鋼鉄の咆哮~運命の羅針盤は廻る~ ID:43929

鋼鉄の咆哮∼運命の羅針盤は廻る∼
マグネタイト
︻注意事項︼
このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP
DF化したものです。
小説の作者、
﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作
品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁
じます。
︻あらすじ︼
かつて祖国解放のために戦った一隻の軍艦、究極の兵器と相撃ち閃
光の中に消えた︻彼︼は異世界の大洋のど真ん中で目を覚ます。守る
べき国を失った彼だが、その戦意まで失ってはいなかった。同時刻、
彼と同じ世界のどこかでヤツらが起動する。
新しく異質な世界で、異質な軍艦の鉄と血と硝煙に塗れた航海が再
び始まった。
★││││││││★│││││││││★│││││││││
★│││││││││★│││││││││★│││││││││
つ い に や っ て し ま っ た n + 1 番 煎 じ ネ タ。時 間 の あ る 時 に だ
らーーーーっと
読んでいただければ幸いです。
︻WARNING︼
第1章では若干の胸糞展開が存在します。ご注意ください。
なお、第2章以降から読み始めていただいても特に
大きな問題は起こらない様に配慮しています。
この小説では以下の成分が多量に含まれていますご注意ください
﹁鋼鉄の咆哮in艦これ﹂﹁公式チート艦VSプレイヤーチート艦﹂
﹁戦艦無双﹂
﹁なんちゃって空想科学﹂
﹁艦これ勢弱いと言うか鋼鉄の咆
哮勢が異常﹂
﹁鋼鉄脳﹂﹁唐突なエスコン、ジパング、ヘルシングetcネタ﹂
﹁ワンマンアーミーもといワンシップネイビー﹂
﹁浪漫砲﹂etcet
c⋮
この小説内では艦娘は某アルペジオのように本物の艦に乗って戦
闘する予定です。
アニメ等の世界観を重視したい方はご注意ください。
鋼鉄の咆哮未プレイの方にも理解していただけるよう配慮するつ
もりではありますが
作者の非才により超兵器の描写などわかりづらい個所が生じる可
能性があります。
予めご了承ください。
序章 黙示録の贄
目 次 STAGE│0 未知の機械 ││││││││││││││
EXTRA STAGE│0.5 主人公艦船設定・解説 │
一章 パラオの闇 STAGE│1 敵と味方 │││││││││││││││
STAGE│2 黒き鎮守府 ││││││││││││││
STAGE│3 1対90 │││││││││││││││
STAGE│4 水面下の闘争 │││││││││││││
STAGE│5 愚者の末路、魔王の針路 ││││││││
STAGE│6 盾の仕事、近衛の矜持 │││││││││
二章 魔風到来、魔鯨強襲
STAGE│7 トラック第2鎮守府 ││││││││││
STAGE│8 トラック着任と悪魔の影 ││││││││
STAGE│9 旋風、襲来 ││││││││││││││
STAGE│10 旋風、止むべし │││││││││││
STAGE│11 海狼の牙 ││││││││││││││
STAGE│12 海狼の巣 ││││││││││││││
STAGE│13 ウルシ│の海魔 │││││││││││
││││││││││││││
1
19
29
46
61
76
117 99
255 233 214 194 176 156 138
353 335 314 293 273
三章 帝都決戦
STAGE│14 大打撃
STAGE│18 アメノハバキリ │││││││││││
STAGE│17 始祖鳥の嘴爪 ││││││││││││
STAGE│16 帝都空襲 ││││││││││││││
STAGE│15 ホタカ、北へ ││││││││││││
?
STAGE│19 決戦、第二海上堡塁 │││││││││
四章 二人の艦息
深海棲艦南進艦隊 │││││││
STAGE│20 引っ越しと、開発と │││││││││
STAGE│21 邀撃
STAGE│22 佐世保第三鎮守府 ││││││││││
STAGE│23 灼熱の国 ││││││││││││││
STAGE│24 接触 ││││││││││││││││
STAGE│25 新造艦と新装備 │││││││││││
STAGE│26 航跡 ││││││││││││││││
STAGE│27 海域支配戦闘艦 │││││││││││
STAGE│28 ファタ・モルガナの眩惑 │││││││
STAGE│29 共闘 ││││││││││││││││
STAGE│30 アリューシャンに悪魔は嗤う │││││
STAGE│31 二つの火口 │││││││││││││
STAGE│32 艦息と艦娘 │││││││││││││
五章 AL/MI作戦
STAGE│33 改装案VGF│2301B ││││││
STAGE│34 ウェーク島の敵を討て ││││││││
STAGE│35 蒼空に海鷲は舞う ││││││││││
STAGE│36 忍び寄る脅威 ││││││││││││
STAGE│37 大艦巨砲の化身 │││││││││││
STAGE│38 陽光は我と共に │││││││││││
STAGE│39 双頭の巨人 │││││││││││││
││││││
STAGE│40 ネームシップ ││││││││││││
STAGE│41 北方AL海域に進出せよ
!
375
632 615 603 584 563 542 518 498 479 457 438 415 397
791 774 756 737 720 704 686 665 649
!
北方港湾を叩け
│││││
!
MI作戦発動 │││││││││
STAGE│42 陽動作戦
STAGE│43 決戦
!
945 929 907 883 866 848 831 808
││││││││││││││││││││││││││││
STAGE│50 南洋での再会 ││││││││││││
STAGE│51 ホワイトアウト ││││││││││
STAGE│52 Mephistopheles │││
STAGE│53 佐世保強襲 │││││││││││││
STAGE│54 巨砲鳴動 ││││││││││││││
STAGE│55 帝都に潜むモノ │││││││││││
STAGE│56 叩けよさらば開かれん ││││││││
STAGE│57 虫の知らせ │││││││││││││
STAGE│58 狂気の奔流 │││││││││││││
1117109610791060104510281006 989 972 964
EXTRA STAGE│49.5 主人公艦船設定・解説︵改︶
STAGE│49 ラバウルの迷い鶴 ││││││││││
STAGE│48 帰還 ││││││││││││││││
STAGE│47 瀬戸内海殲滅戦 │││││││││││
STAGE│46 淡路絶対防衛線 │││││││││││
STAGE│45 MI島確保作戦 │││││││││││
STAGE│44 MI島攻略作戦 │││││││││││
!
序章 黙示録の贄
STAGE│0 未知の機械
思えば、遠くまで来たものだ。
電算機の冷却のために肌寒くなるほどの冷房が利いた薄暗いCI
Cの中でこの軍艦の長は口を真一文字に結び、腕組みをしていた。
彼の名はライナイト・シュルツ。階級は少佐、ウィルキア王立海軍
近衛艦隊第2艦隊所属。
昨年のクーデターから他の近衛艦隊とともに、命からがら逃れ今日
のこの日まで祖国の解放のため各地を転戦していた。
1939年3月25日、ウィルキア王国国防軍が起こした軍事クー
デターは瞬く間に主要都市、軍事施設を制圧し、国の実権を握った。
首謀者はウィルキア国防会議議長フリードリヒ・ヴァイセンベル
ガー元帥。前大戦で多大な功績を上げた英雄だった。
彼は、ウィルキア帝国の建国を発表し初代皇帝となり、秘密裏に開
発した軍事的・物理的常識を覆す兵器群。超常兵器級、通称︻超兵器︼
を戦線に解き放つ。
緒戦こそ超兵器を有するウィルキア帝国がアメリカや欧州各国を
蹂躙し優勢に進めていた。しかし、超兵器は決して無敵ではなかっ
た。アメリカ西海岸基地攻防戦により、最初の超兵器ヴィルベルヴィ
ントを失い。その後、幾つもの超兵器が一隻、また一隻と沈んでいっ
た。
沈められ、破壊された超兵器には一つの共通点があった。どの兵器
もたった一隻の軍艦によって撃破されていたのだ。
それこそ、ライナイト・シュルツが指揮する軍艦︻アサマ型装甲護
衛艦ホタカ︼
大和型よりもスマートな艦体に多量の誘導噴進弾、イージスシステ
ムを搭載したミサイル戦艦とも言うべき艦だった。数度の改装を経
て41cmだった主砲は61cmに後部には巨大なレーザー光発振
装置を搭載し、建造当初の原型はかろうじて感じられる程度だった。
1
その艦は今、最後の海戦へ向けて鈍色の北極海をいつものように単
艦で航行していた。
﹁やれますかね。アイツを﹂
物 思 い に ふ け っ て い た シ ュ ル ツ の 背 中 に 聞 き な れ た 声 が か か る。
振り向くと、近衛海軍中尉の軍服を身にまとった見慣れた青年の顔
﹁やれるさ、やらねばならない。﹂
﹁そうですよね。失礼しました。﹂
決戦を目の前に緊張を隠しきれていない自分の副官に気にするな
と笑ってやる。クラウス・ヴェルナー近衛中尉はシュルツの海軍大学
﹂
で南下中。後15分で
時代の後輩であり紆余曲折の末彼の副官として戦闘の補佐をしてき
た
﹁ナギ少尉。究極超兵器までの距離は
﹁究極超兵器フィンブルヴィンテルは約90
ですか⋮ヴィルベルヴィントの80
接敵します﹂
﹁90
0
がかわいく思えてしま
と聞いてこの程度の反応しか返ってこないほどこの間のクルー
﹁ブラウン大尉、敵の兵装は対消滅誘導弾の他に何が予想されますか
﹂
滅物質の生成には莫大な電力が必要ですから、あの艦には莫大な出力
のジェネレーターが搭載されていると考えられます。さらに望遠画
像でしか確認できませんでしたが、砲身のようなものは一切確認でき
ませんでした。これらのことから強力な光学兵器を搭載していると
考えられます。﹂
﹁しかし、グロース・シュトラールは多数の光学兵器の他に大口径艦砲
も搭載していました油断は禁物と思われます。﹂
ブラウンとヴェルナーの意見に頷く
2
?
?
?
呆れたようなブラウン大尉の声に失笑がそこかしこで漏れた。9
いますね﹂
?
は超兵器に︻慣れ︼ていた
?
﹁はい。おそらく多数の光学兵器を搭載していると思われます。対消
?
﹁やはり長距離砲戦かな
博士﹂
﹂
﹂
?
には
?
れていく
﹁この艦の現在の最高速度は92
なる﹂
、急速前進を使えば110
シュルツとヴェルナーの間で着々と勝利の為の作戦が組み上げら
ではおいそれと使えないでしょう。﹂
せました。あれだけの巨体をカバーする攻撃範囲があれば、至近距離
﹁さらに反物質誘導弾は先の爆発で巨大なノーチラスを一撃で消滅さ
こちらを補足できない。つまり至近距離まで近づける﹂
ら、チャフグレネードをばらまきながら接近すればヤツのレーザーは
﹁一か八かだが光学兵器の誘導をすべてレーダーに頼っているとした
シュルツはその手があったか、と手を叩いた
ヴェルナーの意見にナギとブラウンがギョッとした目を向けるが。
﹁いや、むしろぎりぎりまで近づくべきではないでしょうか
ナギ少尉が冷や汗を垂らしながら、恐ろしい考えを口にした
﹁かといって近づけば光学兵器に串刺しにされるんじゃあ⋮﹂
ると誘導弾の格好の標的になってしまうのです。﹂
率を高めるため極力艦を直進させる必要があります。しかし、直進す
﹁反物質誘導弾の射程と誘導性が解りません。長距離砲戦時には命中
﹁なぜですか
﹁はい、しかし長距離砲戦は危険かもしれません﹂
?
現状です。﹂
﹁博士、急速旋回装置を使った場合ではどうなりますか
?
りません﹂
ターが働きますその場合の効果は︻無いよりマシ︼と言うべきほかあ
﹁こ れ ほ ど の 速 度 で 最 大 使 用 す る と 艦 体 が 持 ち ま せ ん か ら、リ ミ ッ
突然のシュルツの問いにもブラウンは動じなかった。
﹂
﹁しかし、推進装置を2つ乗せた代償として極度に曲がりにくいのが
?
﹂
3
?
﹁と、す る と 戦 闘 状 態 に な っ た こ ろ か ら 舵 を 切 り 続 け る 必 要 が あ る
な。﹂
﹁艦長
?
ヴェルナーが不思議そうにシュルツを見た
﹁今回、迅速に敵を沈めなければ後ろの祖国が危険だ。そのために敵
に対して短時間に火力を集中し撃破する。つまり同行戦に持ち込む﹂
﹁しかし、それでは。﹂
﹁もちろん敵からの攻撃も苛烈だ。そこで我々は敵の後ろを突く。﹂
その言葉に合点が言ったようにブラウンが頷く
﹁なるほど、本艦の主兵装である61㎝砲は前方に1基、δレーザーは
全方位に発射できますから敵の背後に位置した場合、理論上被弾面積
を極小にかつ最大火力を発揮できます。﹂
﹁なんだか、いけそうな気がしてきましたね。﹂
少しほっとしたようなヴェルナーにシュルツは現実を突きつける
﹁いけそうな気がするのは重要だが、だからと言って楽な戦いと言う
わけでは決してない。全員がすべての能力を出し切ってこそ、この作
戦は成功する。﹂
﹁それはいい考えだな。用意させよう﹂
﹁ありがとうございます。艦長﹂
4
一度言葉を切り、CICを見回す
﹁出撃前にも言ったがこの作戦が最後の戦闘だ。諸君らの奮励努力に
ヴェルナー。﹂
期待する。﹂
﹁先輩﹂
﹁なんだ
﹂
?
諧謔味を混ぜた副官の物言いにフッと笑みが漏れた。
いませんか
﹁最後の戦いですから我々の恩師と、この艦の祖国に肖ってアレ。使
?
総
レーダーにノイズが映り込むようになり、究極超兵器の存在感が霧
﹂
のカーテンの向こうからでも伝わってきた。
接近
!!
なんとしても奴をここで仕留める
﹁究極超兵器フィンブルヴィンテル
﹂
﹁こ れ が 最 後 の 戦 い に な る
員、戦闘配置
!!
!
﹂
推進装置全力稼働
面舵10
﹂
!
る問題ではなかった
﹁最大戦速
!
掲げられるという情報は既に艦全体にいきわたっていたため、さした
いる。自動化が進んだため、外に出ている者は限られていたがZ旗が
以後、日本海軍では重要な海戦ではZ旗を掲揚するのが慣例となって
た日本連合艦隊旗艦三笠がネルソンに倣いこの旗を掲揚した。それ
その100年後、1905年にロシアのバルチック艦隊を目前にし
込めてネルソン提督が用いたとされる。
戦で︻英国は各人がその義務を尽くすことを期待する︼と言う意味を
初めてZ旗が海戦で使われたのは1805年トラファルガーの海
ば後がないと言う意味で海戦で用いられるようになった。
Zがアルファベットの中で最後の文字。転じてこの戦いに敗れれ
︻皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ︼
う一つの意味がある
しかし、彼らの今は亡き恩師、またこの艦が建造された祖国ではも
は引き船が欲しい﹄、漁場では﹃私は投網中である﹄を意味する旗。
すぐそばに4色の旗が翻った。国際信号旗の一番最後。単独では﹃私
その命令によってホタカの高いマストの上、ウィルキア王国国旗の
﹁旗を掲げろ
シュルツの声に弾かれたように各人が自分の仕事をこなしていく。
!
状況知らせ
﹂
撃がCICに響きアラートがけたたましく鳴り響いた
﹁ダメージコントロール
!
!
5
!!
!
シュルツが号令を発した直後だった突如、轟音と破砕音、強烈な衝
!
一撃でか
﹂
﹃艦正面に超高速物体が着弾
﹁なんだと
﹂
第一速射砲および主砲沈黙
﹂
回避行動を
主砲は使えるか
﹁恐らく強力な電磁投射砲です
﹁ジグザグ回避開始
!
!
﹄
!
﹃現在復旧作業中
﹄
飛翔体はその後艦橋をかすめて飛んで行った
﹂
﹂
何とかやってみます
﹁1番砲身は使えるのか
もようです﹄
完全破壊されました
﹃飛翔体は速射砲を貫通後、主砲防盾左舷側に直撃。2番3番砲身は
?
?!
﹁頼んだ。ほかに損傷はないか
!
?
!
取り舵一杯
!
!
ば主砲を貫通され艦橋に甚大な損害を負っていました。﹂
﹂
﹂
﹁そうだな、ヴェルナー。急速旋回装置作動
レネード散布開始
﹂
﹁間もなく敵光線兵器の射程内です
﹁敵艦反物質誘導弾を射出
!
﹁舵戻せ
急速前進
﹂
1本鎖になって突っ込んで来た
けになる。直径数十mは有ろうかと言う黒く雷を帯びた雷球が5発
ナギの悲鳴のような報告に一瞬レーダーと外部カメラに目が釘づ
!!
チャフグ
﹁速射砲で威力が殺されてたのが良かったのでしょう。あれが無けれ
索敵担当のナギの報告に胸をなでおろす。
ん﹂
﹁レ ー ダ ー シ ス テ ム が 一 部 ダ ウ ン し ま し た が 戦 闘 に 支 障 は あ り ま せ
!?
!
!!
!!
﹂
の光景を見た者は全員いやな汗をかく
﹁敵艦光線兵器を発射
散布されたアルミ箔、チャフの雲だった。作戦が成功しCIC内で歓
しかし、その光線が貫いたのはホタカの複合装甲ではなく霧の空に
く飛翔する。
るほどの美しい光の本流がその凶悪な熱エネルギーを叩きつけるべ
次に放たれた色とりどりのレーザー。こんな時でなければ見惚れ
!!
6
!
!
!?
未来予測位置を外された雷球が左舷を高速ですれ違っていき。そ
!
声が上がる。
﹂
﹁敵は我々をとらえられていない
方始め
﹂
特 殊 弾 頭 ミ サ イ ル
δレーザー及びトライデント撃ち
モードAP
撃ち方始め
﹂
﹁δレーザー発振装置、誘導装置、および総合管制装置オールグリーン
撃ち方始め
特 殊 弾 頭 ミ サ イ ル
﹁トライデント射撃諸元入力良し
!
﹁どうだ
﹂
ラ
イ
デ
ン
ト
に2本が着弾し巨大な爆発を起こし、爆炎が巨体を包む
をあたえられた槍は、激しい迎撃に会いながらも特徴的な双胴の艦体
利用していないため環境への影響は比較的小さい。海神の武器の名
戦艦を一撃で撃沈できる唯一のミサイルでもあった。また、核分裂を
域殲滅用のモードHE、装甲貫徹用のモードAPを持つため重装甲の
型爆薬を搭載し小型核兵器に匹敵する威力を持っている。さらに広
ら 射 出 さ れ た 1 4 発 の 大 型 特殊弾頭ミサイル。ポ リ 窒 素 を 用 い た 新
ト
る。次に牙をむいたのは艦橋を挟むように搭載された大型VLSか
に突き立ち、着弾したヶ所から盛大に火花が散り小規模な爆発が起き
湾曲したレーザーが放たれフィンブルヴィンテルの黒く巨大な艦体
艦後部に積まれた巨大なδレーザー発振器から蒼銀に輝く8本の
!
!
152mm速射砲連続射撃
特 殊 弾 頭 ミ サ イ ル
﹂
トライデント 使 用 不 能
少しでも損害を与えろ
﹁射 撃 レ ー ダ ー 及 び ミ サ イ ル 誘 導 装 置 蒸 発
﹂
﹁くそっ
!
レーザーと反物質誘導弾の応酬が続き、ついにホタカはフィンブル
も逃げようとするものは一人もいない。
装のうち3分の2が使用不可能になった。しかし、だからと言って誰
副官の報告に思わず悪態をつく。この損害によりホタカの主力兵
!!
!!
に融解、蒸発する。
ザーの中で3本が艦橋構造物に着弾、猛烈に加熱された構造体は簡単
題 は レ ー ザ ー だ っ た。数 撃 て ば 当 た る と ば か り に 乱 射 さ れ た レ ー
襲い掛かる。雷球はシュルツの決死の操艦により全弾回避したが問
黒い爆炎の中から10発の雷球と幾本ものレーザーが復讐のために
ヴェルナーの問いに対する究極超兵器の返答は最悪のモノだった。
!?
!!
7
!!
!
!
!!
!!
ヴィンテルの後方3000mに到達する
速射砲
CIW
この距離になったのはフィンブルヴィンテルの速度が速い上に、ホ
﹂
﹂
レーザー
タカの旋回能力が著しく低下していたのが原因だった
﹁艦長
撃って撃って撃ちまくれ
﹁わかっている。急速前進装置全力稼働
S連続射撃
!
以上の高速で突撃しつつ、
!
﹁損害報告
﹂
﹂
!
しかし冷却システム破損
﹂ 弾薬庫閉鎖
﹂
次に至近弾でもあれば間違いなく誘
該当者は退避
!
爆します
﹁右舷弾薬庫は破棄する
!
!
と良かった。
反面、弾薬を使用不可能にしてしまう。しかし、誘爆するよりはずっ
クライトが注入される。このベークライトは強力な断熱作用を持つ
弾薬庫破棄の命令が下ると、その弾薬庫は閉鎖され内部に特殊ベー
!
ん
﹁直撃でなく辛うじて冷却材の噴射が間に合い誘爆の危険はありませ
﹂
!? !
﹁右舷中央部に被弾
右舷弾薬庫損傷
第3速射砲、8,10,12番大型VLS及大破
レ当たりがホタカを襲い、艦体を揺さぶった
め、発射されても誘導機能にロックがかかっているらしい。再びマグ
ブラウンによると、反物質誘導弾のミニマムレンジ内に入ったた
くようになっていた。
ここまでくると、恐ろしい反物質誘導弾は明後日の方向に飛んで行
な超至近距離まで接近することに成功する。
敵との距離が詰まり、ホタカはついに敵の双胴の艦体に挟まれるよう
運のいい砲弾は破孔に飛び込み内部をめちゃくちゃに引き裂いた。
を立てて弾かれていたが
5mmの砲弾が降り注ぐ。殆どの砲弾が重厚な装甲版によって火花
8本のレーザーが直撃し穿たれた破孔に向かって152mmと3
攻撃可能な全兵装が究極の兵器に向けて牙をむいた。
シュルツの命令の元、ホタカは110
!
!!
﹁弾薬庫の状況は
!
8
!
?
!
!!
!
!
﹁艦長﹂
﹁何ですか
博士﹂
﹁トライデントにあらかじめ飛翔コースを入力すれば、究極超兵器に
命中させられるかもしれません﹂
﹁プログラム誘導ですか⋮﹂
一瞬、シュルツは悩んだ。今のところ超兵器は直進しているがいつ
変針するかわからない。もし、発射直後に変針されれば命中は望めな
い。さらに一歩間違えばこちらに命中する可能性もある。とはいえ、
次の瞬間にはシュルツはブラウンの考えを許可していた。
今大事なことは、なんとしても目の前の悪魔を沈めること、その為
ならば多少のリスクは許容しなければならない。
猛烈なスピードでプログラムを打ち込むブラウンの背中から目を
放し、戦闘に集中する。すでに双方ともにボロボロだった。
フィンブルヴィンテルの黒い艦体にはいくつもの穴が穿たれ、そこ
から血を吹き出すかのように炎が躍っている。胴体をつなぐ部分の
装甲は未だに健在だが幾つもの傷がつき今にも砕けそうな印章を受
けた。両側の胴体の上に載っていた巨大な砲台はδレーザーの執拗
な射撃によって装甲板が砕かれ内部の生物のような機構が露出しあ
ちこちから火花や炎を上げ、特に左舷側の砲台は特に損傷がひどく旋
回が不可能なほど基部から内側に傾いていた。
ホ タ カ も 無 事 で は 済 ま な か っ た。前 艦 橋 の 高 い 塔 型 の 構 造 物 は
レーザーの乱射によって見る影もなく消滅。レーダー、射撃指揮装置
は後艦橋の物を代用していた。両舷の速射砲、CIWSはそのほとん
どが融解、もしくは蒸発。稼働しているのは速射砲は後部の第4速射
砲、CIWSに至ってはゼロだった。さらにδレーザーにも被弾し、
レーザーの同時照射が5本にまで低下している。
両者の船速があまり変わっていないのは。どちらもレーザーを主
力として運用していたためだ。フィンブルヴィンテルのレーザーも、
ホタカのレーザーも近距離では下方に射界がない上に、仮に浸水を発
生させられる下部に照射できても、レーザーは海水によって著しく減
衰し強靭な装甲を誇る両者に決定打を与えられないからだった。
9
?
艦長
修理が完了しました
いつでも撃てます
﹂
﹂
しかし、自動装填装置が損傷したため
修理要員は退避せよ
﹄
幾 つ も の 戦 艦 の 舷 を え ぐ っ て き た δ レ ー ザ ー で さ え フ ィ ン ブ ル
﹁了解した
﹄
﹃退避は20秒で終わります
次弾装填は人力です
30秒後主砲を発砲する
!
﹂
﹂
撃ち方始め
!
上61cm75口径砲とほぼ同じ能力を持つ。
﹁主砲射撃用意良し
!
﹁目標フィンブルヴィンテル中央艦橋部
﹁発射
﹂
!
せている。そのため、この砲は55口径であるが、威力、射程は理論
薬によって初速を得てその後レールガンのシステムで砲弾を加速さ
砲︼は超電磁砲と従来砲を足して2で割ったようなものだ。初めは火
レー ル ガ ン
正式名称︻45口径61cm三連装対艦対空両用磁気火薬複合加速
この艦の主砲は例によってただの主砲ではない。
今 ま で 仕 事 の 無 か っ た 主 砲 管 制 要 員 が 測 的 と 砲 管 制 に 注 力 す る。
﹁わかった、ご苦労
!
!!
ヴィンテルの装甲は規格外に過ぎた。
﹃こちら主砲
!
待ちに待った主兵装の復活に再びCICに歓声が上がる。
!
き残った1番砲身から放たれると短い飛翔ののち、狙い違わずフィン
ブルヴィンテルの円盤状の艦橋部に直撃した。
﹂
閃光、轟音、爆炎が過ぎ去った後には異様な物質が顔をのぞかせて
いた。
﹁アレは⋮⋮⋮脳
﹁これは、暴走
﹂
ち上り、人の悲鳴のようなものが響き始めた。
次の瞬間、フィンブルヴィンテル全体からまがまがしいオーラが立
装甲の中には巨大な紫色の人間の脳髄のような物体が鎮座していた。
ブラウンの言葉以外に形容する方法がなかった。強固な円盤状の
?
﹁ああ、グロース・シュトラールの時と酷似している﹂
﹁あの時と同じだ⋮﹂
!?
10
!
!! !
!
!
高性能炸薬と電磁力により超音速にまで加速された砲弾が唯一生
!
﹁フィンブルヴィンテル暴走を開始しました
ここが正念場だ
﹂
主砲次段装填
! !!
残弾すべて叩き込め
δレー
﹂
!
!
﹁暴 走 し た と い う こ と は 最 後 も 近 い は ず だ
ザーは牽制射撃せよ
!
﹂
﹂
全エネルギーカット
撃てます
﹂
消火急げ
﹂
!!
﹁δレーザー沈黙っ
﹁レーザー要員退避
撃てッ
﹁主砲次弾装填完了
﹂
﹁目標同じ
﹁発射
!
!
台を貫いた。一瞬ののち巨大な爆炎を上げてδレーザーが沈黙する
本のレーザーが明後日の方向へ飛び、最後の1本が自らのレーザー砲
こまでだった。異常加熱したレーザー発振器が変形し次の斉射で3
レーザー発振器が煌めき4本のレーザーが両側の砲台を穿つ、がそ
!
! !!
!!! !
﹁取り舵一杯
機関後進一杯
﹂
間に合いません
﹁総員対ショック姿勢
﹁ダメです
!!
﹂
フィンブルヴィンテルの速度も急落する。
の激しかった左舷側の砲台が内側へ向かって倒れこみ始め、さらに
着弾した。閃光、轟音、爆炎。変化は一瞬のことだった。突如、損傷
二発目の61㎝砲弾が艦橋を取り巻く邪悪なオーラを貫き脳髄に
!
!
﹂
が突き刺さり大きな水しぶきが上がった。さらに、90
﹁損害知らせ
﹂
使用不能
﹂
﹄
第1から第3タービン損傷
﹃艦底多数に亀裂及び大破孔発生
﹄
﹃こちら機関室
す
﹁艦首ソナー大破
で推進して
しかし、主缶は無事で
げ、さらに中央艦橋部にまで進み、そこで擱座した。
め、この減速についていけなかったホタカは脱落した砲台に乗り上
いたフィンブルヴィンテルは突如として65ktにまで減速したた
?
﹄
絶望的な報告が彼方此方から上がる、控えめに見ても大破だ。
﹃第2,3,4,5スクリュープロペラ大破
!
!
!
!
11
!
艦内のクルーが何かにつかまった瞬間、ホタカの舳先の海上に砲台
!!!
! !!
!
!
!
!
﹁艦長
敵右舷砲台が
﹂
ナギの悲鳴に外部カメラを見るとスパークを上げながら右舷の大
!
押さえつけろ
﹂
型砲台が、こちらを射界に収めようとゆっくりと旋回していた
﹁主砲右90度旋回
!!
転させ、大型砲台と砲身が衝突し拮抗した。
﹂
今砲身で力比べやってるんですよ
﹂
!
﹁次弾装填急げ
﹁待ってください
筒内爆発の恐れがあります
!
!
﹂
しかし、電力系統に問題あり
装填員完全退避まで30秒
装薬のみでの射撃になり
!
早かった。
﹁退避完了
﹂
﹂
﹁撃てッ
﹂
ちらりと時計を見ると装填開始から完了までは32秒、何時もより
ます
﹁装填完了
のかかる人力装填が尋常じゃ無く感じられた。
こうしている間にも砲台と砲塔の力比べは続く。ただでさえ時間
﹁⋮了解﹂
クルー全員が安全圏に退避したのち発砲する。﹂
ない。筒内爆発した場合でも砲台に大きな損害を与えられるはずだ。
﹁主砲弾の信管は抜いておく。それにいつこの拮抗が破れるかわから
!
今発射したら
運よく生き残っていた旋回装置が作動し巨大な砲塔を滑らかに回
!
!
!
!
自爆は必至。主砲の射界には撃てるモノは無く、ASROCも対空ミ
ザー大破、トライデントは発射できるがこの距離ではモードAPでも
ヴェルナーの言うとおりだった。速射砲、CIWSは全滅、δレー
﹁もはや、この艦に攻撃能力は残されていませんね。﹂
﹁一先ずの危険は回避されたな、しかし⋮⋮⋮﹂
を散らしつつ外側へ向けて倒れこんだ。
きな穴を穿ちつつ貫通し、串刺しにされた砲台は基部から大量の火花
生せず、61㎝の大口径砲弾は接触していた大型砲台に着弾すると大
三度ボロボロの第1砲塔が火を噴いた。心配された筒内爆発は発
﹁発射
!
12
!!
!
!
サイルも射撃指揮装置が損傷し発射後の誘導が不可。ASROCを
プログラム誘導で発射することは時間的に見て不可能だった。プロ
グラムを組む前に艦体が崩壊する。
残るはクルーを全員脱出させたうえでの自爆攻撃だが、誰もがそれ
を言うのを躊躇っていた。思えば横須賀からの長い航海をともに歩
んできた戦友とも言うべき艦、ここで失うのは忍びなかった。
⋮⋮⋮これ⋮⋮⋮﹂
シュルツが諦めて自爆を言い出そうとしたその時、それは起こっ
た。
﹁何
呆然としたブラウンの声につられて彼女、正しくは彼女の目の前の
モニターを見る。それは本来ならば対空目標を映し出すモニターだ
が、現在はレーダーが損傷しブラックアウトしているはずだった。
そうでなければならなかった。
しかし、現実は違った。真っ暗なスクリーンに映し出された文字の
羅列
︻you get away/blow up me︼
この艦の電算機は高性能ですが、それがこ
﹁脱出し、自爆しろ。か⋮。﹂
﹁こんな⋮ありえません
ホタカ。﹂
?
る。
'
︻everything is ready/I don
se/trust me ... Lt Cdr.︼
t lo
呟くようなシュルツの言葉に反応したかのように文字列が変化す
﹁お前は。それがお前の答えか
を否定することは科学者としてのプライドが許さなかった。
ヴェルナーの反論に言葉に詰まるブラウン。これ以上、実際の現象
﹁でも、実際に起きてますよ博士。﹂
んな意志を持つような振る舞いをするなど﹂
!
13
?
﹂
﹁すべての準備は整った。自分は負けない。自分を信じろ、少佐。艦
長、どうします
する。
総員退艦
急げ
﹂
﹁⋮⋮⋮現時刻をもってホタカを破棄する
せる
!
﹂
?
﹂
?
れましてね。﹂
ヴェルナー﹂ ?
︻thanks︼
モニターに新しい文字列が並んでいた
CICを出る瞬間何気なく振り向くと、ちょうど視線の先に会った
﹁ああ。﹂ みんなが待っています。﹂
﹁信頼されているからこそ生きてほしいんですよ。さあ、出ましょう、
﹁まいったな、そんなに私は信用ないのか
﹂
﹁艦長の首根っこ捕まえてでも戻ってこいと他のクルーから念を押さ
﹁まだいたのか
る。気づけばCICに残っているのは自分とヴェルナーだけだった。
少々きつい目で念を押され苦笑いを浮かべながらブラウンを見送
﹁わかりました。絶対に出てきてくださいよ
﹁おつかれさまです。早く行ってください、私もすぐ後に行きます﹂
ました。総員退艦後遠隔操作もしくは時限装置で作動させます。﹂
﹁はい、生き残ったVLS及び弾薬庫にありったけの爆弾を取り付け
誰でもできません。そんな事より自爆装置は大丈夫ですか
﹁博士の責任じゃありませんよ、この時間で博士が出来なければ他の
れば。﹂
﹁申し訳ありません艦長。私がもっと早くプログラムを完成できてい
があわただしく退艦と自爆準備を進める中ブラウンが謝罪する。
数々の超兵器を沈めてきた艦の運命が決まった瞬間だった。全員
!
30分後ホタカを自爆さ
を見ている、期待も絶望も存在しない幾つもの視線がシュルツに収束
シュルツはCICを見回したその誰も彼もが疲れ切った眼で自分
?
!!
?
14
!
急いでください
﹂
その文字列を目に焼き付けてシュルツは二度と戻ることのないC
ICを出た。
﹁艦長ーーー
と一言謝罪してヴェルナーと飛び乗った瞬間、オレン
フラリ。と寄りかかっていた柱から離れコンソールに近づく。寄
﹁艦長たちは、脱出したようだな。﹂
かっていることだろう。
異常な点を挙げるとすれば体中のあちこちから血を流し柱に寄りか
軍の軍服を身にまとっていた。階級章はシュルツと同じ少佐。一つ
レームの眼鏡をかけており、シュルツたちと同じようにウィルキア海
届くか届かないかの歳、中肉中背、黒髪黒目の東洋人でシルバーフ
シュルツが出て行ってすぐのCICに一人の青年が居た。20に
置だった。
同乗していたブラウンから渡されたのは掌に収まる程度の起爆装
﹁艦長。これを﹂
kt。内火艇は巨大な航跡波にもまれるも転覆は回避された。
台の上を滑り着水した。現在のフィンブルヴィンテルの速度は35
ジ色の内火艇を固定していた縄が外されそのすぐ下にあった左舷砲
た。すまない
最期の内火艇の上には見慣れたCICのメンバーが乗り込んでい
!
りかかっていた柱にはべったりと血糊が付着していた。
15
!
!
﹁艦の意識が具現化するなんて聞いたこともないが、事実は事実だ。﹂
ゆっくりと顔を上げる、すでに右目は光を失い左目からも血を流し
ていた。
﹁トライデント、モードAP、モードHE、用意﹂
青年が呟くと同時に即時発射可能なトライデント9発のうち5発
がAP、4発がHEに切り替わる。
﹁どうやら、艦のコントロールは僕にあるみたいだな。これはいい。﹂
続けざまに飛翔コースを入力していく、ブラウンが時間をかけても
できなかったことを一瞬で行う。この青年にとってミサイルの誘導
は、自分の指を動かす程度の簡単な作業だった。
その時、通信が入る。クルーたちは通信機を持って行ったが、態々
この艦に呼びかけるようなことはしないだろう
│││││では、いったい誰が
﹂
声だった。
﹁質問に答えろお前は誰だ
﹂
﹃君ニ下敷キニサレテイル艦ダ﹄
﹁なるほど、お前が究極超兵器か﹂
﹃ソウダ、愛シキ怨敵ヨ﹄
﹂
聞こえてきたのは、この世のものとは思えないほどの狂気を含んだ
﹃君ガ、コノ艦ノ意志カ﹄
﹁だれだ
好奇心に駆られ、青年は通信回路を開く。
?
﹁あいにく化け物に口説かれる筋合いはないぞ
﹃既ニ勝ッタ気デ居ルヨウダナ﹄
﹂
声の主の返答に眉を顰めた。
﹁何
?
?
起キル﹄
﹁だろうね、光学兵器、ミサイル、特殊弾頭、そして超兵器。この戦争
ではいろんなものが作られすぎた。﹂
﹃ソウダ、今度ハモット多クノ人ガ死ヌ。モット多クノ艦ガ沈ム。戦
16
?
﹃超兵器ノ種ハ、争イノ種ハ世界ニ撒カレタ。直ニ世界デ、マタ戦争ガ
?
イガ戦イヲ呼ビ戦争ノ濁流ハ今回以上ノ力デ世界ヲ覆イ世界中ガ阿
鼻ト叫喚ノ混声合唱ニ包マレル。愉シイゾ、キットスゴク楽シイゾ。﹄
﹂
恍惚としたような声に、相手に見えないのを承知でホタカは薄く
笑った。
﹄
﹁それはどうかな
﹃何
﹄
?
﹄
?
﹄ 兵器トハソウデナク
完膚なきまでに、お前を破壊する。﹂
ソウダ
ヤハリ君ハ、私ガ滅ボスベキ、滅ボサレルベキ敵ダッ
!
?
﹃ハハ、ハハハハハハハハハハハハハ
テハナラナイ
サア、コイ
!!!
君
ノ
思
イ
通
リ
ニ
ナ
ル
ト
思ッ
タ
ラ
大
間
違
イ
ダ
爆炎が晴れるころ、2隻のいた海上には流氷一つ浮かんで居らず。
一欠けらさえ蒸発せしめた。
イデントが爆発の中に突っ込み巨大な熱エネルギーを放出。破片の
立てて莫大なエネルギーを放出し、さらに打ち上げていた4発のトラ
爆薬が起動。スマートな艦体が一瞬膨れ上がったかと思うと轟音を
の1発がホタカを掠めて中央艦橋で炸裂した。同時にホタカ内部の
のうち5発はすぐに旋回し、2発ずつが両側の艦体に突き立ち、最後
その瞬間生き残っていたトライデント9発が打ち上げられた。そ
﹁﹃お前の思い通りになると思ったら大間違いだ﹄﹂ その瞬間に、シュルツの持つ起爆装置からの信号が彼に届いた
タ
!!!!
て一つっきりだろう
﹁古今東西、戦闘状態の敵が目の前にいるときに兵器がやる仕事なん
﹃フム、ソンナ見方モアルナ。デハ君ハドウスル
よって奪うことも守ることもできる、只の一つの存在だ。﹂
﹁兵 器 に 本 質 な ん て な い さ。兵 器 は た だ そ こ に あ る 道 具 だ、視 点 に
無クシタカ
﹃戯ケタ事ヲ言ウナ、君ハ。人ト共ニ有リスギテ兵器トシテノ本質ヲ
は必ず存在する。﹂
で戦争を起こそうとするものが居れば、それを阻止しようとするもの
﹁僕には、人間がそこまで愚かな存在だとは思えない。たとえどこか
?
!!
17
?
!!
深い霧と冷たい鈍色の海が広がっているだけだった。
18
EXTRA STAGE│0.5 主人公艦船設定・
解説
鋼鉄の咆哮小説﹂
×
﹂
シュルツ﹁さてついに始まってしまった艦これ
﹂
ナギ﹁いったい何番煎じなんでしょうね
ヴェルナー﹁てかなんで台本形式
?
すね﹂
ブ﹁まあ、最終決戦ですし仕方ありません﹂
筑﹁それよりもわしの出番がないとはどういうことじゃ
防御評価 66% 完全防御
防御力 対46cm防御
船体重量 約52,700t
全幅 32,94m
全長 270,51m
船体
アサマ型装甲護衛艦ホタカ
ナ﹁こちらが船体の性能諸元になります。﹂
﹂
シ﹁まあ、筑波教官の出番の話は置いといて。ナギ少尉、諸元を。﹂
です﹂
ナ﹁ウィルキアルートって設定ですからね、本編中ではすでに故人
!
ヴ﹁本編では、出てくるなり盛大に自爆しちゃいましたけどね⋮﹂
意してほしい。﹂
だから本編で出た最終決戦時の艤装とは大きく異なることに注
艦これ的に言うと改造前と言うことになる。
れた直後の性能だ
シ﹁今回は主人公の説明だな。ついでに言うと説明するのは建造さ
筑波﹁今回はいったい何をやるので
﹂
ブラウン﹁こんな雰囲気でもやってみたいという作者のわがままで
?
シ﹁船体は米国戦艦Ⅵ。作者はアイオワ級の船体と考えているから
19
?
米国戦艦Ⅵの制限重量は30000tでは
全長、全幅もそれに習ってるな﹂
ヴ﹁あれ
回転効率 100
配置 通常配置
速力 68,1
︵推進装置稼働時︶
出力 192000
動力 ガスタービンγ
機関
アサマ型装甲護衛艦ホタカ
ナ﹁了解しました。﹂
﹂
シ﹁基本的にここではメタ発言は自嘲しない方針だ。次を頼む﹂
ナ﹁うわぁ、いきなりメッタメタですね。﹂
すね﹂
制限重量として設定したと考えられます、それを適用したようで
つまり、ゲームでは史実で使われた艦の約半分の排水量を
ています。
そして史実の大和型戦艦の基準排水量が64000tと言われ
0tです。
ブ﹁大和型戦艦の船体と思われる日本戦艦Ⅵの制限重量は3200
?
﹂
か戦艦にしては及第点と言ったところじゃな﹂
ヴ﹁しかし、2週目とかになるとこれでもきつくなってきますよ
筑﹁どうあがいても超高速フリゲートになるからの作者は﹂
アサマ型装甲護衛艦ホタカ
設備
前艦橋 米国戦艦艦橋α
後艦橋 米国戦艦艦橋α
探照灯 2基
?
筑﹁最大68,1
︵推進装置非稼働時︶
45,7
?
?
?
20
?
指揮値 74
水上索敵 24
水中索敵 7
弾薬庫 大型弾薬庫3ヶ所
ブ﹁次は設備ですね﹂
ナ﹁これまたアイオワ級っぽい米国戦艦艦橋αセットですか。﹂
﹂
ブ﹁指揮値は74、電波照準儀はついていませんから純粋に艦橋の
能力ですね﹂
ナ﹁日本の艦橋の方が優秀では
ブ﹁確かにそうだけど、ミサイルを主兵装にする以上
大口径主砲を山盛りにするわけにはいかないし
主砲を少なくすると米国艦橋の方が良いのよ。ビジュアル的な
意味で﹂
ナ﹁能力よりもデザインとロマン優先な作者らしい選択ですね。﹂
ブ﹁ま、難易度を上げて悶えるのも作者だから自業自得だけど﹂
アサマ型装甲護衛艦ホタカ
兵装
兵 装 1 特 殊 弾 頭 ミ サ イ ル V L S 1 4 基 弾 数 1 5 4 即応弾14
兵 装 2 4 1 c m 砲 7 5 口 径 3 連 装 2 基 弾 数 2 1
12
兵 装 3 A S R O C 対 潜 Ⅲ 8 基 弾 数 2 1
1 即応弾96
兵 装 4 対 空 ミ サ イ ル V L S Ⅲ 1 2 基 弾 数 8 4 4
即応弾384
兵 装 5 対 艦 ミ サ イ ル V L S Ⅲ 8 基 弾 数 2 8 1
即応弾128
兵 装 6 3 5 m m C I W S 8 基 弾 数 8
8000
兵 装 7 1 5 2 m m 速 射 砲 6 基 弾 数 1 0
560
21
?
﹂
実弾兵器こそ漢の兵器
シ﹁見事に実弾兵装ばかりだな﹂
筑﹁何を言いますか
硝煙の香りあってこその海戦でしょうが
!
いるんだ
﹂
ナ﹁えーと、主砲が42700mですね。﹂
で近い値になるんですよ﹂
30kmと書いてありま
ゲーム内の127mm速射砲の射程を7倍すると15750m
m、
オートメラーラ127mm砲の射程は通常弾頭で約16000
になっているようです。
シ﹁速射砲のグラフィックはオートメラーラ社製の速射砲がモデル
筑﹁これは⋮オートメラーラ127mm砲の諸元ですな。﹂
シ﹁それは心配ないようですね、こちらを見てください。﹂
くなってしまいますな。﹂
阿賀野型の四十一式15,2cm連装砲の21,000mより短
となり、
筑﹁しかしそれだと、152mm速射砲の射程距離が17500m
ですね。﹂
大体7倍の差です。砲兵器に関してはこの式を採用したみたい
000mで、史実が42000mですから
ヴ﹁そうみたいですね、ゲームでは46cm45口径砲の射程が6
シ﹁どうせこれもゲームから補正しているだろ
﹂
シ﹁つまりは序盤から複合砲と言うことか。射程距離はどうなって
もちろんこの状態でも搭載されています。﹂
作者が勝手にねつ造した兵器です。
ことに
ブ﹁アレは口径を変えてもグラフィックに反映されないことをいい
シ﹁そういえば本編で主砲がストーンヘンジと化していたが﹂
ナ﹁まあ、第2次改装でδレーザー乗っけるんですけどね﹂
!!
!
筑﹁ですが艦長、WikIの射程欄には
すが。﹂
±
22
?
?
ブ﹁実はサイトによって射程距離が16kmだったり24kmだっ
たりとまちまちなのです。
そこで、7倍して近い値になった15750mを採用したようで
すね。
まあ、連射性や精度、耐久力の向上のために弱装弾を採用してい
ると
脳内変換していただければ幸いです。﹂
﹂
ヴ﹁特殊弾頭ミサイルとかのミサイル兵装はどんなことになってい
るので
ブ﹁対空ミサイルVLSはこの小説の設定ではRIM│156 S
M│2ERブロックⅣとESSMの両方を搭載しています。﹂
﹂
シ﹁つまりRIM│156とESSMを纏めて対空ミサイルVLS
Ⅲと呼んでいるということですか
ナ﹁スロットの位置からして完璧に主兵装ですよね
これ﹂
この小説では奥の手として運用するみたいですね。﹂
ら、
放射能は無いとはいえ小型核兵器以外の何物でもありませんか
ます。
ブ﹁特殊弾頭ミサイルは発射機1基につき1発のみの装填としてい
しかし、特殊弾頭ミサイルの弾数がやけに少ないようですが⋮﹂
るようですね。
シ﹁これは全ての弾薬庫を下ろした場合の弾数がベースになってい
た。﹂
再装填なしで連射できる弾数を即応弾と表現し載せておきまし
VLS系列のミサイル兵装は艦内から再装填できる設定です。
珍しくありませんから。弾数表示は両方合わせた数ですね。
を搭載することは
ブ﹁その通りです。まあ、実際の艦でも2種類以上の対空ミサイル
?
ブ﹁話を戻しましょう。対空ミサイルVLSⅢの射程は
実際対艦ミサイルVLSはあんまり使わないらしい。﹂
シ﹁作者はは此奴をイージス併用でばらまくからな、
?
23
?
現実のRIM│156とESSMと同じ約160kmと30∼
50kmです。
対艦ミサイルVLSⅢについてはRGM│84Dを搭載してい
ます、射程は140kmですね。
ASROC対潜ⅢについてはRUM│139 VL│ASRO
Cの射程22kmを採用します
﹂
特殊弾頭ミサイルですがこちらはRGM│109A TLAM
│Nの射程2500kmを採用しました。﹂
シ﹁TLAM│Nは対地核攻撃用トマホークじゃないのか
ブ﹁ですから本編中で架空の対艦ミサイル︻トライデント︼として
登場させたのでしょう。
同じなのは射程と航法装置ぐらいで後は別物ですから﹂
兵装配置図 シ﹁装備換装画面での兵装等の配置は、艦首から、152mm速射
砲、
ASROCがⅢ行2列で6基、対艦ミサイルVLSが4行2列で
8基
前部41cm砲、その砲身の両側に特殊弾頭ミサイルが1基ずつ
計2基、
主砲の次に前艦橋、日本戦艦煙突Ⅱ、探照灯、後艦橋、後部41
cm砲
砲塔の両側にASROCが1基ずつ計2基、後部主砲の次に対空
ミサイルが4行3列で12基、
最後に152mm速射砲。
前艦橋の両側には特殊弾頭ミサイルVLSが片舷6基で計12
基、
CIWSは煙突から後艦橋にかけて片舷4基で8基、
速射砲はCIWSのさらに外側に片舷2基両舷合わせて4基4
24
?
門だな。﹂
ヴ﹁それにしても妙な位置に速射砲がありますね
い。
﹂
﹂
﹂
シ﹁作者曰く﹃砲兵装とミサイルを両立させようとした結果﹄らし
ヴ﹁防御重力場が5な以外特に妙なところはありませんね﹂
補助7 謎の推進装置Ⅱ
補助6 防御重力場Ⅴ
補助5 発砲遅延装置γ
補助4 ECCMシステムⅢ
補助3 自動装填装置γ
補助2 自動迎撃システムⅢ
補助1 イージスシステムⅢ
補助
アサマ型装甲護衛艦ホタカ
ばご都合主義です。﹂
無理やり誘導していたためですね。身もふたもないことを言え
にはこちらから強力な電波を使って
ブ﹁究極超兵器のノイズの影響が桁外れに強いため誘導兵器を使う
うしてですか
ナ﹁そういえば本編中ではかなり近距離で殴り合ってましたが、ど
ヴ﹁これはひどい﹂
い。﹂
シ﹁﹃英国面的な設計をするのも鋼鉄の醍醐味、それと趣味﹄らし
ヴ﹁本音は
艦橋の近くに置くのを設計陣が嫌ったのだろう。﹂
速射砲には満足な装甲が施せないから、
そして、誘爆の危険が無い場所。と言うことでこうなった。
シ﹁出来るだけ多くの射界を確保しつつ、トップヘビーを避け
?
防御重力場は、まあ序盤から超重力乗せるのも面白くないしな。﹂
ヴ﹁急速旋回系統の装置がありませんが。﹂
25
?
?
﹂
シ﹁謎推進Ⅱならさほど大きな問題にはならないという判断で
﹂
乗せなかったみたいだな
ヴ﹁本音は
ゲーム内でも再現できるから、
シ﹁さて、一通り見てきたが。性能とかはこんな感じだ。
まあ、プレイヤースキルも関わってくるが。﹂
シ﹁作者曰く﹃否定はしない﹄ってことだ。
使いにくい鉄くずってことじゃ⋮﹂
ヴ﹁それって、逆に言うとハードとかベリーハードでは
シ﹁まあ、低難易度なら2週目でもある程度使えるからな。﹂
ナ﹁あ、一応総合Aはもらえてるんですね﹂
ホタカ 全景
ホタカ 前部
評価 A
機動力 A
指揮索敵 D
対応力 A
防御 B
対空 A
攻撃力 B
性能
アサマ型装甲護衛艦ホタカ
シ﹁補助装置の枠が足りない。﹂
?
﹂
艦長、質問があります
﹂
やりたい人は参考にするなり鼻で笑うなりしてほしい。﹂
ナ﹁はい
シ﹁何かね
!
26
?
?
!
ナ﹁この艦ってウィルキア所属ですよね
シ﹁まあ、そうだな﹂
﹂
﹂
ナ﹁なんでホタカとかアサマとか装甲護衛艦とか
日本チックな名前がついてるんですか
シ﹁いい質問ですねぇ。それには、この小説内での事情があるんで
すよ﹂
ヴ﹁艦長。全く似てないです﹂
シ﹁だまらっしゃい。真面目に解説すると、
この艦は日本で対超兵器用に作られた決戦兵器なんだ。﹂
﹂
ブ﹁艦長、超兵器が実戦投入された後に、対超兵器として作られた
のでは。
どうあがいても1年で実践に投入できませんよ
のパクリだな。
アサマ型の二隻につぎ込んだ。まあ、史実での大和型の予算獲得
達し、
4隻の装甲護衛艦と2隻の潜水艦の予算と言う名目で資金を調
ための方便だ
装甲護衛艦と言う特異な艦種は議会の目を欺き予算を獲得する
シ﹁そう、アサマ型装甲護衛艦だ。
ブ﹁つまりそれが。﹂
秘密裏に対抗兵器を建造していた。﹂
その一団は超兵器が敵に回ったときのことを恐れ
だがその中に超兵器をよく思わない一団が居た
シ﹁もちろん日本でも建造されていた、アラハバキとかがそうだな。
︻注:あくまでもこの小説内での設定です︼ピンポーン
ドイツ、ウィルキア等で着々と建造されていたんだ。﹂
ワンタッチでPONとできたりはしない。何年も前から
シ﹁その通り、だが超兵器もどこぞの自走ドック艦みたいに
?
そのころはあちこちで軍艦が建造されていたからイロイロと杜
撰だった。﹂
ヴ﹁ほとんど沈めちゃいましたけどね。﹂
27
?
?
シ﹁倉庫に偽装したドッグで建造される途中、
超兵器機関や新型兵器の情報が入るたびに兵装が更新され
結局ミサイル戦艦になった。そしていざ試験航海をしようとし
たときに。﹂
ナ﹁クーデターが起こったと。﹂ シ﹁そうだ。その後我々が転がり込み、天城大佐が騒ぎを起こした。
この時に君塚司令は陸戦隊を基地内に大規模投入した
大きな戦果
その時にアサマ型の警備にあたっていた人員も投入したものだ
から警備は居なくなり、
我々がアサマ型2番艦を奪取した。﹂
ブ﹁ところで1番艦のアサマはどうなったのでしょう
も聞こえてきませんでしたけど。﹂
シ﹁どうやらスエズでの新型爆弾による爆撃に手違いで巻き込まれ
たらしい。﹂
ナ、ブ、ヴ﹁うわぁ⋮﹂
シ﹁さらに、ウィルキア海軍に配属された後は戦闘の連続だったか
らな、
艦名を変える前にホタカと言う名前が定着してしまい
結局そのままだ。もし生き残ってたとしても名前が変わったか
どうかは正直微妙だな。﹂
ヴ﹁あちこちで暴れまわりましたからね。﹂
シ﹁ちなみにホタカとは関東の武尊山から取られているのであっ
て、
飛騨山脈の穂高岳とは違う。まあ両方とも日本百名山のひとつ
だがな。
さて、今回はここまで。
このコーナーは本編以上に超不定期更新なので次やるかどうか
すら未定だ。
では、さようなら﹂ノシ
28
?
一章 パラオの闇 ﹂
STAGE│1 敵と味方
﹁⋮長。艦⋮。艦長
女性の声が頭の中に響くと、霧のように希薄だった意識が急速に浮
上し、今まで無音だった自分の世界に、まず聞きなれた音が響いた。
次に気づいたのは艦体に当たる波が起
海上に吹く風の音、艦体の周りを取り巻く波の音、かすかに聞こえ
る甲高い声は海鳥だろうか
なぜ人と同じ肉体を持っている
先日気が付いたら、彼は今この時と同じようにここに座っていた。
非常に少ないらしい。
しい印象を受ける。ちなみに妖精さんに男の個体はいない、もしくは
頭は大きいが、人間がデフォルメされているような容姿なので可愛ら
服装こそウィルキア海軍の軍服だが身長は20cm程度だろうか。
存在だった。
呆れたような声をで返したのは、妖精さんとしか形容しようのない
ますが。﹂
﹁しっかりしてくださいよ、まあ、突然のことに戸惑っているのは解り
﹁すまない、少し居眠りをしていたようだ。﹂
手で眼鏡を直し視界を確保すると、先ほど声のした方へ振り向く。
歪んで見える。何のことは無い、かけていた眼鏡がずれただけだ。右
ど美しい朝焼けの空が見えていた。見慣れた風景、しかし、今は少し
前部主砲から艦首にかけて一望できる航海艦橋からは、息をのむほ
やく目を開ける。
ガスタービンの駆動によるものだろう。そこまで知覚してからよう
こした穏やかな揺れ。細かく伝わってくるのは、この艦の心臓である
?
など疑問が尽きなかったが、そのほとんどは先ほど彼を叩き起
最初はなぜ自分が生きているのか
のか
?
曰く彼は艦の記憶を持った兵器と人の中間のような存在、艦娘なら
29
!
こした妖精が答えた。
?
ぬ艦息になった。
曰く艦娘とは沈んだ艦の魂が人の形をとった艦の化身。
曰く自らの兵装をそれこそ︻手足のように︼動かすことが出来る。
他にも様々なことを教わった。
│││││だがまあ、あの時、後ろ手に持っていた﹃初めての艦娘
﹂
マニュアル﹄には触れなくて正解だったな⋮
﹁何か異常は有るか
﹁特にありません。機関も問題なし、いつでも出発できます。﹂
副官として補佐している妖精の報告を受けると自分でも最終確認。
艦と肉体がリンクしているため艦の異常は肉体に現れる。今回も特
に異常は無さそうだ。チラと腕時計を見ると時刻は0600ちょう
ど。昨夜決めた出発時刻だ。
﹁両舷前進微速。出発する。﹂
そう言った後、機関の生み出した運動エネルギーをスクリューに伝
え艦を前進させる。昨日はずっと動かなかったため、これがこの肉体
﹂
になってから初めての航海にだった。
﹁副長、羅針盤はどうだ
隊装甲護衛艦ホタカは巡航速度31.8
で北進を開始した。
カーブを描く艦首に大きな波が立ち始めた。ウィルキア海軍近衛艦
5万トンを超える巨体が傾き北と思われる方向を向くと、滑らかな
﹁了解。取り舵30﹂
北へ。﹂
行き着くその後、ウィルキアへの帰還を目指す。取り舵30。進路を
データは太平洋に酷似しているから、北へ行けば何かしらの大陸には
﹁ダ メ か。よ ろ し い、朝 日 を 右 手 側 に 見 て 北 を 目 指 す。こ の 海 域 の
﹁言ったはずですよ艦長。この海では羅針盤は役に立たないと。﹂
﹁やはりそうか。﹂
﹁ダメですね。使い物になりません。﹂
ことを祈って声をかけたが現実は無常だった。
いくつかある懸念事項の一つ、もっとも厄介な問題が解決している
?
?
30
?
﹁見張り員より報告
1時方向に航空機らしき漂流物を発見せり
﹂
!
機種は
﹂
ず島のようなものは見えない。
﹁航空機だと
﹁こんなことならヘリを乗せておけばよかったな。﹂
﹁遠すぎて判別できませんね。﹂
?
﹁ウィルキアを知らない
﹂
精についての報告を聞いた時のことだった。
その仮説がにわかに現実味を帯びたのは救助されたパイロット妖
点でホタカの頭に考えたくない仮説が生まれる。
その零戦、それも最初期の二一型であると言う報告を受け取った時
いた。
代わられ終戦直前には護衛部隊にわずかに残る程度にまで減少して
による生存性の不足から、すぐに紫電改や烈風、F6Fなどに取って
だった。零戦は近衛艦隊でも一部で使用されていたが、防弾性の欠如
艦 橋 の 窓 か ら 見 え る の は 海 面 に 突 っ 込 ん で 沈 み か け て い る 零 戦
﹁了解。﹂
行ってくれ。﹂
る。救 助 隊 を 組 織、内 火 艇 を 用 意 し て お こ う。救 助 の 指 揮 に は 君 が
﹁見て見ぬふりは出来ないな。まず行ってみて生存者がいれば救助す
﹁ない物ねだりしても仕方ないでしょう。いかがしますか
﹂
突然の報告が舞い込んだのは昼を過ぎたあたりだった。相変わら
!
﹂
﹁それは、そのパイロットだけが知らないだけと言うことは無いのか
衝撃的な報告に一瞬言葉を失ったが、何とか続ける。
無いということです。﹂
﹁ええ、ウィルキア王国もウィルキア帝国も、超兵器すら聞いたことが
?
所にはソヴィエトがあるとのことです。他にも、不可解なことが幾つ
31
?
?
﹁残念ですが、ありえません。彼女の話ではウィルキアと言うべき場
?
か。﹂
﹁あまり聞きたくないが。何だ
﹂
﹁艦長は第二次世界大戦、もしくは太平洋戦争をご存知ですか
﹂
聞きなれない言葉に眉を顰めた。たしかにあの戦争は世界を巻き
込んだ世界大戦と言えるものだが太平洋で戦ったのはホンの一時だ。
﹁第二次世界大戦には心当たりがあるが、太平洋戦争は知らないな。﹂
﹁太平洋戦争とは一九四一年、大日本帝国がアメリカ合衆国の真珠湾
を奇襲攻撃したことに端を発する戦争です。第二次世界大戦は日独
伊の枢軸国と英米を中心とする連合国の間で起こった大戦です。こ
の大戦で枢軸側は敗北しました。もちろん、超兵器は存在していませ
ん。これは全てあのパイロットの証言ですが、軍医の判断では嘘でも
錯乱状態でもないそうです。﹂
﹂
大きく息を吸って、吐いた。どうやら最悪の予想が的中しつつある
らしい。
﹁ご苦労だった。パイロットは丁重に扱ってくれ。﹂
﹁了解しました。艦長、少し休まれてはいかがですか
仮説が正しいと結論付けていた。
?
料が心配です。﹂
﹁僕も同意見だ。保護を求める国はやはり日本かな
﹂
食料は艦長のみが必要ですから、当分の問題はありませんが弾薬・燃
の 艦 は 巨 大 な 戦 闘 能 力 を 保 有 し て い ま す が 弾 薬 も 燃 料 も 有 限 で す。
﹁はい、まずどこかの国へ保護を求めるのが妥当かと思われます。こ
﹁副長。ウィルキアが無いと仮定した場合我々はどうするべきだ
﹂
告げた。祖国の消滅。確信するのは時期尚早だろうが、彼の勘はこの
どうやら自分を心配してくれているらしい副官に、心配ないとだけ
?
ロットも居ます。ああ、そういえば彼女らの敵について話していませ
﹁日本帝国が適切でしょう。元々この艦も日本製ですし日本側のパイ
?
32
?
?
彼女の話が本当なら日本は戦争に敗れた後また戦っているのか
んでしたね。﹂
﹁敵
﹂
?
﹁と、言うよりは戦わざるを得ないようです。彼女の話によると、終戦
?
後まもなく深海棲艦と言う不明艦が現れ全世界の海上及び航空交通
網を寸断し、人類はほぼすべての制海権、制空権を失ったそうです。﹂
﹁それはまた、SFのような話だな。﹂
﹁SFならよかったんですが。その深海棲艦は制海権を掌握した後沿
岸には砲撃、内陸には空母艦載機による爆撃を仕掛けてきたんです。
日本をはじめ、各国は何度も討伐艦隊を差し向けましたが尽く全滅
し、人類の命運は尽きたかに思われました。﹂
﹁そこで、艦娘か。﹂
﹁正確には艦娘と私たち妖精ですね。それらの登場によって人類側は
滅亡の一歩手前で踏みとどまっているのが現状らしいです。﹂
﹂
﹁なるほどね。大体は解った。ところでなぜ艦娘は深海棲艦と渡り合
えるんだ
﹁詳しいことは解っていないんですが艦娘の攻撃でなければ深海棲艦
に有効打を与えられないらしいんですよ。どうやら艦娘の攻撃には
未知のエネルギーが含まれているらしく、それが無ければ戦略核でさ
えも効果がないそうです。あと、艦の管制をたった一人で行えるので
情報の伝達ミスなどがなく。さらに、様々な性能がオリジナルより若
干向上しているようですね。﹂
﹂
﹁深海棲艦が特定の攻撃しか受け付けないのであれば。我々は深海棲
艦に対して無力なのか
分通用するはずです。﹂
﹂
貴方も艦娘もとい艦息なんですよ。攻撃は十
﹁そうであることを祈るよ。あと、っ
﹁艦長
﹂
言葉をつづけようとした瞬間に、彼の頭に何かが掠めた。
!?
﹁艦長。お忘れですか
冷や汗を流すホタカに、呆れたように副長が返した。
?
?
3駆逐3から成る水雷戦隊の存在を確信した。もはや直観としか言
軽巡3駆逐3から成る艦隊が接近中とのこ
いようのない感覚だが、彼の頭には不明艦体の位置、速度のデータが
CICより報告
刻々と流れ込んでいた。
﹁艦長
!
33
?
副長の声を無視して神経を尖らせると、前方50kmの地点に軽巡
?
!
とです
﹂
こちらか
不明艦体に所属を明らかにするように信号を
﹁わかっている。なるほど⋮これが艦息か。総員戦闘配置
﹂
らの発砲は禁止する
﹂
送れ
﹂
﹁了解
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁敵⋮ですかね
﹂
どん近づいていた。
﹁不明艦隊からの応答ありません
!
﹂
?
あれを
ていた。
﹁艦長
﹂
うな物質だった。艦橋や舷、マストに兵装などいたるところに付着し
ホタカの言うアレとは不明艦の船体を覆う灰色や黒のヘドロのよ
﹁ああ、だが、アレは何だ
﹁どうやらオマハ級3隻、サマーズ級2隻、J級1隻のようですね。﹂
えのある船体だった。
モニターの一つに映し出されたのは、どれもある1点を除けば見覚
﹁不明艦を望遠カメラにて確認。モニターに回します。﹂
彼我距離はすでに20kmを切っている。
﹁呼びかけを続けろ。﹂
﹂
副長を連れ立って艦橋からCICへ移る。不明艦との距離はどん
﹁了解
る。航海長、後を頼む。﹂
﹁日 本 海 軍 で あ る こ と を 祈 る し か な い。戦 闘 に 備 え て C I C に 降 り
!
ると。
﹁人、だとは思いたくありませんね。﹂
﹁これは。人か
﹂
モニターを見ていたCIC要員の一人が指差し、その部分を拡大す
!
?
34
?
!
!
!
!
!
!
不明軽巡の艦橋の上に乗っかった物体。ぜんたいは黒っぽく大き
な 歯 を 持 っ た 物 体 の 上 か ら 異 常 に 白 い 人 間 の 上 半 身 が 生 え て い た。
右手には巨大な黒い手甲のようなものそして、その周りを取り巻く黄
色いオーラ。よく見るとオマハ級全体にも薄く黄色いオーラが見て
ハー
プー
ン
スタンバイ
取れた。オーラと言うべきものは先頭の旗艦だけでなく後続の全て
の艦にも赤い物がうっすらと見て取れた。 スタンバイ
その姿を確認した瞬間、ホタカの勘が警鐘を鳴らした。
ヤツは敵だ
何を
﹂
今は相手を刺激するべきではありません
﹂
﹁152mm速射砲及び第一主砲 用 意。対艦ミサイルVLS 用 意。﹂
﹁艦長
﹂
!
た。
ン
推進装置は使うな
プー
目標敵1番艦
﹂
1番152m
対艦ミサイルVLS
目標敵2番艦
!
第一主砲撃ち方始め
!
﹁全速前進
ハー
﹂
目標敵3番艦
解放、対艦ミサイルVLS撃ち方始め
m速射砲撃ち方始め
﹁軽巡に主砲を撃つのですか
!
!
!
!
望遠カメラで覗いていたため、発砲の光がCICに届いたのだっ
﹁不明艦隊。発砲
その瞬間、モニターが光った。
﹁いや、今確信した。あの艦隊は、敵だ
?!
!
ン
﹂
れていることを彼に伝えた。
プー
﹁152mm砲撃ち方始め
ハー
撃ち方始め
﹂
﹁対艦ミサイルVLS攻撃準備完了、撃ち方始め
﹁主砲諸元入力良し
!
!
よって機関銃のごとく吐き出された152mm砲弾が艦息と敵2番
最 初 に ホ タ カ の 最 前 部 の 速 射 砲 が 火 を 噴 い た。自 動 装 填 装 置 に
!
﹂
攻撃を始める。CICの妖精たちは攻撃のプロセスが滞りなく行わ
撃をイメージするとひとりでにシステムが動き出し彼の思い通りの
は一刻も早く自分が戦闘に耐えられるか知りたかった。頭の中で攻
常識的に考えて、オーバーキルになることは目に見えていたが、彼
に来てから一発も撃っていないからな。﹂
﹁僕の攻撃オプションがどれほど通用するか見て起きたい。この世界
!?
!
!
35
!!
!
!
艦を光の橋でつなぐべく飛翔する。次に全部VLSから轟音と爆煙
を上げて放たれた2発のハープーンは一度垂直に上昇した後、急降下
し海面スレスレのシースキミング飛行を始め、最後に艦橋のすぐ前に
据えられた50口径41cm三連装対艦対空両用磁気火薬複合加速
砲からは装薬によって初速を得て、砲身で電磁気力により音速を軽く
の全速まで増速したホタカの遥か後ろに幾つもの砲弾が
超える速度を得た41cm対艦砲弾が大気を切り裂きながら吐き出
された。
47,7
突き立つのと、152mm砲弾の初弾が敵軽巡洋艦に降り注いだのは
同時だった。
連続発射された152mm砲弾は初弾から第5弾までは外れたも
全力射撃。目標敵4,5番艦。1番速射砲は
のの、それ以後はほとんどが命中しオマハ級の約7050tの艦体を
﹂
一瞬で引き裂いた。
﹁敵軽巡、撃沈
﹁2番3番速射砲、起動
敵6番艦を攻撃﹂
﹁弾ちゃーーく、今
﹂
様に速射を開始した。
煙突の両脇に存在する152mm速射砲が鎌首を擡げ1番砲と同
!
!
く水平に近かった。このため砲弾はオマハ級の艦上構造物を文字通
カの41cm砲の仰角が非常に小さかったために、砲弾は垂直ではな
この軽巡にとって不運だったのが砲戦距離が13kmと近く、ホタ
と目茶目茶に引き裂いた砲弾はなおも突進し続ける。
ネルギーは非常に大きく。オマハ級の前艦橋を不気味なヒトガタご
た砲弾が艦橋を直撃した。大質量の物体が高速で衝突したときのエ
砲遅延装置により一番最後の射撃となった真ん中の砲身から放たれ
し、狙われた軽巡が初弾で夾叉されたことに戦慄することは無い。発
に大きく軽巡の艦橋よりも遥か高くまで水柱が吹き上がった。しか
となる。これだけの大質量砲弾が超音速で着弾した衝撃はけた外れ
る敵3番艦に殺到した。2発は1発ずつ敵の両舷側に着水し、至近弾
13kmの距離を超音速で飛翔した3発の砲弾は落下点に存在す
!
36
?
りなぎ倒し第3煙突の根元まで引き裂いたところで、遅延信管が作
動、砲弾内に収められていた高性能炸薬が炸裂した。尋常ではない衝
撃にズタボロにされた艦体にこの爆発が止めとなった。
艦後部が吹き飛ぶと、艦首を天高く突き上げて沈み始める。海面か
ら数m程度を航行していたハープーンは獲物が近づいたのを慣性航
法装置で察知すると、目標との距離5000mでミサイルに取り付け
られた羽を動かし急上昇に映る。軽巡からは必至の対空砲火が放た
れているが、もはや手遅れだった。
急 上 昇 し た ミ サ イ ル の シ ー カ ー が 作 動 し ア ク テ ィ ブ・レ ー ダ ー・
ホ ー ミ ン グ 誘 導 装 置 が 働 く。終 末 誘 導 に よ り 狙 い を 定 め た 2 発 の
ハープーンは1発が艦橋へ、もう一発は左舷中央部へ突進し船体内部
に突入したのち、約220㎏の弾頭が炸裂。熱と衝撃波が全長16
9.4mの艦体を震わせ、次の瞬間にはいたるところから爆炎を噴き
上げて沈没し始める。旗艦の撃沈により退却しようとした残存駆逐
艦3隻だが、須らく速射砲の猛烈な射撃によって無残に引き裂かれ
た。
戦闘開始から終了まで5分とかかっていない。戦闘と言うよりは、
一方的な虐殺だった。
﹁敵艦体全滅。周囲に敵影なし。艦長、我々の勝利です。﹂
終わってみれば、何時もと何ら変わらない戦闘だった。相手がたっ
た1個水雷戦隊であったことを考えるとむしろ楽でさえあった。
﹁今のが、深海棲艦だろうか。﹂
﹁あとでパイロットに画像を見せて確認してきます。﹂
﹁ああ、頼んだ。巡航速度に戻せ。漂流者の救助は⋮必要なさそうだ
な。﹂
踵を返し、CICを後にする。ホタカの見ていたモニターの先には
生存者らしい影どころか破片も一つも浮かんでいなかった。
﹁ホタカさん。このたびは助けていただきありがとうございました。﹂
37
医務室のベッドの上で小さな頭を下げるのは、先ほど救助したパイ
ロット妖精。先の海戦の後、直接礼が言いたいというパイロットの申
し出を受け取ったのだ。
﹁漂 流 し て い る 命 を 救 う の は 海 を 行 く 者 に と っ て の 義 務 で あ り 責 任
だ。大したことじゃあないよ。﹂
﹂
交わされるのは決まったような会話だが、こういうものは必要だっ
た。
﹁時にホタカさん。貴官はこれからどちらに
る。
﹁何か。問題があるのかい
﹂
できればそこで厄介になりたい
何やら含みのある言い方に、いやな予感が少しずつ湧き上がってく
ですが⋮﹂
﹁⋮確かに、自分の所属する瑞鶴の鎮守府は、この海域から一番近いの
その言葉を聞いた時、パイロット妖精が渋い顔をした。
と思っている。﹂
ことは日本軍基地は近いのだろう
﹁恥ずかしながら羅針盤が故障して迷子でね。君がここに居たという
?
﹂
来るべきではありません。﹂
﹁理由を聞いても
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ならば会談を終了しようと口を開きかけたその時、またあの感覚を覚
空母1、軽巡1、駆逐2か。機動部隊だな。﹂
えた。
﹁
﹁何だと
﹂
そう告げて足早に医務室を後にする。部屋から出る直前。くれぐ
﹁わかった。僕はCICに行くから君はここで待機していてくれ。﹂
の筈です。確認をお願いします。﹂
﹁自分の所属する艦隊であればその四隻は、瑞鶴、北上、不知火、吹雪
!?
38
?
﹁問題、と言えば大問題でありますが⋮⋮⋮とにかく、我々の鎮守府に
?
答えようとはしない妖精に、これ以上の追及は無駄だと判断する。
?
﹁その編成⋮もしかすると自分の所属している艦隊かもしれません。﹂
!
れも自分たちの鎮守府には来ないようにと声を掛けられる。 それほどまでに警告される鎮守府とは一体どんなものか。と疑問
﹂
に感じるがどうせ碌でもない事だろうと切って捨てる。
﹁状況は
。不明艦隊より発行信号
﹁了解
﹂
!
⋮コチラ・二ホン・テイコク・カイグン・タダチニ・テイセン・
﹁読んでくれ﹂
﹁
モニターに小さく映し出された艦隊がどんどん近づいてくる。
メラで艦型までの識別を試みています。﹂
﹁正規空母クラス1、軽巡1、駆逐艦2の機動部隊です。現在、望遠カ
ど戦場で恐ろしい物は無い。
二度手間のようにも思える行為ではあるが思い込みや思い違いほ
重視する。
情報はすべてホタカの頭に流れ込んでくるが他人からの報告も彼は
CICにはすでに副長が居て、情報を整理していた。艦が収集した
?
発行信号送れ。﹂
﹁了解。﹂
﹁さて、どうなるかな。﹂
?
﹂
?
﹁なんだかここ最近、祈ってばかりだな。﹂
﹁そうならないことを祈っておきます。﹂
﹁防御重力場とCIWSをフル稼働させれば防ぎきれる。﹂
﹁魚雷を撃たれた場合は
速射砲で護衛艦を始末したら主砲を空母に一斉射、それで片が付く。﹂
﹁空母はこの近距離ではただの的だ、相手は軽巡1隻に駆逐艦2隻。
﹁いざと言うときはどうしますか
艦長﹂
﹁まあ、信号を送ってくるだけマシだな。機関停止。 指示に従うと
﹁深海棲艦じゃあ、無さそうですね。﹂
ウゲキ・モ・ヤムナシ﹂
セヨ・シジ・ニ・シタガワヌ・バアイ・コウゲキ・モ・ヤムナシ・コ
!
39
!
ト
ラ
イ
デ
ン
ト
﹁キリスト教あたりに改宗でもしますか
﹂
﹁いい考えだ。特殊弾頭ミサイルにAMENとでも掘っておこうか。﹂
﹁どこぞの13課に配備されてそうですね﹂
﹁なんだそれは。﹂
﹁気にしないでください。﹂
そんなバカ話をしている間に艦は完全に停止し、前方の艦隊がすぐ
そこまで迫ってきていた。パイロット妖精の考えた通り、瑞鶴、北上、
不知火、吹雪からなる機動部隊だった。
﹁変な艦ね⋮﹂
だだっ広い飛行甲板の端ぎりぎりに立つ小さな艦橋の最上部で、彼
女は不知火が横付けされた目の前の不明艦をそう表現した。全長は
帝国海軍の中でも大型の自分よりも10m以上長く、巨大な艦橋には
いくつものパネルが張り付けられている。
主砲は長門クラスの大型砲が2基6門、大和よりも大きく見える船
体にしてはいささか少ない。そして何よりも甲板上に敷き詰められ
た無数のハッチ。いったい何に使うのか見当もつかない。メインマ
ストを見れば淡い緑を基調とした見たこともない国旗。真ん中の白
い物は白鳥だろうか。
﹃瑞鶴さん。﹄
﹂
物思いにふけっていると指揮下の駆逐艦不知火から通信が入る。
﹁何かわかった
﹂
艦
娘
艦
息
﹂
艦隊の中でも群を抜いて冷静な不知火の、容量を得ない解答に思わ
ず眉を顰める。
﹁何があったの
何それ。面白くない冗談はやめてくれない
﹃率直に言います。女性ではなく男性が居ました﹄
﹁⋮はあ
?
40
?
﹃わかったと言いますか⋮なんと言ったらいい物やら⋮﹄ ?
?
﹃冗 談 な ら よ か っ た の で す が。相 手 は 瑞 鶴 さ ん と 直 接 話 が し た い と
?
言っていますが。﹄
﹁わかったわ。でも、会談はこちらで行うことが条件よ。﹂
﹃⋮⋮⋮相手が了承しました。内火艇で向かうとのことです。﹄
│││││さて、鬼が出るか蛇が出るか⋮ そんなことを考えながら、痛む身体を引きずって艦橋の中に消えて
いった。
瑞鶴艦内の狭い通路を不知火の先導で進む、幾つもの角とラッタル
を通り過ぎようやく艦長室へたどり着いた。
﹁不知火です、艦息の方をお連れしました。﹂
どうぞ。と言う声がして、不知火がドアを開ける。
﹁失礼します。﹂
艦長室の中からこちらを見つめる少女は目を見開いて驚いている
ガーズ・フリート
ようだ。やはり、艦息なんどと言う存在を信じ切っていなかったらし
い。
﹁ウィルキア海軍近衛艦隊第二艦隊所属、装甲護衛艦ホタカです。こ
ちらの乗船を許可していただきありがとうございます。﹂
見たこともない軍服、聞いたこともない国、そして男と言う異例な
要素に振り回されかけていた彼女だったが、何とか帝国海軍としての
見栄を張るため、行動した。
﹁大日本帝国海軍パラオ鎮守府所属、第一艦隊旗艦、正規空母瑞鶴で
す。貴官を歓迎します。どうぞ、お座りください。﹂
﹁ありがとうございます。﹂
慣れていないな。まず、ホタカはそう感じた。表面上妙な点は無い
が、相手がかなり緊張していることを肌で感じていた。自分の現状を
放し終えた後、彼女らの鎮守府へ行きたい旨を伝えると、
パイロットの妖精と同じく、いやそれ以上に瑞鶴は渋い顔をした。
﹁私たちの鎮守府に来ることはお勧めできません。絶対に。ここから
東へ行けばトラック泊地がありますので、そこへ行くことをお勧めし
ます。何度も言いますがパラオへ来ることはお勧めできません。﹂
何度も念を押すように警告を受ける。あの時と同じ、いやそれ以上
41
の言葉にホタカの疑問が大きくなっていく。
納得のいく説明をしていただきたい。﹂
﹁あのパイロットからも聞きました。なぜパラオ鎮守府へ行ってはい
けないのですか
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
燃料ならあたしたちの予備燃料をあげる
だから⋮﹂
!
﹂
?
﹁え
⋮⋮⋮うそ⋮﹂
﹁残念ですが。僕は重油では動けないんですよ。﹂
ばならなかった。
ホタカは自分の言葉が彼女を落胆させることを承知で答えなけれ
﹁何って、重油よ。﹂
﹁一つお聞きしますが、貴方方の燃料は何でしょうか
見事に剥がれてしまっている。金色の瞳に浮かぶのは喜びと安堵か。
をついて立ち上がる。余程舞い上がっているのか、作り上げた見栄が
一つの希望を手に入れたかのように二人の間にあるテーブルに手
﹁燃料なら
にはトラックまで航行するための燃料がありません。﹂
﹁貴方方の警告に従うべきであるのは重々承知していますが、何分僕
た。
かな震え、関節の上が白くなるほど強く握りしめた両手をとらえてい
瑞鶴は顔を伏せ、沈黙した。しかし、ホタカの目は瑞鶴の肩のかす
?
﹁嘘。ならよかったんですがね。僕の心臓は14基のガスタービンエ
ン ジ ン と 言 う 特 殊 な 機 関 で し て ね。動 か す に は 軽 油 が 必 要 な ん で
す。﹂
﹁そんな⋮そんな事って。﹂
トサリ。と軽い音を立てて瑞鶴が椅子に座る。いや足の力が抜け
た結果椅子に座ったと言う方が正しい。
ウ
﹁僕も太平洋のど真ん中で燃料切れなんて目に遭いたくありません。﹂
﹁でも⋮ダメ。⋮⋮絶対に⋮ダメ。﹂
頭を抱えうわ言のように繰り返す。
﹁貴方も、不知火やあたしや北上や吹雪を見れば、わかるでしょう
チの鎮守府がまともじゃないことぐらい。﹂
?
42
!
瑞鶴の瞳が見開かれる。
?
やはり、そういうことか。ホタカの中でグルグルと回っていた、い
くつかの疑問が結合し一つの結論を導き出した。
不知火の右腕や頭に巻かれた包帯と小破状態の艦体。どう見ても
中破状態の吹雪、北上。小破とまではいかないが、彼方此方傷ついた
瑞鶴の艦体、敵性海域であるのに直掩機が1機も飛んでいない現状、
何より目の前で無力感に苛まれている少女の疲れ切った表情。
間違いなく彼女たちの鎮守府ではまともな補給、整備、休養が行わ
れていない。しかし、かといってここから逃げ出すわけにも行かな
い。海流に乗って日本を目指すなんて馬鹿な考えも浮かんだが、すぐ
に忘れる。彼女の持つ航空機用燃料であれば動かせないこともない
が、この様子では余裕はないだろう。
最初から選択肢なんて有って無いようなものだと言う事実に今更
ながらに気づく。彼女もそのことに気づいたようで黙りこくってい
る。
残酷な真実。
ドラマや小説でよく使われる言葉だが当事者にとってはたまった
ものではなかった。
﹁君らの鎮守府がまともでないことは理解したが、僕は君らの鎮守府
に行く他ない。﹂
言葉を発した後で、こちらのメッキが剥がれている事を理解し一瞬
焦るが、もはや彼女もそんなことを気にする余裕がなさそうなので、
意識の外に追いやった。
﹁その⋮ようね⋮⋮⋮なんで、あたし達と会ってしまったのよ。どう
して⋮⋮﹂
﹁君が僕のことを心配して言ってくれているのなら、これほど嬉しい
ことは無いがこれが現実だ。海のど真ん中で燃料切れよりはマシだ
よ。﹂
﹁鎮守府で過ごしたらあの時燃料切れになっていた方が1000倍マ
シだったと後悔するわよ。﹂
最期の小さな警告を鼻で笑い飛ばす。
﹁何がおかしいのよ。﹂
43
金色の目が若干細くなり、にらみつけられる。
﹁大したことじゃない、それ程のひどい有様を聞かされると少し興味
がわいてね。﹂
﹂
その言葉を理解したとたん、瑞鶴があきれたようにため息を吐い
た。
﹁アンタって⋮被虐趣味
もらえるかな
牲
﹂
向かい前進を始めた。この艦隊に所属する彼女たちはまだ知らない。
新しい仲間を受け入れるほかなかった艦隊は一路パラオ鎮守府へ
犠
15:27
もその笑みは瑞鶴さえ戦慄させるほどのものであった。
その時のホタカは笑みを浮かべたつもりだった。しかし、少なくと
﹁地獄なら疾うに見た。﹂
あの戦いを地獄と呼ばずなんと呼べるのか。
﹁それなら問題ない。﹂
まなかったな、と今更ながらに考える。
塚艦隊との死闘、数々の超兵器戦。そして究極超兵器の撃破。よく沈
闘、黒海基地襲撃それに続く補給基地襲撃、太平洋機動艦隊撃滅、君
イギリス北海ノア管区の海戦、シチリア島南東での天城艦隊との戦
地獄、この言葉にホタカは幾つかの海戦を思い出す。
﹁結局、そうなるのね。アンタ、地獄見るわよ
﹂
﹁さて、グダグダしているとこちらの燃料が尽きてしまう。案内して
﹁どっちにせよ性質悪いわよ。﹂
﹁断固否認する。どちらかと言えば加虐趣味だ。﹂
?
自分たちが保護したのは、正しく世界最強の戦闘能力を保有する海の
魔王であることを⋮
44
?
?
同時刻
どこか暗い海の底でソレは出現した。極小の微粒子、プランクトン
を主食とする生物でさえ知覚できないほどの物体。しかし、それは確
かに確実に駆動していた。周囲に微弱なノイズを発しながらソレは
金属や同朋を求めて深海を漂っていた。
45
STAGE│2 黒き鎮守府
日は既に沈み、月も出ない暗闇を5隻の軍艦が輪形陣を取って航行
していた。輪の中心に居るのは大和よりも長大な船体を持つ異形の
戦闘艦。艦の前後に配置された三連装主砲以外に特徴のある兵装以
ガーズ・フリート
外は見られない。パッと見では貧弱、見かけ倒しと言うような印象を
受けかねない姿。
ウィルキア海軍近衛艦隊所属、装甲護衛艦ホタカは日本帝国海軍に
保護を求めるため一路パラオ鎮守府を目指していた。
幾重もの特殊装甲に包まれた艦内の某所。俗に艦長室と呼ばれる
場所で、ホタカは今後のことを副長妖精と話し合っていた。
﹁兵装を制限するのですか⋮﹂
ホタカの提案に目を丸くする妖精に頷きつつ、コーヒーを啜る。食
糧庫に積まれていた嗜好品の一つを持ち出してきていた。
﹂
言うわけではなく。かといって深海棲艦側を押し込めることが可能
なほど、相手の戦力は小さくない。その海域では深海棲艦側に打って
出なければ戦闘状態になることはほぼなく、打って出たとしても割に
合わないほどの戦力で迎撃される。中央では︻島流し︼と呼ばれてい
る⋮と言う話でしたね﹂
﹂
﹁そうだ。副長、君がもしパラオへ提督として派遣されたらどう行動
すべきだと考える
向上に努め、珍しく敵が向かって来れば迎撃しこちらからは打って出
ませんね。中央が進撃を命じてくればそれに見合う戦力の派遣を打
﹂
診します。そうやって時間を稼いでいき、最終的に本土からの増援と
合同して制海権を取り戻す。こんな感じですかね
?
46
﹁制限する、と言うよりは存在を隠す。表向き僕の兵装は主砲と速射
砲とCIWSのみとする﹂
﹁理由を聞かせていただいても
﹂
?
﹁はい、パラオ鎮守府は南方に進出しているにもかかわらず、激戦区と
﹁不知火から聞いた話は覚えているか
?
﹁こっちからちょっかい出さなければ平和なんですから、艦隊の練度
?
﹁まあ、僕も同意見だ。避けられる戦闘と損害は極力避けるべきだか
らね。さて、現在のパラオ鎮守府の提督殿はと言うと﹂
﹁あの様子を見ると、戦果を欲して無謀な出撃を繰り返しているみた
いですね﹂
﹁島流しにされて焦っているんだろうな。中央に戻るため一刻も早く
戦果を挙げようと躍起になっているように思える﹂
﹁ああ、だからですか﹂
納得したように副長は頷いた。
﹁貴方ならば、やろうと思えばたった一隻で海域丸ごと制圧できます
からね﹂
﹁そのとおり。パラオの提督殿は圧倒的な戦果をお望みのようだから
な、そんな人間に僕がすべての力を見せつけたら⋮﹂
﹁敵海域に突撃待ったなし。ですな。﹂
﹁まあ、そういうことだ。敵の詳細な情報なしに突撃なんてできやし
﹂
47
な い。敵 が 思 っ て い た よ り も 強 大 だ っ た ら 目 も 当 て ら れ な く な る。
相手が僕をできそこないの欠陥戦艦と誤解してくれれば、とりあえず
の危機は回避される﹂
﹁欠 陥 戦 艦 ⋮ で す か。ヴ ァ イ セ ン ベ ル ガ ー が 聞 い た ら 怒 り そ う で す
な。何せその欠陥戦艦にご自慢の玩具をことごとく沈められたので
すから。﹂
﹁仮にこの海域が僕の手に負えるようなものだったとしても、彼にす
この際だから全部話してくださいよ。﹂
べての兵装を明かすことは無いだろうね。﹂
﹁へえ、何故ですか
を担ごうとは思わない﹂
されるのが目に見えているよ。第一、彼女らを消耗品のように扱う奴
もそのまま連れていかれるその後は激戦区に投入され続け使いつぶ
功績は彼の提督殿の物だ。僕の物じゃない。彼はめでたく昇進し、僕
﹁僕が突撃して海域の制海権を完全に掌握したとする。けれどもその
妖精が小さな体を乗り出してきた。
?
﹁大体理解しました。ではVLSやフェーズド・アレイ・レーダーはど
う説明しますか
?
﹁VLSについてはバッテリーコンテナ、フェーズド・アレイ・レー
﹂
ダーは増加装甲と言うことにしておこう﹂
﹁信じてくれますかね
﹂
?
﹂
温くなってしまったコーヒーを啜った。
いる以外にレーダー、ソナーにも異常がないことを確認し、すっかり
に身を沈めて深呼吸する。自分の周りを4隻の戦闘艦が取り巻いて
敬礼した後、妖精は浮遊して艦長室を出ていった。革張りのソファ
﹁了解しました。艦長も休んでください。﹂
そうだ﹂
﹁それもそうだな。さて、もう今日は休むといい。明日は忙しくなり
し﹂
﹁ま、しかたないですよ。今更ボイラーに変えるわけにも行きません
﹁そうか、ガスタービンは足が速くなる分、やはり燃費が悪いな﹂
﹁航海長に確認しましたが、明日の到着まで何とか持ちそうですね﹂
だ
を取っているかなんて気にしないだろう。話は変わるが、燃料はどう
乗り込んでこない限り戦闘指揮はCICで取る。艦息が何処で指揮
﹁レーダーもFCSもすべて僕にリンクしているからな。第一提督が
﹁航海艦橋だけで作戦行動ですか。うまくいきますかね
﹁それとCICも封鎖する。あそこを見られたら厄介だ﹂
﹁知っていたら﹃変な艦﹄なんて言葉出てきませんものね﹂
ないだろう。実際不知火や瑞鶴は知っている風ではなかった﹂
在していないはずだ。これがミサイルや電探などと言うことは解ら
﹁戦後すぐに深海棲艦に襲われたのであれば、どちらもこの世界に存
?
問題の鎮守府についたのは翌日の20:21だった。空はあいにく
48
?
の曇り空で星空は見えず、海も少し荒れていた。パラオ鎮守府は思っ
たよりも小規模で、いくつかの桟橋に2つのドッグ、2つの工廠、本
部と思われる煉瓦造りの建物が1棟、防御用と思われる砲台が4基。
連装砲で口径は30cm程度のように見える。
﹂
ホタカはとりあえず、鎮守府の真正面の領域。4基の砲台の射界の
中に投錨を許された。
﹁瑞鶴さんからの通信はまだですか
﹁いや、何も言ってこない﹂
前艦橋に設けられた航海艦橋でホタカは先に戻った瑞鶴からの連
絡を待っていた。
﹁この艦の防御性能は理解しているつもりですが。砲口を向けられ
るのは気持ちいい物ではありませんね﹂
事実、4基の要塞砲全てがこちらを睨んでいた。砲身の角度からし
て、こちらを狙っていることは疑いようがなかった。
﹂
﹁その通りだが、まさかハープーンで吹き飛ばすわけにも行かない
だろう
﹂
﹄
ロックオンし発砲されれば即座に撃ち返すつもりだった。
﹃ホタカ、聞こえる
﹂
?
﹄
﹂
?
﹃私が迎えに行くから待ってて。質問は
﹁ない﹂
﹃それじゃ、2番バースで﹄
﹁ああ﹂
それを最後に通信は切れた。
?
﹁了解した、上陸後の指示は有るかい
取り付けたわ接岸作業は妖精さん達がタグボートでやってくれる﹄
﹃とりあえず、2番バースへの接岸許可と。貴方だけの上陸許可は
﹁よく聞こえるよ、どうだった
突然、頭に響く瑞鶴の声。どうやら話が付いたらしい。
?
49
?
﹁と か 言 っ て ま す け ど。ど う せ 4 基 全 部 ロ ッ ク オ ン 済 み で し ょ う
?
副長のジト目に曖昧に笑ってごまかした。実際、彼は4基の砲台を
?
﹁何ですって
﹂
﹂
﹁取りあえずの接岸と、上陸許可が出たから行ってくるよ。﹂
﹁お一人で、ですか
このたびは保護していただき、誠にありがとうご
ウィルキア海軍近衛艦隊所属、アサマ型装甲護衛艦2番艦
﹂
ホタカであります
ざいます
ガーズ・フリート
﹁貴様が、瑞鶴の言っていた不明艦、か﹂
うな嫌な視線を向けられる。
座るのは白い軍服に身を包んだ肥満体の男。こちらを値踏みするよ
中に入ると正面に大きな提督机。その向こうの、高級そうな椅子に
が扉の向こうから聞こえた。
緊張しているように見える。数度のノックの後、入れとくぐもった声
重厚な木の扉を前に瑞鶴から最後の注意を受ける。彼女はひどく
﹁わかっている﹂
﹁ここが、提督室よ。失礼のないようにね﹂
から良く見えた。
鎮守府の方から数隻のタグボートが近づいてくるのが、航海艦橋
﹁⋮了解。﹂
もやむを得ない﹂
あったら君ら自身の生存を第一に行動してくれ。その場合、艦の放棄
﹁上陸許可が出たのは僕一人だからね。もし、僕に万が一のことが
少し面食らったような副長に、ああ。と返す
?
﹁諸元をファイルにまとめておきました。どうぞ﹂
小脇に抱えていた艤装データファイルを提督の机に置く。しばら
くは、提督がファイルをめくる音が部屋に響いたが、3分の2ほど読
﹂
んだところで提督はファイルを机に置いた。
﹁もう、読まれないので
﹁フン、図体がでかいだけの欠陥戦艦の情報など読むだけ無駄だ。
?
50
?
﹁御託はいい。性能を教えろ﹂
!
﹁はっ
!
!
本来なら無駄飯ぐらいは解体処分だが、貴様は特例として弾除けとし
﹂
て使ってやる。ありがたく思え﹂
﹂
不満か
!
そ う で は あ り ま せ ん。提 督 の 命 令 に 全 力 で 臨 む 所 存 で す
?
﹁⋮⋮⋮はっ
﹁なんだ
﹁は い
﹂
?
﹂
所々血がにじんでいる。
?
﹁連れてってあげるから、付いてきなよ﹂
聞きたいことを訪ねると、やっぱりねと肩をすくめた。
﹁345号室が何処かわかるかい
﹂
中破していた艦だ。それを裏付けるように腕や足、腹に包帯が巻かれ
マイペース。そんな単語が真っ先に浮かんだ。北上と言うとあの
﹁あたしは軽巡北上。まーよろしく。﹂
﹁君は
ぐらいの少女。
セーラー服、長めの黒髪を三つ編みにして前に垂らしている。高校生
聞き覚えのない声が背中に投げかけられ、思わず振り向く。緑色の
﹁どうやら速攻で解体されなかったようだね﹂
もう一度提督執務室に戻るのは流石に避けたい、さてどうするか。
く。
のの、345号室が何処にあるかわからない事に今更ながらに気づ
面のような顔をしていたのがひどく印象に残った。廊下には出たも
敬礼をした後、踵を返し廊下に出る。瑞鶴の隣を通る時、彼女が能
﹁⋮了解﹂
﹁了解﹂
こに残れ﹂
﹁部屋は345を使え。任務は追って連絡する。下がれ。瑞鶴はこ
﹁おっしゃる通りです。
な﹂
せるたった6門の砲しか持たない戦艦に弾薬を乗せても無駄だから
﹁ならいい。ただちに主砲弾はすべて下ろせ。対艦攻撃は空母に任
!
?
51
!
そう言ってさっさと歩きだす北上の後ろを付いていく。階段を
降りようとした時、執務室の方から怒声が響いてきた。
﹂
﹁瑞鶴さんも気の毒だよね、あたし等の代わりに1人だけ怒られて
るよ﹂
﹁それは欠陥戦艦を拾ってきたからかな
﹁まあ、それもあるね。いや別に責めてるわけじゃないよ。ホント。
あたし等は鎮守府に所属していない大型艦の艦娘を発見したら任務
を中止して戻ってくるように命令されてたからね。ちょっと前の戦
いで1隻沈んじゃったからさ⋮﹂
何でもないように話しているつもりだろうが、最後の一言は明らか
に声のトーンが低かった。その理由は憤りか、悲しみかは解らない
﹂
が、彼女が同僚の死を乗り越えようとしていることは直感的に理解し
た。
﹁提督は戦力の充実を望んでいるということか
し﹂
﹁小型艦と遭遇した場合は
﹂
﹁そういう事。海上に居る艦娘を保護すれば資材を使わなくて済む
?
までに3隻の駆逐艦と会ったけど。如何する事も出来なかった。接
舷して直接話すことすらね。一応、発光信号でトラックへ行くように
伝えたけど正直たどり着けるかどうかは微妙なところだよ。あたし
達はもう命令に逆らえないんだ。逆らおうとすると、コイツが⋮ね﹂
﹂
彼女が右手を上げると、白い腕輪がはまっていることに気づいた。
﹁腕輪
で、その針には毒が縫ってあるんだよ。死にたくなるほどの激痛が走
るドギツイ奴が﹂
﹁それで君たちを縛っているというわけか﹂
無言で頷く。
アンタは、瑞鶴さんに感謝しないダメだよ。
﹁あたし達、もうちょっとで無視するところだった。実際、あたしは
52
?
﹁スルーだよ、しかも命令でそう強制されてた。実際、アンタと会う
?
﹁そう、あたし達が命令に反した場合にこっから針が出るんだ。ん
?
無視しようって言ったんだ。見た事も無い艦なんて厄介事にしかな
らないから。別に軽蔑してくれても良いよ、それだけの事をしたか
ら﹂
﹁軽蔑なんてしないさ、君の判断は正しいと自分でも思うよ﹂
彼女はホタカの答えに軽く笑い。ありがと、と礼を言った。 ﹁でも、瑞鶴さんはもう限界だったんだろうね。ああ見えて優しい
から。相手が大型艦だったら接舷しても針が出てくることは無いか
ら、燃料を分けてトラックへ行かせるって言って聞かなかったんだ﹂
﹁ま、僕の機関がボイラーではない事が、外見から解るわけないよ
な﹂
﹁アンタを見つけたから当初の泊地襲撃作戦は失敗。だけど、失敗
して良かったよ。これならだれも沈まなくて済む。⋮ついたよ。﹂
気づけば目の前には345と書かれた扉。北上は数回ノックする
と︻ただいま︼と言って入っていった。ホタカもそれに続く。
﹁⋮あ、北上さん﹂
中には二段ベットが4つ、幅が狭く奥行きのある部屋に置かれてい
た。手前の二つのベッドの下段は荷物置き場と化していた。窓際の
左側にあるベットの下段に人影、堅そうなマットレスから上半身を起
こした。
﹁ダメだよ吹雪、熱あるんだから寝てないと﹂
﹁横になっていましたからもう大丈ッ﹂
大丈夫と言い切ろうとした時に激しく咳き込む吹雪。言わんこっ
ちゃない。とつぶやき、北上は彼女を寝かせる。
﹁すいません、やっぱりまだダメみたいです﹂
﹁いいから寝てな。あと、この人がホタカ。あたしたちが連れてき
た艦だよ。﹂
突然紹介されて、このまま入口に居るわけにもいかないため。吹雪
の横たわる二段ベッドに近づく。
﹁装甲護衛艦ホタカだ。これからよろしく頼む﹂
﹁特型駆逐艦一番艦吹雪です。よろしくお願いします﹂
53
微笑みながら自己紹介した彼女だったが、声はかすれ顔色も悪かっ
た。
﹁本当なら、なんでもない風邪なんだけどね。提督が連日出撃させ
﹂
るものだから、どんどん悪くなってるんだ﹂
﹁ここに、医者は居ないのか
北上は頭を横に振った。
﹁少し前までは居たんだけどね。1か月前、任期が切れて本土の医
者と交代することになったんだ。その人はあたし達の扱いを不満に
思ってくれているまともな人で任期が切れて交代と言うのは本当は
嘘で、大本営にこのことを話すつもりだったんだ。でもね、出発する
前の日提督にそのことがバレて、それで﹂
そこまで話したところで、右手の親指から中指までを立てて銃を撃
つ仕草をした。
﹁もちろん大本営はこのことを知らない。少なくとも本当の任期が
﹂ 切れる再来年まではあの人はここに居ることになっている﹂ ﹁本土からの査察はどうするんだ
だ﹂
﹁そういうにはちょっと早いかもねー﹂
﹁ところで君らはここで寝起きしているのか
﹂
﹁事情は分かったよ。瑞鶴の言っていたことは満更嘘でもなさそう
した事も出来ないよ。﹂
勝手に使う事も出来ないし。あたし達に積まれている薬品じゃあ大
﹁まあ、つまりはそういう事。薬品棚のカギは提督が持ってるから
そう吐き捨てると、吹雪と反対側のベッドの上段に上がった。
をすり抜ける方法なんていくらでもあるよ﹂
﹁査察なんて来ないよ、提督はある政府高官の息子らしくてね査察
?
口に近い方だったが、すぐに北上にとめられる。
ホタカが目を付けたのは吹雪のベッドが置かれている側の出入り
﹁選択肢は無さそうだな。こちらの二段目を使わせてもらうよ。﹂
しやすいようにするためだろうけどね。諦めな﹂
﹁そうだよ。まあ、ホタカが一緒なのは、あの提督があたし達を管理
?
54
?
﹁瑞鶴さんに殺されても知らないよ
抜く己に若干の自己嫌悪。
﹂
﹁⋮すまない。そっちの二段目はどうだ
?
よ﹂
酷な話じゃない
﹂
﹂
﹂
﹁知らないのは仕方ないけどさ。こんな子に言わせるのはちょっと
いた。
不知火は言葉に詰まる。不思議そうに見ている彼の脇を北上がつつ
その質問をしたのは、ただの好奇心だった。ホタカの質問を聞いた
﹁不知火、お勤め、とは何だ
う見ても子供の物ではなかった。
格好は吹雪とそう変わらない中学生ぐらいのものだが、その眼光はど
お勤め。その単語を言うときに不知火の目が少し細められる。背
れません﹂
﹁よろしくです。あと、瑞鶴さんはお勤めなので今回は帰ってこら
?
てきた。
﹁ただいま戻りました。おや
ホタカさんもここなのですか
ついて、いくつかの決まりを教わっているとドアが開き不知火が帰っ
自分の三つ編みをほどきながら答えた。そのあとはこの鎮守府に
﹁どちらも最低限の量だからね、今からやれば十分間に合うよ﹂
﹁燃料や弾薬の補給は
﹂
﹁消灯は2200だけど、明日もどうせ出撃だから早く寝るといい
上る。堅いマットレスの上には毛布と枕、どちらもかなり古い。
ニヤリと笑った北上のしぐさに不振がりながらも梯子に手を掛け
﹁そこならいいよ﹂
﹂
若干の殺気を含んだ声に、一瞬固まる。部屋に来て早々地雷を踏み
?
﹁まあ、そんなところだ。これからよろしく頼む﹂
?
?
とらしい。
﹁すまない。不知火﹂
﹁いえ、解ってもらえればそれでいいです﹂
55
?
口はにやけているが目は笑っていなかった。つまり、碌でもないこ
?
どうせやる事も無いので寝転がる。南国特有の熱気は感じていた
が不快なほどではない。マットの軋む音が2人分聞こえ、消灯時間が
来たのか突然電気が消える。波の音が微かに聞こえているが、それ以
外は3人の静かな寝息しか聞こえてこない。こうしてホタカの1日
は幕を閉じた。
朝日が昇り、新しい1日が始まる。粗末な食事をとった後、執務室
に4人は呼ばれる。中に入ると疲れたような様子の瑞鶴と、椅子に
座った提督が待っていた。
﹂
﹁本日の編成を伝える。旗艦を瑞鶴とし、護衛としてホタカ、北上、
不知火、吹雪を随伴させる。私は瑞鶴に座上する。質問は有るか
う
﹂
﹂
﹂
﹁奴の出力は13万馬力。貴様なら暴れても押さえつけられるだろ
﹁私が⋮ですか
その言葉を聞き、瑞鶴の肩が震えた。
鶴、奴に例の物を付けろ﹂
﹁攻撃は主に瑞鶴による航空攻撃を行う。砲雷撃戦はさせない。瑞
雪は中破状態です。有効な戦力にはなりえません﹂
﹁損傷している艦を出撃させる理由をお聞きしたい。特に北上、吹
﹁⋮⋮⋮なんだ
の瞳と忌々しそうな2つの瞳が彼を射抜く。
即座に右手を挙げたのはホタカだった。ギョッとしたような8つ
?
﹂
机の上に置かれた白いリングを手にホタカに近づく。
﹁右手を出してくれる
ついている。妙な気は起こすな﹂
﹁そのリングは貴様が命令違反を犯したときに即座に罰するために
ごめんなさい。
彼の耳にかすかな声が届く。
大人しく右手を差し出すと、白いリングをはめられる。その瞬間、
?
56
?
?
﹁っ⋮⋮⋮了、解﹂
?
﹁肝に銘じておきます﹂
﹁では、1000に出撃する。各自乗艦し出港準備を急げ﹂
敬礼。
﹁お帰りなさい、艦長。どえらい所に来てしまったみたいですね﹂
﹁まったくその通りだ。こいつを頼む﹂
軍服の内ポケットから取り出したのは小型のレコーダー。今まで
の会話をすべて録音していた。
﹁こいつのデータを艦の電算機に入れておいてくれ。後々役に立つ
はずだ﹂
﹁了解しました。それと、これが補給品の目録です﹂
渡された書類には最低限の燃料のみ補給される旨が記されていた。
﹁これだけか﹂
﹂
﹁なんでも脱走防止のためらしいですね。回避運動も最低限にしな
いませんよ﹂
﹁そういえば、こちら側でミサイルの補給は出来るのか
コンテナ船の内部か
﹂
﹂
?
確認できるだけで赤とピンク、青がある。
﹁この艦の第2弾薬庫ですよ。如何やらこの箱が弾薬のようです。
先の戦闘後、赤と青の箱が消えると同時に主砲とミサイルが再装填さ
れたことを確認しました。赤は砲兵装、青はミサイルの弾薬箱だと思
われます。秘密裏に上陸さえた陸戦隊から、鎮守府の倉庫に大量のコ
ンテナが収められていると報告がありました。青いコンテナにはマ
ジックで魚雷・機雷・噴進砲弾と書かれていましたが、それ以外は寸
法、外見共に本艦に積まれている青いコンテナとまったく同じでした
57
いと帰ってこれませんよ﹂
﹁主砲弾は全て下ろされたのか
第1大型弾薬庫の
?
中の弾薬は大人しくおろしましたが第2第3弾薬庫の存在は伝えて
﹁私がすんなりと降ろさせる性質だとお思いで
?
﹁問題ないようですね。これを見てください﹂
﹁
?
渡 さ れ た 写 真 に 写 っ て い た の は 山 積 み に さ れ た 小 型 の コ ン テ ナ。
?
からミサイルの予備弾は問題ないと思われます。﹂
﹁とすると、ピンクは機銃弾と中小口径砲弾か﹂
﹁その通りでしょう。それと第1弾薬庫にも青い弾薬箱はあったの
ですが。私の独断で他の弾薬庫のピンクの箱と交換しておきました﹂
﹁よくできたな。﹂
﹁割と簡単でした、弾薬の弾薬庫への格納と再装填を繰り返したん
ですよ。その時に弾薬の格納場所の設定を適宜変更して弾薬を移動
させたんです。ただ、弾薬庫の距離が遠いと再装填速度が遅くなって
しまいます。アスロックと対艦ミサイルの使用には注意してくださ
い﹂
﹁そうか、ご苦労。出港準備を進めてくれ。﹂
﹁了解しました。﹂
航海艦橋の艦長席に座るとなぜかホッとした。思ったよりもあの
鎮守府内でストレスを感じていたようだ。自分らしくないなと苦笑
いいから自分を守ることに集中して﹄
﹄
﹃ご忠告、痛み入る。しかし、君の言う通りには出来ない﹄
﹃どうして
﹃え
ちょ﹄
君
僕の務めは艦隊を旗艦を守ることだ。そ
れが護衛艦である僕の責任だよ。心配ない必ず守る。通信終わり﹄
﹃攻撃の主力は君だろう
?
通信越しでも彼女が狼狽えているのが解る。
?
58
した時、頭の中に通信が入る。
﹃こちら、ホタカ﹄
﹃瑞 鶴 よ。北 上 達 か ら 聞 い て い る と 思 う け ど。も う 提 督 に 逆 ら っ
ちゃだめよ﹄
﹃解っている。右手を指されたくはないからな﹄
﹃その⋮ごめんなさい﹄
君は提督の命令に従っただけだ。逆らわなければいい
問題ないよ﹄
﹃なぜ謝る
のだろう
?
﹃⋮解ったわ。提督は貴方を弾除けの囮だと思ってる。私達の事は
?
無視して通信を切ると同時に、耳にイヤホンを当てニヤニヤこちら
?
を見ている副長を見てしまった。
﹁必ず守る、ですか。いやはや軍の通信で艦娘を口説くのはいかが
なものかと﹂
﹁バカなこと言ってないで仕事をしろ、仕事を﹂
﹁既に出港準備は完了しました。いつでも行けますよ。﹂
この副長の性質の悪い所はやるべきことをすべて完璧にこなした
流石に全力で叩き潰
上でこういう事をやってくるところだと、彼は結論付け始めていた。
﹂
﹁ところで、防空戦闘はどのようにしますか
すわけには行かないでしょう
に飛んでくる奴は全部外しても構わんぞ﹂
﹁味方に飛んで行く機体はどうしますか
﹂
能を隠した意味がない。適度に無駄玉を撃つように。何ならこっち
﹁君の言うとおりだ。ここで下手に100%迎撃してしまったら性
?
﹁見つかりませんね。敵艦﹂
﹁だそうだ。進路そのまま、対空対潜対水上警戒を厳にせよ﹂
旗艦からの指示が頭と艦内に響いた。
﹃敵発見の報は無し。進路そのまま、進撃せよ﹄
戦闘海域に入って数時間。偵察機からの敵発見の報は無い。
火、反対方向には吹雪。艦隊の最後尾に北上が付いていた。
の後ろ、輪形の中心に位置するのは旗艦瑞鶴。瑞鶴の右舷側には不知
進んでいた。先頭を走るのは艦隊の中でも最も巨大な戦艦、ホタカそ
深い青の海水を湛えた南太平洋を5隻の戦闘艦が輪形陣を組んで
だった。
そ ら し て 瞼 を 閉 じ る。現 在 時 刻 は 0 9:5 5。出 港 ま で は も う 少 し
自分の予想通りの答えに、少し噴き出す副長を睨みつけた後、顔を
例外は無い。﹂
﹁何としても全部落とせ。見逃す場合も攻撃が外れる場合のみだ。
?
﹁見 つ か ら な い の は 良 い こ と だ。戦 わ な い こ と に 越 し た こ と は 無
い﹂
59
?
﹁それもそうですがね。提督殿がなんと言っているか﹂
﹁敵がいないことに腹を立てて、瑞鶴を責める様子が簡単に想像で
きるな﹂
肩をすくめる。彼には如何する事も出来なかった。
﹂
高度25
と頭に突然データが流れる感覚にホタカはため息をつく。
﹁このまま敵が見つからなければいいのですが⋮﹂
ピン
﹂
﹁どうやら、お客さんが来るみたいだ﹂
﹁⋮もしかして私のせいですか
副長の頬にタラりと流れる冷や汗。
距離450km
このままではこちらと接触します
!
?
方位1│8│7
速度約300km
﹁レーダーに不明機
00
!
!
る
﹂
だろう
﹂
?
していた。
艦隊は依然として直進をつづけ、不明機はまっすぐこちらを目指
﹁頼んだ﹂
﹁対空砲のシステムチェックを念入りにやっておきます﹂
﹁まあ、そうなるな。では放置するしかないか﹂
﹁新参者の提案にあの提督が従いますかね
﹂
﹁その︻それとなく︼が難しいんだよ。進路変更を具申するのはどう
﹁瑞鶴さんにそれとなく戦闘機を回してもらえばどうですか
﹂
﹁射程圏内に入り次第片端から潰していったからな。さて、どうす
﹁前の世界では見 敵 必 殺 一択でしたからね﹂
サーチ・アンド・デストロイ
電波妨害装置を積んでおくべきだったな﹂
﹁まずいな、本艦に搭載されているのはECCMシステムだけだ。
﹁視認まで1時間20分ってところですかね﹂
している以上。視認距離まで瑞鶴に打電できないな﹂
﹁艦娘の機体にIFFなんて付いていないしな。こちらの電探も隠
レーダー手妖精がデータを読み上げ各所に報告する。
!
!
!
?
60
!
?
?
進路変わらず
STAGE│3 1対90
アンノウン
﹁不明機さらに近づく
﹂
!
﹂
﹁瑞鶴から発艦した偵察機の一機が、発動機不調で戻ってきたのでは
のはホタカただ1隻だった。
不明機を発見してから30分が過ぎるが、敵の所在を把握している
!
﹁発動機不調の九七式艦上攻撃機が時速300kmで飛べるとは思え
ないな﹂
﹂
﹁ですよねー。いっそのこと旗艦に報告しますか
?
1
3
号
号
電
電
探
探
あと一隻あれば真面な警戒線が張れたはずです﹂
﹂
?
ると碌なことにならないよ﹂
を起こすのは少々危険すぎる。それに、こういうものは焦って対処す
府高官がどれほどの力を持っているか、ハッキリしない現状では行動
うしても良かった。だがヤツは政府高官を親に持つ人間だ。その政
﹁まあ確かに一理あるし、一度は考えたがな。提督が只の無能ならそ
副長の真剣な提案に、彼は一つ頷いた。
﹁艦長。やっぱり隙を見て始末してしまった方が良かったのでは
﹁だな。さて、敵に先手を取られるこの窮地、提督はどうするのかな﹂
約10分。間に合いませんな﹂
﹁時速300kmで進んだとして半径50kmの視認範囲に入るまで
る。このままいくと交代の時に100kmラインを超えるな﹂
﹁上空直掩機はわずかに零戦二一型4機、しかもそろそろ燃料が切れ
おきましょうか
﹁補給、性能のいい電探。ついでに正規空母を一隻ないものねだって
ホタカが肩をすくめた。
﹁ないものねだりだな。﹂
﹁三式一号電波探針儀三型を搭載していればよかったのですがね﹂
1
りさまではカタログスペック通りの性能が出せるか疑問だからな﹂
二式二号電波探針儀一型の探知距離は単機で約70kmだが、このあ
2
が 1 0 0 k m を 切 っ た ら 報 告 す る。現 在、瑞 鶴 に 搭 載 さ れ て い る
しかし、彼我距離
﹁だとしたら性能を隠してきた意味がないだろう
?
?
61
?
﹁なるほど、慎重ですな﹂
﹁臆病なだけさ﹂
おどけたように返したホタカに、副長のジト目が突き刺さった。
﹂
﹁何回も数個艦隊に単艦突撃かますような臆病者なんてどこにいるん
ですか﹂
﹁副長、自身の尺度で世界をとらえない方が良いぞ
﹁アラハバキに轢かれても沈みませんよ、貴方は⋮﹂
ドヤ顔で答える自分の艦長に副官は屈した。
不明機発見。
その報が艦隊にもたらされたのは、ホタカと副長の会話から40分
後だった。ただちに直掩機が迎撃に向かうが、時悪く直掩交代の最後
の機体が飛び立った直後であったため半径50kmに入るまでに撃
墜もしくは撃退することは不可能に近かった。十数分後不明機もと
い敵機は撃墜されたが、その前に不明機からの電波は発信されてい
﹂
た。その直後、瑞鶴の偵察機が敵艦隊を発見するが、その位置を報告
する前に通信が途絶えた。
﹁なぜ敵機に気が付かなかった
に聞いていた。
何をぼ
﹁提督、敵艦隊に私たちの位置が知られてしまいました。いかがい
たしましょう﹂
﹂
!
無機質な声で報告する瑞鶴を提督は睨みつけた。
とっとと攻撃隊を発進させろ
﹁も と は と 言 え ば 貴 様 の 直 掩 機 が 無 能 だ っ た か ら だ ろ う
さっとしている
﹁しかし、敵の詳細な位置が不明です﹂
ただちに全艦載機を発進させよ
これは命令だ
﹂
!
!?
62
?
瑞鶴防空指揮所に提督の怒声が響くのを瑞鶴は何の感傷も抱かず
!!
敵発見の報と敵機が出現した方向
!!
!
!
﹁貴様は索敵攻撃を知らんのか
はほぼ同じだ
!
﹁⋮了解﹂
提督に背を向けて、手に持った弓を構えた。矢じりの代わりに戦闘
機の模型が据えられた矢をつがえ、引き絞る。そのころ飛行甲板で
﹂
は、エンジンを始動させた銀灰色の零戦二一型が発艦の時を待ってい
た。
﹁第一次攻撃隊。発艦始め
瑞鶴の手から矢が放たれると同時に、先頭の零戦が滑走を開始す
る。空母艦娘の利点の一つに合成風力を得るために全力で走る必要
がないことがある。この利点により、航空機の発艦が従来艦よりも素
早く行える。
甲板を滑走した零戦が空中に浮き上がり、主脚を引き込んだ瞬間、
瑞鶴の放った矢が炎に包まれ3つに分裂する。3つの火球は空中で
3機の零戦二一型に変化すると飛行甲板から発艦した零戦と編隊を
組むために機動し始める。
これも空母艦娘の持つ能力の一つだ。飛行甲板から発艦する機体
には妖精さんが乗っているが弓矢が変化したものは無人機で、妖精さ
んの指揮の元自立して機動する。これにより全ての機体が発艦する
までの時間が飛躍的に短縮された。しかし、この能力の代償として、
結果的に格納庫に入る機体の数は史実よりも少なくなっている。こ
れは艦娘の指揮能力の限界が、史実での搭載機数と同値であるため、
浮いたスペースを予備機と弾薬、航空燃料タンクに置き換えてあるか
らだ。
とはいえ、継戦能力は飛躍的に伸びており短所ばかりと言えないか
もしれない。瑞鶴の弓から矢が放たれていくにつれて艦隊の上空を
幾つもの編隊が旋回するようになる。最後の雷撃機4機が編隊を組
み終えると、敵を求めて飛び去った。
﹁攻撃隊発艦完了しました﹂
﹁宜しい。ではホタカに打電、艦隊より離脱し、敵航空戦力を誘引せ
よとな。この海域の深海棲艦の航空機は1番最初に見つけた大型艦
を執拗に狙う傾向がある。ホタカを突出させればこちらへの被害は
少なくなる﹂
63
!
﹁なっ⋮そ、れは﹂
提督の命令の意味を理解した瑞鶴は戦慄する。今のホタカは主砲
弾を積まず、使えるのは152mm砲と機銃の防空兵器のみ。下され
た命令は航空戦力の誘引。彼女の脳裏に最期の記憶がよみがえる。
1944年10月25日
この日、空母瑞鶴はわずかな直掩機と対空兵装のみを伴って米空母
部隊の攻撃を誘引し、エンガノ岬沖に沈んだ。当時の恐怖と絶望は今
でも鮮明に思い出せる。瑞鶴にとってトラウマともいえる体験だっ
た。あの時と同じ事、いやそれ以上に過酷な戦闘にホタカを送り込む
事は彼女を躊躇わせた。もちろん、敵航空隊を誘引するためには有効
早くしろ﹂
であることも頭の片隅では理解していたが、了承することは不可能
だった。
﹁なんだ
あのような欠陥戦艦を置い
﹁提督、考え直してください。ホタカを前に出せば、間違いなく⋮﹂
﹁沈むだろうな。だが、それがどうした
ておくほど私は甘くない﹂
に下の階へ降りていった。
つつ、通信を開く。提督は彼女が通信を始めると、興味を失ったよう
もはや提督の命に従う以外他ないと悟った瑞鶴は絶望感に苛まれ
﹁⋮解り、ました﹂
あの腕輪の物だ。
提督がポケットからスイッチを取り出す。
﹁どうした、早くしろ﹂
たくなかった。
ただでは済まない。姉から貰った命をこんな人間を葬るために使い
奥底に閉じ込める。ここで提督を殺すのは簡単だが、それでは自分も
きて何度目かわからない強烈な殺意を覚える。が、何とかそれを心の
何でもない事のように味方を捨て石にすると言った提督に、ここに
?
瑞鶴からの通信にいやな予感を感じつつも応答する。
64
?
﹃こちらホタカ。命令か
﹃そうよ⋮﹄
﹄
彼女にしては妙に元気のない声に、自分の最悪の予感が的中し始め
ていることを悟った。
﹃ホタカは艦隊を離脱し、敵航空戦力を、誘引、せよ。よ。﹄ それを聞くとホタカは小さく頷いた。
たった一
﹃了解した。現時刻をもって本艦は艦隊を離脱し敵航空戦力の誘引
に努める﹄
通信を切ろうとした時に、瑞鶴が待ったを掛けた。
﹃提督は、貴方を捨て石にするつもりよ。﹄
﹃そのようだね。﹄
﹃どうして⋮どうしてそんなに落ち着いてられるのよっ
人で敵に突っ込むのに、どうして⋮﹄
せる。
悪びれもせずニヤリと口角を上げて答える副長に、注意する気も失
思っておりますゆえ﹂
﹁勤 務 中 の 副 長 の 最 も 大 切 な 仕 事 の 一 つ は、正 確 な 状 況 把 握 だ と
﹁通信の盗み聞きはどうかと思うぞ。副長﹂
いた。
通信を切ると、例のごとく副長が通信機を耳に当てて会話を聞いて
い。通信終わり。﹄
﹃約束しよう、絶対に生きて帰るし、敵航空機は1機たりとも通さな
﹃⋮⋮絶対に帰ってきてよ。そうじゃないと私⋮私⋮﹄
決まったわけじゃないし、そう簡単に沈んでやる気もサラサラない﹄
﹃今更焦ったところでどうにもならんからな。それに、まだ沈むと
落ち着き払ったホタカの返答に瑞鶴が理解できないと声を荒げた。
!
﹁話は聞いた通りだ、本艦は艦隊から離れ敵航空戦力の誘引に努め
る﹂
面舵20
﹂
﹁我々は敵の前にぶら下げられたエサですか﹂
﹁そういう事だ。両舷増速
!
65
?
﹁辛そうでしたね、瑞鶴さん﹂
!
﹂
﹁いや、彼女は莫迦だよ﹂
﹁は
副長。別にそれでもかまわない。だが彼女は莫
突然の罵倒に副長の目が点になる。
﹁賛成できないか
﹁⋮なんですか
﹂
迦だ。大莫迦者だよ艦娘なのに軍隊の基本を理解していない﹂
?
﹂
?
の彼方、小さくなり始めていた。ホタカの姿が水平線から消えたの
ついさっきまで手の届きそうなほど近くにいた戦艦は、もう青い海
﹁なんで⋮なんでこうなるのよ⋮﹂
る。
い痛みを発する右手の拳、それ以上の痛みを彼に強いたことに絶望す
呪った。思わず、電探の土台を力いっぱい殴りつける。ジンジンと鈍
みその命令をよりによって自分が下さなければならなかった現実を
い。そんな考えが頭をよぎる。捨て石前提の命令を下した提督を恨
自分があの時保護しなければ、こんな事にならなかったかもしれな
鶴は悔しさと罪悪感に押しつぶされそうになりながら見つめていた。
自分の前に居た戦艦が、進路を変えて艦隊から離れていくのを、瑞
そういったきり、ホタカは腕組みをして黙り込んでしまった。
どちらも戦場では役に立たないどころか害悪にすらなりうる。﹂
﹁軍隊の命令に人としての優しさとか、甘さとかは必要ない。その
﹁⋮⋮それだけ優しい方なんでしょう。﹂
なんと呼べばいいんだ
無い罪悪感を自分から背負いに行っている。これを莫迦と言わずに
いんだ。理解していればあんなことは言わないはずだ。負う必要の
う。命じられた者では決して、ない。彼女はそのことを理解していな
﹁軍 の 命 令 に よ っ て 生 じ た 問 題 の 責 任 は そ れ を 命 じ た 者 だ け が 負
ホタカは半目で副長を睨む
﹁副長、君も忘れたのか。﹂
?
は、それからすぐの事だった。
66
?
艦隊から離れて50分、水上レーダーから味方が消えてから若干の
距離460km
﹂
﹂
相対
大編
対空戦闘用意
機影約90を確認
高度2300
時間が経過していた。今まで目をつぶっていたホタカが目を開ける
方位1│7│9
と同時に、その報告は舞い込んだ。
﹁機影補足
﹂
速度360kmで本艦に向かって接近中
隊です
﹂
﹂
進路1│7│9
﹁対空戦闘よーい
取り舵5
﹁決まっている、迎撃あるのみだ。総員、戦闘配置
﹁どうしますか
﹁90機か、正規空母が2隻と言ったところだな﹂
﹁来ましたね﹂
!
﹂
かった。しかし、ホタカは首を横に振る。
﹁艦長
サバイバリティ
﹁ミサイルを補充できない今、安易な弾薬の消耗は生 存 率を減少さ
せる﹂
﹁では⋮﹂
何かを決めたように一つ頷く
﹁ミ サ イ ル に よ る 攻 撃 は 行 わ な い。攻 撃 は 砲 兵 器 の み だ。た だ し、
最初の一撃に限り主砲を用いる。目標が雷爆連合であるならば、ある
﹂
地点で低空と高空、2群に分かれるはずだ。そこを狙う﹂
﹁ばらける前に全門斉射した方が良いのでは
えられないだろう﹂
﹁いやダメだ。その場合遠距離砲撃になり、この艦とて有効打を与
?
67
!
!
!
!
﹁見方から我々は見えません、ミサイルを使いますか
!
?
CICが俄かにあわただしくなり、戦闘に備える。
!
現状彼らの上には直掩機もなく、また視認できる範囲に見方は居な
?
!
!
!
!
!
!
﹁なるほど、主砲弾もバカスカ撃てませんし。﹂
﹁そうだ。あと、迎撃には本艦の持ちうる火器管制能力の全てを使
﹂
い、敵航空隊を全滅させる﹂
﹁予定変更ですか
﹁ああ﹂
﹁いやですよ、激戦区に投入されるのは﹂
﹁ここまではっきりと捨て駒扱いされると、損傷後の修理の可能性
は絶望的になる多少の戦果を挙げて僕の価値を提督に売り込まなけ
れば、ジリ貧になりかねない﹂
弾種、特殊榴弾
﹂
﹁高すぎず、低すぎず。両方考えないとならないのが辛いとこです
ね﹂
﹁ぼやいても始まらんさ。主砲弾装填
!
内の緊張も高まる。
﹂
﹁目標を光学映像で補足
﹁モニターに回せ
﹂
彼我距離がじりじりと近づいていき、それに比例するようにCIC
るかに脆弱な航空機を、纏めて撃墜するにはうってつけだった。
耐えるために炸薬の量自体は多くない。しかし、戦闘艦に比べるとは
る程度量産しやすかった。とはいえ、砲撃時にかかる膨大な加速度を
ライデントの弾頭に搭載される炸薬よりも数段威力は劣るものの、あ
炸薬は新型の爆薬を製造する過程で偶然発見されたのもので、後にト
範囲にすさまじい衝撃波を与える特殊炸薬が内蔵されていた。この
三式弾と大きく違う点として、砲弾内には996個の弾子ではなく広
特 殊 榴 弾 と は ウ ィ ル キ ア 版 三 式 弾 と も 言 う べ き 対 空 砲 弾 だ っ た。
!
輝くものも居た。
すべての背中と言うべき部分が不気味にオレンジに輝き中には青く
中型爆弾を2発抱いたもの、魚雷を抱いたものがいた。そして、その
スタブウイングには爆装を施していない物と小型爆弾4発を持つ物、
爆弾や魚雷を抱き、機体後部下側に機銃らしきものが見える。小型の
な流線型の銀色の機体、機首の下側に歯に見える突起物後ろに大型の
モニターに出現した異形の航空機にクルーは息をのんだ。滑らか
!!
68
?
!
﹁すべて同じ機種だな﹂
方位1│8│
﹁魚雷か大型爆弾を持ったものが艦攻、爆装していないものが艦戦、
残りは艦爆ですかね﹂
﹁とすると敵は、艦戦20、艦攻38、艦爆32か﹂
﹁奴さんこちらめがけて一直線ですよ﹂
﹁味方に行かないことはいいことだな﹂
艦爆32機、艦攻18機、上昇
﹁目標群3群に分離
!
艦戦20機は進路、高度維
!
アルファ
ブラボー
W
S
ブラボー
防御重力場稼働
﹂ チャーリー
全
目標群 Aに1番主砲、および1,3,5番152m速射砲照準
I
目標群 Bに2番主砲及び2,4,6番152mm速射砲照準
C
35mm高性能機関砲迎撃準備
!
いつでも行けます﹂
と言う戦力差の戦いが始まろうとしていた。
1対90、ランチェスターの第2法則に当てはめれば1対3600
一瞬の、エアポケットのような静寂。
﹁そういう事だ﹂
﹁攻撃高度に達した瞬間が勝負ですね﹂
﹁射撃待機﹂
﹁主砲諸元入力よし
向きの力場が展開され不可視の結界を作った。
させる。最後に、艦の各所に設置された防御重力場発生装置から、外
設置された8基のCIWSがいつでも撃てるようにレーダーを稼働
水平に保ったまま左舷の海上を睨む。艦上構造物に寄り添うように
鎌首を擡げ空を睨み、後部主砲、最後部と左舷の速射砲が砲身をほぼ
ホタカの指示道理に、前部の主砲、最前部と右舷の速射砲の砲身が
!
!
する
!
﹁上昇中の目標群をA、降下中の目標群をB、戦闘機隊を C と呼称
アルファ
位置へ移ろうとしていた。
レーダー画面では、ホタカを水底に沈めるべく90機の敵機が攻撃
方位1│2│7
艦攻20機、降下
5
!
﹂
持
!
!
69
!
!
!
00
﹂
アルファ
アルファ
アルファ
ブラボー
目標群 A 高度2600
ブラボー
﹂
ブラボー
目標群 B 高度1000
ブラボー
目標群 B 高度400﹂
!
﹁まだだ。逐次 A、 Bの高度を報告せよ
﹁了解
﹁⋮⋮⋮﹂
アルファ
﹁目標群 A 高度2800
!
、降下停止
﹂
、上昇停止
﹂
隊は柔らかい横腹を狙うべく蒼海へ駆け下りていった。それをホタ
水平、急降下爆撃隊はホタカの直上をめざし蒼空を駆け上がり雷撃
﹁⋮⋮⋮﹂
﹂
﹁目標群 A 上昇中、高度2400 、目標群 B 降下中、高度13
!
!
カの全ての砲兵装が狙う。
ブラボー
﹂
﹁目標群 B 高度50
﹁2番撃てッ
アルファ
﹂
﹁目標群 A 高度3000
﹁1番撃てッ
!
!
し、慌てて編隊を解いた。
ブラボー
﹂
で火だるまになり、バラバラになって墜落していく様に敵機は戦慄
とはいえ無視できるほどの損害ではなかった。何機もの見方が一瞬
つ咲いた。こちらも空気が比較的薄いため威力は小さくなっている
海面上での炸裂から数瞬後、今度は上空3000mに大輪の華が3
けられる機体が続出した。
かった機体も、激烈な衝撃波によってバランスを崩し海面にたたきつ
撃機は、熱と衝撃波によってばらばらに引き裂かれ運よく直撃しな
形が異形であっても航空機は航空機。まともな装甲を持たない雷
を熱と衝撃波に変換し360度全方位にぶちまけた。
咲かせた。内部に収められた特殊炸薬が自身の持つ化学エネルギー
裂きながら飛翔する3発の砲弾は、目標群 Bの目の前で大輪の華を
ブラボー
砲身から轟音と爆煙ろ閃光とともに放たれた。大気を文字通り切り
と電磁力の力を借りて超音速にまで加速された6発の砲弾が6つの
ホタカが指示した瞬間、砲身内に収められた装薬に点火され、火薬
!
!
!
﹁目標群 B 15機撃墜
!
70
!
!
!
!
アルファ
﹁目標群 A 13機撃墜
﹂
﹁全速射砲、CIC支持の目標撃ち方始め
かれた。
ブラボー
﹁目標群 B 5機全機撃墜
全滅です
﹂
﹂
アルファ
﹂
した水柱に衝突して。理由は違えど、須らく海面に叩きつけられて砕
のは砲弾を躱そうとぎりぎりまで降下し、海面に命中した砲弾の起こ
あるものは目の前で炸裂した砲弾の破片の雲に突っ込んで。あるも
の雷撃機は。あるものはその流線形の機体に巨大な風穴を開けられ。
からわずか4秒、真正面から152mm砲弾の弾幕に突っ込んだ5機
管制装置によって神がかり的な命中精度をたたき出した。射撃開始
砲は3門、しかもその砲身から放たれる砲弾は、ホタカの優れた射撃
この時、雷撃隊は悲惨であった。残存機5機に対し、射撃する速射
された砲塔から空へ向かって次々と放たれる。
今度は速射砲が火を噴いた。152mm口径の砲弾が完全無人化
!
!
方位1│8│5
証の黒い花が幾つも咲いていた。
アルファ
﹁目標群 A 散開
艦爆5
艦攻11
艦爆6
方位1│6│4
、方位0│4│3
方
!
、方位2│2│
!
!
艦爆3
!
、方位0│7│6
、方位3│4│5
!
!
弾を打ち上げ始める。空には速射砲弾の近接信管が作動し炸裂した
く突き上げ目標群Aを狙っている速射砲と同じように、数十キロの砲
今まで水平線を睨んでいた3門の速射砲が、今度はその砲身を天高
﹁2,4,6番152mm速射砲。新目標、目標群 A 射撃開始
!
!
!
する。ホタカが一つ舌打ちをすると、レーダー画面上の6つの目標群
デルタ
エコー
ホテル
F
インディア
、方位
フォックストロット
にそれぞれ新しくコードが割り当てられる。方位0│4│3の目標
ゴルフ
群にはD、方位0│7│6にはE、方位1│6│4には
ジュリエット
1│8│5にはG、方位2│2│3にはH、方位3│1│2には I 、
方位3│4│5には J 。
声での命令が間に合わない時には艦息としての能力が生きてくる。
ホタカが考えるだけで必要な情報が付け加えられた。
71
!
!
!
!
艦爆5
﹂
!
!
艦爆4
艦爆5
位3│1│2
3
!
!
28機の艦爆と11機の艦攻が小部隊に分かれ、各個に突入を開始
!
デルタ
ホテル
﹂
エコー
E 2番速射砲照準
F
J
6
ジュリエット
1番
フォックストロット
!
I 5番速射砲照準
インディア
!
!
H 3番速射砲照準
﹂
ゴルフ
目標群 Gは
!
﹁目 標 群 D 4 番 速 射 砲 照 準
速射砲照準
番速射砲照準
ゴルフ
﹁艦長
!
F
、
フォックストロット
J
﹂
推進装置稼働用意
降下開始
ジュリエット
全弾回避する。機関全力運転用意
デルタ
﹁目標群 D、
﹂
﹁4,1,6番撃ち方始め
﹂
﹂
!
﹂
!
ホテル
インディア
C
I
W
ラ
イ
ン
S
﹂
コントロールオープン
!
だ。
デルタ
ゴルフ
﹁目標群 G 爆弾投下
!
ア ヴェ ン ジャー
敵機は、風穴を全身に穿たれ爆散、もしくは空中分解した。
も口径の大きい銃弾と言うより砲弾と言うべきモノを全身に受けた
主力戦車さえ撃破するA│10サンダーボルトのGAU│8より
5mm徹甲弾が吐き出された。
それぞれが判断、選別した目標に向かって毎分1000発を超える3
え ら れ た 8 基 の C I W S が 6 本 の 3 5 m m 砲 身 を 天 空 に 向 け る と。
きくなっていく急転舵により艦体が左へ傾いた。傾いた甲板上に据
5万トンを超える巨体が震え、艦首に生じる白波が見る見る間に大
全35mm高性能機関砲 迎 撃 開 始﹂
面舵一杯
!
﹁機関全速
﹂
﹁D、 E、 H、 I より各1機が速射砲防御圏突破
エコー
撃機が速射砲の仰角の限界を超える領域、ある種の死角になだれ込ん
しかし、数は力だった。仲間の爆炎を隠れ蓑にし、数機の急降下爆
く。
機、また1機と速射砲が咆える度に、掴み取られるように爆散してい
水平飛行中よりも格段に容易になるため、命中率が急上昇した。1
い。またまっすぐ急降下してくる機は、速射砲の照準を合わせるのが
下中の航空機は、自身と爆弾の重量により容易に進路の変更ができな
する。が、それは回避行動をする術を自ら放棄するものだった。急降
突入経路を見定めた急降下爆撃隊は1本鎖になって急降下を開始
インディア
!
ホテル
﹁E、 H、 I 降下開始
!
エコー
﹁2,3,5番撃ち方始め
!
!
﹁Gは中高度からの水平爆撃隊だ。急降下爆撃より命中精度は悪い
!?
!
!
72
!
﹂
それとほぼ同じころ、ホタカの左舷に水平爆撃隊が投下した200
撃ち方始め
0ポンド対艦爆弾が着弾し巨大な水柱を噴き上げる。
﹂
4,5,6番速射砲照準
﹁急降下爆撃隊全機撃墜
ゴルフ
﹁目標群 G
!
!
余儀なくされた。
ゴルフ
﹁目標群 G 全機撃墜
チャーリー
﹂
﹁目標群 C 撤退していきます
チャーリー
﹁目標群 C 1,2,3番速射砲照準
﹂
﹂
撃ち方始め
!
機隊も間もなく空に散った。
﹁全目標の撃墜を確認。我々の勝利です﹂
﹁何とか切り抜けたか。両舷前進原速﹂
﹁こちらの攻撃隊は戦果を挙げられたでしょうか
﹁難しいだろうな﹂
﹁やはり、数が﹂
副長の意見に頷く
弾の再装填を急げ﹂
南太平洋は一時の静寂を取り戻していた。
﹂
!
距離440km
高度210
﹁来るさ、必ず来る。進路はそのまま維持。CIWS、速射砲の即応
うんざりしたような顔をする副長に苦笑する。
﹁じゃあ、また来ますかね﹂
を残すために第1次攻撃隊の数は全艦載機の半数の筈だ﹂
﹁アレが全艦載機だとは思えない。普通の指揮者なら第2次攻撃隊
?
攻撃隊が全滅したのを確認して引き揚げようとした20機の戦闘
!
方位1│8│3
正確に叩くために進化し続けた異世界の対空システムを前に全滅を
身軽になっていた彼らだったが、改良を繰り返し、音速の目標をより
2mm砲弾のシャワーが襲い掛かった。重い爆弾を捨て戦闘機並に
投下終了後、ホタカの後方へ抜けようとしていた水平爆撃隊に15
!
!
!
!
方位1│8│2
!
73
!
レーダーに感
!
﹁
!
0
機数24
相対速度約300km
﹂
他には
﹂
艦長⋮これは﹂
!
﹁艦長。パイロット妖精14名を救助しました﹂
﹁不時着した機体の中に、無人機はどれほどいた
﹂
﹁零戦3機、99艦爆はゼロです﹂
﹁そうか、戦果はどうだった
?
﹂
するとは考えにくいです﹂
破させた以上、艦上機の発艦は不可能ですから、第2次攻撃隊が存在
でにすれ違った航空隊は大部隊が1つのみです。航空隊が空母を中
﹁その可能性は低いでしょう。パイロットの話では敵艦隊へ行くま
しているかな
﹁なるほど、パイロットは丁重に扱え。副長、敵は第2次攻撃隊を出
りの全てです﹂
です。代償として九七艦攻は全滅、ここを通りがかった部隊が生き残
隊は正規空母2隻を中破に追い込みましたが、他の艦は無傷とのこと
﹁敵艦隊は正規空母2、戦艦1、重巡1、駆逐2の有力な艦隊で航空
?
﹂
れば途中で落後していてもおかしくない物ばかりであった。
め次々に着水していった。どの機体もひどく損傷しホタカが居なけ
発行信号が発信されると、全ての艦爆と6機の零戦が高度を下げ始
﹁了解﹂
ロットを救助する﹂
還困難ト思ワレル機ハ、本艦ノ周囲ニ着水セヨ。内火艇を出せ、パイ
﹁味方航空隊へ向けて発行信号。ワレ、トンボ釣リノ用意アリ。帰
がらも、必死に母艦へ帰ろうとしている姿が映し出されていた。
モニターにはボロボロになった瑞鶴航空隊がヨタヨタと飛行しな
﹁零戦18機、99艦爆6機、艦攻に至ってはゼロですか⋮﹂
機体ばかりだった。
ホタカの願いは届かず、白いの切れ間から見えたのは見覚えのある
﹁敵航空隊、ならいいんだが。﹂
﹁それ以外の反応なし
﹁たった24機か
!
?
74
?
!
?
!
副長の意見に、僕も同じ考えだと肯定した。
﹁現時刻をもって敵機動部隊の航空戦能力が喪失したと判断する。
味方艦隊と合流する
﹂
よって我々の任務はここに達成された。これより本艦は転舵し味方
﹂
艦隊と合流する。何か質問は
!
﹁ありません、艦長。﹂
﹁よろしい、面舵30
数十分後、
!
ホタカが目にしたのは左舷に傾斜した瑞鶴と北上の姿だった。
まで増速
35
?
75
?
!
STAGE│4 水面下の闘争
﹃よかった⋮無事だったみたいね﹄
相互通信可能圏内に入ると瑞鶴から通信が入る。その声は喜んで
﹂
いるようにも聞こえるが、それ以上に疲労とやるせなさがにじみ出て
いた。
﹁潜水艦か
かだった。
﹂
?
れじゃ。﹄
ブツリと通信が切れる。
?
﹁了解
﹂
﹁対潜警戒を厳となせ、僚艦が潜んでいるかもしれない﹂
﹁いえ、それらしき影は発見できません﹂
﹁ソナー手。潜水艦は居るか
﹂
﹃大丈夫よ、大丈夫。こんなところで沈む気はサラサラないわ。そ
﹁そうか、君は無理をするな。何なら曳航してもいいぞ
﹂
冗談めかして言う彼女だったがそれが痩せ我慢であることは明ら
不知火よ﹄
うな軟な艦体してないわよ。提督は不知火に映ったわ。臨時旗艦も
カラダ
﹃安心して。北上のは不発弾だったし、あたしは魚雷2本で沈むよ
﹁損害は
上に、残りは私に﹄
﹃ええ、至近距離まで近づかれて6発。3発は躱したけど、1本が北
?
とです﹂
﹁了解と伝えておけ。12
﹂
﹂
まで減速。瑞鶴の後ろにつく﹂
﹁どうして発光信号なのでしょう
﹁通信機の不調か、居場所を知られたくないのではないか
﹂
?
その時、いやなことを思いついたという風にホタカの顔がゆがむ
テレパシーと言えるものです。やはり通信機の不調では
﹁しかし艦娘どうしの双方向通信は、我々でも傍受できない一種の
?
?
?
76
?
﹁艦長。臨時旗艦不知火より発行信号、本艦隊ト合流セヨ。とのこ
!
﹁いや、おそらくこいつだ﹂
無造作にあげた右手、軍服の袖が重力に従って下がり白い腕輪が除
いていた。副長の顔も歪む。
妖精さん
﹁対潜警戒任務は駆逐艦の役目だ。奴が腕輪の起動スイッチを押し
ても何ら不思議はない。﹂
﹁艦の航行と、発光信号程度なら我々でも可能ですからね﹂
﹂
ホタカの不愉快な予想を、吐き捨てるように副長が続けた。
﹁提督は流石に瑞鶴を修理すると思うか
﹂
﹁謀略の間違いでは
﹂
﹁始動、と言うほど大層な物じゃないが幾つか悪巧みをね﹂
心なし期待するような顔の副長。
﹁ついに始動ですか﹂
﹁しかし、そろそろ行動を起こさないとな﹂
﹁そうであることを祈りますよ、私は﹂
の鎮守府唯一の、貴重な正規空母だ。使いつぶすには惜しいだろう﹂
﹁まあ、それが最も最悪なシナリオの一つだが。可能性は低い。こ
しょうか
まいました。最悪の場合、使いつぶすということは考えられないで
﹁どうでしょうな。間の悪いことに我々は作戦を完璧に遂行してし
?
﹂
?
しての能力がこんな事に利用できるとは、驚きです﹂
﹁こちらはそのデータを整理、編纂する、と言うことですね。艦息と
に送る﹂
み、資料に目星をつける。そして夜間に僕が潜入して証拠を記録し艦
﹁そ う い う 事 だ。昼 間 の う ち は 少 数 の 陸 戦 隊 を 資 料 室 内 に 送 り 込
﹁提督の悪行を暴くのですね
室もしくは執務室から情報を集める﹂
﹁つまり鎮守府の中で待機と言うことになる。ここで鎮守府の資料
﹁この様子ですと。さすがに明日は休みですな﹂
パラオ鎮守府の近くに巨大な嵐があることを示していた。
ホタカが目の前の多機能モニターに映し出したのは1枚の天気図。
﹁そこまで黒くなったつもりはないよ。こいつを見てくれ﹂
?
77
?
﹁視覚情報をそのままデータとして記録できる、僕ぐらいしかでき
ないだろうけどな。﹂
﹂
﹁しかし、仮に奴を失脚させるほどの情報が集まっても、それを発信
できなければ意味がありませんよ
﹂
鎮守府に戻った後、彼女らに待っていたのは提督の叱責と腕輪の苦
﹁よろしく頼む﹂
﹁ですね。陸戦隊を編成しておきます。後医者と﹂
これぐらいのリスクには立ち向かわないと戦果は無いな﹂
﹁ま、ある種の賭けであることは認めるが。
が少なくともここよりまし、と考えているからでしょうしね﹂
﹁瑞鶴さん達がトラックへ行くように勧めたのは、そこにいる提督
艦隊から出すことになっているらしい﹂
送され、そこからここまで運ばれてくる。その時の護衛はトラックの
﹁このエリアへの補給物資は補給拠点からいったんトラックまで輸
有るのですか
﹁その艦隊が例の政府高官の息の掛かった艦隊でないと言う保証は
﹁だから明後日決行するんだよ﹂
﹁何ともまあ都合の良い事で﹂
﹁今朝出撃する前に不知火に聞いたら、明後日だそうだ﹂
﹁都合よく来ますかね。そんな艦隊﹂
に渡すつもりだ﹂
﹁そのことについてだが、この鎮守府に来る補給艦隊の護衛の艦娘
?
痛だった。ホタカは咎めを受けなかったため腕輪から針が出てくる
78
?
ことは無かったが、自分とそう変わらない姿の艦娘達が、苦痛に悶え
ているのを自分だけ無傷で眺めるのは決して面白い物ではなかった。
かと言って、自分も苦痛を受けると言うほど自分の正義感に酔っては
居なかったし被虐趣味者でもなかったため、心の奥底に暗い敵意をし
まい込みながら無表情で佇んでいた。
﹁フン。役立たずどもが。﹂
一通りの苦痛を与えることに満足したのか提督は手に持った棒状
のスイッチの下部をひねった。4人の艦娘の悲鳴が止まる。如何や
ら即効性の解毒剤を打ち込んだらしい。それでも、4人は荒い息を吐
いていた。
﹁さて、ホタカ。私は君について勘違いをしていたようだ。﹂
先ほどまでとは打って変わって上機嫌でホタカに顔を向ける。9
0機の敵機を一方的に撃滅したことを素直に喜んでいるようだが彼
にとっては正直言って不快だった。提督は倒れ伏した瑞鶴の前にか
﹂
の様子に満足そうに頷いた。 ﹂
﹂
﹁まず、そこに転がっている役立たず三人を部屋へ連れて行け。瑞
鶴は残せ﹂
﹁理由を聞かせていただいても
﹁役立たずにすることなぞ、たった一つっきりだろう
﹁愚問でした。では、失礼します﹂
﹁北上さんや瑞鶴さんが被雷したのは、敵潜を見逃した不知火の責
ホタカの提案に不知火は首を横に振った。
迎えに来る﹂
﹁不知火、君も無傷じゃないんだ。ここに居ろ。吹雪を寝かせたら
ているらしい北上の肩を持ってもらい執務室から廊下に出る。
吹雪を背にのせて、何とか歩けそうな不知火には、意識が朦朧とし
?
?
79
がみこむと、何かを奪い取る。
﹁明日からは君が旗艦だ。活躍を期待する。﹂
微力を尽くします
胸につけられたのは桜をあしらった旗艦バッジ。
﹁はっ
!
素粒子レベルでも考えていないことを口にし敬礼する。提督はそ
!
任です。ですから、不知火に運ばせてください。大丈夫です、北上さ
んは完全に意識を失っているわけではありません。肩を貸すだけで
すから﹂
先ほどの苦痛が未だ抜けきっていないのか、荒い呼吸で苦しそうに
答えた。何度か﹁待ってろ﹂
﹁拒否します﹂の応酬が続いた後、結果的
にホタカが折れた。いつもなら長くない道のりを何倍もの時間をか
けて歩く。途中、何度か不知火は立ち止まるが北上を放そうとはしな
かった。
﹁あーあ。だからウザいんだよ駆逐艦って﹂
﹂
不知火がまた立ち止まったときに、北上がはっきりとした意識を取
り戻す。
﹁北上さん。大丈夫ですか
﹁あたしよりもチンマイくせに、何倍も働いて。これじゃあ、あたし
の立つ瀬がないよ﹂
不知火の手を振りほどいて両足で立つ。
﹁北上さん、貴方は、まだ﹂
﹁確かに体中痛いけどさ、同じようにボロボロの駆逐艦に曳航され
ちょ﹂
るほどガタが来たわけじゃないよっ、と﹂
﹁えっ
﹁お子ちゃまは大人しくおぶられてな。あんた、あたし等の二倍腕
輪の毒くらってるんだから。ホタカ、行こう。正直言っていつまで持
つかわかんないし﹂
﹂
確かに彼女の傷ついた両脚は小刻みに震えていた。
﹁では、行くか﹂
君は﹂
﹁ちょっと、あたしには待ってろって言わないの
﹁それを言って大人しく待つのか
﹁待つわけないじゃん﹂
?
だ。
実際は好きなんじゃないのかと言う場違いな予想が彼の頭に浮かん
北上の即答に苦笑する。駆逐艦はウザいと言っている彼女だが、
?
80
?
そういうと、有無を言わさず不知火を背におぶった。
?
﹁つーかーれーたーー﹂
傾斜しているよ
目の前のベッドで北上が大の字になっているのを横目でみる。
﹁まあ、お疲れ。しかし、魚雷の傷は大丈夫なのか
うだったが﹂
﹁あーだいじょぶだいじょぶ。不発弾は取り除いたし、浸水は止め
た。外壁も応急修理で塞いであるからなんとかなってるよ﹂
﹂
一時凌ぎもいいとこだけどねー。と冗談めかして言う彼女に気に
なっていることを質問してみた。
﹂ ﹁そういえばだ、北上﹂
﹁何
﹁僕が寝ているベッドには依然誰か寝ていたのか
ホタカは初日のニヤリと笑みを浮かべた北上の表情がずっと気に
かかっていた。
軽巡大井か。いや、すまない無神経な質問だった﹂
﹁大井っちが寝てたよ﹂
﹁大井っち
では大井はどこへ行ったんだ
あたし等の最大の戦果の話﹂
?
呆れたような彼女の声
﹁
﹁あ。聞きたい
﹂
﹁ちょいちょい。あたしの親友を勝手に沈めないでくれるかなー﹂
?
に好奇心が鎌首を擡げる。
﹁夜は長いからな。できれば聞かせてほしい﹂
﹁ま、大層な話でもでかい声で話せる話でもないんだけどねー。こ
の鎮守府ってさ。元々艦娘は11人いたんだ。あたしと大井っちと
瑞鶴さんと不知火と吹雪と時雨と初雪と雪風と夕立と朝潮、そして翔
鶴さん。今みたいに大変だったけど、第1艦隊は出撃、第2艦隊は遠
征任務とかで役割分担して何とかやってたんだ。あたしと大井っち
は第1艦隊の護衛艦と遠征艦隊の旗艦を交代しながらやってた。で
もね、前も言ったように少し前の海戦で翔鶴さんが沈んじゃってその
81
?
?
?
今までで初めて見る満面に笑みを浮かべた北上の言う最大の戦果
?
?
犠牲自体も、他の艦を逃がすために敵陣に突っ込むっていう何とも後
味の悪い物でさ。帰ってきてから駆逐艦のみんながワンワン泣いて
たっけ。﹂
つらい記憶を思い出して若干遠い目を虚空に向ける。
﹁そんなときにね、瑞鶴さんがあたし等に提案したんだ。﹃駆逐艦の
子たちだけでも逃がせないか﹄って。んで、その時考えたのが遠征に
見せかけて、ここからトラックへ向けて脱出する。早い話が脱走だ
よ。でもまあ、欠点も多かったんだ。予定ではトラック近くまで行っ
たらバラバラになって、運よく哨戒艦隊と出会って保護されないとい
けないし、トラックの提督がこっちの提督に対してあたし達を突き返
さない保証はどこにもないし、脱走艦の処分は撃沈だしね。しかも、
遠征と言う前提だったから、どうあがいても軽巡は1隻確実に入れな
いといけない、残る枠は駆逐艦5隻だけだからね。そうすると誰が行
くかって話になったんだよ。まあ、ひどかったね。どいつもこいつも
82
私が残るって言って聞かなくってさ。ホント、あの時の駆逐艦はウザ
かったよ﹂
な ん だ か ん だ で 大 井 っ ち が 一 番 必 死 に 残 ろ う と し て た け ど ね ー。
と気恥ずかしさと嬉しさが同居したような声で続けた。
﹁このままじゃあ埒が明かないって言って。強制的にクジにしたん
だ。約 一 隻 泣 き わ め い て い た 駆 逐 艦 が 居 た け ど そ こ は 無 視。ん で、
マッチ棒でクジ作って脱出する艦を決めた﹂
﹁そこで、脱出したのは大井、時雨、初雪、夕立、朝潮、雪風か﹂
﹁そういうこと。ま、脱出と言っても十二分に命がけだからねただ
死ぬのを早めるだけかもしれない﹂
﹁けれども、君らは脱出することを決めた﹂
﹁半分自棄も入ってないことも無かったけどね。此処からの脱出自
体は無事成功。あの時、遠征艦隊が音信不通と聞いた時のの提督の悔
しそうな顔は忘れられないね﹂
クツクツと喉の奥で笑ってから、急に悲しげな顔になった。
﹂
﹁でも、大井っちにはチト悪いことしちゃったんだよ。﹂
﹁悪い事
?
北上はよっこらしょと起き上がると脇に置いてあった鞄から何か
を取り出す。
ん。とこちらに突き出された北上の拳からはマッチ棒の頭が二本
覗いていた。すると、北上は拳を開き、マッチの柄の部分をこちらに
見せる。片方のマッチは端が赤く塗られていた。
﹁赤い方がアタリ、つまり脱出ね﹂
そういうと、もう一度拳を作り、もう一方の腕でハンカチを掛ける
と中で何やら動かし始める、しばらくしてハンカチを取ると。目で、
﹁引け﹂と合図して来た。片方のマッチを引くと、赤く塗られている。
と言う目を向けると北上がもう一度拳を作り、開
北上が握っていた手を開くと何も塗られていないマッチが転がった。
それがどうした
く。するとそこには前まであったマッチとは別に、柄の先が紅く塗ら
れたマッチが乗っていた。
﹁なるほど、トリックか﹂
﹁酸 素 魚 雷 な ん て デ リ ケ ー ト な 物 扱 っ て る か ら さ。手 先 が 器 用 に
﹂
なっちゃって。こんな事に使うなんて考えてなかったけど﹂
﹁大井は君の手品に気づかなかったのか
﹂
?
﹁
なにがさ﹂
﹁もう9時か。ソロソロだな﹂
冷や汗をダラダラ流し始めた北上に、悪かったと謝る。
﹁それ言うのマジでやめて。ちょっとしたトラウマだから﹂
えたくはないが⋮﹂
﹁なるほどね、彼女らが出ていった後の君らへの制裁はあんまり考
軍法なんてクソくらえ。だよ﹂
﹁ま あ、そ れ は い い と し て。こ れ が あ た し 達 の 誇 れ る 最 大 の 戦 果。
何とも要領の得ない解答だった。
の様子から考えると幾分大人しかった⋮かなぁ
たし。クジを引いた時取り乱したといえば、取り乱してたけど。普段
﹁どうだろね、大井っちにはあたしが手品出来ること言ってなかっ
?
きカーテンを開けずに、窓をわずかに開く、既に雨が降り出し、外は
83
?
まあ、黙ってみてろ。とだけ告げてベッドから降りる。窓辺まで歩
?
真っ暗だった。ズボンのポケットに手を突っ込み、取り出したのは錘
が付いた釣り糸。錘のついた方を窓から3階分下の地面まで下ろし
た。そのまま数分が過ぎ、手元の糸に手ごたえあったのを確認すると
﹂
両手を使って巻き上げる。錘のついていた糸の先には一つの黒いカ
バンが付いていた。
﹁なんで鞄なんかついてんの
持ってきてもらったんだ﹂
ホタカって強襲揚陸艦だっけ
?
﹁どうだった
鞄の中は﹂
白衣に身を包んだ妖精さんだった。
そう言って鞄のファスナーを開けて内側から出てきたのは
﹁41㎝砲持ちの揚陸艦なんてシャレにもならんでしょう﹂
あながち間違いではないかもな﹂
ら
﹁そういえば、一度敵の補給基地強襲して弾薬かっぱらって来たか
﹁あれ
﹂
﹁この鎮守府には我が艦自慢の陸戦隊員が潜入していてね。彼らに
?
く。
﹂
うも劣悪な環境じゃあね⋮﹂
?
る吹雪に、医者は。
恐怖と疲労、痛みにより途切れ途切れになりながらも縋る様に尋ね
﹁私は⋮もう⋮助か、らない、のですか
﹂
合、純粋な人間よりも病気に対する抵抗力は強いはずなんですが、こ
してこんなになるまで放っておいたんだって奴ですかね。艦娘の場
﹁肺炎ですな。このままでは間違いなく死にます。俗にいう、どう
﹁どうだった
﹂
ホタカの連れてきた軍医が、傷ついた吹雪を手際よく診察してい
﹁はいはい、アンタが吹雪ね。診察するから言うとおりにして﹂
かりの吹雪の脳はフリーズしかけていた。
ホタカが吹雪を指さす。突然の出来事の連続に、意識が回復したば
す。で、患者は
﹁狭いし、暗いしいいことないですよ。次はリムジンでお願いしま
?
?
?
84
?
﹁え
治るよ。﹂
その瞬間、ホタカの頭上と後ろでずっこけるような音が響いた。
﹁いや、さっきまで結構深刻な声だったじゃん﹂
﹁そりゃ病状自体は深刻で、死ぬって言ったけどさ。それはあくま
でもこのまま放っておけばの場合だよ。あたしがここに来た以上、こ
んな病気で死人は出さないよ。艦長、バッグ取ってください﹂
言われたとおりに、妖精さんが入っていたバッグを渡す。
妖精さんは暫くゴソゴソやっていたが、すぐにバッグの中から注射
器とアンプルを取り出した。
﹂
﹁抗生剤は有るからね、これと栄養剤打っておくから、暫く大人しく
しときな﹂
﹂
﹁え〟、注射⋮ですか
﹁注射は嫌いかい
?
﹁当たり前ですよ
ゴホッ
ゲホッ
﹂
!
フフフフフ﹂
何でこんなに嬉しそうなんですかぁ
!?
3人の艦娘の心がシンクロする。ホタカは苦笑いするしかなかっ
よね︶
│││││今絶対すっきりしたって言うところでしたよね︵だった
よ﹂
﹁いやー、すっき、いやいやよかったよかった、これでもう大丈夫だ
のと注射針が刺さったのは同時だった。
と吹雪が心の中で絶叫する
﹁大声だすからそうなるんだよ。ほら腕だしな、ウフフフフフフフ
!
﹁大丈夫だって、先っちょだけだから﹂
﹁何故か今ものすごい身の危険を感じているのですが﹂
﹁患者を治すのは医者として最も楽しい事だからね﹂
﹁なんでそんなに笑顔なんですかぁ﹂
﹁痛いのは一瞬だから、心配ナーシ﹂
﹁え、いや、あの、その﹂
き立てられた。
医者の妖精さんは笑顔だったが、吹雪にとってはなぜか恐怖を掻
?
!
85
?
!?
た。
まだやるのですか
﹁さ、他の治療もね﹂
﹁え
わったら呼びます﹂
﹂
│││││残念って何ですか
?!
﹁さて終わった。じゃ次はあんたね。﹂
突然指名された北上が少し後ずさる。
あ、あたしは、別に良い⋮かな
?
と軽い音を立てて先ほど吹雪に使用したらしい注射器が突き刺さ
かった。その間にこっそり逃げ出そうとする不知火の行く手に、トン
イイ笑顔で両手をワキワキさせながら迫る医者から逃れる術はな
﹁そーいわずにオネーさんに任せなさい﹂
た。
傷は痛むが吹雪の治療風景を見た後では遠慮したいのが本音だっ
﹁え
アハハ﹂
したころには、吹雪は別の意味でグッタリしていた。
際に傷口に薬が染みて痛がっても容赦なかった。めぼしい傷を治療
医者はてきぱきと消毒し包帯を巻き、傷の手当てを行っていく。その
吹雪の心の叫びは戦艦と医者に届かず、ホタカはさっさと退室し、
くださいよホタカさぁん
後、この人だけ置いていかないで
な い か ら。あ と 艦 長 は 治 療 が 終 わ る ま で 外 に 出 て て く だ さ い。終
﹁当たり前だよ、次は外の傷の手当ね。大丈夫、残念だけど今は切ら
早くもこの医者に苦手意識を覚え始めている吹雪は若干身を引く。
?
!
﹂
日月のように口角を釣り上げた医者と目が合った。
﹁どこに行くきだぁい
分意味不明なことを考えていた。
んでこのベッドは壁と同じように防音素材じゃないのだろう。と大
観念して自分のベッドに戻る、頭上から時折聞こえてくる悲鳴にな
﹁く⋮何でも、ありません﹂
?
86
?
?
る。ギギギ。と壊れたロボットのように医者と北上の方を向くと三
!
軍医から合図があり、ホタカが部屋に戻ると全員がグッタリしてい
た。
﹁ずいぶん派手にやったみたいだな﹂
ずいぶん派手にやられてましたから。と返す医者に苦笑する。
﹁まあ、全員の治療は住みました。幸い明日は嵐ですから、このまま
休んでいてもらえれば良いかと。あとは十分な栄養ですな﹂
栄養剤注射は⋮と言おうとしたホタカに4つの瞳からくる視線が
﹂
突き刺さる。北上と不知火は。やめろ、と視線で訴えていた。
心なしか不知火の方が怖い。
﹁はあ⋮鞄の中に保存食かなにか入っていたかな
﹁副長が何やら入れていたみたいですが⋮﹂
ゴ ソ ゴ ソ と 鞄 を あ さ る 副 長。取 り 出 し た の は 3 枚 の 板 上 の 物 体
だった。
﹂﹂﹂
﹁チョコレートなら入ってますね﹂
﹁﹁﹁
き上がる。
﹁大丈夫か
﹂
﹂
?
﹁まあ、睡眠導入剤入りだからな。と言うか全員が全員、全部食べる
﹁全員寝ちゃいましたね。﹂
直前に深い眠りに落ちてしまった。
この鎮守府に来て初めて真面な甘味を摂取した3人は消灯時間の
3人が首を高速で縦に振ったのは言うまでもない。
﹁ふむ。食べるか
から言っても問題ないと思われます﹂
﹁まあ高カロリーですし、今この状況で食べるのは栄養補給の観点
?
87
?
チョコレートと言う単語にぐったりしていた女性陣が、ガバッと起
!
とは思わなかったが﹂
チョコレートの包み紙を回収し、鞄に詰め込みながらホタカは言
う。
﹂
﹁それだけお腹が空いていたのでしょう。時に艦長﹂
﹁なんだ
﹁提督を殺していただきたい。可及的速やかにね﹂
絶対零度、とも言うべき視線。
﹁理由を聞かせてもらおう﹂
﹁理由なんて、言うまでもない事でしょう。私の信条はね、何があっ
ても自分の患者を守ることです。病気、怪我、そしてその他の物から
ね。先ほどは吹雪に対して治る、と言いましたが、それはちゃんとし
た設備のある病院に入院した場合です。このままここに居れば、私で
も助けるのは難しいでしょう。それは私の信条から了承することは
できません。故に、です﹂
﹁1 人 を 助 け る た め に 1 人 を 殺 す。医 者 と し て そ れ は ど う な ん だ
﹂
ずだ。なんて青臭い思い上がった理想は持っていません。私の掌は
こんなにもちっぽけなんです。自分の患者だけで精いっぱいですよ。
その代り、1度でも私の患者になった者は何があっても守り抜きます
よ。例え、その代償が私の命でも、他人の命でもね。﹂
﹁自分の信条の為なら他の生命を奪っても構わない、か。大層傲慢
な考え方だな﹂
﹁医者ほど傲慢な職業は有りませんよ。何せ、その人の運命を人間
銃ならここにありますよ﹂
の都合で好き勝手に捻じ曲げちまうんですから。で、どうするんです
か
四年式拳銃と似ている。
スニ│キング・ミッション
﹁ルガーP08か。そんなものまで持ってきていたとは﹂
﹂
﹁こ れ か ら 潜 入 任 務 の 真 似 事 や ろ う っ て と き に 丸 腰 で は 危 な い
でしょう
?
88
?
﹁関係ありませんね。私は全ての人間を助けられる、助けられるは
?
鞄から取り出したのは鈍色のけん銃。特徴的なトグルが付いた十
?
提督を殺すには一発あれば十分
﹁その潜入任務に消音機が付いていない銃を持ってくるなよ﹂
﹁消音機なんて必要ないでしょう
ですよ﹂
﹂
提督の机へ歩を進めようとすると、何かの声が彼の耳に届いた。移
た。
レーダー、ソナーの影響か濃霧や暗闇でも昼間のように物を識別でき
爆竹レベルの威力ではあるが爆撃が出来る。ホタカの場合、優れた
えば、瑞鶴ならばプラモデル程度の大きさの艦載機を作り出し大きな
艦娘・艦息には艦の能力を艦から離れていても一部使用できる。例
に包まれている。が、ホタカには何の問題もなかった。
をかけなおす。何度か来たことのある執務室は電気が落とされ暗闇
を回すが、鍵がかかっていた。スペアキーを使い、慎重に中に入り鍵
ドアに耳を当て、中の様子をうかがう。人の気配はない。ドアノブ
た。もちろん気づかれてはいない。
を昏倒させたうえで主要な部屋の鍵の型を取り、スペアキーを作っ
は出撃中に残していた陸戦隊が、管理室に催眠ガスを噴射。当番の者
かのライトを持った守衛妖精をやり過ごし、件の部屋に到達する。鍵
板張りの床を極力音を立てずに進む。目的地は提督執務室。何人
暗い部屋に、軍医のある種の狂気を含んだ声が小さく響いた。
⋮﹂
﹁早くしてくださいよ、艦長。私がヤツを殺しちまわないうちにね
足早に電気の堕ちた部屋を抜ける。
﹁近いうちに、必ず。では後は頼んだ﹂
﹁では何時ですか
﹁だが提督はまだ殺さない。僕はまだ銃殺されたくないんでね﹂
ルガーを受け取ると、ずっしりとした重みが手に伝わる。
﹁⋮まあ、無いよりましだ。貰っていく﹂
?
動を中止して耳を澄ます。音源は左側。そちらにはドアがあって提
89
?
督私室に続いているはずだった。少し近づき、ソナー効力を最大にま
で上げると、それが何か判明する。荒い息遣い、連続的な衝突音、そ
して女性の悲鳴にも似た声。そこまで確認したところでソナー効力
をもとに戻した。
あまり聞いていて楽しい物ではない。が、ホタカは小さく笑みを浮
かべた。この様子では、こちらに気づくことは無い。そんな考えから
の笑みだった。執務机にたどり着き、片っ端から引き出しを開け書類
をあさる。
その殆どは他愛ない物だったが、一番下の引き出しの奥底にそれは
あ っ た。一 つ の 書 類 袋。表 面 に は 何 も 書 か れ て い な い。中 に は 数 十
枚の書類。取り出して一読したホタカの目が細められる。先ほど彼
が見た情報はすべて艦のデータベースにリアルタイムで送られ整理
されているため、この情報も既に艦内に保存されていた。その後もい
くつかの書類のデータを艦内に送り、全ての書類を元の場所に残し
た。仕上げに執務机の下側、目立たないところに盗聴器を設置した
後、執務室を出る。提督私室のカギも持っていたが、突入と言うバカ
な考えは思いつきもしなかった。
次の目的地は資料室だ。廊下の突当りの角を曲がり階段を降り、今
度は地下へ向かう。階段を降り切り、角を左に曲がろうとすると、右
側 の 廊 下 の 壁 が 光 を 反 射 し た。巡 回 の 守 衛 妖 精 の ラ イ ト ら し い。
真っ暗な廊下は一本道、逃げ道は無いように見えた。守衛妖精がこち
らへ向かってくる。一旦戻ろうかと思ったがあるものが目につく。
妖精はそのまま角を曲がり、階段を上がっていった。その様子を目
で追っていたホタカは危機が去ったのを確認するとかぶっていた物
から抜け出した。階段横のスペースにはダンボールが山積みにされ
ており、彼は手ごろなダンボールの中に身を顰め守衛をやり過ごした
のだった。
再度、進行を開始する。目当てのドアの前に来ると、スペアキーを
取り出し開錠する。ドアを開けようとした時に扉の向こうに何かの
気配を感じる。慎重にドアを握っている手とは反対の手でルガーを
90
取り出し、心の中で三つ数えてからドアを素早く開ける。すると、暗
闇の中から四つの小さな銃口がこちらを向いていた。観念したよう
にルガーを下ろすと。四つの銃口も下に下げられた。
﹁遅かったじゃないですか。艦長﹂
﹂
闇の中から小さな声がかけられる、その声には答えず中に入り、鍵
を掛けた。
﹁いや、なかなかの掘り出し物を見つけてね。其方はどうだ
﹁結構なものですよ。こちらです﹂
資料室の机の上には山と積まれた資料の数々。
﹁この短時間でよくここまで集めたな﹂
﹂
れませんよ
補給関係の資料だけしか見てませんから。探せばもっとあるかもし
﹁そうでもありませんよ。提督がこの鎮守府に着任したころからの
?
この鎮守府は艦の修理に対す
﹂
?
のを普通残しておくか
﹂
﹁資材の横流しと言うわけか。しかし、そんな証拠になりそうなも
ですよ。まるで、どこかに物資が消えているかのようにね﹂
したが殆ど空と言う報告でした。消費と供給が釣り合っていないん
なら資材は消費されません。それなのに、部下を資材倉庫に行かせま
一度も使われていないということです。工廠とドックで使わないの
のです。実際工廠やドックの妖精に話を聞きましたが、ここ一年ほど
二か月前です。その時から今までドックも工廠も使った形跡がない
﹁まさにそこなんですよ。以前に補給艦隊が来たのは資料によると
﹁資材がそこを付いているという可能性は
る資材すらケチって居るのに明後日に補給艦隊が来ます。﹂
﹁提督もおかしいとは思いませんか
﹂
﹁補給関係
?
た。人を隠すには人の中、書類を隠すには資料室の中と言った具合で
﹁ええ、この書類の山は補給関係の資料に巧妙に紛れ込んでいまし
﹁なるほど、あの医者か﹂
提督に反旗を翻そうとした者が居ました﹂
﹁提督は残さないでしょうね。けれども、この鎮守府でたった一人
?
91
?
?
しょうか﹂
い く つ か の 書 類 に 目 を 通 す。そ こ に は 資 材 の 横 流 し を 裏 付 け る
数々の情報がまとめられていた。
﹁これはまだ氷山の一角のような気がします。探せばもっとあるは
ずです﹂
﹁よし、今日の日中も捜索を続けてくれ。くれぐれも見つからない
ようにな﹂
﹁見つかりそうになったら麻酔弾を撃ち込んでやりますよ。艦長は
データを本艦に送ったら休んでください。我々でやっておきますか
ら﹂
隊長の言葉に首を横に振る。
﹂
つとめ
﹁いや、僕も残ろう。この広大な資料室から目当ての者を探すのは
4人では大変だろう
﹁お気持ちだけいただいておきます。これは我々の仕事ですので﹂
意志の強い瞳を確認して、ホタカは自分の考えを取り下げた。机の
上に置かれた書類の視覚データを本艦に送ると、自分の部屋へと音も
なく去っていった。
翌日はホタカの予想通りひどい嵐になり出撃の取りやめが伝えら
れた。艦娘は部屋で待機するように言われ。瑞鶴を除く全員が自分
のベッドの上に寝転がっていた。
﹁あの、ホタカさん﹂
﹁どうした、吹雪﹂
﹂ 吹雪ちゃん﹂
﹁あのお医者さんはどこへ
﹁きゃあっ
医者を敵に回すのは戦場で致
﹂と叫んで後ずさり、後ろの壁に頭をぶつける。
自分のベッドの下から文字通り這い出てきた妖精さんに、吹雪は
﹁私を呼んだかな
?
