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第2章 外国の現状及び制度
1. 米国
(1) 消費者保護行政の歴史的背景
①歴史的経緯
米国における集団訴訟をさかのぼると、歴史的には、植民地時代までさかのぼ
り、コモン・ロー(Common Law)のしくみとしてイギリスより受け継がれた父権訴
訟までさかのぼる1。
Parens Patriae は、未成年や精神に障害がある者或いは法的な活動が困難な者
の後見人として行動する、国王の権限を表したイギリス法のシステムであったも
のが、米国の各州にその準主権者(Quasi-Sovereign)として権限が与えられ、州
民一般に何らかの被害が及んだ場合には、AG が州民を代表して被害の回復を求め
る制度として発展してきた。
(より詳細には)イギリスの植民地であった時代から
米国に存在していた州は、イギリス国王の準主権者としての権限を持っていたも
のが、1787 年に合衆国憲法が起草された後も、独立した主権を有していた州はそ
の主権の一部を維持し、連邦政府の権限と各州政府の権限による二重主権として
現在も制度上維持されている。したがって、各州の AG はその州法に基づき、反ト
ラスト法の他自然環境や公害等を原因とする損害を主張して、州民に代わって訴
訟提起する形態が確立されたのである2。
しかしながら、これらの経緯から、全ての州が Parens Patriae の権限を最初か
ら有していたわけではなく、建国時の 13 州を含む約 30 州においてコモン・ロー
が適用され、それに伴い Parens Patriae の権限も有していると理解されている。
それ以外の州では、AG はコモン・ローによって設置されたのではなく、州法によ
って設置され、その管轄範囲も州法により規定されている。
米国において、歴史的に州の Parens Patriae としての権限が認識されたのは、
1899 年のルイジアナ州対テキサス州の事件である3。そして、この概念が反トラス
ト法分野において確立したのは、1976 年のハートスコットロディーノ反トラスト
改善法(Hart-Scott-Rodino Antitrust Improvement Act of 1976、以下「HSR 法」
と呼ぶ)の制定である。1970 年代において、反トラスト法分野における問題は、
1
2
3
佐野つぐ江「米国各州における反トラスト法執行の実態(上・中・下)-州司法長官による消費者被害救済のための民事訴訟(ペア
レンス・パトリー訴訟)とクラスアクションを中心に-」公正取引 5-7 月(2008)
前注1.
Louisiana v. Texas. 176 U.S. 1(1899) この事件は、ルイジアナ州の商品を通商停止するためにテキサス州が課した検疫制度に対
して、ルイジアナ州が同制度の停止処分を求めて提訴した事件である。連邦最高裁は、真の利益は州と州民に帰属するのではなくニ
ューオリンズの商人に帰属するとの理由により、裁判権を拒否した。しかしながら、同最高裁はその意見の一部において、州が州民
全体のために準主権者として訴える利益を有することを示唆した。
(佐野つぐ江「米国反トラスト法における州司法長官の役割」成蹊
大学法学政治学研究第 30 号 33 頁(2004)
)
2
違反行為の証明であったとされる4。消費者にとって、最終的な反トラスト法違反
による損害額は年間 1,500 億ドルを超えるほどになっていたが、一消費者の損害
額は比較的少額であるために、訴訟提起するインセンティブはないに等しい状態
であった。このような状況においては、被害を主張しない者や被害を認識しない
者がいるために、実際の被害者数や被害額の算定が困難なこと、それに対して、
違反行為者は不当な利益を保有し、更なる違反行為へのインセンティブを持つと
いう連鎖が起こる。さらに、連邦裁判所におけるクラスアクションの代表原告に
対する厳格な通知要件は、反トラスト法違反のための訴訟手段として有効である
と思われたクラスアクションへの期待を砕くものであった。なぜなら、たとえク
ラスの認可要件である構成員の多数性(連邦民事訴訟規則 23 条(a)(1)項)、共通
性(23 条(a)(2)項)、
典型性(23 条(a)(3)項)、
代表性(23 条(a)(4)項)がクリアされ、
クラスアクションの優越性(23 条(b)(3)項)が認められても、代表原告が構成員全
員に対する通知を代表原告の費用によって行わなければならないという要件(23
