「在宅療養者の口腔ケア 実践マニュアル」を発行

じ
は
Preface
に
め
超高齢社会を迎え,さらにまた,団塊の世代が 75 歳以上となる 2025 年を目途
に,要介護状態になっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けることがで
きるよう,住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される地域包括
ケアシステムの構築が急がれております.その中で,医療・介護の提供体制では
在宅医療・在宅歯科医療の充実が重点項目となっており,在宅療養者,要介護高
齢者等の療養の質や QOL を確保するうえで,口腔機能管理の重要性が高まって
おります.
在宅療養者や要介護高齢者等においては,口腔衛生状態の悪化に伴い,う や
歯周病が発症・重症化することに加え,摂食嚥下機能の低下も重なり,誤嚥性肺
炎等のリスクが高まります.
また,食べる力が衰えることで低栄養が進み,基礎疾患の回復にも悪い影響を
及ぼします.さらにまた,口腔清掃や義歯の清掃不良等による口腔環境の悪化に
伴い,口腔粘膜の異常や舌苔の付着・口臭が亢進するなど,口腔内にさまざまな
トラブルが生じ,療養生活の大きな障害となります.
これらのことから,在宅療養の早期から歯科が介入し,口腔衛生状態や口腔機
能の改善を図ることが重要であり,かかりつけ歯科医院における訪問診療体制の
充実が期待されていますが,通院困難な在宅療養者等への歯科医療・口腔ケアニー
ズへの対応が必ずしも十分ではなく,とりわけ歯科衛生士の人材不足が大きな課
題となっています.
そこで,日本歯科衛生士会では,認定歯科衛生士セミナーにおける「在宅療養
指導・口腔機能管理」の充実を図るとともに,本コースの開催場所を拡大し,在
宅歯科医療や居宅療養管理指導において実践力のある歯科衛生士の人材育成を急
ぐこととしました.
認定歯科衛生士セミナー「在宅療養指導・口腔機能管理」の研修テキストは,
日本歯科衛生士会監修の「歯科衛生士のための口腔機能管理マニュアル高齢者編」
が医歯薬出版(株)から発行されておりますが,本マニュアルは,診療所や施設
等で実習する際に活用できるよう,実践用のサブテキストとして作成しました.
在宅療養者や要介護高齢者等におきましては,居宅・施設等において歯科衛生
士の訪問口腔ケアを必要としています.本マニュアルが訪問のはじめの一歩に役
立ち,多くの歯科衛生士が地域で活躍されるよう期待しております.
本マニュアルの作成にあたり,ご協力いただきました関係の皆様に感謝申し上
げます.
平成 28 年 5 月
公益社団法人 日本歯科衛生士会
在宅・施設口腔ケア委員会
iii
C O N T E N T S
第
1章
在宅療養者への歯科からの支援…………………………2
はじめに ………… iii
1.在宅歯科医療……………………………………………………2
2.在宅療養支援歯科診療所………………………………………2
3.在宅療養者の口腔ケア…………………………………………3
4.継続的な口腔ケアのために……………………………………3
第
2章
在宅療養に関する保険と制度……………………………4
1.介護保険制度の目的……………………………………………4
2.介護保険サービス………………………………………………4
3.地域包括ケアシステム…………………………………………4
4.地域包括支援センター…………………………………………6
5.在宅療養者の生活………………………………………………6
6.食べる楽しみの支援……………………………………………7
7.歯科衛生士が行う在宅療養者への支援………………………8
8.介護保険制度と医療保険制度の口腔ケアの位置づけ………8
第
3章
在宅療養者を支える多職種………………………………10
1.在宅療養者を支える多職種…………………………………10
2.地域における多職種連携……………………………………12
第
4章
在宅療養者の口腔ケアに関するマネジメント…13
1.口腔ケアに関するマネジメント……………………………13
2.基本情報の収集………………………………………………14
3.口腔のアセスメント…………………………………………15
4.口腔ケアプランの作成………………………………………16
5.業務記録と評価………………………………………………16
6.食べることの支援……………………………………………17
第
5章
在宅療養者への口腔ケアの実際………………………20
1.在宅訪問前……………………………………………………20
2.在宅訪問………………………………………………………21
3.在宅訪問後……………………………………………………22
第
6章
在宅療養者への口腔ケアの症例………………………24
脳血管疾患後遺症患者の口腔ケアの実際………………………24
認知症患者の口腔ケアの実際……………………………………26
がん末期患者の口腔ケアの実際…………………………………28
神経難病患者の口腔ケアの実際…………………………………30
第
7章
感染対策…………………………………………………………32
1.在宅療養者への感染対策……………………………………32
参考資料…………35
第
1
章
在宅療養者への
歯科からの支援
1
在宅歯科医療
口腔の健康は,全身状態や ADL(日常生活動作)
,そして何より QOL に大きく
影響することがわかってきました.これまでの歯科医療は外来診療を中心に行っ
てきたため,通院できなくなった高齢者や要介護者等に対して必要な歯科医療が
十分に提供されていないという実態があります.在宅で療養する方に歯科医療が
効果的に提供されるには,これまでの外来診療に加えて,訪問での歯科診療が必
要となっています.そのため近年の診療報酬改定においては,在宅歯科医療の推
進が重点課題として取り上げられ,在宅療養者に対する訪問診療を中心に実施し
ている歯科診療所への評価の見直しがなされてきました.
在宅療養者の口腔の問題は顕在化しにくく,また,摂食嚥下機能の低下が起こ
ることも多く,早期の発見と対応が必要です.さらに口腔清掃状態の悪化は,誤
嚥性肺炎の大きな原因となるため定期的な口腔衛生管理が重要です.
歯科診療所への通院が困難になった在宅療養者に,かかりつけ歯科として訪問
することで快適な口腔状態を保ち,最期まで口から食べることを支援することが
期待されています.
2
在宅療養支援歯科診療所
平成 20 年 4 月に後期高齢者の在宅または社会福祉施設等における療養を歯科医
療面から支援するために「在宅療養支援歯科診療所」が創設されました.この施
設基準(表 1-1)の中に歯科衛生士の配置が義務付けられました.在宅療養者を
支える歯科衛生士の役割は大きいといえます.
表 1-1 在宅療養支援歯科診療所の施設基準(抜粋)
1.歯科訪問診療料を算定している実績があること
2.高齢者の心身の特性,口腔機能管理及び緊急時対応等に係る研修を修了した常勤の歯科医師が
1 名以上配置されていること
3.歯科衛生士が配置されていること
4.必要に応じて,患者又は家族,在宅医療を担う医師,介護・福祉関係者等に情報提供できる体
制を整えていること.
5.在宅歯科診療に係る後方支援の機能を有する別の保険医療機関との連携体制が確保されている
こと
……等
2
3
在宅療養者の口腔ケア
通院困難になった方の口腔状態をより良く保つために訪問での口腔ケアを行い
ます.それは単に「口腔内をきれいにする」だけでなく,「口腔の機能を整え,食
べられるようにするための食支援」としての関わりです.疾患の進行,身体状況
から食べることが困難である場合にも,快適な口腔で過ごすことは,最期まで人
としての尊厳を保つことに繋がります.
在宅での口腔ケアを行う場合,全身状態や生活環境から使用できる機器,機材
も限られているため,歯科診療所でのケアがそのまま提供できるとは限らず,臨
機応変な対応,状況に適したケアが要求されます.在宅療養者の生活全体をみ
て,身体状況や本人・家族の希望に添ったケアを提供していく必要があります.
4
継続的な口腔ケアのために
高齢者がなんらかの疾病に罹患した場合,患者が受ける医療は,急性期から回
復期,維持期を経て終末期へ向かいます.この間に急性期病院から回復期病院等
への転院,施設への入所,在宅への退院と療養場所が変わることは少なくありま
せん.それぞれの場所でどのような口腔ケアが行われていたかを次の療養場所へ
引き継ぎ,その情報をもとにケアの継続・再考をすることで,より良い口腔状態
の維持・向上が可能になると考えられます(表 1-2).
表 1-2 全身疾患の病期別口腔ケアの目的
急性期
回復期
どのような
時期か
症状・徴候の発現が
急激で生命の危機状
態にある時期.全身
管理を必要とする.
生命の危機状態から
脱し,症状が安定に
向かっている時期.
機能障害の程度に応
じた日常生活・社会
生活に適応を促す時
期.
口腔ケアにおいて特
に留意すべき点
口腔機能低下防止
口腔内の清潔保持
VAP 予防
口腔乾燥への対応
救急搬送
救急医療機関
急性期病院
口腔機能の回復
(食べる・話す)
誤嚥性肺炎の予防
口腔ケアの自立支援
維持期
終末期(ターミナル期)
症状・徴候は激しく 病気が治癒する可能
ないが,治癒するこ 性がなく,近い将来
とが困難な状態が長 (およそ 3∼6 か月)
期間にわたって持続 死を迎える看取りの
す る 時 期 . 長 期 間 の 時期.
管理,観察,あるい
は治療,介護が必要
とされる時期.
口腔機能の維持・向
上(食べる・話す)
誤嚥性肺炎の予防
口腔乾燥への対応
回復期リハビリテーション病院
口腔乾燥への対応
口腔内の快適保持
療養施設
(医療・介護)
介護保険
施設・在宅
第 1 章 在宅療養者への歯科からの支援 3
第
2
章
在宅療養に関する
保険と制度
1
介護保険制度の目的
高齢化の進展に伴い要介護高齢者の増加,介護期間の長期化など介護ニーズは
ますます増大することが予想されるなか,核家族化の進行,介護する家族の高齢
化など要介護高齢者を支える環境も変化してきました.そこで国民の互助共助の
精神に基づき,加齢に伴う疾病等により要介護状態となっても尊厳を維持し自立
した日常生活を営むことができるよう高齢者の生活を社会全体で支えるため介護
保険制度が創設されました.制度の理念として次のことが挙げられます.
■
自立支援:単に介護を要する高齢者の身の回りの世話をするということを超え
て,高齢者の自立を支援する
■
利用者本位:利用者の選択により,多様な主体から保健医療サービス,福祉
サービスを総合的に受けられる制度
■
2
社会保険方式:給付と負担の関係が明確な社会保険方式を採用
介護保険サービス
介護保険の被保険者には,65 歳以上の第 1 号被保険者と 40 歳以上 65 歳未満の
第 2 号被保険者があります.介護サービスを利用するためには,介護や日常生活
に支援が必要な状態であることなどについて認定(要介護認定・要支援認定)を
受ける必要があります.住んでいる市町村に申請を行い,調査員による心身の状
態などの調査と主治医の意見書をもとに介護認定調査会が開かれ,要介護度が決
まります.必要な介護の度合いに応じて下記のような区分に分けられます(図
2-1).
*介護サービスを受けることができるのは第 1 号被保険者ですが第 2 号被保険者でも特定疾
病のために介護が必要になった場合には介護保険のサービスを受けることができます.
3
地域包括ケアシステム(図 2-2)
65 歳以上の人口は,現在 3000 万人を超えており(国民の約 4 人に 1 人),2042
年の約 3900 万人でピークを迎え,その後も,75 歳以上の人口割合は増加し続け
ることが予想されています.
