DAC における評価を巡る議論 - FASID 財団法人国際開発機構

第
2章
DAC における評価を巡る議論
1)
◆
藤本真美
1.はじめに
本稿では、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)の下部
機構である開発評価ネットワーク(EVALUNET)の概要と活動について
紹介し、このネットワークが最近力を入れている活動として(1)パリ宣
言実施状況の評価(2)評価の品質基準(3)被援助国の評価能力向上
(Evaluation Capacity Development:ECD)(4)合同評価の取り組みにつ
いて触れる。最後に、今後の方向性として、このネットワークが専門家集
団の枠を越えてグローバルな問題に取り組んでいく必要性について、気候
変動の例を用いて私見を述べる。
2.DAC 開発評価ネットワーク
下部機構としての位置づけ
DAC には、下部機構として、統計作業部会(Working Party on Statistics)、
★下線用12文字分ダミー★
1) 本稿の執筆にあたっては、外務省国際協力局総合計画課作道俊介氏より貴重なコメン
トを頂いたことに感謝する。
30
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
援助効果作業部会(Working Party on Aid Effectiveness)から成る作業部
会と、その下に、開発評価ネットワーク(Network on Development Evaluation)、ジェンダー平等ネットワーク(Network on Gender Equality)、
環境・開発協力ネットワーク(Network on Environment and Development
Co-operation)、貧困削減ネットワーク(Network on Poverty Reduction)、
ガバナンスネットワーク(Network on Governance)、紛争予防・開発協
力ネットワーク(Network on Conflict, Peace and Development Co-operation)から成るネットワーク及び脆弱国家グループ(Fragile States Group)
2)
が設けられている 。本稿で取り上げる開発評価ネットワーク(EVAL-
UNET と略される)は、これらの DAC 下部機構の一つである。DAC には
現在 2 つの作業部会と 6 つのネットワークがあるので、開発評価ネットワ
ークの活動は DAC の活動のごく一部に過ぎない。しかし、このネットワ
ークは、現時点では、開発援助の評価の分野では最もよく知られた、そし
て最も権威のある国際的な機構である。
設立と任務
DAC 開発評価ネットワークは、1981 年に DAC Group of Evaluation Correspondents として設置された。その後、DAC Expert Group on Aid Evaluation、DAC Working Party on Aid Evaluation 等いくつかの名称を経て、
2003 年に DAC Network on Development Evaluation に改称し、現在に至っ
ている(表 1)
。
DAC 開発評価ネットワークの目的は、力強く、情報に豊んだ、独立し
た評価を支援することにより、国際開発援助の効果を向上させることであ
3)
る 。2003 年 4 月に採択された、DAC 開発評価ネットワークの任務
(mandate)は、以下の 4 つである 4)。
★下線用12文字分ダミー★
2) DAC ホームページ下部機構図を参照。
3) To increase the effectiveness of international development programmes by supporting
robust, informed and independent evaluation.(DAC 評価ネットワークホームページ参照)
http://www.oecd.org/dac/evaluationnetwork/
4) DAC 評価ネットワークのホームページ参照。和訳は、「DAC 開発評価ネットワーク
における最近の動きと議論について」(三輪徳子、2006 年 12 月)を参考に作成した。
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(1)各メンバーの評価活動を改善し、評価手法と概念上の枠組みを調和
化・標準化させ、主要な評価調査にかかる協調を促進し、新たな評価方法
と優良事例の開発を推進するために、メンバー間で、また適当な場合には
被援助国と一緒に、評価に関する情報・経験を共有し協力を強化すること。
(2)DAC 及び広い開発コミュニティーによる評価から政策・戦略・事業
に関する教訓を統合するとともに抽出し、各メンバーによる合同評価の実
施の促進を通じて、援助効果の改善に貢献すること。
(3)ピア・レビュー(相互審査)、開発成果及び援助効果等に関し、DAC
及び同下部機構に対して助言・支援を提供すること。
(4)被援助国の評価能力の強化を推進し支援すること。
表 1 開発評価ネットワーク年表
1961 年 OECD ― DAC 設立
1981 年 DAC Group of Evaluation Correspondents 設立。
主に既存の評価結果を報告することを目的として、3 回会合を開催。
1982 年 DAC Expert Group on Aid Evaluation に改称。
メンバー間の情報交換、評価活動・能力の強化など、援助効果向上や合同調査
により重点が置かれた。
1998 年 DAC Working Party on Aid Evaluation に改称。
37 回会合を開催。
2003 年 DAC Network on Development Evaluation に改称。
今日まで 7 回会合を開催。
出所:A History of the DAC Expert Group on Aid Evaluation(1993、OECD)
これらの任務を遂行するために、開発評価ネットワークでは、加盟国・
機関の評価体制を強化し、評価の「質」を向上し、合同評価を促進し、メ
ンバー間で評価の結果を共有している。つまり、DAC 開発評価ネットワ
ークは、評価の方法を改善し開発協力の一手段としての評価の活用を促進
するため、ドナー及び国際機関の評価部局や評価の専門家が互いの経験や
