第 2 部 アジア諸国・地域の物質材料に関する研究政策及び研究機関の概要 第 1 章 アジア諸国・地域の物質・材料研究政策 7.ベトナム社会主義共和国 Nguyen Xuan Phuc 田中 高穂 国際・広報室、物質・材料研究機構 MRS-Vietnam, Institute of Materials Science of VAST, Socialist Republic of Viet Nam 1 .はじめに ベトナムは 1976 年の南北統一後、重工業偏重、 硬直した社会主義中央計画経済運営、ベトナム戦争 の後遺症などのために経済的に疲弊、一時最貧国に 第 1 章 ア ジ ア 諸 国 ・ 地 域 の 物 質 ・ 材 料 研 究 政 策 分類されるまでになった。しかし、ベトナム政府は、 1986 年のドイモイ(刷新)路線導入以来、経済自 由化を促進し、外資導入に向けた構造改革や輸出産 業育成を行い、国際競争力強化に取り組んでいる。 ベトナムの人口は現在 8 千 4 百万人に達し、GDP は年率ほぼ 7.4 %の成長を過去 10 年間維持してい る。 ベトナム政府は、同時に教育分野において、科学 技術を重視することが国家の近代化および工業化に とって必須であるとしている。また、政府の科学技 術政策立案を国家科学技術評議会(State Council for 図 1 ベトナム地図、ハノイ、ニャチャン、ホーチミン市に各 研究所が所在する。 S&T Policy)にゆだねている。 その科学技術政策においては 4 つの重点分野が選 ば れ 、 材 料 科 学 ・ 工 学 ( Materials Science and Engineering)は情報技術(Information Technology) 、 バイオテクノロジー(Biotechnology)、自動化 するハノイ、ニャチャン、ホーチミン市を図 1 に示 す。 2.1 Institute of Materials Science2) Institute of Materials Science は材料科学分野にお (Automatization)とともにその一翼を担う。 ける科学的および技術的問題の調査を目的として 1993 年に設立された。総勢 270 人のうち、1/3 が 2 .公的研究機関と教育センター PhD を持つ研究スタッフで、残りが MSc および学 ベトナムにおける公的な研究機関は Vietnamese 1) 部卒業生からなる研究助手であり、この他に 40 人 Academy of Science and Technology(VAST) の の技術員が彼らを技術支援している。ニャチャンに 傘下にあり、物質・材料研究の中心を担うのが も総勢 40 人の支所が設けられている。IMS と同時 2) Institute of Materials Science (IMS) である。また に設立されたホーチミン支所(Branch Institute of Faculty of Materials Science and Technology, Hanoi Materials Science in Ho Chi Minh City, HCMC)は、 3) University of Technology 、International Training 最近 Institute of Applied Materials Science(IAMS) Institute for Materials Science(ITIMS)および として再編され、総勢 50 人のスタッフを抱える。 Center for Materials Science(CMS)of the Hanoi 4) University of Science などでも研究が行われている。 IMS の目的は、 ◆ ベトナムはインドシナ半島の南東部分を占め、南北 に長い国である。以下に述べる材料研究機関が所在 40 材料科学分野の科学的技術的諸問題を研究す る、 ◆ 他の研究機関、生産現場と協力し、その成果 2006年度物質材料研究アウトルック 第 2 部 アジア諸国・地域の物質材料に関する研究政策及び研究機関の概要 第 1 章 アジア諸国・地域の物質・材料研究政策 を実用化に結びつける、および、材料科学分 野で得られた海外の先端技術の国内導入を行 う、 ◆ 材料科学分野における博士過程研究教育およ び訓練を行う、 ◆ 材料科学分野における国際的な関係を確立す る、 2.3 Center for Materials Science, Hanoi University 4) of Science この研究センターは、OPEC からの機器購入助成 を受け、1999 年に設立された。基礎研究および先 端的磁性材料、半導体、超伝導材料、新材料の応用 に集中している。センターを構成する部門は、 ◆ 凝縮固体のモデリング ◆ セラミックス技術、薄膜および多層薄膜とセ などである。ハノイ研究所の主な研究分野は、 ◆ 電子材料、磁性材料、光学材料とデバイス、 ◆ ナノ材料、デバイスの微小化、 ◆ 希元素および希土類材料、 ◆ 金属、合金、耐蝕性、 ◆ ポリマー、複合材料、 ◆ 鉱物処理、環境技術、エネルギー技術材料、 ◆ 海洋資源からの材料、無機材料 ンサー、金属間化合物と合金 ◆ 構造特性評価 ◆ 材料の電気的、光学的性質 ◆ 磁気的性質 ◆ ナノ構造物質 の各部門からなっている。 