このような状況の中,団塊の世代(約 800 万人)が 75 歳以上となる 2025 年(平
成 37 年)以降は,国民の医療や介護の需要が,さらに増加することが見込まれて
います.
このため,厚生労働省は,2025 年(平成 37 年)を目途に,高齢者の尊厳の保持
4
居宅サービス計画
要介護 5
※2 事業のみ利用
○介護予防・生活支援サービス事業
・訪問型サービス
・通所型サービス
・生活支援サービス
○一般介護予防事業
(※3 すべての高齢者が利用可)
・介護予防普及啓発事業
・地域介護予防活動支援事業
・地域リハビリテーション活動支援事業など
総合事業
サービス
事業対象者
介護予防
ケアマネジメント
非該当
(サービス
事業対象者)
○介護予防サービス
・介護予防訪問看護
・介護予防通所リハビリ
・介護予防居宅療養管理指導 など
○地域密着型介護予防サービス
・介護予防小規模多機能型居宅介護
・介護予防認知症対応型通所介護 など
予防給付
要支援 1
要支援 2
介護予防
サービス計画
チェックリスト
市町村の窓口に相談
利用者
※1 予防給付を利用
○居宅サービス
・訪問介護 ・訪問看護
・通所介護 ・短期入所 など
○地域密着型サービス
・定期巡回 ・随時対応型訪問介護看護
・小規模多機能型訪問介護
・認知症対応型共同生活介護 など
介護給付
要介護 1
∼
医師の意見書
要介護認定
認定調査
要介護認定申請
○施設サービス
・特別養護老人ホーム
・介護老人保健施設
・介護療養型医療施設
図 2-1 要介護認定と介護保険サービス
※ 1 明らかに要介護 1 以上と判断できる場合
※ 2 介護予防訪問看護等の利用が必要な場合
※ 3 明らかに介護予防・生活支援サービス事業の対象外と判断できる場合
介護が必要になったら…
介護
病気になったら…
医療
通院・入院
病院
・急性期,回復期,
慢性期
通所・入所
日常の医療
・かかりつけ医
・地域の連携病院
・歯科医療,薬局
住まい
■在宅系サービス:
・訪問介護・訪問看護・通所介護
・小規模多機能型居宅介護
・短期入所生活介護
・福祉用具
・24 時間対応の訪問サービス
・複合型サービス
(小規模多機能型居宅介護+
訪問看護)等
■介護予防サービス
■施設・居住系サービス
・介護老人福祉施設
・介護老人保健施設
・認知症共同生活介護
・特定施設入所者生活介護 等
・地域包括支援センター
・ケアマネジャー
・自宅
・サービス付き高齢者向け住宅等
相談業務やサービス
のコーディネートを
行います
いつまでも元気に暮らすために…
生活支援・介護予防
※地域包括ケアシステム
は,おおむね 30 分以内
に必要なサービスが提供
される日常生活圏域(具
体的には中学校区)を単
位として想定
老人クラブ・自治会・ボランティア・NPO 等
図 2-2 地域包括ケアシステムの構築
第 2 章 在宅療養に関する保険と制度 5
と自立生活の支援を目的として,可能な限り住み慣れた地域で,自分らしい暮ら
しを人生の最期まで続けることができるよう,地域の包括的な支援・サービス提
供体制(地域包括ケアシステム)の構築を推進しています(図 2-2).
4
地域包括支援センター
地域包括支援センターは,地域の高齢者の心身の健康保持,保健・医療・福祉
の向上と増進のために必要な援助,支援を包括的に行い,介護予防をはじめ,高
齢者の生活を総合的に支える専門機関です(図 2-3).
総合的な相談・支援
介護予防マネジメント
権利擁護や虐待防止
ケアマネジャーへの支援
住民の各種相談を幅広く
受け付けて,制度横断的
な支援を実施
介護予防・日常生活支援
総合事業,要支援 1・2
の方の予防給付のマネジ
メント
サービス利用や 金 銭管 理
に不安がある方に対して必
要な相談・支援
家 族や サービス提 供 事業
等からの虐待を受けている
高齢者の早期発見や支援
ケアマネジャーの日常的
個別指導・相談・助言や
ネットワーク構築
図 2-3 地域包括支援センターの役割
5
在宅療養者の生活
■
在宅における介護サービス:介護支援専門員(ケアマネジャー)が利用者と面
接し,問題点や課題を把握し,家族やサービス事業者を含めた話し合いをして
ケアプランを立て,必要なときに必要なサービスを提供できるようにマネジメ
ントをし,在宅療養者の同意を得て開始します.
■
在宅で利用できるサービス:訪問サービス(表 2-1)
表 2-1 在宅で利用できるサービス:訪問サービス
種類
サービスの内容
訪問看護
主治医の指示のもと,看護師・保健師等が診察の補助や療養上必要な
世話を行う
訪問介護
介護士(ヘルパー)が,排泄・入浴など身体的介護や調理・洗濯・掃除
など生活援助として身の回りの世話を行う
訪問入浴
看護師・介護士が,浴槽を持ち込んで入浴介助を行う
訪問リハビリテーション
主治医の指示のもと,理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などが機
能回復・機能維持のリハビリテーションを行う
福祉用具貸与
介護ベッド・車いす等の福祉用具を貸し出しするサービス
福祉用具購入
排泄・入浴用の福祉用具の購入
住宅改修
室内移動時・入浴時に使用する手すりの取り付けや段差の改善など,
必要な住宅改修を行った場合の費用支給
居宅療養管理指導
医師・歯科医師・薬剤師・管理栄養士・歯科衛生士が療養上の管理指
導,助言等を行う
その他(市町村):各市町村により行われる,配食・移送等のサービス等
6
表 2-2 通所サービス:施設に通って利用するサービス
種類
サービスの内容
通所介護(デイサービス)
通所リハビリテーション
(デイケア)
日中,施設で入浴・食事・日常動作訓練などを行う
日中,医療施設で専門職が機能回復訓練を行う
表 2-3 短期入所:施設に短期間泊まるサービス
種類
サービスの内容
短期入所生活介護
(ショートスティ)
短期間,昼夜にわたり施設で介護を行う
短期入所療養介護
(医療型ショートステイ)
医学的管理の必要な方を短期間,昼夜にわたり病院・診療所等の医
療機関で介護を行う
週間サービス計画表
月
火
水
木
金
土
日
主な日常生活上の活動
早朝 4:00
午前 8:00
口腔ケア
午後 12:00 服薬管理 訪問リハ
服薬管理
夜間 16:00
訪問入浴 訪問リハ
起床・食事
服薬管理 買物同行 食事
訪問入浴 訪問リハ
食事
深夜 20:00
22:00
就寝
週単位以外のサービス 特殊寝台付属品・車いす,車いす付属品,居宅療養管理指導○○病院 往診 2 回 / 月程度 福祉用具貸与
図 2-4 1 週間のサービス例
■
通所サービス:施設に通って利用するサービス(表 2-2)
■
短期入所:施設に短期間泊まるサービス(表 2-3)
■
在宅療養者の生活:介護保険では,要介護度に応じて,サービスの支給限度額
があり,複数のサービスを利用していることがあります.訪問するに際して,
在宅療養者の 1 週間のスケジュール(図 2-4)についても配慮が必要です.
6
食べる楽しみの支援
平成 27 年度の介護報酬改定では「地域包括ケアシステム」の構築に向けて,基
本的な考え方とその対応が示されました.中重度の要介護者や認知症高齢者への
対応のさらなる強化(表 2-4)の中には「口腔・栄養管理に係る取り組の充実」が
含まれており,施設等入所者が認知機能や摂食嚥下機能の低下等により食事の経
口摂取が困難となっても,自分の口から食べる楽しみを得られるよう,多職種に
表 2-4 平成 27 年度介護報酬改定の骨子
(1)中重度の要介護者や認知症高齢者への対応の更なる強化
1.中重度の要介護者等を支援するための重点的な対応
2.活動と参加に焦点を当てたリハビリテーション
3.看取り期における対応の充実
4.口腔・栄養管理に係る取り組の充実
(2)介護人材確保対策の推進
(3)サービス評価の適正化と効果的なサービス提供体制の構築
第 2 章 在宅療養に関する保険と制度 7
よる支援の充実を図るとされています.その職種の中に歯科医師・歯科衛生士が
含まれています.
7
歯科衛生士が行う在宅療養者への支援
歯科衛生士が訪問して療養上の指導として口腔ケアを行うことは医療保険制度
(訪問歯科衛生指導)と介護保険制度(居宅療養管理指導)の中に位置づけられて
います.要介護認定を受けている方は介護保険制度が優先されます.
歯科診療所に通院していた患者さんの通院が難しくなった場合には,介護保険
表 2-5 介護認定の申請手順
①市町村窓口への申請
②認定調査
③要介護認定
④ケアプラン作成
⑤サービス利用
の知識を伝え,市町村へ申請するようアドバイスしましょう(表 2-5).
歯科診療所に口腔ケアの依頼があり歯科衛生士が訪問して口腔ケアを行う場
合,対象者は一般的な自宅(在宅)のほかに軽費老人ホーム(ケアハウス)
・養護
老人ホーム・認知症対応共同生活介護(グループホーム)
・有料老人ホーム等の
施設も自宅とみなし,居宅療養管理指導を算定します(表 2-6).
8
介護保険制度と医療保険制度の口腔ケアの
位置づけ
居宅療養管理指導…介護保険制度の中で歯科衛生士が行う口腔ケア
歯科衛生士が訪問して在宅療養者へ口腔ケアを提供する場合,要介護認定を受
けている方は介護保険(歯科衛生士による居宅療養管理指導)を利用します.訪
問歯科診療を行った利用者又はその家族等に対して,歯科医師の指示に基づき,
その医療機関に勤務(常勤又は非常勤)する歯科衛生士が,管理指導計画を作成
し,1 人の利用者に対して歯科衛生士が 1 対 1 で 20 分以上行った場合について算
定します.その場合,事前にケアマネジャーへの連絡がなされたうえで,介護
サービスでの位置づけが必要です.また他の介護サービスと重複して算定はでき
ません(同じ時間に 2 つ以上のサービスは請求できません)
(表 2-7).