知見・情報を共有しあう場であり、メンバーが実施する開発援助の評価を
とりまとめ、よりよい評価の方法をアドバイスすることを通じて、各国に
おける評価の取り組みを促進し、開発援助の効果を向上させることを目指
しているのである。
32
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
メンバー
現在、開発評価ネットワークのメンバーは、オーストラリア、オーストリ
ア、ベルギー、カナダ、デンマーク、EC、フィンランド、フランス、ド
イツ、ギリシャ、アイルランド、イタリア、日本、ルクセンブルグ、オラ
ンダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェー
デン、スイス、英国、米国及び、アフリカ開発銀行(AfDB)、アジア開発
銀行(ADB)、欧州復興開発銀行(EBRD)、米州開発銀行(IADB)、国際
金融公社(IFC)、国際通貨基金(IMF)、国連開発計画(UNDP)、世界銀
行である。
2007 年 6 月の第 6 回会合では、メンバー以外からベトナムと中国が被
援助国の代表として招待された。ベトナムはオーストラリアの支援を受け
ながら評価者の能力を強化するためのマニュアル整備等の取り組みを行っ
ていることを発表し、中国はオランダによる援助の一部を対象として、オ
ランダと対等の立場で合同の評価を行っていることを発表した。また、第
7 回会合にはウガンダが参加した。開発評価ネットワークのメンバーは全
てドナーであるが、このようにドナーとの連携を進めている代表的な被援
助国からの情報提供は評価ネットワークの議論を深める上で有益であり、
定例化していくのも一案と考えられる。
会合の開催・議長
これらのメンバーが一堂に会する場として、6 ∼ 9 か月に一回、全体会合
が開催されている。最近では 2006 年 11 月に第 5 回会合、2007 年 6 月に
第 6 回会合、2008 年 2 月に第 7 回会合が、いずれも OECD 本部のあるパ
リで開催された。会合には、ネットワークのメンバー国・機関から代表 1
∼ 2 名づつが参加するが、ほとんどが開発畑で長年評価を担当している専
門家や行政官である。中には 10 年、20 年と評価に関わり続けている者も
いる。わが国も、外務省、JICA、JBIC より評価部局の担当者が出席し、
「オールジャパン」として、ODA 評価に関するわが国の取組を紹介し、議
論に参加している。
開発評価ネットワークの議長は、第 5 回会合よりスウェーデンに替わり
アイルランドが、また、副議長(2 名)は、同会合より、日本とアイルラ
33
ンドに替わりベルギーとスペインが務めていたが、その後スペインが人事
異動により空席となったため、第 7 回会合でイギリスがスペインにかわり
副議長を努めることになった。
主な出版物
開発評価ネットワークでは、活動の一部として、各種出版物を出している。
評価関連用語集(Glossary of Key Terms in Evaluation and Results Based
Management)、合同評価の実施ガイドライン(Guidance for Managing
Joint Evaluations)、後述する評価の品質基準(DAC Evaluation Quality
Standards:2006 年 3 月から 3 年間の試行期間中)等がこれまで作成され、
場合によってはフランス語、スペイン語等に翻訳されている。またこれら
の資料は開発評価ネットワークのホームページにも掲載され、各国の評価
活動に指針を与えるとともに、ドナーと被援助国の評価基準の調和化を促
している。
DAC 評価 5 項目
1991 年に DAC が提唱した「妥当性」「有効性」「インパクト」「効率性」
「自立発展性」という 5 つの評価項目は、世界の開発援助機関の多くによ
り、基本的な評価基準として採用されている 5)。
・妥当性(Relevance):開発援助の目標が、受益者の要望、対象国のニー
ズ、地球規模の優先課題及び援助関係者とドナーの政策と整合している程
★下線用12文字分ダミー★
5) DAC 評価関連用語集での原文は以下の通りとなっている。
–Relevance : The extent to which the objectives of a development intervention are consistent
with beneficiaries’ requirements, country needs, global priorities and partners’ and donors’
policies.
–Effectiveness : The extent to which the development intervention’s objectives were
achieved, or are expected to be achieved, taking into account their relative importance.
–Efficiency : A measure of how economically resources/ inputs(funds, expertise, time, etc.)
are converted to results.
–Impacts : Positive and negative, primary and secondary long-term effects produced by a
development intervention, directly or indirectly, intended or unintended.
–Sustainability : The continuation of benefits from a development intervention after major
development assistance has been completed. The probability of continued long-term benefits. The resilience to risk of the net benefit flows over time.
34
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
度。
・有効性(Effectiveness):開発援助の目標が実際に達成された、あるい
はこれから達成されると見込まれる度合いであり、目標の相対的な重要度