条(c)(2)項)は、少額な被害を回収するために莫大な通知費用を代表原告が負担す
るという大きな矛盾を人々に植え付けたのである。連邦民事訴訟規則 23 条の下に
おける消費者クラスは、個々人の請求額が少額である場合には、構成員が多数で
あればあるほど通知費用が高額になるという問題に直面した。典型的に、反トラ
スト法違反によって損害を受ける少額の被害者は、クレイトン法 4 条の下で 3 倍
額損害賠償を請求する権利行使が困難となった5。
その後、次第に Parens Patriae としての州の権限が如何なる法律分野で行使で
きるかどうかが問題となり、1976 年に反トラスト法分野においても当該権限を認
めるために、HSR 法が制定された。HSR 法は、膨大な数の消費者に損害を与え続け
る反トラスト法違法行為の是正を目的のひとつとして制定された。同法による規
制は、特に日常消費財の購入者を対象とする。その目的は、反トラスト法違反に
よる被害者への賠償、違反者に違法利益を返還させること、そして将来の反トラ
スト法違反を抑止することである。同法は、すべての州の AG に対して、その州に
居住する自然人のために Parens Patriae として、シャーマン法違反を理由に財産
に損害を受けた者への金銭的救済を保障して、被告の裁判管轄内にあるすべての
連邦地方裁判所に、その州の名において民事訴訟を提起することが出来ることを
規定した。連邦議会は、シャーマン法上の権利を追求できない個人のために、そ
の訴訟を維持する立場として州の AG を選任した。各州の AG をその地位に置く理
由として、第 1 点に、州がその州民を保護する義務を有すること、第 2 点に、州
が準主権者として州の健全な経済を保持する権限を有することを、連邦議会は挙
4
5
Susan Harriman “Parens Patriae Actions on Behalf of Indirect Purchasers” 34 Hastings. L. J. 179,179 (1982)
前記注1.
3
げている。たとえ州自体が損害を受けていなくとも、損害を被った州民を代表し
て州の AG が当事者となる権利を有する。訴訟は、
「州に居住する自然人のために」
提起される。6
(2) 州権執行訴訟、Parens Patriae Action
①州司法長官について
AG は、州の法務関連の長(The Chief Legal Officer)であり、司法省(The Attorney
General’s Office)は、州政府機関全ての法務担当としての機能を有している。AG は、
州民の健康と財産を守る役職であり、州民からの信頼もあり、公的集団訴訟を提起す
る強力な権力が与えられている。AG はほとんどの州では公選(43 州)であるが、5 州
は知事による指名制、1 州(メイン州)は議会による投票、1 州(テネシー州)は、裁
判所による指名である7。米国は 50 州であるが、28USCS.1332(e)条に基づき、コロン
ビア特別区(ワシントン DC)
、プエルトリコ、バージン諸島、サモア諸島、マリアナ
諸島、グアムの準州も州として加算し、総計は 56 州となり、それら全ての州に州 AG
が在籍する。
全ての州で AG に選出される要件には基準があり、少なくとも弁護士であること、
また一定の年齢以上、一定の期間はその州の居住者であることが求められている。た
とえば、AG への立候補以前に民間の弁護士事務所に勤務(以下、
「私的弁護士」と呼
ぶ。
)していたことは障害とはならないが、AG の地位を得た後に私的弁護士時代のク
ライアント企業などが関係した訴訟を担当することとなった場合には、利益摩擦が生
じる可能性が考えられることから、当該訴訟を副 AG が担当する場合もあり得る。しか
し、AG の選出の際には、州民は候補者のバックグラウンドを知る機会を保障されてい
る。このような問題は米国において非常に敏感であり、たとえ、知事による指名制度
でも、議会によるバックグラウンドのチェックが行われる。AG への立候補者の大多数
は、その前身が市や郡(County)の刑事事件担当判事であったなど、私的弁護士では
ない場合が多く、AG 就任後に前述のような問題が浮上したことはない。AG は刑事事件
に関係した場合は弾劾されることもあり得るが、リコールされることはない。AG の適
格性は 4 年に一度の選挙で真価が問われる8。
(3) 集団訴訟の手法及び運用9
集団訴訟の手段として、私的集団訴訟(クラスアクション)
、及び公的集団訴訟が
ある。
6
7
8
9
前記注1.