訪問歯科衛生指導…医療保険制度の中で歯科衛生士が行う口腔ケア
要介護認定を受けていない方で,在宅等で療養を行っており,疾病・傷病のた
めに通院による歯科診療が困難な場合には医療保険を利用し歯科訪問診療を受け
ることができます.歯科訪問診療は患者の求めに応じた場合もしくは訪問診療に
表 2-6 居宅とみなし居宅療養管理指導として口腔ケアを行う施設
軽費老人ホーム
(ケアハウス)
養護老人ホーム
認知症対応共同生活介護
(グループホーム)
有料老人ホーム
機能
特徴
老人福祉法に規定
完全個室
自立生活ができる施設
老人福祉法に規定
市町村による措置施設
認知症症状のあるものが少
人数で共同生活を送る施設
住まいと食事や生活支援の
サービスが一体となってい
る施設
対象者
60 歳以上又は 60 歳以上の
配偶者を有するもので独立
した生活に不安のある者
65 歳 以 上 の 者 で 環 境・ 経
済上の理由で居宅生活が困
難な者
認知症がある要介護者で共
同生活が送れる者
高齢者
入所条件は事業者により異
なる
※介護保険施設(介護老人福祉施設,介護老人保健施設,介護療養型医療施設)は,医療保険による歯科訪問診療,訪問歯科衛生指導が適用
される
8
表 2-7 居宅療養管理指導算定要件
当該利用者に対して訪問歯科診療を行った歯科医師の指示に基づき,指示を行った歯科医師の訪問
歯科診療の日から起算して 3 月以内に実地指導を行った場合に,1 月に 4 回を限度として居宅療養
管理指導を算定できるが,算定するには次の基準をいずれも適合していることが必要となる
・居宅療養管理指導が必要であると歯科医師が判断した者に対し,歯科衛生士等が当該利用者を訪
問し,歯科医師等その他の職種の者が共同して管理指導計画を作成していること
・利用者ごとの管理指導計画に従い療養上必要な指導として当該利用者の口腔内での清掃,有床義
歯の清掃又は摂食・嚥下機能に関する実地指導を行っているとともに,利用者又はその家族等に
対して,実地指導に係る情報提供及び指導等を行い,定期的に記録していること
・利用者ごとの管理指導計画の進捗状況を定期的に評価し,必要に応じて当該計画を見直している
こと
基づき継続的な歯科診療の必要が認められ,患者の同意を得た場合に行います.
訪問歯科衛生指導は,訪問診療を行った歯科医師の指示を受けた歯科衛生士等が
訪問して療養上必要な指導として患者またはその家族に対して,当該患者の口腔
内での清掃(機械的歯面清掃を含む)または,有床義歯の清掃に係る実地指導を
行った場合に医療保険で請求することができます.必要状況により,月 4 回を限
度に算定が可能です(保険医療機関の所在地と訪問先の所在地との距離が 16 km
を超える場合は歯科訪問診療を必要とする絶対的理由がない限り認められませ
ん).
また,訪問歯科衛生指導には「複雑なもの」と「簡単なもの」があり,「複雑なも
の」については,患者と 1 対 1 で 20 分以上療養上必要な歯科衛生指導を適切に
行った場合に算定し,「簡単なもの」については,1 人又は複数の患者に対して療
養上必要な歯科衛生指導を適切に行った場合に算定します.歯科衛生指導で実施
した指導内容等について,患者に文書で提供する必要があります.またその文書
の写しを診療録に添付することが義務付けられています.
第 2 章 在宅療養に関する保険と制度 9
第
3
章
在宅療養者を支える
多職種
1
在宅療養者を支える多職種
■
在宅療養者を支える職種と歯科衛生士の関わり方
在宅療養者は病気や障害を抱えているため要介護認定を受けている方が多く,
色々な専門職に支えられ生活をしています.歯科衛生士もその中の 1 人です.ケ
アマネジャーは在宅療養者が適切なサービスが受けられるように,また専門職種
のためにはスムーズにサービスが提供できるようにケアプランを作成します.で
すからケアマネジャーと情報を共有することが大切です.歯科衛生士としてより
良い支援が行えるように考えていきましょう.
●職種の業務 ●歯科衛生士とのかかわり
介護支援専門員(ケアマネジャー)
●介護認定後に要介護者の担当として,利用者が快適に生活できるよう相談に応じ,ケアプラン
を作成する.また,要介護者やその家族に最も近い存在として,アドバイスを行う.必要に応
じ,訪問・通所サービスの利用,介護福祉用具・住宅改修などの調整を行う,要介護者にかか
わる担当者を集めて担当者会議を運営する.
●訪問での様子,今後の方針・目標等を報告(居宅療養管理指導を算定した場合には毎月報
告書を提出しなければならない)
,口腔ケアに関して多職種からの協力が必要な場合は提
案や相談など行う.
医師
●「かかりつけ医」として,在宅療養者の往診および訪問診療を行う.疾患の状態や体調により,
処置・投薬等を行う.(入院,検査など必要に応じて,病院等への紹介を行う)
●診療情報提供書等の連携.身体状態,嚥下に関する相談
看護師
●医師の指示に基づき,訪問看護として,在宅療養者の身体の処置,点滴等を行う.必要に応じ
て,療養上の健康管理指導や助言,生活に即したリハビリを行う.
●身体状態の相談.口腔ケア,摂食嚥下リハビリテーションを相談しながら一緒に行う.
10
介護士(ヘルパー)
●訪問介護として,身体介護では,入浴・排泄・食事介助・口腔ケア等を行う.生活介護では,
買い物,調理等を行う.
●食事に関する(内容,姿勢,食べさせ方等)相談.日常の口腔ケア・口腔周囲を動かすこと
を相談しながら一緒に行う.
理学療法士(PT)
●医師の指示に基づき,訪問リハビリテーションとして,基本的な動作能力の回復を図るため,
自宅での日常生活,身体の状況に合わせた効果的な訓練指導や介護方法の提案を行う.
●姿勢・日常生活動作(食事,口腔ケアなど),そのリハビリテーション方法について相談.
作業療法士(OT)
●医師の指示に基づき,訪問リハビリテーションとして,認知機能や生活動作を評価し,動作能
力や社会適応能力の回復を図るため,自宅での日常生活,身体の状況に応じたリハビリテー
ションと指導を行う.
●姿勢・日常生活動作(食事・口腔ケアなど),そのリハビリテーション方法について相談.
言語聴覚士(ST)
●医師の指示に基づき,訪問リハビリテーションとして,安全な嚥下を促し,楽しい食事や発語
能力の訓練を行いコミュニケーション能力向上の支援をする.
●言語,摂食嚥下について,そのリハビリテーション方法について相談.
管理栄養士
●居宅療養管理指導にて,医師の指示に基づき,身体状況・栄養状態に応じて,栄養面の管理・
栄養改善上必要な指導を行う.摂食嚥下状況に適した食事の形態になるよう,調理方法の指導,
介護食の紹介など,在宅での介護者(調理を行う者)の介護力に合わせた食事の提案を行う.
●栄養・食事内容・調理方法について相談.
薬剤師
●居宅療養管理指導にて,医師や歯科医師の指示に基づき,訪問での薬の服用等に関する指導を
行う.希望により薬剤を在宅へ届け,在宅での服薬が指示通り行われているか,嚥下機能に適
した薬剤の形状・服薬の方法等を検討する.
●口腔内の薬の残留,服薬困難への対応等相談.
その他の職種
・地域包括支援センター相談員:高齢者の心身の状況や生活や支援等の相談を受ける.
・各市町村生活保護担当者:生活保護を受けている人に対しての相談援助を行う.
・保健師:健康の維持や発病の予防,病気・けがの悪化防止などのための支援を行う.
・民生委員:住民の生活状態を必要に応じ適切に把握し,相談・助言・援助を行う.
・福祉用具専門員:介護ベッド,車椅子等の相談,メンテナンス等を行う.
第 3 章 在宅療養者を支える多職種 11
2
地域における多職種連携
Case Report
I さんは 83 才で A 病院に誤嚥性肺炎と圧迫骨折で入院していました.入院中は
ADL 低下,嚥下障害を有すると,担当医より経口摂取は行われていませんでした.
既往歴は,肺気腫,腰椎圧迫骨折,胃がんによる切除術が行われていたため,胃瘻
増設が困難であり,栄養,水分摂取としては IVH ですべて行われており体重も
38 kg まで低下していました.肺炎,骨折の状態も回復して退院が決まり,退院調
整会議が開催され,参加者は,退院調整看護師,病棟看護師,ケアマネ,訪問担当
医,訪問看護師,訪問歯科医師,歯科衛生士,福祉用具事業者,家族(妻,娘)が
出席しました.病棟看護師より入院中の経過,現在の状態について報告があり,入
院時の VE 検査結果ではやはり経口摂取には誤嚥のリスクが高く,在宅でも IVH 継
続が報告されました.しかし本人,家族の強い希望としては口から少しでも食べた
い,食べさせたいとの強い希望があり,入院中は口腔ケア中心でしたが,退院後
は,自宅で訪問医,訪問看護と連携して,摂食嚥下リハビリテーションを進めるこ
とを在宅療養計画の中に盛り込みました.
自宅での最初の訪問は,担当医師と時間を合わせ,全身状態と口腔状態の意見交
換を行い,今後の中・長期治療とリハビリ計画ガイドラインを作成しました.よう
やく住み慣れた我が家に帰った I さんでしたが,口腔乾燥のため発語が少なく,な
かなか本人の意志確認ができない状態でした.そこでまず,口腔のケアにより口腔
乾燥の解消を初期目標にしました.それにより発語が増えてきました.肺気腫の既
往もあり肺活量の低下があるため,訪問看護師に呼吸リハビリをお願いして,週 2
回の体幹リハを行い,歯科衛生士による間接嚥下訓練を週 1 回行いました.唾液誤
嚥予防を考慮し,腰痛に影響が無い範囲でベッドを 15 度まで上げて臥床体位にし
ました.発語,体幹保持が確保できた時点で,現状評価のため,またセカンドオピ
ニオンのために,B 病院耳鼻科に VE 検査依頼をいたしました.評価が出たところ
で,歯科医師による直接訓練を退院後 1 か月後より開始しました.その後ゼリー食
の経口摂取を開始,嚥下リハビリ・口腔ケアを継続しながら 2 か月後軟食に進み,
3 か月後には常食で 1 日の必要量の 6 割を経口摂取するまで回復しました.それに
より常時臥床状態から,端座位,立位が保持できるようになり,体重も増加しまし
た.家族,訪問医療関係者との会話も増え安定して在宅生活を送れるようになりま
した.心配な点としては,回復に伴い経口摂取の一口量の増加,摂取スピードが早
くなり,訪問時に口頭や文章で注意を促し本人,家族に指導を行いました.
しばらく経過良好と思われましたが,体調不良,腰痛を訴え退院 6 か月目前にし
て担当訪問医の判断で,再度 A 病院に入院となってしまいました.入院後すぐに
病棟担当医と連携し,歯科衛生士による専門的口腔ケアの継続,看護師に口腔ケア
指導を行い日常のケアをお願いしました.入院中は IVH による栄養補給ですが,
今後の退院に向けて再度経口摂取リハビリの計画の作成が必要となるでしょう.
ここで重要なのは,病院と診療所,診療所と診療所や
他職種との連携が行われていれば在宅から病院,退院か
ら在宅,また状態悪化により入院となった場合でも継続
してかかわることができることです.経口摂取のため歯
科衛生士の果たす役割は非常に大きく,地域包括ケア,
または地域完結型医療においても口腔機能維持のため今
後重要な専門職となることが期待されます.
石川歯科医院 石川茂樹
12
第
4
章
在宅療養者の口腔ケアに
関するマネジメント
1
口腔ケアに関するマネジメント
歯科訪問診療の依頼を受けたら情報収集を行い,家族,ケアマネジャーと連絡
を取り,円滑な診療が開始されるように調整します.
