平成 22 年度情報教育センター課題研究報告書 GPS ロガーを用いた写真投影法による景観研究法の開発 ―写真投影法から Photo Eliciting Narrative Approach(PEN-A)への展開― 京都光華女子大学人文学部心理学科 石盛真徳 本研究では、GPS ロガーを用いた Photo Elicited Narrative Approach(PEN-A)の実施 方法について検討を行った。まず本研究で開発対象とする PEN-A とは、写真の面接におけ る語りの引き出し機能を積極的に利用するために、写真投影法と面接調査を組み合わせて 実施する新たな調査手法である。PEN-A において用いられる、写真投影法とはカメラを調 査協力者に貸与し,一定のテーマについて、一定期間撮影してもらった後に回収すること により、調査協力者の環境に対する認識を明らかにする調査手法である(野田, 1988) 。写 真投影法は、通常の自書式アンケートと比較して、調査する側・される側双方の言語表現・ 理解能力に制約されず、調査協力者が現実に体験した景観のよさや楽しさを「すぐにその 場で」映像の形に記録でき、また行動をあまり制約せずに多くの記録を拾い上げられると いった点に特徴がある(岡本・石盛・加藤, 2010) 。ただし写真投影法では、写真という記 録メディアの性質上、視覚的でない体験(その時の感情やその場所にかかわる思い出の想 起等)の記録には適していないため、質問紙や面接法が補助的に用いられることが多かっ た(林・岡本・藤原, 2008) 。 岡本・石盛・加藤(2010)は、写真投影法における面接法を補助的役割に限定するので はなく、写真と面接の交互作用効果、すなわち写真の語りの引き出し機能に着目し、その 積極的活用を促す調査手法として、PEN-A を開発した。そして岡本・石盛・加藤(2010) は、PEN-A を適用した京都市中京区における住民生活に関する調査の結果を検討し、 PEN-A が少なくとも地域での生活というテーマに関しては、通常の面接法よりも、①投影 的機能と概念化機能、②再評価機能と再発見機能、③語りの客観視機能、④関係形成機能 において、優れていることを明らかにした。また PEN-A の結果として得られるデータでは、 写真の撮影者、撮影場所、撮影対象等の情報がリンクされている構造になっており、その ことが通常の写真投影法によるデータでは不可能なさまざまな抽象度のレベルでの分析も 可能とすることが指摘されている(石盛・岡本・加藤, 2010; 加藤・石盛・岡本, 2010) 。こ れらの点から、PEN-A は通常の写真投影法に留まらない、新たな調査手法としての独自性 を持つといえる。 PEN-A の実施に関する問題点としては、調査協力者による写真の撮影期間が 1 週間以上 にわたる場合には撮影枚数が数百枚に及ぶこともあり、撮影地点の質問紙や面接による確 認には多大な労力が必要となること、そして、撮影者自身が撮影地点を明確には記憶して いないことによるデータの欠落があげられる(岡本・石盛・加藤, 2010)。そこで本研究で は、デジタルカメラと連動可能な GPS ロガーを用いて、撮影地点の確認の省力化と記憶の 欠落の補助が可能となるのか、について検討した。具体的には、試験的に調査対象者に GPS ロガーを携帯してもらいながら、日常生活での立ち寄り先や好きな場所の写真を撮影して もらった。そして、GPS ロガーの位置情報を用いて電子地図上に撮影された写真を地図上 にプロットした結果を手掛かりとして提供しながら、面接を行い、これまでの写真のみを 提示する方法と比較して、より深い情報を引き出せるのかについて検討を行った。 検討の結果、まず GPS 受信機の仕様上の問題として、コールドスタート等と呼ばれる問 題が存在することが明らかとなった。GPS 受信機は測位する際、GPS 衛星を探し、受信で きる衛星からの距離を求めるが、それには、衛星を探すのに必要な情報であるアルマナッ ク(Almanac)と、衛星の位置を求めるために必要な情報であるエフェメリス(Ephemeris)と いう 2 種類の情報が必要とされる(GPSDGPS, 2011) 。