92
?
?
﹁私をGか何かと誤解してないかな
?
!?
命的だよ
﹂
﹂
?
﹂
﹂
結局打たれた。
﹁だからなんでそんなに笑顔なんですかぁ⋮﹂
既に注射器に栄養剤を注入していた。
﹁まあまあ、サービスしとくからそう遠慮せずに﹂
﹁え、遠慮します⋮﹂
だい
﹁下手に起きずに静かにしておきな。何なら栄養剤の一本でもどう
いた。如何やら、一瞬でベッドに寝かされたようだ。
その瞬間吹雪の視界が回転し、気づいた時にはベッドの天井を見て
ら。とりあえず⋮﹂
に思えるだろうけど、まだ治りかけだよ。今無理をすると悪化するか
﹁アンタはまだ全快じゃない。今のところは薬が効いて治ったよう
﹁え
﹁それを言うのはまだ早いよ﹂
始めていた。しかし、医者は渋い顔をする。
事実吹雪の顔は以前よりも血色がよくなり声にも幾分元気が戻り
﹁あの、お礼を言いたくて。あの注射で大分楽になりましたから﹂
﹁で、何か用かい
膝をそろえ正座をし、完璧な土下座に満足そうにうなずく妖精。
﹁誠に申し訳ありませんでした。﹂
部をぶつけた以外にも理由があるだろう。
声と顔は笑っているが目は笑っていない。吹雪が涙目なのは後頭
?
翌日も出撃は無く、全員部屋で待機するように伝えられた。そし
93
?
?
て、珍しく瑞鶴ではなくホタカが執務室に残された。
﹂
﹁1時間後、ここに補給艦隊が来る。そして、護衛艦隊の旗艦がこち
らに補給品の目録を持ってやってくるが。解ってるな
しょう
﹂
ホタカの言葉に満足そうに頷く。
﹁ところでその旗艦と言うのは解っているので
﹂
﹁たしか、青葉とか言う重巡だったな。それがどうかしたか
﹁単なる好奇心です﹂
﹂
トラック第2鎮守府所属青葉です
﹁こちらパラオ鎮守府第1艦隊旗艦ホタカ﹂
﹃ども恐縮です
許可をいただきたいのですが。﹄
﹁上陸許可を求めてきていますが
私どもの上陸
通信が入る。おそらく青葉だろう。提督が目で﹁出ろ﹂と合図した。
裏にもしかしたらと言う考えが浮かぶ。
駆逐艦時雨、初雪、夕立、朝潮、雪風で構成されていた。ホタカの脳
船が入港する。その貨物船を護衛していたのは重巡青葉を旗艦とし
それきり、会話は途絶えた。1時間後、資材を満載した4隻の貨物
﹁そうですね、猫好きの自分としてはそんな事態は避けたいですね﹂
﹁好奇心は猫をも殺す。覚えておくんだな﹂
﹂
﹁え え、下 手 な こ と は し ゃ べ ら ず 普 通 に 対 応 す れ ば よ ろ し い の で
?
!
﹂
?
殿の周りをコソコソ嗅ぎまわっているようだ。大手の新聞社と幾つ
﹁下らん新聞屋の真似事をしている。如何やらここの鎮守府や親父
フンと、面白くなさそうに鼻を鳴らす。
﹁理由をうかがっても
だ。そして、青葉はここに何度か来ている。忌々しいことにな﹂
﹁そ の 必 要 は な い。こ の 鎮 守 府 の 作 り は ト ラ ッ ク の 物 と ほ ぼ 同 一
﹁それでは提督、自分は彼女を迎えに行きます﹂
﹃了解しました。通信終わり﹄
艦は港外で待機してください﹂
﹁旗艦のみ第3バースへの接舷、及び上陸許可を出します。残りの
﹁旗艦のみ許可せよ、第3バースだ。残りの艦は港外で待機﹂
?
!
94
?
?
?
かパイプがあるからと言って調子に乗りおって⋮﹂
﹂
表では神妙な顔をしておいたホタカだが内心ではニタリと笑って
お確かめください
いた。すぐに自分の艦へ通信を飛ばす。
﹃作戦開始﹄
﹁こちらが補給品の目録になります
見膨大な量に思えるが運用を間違えるとすぐに干上がる。
薬、鋼材が各86,400単位、ボーキサイトが28,800単位。一
盗み見るが、2ヶ月分の補給品としては真っ当な量だった。燃料、弾
目の前の青葉が元気よくファイルを提督へ渡す。提督の後ろから
!
﹁うむ、ご苦労。補給艦は置いて行ってもらってよろしい。荷卸し
﹂
﹂
あと、少しお願いがあるのですが
と補給拠点への回航はこちらでやっておく﹂
﹁了解しました
﹂
と、言うわけで⋮﹂
﹁好きにしろ、ただしこの部屋でやる様に﹂
﹁ありがとうございます
?
ているような感覚を覚えるホタカ。
それからは青葉の独壇場だった。矢継ぎ早に投げかけられる質問
に 一 つ 一 つ 解 答 し て い く。少 し で も 解 答 に 不 備 が あ る と 容 赦 な く
突っ込まれた。手元の手帳にものすごい速度で走り書きをしながら
取材を続けた。
﹁いやはや、貴重なお話を聞かせていただきありがとうございまし
た﹂
質問が終わるころ彼女は何かをやりきったような、清々しい顔に逆
にホタカは大分疲れた様子だった。
95
!
﹁ホタカさんに、少ーしお話を聞きたいのですが
﹁なんだ
青葉の目がキラリと光る。
!
彼女の青みがかった瞳がホタカを射抜く。何やら肉食獣に狙われ
!
?
?
﹂
﹁僕から一つ聞いてもいいかな
﹁なんでしょうか
物なのかな
﹂
﹂
﹁君は大手の新聞社とパイプを持っているそうだね
?
﹂
と同じような性格ですから。﹂
一体どれ程の
まあ、異世界からきて久しいので
﹁驚いたな、君以外にも青葉が居るのか
﹂
﹁Aoba NetWorkの略ですよ。青葉と名の付く艦娘は私
聞きなれない言葉にホタカが首を傾げた。
﹁ANW
結構頼りにされてましてね﹂
に乗せてもらえる程度と言っておきましょうか。私たちのANWは
﹁まあ、あんまり明言は出来かねますが。いいネタなら割と良い所
?
?
?
うな顔をした提督が見える。
一歩も外へ出るな。他の艦娘にもそう言っておけ﹂
﹁ANWか、厄介だな⋮。ホタカ、貴様は部屋に戻れ、明日の朝まで
を向けた後、いくつかのやり取りをして提督室を出ていった。
いらだたしげに提督が問うと。そうでしたそうでしたと愛想笑い
﹁青葉、そろそろ出発時間ではないのか
﹂
ニコニコと誇らしげに話す青葉。青葉の後ろには面白くなさそ
すよ﹂
葉は少ないですから。そこで情報を集めて新聞社へ送っているんで
こへ集められるんです。私みたいに、個人で新聞社とパイプを持つ青
者ですね。本部は呉鎮守府にあって、他の鎮守府の青葉から情報がそ
﹁私たちのANWは、青葉と名の付く艦娘が情報を共有するための
もっともな理由に一つ頷く。
ね、何せややこしいですから﹂
が。後、原則として同じ鎮守府に同じ艦名の艦娘は基本的にいません
いますね。髪型とかその他のアクセサリとかは個人個人によります
く同じ艦名は何隻も居ます。性格や、考え方、顔も基本的に似通って
あればまあ仕方ないでしょう。結論から言いますと、この世界には全
﹁もしやご存知でないのですか
?
?
96
?
?
﹁了解しました。失礼します﹂
執務室を出る。
パラオ鎮守府が水平線に消えるころ、青葉は艦の指揮を副長に任せ
艦長室へ入る。その机の上に置かれた5冊の分厚いファイルと一つ
の小型レコーダー。これは青葉が鎮守府へ行っているころ、ホタカの
副長を名乗る妖精が、出港後青葉に渡すよう雪風に持ち込んだもの
だ。それも、内火艇ではなく、ゴムボートをわざわざ港外に運びだし
た後、鎮守府方向からは見えない海側から大回りして。それほどまで
に慎重に運ばれてきたファイルとレコーダーに青葉の記者魂が燃え
97
る。
﹁さーて、何が書かれているんですかね♪﹂
ファイルをめくり1ページ目を呼んだところで彼女の目つきが変
わる。ページをめくるスピードは加速度的に増していき、1冊目を読
み終えたところで残りの4冊と小型レコーダー。先ほど読んだ1冊
を金庫に放り込み鍵をかけると
そんなに慌てて。﹂
艦長室から飛び出し、航海艦橋に転がり込んだ。
﹁どうしたんです
けませんね⋮﹂
﹁これは、ホタカさんに飛び切りおいしい物でもご馳走しないとい
もあったことなので深く考えないことにした。
副長には一体何のことかはわからなかったが、こういう事は以前に
﹁出来るだけ急いでくださいよ。情報は生ものですから。﹂
うほど上昇した。
し、僚艦にもそのことを伝える。間もなく艦隊の速度が戦闘中かと思
葉は今艦隊が出せる限りの速度を出してトラックに向かうよう指示
いきなり飛び込んで来た青葉に目を白黒させる副長に向かって、青
?
そう呟きながら航海艦橋をでて艦長室へ急ぐ。この小さな声を聞
いたものは居なかった。
98
STAGE│5 愚者の末路、魔王の針路
次の日の朝、彼ら5人は執務室に集められた。
﹂
﹁本日はホタカを旗艦とし出撃する。出撃時刻は10:00だ。な
お、私はホタカに乗艦する。質問はあるか
1本の腕が上がる。例によってホタカだった。提督の若干の怒り
﹂
北上、吹雪、瑞鶴は今のと
を含んだ視線を、彼は涼しい顔で受け止める。
﹁⋮なんだ
﹁彼女らの修理は行わないのでしょうか
ころ戦闘に耐えられません。特に瑞鶴の被雷による傾斜は、応急修理
によって一時的に回復していますが、あくまで一時しのぎです。回避
機動も難しいと思われます。今日明日は出撃を取りやめて、艦隊の整
備に全力を注いだ方がよろしいかと思われますが﹂
﹂
﹁貴様の意見具申はよく解った。しかし、却下だ﹂
﹁理由をうかがっても
他の4人が続いた。
﹁ホタカ、アンタもうちょっとで殺されるところだったわよ
﹂
提督が頷くのを確認し、敬礼。さっさと部屋を出る。慌てたように
﹁⋮命令ならば仕方ありません。微力を尽くすとしましょう﹂
しい沈黙、それを破ったのはホタカだった。
執務室の気温が数度下がったような錯覚が艦娘4人を襲う。重苦
罪として処断する﹂
﹁くどいぞ、私は命令を出した。命令を、だ。刃向う様ならば、反逆
ホタカは頭を下げた。が、現実は非常だった。
り合うことはできません。どうかご再考をお願いします﹂
とです。これもそのお手伝いの一つです。傷ついた艦隊では敵と殴
し、提督が最小の損害で最大の戦果を挙げる。そのお手伝いをするこ
﹁提督。私は仮にもこの艦隊の旗艦です。旗艦の仕事は僚艦を統率
﹁貴様が知る必要は無い﹂
?
﹁それが嫌だからさっさと抜け出してきたんじゃないか。そんな事
瑞鶴は普段から若干ツリ目気味の目を、さらにを吊り上げている。
!?
99
?
?
?
﹂
まだリスト貰ってないから解らないけど。補充されてるはず
より瑞鶴、君艦載機を補充したか
﹂
﹁え
よ
?
?
航空機の補充は出来ない﹂
﹁まあ、仕方ない。僕らが直々に渡そう。問題は瑞鶴だ。これでは
﹁この録画データも青葉さんに渡せればよかったのですがね﹂
分の資材。上手く売り払えば大金になるからな﹂
﹁どうせ輸送艦の乗員や補給拠点の奴らもグルだろう。輸送艦4隻
とも豪快ですね﹂
﹁ええ、まさか輸送艦に積んだまま資材を横流ししているとは。何
﹁これで決まったな﹂
の報告では資材倉庫にも変化は見られなかった、とのことです﹂
ません。この輸送艦は文字通りここに来ただけです。それに陸戦隊
船からは誰一人降りていませんし、輸送船に乗り込んでいった者も居
ぱい使っても、輸送船から荷物を下ろすのは不可能です。第一、輸送
﹁投錨から抜錨までの時間はわずかに13時間。これでは時間いっ
し、カメラの視界から消えた。
る。午前2時ごろ、輸送艦は汽笛も鳴らさず錨を上げて静かに出港
副長が早送りのボタンを押すと、高かった太陽が沈み画面が夜にな
る。それはホタカの外部カメラの映像で4隻の輸送艦が映っていた。
提督が乗艦する前にCICに駆け込んで、頼んでおいた映像を見
﹁艦長の仰った通りでした。こちらを見てください﹂
﹁副長。どうだった
﹂
隻の輸送艦は跡形もなく消え去っていた。
ホタカは階段の窓から見える港に視線を移す、そこに居たはずの4
﹁そうか、そうなら⋮いいんだが﹂
?
﹁ボーキサイトもカラッけつでしたしね。いよいよ瑞鶴さんを使い
100
?
つぶす気のようですよ
もほどがあるな﹂
﹂
いっその事、弾除けにでもしますか
?
﹂
?
逆に安心しましたよ艦長がちゃんと怒っ
?
﹂
?
﹂
﹁無視しろ、話の内容は解っている﹂
﹁何でしょうか
﹁艦載機の補充だ﹂
﹂
﹁提督、瑞鶴が直接話したいと言っておりますが﹂
た声だった。
瑞鶴の声に違和感を覚える。何かを信じられないような呆然とし
﹃瑞鶴よ、提督と直接話をさせてほしい﹄
﹁こちら、ホタカ﹂
その時通信が入る。瑞鶴からだ。
﹁よろしい﹂
﹁出港準備は順調です。このままなら時間通り出撃できます﹂
提督をまっすぐ航海艦橋へ案内して艦長席に座らせる。
﹁うむ。世話になる﹂
﹁提督、ホタカへようこそ﹂
﹁了解﹂
完璧に解っているとき以外、この部屋の扉を閉鎖する。いいな
なお、このCICの存在は何としても隠す。そのため、提督の所在が
﹁ま あ、い い。そ ろ そ ろ 提 督 が 乗 り 込 ん で く る。副 長。君 も 来 い。
なんだかうれしそうな副長の顔を見て毒気を抜かれる。
てくれて。﹂
﹁思うわけないでしょう
﹁君、本気でそんなことを思っているのか
思わず副長を射殺しそうなほどの眼光で睨むホタカ。
﹁どうします
﹂
﹁対空兵器とわずかな零戦、そして回避機動の難しい艦体。露骨に
?
﹁まさか、一機も補充していないので
?
?
101
?
若干の驚きを込めて言う。が、ホタカはこの事態を輸送艦が資材を
下ろさず出港した時点で予想していた。
﹁ああ、そうだ。もう奴は要らない。ボーキサイトを莫迦食いする
﹂
正規空母なぞもはや私には必要ないのだ﹂
﹁理由をお聞かせいただいても
﹁貴様だけには話してやろう。私はあと数日で中央に戻れる。そう
﹂
すればこんな辺境の艦隊なぞ知ったことか。何、心配するな貴様も連
れて行ってやる﹂
﹁あと数日で中央にお戻りになられるのならなぜ出撃を
﹁微力を尽くします﹂
や国の頭となる。貴様にはその手伝いをさせてやろう﹂
﹁この戦果を手土産に中央に乗り込み、ゆくゆくは海軍のトップ、い
﹁⋮⋮恐縮です﹂
た英雄だ﹂
戻ってくればいいんだ。それだけで私と貴様は奇跡の生還を果たし
ているのだ先日の戦いでな。なあに心配いらない、前のように戦って
の発言力が増す。それだけの能力を君が持っていることを私は知っ
いる。猛爆撃を潜り抜け、敵機多数を撃墜し生還すれば。中央での私
﹁ちょっとした手土産だ。今日は敵の機動部隊が幾つも見つかって
?
瞬間的な殺意が沸き上がったホタカだったが顔には出さない。こ
んなところでしくじるわけには行かなかった。
﹃瑞鶴、提督は君と話したくないそうだ﹄
﹃やっぱりね﹄
﹄
知ってた。とでも言うように力ない返事が返ってくる。
﹃君の使える艦載機は
私に一任されてるわ﹄
﹃そうか﹄
いきなり﹄
﹃ホタカ。ありがとね﹄
﹃どうした
102
?
﹃零戦二一型6機、九九艦爆4機、九七艦攻⋮零機。航空隊の指揮は
?
﹃生きてる内にお礼が言いたかっただけ、よ。たぶんアタシは戻っ
?
てこれないから﹄
﹃言っておくが、僕が旗艦の間は誰であっても僕より先に沈めさせ
ない。君に言うのは二度目だが護衛艦の名に懸けて必ず守る﹄
ホタカの答えに、瑞鶴は少し笑う。
﹃フフッ、さーんきゅっ。やっぱりアンタ優しいわ、今まであってき
た 誰 よ り も。あ、翔 鶴 姉 は 別 ね。ア ン タ は こ ん な と こ で 沈 ま な い で
よ。それじゃ﹄
﹃まて、瑞鶴﹄
﹂
ホタカの声は届かず一方的に通信が切られる。
﹁随分まいっているいるようですね
艦長﹂
は看過できるのか
﹂
﹁無論、全力で守る。こんなところで僕らの作戦に泥が付くのを君
﹁どうします
﹁そのようだ﹂
またも盗み聞きしていたらしい副長が小声で話しかける。
?
﹁必ず守る、か。翔鶴姉もそんな事言ってたっけ﹂
感じていた。 先ほど固めたはずの、死ぬための覚悟が解れてきているのを彼女は
﹁やっぱり⋮死にたくないなぁ⋮⋮﹂
の準備は終わっている。
瑞鶴の航海艦橋で彼女は何をするともなく佇んでいた。既に出港
二人は一つ決意するように頷く。作戦は確実に進行していた。
やれます﹂ ﹁一人を除いた全員の生存。ですね。大丈夫、この艦なら艦長なら
﹁ならば考えることは一つだ﹂
﹁無理ですね。ここまで来たら完璧を目指したい﹂
?
だが、そんな姉も深い海に消えた。そして、次は自分だ。再び暗い
103
?
海に沈む恐怖に身を震わせる。二度目とは言え、一度経験しているか
らこそ恐怖は大きかった。
﹁⋮⋮⋮助けてよ⋮だれか⋮﹂
鎮守府を出て数日、ホタカのレーダーには何度か航空機の輝点が
映ったが、幸い進路はどれもこちらとはズレており、発見される恐れ
はなかった。提督は敵を発見できないことにいら立ち、何度か瑞鶴を
呼び出し能力不足を追求した。自分がこの事態を招いていることは
流石に気づいていると思いたいがその場合でも只の八つ当たりだっ
た。
またも瑞鶴を呼び出せと喚いている提督を宥めていると、水上レー
﹂
こちらの位置がバレました。瑞鶴の艦載機に排
寝ていたのか
とっとと撃沈せんか
ソナーでの索敵は難しいのです﹂
﹁そんなことは解っている
﹂
!!
﹁敵潜水艦を撃沈しました﹂
始。たった一隻の潜水艦はなす術もなく撃沈された。
頭上を瑞鶴の九九艦爆がフライパスし、敵潜に向かって爆撃を開
!
104
ダーに小さな、本当に小さな輝点が映る。一瞬故障かとも思うが、輝
点は消えない。
まさかと思い、一度だけアクティブ・ソナーを打った。すると、反
応が返ってくる。かなり近く、海面ギリギリ十中八九潜水艦だろう。
ホタカのパッシブ・ソナーで発見出来なかったことから待ち伏せに
在ったことがうかがえる。さらに悪いことに、敵艦のから通信電波が
発信される。敵に居場所がバレたらしい。
﹂
敵潜です
現在の陣形は単縦陣。対潜作戦には向かなかった。
﹁提督
除させます
﹁ソナー手は何をやっていた
!?
!
﹁機関を止めて待ち伏せされました。音を発しないためパッシブ・
!
!
!
﹁敵潜すら発見できんのか奴の航空機は﹂
﹁たった4機の艦爆でよくやっていますよ。彼女は﹂
﹁戦 争 は 過 程 よ り も 結 果 が 大 切 な の だ。貴 様 に は そ れ が 解 ら ん か
﹂
陣形変更、ホタカを中心とし、瑞鶴、北上、不知火、吹雪で
﹁失言でした。申し訳ありません﹂ ﹁フン
﹂
接近中
﹂
方位0│1│0
ダーは接近してくる敵航空隊の姿をとらえる。
敵機です
数約120
!
その数、約120。
電探に感あり
相対速度280km
﹂
!
﹁提督
m
﹁なっ120機だと
!
!
!
﹁おい
大丈夫なんだろうな
﹂
﹂
﹂
﹂
落ち着き払ったホタカの言葉に提督は安心する。
﹁たかが120機に後れを取りませんよ﹂
?!
﹁艦長。計画通りに行きますか
あの敵潜ですか
?
?
﹁ああ、変更なしだ。しかし、妙だな
﹁妙
?
距離100k
!
不知火、瑞鶴、北上、吹雪で輪形陣が組まれた。直後、ホタカのレー
伝達する。十数分で、ホタカを中心とし12時方向から時計回りに、
にべもなく言い放つ提督に、冷ややかな目を一瞬だけ向けて命令を
﹁弾除けにする艦を態々守ってどうすると言うのだ﹂
﹁提督、瑞鶴は輪形の中に入れないので
不可解な命令にホタカの片眉が上がる
輪形陣をなせ﹂
!
!
!
隻だ。警戒線を張っているにしては可笑しい。まるで、﹂
﹁ああ、エンジンを止めて待ち伏せ、しかも確認できるだけでただ一
?
105
?
?
﹁少なくとも120機です。迎撃準備に移ります。﹂
!?
!
﹁こちらの動きがバレているようですね。﹂
﹁そうとしか思えない。北上らの話では、潜水艦の潜れる時間は深
海棲艦もあまり変わらず、戦中の伊号潜水艦に毛が生えた程度らし
﹂
﹂
い。原潜ならともかくディーゼル潜でエンジンを止めて潜りながら
警戒線を張るかな
﹁もしかして、故意に情報を流したものが居る⋮と
﹁可能性は否定できない。そうであるなら、この男を始末したがっ
ている人間の仕業に間違いなさそうだ。碌でも無さ加減で言えば、ど
ちらも艦娘の被害を考慮していない時点で五十歩百歩だが﹂
﹁また課題が残りましたね﹂
﹁次から次へと厄介事が来るな。一度お祓いしてもらおうか﹂
﹁その時は誘ってくださいよ﹂
﹁解っ。﹂
主砲弾装填
弾種榴弾
目標
!
敵航空隊
!
﹂
﹁敵航空隊を目視で確認。距離約50km。戦闘機20、雷爆合わ
せて100機
!
!
20だった。ホタカの前後に備えられた三連装砲2基が左舷側へ旋
回し、長大な砲身を振り上げ虚空を睨みつけた。彼の作戦のため、主
砲弾は通常榴弾を搭載している。
﹁迎撃準備、完了しました﹂
﹂
﹁迎撃開始
次弾装填急げ
!
バラバラになって墜落していく
﹁敵機18撃墜
!
﹁迎撃を続けろ﹂
﹂
でそのエネルギーを放出した。10を軽く超える敵機が炎に包まれ、
の砲弾が飛び出した。数十キロを飛翔した砲弾は敵編隊のど真ん中
号令を発するとともに6本の砲身から巨大な爆炎が立ち上り6発
﹂
﹁主砲斉射
!
106
?
?
正確には戦闘機20、雷撃機30、急降下爆撃機50、水平爆撃機
!
!
この時、ホタカの自動装填装置は人力装填並みの速度になる様に調
整されていたため主砲弾の再装填には長門並の1発50秒かかって
いた。その間に敵機は3,9kmの距離を詰めていく。数度の斉射の
﹂
後、敵機は散開し始め速射砲の間合いに入った。敵機の数は100を
切り、残り87機。
﹁152mm速射砲攻撃開始
敵機の方向を指向できる4門の速射砲が連続射撃により弾幕を張
り始めるが、その弾幕はあまり厚くなく、4機の爆撃機と2機の雷撃
機を落としただけだった。僚艦も対空砲火を打ち上げるが正直言っ
て焼け石に水レベルだった。
ついに雷撃隊が低空に降り始め、爆撃隊が上昇を開始する。この時
にホタカのメインコンピューターはそれぞれの針路から、どの航空機
が誰を狙っているのか予測する。
その結果、吹雪、不知火には急降下爆撃機5機ずつ。北上には急降
下爆撃機6。瑞鶴には急降下爆撃機12、雷撃機5、水平爆撃機9。
ホタカには残りの急降下爆撃機12、雷撃機8、水平爆撃機9が狙い
をつけている可能性が高い事が解る。そこで彼は適度に無駄玉をバ
ラ撒きつつ、他の艦に向かう敵機を優先的に攻撃した。まず、瑞鶴に
突入するべく、艦隊の前方をとびぬけようと進路を取った5機の雷撃
機が1,2,3番速射砲の連続射撃を浴びて、相次いで火だるまとな
り海面にたたきつけられる。
次に吹雪、不知火へ急降下爆撃を敢行するため1本鎖になって突撃
しようとしていた計10機の編隊は、2,4,6番の速射砲弾から吐
き出された砲弾の弾幕に突っ込んであえなく爆散する。
北上を狙う9機の編隊は突撃体制を作った瞬間、仰角いっぱいまで
砲身を振り上げた2番主砲の榴弾3発の斉射により消滅。
これの損害を受けて、敵航空機はホタカを1番の脅威とし、全ての
攻撃目標をホタカへ移す。それまで瑞鶴へ向けて進撃していた12
機の急降下爆撃機と9機の艦上攻撃機が攻撃目標をホタカへ変えた
ため翼を翻し、旋回、突撃態勢を整える。その間に初めから彼に狙い
をつけていた雷撃機8が超低空まで舞い降りて4機ずつに分かれ、両
107
!
舷後方から夾叉雷撃を計る。
北上が迎撃するために弾幕を張るが効果は無い。しかも、この時ホ
タカ後方を指向できる4,5,6番速射砲の砲弾、35mmCIWS
の機関砲弾は低速の雷撃機にかすりもしなかった。
自分の側を無傷ですり抜けていく雷撃機に北上は悔しそうな眼を
向ける。ついに8機の雷撃機から8本の航空魚雷が投下されホタカ
に殺到する。右舷から4本、左舷から4本。どちらに舵を切っても絶
対に当たる。唯一の逃げ道があるとすれば急加速または急減速であ
﹂
るが、彼はあえてそれをしなかった。
﹁取り舵一杯
口ではそう言っているが、実際に切った舵は取り舵15。その結
﹄
ダメージ、コントロール。損害⋮知らせ﹂
果、左舷に4本、右舷に2本が直撃し高々と水しぶきを噴き上げる。
﹁ぐっ
大浸水
﹃左舷4本被雷
!
流れていた。
﹁何をしている
さっさと落とさんか
﹂
!!
﹄
私は艦を降りる
!
が再度突撃するため機動していた。
内火艇を出せっ
!
﹁お待ちください、外はまだ敵機が⋮危険です﹂
﹁ホタカっ
﹂
紅く染まっていた。遠くでは瑞鶴を攻撃するはずだった2つの編隊
瑞鶴の悲鳴のような通信を、無言で切る。軍服はほとんどの部分が
﹃ホタカッ
板、と左舷中央部に、右舷後方2番主砲近くに爆炎が上がる。
苦しそうに支持をだし、艦を回避させるがもう遅かった。前部甲
﹁面舵、一杯⋮﹂
砲の射界を外れ急降下を開始している。
空に散った。次に襲い掛かったのは急降下爆撃機12機。既に速射
遠方へ抜けた雷撃機に速射砲弾と機関砲弾が襲い掛かり、たちまち蒼
提督の叱責。威勢はいいが声と足が震えていた。復讐とばかりに
!
ウィルキア海軍の空色の軍服が紅く染まる。口からも一筋の血が
﹄
﹃右舷2本被雷
!
!!
!
108
!!
!
!
﹂
﹁貴様に乗っ取る方が危険だ
艇を用意しておけ
私は甲板に降りる
それまでに脱出
!
提督﹂
これはどういう事だ
ころだった。
﹁貴様
﹂
自分を呼ぶ声に振り向くと、この艦の艦息がハッチから出てくると
﹁どうされました
浮かんでいないからだった。
左舷の甲板に出た提督は焦る、内火艇どころか救命筏さえ何処にも
負傷していないかのようだった。
彼も艦橋を出て、提督を追う。その足取りはしっかりとし、まるで
﹁了解﹂
況を逐次報告﹂
﹁ここまではいい。では、ケリを付けてくるよ。副長はCICで状
いるようです﹂
﹁計画通り、ですな。注排水装置は急ごしらえですがうまく働いて
今まで苦しそうにゆがめていた顔をいつもの顔に戻す。
そう吐き捨てて足早に航海艦橋を出る。それを確認したホタカは
!!
﹁くそったれが
﹂
陽の光を浴びて鈍い光を反射するルガーP08だった。
提督の目が見開かれる。自分に突き付けられたのは、南の強烈な太
!!
﹂
?
は、次に頼ったのは法を盾にした詰問だった。
﹁じ、自分が何をしているかわかっているのか
反逆罪だぞ
﹂
!!
しかし、提督の声を聴いたとたん、ホタカは突然嗤い出した。音声
!?
口角を上げて皮肉たっぷりに告げる。切り札の一つを失った提督
ましてね。大切な物なら修理して返して差し上げますよ
﹁無駄ですよ。出港する前に本艦の高圧電流を流したら壊れちゃい
タカに変化は無い。
激情して取り出したのは腕輪のスイッチ。躊躇わず押し込むが、ホ
!
109
!
?
﹁こういう事ですよ﹂
!
戦
場
だけを聞けば只の笑い声だが、この状況で笑っているホタカに魔王と
﹂
対峙しているような言い知れない恐ろしさを提督は感じる。
﹁なな、何がおかしい
﹂
チ
﹁利 敵 行 為 へ の 罰 は 銃 殺。大 日 本 帝 国 で も そ う で は あ り ま せ ん か
﹁な⋮﹂
﹁そういうのウィルキア海軍では利敵行為って言うんです﹂
ウ
で奇妙な信憑性を持たせていた。
最後の罪状は証拠が無く只の憶測だが、他の真実と並べて話すこと
とするとは﹂
撃手段を搭載せずに艦隊に随伴させ、口封じ兼弾除けにして沈めよう
の果てには無理やり関係を持った艦娘を口封じのためにまともに攻
くてね。味方に満足な補給・修理をせず、浮いた資材は横流し、挙句
﹁いやはや、自分の事を棚に上げてここまで言い切る貴方がおかし
?!
一歩一歩わざとゆっくり近づく。
そのために、所詮道具である艦娘を思い通りに使って⋮﹂
﹁わ、私はゆくゆくはこの国の海軍を、この国をしょって立つ男なん
だ
一瞬でせり出してくる
﹂
どうやらスリーブガンを仕込んでいたらしい。
あ
﹂
?
わ、私の腕がぁぁああああ
くるりと踵を返し、艦内へ向けて歩き出す。
では。さようなら﹂
の味は。イロモノ過ぎてもう生産終了なんで貴重な体験です。それ
﹁いかがですか
!!
スキズブラズニル製特殊弾頭9mmパラベラム弾
﹁ぎっ、ぎゃぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁぁ
よりも小さかったが、左ひじから先を消し飛ばすには十分だった。
た瞬間炸裂した。小さな銃弾から放たれたエネルギーは手りゅう弾
ルガーから放たれた9mmパラベラム弾が提督の左手に着弾し
﹁全 部 だ﹂ EVERYTHING
﹁何が悪い
!
110
?
提督が、左手をホタカへ突き出す。左の袖の中からは超小型の銃が
!
!!
﹁ま、まってくれ、私を置いていくな
く。
﹂
﹁提督、ご存知ですか
﹁な、なんだ
﹂
﹂
ハッチから艦内へ入ったときに、何かを思い出したように振り向
あ、そうだ﹂
﹁勘弁してください。僕にはまだやるべきことがあるんですよ。あ
!
﹁戦況は
﹂
艦内を走り、CICに駆け込む。
Sの重装甲ハッチだけだった。
た。あとに残ったのは、表面が爆発により僅かに凹んだ特殊弾頭VL
人一人の体は454㎏の対艦爆弾の炸裂に耐えられるわけなかっ
炸裂。
に蚯蚓腫れのような筋が浮き出た1000ポンド爆弾だった。
が、たまたま仰向けになった彼の目に飛び込んで来たのは黒く、表面
海に落ちるのを防ごうと使える手足で踏ん張り海への転落は防げた
急速に艦が面舵を切り、遠心力で舷側ぎりぎりまで転がる。何とか
事だった。
いていたとしても恐怖と痛みで一歩も動けない提督には関係の無い
既にホタカの入っていったハッチは固く閉ざされていたが、たとえ開
4発の1000ポンド対艦爆弾がこちらに向けて落下してきていた。
右手の人差指で天を指さす。つられて提督が天空を見上げると、2
す。﹂
﹁攻 撃 を 受 け て 狼 狽 え る 人 間 は 専 門 用 語 で﹃的﹄、と 言 う ら し い で
顔は彼の一言で恐怖に染め上げられる。
ホタカが立ち止ったため、交渉の余地があると誤解する提督。その
?
﹂
イデント発射機の発射口ハッチの若干の歪みだけです﹂
﹁水平爆撃隊は
?
111
!?
﹁急降下爆撃は1発を除いて全弾回避、もしくは迎撃。損害はトラ
?
﹁もちろん全滅です。奴ら爆撃コースから外れるわけには行かない
﹂
んで、本艦のFCSにとっては据物切りもいいとこですね﹂
﹁他は
﹁電探には追っ払った戦闘機隊以外、感なし。ですね。あと、そろそ
ろ血とか何とかしてくださいよ﹂
副長がティッシュ箱をホタカに渡すと、彼は何枚かとって口を拭
う。
﹁できれば、うがいがしたいな﹂
﹁取りあえず通信に出てくださいよ、さっきからガンガンかかって
﹂
きて煩いったらありゃしない、特に瑞鶴さん﹂
﹁そんなにか
﹃ホタカッ
頼むから応答し﹄
﹁13回ってお前な⋮通信開け﹂
﹁艦長。瑞鶴から13回目の通信です﹂
ホタカの艦体が見る見るうちに浮上し始めた。 すると、海水を自らバルジ内に入れて沈んでいるように見せていた
﹁戦闘中に何を言ってるんだ。両舷排水﹂
﹁随分想われてますなぁ。艦長﹂
ニヤリと笑って妖精が続ける。
?
!?
くれ﹄
﹃よかったつながった⋮。そ、損害は
﹄
﹃無し、いや、ハッチ1枚﹄
﹃は
﹄
﹃喧しい。しっかり聞こえているからもっと小さい声でしゃべって
!
﹄
かる。副長は通信機を耳に当てて腹を抱えていた。
﹃無しって⋮損害皆無ってこと
でも魚雷とか爆弾とか大分くらってたじゃない
﹃まあ、そうなるな﹄
﹃え
﹄
た。1発だけ直撃したが1000ポンド程度では貫通しない。沈ん
﹃魚雷は至近距離で早爆させた。爆弾は弾着直前に空中で炸裂させ
!
!?
112
?
瑞鶴が通信の向こう側でフリーズしているのが手に取るようにわ
?
?
で傾斜していたのも全部偽装。理解したか
﹃あ、うん﹄
﹃よろしい。通信を他の艦にもつなぐ﹄
﹄
ホタカが通信回線を北上、吹雪、不知火につないだ時にも機関銃の
ようにホタカの安否を確認し出したので、説明を終えたころにはゲン
ナリすることになった。その様子を聞いて、副長は爆笑しながら転
がっていたので、とりあえずアイアンクローをかけておく、なんか
モッチリした感触だった。
﹃で、静かになったところで結論から言うと提督は戦死した。戦闘
による乗艦への損害を見誤ってな。錯乱状態になって甲板へ飛び出
したところに、
︻運悪く︼急降下爆撃機が投下した1000ポンド対艦
爆弾が着弾した。遺体は木端微塵になって回収は不可能だな。﹄
﹃そんな⋮﹄
﹃そう、ですか⋮﹄
﹃ま、しかたないかー﹄
﹃⋮⋮⋮﹄
﹄
﹄
﹃そう、録音だ。提督が不名誉な戦死を遂げたことの説明と僕がこ
の艦隊を指揮することの意思表示。後後になって、証拠として提出さ
ホン
れる。今はもう録音してないから。好き勝手言ってもらって構わな
い﹄
﹃じゃあ、しつもーん﹄
北上﹄
被雷してないんでしょ
?
﹃なんだ
﹃なんで損害を受けた芝居してたの
トは﹄
?
?
113
?
﹃な お、軍 機 に 乗 っ 取 り。現 時 刻 を も っ て 僕 は 臨 時 指 揮 官 と な り。
君らを指揮する。何か質問は
通信機の向こうからは何も聞こえない。
?
﹃では、作戦を中止し母港へ戻る。艦隊新針路3│1│2。通信終
録音
わり。⋮録音終わり﹄
﹃へ
?
素っ頓狂な吹雪の声が聞こえる。
?
﹃提督を艦外に自発的に飛び出させるためだ。あの性格なら被雷し
た艦に長いこと留まらんだろうしな。まあ、その後僕が出てって時間
拳銃弾だって態々廃棄品の山から持ってきた
稼ぎして、敵の爆弾を使って始末した。奴にこちらの武器を使うのは
バカバカしいだろう
﹃種
ですか
﹄
吹雪﹄
﹃心配いらない。既にそのための種はまいてある﹄
﹃⋮はい。私たちに酷い事しておきながら昇進するのはどうも⋮﹄
﹃許容できないか
﹃でも、あの人が名誉の戦死で2階級特進するのはなんだか⋮﹄
でやってくれる。﹄
末するのが手っ取り早いと考えた。そこなら殺害から遺体の抹消ま
んだ。提督の遺体が見つかるのは何としても避けたいから、戦場で始
?
?
﹄
アンタはあいつを殺すためだけにあの量の攻撃を受け
﹃じゃあ何
﹄
!!!
前がチカチカする。
﹄
ア
ラー
ト
何考えてんのよアンタ
?!
一体どれだけ心配したと思っ
﹃あのゴミを消すためだけに魚雷7発、爆弾4発受けたっての
可笑しいんじゃないの
﹃いや、直撃は一発だけで﹄
﹃至近弾には変わりないでしょうが
てんのよ⋮﹄
!!
!?
頭
16万馬力の大声は気が遠くなりそうなほど大きく響いた。目の
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
﹃バ ッ ッ ッ ッ ッ カ じ ゃ な い の
ハッキリ言って怖い。ホタカの頭の中で緊急警報が鳴り響く。
!!!!!!??????
声 を 荒 げ て は い な い が、地 の 底 か ら 湧 き 上 が っ て く る よ う な 声、
﹄
たって言うの
?
瑞鶴の声。そのうえ怒気を多分に含んでいる。
﹃ちょっと待ってよ﹄
﹃さて、他に質問が無ければ通信を終わるが﹄
﹃は、はいっ
るさ、親子共々な。これから毎日新聞に目を通すと良い﹄
﹃そのうち奴は海軍史上最低の提督として歴史に名を残すことにな
?
!
?
114
?
﹄
急に声のトーンが変わりその変化にホタカはついていけない。
﹃心配かけたのは悪かったが、これが確実で﹄
﹃だからって、自分から攻撃受けに行くのは大間違いよ
﹃いや、しかし⋮⋮﹄
カ。その様子を、副長は半目で見ていた。
﹁あの、副長⋮﹂
﹁おお、影の薄い砲雷長じゃないか﹂
してないみたいだけど﹂
﹂
﹁艦長の方は知らないけど、瑞鶴さんの方は気があるね。まだ自覚
若干冷や汗を書く砲雷長。
﹁痴話喧嘩って⋮﹂
精さんも食わないよ﹂
﹁心配ないさ。私らだけでも航海ぐらいは出来るし。痴話喧嘩は妖
﹁影が薄いのは余計です。ほっといていいんですか
アレ﹂
その後も言い争いと言うより、瑞鶴を宥めるのに全力を傾けるホタ
!!
﹁副長、うちら妖精さんです⋮⋮﹂
﹁⋮⋮さて、我らが鎮守府へ帰ろうじゃないか
﹂
と止み。ホタカは無言で通信を切る。達成感に浸っている不知火へ、
ものすごい剣幕でホタカに説教をかましていた瑞鶴の声がピタリ
﹃今までの痴話喧嘩、全部聞こえているんですが⋮﹄
なった不知火が、艦隊を代表して止めた。
艦 が 自 発 的 に 通 信 を 切 れ な い。最 終 的 に こ れ を 聞 い て い ら れ な く
ちなみに瑞鶴とホタカの応酬は、旗艦権限で通信を開いたために僚
たら何されるかわかったものじゃない。
あ、逃げた。とは間違っても口に出さない砲雷長。口にしてしまっ
!
115
?
今人間の直観を莫迦にしちゃいけないよ、人間
﹁なんでわかるんですか
﹁直観﹂
﹁ハァ⋮﹂
﹁あ、バカにしたな
?
の直観は正確じゃないけど精密だ。滅多に故障しない﹂
?
北上から通信が入る。
不知火に何か落ち度でも
﹄
﹃あのさ、不知火、もうちょっと別の表現無かったのかな
﹃何でしょう
﹄
?
これは修理するより1から作り直す方が早いな﹂
?
﹁冗談じゃない。僕はこの鎮守府の戦闘能力および基地能力の喪失
﹁どっかのアイドル見たく1から全部やりますか
﹂
﹁鎮守府の本棟は炎上し、倒壊。工廠、ドック、砲台ももはや壊滅。
いた。
母港に戻ってみると、ここ数日過ごした鎮守府は文字通り壊滅して
﹁ぬかったな⋮⋮﹂
﹁艦長⋮これは﹂
陥っていたことを知るものは北上の妖精さん以外いない。
と、軽巡である北上は屈した。その後北上が艦橋の隅で自己嫌悪に
﹃いえ、無いです。はい。﹄
通信機越しにも何故か感じる不知火の眼光に、
?
﹂
﹂
を確認したうえで。指揮官権限によりパラオ鎮守府を放棄する﹂
﹁で、次の目的地は
﹁決まっているだろう
?
﹁トラックだ﹂
にはいくつもの島が浮いていた。
洋の中心に位置する直径30海里の大環礁。細長い島に囲まれた中
ラ グー ン
手を一振りしモニターの1つにある航空写真を映し出す。南太平
?
116
?
STAGE│6 盾の仕事、近衛の矜持
全壊した鎮守府から生存者の救出を妖精さん達に任せたホタカは、
艦隊の艦娘を旗艦へ呼びよせた。こういう時に艦娘が持つ海上を滑
る力が便利に感じる。その時に出せる最高速度は自艦が現在発揮で
きる速度と同じと言う制約があるが、一々停船して内火艇を出さなく
ていい分楽だった。
その分気軽に呼びつけられる場合もあるのだが⋮
何はともあれ、ホタカは艦娘を迎えるべく、甲板に続くハッチを開
ける。目の前には既に瑞鶴、北上、不知火、吹雪が既に到着して、高
い塔型の艦橋を珍しそうに眺めていた。
﹁よく来たね。ホタカにようこそ。﹂
声を掛けられた4人の艦娘はホタカの方を見る。と、その四人の目
が大きく見開かれた。
﹂
﹂
ハトがアヴェンジャー喰らったような顔して﹂
﹂
ようと、後ろの3人がワタワタしている理由を理解する。
﹁これはダミーだよ。只の絵の具だ。被弾して艦息が無傷なら怪し
﹂
まれるだろう
?
﹁ま、怪我が無いならいいけどさ。なんでアレから丸1日立ってる
た。
反応のないホタカに、ダミーと言うことをようやく信じたようだっ
若干疑ったような目で、ペタペタと赤く染まった部分を触る。特に
﹂
﹁ホントに
?
117
﹁どうしたんだ
﹁ど、どうしたもこうしたもないわよっ
ツカツカと肩を怒らせて歩み寄る瑞鶴
﹂
君らは昨日手当して今回は被弾してい
いいから早く行きなさい
どこか怪我してるのか
﹁医務室はどこ
﹁
ないはずだが⋮﹂
?
﹁治療が必要なのはアンタよ
﹁僕か
!!
!
?
!?
妙に思って自分の体を見ると血みどろの軍服。ああ、と彼女の慌て
?
!!
?
のに、汚れた服着てるのよ﹂
﹁いや、実を言うと自室で休んでないからね。気づかなかった﹂
ダメだ此奴
的なため息。﹂
ホタカの回答に何か言いたそうな顔をするがため息を付いた。
﹁おい、なんだその
"
この血はダミーだから心配いらないってさ﹂
る3人
﹁その溜息以外に何があんのよ。バカ。それと、そこでまだ慌てて
"
いやーそれならそうと言ってよ﹂
?
﹁すまない、またせたか
﹂
杖をついてる瑞鶴が待っていた。
不知火と吹雪、長机に上半身を預けてダラッとしている北上、机に頬
の軍服に袖を通し食堂に戻ってくると。背筋を伸ばして座っている
瑞鶴にとりあえず着替えて来いと言われたため、自室に戻って新品
﹁そういうわけには﹂
﹁うーるさいなぁー。吹雪ももっとダラ││││っとしなよ﹂
﹁北上さん⋮ちょっとゆったりしすぎでは⋮﹂
﹁あ〟││││。極楽ーーー﹂
﹁驚いたわね。冷房が付いているなんて﹂
甲板上から人の姿が消えるのはその後すぐだった。
﹁⋮了解。では付いてきてくれ﹂
に﹂
﹁不知火の言う通りね。用が済んだら今日は休みないさいな、絶対
﹁仕事づめも感心できませんね﹂
﹁心臓に悪いですよホタカさん﹂
まじで
﹁え
!
﹁ホタカさん。20時間留まると言いましたが、この時間設定の理
﹁妥当なところだね。まーなんとかなるっしょ﹂
時間ここに留まった後、トラックへ退避する﹂
﹁そうか。では、今後の予定について話をする。僕らは今から20
﹁時間がかかるのは仕方ないわよ、何せ広いし、この艦﹂
?
118
?
由を教えてください﹂ 不知火の問いかけに一つ頷いてから答える
﹁この鎮守府が襲われたのは約2日前と聞いている、災害などでの
生存者数は、72時間を境に急落している。これは襲撃だから当ては
まらないかもしれないが今回は72時間を一種の基準とする。既に
襲撃から40時間程度経過しているから残り32時間。しかし、72
時 間 待 っ て い た ら 燃 料 が そ こ を つ く。必 要 最 低 限 し か 補 給 さ れ な
かったからな。生き残っていた燃料タンクから全ての燃料を持ち出
した場合でも残り20時間が限界だ。それ以上いればトラックへた
どり着けない。これが理由だ﹂
﹂
﹂
いいんですか
なければ解散。今夜は好きなところで休んでくれ﹂
﹁理解しました。ありがとうございます﹂
﹁他にないか
﹂
北上さんダメですよそんな事﹂
﹁じゃーここでもいいの
﹁ちょ
れ、では﹂
﹂
﹂
そう言って部屋を出ていこうとする。が、瑞鶴の後ろを通った時に
片手をつかまれた。
﹁何処で何をする気
﹁CICでデータの整理だ。﹂
﹁それはアンタがやらなければならない事
﹁そういうわけではないが⋮﹂
?
﹁⋮まだ大丈夫だよ﹂
﹁まだ大丈夫は、もう危ないって言葉。知ってます
突然の声に入り口を振り向くと1人の妖精さん
﹂
﹁なら、アンタも今日は休みなさい、休むことも仕事の内よ﹂
?
?
119
﹁えー。だってホタカだけずるいじゃん﹂
﹁いいぞ。部屋は用意させておく﹂
﹁ほらやっぱり⋮て、えええええええええ
﹁部屋は余ってるからな。北上の他に泊まりたいものは
3つの手が上がった。
!?
?
?
﹁解った、用意しておく。僕は用事があるから君らは好きにしてく
?
?!
!
﹂
﹂
﹁どうも初めましてうちの艦長がお世話になってます。副長妖精で
す﹂
﹁君は僕の母親か
﹁女房役ですよ。ときに艦長、貴方ここ最近寝てないでしょう
﹁否、寝てるよ﹂
提督見張らないといけないしデータの編集は有る
﹁艦長席で1∼2時間の居眠りは睡眠にはあたりませんよ。﹂
﹁仕方ないだろ
それを艦長が強引
し。戦闘終わったらいろいろと改竄するべき部分もあった﹂
﹂
﹂
﹁それは、あたし等がやるって言ったでしょう
に自分でやってたんでしょ
﹁事実は事実だが⋮それを今言うか
?
ごい笑顔の瑞鶴だった。
?
﹁OK
﹂
﹁明日の朝と言えば、まだ11時間ほど時間があるが⋮﹂
﹁アンタは明日の朝まで仮眠する事。OK
﹂
ポンと肩に置かれた手、腕、肩、首と視線を移す。目以外はものす
?
?
たように肩を落とし。力なくOKと答える
﹁解ってくれればいいのよ。解ってくれれば♪﹂
﹂
﹁瑞鶴さん、艦内の地図です。艦長室はここ。そして南京錠もどう
ぞ。明日の朝まで閉じ込めておいてください﹂ ﹁さーんきゅ、ホタカの副長﹂
﹁おいまて、何で監禁されかかってるんだ僕は
寝でもしてもらったらいかがです
﹂
﹁そうでもしないと抜け出しかねませんからね貴方は。まあ、添い
?
とらしくハンカチを振っていた。
半分瑞鶴に引きずられる形で食堂から消えるホタカ。副長はわざ
﹁アホなこと言ってないで行くわよ﹂
﹁後が非常に怖いから断固辞退する﹂
?
120
?
?
?
逃げられない2択、それもハイかイエスで答えるパターン。観念し
?
﹁時間だ。出発する。﹂
提督﹂
ボロボロの港からボロボロの艦隊が出撃する。全ての艦隊がパラ
オ鎮守府を後にした。
﹁昨日はよく眠れましたか
で一直線ですからね。他の事も考えるとそれぐらいでしょ
﹂
方位1│9│3
﹂
今さっき信じられない数字聞いたんだけど⋮﹄
相互通信回線は全艦に向けて常時開かれていた。
﹃え
瑞鶴から若干ひきつったような声が届く。
﹃うん、アタシも聞いた﹄
距離430
﹃ホタカさん、不知火には距離430kmと聞こえたのですが⋮﹄
!
彼らを見逃すはずがなかった。
数1
アンノウン
速度310km
!
初日、2日目の航海は何事もなく過ぎていった。しかし、厄介事は
パラオを出て未だ3時間。トラックはまだ遠かった。
﹁了解
﹁だよな。対潜対空対水上警戒を厳となせ﹂
﹁難しいでしょう﹂
﹁敵に見つからなければ良いのだが﹂
う﹂
﹁12
﹁トラックまでは4日と言うところか﹂
﹁ま、そういわずに﹂
﹁此方としてはいい気分じゃないがな﹂
﹁それだけ一生懸命なんでしょうよ﹂
たが﹂
﹁おかげさまでね、まさか本当に南京錠まで閉めるとは思わなかっ
?
航空機です
高度2100
!
!
﹁電探に感あり
km
!
!
121
?
!
﹁来たか⋮。聞いた通り、不明機が本艦隊に接近中だ﹂
!
?
﹃私も聞きましたよ。速度に高度まで﹄
﹁今言ったとおりだ。本艦に搭載されたレーダーの最大探知距離は
約460km。高度、速度も解る﹂
﹄﹄﹄﹄
﹄
一瞬の静寂。その隙にホタカは通信の音量を最弱にした。直後、通
信機からシンクロした絶叫が聞こえる
﹃﹃﹃﹃ええええええええええええええええええ
﹃よ、460kmって、46kmの間違いじゃないの
﹂
﹁な ん だ そ の 超 短 距 離 レ ー ダ ー。目 視 の 方 が 性 能 が よ さ そ う だ ぞ
?!
!?
﹄
﹁なんだ
瑞鶴﹂
﹃ちょい待ち。ホタカ﹄
な。同士討ちはほぼなかった﹂
﹁心 配 す る な 吹 雪。僕 ら の 時 は 敵 味 方 識 別 装 置 が 付 い て い た か ら
か
﹃と、言うかそんな超長距離で見つけても敵か味方かわかるんです
にそれは予想外だよ﹄
﹃前回や前々回の海戦で只者じゃないと思ってたけどねー。さすが
?
﹂
?
﹄
?
えないし⋮﹄
﹁残念ながらこのまま進むしかない、燃料もギリギリだ﹂
?
避けたい。それに、君らもホントはドックに居なければならない損害
いても燃料は消費され続ける。トラック目前でガス欠なんて自体は
﹁その手もあるが、それをやると何時付くか解らないうえ、止まって
﹃あの、あえて止まって航空機をやり過ごすのはどうでしょう
﹄
﹃じゃあ、どーすんのよ。あたしの艦載機はもう燃料が無いから使
撃できないというわけだ。﹂
﹁だろうな、つまり目視距離になるまで僕らは同士討ちを恐れて攻
の鎮守府も似たようなものだと思うわよ﹄
﹃少なくともアタシの艦載機にはそんな高級な物積んでないし、他
﹁その通りだが
の電波を返すってやつ
﹃その装置ってさ。航空機に積んどいて、電波を当てられたら、特定
?
122
!?
なんだ。長期の航海は避けるべきだ。﹂
﹃なるほど⋮了解しました。﹄
﹁とは言え、あれが敵なら完全な情報を与えるのは面白くない。目
アンタの主砲でも50km届かないでしょ。﹄
視距離50kmに入った後、敵か味方か判別。敵ならばそれと同時に
撃墜する。﹂
﹃何言ってんの
アンノウン
アンノウン
﹁別に主砲だけが取り柄じゃないさ。まあ、見ててくれ。﹂
﹂
L
アンノウン
S
9 │ 3 へ 向 か っ て 体 を 倒 し 水 平 飛 行 に 移 る。ブ ー ス タ ー に よ っ て
カの後部甲板から2つの純白の槍が蒼空めがけ駆け上がり、方位1│
るかのような勢いで排煙が噴き出す。その直後、爆煙に包まれたホタ
ケットブースターに点火すると、VLS横の排煙スリットから爆発す
指 令 と 情 報 を 受 け 取 っ た 2 発 の 発 展 型 シ ー ス パ ロ ー が 機 体 の ロ
﹁斉 射﹂
サルヴォ│
﹁発射﹂
﹁ロックオン完了。射撃用意よし﹂
32発を発射できる。
発が1セルにまとめられているため、再装填なしで1ユニット当たり
発展型シースパローが顔をのぞかせる。基本的に対空ミサイルは2
その中の最後尾の1ユニットの2つのセルが開き、内部の合計4発の
で1ユニットであり、それが4行3列で計12ユニット並んでいた。
ホ タ カ の 後 部 甲 板 に 所 狭 し と 並 ん で い る 垂直発射装置 は 1 6 セ ル
V
﹁対空ミサイルVLS解放。 E S S M 2基照準。目標、不明機﹂
発展型シースパロー
﹁不明機50km圏内まであとわずか
!
軽々と音の壁を破ったミサイルは、指示された不明機へ向かって一直
線に飛翔する。
123
?
ホ タ カ の V L S は ミ サ イ ル の ブ ー ス タ ー を V L S 内 で 点 火 す る
ホットローンチ式ではあるが、VLS内に超兵器研究からもたらされ
た特殊素材を使用することで損傷を防ぎ、再装填、再発射が可能に
なっていた。
﹂
!
﹂
﹁ミサイル、目標到達まで10秒
﹁目標が視認圏内に入りました
!
﹂
﹁識別急げ。ミサイル針路変更用意、味方なら海面に向かって突っ
込ませろ﹂
﹂
敵です
﹁到達まで5秒
﹁識別完了
!
﹁進路そのまま﹂
!
敵機撃墜
﹂
!
﹄ ?
﹃当たり前でしょう
何バカなこと言ってんのよ﹄
﹁そういう事だ。さすがに無限に放てるわけじゃあないが﹂
か﹄
﹃なるほどね。100発100中の誘導兵器がアンタの自信の根拠
よ﹂
ないし言う必要もない。君らをトラックまで無事に送り届けられる
たくなかったからだ。でもまあ、今はそんなこと言っている場合じゃ
用のアスロックもある。今まで使ってこなかったのは奴に悪用され
目標を逃がさない神の矢。ミサイルだ。対艦用のハープーンや対潜
﹁そう、さっきのが僕のもう一つの主兵装。電子の目を持つ、決して
﹃じゃあ、今のが﹄
﹁ああ、50km先でな﹂
信じられない物を見たと言った風な声だった。
﹃ホタカ⋮落とした、の
﹁ご苦労。対空警戒を厳にせよ﹂
﹁敵機からわずかな電波が発信されましたが解読不能でした﹂
﹁着弾
路を変えさらなる回避機動を取らせることなく敵機を火球に包んだ。
掛けた敵機ではあったが、その未確認物体は意志を持つかのように進
前方から急接近してきた未確認物体2機を回避しようと右旋回を
!
?
124
!!
通信機の向こうからクスクスと彼女の笑い声が聞こえるが、ウィル
﹂
キアで無限装填装置なんてものが完成一歩手前だったことを聞かせ
ればどんな反応をしただろうか。
﹁艦長。どれぐらいの敵機が来ると思います
﹂
らその手も使えんな﹂
﹁痴話喧嘩はよせ。残念だが今回はそのような雲は周囲には無いか
できませんでしたからね﹂
﹁痴話喧嘩が終わった瞬間にスコールが来て、攻撃隊は我々を発見
な﹂
﹁いやな事を言うな、君は。にしても前回の戦闘はラッキーだった
﹁合流して300機とか来るかもしれませんよ
﹂
場合も空母を沈めては無い。200機ぐらいは来るんじゃないのか
﹁さてね、前回と前々回の戦闘で数は上昇傾向だ。そして、どちらの
切る。
小声で副長が問いかけてくる。いったん通信機の送信スイッチを
?
﹁艦長
﹂
レーダーに感あり
﹂
﹁ついに来たな。通信開け﹂
で本艦へ接近中
﹂
高度2300
大編隊
機影、約240機を確認
相対速度350km
本艦へ接近中
約
距離4
方位0│8│7
距離450km
!
!
レーダーにさらに反応
!
﹁これは⋮方位1│9│5
﹂
速度340km
です
艦長
﹁解った、監視を続けろ﹂
﹁了か⋮
53km
﹂
相対
﹁瑞鶴さんともう一度やってくださいよ、もしかしたら降るかもし
れないですよ
﹁君はいったい何を言っているんだ
?
戦闘中に下手な冗談を飛ばす副長に嘆息する。
?
!
!
!
!
!
!
!
高度2800
210機
! !?
!
!
!
膨大な数の航空機の襲来に呆然としている僚艦をよそに彼らは呑
!
!
!
125
?
?
気だった。
アルファ
ブラボー
﹁これ以後、南の目標群をA、東の目標群をBと呼称する
﹂
両方合わ
!
﹂
よくもまあそんなに集めまし
せて450機か、正規空母が10隻ぐらいいるのかな
﹁南と東合わせて5隻ずつですかな
ア パ ッ チ・ロ ン グ ボ ウ たね。太平洋機動部隊撃滅戦以来の規模では
ストライクイーグル
?
瑞鶴。﹂
航海要員も戦闘
?
﹁いったい何を考えている
﹂
要員も全員。収容しきれないのなら、北上や不知火に分乗して﹄
﹃私以外の妖精さんを収容してもらえないかしら
彼女の何かを決めたような声色にホタカが違和感を覚える。
﹁なんだ
﹃ホタカ⋮﹄
﹁F│15EやAH│64Dが飛んでこないだけ数百倍マシさ﹂
?
?
アルファ
そんな⋮そんな事したら
!
群 Aの攻撃を吸収するわ﹄
﹃な、なにいってるんですか
⋮﹄
瑞鶴さん
﹃私はこの艦隊から離脱し方位1│9│5へ変針。敵航空隊、目標
?
て
﹄
﹄
ばっかりだから。命令が無いと動かないのよ。だから⋮早く命令し
こで沈んでも悪くない。さ、ホタカ。私に乗ってる妖精さん達は莫迦
れた。今度はアタシが助ける番。4人と妖精さん達を救えるならこ
﹃そう思ったからこんな話してんのよ。貴方たちには何度も助けら
不知火の感情のこもっていない声。
﹃貴女はそれでいいのですか
載機の200機や300機。数時間は耐えて見せる﹄
移乗させるのよ。消えるのはあたし一人で十分。大丈夫よたかが艦
﹃まあ、確実に沈むでしょうね。翔鶴姉みたいにだから妖精さんを
?!
?
﹁僕に、あの提督と同じことをしろと君は言うのか
﹂
﹁そうか⋮確かに君なら、240機の猛攻を受けても簡単には沈ま
ただけ。この艦隊の誰もアンタを責めないし、責めさせない﹄
﹃同じじゃないわ。奴は強制したけど、アンタは部下の願いを聞い
?
126
?
どこか困ったような、懇願するような声に静かに答えた。
?
ず。僕らが東の航空隊を突破してトラックへ行くための時間稼ぎが
﹄
できるだろうな、﹂
﹃ホタカさん
終わっていなかった。
﹁だが却下だ﹂
!
いるかもしれない
らいわかるでしょ
これを防ぐのは不可能よ
﹄
ガーズ・フリート
今そんな事言ってる場合じゃ⋮﹄
それに、私は被雷して
﹁瑞鶴。僕がもともと何処から来たのか覚えているか
﹃は
﹂
足の遅い艦が抜ければもっと速度を出せる。それぐ
!
さ っ き 言 っ た だ ろ う
プライド
君 ら を ト ラ ッ ク ま で 無 事 に 送 り 届 け る と。
り通す、近衛としての矜持がある。
ガー ズ
も、譲れないモノぐらいある。一度守ると決めたモノは何が何でも守
れもなくウィルキアの艦だ。戦ったのは1年程度だったがな。僕に
﹁ウィルキア王国海軍近衛艦隊。建造された場所は日本だが、まぎ
?
!
速度が出ない
!
導兵器があったって、第2次攻撃隊や、もしかしたら第3次攻撃隊も
﹃どうしてよ⋮敵の数は合わせて400機以上
いくらアンタの誘
信じられないというような吹雪の叫びが頭に響く。が、彼の回答は
!!
!
ね
﹂
﹁高角砲や機銃の射程圏内まで、敵機が生きていれば⋮の話ですが
終わり﹂
に 叩 く。敵 艦 攻 撃 は 本 艦 の み が 試 み る。僚 艦 は 防 空 に 努 め よ。通 信
ず、敵航空隊を撃滅し、進路上に存在すると思われる敵艦隊もついで
﹁⋮。全艦隊に告ぐ。針路、速度そのまま、トラックを目指す。ま
﹃⋮⋮了解。アンタを信じる﹄
見捨てない。﹂
うとしない方が良い。もう一度言うが、君の提案は却下する。誰一人
瑞鶴、君の自己犠牲精神は立派ではあるが。君の物差しで現実を計ろ
?
﹁違いない。副長﹂
﹁はい。﹂
127
?
口元を僅かに歪めて皮肉ぎみに笑う副長。
?
イージス
つとめ
﹁こちらの艦隊に僅かな被害すら出さず、トラックまで送り届ける。
﹂
信管は指令起爆でセット
﹂
トライデント、2基 用 意。目標、両敵編隊
スタンバイ
まず手始めに敵航空隊の撃滅だ。今こそ盾の仕事を全うする。﹂ ﹁了解
モードHE
﹁特殊弾頭VLS解放
中央
!
﹂
﹂
!
ン
ダー
ド
目標到達まで約6分
﹂
対空ミサイルVLS解放
!
に射出され、東と南の空へ噴射煙を残して飛び去った。
﹁両敵編隊との距離約400km
タ
!
発展型シースパロースタンバイ
RIM│156及びE S S M 用 意﹂
ス
﹁後 部 主 砲、左 9 0 度 旋 回
!
あった。
?
用可能ですが﹂
ブラズニルでの改良により、アクティブ・レーダー・ホーミングが使
﹁艦長。スタンダードミサイルの誘導方式はどうしますか
スキズ
場合は後部主砲を左右どちらかに旋回させなければならない欠点が
で装備されている。そのままでは発射できないので全力射撃をする
を出来るだけなくすように設置されているため主砲の砲身の下にま
ホタカの後部甲板に積まれているVLSは、甲板のスペースの無駄
!
発射の電気信号が流れると、2発の大型ミサイルが大量の煙ととも
﹁発射
﹁発射﹂
﹁発射準備完了
と大型な点を除けば︻使いやすい︼大量破壊兵器だった。
核 融 合 な ど の プ ロ セ ス が 無 い た め 放射性降下物 が 発 生 し な い。値 段
フ ォ ー ル・ ア ウ ト
消滅させるほどの威力があった。しかも、特殊炸薬は核分裂もしくは
ている。生半可な機数の編隊の中心で爆破させれば一瞬で編隊ごと
本来は対艦、対地用ではあるが、それゆえ大量の特殊炸薬を搭載し
力を持つ炸薬を満載した大型の長距離ミサイル。
収められているのはウィルキア海軍が作り出した、文字通り最強の威
かそれだけではない重さを見ている者は感じ取る。垂直発射装置に
しく開く。実際に、装甲化されているのでハッチは非常に重いが。何
ホタカの前艦橋の両脇に備えられた大型のVLSのハッチが重々
!
!
!
!
128
!
アクティブ・レーダー・ホーミングとはミサイルが自ら発した電波
によって目標の位置を確認し誘導する誘導方式である。元になった
RIM│156はセミアクティブ・レーダー・ホーミングで、この方
式はミサイルの発射母機、この場合はホタカが目標に向かって電波を
放ち、その反射波をミサイルが受け取って誘導する。
セミアクティブの場合、ミサイルを誘導する誘導電波の数が、何発
を同時に誘導できるかを決めるが。アクティブの場合はミサイルが
自分で目標を察知するため、発射母機はミサイルを発射した後すぐに
別の目標へ攻撃ができる。
ホタカのRIM│156は自走ドック艦スキズブラズニルにより
改良され、その切り替えが可能だった。
ブラボー
﹁もちろんそれで行く。400機以上を同時に相手するには撃ちっ
景気よくやりましょう﹂
ぱなしは必須だ﹂
﹁了解
アルファ
﹁主砲装填、弾種特殊榴弾。1番主砲は目標群 B、2番主砲は目標
群 Aに対応せよ。﹂
トライデント
あらかたの指示を出し終えてレーダー画面を見る。自分が放った
アルファ
海神の鉾は順調に飛行していた。
目標群 Aの戦闘を飛ぶ戦闘機は、前方から何かが突入してくるの
をレーダーで察知する。数は1だが速度は音速の3倍を超える冗談
のような速度、その戦闘機は人類側の新型迎撃機だとあたりをつけ、
自身の戦闘機隊を率いて、爆撃隊を守ろうと旋回を始める。
しかし、何もかもが手遅れだった。敵飛翔体が味方に突入するのを
事前に防げないと結論付けた戦闘機は突入進路上に機関砲弾の雨を
降らせる。とはいえ、相対速度が4000km/hに迫る物体に命中
させることは不可能だった。1瞬で味方編隊の中心に飛び込んだ飛
翔体は、まばゆい光球となる。
翼を翻えす指令を体に伝えるより早く、核爆発に匹敵する暴力的な
衝撃波が襲い、瞬時に機体は砕け散った。同じような光景がそこかし
こで発生する。爆心地に近かった航空機は発生した衝撃波により部
129
!
品単位にまで文字通りバラバラに解体された。さらに、そのバラバラ
に解体された部品は衝撃波の後に来る爆風に乗って加速され周囲の
墜落を回避した航空機に襲い掛かり穴だらけにする。機体が分解し
ない程度の距離で衝撃波を受けた機体も、後に続く爆風にあおられて
バランスを崩し味方と空中衝突をする事態がそこかしこで発生する。
たった1発のミサイルで攻撃隊は甚大な被害をこうむっていた。
撃墜104
撃墜94
残り
残り1
ホタカの艦隊でも、進行方向と右手方向の水平線近くが一瞬光っ
﹂
﹂
﹂
!
た。
アルファ
彼我距離210km
﹁目標群 A 中央でトライデントの炸裂を確認
46機
ブラボー
彼我距離196km
﹁目標群 B 中央でトライデントの炸裂を確認
106機
﹁特殊弾頭VLSハッチ閉め﹂
﹁第2弾の発射は行わないので
!
ブラボー
タ
ン
﹂
ファ
ダー
ド
アルファ
タ
タ
ン
ン
ダー
ダー
ド
ド
ラ
ラ
イ
イ
ン
ン
RIM│156射程圏突入
ス
B、右舷側は目標群 Aを照準﹂
ル
﹁了解
ア
ス
﹂
﹂
﹁目標群A、34
ボー
RIM│156射程圏突入
サルヴォ│
﹁斉 射
﹂
﹁攻撃開始
ラ
!
ブ
﹁目標群B、46
!
﹂
!
定された目標へ向かい加速を始める。
タ
ン
ダー
ド
し、17発と23発の2群に分離した艦隊防空の要は、それぞれの指
が打ち上げられ、ホタカの後ろ半分が白煙に包まれた。いったん上昇
後 部 甲 板 の 解 放 さ れ た V L S セ ル か ら 4 0 発 も の RIM│156
ス
はE S S Mの射程圏に入り次第攻撃する。左舷側のVLSは目標群
発展型シースパロー
﹁RIM│156の射程に侵入した敵の半分を撃滅する。もう半分
ス
すからね、何とかなるでしょう﹂
﹁まあ、残り252機。対空ミサイルVLSの即応弾が384発で
は有効打にならない。バラ撒けるほどの余裕もない﹂
﹁いや、十分だ。敵中央で炸裂させた結果、編隊がバラけた。これで
!
!
!
!
130
!
?
!
!
!
!
!
ブ
ラ
ボー
ス
タ
ン
ン
ダー
ダー
ド
ド
ラ
ラ
イ
イ
ン
ン
RIM│156射程圏突入
タ
﹂
﹂
﹁目標群B、28
ス
RIM│156射程圏突入
ファーストショット
サルヴォ│
斉射
﹂
!
ラ
ル
ボー
ファ
たら主砲により
ラ
ボー
ファー ス ト キ ル
﹂
迎撃。撃ち漏らしたものをESSMと速射砲で殲滅する。﹂
ブ
ラ
ボー
タ
タ
ン
ン
ダー
ダー
ド
ド
ラ
ラ
イ
イ
ン
ン
RIM│156射程圏突入
ス
﹂
﹂
﹁目標群B、トラックナンバー1192から1206まで撃墜
ブ
ス
﹁目標群B32
ファ
ファ
RIM│156射程圏突入
ル
ル
ル
ファ
﹂
﹂
﹂
!
ネッ
ト
イー
グ
ル
﹂
F/A│18 や F│15 を 無 数 に 撃 墜 し て き た 対 空 ミ サ イ ル に と っ
ホー
性 は 第 2 次 大 戦 の T B F ア ヴ ェ ン ジ ャ ー と 大 差 な か っ た。
掛かってきた。ある雷撃機は上昇して回避しようとするも、その機動
て単独飛行に入るが、そこに6発のESSMが白煙を引きながら襲い
密集していると纏めて落とされることを恐れた敵機が編隊を解い
先で炸裂し、6機がバラバラになって落ちていく
の受難は続く。超音速で撃ち込まれた3発の41cm特殊榴弾が鼻
運よくスタンダードの矛先を向けられずに済んだ17機だが、彼ら
﹁主砲発射
﹁目標群A、40kmライン突破
ア
機が4。いずれの艦載機も背中に当たる部分が青く輝いていた。
してくる17機の敵機。雷撃機が3、急降下爆撃機が10、水平爆撃
モニターに映し出されたのは、味方の爆発による黒煙を背景に進撃
﹁モニターに回せ。﹂
﹁敵機視認距離に入ります
﹁目標群A、トラックナンバー1035から1060まで撃墜
ア
ア
﹁目標群A45
!
!
!
!
﹂
﹁残りの目標はESSMと砲兵装で処理する。距離40kmを切っ
目標群B、トラックナンバー1147から1169まで撃墜
ブ
﹁目標群A、ト ラ ッ ク ナ ン バ ー 1 0 0 1 か ら 1 0 1 7 ま で 撃 墜
ア
再度後部が爆煙に包まれ、槍が放たれる。
﹁ロック完了
﹁そうだ、アウトレンジで一方的に袋叩きにすればいい﹂
﹁先に見つけ、 先 に 撃 ち、先に撃墜する。ですね﹂
ファーストルック
﹁焦らなくてもいい。基本を徹底すれば確実に勝てる﹂
ファ
!
ル
!
ア
﹁目標群A、52
!
!
!
131
!
!
!
!
!
!
て追従することは容易。完全に目標を補足、追従し腹側に衝突。標的
を串刺しにする形で撃墜した。
その後も、幾多の攻撃隊が突入を試みるが、高性能誘導兵器と強力
なFCSによってはじき出された予測に基づく砲兵装の射撃によっ
﹂
て、全ての機体が半径15km圏内まで到達できず。爆散し、空に黒
い華を咲かせた。
﹁トラックナンバー1146、撃墜
ついに最後の急降下爆撃機が、ESSMの直撃を受けて爆散する。
タ
ン
ダー
ド
発展型シースパロー
﹂
空には無数の黒点が生まれていたが、艦隊の中に攻撃を受けた艦は居
なかった。
﹁全機撃墜しました。﹂
ス
﹁対空ミサイルVLSの再装填を急げ。副長、何発使った
﹁RIM│156、126発、 E S S M、78発です﹂
﹁そうですね。そっちの方が楽ですし﹂
﹁残ってるの全部ですか⋮﹂
数221
﹂
スタンバイ
﹁特殊弾頭VLS解放、トライデント、12基 用 意﹂
苦笑いする副長と、ため息をつくホタカ。
高度20
高
機影、約193機を確
距離450km
﹁第2次攻撃隊にはトライデント3,4発撃ちこんでお帰り願おう﹂
﹁速射砲とCIWSも使えばもっと節約できましたがね⋮﹂
経費だ﹂
﹁合計204発か。艦隊に殺到させるわけにはいかんからな。必要
?
!
距離230km
で本艦へ接近中
方位0│9│2
相対速度330km
相対速度320km
さらに方位1│9│4
敵編隊確認
!
!
﹁レーダーに感あり
40
っ
度1400
認
!
!
﹂
?
りしないかぎり、そこに機動部隊がいる。トライデントならもっとも
﹁敵機が距離220kmに突然現れた。つまり、海から湧いて出た
﹁何故敵が250km圏内にいると
は250km圏内だ。それに、全部対空目標に使うのではない﹂
﹁そうだ、チマチマやってたら敵艦隊が来る。少なくとも南の艦隊
!
!
132
!
!
!
!
!
?!
﹁言ったそばから、ですね﹂
!
!
価値ある目標、つまり正規空母へ向かって突入する。ミサイル同士に
﹂
データリンク能力が備わっているから、同じ目標へ殺到するバカなこ
とはしない﹂
﹁ハープーンは使わないので
﹁まともな相手じゃなかったら
﹂
﹁全滅を狙ってもいいが、正規空母5隻も失えば敵も退散する﹂
?
﹁仕方ないですよ。窓無いですから﹂
﹂
通信が入った、瑞鶴だ。
﹁どうした
﹂
﹁取りあえず航空戦はな。ただ進路上に敵艦隊が居る可能性が大い
﹃どうしたもこうしたも。終わったの
﹄
﹁もう夜か。CICにいると時間間隔が狂うな﹂
ふと、時計を見るとそろそろ日没だった。
﹁再装填を急いでくれ﹂
﹁まあ、形はともかく性能面なら旧式もいいとこですから﹂
﹁そんなに落としたか﹂
﹁これで合わせて864機を撃墜しました﹂
﹁全機撃墜。第2次攻撃隊を殲滅しました﹂
にも突撃を続けるが、間もなくスタンダードによって蹴散らされた。
を吹き飛ばされて攻撃能力を喪失。何とか逃げ切った数十機は果敢
敵航空部隊は3発のトライデントミサイルにより構成機体の大半
る。
再びホタカの前艦橋両側から巨大なミサイルが12発撃ち出され
﹁データ入力完了、トライデント発射
E、敵艦へ向けての6発はモードAP。撃ち方始め﹂
4に存在する艦隊へ向けて発射。なお、敵機に向ける6発はモードH
﹁目標、敵2個攻撃隊中央および両翼。残りの6発は方位1│9│
﹁発射準備完了﹂
﹁主砲とハープーンで沈めてやる﹂
?
にある。まだまだ安心はできない﹂
133
!
?
?
﹄
﹃敵編隊が前から出てきたしほぼ確実に居るでしょうね。まだホタ
カは戦えるの
﹂
﹁安心しろ。弾もミサイルも山ほどある。トラックまでは持つよ﹂
﹃そう⋮﹄
﹁他に何か聞きたいことは
相対速度36
﹂
﹂
﹂
?
距離5
戦艦1、空母3、駆逐
方位0│9│1
!
いた。
﹁水上レーダーに感あり
﹁さあ
!
敵2個艦隊を確認
が、ホタカのレーダーには昼夜の関係無く。油断なく四方を見張って
夜の帳がおり、艦隊を包む。星も月も見えず、視界は良くなかった。
﹁彼女が戦えない分、僕らが戦うしかない﹂
すからね﹂
﹁艦載機すらなく、魚雷2本受けて、まともに修理せずにトラックで
﹁⋮無理はするな、か。無理してるのはそっちだろうに﹂
﹃無いわ、無理はしないでね。通信終わり﹄
?
プー
ン スタンバイ
各艦隊より重巡1、軽巡2、駆逐3が離脱
!
ハッチが久しぶりに解放される。
﹁敵艦隊増速
水雷戦隊
ホ タ カ の 前 甲 板 に 備 え ら れ た 8 ユ ニ ッ ト の 対 艦 ミ サ イ ル V L S
LS解放。RGM│84 用 意﹂
ハー
﹁まあいい。出てきたのなら出迎えてやらないと。対艦ミサイルV
!
!
2。及び空母2、重巡1、軽巡2、駆逐1
0km
?!
空母3は進路、速度ともに変わらず﹂
を構築して突撃してきます。戦艦1、空母2も水雷戦隊に続いて突撃
!
﹁空母が逃げない
﹁発射
﹂
ハー
プー
ン
RGM│84重巡3基、軽巡各2基、駆逐各1
基、空母各3基照準。撃ち方始め﹂
?
味に浮かび上がらせた。オレンジ色の噴射炎をミサイル後部に灯し
25発のハープーンの噴射炎が暗闇にホタカの主砲と艦橋を不気
!
134
?
﹁なんで夜戦に空母を持ってくるんだ
!
?
﹁この土壇場で艦隊を組みなおすとは﹂
!
ながら、超低空のシースキミング飛行を開始する。
て、敵空母艦載機を発艦
﹂
﹂
﹁主砲装填。弾種通常弾。目標敵戦艦﹂
﹁
現在30機
﹁艦載機って⋮この距離でか
﹁はい
﹂
!
﹂
!
発展型シースパロー
敵航空戦艦2、空母3炎上中
!
隻も格納庫や甲板の火災は避けられなかった。
﹁水雷戦隊殲滅
﹂
ていた雷撃機に着弾し甲板と格納庫が一瞬で火の海と化し、残りの2
1隻は、発艦前の機体急降下爆撃機と、今まさに甲板に上げようとし
減っていたとはいえ。燃料も弾薬も大量に残っていたため運の悪い
は全てが飛行甲板を突き破り、内部で炸裂。2回の全力出撃で弾薬は
ない3隻のレキシントン級空母は悲惨だった。飛来したハープーン
板に大火災を生じさせている。まともな装甲を飛行甲板に張ってい
性が十分あった。事実、命中した6発の内4発は装甲を貫通し後部甲
たとえ装甲されていると言えども、ハープーンならば貫通する可能
ばライオン級航空戦艦の後部飛行甲板に3発づつが突き立った。
て、沈降し始める。さらに戦艦と共に突撃してきた空母、正確にいえ
軽巡のチェスター級、C級、駆逐艦3隻もそれぞれが串刺しになっ
2inch魚雷後期型が誘爆し艦体がそこから二つに折れてしまう。
致命的だったのが煙突基部に命中したもので、すぐそばにあった2
に未来の銛を浴びる。
狙われたニューオーリンズ級重巡は1番主砲、前艦橋、第2煙突基部
発のハープーンはそれぞれの目標に突入した。3発のハープーンに
ダー・ホーミング誘導装置が作動。終末誘導により狙いを定めた25
mで後部の翼を作動させて急上昇し、ミサイルのアクティブ・レー
シースキミング飛行をしていたハープーンは目標との距離約7k
﹁ハープーン着弾まであとわずか
﹁それ以前にまだ艦載機が残ってた方が驚きだよ﹂
﹁敵は夜間に航空攻撃が出来るほどの部隊のようですね﹂
!
方始め﹂
﹁対空ミサイルVLS解放、E S S M 34基、照準敵航空隊。撃ち
!
135
!
?
?!
サルヴォ│
ハー
プー
﹁斉 射﹂
﹂
ン
﹁RGM│84戦艦2基、航空戦艦各2基、空母各3基照準、撃ち方
始め﹂
﹁発射
﹂
ホタカの前後が爆煙に包まれたかと思うと、合計49発のミサイル
が飛び出す。
﹂
﹁敵戦艦隊との距離42km
﹁主砲発射
!
着弾を待つ。
﹂
敵空母1撃沈
敵航空隊殲滅
﹂
敵空母2大破
敵航空戦艦
!
﹁ESSM全弾命中
戦艦1小破
﹁ハープーン全弾命中
2中破
!
!
プー
ン
は大音響を残して爆沈した。
だから長くはもたなかった。艦全体に10発近い砲弾を浴びた戦艦
ら上回っていた。そんな砲弾が11秒に3発の割合で飛んでくるの
く。口径こそ41cmであるが威力的な面では大和の46cm砲す
音速で飛来する約1トンの砲弾は甲板の水平装甲板を引き裂いてい
ノースカロライナ級に41cm砲弾が降り注ぐと次々と命中し。超
ダ ー 射 撃 を 行 っ て い る ホ タ カ に と っ て は 大 し た 問 題 で は な か っ た。
三度、前甲板が煙に包まれる。たとえ前方が煙で塞がれても、レー
﹁RGM│84、航空戦艦各3基、空母各2基照準、撃ち方始め﹂
ハー
初弾夾叉を確認し、全力射撃を続行する。
艦の舷側で炸裂し浸水を引き起こす。
は近弾1、遠弾1、至近弾1。しかもその至近弾は水中弾となり敵戦
3発の砲弾が先頭を行くノースカロライナ級に降り注いだ。結果
を失う。
の測距儀を吹き飛ばした。これにより、敵戦艦隊は遠距離砲撃の手段
放たれたハープーンは、3隻の空母に止めを刺し、戦艦と航空戦艦
!
!
!
填装置によって主砲の装填にかかる時間はわずか11秒だが初弾の
ミサイルとは違う。激烈な轟音が夜の南太平洋に響いた。自動装
!
そ の 直 前、ハ ー プ ー ン が 目 標 に 到 達 す る。大 破 し た 空 母 2 隻 は、
136
!
!
ホップアップモードではない2発の対艦ミサイルが舷側に着弾し短
時間の内に横転沈没。中破した航空戦艦には、3発が火災の発生でも
ろくなった後部飛行甲板に垂直に突入。水平装甲を貫き、格納庫の下
に収められていた弾薬庫に着弾。いまだに残っていた対艦爆弾、航空
魚雷に誘爆次々と誘爆。特徴的な艦後部のいたるところから炎を吹
き出した。
そこへ、41cm砲弾の連続射撃を受ける。いくら航空戦艦とはい
え、46cm砲弾を超える威力の攻撃を受けることは想定されておら
ず、止めを刺され轟沈する。
この時、ホタカとの距離は25kmを僅かに切ったところだった。
﹁敵艦隊全滅。周囲に他の艦は見当たりません﹂
﹁よろしい。ミサイルの再装填を急げ﹂
﹁何とかなりましたね﹂
﹂
﹁初手で測距儀を破壊できたのが良かったな﹂
﹂
﹁あー、やっぱりアレですか﹂
﹁こればかりは、仕方ないな瑞鶴達の働きに期待しよう﹂
翌日、08:23
ホタカらパラオ鎮守府残存艦隊はトラック第2鎮守府の哨戒艦隊
と合流し、ついにトラック環礁へたどり着いた。
137
﹁これで最後だと思いたいですね﹂
﹁そうだな。トラックまでどのくらいだ
のでは
﹁思ったより航海は順調です。明日の朝には哨戒艦隊と合流できる
?
﹁そうか。だが、新しい問題もでてくるな﹂
?
二章 魔風到来、魔鯨強襲
STAGE│7 トラック第2鎮守府
││││││││そんな⋮
目の前で戦友たちが次々と沈んでいく。
自分にはそれを防ぐ力は無い
自分自身を守る力すら無い。
また一隻、長大な主砲から吐き出された高初速の砲弾の水平撃ち
を
正面から浴びて前艦橋から後艦橋までをなぎ倒されて沈黙する。
いくら人間よりも頑丈な体を持つ自分たちとは言え助からない
だろう。
艦載機は全て放った。しかし、航空魚雷を6本直撃させても奴の
速度は落ちない
138
何発もの50番爆弾を当てても目立った損害は無い。
敵の放った魚雷をまともに受けた重巡が爆発を起こして横転す
る。
無数の噴進砲弾が飛行甲板に降り注ぎ、炎上して松明と化している
味方空母も
搭載した爆弾に誘爆して沈んでいく。
気が付くと、残っているのは自分一人だった。
必死に速度を上げ舵を切る。
しかし、奴は嘲笑うように悠々と自分の横を抜いていき
目の前で転舵。無理やり丁字戦に持ち込んだ。
前後の甲板に据えられた見た事も無いほど長砲身の三連装主砲4
基がこちらを向く
│││││回避
目の前で、12の閃光が迸った。
考えた時には遅かった。
!
﹁瑞鶴さん、そろそろ機嫌治しましょうよぉ。﹂
トラック第2鎮守府の食堂で吹雪は困っていた。
何のことは無い。目の前で朝食を取る航空母艦の機嫌が非常に悪
かったからだ。
直接睨まれているわけではないが
全身から不機嫌なオーラがにじみ出ている。
﹁⋮⋮⋮﹂
無言で味噌汁を啜る。
なんでここに座っちゃったんだろう⋮。約15分前の自分を責め
139
る。
その時、左の服の裾を引っ張られる感覚。
ちらりと見ると、昨日再開した姉妹艦の初雪。
﹁刺激しない方が⋮良い⋮。﹂
﹂
さわらぬ神に祟りなし。そう目で訴えていた。
﹁⋮⋮やっぱり
丁度いいと思い手を伸ばす。
そこから持ってきて返し忘れたモノだろう。
食堂の一角に新聞を置いているスペースがあったが、
ふと誰も座っていない横の席を見ると、今日の朝刊が一つ。
もっとも、そのために退却ができない状態なのだが⋮
ものだ。
食事は既に終えていたが初雪を待つのは吹雪の生真面目さによる
何か空気を変えるものが無いか、瞳だけ動かして周りを見る。
今の吹雪にとっては羨ましい物だった。
初雪のマイペース加減は今に始まった事ではないが
小声の返答に頷いて返す。
?
見ると、本土でも大手の新聞社の物だった。
そういえばホタカが新聞を見ろと言っていたことを思い出し、広
げる。
1面トップに目を通した時、吹雪の顔が驚きに染まり
満足げな笑みに変わる。そのまま読み進めていくと、あるところで
視線が止まる。
﹂
ず、瑞鶴さん﹂
﹁⋮⋮何か載ってる
﹁ひゃあっ
?
ああ、ホタカが言ってたのはこういう事か。﹂
︼
!
その他にも汚職多数発覚︼
!
だった。
息不明。生存絶望的⋮か。
﹁なになに
呉鎮守府所属の主力艦隊が南太平洋方面に出撃後、消
吹雪が指示したのはその報道の下の方に小さく乗っている記事
﹁それもあるんですが、私が気になるのはこっちの記事です。﹂
たけど。﹂
﹁ハッ、ざまあないわね。資材の横流しまでしてたのは知らなかっ
特ダネを提供した青葉はそれなりの報酬を受け取っていた。
多額の資金を得ていたという
最前線の提督と海軍の一部、政府高官が結託して資材を横流しし
たものである。
ANWによって集められた情報を足して警察機関に通報後、報道し
彼女らは知らないことだが、これはホタカが提供した情報に
と、載っていた。
︻海軍内横流し資材売却グループ一斉摘発︼
︻南太平洋方面第2補給根拠地司令官、更迭︼
︻親の政府高官資材横流しに関与
︻パラオ鎮守府提督汚職・利敵行為発覚
でかでかと乗せられたいくつかの見出しには
﹁
﹁こ、これを見てくださいよ。﹂
と言うか声が怖かった。
集中して読んでいたために、瑞鶴の一言にビビる。
!
?
140
?
このご時世じゃ珍しいってものじゃあ無
うわ、瑞鶴や吹雪もこの艦隊に居たんだ、自分じゃないけどいい
気分じゃないわね。
これがどうかしたの
いじゃない。﹂
﹁どうして
﹂
﹁だって、あの呉鎮守府ですよ
ど。﹂
﹁女の勘
﹂
﹁それに何か気になるんですよね。こう⋮うまく説明できませんけ
こっちにも捜索か何かの要請が入るでしょうし。﹂
﹁そういえば確かに変ね。南太平洋方面へ出撃して消息不明なら
有ると思うんですけど。﹂
遭難は考えにくいですし、全滅したとしても何かしらのサインは
その精鋭集団の主力が消息不明で、生存が絶望視されるなんて。
集団じゃないですか。
海軍内でも1,2の練度を持つ精鋭
﹁なーんか妙なんですよね、この記事。﹂
?
アハハと自信なさげに笑う。
だが、瑞鶴もこの小さな記事に言い知れぬ不安を僅かに感じる。
失礼します
﹂
﹁ごちそうさまでした⋮吹雪⋮行こ⋮﹂
﹁解った。じゃ瑞鶴さん
!
られる。
?
無表情の艦娘が一人
ギギギギと擬音が聞こえてきそうな動きで振り向くと
自分とは真逆の、ある種ホタカのような冷静さを持つ声
﹁⋮いったい何時まで食べてる気かしら
﹂
ホタカにも聞いてみようと思ったところで、背中に冷たい声がかけ
が、食事中もあの事件を考えていた。度々箸が止まり
駆逐艦を見送り、食事を再開する
﹁またね。﹂
初雪と連れ立って席を立つ。
!
141
?
?
﹁それが一番近いかもしれません。﹂
?
青色のスカート、黒髪のサイドテール
額に昨日は見てない青筋が浮かび上がっていた。
﹁か⋮加賀さん﹂
さっきお茶を飲んだはずなのに、一瞬で口の中が乾く
冷や汗が一筋。
﹁あなた以外食べ終わってそろそろ集合時間なのだけど
﹂
激しい怒りではなく、冷たい怒り。
﹁す、すぐ食べますっ
鎮守府まで誘導された。
﹁艦長、上陸許可が下りました。﹂
﹁さて、それでは行ってくるよ。﹂
﹁今度会うのは何時になりますかね
﹂
﹂
哨戒任務中に出会った第6駆逐隊の面々に先導されトラック第2
トラック環礁にたどり着いた一行は、
る
何故、瑞鶴が不機嫌だったのか。それは昨日の夜にまでさかのぼ
言うまでもないことだった。
その時、完食までのタイムは彼女の人生で最も早い物だったのは
?
﹁ハッ
﹂
﹁さあな。ま、すぐに合うことは無いだろう。艦を頼む﹂
?
解体といっても、やることは艦息と艦のリンクの破壊であり
簡単に行えるうえ、命を落とす事も無い。
艦︵息・娘︶と言う存在は艦とリンクして軍艦を制御する。
逆に言えば、艦娘と人との違いはそのリンクの有無だけだ。
リンクを切ったとしても、艦︵息・娘︶としての特殊な能力は失わ
れるが
142
!!
ホタカは解体される可能性も考えに入れていた。
敬礼。
!
艦船の元々の性能には変化が無い。
もっとも、現在の艦娘の数は上昇傾向にあるがまだまだ人手不足
だった。
甲板から海上へ足を踏み出す前に振り向き、高い塔型艦橋を仰ぎ見
る。
南太平洋の青空に、淡い緑を基調としたウィルキア王国旗がよく
映えていた。
﹁もしかしたら。見納めかもな⋮﹂
自嘲気味に口を歪ませ、海上へ飛び降りる。
環礁内の海は非常に穏やかで、ほとんど波が無かった。
これ
海上を移動しようとしてハタと気づく。
││││││どうやって走るんだ
内火艇を出せばよかったと今更だが後悔する。
試しに右足を前に出す。次に左足。
地面と言うよりは、氷の上を歩いているような
歩けなくはないが、一つ間違えれば滑りそうな感触だった。
とはいえ、これしか移動方法は無い。
仕方なく、おっかなびっくり歩いていくことを決めて歩き始める
と、
すぐに背後から呆れた声が聞こえる。
﹁何やってんのよ。アンタ﹂
これ﹂
⋮ってそういやアンタ初めてだったっけ。﹂
﹁瑞鶴か、ちょうどいい。どうやって進むんだ
﹁ハァ
?
要約すると頭の中でイメージすればよいとのことだった。
試しにイメージし走り出す。
﹁そうそう、上手いじゃない。﹂
瑞鶴は後ろからついて来て、そういうが 実際のホタカは、自分の高性能電算機を使って姿勢制御をしてい
た。
彼女はイメージするだけと簡単そうに言ったが、ホタカにとってこ
143
?
ヤレヤレと言った感じの彼女から、簡単に説明を受ける。
?
れが現実だった。
岸壁にはすでに全員が集まっていた。
﹁すまない、待たせた。﹂
﹁いいわよ、別に。私たちについて来て
﹂
トラックへの道中、暁と名乗った黒髪の少女についていく。
執務室へ行く間に、
大井を先頭にしたパラオ鎮守府脱出隊の突撃を受ける等のアクシ
デントはあったものの
何とか執務室へたどり着く。
執務室の中はきれいに整頓されており、目の前の机には若い海軍
軍人
背格好はホタカと似通っている。
﹂
その隣には静かな雰囲気の青いスカートとサイドテールの女性。
おそらく艦娘だろう。
執務室に入り、敬礼する。
﹁ホタカ以下、パラオ鎮守府残存艦隊到着しました。
マナツ
このたびは我々を保護していただき、ありがとうございます
けには行かないんだ。﹂
ラッキー
しかし、ホタカ。誠に申し訳ないが君をすぐにここに配属するわ
﹁君以外の艦娘はすぐにここの鎮守府所属と言う事になる。
いった。
とは言え、彼女には関係ない事なのですぐに意識の海溝に沈んで
提督が何も言わないところを見ると大井がナニかをしたらしい。
まで来ていた。
そんなことを北上は思う。大井は何かと理由を付けて執務室内
│││││ホタカが居たこと自体が幸運だったけどね
﹁運が良かっただけです。﹂
よくここまでたどり着いてくれた。﹂
る
﹁トラック第2鎮守府提督の真津だ。青葉から報告は受け取ってい
!
執務室の扉が開き、腕に特警の腕章をした2人の軍人が入室し
144
!
ホタカの両脇に立つ。
﹂
﹁俺も何度か反対したのだけどね。上が煩いんだよ。
﹂
すまないが暫く軟禁されてはくれないか
﹁なっ
突然の通達に瑞鶴が絶句する。
すね。提督﹂
﹁ええええええええ
すんなり捕まるんですか
﹂
!?
なんでホタカが軟禁されるわけ
﹂
﹁条件は提示させていただきますが、いいでしょう。貴方も大変で
?
流れるように通告に従うホタカに吹雪が驚く
﹁ちょ、ちょっと待ってよ
!
﹁なんでよ
﹂
どこれは仕方ない。﹂
﹁やめろ、瑞鶴。君が僕の待遇に関して怒ってくれるのは光栄だけ
止めたのはホタカ自身だった。
目を吊り上げて提督に詰め寄ろうとした彼女の前に腕を出して
!?
!!?
は
﹂
提督、どうせ僕には深海棲艦のスパイ疑惑でもかかっているので
けないだろう
﹃味方です﹄と言ってきたのを﹃はいそうですか﹄と採用できるわ
得体のしれない連中と戦ってるのに、得体のしれない国の艦が
﹁と言うより、これが普通だと思うんだが⋮。
!
?
﹁そういう事だ。まあそう遠くないうちに出られると思うから
我慢してくれ。﹂
﹁僕に乗艦している妖精さん達の生命の保証を約束していただける
のであれば
命令に従います。﹂
﹁それに関しては心配は要らない。
無下に扱おうものなら何が飛んでくるか解ったものじゃないか
らな。﹂
提督の言葉に肩をすくめて答える。
145
!?
ホタカの問いに提督は一つ頷く。 ?
﹁部屋は普通のものを用意する。艦娘寮の1室だ。憲兵は艦娘の寮
には基本的に
入れないから駆逐艦の娘が持ち回りで監視する。﹂
﹁男の自分が女性ばかりの寮に行くのはどうかとは思いますが⋮﹂
﹁そこしかないからな。諦めてくれ。﹂
﹁⋮了解﹂
仕方ないとため息を吐くホタカ。
瑞鶴は最後まで納得できないとごねていたが
本人が納得しているうえ上層部の命令を1艦娘が覆すことなどで
きず
さらに、執務室を出た後すぐに、吹雪、不知火、北上と共に
ドックに放り込まれてしまった。
その結果が今朝の瑞鶴のありさまだ。
彼女自身八つ当たり以外の何物でもない事を知っていたが
完全に、憤りを押さえつけることが出来なかった。
艦娘を修理するには2つの手順を行わなければならない。
艦娘本体つまり肉体の治療と、艦本体の修復である。
肉体の方は、艦娘の怪我や病気に対して非常に高い治癒効果を発
揮する
液体につかることで治す。このことは艦娘の間で︻お風呂︼と呼ば
れていた。
お風呂に浸かっている時間は大型艦であればあるほど、損傷が大き
ければ大きいほど
長い時間がかかったが丸1日入らなければならないことは稀だっ
た。
艦体の方は鎮守府に設置されたドックに入れて、妖精さん達が修
理する。 このドックは巨大な建屋で覆われ、外からは中を見ることはできず
立ち入る事も出来ない一種のブラックボックスと言えた。
このドックに入る時間は、大型艦で長くて半月ほどだった。
ここである問題が生じる。
146
艦娘がお風呂に入って肉体の修復が完了しても、
艦体の修理が終わっていないことは日常茶飯事だった。
修理にかかる時間が大きく違う以上仕方のないことだが、いくつか
の問題も生じてくる。
まず、あまりに艦体が損傷しているとお風呂に入っても艦娘の肉
体の傷の治りが悪くなる。
この場合は艦娘は入院し、お風呂以外の治療を行いながら艦体の修
理が終わるのを待つ。
性質の悪い問題として、艦娘の感じるダメージと
艦の実際のダメージに差異が出る事態が生じることがある。
お風呂は大きな施設となっているため、十人以上の艦娘を簡単に治
療できるが
巨大なドックはそうはいかない。
そのため、損傷艦が一度に多く来ると、
艦娘のダメージはお風呂でほぼ完全に回復しても、
艦本体がドックへの入渠待ちで損傷したままな場合がある。
艦娘が艦の損傷に応じたダメージを負うのは、
自分が後どれだけ戦えるのか判別する基準となるため
そのダメージに差異があると、
痛みはあまり感じないのに艦自体のダメージは撃沈一歩手前と言
う状況が起こりうる。
痛みは艦の状態を文字通り身をもって知る重要なシステムと言う
ことだ。
そのため軍は、傷ついた艦娘をむやみやたらにお風呂に入れ、
危険なダメージの差異が発生することを避けるよう呼びかけてい
る。
とは言うものの、まともな人間なら
傷ついて苦しんでいる艦娘にお風呂へ入ることを禁止することに
躊躇いを覚えるのは必然であるため。
損傷した艦を出撃させないと言う鉄則を破らない限り、ドックへの
入渠待ちが確定していても
147
お風呂に入ることを許しても良いという暗黙の了解があった。
瑞鶴が朝食を胃の中へ流し込んでいるころ
ホタカは戦艦寮にあてがわれた一室で、食器を当番の艦娘に渡して
いた。
4畳半の和室で部屋の隅には布団が一組。部屋の中央にはテーブ
ル
部屋の隅に小さなコンロと流し台があった。
以前警備員の宿直室として使われていたが、艦娘の寮となってか
らは使われていない。
﹂
﹁では、よろしく頼むよ。﹂
﹁はい
返事を返したのは朝潮型駆逐艦1番艦朝潮
生真面目が服を着て歩いているような艦娘、と言うのがホタカの印
象だった。
﹂
﹁朝潮はこれから訓練ですので、別の艦娘と交代します。﹂
﹁そうか、なんて言う娘か解るかい
﹁失礼します
﹂
﹁解った。ありがとう。﹂
﹁漣です。少々不思議な娘ですが特に不備は無いかと。﹂
?
﹂
!
からね。﹂
﹁よろしく。楽にしてくれ、僕は悪巧みをしようとは考えていない
よろしくお願いしますね。ホタカさん。﹂
﹁と、言うわけでここからの監視は綾波型駆逐艦漣が引き継ぎます
入れ替わるように桃色の髪の少女が入ってきた。
開ける直前で固まっていた朝潮が、さっさと部屋を出ていく。
﹁⋮⋮失礼します
どうやら非番の艦娘がドアの前に集結していたようだ。
い音が聞こえた。
朝潮がドアを開ける瞬間。ドアの向こうからドタバタと騒がし
!
148
!
﹁おやおやぁ
﹂
女性寮にぶち込まれた男子として
何にも考えてないことは無いでしょう
ニヤニヤとした笑いを浮かべる。
何故か自分の副長を思い出すホタカ。
まさか最初の攻略対象は、﹂
﹂
?
した。﹂
許可は取ったのか
ヤ顔で答える漣。
と言うホタカに対して、必要ありませんとド
﹁どうせ暇だろうと思いまして。資料室から適当に持ち出してきま
ているものらしかった。
テーブルに置かれたのは、題名は違えど太平洋戦争について書かれ
漣がこの部屋に来た時から抱えている数冊の本。
﹁ノーコメント。で、その手に持っている本は
﹁それはそれで魅力が無いと思われてるみたいでショックですね。﹂
﹁少なくとも君ではないから安心しろ。﹂
はっ
じゃないですか。
﹁女性の園に放り込まれた数少ない男なんて、ギャルゲのテンプレ
﹁後が怖いから考えるわけには行かないよ。﹂
?
?
﹁いやまあ、そういう意味もあるんですが⋮﹂
どこか乾いた笑いに違和感。
﹂
?
﹁何か他にも理由が
﹁ホタカさん、あなたドンだけ魚雷使ったんですか
﹂
弾薬をすべて抜かれても文句言えないからなこちらは。﹂
﹁仕方ないか、燃料をもらえるだけマシだ。本来なら武装解除で
搭載されませんのでご注意を。﹂
かれるまで
﹁ああ、言い忘れてましたが、燃料はともかく弾薬の補給は軟禁が解
うよ。﹂
﹁ま、暇であることは間違いないからな。ありがたく読ませてもら
?
?
149
!
魚雷は一発も撃っていないが⋮﹂
﹁は
?
何それ怖い﹂
﹁え
?
﹁
﹂
﹁艦娘の弾薬はどうやって補給されているかご存知ですか
﹂
﹂
﹁そういえば、弾薬庫内の弾薬が全部積んだ覚えのないコンテナに
なっていたが。﹂
﹁何色でしたか
どうなる
﹂
﹁例えば、主砲に弾を装填して撃たずに弾薬庫に戻す操作をすれば
コンテナ1つが砲弾や魚雷1発ってのがほとんどですね。﹂
そこまで大きなコンテナじゃあないので、
Nと。
﹁正確には消滅するんですよ。エネルギーを使い切った瞬間にPO
てなくなると。﹂
﹁で、一定以上撃つとコンテナ内のエネルギー的な何かが切れて撃
魚雷を打てるんですよ。﹂
艦娘は対応する弾薬コンテナが積まれている限り何発でも砲や
﹁いやそういうわけじゃなくて、
﹁僕の兵器は全部実弾兵装だが⋮﹂
何と言いますか⋮エネルギーパック的な物なんですよね。﹂
﹁そのコンテナはですね。漣たち艦娘に弾薬を補充する
﹁赤とピンクと青だ。﹂
?
orzな状態になってたんですよ。﹂
?
端じゃないと言うことですよ。
﹁弾薬の消耗量と言うより、完全に補給するために必要な資材が半
﹁あー。大体わかったがあえて聞く。理由は
﹂
ホタカさんの弾薬の補給に関する見積もりを聞いた提督が
﹁で、さっきの話に戻るのですが。
君の目の前にいるよ。と心の中で呟く。 まあ、やる人なんかいませんよ。﹂
が
上手く使えば弾薬庫内のコンテナを好きな場所に移動できます
﹁戻そうと思った弾薬庫にコンテナが現れますね。
?
150
?
?
﹂
魚雷に対応する青いコンテナがバカみたいに必要みたいらしい
んので⋮﹂
﹁そんなにひどかったのか
﹁ええ、大和型戦艦以上に。
と言うか魚雷を数百発単位で使いでもしないとこんなふざけた
値は出てきませんよ。﹂
﹁そういえばこの時代は魚雷1発で家が建つんだったよな。﹂
﹁はい、ものすごい高級品です。﹂
﹁な る ほ ど ね。僕 の 主 兵 装 は 1 発 で 魚 雷 1 ∼ 5 本 分 だ か ら、そ う
なっても仕方ないか。﹂
﹁マジで何積んでるんですか、貴方は。﹂
﹁ミサイルだ。誘導噴進弾とでも言えばわかりやすいかな。
﹂
目標を指定すれば、自ら飛行経路を制御しながら目標に突っ込ん
でいく。﹂
﹁そんなものがあるんですか
﹁実際に積んであるよ。﹂ 漣の持ってきた1冊を手に取り表紙を開いた。
僕は読書でもすることにするよ。﹂
﹁とにもかくにも補給の問題は提督に任せておいて
ですから。﹂
﹁お願いしますよ、漣も魚雷管が空のままで出撃なんてしたくない
﹁次からは少し自重するか⋮﹂
青コンテナの補給は期待しない方が良いですね。﹂
それが来るまでは、主砲弾とかの赤コンテナはともかく、
今本土へ補給要請を出しているんですよ。
鎮守府中の青コンテナをかき集めないといけないので
と思ったら
﹁話を戻しますが、この鎮守府には貴方の弾薬庫を満タンにしよう
?
正午になると、部屋の扉が叩かれる
﹁ハイハーイっと。﹂
151
?
ってブッキーじゃまいか﹂
さっきまでグータラしていた漣がぴょこんと飛び起きてドアを
少し開ける
﹁どちら様
﹁ブッキーって⋮﹂
﹂
奇妙なあだ名に肩を落とすのはダンボール箱を抱えた吹雪だっ
た。
﹂
﹁あの⋮中に入ったら、ダメだよね
﹁おk﹂
﹁だよねー⋮っていいの
?
﹂
?
﹂
テーブルにダンボールを置く
﹁ホタカさん、ホタカさんの副長妖精さんからお届け物です。﹂
い。﹂
﹁吹 雪 か、よ く 来 た。コ ー ヒ ー も 出 な い が ゆ っ く り し て い く と い
﹁漣ちゃんの部屋じゃないでしょ
﹁まあ、入りなよ。狭いとこだけど﹂
かっこつけた口調で話す漣に苦笑いしか出なかった。
﹁アハハ⋮﹂
﹃漣は悪くない﹄﹂ 面会謝絶とまでは言われてないしね
﹁いやーご主人様からは監視しろって言われたけど
!?
でも、これでは検閲の使用がありませんよ。﹂
﹁検閲は無かったのか
﹁ありましたよ
?
合点が言ったと何度か頷く。
?
﹁うーん。日本語でおk。﹂
アイルランド語が出来れば意味は取れる。﹂
がな。
﹁そうだ、と言ってもアイルランド語とそこまで大きな違いはない
﹁これがウィルキア語なんですか
﹂
﹁ああ、さすがにウィルキア語は読めないか。﹂
見た事も無いような文字で書かれていた。
ダンボールの中から取り出されたのは一冊の本
?
152
?
﹂
パラパラとページをめくっていた漣が解読を投げた。
﹁何の本が入ってるんですか
﹁新聞
⋮ああ、青葉はうまくやってくれたようだな。﹂
ホタカに渡されたのは今日の朝刊。
﹁それと、これをどうぞ。﹂
まあ、ありがたく頂戴しよう。﹂
﹃第08ゲリラ小隊﹄⋮元クルーの私物ばかりだな。
﹃欧州大戦従軍記﹄、﹃シュヴァンブルグ・エクスプレス﹄
﹃漆露戦争﹄、﹃対露戦線異状なし﹄、﹃Vウィング﹄
﹁えーと、﹃吸血鬼ドラキュラ﹄、﹃姫君の青い鳥﹄、﹃魔弾の射手﹄
?
﹂
﹁吹雪、司令官に南太平洋方面の航空哨戒の強化と
電探設備の点検を僕の名前で意見具申してくれないか
とも。﹂
﹁航空哨戒と電探設備の話は分かりますが
何故、小規模艦隊の哨戒任務を避けるのですか
﹂
消息不明艦隊を探すのであれば小艦隊を多く投入するべきでは
?
あと、小規模の艦隊で哨戒任務を行うことを出来るだけ避けるこ
?
呉鎮守府艦隊消息不明の記事を読むと、ホタカが顔を顰める。
﹁下
﹁それもあるんですが、本題はその下です。﹂
?
サーチアンドレスキュー
﹁只の捜 索 救 難ならそうすべきだろうが
﹂
最悪の場合、今回はそうじゃない可能性がある。﹂
﹁どんな可能性ですか
?
来たとしても可笑しくない。﹂
﹁いったい何を恐れているのですか
﹂
が、新手の深海棲艦の方がマシだと思えるような奴が
僕は異世界の艦だが、今はこちらに居て君らに味方している。
唯一の事例では無いかも知れないと言うことだ。
﹁別の世界の艦がこちらの世界に来ることは
?
153
?
漣の疑問にホタカは忌々しそうに答える。
?
﹁超兵器のこちらの世界への出現。
何ともチープなネーミングですね。﹂
可能性が零とは言い切れない。﹂
﹁超兵器
﹁名前はそうかもしれないが、その力は強大だ。
3つや4つの艦隊なら一瞬で殲滅する。
もし、電探に不審なノイズが出現したら下手に艦を派遣させず
それでは行ってきますね
﹂
まず先に航空偵察を行うことも併せて具申してくれ。いいか
吹雪﹂
﹁解りました
拭く。
?
﹁超兵器なんて見た事も聞いた事も無い存在が
﹁ホタカさんは嘘をついているようではありませんでしたけど⋮﹂
その意見を受け入れるわけには行かないよ。﹂
理由がフワフワしすぎているからな。
小規模の哨戒艦隊の出撃を避けるには
他にいくらでも理由を考えられるが。
電探の点検と、航空哨戒の強化は
﹁まあな、少々荒唐無稽に過ぎる。
執務室で吹雪はホタカの意見具申を提督に伝えていた。
﹁やっぱり信じられませんよねぇ。﹂
﹁超兵器、か。﹂
それが逆なら目も当てられないからな。﹂
られるが
最悪の最悪を想定しておいて、最悪な事態が起こってもまだ耐え
モノだ。
﹁0∼100%。さっき吹雪に話したのが考えられうる中で最悪の
﹁その超兵器がこっちに来る可能性はどんなものなのですか
﹂
パタパタと吹雪が出ていくのを見送って、ホタカは自分の眼鏡を
!
現れる確率は本当に低いからな。ホタカも必ず来るとは言って
いないだろう
?
154
!
?
?
ホタカの事例に再現性があるかどうかが解るのは
超兵器が出現した後だ。
今の状態では、哨戒艦隊の出撃を控える理由としては弱い。﹂
﹁そうですか⋮﹂
﹁ま、今回は航空哨戒と電探の点検を徹底する。
ホタカ。﹂
哨戒艦隊の件は、超兵器とやらが呉鎮守府の艦隊の失踪に
﹂
関与していることが確実となってからだな。﹂
﹁解りました。失礼します
敬礼して、吹雪が執務室を出ていく。
﹁超兵器⋮か。
そいつが3,4個艦隊を一瞬で葬るなら。
2個艦隊を無傷で一方的に殲滅したお前は何者だ
155
提督の独り言は誰の耳にも届かなかった。
?
!
STAGE│8 トラック着任と悪魔の影
﹁ううううううう⋮﹂
目の前で突っ伏して唸っている緑がかった黒髪のツインテール、
とホタカに聞かれた後、この状態になってし
食器を引き上げるついでにホタカに会いに来た彼女は
今日何をしていたか
まった。
﹁その⋮なんだ。随分しごかれたな。﹂
﹂
﹁随分とかめちゃくちゃとか、そんなチャチなモノじゃ断じてない
わよっ
と机に手をついて体を上げる
﹁こっちは命からがら逃げて来たってのに
バン
初日から訓練と講義ってどういう事よ
﹂
しかも、加賀さん何かとアタシに注意してくるし
なんだってのよ
機関銃のように不満をまくしたて始めた。
さっきまで唸っていたのは何処へやら。
!
同じような事受けるんじゃないの
﹂
解放されてここの鎮守府に着任することになったら
﹁ってかアンタは軟禁されてるからいいかもしれないけど
する。
瑞鶴のズーンと言う風な擬音が当てはまるような雰囲気に苦笑
﹁ホタカまで⋮﹂
嘆いても喚いても仕方ない。諦めも肝心だ。﹂
﹁どっちにせよ受けなきゃならないなら、
﹁それはそうだけどさ⋮。﹂
見どころがなければ注意する飛んでこないからな。﹂
注意されるのは、それだけ目を掛けてもらえるということだ
ちゃんとした軍の訓練や講義を経験させるためだろう。
﹁君らは今まで訓練らしい訓練は受けていないみたいだからな
ホタカは聞こえないようにため息を吐いて適当に相槌を打つ。
!
!
?
156
?
!
!
!
﹁⋮⋮⋮﹂
冷や汗が一筋
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮ と こ ろ で 何 か 用 か
﹂
て。﹂
愚痴を言いに来たわけじゃないだろう
手渡されたのは今朝の新聞。
﹂
﹁なんだ、君もその話か。﹂
﹁誰か来たの
﹁正午ごろに吹雪がな。彼女から聞いていないのか
ツインテールが左右に揺れた。
﹁そうか、僕の考えでは⋮﹂
﹂
﹁︵逃げたわね︶⋮食器の回収ついでにこの記事を見てもらいたくっ
?
は聞く。
﹁超兵器、ねぇ。もし超兵器が来たとして
アンタはその超兵器が必ず、深海棲艦側につくと思うの
﹁どうして
﹂
﹁どうだろうな。その可能性は低いように思える﹂
い。﹂
もしかしたら、アンタみたいに人類側に立つかもしれないじゃな
?
そこから、彼の超兵器が出現するかもしれないと言う予測を瑞鶴
?
?
前の世界では人が乗ってその手綱を握っていたが、
アイツらにとって誰が敵で味方かなんて些細な問題なのだろう
一緒の艦隊で戦うのはごめんだね。
﹁たとえ奴らがこちら側に立って戦うとしても
﹁それじゃあ。﹂
るものだったよ。﹂
そいつは⋮まさしく破壊と混沌の化身。兵器の中の兵器と言え
乗員では無くて、艦の意志と呼べる存在にな。
たんだ。
﹁僕は最期の時、全ての超兵器のマザーシップとなった艦と会話し
?
157
?
この世界では艦娘と言う艦の意志そのもののような存在がある。
破壊衝動のまま周囲をなぎ倒し暴れまわるような気がしてなら
ない
人も艦娘も深海棲艦ももしかすると同じ超兵器まで
敵であると認識しても全く可笑しくない。﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁瑞鶴、万一のために先に忠告しておくが。
航空偵察で巨大な艦を見つけたとしても絶対に攻撃を仕掛ける
な。
見つけたら司令部に連絡し、なんとしてでも逃げろ。
絶対に無理をするな
既存の艦では太刀打ちできない。﹂
﹁アンタは、どうなのよ﹂
﹁僕はその超兵器に対抗するために建造されたんだ。
表紙には航空機の絵。
﹁ああ、Vウィングか。ウィルキア王国軍の広報部で出している航
158
一隻でも確実に塵殺出来る。﹂
﹁自信あるのは結構なことだけど。
単艦で突撃なんて馬鹿なマネ、アタシが許さないから。﹂
睨む、と言うよりはまっすぐな視線がホタカに突き刺さる。
﹁別に君の許可が必要なわけじゃないし
﹂
単艦で超兵器に肉薄しなければならないことは非常にまれだろ
う
?
﹁⋮わかったよ。﹂
⋮なにこれ
?
瑞鶴が手に取ったのは吹雪が運んできた本の中の一冊。
﹁ならいいわ。
﹂
例えアンタが超兵器と遭遇しても、絶対に無理しないで。﹂
ホタカにもそっくりそのまま同じことを言うわ
い。
けれど、アンタが突入してボロボロで帰ってくるのは見たくな
﹁そうかもしれない。
?
でも、プロペラが付いてないよ
空機雑誌だな。﹂
﹁航空機
﹂
?
少ないよ。﹂
﹂
そんなものが完成していたの
君は知っているのか
﹁ジェット機
﹁あれ
﹂
!?
でわずか1年
冗談のような発展速度だろう
?
﹁兵器を発達させる何か⋮か。
そんな考えさえ浮かぶよ。﹂
﹁もしかしたら、
︻何か︼が兵器の発達を助けているのではないか⋮
昔を思い出すように目をつぶるホタカ。
戦い続けなければ、こちらがやられる。﹂
その当時は兵器の発展速度に疑問を抱く暇がなかった。
それらを一切合財尽く葬り去る超兵器まで出てくる始末。
空は音速を超える航空機が飛び交い
数十隻の主力艦が隊伍を組んでぶつかり合い
まあ、あの戦争はどこかおかしかった。
﹁僕も今になって思えば信じられないよ、
悪い夢でも見ていたかのような気分だった。
は
辛い戦争の中性能の劣る機体で戦うしかなかった彼女にとって
絶句したような彼女の声、無理もない。
﹁一年って⋮﹂
﹂
世界中の戦場を飛んでいたよ。ゼロ戦からジェット機になるま
﹁そうか。ジェット戦闘機は僕らの世界では既に量産されていて
噂でそういうものがあるとかなんとか﹂
﹁まあ、そこまで知っているわけじゃないんだけどね⋮
?
?!
﹁そのころはジェット機ばかりだったからな。プロペラを持つ物は
は極々わずかだった。
パラパラとページを捲るが、なじみのあるプロペラを付けたモノ
?
もしそんな物が有ったとすれば、
159
?
戦争していれば誰でも使おうとするわね。
あ、これかっこいいわね。﹂
﹂
瑞鶴の開いたページには、優美なラインのシルエットを持つ
双発の大型戦闘機の写真。
﹁えっと⋮エスユーフタナナ
その声を聞いた時、ホタカがパッと見では解らない程度に微笑
む。
﹂
﹁SU│27、コードネーム︻フランカー︼か。確かに良い機体だ。﹂
﹁フランカーね、これ私に乗せられないの
﹂
﹂
﹁彼女は僕を呼びに来ただけだ、何も知らないよ。﹂
﹁私には詳しいことは知らされていません。﹂ ﹁ホタカを、どうするつもり
瑞鶴が加賀との間に立ちはだかった。
行こうとした時
彼が立ち上がり、瑞鶴の横を通って彼女の背後にある出入り口へ
﹁そんなところ。﹂
﹁僕の取り扱いが決まったか
有無を言わせぬ態度、まさしく命令
てください。﹂
﹁貴方に用は無いわ。ホタカ、提督が呼んでいるので執務室まで来
﹁か、加賀さん⋮﹂
その人物の顔を見た瞬間瑞鶴の顔が引きつった。
その時、部屋のドアがノックされ開かれる
﹁航空機は大型化してるんだよ。この世界も時期にそうなる。﹂
らいなのに﹂
﹁どんだけ重たいのよ。一式陸攻にめいっぱい積んでも15トンぐ
ホタカの返答に、うへぇと嫌な顔をする
﹁無理だな。空虚重量で大体17トンある。﹂
だ。
空母であるがゆえに、高性能機を乗せたいと言う欲求は有るよう
?
彼女を避けるように少し遠回りをしてドアまで行く
160
?
?
?
﹁あの提督は頭が良さそうだ。心配は要らない。﹂
そう声をかけるが釈然としない顔だった。
﹁そうだ、一つ言い忘れていた。﹂
部屋を出る直前、顔だけで振り向く
﹁SU│27のフランカーと言う名前は別の国がつけた名前でね
﹂
生まれた国での愛称は別にある、非公式だがな。﹂
﹁愛称
﹂
﹁Журавлик、だ。意味はロシア語が解る艦娘に聞いてみる
といい。﹂
﹁ジュラ│、ブリク
﹁何が面白い偶然なの
﹂
﹁何というか。面白い偶然は有るものだな⋮﹂
出ていってしまった。
突然のロシア語に戸惑っているうちにホタカはさっさと部屋を
?
│││鶴
ラー
﹁ホタカ、出頭しました
ブ
リ
﹂
ク
提督の目の前まで歩き、敬礼。
﹁よく来た。これから幾つか質問するが
それに正直に答えてくれ。﹂
﹁はい。﹂
﹁君は深海棲艦と敵対している。これは事実か
﹂
Су│27︻Журавлик︼。ジュラーブリクの意味は│││
ジュ
そう。と言ったきり黙った。
彼女もさして興味が無かったのか
こっちの話だ。と適当にあしらう。
どうやら独り言を加賀に聞かれてしまったらしい。
?
﹁はい、この世界に現れた時、こちらが敵対する意志を示していない
?
!
161
?
にもかかわらず
こちらに砲撃を行ってきました。あの攻撃に友好な意思は見い
だせられません
もちろん、その後殲滅しました。そして、ここに来るまでに深海
棲艦の艦隊2つを沈めたので
敵対しているということが出来ます。﹂
提督が一つ頷く。
﹂
﹁我々としては君をわが軍に迎え入れる用意がある。
君の戦闘能力は非常に魅力的だ。
では、君はわが軍の指揮下に入る意志は有るか
﹁十分な補給、整備、休暇、報酬など
﹂
勢力を増す深海棲艦へ対抗するために。
そして、日本海軍はその彼の力を欲した
しかし、今の彼にはそういったものがなかった。
深海棲艦が彼に友好的であったなら、話は変わってたかもしれない
ウィルキアが存在していたなら
無限装填装置を装備していたなら
彼にはほかに道が無かった。
祖国を捨てることに抵抗が無いわけではないが
提督が差し出した手を握る。
﹁よろしくお願いします。真津提督。﹂
これからよろしく頼む。﹂
歓迎しよう。トラック第2鎮守府へようこそ。
﹁ありがとう。正式な手続きはもう少し先だが
僕は日本海軍への帰属を希望します。﹂
﹁お願いします。書類を作っていただけるのでしたら
﹁約束する。何なら書類を作ろうか
この軍の艦娘と同じような待遇を受けられるのであれば。﹂
?
日本海軍への所属は彼がこのトラックへ錨をおろした時から
この結末は定まっていたような物だった。
握手の後、軟禁の解除が通達され
162
?
取りあえずここに着任することとなり、今いる部屋が自室となっ
た。
執務室を出る直前、提督に声を掛けられる。
﹁ああそうだ、明日からは瑞鶴達と新人講習を受けてくれ。﹂
﹂
さっきまでの瑞鶴の姿がフラッシュバックする
冷や汗
﹁⋮⋮⋮お手柔らかに﹂
﹁期待するのは無駄だぞ
どうだった
敬礼して退室。
﹁ホタカ
﹂
何故か死刑宣告を突きつけられたような気になる。
?
﹁まー当然っしょ。あと、大井っちが何か言いたいんだってさ。﹂
﹁そう、良かった。﹂
これからもよろしく頼む。﹂
だった
﹁日 本 海 軍 に 帰 属 し ト ラ ッ ク 第 2 鎮 守 府 に 着 任 す る よ う に と の 事
彼女の後ろには北上、大井、吹雪、不知火が居た
部屋を出てすぐ瑞鶴に声を掛けられる。
?
今ですか
北上さん。﹂
北上が大井の肩をもって前に突き出す
﹁え
?
それを聞いてやる気を出したのかコホンと咳払い。 ﹁私は重雷装巡洋艦大井です。北上さんを助け出していただき
ありがとうございます。﹂
ぺこり、と栗色の頭を下げる。
﹁僕は僕自身がそうすべきと思ったことをやっただけだ。
礼を言われるほどの事ではないよ。﹂
﹁いえ、そういうわけには行きません。
北上さんを助けてくれたのは貴方ですから。
ああ、それと⋮﹂
一度言葉を切り、ニッコリとワラウ
163
!
﹁今やっときなよ。こういうのは早い方が良いし。﹂
?
﹂
﹂
﹂
飛び切りの笑顔の筈だが狂気があふれているような気がする
﹁北上さんは渡しませんから。
手を出したらどうなるか。解ってますよね
﹁⋮⋮⋮肝に銘じておく﹂
ぶっちゃけ超兵器より数段怖い
そして、何故かこちらを睨んでいる瑞鶴。
﹁浮気はいけませんよ、ホタカさん﹂ ﹁なあ、吹雪。不知火はいったい何を言ってるんだ
﹁ア、アハハ⋮⋮何かすみません。﹂
回避│││
ホタカの問いに吹雪はがっくりと肩を落とした。
﹁回避
?
?
ビッグセブンの力、侮るなぁっ
!!
激痛で意識が朦朧としてくる。
﹁くそっ
﹂
それと同時に自分の右半身が一瞬で血みどろになり
無情にも4本の魚雷が右舷に直激する
迫りくる5本の魚雷は恐ろしいほど早かった。
必死に舵を切るが舵の効きはイライラするほど遅く
!!
雷撃戦が行われるほどの近距離にまで接近した化け物に8発の徹
甲弾が殺到し
6発が確実に直撃しようとしていた。
││││││仕留めた
3発の28cm砲弾が軽巡の右舷の舷側を突き破り、反対側へ抜
文字通り引き裂かれた。
艦体が
爆炎の中で砲声が轟き、化け物の前に回り込もうとしていた軽巡の
しかし、そんな彼女の予想は最悪の形で吹き飛ぶ
たとえ強力な装甲を持っていたとしても、中破は避けられない
至近距離から放たれた砲弾が爆ぜ、巨大な爆炎が敵を包む
!
164
!
右舷を指向した4基8門の41cm連装砲が咆える。
!
ける
その間にあった機関室の主機と主缶が引き裂かれ、高温の水蒸気が
噴き出した。
爆煙の一部が盛り上がったかと思うと、鋭角的な巨大な艦首が煙
を突き破って現れる
﹂
艦橋前方に取り付けられた2基の主砲の照準は手負いの軽巡へと
あわせられていた
﹁や、やめろぉぉぉぉぉぉ
主砲の装填は間に合わない。ケースメイト式に収められた14
㎝砲が一斉に火を噴く
生き残っていた砲身から吐き出された5発の砲弾は、目標直撃する
前に
シー ル ド
何かに弾き飛ばされ、明後日の方角へ飛んで行った。
その何かは、青いハチの巣上の防御壁のように見えた。
﹁そんな⋮ありえん。﹂
閃光
軽巡に再び砲弾が襲い掛かり、艦中央部から真っ二つに折れて轟
沈する
その瞬間、彼女の通信機に軽巡の断末魔が響いた。
﹂
ようやく主砲弾が装填される。
﹁てェッ
基の主砲が再び咆哮する。
それと同時に自分の後ろにいた戦艦と高速戦艦も発砲
4発41cm砲弾と20発の35,6cm砲弾はそのすべてが化け
物の左舷に命中する。
が、爆炎の隙間にまたもあの青い壁がちらりと見えた。
繰り返される光景に彼女は歯噛みする
﹁全艦に通達する。私が此奴を抑える。
その間に散り散りになって退却しろ。
後ろの事は考えるな、絶対に振り返るな。
165
!!
軽巡の残骸を避けるために左に舵を切った敵艦に指向できる2
!
何としても生還し、こいつの情報を大本営へ持ち帰れ。﹂
自分も残ると喚く僚艦を黙らせる。
とはいえ、彼女もこの中の何人が陸を踏めるのかわかっていなかっ
た。
遭遇から20分、こちらは戦艦6隻を含む3個艦隊
それがたった20分で戦艦3隻が沈み、護衛艦隊は壊滅。
残存艦艇は自分を入れてたった4隻。 しかも、須らく大きな傷を負っている。
最悪。
そんな言葉で表したくなかったが
これが現実だった。
周りを見渡すと、何とか艦を維持しようと、
戦い続けようと駆けずり回る妖精さん達が居る
﹁お前たちも艦を降りろ。死ぬのは私1人で十分だ。﹂ 166
命令を出すが、誰も降りようとはしなかった。
長い付き合いだ。この小さな戦友達が何を考えているかぐらいわ
かる
﹁フッ⋮バカが。﹂
口ではそう言っているが、顔は笑っていた。
﹁それでは、一緒に死んでくれ。﹂
その言葉に妖精たちは敬礼で答えた。
機関がうなりをあげて大量の海水を飲み込み傾いた
4万トンを超える艦体を前進させる。
敵艦は前方で反転し、こちらに猛然と突進を開始する
相対速度は160kmを優に超えていた。
敵、わずかに取り舵を切る。こちらの左舷側を抜けようと言う考
えか
﹂
舵を戻し、反航戦の体勢。彼我距離が縮まるが、まだどちらも発砲
しない。
﹁面舵一杯
傷ついた体が軋み、艦が左側に傾く。
!
急激な彼女の解答に虚を突かれた敵艦、慌てたように発砲
6発の28cm砲弾は、煙突と後部艦橋、第3主砲を直撃
煙突と、後部艦橋は文字通り吹き飛び、第3主砲は砲身がもぎ取ら
れ
20m近い砲身が宙を舞って海面に叩きつけられ水しぶきを上げ
る。
2隻の戦艦は衝突コースをとっていた。
敵艦は回避しようとするが間に合わない。
金属のこすれあう耳障りな音、
鋼鉄の構造物が拉げる高音と低音が同居したような音がこだます
る。
相対速度で時速160kmを超える衝突のエネルギーは
重装甲の戦艦を粉砕するのに十分だった。
特に相対的に質量の小さい彼女にとってこの衝突エネルギーは
167
致命的だった。
﹂
体のあちこちから血が吹き出し艦橋の床を朱に染める
﹁主砲⋮斉射
もう何分も持たないだろう。
それと対応するかのように痛みと身体の軋みがひどくなっていく
始め
想定していない水圧を真横から受け、彼女の艦体がくの字に折れ
彼女の艦体中央を半壊した艦首でとらえる。
これを待っていたとでも言う風に敵艦は再度突進
敵に横腹を見せてしまう。
そうなると機関を最大船速にしていた彼女は前進し、
突然、前進を続けていた敵艦が急速に後退する。
落した。
さらに1発が5連装酸素魚雷発射管を基部からもぎ取り海へ叩き
吹き飛ばす
第1主砲に着弾した2発が、数々の味方を葬ってきた超長砲身砲を
41cm連装砲2基の接射は敵艦に初めて命中した。
!
だが、そんなときでも彼女の顔は笑っていた。
﹁戦いの中で、味方を守って沈むことが出来る。
あの閃光に消えるより、ずっといい⋮﹂
最後の力を振り絞ってまだ主砲弾が装填されている4番主砲を敵
に向けた。
﹁私の最後の砲撃だ。持っていけ。﹂
主砲弾の装薬に点火されたのと、彼女の艦体が3つに破断したのは
同時だった。
しかし、彼女の最後の砲弾はまたもあの青い壁に阻まれて本体に届
くことは無かった。
14:23 長門轟沈
長門を葬った敵艦は取り逃がした艦を追撃するため
自慢の速力を発揮し、海面を疾走する。
その追撃によって、ダメージを受け浸水し速力が落ちていた
168
戦艦と高速戦艦は悪魔の牙に噛み砕かれたが
ギリギリのところで1隻の軽巡洋艦が追撃を振り切った。
太陽が西へ傾き、海面が燃えるような赤に染まるころ
﹂
南太平洋の洋上で1隻の中破した軽巡がヨタヨタと航行していた。
﹁助⋮⋮かった⋮の
そこから先の地獄と言う表現では収まらない惨状を思い出し
目を疑うほどの速度で突入し、そして⋮
それとほぼ同時に水平線から巨大な、本当に巨大な艦が
突然、電探に現れた強力なノイズにより通信手段を失い
奴の出現ですべてがひっくり返った。
を共にしていたが
彼女はさまよっていたところを長門率いる3個艦隊と遭遇、行動
所々破け、焦げ、血がにじんでいる。
黒のセーラー服と緑のミニスカートは被弾の影響で
テールにし
緑 が か っ た 銀 髪 の セ ミ ロ ン グ を 緑 色 の 大 き な リ ボ ン で ポ ニ ー
電探から完全にノイズが消え、ぺたんと艦橋にへたり込む艦娘。
?
彼女に半端ではない恐怖が沸き上がる。
歯の根が合わず、自分自身の身体を抱きしめて震えを抑えようと
する。
彼女の傍らには、被弾によって完全に破壊された通信機が
意味不明な雑音を吐き出していた。
﹁うっわ⋮まただわ⋮﹂
﹂
自分の目の前で新聞を広げて、いやな顔をしている瑞鶴をちらと
見る
﹁またとは、何だ
鳳翔さん特製のわかめの味噌汁を啜る。出汁がきいて旨い。
﹁原因不明の失踪よ。これで4回目、今度は3個艦隊が丸ごと消え
たらしいわ。﹂
﹁3個艦隊か⋮結構な戦力だな。﹂
﹁結構じゃなくて、だいぶ大きいわよ。3個艦隊なんて18隻も居
るのよ
﹁何が言いたいんだ
﹂
﹁あーもうじれったいわね
居るならいるってハッキリ言いいなさ
僕の対水上電探にも変化なし、だ。﹂
が、奴らが来ているシグナルは今のところ確認されていない。
﹁さてね、確かに3個艦隊を殲滅することぐらいわけないだろう。
あまり大きな声で言うのを瑞鶴が避けたのだった。
よくある与太話の一つとして片付けられようとしていたため
信じている者はあまり多くなく、
ここ数日でホタカの超兵器出現説が鎮守府に広がったが
少し顔を近づけて声量を落とす。
﹁⋮アンタの言う超兵器が来てるんじゃないかってことよ。﹂
焼き鮭の身を解し、口に運ぶ。程よい塩気と油、白米をかきこむ。
?
!
169
?
たいていの深海棲艦の艦隊なら一方的に叩き潰せるわ。﹂
?
いっての
﹂
﹁君がイラついても始まらない。航空哨戒は強化してるし
提督も小艦隊の出撃には消極的になっている。
﹂
いい傾向だ。この鎮守府で大きな被害は出ないと思いたいよ。﹂
﹁⋮⋮大丈夫、かな⋮﹂
彼女らしくない不安げな顔をする。
﹁そういえば君は、明日初出撃だったな
﹁ホタカは、怖くなかったの
﹁そうか⋮⋮⋮﹂
どうしようもないと肩をすくめる。
逃げ切れるかどうかも。解らないし。﹂
どうあがいても勝てそうにないし。
﹁まあ、そんなとこ。ホタカの話を聞く限り
﹁もしも超兵器と遭遇したらと思うと不安になる。と
﹂
偵察機は多めに飛ばすし、大丈夫だと思う⋮けど。﹂
鎮守府近くの海域の訓練を兼ねた哨戒任務。
﹁ええ、私と瑞鳳と吹雪と不知火と初雪と陽炎の6隻で
?
?
﹁
﹂
﹁そう⋮何か安心した﹂
自分が急にちっぽけな存在に思えてしまうからね。﹂
ヤツラと正対した時はやっぱり恐ろしいよ。
﹁怖くない⋮と言えば嘘になるな
超兵器なんて化け物みたいな相手と戦ってたみたいだけど。﹂
?
だって、戦艦が100隻来ても平然としてそうだもの﹂
﹁僕だって1度に100隻来ればどうにもならないよ。﹂
﹂
﹁それって、逆に言うと何度かに分けてきたらどうにかなるってこ
とよね⋮﹂
﹁そのつもりだが
鹿らしく思えてくる。
大した事でもない様に話すホタカに、毎度のように呆れるのも馬
?
170
!
﹁アンタにも怖い物が有ったなんて
?
﹁ホタカは今日なにすんの
﹁え
早っ
﹂
﹂
焼き鮭定食は既に完食されていた。
定食の盆を持って立ち上がる。
ごちそうさま。﹂
﹁まあ、珍しい物が出来たら連絡するよ。
﹁チェッ。面白くないなぁ⋮﹂
後、君に乗るものが来る保証はどこにもない。﹂
僕は作るだけ。たぶん練度の高い艦娘に乗せられるだろうな
﹁残念ながらできたモノを配置するのは提督の役目だ
﹁ふーん。珍しい物が出来たらアタシに乗せてよ。﹂
﹁工廠へ行って開発。何ができるかはお楽しみだ。﹂
?
直ぐに使える高性能な兵器が運が良ければ開発できる。
この開発にはメリットがあり、狙って量産は出来ない物の 工廠では艦娘が兵装の開発をすることが出来る。
工廠内は様様な機械音が響き実に騒々しかった。
目の前のコンソールに直感で思いついた比率を入力していく
﹁鋼材、弾薬、ボーキサイト、燃料の比率を設定する⋮と﹂
全機撃墜される未来しか見えなかったので、やめた。 一瞬本気で爆撃してやろうかと思ったが
冗談だ。と言う声が飛んでくる。
既に歩き出しているホタカから
加賀は居ない。
バッと擬音がするほどのスピードで彼女が振り向くが
﹁早く食べた方が良いぞ。加賀さん睨んでるし。﹂
!
とはいえ開発は時の運であるため、膨大な資源をつぎ込んで
171
?
失敗と言うことは間々あり、さらに何が出来るかわからない。
なお、この開発装置の中身もドックと同じく完全なブラックボック
スで
これ﹂
妖精さんですら中で何が起こっているのか解らなかった。
﹁提督、入力完了しましたが⋮大丈夫ですか
﹁大丈夫だ、問題ない⋮はず。﹂
﹁言い切ってくださいよ、そこは﹂
妙な不安を抱きながら、横に取り付けられた
無駄にでかいレバーを手前に引いた。
その瞬間、開発装置が轟音を立てて作動する。
30秒後、妙に重々しく開発装置の巨大な扉が開いていくと
銀灰色のよくある空冷エンジンを積んだ機体、
主翼から延びる20mm航空機関砲
そして、胴体と両翼下に設けられたフロート。
﹁二式水上戦闘機ですよね⋮これ﹂
﹁どうみても二式水戦だな。﹂
﹂
﹂
しかし、2式水戦を作るとはすごいな⋮
後10回頼めるか
﹁随分使いますね。そんなに使って大丈夫ですか
﹂
?
観
﹂
晴嵐、晴嵐改、一式陸攻一一型、零式水偵、九七式飛行艇、零式水
その結果
再度入力を始める。
﹁どうなっても知りませんよ
最低でも10回は開発させるよう大本営から通達があった。﹂
﹁ホタカが何を持ってくるか報告せねばならんからな
?
?
172
?
艦娘の装備としては初の二式水上戦闘機が、この世界に誕生した
瞬間だった。
その数値。﹂
﹁んん。制空+4ってところかな
﹁何ですか
?
﹁軍で使われている装備の能力単位だよ。まあ能力の目安だ。
?
九六式陸攻一一型、瑞雲、九七式艦攻
が、開発された
﹁あ、ありのまま今起こったことを話すぜ
﹃俺は部下に装備の開発をさせていたら、いつの間にか
陸上攻撃機や大型飛行艇が完成していた﹄
な⋮何を言っているのか解らねーと思うが
俺も何が起こっているのか解らなかった⋮
頭がどうにかなりそうだった⋮
錬金術だとか英国面だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてねぇ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ⋮﹂
﹁何やってんすか、提督。﹂
若干現実逃避しかけている提督を放っておいて
最後の開発を行う。
扉の中から出てきたのは
茶色の機体、背部につけられた巨大なローター、
ブ ラッ ク ホー ク
機体の上部から横へ突き出した増加燃料タンク。
﹁なんでUH│60Jが出来るんだよ⋮﹂
ブラックホークの操縦席から降りてきたパイロット妖精さんは
ドヤ顔をしているが
後の説明の労力を考えると、気が重いホタカだった。
﹂
長い長い説明を終えて、夕食を取るために食堂に行く
ホタカさん。随分お疲れのようですね
今日は金曜日なのでカレーだった。
﹁あら
?
食を受け取る
﹂
鎮守府の食事は給量艦が居ないので艦娘達の当番制だった。
﹁開発をしていたようですが。何かできましたか
﹁ええ、まあ。そのおかげでこんなに疲れてるんですがね⋮
?
173
!
長い黒髪をポニーテールにした落ち着いた雰囲気の女性から夕
﹁ああ、鳳翔さん。﹂
?
まあ。明日になればわかりますよ。がんばってください。﹂
意味が解らず首をかしげている鳳翔の元を離れ、適当な位置に座
る。
﹂
﹂
﹁なーに今にも沈みそうな顔してんのよ。﹂
﹁ああ、君か。それと、君は
真正面に瑞鶴と瑞鳳が座った。
﹂
?
﹁今から言うがこれは本当の事だからな
﹁﹁は
﹂﹂
彼の成果に二人が口に運ぼうとしていたスプーンが止まる
﹂
﹁えっと。二式水戦とか晴嵐改とかはまだ解るけど⋮﹂
﹁さっき言った中に大型機混ざってません
﹁混ざっていたよ。瑞鳳。妖精さんもばっちりな。
?
﹂
しかも矢にもなれたから無人機状態なら一応発艦は出来るぞ
﹁えええええええええええ
﹂
九六式陸攻一一型、瑞雲、九七式艦攻そしてブラックホーク﹂
行艇、零式水観
二式水戦、晴嵐、晴嵐改、一式陸攻一一型、零式水偵、九七式飛
?
恐る恐ると言った風に瑞鳳が問いかける。
﹁えーと。失敗⋮だったんですか
何故か疲れたような顔をしているホタカに2人は首をかしげる
﹁残念ながらできてしまったよ⋮﹂
﹁まあ、そんなとこ。で、何かできた
﹁今日は出撃の打合せと調整か
﹂
ああ、よろしく。とホタカは返す。
﹁瑞鳳です。よろしくお願いします。﹂
?
普通に驚いている瑞鳳と瑞鶴の差は、規格外を見慣れているか否
かによるものだろう
﹂
諦めの境地に達しかけている彼女はカレーを口に入れた。
﹁あの、ブラックホークって何ですか
﹁解りやすく言えばオートジャイロに似た回転翼機だよ。
?
174
?
?
﹁ほんっとーにアンタと居ると退屈しないわね。﹂
!?
?
?
オートジャイロとは違って、ほぼ全てが
メインローターを直接エンジンで回すけどね。
全長19,76m、全高5,13m、ローター直径16,36m
﹂
﹂
最大速度280km、航続距離2600kmだ。﹂
﹁えーと⋮マジですか
﹁マジ。﹂
冷や汗を流す瑞鳳にニッコリ笑って答える。
﹁瑞鳳、この程度で驚いてたらキリないわよ。
ところで、そのブラックホークって使えるの
﹁しっかり妖精さんも載っていたからな。矢になるのは不可能らし
いが、
中身が空でも11トンあるからな、戦艦の後部甲板になら詰める
と思うぞ。﹂
﹁あーあ、やっぱり重いわね。﹂
﹁改造する時に飛行甲板の強化を重点的にやれば
﹂
乗せられるかもな。ああ、それと明日九七式飛行艇と陸攻の
発艦実験をやるらしい。﹂
﹁明日か、見れませんね。﹂
﹁残念だけど仕方ないわよ。﹂
残念がる空母二人に苦笑する。
﹁陸攻なら発艦だけは出来るだろう。何なら乗せてみるか
﹁パス、片道出撃なんて反復攻撃できないじゃない。﹂
﹁私も遠慮します。﹂
﹁だろうね。﹂
肩をすくめた。
?
175
?
?
STAGE│9 旋風、襲来
﹁本当に、大丈夫なんでしょうか⋮﹂
ホタカの横で、鳳翔が不安げな声を上げる
彼らが居るのは、航空母艦鳳翔の飛行甲板の横
彼女の手には矢じりの代わりに九六式陸上攻撃機の模型のような
ものが付いた矢
ホタカ﹂
﹂
飛行甲板の後方では九六艦戦がプロペラを回して待機していた。
﹁大丈夫⋮な筈です。だよな
﹁提督、僕に聞かれても解りませんよ。
と言うか、この場にいる誰にも分りません。﹂
﹁だよなぁ⋮﹂
﹁いまさらですが、九六艦戦でよろしいのですか
﹁まあ、無人機を飛ばす事だけなら機種が違っていてもいい
戦闘機動はほぼ不可能だが。﹂
﹁初めに基地の空港でやった方が良かったですかね。﹂
﹁ホタカさん。私のように空母娘は、地上ではこの弓を扱えません
自分の艦の上でないと。﹂
﹁なるほど。﹂
﹁では、そろそろ頼むよ。﹂
﹁精一杯やってみます。﹂
鳳翔が自らの弓を構え、矢をつがえる。
その時の目は真剣そのものだった。
ゆっくりと弓を引いていくに連れて、
周囲の空気が張りつめていくような錯覚を覚えた。
一瞬の静寂。
鳳翔が矢を放った瞬間、九六艦戦が発艦を開始する。
中島製寿二型改一空冷星形9気筒エンジンが咆哮し、460馬力を
たたき出す
十分な推力を得た機体が飛行甲板を滑り出し、
約1,5tの機体が宙に浮いた。
176
?
?
その瞬間、鳳翔の放った矢が炎に包まれ、3つに分裂し巨大化
3機の九六式陸上攻撃機一一型が出現し、九六艦戦の後を追うよう
に飛行し始める
両翼に搭載された金星3型エンジンが重低音を響かせながら大柄
な機体を推進していく。
﹂
近くの岸壁で見ている非番の艦娘達から歓声が上がった。
﹁一先ずは、成功ですね。﹂
﹁鳳翔、何か妙なところは
﹁いえ、ありません。いつもと変わらない発艦でしたね。
固定目標を爆撃するならば問題なく使えるかと。﹂
﹁なるほどね。次は九七式飛行艇をお願いします。﹂
はい。と返事をして先ほどの矢よりも大型の模型を付けた矢を
取り出す。
﹁少し、重いですね。﹂
﹁まあ、水上機とは言え、四発機ですから。﹂
﹁では、行きます。﹂
先ほどよりも幾分リラックスした様子で同じように発艦させる。
またも、問題なく三機の九七式飛行艇が蒼空に舞った。
﹁大型機は成功ですね。﹂
﹂
﹁ああ、特に大型飛行艇なら発艦した後も回収できて
再発進できるな。﹂
﹁次はヘリ、ですね。誰に試させる気ですか
﹁もう決めてあるよ。鳳翔、お疲れ様。﹂
﹁日向、調子は
﹂
ああ、ブラックホークか。﹂
甲板強度は大丈夫か
﹂
﹂
﹁いや、ブラックホークかただ単に救助ヘリと呼んでいたな。
ホタカの世界ではそう呼ばなかったのか
﹁そっちの方が呼びやすいからな。
﹁ロクマル
﹁問題ない。ロクマルも大丈夫だ﹂
?
?
177
?
次に乗艦したのは伊勢型戦艦二番艦日向だ。
?
?
?
たかが11t程度。何のことも有らん。﹂
ホタカの問いを日向は鼻で笑った。
﹁フッ。私は戦艦だぞ
﹁それは心強いな。﹂
﹁私としては君がロクマルを載せないのが意外だったがな﹂
﹁簡単だよ。甲板強度の問題は大丈夫だが
僕にヘリ格納庫は付いていないのさ。
兵装でカツカツだからな。﹂
﹂
﹁まあ、あれだけ誘導弾を乗せていたらそうなるな。﹂
﹁お前ら、そろそろ時間だぞ
王立ちしていた。
なにもかぶっていない日向は、腕組みをしながら微笑を浮かべて仁
ホタカと提督は帽子が飛ばないように片手で抑える
日向の飛行甲板に暴風を生み出し
16mを超えるメインローターからの強烈なダウンウォッシュが
10m、8m、6m、
停止、ホバリングし、ゆっくりと高度を下げていく。
なった後部で
日向の周りを一周し、5番、6番砲塔の代わりに巨大な飛行甲板と
ヘリは日向へ向かって飛び、一度ホタカらの上空をフライパス、
そのまま少し上昇した後、機体を前傾させて前進し始めた。
ついに機体がフワリと浮かび上がる。
エンジン出力が上がるごとに高音になっていき、
た。
2基のターボシャフトエンジンの爆音がこの距離でも聞こえてき
メインローターが回り出し、周囲のゴミや砂を巻き上げる。
この世界の空を初めて飛行しようとしていた。
が
ホ タ カ の 世 界 で は 主 に 救 助 ヘ リ と し て 使 わ れ て い た UH│60J
ブ ラッ ク ホー ク
工廠の建屋の前には1機のヘリコプターが駐機されていた。
提督がそう言って鎮守府の方、正確には工廠の方を見る。
?
4m、2m、1m、タッチダウン。
178
?
ブラックホークは誰が見ても完璧な着艦を行った。
大丈夫か
﹂
特に異常は見られない
﹂
エンジン音がだんだん小さくなり、メインローターの回転数が落ち
ていく。
﹁日向
﹁大丈夫だ
﹂
!
!?
﹂
?
﹁よろしいので
﹂
ホタカ、工廠で3回ほど開発して来い。﹂
﹁俺か⋮解ったからそんなもの欲しそうな目でみるな。
﹁使えないし、要らない。開発資材の事なら提督に頼んでくれ。﹂
﹁頼むよー、瑞雲の予備プロペラあげるからさぁ﹂
そもそも開発は運任せ、狙って作れるものではない。
猫なで声で開発するように頼まれるが
﹁あたしにも作ってよ。﹂
﹁ああ、そうだが⋮﹂
﹁こ れ 作ったのホタカだよね
UH│60J
若干の身の危険を感じて一歩後ずさる。
キランと伊勢の目が光ったような気がした ﹁ところでさぁ⋮ホタカ。﹂
た。
その答えが完全に棒読みだったのはここに居る全員が気づいてい
呆れ顔の提督、伊勢は調査だよー。と返す。 ﹁何処に行ったかと思ったらそんなとこに載ってたのか⋮﹂ ﹁いやー、なかなか乗り心地良かったよ。すごいねこれ﹂
へリの後部ハッチがスライドし、中から1人の艦娘が出てきた
しばらくして大分風も収まったころ、
話も困難だった。
暴風は最初より弱くなっているとはいえ、大声を出さなければ会
﹁そうか
!
!
﹁解ったから引っ張るな。﹂
﹁よし、じゃあ行こ、すぐ行こ。﹂
﹁どうせ今日のノルマだ。お前にかけてみるのも悪くない。﹂
?
179
!
半ば引きずられる形で連行されていくホタカを提督と妹は無言
で見送って居た。
﹁まあ、そうなるな⋮﹂
﹁⋮さて、仕事するか。日向はブラックホークを格納しておいてく
れ。
とりあえず君に預ける。﹂
﹁了解した。﹂
その後の成果が九六艦戦、瑞雲、九七式艦偵で伊勢が凹んだのは完
全な余談だ。
ホタカが工廠で開発に勤しんでいるころ
軽巡洋艦
それも単独
﹄
﹂
瑞鶴は艦載機から無電を受けとっていた。
﹁え
﹃瑞鶴さん、どうかしましたか
?
﹄
で東進中よ。﹂
﹁私の艦載機が単独で航行している軽巡洋艦を見つけたんだって
しかも損傷しているみたい。﹂
﹃うーん、方位と距離は解りますか
﹁方位3│3│4、距離約120km、13
﹃それぐらいならば迎えに行けますね。
行きましょう。﹄
﹁了解。﹂
艦隊は軽巡と遭遇するために進路を変更し
軽巡と遭遇するのに時間はかからなかった。
?
﹁夕張型⋮みたいね。﹂
﹄
﹃そうですね、吹雪ちゃん。ちょっと見てきてくれる
﹃了解しました
﹄
艦載機はそのまま触接し、位置を逐次知らせるようにした。
?
?
艦隊の中から吹雪が増速、離脱し夕張の横に着ける
!
180
?
旗艦を務める瑞鳳から通信が入る
?
?
﹁無線機がやられてるのが痛いわね。﹂
﹃マストもぽっきりやられてますし。
﹂
ここに来るまでに深海棲艦と一戦したのでしょうか
﹄
﹁⋮⋮それにしては妙じゃない
﹃何がですか
﹄
?
﹄
?
まずいですよぉ
そんなに慌てて。﹄ ﹄
!
﹃アレって何
﹄
報告はもうちょっと正確に⋮﹄
アレに襲われたらしいんです
﹃どうしたもこうしたも、無いんですよ
﹃どうしたの
﹃たたたた大変です
かなり慌てた様子の通信が入ってくる。
吹雪の姿が艦内へ消えてしばらくすると
夕張へと乗艦するところだった。
彼女たちの目の前では、吹雪が海面を滑走し
﹁だね。﹂
まあ、本人から聞けばいいですよ。﹄
﹃そう考えると確かに奇妙ですね。
瑞鶴の推測に。むー、と考える瑞鳳
鈍足で有名な夕張が逃げ切ったとも思えない。﹂
彼女の損害は比較的軽いし、 随伴艦の攻撃を潜り抜けて逃げてきた⋮と言うには
戦艦の主砲弾を受けつつ、全速で突進してくる
﹁戦艦だとしたら軽快な随伴艦も居たはず。
﹃では、戦艦でしょうか
排煙がいびつな形に噴き出していた。
く消え去り、 瑞鶴の言う通り、夕張の集合煙突の上部から3分の2が跡形もな
駆逐艦や巡洋艦の砲じゃあ、あそこまでひどくは無いはず﹂
明らかに戦艦の主砲弾クラスよ。
﹁だって夕張の煙突見てよ。上部がごっそり持ってかれてる
瑞鶴の不審そうな声に、疑問を抱く
?
!
!
!!
181
?
?
?
﹃超兵器ですよ
﹄
﹄
﹂
?
﹁超兵器
夕張は本当にそう言ったのか
幸い、電探に妙なノイズは入らなかった。
う。
夕張を艦隊に加えた一行は、逃げるように一路トラックへ向か
﹃そ、そうですよね。まずは帰って提督に報告しないと。﹄
は出来ないわ﹂
遭遇したら無事に返してくれなさそうな奴が居るところで任務
﹁解った。瑞鳳、任務を中止して鎮守府に戻りましょ
﹃はい、鎮守府までは十分持ちこたえられます。﹄
﹁瑞鳳落ち着いて。吹雪、夕張は航行できる
﹂
﹃なーんだ、超兵器か⋮って、ええええええええええええええええ
!
私がそう判断しました。﹂
﹁では、夕張は何と言っていたんだ
のは
感心しないな。﹂
﹁も、もうしわけありません
﹂
﹂
吹雪が腰を90度に曲げて頭を下げるのを
以後注意するように。とだけ言ってやめさせる。
﹁直接夕張の話が聞きたい。加賀さん、彼女は今どこに
﹁中破状態の上、若干混乱していましたから、
﹂
自分の判断で、あるのかないのかハッキリしない物の名前を出す
合致するが。
﹁ものすごく巨大な戦艦、か。確かにホタカの言う超兵器の特徴と
た。﹂
こ こ は 危 な い、早 く 逃 げ な い と。と 何 度 も 早 口 で 言 っ て い ま し
﹁巨大な、ものすごく巨大でものすごい速度の戦艦に襲われた
?
﹁はい。そうではありません。夕張さんの話を聞いて
?
お風呂へ入れさせました。そろそろ出てくるかと⋮﹂
?
!
182
?
?
?!
﹂
﹂
﹁ありがとう。吹雪、ホタカを呼んできてくれ。﹂
﹁はい
﹂
執務室から吹雪が飛び出していく。
﹁提督。﹂
﹁何かな
﹁できれば居ないことを望むよ。
ホタカの話では、でたらめな能力を持つらしいじゃないか。﹂
﹁私も、そう思います。﹂
それきり会話は途絶えた。
数分後、瑞鶴、瑞鳳に付き添われて夕張が
それと同時にホタカが入室する。
﹁災難だったな、夕張。
つらいだろうとは思うが、今までの経緯を話してもらえるか
﹁はい。
最初、私は気づいたら海の上に浮かんでいたんです。
﹂
行く当てもなく彷徨っていたら、長門さん達と出会って。﹂
﹁長門と言うと佐世保の三個艦隊か
佐世保鎮守府所属と言っていました。
合流から3日目の事でした。奴が来たのは﹂
そこから夕張の声のトーンが低くなる。
﹁その日は晴天で雲も少なく視界は抜群に良かったんです。
長門さん達も索敵機を飛ばしていました。
確か1330頃だったと思います。
長門さんの索敵機との通信が急にできなくなったんですよ。
私は撃墜されたのかもしれないと思ったのですが
?
その後、索敵機が飛んで行った方向へ進路を取ったのですが。
長門さんの話では通信妨害のようでした。
﹂
が、それなりの付き合いがある真津は若干の戸惑いを読み取った
加賀の顔には何の感情も読み取れない。
﹁本当に超兵器なるものがあると、お思いで
?
それから私はその艦隊と行動を共にしていたんですけど。
﹁はい
?
183
?
!
!
間もなく音信不通だった索敵機が返ってきたんです。
パイロットの話ではこの先に巨大な戦艦が単独で行動している
とのことでした。
そして、深海棲艦ではない事も、対空砲火を受けたことも。
そのまま、艦隊の針路は変えず航行していたら、
アイツが⋮アイツが出てきたんです。
水平線の向こうから、冗談みたいな速度で⋮﹂
ブルルッと身体を震わせる
﹁ヤツは私たちが長距離砲戦を行っているのをあざ笑うかのように
私たちの艦隊に突入し戦闘、いえ蹂躙し始めました。
魚雷を当てようにも、その速度で回避され、
瞬く間に3隻の戦艦が轟沈し、護衛艦隊も壊滅
残ったのは私と長門さんを含めても4隻でした。
その後、長門さんが時間稼ぎをしている間に私たちは
184
散り散りになって逃げたんです。
長門さんが轟沈した音を、全速で逃げながら私は聞いていました
私が助かったのは、
たぶん私が軽巡だから攻撃優先度が低かったんでしょう。
他の戦艦を襲っている間に、
私は奴の索敵圏から逃れることが出来たんだと思います。﹂
壮絶な夕張の報告に執務室が重苦しい空気に包まれる。
解る範囲でいい
次に口を開いたのは提督だった。
﹁そいつは、どんな奴だった
説明してくれ。﹂
しかし、冗談と思いたいほど超長砲身でした。
305mmか、もしかしたらもっと小さいかも。
す。
3連装の主砲が4基12門口径は巨体に見合わず小さかったで
全幅も80m近くありました。
﹁全長は500m以上、550mあったかもしれません。
すると、一つ一つ思い出すように語り始めた。
?
長門さんの装甲も役に立っていないように見えました。
副砲は連装砲が4基です、たぶん127mm口径かと⋮
噴進弾がいたるところについていて片舷だけで、11基もありま
した。
さらに5連装魚雷発射管が片舷に3基で、1基だけやけに細かっ
たような気がします。
戦艦の主砲弾を青い防御壁で弾いていて
で走っていて、舵の効きも軽巡洋艦並で
長門さんの41cm砲でも有効打を与えられていませんでした。
しかも、相手は約80
した。
私でも未だに信じられません。﹂
あまりの能力にここに居る場の全員が絶句した。
まるで鉛の中にいるかのような空気。
﹂
誰 も が 言 葉 を 失 っ て い る 中 で ポ ツ リ と つ ぶ や く よ う に ホ タ カ が
言った。
知っているの
風 ⋮﹂
ヴィルベルヴィント
﹁ 旋
﹁ホタカ
た。
﹁全長553m、全幅96m、最大速度80
28cm120口径三連装砲4基12門
ホタカ、君はどう思う
﹂
﹁速力も驚きだが、兵装も信じがたい
此奴は、アメリカ海軍太平洋第2艦隊を襲撃し壊滅せしめた。﹂
20mm機関砲多数。
32,4cm5連装誘導魚雷2基
48,3cm5連装酸素魚雷4基
12cm30連装噴進砲22基
12,7cm130口径連装高角砲4基8門
?
超高速巡洋戦艦ヴィルベルヴィント以外ありえません。﹂
﹁どう思うも何も、夕張の話を聞く限り
?
185
?
?
瑞鶴の声を無視して、ホタカは自分の持つ情報を朗々と語りだし
?
﹁あっ、そういえば﹂
夕張﹂
何かを思い出したように夕張が声を上げる。
﹁どうした
﹁聞き間違いかもしれないんですけど。
そいつと交戦した時に無線に音声が入ったんです
﹂
﹃違う⋮﹄って。たぶん男の人の声だと思うんですけど⋮﹂
﹁その声はどんな感じだった
﹁こっちに来るかな
﹂
﹂
と言っても、既存艦艇が勝てる相手じゃないが。﹂
﹁後々に出てくるものと比べれば、格段に弱い。
そいつとはヴィルベルヴィントの事だろう
﹁ホタカ、そいつって強いの
自分の部屋に戻っている時、瑞鶴が不安げに問いかけてくる
敬礼して、退出する。
以上、解散。﹂
後、超兵器発見の情報は無用な混乱を避けるため伏せておくこと
今のところは鎮守府で待機してくれ。
索敵計画は今から作るが出来るだけ早く仕上げる
る。
それで長距離を索敵し、近距離は空母の艦載機を用いて索敵す
幸い長距離索敵が可能な陸攻と飛行艇が9機使える
指示を仰ぐ。その間全ての任務を中断し、航空哨戒を厳とする。
﹁夕張、君の話は解った。ただちに大本営へこの情報を送り
﹁そんなに戦争がしたいのか⋮戦 争 狂 共が⋮﹂
ウォーモンガー
彼の隣にいた瑞鶴は、小さな呟きを耳にした
夕張の答えを聞いた瞬間、ホタカの顔が陰る
﹁何というか⋮その⋮︻狂っている︼そんな感じがしました。﹂
?
?
外を見ると、深緑色の双発機が編隊を解いて別々の方向へ
それ以上は何も言わなかった。
ホタカの言う〟もう一回〟の言葉に引っ掛かりを覚えたが
﹁来たとしても、もう一回海の底に沈めてやるだけだ。﹂
?
186
?
進路を取って飛んで行くところが見えた。
超兵器発見の報はそれから数時間後の事だった。
ホタカは自分を呼びに来た不知火を連れて執務室へ急ぐ。
でトラックへの針路をとっています﹂
﹁ついに来てしまいましたね。
超兵器は80
こ
こ
一緒に目的地へ急ぎながら言葉をつづける
﹂
﹁如何にかしないとトラックが襲撃を受けるな。﹂
﹁パラオを襲ったのも超兵器でしょうか
﹁いや、それは無い。
だろう。
仮装巡洋艦の2隻や3隻、秘密裏に用意するのは難しくなかった
﹁あれだけの物資を前々から売りさばいていたんだ
﹁補給拠点に艦砲射撃するほどの艦は⋮﹂
補給拠点から出撃させた艦で島影から砲撃すればいい。﹂
提督の戦死が確実ならば、深海棲艦が来なくても
何事もなく提督が帰ってくれば別に問題ない。
鎮守府が襲われないと言う可能性は多分にあるが
自分の汚職や提督の不祥事の証拠は全部闇の中。
提督は戦死。その間に鎮守府を深海棲艦が襲えば
功名心に駆られた提督は出撃し、艦隊は執拗な攻撃を受けて壊滅
提督にはある方面に手ごろな敵の艦隊が居ることを伝える。
鎮守府の戦力がゼロだと言うことを、飛び回りながら放送する。
補給拠点の水上機が平文でこちらの艦隊が出撃する旨と
首謀者は政府高官、実行者は補給拠点。
おそらく、あの襲撃は仕組まれていたのさ、全部。
?
まあ、そいつの誤算は僕が全ての証拠を握っていたことだろう
な。
結局は全て無意味になった。﹂
187
?
﹁政府高官は、奴の親ではなかったのですか
﹁資材の横流しのために、
その表情は暗い。
なんで私たちが呼ばれたわけ
執務室には他に山城が居た。
﹁で
﹂
提督は構わん。と一言告げただけだった。
﹁すいません少々遅れました。﹂
﹁来たか。﹂
不知火は用事があると言って踵を返した。
言い終わったところで執務室に付く。
親子の情なんて物はないよ。﹂
﹂
利用するだけ利用すれば後は邪魔なだけだったんだろう。
?
撃する。﹂
﹁なっ⋮⋮私たちに、1個艦隊で立ち向かえって言うの
﹂
トラック鎮守府は君ら以外の艦を出さず、増援と合流したのち出
主力艦の数は2隻まで、つまりお前たちだけ。
だ。
他 の 鎮 守 府 か ら の 増 援 艦 隊 が 来 る ま で 敵 巨 大 艦 を 足 止 め せ よ、
ホタカを旗艦とし山城を含む一個艦隊で
﹁大本営から命令が来た。
山城の棘のある言い方に提督の顔が曇る
?
随伴艦の出港準備が整うまでに出来る限りの弾薬を搭載させる。
ガスタービンエンジンは起動に時間がかからない
ホタカにも燃料の補給は済ませてある。
出港まで時間はかからない。
わる。
訓練用砲弾を乗せるために下ろした弾薬の積み込みはすぐに終
始動している、
山城は今日の夜戦訓練のために、燃料の積載は完了し既に機関は
﹁大本営はそう言いたいらしい。
山城の悲鳴のような声に提督は苦虫を噛み潰した様な顔になる
!?
188
?
随伴艦は、山城と共に夜戦訓練を行う予定だった
北上、大井、不知火、吹雪を考えている。
残念だが、俺にこの命令を覆すほどの力は無い。﹂
﹁なるほどね、練度が比較的低くて
今すぐ出撃できる艦をぶつけて時間を稼ぐわけか。
ホタカなら超兵器相手でも逃げてこられるし
欠陥戦艦1隻失ったところで、海軍は痛くも痒くもないってわけ
ね⋮﹂
﹂
不幸だわ⋮とつぶやく山城を無視して提督に問いかける
﹁提督、北上の重雷装艦への改造はすんでいますか
﹁ああ、すんでいる。﹂
﹁では、彼女らに酸素魚雷をありったけ積んでください。
僕に回す筈の青コンテナを回してもらっても構いません。﹂
﹁おい、それでは⋮﹂
﹁トライデントはまだ100発ほど撃てますし。
何より今回の主役は主砲です。
﹁君も姉に会う前に轟沈なんて御免だろう
どうやら僕に沈んでほしいような
人間の存在も見え隠れするが
こんなところで沈みたくない。
189
?
その分赤コンテナは十二分に補給していただきたい。﹂ ﹁解った。そのようにする。﹂
﹁ありがとうございます。﹂
﹂
﹂
奴を仕留める。﹂
﹁⋮ホタカ。アンタ何考えてんの
﹁決まっているだろう
で、出来ると思ってるの
﹂
?
山城の不審そうな視線を跳ね返す
﹁⋮⋮信用できるんでしょうね
勝つための算段は立てておく。﹂
﹁前の世界では、僕一隻でも可能だった。
﹁ハァ
?
?
?
であるなら、何とかするしかない。﹂
?
!?
﹁⋮解ったわ。どうせジタバタしてても始まらないし
姉さまに会えずに沈むのは御免だわ。﹂
何かを覚悟したような紅い瞳
旧式艦ではあるが、連合艦隊の一員としてレイテに殴り込んだ
その精神力は生半可なものではない。 ﹁その意気だ。再開したら自慢できるぞ
あの長門を沈めた戦艦を沈めた、とな。﹂
﹁取らぬ狸の皮算用にならないことを祈るわ。
私は北上達の出港準備を急がせる。
作戦はアンタに任せる、それじゃ。﹂
踵を返して足早に執務室を出る。
﹁すまんな。ホタカ、お前にひどい命令を押し付けてしまう。﹂
﹁上層部の命令ですから、仕方ないでしょう。
それにしても随分嫌われてますね。﹂
﹁自覚はしているよ。
若造に戦果を挙げさせたくは無いが、敵の情報は欲しい。
﹂
少しでもマズイと思ったら遠慮はいらん退却しろ。
連中は、そういう考えだろう。
いいか
1人でも多くの命を救うように行動してくれ。﹂
﹁僕らが退却した場合この鎮守府は大丈夫なのですか
﹁なに、いざとなったら艦娘全員で逃げるさ。
鎮守府施設なんて、また作ればいい。﹂
﹂
﹁解りました。しかし提督。﹂
﹁なんだ
﹂
その姿に、提督は何故か寒気を覚えた。
﹁ああ、沈めてしまっても構わない
デメリットと言えば、俺に対する小言や陰口が多くなりそうなこ
とぐらいだな。﹂
190
?
﹁一応確認しておきますが、別に沈めてしまっても構いませんよね
?
?
?
うっすらと笑みを浮かべる。
?
﹁それなら問題ないですね。では、僚艦の出港準備が整い次第
僕たちは迎撃、否、出撃します。戦果をご期待ください。﹂
﹁武運を祈る。﹂
敬礼し、退室する。
ホタカの背中を見て、何故かふと気が軽くなった気がした
﹁奴なら、やってくれるかもしれんな。﹂
執務室から、廊下に出る。
来るときについていた廊下の電気は消えていた。
そういえば、電気配線の調子が悪く偶に停電する可能性があること
を
昨日青葉から聞いたのを思い出す。
彼女の声は聴いたことが無いほど沈んでいる。
俯いているため表情をうかがい知ることは出来ない
﹁そうだ、超兵器と一戦交えてくる。﹂
﹁絶対、帰ってきなさいよね。
アタシ、まだ何にもお礼できてない。﹂
﹁あの時の礼は要らないよ。
僕が好き勝手やった結果だ。﹂
﹁アンタはそれで良くても
アタシが良くないのよ。﹂
191
廊下は月明かりのみに照らされ、もの悲しい雰囲気がそこにはあっ
た。
﹁ホタカ⋮﹂
自分を呼ぶ声に振り向くと
柱の陰に誰かが居る。その人物は一歩踏み出し
青白い月光の元へその身を晒した。
﹂
﹁瑞鶴か、どうした
?
﹂
﹁今から出撃でしょ
?
﹁君らしいな。﹂
思わず苦笑する。
﹁じゃあ、約束しよう。
絶対に帰ってくる。犠牲を出さずにね。﹂
﹁約束破ったら、思いっきり殴ってやるから。﹂
小さな脅し。
約束を破ることは、ここに返って来ないことを意味するが
それを指摘するような、無粋な事をするつもりは無かった。
﹁16万馬力のストレートは受けたくないからね
最善を尽くすよ。それじゃあ。﹂
﹂
返答を待たずに、速足で歩きだす。彼女が動く気配はなかった。
ホタカの背中が影の中へ消えるまで見送って
﹂
192
その後ため息を付いた。
﹁なーんでアタシ、こんなに心配してんだろう
そういえばと考えるが答えは見つからない。
自分が迎撃するわけではないのに、
久しぶりにホタカCICに入る。
自分以外誰も居ない廊下に、小さな祈りの声が溶けて消えた。
﹁だから⋮絶対戻ってきなさいよ。﹂
とりあえず1発殴る考えが即座に全会一致で可決される。
彼女の心の中で、帰ってきても
﹁それもこれもアイツの所為だ。たぶん。﹂
がいる。
いやそれ以上の不安と恐怖に押しつぶされそうになっている自分
?
中ではCICメンバーがあわただしく作業していた。
﹁副長、出港準備は
?
﹁もうすぐ終わります。
私﹂
って言うか私が登場するの久しぶりですね。
忘れられてないですか
﹁君はいったい何を言ってるんだ
﹂
僚艦の準備はどうなっている
普通にやれば勝てますよ。﹂
﹁やっぱり単艦で出撃した方が良かったかな
?
﹂
?
シミュレーションも問題ありません。﹂
﹁それは良かった。他に報告すべき事柄は
﹂
それができるだけのデータも各艦から貰いました。
弾道計算の肩代わりぐらいなら十分可能ですし
﹁完璧⋮とは言い難いですが
﹁そうだと良いんだがな⋮例の物は大丈夫か
﹁まあ、僚艦が居る分以前よりむしろ楽でしょう。﹂
冷や汗
﹁それは御免こうむりたいな⋮﹂
何より瑞鶴さんに簀巻きにされても知りませんよ。﹂
﹁提督が許さないでしょう。
﹂
﹁と言っても相手はヴィルベルヴィントでしょ
気を引き締めていこう。﹂
﹁上出来だな。久しぶりの超兵器戦だ
この調子なら、後20分で出港できます。﹂
﹁問題なしとのことです
?
た。
そのころ鎮守府では、他の艦の出撃準備が整えられようとしてい
18分後、ホタカを先頭とする6隻の艦隊が港を出る。
無理やり自分を納得させた。
警告的な意味で必要だな、うん。﹂
﹁それは報告しなくても⋮いや、ありがとう。
愛情あふれる通信以外は何もありません。﹂
﹁軽巡大井から﹃北上サンを傷つけたら沈めますから☆彡﹄と言う
?