有病者の口腔の特徴
疾病の状況によりに口腔内の症状に注意を必要とすることがあります.特に患
者数が多く症状の経過に伴い対応が必要なものとして,糖尿病・脳卒中・心疾
患・がん・精神疾患の 5 疾患の口腔の特徴について簡単にまとめました(表
4-1).全身の疾病により発現する口腔内のトラブルや症状を理解し,苦痛を緩
和し,口腔環境の改善を図り,食べることや話すことを支援していきましょう.
表 4-1 有病者の口腔の特徴
糖尿病
●
●
高血糖の状態が続くことにより,口が渇く,感染しやすい,傷が治りにくい等の症状がみられる
う ・歯周病・口腔乾燥症・口腔感染症(カンジダ症など)
・口腔粘膜疾患(扁平苔癬など)
・味覚障害・口臭 等
脳卒中により口腔周囲器官の感覚障害,顔面神経麻痺,舌の運動障害,軟口蓋閉鎖不全,失調,開口障害,味覚
障害が起こる
●う
・歯周病・食物の口腔内残留・感覚低下による頰粘膜の誤咬あるいは咬傷・摂食嚥下障害・味覚障害 等
脳卒中
●
心疾患
● 急性心筋梗塞の治療・処置に伴う口腔関連症状
・抗血栓薬投与により,出血傾向
・酸素マスク装着により口腔乾燥
・歯周病などの感染症は,感染性心内膜炎や動脈硬化症のリスクとなる
がんの進行に伴い嘔気・食欲低下・貧血・骨髄抑制などが起こり,それに伴い口腔内感染症,味覚障害,口腔粘
膜炎,口腔乾燥などが起こる
● がんの治療・処置に伴う口腔関連症状
・手術:口腔衛生状態の悪化と誤嚥のリスク
・放射線療法:口腔粘膜炎・味覚障害・口腔乾燥・ヘルペス・カンジダ症等
・薬物療法時:口腔粘膜炎・口腔感染症・ヘルペス・カンジダ症・口腔乾燥症等
がん
●
口腔衛生の不良・抗精神病薬の副作用による唾液分泌量の低下・痛みの反応の低下・不随運動・歯科未受診によ
り口腔内環境が悪化する
● 食行動の異常
(早食い・丸呑みなど)による窒息のリスクが高い
●
統合失調症
精
神
疾
患
活動性,意欲の低下から口腔衛生不良になる
う や歯周病を発症しやすい
● 口渇,味覚障害
●
うつ病
●
認知症の進行に伴い口腔衛生状態は悪化する
重度認知症では歯科治療の意味が理解できず治療が困難となる
● アルツハイマー型では終末期は嚥下機能が低下し誤嚥性肺炎を発症しやすい
● 薬の副作用による唾液分泌低下・口腔衛生不良によりう
や歯周病を発症しやすい
● 食べこぼしやよだれ,食行動の異常を伴うこともある
●
●
認知症
(藤本,ほか編:5 疾病の口腔ケア・チーム医療による全身疾患対応型口腔ケアのすすめ.医歯薬出版,東京,2013.より)
第 4 章 在宅療養者の口腔ケアに関するマネジメント 13
2
基本情報の収集
■
事前の情報収集
歯科訪問診療の依頼に対して,事前に必要な情報を得ることが重要です.ケア
マネジャーからの情報および本人,介護者の要望を聞き,それに対して必要な処
置やケアについて説明し,相談・確認しながら進めることで,誤解を回避するこ
とができます.またキーパーソンを確認し,本人との関係,連絡方法を把握して
おきます.診療が始まってからも身体や精神の状態,負担,不安等を把握し無理
のないように進めていきましょう(図 4-1,2).
情報提供の書式は介護事業所によっても異なりますが経済状態,住居環境,
ADL(移動・排泄・食事・入浴・着替え・意思疎通等)
,介護サービスの利用に
ついて等,必要なことを情報収集しましょう.その内容をスタッフ間で共有して
おくことでその後の歯科診療・口腔ケアをスムーズに進めることができます.
■
介護支援専門員(ケアマネジャー)から情報提供してもらえる内容例
要 介 護 者 の ケア プ ラ
ンを立 て,他 の 介 護
サービス事業者との連
絡,調整等取りまとめ
を行う担当者
ケアマネジャー名
介護支援事業所名
連絡先
名前
生年月日
住所
電話
家族構成図
障害高齢者日常生活自立度
認 知 症の 方にかか る
介 護 の度 合い,大 変
さをレベルごとに分類
したもの
全 身 状 況 , リス ク ,
治 療 上の 注 意 点につ
いて確認
「お薬手帳」も確認
認知症高齢者日常生活自立度
認定情報
認定年月日 要介護度
介護保険
被保険者番号
医療保険
受療機関
主治医
既往歴
治療経過
麻痺・拘縮
じょく瘡等
服薬
食事
歩行
会話が可能・筆談等
家 族 構 成・続 柄・年
齢・主な介護者(キー
パーソン)を把握する
保険証の種類の確認,
身 体 障 害 者手 帳・生
活保護なども確認する
主 疾 患・既往 歴・現
在の状 態 や 生 活 上の
問題等
栄養摂取法・食形態・
水分摂取法等
コミュニケーション
今後の生活への希望
図 4-1 介護支援専門員(ケアマネジャー)から情報提供してもらえる内容例
■
歯科診療所へ訪問の依頼があったときに聞き取っておく情報
主訴・要望(誰の訴え
なのか),緊急性や依
頼 の 経 緯 などを 聞き
取る
依頼内容
歯科への希望
訪問可能な曜日・時間,駐車スペース等
図 4-2 歯科診療所へ訪問の依頼時の聞き取り内容例
14
本人 ・ 家 族 が , 歯 科
に何をどこまで望んで
いるか正確に把握する
訪問のアポイントに必
要
3
口腔のアセスメント
効果的な口腔ケアを行うには口腔のアセスメントを行い,口腔ケアプランを作
成することが必要です.口腔のアセスメントでは①口腔機能,②口腔内状況,③
口腔清掃状態を把握し,リスク等について評価します(図 4-3).また,食事場
面の観察(表 4-2)や日常ケアの振り返りによる評価が必要です.この情報を訪
問する他の職種と共有することで,協働し日々のケアを行っていくことが可能に
なります.
口腔機能(咀嚼,
嚥下,むせ,うが
いの状況)などに
ついて記入する
歯 の 状 態( 残 存
歯・残根・動揺
歯・処置歯等)に
ついて記入する
義 歯の 有 無 ・ 着
脱・使 用につい
て 記 入する . 特
記 事 項に 義 歯 管
理の支 援につい
ても記入しておく
と良い
栄養摂取方法・
食 形 態 ・ 水分摂
取 に つ いて 記 入
する
咬 合状 態 ・ 咀 嚼
で きるか ・ 食 形
態とあっているか
確認し記入する
治 療 の 必 要な 疾
患 に つ いて 記 入
する
口 腔 ケ アの 現 状
を 把 握 . セ ルフ
ケア ・ 家 族 の 介
護 力・多職種に
よる 口 腔 ケ ア 支
援なども聞き取る
口腔 乾燥を評価
し記入する
図 4-3 口腔内観察によるアセスメント
■
食事場面観察によるアセスメント
表 4-2 食事場面観察によるアセスメント
食事前の観察ポイント
食事中の観察ポイント
食後の観察ポイント
呼吸・脈拍・SpO2 に変化はないか
呼吸・脈拍・SpO2*に変化はないか
覚醒状態は良いか
口からのこぼれはないか
口の中に食物残留はないか
口の中は清潔か
食事のペースは適当か
むせの有無や頻度はどうか
食物の認識・食べる意欲
一口量は適量か
声の変化はないか
身体の傾きはないか
姿勢に変化はないか
食事時間は何分くらいか
テーブル・椅子の高さは適当か
むせの有無や頻度はどうか
食事量はどのくらいか
勢
首は安定しているか
声の変化はないか
食事内容はどうか
股・膝関節の角度はどうか
呼吸音に変化はないか
足底は接地しているか
意識状態に変化はないか
呼吸・体温は安定しているか
姿
*
* SpO2:血中酸素飽和度
第 4 章 在宅療養者の口腔ケアに関するマネジメント 15
4
口腔ケアプランの作成
口腔アセスメントから口腔ケアプランを作成します.アセスメントから在宅療
養者や介護者が現在困っていることを把握し,口腔からのかかわりによりどのよ
うに支援ができるのか,優先順位を決め,達成可能な目標を決め,長期・短期目
標を定めます.在宅療養者や介護者の価値観や意向に沿って口腔ケアが提供され
ることが大切です.課題を解決するためには関わる人達がケア内容を理解し,わ
かりやすく納得できるプランを作ることが必要です(図 4-4).
ケア内容→短期目標を達成するための具体
的な支援内容
誰が・どのぐらいの頻度で・何を支援する
か等内容を記入する
期待される効果→ケア内容を継
続することで達成できると考え
られる効果について記入する
口腔ケアプラン
長期目標:さわやかな口で安全に食事がとれる
長 期目標 →在 宅 療 養
者が将来的に到達・
達成したいと思ってい
る目標
短 期目標 → 長 期目標
の 達 成を目指し , 問
題を解決するための具
体的な目標
短期目標
ケア内容
期待される効果
安全に食事
が できるよ
うに摂食嚥
下機能を維
持向上する
●口腔機能を向上する必要についての説明
●口腔周囲筋の訓練 ●舌の訓練
●呼吸・声の訓練 ●ぶくぶくうがいの訓練
●複数嚥下・うつむき嚥下について説明・訓練
●食事のとり方:スピード・一口量等についての指導
●麻痺側に食物残渣が残りにくくなる
●食後の痰の絡みが少なくなる
●ムセが少なくなる→
「良くむせる」から
「時々むせる」になる
●食事量の減少や食事時の疲労が少な
くなり栄養状態を維持できる
自分で口腔 ●清掃する物品を工夫し歯みがきしやすくする
内を清潔に ●歯間ブラシを使い,歯肉の炎症を改善する
することで ●むせないようにうがいを行う
さわやかに
なる
●食物残渣やプラークが減る
●セルフケアができるようになる
●歯肉の炎症が改善され出血が少なく
なる
図 4-4 口腔ケアプラン
■
緊急時の対応:全身状態が悪化した場合,急変時等,どこに連絡するかを確認
しておきましょう.
5
業務記録と評価
口腔ケアを実施した場合,業務記録を作成し,主治の歯科医師に報告するとと
もに保管します.内容は実施日・開始および終了時間・実施体位・口腔の状況・
実施内容・課題の改善状況・その他を記録します(図 4-5).
業務記録
口腔ケア実施日:H 年 月 日 時間 : ∼ : アセスメント
口腔乾燥 なし 唾液粘性 唾液泡状 乾燥
食物残渣 なし 1・2 か所 3・4 か所 多量
歯垢
わずか 1/3 以下 2/3 以下 多量
義歯
不要 必要(使用 未使用 その他)
歯の問題 なし あり( )
粘膜異常 なし あり( )
毎回口腔状態を評価してモニタリングする.
