が、 とである(Stoler 2001; Stoler and McGranahan 自分自身が専門に研究にする国(イギリス、 2007)。 フランス、日本、等)や地域・時代(「19世 本研究は、こうした帝国を横断する比較の 紀のインドシナ」 、 「20世紀前半の台湾」 、等) 動態を、20世紀初頭の日本の植民策学のなか を他と比較するにあって、宗主国の国柄や被 に見いだし考察する現在進行中の試みの一環 支配地域の特殊性が過度に強調されたり(例 である。日本の植民地主義は「同化主義的」 えば、 「日本の植民地主義は白人国家によるも としばしば形容されてきた。それが称揚され のとは異質である」、等)、逆に、ある国によ る際には、 「アジア人によるアジア人の寛容な る支配(例えばイギリスやフランスによるもの) 支配」とされ、逆に批判される際には「被支 が全ての支配の原型とされ、他が単なる派生 配者の民族性を無視した過酷な同化主義」と 型として理解されたりしてきた。 いわれてきた。いずれの場合にも日本支配の 近年、合衆国の歴史人類学者のアン・ロー 同化主義的傾向が前提とされているが、駒込 ラ・ストーラーは、比較研究の問題点を指摘 武も指摘しているように、同化のパラダイム しながら、且つ、<比較>の不可避性を認め を無批判に受け入れることは、植民地帝国日 てそれを歴史研究の中心に据える植民地研究 本が形成される過程で構造化されていった日 のパラダイム転換を提唱している。ストーラー 本人を頂点とする序列化と差別の構造を図ら の議論の最も重要なポイントは、比較研究自 ずも相対化してしまうことにもつながりかねな 体があらゆる近代植民地帝国の形成の重要な い(駒込 1996)。実際、 「皇民化政策」が全面 構成要素であったということである。自国の に押し出される1930年代以前は、植民政策学 植民地主義を正当化するためにも、植民地統 者や植民地官僚のなかには同化政策にたいし 治にまつわる知・技術を取捨選択的に採り入 て批判的な者が存在した。比較の側面から見 れるためにも、比較は必要不可欠であった。 た場合、かれらはフランスの植民地主義を同 例えば、これまで研究者はフランスの植民地 化主義的として批判することにかなりの精力 統治をしばしばイギリスのものと対照的に扱っ を費やしつつ、模倣すべきモデルとしてのイギ てきたが、実際には、少なくとも世紀転換期 リスやオランダの統治政策に高い関心を示し 1 1 同 志社大学人文科学研究所を拠点とするDoshisha Studies in Colonialism[DOSC](www.dosc.sakura. ne.jp)。 ─ 698 ─ The Murata Science Foundation ていたことが指摘されよう。 日本の植民政策学者たちは様々な国による 植民地主義を比較参照の対象としたが、本研 究は筆者(水谷)が専門にしてきたイギリス 植民地主義にたいする彼らの見解に研究対象 を限定した。また、漠然と国同士の比較に着 目することが図らずもステレオタイプを助長す る比較の罠に陥る危険性を高めてしまう危険 性を鑑み、主題的な軸として「現地人教育」 を設定した。具体的には、2 0 世紀初頭から 1920代半ばまで台湾総督府の官僚として植民 地行政に携わりながら欧米と日本の植民地主 義に関する著書出版をとおして学問的提言を おこなった東郷實によるイギリス植民地教育 政策への比較参照に着目した。とりわけ、東 郷が同じイギリスによる政策でもインドにおけ るものを批判しながらエジプトにおけるものを 評価したことの歴史的背景を検証した。 −以下割愛− ─ 699 ─
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