2009 年 2 月 18 日、National Association of Attorney General(NAAG)へのヒアリングより
前記注7.
前記注7.
4
公的集団訴訟は、米国各州の AG が、州内に居住する市民の利益を保護するために、
被害を与えた行為者に対して差止或いは損害賠償を求める訴訟である。コネチカット
州 AG(Mr. Richard Blumenthal)によると、AG が消費者に代わって訴訟(クラスアク
ションとしてではなく、公的集団訴訟として)を起こす一番の利点は、消費者は自ら
訴訟を起すためのコストを負担する必要がないことである。クラスアクションの場合
は、クラスが適切かどうかなどの認可要件を満たす必要がある。しかし AG の場合、自
ら当該企業の行為が不当かどうか調査し、訴訟提起の適格性を判断することができる。
さらに、不当行為が他の企業でも起こらないように基準を変更することも可能である。
公的集団訴訟は、更に、AG が州民を代表して提起する訴訟(Parens Patriae Action)
と、AG が州民を代表せず自ら提起する訴訟(Sovereign Enforcement Action:仮に「州
権執行訴訟」と呼ぶ)に分けられる。前者は、主に反トラスト法分野において利用さ
れる訴訟形態であり、後者は、消費者保護その他の法分野における多くの被害者救済
のために利用される訴訟形態である。反トラスト法は、クレイトン法 4 条において、
被害者に 3 倍額の損害賠償請求権を認めていることから、前者は 3 倍額賠償であり、
AG が同訴訟を提起した場合には被害者全員がその判決効を受けることとなる Opt Out
方式である。後者は、AG による訴訟の結果に拘束されることはないが、得られる救済
は原状回復であるという違いがある。
私的集団訴訟はクラスアクションとして数多く提起されているが、本報告書の主題
ではないので詳細記述は行わない。
(4)
公的集団訴訟の現状10
AG が起こす訴訟は州権執行訴訟、Parens Patriae Action、いずれの場合も目的
は同じで、消費者被害の回復である。
2009 年 2 月 16 日~20 日にかけて実施した全米司法長官協会(National
Association of Attorneys General: NAAG)、メリーランド州司法省(Maryland
Attorneys General、及びコネチカット州司法省(Connecticut Attorneys General)へ
のヒアリング調査では、消費者保護分野における公的集団訴訟としては州権執行訴訟
が多く、Parens Patriae Action としての訴訟は反トラスト法分野が多いとのことで
あった。理由としては、Parens Patriae Action の場合、州民を代表していることか
ら、訴訟の結果に州民は自動的に拘束され、州民にとって不利な状況が起こりうる。
しかしながら、州権執行訴訟の場合、AG が自ら単独で訴訟提起することから、州民は
10
前記注7.