も勘案しながら判断する。
・インパクト(Impacts):開発援助によって直接または間接的に、意図的
であるか否かを問わず生じる、肯定的、否定的及び一次的、二次的な長期
的効果。
・効率性(Efficiency):資源及び(又は)投入(資金、専門技術(知識)、
時間など)がいかに経済的に結果を生み出したかを示す尺度。
・自立発展性(Sustainability):開発援助終了後に開発の結果から得られ
る主立った便益の持続性。長期的便益が継続する蓋然性。時間の経過に伴
い開発の純益が失われていくというリスクに対する回復力。
これらの DAC「評価 5 項目」は、開発援助プロジェクトの価値を総合
的に評価する際の視点であり、プロジェクトの効率性や費用対効果、終了
後の効果の持続などを総合的に検証するために用いられる。外務省では、
無償資金協力プロジェクトの評価を行う際、これら 5 項目に加えて広報効
果(Visibility)を追加している。また外務省で政策レベル評価(国別評
価・重点課題別評価)及びプログラムレベル評価(セクター別評価・スキ
ーム別評価)を実施する際は、この評価 5 項目を踏まえて、(1)妥当性
(2)有効性(3)適切性、の 3 つの評価基準を設定している。JICA では、
技術協力プロジェクトの評価にあたり価値判断の基準として、DAC 評価
5 項目をそのまま採用している。JBIC では、DAC 5 項目を用い、妥当性、
効率性、有効性・インパクト、持続性といった観点から評価を行っている。
このように、若干の相違はあっても、DAC の評価 5 項目は様々な機関が
様々なレベルの評価を実施する際の基本的な基準となっている。
3.DAC 開発評価ネットワークにおける最近の議論
(1)―パリ宣言実施状況の評価
最近の開発評価ネットワーク会合で中心となっている議論は、「援助効果
35
向上に関するパリ宣言」の実施状況の評価(Evaluation of the Implementation of the Paris Declaration)である。この評価は、デンマークを中心に
DAC 開発評価ネットワークで進められている新しい取組であるので、こ
こで紹介する。
「援助効果向上に関するパリ宣言(Paris Declaration on Aid Effectiveness)
」
とは、2005 年 3 月に DAC と国際開発金融機関(MDBs)の共催によりパ
リで行われた「援助効果向上ハイレベルフォーラム」(わが国を含む 100
か国以上のドナー国・被援助国、26 国際機関、14 民間団体が参加)の成
果文書であり、援助効果を向上させるためにドナー・被援助国が取り組む
べき課題・目標を合意した宣言である。パリ宣言では、Ownership(自助
努力)、Alignment(被援助国の制度・政策への協調)、Harmonization(援
助の調和化)
、Managing for Results(援助成果主義)
、Mutual Accountability(相互説明責任)の 5 原則の下に被援助国・ドナーそれぞれの約束が
明記され、それを測るための 12 の指標(被援助国の公共財政管理・調達
システムを利用した援助の割合、複数ドナーが共同実施する調査・分析作
業の割合等)と、56 の取組事項(援助効果向上のためのドナーと被援助
国の取組事項)が設けられている。
2006 年に、指標毎に各国の進捗状況を示すモニタリング報告書が DAC
の援助効果作業部会(Working Party on Aid Effectiveness)を中心にとり
まとめられた。このモニタリング結果を補完し、モニタリングで判明した
事象の原因の解明を目的として行われる形成評価(プロジェクトやプログ
6)
ラムの実施段階で行われる、実施状況改善を目的とした評価) が「パリ
宣言実施状況の評価」である。この評価は、ドナーと被援助国が協力体制
を築くために何が作用し何が作用していないか(What works and what
does not work)、またそのために正しい方法をとっているか(Are we
doing things right?)、正しいことをしているか(Are we doing the right
things?)を見極め、パリ宣言に示された行動を促進するために行われる
ものである。つまり、モニタリング調査が指標の達成度を数値で示すこと
★下線用12文字分ダミー★
6) Glossary of Key Terms in Evaluation and Results Based Management, DAC
36
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
でパリ宣言実施における what の部分を解明するのに対し、パリ宣言実施
状況の評価は why や how を解明するものであるといえる。評価の結果は、
2008 年にガーナで開催される次回の「援助効果向上ハイレベルフォーラ
ム」への貴重な貢献をなすものとして成果が期待されている。
パリ宣言実施状況の評価は、デンマーク主導の下、開発評価ネットワー
クの活動の一環として作業が進められている。パリ宣言実施状況の評価は
二段階に分かれており、第一フェーズでは 2008 年秋のガーナ「援助効果
向上ハイレベルフォーラム」までに、投入(Input)と成果(Output)を
中心に、ドナー・被援助国がパリ宣言の実施のためにとっている行動を分
析・検証することを目指している。そして第二フェーズでは、ガーナ・ハ
イレベルフォーラム以降 2010 年までを目処に、結果(Outcome)とイン
パクト(Impact)を中心に、より長期的な視点から援助効果と開発成果と
の関連を検証し、必要に応じて第一フェーズのフォローアップを行うこと
を目指している。
パリ宣言実施状況評価の体制は、まず開発評価ネットワークのメンバー
だけでなくその他のドナー・被援助国も参加する広い枠組みである「レフ
7)
ァレンス・グループ」(ドナー 16 か国・機関、被援助国 13 か国ほか)が
設置され、ドナー(デンマーク)と被援助国(当初はベトナムだったが担
当者の異動によりスリランカに交替)から一人づつ議長を置き、年 3 ∼ 4
回会合を行う。その下に限られたドナー・被援助国から構成される小規模
8)
な「マネージメント・グループ」 が置かれ、作業の進行状況を管理する。
さらに、その下に、デンマーク政府の資金で運営される事務局が置かれる
という、三層構造になっている。この三層構造のもとで、パリ宣言の実施