193
?
?
?
STAGE│10 旋風、止むべし
月明かりに照らされた南太平洋の黒い海面を
6隻の戦闘艦が白波を蹴立てて航行していた。
その艦隊の先頭を行く戦艦の内部CICでホタカは水上レーダー
を睨みつけていた。
﹁艦長、そろそろ遭遇してもおかしくありません。﹂
﹁対水上警戒を厳に、もし奴が機関を停止させていれば
ノイズは発生しないのかもしれない。﹂
﹁それなら電探で見つけるしかありませんね。﹂
ヤレヤレと肩をすくめる副長
しかたないさ。と言おうとした時に味方艦から連絡が入る
﹄
﹃あのさ、私は作戦は任せるって確かに言ったけどさ
﹂
マジでやるつもり
﹁そのつもりだが
すると大井からも通信が入る
相変わらずの彼女の不機嫌そうな声に苦笑する。
﹃解ってるわよ。﹄
﹁あんまり不幸不幸言ってると幸運が逃げていくぞ﹂
﹃ああ、なーんであの時一緒に考えなかったのかしら。不幸だわ⋮﹄
﹁奇跡と言う物は、自分自身で起こしてこそ価値があるものだよ。﹂
若干投げやり気味な山城に向かってホタカは言い放った。
﹃そうは言うけど。こんなの本当に成功したら奇跡よ、奇跡﹄
素晴らしい。﹂
君がそういうならなおさら敵は予想できない
﹁予想外。良い響きじゃないか
⋮﹄
さんざん企画外って聞かされてたけど、流石にこれは予想外だわ
﹃瑞鶴とか吹雪とか不知火とか北上から
通信機の向こうから長い長いため息が聞こえた。
?
﹃ホタカさん。解っているとは思いますが
194
?
北上さんにちょっとでもケガさせたら
﹂
酸素魚雷が40本ほど飛んで行きますので
覚悟してくださいね﹄
にこやかな脅しに背筋が寒くなった。
﹄
﹁40本と言えば魚雷全部じゃないのか
﹃その通りですけど
彼女ならば本気でやりかねない。
こっそり北上へ通信をつなぐ
わる。
﹁超兵器ノイズ確認
方位0│3│4
﹂
その瞬間、レーダー画面の一部が強烈なジャミングによって白く変
いつも通りのマイペースな返答にがっくりと肩を落とす
﹃まー何とかなるっしょ。﹄
至近弾でも20本ぐらい飛んできそうだ。﹂
﹁北上。僕も助けるから、全部避けてくれ。
?
﹁我慢しろ、こうでもしないと遠距離砲撃できないだろ
﹂
通信機からは山城の気持ち悪そうな声が聞こえてくる。
﹃うあ、まだ慣れないわね。このデータに飲まれそうな感じは⋮﹄
メリットも多かった。
そこから導い出される射撃諸元をリアルタイムで伝えられるなど
報や
まだまだ実験段階の作戦ではあるが、ホタカの持つ高精度な観測情
を言う。
ホタカから他の艦娘の頭の中にダイレクトで情報を送信すること
このデータリンクとは艦娘同士の双方向通信を利用して
﹁各艦とのデータリンク開始します。﹂
﹁全艦戦闘用意。データリンク開始。﹂
一気に張りつめた空気に変わる。
報告を受け取った瞬間、若干ゆるんでいた空気が
!
?
目標はヴィルベルヴィントの模様
!
そう言って黙らせる。
﹁目標を暗視装置で確認
!
195
?
!
超高速巡洋戦艦ヴィルベルヴィント、本艦隊に向けて接近中
﹁流石に専用装置無しじゃあ、全球いっぺんに
画像処理できませんが、一方向ぐらいなら何とかなります。﹂
﹁今はこれで十分だ。
思った通りヴィルベルヴィントだな。﹂
﹃これが⋮超兵器。﹄
吹雪の息をのんだような声
今のところ全員にはホタカの暗視カメラの映像と
それぞれの位置関係がデータ化されて送られていた。
﹂
﹁君らが目にしている暗視映像は僕がとらえたものだ。
間違ってもそれを頼りに機動するな
諸元入力開始
﹂
!
射程に捉えました
﹂
﹂
発砲
﹂
!
﹂
!
タ
地球の自転、波の高さなどのデータが処理され、
即座に現在の大気、相手の艦体の動揺、
﹁弾道計算開始
南太平洋の暗い海に二つの太陽が一瞬だけ現れる。
ヴィルベルヴィントの28cm砲が同時に火を噴いた。
ホタカの全部に据え付けられた41cm砲と
﹁敵艦
﹁主砲発射
﹁敵艦
ホタカは別の艦の主砲の弾道計算すらやってしまっていた。
そのため現在、彼女の射撃盤は動いていない。
山城にも、彼女に対応した射撃諸元が送られていた。
﹃解ってるわ。アンタの射撃諸元、信じる。﹄
デー
﹁山城、手筈通り初めから斉射だ。﹂
﹃こちら山城、主砲装填完了。﹄
填される。
ホタカの1番砲塔と2番砲塔に41cm対艦徹甲弾計6発が装
!
位置関係データを第1に考えろ。
弾種徹甲
主砲装填
!
﹂
!
弾種徹甲
﹁主砲弾装填
!
!
196
!
!
!
!
﹄
予想落下地点が各艦に伝えられる。
その時、ホタカ第2射を発砲。
﹃主砲、よく狙って。てぇーー
﹁大井、では手筈通りに﹂
﹃やってやるわよ。絶対に当てないでね
特に北か﹄
えていた。
﹁やはり持っていたか。ミサイルは
﹂
ホタカに搭載された
即時発射用意
﹂
﹁まあいい。特殊弾頭VLS及び対艦ミサイルVLS解放
﹁まだ少し遠くてこちらの誘導電波が届きません
﹂
爆炎を上げる。その隙間からは青い防御重力場が見えていた。
ヴィルベルヴィントに41cm砲弾が着弾し
﹁弾ちゃーく今
﹂
大井らとヴィルベルヴィントの相対速度は時速200kmを超
北上、吹雪、不知火が続いて突入していく。
ホタカの右舷側を大井を先頭として、
何を言うのか解っているので通信を切る
?!
41cmと35,6cm砲弾が月夜に向けて放たれる。
続いて山城の1番2番砲も発砲。
!
る。
﹂
距離24km
﹂
!
﹁敵艦に動きは
﹁まっすぐこっちに突っ込んできています
﹁7分もすれば大井達は接触するな。﹂
﹁まあ、外向きの力場を発生させて砲弾をそらしたり
﹁長距離砲撃ではやはり効果が薄いか。﹂
防御重力場の青い光が瞬いた。
再び、ヴィルベルヴィントの上に着弾の赤い光と
こうしている間にもホタカからの第3斉射が放たれる。
!
対艦目標に使えるミサイルが収められたVLS、その全て解放され
!
!
?
197
!
!
?
それが出来なくても大部分の運動エネルギーを奪い取る防御シ
ステムですからね。﹂
﹁だが、欠点も確かにある﹂
口の端に小さく笑みを浮かべるホタカ
﹁装置の処理能力を超えるほどのエネルギーを持った砲弾を叩きつ
けるか﹂
﹁発生した力場のキャパシティを超えるほどの量の物体を衝突させ
る。ですね。﹂
ホタカの後を副長が続ける。
超兵器を解析していく中で偶然発見された防御重力場は
ウィルキアでのクーデター時、一部の艦船に試験的に搭載され大き
な成果を上げた。
原理としては、外側へ向けた強力な重力場を発生させることで
浅い角度で突入してきた砲弾はそらし、
深い角度で突入してきた砲弾は外向きの重力場の影響をもろに受
けて急減速し、
砲弾の持つエネルギーの中でもっとも大きな破壊をもたらす運動
エネルギーを著しく減少させ、
場合によっては艦体に届く前に海に落とし防御する。
たとえ全てのエネルギーを減少させきれなくても、力場を抜ける
ころには
すでに砲弾には戦艦などに致命傷を与えうるほどの破壊力は残さ
れていない。
また、防御重力場には若干の揺らぎがある。この揺らぎによって
重力場が設計上の最大出力よりも高い防御力を示すことがある
この現象により防御性能が飛躍的に上がった部分に砲弾が直撃し
た場合
砲弾がつぶれ、まるでそこに盾があるかのように爆発する現象もみ
られる。
その場合のダメージはもちろん0だ。
さらに、この防御壁は実態のある︻壁︼では無く︻領域︼である
198
外側へ向かって重力場を張っているだけであるので、内部からの攻
撃が可能になる。
しかし、無敵に思える防壁にも弱点はあった。
まず、至近距離からの砲撃によって
非常に高い運動エネルギーを持った砲弾を防ぐことは不可能だっ
た。
重力場が効果を発揮する前にその領域を砲弾が通過してしまうか
らである。
また、時にダメージを完全にシャットアウトする防御重力場の揺
らぎも
もろ刃の刃と言えるものだった。
揺らぎによって防御力が高まる部分があるなら、逆に薄くなる個
所も確実に生じる。
さらに揺らぎは自然発生することもあるが、物体を連続的に防御し
た場合にも発生する。
物体が力場を通過する時に均一な力場に、波紋のようなムラが生ま
れるためだ
そのムラの大きさは防御重力場に加えられたエネルギー量に比
例して大きくなる。
もちろん、防御重力場発生装置はムラをなくすように働きかける
が、連続的な着弾であると
その能力のキャパシティを超えてしまう。
重力場のムラが出来ているところにさらに砲弾が突っ込むとさ
らにムラが生まれ
最悪の場合、防御重力場として機能するほどの力場が維持できなく
なる。
シー ル ド ダ ウ ン
このように防御重力場が無効化されることは
防御壁崩壊と呼ばれていた。
防御重力場は決して全ての攻撃を防げるわけではないのだ。
シー ル ド ダ ウ ン
ホタカは自分の砲弾と山城の砲弾の弾着を出来るだけ合わせて
防御重力場の防御壁崩壊を狙っていた。
199
ですが、びくともしませんね。﹂
こちらと同行戦を行うようです
﹂
﹂
ホタカの第2斉射と、山城の第1斉射がほぼ同時に着弾する
﹁全弾命中
﹁だろうな、この程度の砲撃ではどうにもならん。﹂
﹂
彼の周囲に6本の水柱が立ち上った。
﹁大井達は順調か
それに山城も続く。
﹁敵艦わずかに左へ変針
主砲斉射
私も
﹄
﹄
!!
ホントに大丈夫なんでしょうね
ブツンと容赦なく通信を切る。
﹃﹃今たぶ﹄﹄
﹁大丈夫だから喚くな⋮⋮⋮たぶん﹂
ホタカ
﹃えっ
ついでに山城も沈めてやるぅぅぅぅぅ
﹃これで被弾したらとりあえずホタカ沈めて
味方水雷戦隊と、ヴィルベルヴィントの間へ向かって飛翔する。
は、大きく右にそれて
続 い て 山 城 も 6基12門の全力砲撃。し か し、彼 女 が 放 っ た 砲 弾
・・・・・・・・・・
またもホタカの1番主砲が咆哮する。
﹁作戦続行
その報告にニタリと笑みを浮かべるホタカ
!
ホタカの艦首が左へ触れ、艦橋が右へ傾く
﹁取り舵5。全門斉射用意﹂
大井と目標との距離は確実に近づいていった。
射点まであとわずか。﹂
﹁予定コースを走っています。
?
﹄
?
﹁マジだ。﹂
彼女らしくない戸惑った声。
﹃えーとさ、これってマジ
その直後、北上から通信が入る
次に水雷戦隊へあるデータを各艦へ送り届ける
落下予想地点は送ってあるから大丈夫だろう。
!?
!?
200
!
!
!
!
!
?
﹃でも、魚雷を扇状に撃たないなんて⋮﹄
ホタカが送ったのは魚雷1本1本の発射角度と、そのタイミング
の事細かなデータだった。
それをもとに考えると放った魚雷は最終的に五列になって1直線
に突進するようだった。
通常魚雷には少しずつ角度をつけて、敵を魚雷の網に絡めとる様に
撃つ
その場合、確かに無駄玉が多くなるが魚雷はもともと一撃必殺。
1本2本当たればいいものだった。
しかし、ホタカのもたらしたデータは其れとは真逆
まるで銛のように魚雷を放つ物だった。
これでは、神業のような予測が無いとまず当たらない。
さらに、魚雷をそのデータ通りに発射することにも、かなりの技量
を必要とした。
ン
!
﹂
﹂
201
魚雷とはまっすぐ走らせるのも難しい代物であるのが理由だった。
﹁大丈夫だ、絶対に当たる。
それに君は重雷装巡洋艦だ。
﹂
魚雷は君の主兵装、まっすぐ走らせることぐらい
分けないだろう
プー
! !?
柱を噴き上げる
﹁取り舵10
ハー
﹁誘導可能距離まで10秒
ミサイルは
数瞬の後、12発の砲弾は水雷戦隊と超兵器の間に着弾し大きな水
通信が切れる。これで向こうは大丈夫だろう。
いつものマイペースな掴み処のない雰囲気を醸し出して
まあ見てなって。﹄
そこまで言われちゃ、スーパー北上様も本気出すよ。
﹃ほーっ言ってくれるねぇ。
じる。
ホタカの物言いに、通信機の向こうで北上が不敵に笑ったのを感
?
﹁RGM│84、50基 トライデント、モードAP、14基照準
!
!
﹂
目標ヴィルベルヴィント
﹁誘導可能距離まで5秒
﹂
!
ここで、手筈通りに山城が取り舵一杯、ホタカと別れ
だが、彼我距離が縮まれば予測できても回避が間に合わない。
弾着予測システムによって未だに被弾は無かった。
水柱が吹き上がる。
ホタカの周りに3発、山城の周りに3発の砲弾が突き立ち
!
﹂
ヴィルベルヴィントへ横腹を向けると12門の35,6cm砲が咆
哮する。
﹂
﹁ミサイル射程内
﹂
﹁全門発射
サルヴォ│
﹁斉 射
!
の速度をもっていたとしても、
﹂
!
APモードのトライデントが致命的だった。
特に、核ミサイル級の衝撃波を一点に集中させて吐き出す
35,6cm砲弾12発が同時に着弾する。
さらにタイミングを調整させて被雷させた41cm砲弾3発と
41本のハープーンと10発のトライデント、
﹁弾ちゃーく⋮⋮今
音速を超えて飛来する槍からは、逃れられない。
たとえ80
1本、2本と迎撃していくが間に合わない。
上げ
64本の必殺の槍に対して、ヴィルベルヴィントが対空砲火を打ち
ハープーンと同じ速度で飛翔するように設定してあった。
今回、ホタカはトライデントの出力をいじり
する
その全てが途中で軌道を変え、旋風の名を持つ巨艦へ向かって飛翔
合計64本の槍が、月の輝く夜空へ打ち出された。
爆煙が吹き出し、一瞬甲板上を埋め尽くすと
その直後、大和をも上回る全長を持つ艦体から
何度目かに解らない斉射を放つ。
!
?
202
!
指令起爆で防御重力場の直前で起爆されたため
核爆発に匹敵するほどの激烈な衝撃波が
防御重力場の力場をかき回す。
それと同時に降り注いだ多数の砲弾と対艦ミサイル
シー ル ド ダ ウ ン
その攻撃はヴィルベルヴィントの防御重力場の処理能力を上回り
防御壁崩壊を引き起こしていた。
ヴィルベルヴィントにとっての災厄は続く。
山城の砲撃によって生じた水柱に隠れて
水雷戦隊が放った計57本の魚雷が5列になって、
の超高速であろうとも、寸分狂わぬ未来位置へ
右へ変針し始めていた左舷中央部から艦尾部分へ殺到する。
いくら80
シー ル ド ダ ウ ン
導かれた不意打ちの酸素魚雷群の突入をかわすことは不可能だっ
た。
そのうちの33本が防御壁崩壊した直後に直撃。
防御重力場は働かず、艦尾の特殊推進システムは完膚なきまでに破
壊された。
これはホタカの持つ高性能電算機によってもたらされた、ある種
の奇跡だった。
こちらが持ちうる攻撃兵装そのほとんど全ての火力を、ほぼ同時
に目標に到達させる。
普通なら膨大な数のスーパーコンピューターが必要になる計算を、
ホタカはただ一人で、しかも短時間で終えていた。
ホタカに搭載された高性能電算機も防御重力場と同じく超兵器
研究の中で発見された
新理論を用いて作られた物だったが。その性能は圧倒的の一言で
それまで研究されていた電算機の十数世代先を行っていると評し
た学者もいるほどだった。
この電算機はその後多くの艦艇に標準搭載されることになる。
そのため、地球の磁場、自転など様々な要因によって非常に不安
定な弾道を持つ
荷電粒子砲や、超怪力線、プラズマ砲等の命中率や連射性が飛躍的
203
?
に高まり
戦場は色とりどりの光学兵器が飛び交うようになった。
このような、驚異的な演算能力があったからこそ海戦での各種光
学兵器、
特殊兵器の継続的な運用が可能になったと言っても過言ではない。
﹂
﹂
もちろん、その恩恵は砲兵装や対空兵装にももたらされ
艦尾大破
最大戦速
速射砲射撃用意
命中率の飛躍的上昇に貢献した。
﹁敵艦
﹁推進装置作動
!
の速度で疾走を始めた。
?
いまだに防御壁崩壊から立ち直りきれていないため
シ ー ル ド・ ダ ウ ン
12発の35,6cm砲弾が降り注ぐ。
弾と
ホタカによって完璧に予測された未来位置に6発の41cm砲
た。
いくら超兵器とは言えど、慣性の法則に逆らうことは出来なかっ
巨大な艦体は右へ進路を変え続けている。
すぐには減速しない。さらに、最後に切った面舵の影響で、
しかし、巨大な艦体が持っている運動エネルギーは非常に大きく
もはや惰性で進むしかなくなっていた。
舵と、機関を推進器を一度に損傷したヴィルベルヴィントは
推進機関を損傷したヴィルベルヴィントを睨む。
その飛沫のカーテンの向こうでは、起動した152mm速射砲が
推進することによって噴き上げられた飛沫が甲板に打ち付ける。
あった。。
速 射 砲 弾 を 叩 き つ け、防御壁崩壊 状 態 を 起 こ し や す く す る 狙 い が
シー ル ド ダ ウ ン
艦隊のどの艦よりも接近することで、敵の攻撃を吸収する事と
5万トンを超える艦体が、68,1
艦首と艦尾に立つ波が一気に巨大化する
ホタカに搭載されたガスタービンエンジンが咆え
!
!
4発の35,6cm砲弾と2発の41cm砲弾が防御重力場を付き
抜け
204
!
!
巨大な艦体に直撃し、紅蓮の炎を噴き上げる
1番および3番主砲大破確実
﹂
﹂
敵に力場を整える時間を与えるな
﹁敵超兵器に直撃弾
﹁速射砲射撃開始
!
﹁敵艦
ロケット弾を発射
﹂
コントロール・オープン
!
﹁35mmCIWS 迎 撃 開 始
﹂
その瞬間、ヴィルベルヴィントが白煙に包まれる
巨大な爆炎がヴィルベルヴィントを包んだ。
最後の2発は魚雷発射管2基に命中し、魚雷が誘爆。
血が噴き出るように真っ赤な爆炎が迸る。
さらにもう1発が舷側に命中し、装甲を貫通、
1発が特徴的なV字型煙突を貫通し吹き飛ばす。
残りの4発が着弾する。
お返しとばかりに砲撃、2発は防御重力場に阻まれるが
た。
1発は装甲板に弾かれ、1発はCIWS1基を破壊するにとどまっ
ホタカの装甲板に対して有効打とは成りえなかった。
本体へ達する。しかし、重力場によって著しく減速された砲弾は
必死に舵を切るが、2発がホタカの防御重力場を突き抜けて
回避することは不可能。
敵の生き残った2基の主砲塔からの砲撃、この距離に至っては
いた
本体へは届かなかったが、確実に重力場発生装置への負担になって
152mmの砲弾のつるべ打ちは、その殆どが防御重力場によって
超兵器方向を指向できる4門の速射砲が連続して咆哮する
!
!
幕を張る。
しかし、超兵器の放ったロケットの数は250発を優に超えてい
た
さらに射程内に入ったらしく、12,7cm砲の射撃も開始される
後進一杯
﹂
視界を埋め尽くすほどのロケット砲弾がホタカに迫った。
﹁ピッチ角変更
!
!
205
!
生き残っていた左舷側3基のCIWSが35mm機関砲弾の弾
!
!
それまでホタカを推進していたスクリュープロペラのピッチ角
が変更され
海水が前方へ向かって押し出され始める
急激に速度が落ちていき、艦橋の目の前を大量のロケット弾の束が
通過しようとする
しかし、艦を防御するように半球状に展開された防御重力場は
当たる可能性の少ないロケット砲をも、防御してしまう。
そのため、ホタカの防御重力場には100発以上のロケットが着
弾していた。
シ ー ル ド・ ダ ウ ン
彼にとっての救いは着弾したロケットは対空用の物であったため。
内蔵された炸薬量は比較的少なく、防御壁崩壊は発生しなかった。
直ぐにプロペラピッチ角を前進するように戻したホタカは、
斉射用意
﹂
ついにヴィルベルヴィントを追い抜く。
﹁面舵20
進行方向を横切るように航行する丁字有利の体勢へと至った。
右への変針が完了し、ホタカはヴィルベルヴィントの
そのまま海面に叩きつけられた。
砲塔が炎によって艦橋よりも高く吹き上がり
下部にあった弾薬庫に運悪く被弾したのか、
さらに、副砲も2基が爆散。そのうちの1基は
明後日の方向へ打ち出されていく。
うに
熱せられた対空ロケット発射機から、暴発したロケットが花火のよ
後艦橋が瓦礫の山と化し、甲板の至る所から爆炎が吹き上がった。
41cm砲弾は全て防がれるも、35,6cm砲弾は8発が直撃
2番主砲が発砲し、山城の砲弾と同時に着弾。
1発は後方へそらされ、もう1発は空中で爆発する。
るが
敵艦の発射した28cm砲弾2発がホタカの防御重力場に直撃す
超兵器の頭を押さえようと右に舵を切る
!
彼我距離は10kmを疾うに切り、5kmにまで迫ろうとしていた
206
!
2基の45口径41cm三連装対艦対空両用磁気火薬複合加速
砲の
砲身は、この距離では水平撃ちと言えるほど仰角は小さかった。
先に火を噴いたのはヴィルベルヴィントの120口径28cm3
連装砲だった。
わずか5kmの距離ではどのような回避も間に合わず、防御重力場
も意味を持たなかった。
1発は右舷の3番速射砲を吹き飛ばし、もう1発は舷側に命中し
特殊弾頭VLS2基を破壊
もし、トライデントが装填されていれば中破は確実だっただろう。
近距離砲戦に備えて14発のトライデント全てを叩きつけ、
再装填を行わなかったホタカの判断は正しかった。
最後の1発は2番主砲の天板に着弾。
しかし、砲塔の強靭な装甲と入射角が浅かったこともあり、
﹂
207
激しい火花を一瞬散らして反対方向へ抜けていった。 ﹁主砲、斉射
今まで巨艦を守っていた防御壁が消失する。
さらに、防御重力場発生装置にも損傷を与え、
させる。
防御力など皆無な艦内構造をめちゃくちゃに引き裂き、浸水を発生
残りの2発は舷側を突き破り、艦内部でエネルギーを解放。
し、誘爆させた。
さらに1発が無事だった右舷側の魚雷発射管を根こそぎなぎ倒
レーダーマストと航海艦橋を一瞬で瓦礫の山に変える。
1発が副砲を貫通後、近代的な艦橋に突入し、
巨大な砲塔が内側から爆ぜる。
内部で装填されようとされていた次弾と装薬も巻き込んで炸裂し
2発が生き残った2番主砲に直撃し、主砲防盾を貫通
わずかな距離を飛翔したのち、防御重力場を難なく貫通する。
を切り裂いて進む
6本の巨砲が鳴動し、音の速度を置き去りにした砲弾6発が大気
!
そこへ、山城が放った12発の35,6cm砲弾が飛来。
旧式艦であるため、足が遅い彼女にとっては射程ギリギリの砲撃で
はあったが
ホタカとのデータリンクでそのハンデは無いようなものだった。
大きい角度で飛来した9発が艦体の至る所へ直撃。
そのうちの一発が4番砲塔に直撃する。
しかし、超兵器であるヴィルベルヴィントの砲塔の装甲は非常に厚
かったため
天蓋装甲を大きくへこませるのみで完全な破壊には至らなかった。
ホタカが敵艦の前を突っ切ると、再び超兵器の砲撃を受ける
どうやら4番砲塔を無理やり前方へ旋回させ砲撃したようだ。
その余波で瓦礫の山と化していた後艦橋から幾つもの破片が飛び
散る
3発の砲弾が飛来し、2発は艦後方に着水
﹄
﹁降伏勧告を受諾する輩ですかね
﹁貴艦は僕を知っているのか
﹂
﹂
底冷えのする狂気が通信機越しでも感じられる。
通信機の向こうから聞こえてきたのは若い男の声
﹃やはり⋮日本に居たか。﹄
貴艦にもはや戦闘能力はない。降伏せよ。﹂
﹁トラック鎮守府所属、装甲護衛艦ホタカだ、
幾度かの挑戦の後、超兵器との間に通信が開かれる
作戦は続行させる。﹂
﹁僕はそうは思えないな。だが、念のためだ。
?
﹃ああ、よぉく知ってるさ。何せ貴様に沈められたのだからなぁ⋮﹄
?
208
最後の1発が最後部の6番速射砲を吹き飛ばした。
それと同時に後部の2番主砲が咆哮し、最後まで抵抗を続けていた
4番砲塔が紅蓮の炎に包まれる。 降伏勧告を
この瞬間、ヴィルベルヴィントは主要な攻撃兵装を失った。
﹃ホタカさん
!
吹雪の要請を受諾し、超兵器に向けて通信を試みる。
!
貴艦が沈んだ時
ヴィルベルヴィントの言葉に、自分と同じ境遇の存在だと直感で
感じ取る
﹂
﹁日本艦を攻撃したのは何故だ
日本は味方じゃないのか
何を言っている。私は私の意志の下行動した
?
もりは無い﹄
カ
め
﹁⋮⋮⋮﹂
バ
﹃Nuts
﹄
クツクツと通信機越しに、小さな笑いが聞こえる
いい言葉があったな。﹄
は
﹃そうだな⋮。ああ、そうだ。私が叩き潰した太平洋艦隊の母国に
すぐさま降伏せよ、もうお前は戦えない。﹂
﹁こんなにも嬉しくないお礼は初めてだ。
礼を言うよ、ホタカ。﹄
それに、私の意志は、願いはある程度達成されたのだ。
﹃こんなところで話しては面白くない
超兵器の物言いに、若干イラついていため語調がきつくなる
﹁では、貴様の目的とは何だ
﹂
そこに前の世界で味方だったからと言う理由で攻撃を躊躇うつ
﹃味方
ホタカの問いを彼は嘲笑った
?
?
そこでいったん言葉を切り、若干の静寂
どうしようもない輩も確かに存在するのだ。つまり﹄
﹃世の中には、貴様の尺度では測れないような
回線は閉じたはずだが、超兵器が無理やり割り込んで来た
﹃覚えておくといい。ウィルキアの裏切者﹄
る
山城も砲撃を再開、35,6cm砲弾12発が闇夜に向けて放たれ
そのすべてが超兵器の白い艦体を穿ち、爆炎を噴き上げる
その瞬間、ホタカの6門全ての主砲が咆哮し
﹁そうか、なら貴艦にはこう言っておく、﹃非常に残念﹄。とな。﹂
!
209
?
﹃とどのつまりは、我々のような﹄
9発の35,6cm砲弾が艦体に9つの爆炎を生んだ。 さらに41cm砲弾は何発も舷側に命中し、幾つもの破孔が開く
﹃ではな、ヴァルハラで会おう。
せいぜい足掻くことだ。解放軍の超兵器君。﹄ 言い終わったその時に、大井、北上が残していた右舷の魚雷40
発が
砲撃により浸水し、右舷方向へ傾いたヴィルベルヴィントの右舷へ
殺到 40本すべてが命中し、巨大な水柱が吹き上がると
ついに超兵器の艦体が2つに裂け、誘爆を繰り返しながら沈降を始
める。
巨大な艦体が海中に没するまで、大した時間はかからなかった。
﹃ちょ、超兵器の爆沈を確認⋮﹄
との戦闘を表示する。
戦闘が早送りで進み、ロケット弾幕を回避した後、敵を抜き去る瞬
210
いつもは冷静な不知火でさえ、信じられないと言う感情がダダ漏
れになっている
﹃すごい⋮本当に沈めちゃった⋮﹄
﹄
﹃やーおつかれー。まさか全弾命中するとは思わなかったけどさ﹄
﹃北上さんなら全弾命中は、当たり前じゃないですか
諸君らの尽力に、感謝する。ご苦労でした。﹂
超兵器の撃沈を確認、艦隊集結後トラックへ帰投する。
﹁元ウィルキア所属の戦艦だよ。
﹃本当に私たちだけで沈めるなんて、アンタ本当に何者よ⋮﹄
呆けたような吹雪の声と、いつも通りの北上と大井。
!!
﹁艦長、超兵器を沈めたというのに浮かない顔ですね。﹂
﹂
副長が不思議そうな顔で問いかける。
﹂
﹁副長、君は気が付かなかったか
﹁何がです
?
モニターの一つに先ほどまで撮影していたヴィルベルヴィント
?
間で止める
﹁ここを見ろ﹂
ホタカが指差したのは超兵器の艦首部分
副長がそこに視線を固定した
﹁これは⋮ここだけやけに白いですな。まるで新品みたいに⋮﹂
﹂
確かに、ヴィルベルヴィントの艦首部分は他の部分に比べて
新品のような表面をしていた。
﹂
⋮⋮まさか
﹁新品そのものかもしれんぞ
﹁どういうことですか
?
﹂
?
るが⋮﹂
?
﹁不吉なことを言わんで下さい。
艦長﹂
ホタカの言葉にがっくりと肩を落とす
悪い方向へな。﹂
だが、戦場でのこういった勘はよく当たるんだよ
﹁勘、としか言いようがないな。
﹁その自信はどこから来るんですか
﹁何にせよ、奴らはまた来るよ。必ず来る。﹂
られた。
超兵器の脚を奪おうと正面衝突し艦首破壊を目論むこと十分考え
艦首を損傷すれば全速力は出せない。味方を逃がすために
を付けていた 副長の問いにホタカは答えなかったが、内心長門だろうとあたり
﹁あんな巨大艦と正面衝突を考えるような輩がいますかね
﹂
﹁さてな、もしかしたら勇敢な艦が正面衝突した可能性が考えられ
しかし、その他の部分は損傷したことが無いように見えた。
他の重要区画にも大きな損傷を強いることが出来ただろう
なら
副長のいう事ももっともで、艦首にあれだけの損傷を与えられる
﹁しかし、なんで艦首なんか損傷しているのでしょうか
あの艦首部分は、呉鎮守府の3個艦隊と戦った時の傷だろう。﹂
﹁そのまさかだよ。奴はおそらく自己修復機能を持っている
!
?
211
?
厄介事が増えてしまうじゃあないですか。﹂ ﹂
﹁僕も出来ることなら、ヤツラとはもう2度と戦いたくないがね。
何とか防ぐ手立ては無いかな
奴らも元は帝国艦ですし、効くかもしれませんよ
﹁それはいい、朝から晩まで全周波数帯で流すか﹂
﹁もはや新手のテロですね。﹂
ホタカ:小破
ヴィルベルヴィント撃沈
対ヴィルベルヴィント戦
当事者たちだけしか知らない。
全然力の入っていないボディブローをホタカが貰ったのは
そのどさくさに紛れて、涙目の瑞鶴に
口々に迎撃成功を祝われもみくちゃにされた。
出発を目前に控えていた迎撃艦隊と避難準備艦隊の面々に、
トラックへたどり着いた艦隊は、
東の空は少しずつ白み始めていた。
ない。
幾つもの仮説が浮かんでは消えていくが、満足のいく答えは出てこ
る。
副長と会話しながらも、彼の頭の中では超兵器の目的について考え
バカなことを話しながらトラックへと向かう
﹂
﹁ヴァイセンベルガー元帥の撤退勧告を延々と流すのはどうですか
?
山城、大井、北上、不知火、吹雪:損傷皆無 212
?
?
213
﹂
STAGE│11 海狼の牙
﹁納得がいかないわっ
﹁どうどう、落ち着いて﹂
!
︼
今日の朝刊。その1面トップには
︻超兵器、撃沈さる
﹁説明しなさいよと言われましても
私が新聞作ってるわけじゃないですからねぇ⋮﹂
ヤレヤレと肩をすくめる青葉
﹁私はちゃんと記事にしてANW本部へ送りましたよ
戦闘詳報と映像データ付きで。
でもまあ、その情報を受け取って記事にするのは
新聞社の方ですから。﹂
青葉の返答にグヌヌと唸る
﹁瑞鶴さんの気持ちも理解できなくはないですが⋮
当の本人たちが全く気にしてませんしね。﹂
そう言って緑茶を啜る。
﹁でも、ホタカたちが沈めたのに⋮
こんなの横取りもいいとこじゃないの。﹂
唇を尖らせて不快感を隠そうともしない瑞鶴に
こ
こ
後ろから聞き覚えのある声がかかる
﹁中央にはトラック第2鎮守府の戦果を
﹂
?
その隣には、威風堂々たる艦隊の写真が載せられている。
と言った見出しが、ゴシップ調でデカデカと書かれていた
︻呉、佐世保鎮守府合同艦隊大勝利
︼
瑞鶴がバンッと叩きつけるように置いたのは
﹁どういうことか説明しなさいよ青葉
﹂
大声を出した艦娘の持つ物を見て納得し、食事に戻る。
周りにいた数人の艦娘が声の発生源をチラとみるが
ある朝のトラック第2鎮守府の食堂で少女の声が木霊した。
!!
快く思わない連中が居るってことだろう
?
214
!
!
﹂
朝食を乗せた盆を持つホタカだった。
﹁どういう事よ
﹁本土の精鋭部隊の3個艦隊が壊滅して
辺 境 の 1 鎮 守 府 の 1 個 艦 隊 が 損 害 な し で 超 兵 器 を 撃 沈 し て し
まっては
面子が丸つぶれと言う奴さ。﹂
そう言いながら、瑞鶴の背後の机に背中合わせになる様に座る
﹁そりゃ、こっちは本土近海みたいに深海棲艦が攻勢かけてこない
し
﹂
﹂
激戦区ってわけでもないし、練度は高いけど正直本土の精鋭部隊
と比べられれば
見劣りしちゃうけどさ。
ラッキー
そもそもアンタは悔しくないの
﹁いや、まったく。むしろ幸運だ。﹂ 瑞鶴の問いかけを一刀両断する。
命がけで戦ったのに、戦果が横取りされたのよ
彼女が一瞬呆けるのが簡単に想像できた。
﹁⋮⋮なんでよ
﹂
﹁それと、青葉。﹂
﹁何ですか
﹁大井が探し回ってたぞ
たぶん、瑞鶴と同じような理由で﹂
苦笑いする青葉と未だに納得がいかない瑞鶴。
抗議してももみ消されるのがオチなんですよ。﹂
﹁最大の功労者がこう言ってるんで、
た。
理由を語りながらも、その手はしっかりと納豆をかき混ぜてい
戦時中の英雄ほど嫌な役回りは無いよ。﹂
必要以上に英雄視される心配がなくなったのが大きい。
それよりも、超兵器を沈めたことで
﹁提督からは艦隊全員に特別報酬をもらったからな。不満は無い。
?
!?
超兵器に止めを刺したのは重雷装艦の酸素魚雷だが
215
?
?
ホタカの言葉を聞いた瞬間、彼女の顔がサアッと青ざめる
?
?
新聞では戦艦部隊の艦砲射撃と報じられており
大井と北上の名前は無い。
後者はともかく前者は
北上の戦果が報道されていないことにキレても可笑しくない
﹂
と言うより、絶対にキレている。
﹁わ、私もう行きますね
ほどの
﹂
ア
ラー
ト
濃密なプレッシャー。ホタカでさえ冷や汗を流す。
今日は確か瑞鶴さんが開発をするはずですよね
﹁ちょちょちょちょっと開発工廠に。﹂
﹁あら
﹂
?
周囲の空気が鉛ほどの質量を持ったかのような錯覚に飲まれる
﹁何処へ行く気ですか
ニッコリワラッタ大井が居た。
まるで壊れたロボットのように首を回した先には
ジャーナリストとしての直感が緊急警報をガンガン鳴らした。
れる。
若干慌てながら席を立とうとした時、青葉の肩に誰かの手が置か
!
﹂
﹁い、いやあのその、ほ、ほら開発のお手伝いを
﹁開発は一人用ですよ
﹂
!
﹂
﹁アッ、ハイ。﹂ ﹁来なさい。﹂
﹂
手に持っている盆の上の食器にピシリとひびが入る。
だんだん大きくなっていくプレッシャー
﹁あ、あのその⋮﹂
﹁来ていただけますね
何とか回避策を取ろうと考える。
﹁え、えーと⋮﹂
けますか
﹁貴女にはすこーしオハナシしたい事がありますので。来ていただ
青葉の全身からいやな汗が噴き出しはじめる。
?
?
216
?
いきなり話を振られた瑞鶴、それ自体は本当の事なので頷く
?
?
半ば引きずられるように食堂を出ていく彼女に
﹂
一部始終を見ていた全員が見事な敬礼を送る。
﹁ところでさ、傷はもう大丈夫なの
アンタ1発良い奴貰ってなかった
﹂
?
る。
ミサイルの誘爆に備えてね。﹂
なるほどと、合点が言った風の瑞鶴。
﹁ミサイルって考えてみれば魚雷並の爆発物だもんね。
?
?
だ。
そういえば。﹂
僕も妙に思ったから聞いてみたんだよ
﹂
﹁考えてもみろ、戦争終結前後で君らの設計図は失われているはず
ホタカの解答に頭の上に疑問符が浮かぶ
な。﹂
出来ない理屈は無いと言うのがドックの妖精さん達の言い分だ
というよりも、君らが出来るのだから
﹁それは問題ないらしい。
く解っていた。
そうとう高度な技術が使用されていることは、これまでの戦いでよ
ガトリング砲には
3 5 m m C I W S 主 砲 は と も か く、あ れ だ け の 命 中 率 を た た き 出 す 速 射 砲 や
損傷して港に帰ってきたころから彼女の胸に抱いていた疑問だ。
それはそうと、アンタってここのドックで治せるの
﹂
﹁僕のバイタルパートは特殊弾頭VLSよりも内部に設置されてい
確かに舷側には大穴が空いた。
う。
彼女の言う良い奴とは、特殊弾頭VLSが破壊された一激だろ
﹁え
﹁体の傷は問題ない。主要な装甲板には損傷はなかったからな﹂
先に食事を終えて、食器を返してきたらしい。
半分ほど朝食を取った時、隣の席に瑞鶴が移動してくる
?
それなのに、どうして完璧に修理できているんだ
﹁あ
﹁妙だろう
?
217
?
!
﹂
妖精さんも完璧に解っているわけじゃないから、真実とは言えな
いかもしれないが。﹂
一度お茶を飲んで間をあけた。
﹂
と言う風に返す
﹁瑞鶴、僕らには軍艦としての記憶があるだろう
﹁もちろん、それが艦娘でしょ
何を当たり前のことを言っている
?
﹁モノの記憶
形状記憶合金みたいなやつ
﹂
﹁妖精さんはそう言ったモノの記憶を頼りに修復していくんだ。﹂
?
?
憶もある
一体何を搭載しているのか
?
そういった記憶だ。﹂
?
よ
﹂
﹁でも、アタシ対空機銃の作動原理や部品なんて詳しく知らないわ
どのような構造をしているのか
どのような部品から構成されているのか
ムなのか
一体どのようなシステム、メカニズ
﹁軍艦の記憶には戦闘の記憶の他にも、軍艦自身の身体に対する記
いや、違う。と否定する。 ?
しかし、ホタカは全く動じなかった。
﹁それが当たり前だ。
例えば、君が転んで膝を擦りむいたとする。
君は膝がどのように治るのか説明できるか
概略じゃなく、どんなタンパク質が
どのように組み合わさるか
そのレベルで。﹂ 無茶苦茶な質問に呆れたような顔をする。
﹁出来るわけないじゃない。
しかし、時がたてば軽い怪我は治る、自動的に元通りに。
﹁そうだ。僕らは自分の肉体の事を完璧には理解していない
よ。﹂
と言うより、医者でも完璧に答えられる人が居るのか怪しいわ
?
218
?
?
?
不思議そうというより不審そうな金色の瞳
?
設計図
設
計
図
それは細胞の中にあるDNAが大きくかかわっている。
﹂
けれども、僕らはそれの中身をよく知らないんだよ。﹂
﹁それが、アタシたちの修理とどんな関係があるの
﹁重要なのは、僕らが完璧に自分の設計図を理解してなくても
修復は滞りなく行われることにある。
話を戻すと、僕らの艦体には設計図が刻まれている、僕らには知
覚できないがね。
けれども、無機物である艦体には如何する事も出来ない。
設計図
設計図は有れども自己修復するためのシステムがないんだよ。
そこで妖精さんが出てくる。
栄
養
妖精さんは修復ヶ所の近くで艦の情報を読み込んで
設計図
必要な鋼材や燃料を調達する。
その後、情報通りに直していくんだが
その部分の詳しい所は教えてもらえなかった。
つまるところ、僕らの艦体は外部の手を借りるしか
自 己 を 修 復 す る 手 立 て の 無 い 金 属 生 命 体 と 言 え る か も し れ な
い。﹂
ホタカの推測に微妙な顔になる瑞鶴。
﹁なーんか情けない話ね。他人の助けなしじゃ小さな傷も治せない
なんて。﹂
彼女らしい答えに、少し苦笑する。 ﹁そういうなよ。僕らは元々兵器、つまり道具だ。
それを使い、整備する者が居ることが当たり前なんだから。
もっとも⋮﹂
﹂
││││││ヤツラみたいな単独兵器は例外だが⋮
﹁もっとも、何よ
﹁まあそういう事だから、僕の艦体について修理は可能だよ
﹂
ドックの妖精さんにもお墨付きをもらった、が。﹂
﹁が
219
?
何でもない。と、不思議そうな2つの瞳から目をそらす。
?
﹁鎮守府の備蓄資材が心配だがな。﹂
?
さっきお茶を飲んだはずなのに、乾いた笑いが漏れた。
そのころ提督執務室では
﹂
真津提督が1枚の書類を前に固まっていた。
﹂
﹁あのー。ドック妖精さん
﹁なにか
﹂
?
憐憫の眼差しが逆に提督の心を無慈悲に抉る。
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
それが可能な人物はただ一人、加賀だ。
その時、肩に手が置かれる。
た。
見積もりも見ずに入渠を申請した自分を罵倒するが、意味は無かっ
心の中で昨日﹁小破ぐらいなら﹂と軽い気持ちで
││││││昨日の俺のバカ野郎。
今から引き出すことは出来ませんぜ。﹂
﹁ああ、もう入居させちまいましたから。
﹁ドック入りのキャンセルは⋮﹂
ダラダラと汗が頬を伝う
と言うか、ホタカが大破した時のことは考えたくなかった。
そこらの戦艦が大破した時よりもひどい
所要時間 1日 燃料 600単位
必要資材 鋼材 800単位
対象艦 ホタカ
︻修理資材見積もり︼
手元の書類には以下のような事が書かれていた。
﹁修復資材の量が⋮可笑しくないですかね
目の前の鉢巻を巻いた妖精さんにぎこちなく声をかける
?
最強クラスの戦闘能力との等価交換と言えば恰好がつくかもしれ
220
?
ないが
現実はシャレになっていなかった。
その後、珍しく鎮守府の第2から第4艦隊の全艦隊が
遠征任務に就いたのは言うまでもない。
﹁ふあぁぁ⋮﹂
太平洋を南下する一群の船団。
﹂
10隻の大型輸送艦の内の1隻の艦橋で一人の男が大きな欠伸を
した
﹁寝不足か
﹁いや、退屈なだけだよ。﹂
出港して数日たつが非常に平穏な航海が続いている
﹁いいじゃないか、深海の奴らも出てこない静かな海だ。﹂
﹂
﹁そうだな。護衛艦も居るし潜水艦の1隻や2隻どうと言うことは
無い。﹂
﹁それはそうと、トラックに付いた時の事覚えてるな
同僚の言葉に欠伸をした男は不機嫌そうな顔になる
ああ、わかってる。と返事もぶっきらぼうになった。
ちらりと時計を見る。交代まではまだまだ時間があった。
う。
おそらく船団と逆の左舷側に移動して潜水艦を探しているのだろ
艦橋には艦娘の姿は見えない。
自分の艦は前方から4番目、左舷側に駆逐艦が見える。
護衛艦である駆逐艦はその前後に1隻、側面に2隻ずつの計6隻。
輸送艦は2列の複縦陣を成し、
外の様子をうかがうことは簡単だった。
既に日は落ちていたが、忌々しい事に満月が光り輝いていたため
同僚のニヤニヤした視線から気をそらすために周りを見る。
していたからだ。
出港直後に花札で負けてトラックで酒をおごらされることが確定
?
一つため息を付いた瞬間、右舷を航行していた輸送艦の向こう側
221
?
に
轟音と共に巨大な水柱が2本吹き上がる。
││││││敵襲
と気づいた瞬間に手遅れだと悟る。
見れば、右斜め前方を走る2隻の輸送艦にも
同じような水柱が吹き上がっていた。
装甲など皆無な輸送艦にとって魚雷は1発でも致命傷になる。
最初に被雷した右の輸送艦は急激に速度を落とし船団から脱落す
る。
左舷を航行していた駆逐艦が速度を上げて対潜作戦に移ろうと
するも
その前に左舷に2本の魚雷が突き刺さり、当たり所が悪かったのか
2つに折れて一瞬で轟沈した。
呆然として轟沈した駆逐艦の残骸に目を取られると
か﹂
その下を何かが走っているのを見つけてしまう
﹁左舷雷跡2
耳をつんざく轟音と退艦したことのない衝撃に、体が吹き飛び艦橋
の壁に叩きつけられる
肺の中の空気を強制的に排出させられて気が遠くなるが何とか持
ちこたえる 船体の鋼鉄が捩じ切れる嫌な音が鼓膜に届き、直感的にこの艦はも
うダメだと理解する。
脱出のために体を起こそうとするが、
それより先にこの輸送艦に積まれている大量の燃料に火が回り
艦橋の窓が朱に染められる。その光景が彼が見た最後の光景だっ
た。
1隻の輸送艦が盛大な爆炎を上げて轟沈する。
そのすぐ横で、魚雷を1発受けて航行不能に陥っていた駆逐艦に火
のついた燃料が降りかかり
甲板上で火災が発生する。すぐに消火活動に移ろうとするが、直後
222
!
回避。と叫ぶことは出来なかった。
!
魚雷が熱によって炸裂する。
26隻も居た輸送船団は2時間もしないうちに文字通り殲滅され
た
生存者は、0。
﹁まーた、やられたのかぁ⋮﹂
﹂
自分の後ろでため息を付いたポニーテールの女性に振り向く
﹁なにがやられたんだ
﹁こっちに来る輸送船だよ。これで2回目
深海棲艦が潜水艦を大量に投入して
通商破壊に力入れているみたいでさぁ。﹂
うんざりした様子で新聞を捲る伊勢。
﹁だから瑞雲や陸攻、大艇まで飛ばして潜水艦狩りやっているんだ
ろうが。﹂
現在トラック基地は本土からの補給部隊が何度も襲撃を受けた
ため 血眼で潜水艦狩りに勤しんでいる。
そこで威力を発揮したのが、ホタカの開発した瑞雲や
長距離を飛べる陸上攻撃機、大型飛行艇だった。
とはいえ10隻以上撃沈しても被害は収まらなかった。
それゆえ、ホタカが開発を行おうとしている
提督から言い渡された回数は15回。
﹂
資材に余裕があるのか非常に微妙なところだが、自分が考えること
ではないと開き直る。
﹁ところで伊勢、ブラックホークの調子はどうだ
﹁日向の話では良い動きしてるみたいだよ。
爆撃してるみたい。﹂
増槽の代わりに対潜爆弾担がせたら目視で見つけて
?
223
?
﹂
﹁そうか。前々から気になっていたが
どうして君がここに居る
﹂
重々しい駆動音が鳴り響き、
数十秒後、鉄製の扉がゆっくり開かれていく
箱型の砲塔に収められた小型の4本の砲身。
﹁ガトリング砲
ホタカの奴みたいに白い帽子かぶってないけど⋮﹂
伊勢が近くまで行ってペタペタ触る
大きさは14cm単装砲よりも一回り小さい。
砲身の口径はさらに小さかった。
﹁40mmガトリング砲か、対空戦闘なら
ボフォース40mm機関砲よりも数段上だし。
﹂
小型船舶なら文字通りハチの巣にできるが。﹂
﹁なんか問題あるの
射界も広くない。急降下爆撃機相手には少々不安が残るかな
ガトリング砲の周りをぐるりと見まわった伊勢がふと気づく
﹂
使えるんじゃないのか
﹁これってさ、アタシらにも使えるの
﹁どうだろうな
?
電源の入っていないモニターがあった。
中には人一人座れる程度の座席と幾つかの計器類
伊勢が見つけたのはガトリング砲後部のハッチ
﹁あ、ここから入れる。﹂
たぶん大丈夫だろう。﹂ 僕らの世界では中に人が入って操作していたが
?
﹂
と解りやすく反応する伊勢にため息しか出なかった。
﹁訓練さぼったな
﹁いやーちょっと見学を⋮﹂
ホタカの問いに彼女は若干目をそらす
開発を行うには一人で十分であり、別の艦娘は必要ない
?
気を取り直してやたらでかいレバーを倒す。
ギクリ
?
﹁見てのように砲塔が大きくて
?
224
?
?
?
!
﹂
試しに座ってみる。艤装はつけていないのですんなり座席に収ま
ることが出来た。
﹁このモニターで外の様子見るの
﹁ああ、右手の方向にスティックがあるだろ
それで砲の旋回角、俯仰角、発射を管制する。﹂
﹁こ こ の 電 源 は 艦 か ら 持 っ て く る の か ⋮ 妖 精 さ ん に 頼 め ば 配 線 も
やってくれそうね。﹂
﹁君らに41cm砲を乗せてしまうんだから大丈夫だろう。
さて、降りた降りた。コイツを運びださないと次が作れないよ。﹂
﹂
40mmガトリング砲を扉の内側から外へ出し、とりあえず横に
置いておく
﹁ってかさ、今日は対潜兵器作るために来たんだよね
﹁そうだ。つまりこれは失敗だな。﹂
﹁高性能なのはわかるんだけどねぇ⋮﹂
﹁ロクマルかも│││ン
﹂
﹁さて、気を取り直してもう一回だ。﹂
かった。
理不尽な評価を受けるガトリング砲はウンともスンとも言えな
?
その名は⋮
﹁って九七艦攻じゃん。﹂
﹁九七艦攻だな。﹂
非常にありふれた機体だった。思わず顔を見合わせて苦笑いす
る
﹁まあ、運ゲーだし。対潜任務にも使えるからいいっしょ﹂
﹁⋮次行こう﹂
次に出てきたのはまたも多銃身機関砲。
しかし、さっきよりも大きかった
﹁次は57mmガトリング砲か⋮﹂
225
?
?
緑色の機体、大きな主翼、長めのキャノピー
扉の中から出てきたのは、
﹁絶対それ目当てだろ⋮﹂
!
﹁ちょい待ち。57mmってさ
﹂
九七式中戦車の主砲と同じぐらいじゃなかったっけ
タラりと冷や汗を流す伊勢。
﹁まあ、そうだが⋮それがどうかしたか
﹁いや⋮何でもない。﹂
﹂
?
﹂
﹁おー12cm30連装噴進砲じゃん
やっぱいいなぁ﹂
次に現れたのは、先の戦闘でホタカに向けて使われたものだった
﹁まあアタリってことで。次行ってみよー﹂
﹁対潜哨戒も、できなくはないかな
見慣れた複葉機に思わずほっとする。
次に出てきたのは零式水観。
そんな彼女の思いを置いてけぼりにして開発は続く。
││││││陸軍が知ったら発狂しそうだなぁ⋮
一昔前の戦車砲弾をバラ撒く多銃身機関砲。
?
﹁次
﹂
ありていに言って外れだ。
だが、今回欲しいのは対空兵装では無く対潜兵装。
自分にも積まれているからか若干テンションの上がる伊勢。
!
﹂
﹁ハズレだね﹂
﹁次
九七艦攻
﹂
﹁おおう、2機目﹂
﹁次
対潜爆雷
﹁おっラッキー対潜爆雷
でも九四式かぁ⋮﹂
無いよりマシだ。次
﹁ないよりましって⋮﹂
﹂
アスロックを持っているホタカにとって対潜爆雷程度では
!
226
?
﹁噴進爆雷砲が出ればよかったんだが⋮まあ仕方ない。
!
50口径12.7cm連装高角砲
!
!
!
﹂
対潜兵器として十分とは言いたくなかった。
次に出てきたのは⋮
﹁えーと57mm単装砲
﹂
九七式艦上攻撃機
2、零式水上観測機
2
40mmガトリング砲、57mmガトリング砲
10回経過時点で彼らの戦果は
﹁まあ、当たりか。﹂
﹁零式水観2機めー。﹂
次に出てきたのは
57mmガトリング砲の下位互換と言った雰囲気が強かった。
いくら射程が長いとはいえ、
﹁ですよねー﹂
﹁57mmならガトリング砲を乗せるな﹂
﹁しかし
しかも、砲塔は完全無人化されている。しかし⋮﹂
﹁正確には57mm単装速射砲だな。ガトリングよりも射程が長い
砲身の内径は、先ほどのガトリング砲とほぼ同じぐらいだった。
伊勢の言う通り、丸みを帯びた砲塔から突き出た
?
×
対潜任務に使えるのは3種類5つの兵器
確率は50パーセントだった。
膨大な中から引き当てているとすれば
物欲センサーは働いていないらしい。
﹁残り5回か、シーホークぐらいでないかな
﹁何さ、それ﹂
?
まるみを帯びたシールドに守られた1点を除いて普通の高角砲。
すると見覚えのある連装高角砲が出てくる。
11回目のレバーを引く。
何それ強そう、早く出せ。と目で訴えてくる伊勢を無視して
﹁ブラックホークの対潜使用だ。﹂
﹂
50口径12,7cm連装高角砲、12cm30連装噴進砲
対潜爆雷︵九四式爆雷投射機︶、57mm速射砲
×
227
?
﹁って長っ
﹂
﹂
伊勢の幻覚だろうか
﹁次
﹁でかっ
そして長っ
﹂
巨大な扉があいた先には巨大な連装砲塔が鎮座していた。
?
何故か砲塔部分が煤けているように見えたのは
バッサリ切り捨てるホタカ。
﹁65口径10,0cm連装高角砲か。だが対潜には無意味だ﹂
6mはくだらないだろう砲身が据え付けられていた。
隠れている部分を勘定すれば
小さな砲塔に見合わず、
彼女が驚くのも無理はない
!
!
だが
今欲しいのは対潜兵装なんだよなぁ⋮﹂
アタリでしょ
これ
アタリに決まってる
!
ホタカは冷めた目で巨砲を見る。
﹁いや
!
﹁なにこれ
﹂
対空ロケット
﹁いや、対潜ロケットだ。﹂
﹁え〟
﹂
イギリスのヘッジホッグは知っているだろう
﹁たしかマウストラップと言う奴だな。
理解不能と言った顔をする伊勢。
対潜用の噴進弾と言う聞き覚えの無い用語に
?
﹁じゃあ
﹂
まあ、連射が効くと言うことだ。﹂
こいつはその後継機で装填が簡単になっている
?
?
4本の噴進砲弾らしきものが載った射出機だった。
出てきたのは斜めの発射台に
はしゃぐ彼女を黙らせてからレバーを引いた。
﹁主砲が出てうれしいのは理解できるが落ち着け。﹂
!
?
﹂
!
﹁55口径41cm連装砲か⋮対艦攻撃力なら長門の主砲以上の筈
!
?
228
!
﹁アタリだな、こいつは使える。
本音を言えば新型対潜ロケットが欲しかったが。﹂
若干不満げな顔で、
﹂
﹂
目の前を運ばれていく対潜ロケットをホタカは見送った。
﹁次
61㎝4連装酸素魚雷
﹂
﹁これ自体はいいものだけど。対潜には⋮ねぇ
﹁次
﹂
最後のレバーを引く。いい加減疲れてきたのが本音だった。
本日3機目の零式水上観測機が出てくる。
これにて任務完了だ。
﹁あーあ、結局ロクマルは無しかぁ﹂
残念そうな表情をする伊勢
運なんだから。
ヘリコプターは今回開発できなかった。
﹁仕方ないだろう
さて⋮今回使えそうなのは﹂
﹁九七艦攻2機に、零式水観3機
九四式爆雷投射機に対潜ロケットってとこ
勝率約47%。よくやった方だろう。
﹂
﹁他にも主砲が出来たが⋮一基だけじゃなぁ﹂
﹁1基あれば十分じゃないの
﹂
﹁え
?
?
?
いったん深呼吸して落ち着く。
﹁なあ、伊勢。なんで1基あれば十分なんだ
﹁うーん詳しいことは解ってないんだけどね
?
ドックの中で﹂
?
搭載させたい装備を選び妖精さんに伝える
艦娘を改装する時は、艦体をドックに入れ
伊勢の説明を纏めると次のようになった。
妖精さん達が複製してるらしいよ
﹂
思わず顔を見合わせる。何やら考え方の相違がありそうだ。
﹂
﹁え
?
229
?
!
!
?
その後、妖精さんは倉庫から装備を取り出し
要望通りに取り付けるのだが、
この時、倉庫にある装備の数と艦娘に取り付けたい同種の装備の数
は
倉庫にそれが1つ以上あればイコールでなくてよい。
つまり、伊勢改に35,6cm連装砲の代わりに41cm連装砲を
取り付ける場合
41cm連装砲の実物は4基絶対に必要と言うわけではなく1基
あれば4つの41cm砲を取り付けられる。
原理は不明だがドック内でコピーしているらしい。
しかし、コピー品はオリジナルに及ばず41cm砲を1基使用し
た場合と、
4基まるごと使用した場合では攻撃力や細かい部分が劣る。
これはその他の兵装にも言えることだ。
とはいえ、艦娘が十全に能力を使える兵器の数は限られており
重要なもの2つから4つを優先的に管制できるようにしている。
それは海軍用語でスロットと言われる。
スロットに設定された兵器は、設定されていない兵器よりも
艦娘への情報伝達の優先度と操作に対する順応性が高い。
いくら艦娘とはいえ一度に管制できる兵器の数は限られるため、
こういった措置が取られている。
ホタカ
そのほかの火器はある程度自動で働くが十全の実力は発揮できな
い。
自分の全ての兵器を同率で自由自在に扱える戦艦が居るが
彼の場合は、管制の一部を高性能電算機に肩代わりさせているため
可能にしている。
ある種の例外、規格外的存在だ。
このスロットと言う概念は艦娘が円滑に火器管制を行う上で必
要であり
普通は主砲、魚雷、副砲、対空機銃などをバランスよく設定するが
極端な火力が欲しいときは、オリジナルの主砲を4つのスロットに
230
配備することで
規格外の火力をたたき出すことが出来る。
その分、対空性能やその他の性能が犠牲になる諸刃の剣だが⋮
﹁まあ、こんなとこ。だから主砲は1基でも問題なーし。﹂
﹁何というか⋮妖精さん様様だな。﹂
気づけば既に執務室の前、伊勢と別れて提督に開発の結果を見せ
る。
対潜ロケットの説明に時間を取られてしまったが、
有効性は理解したようで活用してくれそうだ。
﹂
﹁そういえばホタカの主砲は41cm50口径連装砲だよな
変えるか
﹁いえ、結構です。見てくれは50口径ですが、
威力、射程は75口径相当なので。では、失礼します﹂
爆弾発言を残して執務室を出る。
ドアが閉まりきる直前に見た提督の顔は、
自分に乗せられた対潜ロケットを
﹁で、それがコレと言うことですね
﹂
規格外の物を見てしまった時にするようなひきつった笑顔だった。
?
﹂
?
﹂
補給拠点の護衛艦の数が足りないから直接取りに来いとのこと
﹁ならいいんだ。明日0500に出航し、輸送船団の護衛を頼む
胸を張る妖精さんを一瞥して問題無しと考える。
対潜ロケットの先端で
妖精さん達も問題ないそうです。﹂
﹁説明書はばっちり頭に入ってますし、
﹁まあ、そういう事だ。説明書は読んだか
そのため、提督からこの話を聞いた瞬間に食いつき今に至る。 実験艦と言う側面が強かった彼女は新兵器に目が無い
ペシペシ叩きながらまとめるのは夕張だ。
?
いっぱいデータ取ってきますね
!
だ。﹂
﹁了解しました
!
231
?
その後、見つけた潜水艦を一撃の下、葬り去り続けた夕張は
味方の陸上攻撃機や大型飛行艇の力も借り
無事にトラックまでの輸送船団を護衛を成功させる。
これにより、トラック鎮守府は一息つくことが出来たが、
深 海 棲 艦 の 潜 水 艦 に よ る 通 商 破 壊 戦 に よ る 被 害 は 未 だ に 絶 え な
かった。
そんな時、トラックにある情報がもたらされる
232
STAGE│12 海狼の巣
﹁潜水艦基地か⋮﹂
﹂
真津提督が執務机に、読んでいた書類を置く。
﹁この情報は信用できるのか
いかな
﹁潜水艦基地襲撃についてはタウイタウイ鎮守府でやってもらえな
予算と人手不足と言う、お寒い事情によるものだった。
何故この環礁が放置されているのかと言えば
ウルシ│環礁だった。
太平洋戦争末期、アメリカ海軍が艦隊泊地として利用していた
そこは、パラオ鎮守府とトラック鎮守府の間に存在する環礁
提督が、書類に添付された地図を指示した。
戦線の内側に基地を作られてるんだから。﹂
ろう
﹁とはいってもな。これが本当なら大問題どころの騒ぎじゃないだ
この位置で間違いないとのことです。﹂
﹁はい、敵潜水艦による襲撃頻度から予測した結果
?
戦力は無い。
所属艦隊が南方戦線の予備戦力的な立ち位置のタウイタウイ鎮
守府なら
十分な戦力を送り込めるはずだ。﹂
﹁それが出来るならトラックへ話を持ってきたりはしませんよ。﹂
ヤレヤレと通信将校が肩をすくめた。
﹁先の超兵器戦で損耗した本土防衛能力の補填のための主力艦が、
今も続いている通商破壊戦のために護衛艦が、
インド洋方面の艦隊から引き抜かれて居るため
その補充にタウイタウイの部隊が当てられてるんで。
件の鎮守府には鎮守府防衛に必要最小限な部隊しかないのです
よ。
233
?
一応こちらは最前線だ、戦線内部の敵泊地襲撃に割くほどの予備
?
建造は行ってるんですが、
﹂
高い練度の艦娘を揃えるには資材と油と時間が必要なんですよ。
﹂
それに、トラックには噂の戦艦が居るでしょう
﹁ホタカの事か
るようですが
対潜性能に関しては未知数です。﹂
﹁潜水艦隊基地近くなら、敵潜と遭遇する確率は高くなる。
大本営は潜水艦基地襲撃にホタカを当てて
その能力を確認するついでに目障りな基地を潰したい⋮と
﹂
﹁そういう考えで間違っていないかと思われます。﹂
﹁拒否は、出来ないんだな
﹁要請では無く、命令ですので。
細かい所は追って連絡します、それでは。﹂
?
﹁大本営が許さない⋮と
﹂
﹁それが出来ればいいのだが⋮﹂
今まで黙っていた加賀が、常識的な案を出す
艦載機で基地を破壊するのが適当ではないかしら
﹂
空母と軽巡、駆逐艦を付けて、潜水艦の脅威を排除しつつ。
﹁潜水艦基地襲撃ですか。ホタカを旗艦に
一つため息を付いてすっかり冷めてしまったお茶を一口飲む。
敬礼し、通信将校は去っていった。
﹂
﹁そうです。あの艦は類稀な対空および対水上戦闘能力を持ってい
いた。
ああ、そんな名前でしたね。と思い出したように目の前の男は呟
?
ダメもとで聞いてみるが、目の前の男は首を横に振る
?
?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
その問いには答えず、忌々しそうに自分の頭を掻いた。
?
234
?
戦況は圧倒的に不利だった。
味方は既に壊滅し、同数が敵に寝返っている。
今も、司令部と最強クラスの戦力。どちらを殺すかと言う最悪の二
者択一を迫られている
睨みつけていても戦況が好転することは無いので
仕方なく司令部を逃がし、味方を見殺しにする。
これで此方の機動戦力は0。
一矢報いようと、敵陣奥深くに部隊を送り込むが、鮮やかに対処
された。
それならばと、今度は防御を固める。
相手の進撃を待ち受けて手痛い一撃を加えたのち
攻勢に転じる。
そんな考えを見抜かれたのか、防御を固め切る前に相手の部隊が
自陣に雪崩込んだ。必死に体勢を立て直そうとするがもう遅い。
﹂
235
使える駒を失い、完璧に包囲された。
万事休す、打つ手無し、勝敗は決した。
﹁くっ⋮参りました⋮﹂
頭を下げて降伏宣言。
これで1勝2敗。自分の負けだった。
﹁割と手こずったな、今回は。﹂
﹁アンタ、本当に将棋指すの初めてなの
なんでこんなに強いのよ。﹂
﹁げっ⋮覚えてた。﹂
﹁さて、約束は約束だ。何を頼もうかな
この時間では誰も居ない食堂の机で指していた。
ちょうど非番だったホタカを捕まえてルールを教え
のが、事の始まりだった。
部屋の掃除をしていたら誰のかわからない将棋盤と駒を見つけた
つくづく規格外な奴だと一つため息を付く。
﹁将棋は初めてだ。ウィルキアではチェスが主流だったからな。﹂
瑞鶴のジト目を無視して、横に置いてあったお茶を飲む。
?
?
ニタリと人の悪い笑みを浮かべるホタカ。
実はもしホタカが勝ったら、一つ頼みを聞く。と言う賭けをしてい
た。
言い出しっぺはホタカ、彼女は超初心者に負けるはずがないとタカ
をくくり
その賭けに乗った。
初めの対決では瑞鶴の圧勝だったが、続く第2戦3戦は連敗。
完全に相手の能力を見誤っていた。
目の前で考えをめぐらす眼鏡の青年を最後の足掻きとばかりに
睨む。
﹁初めに言っとくけど。人に言えないようなことは無しね。﹂
﹁当たり前だ。僕はそこまで鬼畜じゃないよ。﹂
人の悪そうな笑みを浮かべていた顔が、若干不愉快そうな顔にな
﹂
236
る。
﹁うっ、そう来たか。あんまりたいしたものは作れないよ
提督が了承したのが理由である。
望を
料理の材料が何故あるかと言えば、個人的に料理がしたい艦娘の要
いた。
いまだに潤沢で、嗜好品や日用品はもちろん料理の材料すら売って
により
補給拠点の1つであるトラックへの食料品の補給は、夕張らの活躍
鎮守府内の酒保まで行き、材料を購入。
立つ。
大丈夫だ、問題ない。と言い放つ彼に若干呆れた目を向けて席を
?
彼がそんなことを要求するはずがないことは確信していたが、
﹂
パラオでの経験から、思わず口に出た予防線だった。
少し、自己嫌悪に陥る。
まあ、出来るけど。﹂
﹁そうだ、瑞鶴。君料理できるか
﹁え
?
﹁それでは、何かしら作ってもらおうかな。﹂
?
食堂まで戻ってきて調理を開始する。とはいってもそこまで手
の込んだものではない。
数十分後、飴色の醤油ダレの掛かったみたらし団子が皿に乗ってい
た。
一つ取って食べてみる。甘めのタレがモチモチした団子によく
合う。
ふと前を見ると、少し緊張した様子の瑞鶴。
﹁うん、美味しい。料理上手いな。﹂
﹁これ位なら誰でも作れるわ。それこそアンタでも。﹂
一瞬ホッとしたような表情をしたが、すぐに何時もの顔に戻る。
自分も串を取って一口食べる。
﹁僕が作ってもこの味は出せないよ。﹂
他意は無いだろうその言葉に、何故か気恥ずかしくなりソッポを
向いた。
﹂
?
﹂
?
237
他愛のない話をしながら食べていく。
10本ほどあった団子が無くなるのに時間はかからなかった。
﹁御馳走様、良い物が食べられたよ。﹂
﹁はいはい、煽てても何も出ないよ。﹂
煽てているわけではないのだが。と言うホタカの言葉を無視し
て食器を手に取る。
その時、彼女の頬が若干紅くなっているのは見なかったことにし
た。
藪をつついて艦爆が飛んできたらシャレにならない。
﹂
﹁そう言えば、昨日も開発してたみたいだけど。何か面白いのでき
た
﹁私が何か
﹁やめてよ、加賀さんじゃあるまいし。﹂
速射砲ぐらいなら君にも積めるんじゃないか
﹁7連装61㎝魚雷、噴進爆雷砲、76mm速射砲だな、
ない
昨日の開発は日々のノルマであるため3回しか開発を行ってい
?
洗い物に視線を向けていた彼女は加賀が食堂に入ってくるのを
知ることは出来なかった。いきなりの登場に肩がビクリと跳ねる。
﹁ゲッ⋮加賀、さん。﹂
﹁⋮まあ、いいわ。ホタカ、提督が呼んでいます。﹂
﹁解った。じゃあな、瑞鶴。﹂
ヒラヒラと手を振って食堂を出ていくホタカ。
﹁ウルシ│環礁に深海棲艦潜水艦基地ですか。
﹂
よくもまあ、こんなところに基地を作られましたね。﹂
パラパラと資料を捲って皮肉げに感想を述べる。
﹁元々パラオ鎮守府が管轄だからな。
あの男では碌に見張りもつけていなかったのだろう
初めて聞いた情報に、ため息を付いた。
﹁ハァ⋮真面目な馬鹿は死んでも厄介事を残すとは言いますが、
救いようのない愚か者は死ぬ前から厄介事を用意するんですね。
﹂
ところで、僕が呼ばれたのはこの基地を畳んで来いと言うことで
すか
﹂
﹁大本営からの命令では、単艦で対処させろと言うことだ。
しかも、お前を名指しで指名しているが⋮可能か
ア
モ
フュエル
﹁すまないな、ホタカには無理をさせてばっかりだ。﹂
ますよ。﹂
基地機能と停泊している潜水艦隊、補給艦丸ごと吹き飛ばしてき
命令と弾薬と燃料を貰えれば
オーダー
﹁規模によります、が十分な補給をいただければ恐らく可能です。
ない。
予 感 的 中。商 品 は 敵 艦 隊 基 地 へ の 単 艦 突 撃。嬉 し く も な ん と も
?
238
?
こういう時は碌でもない条件がセットにされていることが多い。
ホタカの頭の中の警戒警報がけたたましく鳴る。
そんな提督の歯切れの悪い答えに違和感。
﹁まあ、そんなところだ。﹂
ホタカの元上官侮辱にも全く反応しない。
?
心の底から申し訳なさそうな顔をする提督。
この男も、部下をただ一隻で敵地へ突っ込ませるなんて言う
非常識極まりない命令を出すことを強要される理不尽を味わって
いる。
立場は違えど、上からの理不尽な命令と言う点ではこの二人は共
通していた。
﹁僕がやれば他の艦へ損害を出すことは無い上に
通商破壊戦に一応の終止符が打てるかもしれません。
戦果を期待してください。﹂
﹂
﹁解った。弾薬コンテナも燃料もありったけ乗せておく。
明日の08:00に出港してくれ。﹂
敬礼をして退室する。
﹂
﹁ところで、提督。﹂
﹁何かな
﹁燃料はともかく弾薬の貯蔵は十分ですか
加賀の問いに冷や汗を流す他なかった。
││││││出来るだけ弾薬を節約するように言った方が良かっ
たかな
時刻は夕食時、ホタカの話を聞いて
﹂
アンタはその任務を受けた⋮と﹂
目の前の人物は目じりをヒクヒク痙攣させた。
﹁で
﹁そうだが
?
﹂
目の前に座っている瑞鶴が机に手をついて思わず立ち上がった。
と振り向く艦娘も大勢いる。
その時に机に叩きつけられた手の衝撃で、料理の乗った小鉢がガ
チャガチャと音を立てる
彼女の突然の大声に、何事か
﹁ず、瑞鶴さん。食事中なんですけど⋮﹂
!?
239
?
?
﹁バッッッッッッッッッッッッッカじゃないの
!!!!????
?
?
何
アンタ大本営に何やった
吹雪の注意は届いていない。と言うか声量から言えばもはや独
り言レベルだった。
﹁命令だからな。拒否権は無いよ。﹂
﹁それにしても可笑しいでしょうが
のよ
知りすぎちゃったの
﹂
﹂
﹂
?
自分ではない。
では、どうして
ならば⋮何故だろう
に思えてしまう。
仲間として心配した⋮と言うには過剰反応の様
冷静に考えれば少々異常だ。彼の言う通り敵基地に突っ込むのは
ているが
ホタカの返しに瑞鶴は言葉に詰まった。先ほどから自然に怒っ
﹁うっ⋮﹂
君が突っ込めと言われているわけではないだろう
﹁僕としてはどうして君がそこまで怒っているのか疑問だがな。
﹁何でアンタはそんなに落ち着いてられるのよ
落ち着き払ってヒジキの煮物を口に運ぶ。
﹁いいから落ち着け。行儀悪いぞ。﹂
それで合法的に始末されそうになってるわけ
なんかやばい書類にでも手を出したの
!!
い⋮たぶん﹂
﹁何度も言うが、大本営に悪感情を抱かれるようなことはやってな
食堂を出て自室に向かう道中、未だに瑞鶴が横にいた。
初雪の静かな忠告に乾いた笑いしか出なかった。
﹁⋮さわらぬ空母に祟りなし、⋮⋮ことなかれ主義万歳。﹂
すると服の裾を引っ張られる感覚。
この様子では自分の想いに気づくのもまだまだ先のように思える。
ことは確実と考えていたが。
吹雪としては、横にいる正規空母が彼の事を憎からず思っている
││││││なんで素直なれないかなこの人は⋮
自分の横で急に黙ってしまった瑞鶴を横目で見て吹雪は思う
?
?
240
!?
!
!?
?
!?
!!
﹁たぶんって何よ
どの口かしら
﹂
﹂
と怒りの感情を露わにする彼女に
たぶんって
﹂
﹁さてね、4番VLSハッチじゃないか
﹁ばか。﹂
﹂
﹁アイツを始末した時に、至近距離で潜水艦見つけて慌ててたのは
ちが撃ち込んでやる。﹂
﹁大丈夫だ、僕は君らよりも遥かに耳が良い。魚雷を撃つ前にこっ
自分の姉をここまで慕う彼女であれば、この嫌悪も頷ける。
よって沈んだ。
1944年6月19日、航空母艦翔鶴は米潜水艦カバラの雷撃に
す。
そういえばそうだった。ホタカは以前読んだ本の内容を思い出
翔鶴姉も⋮潜水艦にやられちゃったし。﹂
﹁ええ、大嫌い。パラオでも痛いの貰ったし。
﹁潜水艦は嫌いか
勢の良さは欠片もなかった。
なんでよりによって潜水艦なのよ。本当に小さな声、今までの威
﹁もしそうなら、なおさら性質悪いわ。それに⋮﹂
ぐらいだよ。﹂
﹁心当たりがあるとすれば、空気を読まずに超兵器をつぶしたこと
このまま口に出すわけにも行かないので心の中に埋めておく。
猫みたいだな。と場違いな感想が頭に浮かんだ。
キシャァァァァァ
!
ふと気づくと、自分の部屋の前。結構な時間話していたらしい。
﹁では、お休み。帰ってくるのは順調にいけば数日中だろう。﹂
⋮⋮⋮ククッ、ああ将棋か。﹂
﹁絶対戻ってきてよ。⋮その、負けっぱなしじゃ気分悪いし。﹂
﹁
無事に戻ってくる事
恥ずかしいのか頬を染める彼女に悪いと謝る。
﹁と・に・か・く
!
241
!
!
?
呆れたような声が彼女の居る方から聞こえた。
?
?
﹁笑うことないでしょ。﹂
?
それと絶対に無理しない事。この2つは守ってよね
﹁ああ、約束だ。お休み。﹂
﹁お休み。﹂
くる。
相手が潜水艦の大群だからか
﹁両舷微速前進。﹂
﹁両舷微速前進ヨーソロー
﹂
﹁抜錨作業、完了しました。﹂
言い聞かせていた。
﹂
彼が単艦で突っ込むからか
大丈夫だ、ホタカなら大丈夫。そうやって無意識下で何度も自分に
しまうに限る。
思わず、速足になった。こういう時は部屋に帰ってとっとと寝て
理由は解らないが、予感はゆっくりと確実に大きくなっていく。
?
自分の部屋に向けて歩き出すが、嫌な予感が胸の奥から湧き出して
バタンとドアが閉じると、廊下の静けさが嫌に耳についた。
?
﹁単艦で潜水艦基地襲撃ですか。
何故か前の世界と扱いが変わっていませんなぁ。﹂
﹂
﹁そう言えばそうだな。だが、味方の心配をしなくていいぶん気が
楽だ。﹂
﹁それはごもっとも。所で瑞鶴さんは
﹁ふむ、その様子では大したことは無かったようで。﹂
﹁なんでそこで彼女が出てくるんだ。﹂
少々ウンザリした様な声で答える。
いきなり出てきた人名にズッコケかけた。
?
242
?
5万トンを超える艦体がゆっくりと波をかき分け航行を始める。
!
いやはや残念。と露骨に残念がる副長。
﹂
﹁君が何を期待していたのかは知らないし、知りたくもない。
何か特筆すべきことは有るか
﹂
﹁解った。対潜警戒を怠るな。﹂
﹁了解
﹂
﹁とくには有りません、天気も大きくは崩れないかと。﹂
?
一人で戦争をおっぱじめる気かぁ
CICに怒声が木霊する。
﹁貴様ぁ
!
その妖精も負けじと言い返した。
誰が撃てと言った
﹂
﹁殺らなければ、やられます。砲雷長。﹂
﹁CIC、艦橋
﹁何をやってるんだ君らは⋮﹂
それからこいつをCICからたたき出せ
﹁クッ⋮ヒューマンエラーだと報告しろ
!!
﹂
近 づ い て く る よ う な も の で す か ら ね。聞 き 逃 す こ と も 無 い で
﹁しかし、敵潜はドラム缶を殴りながら
流石に警戒網も厳しくなってきているな。﹂
﹁これで5隻目か。ウルシ│環礁に近づくと
﹁敵潜水艦撃沈
敵潜にアスロックが直撃するのはほぼ同時だった。
そうやってため息を付くのと、
﹁まるで意味が解らんぞ。﹂
元ネタ的に考えて。﹂
しょ
﹁い や ー。ア ス ロ ッ ク 使 っ た ん だ か ら こ れ や っ と か な い と ダ メ で
一通り満足したのかそれぞれが定位置に戻る。
CIC妖精、砲雷長、副官を呆れた目で見た。
ホタカは目の前で茶番をやっている
﹂
砲雷長がCIC妖精の一人の胸ぐらをつかむが
!!
!!
!
!
!
243
!
しょう。﹂
﹂
﹂
﹁トラファルガー級を追っかけていたのだから
聞き逃したら失態だよ⋮
パッシブソナーに反応
﹂
!
﹁艦長
深度120
方位2│5│4
敵潜です
発射
﹁アスロック1基照準、目標敵潜水艦。
撃ち方始め。﹂
﹁データ入力良し
!
﹁アスロックの次弾装填を急げ。
﹁炸裂音並びに船体破壊音を確認。撃沈しました。﹂
た。
気泡の量は、潜水艦娘が撃沈された時の物よりもいくらか少なかっ
始する。
炸裂により艦後部が一瞬膨張した後、バラバラになって沈降を開
る。
たった40㎏程度の炸薬であっても、潜水艦にとっては十分すぎ
弾頭に収められていた約40㎏の高性能炸薬に点火炸裂させた。
追尾してきた短魚雷は敵潜の左舷後部へ突っ込み
その動きは非常に鈍間だった。
が
探針音を受けた潜水艦は急速潜航して深海へと逃れようとする
自ら探針音を放ちながら目標へと距離を詰めていく。
着水した短魚雷は水の抵抗を増大させるパラシュートを切り離し
た。
弾頭に収められていた短魚雷がパラシュートを開いて降下、着水し
かれ
直に目標付近まで飛翔したアスロックが弾頭と推進器の2つに分
飛行針路を変えて目標へと飛翔する。
1本の槍がどんよりと曇った空へ向けて放たれ
ホタカの前部甲板にある6ユニットのアスロック群から
!
それにしてもブラックホークを持ってきた方が良かったかな
?
244
!
!?
!
!
!
﹂
対潜爆弾をぶら下げれば即席の対潜哨戒機になる。まあ目視捜
索しかできないが。﹂
﹁この艦には格納庫はおろかヘリポートすらありませんが
﹁後部甲板にワイヤーで括り付けて露天駐機で。﹂
﹂
前の世界では確かに1年ほどで終戦だったが
撃ち方始め。﹂
深度170
こっちの話ですよ。とヒラヒラ手を振る副長だった。
ジムとかボールとか言う艦載機は無いぞ
﹁
﹁一年戦争末期のジムやボールと一緒にしないでくださいよ。﹂
?
﹂
全てを終わらせた後、トライデントで一切合財一撃で吹き飛ば
﹁適当に撮影したら敵潜を撃沈。近づける様なら接近して偵察し
﹁ですよね。﹂
しかし、こうなっては仕方がない。
壊滅的な被害を与えられる算段である。
正確な海図は有るので、それを参考に慣性誘導してやれば
ントを打ち込むつもりだった。
それさえなければ、ウルシ│環礁のはるか手前で14発のトライデ
深海棲艦の基地建造能力を探る目的らしい。
目視での偵察の件は、出港直前に伝えられた。
な。﹂
﹁非常に魅力的な提案だが、目視での偵察も任務に入っているから
か
﹁トライデントを5,6発慣性誘導でウルシ│環礁に撃ち込みます
﹁こう敵が多いと嫌になってくるな。﹂
行く手を阻もうとする潜水艦3隻を一度に血祭りにあげた。
今度は3発のアスロックが放たれる。それらは扇状に広がって
!
﹁パッシブソナーに反応
方位2│9│2
!
﹁アスロック各一基照準。誘導はパッシブモード
深度200
方位2│3│3
深度140
!
﹂
方位3│3│2
!
!
!
す。﹂
245
?
?
?
﹁了解。﹂
﹁ウルシ│環礁を目視で確認
艦長、これは⋮﹂
﹂
﹁榴弾ですか
﹂
目標、敵艦隊群。﹂
﹂
面舵一杯、全主砲斉射用意、弾種榴弾、対艦ミサイルVLS解放。
﹁取りあえず、環礁内の敵艦を撃滅する。
えない。
輸送艦や軽巡洋艦だった。これでは攻勢の主力とはお世辞にも言
その中の大多数が潜水艦の物で、ちらほら見える大型ものは
副長の言う通り、水上レーダーには無数の光点が輝いていたが
大部隊が北上したと言う情報は入ってきていません。﹂
る可能性もありますが。
﹁それにして主力艦が全くいません。もしかしたら既に出発してい
のか
﹁大型燃料タンク、貯蔵設備多数か。本土への攻勢の起点じゃない
タンクや倉庫が軒を連ねているのが見て取れた。
チョットした鎮守府としても機能しそうなほどの
問題なのは建造物の大きさと量だった。
た。
環礁と言う極端に標高の低い地形ではそう見えても仕方がなかっ
実際は海面上に直接作られているわけではないが
構造物。
モニターに映し出されたのは海面から突き立つ幾つもの箱型の
﹁画像を拡大してモニターへ。
!
﹁そうでなければ此方の砲弾は敵艦を突き抜ける。
?
246
!?
?
瞬発信管ならば、至近距離に停泊している艦にも損傷を与えられ
る。
それに軽巡の装甲は無きに等しい。榴弾でも十分沈められる。﹂
ホタカの指示通り、6発の41cm榴弾が砲身に込められる。
また、128発の即時発射可能なハープーンが青い空を睨んだ。
﹁ハープーン、32基照準、環礁北部の敵潜水艦群、各1発。
主砲2基照準、目標、北部の敵軽巡洋艦。
撃ち方始め。﹂
﹂
﹁発射
すぐそばで炸裂するような爆圧を防ぐことは出来なかった。
海に潜るため耐圧殻を備えている潜水艦ではあるが、大口径砲弾が
砲弾が炸裂した衝撃で艦体の一部が拉げ、浸水が発生する。
超至近に着弾した。
軽巡を外した主砲弾の内、2発が運悪く周りにいた潜水艦2隻の
軽巡の周りにいた潜水艦も悲惨な最期をたどる。 後数分も持たないだろう。
既にあちこちに致命的な歪みや浸水が始まっており さらに2発の砲弾の衝撃は、しっかり艦体に伝わっていたため
根こそぎふき飛ばされて炎上し始める。
物を
満足な装甲を持たない軽巡は、艦橋や煙突、兵装と言った艦上構造
した。
6発の41cm砲弾の内2発が、細い艦体に直撃すると同時に炸裂
機関煙を噴き上げて、迎撃に移ろうとするが手遅れだった。
水平線上に輝いた光を発見したのか、北部に停泊していた軽巡が
32本の捕鯨銛が、体を休めている海狼へ向かって飛翔し始める
主砲発射に伴う黒煙に、白煙が混じったかと思うと
真っ赤な華が轟音と共に6つ咲いた。
命令が発せられた瞬間、真昼の南太平洋に
﹂
﹁斉射
!
運よく主砲弾を受けなかった潜水艦群に対して天空から32本の
247
!
捕鯨銛が
降り注ぐ。
寸分違わぬ正確さで飛来したミサイルは、1隻に付き1発が艦橋
よりも後部へ着弾した
潜水艦の耐圧殻も音速で飛来する対艦ミサイルとその炸裂に対し
ては
あまりにも無力だった。
衝突のエネルギーと爆発のエネルギーが潜水艦の小さな艦体を震
わせ
1瞬のうちに100m程度の艦体を2分割する。
そのような光景が32か所で繰り広げられていた。
それを観測していた中央部の軽巡洋艦5隻は、何とか脱出するた
め速度を上げる
しかし、相手はその退避行動を許さなかった。
風切り音すら振り切って飛来した6発の砲弾。
先陣を切る様に走っていた2隻の軽巡が1瞬で火だるまになり。
その2隻を回避しようと面舵と取り舵を切った後続する3隻にも
同じように砲弾が飛来し、1隻が3発もの直撃を受け木端微塵に吹
き飛ぶ。
その破片が、近くに停泊していた潜水艦に突き刺さり浸水を発生
させた。
残り2隻にも同じように砲弾が降り注ぎ、1隻は先陣と同じく火だ
るまに
もう1隻は当たり所が悪かったのか真ん中から2つに折れて轟沈
する。
軽巡から流れ出した重油が海面で燃え盛りさながら地獄の窯の
ようになっていた。
蒼空から、今度は64本の捕鯨銛が環礁内の獲物へ向けて
最後の急降下を開始する。
20隻を越える潜水艦が、この地獄から外界へ逃れようと
島々の間の水道を目指すが、そこへ2発のトライデントが降り注い
248
だ。
小型の核兵器に匹敵する衝撃波が20隻の潜水艦群の中心で発生
し
3隻が瞬時に爆散、10隻以上が大破し横転、沈降していった。
ウルシ│環礁南部でひときわ大きな爆炎が上がる
どうやら、ホタカの放った主砲弾が燃料を満載した補給艦に直撃さ
せたらしい
腹に抱えていた大量の重油が環礁内に流れ出し、轟々と燃え始め
る。
その劫火に運悪く包まれてしまった15隻の潜水艦は、
環礁内であるにもかかわらず慌てて潜航する。
そのため、4隻が海底との距離を見誤り、硬い岩に艦底を思い切
りたたき付け
修理不可能な浸水が発生する。
残りの11隻は海底に激突する事態は逃れたが、次の脅威は上
だった
進路上には2隻の大型補給艦と、それを護衛しつつ逃れようとする
3隻の軽巡
彼我の針路は交差しているが、衝突の可能性は無さそうだった。
自分の身を守るために航行を続け、艦隊の真下を潜り抜ける瞬間
頭上で轟音が響き、1隻の補給艦と2隻の軽巡洋艦が急速に沈降を
開始する。
大型艦が沈降する際には大量のバブルが発生するため、ソナーは役
に立たない
モーターが焼き付くほどスクリュープロペラ回し、
何とか沈没船を回避するが、後続艦はそうはいかなかった
いくら潜水艦と言えども、この距離で障害物を回避することは不可
能だった
5隻が沈船や残骸を回避しきれず衝突し、撃沈。
1隻が沈降する補給艦に押しつぶされ、もう1隻は沈降する軽巡
に艦尾がぶつかり
249
スクリュープロペラが大破、さらに後部からの浸水により、艦首を
海面に向けるように沈み始める
最後部付近だったため、逆進を掛けてなんとか回避できた3隻は
それぞれ舵を切って、正面の脅威を回避し先に行った1隻と合流し
た。
これであの火の海から逃れられた潜水艦はわずかに4隻になって
しまった
環礁の出口はすぐそこだったが、浮上航行しなければ通れない。
意を決して4隻の潜水艦が浮上し、海面に姿を現す。
司令塔とリンクした深海棲艦は外の光景を見渡すが、正面にくぎ
付けになった
戦艦ル級よりも大きな艦体を持つ戦艦が、前方に設置された巨大な
砲身をこちらに向けていた。
│││急速潜航
メインタンクに海水を取り入れるより早く、主砲が咆哮した。
距離的に水平射撃、外れる心配は無かった。
2列縦隊を取っていた4隻の潜水艦へ榴弾では無く徹甲弾が降
り注ぐ
あるものは右舷から左舷にかけて巨大な風穴が穿たれ
またあるものは艦首から艦尾までを串刺しにされて
その尽くが環礁の出口に達する前に力尽き水底に沈んでいく。
﹁敵潜水艦4隻を撃沈。艦長、これで環礁内の敵は全て殲滅しまし
た。﹂
﹁潜水艦102隻、軽巡18隻、補給艦12隻。よくここまで集めた
ものだ。
﹂
帝国海軍が1週間のうちに相手する潜水艦の量
太平洋の潜水艦の殆ど全て沈めてしまったのではないのか
﹂
﹁どうでしょうか
ぐらいでは
?
の対潜艦隊が
250
!
?
確かに、本土やアリューシャン方面、ラバウル方面やインド方面
?
相手をする潜水艦型深海棲艦の量は1週間で100はくだらない
だろう。
それだけの潜水艦を沈めても輸送線のダメージは避けられてい
ない
﹁全く、飛行機作るみたいにポンポン潜水艦を作るなんて非常識も
甚だしい。﹂
﹂
﹁飛行機作るかのようにポンポン戦艦や正規空母建造してる世界に
比べればまだましですよ。﹂
接近中
距離4000
?
﹁嫌な世界だな。絶対に行きたくない。﹂
﹁私もあんな戦争は二度と御免です。ところで、陸戦隊の投入は
﹁勿論やる。資材が使えそうなら破壊しないでおこう。
これだけの資材だ、燃やしてしまうには惜しい。
﹂
副長、陸戦隊を編成してくれ。﹂
﹁了解
いえ40
﹂
!
CICから副長が出ていこうとした時に、それは起こった。
﹂
!
超兵器です
﹁方位1│7│8より雷跡23
雷速約50
﹁レーダーにノイズ発生
!!
?!
!
いたため
全CIWS迎撃開始
﹂
針路は2│7│0だった。つまり、柔らかい左の横腹めがけて32
本の魚雷が突進していた。
全速射砲撃ち方始め
只でさえ鈍い舵の効きがさらに鈍くなる。
じりじりと焼き付けるような時間。
どうあがいてもこのままでは10本以上が命中する。
現在艦の舳先が向いているのは方位3│1│0。
40発の酸素魚雷が緩やかに扇形に広がって進行してくる。
艦の回頭にいつもの倍の時間はかかっているような錯覚を覚え
!
雷速は約93km、衝突まで約155秒程度。
﹁面舵一杯
!
あえて速度は上げない。速度を上げると
!
251
!
ホタカは内火艇がウルシ│環礁に上陸できる距離まで接近して
!
!
南を向ける全ての速射砲が火を噴き連続して速射砲弾を浴びせ
35mmCIWSが海面を泡立たたせるが、なかなか迎撃が成功し
ない
空の敵と違って、海中を進む魚雷に弾頭を命中させるためには
抵抗が大きい水の壁を突き抜けねばならない。
しかし、ほとんどの機関砲弾は海面に直撃すると次々砕け散って
しまう。
初速が速い小さい砲弾が水面に衝突すると、その衝撃力は砲弾自身
を破壊してしまう
これが砲弾自体が巨大で頑丈な速射砲弾や、主砲弾なら問題は無
かったが
それらに比べると軽量な機関砲弾にとっては大きな問題だった。
そのうえ、水中に潜り込んだ砲弾は水の抵抗を受けて急激に威力
が落ちる。
5本が主砲の衝撃波に飲まれて炸裂する。
命中確実の魚雷群の範囲内へ、出来るだけバラけるように発射。
続いて後部主砲が咆哮する。弾種は榴弾。
その衝撃はわずかだがホタカの針路を右へ向けた。
今まで前方を向いていた主砲が左舷側を向くと同時に咆える
!
252
ウィルキアはそれでも魚雷迎撃のために、機関砲弾に特殊な細工を
したが
それでも、着水時の微妙な角度と条件がそろわなければ十分な効力
を発揮しなかった。
運よく条件を満たして着水した砲弾が、魚雷に当たる確率は
必死に回避起動する航空機のパイロットに直撃させるほうが楽だ
と思えるほど低い。
しかし、やらないよりはマシで、こういう時は下手な鉄砲も数撃
ちゃ当たる理論だった。
﹂
3本の魚雷が爆発し、飛沫を噴き上げる
﹁前部主砲左90度旋回
!
撃ち方始め
後部主砲目標、魚雷群
!
距離1000
雷速45
!
﹂
?
残りは2本、距離はもうすぐそこだった。
﹁方位0│6│5より雷跡36
至近距離より放たれた36本の魚雷。
!
右舷CIWS群は方位0│6│5の魚雷へ対
さっきの魚雷よりも大きな角度がつけられているのか、海面を覆う
様に突入してくる
最大戦速
衝突まで約43秒。
﹂
﹁舵戻せ
応
!
距離500
雷速45
!
直撃コー
?!
しかし、凶報は続いた。
﹂
﹂
!
残る命中コースを取る魚雷は方位0│6│5からの9本。
迎撃され
彼の目論み通り、命中コースを取っていた方位1│7│8は全て
方位0│6│5からの魚雷の半分以上を躱せる見込みだった。
新たに命中コースに入った魚雷に対処でき、
るため
舵を戻して最大戦速で走れば後方の魚雷へ対応する時間が増え
さらに、後方からの魚雷へ対応する迎撃時間を失う。
は不可能
方位0│6│5の魚雷群は大きな扇形を作っており、回避しきるの
プロペラピッチ角を変更して逆進を掛けても、
ことになる
方位1│7│8からの迎撃をしてこなかった魚雷群にも突っ込む
に
逆に面舵を切り続けても、方位0│6│5の魚雷群は躱せない上
先に放たれた魚雷が過ぎるのを待つのは遅すぎる。
するほど回頭出来ない。
全く迎撃してこなかった魚雷群へ突っ込む上、新しい魚雷群を回避
回避するために今取り舵一杯を切れば、迎撃の優先度が低く
!
﹁方位2│8│3より雷跡30
ス
﹁迎撃
!
253
!
!
左舷のCIWSが35mm砲弾を吐き出すが、
先ほどの迎撃で、弾倉内のほとんどの砲弾を撃ち尽くし
4基中2基が再装填作業中だった。これでは満足な迎撃は出来な
い。
最後の足掻きと主砲が旋回し、発砲するが既に射角の外で
巨大な水しぶきを魚雷のはるか後方に作っただけだった。
﹂
│││││攻撃も回避も間に合わないな。
﹁総員衝撃に備え
全ての乗員がコンソールや手すりにかじりついた瞬間。
初めにホタカの右舷に6本の水柱が立ち上り、
間髪入れず左舷に28本が突入し炸裂。
ホタカを完全に覆い隠すほどの水しぶきが上がる。
﹂
暗いCICに鮮血が舞った。
﹁
る。
月明かりに照らされたいつもと変わらない穏やかな海が広がって
いるが。
何故か不安を掻き立てられた。
﹁⋮まさかね。﹂
頭に浮かんだに非常に不愉快な予想に
心が押しつぶされないうちに〟ありえない〟と切って捨てた。
254
!
鎮守府の廊下を歩いていた瑞鶴は、何かを感じ取り窓の外を見
?
STAGE│13 ウルシ│の海魔
6本の魚雷と18本の魚雷が周囲を防御していた重力場を滅茶
苦茶に壊乱させ
その間隙をつくように8本の魚雷が紅く塗られた喫水線下に突入
する
全身を46cm砲弾を防御できるほどの装甲に身を包んだ彼では
あったため
4本は装甲を貫くことが出来ず、大した損害は生じなかった。
しかし、残りの4本は艦体に少なくない損害をもたらす。
合計34本もの魚雷の直撃は、ホタカに防御壁崩壊を起こさせた
上に
まで減速
﹂
本体へ攻撃を与えるのに十分な火力だった。
﹂
!
﹁大丈夫だ、損害知らせ
旧中です。
﹂
?
﹁ありがとう。ソナー手
敵潜は解るか
﹂
!
!?
﹁魚 雷 の 爆 発 に よ っ て 海 中 が か き 回 さ れ て い ま す
﹂
ソナー効力0
しかし、浸水の量によっては、今後速力が落ちると思われます。﹂
現在浸水に対応中、艦傾斜左2度。最大速力66,8
。
ガスタービン1基損傷、防御重力場が防御壁崩壊を起こし現在復
番速射砲使用不可
﹁左舷に8本が直撃しました、4,6,8番特殊弾頭VLS大破、2
!
!
り
ホタカのソナーは役に立たない。
﹁こっちは機関出力を絞りましたから、奴らのパッシブソナーなら
255
﹁グッ⋮⋮5
﹁艦長
?
ホタカの左半身の数か所から血が吹き出し、軍服が紅く染まる
!
現在、魚雷の爆発、機銃弾、砲弾によって生じた大量の気泡によ
!
位置が悟られることはないはずです。﹂
対潜警戒を怠るな
問題は相手が誰か、だが。﹂
﹁お互いの位置が今は解らない、下手に動くのは危険だ。
ソナー手
を逃れるほどの静粛性。
敵超兵器の速度は300
を軽く超えます、さらに我々のソナー
三回の雷撃が全て同一艦であったと考えると、
思えます。 そしてあの魚雷群は全てほぼ1か所の射点から放たれたように
﹁超兵器ノイズは未だ発生中です。
!
﹂
以上出さなけれ
3隻目のドレッドノート型を知っているのか
副長の問いに一瞬ためらった後、彼女は答えた。
﹁どうした
砲雷長の頬に冷や汗が流れた。
⋮⋮まさか。﹂
ば不可能です。
しかし、その場合でもどちらかが無音で100
﹁とすると、ドレッドノートとノーチラスと言うことになりますが。
要だった。
詳細な位置をつかむ為には従来艦と同じようにソナーや目視が必
位置を知れても
そのノイズは一定の領域内にほぼ均一に表示されるため、大雑把な
てあらわれるものだが
超兵器ノイズは超兵器機関の発する電磁波が電探にノイズとし
す。﹂
こ の 海 域 に は 複 数 の 潜 水 艦 型 超 兵 器 が 潜 ん で い る と 思 わ れ ま
ドレッドノート型でもそれは不可能です。
?
ようにあったはずです。﹂
秘密裏に竣工していたと言うデータが、電算機内の奥底に紛れる
艦が
巨大潜水艦の実験と製造技術の確立のために、1隻の超大型潜水
る上で
﹁ドレッドノートそのものではありませんが、潜水艦型超兵器を作
?
?
256
!
?
﹁何だと
﹂
ホタカが急いで頭の中でデータをひっくり返すと、幾つものロッ
クがかかった機密の中に
そ の デ ー タ は 存 在 し た。い く ら 頭 の 中 に 入 っ て い て も ド レ ッ ド
ノート型は2隻のみと言う
固定観念がホタカの中にあったため、無意識のうちに検索対象から
外れていた。
﹂
それをモニターに映し出す。
﹁レムレース
わざわざ同じ土俵で殴り合う必要はありません。﹂
う。
一度トラックへ戻り、対潜哨戒機をありったけ持ってきましょ
﹁自分も砲雷長の意見に賛成です。
今の速力でも十分逃げ切れます。﹂
に
トラックへの撤退を進言します。レムレース、ドレッドノート共
超兵器潜水艦3隻を相手にこの損傷は無視できません。
います
﹁艦長、先制攻撃を受けた後で本艦は少なからずダメージを受けて
其々の感想が漏れる。 ドレッドノートにも引けを取らないだろう。
ものを搭載するらしく
発射後に幾つもの酸素魚雷を放出するクラスター魚雷と言うべき
言う
先端には巨大な魚雷発射管6門。門数は少ないが拡散酸素魚雷と
銀灰色の細い流線型の船体の全部よりに小さな艦橋が据えられ
だった。
そ の 艦 は ド レ ッ ド ノ ー ト 型 よ り も 真 っ 当 な 潜 水 艦 と 言 っ た 趣
﹁超兵器機関では無く通常動力艦か。こんなものがあったとはな。﹂
﹁悪霊ですか、嫌な名前ですね。﹂
?
2人の言葉は非常に常識的な判断だった。
257
!?
幾ら彼でも手負いの状態で超兵器3隻の相手は難しい。
﹂﹂
しかし、ホタカは首を横に振る。
﹁﹁艦長
﹁副長、砲雷長。君らの意見は正しいが、見落としている事がある。
で
超兵器の数は1隻から3隻。君らは3隻だと考えているようだ
が、
僕はこの海域には1隻しかいないと考えている。﹂
ホタカの解答にあっけにとられたような表情になる2人
﹂
で30本です。﹂
で40本、方位0│6│5が45
﹁砲雷長、3つの魚雷群の雷速と数は幾つだった
﹁方位1│7│8が約50
36本、方位2│8│3が約45
?
?
で放ったはずの
2番目と3番目の魚雷は共に45
一般的な速度ですが、
。これは空気魚雷としては
﹁基本的に最大速度です、しかし、先の魚雷群では1番目より近距離
彼の問いに、砲雷長は〟あっ〟と声を上げた。
速度が可変式ならどうする。﹂
き
﹁そうだ、しかし、妙な事がある。砲雷長、至近距離で魚雷を撃つと
?
?
﹂
?
非常に緊密な艦隊を組んで一斉に射撃した⋮と
まずい予想に砲雷長の顔が青くなった。
では⋮﹂
そうなると、深海棲艦と超兵器が共同戦線を張っていると言う事
?
﹁では、方位0│6│5には6隻、方位2│8│3には5隻が
そして、潜水艦型深海棲艦の魚雷発射管の門数は基本的に6つ。﹂
どちらも6の倍数だ。
﹁ここで魚雷の本数だ。2番目は36本、3番目は30本
レムレースでは無いと言うことになります。では誰が
﹁とすると2番目と3番目の魚雷群は少なくともドレッドノートと
砲雷長の答えにホタカは頷き、副長が続ける。
ドレッドノートもレムレースも酸素魚雷です。﹂
?
258
!?
﹁可能性はある。水上に潜望鏡が現れなかったところを見ると
超兵器の観測情報を共有している可能性もある。
﹂
だが、超兵器3隻を相手にするよりはよほどましだ。
ソナー手、ソナーはもう大丈夫か
ソナー手からソナー効力が回復したことが伝えられる。
﹁トラックへ無電を打ちましょう。空母に対潜哨戒機を運んできて
もうんです。﹂
﹁無電が敵に傍受されればさらに厄介な事になる。
﹂
潜水艦型超兵器と艦載機の相手は御免だ。
この付近の潮流はどうなっている
﹁こちらです。﹂
表示された地図にはいくつもの曲がりくねった潮流が表示され
ていた。
その一つを指示す。
﹂
﹁これだ、方位2│8│3の艦隊はこちらを雷撃した後、この潮流に
乗ったまま移動している。﹂
﹁なぜそう言えるのですか
距離500で機関を動かせば流石に発見できる。
今まで潜水艦の機関音らしきものは無かった、一切だ。
つまり、こいつらは動いていない。﹂
﹁とすると⋮﹂
副長がコンソールを操作すると2本の矢印が現れ、あるところで
交差する。
﹁このままだと、2分後に本艦の真下を通過しますね。﹂
﹁よろしい、特殊弾頭ミサイルVLS、アスロック解放。
﹂
1分後、探針音を打つと同時に攻撃を開始する。﹂
﹁トライデントを使うのですか
﹁今回は特殊弾頭爆雷として使う。
弾頭には魚雷もソナーも積んでいない。
トライデントは対地若しくは対水上目標用だ。
?
259
?
?
﹁深海棲艦とした場合、幾ら海中が泡で攪乱されていたとしても
?
飛行速度を極限まで落とし、海へ落下させ時限信管で起爆させ
る。﹂
﹂
﹁確かに、多少の機銃弾ではビクともしないほど堅牢な装甲を持つ
トライデントならば
水圧にもある程度耐えるでしょうが⋮うまくいきますかね
﹁上手くいかせる。潮流に乗った敵へ3発撃ち込む。
﹁了解。﹂
﹂
6発は超兵器へ打ち込む。﹂
﹁残りのトライデントは3発を潜水艦隊へ、
﹁他の艦は
それで戦闘能力は失われ、沈む。﹂
直撃でなくてもいい、潜航中の潜水艦へは損傷を与えれば良い
?
時間になり、ホタカのソナーから強力な探針音が海中へ向けて発
信された。
ソナー手
超兵器の反応は
﹂
!
﹁今更だよ。﹂
﹁環境保護団体が煩そうですね。﹂
ならば追い出すまでだ。トライデント全弾装填
﹂
﹂
﹁ウルシ│環礁近くの浅瀬に着底し海底に化けているな。
海上では、巨大な水柱が6か所で生じていた。
艦体を拉げさせた鋼鉄の鮫は次々と深海へ最後の航海へ出発する。
近くを航行していた潜水艦11隻は衝撃波を諸に浴び
た。
ある時間が過ぎたころ、海中で核爆発に匹敵する衝撃波が発生し
次々と着水し、重力に轢かれて沈んでいく。
は
そうしている間にも、極限まで飛行速度を落としたトライデント
!?
すぐに、画面に北西に5つ、東に6つの輝点が浮かぶ。
面舵30
潜水艦だけです
!
その瞬間6発のトライデントが打ち上げられた。
﹁最大戦速
﹁有りません
!
!
260
?
!
最も厄介な敵の姿が見えず、苦い顔をする。
!
﹂
無事な垂直発射装置12基から12本の海神の槍がはなたれて
ウルシ│環礁外縁をなぞるように着水する。
十数秒後、12本の巨大な水柱が立ち上った。
﹂
距離4000
!
!
速度50
?!
﹁魚雷が来るぞ、両舷前進一杯用意
﹂
﹁方位2│4│3より雷跡20
﹁両舷前進一杯
!
ギーを発生させ
?
探針音打て
方位2│4│3
﹂
以上にまで増速した結果何とか逃れられそうだった。
﹁ソナー手
!
た。
﹁方位2│4│1に巨大な影を確認
﹂
アスロック全基照準
速度約45
目標超兵器
﹂
針路0│9│0
撃ち方始め
!
?!
!
﹁奴め、トラックへ行く気か
﹂
面舵20
サルヴォ│
﹁斉 射
!
!
巨大な影が潜水艦とは思えないような速度で出現するところだっ
再度ソナーが放たれると、大量の泡の壁の向こうから
!
50
現在の針路は方位1│3│4で右舷を晒しているが
浸水し重くなった艦体を51
にまで加速させた。
正 常 稼 働 が 可 能 な 1 5 基 の ガ ス タ ー ビ ン が 限 界 以 上 の エ ネ ル
!
は
45
﹁音紋符号
﹂
!
な。
﹁ま ず は あ い つ を 深 海 か ら 引 き ず り 出 さ な い と 話 に な ら な い か ら
﹁残りは101発です。残弾にご注意を。﹂
﹁ああ。アスロックの次弾装填を急げ。﹂
﹁如何やら超兵器は此奴だけのようですな。﹂
ドレッドノートです
の高速で航行を続けている。
潜水艦の最大の武器である高度なステルス性を捨て去った超兵器
飛翔する。
96本のアスロックが蒼空に打ち出され巨大潜水艦へ向かって
!
!
?
261
!
?
!
?
!
その数12
これは⋮アスロックへ向かっています
魚雷を発射
防御壁崩壊を狙いたいが。﹂
﹁超兵器
変針します
!
﹂
?
﹂
?
るうちに
魚雷発射
その数39
方位1│7│8
﹂
距離3500
!
?
まで減速、面舵20、進路1│7│8へ。迎撃はしなく
!
、逃げ切れるよ。﹂
﹁残りのアスロックとトライデントで相手のソナーを麻痺させてい
﹁もし、攻撃が凌がれた場合は
﹁これで決めるよ。砲撃戦用意。対艦ミサイルVLS解放。﹂
副長の忠告に一つ頷く
が⋮﹂
﹁しかし、そうなると残りのアスロックは5発になってしまいます
アスロックの再装填を急げ、もう一度全力攻撃を掛ける。﹂
﹁だとしたらこれ以上進化しないように絶滅させてしまおう。
こっちに来て新しい能力に目覚めたのでは
﹁前の世界ではまっすぐしか撃ってませんしね。
まさか、魚雷にプログラム誘導装置を取り付けているとはな。﹂
﹁そう簡単にはいかないか。
ソナーは機関の駆動音をしっかりとらえていた。
大量の泡のベールが超兵器を包むが、
3方向から迫りくるアスロックを迎撃、その大半を破壊した。
発射管から放たれた魚雷は4本ずつのグループに分かれ
!
!
とっとと逃げる。幸いこっちは51
﹁敵 艦
﹂
﹁速度15
ていい。﹂
!
抜けるように動く
魚雷の網の中へ突っ込んでいく自艦が最もよく見える位置で見張
りをやっている
を出し、取
妖精さんは、直接肉眼で雷跡が見える分、気が気ではなかった。
間もなく両舷を魚雷の束が通過する、再び全速51
?
262
!
!
!
距離3500から放たれた魚雷に艦首を向けて、魚雷の網の間を
?
!
り舵をきり
超兵器の針路をふさぐルートを取る。
﹂
ドレッドノートの針路は依然として変わっていなかった。
﹁装填完了
﹁アスロック全基発射、続いてトライデント全基発射。﹂
合計108本のミサイルが白煙を夜空に残して飛翔していく。
先に海域にたどり着いたのは12発のトライデントだった。
弾頭に収められた特殊炸薬が破滅的なエネルギーを水中へ放出す
る。
超兵器ノイズ消失
﹂
さらにそこへ96本の短魚雷が突っ込み次々と炸裂した。
﹁全弾命中
艦長﹂
?
5
﹂
まで減速、パッシブソナー効力最大。﹂
﹁そうは考えたくはないが。漂流物はここからでは確認できない。
﹁まさか、まだ生きている⋮と
その推進音もドレッドノートと同一。
超兵器の位置はパッシブソナーでとらえていたはずで
た。
回避行動を一切取らず、針路0│9│0を維持していたままだっ
彼の言う通り、ドレッドノートは環礁から抜け出した後
﹁妙だ⋮なぜ迎撃も回避もしない。﹂
﹁如何しましたか
CICが喜びに包まれるが、ホタカは難しい顔をしていた。
!
?
﹁漂流物は確認できません。と言うよりも超兵器を撃沈しても
超兵器機関を使っている以上重油は出ませんし⋮﹂
﹁アクティブソナーを打とう。機関全速用意。﹂
ホタカの艦底から探針音が放たれる。
1回、2回、3回、それだけ打っても海中に物体は確認できなかっ
た。 ﹁何も居ないな⋮現時刻をもって戦闘終了を宣言する。﹂
263
!
!
減速し耳を澄ますがそれらしい音は聞こえてこない。 ?
﹁艦長、いったん艦を止めて応急修理を行いましょう
全速で走ったため浸水がひどいです。
修理自体はそこまでかかりません。﹂
﹁解った、1時間以内にここを離れる。
機関停止、対空対潜対水上警戒を厳となせ。﹂
傷ついた戦艦が停止し、様々な機材を抱えた妖精さん達が応急修
理を始める
穴をふさぎ、隔壁を補強し、海水を抜く。
﹂
作業は順調に行われていたが、ホタカは難しい顔をしたままだっ
た。
﹁まだ、納得いきませんか
﹂
││││││思い違いだろうか
どこにもおかしな点は無い。
対水上レーダー、対空レーダー、外部光学映像カメラ、海図、ソナー
視している
何人ものCIC要員がコンソールの前でそれぞれのモニターを監
何気なくCICを見渡す、
﹁なんだろう⋮何処か引っかかる。﹂
﹁忘れている事
﹁ああ、副長。何か一つ忘れているような気がしてな⋮﹂
?
﹁艦長
﹂
心臓が鷲掴みにされたような否な感覚。
てていく。
次の瞬間にはものすごい速度でシミュレーションと推論を組み立
何気なく消そうとした時に、ホタカの思考が一瞬停止し
既に敵を沈めたためもはやこの図に用は無い。
示されていた。
ふと海図に目をやると、副長が表示した付近の潮流図が重ねて表
?
天気は快晴
低緯度地域の日差しは容赦なく海面を照り付けていた。
264
?
副長の声は届いていない、バッと時計を見ると時刻は13:45、
?
急げ
探針音打て
ホタカの目が大きく見開かれる。
﹁補修人員退避
!
﹁探針音用意
﹂
﹂
その場所はホタカの艦尾方向20mの位置
全ての槍が反転し空よりも蒼い海へと落ちていく。
上げられ
艦底から探針音が放たれたのと同時に17本のミサイルが打ち
初めて自分の艦長が明確に焦っているのを感じたからだ
合ではないと悟る。
突然の命令に副長は一瞬面食らうが、ホタカの様子からそんな場
機関全速待機
アスロック、トライデント全門発射
!
﹂
!
﹂
直下から魚雷
数40
距離250
ソナー手が悲鳴のような叫びをあげる。
﹁か、艦長
﹁総員衝撃に備え
!
海中へ向かって巨大な衝撃波を撃ち込む
先に着水したモードAPのトライデントが
!
﹂
トライデントの爆発で海面へ向かう衝撃波を相殺しようとするも
ホタカもただでは済まない。
なダメージを与えた。
そこへ最後の5本のアスロックが突入し、超兵器の艦首に壊滅的
防御重力場を滅茶苦茶にかき乱す。
き込み
ホタカの爆発から逃れようとしていたドレッドノートの鼻先を巻
その爆発は、魚雷を放った瞬間に後進を掛けて
40本の酸素魚雷が誘爆を引き起こした。
すると、ドレッドノートから吐き出されたばかりの
!
15基のガスタービンが悲鳴のような轟音を立てた瞬間
﹁機関前進一杯
着水する瞬間に再度探針音が海中に響いた。
!
海中での爆発は海上へと伝わりやすかった。
265
!
!!
!
!
!
コンソールや手すりにかじりついていた妖精が投げ出され
ホタカも後ろにあった柱に叩きつけられ、口の中に鉄の味が広が
る。
中央部から後部にかけて無視できないほどの衝撃が艦底を襲い、
幾つもの破孔を生じさせ、推進器すら損傷させた。
主舵損傷
弾種徹甲
﹂
﹂
!
!
﹁第3,4,5スクリュープロペラ大破
!
!
ガスタービン9基損傷
!
﹂
﹂
最後の1発は、1番砲塔3番砲身の根元に着弾し大破させる。
殊弾頭VLSが損傷
後艦橋の上半分が崩壊し、5番速射砲が大破、右舷側にも着弾し特
それを切り裂いて4発の38,1c砲弾がホタカに向けて飛来
着弾個所から爆炎と爆煙が吹き上がるが、
大な艦体に着弾した。
もはや外しようがない距離で放たれた砲弾はドレッドノートの巨
6つの大口径砲弾が装薬と電磁気力で加速され吐き出される。
﹁発射
﹁主砲斉射
こんな至近距離では防御重力場はもはや関係なかった。
彼我の距離は1000mも無く、針路はほぼ同じ同行戦。
こちらに向かって旋回させ始めていた。
モニターに映るドレッドノートは、甲板に搭載された砲塔を
│││││嫌な予想が当たってラッキーと思えるとはな
副長の嘆きをホタカは激痛に耐えながら聞いていた。
﹁そんな⋮﹂
濃紺の超 兵 器が姿を現す。
ドレッドノート
大量の海水が突き上げられ、その真っ白な飛沫の中から
左舷方向の海面が一瞬盛り上がったかと思うと
る。
ホタカが傷ついた艦体を無理やり右に曲げ、2基の砲塔が旋回す
!
浸水発生
艦底破孔多数
!
﹂
﹁敵超兵器浮上中
右舷砲戦用意
!
現在200m
﹁クッ⋮面舵一杯
!
!
266
!
!
﹁後部艦橋大破
レーダー群一部使用不能
!
大破
﹂
﹁かまうな、撃てっ
﹂
!
まず最初に艦体に合わせて大柄な艦橋が内側から爆発し、
吹き飛ばす。
内部の弾薬庫にまで達した対艦砲弾はその周り全てを巻き込んで
ノートに止めを刺した。
そしてついに、ホタカの放った41cm砲弾の1発がドレッド
ドレッドノートの濃紺の艦体が引き裂かれ爆炎を上げていく。
ホタカの主砲が咆哮するとともに、
ホタカの兵装や構造物が吹き飛び艦体に穴が穿たれる。
ドレッドノートの主砲が咆哮するとともに、
発生していた。
帆船時代の海戦のような、回避機動も何もない同行戦の殴り合いが
両者が、思惑は違えど近距離砲戦を選択した結果
近距離砲戦で可及的速やかに深海へ叩き落す事を考えていた。
どうあがいてもドレッドノートに追いつかれるので
ルティは大きかった。
16基中10基のガスタービンを失い、大量の海水を飲み込むペナ
それを行うだけの機動力を喪失していた。
撃が出来なくもないが
一方ホタカはアウトレンジに持ち込めば対艦ミサイルで飽和攻
させて攻撃するしかない。
ホタカを沈めるためには至近距離から防御重力場を無理やり貫通
防御壁崩壊を狙うために飽和攻撃を仕掛けることが出来ず
滅したため
何方も舵を切らない。ドレッドノートは艦首の魚雷発射管が壊
射する。
右舷を指向できる1,3,6番速射砲が152mm砲弾を次々発
全速射砲射撃開始
5番速射砲および3,5番特殊弾頭VLS、1番主砲塔3番砲身
!
設置されていた場所から爆炎が吹き上がる
267
!
!
その爆炎は艦橋部から艦首側と艦尾側へ、
セミの殻が割れるように破片をバラ撒きながら広がっていき、
その途中にあった砲塔は下側からの爆炎に持ち上げられて空中に
投げ出される。
さらにその背にひかれた炎のラインから
最大戦速
総員衝撃に備え
﹂
舷側へ向かうように幾つもの小爆発が繰り返し起こり艦体の崩壊
が始まる。
﹁取り舵一杯
!
眩暈を覚えて少しよろけたのを副長に支えられた。
﹁はあ、中破程度の損害でこれは酷いな。﹂
﹁艦長には少々フィードバックが強すぎるようですな、
軍医を呼びますので椅子に座っていてください。﹂
いくつかある空いていた椅子に座らされる。
﹂
程度ですかね
?
﹁針路0│9│0。副長、幾つぐらい出る
﹂
でのんびり帰るとしよう。﹂
?
?
﹁浸水に機関損傷をかんがみて⋮全速で27
﹁そんなものだな、20
﹁帰りに潜水艦が居たらどうします
?
﹂
幾つもの切り傷でズタズタになり、軍服が紅く染まっていた。
彼の身体は散々だった、砲撃を集中的に受けた右半身は
﹁それよりも艦長、とりあえず手当を。﹂
﹁破壊の手間が省けたと思っておこう。﹂
ホタカが忌々しそうに舌打ちをする。
カメラを向ければ基地施設が爆破されていくところだった。
る。
副長妖精が報告をした瞬間、ウルシ│環礁で幾つもの爆発が起こ
﹁超兵器の爆沈を確認。周辺に敵影ありません。﹂
煙が収まったとき、巨大な艦体の姿はどこにもなかった。
立たせる。
巨大な爆炎ときのこ雲が吹き上がり、幾つもの破片が海面に水柱を
ように爆ぜた。
ホタカが左に艦首を振った瞬間、ドレッドノートが力尽きたかの
!
?
268
!
副長の懸念を笑い飛ばした。
﹁防 御 重 力 場 は ま た 張 れ ば い い。潜 水 艦 の 1 隻 や 2 隻 何 の 事 も 無
い。﹂ ﹁それもそうですね。それにしてもなんで奴は真下に居たんですか
﹂
﹁アフタヌーンエフェクトとマスカ│だ。
僕らは間抜けな事にその存在をすっかり忘れていた。﹂
海中には温度が急激に変化する温度躍層が発生することがある
レイヤーデプスやサーモクラインとも言われる海中の温度躍層の
深さは
季節や、日較差等で変動する
正午ごろに海面の温度が急上昇することによって顕著な温度躍
層が生じて
浅深度のアクティブソナー効力が著しく低下する場合がある。
これをアフタヌーンエフェクトと言い、アクティブソナー特有の
現象である。
﹁僕らがアクティブソナーで奴を発見したのはウルシ│環礁から追
い出した後の1回だけ
その後は奴の機関推進音のみをパッシブソナーで拾って行動し
ていた。
下手に探針音を打ってこちらの位置を教えてやる義理は無いか
らな。
﹂
だがそれが裏目に出た。アイツは自分自身をすり替えたんだ。﹂
﹁まさか、私たちが攻撃していたのは⋮デコイ
を
45
で直進するように撃ったんだ。
﹁おそらくな、自分自身の推進音を録音したテープを仕込んだ魚雷
!?
?
めた。﹂
﹁何時そんな事をやったんですか
﹂
温度躍層の下へ潜り込み、そのさらに下の潮流に乗って移動を始
その間に自分はマスカ│をかけて機関音をシャットアウトし
?
269
?
﹁恐らく、最初のアスロック群を迎撃した直後の泡の中でデコイを
発射したんだろう。﹂
﹂
﹁し、しかしあの後魚雷が飛んできましたが⋮﹂
﹁副長、その時の魚雷は幾つ飛んできた
39本、1本足りません。﹂
ホタカの判断が無ければ、間違いなく竜骨を折られ轟沈していた。
能だ。
魚雷40本分の水中衝撃波、バブルパルスを防御することは不可
防御重力場は衝撃波も防御できるが、
していたということですか。﹂
﹁私たちが気づかなければ、40本の魚雷がキールへ向かって殺到
勢を取ったと考えられる。﹂
おそらく船体に取り付けられたバウスラスターで強引に射撃姿
気泡が出てこないところを見ると、
でアップトリム90を掛けた。
温度躍層の下を潮流の力を借りつつ進行し、僕に近づいたところ
魚雷を装填し、発射管に注水。攻撃準備を整えつつ
バッテリーとモーターなら超兵器ノイズは生じない。
バッテリーで航行を始めた
2度目のアスロックでデコイが消えた瞬間、超兵器機関を止めて
とすらも。
﹁僕らの行動は全て読まれていたんだよ。ここで応急修理をするこ
うすら寒いほどの未来予測に副長の背筋が凍り付く。
きた。正確にな。﹂
あたかも今発射されたかのように加速、変針、こちらに向かって
程度航行し
1本はデコイ、残りの39本はデコイの発する轟音に紛れてある
撃っていたのさ
﹁そうだ。つまり、アスロックを迎撃した後、アイツは全ての魚雷を
﹁幾つって⋮
?
﹁艦直下付近に来てもアクティブソナーが効力を発揮しなかったの
は
270
!?
超兵器がマスカ│を使っていたからだろう。
あれだけの巨大艦だ。マスカ│発生装置も満足な物がつめる﹂
マスカ│とは非常に細かい泡で、
これが船体を包むと内部からの音を外部にきわめて漏らしにくく
なり
さらにアクティブソナーすら欺けた。
﹁それにしても危ない所でしたね。﹂
﹁僕もまだ未熟者だな、経験不足と実力不足を痛いほど痛感した。
反省点も山ほどある﹂
﹁それを生かしていけば良いでしょう。
反省は人を成長させますが後悔は人を立ち止まらせます。
艦長にはぜひ反省をしていただきたいですね。﹂
﹁そっくりそのまま君に返すよ。﹂
﹁私は人ではなく妖精さんですから関係ありませんね。﹂
271
いつもの調子に戻る副長に苦笑した。
﹁ならば僕も関係ないな、人じゃなくて艦息だ。﹂
メスで。﹂
﹁ヘリクツの応酬は聞き飽きましたからとりあえず上着脱いでくだ
さい
さもないと切りますよ
トラック鎮守府が見えてくると、駆逐艦が2隻走ってきた。
大人しく紅く染まった軍服の上着に、手を掛けるホタカだった。
めに
ほったらかしにされて機嫌の悪い医者をこれ以上刺激しないた
?
如何やら出迎えらしい。上空には4機の零戦が編隊を組んで飛ん
でいる。
﹁何とか戻って来れましたね。﹂
﹂
﹁ああ、アレから潜水艦隊が出てくるとは思わなかったが⋮﹂
﹁全部で14隻ぐらいでしたっけ
﹂
﹂
?
がっくりと砲雷長が肩を落とした。
﹁無茶言わないでくださいよ⋮﹂
﹁砲雷長。コイツをCICからたたき出して糧食班に回せ。﹂
立つ。
腕組みをしてさらにニヤニヤしている様子を見ると無性に腹が
いやはや、これはめでたいめでたい。﹂
﹁考えないようにってことは意識してたんですねぇ⋮
﹁ハァ⋮⋮⋮考えないようにしていた事を言うなよ。﹂
﹁瑞鶴さん、貴方の惨状を見てどうしますかね
ニヤリとした妖精の顔に、新しい厄介事の匂いを嗅ぎ取る。
﹁⋮なんだ
﹁私もですよ。時に艦長﹂
﹁もう当分潜水艦は見たくないな。﹂
副長が何度か頷いた。
﹁ああ、そうでしたそうでした。﹂
じゃないか。﹂
﹁16隻だ。6隻、4隻、6隻。全部トライデントで吹き飛ばした
?
何があったのかと慌てたような声で暁が通信を入れてきたのは
その直後の事だった。
対ドレッドノート戦
ドレッドノート:撃沈
ホタカ:中破
272
?
三章 帝都決戦
STAGE│14 大打撃
うとしていた。
?
たので
﹂
今回の修理ではいったい幾らかかるのか見当もつかなかった。
﹁まあ、補給の心配をするのは兵隊でなく指揮官ですから。
それに今回は単艦で出撃させた大本営に非があります
﹂
別枠で補給を申請すれば回してくれるのではないでしょうか
﹁そんなにうまくいくかね
﹃4番バースへ接舷許可が下りたわ。
それからホタカさんはお風呂へ、傷をある程度治してから
提督へ報告に行くように。ですって。﹄
?
見る見るうちに岸壁と舷側の感覚が狭まって行き、接舷作業はすぐ
大な艦体を押していく
ホタカの艦体に数隻のタグボートが取り付き、自分たちよりも巨
﹁了解した。これより接舷作業に入る。通信終わり。﹂
﹂
前回の小破状態の修繕でもかなりの資材を使ったと聞かされてい
ガックリと肩を落とす
﹁だよなぁ⋮﹂
﹁艦長を修理するのにどれだけ資材が要るのでしょうね。﹂
﹁なんだ
そこで副長は言いよどんだ。
問題は無いかと。しかし⋮﹂
それでも、彼女らは小破でしたからそれ以上の損傷艦が無ければ
﹁ここを出るときには、確か電と雷が使用していましたね。
﹁副長、今ドックには空きがあったか
﹂
浸水は食い止めているが。それでも大量の海水が艦体を沈ませよ
暁と漣を従えてトラック第2鎮守府の港に入港する
?
そこまで話したところで暁から通信が入った。
?
273
?
に終わった。
﹁では、副長。後を頼む。﹂
﹁了解しました。しかし、お一人で大丈夫ですか
視点に
ずいぶん浸水している物だと実感する。
﹂
いいから捕まりなさい
無理せずにちゃんと帰ってきたんだか
!
舷側に設置されたタラップの傍には一つの影があった。
﹁やあ、瑞鶴。出迎えごく﹁話は後
有無を言わさずに腕を取られ、瑞鶴に肩を貸される。
他人の肩に腕を回すと必然的に顔が近くなるわけで
女性特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
﹂
が、彼女が若干乱暴にタラップを降り始めたので、
痛みによって現実に引き戻された。
﹁あのな、僕は怪我人なんだが⋮﹂
﹁うっさい。嘘つきにはいい薬でしょ
﹁嘘 は つ い て い な い だ ろ
ら。﹂
﹂﹂
何とか最上甲板に到達する。数日前の出港の時よりも幾分か低い
り
艦内の狭い通路を通り抜け、急なラッタルを四苦八苦しながら登
左足はほとんど動かすことが出来ないほど損傷していた。
左舷側のスクリュープロペラの損傷によるフィードバックで、
そう言って前腕部支持型杖を付きながらCICを後にする。
ロフストランドクラッチ
﹁杖もあるからな。修理ドックまでは近いから歩いていくよ。﹂
?
言われっぱなしなのも面白くないので反撃に移る。
│││││根に持たれてるな⋮
嘘つき呼ばわりされて思わず苦笑する。
?
中破状態で傾きながら帰ってくるのを
〟無理せず無事に〟なんて思ってるんだったら。
傷なおした後で広辞苑で〟無理〟と〟無事〟の意味を百回読む
事ね。﹂
274
!
﹁超兵器に先制攻撃喰らって逃げればいいものを反撃して、
?
﹁そうはいってもだ。あそこで奴を取り逃がしたら後でどんな被害
が出ていたことか⋮﹂
﹁喧しい。アンタが傷つくこと自体が大きな被害よ。﹂
﹂
﹁僕 は 戦 艦 だ。損 傷 は 治 せ ば 済 む し、傷 つ く こ と は 想 定 の 範 囲 内
だ。﹂
﹁そのためにどれだけの資材が吹き飛ぶのかしら
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁じゃあなにか
僕の信頼は﹂
崩すのはホンの一瞬。﹂
﹂
信頼と言う物は積み上げるのには長い時間が要るけど
に心配したんだから。
﹁それとこれとは話は別よ。アンタが中破したって聞いた時は本当
ホタカの言葉に非常にイイ笑顔で返す
﹁ダ・メ﹂
﹁なら、そんなに責めなくてもいいだろう
もともと、アンタを無茶な作戦に出させたのも大本営だしね。﹂
くってくればいいんだし
﹁ま あ、そ れ は 冗 談 だ け ど。資 材 な ん て 提 督 が 大 本 営 か ら ふ ん だ
資材の消費量を出されたら冷や汗を書きつつ黙るしかない。
?
表面上は平静を装っているが、彼女が非常に怒っているのは理解で
きた
静かな怒りほど恐ろしい物は無い
バックドラフト一歩手前と言えばわかりやすいだろう。
﹁⋮⋮すまなかったな。﹂
﹁⋮いいわ、許す。ちゃんと帰ってきたんだし。
﹂
超兵器を野放しにしておけないのは理解できるから。
さっ、まずは傷を治しましょ
プレートがはめ込まれた扉があった。
ふと気づくと、目の前には艦娘修理用予備ドックと書かれた
?
275
?
肩は固定されているので心の中だけで肩をすくめる
﹁今回のことで零ね。自業自得よ。﹂
?
﹁予備ドックなんてものがあったのか
これからはここを使ってね
﹂
﹂
でも本当に予備だから狭くて一人ぐらいしか入れないのよ。
﹁まあ、正規のドックもたまに故障するからその予備よ。
?
何なら妖精さんも呼ぶ
﹂
?
そのため、代理で漣が報告に来ていた
だった。
数段酷いらしく、1度のお風呂による全回復は見込めないとのこと
も
医者の話では、ホタカのフィードバックによる負傷は他の艦娘より
い渡された
他の艦娘に比べて大きく負傷していたため、医者から自室療養を言
ホタカはお風呂によって回復はしたものの
﹁ああ、ご苦労。ホタカにも伝えておいてくれ﹂
﹁以上で報告を終わります。﹂
その後から焼けるような痛みが全身に広がった。
意を決して湯船につかる、初めは痛みは無かったが
││││││││絶対しみるよなぁ⋮
浴槽に張られた湯からは湯気が立ち上っていた。
いている
人一人が不自由なく利用できる程度、壁にはいくつもの手すりが付
淡い色のタイルに囲まれた中は広くなく
紅く染まった軍服を脱いで、浴場へ入る
一通りはそろっていた。
白い衣類。
一人分の衣類を入れる籠とタオル。それと入院患者が着るような
気遣いを丁重に断ってドアの中へ入る
﹁本当に大丈夫
彼女の肩に回していた手を外して自分の力で立つ。 ﹁解った。ここまででいいよ。ありがとう。﹂
?
﹁そ れ と、ド ッ ク 妖 精 さ ん か ら の 修 復 見 積 書 と 弾 薬 の 補 給 要 請 で
276
?
す。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹂
提督は答えない。
﹁ご主人様
﹁アーアーキコエナーイ。﹂
漣の額にアスタリスク︵比喩︶が浮かび上がり
1発の打撃音が執務室に響いた。
﹁あんまり調子のってるとブッ飛ばしますよ☆彡﹂
﹁ブッ飛ばした後で言うなよ⋮﹂
側頭部をさすりながら観念したように書類を受け取ると
漣はそそくさと執務室を後にする
その様子に嫌な予感を感じながら目を通すと彼は固まった。
︻修理資材見積もり︼
対象艦 ホタカ
必要資材 鋼材 2200単位
燃料 1800単位
所要時間 1週間
︻弾薬補給︼
アスロック 216発
ハープーン 112発
トライデント 40発
41cm砲弾 303発
152mm速射砲弾 1223発
35mm機関砲弾 5320発
必要弾薬 603単位
莫大と言うべき量の資材、体中から嫌な汗が噴き出す
これだけの資材量となると鎮守府の倉庫からPONと出すわけに
も行かず
277
?
大量の書類を書かなければならない。
﹂
さらに悪いことに、頼れる加賀は別の任務で出ている
臨時の秘書官は。
﹁⋮さて、楽しいデスクワークをしようか。北か⋮み
た。
︻大井っちが呼んでるんで行ってきま∼す
PS ドンマイm9︵^Д^︶︼
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁ふむ、予想以上だな。この艦は﹂
皆若かった。
海軍でも高めの階級の人間ばかりではあるが、奇妙な事に総じて
目を通していた。
細長いコの字型に並べられた机に座り、そのすべてが手元の書類に
集まっていた。
日本本土、大本営内にあるとある会議室に、何人もの海軍将校が
そう言ってすっとぼける艦娘がいたとか居ないとか⋮ !!!
執務室には彼一人
﹁逃げやがったぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァぁ
鎮守府に男の叫びが響く
﹂
そこに北上の姿は無く、1枚のメモ書きが壁に貼り付けられてい
?
上座に座るこの中でも最年長と思われる大将の階級章を身に着
278
﹂
?
﹂
北上さん風邪ですか
﹁クシュン
﹁あれ
!
﹁いんや。誰かが私の噂でもしてるのかね∼﹂
?
けた男が
机の上に何枚かの書類を落とした。
﹁たった1隻で我々の連合艦隊と同等。もしくはそれ以上の戦闘能
力を持つ戦艦ですか。
深 海 棲 艦 と の 戦 争 に 一 つ 区 切 り が つ け ら れ る や も し れ ま せ ん
ねぇ。﹂
コの字型に並べられた机の1番端、つまり末席に座る眼鏡をかけ
た痩身の男が薄く微笑む。
すると、その男よりも上座に近い位置に座る中将が面白くなさそう
に鼻を鳴らす
﹂
﹁フン。得体のしれない戦艦に手を借りるなぞ、帝国海軍の恥では
ないのか
﹁しかし西原中将。現在われわれが深海棲艦に対して決定打を打て
ないのも事実。
しかも超兵器と言う途方もない敵の出現。深海棲艦ならともか
く
超兵器は我々の手には余ります。
﹂
だからこそ、このホタカと言う艦を有効に活用するべきではない
でしょうか
い顔で跳ね返された。
﹁ならば杉本少佐。貴様はどうするべきだと考える
﹁その意志が無ければどうする
﹂
我々は彼に対し最大限の助力を行うべきかと。﹂
れば
﹂
彼女、いえ彼に何があってもこの国を守る意志があると確認出来
﹁そうですねぇ。まずは本土に呼び話を聞くべきでしょう
?
導弾。
数百キロを飛ぶ対空誘導弾に核兵器に匹敵する大型対地対艦誘
収をするべきでしょう
﹁とりあえず本土に係留し、本人からも話を聞きつつ技術情報の回
?
279
?
正論で返す眼鏡の男を、西原と呼ばれた将官は睨みつけるが涼し
?
優秀な電探に、強力な機関。何よりそれらを統一して運用するシ
ステム。
その場合はすぐに解体し、尋問しつつ技術情報を引き出す
どれもこれも我々には無く、必要な技術です。﹂
﹁甘い
べきだ
﹂
西原の強行案に少なくない数の将校が賛同する。
艦娘の解体とは艦娘と艦体のリンクを切ることを言う
その場合、艦娘はただの人間と変わらぬ存在になり
艦体もただの兵器へと変化する。この場合、艦娘といったんリンク
の切れた艦体は
同じ名前の艦娘であったとしても、もともとその艦とリンクしてい
た艦娘以外とは
基本的にリンクを結ばない。
そのため解体された後の艦体は基本的に鉄資源として再利用され
ていた。
艦娘の方は海軍に残る者もいるが大抵は社会の中へ入っていく
元艦娘と純粋な人との間にも子を作ることは可能であり、
前大戦によって人的資源が乏しくなっていた日本にとってこの事
は好意的に受けとめられた。
町を探せば元艦娘と言う存在がちらほら見つけることが出来る。
とはいえ、艦娘が登場してから長い年月が経っているわけでは決し
てないため
その数は多くない。
と威嚇するような中将の言葉を華麗にスルーして彼は
﹁西原中将。無理に解体を迫るのはやめておいた方が良いと思いま
すよ。﹂
何故だ
続ける。
彼が何をするかわかりませんからねぇ。
なれば
こちらの意志に従わない場合は解体の後尋問などと言うことに
﹁得体のしれない異国、いえ異世界で、
!?
280
!
!
ボクなら市街地へトライデントの発射をちらつかせる事位はし
ます。
現状、彼は友好的に真津提督およびトラック第2鎮守府の面々と
付き合っていますから。
こ
こ
その彼をいたずらに刺激するべきでは無い。と、愚考します。﹂
﹁一介の少佐の分際で⋮﹂
﹂
﹁その辺にしておけ中将。では杉本少佐、貴官は彼の戦艦を本土へ
呼ぶべきだと言うのだな
﹂
べきかと。﹂
﹁理由はそれだけか
﹂
この辺りで前線の艦隊と交代して戦闘の勘と言う物を取り戻す
かっていますから
と言うよりも一部を除いて本土の艦隊はここ最近戦闘から遠ざ
の練度を有しています。
﹁トラック第2鎮守府の面々は本土の艦隊と比べても遜色ないほど
忌々しそうに西原が言うが努めて無視する
﹁何
もらうのがよろしいかと。﹂
願わくばトラック第2鎮守府の艦隊と真津提督ごと本土へ来て
﹁ええ、出来るだけ早急に。
西原の話を遮ったのは上座に座る大将の1人だった。
?
いた。
微笑を浮かべて語る杉本の考えに、大将は納得したと言う風に頷
彼も気合を入れないわけにはいかないでしょうからねぇ。﹂
戦友、それも最初に出会った戦友がすぐそばにいれば
報告書によれば心優しい人となりのようですから
ます。
見知った仲間が本土にいた方が、手を抜かれる心配が小さくなり
もし本土への超兵器や深海棲艦の大侵攻があった場合
﹁彼と第2鎮守府の艦娘の関係は非常に良好です。
先ほどの大将の半目に、いえいえと返す。
?
281
?
河内大将
﹂
﹁どうでしょう、小野大将。杉本少佐の案を採用しては
﹁本気ですか
西原中将。
?
﹂
?
けていた。
中学生から高校生のような風貌、横向きにかぶった帽子
白を基調としたセーラー服をまとってはいるが
返しのついた手袋、黒いブーツ
﹂
そして右目を覆う眼帯など海賊のような印象も受ける。
﹁会議はどうだった
そう言いつつ、助手席に乗り込む。
﹁杉本さんの事だ。どうせまた引っ掻き回してきたんだろ
型乗用車が走り出した。
?
ついて話題が飛んだ
﹂
﹂
何度も繰り返され、定型化した会話を終えると今日の会議の事に
﹁まだまだ使えますよ。軍用ですからいろんな意味で頑丈です。﹂
﹁そろそろこの車も限界じゃないか
﹂
すると、ようやくエンジンが正常に稼働し旧式も良い所の九五式小
少女は一つ舌打ちすると、もう一度同じ手順を踏む
V型2気筒OHV強制空冷エンジンが数度唸り、止まる
きでエンジンをかける
口の端に笑みを浮かべた少女は運転席に乗り込むと、慣れた手つ
?
会議を終えて杉本が大本営を出ると、見知った少女が車に背を預
議題が次に移っても、西原は杉本を睨み続けていた。
﹁⋮反論もないようなので杉本少佐の案を採用する。では次に⋮﹂
有無を言わせない眼光に西原が言いよどむ。 ﹁それは⋮﹂
杉本少佐の考えは合理的なものだ。何か問題でもあるのかね
﹁なぜそこまで反対するのだ
河内と呼ばれた男は口の端を歪めた。
!!
﹁ええ、大事なく終わりましたよ。﹂
?
282
?
?!
﹁あの戦艦。ホタカって言ったっけ
﹁また移動か
次は何処だ
そいつってどうなるんだ
単冠湾か
ラバウルか
?
﹂
?
﹂
杉本の言葉に運転をしている少女があからさまに渋い顔をする
﹁取りあえず帰ったら書類の整理をしておきましょう。﹂
﹁ふーん。﹂
﹁此方に招くことになりました、出来るだけ早く。﹂
?
?
だった。
﹁フン
なぜあのような人間が会議に出ているのだ﹂
少女が杉本に手渡したのは白地に赤抜きで特警と書かれた腕章
ああ、預かってたもの返すわ。﹂
﹁ま、仕方ないか。部署が部署だしな。
鎮守府近海の警備ぐらいなら可能ですね。﹂
﹁残念ながらボクの指揮下にいるのは君だけです。
たまには景気よく出撃したいもんだ。﹂
か⋮
﹁杉本さんが言うならそうなんだろうな。あーあ、また書類と格闘
せんが。﹂
﹁恐らく⋮佐世保か呉でしょう。どちらになるかは、まだわかりま
?
眼下の景色を望む
ちょうど1台の古びた九五式小型乗用車が、土煙を上げて敷地から
出ていくところだった。
﹁杉本少佐。海軍内ではその頭脳で1目置かれるものの
本人が戦争をしたがらない事、上昇志向が皆無な事から
いまだに階級は少佐で海軍特別警察隊所属。
唯一の部下は軽巡洋艦木曾。
しかし、その艦は過去に問題行動があり特警の杉本少佐の元へ左
遷。
283
?
面白くなさそうに鼻を鳴らした西原中将は大本営2階の窓から
!
とは言う物のあの2人は裏で度々海軍内の不正を暴
き何人もの将校が軍法会議へ送られている。
⋮あまり敵にしたくない者たちですが、
会 議 に 出 席 で き る と い う こ と は 何 か し ら の コ ネ が あ る は ず で
す。﹂
窓からさす日光の当たらない陰に立つ猟犬のような雰囲気を持
つ男が、
杉本らの概要を話すが西原の機嫌は直っていなかった。
﹂
﹁ああそうだ、ヤツは河内大将の懐刀だと言っても過言ではない。
そのコネで出席している。﹂
﹁では、いかがいたしますか
﹂
﹁今は様子見だ。奴らが何を考えているか解らん。しかし、彼の艦
の動きは逐一報告せよ。﹂
﹁アサマ型装甲護衛艦2番艦ホタカ。ですね
﹁閣下は、何をお考えで
﹂
どんな災厄を運んでくるかわからん。﹂
﹁そうだ。あの艦は大日本帝国にとって異物中の異物だ。
我々
男に一つ頷きながら、窓際の席に腰を下ろす
?
る
これには何か関係性があるとは思わないか
﹁彼の戦艦は我々の味方だとは思うな。
﹁はい﹂
﹁そういう事だ。森原中佐﹂
偶然にしては出来過ぎですね。﹂
﹂
そして、ホタカは彼の超兵器の情報を既に持っていた⋮
海軍の公式見解から考えても少々強力すぎます。
深海棲艦が過去に沈んだ艦の怨霊であると言う
異常と言うよりも次元が違う戦闘能力を持つ兵器群
﹁確かに、もっとも最近確認されたレ級と比べて
一瞬考えをめぐらし、納得したように一つ頷く。
?
284
?
﹁超兵器だ。彼の艦が出現したころから超兵器の出現が始まってい
?
﹂
もし我々にとって不利な事態を引き起こす艦であった場合には﹂
﹁速やかに退場を願う。と言うことですな
森原の問いに西原は頷いて返した。
﹁うわっ、汚いわね。ほら。﹂
﹁ああ、すまない。﹂
ちり紙を受け取り、鼻をかむ。
﹁と言うか君はここに居ていいのか
任務はどうした。﹂
同時刻、トラック第2鎮守府の一室でクシャミをする者がいた
?
いな。
﹁怪我も病気も治り始めが肝心って言葉知ってる
﹁もうほとんど完治しているんだが。﹂
彼女の腹の虫はおさまっていなかったらしい。
一刀両断。あの時に一応許しはもらえたようだったが、
﹁ダメよ。けが人はけが人らしく寝てなさい。﹂
﹁少しドックの方へ⋮﹂
す。
この宇宙で最も消化の悪い物は時間であると言う言葉を思い出
最初の数日は惰眠を貪っていたが、いい加減暇になってきた。
居室にしかれた煎餅布団から上半身を起こしている。
現在のホタカの服装は薄い緑色の浴衣。
どうやら艦の修理が完全に終わらないと完治しないらしい。
養中だ
アレから何度かお風呂へ入ってはいたが、未だに完治しないため療
瑞鶴は手慣れた手つきでリンゴの皮をむき始める
いただこう。と言うホタカの言葉を聞いて、
リンゴもってきたけど食べる
﹂
﹁今日は非番よ。わざわざ来てあげたんだからありがたく思いなさ
?
暇なら本でも読めばいいじゃない。﹂
﹁もうあらかた読んでしまったよ。﹂
?
285
?
﹂
部屋の隅に目を向けると本棚が無いため乱雑に積まれたウィル
キア語の本
﹁じゃあ、今度何か持ってくるわ。適当でいいよね
﹁頼んだ。それと、僕の損傷状況も﹂
ないのか
﹂
﹁⋮教えてくれて感謝する。と言うかあの件は許してくれたんじゃ
普通の艦なら沈んでても可笑しくないわね。﹂
これだけやられても戦闘能力は保持していたから判定は中破
細かい損傷を挙げればきりがないわね。
リュープロペラ及び主舵脱落。
艦 底 装 甲 板 に も 破 孔 と 歪 み が 多 数 確 認。第 3 か ら 5 番 ス ク
ガスタービン16基中8基が完全にお釈迦、で2基が損傷
大破孔多数
右舷CIWS3基大破、1番砲塔中破、その他右舷側に命中弾と
破
後部艦橋大破、前部艦橋小破、煙突中破、1,3,5番速射砲大
特殊弾頭VLS大破
﹁左舷に被雷8、右舷に直撃弾30発以上、2,4,6,8,12番
背中に冷や汗が流れるのを感じる。
││││えーと、藪蛇
表情は笑みを浮かべているが金の瞳は完全に座っていた。
﹁それなら私が教えてあげるわ。﹂
んだためだ。
目の前で器用にリンゴの皮をむく彼女の額にキレイな青筋が浮か
確認したい。と言う言葉は言えなかった。理由は簡単
?
﹂
ここまで酷いとは思わなかったのよ。心配しなくても許してる
から。﹂
﹁それならよかったが、目が笑ってないぞ
﹁気の所為よ。﹂
﹁や、しかs﹂
?
286
?
﹁あの時はアンタの身体見て損傷を判断していたからね
?
﹁気の所為よ。﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁気のせいに決まってる。解った
﹁アッ、ハイ。﹂
﹂
﹂
?
おけ。﹂
た。
?
できるんじゃない
﹂
アメリカ海軍より性質が悪いわ。アンタなら単艦でハワイ占領
アイツラ沈めても沈めてもわいてくるからキリがないのよ。
してるんだけど
﹁んー。ハワイ方面とかへ出撃して深海棲艦から制海権を奪おうと
﹁そういえば君はこの頃何の任務をやっているんだ
﹂
口に入れると、シャリシャリとした触感と甘酸っぱい味が広がっ
たリンゴに手を伸ばす
どことなく面白くなさそうな彼女は無視して8つ切りに切られ
﹁冗談に決まってるでしょ
ばーか。﹂
﹁幸運な事に腕は動くからな、それは君の未来の恋人にでも取って
﹁⋮はい、剥けた。食べさせてあげよっか
無下にできないところが苦しい所であった。
自分の事を心配して怒ってくれているため、
完全敗北。そんな言葉がホタカの頭に浮かぶ。
?
た。
﹁ハワイまで行って戻ってくることは可能かもしれないが単艦でハ
ワイ占領は不可能だな。
僕にも陸戦隊は乗せられるだろうが。数が足りない
クルーが妖精さんだけである分、戦闘員は乗せられるが
目いっぱい詰め込んでも運べるのは1個か2個大隊程度。
これでは深海棲艦の陸上部隊がいたら塵殺される。
そ れ に 弾 薬 の 関 係 上 ハ ワ イ 近 海 に 居 座 っ て 支 援 砲 撃 も 出 来 な
い。﹂
287
?
半分本気の眼差しがホタカに向けられるが、彼は無理だと即答し
?
﹁トライデントで薙ぎ払うのは
が。
何とかならない
﹂
板に穴あいちゃうし⋮
﹂
﹁まあ、そうなるわね。でも⋮ジェット機なんて物乗せたら飛行甲
艦隊を送り込んで蹂躙するかの二択だな。﹂
確保しつつ
﹁ま、そういう事だ。物量で押しつぶすかジェット機で航空優勢を
ホタカの言葉に顔をひきつらせた。
バカみたいに金がかかるぞ
﹂
﹁1から町と基地施設、インフラを整備したいのなら止めはしない
?
?
﹂
にすればいい。﹂
彼の提案に瑞鶴は呆れたような顔になる
﹁それって改造って言うより、殆ど一から作るレベルでしょ
よ﹂
よ。﹂
﹁まさか持ってるなんて言わないでしょうね
﹁機材があればいいんだろ
﹂
無理
改造に必要な資材はともかく機材が無ければ妖精さんでも無理
アンタの世界ほどこっちは科学が発達してないんだから。
ね。
﹁主 力 艦 が ボ コ ボ コ 完 成 し て 沈 む 世 界 と 一 緒 に し な い で ほ し い わ
必要な機材と資材があれば十分可能なはずだ。﹂
その場合の改装プランは全て僕が持っている。
ジェット機を乗せて運用していることはよくあった。
母に、
﹁どうだろうな。僕らの世界では今までレシプロ機を乗せていた空
?
﹁大改装して飛行甲板の強度を高めジェット機を運用できるレベル
﹁
﹁簡単な事じゃないか。﹂
?
工作艦じゃあるまいし。﹂
?
?
288
?
瑞鶴の疑いの視線を手をふって否定する
﹁現物は流石にないが、設計図ぐらいならデータとして存在してい
るよ。
どうやら作られた時に軍関係の資料が見境なく詰め込まれたら
しい。
もしかしたらここの世界に革命を起こせるかもな。﹂
愉快そうに話すホタカにため息しか出なかった。
﹂
﹁アンタが居れば前大戦は勝ってたわね⋮﹂
﹁何か言ったか
﹂
﹂
?
それじゃ
﹂
!
た。
?
﹁第一艦隊、帰投しました⋮⋮⋮提督
﹂
皿の上には、一本の赤く長いリンゴの皮が置かれているだけだっ
リンゴの最後の欠片を口に放り込み、噛み砕く
﹁そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。﹂
静けさが戻った後、ホタカは思わず苦笑する
脱兎のごとく部屋を飛び出していく瑞鶴
﹁遠慮しとくわ
﹁ほう、なら今度は手の込んだものを⋮﹂
こういう時はよからぬこと︵瑞鶴視点︶を考えていることが多い。
その言葉にホタカの口の端が吊り上がった。
﹁みたらし団子程度で、買いかぶり過ぎよ。﹂
﹁君なら問題ないだろう。﹂
困ったように笑う彼女だが、満更でもなさそうだ。
﹁そんなとこよ。あんまり自信無いんだけどね⋮﹂
﹁それで教えてくれとせがまれてるのか
﹁この前料理したのがここの皆に知られちゃってさ。﹂
﹁約束
﹁さてと、ちょっと暁たちと約束があるからもう行くね。﹂
何でもないわよ。とパタパタ手を振る。
?
!
289
?
﹁ああ、無事で何より﹂
﹁何故貴方が大破してるのかしら
﹂
目の前には大量の書類に囲まれた。と言うよりも文字通り埋も
れている提督の姿
目の下には隈ができ、文字通り目が死んでいた。
﹁この書類、ホタカのね。﹂
﹁まあ、そういう事だ。次に出撃させる時は
トライデントの使用を控えさせるべきだな。﹂
﹁その分対艦誘導弾や対空誘導弾の使用数が爆発的に増加しそうだ
けど。﹂
﹁だよなぁ⋮﹂
ダバーと擬音がするほど涙を流すが、
彼女はいつも通りのポーカーフェイスで報告を始める。
﹁作戦は無事に成功、空母4隻、戦艦3隻、重巡4隻、軽巡3隻、雷
巡2隻、駆逐艦5隻を撃沈。
こちらの轟沈艦は無いけれど、青葉が中破、山城が小破ね。﹂
﹂
﹁ああ、ご苦労。青葉と山城にはドックに行ってもらおう。他に何
かあるか
﹁まさか、超兵器か
うだ。﹂
﹂
﹁そう、では空母を主体にした編制に
?
﹁ああ、と言ってもうちにいる空母は加賀と瑞鶴と瑞鳳と鳳翔だけ
加賀の言葉に頷く。
﹂
しばらくは敵陣深くへ進撃せず、哨戒に全力を挙げた方が良さそ
﹁加賀のいう事も解るが、希望的観測は排除するべきだろう。
る。﹂
その青葉も中破していた。機器の故障と言う可能性も十分にあ
たし。
﹁それについては解らないわ。ノイズを確認したのは青葉だけでし
今まで半死人だった提督がはじかれたように起き上がる
!?
290
?
﹁此方へ戻ってくる時に、青葉の電探にノイズが。﹂
?
だ。
正規空母と軽空母1隻ずつの艦隊を二つ作って二手に分かれて
哨戒だな。
加賀は鳳翔と組んでくれ。﹂
﹁搭載機数の事を考えれば妥当な判断ね。﹂
日本海軍初の航空母艦である鳳翔は排水量が1万トン程度であ
るため搭載機数も少ない。
加賀の場合、艦載機数は純粋な正規空母として建造された翔鶴型よ
りも多く
その数は帝国海軍でも最多である。
﹁明日か明後日にはホタカも戦線に復帰する⋮が。どうしたものか
⋮﹂
超高性能超高燃費な問題児の運用を考えると胃が痛くなってく
る提督
純粋な空母である分、艦体の空母としての性能は私よりも優秀
ね。﹂
珍しく他者をほめる加賀に少し驚く。
﹁そんな目で見られるのは不愉快ね。
私も認めるべき所では認めます。
問題は、攻撃に偏りすぎる所と、やはり練度不足。﹂
目の前で顎に手を当てて答える彼女に苦笑する。
﹁加賀と比べるのはかわいそうだろう
﹁それを差し引いても、まだまだ未熟です。
君は俺の所に来た最初の空母じゃないか。﹂
?
291
その前に胃薬と水が置かれた。
﹁ホタカは強力な電探を持っています。
﹂
私たちが出払っている時の鎮守府の防衛に充てるのが妥当では
ないかしら
﹂
?
﹁流石は翔鶴型、と言ったところかしら。
﹁ところで瑞鶴はどうだ
そうなるか。と嘆いて錠剤を口に放り込み、水で流し込む
?
全部沈められる技量もないのに
あれもこれもと全て自分でやろうとする。
よくこれで沈まなかったものだと逆に感心するわね。﹂
ずいぶん手厳しい加賀の指摘に当人でもないのに冷や汗が流れた。
磨
き
無くなら
﹁まあ、磨けば光る原石だ。しっかり磨いてやれ。﹂
﹁扱きすぎて潰れなければいいのだけど。﹂
割と本気ですが﹂
﹁ハハハ、冗談キツイなぁ﹂
﹁
││││││瑞鶴、イ㌔。俺は悪くないからな。
さて、どうやって指導しようかしら。と無表情で頭脳を回転させ
始める加賀。
ゾワリ。と背筋に尋常では無いナニカを感じた瑞鶴は振り向く
どうかしましたか
﹂
が、そこには鍋やフライパンの掛かった厨房の壁
﹁瑞鶴さん
﹁な、何でもないわ。﹂
?
瑞鶴が歓喜の涙︵加賀視点︶を流すのはそう遠くない未来だった。
瑞鶴への指導が非常に合理的︵加賀視点︶になり
胸に広がる嫌な予感は消えなかった。
不思議そうな顔をする吹雪に何でもないように取り繕うが、
?
292
?
﹂
STAGE│15 ホタカ、北へ
﹁本土への召喚⋮ですか
﹁ああ、そうだ。﹂
﹁失礼、聞き間違いでしょうか
﹁え
あたしも
﹂
既に九七式飛行艇が出発準備中だ。﹂
でもらう。
﹁そう言ったからな。ホタカと瑞鶴にはこれから空路で本土へ飛ん
僕には出港の必要は無いと聞こえましたが。﹂
?
その言葉にいつもは冷静なホタカですら呆けたような声を上げた。
彼の返答に、真津は﹁その必要は無い。﹂と返した。
﹁命令なら仕方がありません、すぐに出港準備を整えます。﹂
ホタカは瑞鶴と共に提督執務室に呼び出された。
艦体の修理が完了し、体の傷もほぼ完治したころ
?
﹁そうだ。﹂
﹁ちょ、ちょっと待ってよ
!
るって
﹁⋮これも嫌がらせの一環ですか
﹂
暗いオーラを身に纏い、深いため息を吐く提督。
こちらとしても非常に良い迷惑だよ。﹂
から
お蔭で哨戒任務の部隊編成や空域を考え直さなくちゃいけない
取り付く島もありはしない。
﹁俺も上層部にそう言ったんだが⋮先方は﹃命令﹄の1点張りでな。
2人からの視線を受けた真津は、疲れたように息を吐いた。
﹁僕も瑞鶴の意見に賛成です。納得のいく説明をお願いします。﹂
どういう事よ
﹂
そもそも超兵器が居るかもしれないのに、ホタカを本土に行かせ
ないの
アタシはこれから瑞鳳と哨戒任務じゃ
いつの間にか一緒に行くことになっていた瑞鶴が驚く
?
!!
?
293
?
!?
﹂
﹁それにしては露骨すぎるよ。まあ、心当たりがない事も無いのだ
が⋮﹂
﹁何なのよ
瑞鶴のキツイ視線に、観念したように話だす。
﹁⋮大本営から移動準備をするように命令を受けた。
次の配属先は佐世保だ。艦隊の全員を連れて移動するようにと
の事だ。
まあ、配置替えだな。赤レンガの住人達は若造が本土に来ること
が余程面白くないらしい。﹂
帝国海軍が年功序列よりも実力を重視する組織へ転換してから
日が浅い故の
如何する事も出来ない弊害であった。
﹁瑞鶴は古巣での事で事情聴取を受けるため、
ホタカは本当に帝国海軍にとって協力する気があるかどうかの
聴取。
と向こうは理由として言ってきたが⋮﹂
﹁﹃本土へ来るまでは大人しくしろ﹄と言われているみたいですね。﹂
ホタカが提督の言葉の後を続けて大げさに肩を竦める。
実際、この鎮守府にいる正規空母は瑞鶴と加賀のみ。
軽空母が他に2隻いるが、正規空母の半数が稼働できないのは致命
的だった。
一応、山城、伊勢、日向と戦艦は3隻存在しているが、派手に動く
には少ない戦力だった。
﹁そんな所だろうよ。気持ちは解らんでもないが、実行に移すなよ
なぁ⋮全く。﹂
こ
こ
﹁まあ、理由は解ったけど。ホタカが本土にいるときに、
トラックや何処かに超兵器が着たらどうするのよ。﹂
﹁出来る限り広い哨戒網を構築し、超兵器を発見しても刺激せず、拠
点の防衛に努め
高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応せよ。﹂
﹁提督さん、そう言うのを﹃行き当たりばったり﹄って言うのよ。﹂
294
?
呆れたように言う彼女に、俺が出した命令じゃないと反論してお
く。
﹁どちらにせよ。命令が来た以上賽は投げられてるんだ。
出来る限り早く返って来れるように、こっちからも呼びかける。
それに超兵器が出たら、出来る限り早くホタカが返って来れるよ
うに
手配してもらうから。それで勘弁してくれ。﹂
﹁⋮解りました。これより僕と瑞鶴は日本本土へ向かいます。﹂
﹁気を付けてな。﹂
お互いに敬礼をして執務室を出ると、外で待っていた加賀が視界
に入った。
﹁うっ⋮加賀さん。﹂
何故か瑞鶴が顔を引きつらせる。
忙しい時に一人抜けるのが後ろめたいのだろうとホタカはあたり
﹂
295
を付けた。
﹁貴方たちへの命令は聞いています。
こちらは私と瑞鳳、鳳翔さんで何とかしますので
出来るだけ早く、帰ってきてください。﹂
﹁努力するよ。﹂
﹂
﹁それと、瑞鶴。﹂
﹁⋮なんですか
る。
﹁⋮別に取って食おうとしているわけではないでしょう
﹁え∼と。これは
﹁見てわかるでしょう
これまでの深海棲艦との戦闘の記録よ。
嫌な予感に冷や汗が流れる。
そう言って手渡されたのは数種類の分厚い本。
した。﹂
道中はやる事も無いでしょうから、暇を潰せるものを持ってきま
?
加賀が自分の方に目線を移動させると、瑞鶴は反射的に身構え
?
過 去 の 戦 闘 か ら 学 ぶ こ と も 多 い わ。こ の 際 復 習 し て お き な さ
?
?
い。﹂
無慈悲な回答に、瑞鶴がフリーズする。
﹁2番バースに内火艇が用意してあるから。
それに乗って九七式飛行艇まで行きなさい、出発は2時間後。﹂
﹂
伝えるべきことを伝えると、彼女はさっさと執務室へ入って行っ
た。
﹁あまり時間が無いな。おい、何時まで固まってるんだ
ホタカが未だに固まっている瑞鶴の目の前で何度か手を叩くと、
ようやく彼女が再起動する。
﹁う∼。なんだかこの頃、加賀さんの扱きがきつくなってる様な気
がするんだけど⋮﹂
﹁それだけ期待されていると言う事だろう。
さて後2時間しかない、急がないと。
乗り遅れるのは面白くないからな。﹂
少しばかり速足で歩き始めると、その後ろを分厚い本を抱えた彼
女が付いていった。
必要なものを詰めたトランクを片手に2番バースに到着した彼
女は
いつもの淡い水色を基調とした軍服では無く、
﹂
暗い色のスーツを身に着け、同色のソフト帽を頭に乗せたホタカを
見つけた。
﹁なんでそんな格好してるのよ
れている。
基本的に海軍では艦娘が外出時に私服で出ることは認められて
いない。
ただし例外として一部の艦娘達、つまり露出が激しい艦娘達につい
296
?
艦娘達が来ている多種多様な服は、それ自体が軍服として指定さ
?
ては
上に羽織る上着のようなもの。もしくはその上から着ることので
きる
セーラー服などを着用することが認められている。
しかし、ホタカの場合は当たり前であるが特に露出が激しいわけ
でもない。
で、あるのに軍服では無くスーツを着用しているのは瑞鶴にとって
奇妙に思えた。
﹁あの後、部屋に服を持った不知火が来てね。
﹃知られていない軍服を着ていれば悪目立ちする可能性があるた
め
あ
の
服
例外的に、服務規程を免除する﹄と言う事らしい。
まあ、ウィルキア近衛海軍の制服を知っている人間なんていない
だろうから
﹂
こっちに来てからもそんな機会ないし。﹂
﹁君は航空機の操縦は
ば
九七式飛行艇の細長い胴体に内火艇が横付けされたのを確認し
﹁なるほどね。﹂
大空を飛行事は出来ないわ。﹂
飛ばす
甲板から航空機を発艦せても
飛
﹁無理よ。私は航空母艦だけど
?
297
妥当な判断だと思うよ。﹂
それもそうね。と納得して、横付けされた内火艇にトランクを積
み込み自分も乗る。
自分の機関に比べて、はるかに非力なエンジンが
10トンもない船体を沖に止められた緑色の飛行艇へ向けて推進
させた。
﹁九七式飛行艇かぁ⋮実際に乗るのは、って言うか飛行機に乗るの
すら初めてね。﹂
航空母艦。﹂
﹁それでいいのか
?
あんな所だったんだから。
﹁仕方ないでしょ
?
てから
操縦席の近くに設けられたハッチから内部に乗り移る。
外から見ている分には、40mに達しようかと言う長大な主翼や
それに取り付けられた4発の発動機、垂直双尾翼などにより、
文字通りの巨人機のようにも感じられたが、内部は思ったより狭
かった。
機内にいた妖精に誘導され付いた座席は、コクピットの最前列右
側
﹂
つまり、機長席だった。右を見ると副操縦席に収まった瑞鶴の姿が
﹁妖精さん。僕らはここに座っていても良いのか
ホタカの問いに、計器の上に立った九七式飛行艇の妖精さんは問
題ないと返答を返した。
彼女によると、妖精さんは艦娘と同じように考えるだけで思い通り
に機体が動くため
実際の所、操縦桿や各種計器類も彼女らが許可しない限り動かすこ
とは出来ないからだ。
ではこのコクピットが飾りであるかと言うとそういう事では無
く、
ワイヤなどで翼と物理的につながっている操縦桿などは妖精さん
の考え通りに動くため、
操縦桿などにはなるべく触れないようにとのことだった。
その他の理由として、万一パイロット妖精が何らかの事態で
飛行艇の操縦が困難になった場合に、人力で操縦するための措置と
言う事らしい。
﹁あのさ、アタシ達飛行艇なんて飛ばせないけど。﹂
﹁爆撃手妖精あたりに聞いてください。彼女らには知識はあります
が
実 際 に 機 体 を 操 れ る の は 私 し か い な い の で。ま あ、大 丈 夫 で す
よ。﹂
﹁ええ∼⋮﹂
あっけらかんと答える妖精に、瑞鶴の心に不安が芽生える。
298
?
﹁さて、本日はトラックエアラインズにご搭乗いただき誠にありが
とうございます。
トラック第2鎮守府発、霞ケ浦水上飛行場行。間もなく離水いた
します。
シートベルトをお確かめください。﹂
妙にノリノリでアナウンスする妖精に促され、シートベルトをつ
ける。
ふと、自分も空を飛ぶのは初めてだったことを思い出したホタカ
だったが。
特に恐怖心らしきものは無かった。
左側後方から、大きな音がしたので少し目をやると。
アスペクト比が9,7にもなる長大な主翼の一番左側のエンジンが
始動したのか、
3枚の翼を持つプロペラが勢いよく回転し始めていた。
続いて2番、右翼に移って3番、4番と起動し、合計4発の三菱金
星四三型発動機が起動する。
視界の端の何かが動いた瞬間、4発の発動機が発する騒音が一気
に大きくなり
コクピットから見える景色が後方へ流れ始めた。
その速度は見る見るうちに加速していき、それにつられるように
外に見える水しぶきや、体に感じる振動が大きくなっていく。
しばらくの後、目の前の操縦桿が手前に引き上げられ、機首が上が
り離水する。
その瞬間、今まで感じていた大きな振動は劇的に小さくなり、空中
に浮いたことを実感させた。
1基で約1000馬力をたたき出す金星が九七式飛行艇を重力
の鎖から解き放ち、
機体を蒼空へ持ち上げていく。眼下にトラック環礁が一望できる
ようになるのには
時間はかからなかった。隣で瑞鶴が息をのむのが見える。
﹁霞ケ浦まで直行出来ない事も無いのですが。
299
その場合、敵勢力の上空を通ることになりますので、1度台湾へ
向かいます。
そこで燃料補給後列島に沿って霞ケ浦へ行きますので。
台湾まで大体17時間、そこから霞ケ浦までは11時間。合計2
8時間です。
﹂
まあ、実際の所台湾で機体整備をしなくてはなりませんので
到着するのは明後日の早朝になるかと。﹂
れ
﹁解った。まあ気楽に飛んでくれ。﹂
﹁了解しました。﹂
妖精は笑って頷いた。
﹂
﹁ねえ、ホタカ。﹂
﹁どうした
こ
﹁アンタの世界ではさ。九七式飛行艇も空母に積んでたの
瑞鶴の疑ったような質問に苦笑いして答える。
﹁僕も実際見たわけではないが。
機体の下に台車を付けて空母に乗せて輸送しているところで敵
を見つけて
ぶっつけ本番で発艦できたもんだから、そのまま爆装、出撃して
目的地まで飛んで行った⋮
と 言 う 噂 が あ る ん だ。非 常 に 眉 唾 物 だ が な。よ く あ る 戦 場 伝 説
だと思うよ。﹂
﹂
﹁なんでだろ。アンタらの世界の事を思うと冗談だと思えない⋮﹂
﹁それはそうと、宿題。やっておけよ
フレンドリーファイア
﹁瑞鶴さん。これですよね
どうぞ。﹂
棒読みで返す瑞鶴に思わぬところから掩護射撃が
いやー残念、せっかくやる気になってたのにー。﹂
今から席立つわけにも行かないしー
﹁あ、〟間違えて〟荷物と一緒に後ろに置いちゃったわ。
な反撃に出る
口の端を吊り上げる悪魔の笑みを浮かべたホタカに、彼女は小さ
?
訂正。 援 誤 射 撃 ︵瑞鶴視点︶だった。
?
300
?
?
﹁爆撃手妖精さんが親切でよかったな。﹂
読めば⋮﹂
爆撃手妖精が持ってきた本が瑞鶴の膝の上に積まれる。
﹁⋮⋮⋮ハァ⋮読めばいいんでしょ
観念して一番上に積まれた本の表紙を開いた。
ガタン。と巨大な機体が揺れて、
﹂
いつの間にかまどろんでいたホタカの意識を強制的に覚醒させる。
﹁何が起きた
妖精が小さな指を指した向こうでは、巨大な雲が進路をふさいで
いた。
││││││まるで白い壁だな
ふ と、そ ん な 事 を 思 う。真 っ 白 な 雲 が 決 ま っ た 方 向 へ 流 れ て い
る。
そして、機体も依然と比べて少し大きく揺れているようだった。
﹁嵐か。﹂
﹁恐らく、台風でしょう。今は10月の頭ですから。
もしかしたら日本へ行くかもしれませんね。﹂
その言葉に、今まで本と睨めっこをしていた瑞鶴が顔を上げる。
﹂
﹁それじゃあ、台風が来てる時に超兵器が現れた時にはどうすんの
よ
301
?
﹁いえ、少し進路変更です。あれを見てください。﹂
?
﹁勢 力 圏 外 ま で 車 で 移 動 し て か ら 飛 行 機 に 飛 び 乗 る し か な い だ ろ
?
う。
﹂
妖精さん。目の前には雲しかないが⋮まさかこのまま突っ込む
とか言わないよな
襲う。
﹂
﹁ほ、本当に大丈夫なの
﹂
そして機体へ大粒の雨粒が叩きつけられ始め、機体を激しい揺れが
ス
一瞬であたりは薄暗くなり、前面のフロントガラスや頭上のガラ
その瞬間、緑色の飛行艇は真っ白な雲に突入した。
慌ててシートベルトを少しきつめに調整する。
一度確認してください。﹂
﹁これからしばらく激しい揺れが予想されます。シートベルトを今
がってくる。
そうこう言っているうちに、機体の目の前には巨大な雲の壁が広
問答無用で遭難と言う事にはならないかと。﹂
オリジナルの機体よりも少しは頑丈ですから、
多少の揺れは覚悟しておいてください。
その分機体が重いので高度を楽に稼げません。
﹁爆装はしていませんが、如何せん燃料が多い。
﹁大丈夫なの
上げて乗り切ります。﹂
燃料にもあまり余裕はありませんし、最低限の針路変更と高度を
全部閉じたんですよ。
﹁先ほどまで幾つも切れ間があったんですが、進路を変更する前に
弱った弱ったと頭を掻く。
﹁そのまさかですね。﹂
?
﹁雷か、直撃は勘弁してほしいな。﹂
瑞鶴が肩を落とした時、窓の外が一瞬だけ光る。
﹁そんなひきつった顔で言われても説得力無いんだけど⋮﹂
﹁大丈夫ですよ。これ位なら、何とかなります。﹂
若干慌てたような瑞鶴の声。
!?
302
?
﹁避雷針は有りますから。後は当たらないことを祈るのみですな。﹂
暴風に対して機体を傾けながらひたすら進む。
ふとホタカが、右側の雲の中に何かを見つけた。
幾つもの渦雷が取り巻く中、雲の中でも一際暗い部分に何かの影。
目を凝らしてみてみるが、その暗い雲の塊は台風の内側へと消えて
いった。
どうしたの
﹂
│││││気のせいか
﹁何
?