5
その結果に拘束されず、Parens Patriae Action に比較して州民にとってのメリット
があると考えている AG が多いことからである。ただし、反トラスト法のケースのよう
に、多数の消費者が関係する場合、さらには州法で規定した集団訴訟規則が追いつい
ていないような場合には、Parens Patriae Action の方が適切な場合もある。例えば、
インターネット上の詐欺などは新しい分野であることと、被害者数が膨大で特定が困
難な場合が多く、このような場合には Parens Patriae Action を提起して、被害者を
救済する必要が出てくる。
基本的な運用方針として、もし州法で詳細な規定がある場合は、州権執行訴訟を
優先適用し、それらでもカバーしきれないような場合で、消費者被害の救済が必要で
あると AG が判断した場合に、Parens Patriae の権利を行使し、それに基づき訴訟提
起する。そういった意味では Parens Patriae Action は最後の手段としてのバックア
ップ的な位置づけであるとのことである。
各州によって状況は異なるが、イリノイ州は Parens Patriae を含めて、非常に広
範で強い権限をもっている。その一方、ウィスコンシン州は、州法の中でも Parens
Patriae の概念を盛り込んでおらず、
“州民を代表して”訴訟提起することは可能であ
るが、AG は全ての訴訟を州法に基づいて行わなければならない。そのような意味にお
いて、ウィスコンシン州 AG の権限は、州法で規定されていることに限定されており他
州よりは限られている。
(5)
Parens Patriae Action の特徴
反トラスト法上の違反行為は、被害者が多数に及び、かつ、被害者自身が自らの
被害を認識していない場合が少なくないことから、被害者各人の被害の立証及び被害
額の立証には一般的に困難が伴う。このため、被害額と被害者確定の作業が停滞し、
裁判所の審理が長引く傾向がある。これらの難点による裁判費用と時間を効率化し、
早期に違反行為を停止させ、被害者の被害回復に資するため、Parens Patriae Action
が反トラスト法に導入された。
同訴訟は、州の公務員である AG による民事訴訟であるから、AG が代表する被害
者である州民の費用負担はない。訴訟においては、違法行為者に対して、差止及び 3
倍額損害賠償の他、被害者への通知や賠償金分配費用、調査費用、訴訟費用及び弁護
士報酬等の請求ができる。調査費用は、具体的には後に説明する民事調査請求(Civil
Investigative Demands、以下「CID」と略す)などにより発生する調査費用である。
弁護士報酬は、代表原告として訴訟の当事者となった AG に対して支払われる低廉な報
酬である。
(通常は AG が代表原告・弁護士として訴訟追行することから、低廉な弁護
6
士報酬を得ることができる。訴訟の困難性によっては、専門分野に精通した他の私的
弁護士に任せる場合もあり、その場合には和解或いは敗訴した被告側の支払う弁護士
報酬が高額化することはあり得る。
)
被害者への通知は、新聞や雑誌、Web サイト、問題となった商品やサービスを販
売する店頭などの公告という、費用が低廉な通知方法が採られる。
Parens Patriae Action が敗訴した場合には、当該訴訟の費用は州の財政で賄わ
れること及び人材の制限により、当該訴訟は勝訴の確率の高い事案に限られる。実際
に AG による訴訟が敗訴する確率は非常に低い。
1976 年の HSR 法制定により、クレイトン法が修正され、クレイトン法4c 条が制
定された。連邦反トラスト法分野において AG に Parens Patriae の権限が認められた
根拠法の条文は、以下のように規定されている。
15USCS§15c 第 15 編
商業と取引/取引制限における独占と結合
15c 条
AG
による訴訟
①Parens Patriae Action;金銭的救済;損害
※ すべての AG は、シャーマン法違反行為によって財産に損害を被った州住民
である自然人(natural persons)のために、その州の名において、被告の
管轄権を有するすべての連邦地方裁判所に対して、Parens Patriae として
民事訴訟を提起することができる。裁判所は、
(A)同一損害により既に得
られた賠償金が重複する場合、或いは(B)訴訟から Opt Out した自然人及
び事業者に正当に分配しうる救済額を、その訴訟で得られた賠償金から控
除しなければならない。
・ 裁判所は、損害額全体の 3 倍額の賠償金と、合理的な弁護士報酬を含む訴
訟費用を州に与え(award)なければならない。裁判所は、州の迅速な請求
があった場合には、状況により、訴訟の開始の日から判決の日或いはそれ
よりも短い期間の、損害全体の利息を州に与えることができる。利息を与
えるかどうかの決定について、裁判所は、次の 3 点を考慮しなければなら
ない。
・ 訴訟当事者の一方或いはその代理人が証明する必要のないほどに、故意に
訴訟を遅延させ或いは不誠実な行為をしたか否か。