長期的な経過を見る
図 4-5 業務記録例
16
実施内容:□粘膜清拭 □うがい □歯みがき □その他
実 施した日時の記録→開
始時間と終了時間を記入
する
実施内容→実施ケアにつ
いて記録
SOAP(主観的情報・客
観的情報・アセスメント・
プラン)用いた方法で記録
すると問題 点と次回の ケ
アに活か せるプランが 記
録できる.また本人・家
族やケアマネジャーに説
明するときに役立つ
6
食べることの支援
在宅療養者の低栄養は口腔の問題と関係が深いことが多いので咀嚼状況や摂食
嚥下機能をアセスメントし,問題点を明確にして対応しましょう(表 4-3,4).
より適した食事形態への調整,栄養摂取の方法を医師,歯科医師,管理栄養士等
多職種で検討することもできます.ただし,要介護高齢者の多くは,低栄養に関
するすべての指標をクリアすることは困難といわれているので状態に応じた判断
が求められます.
表 4-3 一般的な低栄養の指標
低栄養の指標
体重減少率
1 か月に 5%以上,6 か月に 10%以上
BMI(体重 kg/ 身長 m2)
18. 5 未満
血清アルブミン値
3. 5 g/dL 未満
コレステロール値
160 mg/dL 未満
総リンパ球数
800 未満:高度の低栄養
800∼1, 200 未満:中等度の低栄養
1, 200∼2, 000:軽度の低栄養
*上記を参考に,血液検査値,尿検査値,総エネルギー必要量等からも必要な栄養が摂れているか注
意します.
表 4-4 低栄養の種類と原因
■
低栄養の種類
主な原因
改善の可能性
食事量の減少
精神的・社会的要因,摂食嚥下機能
低下,上部消化管の問題(狭窄等)
栄養摂取量増加で改善
慢性疾患によるもの
悪性腫瘍,慢性炎症の持続(関節リ
ウ マ チ 等)COPD(慢 性 閉 塞 性 肺 疾
患)等
初期には栄養介入の効果がある
進行した場合は改善が困難
急性疾患によるもの
急性感染症(肺炎等),外傷等
原因疾患の改善に伴い改善可能
食事形態の工夫
摂食嚥下機能
問題抽出のため
のポイント
食形態の調整
・食べ物が口からこぼれる
・嚙みにくい,嚙めない
・むせる
・痰が出る
・口の中に食べ物が残りやすい
・食事時間が長くなった
・食後に咳が出る,声が変わる
・体重が減った 等
・口唇閉鎖の力
・咀嚼力
・咽頭への送り込み
・舌で押しつぶす力
・食塊形成の機能
・嚥下スピード 等
・口腔内で保持しやすい:ゼリー,とろみの利用
・口腔内で凝集しやすい,ばらけにくい:とろみの利用,つなぎ,
油脂の利用
・嚙みやすい:軟らかくする(加熱),一口大(刻み過ぎない)
,
切り方の工夫,適度な水分を加える
・送り込みしやすい:ゼリー,とろみの利用,油脂の利用 等
図 4-6 食事形態の工夫
第 4 章 在宅療養者の口腔ケアに関するマネジメント 17
食べ方を観察して,摂食嚥下機能の低下がみられたら,問題を抽出し,リハビ
リテーションを行うとともに,問題に対応して食事形態調整をします(図 4-6).
また姿勢の調整,食具の工夫もしながら,各人の機能に合わせた食事形態に整え
ることが重要です.
■
食事形態の種類
摂食嚥下においてどの時期にどの程度の障害があるのかをアセスメントしたう
えで,適した食事形態を設定します(図 4-7).
j
均質で,付着性・凝集性・かたさに配慮したゼリー
t
均質で,付着性・凝集性・かたさに配慮したとろみ水
j
均質で,付着性,凝集性,かたさ,離水に配慮した
ゼリー・プリン・ムース状のもの
2 1
ピューレ・ペースト・ミキサー食など,均質でなめら
かで,べたつかず,まとまりやすいもの
0
1
2
嚥下調整食学会分類 2013
2013 嚥下ピラミッド
0j
2−1
ピューレ・ペースト・ミキサー食などで,べたつかず,
まとまりやすいもので不均質なものも含む
2−2
形はあるが,押しつぶしが容易,食塊形成や移送が
容易,咽頭でばらけず嚥下しやすいように配慮され
たもの多量の離水がない
3
4
かたさ・ばらけやすさ・貼りつきやすさなどのない
もの箸やスプーンで切れるやわらかさ
0t
1j
3
4
摂食嚥下機能と食形態
図 4-7 摂食嚥下機能と食形態
■
摂食嚥下機能と食形態
適正な食形態は,飲み込むだけの能力の人には,コード 0 や 1 を,送り込む力
がある人にはコード 2-1 を,まとめる力がある人には,コード 2-2 を,押しつぶ
す力,すりつぶす力がある人にはそれぞれ,コード 3,4 とその方の機能に応じ
て決定します(表 4-5).
表 4-5 摂食嚥下機能と食形態
必要な力
0・1
飲み込む力
むせの有無
1
送り込む力
嚥下までの時間
2
まとめる力
嚥下後の食物残渣
3
押しつぶす力
左右の口角の引き具合
4
すりつぶす力
下顎と舌の運動
2
■
観察・確認
経口摂取と非経口的栄養補助方法:経口摂取は自然な状態での栄養摂取方法で
あり,最後まで口から食べていただくのが望ましいことです.しかし,疾患の
種類やその進行に伴い,経口摂取が困難,または経口摂取だけでは困難である
場合,本人・家族の同意のもと非経口的に栄養補給を行うことがあります(表
4-6).この場合でも,食べることへの取り組みを行うこと等,多職種での連
携・協働により QOL を高めるためのかかわりを継続します.
18
表 4-6 非経口的栄養補助方法の種類
経鼻経管栄養(持続的)
胃の中まで挿入した管から栄養剤(流動食など)を注入
間歇的経管栄養(OE 法,
ITF 等)
注入の度に口からチューブを挿入.注入終了後は抜去する
胃瘻(PEG)
腹壁と胃に穴を開けて胃瘻を造設しチューブを挿入し,栄養や水分
を注入する
※腸瘻,食道瘻の選択もあり
中心静脈栄養(IVH)
上大静脈と下大静脈 の太い静脈を利用した栄養補給
末梢静脈栄養(PPN)
末梢の静脈を通した栄養補給.実施期間は一般的に 2 週間程度
第 4 章 在宅療養者の口腔ケアに関するマネジメント 19
第
5
章
在宅療養者への
口腔ケアの実際
1
在宅訪問前
■
事前の情報収集
依頼者(在宅療養者・家族・ケアマネジャー等)
から,主訴,全身状態やこれまでの様子等を確認し
ておきます.事前に収集が可能なところからできる
だけ情報を得て,整理しておきます.その情報を元
に,どのようなケア・支援が必要か,さらに必要な
情報は何かを考えておきます(14 ページを参考).
■
初回訪問の予約
得られた情報から都合が
合う日程をいくつか挙げて
おき,具体的な日時を相談
します.歯科医師との同行
か,すでに歯科医師が訪問
後の歯科衛生士の初回訪問
であるのかを確認します.
初回訪問直前
・事前情報から状況を頭に描き,必要な物品,書類等がコンパクトに用意され
ているかチェック
・時間厳守を基本とし,やむを得ず交通状況等で遅れる場合などは,連絡を入
れる
・服装は動きやすい,清潔感のあるもの,脱ぎ履きしやすい靴,名札等の準備
(図 5-1)
全体的に清潔感
がありますか?
髪形や髪の色は清潔感を
感じてもらえるものですか?
名札(読みやすい)を付けていますか?
動きやすい
服装ですか?
脱ぎ履きしやすい靴ですか?
図 5-1 訪問に適した服装
■
準備する物品:収集した情報から,必要な物品を準備する
・基本物品(図 5-2)
血圧計
パルスオキシメーター
図 5-2 基本物品
20
聴診器
診査セット ペンライト
ケア用品
コップ
保湿剤 ペーパータオル ガーゼ
・感染症対応(図 5-3)
手袋
マスク
手指消毒液
使い捨てガウン
ゴーグル
ビニール袋
図 5-3 感染症対応
・上記以外に在宅療養者のそれぞれの方に応じて必要な物品について予測を立
てて用意しておく.
2
在宅訪問
在宅への初回訪問
■
挨拶:第一印象は非常に重要です.本人・家族・他訪問者それぞれに対して適
した自己紹介,訪問の目的を述べます.信頼関係を築くには相手に受け入れら
れることが大切です.そのためには視線・表情・立ち位置・声の大きさ・話す
スピード・言葉使い等に注意しましょう.
■
初回訪問時の情報収集と確認事項
◆
顔や表情を見て話を聞きましょう(本人が話せない場合は家族やケアマネ
ジャーより情報収集する)
◆
全身状態,意識状態,座位姿勢・歩行等の身体状況を観察します
◆
バイタルサインチェックを行います
◆
生活環境を観察します
◆
その他,下記の内容について必要な事柄を確認しましょう(表 5-1)
表 5-1 初回訪問時の情報収集内容と確認事項
口腔内の状況
主訴部位の確認,歯牙・粘膜・義歯の状態・口腔周囲の麻痺・動き・傷の有無・口腔清掃状況
嚥下に関する状態
嚥下の状態,うがいの可否
食事の状況
姿勢・形態・内容・量・スピード,食事時間,むせ・嗄声,こぼれ,食具,介助状態
家族の状況
介護者の様子・介護力・理解力,家族の構成,在宅療養者へ対する思い,室内の様子
その他
介護保険証,医療保険証,障害者手帳等の確認,歯科診療・口腔ケアの同意書記入
追加の情報収集
生活状況(どの程度動けているか,外出はしているか,ベッドの位置等),一日の過ごし方,療養以前の様子・
趣味,介護者に関する情報(介護者の仕事,疾患や口腔ケアへの理解の程度,協力の程度,療養者への関わり
方,現在の生活への満足度・希望)
第 5 章 在宅療養者への口腔ケアの実際 21
■
ケアの手順
器具の準備
洗面所の使用が必要であれば許可を得る.ベッド回りなどで物が置きに
くいことが多いので,最低限の物をどのように準備するか考えておく.
できるだけ借用しないよう心がける
姿勢を整える
安全・快適に口腔ケアを行える姿勢を整える.(椅子・車いす・ベッド)
側臥位の場合は麻痺があれば健側を下にする.
ケアの実施
声をかけてケアを開始する.何をするのか伝えながら行う.
後片付け
使用した器具類,ゴミ(持ち帰る)は手早くまとめる.借りた物,動かし
た物があれば,元の位置に戻す.汚さない.
ケア終了後
今後の予定について相談:本日の状態,様子から今後の進め方について
提案し,次回訪問の承諾を得る.
*口腔ケアは療養者の尊厳を守るものであることを意識し,必要な支援は何かを探り,在宅
療養者の状況・気持ちの理解,介護者の負担や介護力についての配慮を心がけましょう.