ので
少々遅れるかもしれませんが、よろしいですか
﹂
﹁ホタカさん。針路を変更したのと台湾で少し念入りに整備したい
るような⋮
│││││周囲よりも明らかに暗い雲まるで、〟何か〟が潜んでい
ついて考えをめぐらせていた。
瑞鶴と妖精が話している横で、ホタカはさっき見た不思議な雲に
﹁ありがとね。妖精さん。﹂
﹁何とか台風を抜けました。機体にも大きな異常は見られません。﹂
数十秒後、目の前には青空が、右側には真っ白な雲の塊が見えた。
る。
妖精が指し示す前方は、明らかに明るく雲が薄い事が見て取れ
﹁お二人とも、そろそろ外ですよ。﹂
﹁いや⋮何でもない。﹂
?
言い様のない不気味さはアメーバのように絡みついたままだった。
そう考えて、問題をひとまず置こうとするが。
うことを聞くかは解らん。
│││││まあ、いい。そのものを見たわけではないし。本土が言
ろう。﹂
﹁あ、ああ。構わないよ。大本営もこのことでとやかく言わないだ
き戻される。
思考の海に沈みそうになったところで、妖精さんの声で現実に引
?
303
?
台湾で補給と整備を済ませ、霞ケ浦に到着したのは明後日の夕方
だった。
平均水深4mの霞ケ浦に、巨大な飛行艇が飛沫を噴き上げて着水す
る。
着水した後は、両端のエンジンのみを動かし水面を移動し桟橋の真
横に停止した。
﹁いい腕ね。﹂
それはどうも。と軽く答えた後、妖精さんは出発時と同じく少々
芝居がかった口調で続けた。
﹁多少のアクシデントは有りましたが、霞ケ浦水上飛行場に到着い
たしました。
飛行艇を降りる際はお忘れ物の無いようにご注意ください。
この度はトラックエアラインズをご利用いただき誠にありがと
304
うございます。
またのご利用をお待ちしております。﹂
乗客の二人が桟橋に降りたつころには太陽が沈みかけ辺りが暗
くなり始めるころだった。
時期は10月の初頭、トラックと比べて冷涼な本土の風が二人を
包む。
隣で瑞鶴が思い切り伸びをして、長時間の飛行で凝り固まった全身
を解し
こっ ち
初めての本土の空気を胸いっぱいに吸い込む
﹂
﹁ん∼∼ッ、ハァッ。やっぱり本土の方がなんだか落ち着くわね﹂
﹁君は本土に来るのは初めてなんじゃないのか
白い軍服に身を包んだ細身の海軍将校は30代から40代程度
桟橋の陸地方向には一人の海軍将校と一人の艦娘。
突然背後から掛けられた柔和な声に振り向く。
﹁なるほど。では〟お帰りなさい〟と言うべきかもしれませんね。﹂
なんだかんだ言ってこの土地が故国なのよ。﹂
ホー ム
﹁私と言う艦娘はそうだけど、昔はここに居たからね。
?
で
シルバーフレームの品の良い眼鏡をかけ、柔和な笑みを浮かべてい
る
どこか紳士然とした男だった。
艦娘の方は白い帽子に白を基調としたセーラー服
両手には返しのついた手袋、黒いブーツ。そして右目には黒い眼
帯。
不敵な笑みを浮かべていた。
そして、どちらの腕にも白地に赤抜きで特警と書かれた腕章。
この国でその腕章を付けられる存在は限られている。
海軍特別警察隊、通称︻特警︼
主に海軍将校による犯罪の取り締まりや、
占領地における治安維持などを行う海軍版憲兵ともいえる組織。
﹂
先に口を開いたのはホタカだった。
﹁貴方方は
﹁申し遅れました。私は海軍特別警察隊第一課鎮守府付特殊命令対
策係、係長。
杉本京谷少佐です。﹂
﹁同じく特殊命令対策係、球磨型軽巡洋艦5番艦木曾だ。﹂
﹁ボク達は貴方方をお迎えに上がりました。﹂
目の前の人物達の正体を知って、2人は緊張を解く。
﹁トラック鎮守府所属、アサマ型装甲護衛艦二番艦、ホタカです。
わざわざありがとうございます。﹂
﹁同じくトラック鎮守府所属、翔鶴型航空母艦二番艦、瑞鶴です。﹂
自己紹介を聞いた杉本少佐は小さく頷いた。
﹁お二人ともトラックからの長旅お疲れ様でした。
帝都までは、ボク達がお連れします。﹂
﹁じゃあ、ついて来てくれ。﹂
振り返って歩きだした特警の二人について歩きだす。
いくつかの建物や格納庫らしき建造物を通り過ぎて、
駐車場の一角に止められた1台の九五式小型乗用車︵5型︶に乗り
305
?
込む。
﹂
操縦席には木曾、助手席には杉本、後ろにホタカと瑞鶴といった配
置だった。
いつもの倍の人数を乗せられたくろがね4起は、
エンジン音で抗議しながら帝都へ向けて走り出した。
﹁杉本少佐、大本営での用事はどれぐらいかかりますか
﹁そうですねぇ。ホタカ君の場合、
﹁
﹂
﹂
しかし、まさかこう言った事になるとは思いませんでしたが⋮﹂
﹁貴方が考えているようにボクが提案したのです。
﹁申し訳ない事⋮と言うと僕たちが本土に呼ばれたのは。﹂
貴方方には申し訳ないことをしました。﹂
﹁はい、出来るだけ短縮したのですが、力及ばずと言うところです。
瑞鶴が驚きの声を上げる。
﹁いっ、1週間ですかっ
長くて数日、早ければ1日で終わるでしょう。﹂
います。
瑞鶴さんの場合は、関係者の事情聴取ですが既に事件は終わって
数日から長くても1週間と言ったところでしょうか。
超兵器の関係でそういうわけにもいきません。
ころですが
本音を言えば半月程度の時間をかけてじっくり話を聞きたいと
?
﹁ボクはホタカ君の艦体ごと本土へ来てもらい、君の意志を確認し
た後
トラック第2鎮守府の人員を本土へ配備する事を提案したので
すが。
﹂
本土にはトラックの、いえ、真津提督の事をよく思っていない人
物たちが居るのですよ。﹂
﹁提督さんは、何故そこまで嫌われているんですか
﹁彼は非常に能力のある軍人ですが、あの若さで既に大佐です。
?
306
!?
苦々しげに答える杉本に、ホタカは訝しげな顔をした。
?
﹂
上層部の人間にとって彼がこれ以上出世することを面白くない
のですよ。
役職の数にも限りがありますから。﹂
﹁うわぁ⋮﹂
呆れたような声がホタカの隣から聞こえた。
﹁少佐が真津提督を本土に戻すのには、それが関係しているので
その問いに助手席の少佐は軽く頷いた。
﹁理由と言うよりも貴方方を本土へ戻すための言い訳、と言ったと
ころですねぇ。
現在本土には超兵器に抗しうる戦力がありません、超兵器との戦
闘経験がある部隊に
本 土 の 防 衛 に つ い て い た だ き た い の で す よ。国 民 を 守 る た め
に。﹂
﹁超兵器対策か⋮﹂
﹁それ以外にも、最近本土の艦隊の練度が落ちてきてな
このへんで南方の実戦に投入して練度を高めないとならないん
だよ。﹂
本土の部隊って精鋭ぞろいじゃないの
くは無いな。
﹂
呉や横須賀、舞鶴、佐世保に大湊。どの鎮守府にも精鋭艦隊は居
るけど
全部が全部じゃない。
﹂
それが艦隊レベルならまだしも鎮守府レベルで低練度の所が幾
つもあるからな。﹂
﹁鎮守府丸ごと使えないとか居ないわよね
﹁それが居るんだよなぁ⋮﹂
木曾が運転しながら器用に肩を竦めた。
﹁佐世保第三鎮守府や舞鶴第五鎮守府、横須賀は流石に無いが、呉第
?
307
?
今まで話を聞きながらハンドルを握っていた木曾が会話に加わ
る。
﹁え
?
﹁外地ではそう言われてるようだけど、本当に精鋭と言えるのは多
?
六鎮守府に
﹂
大湊第三警備府と言ったところかな
﹁そんなに鎮守府があるのか
﹂
?
﹂
彼
ら
さらに本土の民間人すらも国家が破綻する寸前まで虐殺された。
この間に、帝国陸海軍は文字通りの全滅と言うまで人員を失い
り
しかし、深海棲艦の出現と艦娘の出現の間には4年の間 隔があ
タイムラグ
艦娘の出現により現在の戦線まで押し戻すことが可能となった。
深海棲艦の襲撃により、帝国は1度だけ本土上陸を許したが
軍人の不足である。
とはいう物の、ここで大きな問題が立ちふさがる。
要な事だった。
艦娘の数が増えるに従い司令部を増やすことは為政者にとって必
軍事クーデターの防止。
個人が巨大すぎる武力を持つことは国家にとって害悪でしかない。
越してもはや恐怖だ。
しかし、政を行う立場の人間にとって上記の事は面白くないを通り
る。
つまり、たった一人でも大艦隊を率いることは理論上可能であ
の6人。
1個艦隊6隻を指揮する場合でも実質の指揮下に居るのはたった
非常に特殊なものであり、
艦娘と言うユニットはただ一人の艦娘が1隻の軍艦を操作する
てきた。
海軍の艦艇数が爆発的に増えた為に司令部を細分化する必要が出
場により、
少佐の話によると、艦娘と言う〟建造しやすい〟新しい艦船の登
﹁まあ、理由もあるのですがねぇ⋮﹂
ことはザラだぜ
﹁昔本土に在った海軍根拠地に、5,6ぐらいの鎮守府が固まってる
?
今現在、日本が国家としての体を成していることを奇跡と言う社
308
?
会学者は少なくない。
この四年間は、︻帝国が涙すべき4年間︼と呼ばれている。
そんな人的資源がカツカツの大日本帝国海軍にとって
指揮の助けとなる作戦参謀を司令部に対して付けられるほどの余
裕はなかった。
参謀を1人育成するよりも、艦娘を指揮する提督を1人育成するこ
とを強いられたのだった。
深海棲艦はその数をどんどん増していく為、それに負けないため
には多数の艦娘が居る
艦娘の指揮をするために提督と鎮守府が必要になる。
こういった先の見えない鼬ごっこが続いているのが現在の帝国海
軍である。
帝国陸軍も楽ではない。
深海棲艦にも陸上部隊は存在するため、島などを攻略、奪還するた
めには陸軍が投入される。
幸い、この陸上部隊は人類の手で滅ぼすことが出来るのだった。
とはいえ、陸軍には海軍のような艦娘と言う存在は居ないため、
従来通り人間の兵隊が必要になるが、先の4年間により国家の人的
資源は枯渇寸前。
本土に引きこもって人口の回復を図ることも日本のお寒い資源事
情により現実的では無い。
民間企業や陸軍、艦娘にも莫大な量の油や鉄が必要だった。
文字通り生存するために南の島嶼を再度獲得しなければならな
いが、
むやみに占領地を広げるとその分深海棲艦から守らなければいけ
ない領域が増えてしまい
逆効果になる恐れがある。
現在の帝国陸軍は海軍に比べて、人員数の補充では遥かに優遇さ
れてはいるが
それは必要に迫られての事であり、それでも人手不足は否めなかっ
た。
309
﹂
さらに帝国軍に若い男子が多数取られるため、出生率も伸び悩ん
でいる。
チェックメイト
﹁ザックリいうと⋮大ピンチってこと
﹁詰 みではないだけマシでしょう。﹂
﹂
チェック
﹁杉本少佐。貴方は米国や英国は今どうなっているとお考えですか
﹁⋮⋮⋮﹂
超兵器は我々にとってそれほど厄介なのです。﹂
詰 みになっていても可笑しくありませんでした。
チェックメイト
﹁正直、ホタカ君が居なければ王手を通り越して
す。
帝国の思った以上の窮状に後部座席に座った2人は嫌な汗を流
?
瑞鶴の少し緊張した様な声。
﹁⋮これはボクの憶測ですが、最悪の場合両国とも、少なくとも米国
はほぼ壊滅しているかと。
あれほどの規模をもった国でも、攻撃が効かなければどうにもなら
ないでしょう。
もし艦娘が彼の国に在れば、今頃太平洋から深海棲艦は駆逐されて
いるはずです。
しかし、現状ではこの有様、米軍機の情報すらありません。
北米大陸内に押し込められ、内陸部で戦っている可能性もあります
が
深海棲艦の陸上部隊は輸送ワ級が無事ならば永遠と言っていいほ
ど湧き続けてきます。
深海棲艦を叩けなければ、さすがの米軍と言えど数の暴力の前です
我々
り減らされていくでしょう。
もしかすると、大日本帝国だけがこの星に残った最後の人類と言う
可能性もあります。
あまり考えたくは無いですがねぇ⋮﹂
﹁そんな⋮﹂
絶句する戦友の横で、ホタカは杉本の意見が正しいだろうと考え
310
?
ていた。
彼自身も、人類滅亡のカウントダウンが始まっているとは思いたく
なかったが⋮
﹁まっ。俺たちは目の前の深海棲艦を沈めることに集中すりゃいい
んだよ。
﹂
どの道それしか方法はねぇんだから、アイツらを潰した後で他の
生存者を探せばいいんだ
﹂
﹁だってアンタ頭良いでしょ
﹂
?
電算機使えばその辺解るんじゃない
﹁おい、なんで僕に回ってくるんだ
こういう問題はホタカやお偉いさんに任せるわ。﹂
﹁それもそうね。今は眼前の敵に集中する時。
その声に、何故か根拠の無い安心感が同乗者に広がる。
た。
暗くなった車内の空気を払拭するように、明るい声で木曾が言っ
!
〟みたいな目は。﹂
?
違いしていないか
おい、なんだその〟え
違うの
﹁あのな、ボクの電算機をアカシックレコードやウジャトの目と勘
?
﹁解りました、それでは。﹂
その時間までにこの場所に来てください。﹂
上がります。
﹁いえいえ、これも仕事の内ですから。明日は0800にお迎えに
﹁送っていただき、ありがとうございました。﹂
宿舎の前に横付けされた車から2人と杉本が下りる。
目的地である宿舎まで話し声が車内から絶えることは無かった。
り
その後は、トラック鎮守府やホタカの居た世界について話題が移
ガックリと肩を落としたホタカ。
﹁杉本少佐、貴方もか⋮﹂
﹁高性能電算機ですか、興味をそそられますねぇ。﹂
?
?
311
?
お互いに敬礼をして振り返り、杉本は助手席のドアへ。
ホタカと瑞鶴は宿舎の入口へ歩いていき、建物の中へ消えていっ
た。
﹁中々面白い奴らだったな。﹂
﹁そうでしたねぇ。﹂
宿舎から自分たちのオフィスがある大本営へ向かう道中
彼らが載せてきた人物たちの率直な感想を、木曾が話していた。
一体何積んでやがんだ
﹂
﹂
フロントガラスには前を走る九四式六輪自動貨車の後ろが見え
ている。
﹁にしても、おっそいトラックだな
少々荒っぽくカーブを曲がる。
﹂
!?
ん。﹂
﹁その粗悪な日本製のマザーマシンも十分な数無いよな
﹂
日 本 製 の 精 度 の 低 い マ ザ ー マ シ ン で 部 品 を 作 る し か あ り ま せ
高性能なマザーマシンを欧米から輸入出来ない分、
性、性能に来ています。
粗悪な部品しか作れないのですよ。そのしわ寄せが機器の耐久
方をすれば張子の虎です。
現在は何とか防空網の体を成してはいますが、身も蓋もない言い
﹁帝都を守る電探設備は一度完全に破壊されてしまいました。
呆れたような木曾の声に、杉本は肩を竦めた。
﹁故障って⋮﹂
大型の台風の直撃を受けると故障する事が有るらしいのです。﹂
リケートな代物でして
﹁現在使用されている一号六型電探は性能は良いのですが、随分デ
﹁電探
他には⋮電探の部品でしょうか
大本営や関連施設の補強、補修資材。
﹁季節外れの大型の台風が近づいているようですからねぇ、
!
?
いましたから。
﹁その通り、帝国が涙すべき4年間で工場も相当数破壊されてしま
?
312
?
倉庫の中で眠っていた旧式のマザーマシンなど動くものは全て
使ってここまで復興しました。
南方から資源が入ってきている分、現状は改善されていくとは思
いますが
性能のいいマザーマシンを製造しないと資源を有効に活用でき
ません。﹂
﹁その性能のいい新型マザーマシンの研究にも人手が居るが⋮﹂
﹁現在の帝国にはその為に人員を裂くほどの余裕はありませんね。
何しろ戦時中ですから。現状を維持し、
﹂
ジワジワ回復しているだけでも奇跡かも知れません。﹂
﹁何というか⋮前途多難だな。おっ
目の前を走る大型トラックの車列がカーブを曲がる。
街頭は復興の優先度が低かったため設置されておらず、真っ暗闇の
帝都を
車のヘッドライトが頼りなく照らし出す。
ある程度の先は見えるが、それ以上は暗闇が口を開けていた。
その光景に、木曾は日本の現状を重ねてしまいハンドルを強く握
りしめる。
先ほどトラックが曲がった方向は、久我山方面へ至る道だった。
313
!
﹂
STAGE│16 帝都空襲
﹁おい、瑞鶴。大丈夫か
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁勝手に沈めないでくれる
﹂
﹁返事が無いな、只の漁礁のようだ。﹂
?
﹁何か頼んだのか
﹁どうだ
﹂
取り調べは終わったか
﹂
とりあえず、御薦めと書かれていた鶏カツ定食を頼む。
瑞鶴の指差した先には、壁に掛かった幾つものメニュー。
﹁竜田揚げ定食。アンタも何か頼めば
﹂
﹁ま、座んなさいよ。知らない顔でもないし。﹂
偶然中に入ったホタカが見つけたのだった。
その中の1つのテーブルに突っ伏している瑞鶴の姿を
彼らが居るのは大本営からほど近い位置にある食事処。
ゆらり、と机に突っ伏していた顔を上げる。
?
よ。
アンタはどうなの
﹂
アタシが犯人みたいに聞いてくるんだもの。やってられないわ
詳しいことを知ってるわけないのに。
件の事を知ったのが青葉の新聞なんだから
そりゃ、アイツの秘書官だったけどさ。
﹁アイツら本っっ当に根掘り葉掘り聞いてくんのよ。
ホタカの言葉に、一つ頷いた。
﹁だいぶ絞られているようだな。﹂
ハァ∼∼。と深いため息を付く。
?
﹁何それズルい。ってかなんで杉本少佐がアンタの尋問やってるの
なかった。﹂
少佐が質問して僕が答える。尋問されていると言う感じは受け
﹁僕の聴取の担当は何人かいるが⋮大体杉本少佐だからな。
?
314
?
?
﹁それがさぁ⋮⋮﹂
?
よ
﹂
﹁いや、あの人特警だろう
一応この件も海軍内の事だから
そこまで不思議な事ではないだろう。﹂
﹁特警ねぇ⋮あ、ありがとうございます。﹂
﹁先に食べるといい。冷めてしまっては勿体無いからな。﹂
﹁ん、解った。﹂
定食屋の親父が持ってきた竜田揚げ定食を受け取る。
大皿の上に大量の竜田揚げとキャベツの千切り、小鉢に里芋などの
煮物
わかめと豆腐の味噌汁、そして大盛りの白米。
成人男性でも食べきれるかどうかわからない量の定食だった。
しかし、彼女はこれが当然と言うかのように割り箸を割り
いまだ湯気が上がっている揚げたての竜田揚げをほおばった。
﹁⋮うん、美味しい。﹂
﹁よく考えてみれば、すごい量だな⋮﹂
﹁大型艦は燃費悪いのよ。ってかアンタも似たようなもんでしょう
が。﹂
﹁まあ、そうなんだが。﹂ カロリー
基本的に戦艦や空母等の大型艦の艦娘はよく食べる。
これは艦とのリンクにより多量の熱量が消費されるためと考えら
れているが。
目の前で、竜田揚げを頬張る少女のように
ここ数日リンクしていない大型艦の艦娘でもよく食べる。
ここの所はまだ良く解っていない。
とはいえ、出撃した際に消費される燃料、弾薬、ボーキサイトの
消費が多くなると
艦娘もより強く空腹を訴える様になり
カロリー
また、それらの消費の小さい駆逐艦や潜水艦、軽空母よりも、
消費の激しい正規空母や戦艦の方がより多くの熱量を必要とする
と言う
研究結果が出てきている。
315
?
?
なお、これらにも個人差があるようで同じ名前を持つ戦艦や空母
と言えども
他の個体に比べて小食だったり、健啖家だったりする。
これは個体差と言うよりも、艦娘の個人差と言うべきものである
とされている。
余談ではあるが、赤城の名を持つ艦娘は他の正規空母艦娘と比べ
て
健啖家の割合が非常に大きいと言う研究結果もあるが、真偽は定か
ではない。
自分の目の前の空母は、他の個体と比べてどうなのだろう。
と言う疑問がホタカの内に生まれるが、碌でもない事なので意識の
端に追いやった。
││││││そういえば加賀の方が良く食べてたな⋮
﹂
加賀さん﹂
誰ですかね⋮瑞鶴さんでは
﹂
そう言って、鶏卵で閉じられたカツを口に運ぶのだった。
ホタカの目の前にも定食が運ばれてくる。
大皿に鶏のモモ肉に衣をつけて揚げた鶏カツが何枚も積み上げら
れ
それを支える様にキャベツの山が出来ている。
他には小鉢にカボチャの煮物、ワカメと豆腐の味噌汁に大盛りの白
米。
割り箸を割って、1番上の鶏カツを口に運ぶ。
316
﹁む
﹁どうかしたの
﹁加賀さんの噂
?
﹁かもしれないわね。ま、どうでもいいけれど﹂
?
﹁いえ、誰かが私の噂をしているような⋮そんな気が。﹂
不思議そうな顔をする時雨。
り、
自分の横で特大サイズのカツ丼を頬張っていた加賀の手が止ま
?
?
サクサクとした衣の中には柔らかいもも肉。
肉汁が口の中にひろがった。
﹁うん、美味いな。﹂
﹁あ∼あ。また午後から取り調べかぁ⋮
このままだとホタカの方が早く終わるんじゃないの
件だからな。
君の場合は事件の裏づけの1つだろう
とは無いよ。﹂
﹁だと良いんだけどさぁ⋮﹂
﹂
僕より時間がかかるこ
﹁僕はめいっぱい短縮しても1週間だ。それだけ慎重にやるべき案
ふてくされたように味噌汁を啜る彼女に、それは無いと伝える。
?
れた。
帝都防空用電探設備に非常用発電機がないの
早めに部品を回しているらしい。それと発電機。﹂
﹁はあ
そして、1945年3月10日
る。
﹂
その後、防空能力強化のために成増飛行場が設置されることにな
も撃墜できなかった。
この攻撃により民間人に87人の死者が出た上に、B│25は1機
帝都に来襲し爆撃と機銃掃射を行った。
5ミッチェルが
米空母ホーネットから発艦した16機のノースアメリカンB│2
1942年4月18日
とはいえ、過去にこの聖域は何度も荒らされていた。
一種の聖域だ。
ここは大日本帝国の帝都、東京。国家として何を賭しても守るべき
?
﹁台風対策だそうだ。今度の台風で電探設備が故障しそうだから
﹁なんか妙にトラックが多くない
﹂
その時窓のすぐ外を大型のトラックが通り、窓枠がガタガタと揺
?
アメリカ名ミーティングハウス2号作戦が発動される。
317
?
呆れた顔をする瑞鶴。それもそうだろう。
?
第73、第313、第314の三個航空団。325機のB│29が
出撃
その時出撃したB│29はほぼ全ての機関銃、機関銃弾をおろし
約6トンの高性能焼夷弾を搭載した。
その結果38万1300発、1783トンが投下される。
当時の警視庁の調査では
死者 82793人
負傷者 40918人
被災者 1008005人
被災家屋268353戸
となっているが、実際の死傷者数はさらに多いと言われており、
単独の空襲による死傷者数は世界史上最大となった。
そして、帝国が涙すべき4年間にも幾度となく帝都には深海棲艦の
艦載機が飛来し
破壊の限りを尽くしていった。
このような悲劇が再び起こさないために、帝国は幾つもの電探基
地を建設し
外敵に備えている。しかし、高性能な電探も電気が無ければただの
前衛芸術作品であった。
﹁あるにはあるが、念を入れると言う事らしい。﹂
﹁ふーん。ま、ここまで突っ込んでくる深海棲艦が居ても横須賀の
連中が何とかするでしょ。
陸上にも飛行場は幾つもあるしね。﹂
│││││だと良いんだがな。
ホタカの脳内を、先日の台風の中の影が過る。
あれ以来、嫌な予感は胸中で静かに増殖を続けていた。
大本営地下2階のとある一室。
318
四方がコンクリートに固められた空間には、木の机と椅子2脚
壁際にも机が一つ。天井には簡素な裸電球。
しかし、性能と部屋の広さがあっていないのか若干薄暗かった。
﹁では、始めましょうか﹂
目の前に座り、ノートを広げた杉本少佐が午後の尋問開始の宣言
をする。
ここ数日と同じように非常に淡々とした口調で言葉が交わされて
いく。
注意しなければならないのは、
少しでも不明瞭な回答をすると容赦なく突っ込んでくる。
ここのところは流石は特警と言うところだろうか。
そのまま時間が過ぎ、突然部屋のドアがノックされる音が響く。
中に入ってきたのはティーセットと水筒を持った木曾。
これは、杉本がホタカを尋問している時のみに起こる事象。
319
つまり、休憩である。
本当ならこんな事はしないが、杉本少佐の希望は通りやすいらし
い。
こ の 時 間 は 少 佐 が い れ る 紅 茶 を 飲 み つ つ 四 方 山 話 を す る 時 間 に
なっていた。
﹂
﹁ところで少佐。﹂
﹁はい
それほどの大型建築物が必要になるほどの人間が居るようには思
街道を歩く民間人は確かに居るが、
他の建物の上に突き出しているのを見つけていた。
大本営まで戻ってくる途中、やけに巨大な建造物が
思えないのですが。﹂
失礼ながら、この帝都にはそれほど多くの民間人が居るとは
﹁それにしては、大型のビルの数が多いようですな。
ずいぶん復興できました。﹂
﹁ええ、帝国陸軍の工兵隊も手伝っていますので。
﹁帝都の復興は順調のようですね。﹂
?
えない。
要するに、人と建造物の量が彼の見立てではチグハグだった。
彼の言葉を聞いて、杉本の目が若干細くなる。
﹂
﹁ふむ、まさかそこに気が付かれるとは。﹂
﹁何か軍機に触れることでも
﹁いえ、どうせ市民に聞かれれば簡単に解ることですよ。
Flak tower
ホタカ君の言っている大型のビルは
帝都防空用の高 射 砲 塔ですよ。﹂
﹁やはり、そうでしたか﹂
ホタカの納得したような顔に、満足げに頷く。
﹁帝国が涙すべき4年間の間に深海棲艦艦載機の空爆に遭いまして
ねぇ。
まあ、艦載機程度なら人間の兵器でも落とせるのが救いでした
が。
その事態を憂いた陛下が、
帝都防空のために高射砲塔を作ることを提案されまして
それからです、この帝都に高射砲塔が建設され始めたのは。
現在帝都付近で稼働している高射砲塔は18基。
久我山に2基、皇居周辺に3基、田園調布、志村坂上
綾瀬、舟堀に2基ずつ、第一海保、第二海保、
西麻布、春日、深川に1基ずつです。
高射砲塔の近くには電探用の塔を持つ物もあります。
また、これらの高射砲塔は全て同じ規格でして
1基につき五式15cm高射砲4基、三式12cm高射砲4基、
ボ式40mm連装高射機関砲16基を備えています。﹂
五式高射砲、三式高射砲は共に本土に襲来する
B│29迎撃のために製造されたものであり
実際に少々の戦果も挙げている優秀な砲だった。
しかし、5式は特に生産数が少なく状況を劇的に改善することは無
かった。
﹁さらに、帝都内のビルの屋上には隠匿された
320
?
高射機関砲が無数に設置されています。
その数はざっと300基は下らないでしょう。﹂
﹁まさしく要塞都市と言う事ですか。﹂
﹁とは言え、建造している最中に艦娘が出現したものですから
今では無用の長物と言われていますね。﹂
困ったように苦笑いをする。
﹁なるほど。高射砲の操作は⋮陸軍ですか。﹂
﹁ええ、高射砲塔自体陸軍管轄ですから。
﹂
海軍がやっていれば高角砲塔と言う名称でしたでしょうねぇ。
さて、そろそろ再開しましょうか。﹂
﹁つかぬ事をお聞きしますが。この尋問は何時まで続くので
﹁ふむ、後2、3日と言ったところですね。
瑞鶴さんは今日で終わりと担当の者から聞きましたが。﹂
ホタカは既に冷たくなっていた紅茶の最後の一口を飲み干した。
翌日、千葉県野島崎某所
ここには大日本帝国陸軍の電探基地があり最新型の一号六型電探
が配備されていた。
しかし、現在電探を監視している彼のPPIスコープには
20分前から見慣れた走査線は表示されず、ホワイトアウトしてい
る。
原因ははっきりわかっている。窓をガタガタと揺らす大風と
そこに叩きつけられる大小の雨粒。
季節外れの大型の台風が日本本土に進行しており
﹂
それが引き起こした強風と大雨によって電探が故障していたの
だった。
﹁まだ治らないのか
﹁おいおい、合羽も着ていかなかったのか
﹂
?
321
?
部屋の中に入ってきた同僚はまさに濡れ鼠と言った風貌だった。
﹁ああ、粗悪な部品が多くて修理に時間がかかっている。﹂
?
﹁着て行ったが、この雨じゃ役にたたんよ。
もっとも、ここ合羽も上等なもんじゃねぇけどな。﹂
﹁どこもかしこも粗悪品ばっかりだ。
このままじゃヤスリ売りが大富豪になるぞ。﹂
言うんだ
納得いかねぇ∼。と嘆く同僚の横の椅子に入ってきた男は座っ
た。
﹂
﹂
言え
落ち着け桐谷
その元艦娘って
揺らすなっての
あの裏切者ぉ∼⋮誰だ
高橋が元艦娘の彼女作ったって話か
﹁そういや、お前知ってるか
﹁何をだ
﹂
﹁何っ
藤井
﹁アババババ揺らすな
﹂
!
!
!!
?
?
天誅下してくれるっ
﹂
駆逐艦って言やぁ年端もいかねぇ子供じゃねえか
?!
アンの少女趣味者がっ
!!!
﹁あ〟あ〟ん〟
今は横須賀の料理屋に住み込みで働いてるんだとよ﹂
2年前にPTSDになって解体されたらしい。
娘だ。
﹁アイツが彼女にしたのは横須賀にいた確か、文月って駆逐艦の艦
のを辞める
桐谷と呼ばれた陸軍下士官は、藤井の肩をつかんで前後に揺らす
!
!
?
!?
後生だっ
俺はヤツを打ち取らねばならん
﹂
﹂
てか俺も高橋に15cm加濃砲撃ち込みたいが押さえろ
﹁え∼∼と、どういう事でこんな事に
﹂
そんな事したら俺も陸軍には居られなくなるだろ
!!
藤井は慌てて羽交い絞めにした。
﹁はなせっ
﹁待て待て待て
うが
!
気持ちはわからんでもない、
!
!
きか固まる。
自分の班の二人がもみ合っているところを見てしまい如何するべ
電探の修理が終わったので報告に来た下っ端は、
?
!
!
322
!
!
本気で十三年式銃剣抱えて突っ込んでいきそうになった桐谷を
!!
!!
また、その下っ端が来たことを目視した二人も
先輩の威信にひびが入ったことを確認して黙る。
ガタガタと強風が窓を揺らす音だけが数秒間室内に響き
後、貴様はここで何も見ていない、いいな
もみ合っていた二人は無言で定位置に付く。先に口を開いたのは
修理は終わったか
藤井だった
﹁で
﹂
?
﹂
!
﹂
?
がキツクなる
﹁これは⋮故障。ではないな
﹂
桐谷の指差した先にはPPIスコープ。それを見た藤井の視線
﹁これを見ろ。﹂
﹁どうかしたか
少し怪しむような声を出した桐谷に振り向いた。
﹁おい、藤井。﹂
﹁ったく。タイミングが悪い⋮﹂
下っ端は陸軍式の敬礼をして戻って行った。
﹁失礼します
﹁よし、では配置に戻れ。﹂
﹁アッ、ハイ。修理は完了しました。﹂
?
﹁頼むから、電探の故障であってくれよ⋮﹂
を操作する。
藤井はPPIスコープに付いている無数の操作用ツマミやボタン
早に部屋を出ていく。
桐谷は横に取り付けられた赤いボタンを拳で殴りつけ作動させ足
一つ頷き合い、行動を開始。
大日本帝国陸軍軍人らしい気迫と緊張感が漂っていた。
その時の二人の間には先ほどまでのお茶らけた空気は無く。
その顔から彼も自分と同じ結論に達している事を読み取った。
藤井は隣に座る同僚の顔を見る。
﹁ならば⋮﹂
﹁ああ、故障ならこうはならない。﹂
?
323
?
誰ともなくつぶやく藤井の視線の先には方位1│5│8から方
位2│2│5
つまり南南東から南西方向にかけてのみホワイトアウトしたまま
の画面があった。
故障と言い切る事も出来るが、
﹂
彼の勘はこれが電波妨害であることを確信していたのだった。
﹁敵襲ですか
取り調べを終えて、瑞鶴が大本営に来るまでロビーで時間を潰し
ていると
突然騒々しいサイレンが鳴りだし、少し早足で杉本少佐がやってき
た。
ここ数日浮かべていた微笑を消してややこわばった表情で。
﹁ええ、どうやらそうらしいのです。先ほど横須賀鎮守府が
〟ワレ爆撃ヲ受ク〟と言う連絡を残して交信が途絶しました。﹂
﹁横須賀が、ですか⋮﹂
﹁ええ、これに対し大日本帝国安全保障特別指導部本営は空襲警報
を発令。
全ての高射砲塔に第1種戦闘配置を命令しました。
ホタカ君にはボクと一緒に本営まで来てもらいます。﹂
杉本に続き速足でロビーを抜けて台風が猛威を振るう外へ出
る。
﹂
見慣れたくろがね4起の助手席へ乗り込み、少佐がハンドルを握っ
た。
﹁運転できたので
﹂
?
2人の力を借りたいのでそこへ寄って行きます。幸い方向は同
てもらっています。
﹁今日彼女は木曾さんと皇居第2高射砲塔で備品搬入の手伝いをし
﹁そういえば、瑞鶴は
﹁ええ、木曾さんの方が速いですが。今は居ませんので。﹂
?
324
?
じですので。﹂ 杉本がキーを回した瞬間、遠くの方で爆音が幾度か響く。
││高射砲の発砲音
思わず運転席を見ると、苦虫を噛み潰した様な顔の杉本がいた。
﹁急ぎましょう。﹂
アクセルを踏み込み急発進したくろがね4起が、泥を跳ね上げな
がら駐車場を後にする。
フロントガラスにだいぶ小さくなったの雨粒が叩きつけられ、強
風が車体を揺らす。
2人を乗せた車両は台風の中、人っ子一人いない道路を疾走してい
た。
﹂
﹁少佐、深海棲艦の艦載機はこのような荒天での飛行が可能なので
すか
﹁不可能というのが海軍内での通説です。
深海棲艦の中でも練度の高い空母が放つ艦載機は夜間でも飛行
できますが
荒天下での運用は確認されていません。
しかし、もし深海棲艦側の新型機であったとしても
横須賀鎮守府がなす術もなく空襲され通信途絶とは、ありえない
かと。﹂
﹁と、すると⋮﹂
碌でもない予感にゲンナリした。
﹁ええ、だからこそ貴方が必要なのです。﹂
そこまで杉本が言った瞬間、
目の前にようやく見えてきた皇居第2高射砲塔の上部が黒煙に包
まれる。
頂上付近に据えられた4基の五式15cm高射砲が咆哮し、
それに続くように三式12cm高射砲も咆哮した。
無数の対空砲弾が分厚い雲の中へ消えていく。
﹁高射砲塔に付いたらホタカ君は2人を呼びに行ってください。
ボクは何時でも出られるように待機しています。﹂
325
?
﹁了解
﹂
間もなく車両は爆音を轟かせながら砲弾を吐き出し続ける高射
砲塔の元に至る
助手席から転がり出たホタカは、高射砲塔の主通用口から中に入っ
た。
短いトンネルを過ぎると内部には
避難してきたとみられる民間人がすし詰め状態になっている。
ぐるりと見回すが見知った顔は見つけられなかった。
焦る気持ちを抑えて、誰何してくる陸軍兵に2人の艦娘の事を伝
えると
スーツ姿の男が何故そんな事を知っているのかと不審がられたが
特警の杉本少佐の命と言うと、なぜか納得したように親切に教えて
くれた。
急な階段を駆け上がるたびに頭上に響く発砲音が大きくなって
いく。
陸軍兵が言っていた場所、3階、第2弾薬庫と書かれた部屋に滑り
込むと
40mm機関砲弾を抱えた中に見知った顔を見つけた。
﹂
﹂
どうやら弾薬運搬の手伝いをしていたらしい。
﹁ホタカ
﹁どうしたんだ
﹁ちょ、ちょっと
しておいた。
﹂
﹁で、これは只の空襲じゃねえよな
﹁ああ、恐らく超兵器だ。
台風に紛れて爆撃に来る深海棲艦なんて聞いたこともねぇ。﹂
?
もと来た道を戻る。持っていた機関砲弾は近くの高射砲要員に渡
状況が呑み込めずアタフタしている瑞鶴の手を引いて
!
﹂
横須賀鎮守府がやられたらしい。通信途絶だ。﹂
﹁なんだって
!?
326
!
﹁すぐに下まで来てほしい。移動しながら話す﹂
?
!?
﹁よ、横須賀って帝国最大の要塞じゃなかった
焦ったような瑞鶴の声に木曾が頷いた。
込んだ。
﹁本営でいいんだな
﹂
﹂
その後ろに2人が乗り込むの確認してから、彼女はアクセルを踏み
杉本少佐が助手席へ移動し、運転席へ木曾がのり、
既に雨は収まっていたが、風は非常に強かった。
最後の階段を駆け下りて、外へ続くハッチから脱出する。
﹁何はともあれ本営へ行かなければ話にならない。﹂
そんじょそこらの深海棲艦じゃない。﹂ 無数の対空砲に守られている。そこがやられたと言うのなら、
﹁そうだ、帝国最大規模の要塞だ。大口径要塞砲や
?
いします。
?
次の角を左へ曲がって。
!
﹁⋮
﹂
右の道路でトラックが事故を起こして道をふさいでる
﹁うっしゃぁ
﹂
荒天下でも運用ができた。そのため、こういう時は非常に役立つ。
違うので
艦娘と視界がリンクできる上に、飛行原理はオリジナルと根本的に
空母艦娘の能力の一つとして生み出されるこの機体は
前方へ飛び去っていく。
窓に手をかざすと、ミニチュアの零式艦上戦闘機が3機出現し
﹁大丈夫。今から飛ばすわ。﹂
杉本から受け取った地図を広げ目的の場所を見つける。
場所は目印をしてありますが、出来ますか
﹂
大日本帝国安全保障特別指導部本営までナビゲーションをお願
台風によって通れない道があるかもしれません。
すか
﹁はい、お願いします。瑞鶴さん、能力で艦載機を飛ばしてもらえま
?
横滑りする。
未だ路面が濡れていたので、木曾がハンドルを切ると車体後部が
!
327
?
!
木曾のすぐ後ろにホタカ、その左隣に瑞鶴が座っているが
この車両にシートベルトはついていない。
そんな中で急なハンドル操作をすればどうなるか
﹂
﹁きゃあ
もうちょっと安全に⋮﹂
!!
﹁ちょっ
飛ばすぜぇっ
!
﹂
﹂
ことは無かった。
!!
何と言う物を⋮
まるで雲による呪縛を振りほどくように、巨大と言う言葉では言い
オレンジ色の特徴的すぎる2つの機種が雲を突き破り
右上方の雲が下に向かって盛り上がったかと思うと
その時だった。
愕然としたような杉本の声。
いえ、それよりもなぜ小口径艦砲がこんなところにまで。﹂
﹁焼夷弾
900∼1300℃と言う非常に高温で燃焼し始める。
内部に詰められていたナフサを主原料とする主燃焼剤に着火し
ると
止めに焼夷榴弾砲から放たれた巨大な噴進砲弾が着弾して爆ぜ
305mm砲弾が直撃した建造物は木端微塵に吹き飛ぶ。
弾がビル群を半壊させ
次々に着弾する100mm速射砲弾が道路を抉り、500㎏誘導爆
色が一変した。
運転席からの絶叫、それに呼応するように車の後方から見える景
﹁何だありゃあ
﹂
木曾がハンドルを切って進路を修正した為、紅蓮の炎が直撃する
﹁ちぃっ
﹁なっ
何か文句を言おうとした時、目の前が赤く染まる。
﹁ホタカにでも捕まってろ
﹂
遠心力でホタカが右側の壁にぶつかり、そこへ瑞鶴も直撃する。
﹂
﹁うぉっ
!
!?
表せないほどの
328
!
!
!
!?
大きな機体が全貌をあらわにする。
主翼は途中から上側に少し反り返った逆ガル翼で片方2基ずつ
計4基のエアインテークが見える。両翼の間には2つの胴体
其々の胴体の下部には速射砲と焼夷榴弾砲、305mm連装砲、爆
弾投下ハッチ
上部には4基の速射砲が並ぶ。さらに胴体と胴体をつなぐ部分の
上側には
305mm連装砲が2基背負い式に配置してある。
空中戦艦と言う称号はこの化物の為にあるようなものだった。
﹂
何だそのアル﹂
頭下げろ
ような感覚を覚える。
﹁面舵20
!
﹂
この時ばかりは、木曾はくろがね4起の小さな車体に感謝する。
大小の礫をハンドルとアクセルワークで避けていく。
更に次弾が右のビルに直撃、瓦礫が道に降り注いだ。
次の弾は後方に着弾し、泥を噴き上げ
実に命中していた。
ホタカが無理やり瑞鶴の頭を下げさせていなければ、彼女の頭に確
後部座席の天井を突き抜け左の窓へ抜けた。
反対車線へ突進しようとした瞬間、飛来した100mm速射砲弾が
ら
ほぼ条件反射のようにハンドルを右に切り、車体を左に傾けなが
運転手が艦娘である木曾なのでプラスに作用した。
慌てていたので、何時も使っている号令が出てしまったが
叫ぶと同時に瑞鶴の頭を下へ押し下げる
!
こちらを狙っているのを見つけゾクリと背中を氷が滑って行った
アルケオプテリクスの左側の胴体に設置された速射砲の1基が
木曾が何かを言っているがホタカの耳には届かなかった。 ﹁おい
﹁始 祖 鳥、やはり此奴か⋮﹂
アルケオプテリクス
﹁超兵器
!?
何とか車が完全に反対車線に入り速射砲の射界から逃れると
329
!
天空からの速射砲の砲撃はようやく止んだ。
﹁あ、ありがと、ホタカ﹂
﹁礼は良い。少佐。﹂
﹁はい。木曾さん、次の角を左に曲がり
﹂
﹂
太田商事と書かれたシャッターへ突っ込んでください。﹂
﹁了解
﹁えええええええええええ
少佐のシャッターに突っ込めと言う命令、そしてそれに躊躇わず
に従う木曾
瑞鶴の絶叫が車内に響く。
タイヤを軋ませて角を曲がり、左側に見えた太田商事と赤文字で書
かれたシャッター
そこに躊躇いもなく突っ込んでいく。
││││││あ、死んだ
幸運な事に彼女の確信は裏切られた。
轟音と共にシャッターを撥ね飛ばした先にあったのは固いコンク
リートの壁でも
止められたトラックでもなかった。
緩やかな傾斜で地下に続く通路、明かりの無い通路をヘッドライ
トを頼りに進んでいく。
地下道
﹂
4人を乗せたくろがね4起は、炎上する帝都の地下へ消えていっ
た。
﹁へ
?
本当は自走対空車両の通り道だったですが、
まあこれでも本営まで行けるので良いでしょう。﹂
﹂
?
少佐の言葉に、ほっと溜息をついた。
﹁一息ついたところで、そろそろ放してくれないか
ホタカの苦言に一瞬呆ける
││││放すって⋮何を
本気で解ってない彼女に彼は若干頭痛を覚えた。
?
330
!?
!
﹁深海棲艦との初期の戦いの間に作られたものの一つです。
?
そして、ようやく彼女は自分が何をしていたのかを知る。
といっても大したことではない。ホタカの左腕に抱き着いていた
だけだ。
慌てて放すが、前部座席から放たれた温かい視線と生暖かい視線
が
ルームミラー︵後付︶を反射して瑞鶴に届いていた。
何だかいたたまれなくなって顔を伏せる。視線が更に強くなった
ことは
混乱の境地にいる彼女には解らない事だった。
ちなみに、もう一人の当事者であるホタカは我関せずと言った態
度で
これからどうするか思案していた。
時折振動するトンネルを抜けて、広い部屋にたどり着く
そこには、少佐の言っていた自走対空機関砲やトラックなどがあっ
たが
その殆どに埃や蜘蛛の巣がかかり、長いこと使われていないよう
だった。
一行はここで車を降りて、一番奥にあった坑道の様な細い通路を
進む。
幾つかの角を曲がり、10分ほど歩いた後、
行く手にこれもまた長い間使われていないようなハッチが出現す
る。 錆びついたハンドルを力技で強引に突破し、ハッチを開けると
さっきとは打って変わって絨毯の布かれた通路に出る。
壁や天井も今までのような岩盤がむき出しと言うことは無く、
木や漆喰で最低限の内装が整えられていた。
﹁本営の心臓部はこの先です。ついて来てください。﹂
それぞれ此処まで来る時についた埃を叩きながら歩いていくと
目の前にはこれまた重厚な両開きの扉。
その両側には100式短機関銃を持った2人の衛兵が立っていた。
331
﹁止まれ
第一種戦闘配置が発令された。
部外者の入室は認められない。﹂
毅然とした態度で話す衛兵に杉本は﹁河内大将の命令です。﹂と答
える
すると、先ほどまで警戒心むき出しだった衛兵の態度が目に見えて
変わり
2人で協力してドアを開ける。
中に入ると、直径20mほどの円形の部屋があった。
中央には円卓に椅子が10脚。部屋の周囲には無数の通信機が並
び
壁面には日本地図と日本の勢力図、そして帝都の地図
それらにはいくつもの印やデータが書き込まれ、
現在の大日本帝国軍の現状が手に取る様に解った。
40人近くが壁面に群がり、データ整理や何処かと通信などを行っ
ている。
中心の円卓には、5人の人影が見えた。
﹁やあ杉本。無事なようで何より。﹂
﹁ホタカ君が居なければ危うく死ぬところでした。﹂
真っ先に杉本に声をかけたのは一番奥に座る恰幅の良い海軍軍
人
﹂
しかし、オドオドとした口調や不安げな顔をみるととても軍人のよ
うには思えない。
﹁君がトラック第2鎮守府の、ホタカだね
恐る恐ると言う雰囲気で問いかける。
艦2番艦ホタカです。﹂
﹁同鎮守府所属、空母瑞鶴です。﹂
まさか取り調べ中の艦の手を借りるつもりですか
﹁私は筆木正志海軍中将だ。2人とも、歓迎するよ。﹂
﹁提督
今は帝国の、帝都の一大事なのです
﹂
!?
﹁はい、初めまして僕がトラック第2鎮守府所属アサマ型装甲護衛
?
332
!
かのような怪しげな艦の同席を許すおつもりですか
?
!
!
帰りたまえ
﹂
筆木中将の近くに座っていた中佐が声を荒げ、次にホタカ等に厳
しい視線を向けた。
﹁これは我々、本営の領分だ
貴様のようなものが出る所ではない
を手で制する。
﹁帰ってもよろしいが、本当にそれでよろしいのですか
?
﹁現状を教えていただけますか
﹂
﹁いや、待ってくれホタカ。君の力が必要だ。﹂
事態を打開したのは筆木中将だった。
何故か自分が大きな間違いを犯したような感覚にとらわれる。
口の端を僅かに歪める笑み、対峙している中佐は
﹂
高圧的な物言いに、何か言い返してやろうと1歩踏み出した瑞鶴
!
!
崩壊した。
幸い皇居への爆撃は防いだが⋮﹂
﹂
既に手は打ってある。貴様らに出来ることはない
その後を継いだのは先ほどの中佐だった。
﹁フン
﹁ならば宜しい。お手並みを見せていただけますか
﹂
さらに堅固なはずの高射砲塔が5基、大口径艦砲の射撃を受けて
折からの強風により、撃ち込まれた焼夷弾の炎が延焼している。
2割が焼夷弾によって焼失する見込だ。
帝都の市街地の1割が砲爆撃によって失われ、
に飛び去った。
その後、再び台風の雲に入り今度は帝都を砲爆撃し、宇都宮方面
そのほとんどが中破ないし大破着底している
砲爆撃を開始し鎮守府に停泊していた艦娘は
来
それから1時間後、台風と共に超巨大爆撃機が横須賀鎮守府に襲
た。
﹁4時間前、千葉県野島崎の警戒電探が大規模な電波妨害を察知し
?
努めて冷静に言うホタカに忌々しそうな顔をする。
﹁ッチ。状況を伝えてやれ﹂
!
333
!
?
!
中佐の横にいた通信士官が現状を報告し始める。
﹁現在、超兵器追撃のために3ヶ所の飛行場から
荒天下でも戦闘が可能な160機の疾風改、また47機の銀河が
出撃。
これらのパイロットは全て教官クラスの人間です。
深海棲艦相手ではない上に、的が大きいので
普段は妖精に雷爆訓練を行う教導隊の銀河も出撃しました。
空母艦娘による艦載機の攻撃は横須賀鎮守府が壊滅した為あり
ません。
超大型爆撃機の速度は320km/h程度ですので間もなく到
着の筈です。﹂
﹂
﹁兵が哀れですな。﹂
﹁何だとぉ
吐き捨てられたホタカの言葉に、中佐が激昂し
艦娘達はギョッとした。
﹂
﹁筆木提督。これだけは言えます。﹂
﹁何だ
る。
﹁全滅です。貴方方は301名の肉塊を生産したに過ぎない。﹂ 334
!!
次にホタカから発せられた言葉によって、一瞬本営内が静まり返
?
STAGE│17 始祖鳥の嘴爪
高度3000m
平均風速が15m/sを超える台風の勢力圏内
無数にある雲の中の1つから無数の影が出現する。
それは渡り鳥の群れでも、未確認飛行物体でもない。
緑色に塗られた航空機、それも軍用機に分類される
この世界での天空の覇者の群れだった。
その群れの中の1機。
深緑の機体に赤い円が描かれ、零戦や隼と比べると大柄な機体
四式戦戦闘機疾風とよく似ているが主翼が若干大きい等の細か
な差異があった
その中でも、もっとも大きな相違点は心臓そのもの。
この機体に積まれているのは、戦時中疾風に積まれていたハ45│
21ではなく
流線型のエンジンナセルに覆われた内部にはハ44│13型発動
機が収められていた。
それは重厚な駆動音とともに2400馬力をたたき出し
メインシャフトにつながった4枚羽のプロペラを力強く回転させ
ている。
キ117。この機体は疾風により大馬力のエンジンを搭載し
高高度能力を向上させた型だが設計のみで終戦を迎えてしまった。
しかし、そのまま歴史に埋もれるはずであったこの機体は
深海棲艦と言う新たな敵の出現によって量産、配備が決定した。
本来であるならば、菊花や火竜等のジェットエンジンを持つ機体
を
配備すべきではあったが、日本にそれらを量産する力は残されては
いなかった。
そんな中で更に幾つもの奇跡と偶然が重なりあった結果、このキ1
17は疾風改の名を授けられ
戦いの空へ舞い上がることを許されたのだった。
335
疾風改
終わりも勝利も見えない闘争ではあったが、帝国の盾となる機会
を得た彼らは
艦娘と言う対抗戦力が現れるその日までの苦しい日々を戦い抜き、
そしてまた今日も、新たな敵へと向かって大空を翔けていた。
﹂
突然、台風による突風が編隊を襲い、数機がよろめくがすぐに体
勢を立て直して
何事もなかったかのように飛行を続ける。
﹁∼∼ッ、アイツ等を連れてきたのは間違いだったかな
そんな僚機の様子を見て思わずため息を付く疾風改のパイロッ
トが1人。
切れ長の目を飛行眼鏡の内に収め、口元はへの字に曲がっていた。
﹃あれだけ言っても聞かなかったんだからな。なんとか残してきて
も
機体かっぱらって付いてきただろうさ。﹄
すがのれいじ
おおせゆいと
雑音交じりの通信機から聞こえてきた声に不機嫌そうな顔のま
ま答える。
彼の名は菅納零士、若いが相棒の大瀬結人と共に
﹂
幾多の深海棲艦の艦載機を叩き落してきたエースパイロットだっ
た。
﹁あ∼くそ。ピクニックじゃねぇんだぞ
﹃台風の日にピクニックは豪胆だな。﹄
﹃アイツ等には掩護に徹するよう言ってあるし、
相棒﹄
自分にできない事を無理にやる馬鹿じゃない。
お前がそこまで心配するのは少し意外だな
﹃戦闘機乗りの勘、か
﹄
だけど、今回の獲物はヤバい。理由はハッキリしないが。﹂
のは初めてかもな。
﹁そうかもな、お前の言う通り俺がこの土壇場で他人の心配をする
?
336
?
彼の小隊の2番機であり悪友であり相棒である男だった。
ハッハッハと呑気に笑っている声の主は
?
﹁そんなところだ、なんだかこう⋮後頭部がチリチリくすぶってい
?
るような。そんな感覚だ。﹂
通信機の向こうの声が一瞬黙り込む。
﹃⋮相棒の勘は当たるからな。だが、今更どうしょうもない。﹄
﹁そうだ。飛び立った以上、いつも通り叩き落とす。それだけだ。﹂
﹃その意気だ。﹄
それきり通信が切れて、コクピット内をエンジン音と風切り音が
支配した。
そろそろバカでかい爆撃機が見えても可笑しくはない。
目を凝らして雲が浮かぶ空を探す。目標は巨大であるため、見逃
す事はありえない。
目標発見
﹄
通信機から絶叫が響いたのはまさにそんな時だった。
﹃2時下方
﹄
﹄
!
く
﹂
﹃俺達も行くぞ
﹁お前こそ
死ぬなよ
前方を飛んでいた疾風改の編隊が次々と翼を翻して突入してい
﹃戦闘開始
アルケオプテリクスのあまりの大きさに、少しの間絶句する。
大きな雲を突き抜けて出てくるところだった。
の影が
雲の切れ間から自分たちよりも500mほど下を飛ぶオレンジ色
下と聞いて若干機体を傾けると、
!!
だが、彼らの中に恐怖は無かった。
を黒く汚している。
見れば四方八方に放たれた速射砲弾が空中で次々に炸裂して空
それまでいた場所を速射砲弾が突き抜けていき後方で炸裂した。
寒気が走りフットバーをけっ飛ばし機体を横滑りさせた瞬間
狙うのをとらえる。 彼の視力は、爆撃機の胴体に設けられた幾つもの速射砲がこちらを
0馬力が咆哮する。
操縦桿を倒し突入態勢。スロットルを目いっぱい開くと240
!
337
!!
!!
!
│││││当たらない対空砲なんざ綺麗な花火さ
そう自分たちに話した元パイロット現整備士は、
﹄ 基地で自分たちの帰りを待っているだろう。
﹃花火の中に突っ込むぞ
相棒の力強い声が聞こえ、知らず知らずのうちに操縦桿に込める
力が強くなった。
先頭の隊長機の翼と胴体から4つの火線が伸びる。
疾風改の胴体に搭載された二式二十粍固定機関砲ホ5と
主翼に搭載された五式三十粍固定機関砲ホ155│IIは
深海棲艦の艦載機に命中するとほぼ1撃で木端微塵に出来る非常
に高い威力を持っていた。
しかし、その火線はアルケオプテリクスに命中しない。
防御重力場ではない、射程距離外だったのだ。
戦闘機のパイロットは、コクピット前部に取り付けられた照準儀を
用いて射撃を行うが
目標との距離は自らの間隔でつかまなくてはならない、そのため
相手が巨人機であると目測を誤り射程距離外で射撃を始めてしま
うことがあった。
その隊長機はすぐに射撃を辞め、時折進路を変更しながらさらに
突入を続ける。
菅納と大瀬の疾風改も猛烈な弾幕をひらりひらりと躱し、肉薄して
いった。
再び隊長機の機関砲が咆哮し、20mmと30mmの機関砲弾が火
花を上げて着弾していく
欲張って射撃をつづけることなく流れるように回避機動、続く僚機
も同じように攻撃を続ける
隊長機が率いる編隊の、最後の一機が射撃を終えると同時に、菅納
﹂
は背筋が寒くなった。
﹁なんて装甲だッ
爆撃機の装甲に少し傷をつけた程度の損傷しか与えられなかった。
338
!
4機の疾風改による航空機関砲の連撃は、
!
出発前のブリーフィングで出来るだけ同じ個所に攻撃を集中して
撃墜する
と言う作戦を伝えられたが、それが根底から瓦解した瞬間だった。
それでも、あきらめずに突入していく。次の一撃で装甲板を貫け
る
そんな根拠のない自信に任せて攻撃するしか、今の彼らに選択肢は
無かった。
照準器からは既にアルケオオプテリクスははみ出している。
すぐさまトリガーを引き絞りたいと言う欲求を抑え込み、空中衝
突の未来から目を背ける。
││││││ここっ
狙うはここまでで最も攻撃が集中した左翼部後方、推進器らしき
場所
近くの胴体に据えられた連装速射砲からはひっきりなしに砲弾が
吐き出されている。
トリガーを握りしめると、胴体と主翼の機関砲がリズミカルに咆
哮し
耳をつんざく轟音と、振動が体を貫く。
機関砲の振動により視界がブレるが、感覚で攻撃時間を見極め操縦
桿を引いて
衝突を回避する、大瀬機も後に続いたようだ。
﹄
すぐさま後ろを向くが、認めたくない現実が広がっていた。
﹃この化け物がっ
自分たちが攻撃した所は、無数に傷つき目に優しくないオレンジ色
の塗装が剥がれていたが
それでも奴の装甲は貫いていなかった。
上昇していた機体を捻り、アルケオプテリクスの上方で背面飛
行。
彼にとっての真上で、仲間たちが機銃掃射をかけているが有効打に
は程遠いようだった。
339
!
通信機からの大瀬の悪態がどこか遠く聞こえた。
!!
しかも突撃していく機体の中で少なくない数が、
対空砲の直撃を受けて木端微塵に吹き飛ばされていた。
直撃は避けられたが機体に損傷が発生したモノは、
回避機動が鈍った瞬間に100mm砲弾に撃ち抜かれて爆砕され
る。
﹄
﹂
離脱を行おうと翼を翻し、腹を見せてしまった機体は文字通り対
ヘッ ド オ ン
コクピットだ
空砲弾に貫かれ落ちていく。
﹁大瀬
い。﹂
﹃やるしかないか。ああクソ、給料に見合わねぇ敵だ
!
トも巨大である
とはいえ、あれほど巨大な機体であるのでそれに比例してコクピッ
いかなる手段を用いてでも撃墜せよと言う指令が下っていた。
しかし、万一エンジンへの攻撃が通じなかった場合は
超兵器が不時着と言う手段を選ぶ可能性が出てくる。
れば
機体は墜落し大破してしまう。エンジンを破壊し推力を喪失させ
コクピットへの攻撃をし、超兵器のコントロールが失われると
したかったのだ。
帝国としては深海棲艦に対しての切り札となりうる超兵器を鹵獲
帝国軍のある目論みも隠れている。 もあったが、
これには帝疾風改の30mm機関砲に絶対の自信があると言う面
だった。
戦闘機隊はアルケオプテリクスの推進器を重点的に狙えと言う事
出撃前のブリーフィングでは、
﹄
﹁やってみなければわからん、ここがダメなら銀河に任せるしかな
﹃効果あるのか
危険だが対面攻撃でコクピットを狙う
!
いくらヘッドオンで機関砲弾を叩き込んだところで攻撃できるの
はほんの一部であり
340
?
!
!
有効打が与えられるかは疑問だった。
さらに、相手の速度は約320km/hであり、こちらの最高速
度は700kmを超える
つまり正対すると相対速度は1000km/hを上回る可能性が
ある
流石に全速で突っ込みはしないが、ある程度の相対速度を保てば
機関砲弾により多くの運動エネルギーを乗せられる。
唯でさえ彼我距離を測りづらい巨人機である上、速度を上げ過ぎれ
ば
攻撃の開始と終了のタイミングも難しくなる
有体に言えば贅沢すぎるチキンレースだった。自分の生死がか
かっていると言う点を除けば⋮
そんな考えを虚空に捨て去って、
が
0時上方
﹄
一斉に急降下爆撃体勢に入ったところだった。
四機一組、あるいは三機一組になって機体を傾け
アルケオプテリクスの未来位置へ突入していく。
それを察知した超兵器は上面に豊富に設けられた速射砲群の半
数以上を
急降下爆撃隊へ向けて猛射を開始する。
降下中の為、満足のいく回避行動をとれない銀河は次々と被弾
爆散していくが一機たりとも逃げる者はいなかった。
40機を割り込んだ銀河隊が菅納たちの真上を通過していく
空気抵抗の増大を避けるため、内側に開いた爆弾層の中には
黒光りする八〇番通常爆弾一型改四が、ちらと見えた。
航空機相手と言うことで戦艦用徹甲爆弾では
341
アルケオプテリクスから距離を取るために全速で巨体を追い抜く。
銀河が突入するぞ
!
後ろから飛来する速射砲弾が機体の横を掠め飛んで行き肝を冷や
した。
﹃相棒
!
大瀬の声に反応して正面上方を見ると、編隊を組んだ銀河47機
!
炸裂する前に突き抜けることが危惧され通常爆弾の採用だった。
││││徹甲爆弾を持ってくるべきだったかもな
そんな事を一瞬考えてしまうが、彼には如何する事も出来ない。
1瞬のうちに頭上を銀河の群れが飛び去って行く
﹄
﹄
﹁そろそろ旋回する。突入速度は550km/h。﹂
﹃どっち狙う
さあ、もう一度突っ込むぞ
﹁左機首。逆は任せた。﹂
﹃了解
ちが吹き飛んだ
パイロットの残骸だった。
トに響く
﹃噴進弾だ
此奴は噴進弾を持っている
銀河隊は全滅した
﹄
﹄
﹄
対空噴進弾なんてどっから仕入れてきやがった
﹃銀河隊は全滅
﹃クソ
!
﹃目標上部に多数の発射機らしきものを確認
!
﹄
疾風改パイロット達の悲鳴のような報告が雑音交じりにコクピッ
通信機からは、今の一部始終を見ていたらしい
文字通り全滅である。
銀河も居なかった
辺りには銀河の姿は見えず突如出現した太陽から脱出してくる
爆発炎
外板、機銃、電探、爆弾倉扉、そして、黒こげになり、体のあちこ
ロペラ
それは、今まで銀河だったものの主翼や尾翼、主脚、キャノピー、プ
んでいるのが見える
しかし、その太陽をよく見てみると何かの破片が四方八方に吹き飛
彼らの前上方で一つの太陽が誕生した。
同時に翼を翻し、超兵器と正対した瞬間。
!
?
言う感情だった。 ?
﹁命令は命令だ。一撃当てて効果が無いようなら撤収する。﹂
﹃相棒、どうする
﹄
様々な報告が上がっているがそれらに共通しているのは驚愕と
!!
!
!?
!
342
!
!
﹃同感
こんなところで死んでたまるかってんだ
││││││化け物め
だった。
﹄
まるでそこだけ雪化粧をしているかのように真っ白に染まるだけ
アルケオプテリクスのコクピットの風貌は砕け散らず
彼は確かに無数の機関砲弾が直撃するのを見たが、
火箭が豆粒の様な戦闘機と巨大な超兵器のコクピットをつなぐ。
再度、彼と彼の相棒が駆る疾風改の2種類の機関砲が咆え
前方を向く発射機が必ずしも必要で無かったと言うことを
発射機は前方の無かったのではなく、
しかし、彼はすぐ後に気づくことになる
前方を向いている発射機が確認できないのは僥倖だった。
そのうえ対空ロケット弾まで持っている、
く振動させる
速射砲弾は相変わらずこちらを目指して飛来、炸裂し機体を細か
日本帝国軍史上最も危険なチキンレースが開幕する。
すぐに意識を元に戻す、チャンスは1度きり失敗は戦死
あのコースでは味方には命中しないだろうと考えて
けて打ち出される。
すると、超兵器の上部から白煙が上がり10近い噴進弾が上空へ向
トリガーに指をかけて、その時を待つ
既に超兵器のコクピットが収められていた。
彼我距離は見る見るうちに小さくなっていき、照準器の中には
!
昇する。
﹁どうだ
大瀬﹂
﹃ダメだ。だが、後一撃あれば貫ける。﹄
だがな、ヤケに味方が少なくないか
﹄
四角い発射機の上ギリギリをとびぬけて超兵器とすれ違い、反転上
幾つもの連装速射砲と、胴体からせり出してきたらしい
心の中で今日何度目かの悪態をつきつつ上方へ離脱する、
!
﹁俺も同感だ、もう一度やるぞ。﹂
﹃おう
?
?
343
!
!
相棒の指摘を受けて素早く辺りを見渡すと
それまで超兵器の周りを飛び回っていた160機の疾風改の姿は
どこにもなく
多く見積もっても60機程度だった。
不審に思ったその時、彼の疑問は氷解する。
超兵器の背中がまたも白煙に包まれたかと思うと、40発近いロ
ケットが打ち出され
﹂
﹄
それはまるで意志を持つかのように、味方の疾風改を追尾し始めた
﹁誘導弾
﹃振り切れぇぇぇぇぇ
狙われた38機の疾風改は、速度を上げたり急旋回で避けようと
するが
その槍は残酷なほどに賢しく力強かった。
速度を上げた疾風改は、ロケットモーターを装備したミサイルに
簡単に追いつかれてその身を貫かれる
急旋回した疾風改は、それ以上の急旋回をしたミサイルに貫かれ、
あるいは至近距離で炸裂したミサイルの破片を浴びて空に散って
いった。
﹃なんて奴だ⋮﹄
あまりの性能に大瀬が絶句する。
しかし、疾風改の屠殺場と化した空域はそんな贅沢を許しはしな
かった。
未だに残る疾風改へ向けて最後のミサイルの斉射が行われる。
その中には漏れなく菅納と大瀬も含まれていた。
あの光景を見てしまっては普通のやり方では間違いなく落とされ
る、
機体を捨てることも考えたが、
脱出した瞬間に至近距離で愛機とミサイルが炸裂したら助からな
﹂
!
い。
降下だ
﹄
!
!
344
!
!?
俺の賭けに付き合え
﹁大瀬
!
考えてることは一緒のようだな
﹃ハッ
!
言うが早いか機首を別々の方向へ向けて急降下、
後ろからついてきたミサイルもそれに続く
ある程度僚機の差が広がったころを見計らい、方向を修正する
正面の第三者から見ればトランプのダイヤの様な飛行コースを描
く
ダイヤの一番下の頂点で交錯する、つまり衝突コースも良い所だっ
た。
スローモーションのように時間が遅くなったような感覚。
視界の端に、超兵器の翼の上で何かの光を2つ見つけるが
そんなことは今考えることではない。
右側から近づいてくる相棒の機体の下ギリギリを通り過ぎる様に
操縦桿を微調整する
普段よりも数倍動かしにくかったが、彼はそのことには気づかない
そして、刹那の交錯
345
まるで頭上を雷鳴が過ぎ去ったかのような轟音。
そのすぐ後に後方に光、風貌のあちこちに穴が開き、
機体全体が激しくシェイクされ意識が一瞬飛びかけるが
何とか持ち直す。
操縦桿を思いっきり引くが、その反応は鈍く
急降下から緩降下へ状況が移っただけでそれ以上回復しない。
﹄
その時、通信機から相棒の声が聞こえる
﹃相棒、大丈夫か
﹂
?
心の中で肩を竦め、風貌を破棄し、体を丸めて機外に飛び出た。
そこまで伝えたところで通信機が息絶える。
﹃おう。ま﹄
地上で会おう。﹂
﹁ハッ、お互い重大事故だな。幸い下に大きな町は無い
長くは持たんな。﹄
何とか緩降下させながら飛んでるが
﹃大丈夫だ、ちょいと右主翼が吹き飛んじまったがな。
﹁ああ、操縦系統をやられて飛行不可になっただけだ。お前は
?
体のすぐ横を、後部がズタズタになった愛機が掠め飛んでいく
体制を立て直してパラシュートを開くと急減速によりハーネスが
体に食い込んだ。
飛行眼鏡を上にずらし、視界を確保する。
ふと上を見上げると、ミサイルが爆発したらしき黒煙の塊が点々
と空に浮いている
その中を悠然と飛行するのはオレンジ色の超兵器だけだったが、様
子がおかしい
彼が居る場所からは角度的に解りづらいが、
左翼の推進器の2基が大量の黒煙を引いていた
あれでは満足な推力を得ることが出来ないだろう。
その証拠に若干左に傾きながら飛行している。
あの時の2つの光が菅納の脳裏をよぎった。
おそらく味方がミサイルを避けようと超兵器の近くで慌てて回避
機動を取った結果
超兵器のエアインテークに誤って突入したか、エアインテーク直前
で撃墜され
大量の破片を吸い込ませたかその何方かだろう。
この時期、帝国では特攻は厳禁とされている。
人的資源が枯渇寸前な時に、
航空機を飛ばせるパイロットを簡単に失うわけには行かなかった。
あまり喜べない予想に力なく首を横に振る。
搭乗員は痛みを感じる事も無く空に散ったのだろう、
しかし、黒煙を引きながら逃走する超兵器を見ると
ザマアミロと言う感情も確かに湧いてくるのだった。
自分と大瀬以外のパラシュートは見えない、文字通りの壊滅だっ
た。
彼と大瀬がアルケオプテリクスの嘴爪から逃れられたのは、
彼らの超人的な操縦に秘密がある。
お互いの機体をプロペラが擦るほど超至近距離で交錯させ
後ろから追尾してくるミサイルの衝突、
346
もしくは近接信管の誤作動による早爆を狙ったのだ。
菅納らがミサイルに狙われる直前の斉射では、戦闘機に対して向
かっていった41発の内
偶々進路が重なった2発が、何もない所で黒い華を咲かせていた。
それを二人は目撃し、一か八かの賭けに出て見事に再現したの
だった。
││││││今思うと頭の悪い作戦だな
そんな事を考えて苦笑する。
眼下に山の中を貫く道が見える、このままいくと上手く着地でき
そうだ。
と考えたのもつかの間、先ほどの交錯で全ての運を使い切ってし
まったのか
急に風が強くなり、着地点が道路脇の山の中になりそうになる
何とか進路を修正しようとするが、緊急用のパラシュートは
347
古典的なマッシュルーム型であったため操縦性は非常に悪い。
足元に迫る森を見てしぶしぶ覚悟を決める。
バキバキと枝を圧し折り、木の葉に叩かれながら落ちて行き
地上数mで木の枝にパラシュートが引っかかって宙ぶらりんにな
り、ようやく止まった。
何はともあれ無事に降下できたと安堵し、腰からサバイバルナイ
フを引き抜いて
体を固定しているベルトを切り、地面に降りたった。
﹂
その時、背後から耳慣れた声がかけられる
﹁よう、相棒。まだ生きてるか
通信士官は震える声で通信を読み上げる。
生存者は2名、現在回収班が向かっています。﹂
﹁報告します、追撃部隊は全滅しました。文字通り全機撃墜です。
?
その一言一言が空気を伝わって円形の室内に広がるたびに、雰囲気
が凍り付いていく。
2人でも生存者が確認されたのは幸いだったが、
ほぼホタカの予言通りに本営は299名分の肉塊と207機分の
鉄くずを生産したのだった。
敵超兵器は稲敷市本新の田園地帯に着陸
静まり返った室内に再び通信が入る。
﹁霞ケ浦飛行場より入電
﹂
撤退許可を求め
!
﹁了解
﹂
﹁ホタカ、君はこの事態を予想していたのだね
﹁ご理解いただけたようで何よりです。
﹂
少数の人員を着地した超兵器の監視のために配置せよ。﹂
﹁⋮て、撤退を許可する。ただし、
指示を出す。
通信使の慌てたような声に、顔を青くした筆木が絞り出すように
なお、超兵器はは片翼のエンジンに異常がある模様
ています
基地防空隊および守備隊は全滅とのことです
霞ケ浦飛行場及び軍施設へ艦砲射撃を行っています
!
﹂
?
わなければならない。
しかし、これから私は他の基地や大本営と本案件について話し合
﹁たったそれだけか⋮。
最悪の場合はもう修復を完了しているかもしれません。﹂
もって24時間とみるのが賢明かと思われます。
しかし、超兵器の能力を常識で図ることは危険です。
﹁残念ですが、損傷の程度が解らない事には。
修復にはどれほどかかる
﹁なるほど。そんなものまで持っているのか。
それ以外に説明のしようがありません。﹂
おそらくですが自己修復の為でしょう。
超兵器が着陸したのは、霞が関の報告から考えると
?
!
348
!
!
!
!
君にはここで独自に立案する対超兵器作戦の補助をお願いした
い、んだが⋮﹂
﹁微力を尽くします。﹂
小さく頷くと、筆木はホッとした様に小さく微笑んだ。
部屋の片隅、移動式の黒板があるところへ、ホタカ達4人と本営
の参謀数人が集まる。
最初に口を開いたのはこの中でも1番高い少将の階級章を付けた
男だった。
﹁さて、随分面倒な事になった。
ホタカ、貴様は超兵器の武装や速力についてどこまで知っている
﹂
﹁奴が我々の世界と変わらないのであれば。ほぼ全てと言えます。﹂
断言するホタカの言葉に、本営の人間の顔が幾分明るくなった。
事前情報があるのとないのでは作戦の成功率が大きく変わってく
る。
敵の能力を丸裸にできれば、あとはその弱点を突くだけだ。
ホタカがチョークを握り、黒板に情報を次々と書き出していった。
﹁全長366m、全幅430m、
最高速度1629km/h、巡航速度930km/h
と言っても、これは弾薬が無い場合ですが。
仮に目いっぱい詰め込んでいるとすると
最高速度890km/h、巡航速度540km/hになります。
今回速度が300km/h程度だった理由は不明です。
推進器は原子炉を超兵器機関に置き換えた
8基の超兵器機関推進ターボファンエンジン。
それによって航続距離は事実上無限。
武装は上面に120口径30cm連装砲が背負い式配置で2基
下面に同砲3基、合計10門
100mm連装速射砲が上面に12基
下面に収納式に2基、合計14基28門
焼夷榴弾砲が下面に4基8門
349
?
爆弾装内には800㎏誘導爆弾、800㎏航空魚雷多数
胴体および翼部上面に
収納式中距離空対空ミサイル連装発射機20基、胴体下面に10
基
また、中距離ミサイルとほぼ同じ個所に
収納式RAM発射機20基、胴体下面に10基
機体は30cm砲弾を防御できる対30cm装甲板に覆われて
います。﹂
圧倒的と言ってよい性能に参謀だけでなく、瑞鶴や木曾、杉本ま
で絶句している。
その中で一番早く再起動したのは
超兵器についてある程度耐性を獲得し始めていた瑞鶴だった。
﹁いつも通りの出鱈目な性能ね⋮質問があるんだけどRAMって何
﹂
﹁Rolling Airframe Missileの略だ。
﹂
ま あ 近 接 防 空 用 の 短 距 離 対 空 誘 導 噴 進 弾 と 考 え て も ら え ば い
い。﹂
﹁そいつの射程と中距離空対空ミサイルの射程は
歩兵部隊を乗り込ませるのはどうでしょう
﹂
﹁⋮少将。奴は今着陸しています。陸軍の重砲で支援砲撃しつつ
mです。﹂
﹁RAMの射程は約9,6km、中距離空対空ミサイルは約110k
次に質問したのは最初に突っかかってきた中佐だった。
?
方式は
﹂
部隊を展開する前に砲撃で粉砕される。ホタカ、ミサイルの誘導
を持っている
﹁ダメだ、相手は30cm連装砲や100mm速射砲等の大口径砲
する。
少し考え込んだ中佐が意見を述べるがその横にいた中佐が反論
?
つまり、ミサイル自身が電波を発信し、
﹁どちらも終末誘導はアクティブ・レーダー・ホーミング。
?
350
?
チャ
フ
その反射波を拾って目標まで自身を誘導する方式です。﹂
﹂
﹁ならば電波欺瞞紙を大量に使用して接近し
大規模な空爆を行うのは
その提案に少将が反論する
﹁ダメだ、奴が何時までとどまっているかわからない上に
有効な打撃を与えられるほどの爆撃機と爆弾と
それに行き渡る電波欺瞞紙は早急に調達できない。
仮に1日としても、40機分用意できればいい方だろう。
空母艦娘の艦載機部隊をつかうのはどうだ
治して
アウトレンジ砲撃をするのはどうでしょう
他の鎮守府から呼び寄せるにしても時間がかかります。
ドックが無ければ高速修復剤も意味をなしません。
ません。
さらに横須賀鎮守府の全てのドックは破壊されて使い物になり
その何れもが大破ないし大破着底しています。
多くの戦艦が配備されていますが
艦4隻の他
﹁無理ですね。横須賀鎮守府には帝国海軍の切り札である大和型戦
瑞鶴の意見を杉本が否定した
﹂
横須賀鎮守府で大破着底しなかった戦艦の艦娘を高速修復剤で
mが限界です。
戦闘をするなら半径20km以内、飛ばす事に集中しても35k
まともに飛行する事すらできません。 ﹁不可能です、私たちの艦載機は、制御する友人機から離れ過ぎると
少将の意見を瑞鶴が否定する。
する。﹂
舞鶴や呉鎮守府から艦載機を発艦させて帝都近辺で補給し投入
それを囮として爆撃隊に追従させ、あわよくば攻撃にも加わる。
揮
妖精の乗る有人機は誘導噴進弾のレンジ外で待機し、無人機を指
?
?
351
?
それに、生半可な数の艦隊では超長砲身の主砲の攻撃に耐えられ
ないでしょう。
そのうえ、霞が関は不時着では無く着陸と報告してきました。
超兵器は飛べなくなったから着陸したのではなく
万全を期すために着陸し、修復を選んだと言うことであれば
艦娘の安全を保障できません。
同じように、事前に作戦に対処されないよう
超兵器に気取られず、一撃で屠るべきかと思います。﹂
艦娘のほぼ全ての主缶はボイラーであり、出港まで時間がかかっ
た。
﹁結論は。﹂
それまで黙っていたホタカが意見を纏める。
﹁対空ミサイルも、大口径艦砲も物ともせず。
アルケオプテリクスに気取られず、
ルー ル
対30cm防御を貫き、可及的速やかに一撃でケリをつける
そんな方法だ。﹂
﹁無理難題だな。﹂
少将がお手上げとばかりに肩を竦める。
﹁いえ、あります。﹂
唐突な杉本の発言に全員の視線が紳士然とした少佐に向けられ
る
ルー ル
少佐は微笑みを絶やさず、静かに告げる
﹁恐らく、この世でただ一基。その方法を叶える兵器が。﹂
彼の視線は、ホタカに固定されていた。
352
ルー ル
STAGE│18 アメノハバキリ
﹁恐らく、この世でただ一基。その方法を叶える兵器が。﹂
あめのはばきり
杉本の言葉に参謀や艦娘、艦息の視線が紳士然とした男に集まっ
た。
﹁天羽々斬を使いましょう。﹂
天羽々斬とは日本神話に登場した武器で、
須佐之男命がこの武器を使いヤマタノオロチを倒したと伝えられ
ている。
その言葉に艦娘と艦息は、頭の上に疑問符を浮かべるが
他の海軍関係者は、盲点を突かれたとばかりに目を見開き絶句し
た。
次に口を開いたのは少将だった。
﹁いや、確かに、アレが正常に使えれば、
サ
イ
ト
イ
ト
﹂
﹁ご心配なく、照準器ならばあります。
それも帝国における最高性能のモノが。
﹂
秘匿の方の第三次ヴィルべルヴィント迎撃戦の戦闘詳報、読まれ
ましたよね
第三次ヴィルべルヴィント迎撃戦とは、ホタカの参加した海戦の
?
353
直撃しさえすれば超兵器とてただでは済まないだろう⋮
﹂
しかし、アレは未完成のまま建造中止になったのではなかったの
か
しかし⋮。﹂
バレル
?
苦々しげに頷く少将だが、杉本の表情は変わっていなかった。
﹁そういう事だ。﹂
﹁銃身は有っても、照準器が無いと
サ
帝都の工員や工廠妖精を大量投入すれば可能だろう
﹁少佐。君の言う通りアレは、天羽々斬を放つこと位ならば
人海戦術で部品を取り付ければ短時間で使用可能になるかと。﹂
横須賀の工廠妖精さんや、帝都の整備士、技術者の皆さんが
﹁確かに、天羽々斬は未完成品です。しかし、
!?
事である。
第一次と第二次はヴィルベルヴィントに
呉等の鎮守府の艦隊が壊滅させられた海戦の事を指している。
第三次迎撃戦には二つの戦闘詳報が存在する、
一つは民間や軍の大部分に発表されたもの、
つまり呉と佐世保の連合部隊が超兵器を撃沈せしめた
と言う海軍にとって都合のよい戦闘詳報。
もう一つが、迎撃戦の真実が記された戦闘詳報であり、これは海
軍の中でも
大本営や本営の様なごく一部にのみ知られている海軍にとって都
合が悪いが
闇に完全に葬り去ることも出来ない物だった。
当然、本来なら杉本が知っているはずの無い情報だった。
﹁な、何故それを⋮﹂
354
﹁ホタカ君の尋問のため、河内大将に見せていただきました。
正しい情報が無ければ、尋問なんてできませんので。
話がそれてしまいましたね。
元に戻すと、ボクは彼の力を借りれば不可能では無いと考えてい
ます。﹂ 杉本の視線に射抜かれて、面倒事の反応を感じ取り
肩を竦めるホタカ。何を言われるのかはわからないが
この少佐の事だ、無意味な事ではないだろう。と考える。
﹂
杉本の視線につられ、他の全員の視線が彼に集中した。
﹁⋮⋮⋮本気か
こ
帝都から超兵器を砲撃、いえ、狙撃します。﹂
こ
﹁作戦とはいってもいたってシンプルです。
あきらめたように、少将は続きを促した。
﹁解った。詳しく放せ。﹂
﹁本気でなければ、天羽々斬などと言う言葉は出てきません。﹂
がレンズの奥の瞳はタカの目のように鋭かった。
少将の若干困惑した様な声に、少し諧謔味を混ぜて返す
?
その言葉の後に続いたのは、驚くべき計画だった。
東京湾、浦賀水道と内湾の北側境界に位置する人工島
1889年8月に起工、1914年6月に完成した島は
第二海上堡塁、略して第二海堡と呼ばれていた。
海からの敵を迎撃するために多数の大口径砲が設置され
更に第2次世界大戦中は対空砲なども増設され、
埋め立てにより面積も完成当初よりも大きく増加している。
そして現在は、深海棲艦の艦載機を迎撃するための高射砲塔がそ
びえ立っている。
355
いや、そびえ立っていたと言う方が正しい。
大量の機材を積み込んだ大発動艇に乗り込み、第二海堡に向かう4
人の目の前には
高射砲塔があんなになっちまってるが。﹂
あまり愉快ではない光景が広がっていた。
﹂
﹁なあ、杉本さん。﹂
﹁何ですか
﹁本当に大丈夫なのか
超兵器は高射砲塔に一撃を加えて去って行ったとのことですか
いそうです
﹁第二海堡の臨時責任者によれば、地下格納庫へ攻撃は受けていな
﹁いや、ホタカ。お前に聞いてねえし、そんなことは聞いてない。﹂
大口径高初速砲弾の直撃には耐えられなかったのだろう。﹂
コンクリートの塊のような高射砲塔も至近距離からの
﹁おそらく、至近距離から放たれた30cm砲弾だな
る。
よくよく見てみると、それが高射砲塔の成れの果てであることが解
木曾が指差した先には、コンクリートの瓦礫の山
?
?
ら。﹂
内火艇は台風の影響でいまだに波の高い東京湾を突っ切り
飛び散った瓦礫が海面から突き出しているのを躱しながら接近し
接舷した。
大発動艇から降り立った四人に、
硝煙や埃で薄汚れた陸軍の軍服と外套を身に纏った士官が敬礼を
する。
未だ若いが、二mに届きそうなほどの偉丈夫で、やや緑がかった色
の瞳が印象に残った。
﹁お疲れ様です、お待ちしておりました。﹂
﹁お疲れ様です。特警の杉本少佐です。﹂
﹁第二海堡臨時責任者空城大尉です。命令は伝わっています。こち
らへどうぞ。﹂
階級が上の杉本と対峙しても堂々とした態度を崩さない。
356
帝都防衛の最前線である、第二海堡所属の人間と言う感じがひしひ
しと伝って来た。
﹁臨時指揮官とおっしゃられましたが⋮﹂
﹁正式な指揮官である荒城少佐は戦死されました。
今は自分が臨時で指揮を執っています。﹂
爆砕された高射砲塔の破片を乗り越え、あるいは避けながら一行
が歩いていくと
一つのトーチカが見えてくる。空城大尉がトーチカの鉄製の扉を
開けると下に続く
﹂
坂道が口を開けていた。その暗い坂道へ歩を進める。
﹁天羽々斬について何か聞きたいことはありますか
先頭を進む大尉が、後ろへ声をかける。
﹁そうですねぇ⋮念のために一から教えていただけますか
軍艦1隻を指揮する指揮者としての面を持っている。
海軍組織での艦娘は、最前線で戦う兵としての面と
られていますから﹂
それと、敬語は結構ですよ。貴方は今現在少佐相当の権限を与え
?
?
そこで艦娘に与えられている階級は少佐相当官だった
これは少佐相当の権限を有していると言う意味ではあるが
強制力のある命令の代わりに強制力のない要請しかできなかった。
全ての艦娘は建造、もしくは保護された時点で少佐相当官とさ
れ、基本的に昇進は無く
艦娘どうしに階級的な上下関係は無い。
ホタカ﹂
敬語を使うか否かは個人によってバラバラであった。
﹁そうか、ならばそうしよう。
帝国が涙すべき4年間は知っているか
﹁はい。概要程度ですが。﹂
﹁それでいい。大東亜戦争の終結後、深海棲艦が出現し
我々大日本帝国軍、およびアメリカ軍は壊滅的な損害を受けた。
大戦中の艦艇は全て沈み、兵隊は戦死し
帝国陸海軍は文字通り壊滅状態に陥った。
そんな時に本土の人間が恐れたのは、深海棲艦の本土進攻だ。
仮に、帝都が蹂躙されればこの国は終わりかねない。
しかし、﹂
﹁帝国には深海棲艦に有効な兵器が無かった。﹂
重厚なハッチが行く手に現れ、大尉がハンドルを回す。
﹁そうだ。奴らに対抗できる兵器は無かった。
だが、ハイそうですかと諦めるわけには行かない。
そんな帝国が出した答え。それが、﹂
ガキリ。と金属音が暗い通路に響き
蝶番が軋む音をBGMに扉が開かれていく。
扉と壁の間に隙間ができると、その向こうから
様々な騒音と怒号が漏れ出してくる。
完全に扉が開け放たれた時、彼らの前にソレは存在した。
黒光りする、あまりに巨大な龍がこちらに口を開けている。
﹁大日本帝国が作り出した究極の局所防衛決戦兵器
ジョーカー
対深海棲艦用45口径160㎝要塞砲︻天羽々斬︼
俺たちの最後の鬼 札﹂
357
?
それは龍では無く、巨大な、見た事も無いほど巨大な
1門の要塞砲だった。
その要塞砲にホタカは何故か既視感を感じるが、気のせいだろうと
考える。
﹁砲身内径は160㎝、砲身長72m、15tの砲弾を120km先
まで届かせる。﹂
﹁こ、こんな兵器が⋮あったなんて⋮﹂
ホタカの隣で瑞鶴が絶句する。
航空主兵主義の権化ともいえる彼女にとっては
理解の範疇外の光景だろう。
﹁重厚長大。この兵器ほど
この言葉がしっくりくるものはありませんねぇ⋮﹂
﹁だが、こいつほど厄介な兵器も珍しいだろう﹂
空城大尉の顔は苦々しげに歪んでいた。
﹃まったく、よくこんな計画を思いついたな。﹄
電話口の向こうから呆れたような声が聞こえてくる。
﹁そ う 言 う な、島。そ も そ も 思 い つ い た の は 私 じ ゃ な い。杉 本 だ
よ。﹂
そう言った時、電話口の向こうの男が深くため息を付くのが聞こえ
た
﹃∼∼∼∼∼ッ。人に面倒事を持ってくる天才だなヤツは。﹄
│││││その言葉、そっくりそのまま君に返すよ
筆木は心の中で思うだけにしておく。
﹃それにしても、天羽々斬か。よく覚えていたなあんな未完成の欠
陥兵器。﹄
﹁記憶力は抜群だったからなぁ⋮﹂
﹃深海棲艦の艦娘以外の攻撃を防ぐシールドを
15tの特殊砲弾を直撃させ、そのエネルギー正面から突破する
358
事を目論んで作られた
日本帝国軍、砲兵器の一つの到達点。
第一号砲が完成する前に艦娘が登場した為、歴史の表舞台から
抹消されかけている無用の長物。
そいつを使って、帝都から霞ケ浦の超兵器を砲撃する。
〟屋島作戦〟⋮か。﹄
﹁源平合戦時、那須与一が船上の奥義を射抜いた故事を元にしてい
るそうだ。﹂
﹃フッ、アイツらしい。﹄
﹁私もそう思うよ。﹂
﹂
﹃まあ、必要なものは手配する。可及的速やかに。﹄
﹁頼む。﹂
﹃筆木。﹄
﹁なんだ
﹃勝つぞ。﹄
ブツリと電話が切られる。
数秒、今まで自分が耳を当てていた黒電話に視線を固定するが
不意に笑いがこみあげ、それをこらえながら受話器を置く。
││││││ああ、そうだ。勝つぞ、島。
一つ決意するように息を吐き、目の前に山積する課題を粉砕すべ
く行動を起こす。
全ては、友や自分の祖国のために。
ところ変わって第二海堡秘密地下格納庫
天羽々斬の横を歩きながら4人は細かい説明を受けていた。
そこで、一行はこの兵器がとんでもない曲者であることを改めて理
解する。
この兵器は深海棲艦をアウトレンジで撃破するために作られた
と言うよりは
何が何でも深海棲艦を撃破すると言う目的で製造されたと言う方
359
?
が正しい。
日本帝国が持ちうる技術全てをつぎ込んで開発されたこの砲の
射程120kmは、15tの砲弾を比較的安全に放てる
ギリギリの装薬で発射した場合の計算上の飛距離である。
射程がここまで長大になると、移動目標に対する命中率は絶望的
であり
設計段階で遠距離砲撃の命中精度は0%とはじき出されている。
とはいえ、帝国軍はこの事態を予想していたため建造は続行され
た。
彼らがこの砲に求めているのは純粋な破壊力であり。
敵艦隊が目視できる距離20∼30kmで交戦することを念頭に
考えられていた。
また、数が作れないため、できうる限りの速射性を求められ
結果的に再装填に30分と言うこの超大口径砲としては驚異的な
360
速度を有している
しかし、20∼30kmの距離は艦船が1時間以内に走ることは
容易であるため
実質砲撃できるのは1発のみであり、計画段階から破綻していると
言っても過言ではない。
こんな兵器が実用化されかけた事を考えると、帝国軍の焦りと狂
気が垣間見えるようだった。
﹁ただし、この性能はあくまでも完成していればの話だ。
現状は芳しくない。砲本体すら完成していないのだ。
測距儀や射撃盤もないし、すぐには作れん。﹂
﹁そこで、霞ケ浦の観測隊とホタカを使う、と﹂
ホタカ。﹂
﹁そういう事です。瑞鶴さん。﹂
﹁でもさ、本当に出来るの
こちら側で収集したデータをトラックの僕の艦体へ送り
きる。
﹁恐らく可能だ。短波無線を使用すればトラックとの間で通信がで
不安げに横にいる艦息を見る。
?
主電算機で最適解をはじき出し、それをもとに砲撃する。
やっていることは戦艦の砲撃と同じだ。
射撃盤が3000kmの彼方にあることと砲の実射データが無
いことを除けば。﹂
大砲には大なり小なり個体差が出るもので、それを補正するため
には実際に射撃し
実射のデータを取る他ない。
﹂
しかし、完成もしていない砲にそんなものはない│││筈だっ
た。
完成すらしていない砲なのに何故そんなものが
﹁いや、実射データはあるそうだ。﹂
﹁何だって
その数は人だけでも2000人を下らないだろう。
続々と人と妖精と工作機械が入ってくる。
その時、巨大な格納庫の側面の扉が開かれ
﹁了解した、順次送らせる。﹂
文字通りの一発勝負です。万全を期したい。﹂
砲身の長さ、内径、材質、全てです。
出来るだけ詳細なデータもトラックへ送ってください。
﹁解りました。しかし、今現在の砲の、
電算機で分析すればすぐに出る。
今は詮索している時間は無い。そのデータが出鱈目かどうかは
こるが
や れ や れ だ ぜ。と 肩 を 竦 め る 大 尉。ホ タ カ の 中 で 疑 念 が 沸 き 起
だった。﹂
﹁大 本 営 か ら 送 ら れ て く る そ う だ が、詳 し い 所 は 機 密 の 一 点 張 り
実射データが存在することはあり得ない。
ホタカが珍しく驚いたのも無理はない、完成していないのに
?
彼らは一刻も早く自分たちの仕事を行うべく次々に巨大な砲に
取り付いていった。
より一層騒音と怒号が大きくなる。
﹁技術陣の第二陣が到着したようですね。
361
?
2時間後に第三陣が最後の部品をもって到着するはずです。
瑞鶴。
述べ4500人がこの砲を完成させるために集結します。﹂
﹁そんなにも⋮﹂
﹁驚くのはまだ早いぞ
霞ケ浦周辺に陸軍の1個大隊が侵入し、超兵器を監視
詳細な座標を調べ、こことの距離を測定している。
また、地球の自転や湿度、上空の風速、湿度、温度なども
軍や周辺大学の測定器を総動員しての情報収集計画が進行中だ
た だ 航 空 機 は 飛 ば せ な い か ら 無 人 の 観 測 気 球 を 飛 ば す ら し い
が。﹂
空城大尉が心なしか誇らしげに語る。
﹁嬉しそうですね、大尉﹂
艦
娘
思わず口を付いて出た言葉に瑞鶴はハッとなるが、当人は気にし
ていないようだった。
俺
達
﹁ああ、うれしいさ。今までは全て君らに頼りきりだった。
ホタカの力を借りるのは事実だが、帝国軍が作った武器が
超兵器からこの国を守れるのだと思うと、な。﹂
少し照れくさそうな表情だが、2m近い偉丈夫がそんな顔をする
のは意外だった。
﹁さて、俺もそろそろ部下達の元へ行かなくては。
少佐、後を頼みます。﹂
空城大尉は敬礼して、外套の端を翻して喧騒の中へ走っていっ
た。
﹁それでは、私たちもお手伝いをしましょうか。
必要なものは既に運び込まれているはずです。﹂
杉本の言葉に3人が頷いた。
大日本帝国安全保障特別指導部本営は未曽有の活気に包まれて
いた
362
?
様々な場所から、非常に多くのデータが寄せられ
トラックに錨をおろしているホタカへ向けて短波無線でデータを
送り続けていた。
そのデータは発射地点の地上の気温、風速、天候、超兵器の状態は
もちろんの事
気圧や地球の自転、弾道の予測進路上のデータも集められている。
また、上空のデータを入手する場合は観測気球を用いていたが
ダミーの気球を大量にあげる等の欺瞞工作も積極的に行われ、まさ
に総力戦だった。
射撃の直前に全てのデータを集めるのが理想的ではあったが、現
実的には難しいため
事前に大量のデータをとっておき、ホタカの電算機で
﹂
砲撃時の大気や時点の影響をシミュレーションする事となってい
た。
﹂
﹁第2観測班より30km地点での射撃データ来ました
﹁す、すぐにホタカへ送れ
﹁第31観測班より報告
﹂
﹂
目標は依然として大きな動きを見せてい
後1時間で完了予定
﹂
皇軍の意地にかけて後6時間で完成させるそ
そうなって初めて、彼は自分が震えていることを自覚する。
小刻みに震える左腕を押さえつけて深呼吸をする。
各部署に通達急げ
﹂
ようやく読み取れた時刻は、19時を回ったところだった。
﹂
﹁屋島作戦開始を0200時とする
﹁了解
!
!
363
!
風によって超兵器方向へ流されたダミー
﹁該当区域の住民避難は順調
﹂
﹁第11観測班より報告
気球に対し
超兵器無反応
﹁組立部隊より報告
﹂
!
ちらりと腕時計を見る。文字盤が揺れて時間を読み取りづらい
うです
!
ません
!
!
!
﹁天羽々斬はど、どうなった
!
!
!?
!
!
!
上層部や、同期、部下からも散々に無能だと呼ばれている筆木で
あり
つとめ
多大な重圧を受けると、冷や汗が流れ挙動不審になってしまうが
それでも何とか己の仕事を全うするために足掻く姿は
何故か部下達の指揮を上げる不思議な力を持っていた。
│││││こんな人が指揮官やっているんだ。俺たちがしっかり
しなくてどうする
そんな思いが誰の胸にもあった。しかし、彼らは筆木を憎んでい
るわけではない。
通信機一つ動かせない指揮官だったが、何故か嫌いになれなかっ
た。
自分が部下からそんな事を思われていることは露知らず
﹂
筆木は手元の電話を第二海堡に設けられた仮設発令所へ電話をか
ける
﹁わ、私だ。其方の準備は大丈夫かね
﹁そうか、ホタカ君はどうしている
﹂
﹃仮設発令所の設置は順調です、0200には間に合います。﹄
電話にから聞こえてきたのは快活な少女の声だった。
?
﹂
﹄
?
大丈夫ですよ。﹄
いです。
︻無理を通して道理を蹴飛ばす︼のが超兵器を撃破するコツらし
﹃これはホタカの言っていたことですが
ろしく頼む﹂
﹁いいや、それだけだ。無茶な作戦だが、君ら第二海堡が頼りだ。よ
﹃ええ、本当に。他に何かご用件は有りますか
﹁彼を我々の尺度で測ろうとするのは、無理な話みたいだね﹂
呆れたような声に、自然と笑みが浮かんだ。
本当に人間業なのか疑わしいような猛烈な速度ですが。﹄
﹃話し合うと言ってもモールス信号です。
﹁話し合っている
﹃アイツは自分の艦のクルーと話し合っています。﹄
?
364
!
?
規格外な彼らしい言葉。何故かその言葉が妙に耳に残った。
﹄
﹁それは頼もしいな。では仮設発令所が完成したら連絡してくれ﹂
﹃了解
160㎝砲用装薬の目途が立ちました
黒電話を置くと、通信士官が書類の束を持ってきた。
﹁中将
﹂
第四地下倉庫をはじめとする帝都内地下倉庫で
使用可能な装薬が見つかったそうです
﹁ハッ
﹂
1gでも多く第2海堡へ運べ
﹂
﹁すぐに輸送しろ。トラック、大発、使えるものは全て使え
!
えなかった。
人が座れるような椅子は少なく。お世辞にも居心地が良いとは言
周辺の地図が載っている机は本土から運び込んだ簡素なパイプ机
床には通信機器類や照明から延びたコードがのたうち回り
とはいえ突貫工事であることは否めず、
指揮通信設備を運び込んで臨時の発令所を作っていた。
そのため高射砲塔の中でも何とか無事だった地下部分に
使用不可能。
第二海上堡塁の本来の発令所は高射砲塔の中にあったので現在は
仮設発令所の設営作業はもう少しで終わろうとしていた。
出来ると言いきれないところが彼の彼たる所以であった。
道を切り開くこと位なら、できる⋮かも、しれない。
│││││しかし、君らが力を振るえるように
筆木は全員があわただしく動いている本営指令室を一瞬見渡す。
を蹴飛ばす事も出来ない
│││││私には、君らのように無茶を通すことは出来ないし道理
!
﹁臨時主海底ケーブルの復旧作業完了しました。﹂
365
!
!
!
﹂
﹁了解した。砲の組み立ての応援へ向かえ。﹂
﹁ハッ
﹂
﹂
!
け取って
本営へ向けてデータを送り始める。
﹁瑞鶴、砲の組み立てはどうなっている
﹂
仮設発令所に詰めていた少尉の一人が瑞鶴が持ってきた書類を受
空城大尉が呼びかけると
﹁了解ィ
﹁東方少尉、頼む。﹂
﹁砲身部隊からデータ貰って来たわ
半分以上麻痺している。そんな中で彼女らの働きは重要だった。
地内の通信網は
命令が伝わらない恐れがあった。現在全力で復旧中であるため基
年単位で放っておかれていたため、基地内の通信設備に問題があり
何しろ格納庫は人手不足により
瑞鶴と木曾は仮設発令所の伝令役として駆けずり回っている。
杉本少佐は本営での通信をサポートするため一足先に本土へ
そして、何人かの陸軍少尉と下士官が詰めていた。
るホタカ
部屋の中には第二海堡臨時指揮官空城大尉とこの作戦の要であ
!
後20分で終わるはず。﹂
﹁そうか、空城大尉そろそろ良いのでは
﹁ああ。﹂
そして、言葉少なに続ける
﹁役者を舞台に上げるぞ。﹂
工島の中心
月明かりが照らす第二海上堡塁、空から見るとひし形で平坦な人
﹂
﹁もうほとんど完了。一部は機材の撤収を始めてる。
ホタカは猛烈な速度で打っていたモールスを辞めて問いかける。
?
?
366
!
瓦礫が撤去された、だだっ広い平地に大型の機械の駆動音のような
ものが響き
明らかに応急設置されたであろう赤色灯がくるくると回り始めた。
﹃地表面偽装装甲板解放﹄
これもまた急ごしらえのスピーカーから音声が鳴り、地上作業員
たちに注意を促す
すると、1本の亀裂が入り地面が持ち上がりはじめた。
平地だと思われていたのは、実は巨大な2枚の装甲板で
それが東京の勝鬨橋のように空に向かって開いていく。
﹃進路良し、固定ボルト1番から125番外せ、海水注入開始。﹄
下からはうっすらと光が洩れ、海の音とはまた別の水の音が、か
すかに聞こえる。
﹃海水注入順調なり﹄
その下からせり上がってきたのは巨大な砲身を持つ要塞砲
全貌を現すのにたっぷり20分かかった巨砲こそ
局所防衛決戦兵器対深海棲艦用45口径160㎝要塞砲︻天羽々
斬︼だった。
﹃天羽々斬、ゼロ地点に到達﹄
﹃注水停止、ターレットロックボルト作動﹄
天羽々斬が鎮座している土台の高さが地面と同じになった時点
で
硬質な金属音が連続して響き、先ほどまで若干上下動していた砲台
が
地表に設置された回転する台座に固定される。
﹃ターレットロックボルト作動確認。天羽々斬、固定完了。﹄
ついに地球史上最大最強の要塞砲が地上にその身を固定した
艦娘の登場によって表舞台に上がることなく
人知れず朽ち果てていく運命であったこの兵器は
軍本部の失策と超兵器の出現によってようやく仕事を与えられる。
重量が1万tを軽く超える砲を地上まで運搬した方法だが
仕組みとしては単純だった。
367
地下格納庫はいわゆる2重底になっている
2重底の上に天羽々斬が搭載され、
その2重底自体が砲を乗せても水に浮かぶ台船となる様に設計さ
れていた。
砲を使用する際は、台船と格納庫をつなぐロックボルトを外し
その下へ海水を注入し浮力を利用して砲を地上まで運搬する。
その間に地上に台船が出てくる場所の偽装地面が開き進路を確保
した。
また、その場所は巨大なターレットの中心であった。
海抜ゼロ地点まで台船が移動したらターレットから固定用のロッ
クボルトが伸び
台船を固定して要塞砲の設置を完了する。
地上でターレットの整備や、物資の搬入を行っていた軍人たちは
目の前に出現した超巨大砲に目を奪われ絶句する。
368
しかし、そうやって呆けていたのはほんの一瞬だった。
次の瞬間には彼らは己の仕事に打ち込む
│││││天羽々斬が有れば帝国は負けない
誰もが胸の内にそんな確信を抱いて作業をする。
実際は史上最大の欠陥兵器であったが、その巨大な体躯がもたらす
﹂
兵たちへの安心感と言う点では他の追随を許さない、本物の実力
だった。
﹃私だ﹄
﹁槍は届きましたか
帝都内への光の配備も目途が立った。﹄
実戦でも問題ない。槍の訓練も急ごしらえだがやっている。
もともと例の機体への転換訓練の最中だったから
パイロットも生き残りの2人を起用する。
例の機体も、もうすぐ整備が終わる。
﹃ああ、成増飛行場に搬入している。
?
﹁ありがとうございます。﹂
﹃それにしても⋮
貴様こういう事を見越して槍を持ってきたのか
﹁いいえ、本当は全く別の目的です
こういう使い方を考えたのは彼です。﹂
﹄
﹃無理を通して道理を蹴飛ばす⋮か。まさに言葉通りだな﹄
﹁そうでもしないと奴らには勝てません
ではこれにて。﹂
仮発令所の全員の視線が、机の上に置かれた時計に注がれる
時計の短針は2の手前、長針は12の手前の位置
秒針が小さなカチカチという音を立てて12へと近づいていく。
静寂が仮発令所を支配し、要員の息遣いと通信機の発する雑音し
か聞こえない
﹄
ついに秒針が12に至ると同時に通信機から筆木の声が響く
﹃作戦開始
動き出す
﹁ホタカより装填班、装薬量+0.5に補正。﹂
﹂
﹂
﹂
これより退避する
ホタカへ渡します
装薬装填完了
﹁温度、湿度に変化なし
﹃装填班より発令所
﹁遠隔操作装置異常なし
﹂
﹂
急げェ
﹁前進観測班、後退開始しました
﹁地上要員は退避壕へ退避
!
﹁南南東の風、2.4m/sに変化
!
﹄
ある程度リアルタイムで確認できるように表示措置が置かれてい
が
その前に立つホタカの周辺には、砲弾の予想進路上の気象データ
遠隔操作板が起動する。
要塞砲に取り付いて最後まで整備を行っていた人間が離れ
!
!
!
!
!
!
!
!
369
?
やや震えた号令を耳にした瞬間、各自が自分の仕事をするために
!
る。
この表示装置にはニキシ│管に似たものが使われていた。
射撃諸元はトラックの艦体から短波無線で送られてくるが、
電子技術が未熟であるため、送受信装置に未だ問題を抱えており
データを完全に送るのには時間がかった。
そのため、トラックでは砲撃予定時刻の大気の状態をシミュレー
トし
それをもとにした射撃諸元を送らせているが、
あくまでも計算機内でのシュミレーションの為
どうしても誤差がや想定外が発生する。
その想定外を現場で補正するのがホタカの役目だった。
どこからか出てきた160㎝砲の実射データは、トラックのシミュ
レーションで
極めて信憑性の高い物であることが確認されたため、
ホタカは実射データを頭に叩き込み、万一の際の参考にするつも
りだった。
彼の艦息としての特殊能力の一つに高速演算があることが、この補
正を可能にしていた。
今回の作戦を纏めると、まず射撃に必要なデータをあらゆる方法
で収集し
本営で暗号化の後、短波無線に乗せてトラックへ送る
トラックでは暗号を解読し、そのデータを基に
ホタカの主電算機で砲撃予定時刻の射撃諸元をはじき出す
その射撃諸元を暗号化して本営へ送る、
本営で解読した後、その射撃諸元を第二海堡仮発令所に伝える
さらにそこで、ホタカが最後の補正を行い砲を操作後、砲撃する。
射撃盤の無い天羽々斬を3000km彼方の電算機を用いて砲
撃する前代未聞の作戦だった。
ホタカの操作により、砲が微妙に上下動していく
その間にも射撃準備は着々整えられていた。
﹁駐退機異常なし。﹂
370
﹁砲撃用特殊ロックボルト作動確認。﹂
﹁要塞砲薬室内温度正常。﹂
﹁観測班より報告、超兵器に動きなし。﹂
﹁装填班員退避完了。危険域にいる者はいません。﹂
﹁砲身の歪みは許容範囲内、シミュレーション通りです﹂
そこへ、空城大尉の号令が響いた
﹂
﹁最終安全装置、解除。﹂
﹁撃鉄起こせ
︻安︼ ︻ 空 ︼
← ←
︻火︼ ︻実装︼
ホタカが遠隔操作装置の端についたカバーを空けてスイッチを
押すと
それまでの表示が切り替わる。
実際の所、天羽々斬では撃鉄を用いる撃発式と
火管を用いる方式のどちらも採用しているが
設計者の趣味で両方纏めて撃鉄と呼称している。
﹁湿度、風速、自転速度補正⋮+0.005、│0.002⋮﹂
確認するように呟きながら補正していく、
砲撃予定時刻まで、残り30秒を切る
﹁総員、耐衝撃防御態勢。﹂
﹁地上トーチカは開口部を閉鎖。﹂
残り30秒
超兵器の居る霞ケ浦では、退避した陸軍軍人たちが
闇の中で固唾をのんで見守る。
その間も、データを送ることは忘れない。
さらに着弾後の戦果確認のため、探照灯を超兵器に向け
照射待機している。
残り20秒
室内ではホタカの呟き以外は聞こえてこない。
残り10秒
371
!
ニキシ│管が示す射撃開始予定時刻までのカウントダウンが
﹂
遂に一ケタになる。 9
8
7
6
5
4
3
2
1
0﹁射ぇッ
空城の号令とほぼ同時に、ホタカが引き金として働く
紅いボタンを押し込んだ。
その信号はたがえることなく砲身内の火管が作動
t単位の装薬が点火され、砲身内に込められた15tの160㎝特
殊砲弾を加速させていく
音の速度を置き去りにした砲弾が、砲口から飛び出すとともに周囲
に冗談のような衝撃波が
吹き荒れ、海水を吹き飛ばし、文字通り海が割れた。
一抱えもあるほどのコンクリート片さえ吹き飛ばされ、
第二海上堡塁高射砲塔が、衝撃波と砲発射による振動で更に破壊さ
れ崩落が進む。
その地下に設置された仮発令所でも尋常では無い揺れが発生し
全員が倒れないように何かにつかまった。
積み上げられた通信機器がガタガタと振動し、仮設照明が倒れ大
きな音を立てる
天井からはパラパラと細かいコンクリート片が降り注ぎ視界を奪
う
永遠に続くかと思われた衝撃がようやく過ぎ去り、当たりを静寂が
包んだ。
372
!!
東方少尉が噎せながら報告を上げる
砲撃成功
損害報告も忘れるな
﹁ゲェッホゲホ⋮地上班より報告
﹁次弾装填を急がせろ
﹂
﹂
﹂
その時、あまり聞きたくないアラームが鳴り響く
﹁何だ
﹁砲撃によって特殊ロックボルト5本損傷
各部にも異常発生
現在旋回不可能
﹂
砲旋回装置回路破損
﹁すぐに復旧しろ
その時、闇夜に火が上がる
計画通りなら砲弾は既に飛翔中だ。弾着まで恐らく30秒。
霞ケ浦の第四前進観測班班長が双眼鏡を覗き超兵器を睨む
空城大尉は忙しく支持を出しながら、祈る。
│││││頼むぞ
もしこの一撃が失敗すれば超兵器に勝てる確率は低くなる。
その間の時間すら、彼らには惜しかった。
砲弾が届くまで1分以上の時間がある。
!
い
﹂
﹂
超兵器の右翼、報告では無傷であった個所からエンジンの噴射炎が
気づかれたか
見えていた。
﹁畜生
﹁班長、危険です
退避を
﹂
ちらりと時計を見ると、着弾まで残り10秒だった。
超兵器機関が発する音がこちらまで聞こえてくる
出足はもたついた。
いかに超兵器機関と言えども、半分近くの推力が奪われていては
質量が大きい分、機敏に動くにはそれなりの出力が居る
しかし、噴射炎は見えても機体は一向に動こうとはしない
!?
!
ちらりと横を見ると未だに退避壕から身を乗り出して硬直してい
部下に促されて、足元に掘ってあった退避壕へ滑り込む。
!
373
!
!
!
!
!
一瞬どこかの莫迦が先走って砲撃したのかと思ったがそうではな
!
!
!
!?
!
る別の部下を見つけた
﹂
どうやら、超兵器にくぎ付けになっているらしい
﹁死にたいのか貴様ぁ
足をつかんで力任せに退避壕へ引きずり降ろす
部下が退避壕の床に叩きつけられた瞬間、大地が爆ぜた。 374
!
STAGE│19 決戦、第二海上堡塁
草木も眠る丑三つ時
いつも通りの静かな夜だった、その瞬間までは。
闇夜を切り裂いて飛来した15tにもなる特殊対艦砲弾が
音速を置き去りにした速度で急降下し、着弾する。
着弾個所から数キロ離れているはずの退避壕の中でも
身体を貫く衝撃波と、大地震でも起きたかのような揺れと
耳をつんざく爆音がいやになるほど感じられることが出来る。
観測班の副班長は、目標を大きく外れて
退避壕のすぐ外に落ちたのかと錯覚すらしていた。
永遠にすら思える数分が過ぎ去り、再び辺りに静寂が戻りはじめ
る。
余りの出来事に班長を務める軍曹と言えども数瞬呆けてしまう
いる兵たちは
半ば条件反射のように行動を開始する。
数人が爆風と振動によって空を仰ぐように倒れた探照灯を引き起
こし
その間に迫撃砲で照明弾を打ち上げる。
先ほどとは比べ物にならないほど軽い音と共に発射された照明弾
は
他の班からも打ち上げられた照明弾と共に、闇夜を照らし出した。
もうもうと立ち込める土煙、その向こうに何かが見えた気がした。
探照灯を再配置し、照射した瞬間、一陣の突風が土煙をあらかた
吹き飛ばす
375
が、
照明弾揚げ
すぐにいつもの鬼軍曹に戻り未だに呆然としている部下に命令を
早く探照灯を照射しろっ
!
飛ばす。
﹁何 を ぼ さ っ と し て い る
﹂
!
軍曹の放った怒号に近い指示に、常日頃から彼のしごきを受けて
!!
そこには、右翼後部
つまりエンジン後部がごっそりと脱落した超兵器の姿が存在して
いた
右エンジン後部が吹き飛んでいるとはいえ、原型はしっかりと保っ
ている。
どうやら、右翼に直撃するはずだった砲弾が超兵器がわずかに前
進した為
右翼を外れるも、衝撃波でエンジンを吹き飛ばしたらしい。
しかし、当初の作戦では1撃でケリを付ける算段であったため 超兵器がいまだに健在であることは、作戦が失敗したことを意味し
ている。
とはいえ、もう打てる手立ては少ない。
そんな事を考えながら、本営へ通信を送る。
戦争は始まったばかりだった。
﹂
周りに表示されるデータを見つめていた。
﹁奴らは、僕らの常識で測れるような存在じゃない
右のエンジンはつぶせたが、まだ左のエンジンが残っている
1発でも生きていれば、飛ぶ可能性がある。
楽観視するには、まだ早い。﹂
もちろんホタカとて、彼女の行動が理解できないわけではない
376
﹁なるほど、避けたか⋮﹂
攻撃が外れたと言う報告に静まり返った仮発令所内で
空城の冷静な声が妙に響いた。
﹂
﹁でっ、でも超兵器は右のエンジンを両方やられたから
あの巨体ではもう飛べないはずよ
﹁それはどうかな
彼女にとって思わぬ方向から冷や水を浴びせられることとなった
場の空気を変えようと、あえて明るい声を出す瑞鶴だったが
!
ギョッとして振り向くと、ホタカが渋い顔をして
?
沈んだ空気では、各人の能力が発揮される道理はないからだ。
それでも、彼は彼女の気遣いを足蹴にして、あえて現実をぶつける。
誰よりも超兵器の危険性、異常性を理解しているだけに
楽観論とも取れる瑞鶴の意見に賛同することが出来なかった。
﹁といっても、瑞鶴の言うようにまだヤツは地上にいる
再装填が完了するまで約24分。それまで奴が飛行しなければ
僕たちの勝ちだ。﹂
﹁⋮ホタカの言う通りだ、再装填を急がせろ。﹂
それぞれが、もう一度数分前と同じ仕事に入る中
ホタカがやることはあまりない。
彼の仕事は砲撃直前の微調整であるため、再装填中にやることは
送られてくるデータと睨めっこしたり、送られてくる情報を整理し
超兵器の現状を推し量ること位であった。
﹁瑞鶴、すまなかったな。
部に
装填装置破損
様々な異常が発生し、装填装置にも不調をきたしていた。
﹂
377
君の気遣いを無駄にした。﹂
小声で自分に誤ってくるホタカに、瑞鶴は小さくため息を付いて
同じように小声で返した
﹁いいわよ、別に。アンタの言ってることの方が正しいしさ。﹂
﹂
﹂
本心から言っているであろう言葉に、彼の口がわずかに歪む
﹁案外、優しいんだな
﹁どういう意味かものすごく気になるんだけど
でくる。
﹁装填班より報告
人力装填に切り替えるため再装填が10分ほど伸びます
!
それから15分ほど経過したころ、よくないニュースが飛び込ん
頭を掻いてごまかしておいた。
め
思わず口を付いて出た軽口に、目が笑ってない笑顔で返されたた
?
?
規格外の反動によって頑丈に作られているはずの天羽々斬の各
!
!
﹁解った、出来るだけ急がせろ。不味いことになったが⋮大丈夫か
﹂
﹁何とも言えませんね、右エンジン後部が脱落しているとのことで
したが
﹂
主翼自体にどれほどのダメージが入っているかが解らなければ
⋮
ところで前進観測班は
離陸を試みている模様です
﹂
!!
一つ頷いて、超兵器の詳しい破損状況を尋ねようとしたところで
一瞬で全滅する可能性があった。
速射砲弾のつるべ打ちを受けようものなら
超兵器の攻撃が来ないうちにさっさと撤退した。
観測班は
空城大尉が言うように、先ほど照明弾を放ち、探照灯を照射した
に就いている﹂
﹁探照灯を照射した班は退却した。今は全部で12班が監視の任務
?
今一番聞きたくない報告がもたらされる。
﹂
﹁ちょ、超兵器再起動
﹁何っ
!
されると
しかし、アルケオプテリクスの胴体下部に格納式のノズルが展開
遅いように見えた。
その速度は徐々に増していくが、巨大な機体を浮かすには
雑多な起伏を文字通り押しつぶしながら進み
機体の下に取り付けられた、巨大な橇が
ゆっくりとではあるが推進し始める。
が
膨大な量の土煙を巻き上げて、数千トンでは収まらないような巨体
格段に大きく、力強く、まさにエンジン全開と言うべきものだった。
それは160㎝砲弾が飛来する直前の物より
暗闇に包まれた霞ケ浦に再び青白い噴射炎が現れる。
!?
378
?
そこからも翼のエンジンと同じように青白い炎を吐き出し始める
その推力は、足りない揚力を補って余りあるものだった。
ついに空中に巨体が浮かび上がると、地面から離れたことで抵抗が
減少し
速度が上がり始める。それにつれて下部スラスタの推力も小さく
なっていき
最終的に、左側のエンジンのみで飛行し始めた。
一度上昇したのち、機体を傾けて大きく旋回。
目指す場所は南西、第二海上堡塁だった。
﹂
傷ついた始祖鳥は、下手人を殲滅するために霞ケ浦を舞い立った
﹁超兵器は離陸し、旋回。南西に向かったと言う事です。﹂
﹁目標は⋮ここだな。﹂
迷惑極まりない予想にホタカは肩を竦めた。
﹂
﹂
再装填が完了するまで残り20分、どうあがいても装填する前に
30cm砲弾が飛んでくる。
万事休す。そんな絶望的な空気が流れるが、落ち着き払った男が
一人。
﹁東方少尉、超兵器が第二海堡を爆撃する場合に
﹂
超兵器には下向きに連装砲があるはずだろう
投弾地点到達までのリミットを本営へ確認してほしい﹂
﹁了解
﹁な ぜ 爆 撃 な ん だ
﹂
アルケオプテリクスには5基の主砲がありそのうちの3基が下部
に付いている
先ほどの15分と言うリミットも、超兵器下部の30㎝連装砲が
379
﹁到着予想時刻は
間に合わん
﹁超兵器の速度から、およそ15分で第二海堡に到達します
﹁くそっ
!
最悪な現実に空城大尉がコンクリートの壁を殴りつける。
!
!
?
?
!
木曾の問いは当たり前の事だった。
?
第二海堡を射界に捉えるまでの時間だった。
﹁今現在超兵器は推力不足だ。右のエンジンをすべて失ったのだか
らな
航空機は速度が落ちると揚力を維持するために迎え角を大きく
とる必要がある
つまり、機首を上に向ける。これが過ぎると翼から空気の流れが
剥がれて失速するわけだが⋮
何が言いたいかと言えば、超兵器は迎え角を大きくとって飛行し
ていると考えられる。
超兵器の上部に付いている主砲は俯角が全く取れないから
もはや前方への対地攻撃能力は無い。
問題は下部の主砲だが、3基の内1基は後ろ向きについているた
め
前方は射角外だ。
380
結論として、前部の主砲2基を潰せば
奴はこちらに主砲弾を飛ばすことは不可能になる。﹂
﹁り、理屈は解るがどうやって主砲を潰すんだ
主砲にはそれなりの装甲板は有るだろうし
第一、攻撃手段がない。ここに来るまでに
高射砲を配備しようとしても
それは1つの機体の両翼に2基ずつぶら下がっている。
その轟音の発生源は4つの細長い樽状の装置
深夜の飛行場にいつもとはまるで違う轟音が鳴り響いていた
﹁戦争は二の矢を継げなかったものが負けるのだ。﹂
口の端に微かな笑みを浮かべたホタカは、静かに続けた。
が付く﹂
﹁心配いらない。既に矢は放たれている。上手くいけばこれでケリ
主砲でアウトレンジから一方的に叩かれるだけだ。﹂
?
甲高い音が一際大きくなったかと思うと
細長い樽状の装置、つまりジェットエンジンから
青白い光が伸び、それに繋がれた機体を急加速させていく
プロペラとは明らかに違う加速にパイロットは歯を食いしばり
操縦桿を手前に倒す。機首が上を向いて上昇を開始した。
横を見ると、相棒の機体も同じように離陸し、
﹄
降着輪を格納しているところだった。
﹃相棒、聞こえるか
﹁ああ、よく聞こえるよ。﹂
この2機を駆るのはアルケオプテリクスを追撃し 奇跡的に生き残った2人のエースパイロット菅納と大瀬だった。
脱出して地上に降り立った後、迎えに来た救出班に連れられてきた
のは
隠されるように作られた飛行場。そこにあったのは2機の機体と
見た事も無い2本の槍だった。
機体の方はパット見た感じではMe262のように思えるが
後退翼では無く直線翼を採用しているなど異なる部分も見られる
それは海軍がドイツ第三帝国のMe262を元に制作した
現時点で最強の戦闘機、噴式戦闘機菊花だった。
現在では工作機械等の関係で疾風改が主力の日本帝国軍にとっ
て
この機体はめったにお目に掛かれない代物だった。
とはいえ、彼らに大きな驚きは無かった
エースパイロットとして認められている彼らは、
以前から菊花への転換訓練を行っていた。
菊花の量産はまだ先の事ではあるが、先行量産型はわずかずつでは
あるが
完成し防空隊に配備されるのも間近であったため、
彼らはジェット戦闘機の訓練を受けており
それに先行量産型菊花を使っていたのだった。
以前の戦いでは、他の追撃隊と歩幅を合わせ
381
?
得体のしれない相手には、乗りなれている疾風改の方が良いだろう
との判断で
この機体を使わなかったのだった。
そんな事よりも、彼ら2人を驚かせたのは
それぞれが1本ずつ機体の腹に抱かせている白い槍。
UGM│84、ハープーンと呼ばれるその対艦ミサイルは
本土での試験のために、ホタカから降ろされて
改造して、内部に輸送スペースを設けた
九七式飛行艇の胴体内に積み込んできていたのだった。
もともとは分解される予定だったものが、
今は小改造の後、菊花にぶら下げられて飛翔の時を待っている。
﹃それにしても、無茶苦茶な任務だな﹄
﹂
﹁全く同感だ。だが、成し遂げなければ今度こそ帝都が焼け野原に
なるぞ
﹂
そいつは面白くないな。とそんな嘆きが、雑音の少ない通信機か
ら聞こえてきた
﹁さて、そろそろだ。目標は解ってるな
﹁よし、では行くか
﹂
﹃俺は左胴体、相棒は右胴体の下部焼夷榴弾砲。﹄
?
う。
一体何を考えているのかは不明だが、それなりの策は有るはずだろ
ジェット機
問 題 は こ ち ら に 向 か っ て 猛 ス ピ ー ド で 突 っ 込 ん で く る 2 機 の
とは言え、光自体に大きな問題はない。
超兵器が再び闇に戻ることを許さない。
次々と超兵器の進路上に打ち上げられる照明弾と探照灯が
な機体をあらわにした
しばらくの後、前方で幾つもの光が現れて昼間に見た超兵器の巨大
く
超兵器の対空レーダーを避けるため地上ギリギリを掠め飛んで行
スロットルを全開にし、青い炎を引いて
!
382
?
外敵の排除のために、中距離ミサイル、RAMを斉射
その数30。1機に付き15本のミサイルが迫るも襲撃者にとっ
てこれは予想済みだった。
急上昇する瞬間にチャフを散布する。
ホタカの世界ではチャフを1発撒けば、
それが効力を失うまで十数秒間は誘導兵器を無効化できる
それだけ誘導兵器のチャフへの抵抗性は非常に低かった。
彼と同じ世界から来ている超兵器であれば、
チャフを撒くことでミサイルを無効化できるはずで、その予想は的
中した。
2機に向かっていた30発のミサイルは、そのすべてがばら撒かれ
たチャフへ突っ込んでいく。
十数秒と言う時間は、反航している航空機が接近するのに十分な時
間だった。
苦し紛れに放たれる速射砲の対空砲火を躱しつつ巨体に迫る。
超兵器直前で一旦降下した後、アッパーカットを決めるように急上
昇しつつ半ロール
﹁仲間の敵だ、受け取れ。﹂
小さく嘆いて、急増品の発射ボタンを押し込み、ハープーンを切
り離すと
その瞬間、操縦桿を引いて旋回、地面を真上に見ながら菅納は超兵
器の後方へ退避する
このハープーンと菊花はホタカの指示で小改造が施され
本来は搭載することが不可能な兵装である対艦ミサイルを
航空機に取り付けられるようにしていた
とはいっても、菊花が出来ることはミサイルの切り離しのみで
ミサイルは切り離された後、その時に弾頭が向いていた方向を
維持するように飛行するようにプログラミングされていたので
実質、無誘導対艦ロケットと言えるものだった。
切り離されたハープーンはロケットモーターに点火
まっすぐ進む事だけをプログラムされたミサイルは
383
切り離された瞬間に向いていた方角へ向けて飛翔する。
そして、2本の槍は彼らが狙っていた下部焼夷榴弾砲へ直撃し
エネルギーを放出させる。その数瞬後、超兵器の下側に
大きな火球が膨れ上がり機体下部を煌々と照らし出した。
さらにそのすぐ後に、前部を指向できる2基の連装砲塔が
内部から膨張するかのように木端微塵に爆発する。
﹁ざまあみろ。﹂
爆発炎上するアルケオプテリクスを肩越しに見て笑う。
﹄
これで落ちなくても、後は第二海堡の連中がやるだろう
自分の仕事は終わった。
﹃よう、相棒。まだ生きてるか
大瀬の決まり文句が通信機から流れてくる
その声が何処となく嬉しそうだったのは
自分と同じ気分だからだろう。
この空に散った戦友の敵に手痛い一撃を食らわせてやると言う
のは
﹂
何とも爽快な気分だった。
﹁焼夷榴弾砲
だ﹂
不思議そうに首をかしげる瑞鶴に一つ頷いて答える。
﹂
﹁瑞鶴、焼夷榴弾砲が何処についていたか覚えているか
﹁それは⋮機首下部に二つ⋮だったっけ
﹂
?
﹂
﹁⋮焼夷榴弾って言うんだったら、ガソリンとか可燃物じゃないの
ていると思う
非常に近い位置にある。一つ聞くが、焼夷榴弾の中には何が入っ
そして、それらの弾薬庫は仕切られてはいるものの
焼夷榴弾砲自体には強固な装甲が張られていない。
﹁まあ、そうだ。補足すると焼夷榴弾砲のすぐ後方に主砲があり
?
384
?
﹁そ う だ。そ れ が 奴 の あ る 種 の 弱 点。構 造 上 の 欠 陥 と 言 え る 個 所
?
?
⋮あっ
﹂
自分の言う弱点を理解したような瑞鶴に満足げな笑みを向ける。
﹁つまりはそういうことだ。焼夷榴弾砲にハープーンを打ち込み
内部に火災が発生すれば、焼夷榴弾に詰められたナパームが
次々炎上し弾薬庫は高温になる。その隣に主砲弾の弾薬庫があ
れば﹂ ﹂
﹁速攻で誘爆するでしょうね、それも盛大に
消火装置とか積んでないの
し⋮﹂
一つ区切るホタカに、彼女は嫌な予感を覚えた
﹁主砲弾薬庫に2つが引火爆発した程度で、
超兵器いまだ健在
進路変わりません
!
﹂
?
﹁ハァァァァァァッ
﹂
!!!???
﹁簡単な事だ。僕が外に出て、天羽々斬を放つ。﹂
﹂
﹁ちょっとホタカ。どういうことか説明してほしいんだけど
﹂
普段通りの表情を浮かべるホタカの姿はひどく対照的に見えた。
尉と
苦虫を100匹ぐらい同時に噛み潰した様な表情を浮かべる大
﹁ええ、と言うよりももはやこれしか手がありません。﹂
﹁確かにあるが⋮正気か
﹁空城大尉。天羽々斬の砲座にも操作盤は有りましたよね。﹂
!
焼夷榴弾の誘爆は避けられず、主砲弾薬庫に引火爆発した。しか
ありさまだ。
効果があるかどうかは疑問視された。まあ結局のところご覧の
て
﹁あるにはあるが、僕の世界の調査では焼夷榴弾の威力が大きすぎ
彼女の問いに首を横に振った
?
墜落するような兵器であれば苦労しないんだが。﹂
﹂
﹁観測班より報告
﹁ほらな
!
ヤレヤレと肩を竦め、大尉の方へ向き直る
?
?
385
!
?
あんたバカなの
バカでしょ
バカに決まってる
!!
昼食を頼む時ぐらいに軽くとんでもないことを言い放った。
﹁ちょっ
!?
﹂
﹂
?
拒否を許さないと言う態度に、軽く頷く。
装填員も俺の部下だ。彼らをおいて退避することは出来ない。﹂
﹁悪いが、俺はここに残らせてもらう。
空城大尉は指示を出し終えるとホタカに向き直る
﹁了解、しました。﹂ それと本営にも。伝達が終了次第貴様も退避しろ﹂
ろ。
非常用地下通路を通り第一海上堡塁へ退避しろと堡塁内に伝え
﹁⋮⋮⋮解った。東方少尉、装填員以外は全員
不必要な危険を犯す事は指揮官として避けるべきです。﹂
装填員と僕以外の人員に出来ることはありませんからね。
﹁それならば、早く退避してください
ゆっくりと大尉は頷く。
﹁そんな事より大尉。操作盤は使えますか
サラリと想像したくない事を言い放つホタカに絶句する。
原型をとどめていればいい方かもしれない。﹂
うな
﹁まあ、160㎝砲の発砲の衝撃だ。人間ならバラバラになるだろ
﹁でもそれじゃ﹂
超兵器を確実に落とせる。﹂
僕が外に出て自分の目で観測し、演算し、操作すれば
先ほどのようにここで操作すれば十中八九外すだろう。
トラックの艦体で再計算するには時間もデータも足りない。
放てるのはあと1発。それも超兵器は目と鼻の先の空中
﹁しかし、これしか方法は無い。
じゃない
あ ん な 馬 鹿 で っ か い 要 塞 砲 の 近 く に い て 無 事 で 済 む わ け な い
!?
﹁大尉はここの指揮官ですから。僕にどうこう言う資格はありませ
ん。
386
!
!
けれども、仮発令所か装填員の待避所にいてくださいよ。
外に出られれば、勝っても負けてもあなたは死ぬ。﹂
﹁解っている。﹂
﹁では、僕は超兵器迎撃の準備に入ります﹂
お互いに敬礼して部屋を出ようとするが、彼の前に1人の少女が
立ちふさがった
﹁⋮そこをどけ。瑞鶴﹂
いつもの彼からは考えられないような冷たい声だったが
彼女は動かずに、逆に彼を睨みつけた。
﹁否よ、アンタをみすみす殺したくない。﹂
﹁瑞鶴、時間が無いんだ。君に手荒な事をしたくは無い。﹂
﹁撃つなり殴るなり勝手にしなさい。噛みついてでもアンタを止め
る
アンタが居なくなれば。私たちは超兵器に対抗する手立てを失
387
う。
それに⋮﹂
その後に続く言葉に詰まる。自分がいったい何を言おうとして
いたのかが解らない
何かとても大切な事のように思えるが、何故か出てこない。
﹁問答をしている暇はない。もう一度言う、道を開けろ。﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
こちらを睨みつけて微動だにしない彼女に、一つため息を付く
その瞬間、1歩踏み出し右の掌底を彼女の鳩尾に叩き込んだ。
掌底を叩き込むまでの時間は1秒にも満たず
婦女暴行罪でしょっぴくなら後にしてく
瑞鶴は反応すらできず意識を刈り取られ崩れ落ちかける、それをホ
タカが受け止めた。
﹁木曾、彼女を頼めるか
れ。﹂
﹁⋮解ったよ。﹂
﹁君も早く退避しろ。﹂
気を失った彼女を、同じ艦娘である木曾に預ける。
?
﹁これから行くが⋮死ぬなよ
﹂
﹁アルケオプテリクスごときに殺される気は無い。﹂
彼は一言返すと、足早に仮発令所を出て行った。
﹁ったく。面倒の掛かる奴らだ⋮﹂
よっこらせと瑞鶴を背負いなおして、発令所の人員と共に退避を
開始する。
天羽々斬の砲台基部に取り付けられた操作盤は、仮発令所の物よ
りも
いくらか簡素なもので、より頑丈そうだった。
後ろの方では、人力で装薬が詰められていく。
最も重い砲弾を装填した後に装填装置が故障したのが幸いだっ
た
もし初めから故障していれば、再装填は不可能だっただろう。
霞ケ浦の方からは、超兵器が発しているであろう爆音が遠く聞こ
えてくる
未だに装填作業は終わらない。それが終わったとしても
作業員が退避するまでは撃つことが出来ない。
突然、砲が向いている方向、霞ケ浦方面に照明弾が上がる
それに呼応するように、木更津周辺からも幾つもの探照灯の照射が
始まった
始めはバラバラの方向を向いていた地上から延びる幾本もの光の
道は、
それぞれが意志を持つかのように動き出し、霞ケ浦方面を指して止
まる。
﹁来るか⋮﹂
ポツリと嘆いた瞬間、無数の光の道が、空中でさえぎられる。
超大型爆撃機アルケオプテリクスが再び帝都に姿を現したのだっ
388
?
た。
装填作業はまだ終わっていない
超兵器は彼御予想通り、大きく迎え角を取っていたため
ハープーンにより破壊された焼夷榴弾砲と主砲が良く見える
しかし、消火が成功したのか
その二つから上がる炎は既に無く、ぽっかりと空いた穴から
薄い煙を引いているだけだった。さらに爆弾倉扉はすでに解放さ
れ
爆撃でケリをつける意志が見て取れる。
﹂
さらにその高度は低く、700m程度だった。
﹁装填作業完了
待ちに待った報告が届く、それと同時に装填員たちは
砲から転げ落ちるように地面に降りて一目散に退避壕へ逃げる
その間に、装填のために水平に戻しておいた砲身を持ち上げる
砲身自体が非常に重いため、その速度は遅々たるものではあったが
ホタカの頭の中では、既に演算が完了している。
後は射撃位置まで超兵器を引き付けて砲撃するだけ、
その瞬間まではそう考えていた。
突如、超兵器の機首がゆっくりと下がり始める
アルケオプテリクス自体には問題があるようには思えない
つう、とホタカの背中を冷たい物が滑り落ちた。
││││││そういう事か
それを補足し続けるため追従することは、
この距離まで近づかれれば、目標が大きくても
天羽々斬は巨大であるが故に、動きは非常に緩慢であり
る。
それと共に高度が下がるが、このデメリットすら超兵器は利用す
機首を下げれば上部の砲の射界に地上が入る。
下側の主砲は使えないが、上部の主砲いまだ健在だ
敵の狙いは爆撃では無く、あくまでも砲撃だった。
その考えに至らなかった自分を悔む。
!
389
!
今現在供えられている装置では不可能だった。
既に要塞砲からの射線からは逃れ
後わずかで、超兵器の主砲の射界に天羽々斬が収まる。
狩る者が駆られる者となり、始祖鳥の爪が戦神の剣を圧し折るべく
迫る。
しかし、超兵器は致命的な誤算していた。
戦神の剣を握るのはかつて自らを海に叩き落した張本人であり
その人物が次の矢を隠し持っている事を知ることが出来なかった。
連続的な爆発音が起こった後、更に巨大な爆発が生じる
それが何なのかを超兵器が観測する前に、超兵器の右の胴体に16
0㎝の砲弾が着弾した。
超兵器が機首を下げていたために、コクピットと正面衝突すること
になった
15tの砲弾はアルケオプテリクスの機首を着弾の衝撃で木端微
塵に吹き飛ばし
さらに内部機構を破壊しつくしながら進む。
胴体の中央部付近で弾頭に収められた炸薬に点火し最後の仕事
を終えると
爆撃を行うために積み込まれた800㎏誘導爆弾や主砲の主砲弾
そして、傷ついた機体を無理やり浮かせてオーバーロード寸前だっ
た超兵器機関が
連鎖的に誘爆、爆発し、その余波により左の胴体でも同じことが起
きる
初めに右側の胴体が、次に左側の胴体が内部から膨張するように
爆裂し
深夜の東京湾上空に巨大と言うには大きすぎる爆炎が発生
その爆風で真下の海面が波立ち、小規模な津波となって沿岸部へ
押し寄せた。
この事態の張本人である天羽々斬りの姿は第二海上堡塁の上に
はない
要塞砲があった部分には長方形の穴が開いていた。
390
内部は土煙と要塞砲の発砲時の煙で見えない。
要塞砲の後方、ちょうど高射砲塔があった場所の瓦礫が一部崩れ
土やコンクリート片で帝国海軍の白い軍服を汚したホタカが
何とか這い出て、足場の悪い瓦礫の山の上で立ち上がる
│││││なんとか、上手く行ったか。
ため息を付こうとして粉塵を吸い込んでしまい激しくむせる。
体のあちこちに鈍痛、さらに強烈な頭痛に顔をしかめて
仕方なく瓦礫の山に座り込んだ。しばらくは動けそうにない。
彼の放った最後の矢とはとんでもない作戦だった。
天羽々斬を固定するターレットロックボルトは
緊急時に退避するために炸薬が仕込まれている
つまり、これは巨大な爆砕ボルトでもある。
また、要塞砲が設置されているターレットは天羽々斬と台船を合
わせた全高と
ほぼ同じだけの深さを持っているため、ロックボルトを破壊すれば
どのような方角を向いていたとしても砲の大部分を収納すること
が出来る。
とはいえ、要塞砲を無理やり素早く格納するこの方法は、
砲自体に大きな衝撃を与えやすく、
損傷の危険すらあるため本当の緊急時にしか使用しない
ホタカはこの機構を利用した。
超兵器が機首を下げた瞬間、砲身の仰角をこれ以上下げることを諦
めて
非常格納装置のスイッチを押す。
すると、天羽々斬を支えていた100を超えるロックボルトが同時
に炸裂し
巨大な質量を持つ要塞砲が重力に轢かれて降下を始める
その瞬間、艦息としての能力を全力で使つかって後ろに向かって
大きく跳躍し
ポケットに入れていた懐中時計を発射ボタンへ投げつける
391
鈍色の懐中時計は一直線に赤いボタンへ吸い込まれていき、直撃
その運動エネルギーで戦神の剣のトリガーを作動させた。
仰角は変わっていないが、砲自体が下がったため
砲弾が放たれた時に砲口は超兵器を睨んでいたのだった。
ロックボルトの爆破までの時間、爆破されてからの砲の落下速度
超兵器の速度、角度、自分が投げる時計の速度、角度、タイミング、
込める力
その他すべての事象を一瞬のうちに演算し、それらを全て最適のタ
イミングで実行し
超兵器を叩き落した。
真に驚くべきことはこの複雑な計算を一瞬で間違いなく行った
事だ
このように彼の艦息としての能力を限界以上に酷使した結果、
強烈な頭痛に見舞われている。
体のあちこちが痛むのは、
160㎝砲の衝撃波に吹き飛ばされて瓦礫の山に衝突したからだ
が⋮
そして、160㎝砲が生じさせる殺人的な衝撃波を乗り越えたの
も
艦息としての能力だった。
ホタカは、艦と同じように防御重力場を展開することが出来るが
これは非常に癖の強い物だった。重力場を展開、維持する時には多
大な集中力と
膨大な演算を持続させる必要がある。
さらに、彼の周りに展開される重力場は艦に張られるものと比べ
て圧倒的に薄い
これが何を引き起こすかと言えば、質量を持つ物体を防ぐことは難
しいと言うことだ
質量を持つ物体は衝撃波等に比べて圧倒的に減衰しにくい上に
その破壊のエネルギーは極一点に集中する。そのため今のホタカ
では
392
衝撃波は防げても、銃弾を防ぐことは出来なかった。
これでは、近くで手りゅう弾が爆発した場合でも衝撃波は防御で
きるが
破片は防御できずなす術もなくズタズタに引き裂かれるのであっ
た。
そのため非常に癖が強く、こう言った事を除けば使える状況はほ
ぼない。
今回はできうる限りの防壁を張ったが、完全に衝撃波を殺すこと
は出来ず
後ろに吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられたのだった。
艦息としての身体が人よりも数段頑丈だとは言え、
コンクリートの山に突っ込めば体のあちこちを痛めて当然だった。
│││││無茶な作戦ばっかだなこの頃は⋮
楽な戦いから遠のいている現状を再確認し我ながら呆れる。
先ほどの作戦も、かなり運の要素が絡んでいたため
もう一度やれと言われても出来るかどうかは解らなかった。
頭痛は収まる気配を見せず、ますますひどくなっていく
ふと空を見上げると、そこに超兵器の姿は無く満天の星が広がって
いるだけだった。
星明りの中、退避壕から出てきた装填員の姿を視界にとらえた後
強烈な頭痛と今更になって襲い掛かってきた疲労感により意識を
手放した。
翌日、帝都内の軍病院で目を覚ましたホタカは
金色の瞳に涙をためた瑞鶴にほぼ全力で殴られた後、
すぐさまトラックへ戻る様にとの指令を受け取ることとなる。
﹁大本営も超兵器の恐ろしさがよく解った。と言ったところでしょ
うか﹂
九七式飛行艇が横付けされた桟橋で、杉本少佐が肩を竦めてホタ
カの疑問に答えた。
393
﹁大本営から真津提督にはすぐに本土に行くように辞令が下りまし
た
﹂
トラック第2鎮守府の面々も一緒です。もちろん貴方も。﹂
﹁配備先は佐世保ですか
﹁そうらしいですね、佐世保第三鎮守府の熊須少将と入れ替わりに
なります。﹂
﹁なるほど。では、そろそろ出発時間なので行きます。
杉本少佐、お世話になりました。お元気で。﹂
﹁はい、こちらこそホタカ君のおかげでこの国は救われました。
また、会いましょう。
│││││もっとも、案外早く会えるかもしれませんがねぇ。
後に続く言葉は飲み込んでおく。わざわざ言う必要は無いだろ
う。
お互いに敬礼を交わすとホタカはこちらに背を向けて飛行艇に乗
り込む
﹁杉本少佐、お元気で。﹂
﹁はい、貴女もお元気で。﹂
自分の後ろで木曾と話していたらしい瑞鶴と手短に挨拶を交わ
す。 紅いスカートを翻しながら、彼女も飛行艇の中へ消えていった。
直に、4基のエンジンを咆哮させながら飛行艇は霞ケ浦を飛び立
ち、
台湾へ向けて飛んで行った。
﹂
帰りの車の中で、ふと気になったことを自分の相方に問いかけて
みる
あ∼⋮黙秘で。﹂
﹁そういえば、瑞鶴さんと何を話していたんですか
﹁ん
?
その問いを投げかけられた木曾は、出発前に交わした瑞鶴との会話
394
?
そこまで興味のある事柄では無かったので肩を竦めて引き下がる
﹁そうですか。﹂
?
を思い出していた
﹂
﹁瑞鶴、殴られて腹が立つのは解るがそろそろ許してやったらどう
だ
全身から不機嫌な雰囲気を垂れ流している彼女に思わず苦笑す
る。
確かに女性に手を上げるのは褒められる事ではないが、
あの状況では仕方が無かっただろうと木曾は思う。
その証拠に、あの時のホタカの行動も見て見ぬふりをした。
﹁そうじゃない、そうじゃないの。
ホタカに気絶させられたのは仕方がない事よ。
あの時のアタシはそれぐらいしなければ退かなかった。
アタシが許せないのはそういうことじゃない。﹂
苦い表情を浮かべる瑞鶴に首をかしげる
﹁アタシが怒ってるのは、アイツが全部自分でやろうとする事よ
ヴィルベルヴィント、ドレッドノート
そして、アルケオプテリクス。
どの超兵器もアイツが一番体張って真っ向から粉砕してきた
まるで自分にしか、自分が倒すべき相手だと言わんばかりに
そういうところに腹が立つのよ。﹂
﹂
﹁あー、要するにホタカが超兵器を相手に戦うのは心配でたまらな
﹂
な、なななななんでそうなるのよ
いと言う事か
﹁ハァっ
!
?
﹂
!!
撃つんならとっとと撃っとけ。的が無くなっちゃ意味ないから
﹁まあ俺も偉そうなことは言えねぇけどよ。
怖くない。
腕を振り上げて起こる彼女だったが、如何せん顔が赤いので全く
﹁だから何言ってんのよアンタはぁぁぁぁぁ
﹁はいはい御馳走様でしたっと。青春っていいもんだな。﹂
顔を真っ赤にした瑞鶴が否定するが、木曾は深いため息を付く。 さっきまで瑞鶴を覆っていた不機嫌な空気が消し飛び、
?!
395
?
な。﹂
しかし
木曾
﹂
鶴
﹂
アルケオプテリクス:撃破︵爆散したため超兵器機関回収不可︶
対アルケオプテリクス戦
都への道を急ぐのだった。
愛用のくろがね四起は、何時ものように土や泥を跳ね上げながら帝
た。
今更ながらに、彼女の慌て様を思い出して口元を緩ませるのだっ
│││││絶対気があるよな。アイツ
瑞
その後も馬鹿なやり取りが続き、結局あの話はうやむやになった
?
﹁なんでアタシがホタカの事を﹂
﹁俺は的と言っただけでホタカとは一言も言ってないぜ
ホタカのように口元に笑みを浮かべた木曾に
謀ったわね
自分が誘導尋問に引っかかったことを理解する
﹁木曾
!!
﹁フフフ、自分の浅慮を呪うがいい。﹂
!?
ホタカ:小破相当︵体の5,6個所に軽い打撲、戦闘終了後左頬に
打撲︶
396
!?
四章 二人の艦息
STAGE│20 引っ越しと、開発と
白い雲の切れ間から蒼い海の上にぽつぽつと浮いている幾つかの
緑の島が見えてくる。それらの島は、乱雑に浮いているようにも見え
るが、よく見ると1つの環礁の中に固まって浮いている事が解った。
島と島の間には大小の鉄船がひしめき合っており、その中でも、他よ
りも若干明るい灰色で塗装されている異形の艦こそ、今機嫌の悪い同
﹂
僚の隣で窓から外を眺めている艦息の艦体だった。
﹂
﹁なあ、そろそろ機嫌を直してくれないかな
﹁フンっ
物の無いようにお気を付けください、このたびはトラックエアライン
﹁トラック第二鎮守府に到着いたしました飛行艇を降りる際はお忘れ
く。
エンジンのみ回して前進、トラック第2鎮守府の桟橋へとたどり着
艇の着水時の衝撃にはもう慣れていた。霞ケ浦と同じように両端の
緑色の巨体がトラック島上空を一回りして着水体勢に入る。飛行
全面撤退、と言うよりも戦略的転進と言いたいホタカだった。
│││││ほとぼりが冷めるまで刺激しないでおくか⋮
れる手段はただ一つ
分、無条件降伏しか残されていないのが辛い現実だった。ならば、取
たってから、彼女の機嫌は良くならない。原因が全面的に自分にある
と、ソッポを向く彼女に心の中でため息を付いた。霞ケ浦から飛び
?
ズにご搭乗いただき誠にありがとうございました。次のご利用をお
待ちしております。﹂
﹁ホタカ、帰投しました。﹂
﹁瑞鶴、帰投しました。﹂
397
!!
﹁ああ、お疲れ様。﹂
答礼を終えて真津が楽にしろと二人に声をかける。その顔は何処
か疲れているような顔だった。
﹁お疲れのようですね。﹂
﹁まあな、君らが本土でえらい目に遭っている間にこっちは移動準
備で、てんてこ舞いだ。何しろ、鎮守府の艦隊全部を佐世保まで移動
させなければならんからな。艦娘の私物の積み込みや、武器、弾薬、燃
料の積み込み。さらに、高速修復剤や開発した装備の積み込みに各種
手続き、大掃除、やることが多くて嫌になってくるよ悪いが瑞鶴には
すぐに移動の準備をしてもらいたい。鳳翔さんが食堂にいるはずだ
﹂
から、そこで掃除の手伝いをしてくれ﹂
﹁解った。すぐに言った方が良い
﹂
瑞鶴の問いに頷いて返すと、すぐに踵を返して部屋を出て行った。
﹁提督、僕も行かなくてよろしいのですか
﹁装備の開発ですか
﹂
﹁いや、ホタカには装備の開発をやってもらう。﹂
?
であり、この忙しいときに装備を開発するのは仕事を増やす様な物
だった。
また随分と開発しますね。﹂﹂
﹁そうだ。30回だ。﹂
﹁30
低下を防ぐため。ホタカが開発する強力な装備を、後任の艦隊に装備
させるべく大規模な開発を命じたのだった。彼が開発した多連装魚
雷や速射砲、対潜ロケット等の活躍を聞いた大本営が、どうせ移動さ
せるなら、移動する前に出来る限り利用すべきとの判断したのだっ
た。
﹁そういう事でしたか。﹂
﹁お前の部屋の私物は既に整理して艦体に積み込んである。出発は
明日だ。下がってよし。﹂
398
?
いぶかしげな顔をする。装備を積み込むのにも大きな労力が必要
?
提督の話によると、ホタカを本土に移す時にトラック方面の戦力の
﹁上からの命令だ。﹂
?
﹁了解。これより工廠に向かいます。﹂
敬礼
﹁で、なんで君はこんなところにいるんだ
﹁あ、あはは。﹂
﹂
﹂
と解りやすい反応をするのはポニーテールの女性。伊勢
﹁サボったな
ギクッ
?
バグっている彼女を無視してレバーを引く。中から出てきたのは、
﹁⋮手遅れだな、次。﹂
﹁あばばばばばばば﹂
るはずの後ろを見てみると
伊勢がヘリコプターを欲していたのを思い出す。チラと彼女が居
﹁SH│60Jか。なんかすまんな、伊勢。﹂
側面に描かれた大きな日の丸、3つの車輪。
すらりとした細い機体の最上部についた大きなローター。
の扉がゆっくりと開いていく。
て、無駄に大きなレバーを引く。重々しい駆動音が鳴り響いて、鉄製
るー。とわざとらしく涙を流す伊勢を無視し適当に資材を入力し
﹁うっそーん﹂
﹁残念ながらこれは後任の艦隊用だ君には載せないよ。﹂
﹁良いの出来たら、私に乗せてよ。﹂
﹁まあいい。とりあえず作るか。﹂
いい。戦艦娘であるため馬力は十分だろう。
それに、開発で大型の兵装が出た時には移動するのを手伝わせれば
ろと言ったところで聞かないだろう。
ため、それ以上は突っ込まない。自分には関係ないことだし、仕事し
とはいえ、彼女がサボりの常習犯であることはすでに理解していた
だった。
?
箱形の砲塔を持った小型の砲台だった。
399
!
﹁なにこれ
﹂
復活したのか。これは噴進爆雷砲だ爆雷を爆雷投射機よりも
基同じ砲塔に組み込んだ異形の兵器だった。
﹁88mm連装バルカン砲だな﹂
﹂
﹁あのさ、バルカン砲って、ガトリング砲のこと
﹁それ以外に何に見えるんだ
88mm連装砲ならまだわかる
?
なにさ88mm連装バルカン
88mm砲弾ってそんなポンポン打てるようなものだっけ
使えるかどうかは置いといて
﹁いやいやいや、オカシイでしょ
よ
砲って
﹂
! ?!
?
﹂
鉄製の扉から出てきたのは、6本の砲身を束ねたガトリング砲を2
﹁次﹂
﹁九六艦戦かぁ、なんか外れ感がものすごいね﹂
出てきたのは固定脚の見慣れた機体
﹁次だ。﹂
かったような。﹂
﹁ふ ー ん。そ う い え ば 戦 時 中 に ウ チ も 開 発 し て た よ う な ⋮ し て な
遠くまで届かせる。対潜ロケットよりも射角が広いのが利点だな。﹂
﹁ん
?
ば上部構造物をスクラップにすること位は出来るな﹂
﹁うわぁ。﹂
﹁次だ。﹂
﹂
次に出てきたのは大型のボックスランチャーだった
﹁対艦ミサイル
と頭を掻くホタカに小首を傾げた
?
﹂
?
嫌な予感を感じた彼女は若干冷や汗をかきながら質問する。
﹁鈍足ってどのくらい
ンジンであるからミサイルにしては鈍足の部類に入る。﹂
﹁対艦ミサイルよりも長射程だ。ただし、推進器がターボファンエ
やっちまったかな
﹁対艦ミサイルとどう違うのさ﹂
﹁違う⋮これは巡航ミサイル発射機だ。﹂
?
400
?
?!
!?
﹁こいつは撃てる。射程はそんなに長くないが重巡洋艦ぐらいなら
?!
﹁約880km/hだ。﹂
菊花が居れば撃墜できるだろ
﹂
﹁⋮あのさ、私等にとってはめちゃくちゃ早いからね
﹁そうか
﹁艦載機型菊花があればいいかもね﹂
それ﹂
?
らば出来るだろう。﹂
?
装備は無いだろう
﹂
﹁まあ、確かに。じゃあ無駄じゃない
﹂
が正しい使い方だが⋮艦娘にこのミサイルを運用できるほどの電子
﹁問題もある。ミサイルはアウトレンジから敵艦を一方的に叩くの
﹁これ量産したら深海棲艦に勝てるんじゃない
﹂
1撃で沈めることは難しいだろうが戦闘能力を根こそぎ奪う事位な
えにHEモードしかないが1撃で駆逐艦数隻を沈められる。戦艦を
﹁問題はそんな事では無くて威力だ。トライデントには及ばないう
この艦息が、つくづく規格外だと確信する。
?
ミサイルに送れば、ロックした目標へ向けて飛行し始める。要する
カーが作動し敵艦をロックする。ロック後、母艦が簡単な発射信号を
ル発射機がハッチを開き視界内の敵艦に合わせると、ミサイルのシー
ムと呼べるものだった。電算機を持たない軍艦に搭載されたミサイ
その制約を破壊するために付加された能力は、一種の自律攻撃システ
発 射 す る。そ の た め 電 算 機 を 持 た な い 艦 に は ミ サ イ ル は 撃 て な い。
リンクした航空機から得て、それを電算機がミサイルにインプットし
通常、ミサイルを撃つ場合は目標のデータを艦載の電探や、データ
ある能力が付加されることになる。
少を抑えるために、運用に高性能電算機が必要だったミサイルには、
にも大きな費用がかさむ為だった。それによる艦隊全体の火力の減
た。これには、船体のスペースの問題と共に高性能な電算機には製造
高性能電算機を搭載していたが一部の小型艦には積まれていなかっ
ホタカの世界では、大型軍艦には超兵器研究の一環でもたらされた
﹁そういうわけではないさ。これが僕の世界と同じものなら。﹂
?
?
に、ミサイル自身が全自動で発射直前の状態にまで移行することが出
来るのだった。
401
?
とはいえ、これには大きな問題がある。第一に、細かい目標の選定
が出来ない。ミサイルはハッチが空いた瞬間に自艦に最も近い目標
にロックするため、目標を母艦が選ぶことが出来ない。しかも、この
機能を使う場合、他のミサイルとはリンクしていないため、1つのラ
ンチャーから一斉に発射すると放たれたミサイルが全て同じ目標に
向かってしまう場合が少なくない。
これを解消するために、ハッチを一つづつ開けて別々の目標をロッ
ク す る よ う に 仕 向 け る テ ク ニ ッ ク が あ る が、発 射 速 度 は 低 下 す る。
もっとも大きな問題は、有視界でしか使えないことだ。ミサイルの利
点は超長距離でも高い命中率を誇ることであるがこの方式を使って
しまえば、砲弾が届くような近距離でしか使えない。さらに、ミサイ
ルの発射機は大型であり満足な装甲が無いためミサイルを撃つ前に
砲弾を受ければ誘爆からの轟沈が発生する場合もある被弾を考えれ
ば魚雷より性質が悪い兵器かも知れない。
﹁次だ。﹂ 55口径20.3㎝連装砲
﹁おー、超砲身だね﹂
﹁この鎮守府にいる重巡は⋮﹂
ども
青葉ですぅ
ふと誰だったかと天井を見上げた瞬間、後ろから元気な声が聞こえ
てくる
﹁呼 ば れ た 気 が し て じ ゃ じ ゃ じ ゃ じ ゃ ー ー ん
﹂
!
﹂
﹁何ですかその〟うわぁ〟って顔は。一応あなたの恩人なんですけ
!
402
﹁う∼ん。なかなかうまくはいかないってことかぁ⋮﹂
﹂
﹁だが、上手く使えば強力な兵装だ。弾薬費を除けば﹂
﹂
﹁えーと。おいくら
﹁聞きたいか
?
ホタカの黒い笑みを見て、冷や汗をかいて引き下がる
﹁遠慮します⋮﹂
?
﹁ああ、君か。﹂
!
ど
?
頬をふくらまして抗議する青葉に軽く謝る
﹁で、なんで青葉がこんなところにいるの
﹂
﹁それは自分の胸に手を当てて、よぉく考えてみるんだな
姿が
﹁アイエエエエエエ
ヒュウガ
ヒュウガナンデ
にホタカさんの手伝いを。﹂
?
てみよーーー
﹂
﹂
とりあえず来
﹁まあいいじゃないですか。時間もあまりない事ですし。次、行っ
め息しか出なかった。
図星を付かれたのか、わざとらしい口笛を吹いてごまかす彼女にた
﹁新しい兵装を見たいだけだろう
﹂
﹁まあ、私は消えた伊勢さんを捜しに来たってわけですよ。ついで
る
いった。その光景にシャッターを切っている青葉をとりあえず止め
有 無 を 言 う 前 に 襟 首 を 捕 ま れ そ の ま ま ズ ル ズ ル と 引 き ず ら れ て
い。仕事だ。﹂
﹂
い声が聞こえる。ゆっくりと振り返ると非常にイイ笑顔の妹、日向の
青葉に問いかけた瞬間、伊勢の肩に手が載せられ、聞きなれた冷た
?
?
﹁ま っ た く ⋮ 伊 勢 の サ ボ り 癖 は 何 と か な ら ん の か
?
九九艦爆
﹁またおなじみの機体ですね。﹂
﹁量が有って困ることは無いだろう。次﹂
零戦二一型
﹁これもお馴染みの機体ですね。﹂
﹁次だ。﹂
零戦二二型
﹂
﹁おお、二二型ですか。﹂
﹁無かったのか
ですよ。﹂
﹁52型は有るんですけどねぇ⋮なぜか二二型は出てこなかったん
?
403
!?
?
!?
何かもうどうでもよくなって、投げやり気味にレバーを引く
!
﹁52型があるなら要らなかったかもな⋮﹂
﹁ですよねぇ⋮﹂
零戦の機銃ってこんなに太かったかな
二人の生ぬるい視線を受けた零戦が、何故か居心地悪そうにして
いるように見えた
﹁次﹂
零戦三二型
﹁零戦三二型ですね。あれ
﹂
型だから大丈夫だろう。次だ﹂
接触機雷投射機
﹁海峡封鎖作戦って⋮あんまりありませんよね
﹁次﹂
﹁ファッ
﹂
な、なな何ですか
﹁ふむ、当たりと言えるな。﹂
﹁ちょっ
﹂
!
﹂
?
﹂
一体何t炸薬積んでるんですか⋮﹂
﹁ろ、ろくじゅうはち
﹁次やるぞ﹂
25mmCIWS
﹂
﹁んん⋮1tぐらいか
?
﹁うわぁ⋮﹂
?
﹁何って⋮68㎝魚雷7連装発射管だが
上の大きさの魚雷となると、例の特攻兵器ぐらいしかない。
日本海軍の魚雷でも大型の93式酸素魚雷でも61㎝だ。それ以
これ
んでいる7連装68㎝魚雷発射管と呼ばれるものだった。
出てきたのは、巨大な魚雷発射管。60㎝以上の発射管が7つ並
?
機関砲の反動で主翼が吹っ飛んだ機体もあったそうだ。これは量産
﹁だけど、零戦に30mmはきつかったようでな。試作品の中には
﹁うひゃー、30mmですか。重爆撃機も木端微塵にできますね。﹂
た。﹂
僕らの世界では零戦三二型は30mm航空機関砲を装備してい
﹁どうやら君らの世界とは仕様が若干違うようだな
?
?!
!?
!?
404
?
フ
ル
オー
﹁おお、これは良い物が出来ましたね﹂
﹂
ト
﹁CIWSは電算機もいらない全自動射撃だからな対空戦に役立つ
だろう⋮ただ、射程がな⋮﹂
﹁そんなに飛ばないのですか
﹁有効射程はだいたい2000m程度だ。﹂
﹁確かに、ちょっと物足りないですね。﹂
﹁もともとはミサイルで打ち漏らした敵への最後の抵抗手段だから
な射程は見劣りするよ。次だ﹂
12,7mm4連装機銃
﹂
﹁うーん、4連装はいいんですけど。12,7mmですか⋮﹂
﹁深海棲艦相手には豆鉄砲だな。次﹂
127mm速射砲
﹁これって、吹雪ちゃんが装備している奴に似てますね
68㎝4連装誘導魚雷
﹁また68㎝魚雷ですか
﹂
﹁攻撃力はそれ以上だがな。次だ﹂
﹁高角砲レベルですね。﹂
27mmある。﹂
﹁57mmは吹雪が持ってったのか。これは其れよりも大口径だ1
?
を追いかける。ただ、100発100中と言うほどの精度は無いな。﹂
﹁ドイツでは実用化されていたようですね。確か⋮G7とかなんと
か。まあ少なくとも68㎝なんて巨大な魚雷では無かったはずです
が﹂
﹁さて、ようやく半分過ぎたか。﹂
﹁先は長いですねー﹂
もう一度資材を投入し開発開始レバーを押し下げた。
405
?
﹁只の68㎝魚雷ではないな。音響誘導型だ。敵艦のスクリュー音
?
﹁よいしょっと。﹂
台の上に載って、戸棚の上にたまった汚れを雑巾で拭きとってい
く。この鎮守府とも今日でお別れ、長いようであっという間だった様
な気がする。あの地獄のような場所から連れ出され、今では瑞鳳と笑
い、加賀さんにしごかれ、鳳翔さんに料理を教わり、彼に振り回され
るなど。充実した日々を味わっている。
│││││アイツの無茶は頭が痛いけどね⋮
ふとそんな事を頭の片隅で考えている自分に疑問を抱く
│││││なんでアイツの事考えてんだろ
こなかった。
その時だった。
だろうよく聞きなれた暁の悲鳴だった
!
次に電の悲鳴も聞こえてくる。首だけで音源を振り返ると、暁と電
﹁どっ、どうしたので、ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
﹂
後ろから聞こえてきたのは幼い少女の悲鳴。と、言うと本人は怒る
﹁ぴゃあああああああああああ
﹂
雑巾を動かす手を止めて考えてみるが、何時ものように答えは出て
?
何かあったっぽい
﹂
が抱き合って震えていた。そばには、口を開けた下の戸棚。
﹁どうしたの
?
を浮かべた夕立がしゃがみこんで除いた瞬間弾かれたよう
戸棚を指さす。
頭に
いる。
夕立
﹂
流石にマズイと思った瑞鶴は、台を降りて見に行くことにした
﹁どうしたの
?
﹁アイツ
﹂
﹁あわわわわ、あ、アイツが居るっぽい⋮﹂
?
棚は食器などをしまっておくところだった。
夕立が言っているのは別の物だろう。場所は食堂、開きっぱなしの戸
瑞鶴の中でアイツと言えば某ミサイル戦艦の事を指すのが多いが、
?
406
!?
そばに居た夕立が近づくと、二人は諤々震えながら空きっぱなしの
?
に頭を引いて尻餅をついた。横の二人と同じようにガタガタ震えて
?
その前にしゃがんで中を除く、中は暗くてよく見えない。その時視
界の右端で何かをとらえた。首を回して右を見る。暗闇に覆われて
中は良く見えない10秒ほど経過し、見間違いの様な気もしてくる。
別の所を見ようとした時、そいつは現れた。現れてしまった。
暗闇に溶け込む黒色の迷彩は、彼女が除いているところから差し込
んだ僅かな光を受けて鈍く輝いている。床や壁を縦横に走り抜ける、
島風すら凌駕するほどの機動力を発揮する6本の脚、自分の電探より
も高性能の様な気もする長い触角。その姿を瑞鶴の眼球が捉え、網膜
に像を結び電気信号に変換され、脳に送られる。その情報を脳は記憶
と照らし合わせ一つの答えを得る
第一種接触禁忌種、人類の敵
昆虫軍特殊潜入工作隊、空挺仕様六脚歩行多耐性軽潜入工作戦機
動物界節足動物門昆虫綱ゴキブリ目ゴキブリ
﹂
一瞬、思考が完全に停止した後、悲鳴を上げながら後ずさりする。
﹁あたっ
﹂
後進しすぎて食堂のテーブルに後頭部強打した。思わず頭を抱え
て悶絶する。
﹁いったいあなたは何をやっているのかしら
﹁か、加賀さん
﹂
今は救いの女神のように見えてしまう。
賀がこちらを見下ろしていた。いつもなら冷や汗を流すところだが、
上から降りかかる冷たい声、涙目で見上げると、冷たい目をした加
?
﹂
!!
喰った。
お願いします。﹂
﹂
﹁あ、アイツを何とかしてください
﹁あいつ
﹁いいから
﹂
尋常では無い顔でしがみついてきた瑞鶴に、さすがの加賀も面
﹁な、何ですか
? !!
﹁まったく、何に驚いているか知りませんが、どうせネズミか何かで
進する機動隊のようにも見える。盾は自分の先輩だが⋮。
加賀の背中を押して件の戸棚の前へ、その姿は何故か盾を構えて前
!
407
!?
?
しょう
﹂
若干不機嫌になりながら、開きっぱなしの戸棚では無く、その右横
の戸棚を開く。この戸棚は内部に両側を仕切る仕切り板は無いので、
彼女が開けたところは、つまり。
﹁⋮⋮⋮﹂
﹂
奴の居る場所だった。
﹁か、加賀さん
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
ついてみるとそのままコテンと倒れてしまった。
﹂
﹁か、加賀さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん
﹁加賀さん気絶しちゃったっぽい
﹂
!!!
と今度は灰色の線が5本現れ、消える。何かを振り切った姿勢の人物
その時だった。薄紅色の影が艦娘達とゴキブリの間に割って入る
※︵ry
│││││︵気絶中︶
※しつこいy︵ry
│││││改二、成りたかったっぽい
※しつこいようですがた︵ry
│││││お姉ちゃん、電は先に逝くのです
※しつこいようですが只のゴキブリです
│││││一人前のレディ⋮なりたかったなぁ
※只のゴキブリです
│││││ごめん、ホタカ、先、逝くわ
灯が走る。
迫る。その光景が全員には否に遅く感じられ、それぞれの脳裏に走馬
匹のゴキブリがその背中に背負った薄い羽根をはばたかせて5人に
暁が制止をかけるがもう遅かった。3人の大声に驚いたらしき5
﹁ちょっ、そんな大声出したら⋮﹂
﹁め、めでぃぃぃぃっくなのです
!! !?
﹂
瑞鶴の問いにもしゃがんだまま答えない。不思議に思って肩をつ
?
の足元に、5匹のゴキブリが原型を保ったまま墜落し絶命した。
408
?
﹁ふう。怪我はないですか
﹂
長いポニーテールを揺らし振り返った女性はニコリと微笑んで彼
女たちの無事を確認する
﹁ほ﹂
﹁﹁﹁鳳翔さぁぁぁん﹂﹂﹂
約束された勝利の剣
瑞鶴が名前を呼ぶ前に3人の駆逐艦娘が鳳翔に抱き着く抱き着か
れた彼女も、手に持っていた丸めた新聞紙を放して抱きしめ返した
これ。﹂
﹁何やら悲鳴が聞こえたので、来て見たんですよ。食堂掃除にはつ
きものですからね。﹂
﹁えーと。死んでるんですか
﹁﹁﹁﹁は、はい﹂﹂﹂﹂
勝利すべき灰色の剣
﹁1匹見たら30匹と言いますからね。ああ
5匹ですから150
見 敵 必 殺してきますから。別の所を掃除しておいてください﹂
サーチアンドデストロイ
﹁さ て、ま だ ま だ 居 る で し ょ う し 私 は ち ょ っ と 虐さ⋮ ゴ ホ ン、
ジェ ノ サ
抱きしめていた手を放して、瑞鶴から丸めた新聞紙を受け取る
どうにでもなります☆彡﹂
チャグチャにしましたから。後はごみ箱に捨てるなり、土に還すなり
﹁甲 殻 を 潰 さ な い よ う に 衝 撃 だ け を 内 部 組 織 に 与 え て 中 身 だ け グ
走る
鳳翔は微笑んだままだが、何故かその笑みを見ている瑞鶴に寒気が
﹁それは大丈夫ですよ。﹂
﹁でも、こういうので殴ると普通潰れるんじゃあ⋮﹂
﹁ええ、確実に。﹂
ない
恐る恐る鳳翔が落とした、丸めた新聞紙でつつくがピクリとも動か
?
│││││この艦にだけは逆らってはいけない︵のです︶
︵っぽい︶
ンクロした。
は無いことを話す鎮守府の〟お艦〟に、1名を除いた艦娘の考えがシ
黒い笑みを浮かべ、只の丸めた新聞紙をプラプラ弄びながら尋常で
天 地 乖 離 す 開 闢 の 星
とが迂闊でした。後任の方に迷惑をかけてはいけませんよねぇ⋮﹂
匹ですかね。フフフフフ、まだそんなに残っているとは、私としたこ
!
409
?
﹁で、これが開発した装備か⋮﹂
﹁はい、仕様に関しては問題ないかと。﹂
SH│60J、九六艦戦、88mm連装バルカン砲、巡航ミサイル
2、接触機雷投射機、噴進爆雷砲、68㎝7連
発射機、55口径20,3cm連装砲、九九艦爆、零戦二一型 零戦
二二型 零戦三二型
装45口径磁気火薬複合砲︵65口径相当︶。
﹁この磁気火薬複合砲の70口径相当とはどういうことだ
﹂
?
﹁この火炎放射器って何だ
﹂
い提督の頭脳をもってしても至難の業だった。
﹂
提督が目頭を押さえる、ホタカの開発した装備の理解にはこの若
﹁まあ、それはいいんだが⋮﹂
高性能ですね。﹂
﹁僕の主砲は75口径相当ですから、今回開発したモノよりは若干
﹁お前に搭載されているのは
と言う事です。35,6cmの方も同様ですね。﹂
﹁通常の火薬式41cm砲を70口径にした場合の威力に相当する
?
砲、九七艦偵、80㎝3連装誘導魚雷、彗星一二型、35,6cm連
連装磁気火薬複合砲︵70口径相当︶、70口径12,7cm連装高角
魚雷、感応機雷投射機、53,3cm連装魚雷、50口径41cm3
40mmバルカン砲、火炎放射器、新型火炎放射器、45cm3連装
連装機銃、127mm速射砲、152mm速射砲、25mm3連機銃、
装魚雷、68㎝4連装誘導魚雷、25mmCIWS、12,7mm4
×
﹁なんでこんなものが作られたんだ
ホタカの世界はいったいどう
ちがう、そうじゃないと頭を抱える提督。
mと短いですが。敵艦に火災を発生させることが出来ます。﹂
火炎とする。射程距離は火炎放射砲で約3,5km、新型で4,9k
﹁そのままの兵器です。砲身から特殊焼夷剤を放出しつつ着火させ
?
?
410
!?
なっているんだ
あれか
汚物は消毒だーーーーとか言ってるモヒ
﹂
﹁君はいったい何を言ってるんだ
﹂
﹁それにしても久しぶりですなぁ。大体5話分ぐらいですかね
﹂
自室から久しぶりに自分の艦橋に行くと見知った顔が出迎えた。
﹁おはよう副長。﹂
﹁おはようございます。艦長。﹂
敬礼。
﹁了解﹂
れ。明朝出港する。﹂
﹁まったく、世も末だな⋮まあご苦労。今日は自分の艦で休んでく
ラ撒くことで近づいてきた航空機を火だるまにしたとかなんとか﹂
ではもっぱら対空攻撃に使われたようですね。広範囲に焼夷剤をバ
﹁流石にそのような艦隊は見た事ありませんが⋮これを搭載した艦
カンの艦隊でも居たのか
?! ?