・ 訴訟当事者の一方或いはその代理人が、裁判所の命令或いは制定法や規則
に違反したか否か。
7
・ 訴訟当事者の一方或いはその代理人が、訴訟遅延もしくは費用の増加を目
的とした行為をしたか否か。
②通知;Opt Out の選択;最終判決
・ Parens Patriae Action において AG は、裁判所から指示された趣旨、方法、
時期に則り、公告による通知を与えなければならない。裁判所は、公告の
みによる通知が法の適正手続に反すると認めた場合、状況に応じて他の通
知方法を指示することができる。
・ Parens Patriae Action によって AG が代表している者は、前項の通知に明
記された期間内に届け出ることによって、その判決の効力が及ばないよう、
原告(団)から Opt Out することができる。
・ 同訴訟における最終判決(final judgment)は、原告(団)と Opt Out の
届出が無効となった者全員に対して、同法第 4 条(15USCS§15)の既判事
項(res judicata)となる。
③訴訟取下げ或いは和解
・ 同訴訟の取下げ或いは和解は、裁判所の承認を要する。また、取下げ或い
は和解の提案についての通知は、裁判所の指示した方法に従って行われな
ければならない。
④弁護士報酬
・
本条①項に規定する訴訟すべてにおいて、
1. 原告弁護士報酬の額は、裁判所によって決定されなければならない。
2. AG が濫訴や不誠実な行動をしたと裁判所が認めた場合は、裁判所の
裁量により敗訴した AG に弁護士報酬の支払いを判決することができ
る。
上記 15c 条を補則する条文として、15d 条に損害賠償額の算定方法と、15e 条に損害賠償
金の分配に関する規定も設けられた。
15 USCS§15d
15c 条(a)項(1)号に基づく訴訟において被告がシャーマン法に違反する判決が下さ
れた場合の損害賠償額は、統計的もしくはサンプリングの方法、違法な不当利得の算
定、または、裁判所がその裁量により、当該訴訟における個々の請求もしくは損害賠
償額を別々に証明する必要なしに認めるその他の合理的な方法により、統計で証明さ
れ算定される。
8
15 USCS§15e
15c 条(a)項(1)号に基づく訴訟において償われた金銭的救済は、
(1)地方裁判所がその裁量により認めた方法で分配される。または、
(2)地方裁判所の裁量により民事制裁金として州の General Account に納入される。
いずれの場合にも、採用された分配手続が金銭的救済の相応の割合を保証するために、
各人に正当な機会を与える条件の下に行われる。
(6) Opt Out 方式の必要性
Parens Patriae Action によって AG が代表している者は、通知に明記された期間内
に届け出ることによって、その判決の効力が及ばないよう、原告(団)から Opt Out す
ることができる。
米国における集団訴訟の原型であるクラスアクションは、Opt Out 方式である。後
に述べるように Eisen 事件を契機として、被害者が多数の場合の訴訟形態であるクラ
スアクションの要件において個々の被害額が少額の場合には、個々人への通知要件が
大きな障害となることが認識された。多数の少額被害者の集団訴訟の場合には、通知
要件を緩和する必要があり、個別の通知要件を公告とすることとし、訴訟の代表者を
AG に限定した。換言すると、Parens Patriae Action はクラスアクションの変型であ
って、Opt Out 方式は原型からそのまま受け継がれたということができる。
その他に、HSR 法立法当時の Opt Out 方式を採用した消極的な理由として、原告側
の立証の困難性11と、被告に二重賠償の危険が及ぶ可能性についての裁判所の懸念の
問題が議論された12。立法当時は、後述する CID 等の調査権限規定は連邦の執行機関
である司法省及び連邦取引委員会(以下、
「FTC」と呼ぶ)には認められていたが、各
州の AG の調査権限については、まちまちであったとされる。このような状況において
は、各州間の調査権限の差によって訴訟の結果も左右されることになる。連邦法とし
て各州の AG に付与する HSR 法の権限が、統一的な効力で執行されることを基本とし、
個々人の被害額と被害者数など、原告側の立証の困難性については損害額を概算とし、
多数の少額被害者を救済する必要と違反行為の差止の必要性から、Opt Out 方式を採
用した。
次に、当時の裁判所の懸念として、
「二重賠償の支払を違反企業が負担する危険性」
を問題視する裁判所への配慮もあったとされる。この問題は、1968 年の Hanover Shoe
事件13と 1977 年の Illinois Brick 事件14を契機とする、反トラスト法上の二重賠償の
11
12
13
Susan Beth Farmer. 68 Fordham L. Rev. 361(1999)
Earl W. Kintner “The Legislative History Federal Antitrust Laws and Related Statutes. PartⅡ. The Hart Scott Rodino Act.”