状況に関する被援助国主導の評価(Country Level Evaluations)
、ドナー主
★下線用12文字分ダミー★
7) ベルギー、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、日本、オ
ランダ、ノルウェー、スペイン、スウェーデン、英国、UNDP、世界銀行、OECD / DAC、
EURODAD(債務と開発のヨーロッパ・ネットワーク)、バングラデシュ、ボリビア、カン
ボジア、マリ、モロッコ、ニカラグア、フィリピン、セネガル、南アフリカ、スリランカ、
ウガンダ、ベトナム、ザンビア、リアリティオブエイド(NGO)、アフリカ評価学会
(AfREA)
8) オランダ、デンマーク、南アフリカ、スリランカ、ベトナム(立ち上がりのみ)、
UNDP
37
導の評価(Development Partner Headquarters Evaluations)、及びこれら
を補完するテーマ別評価(Thematic Studies:現時点では「援助効果と開
発効果のリンク」「脆弱国家」「統計能力向上」「援助のアンタイド化」が
対象テーマとなっている)の 3 種類の評価を行い、まずは第一フェーズの
結果をまとめた統合報告書(Synthesis Report)をガーナ・ハイレベルフ
ォーラムに向けて作成することを目指している。
2007 年 3 月に第一回レファレンス・グループ会合がパリで開催され、
ドナー、被援助国を含む 18 か国 4 機関、NGO などが集まった。ここでは
パリ宣言実施状況の評価の取り進め方について、被援助国主導の評価、ド
ナー主導の評価それぞれについて個別のレファレンス・グループを設ける
こと、DAC 開発評価ネットワークが作成した合同評価実施ガイドライン
(Guidance for Managing Joint Evaluations)に準じて評価を行うこと、と
いった基本的な体制と今後のスケジュールについての大枠が合意された。
またその後、2007 年 6 月に本格的な立ち上がり会合として、コペンハー
9)
ゲンでインセプション・ワークショップが開催され、被援助国 10 か国 、
ドナー 9 か国及び 1 機関 10)がこの評価の対象となることが決定された。
また、被援助国それぞれについて、パートナーとして調査に必要な資金を
提供し合同で評価を行うドナー国・機関が決定された。
このようにパリ宣言実施状況の評価の取組はしかるべき体制を組んで始
まってはいるものの、その進展は遅く、2007 年秋の時点で、いくつかの
被援助国主導の評価の TOR(手続き事項)がやっと固まったところであ
った。しかしその後、議長及びその命を受けた各国の駐デンマーク大使館
からの督促により巻き返しがあり、2008 年 1 月の時点では既に中間報告
のドラフトが作成された国もある。他方、議長によれば連絡が途絶えてし
まいどうなっているかわからない国もある模様である。ガーナ・ハイレベ
ルフォーラムに貢献をするためにはドナー・被援助国とも足並みを揃えた
★下線用12文字分ダミー★
9) バングラデシュ、ボリビア、マリ、フィリピン、セネガル、南アフリカ、スリランカ、
ウガンダ、ベトナム、ザンビアの 10 カ国。
10)オーストラリア、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ルクセンブルグ、
オランダ、ニュージーランド、英国、UNDP / UNEG(国連評価グループ)の 9 か国 1 機
関。
38
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
作業が望まれるが、予定通りに評価が進んでいないのが実情である。その
理由としては、被援助国側の体制や窓口がなかなか定まらず、立ち上がり
に時間がかかったことがある。被援助国の中には、ドナーの間では当然の
ように行われている電子メールのやりとりでは政府内で決定ができないの
で、DAC 開発評価ネットワークからの正式な書状が必要という連絡の形
態に関する理由により開始が遅れたり、また評価を扱う部署ができたばか
りで担当者が要領を得ていないケースもあった。また、作業を委嘱するコ
ンサルタントで、パリ宣言について十分な知見を有する者が特にアフリカ
でなかなか見つからなかったというのも、立ち上がりが遅れた理由のよう
である。
被援助国主導の評価はオーナーシップの観点からも重要であり、例えば
ベトナムのようにパリ宣言を現地の文脈に合うように手を加えた「ハノ
イ・コア・ステートメント」を作成するなど、積極的かつ意欲的にパリ宣
言の導入を進めている被援助国もある。しかし中には被援助国に作業の進
捗管理を任せるのが時期尚早という場合もあるようである。被援助国にい
かに主導権を与えつつ、ドナーが創意工夫をしていくかが問われている。
パリ宣言の実施状況に関しては、130 ページに及ぶモニタリングレポー
ト(2006 Survey on Monitoring the Paris Declaration)が既に発表され、
その後も継続してモニタリングが行われており、パリ宣言の実施にあたっ
ての問題点が概ね明らかになっている。例えば、整合性に関する指標 4 に
ついては、2010 年までに技術協力の 50 %が国家開発計画に一致し調和化
したプログラムを通じて実施されるという目標の 48 %が達成されている
ものの、国によって大きなばらつきがあり、指標の解釈が一致していない
ことが問題点として指摘されている。パリ宣言の実施にあたっては、12
の指標のみに焦点を当てるのではなく、被援助国の現状に沿って具体的な
開発成果を高めるには何が必要かという観点を踏まえた取り組みが重要で
ある。パリ宣言の実施状況の評価を迅速に進め、ガーナ・ハイレベルフォ
ーラムに貢献できる成果を出すためには、パリ宣言のモニタリングを行っ
ている援助効果作業部会との更なる連携や一層の協力により、上記のよう
な問題点を掘り下げ、この評価を真に付加価値のあるものとすることが必
要である。
39
4.DAC 開発評価ネットワークに於ける最近の議論
(2)―評価の品質基準
上で述べたパリ宣言の「調和化(Harmonization)
」の原則を促進し、DAC
によって与えられた 4 つの任務の一つである「評価手法と概念上の枠組み
の調和化・標準化」にむけた取り組みの一環として、開発評価ネットワー
クでは、評価の「質」を維持するための「評価の品質基準」(DAC Evalua11)