?
隻が移動を開始し、その後を駆逐艦、軽巡洋艦が続く。ホタカの近く
提督の通信が終わると、外洋に一番近い位置にいた第6駆逐隊の4
を期待する。トラック第2鎮守府全艦、移動開始。﹄
での任務よりも遥かに重要な仕事である諸君らには一層の奮励努力
へ帰れるのは事実だが、次に課される使命は本土防衛でありトラック
ことが出来る。しかし、そのことに浮かれてはならない俺たちは祖国
動に戸惑っているだろうが俺たちは内地へ戻れる。祖国の地を踏む
﹃艦隊司令の真津だ。これより佐世保へ向けて出港する。突然の移
入った。
久しぶりに副長とバカな会話をしていると旗艦の加賀から通信が
﹁いったいどこの常識なのか小一時間ほど問い詰めたいな。﹂
て﹂
﹁久しぶりの登場ですから、メタ発言でもしないと。常識的に考え
?
411
!?
に停泊していた瑞鳳が空母としては小柄な艦体を前進させるのを確
認した後、ホタカも支持を出す。
﹁両舷前進微速。﹂
﹁両舷前進微速、ヨーソロー。﹂
煙突からガスタービンの排煙が吹き出し、5万トンの艦体が久しぶ
り に 白 波 を 蹴 立 て て 動 き 出 す。そ の 後 ろ を 航 空 母 艦 瑞 鶴 が 続 い た。
艦橋のウィングに出たホタカは、だんだん小さくなっていくトラック
第二鎮守府を見る。パラオ鎮守府から脱出して転がり込んで来た自
分達を受け入れてくれた場所であっただけに何か寂寥感のようなも
のがこみあげてくる。思わず踵をそろえて敬礼した。
朝日に照らされた鎮守府は、何時も見るよりも幾分きれいに見え
た。
今回、トラック第二鎮守府を引き払ったのは
戦艦 山城
航空戦艦 伊勢、日向
航空母艦 加賀、瑞鶴
軽空母 鳳翔、瑞鳳 重巡洋艦 青葉、最上
重雷装巡洋艦 北上、大井
軽巡洋艦 夕張、多摩、
神通
駆逐艦 吹雪、初雪、朝潮
漣、暁、響、電、雷
時雨、夕立、雪風
陽炎、不知火、睦月、如月
望月、三日月、満潮、秋雲
補給艦5隻
輸送艦10隻
そして、装甲護衛艦 ホタカの合計45隻だった。多いようにも見
えるが、一鎮守府の戦力としてはまだまだ小さい方だった。旗艦は秘
412
書官でもある加賀が務めている。途中で、こちらの倍は有ろうかと言
う佐世保第三鎮守府の艦隊と洋上ですれ違い、そのまま北上する。目
指す本土は遠く、輸送艦の速力に合わせて低速で航行しなければなら
なかった。
本土までの折り返し地点に来たところで、加賀の偵察機が、深海棲
本艦隊から北へ600km地点速力30
で本
軽空母8、戦艦8、重巡16、駆逐16。大艦隊です
艦の大艦隊を確認する。
﹃敵艦隊発見
﹄
進路1│8│0
艦隊に接近中
﹁不味い事になりましたね。﹂
隣で通信を聞いていた副長が難しい顔をする。
﹁航空戦、砲雷撃戦共に数で負けているうえにこちらは輸送艦付で
厄介だな。﹂
きている。進路を変更してやり過ごせればいいが見つかったら少々
﹁ああ、幸いこちらは発見されていないが彼らはこちらへ向かって
副長の意見に一つ頷く。
艦の頭数が足らない。﹂
ればこちらの艦載機は撃滅されかねません。砲撃戦をやろうにも戦
﹁此方は正規空母が居ますが、何しろ数が多い。軽空母が8隻も居
?
すから逃げられません。まともにやり合ったら戦没艦が出ますね、確
実に。﹂
﹁真面にやり合えば、な。﹂
﹂
ふと、顔を見合わせると、副長がニンマリと笑っていた。
﹁艦長。貴方も大概普通じゃないですね
﹁CICへ行きましょうか
﹂
﹁それを悟って今なお笑っている君もな。﹂
?
﹁この頃ずっと本土でしたからね。﹂
な。﹂
﹁そ う い え ば、こ の 艦 に 乗 っ て 指 揮 す る の は ず い ぶ ん 久 し ぶ り だ
副長の言葉に頷いて艦長席から降りる
?
413
!
!
!
!
﹁ああ、天羽々斬の時は助かったよ。﹂
﹁外しちゃいましたがね。﹂
﹁アレは仕方がない。運の要素も多分にあるからな。﹂
一人は歩き、もう一人は浮遊してホタカの艦内の細い通路を進み、
重厚な扉をくぐり、薄暗く肌寒いホタカのCICに入る。
﹁艦長。旗艦より発光信号です。方位3│0│0へ変針。5分後に
全ての艦娘の相互通信を開き、対応策を練るとの事です。﹂
﹁この変針でやり過ごせればいいのですが⋮﹂
﹁それに越したことは無いが、な。
﹂
対空ミサイルVLS解放。対空対潜警戒厳となせ。﹂
﹁了解
CICの外部カメラから見る太平洋はこれ以上ないほどの快晴で、
高く昇った太陽からの光を反射してきらきらと美しく、蒼く輝いてい
た。 414
!
STAGE│21 邀撃
深海棲艦南進艦隊
太平洋上を北進する戦艦3、空母4を中心とした40隻を超える
大艦隊が
軍艦旗をはためかせ、青い海を威風堂々と航行していた。
その姿はまさしく海の覇者に恥じない物ではあったが、
この艦隊は、今まさに危機的状況に陥りかけていた。
艦隊の中でも後方を航行しているホタカのCIC内に
艦娘どうしの相互通信回線から、加賀の報告が響く。
﹃偵察機は撃墜されました。
最後の報告によると、敵艦隊の位置は
方位0│0│0、距離570kmです。
また敵艦隊は30機以上の偵察機をこちら側へ
飛ばしたようです。その数は増えるかもしれません。
さらに、敵艦隊のほぼすべてがelite級で一部にflag ship級も存在するとのことです﹄
次に、加賀に座上している真津の声が届く
﹃現在、針路を変更してはいるが
軽空母8隻の放つ偵察機に見つかるのは
時間の問題だと考えた方が良い。
皆の意見を聞きたい。﹄
この通信は全ての艦娘の艦橋に伝わっており
全ての艦娘に発言権があった。
﹃こちら瑞鳳です。こちらは低速の輸送船団を伴っているため
戦闘を行うべきではないと思います
﹄
ですので針路を真西にとり、敵艦隊をやり過ごすのはどうでしょ
うか
敵は偵察機を飛ばしてこちらを見つけようとしている
415
!
﹃日向だ。瑞鳳の意見に付け足したい。
?
偵察機の速度を考えれば、索敵範囲外に出る前に
こちらが見つかるだろう。
空母から戦闘機を発艦させて偵察機を積極的に
撃墜していくのが良いと考える。幸いこちらにはホタカの電探
がある。
敵が視認距離に入る前に排除できるはずだ。﹄
その意見に待ったがかけられる。
﹃こちら最上。偵察機を落とすのには賛成できない。
確かにこちらの情報を相手に渡さないと言う点でなら有効だろ
うけど
﹄
偵察機が落とすこと自体、ぼく達がここに居ることを
相手に教えることに他ならないんじゃないかな
﹃時雨だよ。ボクも最上さんの意見に賛成だ。
もし偵察機を落とした場合、索敵攻撃をかけられれば
こちらの戦力では太刀打ちできないと思う。﹄
通信機から聞こえてくる艦隊の艦娘達と提督の会議をホタカは聞
き流しつつ
﹂
腕を組んで対空電探の画面を睨んでいた。
﹁そろそろ⋮ですかね
直掩機以外何も映らない青いレーダー画面
そのレーダー画面の端に、小さな輝点が湧いて出た。
﹁来ましたね。﹂
副長の声に一つ頷き、通信機を手に取る。
﹁こちらホタカ。悠長に話している暇は無くなった。﹂
突然のホタカの介入に、意見を出し合っていた艦隊の面子が
静かになる。その間に、レーダーに映る反応は1つではなくなって
いた。
﹁本艦のレーダーに感あり、十中八九偵察機だ
現在こちらの視認範囲に突入するコースを取っているのは3機
方位0│2│0、410km。方位0│0│0、420km、方
416
?
﹁たぶん⋮な。来ないことに越したことは無いが⋮﹂
?
位0│4│0、400km。
いずれも速度は360km/hだ。﹂
﹃こりゃ不味いね、3機も来るなんて﹄
﹃深海棲艦の索敵って割と適当の筈なんだけど
なんでよりによってこんな時に⋮不幸だわ﹄
伊勢の焦ったような声と、山城の半ばあきらめているような声
無理もない、3機もの偵察機を撃墜してしまえば
こちらの居る方位が露見する。時刻は未だ午前、
夜まで逃げ回れるとは思えなかった。
事ここに至っては、選択肢は限られてくる。
﹄
﹁提督、迎撃命令をいただきたい。﹂
﹃ホタカ、何を言っている
突然のホタカの要請に、戸惑っている様子が容易に想像できた。
﹁そのままの意味です。僕はこれから艦隊を離れ
なんでわざわざ突っ込もうとするのよ
彼女のいう事ももっともだった。
﹄
﹄
あの時、君らは戦闘能力を喪失していたため安全策を取っただけ
﹁あのな、瑞鶴。パラオ脱出戦と状況は変わっているんだ。
入って行ってやる必要は無い。
そのことを考えれば、わざわざ敵の射程距離内に
しのいだ後、トライデントの大量発射でケリを付けていた。
パラオ鎮守府からの脱出行の時、2つの機動艦隊の同時攻撃を
!
!?
全速で敵艦隊に突入、敵戦力の殲滅を計ります。﹂
﹃ア、アンタ自分が何言ってるのか解ってるのっ
﹃アンタの力を知っているからよ
君には僕の能力は一度見せていたはずだ。﹂
﹁解って無ければ意見なんて言わないよ。
頭の片隅で考える。
片眉を上げる。彼女のこんな声を聴くのは何度目だろうと
いきなり通信機から聞こえてきた悲鳴のような声に
!?
あの時みたいにトライデントばら撒けば終わりじゃないの
!
417
?
だ。
今回は敵には劣るが十分な大艦隊だ生半間な航空攻撃ならビク
ともしないだろう。
﹄
何故敵射程内へ突入するかと言えば、ミサイルの節約だ。﹂
﹃ハァ
彼女の間の抜けたような声に、少し笑みを浮かべる
声には出していないが、他の艦隊の面々も瑞鶴と同じような反応を
していた。
自分たちが必死に、なりふり構わない対応策を練っているこの時に
この男は有ろうことか弾薬の節約を言い出したのだから当然だっ
た。
﹁正直、この場所からトライデントを20発ほど打ち込めばケリは
つくだろうが
それではあまりにも割に合わないよ。まあ本音としては
この程度の数の深海棲艦ごときにトライデントの大量使用は勿
体無い。
と、言うのが多分にある。﹂
│││││この男は、何を言った
更に輸送艦隊を抱え艦娘が最大の能力を発揮しづらいこの状況
しかし、相手の数が1.5倍以上であり、艦載機の数で負け
何度も行える程度ほどだ。
フェクトゲームを
例え同数の相手でも、練度次第では日本海海戦も真っ青のパー
基本的に深海棲艦を凌駕すると言うことは海軍では常識だった。
艦娘の能力は、練度さえ足りていれば
通信機から響いた艦息の声に愕然とする。
艦隊のほぼ中心、旗艦加賀の艦橋で
?
まともにぶつかり合えば輸送艦隊は間違いなく壊滅
艦娘達も無事では済まないだろう。
418
?
この認識は真津と艦娘達との共通の認識のはずだった。
だが、この艦息。ホタカはミサイルを使うのがもったいないと言
う
それは彼が深海棲艦の大艦隊を全く脅威に捉えていない事を意味
していた。
﹁ホタカ、君一人で深海棲艦の艦隊を沈めることは可能なのか
トライデントも無しに。﹂
自分の声が思ったよりもかすれていることに内心で驚く。
通信機から聞こえてきた声は、いつも通りの落ち着いた様子だっ
た。
焦りも、気負いも見られない。
それどころか、幾分面倒臭がっているような感覚すら覚える
﹃可能です、間違いなく。まあ軽空母を残しておくと
本隊の方に面倒がかかりそうですから、
トライデントで軽空母5隻は先に沈めておきます
軽空母3隻程度の戦力なら、こちらの戦力でも対処できるでしょ
う。
戦
艦
タ
級
その後は全速で敵艦隊に突入、砲戦により撃滅し本体の進路を確
保します。﹄
﹂
﹁敵艦隊には軽空母の他にも8隻の戦艦が存在しているが
単艦で突撃した場合数で押されないか
戦
艦
ル
級
サウスダコタ級が多い
それらが搭載する16inch3連装砲の破壊力は
マトモに当たれば一撃で重巡艦娘の戦闘能力を奪い去るほどだっ
た
重装甲の戦艦娘であっても直撃すれば痛手は避けられない。
さらに、ホタカの主砲は前後に1基ずつしか搭載されておらず
突入するとなれば使えるのは前部に設置されている1基のみ
もし、敵艦隊全てがサウスダコタ級やノースカロライナ級であれば
突入する艦に向けられる砲身の数は最大72にも上る。
419
?
こ の 海 域 で 確 認 さ れ て い る 戦 艦 は ノースカロライナ級 や
?
﹃敵戦艦の砲弾は
超兵器の超長砲身砲の砲弾に比べれば、止まっているようなもの
です。
数が多いのが面倒ですが、1隻ずつ沈めて行けば問題ありませ
ん。
提督、迎撃命令を。1隻の犠牲も出さずにこの場を切り抜けるに
は
これが最良の方法です。﹄
﹁⋮⋮⋮﹂
真津は口に手を当てて沈黙する。
彼の言っていることが本当であれば、すぐにでも迎撃を命じるべき
であったが
味方をただ一隻で敵艦隊の大艦隊にぶつけることは
真面な提督であれば躊躇せざるをえなかった。
420
ふと、隣に佇んでいる自分の秘書艦を見る
いつも通り、感情を読み取りにくい無表情を浮かべ
艦橋のガラスを通して前方を見ている。
自分の視線に気が付いたのか、瞳だけ動かしこちらを確認すると
何事も無かったかのようにまた視線を元に戻した。
│││││任せる、か⋮
わずかな仕草から彼女の考えを読み取れるようになった自分の
進歩に内心苦笑しながら、決断する。
﹁ホタカ、君の提案を受け入れる。
偵察機を撃墜し、トライデントで軽空母を漸減させたのち
﹄
敵艦隊に突入せよ。﹂
﹃提督さん
﹃了解。﹄
﹁ただし、マズイと思った時はすぐに退け。
空母娘の罵倒が飛んでこないうちに、ホタカに釘をさしておく。
ホタカの打てば響くような返答。
瑞鶴の信じられないと言うような悲鳴のような声
?!
敵艦隊を殲滅する必要は無い。
こちらの戦力で対処できるまで漸減できれば任務完了だ。﹂
﹃了解。これより本艦は艦隊を離れ
敵艦隊の邀撃に当たります。﹄
ス
タ
ン
ダー
ド
ホタカがそう返した瞬間、彼の艦体が白煙に包まれた。
﹁対空ミサイルVLS解放RIM│156、12基照準、目標、敵偵
察機。﹂
ホタカはこの際、電探画面上に移る攻撃可能な偵察機6機を全て
落とすことにしていた
6機中3機はこちらを視認できるコースには乗っていなかったが
コースを変更すればこの艦隊の位置が露見する可能性もある
不必要な危険は犯すべきでは無かった。
﹁諸元入力よし。﹂
サルヴォ│
﹁撃ち方始め。﹂
﹁斉 射﹂
薄暗いCICから直接見ることは出来ないが、
ホタカの後部甲板から盛大な白煙が上がり、
12本の純白の槍が、薄い白煙を引いて蒼天へ突き立てられる。
﹁面舵20、推進装置作動、両舷前進全速。針路を0│1│0へ。﹂
滑らかなカーブを描く艦首に立つ白波が俄かに大きくなり
巨大な艦体が、駆逐艦すら凌駕する高速で前進を始め
艦隊を構成する艦娘の間を縫うように走り、本体から離脱する。
﹁対空、対潜、対水上警戒を厳とせよ。﹂
﹃こちら加賀。敵艦隊の位置を確かめるため偵察機を飛ばします。
また、本隊は作戦が完了するまでこのまま進み
作 戦 完 了 の 知 ら せ が 入 っ た 時 点 で 予 定 し て い た 航 路 へ 戻 り ま
す。﹄
﹁了解した。﹂
﹃瑞鶴よ。今度こそ絶対無理しない事、約束しなさい﹄
421
加賀との通信が切れた直後に、瑞鶴からも通信が入る
﹄
僕は﹂
怒っているような声に肩を竦めた。
﹁そんなに信用ないのか
﹃アンタは前科持ちでしょうが
﹂
﹃アタシが言いたいのは
ホタカの抗議は、〟喧しい〟の一言で叩き潰される
ないか
﹁君のいう事は間違ってはいないが、前科と言う表現はよしてくれ
そこでの出来事も、昨日のように思い出される
前科と言うのはウルシ│環礁での事だろう
!
?
解った
﹄
アンタも艦息なら約束の一つぐらい守れってことよ。
いい
?
﹂
?
﹂
?
誘導装置になっている。
ミサイル先端に取り付けられた小型カメラによる画像認識の複合
自ら電波を発して敵艦を探すアクティブ・レーダー・ホーミングと
トライデントに搭載されている終末誘導装置は
終末誘導は電探・画像複合誘導、目標、敵軽空母。﹂
トライデント5基 用 意
スタンバイ
﹁了解した。特殊弾頭ミサイルVLSハッチ解放。
振り切ったとのことです。﹂
偵察機は敵直掩機に追撃されるも
敵艦隊は本艦の進行方向500km地点を南下中
﹁偵察機より報告
こんな会話も久しぶりだな、と奇妙な感覚を覚えるのだった。
ヤレヤレと肩を竦めている副長の姿に
﹁答えになってないぞ
﹁女心ってのはそういうものです。﹂
﹁なあ、副長。僕ってそんなに信用ないか
解ったよ。と手短に返して通信を切った。
?
!
422
?
カメラによる画像認識機能により、味方の支援を受けなくても
敵艦隊内のある程度の任意の目標を叩くことが出来た。
欠点としては、画像を認識する電算機があまり高性能なものでは
ないため
甲板上に多くの武装を搭載する戦艦や駆逐艦と
甲板上に武装がほぼない空母や輸送艦の識別
また、艦の大小を見分ける程度の能力しかない。
さらに、性能が高くないとはいえ高度な機器の塊であることも事実
であるため
1発当たりの単価は非常に高くなっている。
﹁諸元入力よし。﹂
ホタカの前艦橋両側に並べられた大型のVLSハッチが、
艦首方向から次々解放され5本のミサイルが顔をのぞかせる。
﹂
﹁撃ち方始め。﹂
﹁発射
VLSハッチのすぐ近くにある発射炎を逃がすためのスリット
から
大量の白煙が吹き上がり、5発のトライデントがゆっくりとその姿
をあらわにする
後部につけられた大型の個体ロケットの推力を受けて白い大柄の
弾帯が
ホタカから打ち上げられた。
﹂
﹂
﹂
で進んだとして
﹁到達まで、7∼8分と言ったところでしょうか
、本艦が68,1
食べられるときに食べておいた方が良いですよ
﹁早めの昼食と行きますか
視認圏内に入るまで3時間といったところか。﹂
?
﹁⋮⋮⋮そうだな、軽く済ましてくるよ。艦を頼んでいいか
﹁はい、いただきました。﹂
敬礼を交わしてCICを後にする。
?
﹁恐らくな、敵艦隊が30
?
?
?
?
423
!
ホタカから打ち上げられた5発のトライデントは
搭載された個体ロケットによって、大気を貫きながら加速していく
ついに音速を突破したころ、固体ロケットエンジンが停止し
モードが切り替わり更に加速を続ける
トライデントには、推進器として
固体ロケット・ラムジェット統合推進システムが搭載されている
これは発射から音速突破までは固体ロケットブースターによって
加速され
その後、ラムジェットエンジンに切り替わり、
最 終 巡 航 速 度 は 6 5 0 0 k m / h に ま で 達 す る。次 々 に ラ ム
ジェットエンジンに点火したミサイルは、
音を置き去りにして太平洋上を疾走した。
南進する深海棲艦の艦隊の先頭を進む1隻の駆逐イ級は
自らの艦橋の対空見張り所の縁から、そのクジラのような体の半分
ほどを乗り出して
前方を監視していた。先ほどの偵察機は直掩機によって追い払わ
れたが
自分たちの位置はすでに人類側に知られてしまっているだろう。
しかし、まだ自分たちは人類側の艦隊を発見できないでいる
軽空母と戦艦から放たれた索敵機は現在までに8機が撃墜されて
いた。
そのうちの6機はほぼ同時に撃墜されているため、
そちらの方面に人類の艦隊が存在しているのだろう。
艦隊内でも索敵攻撃を行うべきであると意見が出たが
旗艦である戦艦タ級は許可しなかった。
軽空母の数は多いが、人類側に正規空母が4隻以上いれば航空攻
撃による戦果よりも
損害が大きくなる。また、それ以前にこの軽空母は艦隊の上空を守
る
艦上戦闘機が多く搭載されていたため、
航空戦によって敵艦隊に打撃を与えることは難しかった。
424
あくまでもこの艦隊は8隻の戦艦が主役であり、空母に与えられた
任務は
艦隊の防空任務のみ。事実、上空には多くの直掩機が上がり周囲を
警戒している。
この艦隊の目的はトラック泊地への攻撃であった。
攻撃と言っても泊地へ突撃するわけでは無く、
軽空母6隻と重巡洋艦、駆逐艦から成る2個艦隊12隻を編制し
トラック近海へ突入、それにつられて出てきた艦隊を、
戦艦8隻を主軸とする水上打撃群で撃滅すると言う作戦だった。
この作戦が何処で作成されたものかはこのイ級は知らず、知る必
要も無かった。
どこか機械的な目を空に向ける、幾つもの雲がゆっくりと形を変え
ながら流されていく
人間であれば何かしらの感情が沸き上がっただろうが、
深海棲艦にとって雲の形やその変化は何の感慨も生まれるような
ものでは無かった。
その時、前方の雲の形が不自然に変わったような気がした。
突風にしては、変化が急すぎる。
まるで何かが雲を吹き飛ばした様な、そんな変化だった。
よく見ようと意識を集中した瞬間。何かが頭上を飛び過ぎ、
一瞬後に轟音と強烈な衝撃波を受けて後ろの電探の基部へ吹き飛
ばされ叩きつけられる。
イ級には見えなかったが、後ろで自分が護衛していたはずの軽空
母8隻の内5隻が
上から巨大なハンマーを叩きつけられたように中央部から、くの字
に折れ曲がり
艦首と艦尾以外の艦体が一瞬にして砕け散りあたりに飛散する。
まるで艦中央部を何かに抉り取られたかのような姿をほんの少
し海面にさらした空母は
1分も立たないうちに海上から姿を消す。まさしく轟沈であった。
満足な装甲を持たない軽空母にとって、重装甲の戦艦でさえ1撃で
425
戦闘能力を奪い去る
トライデントの直撃は、到底耐えられるものでは無かった。
軽空母が存在していた場所から吹き上がった黒煙は、
方位0│0│0
距離50km
﹂
深海棲艦にとって破滅の始まりを告げているかのようだった。
﹁敵艦隊発見
!
﹁砲撃戦用意
主砲弾装填、弾種徹甲
全速射砲砲撃用意
隔壁閉鎖、応急修理班は待機。﹂
対空ミサイルを除く全ミサイルは全て格納庫へ
!
その様子を確認した艦息は矢継ぎ早に指示を飛ばし始める
ホタカのレーダー画面に、次々と艦船を示す輝点が現れていく
!
﹁艦長、砲戦距離はいかがしますか
﹂
レーダー画面上の彼我距離は急速に縮まりつつあった。
相対速度が180km/hを超えているため、
る。
6門の砲身に6発の徹甲弾が装填され、続いて装薬が詰められ
!
!
であろう水雷戦隊については
速射砲で対処する。﹂
﹁あくまでも砲戦で決着をつけると言う事ですね
?
﹁了解
﹂
﹁さて、砲戦距離までもう少しだ、各部の最終点検を頼む﹂
﹁それもそうですね。﹂
﹁そうでなければミサイルを節約した意味がないからな。﹂
確認するような副長の声に一つ頷く。
﹂
この距離ならば確実に命中させることが出来る。突入してくる
るからな。
﹁距離31000から攻撃を開始する。最大距離では無駄玉が増え
?
﹁敵はサウスダコタ級が4隻、ノースカロライナ級が4隻か。それ
426
!
!
約5分後、彼我距離は35000を切った
!
にしては速度が速いな。﹂
﹁形はそれらの艦ですが、内実は深海棲艦ですから
深海棲艦脅威の科学力で何とかしているのでは
それはともかく、陣形は戦艦8隻が中央で複縦陣を成し、
戦艦群の後方に軽空母が3隻単縦陣で続いています。
その周りに重巡2、駆逐2の護衛艦隊8群が、輪形を描くように
布陣。
砲戦距離に近づくにつれて、後方を警戒していた
護衛艦隊4群の内2群が前進しています
先行する護衛艦隊4群が本艦に向けて突入する時にできる穴を
埋めるようですね。﹂
﹁たかが戦艦1隻に護衛艦隊全てを投入する気はないと言う事か。﹂
﹁しかし、妙です。軽空母が逃げるような動きをしません。﹂
副長の言う通り、砲戦では攻撃能力を持たないはずの
軽空母は反転離脱を図らず、本隊と共に突入を続けていた。
﹁僕らの世界のように荷電粒子砲でも撃ってきたりしてな。﹂
のスイッチを入れる
にまで増速
こちらに突撃してきます﹂
﹁これより本艦は敵艦隊を邀撃する。
敵の数は多いがその能力は我々よりも格段に劣る
各員が普段通りの実力を発揮することを期待する。﹂
速力そのまま
﹂
放送を送り終わった瞬間、敵艦隊との距離が32000を切る
﹁取り舵20
﹁距離31000
﹂
﹂
﹁撃ち方始め
﹁主砲斉射
﹂
!
!
427
?
﹁アレは空母じゃないですよ、重航空巡洋艦か何かでしょう。﹂
﹁違いない。﹂
﹁敵水雷戦隊35
!
レーダーを監視していた妖精からの報告に一つ頷き艦内マイク
?
艦体が震え、左に舵を切り艦体が遠心力で若干右に傾く
!
!
取り舵を切ったことにより、後部主砲の射界に敵艦隊が収まった
!
瞬間
彼我距離が31000を切った。
そして、前後に搭載された6門の主砲から音の速度を置き去りに
して
6発の主砲弾が爆炎と爆煙を上げて飛び出していく
それとほぼ同時刻、敵戦艦群8隻からも16inch砲弾48発が
放たれた。
その砲弾はホタカの対空電探によって一発残らずとらえられ
高性能電算機により軌道を予測、予想着弾地点を一瞬のうちにはじ
き出し
モ ニ タ ー に 投 影 す る。そ の 結 果 は 全 弾 が 遠 弾 に 終 わ る と の こ と
だった。
﹁連中、いきなり全門斉射で来ましたね。﹂
﹁高性能電算機を乗せていないとすると不可解だが
僕らが言える立場ではないな。﹂
第1斉射が着弾する前に、再度41cm磁気火薬複合加速砲が咆
哮した。
普通、砲戦では全主砲をいきなり斉射することは無く
各砲塔1門ずつが砲弾を発射し、その着弾を観測して射撃諸元を修
正
次に先ほど発砲していない砲を、新たな射撃諸元を元に発砲する
これをつづけ、夾叉が出たら全門斉射に切り替える。
しかし、ホタカの戦った世界では最初から全門斉射を行うことが
普通だった
搭載された高性能電算機は、正しいデータさえあれば
初弾命中すら期待できるほどのものであったため、戦艦同士の砲撃
戦であれば
会敵した瞬間に攻撃可能な全艦砲が火を噴くことが日常茶飯事で
あり
事実、それで初弾命中を出す艦は少なくなかった。
ホタカと敵艦隊の間、それも深海棲艦よりの地点で48発の砲弾
428
と6発の砲弾が交錯する
交錯地点が深海棲艦側なのは、砲弾の速度に理由がある。
磁気火薬複合加速砲によって放たれる砲弾は
純粋な火薬式の砲を凌駕する速度を砲弾に与えることが可能だっ
た。
6発の砲弾に狙われたのは、複縦陣の最前列向かって左側のノー
スカロライナ級
この世界風に言うのなら戦艦タ級flagshipと分類される
艦だった。
大気を切り裂き飛来した砲弾は、3発が命中する。
ノースカロライナ級には356mm砲弾ならば
理論上17400∼27400mの広範囲で耐えうるとされてい
るが
対406mm砲弾となると、安全距離は20000∼25000m
にまで狭められてしまう。
これは、もともと356mm砲を搭載する計画であったため致し
方ない事であったが
そ の 代 償 は ア メ リ カ 海 軍 将 兵 で は 無 く 深 海 棲 艦 が 支 払 う こ と に
なった。
飛び込んで来た砲弾は直径こそ41cmであるが、速度と特殊合金
により強化されたそれは
46cm砲弾を凌駕する威力を秘めていた。
そんなものが命中してしまえばどうなるか、タ級は身をもって知
ることになる
1発はなだらかなカーブを描く艦首部に命中、脆弱な装甲しか持た
ないそこに
砲弾を受け止める術は無く、艦内部まで侵入を許し炸裂した砲弾に
よって艦首部の
甲板が盛大に吹き飛び、めくり上がる
更に1発は艦中央部、前艦橋のマストを圧し折った勢いそのまま
に
429
2本の煙突の間に着弾する。最大でも40,6㎝砲弾を想定してい
た装甲は
それ以上のエネルギーを持つ砲弾に、簡単に引きちぎられる。
装甲板を抜いた砲弾が飛び込んだのはノースカロライナ級の機関
室で
そこに配置されていた4基の重油専燃焼缶を引き裂き、その速力を
奪った。
そして、最後の一発は後部主砲の天蓋に着弾
ノースカロライナ級の16inch砲の防盾は406mmの装甲
板で守られた重防御であるが
天蓋の装甲厚はたったの178mm、そのような装甲板でホタカの
41cm砲弾を防ぐことは
無謀に近かった。
天蓋を吹き飛ばした砲弾は砲塔内装備をなぎ倒しながら進み
艦内奥深く主砲弾薬庫へ侵入、そしてその身に収めた炸薬に点火し
使命を全うする。
弾薬庫内での大口径砲弾の炸裂に耐えられるほど、深海棲艦は頑丈
では無かった。
満載排水量42000tの艦体が震え、
トラック艦隊に向けて放たれるはずであった砲弾、装薬が次々引
火、爆発し
後部主砲が文字通り吹き飛び、スクリュープロペラへ続くシャフト
が圧し折れる。
更に竜骨にも大きな損傷を及ぼしていた。
たったの1撃で戦艦1隻が甚大な被害をこうむったことに、周り
を囲む戦艦や
護衛艦隊は戦慄する。そこへ大破したタ級に第2斉射が降り注い
だ、
その着弾間隔は11秒程度。
再び飛来した6発の砲弾は4発が立て続けに艦中央部付近へ着
弾する
430
前艦橋から後艦橋にかけての艦上構造物が一切合財なぎ倒され
1秒も立たないうちに巨大な爆炎が瓦礫を噴き上げて現れる。
艦上に出現した、その爆炎に押さえ付けられるように、
先の軽空母のごとく艦体をくの字に曲げ海上から姿を消した。
事ここに至って、初めて深海棲艦の艦隊は理解した。
自分たちに攻撃を仕掛けてきたのは単なる特攻では無く
彼の敵が自分たちに対して勝利を目論んで行う戦闘行動であるこ
とを。
すぐさま旗艦であるタ級は最後尾の2つを除いた全護衛艦隊に
突撃命令を出す
こちらが優っているのは何よりも物量だ。たとえ正確無比な攻撃
を行ったとしても、
数の暴力の前には無力であるはずだった。
﹁敵護衛艦隊の全てが全速で突撃を開始しました。
﹁艦長
敵護衛艦隊2群、射程に捉えました
﹁撃ち方始め
﹂
﹂
!
対照的に連続的に放たれた152mm砲弾はペンサコーラ級重
まう。
ホタカが軽く面舵を切ったため艦体を飛び越して遠弾になってし
るが、
敵重巡が放った無数の8inch砲弾と5inch砲弾が飛来す
弾が発射されていく
右舷側を指向できる4基の速射砲から立て続けに152mm砲
!
431
先陣を切る護衛艦隊2群が射程に入るまで約20秒。﹂
1,3,5,6番速射砲照準、敵先行護衛艦隊重巡洋艦4
レーダーで監視していた妖精が敵艦の動きを報告する。
﹁面舵5
隻。
﹂
?
﹁今のところは無視する。巡洋艦を片付けるのが先だ。﹂
﹁敵駆逐艦はどうしますか
まずは頭を叩いて指揮系統を攪乱する。﹂
!
砲雷長の報告に、ただ一言命令を返した。
!
巡洋艦の背の高いマストの
基部を吹き飛ばし、支えを失ったマストは大音響を上げながら左へ
倒れ
巨大な水しぶきを噴き上げる。その間にも178mの艦体の至る
所に152mmの銛が撃ち込まれ
甲板から血が噴き出すように多数の爆炎が上がり、上甲板が煙に包
まれていく。
巡洋艦の後方で2隻目のノースカロライナ級が爆沈する頃
4隻の重巡洋艦も最後の時を迎えた。
あるものは搭載した魚雷に誘爆し、またあるものは主砲を貫かれ
多数の命中弾によって艦体を引き裂かれ、戦闘能力を喪失してい
く。
これに慌てたのはそれらに付き従っていた駆逐艦4隻、
旗艦が一瞬で沈み混乱が広がりかけるが、無様に混乱するほど
﹂
﹁敵の数が多いです、恐らく1個護衛艦隊が雷撃距離まで抜けてく
るかと。﹂
副長の意見に同意するように一つ頷いた。
﹂
﹁その場合は主砲で零距離射撃だ。敵戦艦の砲弾は避けられる。面
舵20
ていく。
速射砲弾の弾雨を抜けて、雷撃距離まで突入できた艦は
ペンサコーラ級重巡洋艦1隻、フレッチャー級駆逐艦4隻だった。
それぞれが一糸乱れぬ動きで急速に取り舵を切り
432
elite級の駆逐艦は甘くなかったが、それはホタカにも言える
ことだった。
2隻ずつになった駆逐艦は、お互いに合流するために舵を切るも
続いて護衛艦群4隻突入してきます
そのまえに彼の速射砲弾によって食いちぎられ沈められてしまっ
た。
﹁敵2個護衛艦隊殲滅
!
﹁4群の中でも先行する護衛艦隊に砲火を集中し、出鼻を挫く。﹂
!
また一隻、今度はサウスダコタ級が艦首を高く掲げて海中へ没し
!
重巡は3本、駆逐艦はそれぞれ10本の533mm魚雷を叩き込む
べく
横腹を晒すため回頭を始める。その間にも水雷戦隊の主砲による
砲撃は続けられており、
命中コースに乗るものは少なくなかったものの。
すべての砲弾は、ホタカに展開された強力な防御重力場によって速
度を著しく減ぜられ、
小さな損傷すら与えられなかった。
さらに2隻の駆逐艦が速射砲弾によって血祭りにあげられるの
を代償に、
﹂
全CIWS 迎 撃 開 始
コントロール・オープン
主砲斉射
﹂
何とか生き残った2隻の戦闘艦から13本の魚雷が放たれる。
﹁敵艦、魚雷発射
﹁面舵一杯
!
コースを取り
敵 艦 隊 の 雷 撃 は、ホ タ カ が 面 舵 を 切 り、魚 雷 の 間 を す り 抜 け る
ついに爆沈した。
まれ
それだけでも致命傷であるのに、そこへ速射砲弾が連続的に叩き込
舷側を根こそぎ吹き飛ばし、大量の海水がなだれ込み始める。
着弾した砲弾は内部に搭載されていた炸薬に点火し
さらに水面に近い舷側を狙って砲撃されていた。
地榴弾で
有効な打撃を与えられないことがあるが、この砲弾は着発信管の対
砲弾が炸裂する前に艦体を突き抜けてしまい
この距離では重巡洋艦や駆逐艦の装甲では、
回避行動を取ろうとしていた2隻の戦闘艦に殺到する。
た砲弾が
砲身をほぼ水平にまで下ろした6門の41cm砲から吐き出され
艦首が白波を蹴立てて急速に右回答を開始すると同時に
!
!
よけきれない魚雷は、右舷に設けられた全ての35mmCIWSが
機関砲弾を叩き込み
433
!
﹂
迎撃した為、1発の命中弾も得られなかった。
﹂
魚雷全弾迎撃成功
敵戦艦との距離は
﹁敵4個護衛艦隊殲滅
﹁取り舵一杯
﹂
このままだと反航戦になります
﹁敵サウスダコタ級戦艦撃沈
﹁25000を切りました
!
﹁これで4隻撃沈か。﹂
﹁それにしては艦列に乱れがありません
こちらへ突っ込んできます
!
旗艦はまだ健在のようですね。﹂
﹁敵戦艦隊変針
﹂
﹂
CICのレーダー画面からまた一隻戦艦を示す光点が消える。
!
?
!
﹁いかがしますか
﹂
﹁どうあがいても向こうは30
そこそこ
これでは少し面白くないな。﹂
る状態。
それに投影面積は最小になり、こちらは柔らかい横腹を晒してい
4。
﹁艦首を向けて突っ込んできても、本艦に向けられる砲身の数は2
しかし、副長の口調は何処か他人事のように落ち着いていた、
﹁奴さん痺れを切らして突っ込んできましたね。﹂
敵戦艦隊は面舵を切ってホタカへ突っ込んでくる。
それまで反航戦に持ち込まれようとしていた戦況は一変し
!
取り舵5
﹂
数の差が戦力の決定的差で無いことを教育してやるか。40
まで減速
!
﹁僕らにそれが当てはまるとでも
﹁それもそうですな。﹂
﹂
未来位置を狂わされた砲弾は目標のはるか前方に着弾し、
ホタカによって
突撃体制を維持する。その間にも両者の砲撃は続くが急減速した
に面舵を切り
若干取り舵を切ったホタカに合わせるように、敵戦艦隊もわずか
?
?
?
?
434
!
!
!
﹁普通は数の差と戦力は比例するもんですけどね。﹂
!
対照的にホタカの砲弾は先行していた
面舵一杯
﹂
を超え
向かって右側のノースカロライナ級の1番主砲塔とマストをスク
ラップに変えた。
﹁両舷前進一杯
つつ
鋼鉄が引き裂かれる高音と重低音の混声合唱を太平洋に響かせ
が遅れる。
後続するサウスダコタ級は着弾に気を取られていたため回避行動
機関部に致命傷を与えたようで速力が急速に低下し、
更に、先行するノースカロライナ級に命中した砲弾は
そこから出血するかのように爆炎が吹き出し視界をふさぐ。 み側面に大穴を開け
ノースカロライナ級には2発、サウスダコタ級には3発が飛び込
この距離では外れるよりも命中する弾の方が圧倒的に多かった。
スダコタ級の舷側に命中、
戦艦隊の複縦陣の右舷側を担っていたノースカロライナ級とサウ
次弾を装填する間に41cm砲弾が、
偶に出る命中弾も防御重力場に阻まれる。
彼我距離が短くなったため、副砲の攻撃も開始するが、
3発が直撃するも、防御重力場によって後方へそらされてしまう。
射。
再び反航戦の体勢になったため、ホタカを指向できる全主砲を斉
まう。
このまま行くと、自分たちと後方の軽空母部隊の間に入られてし
更に右後方へ回り込もうとしている。
右舷側へ通り抜け
慌てて面舵を切るもホタカは既に深海棲艦の進路上を左舷側から
急減速からの急加速に深海棲艦は付いていくことが出来ない。
る速力をたたき出す
限界まで回されたガスタービンにより、限界以上の70
!
ノースカロライナ級の後部にサウスダコタ級が突っ込み艦尾に乗
435
?
!
り上げてしまう。
その間に、優速を生かして戦艦隊の右舷後方に抜けたホタカは、
軽空母艦隊を無視
いまだ健在な複縦陣左舷側のノースカロライナ級とサウスダコタ
級に主砲の照準を合わせる
彼と敵との間には衝突し膨大な量の黒煙を噴き上げている戦艦が
居たが、
電探射撃を行えるホタカにとっては大きな障害では無かった。
まずは16inch砲3連装3基9門を持つサウスダコタ級に砲
撃を集中し撃沈。
次にノースカロライナ級に砲撃を叩き込む。ノースカロライナ
級は必死に舵を切って
全主砲9門を指向させようとするが、自分の倍以上の速度を持つホ
タカが相手では
如何する事も出来ず、背後から多数の41cm砲弾を浴びて爆沈す
る。
最後に残った2隻の戦艦の内、サウスダコタ級が後部に突っ込ん
だノースカロライナ級は
それまでの海戦での損傷と、衝突によって艦尾に生じた大破孔によ
り
艦首を海面から浮かせて沈んでいこうとしている。
一方サウスダコタ級は、ノースカロライナ級の後部が海没した為
僚艦に乗り上げ、固定されていた艦首が自由になる。
とはいえ、艦首部に大破孔が生じているため前進は危険すぎると
判断したのか
全速後進をかけて、沈みゆく僚艦と離れ最後の抵抗を試み
後部の第3主砲をホタカへ照準する。
そこへ6発の41cm砲弾が音の速度を置き去りにして飛び込
み、
主砲防盾を真正面から粉砕。
その後内部で炸裂、舷側への3発の命中弾や
436
僚艦との激突により損傷した艦体にこの砲弾は致命傷となり
複数回の爆発を起こしながら横転する。
﹁全戦艦の撃沈を確認。﹂
﹂
、距離38km。﹂
﹁敵軽空母艦隊は2個護衛艦隊を伴って方位0│9│0へ逃走中。
現在速力32
﹁艦長、いかがしますか
﹂
結局敵艦隊を殲滅したことを報告すると
その後ホタカは太陽が西に沈むころ本艦隊と合流。
底へ消えていった。 逃走した残存艦艇は、1時間以内にそのすべてが太平洋の暗い海の
﹁了解。﹂
それに、敵は叩けるときに叩いておくべきだよ、副長。﹂
これに戦艦が数隻加われば立派な水上打撃部隊となる。
なりの規模だ。
無傷な軽空母3隻に重巡洋艦と駆逐艦が4隻ずつだからな、それ
発生するだろう。
﹁確かにそうだ、だが奴らに通商破壊をされれば少なくない損害が
ますが
﹁任務は敵主力の撃破です。作戦目標は既に達成されたとかんがえ
この際、敵残存艦隊も殲滅し後顧の憂いを経つ。﹂
﹁方位0│9│0へ回頭、機関両舷全速。
一瞬考え、何かを決めたように軽く頷いた。
レーダー手妖精の報告に副長がホタカへ意見を求める
?
?
真津提督はその戦果に冷や汗を流して一瞬固まった後、彼を労った
のだった。
437
?
STAGE│22 佐世保第三鎮守府
深海棲艦の大艦隊を殲滅したホタカを加えたトラック第二鎮守
府艦隊は、
その後他の深海棲艦に発見されることなく佐世保近海へと進入し
た。
本土近海と言うだけあって、あちこちに輸送艦や給油艦が行き来
し
その間を警備艇やタグボートがせわしなく走り回っている。
流石にその中へ今までと同じように輪形陣で突っ込むわけにもい
かないので
幾つかの単縦に分かれて、微速で航行する。
ホタカは単縦群の2群目、夕立の後ろを航行していた。
高いマストの根元付近にある航海艦橋の艦長席で、ある命令を艦息
そうだ。﹂
438
が受け取る。
﹂
﹁了解しました。30分後、加賀に移譲します。﹂
﹁艦を離れるので
える。
﹁30分後に艦を離れ、加賀へ移乗する。
日向からブラックホークを回すと言うことだ。
第6速射砲のよりも後部でホバリング、
ロープを使って乗り移る。降りるときも同様だ。
ヘリを誘導する人員を後部甲板に配置してくれ。﹂
﹁了解しました。﹂
﹁佐世保鎮守府に近づいたら提督と加賀、そして僕は
内火艇で佐世保第一鎮守府へ移動する。
他の艦は佐世保第三鎮守府へ投錨し、待機とのことだ。﹂
?
﹁そういう事だ。本当なら提督と秘書艦のみらしいが今回は特例だ
﹁第1鎮守府へは、着任の挨拶をやりに行くと言う事ですか
﹂
通信中、代わりに艦の指揮を執っていた副長の質に頷くことで答
?
﹁まあ、特例になっても不思議はありませんからね。
しかし、そろそろヘリを乗せられる空母を用意しないと少々不便
ですね。﹂
﹁嘆いたところで始まらないだろう。資材が回されるまでは
伊勢と日向に頑張ってもらうしかない。﹂
﹁ですね。﹂
30分後、茶色だった機体をトラックで蒼い海上迷彩に塗りなお
した
1機のブラックホークがホタカの後部甲板へ近づき低空でホバリ
ングを開始する。
吹き付けるダウンウォッシュと海風を全身に浴びて、
ヘリからたらされたロープを保持している妖精から
それを受け取り自分の身体を固定する。
横でそれを補助していた妖精は、彼の準備が整ったのを確認する
439
と
上空のヘリに合図を出しウィンチを巻き上げさせた。
天井の低いキャビンに乗り移り、そこに居た妖精からヘッドセット
を受け取る。
﹁ブラックホークへようこそ。﹂
﹁よろしく頼む。機長。﹂
﹁加賀まではすぐですよ。捕まっていてください。﹂
機体が前傾し、前進を始めると自分の艦体や前方を走っていた
夕立の小柄な艦体が眼下に流れていく。
先行する単縦陣に追いつき、
不知火の後方を航行する加賀の飛行甲板の上空まで到達するのに
は
機長の言う通り時間はかからなかった。
﹁これから甲板ぎりぎりまで降下します。
﹂
合図を出したら飛び降りてください。﹂
﹁出来るのか
﹁これ位出来なければ、ヘリを洋上で飛ばせませんよ。﹂
?
機長が何か操作すると、ゆっくりと高度が下がっていき
ついには降着輪と甲板までの距離が十㎝程度になったところでピ
タリと止まった。
航行する空母の甲板上にはひっきりなしに風が吹いているはず
だが
まるで無風の箱の中でホバリングしているように、大きな揺れは無
い。
つまりパイロットの腕が非常に良い事の証拠だった。
﹁どうぞ、降りてください。﹂
﹁ありがとう、また頼むよ。﹂
ヘッドセットを返し、大きく空いた後部のスライドドアから甲板
へ飛び降りる。
艦内へどうぞ
﹂
その近くに加賀の副長らしき妖精が、甲板へ降り立った彼へ向けて
艦内へ続くハッチをくぐった。
そして、また会いましたね、ホタカ君。﹂
佐世保鎮守府へようこそ。真津提督、加賀さん。
佐です。
﹁海軍特別警察隊第一課鎮守府付特殊命令対策係係長、杉本京谷少
﹁秘書艦の空母加賀です。﹂
﹁佐世保第三鎮守府へ配属された真津悠斗大佐です。﹂
そこに乗っていたのは彼にとって見覚えのある人物達だった。
1隻の内火艇が横付けされる。
母加賀へ
すっかり日も落ちたころ、佐世保第1鎮守府の近くに停泊する空
!
敬礼していた。
﹂
お待ちしておりました
出迎えご苦労
!
﹂
﹁お久しぶり、と言うほど時間もたっていませんね。杉本少佐。﹂
﹁知り合いなのか
?
440
﹁空母加賀の副長です
﹁ホタカだ
!
!
ヘリが上昇する暴風にかき消されないように言葉を交わして
!
﹁ええ、帝都でお世話になったので。ところで木曾は
﹁俺はこっちだ。﹂
て
ゆっくりと進み始める。
して。﹂
﹁なるほど。アレから帝都はどうなりましたか
﹂
﹂
真津提督をお迎えに上がるついでに、一度会っておこうと思いま
すので
﹁よくある配置替えですよ。明日から佐世保第三鎮守府付になりま
﹁どうして杉本少佐はこちらに
﹂
それを確認すると、内火艇は舳先を近くに見えている鎮守府へ向け
彼女に促されるように3人は小さな内火艇へ乗り込む。
﹁取りあえず、第1鎮守府まで移動するから載ってくれ。﹂
内火艇の舵輪を握っている木曾の姿が確認できた。
聞き覚えのある声が聞こえてきた船尾側へ顔を向けると
?
﹁何か大きな損傷が
﹂
天羽々斬は現在放置状態とのことです。﹂
元の状態に戻るのはまだまだ先ですね。
﹁現在急ピッチで破壊された高射砲塔や市街地を修復中ですが
?
砲自体に大きな問題は無いようです。
しかし、砲を支える台船部分が大破してしまっているので
海水を注入して浮揚させることは不可能となりました。
クレーン船を使う方法もありますが、
﹂
アレを持ち上げられるクレーン船は横須賀に在りましてね。﹂
﹁超兵器に
﹁そういう事で、爆砕した穴を鉄板で覆った以外はほぼそのままで
す。
まあ復旧が開始されるのは早くても1ヶ月後でしょうねぇ。﹂
そんな話をしているうちに、内火艇は有る建物にほど近い桟橋に
441
?
﹁ボルト爆砕での緊急退避は設計段階で考慮されていましたから
?
ホタカの問いに、杉本は軽く頷いた。
?
到着する
桟橋には数人の妖精さんと一人の艦娘が待っていた。
港を照らす明かりに照らされたその人物は一見巫女のようにも見
えるが
頭に付けた電探を模した金色のカチューシャを見ると確かに艦娘
のようだ。
その人物は3人が桟橋に上がると、その外見にしては
少々幼い声で彼らを歓迎した。
﹁ようこそ、佐世保第一鎮守府へ。
金剛型戦艦3番艦榛名です。ここの秘書艦を務めています。
提督がお待ちです。こちらへどうぞ。﹂
﹁よろしく頼む。﹂
榛名と名乗った艦娘が踵を返し、3人を誘導する。
杉本少佐らは先に第3鎮守府へ行くらしく、背後で内火艇のエンジ
ン音が響いた。
赤レンガで作られた頑丈そうな鎮守府へ入り中にしかれた赤絨
毯の上を歩く。
榛名は真津のほぼ真横を歩き、
その後ろに加賀、最後尾をホタカが付いていく形となった。
窓からは、日が落ちてもせわしなく動いている弾薬運搬用のク
レーンが見える。
赤いコンテナを長門型戦艦に積み込んでいるようで
クレーンの根元には黒い髪を夜風になびかせ長身の艦娘の姿、
どうやら補給作業の指揮を執っているらしい。
幾つかの階段を上り最上階の大きなドアの前で榛名が立ち止っ
た。
﹁提督、お客様をお連れしました。﹂
ドアの向こうから〟どうぞ〟とくぐもった声が聞こえる。
部屋に通されると、提督室らしくそれなりに豪華な内装になってい
た。
目の前の大きな机の向こうに座っていた軍人が立ち上がり敬礼す
442
る。
真津提督達も敬礼する。
﹁佐世保第一鎮守府司令兼佐世保鎮守府総司令の田沼一少将だ。﹂
田沼と名乗った少将は、柔和な笑みを浮かべた男だった。
年のころは真津よりも幾分上だろうが、杉本よりは若そうだった。
﹁この度佐世保第三鎮守府に移動となりました真津悠斗大佐です。﹂
﹁秘書官の加賀です。﹂
﹁装甲護衛艦、ホタカです。﹂
まあ、楽にしてくれと田沼に促され、部屋に備え付けられていた
ソファーに座る。
﹁ここまでの長旅ご苦労だった。太平洋では大変だったようだな。﹂
﹁ホタカが居なければ、喪失艦が出ていたと思います。
彼のおかげですよ。﹂
手放しでほめられると、何かむずがゆくなるホタカだったが
﹂
443
それを何とか隠す。
﹁そうか、君は本土での勤務は初めてだったかな
﹁はい。﹂
﹁では、簡単に説明しよう。
第2鎮守府は本土と南方を結ぶ補給ルートの護衛任務
第1鎮守府は主に近海警備や本土防衛、
3つの鎮守府には其々役割が与えられている。
る。
基本的に小型艦は湾内奥、大型艦は湾外に近い場所に停泊させ
艦娘や補給物資の運搬用に鉄道もいくつか通っている。
設置されており
艦娘が実際に修理、補給するドックや岸壁は佐世保湾内外各所に
また鎮守府施設はある程度固まってに建てられているが
四国の宿毛に第四から第六までの鎮守府が移ったんだ。
な
もともとは第六まであったのだが、艦が増えて流石に混んできて
佐世保には第一から第三まで3つの鎮守府が有る。
?
第3鎮守府、つまり君らは外洋まで出て行き深海棲艦を制圧す
る。
基本的に3つの鎮守府の戦力、つまり艦娘は独立して運用される
が
手が足りない場合は一時的に他の鎮守府の指揮下に置かれるこ
ともある。
例えば、本土にまで敵が進行してきた場合。この佐世保鎮守府の
艦娘の指揮は
一時的に防衛が任務の第一鎮守府がとることになる。
まあ、そうなったことはこれまで少ない。もっぱら護衛任務の第
二鎮守府や
攻撃部隊の第三鎮守府へ第一鎮守府の艦娘が派遣されることが
多い。
そして、この3つの鎮守府を統括するのが佐世保鎮守府総司令部
444
だ。
総司令部と言っても、実態はこの三鎮守府の司令と秘書艦、
艦娘たちが居るだけで参謀部は無い。と言っても艦娘は優秀だ
からな
そこまで困っているわけではないよ。﹂
﹂
榛名が用意したコーヒーを啜りつつ田沼提督の話を聞く。
﹂
﹁と、まあこんなところだ。何か質問は有るか
﹁第二鎮守府の提督は何処へ
﹂
﹂
性格に問題があると困ったような顔で言う田沼に
性格に少々問題があってな。﹂
﹁第二鎮守府の提督は、護衛戦に関してはピカイチなんだが
﹁はぁ⋮19人ですが⋮﹂
﹁君の鎮守府には駆逐艦娘はどれほどいるかね
﹁何でしょう
そのうち来るだろう。時に真津大佐。﹂
﹁一応ここに来るように言ったんだが⋮な
加賀の素朴な質問に、田沼が苦笑する。
?
?
?
?
3人は首をかしげる。彼の言い方では特警に突き出すレベルでは
なさそうだが⋮
そんな時、提督室の扉がノックされ一人の海軍軍人が通される
身長はホタカや真津よりも高く、美男子と言える若い男。
その肩には真新しい大佐の階級章が光っていた。
入ってくるなり、田沼へ向けてほぼ完ぺきな敬礼を向ける。
﹁申し訳ありません、遅れました。
何分本能には逆らえない物でして。﹂
﹁貴様の事はもうあきらめている。彼が第三鎮守府に配属された真
津大佐だ。﹂
﹁真津悠斗大佐です。﹂
﹁初めまして、自分は龍上洋介大佐です。
佐世保第二鎮守府で艦娘達の指揮を執っています。﹂
にこやかに自己紹介する好青年に、先ほどの田沼の言葉に疑問を
ていませんでした。
その点、真津提督
くり二人で﹂
あなたは素晴らしい
駆逐艦や軽空母の魅力をよく解っていらっしゃる
!
ヒットして
この後じっ
開きっ放しのドアから飛んできた分厚いファイルが頭にクリーン
その続きを龍上が言う事は出来なかった。何のことは無い
!
!
445
覚えるが
彼が続けた言葉によってその疑問は氷解する。
﹁それにしても、可愛らしい駆逐艦や軽空母達だ。
全員第二鎮守府へ来てほしいぐらいに。﹂
いきなりつづけられた言葉に、3人はピシリと固まり
田沼はため息を付き、榛名は乾いた笑いをもらす。
!
﹁ボクっ娘の時雨に、元気娘な夕立、真面目な吹雪、朝潮に
しっかり者の瑞鳳
いやぁ実に素晴らしい
妖艶な如月にツンツンした満潮
他にもたくさん
!
!
隈巣提督は優秀だったんですが、あまり駆逐艦や軽空母を運用し
!
真横に吹っ飛んだのだった。
唖然とする3人と対照的に、田沼とその秘書艦は落ち着いてい
た。
﹁遅かったね、龍驤。﹂
﹁いやー。まーたウチの提督が暴走してたようで
かんにんしてやー。﹂
何処か違和感のある関西弁を話しながら入ってきたのは
﹂
紅い服と黒いスカートに身を包んだ小柄な少女だった。
﹁君は
﹂
﹁うちはそこの提督の秘書官やっとる龍驤って艦娘やよろしゅうな
?
﹂
龍驤は二カッと笑って挨拶をしたが、加賀を見ると一瞬だけ目が
何か
なんもないでー♪﹂
?
細まった。
﹁
﹁ん
?
﹂
!!!
﹁﹁﹁アッ、ハイ。﹂﹂﹂
﹁アンタらは何も聞いてへん。ええな
﹂
その射線上にいた榛名は一歩ずれることで衝突を回避した。
体をくの字に曲げた彼は後ろに吹っ飛ぶ。
がヒット
いつの間にか起きてきていた龍上の腹部へ綺麗な後ろ回し蹴り
﹁喧しぃ
﹁またまたぁ。加賀の胸見てジェラ﹂
?
﹂
﹁まったく。愛情表現がきついなあ龍驤は。﹂
﹁あの、龍上大佐。質問宜しいですか
﹁階級は同じだから敬語は要らないよ。﹂
?
いても可笑しくなく
常人なら最初のファイル直撃で意識を明日の朝まで刈り取られて
真津の問いに横に座っていた加賀とホタカがほぼ同時に頷く
﹁なら、聞くが。何故ピンピンしているんだ
﹂
ギロッと言う擬音が聞こえてきそうなほど睨みつけられる。
?
?
446
!
﹂
艦娘のほぼ本気︵らしい︶の後ろ回し蹴りを腹部に受けてもケロッ
としている
どう見ても普通の人間では無い。
﹁フフン。ご褒美を受けて倒れる人間が何処にいる
│││││アッ、ダメだ此奴︵この人︶
3人の思考がシンクロした瞬間だった。
﹁おい龍驤
﹂
﹂
マゾなのは認めるがロリコンとは心外だな
ワルキューレ
﹂
今すぐ全世界の紳士に向けて土下座せぃ
やァァァァァぁ
﹂
表出ろ
!
内実はロリコンかつマゾヒストのどうしようもない変態や。﹂
けど
﹁まあ、そういうこっちゃ。パッと見は美男子で有能な提督なんや
!
﹁今 日 と 言 う 今 日 は キ ミ の そ の 幻 想 を ぶ ち 殺 し た る
﹁小柄な艦娘は愛でるものだろうがァァァァ
﹁謝れ
私は小さな戦乙女が大好きな紳士だ
!
く。
提督執務室を出て、第三鎮守府へ向かうために廊下を3人で歩
﹁よろしくお願いします。﹂
﹁いろいろとあったが、これからよろしく頼む。﹂
だった。
内心それは慣れと言うよりも麻痺の様な気がしてならない加賀
│││││それって、良いのかしら
﹁解ってくれて何よりだ。何、君らもすぐになれる。﹂
﹁苦労してますね、田沼少将。﹂
﹁榛名も、なんだか納得いきません。﹂
なんだかんだ言って何故か人望があるんだよなぁ⋮﹂
仲はまあ良好だ。
﹁信じられないようだが、あの提督と第二鎮守府や他の艦娘達との
そのまま言い合いをつづけながら提督執務室を出ていく2人。
!!
!!
!
!
?
447
!!!
!
﹁何というか、こちらへ来ても退屈はしなさそうですね。﹂
肩を竦めるホタカに、真津が頷いた。
この国。﹂
﹁残念ながら、な。と言うか海軍提督がロリコンかつマゾヒストっ
て
大丈夫か
﹁大丈夫じゃないです、問題です。﹂
加賀の即答に男二人は苦笑する。
その時、彼らが歩いているところから5mほどの所の窓ガラスが砕
け散り
﹂
龍上大佐。﹂
真津大佐か
何かが廊下に吹き飛ばされてきた。
﹁ん
ら
近づかない事だ。巻き込まれても責任は負えない。では
そう言って砕け散った窓から外へ飛び降りる。
﹁ではって。ここ3階なんだが⋮﹂
!
﹁本当に優秀なのか
﹂
無駄に洗練された無駄のない無駄な戦いとでも言っただろうか。
艦娘へは只の1発も攻撃しない、これをホタカの副長が見ていれば
時には体に受け、空いた手で彼女の頭を撫でようとしている。
よく見ると、龍驤の蹴りや拳をいなし、
いる龍上の姿が。
冷や汗を流しつつホタカが窓から下を見ると、龍驤と戦闘をして
﹁異能生存体か何かですかね。龍上大佐って。﹂
新しい窓を設置する妖精さん達の姿があった。
加賀の視線の先には、手慣れた様子で砕けたガラスを回収し、
﹁よくあることと言うのは本当のようですね。﹂
﹂
何、よくあることだ。先に断わっておくがこの下で戦っているか
﹁大丈夫だ、問題ない。ちょっと龍驤に投げ飛ばされてな。
﹁⋮大丈夫か
?
ホタカの視線の先から龍上の姿が掻き消え、拳を突き出した龍驤
﹁少なくとも、白兵戦ならばうちの陸戦隊レベルですね。﹂
?
448
?
?
?
のみになる
って大佐なら一回きたよ。﹂
階下で何か硬質なものが砕ける音がした。
﹂
﹁ふーん。その龍上
﹁そうなのか
﹁何か話したのか
﹂
どっかでモデルでもやってたのかと思うぐらい。﹂
人当たりも良かったし、背も高いし。
﹁うん。なんというか、完璧超人って感じ。
昨日の事を同じように台車を押している瑞鶴へ話していた。
は
台車を使って桟橋から鉄道へダンボール箱を運搬していたホタカ
翌日、第三鎮守府へ輸送してきた艦娘の私物を運び込む為
?
﹁フムン。まあ大丈夫じゃないか
﹂
?
﹂
?
﹂
?
彼女の視線の先には、貨車に積まれたダンボールの山
﹁それもそうね。で、これで全部だっけ
その線は薄いな。ま、何かあったら杉本少佐が動くよ。﹂
と、言うよりも。龍驤に思いっきり殴られてたのを見ると
﹁だとしたら何かしらのサインが有るはずだろう。
妙な提督への警戒心は人一倍高いらしい。
彼女にとって過去の事件がまだ尾を引いているようで
﹁そうするように強制されているとしたら
艦娘達が本格的に危険視していると言う風じゃなかった。﹂
第二鎮守府にもあの後寄って行ったが、
?
ホタカの話が本当なら注意するべきかな
後で電に聞いたら、すごい優しい方だって言ってたけど。
﹁自己紹介だけ。それだけ終わったら駆逐艦達の所へ行ってた。
?
﹂
﹁リストによればそのようだ。さて、台車も積んで僕らも次へ行こ
う。﹂
﹁次は何だっけ
?
449
?
﹁食堂の整理。﹂
﹁げっ⋮﹂
冷や汗を流して固まる彼女を不思議そうに見るホタカだった。
帝都の中に無数にある軍施設のうちの一つ
その施設の中でも隠れるように設けられた部屋の中に
2人の海軍将校が居た。
﹁どうやら、河内大将に先を越されたようだな。﹂
﹁そのようですね、杉本少佐と木曾はホタカの監視として
送り込まれているようですが、その実は我々への牽制でしょう。﹂
﹂
若い男の推測に、もう一人の男は面白くなさそうに鼻をならし
た。
﹁いかがされますか
﹂
﹁下手に動くのは不味いだろう。引き続き奴の情報を集めろ
超兵器との関連性を特に入念に、な。﹂
﹂
﹁森原中将。﹂
﹁なんだ
﹁劇薬だ。﹂
打破することが出来るかもしれない。しかし、考えても見ろ。
うまく使えば確かに、この深海棲艦に抑え込まれた現状を
回っている。
超兵器の力も彼の戦艦の力も深海棲艦や艦娘の能力を大きく上
﹁大きすぎる力は災いを呼ぶ。昔からそうだったじゃないか。
中将の階級章を付けた男は大きなため息を吐き出した。
?
深海棲艦は我々の技術に合わせて進化しているよ
深海棲艦が現れた時、戦艦ル級flagshipや装甲空母姫は
居たか
戦艦レ級は
うに思える。
450
?
﹁中将は、超兵器と彼の戦艦をどうお考えで
?
そんなところへ、我々の技術を超越する超兵器や彼の戦艦が猛威
?
?
を振るえばどうなる
﹂
﹁彼の戦艦は止められても、超兵器を止めることは出来ないのでは
早急に奴らを止めなければならない。﹂
きる。
超兵器に匹敵する深海棲艦が多数出現すれば。帝国の命運は尽
我々の艦娘が太刀打ちできない、
?
﹁だろうな。しかし、彼の戦艦も超兵器も同じ世界の物
ここまで立て続けに超兵器が襲来する理由が必ずあるはずだ。
そして、そのカギは彼の戦艦が握っているに違いない。
﹂
警戒を怠るな。﹂
﹁ハッ
﹁解体され大本営に吸収される。
ところで、私が南に移った後本営はどうなるんだ
﹄
なに、やることは変わらない。場所が南に移動しただけだ。
﹃上からの命令とは言え、実際に彼らを出撃させたのは私だからな
その中に秘められた使命感の存在をこの男は感じ取っていた。
受話器の向こうの声は、何時ものように気弱な声だったが
んだから﹄
﹃いや、気にすることは無いさ。組織の長は責任を取るためにいる
﹁すまんな、こんな事になってしまって。﹂
に座っている。
眼鏡の奥の目はタカのように鋭く、長い足を組んでゆったりと椅子
景を眺めていた
帝都のまた別の場所では、ある男が受話器を耳に当てて帝都の夜
!
私の自慢の部下だ、これからも帝都で頑張ってくれるだろう。
﹃そうか、責任を取るのは私一人で十分だからな。
帝都防衛司令部に移動されるはずだ。﹂
何事も無ければそこに居た職員も皆大本営内に新しく作られる
?
451
?
さて、そろそろ迎えの車が来る。向こうに付いたら何かしら連絡
するよ。﹄
﹁ああ、元気でな。筆木。﹂
﹃またな、島。﹄
帝都にほど近い位置にある港の事務所に一人の男の影があった。
受話器を置いて、脱いでおいた帽子をかぶり足元に置いていた大き
なトランクを持つ。
時計を確認すると輸送船が出発するまであまり時間がないようだ。
電話を貸してくれた職員に礼を言って外に出る。
10月も中旬を過ぎ、夜の港に吹く風は彼にとって少々涼しすぎ
た。
輸送船への迎えの車がそろそろ来る頃だろう。そんな事を考えて
いると
乗用車やトラックの荷台に乗った部下たちが苦笑した。
﹁ええ、提督だけ南方へ左遷されても
貴方は通信機一つ動かせられないでしょう
それでは帝国の南方戦線が瓦解しかねませんからね。
?
452
陸地の方から車が2台、ヘッドライトで暗い港を照らしながら近づ
いてきた。
﹂
船が出るので早く乗ってくださ
彼の目の前で止まり、その中に乗っている人物らを見て筆木は固
まってしまう。
﹁筆木提督、何やってるんですか
い。﹂
﹁そ、それはこっちのセリフだ。どうして君らが
きました。﹂
﹁け、けったぁ
﹂
﹁大本営の防衛司令部への移動の件ですが、我々は蹴らせていただ
だった男達だった。
乗用車とトラックに分乗していたのは、かつて本営で筆木の部下
?
?
素っ頓狂な声を出して驚く提督を見て、
?!
ああ、ご心配なく。ここまでついてきたのはメンバーの3分の1
です。
後は防衛司令部へ残りますよ。本当は全員行きたいと言ってい
たんですが
それだと尽力していただいた島閣下に申し訳が立たないので。
結局くじ引きで決めてきました。
さ あ、早 く 乗 っ て。ト ラ ン ク は 後 ろ の ト ラ ッ ク へ 乗 せ て く だ さ
い。﹂
﹁あ、ああ。﹂
促されるままにトランクを後ろのトラックの荷台に乗った通信
士官に手渡して
乗用車の後部座席へ乗り込む。
﹂
﹁水 臭 い で す よ、提 督。一 人 だ け カ ッ コ つ け よ う っ た っ て 無 駄 で
す。﹂
﹁君たちは、それでいいのか
﹁それでいいからソロンくんだりまで行くんですよ。﹂
﹁帝都に留まったとしても、白い目で見られるのは避けられません
から。﹂
﹁それに、自分は寒いのは苦手ですからね。これから帝都は冬に近
づきますし
南のあったかい所へ行きたいんですよ。﹂
同じ乗用車に乗り込んだ他の3人の部下が口々に理由を話して
いく。
﹁そうか⋮すまんなぁ。﹂
いつものように眉をハの字にして謝る筆木の姿に
気にするなとばかりに肩を竦める3人だった。
目の前に大型の輸送船が見えてくる。
この輸送船の行き先は西パプア、ソロン。
南方の鎮守府を指揮する帝国海軍南方要塞。
御大層な名前ではあるが、
実際の所ここから南方の鎮守府へ独自の命令が行くことはめった
453
?
にない。
基本的に本土から送られてくる作戦計画を確認、微修正し指揮下の
鎮守府へ発令する
もしくは、各鎮守府からの意見具申を纏め本土へ送る。
つまり、南方の鎮守府と本土との中継点的な基地であり
戦略上は其れなりに重要な部署だと言える。
要塞らしく、要塞砲は幾つも設置されてはいるが
深海棲艦相手に効果を発揮できるほどの者は置かれておらず。
砲の操作要員は全て妖精と言うありさまだった。
帝都防衛を担っていた筆木が送られることを考えれば
左遷以外の何物でもなかったが、彼に不満はない。
つとめ
彼は自分自身が無能であると自覚しており、今回も帝都の時と同じ
ように
与えられた席で、与えられた仕事を成し遂げるだけだと考えている
454
からだった。
ようやく佐世保第三鎮守府への荷卸しが完了し
大量の荷物を運んできた10隻の輸送船は別の任務のために
第二鎮守府の水雷戦隊に護衛されつつ佐世保を離れていった。
﹁やーっと一息つけるわね。﹂
﹁疲れたのです。﹂
荷解きが一通り終わった鎮守府、
暁型の部屋で茶髪の姉妹が窓から夕陽を眺めつつそんな事を話し
ていた。
2人の姉は疲れたのか部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台に突っ伏
して寝息を立てていた。
﹁さて、と。﹂
﹂
ショートカットの少女がよっこらせと立ち上がるとドアの方へ
歩き出す
﹁何処へ行くのですか
﹁司令官の所。司令官も疲れてるでしょうから
?
マッサージしてあげないとね。﹂
ニコニコと嬉しそうに笑う自分の姉の性格を思い出して納得す
る。
そういえば、トラックでも事あるごとに司令官の世話を焼いてい
た。
それは彼女の世話焼きな性格に原因もあるだろうがそれ以上に
真津提督の事を慕っている証拠でもある。
﹁電もいくのです。﹂
﹂
未だに起きない2人の姉に毛布をそっと掛けてからドアの方へ
﹁でも、2人でマッサージって出来るのかしら
│││││私にやってくれてもい、ギャアァァァァァァァァァァ
雷が素朴な疑問を口にした時、すぐ外から何かが聞こえてくる。
夕日によって赤く染まった廊下を2人で歩きつつ
?
│││││アホな事やってないで行くでー
﹂
外から聞こえてきた悲鳴のような声に一瞬固まる
﹁電、貴女何か聞いた
その艦の行く手に、戦艦タ級12隻を根幹とする深海棲艦の大艦隊
ソレはただ一隻の戦闘艦だった。
一見、2隻の空母と1隻の戦艦のようにも見えるが
ていた
太平洋のどこか、そこを一隻の異形の艦が進路を北にとり航行し
かった。
カ メ ラ を 持 っ て い な か っ た た め シ ャ ッ タ ー を 切 る こ と は 出 来 な
鎮守府の前を歩いているのを青葉は目撃するが
それとほぼ同時刻、龍驤が提督のようなものを引きずりながら
さっき観測した音響データを完全に消去して歩みを進める。
﹁そう、そうよね。空耳よ空耳。﹂
﹁何にも聞いてないのです。﹂
?
455
!!
が立ちふさがる。
12隻のノースカロライナ級が自らの主砲を向け、砲撃準備に入る
が
彼女らの射程圏外から放たれた高初速30.5㎝砲と多目的ミサ
イル
そして、二つの飛行甲板から発信した大量の航空機により滅多打ち
にされ
20分足らずで、護衛艦もろとも海の藻屑と消える。
敵を殲滅した戦闘艦は艦載機を収容すると、また北進を始めるの
だった。
456
STAGE│23 灼熱の国
﹁まったく⋮次から次へと厄介事が飛び込んでくるな⋮﹂
航海艦橋の艦長席で1人の艦息が、
﹂
彼にしては珍しい露骨な嫌悪を露わにしてそう零した。
﹁前の世界でも同じような物でしょう
傍らで浮遊していた副長妖精はヤレヤレと肩を竦めて自分の上
司を諌める
﹁君の言う事は正しいが、そろそろのんびりした日々が来てもいい
と思うのだが﹂
﹁深 海 棲 艦 と 全 面 戦 争 中 で す。そ ん な 日 が 来 る の は 当 分 先 で し ょ
う。
﹂
なんなら、奴らの拠点へトライデントの飽和攻撃を仕掛けて
継戦能力を撃滅してやるのはどうです
つわけでも
水面下を潜水艦隊に囲まれていたが、中央の戦艦部分から主砲を撃
攻撃機
巨大な3胴艦は周囲を日本の戦艦隊、上空を無数の艦上機と陸上
上にさらしていた。
その巨躯を室戸岬から南へ約500km地点のフィリピン海の洋
大な3胴艦が
何隻もの大型戦艦と、それに包囲されているように見える1隻の巨
彼らがそんな会話をしている航海艦橋の窓からは
い。﹂
﹁任 務 を 始 め る 前 に 医 務 室 へ 行 っ て 胃 薬 で も も ら っ て き て く だ さ
﹁自分が言い出したことだが、胃が痛くなってきた。﹂
そろそろ任務に取り掛かりましょう。﹂
﹁それもそうですね。さて、現実逃避もここまでにして
第一、深海棲艦の拠点なんて解っていないだろう。﹂
﹁帝国海軍の継戦能力も消し飛びそうだな、それ。
?
両側の飛行甲板から航空機を飛び立たせるわけでもなく、ただそこ
457
?
に停泊していた。
特徴的な艦橋部には、かつてホタカが掲げていた旗に似ているが
細部が微妙に異なる国旗が掲揚されている。
しかしその旗の示す国を知るものは、この世界では極々わずかし
か存在しない。
〟ウィルキア帝国旗〟
それがその旗の名前であり、1つの世界をかき回した国の旗で
あった。
時間は数日前にさかのぼる。
﹂
突然角から現れた不知火の声に驚き少し飛び上がってしまう。
﹁そんなに驚かなくてもいいでしょう
﹁あ、ごめん。﹂
﹁まあ、いいわ。﹂
自分の隣でまた欠伸をかみ殺す吹雪を見て、普段は他人の事情に
き始める。
特に気にした風でもなく、目的地も同じだったので連れ立って歩
?
458
鎮守府の廊下の窓からは朝日が入り込み
床に敷かれた赤い絨毯や最低限の装飾が施された白い壁を照らす。
窓の前を海鳥が飛び去ると、そのシルエットが廊下の壁に映り込
み
﹂
さながら影絵のようにも見えた。
﹁ふぁぁぁぁぁぁぁ⋮﹂
し、不知火ちゃん
﹁随分大きな欠伸ね。﹂
﹁わひゃぁ
?!
そんな廊下を大きな欠伸をしながら歩いていた吹雪は
!?
深入りしない不知火も
流石に妙だと感じる。
今までずっと南の方だったからかな
﹁寝不足の様ね。﹂
﹁解 る
かったんだよね。﹂
それが何を引き起こすか
なんか寝つきが悪
鎮守府間の争奪戦だ。
その仕事の素晴らしさが理解できるはずだ。
出されるレベルと言えば
彼女の作る料理には1種の戦意高揚作用が有ると言う論文が提
大量かつ高品質な料理を作ることが出来た。
間宮と言う艦娘は元になった艦の影響か非常に料理がうまく、
この鎮守府には給量艦間宮が1隻配備されている。
にも大きな理由がある。
これには艦娘どうしの情報交換の場を設ける考えもあったが、他
いる。
全ての艦娘が収容できるほどの大きさを持つ大食堂が設置されて
とは別の場所に
佐世保の三つの鎮守府には其々に食堂が備えられているが、それ
混声合唱のように朝の鎮守府に響いている。
海鳥の鳴き声、クレーンの駆動音、工廠の騒音などが
温は低い。
彼女たちは自分達の寮から外へ出る、10月の朝は其れなりに気
不知火たち艦娘は人間よりも身体能力は高めのようですから。﹂
﹁そのうち慣れるでしょう。
ハァ、と自分の隣でため息を付く吹雪。
﹁個人差、かなぁ⋮﹂
ないわ。﹂
﹁不知火も少々この気温には戸惑ったけど。寝不足になるほどでは
?
あながちバカに出来ないかもしれない内部抗争を起こさないため
そんなある種の馬鹿馬鹿しいようで、
誰だっておいしい物は食べたい。
?
459
?
に
大型の食堂を設置し、そこに間宮を配備している。
彼女自身はたった一人の艦娘であるが、
足りない人手は各鎮守府から艦娘や妖精さんを集めればいい
間宮の指示にしっかり従えば、彼女の作るものと遜色ない物が出来
上がる。
食堂を別に設置することの弊害としては、悪天候の日に食事をと
るために
わざわざ外へ出なければならないことがあげられる
渡り廊下でもあれば解決される問題だが、あいにくこの佐世保に
そんなものはない。
そんなときのための予備として、各鎮守府には食堂が一応備え付
けられていた。
目指す食堂が見えてくると、それまで潮の香りとは別に芳ばしい
﹂
鎮守府に着任した提督の食事をとる場所は決められていないが
460
香りも交じり始める。
ここへ来てから間宮の監督の元で作られる料理の味を知った2人
は
知らず知らずのうちに歩く速度を上げていた。
食堂の引き戸へ手を掛けようとした時、その扉がひとりでに開
く。
不思議な事ではない、中から外へ出ようとする人物がいたのだろ
う。
問題は、それが誰かと言う事だった。
田沼司令
外へ出てきた人物を見て吹雪と不知火は慌てて姿勢を正す。
﹁お、おはようございます
﹁おはようございます。﹂
﹁うむ、おはよう。﹂
﹁おはようございます。﹂
中から出てきたのは
!
この鎮守府の実質的な総司令官、田沼少将とその秘書艦だった。
!
大多数の提督は艦娘と同じ食堂で食事をしていた。
命令さえ出せば、提督執務室まで食事を運ばせる事も出来たが
艦娘と言う特殊な部下を持つ指揮者である以上、彼女達との意思疎
通の為
﹂
同じ場所で食事をとることは意義のあることだった。
﹁2人とも、ここには慣れたかい
﹁実は、まだ少し⋮﹂
困ったように笑う吹雪に、田沼は2,3度頷いた。 ﹁君らはずっと南方だったからな、体が付いてこないのも仕方がな
い。
これで体調を崩すのも問題だから、慣れるまで出撃は控えるよう
真津にも少し話しておかねばならんかな。﹂
﹁そ、そのような事は⋮﹂
恐縮する2人だったが、田沼は〟気にするな〟と鷹揚に手を振っ
た。
﹁君らもこの鎮守府の貴重な戦力だ。部下を最善の状態で戦場に送
り出してやるのも
上司の務めだからな。ま、心配せずとも此処の気候にはすぐ慣れ
るだろう。ではな。﹂
﹁では、またお会いしましょう。﹂
再び歩き出した田沼を見送り食堂の中に入る。
中には見た事も無いほどの大勢の艦娘達が思い思いの場所で朝食
を取っていた。
﹂
2人も食事を受け取る為にカウンターへ歩き出す。
﹁そういえば、初雪は
朝食のメニューは、白米、アジの開き、
味噌汁、ホウレン草のお浸し、漬物などだった。
461
?
疲れたように肩を落とす吹雪に僅かながら同情する。
﹁そういう事です⋮﹂
﹁寝てるのね。﹂
﹁あ、アハハ⋮ハァ⋮﹂
?
特に豪華な素材を使っているわけではないが、調理する者の腕の所
為か
あれは⋮﹂
非常においしそうに見えた。
﹁おや
ふと、不知火が視線を先にやったところには薄い水色の軍服のホタ
カと
龍上提督は眼鏡かけてないし⋮﹂
見慣れない海軍士官が朝食を取っていた。
﹁ホタカさん⋮と誰だろう
﹂
るって聞いたけど
あの人かしら
﹁ふーん、あ。﹂
﹂
そういえば、ホタカさんが本土でお世話になった特警の方がい
﹁海軍特別警察隊、いわゆる警察よ。
﹁特警
﹁たぶん、鎮守府付の特警の方ね。﹂
?
﹁
⋮ああ、確かに。よく気づかれましたね。﹂
まだ本土の気候に慣れておらず、寝不足なのでしょう。﹂
﹁そうですか。吹雪さんは目の下にうっすらとですが隈が見えます
﹁ええ、不知火と吹雪です。﹂
﹁あの方たちは、確かパラオからの脱出組でしたねぇ﹂
向こうの方で慌てたように会釈を返す駆逐艦の二人が見える
ホタカと朝食を取っていた杉本が軽く会釈をした。
朝食の盆を持ったまま見ていたのがバレたのか
?
るが
目の下が若干黒くなっている。
﹁細かい所に目が行き過ぎる。僕の悪い癖でして。﹂
﹁その悪い癖にしてやられた海軍軍人はいかほどですかね
﹁黙秘権を行使させていただきましょうか。﹂
﹂
?
462
?
?
ほんの少し目を凝らすと、確かに杉本の言うようにわずかではあ
?
涼しい顔でワサビ多めの茶漬けをかきこむ海軍少佐に肩を竦め
る。
﹂
﹂
﹁深海棲艦の新型艦、確か⋮レ級とか言う艦の事について
何かご存知ですか
﹁レ級ですか、大した情報は有りませんよ
﹁構いません。﹂
真剣な顔をして頼む艦息に一つ頷く。
﹁戦艦レ級が確認されたのは半年ほど前の事です。
海軍の分類では戦艦とされていますが、
戦艦の皮を被ったナニカ。と言った方が適切でしょう。
砲撃戦はもちろん、雷撃戦、対潜戦闘、
艦上機すら装備し航空戦も可能としており
その能力はどれも一級品です。
そして、興味深いことが一つ。
﹂
戦艦レ級は双胴艦と言うべき姿をしています。﹂
﹁双胴艦
﹂
そこで艦載機を運用してるようです。﹂
﹁特殊な防御壁は有りますか
﹂
﹁貴方ならば、沈められそうですがねぇ。﹂
﹁触らぬ神に祟りなし、と言うことですか。﹂
現在の所、そこへの出撃は見送られています。﹂
レ級の目撃地点はサーモン海の奥深くのみです。
﹁今のところない、もしくは低いと大本営は考えています。
﹁レ級の本土進攻の可能性は
それまでに多くの損害を被っていますがね。﹂
つかあります。
一応、高練度の戦艦隊による艦砲射撃によって撃破した事例は幾
くい艦ですが
﹁超兵器の様な防御壁は有りませんね。装甲は厚くきわめて沈みに
ホタカの問いに杉本は首を振った。
?
?
463
?
?
﹁ええ、全長は大和クラスですがね。後部が飛行甲板になっており
?
若干諧謔を含んだ視線がホタカに向けられる
ア
ラー
ト
﹁さ て、戦 っ て み な い 事 に は 解 ら な い。と で も 言 っ て お き ま し ょ
う。﹂
﹄
全主力艦娘出撃用意
提督及びホタカは至急佐世保
そんな時、艦娘達の話し声で騒々しかった食堂内に非常警報が鳴
り響く
﹃超兵器出現
鎮守府総司令部へ
る。
﹁少佐も来るのですか
﹂
セ ク ショ ナ リ ズ ム
そう言って杉本もホタカと同じように立ち上がり、先導を始め
﹁総司令部は第一鎮守府の地下です。僕について来てください。﹂
﹁ゆっくり朝食を取る暇もないですね。﹂
!
きでしょう。﹂
?
て見る顔だった。
榛名、龍驤、加賀は知っているが、他の二人は一人を除いて初め
3人の提督と5人の艦娘が立っているのが見える。
3人が部屋の中に入ると、テーブルの周りには
る。
壁際にはいくつもの無線機や戦力配置図、天気図が配置されてい
が備え付けられていた。
中心には日本とその周辺を描いた地図が鎮座する大きなテーブル
その部屋は、コンクリートの壁で四方を囲まれ
﹁そうとも言いますねぇ。﹂
きれたような笑みを浮かべてついて来ていた。
声のした方を向くと、別の場所で食事をとっていたらしい木曾が
﹁とか言って、気になっているだけだろ
﹂
﹁私も海軍人の端くれですからね。極端な部局割拠主義は避けるべ
?
少佐も来たのか
﹂
田沼の話では黒髪で長髪の方が長門、茶髪の方が陸奥らしい。
﹁おや
?
464
!
!
﹁何かお手伝いが出来れば、と思いまして。﹂
?
そう返す少佐に田沼は〟まあ、よかろう〟と同席を許可する。
﹁先ほどの連絡の通り超兵器を発見した。場所は室戸岬から南へ8
00km地点。
榛名、航空写真を。﹂
﹁はい。こちらが対象超兵器の空撮写真です。﹂
榛名が大きな写真をテーブルに置く。
そこには青い海を切り裂いて進む異形の艦が映し出されていた。
﹁3胴艦⋮ですね。﹂
ポツリと真津が零したように、
﹂
この艦は2隻の大型空母の間に大型戦艦が挟まったような形をし
ていた。
﹁大本営はこの巨大艦を超兵器と認定した。
そこでだ、ホタカ。君はこの超兵器の事を知っているか
全員の視線がホタカに集中すると、彼はゆっくりと頷いた。
﹁超巨大航空戦艦ムスペルヘイムでしょう。
全長約1200m、全幅約340m
120口径30.5㎝連装砲4基8門
15,2㎝連装両用砲8基16門
飛行甲板部分に15,2㎝両用砲28基
12㎝20連装噴進砲28基
多目的ミサイルVLSは300ユニット以上
40mmバルカン砲多数
両舷の飛行甲板の長さは約1000m
艦載機は、ボーファイターMK1
ワイルドキャットMk6、Fw200cコンドル、
P│47Dサンダーボルト、Ju│87Cスツーカ
ウォーラス、AV8BJハリアーⅡ、
F/A│18ホーネット、AH│64DアパッチLB
両方の空母に480機ずつ合計960機を搭載している。﹂
圧倒的と言うほかない戦闘能力に、
超兵器に初めてかかわる第一、第二鎮守府の面子が絶句する。
465
?
この頃超兵器の出鱈目加減に慣れ始めてきた真津が
効きなれない航空機についてホタカに質問した。
﹁AH│64DアパッチLBは攻撃ヘリコプターです。
頑丈な機体に30mmチェーンガン、航空魚雷、ハープーンの空
中発射モデル
﹂
AGM│84Jを装備しています。航続距離は2800km、最
高速度は約800km/h。﹂
﹁それは帝国の戦闘機で対処できるか
﹂
﹂
55口径61㎝3連装磁気火薬複合加速砲、新型トライデントを
前の戦いでは僕は第1次改装を終えて、
﹁正直、かなり厳しい戦いになります。何より火力が足りません。
苦い顔をする。
田沼のまっすぐな視線がホタカを貫く。その視線に対して、彼は
﹁ホタカ、率直に聞く。君は勝てるか
これらの航空機に対しては、菊花でも無力でしょう。﹂
短距離AAM、800ポンド誘導爆弾を装備しています。
航続距離は3100km。武装として20mmバルカン砲、
40km/h
F/A│18ホーネットは双発の戦闘攻撃機で最高速度は19
武装は40mm航空機関砲と800ポンド誘導爆弾です。
km
最高速度は1800kmにまで達します。航続距離は2600
型エンジンで
もともとは音速突破が不可能でしたが、超兵器技術を応用した新
陸を可能としています
ハリアーⅡは機体に取り付けられた推力変更ノズルで垂直離着
機です。
﹁ハリアーⅡ、ホーネットは共にジェットエンジンを装備した航空
﹁そうか、ではそのほかの機体は
零戦では勝ち目がありません。﹂
﹁菊花ならば対処できるでしょう。しかし、疾風改ならば不利
?
?
466
?
装備し
厳しい戦いの末に撃破した相手です。
今の状態で奴を撃破するには刺し違える覚悟がいるでしょう。﹂
﹁61㎝砲⋮か。﹂
現在帝国海軍にある最大の艦載砲は45口径試製51㎝連装砲。
この試作砲は乗せる艦を選ぶ上に数が作れない。
そして、威力はホタカの言う61㎝砲よりも格段に劣っているだろ
う。
﹁しかし、多数の戦艦と共に飽和攻撃を仕掛け、敵の防御壁崩壊を誘
発させ
﹂
そのうえでトライデントを全弾叩き込めば勝機が見えてくるか
と。﹂
﹁その場合、必要になる戦力は
龍上の普段では考えられないような真剣な声
﹁少なくとも大型戦艦20隻以上。それも46㎝以上の大口径艦砲
を装備したものです。
航空母艦の投入は見送るべきでしょう。
飛行甲板を潰しても多目的ミサイルで蹴散らされます。﹂
﹁無理だな、そのような大戦力は今の帝国にはない。
横須賀鎮守府が健在ならばよかったが⋮﹂
苦虫を10匹ほど噛み潰した様な顔で田沼の横にいた長門が嘆
く。
﹁横須賀鎮守府は先の超兵器戦で壊滅し現在再建中です。
使える戦力は鎮守府1つ分もあればいいでしょうねぇ。﹂
手詰まり感が蔓延し始めた指令室に、
ある報告が飛び込んで来たのはそんな時だった。
﹂
榛名から手渡された通信を一読した田沼は驚きに目を見開いた。
﹁田沼司令、何があったのですか
?
﹂
﹂
467
?
無言で通信が書かれた紙を2人の提督に手渡した。
﹁⋮これは
﹁どういうことだ
?
!?
その紙を見た2人の提督も絶句してしまった。
﹁そういう事だ。﹂
困ったように田沼は自分の頭を掻いた。
﹁超兵器が、我々の艦隊を助けた。﹂
│││││不味い
上空には何機もの深海棲艦の艦載機が飛び交い
﹁そうか、絶対に無理はするな
﹂
!
468
こちらへ向けて幾つもの対艦爆弾や航空魚雷を投下してくる。
彼女も必死に主砲の20,3cm︵2号︶砲、12,7cm高角砲、
各種機銃で応戦するが
銀色の背を青く輝かせた敵艦載機には当たらない。
既にこちらの駆逐艦2隻が大破、漂流し他の艦も少なくない被害を
こうむっていた。
!
たかが4,5番砲塔をやられただけよ
﹄
自分の傍で対空戦闘を行っていた同型の重巡洋艦に対艦爆弾が着
弾し
4番砲塔付近から巨大な火の玉が膨れ上がり、
﹄
吹き飛んだ鋼板が海面に叩きつけられ水柱を上げる
﹂
んにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
大丈夫か
﹃んにゃ
﹁足柄
﹃だ、大丈夫
十分大損害の領域ではあるが、
!
奇怪な悲鳴を上げる妹にさすがの彼女も慌てる
?!
?!
それでも戦う意志が垣間見えるあたり足柄の性格がよく解る。
!!
!
﹃解ってるわよ
このぉ
落ちなさいな
!
﹄
!!
﹂
急降下│││
﹂
!!
﹁総員対ショック姿勢
﹂
回避はもはや間に合わない。
両側の主翼に抱いてきた1000ポンド爆弾が合計6発放たれた。
両舷の機銃が旋回するが、それよりも早く
こちらへ急降下する鈍色に光る爆撃機が3機
慌てて上を見ると手が届きそうなほどの近くに、
対空見張りをしていた妖精がそう叫んだ。
﹁敵機直上
何とか射線から逃れることに成功するも彼女への災難は続いた。
それでも、迅速な対応が功を奏したのか
迫る魚雷は酸素魚雷よりも速く思える。
舵の効きは壊れているのかと思うほど鈍く
13000tの艦体が震えてじわじわと右へ進路を変えていく。
﹁面舵一杯
旗艦を務める彼女にも左舷から3本の魚雷が迫る。
ていった。
じわじわと撃墜数を稼いでいくが、こちらの損害はそれ以上に増え
させる。
低空にまで降りてきていた敵機の内の1機に直撃し文字通り四散
彼女の絶叫と共に放たれた20,3cm砲弾が、
!
完全に破壊し
2番主砲に直撃した1000ポンド爆弾は、20,3cm主砲を
が噴き出る
閃光、衝撃、轟音が響き艦とリンクしている彼女の身体から鮮血
最後の1発は彼女の2番主砲に直撃した。
上がり
妙高型重巡洋艦2番艦那智の両舷に5本の水柱が続けざまに吹き
長いようで短い一瞬が過ぎ、
それぞれが近場の構造物へ手を掛ける
彼女にできたのは乗員への注意喚起だけだった。
!
469
!!
!
その周りの1,3番主砲にも大きな損害を与え、3番主砲を射撃不
能に
1番主砲を旋回不能にする戦果を挙げた。
そ の 時 に 破 砕 さ れ 吹 き 飛 ば さ れ た 鋼 板 の 破 片 が 彼 女 の 右 頬 を
ザックリ切り裂く。
﹁これくらいの傷⋮なんてこと、ない。﹂
頬から垂れる赤い血を拭い取り、
先ほど攻撃を仕掛け離脱を計っている爆撃機を睨む。
生き残った対空砲座から放たれた25mm機関砲弾が描く鞭が、
そのうちの一機を切り裂き爆散させる。
すでに6隻居た艦隊の中で無傷なものは居ない。
戦没艦が出るのもすぐそこだろう。 近海に出没した敵通商破壊艦隊を叩くために派遣された重巡2
隻駆逐艦4隻の艦隊に
470
正規空母による熾烈な航空攻撃を耐え抜く戦闘能力は持っていな
かった。
また一隻、対艦爆弾を受けて艦上に炎の華を咲かせる。
そんな時、敵の攻撃がピタリと止み上空の敵機は翼を翻して離脱
を開始する。
﹃なんとか、助かったみたいね。﹄
通信機から響く足柄の疲れた声に返答しようとした時
爆撃による損傷で復旧作業を行っていた対空電探が生き返る。
その情報を理解した彼女は血と硝煙で汚れた顔を歪ませた。
﹄
﹁安心するのは早いようだ。﹂ ﹃え
事ここに至っては如何する事も出来ない。心残りはたくさんあ
那智の胸中に諦めに似た何かが沸き上がる。
│││││ここまで、か⋮
先ほどの敵機よりも多い敵航空隊の来襲。
﹃そんな。﹄
﹁南より新たな敵機、その数⋮100を軽く超える。﹂
?
るが
妹を無事に本土へ連れ帰ってやれないのが大きな未練だった。
﹁⋮足柄。﹂
﹃解ってるわ、でも、最後まで足掻いてみましょう
だが、ソレは確かにソコに居た。
い。
彼女の黒曜石の様な瞳には憎たらしいほど澄んだ青空しか映らな
そんな時だった、電探に何かを感じて艦首側に振り返る。
連装砲2基の4本の砲身が空を睨む。
前部の主砲は使えないが後部主砲は未だ健在。
ぽつぽつと黒いゴマのようなものが見え始める。
排煙を噴き上げる煙突の向こう側の青い空に
胸中の恐れを包み隠していた。
が
しかし、あくまでも軍人として武人としてあろうと言う彼女の意志
彼女とて、沈むのが恐ろしくないわけがない。
各艦から了解と言う返答が来る。
ろう。﹂
﹁すまないな、では、帝国海軍の意地と言う物を奴らに見せつけてや
その事実に、戦闘中だと言うのに思わず赤面してしまった。
どうやら、この艦隊で一番弱気だったのは自分だったらしい。
入ってきた。
また、別の僚艦からも最後まで戦おうと言う意志の通信が次々と
諦め、弱音を吐こうとしていた自分の心に活を入れる。
とは何事だ
│││││足柄が最後まで戦おうとしているのに、姉の私が諦める
その言葉に頭をハンマーか何かで殴られたような衝撃を受ける。
から。﹄
勝てないのは嫌だけど。何もかも諦めて沈むのはもっといやだ
?
対空電探に浮かんだ影は、ものすごい速度で自分たちの方へ近づ
く。
471
!
一瞬噂に聞く菊花かと考えたが、それにしては早すぎる上に、ここ
は航続距離圏外
更に、その数は後方から近づく航空隊に匹敵するものだった。
艦首側の空に何かが見えると同時に、その飛翔体は後部から薄い
白煙を引いて
艦隊の上を爆音を残して通過していく。
﹁あれは⋮﹂
那智の疑問はすぐに氷解する事となる。
後方へ抜けていった飛翔体は深海棲艦の艦載機に次々命中し
青空に黒と赤の華を咲かせ、ついには全ての機体を叩き落してし
まった。
その光景を口をポカンと開けて眺めるしかなかった那智にある
通信が入る。
﹃これより貴艦隊を護衛します。
472
直掩機をそちらに回しますが、間違って落とさないようにしてく
ださい。﹄
﹂
通信機から聞こえてきたのは若い男の声。
﹁き、貴様は誰だ
数日前までいた長門と陸奥は大本営の指示で出撃し、龍驤は龍上が
曾、榛名。
現在司令部にいるのは真津、龍上、田沼、杉本、ホタカ、加賀、木
ていなかった。
それまでの間、彼らは司令部に缶詰め状態であり、碌に睡眠をとっ
える。
数日後、宿毛湾総司令部より送られてきた報告書を榛名が読み終
﹁⋮以上が、宿毛湾第二鎮守府第3艦隊旗艦那智からの報告です。﹂
﹃申し遅れました、私の名はムスペルヘイム。よろしく。﹄
?
休ませた。
﹁なお、現在ムスペルヘイムは宿毛湾泊地の指示で室戸岬沖約50
0kmの海上で停止。
第3艦隊を護衛していたF/A│18とみられる24機の直掩
機も着艦させています。
これを受けて大本営は急遽主力艦の出撃を指示。
現在、大和型8隻、長門型8隻を主軸とする戦艦隊が超兵器を包
囲しています。﹂
﹁まさに88艦隊と言うわけか。﹂
それを聞いた真津が少し眉をあげて嘆く。
深海棲艦が開いてであれば容易く吹き飛ばせそうな大艦隊である
が
﹂
超兵器が相手ではどうしても見劣りしてしまうのは否めなかった。
﹁大本営は何と言ってきているのですか
加賀が榛名へ問いかける。
﹁大本営は超兵器の鹵獲、
もしくは帝国に引き入れることを画策しているようです。
しかし、超兵器に乗り移る方法については協議中との事。﹂
少し困ったような顔をする。
﹁そんな物、通信で済ませばいいんじゃないのか
わざわざ突入することも無い。﹂
真津の意見を否定したのは杉本だった。
﹁何故
﹂
相手がホタカ君のように艦息あるいは艦娘であれば。﹂
﹁いえ、そういう事は直接会って話をするべきでしょう。
?
いのです。
彼の艦が強大な戦闘能力を持っている以上。交渉には細心の注
意が必要ですから。
得られる情報は多いに越したことはありません。﹂
﹁なるほど。﹂
473
?
﹁通信では相手の微妙な表情の変化や、感情の起伏を読み取りづら
?
長い事、特警と言う組織で
事情聴取などを行ってきた少佐の意見は納得のいくものだった。
﹁誰も行かないのであれば、ボクが適当な艦上機で出向いても良い
のですが⋮﹂
﹂
﹁そのことですが、少佐。﹂
﹁はい
すまなさそうな顔をした榛名から横やりを入れられた。
﹁河内大将から通信が入っています。
﹃こちらの指示なしに動くな。﹄と⋮﹂
﹁これは、読まれてるな。﹂
ヤレヤレと木曾が首を振った。
﹁諦めよう、杉本さん。河内大将直々に釘を刺されたんだ。
これでは動けないよ。﹂
﹁ふむ、困りましたねぇ⋮﹂
流石の杉本も、大将閣下に釘を刺されては動くわけには行かな
い。
﹂
とはいえ、彼は必要とあればたとえ天皇の勅命すら無視しかねない
男
ホタカ。﹂
と言うのが特警の中での彼の評価ではあったが⋮
﹁提督。﹂
﹁なんだ
﹂
﹁その交渉役。僕に任せていただけないでしょうか
﹁ハァ
じゃないか
これで何かあったら、俺たちはかなり不利になるぞ
﹁それは重々承知しています。
﹂
ですが、何かがあったときに生き残れる可能性が最も高いのは僕
?
?
﹁お前なぁ⋮自分が超兵器に対する切り札であることを忘れてるん
ジョーカー
超兵器に乗り移って直接交渉を行ってきます。﹂
﹁僕が出港し、ムスペルヘイムに横付け。
ホタカの提案に、真津は素っ頓狂な声を上げてしまう。
?
?
474
?
!?
です。﹂
彼のいう事も一理あった。超兵器からの砲撃を受けても簡単に沈
まないのは
この国の戦闘艦の中でも彼だけだった。
﹁たしかに、僕が撃沈されては帝国にとって痛手ではありますが。
﹂
その可能性は低いでしょう。最悪の場合でも包囲艦隊と歩調を
合わせれば
ムスペルヘイムを撃退できる可能性は高いです。﹂
﹁だがな、これ自体がお前を引き寄せる罠だとしたらどうする
﹁罠にしては自分を不利な状態に置きすぎです。僕がムスペルヘイ
ムならば
そのような賭けに出るよりも、航空偵察と電探を使って本土まで
ひそかに近づき
航空機とミサイルの飽和攻撃でカタを付けます。
いくら僕のミサイルが高性能でも、撃てる弾数は限られてますか
らね。﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹂
そこへ、思わぬところから掩護射撃が加えられる。
﹂
﹁許可を出しても良いと思うよ。真津提督。﹂
﹁田沼司令
リットを整理し
真津は腕を組み、考え込む。ホタカが行くことのメリットとデメ
﹁⋮﹂
早々にケリを付けなければなるまい。﹂
﹁このまま主力艦が1ヶ所に留まっているのはよろしくない。
!?
475
?
﹁提督、あの艦は僕の世界の艦です。僕自身、あの艦の目的に興味が
ある。
やらせてはもらえませんか
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁提督
?
ホタカが真津に詰め寄るが、彼は黙ったままだった。
!
どちらが大きいかを判断する。
自分では長い事考えていたつもりだったが、後で加賀に聞くと3
0秒程度だったらしい。
意を決したように閉じていた目を開いた。
﹁ホタカ。﹂
﹁はい。﹂
﹁超兵器との交渉役を命じる。
可及的速やかに出撃準備を完了し該当海域へ急行せよ。
交渉が決裂した場合、
自らの生存を最優先に行動し可能ならば包囲艦隊と共同して超
兵器を撃退
﹂
もしくは撃沈せよ。復唱は要らない。﹂
﹁了解
敬礼し足早に指令室を後にする艦息の背中を見送る。
﹁ホタカの出撃については私が責任を持つ。﹂
大きくはないが部屋に響く声で田沼が宣言する。
その宣言に室内にいた全員が田沼の方を向くと、彼は不敵な笑みを
浮かべた。
﹁なぁに。司令官と言うのは責任を取るためにあるのさ。
さあ、何をしている。大本営へこの話を通すぞ。
ホタカが現場に行った時、味方から威嚇射撃を受けたのでは
﹂
私たちの立場が無いからな。﹂
﹁ホタカ
既に完了していると報告が届き苦笑をした彼の背中に
聞きなれた声がかけられる。
476
!
移動しながら副長に出港準備を命じると、
!
﹁君か。﹂
﹁何よ、その顔は。﹂
﹂
ジト目を向けつつ歩みを止めないホタカの横に並ぶ瑞鶴。
﹁何故君がここに
何か動きあった
﹂
?
る
﹂
ホタカの艦体は、包囲を続けている艦隊の内の一つの進路を横切
そうして、時系列は冒頭へと至る。
が見えていた。
目の前には、煙突からガスタービンの薄い排煙を上げる自分の艦体
﹁解ってるならそれで良いわ。﹂
喉まで出かかった言葉を飲み込むように頷いた。
セリフをとられた形になった彼女は数瞬口ごもるが、
彼女が何時ものセリフを言う前に先に口を出す。
﹁無理はしないと約束するよ。﹂
﹁そう⋮あ
佐世保では超兵器の動きに対応できないだろうからな。﹂
だ。
﹁今のところは何もない。これから宿毛湾へ行き指示を仰げとの事
む。
一瞬、本当の事を言おうかと思ったが自分の直観に従い口をつぐ
で、超兵器は
司令部へ様子を聞きに行こうと思ったらアンタにあったのよ。
﹁空母組は全員待機って言われてね、
?
?
威嚇射撃も緊急通信もない。それどころか発光信号で〟健闘を祈
477
!
る〟と
メッセージを送ってきた。如何やら佐世保総司令部は大本営の説
得に成功したらしい。
超兵器への突入を続行する。
﹁ムスペルヘイム包囲網の内側へ入ります。﹂
﹁砲は全て上へ向けておけ。発光信号にて敵意が無いことを伝えつ
つ
艦尾側からゆっくりと接近せよ。﹂
﹁了解。﹂
2基の主砲と6基の速射砲、8基のCIWSが仰角をいっぱいに
まで上げ
艦橋からは〟ワレ・ニ・テキイ・ナシ〟の発光信号を発信しながら
ゆっくりと近づいていく。
﹁さて、鬼が出るか蛇が出るか。だな。﹂
﹁それよりも性質の悪い物が出なければよいのですがね⋮﹂
478
STAGE│24 接触
﹁機関逆進。﹂
それまで5万トンの艦体を前進させていた5基のスクリュープ
ロペラのピッチ角が変更され
膨大な量の海水が、前方へと押し出されていく。その反作用によ
り、巨大な質量を持った
巨大な戦艦の前進速度が低下していき、最終的には零になった。
航海艦橋の左舷側の窓は、ねずみ色一色だった。ムスペルヘイム
の乾舷は非常に高く
ホタカのマストでさえ、ようやく飛行甲板にまで出るかどうかと
いった具合だった。
﹁機関停止。副長、後は頼んだ。解っているとは思うが⋮﹂
﹁交渉が決裂した場合は、横っ腹に一撃撃ち込んで退避、
解っています
479
味方艦と合同してムスペルヘイムを撃退ですね
よ。
今回は、ブラックホークを強力なワイヤーで甲板に無理やり固定し
装備されていなかったが
本来、ホタカには艦載機を運用するためのヘリポート、格納庫は
日向からブラックホークを借り、後部甲板に乗せてきていた。
乗艦に不安がある│││ため
内火艇や海上歩行は使えない│││ムスペルヘイムの乾舷が高く
ムスペルヘイムに乗り移る時に
それと共に、甲高いタービンの音が響き始めた。
そんな事を考えながら、最後部へと歩を進めていく。
│││││まさに壁だな。
後甲板に出てみると、ムスペルヘイムの高い乾舷がよく解る。
ターと狭い通路を通過し
副長の返答に満足げな笑みを浮かべ、艦橋を出ていく。エレベー
祈っています。﹂
しかし、何もないことに越したことはありません。交渉の成功を
?
て持ってきていた。
嵐でも来れば一発で貴重なヘリを失う可能性もあったが、
天気は明後日まで崩れないようだった。
巨大なメインローターが2基のターボシャフトエンジンから
受け取ったエネルギーにより回転を初め、箱形の機体の周りに強烈
な空気の流れが出来る。
彼はその中を帽子が飛ばない様に歩き、大口を開けたキャビンの
中へ滑り込んだ。
それと同時に、以前の様にインカムが渡される。
﹁では機長、頼んだ。﹂
﹁了解しました。捕まっててください。﹂
機長から見れば巨大なコレクティブレバーとサイクリック・ス
ティックがひとりでに動き
キャビンに響くタービンの高音が大きくなっていく。
480
それから数秒後、ブラックホークから発生する揚力が重力に打ち勝
ち、
ゆっくりと上昇を始めた。
﹁飛行甲板よりも上昇したらSAMが飛んできたりはしませんよね
﹂
中央の戦艦部後甲板に着陸するようにとの事です。﹂
﹁そうですな⋮っと。ムスペルヘイムより誘導信号を受信。
来るな。﹂
﹁これだけあれば一国の航空戦力丸ごとと真正面から殴り合いが出
ずらりと並ぶホーネットにパイロット妖精から感嘆の声が漏れる。
その翼を休めていた。
陸上の飛行場と錯覚するほど巨大な飛行甲板には、多数の艦載機が
を望む高度に達する。
ブラックホークは上昇を続け、ついにムスペルヘイムの飛行甲板
﹁嫌ですよ、こんなところで焼き鳥になるのは。﹂
伝えてある。﹂
﹁その点については大丈夫なはずだ。発光信号でヘリを飛ばす旨は
?
﹁指示に従い着艦してくれ。﹂
﹁了解。﹂
茶色い機体を前傾させてムスペルヘイムの中央、戦艦部分へ向け
て前進を開始する。
眼下に広がっていた飛行甲板が消え、蒼い海が現れ、また鈍色の艦
体が下に見える。
その時、ムスペルヘイムをじっと見ていたホタカがボソリとこぼ
す。
﹂
﹁やはり、おかしいな。﹂
﹁何がです
﹁僕がコイツと戦った時、後甲板には巨大なレーザー発振器が付い
ていたはずだ。
﹂
しかし、いまのムスペルヘイムには発信機の代わりに大型ヘリ
ポートが搭載されている。﹂
﹁こっちへ来るまでに何かあったのでしょうか
﹁了解
ル
グ
﹂
リー
ば退避しろ。﹂
ン
﹁みごとだ、機長。では、後を頼む。1時間たって何の連絡も無けれ
﹁全着艦作業完了﹂
オー
に接地、着艦する。
パイロットが宣言し、降着輪がムスペルヘイムの大型ヘリポート
﹁着艦します。﹂
鮮やかな誘導灯が見えてくる。
い
フロントガラスの真正面に今までパイロットを誘導していたらし
高度が下がるにつれて、
もしかしたらあのレーザー発振器は後付の可能性もある。﹂
﹁恐らくな。僕の装備も最初期のモノに戻っていた、
?
全長が1000mの巨艦になると揺れは全く感じず、乾舷が高いた
め水平線も碌に見えない。
481
?
スライドドアを解放して甲板に降り立った。
!
まさに海上に浮かぶ航空基地と言った趣であった。
ヘリのエンジン音が小さくなっていくのを背中で聞きながら、
ムスペルヘイムの第3砲塔方面、つまり艦橋方向へ向かって歩き出
す。
すると、第3砲塔が設置されている甲板が一段高くなった部分の
基部。
今まで滑らかであった部分に長方形の切れ込みがはいり、
そこが内部に凹んだかと思うと横にスライド、艦内部へ続く狭い通
路が口を開けた。
│││││入れと言う事か。
この一連の動きをそう考察した彼は、無機質な艦内通路へと足を
踏み入れる。
背後のスライドドアが閉まる気配は無く、
白い照明で照らされた通路は奥へ奥へと続いている。
482
軍装の革靴が床と打ち合って響くコツコツと言う音以外に、
微かに何かが唸るような低い音が聞こえてくる。
恐らくは空調システムだろう。通路の分岐点は幾つかあったが、
どれも1方向以外は水密壁で塞がれていた。
この水密壁も、艦娘達に備えられているような
ハンドルを回して封鎖するようなものでは無く、
幾つかの平面を組み合わせたシャッター状の物だった。
長い長い通路を歩き、急なラッタルを降りて、ある部屋の前によう
やく到着する。
︻Conbat Information Center︼
まさに戦闘艦の脳髄であり軍機密で構成されたような部屋。
間違っても部外者を入れるような場では無い。
それとも、これはムスペルヘイムに敵意が無いことを示す意思表示
なのだろうか
薄暗く、無数のモニターとコンソールで構成されたCICルームが
がスライドし
圧縮された空気が抜けるような音が鳴り、甲板のドアの様に隔壁
?
彼の目の前に広がる。
それよりも彼の目をくぎ付けにしたのは、
CICの入口に立つ自分から正面方向へ5mほどの場所に立つ1
人の青年だった。
日本人らしい黒髪を短髪にし、その上には軍帽。
背格好はホタカとあまり変わらないかわずかに高い程度で外見年
齢も同様。
黒に近い濃紺の第一種軍装を身に纏い、
肩章には金の二本線の上に銀色の桜が3つ付いている│││つま
り大佐│││
腰には金で少々装飾された長剣を帯びている。
この辺りだけを見るならば若い帝国海軍の大佐と言う印象だが
この人物が普通じゃない事を端的に示す特徴が一つ。
猛禽類を彷彿とさせる鋭い切れ長の目の中に収まった血の様に紅
483
い瞳。
その一対の瞳は油断なくこちらを見据えていた。
解放軍。﹂
目の前の〟彼〟は唇を僅かに歪めるように笑みを作った。
﹁そんなところで突っ立ってないで入ってきたらどうだ
私はウィルキア帝国軍日本第三艦隊旗艦、ムスペルヘイムだ。﹂
﹁わざわざこうして会談の席を設けてくれたことに感謝する。
最初に口を開いたのは、超兵器の方だった。
の向かい側に座った。
〟彼〟も同じように手近な場所から椅子を引っ張ってきて、ホタカ
すすめられた移動式の椅子に腰を下ろした。
内され、
一々地図を置きなおさなくても良いようになっている│││に案
埋め込まれ
部屋の中央付近に置かれた大型の指揮卓│││巨大なモニターが
紅い瞳の〟彼〟にCICに招き入れられたホタカは、
外見から推測されるものより、幾分低い声がホタカに届いた。
?
﹁大日本帝国海軍佐世保第三鎮守府所属、
装甲護衛艦ホタカだ。貴官に幾つか質問したいことが有る。
が、その前に我が軍の水雷戦隊への航空支援及び護衛に感謝した
い。
貴官の支援が無ければ彼女たちが母港へ戻ることは不可能だっ
ただろう。﹂
﹁かつて同じ旗を仰いだものとしては当然の行いだ。
特別感謝されるようなことではない。﹂
│││││かつて。か、この艦はこの世界が自分たちの居た世界で
はないと理解しているのか
﹁貴官に聞きたいことが有る。まず、貴官がここに来るまでの概略
を聞きたい。﹂
﹁概略と言うほどのことは無いがな。私はアメリカ西海岸基地で撃
沈されたのち、
気づけば無傷で南太平洋上に浮かんでいた。
戦闘で喪失した航空機、弾薬が満載された状態で、だ。
全ての回線で本国と通信を行おうとしたが不可能だった。
その為、針路を日本本土へ向けて航行を開始。
途中、不明艦隊と遭遇し意思疎通を図ろうとしたが艦砲射撃を受
け、
自衛の為殲滅した。航行を再開したところで、偵察機が航空攻撃
を受ける日本艦隊を発見。
その艦隊が帝国海軍所属であることを示す旭日旗を掲揚してい
たのを確認し、
この艦隊を味方と判断。早急に支援航空隊を発艦させ上空の制
空権を取り返し
それと同時に出撃させた攻撃隊で、敵機動艦隊を殲滅した。
その後の行動はそちらで記録されているだろう。﹂
﹂
﹁なるほど。貴官はこの世界が、我々の世界でないことは理解して
いるのか
484
?
ホタカの問いに、ムスペルヘイムは噛みしめる様にゆっくりと頷
?
いた。
﹁日本艦隊を護衛中、旗艦の那智から聞いた。正直、ウィルキア帝国
が存在しない事に
未だ実感がわかないが、この場にウィルキア帝国旗を付けた艦が
存在しない事を考えると
事実なのだろうな。﹂
外から見る分には、その顔に動揺は見られない。
どちらかと言えば、諦めとわずかながらの寂寥感の様な雰囲気を
感じ取ることが出来る。
﹁私からも質問させてくれ。あの時、彼女らを襲っていた艦隊は何
処の国の艦隊だ
見た感じでは英米の混成艦隊だったが、あのような艦隊構成はあ
りえない。
そもそも、あのような艦載機は見たためしがない。﹂
│││││こちらも、情報をある程度開示する必要があるな。
﹁アレは今現在の帝国の敵だ。我々は深海棲艦と呼んでいる。﹂
﹁深海棲艦か、戦没した戦闘艦の幽霊と言ったところか。﹂
﹁そ の 認 識 で 正 し い だ ろ う。最 も、そ の 正 体 ど こ ろ か 目 的 す ら も
ハッキリしていない。﹂
それでは和平交渉も出来ないではないか。﹂
それを聞いたムスペルヘイムは若干呆れたように眉を上げた。
﹁なんだ
棲艦だけならば
艦娘だけでも何とかなっていたんだが。それよりも厄介な奴が
現れてな。﹂
﹁つまり我々か。﹂
﹁そういう事だ。﹂
両者の間を沈黙が支配した。
聞こえてくるのはCICの電算機の温度を保つための空調システ
ムの唸り声のみ。
一分か、二分か。無言の時間が続き、ホタカが本題を切り出す為に
485
?
﹁その通り。今現在この戦争に終わりは見えていない。まあ、深海
?
口を開く。
﹁我が軍は現在、超兵器と深海棲艦の侵攻により大きな被害を受け
ている。
そこで貴官にも帝国海軍の戦列に加わってもらいたい。
単艦で数個艦隊を楽に相手どる貴官の参加は、我々が生き残る上
で必要なのだ。﹂
再び、沈黙。ホタカの黒い視線と、ムスペルヘイムの赤い視線が
指揮卓の上でぶつかり合う。
﹂
重苦しい沈黙はホンの10秒程度の物だったが、ホタカにとって数
分の様にも感じられた。
﹁貴官にも、艦長の意志が宿っているのか
唐突なムスペルヘイムの質問に、一瞬思考が停止するがすぐに再
起動する。
﹁艦長の意志、か。僕にはよく解らない。そもそも、その艦長の意志
を
意識したことすらない。﹂
ホタカの答えを聞いたムスペルヘイムは、
先ほどの様に唇の端を歪めるように薄く笑みを作った。
﹁そうか。まあ、貴官についてはそうなっても仕方ないだろう。
超兵器を沈めるために建造された艦を操っていたのは、祖国を取
り戻すために
超兵器を沈める意志を持った指揮者なのだからな。それが自分
の意志なのか
﹂
それとも艦長の意志なのか、判別するのは簡単ではないのだろ
う。﹂
﹁では、貴官はどうなんだ
志だろうが
もう一つは私の最後の艦長、天城大佐の意志だ。﹂
天城大佐。その軍人はホタカにとって、と言うよりもホタカの艦
長
486
?
﹁私には2つの大きな意志が有る。一つは恐らく超兵器としての意
?
シュルツ少佐とヴェルナー中尉にとって忘れられない人物だった。
祖国の過ちに気づきながらも、国家に奉仕する一軍人としての本分
を貫き通し
アメリカ西海岸沖に超兵器と共に散って行った男。
﹁私の中にある超兵器のとしての意志は、
ある意味では兵器として最も重要な事なのかもしれないが
褒められたものではない。﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁︻あらゆる兵器を破壊し、蹂躙し、殲滅せよ︼。戦争の道具の意志と
しては
真っ当なものかもしれないが、今こうやって意識を持ち人の様に
行動している現在では
﹂
ただの危険思想にしか聞こえんだろうな。﹂
﹁では、その天城大佐の意志とは何だ
﹁︻軍隊とは国家の力であり凶器。
力の振るい道を凶器自身が判断しては軍隊が成り立たない。︼
大佐が常々言っていた言葉だ。
そして、超兵器としての意志を封じ込めるほどの強い意志でもあ
る。
そう言う意志があったからこそ、私は彼女たちを助けた。
たとえ、私や貴官が居た世界の様にウィルキア帝国旗を掲げては
いなくとも、
彼女達は日本の艦だ。日本艦隊に所属していた私にとって
救援しない道理はない。
私
話 を 戻 そ う。結 論 か ら 言 え ば、私 は 日 本 海 軍 へ の 帰 順 を 希 望 す
る。私が建造された
祖国では無いにしても、この力の振るい道を兵器が決めてはなら
ない。
もっとも、実際に我らから攻撃を受けた貴官らには
信用のならない話だろうとは思うが、な。﹂
自嘲気味に話すムスペルヘイム。
487
?
│││││信用、か。
正直に言うと、ホタカ自身この超兵器には驚かされ続けていた。
それまでの彼の超兵器に対する考え方は、血も涙も無い戦闘マシー
ンであった。
目の前の紅目の青年は、自分と変わらない様に思
敵味方関係なく、自分以外の存在はことごとく葬りつくす戦争の化
身。
ところがどうだ
えてしまう。
ただ、立場が違っただけの艦息。
圧倒的な力を持ち、お互いを滅ぼしあうしかなかった
戦闘兵器の残照。
勿論、日本を内側から破壊するために油断させ、軍内部に入り込
もうとしている
と言う解釈は当然できる。
しかし、彼自身にはどうにもその解釈に納得することは出来な
かった。
自分が懐柔されているのか
るのか
それとも、目の前の祖国を失った青年に憐れみを感じてしまってい
?
ているのか
どれが正解か結論は出そうにないが、一つだけハッキリしている
ことが有る。
しかし、それの根拠はもはや論理的でも何でもないもの
〟直観〟だった。
自分の直観に従えば、この目の前の艦息の話す言葉は信用に値す
ると言う事になる。
﹃人間の直観は精密では無いが正確だよ。滅多に故障しない。﹄
以前、瑞鶴を諌めていた時に副長が砲雷長と話していた時に放っ
た言葉が頭を過る。
488
?
もしかしたら、それ以外の原因か⋮
?
自分の世界から突然異世界に飛ばされた者同士シンパシーを感じ
?
厳密にはホタカは人ではないが、人としての意識を持っている。
それならば、その言葉が当てはまらないことは無いだろう。その瞬
間、最終的に頼れるのは、
自分の直観だけであることに今更ながらに気づく。
幾ら情報を並べ立てたとしても、それが正しいかどうかは解らな
い。
その不確定な情報を元に前に進むか、それとも留まるかを決定する
のは個人の意識だ。
そして、その個人の意識が知覚した直観によって
その後の行動が決まっていくことが多々ある。
つまるところ、彼がこのムスペルヘイムと言う超兵器の言い分を
信用するかどうかは
ホタカ自身の直観により決定される。
実の所、この超兵器を帝国海軍に組み込むことは、
大本営により乗り込む前から決定されていたが
目の前の超兵器が本当に帝国海軍に味方するかを最初に判断す
るのは
ホタカの役目だった。そして、その結論はたった今決定された。
﹁いいや。ムスペルヘイム、貴官の参戦を歓迎する。帝国海軍へよ
うこそ。﹂
よどみのないその言葉に、若干面食らった様子ではあったが、
ホタカが差し出した手をしっかりと握り返したのだった。
﹁微力を尽くさせてもらう。﹂
ムスペルヘイムのCICからホタカと大本営、包囲艦隊へ
超兵器が帝国軍への参加を希望している旨を伝えると、すぐに承諾
され
艦載機を一部交換した後、南方戦線へ移動する命令が届いた。
ムスペルヘイムの艦内を、2人の艦息は取り留めもないことを話し
ながら並んで歩いていた。
その途中、ホタカは以前から気になっていることを聞いてみるこ
489
とにした。
﹁貴官は僕が憎くないのか
﹂
そう問いかけられた艦息は、また薄く笑った。
﹁あの時は異なる旗を仰ぐ敵同士だったではないか。
私も、貴様を沈める為に攻撃し。貴様も、私を沈める為に攻撃し
た。
その戦闘の末に私が沈んだ。ただそれだけの事だ。
憎い、憎くないの次元の話ではないだろう。
なにせ、戦争なんだからな。﹂
│││││敵わない、とはこういう事を言うのだろうか
だ
﹂
﹁それはそうと、だ。ソロンの帝国軍南方要塞とはどういうところ
そんな幼稚な反応を無意識下でしてしまう自分に若干の自己嫌悪。
愚かな質問をした恥ずかしさを隠すように頭を掻くが、
どうやら、自分はまだまだ未熟な青二才らしい。
嘆してしまう。
あっけらかんと、何でもない様に話すムスペルヘイムに素直に感
?
﹁そろそろ貴官と言うのはよせ。どうせ同郷の者は私と貴様だけだ
からな。
それに知らない間柄と言うわけでもない、他人行儀になる必要も
あるまい。﹂
│││││案外、親しみやすい人物なのかもしれないな。
自分の潜在的な、本能的な部分での敵であるのに、何故かこの艦
息を
ホタカは強く警戒し、疑うようなことは出来なかった。
恐らく、シュルツやヴェルナーの天城大佐に対する思いが
ホタカと言う艦息の深層意識に少なからず影響を及ぼしてるのだ
ろう。
だからと言って、ムスペルヘイムを全肯定するようなバカなマネ
を
490
?
﹁さてな。僕も初耳だが、貴官が﹂
?
するようなことは有りえないが。しかし、彼がこの超兵器の艦息を
それなりに気に入っていることはまぎれもない事実ではあった。
﹁そうか。さっき言ったように僕もその要塞については知らない。
しかし、超兵器が配備されるのだから重要な拠点であることには
変わりはないだろう。﹂
﹁話が少々急な気もするがな。﹂
ムスペルヘイムの言葉に肩を竦める。
﹁残念ながら、帝国海軍に余裕はあまりないらしい。
参入したばかりの私を軽々しく実戦配備するとはな。
普通なら、弾薬を全て下ろした状態でデータを取り
それが終わって初めて実戦配備だ。それをいきなり最前線とは
大胆な事をする。
帝都の近くに不確定な駒を置いておけない、しかし戦力が足りな
い。
491
そこで南方に送り戦闘から判断しつつ、戦線を保持し
浮いた戦力を本土に回航させて本土の防衛を強化する。
万が一私が裏切ったとしても、貴様が本土に居れば問題ないだろ
う。﹂
わずかな情報から組み立てられたムスペルヘイムの推論は、ほぼ
確信を突いていた。
彼の言う通り、帝国は味方だと断言できない超兵器を南方へ派遣し
それによって浮いた戦力を本土に回航させ、先のアルケオプテリク
ス戦で壊滅的な打撃を受けた
横須賀鎮守府の艦隊戦力の補充に充てる計画だった。
﹂
その間にも、各地のドックでは新しい艦娘の建造が始まってお
り、佐世保第三鎮守府にも
新たな艦娘の建造が進められている。
﹁おいおい、いきなり裏切りの算段か
﹁バカを言うな。例えの話だ。﹂
こういった冗談はあまり通じない人物であると分析できた。
ジロリと向けられた紅い瞳は予想以上に鋭く、
?
﹁それは失礼した。﹂
﹁ったく。それにしてもホーネットとハリアーは4機ずつ置いてい
くだけでいいのか
﹂
本土防衛のためには防空戦力が多いに越したことは無いだろう
?
先の命令書にある艦載機の一部交換には、
ウォーラスなど役に立ちそうにもない艦載機を下ろす事以外に
ジェット機、攻撃ヘリを数機本土に置いていくことになっていた。
﹁確かに、君の言う通りホーネットとハリアーの戦闘能力は圧倒的
だろう。
しかし、部品が無い。﹂
その言葉を聞いて、ムスペルヘイムは狐につままれたような顔に
なった。
﹁ムスペルヘイム、ここは僕等がいた世界では無いんだ。恐らくこ
の地球上のどこにも
﹂
あの2機種と攻撃ヘリを十全に整備できる所は無いだろう。﹂
﹁しかし、貴様が載せてきたブラックホークはどうなんだ
るまでは
技術開発用だろう。艦娘に頼らずに十分な整備が出来る様にな
うに言われたジェット機は
つまりジェット機は整備が出来ない。今回本土に残していくよ
庫にも収まらない
﹁現在の所ジェット機を乗せられる空母は無いし、航空戦艦の格納
でおいた。
ホタカ自身﹃お前が言うな﹄と言いたかったがその言葉は飲み込ん
呆れたような声の超兵器。
﹁都合のいい話だな。﹂
ブラックホークは航空戦艦に乗せておけば整備可能だった。﹂
補充を行うらしい。
母港に戻った後、ボーキサイトを艦内で消費して航空機の整備、
﹁艦娘に搭載された航空機の整備は特に必要が無いと言う事だ。
?
492
?
まだまだかかるな。﹂
﹁空母艦娘の強化はどうなっているんだ
﹂
僕も開発しているが
﹁進んではいるが、箱は出来ても乗せる機体が無いからな。
君に積んでいる機体だって有限だろう
狙ったものは中々でないからな。﹂
﹁前途多難、だな。﹂
﹁だが、出来ないわけじゃあない。まずは菊花の艦載機化だ。
僕らの世代の艦載機が載るのはその後になるだろう。﹂
入ってきたハッチから外に出ると、
直ぐ上を疾風改の編隊が飛び去っていくところだった。
周りに展開していた包囲艦隊は、その半数が視界から消え半数はま
だとどまっていた。
ムスペルヘイムを監視する帝国軍人を乗せるまではこの包囲が
解かれることは無いだろう。
ホタカが出てきたのを確認したブラックホークのエンジンに火が
入り、巨大なローターが
ゆっくりと回転を始める。
﹁次に顔を合わせるのは何時になるだろうな。﹂
そんな事を隣のムスペルヘイムが零した。
﹁さあな。﹂
同じ世界から来た、通常の艦とは異なる戦闘能力を持つ戦闘艦
同じ空間にいたのは短い時間ではあったが、
2人の間には奇妙な同族意識が芽生え始めていた。
﹂
ホタカが数歩踏み出し振り返り、ムスペルヘイムと正対する。
﹁ホタカ、貴様は何故私たちがこの世界に出現したと思う
ふと、気づいたような様子で問いかけられる。
ホタカはその問いに小さく首を振る。
?
﹂
﹁⋮⋮⋮⋮解らない。僕自身、この世界に来てからずっとその問い
の答えを探していたが
答えは見つかりそうにない。君はどう思う
ムスペルヘイムも同じように首を振った。
?
493
?
?
﹁さてな。しかし、神の企て、悪魔の意志で片付けられるような問題
でもないだろう。
ただ一つ言えることは、
生き残らなければその問いも答えも意味を持たなくなることだ
けだ。﹂
問題の先送りも良い所だが、超兵器の解答に小さく笑みがこぼれ
る。
﹁まったくもって、その通りだな。
さて、もう時間だ。また会おう、ムスペルヘイム。幸運を。﹂
﹁貴様もな、ホタカ。﹂
お互いに敬礼。ほぼ同時に敬礼を解き、振り返る。
ホタカはブラックホークへ、ムスペルヘイムは艦内へと歩いてい
く。
2人は決して振り返らなかった。
﹁お帰りなさい、艦長。交渉は上手くいったようですな。﹂
航海艦橋に戻ると、副長がいつもの調子で敬礼をしてくる。
﹁交渉と言っても、彼をこちらに引き入れることは既に決定済みだ
からな。
交渉と言うのは少々語弊があるかもしれん。﹂
いまさらですよ。と苦笑する副長の脇を通り、艦長席に腰を下ろ
した。
航海艦橋のすぐ横を、ブラックホークが飛びぬけていく。
もう使う機会もないため、
交 渉 終 了 後 に ヘ リ は 自 力 で 飛 行 し て 佐 世 保 ま で 帰 還 す る 手 筈 に
なっていた。
﹁司令部より佐世保へ戻る様にとの命令が来ました。
今後の包囲網構築は長門型4隻を主軸とするようです。﹂
494
﹁了解した。機関前進微速。針路を母港へとれ。﹂
巨大な艦体の前後に白波が立ち、ホタカがゆっくりと前進しムス
ペルヘイムから離れ
包囲網を抜けた後、西へと進路を取った。
﹂
佐世保への帰り道、暇をつぶすように副長が話しかけてくる。
﹂
﹁ところで艦長。﹂
﹁なんだ
﹂
それとも彼の事か
﹁ムスペルヘイムはどうでしたか
﹁それは、艦体自体の事か
?
﹂
ムスペルヘイムは帝国軍の艦ですよね
?
の色は赤だ。﹂
﹁おや
﹂
﹁まあ、そういう事だ。服装は帝国海軍第1種軍装、髪の色は黒、目
か
﹁両方ですよ。彼という事は、艦娘でなく艦息だったと言う事です
?
?
?
﹁艦載機の妖精さんもですか
﹂
それよりも驚くべきことは妖精さんが居ないと言う事だ。﹂
日本艦隊に所属していた過去が影響しているのだろう。
かでも
大方艦長の天城大佐の影響が強く出たか、ウィルキア帝国軍のな
﹁確かにそうだが、理由は難しくないだろう。
もっともなものと言えるかもしれない。
所属と服装がちぐはぐなムスペルヘイムに対して彼女の疑問は
それらしい意匠が各所に配置されたものになっている。
戦後賠償によりソ連へ譲渡された過去を持つため
さらに響を改造することで変化するヴェールヌイは、
はウィルキア海軍だ。
例えば、ホタカの場合は日本で建造されたが実際に所属していたの
響を強く受ける。
不思議そうな顔の副長。通常、艦娘の服装は所属している国の影
?
全ての兵装も
﹁ああ。彼に聞いたところ、気が付いた時から一人だったらしいが、
?
495
?
﹂
全ての艦載機もほぼ同時に、尚且つ完璧に動作させることが出来
たらしい。﹂
﹁900機以上の艦載機を、ですか
どこか信じられないような目で自分の艦長をみる。
﹁流石は超兵器と言ったところか。900機の艦載機の並列制御な
んて僕が1ダースいても出来ないだろうな。﹂
ま、何にせよ今は味方ですよ。と楽観的な考えを披露する副長。
味方内で勘ぐり合っても良い戦果を得ることが出来ないのは
長い歴史が証明している。
﹁彼 が 帝 国 軍 に 入 っ て く れ た ん だ。こ の 先、少 し は 楽 で き る か も
な。﹂
それからしばらくして、佐世保鎮守府に帰還したホタカは
真津提督への報告もそこそこに、自分の部屋で正座をしていた。
﹂
ちゃぶ台の向こう側には目以外笑顔の瑞鶴が腕組みをして座って
いる。
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮⋮﹂
沈黙が、重い。
﹂
﹁⋮⋮あのさぁ。﹂
﹁なんだ
﹁自分から交渉に行くって言い出したのは。本当
全く笑っていない金色の瞳が彼を射抜いた。
確実に地雷だった。地面に埋められておらず、ドギツイパステルカ
ラーで塗装され、
ハザードシンボルが描かれているレベルの非常に〟解りやすい〟
種類のもの。
496
?
ここで、答えないという選択肢は無い。いや、あるにはあるが
?
?
数瞬、回避策を模索するが、そんなものはありはしなかった。
﹁本当だ。﹂
再び沈黙。いや、何かを吸い込む音が聞こえ、
瑞鶴の肩がプルプル震えているのが解る。
│││││爆音に備え。
せめてもの抵抗として、そんな事を考えた瞬間。目の前の少女の怒
りが爆発する。
﹁バッッッッッカじゃないの
いつもいつもいつもいつもいつも
﹂
!!!!
である。 それから数時間、ホタカが彼女から説教を喰らったのは完全に余談
少女の絶叫と言うか怒りの声がホタカの自室に木霊した。
これがギャグマンガなら、鎮守府建屋が少し浮いたであろう
何考えてるのよアンタはァァァァァァァァァァ
!!!
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 497
!!!!!????????
STAGE│25 新造艦と新装備
﹁ああ、ひどい目に遭った。﹂
瑞鶴の説教からようやく解放されたホタカは
第三鎮守府に備え付けられた食堂の、定食を受け取るカウンターに
突っ伏していた。
﹁貴方の事を心配しているんですよ。﹂
グ
ラ
ス
カウンターの向こうから落ち着いた声が聞こえ、
ホタカの目の前に水晶椀が置かれる。
﹁そうは言ってもですね。何時間も正座させられるのはたまったも
のじゃないですよ。﹂
グラスを傾け、アルコール臭のする透明な液体を口にし
サキイカの天ぷらを齧る。
鳳翔はあまり使われない第3鎮守府の食堂を間借りして、酒と肴
を同僚に振舞っていた。
鎮守府内への艦娘の出店は提督の裁量に任されており、特に厳しい
査定や審査は存在しない。
幾つかの書類を提出し、提督が認可すれば問題ないと言う事だっ
た。
あちこちで人手不足の日本軍に、無数の鎮守府の要望を一元的に
管理するような組織は
存在せず。そう言った案件は各提督の自由裁量に任されている。
そういう理由があったため、彼女は鎮守府内で店を出すことが出来
た。
この店は鳳翔に時間がある時にひっそりと営業するため、開店は
不規則だったが
彼女の料理の腕もあり、艦娘はもちろん提督にも人気で
真津や龍上、沼津も利用していた。もちろん、料金は自腹である。
目の前で日本酒の瓶の蓋を閉めた鳳翔は苦笑いした。
﹁フフフ。まあ、大目に見てあげてください。
貴方が超兵器に交渉へ行ったと聞いた時、あの娘の荒れようは凄
498
かったですから。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮。それはそうと、明日は確か建造が終了する日でしたね
﹂
﹁そうでしたね、提督の話では戦艦クラスだと思われるそうです。﹂
鎮守府での艦娘の建造は、開発工廠に隣接した建造ドックで行わ
れる。
大量の資材を投入すると、建造がスタートしこの時に高速建造剤を
使用すると
極々短時間で艦娘が誕生する。
建造時間は大型艦になるほど長くなっていき最短でも7時間、
長い物になると8日以上かかる。とはいえ、これでも破格の速度で
はあるが⋮。
また、建造される艦娘は資材の投入量により若干方向性を付ける
ことができるが
基本的にランダムだった。このため、艦娘の建造システムが導入さ
れると着任早々
強力な主力艦を配備しようとした何人もの提督が資材を文字通り
溶かし、その事態を
危惧した大本営により、艦娘の建造は大本営へ一々申請を行わなけ
れば成らなくなった。
申請と言っても膨大な書類を書かされるわけではなく、簡単な手続
きで終わる。
こうなっているのも、書類を確認し審査する人手が足らないと言
う
お寒い事情が響いているのであった。
﹁確か⋮建造時間は4日だったと思います。﹂
﹂
人差し指を顎に当て、虚空を見つめて思い出す様は和風の服装と
合わせて妙に絵になった。
﹁4日、と言うと金剛型ですかね
﹁鳳翔さん。艦娘がダブった場合はどうなるのでしょうか
﹂
﹁そうだと思います。第1鎮守府には榛名さんが居ましたね。﹂
?
?
499
?
艦娘は原則かつての日本海軍艦艇を元にしたものしか確認され
ていない為
建造した艦娘が既にその鎮守府に在籍していると言うことは普通
に起こりえることだった。
﹁基本的には別の鎮守府へ移籍と言う形になりますね。
同じ名前の艦娘が居れば、たとえ容姿に差異があっても紛らわし
いですから。
その場合は、移籍していった鎮守府の方からその艦娘を建造する
ために使用した
各種資材が移籍元の鎮守府へ渡されますね。﹂
﹁なるほど。﹂
﹂
﹁あと、艦娘には不思議な能力があるんですよ。引き合わせの法則
はご存知ですか
初めて聞いた名前に知らないと素直に首を振った。
﹁例えば、伊勢型のお二人がいらっしゃいますよね
うわけですか
﹂
と言う認識を持てる艦娘は第三鎮守府の日向しかいない。と言
も、それが自分の妹だ
﹁つまり、ここの伊勢なら。日向と言う名前を持つ艦娘は多く居て
無数にいる同じ名の艦娘の中のたった一人なんですよ。﹂
娘は
しかし、その個々人の艦娘が自分の姉または妹だと感じ取れる艦
この国には伊勢と日向の名を持つ艦娘は多く居ます。
?
﹁言い換えると、もし同じ名前の艦娘だとしても、
その人を自分の姉妹と認識できるとは限らないと言う事です。﹂
﹂
﹁今回、第3鎮守府で建造されるのが金剛だったとして、第1鎮守府
の榛名を
自分の妹だと認識できるとは限らない、と
すよ。﹂
﹁その通りです。ですが、そこで引き合わせの法則が出てくるんで
?
500
?
ホタカの解答に、ええそうです。と満足げに頷く鳳翔。
?
﹁フムン﹂ ﹁引き合わせの法則とは、建造や海域での保護で艦娘が加入する場
合
その艦娘の姉妹艦が鎮守府にいれば、必ずお互いが姉妹と認識で
きる
個体しか加入しないと言う法則です。極々まれに例外が居ます
が基本的には
この法則に乗っ取って艦娘が加入します。﹂
﹁艦娘同士が引き合うから、引き合わせの法則ですか。﹂
﹁ええ。まあ、私たちがあまり気にするものでもないですがね。﹂
﹁では⋮仮に姉妹艦が揃っていて、片方が撃沈された場合、次に加入
してくる
﹂
撃沈された艦と同名の艦娘は、その鎮守府に居るもう片方の姉妹
艦を
自分の姉妹だと認識できる個体なのですか
ホタカの問いに、鳳翔は悲しげに首を振った。
死
ん
で
﹁いいえ。現在までにそのような例は報告されていません。
艦娘も、人間と同じように、沈んでしまえば
﹂
二 度 と 同 じ 人 は 戻 っ て は 来 ま せ ん。⋮ す こ し 湿 っ ぽ い お 話 に
なってしまいましたね
次は、何になさいますか
現実的な事だな。
無意識化で金色の瞳の艦娘を引き合いに出していたが、
彼にとって深い意味は今のところは持っていなかった。
とりあえず、揚げだし豆腐を注文する。時刻は夜の11時を過ぎた
ころだった。
501
?
│││││つまり、彼女は姉ともう会えない。と言う事か。何とも
?
今・日・こ・そ
!!
お願いしますよホタカちゃーーん ﹂
﹁さぁーーて。やってまいりました開発作業
今日こそ
!!
!
でも胴体に何か抱いてるよ
﹂
?
﹁おおっ
5連装魚雷
だけど⋮﹂
45cm酸素魚雷︵5連装︶
﹁ふむ、中々良い滑り出しのようだな。次だ﹂
伊勢と協力して、大型な機体を扉の内側から引っ張り出した。
﹁見てくれは二式艦偵だけど、中身はほぼ別物だね。﹂
が可能だ。﹂
両翼にも30mm航空機関砲が装備されており、夜間でも発着艦
ていた。
﹁航空爆雷一型だな。僕らの世界では偵察機が対潜哨戒を主に担っ
アレ
﹁二式艦上偵察機だね。たしか、第二の龍驤が飛ばしてたような⋮
されている。
パット見は彗星のように見えるが、両翼下にドロップタンクが装備
分厚い扉の向こうには深緑色のレシプロ機が鎮座していた。
手早く準備を済ませ、無駄にでかいレバーを倒す。
たため
初めて開発を開始する。開発工廠は、トラックのモノと同じであっ
府に来て
後ろで妙なテンションの同僚にため息を付きながら、佐世保鎮守
﹁君がここにいるのにはもう慣れてきたよ。﹂
!
巨大な装置だった。
?
事実、潜水モータ│Ⅱの性能は潜水艦艦娘のモーターよりも
﹁まあ、後々使うだろう。﹂
伊勢のジト目から逃れる様に目をそらす。
﹁ウチに潜水艦の艦娘って⋮﹂
﹁これは、潜水艦用のモーターだな。﹂
﹁んん、何かのエンジン
﹂
次に出てきたのは、様々なパイプや電気配線が絡まった
﹁45cmでは火力不足も良い所だな。次。﹂
!
502
?
!
若干性能が良いため、使わないよりは幾分マシだろう。
﹂
レバーを倒す。出てきたのは鋼鉄製の球がいくつも並んでいる
装置だった。
﹁機雷投射機かな
﹁潜航深度機雷
﹂
﹁正確には潜航深度機雷投射機だな。﹂
応えた。
いや、違う。と、機雷投射機の周りをぐるりと一周したホタカが
?
すごい
﹂
機雷本体を3,5km先まで投射できるように
この機雷投射機を初め、ウィルキアの機雷投射機自体には
威力的な事を言えば、61㎝酸素魚雷2.5本分。
﹁全く使えないわけではないが、使いどころが難しいのは事実だな。
さっきの高評価とは一転、両の肩を落とした。
﹁だめじゃん。﹂
だ。﹂
少数の生産はされたが、組織的に運用されたことは無かったはず
る。
目標が大きく回避機動を取れば、接触する前にバッテリーが尽き
運動性能はその形状があだになって低い。
﹁ただし、小型モーターのバッテリーの持続時間は極々短い上に
い。
素直に感嘆する伊勢に、実情を知るホタカは苦笑いしか返せな
﹁おお
底部につけられた小型スクリュープロペラで突入、起爆する。﹂
を探知し
威力もなかなかで、50m以内に潜水艦が接近すると目標の磁気
その深度に達したら停止、潜水艦の通行を遮断する。
し
﹁簡単に言えば対潜水艦用の機雷だ。投射すると設定深度まで沈降
?
!
新開発の電磁カタパルトが内蔵されているから、魚雷の更新が間
に合わなかった
503
!
一部の艦長はこういった機雷投射機を自分の艦に積んで
敵艦に肉薄し、文字通り機雷を投げつけて攻撃したらしい。﹂
機雷と言う兵器のアイデンティティを根底から破壊するような使
い方を聞いて
伊勢は顔をひきつらせた。常識的に考えて機雷は海に設置するモ
ノであって
投擲するモノでは絶対にない。そして、この巨大な球体に起爆する
ほどの衝撃を与えず
と言う
3500mも投射する技術力に戦慄し、何故そこにベストを尽くし
たのか
至極当然な疑問も湧いてきたのだった。
﹁あのさ⋮﹂と口を開きかけた伊勢に、ホタカが待てと身振りで示
す。
﹁何が言いたいのか予想がつくし、それを言いたい理由も解る。
けれども、その問いの答えは僕も持ってないんだよ⋮﹂
疲れたように笑う艦息に、彼女は何も言えなかった。
レアもの来た。﹂
彗星一二型
﹁おっ
﹁これならウチの鎮守府の空母艦娘にも運用できるな。﹂
次に出てきたのは、潜航機雷投射機によく似た機雷投射機だった
が
この機雷、ペラついてるじゃん。﹂
1ヶ所だけ違う点があった。 ﹁あれ
彼女の言う通り、潜航深度機雷よりも、2回りほど大柄な球状の
機雷からは
大きなスクリュープロペラが突き出していた。
潜航深度機雷にも小さなプロペラがついていたが、コレほど大きく
はない。
﹁誘 導 機 雷 投 射 機 だ。半 径 2 0 0 m 以 内 に 目 標 が 近 づ け ば ス ク
リュープロペラを回して
自ら突入していく。僕の世界で他の機雷に搭載されているもの
504
?
!
?
よりも
数段高い追尾能力を持つが、その分威力はその図体にしては大き
くない。
大体、潜航深度機雷と同レベルだ。
小型艇対策にばら撒くのが効果的だな。﹂
﹂
﹁い や い や い や、小 型 艇 相 手 に 酸 素 魚 雷 2 本 強 の 威 力 要 ら な い で
しょ
﹁小型艇対策云々は技術部の受け売りだ。実際の所
駆逐艦や巡洋艦相手にも大きな戦果が見込めるよ。戦艦の場合
は直撃する前に
機銃で迎撃されてしまって碌な戦果を挙げなかった。ああ、投げ
つければ別だな
主砲は無理でも副砲と高角砲、機銃ぐらいなら薙ぎ払える。
しかし、だ。高性能の誘導装置と推進装置が祟ってその単価は機
雷とは思えないほど高い。﹂
オチが付いたところで、次の装備を開発する。
潜水モーターⅡ
まさかのダブりに場を沈黙が支配する。
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮次。﹂
扉が重苦しい音を立てて開かれると、中にあったのは
銀灰色のに塗られたスマートな機体、前後に長い風防
胴体下に積まれた細長いドロップタンクと、その横に装備された航
空魚雷。
﹂
﹁あのさ、ホタカ。﹂
﹁なんだ
る。
﹁彩雲ってさ、偵察機だよね
﹁まあ、そうだな。﹂
﹂
?
?
﹁じゃあなんでこの彩雲は航空魚雷を抱いているのかなぁ
﹂
目じりを若干痙攣させた伊勢が恐る恐ると言った風に問いかけ
?
505
?!
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
フィと視線をポニーテールの女性からそらす。
﹁僕にだって、解らない事ぐらい、ある。﹂
彼自身、艦上偵察機に533mm酸素魚雷ほどの威力がある航空
魚雷二型や
30mm航空機関砲を乗せる必要性を説明できなかった。
と言うか、説明してほしかった。
﹁ま、まあ夜間攻撃も出来るし600km/h以上出るから
雷撃機としてみれば優秀なはずだ。﹂
攻
撃
機
﹁雷撃機としてみちゃえばね。﹂
﹂
艦上偵察機彩雲を引き出して、再びレバーを倒す。
これ⋮自動消火装置Ⅱ型
次に出てきたのは図面の束だった。
﹁なんだ
上に
現物では無く設計図だからな。
時間と資材さえあれば全ての艦娘に装備できるはずだ。﹂
﹁なるほど。いいね、それ。ところでさ、後何回開発するの
﹁提督から言われたのは15回だから⋮あと6回だな。﹂
﹁そろそろヘリコプターが来てもいいと思うんだ⋮﹂
﹁こればかりは運次第だ。祈っておけ。﹂
﹂
﹁まあ、艦体にこの装備を施しても運動性や防御性能に問題は無い
﹁無いよりましってレベルだね。﹂
火災の消火成功確率が10%ほど向上するらしい。﹂
﹁僕らの世界で使用されていた自動消火装置だな。
図面の束の隅の方に掛かれているタイトルらしきものを読む
?
﹁ホント、超兵器様様だね。﹂
﹁聞いた話では、これも超兵器技術研究の恩恵らしい。﹂
﹁それにしても、これだけ長くてよく歪まないよね。これ﹂
12.7㎝連装高角砲70口径
く。
怪しい動きで何やら祈り始めた伊勢に、失敗したかと頭の中で呟
?
506
?
﹁⋮⋮⋮不本意な事だがな。﹂
ホタカ自身、自分の艦体が超兵器技術をふんだんに使用して建造
されていることは
知っている。しかし、彼が建造された目的│││超兵器への対抗策
│││の影響で
心の奥底では超兵器は忌むべきモノと言う概念が刷り込まれてし
まっているため。
安易にそれを誇ることは出来ず、苦々しい顔をする。
超兵器技術によって建造された、超兵器を滅ぼす艦。そんな自己
矛盾を
彼は先天的に抱えていた。
﹂
扉の向こう側から出てきたのは、丸みを帯びた砲塔を持つ単装砲
152mm速射砲だった。
﹁ホタカにも搭載されている奴だね
﹁ああ、対空任務に使用するには少々発射速度に不安があるが
﹂
そ れ で も 対 空 対 艦 対 地 に ミ サ イ ル 迎 撃 と 使 い 勝 手 の い い 砲 だ
な。﹂
﹁これの制御はやっぱり艦娘側
戦力は確実に補強されるだろう。﹂
﹂
レバーを倒すと、巨大な円筒形の構造物の周りに様々な装置が付
いた
﹂
装備が現れる。
﹁タービン
﹁おしいな、これはガスタービンⅥ型だ。﹂
﹁ガスタービンって、確かホタカの主機だよね
タービンを回転させる
主缶も主機も必要は無い。これ一つで艦を動かせる上に小型で
高出力だ
まあ、ボイラーに比べると燃費は悪くなるがな。﹂
507
?
﹁そりゃな、まあ旋回速度や精度は15,2cm砲の比じゃないから
?
﹁あ あ、燃 料 と 空 気 の 混 合 気 体 を 燃 焼 さ せ て 発 生 し た 高 圧 ガ ス で
?
?
﹁で、6型ってどれくらいの性能
﹂
﹁そうだな⋮君なら4基も乗せれば35
うとしても
そうだな、35.6
﹂
以上は出るだろう。
﹂
?
﹂
﹁賢い魚雷だよね。でもさ、それ私たちにも使えるの
﹂
その後は自ら探針音を放って目標を捉え、突入する。﹂
水し
弾頭を切り離す。切り離された弾頭はパラシュートを使って着
まず目標地点の近くまでロケットブースターで飛んで行き
弾頭には炸薬の代わりに短魚雷が装備されている。
訳すとするならば垂直発射式対潜ロケットとなる。
﹁Anti Submarine ROCket。
伊勢の問いに、大体あってるな。と首肯する。
﹁対潜ミサイルだっけ
﹁アスロックⅢか。これは良いな。﹂
縦に置かれたコンテナのようにも見える。
出てきたのは巨大な箱形の構造物でパット見は
﹁あとは提督に頼んで来い。次だ。﹂
﹁高速航空戦艦、アリだと思います
ってとこじゃないか
ガスタービンの足りない分の3基は妖精さんにコピーしてもら
?
?
誘導兵器が艦娘に行き渡るのは何時になることか⋮﹂
﹁ま、全艦娘に配備するには資材も時間も資金も足りていないから
﹁私たちもついにミサイルか、時代は変わっていくね。﹂
マルチロックは出来ないがね。﹂ う。
けれども、こういったミサイルを運用するのには必要十分だろ
僕に搭載されている物より能力的に劣る。
モデルだから
そろそろ完成するらしい。と言っても初期型電算機のモンキー
僕らの世界の電算機の設計図を渡していてな
﹁それについては問題ないだろう。以前工廠妖精さんと夕張に
?
508
!
?
?
ヤレヤレと肩を竦めるホタカ。〟だよねー〟と伊勢は若干諦め
を含んだ言葉をもらした。
﹁さて、残すは二回だな。﹂
﹁頑張れ頑張れできるできる絶対できる頑張れもっとやれるって
やれる気持ちの問題だ頑張れがんばれそこだ
⋮ゲッ
日向
﹂
!
る
北京だってグヘッ
!
今日私は非番の筈なんだけど⋮﹂
﹂
!?
付く。
﹁昨日、演習の打合せをすると言っていただろう
タカ一人に
﹂⋮ハァ。﹂
やることをやった日向もさっさと出ていき、開発工廠の中にはホ
﹁火事場のなんとやら、だろうな。では、邪魔をして悪かった。﹂
﹁あの扉、鋼鉄製でかなり重かったはずだが⋮﹂
土煙を上げかねない勢いで扉を蹴り開けて飛び出して行った。
加賀は青筋を浮かべ﹁い、いってきまーーす
﹁固まっている暇があれば早く行け。提督はそうでもないが
約束が急遽入っていたことを思い出す。
すると言う
そういえば、昨日今度の演習の編制について提督や加賀と意見交換
女性としては、あまりよろしくない声を上げて固まる。
﹁⋮⋮⋮⋮あ〟﹂
﹂
何の事か解っていない自分の姉を見て、頭に手を当ててため息を
﹁じゃあ何さ。﹂
﹁違う、そうじゃない。﹂
﹁もしかして、超兵器
﹁招集だ。提督が呼んでいる﹂
今日は非番の筈だった。
日向に殴られた後頭部を摩りながらスケジュールを思い出すが
﹁あれー
﹁喧しい。何処にいるかと方々探したぞ。﹂
!?
そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張
!
?
!!!
509
?
﹁あ、ホタカ。﹂
﹂
ならなかった。開けっ放しになったドアからひょいと顔をのぞ
かせたのは
﹁伊勢知らないっぽい
﹂
?
﹂
?
た。
﹁これ全部貴方が
を指さした。
﹁あれかな
﹂
10cm連装高角砲もいいけれど
試しに聞かれた彼女は、んー。と装備を見渡し152mm速射砲
﹁まあな、何か積みたいものは有るか
﹂
開発された装備がいったん置かれているエリアを見て目を丸くし
工廠内へ足を踏み入れ、開発された物が出てくる扉とは反対側
もう伊勢を探さなくていいと察した夕立は
﹁それでいいんじゃないか
﹁じゃあもう探さなくて良いっぽい
﹁彼女ならさっき日向が来て提督室へ行ったぞ。﹂
?
﹁なるほどな。152mm速射砲なら
﹂
10cm連装高角砲をほぼすべての点で上回っているはずだ。﹂
﹁載せてくれるっぽい
チャー
﹂
﹁対艦ミサイルっぽい
﹁そうだろうか
﹂
出てきたのは回転盤に乗せられ、装甲で覆われたボックスラン
﹁さて、後二回やってしまうか。﹂
その事を思い出し、すこし不機嫌になる少女に苦笑が漏れる。
権限は無い。
エメラルドグリーンの瞳をキラキラと輝かせるが、ホタカにその
!?
?
近づいて周りを見るが、特に変わったところは見られない。が、
?
これは。﹂
510
?
?
やっぱり火力が足りてないっぽい。﹂
?
夕立が何かを発見する。
﹁あれ
?
﹁何かあったのか
﹂
﹁アレ
﹂
﹂
﹁特殊回転衝角弾頭、か。とするとこれはアレだな﹂
ad
﹁えっと、Specal Rotation Ram Warhe
そこには、
彼女が見ていたのは、ボックスランチャーの基部。
?
い。
燃焼時間に重点が置かれているため、飛翔速度は遅いが射程は長
は速度よりも
目標を物理的に掘り進む以上、このミサイルのロケットモーター
クを打ち消す。
ミサイル後部に取り付けた複数のブースターでカウンタートル
しなやかで粘り強く硬い。この衝角を高速回転させ、
回転衝角は超兵器技術を応用して作られた特殊金属だ。
艦体を掘り進んで装甲を貫通し、艦内部で炸裂する。
﹁敵艦に命中すると、弾頭に装備した特殊回転衝角を作動させ
﹁あはは、ほんとにドリルっぽい。﹂
どこか乾いた笑い声を上げた。
は
ランチャーを水平にし、ハッチを開ける。そこをのぞき込んだ夕立
上を向いていた
ホタカが、ランチャー基部の外部操作パネルを操作し、それまで
﹁えぇー⋮﹂ ﹁君の思っている通り、円錐形で回転するアレだ。﹂
﹁えーと、ドリルって⋮﹂
を向ける。
ドリル。その言葉を聞いた彼女が信じられないと言うような顔
D│SSM│01︻ヴィーフホリ︼。通称ドリルミサイル﹂
﹁ウィルキア王国軍正式採用特殊対艦ミサイル。
?
また、炸薬の量も図体にしてみれば控えめだが満足な装甲の無い
511
?
艦内部を
吹き飛ばすための物だから特に問題ないだろう。﹂
﹁これを正式採用するウィルキアって⋮﹂
ヨロシクオネガイシマース
少々なまった挨拶が聞こえてくる。そして、すぐ近くには
堂々たる体躯の金剛型戦艦が錨をおろしていた。
き
うろうろしていた吹雪だった。彼女の声に数人がつられて振り向
と
最初に彼に気づいたのは一番外側で、何とか新入りの顔を見よう
﹁あっ、ホタカさん。﹂
夕立は既に人ごみへ突撃していった。
そんな事を思い、金剛の艦体を眺めながら人だかりへ歩いていく
││││新入りは金剛か。
﹂
﹁それ以上言うな。誰にもウィルキアの研究開発班の頭の中は理解
できない。
さて、最後だ。﹂
﹂
48,3cm魚雷4連装。
﹁うーん。外れっぽい
﹂
﹁外れだな。取りあえず、今日はこれで終了だ。
そろそろ、新型艦が出来るはずだよな
﹁第1建造ドックはすぐ近くだし、せっかくだからいきましょ
?
夕立に背中を押されて工廠を後にする。
﹁英国から来た帰国子女の金剛デース
﹂
!
﹂
中心部で、さっそく提督に猛アタックをかけていた金剛もホタカを
アナタは
?
見る。
﹁Oh
?
512
!
?
ドックに付くと、非番の艦娘達の中心付近から
!!
金剛デース
﹂
﹁始 め ま し て、金 剛。装 甲 護 衛 艦 ホ タ カ だ。第 3 鎮 守 府 へ よ う こ
そ。﹂
﹁Nice to meet you
た。
別の世界戦からデスカ
﹁Hmm。残念デース。﹂
何しろ別の国の艦だからね。﹂
だ。
まさにParallel wo
﹂
﹁残念だが、向こうの世界での君に関する事を僕は余り知らないん
金剛と言う名前の戦艦がどうなったかは知らない。
金剛型の詳細なスペックデータを持っていたとしても
建造されていたうえ、彼は日本では無くウィルキアの戦艦だ。
彼の世界では金剛型戦艦や改金剛型戦艦が無数に
金剛の問いには即答しづらかった。
そこでの私ってどうなってましタ
rldネ
﹁Wow
結局ホタカが簡単に説明することになった。
すっかり忘れていたことを思い出す。
ことを
その言葉に、金剛の周りにいた艦娘達は彼女に艦息の事を伝える
﹁But⋮ホタカって護衛艦、海軍に居ましたっケ
﹂
榛名と同じような服装ではあるが、スカートの色はブラウンだっ
!
?
ホタカ
お前は金剛にこの鎮守府を案内してやってく
﹁さ、さて、何時までもこうやっているわけにもいかないからな。
そうだ
れ
!
それじゃ
﹂
!
言うだけ言って早足で去っていく真津。どうやら、金剛のアタック
り、
先ほど開発した装備のリストを半ばひったくるようにして受け取
何やらいろいろと書かれたメモを押し付け、
おお、これが開発したものか
これが案内する場所と金剛の自室関係のメモだ
!
513
!
?
!
!
!
!
!
!
は
女性経験があまりない︵らしい︶彼にとって少々刺激が強すぎたら
しい。
﹁Oh⋮逃げられてしまいマシタ。﹂
﹁そういう事もある、のだろうか。さて、金剛
提督から命令も来たことだし、この鎮守府を案内する。ついてく
ると良い。﹂
ホタカも金剛を引き連れて歩き出した。
鎮守府を案内している途中、開発された装備のリストを見て
廊下の真ん中でフリーズしている提督と遭遇し一悶着あったが
かねがね平穏に案内を終えることが出来た。
最後に、彼女の自室となる部屋に到着する。
一人部屋デスカ
﹂
﹁こ こ が、君 の 自 室 に な る。自 由 に 使 っ て も ら っ て 構 わ な い そ う
だ。﹂
﹁OK
?
Thank yo
﹁そうだ。これで案内すべき場所はすべて回ったが
﹂
?
とっても丁寧な案内デシタ
!
何か質問は有るか
﹂
﹁Nothing
u
!
│││││なかなか楽しい人だったな。
案内中も彼女と世間話をしながらだった。
元になった戦艦が外国で建造された艦娘なだけに、
非常に活発で情熱的な印象を受けた。
﹂
﹂
イギリスと言うよりも、アメリカ的な雰囲気だったが
﹂
そこはご愛嬌だろう。
﹁なんか楽しそうね
﹁瑞鶴か、どうしたんだ
﹁ちょっと通りかかっただけ。
今夜鳳翔さんのお店に行くけど、いっしょにどう
﹁君から誘ってくるとは、珍しいな。﹂
?
?
?
514
!
差し出された手を軽く握り、握手し分かれる。
!
深く考えず、思った事をそのまま言ったが
彼女は特に気にした様では無かった。 ﹂
﹂
﹁別に、そう言えばアンタと飲んだこと無かったなって思ってさ。
で、どうするの
﹁どうせ予定はないからな、行くことにするよ。時間は
﹁9時ぐらいかな。ご飯食べてしばらくしたら行くつもり。﹂
﹁じゃあ、その位に僕も行くことにするよ。﹂ 自分の甲板から発艦していった8機のジェット機を見送る。
遠隔操縦できるのは発艦して別の場所に着陸するまで。
母艦に戻ってくる場合は問題ないが、いったん自分以外の場所に降
りると
もう一度操縦するためには、艦から発進される
特殊な電波│││射程距離50km│││の圏内に機体を収め
る必要がある。
逆の飛行甲板には、零戦二一型が次々に着艦していく。
その機体の中には、自分には存在しない妖精と言う存在が居て機体
を操っているらしい。
│││練度は、あまり高くないようだ。
ウォーラスを撤去した為に浮いたスペースには零戦が搭載される
ことになっていた。
この零戦自体、他の鎮守府ではもう使われなくなった余剰品ではあ
るが
﹂
複葉の水上飛行艇よりは数倍マシだろう。
﹁着艦作業は順調か
後ろから掛けられた声に振り返る。
515
?
?
?
目の前には、猟犬のような雰囲気の海軍中佐が双眼鏡を片手に立っ
ていた。
﹁は い、順 調 で す 森 原 中 佐。あ と 二 〇 分 ほ ど で 全 機 収 容 出 来 る で
しょう。﹂
ムスペルヘイムはこの男が苦手とまでは行かないが、
どこかしっくりしないものを感じていた。
│││私への監視と言うことは理解しているが⋮。この男、何か別
の事を考えているな。
論理的な理由を述べることは出来ない。しいて言うならば直観
だった。
﹁艦載機を収容したらソロン要塞へ向けて出港する。
﹂
そ の 間 に、深 海 棲 艦 と 遭 遇 し た 場 合 こ れ を 撃 滅。指 揮 は 俺 が と
る。
何か質問は
﹁有りません。﹂
﹁よろしい。俺はCICに行く。貴様は艦載機の収容が完了次第C
ICまで来い。﹂
﹁了解。﹂
連絡事項を告げて、森原中佐は踵を返すと艦内へと戻っていく。
その白い背中がハッチの向こうに消えてから、ムスペルヘイムは
視線を飛行甲板へ戻した。
現在、艦内には森原中佐の他に特警の人間と科学者が乗り込んで
いる。
特警の任務はムスペルヘイムと森原中佐の監視。
もしも、中佐がよからぬことをたくらんでいた場合の抑止力とし
て
乗艦させられていた。科学者たちは、ムスペルヘイムの最下層で
この艦を超兵器足らしめる最大の理由。超兵器機関を調べていた。
しかし、張本人たる彼は無駄な労力だと切って捨てる。
│││あれほどの科学力を誇ったウィルキア帝国でさえ超兵器機
関の作動原理は
516
?
解らなかったのだ。それを、向こうの世界の日本ならともかく
このボロボロになった日本が解明できるとは思えない。科学者に
は気の毒だが
無駄だだろう。
そうは言っても、何一つわからない超兵器機関を目の前にしても
臆せず立ち向かっていく彼らの闘志には畏敬の念を抱いていた。
│││人の力、か。ヨーロッパで暴走したグロースシュトラールは
人が施した枷が外れた結果ああなったと聞いている。
逆に言えば人はある程度、超兵器機関を制御できると言うことにな
る。
いや、当たり前だな。私自身、そう言った人の力によって生み出さ
れたものなのだから。
ふと、自分の足元を見る。ねずみ色で塗装された甲板の奥底には
自分の心臓が今もなお莫大なエネルギーを生産し続けている。
517
│││超兵器機関、か。考えてみれば、私はこの機関を搭載してい
ながら
コレについてあまりにも知らなさすぎる。元々は、火山に埋まって
いた物を
掘り起こしたものと言うが、それ以前はいったいどこにあったのだ
それとも⋮
否、何に使われていたのだろうか。都市のエネルギープラントか
宇宙へ飛び出すための前準備か
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ ﹁兵器、か⋮﹂
悠々と巨大な飛行甲板に着艦している光景が目に飛び込んでくる
無しに
視線を上げると、銀灰色の美しい戦闘機がアレスティングフック
?
?
?
STAGE│26 航跡
20:55。第三鎮守府の食堂の扉を開けると、
食事を受け取るカウンターに待ち合わせをしていたツインテール
﹂
の少女が既に居た。
﹁待ったか
﹁アタシもいま来たとこよ。﹂
そんなある種の定型文的な会話を交わしつつ彼女の隣に腰を下
ろす。
とりあえずビールとツマミを注文すると、鳳翔が手際よく
グラスを二つ用意し、茶色の瓶から黄金色の液体を注ぎ込んだ。
﹁じゃ、乾杯﹂
﹁乾杯﹂
チンと軽い音を立ててグラスをぶつけ、口を付ける。
﹂ 口の中に炭酸の刺激と独特の苦みが広がった。
﹁⋮ふぅ。美味しいわね。﹂
﹁そうだな。君は良く来るのか
﹁ホタカもよく来るの
﹂
劇的と言っていいほど生き生きとしていた。
どこか楽しげに語る彼女。パラオ鎮守府のころを思えば
ね。﹂
新 型 の 航 空 機 の 話 だ っ た り。ま ぁ、世 間 話 し な が ら 飲 ん で る わ
最近の深海棲艦の話だったり、戦果の話だったり
﹁大体瑞鳳と一緒に来るわね、偶に龍驤とも飲むわ。
ホタカの問いに瑞鶴は軽く頷いた。
?
﹁例えば
﹂
来てみたらいろいろな人が居たな。﹂
﹁偶に来るぐらいだよ。他人を誘うことは無いが
?
﹁真津提督、龍上提督、田沼司令、
榛名、杉本少佐、木曾、響⋮﹂
518
?
少し虚空を見つめる様に思い出しながら、指折り数えていく。
?
﹁ちょいまち。﹂
﹂
﹂
﹂
余り聞き捨てならない言葉があったのか、瑞鶴が待ったを掛け
た。
﹁なんだ
﹁いまさ、響って言わなかった
﹂
﹁言ったよ、その時は暁も居たかな
﹁え∼と。鳳翔さん
と小首を傾げた。
目の前で枝豆をゆでていた艦娘が、何か
﹂
﹁ここって、ジュースとかありましたっけ
﹁ええ、種類は多くありませんが⋮お酒を飲めない人もいらっしゃ
るので。﹂
その言葉に、なるほどと合点が言ったような顔をした彼女だった
が
﹂
隣に座った艦息の一言でまた混乱させられる。
﹂
﹁補足しておくが、響は酒を飲んでたぞ
﹁え
﹁まあ、僕も最初見た時は驚いたが⋮
﹂
?
だけでは
と
ジュースか何かの様に飲んでいく様をみていると、個人的に好きな
しかし、大人びた容姿の艦娘でさえあまり手を出さない強い酒を
原因らしい。
当人によれば、戦後にソ連海軍へ賠償艦として引き渡されたことが
駆逐艦響は、暁型姉妹の中で唯一飲酒が出来る艦娘だった。
かなり違和感があったがね。﹂
﹁とは言え、小さな子供がウォッカをグイグイ飲んでいたのは
あ、そういえば。と今更気づいたような顔をする瑞鶴。
﹁と、言うか。それを言うなら瑞鳳や龍驤だってそうだろう
﹁ええ∼∼⋮﹂
艦娘は成人扱いだから特に問題はないのだろう。﹂
?
﹁お酒を飲むのは自己責任ですからね。出来ましたよ。﹂
思ってしまう。
?
519
?
?
?
?
?
?
?!
﹂
カウンターに茹で上がった枝豆の載った皿が置かれた。
﹂
﹁ありがとうございます。ところでさ⋮﹂
﹁何だ
﹁アンタの居たウィルキアってどんなところだったの
そういえば、彼女には話していなかった事を思い出した。
流石に真津提督や杉本少佐には話していたが
他の艦娘に話したことは無かったはずだ。
﹁そういえば、話したことは無かったな。
僕が所属していた国は、正式にはウィルキア王国と言う。
元々はロシアの領土だったんだが
19世紀末に帝政ロシアがトルコに南下を始めた。
それに対してイギリスをはじめとする欧州各国はロシアの後方
攪乱を期待して
ウィルキアの独立運動を利用することに決めた。
それがきっかけになり、帝政ロシアとウィルキア辺境伯領で独立
戦争が勃発
漆露戦争と言われている。独立戦争は2年後に講和になりウィ
ルキア王国が独立した。
現 在 ⋮ も と い 僕 が 居 た 1 9 3 9 年 頃 は マ ン フ レ ー ト・フ ォ ン・
ヴィルクを国王とする
﹂
議会制君主国家だ。密接な同盟国に大日本帝国とドイツ共和国
共和国
があった。﹂
﹁あれ
﹁なるほどね。支援のために地球の裏側まで兵隊送り込む神経には
この3国の付き合いが始まったんだよ。﹂
兵して
共和国を設立したんだ。その革命支援にウィルキアと日本が派
ドイツ国内で共和派の反乱が発生しプロイセンを打倒。
﹁僕らの世界では欧州大戦、君らが言うところの第1次世界大戦で
その様子を見たホタカは納得したように一つ頷いた。
自分の中の知識とのズレに、小首を傾げる。
?
520
?
?
?
なんか呆れるけど。﹂
﹁お偉方の大好きな〟政治的判断〟と言う奴だろうよ。﹂
苦笑を漏らして、鮮やかな緑色の豆を口に放り込む。
﹁ウィルキアは独立後、主に日本や英国の海軍をまねて海軍装備を
拡充し
列強有数の海軍国となったんだが⋮﹂
﹁何よ。﹂
﹂
﹁年に1回行われる総合大演習でクーデターが発生したんだ。﹂
﹁ハァ
突拍子もない急展開に思わず大きな声を出してしまう。
﹁ク、クーデターって⋮そんなの誰が⋮﹂
﹁首謀者はフリードリヒ・ヴァイセンベルガー。ウィルキア国防軍
大将兼国防会議議長だ。
つまり軍事のトップ、前大戦の英雄だった男だよ。
彼は狡猾だった。国王と国防会議を欺きひそかに超兵器を発掘、
建造
さらに、各部のコネクションを十全に利用して綿密な計画を立て
﹂
総合大演習の大規模な兵力移動を隠れ蓑にクーデターを発動さ
せた。﹂
﹁で、結果は
?