216 (1985)
Hanover Shoe, Inc. v. United Shoe Mach, Corp., 392 U.S. 483(1968) この事件は、靴製造業者である原告が、靴製造機械の製造
9
支払を違反企業が負担する危険性である。これら 2 事件における最高裁は、間接的購
入者理論と損害転嫁理論という 2 つの理論を根拠として、二重賠償の危険を回避した。
第一に、間接的購入者理論は、クレイトン法4条が規定する反トラスト訴訟の原告適
格を、違法行為者から商品を直接購入した者に限定するものである。しかし、商業に
おける通常の取引形態からすれば、商品の最終購入者が直接メーカーから商品を購入
することは稀であり、同理論によって、最終購入者がメーカーに対して反トラスト訴
訟を提起する道は閉ざされることになる。第二に、損害転嫁理論は、違法行為者から
超過請求を受けた商品の直接購入者が、その超過部分を間接的購入者に販売する価格
に組み込むことによって自らが被るべき損失を他に転嫁する過程をいうものである。
この理論を、損害を受けたとする最終消費者が攻撃的に利用する場合と、逆に被告側
が、超過部分は間接的購入者に転嫁されたとして直接購入者の損害を否定するという
抗弁として利用する場合がある。上記 2 事件の最高裁判決は、損害転嫁理論の両方の
利用を否定し、直接購入者のみが損害回復の道を得られるとした。その意味するとこ
ろは、もし被告が損害転嫁を抗弁として用いることができず、間接的購入者が損害転
嫁を理由に間接的販売者に対して損害賠償訴訟を提起することができるとすると、違
法行為を行った間接的販売者は直接的購入者と間接的購入者の双方から損害賠償請求
をされる結果となり、二重の賠償責任にさらされることになりかねないということで
ある。
Opt Out 方式を採ることにより、自然人については違反行為者が賠償金を支払った
後に二重に請求される危険性はなくなるということである。
(7) 公告のみの通知の合憲性
Parens Patriae Action は、当該訴訟でなければ訴訟提起する権限を実質的に行使
できない人のためのものである。それゆえ、Opt Out する機会を失った人や公告によ
る通知を見逃した人の利益を害するとは通常考え難い。自ら訴訟提起して権利行使す
ることが不可能な人が Opt Out することは、被害の回復を受ける権利を自ら放棄する
ことに等しく、AG が代表となって訴訟提起することについて反対の意思を表明する可
能性はないと考えられたこと、及び、シャーマン法上の消費者の権利を AG が代表し
て行使することの方が被害者の救済に必要であると考えられた。これらを理由として、
14
と賃貸を行う被告に対して、同機械の販売拒否と賃貸方式の押し付けにより不当に賃貸料の支払を余儀なくされ損害を受けたとして
提訴した事件である。被告は、原告の超過支払額は原告製造の靴販売価格に組み込まれて購入者に転嫁されているので、原告は損害
を受けていないと抗弁した。最高裁は、違法行為による超過価格で購入した最初の購入者が、たとえその損害を全て流通の下流にあ
る者に転嫁した場合でも賠償請求できると判断した。
Illinois Brick Co. v. Illinois, 431 U.S. 720(1977) この事件は、コンクリート・ブロックのメーカーの価格拘束事件である。被
告メーカーは、まず司法省に刑事事件として取り上げられ、被告は不抗争の申立をして解決された。その後に、イリノイ州と工事関