tion Quality Standards)を作成し、現在試行中である 。この活動は、こ
れから述べる ECD や合同評価の基礎となるものであるので、ここで紹介
する。
「DAC 評価の品質基準」は、各国の異なる実施機関によりばらばらにな
りがちな開発援助の評価の品質を向上させ、一定のレベルに保つことで、
合同評価をやりやすくするとともに、評価の分野での各国の協力を促し、
評価の比較やメタ評価(一連の評価結果を集計することを意図した評価。
また評価の質を判断するための、評価の評価)を促進することを目的に作
成されたものである。内容は開発援助の評価に絞られており、ごく基本的
ながらいずれも無視してはならない事項が以下の 10 項目に分かれて書か
れている。
(1)評価の根拠と目的(Rational, purpose and objectives of an evaluation)
ここでは、まず、評価をなぜ、いつ、誰のために行うのか、いかなる目
的で評価を行うのか(プロジェクトやプログラムの継続を決めるためか、
援助に対する支出を納税者に説明するためか?等)、評価により何を達成
するのかを明らかにするよう求めている。
(2)評価の範囲(Evaluation Scope)
ここでは、どの地域に対するいかなる援助形態を取り上げ、いくらの予
算を使い、どのくらいの期間でどの地域をカバーするのか、ターゲットグ
ループは何か、またどのような投入、活動、結果、インパクトが得られた
★下線用12文字分ダミー★
11)全文は、DAC 開発評価ネットワークのホームページでダウンロードできる。
40
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
のか等を明らかにすることを求めている。さらに、評価基準として DAC
評価 5 項目を使用すること、もしそれ以外の基準を使用した場合はその理
由を書くこと、どのような評価設問を設定したのかを明示することを求め
ている。
(3)評価の切り口(Context)
ここでは、対象となる開発援助に影響を与える政治・経済・社会状況、
ドナー及び被援助国の開発戦略、ドナー及び被援助国の援助実施上の役割
分担等の情報について明示することを求めている。
(4)評価手法(Evaluation Methodology)
ここでは、いかなる評価手法や情報収集手段が用いられたのか、それに
伴い、どのような問題があったのかを明示するよう求めている。また、指
標は SMART(具体的(Specific)、測定可能(Measurable)、達成可能
(Attainable)、妥当(Relevant)、時間が明記された(Time bound))なも
のを使用することを求めている。また、ドナーと被援助国の双方に協議す
ること、協議に携わった関係者は誰か、その選択の基準についても記すと
ともに、サンプリングを行う場合は選択の根拠を明示し、評価団の構成に
あたってはジェンダー等のバランスに配慮するとともに対象地域の専門家
を含めることを求めている。
(5)情報源(Information Sources)
ここでは、報告書で使用された情報源を、プライバシーを侵害しない範
囲で明示するとともに、データの正当性を明らかにするよう求めている。
(6)独立性(Indenpendence)
評価報告書では、評価者が委託元の政策や事業、管理などの機能からど
の程度独立しているかを示すこと、評価団が評価の実施にあたり何らかの
妨害を受け、それが評価の結果に影響を与えた場合は明示することを求め
ている。
(7)評価倫理(Evaluation Ethics)
評価が、全ての関係者のジェンダー、信条、風俗習慣に注意を払い高潔
さと正直さをもって行われることを求めている。情報提供者より要請があ
った場合、また法律上求められている場合は個人名を匿名とすること、評
価団は特定の判断や勧告を受けず、評価団内で結論に至らなかった見解の
41
相違は報告書に記すべきことを求めている。
(8)品質確保(Quality Assurance)
関係者は評価の結果や提言に対して意見を述べる機会を与えられること、
これらの意見と同時に重要な見解の相違については記述すること、事実関
係についての議論を受けて、必要であれば報告書のドラフトを修正するこ
と等を求めている。また、評価のプロセス全体を通じて、評価者の独立性
の原則を守りつつピア・レビューなどの方法で品質管理(Quality Control)
を行うこと、を求めている。
(9)評価結果の妥当性(Relevance of the evaluation results)
評価の結果が評価の対象や目的に照らして妥当であること、評価結果は
評価設問やデータ分析に沿っており、根拠が明示されていることが求めら
れている。また、評価の目的に照らして、結果が時宜にかなって公表され
ること、期間や予算について予見されない変更が生じた場合は説明するこ
と、教訓と提言が評価結果の使用者にとって実行可能であり、評価の結果
が最大限利用できるような体制が組まれること、等を求めている。
(10)完成度(Completeness)
評価報告書は評価の範囲内の全ての質問に答えること、データや情報は
論理の流れがわかるように記載すること、結論、教訓、提言をはっきりと
区別し、要約をつけること、等を求めている。
この品質基準は、ドラフト作成後、2006 年 3 月から、現在 3 年間の試
行期間中である。2007 年 6 月から 9 月にかけてメンバーに対してアンケ
ート調査が行われ、大多数のメンバーの評価部署やコンサルタントが、
TOR の作成時や実際の評価において、また研修においてこの品質基準を
使用していることがわかった。試行期間を経て、この品質基準は 2009 年
には最終版となる予定である。JICA ではこの品質基準を本部及び現地事
務所で閲覧できるようにしており、評価の計画・執行・見直しの各段階で
活用している。また外務省では政策・プログラムレベル評価のガイドライ
ンを作成しているが、DAC 品質基準の重要な部分は概ねカバーされてい
る。
この品質基準はメンバーに使用が義務づけられているものではない。し
かし、評価の「質」だけでなく国際的に認められた基準に沿って評価を行
42
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
うことで評価結果に対する信頼性が高まり、各国で評価の役割の一つであ
る説明責任を果たすことに貢献すると考えられる。このような基準の作成
は、まさに各国の評価のとりまとめ的な役割を果たしている DAC 開発評