とになった。﹂
﹁何というか⋮防げなかったの
そのクーデター﹂
近衛艦隊は政府要人を乗せると一先ず同盟国日本へ退避するこ
もちろん近衛が1の方。さすがに如何する事も出来ず
結果的に国王側についたのは近衛のみ、兵力差は1対9だ。
が、
陛下の御家族や政府高官も、近衛陸軍によって何とか救出された
れるようなことは無かった。
国王陛下は近衛艦隊の旗艦イダヴァルに座上していたから害さ
﹁クーデターは見事成功、ウィルキア王国にとっては幸いな事に
ホタカはヤレヤレと肩を竦めた。
?
521
?!
至極真っ当な意見に力なく首を振る。
﹁何せ国防軍の殆どがヴァイセンベルガーに傾倒してしまっていた
からな
その上、ヤツは情報部にも顔が効く。どうにもならないよ。﹂
﹁だめじゃん。﹂
﹂
﹁日本には無事到着したが、ウィルキアの面々は拘束された。﹂
﹁同盟国じゃなかったの
驚きに目を見開く瑞鶴。
﹁君塚章成中将と言う軍人がヴァイセンベルガーと内通していたの
さ。
課せられていた任務は国王派の捕縛と日本占領支援。﹂
日本占領。その言葉に目に見えて金の瞳が揺れ動く。
国家を守るために建造された彼女にとっては、最も聞きたくない単
語の一つだろう。
﹁捕縛の方は天城大佐と筑波大尉の手引きで失敗したが
日本の占領については大成功。ほぼ無血占領だったようだな。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
鮮やかと言うしかない日本の取り込みに、少女は絶句してしま
う。
太平洋戦争終盤に特攻兵器まで利用して戦い続けようとしたこち
らの歴史を
じかに体験してきた者にとっては理解の範疇外だった。
﹁僕がウィルキア近衛艦隊に配備されたのも、と言うか
近衛艦隊に奪い取られたのもこの時だ。シュルツ艦長の指揮の
元
日本艦隊の追撃を振りきり、アメリカを頼るためハワイへ向かっ
た。
ハワイで艦の整備をしている途中、ヴァイセンベルガーを元首と
する
ウィルキア帝国の樹立が発表され、帝国は世界の国々に従属か滅
亡かの2択を突きつけた。﹂
522
?
﹁それって⋮﹂
﹁早い話が世界への降伏勧告だ。アメリカや欧州各国は突っぱねた
が
それに従う国も少なくなかったよ。そして、ウィルキア近衛艦隊
に
反乱軍討伐がアメリカから要請された。
ほどなくしてハワイに機動艦隊を伴った帝国軍が来襲
﹂
第1波、第2波は退けたが第3波には超兵器と多数の戦艦が突入
してきた。﹂
﹁超兵器って⋮倒したの
自分の問いに首を振る青年に、少女は驚きを隠せなかった。
何せ、この艦息は自分たちが手も足も出ない超兵器を何隻を葬って
きている
その彼がこうやって自らの敗北を認めることは思いもしなかった。
﹁第1波と第2波を迎撃するためハワイ本島から離れすぎていた
それに超兵器が出現するとほぼ同時にハワイ司令部からの通信
が途絶していてな
体制の整っていない中で化物のような艦を相手に戦闘する事は
危険と近衛艦隊司令部は判断し、ハワイ防衛残存艦隊と共にハワ
イを脱出した。
﹂
その後はアメリカ太平洋艦隊と合流する予定だったんだが⋮﹂
﹁まさか、超兵器
一つ頷く
瞬く間に壊滅。
世界最強とうたわれた太平洋艦隊が無残な有様だった。
太平洋艦隊の生存艦と合流した直後に、アメリカ西海岸基地に
ヴィルベルヴィントが襲来し
僕にそいつの迎撃任務が命じられた。近衛艦隊の中でも45
以上で巡航できるのは
僕ぐらいだからね、結局単艦でヴィルベルヴィントを迎撃するこ
?
523
?
﹁そうだ。アルケオプテリクスとヴィルベルヴィントの同時攻撃で
?
とになった。﹂
﹁単艦って⋮﹂
超兵器相手に単艦で挑むのはいったいどれほどの恐怖だろうか
そんな事を考えてしまう。
程度にまで
﹁幸いにも、西海岸基地の最後の猛攻で奴は機関部に損傷を負って
70
﹁這う這うの体でイギリスへたどり着き、
よく言われる。と苦笑をこぼす。
﹁何というか、よく沈まなかったわね⋮﹂ それを突破したとおもったら今度は潜水艦型超兵器の襲撃だ。﹂
パナマを抜けた後、ウィルキア帝国の艦隊に包囲され
かったな。
運河の開閉にはアメリカ陸軍の支援があったが、楽な戦いでは無
各所に設置された砲台を吹き飛ばし、飛行場を潰した。
叩き込み、
まあトライデントで艦隊ごと吹き飛ばし、残った戦艦には主砲を
防衛艦隊は小型艇や水雷戦隊が基本だがの中には戦艦も居たな。
﹁結局、僕が単艦で突っ込んで一切合財蹴散らすことになった。
何故か嫌な予感がして瑞鶴の額から冷や汗が一滴流れる。
身動きが取れず袋叩きにされただろうな。﹂
意に突っ込めば
ガツン湖は要塞化され、防衛艦隊も存在していた。大艦隊で不用
に占領されていてな
そのためにはパナマ運河を通る必要があったんだが、そこも帝国
た。
﹁ヴィルベルヴィントを方付けた後は、イギリスに向かう事になっ
しまった。
何でもない事の様に言い放つホタカに、驚きを通り越して呆れて
速度が下がっていたからな、ミサイルと砲撃でケリを付けた。﹂
?
そこで正式にウィルキア亡命政府の樹立を宣言。
524
?
この時点で帝国への敵対を表明していたのは
アメリカ、イギリス、ドイツ共和国、オランダ、ウィルキア亡命
政府のみ
フランス、イタリアは特に声明を出しておらず、ソ連に至っては
領内の無害通過許可を帝国へ向けて出すありさまだった。
こんな状態で欧州での戦争が始まったんだよ。﹂
まさに前途多難ね。と言う彼女の言葉に素直に頷いた。
﹁欧州までの危険な回航を終えた僕はそこで大改装を施された。
案は色々とあったんだが、時間と資材の不足、信頼性の問題から
結局のところ、1番無難なVGF│2301A案が採用された。﹂
﹁随分長ったらしい名前ね⋮﹂
彼女の率直すぎる意見に思わず苦笑が漏れる。
﹂
﹁確かに、他の国に比べると長いかもな。﹂
﹁どんな改装だったの
ろ、61㎝ィ
大和だって46cmじゃないの
大和型戦艦に搭載されている45口径46cm三連装砲
た。
﹂
後艦橋下に大型弾薬庫を新設することで継戦能力の低下を抑え
対艦ミサイルVLSとASROCを2ユニットずつオミットし
これを前後に2基6門搭載し、そのスペースを確保するために
磁気火薬複合加速式を採用し、威力は65口径相当だ。
研究開発班が試算したらしい。ちなみに搭載した61㎝砲は
﹁それぐらいなければ超兵器に有効打を与えられないと
事実上戦力として数えることが出来ていなかった。
実戦に投入されているモノは皆無と言って良く、
試製51㎝連装砲も存在するが、試製とつくように試作段階の砲で
!?
﹁まず、2基の41cm三連装砲を55口径61㎝三連装砲に換装
した。﹂
﹁⋮ハァッ
!?
防御面に関しては防御重力場を交換したが、物理的な装甲の増加
は見送られた。
525
?
現在、大日本帝国海軍最強の艦砲は
?!
それ
っ て 言 う か、そ れ で 一 番 無 難 な
にまで下がったな。﹂
ガスタービンも新型のモノを搭載したが、61㎝砲は流石に重く
速力は60
﹁十 分 に 高 速 艦 だ か ら ね
案って⋮
!
た。﹂
可能だった。﹂
﹁ちょい待ち。今製造って言わなかった
ああ、そう言っ﹂
?
なんで自走ドック艦でバカでかい主砲が作れん
?!
﹁主砲の事か
﹂
﹁おかしいでしょ
のよ
﹂
それの改良型を3基作り、なおかつ艦体にまで手を加えるのは不
只でさえ、55口径61㎝砲を製造するには時間がかかるのに
ゲイルヴィムルに間に合わせるためには時間が無かった。
州安定化作戦
スキズブラズニルをもってしても、近く発動される予定だった欧
﹁ウィルキアの科学技術の粋を集めた自走ドック艦
一つ頷き、ほとんど泡の消えたビールの残りを流し込む
﹁だった
﹂
大 量 に 詰 め 込 ん で 7 5 口 径 相 当 の 威 力 を た た き 出 す 予 定 だ っ
この時に計画されていた61㎝砲は新素材、新技術を
55口径61㎝砲の改良型を3基搭載する計画だったな。 試作機が出来ていたレーザー砲を搭載して
﹁たしか⋮対空火器を増設して、艦幅を増やして
じゃあ、逆に一番きわどいのはなんだったのよ。﹂
?
?
?
た。
﹁スキズブラズニルのコンセプトは移動する海軍工廠だからな。
﹂
資材と燃料さえあれば一から戦艦を作れる。おい、なんで頭を抱
えてるんだ
﹁頭抱えたくもなるわよ、バカ。何なのよその反則兵器。﹂
?
526
?
バンとテーブルに手を叩きつけた為、コップが小さな音を立て
!!
﹁反則さなら帝国の物量の方が上だ。
一海峡の通商破壊のために駆逐艦30、軽巡2、高速魚雷艇8
戦艦2、潜水艦8、仮装巡洋艦4を投入してきたからな。﹂
﹁ふつーに小国の海軍戦力と殴り合って完封できるような戦力よね
⋮
でも、そんな奴らに張り付かれたら輸送なんてできないでしょ
﹂
﹁だから僕が派遣されて、輸送艦隊の護衛ついでに殲滅してきた。﹂
僚艦の1隻でも居れば、あの輸送艦も沈められることは無かった
んだが⋮。と嘆くホタカ。
実際、その輸送作戦はゲイルヴィムル作戦第2段階として、帝国
への抵抗を続けている
ドイツ共和国を初めとする欧州に救援物資を送り届けるために、イ
ギリスのプリマスから
オランダのアムステルダムまで輸送船団を護衛するモノだった。
しかし近衛艦隊が保有する艦艇は少なく、イギリス艦隊も他の輸
送ルートを防衛するために
戦力を割かれ、ホタカが超兵器クラスの戦闘能力を保持していると
考えた近衛司令部より 単艦での任務遂行が命じられた。そして、近衛司令部の思惑通りの
戦闘能力をホタカは発揮し
取り逃がした駆逐艦1隻による沈み際の攻撃で沈んだ輸送艦一隻
以外は
無事にアムステルダムへと到達することが出来ていた。
﹁その後も、先日帝都で迎撃した超兵器爆撃機やハワイを強襲した
強襲揚陸艦型超兵器を沈め
北海に襲来した帝国大艦隊を撃退したが戦局は良くなく、イタリ
アが降伏した。
このままでは、帝国の地中海方面軍と欧州方面軍により挟撃され
る恐れがある。
それを防ぐため地中海解放作戦が発動された。
527
?
参加兵力は、僕達ウィルキア解放軍で出撃できる艦は全て、イギ
リス各管区や
アメリカ大西洋艦隊からも戦力を抽出し、地中海でも南フランス
艦隊と合流する。
つまり対帝国同盟のほぼ全戦力が投入されることとなった。﹂
﹁それって。﹂
﹁ああ、失敗すれば対帝国同盟は
戦力のほぼすべてを失う諸刃の剣だが他に手は無かった。
あのままでは帝国の物量と超兵器によって殴殺されることは目
に見えていたからな。
夜陰に乗じてプリマスから出撃した艦隊は、
ジブラルタル海峡を突破して地中海に突入していった。
艦橋でジブラルタル海峡の両側にそびえるヘラクレスの柱を、
﹂
艦 長 が ダ ン テ の 記 し た 地 獄 の 門 に 例 え て い た の を 覚 え て い る
ルを注ぐ。
﹁途中、双胴戦艦型超兵器の襲撃を受けて沈みかけたり
横須賀で艦長達を逃がした天城大佐の艦隊と戦闘をし
捕虜とした大佐が何故か逃亡したりとハプニングはあったが
528
よ。﹂
﹁地獄の門
ことは出来なかった。
?
傍らに置いてあった瓶から自分のグラスへ温くなり始めたビー
﹁それで、どうなったの
﹂
皮肉を交えてごまかしてはいるようだが、苦い感情を完璧に隠す
歩みを進めるしかなかったがね。﹂
て
とは言え、僕ら解放軍は手の内にあるちっぽけな希望に縋りつい
な。
﹃この門をくぐる者、全ての希望を捨てよ。﹄と言う銘文で有名だ
叙事詩﹃神曲﹄地獄篇第3歌に出てくる地獄への入り口だよ。
﹁イタリアの詩人、ダンテ・アリギエ│リの作品の一つ。
?
作戦自体は順調に進み、スエズ運河を解放したんだが⋮﹂
突然、言葉を濁したホタカに瑞鶴が首を傾げた。
﹁僕らは地中海側で地中海解放作戦の最終段階
アイーダの紅涙作戦を遂行していたんだが、紅海側で帝国軍が
﹂
新型爆弾を起動させてね、味方の帝国軍もろとも此方の主力の1
部が吹き飛んだ。﹂
﹁その新型爆弾って、トライデント
﹁それならどれだけマシだったことか⋮
少なくとも、1撃で多数の戦艦を含む艦隊を
文字通り消滅させるだけの威力を持っているらしい
威力だけを見れば、戦略核よりも性質が悪いかもな。﹂
﹁そんな⋮﹂
絶句する少女に肩を竦めて見せる。
﹁幸いにも、その新型爆弾はそれ以後使われることは無かった。1
発しか完成しなかったか
もしくはそれ以上の使用を控えたか。それ以外の理由かは解ら
ないがね。
なんにせよ、地中海作戦は一応の終結を見たが、僕にはその延長
として
黒海基地襲撃が命令された。黒海基地は帝国の地中海方面艦隊
を指揮している中枢で
ここを叩けば欧州での戦いが有利に進められるからな。
途中のボスポラス海峡で列車砲型超兵器の待ち伏せを受けたも
のの
﹂
黒海基地の守備艦隊と基地施設の破壊自体には成功したが問題
が起こった。﹂
﹁退路を断たれたとか
ドック艦は
置いてきたんだ。黒海は陸に囲まれており、
いくら僕がイージスシステムを搭載していたとしても
529
?
﹁半 分 正 解 だ。実 は 黒 海 基 地 を 襲 撃 す る に あ た っ て 足 の 遅 い 自 走
?
ひっきりなしに来襲する航空機からドック艦を守れる保証はな
い。
ドック艦を発見されれば、破壊するまで空襲が続くことは目に見
えていたからな。
そういう事で、ドック艦や補給物資を満載したタンカーも置いて
きたが
これが裏目に出た。超兵器戦、黒海基地襲撃と派手に主砲やミサ
イルを撃ったものだから
弾薬庫の中が空になり攻撃能力を完全に喪失してしまったんだ。
悪いことに黒海艦隊の残存部隊に退路を断たれてしまい、撤退も
出来なくなった。﹂
﹁絶体絶命ってわけね。﹂
﹁確かに、あの時は流石の艦長も諦めかけていたよ。しかし、
副長のヴェルナー中尉が有るポイントを指定したんだ。
なんで副長がそんなこと知っているの
それって
﹂
﹂
本当の名前は、クラウス・ヴァイセンベルガー。﹂
﹁なっ
!
﹂
?
﹁彼自身、ウィルキアの事を考えてスパイとして活動をしていた。
まう。
ホタカの言葉の意味が解らず、思わずおうむ返しに聞き返してし
﹁解らなくなった
﹁解らなくなったのさ。﹂
﹁でも、スパイならなんで敵に味方するようなことを⋮﹂
な。﹂
もっとも、つい数か月前までは自分でも知らなかったようだが
ルガー大将。
﹁そう、彼の父親はクーデター首謀者、フリードリヒ・ヴァイセンベ
!
530
そこは秘匿された帝国の弾薬集積所だった。﹂
﹁え
?
それ以前に、彼の名はクラウス・ヴェルナーでは無かった。
﹁彼は帝国のスパイだった。
不思議そうな視線。
?
欧米列強に祖国が食い尽くされてしまう前に、強力な力をもって
して
殺られる前に殺る。そうすることでウィルキアを救おうとした、
だが
味方事新型爆弾で吹き飛ばした帝国の凶行を目の当たりにして
今まで自分が抱いていた理想や信念が一気に崩れてしまったら
しい。
最終的には黒海基地襲撃前に自殺を図ったが、艦長がそれを阻止
した。
話を戻そう。その弾薬集積所の事を伝えられたクルーは当然半
信半疑だったが
艦長だけは信用し、艦の進路を変えた。
副長が指示した場所、半島の付け根には確かに弾薬集積所があり
沿岸部に備え付けられた砲台を強行突破して集積所に突入。
531
陸戦隊を送り込んで必要な弾薬を搭載後、
﹂
集積所と沿岸砲台、包囲艦隊を殲滅して脱出に成功した。﹂
﹁あんたって⋮強襲揚陸艦だっけ
けどね。﹂
重雷装巡洋艦15、戦艦28隻が防衛艦隊として出撃してきた
﹁たしか、キール軍港では駆逐艦62、
﹁敵の戦力はどれぐらいだったの
﹂
流石に帝国欧州方面軍の要だけあって簡単な作戦では無かった
カテガット海峡を強行突破し、キール軍港の制圧を行った。
ここを抑えれば、欧州戦線での勝利を掴み取れる。
圧。
メルセブルグが発動された。作戦の最終目標はキール軍港の制
戦
﹁とにもかくにも、地中海解放作戦は完了され。次に欧州大反攻作
思わず苦笑が漏れた。
パラオでの北上と同じような反応を返す少女に
﹁確か北上に言われたことがあったな。﹂
?
?
な。﹂
﹁毎度毎度可笑しい物量ね。
⋮⋮⋮ ま さ か と は 思 う け ど、単 艦 で 突 っ 込 ん で な い で し ょ う ね
﹂
鋭い金色の瞳からフイと目をそらす。
その様子を見た少女は、一瞬信じられないと言う顔をしたが
その後に長い長いため息を履いた。
﹁まあ、その、なんだ。解放軍も手が足りないのさ。﹂
﹁手が足りないと言うか、なんというか⋮他の味方は何やってたの
よ﹂
﹁キール軍港手前でカテガット海峡からの帝国軍の増援を食い止め
ていた。
キール軍港への突入組は僕以外にも居たんだが、突入前に敵艦隊
の襲撃を受けて
僕以外全滅してしまったのさ。﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
何でもない事の様に言い放つホタカだが、
その眼には哀しみの色が微かに見て取れた。
﹁メルセブルグ作戦はほぼ成功したが、レーザーを主兵装に持った
超兵器が
キールに襲来。丁度キールで待機していた僕がこれを迎撃した。
この戦いで第2砲塔が完全に破壊されてしまったが
ちょうどそのころ開発された大型のレーザー兵器を搭載するこ
とになった。
ついでにこのころには威力が低下して
使いどころが無くなり始めた対艦ミサイルVLSを撤去して
﹂
チャフグレネードを代わりに搭載した。﹂
﹁チャフって電探欺瞞紙でしょ
ナノマシンも含まれていた。﹂
く
﹁ああ。といってもアルミをフィルムに蒸着させたものだけでは無
?
532
?
﹁ナノマシン
﹂
﹁極小の機械だ、そのナノマシンは敵のレーダーや射撃指揮装置に
干渉し
ミサイルはもちろんの事、レーザーや荷電粒子砲の照準すら狂わ
せた。
レーザーも荷電粒子砲も、大気や地球によって大きな干渉を受け
る。
それをナノマシンが助長することによって照準を狂わせるんだ
が、
ナノマシン事態の動作時間は短く、その恩恵を受け続けるために
は
﹂
チ ャ フ グ レ ネ ー ド を 撃 ち つ づ け る 必 要 が あ っ た の が 玉 に 瑕 だ
な。﹂
﹁それも、超兵器技術
ヴォルケンクラッツァー
﹁呉を守っていた超兵器ってどんな奴だったの
﹂
呉を母港としていた超兵器も破壊。日本を解放した。﹂
その後、日本近海で君塚率いる日本艦隊を突破し、
を撃墜、ハワイを解放。
さらに太平洋機動部隊とハワイを防衛していた攻撃機型超兵器
撃破。
途中、アメリカ西海岸の基地を攻撃していた航空戦艦型超兵器を
破
﹁欧州での作戦を終えて、ウィルキア解放軍は再びパナマ運河を突
性能の向上を手放しで喜べる神経を消し去っていた。
る
乾いた笑いをもらす。彼自身の内包する矛盾は、超兵器技術によ
﹁そうだ。これでは、どちらが超兵器か解らないな。﹂
?
﹁なにそれ
﹂
波動砲を搭載していた。﹂
﹁摩 天 楼と言う超兵器だ。多数の大口径艦砲はもちろん
?
533
?
﹁正式名称は次元波動爆宿放射器と言うらしい。だが、詳しい原理
?
は
僕が居た時点では不明だった。しかし、ヴォルケンクラッツァー
は
この砲を用いて四国を文字通り分断、呉から直接太平洋まで出て
きた。
しかも、それほどの威力を持つ波動砲ですらまだ未完成らしい。
捕虜の話では理論上オーストラリア大陸を吹き飛ばすと言う事
だ。
﹂
あながちウソと言い切れないところが恐ろしい。﹂
﹁そ、そんな奴どうやって倒したのよ
﹁初めは強力すぎる防御重力場や大口径艦砲に苦戦したが
波動砲のチャージ中に運よく重力場を透過した砲弾が
波動砲の砲身に直撃、逆流したエネルギーに飲み込まれ
超兵器は跡形も無く消し飛んだ。
正直、運が良かったとしか言いようがないよ。﹂ いまでも、あの時勝利できた理由が奇跡以外に説明できなかっ
た。
逆に言えば、奇跡が起こらない限り倒せなかった兵器ともいえる。
﹁日本を解放した後、僕は最後の改装を受けた。
改装個所は主に機関部。新型のガスタービンでも速度を保ちつ
つレーザー砲の運用を
行うには少々力不足だったからな。
﹂
そのころには実用化されていた核融合機関を搭載した。﹂
﹁核融合
を生成する。
この時、元になった2つの三重水素とヘリウムの重さは等しくな
く
﹂
ヘリウムの方が軽い。この軽くなった分の重さはエネルギーに
変わっている。
アインシュタインの特殊相対性理論は知っているな
?
534
?
﹁三重水素を高温高圧状態下に置き、原子核を核融合させヘリウム
?
﹁E=mcの2乗。Cは光の速度、mは質量、Eはエネルギー
質量とエネルギーは等価ってやつね。﹂
﹁そうだ。それと取り出した莫大な熱エネルギーを
になり、
高効率で運動エネルギーに変換できるタービンも同時に搭載さ
れた。その結果
出力は約233000馬力、速力は72
更に主砲もようやく製造された55口径61㎝三連装砲改を搭
載し攻撃能力を強化。
主砲が1基しかなかったから案外早く換装できたよ。
艦の改装終了後、ウィルキアへ進路を取った。クーデターから約
1年
ようやく僕らは祖国へと帰ってきたが、
自分達
ここから先は内戦と形容するのが一番適当だろう。
祖国を救うためには文字通り近衛の戦力だけで戦うしかない。﹂
あの頃は、帝国も大きな痛手を受けて戦力をすり減らしてたが
近衛艦隊に比べると強大であることに変わりなかった。 ﹁手始めにシェルドハーフェンを攻撃し、反帝国のレジスタンスを
決起させた。
それは良かったんだが、その決起が始まるまでに30隻以上の艦
船を沈めてしまってな。
何をいまさらと思うだろうが、同国人相手に砲弾を叩き込むのは
やはり楽しい物では無かったよ。﹂
ほんの少し唇の端を吊り上げ、自虐的な笑みを浮かべる。
﹁シェルドハーフェンでレジスタンスを決起させた後は、海上要塞
型超兵器を撃破し
ヴィルヘルムスハーフェンへと至った。そこでも帝国の超兵器
が待ちかまえていたんだが
﹂
今考えると、時間稼ぎの捨石だったんだろうな。﹂
﹁捨て石って⋮超兵器でしょう
だった。
535
?
﹁ヴ ィ ル ヘ ル ム ス ハ ー フ ェ ン で 迎 撃 し て き た 超 兵 器 は 航 空 戦 艦 型
?
艦名はリヴァイアサン。トライデントや拡散荷電粒子砲等武装
も強力だったが
﹂
それ以上に性質の悪い兵器も搭載していた。﹂
﹁波動砲ってヤツ
﹁確かに波動砲も強力だが、
⋮って
まさか
﹂
海岸線上の都市を一度に吹き飛ばすには範囲が及ばないな。﹂
﹁海岸線上の都市
﹁そう、津波だ。﹂
!
後、海へと戻っていく
瓦礫を含んだ津波はその破壊力を拡大させる。津波が押し寄せた
つ進んでいき、
そのエネルギーを解放し、立ちふさがる家屋を根こそぎ叩き潰しつ
た水塊は
それでも、人の脚で逃げられる速度では無く。陸上に叩きつけられ
このころになると速度はかなり落ちてはいるが
水塊が上へと押し上げられ巨大な波を作り出す。
でいた
そして、陸地に接近し深度が小さくなると、それまで海中を進ん
000mで720kmに達する。
深度が大きい外洋では、波高は大きくはない物のその速度は水深4
していると言っていい。
津波の波長はその数倍にも達し、それはまさしく海そのものが移動
であるが
津波はただの大きな波ではない。海の平均水深は約3800m
それも、波高が数十mにまで到達するものだ。﹂
しい。
巨大なエネルギーを投入し文字通りの津波を発生させる装置ら
﹁同乗していた技術将校の話では、海水の存在する空間に
やけに耳に響いた。
沈黙。いつもは聞き流している鎮守府前の海鳴りが
!
引き波の場合、陸地に押し上げられた大量の海水が重力によって加
536
?
?
速されるため
海水が陸地へ襲い掛かる押し波の時にびくともしなかった建造物
が、引き波時に
簡単に崩壊する事は珍しい事ではない。しかも、津波は1度だけで
は無く何度も襲来する。
例え波高が2m程度であっても、人を殺すには十分すぎる破壊力
を持つ津波、
それが数十mクラスのモノになれば、生じる被害は想像に難くな
い。
・・・・・・
﹁幸いにも、彼の超兵器はその兵器を使わなかった。
﹂
いや、使えなかったと言った方が正しいだろう。﹂
﹁どういう事よ
﹁ヴァイセンベルガーはリヴァイアサンを捨て石にし、
シュヴァンブルグ港近辺で僕らを迎撃させ
その間に逃走用超兵器の起動を行っていた。
シュヴァンブルグは大型船が入港できるような場所だが水深は
外洋に比べれば浅い
そんなところで津波を引き起こすほどのエネルギーを解放した
ら
どうなるか解らないからな。外洋にいたとしても艦船に効果が
あるかは微妙なところだ。
所詮大量破壊兵器、使いどころは限られるよ。
しかも、ヤツは自動で操縦されていたらしく攻撃は苛烈だが、
回避や迎撃はおざなりだった。おそらく、あの超兵器は未完成品
だったのだろう
荷電粒子砲の出力もキールのレーザー戦艦よりより貧弱だった
ように思える。
しかし、僕らは結局ヴァイセンベルガーの計画に乗ってしまい、
奴の逃亡を許してしまった。﹂
﹁でも、逃亡したとしても、超兵器なら追尾できるんじゃないの
超兵器ノイズを追って行けばいいじゃない。﹂
?
537
?
彼女のいう事ももっともで、事実シュルツは超兵器機関の発する
ノイズを頼りに
ヴァイセンベルガーの追跡を行った。
﹁君の言う通り、超兵器ノイズを追って北極海にまで進出し
﹂
そこで究極超兵器を発見した。﹂
﹁究極超兵器
し、
なんで
﹂
人
それを他人に強要することはもっと嫌だった。
﹂
﹁あのさ、ホタカ。﹂
﹁なんだ
一
﹁アンタって、もしかしてずっと単艦で戦ってたの
﹂
自分が沈んだ戦闘を他人に話すのは彼女自身好きでは無かった
る。
その究極超兵器との戦いが彼の最後の戦いだったことは想像でき
パラオから脱出する時に言っていたことを彼女は覚えていた為
は1年と
瑞鶴は更に聞く気にはなれず、会話を切る。彼が実際に戦ったの
﹁そう。﹂
﹁正直、奴の事を話すのは個人的に好かない。﹂
﹁え
﹁そいつの話は、また今度にしよう。﹂
﹁大いなる冬⋮か。﹂
ルは冬と言う意味だ。﹂
古代ノルド語でフィンブルは大いなる、ノルウェー語でヴィンテ
﹁ヴァイセンベルガーはフィンブルヴィンテルと呼んでいたな。
?
?
以上だからな、艦隊を組める艦が他に居な
?
その結論は当たっていたがね。﹂
論付けた。
ならばいっその事、単艦で運用した方が性能を殺さずに済むと結
い
何せ巡航速度が40
﹁まあな、近衛艦隊でも僕の扱いにはいろいろと苦慮したらしい。
?
?
538
?
﹁⋮アンタが強い理由、解った気がするわね。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
瑞鶴の素直な言葉に彼は何も言わなかった。何も言えなかった。
││││強い、ね。敵を殺し同国人を殺し超兵器を殺しつづけた
末に手に入れたこの力、
そ れ を ま た こ の 別 の 世 界 で 深 海 棲 艦 や 再 び 現 れ た 超 兵 器 へ 向
かって振るっている。
確かに強いだろうが、誇れるものでは決してない。血と硝煙に塗
れたある種の
呪われた力に近いだろうな。
彼の中に渦巻く感情。照れや誇らしさとは真逆の、憎悪や自己嫌
悪と言われるものだった。
ホタカと言う艦息は表面上は知的、かつ冷静な印象を受ける青年
であったが、
心の奥底にはおどろおどろしい物を飼っている。
世界中を巻き込んだ狂った闘争、その当事者が完全に真面でいられ
るほど現実は甘くなかった。
とは言え、彼も自分の内に秘める狂気を表に出さない術は身に着け
ていたが⋮
アルコール
食堂から帰り、自分の部屋のベッドに寝転がる。
右 手 の 甲 を 額 に 乗 せ る と、 酒 精 で 体 が 火 照 っ て い る こ と が よ く
解った。
既に風呂には入っていたし、明日は特に予定はない。
思い出されるのは、やはり彼のたどってきた航跡だった。
たった一隻で、祖国のために戦いに明け暮れていた戦艦。
直接的に言っていたわけではないが、彼が常に激戦区の鉄火場にそ
の身を置き
地獄のような戦場へ躊躇なく突っ込んで行った事は想像に難くな
539
い。
それを考えてみると、今までの無謀とも思える彼の行動が理解でき
るような気がした。
自分たちにとっては強大と思える敵も、彼にとってみれば雑魚も
良い所なのだろう。
│││││いつも一人で戦ってきたからこそ、超兵器を相手に一人
で立ち向かうことが出来る。
ゴロリ、と寝返りをうつと月明かりに照らされた自室が視界に飛
び込んでくる。
│││││でも、だからと言ってアイツ一人に任せるわけには行か
ない。
微かに耳に届く波の音にしばらく耳をすます。
│││││力が、欲しい。
ふと、そんな考えが頭に浮かぶ。
540
│││││アイツと肩を並べることは無理だろうけど、せめて足手
まといにならないだけの
力が欲しい。そうすればアイツも、もう少し楽を出来る。せっかく
艦息として
こうやって生きているのだから、戦いだけに殺し合いだけに没頭す
るべきじゃない。
そこまで考えて、自虐的な笑みが浮かんでしまう。
│││││駄目ね、酔ってる。飲み過ぎたかな
│││││でも⋮アイツが、ホタカが⋮この世界で小さくても
静かな波の音と、アルコールの所為か急速に眠気が襲ってきた。
寝返りをうつと、自分の部屋の板張りの壁。
理解したような気になってる。まったく、何様のつもりよ⋮
かったくせに、
アイツの事、何度も助けられておきながらさっきまで全然知らな
アイツを手助けできるようになるわけなんてない。
考えてみれば、自分の姉すら守れないアタシに、
?
安らぎを感じられるように、祈ること位は⋮いいよ
ね
斯くして少女は、異世界の鉄火場を駆け抜けた戦闘艦の短くも激
しい生涯を知る。
その生涯に安寧の2文字は存在しなかったが、せめてこの世界では
艦息として、人としての幸せを得られるように祈らずにはいられな
かった。
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 541
?
STAGE│27 海域支配戦闘艦
﹁提督、出港準備が整いました。﹂
振り返り報告すると、艦長席に腰かけた中将が頷く。
ムスペルヘイムの広い艦橋には、艦息と筆木中将、そして森原中佐
が居るだけで
艦橋横のウィングや、艦橋の最前列で警戒に当たる見張り員や
他の航海要員も居ない。
艦娘や艦息特有の閑散とした風景が広がっていた。
﹁ムスペルヘイム、解っているとは思うがもう一度確認させてくれ
﹂
今回の任務はソロン要塞近辺海域を航空機を用いて索敵するこ
とだ。
もし敵艦隊と遭遇した場合は。﹂
﹁本艦の有する航空戦力により殲滅する。ですね
542
﹁そうだ。特に問題がないようなら出発する。
第一艦隊出撃せよ。﹂
﹁了解、出撃します。両舷前進微速。﹂
しかし、本人の顔立ちの所為かそれとも性格の所為か
重厚な机の向こう側で、恰幅の良い海軍将校が答礼する。
宜しくお願いします。﹂
﹁本日付でソロン南方要塞に配属となりましたムスペルヘイムです
数日前に司令官執務室で交わされた会話を思い返していた。
紅い瞳で大洋を望みながら
その海の覇者の意志である艦息ムスペルヘイムは
鋼 鉄 の 雀 蜂を満載した姿は、海の覇者にふさわしい物だった。
F/A│18 ホーネット
その巨体に付き添う艦は居なかったが、広大な飛行甲板に
ゆっくりと前進を始める。
島の様な三胴艦が3つの艦首で太平洋の海水を切り裂きながら
艦息が宣言すると同時に、足元に響く駆動音が若干大きくなり
?
威厳と言う物はカケラほども感じられなかった。
﹁初めましてムスペルヘイム。私はソロン南方要塞司令官
筆木正志海軍中将だ。よろしく頼む。
﹂
君にはソロン要塞の旗艦になってもらおうと考えている。﹂
﹁旗艦、ですか
﹂
まあ、流石に要塞司令部は地下に新設されていたが。﹂
の軍港設備だけだ。
艦隊戦力が移されて、今あるのは旧式化した要塞砲と必要最低限
タウイタウイやトラック、ソロモンへの進出により
﹁以前はソロン鎮守府と言うのがあったらしいが、
要塞であっても敵の脅威にはなりえない。
を装備した
人のみで作った火器が通用しない深海棲艦が相手では、大口径艦砲
しかし、それは相手が人間だった場合に言えることであり、
える。
それを考えれば、要塞に海上戦力は必ずしも必要ではない様に思
た。
ソロン要塞は大口径艦砲を備える沿岸要塞に分類されるものだっ
あり
若干頬をひくつかせる。要塞とは外敵から拠点を守る構築物で
﹁実を言うとこのソロン南方要塞には艦娘が居ないんだよ。﹂
﹁と、良いますと
こればかりは仕方がない。﹂
﹁い、いや、君がそんな顔をするのも解るが
した
ムスペルヘイムの怪訝そうな顔に気づいたのか、筆木が小さく苦笑
異例と言う範疇には収まりきらないだろう。
のは
まだ味方として完全に信頼していない自分をいきなり旗艦にする
妙な話だ、今まで超兵器と敵対していた帝国海軍が
?
﹁なるほど。艦が1隻しかいなければ、旗艦にするほかありません
543
?
な。﹂
﹁1隻では艦隊と言えないけどね。さて、ムスペルヘイム。
着任早々悪いがソロン要塞近辺の哨戒を頼みたい。﹂
﹁了 解 し ま し た。た だ ち に 艦 載 機 の 哨 戒 ス ケ ジ ュ ー ル を 立 案 し ま
す。﹂
﹁それも頼みたいが出撃準備も頼むよ。﹂
﹁E│2Cを使えば、私が動くまでもないように思えますが。﹂
E│2Cは戦場にミサイルが出現し早期索敵の必要性が激増、
ロー
ト・
ドー
ム
また航空機自体の性能向上の為戦争後期に開発量産された艦上早
期警戒機だった。
特徴として、機体背部に巨大なレーダーを搭載するほか
対潜水艦用の磁気探知機も搭載し、対空・対潜哨戒を可能としてい
た。
しかし、双発のプロペラ機であるが故に機動性はジェット機と比
べるまでも無く
武装も潜水艦を攻撃するための航空爆雷Ⅲ型と対潜ミサイルⅢ型
のみの装備であり
航空目標からの防御は僚機に頼りきりとなっていた。
さらに、磁気探知機を使用する場合は超低空まで降下する必要が
あるが
この時、対空警戒を行うことは出来なかった。
超低空では地球の自体が邪魔になり、レーダー波が遠くまで届か
ず
強力なレーダー性能を生かすことが出来ない。
逆に高空で対空警戒を行っている時に磁気探知機は使えなかっ
た。
機能を統合することで製造する機首を減らし量産性向上を見込
んだ
ウィルキア帝国技術陣だったが、機能を統合したことによって
整備性、機動性が単一機能で製造した場合よりも結果的に劣ってし
まい。
544
パイロットからの受けはあまりよくなかった。
しかし、早期警戒機と制空戦闘機の組み合わせは艦隊防空に大き
な戦果を挙げ
E│2Cパイロット以外の戦闘機パイロットの評価は軒並み高い
物だった。
ホタカはムスペルヘイムがこの機体を配備していることを知らな
い。
もちろん、ムスペルヘイムを撃沈した戦闘の直前にレーダーに映っ
た
E│2Cを撃墜してはいたが、ムスペルヘイムから出撃したモノか
どうかは定かでは無く。
近くに護衛空母が居た事から、そこからの機だとシュルツらは考え
ていた。
その為、ホタカのデータベースに
こ
こ
﹁それなら心配いらん。私は通信機一つ動かせない無能だからな。
ソロン要塞に居ても、椅子でふんぞり返っているぐらいしかやる
ことが無い。﹂
│││││要塞司令がそれでいいのか
?
545
ム ス ペ ル ヘ イ ム の 艦 載 機 と し て E │ 2 C が 登 録 さ れ る こ と は な
かったのである。
これと同じように、ホタカとの直接戦闘で使われなかった為
データベースに登録されなかった航空機が幾つもある。
我々
鎮守府に着任した超兵器の至極もっともな意見に、筆木は肩を竦
めた。
﹁確かにそうだが、帝国海軍はキミの力を知らなければならない。
﹂
今の所、君をどう扱えばいいかわからないからね。﹂
﹁つまり、実力を示せ。と言う事でしょうか
﹂
﹁要塞司令官が自分の城を離れるのはいかがなものかと思いますが
﹁そう受け取ってもらって構わない。出撃には私も同行する。﹂
?
艦息からの苦言に、筆木は困ったように小さく笑った。
?
そんな事を頭の片隅で考えるが、ソロン要塞に筆木と共に着任し
た軍人たちは
帝都の本営から彼の元へ自発的に移った者たちと言う事を森原と
は別の
道案内を買って出た中佐から聞いたことを思い出す。
│││││無能ではあるが、卑怯者ではない。と言う事かもな。
とりあえずそう納得しておく。
﹁それと、森原中佐は今回の哨戒を終えたのち本国へ帰国すること
になっているが
科学者と特警はもうしばらく業務を続けてもらうそうだ。
まあ、仕事の邪魔にはならないと思うよ。﹂
﹁提督、偵察機と直掩機を発艦させます。﹂
﹁まかせる。﹂
ソロン要塞へ着任後、森原中佐はムスペルヘイムの指揮の任を解
かれ
現在は筆木が執っていたが、本人には積極的に指揮をしようとする
気は
サ ラ サ ラ な く。ム ス ペ ル ヘ イ ム に 殆 ど 一 任 さ れ て い る の が 現 状
だった。
空母艦娘達の艦載機の発進方法は幾つかの種類に分かれる。
一つは瑞鶴や加賀、瑞鳳等が行っている弓と矢を使う方式で
主に大型の正規空母艦娘、一部の軽空母艦娘が使用している。
二つ目は特殊な紙等により式神の形で発刊させる方式
これは龍驤や飛鷹等の軽空母娘が主に使用している。
三つ目は航空機のミニチュアを、艦娘と艦体をつなぐ
インターフェースの役割を持つ艤装│││伊勢が手に持つ主砲や
瑞鶴の脚部装置等│││に
設けられたカタパルト、または飛行甲板から発艦させる方式で
546
主に水上機母艦や、水上機を運用する大型艦娘が使用している。
なお、ホタカの開発したブラックホークやムスペルヘイムの持つ
ジェット機等は
矢型、紙型、ミニチュア型に変換することが出来ない。その為、艦
載機を矢などに
変換して浮いた格納庫のスペースを弾薬などに充てている現状の
艦娘では
巨大化した近代艦上機を搭載すると、格納庫が圧迫され数を乗せる
ことが出来ない。
また、矢の分裂による搭載機数の増加も行えない為
格 納 庫 の 搭 載 機 数 = そ の 艦 娘 が 発 艦 さ せ る こ と の で き る 機 数 と
なってしまい、
空母艦娘の利点である発艦時間の短縮、格納庫縮小による継戦能力
の向上
予備の矢︵無人機︶を大量に持ち込むことにより
航空戦の消耗の影響を減らす│││一度に繰り出せる艦載機の数
は艦娘の元になった艦の
最大搭載機と同じだが、飛ばさない分には、矢、ミニチュア状態の
艦載機を
搭載機数以上に持ち込むことは可能│││と言う強みが失われて
しまう。
もっとも、それほど大量に運用できるほどジェット機が揃ってい
ないため
この問題が浮上するのはもう少し先の事ではあるが⋮
閑話休題
ムスペルヘイムの第1飛行甲板│││左舷側空母構造体最上甲
板│││に2機の早期警戒機が
エレベーターにより運ばれてくる。
両翼下に装備された2発の対潜ミサイルからは赤いセーフティピ
ンは
既に抜かれており、機首の降着輪には平べったいスポッティング
547
ドーリーが取り付き
ホー ク ア イ
艦上機の中でも一際大型なE│2Cを離陸位置にまで引っ張って
いく。
甲板の先端まで持っていくと、
スポッティングドーリ│は甲板に2基装備された電磁カタパルト
の
片方のシャトルに降着輪を噛み合わせるとそそくさと退散してい
くく。
その間にE│2Cは主翼を展開、2基のターボプロップエンジンを
スタートさせた。
﹁偵察隊、発艦始め。﹂
ムスペルヘイムが呟くように宣言すると、電磁力によりシャトル
が加速され
それに固定されたE│2Cが引っ張られ海上に放り出される。
カタパルトと全開にしたエンジン、
艦本体による合成風力により飛行に必要な対気速度を得た
2機のホークアイはそれぞれ別の方角へ飛び去っていく。
その後を追うようにして第2甲板│││左舷側空母構造体第2飛
行甲板│││と
エスコート
第 4 飛 行 甲 板 │ │ │ 右 舷 側 空 母 構 造 体 第 2 飛 行 甲 板 │ │ │ か ら
次々飛び出したホーネット8機が
2手に分かれ、先ほど飛び立った偵察機の護 衛につく。
≪Seirios│01 take off≫
≪Seirios│02 take off≫
≪Capella│01 take off≫
ムスペルヘイムの意識の中にはこのような形で各機体の行動ロ
グが
送られてくる。彼が本気になり900機以上を管制したり激しい
ドッグファイトの
時には膨大な量のデータログが送られてくるが、それを全てさばき
切る能力を
548
彼は有していた。
ちなみに、Seiriosがホークアイ部隊、
Capellaが片方のホークアイを護衛するために飛び立った
飛行隊である。
その後、第2,4甲板から上空直掩として12機のホーネットが
付いた。
これらのホーネットには誘導爆弾の代わりに短距離対空ミサイル
を搭載し、
対空戦闘能力を高めている。標準的な装備は短距離ミサイル2発、
800ポンド誘導爆弾4発だが、現在は短距離対空ミサイルを6発
携行している。
﹁偵察隊、直掩隊発艦完了。提督、CICに降りることをお勧めしま
す。
あちらの方が艦載機からの情報を処理しやすいでしょう。﹂
﹂
549
﹁そうさせてもらおうか。案内を頼むよ。
森原中佐、君はどうする
﹁お供します。﹂
のは
筆木中将にCIC内部のコンソールやモニターを説明しつくした
CICに降りてからどれ程の時間がたっただろうか。
そこに人がいるかのように自らの役割をこなし続けていた。
誰も居なくなった艦橋だが、レーダーや航海計器は
2人の将校を連れ立った艦息が艦橋を後にする。
?
もうだいぶ前の事で、それからは時折世間話や直掩機の交代を行う
以外
送られてくるデータログを解析していたのだが、敵影は見えない。
﹁やはり、場所が場所だから敵は居そうにないね。﹂
若干退屈そうな顔の筆木が小さくぼやいた。
﹁侵攻作戦ではありませんから、敵が居ない事に越したことは無い
でしょう。﹂
﹁まあ、それはそうなんだが。航空機の燃料だって無料じゃないん
だよ。﹂
そういえば、ソロン要塞には艦娘に補給するための物資が十分無
い事を
目の前の中将から教わっていたことを思いだす。考えてみれば当
然のことで
艦娘が居ないのに潤沢な補給物資を後方の要塞に置いておけるほ
﹂
情報の正確さに面喰うが直ぐに首を横にふった。
﹁今日その海域にはどこの鎮守府も艦隊を出していないはずだ。﹂
﹁とすると深海棲艦の可能性が高いですが⋮
550
ど
帝国に余裕はない。
﹂
﹁確かに。しかし、だからと言って偵察機を呼び戻すわけにもいか
んでしょう。
任務ですから。⋮
艦隊は有りますか
方位3│3│1へ進行中。提督、この付近で作戦行動をしている
340km/h、機数40。
﹁方位0│9│3、本艦からの距離670km。高度2300、速度
rios│02と表示されていた。
付近の海図から対空レーダー画面に切り替わる。左端にはsei
スクリーンの一つが
ムスペルヘイムが何かに気付いたと同時に、CICの中の多目的
!
筆木は発見された不明編隊の距離の大きさと
?
いったいどこに攻撃を仕掛けているのでしょうか
﹂
﹁艦娘だろう。艦娘は建造する以外にも海域で保護して配備するこ
ともある
しかし、よほどの幸運が無ければ保護するのは難しいだろう。
何せ、彼女達は敵性海域の真ん中に単艦で出現する。
深海棲艦に狙われればひとたまりもない。﹂
﹁なるほど。では⋮﹂
艦載機の出撃を具申しようとした時。直掩機から
不明艦発見の報を受ける。方角は進路上。
すぐさま、その不明艦を発見した編隊の内1機を降下させて
ガンカメラの映像を母艦へ送らせる。モニターに映ったのは、中心
の
﹂
﹂
カタパルト付近から黒煙を吹き出しつつ前進を続ける一隻の重巡
洋艦だった。
﹁これは⋮古鷹型、か
﹁どうやら加古のようだね。回線を開けるか
﹁向こうの通信機がイカレていなければ⋮﹂
﹁こちら日本帝国海軍、ムスペルヘイム。加古応答せよ。﹂
﹄
いや、でもこんな機体見た事無いし。っていうか
反応はすぐに帰ってきた。
﹃み、味方
古鷹が大変なんだよ
!
来ない。
こういう時、ムスペルヘイムは如何するべきか彼の艦長から学んで
いた。
﹂
深呼吸するように深く息を吸う。 ﹄
﹁狼狽えるなッ
﹃
!
突然の怒声に機関銃のように捲し立てていた加古の声がピタッ
551
?
手近なところにあるマイクを握り、回線を開く操作をする。
?
?
帰ってきた声は大分慌てているようで不明瞭な情報しか入って
古鷹が
! ?!
この手に限る。
!?
と止まった。
﹁怒鳴って悪かった。古鷹が不味い状況になったのはよく解ったか
ら
何がどういう状態なのか教えてくれ。﹂
﹃あ、ああ。﹄
加古の話によると、艦娘として目覚めた後同じように目覚めた古鷹
と
再開するものの、深海棲艦の艦載機の攻撃によって僚艦とも損傷を
受け
空襲の合間に固まったままで全滅するのを避け、救援を呼ぶため二
手に分かれ
加古は西へ、古鷹は北北西へ舵を切ったらしい。
そ、それってもう攻撃されてるかもしれないってことか
ネッ
ト
スクランブル
﹄
なあ
﹁と、いう事は。先の編隊は古鷹へ向かったものと言う事か。﹂
﹃え
直に航空隊は叩き潰せるよ。﹂
﹁い、何時の間に⋮﹂
驚いたような筆木の声が後ろから聞こえる。
﹁緊急性の高い案件と判断しましたので
ホー
事後報告となってしまいましたが、既に
F/A│181個飛行中隊12機を緊急発進させました。
それと敵航空機を発艦させた母集団の捜索の為、
上空直掩についていた3個飛行小隊の内、2個飛行小隊を
護衛のホーネット2個飛行中隊24機の出撃準備を整えました。
さらに、誘導爆弾装備のハリアー4個飛行中隊48機と
空いた穴には零戦22型を1個飛行中隊12機を発艦させ補填
索敵の為に前進させてあります。
?!
!
母集団の発見後、直ちに発艦させ敵戦力の撃滅を行います。
552
早く艦載機使って古鷹を助けてくれよ
何でもするから
!
アンタ空母だろ
頼むよ
!
﹁いったん落ち着け。救援隊なら既に発艦させてある。
!
?!
!?
アイツ大破してるんだ
!
なお、敵戦力が想定よりも強大だった場合はアパッチ飛行中隊を
随伴させ
遠距離からの対艦ミサイル攻撃も考えてはおりますが
何しろ戦線の内側です。先ほどの艦載機数からみて、
航空戦力は軽空母が2隻程度か正規空母1隻と思われます。﹂
自分の知らないうちに、そこまでの準備が完了されていたことに
筆木は軽く戦慄する。
指揮権を事実上彼に預けたのは自分だったが、少ない情報から迅
速に判断を下し
実行に移していく姿は鮮やかと言うほかなかった。しかし、一つ
引っかかることがあった。
﹁し、しかし、ムスペルヘイム。確か古鷹に向かっているとみられる
敵編隊は40機だったな
と続けることは出来なかった。
﹁それで十分だと思われますが
﹂
目の前の艦息がゾッとするような笑みを浮かべたからだった。
超兵器
不利じゃないかね
その迎撃にたった12機の戦闘爆撃機では⋮﹂
?
護衛目標の古鷹が敵編隊を視認できる範囲に
すでに目標はレーダー画面に映っている。
していた。
息切れするような高空を時速600kmを軽く超える速度で進撃
彼らに下された使命を全うするため、この時代のレシプロ機では
雀蜂は
上空8000mを3つのダイアモンドを組んで飛行する鋼鉄の
筆木は背中に冷たい物が流れるような錯覚を覚えた。
?
553
?
収まってしまっていたが、このままの速度、針路を維持すると
敵編隊が攻撃を開始する前に、ちょうど後ろ上方から攻撃を仕掛け
られる見込みだった。
基本的にこれらの機体は、全てムスペルヘイムが管制しているが
戦闘中は戦闘機に搭載されたAIが判断することが多く、
艦息の主な役割はそれらの手綱を握り任意の場所まで誘導してや
ることだった。
もちろん、航空機の全操作をムスペルヘイムが操作することも可
能だが
それをやらなくても、艦載機はエースパイロット並の実力を発揮す
るAIを
持つため、彼はフルオートで飛び回らせることにしていた。
攻撃開始。その命令が各機に伝達されると、救援隊として派遣さ
れた
第101st戦術飛行戦隊、通称Mobius隊はすぐさま攻撃に
移る
︽Mobius│01 engage︾
そのログを残して先頭を飛んでいたホーネットがアフターバー
ナーを煌めかせて
無防備に背中を晒している敵編隊へ突入を開始すると、他の戦隊機
も
先を争うかのように〟engage〟のログを発信して突入して
いく。
例え戦隊機24機が全機揃っていなくとも、臆することなく立ち
向かっていく。
そもそも、操縦はコンピューターであるから恐怖と言う感情とは無
縁だが⋮
敵部隊も轟音を上げて突入してくる12機のホーネットに気づ
いたのか
編隊から一部の機体が離脱し、翼を翻して攻撃態勢に入る。
しかし、何もかもが遅すぎた。
554
︽Mobius│01 FOX2︾
︽Mobius│02 FOX2︾
︽Mobius│03 FOX2︾
︽Mobius│04 FOX2︾
誰も載っていない操縦席のパネルにFOX2の文字が躍り
先頭に立っていた4機のホーネットから合計8発の短距離ミサイ
ルが発射される。
どうやら深海棲艦の艦載機も熱を放っているようで、放たれた短
距離ミサイルは
薄い白煙を引きつつ監視秋から放たれる赤外線を追尾し突入して
いく。
手始めに狙われたのは一番早く迎撃体制へ移ろうとしていた戦
闘機8機。
真面な回避機動を取る前に爆散する。
後に続いた戦隊機もそれぞれミサイルを放ち、戦闘開始1分で
深海棲艦の護衛戦闘機12機はあえなく空に散っていく。
こうなってしまえば、鈍重な攻撃隊が逃げられる術は何処にもな
い。
一度敵編隊を追い抜いたMobius隊は、そこで編隊を解き2
機一組の分隊に分かれ
空中格闘戦に持ち込んでいく。Mobius│01は翼を翻して
アフターバーナーに点火、再突入。
Mobius│02がその掩護に回った。目標は敵編隊右翼雷撃
機。ヘッドオン。
敵雷撃機が20mm相当の対空機関砲を発射するが左方向へ素早
くロールし
火箭を交わしつつ、こちらも対空機関砲で攻撃。1秒も無い射撃で
数十発の20mm機関砲弾がバルカンから放たれ、敵機の銀色の機
体に無数の穴を穿つ。
ハチの巣にされた雷撃機が爆散するのをガンカメラの端にとら
えつつ、
555
先ほど攻撃した雷撃機の背後で、射線から逃れるために
機首下げをしようとしていた爆撃機型の背中にも行きがけの駄賃
とばかりに
バルカンを叩き込む。機首上げ上昇、インメルマンターン。
高度を稼ぐと、再度半ロール、急降下。
僚機の背後に食らいつこうとしていた爆撃機型へ突入する。
Mobius│01に狙われたことを悟った敵機は、味方への追撃
を諦め
左方向へ旋回上昇し逃れようとする。しかし最高速度が控えめな
分、
低速域の機動性に優れたホーネットとそれを完璧に操るAIの前
では無駄な足掻きだった。
一時的に10Gを超える急旋回を行い、機首を強引に敵機に向け
ると同時に射撃
556
真横から機銃弾のシャワーを浴びた機体は彼方此方から赤い火花
と黒煙を吹き出し
錐もみしながら落下していく。
次の攻撃に移ろうとしたところで、最後の雷撃機を僚機が撃墜
敵戦力を殲滅を確認したMobius隊が再び4つのダイアモ
ンドを構成するが、
すぐに1機が分離する。その機は、バンクを振りながら出来るだけ
速度を落として
大破状態の古鷹の上空をフライパスし、味方であることをアピー
ル。
﹄
幸い、大破状態の重巡洋艦から対空砲火が打ち上げられることは
無かった。
﹁敵航空戦力の撃滅を確認。﹂
も、もう叩きおとしたのか
?
﹁早い。﹂
﹃え
?
﹁ああ、1機残らずな。それと古鷹は大破しているようだがまだ沈
んでいない。
安心しろ。﹂
通信機の向こうから加古の安堵した様な声が聞こえる。
﹁提督、敵母集団の所在を偵察に出したホーネットが掴んだようで
す。
攻撃隊出動許可を。﹂
﹁許可する。﹂
﹁了解、第1次攻撃隊発艦を開始せよ。﹂
第2甲板では対空ミサイルと誘導爆弾を混載した
護衛役のホーネットが出撃準備を整えていた。
緊急発電機をテスト。データリンク・パワーディスプレイ・コン
トロールをオン
HUD作動。フライトコントロールチェック。
ディスプレイ、エアフライト・コンピューターをチェック。
各種点検を終え、カタパルトまで前進。
合成風力による突風が真正面から叩きつけられる。
ミリタリー
キャノピーロック確認。ジェット・ブラスト・ディフレクター展開
確認。
スロットルをMILへ、発艦開始。
フ ラ イ ト
電磁力によって急加速され飛行甲板から飛び立つ
ギア│UP。フラップ│UP。油圧系統をFLTへ。
非飛行系統への油圧システムがカットされる。
左方向旋回上昇、後続の発艦を待つ。第1、第3飛行甲板からは
ハリアーが短距離離陸中。
エンジンからの噴気を用いて極々短距離で次々と発艦していく。
ムスペルヘイムに搭載されているハリアーとホーネットはどち
らもマルチロール機として
運用できるが、ホーネットは戦闘機より、ハリアーは攻撃機よりの
性質を持っているため
こういった場合にはハリアーが艦船攻撃を担当、ホーネットが護衛
557
を引き受けつつ
隙あらば攻撃に加わることが多かった。実際、この護衛役のホー
ネットも2発の誘導爆弾を
搭載している。ムスペルヘイムの合計4枚の飛行甲板からは次々
と航空機が吐き出されていき 発艦した機はすぐにダイアモンド編隊を組んで攻撃隊の発艦完了
まで待機する。
最後のハリアーが蒼空に駆け上がるのと同時に、合計72機の攻
撃隊は
先ほど偵察隊が発見した敵艦隊へ向けて移動を開始した。
﹁提督、艦載機の報告だと古鷹はどうやら自走困難なようです
本艦が移動して曳航するのが妥当と具申します。﹂
ロ
コ
イ
558
﹁そうだな、君に任せる。﹂
﹁了解。これより本艦は古鷹救援に向かいます。
彼女の損傷状態から艦娘はかなりの深手を負っていると
イ
予想されますので、救助ヘリを用意しておきます。﹂
﹂
ムスペルヘイムが手際よくUH│1Dの準備をしていると
筆木がふと疑問を漏らした。
﹁そういえば、この艦に軍医や救助隊員は居るのかね
軍医は古鷹に乗っている妖精さんで何とかなると思うが
い。
流石に、そんな器用なことが出来るロボットは搭載されていな
医務室で治療を行うためには其々人の手が居る。
て
ヘリを飛ばすこと自体は問題ないが、そこから艦娘をヘリに輸送し
参ったなと目頭をもむ。彼自身指摘されて初めて気が付いた
﹁いませんね⋮失念していました。﹂
固まる。
ピタリ。と言う擬音が聞こえるほど、解りやすくムスペルヘイムは
?
ヘリに吊り上げる担架へ要救助者の固定法は自分しか知らない。
﹁こうなっては、仕方がありません。
必要であれば私が彼女を回収してきます。﹂
﹁やはりそうなるか。﹂
﹁何やら楽しそうですね。﹂
今まで黙って話を聞いていた森原中佐の声にハッとしたように
口に手を当てる。ムスペルヘイムの方を見てみると聞こえなかっ
たのか
攻撃隊の指揮に集中しているのか、こちらを見てはいなかった。
﹁いや、なに。圧倒的な戦闘能力をもつ彼でも
我々と同じようにうっかりをやらかすと知って少し安心したん
だよ。﹂
﹁そうでしたか。﹂
レーダー画面上では、こちらの攻撃隊が敵艦隊の前面で
迎撃態勢をとっていた10機の戦闘機を文字通り蹴散らし
軽空母2、戦艦3、重巡1、雷巡1の艦隊に群がっていくところだっ
た。
敵艦隊の上空にまで到達したハリアー隊は上空8000mから
の高高度爆撃を開始する。
機 体 に 搭 載 し て き た 一 機 当 た り 7 発 の 8 0 0 ポ ン ド 誘 導 爆 弾 を
次々投下していく。
投下された爆弾は護衛部隊のホーネットから照射されるレーザー
によって誘導され
それぞれが意志を持つように降下軌道を微調整していく。
C
E
P
天候に左右されやすく、レーザー照射母機が攻撃中無防備になる
弱点を持つセミアクティブレーザー誘導方式だが、必中半径が数m
と狭く
移動目標にも柔軟に対応できる利点もあって、ムスペルヘイムらの
世界では
盛んに対艦攻撃に使用された。
559
爆弾自体の大きさは800ポンド│││約360㎏│││と
決して大型の爆弾と言うわけではないが
改良を重ねて作られた弾頭装甲と、高高度からの投下により
計算上は45口径41cm砲の砲弾よりも大きい威力を持ってい
ることになる。
地球の重力により加速された誘導弾合計336発は、戦艦に60
発、軽空母に50発
重巡と雷巡には28発づつが突入し、そのうちの8割が艦体に着弾
した。
結果的に2割に当たる66発が外れたが、残りの270発はその
威力をいかんなく発揮し
敵艦を文字通り引きちぎった。強力な防御重力場や対空機関砲を
装備していれば
この猛爆撃を無傷で切り抜けられることも出来たかもしれないが
相手はミサイルもCIWSも持たない深海棲艦。ムスペルヘイム
に察知された時点で
命運は決まったも同然だった。
結局、誘導爆弾を使わなかったホーネットは爆弾を抱いたまま帰
投する。
他の空母ならば着艦前に重量物である爆弾は投棄するのが一般的
だったが
ムスペルヘイムほど巨大な空母になると、その必要は無かった。
ムスペルヘイムのCICの多機能モニターには
大破した古鷹へ、輸送ヘリから降下する艦息の姿が小さく映ってい
る。
無事古鷹と合流したが、古鷹艦内の医務室が爆弾の直撃を受けて壊
滅状態のため
古鷹を治療の為ムスペルヘイムへ移乗させる措置が取られていた。
560
その光景を、何の気なしに筆木と森原は眺めていた。
﹂
﹁森原中佐。貴官はこの後、ムスペルヘイムのデータを届けるため
に
日本本土へ行くのだったな
仕方がない。 ﹂
﹂
簡単に想像できてしまう。たしかに、これでは力不足と思われても
る光景が
レ級ですら、彼らにとっては他の深海棲艦と同じように叩き潰され
をもつ
極稀に出現する姫級や鬼級の深海棲艦と同等かそれ以上の能力
﹁力不足⋮たしかに、力不足だな﹂
少々力不足と言うしかありませんね。﹂
﹁確かに凶悪な戦闘能力ですが、彼らの能力を見ると
﹁レ級は違うのか
深海棲艦側には今のところ存在しないでしょう。﹂
です。
今の所、我が軍での該当艦はムスペルヘイムとホタカの2隻だけ
らしめる戦闘艦。
たった一隻で、ある海域の制空権と制海権を奪取することを可な
﹁大本営の河内大将が使った言葉です。
﹁海域支配戦闘艦
﹁⋮そうですね。まさに、海域支配戦闘艦ですな。﹂
も劣らないだろう。﹂
妥当だろうよ。それにしても、圧倒的な能力だ。ホタカに勝ると
﹁改名、か。まあ、もともとはウィルキア帝国の艦だからな
と思われます。﹂
それと、ムスペルヘイムと言う名前も改名する措置が取られるか
ぶでしょう。
﹁はい。今回は良いデータが取れましたから、赤煉瓦の住人達も喜
?
モニターの中では、ムスペルヘイムが血に染まった茶髪の艦娘を
担架へ固定し
561
?
?
ホバリングしているヘリコプターへ収容しているところだった。
ED ﹁ONE OK ROCK 〟アンサイズニア〟﹂
562
STAGE│28 ファタ・モルガナの眩惑
海からの塩気を含んだ冷たい風が
比較的新しい鎮守府の窓をカタカタと鳴らす。
幸いにも隙間風は入っては来ないが、窓の向こうに見える
今にも雪が降ってきそうな曇り空を見ると、体感温度が1度ほど 下がっているようにも思える。
﹁と、いうのが作戦の概要だ。﹂
真津の言葉で、提督の背後の窓から見える
﹂
曇天を眺め、作戦実行時の天候に思いをはせていた艦息は現実に引
き戻された。
﹁作戦自体は理解しましたが⋮前例を無視しすぎでは
片眉をあげ、片手に持った作戦計画書を指ではじいた。
﹃第4次キス島撤退作戦﹄と銘打たれた書類から乾いた音が響く。
帝国海軍は、深海棲艦の目を主攻勢方面である南方から
そらす、つまり陽動の為にアリューシャン列島のキス島に進出し、
守備隊と簡易的な前線基地を構築した。しかし、最近になって深海
棲艦の
哨戒と襲撃が頻繁に発生し、さらにこの占領作戦による深海棲艦の
陽動の効果は
かなり前から疑問視されていたため、今回大本営はキス島の放棄を
決定した。
キス島の撤退作戦については、前大戦の作戦の焼き直しと言える
もので
快速艦による艦隊を編制し、夜陰と霧に乗じて敵の哨戒線を突破
陸軍を搭載し撤退する。
ただし、そう簡単にはいかなかった。
まず、6隻以上の艦娘で出撃すると深海棲艦の哨戒線にほぼ確実
に引っかかる
│││第1次、2次撤退作戦ではそれが理由で失敗に終わっている
563
?
│││。
さらに、唯一成功した艦隊が第3次作戦の駆逐艦のみの編成であ
り
その作戦で別働隊として突入した軽巡を含む水雷戦隊3群は、
深海棲艦の哨戒部隊に手荒い歓迎を受けて、這う這うの体で逃げ
帰ってきていた。
そう言うキス島撤退戦の経過を以前青葉から聞いた彼は、
だろ
﹂
次の作戦は駆逐艦のみで編成された複数の水雷戦隊を突入させる
のだろうと
予想していた。この作戦計画書を渡されるまでは。
﹁まあ話を聞いてくれ。ホタカが言いたいことは
なぜ前例を無視して戦艦である自分を投入するか
﹁はい。前例に従えば駆逐艦のみで編制した水雷戦隊を
突入させるのが妥当でしょう。そもそも戦艦である僕は
図体も大きく、隠密作戦には不向きです。﹂
?
ホタカの発言に、真津は自分で確認するように小さく頷いた。
ば
簡単に方位が露見します。こちらも方位探知機のみで
数個の水雷戦隊で
行動すればその危険は無くなりますが、それなら
僕が行く必要は無いでしょう
?
564
?
﹁そうだ。ホタカの言うように戦艦はこの任務には向かない。
図体がでかく発見されやすいからな。
だが、俺や赤煉瓦の住人達はお前を
良い意味で戦艦だとは思っていない。
﹂
それが、今回白羽の矢が立った理由だよ。﹂
﹁〟足〟ですか
﹂
?
﹁確かに僕の電探は高性能ですが、敵が方位探知機を装備していれ
駆逐艦と同じ速度で行動できるだろう
電探と音探で敵の哨戒線の穴をすり抜け
﹁それと強力な電探と音探もな。お前なら
艦息の答えに満足げに口角を上げる。
?
引き上げが完了しないほどの人員がキス島に居るわけでもない
ですし。﹂
﹁そうは言ってもな。キス島守備隊の備蓄品もそろそろ底をつく。
貴重な陸上戦力を失うことは避けたいんだ。﹂
若干歯切れの悪い提督の説明に、自分が何故駆り出されたのかを
唐突に理解した。思わず小さくため息を付く。
﹁ようするに、いざとなったら強行突入して
陸軍を艦内に収容し、帰りも深海棲艦の包囲網を
食い破って戻ってこい。と言うわけですか。
残りの陸上戦力を見てみると、僕1隻と
駆逐艦が5隻も居れば収容できそうな数ですしね﹂
これなら他の水雷戦隊が作戦に失敗しても問題ない。
むしろ、同じ作戦に参加する艦隊は陸軍の撤退よりも
陽動に重きが置かれていると考える事も出来る。
﹁ま、そんなとこだ。出港は明日の朝だから今日は早めに休め。﹂
﹁了解。﹂ 敬礼し、退出する。
﹁ようするにいつもと変わりませんな。
〟蹴散らして強行突破〟これに限ります。﹂
副長の言葉にがっくりと肩を落とした。
﹁いや、まて。強行突破は最後の手段だと言ったはずだ。﹂
ぐらり、と艦体が右へ傾きつつ数m上昇し、その後反対側へ傾き
つつ
数m降下する。艦息であるため船酔いを起こすことは無いが
内臓がゆっくり揺さぶられるような不気味な感覚を好きになるこ
とも無かった。
副長を初めとする妖精さんは基本的に浮遊しているため艦の動揺
の影響を
受けない様にも思えるが、実際は地球では無く艦を基準点に浮遊し
565
ているため
艦の動揺によって彼女達も同じように揺れる。
もしも地球を基準点に浮遊していると
このように艦が大きく揺れる荒天下では、壁や床に叩きつけられて
しまう。
﹁もちろん理解しています。最後の手段が私たちの常套手段と言う
のは
笑うしかありませんがね。まあ、この天気ですから
敵さんの反撃も強力なものではないでしょう。﹂
﹁まあ、このっ天気ではな。﹂
不 意 に 艦 首 が 大 波 に 乗 り 上 げ 急 激 に 傾 い た た め 言 葉 が 少 し 詰
まってしまった。
11月下旬、秋が終わりに近づきシベリア高気圧がオホーツク海に
まで勢力を広げると
566
遠隔相関││離れた二つ以上の海域で気圧がシーソーの様に変動
する現象││により
オホーツク海の東側に位置するアリューシャン列島付近の気圧が
相対的に低くなる。
これが冬季に入るとシベリア高気圧からの冷たい乾燥した空気
と
太平洋高気圧からの暖かい湿った空気がアリューシャン列島付近
でぶつかり合い
低気圧が発達しやすくなる。
幸いにも、現在は秋の終わりで本格的なアリューシャン低気圧が
発生する時期とは
ズレてはいるが、大荒れの天候であることに変わりはなかった。
﹂
﹁5万トンの戦艦でもこの状態ですからね。
駆逐艦娘達は大丈夫でしょうか
﹁冬のアリューシャンなんて戦争やる場所じゃないですよ。﹂
ひどく揺れていることに変わりはないがな。﹂
﹁定時連絡では問題ないとの事だった。 ?
疲れたように嘆く副長。
﹁全面的に同意するよ。とにかく、キス島で濃霧が発生している事
を
祈りつつ警戒を怠るな。こんなところで敵と遭遇しても
真面に戦えるのは僕だけだからな。﹂
﹁向こうも戦艦や重巡以外は似たようなものだと思いますがね⋮﹂
﹃こちら陽炎、応答を願います。﹄
﹂
通信機を通して快活な少女の声が、薄暗いCICに響いた。
﹁ホタカだ、何があった
たぶん、PTボートぐらいの大きさよ
﹄
この大時化の海の真ん中でか
?
?
﹂
﹄
﹃アハハ⋮おっしゃる通りです。﹄
君らの砲撃は当たらないだろう
﹂
﹁知らせてくれるだけでいい。と言うか、この海では
﹃攻撃はしなくていいの
もし、魚雷艇を発見した場合はすぐに連絡を入れてほしい。﹂
居ると考えるべきだろう。目視による索敵を厳にしてくれ。
居るとは思えないが。艦隊の半数が確認したと言うのなら
﹁なるほど⋮。この状態で作戦行動がとれる様な魚雷艇が
たって言うし⋮﹄
絶 対 に 〟 そ う 〟 と は 言 え な い の よ ね。で も、雪 風 や 時 雨 も 見 え
﹃それが、ほんの一瞬現れてすぐに波の向こうに消えちゃったから
﹁見間違いじゃないのか
魚雷艇がまともに運用できるとは思えない。
大型戦艦でさえひどく揺れるほどの荒天でPTボートの様な
敵らしい反応は今まで浮かび上がってきていなかった。
当然、方向探知機││逆探││は作動させているが
電波を用いて能動的に敵を発見することは出来ない。
出来る限り目立たない様にしている。その為
現在ホタカは灯火管制を行い、電探を停止させるなどして
﹁PTボート
﹂
﹃3時方向に小型船舶らしきものを確認したわ。
?
?
?
?
567
?
通信機から聞こえてくる声色から、両肩をガックリ落としている
陽炎の姿が簡単に想像できた。
﹁他の艦娘にも伝えておいてくれ。陣形、速度、包囲はそのままだ。﹂
﹃了解。﹄
通信が切れると、ホタカは幾つかある多目的ディスプレイを
外部光学カメラの映像に切り替えた。四角いモニターの向こうに
は
今にも雨が降り出しそうな暗い雲が一面を覆う空と
鉛色の大荒れの海。
海の表面では波が次々と現れては別の波に飲み込まれていき
巨大な軍艦でさえ大きく揺さぶる。自然の力の前には科学技術の
粋を集めた
戦闘兵器でさえ無力なものであることの証明だった。
前艦橋と後艦橋に備え付けられた幾つもの外部観測用光学カメ
たが 原因と思われるものは有りませんでした。﹂
﹁そうか⋮﹂
ホタカの言うあの事とは、数日前に起きた奇妙な現象だった。
彼の搭載している全てのレーダーが同時にホワイトアウトし
電算機にも不具合が生じた。幸いにも、その時は帝国の領海内を
568
ラを
スイングさせて荒れた海面をスキャンしていくが、
それらしいものは発見できない。
﹂
可視光以外にも赤外線捜索追尾システムも起動し索敵に充てる。
﹁こんな荒天下で魚雷艇ですか⋮あれ
深海棲艦に魚雷艇なんてヤツ居ましたっけ
﹂
?
﹁いや、それが原因不明だそうです。乗員に聞き取り調査をしまし
ああ、そうだ。あの事は何か解ったか
﹁確かにそうだが、今回が初めてと言う可能性もある。
ない。
副長の言う通り、現在までに深海棲艦側に魚雷艇は発見されてい
?
?
航行中であり不具合が発生したのは1秒にも満たない時間であっ
たため
大きな問題は起こらなかったが、見過ごせるものでは無かった。
﹁恐らく電算機のバグと言う可能性が高いと思いますよ
のでしょう。
やはり、そろそろ改造すべきではないでしょうか
霞がかったようなものが霧散し、五感が正常に稼働する。
取り囲んでいた
浮上してくるのが感じ取れた。それと同時に、今まで自分の周りを
識が
自分以外の寝息を認識すると、急速浮上をかけたように自分の意
﹁⋮⋮んー⋮んぅー⋮﹂
微かな潮騒の音、そして⋮
唯一残った聴覚から聞こえてくるのは
上を向いているのか、下を向いているのかすら解らない。
聴覚以外の身体の感覚が無く、立っているのか、座っているのか、
自分が今どこにいるのか全く分からない。それどころか
白い、どこまでも白い空間が目の前に広がっている。
冬の迫るアリューシャン列島へ突入していった。
ホタカ、陽炎、不知火、雪風、時雨、夕立は単縦陣を成して
﹁了解。﹂
今のところはプログラムに原因があるとみて調査を続けよう。﹂
﹁それを決めるのは提督だからな⋮
﹂
ここ最近無理させっぱなしですから、電算機にもガタがきている
?
ゆっくりと目を開けてみると、焦点がゆっくりと合っていき
﹂
見覚えの無い白い天井が彼女の網膜に像を結んだ。
﹁気が付いたようだな
う瞳を動かすと
569
?
落ち着きのある男性の声がかけられる。反射的に左右で色が違
?
と声を出そうとしたが、口の中がカラカラに乾ききってい
濃紺の軍服を着た赤目の青年がこちらをのぞき込んでいた。
ここは
て
﹂
?
﹂
ではな。﹂
そこで眠りこけているヤツを叩き起こすと良い。
変わりないからな。何かあった時は枕もとのボタンを押すか
鎮痛剤が効いているとは思うが重症であることには
﹁他に質問が無いようなら今日はもう寝ると良い。 ホッと胸を撫で下ろした。
うで
気持ちよさそうに眠っていた。如何やら自分よりは大分軽傷なよ
身体の数か所に包帯を巻いた黒髪の艦娘││重巡加古││が
を動かすと
青年がちらりと彼女の横のベッドを見る。それにつられて視線
加古の方はカタパルトが破壊された以外は特に問題ない。﹂
しばらくは病人生活が続くと思うがガマンしてくれ。
しかし、この要塞のドックはまだ使えない。
言う事だ。
﹁そうか。君の艦体は損傷が激しいが沈没することは無いだろうと
返答する。
大日本帝国軍と言う単語を聞いて少しばかり安心し、小さく頷いて
ソロン南方要塞は初耳だったが、青年が日本語を話したのと
いな
﹁大日本帝国海軍ソロン南方要塞の医務室だ。君は古鷹で間違いな
﹁⋮ここは
結果的に、彼女の喉を潤すことは出来た。
えなかったが
彼女に水を飲ませる。その手つきは素人目にも慣れたモノだと見
そんな様子をみた青年は、そばに置いてあった吸い飲みを使って
擦れた意味の無い雑音にしかならなかった。
?
言う事だけ言ってさっさと病室から出て行こうとする青年を呼
570
?
び止める
﹁あの、貴方は
﹂
﹂
﹁しかし、もうすぐ作戦海域です。
作戦の延期も考慮に入れるべきでは
﹂
新型のウィルスだ。コイツの無力化には時間がかかる。﹂
﹁ああ、防衛プログラムの起動自体には成功したが
﹁艦長でも無理ですか。﹂
その最後の行には〟error〟と表示されていた。
目の前の画面上には大量のプログラムの羅列が映し出されており
椅子の背もたれが小さく軋む。
キーボードを叩くのを止め、後ろに体重をかけて伸びをすると
﹁ダメだな、これは。﹂
相変わらず幸せそうな寝息を立てる加古だけだった。
起きたばかりでうまく回らない頭と格闘する古鷹と
後に残されたのは、彼の発した言葉の意味を何とか理解しようと
それに気づかず部屋から出て行ってしまう。
││は
古鷹は呆けたような声を出してしまうが、彼││ムスペルヘイム
﹁へ
超兵器の艦息だ。よろしく頼む。﹂
私の名は超大型航空戦艦ムスペルヘイム。
﹁すまない。名乗るのを忘れていた。
古鷹の疑問に、青年はしまったと言う顔をする。
?
これを逃したら次は嵐の海で救出作業を行う事になりかねない。
この先、アリューシャン列島は大荒れの天気になる。
そして、海域突入前の気象レーダー情報から考えると
海も穏やかで作戦にはうってつけだ。
﹁難しいな。今はちょうど濃霧が発生しており
副長の提案にホタカは首を縦には降らなかった。
?
571
?
大荒れの海で陸軍の収容作業なんてやった日には
回収用の内火艇の転覆が相次ぎ、助けてるのか凍死させてるのか
解らなくなるぞ。﹂
﹁それは⋮面白くないですな。﹂
﹁何にせよ。ウィルスによる妨害で使えないのは
レーダー、赤外線捜索装置と誘導兵器、それに主砲のFCSだ。
重巡程度なら152mm速射砲で相手できるが、戦艦が出張って
きたら
﹂
駆逐艦に頼るしかない。情けない話だがな。﹂
﹁電算機に頼り過ぎましたかね
﹁その通りかもしれないが。いまさら嘆いても仕方のないことだ。﹂
ホタカに搭載されている電算機は艦の行動のありとあらゆる部
分に
かかわってくるため、コンピューターウィルスに感染すると
艦全体が機能不全に陥ってしまう。その為強力な対ウィルス用プ
ログラムが
搭載されているが、完全に新型のウィルスだとそれに対抗するため
の
ワクチンプログラムを生成するまでに時間が掛かる。その為、今回
の様に
ウィルスに感染し正常に動作できない機能を切断し、
艦全体が機能不全に陥ることを防ぐ措置が取られる。
﹁今回の僚艦は新型の装備を搭載しているから
この失敗をカバーしてくれそうなのが救いだな。﹂
﹁陽炎は40mmガトリング砲2基、雪風は65口径10.0㎝連
装高角砲3基、
時雨は57mmガトリング砲2基、夕立は152mm速射砲2基
でしたね。
彼女たちはまあいいとして、不知火の兵装は大丈夫でしょうか
﹂
572
?
﹁先ほど聞いてみたが特に不調は見られなかったらしい。
?
あの兵器は完全に独立したユニットで外部からの
電波による干渉を受けない様に作られているからな。
艦娘による能力でキャニスターを旋回させハッチを解放、
索敵から発射の手順は発射機によるフルオートで、外部からの
コマンドを受信する必要が無い。つまり、ウィルスが入り込むた
めの受信設備が無い。
ミサイル本体には誘導電波や送られてきた飛翔プログラムを受
け取る能力があるが
射撃直前までは完全に密閉されたランチャー内だからな。問題
は無い。﹂
﹁ミサイルの発射機を甲板に固定しただけですからね。
再装填は弾薬コンテナを使用しますから問題は有りませんし、
艦娘は機械的な結合無しに自分の兵装を意のままに操れます。﹂
﹁僕みたいに電算機に頼り過ぎていると、コンピューターウィルス
573
一つでこのザマだ。
兵器のハイテク化も考え物だな。﹂
﹁しかし、あのミサイルはアクティブレーダーホーミングだけです
から
使用すると相手の逆探に引っかかる恐れがあります。 使用には細心の注意が必要かと。﹂
﹁解っている。不知火だから大丈夫だろうと思うがね。
﹂
さて、こちらは索敵オプションをほとんど失った。
外部可視光カメラでどこまでできるかな
視程は1kmも無い。真っ白な視界の中を息を殺して航行する。
ホタカを先頭にした艦隊は白い霧の中を進んでいく。
﹁僚艦が居るだけマシでしょう。﹂
﹁迷子は嫌だな、ラタトスクの二の枚は御免だ。﹂
とは無いかと。﹂
﹁慣性航法装置と逆探に異常は有りません。霧の海で迷子になるこ
あたりは真っ白で何も見えなかった。
ディスプレイに可視光カメラの映像を映してみるが
?
アレから何時間経過しただろうか
既に辺りは真っ暗になり
艦橋の最上部で霧によってずぶぬれになった妖精が、時間間隔を失
いかけた時
艦隊の行足が止まった。
﹁内火艇を下ろせ、収容作業を行う。﹂
﹁了解。僚艦にも伝えます。﹂
この時のために後甲板に詰めるだけ積んで来た内火艇が次々と
海面へ
滑り降りていき、一路海岸を目指す。
他の駆逐艦からも同じように内火艇が発信していく。
これから約1時間で陸軍のピストン輸送を完了し、キス島を離れな
ければいけなかった。
数分後、霧の中から戻ってきた内火艇には包帯を巻かれ負傷した
様子の隊員が
満載されていた。まず負傷者から救援していく手筈になっていた
が
負傷者を乗せた内火艇の量を見ると、他の3個艦隊は救援に失敗し
たか
遅れているらしい。
﹁艦長。陸軍の次席指揮官の方が収容されました。﹂
副長に呼ばれてCICを出て、甲板へ向かう。負傷者の中でも重
傷者は
医療設備がそれなりに整っているホタカへ収容することになって
いた。
甲板に付くと、塩と血の香りが鼻につく。副長の言っていた次席指
揮官は
甲板の淵で引き揚げてきた兵の統率に当たっていた。
てきぱきと指示を飛ばしていた陸軍士官は、
艦橋から出てきた艦息に気が付くと陸軍式の敬礼をする。
背が高く怜悧な印象の青年士官だった。肩の階級は少将。
陸軍の人員不足はどうやら年功序列を粉砕し
574
?
出 来 そ う な 人 間 な ら と っ と と 昇 進 さ せ る 体 質 を 生 み 出 し て い た。
真面な軍であれば実力至上主義は歓迎されるものではあるが
﹂
ここまで切羽詰まったために生み出された現状を見ると
手放しで喜べるものではないだろう。
﹁キス島守備隊次席指揮官の木浪少将です。
海軍の救援に感謝します。﹂
﹂
﹁第4次キス島撤退作戦第2艦隊旗艦ホタカです。
他の艦隊はまだ来ていないのですか
﹁はい、貴艦隊が今日ここに来た最初の艦隊です。
他の艦隊はまだ見ていません。何か不具合でも
﹁この作戦では艦隊間の相互通信は許されてはいませんからね。
残念ながら僕らも他の艦隊がどのような状態なのかは解らない
のです。﹂
﹁なるほど。しかし、貴艦隊がここに来たくれたことは事実です。
収容作業には後40分ほどいただきたい。それだけあれば全員
救えます。﹂
﹁解りました。出来るだけ急いでください。
収容作業中に襲撃を受ければ、こちらも満足な反撃が出来ませ
ん。﹂
﹁理解しています。それでは、私は部下の指揮に当たらねばなりま
せんので。
守備隊司令の岸邊中将は最期の内火艇で引き揚げるそうです。﹂
それだけ言うと若い少将は踵を返し指揮を再開し始めた。手空
きの妖精たちも
彼の指揮に従い収容作業を手伝っていく。
﹁収容作業完了しました。キス島に仕掛けた通信装置は
1時間後に起動しこの海域の僚艦に撤退作業の終了を通達しま
575
?
?
す。﹂
﹁作業終了の暗号が〟サクラサクラ〟とは、考えた奴は皮肉を聞か
せたつもりかな
た。
左舷にまたあの魚雷艇が
そんな時、雪風から通信が入る。
﹃ホタカさん
﹂
!
││を検知して
赤外線捜索装置が起動され、物体から放射される電波││黒体放射
機。﹂
﹁よし、データリンク開始、赤外線捜索装置起動。各砲座は射撃待
僚艦から、相次いで戦闘準備完了と言う報告が届けられる。
これより赤外線捜索装置を起動し不明艦を補足、撃沈する。﹂
﹁こちらホタカ、本艦隊は不明艦に追跡されている。
く。
先ほどまでディスプレイを睨みつけていたCIC妖精の報告が届
﹁索敵システム、再起動完了。﹂
タンバイ。﹂
全艦に通達。戦闘用意。152mm速射砲、30mmCIWSス
﹁つけられている。と考えるのが妥当だろうな⋮。
﹁艦長、これは⋮﹂
しかし、海面には何かが通ったような航跡が残っていた。
モニターに左舷の映像を映すが、そこに魚雷艇らしき影は無い。 ﹁何
﹄
赤外線捜索装置さえあれば、霧の中でも敵艦を発見することが出来
レーダーが再起動する。
さらに、そろそろウィルスの除去が一部完了し赤外線捜索装置と
4000人近い兵員を全員収容することが出来た。
収容にかかった時間はおよそ46分。わずかな時間だったが、
作業を終えた艦隊は舳先を日本へ向けて撤退を始めていた。
まあ、そんなことはどうでもいいか。﹂
?
!
霧のベールをはぎ取る。そこに存在したのは無数の魚雷艇。 576
?
捜索装置をスイングさせると、艦隊が魚雷艇に囲まれていることが
よく解った。
その数は30をくだらないだろう。それどころか、水平線の向こう
から
続々と魚雷艇が現れては包囲網に加わっていく。データリンクに
より ホ タ カ が 見 て い る 画 像 を 認 識 で き る 僚 艦 か ら も 息 を の む 音 が 開
きっ放しの
艦娘よう相互通信回線から聞こえてくる。
﹁艦長、これは⋮﹂
﹁艦形照合⋮間違いない。小型艇Ⅰ型だ。﹂
にも達し無
小型艇Ⅰ型は全長約22mの高速艇で、20cm12連装噴進砲
1門、20mm連装機銃1基
533mm魚雷落射器4基を装備し、最高速度は42
人での戦闘も行える。
小型艇Ⅰ型はウィルキアでの戦争の初期に投入され、無人艇であ
り
大量生産可能なこの魚雷艇は、撃沈を恐れない果敢な突撃により大
きな戦果を挙げた。
特にデュアルクレイターに搭載された小型艇部隊は、数に任せた正
面突撃と
小部隊による迂回からの側面攻撃を合わせた戦術をとり、数々の艦
隊を海の底へ送っていた。
強襲揚陸艦として巨大な格納庫を持つデュアルクレイターは、
他の上陸用舟艇で着上陸戦を行いつつ出撃してきた迎撃艦隊を蹂
躙するのに
十分な量の小型艇を搭載でき、実際にハワイ防衛艦隊は
瞬く間にすりつぶされ、アメリカはパールハーバーをいったん放棄
せざるを得なかった。
その後、小型艇はシリーズ化され最終的に荷電粒子砲やECM、防
御重力場を搭載するモノも現れ
577
?
最後の最後まで使用が続けられた。
﹂
嫌な予感が彼の中で鎌首を擡
しかし、こちらの世界には小型艇シリーズは存在しない。だとし
たら、この艦隊を取り巻く 小型艇の群れは何処から来たのか
げた。
﹁まさか、霧の中に奴がいるとか言いませんよね
﹁その〟まさか〟だろうな。全艦に攻撃目標を指示。﹂
赤外線捜索装置によって得た情報から、
画面上の仮想空間に敵味方それぞれの位置関係を表す。
その中の敵のアイコンに、それぞれ僚艦の名前が付けくわえられ
た。現在の位置関係から
最も命中弾が期待できる艦娘がその目標を叩くことになっている。
﹁こちらホタカ。30秒後、先ほど割り振った目標へ向けて全力攻
撃を開始。
攻撃位置に存在する目標を優先せよ。攻撃と同時に全速で当海
域を離脱する。
強襲揚陸艦型超兵器が付近に遊弋している可能性が極めて大だ。
今回の僕らの目的はあくまでも陸戦隊員の救出であり超兵器の
撃滅では無い。
深追いは厳禁だ。﹂
駆逐艦娘とホタカの兵装が白い霧のカーテンの向こうを睨む。
﹂
一瞬の静寂が過ぎ去り、カウントダウンがゼロを示した。
﹁攻撃開始
多数の砲弾は正確無比な射撃指揮装置により、
﹄
20m程度の魚雷艇に次々と152mm砲弾を叩き込んでいった。
﹃さあ、素敵なパーティしましょ
艇を転覆させるのに ホタカほどの命中率は無いが152mmの砲弾は至近弾でも小型
夕立の楽しげな声と共に152mm速射砲の連射が開始される。
!
578
?
?
最初に火蓋を切ったのはホタカの有する152mm速射砲6基。
!
十分な威力で、彼女も直撃を狙うと言うより小型艇の鼻先に砲弾を
叩き込んで 転覆、無力化を図る。中には運悪く命中する小型艇も存在し、そう
いった船は
須らく木端微塵に砕かれていく。
﹃つまらない。﹄
不知火は標準装備された10cm高角砲を叩き込んでいく。
艦砲としては豆鉄砲も良い所ではあるが小型艇を蹴散らすには
﹄
必要十分な火力だった。
﹃雪風は沈みません
雪風の65口径10cm連装高角砲からは高初速の砲弾が、霧の
海へ向けて放たれる。 砲弾の速度が速いと言う事は目標に到達するまでの時間が短くて
済み
偏差射撃で補正する角度が小さくて済むため命中率が上がる。
さらに、彼女自身の幸運の結果なのか外れた砲弾も、
目標の背後をたまたま通りかかった別の小型艇に直撃し撃沈して
しまう。
﹃残念だったね。﹄
夕立、雪風、不知火の砲火を潜り抜けた魚雷艇だったが
今度は時雨の57mmガトリング砲が立ちふさがった。 陸軍の旧式中戦車が搭載しているような砲弾が途切れることなく
浴びせかけられる。 装甲の張られていない小型艇の舷側を構成する素材を簡単に破砕
し
無視できない破孔を作り出す。魚雷や噴進砲弾などの爆発物に直
撃弾を受けた
﹄
小型艇は派手な火柱を噴き上げて霧のベールを一瞬朱に染めた。
﹃攻撃よ、攻撃
陽炎の前後に搭載された2基の40mmガトリング砲から飛び出
579
!
それでも57mmガトリングの豪雨をすり抜けた小型艇は
!
した無数の40mm砲弾に
絡めとられていく。大量の機関砲弾に船体や兵装を万遍なく穿た
れ
次々と爆散していった。
中には魚雷や噴進砲を発射することに成功する艇も出てくるが、
それらは艦隊の面々に
被害を与える前に、ホタカの35mmCIWSで処理されていく。
幸いにも小型艇の攻撃は
戦艦であるホタカに集中した。彼は自分に向かってくる攻撃の迎
撃は最小限にとどめ、
防御重力場の無い駆逐艦を狙う魚雷や噴進砲を優先的に攻撃して
いく。
12cm噴進弾が命中することもあったが、元は対空用の噴進弾で
﹃了解です。﹄
反航戦になります
﹂
不 知 火 の 艦 中 央 部 に 搭 載 さ れ た 箱 形 の 6 連 装 ボ ッ ク ス ラ ン
チャー2基が鎌首を擡げる。
﹄
ボックスランチャーが望む先には随伴艦を引き連れた戦艦ル級e
liteの姿。
﹃沈め⋮沈め
せるほど遅くは無かった。
その速度はミサイルにしては低速だったが、ル級の対空砲火で落と
んで行く。
先端の回転衝角を全力運転させながらセットされた目標へ突っ込
出たドリルミサイルは
まず先頭のル級へ向けて3発発射される。ランチャーから滑り
!
580
あったため
進路上に敵艦隊を発見
相対速度65
!
!
駆逐艦と言えど大きな損傷にはならない。
﹁艦長
!
﹁不知火、大物の処理は君に任せる。﹂
?!
戦艦2、重巡2、駆逐2、単縦陣です
!
艦前方に殺到したミサイルはそれぞれが急角度で降下し
前部の砲塔に1発づつ、最後1発は前艦橋へ着弾。
普通のミサイルならここで炸裂するが、
ド
リ
ル
ドリルミサイルは弾頭の最前部に取り付けられた
回転衝角を利用して文字通り艦を掘り進んでいく。
砲塔の装甲板を貫通した2発のドリルミサイルはそのまま侵入
をつづけ
ついに砲塔直下、主砲弾薬庫にまで到達し内部に収められた高性能
炸薬に点火、爆裂する。
強力な熱と衝撃波に主砲弾と装薬が次々と誘爆していき、
2基の3連装砲塔が内側から吹き上がった火炎の柱に打ち上げ
られ艦体前部もろとも大破した。
艦橋に命中した1発は艦橋直下の 機関室で炸裂し、艦の脚と電
気系統を寸断した。 581
たった3発のドリルミサイルは、装甲を貫徹し柔らかい内部を蹂
躙すると言う
コンセプト通りの 戦果を発揮し、2隻の戦艦から真面な戦闘能力
を奪った。
そこへ第2波が着弾し、残った第3砲塔や
ホタカ等へ指向できる両用砲群も戦力を刈り取られる。次に狙わ
れた重巡2隻は
ドリルミサイルによって主砲弾薬庫と魚雷発射管を吹き飛ばされ
ホタカと夕立の
152mm速射砲により相次いで轟沈。彼我距離が近づいた2隻
の駆逐艦は
﹄
雪風、陽炎、時雨によって上部構造物をなぎ倒され黒煙を噴いて霧
の海に没する。
﹄
﹁雷撃戦開始せよ。﹂
﹃これでど∼お
貰ったわ
!
!?
﹃ここは譲れない﹄
﹃悪いわね
!
﹃艦隊をお守りします
﹄
上甲板が大火災に見舞われもはや漂流するしかなくなった 戦艦ル級2隻へ向けて、ミサイルを搭載するため魚雷を下ろした不
知火以外の 4隻が魚雷を発射する。この発射コースもホタカがはじき出した
データを基にしているため
そのほとんどが燃え盛りのたうち回るル級へ命中していく。
多数の魚雷に耐えられる力はル級に残されておらず、舷側を食い
破られ
急速に傾いていき直に冷たいアリューシャンの海へ消えた。
深海棲艦を撃滅する頃には、小型艇の群れは攻撃を諦めたのか
反転して霧の海の中へ消えていく。赤外線捜索装置で確認してみ
ても
超兵器特有の大柄な艦体は発見できない。レーダーにも奇妙なノ
イズは移っていなかった。
﹁敵部隊の撃退を確認しました。﹂
﹁しかし、油断は禁物だ。速度を維持して一気に海域から脱出しよ
う。﹂
﹁本艦はともかく、駆逐艦の燃料が心配です。
幌筵泊地から油槽船を出してもらいましょう。﹂
﹁そうだな。あれだけ暴れれば最早隠密任務では無い。
通信を送っても問題ないだろう。それに⋮﹂
チラリとあるモニターを見る。黒い画面に無数のプログラムが
白で表示されている
オー
ル
グ
リー
ン
モニターに、クリアグリーンで〟completed〟と表示され
た。
﹁ウィルスの掃除も終わった。全兵装使用可能だよ。
これなら大抵の問題に対処できる。
しかしまあ、超兵器、十中八九デュアルクレイターだろうが。
奴の事もあるから、佐世保に帰るのは少し先になりそうだな⋮﹂
﹁アリューシャン低気圧で沈みませんかね、アイツ。﹂
582
!
﹁期待するだけ無駄だよ。﹂
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 583
STAGE│29 共闘
執務室の窓から見える空は、相変わらずの曇り空だった。
時たま、海からの突風が停泊した艦の間を通り抜け
鎮守府建屋にぶつかり、音も無く弾けていく。
オールバックにした黒髪にリム
執務室の主が先ほどまでせわしなく動かしていた万年筆をピタ
リと止めた。
年のころは30半ば頃だろうか
レスの眼鏡
よく言って怜悧、悪く行ってしまえば冷徹と言った印象を受ける。
楕円形のレンズを通した視線を右前方、執務机の向こう
来客用のテーブルとソファを占拠して書類仕事を続けている一人
の艦娘に向けた。
﹁龍鳳﹂
龍鳳と呼ばれた艦娘は、赤い瞳を自分の提督に向けると
軽く微笑みながら彼の二言を待たず言葉をつづける。
﹁はい、件の艦隊は後1時間でこちらに到着するようです。
﹂
陸軍を本土まで輸送する輸送艦の準備は既に整っていますし
すぐに入れてきます
タグボートの準備も終わっています。﹂
﹁解りました。それと﹂
﹁はい、コーヒーですね
!
いく。
その様子をあっけにとられたように見るわけでもなく、さも当然と
言った顔で
執務室の主、提督は書類作業を再開した。
一般人からしてみれば異常なやり取りではあったが、この二人に
とっては
いつもと変わらない日常風景の一角だった。
584
?
翡翠色の和服の様な上着を翻して龍鳳は執務室から飛び出して
?
ホタカ達が幌筵鎮守府に到着したのは太陽が西へ傾き始めたこ
ろだった。
港に入るとすぐに、陸軍兵を近くに停泊している大型輸送船に移動
させる作業が始まる。
これから始まるであろう超兵器迎撃戦に、陸軍の出る幕は無かっ
た。
キス島守備隊司令岸邊中将と簡単な挨拶を艦上で交わすと、
内火艇で幌筵鎮守府施設へ向かう。桟橋では黒髪の艦娘、龍鳳が彼
を出迎えた。
﹁ようこそ幌筵鎮守府へ。龍鳳型一番艦、軽空母龍鳳です。
秘書艦を務めさせてもらっています。﹂
﹁佐世保第三鎮守府所属、装甲護衛艦ホタカだ。出迎えご苦労様。﹂
﹁提督が執務室でお待ちです。こちらへどうぞ。﹂
敬礼もそこそこに龍鳳が先だって歩き始める。
その小柄な体に反して、彼女の歩く速度は大分早かったため
ホタカは心持ち歩幅を広くとって歩いていかねばならなかった。
﹁一つだけ知ってほしいことがあります。﹂
鎮守府の階段に差し掛かり、流石に移動速度を落とした龍鳳が
若干申し訳なさそうに肩越しに微笑んだ。
﹁提督はとっっってもせっかちな方でして⋮
初めは戸惑うと思いますが、決して悪い人ではありませんので。﹂
﹁了解した。﹂
ホタカが一つ頷くと、可愛らしい笑みを浮かべ礼を言う。
心なしか階段を上る速度も上がっているように感じる。
彼自身、目の前の少女の印象からしてみれば妙に歩く速度が速い
ようにも思えた。
しかし、提督がせっかちなら話も変わってくるだろう。
秘書艦は提督の執務のサポートを主に請け負う。せっかちな提督
なら
部屋から部屋への移動も速足になるのだろう。とどのつまり、この
歩く速さは
585
この鎮守府の艦娘にとっては普通に歩いているのと変わらないの
だろう。
そんなどうでもいいことを考えているうちに、執務室前の扉にたど
り着いた。
ノックを三回。しかし、一回龍鳳がドアを叩いた瞬間、
中から〟どうぞ〟と言う声が聞こえる。と、同時に彼女は扉を開け
て
執務室内へ足を踏み入れていた。あわててホタカも執務室へ歩を
進め、
執務机の前で立っていた海軍中佐に敬礼。
﹁佐世保第三鎮守府所属、装甲護衛艦ホタカです。﹂
ホタカが名乗り終えた瞬間。
それこそ、言葉をかぶせかねないほど間髪入れずに中佐が話し出す
﹁幌筵鎮守府司令、備後勇中佐です。第4次キス島撤退作戦お疲れ
﹂
龍鳳の言っていた中佐の特徴を頭の片隅で思い出す。
﹁あ き つ 丸 や 神 州 丸 が 近 い か も し れ ま せ ん。多 数 の 上 陸 用 小 型 舟
艇、
回転翼機、垂直離着陸機を搭載した揚陸艦で
それ一隻で敵前上陸作戦に必要なほぼすべての機能を持ち
586
様でした。
どうぞ、座ってください。﹂
促され席に座る。備後中佐は向かいに座るとすぐに本題を切り
出した。
﹂
﹁君が遭遇した超兵器はどのようなモノか
詳しく教えてくれませんか
﹁実際に遭遇したわけでは﹂
﹁強襲揚陸艦とは
﹁恐らく双胴強襲揚陸艦型超兵器デュアルクレイターで﹂
超兵器の情報を教えてください。﹂
﹁構いません。君がアリューシャンにいると考えている
?
││││なるほど、確かにせっかちだな。
?
空海二つのルートでの上陸作戦が展開可能です。
話を戻しましょう、デュアルクレイターの全長は約400m、全
幅約210m
100口径38.1㎝砲3連装8基24門、80口径20.3㎝
連装砲18基36門
統合大型噴進弾発射機6基、隠匿式57mmバルカン砲18基、
﹂
隠匿式12㎝30連装噴進砲30基﹂
﹁統合大型噴進弾発射装置とは
﹁30cm噴進弾、45cm噴進弾、多弾頭噴進弾の発射機を統合し
たものです。
戦艦の主砲塔クラスの装甲版に覆われた巨大な発射機で
これらの無誘導噴進弾を連続射撃することが可能です。
無誘導とは言えその投射量は破滅的と言えるもので
生半可な艦隊であれば一瞬で火だるまになり無力化されます。
イージスシステム搭載艦と言えど、この鉄の雨を防ぎきることは
﹂
難しいでしょう。﹂
﹁艦載機は
F4F、フェアリバトル、アルバコア
Fw190、AD1スカイレイダー、SB2Uビンディケーター、
B│17E、Ju87D、Ju87C
Fw200C等です。搭載機数は詳しい値は解りませんが、
全てで200∼300程度かと思われます。﹂
﹂
戦闘艦として異常な能力をもつデュアルクレイターの性能に、
備後中佐は眉一つ動かさなかった。
﹁Fw200CとB│17Eは4発爆撃機ですが、
デュアルクレイターからの発着艦は出来るのですか
﹁はい。発艦する場合はRATOブースターで推力を補い
?
﹂
着艦する場合は新型の制動索と機体構造の強化による力技です
が。﹂
﹁ふむ。艦載艇は
?
587
?
﹁艦載機には主にブレニムMK│1、雷電一一型、Ta152、
?
﹁小型艇一型と上陸用舟艇です。上陸用舟艇は大発動艇と大差あり
ません。
。無人戦
小型艇一型は22mの高速艇で、20cm12連装噴進砲1門、
20mm連装機銃1基
533mm魚雷落射器4基を装備し、最高速度は42
闘が可能です。
でしょう。﹂
ントロール能力では
他の超兵器よりも格段に劣ります。﹂
﹁では、そこをつくと言う事で行きましょう。
ホタカ、君は単艦でこの任務を行えますか
中佐の問いに、ホタカは渋い顔をする。
﹂
構造上阻止しづらく致命傷になりやすいでしょう。ダメージコ
を
艦内の隔壁は少ないです。装甲を貫いた場合、浸水や火災の拡大
上
装甲が薄く脆弱です。更にウェルドック式強襲揚陸艦である以
﹁全体的に重装甲ですが、両舷最後部のハッチは構造上
﹁なるほど。弱点は
﹂
小型艇だけを搭載していたと仮定した場合、600隻は下らない
せず
搭載数は場合によって大きく変動しますが、仮に上陸部隊を搭載
?
57mmバルカン、20.3㎝連装砲、12cm30連装噴進砲
トライデントとハープーンで飽和攻撃を行う場合でも
きる可能性は低いです。
僕の主砲でアウトレンジからの砲撃を行った場合、装甲を貫通で
ので
さらに飛行甲板にも重装甲を施し、防御重力場も装備しています
デュアルクレイターは水平防御、垂直防御共に非常に堅牢で
の利点を生かし
﹁楽な戦いにはならないと思います。双胴艦の恩恵である大排水量
?
588
?
など豊富な防御火器により
満足な戦果を得ることは難しく、結論を言えば
アウトレンジからの攻撃はヤルだけ無駄でしょう。
最後に残るのはハッチへの直接砲撃ですが、ハッチを狙うために
は後方に回り込み
水平撃ちをする必要があります。ここまで接近すると噴進弾の
射程に入るため、
無数の噴進弾を迎撃する必要があります。さらに無数の小型艇
と航空兵力。
これらを掻い潜っても攻撃するチャンスは恐らく一瞬で、すぐに
全速で離脱しなければ
多数の火器、艦載兵器により袋叩きにされる可能性が高く
後方に張り付いて連続射撃を行うのは難しいでしょう。﹂
一気に話し終える。彼自身、デュアルクレイターを単艦で撃破す
589
る自信は無かった。
チラリと中佐の背後で待機している龍鳳を見ると、その顔は青ざ
め軽く引きつっていた。
一軍人として艦娘として当たり前の反応。そのせいか、ホタカの弱
気とも取れる発言や
超兵器の規格外の戦闘能力をを聞いても
﹂
ピクリとも表情を変えない備後中佐が妙に不気味に思えた。
﹁なるほど。では、もう一隻居ればどうでしょうか
﹁それでは〟彼〟を呼びましょう。龍鳳。﹂
さく頷く。
ニタリと口角を軽く吊り上げた。その様子を見た備後は一つ小
﹁確かに、奴が居れば何とかなるでしょう。﹂
る。
この国には自分に匹敵または凌駕する性能を持つ艦がもう一隻居
そこまで考えたところで、はたと気づく。
が改善するようには思えない
中佐の言葉に一瞬面食らう。艦娘が1隻加わったところで状況
?
﹁はい。ホタカさん、こちらへどうぞ。﹂
龍鳳に促され席を立ち、提督室を後にする。
﹂
幾つかの角と階段を通過し、1つの部屋に案内された。
﹁ここは
﹁中佐の仰る〟彼〟がここに来るまでは、この部屋をお使いくださ
い。﹂
中に入ると、簡素な机と寝台、ストーブ。使われていない艦娘用
の部屋の一室だろう。
﹁航空哨戒を強化していますが、今の所超兵器出現の兆候は見られ
ていません。
﹂
超兵器発見を発見した場合は最速で情報を届けますのでご安心
を。﹂
﹁艦隊の皆はもう出発したのか
た
真津の指示だった。横須賀まで陸軍将兵を送り届けた後は
そのまま佐世保へ帰還する。
﹁電話はこの廊下の突当りの部屋に在り
基本的に自由に使えます。他に何か質問はございますか
﹁いや、無い。ありがとう。﹂
﹁いえいえ。では、私はこれで失礼します。﹂
彼女は一礼すると、踵を返して部屋を出て行く。
﹂
新型の装備を搭載していたとしても超兵器迎撃は困難と判断し
す。﹂
﹁はい。陸軍将兵を乗せた輸送艦を護衛しつつ本土へ向かっていま
?
ローでの
まだ彼が〟艦息〟と呼ばれる存在で無かったころの記憶、スカパフ
は。
特にやることも無く、寝転んでいたホタカがふと思い出したの
冷たい寝具の感覚、真新しい天井が視界いっぱいに広がった。
特にやることも無いのでストーブに火を入れ、寝台に寝転がる。
?
590
?
デュアルクレイター迎撃戦の記憶だった。
その時のホタカは第1次改装を終え、完成直後とは隔絶した戦闘
能力を保有していた。
迎撃戦開始後、彼は新たに搭載された61㎝砲と新型のトライデ
ントで
前面に展開した護衛艦隊を中央突破しデュアルクレイターに突入
する。
当然、超兵器は中央突破してくるホタカへ向けて、小型艇と連携し
つつ
猛烈な迎撃を開始する。降り注ぐ主砲弾と魚雷を掻い潜り、
噴進弾を新型の防御重力場と装甲、防御火器で凌ぎ
後方のハッチに肉薄、主砲とトライデントミサイルで一撃を与える
ことに成功する。
トライデントミサイルは、速度を上げる前に濃密な対空砲火によ
り全機撃墜されたが
発射された時点でトップスピードとなっている主砲弾は4発が左
舷側のハッチを吹き飛ばし
内部に侵入。ウェルドック内で出撃を待っていた小型艇やその弾
薬を誘爆させ
デュアルクレイターの左舷艦首付近から中央部にかけての舷側を
吹き飛ばし
2つの艦体を繋ぐ接続部に着弾した2発は、航空機格納庫を突っ切
り
1発は航空機用燃料槽、もう1発は更に艦内を突き進み、
両方の胴体を繋ぐ構造体の最前部に設けられた第1艦橋で炸裂し
た。
燃料槽に満載された航空燃料はたちまち紅蓮の炎を噴き上げ、
重装甲であるはずの飛行甲板を発艦しようとしていた艦載機ごと
地獄の業火に包み込む。
第1艦橋で炸裂した一発は艦の指揮系統を奪った。
2つの船体を繋ぐ部分に致命的な損害を負い、
591
左舷側に大規模な浸水が発生したデュアルクレイターは
中央部から真っ二つに割れて、それぞれの船体が横転して海中に没
した。
何とか超兵器を葬ったホタカも、上部構造物や対空火器に重大な損
害を受けた為
辛勝と呼べるだろう。
今回は改装前の41cm砲と防御重力場、対空火器で戦わねばな
らない
さらにひどい戦いになることは想像に難くなかった。
嫌な想像を振り払うように2,3度頭を振り別の事を考えること
にする。
あの艦娘
││││それにしても、龍鳳と言ったか
が
ホタカ居るかい
勢いよく開け放たれる。
﹁よぉーっす
!
﹂
﹂
ああ、自己紹介してなかったっけ
﹁君は
﹁ん
あたいは夕雲型一六番艦朝霜さ。よろしくな
!
﹁どうした
﹂
ふむふむと頷きながら彼の周りを一周廻った。
寝具から立ち上がり、彼女へ近づくと。艦娘││朝霧は
﹁アサマ型二番艦ホタカだ。﹂
﹂
外側が白銀、内側が紫色の髪が印象的な艦娘だった。
服装は白い長そでのブラウスに、赤紫色の短めのワンピース。
長い髪を後頭部で纏め、薄鈍色の瞳は右側が前髪で隠れている。
見慣れない小柄な艦娘が視界に入った。
こすと
来客が来ているのに寝転がってるわけにもいかないので状態を起
ドアの出した音よりも大きく元気な声が部屋の中に響く。
!?
そんなどうでもいい考察を頭の中で転がしていると、木製のドア
中佐の思っていることが解るのか
?
?
?
?
592
?
?
﹁いやさ、けた外れに強いっつーからどんな奴かと思ったけど
案外普通なんだなと思ってさ。でも、この軍服はうちと全然違う
よな。﹂
﹂
﹁デザインが違うだけで、材質はそう変わらないだろう。
ところで、何か用か
気も
何やってんだ
しない事も無かった。
﹁おい
﹂
!
幌筵鎮守府の備後中佐の指揮下に入ってもらう事にする。
﹃ハッ、違いないな。命令系統の事だが、一時的に
大本営が恐慌を起こしませんから。﹂
﹁運がいいと思っておきましょう。東京湾に現れれば
呆れたような真津の声が聞こえてくる。
は
通信機│││と言っても見た目は只の電話│││の向こうから
﹃こういう事になるとは、運がいいのか悪いのか解らないな。﹄
今行く、と彼女に返して足を踏み出した。
│││面倒見は良さそうだな。
首だけ振り返って彼を急かす。
霜が
ホタカがまだ動いてなかったので、部屋の外まで出てしまった朝
置いてくぞ
この辺もあの提督の影響かと一瞬考えるが、彼女自身の個性の様な
くるりと踵を返すと、彼の返事を待たずに歩き始める。
な。﹂
突 当 り に 通 信 機 が 置 い て あ る 部 屋 が 有 る か ら さ、ま、付 い て き
﹁佐世保からホタカ宛に電話だよ。部屋を出て右へずーっと行って
朝霜は、思い出した。と手をポンと鳴らした。
?
!
佐世保から指揮なんてできないからな。﹄
593
!
﹁了解しました。﹂
﹄
﹃今回は例の艦と共同戦線を張るそうだが
信用できるのか
た。
﹃まあ、伝えることはさっきので全部だ。
﹄
とりあえず生きて帰ってこい。っと、なんだ
ホタカ、電話変わるぞ
﹁は、はぁ⋮﹂
?
る。
﹃もしもし、ホタカ
﹁なんだ、君か。﹂
﹃何だとは何よ。﹄
﹄
その後すぐに、受話器から自分が良く知る少女の声が聞こえてく
間抜けな声が漏れてしまった。
これで会話も終わりと思っていたところだったので
?
⋮⋮⋮
ホタカの呆れたような声に、真津は乾いた笑いをもらす。
﹁お変わりがないようで喜ばしい限りですな。﹂
修理代は後で第二鎮守府に請求しておく。まあ、何時もの事さ。﹄
うよ。
﹃いや、心配ない。龍上大佐がまた龍驤とじゃれあっているのだろ
﹁どうしました
﹂
何か硬質なものが砕け散るような音が受話器の向こうから聞こえ
そこまで提督が言ったところで、
﹃その想像が正しいことを祈るよ。﹄
でしょう。﹂
完全に僕の想像ですが、裏切るぐらいなら自沈を選ぶようなヤツ
すよ。
﹁失礼しました。とは言え、彼が裏切るようなことは無いと思いま
﹃おいおい、笑えない冗談はやめてくれよ。﹄
僕が沈むだけですから。﹂
﹁まあ、彼なら大丈夫でしょう。たとえ間違っていても
?
?
594
?
若干すねたような声を受話器に伝えてきたのは瑞鶴だった。
﹄
そう言えば、彼女の声を聴くのは久しぶりだった事に気づく。
﹃まあ、いいわ。アンタ、また超兵器と戦うのよね
﹁ああ、佐世保に戻るのはもう少し後になるな。﹂
﹂
一度お祓いしてもらえば
﹃なんと言うか、アンタの行くところ行くところ
問題だらけじゃない
﹁そうだな、雪風か君にやってもらおうかな
﹂
﹄
?
?
﹃とにかく絶対に帰ってきなさい。いい
﹁解った、約束する。﹂
﹃解ればいいのよ。﹄
解った
﹄
?
﹁他に何かあるか
無いならもう切るぞ。
受話器の向こうの雰囲気が幾分和らいだように感じ取れた。
?
自分の損傷個所を伝えた彼女の顔を思い出し背筋が少し寒くなる。
笑顔で
取り付く島が無いとはこの事だろう。あの時、目の笑っていない
﹃喧しい。無理と無事の意味をもう一度勉強し直しなさい。﹄
﹁いや、室戸岬沖の事はともかくウルシ│での事は仕方がな﹂
﹃あるでしょ。ドレッドノートの時とムスペルヘイムの時。﹄
﹁僕の記憶では約束を反故にしたことは⋮﹂
アンタすぐに約束破るし。﹄
﹃⋮まあ要するに、無事に帰ってきなさいってことよ。
﹁なんだ
って言うかこんな事が話したいんじゃなくて。﹄
﹃アタシはレイテで沈んでるから雪風に頼む事ね。
?
?
﹁こんどは何だ
﹂
﹃あ、ちょっと。﹄
提督の話も終わっているしな。﹂
?
一体何が言いたいのか小さく首をかしげていると
だけ。
〟うー〟だのと言葉になっていない音が極々小さく聞こえてくる
そう問いかけてみるが、受話器の向こうからは、〟あー〟だの
?
595
?
ようやく、受話器から意味のある音が聞こえてくる。
﹃⋮ううん。何でもない。じゃあね。﹄
﹁またな。﹂
受話器を元あった場所に戻す。
それにしても、彼女は何を言いかけたのだろうか。
﹂
瑞鶴にしては歯切れの悪い答えだった。
﹁彼女か
朝霜のからかうような声に、頭の中をぐるぐる回っていた
疑問が一気に吹き飛んでしまう。 若干の頭痛を覚えつつ否定するが、朝霜の面白い物を見つけたと
言う
﹂
目を見ると、自分の抗議に効果があるようには思えなかった。
﹁よかったのか
ていた。
瑞鶴自身、そのために長いこと考えるのは時間の無駄と認識し始め
放棄する。考えても、こういった類の問いの答えが出るとは限らず
とを
思考のループに飲み込まれる前に、彼女はそれについて考えるこ
﹁ま、いっか。﹂
何故あの時呼び止めてしまったのか、自分の行動が腑に落ちない。
執務室を出て、一つため息を付く。
﹁解った。﹂
﹁そうか。報告書は受け取った、戻っていいぞ。﹂
﹁うん。﹂
受話器を置いたままの瑞鶴に、真津が声をかけた。
?
夕食は鎮守府の食堂でとることになる。こちらの鎮守府でも艦
596
?
娘による
当番制のようで、今日は龍鳳の当番ということだった。メインは
フーカデンビーフ。
食堂には鎮守府に所属する艦娘が思い思いの場所で食事をとって
いる。
こういうところは北でも南でもそう変わらないらしい。
こちらに気づいた朝霜が〟よっす〟と軽く手を挙げた。こちらも
軽く手を挙げて答え、
空いている適当な席に座ろうと食事の乗った盆を机に置く。
すると、目の前にほぼ同じタイミングで別の盆が置かれた。
﹁備後中佐。﹂
﹁冷めないうちに食べることをお勧めします。﹂
既に彼は湯気の立っているフーカデンビーフに
箸を入れていた。中佐のいう事ももっともだったので
597
自分も席について食事を始める。
料理の腕は鳳翔と遜色がない。つまり非常に美味い。
ふと前を見ると、中佐も自分と同じように食事を続けている。
彼にとっては少し奇妙な感じがした。
せっかちな人間なのだから食事も早食いなのだろうと勝手に
決めつけていたが、目の前の光景は彼の予想と真逆だった。
﹁君は少し勘違いをしているようだ。﹂
﹂
そんなホタカの疑問を感じ取ったのか、中佐は箸を止め一口茶を
啜った。
﹁勘違い、ですか
特に急ぎの用もないのに掻き込むほど無粋ではありません。
てくれた料理を
後悔を省き、価値ある人生を送る近道です。せっかく艦娘が作っ
ことが出来ます。
無駄を省いていけば、有用な任務、事柄に必要十分な時間を使う
人生は短い。我々、軍人と言う人種は特に。
﹁どうでもいいことに時間を盗られている場合ではないのです。
?
無論、必要な場合はそうしますがね。
話は変わりますが、彼は4,5日ほどでこちらに到着するようで
す。
で
超兵器を発見次第君達には迎撃に当たってもらいます。﹂
﹁4,5日ですか、巡航速度38
日本よりのルートならばそれぐらいかかりますね。﹂
備後の言った通り、5日後幌筵鎮守府沖に巨大な航空戦艦がその
錨を降ろした。
岸壁近くの広場に茶色のUH│1Dが強烈なダウンウォッシュ
と共に舞い降りる。
側面のスライドドアが開くと、濃紺の軍服を身に纏った男が
片手で軍帽を抑えつつ降り立った。その紅い視線の先には
以前に一度会った事のある、薄いブルーの軍服を身に纏った青年。
﹁久しぶりだな、ホタカ。﹂
﹁久しぶりと言っても1月程度だろう
提督の執務室まで案内するよ。﹂
﹁よろしく頼む。だが、その名前はもう使うな。﹂
﹂
超兵器の艦息は少し肩を竦める。
﹁どういうことだ
ホタカが思わず肩越しに振り返って尋ねると、
艦息は口角をほんの少し歪ませた。
﹁超大型航空戦艦〟加久藤〟。それが私の名だ。﹂
﹁加久藤、か。聞いたことの無い単語だ。山の名前か
﹁山、と言うよりは火山と言った方が正確だろうな。
﹂
帝国軍最北端の鎮守府へようこそ。ムスペルヘイム。
?
火山に間違いない。もっとも、こっちの世界では加久藤が
生きている火山であると認知されていないようだったがな。﹂
598
?
加久藤カルデラだ。今は加久藤盆地と呼ばれているが
?
?
﹁何故、君ははそのことを知っているんだ
﹂
私、正確には私の心臓が何処から来たか。﹂
と首を傾げられたがね。
また超兵器が埋没していることも突き止められたため、
加久藤カルデラが、まだ生きている火山であることが判明する。
いた
爆発的に進歩することになる。結果的に今まで死火山と思われて
が
その為、超兵器を運用していたウィルキア帝国では火山学の研究
世界的にも有名な火山帯であることであった。
いる場所は
それ以上の事は解らなかった。重要な事は、超兵器機関が埋没して
超兵器機関を製造した誰かが埋めたらしいことは解ったが
ホタカの世界で、超兵器機関は主に火山から得ることが出来た。
この国は立ち行かなくなるからな。﹂
まあ、加久藤火山が破局的噴火を起こせば
本土の火山学者が顔を青くしたそうだ。
こちらの持っている火山のデータを送ったところ
初めは何処の山だ
気づけば加久藤の名を挙げていた。
名前を変える時に、何か希望があるかと聞かれてな。
加久藤カルデラ地下から発掘されたものを使用している。
﹁察しが良いな。私の超兵器機関は九州の
﹁と、いう事は。﹂
そして、私の心臓もな。﹂
事実、超兵器機関はその殆どが巨大な火山から出土している。
帝国は超兵器機関を火山から採掘することで得ていた。
山腹から突き出した巨大な超兵器機関の残骸を。
﹁火山だ。貴様もヴェスヴィオで見ただろう
﹁それは⋮ああ、なるほどな。﹂
﹁ホタカ、忘れたか
彼の問いに、加久藤は少し呆れたように小さくため息をついた。
?
日本の降伏後、一気に発掘、修理。すでに完成していた船体に乗せ
599
?
?
?
ムスペルヘイムが誕生した。
﹁加久藤盆地、か。確か盆地の中に霧島山があったな
艦の中央が戦艦になっている君には悪くない名前だろう。﹂
﹂
﹁そう言ってもらえると、変えたかいが有るな。
貴様は如何するんだ
﹁十中八九変えないだろうね。
僕自体、世界は違えど作られたのはこの国だ。
名前もこの国の武尊山から取っている。
艦名を変えるほどの理由が見つからないな。﹂
﹁違いない。﹂
執務室では、既に備後中佐と龍鳳が
キス島周辺海域の地図を広げて待機していた。
﹁超大型航空戦艦加久藤。到着しました。﹂
﹁長旅ご苦労でした。幌筵鎮守府の備後です。﹂
﹁秘書官の龍鳳です。﹂
中佐に促され、地図の乗った提督の執務机をのぞき込む。
地図にはいくつもの線が縦横無尽に引かれ、その上に
幾つかの駒が置いてあった。駒には高度と時間が書き込まれた付
箋が張られている。
駒の場所はバラバラだったが、記されている高度は全てが7,00
0m以上になっていた。
この時期のアリューシャン列島では頻繁に嵐が起こり
今日も北の海は大荒れだった。その為、哨戒機は雲の上を飛び
電探で超兵器を探っている。超兵器ノイズは強力であり
航空機に乗せられる程度の性能の低いタイプであっても、
探知する事だけなら何とかなった。
﹁今現在の哨戒状況です。この線が哨戒機の航路。
駒が哨戒機が連絡を入れた場所と時間です。﹂
龍鳳が手短に説明すると、駒の一つを線に沿ってある地点まで移
600
?
動させ
駒に貼り付けられた付箋を取り換える。新しく張られた付箋には
ついさっきの
時刻が書き込まれていた。
﹁現在、幌筵鎮守府に所属する電探搭載型の
哨戒機と、先ほど加久藤から飛ばしてもらったE│2Cに
キス島周辺海域の哨戒を行ってもらっています。
現 在 ま で に 加 久 藤 以 外 の 超 兵 器 ノ イ ズ は 確 認 で き ま せ ん で し
た。﹂
中佐の視線の先には、キス島へ接近中の数個の駒。
その高度は9000mを超えていた。
﹁超兵器機関を停止させていればノイズは発生しません。
しかし、E│2Cなら超兵器自体を直接レーダーでとらえること
が出来るでしょう。 キス島周辺に目標が居るのなら、すぐに解るはずです。﹂
この部屋の軍人の視線が、自然に紙の上の数個の駒に集まった。
雲一つない蒼空を1機の奇妙な双発機が飛んでいる。
白く塗装された機体、複雑な形状の尾翼。その中でも一際目を引く
のは
機体上部に乗せられたロート・ドーム。一分間に数回回転し
機体の下部に広がる雲海をものともしない電子の目で探っていく。
その航空機の周りを、護衛のF/A│18のエレメント│2機一
組の分隊│2つが
周囲に目を光らせながら飛行している。
ふと、航空機│││E│2Cホークアイのレーダー上に奇妙な点
が現れる。
反応の強さから、現れた点の大きさは300mを優に超えているこ
とが解った。
601
事前にインプットされた海図と比べるが、この辺りに小島があると
は
書かれていない。ホークアイに搭載されたAIは
母艦に不審な影のデータを送りつつ、護衛のホーネットの内
片方のエレメントに雲海の下へ降下するよう指令を出す。
この荒天下で飛行できる航空機は限られており
例え、航空機に追いかけられてもホーネットの脚ならば十分離脱で
きると
AIは判断していた。
翼を翻して2機のホーネットが雲海へ消える。
デュアルクレイターの巨大な艦体が
ホーネットのガンカメラに捉えられたのは、それからすぐの事だっ
た。
数時間後、幌筵鎮守府から2隻の戦闘艦が錨を上げ、
鉛色の海を切り裂きながら前進を開始する。白いペンキを塗りた
くったような
海に2つの艦体が見えなくなるのに、そう時間はかからなかった。
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 602
STAGE│30 アリューシャンに悪魔は嗤う
鉛色の荒れた海が、進撃してきた鋼鉄の戦船によって二つに割かれ
ていく。両側に分けられた海水は戦艦の滑らかな舷側を通過し、推進
器が起こす強力な水流によって後方へと押し出されていった。
12月に入り、荒れ模様のアリューシャン列島へ向けて航行する2
隻の戦闘艦。1隻はそのスマートな艦体に各種の兵装を装備し見か
けよりも巨大な戦力を有している。その艦の後に続くのは、島の様な
巨大艦を3つ横に連結した様な、巨大と言う言葉では足りないほどの
体躯を持つ航空戦艦。荒れた海とは言え波の波長よりも長大な船体
によって、揺れは有って無いような物だった。
両側に装備された飛行甲板から、青い炎の煌めきを残してホーネッ
トの4機編隊が飛び出し、どんよりと曇った空へ駆け上がっていく。
改良と進化を繰り返した航空機にとって、これ位の天気ならば作戦行
動に支障は出なかった。
自分の航空隊が無事に発艦したことを、外部カメラを通して確認し
た加久藤は唯一の僚艦へそのことを伝える。
﹁此方加久藤。最後の航空機の発艦を確認した。﹂
﹃了解した。それにしても、君に悪天候下で運用できる航空機が搭載
されていてよかった。﹄
ホタカの言葉を、加久藤は鼻で笑う。
﹁フン。大戦前期に沈んだ旧型と一緒にしないでもらいたいな。私も
貴様に沈められなければ、艦載機を全てジェット化するのは遠い話で
は無かっただろうよ。﹂
﹃それは、運が良かったな。﹄
﹁貴様に言われても皮肉にしか聞こえん。冗談はともかく。偵察機か
ら の 報 告 で は 超 兵 器 近 辺 も こ こ と 同 じ く 大 荒 れ だ そ う だ。舞 台 は
整っている。しかし、油断は禁物だろう。﹂
﹃ああ、あのウィルスがいつどこで感染したのか今だによく解ってい
ない。戦闘中にあれを受けたら⋮良くて大破、運が悪ければ撃沈だ
な。前回受けたモノの、対ウィルスプログラムは完成しているが同じ
603
物が飛んでくるとは考えづらい。まあ、いくつか手は打ってあるが。﹄
チラリと時計を見ると、作戦開始予定時刻だった。
﹁そろそろ作戦開始だ。幸運を祈る﹂
﹃君もな。通信終わり。﹄
通信が切れると、加久藤は自分の艦載機が送ってくるログに意識を
集中し始める。
誘導爆弾と短距離ミサイルを満載したハリアーとホーネットの1
1個飛行隊、総勢264機が荒天下の大気を切り裂きながら獲物へ向
かって飛行を続けていた。
﹁艦長、加久藤の偵察機より、目標近辺の天候が回復しつつあるとのこ
とです。それにより、目標は艦載機の発艦を開始偵察機は戦闘に巻き
込まれるのを避けいったん退避しました。﹂
﹁解った。しかし、ツイてないな。﹂
副長の報告に、ヤレヤレとため息を付いた。
﹁もう少し荒天が続く見込みだったのですが、やはり地球が相手では
分が悪いですよ。﹂
﹁荒天下での行動が可能な加久藤の艦載機によって、デュアルクレイ
ターに先制爆撃を仕掛け、航空機運用機能を奪うはずだったんだが。
こうなっては仕方がないな。奴は予備のホーネット4個飛行隊を空
対空装備を満載させて飛ばすらしい。﹂
﹁加久藤は未だに荒天下ですから、ゼロ戦やワイルドキャットを出す
わけにもいきませんしね。﹂
当初の計画では、目標が荒天下を航行している時を狙い、荒天化運
用が可能な加久藤の艦載機により航空機運用機能を初めとするデュ
アルクレイターの攻撃能力を漸減。その後、加久藤と分離したホタカ
が突入し、艦載艇の迎撃は大口径機関砲を積んだハリアーや、手の空
いたホーネットが行う。ホタカはその中を突破し、目標の後部へ攻撃
604
を仕掛けると言う物だった。
デュアルクレイターが展開している防御重力場については、ホー
ネット1個飛行隊が高高度から急降下し、速度を上乗せした誘導爆弾
を叩きつけて強引に突破する方法をとる。一度防御壁崩壊を起こさ
せれば、暫くは攻撃に対して無防備な状態となる。たとえ、その一撃
で防御重力場が破れなくても続くハリアー8個飛行隊、ホーネット1
個飛行隊が連続爆撃を行えば問題は無い。
なお、高高度からの急降下爆撃を行う部隊はCrow、水平爆撃を
行うハリアー隊はPhoenix、Pennant、Lancer、B
east、Cocoon、Albireo、Ofnir、Graba
cr、ホーネット隊はWardog、護衛のホーネット隊はWiza
rd、Sorcererが充てられる。しかし現在、目標周辺の天候
が急速に回復し始めデュアルクレイターから各種の航空機が発艦を
開始し始めている。
﹂
HE、指令起爆に設定。発射後の管制はseirios│04に委任
する。﹂
﹁トライデント6基発射準備完了。﹂
﹁撃て。﹂
﹁発射。﹂
ホタカの艦橋横の大型VLSから6つの槍が曇天を貫く。
﹁こ れ で 迎 撃 部 隊 を あ る 程 度 漸 減 で き る で し ょ う。デ ュ ア ル ク レ イ
ターが変針をしなかった場合、我々の接敵までおよそ1時間半です。﹂
﹁加久藤の航空隊の攻撃に期待しよう。﹂
605
﹁加久藤からの増援の飛行隊が来る前に、味方編隊が攻撃を受けるの
は面白くない。味方編隊までの距離は
隊は時速650kmで高度8000mを飛行中。﹂
﹁スタンダードでも射程距離圏外か。付近にホークアイは
?
﹁よし。特殊弾頭VLSハッチ解放。トライデント6基用意。モード
﹁seirios│04が居ます。﹂
﹂
﹁約220km、目標と味方編隊の距離は約100kmです。味方編
?
デュアルクレイターに進撃を続ける航空隊よりも1000m以上
高い空を飛行するホークアイ、seirios隊4番機serios
│04は、こちらの航空隊へ向かって突入してくる一群の輝点を確認
する。
速度は400km/hそこそこ。数は約80機。方位、針路からし
て目標からの迎撃部隊であることは明白だった。ただちに攻撃隊と
艦隊へ警告を発する。
それと同時並行で、ホタカから発射された6基のトライデントミサ
イルの誘導を開始。敵編隊中央で炸裂させれば、跡形も無く吹き飛ば
すことが可能だろう。
その時、敵編隊がバラけ編隊の密度が希薄になる。これではいくら
核ミサイルに匹敵する衝撃波を生み出すトライデントでも、一網打尽
にすることは出来ない。seirios│04はトライデントミサ
イルを出来る限り拡散させて編隊に突入させるが、最大効率を目論ん
で炸裂させた6発のミサイルはわずかに10機を消滅させるにとど
まった。
この結果は対空目標に使われた特殊弾頭弾を無力化する方法を、敵
の艦載機は知っていたことが大きな原因だった。いくら巨大な衝撃
波を生んだとしても、それで覆えるほど空は狭くなく編隊を解いてバ
ラバラに飛行すれば、特殊弾頭弾の攻撃で一網打尽にされる確率は少
なくなる。ホタカの世界で、特殊弾頭対空ミサイルが無いのはこれが
原因だった。特殊弾頭ミサイルを対空目標に放ったところで、多数の
機体を撃墜できなければ割に合わない。航空機が高速化し、機動性が
飛躍的に上昇した大戦後期ではなおさらそれが顕著になり、ごくごく
一部で運用されていた特殊弾頭対空ミサイルは止めを刺された形に
なり、使われなくなった特殊弾頭は別の特殊弾頭兵器に流用されて
いった。
こちらの世界では、航空機は密な編隊を組んで飛行することが未だ
常識であったため、度々特殊弾頭ミサイルの指令起爆で大戦果を得ら
606
れたが、それが過去のモノになることは時間の問題であった。
とにもかくにも、前方で6つの火球が出現したのを確認した護衛担
当飛行隊、WizardとSorcererのホーネット48機が後
部から噴射炎を煌めかせて敵迎撃機へ突入を開始する。既に眼下の
分厚い雲海は消え失せアリューシャンの海と空が目の前に広がって
いた。
敵は全てレシプロ機で速度の優位はこちらにあったが、速度を生か
して無視するのは論外だった。もし、飛行甲板の破壊に失敗した場
合、見逃した機体が爆装しホタカに殺到する恐れがある。その為、護
衛隊には見敵必殺の命令が下されていた。
髭 を 蓄 え た 魔 法 使 い が あ し ら わ れ た 部 隊 証 を 尾 翼 に 描 い た ホ ー
ネットが真っ先に突入しつつ、ぶら下げてきた空対空ミサイル2発を
発射。左右から挟撃しようとしていた2機のワイルドキャットが蒼
空に2つの黒い華を咲かせる。それを合図にあちこちで黒点が空を
汚し、バラバラになった戦闘機だったものが、時折太陽光を反射しな
がら落ちて行く。最初に護衛隊が放ったミサイルの一斉射によって、
迎撃編隊は半数以上の50機を喪失していた。
その後はホーネットもミサイルを温存するため、ジェットエンジン
による優速を生かした一撃離脱に切り替え、何とか回避しようとする
敵機に背後から20mm砲弾の雨を浴びせかけ血祭りにあげていく。
Sorcerer隊のエンブレムを付けたホーネットが20mm機
関砲弾でFw190のエンジンを吹き飛ばすと、空に敵は存在しな
かった。
乱戦により散らばってしまった僚機を集合させ、護衛任務に戻る。
これで純粋な戦闘機隊はデュアルクレイターには存在しないだろう。
つまり、航空機での行き来の安全は確立されたことになる。
彼らの上空では、唯一誘導爆弾を搭載した24機のホーネットが更
に高い高度へ向かって上昇を開始していた。
高度1万5000m、対流境界面よりも高空を24機のホーネット
│││Crow隊│││が6つのダイヤモンドを形作って飛行して
607
いく。改良が加えられた本機であっても、実用上昇限度ぎりぎりでの
飛行の為
操縦しているAIは微妙な操作を要求されるが、人よりも遥かに迅
速かつ正確に各動翼を制御できるため、機体自体は安定していた。眼
下にはアリューシャン列島。そして、豆粒の用意見える超兵器。誰も
居ないコクピットの多機能ディスプレイにengageと表示され
た瞬間、全機が一斉にプッシュオーバー、スロットルをMAXに叩き
込みパワーダイブを開始する。
速度は軽々と音速を超え、高度計はめまぐるしくその数を減らして
いく。機体が耐えられるギリギリの速度まで加速を続ける。HUD
の中心では白い幅広の船体を持つ超兵器の姿が刻一刻と大きくなっ
ていく。
突然、HUDに移る超兵器が白煙に包まれ、前方警戒レーダーがこ
ちらに迫りくる多数の噴進砲弾を警告してくる。が、ここまで速度を
上げてしまえば回避行動が空中分解につながりかねない打ち上げら
れる噴進砲弾の間を抜ける様に降下を続ける。 ある地点まで来たところで、ついに抱いてきた誘導爆弾を全て切り
離し、機首上げを開始。人間にはもちろん、航空機にとってもただで
は済まされないGが機体を襲う。
後方で閃光。機首上げの遅れた3番機が超兵器の放った何度目か
の噴進砲弾の斉射の網に絡めとられ爆散する。
突然、後方で異常な振動が発生し、間もなく大きな振動が発生する。
コクピット内に警報音、左の水平尾翼が高負荷に耐え切れず吹き飛ん
だことを示す表示。ただちに右の水平尾翼だけで引き起こしを完了
できるように各種動翼を調節。しかし、左水平尾翼の損失をカバーす
るには状況が過酷すぎた。すぐに各種動翼にも不具合が続出、多機能
ディスプレイがエラー表示の洪水に飲み込まれ、けたたましいアラー
トがどこか空虚に響いた。HUDにいっぱいに広がるのは荒れたア
リューシャンの海。瞬間、今まで編隊の先頭を飛行していたそのホー
ネットは、機首から海に突っ込み盛大な水柱を噴き上げ散華する。他
にも、引き上げがわずかに遅かった一機が海面ギリギリまで降下した
608
ところに、前方に突然現れた大波に主翼をひっかけ海面で2、3度バ
ウンド、構成部品をまき散らしながら海中に没する。
この急降下攻撃に参加したCrow隊の24機の内、3機が失われ
たがそれに見合う分の打撃を与えることには成功した。投下された
96発の誘導爆弾は、そのすべてがデュアルクレイターに殺到し周囲
に展開された防御重力場に命中、力場を激しくかき乱し防御壁崩壊を
誘発させる。
さらに、投下が少し遅れた2発が防御壁崩壊を起こした力場を通り
抜け、装甲化された飛行甲板の右船体側に1発、中央部に1発が着弾。
強靭な装甲板をその運動エネルギーで強引に突破し、中央部に着弾し
たモノは内部に搭載された各種航空機を爆破、炎上させる。しかし、
右 側 の 船 体 部 分 に 着 弾 し た 1 発 は 大 き な 影 響 を 与 え ら れ な か っ た。
投下された誘導爆弾には若干の角度がついていたため、飛行甲板の装
甲を貫いた後艦内にはとどまらず右舷側の舷側を突き破って海面に
突き刺さり、そこで炸裂した。800lb誘導爆弾の超至近距離での
炸裂は、デュアルクレイターのバルジに若干の歪みを生じさせただけ
に過ぎなかった。
第1次攻撃隊はデュアルクレイター手前で、低高度から小型艇の掃
討を担うホーネット│Wardog│と高高度からのピンポイント
爆撃を行う複数のハリアー隊の2手に分かれる。Wardog隊は、
ハリアーから放たれる誘導爆弾を誘導するためのレーザーを照射す
る役割も持たされていた。高度100まで降下したホーネットの対
地レーダーには、海面を縦横無尽に駆け巡る魚雷艇の姿が無数に移
り、突入を開始した編隊へ対空機銃と多連装ロケットによる迎撃が始
まるのも時間の問題だった。
突然、デュアルクレイターの周りを取り囲む小型艇から一斉に黒煙
が噴き出す。船体に火災が発生しているようには思えない。そして、
放たれる黒煙は事故にしては明らかに過剰な量だった。赤外線画像
を確認した時、それが何であるかAIは認識する。真夜中でも周辺を
観測できる赤外線画像上では、小型艇から噴出した黒煙は真っ白に染
まりその中が確認できない。この黒煙は単なる事故では無く、歴とし
609
た戦闘行動。つまり煙幕であることがはっきりする。さらに攻撃隊
にとって不味い事に、この煙幕は赤外線を反射している。発煙装置は
フォッグ・オイルと呼ばれる油脂を加熱することで煙幕を生成してい
るが、オイルに黒煙を混ぜると赤外線すら反射する事が可能となる。
これによって赤外線探知、レーザー測距をも欺くことが出来た。ハ
リアーに満載されている誘導爆弾は、母機からのレーザー照射によっ
て誘導されるため煙幕を張られてしまうと誘導が出来ない。さらに、
デュアルクレイターは煙幕の弱点である発煙開始から十分な隠ぺい
効果が見込めるまでの時間を、小型艇の大量投入による物量で解決し
ていた。母艦自らも煙幕を張ることで、現状は2重3重の煙幕のスク
リーンの向こうのひときわ大きな煙幕の塊の中にデュアルクレイ
ターが存在するような物だった。
これでは誘導のためのレーザーを照射しても、真面な場所には当た
らない。また、デュアルクレイターの煙幕の更に外側に煙幕を発生さ
せない小型艇を配置することで煙幕に遮蔽されていない光学映像を
母艦に届けている。これの報告を受けた加久藤だったが、攻撃の続行
を命じた。たとえ直接黙視できなくてもレーダーによっておおよそ
の場所は解る。レーダーを頼りに爆撃すれば当然命中率は落ちるが
元が巨大艦である為大きな問題にはならないはずだった。
まず最初に、低空まで舞い降りたWardog隊24機が突入を開
始 す る。前 方 警 戒 レ ー ダ ー か ら の ア ラ ー ト が 最 先 鋭 の 機 体 の コ ク
ピットに鳴り響き、予め搭載しておいたチャフをバラ撒き編隊を解い
た瞬間、煙幕の向こうから57mm砲弾の火箭が幾筋も伸びる。幸
い、チャフと事前の回避行動によって爆散した機は居なかった。もし
も、煙幕が無ければデュアルクレイターは光学観測とレーダーによっ
て正確無比な射撃を叩き込んで来ただろう。小型艇に中継させてい
るとはいえ、映像を処理するタイムラグは確実に存在した。そこに
チャフをバラ撒けばレーダーは役に立たず、超兵器はタイムラグに
よって少し遅れた光学映像を頼りに攻撃するしか術がない。
しかし、巨大な艦体に所狭しと並べられた防御火器の攻撃は強烈
で、2機が爆弾を投射する前に被弾し黒煙を噴く。Wardog隊は
610
ある程度まで近づいたところで、加速急上昇しつつ爆弾を切り離すト
スボミングを実行。命中率は水平爆撃よりも劣ってしまうが爆弾を
文字通り放り投げる爆撃法である為、目標との距離が稼げ被弾のリス
クを減らせる。
事実、急上昇そのものが回避機動となり、投弾と同時にチャフを再
度ばら撒くことで、比較的容易に対空弾幕からの離脱が可能だった。
放たれた96発の爆弾の内45発が艦体の至る所に着弾、対空火器の
20%程度を沈黙させ、統合大型噴進弾発射装置の内、右舷側の1基
を小破させる。
間髪入れずに、次は高高度からのハリアーの爆撃。超兵器も回避機
動を行うが、双胴艦はその艦体により旋回能力が非常に低いもちろん
対策は取ってあるが、それでも投下された爆弾を避けるには満足のい
くものでは無かった。結果的に164発中81発が命中し、その中で
も23発が飛行甲板の装甲板を打ち抜き格納庫で炸裂、大火災を引き
起こす。また、16発が前部に集中配置された統合大型噴進弾発射機
に
着弾。先のホーネットの攻撃により中破していた物を含む右舷側
の2基、左舷側の1基を完全に破壊し、左舷側の2基を小破させた。
完全に破壊された統合発射機は内部の噴進弾に誘爆し巨大な火球を
噴き上げて、一瞬だが煙幕を吹き飛ばす。が、それ以上の損害は内部
に届いていないようだった。発射機は各種噴進弾の格納庫を兼ねて
いるためもしも1基が誘爆したとしても、母艦や他の発射機に大きな
影響が及ばない様に設計されていたためだった。
誘導爆弾を全弾投下し終えたハリアーは編隊を組み直し、デュアル
クレイターの上空を護衛のホーネット2個飛行隊と共に旋回し始め
る。詳しい戦果は煙幕の為、上空からでは確認できなかった。
急 降 下 し 防 御 重 力 場 を 攪 乱 し た C r o w 隊 は 帰 投 コ ー ス に の る。
先ほどの急降下爆撃により全機が大なり小なり損害を被っていたた
め、戦闘続行不可と言う判断が下ったのだった。
611
﹁デュアルクレイターを光学映像で確認。モニターに回します。﹂
画面が切り替わると、艦体の至る所から黒煙を噴き上げる巨大双胴
艦が小さく映った。特徴的な大型噴進弾発射機も半分が吹き飛んで
いる。
﹁航空隊はかなり頑張ってくれたようですね。﹂
﹂
﹁どうやら、そのよう⋮と、言うわけでもなさそうだな。﹂
﹁敵艦より航空機、小型艇発艦中
ホタカが同意しようとしたところで、レーダー手妖精の報告が飛び
込み、若干渋い顔になる。レーダー画面上では幾つもの光点がデュア
ルクレイターから吹き出し、こちらに向かってくる。
﹁まあ、噴進弾発射機の半数は潰れている。航空隊はそれなりの戦果
を挙げたと言うべきだろう。第2段階に移行する。航空隊に信号を
送れ。対空対水上戦闘用意。隔壁閉鎖。対艦ミサイルVLS、特殊弾
頭 ミ サ イ ル V L S ハ ッ チ 解 放。主 砲 装 填。弾 種 徹 甲。1 5 2 m m 速
射砲、30mmCIWS用意。FCSオンライン。﹂
﹁雨は上がっていますが未だに波が高く遠距離では精密砲撃が困難に
なっています。ご注意を。﹂
﹁解っている。第2次攻撃隊Antares、Rigelの攻撃が終
﹂
了次第、ハープーン、トライデント、主砲による飽和攻撃を行いつつ
突入する。﹂
﹁彼らの攻撃で沈んでくれませんかね
﹁期待するだけ無駄だろう。﹂
されていた。
ていたハリアー8個飛行隊の機銃掃射が開始されるところが映し出
れ、小型艇を示す光点には、手筈通り爆弾を投下し終え上空で待機し
│加久藤から追加で発艦した予備の4個飛行隊│││に襲い掛から
示す光点が、横合いから突っ込んで来た空対空装備のホーネット││
レーダー画面と外部カメラにはではこちらに突入してくる敵機を
?
612
!
戦闘海域上空に差し掛かったAntaresとRigelのホー
シー ル ド ダ ウ ン
ネット2個飛行隊は、第2次攻撃隊としてデュアルクレイターの防御
重力場の防御壁崩壊を誘発させ、ホタカの攻撃を有効化させる役割を
担っていた。ホタカからの信号を受け取った48機のホーネットは、
先のCrow隊と同じように降下を開始する。
﹁第2次攻撃隊、降下開始。﹂
﹁ハ ー プ ー ン お よ び ト ラ イ デ ン ト 全 基 照 準。目 標 デ ュ ア ル ク レ イ
ター。﹂
ホタカがミサイルにデータを入力しようとした瞬間、それまで兵装
を管制していたディスプレイ一杯に〟error〟の文字が羅列さ
﹂
﹂
こ い つ ら、
れ、CIC内いたるところのモニターが一斉にダウンする。
﹂
兵装管制不可
CICメインコンピューターにウイルス侵入
﹁た、対空対水上レーダーダウン
﹁艦 長
いったいどこから
﹁メインFCSダウン
!!
!
!
対抗プログラム構築開始
!
ケーブルが物理的に切断される。
これは⋮潜伏型のウィルスです
対ウィルスプログラ
厳重に装甲化されたエリアの中の巨大な電算機に通じる幾つもの
た。それを防ぐために、強硬手段がとられる。CICよりも下、更に
め このまま放っておけば、艦の航行にも支障が出る可能性があっ
さらに、CICメインコンピュータは艦の行動全てを制御できるた
てしまう。
の他観測機器を統括する捜 索 機 器 管 制 電 算 機も沈黙し
Search equipment control computer
どの副兵装も一切の操作が出来なくなってしまった上、レーダーやそ
果、ミサイルや主砲等の主兵装だけにとどまらず152mm速射砲な
がその力を失う。悪いことにメインコンピューターに異常が出た結
それまで攻撃準備を着々と進めてきたホタカの火器管制システム
!
﹁メインコンピューターと艦の接続を強制解除
ム実行
﹂
!
期間潜伏した後起動するモノであることを突き止める。とは言え、そ
613
!!?
!
!
自動的に実行された対ウィルスプログラムは、このウィルスが一定
!
れが解ったところでウィルスを削除するためには新しいプログラム
の構築が必要だった。
ホタカにはこういったウィルスに対抗するために、非常時以外は完
全 に 隔 離 さ れ た コ ン ピ ュ ー タ ー を 備 え て い る。非 常 時 に は こ の ク
リーンなコンピューター内でウィルスを削除するためのプログラム
を生成する手法をとっているため、ウィルス一つで永久に機能不全に
﹂
データベースにもありません
﹂
なることは無いが、正常な機能を取り戻すまでには時間が掛かった。
全くの新しいタイプです
﹁ウィルスの形式は以前のモノと似た者か
﹁いえ
!
?
く響いた。
副長が顔を歪めて撤退を進言する声が薄暗いCIC内に、嫌に大き
ましょう。﹂
﹁艦長、本艦は戦闘能力の大部分を喪失しました。いったん引き揚げ
トがもろに出た形となってしまう。これでは戦えなかった。
は無かった。コンピューターに火器管制の大部分を任せるデメリッ
そうは言うが、この戦闘中にメインコンピューターが回復する見込
﹁解析と対抗プログラムの構築を急げ。﹂
!
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 614
!
STAGE│31 二つの火口
﹁艦長、本艦は戦闘能力の大部分を喪失しました。いったん引き揚げ
ましょう。﹂
副長が苦虫を噛み潰した様な表情で進言する。常識的に考えて、艦
の兵装が動かない状態で戦場に突っ込むのは自殺行為だった。
しかし、ホタカは首を横に振る。
﹁いや、作戦は続行する。ここで此奴を取り逃すわけには行かない。
もともと独立したシステムのCIWSには関係ない。それに、ミサイ
ルはそうだが、主砲と速射砲が死んだわけじゃない。﹂
﹁確かに、前回と違ってACSCは生きていますが。それを統合して
運用することが出来ませんよ。﹂
Armament control support computer
ホタカに搭載されている兵装の中で、主砲には正副の2つ、速射砲
には3門につき1基の兵 装 制 御 支 援 電 算 機が備えられ
ている。この電算機の主な役割は、通常の砲撃を行うとき、メインコ
ンピューターの演算の一部を肩代わりし負担を減らすことにあるが、
何らかの事態でCICのメインコンピューターが戦闘続行が不可能
な場合、砲側のACSCのみで、射撃諸元をはじき出し、戦闘続行さ
せる役割も担っている。
ただし、この方法はもともと非常事態用と言う事もあって弱点が
あった。まずACSC自体がメインコンピューターのサポートを目
論んで作られたこともありその能力は限定されたものでACSCの
みでの砲撃となると砲撃精度が格段に低下した。さらに致命的な事
に、前部主砲のACSCと後部主砲のACSCは直接接続されておら
ず、メインコンピューターの介在無しでは主砲の斉射が行えない欠陥
を備えていた。
この欠陥が放置された理由として、設計段階では主砲塔以上の特殊
装甲に覆われたメインコンピューターが沈黙すると言う事態は艦が
甚大なダメージを受けたことを意味し戦闘続行が困難な状態である
と予想される。また、そのような状態では主砲が2基とも生き残って
いるとは考えづらくACSC単独での斉射は行わないと設計者が判
615
断したため、このような形に落ち着いたのだった。
実際問題、ホタカが建造されたころは電算機の技術が飛躍的に発達
していた時代である為、コンピューターウィルスと言う〟搦め手〟に
対する設計者、軍の理解が及んでいない部分もあった。
船体が無傷なままでメインコンピューターが沈黙することなど彼
らにとっては想定外な事だったのだ。この欠陥は第1次改装を行う
際に解消されたが、現状のホタカは改装を行っていない状態であり、
欠陥もそのままだった。このままでは、速射砲はともかくとして主砲
の斉射が行えずメインコンピューターを欠いたことにより、効率のい
い迎撃が出来ない。
しかし、ホタカはホンの少し唇をゆがめ笑った。
﹂
﹁確かにメインコンピュータ無しでは効率的な弾幕は張れないし斉射
も出来ない。だが、その代りが務まるのがここにあるだろう
そう言って指で二度三度自分の頭を叩いた。
﹁考えても見ろ。艦娘は本来膨大な数の人が居なければ動かせない艦
をコンピューターも無しにたった一人で動かしている。それが艦娘
の力だから当たり前だがな。この艦にも電算機をベースにした火器
管制システムとは別に、従来型の艦娘と同じようなアナログのシステ
ムも一応積んでいる。僕自身、間抜けな事につい先ほどまで忘れてい
たが。﹂
ホタカを建造する際、軍は火器管制を完全に電算機便りにすること
は無かった。電算機をベースにしたシステムとは別に従来の戦艦の
主砲射撃のシステム│││大量の乗組員を必要とする│││も組み
込んでいた。
これは、軍が実戦で使用されたことの無い新鋭の電算機のみを火器
管制システムの根幹に据える事を危険視した為だった。
いくら超兵器への切り札となる艦であっても、いざと言うときに電
算機ベースの火器管制システムがまともに働かなければ意味がない。
それゆえ、信頼性の高い枯れた技術を完全に独立させたうえで取り付
ける事を決定していた。
しかし、このアナログなシステムにレールガンの性質も持つ磁気火
616
?
薬複合加速砲の運用は難しく予算の都合もあり、射撃諸元を弾きだす
射撃盤には長門型と同じようなタイプが搭載されていた。
ホタカの主砲は磁気加速を行わなければ従来型の主砲として運用
できたため、非常用のシステムとしてはそれで十分と結論付けられて
いたからだった。とはいえ、従来型の火器管制システムと電算機ベー
スのシステム内にあるACSCは完全に分離されており、同時に連携
させて運用することは不可能だった。少なくとも、前の世界では。
﹁メインコンピューターは極論してしまえば兵装と兵装を繋ぎ管制す
る役割を持つ。これは艦娘がやっている事と同じだ。逆に言えば、メ
インコンピューターが使えなくても艦娘が居ればその機能を代替す
ることが出来る。つまり、僕が居ればメインコンピューター無しでも
戦える。﹂
﹁確かに、今この艦が行動不能になっているのは主電算機の不調が原
﹂
因ですから病巣を隔離して運用すれば原理上は可能なはずです。し
かし、正気ですか
﹁さてな、ウィルスによって狂っているかもしれん。さっきから頭痛
が収まらないしな。だが、ここで尻尾巻いて逃げるのは少々我慢なら
ない。電探がダウンしている以上光学観測での砲撃を行うしかない。
射撃諸元はACSCを用いて導き、それ以外を艦娘と同じように従来
型のシステムを艦息の能力を使って運用する。試す価値はあるはず
だ。﹂
ホタカの真剣な瞳に副長の困惑した様な顔が映るが、すぐに彼女は
何時もの様な不敵な笑みを浮かべた。
﹁解りました。一つやってやりましょう。私もやられっぱなしは性に
﹂
合いませんし、加久藤に手柄全部持ってかれるのは面白くないですか
ら。﹂
﹁おいおい、加久藤は味方だぞ
苦笑する。
﹁艦長も同じ事考えているでしょう
﹂
!
?
﹁ま、否定はしないさ。火器管制をACSC単独に切り替える
全ミ
加久藤に敵愾心を抱いていると受け取られかねない副長の発言に
?
617
?
サイルは弾薬庫へ格納
古き良き海戦をやってみようじゃないか。﹂
﹁射撃盤はハイテクですけどね。﹂
副長のツッコミを華麗にスルーして、ホタカはメインコンピュー
ターを使わない従来型のシステムに意識を集中する。それと共に、今
までメインコンピューターに流れていた測距儀からの光学観測デー
シンクロ
タが砲塔のACSCに流れ込み、前部と後部の主砲が艦息によって
同調される。
ホタカと言う艦息は、艦娘に比べ艦を運用する形態が少し違ってい
る。艦娘の場合、本来は膨大な人数が必要な軍艦のシステム││操舵
はもちろん、観測から射撃まで││をたった一人で統合して運用する
ことが可能になっている。これにより、艦の意志決定から行動に移る
までの時間のロスが極限にまで減らされ、外部情報を艦娘一人の頭の
メインコンピュータ
中で統合的に整理することにより効率の良い戦闘行為が行える。
ホタカの場合、元となった艦には既に高性能な主 電 算 機が搭載さ
れ高度に自動化されている、やろうと思えば│││もちろん、性能は
適性人数で運用された時には劣るが│││それこそ一人の乗組員で
艦を操ることが可能だった。ホタカは艦息の〟艦を操る〟と言う能
力を使ってこの電算機の手綱を握り、さらに各所への情報伝達速度を
高速化しているだけに過ぎない。
今回ホタカがやろうとしていることはメインコンピュータの代わ
りとして自分自身を用いることだった。今まではたった一つの電算
機を制御することで艦をコントロールしていたため、それがいきなり
艦の兵装全てを制御しなければならないならば当然、彼への負担は増
える。
しかし、艦娘は何時もその状態で戦えているわけでホタカが出来な
い道理は無かった。
﹁⋮よし、ACSCと従来型システムの統合運用の準備が完了した。﹂
﹁従来型のシステムに組み込まれた射撃盤では砲弾の加速に必要な電
力量を算出することは出来ませんからね。複合砲の射撃を行うため
にはACSCも複合して運用する必要があると言うわけですか。﹂
﹁科学技術の発展の速度に設計がついてこれていない事の典型だな。
618
!
こんな欠陥満載の状態でよく戦ったものだ。﹂
ホタカは最上部の測距儀やその他のまだ生きている観測機を用い
て必要なデータをACSCに流し込む。ハイテク化されたセンサー
と比べると、そのデータはお世辞にも高精度とは言えなかったが無い
よりましだった。
﹁事ここに至ると、どれだけ僕らが科学技術に頼りきりだったかが痛
いほどよく解るな。﹂
艦息の能力で外部観測カメラの映像をモニターに直結させて映し
出す。レーダーが使え無い以上、この光学観測が頼みの綱だった。海
面では何隻もの小型艇がホタカに突入する前にハリアーやホーネッ
トによって穴だらけにされていく。
﹁航空隊による小型艇と敵機の掃討作戦は滞りなく進行中。Anta
res、Rigel両隊の攻撃完了まで残り30秒。敵艦との彼我距
離36000を切ります。﹂
主砲塔でACSCを直接モニタしていた妖精からの艦内通信がそ
の機能をほぼ喪失しているCIC内に響く。
﹁撃ち方始め。﹂
3連装砲の長大な砲身が火炎を吹き出し、超音速にまで加速された
合計6発の砲弾を撃ち放つ。緩い放物線を描いて飛翔した砲弾は、高
シー ル ド ダ ウ ン
高度から誘導爆弾を叩きつけて超低空で離脱中の48機のホーネッ
トの頭上を飛び越え、再び防御壁崩壊を起こし誘導爆弾によってふた
た び 少 な く な い 損 害 を 与 え ら れ た デ ュ ア ル ク レ イ タ ー へ 殺 到 す る。
アリューシャンの荒れた海と、高精度な射撃諸元を得ることが出来な
いハンデから直撃弾は1発のみにとどまった。その一発は超兵器の
左舷側最前部に搭載された大型カタパルト後部のエレベーター建屋
619
﹁両舷前進全速、取り舵20、全主砲を超兵器に指向する。﹂
ホタカの舳先がアリューシャンの荒れた海を切り裂いて左へ振ら
れると、後部の第2主砲塔の射界内にもデュアルクレイターの扁平な
艦体が収められる。
﹄
﹃1番主砲射撃諸元算出完了
!
﹄
﹃2番主砲射撃諸元算出完了
!
に直撃し、その中で発艦準備を進めていたスカイレイダー3機を木端
微塵に吹き飛ばし、その下の第2甲板に火災を生じさせる。 ﹁やはり、命中精度はあまりよくないな。﹂
﹂
﹁下手な鉄砲もなんとやらです。撃って撃って撃ちまくりましょう。﹂
﹁それが良い。﹂
﹁敵超兵器、取舵を切りました
﹁面舵5
総員衝撃に備え
﹂
当てにならない光学情報だけ。
レースし予め回避機動を取ることが出来ない。頼れるのは己の勘と
レーダーの使えない現状においては何時もの様に砲弾の軌跡をト
1㎝3連装砲4基も火を噴く。
ターの前部に集中配備した中で右舷側を指向できる100口径38.
急速に近づいていく。ホタカが第2射を放つころ、デュアルクレイ
舷側に見る反航戦となりそうだった。反航しているため、彼我距離は
ホタカと超兵器がそれぞれ取り舵を切ったことで、2艦は相手を右
!
主砲弾を受けていた事を確信し背筋が寒くなる。
﹁やはり電探と光学が使える分向こうが有利か。煙幕は
﹂
水柱からの海水を全身に浴びながら、あのまま進んでいたら11発の
る。航海艦橋の最上部で見張りをやっていた妖精さんは吹き上がる
の水柱が吹き上がり、最後の1発が防御重力場によって直撃を阻まれ
艦尾がわずかに左に振れ進行方向が修正された瞬間、左舷側に11
!
舷の島型艦橋周辺に降り注ぎ、2発が小型のフリゲート艦ほどもある
4斉射目がホタカから放たれる。6発の主砲弾の内、3発が敵の右
﹁それまでに潰してしまえば問題ないさ。﹂
け迎撃できるか⋮﹂
﹁しかし、まだ噴進砲弾が待っています。CIWSと速射砲でどれだ
か。﹂
﹁少 な く と も、電 探 射 撃 で 一 方 的 に 撃 ち 込 ま れ る こ と は 無 く な っ た
めた船を艦載機が優先的に潰してるので問題はありません。﹂
ダメージが生じたモノと思われます。小型艇の方も、煙幕を展開し始
﹁現在の所、超兵器からは出ていません。先ほどの攻撃で発生装置に
?
620
!
艦橋に着弾し、根元から吹き飛ばす。残りの1発は飛行甲板に着弾し
たが、彼我距離が近づいたため砲弾の入射角が浅くなり、派手な火花
を散らして甲板上の航空機の残骸を巻き込みながら反対側へ消えて
いく。 突然、ホタカの艦体が被弾の衝撃によって揺さぶられ、CICのモ
損害知らせ
﹂
ニターや照明が明滅し、様々なアラートが鳴り響く。
﹁ダメージコントロール
!
基大破
使用不能
5番、6番速射砲及び右舷CIWS1
火災
後部対空ミサイルVLS6ユニット大破
﹂
応急修理班が消火作業を開始
スプリンクラー自動作動
!
!
﹂
?
防御重力場は効果を維持することが出来ないほど力場をかき乱され、
この目論見は成功し、大量の自己鍛造弾を高速で撃ち込まれた彼の
をかけ、防御壁崩壊を誘発させるために使用していた。
シー ル ド ダ ウ ン
今回はホタカの防御重力場に大量の自己鍛造弾を直撃させ高負荷
に用いていた。
砲弾に詰めて射撃を行い、水際で上陸作戦の邪魔をする敵部隊の制圧
ない。デュアルクレイターの場合は比較的小さな自己鍛造弾を複数
上必要である点など、直径が小さいミサイルや戦車砲弾には向いてい
優れているが、20cmの貫通力を持たせるために直径が20cm以
力は一般的なモンロー/ノイマン効果を利用する成形炸薬弾よりも
ナーを弾丸上に変形させ目標に衝突、撃破する。重量体積当たりの威
自己鍛造弾とは成形炸薬弾の一種で、爆轟の圧力によって金属ライ
積んでるじゃないか。﹂
﹁だが、自己鍛造弾で防御重力場がズタズタにされた。厄介なものを
ません。﹂
と自己鍛造弾のようです。艦体にそのものに大きなダメージはあり
﹁目標は赤く無いですけどね。敵の使っているのは対地砲撃用の榴弾
砲門数の単純計算で投射量は3倍と言ったところか
﹁チッ、損害が大きい。同じ口径でもドレッドノートとは格が違うな。
発生
!
﹁防御重力場貫通されました
声を張り上げる彼の薄いブルーの軍服に、赤い血がにじんだ
!
!
!
!
後に続いた6発中4発の対地榴弾の通過を許してしまった。
621
!
体 が で か い 分、波 の 影 響 が 少 な く 相 手 は 精 密 な 射 撃 が 可 能 で
プラットフォーム
﹁図
す。﹂
﹁し か も 相 手 は 榴 弾 を 使 っ て い る。こ っ ち を 火 だ る ま に す る 気 か な
﹂
モニターの向こうで超兵器の艦首に再び炎が弾け、何か細長い物が
﹂
高々と吹き上がるのが見えた。
﹁敵主砲1基に直撃弾
﹂
噴進砲台の射界を避け後方に回り
﹁艦長、そろそろ噴進砲弾の射程に入ります
﹂
更に取り舵一杯
特殊榴弾装填
﹁両舷前進一杯
込む
!
!
!
!
!
﹂
1番速射砲中破
浸水発生
﹂
!
﹁損害報告
﹁艦前方に直撃弾
!
!
﹂
にまで減速
つ。撃沈のみ。 ﹁35
﹁艦長
面舵30
﹂
!
されればどうにもならない。よって引き付けて一撃で撃破する。﹂
﹁あのまま作戦を続行しても、今では向こうの方が優速だ、一度引き離
解な指示に副長が驚愕の声を上げた。
面舵を切ると言う事は噴進砲の射角内へ向かうことになる。不可
!
破壊されることがある。そうなってしまった場合の終着点はただ一
このまま放置しておくと、艦内の水密隔壁が水圧によって連鎖的に
込んでくる。
の状態で前部に破孔が開いてしまうと、そこから大量の海水がなだれ
報告を聞いて、若干ホタカの顔が引きつる。高速を発揮しているこ
!
大きく揺さぶられ体に激痛が走り更に船速が目に見えて落ち込む。
しかし、その選択を取ることは出来なかった。再度ホタカの艦体が
そこで取り舵を切っていったん退避することを彼は選んだ。
はあるが入ってしまう。
ば射角の関係で攻撃を受けないが、このまま直進すれば射界に僅かで
イターの噴進砲台は前部に集中配置されているため、後方に回り込め
ホタカは現在発揮可能な全速を出し取り舵を切る。デュアルクレ
!
!? ?
622
?
﹁しかし、噴進砲弾の雨の中を通る事になります
﹂
を用いればいい。全艦へ通達
﹂ 全員最上部甲板よりも下へ退避、急げ
ダーが使えない分、影響は特にない。測距儀は砲塔についているモノ
上部構造物は壊滅的な被害を受けるだろうが、コンピューターとレー
装 甲 は 強 靭 だ か ら な。噴 進 砲 弾 に 打 ち 抜 か れ る こ と は 無 い だ ろ う。
﹁この角度、速度なら射界の中を通るのはごく短い時間だ。主砲塔の
!
総員退避完了﹂
甲板よりも下の装甲区画へ退避していく。
﹁防御重力場の復旧完了
﹂
﹂
!
﹁右舷へ集中展開する。主砲射撃用意
来ます
攻撃に備えろ
全CIWS 迎 撃 開 始
速
!
﹁噴進砲弾の射程に入りました
﹂
﹁総員対ショック姿勢
射砲打ち方始め
コントロール・オープン
艦橋で見張りを行っていた妖精たちが迅速にラッタルを降り最上
!
!
!
!
!
!
る右舷側へのみ展開することで装置にかかる負荷を極力減らし防御
次々に爆ぜていく。ホタカはとっさに防御重力場を攻撃が予想され
2種の対空砲火を切り抜けた噴進弾はついに防御重力場へ殺到し、
でも足りなかった。
つけていくも数が足りない。数十発を一瞬のうちに迎撃するがそれ
IWSで、毎分数千発の35mm砲弾を目の前に迫るロケットへ叩き
次に火を噴いたのは最終防衛線として機能する3基の35mmC
射される量が圧倒的と言うほど多かった。
が迎撃され爆破されていくが、迎撃される量よりもホタカへ向けて投
る。弾頭速度の関係からデュアルクレイター側で幾つもの噴進砲弾
無視した限界以上の速射を行い、152mm対空砲弾を撃ち弾幕を張
噴いて突入を開始する。速射砲はリミッターが解除され、砲身過熱を
発射機から100をくだらない数の噴進砲弾が莫大な量の白煙を
た。
に残った最後の噴進砲弾発射器が白煙に包まれるのはほぼ同時だっ
ホタカの生き残った速射砲が最初の一発を放つのと、超兵器の右舷
!
能力の増大を図る。結果的にその判断は正解で、無数の噴進砲弾を受
623
!
けて即座に崩壊すると言う事態には陥らなかった。
レッ ド ゾー ン
しかし、防御重力場の状態を示すパラメーターはすぐに危険領域に
突入し、CIC内に切羽詰まったアラートが鳴り響く。次の瞬間、超
兵器がダメ押しに放った9発の自己鍛造主砲弾が、その均衡を叩き潰
した。
シー ル ド ダ ウ ン
自己鍛造砲弾から放たれた無数の金属弾は噴進砲弾によって限界
ギリギリの状態であった防御重力場に止めを刺し、防御壁崩壊を再び
引き起こした。
それとほぼ同時に、対空砲火で仕留めきれなかった多種多様の噴進
弾がホタカの艦体の至る所に突き刺さり炸裂。満足な装甲を持たな
い2種の対空兵装は瞬く間にスクラップにされ、内部に残っていた砲
弾が炸裂し、大きな爆発が生じる。対空火器が沈黙したことにより、
直撃する噴進砲弾の数は数倍に膨れ上がり、ホタカの上部構造物を前
衛的なオブジェに変えていく。平面のSPYレーダーに巨大な穴が
﹂
その舳先を向けようとしていく。もちろん超兵器も航行中である為
ホタカの舳先が超兵器の右舷に突き刺さるようなことは無く、一瞬前
まで艦尾があったはずの空間を貫く。超兵器に衝突しかねないほど
の危険な操艦を行った結果、敵の防御重力場が殆ど効力を発揮しない
﹂
ほどの近距離にまで接近することに成功した。目標までの距離は1
kmも無い。
﹁主砲、斉射
で無数の傷がついた2基の主砲が轟然と咆える。放たれた砲弾は6
嗤っていた。ここまで痛めつけられた恨みを晴らすように、噴進砲弾
血みどろ、と形容できるほどの状態になりながらも、艦息の口は
!
624
穿たれ、ECCM装置が根元から吹き飛ばされる。VLSに着弾した
噴進弾は、そのハッチを軽々と吹き飛ばし、中の格子状の構造体を薙
ぎ払い、ミサイル発射機としての役割を奪った。
目標敵後部ハッチ
永遠に思えるほど長い時が過ぎ去り、噴進砲弾の直撃がピタリと止
主砲射撃用意
!
む。
﹁面舵一杯
!
ホタカの航跡が大きなカーブを描き、デュアルクレイターの舷側へ
!
発の特殊榴弾。以前対空目標に使った強力な衝撃波を周囲にぶちま
ける特殊弾で、それぞれに時間の違う遅延信管が取り付けられてい
た。
超兵器の防御重力場をその運動エネルギーで難なく貫いた砲弾は
吸い込まれるように全弾が艦尾に突入し、薄い艦尾装甲とハッチを貫
いた。この時、右舷には4発、中央部には2発が殺到する。
右舷側に突入した4発の内、後部主砲から放たれた3発は超兵器の
内部を対角線上に横切る進路を取っており、右舷側の船体で1発、中
央部で2発が炸裂し内部構造に甚大なダメージを与えた。しかし、前
部主砲から放たれた1発は角度が悪く右舷側の船体を貫通し海上で
炸裂する。
中央部に突入した2発の砲弾がデュアルクレイターにとって致命
傷になる。中央後部から右舷側船体艦首方向へ向けて突入した砲弾
は、中央部の航空機格納庫内の航空爆弾保管庫で1発が、もう一発は
625
右舷前部の小型艇用武器弾薬保管庫で炸裂。弾薬庫があった2ヶ所
が誘爆によって吹き飛び巨大な火球が右舷前部と船体中央前部から
デュアルクレイター
吹 き 上 が り、上 空 を 旋 回 し て い た ホ ー ネ ッ ト か ら は 超 兵 器 上 で
二つの火口が出現した様な光景が見られた。
そのような巨大爆発に耐えられるようには流石の超兵器と言えど
作られてはおらず、船体が数個に破断し、爆発を繰り返しながら冷た
いアリューシャンの海へ沈降を開始する。
﹁超兵器の撃沈を確認。しかし⋮﹂
﹁こっぴどくやられたな。今回は。﹂
少しおどけたように肩を竦めるホタカだが、体中血みどろで素人目
にも重症と言う事が見て取れる。一瞬足がふら付き、副長に支えられ
た。
﹂
最上甲板以上は大規模空
﹁貴方も艦も無茶しすぎですよ。椅子に座っててください。﹂
﹁すまないな。損害はどうなっている
﹁それはご自分がよく解っているでしょう
迦です。艦橋の面影が残っているのが奇跡ですよ。それにあちこち
爆でも受けたみたいになってます。右舷側のレーダーは残らずお釈
?
?