アルマナックは全衛星の大まかな 軌道情報で 1 日に 1 回更新され、寿命が長いが、エフェメリスは 2 時間ごとに更新され、 精度が高い分寿命が短く 4 時間である。したがって GPS 受信機が有効なエフェメリスを記 憶している間は、短い時間での起動、すなわちホットスタートが可能である。また衛星の 電波取得後、電源をオフにしても短い時間であれば、アルマナックは保持されているので 衛星電波の再取得までの時間は短いウォームスタートとなる。しかしながら、初回起動時 や長期間使用していなかった場合には、GPS 衛星からアルマナックの取得もしなければな らないため、通常より起動に時間がかかるコールドスタートとなる(実際には、衛星から の電波受信環境によっては測位に数十分かかることもあった) 。ただ PEN-A で GPS ロガ ーを用いる場合、直前に衛星の電波を取得しておけば、調査開始時に少なくともウォーム スタートは可能となるであろう。しかし調査協力者が 1 日以上、調査開始時点を遅らせた 場合には、コールドスタートとなり、撮影した写真に GPS 情報が追加されないということ も起こりえるので、その点についてはあらかじめ注意を促す必要がある。 PEN-A での GPS ロガーの利用に関しては、もう一つの別の技術上の問題も存在するこ とが明らかとなった。日本では現在、衛星測位システムとして米国の GPS を使っており、 また他国に比べて山地が多く、しかも少ない平地に高層ビル群が集中しているという地理 的環境から、測位に必要な 4 機以上の GPS 衛星から電波を受信できる確率が低くなり、そ れが測位精度の低下や、衛星測位サービスを利用できる場所や時間の制限につながってい る。この問題点は PEN-A での GPS ロガーの利用に関しても重大な影響を及ぼすが、一般 の GPS 機器利用者の注意等によっては解決され得ない種類のものである。しかし現在、宇 宙航空研究開発機構が、日本のほぼ天頂に衛星が見える準天頂衛星システムの整備を目指 してプロジェクトを進行中で、その初号機という位置づけの「みちびき」については技術 実証・利用実証が開始されている段階である(宇宙航空研究開発機構, 2011)ので、近いう ちの問題解決が期待される。 上記 2 点の技術的問題は存在するものの、現在市販されている GPS ロガーや GPS ロガ ー機能つきデジタルカメラは十分な携帯性を有しており、PEN-A での GPS ロガーの利用 が、撮影地点の確認作業の省力化を十分に実現し、撮影者自身の記憶の欠落を補う手段と なることが示された。さらには、そのような PEN-A での作業効率の増大という消極的理由 だけでなく、GPS ロガーに記録された経路情報等のより多くの情報を提示することが、こ れまでの写真のみを提示する方法と比較して、より深い情報を引き出すことに積極的な役 割を果たすことも示唆された。 <参考文献> GPSDGPS(2011) 「GPS に関する Q&A」http://www.gpsdgps.com/qa.htm(2011 年 2 月 28 日閲覧) 林幸史・岡本卓也・藤原武弘(2008) 「写真投影法による場所への愛着の測定」 関西学院 大学社会学部紀要,106, 15-26. 石盛真徳・岡本卓也・加藤潤三(2010)写真投影法による地域活動と地域意識の把握(2)- 地域に関する語りの質的分析- 日本社会心理学会第 51 回発表論文集, pp.40-41. 加藤潤三・石盛真徳・岡本卓也 2010「写真投影法による地域活動と地域意識の把握(3)-写 真のカテゴリー化と質的分析-」日本質的心理学会第 7 回プログラム抄録集, p.97. 野田正彰(1988) 「漂白される子どもたち」情報センター出版局. 岡本卓也・石盛真徳・加藤潤三(2010) 「面接調査の技法としての写真投影法」 関西学院 大学先端社会研究所紀要 2, 59-69. 宇宙航空研究開発機構(2011)「人工衛星・探査機準天頂衛星初号機「みちびき 」」 http://www.jaxa.jp/projects/sat/qzss/index_j.html(2011 年 2 月 28 日閲覧)
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