価ネットワークにしかできない活動であり、完成後は、ドナーが単独で行
う評価だけでなく、ドナーと被援助国の合同評価の際等にも有効に活用さ
れることが期待できる。
5.DAC 開発評価ネットワークにおける最近の議論
(3)―被援助国の評価能力構築(ECD)
DAC 開発評価ネットワークで力を入れている議論のもう一つは、被援助
国の評価能力構築である。これは、開発評価ネットワークがわが国に対し
て高い期待を持っている事項であるので、ここで取り上げる。
成果重視の援助を実現するために援助の実施において援助協調や調和化
の取り組みが進んでいるのと同様に、評価の分野でも、被援助国と協力し
て行う評価が重視されてきている。パリ宣言の指標 11 でも、被援助国が
達成すべき目標として ECD に関する取り組みが挙げられている 12)。
2006 年 3 月の開発評価ネットワーク全体会合で、日本、フランス、デ
ンマーク等をメンバーとする ECD タスクフォースの設置が合意され、こ
れを受けてわが国が中心となり、ドナーによる ECD 支援の現状を把握す
るための調査(マッピング調査)を行った。この調査では、2006 年 7 月
∼ 9 月にかけて 32 ドナー国・機関に質問票を送付し、約 6 割にあたる 20
カ国・機関より回答を得た。その結果、全体的な傾向として、多くのドナ
ーがアジア大洋州・アフリカを対象に、政府上級職員向けの研修・ワーク
ショップを中心とした ECD 活動を行っていることがわかった。また、
ECD 活動を実施する際の問題として、被援助国において評価に対するオ
ーナーシップやコミットメント、インセンティブがないこと、評価のメリ
★下線用12文字分ダミー★
12)パリ宣言指標 11 :パートナー国は、成果重視の報告や国家ないしセクター開発計画
の主要な事象に関する進捗をモニターする評価枠組みを設置する。これらの枠組みは、デー
タがコストに比して効果的に収集可能で、管理可能な数の指標をモニターすることとする。
43
ットや重要性に対する理解が不足していること、等が挙げられた 13)。
被援助国におけるこのようないわゆる「評価文化の欠如」は、以前から
指摘されており、すぐに解決できる問題ではない。また、被援助国の中で
も、マレーシアやスリランカなど評価学会を有する国がある一方、評価担
当部局がなかったり、評価に対する認識が十分に醸成されていない国もあ
る。このような被援助国の間の評価に関する知識や経験のギャップを埋め、
ODA 評価の手法や評価に関わる課題に関するアジア諸国の理解を増進し、
評価能力の向上に貢献するため、外務省、JICA、JBIC は三者共同で、
2007 年 11 月 28 日及び 29 日にクアラルンプールで、アジアの被援助国 16
カ国を招待し、ドナー機関の参加も得て「ODA 評価ワークショップ」を
開催した。このワークショップは、日本側から廣野良吉・成蹊大学名誉教
授、牟田博光・東京工業大学副学長、マレーシア側からアリ・ハムザ首相
府経済企画院(EPU)副次官、ノラニ・イブラヒム EPU 対外協力担当局
長、モハンマド・ガザリ・アバス EPU 人材開発担当局長を共同議長とし
て、人的側面・制度面の両方からどのようにアジアの被援助国で評価能力
を向上できるかを中心に議論が行われた。ワークショップの全体会合では、
マレーシアのシンクタンク(Institute of Strategic and International
Studies:ISIS)より、わが国の対マレーシア援助について 10 件のプロジ
ェクトをとりあげた評価について発表があり、1982 年以降のわが国から
の援助は遅れが見られたものもあるが、全体としてマレーシアにおける人
材育成、制度の構築及び経済発展に大きく寄与していることが示された。
また分科会ではベトナム、フィリピン、スリランカ、ネパールがドナーと
の合同評価の成功例や効果的なモニタリング・評価制度の構築例等につい
て発表を行い、評価の結果を政策につなげていくためには政治的意思が必
要であること、及びフィードバック体制の強化を通じて評価結果を戦略的
に使うことの重要性が参加者の間で共有された。さらに、評価の「質」を
確保するために、アジアにおいて評価専門家のネットワークを構築する重
要性が指摘されたとともに、評価結果から教訓を得ることと説明責任を果
★下線用12文字分ダミー★
13)
「開発途上国の評価能力構築に向けたドナー支援に係る状況調査報告書」(2006 年 10
月、外務省委託調査)
44
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
たすことのバランスをどうやってとるべきか、といった諸点についても話
し合われ、アジアにおける ECD に貢献した。この「ODA 評価ワークシ
ョップ」の概要については、評価ネットワーク第 7 回会合でわが国よりメ
ンバーに発表を行った。
6.DAC 開発評価ネットワークにおける最近の議論
(4)
―合同評価
上記で述べた ECD を促進する重要な手段として、合同評価がある。合同
評価とは、複数の援助機関及び(又は)援助関係者が参加して行う評価 14)
のことであり、全ての関係国・機関に平等な条件で参加が開かれているも
の、DAC のメンバーや EU など限られた国・機関のみが参加するもの、
ドナー同士で行うもの、ドナーと被援助国で行うものなど、色々なやり方
がある。役割分担についても、ある機関が主導権をとり残りの参加者は報
告書にコメントをするだけのもの、一部は合同で評価を行い一部は個別に
評価するもの、現地調査は合同で行うが報告書は別々に仕上げるもの、な
ど様々な方法があり、詳しくは DAC 開発評価ネットワークが作成した
「合同評価実施ガイドライン」で紹介されている。
ECD の強化のためには、ODA の実際の受益者である被援助国と供与者
であるドナーが一緒に合同評価をすることが重要である。牟田博光教授は、
開発援助の説明責任がドナーだけでなく第一の裨益者である被援助国側の
負担するコストについても及ぶこと、被援助国側の国民の理解なしには援
助効果は得られないこと、の 2 点を中心に被援助国とドナーとの合同評価
15)
の重要性を述べている 。まさに被援助国のリーダーシップは援助効果向
上の鍵であり、被援助国を巻き込んだ合同評価によって、オーナーシップ、
アラインメント、調和化、開発成果管理といったパリ宣言の基本原則が強
化されるといえる。
★下線用12文字分ダミー★