で火災が発生し現在消火中ですが、まあ、沈むことは無いでしょう。
奴が徹甲弾では無く榴弾を主体に撃ってきたのが幸いしました。ま
あ、そのおかげで非装甲兵装が甚大な被害をこうむってますが。船体
への重大な損害は艦首のモノ以外にはありません。﹂
﹁そうか。後進で現海域を離脱する。加久藤にエアカバーを要請して
くれ。﹂
﹁了解しました。﹂
数時間後、彼は何とか戦闘海域を離脱に成功した。今はムスペルヘ
イムに後ろ向きで曳航されながら、損傷し浸水した艦首の応急処置を
続けている。
626
﹃それにしても酷くやられたな。﹄
モニターには若干呆れたような顔の加久藤が赤い瞳でこちらを見
ていた。
﹄
﹁ウィルスに不意を打たれた。あれさえなければトライデントで削り
倒せたんだが。﹂
﹃そのウィルスはもう始末したのか
ンピューターの奥底に入り込み、それが今回大きな問題を引き起こし
方のウィルスが暴れまわっている間に潜伏型のウィルスがメインコ
調査の結果、これらのウィルスはほぼ同時にホタカに送り込まれ片
能不全に追い込んだ潜伏型のウィルスだった。
能を奪ったモノ。もう一つが、今回ホタカのメインコンピュータを機
このウィルスは2種類あり、一つは撤退戦の時にホタカの主砲の機
今回使用されたウィルスが発見された。
止し漂流を始めた。副長らが調査した結果、小型艇内の情報端末から
戦闘後、航空隊が打ち漏らした小型艇は魂が抜けたように機能を停
た。﹂
﹁ああ、小型艇を回収したらウィルスの情報が有ってな。それを使っ
?
た。こういったタイプのコンピューターウィルスが使われたと言う
記録は存在しなかったため、彼らは完全に新型のモノと言い切ること
が出来た。
これがウィルキア帝国戦に投入されていたかもしれないと思うと、
背筋が寒くなる思いがする。あれほど電算機が普及した中で、あのよ
うなウィルスが艦隊に感染すれば生じる被害は想像に難くない。
﹁恐らく、キス島撤退作戦の行道に霧に隠れて接近され、ウィルスを流
し込まれたんだろう。外部のウィルスを強制的にネットワークへ投
入する機器も見つかった。﹂
最初期のⅠ型だろう
﹄
﹃それにしても、あの小型艇は何故こんなに荒れた海で航行できたん
だ
居ればさしたる問題ではないのだろうな。﹄
﹁君の考えている通りだと思う。其方の損害はどうだった
?
﹁それはそうなんだが⋮今回はここまでやられたからな。改装用の資
足だろう。﹄
﹃そろそろ、貴様も改装が必要かもしれんな。41cm砲では火力不
艦載機が傷つき墜落することはやはり面白い物ではないのだろう。
キルレートから見れば圧倒的な結果であったが、空母として自分の
﹁なるほどな。﹂
完勝と言う事は出来なさそうだな。﹄
1 機 ず つ 落 と さ れ た。対 空 機 銃 で 損 傷 し た 機 は か な り の 数 に 上 る。
アー隊の内Ofnir、Grabacr隊が噴進砲弾の直撃を受けて
損 害 の 度 合 い は C r o w 隊 と 大 差 が な い。小 型 船 を 攻 撃 し た ハ リ
いる。AntaresとRigel隊は撃墜された機はないものの、
﹃Crow隊は3機が落とされ、他の機も大なり小なり損害を受けて
ホタカの問いに、ムスペルヘイムは渋い顔をする。
﹂
﹃現地改修型と言うわけか。それに何隻か沈んでも、あれだけの量が
や、バラストを搭載しその実態は改良型に近い。﹂
﹁ああ。確かに、外見や武装は最初期のⅠ型だが、船体の各所に浮力材
?
材が回ってくるのはいつになるかわかったものじゃない。﹂
﹃前途多難、だな。﹄
627
?
﹁いつもの事さ。﹂
何でもない事の様に言うホタカの姿に、小さく笑いが漏れた。
﹃たしかに、貴様は何時も前途多難だったな。﹄
﹃なんというか、貴方たちの会話についていけないんだけど⋮﹄
と困ったような嘆きを漏らしたの
加久藤の声とは違う女性の声がスピーカーから流れた。
﹁心配するなすぐになれる。﹂
それはそれでどうなのかしら
は、彼らの後に続く金剛型戦艦4番艦霧島だった。彼女は、加久藤と
合流する前にホタカが発見、保護した。と言っても損傷の具合を考え
れば、ホタカが霧島に保護されたと見えて仕方がない。事実、ホタカ
指揮系統から言えば幌筵だけ
は加久藤にそのことを突っ込まれ乾いた笑いをもらしたのだった。
﹃ところで、私は何処に配属されるの
の方が良いのかしら。﹄
﹃でも、ホタカの方には姉さんや榛名がいるそうね
それなら、佐世保
﹁さてね。そのあたりは備後提督と真津提督が何とかするだろう。﹂
利があることになる。
た。強引な考え方をしてしまえば、二つの鎮守府に彼女を獲得する権
上佐世保所属の艦息だが、発見した瞬間は幌筵鎮守府の指揮下だっ
に見つけた鎮守府に所属する。しかし、彼女を発見したホタカは書類
ややこしい問題だった。基本的に、海域に出現した艦娘は一番最初
ど、最初に見つけたのは佐世保所属のホタカだし。﹄
?
﹃おいおい、その損傷でか
﹄
﹁幌筵で艦首の損傷だけ応急修理で治してから佐世保へ戻る。﹂
すぐに帰れと命令が来ているが。ホタカ、貴様はどうするんだ
﹄
あってみるまで解らんだろう。さて、もう少しで幌筵鎮守府だ、私は
﹃佐世保にいるの金剛や榛名が君が姉妹と認識できる個体かどうかは
?
作品に成り果てた無残な戦艦の姿が映っているはずだ。そこに存在
いるのだろう。加久藤のモニターと桐嶋の瞳には、右舷側が前衛芸術
のモニターが有るらしい。霧島も、自分の艦橋から前方の戦艦を見て
加久藤の視線がモニターの右へ動く。如何やらそこに外部カメラ
?
628
?
﹃どう見ても大破に見えるんだけど⋮﹄
?
ホタカ
する戦艦は大破判定を受けかねないほどの損傷だった。しかし艦上
構造物は酷い状況だったが、敵の攻撃が貫通力の低い榴弾が主体だっ
たため船体そのものに致命的な一撃は受けておらず。見た目よりも
〟船〟としての損害は軽かったりする。
﹁本土近くを通るから深海棲艦の襲撃は心配しなくていい。それに左
舷側のレーダーとミサイルはなんとか使えるものも有る。そもそも、
﹄
幌筵鎮守府に僕を完全修理できる大型のドックや十分な資材は無い。
建設中だ。﹂
﹃貴様がそう言うのなら大丈夫なのだろうな。﹄
新しい砲弾かしら
﹃レーダーは⋮電探よね。でも、みさいる
?
るのを並んで眺めて居た。他の艦娘はもう他の場所へ行ってしまい。
鎮守府の岸壁で備後中佐と龍鳳は佐世保帰還組が水平線上に消え
最北の鎮守府を去って行った。
事があったが、翌日には加久藤。翌々日にはホタカと霧島がこの帝国
がたじろいだり、協議の結果霧島が佐世保配属に決定したりと些細な
ことになり、小さな子供│││少なくとも外見は│││に囲まれた彼
艦娘たちにデュアルクレイター戦の質問攻めの矢面に加久藤が立つ
が問答無用で彼をお風呂に放り込んだり、ホタカが居ないお蔭で駆逐
備後中佐に迎え入れられる。ホタカの損傷具合に目を丸くした龍鳳
幌筵鎮守府に到着した2人は、鎮守府で帰りを待っていた艦娘達や
も見えた。
ちにキス島が深海棲艦の支配地域になることを暗示しているように
かのように厚い雲が再び海を覆い隠そうとしていた。それは、近いう
たアリューシャン列島方面を見てみると、彼らが帰るのを待っていた
機の直掩機を引き連れて幌筵鎮守府を目指す。彼らが抜けだしてき
金剛型戦艦にミサイルの概要を説明しながら、3隻の戦闘艦は十数
﹂
﹁まあ、あながち間違ってはいない、のか
?
残っているのは2人だけだった。
629
?
﹁行ってしまいましたね。﹂
﹂
ポツリ、と龍鳳が呟く。
﹁名残惜しいですか
ええ、少し。と苦笑する。
﹁不思議な人達でした。私たちと同じようで、でも、何か決定的なとこ
ろが違う。それが何処なのか、ハッキリしませんけど。﹂
﹁起爆剤。なのかもしれませんね。﹂
備後の呟きに、彼女は思わず自分の上司の顔を見た。いつものよう
に無表情だが、龍鳳には彼が何か結論を得ているように感じとれる。
備後中佐とそれなりの期間を共にした彼女は、彼の目をから情報を読
み取る技術を会得していた。
﹁現状は深海棲艦と泥沼の戦争を行っています。もしかすると、彼ら
はこの先の見えない状況を打破するカギを握っているのかもしれま
せん。それも、戦闘能力では無くもっと別の所で。﹂
﹁カギ。ですか。﹂
もっとも、私にもそれが何なのかは解りませんが。と肩を竦め、踵
返す。龍鳳もそれに遅れず、鎮守府建屋へ向かって歩き始めた中佐の
背中を追う。
﹂
﹁さて、今回の戦闘詳報を纏めましょう。センサーが優秀な分、得られ
﹂
たデータも膨大です。手伝ってくれますか
﹁はい
?
対デュアルクレイター戦
デュアルクレイター:撃沈
ホタカ:大破相当。ただし、船体部分に致命的損傷なし
加久藤:損傷皆無。ただし、航空機7機喪失︵撃墜5、修復不可2︶
備考:金剛型戦艦4番艦、霧島を保護。 630
?
元気な少女の声が鉛色の空に解けて消えた。
!
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 大日本帝国帝都、東京。その中でも大本営と呼ばれる場所の会議室
の一つ。海軍の高官達が席に着くと、目の前には1冊の書類。分厚く
奇妙な威圧感を放つソレは極秘と言う判子が押されており、表紙には
〟AL・MI作戦〟とだけ書かれていた。
男たちの中でも比較的低い階級章を身に着けた若い男が立ち上が
ると、少々緊張した面持ちで会議の口火を切る。
﹁それでは、来年発動予定のAL・MI作戦について説明させていただ
きます。﹂
631
STAGE│32 艦息と艦娘
﹁以上がデュアルクレイター迎撃戦の概要です。﹂
﹁うむ、ご苦労だった。﹂
古臭いが上等な品だったことを思わせる椅子に腰かけた海軍中将
が、額に浮かんだ汗を高級品と思われるハンカチで拭いつつ艦息にね
ぎらいの言葉をかける。手元には先の超兵器戦の戦闘詳報。敵超兵
器│││デュアルクレイターのスペック、投入戦力、立案された作戦、
実際の経過、損害等が、それなりの厚さを持つ書類に収められている。
これは加久藤が作成したもので、この戦闘に関する詳報はこの冊子以
外にも、実際に戦闘に参加したホタカ、戦闘には参加しなかったが二
つの艦艇から報告を受けた幌筵鎮守府が作成したモノ、2つが作成さ
れている。
﹁しかし、この損失は痛いな。﹂
632
筆木が人差し指で軽くたたいたのは、開けられた戦闘詳報のページ
の一部。この戦闘による損害の欄で、失った艦載機と損傷した艦載機
の数が記載されていた。更にその横の書類には、航空機を補充するの
に必要な資源が記載されている。筆木は、その2つのデータを照らし
合わせて思わず頭を抱える。
﹁等価交換とはよくできた言葉だとは思うが、いま聞いても皮肉にし
か聞こえない。﹂
深く長いため息を付く。
﹁ホーネット1機辺りボーキサイトが300単位必要だとは、何かの
冗談であってほしいよ。ハリアーも1機辺り280単位必要だ。﹂
もう一度、長いため息を吐く。今回の戦闘はホーネット3機にハリ
アー2機が撃墜され、ハリアー2機が修復不可能な損害を受けてい
た。さらに、修復可能な損害を受けた機体は50機近くに上る。筆木
の視線の先には1枚の薄い書類。それ自体は単なる紙切れだが、その
紙切れが筆木の胃を直撃していた。
完全充足に必
﹁加久藤、君の艦載機が高性能であることはよく理解しているんだが。
ホーネットとハリアー、もう少しうまく使えないかね
?
要なボーキサイト量は3000単位。鎮守府が一つ傾くよ。﹂
鳩尾あたりに鈍痛、少し前に処方してもらった胃薬を放り込み水で
飲み下す。加久藤がベストを尽くし、最小限の犠牲で超兵器を沈めた
事は理解しているが、それでもこの損失は痛かった。
﹁航空機を失ったのは全て私の責任です。誠に申し訳ありません。﹂
だからそう謝るな
部下が
き、君とホタカが揃わなければこれ以上の
深く頭を下げた加久藤を見て、筆木中将は慌てたような情けない声
をあげる。
﹁いや、頭を下げんでくれ
損害を帝国が受けていたかもしれない
!
﹂
!
﹂
杉本の奴、足が欲しいからすぐ車を用意しろーとか、島
は島で資材を各10万用意しろとかいつもいつも私に頼りおって
﹁そうなんだ
に過去の〟そう言う役回り〟な話をしゃべり始める。
顔を上げた加久藤が怪訝な顔をすると、筆木は頼まれても居ないの
﹁慣れ、ですか。﹂
そ、それに私はこういう役回りは前から慣れとる
戦場で不自由しない様に場を整えるのが指揮者の務めなんだからな
!
!
軽く笑い声をあげる。
﹁では、提督﹂
﹁本当にアイツら⋮ん
なんだ
﹂
?
﹁へ
﹂
しくお願いします。﹂
﹁私もこれから目いっぱい貴方に苦労を掛けるかと思いますが、よろ
笑みを作る。
キョトンとした顔をする筆木に向かい、何時もの様に口を少し歪め
?
口から火が出る勢いで過去話もとい愚痴を吐き出す中将に、艦息は
!
!
﹁いや、ちょっと⋮﹂
今はじめて知った補給に必要な燃料と弾薬の量を聞いて面喰う。
す。﹂
機用の燃料600単位、弾薬500単位の補充もよろしくお願いしま
0単位を早急に用意していただきたい。それと作戦に使用した航空
﹁つきましては今回損害を受けた航空機補充分のボーキサイト300
?
633
!
筆木が二の句を告げる前に、加久藤は畳みかけた。
﹁それと、古鷹を修繕するためのドックに必要な資材数に誤りがあり
ました。如何やら、業者の方で手違いがあったそうです。追加の資材
の調達をよろしくお願いします、各種4000単位ほど。﹂
﹁ま、まて⋮﹂
﹁では、私はこれから前回の戦闘によって得られたデータの整理の続
きがありますので失礼します。﹂
完璧な敬礼を手早く行い、さっさと執務室を後にする。部屋に一人
残された筆木は、力なく椅子に座り込んだ。しばらくはボンヤリと天
井を眺めていたが、こうしているわけにもいかないのでペンを執るこ
とにする。
│││何、こういう事には慣れてるさ。
心の中で、誰にも聞こえない気取った言葉を吐いてみるがむなしい
だけだった。内線の呼び出しがあり受話器を取る。
634
﹁こちら提督執務室。﹂
﹃要塞司令部です。エリア32と55の電探が故障したので新しいヤ
ツ頼みます。﹄
思わず受話器を投げつけたくなった筆木を責められるものはいな
いだろう。
CICでデータ整理を終えた加久藤は、ソロン要塞内の医務室の扉
を開ける。中にはいくつかのパイプベッドが並び、一番奥の窓際に茶
髪の少女の姿が確認できた。ベッドをリクライニングさせて上体を
支え、熱心に手元の本に目を走らせている。彼女の隣のベッドには、
黒髪の少女が布団も掛けず仰向けに寝転がり寝息を立てている。加
久藤が医務室の中に入ると、読書をしていた少女│││古鷹│││が
彼の方に顔を向け微笑んだ。
﹂
﹁お帰りなさい。加久藤さん。﹂
﹁ただいま。傷はどうだ
?
だいぶ良くなりました。と言いながら読んでいた本にしおりを挟
む彼女を横目に、ベッドわきの簡素な椅子に腰を下ろす。
﹁そうか。ドックの事だが、もう少し遅れるらしい。来月末になりそ
うだ。﹂
﹁そう、ですか。﹂
加久藤からの連絡を聞いて、悲しげに眉をハの字に曲げる。ドック
が治らなければ古鷹の艦体を修理できないため、彼女の体の傷が完治
するのに時間が掛かった。その証拠に、彼女の腕や顔には包帯やガー
﹂
ゼが張り付けられてる。根拠地と言う事もあって医療設備は整って
いるが、痛々しい印象はぬぐえなかった。
﹁私が居ない時に、何か変わったことは無かったか
暗い空気を何とかしようとしたのか、加久藤が全く別の話題を持ち
出した。
﹁そういえば、加古のカタパルトが取り外されましたね。﹂
﹁ああ、大破していたものな。﹂
加古は加久藤に保護された時、艦中央に小型の爆弾を受けてカタパ
ルトが大破してしまっていた。艦娘の装備の損傷を治すのもドック
が必要である為、現状ではカタパルトが動くことは無い。しかしカタ
パルト以外は大きな損傷が見られなかったため、応急的な措置として
﹂
アレを乗せてましたね。
彼女からデッドウェイトにしかならない破壊されたカタパルトが取
り外されていた。
﹁空いた場所には何か乗せたのか
﹁加久藤さんが作ったRAM、でしたっけ
貴重な兵器なんですけどね。と苦笑まじりに話す彼女に反応した
のか、眠っているはずの加古が﹁フガッ﹂と妙な声を出し、また寝息
﹂
635
?
カタパルトよりも重くて疲れるって嘆いてましたけど。﹂
?
?
を立て始める。あまりにも唐突だったので、二人の口から小さな笑い
が漏れた。
﹂
﹁⋮加久藤さん。﹂
﹁なんだ
﹁無理は、しないでくださいね
?
?
決して大きな声では無かったが、その一言に大きな思いが込められ
ているのを加久藤は直に感じ取る。
私たち
﹁貴方がアリューシャン方面で何と戦ってきたか、ぐらいは知ってい
ます。それが、艦娘にとって強大すぎる存在であることも理解はして
いるつもりです。けれど、﹂
心配や、恐れや、焦燥がない交ぜになった彼女の色の違う瞳が加久
藤を射抜く。
﹁私たちだって戦えます⋮今はまだ、手も足も出ないかもしれません
けど。でも、他に何か出来ることがあるはずです。それに、武器の開
発が進めば一緒に立ち向かえるかもしれません。だから、その⋮﹂
彼女らしくない、容量を得ない言葉に口を挟まず耳を傾ける。
﹁貴方やホタカさんだけで何とかしようと思わないでください。私た
ちにも頼ってください。それが、私の言いたい事、です。﹂
古鷹の言葉を理解するように2,3度頷く。
の笑顔はそんな事を感じさせない物だった。
﹁ま、それよりも前にその傷を治さない事には始まらないがな。﹂
あ、加久藤、来てたのか。﹂
﹁あぅ⋮﹂
﹁んぁ
636
﹁君の想いは嬉しい。しかし、現状の艦娘では奴らに太刀打ちできな
い事は明白だ。君らの技術の発展にも限界があるだろう﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
厳しい現実を突きつけられて、彼女は悔しそうに顔を伏せる。
﹁だが、私たちが手を貸し、この国に新しい技術を供給し、対抗できる
武器を開発すれば君らに頼るのも遠い未来の事ではないだろう。﹂
﹂
思わず顔を上げ加久藤を見ると、彼は小さく笑っていた。
﹂
﹁その時になれば、助けてくれるか
﹁⋮はい
?
怪我をしているのに、思わず大きな声が出てしまう。しかし、彼女
!
加古は何時でも加古だった。
?
﹁以上がホタカの修理に必要な資材です。﹂
﹁フッ、空が青いぜ。﹂
加賀の提出した書類に視線を向けることなく、真津は執務室の窓か
ら雲一つない冬晴れの空を眺めている。比較的に美男子な彼の姿と
相まって、それなりな絵にはなるが現実逃避以外の何物でもなかっ
﹂
た。そんな提督の姿を見て、秘書艦の加賀の額に青筋が浮かび上が
る。
﹁提督、現実を見てください。﹂
﹁俺は、何も、聞いてない、イイね
﹂
加賀の右側から風切り音が発生し、一瞬遅れて乾いた音が執務室に
木霊した。
﹁あまり時間を取らせないでもらえるかしら
﹁誠に申し訳ございませんでした。﹂
飛ばしていた。
﹁解ればいいのだけれど。﹂
しれない代物に触りたくはなく、使えるのだからそれでいいと言う考
れが真実なのかは現在のところまで解っていなかった。誰も得体の
何もないとか、酩酊状態になるとかいろいろな都市伝説があるが、ど
娘が触れると催淫作用があるとか、猛毒ですぐに死に至るとか、特に
ズムに関しては完全にブラックボックスだった。また、謎の液体に艦
なバケツに満たされている代物だが、内部の液体や高速修理のメカニ
ることが出来た。高速修復剤自体は、謎の液体が何処にでもあるよう
運び込めば、艦体がどれほど深刻な状態であっても1日で完全修理す
艦娘の艦体をドックで修理する場合、高速修復剤を1つドック内に
﹁ところで、高速修復剤は効果があったのか
﹂
る。上司の威厳とか、プライドとかそんなものは水平線の彼方に吹き
考えるのも嫌だった。故に無条件降伏。所謂土下座の格好で謝罪す
情家だったりする。彼女を本気で怒らせたときにどうなるか、真津は
象を与えるが、その実態は感情が表に出ないだけで、本当は結構な激
加賀と言う艦娘は基本的に感情が表に出無いため周囲に冷静な印
?
?
637
?
えだった。なお高速修復剤を使用すると、中の液体だけが消える為、
残ったバケツは掃除や、消火、釣り等で再利用される。
﹂
戦闘詳報はここにあ
﹁え え、ド ッ ク 妖 精 さ ん の 話 で は 明 日 に は 修 理 完 了 す る と の こ と で
す。﹂
﹁なるほどな。ところで、ホタカは何処行った
るが、直接話を聞きたいんだが⋮﹂
何やってるんだ
﹁それならあと4,5時間ほど待つと良いわ。﹂
﹁
?
﹂
?
わ。﹂
﹁え〟
そうだっけ
﹂
嫌な汗が全身から吹き出ているのが知覚できてしまう。
﹂
﹁ええ。先日〟貴方から〟龍上提督に申し込んだでしょう
ないの
覚えてい
﹁あいにくだけど、これから第2鎮守府の面々と演習だから出来ない
﹁加賀はもちろん手伝ってくれるよな
カに遭うのは後回しにすることを決定した。
れから補給関連の書類を山のように書かなければならないため、ホタ
首をかしげる真津だったが、そこまで急いでいるわけでもなく。こ
?
?
くわ。﹂
﹁流石加賀さん
そこに痺れる
あこがれ﹂
!
間に加賀はそそくさと執務室から退散していった。
力にならない。その証拠に、提督の言葉が止まりフリーズする。その
つけられても柳に風、暖簾に腕押し状態で有名な彼女。ぶっちゃけ戦
茶髪の少女。サボりの常習犯や物ぐさ姫等散々なあだ名を同僚から
執務室の扉を開けて入ってきたのは赤いフレームの眼鏡をかけた
﹁あ∼い。めんどくせ∼。﹂
﹁望月。後はよろしく。﹂
!
﹁自業自得ね。では、私はこれで。心配しなくても代わりは残してい
﹁やっちまった⋮﹂
ぼってみると、確かに数日前龍上提督と演習の約束をしていた。
加 賀 の 呆 れ た よ う な 視 線 を 受 け な が ら 自 分 の 行 動 ロ グ を さ か の
?
?
?
638
?
﹁⋮⋮⋮ま、まあいい。さあ望月、デスクワークをしようか
﹂
何とか再起動した提督が、先ほど入ってきた艦娘に目をやるが。当
の艦娘は其れなりに上等なソファに体を投げ出して、既に寝息を立て
ていた。
﹁解ってたよコンチクショウ。﹂
望月に毛布を掛けてやり、デスクワークを始める。何かの拍子にデ
スクから落ちた書類には、ホタカの修理に必要な資材の量が記載され
ていた。
︻修理資材見積もり︼
対象艦 ホタカ
必要資材 鋼材 5500単位
燃料 4800単位
これだけの資材を集めるのに必要な仕事の量は、あえて書く必要は
無いだろう。
﹁あのさ、瑞鶴。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮何よ。﹂
﹁僕が悪かったから睨むのをやめてくれ。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
視線をそらすように俯いてしまった瑞鶴に、軽く心の中でため息を
付いたホタカは悪くないだろう。鎮守府に到着した時、何時もの様に
甲板に出たところで彼女につかまり、問答無用でストレッチャーに括
り付けられドレッドノート戦の傷をいやしたドックへ放り込まれた
のだった。ドックで傷を癒している最中も扉の越しに絶え間なく説
教を受け、その後自室に運び込まれた後も説教は続き、最終的に現在
は無言で睨まれている。ここまでやられると、目の敵にされているの
かという錯覚さえ覚えてしまう。実際の所、扉越しに彼に説教をして
いた時、彼女は自分が知らないうちに泣きながら説教をしていたのだ
が、ドックの扉の遮蔽効果と、音が反響しやすいドック内の作りに
639
!
よって、ホタカが瑞鶴の涙声に気づくことは無かったりする。ちなみ
に、高速修復剤を使った結果ホタカの身体は傷一つないほど急速に回
復し、今は普段着ている軍服姿でちゃぶ台を挟んで瑞鶴と向かい合っ
ていた。
﹁あのな瑞鶴。君の小言は僕の為だとは理解しているんだが、こう毎
回毎回されると精神に来る物が有るんだよ。それに、何時も敵に打ち
勝って確実に帰ってきているじゃないか。だから、そう怒らないでく
れ。﹂
﹂
﹁何で、⋮⋮⋮は⋮⋮き⋮の。﹂
﹁なんだって
顔を下に向けたまま、それも小さな声だったので彼女の言葉は良く
聞こえない。首を傾げて問い直すと、急に瑞鶴は涙を浮かべた顔を上
﹂
げ、ちゃぶ台を乗り越え彼につかみかかった。
﹂
アタシ達じゃどうにもならない敵へ一人で立
﹁何でアンタは平気なのよ
﹁はぁ
﹁アンタは何時もそう
﹁え
⋮⋮⋮﹂
﹂
でも、心配ない、とか、問
ボロボロになって帰って来て
﹂
見ていられないのよ
題ない、とか言って
なぜ僕に当たる
これじゃ、これ
何にもできない奴の気持ち
﹁見ていられないと言うのは君の問題だろう
アンタには解らないでしょ
﹂
見送る事しかできない奴の気持ちなんて
﹁うっさい
なんて
じゃあアタシがバカみたいじゃない
!
!?
﹁ああ、莫迦だよ。大莫迦者だ。僕には理解できない﹂
!
?
!
?
ち向かって
!
!
!
な気分になり、今まで大声でまくし立てていた瑞鶴の怒声がピタッと
止まった。
見送る側の気持ちなんて僕の知ったことでは
﹁超兵器と戦っているのは君じゃない、僕だ。どうして君がここまで
僕の事を気にかける
が無ければ死ぬ。運が悪ければ死ぬ。そんな場所でそんな事を考え
無いし、知る必要もない。そんなものは戦場では無意味だからだ、力
?
640
?
!
!
!
?
!
ホタカの聞いたことも無いほど冷徹な声に冷や水をかけられた様
?
今の僕には君が自分の思
る余裕なんてない。そもそも他人の心配をして自分が不安定になっ
ているなんて、莫迦以外に形容できるのか
﹁ッ⋮⋮⋮バカ
﹂
い通りにいかず、駄々をこねている子供にしか見えない。﹂
?
〟
│││││〟見ていられないと言うのは君の問題だろう
に当たる
?
│││││黙れ
│││││〟ああ、莫迦だよ。大莫迦者だ。僕には理解できない〟
│││││うるさい
なぜ僕
口からこぼれた小さな嘆きは、彼の意識の外での出来事だった。
﹁何だってんだ。いったい⋮⋮⋮﹂
まう。
胸中に何か嫌な感覚を感じて知らず知らずのうちに顔をゆがめてし
く。その様子を若干呆気にとられたように見ていたホタカだったが、
そんな捨て台詞を吐いて、彼女はホタカの部屋から飛び出してい
!
ている子供にしか見えない。〟
│││││そんなことは解ってる
﹂
!
た輸送船用の突堤の先にいることが確認できた。視線の先には太陽
を向いてあえいでいた顔を上げると、自分が今鎮守府からかなり離れ
動的な衣服や長い髪が皮膚に張り付きひどく気持ち悪い。今まで下
しめた。怒りと急な運動で火照った体にはジンワリと汗がにじみ、活
酸素を供給する。その時でも、凍てついた空気は呼吸器系を大いに苦
ヨロヨロと立ち止まり、暑い日の犬の様に早い呼吸を繰り返し体に
﹁⋮ハァッ、ハァッ、ハァッ
器が酷く痛み、足も張ってくる。もう、走ってはいられない。
るような痛みを生む。準備運動もせず飛び出してしまったため、呼吸
2月の空気は比較的緯度が低い佐世保と言えど肺や気管に突き刺さ
ホタカの部屋から飛び出した後、彼女は当てもなく走っていた。1
!
│││││〟今の僕には君が自分の思い通りにいかず、駄々をこね
!
641
!
?
が傾き始め、西の空に赤みがかり始めている。
冷たい空気を嫌と言うほど肺に取り入れた結果、彼女は其れなりに
落ち着きを取り戻していた。怒りの後に残ったのは、耐え難い羞恥と
強烈な自己嫌悪とわけのわからない悲しさ。
│││││バカだ、アタシ。
そんな自分の感情をこらえる様に歯を食いしばる。
見送る事しかで
│││││自分が何もできないもどかしさをアイツにぶつけるな
んて。そんなの、只の八つ当たりじゃない。
│││││〟何にもできない奴の気持ちなんて
きない奴の気持ちなんて〟
つい先ほど怒鳴った自分の言葉が何度も頭蓋の中で反響する。そ
の度に、彼女は自分の未熟さを痛感していく。
│││││本当、何やってんだろ。
一気に長距離を駆け抜けた疲れからか、ストンと地面に腰を下ろ
す。じかに触れたコンクリートからの冷気が体を冷やしていくが、そ
んなことはどうでもよかった。
│││││子供、か。まったくもってその通りね。
自分をさげすむような笑みが自然に浮かび上がった。
│││││自分との約束を破ったからと言って、自分のいう事を聞
かず毎回毎回怪我してくるからって、怪我人相手に怒鳴り散らして
さ。ああ、もう⋮
﹁うまく、いかないなぁ⋮﹂
そんな嘆きと一緒に、一筋涙が零れ落ちた。その涙は頬を伝い、顎
から落ちて彼女の手に当たる。自分が涙を流していることをようや
なんで泣いてんだろ
そんな、子供じゃあるまい
た。それでも、赤い太陽の光を反射する透明なドームを見つめ続け
る。
│││││誰かを死ぬほど心配して、怪我して帰ってきたら泣きな
642
!
く理解した彼女は、驚いたように右手についた水滴を見つめた。
│││││あれ
し。
?
じっと、0.5mlも無い水滴を見てみるが答えは得られなかっ
?
がら怒って、自分の事を否定されたら腹が立って、悲しくなって。こ
れじゃ、まるで⋮
﹁いや、無いわね。無い無い。﹂
笑えない冗
途中まで思い浮かんだ思考を頭を振ることで強制的に中断する。
│││││アタシがアイツに、ホタカに恋してるって
談ね。
﹂
﹁な、なんでここに。﹂
し今が昼間なら耳まで赤くした顔を見られてしまうだろう。
がそこにはあった。この時ほど赤い夕焼けに感謝したことは無い、も
振り返ると、濃紺のコートを何時もの軍服の上に羽織ったホタカの姿
ギャアと女性としては出してはいけない部類の声を出して後ろを
﹁呼んだか
﹁アタシが、ホタカの事を⋮﹂
│││││ありえない。絶対に⋮
を聞いたりしているらしい。
彼女だが、最近小説にも手を出し始めたらしく他の艦娘に配って感想
方、秋雲の書いた恋愛小説の読み過ぎだろう。普段は絵を描いている
得がいくような気がする。が、そんなはずはないと切ってすてた。大
しかし、そう考えてみると今までの自分の行動の理由として妙に納
?
﹂
彼女がそう問いただすと、ホタカは珍しく照れたように頬を掻い
た。
﹂
﹁まあ、なんというか、木曾に、な
﹁木曾
?
違った木曾が彼の所を訪れていた。瑞鶴の様子にただならぬものを
感じた木曾がホタカに理由を問いただし先ほどの会話を知ると、彼女
﹂
は長い長いため息をつきホタカに瑞鶴を追いかける様に指示したの
だった。
﹁何で僕が行かなきゃならないんだ
﹁ドアホ。今のは理解できる部分もあるが基本的にお前が悪い。﹂
?
643
?
瑞鶴がホタカの部屋を飛び出した後、涙目で走っていく彼女とすれ
?
大丈夫かコイツと呆れたような視線は、先の事にそれなりの罪悪感
を感じていたホタカにとって居心地が悪かった。
﹁そりゃあな、毎度毎度けが人相手に説教かます瑞鶴にも問題がある
意味
だろうけどよ。結局のところそれはお前の事を思ってだろうが。﹂
﹁そこが理解できないんだよ。何故彼女は僕にばかり怒るんだ
が解らない。﹂
本当に訳が分からないとでもいうように呟いたホタカに、木曾はし
ばらく絶句した後、また長いため息を吐いた。
﹁おい、なんだそのダメだ此奴的なため息は。﹂
﹁それ以外に何があるってんだよバカ。﹂
│││││これじゃあ、アイツも二重に苦労するなぁ、おい。
アイツ
何故か大きな疲れを感じ、目頭を揉んだ。心なしか右目の古傷も鈍
く痛む。
﹁と に か く だ。瑞鶴 が お 前 の 事 を 心 配 し た 結 果 が あ の 説 教 な ん だ か
﹂
ら、甘んじて受けとけ。そして、今からでも遅くないから追いかけろ。
酷い事を言ったっつー自覚はあるんだろ
少し、冷静な性格だと思っていたんだが、な。﹂
﹁人間も艦娘も艦息も自己評価は思ったよりも難しいと言う事だろう
よ。さあ、立て。外は寒いからコートも持ってけ。﹂
部屋の隅にかけられていたウィルキア海軍の装備品である濃紺の
コートをハンガーごとホタカへ投げ渡すと、木曾は踵を返して扉まで
進む。
﹁邪魔したな。もう夕方だ、早く行ってやんないと風邪ひくかもしれ
んぞ。原因はお前だな。﹂
﹁それは、不味いな。﹂
急いでコートを羽織り、木曾の横をすり抜けてドアを通る。
﹁たぶん、第23突堤だ。確証はないが。﹂
﹁ありがとう。﹂
ホタカの姿が廊下の角へ消えると、もう一度木曾は深いため息を付
いた。
644
?
﹁ああ。我ながら自己中心的な物言いをしたと反省しているよ。もう
?
﹁上手くまとまりましたか
﹂
﹂
をしているのを確認していた。
イ
﹁あの二人、これからどうなっていくと思いますか
ツ
﹂
そう言って否定する彼女だったが、杉本は木曾が満更でもない表情
い。﹂
﹁やめてくれよ、杉本さん。さっきも言ったけどこんなのガラじゃな
ねぇ。﹂
﹁案 外、君 に は こ う い っ た 仕 事 の 方 が 向 い て い る や も し れ ま せ ん
﹁意見と言えるほど大層なもんじゃないさ。﹂
﹁木曾さんは随分と手厳しい意見を持っているようですね。﹂
手厳しい木曾の意見に、思わず苦笑がこぼれてしまった。
ついていないな。﹂
がスタートラインに立ってないとするなら。ホタカはまだ競技場に
ア
﹁瑞鶴はともかく、ホタカにそう言う感情が有るのか疑問だね。瑞鶴
﹁はい
﹁それ以前の問題だよ。﹂
杉本ののんびりとした意見を、木曾は即座に否定した。
うかねぇ。﹂
﹁あの様子じゃあ、お互いが自分の気持ちに気づくのは当分先でしょ
ヤレヤレと肩を大げさにすくめて見せる。
ぱりガラじゃない。﹂
﹁まとまったと言うか、なんと言うか。奇妙な気分だ、こんなのはやっ
杉本が少しばかりの好奇心を瞳に湛えて何時もの様に微笑んでいた。
背中にかけられた聞きなれた声に振り返ると、両手を後ろに組んだ
?
﹂
けど⋮﹂
﹁けど
﹁場合によっちゃあ、3流小説並の悲 劇になるかもな。﹂
バットエンド
うし、どっちかと言えば直情的な瑞鶴の性格から考えて可能性は高い
タックし、アイツもそれを受け入れてゴールインってのがベストだろ
﹁そ う だ な ぁ ⋮。瑞 鶴 が 早 々 に 自 分 の 気 持 ち に 気 づ い て ホ タ カ に ア
?
645
?
?
﹂
時間はホタカが瑞鶴を見つけた場所まで移動する。
﹁その格好では寒いだろう
言われてみてから、肌を指す冷気を知覚する。よく言って活動的、
悪く行って露出度の高い服装である為、冬場の突堤では防寒能力なん
て皆無だった。しかも、走って掻いた汗が気化し更に体温を奪ってい
る。思わず身震いし自分で自分の身体を抱えた時、両肩に何かの重み
を感じ、自分の周りの気温が一気に上がったような感覚に陥る。目の
前にはいつもの軍服姿の艦息、一瞬遅れてコートをかけてくれたのだ
と認識する。肩にかけてあるだけなので、風で飛ばない様に手でつか
国
﹂
むと見た目に違わず、頑丈な生地が使用されていることが解る。
雪
﹁あ、ありがと。っていうか、アンタは寒くないの
﹁や、やめてよ
悪いのはアタシ、アンタじゃないわ。﹂
てたように言葉を紡ぐ。
彼が頭を下げるのを半ば呆然として見てしまっていたが、直後に慌
ない。﹂
﹁さっきはすまなかった。君の気遣いを無下にしてしまった。申し訳
ホタカが一瞬言葉を区切り、瑞鶴の金色の瞳を真正面から見る。
ずしも必要と言うわけでもない。そんな事より、だ。﹂
﹁これでもウィルキア仕様の軍服だ。これ位の寒さなら、コートは必
?
が飛びそうになったので慌てて手で押さえた。
﹁謝らなければいけないのは、アタシの方。自分が何もできない事に
腹が立って、イライラして、それで、ホタカに八つ当たりしちゃった。
⋮⋮ごめんなさい。﹂
﹁それは仕方のないことだ、そもそも君がどう考えているのかもう少
し注意深く思考してみるべきだったんだ。﹂
﹁アタシが﹂
﹁僕が﹂
二人の声が重なり、どちらも沈黙してしまう。ほんの数秒後、不毛
な会話をしている事を唐突に理解し、どちらからともなく笑い出して
646
?
ホタカの肩を掴んで無理やり上体をを起こさせる、その時にコート
!
しまった。
﹁ああもう、やめ止め。キリが無いわ。﹂
﹁同感だ。今回の件はお互いさまと言う事で水に流さないか
﹁賛成。このまま続けてても日が暮れちゃうしね。﹂
﹁
何
﹂
﹁瑞鶴。﹂
しまった。
﹂
している。その光景に2人は一瞬呆けたように目が釘付けになって
た海と、夜の帳が降りかけている空が赤と群青のコントラストを形成
ふと海を見てみると、太陽が水平線に沈み始めていた。赤く色づい
?
照らされている艦息を見た。
?
る。
﹁当たり前でしょ
﹂
艦息の問いに、艦娘は一瞬目を丸くするが、すぐに満面の笑みを作
﹁一緒に超兵器と戦ってくれるか
﹂
言葉を区切り、視線を空から瑞鶴へ移す。彼女も振り返り、夕日に
力を手にした時は。﹂
装備も更新されていくだろう。その中で、君らが超兵器に対抗できる
﹁だが、それと同じように僕や加久藤も技術をこの国に提供し、君らの
﹁でしょうね。﹂
強力になっていく。﹂
﹁あんなことの後で身勝手だろうが。これから先、超兵器はますます
?
﹁さて、そろそろ食事の時間だ。行こうか。﹂
顔が赤いのは夕焼けの所為だ、と自己完結。
急に気恥ずかしくなってきた瑞鶴は、思わず顔をそむける。
﹁ありがとう。﹂
いた。
う。無意識だったが、彼の口は何時もの様に不敵な微笑みを浮かべて
な感情が自分の中に残っていたことに小さな驚きを感じつつ、礼を言
とって美しいと言う感情を抱かせるのに十分な物だった。そのよう
その時の瑞鶴の笑みは、背景の夕焼けと上手く化合してホタカに
?
647
?
クルリと踵を返して歩き始めた艦息の背中を彼女は追う。
自分の中に渦巻く彼に対する、複雑な感情が何なのかイマイチ理解
しきれていないが、それでも悪い気はしなかった。それよりも。自分
たちを頼ってくれたことが何よりうれしかった。
│││││絶対に忘れないだろうな、今日の事。
そんな奇妙な確信を頭の片隅で転がしながら、彼のすぐ後ろを歩い
ていく。食堂からの芳ばしい香りが鼻腔をくすぐる頃には、すっかり
太陽は海に沈み頭上には星が輝き始めていた。
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 648
五章 AL/MI作戦
STAGE│33 改装案VGF│2301B
照明の落とされた暗い室内。その部屋の中央に置かれた年代物の
映写機がかすかな音を立てて廻り始めると、壁に四角い映像が投影さ
れ始める。
映し出されたのは正面から見た超巨大艦の暗視画像。緑色のベー
ルの向こうには、こちらを睨む6門の超長砲身砲が不気味に見えた。
スクリーンの右下には白いゴシップ体で〟超巨大高速戦艦ヴィルベ
ルヴィント〟と表示されている。
スクリーンの端にいた人物│││ホタカは、伸縮式の棒の一端を持
以上を発揮可能な高速
ち一振りする。5倍ほどに長さを増した指示棒で映し出された巨大
艦の艦首付近をコツコツと叩いた。
﹁超巨大高速戦艦ヴィルベルヴィント。80
艦で、主砲の口径は28cm程度ですが長砲身かによって威力を増
加、更に各種魚雷、噴進弾を装備し火力的な面での不足はありません。
昨年の夏、偶然遭遇した呉の1個艦隊及び佐世保第6鎮守府の3個艦
隊を殲滅。なお第6鎮守府は現在、宿毛第3鎮守府に移転していま
す。これを受けて大本営はトラック第2鎮守府の不明艦を旗艦とす
る1個艦隊での足止めを命令。ホタカ、山城、北上、大井、不知火、吹
雪が出撃。戦闘はホタカ及び艦娘同士のデータリンクをフルに活用
し、敵弾のことごとくを回避、味方の砲雷撃の集中打を浴びせかけ撃
沈に成功。ホタカ以外に目立った損傷なし。﹂
暗視画像が次々と切り替わり、ヴィルベルヴィントの損傷は画像が
切り替わるごとに拡大し続けているのがよく解る。最終的に右舷に
巨大な水柱が林立、艦体が二つに割けたところで画像が切り替わる。
次に映し出されたのは2基の砲塔を備えた巨大な潜水艦。前後に
搭載された連装砲は撮影者方向に照準を合わせようとしているとこ
ろなのか砲口は進行方向を向いていなかった。
﹁超巨大潜水艦ドレッドノート。巨大な艦体に多数の魚雷発射管、連
649
?
装砲塔を備え。更にマスカ│、騒音魚雷、吸音タイル等欺瞞手段も豊
富に搭載し、各種の静音スクリューにより水中での機動性も従来の潜
水艦を凌駕しています。ウルシ│環礁に設置された深海棲艦の前線
基地襲撃の任に当たっていたホタカが偶発的にこれと遭遇し、戦闘を
開始。﹂
ホタカのマスト付近から取られたものらしき画像が画面に現れる
と、聴衆から少しばかりのざわめきが上がる。海面を埋め尽くすよう
にこちらに迫る魚雷を見たいと思うような艦娘はここにはいなかっ
た。数度、わざとらしい咳ばらいを真津が行うと、すぐにざわめきは
収束する。
﹁アスロック、トライデントの大量投入により戦闘を有利に進めるも
ののドレッドノートは多数の魚雷と騒音魚雷によって自らの撃沈を
演出。アフタヌーンエフェクトとマスカ│を用いて超至近距離、ホタ
カ直下からの雷撃を敢行。﹂
画面が写真からソナー画面に切り替わる。丸い画面の中央には巨
大な輝点が不気味に輝き、ソナー画面の枠とも相まって巨大な生物の
目のようにも見える。
﹁トライデントにより直下から放たれた魚雷の尽くを迎撃。更に同時
に斉射したアスロックにより超兵器の魚雷発射管の撃破に成功。し
かし、艦直下での魚雷の炸裂により生じた爆圧により艦底部に甚大な
損傷を受け機動力を喪失。雷撃能力を失ったドレッドノートは浮上
決戦を選択し、砲撃戦に移行する。﹂
ソナー画面の不気味な瞳が消え失せ、広大な海原を突き破って飛び
出すドレッドノートが映し出される。大量の海水を押し分け、海面か
ら艦体の3分の1ほどが突き出している。
﹁両艦ともに至近距離での砲撃戦を選択、ドレッドノートの主砲口径
は38.1㎝と大型であったが門数はわずかに4門であった事から
最終的に打ち勝つことに成功。ドレッドノートを撃沈。ホタカが中
破相当の損害を受ける。﹂
次に映し出された画像には、雲海の中を飛行する目の覚めるような
オレンジ色の双胴の機体が収まっている。この画像はそれまでのモ
650
ノよりも画質が悪く、撮影に用いられたカメラの性能が高くない事が
うかがえた。
﹁超巨大爆撃機アルケオプテリクス。双胴の機体に多種多様な爆弾を
搭載し、各所に取り付けられた砲兵器によって対地対空攻撃も可能、
また対空火器に誘導兵装を採用しているため、現在の航空機での撃墜
は困難を極めます。﹂
画像が切り替わり、機体の至る所から火箭を伸ばしているアルケオ
プテリクスが映し出される。
﹁アルケオプテリクスは台風に乗じて本土に接近。まず初めに横須賀
鎮守府を急襲し鎮守府施設及び所属艦娘に甚大な被害を与えました。
この攻撃による損害から横須賀鎮守府は現在でも立ち直っておらず、
艦娘などの装備を製造する工廠の内、最大級の横須賀海軍工廠も壊滅
的被害を受け現在復旧中。復旧完了までは残り1年ほどかかる見通
しです。超兵器は北進を続け帝都近郊の高射砲塔を大口径砲にて粉
砕した後、帝都内へ進出。各種兵装を用いて帝都の3割を破壊。﹂
大口径砲の直撃や速射砲、焼夷榴弾砲、各種爆弾によって廃墟に
なった帝都が映し出される。そのあまりに凄惨な状況に、思わず顔を
そらしてしまう艦娘もちらほら見受けられた。
﹁超兵器の来襲を受けて大日本帝国安全保障特別指導部本営は付近の
航空基地に緊急発進を発令。疾風改160機、銀河47機が出撃。し
かし、アルケオプテリクスの誘導兵器によって瞬く間に全滅。迎撃は
失敗に終わります。しかし、この時疾風改2機が何らかの原因により
アルケオプテリクスの左エンジン2基に吸い込まれ、結果的に超兵器
の推力の半分を奪うことに成功しました。この損傷により超兵器は
霞ケ浦に着陸、自己修復に入ります。﹂
だだっ広い霞ケ浦周辺に着陸したアルケオプテリクスが映し出さ
れ、左翼のエンジン2基から黒煙が立ち上っているのが確認できた。
﹁本営は建造中に破棄された兵器の使用を決断。局所防衛決戦兵器対
深海棲艦用45口径160㎝要塞砲︻天羽々斬︼の建造を再開し、第
2海上堡塁からの超長距離砲撃を試みます。﹂
格納庫内に収められた超巨大な要塞砲に豆粒の様な人が取り付き
651
作業している画像が映し出されると、主に戦艦娘がいる方向から小さ
などよめきが上がる。
﹁屋島作戦と命名された作戦は0200時に発動されました。300
0km離れたトラックに存在するホタカに搭載された電算機によっ
て算出されたデータを持ちいて第1射を発砲。砲弾は直撃せず超兵
器右翼後方に着弾。その衝撃波で右翼エンジン2基を修復不可能な
までに破壊。﹂
前線部隊が撮影したらしき、サーチライトに照らされ無残な右翼を
晒しているアルケオプテリクスが映し出される。素人目にもこれが
飛び立てるようには思えない。
﹁第2射準備中、超兵器再起動。左翼のエンジン、および胴体内のリフ
トエンジンを用いて再離陸帝都へ進路を取りました。これを受けて
特殊改造を施した2機の菊花が離陸、ハープーンの現地改修型を用い
て超兵器前方下部の焼夷榴弾砲を攻撃し破壊。更に機体内の焼夷榴
弾に延焼し、隣接する305mm主砲弾薬庫が加熱され主砲弾が誘
爆。前方の連装砲2基を完全に破壊。﹂
暗闇に真っ赤な炎の線を2筋描きながら機首を上げて飛ぶ超兵器
が移る。
﹁第2海上堡塁は天羽々斬による超兵器への直接砲撃を実行。緊急用
退避システムを用いつつ砲弾を着弾させることに成功。アルケオプ
テリクスは完全に破壊されました。﹂
夜空に現れた巨大な火球を映した映像が切り替わると、今度は大荒
れの海を行く双胴艦が現れた。
﹁超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイター。艦本体の能力もさるこ
とながら多数の艦載兵器による物量戦が特徴です。これの迎撃には
佐世保第3鎮守府よりホタカ、ソロン南方要塞より加久藤が参加。作
戦としては第1段階で加久藤の航空隊により敵超兵器の航空機運用
能力を奪い、第2段階では加久藤の航空隊による支援の元、ホタカが
超兵器に肉薄攻撃を仕掛けるモノです。﹂
また画像が切り替わり、高空から戦場を俯瞰しているようなものが
移る。画面の両端にはデュアルクレイターとホタカ、両者の間にはい
652
くつもの航跡が無数に走っていた。
﹁第1段階は煙幕などの妨害もあったものの概ね成功。第2段階では
ホタカの主電算機がコンピューターウィルスに感染し、全兵装が一時
的にダウン。艦の制御を艦娘式に切り替え再起動、作戦を続行しまし
た。遠距離からの砲撃戦では主電算機が使えない事、また主砲口径の
不足により大きな損害を与えることは出来ず当初の予定通り後方に
回り込み肉薄攻撃を実行。各種噴進弾により上部構造物を破壊され
るも、後方ハッチに41cm砲弾6発が命中。目標は誘爆を繰り返し
沈降。超兵器を撃破。この戦闘で加久藤航空隊に若干の損害、ホタカ
は大破判定を受けています。﹂
ホタカが合図をすると、それまで回り続けていた映写機が停止し部
屋に明かりがともる。佐世保第一鎮守府の会議室に集合していた佐
世保に所属する艦娘達、指揮官の姿がはっきりと認識できるように
なった。上座に座り両手を組んでいた田沼がホタカに礼を言う。
653
﹁ご苦労だった。戻ってくれ。﹂
ホタカが敬礼して席に戻るのと入れ違いに田沼が全員の前、壇上に
立つ。
﹁昨年我々は超兵器と言う恐ろしい敵と相対した。奴らに生半可な攻
撃、戦力では通用しないと言うのが先の説明で理解してくれたと思
う。これから先超兵器が現れないと言う保証は全くなく、奴らに対抗
できるのがホタカと加久藤だけであると言うのはまぎれもない事実
だ。これから通達する命令を不本意だと思う者も居るだろうが、滅び
の美学や大和魂、自己犠牲、矜持を持ち出すには強大すぎる相手だ。
これより全艦娘の超兵器との戦闘行動は禁止する。もし超兵器を発
ホタカ。﹂
見した場合は戦闘を行わず、自身の生存を第一に考えろ。以上で解散
する。﹂
﹁んで、話とは何だ
?
先の会議の後、ホタカは真津を自分のCICへ招き入れていた。怪
C
﹂
訝な顔をする真津に備え付けのコーヒーサーバーから取ってきた
カップを手渡す。
I
﹁少し相談したいことがありましてね。﹂
C
﹁それってこんなとこでやるようなヤバい話なの
﹁これが、対空レーダー画面で、これがアスロックの射撃指揮装置ね、
ふむ、なるほど⋮﹂
背後からの聞きなれた声に振り向くと、呆れたような顔の瑞鶴が開
いている椅子を占拠して逆座りしているのが見えた。手にはちゃっ
かり湯気を上げるコーヒー︵砂糖、ミルク多め︶が収まっている。さ
﹂
らに彼女の隣には嬉々としてにモニターや計器類を調べている夕張
の姿が。そんな彼女達に彼は小さくため息を付いた。
﹁君らを呼んだ覚えはないのだが⋮﹂
﹁いーじゃん、別に。アタシに聞かれて不味い話でもするの
﹂
若干すねたようにカップを傾ける瑞鶴。
﹁何というか、技術屋の勘が働きました
﹁⋮まあ、いいか。﹂
│││││いいのかよ⋮
違う事が直観的に理解できてしまった。
ペックは表示されていないが、一目見ただけでこれまでの元とは格が
れた異形の戦闘艦にこの世界の住人3人は苦い顔をする。詳細なス
まだ来ておらず今までの超兵器よりも強力な兵器だった。映し出さ
モニターに幾つかの超兵器を映し出す、そのどれもがこの世界には
ると予想しています。﹂
はこれから先出現する超兵器は今までの奴らよりも強力なものであ
﹁先ほどの会議で超兵器との戦いをおさらいしましたが、僕の考えで
自分も気にしない事にした。
真津は心の中で突っ込むが、本人は特に気にしていないようなので
?
﹁正直言うと、この超兵器群に今の僕の武装で対抗することは難しい
でしょう、手も足も出ず轟沈するかもしれません。﹂
654
?
キュピンと擬音が鳴りそうなドヤ顔を見せる夕張。
!
ハッキリと敗北宣言を出した艦息に真津と夕張は耳を疑った。今
まで圧倒的な火力で超兵器をなぎ倒してきた彼を知っている者に
とってはそれほど異常な事だったのだ。そんな真津とは対照的に、瑞
鶴は無言でカップを傾ける。苦い表情はコーヒーの所為ではないだ
ろう。彼女自身、彼の装備が超兵器相手に歯が立ちづらくなっている
ことは薄々感づいていた。超兵器戦の後には毎度の様に説教をかま
しているため、彼の損傷がだんだんひどくなっていることを直に感じ
取っていた。
そんなある種の消沈した空気を吹き飛ばすために、ホタカはわざと
お道化た様な、茶化した様な声色で続きを放し始める。
﹁と、言うわけで。そろそろ大改装の時期だと思われます。﹂
パチンと指を鳴らすとCICの中でも大型のモニターに幾つかの
設計図が表示される。それらは細かな違いはあったが、61㎝砲を主
砲とすることは共通していた。
﹁僕 が 前 の 世 界 で 実 際 に 施 し た 改 装 は こ の V G F │ 2 3 0 1 A 案 で
す。主砲を61㎝砲2基に換装しその他にもこまごまとした改装を
施したものですが、やや保守的であり性能の向上はこれらの案の中で
は最も小さいですね。逆に、最も性能の向上が見込めるのはこれで
す。﹂
その他の設計図が小さくなり、ある設計図が画面の半分以上を占め
る様に拡大された。それは他の設計図よりもかなりゴチャゴチャと
したもので、かなりの兵装が詰め込まれていることがよく解った。
﹁改装案VGF│2301B。ウィルキアが持てる技術力の粋を結集
して考案した改装案です。まず最初に予備浮力を得るためにバルジ
を追加、また船体後部を延長します。次に41cm砲を撤去、主砲を
55口径61㎝三連装砲A型に換装。これを前方に背負い式に2基、
後方に1基配置。スペースを確保するため艦橋を構造物を若干後方
へ移設。火力不足が露呈した対艦ミサイルVLSはすべて撤去し対
空砲として対空パルスレーザーを8基搭載、更に35mmCIWSも
16基に倍増。増えた重量による速度低下を防ぐために機関をガス
タービンε型に換装。防御重力場をⅤ型からタイプαに変更。装甲
655
板については大きな変更はありません。また、対空パルスレーザーや
新型磁気火薬複合加速砲の採用により艦内の消費電力が大幅に増加、
この問題に対応するために推進方式をCOGLAGからIEPに変
に低下
更します。以上の改装により排水量は約7000t増加、出力は19
2000から208000に増加するも最高速度は63,7
それとCOGLAGとかIE
しますが大きな問題は起こらないでしょう。﹂
夕張﹂
﹁ちょ、ちょっと待ってください。﹂
﹁何だ
﹁対 空 パ ル ス レ ー ザ ー っ て 何 で す か
﹂
合
電
気
推
進 の事を意味する。C
出力で回さなくて済む分燃料の節約になりますね。﹂
電力で推進するわけですか。これならば無理してガスタービンを低
悪い低速状態では少数のガスタービンを最高出力で回して発電した
﹁ガスタービンって最高出力付近で最大効率になりますしね。効率の
る。﹂
て推進し、高速時にはガスタービンの回転を機械的に接続して推進す
OGLAGの場合は低速時にはガスタービンで発電した電力を用い
ne︾、IEPは 統
Integrated Electric Propulsion
t u r b i n e e L e c t r i c A n d G a s t u r b i
トリック・ガスタービン複合推進方式︽COmbined Gas 所ばかりの兵器とは言えんな。COGLAGは|ガスターボエレク
威力を得られないばかりか発射機自体が破壊される恐れがあり、良い
換無しで射撃を続けた場合、射撃時にエネルギーロスが発生し必要な
けでは無く800回の射撃ごとに消耗部品の交換が必要だ。もし交
レーザー発振器にも寿命が有り、電力がある限り永遠に発射できるわ
電力消費だけで発射できるため弾薬庫を設ける必要がない。しかし、
い と 発 射 機 自 体 に 悪 影 響 が あ る た め こ の よ う な 方 式 に 落 ち 着 い た。
発射されるエネルギーは非常に高く、断続的なパルスレーザーにしな
だ。高エネルギーレーザーを連続的に発射し目標を加熱、破壊する。
﹁対空パルスレーザーはパルスレーザーを対空火器として用いる兵器
Pって
?
ほぼ完ぺきと言っていい答えを出した夕張にホタカは目を丸くし
656
?
?
?
た。
﹁よく解ったな、その通りだ。﹂
﹁装備のデータ解析は得意ですからね。﹂
そう言って、ない胸を張る。
﹁でも、流石にIEPは初耳です。詳しく教えてくれますか
﹂
いることに、自分では気づいていなかった。
﹂
﹁ねえ、ホタカ。レーザーってことは光速で飛んでくるんでしょ
﹁ああ、そうだ。﹂
﹂
感情を抱いてしまい、ついつい返答もそっけない物になってしまって
技術的な話題で盛り上がっている2人に何故か面白くないと言う
﹁そっけないなぁ⋮おい﹂
﹁提督さんが無理なら、アタシはなおさら無理よ。﹂
があったが、ここまで先進的な話をされると脳味噌が追いつかない。﹂
﹁なあ、瑞鶴。アイツ等の話を纏めてくれ。科学には強いという自負
さ。﹂
﹁そ う い う 事 だ、I E P に で も し な い と 電 力 供 給 が 追 い 付 か な い の
レーザー、新型防御重力場に必要な電力が足りないと。﹂
﹁で も、C O G L A G で は 新 型 の 大 口 径 磁 気 火 薬 複 合 加 速 砲 や 対 空
主砲で殴り合えたわけだ。﹂
ドノート戦の時には機関がつぶれたがバッテリーは無事だったから
にプールし磁気火薬複合加速砲やレーダーに利用している。ドレッ
COGLAGでは、低速時に発電した電力の一部を大容量バッテリー
艦内照明、磁気火薬複合加速砲、レーザーとかな。現在採用している
発電した電力で艦内電力の全てを補う。レーダー、コンピューター、
﹁概念的にはほぼ同じと見ていいかもな。IEPでは主機関によって
かね
﹁ポルシェティーガーのガス・エレクトリック方式みたいな感じです
した電力で推進する。﹂
ンは完全に発電機として扱う。どの速度域でもガスタービンで発電
﹁まあ、そこまでややこしくは無い。IEPではガスタービンエンジ
?
何故かキラキラ︵戦意高揚状態︶している夕張から視線を瑞鶴に移
?
657
?
す。
ミサイルはともかくCIWSは
﹁ようするに偏差射撃が要らないってことよね。それじゃあ対空火器
﹂
はレーザーだけで十分じゃないの
取っ払ってもよくない
?
﹂
﹁何故だ
光なんだから回転する鏡かなんかで反射すればいいだろう
空砲にはあってな。旋回速度が遅いんだよ。﹂
器に入れてレーザーを放てば大体当たる。ただ、若干の問題がこの対
は機銃と違って偏差射撃を行う必要が無いのは事実だ。目標を照準
﹁君の理解はある意味適切と言える。光の速度で飛んで行くレーザー
出す。
来ない事を説明したのはブラウン博士であったことも連鎖的に思い
事を第一次改装時にヴェルナーが言っていたのだ。そして、それが出
彼女の提案に少しばかり苦笑する。と言うのも、彼女と同じような
?
ザー、近距離ではCIWSと言ったように複数の射程の違う対空火器
イルも健在です。長距離では対空ミサイル、中距離では速射砲とレー
トップヘビーになりかねないんですよ。その為、CIWSや対空ミサ
パルスレーザーⅢ型の場合1基100tもあるので数を乗せると
です。現在登載されている35mmCIWSは1基9tですが対空
エンジンを異常加熱させて落とせますけど。そして、何よりも重いん
手こずる場合があります。まあ、一瞬でも照射できれば燃料か弾薬、
んかはカモですけど、近距離でランダムに回避機動を行う航空機には
要があるのです。その為、ほぼまっすぐに突っ込んでくるミサイルな
ザーを目標に照射するのには、重量のある発信機自体を回転させる必
ザ ー 1 発 も 無 駄 に は 出 来 な い の で す よ。結 果 的 に 一 番 確 実 に レ ー
射させるのはなかなか難しいのです。一秒を争う対空戦闘ではレー
すがそれでもエネルギーのロスはありますし、何より狙った場所へ反
﹁それがそうもいかないのですよ。金などはレーザーをよく反射しま
真津の問いにホタカは困ったように頭を掻いた。
?
を複合して運用することで初めて高い対空能力を得ることが出来ま
す。﹂
658
?
﹁なるほどな、そうやって航空機が到達するまでに複数の壁を用意す
﹂
ることで対空能力を上げると言う事か⋮61㎝砲はA型と言ってい
たが、これはなにか意味があるのか
﹁A型のAはAdvancedを意味しています。従来の55口径6
1㎝磁気火薬複合加速砲は65口径61㎝砲相当の火力を発揮する
のが精一杯でしたが、このA型は超兵器技術をフルに活用し55口径
程度の砲身で75口径相当の火力を発揮することが出来ます。後に
口径が大きすぎてイメージしづ
も先にもこのサイズの砲ではこれが最大火力ですね。﹂
﹁ぶっちゃけどれぐらいの火力なの
らいんだけど⋮﹂
﹁そうだな⋮。﹂
顎に手を当てて数瞬虚空を見つめる。
﹁当たり所が良ければ、長門型ならば3発程度で沈められるだろうな。
赤城なら2発ぐらいだろう。﹂
﹁⋮⋮なんで味方で例えんのよバカ。﹂
﹁長門さんでも対41cm防御ですからね。対20cm防御しか持た
ない重巡洋艦に41cm砲や46cm砲を叩き込むようなものです
から、その評価は妥当だと思いますよ。﹂
瑞鶴が呆れ、夕張が補足する。
﹁しかし、こちらの艦は前の世界の艦と比べて非常に脆い。41cm
砲弾が1発直撃した程度で軽巡が沈むんだからな。もしかしたら長
門も1発かも知れない。﹂
真剣に考え込む艦息の姿を見て、彼の異常性を再認識させられた2
人はそろってため息を吐いた。残りの1人は〟弾薬庫に直撃すれば
大和型もただでは済まないと思いますよ〟と頷く。誰が誰かは書く
必要は無いだろう。
﹂
﹁この際火力が有るならそれでいい。で、その改装を施すのにどれぐ
らいの資材が必要なんだ
に必要な資材は基本的に入居する時に必要な資材に匹敵するか、場合
によっては凌駕する。昨年ホタカを修理した時には膨大な量を要求
659
?
?
あんまり聞きたくはないが。と小声でつけたす真津。艦娘の改造
?
されたが、改造に限って良心的な数値であるとは考えづらかった。
﹁概算でしか求められませんが、これ位かと思われます。﹂
設計図を映していたモニターが切り替わり、3種類の改装案とそれ
ぞれに必要な資材量が表示される。
改装案VGF│2301A:61㎝3連装砲2基、機関、対空兵装
強化型
必要資材量 鋼材 34000
弾薬 28000
改装案VGF│2301B:61㎝3連装砲A型3基、対空レー
ザー搭載、機関強化型
必要資材量 鋼材 68000
弾薬 56000
改装案VGF│2301C:61㎝3連装砲2基、対空レーザー搭
載、機関強化型
﹂
見るように諭し、夕張は現実を思いっきり叩きつけた。思わず頭を抱
﹂
えた彼を責められる者は居ないだろう。
﹁提督、どうかしましたか
﹁ホタカ、アンタ絶対楽しんでるでしょ
め膨大な資材が必要な事はあらかじめ知っていた。その上でこの結
果を見た時に提督がどのような反応をするのか副長、砲雷長と賭けを
していたのだった。ちなみに彼は提督がフリーズする方に賭け、副長
と砲雷長は現実逃避する方に賭けており、今回は彼女らの勝ちだっ
た。つまり瑞鶴のツッコミは正鵠を射ていたりする。
660
必要資材量 鋼材 51000
弾薬 42000
﹁お、おかしいな瑞鶴、夕張。ゼロが一つ多いような気がするんだが。﹂
﹂
﹁提 督 さ ん、現 実 を 見 て。た ぶ ん 今 見 え て る の が 正 解 だ と 思 う か
全部万単位で収まってますよ
ら。ってかアタシもそう思うから。﹂
﹁ひー、ふー、みー⋮⋮大丈夫です
!
莫大な資材量に思わず瑞鶴と夕張に救いを求めるが、瑞鶴は現実を
!
呆れた様な少女の視線から目をそらす。彼自身事前に試算したた
?
?
﹁ところでこの改装案VGF│2301Cって何ですか
折衷案ぽいっですけど。﹂
うのは理解できるのだろう。
﹂
﹁じゃあさ、船体を拡大してA型の主砲を2基積むのは
﹂
﹁それがな、艦娘の改装は史実での改装に倣っているだろ
﹁まあ、そうね。⋮あ
見たところ
﹂
﹂
2つのモノを合わせようとして長所を殺し合った駄作が出来てしま
工廠横の工房で何やらいろいろと発明している彼女からしてみれば、
上手くいかないわねぇ、と呑気に頷く夕張。技術者の端くれとして
けですか。﹂
﹁ようするにどっちつかずでお互いの長所を殺しあっちゃったってわ
C案は選ばれなかった。﹂
案よりもコストが高い。前の世界でも、そのあたりがネックになって
えトップヘビー気味なのにそれに拍車がかかってしまう。その上、A
体を拡大せずに重量のあるレーザーを搭載するモノだから、ただでさ
65口径と75口径では大きな違いがあるからな。その上C案は船
﹁しかしな、超兵器を相手にするのには出来ればA型の主砲が欲しい。
﹁じゃあ、それでいいんじゃないの
になる。レーザー兵器搭載型A案と言ったところか。﹂
の折衷案だ。主砲、船体はA案、そのほかはだいたいB案にそった形
﹁よく解ったな、夕張。君の言う通り、安上がりなA案と高性能なB案
?
改装が艦娘に施すことが出来た。ホタカもこの例にもれず、改装を行
の改装案も存在するため、扶桑型の改二等の史実では実在しなかった
な兵装も手に入れられる。また艦に刻まれた記憶は検討されただけ
を頼りに改装を行う。こうすることで現在では製造不可能な、高性能
艦娘の改装を行う場合、修復と同じように船体に刻まれた艦の記憶
うが⋮な。改装先を選べるだけ儲けものだ。﹂
うだ。スキズブラズニルが居ればそのあたりに融通も利いたんだろ
ある以上改装するならばこの中から選ばなければ改装が出来ないそ
﹁そういう事だよ。僕の第1次改装で出た案は主にこの3つ。艦息で
?
?
661
?
何かに気づいたように声を上げた瑞鶴に、一つ頷く。
!
うときには実際に検討された中から改装先を選ばなければならない。
なお、改装をする場合は艦体を改装専用工廠内のドックに入居させ改
装を施す。この時、改装作業を一時中断すれば改装中の艦を見ること
が出来るが、改装作業中を観測することは入渠の時と同じように不可
能だった。また、改装にかかる時間は短くて1日、長くても3日程度
で完了する。
﹂
﹁でも、ホタカさんの改装を行える改装用ドックはここにはありませ
んよね
夕張の危惧は当たっていた。大和以上の船体を持つホタカを改装
近いし。﹂
できるドックは呉か長崎しかなかった。この改装用ドックはどちら
も大和型戦艦を建造したドックを流用して作られている。
﹁とすると改装するなら長崎のドックになるんじゃないの
﹁ちょっと待ってよ
これから何時超兵器が来るのか解らないでしょ
﹁ホタカ、残念だが改装の許可は出来ないな。﹂
の真津が目に入った。
チラリと提督の方を見ると、苦虫を1ダースほど噛みしめた様な顔
が。﹂
﹁そうなるだろうな。まあ、この改装を施すかどうかは提督次第⋮だ
?
もならないじゃない
﹂
声を荒げる瑞鶴に、真津は〟解っている〟と言葉少なに答えた。そ
の様子にこれが提督の本意ではないと感じ取った彼女はいったん矛
を収めることにする。
﹁大本営から通達が来ているんだよ。全鎮守府は資材の消耗を抑え、
﹂
来る大規模作戦に向けて戦力を温存せよ。とな。﹂
﹁大規模作戦って何ですか
﹁前回と同じだ。加久藤との共同作戦で対処するらしい。⋮ホタカ、
﹁でも、超兵器は如何するのよ。﹂
艦だからな。﹂
滅するらしい。あくまで大本営の主たる敵は超兵器では無く深海棲
﹁今はまだ言えないが、全鎮守府の総力を挙げて南方の深海棲艦を撃
?
662
?
万一ホタカの改装が終わってない時にあんな奴らが来たら、どうに
!
!
!?
加久藤との共同作戦で此奴らを仕留められるか
分すぎるぐらいだからな。﹂
﹁⋮⋮アンタは、ホタカはそれでいいの
﹂
﹂
なら、大本営は改装を許可しない。深海棲艦相手なら今の装備でも十
﹁上もお前と同じことを言うだろう。100%負けるとは言えないの
せんね。ただ、厳しい戦いになることは確定です。﹂
﹁前の世界では単艦での撃破でしたから、不可能と言うことは出来ま
真津が顎で表示されている各種超兵器を示す。
?
﹁ホタカ。﹂
の改装を認めるだろう。その時はどれがいい
﹂
﹁お前には無理をさせる。この大規模作戦が終了したら大本営もお前
る。
帰り際、真津はCICの出口で立ち止まり肩越しにホタカの方を見
﹁どうしましたか
提督。﹂
この改装会議はこれで終了し2人の艦娘は寮へ帰って行った。
る心配を拭うことは出来なかった。
意図的な諧謔味を含ませて答えるホタカだったが、彼女の胸中にあ
たり粉砕するまでだよ。何、理不尽な命令には慣れてる。﹂
﹁是非もない。僕は兵器だ、上がそれを望むのなら全力でヤツラに当
?
いですからね。﹂
正直な艦息の要求に苦笑する。
﹁それはそうだが、資材が残っているかな
﹂
﹁そこを何とかするのが指揮者の華でしょう
﹁まあ、戦果は多大だから何も言えないんだがな。﹂
﹁さあ、誰でしょうねそんな金食い虫は。﹂
で。﹂
﹁今でも給料分以上の仕事を強いられているんだがな。誰かのおかげ
いただかないと。﹂
給料分キッチリ働いて
﹁やはりB案をお願いします。奴らに対抗するには性能が良いほど良
?
?
?
﹂
それを最後に真津は顔を前に戻して歩みを進める。
﹁じゃあな、ホタカ。死ぬなよ
?
663
?
提督の背が艦内通路から消えるのを確認した後、彼は手近な椅子に
腰を下ろした。
﹁まだまだ沈めませんよ。提督。﹂
﹁そうですな。少なくとも賭けの負け分を支払ってもらう前に沈んで
もらっては困ります。﹂
﹂
ス タ ン ダー ド
正確の悪そうな笑みと共に、ニュッと肩口から顔を出してきた妖精
さんにため息を吐く。
﹁副長。一体何処から湧いてきた
﹂
﹁賭けに乗った僕がバカだったよ。﹂
金。渡してもらいましょうか
﹁妖精さんにとって神出鬼没スキルは標準装備ですから。負け分の料
?
しぶしぶ財布を取り出す。この艦のCICはいつも通りの平常運
転だった。
664
?
STAGE│34 ウェーク島の敵を討て
﹁ウェーク島攻略作戦ですか⋮﹂
手元の書類をパラパラと捲る。正面には執務机に肘をついた真津
と、彼の右斜め後ろの定位置で静かに待機している加賀の姿が有る。
ホタカの隣には、若干苦い表情をした夕張の姿もあった。
﹁そうだ。夏に発動される作戦だが、ウェーク島周辺に深海棲艦が居
ると都合が悪いと大本営が判断してな。2個水雷戦隊を投入して目
標に奇襲をかける。﹂
﹁片方がウェーク島の深海棲艦へ夜襲を敢行。この時に深海棲艦を制
圧できるほどの艦を投入すると奇襲が不可能になるため襲撃戦力を
一個艦隊に抑えると。﹂
﹁そうなると敵戦力の全容が解ら無い以上一戦での敵戦力の殲滅は確
実ではない、奇襲で出来る限り敵を漸減して残った敵艦は味方艦隊の
かねません。﹂
夕張の意見に、ホタカも続ける。
﹁敵が2個水雷戦隊で対処できるかどうかも不明です。それ以前に、
この任務なら僕が単艦で突っ込めば2個水雷戦隊を投入するまでも
ないと考えます。﹂
ぱちんと参加艦艇が印刷された部分を弾く。そこには参加兵力と
して
665
いる海域まで誘導し数の利を得て叩き潰す、と。あの、これって⋮﹂
夕張が何か言いたげにホタカの方を見、彼もほんの少しため息を付
﹂
いて提督を見据える。最初に発言したのは夕張だった。
﹁提督、この作戦は奇襲を行うのですよね
﹁ああ。﹂
仮に正規空母とま
?
ではいかなくても、軽空母が1隻2隻居れば奇襲を行う前に発見され
勢力圏へ突っ込ませるのは如何なのでしょうか
が、敵艦隊の詳細な規模も解らないのに一個水雷戦隊を昼のうちに敵
す。確かに水雷戦隊であるならばこの条件をクリアできるでしょう
﹁奇襲を行う時に重要になるのは隠密性と機動性、そして攻撃能力で
?
第3水雷戦隊
旗艦 神通
軽巡洋艦 川内 那珂
駆逐艦 吹雪 夕立 睦月
第4水雷戦隊
旗艦 夕張
軽巡洋艦 球磨 多摩
駆逐艦 弥生 望月 如月
遊撃艦 ホタカ
と記載されていた。作戦上では三水戦が夜襲を行い四水戦は後方
で待機することになっている。そして、ホタカの役割は目を疑うよう
な物となっていた。
﹂
﹁第一、〟高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応せよ〟って何な
んですかこれは
〟と言う視線を受けてしまった真津は大きなた
思 わ ず 呆 れ た 様 な 声 を 出 し て し ま っ た ホ タ カ は 悪 く な い だ ろ う。
〟大丈夫かコイツ
大本営のある参謀
﹁そのままの意味だ。行っておくが俺ではないぞ
﹂
が提出した作戦だよ。いや、ある意味俺の所為か
﹂
の作戦のために各鎮守府が資材を備蓄していることは知っているな
﹁善処する。そしてだ、お前を突っ込ませないのにも理由はある。次
強烈な皮肉に隣にいた夕張が思わず苦笑する。
もの。﹂
〟行き当たりばったり〟と書いておけば済むじゃないですかこんな
﹁作戦案は次からもっと簡潔に書くように進言しておいてください。
送られてきたのがそれだよ。﹂
付けなければ実行できないと突っ返したんだ。んで〟熟慮の結果〟
思ったからな。もう一個艦隊打撃力のある艦隊を付けるかホタカを
き夕張が言ったように俺も2個水雷戦隊で戦力が足りるのか疑問に
﹁もともとこの作戦にはお前を出す予定が無かったんだよ。で、さっ
﹁どういうことですか
?
め息を付くしかなかった。
?
?
?
666
?
﹂
﹁ええ、どこもかしこも主力艦の出撃は控えられ演習ばかりだと聞い
ています。﹂
この鎮守府でもホタカを初めとする主力艦は一月の初めから出撃
に駆り出されることは無く、もっぱら整備と演習に明け暮れていた。
敵と
中でも、最近やってきたばかりの正規空母赤城は夏の作戦に間に合わ
せるためにひたすら演習と訓練を繰り返しているらしい。
﹂
﹁その通り。そんな時にお前が単艦で突撃かましたらどうなる
一緒に資源もぶちまけてくるだろう
?
だから他の鎮守府の艦娘も交じっているんですね
実戦で通用するかはやってみなければわからん。﹂
﹁ああ
﹁そういう事だ。理解したか
ホタカ。﹂
﹂
!
の連携強化は絶対に必要な事柄だ。演習も度々行っているがそれが
る。その中でも夜戦や護衛等高度な艦隊行動が求められる水雷戦隊
夏の作戦では第1、第2鎮守府の艦娘と共に行動する場合が多くな
ル の 使 用 は 許 可 す る よ う 言 っ て あ る。最 た る 目 的 は 連 携 の 強 化 だ。
﹁焦るな、他にも理由はある。と言うか、味方が不味くなったらミサイ
﹁ミサイル無しでも作戦は遂行できます。﹂
?
合点が言ったと夕張が声を上げる。
!
執務室を出ると、緊張から解放された夕張は困ったような声を漏ら
﹁あ∼。どうしよぅ。私の言うこと聞いてくれるかなぁ⋮﹂
敬礼。
ていただきます﹂
﹁了解しました。〟高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応〟させ
俺が行くのは禁止された。﹂
はホタカに一任する。現場じゃないとわからんこともあるだろうし、
﹁理解してくれたようで何より。対処不可能な状態に陥ったかどうか
事態に陥った時に何とかする火消し役と言ったところですか。﹂
したでは目もあてられませんし。とすると、僕の役割は対処不可能な
﹁ええ、まあ。経験は何にも代えがたい物ですからね。本番でダメで
?
667
?
した。彼女自身駆逐艦や軽巡を率いて出撃する事は珍しい事では無
かったが、それは第3鎮守府に限ったことだった。他の鎮守府の艦娘
を率いることは初めてであり、鈍足と言うコンプレックスを持つ自分
に素直に従ってくれるかどうかと言う不安が付きまとった。
﹁いまさら喚いたって仕方がないだろう。いざとなったら蹴散らして
やるから、思い切りやってこい。他の艦娘への説明は1時間後の第3
鎮守府の第2会議室でやれと言う事だ。﹂
﹁思い切りって言われてもねぇ⋮ま、やるしかないか。私は放送して
くるから、ホタカは資料の方をお願い。﹂
﹁解ったじゃあな。﹂
1時間後、佐世保第3鎮守府の第2会議室に12人の艦娘と一人の
艦息が集合した。会議室と言っても、壁の1辺を占領した巨大な黒板
や、格子状に並べられた机が相まって、どこか学校の1教室と言いっ
た趣だった。黒板の前、通称教壇には今回の作戦で総旗艦を務める夕
﹂
が、毎夜毎夜騒いでいるのを知っている佐世保鎮守府の面々にとって
は予想の範囲内で、すぐに神通が鎮圧に乗り出した。鈍い音が一度室
内に響き、川内のバカ騒ぎが終了する。
﹁川内姉さんがすみません。続きをお願いします。﹂
668
張の姿があった。
﹁では、作戦を説明するわね。今回の任務の主目的はウェーク島に駐
留している深海棲艦を撃滅する事。そのために2個水雷戦を投入し
ます。﹂
黒板にはウェーク島周辺の地図がチョークで描かれ、作戦参加艦艇
の駒︵マグネット付き︶が張られていた。地図の北側には夕張、球磨、
多摩、如月、望月、弥生。その少し下に、神通、川内、那珂、吹雪、睦
月、夕立の駒が固められていた。夕張は指揮棒で細長いウェーク島を
指示した。
やったぁーー
﹁まず最初に神通を旗艦とする三水戦がウェーク島の深海棲艦隊に夜
夜戦するんだね
!!
襲を仕掛けま﹂
﹁夜襲
!?
夜襲と言うキーワードに飛びついた川内がいきなりはしゃぎ出す
!?
ぺこりとすまなさそうに頭を下げる神通だったが、夕張の視線は頭
にデカいたんこぶを作り伸びている川内を向いていた。
﹂
│││││やっぱりこの子を怒らしちゃいけない
﹁い、いえ。それでは続けますね
ありますか
﹂
ホタカさんは夜戦に参加しないのでしょうか
﹁そう、ですか。﹂
ればなかったのよ
﹂
本営から通達されていて、ホタカの参戦だって提督が意見具申しなけ
﹁そうね、基本的にホタカは戦闘には参加しないわ。戦力の温存が大
ないところだった。
いた。それゆえに、あのホタカが直接戦闘に参加しないのは腑に落ち
戦闘を見る機会があり他の艦娘よりも彼の能力については理解して
最初に手を挙げたのは吹雪だった。彼女はこの中で最もホタカの
﹁はい
﹂
らい周辺警戒、および遊撃艦として行動してもらいます。何か質問は
の撃滅を計ります。なお、ホタカさんには両艦隊の中央に待機しても
反転し後方に待機している四水戦と合流、2個水雷戦隊で敵残存戦力
﹁三水戦が夜襲を行った後も、敵戦力が残存している場合。速やかに
カには後で神通が説明するのだろう。
内心の戦慄を押し殺して説明を続ける。ぐったりしている夜戦バ
!
?!
?
?
﹂
?
は厳禁だ。まあ、僕はその任務の性質上電探を使う必要があるから、
﹁付け加えておくが、作戦中は隠密行動を行うため通信と電探の使用
根拠の無いドヤ顔をキメる妹に、余計不安が悪化しただけだった。
﹁大丈夫ニャ、問題にゃい。﹂
う。思わず自分の妹の方を見てみるが。
ワザとらしく肩を竦めて見せるホタカに、奇妙な不安を抱いてしま
なぁ。﹂
め ら れ る よ り は 動 き や す い が ⋮。海 軍 国 の 作 戦 と は 言 え な い よ
﹁ようするに行き当たりばったりと言う事だ。まあ、へたに命令で固
に対応ってどういうことだクマ
﹁球磨からも質問だクマ。この、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変
?
669
!
陽動も兼ねていると思ってもらっていい。それと不味い事態に陥っ
た時には、躊躇わずに通信を行うように。壊滅寸前に救援を求められ
ても何もできないからな。﹂
﹁出 発 は 明 後 日 よ。参 加 各 艦 は 出 撃 準 備 を 済 ま せ て お い て ち ょ う だ
い。﹂
﹁ウェーク島、通称W島ですか。まあ確かにここに深海棲艦に張り付
かれると中央方面への偵察に支障が出ますからね。のどに刺さった
小骨は早い所取り除きたいのが人情と言う物でしょう。﹂
後ろからの声に振り向くと、副長が湯気の上るカップを片手に目の
前のモニターを眺めているのが見えた。画面上にはウェーク島を目
指して航行を続ける第3水雷戦隊と後方で待機している第4水雷戦
670
隊が輝点の群れとして表現されていた。現在時刻は1600、襲撃予
﹂
定時刻まで3時間ほどだった。日は既に西に傾き始めている。
﹁副長、君はこの作戦についてどう思う
考えると、夜戦に拘って危険を犯す必要はないと考えます。﹂
が、夜戦ではない分密な連携が可能です。合同艦隊と言う不安要素を
の目は掻い潜れますし四水戦と合流するのが明け方になるでしょう
﹁私なら夜になってから水雷戦隊を突っ込ませますね。厄介な航空機
付きまとった。
とチームワークを強いられる戦闘を大本営が選択したのには疑問が
ように、鎮守府合同艦隊の実験的投入に置いて夜戦と言う高度な判断
によって敵を完全に殲滅する事となっていた。しかし副長も言った
作戦上では、三水戦と四水戦が合流した時点でもまだ夜であり夜戦
執する必要は無いと思いますね。﹂
しょう。四水戦と合同して敵を叩くにしても、難易度の高い夜戦に固
な い か と。夜 に な っ て か ら 勢 力 圏 に 突 入 し て も 時 間 的 に は 十 分 で
昼のうちに艦隊を敵の勢力圏に突っ込ませるのはあまり良い案では
﹁そうですな⋮夜襲にして攻撃開始時刻が速いような気もしますし、
?
﹁妥当な意見だろう。⋮っとさっそく厄介事だな。﹂
ホ タ カ の 視 線 の 先 の 対 空 レ ー ダ ー 画 面 に 幾 つ か の 輝 点 が 現 れ る。
速
その輝点の動きを見てみるとある地点から扇形に広がり、ホタカの存
在する隣の空域を抜けて第3水雷戦隊へと向かっていた。
彼我距離130km
6機の内2機は3水戦との接敵
方位1│3│2
高度1200
﹁対空レーダーに感あり
度380km/h
﹂
!
できますが。﹂
ル じ ゃ な い で す よ。い か が し ま す か
タ
ン
ダー
ド
RIM│156 な ら 十 分 撃 墜
ス
﹁まさか索敵線のど真ん中を通ることになるとは、運が悪いってレベ
度か。﹂
﹁3水戦が予定通りに進撃していたとして、発見されるまで15分程
コースに乗っています
!
ス
タ
ン
ダー
ド
チが解放され、打ち出された白い槍が赤みを帯び始めた空に6本の軌
を下した。彼の意志に反せず、艦隊後部の対空ミサイルVLSのハッ
少し考え込んだ後、ホタカは目の前のレーダー画面を睨みつけ命令
﹁斉 射﹂
サルヴォ│
標、敵偵察機群。撃ち方始め。推進装置作動。機関前進全速。﹂
﹁⋮⋮対空ミサイルVLSハッチ解放。RIM│1566基照準。目
いかと。﹂
約も大本営から通達されていますし、軽々しい反撃は行うべきではな
えることになり奇襲効果が落ちてしまいます。それにミサイルの節
﹁しかし艦長。今ここで偵察機を撃墜した場合、敵に我々の存在を教
と偵察機が居眠りでもしない限り発見されることは目に見えていた。
線が形作る扇形のちょうどど真ん中を航行し、両者の速度から考える
が索敵機を出した方向に居ればの話だが⋮。味方艦隊は6本の索敵
らの方が敵艦隊を発見する可能性が高い│││││もちろん、敵艦隊
を2回に分けて同じ方角を索敵する2段索敵を行う場合もありこち
度ずつ方角をずらして索敵機を発艦させ索敵を行う。この時、航空機
砲雷長がぼやきながら問いかける。通常、艦隊は索敵を行う場合数
?
跡を描く。更に、謎の推進装置により機関出力以上の推力を得た艦体
が波を蹴立てて急加速を始めた。
671
!
!
!
!
﹁やる気ですか
艦長。﹂
﹁どちらにせよ、索敵線に引っかかった時点で奇襲作戦は失敗だ。今
ここで無線を発しても彼女らが索敵線から逃れるのは不可能、そして
無線によってこちらの存在が暴露される。﹂
﹁偵察機を落とした場合、索敵攻撃を受ける可能性がありますが⋮﹂
﹁ミサイルの速度を調節し6機全て同時に落とせば、敵も混乱するだ
ろう。索敵線の角度は約30度。本命の索敵機がどれか悟らせなけ
れば、明後日の方向に攻撃隊を発艦させるかもしれん。味方艦隊にも
今さっき僕らのいるの方向へ退却するように打電した。僕らも前進
し合流を急ぐ。﹂
﹁味方艦隊の方向へ向けてドンピシャで飛ばして来ても、本艦が居れ
ば万全な防空が出来るでしょう。ただ、経費は掛かりますがね。﹂
ヤレヤレと副長が肩を竦める。
﹁敵機来襲前に合流できれば砲兵装で対処できる。味方にも射撃情報
を渡してやれば軽空母3,4隻程度の攻撃隊ならば完封できるはず
だ。﹂
﹁確か吹雪には57mm速射砲、夕立には152mm速射砲が装備さ
れていましたね。﹂
﹁ああ、10cm連装高角砲よりだいぶ役に立つだろう。﹂
﹁第3水雷戦隊が限界ギリギリの速度で走ってきたとして、合流まで
の時間はだいたい45分でしょう。時間の関係上、敵空母は反復攻撃
を考慮しない全力出撃で艦載機を飛ばしてくると思われます。しか
し⋮﹂
﹂
﹁深海棲艦の艦載機の中でも夜間行動可能なモノが居なければの話だ
な
艦載機を発艦させてきますから油断は禁物です。﹂
副長の危惧を、彼は鼻で笑い飛ばす。彼の世界では夜間の航空戦な
どはもはや当たり前で、事実帝国軍の太平洋機動艦隊を相手にした時
は大部分が夜の闇の中での戦闘だった。ミサイルと航空機の排気炎、
爆発の火球、戦艦隊からの各種レーザー、荷電粒子砲の軌跡が空を埋
672
?
﹁はい、深海棲艦の中でもFlagshipクラスになると夜間でも
?
め尽くし嫌に明るかったのが印象的だった。
﹁さて、全対空火器の最終チェックを済ませておこう。いざと言う時
にジャムでも起こされたらたまらないからな。﹂
対空レーダー上では6つの輝点が同時に反応を焼失させていた。
既に辺りが暗くなる頃、駆逐艦如月は退屈から出た欠伸をかみ殺
す。ホタカと三水戦が無事敵航空隊を撃破し、ついでにのこのこ砲戦
距離まで近づいていた2隻の軽空母ヌ級を沈めたのを聞いたのがだ
いぶ前のようにも感じられる。ちらりと艦内に賭けられた時計を見
るが合流まではまだまだ時間があった。三水戦に偵察機が接近した
ことを聞き、真っ先に作戦の隠密性の消失│││││奇襲作戦の失敗
よりも三水戦に配属されている自分の姉の事を心配した彼女だった
が、最新鋭と言うよりも異常な装備を付けた駆逐艦二隻が同じ艦隊に
存在することを思い出し、なおかつ〟あの〟ホタカが合流するために
向かっているのを聞いてからは心配することを辞めていた。吹雪と
夕立の持つ装備の優秀さはよく睦月から聞かされていたし、彼に関し
ては言わずもがなである。
総旗艦の夕張から襲撃作戦は失敗と言う判断が下されたのにも、さ
して驚かなかった。元々軽空母が存在することを加味されていない
作戦案であったし、ここで作戦を強行したとしてもこの合同艦隊でど
こまでやれるかは疑問だった。それならば作戦を練り直し、偵察も
しっかり行ったうえで後日改めて攻略するのがいいだろう。元々、ア
ノ作戦が行われるのは数か月先の事で今ここで焦る必要は無いだろ
うと彼女自身考えていた。
﹁それにしても、退屈ねぇ⋮﹂
ふと空を見上げると、低く垂れこめた雲によって星はおろか月さえ
673
見えない。単縦陣の最後尾を航行する如月の艦橋からは、望月の艦尾
が辛うじて見える程度だった。一際強い海風が、彼女の長い栗色の髪
を弄んだ。一人の女性として美容には人一倍気を付けている彼女に
そんな
とっては面白い物ではない。困ったような顔をして手串で髪を整え
ていく。
﹁やだ、髪が痛んじゃう⋮﹂
やはり、とっとと航海艦橋に降りた方が良かっただろうか
事を頭の片隅で考えながら相変わらず風に弄ばれる髪と格闘してい
ると、何かが頭の中で引っかかった。それは理屈でも何でもない感
覚、ちょうど風呂場で自分の髪を洗っている時に、何の根拠もないが
後ろから誰かに見られているような気がして恐る恐る振り向く直前
の様な、そんな奇妙で不気味な感覚が彼女の身体を駆け巡った。バッ
と擬音がするほど、普段の彼女からはあまり想像できないような機敏
さであたりを見渡す。自分の周りで見張りを行っている数人の妖精
さんの後頭部以外には、暗い海と空以外何も見えない。だがしかし、
不気味な感覚は1秒ごとに大きくなっていきもはや恐怖感と呼べる
ものすら芽生え始めている。思えば、ここは自分が1度目の生を終え
た場所。あの時、瑠璃色の機体から投下された黒光りする爆弾が自分
の艦隊へと落ちて行く光景が勝手に脳裏へ再生される。自分の中で
何かが叫び、視線がその何かに誘導されるように左舷上方を向く。
そして彼女は、黒い雲を突き破り自分めがけて緩降下してくる3機
の機体を目にしてしまった。いずれも銀色の背の一部を橙色に光ら
せたFlagship級の空母に搭載されている夜間行動可能な高
練度の艦載機。両側のスタブウイングには1000ポンドは下らな
いだろう大型の対艦爆弾が備え付けられているのが見える。
まったくの不意打ち。彼我距離は近く、対空砲火で敵機を撃墜する
ことも、転舵して躱すことも不可能だった。通信機を通した僚艦から
の悲鳴のような警告がどこか遠く聞こえる。彼女にできることは、防
空 指 揮 所 で た だ 茫 然 と 立 ち 尽 く す 事 の み。鎮 守 府 で の 思 い 出 を フ
ラッシュバックで楽しむ余裕さえ無さそうだった。6発の大型対艦
爆弾を受けて浮いていられるようには思えない。
674
?
│││││死⋮
そんな、面白味の無いただ事実を確認するような思考が脳をよぎっ
た時、後ろで何かが強烈な光を発し、続いて目の前が真っ白になった。
閃光、衝撃波、爆音。敵機の方向からの爆風によって吹き飛ばされ
右舷側の壁に強かに背中を打ち付け一瞬息が詰まる。2度3度せき
込んだ後で、奇妙な事に彼女は気が付いた。先ほど打ち付けた背中以
外に、大きな痛みは無く。目から見える範囲で自分の身体には怪我一
つ無いようだった。そのことに疑問を持つ前に、またも右舷方向で、
今度は先ほどのモノとは比べ物にならないほど大きな爆発が生じる。
容赦なく吹き付ける爆風を床に伏せることでやり過ごした彼女の耳
に、ある通信が飛び込んで来た。
﹃こちらホタカ。如月応答せよ。﹄
それが自分あてのモノと認識するのにたっぷり3秒ほどかかって
しまう。
675
﹁こ、こちら如月。﹂
﹄
﹃先 ほ ど や む な く 至 近 距 離 で 敵 機 の 迎 撃 を し な け れ ば な ら な か っ た
が、損害はあるか
と軽巡洋艦、駆逐艦が暗視処理された緑色の画面に表示されていた。
苦々しく答えるホタカの視線の先のモニターには、数隻の正規空母
﹁ああ、上手く雲と地球の丸みを利用された。﹂
﹁してやられましたな。﹂
のはその直後だった。
有無を言わさずに通信が切れる。夕張から戦闘準備の命令が出た
まで迫ったヲ級から発艦したものだ。すぐに戦闘準備を整えろ。﹄
﹃そうか。そんな事より戦闘準備だ。先ほど迎撃した機体は近距離に
ない。その旨を彼に伝える。
言われてみてもう一度自分の艦体に意識を向けるが大きな損傷は
?
﹁敵に居場所を悟られていなかった、いや、悟られていないと思い込ん
でいた四水戦は対空電探を作動できなかった。それでこの低く垂れ
こめた雲、さらに夜間と言う時間的制約。敵機を見つけるのにはこれ
ほど最悪な条件もそうそうない。﹂
﹁此方のレーダーは超長距離の航空機を探知できますが、それが出来
るのはある程度高い高度を飛ぶ目標に限られますからね。低空を飛
行されたら、対水上レーダーと探知距離はそう変わりませんよ。﹂
先ほど如月を襲った艦載機は、四水戦に至近距離まで忍び寄った空
母から発艦したものだと推測することが出来た。四水戦とホタカと
の距離は現時点で45kmほど、この状態で味方艦隊から見てホタカ
から逆側に航空機の反応が突然出現した。高度は1000mも無く、
その数は100を超える。その中の3機編隊がすぐ近くにまで進出
していることを理解したホタカは味方に警告する前に主砲を斉射、続
いて後続する敵編隊群へ向けてトライデントを2発撃ち込んだ。ト
ライデントの威力は絶大ではあったが、その巨大な図体が災いし加速
性能はお世辞にも高い物とは言えなかった。また、他の対空ミサイル
もミサイルと言う兵器の性質上トップスピードに至るまで時間が掛
かってしまう。自体は一刻を争う者であったため、彼はあえて主砲で
の攻撃を選んだ。けた外れの初速をたたき出す磁気火薬複合加速砲
ならば、迅速に攻撃を届けることが出来る。とはいえホタカに搭載さ
れた41cm磁気火薬複合加速砲の最大射程距離は42700mで
あり45kmには届かない。しかし、磁気火薬複合加速式にはある裏
技があった。砲弾の初期加速を装薬で行い、砲身内で電磁気力によっ
てさらに加速するこの砲での砲弾の飛距離は装薬量と電磁気力に依
存する。装薬量の増加は主に砲身の強度の問題によって簡単には行
えない、しかし電磁気力を上げるには磁気加速システムに投入する電
力を増加させれば比較的簡単に行え、結果的に砲弾の飛距離の延伸に
使える。とはいえ、これが違法な操作であることには変わりなく、電
磁気加速システム自体に大きな負荷がかかるためリミッターがかけ
られている。安全に主砲の命数まで射撃を行える出力での最大飛距
離が42700mと言うわけだ。今回ホタカは艦息としての能力で
676
リミッターを強制解除し、第1主砲に装填された3発の特殊榴弾││
│││先のヌ級を沈めた時に、対艦砲弾に切り替えず対空用の特殊榴
弾で飛行甲板を焼き払い、とどめは味方に任せていた│││││を異
常加速させて射出、如月に迫る3機を文字通り吹き飛ばした。実際の
所超長距離での狙撃は非常に命中精度が悪く、発射した3発の内敵機
に損害を与えたのは1発だけで残りの二発はあらぬ方向へ飛んで行
き、ホタカの手によって指令起爆させ排除されていた。
﹁鼻 先 で 炸 裂 さ せ て 攻 撃 を 断 念 さ せ ら れ れ ば ラ ッ キ ー 程 度 の 考 え で
撃ってみたが、なかなかどうして当たるものだな。﹂
﹁頭の上飛び越すように撃たれた味方はたまった者じゃないでしょう
よ。﹂
﹁沈むよりは数百倍マシだ。さて、攻撃隊はトライデントで8割方吹
き飛ばし、残りの2割はこちらのデータを受け取った上で電探を作動
させた四水戦の対空砲火によって効果的な攻撃が出来ていない。が、
かった。
﹂
﹁貴方も大概戦争狂ですよね
迎撃する。﹂
﹃夜戦の時間だァァァァァ
﹂
﹄
﹃夜戦こそ那珂ちゃんの腕の見せ所だよ
﹃姉さんと妹がすいません⋮﹄
如月ちゃんは
﹄
川内型姉妹の2人が燥ぐ。
﹃あ、あの
﹄
﹁否定はできないな。こちらホタカ、四水戦と合流しだい深海棲艦を
?
た個とは言う必要は無いだろう。
睦月の安堵した声が通信機から流れる。かなり不味い状態であっ
!!
!
!?
677
航空攻撃が全滅したからと言って引いてくれる敵でもなさそうだ。﹂
﹁夜戦になりますかね
﹂
わざわざ夜に空母を接近させ、艦載機を飛ばして喧嘩
を売ってきた連中だ。手荒く迎えてやらないと、な
﹁当然だろう
?
狂気すら感じさせる笑みを浮かべる艦長に、副長は苦笑するしかな
?
?
﹁無事だ、先ほど確認した。﹂
!
﹂
﹃こちら夕張、現在34.8ktで退避中
んに移譲するわ﹄
﹁指揮権を移譲だって
それと、指揮権をホタカさ
!
﹄
?
距離46km
軽巡2
駆逐4
!
﹂
その後方に正規空母
!
正規空母からは艦載機が発艦中の模様
!
ち、ホタカの対水上電探にも深海棲艦の影が見え始める。
夕張らとの距離は約40km、合流までは20分も無い。そのう
入り次第攻撃を開始する。﹂
を目指せ。三水戦は戦闘用意、四水戦を追尾してきた敵艦隊へ射程に
﹁了解、指揮権を引き継ぐ。四水戦はそのまま前進し三水戦との合流
するにはもってこいだった。
つホタカならばこの海域の全ての艦の動向を知ることが出来、指揮を
彼女の意見ももっともで、指揮通信能力が高く、高性能な電探を持
応変に対応〟するのが役割でしょ
できるのは貴方しかいないのよ。〟高度な柔軟性を維持しつつ臨機
﹃こうなってしまった以上、全艦の動きをリアルタイムで完全に把握
?
﹂
方始め。﹂
﹁発射
規空母めがけ突進を始める。
﹁厄 介 な 航 空 戦 力 は こ れ で 叩 け る。後 は 数 の 暴 力 で 踏 み つ ぶ せ ば い
い。﹂
音速の壁を突破し、退避してくる四水戦の上空を通過した2発のト
ライデントは空母ヲ級Flagshipの上空に侵入し飛行甲板め
が け て 急 降 下。着 弾 す る 前 に 内 包 し た 化 学 エ ネ ル ギ ー を 解 放 し た。
甲板上に突如出現した火球によって、発艦しようとしていた機や発艦
待ちの機体がその下の甲板ごと拉げ、砕け暗い海へと吹き飛ばされて
いく。空母上空で旋回し僚機の発艦を待っていた機体も強烈な衝撃
波によって破壊され、吹き飛ばされていく。この一連の攻撃で運よく
678
﹁敵艦隊発見
2を確認
!
!
﹁トライデント2基照準。モードHE。目標、敵空母〟上空〟。撃ち
!
2発のトライデントが白煙を引いて暗い空へ駆け上がると、敵の正
!
上空高く舞い上がっていた戦闘機隊23機以外の全ての艦上機が戦
闘行動を強制的に終了させられる。後に残ったのは、飛行甲板がズタ
ズタに引き裂かれ燃え盛る標的冠となった2隻のヲ級だけだった。
そんなヲ級をしり目に軽巡ホ級2隻と駆逐イ級4隻は突入を続行
する。四水戦の姿はギリギリ彼らのレーダーに捉えられていたが、射
程距離圏外名上に中々距離が詰められない。その時レーダー上に突
然、四水戦とは別の水雷戦隊らしき影が映り込み、こちらへ急速に接
﹂
近してくる。僚艦に射撃用意を伝えた瞬間、水平線上がパッと輝い
た。
﹁目標敵一番艦、主砲砲撃開始
前方を指向できる3門の14cm単装砲が咆哮し、対艦砲弾が吐き
出される。今回の夜戦では探照灯は使用しない、あえて危険を犯さず
とも、ホタカからの正確なデータが頭の中に流れ込み、彼我の距離、速
度、進行方向が手に取るようにわかる。各種レーダーによって収集さ
れた情報をもとに、ホタカの主電算機によって再構成した擬似空間上
に敵と味方が無機質な駒として描かれている。この議事空間は好き
な視点から観測することが出来る為、計り知れないアドバンテージを
三水戦に与えていた。今の砲撃によって生じた水柱が、擬似空間上の
敵艦隊の周りに現れる。そして、即座に修正された砲撃諸元がホタカ
から届けられた。後はこの諸元を元に各砲それぞれの癖による修正
を施して再度発射する。その間にも、夕立から矢継ぎ早に放たれる1
52mm砲弾が最後尾の駆逐イ級に殺到しその小柄な艦体を引き裂
いていく。吹雪の57mm速射砲は夕立のモノよりも速射性能で勝
るが破壊力と射程距離で劣っているため、彼女は前方を指向できる2
門の10cm連装高角砲による射撃を行っている。
闘っているのはまぎれも無く自分達だったが、この戦闘そのもの
が、後方で支援に徹している艦息の制御下にあるものであると彼女は
理解していた。直接手を下さずとも、味方の艦隊を支援し戦場を支配
する。自分たちが今、他の艦娘とは文字通り次元の違う世界で戦って
いる事を理解し思わず身震いした。血の滲む様な訓練の末手に入れ
679
!
たモノと同じかそれ以上のモノを科学の力で獲得し、分け隔てなく全
ての艦へもたらしていく。人の力を超えた兵器の戦争。
艦長。﹂
﹁これが、あの人たちの戦闘⋮﹂
﹁なにか言いましたか
だった。
﹁よく⋮狙って
﹂
似空間と自分の目から入る視覚情報を頼りにタイミングを計る。
らし合わせ最終調整。後続する僚艦からも発射準備完了の通信。擬
きだした自分の射撃諸元に非常に近い物だった。2つのデータを照
カからも雷撃に関するデータが送られてくる。それは長い経験で弾
から見ることが出来る擬似空間は非常に使い勝手が良かった。ホタ
む。擬似空間上の彼我の位置関係を再確認、こういう時多角的な視点
後部に設置された61㎝4連装魚雷発射管が旋回し右舷方向を睨
﹁右舷、雷撃戦用意
﹂
あ と 少 し。敵 艦 隊 は 単 縦 陣 の ま ま こ ち ら の 右 舷 側 を 通 過 す る 見 込
言う贅沢は後に回すことにした。彼我距離は近づき、雷撃戦距離まで
長に慌てて取り繕う。今は戦闘中であると自分に言い聞かせ、考察と
不意に考えが口から洩れてしまった事を悟り、不思議な顔をする副
?
反転180
﹂
へ向けて解き放たれ、疾走を開始する。
﹁取り舵一杯
!
に見えない夜に、一糸乱れぬ操艦を行える彼女達からしてみれば、擬
似空間上で各艦の動向が確認できる現状での全艦一斉反転は難しい
物では無かった。
艦娘側全艦が一斉に反転した為、反転する前の彼女らの予測進路上
に放たれた深海棲艦側の魚雷は当たるはずも無く誰も居ない海面を
疾走し続ける。それとは対照的に三水戦が放った魚雷の網は敵艦隊
を絡めとり、手負いの駆逐艦3隻を爆沈せしめた。残った2隻の軽巡
は形勢不利と見て離脱を開始しようとするが、進行方向から降り注い
だ各主砲弾に艦体を貫かれ、片方の軽巡は炎上を始める。さらに間髪
680
!
圧搾空気が抜ける音が連続して響き、1本3t近い魚雷が暗い海面
!
ほぼ同じタイミングで全艦がクルリと艦首を切り返す。味方が碌
!
入れず三水戦の各艦も砲撃を再開。2個水雷戦隊の十字砲火を受け
た2隻の軽巡は相次いで炎の吐息をつき海中へ没する。最後まで浮
﹂
いていた2隻のヲ級も、2個水雷戦隊12隻の集中砲火を受けて力尽
きた。
﹁敵艦隊の殲滅を確認。他に敵の反応は無し。﹂
﹁あの正規空母、いったいどこから来たんでしょうか
﹁⋮⋮⋮﹂
﹂
﹁〟読まれていた〟とお思いで
﹂
戦隊だけでは護衛艦の比率が少し低すぎた。
これまでに確認された空母は正規空母2隻、軽空母2隻。1個水雷
ぐさも納得できる。﹂
﹁可能性は高いだろうな。そうなると主力艦と護衛艦の比率のちぐは
事でしょうか
﹁だとすると、ウェーク島に居たのはさっきの水雷戦隊だけ。と言う
そもそも、軽空母だって索敵網に引っ掛かっても可笑しくない。﹂
あ の 島 に 居 た ら 流 石 に こ ち ら の 索 敵 網 に も 察 知 さ れ て い る だ ろ う。
﹁もともとウェーク島に居た、とは考えづらいな。正規空母が二隻も
?
﹂
?
ホタカの意見に、副長の顔が若干ひきつる。
﹁ま、ま さ か そ こ ま で 読 ん で い た と か 言 い ま せ ん よ ね
?
思うがね。暗号が解読されたと考えるのが妥当じゃないか
もって終了、帰投する。﹂
﹂
﹁さ て な。そ れ を 考 え る の は 赤 レ ン ガ の 住 人 た ち だ。作 戦 は 以 上 を
?
?
﹁それなら、この事態にも理由がつけられますが。本当ですかね
﹂
﹁それも全部深海棲艦側の読みだとしたら、今頃日本も負けていたと
じゃあるまいし。﹂
三国志演義
﹁此方に空母が居ない事がバレていたら、特に防空艦は必要ない。﹂
﹁護衛もつけずに空母4隻を派遣しますかね
滅のために派遣した。としたら、筋が通るような気がする。﹂
﹁ウェーク島に2個水雷戦隊が接近しているのを知り、空母4隻を殲
副長の問いにゆっくりと頷く。
?
681
?
作戦を終えて艦隊は佐世保へと帰還する。第2鎮守府と第3鎮守
府所属艦の停泊場所は違うので港の外でそれぞれの鎮守府のグルー
プに艦隊を組み替えて入港、接舷する。各種の作業を終えて、岸壁に
みんな集まって。﹂
降り立つと今回の作戦で行動を共にした艦娘達が集まっていた。
﹁どうしたんだ
﹁今回の勝利の立役者を置いてけぼりにして鎮守府に変えるわけには
いかないよ。﹂
白い歯を見せて笑う川内。思いっきり夜戦が出来たので、彼女とし
ては満足な海戦だったようだ。
﹁ホタカさん。﹂
鎮守府へ向けて歩き出そうとした時、如月に呼び止められる。
﹁危ない所を助けていただき、ありがとうございました。﹂
礼儀正しくお辞儀をする如月に、顔を上げる様に促す。彼自身、あ
の砲撃で絶対に彼女を救えるという確証は無く、下手をすれば如月に
直撃していたかもしれない危険な行いであったことを自覚していた
ため、複雑な心境にならざるを得なかった。艦息が妙な表情をしてい
るのと、何かに気づいた如月はくすりと笑う│││││駆逐艦にして
は妙な色気を帯びているのは気のせいでは無いだろう│││││と、
とか、おおっとか周りから聞こえ、すぐに如月はホタカから
背伸びをして彼の首に両腕を回し頬にキスをした。
なっ
もう一度あの笑顔をホタカに向けた後、さっさと鎮守府の方へと歩
きだした。
周りにいて一部始終を見ていた艦娘│││││主に川内、夕張、夕
立、睦月、球磨、多摩│││││はニヤニヤした顔をホタカに向け弄
682
?
﹁これはお礼です♥では、また﹂
離れる。
!
り始める。何とか再起動を果たした吹雪は、ある人物を見つけ慌てて
如月の後を追いかけた。
野次馬艦娘に取り囲まれているホタカの隣を抜け、先ほどの光景に
よって完全にフリーズした瑞鶴│││││あまりにも皆が遅いので、
迎えに来ていた。│││││を通り過ぎ、足取り軽く歩いている如月
に追いついた。
﹂
﹂
どうしたの
﹁き、如月ちゃん
﹁あれ
!
﹁へ
﹂
﹁アレは本当に只のお礼よ。﹂
如月は小さく笑う。
葉をひねり出そうと混乱した頭を何とか回転させている吹雪を見て
的に呼び止めてしまったが、上手い言葉が出てこなかった。何とか言
の当人の前で思い人に抱き着いた如月の行動の真意を知ろうと反射
瑞鶴のホタカに対する想い︵本人自覚なし︶を知っていた彼女は、そ
│││││しまった、何も考えてなかった
﹁え、えーと、いや、その⋮﹂
?
あ、本人に自覚は無いみたいだけどね。﹂
﹂
ヤレヤレと肩を竦める姿が妙に様になった。
﹁そ、そうなの
﹂
?
﹁あの人は多分、人を好きになると言う事を知らないわ。戦いのただ
にとっては半信半疑も良い所だった。
同意を求められ反射的に肯定してしまうが、好きな人のいない吹雪
﹁え、あ、うん。﹂
更でもない顔をしたら。嫉妬するでしょう
﹁自分が憎からず思っている男が、目の前で別の女に抱き着かれて満
何故か敬語になってしまう吹雪に、思わず苦笑してしまう。
﹁えーと。説明お願いします。﹂
﹁ええ。アレで何か変化が起こってくれればいいのだけれど。﹂
?
683
?
﹁そして、私も瑞鶴さんがあの人の事を好きなのは知っているわ。ま
?
中で生き、戦いのただ中で沈んでいったあの人には。平穏な世界を楽
し む こ と が 出 来 な い。そ れ は 兵 器 と し て は 問 題 な い で し ょ う け ど。
私たちの様に艦娘として、艦息として感情を持つ一人の人間としてと
ても悲しい事。﹂
海風にあおられた髪を撫でつけ、未だに野次馬艦娘に取り囲まれて
いるホタカを見る。
﹁自分が知らなければ、他人が教えればいい。でも、それをホタカさん
に教えられそうな人はまだ自分の気持ちに気が付いていない。だか
ら、瑞鶴さんの前でホタカさんにキスをすれば。瑞鶴さんはきっと嫉
﹂
妬する、そして嫉妬の原因が彼を想う自分の本心にあると気づくはず
よ。﹂
﹁うーん。そんなにうまくいくかなぁ
眉毛を歯の字に曲げた吹雪が情けない声を出す。今までの彼女の
鈍感ぶりを間近で見てきた吹雪にとっては如月の回り道と言うかピ
タゴラスイッチ的な計画がうまくいくようにはどうにも思えなかっ
た。
﹁まあ、上手くいかないでしょうね。﹂
何でもない事の様に自分の作戦を全否定した如月に、思わず頭を抱
える。如月の目的が、自分を弄び楽しむことの様にも考えられてしま
う吹雪だった。
﹁あ く ま で も こ れ は 切 っ 掛 け よ。こ れ で 瑞 鶴 さ ん が 変 わ れ ば ラ ッ
キー。変わらなくても、お礼のキスをしたことには変わりないわ。こ
れが私なりのお礼よ。まあ、瑞鶴さんがどんな反応をするかも楽しみ
だけど。﹂
│││││ホタカさんが理不尽な爆撃に遭いそうな気がするのは
なんでだろう⋮
﹂
吹雪の頭の中で、〟このロリコン〟とか言いながら爆撃機を繰り出
す瑞鶴の姿が簡単に想像できてしまった。
﹁ところでさ。如月ちゃんって誰か好きな人でも居るの
らそう言う対象が居るのかと言う純粋な疑問。とは言え、あの二人の
そんな、素朴な質問。ここまで他人の色恋に首を突っ込んだのだか
?
684
?
恋愛事情
を離れたところから割と楽しんで見ている自分の事は完
全に棚に上げているが⋮
﹁あら♥そんなの、真津提督に決まっているじゃなぁい♥﹂
若干上気した顔に、さっきよりも更に甘みを増した声。
│││││間違いない。⋮⋮⋮この人マジだ。
何とか再起動を果たした瑞鶴は、どう見て不味いオーラ│││││
深海棲艦的なアトモスフィア│││││を纏いホタカに近づく。動
物的な勘で不味い物が迫っていると察知した野次馬一同は一瞬のう
ちに退避を完了していた。
﹁このロリコン。﹂
﹁よし、瑞鶴。少し話し合おうか。あとその爆装した艦載機をしまっ
てくれ。﹂
﹁却下★彡﹂
│││││恨むぞ、如月。
佐世保鎮守府の一角で何かが炸裂する音が響いた。
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 685
?
STAGE│35 蒼空に海鷲は舞う
視界を覆っていた白い雲が消え去ると、目の覚めるような蒼い海が
眼前に開けた。夏が近づき、日に日に強さを増していく太陽光線が、
コバルトブルーの南太平洋の海面を容赦なく照り付け、反射された太
陽光があちこちでキラキラと光る。
﹁おい、相棒。﹂
ぼんやりと外を眺めていた男│││││菅野零士は後ろの座席に
収まっている男のほうを見る。彼の相棒│││││大瀬唯人は日本
人として平均的な体格を狭い零式輸送機の座席に収め菅野と同じよ
﹂
うに窓枠に頬杖をついていた。その視線は、窓の外に固定されてい
る。
﹁どうした
﹁見ろよ、出迎えだ。﹂
視線を自分の真横の窓に戻し外を見ると、ゴマ粒のような点が4つ
遠くのほうに見えていた。4つの点はすぐに点ではなくなり、見慣れ
たレシプロ戦闘機に変貌していく。4つの点は2つに分かれると片
方は翼を翻して輸送機と同じ方向へ機種を向け、もう片方のエレメン
トは輸送機の頭上を飛び越え逆側を並走し始め。輸送機の窓からは、
形だけはよく見慣れた航空機がぴったりとついてくるのがよく見え
る。翼端は角ばり、ずんぐりむっくりな印象を受けた。機体は瑠璃色
ではなく緑色系の2色迷彩だったが、まぎれもなくF4Fワイルド
キャットの姿をしている。透明なキャノピーの中には誰も載ってお
らず、尾翼にはウサギを模したエンブレムがつけられていた。
﹁ワイルドキャットMK6か。﹂
﹂
﹁猫なのにウサギと来たか。ウィルキア帝国ってのは酔狂な奴が多い
のかな
見る。パッと見はワイルドキャットだが、これをこの地にもたらした
母艦のことを考えるとそんなことはないだろう。その証拠に、主翼か
ら突き出す4本の機関砲はどう見積もっても20㎜以上は有りそう
686
?
面白くない軽口をたたく大瀬を無視し、護衛機の姿をもう一度よく
?
だった。
右を見ろ
﹂
突然、輸送機の機体がガクリと揺れ思わず後ろの大瀬と顔を見合わ
せる。
﹁右だ
ような声色でつぶやいた。
?
﹁俺のせいじゃないぞ
﹂
とたんに途絶え、いやな静寂が周りに広がる。
走っていた。それまで機内に響いていたレシプロエンジンの轟音が
に反対方向の窓を見ると、その向こうにも無粋な黒いラインが一本
大男が肩をすくめた瞬間、また振動が機内を襲う。嫌な予感ととも
﹁だといいんだがな。﹂
けじゃないさ。﹂
﹁もうすぐそこだろう。それに、1発死んだところですぐに落ちるわ
柄な男が座席の上からこちらを眺めていた。
前の席から声をかけられる。窓から顔を離し前を見ると、色黒の大
﹁ソロンまではどれぐらいだ
﹂
大瀬も同じようにして黒煙の発生源を見たらしく、どこか他人事の
﹁こいつはまずいな。﹂
では推力を得られてはいないだろう。
ペラが不規則な回転をしている右エンジンが確認できた。あの様子
れていた。菅野は窓に顔を押し付け黒煙の流出先を見てみると、プロ
る。四角い窓の外には美しい大自然の光景を横切るように黒煙が流
輸送機内の誰かが叫び、機内の全員の顔が一斉に右側の窓に集中す
!
た。幸いにもソロン鎮守府の滑走路はすぐそこにあり、エンジンなし
それからしばらくして、一行は何とか地面に足を下すことができ
りしたような口調で自分の無実を訴えるのだった。
全員の白けた視線を一身に受けてしまった菅野の前の男は、うんざ
?
687
!
での滑空飛行で十分到達できる距離だった。とはいえ急ごしらえの
滑走路は一本しかなく、他の輸送機は別の巨大な飛行甲板に着陸する
ことになった。
﹁ったく。ソロンくんだりにまで来てグライダー乗ることになるとは
思わなかったぜ。﹂
ジープの荷台に揺られながら、あまりやりたくない体験を思い出
す。吹き付ける海風が心地よかった。目の前では先ほどの大柄な男
│││││和泉健一が同じようにジープに揺られていた。
﹁戦闘機なら何回もあるが輸送機でグライダーはもう二度とやりたく
ねぇな。操縦桿が無いと安心感がまるでない。﹂
﹁さすが被撃墜王は言うことが違うな。﹂
﹂
人の悪い笑みを浮かべ、和泉に茶々を入れる大瀬だが本人はまるで
気にしていなかった。
﹁不死身の男と呼んでもらおうか
﹁出撃のたびに飛行機ぶっ壊す奴が威張るなよ。﹂
﹁お前も似たようなもんだろうが大瀬。﹂
﹁俺は過度な機動による負荷、お前の場合は文字通り撃墜だろうが。﹂
﹁飛行機ぶっ壊してる時点でどっちもどっちだよ。﹂
菅野の嘆きはどちらの耳にも入らず、無意味な罵詈雑言の応酬が繰
り広げられていく。
和泉健一は帝都防空部隊のパイロットであり、菅野の同僚だった。
戦いでは主に一撃離脱を好み、多数の深海棲艦の艦載機を撃墜してい
る文字通りのエースの一人。だが、この男がエースパイロットと呼ば
れることはそう多くなく、もっぱら被撃墜王と呼ばれていた。という
のも、彼はほかの隊員に比べて被弾、撃墜率が非常に高く落とされる
ことは日常茶飯事で。そのたびに機体を捨てたりエンジンが停止し
た機体をうまく操って最終的に飛行場まで必ず戻ってきた。彼が参
加していたのは主に帝都防空戦で、下が海ではないことを差し引いた
としても毎度のようにケロッとして飛行場に戻ってくる和泉に被撃
墜王の称号が贈られるのは不思議なことではない。最初は本人も嫌
がっていたこの称号だったが、1度の防空戦で2回撃墜されるという
688
?
ある種の伝説を打ち立ててからは逆に開き直り、不死身の男を自称す
るようになっていたりする。
パイロットたちを乗せたジープの車列は岸壁に開けられたトンネ
ルの中へ進んでいく。中は薄暗く先ほどまでの熱さが嘘のようにひ
んやりとした冷気が漂っていた。ハロゲンランプのオレンジ色のト
ンネルを通り抜けると、三日月型の大きな湾が目の前に広がる。湾内
の桟橋には重巡、軽巡、駆逐艦が2隻ずつ並んでおり、湾の入り口の
方や今出てきたトンネルの上の高台には巨大な砲身をもつ要塞砲が
据え付けられている。極めつけは、湾の外に停泊している巨大すぎる
鋼の城。かなり離れているはずなのに、そのことは一切感じられず遠
近感がマヒしたような感覚に襲われる。
﹁でかい⋮﹂
誰かが嘆くのがどこか遠くに聞こえる。巨大な飛行甲板から何か
が飛び立ち、そのなにかはこちらへと向かってくる。
﹂
﹂
689
灰色に塗装された菅野にとって見覚えのある機体は、機体を若干バ
ンクさせながらソロン要塞本部への下り坂を走る車列をフライパス
していく。尾翼に描かれた青いメビウスの輪が、太陽光を受けて一瞬
輝いた。
﹁メビウスの輪。リボン付きか。﹂
﹂
﹁通 算 撃 墜 数 第 1 位 メ ビ ウ ス 隊 の 出 迎 え と は な か な か 豪 勢 だ な。相
棒。﹂
﹁そういえば、メビウス隊も電脳戦闘機だったよな
菅野の問いに、大瀬が首を縦に振った。
全部電脳戦闘機だろ
﹁なるほどな。﹂
それを聞いた菅野は、思わず自分の手を握りしめる。どうした
目で問いかけてくる大瀬にニヤリと口をゆがめて笑みを見せた。
と
﹁ああ。というか、一足先にここにきて訓練している航空管制以外は
?
﹁楽しみじゃないか。深海棲艦相手に無敵を誇った電脳戦闘機と戦え
?
?
るんだ。それに無人機にまかせっきりではパイロットになった意味
がないだろう
?
﹁言えてるな。本土じゃあ訓練ばかりだったから体がなまってないか
心配だが⋮﹂
﹁それはここにいる全員がそうだろう。ホーネットとハリアーが来て
からずっとジェット機での訓練だ。第一、深海棲艦艦載機の襲撃すら
なかったからな。﹂
﹂
﹁まあ海軍も結構進出してるからな。そもそも俺たちがここへ呼ばれ
たのも海軍の作戦の一環だろう
﹁AL/MI作戦か。地理的な縁起はあまり良くない場所だよな。﹂
彼らの頭上では、メビウスの輪のエンブレムを付けたホーネットが
翼を翻し巣へと戻っていくところだった。
﹁パイロット諸君、本艦へようこそ。﹂
加久藤に緊急着艦した他のグループと菅野らが超兵器内部の巨大
なブリーフィングルームで待機していると、濃紺の軍服に身を包んだ
艦息が現れる。
﹁本日、諸君らは本艦の航空隊に配属され、来るべき大作戦に投入され
る。支給される期待はF/A│18ホーネット、AV8BJハリアー
Ⅱだが一部の成績優秀者には別の新型の機体が用意されている。﹂
新型の機体という言葉に、小さなどよめきが起こる。ホーネットや
ハリアーですら既存航空機がおもちゃに見えるような性能を有して
いるというのに、それすら超える航空機が存在することを暗に示して
いた。しかし、ここにくるまでホーネットとハリアーだけで訓練して
きた彼らにとってその新型機を十全に操れるほど操縦に習熟するた
めには時間が短いように思われる。
﹁作戦開始までは十分な日数がない。よってこの新型の機体は成績が
優秀なものに優先して回す。新型の機体を支給されたものは一刻も
早く操作に習熟することを目標にせよ。これより新型の機体の概要
を説明する。﹂
690
?
加久藤が宣言すると、ブリーフィングルーム内の照明が落とされ、
目の前の巨大なスクリーンに見たこともない戦闘機が2機種、爆撃機
が1機種投影された。
爆撃機以外の戦闘機には共通している箇所があり、どちらも垂直双
尾翼の双発墳式戦闘機で、片方は巨大なクリップドデルタ翼。もう片
方は細長い主翼を持ち、後退角度を変化できる可変翼を装備してい
る。全体的な印象として可変翼を持つ航空機はシャープな、クリップ
ドデルタ翼を持つ機体からは重厚な印象を受ける。爆撃機は中翼の
配置を採用した双発機で、エンジンが胴体に直接埋め込まれているの
が印象的だった。
その時、突然スクリーンに映し出されていた映像が消え去りブリー
フィングルームが暗闇に包まれる。あちこちで困惑した様な声が上
がるが、数秒もすると何事も無かったかのように画面には3機の航空
機が映し出されていた。画面が消えた事にけげんな表情をしていた
加久藤は気を取り直して画面を操作し、可変翼の機体を拡大させる。
﹁⋮妙な事が起こったが解説を続ける。F│14Aトムキャット。後
退翼を採用したことで広い速度域での高い機動性と、高速性能を得た
迎撃戦闘機だ。武装は20㎜バルカン砲1門、長距離対空ミサイル4
発、短距離対空ミサイル4発。最高速度は2800km/h、航続距
離は3200kmだ。迎撃戦闘機とあるように、主に艦隊防空を主眼
に設計された機体で搭載した長距離ミサイルを用いてアウトレンジ
から敵航空隊を攻撃する。この機体は4機が完成している。また、コ
クピットインターフェースなどを改良したF│14Dスーパートム
キャットも4機完成し、こちらの航続距離は3250km、速度は同
じだ。﹂
次に映し出されたのは、爆撃機と表示されている機体。
﹁EA│6Bプラウラー。ここでは爆撃機と表示されているが、電子
妨害装置を搭載し敵への電子妨害が可能となっている。搭載できる
武装は1500ポンド爆弾か1000ポンド爆弾を合計で4発。固
定武装はない。最高速度は約1000km/h、航続距離は3250
km。この機体は1機のみ完成しており、F│14Dの飛行隊へ試験
691
的に組み込むことが決定されている。﹂
最後に映し出されたのはクリップドデルタ翼の機体だった。
﹁F│15Cイーグル。クリップドデルタ翼と強力なエンジンを装備
し、各種の性能が高い次元でまとまった制空戦闘機だ。固定武装とし
て20㎜バルカン砲を装備、短距離対空ミサイル4発と中距離対空ミ
サイル4発が搭載可能だ。また、オプションとして無誘導爆弾を装備
することが一応可能となっている。最高速度は約3000km/h、
航続距離は3370kmだ。この機体は2機が完成している。以上
の新型機11機のパイロットはこちらで選出してある。それ以外の
者はホーネットとハリアーに乗ってもらう。また、今後も新型機の開
発が完了すれば順次パイロットを選出、訓練していく。なお、出撃前
のテストに合格しなければたとえ新型機のパイロットといえど出撃
許可が下りることはないと思え。今後の予定は追って連絡する。以
上、解散。﹂
男と目が合った。
﹂
﹁おう。それ以外に何があるってんだ
﹁トムキャットかな
﹂
﹁スーパートムキャットじゃなくてですか
?
﹂
今度は彼の左隣からの驚いたような声。そちらにはこの中でもひ
?
?
692
加久藤がブリーフィングルームから消えると、部屋の中がにわかに
騒がしくなった。あちこちで話されるのはもちろん先ほど紹介され
た新型機の情報。パイロットは自分だと公言する者もいれば、乗りな
れたホーネットのほうがいいと言う者もいるなど意見はさまざま
だった。
そんな喧騒に混じらず、隅のほうでじっとスクリーンに表示された
ままの期待を見つめるものが一人。とび色の瞳を持つ優しげな顔を
﹂
した青年だった。画面上でゆっくりと回転しているF│14Aを眺
める彼の首に、大柄な腕が回される。
﹂
﹁おい、ブービー。お前はどれがいい
﹁新型機の話か
?
片方の眉を挙げながら振り向くと、がっしりした体系の陽気そうな
?
ああ。まあ理由はないんだけどな。﹂
ときわ若い青年が目を丸くしているのが見える。
﹁ん
な ん な ん で す か そ れ は ⋮ と あ き れ た よ う な 顔 の 仲 間 に 苦 笑 す る。
A型よりもD型のほうが高い性能を持っていることは彼自身理解し
﹂
ていたが、なぜかA型のほうに魅力を感じてしまっていた。
﹁お前はどうなんだ弓月
﹂
前はどうだ
﹂
弁だ。爆撃は嫌いじゃないが空戦ができないのは御免だぜ。雪嶋、お
﹁おりゃぁ新型機に乗れればそれでいいな。あ、でもプラウラーは勘
││││鉈橋祐司は、ようやく青年を開放する。
先ほどからヘッドロック気味に青年に腕を回している大柄な男│
す
﹁実は僕もF│14Aが気になってるんですよね。鉈橋少尉はどうで
年若い青年│││││弓月文也に問いかけてみる。
?
1月ほど前。姉の阿賀野、能代、駆逐艦初春、初霜、子日、若葉と共
ポツリとそんな事を矢矧は嘆く。彼女がこの要塞に配備されたのは
加久藤の艦橋ウィングから飛行甲板に並ぶホーネットを眺めつつ、
﹁こうしてみると壮観な光景よね。﹂
ことだった。
そんな彼らに4機のF│14Aが支給されたのは、そのあとすぐの
炎は視界の端でとらえていた。
ホムラ
鉈橋が大げさに肩をすくめるのを、とび色の瞳の男│││││犬養
﹁4人中3人がF│14狙いとはな、仲が良くて何よりだぜ。﹂
雪嶋と呼ばれた男はそう言って視線をF│14Aに向ける。
﹁俺も、犬養と同じだな。﹂
ち着いた印象を受けた。
隣に座る、彼と同じぐらい大柄な男に話を振る。鉈橋とは違い、落
?
に補充戦力として配備された。当初は何をするにも規格外すぎる加
693
?
?
久藤の性能に振り回されたりはしたものの、このころになると耐性が
付き始め一々驚くと言うことは無くなった。と言っても驚きと言う
感情が傍観からくる呆れに置き換わったと言う方が正しい。
﹁そうですね。でも、心強いです。﹂
矢矧の隣で甲板を見下ろしていた初霜はそう言って安心したよう
な笑みを作る。前世での坊ノ岬沖海戦で戦いを共にした2人の仲は
良く、今日の様に非番の日には連れ立って要塞内を歩いているところ
﹂
が職員によって目撃されたりしている。
﹁二人とも、ここに居たの
﹂
後ろからの声に振り返ると、古鷹が通用口から外に出てくるところ
だった。
﹁古鷹さんも新型機を見に来たんですか
言わないけど限度があるでしょうに。﹂
﹂
まったく⋮飲むなとは
﹁ああ見えて加古さんもやる時はやりますから、ね
?
﹁ところで、阿賀野と初春ちゃんは
能代は子日ちゃんと若葉ちゃん
なっていない事には気づいていない様だった。
慌ててフォローを入れる初霜だったが、それがあまりフォローに
?
﹁どうせまた朝までお酒飲んでたんでしょう
う。加古が睡眠を選択した理由が楽に想像できたからだった。
困ったような顔で苦笑する彼女に、矢矧は少々の頭痛を覚えてしま
ね。﹂
﹁加古も連れてこようと思ったんだけど、新型機より寝たいらしくて
たれかかる。
初霜の問いに軽く頷き、彼女らと同じようにウィングの手すりにも
?
ネルギーは大気や海、自らを熱し、夏に近づいていることを肌で感じ
が漏れ、思わず目を細める。1億5000万km離れた恒星からのエ
古鷹が右手で庇を作り青い空を見上げる。指の隙間から太陽の光
﹁ああ、そうだね。これじゃあ⋮ね。﹂
無くても来なかったでしょうけど。﹂
﹁姉さんは秘書官業務中よ。初春はその手伝い、まあ初春は手伝いが
連れて哨戒に言ってるみたいだけど。﹂
?
694
?
させる。加久藤の艦橋は海面から非常に高く、それなりに強い風が常
に吹き込んでくるが太陽の熱さをごまかすまでには至らない。暑い
のが嫌いと公言している初春にとってはあまり来たくない場所だろ
う。自分がこの鎮守府に来たのは去年の秋ごろ、その頃でも太陽の光
は南の海らしく強い物だったが、やはり夏に向かう南国の太陽の光は
何か格が違うような印象を受けた。
﹁そろそろ、ね。﹂
矢矧の声に視線を飛行甲板に戻す。広大な飛行甲板の端の方に設
置されたエレベーターは既に格納庫に降りているようで、だだっ広い
甲板には2つの正方形の穴がぽっかりと口を開けていた。潮騒の音
に紛れて巨大なエレベーターが駆動する重厚な低音が響き、役者を舞
台に上げていく。
甲板上に姿を現したのは2機の鋼鉄の鷲だった。
│││││ここの艦娘か
F│15Cイーグルのコクピットの中で、こちらを熱心に見つめる
6つの視線に気が付いた菅野はそんな事を頭の片隅で考えながら発
艦準備を進めていく。と言っても、今回はほとんど全ての操作をイー
グルに搭載されたコンピューターが行うため彼がやるべき作業は非
常に少なかった。今回がイーグルでの初飛行になる菅野にとっては
ありがたい事だったが、新型機のパイロットとなってから死に物狂い
でマニュアルを読んだ身として、乗客扱いは気分が良くなかった。新
型機のパイロットになってからの初飛行でいきなり電磁カタパルト
を使った発艦をするしかない加久藤航空隊のパイロットにとって、コ
ンピューターの大規模な支援はありがたい物だったが、彼にとって戦
闘機乗りとして航空機を自分の手足のように扱えないと言うのは面
白い物では無かった。抵抗とばかりに指差し確認を行おうとするが、
コンピューターの発艦準備はミスも無駄も無い効率化されきったも
のであり、ずぶの素人パイロットが追いつける速さでは無い。
あっという間に確認が追いつかなくなり憮然とした表情を酸素マ
スクの中で浮かべる。ちらりと横で同じように発艦準備を行ってい
695
?
るだろう相棒の方を見ると、こちらの視線に気づいたのか両手を小さ
く上げる仕草をした。
│││││お手上げってか。
F
タービン吸気温度
S 起動右エンジンが点火、続いて左エンジン。エンジン
ジェットフュエルスターター
そんな事をやっている間にも、出撃準備は着々と進められていく。
J
の回転計が上昇し、それに伴ってT I T、油圧上昇。燃料流量が増加
していくのが計器から読み取れ、背後から響くターボファンエンジン
が奏でる高音がだんだんと大きなものへと変わっていく。視界の端
でスポッティングドーリ│が退避していくのを確認、カタパルトの
シャトルに前輪が固定されたことを確認する。後方でジェット・ブラ
スト・ディフレクターが展開。その後、スロットルが開かれエンジン
の回転数がさらに上昇。機体が前進しようとする力を前輪が抑え込
み機首が沈む。滑走路横のランプが切り替わった瞬間、電磁気力で
シャトルとそれに固定された機体が加速され滑走を開始する。機か
696
ら降りると広大に感じる滑走路の端が瞬きをする間に近づき、後方へ
消える。それと同時に機首上げ、ギア│UP、フラップ│UP、スロッ
トルはMAXのまま垂直上昇。2基のF100│PW│220ター
ボファンエンジンは空虚重量でも13tある大柄な機体をぐんぐん
天空へと持ち上げていく。お世辞にも加速性能が高いとは言えない
ホーネットに乗りなれた彼とって、身体に掛かる重力加速度やめまぐ
るしく変わっていく高度計は正しく未知の領域でもあった。
突如、機体が半ロール、ピッチアップ。真上に小さくなった加久藤
と青い海が見えたかと思うともう一度半ロール。海面が垂直に立っ
たかと思うと、太陽の強烈な光がコクピットへ差し込んだ。高度計は
3500mを指示している。首を巡らせると右後方に大瀬のF│1
5Cがぴったりとついているのが見える。
﹃こちら加久藤。菅野機、応答せよ。﹄
ヘルメットからこの機体をもたらした艦息の声が聞こえる。
イーグルは。﹄
﹁此方菅野。感度良好。﹂
﹃どうだ
﹁良 い 機 体 と 言 う 事 は 解 る が、自 分 で 飛 ば し て み な い と わ か ら な い
?
な。﹂
菅野の返答に通信機の向こうの艦息は少し意表を突かれたようで
少しばかり沈黙が流れる。が、すぐに苦笑をこらえているような声色
で返事が返ってきた。
﹃⋮言われてみればその通りだ、やってみなければ機体の性能は解ら
ない。操縦モードをマニュアルに切り替え瀬機と模擬格闘戦を開始
せよ、使用可能兵装は機関砲のみ。被弾判定はこちらでやる。戦闘高
オーバーライド
度 は 5 0 0 0 m 以 上、危 険 な 操 縦 を 行 っ た 場 合 コ ン ピ ュ ー タ ー が
強制介入し機体を立て直す。高度制限さえ守れば死ぬことは無いだ
ろう。大瀬機にはこちらから伝えておく。﹄
ややあって、大瀬機が速度を上げて右側を飛び去って行く。それと
同時に、計器類で埋め尽くされたコンソールの一角に後付されたよう
な形で鎮座している小型の多機能ディスプレイに︻You have
control︼と表示され、オートパイロットランプが消えた。
697
試しに操縦桿を僅かに動かしてみると、それに伴って機体がきびきび
と反応する。このディスプレイは本来ならば備え付けられていない
物だったが、高度なフライトコンピューターを搭載したF│15Cと
エネミー
人間のパイロットを結びつけるマン・マシン・インターフェイスとし
て後付されていた。
ディ
﹂
レーダー画面上に移っていた大瀬を示すIFF反応が敵に切り替
わる。
レ
﹁Garm01 engage
︻RDY GUN︼
たっていない事を悟る。ディスプレイにはHITの表示は出ていな
と言う事で実際に機関砲が放たれているわけではないが、感覚的に当
コンマ数秒だけトリガーを引き、ロールしながらすれ違う。模擬戦
示す数値は見る見るうちに小さくなっていき、ガン射程に接近。
進路を変えずにまっすぐに突っ込んでくる、ヘッドオン。彼我距離を
完了する。レーダーを確認すると、大瀬機│││││Garm02は
ン。HUDが起動しターゲットボックスが現れ、機関砲が射撃準備を
発艦前につけられた識別名を宣言し、マスターアームスイッチをオ
!
い。
相対速度が軽く音速を超えたまま2機のイーグルはすれ違い、両方
の機体を衝撃波で揺らす。不安定な機体をコンピューターの支援を
借りつつ立て直し、大瀬機は左旋回上昇。菅野機は直進したままス
ロットルをMAXに叩き込み強引に機首上げ、半ロールし旋回上昇中
の大瀬機の鼻先へ機関砲を発射。菅野機がインメルマンターンを行
うのを見ていた大瀬はフットバーを蹴飛ばし機体の進路を微修正、砲
弾の雨を躱す。大瀬はそのまま上昇を続け、菅野がそれを追いかける
ためにもう一度急激な機首上げを行う。機体をほぼ垂直に立てて天
空へ駆け上がる大瀬機を追うが、2度の急激な引き起こしを行ったた
めいくらイーグルと言えど加速が追いつかない。そんな相棒の失敗
をあざ笑うように翼を翻しパワーダイブ。高度を速度に変換、離脱し
体勢を立て直す。
加久藤の艦橋ウィングからは、幾つものヴェイパーが青い空に刻ま
れていくのが良く見えた。犬が喧嘩をする時、互いの尾を追いかける
ように戦う様と似ていることから空戦の事をドッグファイトと呼ぶ
ようになったと言われているが、上空で行われているそれはまさしく
ドッグファイトだった。大出力エンジンに物を言わせて空に白い軌
跡を描きながら互いの後ろを取り合おうとする二匹の猟犬。片方が
後ろを取ったかと思えば、取られた方は左右に機体を振って追っ手を
オーバーシュートさせる。空に大きく螺旋を描くように2機がバレ
ルロールしながら上空を飛び過ぎていくのを艦娘達は呆然としたよ
うに眺めていた。
﹁すごい⋮﹂
ポツリと初霜が呆けた様な声を上げたのが、爆音の中で微かに聞こ
えた。彼女達も、ホーネットやハリアーの訓練を何度も見た事がある
がそれはあくまでもコンピューターが操作する機体であり、今回の様
に人間が操作する機体同士の模擬戦を見るのは初めてだった。蒼空
を縦横無尽に駆け回る2機のイーグルに対し、矢矧は〟生きた機動を
している〟と言う感覚を持つ。実際の所、コンピューター制御の機体
698
と人間が制御する機体の機動に大きな差は無い。むしろ効率と言う
目で見てみればコンピューター制御の方が高い次元の機動をしてい
る。しかし、矢矧の目に目の前の模擬戦はコンピューター制御機同士
の空戦よりも高い次元で行われているような、そんな感情を抱いた。
﹁中々いい具合です。﹂
加久藤の戦艦部分に設置されたCICで、ディスプレイ上で互いの
後 ろ を 取 る た め に 機 動 す る 艦 載 機 を 眺 め な が ら 艦 息 は 一 つ 頷 い た。
彼の後ろでは、仕事を一時的に秘書官に任せた筆木提督が同じように
ディスプレイを見上げていた。
﹁それにしても、何故人間のパイロットを乗せる様に進言したのだね
電脳制御ならばパイロットにかかるGを気にせず機体を十全に操
れるんと思うの、だが⋮﹂
疑問の声が若干しりすぼみになっていく自分の上司に苦笑しなが
ら、加 久 藤 は 振 り 返 る。本 土 の エ ー ス パ イ ロ ッ ト を 訓 練 し て コ ン
ピューター制御でも扱える航空機に搭乗させようと言い出したのは
彼だった。
﹁昔、私がまだムスペルヘイムと呼ばれ解放軍と戦っていた時の事で
す。帝国軍は超兵器技術によってもたらされた高度なコンピュータ
を搭載する無人戦闘機を多数戦闘に投入し、質と量の両面で敵を圧倒
することを計りました。提督の仰る通り、無人機は人を乗せていない
ため人には耐えられない機体の限界ギリギリの機動を行うことが出
来ます。しかし、結果は芳しくない物でした。﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁何故か自軍の損耗率が友人機を主体にした敵を大幅に上回り、同数
での航空戦では敗北することが多々あったのです。この問題に対し
帝国はとりあえず戦闘に投入する航空機の量を増大させて、物量で圧
倒することで戦闘を進めることを選択しました。もちろん、友人機に
負けた理由の究明は早急に開始され、初めはコンピューターの能力不
足が疑われました。お互いの機体の性能差はほとんどありませんで
したので、何かあるとすれば操縦者であると考えたのです。しかし撃
699
?
墜された機体の行動ログを探ってみるとどこにも不審な点は見られ
ませんでした。他にも、コンピューターと機体の接続や、ソフトウェ
アの問題などがあげられましたが、結局のところ全て空振りだったん
です。そんな時、帝国軍内で無人機と友人機の大規模な模擬戦が行わ
オール・コンピュータ・エアクラフト
れ ま し た。結 果 は、友 人 機 側 が 無 人 機 側 に 勝 利。帝 国 軍 の
全 電 脳 化 航 空 機 ドクトリンはこの模擬戦で否定され、その後の帝
国軍はパイロットを航空機に乗せる従来の方法に回帰します。その
結果、同数の航空戦で大敗することは無くなりました。まあ、その頃
﹂
には戦局が悪化しベテランパイロットの数は少なくなる一方だった
んですが。﹂
自嘲気味に艦息は笑った。
﹁それで、なぜ無人機では勝てなかったのかね
﹂
﹁勘としか言いようがありません。﹂
﹁勘、だって
還率を誇っているはずですよ。﹂
機の生存率を調べてみると、妖精さんが載っている機体の方が高い帰
をたたき出していることはまぎれもない事実なんです。艦娘の艦載
かどうかは解りませんが、無人機よりも友人機の方が高いキルレート
は生身の人間にしかできない事なんです。この推論が当たっている
その一瞬に、非論理的な過程で導き出される最善の結論を利用するの
こたえ
う言うある種の混沌に満ちた場でもあるのですよ。自分が殺される
カオス
しまう。理論上最善の手が最悪の手になってしまう。航空戦とはそ
時には下します。しかし、場合によってはそれが逆転の一手になって
ました。もちろん、人間のパイロットは非論理的、非合理的な判断を
き。これが無人機と友人機の最も異なる点であると我々は結論付け
ピードの向こう側や第六感、野生の勘と呼ばれるような一瞬のひらめ
決断を行わねばなりません。そう言う極限状態の中のほんの一瞬、ス
﹁コンマ一秒以下で生死がひっくり返る航空戦の中で、パイロットは
ので、筆木にはかなり奇妙に思えた。
科学技術の権化ともいえる者が話した理由はなんとも人間臭いも
?
﹁なるほどな。だから、君はパイロットの配備を進言した。と。﹂
700
?
﹁ええ。できれば艦載機全部と言いたいところですが、本土をがら空
きにするわけにもいきませんしね。さて、そろそろ決着がつきそうで
す。それと⋮﹂
そこで加久藤は言葉を切ってディスプレイへと向き直った。
﹁もう少し横柄な態度でも兵隊はついてきますよ。提督。﹂
艦息の言葉に、提督は困ったような顔で頬を掻くのだった。
大瀬機に後ろを取られ、何度目かの発砲をロールして躱す。パワー
ダイブで逃げても、急旋回で逃げても大瀬はケツに食らいついて話さ
ない。そこで、菅野は機体を左右に連続で旋回させながらゆっくりと
スロットルを落としていく。機体の速度は徐々に低下していき、ある
速度にまで下がった瞬間。彼は勝負に出る。
スロットルを完全に閉じ、エアブレーキ│OPEN、操縦桿を思
701
いっきり引いて機首を上げる。真正面からの空気抵抗をまともに受
けた機体は急減速し、それについていけなかった大瀬はほぼ直立した
F│15の下を潜り抜けるしかない。急激な引き起こしによる急減
速の結果、主翼表面の空気の流れが剥離し失速。機首ががくんと下が
る。ブラックアウト寸前の視界の中、トリガーを引き絞ると数百発の
砲弾が吐き出され、アフターバーナーを炊いて離脱しようとする敵に
降り注いだ。
︻HIT︼
ディスプレイに3文字の無機質なアルファベットが表示され、模擬
空戦が終了する。それと同時に、今まで敵を示していた大瀬機のIF
Fが味方に変わった。
﹃状況終了。先の模擬戦は菅野機の勝利だ。編隊を組みなおした後、
帰艦しろ。﹄
︻I have control︼
オートパイロットが起動し、スロットルの位置が戻され安定飛行に
﹄
入る。すぐに、大瀬機が左側に付き編隊飛行を始めた。
﹃相棒、聞こえるか
?
﹁ああ。何処に当たった
無茶しやがる。﹄
﹂
﹁レシプロじゃあ無理な機動だろ
?
02﹂
だろう。しかし、潜望鏡の若干歪んだ視界の中に存在するそれを見て
ン。普段の彼女ならばすぐにでも魚雷6本を装填し扇形に射出した
レが只の輸送艦や戦艦、空母ならよだれが出るような絶好のポジショ
航行していた。ソレは彼女の鼻先を横切るコースを選択しており、ソ
言葉が陳腐なものに思えてしまうような存在が海を切り裂きながら
が小さく漏れる。彼女の覗き込む潜望鏡の向こう側には巨大と言う
薄暗く息の詰まりそうな艦内で少女の悲鳴とも呆れとも取れる声
﹁うっそ⋮何アレ⋮﹂
塗装された4機のトムキャットが発艦を待っていた。
赤い猟犬のマークが太陽の光を反射する。加久藤の甲板上には黒く
2機のイーグルが翼を翻すと、垂直尾翼に描かれている鎖を加えた
﹃Garm02了解
﹄
﹁当たり前だ。さて、艦長殿からどやされないうちに帰るぞGarm
﹃模擬戦の時に決まってるだろうが。﹄
﹁味方に打ち込んでどーすんだよ。﹂
ぶち込んでやるから。﹄
﹃今度から妙な起動するときは先に言ってくれ。距離取ってミサイル
いだろうな。﹂
深海棲艦共も初見では対応できな
﹃まさか、機首上げで強引にオーバーシュート狙うとは思わなかった。
﹁それはいいな。木端微塵とはいかなくても戦闘不能は確実だ。﹂
所まで表示されてるぜ。﹄
﹃左垂直尾翼全損、左エンジン停止ってとこか。ご丁寧に着弾予想個
?
から心臓の鼓動は早くなり、嫌な汗が背中を伝う。
702
!
│││││アレは、ダメだ。
﹂
そんな感情が一気に噴き出し、のどがカラカラに乾いてくる。
﹁艦長。何か居ました
副長の期待を込めた言葉にようやく我に返り、弾かれたように潜望
鏡から離れる。異常な上官の様子を見て、副長は今現在潜望鏡に移る
者は碌な存在でないことを理解する。
﹁げ、限界深度ギリギリまで無音潜航。急いでっ。﹂
小さな声で怒鳴ると言う潜水艦の中では見慣れた光景だったが、艦
娘のただならぬ形相が自体が切迫していることを伝えていた。すぐ
﹂
さまメインタンク内に海水が注水され艦隊が潜望鏡深度からゆっく
りと潜り始める。
﹁艦長、いったい何が居たのですか
の底へ沈降していく。生存者はいなかった。
砲弾の爆圧にさらされた潜水艦は瞬時に圧潰、バラバラになり暗い海
かった。艦体の全方向から1発で都市区画を吹き飛ばす威力を持つ
事もあり、80㎝砲弾が吐き出す猛烈な爆圧から逃れることは出来な
描く三角形の中心に居た伊号潜水艦は潜望鏡深度から潜航中と言う
た。飛来した3発の80㎝対艦砲弾が海面に衝突、炸裂する。3発の
副長の問いに艦娘は応えようとするがそれは永遠にかなわなかっ
?
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂
703
?
STAGE│36 忍び寄る脅威
航海艦橋横のウィングから艦首方向を望むと目的地周辺に浮かぶ
多数の戦闘艦の姿が良く見える。一瞬影が覆いかぶさったかと思う
と、零戦を拡大したかのような機体を持ち、胴体に稲妻のマークをペ
イントした4機の烈風改が見事なダイアモンドを形成しながら飛び
去って行く。佐世保第三鎮守府所属の艦娘達が装備している艦上戦
闘機の中で最も強力なものは紫電改二であるから、あの機体は別の鎮
守 府 所 属 の 艦 娘 の モ ノ で あ る こ と が 推 察 で き た。C I C に 確 認 を
取ってみた所、呉第二鎮守府の加賀の艦載機らしい。トラックへ向け
て飛び去って行く戦闘機の編隊をぼんやり眺めていると、真津から通
信が入った。
﹃間もなくトラック泊地に到着する。全艦は他の鎮守府の艦に注意し
つつ、トラック泊地に支持されたエリアにて投錨せよ。﹄
トラック第一鎮守府の廊下を2人の軍人が歩いていく。かなりの
戦力が集中した為、鎮守府内の廊下にも様々な艦娘があふれかえって
いた。個性的な服装をした彼女達の中を、2人の海軍人が歩けば否で
も目立つ。しかも、振りの男の内一人は見慣れない軍服を身に纏って
いたのでなおさらだった。
見慣れない軍服を身に纏う男│││││ホタカは、艦娘達の間をす
り抜けながら、身体に突き刺さる好奇の視線を無視することに努めて
いた。彼自身、こうなることは予想済みで仕方のない事だと理解はし
ていた。が、正直言って婦女子のこういう視線を浴びるのは気持ちの
良い物では無い。
そんな視線の十字砲火の中を潜り抜けて、大きな会議室へたどり着
く。中には何人もの海軍人たちが会議室に並べられた長机に座って
いた。すぐ隣にいる艦娘は大方秘書艦だろう。2人が会議室の入り
口に現れた時、部屋の中で交わされていたわずかな会話が途切れ、全
704
員の視線が彼らの方に向き、すぐに彼方此方で何かを確認するような
﹂
小声の会話が再開される。その会話の内容に薄々感づきながら彼ら
も、適当な場所へ向かい席に着く。
﹂
﹁それにしても提督。本当によかったのですか
﹁何がだ
?
﹂
?
﹂
いんだよ。﹂
﹁ここに居る艦娘と話していたら文字通り日が暮れますよ
?
顔見せだっ
?
﹂
?
﹁少しよろしいか
﹂
しながら弁明するのだった。
ジロリと提督を睨むと、言った本人は〟言葉の綾だ〟と冷や汗を流
﹁しゃべったらバカっぽくなるって言いたいので
に構えていればいいさ。黙ってりゃ賢そうなんだから。﹂
少しでもいいから信用を勝ち取る必要がある。何、何時もの様に冷静
て。お互いに話して信頼を勝ち取る時間なんて無いからな。態度で
﹁そ こ ま で が っ つ り 話 し 合 う 必 要 は 無 い。言 っ た だ ろ
﹂
の場合は根本から違うからな。ベースになる信用がまだ固まってな
入ってくるし、前世では共に戦ったと言う大前提もある。だが、お前
エリアの鎮守府に居る艦娘に会うなり聞くなりすれば大体の情報は
知っている奴に預けるのとではいろいろと違ってくる。普通は同じ
れる非常に珍しいユニットだ。顔も知らない奴に背中を預けるのと、
﹁バカげているように思えるかもしれないが、艦娘は個人で1隻を操
﹁顔見せ。ですか
﹂
無い。今回お前を秘書艦にしたのはまあ、顔見せと言ったところかな
﹁この会議で秘書艦が何かをするわけではないから、心配する必要は
彼の問いに、真津は心配ないと肩を竦める。
い。素直に加賀を連れてきた方が良かったんじゃないですか
﹁秘書艦の件ですよ。僕はこれまでに貴方の秘書艦をやったことが無
で真津に問いかける。
会議が始まる前、奇妙な緊張感に包まれた室内でホタカは小さな声
?
掛けられた声に2人が振り返ると、後ろに座っていた黒髪の若い女
?
705
?
?
性提督と目が合った。容姿としては可愛いと言うよりも美しいに分
類されるだろう顔立ちをしている。肩章は真津と同じ大佐、横に座っ
ている秘書艦らしき艦娘と同じように烏の濡れ羽色の様な長い黒髪
をうなじのあたりで纏め│││││所謂一本結び│││││ている
切れ長の瞳の鳶色の瞳が彼らをまっすぐ見つめていた。
帝国軍内に置いて女性提督と言う物は珍しいものではあったが居
ないと言うわけでは無かった。艦娘が出現してしばらくは人類側も
艦娘の扱いに対して模索する時期があり、そんな時に女性を提督に据
えると言う計画が持ち上がった。艦娘は言うまでもなく女性であり、
艦娘で構成された鎮守府は文字通り女の園となる。そこに着任する
指揮官として、女性提督ならば彼女らの心の機微にも勘づき早い目の
対策がとれるだろうと言う判断であった。実際の所、確かに男性提督
よりも艦娘のメンタルケアに関しては良い結果が得られたが、だから
と言って艦娘の提督を女性に限定させた方が良いと上層部が判断す
706
るほどの効果は無く、作戦の立案能力に関しても大きな開きは見られ
なかった。最終的な結論として男性でも女性でもあまり変わらない
事が判明した為全提督が女性になると言うことは成らなかった。さ
らに、人的資源が枯渇寸前な国内情勢を重く見ている帝国上層部は、
人を生み育てることのできる女性を前線へ送り出すことに消極的で
あったため一連の計画で着任した女性提督を次々と解任し本土に戻
した。時代が時代ならば政府に批判が飛んできたかもしれないが、国
民自身がこれ以上の人口減少は国の破滅を意味することを肌で感じ
ていたため大きな反対運動は起こらずに済んだ。とは言え、艦娘とそ
れなり以上の関係を築き、指揮能力に問題が見られない女性提督に関
しては本人の希望が無い限り軍を辞めさせると言うことは無かった。
いつの時代でも優秀な指揮者は多くない。
ホタカと真津に話しかけてきたこの女性提督も、辞めさせるには
﹂
もったいないと軍が判断した人間の一人だろう。
﹁貴女は
﹁そういえば名乗っていなかったな。私は弓月忍。ラバウル第2鎮守
真津の問いに、女性は少しバツの悪そうなな顔を作る。
?
府で指揮を執っている。こっちは秘書艦の飛鷹だ。﹂
よろしく。と弓月大佐の横に座っていた長い黒髪の少女が頭を軽
く下げる。
﹁佐世保第3鎮守府の真津だ。彼は臨時秘書艦のホタカ。﹂
﹂
﹁ホタカについては聞いている。並み居る超兵器を沈めてきた英雄に
以前から一目合ってみたいと思っていてな。﹂
恐縮です。と謙遜するホタカ。
﹂
﹁それでだ、真津大佐。貴方はこの作戦をどう見ている
﹁どう、とはどういうことだ
込んでいる。﹂
﹁本土ががら空きだと言う事か
﹂
幌筵、南はショートランド、西はリンガまで。使える戦力は全部突っ
MIに大部隊を送り込み一気に敵戦力を撃滅する。そのために、北は
﹁戦力の配置についてだよ。ALを攻撃し敵の目をそらしたところで
?
﹁他の提督はそうは思っていないのですか
﹂
どこか疲れたような安堵のため息を付く。
﹁よかったよ。貴方が真面な頭をしていることが把握できて。﹂
も帰る家が廃墟になっていては目も当てられない。
が極端に低下することに意識が向いた。たとえ深海棲艦を撃滅して
時は、戦力を集中させて必勝を期そうとしている事よりも本土の戦力
ヤレヤレと真津は肩を竦める。彼自身此の動員計画を初めて見た
﹁深海棲艦からしてみれば涎が出そうな配置だな。﹂
だ。その実態は張子の虎だろう。﹂
一個分程度の戦力。それも防衛部隊とは名ばかりの低練度艦が殆ど
﹁ああ。今本国に居るのは佐世保、呉、横須賀、大湊にそれぞれ鎮守府
その答えに、彼女は満足げに頷いた。
?
集中は戦争の大原則だが、ここまで極端にやるのはかえって逆効果な
動員と言う事で楽観的な指揮官が多いような気がするんだ。戦力の
﹁どうも、対深海棲艦戦争が始まって以来の大反攻作戦、空前絶後の大
葉をつづける。
ホタカの質問に、全部が全部と言うわけではないと前置いた上で言
?
707
?
ように思える。﹂
﹁なるほど。弓月提督はこの作戦には問題があると考えているわけで
すか。﹂
﹁まあ、な。楽観的な提督が言うには深海棲艦をMI方面で大量に撃
滅すれば本土に接近する敵艦隊が居たとしても引くしかないだろう
と言う事だ。そのままにしておけば人類側が深海棲艦の占領地奥深
く、例えばハワイまで雪崩込むかもしれんからな。後方を遮断される
ことを恐れた深海棲艦は本土を攻撃せずこちらへ戻ってくる。だか
ら本土は安全だと言う事だ。﹂
﹁正しくないと言えば間違いになるだろう。筋は通って入るがこれは
⋮﹂
真津はそこで言葉を切り、目だけを動かして弓月を見る。彼女の目
は〟続けろ〟と言っていた。
﹁相手が人間だった場合に限るな。﹂
708
﹁そうだ。確かにこれがアメリカ艦隊ならば引き返すだろう。ハワイ
を蹂躙されてしまえばたとえ一時的に本土に上陸したとしても、大統
領の首が飛ぶことは見えているからな。だが、相手は深海棲艦だ。う
ちの鎮守府では飛鷹達に度々通商破壊を行ってもらっているが、奴ら
に補給線の概念が有るのか疑わしい。﹂
ホタカが飛鷹の方を見ると、彼女は軽く頷いた。
﹁私たちで何隻も補給艦を沈めてはいるんだけど、一向に敵が弱体化
する気配が無いのよね。普通の軍隊なら出撃もままならないほど沈
めているはずなんだけど⋮﹂
悔し気にマユを顰める。
﹂
﹁だとすると、こちらが後方を遮断しても強行してくる可能性は十分
にあり得るな。そのことは大本営に伝えたのか
な。ここらで深海棲艦に対して一発でかい戦果をあげないと陛下に
るが基本的に自転車操業、どこもかしこもカツカツで戦っているから
﹁深海棲艦との戦争が始まって以来、領土はジワジワ取り戻してはい
はかなり焦っているみたいだ。﹂
﹁もちろん伝えた。それでも、作戦に変更は無い。赤煉瓦の住人たち
?
申し訳が立たないと言う事か
﹂
﹂
作 戦 説 明 が 続 い て い る の だ ろ う。対 艦 攻 撃 任 務 で な い こ と は 残 念
えられた任務委は偵察。今頃トラック第1鎮守府では長ったらしい
七艦攻はただひたすら南を目指して飛行を続けていた。彼女らに与
小さな影を作った。魚雷の代わりに巨大な増槽をその身に抱いた九
はゼロ、真上から差し込む太陽がコンソールの上にパイロット妖精の
風防の外には目の覚めるような蒼い空と海が広がっている。雲量
完全に支配下におさめるのが最終目的だ。参加兵力については⋮﹂
部隊を撃滅させる。第4段階ではミッドウェー島を攻略し同海域を
I方面に進出させ同海域に展開しているであろう敵深海棲艦の機動
投入しこれを撃破する。第3段階ではトラックに集結した艦隊をM
第2段階では陽動の為AL海域の敵港湾を軽空母を含む機動戦力も
単冠湾に集結した艦隊をAL方面に進出させ同海域の制海権を奪取。
﹁今回のAL/MI作戦は大きく4段階に分けられる。第1段階では
つきの鋭い細身の軍人。その男は緑ヶ丘と名乗り作戦説明を始める。
入れ替わりに出てきたのは髪に白い物が混じり始めてはいるが、目
﹁ハッ
る。参謀長、説明を頼む。﹂
﹁MI方面軍司令長官の高城だ。これよりAL/MI作戦の説明に入
の軍人が立った。
弓月が言い終えた瞬間、会議室の正面に大将の階級章を付けた初老
﹁そんな所だろうよ。おっと、もうこんな時間か。会議が始まるぞ。﹂
?
だったが、何はともあれ大空を飛ぶのは気分がいい物だった。
709
!
﹁定時連絡終了。何もなさそうですね。空振りでしょうか
﹂
﹁な、何か来るぞ
﹂
﹂
止めろ、と言う前に後部機銃手が悲鳴のような絶叫を上げた。
﹁おい、そろそろ﹂
終わるまでは持つだろうと思いたかった。
ていることは機長自身も感づいてはいたが、もう少し位、この作戦が
風景だった。この機体もそろそろ深海棲艦に対して無力になり始め
後方で機銃手と通信手が平和な言い争いをしているのも何時もの
けで十分ですから。﹂
﹁本当にやめてくださいよ、つるし上げられるのは後部機銃手さんだ
さ。軽くなって速度が上がる。﹂
﹁バ レ な き ゃ い い ん だ よ。箒 の 枝 を 黒 く 塗 っ て 取 り 付 け 解 け ば い い
う
﹁そうは言っても、味方の彗星から剥いで来るわけにもいかんでしょ
﹁せめて13mm機銃があればもうちょっと安心できるんですがね。﹂
あの流線型のボディを豆鉄砲が打ち抜けるとは思えない。
生還できるだろう。しかし相手は深海棲艦だ。被弾経始が掛かった
もしこれがF4Fならば銃弾がうまいことコクピットに命中すれば
いる防御機銃で追いかけてくる敵機を撃墜できるとは考えていない。
後部機銃手の半ばあきらめた様な声。機長自身この機体について
ますよ。﹂
﹁祈られてもこいつの豆 鉄 砲じゃあ1機落とす間に3回は落とされ
7,7mm機関銃
いざとなったら後部機銃に祈るしかないよ。﹂
﹁空振りの方が良いさ。この機体じゃあ見つかったら逃げられない。
する。
通信を打ち終えた通信使は、そんな事をぼやきながら見張りを再開
?
無数の曳光弾と徹甲弾が蒼空へ吸い込まれていく。必死に操縦桿と
に、機動性は高くない事を意味していた。後部機銃が断続的に咆え、
あるため安定性が高くなるよう設計されている、しかしそれは同時
アップし回避機動。この機体は対地対素性目標を攻撃する攻撃機で
反射的に機首を下げて降下しつつ右へ軽くロール、その後ピッチ
!
710
?
格闘しながら後ろを振り向くと、数mは有りそうな巨大な噴進弾がも
うすぐそこまで近づいてきていた。
次の瞬間、太平洋のよく晴れた空に1つの黒い華が咲いた。
﹁本当に、これでいいのだろうか⋮﹂
会議が終わり真津と弓月、ホタカと飛鷹は固まって鎮守府の廊下を
歩いていた。
ポツリとそんな事を嘆いた真津に応えるかのように、弓月も一つ頷
く。
﹂
﹁明日、第一段階が発動され艦隊がALへ向かう。そういえばホタカ、
君は幌筵へ行った事があったな
﹂
軍内でも結構知られているようだった。
?
﹁そのラバウル航空隊は如何するんだ
﹂
質な部品や燃料を途切れることなく届けることだよ。﹂
隊にリソースが割り振られている。私たちの任務は空港を護衛し、良
戦力では無いな。もともとラバウルは艦娘の鎮守府よりも基地航空
はあると自負しているが、主力艦同士が殴り合う最前線にいるような
だったから軽空母と巡洋艦が主体だ。もちろんそれなりの戦闘能力
﹁い い や。私 の ラ バ ウ ル 第 2 鎮 守 府 は 通 商 破 壊 と 船 団 護 衛 が 主 任 務
﹁弓月大佐の部隊は前線での戦闘に参加するのか
﹂
隣で小さく驚いている飛鷹の様子を見ると、彼のせっかち具合は海
﹁備後中佐の噂って本当だったのね⋮﹂
ました。ただ、かなりせっかちですけどね。﹂
も何人か会いましたがよく訓練が行き届いた精鋭と言った感じがし
着任された方ですから無能ではまずないでしょう。所属する艦娘に
﹁優秀な指揮官だと思いますよ。事実、戦力化されたばかりの幌筵へ
ホタカの頭の中に備後中佐の無表情な顔が浮かぶ。
﹁そこの提督はどんな人間だ
﹁はい。デュアルクレイター迎撃戦時にお世話になりました。﹂
?
﹁彼らは留守番だ、我々の航空機の足は長いが流石にMIまで飛ぶわ
?
711
?
けには行かんからな。﹂
﹁それもそうか。﹂
﹁真津大佐の部隊はやはり最前線か
﹂
確かあそこもMI作戦に参加するのだろう
﹂
?
と自分の秘書艦の方を見て
?
﹂
弓月大佐。パラオ鎮守府は去年壊滅したぞ
そ、そこに居た艦娘は
﹂
?
﹂
?
﹂
?
﹁案外超兵器が出現したものだから、問題が後へ後へ回されて忘れら
﹁パラオが壊滅したのは初耳だ。意図的に隠されたのか
り他の鎮守府を強化することに力を入れたと言う事だろう。
重要な拠点では無かったか、再建するだけの戦力を一から用意するよ
も再建も何も報告が来たことは無かった。大本営としては、それほど
壊滅したことは一言も書いてなかった。その上、パラオ鎮守府の放棄
れるほどの大きな事件だったはずだが、考えてみればパラオ鎮守府が
訝しげな顔をする。あの事件は国内の大手の新聞社に取り上げら
成長しているよ。と言うか本当に知らなかったのか
有様だったが、今じゃあウチの主力と呼んで差し支えないほどにまで
府で指揮を執っていた俺が保護した。ホタカが連れてきた時は酷い
﹁元々パラオに居た艦娘達はトラックに逃げてきて、その頃第2鎮守
﹁何だって
﹁知らないのか
みると、彼女は自分と同じようにキョトンとした顔をしていた。
を見て何か不味い事を言っただろうか
弓月の発言に、真津とホタカが呆けた様な顔を向ける。2人の様子
あったのか
﹁そういえば、パラオ鎮守府の提督が来ていないようだったが⋮何か
動戦力の一翼を担う事になっている。
隊の護衛に当たることになった。加久藤もこの機動部隊に所属し、機
艦隊に超兵器が攻撃を仕掛けてくる可能性もあるため、今回は機動部
護の元敵艦隊に突っ込んで蹂躙と言う作戦も執れたが、その間に機動
よる航空戦が主な戦いになる。ホタカの速度ならば母艦航空隊の援
そう言ってホタカは肩を竦めた。今回の作戦では空母機動部隊に
﹁今回は最前線でドンパチはなさそうですけどね。﹂
配戦闘艦が1隻居ればそうなるだろうな。﹂
﹁ああ。まあ、正規空母が3隻に高速戦艦3隻、航空戦艦3隻、海域支
?
!?
?
712
?
?!
れてるんじゃないのか
﹂
﹂
?
﹂
?
それとも⋮﹂
﹂
?
﹁妙な正規空母
﹂
﹁実はうちの鎮守府に妙な正規空母が居るのよ。﹂
さな声で話し始めた。
は4人以外の誰も居ない。そのことを確認した飛鷹は、出来るだけ小
遅い時間となった今ではすっかり姿を消してしまい鎮守府の廊下に
艦息の問いに、彼女は少し辺りを見渡す。あれほど居た艦娘も夜の
﹁飛鷹。弓月提督は何を考えているんだ
弓月大佐が思案顔で佇むのは、彼女の容姿の所為か妙に絵になった。
ホタカが答えると、弓月は口元に右手を当てて何かを考え始める。
﹁僕がパラオに来る直前に沈んだと聞いています。﹂
のか
﹁もう一つだけ質問させてくれ。その瑞鶴の姉は既に建造されている
﹁あ、ああ。居るが、なんでわかったんだ
弓月の問いに、真津とホタカは少し目を見開いた。
﹁パラオから逃れてきた艦娘に、瑞鶴は居るか
そんな事は有りえないと即答できないのが痛い所だった。
?
艦娘が海に出現して深海棲艦の攻撃を受け
?
﹂
?
よ。﹂
﹁なんだって
﹂
翔鶴さんの身体にはね、どう見ても戦闘の傷じゃない跡が残ってたの
﹁まあ、そうなんだけどね。不思議と言うか妙な話はここからなのよ。
としたら有りえない事ではないだろう
ることは不自然な事じゃないし、記憶喪失もそこまでの損傷を受けた
﹁それがどうかしたのか
でいないのが不思議なくらいだったのよ。﹂
てね。私たちがその人を見つけた時、もうズタズタのボロボロで沈ん
﹁翔鶴型一番艦の翔鶴さんって言うんだけど、どうも記憶喪失らしく
おうむ返しに聞き返すと、小さく頷く。
?
えれば艦娘自体につけられた傷はお風呂では治らず、傷によっては人
くなるが、それは艦娘の艦体が傷ついた場合に限られている。言い換
基本的に艦娘の傷はお風呂に入り、治療すればほぼ完全に消えてな
?
713
?
間と同じように一生残る場合もあった。飛鷹が言っているのは、もし
かしなくても後者の傷だろう。
﹁どうにもあんまり気分の良くない仕打ちを受けたみたいでね。提督
は翔鶴さんはこの時代に出てきてすぐに襲われたんじゃなくて、別の
鎮守府でそう言う仕打ちを受けていた時に、何らかの事態で艦隊とは
ぐれてラバウルに流れ着いたと思ったのよ。本当なら拾った艦娘は
写真撮って大本営に報告するんだけど、何かわけありみたいだから第
一鎮守府の提督やラバウル基地司令とも話し合って報告しなかった
の。艦体はドックで治した後鎮守府の近くに隠してあるわ。で、提督
がさっきから悩んでいるのは﹂
﹂
﹂
﹁その翔鶴はパラオから逃れてきた、家の瑞鶴の姉に当たる個体かも
しれないと言う事か
その通り、と真津の答えを肯定する。
﹂
﹁弓月大佐、その翔鶴がラバウルに来たのは何時の話ですか
﹁去年の夏ごろだ。その瑞鶴の姉が沈んだのは
﹁恐らく同じごろだと思われます。詳しい日にちは聞いて居ませんが
⋮﹂
﹁これは、もしかしたらもしかするわね。﹂
飛鷹が軽く微笑み、つられて真津も微笑んだ。
﹁そうだな。感動の再開、になるかもしれない。﹂
﹁ああ、でもちょっと待った。﹂
そこに弓月が待ったを掛ける。
﹂
﹂
﹁瑞鶴にこのことを話すのは作戦が終わってからにしてくれ。それと
瑞鶴の写真か何かはあるか
﹁写真なら用意できるが、なぜだ
そう言うと、ポケットから何かの手帳を取り出し挟んであった写真
するのも困りものだからな。﹂
見せて確認を取ってくれ。作戦前には見せるなよ、妙に浮かれて被弾
る。念のため翔鶴の写真を渡しておくから、作戦が終わったら瑞鶴に
も、間違っていた場合二人を合わせるために消費した燃料が無駄にな
﹁ま ず 翔 鶴 に そ の 写 真 を 見 せ て 何 か 思 い 出 す か 試 し て み た い。も し
?