3
在宅訪問後
■
訪問後の業務
・器具の物品の片づけ,消毒・滅菌,補充
・業務記録作成およびカルテ記載(下記参照)
, 今後の目標設定・確認(表
5-2,3)
・主治の歯科医師への報告
・ケアマネジャーへの連絡
・次回の予約日連絡
表 5-2 居宅療養管理指導に係る記録
利用者氏名
訪問先
● 訪問日,指導の開始時間及び終了時間
● 指導の要点
● 解決すべき課題の改善等に関する要点
● 歯科医師からの指示等
● 居宅療養管理指導を行った歯科衛生士署名
1回 /1か月,本人(家族)ケアマネジャーに提出する
●
●
■
表 5-3 訪問歯科衛生指導に係る記録
患者氏名
訪問先
● 訪問日,指導の実施時刻
(開始時刻と
終了時刻)
● 指導の要点
● 主訴
● 食生活の改善等に関する要点
● 実地指導を行った歯科衛生士署名
毎回,本人(家族)に提出する
●
●
居宅療養管理指導の「情報提供」及び「指導又は助言」について
居宅療養管理指導を行った場合,ケアマネジャーに対する情報提供や,在宅療
養者・介助者に対する指導または助言を行う必要があります(図 5-4).
22
ケアマネジャー等に対する情報提供の方法
ケアプランの策定等に必要な情報提供は,サービス担当者会議への参加によ
り行うことを基本とする(必ずしも文書等による必要はない)
.当該会議へ
の参加が困難な場合やサービス担当者会議が開催されない場合等において
は,下記の「情報提供すべき事項」について,原則として,文書等(メール,
FAX 等でも可)により,ケアマネジャー等に対して情報提供を行う.
情報提供すべき事項
(a)基本情報(医療機関名,住所,連絡先,医師・歯科医師氏名,利用者の氏名,生年月日,
性別,住所,連絡先等)
(b)利用者の病状,経過等
(c)介護サービスを利用する上での留意点,介護方法等
(d)利用者の日常生活上の留意事項
利用者・家族等に対する指導又は助言の方法
介護サービスを利用する上での留意点,介護方法等に関する指導または助言
は,文書等の交付により行うよう努めること.
図 5-4 ケアマネジャー等に対する情報提供
第 5 章 在宅療養者への口腔ケアの実際 23
第
6
在宅療養者への
口腔ケアの症例
章
脳血管疾患後遺症患者の口腔ケアの実際
1
事前の情報収集
名前:●○○○
生年月日:S13. 11. ●
住所:○○市○○ 1234-56 電話:○○ - ○○ - ○○○
依頼者:ケアマネジャー
連絡先:妻携帯
家族構成図
依頼内容:家族(妻)から「麻痺があり歯みがきがうまくできない.食事中のむせ
が多い.」とケアマネジャーに相談あり,ケアマネジャーからの連絡.
障害高齢者生活自立度:B2 認知症高齢者生活自立度:Ⅱ a
認定情報:要介護 4
77
既婚 49
68
既婚 45
認定年月日:H2 ● .4
介護保険: 被保険者番号: 医療保険:
主治医:★☆診療所○○医師
既往・現病歴:脳梗塞後遺症(右上下肢麻痺)
服薬:イグザレルト,アテノロール,マグラックス,レンドル
ミン
食事:経口摂取 一口大,または軟らかいものを食べている.
食事中よくむせる.
2
歩行:装具をつけて歩行練習している.日常的には車
いす.会話:談話可能.
今後の生活の希望:リハビリしてよくなることがある
ならやりたい.
延命処置は希望しない,入院はしたくない,最後まで
自宅で過ごしたい.(本人)
口腔機能アセスメントと問題点の抽出
❶本人もご家族もむせることや歯の手入れが気になっている
様子です.
❶
,
,
.
❷歯の欠損は義歯を入れて補っています.
❷
.
❸
❸摂食嚥下機能の低下があります.複数回嚥下ですが嚥下は
できています.
❹摂食嚥下機能は低下していますがとろみを付けずに食事を
しています.
❹
❺う はありませんが歯肉の炎症があり微量出血があります.
❻脳血管障害後遺症のため口腔に麻痺があり感覚低下で食物
残渣に気が付かないようです.プラークも付着しています.
❺
❻
❼自分で行う歯みがきがうまくできないため自信の喪失で
意欲が低下しています.
.
.
.
,
24
.
❼
■本人,ご家族の歯科衛生士への要望
本人:歯みがきがうまくできないのでどうしたらよいか教えてほしい
妻:食事中のムセ,話が聞き取りにくいことが気になるので相談したい.
元々歯みがきには熱心であったが手が思うように動かなくなり,や
る気が落ちている.
■口腔ケアプラン
長期目標:さわやかな口で安全に食事がとれる
短期目標
ケア内容
期待される効果
安全に食事ができるように摂食嚥
下機能の維持または向上をはかる
歯科衛生士
■ むせの原因についての説明/ ■ 口腔周
囲筋の訓練/ ■ 舌の訓練/ ■ 呼吸・発声
の訓練/ ■ ぶくぶくうがいの工夫/ ■ 摂
食嚥下方法について説明・訓練(複数回
嚥下等)/ ■ 食事:内容,形態,一口量等
についての支援
■ 食物残渣の減少/ ■ 食後の痰の絡みの
減少/ ■ ムセの減少/ ■ 食事時の疲労の
軽減/ ■ 栄養状態の維持/ ■ 誤嚥性肺炎
の予防
本人・家族
■ メニューを見て毎日機能訓練をする
口腔内を清潔にすることでさわや
かになる
歯科衛生士
■ 清掃する物品を工夫し歯みがき,義歯
清掃しやすくする/ ■ 歯間ブラシを使
い,歯肉の炎症を改善する
本人・家族
■ 歯ブラシを使って健側の手で歯みがき
する
■ 食物残渣やプラークの減少/ ■ 義歯清掃
が自分でできる/ ■ 歯肉の炎症の軽減/
■ セルフケアが上手になる
■
自分で行うことで達成感を味わい,意
欲を持つことができる
必要物品: ■ 手鏡/ ■ 歯間ブラシ/ ■ 歯ブラシ(太いグリップ,ブラシ部分の大きいもの),義歯清掃用自助具/ ■ 口腔機能
訓練に必要な媒体/ ■ 自分でできるメニュー表
注意点: ■ うがいをする時はむせる危険性があるので姿勢に注意する
■ 口腔機能に関して食形態や食事量について把握しておく
■ 歯ブラシは使いやすいものを選んでもらい,動かし方など工夫していく
■ 訓練は始めから頑張り過ぎずに毎日継続することを目標にしてもらう
■業務記録
口腔ケア実施日:H ○ 年 ○月 ○日 時間 : ∼ :
アセスメント
口腔乾燥
唾液粘性
食物残渣
多量
歯垢
多量
義歯
必要:使用
歯の問題
なし
粘膜異常
なし
実施担当者:○○○○
「痛いところはないです.歯みがきが上手くできないからうがいだけで済ませてし
まうことが多いです」
食物残渣が麻痺側に多く残る.左手でセルフケア可能だが力は入りにくく,歯面の
汚れが残る.うがいはむせる.
セルフケアでは汚れが多く残り,介助が必要.
自信をなくさないようセルフケアを継続.残る汚れを日々の介助者みがきで除去.
口腔内マッサージや運動で口腔機能の向上を促していく.食形態や食べ方について
もみていく.
第 6 章 在宅療養者への口腔ケアの症例 25
認知症患者の口腔ケアの実際
1
事前の情報収集
名前:◎○○○ 性別:女
生年月日:S6.1.2 ●
家族構成図
住所:○○市○○ 1-2-3
電話:○○ - ○○○ - ○○
依頼者:ケアマネジャー
連絡先:娘携帯
85
依頼内容:家族(娘)から「施設にあずけていたが,自宅でみていきたい.歯みが
きは嫌がるが何度も肺炎を起こしているので口のケアをしてほしい」という希望
があり,ケアマネジャーからの連絡.
55
障害高齢者生活自立度:C1 認知症高齢者生活自立度:Ⅳ
認定情報:要介護 5
52 自営
認定年月日:H2 ● .11
介護保険: 被保険者番号: 医療保険:
主治医:□○診療所○○医師 既往・現病歴:アルツハイ
マー型認知症,慢性心不全,肺炎
服薬:ルプラック,ラコール,マグミット,イクセロンパッチ
食事:経管栄養(胃瘻)H26.11∼(12 か月間)経口摂取はし
ていない.
2
歩行:不可.車椅子移動.
会話:意思疎通困難,ときどき発語あり.
今後の生活の希望:静かに最後まで自宅で過ごしてほしい
(娘).
口腔機能アセスメントと問題点の抽出
❶施設入所から在宅療養へと環境が変わる
ため,家族が行える口腔ケア方法を伝える
必要があります.
❶
,
,
.
.
❷口腔の動きの低下・感覚低下があります.
また日常的に唾液のむせ,痰の絡みがあり
ます.
❸胃瘻で口から食べていません.
❷
❸
❹義歯は 2 年前から使用しておらず
奥歯のかみ合わせがありません.
❹
❺残根があり歯垢が付着しやすい形状に
なっていて歯肉の炎症があります.
❺
❻
,
❻ケアの拒否があり,残存歯があるため,
う や歯肉の炎症などで痛みが出る
可能性があります.
.
❼
,
.
26
,
.
❼セルフケア困難,介助者磨きの拒否が
あるため口腔内の細菌量の増加が考え
られます.毎日のケアが楽になるよう
な支援を工夫する必要があります.
■本人,ご家族の歯科衛生士への要望
娘:何度も誤嚥性肺炎を起こしていて心配,肺炎を起こさないように
口をきれいにしたいと思っているが,自分が介助でする歯みがきは
嫌がるので無理やり行っている.こんな方法でよいのか心配.可能
であれば少しでも食べさせてあげたい.
■口腔ケアプラン
長期目標:快適な口腔で,体調が安定して生活が送れる
短期目標
ケア内容
期待される効果
口腔内を清潔に保つ
歯科衛生士
■ 口腔内の刺激/ ■ 口腔清掃
■ 介助による口腔清掃方法の検討と支援
■ 口腔内の清掃が拒否なく行える/ ■ 口
腔内細菌数の減少/ ■ 歯肉炎症の軽減/
■ 口腔の感覚アップ
介助者
■ 口腔清掃方法の実行
■ 毎日口腔ケアをすることでケアに慣れる
可能であれば少しでも口から食べる
歯科衛生士
■ 口腔内の刺激/ ■ 味刺激
■ 口腔機能訓練の工夫と支援
■ 口腔の動きの増加/ ■ ムセの減少/ ■ 嚥
下反射の惹起/ ■ 味刺激による感覚アップ
介助者
■ 口腔ケア後に機能訓練をする
必要物品: ■ 介助用品(軟らかい歯ブラシ,ふき取り用口腔ガーゼ等)/ ■ 歯間ブラシ/ ■ 口腔機能訓練に必要な媒体
注意点: ■ 口腔機能に関して,動き,むせ,咽頭部のガラガラ音などの様子を把握する
■ 体調に関して,体温,血中酸素濃度等に留意する
■ 痛み・不快感が少ない介助者みがきを行えるよう歯科衛生士が指導する
■ ポジショニングや道具の使い方等モニタリングしていく
■業務記録
口腔ケア実施日:H 27 年 ○月 ○日 時間 ○:○∼ ○:○
アセスメント
口腔乾燥
なし
食物残渣
なし
歯垢
1/3 以下
義歯
必要
歯の問題
あり
粘膜異常
なし
実施担当者:○○○○
「….」
(娘)
「時々,咳しています.歯みがきしようとしても開かないんです」
声かけにこちらを見る.発語なし.車椅子座位での口腔ケアが可能であり,強い拒
否はない.指示従命は困難.残根周囲,粘膜部の汚れあり.