係者らが被告に対して損害賠償訴訟を提起し、イリノイ州以外の原告とは和解が成立した。本件の原告は、イリノイ州と約 700 の地
方機関で、その多くは競争入札による間接的購入者である。この入札価格は、被告からブロックを購入したブロック請負業社の価格
を反映していた。原告は、被告の価格協定による超過請求が請負業社の転嫁行為によって影響を与えたと主張した。最高裁は、間接
的購入者には提訴権がないとして原告敗訴とした。
10
Opt Out の規定を手続保障のために盛り込んだとされている15。
連邦民事訴訟規則 23 条は、多数の被害者の一括請求方法であるクラスアクション
において、
個別の通知を義務付けている。1974 年の Eisen 事件で問題になったことは、
被害者が多数であっても個々人の被害額が少額の場合は、個別の通知義務では経済合
理性がないために訴訟提起すること自体不可能となり、結果的に、
「個別の通知義務」
が個人の裁判を受ける権利を害することになっていた。また、「個別の通知義務」を履
行することの代表原告の経済的不合理の主張に対して、裁判所の判断が統一されなか
ったことにより訴訟自体が長期化したことであった。このように、本来であれば、個
人の裁判を受ける権利を保証するための「個別の通知義務」が、多数の少額被害者の
場合には訴訟提起の障害となり、逆に個人の裁判を受ける権利を害することとなって
いたことから、これを打開するために経済的な「公告による通知」とし、その適切性
を裁判所の裁量に委ねた。さらに、被害者の代弁者となる者について、公益を促進す
る責務を担う AG に限定して Opt Out 方式を採用し、訴訟の迅速な解決を図った。
たとえば、被害者の中に、金銭賠償よりも違法行為者からの個別の謝罪を望む者が
いたと仮定した場合に、そのような意思を持つ被害者が Opt Out の機会を失ったとす
れば、Opt Out の機会は一定期間設定されるのであるから、その期間を漫然と見逃し
た者の自己責任とするほうが一般的ではないかと考えられる。公告で足りるとした通
知要件は、1976 年当時のアメリカでは以上のような理由により、Opt Out する人はい
ないであろうことを前提として、手続保障には十分であるとされた。
HSR 法立法当時に問題となったことは、むしろ次の 3 点であったとされる16。上院の
意見の中では、①AG に付与される権限が恣意的に濫用されることへの懸念と、②事業
者に対して同法が活発に適用された場合の経済への悪影響への懸念、③統計的に被害
額を算出することについて、多くの被害者に対して実質的に分配できなかった賠償金
を州に納入することは、事実上の制裁金であり、クレイトン法 4c 条の趣旨を逸脱す
る全く新しい立法となるとの反対意見がある。しかし、公告による通知と Opt Out 方
式による個人の裁判を受ける権利との整合性については、先に述べた理由付けに対す
る明確な反対意見は見当たらない。
連邦反トラスト法(以下、
「連邦法」と略す)の判例において、当該訴訟が Parens
Patriae であるか否かは、
「HSR 法に基づき」或いは「クレイトン法 4c 条に基づき」も
しくは「15USCS§15c 条に基づき」提起されたことが判事の法廷意見の中で述べられ
ていることから判断することができる。Parens Patriae 規定は、HSR 法によって修正
されたクレイトン法 4c 条であり、当該条文の番号は 15USCS§15c となっていること
15
16
前記脚注 4.
Earl W. Kintner. Supra. note 15. 214 頁以下
11