2.4 HoChiMinh City Centers などである。 ハノイ研究所の主要設備、施設は、X 線回折計 D-5000 SEIMENS、走査型電子顕微鏡 FE-SEM S4800、透過型電子顕微鏡 EM125、高性能スペクト ラムアナライザー(SA)、マイクロラマン分光計 (LABRAM) 、光パルス試験器− MW9060A、半導体 パラメータ・アナライザ− HP4155A、蓄積型オシ ロスコープ、熱特性・電磁気特性測定装置、スパッ タリング・電子線堆積・蒸着用真空システム、低温 ホーチミン市はベトナム最大で最も工業の進んだ 都市であるが、研究活動はハノイに比べ活発とは言 えない。材料科学・工学に関する研究は 2~3 の研 究所や VAST に所属する支所、例えば Institute of Chemical Engineering、Institute of Applied Materials Science などで行われているにすぎない。 これらの研究所の主な研究分野は、 ◆ 香料合成、香油、高付加価値油脂誘導体 ◆ 生物活性を利用した天然原料からの医薬活性 装置、レーザー(N2 レーザー、色素レーザー、半 導体レーザー他)、自動多段階型抽出装置、粉砕機 材料の抽出 スーパーミル、セラミック試料作製装置、アーク溶 ◆ オイル輸送、凝固用添加剤 ◆ 石油化学用触媒、飲用水用触媒、排水および 融炉、高周波誘導加熱炉などである。 新型装置は National Key Laboratory on“Electronic 排ガス materials and devices”を通して資金供給されている。 2.2 Faculty of Materials Science and Technology, 3) Hanoi University of Technology この学部は総勢 100 人規模であり、研究スタッフ ◆ 塩水処理膜、環境維持技術 ◆ 有機化合物からの新材料 などである。現在、National University of HCMC に 二つの材料研究/教育センターが設立されている。 ◆ は 24 人の教授、38 人の博士研究者からなる。研究 Science of HCMC University of Science、 高級鋼の生産技術、金属精製 ◆ ◆ 表面処理技術、金属の腐食と防食 ◆ 粉末材料、金属基複合材料 ◆ ニアネットシェイプ加工、鋳造 ◆ 冶金過程のモデリングとシミュレーション などが中心的研究課題である。 2006年度物質材料研究アウトルック OPEC 資金による Laboratory for Nanomaterials and Nanotechnology, at Faculty of Materials 分野は金属材料に集中特化している。 ◆ 第 2 部 研ア 究ジ 政ア 策諸 及国 び・ 研地 究域 機の 関物 の質 概材 要料 に 関 す る National Key Laboratory on "Polymer and composite" at HCMC University of Technology これら二つの研究所がベトナム南部およびホーチミ ン市における材料研究を活性化させることが期待さ れている。 41 第 2 部 アジア諸国・地域の物質材料に関する研究政策及び研究機関の概要 第 1 章 アジア諸国・地域の物質・材料研究政策 Technology は材料科学とナノテクノロジーに関す 3 .研究プロジェクトと資金 る修士課程、博士課程の教育を行う連携プログラム 新材料に対する最初の(準備段階であるところの) を大阪大学と共同で実施している。 国家研究プログラムは 1987 年、1990 年までの 5 年 ベトナムにおけるこの新興の科学領域における 計画でスタートした。以来、プログラムは材料科 13 年間の研究/教育活動の歩みを基に、2003 年 11 5) 6) 学・工学研究を支援すべく 1991-1995 、1996-2000 、 7) 2001-2005 の各期において継続して来た。新材料 月ベトナム材料科学者はベトナム材料研究学会を設 立した。 における基礎研究は国家基礎研究プログラムからの 支援も得ていて、特にナノ材料に関係した研究テー マは、最近、ナノテクノロジー優先サブプログラム に組み込まれている 8)。国家プログラムに組み込ま れた研究テーマは高 Tc 超伝導体 第 1 章 ア ジ ア 諸 国 ・ 地 域 の 物 質 ・ 材 料 研 究 政 策 5) のような新材料 7) 5 .結論 Institute of Materials Science は先端材料研究と共 に、ハノイ、ニャチャン、ホーチミンの各キャンパ から、カオリン処理 のような鉱物産業の問題にま スで地元に密接した種々の材料研究を行っている。 で多岐に亘る。各 5 年間の研究プロジェクト数はお ハノイ大学およびホーチミン大学の材料科学に関係 およそ 25-30 である。新材料プログラムの予算は した各学科の研究は IMS よりも先端材料に集中し 国家研究総予算のおよそ 10 %を占め、その運用は て研究を行っている様に見える。