14)Glossary of Key Terms in Evaluation and Results Based Management, DAC
15)Muta 2007
45
先に述べたパリ宣言実施状況の評価も、被援助国とドナーの合同評価と
いう実施形態を取っている。被援助国側の体制や評価能力がまちまちとい
った問題はあるが、ドナーが資金を提供し被援助国自身に TOR を作らせ、
一緒に評価を実施することで、被援助国のパリ宣言に対する理解と当事者
意識を一層高める効果が期待される。
また、開発評価ネットワークでは、ドナー 17 か国、被援助国 7 か国、
国際機関 5 機関の参加を得て、援助手法としての一般財政支援(General
Budget Support:GBS)の有効性を検証するための大規模な合同評価を最
近行った。この合同評価では 1994 年から 2004 年を評価期間として、7 カ
国(ブルキナファソ、マラウイ、モザンビーク、ニカラグア、ルワンダ、
ウガンダ、ベトナム)を対象に、GBS がどの程度妥当性、有効性、効率
性をもって貧困削減と成長に持続可能なインパクトを与えているかを検証
した。その結果、2006 年春に発表された報告書では、GBS には公共財政
管理の機能を強化し、被援助国のオーナーシップや説明責任を高める効果
はあるが、貧困削減や経済成長に対する直接的な因果関係は検証できなか
ったとされており、一部のドナーが力を入れている GBS が万能薬ではな
く、あくまでも貧困削減戦略を補完するものであることがこの合同評価に
16)
よって示された 。
外務省では、2003 年「日本・ユニセフ定期協議」での合意を受けて、
2004 年度にユニセフと合同で、ユニセフの対モロッコのカントリープロ
グラムに関する評価を行った。ここでは、カントリープログラムの目標と
活動はモロッコの優先事項と政策に対して妥当性があるもののジェンダー
の部分が弱いこと、他方結果(Outcome)レベルで児童の権利の実現に貢
献したこと、等が示された。
また外務省では 2007 年度に、保健分野に関する USAID(米国援助庁)
との合同評価を実施中である。これはドナー同士の合同評価であるが、
2002 年に日米が合意した「保健分野における日米パートナーシップ」に
基づき、ケーススタディー国を用いて保健分野の ODA で日米がいかに連
携しているかを合同で検証するものである。
★下線用12文字分ダミー★
16)OECD–DAC 2006b
46
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
合同評価は、複数の国や機関が異なる利害や制度・調達手続きを有して
いることから、単独の評価者による評価よりも評価対象を設定しにくく、
調査のプロセスも複雑で、ともすると単独の評価者が行う評価よりコスト
がかかってしまう場合もある。また、直接の当事者であるドナーと被援助
国が行う合同評価は、客観性・独立性に欠けるという見方もある。しかし、
GBS の合同評価のように多数のドナーと被援助国を参加させることでか
えって客観性の高い結果が得られるという効果もあると思われる。さらに、
合同評価には、単独の評価者が行うよりも多くの人の目を通ることで評価
の「質」が確保されるという利点もある。成果重視の援助、結果重視の開
発の重要性が高まっている今日、被援助国との合同評価は今後も各国が力
を入れていくべき取組である。
7.今後の方向性
以上、DAC 開発評価ネットワークの概要と、現在同ネットワークで行わ
れている主要な議論についてとりあげた。
国連ミレニアム開発目標(MDGs)の設定に伴い、結果重視の開発の重
要性が増し、特に援助の「質」の向上が不可欠になっていることを考えれ
ば、DAC 開発評価ネットワークの役割は大きくなることはあっても縮小
することはない。しかし、DAC 開発評価ネットワークで行われている議
論はあまりにも学術的であり、評価手法や評価の指標を巡る限られた専門
家の間の技術論に終始している傾向がある。開発の効果を高め援助の「質」
を向上させるには、開発課題の背後にあるグローバルな問題と評価を組み
合わせて、わかりやすい評価を広く世界に浸透させることが重要である。
このことを、近年注目を集めている気候変動を例にひいて、開発評価ネッ
トワークの今後の方向性として述べる。
G8 サミットや国連での議論に見られるように、気候変動は今や重要な
国際的課題のひとつであり、気候変動とそれに伴い頻発すると考えられて
いる自然災害、健康への悪影響などは、今後の ODA 評価の方向性を決め
る上で考慮しなければならない問題である。特に、アジア地域の主要な新
47
興国であると同時に、温室効果ガスの主要排出国として注目されている中
国・インドは、あわせてわが国の 5 倍近くにあたる年間約 60 億トンの
CO2 を排出しているにもかかわらず、地球温暖化の責任は先進国の工業化
の結果であるとして、先進国の歴史的責任を主張し続けている。また、こ
れらの国を中心とするいわゆる気候変動の「途上国グループ」は、環境や
将来の世代に対する配慮よりも自国の開発が急を要するとして、先進国か
らの技術移転や、追加的な資金支援、気候変動への適応策に対する援助を
求めている。
近年、中国・インドは京都議定書の第一約束期間以降の枠組み交渉に積
極的な姿勢を示してはいる。しかし、これらの国を中心とする「途上国グ
ループ」が関与する文書には、気候変動枠組条約の「共通に有しているが
17)
差違のある責任」 の原則が繰り返し盛り込まれるのが常である。2007 年
12 月の COP13(気候変動枠組条約第 13 回締約国会議)で合意されたい
わゆるバリ・ロードマップでも、途上国が緩和の「行動」をとることには
なったが、その行動は、技術と資金及び能力構築により可能になる、とい
う文言になっている。著しい経済成長を遂げる一方で未だに多くの貧困層
を抱えるこれらの国は、気候変動の議論になると自らを途上国と位置づけ
て、先進国のような数値削減義務を避けつつ、先進国から更なる資金支援
や技術移転を引き出そうとしていることがわかる。
しかし、わが国を始めとする先進国は、今日まで莫大な額の開発援助を
「途上国グループ」に供与している。これらの国からの更なる資金支援や
技術移転に対する要求は、これまで受け取った援助がいかに国民に裨益し
国の発展に寄与しているかに対する正しい認識に基づいてなされるべきだ。
多くの国では環境専門家と開発専門家が必ずしも一致せず、実際筆者が参
加した気候変動の会議では、日本が温暖化対策関連分野の人材育成や優遇