炎症による痛み,違和感があるか不明.口腔内は不潔になっており,唾液の誤嚥も
考えられ,肺炎リスクは高い.
痛みや不快感が少ない口腔ケアを指導する.口腔内の清潔を保つ.口腔感覚に刺激
を与えることで嚥下反射の惹起を促す.
第 6 章 在宅療養者への口腔ケアの症例 27
がん末期患者の口腔ケアの実際
1
事前の情報収集
名前:○○○□
生年月日:S15.10.1 □
住所:○○市○○ 7-105
電話:○○ - ○○ - ○○
依頼者:ケアマネジャー
連絡先:娘(長女)携帯
家族構成図
75
依頼内容:家族(娘)から「退院後は口が痛いと言って食事が進まなかった.ここ
3 日は気持ちが悪いこともあり水分しか摂れていない.口の中を見てほしい」と
のことで,ケアマネジャーからの連絡.
既婚 48
障害高齢者生活自立度:A2 認知症高齢者生活自立度:自立
認定情報:要介護 2
73
40
38
認定年月日:H2 ● .10.
介護保険: 被保険者番号: 医療保険:
主治医:○▽診療所○○医師 既往・現病歴:胃がん,
高血圧,前立腺肥大
服薬:MSコンチン,デカドロン,プルゼニド,タケプロン
食事:経口摂取,(普通食)退院後(10 月○日∼)少量し
か食べられていない.
2
歩行:自立
会話:談話可能
今後の生活の希望:痛みやつらさをできるだけ少なくし,最後
まで自宅で過ごしたい.
口腔機能アセスメントと問題点の抽出
❶
,
,
❶口腔内の痛みや不快感で QOL が著しく
低下しています.
.
,
.
.
❷欠損には義歯があり,義歯を装着すれば
両側臼歯部咬合があります.
❷
❸口の痛みにより食事量が少なくなって
います.
❹がん治療(放射線)による口腔粘膜炎や
口腔乾燥が痛みや口腔乾燥の原因と考
えられます.早急な対応が必要です.
❸
.
❺体力低下と吐き気で口腔ケアができず
口腔内の清潔が保たれていません.
❹
,
❺
,
.
,
.
28
,
,
.
.
■本人,ご家族の歯科衛生士への要望
本人:口が痛いし,気持ちが悪くて食欲がない.
娘:退院してから口が痛いと言って少ししか食べられていなかった
が,ここ数日はさらに食べられていない.動くのが大変で歯みがき
していない.口の中の様子も心配
■口腔ケアプラン
長期目標:快適な口で過ごしていただく
短期目標
ケア内容
期待される効果
口腔内の痛みの緩和,不快感の除去
歯科衛生士
■ 口腔粘膜の状態確認/ ■ ケアの必要性
を説明/ ■ 口腔乾燥への対応/ ■ 気持ち
の良い口腔ケアの提供/ ■ 体調により介
助者磨きの取り入れ
■ 粘膜炎等の症状緩和/ ■ 乾燥の緩和,
痛みの減少/ ■ 不快感の減少/ ■ プラー
クの付着減少
経口摂取の継続
歯科衛生士
■ 食事のとり方:食べやすい食物
■ 口腔清掃・粘膜部の清潔保持
■ 義歯を使用しての食事摂取
■
本人
■ 保湿剤の塗布
■ うがい・できる範囲での口腔ケア
■
清潔を保ち不快感の軽減
■
■
経口摂取継続/ ■ 低栄養状態の回避/
体力維持
乾燥・痛みの軽減
プラークの付着減少
必要物品: ■ ベッドサイドで行う清掃用品(ガーグルベースン等)/ ■ 介助者磨きのための用品/ ■ 保湿,粘膜炎症への対応用品
注意点: ■ 疾患の進行状態に留意し体調の確認
■ 急激な体調変化に伴い口腔内の変化にも注意.特に粘膜の状態を注意して観察
■ 食事,服薬の状況
■ 本人のケアが困難になったときの介助方法について指導しておく
■業務記録
口腔ケア実施日:H 27 年 ○月 ○日 時間 ○:○ ∼ ○:○
アセスメント
口腔乾燥
乾燥
食物残渣
3・4 か所
歯垢
2/3 以下
義歯
必要
歯の問題
なし
粘膜異常
あり
実施担当者:○○○○
「気持ち悪くて食べられない,動くのがしんどいです.口は痛くて,気持ち悪いで
す」妻「ほとんど食べてなくて」
顔色不良.側臥位にて吐気あり.口唇,口腔内の乾燥顕著.粘膜全体に白く炎症あ
り,汚れの付着あり.
体調変化による吐気とともに口腔内の清掃状態の不良,粘膜の炎症,強い乾燥によ
り吐気の助長.
ベッドサイドにてのケア方法を指導.セルフケア困難な場合の介助方法指導.ケア
により乾燥緩和,汚れの除去を行っていく.粘膜炎症への薬剤対応,吐気.服薬に
ついて歯科医師に報告し医科と相談してもらう.
第 6 章 在宅療養者への口腔ケアの症例 29
神経難病患者の口腔ケアの実際
1
事前の情報収集
名前:△○○▼
生年月日:S.39.4. ○
住所:○○市○○ 1-15-308
電話:○○ - ○○○ - ○○
依頼者:ケアマネジャー
連絡先:息子携帯
家族構成図
依頼内容:家族(息子)から「食事のむせが増えている.口の中に食物が多く残る.
痰が出る.」とのことで,ケアマネジャーからの連絡.
障害高齢者生活自立度:B2 認知症高齢者生活自立度:自立
認定情報:要介護 4
58
30
51
28
認定年月日:H2 ● .1
介護保険: 被保険者番号: 医療保険:
主治医:□▽□診療所
既往・現病歴:筋萎縮性側索硬化症
服薬:リルテック,マグミット
食事:経口摂取,(軟食)介助にて
歩行:不可.車椅子移動.
2
会話:意思疎通は可能だが声が出にくくなっている
今後の生活の希望:まだ悩んでいる様子だが,呼吸器はつ
けたくない,胃瘻に関して説明は受けたが迷っている,
できるだけ自宅で過ごしたい(本人)
口腔機能アセスメントと問題点の抽出
,
.
.
.
,
.
❶歯は 28 本あり,治療の必要な部位はあり
ません.
❶
❷神経難病の進行で口腔機能低下があります.
❸食事は経口摂取,軟食で介助が必要です.
水分はトロミなしです.
❷
❸
❹プラーク付着・食物残渣の停滞があります.
❺自分で行う歯みがきは電動ブラシを使って
いますがうまくできていません.
❻嚥下が困難で声も出にくいので QOL の低下
への対応が必要です.
❹
,
,
❺
.
,
.
,
30
,
.
.
.
❻
■本人,ご家族の歯科衛生士への要望
息子:食事中のむせが心配だが,本人が希望するように食べさせたい
本人:以前は定期的に歯科受診していたが通院困難となった.できる
だけ口から食べたい,肺炎にならないようにしたい
■口腔ケアプラン
長期目標:可能な限り経口摂取を継続,快適な口腔内で過ごす
短期目標
ケア内容
期待される効果
口腔内を快適に保つ
歯科衛生士
■ セルフケアとともに介助による口腔清
掃を提案/ ■ 清掃する場所の検討(ベッ
ドサイドなど)
■ 食物残渣の停滞を少なくする/ ■ 痰の
絡みが少なくなる/ ■ ムセの減少/ ■ セ
ルフケアの継続
本人
■ 電動ブラシを使って歯みがきする
■ 自分で難しいところは介助者に手伝っ
てもらう
■ 自分で行うことで達成感を味わい意欲
を持つことができる
歯科衛生士
■ 食事のとり方:姿勢・食形態等につい
ての指導/ ■ 口腔周囲筋の訓練/ ■ 舌の
訓練/ ■ 呼吸訓練
経口摂取の継続
自分で行うことで達成感を味わい意欲
を持つことができる
経口摂取をできる限り安全に行う
■
■
本人
■ 口腔機能の維持を目的に訓練を行う
必要物品: ■ 電動歯ブラシ/ ■ ガーグルベースン(清拭用品)/ ■ 口腔機能訓練に必要な媒体/ ■ 介助用の口腔清掃用品
注意点: ■ うがい時のむせに注意し,困難であれば拭き取りに変更する
■ 嚥下の状態に注意し,訪問看護師等との連絡を密にする
■ 訓練ははじめから頑張り過ぎずに毎日継続することを目標にしてもらう
■業務記録
口腔ケア実施日:H 27 年 ○月 ○日 時間 ○:○ ∼ ○:○
アセスメント
口腔乾燥
乾燥
食物残渣
多量
歯垢
多量
義歯
不要
歯の問題
なし
粘膜異常
なし
実施担当者:○○○○
「少し苦しい時があります」
(筆談)
声は出るが発音困難.筆談,表情・うなずき等で意思疎通は可能.自分で,手元コ
ントローラーでベッドを調整.手は動くが身体を動かすことはほとんど困難.舌ほ
とんど動かない.嚥下反射あり.
送り込みができず,とろみのあるものを流し込んで食べている.タイミングがあえ
ばムセはないが大量に誤嚥,窒息のリスクあり.セルフケアは電動歯ブラシ,うが
いは水をいれて出すのみでかなり困難になっており,汚れは多量に残る.
本人の気持ちを尊重しながら介助者みがきへ.食事姿勢,食べ方の検討.疾患進行
が急速であり今後の栄養確保,生活全般について多職種相談必要.
第 6 章 在宅療養者への口腔ケアの症例 31
第
7
章
感染対策
1
在宅療養者への感染対策
在宅療養者の中には感染症を患い,ウイルスを保菌している方も少なからずい
ます.そのため,口腔ケアを行う場合,対象者の健康管理について十分気を付け
ておく必要があります.また,全身状態によって免疫が低下しているために感染
しやすく,再発を繰り返すことも多く,感染により合併症を引き起こす等が多く
あります.
感染症として B 型肝炎・C 型肝炎,AIDS,結核,疥 癬,MRSA,インフルエ
ンザ,ノロウイルスなどが問題となっていますが,正しい知識を持って感染予防
に努めればむやみに恐れることはありません.感染対策はスタンダードプレコー
ションを基本とし,口腔ケアを受ける側も,担い手も安全に行うため,次の点を
参考に感染対策を心がけましょう.
※在宅という生活の場に外部から感染原因を持ち込まない,拡げない,持ち出さないとい
う基本的概念をもって行いましょう.
手洗い・うがいの励行
・手洗いは 1 ケア 1 手洗いが基本.