ベトナムは国民の 科学技術省(Ministry of Science and Technology, 教育水準が高く、また勤労意欲、モラル面でも優れ MOST)の管轄下にある。さらに、産業省(Ministry ているので、近年、日本からも企業進出が進んでい of Industry)が材料技術の研究成果を地方産業界に る。国家経済の伸長とともに、今後材料研究分野に 移植するための予算を 1995 年から立ち上げている。 おいても急速な進展が期待される。 4 .教育と訓練 “材料科学”という用語は 1990 年、すなわち “ドイモイ”政策導入の 5 年後、ハノイで開催され た境界領域研究に関する国際ワークショップの期間 引用文献 1 )Vietnamese Academy of Science and Technology, http://www.vast.ac.vn/english/index.asp 2 )Institute of Materials Science, http://www.ims.vast.ac.vn/ims.asp 3 )Faculty of Materials Science and Technology, Hanoi 中にベトナム科学コミュニティーに導入された。 University of Technology, 以来種々の教育/研究センター、例えば http://www.hut.edu.vn//en/index.php?id=37,37,0,0,1,0 ◆ 1992 年 11 月 International Training Institute for 4 )Center for Materials Science, Hanoi University of Materials Science、 Science, ◆ 1993 年 5 月 Institute of Materials Science、 http://www.hus.edu.vn/tienganh_ver/institues_centres/ ◆ 1997 年 Center for Materials Science materials_science/materials_science.htm などが設けられた。材料科学・工学(Materials Science and Engineering)の学部学生に対する教育 は、Hanoi University of Technology、Hanoi University 5 )Ministry of Science, Technology and Environment, List and Abstracts of S&T projects of National Programs for the 1991-1995 period, Science and Technique Publishing House, Hanoi 2001[in Vietnamese] . of Natural Science、HCMC University of Natural 6 )Ministry of Science, Technology and Environment, Science、HCMC University of Technology などの大 List and Abstracts of projects of the National Programs 学で行われている。材料科学の修士課程は 1993 年 on New Materials for the 1996-2000 period[ in 以来 ITIMS で教育され、最近 IMS との協力の下に Vietnamese] . College of Technology of Hanoi National University で も行われている。材料科学に関する PhD レベルの 教育は 1995 年以来 IMS で行われており、約 30 人 7 )Ministry of Science and Technology, Final Reports of S&T projects of National Program on Materials Research for the 2001-2005 period[in Vietnamese] . 8 )Ministry of Science and Technology, Final reports of の科学者を輩出している。IMS および College of 42 2006年度物質材料研究アウトルック 第 2 部 アジア諸国・地域の物質材料に関する研究政策及び研究機関の概要 第 1 章 アジア諸国・地域の物質・材料研究政策 projects of National Program on Fundamental Research for the 2001-2005 period, Science and Technique Publishing House, Hanoi 6/2006[in Vietnamese] . 第 2 部 研ア 究ジ 政ア 策諸 及国 び・ 研地 究域 機の 関物 の質 概材 要料 に 関 す る 2006年度物質材料研究アウトルック 43
© Copyright 2024 Paperzz