条件による円借款を中心とした「京都イニシアチブ」により約 15,000 人
を越える人材育成に貢献したことや、モルディブの護岸整備等の適応支援
を行っていることを知っている途上国の参加者はほとんどいなかった。し
★下線用12文字分ダミー★
17)気候変動枠組条約前文、第 3 条等に示される、開発途上国に対する配慮の必要性を示
した原則。
48
第 2 章 DAC における評価を巡る議論
かし、開発の問題を抜きにして気候変動の問題に対処することはできない。
例えば、日本からこれまで中国やインドに対して ODA を通じて行われた
気候変動関連の人材育成や技術移転の定着・活用状況について、これらの
国と合同評価を行えば、ECD に貢献するだけでなく、これまでの技術移
転では何が足りないと中国やインドが認識しているのかはっきりする。合
同評価を通じて、先進国は十分な技術移転をしてくれないので削減約束は
できない、という「途上国グループ」の従来の主張に影響を与えることが
できる可能性がある。そうすれば、合同評価を通じて ODA が一定の外交
的成果をあげたといえる。もちろんそのためには、先進国も数値目標につ
いて議論するだけではなく実際に温室効果ガスを削減して、途上国に誇れ
る結果を示さなければならない。しかし現在わが国を始めとする先進各国
で行われている京都議定書目標達成策が目に見える結果となって現れるに
はかなりの時間が見込まれることを考えれば、途上国との合同評価を強化
して、途上国の ODA に対する理解を促進することには意味がある。DAC
開発評価ネットワークは、このようなグローバルな議論にも貢献できるは
ずである。
地球規模問題の議論と開発援助の議論の一体化を一層進めるためには、
現在のように、DAC 開発評価ネットワークのような限られた場で評価の
専門家だけが議論をしていたのでは限界がある。評価の独立性は大原則の
一つではあるが、独立性を重視しすぎると評価という活動そのものが象牙
の塔になってしまう危険もある。「評価の父」として名高い米国クレアモ
ント大学のマイケル・スクリヴァン教授が述べるとおり、「評価はあらゆ
る分野の様々な局面で最善の結果を得るためのサバイバル・スキル」であ
18)
り 、気候変動のようなグローバルな問題と評価の考え方を柔軟に組み合
わせていくことが開発効果の向上には必要である。DAC 開発評価ネット
ワークは、開発援助の枠を越えた地球規模の問題に対しても、開かれた専
門家集団として、評価の視点からアドバイスする役割を果たすべきではな
★下線用12文字分ダミー★
18)Evaluation is an essential part of every science. Evaluation skill is a survival skill for getting most successful results.(2007 年 7 月 10 日、国連大学における外務省/FASID 国際シン
ポジウム「開発途上国における開発効果向上のための評価の役割」における Scriven 教授発
言)
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いだろうか。そのためには、DAC のメンバーに限らず被援助国や市民団
体等を含めた、より広い評価関係者のネットワークを作り、色々なところ
から意見を集めていくことが重要である。
2006 年夏、外務省では機構改革があり、国際機関への参加・協力を主
に担当していた国際社会協力部の一部と政府開発援助を担当する経済協力
局とを併せて国際協力局が新設され、
(1)ODA の企画立案機能の強化(2)
二国間協力と多国間協力の ODA の有機的連携の推進(3)援助の実施を
担う JICA との連携強化を図ることになった。この国際協力局の新設によ
り、環境政策と開発政策が一つの部署で扱われるようになったのは、大き
な前進である。この機構改革を機に、わが国が、DAC 開発評価ネットワ
ークの議論にも、より広い視点から新たな知的貢献を行うことが期待され
ている。
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第 2 章 DAC における評価を巡る議論
参考文献
外務省国際協力局(2006)『開発途上国の評価能力構築に向けたドナー支援に係る状
況調査』
(外務省委託調査報告書)
外務省国際協力局(2006)
『経済協力評価報告書』
外務省国際協力局(2007)
『経済協力評価報告書』
外務省経済協力局開発計画課(2006)
『ODA 評価ガイドライン』第 3 版
環境省(2006)
『平成 18 年度環境白書』
国際協力機構(2004)
『プロジェクト評価の実践的手法』
国際協力機構(2006)
『事業評価年次報告書』
国際協力銀行(2006)
『円借款事業評価報告書』
三輪徳子(2006)
『DAC 開発評価ネットワークにおける最近の動きと議論について』
OECD(1993)A History of the DAC Expert Group on Aid Evaluation.
OECD/IEA(2007)CO2 Emissions from Fossil Fuel Combustion 1971–2005(2007 Edition)
.
OECD/DAC(2002)Glossary of Key Terms in Evaluation and Results–Based Management. OECD Publications.
OECD/DAC(2006a)Guidance for Managing Joint Evaluations. DAC Evaluation
Series.
OECD/DAC(2006b)Evaluation of General Budget Support : A Joint Evaluation of
General Budget Support 1994–2004.
MOFA(2006)Annual Evaluation Report on Japan’s Economic Cooperation 2006.
Muta, H.(2007)The Effective Cooperation with Developing Countries and the Role of
Evaluation–Needs and Challenges of Joint Monitoring and Evaluation(外務省/
FASID 主催国際シンポジウム「開発途上国における開発効果向上のための評価
の役割」配付資料)