・ケア前後に流水と石鹸で手指を十分に洗い流す.
・グローブを過信せず,手指衛生は必要(手袋を脱ぐ時に手が汚染される可能性
がある.手袋にピンホールがある可能性がある.手袋の下では常在菌が増殖し
ている可能性がある.)
・手洗い後はアルコール含有消毒薬を手によく擦り込み乾燥させる.
・血液や唾液等が付着した時やグローブを外した時はすぐに手を洗う.
・病原体が鼻,咽頭の粘膜に付着しやすいので,終了後にはうがいをする.
マスク,グローブを使用する.
・グローブは対象者ごとに交換し,長時間使用で汗をかいた場合にも交換する.
・汚染されていない物品や周囲環境に触れる前には使用したグローブを外す.
・目・鼻・口の粘膜を保護するためゴーグルやサージカルマスクを着用する.
・ゴーグル・フェイスシールドを着用する場合は目の上や周りにぴったり適合し
たものを選ぶ.メガネは代用にはならない.
・皮膚と着衣を保護するためガウンやエプロンを着用する(ディスポーザブルを
使用する).
32
・可能な限り使い捨て商品を使用する.
・汚物,医療廃棄物の処理は持ち帰って処分する.
・歯ブラシ,義歯用ブラシ,ケア用品は個人専用の物を使用する.
・歯ブラシ,義歯用ブラシ,ケア用品,義歯保管容器等の保管場所を一定に定め
ておく.
・歯ブラシ,義歯用ブラシ,ケア用品は風通しの良い場所で乾燥させ,植毛部を
上にしておき,他人の物と触れないように距離を保って保管する.
・ガーグルベースンは個人専用の物を使用する.
・歯ブラシ等の消毒は原則として行わない.薬液により歯ブラシが変形すること
もある.
・歯ブラシは月に 1 回を目安に取り換える.
・やむを得ず机やテーブル等を使用した場合はアルコール含有液とペーパータオ
ルで拭き取る.
環境
・血液・分泌物が床に落ちた時はうすめた次亜塩素酸ナトリウム等で拭き,その
後ぬれた雑巾で拭く.
・適当な食事,睡眠,運動を心掛け体力を保ち,ストレスを溜めない.
・ワクチンの予防接種を受ける.
・定期健診を受ける.
接触予防策を必要とする微生物の特徴
■
MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)
:黄色ブドウ球菌は非常にありふれ
た菌で,基本的に弱毒菌で抵抗力があれば特に重症化することはない.しかし
MRSA は耐性遺伝子を持っており,抗生物質が効きにくくなっているため治
療が思うように進まず,重症化すると死亡することも少なくない.
■
ノロウイルス:非細菌性急性胃腸炎を引き起こすウイルス.感染力が非常に強
く,ごく少量のウイルス(10∼100 個程度)で感染が成立する.潜伏期は 1∼2
日程で数か月生存する.患者の吐物や便の中にウイルスが存在し,ほとんどが
経口感染であるため人から人への直接感染,飛沫感染を予防する必要がある.
■
ESBL:基質特異性拡散型 B ラクタマーゼのこと.感染症治療に使用されるこ
とが多い第 3 世代セファロスポリン薬などに体制を示す.健康な人には問題を
起こさないが抵抗力の低下した人の体に入ると重症化することがある.院内感
染における集団発生の原因菌となる.
*上記及び厚生労働省のホームページ「感染症情報」を参考に在宅に適した
方法で対応してください.
第 7 章 感染対策 33
用語解説
フェースシート
VAP
医療・福祉分野で援助を目的とした情報収集において,使
人口呼吸器関連肺炎.気管挿管時に肺炎がなく,気管挿管
用される利用者の基本データをまとめた用紙.
(この利用者
開始後 48 ∼ 72 時間以降に発症する肺炎.
はどんな人かを知る書類のこと)
キーパーソン
フレイル
在宅療養患者にとって重要な人物.治療方針等の意思決定
日本老年医学会が定めた,高齢者の筋力や活動が低下して
に影響力を持つ人.
いる状態で健常と要介護状態の中間にあたる.
特定疾患
サルコペニア
がん(医師が一般に認められている医学的知見に基づき回
進行性および全身性の骨格筋量および筋力の低下を特徴と
復の見込みがない状態に至ったと判断したものに限る)
・関
する症候群.筋肉量の低下を必須項目とし,筋力または運動
節リウマチ・筋萎縮性側索硬化症・後縦靱帯骨化症・骨折を
能力の低下のいずれかが当てはまること.加齢に伴う筋肉の
伴う骨粗鬆症・初老期における認知症・進行性核上性麻痺,
萎縮,廃用性筋萎縮症のこと.加齢に伴う筋力の低下の進行
大脳皮質基底核変性症及びパーキンソン病・脊髄小脳変性症・
は深刻な問題であり,それによって日常生活に支障が出てい
脊柱管狭窄症・早老症・多系統萎縮症・糖尿病性神経障害,
る状態.
糖尿病性腎症及び糖尿病性網膜症・脳血管疾患・閉塞性動脈
硬化症・慢性閉塞性肺疾患・両側の膝関節又は股関節に著し
い変形を伴う変形性関節症.
参考文献
1)森戸光彦編:歯科衛生士講座高齢者歯科学第 2 版.永
末書店,東京,2016.
2)全国歯科衛生士教育協議会監修:最新歯科衛生士教本高
齢者歯科第 2 版.医歯薬出版,東京,2013.
3)日本老年歯科医学会監修:口腔ケアガイドブック.口腔
保健協会,東京,2008.
4)菅武雄:在宅歯科医療まるごとガイド.永末書店,東京,
2013.
5)老年歯周病学特集全国縦断!シームレス診療①∼⑩.歯
科衛生士.39(3)∼ 39(12),2015.
6)亀田行男ほか:もっと身近に!歯科の訪問診療.Nico,
12,2014.
34
7)文字山瑞穂:老年歯周病学特集これだけはおさえてお
きたい DH 基本知識集.歯科衛生士,38(8)
:64-75,
2014.
8)歯科保険研究会編:全科実例による 社会保険歯科診療
平成 26 年 4 月版.医歯薬出版,東京,2014.
9)公益社団法人日本歯科衛生士会:臨地実習講義・実習習
得表(有病者領域).2015.
10)公益社団法人日本歯科衛生士会:臨地実習講義・実習習
得表(有病者領域Ⅱ).2016.
11)公益社団法人日本歯科衛生士会:介護保険施設における
口腔ケア推進マニュアル.2015.
参考
資料
35
口腔機能アセスメント票
ふりが な
□可 □困難( ) □不可
□可 □困難( ) □不可
□なし □あり( )
嚥
下
□可 □困難( ) □不可
□可 □困難( ) □不可
う 歯 垢
ケア
36
口腔ケアプラン票
参考資料 37
訪問口腔ケア業務記録(A)
(舌・口唇・頰)
38
訪問口腔ケア業務記録(B)
歯科衛生士名:
わずか 1/ 3 以下 2 / 3 以下 多量
( )
わずか 1/ 3 以下 2 / 3 以下 多量
( )
わずか 1/ 3 以下 2 / 3 以下 多量
( )
わずか 1/ 3 以下 2 / 3 以下 多量
( )
参考資料 39
居宅療養管理指導についての情報提供書(歯科口腔)
40
下記の認定研修「在宅療養指導・口腔機能管理」施設実習報告書は,認定研修受講後,認定歯科衛生士審査会の審査(一
次判定)を経て,勤務先または実習可能な歯科医療機関・介護保険施設等において実習を行った場合の報告書です.下記
により実習を行い,施設実習報告書を提出し,
「在宅療養指導・口腔機能管理」認定歯科衛生士の認定証が交付されます.
認定研修「在宅療養指導・口腔機能管理」施設実習報告書
会員番号
歯科衛生士名
提出日 平成 年 月 日
*以下の項目から 10 以上の項目を経験できるよう,施設での見学・実習を行ってください.
*実習内容に対して A:十分に理解できた B:理解できた C:ある程度理解できた.を記入してください.
居宅療養管理指導又は訪問歯科衛生指導等
実施日
実施内容
評価
① 訪問歯科診療を行った歯科医師から療養上必要な指導について指示を受ける
② 口腔機能(口腔衛生,摂食嚥下機能等)のリスクと解決すべき課題を把握する
③ 口腔機能アセスメントを踏まえ管理指導計画(口腔ケアプラン)を作成する
④ 管理指導計画について利用者又はその家族等に説明し同意を取る
⑤ 療養上必要な指導として,患者又はその家族に対して,当該患者の口腔内での清掃(機械的歯面清掃
を含む)又は有床義歯の清掃に係る実施指導を行う
⑥ 歯科衛生士が行った実地指導に関する記録を作成する
⑦ 口腔機能に応じて生活機能の状況を検討し,モニタリングを行う
⑧ 指導の要点,主訴の改善,食生活の改善等に関する要点を主治の歯科医師に報告する
⑨ 医療対応が必要な場合は主治の歯科医師に報告し,適切な措置を講じる
介護保険施設等
⑩ 介護職員に対する口腔ケアに係る技術的助言及び指導を行う
⑪ 口腔に関する問題点及び歯科医師からの指示内容を把握する
⑫ 口腔状態の説明・歯みがきや義歯清掃の指導・食事姿勢や食環境の指導を実施する
⑬ 口腔ケアの実施内容を記録する
⑭ 食支援のための多職種連携による食事の観察(ミールラウンド)及び会議等に参加する
口腔機能向上
⑮ 対象者の口腔衛生,摂食嚥下機能に関する課題把握を行う
⑯ 口腔機能改善管理指導計画を作成する.
⑰ 口腔機能改善管理指導計画を対象者又はその家族に説明し同意を得る
⑱ 口腔機能向上サービスを提供する
⑲ 評価を行い,その結果を介護支援専門員や主治の医師,歯科医師に情報提供する
⑳ 感染防御対策を実施する
共通
口腔ケア前に対象者のバイタルサインの確認を行う
口腔ケアに関わる会議・カンファレンス等に参加する
スタッフ研修等,口腔ケア啓発のための活動に参加する
*実習施設が複数ある場合は主な実習施設 2 か所について記入(それ以上ある場合は複写して使用)してください
施設名・種類
歯科診療所・病院・介護保険施設・その他( )
施設長記名
施設名・種類
印
歯科診療所・病院・介護保険施設・その他( )
印
日程
2
施設長記名
日程
1
参考資料 41
在宅・施設口腔ケア委員会
担当副会長 久保山裕子
理 事 古川由美子
理 事 山口 朱見
委 員 長 松尾 由佳
委 員 深町 厚子
山岸 春美
栗山みゆき
竹内みさ子
編集協力 石川歯科医院院長 石川茂樹
公益社団法人 日本歯科衛生士会
在宅療養者の口腔ケア実践マニュアル
発行日 2016 年 5 月 25 日
発行者 公益社団法人 日本歯科衛生士会
〒 169-0072 東京都新宿区大久保 2-11-19
TEL:03-3209-8020 / FAX:03-3209-8023
制 作 医歯薬出版株式会社
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