?
714
?
?
?
を真津に渡す。如何やら集合写真のようで多種多様な艦娘達が映っ
ていた。弓月が集団の端の方に居る、ある艦娘を指さした。
﹁この娘が翔鶴だ。﹂
長い銀髪と金色の瞳をもつ儚げな少女が微笑みながら写っていた。
パシャりとレンズに衝突した海水が弾けると、海上の光が潜望鏡を
通して暗く蒸し暑い艦内に導かれた。外界を見ることのできる唯一
の装置をのぞき込んだ青色の瞳には、蒼い海と空以外に奇妙なものが
﹂
?
笑みを浮かべるのだった。
ややあって、潜望鏡深度から限界深度ギリギリまで無音で潜航した
伊号潜水艦の後部甲板から何かがするすると海面へ向かって浮上を
始 め る。長 辺 が 1 m ほ ど の 細 長 い 棒 状 の 物 体 は 中 心 辺 り か ら 細 い
715
映 り 込 ん で い る。水 平 線 ギ リ ギ リ に 存 在 す る 山 の 様 な シ ル エ ッ ト。
この辺りに標高の高い火山島などは無かったはずだと彼女は首をひ
ねった。
場所はトラック島から西南西へ約2600kmノヌティ島近海、任
﹂
務は敵艦の捜索任務。他の海域にも潜水艦娘や軽空母から発艦した
﹂
艦載機による索敵線が引かれているはずだ。
﹁何か見えましたか
﹁副長さん、この辺りに火山島ってありましたっけ
﹂
?
そう言いながら、伊八は小さないたずらを思いついた幼子のような
﹁試すって⋮アレですか
いています。少し、試してみてもいいですか
﹁ですよねぇ⋮でも、この辺りで潜水艦が沈められたと言う報告も聞
伊八の問いに、軽装の副長は首をひねり心当たりが無いと答える。
?
?
ケーブルを繰り出しながら浮上を続け、海面へその姿を現した。表面
は茶褐色に塗装され各部から枝のようなものが飛び出ており、流木に
よく似ていた。これこそ伊八が所属する鎮守府で考案された新兵器、
試作型偽装カメラブイだった。このブイは潜水艦の後部甲板に搭載
され、必要な時にブイ本体の拘束具を除去し海面に浮上させる。この
時、海面に到達するまでに必要な長さのケーブルはブイの方に束ねら
れて収納されているため、母艦側がウィンチで巻き取るのは回収する
時に限定されている。ブイ本体には集音機と小型カメラが搭載され
ており、集音機はケーブル内に仕込まれた電線を使ってリアルタイム
での集音作業ができ、カメラの方は一定時間ごとにシャッターが切ら
れ外界の様子を撮影する。カメラはおおよそ全方位をカバーできる
ように複数台設置されている。潜望鏡深度まで浮上せずに敵の動向
を探るため、と言う名目である艦娘によって開発された兵器だった
が、機会に恵まれずこれまでの使用回数は片手の指で足りるほどだっ
716
た。
│││││この辺に火山島は無いし、もしかしたら深海棲艦の新型
艦かも⋮
そんな期待を胸の内に転がしながら、念のため無音潜航を維持す
る。この時間になると海水面の温度が急激に変化しアフタヌーンエ
フェクトが発生し、変温層の壁が伊八を海上の猟犬から守ってくれ
る。逆に彼女はケーブルでつながった先の偽装ブイの集音機を利用
することで│││││もちろん母艦のモノより性能で劣るが│││
││海上の様子を逐一確認できた。
目を閉じて耳に集中する。流れ込んでくるのは大半が潮騒の音だ
が、それ以外の何かが迫っていることを直観的に感じ取った。
次の瞬間、頭の中がナニカにかき乱されるような感覚が彼女を襲
う。痛みは無いが意識全体に砂嵐が襲い掛かったようなそんな感覚。
たまらず瞼を開けてブイに集中していた意識を無理やり艦内に戻す。
﹂
だが、それでも頭の中では砂嵐が流れており、思わず顔を歪め片手で
ソナーが
!
頭を抱える。
﹁艦長
!
絶対に大きな音を立てないで
﹂
ソナー席に座り、小型のヘッドフォンを付けていた妖精さんが切羽
全員持ち場を維持
!
詰まった様子でこちらを振り向き小さな声で怒鳴る。
﹁解ってるわ
!
﹂
﹁りょ、了解。﹂
ま、各員は音を立てない事を徹底して。いいわね
﹂
﹁まって。あと12時間このまま待機するわ。それまでブイもそのま
ますか
﹁艦長。艦首ソナー、および試作ブイの聴音機復旧しました。浮上し
ち悪さは未だに残っており胸がむかむかする。
ノイズは取れたが、他人にかき回されたようなわけのわからない気持
小さくため息を付くと、ぺたりと金属製の床に座り込んだ。頭の中の
騒ぎしていたノイズがゆっくりと小さくなっていき最終的に消える。
彼女にとって永遠にも思えるような時が過ぎ、ようやく頭の中で大
歯を食いしばって耐える。
だったが、潜水艦娘としてそんな無様な姿をさらすわけには行かず、
める。次々襲い掛かる不可解な出来事に恐怖し叫び出したいところ
きくなっていき、視界すら壊れたテレビの様に意味不明な線が走り始
そうこうしている間にも頭の中のノイズは時間の経過とともに大
!
ブイからカメラのフィルムが回収されている。これからすぐに現像
額に張り付いた髪をはがしながら後部甲板を見ると、回収した偽装
言っても艦の大部分が高温のよどんだ空気に包まれているのだろう。
維持に必要な機器以外はすべて停止させていたため、換気を始めたと
させる。先ほどの潜航中は出来る限り騒音を抑えるため乗員の生命
│によって、汗ばんだ身体を比較的冷たい海風に当ててクールダウン
海軍の軍人だった。艦内の劣悪な環境│││││主に気温││││
クール水着と言う奇妙な格好をしていたがまぎれもなく大日本帝国
付 近 に 設 け ら れ た 艦 橋 に 人 影 が 現 れ る。そ の 人 物 は 白 い 靴 下 に ス
暗い海面を切り裂いて1隻の潜水艦がその姿を現すと、船体の中央
はこれから12時間の間、死んだように光の無い海を漂う事になる。
ぐさま行動に移す。水深100mに存在する全長109mの潜水艦
普段はおっとりとしている伊八の切羽詰まった顔を見た副長はす
?
717
?
し、結果をトラックへ報告せねばなるまい。
﹁艦長。ブイからのフィルム回収が終了しました。これより現像に入
ります。﹂
﹂
﹁Danke。慎重にかつ迅速にやるように伝えてください。﹂
﹂
﹁⋮艦長は、どうお考えですか
﹁あのノイズの事
?
﹂
﹁ちょ、超兵器って⋮うそでしょ
﹂
ズしてしまう。何かの間違いだろう、そんなバカな。
眼鏡をかけた少女の口から紡ぎ出された言葉に、副長は一瞬フリー
﹁超兵器。﹂
﹁何ですか
﹁私もよ。でも、あのノイズの正体はたぶん、解ったかも。﹂
がありません。﹂
﹁はい。長いこと貴女の副長をやっていますがあんなノイズは見た事
水着なので関係は無かった。
正対する。浮上したばかりで手すりは海水で濡れているが、もともと
伊八は振り向き手すりに背中を預け、背後で浮遊する自分の副長と
?
でも、第3次ヴィルベルヴィント迎
﹂
想から目を背ける様に満天の星をその瞳に映す。月の見えない夜空
不味い予想が組み上がり苦い顔をする副長に背を向けて、最悪の予
﹁たしかに、しかしそんな奴がここに居たとしたら⋮﹂
他の潜水艦娘よりも一歩抜き出ていることは確かだった。
誤解されやすいが、暇があれば本を読み漁っている彼女の分析能力は
どこぞの探偵の様に冷徹に推理を積み重ねていく。その容姿から
けたって考えれば筋が通らない
超兵器で、そいつがこの近くを通ったから私たちはノイズの影響を受
襲った大規模なノイズ。潜望鏡で見えた大きな火山島みたいな影が
せるらしいんだけど今は関係ないからおいとくね。さっき私たちを
常がみられるの。ホタカって言う戦艦が居ればそのノイズは撃ち消
だけど、どの超兵器でも近距離では私たちのレーダー・ソナー類に異
撃戦や、屋島作戦、ウルシ│環礁沖海戦の戦闘詳報を見た事が有るん
﹁私もそう思いたいんだけどね
?
?
?
718
?
にはいくつもの恒星が天球に瞬いている。
﹁今回の作戦。上手くいくのかなぁ⋮﹂
太平洋の夜空に困ったような少女の嘆きが吸い込まれていった。
現像した写真を確認した伊八は、直ちに搭載した零式小型水上偵察
機に得た情報を積み込んで発艦させる。目的地は近場で同じように
索敵の任に当たっている軽空母。零式小型水上偵察機の航続距離は
1000kmも無いため、伊八の得た情報は最終的に軽空母の零戦が
トラックに送り届けた。
トラック島では緊急会議が開かれ作戦参加鎮守府の各提督、および
2人の艦息が招集される。
﹁ホタカ、コイツは⋮﹂
会議室の前面に投影された異形の戦艦を見て弓月が喘ぐように小
さな声を出す。偶々彼女の隣に座っていた艦息は僅かばかりの焦り
を滲ませつつ、重々しく口を開いた。
﹁間違いない⋮超兵器です。超巨大双胴戦艦ハリマ。﹂
彼の視線の先には巨大な主砲を、連結させた艦体にずらりと並べた
巨大艦が白波を蹴立てて疾走する画像が映し出されていた。
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂
719
STAGE│37 大艦巨砲の化身
トラック第一鎮守府の薄暗い会議室は、通夜会場の様な重苦しい沈
黙に包まれていた。そこに居る提督や艦娘の視線は会議室のある壁
に収束している。そこに映し出されているモノは、海表面ギリギリか
ら撮影されたと思われる異形の艦だった。
艦首から艦尾にかけての緩やかな甲板のライン、日本海軍としては
あまりなじみが無い塔型の艦橋、複雑なマスト群等、一見大和型戦艦
の様にも見える。船体が双胴かつ超巨大であり、見た事も無いような
巨大艦砲を装備していることに目をつぶればの話だが。
﹁昨日ノヌティ島近海で哨戒任務に就いていた伊八が、試製偽装カメ
ラブイを使用して撮影した写真だ。﹂
スクリーン横の壇に立った緑ヶ丘参謀長が苦々しさをにじませな
がら話し始める。
﹁伊八はこれと遭遇した時にソナーに不可解なノイズが生じたことを
報告してきている。さらに、ホタカや加久藤に確認を取った結果、こ
の不明戦艦は超兵器であると断定することが出来た。﹂
参謀長口からでた〟超兵器〟と言う言葉に、会場が僅かにざわつい
た。ここに集められたのは作戦に重大な問題が発生したと司令部か
ら通達されたためであり、その重大な問題が何であるかはこれまで伏
せられていたからだった。提督達がささやき合っているうちに参謀
長はホタカに壇上を明け渡す。
﹁この超兵器に対し、武装を施していない無人機を数度派遣したが尽
く撃墜された。それも、我が軍の機体が目視できる位置でだ。これを
受けて大本営はこの超兵器を敵と認定することとした。これから超
兵器についてホタカから説明を行ってもらう。﹂
壇上に薄いブルーの軍服を纏った艦息が立つ。
﹁佐世保第三鎮守府のホタカです。これより敵超兵器の説明に移りま
す。伊八が確認した情報から判断すると、この艦は、超巨大双胴戦艦
ハリマと見て間違いないでしょう。全長801m、全幅231m、主
兵装は66口径80㎝三連装砲8基24門、64口径38.1㎝三連
720
装砲10基30門、60口径20,3cm連装砲24基48門、12
cm30連装噴進砲6基、短砲身型88mm連装バルカン砲48基、
多目的ミサイルVLSが12ユニットずつ4か所の艦首艦尾に装備、
即応弾数は恐らく1536発。艦体は80㎝砲弾を防御できる特殊
に上
装甲に覆われ、主砲防盾は4m近くにまで達し、防御重力場も備えて
います。また、大出力の超兵器機関を搭載し、最高速力は40
ります。﹂
ホタカが淡々と話す内容は悪夢と言う言葉が生易しい言葉に聞こ
えるほどのものだった。たとえ帝国海軍最強の試製51㎝連装砲を
搭載した大和型戦艦の艦隊をぶち当てても、容易く蹴散らされるのが
目に見えていた。
ホタカが壇上から降りて、再び緑ヶ丘参謀長が立つ。
﹁こ の 超 兵 器 の 出 現 を 受 け て 大 本 営 で は 対 応 策 を 作 成 中 だ。場 合 に
よってはMI作戦を中止することもあるだろう。しかし、今のところ
そのような命令は来ていない。各員は予定通り準備を進める事。以
上、解散。﹂
トラック島から北方へ約300km。大日本帝国の帝都、大本営で
﹂
中止
こんな化物が居るのにミッドウェーが取れるわけな
は喧々諤々の論争が繰り広げられていた。
﹁中止だ
いだろう
﹁何を言うか
この作戦は3年前から計画されていた一大反攻作戦で
﹂
現に今まで超兵器は彼の戦艦をぶつけて沈めて来たではな
材、人を使ったと思っているんだ
﹁そうだ
﹂
その2隻を超兵器の迎撃に当て、残りの機動部隊で
今回の作戦は海域支配戦闘艦の支援なしで成功できるように
考えられている
作戦を遂行すればよいのだ
ナチスドイツの80㎝列
721
?
この作戦を発動させるためにいったいどれだけの金、資
!?
!? !
?!
!
﹁貴官は超兵器の諸元を読んでいないのか
?!
!
いか
!!
はないか
!
!
!!
﹂
車砲よりも長砲身の主砲を24門も持っているのだぞ
が直撃すれば浮いていられる艦なぞ有るものか
こんなもの
﹂
この超兵器には超長射程の兵装は存在しない
000km彼方から特殊弾頭噴進弾で撃滅すればよい
1
ミサイルの様な貫通力の劣る
奴の装甲は80㎝砲弾の直撃にも耐える特殊装甲だぞ
その上防御重力場まで搭載している
﹁不可能だ
!
﹂
その前に88mm砲弾の嵐は如何するん
!
奴が弾切れを起こすまで撃ちつづけるつもりか
?!
兵器で貫けるはずがない
!!
!
﹂
﹂
まさかミッド
またコーヒー
超兵器は足を止めずにトラックや本土に突っ込んできた
らどうするんだ
﹂
﹁お前らコーヒーでも飲んで落ち着け⋮ってしょっぱ
に塩入れやがったなプラズマぁ
﹁ブラックと言わない方が悪いのです。﹂
﹁あー、もう。めちゃくちゃだよ⋮﹂
﹁な ら ば 貴 様 は あ の 超 兵 器 を 如 何 す る つ も り な ん だ
﹂
何のためにこれまで厳し
奴が質でこちらを凌駕するのであれ
ウェー攻略隊の全軍を当てるつもりじゃないだろうな
﹁それしか方法が無いだろうが
ば。こちらは数で圧倒してやるまでの事
い訓練を積ませてきたと思っているんだ
﹂
!
その中に艦載機を突っ込ませてみろ
何もしな
超兵器は多目的ミサイルを
!! !
!
﹁ミッドウェー攻略のためだドゥアホゥ
﹂
積んでいるんだぞ
いうちに全滅だ
?!
!
!
!!
だ
﹂
そんな対空砲火の中に突っ込ませた日にはマリアナの二の舞だ
﹁なら48基の短砲身連装バルカン砲や20,3cm砲はどうするん
﹁加久藤からチャフを受け取ってバラ撒けばいいだろうが
!
!!
!!
?!
のか貴様
﹁超兵器が呑気に射程内で機関停止して日光浴でもすると思っている
う
﹁それだけの事が出来るコンテナならトラックに運び込んでいるだろ
非常にマズイ。引くにせよ続けるにせよ、はやく決め﹂
﹁そもそもトラックに太平洋方面軍のほぼ全軍が集結している状況は
だ
!?
よいではないか
﹁それこそ得意のアウトレンジ攻撃で特殊弾頭弾を叩き込んでやれば
!!
?!
!
!!
!?
!
722
!!
!?
!
ぞ
﹂
﹁帝都に80㎝砲弾が降ってくるよりはマシだろうが
﹂
機動部隊相手に戦艦隊でも突っ込ませる気か
ここで航空兵力を失ったらこれから先深海棲艦相手に
﹁ちくわ大明神﹂
﹁ふざけんな
どうやって戦うんだ
居た。
﹂
?
魚雷の深度設定を行えば問題ない。もっとも、多目的ミサイルの
大本営が対応に苦慮しているものの一つにハリマが装備した多目
おかげで絵に描いた餅だがな。﹂
う
﹁その砲弾とて深度数十m下の潜水艦を沈められるわけではないだろ
沈したと言う情報が。﹂
﹁しかし閣下。不確定ですがハリマは80㎝砲の衝撃波で潜水艦を撃
が。﹂
い只の戦艦ならば、潜水艦隊の群狼作戦でなぶり殺しにできたのだ
戦闘艦でも持て余すスペックを持っている。奴が対潜装備を持たな
では奴に対抗することは不可能だ。しかし、今回の超兵器は海域支配
こともな。だとするならば早急に手を打つ必要があるが、既存の艦娘
﹁超兵器がこちらに迫っていることは事実だ。我が軍に敵対している
ため息を一つついて腕を組む。
﹁何とも言えん。﹂
る。
隣に座っていた森原中佐が彼にだけ聞こえる声量で問いかけてく
﹁西原中将はいかがお考えですか
﹂
そんな中、会議室の一角でその怒声に静かに耳を傾けている軍人が
一歩手前の人間が紛れ込んでいたりする。
一段階上がる悪循環に陥っていた。ついでに、議論が白熱しすぎ錯乱
意見を伝えるためには声を張り上げねばならず、また会議室の音量が
ため、大本営内の会議室は怒号に包まれてしまう。他の人間に自分の
各自が思い思いの相手に言いたいことをぶつけている状態である
⋮ってか誰だ今の
!? ?!
!
的ミサイルが有る。多目的と銘打たれているようにこのミサイルの
723
!
!!
!!
?
最たる特徴は対空対地対水上対潜目標に攻撃が可能なまさに万能ミ
サ イ ル で あ る 点 だ っ た。航 空 機 の 機 動 を 補 足 出 来 る 高 性 能 な シ ー
カーを搭載し、弾頭部分は只の炸薬の詰まったユニットでは無く誘導
爆雷が搭載されている。対空対地対水上目標を狙う場合にはそのま
まミサイル本体が突入し加害するが、水面下の目標を狙う時には別の
手段を用いた。ロケットモーターによって潜水艦が居ると考えられ
る場所にまで飛行した多目的ミサイルは弾頭を切り離す。切り離さ
れ着水した弾頭はその衝撃により外部を覆っていたフェアリングを
破壊し、誘導爆雷のみが急速に沈降を続ける。この爆雷にはソナーが
搭載されており、沈降しながらセットされた目標へ向かって尾部の
フィンを調節し突入、加害する。
このように高い汎用性を持つミサイルではあったが、現場からの受
けは良いと言えるものでは無かった。全ての目標にそれなりの打撃
を与えることをコンセプトに作られ、実際にその目標はある程度達成
された多目的ミサイルだったが、水上艦に打撃を与えるほどの炸薬は
航空機相手には過剰な火力であり、誘導爆雷と言う本来対空ミサイル
には登載されていない代物も抱えているためミサイル本体が大型化
し、対空目標に向けて発射したとしても大柄な本体が災いして易々と
躱されることがよくあった。この問題は先行量産型多目的ミサイル
が戦線に投入された直後からあげられており、ウィルキア帝国の技術
者たちは正式量産型では炸薬の量を減らしミサイルの機動性を高め
る改良を行った。とはいえこの改良で確かにミサイルの機動性の問
題はかなり改善されたものの、今度は対水上目標に対しては火力不足
と言う報告が上がり、技術者たちは頭を抱えたと言う。
そもそもこのミサイルは、種類を少なくすればそれだけ量産でき出
費を抑えられると言う財務省の無理やりなてこ入れの結果製造され
たものであり、現場の意見を半ば無視した机上の空論の代物であっ
た。結果的に多目的ミサイルは駄作に片足を突っ込んだ凡作と言う
評価を受けることとなる。
このように、最前線で主力艦軍と戦闘をする艦艇からの評価は著し
くは無かったが、対照的に沿岸警備隊や駆潜艇隊などからの評価はお
724
おむね良好であった。沿岸警備隊や駆潜艇隊が装備する艦艇は総じ
て小さく兵装を置けるスペースがあまり広くない。多目的ミサイル
はVLSからの発射が可能であったため、こういった小型艦の小さな
スペースにもわずかながら装備することが出来た。これらの部隊は
第一線に出て戦争をするわけではないが、時には敵の小型艇群や小規
模な航空隊と戦闘を行わなければならない場合がある。そんな時に
対象を選ばず大きな火力を提供できる多目的ミサイルは都合が良
かった。
対潜水艦はもちろんの事、敵の部隊は自らと同じく小型艇が多いた
め主力艦クラスになると火力不足が露呈する多目的ミサイルでも十
分な威力を誇ることが出来た。対空目標がジェット戦闘機ならば、機
動性の問題も出てくるが、第2戦3戦級のレシプロ機│││││それ
でも、ホタカが今現在いる世界の最強のレシプロ機と同程度││││
│であれば問題なく追い払うことが出来た。多くの要素を詰め込ん
だ兵器は価格が高騰するのが世の常ではあるが、多目的ミサイルは財
務省のごり押しにより現場からの結果を反映しないうちに大量に生
産されてしまい、さらには最前線の部隊ではそれぞれ〟専門のミサイ
ル〟があったため消費されず、大部分が沿岸警備隊や駆潜艇部隊に流
れ込んだため、相手が小型艇でも遠慮なくミサイルを放つことが出来
たのだった。
こうして使う場所では両極端な評価をされた多目的ミサイルだが、
ハリマの様に超兵器にも採用されることがある。超兵器自体はミサ
イルの助けを借りずとも凶悪な火力を有しているが、通常艦艇ではそ
うはいかない。各種ミサイルにも限りがあるため、元から性能の高い
超兵器には万が一のための補助兵装として多目的ミサイルの発射装
置が搭載、そのほかの各種ミサイルは通常艦艇に搭載することで軍全
体の火力の引き上げを帝国上層部は決定した。
紆余曲折があってハリマに搭載された多目的ミサイルだが、現在の
帝国軍の艦載機相手ならば必要十分な性能であり、彼らに航空機での
飽和攻撃を躊躇させる一因になっていた。
ちなみに短砲身88mm連装バルカン砲は、砲塔を無人化縮小、砲
725
身を短くし取り回しを改善させ全体的に小型化に成功した対空砲で、
ウィルキア帝国独自のモノだった。ウィルキア解放軍では対艦用途
に使うことも想定し長砲身のバルカン砲を開発したが、砲身の長大化
によって砲塔の巨大化、射角の制限が発生し結局のところ中口径艦砲
並の大型ガトリング砲になってしまった。それでも、接近戦を頻繁に
行う巡洋艦や駆逐艦の艦長たちから受けは良かったらしい。
﹁今回の超兵器の迎撃作戦についてですが、腹案が有ります。﹂
森原の静かな声に西原は瞳だけ動かして猟犬のような雰囲気の男
を見やる。
﹁言ってみろ。﹂
﹁ハァァァァァ⋮⋮なんでこーも厄介事が次から次へと飛び込んでく
るのよ。﹂
深いため息を吐く少女に、真津は同意するように二度三度頷いた。
﹁まったくだな。なにもMI作戦前にこっちに来なくてもいいだろう
に。﹂
﹁敵 の 嫌 が る こ と を 全 力 で や る の が 戦 争 で す か ら な。仕 方 あ り ま せ
ん。﹂
﹁加久藤の言う通りだが⋮なんでここに居るんだよ。﹂
ホタカが呆れた様な声を出しつつ、CICに備え付けのコーヒー
サーバーを起動する。
会議が終わった後、ホタカと真津はCICで個人的に超兵器への対
策を考えてみるためにこの部屋に来たのだが、そこにはすでに瑞鶴が
居座っており気づけば加久藤まで紛れ込んでいた。副長に聞いたと
ころ、彼女の権限で通したらしい。ここに来たものは全員味方ではあ
726
るが、自分の艦の対人防御能力に一抹の不安を覚えてしまう。
と言うか苦いのが苦手ならココアを飲めば
﹁あ、ホタカ。アタシもお代わり。﹂
﹂
﹁砂糖とミルク多めだな
いいだろう
そんなんあるなら早く出しなさいよ。﹂
?
﹂
て答え紙コップに黒い液体を注いでいく。
﹁副長。ハリマの画像は出せるか
解った。
﹁これは、地中海でとられたものか
﹂
リマを斜め情報から撮影したもので艦上の構造物やその配置がよく
リマの姿が映し出される。それは会議中に出された写真では無く、ハ
何方でもいいと加久藤が答えると、大型の多機能ディスプレイにハ
?
?
﹁出せますよ。航空写真と3面図。どちらにします
﹂
それならコーヒーでいいわ。と後ろからかけられる声に手を挙げ
側だ。﹂
﹁ここにはコーヒーサーバーだけだ。給湯室はそのハッチを通って右
﹁え
?
でたし⋮ってこれは違うか。﹂
それ以前に、F│4Kが実戦に
ウェーでもやってたしね。マリアナとかじゃ翔鶴姉が二式艦偵積ん
﹁ありがと。ま、数が揃わない高性能な機体を偵察に使うのはミッド
する。
ホタカが黒から茶色に変色したコーヒーを瑞鶴に渡しながら説明
あの時点では最も早い航空機の一種だったからな。﹂
利 か せ て 試 作 機 に 偵 察 ポ ッ ド を 搭 載 し 航 空 偵 察 を 行 わ せ た ん だ よ。
と持ち込んだうちの一機を搭載したイギリスの空母の艦長が、機転を
﹁機体自体はこの時期に完成していたんだ。実戦で試験をしてみよう
た。
加久藤はもう一度頭の中で再検索をかけてみるが、結果は同じだっ
投入されたのはもう少し後だと記憶しているが⋮﹂
﹁F│4Kは戦闘機では無かったか
ファントムFG.1が空撮したものです。﹂
﹁え え。ヴ ェ ス ヴ ィ オ 基 地 沖 迎 撃 戦 の 直 前 に イ ギ リ ス 軍 の F │ 4 K
?
?
727
?
瑞鶴の言う通り史実では艦上爆撃機彗星の試作機が偵察機に改造
されミッドウェー海戦に投入されている。この時投入されたのは十
三試艦爆と言う正真正銘の彗星の試作機であり、5機中3機が改造さ
れ2機が蒼龍に配備された。結果的に蒼龍も沈み貴重な試作機2機
は失われてしまい、これが彗星の開発遅延の一つの要因とする説があ
る。
二式艦偵とは、攻撃に用いるには強度不足だった彗星の試作機を偵
察機に改造したものでマリアナ沖海戦時翔鶴に10機ほど搭載され
たと言う記録が残っている。試作機には戦闘に耐えられるほどの強
度が無いことが問題視されていたが普通に飛行する分には問題が無
かったため、足の速い偵察機を望んでいた海軍はこの試作機を偵察機
に改造し二式艦上偵察機として正式採用していた。
﹁F│4KファントムFG.1の最高速度は2546km/h。偵察
装備と言う事なら機体は軽いはずだからハリマの多目的ミサイルを
728
振り切るのは難しくないだろうな。﹂
﹂
﹁そういう事だ。さて、加久藤。君ならどうやってこのデカ物を沈め
る
﹁そういう事だ。大艦巨砲は航空機の前には無力だよ。﹂
るわけか。﹂
﹁足を止めた後は航空機で反復攻撃を繰り返しひたすらタコ殴りにす
艦首を潰せば奴の足を止めることが出来る。﹂
無理な機動をすれば最悪の場合両側の船体が泣き別れになりかねん。
き飛べば連鎖的に隔壁が破られていくからな。さらに双胴艦だから
が発生すれば速度は出せない、速度を出して水密隔壁が1ヶ所でも吹
か片方の艦首の水面下に集中させて浸水を発生させる。艦首で浸水
及び残りの航空機の誘導爆弾、ついでに貴様のトライデントをどちら
無効化し、防御壁崩壊が発生した瞬間にアパッチ隊の空対艦ミサイル
シー ル ド ダ ウ ン
りえない。以前のデュアルクレイター戦と同じ方法で防御重力場を
堅牢だが無数の攻撃を水面下に受けて浸水一つしないと言うのは有
だでは済まない。艦船で近づくのは危険すぎる。確かに奴の装甲は
﹁航空機の飽和攻撃が良いだろう。80㎝主砲なんて喰らえば私もた
?
﹁だが、ハリマの対空能力は君が考えているよりも強力だ。48基の
短砲身88mm連装バルカン、6基の12cm30連装噴進弾、48
門の20,3㎝砲は高角砲並みの仰角を持つように改造されている。
それに1500発以上の多目的ミサイルもある。アウトレンジから
﹂
攻撃できるアパッチはともかく、その性質上近づく必要がある誘導爆
弾を搭載した爆撃部隊の損失はかなりのモノになるぞ
費させるのが関の山だろう。﹂
作戦を中止するならそれでいい
300もジェット機を落とされたらミッドウェー作
戦用の備蓄資源が足りなくなるぞ
﹁待て待て待て
ヤレヤレとため息を付く。
﹁上手くいっても全滅判定。運が悪ければ文字通りの全滅だな。﹂
﹁それじゃあ⋮﹂
│6Bプラウラー1機の合計11機。すべて合わせて443機だ。﹂
ス最近開発できたF│15C2機、F│14A、D型4機ずつ、EA
﹁ハリアー、ホーネットを合わせて18個飛行隊432機。それプラ
﹁300って⋮加久藤のジェット機って幾つあるの
﹂
るまい。この作戦にレシプロ機は論外だ。多目的ミサイルを1発消
﹁最低でも200∼300機以上のジェット機の犠牲は覚悟せねばな
た。
ホタカの危惧に、加久藤は苦々しげな顔をして解っていると答え
?
支障を来すかもしれない。﹂
﹁しかし、これが確実だと私は思います。超兵器さえ潰せば当面の危
AL/MI作戦
険は回避できる上に、私に航空機を補充せず艦娘だけで作戦を遂行で
き る で し ょ う。元 々 この作戦 に 我 々 の 有 無 は 考 慮 さ れ て い ま せ ん。
3年前には海域支配戦闘艦なんて存在は存在しませんでしたから。﹂
彼の言うようにAL/MI作戦に海域支配戦闘艦の参加は急きょ
決まったようなものであった。3年前から準備されてきたこの反攻
作戦では艦娘のみで遂行することが大前提であり、ホタカ等の存在は
加味されていない。今回彼らが参加することになったのも、戦に参加
する戦力は多い方が良いと言う意見があり大本営もその意見に従っ
729
?
かもしれないが、尋常な数ではないはずだ。今後の鎮守府の運用にも
!
!
たからだった。この作戦で加久藤は機動部隊の主力の一翼を担い、ホ
タ カ は 機 動 部 隊 の 護 衛。機 会 を 見 て 水 上 打 撃 部 隊 と 共 に ミ ッ ド
ウェーに突っ込むことになっている。要するに大本営は作戦の大幅
な変更と言う手法を取らずに、正規空母と航空戦艦が一隻多く使える
と仮定した上で配置を決めていた。彼らの能力をフルに生かすため
には作戦の抜本的な見直しが必要であり、作s年を間近に控えた上層
部がそれを嫌ったためであった。〟艦娘だけで遂行可能な任務をわ
﹂
ざわざ海域支配戦闘艦の存在を加味したものにする必要は無い〟と
言うのが彼らの言い分だった。
﹁⋮⋮⋮ホタカ、お前は何か考えはあるか
に顔を向ける。
﹂
?
﹁あるにはありますが⋮﹂
なんで
﹁⋮なるほどな。瑞鶴。席をはずしてくれないか
﹁え
﹂
真津に話を振られた彼は、モニターに映し出されたハリマから瑞鶴
?
金色の瞳が男三人を睨む。
れるのよ。﹂
﹁副長に許可貰ったからいいでしょ
⋮で、なんでアタシだけハブら
か、他人のCICに無断で上がり込むんじゃない。﹂
﹁こ こ か ら の 話 は 瑞 鶴 に 聞 か せ る わ け に は 行 か な い か ら な。と 言 う
うに指示する。
キョトンとした顔の彼女に、真津はもう一度CICから出ていくよ
?
?
むことになる。
﹁で、ホタカ。彼女を追い出すほどの作戦とは何だ
﹂
Cを出ていく。後日、彼女はこの選択が本当に正しかったのか思い悩
ない不安を解りやすく不貞腐れることで覆い隠し薄暗く肌寒いCI
会議にかけられるのは御免だった。胸に抱いた一抹のわけのわから
彼女自身この扱いに納得がいかない部分もあったが抗命罪で軍法
﹁わーかったわよ。どーせアタシは一般艦娘ですよーだ。﹂
命令を持ち出されてしまっては逆らうわけにもいかない。
﹁瑞鶴、命令だ。CICから出て自分の艦へ戻れ。﹂
?
730
?
加 久 藤 の 若 干 面 白 が っ た よ う な 声 色 の 声 が ホ タ カ の 背 に 掛 か る。
﹂
彼は瑞鶴が出て行ったハッチからモニターに視線を戻した。
﹂
﹁ハリマの弱点は何処だと思う
﹁弱点
﹁煙突か
ハリマの様な水上艦型超兵器は周囲を重装甲に囲まれてい
ホタカの視線につられるように視線をモニターに映す。
?
﹂
?
大和型戦艦は煙路に180mmの穴をあけたハチの巣装甲を
﹁じゃあどうするんだ
﹂
ち抜き超兵器機関に有効打を与えることは出来ません。﹂
す。そもそも、航空攻撃か超長距離からの砲撃でもない限り煙路を打
れているモノよりも出力は大分落ちますが、破壊することは困難で
巣装甲板に加え、小型の防御重力場を搭載しています。艦全体に張ら
﹁提督の言う通りです。ハリマの煙突にも大和型と同じようなハチの
は深く理解していないゆえの発言だった。
り入れた海水を用いて行っているため、煙突の防御装甲技術について
加久藤の場合超兵器機関の冷却には中央戦艦部の喫水線下から取
﹁ふむ、それもそうですな。﹂
の双胴戦艦が何も考えていないってのは考えにくいだろう。﹂
施して防御していた。超兵器、それも最前線でドンパチやるようなあ
いか
﹁あの超兵器がそんな弱点をそのままにしているはずがないんじゃな
加久藤に待ったをかけたのは真津だった。
﹁いや、それは無いだろう
体を通さねばならないから装甲で塞ぐことは出来ない。﹂
突を用いて艦内の余分な熱を強制的に排出する。煙突内に高温の気
るから、超兵器機関の膨大な熱を輩出することが難しい。そのため煙
?
に張られる装甲によって決まる。戦闘艦の交戦距離が近かった時代
とは艦の側面に張られる装甲板によって決まり、水平防御は艦の甲板
戦艦の防御装甲には垂直防御と水平防御に分けられる。垂直防御
よび垂直防御にあります。﹂
りません。この作戦の実行を妨げている要因はハリマの対空兵装、お
﹁加久藤の言った大艦巨砲を航空機の物量で沈めるのは悪い手ではあ
?
731
?
?
には砲弾は水平に近い低い弾道を描いて飛ぶため艦の舷側に命中す
ることが多く垂直防御が重視されていた。時代が進み、艦砲の大口径
化や斉射の概念が誕生し戦闘艦の交戦距離が長くなると砲弾は高い
弾道を描いて飛ぶようになり、長距離では艦の甲板へ命中する可能性
が出てきたため、水平防御も重視されるようになる。
﹁ハリマの場合、垂直防御、水平防御共に堅牢なものを装備していま
す。艦体の双胴化により排水量を増大させることは巨大な兵装の運
用が可能になるだけでなく、通常艦ならばトップヘビーになりかねな
い装甲配置を無理なく採用する事が可能です。しかし、ハリマには弱
点、構造上の死角があるんですよ。﹂
モニターが切り替わり、空撮されたハリマの周囲に赤いエリアが重
ねて表示される。
﹁ヤツは排水量に物を言わせて乾舷の高い船体になっています。そち
らの方が波浪による影響を極限出来ますからね。ですが、そのために
?
732
ハリマの舷側から40m以内は短砲身88mm連装バルカン砲以外
の火器の死角になっているんですよ。﹂
唖然としてモニターを見る。確かにあれだけ乾舷が高ければ40
m以内に近づけたのなら88mmバルカン以外の攻撃を受けないは
ずだ。
﹁なるほどな。だが無意味だ。﹂
ピシャリと加久藤がホタカの意見を封じ込める。
﹁確かにそれほど近づくことが出来れば、ハリマの死角に入り一方的
に攻撃が可能だろう。しかし、貴様の持つ41cm磁気火薬複合加速
砲ではそれほど近づいたとてバイタルパートの対80㎝防御装甲を
抜くことは叶わないだろう。65口径以上の80㎝砲弾を受け止め
る装甲だ、たとえリミッターを外し砲弾を移乗加速させたところで今
度は砲弾がもつまい。出来ることはハリマの艦首を打ち抜き雪脚を
80㎝砲弾、38,1㎝砲弾、20,3cm砲弾を躱し
止めるぐらいだろうがそれは私にもできる。それ以前にどうやって
近づくんだ
以下になり被
を超えるだろう。そこま
ながら突入するにしても同航戦なら相対速度は30
弾は避けられない、反航戦の場合は100
?
?
自己修
よしんば主砲弾
での拘束となると一瞬の交錯、恐らく1斉射で有効打を叩き込まねば
なるまい。6発の41cm砲弾で何が出来るんだ
を叩き込みハリマの行く足を止めたとしてそれが何になる
﹂
今回も手伝ってくれるか
﹂
﹁奴に近づくための玩具も用意してある。奴を丸裸にする策もある。
﹁何
うなんて甘い考えは持っちゃいない。﹂
﹁加久藤。君の言う事は最もだが、僕はこの超兵器を一人で撃沈しよ
その人すら殺せそうな眼光に動じなかった。
血の様に赤い瞳が細められてホタカを睨む。が、視線の先の本人は
いたずらに損害を増やすべきでは無い。﹂
た も の と 大 差 が な い は ず だ。も う 一 度 言 う が こ の 作 戦 は 無 意 味 だ。
兵装はぴんぴんしているだろう。攻撃隊の損耗は先ほど私が提案し
復が完了次第奴は進撃を再開する。航空隊で攻撃をしようにも攻撃
?
?
浜に寝っ転がって海風にゆっくりと揺れるヤシの葉とその向こうの
い熱気が周りを取り巻く現状では耳障りな雑音でしかなかった。砂
てくる。潮騒の音がすぐそこで聞こえてくるが、南国特有の湿度の高
南太平洋の日差しがヤシの葉の隙間を透過して容赦なく照り付け
﹁暑い⋮﹂
た。
ハリマがトラック島に接近しているのが解ったのは翌日の事だっ
加久藤の瞳に移る。
ハリマを映したモニターを背にしたホタカの不敵な笑みが、真津と
?
青い空をぼんやりと眺めているこの若い男は、くたびれた飛行服に身
を包んでいた。
733
?
﹁大丈夫ですか
﹂
男ばかりの航空隊ではめったに聞くことは出来ない、女性特有の甲
高くも柔らかい声がかけられる。視線を声のした方に向けると、金色
の瞳と目が合った。その瞳の持ち主は何時もの様に柔らかい微笑み
をこちらに向けている。さすがに寝っ転がっているわけにもいかな
いので、腹筋と腕の反動を利用して起き上がった。
﹂
﹁なんでこんなクソ暑いとこにまで戦線を広げたのか⋮赤煉瓦の住人
たちは何を考えているんだろうな
隣に座る。
翔鶴。﹂
﹁⋮何か思い出したか
﹂
トサリと軽い砂の音と共に長い銀髪の女性│││││翔鶴が彼の
﹁そりゃどーも。﹂
ですよ。﹂
﹁用、はありませんね。貴方がぐったりしていたので心配になったの
﹁で、何か用か
飛び切りの暑がりですね。クスクスと女性が笑う。
﹁北国出身を舐めるな。暑いモノは暑いんだよ。﹂
﹁今日は昨日より風が出ているので涼しいはずですけど。﹂
よ。﹂
﹁す ま ん な。だ け ど こ こ ま で 暑 か っ た ら 愚 痴 の 一 つ も 言 い た く な る
﹁私に言われても⋮﹂
若い男の愚痴を聞いた女性は少し困ったような顔をする。
?
﹁⋮まあ、なんにせよ君は生きている。生きてさえいれば万事どうに
リと聞こえてしまう。
沈黙。海風がヤシの木を揺らし軽く擦れるような音が妙にハッキ
のか疑わしいですけど。﹂
﹁思い出せるのは、妹の声だけです。それすら、本当に自分の妹の声な
﹁そうか⋮﹂
ん。﹂
﹁まだ、何も。自分が何処にいて、何をされたのか何も思い出せませ
パイロットの問いに、彼女はゆっくりと首を振った。
?
734
?
?
でもなるさ。﹂
﹁貴方のおかげですけどね。﹂
﹁偶々だ。あそこにいたのが俺じゃなくても、その誰かは同じことを
したはずだ。﹂
照れくさそうにパイロットが横を向いた時、けたたましいサイレン
が潮騒の音を切り裂いた。あちこちに設置されたスピーカーが敵機
来襲とがなり立てている。
﹁仕事だ。話はまた今度な。﹂
即座に起き上がり、砂を蹴飛ばして滑走路へ走る。
﹁どうかお気を付けて。﹂
翔鶴の声は、滑走路の方から聞こえて来た重厚なエンジン音にかき
消された。
短い森を突っ切り駐機場へたどり着くと、既に愛機の雷電三三型は
735
機首に搭載した火星26型発動機を始動させ4枚羽のプロペラが格
納庫の空気を撹拌していた。ずんぐりむっくりした機体の後方の垂
グリフィス
直尾翼には、無骨な戦闘機には不釣り合いなタッチで描かれたコミカ
ルな禿 鷹のイラスト。黒い翼で嘴に加えた南十字星を守りながらこ
ちらに微笑みかけているグリフィスのマークは、彼自身気に入ってい
た。
オールグリーン
そのイラストを一瞥し、雷電の大柄なボディを乗り越えて広々とし
たコクピットに収まる。メーターの全ての値は正常、問題無し。横で
重厚なエンジン音が大きくなったかと思うと、一足先に出撃準備を終
〟と言うサイン。こちらも遅れまいとスロッ
えた僚機が滑走路に進入していく。コクピットに収まったパイロッ
トから〟先に行くぞ
何時もの様に飛来した深海棲艦の艦載機。グリフィスのエンブレム
滑走の後、機体が重力の呪縛から解き放たれ上昇を開始する。目標は
爆撃機用エンジンが無理やり機体を加速させていく。少しばかりの
機と言った方が適当な気がする重厚な機体がブルリと震え、機首の元
の安全を確認してスロットルと叩き込んだ。日本機と言うより米軍
トルを開き、ブレーキを放す。滑走路の真ん中までタキシング、周囲
?
を付けた雷電は、迫りくる火の粉を振り払うために蒼空を翔け上がっ
た。
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂
736
STAGE│38 陽光は我と共に
超巨大双胴戦艦ハリマ捕捉、トラックへ向けて進行中。
トラックや大本営の提督達の期待を踏みにじる凶報は唐突に舞い
込んだ。トラックを中心とする半径1000kmの哨戒線を担って
いた軽空母の艦載機が環礁へ向けて太平洋を突き進む巨大な艦の姿
を補足、現在も触接を続けている。不思議な事に、ハリマは多目的ミ
サイルのハッチを開かず。時折追従する九七式艦上攻撃機に向けて
88mm連装バルカン砲を数発威嚇するように発砲する事しかしな
かった。それはまるで、私はここに居るぞと帝国海軍へ向けて名乗り
を上げているようにすら感じさせるものだった。とはいえ、何時ミサ
イルが飛んでくるかわからない状態で触接を続けなければいけない
九七式艦上攻撃機の妖精さんは、交代に来た無人機が来るまで撃墜の
の速度でトラック島めがけて航行を続けており、迎
恐怖に耐えなければならなかったと言う。
ハリマは40
撃までの猶予は14時間も無かった。トラック島では進撃する超兵
器を処理するため、2人の艦息がMI方面軍司令部に出頭していた。
﹁以上が、本迎撃作戦の内容である。﹂
苦虫を噛み潰した様な表情で緑ヶ丘参謀長が伸縮式の指示棒をや
や乱暴に縮めた。部屋の中には緑ヶ丘参謀長の他にMI方面軍司令
長官高城大将、真津大佐、加久藤、ホタカだけしかおらず、他の司令
部要員は高城の指示で席をはずしていた。
﹁両艦は即座に行動を開始し、ホタカはトラック島500km沖、加久
藤は250km沖で作戦を開始。この作戦は一時的に他の全ての作
戦の上位に置かれる。必要な物資は最優先で補給し出撃せよ。以上。
解散。﹂
高城の言葉に2人の艦息と一人の提督が姿勢を正して敬礼すると
あわただしく司令部を飛び出していった。
﹂
その様子を見送った高城は、一つため息を付いて上等な椅子の背も
たれに身体を預ける。
﹁お疲れのようですね。少し休まれてはいかがですか
?
737
?
参謀長の気遣いを丁重に断る。
﹂
﹁気持ちだけ貰っておこう。それにしても、こんな作戦を送りつけて
くるとは、大本営はいったい何を考えている
不愉快さを隠そうともせずに、無造作に置かれた数枚の作戦概要が
記された書類を指先でたたく。
高城と言う軍人は深海棲艦が出現したころから最前線で指揮を執
り、苦しい状況を生き延びた人間だった。作戦指揮に関しては理路整
然としたよく言って王道、悪く言ってあたりさわりのない作戦を好
み、奇策を取ることは好まなかった。これは司令官としての資質と言
う問題では無く、個人的な性質によるものが大きい。そのため、作戦
中に生じる予想外のハプニングに柔軟に対応することが出来ず敗北
することが稀に起こった。自分が全てを取り仕切らなければならな
い司令長官よりも、有能な司令長官の下で前線指揮を執ることの方が
より真価を発揮できるタイプの指揮官であると言える。現在のMI
方面軍司令長官と言う役職は人並みの野心を持つ彼にとってはまた
とないチャンスであり、さらなる出世への架け橋になる予定だった。
作戦内容自体も前から決まっており、その作戦も彼の好得意分野であ
る真っ当な││││相手よりも多い戦力を用意して、数と質の両面で
押しつぶす││││││内容であったため、心配事などは無いはず
だった。超兵器が現れるまでは。
既 存 兵 器 を 根 こ そ ぎ 薙 ぎ 払 う 火 力 を 内 に 秘 め た 超 兵 器 の 出 現 に
よって彼の描いた出世への道は崩れ去り、代わりに出現したのは落ち
れば戦死確定の綱渡りだった。そんな時、大本営からもたらされた超
兵器を葬る作戦に期待しながら蓋を開けてみると、そこにあったのは
己の目を疑うような作戦内容だった。
こんなものが使えるかと大本営に突っ返そうとした時にハリマを
再補足した為、仕方なくこの作戦が採用されることになった。
﹁確かに奇策ですが⋮これがダメならどうしようもありません。﹂
困ったような顔の参謀長からいらだたし気に目をそらす。
そんな事は彼が一番よく分かっていた。何時までも憮然としてい
るわけにもいかないので、適当なところでため息を付いて指示を飛ば
738
?
す。
﹁万が一に備えて全艦の退避準備を急がせろ。2隻の海域支配戦闘艦
のみならず、ここの艦娘を失えば帝国に未来は無い。﹂
真夜中のトラック環礁内を走り抜け、自分の艦を目指す。赤外線画
像処理され緑がかった視界には見慣れた戦艦と、それに横付けてせっ
せとコンテナと燃料を補給している補給艦の姿が見える。
自艦の舷側まで到達したところで、海面に下ろされているタラップ
﹂
﹂
を駆け上がると不意に声をかけられる。
﹁何か
﹁貴方がホタカさんですよね
振り返ると黒髪を短めに切った少女の姿があった。上は白い上着
を着用し、黒いプリーツスカートを穿いている。その風貌から一見ど
﹂
こちらが補給品目になります
こかの学校の運動部のマネージャーの様な印象を受けた。
﹁そうだが。君は
﹁改風早型給油艦1番艦速吸です
﹂
!
言いたい事だけ伝えてさっさと艦内に入っていくホタカに、一瞬
退避してくれ。支援感謝する。﹂
﹁10分にしてほしい。補給品目は確認した。補給完了後は速やかに
﹁補給完了まで残り20分ほどいただきたいのですが。﹂
みの補給であったため、既に全作業が完了している。
の迅速な補給が可能になった。加久藤の方は航空機用燃料と弾薬の
よって、ホタカが一々環礁奥の港にまで侵入せずとも戦闘に必要な分
り、停泊中のホタカに横付けして物資の補給を行っていた。これに
艦ではあったが、出撃までの時間の猶予が無いと判断した司令部によ
手渡されたファイルを捲り、確認する。本来速吸は洋上補給を行う
!
?
739
?
?
あっけにとられてしまう。20分と言う時間は今出せるギリギリの
補給速度であるため、そこから10分短縮しろと言うのは中々の無理
難題だった。
﹁でも⋮やるしかないよねぇ⋮﹂
泣きごとの様な気合を入れて補給作業を急がせる。ホタカのガス
タービンがうなりを上げ始めたのはちょうどそんな時だった。
目一杯の弾薬コンテナと燃料を飲み込んだホタカは、トラック環礁
の近くに停泊した無数の主力艦の間をすり抜けて暗い太平洋へと舳
この作戦。﹂
先を向ける。遠くの方には一足先に出発した加久藤の姿がレーダー
でとらえられていた。
﹁それにしても。誰が考えたんでしょうね
パラリと副長が超兵器迎撃作戦の計画書を捲る。
﹁さてな。﹂
・・・・・・・・・・・・・・
﹁世の中には自分と同じ顔の存在が3人入ると言う話は聞いたことが
ありますが、艦長が考えた作戦と同じものを考える人間が他に居るな
﹂
んて、晴天の霹靂と言うのはこの事ですかね
レンズを拭い始める。
﹁しかし、何か引っかかるな。﹂
それが、超兵器を知ったのが高々1年前の軍人に同じことが出来ると
要 な パ ラ メ ー タ を 当 て は め て 計 算 し た 結 果 を も と に 構 築 し て い る。
解していないと立てようがない。僕だってこの作戦を考えた時は、必
﹁いや、それもあるが違う。この作戦は僕らや超兵器の事を完全に理
﹁つい先ほど起きたホワイトアウトの事ですか
﹂
ホタカはそう言うと、かけていた眼鏡を取って、眼鏡拭きで丁寧に
含めて。﹂
マイチ僕らの扱い方を理解できていないようだからな。真津提督も
の人間がいるとは正直意外だったよ。この国の大半の軍人たちはイ
﹁ったく。まあ副長の言う通り、本土に居る人間の中に僕と同じ考え
﹂
﹁それだと、僕が変人と言う事にならないか
?
﹁ノーコメントで。﹂
?
?
740
?
は思えない。﹂
﹁言われてみればそうですが、何か問題でもあるので
私達の事を正
しく評価できる人間が中央に居るのは望ましい事じゃないですか。﹂
副長の返答に、あいまいに同意して眼鏡を掛けなおす。
﹁それは其れとして、瑞鶴さんに何か言わなくてよかったんですか
﹂
﹁なんでそこで瑞鶴が出てくるのかが非常に疑問だが、まあぐっすり
寝ているのに叩き起こすわけにもいかない。﹂
時計を見ると深夜2時を過ぎたあたり。11時ごろには既に床に
就いている彼女なら、間違いなく熟睡しているだろう。以前、深夜ま
で騒ぎ倒している某5500t級軽巡に安眠妨害だとキレて盛大に
爆撃を見舞ったり│││││向こう一週間当事艦が夜9時には床に
就くレベル│││││したため、佐世保鎮守府では寝ている瑞鶴は起
こすなと言う暗黙の了解が出ていたりする。実際、ホタカも寝不足の
彼女に近づきたいとは思わない。閑話休題。
﹁まあ、今頃は退避準備で叩き起こされているでしょうよ。﹂
﹁速吸を急かせて正解だったな。﹂
同時刻、トラック鎮守府で疲労困憊のショートカットの少女と、真
夜中に叩き起こされて非常にご機嫌斜めな某正規空母がクシャミを
したのは完全な余談である。
﹁艦長。加久藤のE│2Cから通信が入っています。﹂
通信回線を開くと、スピーカーから聞いたことのない男性の声が聞
こえてくる。
﹃こちらSeirios│03改め空中管制機Eagle Eye。
ホタカ応答せよ。﹄
﹁こちらホタカ、よく聞こえている。﹂
﹃先発したOmega隊が超兵器を補足した。データリンクを開始す
る。﹄
多機能ディスプレイに触接したOmega隊のレーダー画面とガ
ンカメラの暗視映像が映し出される。今回のMI作戦に備えて、加久
藤に搭載された24機のE│2Cのうち6機が対潜用の装備を降ろ
741
?
?
し、空いたスペースに空中指揮管制用の機材を詰め込み簡易的な早期
警戒管制機に改造されていた。もちろん、E│2Cはもともと早期警
戒機として設計されていたため早期警戒管制機として運用するには
不都合があったが、それでもAWACSの真似事ならばなんとかでき
た。未曽有の大航空戦が行われるMI作戦で、空中戦の指揮管制が期
待されている。6機の中の1機、Eagle Eyeと名付けられた
﹂
早期警戒管制機はホタカと加久藤の迎撃を支援するべく投入されて
いた。
﹁データリンク確認。触接を続けてくれ。﹂
﹃了解。作戦を続行する。﹄
﹁さて、迎撃戦までは残り4時間ほどですかね
﹁恐らくな。各部の点検を念入りにやってくれ。アレの用意もな。い
﹂ ざと言う時に使い物にならなければ目も当てられない。﹂
﹁了解しました。特に念入りにやっておきます。﹂
﹁艦長、超兵器との距離140kmを切りました
目標同じ
﹂
ハープーン全基照準、目標敵超兵器
トライデント全基照準、モードAP
サイルVLSハッチ解放
﹁よろしい。前哨戦と行こう。対艦ミサイルVLSおよび特殊弾頭ミ
!
!
!
に敷き詰められた対艦ミサイルVLSの無数のハッチが軽い音を立
てて解放されていく。
742
?
第1主砲がミサイルの進路を開ける様に右舷方向旋回し、艦体前部
!
!
﹁対艦ミサイルVLSハッチ解放確認
目標諸元入力完了
﹂
!
モーター音と共に重々しく解放される。
﹁特 殊 弾 頭 ミ サ イ ル V L S ハ ッ チ 解 放 確 認
﹂
﹂
﹁対艦ミサイル撃ち方始め。﹂
﹁発射
目 標 諸 元 入 力 完 了
!
﹁発射
﹂
﹁トライデント撃ち方始め
﹂
ほぼ同時に、右舷の海を睨んでいた主砲が元の位置に戻る。
と撃ち込まれていく。128発目のハープーンが解き放たれるのと
から白い槍が後部からまばゆい光を放射しながらくらい天空へ次々
まり白煙がそれらを覆い隠す。オレンジと白のコントラストの合間
甲板が突如として劫火に包まれると、艦橋や甲板がオレンジ色に染
!
次に、両舷に並べられた特殊弾頭VLSの装甲化されたハッチが
!
﹁どうなりますかね
﹂
﹁ミサイルの誘導をEagle Eyeに渡す。﹂
﹁トライデント14基発射完了しました。﹂
り音を置き去りにして前方の海へ飛び過ぎていく。
橋を包み込み、巨大な対艦ミサイルが身震いをしながら重力を振り切
先ほどのハープーンの噴射炎を根こそぎ吹き飛ばす様な爆煙が艦
!
繰り返す
れたのはそれからすぐの事だった。
敵超兵器発砲
敵超兵器発砲
﹄
!
﹃警告
!
kmを切ったところだった。ホタカの対水上レーダーではまだ捉え
閉じていた目を開き、多機能ディスプレイを見ると彼我距離は55
﹁来たな。﹂
のとじられる隔壁は全て閉鎖され、弾薬の再装填も済まされていた。
スピーカーから悲鳴のような警告がCICに鳴り響く。既に艦内
!
合計142発のミサイルが全機撃墜されたと言う報告がもたらさ
﹁この攻撃は威力偵察だ。損害は期待していないよ。﹂
?
743
!
!
!
ることは出来ないが、Omega隊とのデータリンクにより位置と速
度は手に取るようにわかっている。その横の外部観測カメラのモニ
ターには朝焼けによって赤く染まった太平洋の空と海を映し出して
いた。
﹁射程距離ギリギリでぶっ放してきましたか。反転してアウトレンジ
﹂
以上ホタカの方が速い。しかし、射程距
で削れるだけ削るつもりですかね
な。﹂
﹁根拠は
﹂
射撃。絶対の自信がある砲戦で奴が搦め手を使うようには思えない
﹁わざわざ自分の居場所を誇示するように航行し、第1斉射から全門
夾叉。左右に舵を切るか加減速をしてしまえば被弾する。
弾の飛行経路をトレースして着弾予想地点を弾きだす。結果は初弾
対空レーダーが音速を置き去りにして飛来する12発の80㎝砲
﹁それは無いだろう。﹂
で進撃を続けている。
しかし、ハリマはそんな事を思いつきもしないかのようにただ全速
打ちにされかねない。
向できる。最悪の場合、ホタカがハリマを有効射程に捉える前に滅多
タカに背を向けて逃走していたとしても、4基12門の80㎝砲を指
り、16分の間の攻撃で修正値も得られている。その上、ハリマがホ
る。ハリマの場合、目標は射程距離から14kmも懐に入り込んでお
だ。それでもホタカの最大射程であり命中弾を期待するには遠すぎ
14kmの距離を0にするには両艦が全速の場合約16分ほど必要
倒的に上回っていた。ハリマが射程距離ギリギリで反転した場合、約
離はホタカの41200mに対してハリマの場合55300mと圧
ハリマとホタカでは20
?
﹁勘だ。﹂
5万トンの巨体の周囲に12発の巨大な砲弾が着水し、大量の海水
をホタカのマストよりも遥か高く噴き上げ海面を沸騰させる。予想
通りの初弾夾叉。射程距離ギリギリでたたき出した異常な制度にう
744
?
砲弾の接近によりCICにけたたましいアラートが鳴り響く。
?
すら寒さすら覚える。水中に落ちた5t近い砲弾の炸裂による水中
﹂
衝撃波が艦体に打ち付け、噴き上げられた海水が重力に轢かれて甲板
取り舵5
に叩きつけられる。
﹁機関前進一杯
!
視認距離に入ります
﹂
!
を彼らの前にさらした。
戦闘艦の一つの到達点。超大型双胴戦艦ハリマが陽光と共にその姿
放軍内の航空屋を一撃のもとに黙らせた魔神。大艦巨砲を是とする
いずれ戦艦は航空機と空母にその場を取って代わられるという解
えた。
こえるはずの無い、轟と言う80㎝砲の咆哮が響いた錯覚を誰もが覚
の黒煙により影が歪に変化する。複数の装甲に守られたCICに聞
妙な神々しさを付け加えていた。突然、主砲の先から噴き出した大量
回折した光が超兵器のシルエットを縁取り、禍々しい超兵器の影に奇
け ら れ た 多 数 の 巨 大 な 主 砲 は 天 を 突 く よ う に 振 り 上 げ ら れ て い る。
大和型のような塔型の艦橋、幅の広い島のような艦体、甲板上に設
その光線はある者によって遮られた。
カーテンの向こうから強烈な朝日の光線がカメラに飛び込み、すぐに
の向きを空から海面に変え、轟音と共に崩れ去る。濛々たる水煙の
遮ったのが原因だった。噴き上げられた海水がその運動のベクトル
カメラの真正面に着弾した砲弾により噴き上げられた海水が視線を
なものが海面から現れたと思った瞬間、モニターが真っ白に染まる。
であったため、画像処理が施され若干色が暗くなった。何か棒のよう
こうがクローズアップされる。その方向はちょうど朝日が昇る方向
外部観測モニターの倍率が引き上げられ、林立する巨大な水柱の向
﹁目標
も砲弾が発射されてからの回避はまだ間に合う。
未だに彼我距離は50km以上離れているため、超兵器の高初速砲で
大 な 砲 弾 が 周 囲 に 着 弾 し そ の 度 に 巨 大 な 海 水 の 塔 を 建 設 し て い く。
鳴の様な轟音を響かせ、艦を加速させていく。その間にも放たれた巨
限界以上の出力を絞り出した16基のガスタービンエンジンが悲
!
今までの超兵器とは格の違う存在感を放っているように感じさせ
745
!
るのは、この超兵器が一切合財の敵艦を完膚なきまでに殲滅させるた
めに建造された、ある意味全ての艦の天敵ともいえるからだろうか。
数度目の至近弾により、艦全体が大きく揺さぶられ、ホタカは知ら
ず知らずのうちに両手を強く握りしめていたことに気づく。胸中に
沸き起こるのは超兵器を潰せと言う闘争心と、底冷えのするような恐
﹂
そもそ
これこそまさに、無駄な足
特弾は効果があるのか
れ。かつて辛酸をなめさせられた相手であるだけに、その恐れは今ま
でのモノよりも大きい。
│││││本当に勝つつもりか
接近
も、僕の主砲は本当に奴に通用するのか
掻きじゃないのか
﹁超巨大双胴戦艦ハリマ
?
なんて贅沢は後で楽しむことにしよう。
﹂
﹂
﹂
﹁ASROCを除く全ミサイルハッチ解放
兵器
﹁全ミサイルハッチ解放
﹁特殊電波弾頭弾装填良し
特弾用意
目標敵超
!
﹂
﹂
﹁全弾発射
フ ル バー ス ト
囲に数瞬の静寂が戻る。
ルが存在した。その斉射で放たれた最後の砲弾が着弾し、ホタカの周
ミサイルの弾頭が除く中で、1発だけ弾頭が赤く塗られているミサイ
対艦対空特殊弾頭ミサイルのハッチが全て解放される。白い対艦
!
!
│││││まあいい。戦いに恐怖するのは何時もの事だ。恐れる
帽を被りなおす。
副長の怒鳴るような報告に現実に引き戻され、一つ深呼吸をして軍
?
?
!
?
サイルを斉射する。多目的ミサイルや対空ミサイルは突入してくる
隊の4か所に設置された多目的ミサイル発射機から迎撃のためのミ
300を超えるミサイルが突入してくることを悟ったハリマは、艦
殺到していく。
攻撃可能なVLSから無数のミサイルが解き放たれ一路ハリマへ
﹁斉 射 ﹂
サルヴォ│
﹁発射
!
746
!
!
!
!
噴進弾やミサイルの迎撃にも用いられるが、その迎撃成功率は対空ミ
サイルに比べて多目的ミサイルが圧倒的に劣っていた。
ミサイル自体の機動性の問題で、対空ミサイルは小さな目標そのも
のに突入できるほどの追尾性能を獲得していたが多目的ミサイルは
そこまで高性能な追尾装置は搭載されていない。多目的ミサイルは
対空目標を攻撃する場合、目標の近くで自爆しその破片で加害する方
式を採用しているため対空ミサイルほど確実に目標を殲滅できない。
そこを、ハリマは目標に対して過大な量のミサイルを叩きつけること
で迎撃することを狙っていた。
突然、多目的ミサイルの束がホタカの発射したミサイル群のはるか
手前で巨大な爆発に飲み込まれ大多数が脱落する。多目的ミサイル
による迎撃を読んでいたホタカは、予めトライデント4基を先行させ
て、多目的ミサイルの迎撃に充てていた。生き残った多目的ミサイル
によっていくつかが迎撃されるが、200以上のミサイルがミサイル
迎撃ラインの内側に入り込む。
次に放たれたのは20.3㎝連装砲の特殊榴弾の制圧砲撃と、88
mm連装バルカン砲の弾幕だった。空中で次々と特殊榴弾が弾け大
きな黒い華を咲かせ、短砲身88mmバルカンから放たれた無数の砲
弾が細かな黒い華を咲かせる。弾幕に突っ込んだミサイルは相次い
で爆発四散し、かろうじて数発が防御重力場にたどり着き蒼い光と共
にその役目を終えるに留まった。
一見攻撃失敗のようにも思えるが、この無数のミサイル群の任務は
文字通りの囮だった。対艦ミサイルやトライデントの炸裂による爆
炎を切り裂いてハリマの頭上、防御重力場の範囲外を飛び越えた1発
の対艦ミサイルがその弾頭に搭載された機器を起動させ、毒を超兵器
に流し込んでいく。
赤い弾頭の対艦ミサイル│││││特殊電波弾頭弾はその弾頭部
にアリューシャン列島で鹵獲した小型艇のコンピューターウィルス
送信装置が搭載されている。アリューシャンでウィルスを使用され
た際にこちらも同じ様に送り込めないかと加久藤が試した結果、一発
だけ実用に耐える物が完成した。超兵器もホタカの例にもれず艦内
747
の設備は高度に電子化されているため、コンピューターを封じればホ
タカの様に半身不随になる可能性がある。といっても、この兵器にハ
リマの艦内コンピューターネットワークシステムに直接ウィルスを
送り込めるほどの能力は無い。狙うのはミサイル迎撃のため解放さ
れたハッチの中に納まっている多目的ミサイル、その受信装置だっ
た。多目的ミサイルは打ち出された後、母艦からの命令に従って目標
の変更、自爆を可能とするため信号の受信装置が装備されており、発
射 さ れ る 前 は ミ サ イ ル 本 体 は 艦 内 ネ ッ ト ワ ー ク に 接 続 さ れ て い る。
﹂
特弾はそこにコンピューターウィルスを送り込む事で、ハリマ艦内を
汚染していく。
﹁特弾からのウィルス送信信号を確認
ハリマのネットワーク内に侵入したウィルスは2種類あった。1
種類は火器管制装置を短い間ながらも完全にフリーズさせるもの、ホ
タカや加久藤の様に艦息の能力でも射撃困難なように測距装置や射
撃式装置、自動装填装置を重点的にフリーズさせるようにプログラム
﹂
されていた、そしてもう一つのウィルスは。
﹁ハリマの艦体で発砲以外の爆炎を確認
弾種特殊榴弾
152mm速射砲射撃用意
防
全砲
だ存在し、何時ハリマの攻撃が再開されても可笑しくなかった。
しかし喜んでばかりも居られない、打ち上げられ飛翔中の砲弾はま
か自動装填装置をダウンさせることが出来たらしい。
12門の砲身がピタリと火炎を吹き出すのを辞めたどうやらFCS
空能力を奪い去る。さらに、今までひっきりなしに砲撃を続けていた
イルに感染しその安全装置のプログラムを消去、強制的に自爆させ対
デリート
Sをフリーズさせるウィルスが派手に暴れているうちに多目的ミサ
多目的ミサイルの強制自爆を行わせるウィルスだった。先のFC
た。作戦成功だ。﹄
﹃こちらEagle Eye。目標の4か所のVLSの自爆を確認し
!
748
!
即 時 射 撃 用 意 全 ミ サ イ ル ハ ッ チ 閉 鎖
!
!
!
﹂
!
﹁主砲装填
塔右90度旋回
﹂
御重力場を右舷に集中展開
﹁特殊榴弾装填完了
!
!
!
!
﹁ミサイルハッチ閉鎖を確認
出力最大
﹂
﹁防御重力場を右舷に集中展開
﹂
!
﹂
﹂
﹂
っと。右舷後方
っと。左舷30mに着弾。ああ、クソッ﹂
﹁何か損傷しましたか
﹁雪風にお祓いしてもらうのを忘れていた。﹂
﹁帰ったら瑞鶴さんにやってもらってくださいっ
﹂
衝撃がでかい、80㎝砲ですね。﹂
﹁ウィルスが破られたんじゃないですかぁ
近弾の衝撃では無い。
﹂
!
﹁損害知らせ
!
進路修正取り舵2 ハリマの右舷側に滑り込
長距離無線機大破
﹂
突然、今まで受けた事の無い衝撃を受けてほぼ全員がよろめく。至
かく測距装置や射撃指揮装置のフリーズはまだ続いているはずだ。﹂
﹁本当に破られていたら今頃仲良く海底散歩だ、装填装置の方はとも
しまう。
砲雷長の問いが至近弾の衝撃によって最後が上ずった声になって
?!
10mに着弾
!
﹁その通りだなっ
したらお陀仏ですよ。﹂
﹁けれども、とっとと安地へ入らないと⋮80㎝がまぐれ当たりでも
﹁まだウィルスは有効なようだ。﹂
砲弾と無数の38.1㎝砲弾が飛来し周囲に着弾する。命中弾無し。
命令を出し何かに捕まり身体を固定する。放たれた3発の80㎝
﹁総員衝撃に備え
﹁ハリマ発砲
迫ってきている。
彼我距離は既に20kmを切り、ハリマの威圧的な巨体がぐんぐん
旋回し、右舷を狙う。
cm三連装砲、4基の152mm速射砲、4基の30mmCIWSが
ホタカに搭載された砲煩兵器の内で右舷を指向できる2基の41
!
!
珍しい艦息の悪態に副長が首をかしげる。
?
!
﹁マスト直上に被弾
﹂
!
!
749
!
!
!
!
﹁マグレ当たりだ
むぞ
!
彼我距離が近づくにつれ主砲弾の至近弾が次第に多くなり、無数の
20,3cm砲弾が防御重力場によって受け止められ、そらされてい
く。ハリマとの距離は10kmを切るところだった。
﹂
まだまだいけま﹂
﹁防御重力場の効力はどうだ
﹁現在稼働率76%
!?
﹁艦長
﹂
まだ戦える
!
﹂
少し。あと少し進めば、安全地帯へ滑り込める。
現 在 2 3 %
も う 長 く 持 ち ま せ ん
!
!
﹁敵艦88mmバルカン砲の掃射を開始
﹁防 御 重 力 場 稼 働 率 急 落
﹂
!
﹁機関出力一杯
焼け付けるまで回せ
﹂
!
ガスタービンが限界を超えた出力を生み出し、艦は70
を超える
はもちろんバイタルパートすら打ち抜かれる可能性があった。
していく。この至近距離では大口径砲の直撃を受ければ防御重力場
安全地帯まで残り5km、大口径砲の装填時間の間隙を縫って突入
いく。
で命中率が急上昇し、防御重力場のキャパシティをガリガリと削って
れる。1発1発の威力は低くとも目標までの距離が短縮されたこと
力場に追い打ちとばかりに88mm砲弾、20.3㎝砲弾が叩き込ま
3発の38.1㎝砲弾が突入した為目茶目茶に攪乱された防御重
!
右目や腕から血を流しながらも彼の戦意は微塵も衰えない。あと
﹁大丈夫だ
﹂
息であるホタカにも相応の損傷を与える。
タルパートを打ち抜いた砲弾は無く致命傷にまでは至らない。が、艦
発は後部艦橋の中ほどを打ち抜き瓦礫の山に変えた。幸いにもバイ
弾、硬い装甲板によって弾かれ反対方向へ吹き飛んで行く、最後の1
LS群に着弾炸裂し火災を起こさせる、1発は前部主砲の天板に着
が防御重力場を貫き、艦体に降り注ぐ。1発は前部の対艦ミサイルV
その先を言うことは出来なかった。飛来した38.1㎝砲弾3発
!
勢いでハリマの懐へ飛び込んでいく。
残り2.5km
?
!
750
!
!
﹂
﹂
損害なし
﹁重力場稼稼働率14%
﹁左舷後方に着弾
残り1km
﹁重力場稼働率4%
﹂
!
﹂
!
残り500m
防御壁崩壊ッ
﹂
!
1番発射
﹂
0m地点に到達した。
﹁艦長
﹁機関逆進
﹂
﹂
そしてついに、ホタカはハリマの主砲の死角である舷側ギリギリ4
いく。
52mmと30mm砲弾はハリマの重力壁を確実に効率的に削って
射砲とCIWSの射撃が続けられる。一点に集中されて放たれる1
体に殺到し始める。上部構造物を中小口径砲弾に蹂躙されつつも、速
今までホタカを守護していた青色の壁が掻き消え、無数の砲弾が艦
﹁稼働率0%
シー ル ド ダ ウ ン
超兵器の防御重力場に負荷を強いていた。
阻まれ超兵器には届かない。が、至近距離からのつるべ打ちは確実に
轟然と無数の砲弾がハリマに殺到するがその全てが蒼い重力壁に
﹁速射砲、CIWS射撃開始
巨大な戦艦の速度が急落することは無い。
と言うわけでもなく、今更スクリュープロペラが一つ壊れたとしても
舷側の副舵と1番スクリューが吹き飛ぶ。ここまで来たら舵が必要
破壊してすぐ後方に着弾炸裂する。その衝撃で3枚ある舵の中で左
遂に80㎝砲弾が重力場を貫くが、ホタカの最後尾をごくわずかに
!
!
!
!
を上げる。通常よりも間隔を開けて3門の砲身から吐き出された特
殊榴弾はハリマの弱体化された防御重力場を貫き、その内部で炸裂し
た。砲弾内部に特殊炸薬を満載した特殊榴弾は満足な装甲を施され
ていない舷側の88mm連装バルカン砲、20,3cm連装砲を根こ
そぎ吹き飛ばし超兵器の右舷側を瓦礫の山に変える。
751
!
逆進により僅かに遅くなったホタカの前部主砲が轟と復讐の咆哮
﹁射ェ
!
!
!
﹁2番撃てぇ
﹂
水平に構えられた後部主砲から3発の徹甲弾が解き放たれるが、そ
近い速度で疾走するホタカ
の 砲 弾 は 超 兵 器 の 舷 側 に 巨 大 な へ こ み を 付 け る だ け に と ど ま っ た。
たとえ逆進一杯を掛けたとしても、70
る。結果的にハリマの装甲を打ち抜くことには失敗したが、対空火器
くばバイタルパートを打ち抜き、甚大な被害を与えることを期待す
た、別の主砲をハリマの舷側へ超至近距離から発砲することであわよ
方の対空火器を根こそぎ吹き飛ばし、航空隊の攻撃針路を作る。ま
相対速度の観点から攻撃できるのは只1度きり、その一度の攻撃で片
距離からの一撃離脱。これがホタカと大本営が選択した作戦だった。
コンピューターウィルスによってハリマの攻撃能力を減じ、超至近
しかなかった。
がすぐに後退できるような推進器は存在しない。後は前進、離脱する
?
﹂
を全滅させることには成功した。これで、後方の加久藤攻撃隊がハリ
現海域を離脱する
マを片付けることが出来る。
﹂
!
程度しか低下していなかった。
逆 に 変 更 す る。射 撃 精 度 を 少 し で も 得 る た め に 逆 進 に よ る 減 速 を
行ったが、速度計を見てみると10
?
すぐ隣をハリマの巨体がすり抜けていく。最も危険なのは安全地帯
﹂
から後方へ抜けるその瞬間だった。
﹁防御重力場後方に集中展開
﹁構わん
直撃よりはましだ
﹂
﹁し、しかしまだ修復が済んで⋮﹂
!
!
﹂
!
﹂
!
離脱する
!
﹁直撃弾無し
﹁良し
﹂
ホタカの周囲に無数の水柱が林立しその艦体を海水が洗う。
﹁総員対ショック姿勢
安全地帯から抜け出す。
防御重力場発生装置が強制的に再起動された直後、ホタカの艦体が
!
752
!
﹁機関前進一杯
﹁了解
!
プロペラピッチ角を変えて前方に送り出していた海水の流れを真
!
!
そう叫ぶ彼だったが、胸中には奇妙なものを感じていた。
│││││妙だ、何故主砲を撃たない
布石
│││││この射撃は僕を逃がさないようにし、油断させるための
こまで考えたところで、背筋が凍り付くような感覚が彼を襲う。
いたとしても、この至近距離で全弾外すなんてことは考えにくい。そ
は主砲では無く副砲での砲撃を行い外した。いくらFCSが死んで
かった。こちらが出現している位置が解っているはずなのに、超兵器
先ほど周囲に着弾したのは38,1㎝砲弾で80㎝砲弾は一発も無
?
た。
﹁か﹂
も内部から破裂するように消え失せる。最後の一発は艦中央部に左
んだところで炸裂。装填を待っていた主砲弾、装薬も誘爆し後部主砲
されていない対空ミサイルVLS群をなぎ倒し、後部主砲直下まで進
後の二発のうち、1発は後部主砲のすぐ手前に着弾。満足な装甲が施
炎が前部主砲だったものを空に打ち上げ、無数の瓦礫を弾き飛ばす。
ちぬいた砲弾はそのまま進み、対艦ミサイルVLS群直下で炸裂。爆
いともたやすく引きちぎられ砲弾の艦内への突入を許す。主砲を撃
砲に着弾する。今まで幾度となく攻撃を弾いてきた主砲の装甲板は
砲弾の炸裂によって丸ごと吹き飛び、切断される。もう1発は前部主
1発が艦首方向に着弾し滑らかなカーブを描いた艦首部分が衝撃と
発の80㎝砲弾が艦体に命中する。艦橋を掠めて飛び越えた2発は
うな能力は初めからなく、矮小な力場は紙の様に引きちぎられた。4
息が無理やり展開した防御重力場にその鉄槌を押し撃留められるよ
共に吐き出され、至近距離にまで近づいた小癪な敵艦へ突き進む。艦
を吹き飛ばす威力を秘めた砲弾が9本の砲身から潜航、爆炎、轟音と
回避
と叫ぶ前に9匹の龍が咆哮する。たった1発で都市区画
そして、そこに並べられている主砲はその全てがこちらを睨んでい
テンが下に下がりハリマの後部が再び見える瞬間だった。
後方を見ることが出来る外部観測カメラに視線を移すと、水のカー
?
舷側に着弾。甲板装甲を打ち抜き、内部構造体を引き裂きながら艦底
753
!
艦首脱落
大浸水中
﹂
機関停止
﹂
艦 傾 斜 左 1 2 度
﹂
第2第3弾薬庫は
付近まで侵入し炸裂。その爆発は喫水線下に大穴を穿ち、竜骨に損傷
を与えていた。
﹁前部主砲大破
﹂
後部区画で大火災発生
復元不可能
機関室に浸水
左 舷 側 よ り 大 浸 水
要員は速やかに脱出せよ
﹁後部主砲通信途絶
破棄
﹁艦 底 付 近 で 炸 裂 確 認
﹁艦傾斜左16度
﹁応急注排水ポンプ破損
﹂
!
りの轟沈だった。
底へと沈降を開始する。最初の直撃弾からわずか1分足らず、文字通
炎ときのこ雲が上がり、艦体が2つに両断されたかと思うと急速に海
0㎝砲弾が3発直撃すると、300m近い全長の中ほどから巨大な爆
海上では傾いたホタカに追い打ちをかける様にハリマが発砲。8
合財を押し流していく。
CICの扉が吹き飛び、大量の海水が薄暗い部屋に流れ込んで一切
る。﹂
﹁総員最上甲板。友軍に告ぐ、我戦闘続行不可能。貴官らの武運を祈
たった4発の砲弾が艦の命運を決めた瞬間だった。
ていない。
艦の傾斜を復元することは不可能であり、浸水を止める力も残され
れ下がってあちこちでスパークが起きていた。
無く、幾つものモニターにはひびが入り、天井からは切れた配線が垂
絶望的な報告がCICに飛び込んでくる。そのCICも無事では
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
﹃こちら空中管制機Eagle Eye。ホタカの轟沈を確認した。﹄
754
!
!
!
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 755
STAGE│39 双頭の巨人
〟ホタカの攻撃により、右舷の対空兵装を失いながらもハリマはな
おも侵攻中。作戦を続行する。〟
天井のスピーカーから響く男性の声が何処か空虚に艦橋に響いた。
しかし、艦長席の隣で呆然と立ち尽くしているこの艦の主には、その
声は届いていない。
│││││嘘⋮でしょ
﹂
どちらへ
て行ってしまう。
﹁艦長
﹂
その先を副長が口にする前に、瑞鶴は踵を返すと艦橋から飛び出し
﹁あの、だいじょう﹂
ままだった。
心配そうに彼女の副長を務める妖精が問いかけるも、瑞鶴は黙った
﹁艦長
ホタカが沈んだと言う事実は彼女にとって受け入れがたい物だった。
破滅的な能力を持つ超兵器を何隻も海の底へ叩き落していた戦艦、
その金色の双眸は見開かれてはいるが焦点はあっていない。
?
に写ったのは、艦橋に続くハッチの前に立ち尽くしたずぶ濡れの見慣
ぼ全員が後方に設けられた艦橋の入口へと視線を向ける。彼らの目
艦橋の後ろでドタバタと騒々しい音が発生したため、そこに居るほ
も、速度を緩めない。
時折、前方を走る空母が生み出す航跡波にのまれそうになりながら
今 出 せ る 最 大 の 速 度 で 前 方 を 走 る 巨 大 な 正 規 空 母 へ 突 進 し て い く。
盛大な水柱を噴き上げて着水した彼女は、浮上するやいなや自分が
び降りれば着水の際に体全体が海に浸かりずぶぬれになってしまう。
へ飛び降りた。いくら艦娘と言えど、10m以上の高さから海面へ飛
が、それも無視して彼女は飛行甲板から朝日を反射して赤く輝く海面
板へ転がり出る。甲板で作業を行っていた妖精が何事かと振り向く
妖精さんの声を無視して、彼女は艦橋のラッタルを駆け下り飛行甲
?!
756
?
!?
﹂
れた艦娘の姿だった。余程急いできたのか、肩を上下させて荒い呼吸
どうした
を繰り返していた。
﹁瑞鶴か
真津は眉を寄せた。
﹂
﹁⋮提督さん。﹂
﹁なんだ
?
れた。
﹁ああ。﹂
でつかむ。
﹁アイツが沈むはずがない
今日も
ボロボロになっても最後は絶対に帰ってきた
と疲れた顔で帰ってくるに決まってる
だろう
﹂
だから⋮こんな⋮こんな
﹁轟沈した。Eagle Eyeが確認している。お前も聞いていた
力に逆らう事を放棄したのかストンと座り込んでしまう。
真津の胸ぐらをつかんでいた両手が力なく落ち、彼女自身も足が重
﹁そんな、嘘だ。嘘だよ⋮﹂
けて⋮﹂
﹁事実だ。午前06:01分。ホタカはハリマの80㎝砲弾7発を受
何処か懇願めいた声色に移り変わっていた。
最初は怒鳴って居た声は次第に小さくなっていき、最後に至っては
ことは⋮⋮﹂
ちょっ
何時もみたいに、それがどうしたって顔で
!!
!
そうでしょ
だけど
いつもいつもいつも無茶苦茶やる馬鹿
真津が肯定したと同時に、彼女はそう咆えると提督の胸ぐらを両手
﹁嘘だッ
﹂
何時もの活発さは鳴りを潜め、その両目からは戸惑いと不安が見て取
瑞鶴が俯かせていた顔を上げると、瑞鶴の金色の瞳と目が合った。
﹁ホタカが沈んだってのは⋮本当
﹂
てツカツカと提督に歩み寄る。何時もとはかけ離れた様子の彼女に
かけるが、それには答えず顔を俯かせたまま艦橋の中に足を踏み入れ
旗艦の加賀艦橋で指揮を執っていた真津が不思議そうな顔で問い
?
!
!
?!
757
?
?
!!
!
?
﹁⋮⋮⋮⋮⋮⋮﹂
ダ ラ リ と 力 な く う な だ れ る 彼 女 に 真 津 の 声 は 聞 こ え て い な い 様
﹂
だった。
﹁瑞鶴
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
真津が彼女を呼ぶが返事は無い。
その時、彼女の胸中を支配していたのはどうしようもないほどに増
大した虚無感だった。胸にポッカリと穴が開いたような喪失感に、呆
然と焦点の合わない目で床を見つめる。しかし、その状態は長くは続
かない。空になった心に別のモノが充填されていく、ホタカを失った
悲しみや喪失感ももちろんあったが、最も大きなものは彼を助ける事
も出来ない自分の無力への怒りと、彼を葬り去った超兵器への憎しみ
と殺意だった。
提督がもう一度呼びかける前に、彼女は顔を俯かせたまま無言で立
﹂
ち上がると踵を返して艦橋出入り口へ向かう。
﹁⋮どこへ行こうと言うの
│││││これがあの瑞鶴か
﹁⋮退いて、加賀さん。﹂
の間に立ちふさがった。
が、外へ出る前に事態を静観していた加賀がちょうど瑞鶴とハッチ
?
瑞鶴の言い方に、加賀の眉がピクリと動く。
﹁⋮⋮貴女が知る必要は無いわ。﹂
﹁もう一度だけ聞くわ、どこへ行こうと言うの
﹂
かけ離れていることを肌で感じ取っていたからだった。
いていた。目の前で自分に退けと言っている少女は普段の彼女とは
瑞鶴と相対する加賀も、顔こそいつも通りではあるが内心かなり驚
かった。
だった。それゆえ、彼女が子のような声色を使う事に違和感が拭えな
葉が似合う明るい人物であることを彼はよく理解しているつもり
低い声に、思わず真津は目を剥いた。瑞鶴と言う艦娘は闊達と言う言
ツインテールの少女の口から紡ぎ出された聞いたことの無いほど
?
?
758
?
﹁そう言うわけには行かないわ。自艦の指揮をほっぽりだして許可な
く旗艦に乗りこむのがどれほど異常な事か、あなた自身よく解ってい
るはずです。﹂
﹂
﹂
ほんの少しだけ目を細めて俯いているずぶ濡れの艦娘を見る。
⋮ハッ
﹁何をする気なのかしら
﹁⋮何を
?
﹁決まってるでしょ
ハ
リ
マ
あの時代遅れの骨董品をガラクタに変えに行く
MI作戦司令部の指示だった。
﹂
﹁⋮⋮な⋮⋮⋮ょ﹂
﹁何
そんな事は
ホタカが居なかったら、ア
南太平洋のパラオで無意味に野垂れ
﹁アタシは何度もホタカに助けられた
タシはここには居なかった
ホタカを沈めた
アイツが居たから、アタシはここで戦えてるんだ
だから
!!
死んでいた
!
ぶつけてでも沈めてやる
まだ⋮まだ何にも借りを返せてない
﹂
あの超兵器だけは絶対に許さない
だから⋮だから其処を退けぇ
!
﹁関係ないのよ
﹂
敵超兵器の射程に入ることで艦隊が作戦前に損耗することを恐れた
いったん退避を行っていた。超兵器の迎撃にてこずりトラック島が
加賀の言うように、万一に備えてトラックの艦娘達は西へ向けて
マの相手をすることじゃない。﹂
﹁ダメよ、私たちに与えられた命令はトラックからの一時退避。ハリ
ラつかせる様は深海棲艦よりも不気味に感じられた。
顔に張り付いた髪を退けると言う事もせず、暗い復讐の意志で瞳をギ
その金色の瞳に巣食うのは憎悪と言う感情だった。海水にぬれて
のよ。﹂
?
上げて加賀の顔を正面から見る。
短く小ばかにするような笑い声をあげた瑞鶴は、俯かせていた顔を
!
再び、瑞鶴の怒声が加賀艦橋に響いた。
!!
う。
759
?
瑞鶴は加賀を睨みつける、真逆の温度を持つ視線が空中で絡み合
!
!
!
!
!
!
!
?
﹂
解ったらさっさと退きなさいよ
﹁言いたいことはそれで全部
﹁そうよ
﹂
邪魔するなら加賀さ
!
?
﹂
﹁ゲホッ⋮な、なにを⋮﹂
?
付いて、提督に視線を向けた。
﹁提督。そろそろ話してあげたらどうなの
﹁あ、ああ。﹂
﹂
すぐに倒れてしまいそうになる。その光景に、加賀は小さくため息を
と全力でここまで走ってきたのが原因なのか、膝が笑い意識しないと
両足に力を込めて立ち上がるが、思ったよりも先ほど投げられたの
﹁邪魔をしないでよ、加賀さん。アタシは、これ位じゃ⋮﹂
られたのだと理解する。
た。自分との位置関係や背中への衝撃を考えると、自分は加賀に投げ
痛みで霞む視界の先に、こちらを冷やかに見下ろす加賀の姿が見え
﹁命令違反一歩手前の艦娘に対しては、随分軽い物だと思うけど
﹂
べたにはいつくばって喘ぎ、酸素を何とか肺へ取り込もうとする。
た。衝撃で灰の中の空気が強制的に排出され、息が詰まる。無様に地
そんな間抜けな声が喉から漏れた瞬間、背中を床に強かに打ち付け
﹁え
一歩詰め寄ろうとした瞬間、衝撃と共に瑞鶴の視界が激変する。
んでも
!
!
急速に光量を増大させていき、光を放つ領域も広がっていく。数十秒
る点に小さな青白い光が生まれる。その青い光は2度3度瞬いた後
ハリマが水平線の向こうに小さく消えて行こうと言う時、海面のあ
瑞鶴は再び呆然とすることになる。
言い出すタイミングを失っていた真津の口から飛び出した言葉に、
?
760
?
を掛けて半径200mほどにまで拡大した青白い光の領域に存在す
る海水が俄かに泡立ち始め、周囲の海面が荒れ始める。次の瞬間、青
白く光る海面が隆起を初めた。光る円の中央付近に出現した隆起は
高さと面積を増して行き、あるところまで広がった瞬間、隆起してい
た海面が白い波と共に砕け散りねずみ色の艦首が顔をのぞかせる。
海面に突如出現した海水の卵を突き破るようにして1隻の巨大な
戦艦│││ホタカがその姿を海面にさらした。と言っても、その艦体
は万全とは程遠い物だった。前後に存在するはずの主砲は後方も無
く吹き飛び、艦隊の至る所に設置されているはずの速射砲や35mm
CIWSは最後部の6番速射砲を除いてあるものは根元から消し飛
び、あるものは拉げていた。甲板に並んでいるはずのVLSはハッチ
が捩じ切られ内部のコンテナも巨大なミキサーでかき回されたよう
に捩じ切られ海水がたまっている。重厚な艦橋や船体にはあちこち
し、死ぬかと思った。﹂
に小さな穴が開き、そこから海水が外へ噴き出していた。
﹁ゲェッホ、ゲホッ
水浸しになったCICで副長が呑み込んでしまった海水を吐いた。
周りではレーダー手や火器管制官、砲雷長が同じように海水を被った
コンソールや床から身体を起こしていた。
﹁ふ、副長。応急修理システム無事稼働しました。﹂
﹁これで〟無事〟って皮肉が効いてるなぁ。まあ、沈んでないからい
いけどさ。﹂
艦娘には応急修理システムを搭載することが出来る。これは通常
被弾した場合に行うダメージコントロールとは別に、艦体が攻撃を受
けて撃沈された場合一度だけ沈没を回避できるシステムだった。詳
しい原理は不明だが、艦体が木端微塵に吹き飛ぶような損傷であって
もこの装置さえ積んでいれば自力航行が何とか可能な程度の損傷に
抑えられた状態で海面に浮上する。戦闘能力はほぼ失われていたと
しても、撃沈による戦力の喪失を考えれば遥かにましだった。
しかし、このシステムにも弱点が存在する。システム自体は人一人
が持ち運べる程度の小さな金属製の箱であるが、システムが起動して
しまうと消えてなくなってしまい再利用は不可能だった。更に、シス
761
!
テム自体の入手法は艦娘の開発で極々低確率で入手するしかないと
言う運任せなもので大量に用意できない。また、このシステムは同じ
艦娘に対して1度しか起動しないと言う物だった。要するに、このシ
ステムを使って轟沈を回避した艦娘は、その後はこのシステムを搭載
していたとしても轟沈を回避することは出来ない。そのため、このシ
ステムは特に轟沈の場合がある作戦を除いては倉庫の肥やしになる
のが常だった。
深海棲艦との戦いでは余程のへたを打たない限り艦娘は轟沈しな
いと言う現状もこれに拍車をかけていたりする。
そして、このシステムを一層使いづらくしているデメリットは発動
後に艦娘の意識を奪い去る事だった。艦として撃沈は死ぬことを意
味し、その状態から無理やり各部を修復して再浮上させるため、イン
ターフェースである艦娘に多大な負担がかかった。システムの効果
によって身体の傷は完全に治されてしまっているが、意識は基本的に
﹁了解
﹂
762
失ったまま艦体が浮上する。艦の操艦自体は妖精さんでもできたが、
攻撃に関しては何とか撃つことだけは出来ると言った有様で戦力に
は数えられない。あくまでも轟沈〟だけ〟は回避するシステムだっ
た。このシステムの恩恵を受けた艦娘は、発動後しばらくのこん睡状
態を経て意識を回復させる。しかし、その期間はまちまちで1日で回
復する個体も居れば半年かかる個体も居る。近年の研究では、内地に
戻した方が意識の回復が速いことが解っている。
真津は今回の作戦で最も危険な役割を担うホタカにこのシステム
を搭載させていた。艦息に有効かどうかはハッキリしなかったが、な
いよりはマシだろうと言う判断だった。結果的にその判断は功を奏
﹂
しホタカはもう一度海面に浮かぶことを許された。
﹁艦長
なかった。
?
﹁ダメだね、軍医を読んでくれ。﹂
﹁如何です
副長。﹂
副長が倒れたホタカを起こすが、彼が目を覚ます兆候は全く見られ
!
!
軍医を呼びに行ったレーダー手妖精と入れ替わりに砲雷長が現在
の艦の状態を報告する。
﹁兵装は6番速射砲以外全滅です。レーダーも対空対水上射撃管制共
に修復不可能。主電算機は生きてますが機能の88%ほどがダウン。
が良い所ですね。防御重力場は全く使え
通信設備全損。浸水は何とか食い止めてはいますが、機関の損傷が激
しく発揮可能速力は20
ません。﹂
に届く。
接近中
﹁艦橋見張り員よりCIC
方位0│7│6
深海棲艦発見
﹂
﹂
冷や汗が頬を滑って濡れた床に落ちた。
﹁もしかしてデスノボリ立てちった
重巡2
駆逐2
!
いかい
﹂
﹁逆に考えるんですよ、相手が〟たった一門の砲で何ができる
﹁あ、ちなみに撃てるのは即応弾318発です。給弾システムに問題
撃を開始せよ。﹂
﹁152mm速射砲用意。目標敵先頭の重巡洋艦。射程に入り次第攻
長いため息を吐いて指示を飛ばし始める。
ホタカをストレッチャーに固定した軍医の呆れた様な声に、副長は
﹁バカな事やってないで、戦闘準備命令位発動しろよ。﹂
は向こうだけどね。相対的に考えて。﹂
﹁対空ミサイルもCIWSも軒並み全滅しているからハリネズミなの
フラグを立ててくれれば勝てます。﹂
〟と
その上艦体はガタガタのオワタ式と来たものだ。なかなかきつく無
﹁指揮取れって言ったって、使える砲は1門だけ、重力場も足も無い。
状態ですから臨時に指揮を執るのは貴方ですよ。副長。﹂
﹁訳の解らないこと言ってないで、指揮取ってください。艦長があの
?
!
ヤレヤレとため息を付く副長。そんな時、聞きたくない報告が彼女
散らされる。インガオホーとはこのことだ﹂
﹁まいったなぁ、これじゃあ深海棲艦に遭ってしまったらこっちが蹴
?
!
!
が生じた場合、射撃可能数はそれ以下になるためご注意ください。﹂
763
!
!
?!
?
﹁え
なに
もしかしてこの艦呪われてる
﹂
?
﹂
敵艦隊にミサイル多数着弾 深海棲艦殲滅さ
!
!
彼自身対艦攻撃任務に就いたことは一度も無いが、爆弾の投下はコ
事はある。
│││││でかい。なるほど大艦巨砲の化け物と言われるだけの
コクピットに収まった菅納は思わず身震いした。
水平線の向こうにハリマの巨大な艦体が見えてくると、イーグルの
ていた。
する。第一次攻撃隊として合計410機がハリマへ向かって侵攻し
c1個飛行隊、Ju│87の3個飛行隊、アパッチ3個飛行隊が追従
acr隊を初めとする3個飛行隊。そして、その後方にはFw200
erer隊等、合計で5個飛行隊。ハリアーはOfnir、Grab
配備するGarm隊、ホーネットを配備するMobius、Sorc
なっていた。第一次攻撃隊は爆弾を無理やり抱かせたF│15Cを
高高度から急降下爆撃を行う事で防御重力場を無効化する手筈に
隊が同じように飛行している。デュアルクレイター戦と同じように、
彼らよりも遥か上空では多数の爆弾を抱いたホーネット2個飛行
は戦艦だ。大艦巨砲の化け物に引導を渡してやれ。﹄
右舷側から侵入し徹底的に攻撃せよ。いくら相手が化け物でも所詮
な い。攻 撃 隊 全 機 は 別 働 隊 が 防御壁崩壊 を 誘 発 さ せ た の ち 超 兵 器 の
シー ル ド ダ ウ ン
り超兵器の右舷側の対空砲はほぼ全滅した。この機を逃してはなら
﹃Eagle Eyeより各機、よく聞け。ホタカの決死の攻撃によ
機のF│15Cだった。
んどがホーネットとハリアーで占められていたが、先頭を飛ぶのは2
朝日に向かって多数の航空機が編隊を組んで飛行していた。ほと
れました
﹁艦橋よりCIC
本気で副長が総員退艦を考え始めた時、それは起こった。
?
!
ンピューターが行う事になっていた。
764
?
ブレイク
ブレイク
﹄
目標までの距離が50kmを切った時、ハリマの艦体が黒煙に包ま
対空砲弾が来るぞ
!
!
れ管制機の警戒警報が響く。
﹃敵超兵器発砲
!
﹄
絶対にこの範囲に入るな
﹄
﹃データ画面に着弾範囲を表示した
回避だ
﹃入るなって広すぎるぞ馬鹿野郎
﹃回避
⋮8⋮7﹄
!
﹄
!
危険範囲から離脱していく。
!
﹄
﹄
﹃空が爆発したぞ
Garm隊の二機は散開しつつも何とか80㎝砲弾が生成する地
突っ込んだ結果激烈な衝撃波を受けて主翼をもがれ空中で爆散する。
るすべはない、そのハリアーも回避が間に合わず砲弾の加害範囲に
に陥ってしまった。戦闘中にデッドロックを起こした航空機に生き
予測とフライトコンピューターの同期に不具合が生じデッドロック
図形の中心付近に逃げてしまった2機のハリアーは砲弾の加害範囲
ら受けては不具合を起こしかねなかった。事実、数発の主砲弾が描く
混乱しない。しかし、ここまで立て続けに想定外の衝撃を四方八方か
う。航空機に搭載されたコンピューターは人間のパイロットの様に
体勢を立て直した瞬間に第2波が到達、編隊は大混乱に陥ってしま
ばれキャノピーがビリビリと振動した。第1波を何とかしのぎ切り
すぐそばで炸裂した榴弾の衝撃波にイーグルは木の葉のように弄
!?
﹃何だこりゃぁ
極めて有効な空間制圧兵器になりえた。
や建物よりも脆弱な航空機相手に特殊炸薬を満載した80㎝砲弾は
生成し、都市区画を一撃で木端微塵にする破壊力を持っている。大地
砲弾は地面に着弾した場合、幅と深さが10mを超えるクレーターを
その瞬間、キャノピーの向こう側に無数の太陽が出現した。80㎝
﹃5⋮4⋮3⋮2⋮1⋮弾着、今
﹄
整然と飛行していた編隊が俄かに騒がしくなり、各々が急旋回して
﹃着弾まであと10秒
!
ンクが行われている画面には巨大なオレンジ色の円が幾つも現れた。
翼を立ててジェット機の編隊が解かれていく。管制機とデータリ
!
!
!
765
!
!
獄の窯に突っ込むことを回避していた。
データリンクされた画面にはひっきりなしにオレンジ色の円が現
れては閃光と衝撃波と共に消えていく。キャノピーから見える景色
はまさに地獄絵図で、空中にはいくつもの太陽が出現しあたりに破壊
をもたらしていく。運悪くその太陽に突っ込んでしまった機体はす
﹄
ぐさまバラバラに分解されるか黒煙を噴いて高度を下げていった。
﹄
﹄
ベイルアウトする
﹃Cocoon│3がやられた
﹃こちらLancer│12
いったん退避する
﹄
!
!
バカスカ撃ちやがって
﹃右尾翼が吹っ飛んだ
﹃クソッ
!
!
た。速やかに敵防空網を突破せよ。﹄
﹃たしかに、これじゃあ爆撃隊はいい的だなっ
﹂
!
﹁Garm│1了解
﹂
貴官らは作戦通り敵超兵器を爆撃せよ。﹄
ッと。﹄
﹃ネガティブだ、Garm│1。その役目はアパッチ隊が担っている。
兵器のレーダーを叩くことを具申する
﹁此方Garm│1。敵超兵器本体の攻撃の前に、俺たちの一部が超
﹃同感だ。こんな攻撃を続けられたら命がいくつあってもたりねぇ。﹄
をやられてはここまで正確な射撃は出来ないはずだ。﹂
﹁この爆発は面倒だ。艦体を潰す前にレーダーをやった方が良い。目
ている最中に近場で爆発が起きたらしい。
通信の向こうからGarm02の若干上ずった声。如何やら話し
?!
﹃Eagle Eyeより全機。コンドルとシュトゥーカ隊は退避し
レシプロ爆撃機はそうはいかない。
るだけのポテンシャルを有していたのが幸いだった。しかし、鈍重な
ジェットエンジンのたたき出す推力は加害予測から何とか逃れられ
そ れ で も、彼 ら は 爆 発 の 合 間 を 縫 う よ う に 突 入 を 続 け て い く。
!
!
いするだろう。
こす。あの艦長ならば臨機応変に部隊の目標を変更させることぐら
今頃薄暗いCICで指揮を執っているだろう自分の艦長を思い起
│││││予想済みと言うわけか。
!
766
!
彼我距離がさらに近づくと、80㎝砲弾の他に38,1㎝砲弾も飛
んできて至近で炸裂する。これまでに第一次攻撃隊はハリアー、ホー
ネ ッ ト 合 わ せ て 2 0 機 ほ ど の 損 害 を 受 け て い た。音 速 を 超 え る
ジェット機でこの有様であるならば、レシプロ機主体の攻撃隊ならば
壊滅的な打撃を受けているだろうことは想像に難くない。
シー ル ド ダ ウ ン
﹃Eagle Eyeより各機。Antares、Rigel両隊が
シー ル ド ダ ウ ン
急 降 下 爆 撃 を 実 施 す る。こ の 攻 撃 で 防御壁崩壊 が 発 生 し な か っ た 場
﹄
合でも、重力壁にダメージは通っている。防御壁崩壊の有無にかかわ
らず爆撃を敢行せよ
機体を必死に操りながらちらりと空を見上げると、白い飛行機雲が
真 っ 逆 さ ま に 地 上 へ 向 か っ て 伸 び て い る の が 見 え る。そ の 数 は 重
なってしまってよく解らないが48本あるはずだった。
突然、ハリマの左舷側に強烈な閃光が発生し、無数の火箭が真上に
向かって伸びて行った。途切れることなく吐き出される無数の砲弾
は飛行機雲の束を飲み込み、引き裂いていく。8,8㎝砲弾、20,3
㎝砲弾共に近接信管が内蔵されているが、設計限界ギリギリにまで加
速したホーネットが相手ではいささか分が悪く、ホーネットガ通り過
ぎたはるか後方で炸裂する砲弾が続出した。とは言え、直撃した場合
には信管が作動する必要は無い。ハリマから吐き出される無数の対
空砲弾にその身を貫かれ爆散するホーネットが徐々に増えていく。
電脳戦闘機であるが故に、彼らは自らが消滅する恐怖をもたず一心
不乱に突入を続けるが恐怖心が無いだけでは弾丸を避けることは出
来なかった。一機、また一機とその対空砲火に焼かれていくが、最終
的に42機の機体が登弾に成功する。168発の800ポンド誘導
爆弾はハリマの巨大な防御重力場に次々と突き刺さり炸裂していっ
た。黒煙と爆弾の破片がハリマの巨体を覆い隠す。
が、数瞬間の静寂後。ハリマの2つの艦首が巨大な黒煙を貫き、艦
橋が黒煙を引きちぎりながらハリマは再びその姿を現す。
﹃ハ リ マ の 艦 体 に 目 立 っ た 損 傷 は 無 し。急 降 下 爆 撃 に よ る 損 傷 は 皆
無。﹄
警戒管制機のどこか気落ちした声が響く。
767
!
﹃作戦は続行だ。第1次攻撃隊各機は攻撃を開始せよ。左舷側上空は
飛行禁止区域とする。火だるまになりたくなければ絶対に立ち入る
な。﹄
﹄
﹃Lancer│1 Engage
﹄
﹄
﹃Wizard│1 Engage
鉄火場へ飛び込んでいく。
﹁Garm│1 Engage
│││││貴様の呻き声を聞かせて見せろ
もあり2機のイーグルを捉えられない。
れの攻撃を行うが、もともと想定されていない角度への射撃と言う事
く。ハリマの左舷がわ最外部に位置する88mmバルカンが苦し紛
値が見る見るうちに小さくなっていき、対地アラートが機内に鳴り響
大きい方が良いと言う判断から選択した攻撃方法だった。高度計の
力場が完全に崩壊していない今、たたきつけるエネルギーは少しでも
ピッチアップ、スロットルをMAXに叩き込みパワーダイブ。防御重
眼下には巨大な超兵器。一つ短く息を吐くと、機体を半ロールさせ
なり完全な死角となる。
す。この距離になるとハリマの2種類の大口径砲は仰角が取れなく
チアップ。真上に海が見えた瞬間に再度半ロール、機体を水平に戻
裂するが既に加害半径の外。垂直になった機体を半ロールさせピッ
を撃ち放つ。着弾予測を見る前に機首上げ上昇、後方で対空砲弾が炸
先頭に躍り出た事で数基の38,1㎝砲がこちらを指向し対空砲弾
追い抜いていく。
を吐き出し、重い機体を一気に加速させ先行していたホーネット隊を
イーグルに搭載された2基のターボファンエンジンが膨大な推力
してハリマへと突進していく。
2機のイーグルも後れを取るまいとアフターバーナーの輝きを残
﹄
﹃Garm│2 Engage
﹂
新しく部隊を割り振られたエースパイロット達が交戦を宣言して
﹃Grun│1 Engage
!
!
投下ボタンを押し込むと衝撃と共に俄かに機体が軽くなる。間髪
!
768
!
!
!
入れずに機体を引き起こし衝突を回避、血が足に集まり目の前が一瞬
真っ暗になる。ブラックアウトを起こしつつも、急降下で稼いだ速度
を生かして急速離脱。80㎝砲弾が追い打ちとして放たれるが海面
ギリギリで翼を立てて2手に分かれることで直撃を回避する。
イーグルから投下された1機辺り6発の800ポンド爆弾はその
全てがハリマに殺到する。AntaresとRigelによって叩
きつけられた爆弾に痛めつけられた重力場に16発の爆弾を防御す
る力は残されていなかった。4発が防御重力場によって早爆、力場発
生装置のキャパシティを消し飛ばし12発の爆弾の道を切り開いた。
甲板に着弾した爆弾は相次いで炸裂し、残っていた木の甲板を木端微
塵に吹き飛ばす。その中の1発は38.1㎝砲に着弾するが、厚い装
甲によって跳ね返されてしまう。しかし、ハリマに傷をつけたのは事
実だった。
﹄
﹃Garm隊がやったぞ
﹄
!
続け
﹄
﹃Eagle EyeよりShooter隊。攻撃を開始せよ
!
低空でホバリングをしていた。
﹃Eagle EyeよりShooter隊。攻撃を開始せよ
!
諸元入力良し
発射
﹂
!
アパッチの両翼にぶら下げられていた2発のハープーンが解き放
﹁了解
﹁出し惜しみするな、派手にやれ。﹂
ガンナーに指示を飛ばした。
の声の主は、低空でホバリングする機体を安定させながら前席に座る
ター隊Shooterの隊長機を務める機内に低い声が響いた。そ
ア パ ッ チ 隊 と 言 う よ り も 大 日 本 帝 国 で 唯 一 の 有 人 攻 撃 ヘ リ コ プ
﹁Shooter│1了解。攻撃を開始する。﹂
﹄
ハリマより北へ100km離れた地点で72機のAH│64Dが
﹄
﹃Grun│1より各機、防御壁崩壊は長くは続かない。攻撃するぞ、
シー ル ド ダ ウ ン
Garmの連中に遅れをとるな
﹃Lancer隊行くぞ
!
!
769
!
!
!
たれ、蒼空を翔けていく。彼らの後ろに続く他の僚機や無人機からも
同じように次々と対艦ミサイルが射出され水平線の彼方へ飛び過ぎ
ていく。
﹁攻撃完了しました。﹂
﹁良し、母艦へ帰還する。弾薬を補充したらもう一度だ。﹂
グルリと長い尾部が旋回すると、蜘蛛を模したエンブレムを付けた
Shooter隊を初めとする72機のアパッチは頭を少し下げつ
つ全速で離脱を始める。
放たれた144発のハープーンは攻撃針路に乗ったホーネットや
ハリアーの下を猛スピードで飛び過ぎ、ハリマの高い艦橋へ殺到す
る。ハリマのバイタルパートを貫くには非力すぎる槍だが、目を潰す
用途には十分に使用できた。各種レーダーに対艦ミサイルが突き刺
さりその機能を永遠に奪っていく。さすがのハリマも目となるレー
770
ダーを潰されれば、砲側の射撃観測装置のみで迎撃を行う事を強いら
れ。効率が格段に落ちる。そこへ、生き残った攻撃機8個飛行隊17
2機が抱いてきた爆弾が容赦なく叩きつけられる。
幅広の双胴の艦体左舷側に幾つもの閃光と爆炎が迸り、黒煙がハリ
マを包む。視界が遮られていたとしても、攻撃隊は容赦なく爆弾を叩
きつけていく。黒い流線型の爆弾が黒煙の中に突入し、その下のハリ
マの甲板で炸裂、新しい黒煙を噴き上げる。
最後のハリアーが投下した爆弾が艦首側に叩きつけられ攻撃が終
了する。既に爆弾を投下し終えた機体は再攻撃のために加久藤へ帰
還を始めていた。深海棲艦ならば数個艦隊を難なく吹き飛ばすほど
の攻撃、超兵器もただでは済まないだろう。
そんな思いを誰もが抱いていた。攻撃には直接参加せずハリマの
左舷側で爆弾の誘導を行っていたOmega│11こと和泉健一も
その一人だった。まだ煙が残っていることから撃沈はしていないに
しても、それ相応の被害は受けているはず。そう思っていた、その瞬
﹂
間までは。
﹁バカな
!?
黒煙を切り裂いて出て来たハリマに、艦橋部以外に目立った損傷を
見ることは出来なかった。右舷の甲板からは薄い煙が靡いているが、
それだけで、火災が起こっているような様子は無い。甲板に張られて
いた木は完全に消え去っていたが、その下の強靭な甲板装甲は健在で
太陽の光を受けて威嚇するように鈍色の光を放っていた。艦橋こそ
見るも無残にスクラップにされてはいるが、それは上半分の航海艦橋
の話で、下半分の戦闘艦橋に大きな損傷は見られない。艦橋の周りに
配置された砲台からは攻撃前と同じように大口径砲弾が吐き出され、
﹄
第一次攻撃隊による損害は警備 第2次
空を汚していた。艦体は傾くことも無く、速度は少しも落ちていな
い。
﹄
﹃こちらGrun│2
攻撃を求める
﹄
﹄
もっとデカい爆弾が要る
破孔一つ空いていない
﹃不死身かこいつは
﹃甲板を見ろ
﹃800ポンドじゃ無理だ
﹁くそったれ。﹂
!
﹁畜生
﹂
に切り裂き、機体を構成していた金属部品をあたりにまき散らす。
特殊榴弾が炸裂する。巨大な衝撃波はホーネットの後部をズタズタ
へ、急降下。ホーネットは海面へ機首を向けるが、後方で38,1㎝
ましいアラートが鳴り響く。自分の直観に従いスロットルをMAX
小さくつぶやいて翼を立てて旋回。その瞬間、コクピットにけたた
!
!
が無くなる。火災やエンジン停止のアラートが鳴り響き、頼みの綱の
ディスプレイも次々と沈黙していく。
﹁モニターが死んだ、エンジンが⋮﹂
この機体が航空機としての機能を根こそぎ喪失したことを直観的
に悟る。
﹄
﹄
Omega│11
﹃Omega│11がやられた
﹃脱出しろ
!
﹁Omega│11イジェークト
﹂
!
!
!
771
!
!
!?
!
!
操縦桿を引くと何とかホーネットは上昇を開始するが、すぐに反応
!
頭上のフェイスカーテン・ハンドルを引くと、ベルトが巻き取られ
射出座席に体が押し付けられる。シルロック解除。カタパルトガン
点火。IFF、ECM機器自爆装置作動。座席は射出されると同時に
ガス発生機を作動させ、固体ロケットに点火。彼の身体を十分な高さ
へと打ち上げる。射出座席からドラグシュートが射出され、それに
パ ー ソ ナ ル シ ュ ー ト が 引 き 出 さ れ る。パ ラ シ ュ ー ト 解 散 に よ る
ショックで固定具が外れ、射出座席本体と身体が分離される。機体の
制御コンピューターのバックアップメモリと共に、ゆっくりと降下し
ながらヘルメットのバイザーを上げると、目の前で未だに砲火を放ち
続けているハリマが良く見えた。
救難信号を発するビーコンを確認すると、うまく作動しているよう
だ。鮫に喰われない限り何とかなるだろう。
そんな事を考えながら再び視線をハリマに戻した時、超兵器の右側
面が文字通り爆ぜた。800発を軽く超える誘導爆弾が直撃しても
身じろぎ一つしなかった艦体が悲鳴を上げ、装甲板が吹き飛ぶ。目の
前の光景が信じられず呆然としていると、それまで上空を睨んでいた
ハリマの主砲全てが彼の方を向いた。いや、正確には彼の後方を睨ん
でいる。
そのまま18門の80㎝砲と15門の38,1㎝砲が咆哮する。3
3発の砲弾は彼の頭上を飛び越え背中側で炸裂。その衝撃波でパラ
シュートが木の葉のように揺さぶられる。必死にパラシュートにし
がみつき、衝撃に耐える。パラシュートが煽られた為先ほど向いてい
た方角とは逆の方向、ちょうどハリマが先ほど主砲を放った方に体の
正 面 が 向 く。視 界 に は 砲 弾 が 炸 裂 し た に し て は 大 き す ぎ る 爆 煙 が
漂っていたが、その煙の群れも、何かによって引き裂かれ反対側が見
える。
後ろで再び巨大な炸裂音が木霊するが、和泉の視線は前方の遠くの
方に釘付けになっていた。
大和型よりもスマートな艦体に、近代的な艦橋構造物。主砲は前部
に3連装砲が1基。その主砲よりも前方には丸っこい小型の単装砲
と無数の小型ハッチ。艦橋の周りには白い円筒形のレドームを備え
772
たガトリング砲が並び。その下、舷側ギリギリに設けられた大型の
ハッチは解放され、周囲には白煙がたなびいている。それは、先の海
戦で撃沈され現在は戦闘不能状態で退避を余儀なくされているはず
﹂
のホタカと全く同じと言って良い姿をした戦艦だった。
﹁ホタカ、だと
彼の嘆きは再び背後から轟いた大口径砲の轟音によってかき消さ
れた。
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 773
?
STAGE│40 ネームシップ
ハリマの舷側が火炎と黒煙に包まれ、無数の大口径砲弾が放物線を
描いて飛翔する。その標的となった艦は艦身体を大きく傾けながら
左舷方向へ回頭し、再び無数のミサイルを両舷から放ち、ダメ押しと
ばかりに2基の3連装主砲も発砲する。
﹁なんだ⋮あの艦は⋮﹂
早期警戒管制機に改造されたホークアイの機上で、それまで航空隊
の 指 揮 を 執 っ て い た E a g l e E y e こ と 藍 沢 大 佐 は 機 上 モ ニ
ターに映し出される不明艦とハリマの戦闘をにらみつけていた。
﹄
﹃G r u n │ 1 よ り E a g l e E y e。ホ タ カ は 沈 ん だ ん じ ゃ な
かったのか
﹁此方Eagle Eye。ホタカの撃沈はOmega隊が確認して
いる。彼は応急修理装置によって喪失は回避してはいるが、艦体はボ
﹄
ロボロの筈だ、コイツじゃない。﹂
﹃じゃあこいつは誰だ
﹄
?
の攻撃は確認されていません。﹂
﹃解った。ホタカはどうなっている
﹄
﹁全周波数帯で呼び掛けを行ってみます。現在、彼の艦からこちらへ
﹃こちら加久藤。出現した不明艦と交信は出来るか
Grun│01との通信が切れると、藍沢へ母艦から連絡が入る。
﹃了解。﹄
せよ。﹂
﹁調査中だ。各機は母艦に帰還した後燃料、弾薬を再搭載して再出撃
?
ゴ
ブ
リ
ン
隊
﹃既にUH│1の一個飛行隊を出撃させた。救難隊の指揮権は君に移
シー
とされていますので。﹂
﹁捜 索 救 難 部 隊の派遣を要請します。これまでに有人機が何機も落
サーチアンドレスキューチーム
帰還させ補給を行わせる。﹄
﹃こちらからホタカ護衛の為の航空隊を出撃させる。Omega隊は
り戦闘海域からの退避を続けています。﹂
﹁再浮上は無事成功したようです。現在はOmega隊が護衛に当た
?
774
?
譲する。﹄
﹁了解。﹂
﹁大佐。全周波数帯通信の準備が整いました。﹂
補助として乗り込んでいる士官が、ヘッドセットを藍沢に渡した。
﹁⋮こちら大日本帝国海軍加久藤航空隊所属空中管制機Eagle Eye。貴艦の所属と目的を明かされたし。﹂
│││││さて、鬼が出るか蛇が出るか⋮
不明艦より発光信号
﹄
投げかけた質問の答えはすぐに帰って来た。ただし、電波では無く
可視光と言う形で。
﹃こちらLancer01
﹁読み上げろ。﹂
!
た。
﹃なっ
﹄
﹄
ア帝国軍紅海方面軍第四艦隊旗艦、アサマ型高速戦艦1番艦アサマ
我が軍への協力を申し出ています
!
﹃Lancer01よりEagle Eye⋮該当不明艦はウィルキ
﹁どうした
﹂
ややあって困惑した様なLancer01の声が通信機から響い
!
﹄
ア帝国軍紅海方面軍第四艦隊旗艦、アサマ型高速戦艦1番艦アサマ
我が軍への協力を申し出ています
ていた。驚きに目を見開いた筆木中将が彼に問いかける。
?
ウィルキア帝国に日本が降伏した時、横須賀のドックで建造されて
とは違いますが正真正銘同型艦です。﹂
﹁ええ。仰る通り、あの艦はホタカの兄弟艦です。まあ、艦の分類は奴
﹁加久藤。アサマ型と言うと、ホタカと同型の艦ではないのか
﹂
ホーネットからの通信を加久藤は薄暗いCICルームで受け取っ
!
﹃Lancer01よりEagle Eye⋮該当不明艦はウィルキ
!
!
775
?!
?!
いたアサマも帝国軍に編入され、艦の分類が装甲護衛艦から高速戦艦
に変更されていた。アサマのスペックはホタカとほぼ同じであり、高
速性能も十二分に有していたための措置であった。また、世界に覇を
唱えたウィルキア帝国軍内に装甲護衛艦という守りに特化した様な
無線封鎖をやっているわけで
印象を受ける艦分類を残すことを帝国側が嫌ったのも原因の一つだ
と言われている。
﹁しかし、どうして発光信号なんだね
もないだろうに。﹂
﹁そのことですが。こちらをご覧ください。﹂
モニターを操作し、アサマの後部艦橋の一部分を映し出す。煙突か
らの排煙やミサイルの白煙が漂っており解りにくいが、そこには後部
艦橋に備え付けられたマストが無理やり引きちぎられたような損傷
を見ることが出来た。
﹁これは⋮﹂
﹂
﹁どうやら無線通信設備をやられているようです。これでは発光信号
でもしないと通信を送ることは出来ません。﹂
﹂
﹁非常措置と言うわけか。加久藤、君は如何するべきだと思う
﹁如何⋮とは
?
きるのかね
﹂
筆木の問いに、艦息はしばし顎に手を置いて考える。が、すぐに答
えを出したようで顔を上げた。
﹁今は信用するしかないでしょう。第一、ハリマの装甲板は我々の予
想以上に強固です。本艦に搭載された誘導爆弾では装甲板に傷一つ
付けられませんでした。次の攻撃では念のため用意しておいた1t
爆弾を使用するつもりですが、この大型爆弾は数が足りず決定打に欠
けます。ホタカのトライデントが使えない今、使える特殊弾頭兵器は
アサマに搭載されたものだけですので、たとえ信頼できなくとも今は
信用して共同戦線を張る他ないと考えます。﹂
﹁そうか。﹂
モニター上では再びハリマの舷側にトライデントが突き立ち、巨大
776
?
﹁この戦艦は信用し共同戦線を張るべきかどうかと言う事だ。信用で
?
?
な爆炎を上げていた。
ハリマに搭載された無数の主砲が咆え、遠距離からミサイルを断続
的に撃ち放ってくる戦艦へその砲弾を解き放つ。アサマは自らの主
砲の射程圏ギリギリを併進しながらハリマに攻撃を加え続けていた。
この距離ではアサマの主砲は届かず、ハリマに一方的に主砲を撃たれ
てしまう。しかし、一見不利に見える配置にもアサマなりの考えが
あった。ハリマの主砲は長大な射程を有しているが、そのことが逆に
仇になることが有る。いくら電磁気力で主砲弾の初速を稼いだとし
ても、40kmを超える距離を一瞬にして飛翔することは不可能であ
り、ある程度の時間が必要だった。そして、その時間はアサマにとっ
て砲弾の軌道をトレースし、着弾予想地点から逃げるのに十分な時間
であった。また、ハリマの主砲がアサマに向けて放たれていると言う
事は上空の航空隊に向けられている砲は其れだけ少なくなっている
ことを意味し、火力の分散を引き起こしていた。接近する航空機に対
しハリマが主砲を向けようとした時は舵を切って、超兵器に突入する
ように見せかけることで砲を空に向けることを制限させていた。
アサマの両舷に備え付けられた装甲ハッチが開かれ大柄なミサイ
ルが身震いをしながら飛び出し、それに続くように無数の対艦ミサイ
ルが白煙と共に打ち出される。打ち出された大小の槍は太陽が高く
昇り青く染まった空を、弧を描きながら飛翔し巨大戦艦に殺到してい
く。狙われた戦艦は、対空迎撃のため仰角いっぱいにまで振り上げて
いた38,1㎝3連装砲の砲身を下ろし、それまでアサマに向かって
砲撃を続けていた80㎝砲と共に、迫りくる音速の目標へ射撃を開始
ファイアウォール
する。第一斉射で放たれた18発の80㎝対空砲弾と15発の38,
1㎝砲弾が空中で炸裂し巨大な爆炎の壁を形成する。突如出現した
緋色の壁に多くのミサイルが阻まれ迎撃されていくが、意図的に発射
を送らされたミサイルの一群が黒煙を切り裂いて突入を続ける。
777
第2斉射。80㎝砲の装填は間に合わず38,1㎝砲のみの砲撃。
先ほどのモノより明らかに密度の薄い壁が形成され数発のミサイル
が爆発するが大部分が通過する。ホタカの特攻に近い攻撃によって
近接防空火器を喪失したハリマに突入するミサイルを着弾前に防ぐ
手立てはもはや存在しない。23発のハープーンと3発のトライデ
ントがハリマの防御重力場を切り裂いてその幅広い艦体へ突入する。
閃光と共に戦術核に匹敵する衝撃波が撃ち込まれ、トライデントが
直 撃 し た 3 8,1 ㎝ 砲 2 基 の 砲 身 が 拉 げ、も ぎ 取 ら れ 宙 を 舞 っ た。
ハープーンは比較的構造が軟弱な艦橋周辺に突入し、生き残っていた
射撃指揮レーダーをなぎ倒す。右舷側最前部の80㎝砲に着弾した
トライデントもあったが、ハリマの主砲の装甲は強固であり破壊には
至らず装甲を拉げさせるだけにとどまった。
復讐とばかりに放たれた80㎝砲弾がアサマに迫る。砲弾の軌道
と着弾予測を行い射線から逃れるが、今度の砲弾は只の対艦砲弾では
無かった。
着弾する寸前に炸裂。80㎝砲弾が炸裂した所から無数の銀色の
紙吹雪が拡散しあたりに漂う。その瞬間、アサマの電探はその全てに
白い靄がかかったようにホワイトアウトしてしまう。ハリマが使用
したのは80㎝電子欺瞞弾。砲弾内にアルミを蒸着させたフィルム
を充填したもので、目標を包み込むように炸裂させてその電子の目を
奪う。
戦艦同士の砲撃戦を意図して建造されたハリマにとって、アサマ型
に搭載されていたトライデントの様な高火力誘導兵器は脅威だった。
例え超兵器の電子戦能力をフルに活用しても、母艦の電波が直接届く
距離ならば電子防御を力技で突破されてしまう。いかに強固な対空
迎撃網を構築していたとしても、無数に迫りくる超音速のミサイルを
さばき切るのは至難の業だった。
そのため、今回使用した電子欺瞞弾が開発された。この砲弾とハリ
マのけた外れの射程を使えば、母艦の電波が届く距離にまで接近した
艦がいたとしても、その母艦の周りに電子欺瞞紙をバラ撒くことで誘
導電波を無効化させ、その間に砲弾を叩き込む。80㎝砲の巨大なペ
778
イロードが有れば数発で戦闘艦の周りをチャフだらけにすることが
出来た。
と言ってもこれは極秘兵装であり、この砲弾を使用すると言う事は
其れなりにハリマが焦りを感じていることがうかがえた。一向に砲
撃戦を行おうとしないアサマに業を煮やしたともとれるが⋮
アサマは突如生じた電子欺瞞紙の結界から逃れようと舵を切り、速
度を上げるが、ハリマは其れを許さなかった。複数の主砲を使い、艦
の進む先に広範囲にチャフ砲弾を送り込む事でアサマが常にチャフ
に包まれるように工夫をしていた。
そんな中でも、アサマは14発全てのトライデントと60発のハー
プーンを打ち上げる。打ち上げられたミサイルはそのまま電探欺瞞
紙の雲を突っ切るように上昇すると、旋回しハリマへと突入してい
く。チャフが効かなかった訳では無い。只のプログラム誘導だった。
電探欺瞞紙がばら撒かれているのはアサマ周辺であり、その雲の先で
は何時もの様に電波を使うことが出来る。ミサイルにチャフを通過
し、おおむね敵艦の方へと頭を向ける飛翔コースを予め入力しておけ
ば母艦の電探が使えなくても攻撃は可能だった。
上空から付き下ろすように74発のミサイルがハリマへ突入する。
が、突入しようとした瞬間にチャフの雲に突っ込み、ハープーンの大
部分が明後日の方向に飛んで行ってしまった。80㎝砲はその全て
がアサマを狙っている。ミサイルを無力化したのは38,1㎝電探欺
瞞弾だった。80㎝砲が使えない時のためにと開発、搭載された砲弾
は目論み通りチャフの穴をふさぐことに成功する。
しかし、銀色の光を反射するチャフの雲を14発のトライデントは
難なく通過しハリマへ突入していく。トライデントのシーカーは電
探・画像複合誘導であり、例え電波が使えなくとも弾頭に取り付けら
れた小型カメラによってミサイルの誘導が可能だった。再び目の前
に形成されたチャフの雲を突き抜け14発がハリマへ突入。しかし、
復旧を終えたばかりの防御重力場に阻まれ10発が早爆してしまう。
それでも、突入した4発のトライデントはハリマの甲板や38,1
㎝砲に突き立ち、火柱を噴き上げた。いくら敵艦隊との砲撃戦を意図
779
して作られ、装備された複数枚の特殊装甲があったとしても、トライ
デントの連続した突入には耐えきれず引き裂かれ、宙を舞い艦内部に
損傷が生まれる。結果的に2発のトライデントが甲板の装甲を打ち
抜くことに成功する。
しかし、ようやく形成された破孔に灰色の液体が満ちてゆき、最終
的に破孔全体がその液体によって覆われてしまった。戦艦同士の殴
り合いでは被弾は避けられない。だが、装甲を打ち抜かれることは艦
全体の防御能力の低下を意味している。いくら強固な防御壁を搭載
していたとしても、攻撃が続けられれば損傷し破壊されてしまう。水
上砲戦で最強を目指したハリマにとってそのような事はあってはな
らない事だった。そこで搭載されたのが、硬化性修復剤だった。艦内
至る所に張り巡らされた修復剤注入管から被弾し、破孔の空いたブ
ロックに灰色の修復剤が流し込まれる。流し込まれた修復剤はわず
かな時間で固化し、瘡蓋の様に破孔をふさいだ。防御能力自体は装甲
﹂
780
板に劣るが、打ち抜かれたブロック丸ごと修復剤で埋めて補強するた
め見かけ以上の防御能力を発揮した。
﹁なるほど。﹂
ハ リ マ に 穿 た れ た 破 孔 が 灰 色 の 液 体 で 満 た さ れ て い く の を モ ニ
﹂
ターで確認した加久藤は合点が言ったと言う風に一つ頷いた。
﹁何かわかったのか
﹁はぁ
﹁しかし、ハリマに破孔が開いたこともまた事実。うちのパイロット
まっていた。
モニターの向こうでは、既に破孔は灰色の修復剤に飲み込まれてし
ける悪魔的なまでの不死性ですよ。﹂
も決して動じず、沈まず、敵を完膚なきまでに叩き潰すまで攻撃を続
的な各種砲弾でも、鉄壁の対空防御でもない。如何なる攻撃を受けて
体に装備された大口径砲でも、驚異
プラットフォーム
﹁ホタカが何故あそこまで奴を恐れていたのかが、よく解りました。﹂
帰ってきたのはほぼ真逆の答えだった。
何か良い案でも浮かんだのかと期待を込めた視線を筆木が送るが、
?
﹁奴の恐ろしさはその巨大な図
?
にはこの破孔を狙うように指示しておきます。いくら修復剤で穴を
ふさいでも所詮は急場しのぎ。1t爆弾を防ぐのは至難の業でしょ
う。﹂
遂に装甲板を打ち抜かれたハリマだったが攻撃の手を緩めるよう
なことはせず、ひっきりなしに砲弾を吐き出し続けていた。一方のア
サマはトライデントを再装填しつつチャフの回廊を抜けようと必死
に機動を続けていく。取り舵をいっぱいに切り艦首と艦尾が海面に
白いカーブを描いた瞬間、前方に3つの巨大な水柱が吹き上がりその
白い壁に艦首が突っ込んでしまう。ハリマは主砲塔の一基を対艦砲
弾に切り替えて、アサマを仕留めに掛かった。ひっきりなしに降り注
ぐチャフによって電子の目を奪われたアサマに迫りくる砲弾を察知
する手立てはない。幸いにも、ハリマの火器管制レーダーが沈黙して
いたため初弾は外れたが、これがこのまま続くようには思えない。
突然、それまで沈黙していたアサマの主砲が振り上げられ、轟然と
火を噴く。その瞬間、アサマの左舷側上方と進行方向上方に巨大な火
球が現れ散布されていたチャフを吹き飛ばした。一歩間違えば自艦
の非装甲部分に損傷を与えかねない危険な行動ではあったが、一時的
に電波を遮る結界を吹き飛ばすことが出来た。
すぐに飛来した別の砲弾によってふたたびチャフが撒かれるが、わ
ずかな時間でも電子の目が働いた結果、次の対艦砲弾を避けることに
成功する。また、41cm砲の装填速度は80㎝砲よりも早い。砲門
数では大きく後れを取っていたが、降り注ぐチャフの雲に穴をあける
ことは何とか可能な範囲だった。
しかし、戦争では時には運に左右される。運悪くチャフの結界が破
れた隙に砲弾を発見できなかった結果、アサマの全部艦橋のマストの
中ほどを80㎝砲弾が打ち抜き、航海艦橋から上が丸ごと吹き飛んで
反対側の海に水しぶきを噴き上げながら叩きつけられた。例え80
㎝砲弾を受ける前に防御重力場が完全でも、現在のアサマ型に搭載さ
れた重力場では防ぐことが不可能であることを示していた。さらに、
2発目は至近にまで迫りくると突如炸裂、巨大な爆炎を形成する。至
781
近距離で炸裂した対空特殊榴弾はその激烈な衝撃波と弾片で対水上
レーダーや射撃指揮レーダー、フェイズドアレイレーダーなどアサマ
の非装甲区画を吹き飛ばし、炎上させ、引き裂き甚大な損害を与える。
後部の損傷を考えると、今のアサマは一時的に電子兵器の一切が使え
なくなってしまった。
アサマ型の特徴の一つである強力な電子兵装を失ってしまったア
サマは、舵を切って一時離脱を計る。それを見逃すハリマでは無く、
主砲弾を対艦用の砲弾に切り替えつつ攻撃を続行する。手負いの状
態になったアサマだったが、ただそのまま嬲り殺されることを許容す
るような神経は持ち合わせていなかった。艦尾を敵に向けて被弾面
積を最小化させ、全速で離脱を敢行する。周囲に80㎝砲弾が降り注
ぐが直撃弾はない。
全弾命中
﹄
離脱を始めた敵に対して砲弾を放ち続ける超兵器の艦上に一際巨
大な爆炎が生じる。
﹃こちらCocoon隊
くりかえす
防御重力場は展開していない
﹄
!
﹄
アサマ及びCocoonが
ハリマに攻撃を加えた個所に集中的に攻撃せよ
﹃Eagle Eyeより第2次攻撃隊
ていない
﹃Cocoon│02より後続隊へ、ハリマに防御重力場は展開され
!
リマ上空へ舞い戻った。その翼に抱くのは1tの重量を誇る特注品
の試製100番徹甲爆弾、貫通力は先ほどの誘導爆弾の比では無い。
無 数 の 黒 光 り す る 爆 弾 が ハ リ マ へ と 降 り 注 ぎ 次 々 と 炸 裂 し て い く。
更に、遠方から海を這うように突入してきたハープーンはハリマの右
﹄
Garm│02。﹂
舷側から侵入し艦橋を掠めて左舷側に着弾、対空火器の幾つかを吹き
飛ばした。
﹁度胸試しと行こうか
﹃ビビッて海面にキスするなよ
どと同じ誘導爆弾だった。機首を海面に向けて急降下を開始、狙うの
F│15に搭載できるの100番爆弾は2発のみ、残りの4発は先ほ
成 層 圏 か ら 2 匹 の 猟 犬 が 眼 下 の 獲 物 め が け て 急 降 下 を 開 始 す る。
?
?
782
!
!
第2次攻撃隊のホーネットとハリアーが大型の爆弾を装備してハ
!
!
!
は艦隊のあちこちに爆弾が直撃し黒煙を噴きだす超兵器。スロット
ルMAX、パワーダイブ。背後の2基のエンジンが甲高い咆哮を響か
せ、機体を加速させていく。コンピューターの支援の下、投下コース
とタイミングを決定。高度計が一足飛びに減少し、間に現れた高層雲
をクリップドデルタ翼とソニックブームで切り裂いて急降下する。
全弾投下、機首上げ、大G旋回。目の前がグレーになり、前が見え
なくなる。ブラックアウト。突然Gがかかる方向が変化し息が詰ま
る。徐々に視界に光が戻り始め、灰色で染め上げられた視界の端の多
機能ディスプレイには〟I have control〟の文字と、
投下後の離脱コースから外れているという表示。恐らく急降下して
オーバーライド
機首を引き上げる最中にコンピューターが機体の機器を察知して
強制操縦 し た の だ ろ う。オ ー ト パ イ ロ ッ ト 切 っ て 旋 回 上 昇。攻 撃 圏
内から離脱し僚機との合流を目指すため、操縦桿を握り直した瞬間後
方で巨大な爆発が発生する。
柱が林立し、火の粉と鋼片が艦上に踊る。爆弾が直撃する瞬間が重な
り、超兵器全体が爆煙に包まれる。が、その煙も内部から放たれた8
0㎝砲の衝撃波に引き裂かれた。放たれた砲弾は攻撃に参加し低空
783
Garm隊が投下した4発の1t爆弾は、先ほどまでの攻撃でアサ
マが沈黙させた38,1㎝3連装砲に直撃した。痛めつけられていた
砲塔にこの衝撃を受け止められるほどの余力は無く、直撃を受けた個
所に破孔が生じ内部への突入を許してしまう。ただちに修復剤が注
入されるが、それが固まる前に遅延信管が作動し4t近い炸薬が破壊
をもたらした。砲塔内で発射を待っていた無数の砲弾や装薬はその
爆発を耐えられるほど強固では無く、次々と炸裂していき、隣接する
砲塔直下まで被害が波及した。結果的に背負い式に配置されていた
2基の3連装砲は内部から膨らみ弾け飛び、白熱した金属片が海面に
﹄
飛散する。ハリマに目に見えるダメージが入ったことで、他の航空隊
﹄
3連装砲の2基を潰した
炎上中
!
から歓声が上がる。
﹃やったぞ
﹃ハリマに大火災発生
!
ここぞとばかりに攻撃隊は大型爆弾を叩きつけていく。水柱と炎
!
!
に舞い降りていた電脳航空機のハリアー隊11機を一撃で木端微塵
に解体する。
艦上構造物が炎に包まれていたとして、その行足は遅くならず。2
つの艦首は大洋を切り裂き続けていた。
﹁化物だ⋮﹂
ターボプロップのエンジン音と電子音に支配された機内で誰かが
ポツリと嘆いたのを、操縦桿を握る機長は黙って聞いていた。
攻撃開始から既に12時間が経過し、南太平洋の強烈な太陽は西へ
とその身を隠し始め、空と海を赤く染め上げていた。そんな血の様に
赤い空間に、超巨大双胴戦艦ハリマは黒煙と火炎を噴き上げながらも
その姿をとどめ、ゆっくりとではあるが確実にトラックへと進路を
とっており、こちらの降伏勧告に応じる気配もない。加久藤攻撃隊の
出撃回数はそろそろ2ケタに達しようとしていた。艦上構造物はそ
のほとんどが瓦礫の山になり、威風堂々とした艦橋には多数の破孔が
生じ夕日を受けて廃城の様にも見えた。両舷に備え付けられていた
多数の対空火器はその全てが度重なる航空攻撃で沈黙しており、3
8,1㎝連装砲もトライデントや大型爆弾によって砲身や砲塔を破壊
され無残な姿をさらし、破孔からは火炎と黒煙が立ち上り夕焼けを汚
していた。航空機とミサイルの誘導をEagle eyeに任せた
アサマによる波状攻撃を受けて艦内に多量の海水を飲み込み、速度も
出ていない。まさしく満身創痍と言った風貌だったが、超兵器の戦意
は衰えてはいなかった。80㎝3連装主砲はその装甲に物を言わせ
攻撃を防ぎ切り、全てが機能を維持して未だに砲撃を続けていた。長
時間の砲撃により砲身の歪みが無視できないまでになったのか、放た
れた砲弾の散布界は極端に広くなってはいたが物量でそれを補い、隙
あらば突撃する姿勢を示しているアサマや反復攻撃を仕掛け続ける
航空隊をけん制し続けていた。
攻撃隊の編成は全て無人機に切り替わっていた。部品さえあれば
疲労を感じず何度でも出撃できるのが無人機の強みではあったが、そ
れらを管制する早期警戒機はそうもいかなかった。オートパイロッ
784
トがあるとはいえ、疲労がゼロになるわけではない。機長の後ろのス
ペースでいまだに指揮を行っている藍沢大佐に至っては戦闘開始直
後から働きづめだった。それでも、彼の指示の精度が落ちることは無
い。早期警戒管制機として再配備されたホークアイを運用する舞台
において、藍沢と言う管制官は隊内随一のタフな人間であり長期戦が
予想されるこの戦いではうってつけの人材だった。
しかし、ハリマの対空榴弾による不意打ちの時にも汗一つ書かな
かったその藍沢の顔にも、少々の焦りが出始めて来た。
﹁不味いな。このまま行くと絶対防衛圏を超えかねない。﹂
今回の作戦で設定された絶対防衛権は、トラック島から半径56k
mと設定されていた。この領域内にハリマを入れてしまうとトラッ
ク島がハリマの主砲の射程に入ってしまい鎮守府やそこに備蓄され
た戦略物資に艦砲射撃が行われてしまう。もし、備蓄物資やドックに
﹂
壊滅的打撃をこうむればMI作戦が中止されてしまう。
﹁機長。コイツは、本当に沈むのでしょうか
隣の副操縦士が不安と恐れの入り混じった声を上げる。正直、機長
自身も彼の艦が本当に沈むのか確証が持てないでいた。
﹁解らん。だが一つ言えることは、奴は確実に傷ついている。それだ
発艦
されていた。事ここに至っては加久藤も砲撃によりハリマを迎撃す
る命令が下ったため、貴重なジェット機はラバウル基地へ退避させる
ことが決まっていた。加久藤に装備された120口径30,5cm連
装砲の最大射程は約41km、80㎝砲の射程外からアウトレンジす
ることは不可能であり、その図体から砲弾を避けるなどと言う芸当は
不可能だった。そのためギリギリまで砲撃戦を避ける様に後退を続
けていたが、ここまで攻め込まれてしまうと砲撃戦以外に選択肢は無
かった。
785
?
火器の補給は要らん
!
けだ。﹂
﹂
!
急げ
﹁航空隊は増槽を付けて直ちに発艦せよ
後はラバウル鎮守府へ退避
!
両舷の飛行甲板からは増槽を付けた次々と航空機が次々と打ち出
!
﹁筆木中将、Fw200Cを用意してあります。この機でラバウルま
﹂
で一時退却してください。﹂
﹁私に、逃げろと言うのか
ウ
Cに備え付けられた椅子から動こうとはしなかった。
﹂
﹁そ、それは⋮出来ない。﹂
﹁何故です
を、置いていくわけには行かないだろう
だった。
﹁き、君は死ぬ気なのか
﹂
﹂
死。その単語に筆木の肩が反応するが、それでも動く気は無さそう
?
?
﹁⋮⋮奴はあのハリマです。死ぬかもしれませんよ
﹂
﹁私は指揮官だ。これから戦争と言うのに、ウ、ソロン南方要塞の旗艦
チ
加久藤はそう促すが、額に汗がにじみ、手も震えつつも筆木はCI
﹁いえ、戦略的転進です。時間がありません。さあ、早く。﹂
?
が撤退するわけには、いかんだろう
﹂
﹁き、君がその気なら。わ、私は死なんよ。死ぬ危険が無いのに指揮官
理に笑った。
加久藤と筆木の視線が交わると、提督は頬をひくつかせるように無
﹁いえ。そのような考えはありません。趣味じゃないので。﹂
?
きな被害を受けていたが、それでも攻撃を続けることを辞めなかっ
残数も残りわずか。レーダーはほとんどが沈黙し、前後の艦橋にも大
限界が近づいていた。ハープーンは既に打ち尽くし、トライデントの
これまでハリマと併進し、絶えず打撃を加え続けていたアサマにも
30,5cm砲に対艦砲弾が装填される。
﹁ああ、そうさせてもらおう。﹂
煩わせるような相手ではありませんので。﹂
﹁それでは、何時もの様にそこに座っていてください。提督のお手を
て、モニターに向き直る。
ない交ぜになったような奇妙な感覚を覚えた。小さくため息を付い
断固として引かない意志を見せる自分の提督に、呆れや誇らしさが
?
786
?
た。
艦の周囲に80㎝砲弾が着弾し海水が艦体を洗う。降りかかった
海水を弾き飛ばすようにトライデントが打ちあがり、超兵器へと突入
していく。閃光と爆炎がハリマの艦体から立ち昇り、鋼板が宙を舞
う。弾け飛んだ破片の群れを80㎝砲弾が貫き、アサマの至近に着弾
する。攻撃の応酬は何時までも続くように思えたが、ハリマの周囲に
自分のモノでは無い水柱が突如林立した。
水平線ギリギリに夕日を背に突入してくるハリマよりも巨大な戦
闘艦。加久藤による30,5cm砲の艦砲射撃だった。比較的小口径
な分、アサマやハリマ以上の速度で砲弾を撃ちあげていく。それに触
発されたのか、ハリマの主砲はアサマでは無く前方の加久藤を指向し
程度にまで
近くにまで急速に上昇し、猛然と突入を開
ようと旋回を開始していた。更にハリマは、今まで20
低下していた速力も40
しかし、その代償は高くついた。これまでひっきりなしに砲撃を続
加速させて射出し一時的に射程を延伸したらしい。
通過してはいない。ウェーク島攻略戦時のホタカの様に砲弾を異常
加久藤は慌ててハリマの現在位置を確認するが、まだ絶対防衛圏を
描いて飛翔し、加久藤の頭上を飛び越えトラック環礁内に着弾した。
攻撃を弾いてきた主砲塔を破壊しながらも夕日に向かって放物線を
装薬によって異常加速された12発の80㎝砲弾は、それまで無数の
轟と前方を指向できる4基12門の80㎝砲が咆えた。過剰量の
なくなり、エアポケットの様な奇妙な静寂が生まれる。
タリと固定される。一瞬、当たりにはエンジンと潮騒の音以外存在し
遂に、照準が終わったのか僅かに上下していた80㎝砲の砲身がピ
トや主砲弾は次々と艦体を穿ち、炎上させていく。
ていく。既に防御重力場はハリマの艦体を覆っておらず、トライデン
も、やらないよりはマシと主砲を乱射しながら舵を切り針路を変更し
いっぱい上げ、残り少ないトライデントを打ち上げる。加久藤の方
アサマは舵を切ってハリマへの突入コースをとり、機関出力を目
始していた。
?
けていた80㎝砲は、設計限界を超える初速をたたき出した圧力に耐
787
?
えきれず内部から弾ける様に崩壊し無残な姿を艦上にさらした。ま
た、ボロボロの艦体にも大きな変化が訪れる。
これまで強靭な装甲によって攻撃を防ぎ続けてきた舷側が耳障り
な金属音と共に割け、その裂け目から侵入した海水が急激に沸騰し
真っ白な水蒸気が舷側から噴き出したかと思うと大爆発を起こした。
水蒸気爆発によって舷側の一部が吹き飛ばされると、生じた破孔に海
水が流れ込み更に爆発が誘発される。ハリマの速度は浸水によって
落 ち て い た わ け で は な い。度 重 な る ト ラ イ デ ン ト や 爆 弾 の 直 撃 に
よって生じた膨大な熱量は艦内に送り込まれるが、破孔は断熱効果の
ある修復剤に閉じられてしまうため熱が外部に逃れる道を奪ってし
まう。艦内にもそのことを見越した冷却装置は完備されていたが、こ
れまでの攻撃によって機能不全に陥ってしまっていた。内部にため
込まれた熱量を排出させるために機関の冷却装置もフル稼働したが、
人類側の波状攻撃に追いつくレベルでは無かった。機関のオーバー
ロードを避けるためにあえて出力を下げて低速運転をしていたため、
人類側は速度が落ちたと錯覚していたのだ。
先ほどの全力運転により、かろうじて機能していた機関冷却システ
ムは完全に破壊されてしまい、もはやハリマに自分の艦内温度を下げ
る能力は存在しなかった。先ほど艦体が割けたのも、内部と外部の温
度差に装甲板が耐えられなかったのが原因だった。艦内に入り込ん
だ大量の海水は高熱の金属に触れ水蒸気爆発を繰り返し、その度にハ
リマの艦体が震え、破片が吹き飛んで行く。辛うじて原型をとどめて
いた塔型の艦橋が爆発とともに倒壊し、80㎝砲の瓦礫を押しつぶ
す。右舷側に空いた破孔から大量に海水が侵入した為、艦体が右に傾
きつつ沈降を始めた。
一際大きな水蒸気爆発が起きると、ハリマの艦体の中央に大きな亀
裂が入り船体が大きく曲がる。右側の艦体に引きずられるように左
舷側の甲板が垂直に立ったかと思うと、真っ白い蒸気を至るとことか
ら噴き上げながらアッと言う間に巨大な艦体は巨大な渦を形成しつ
つ海底深く飲み込まれていった。そして、ハリマの沈んだ海面が最後
に巨大な爆発を引き起こし大量の海水を空中に打ち上げた後、ようや
788
く夕焼けで赤く染まった南太平洋に平穏が戻った。
﹃こちら空中管制機Eagle Eye。超巨大双胴戦艦ハリマの撃
沈を確認した。﹄
トラック環礁に2隻のアサマ型装甲護衛艦が並ぶ。
片方は完膚なきまでに破壊され戦闘艦としての要素が全て死んで
おり、もう片方のアサマ型は、マストが吹き飛ばされレーダーに損傷
が有れども、まだまだ闘えそうな雰囲気だった。
まだ戦えそうな方のアサマ型│││アサマに、一隻の内火艇が横付
けされる。乗り込んでいたのは特警の腕章を付けた2人組。紳士然
とした眼鏡の男│││杉本と眼帯をした少女│││木曾だった。彼
﹂
らは下ろされたラッタルを上り、アサマの甲板に上がる。
﹁ふーん。ホタカと外観に違いは無さそうだな
グルリと周りを見渡して木曾が率直な感想を述べた。彼女の言う
﹂
﹂
通り、アサマとホタカに大きな差異は無いように思える。
﹁そうでしょうか
﹁何か違うところがあるのか
の残骸。
﹁僕の記憶が正しければ、ホタカ君のフェーズド・アレイ・レーダーは
﹂
一回り小さかったように思えます。﹂
﹁そおかぁ
だが、よく解らなかった。
﹁その通りだ。﹂
第3者の声に二人が振り返ると先ほどまで閉じられていたハッチ
が開き、一人の人物が甲板にいることが確認できた。頭上の月に掛
かった雲が徐々に剥がれていき、その第3者を光の下へと押し出して
789
?
杉本が指差した先には、破壊されたフェーズド・アレイ・レーダー
﹁そうですねぇ。例えば、アレ。﹂
?
?
怪訝な顔をしてフェーズド・アレイ・レーダーを注視してみる彼女
?
いく。黒髪黒目、彫の浅い東洋人的な顔立ち。頭髪は男性にしては若
干長めで後ろで適当にまとめられている。またツーポイント型眼鏡
のブリッジより右半分が存在せず、左のみにつるが有るタイプの片眼
鏡を着用している。身長はホタカより僅かに高く、階級章は中佐のも
のだった。現在片眼鏡が欠けられていない方の目は包帯によってふ
そんな事
さがれ、その薄いブルーの軍服の下も包帯によって応急処置がされて
いるのだろうと推察できたが、本人は負傷を気にもしていない様に
堂々としている。ホタカもホタカで全体的に冷静な印象を受ける艦
息だったが、それ以上に怜悧な印象を持たせる人物だった。
﹁初 め ま し て。ボ ク は 海 軍 特 別 警 察 隊 第 一 課 鎮 守 府 付 特 殊 命 令 対 策
﹂
係、係長。杉本京谷少佐と言う者です。君がこの艦の艦息。と言う事
でよろしいのでしょうか
杉本の自己紹介に応じて、傷ついた艦息は踵を合わせて敬礼する。
﹁ウィルキア帝国軍紅海方面軍第四艦隊旗艦、アサマ型高速戦艦1番
艦アサマだ。ハリマ撃沈への協力、感謝する。﹂
対ハリマ迎撃戦
超巨大双胴戦艦ハリマ:撃沈
ホタカ:撃沈の後、大破
アサマ:中破相当
加久藤:損害皆無 航空機多数損傷
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 790
?
STAGE│41 北方AL海域に進出せよ
﹁ウィルキア帝国軍紅海方面軍第四艦隊旗艦、アサマ型高速戦艦1番
艦アサマだ。ハリマ撃沈への協力、感謝する。﹂
帽子のつばに着けていた右手を下ろすと、アサマは小さく笑う。そ
の瞬間、杉本と木曾が感じ取っていた彼の刃の様な怜悧さは霧散し
た。
﹁まあ、本当の事を言っちまえばオレが君らに助けられたみたいなも
んだけどな。﹂
肩を竦めて苦笑する艦息の雰囲気は先ほどよりも数段社交的なも
のへと変貌していた。
﹁いえ、君がいなければ我々帝国軍はトラック放棄すら考えなければ
なりませんでした。こうしてトラック鎮守府が維持できているのは
君のおかげですよ。﹂
﹂
﹁そう言ってもらえると、なんだかこそばゆいな⋮。んで、そっちのお
嬢さんは
面食らうが、あまり悪い気はしなかった。
﹁球磨型軽巡洋艦5番艦、木曾だ。よろしく。﹂
﹁よろしくな。じゃあ行くとするか。﹂
﹂
そう言うと彼は杉本たちが先ほど上がってきたラッタルへ向かっ
どこ行くんだ
て歩き出す。
﹁お、おい
け彼女らの方へ向ける。
﹁何処って⋮トラック鎮守府の司令部か特警部所だろ
﹂
?
?
3人が乗り込んだ内火艇が環礁内の穏やかな海面を2つに切り開
﹁話が速くて助かりますねぇ。では、ボク達も行きましょうか。﹂
それだけ言って、彼の姿は甲板のヘリから消えた。
明艦をいきなり戦力配備するほどヤバい状況なのか
迷い込んだ不
木曾が慌てて制止の声を上げるが、彼はラッタルを降りながら首だ
!?
791
!
お嬢さん。なんて呼ばれ方を久しくされていなかった木曾は一瞬
?
!
きながら進んでいく。
﹁そう言や、ホタカの奴は如何した
﹂
はアイツが海中から出て来たのにも関係してるのか
﹂
﹁ふむ。君はホタカ君が海中から現れるのを目撃したのですか
?
?
﹂
杉本が肩を竦めると、アサマは〟そりゃそうだ〟と息を吐いた。
がね。﹂
所詮は艦娘のデータで艦息で信用していい物かどうかは解りません
﹁本土に戻せば艦娘の覚醒が速くなると言うデータもあるんですが。
﹁じゃあ例え艦体が治っても、しばらくは使えないな。﹂
﹁そーいうことだ。﹂
れが理由か。﹂
﹁使いにくい装置だな、そりゃ。ホタカが昏睡状態になってんのはそ
んまり便利な物じゃあないけどな。﹂
ボロボロで使い物にならないし、艦娘は昏睡状態になっちまうからあ
よ。でもまあ回避できるのは撃沈だけで、再浮上したとしても艦体は
﹁似てるっちゃ似てるんだが。そいつは撃沈を一度だけ回避するんだ
﹁応急修理装置って。ダメコンの事か
内火艇の舵輪を握る木曾が、アサマに答えた。
﹁応急修理装置だな。﹂
たから海中からの出現としか思えないんだよな。﹂
うかホタカが現れたんだよ。最大距離より内側にいきなり輝点が出
﹁直接ってわけでもないんだけどな。レーダー上に突然大型艦、と言
杉本の問いに、アサマは少し首をかしげる。
﹂
﹁まあ、あんだけ撃ち込まれりゃ昏睡にもなるか⋮。その昏睡っての
せん。﹂
﹁ホタカ君自体は現在昏睡状態で、覚醒の見込みは今のところありま
無残に破壊されたホタカの方を向いたアサマが杉本に声をかける。
?
彼らの後方では、アサマの隣に並んだホタカに2隻の駆逐艦が接近
し始めていた。
792
?
﹁君が、アサマだね
﹂
それをはっきりさせなくてはならない。私たちも後ろ
﹂
?
﹂
?
使えませんでしたから。﹂
﹁何故、ハリマと戦闘に突入したのかね
﹂
?
していました。﹂
?
磨であると判断し通信を送りましたが、帰ってきたのは大口径対艦砲
見データがありました。そのデータと照らし合わせた結果、友軍の播
艦は紅海艦隊に所属していたため本艦のデータベースにも十分な外
﹁はい。敵味方識別装置はハリマを不明と判断しましたが、以前かの
﹁君はハリマの目と鼻の先に出現したと言いたいのかね
﹂
﹁私が私として覚醒した瞬間、ハリマは私の後方30km地点に存在
の紋章を射抜く。
高城の鋭い視線が彼の軍帽に縫い付けられたウィルキア帝国海軍
たんじゃないのか
君と彼の超兵器は友軍だっ
﹁残念ながら、不可能です。突然海上に放り出された上に、人工衛星も
﹁フム、その時の位置は解るか
込まれてからの体感時間はホンの数秒でした。﹂
﹁本日の午前2時頃です。紅海での特殊爆弾の炸裂による閃光に飲み
ら〟この世界〟に居たんだ
﹁理解してくれたようで何よりだ。さて、初めに聞きたいのは何時か
て事務的な声色で同意する。
先ほどまでの親しみやすい雰囲気を片眼鏡の奥に封じ込めて、極め
﹁理解できます。﹂
から撃たれるのは御免だからね。﹂
切ったのか
は感謝している。だが、まずは君が何故かの超兵器との戦闘に踏み
﹁今回の超兵器迎撃に置いて、我が軍に協力してくれたことについて
光らせていた。
高城大将と面会していた。彼と高城の両隣には武装した特警が眼を
元々はトラック第1鎮守府の司令官執務室だった部屋で、アサマは
艦アサマです。﹂
﹁ウィルキア帝国軍紅海方面軍第四艦隊旗艦、アサマ型高速戦艦1番
?
?
793
?
弾でした。﹂
ヤレヤレと疲れたように肩を竦める。
﹁何しろ不意打ちの砲撃な上に、私もこの体になってから初めて艦を
動かしたもので回避しきれずに1発が後部艦橋を掠り損壊しました。
全速で砲弾を回避しつつ攻撃の意図を問いかけましたが応答は無
﹂
かったため、この艦を敵と判断したしだいです。﹂
﹁では、我々と共闘した意図は
﹁もともと〟私たちの世界〟では日本艦隊は友軍であることが一つ。
﹂
ハリマが敵に回ったことが一つ。そして、ウィルキア帝国がこの世界
には無いことが最も大きな理由ですね。﹂
﹁ウィルキア帝国が無いと言うのはどうやって知った
か
﹂
﹁では、君に聞きたい。我々の指揮下に入り帝国の盾になる気はある
その後も必要と思われる会話が続き、ついに高城が本題に入った。
でとりあえず棚上げしてハリマの暴走を止める事を優先しました。﹂
思いましたが、あの異常なハリマの姿や深海棲艦の事がありましたの
﹁ホタカの副長からです。奴とは敵同士でしたので最初は謀略かとも
?
躇ったり考えさせてくれなどと言おうものならば、すぐさま拘束でき
るように4人の特警は何時でも飛び出せるように僅かに踵を浮かせ
る。帝国軍としてもアサマ自体は喉から手が出るほど欲しい戦力で
はあったが、そのために軍内部に爆弾を持ち込むことは避けたかっ
た。ホタカの場合は日本の解放に尽力したと言う事と、深海棲艦、超
兵器に対する戦力確保のために、加久藤は戦力不足と戦闘回避のため
にあっさりと帝国軍編入が決まっているようにも思えるが実際の所、
特警や特高が彼らの身辺を頻繁に探るなど慎重な捜査がなされ、大本
営の書類に登録されている。
全員の視線を受けたアサマは、少しだけ唇の端を持ち上げ不敵にほ
ほ笑む。
﹁もはや私に守るべき祖国はありません。しかし、兵器はどこかの国
家がその力を持つことで初めて兵器たりえます。もし許されるのな
794
?
ア サ マ に そ の 場 に い る 全 員 の 視 線 が 集 ま る。も し こ こ で 彼 が 躊
?
らば、私を建造した国の兵器としてもう一度闘ってみたいと思いま
す。﹂
それまで空調の唸り声しか聞こえてこなかった狭い部屋に、どこか
甲高い金属質な音が微かに響き始める。応急修復装置で再浮上した
ホタカの機関の内、まだ生き残っているガスタービンが起動したのだ
ろう。ここを離れなければならなくなるのも時間の問題だった。
﹁⋮⋮⋮﹂
金色の2つの瞳が簡素なベッドに横たわる青年へ向けられる。眼
鏡を外しているためか妙な違和感が未だに拭えなかった。
背後で空気が抜ける音がすると、一人の妖精さんが浮遊しながら
軍医として白衣を纏っている妖精さんが、呆れやからかいを含んだ
声をベッド横の簡素な椅子に座る艦娘│││瑞鶴にかける。
﹂
一つため息を付いて、彼女は椅子から立ち上がった。緑がかった長
い黒髪が揺れる。
﹁ホタカがいつ目覚めるのか解る
ベッドの上の青年に向けられる。
﹂
﹁⋮⋮⋮軍医さん。﹂
﹁何だい
?
唐突な質問に、艦内でも副長と並ぶ変人と評価されている軍医も流
﹁軍医さんは、ホタカの事どう思ってる
﹂
そ っ か。と 小 さ な 声 が 少 女 の 口 か ら 漏 れ た。彼 女 の 視 線 は 再 び
だ、それが今度は男。データが少なすぎて何にも言えないね。﹂
﹁まったくわからない。何せ艦娘の場合でさえ正確な事は解らないん
首だけで振り返った艦娘に、妖精は首を横に振る。
?
795
入ってくる。
そろそろ出港だから早くしないと海上をマラソ
﹁まーだ居たのかい
?
﹂
ンすることになるよ
?
?
石に面喰う。が、そこは百戦錬磨の変人。すぐに頭の中で考えを纏め
乍ら、こちらに背を向けている艦娘の分析を同時並行で開始する。
﹁そうだねぇ⋮まあ、優秀で頼れる艦長だとは思うよ。たまに、と言う
かしょっちゅう無茶苦茶やるけどさ。﹂
﹂
﹁軍医さんも、ホタカが無茶苦茶やってるってのは実感してるのね。﹂
何か安心した。と少し苦笑する。
﹁瑞鶴さんは艦長の事どう思ってるんだい
﹂
﹂
?
でも、そうじゃないって感じがするのよ。上手くは⋮言え
考えなければ答えは得られない。もしも君が自分の中にある答えを
るだけだ。それじゃあ解は見つからない。数式を睨みつけていても
達観しているように感じられるかもしれないけど、思考を放棄してい
﹁どうせ考えたって解らない、だから考えない。それは〟逃げ〟だよ。
様な何か面白がるような色は消えて、真剣な視線が自分を見ていた。
軍医にかけられた言葉に、思わず振り向く。軍医の目には何時もの
﹁解らないのなら、考えればいいのさ。﹂
沈黙。
﹁だから、解らなくなっちゃってさ。﹂
少し言葉を切り、雑音だけが狭い医務室に満ちた。
ないけど。﹂
﹁でしょ
持つ感情だろう。﹂
﹁そうだね、同じように肩を並べて戦ってる気の合う戦友なら、誰もが
ない。だけどさ、これって仲間ならだれでも思う事でしょ
に何もできない自分に嫌気がさしたりするし、嫌いだとは全然思って
﹁うん。⋮⋮⋮ホタカが傷つくのは見たくないし、一人で戦ってるの
﹁解らない
﹁正直、解らないんだ。﹂
声色だった。
少々慌てるだろうかと思ったが、以外にも帰ってきた答えは穏やかな
あ ま り 時 間 が 無 い た め 切 り 込 ん で み る こ と に す る。頬 を 染 め た り、
このままもう少し取り留めも無いことを話すと言う道もあったが、
?
本当に見つけたいと願っているのなら、思考を止めるな。自分が納得
796
?
?
いくまで。﹂
其処まで言ったところで、軍医はフッと頬を緩めた。
﹁いや、我ながら似合わない説教を吐いてしまった。忘れてくれ。﹂
そう言う妖精さんに、瑞鶴は微笑む。
そうだ。﹂
﹁ううん、ありがと。そうよね、答えはアタシの中にあるんだもんね。
もう少し考えてみるわ。あっ
笑わないでよ
﹂
﹂
?
りだった。
﹂
﹁これ、ここに置いとくから。ホタカが起きたら渡してくれる
﹁自分で渡せばいいんじゃないのか
﹁ちょっ
露骨に視線を逸らす彼女に、思わず吹き出してしまう。
﹁なんか、面と向かって渡すのは⋮ちょっと⋮﹂
軍医のもっともな意見に、それはダメと首を振る。
?
てしまうぞ
﹂
﹁お守りの件は解ったから、そろそろ行かないとトラック環礁から出
﹁かわっ
﹂
握られて出てきたのは、どこにでも売っていそうな、ありふれたお守
何かを思い出したようにスカートのポケットを探る。彼女の手に
!
﹁クックック。いや、すまない、存外に可愛らしくてね。﹂
!
真新しい赤いお守りが艦内照明に照らされていた。
小さなテーブルには、彼がいつも身に着けている軍帽と眼鏡、そして
作るために自分のデスクに向かう。ホタカが寝ているベッドわきの
あまり楽しくない予想を胸の内に飲み込んだ軍医は、必要な書類を
したら、なかなか面倒かもしれませんがねぇ⋮
│││││最も、あの娘が〟無意識〟にその答えを拒絶していたと
いところ、そう言う感情に気づかないとあの娘がかわいそうです。﹂
﹁私の見立てでもなかなかいい女性だと思いますよ、艦長。艦長も早
近づくと、穏やかに眠り続ける自分の艦長の顔を見る。
しく医務室を後にする。医務室に残った軍医は、ゆっくりとホタカに
に2つ3つ呪詛の言葉を吐きながら、ツインテールの艦娘はあわただ
既にホタカが内地へ向けて動き出していることを黙っていた軍医
?
797
!
!?
爆風によって吹き飛ばされ、山脈の様に積み重なった土の壁を何と
かかんとか3人の艦娘が上りきると、目の前に広がった面白くない絶
景に言葉を奪われる。
﹁これは⋮﹂
﹁酷い⋮﹂
﹁Bloody hell⋮1発の砲弾でここまで酷いとはネ﹂
トラック島の中でも、艦娘の補給用の資材が蓄積されている島に彼
女たちは居た。彼女達の目の前にあるのは直径、深さ共にどう小さく
見積もっても10m以上ある巨大なクレーター。クレーターの周囲
にあったはずの森林地帯は其れが出来た時の衝撃によって同心円状
になぎ倒されていた。もし昼間に空からここを見下ろしてみれば巨
大な目玉の様に見えるだろう。佐世保からトラックへ派遣された金
剛、榛名、霧島の3人は一時退避から比較的早期にトラックへ帰還で
きたため、空いた時間を利用してこのクレーターの見物にやってきて
いた。
超大型双胴戦艦ハリマがその最期に己の全てを込めて放った12
発の80㎝砲弾の内、大部分は環礁内の岩やサンゴ礁を吹き飛ばすに
とどまったが、数発は島に着弾し巨大なクレーターを形成していた。
幸いにも森林や幾つかの対空兵器がなぎ倒される程度の損害で済ん
でいたが、彼女達の目の前の砲弾の様に、もう少しずれていれば物資
集積所や司令部、工廠に直撃していた物も確かにあった。
﹁この大きさ、やはり報告通り80㎝砲弾でしょう。もしこれが司令
部施設に直撃していたとしたら、第3層の戦闘指揮所まで貫通、破壊
されているでしょうね。﹂
霧島が周囲を見渡し、損害とそれに必要になったエネルギーをざっ
と計算する。トラック鎮守府の地下第3層の戦闘指揮所は、大和型戦
艦クラスの艦砲射撃にも耐えられるように設計されていたが、80㎝
と言うケタ違いに巨大な砲弾の防御までは考えられていなかった。
798
﹁この砲弾が直撃したら⋮榛名は浮いていられる自信はありませんね
⋮﹂
﹂
もしも自分にこの砲弾が降ってきたら⋮。と、面白くない想像をし
てしまいブルリと榛名は身を震わせた。
﹂
﹁金剛姉様。何故、ハリマはここを砲撃したのでしょうか
﹁どういう事デス
?
s see⋮。ハリマはこのトラックへ来るまで1日中砲
﹂
?
らありませんでした。﹂
﹁もともと自動修復装置なんてなかったとか⋮は、どう
?
以上の足を持っ
?
いでしょう
﹂
﹁じゃあ、何が
﹂
ておきながら白昼堂々強行突入なんて、超兵器もそこまで馬鹿じゃな
無いのならなおさら慎重に事を進めるはず。40
﹁なおさらあり得ないわ。菊水作戦でもあるまいし、自動修復装置が
榛名の考えを霧島は首を振って否定する。
﹂
です。自動修復装置が有るはずなのに、損傷を負っても逃げる気配す
﹁それに、多大な損傷を負ってまでこの距離まで強攻するのも不自然
答えを出しては見たが、それでも自分の答えに半信半疑だった。
榛名の考えに、金剛は小さく頷く。彼女自身、妹から聞かれたので
にいるアサマを狙った方が良いような気もします。﹂
﹁でも、それなら当たるかどうかわからないトラック島よりも、近い所
弾だった。と言う事じゃなイ
撃を行っていましタ。それならば、最後に撃ったあの砲弾が最後の砲
﹁Let
ラックへの艦砲射撃を強行した理由が解らないのです。﹂
﹁わ ざ わ ざ 主 砲 が 吹 き 飛 ぶ ほ ど の 代 償 を 支 払 っ て ま で、不 確 実 な ト
霧島の疑問に、金剛は首をかしげる。
?
﹂
?
﹁お姉さま
﹁矜持、ですか
﹂
﹁⋮⋮Pride。﹂
ため息を付いて、眼鏡を外し眼鏡拭きでレンズを拭う。
﹁それが解れば苦労はしてないわよ。﹂
?
?
799
'
?
霧島と榛名の声に、金剛は妹たちに背を向けクレーターの穴の底を
じっと見ながら言葉を続ける。
﹂
﹁榛名、霧島。1隻の駆逐艦と無数の赤トンボに負けることを想像で
きル
﹁いや、それは流石にあり得ないと思います。﹂
真っ先に霧島が、彼女の問いを否定する。
﹁確かに駆逐艦の魚雷は脅威ですが、魚雷や小口径艦砲の射程外から
アウトレンジし、そのまま沈める事位、造作もありません。﹂
﹁榛名もそう思います。確かに航空機は脅威ですけど、赤トンボが出
来る爆装で沈められるほど軟ではありません。﹂
﹁Yes⋮あなたたちの言う通りネ。でも、ハリマは沈められた。﹂
その言葉を聞いた瞬間、先ほどの問いがハリマの立場に自分たちを
置いてみる思考実験であったことを二人は悟る。確かに、大和型以上
の全長を持つアサマ型ですらハリマにとっては駆逐艦に等しいのだ
ろう。
﹁貴方達の言うように、私も駆逐艦ごときに遅れは取りまセン。普通
に考えれば、戦艦が駆逐艦に敗れることはまず有りえなイ。同じよう
に、超兵器が只の戦艦に負けることも有りえない。でも、それが、そ
れ自体が彼にとっての制限になったとしたラ。﹂
﹂
﹁通常の兵器に負けることは許せない。いえ、許されないと言う超兵
器としての矜持、それがあの強攻につながったと言うわけですか
しょうか
あの最後の砲撃の時、加久藤もアサマもハリマの射程距離
を目指して作られたのであれば、なおさら艦船を狙うのではないで
﹁しかしです、お姉様。ハリマが艦隊決戦、それも水上砲撃戦での必勝
榛名が金剛の答えを続け、霧島は納得が行ったと言うように頷く。
さらと言うわけね。﹂
﹁水上砲戦での必勝を求めて建造された超巨大双胴戦艦ならば、なお
?
問いの答えが返ってくる。
困ったように金剛が自分の頭を掻いた時、全く予期しない方向から
﹁Oh⋮それを言われると、何も言えないデース。﹂
圏内であったはずですが⋮﹂
?
800
?
﹁ふむ、そういう時は別の視線で考えてみるのも手じゃないか
﹁あ、長門さんに陸奥さん。帰ってらしたのですね
﹂
ころに長い黒髪を夜風に靡かせた艦娘とその妹の姿があった。
﹂
声の下方向に3人が振り返ると、自分たちよりも5mほど離れたと
?
らとも面識があった。
?
﹂
﹁別に絶対に応えろと言っているわけではないさ。そんな質問の答え
う。そんな様子を見た長門はクスリと小さく笑った。
心情的に答えづらい質問を出されて、流石の金剛も面喰ってしま
を渡す
を投じなければならなくなった時、遺される者に渡せるのであれば何
﹁そうだな、例えばだ金剛。もしもお前が死ぬかもしれない作戦に身
﹁それはそれとシテ。別の視点とはどういうことデース
﹂
る。この長門型の2人は佐世保第1鎮守府の艦娘であったため金剛
榛名の声に、陸奥がつい先ほどトラックへ戻ってきたことを告げ
?
﹂
まあ、少なくとも時間がたって消えて無
なんて持ってないよ。まあ、一般論としては何か長く形として残る
物、軍帽とか軍刀とかかな
金剛型の姉妹が揃って頷く。
くなるなんてものではないだろう
?
い。﹂
?
﹁こんなに巨大なクレーターなら、元に戻すのは結構な骨だ。事実、ト
長門の赤い瞳がクレーターを見渡す。
れてしまう。だが⋮﹂
るのかすら怪しい。これでは、ハリマの遺した傷は数日のうちに消さ
㎝砲弾が直撃したところで撃沈はおろか大破、もしかしたら中破にな
図体だから数発は当たるかもしれんが、あの巨大な艦体に数発の80
至近距離でもない限りまず当たらないだろう。加久藤の場合はあの
﹁かもな。アサマを相手にするには射撃指揮装置が損傷した影響で、
榛名がもう一度広く、巨大なクレーターを見る。
﹁じゃあ、これがハリマの証とでも言うのですか
﹂
分が沈められてしまえば、自分がこの場所に居たと言う証は残らな
﹁超兵器は確かに強大だが、ハリマの様に援軍は基本的にいない。自
?
801
?
ラック環礁に着弾した12発の砲弾の内、司令部近くに落とされたも
の以外は当分そのままと言う事になっている。こうすれば、世界最大
最強の艦砲が確実に存在したと言う証が、ここに残る。我々の様な水
上砲戦を行う戦艦の一つの到達点がこの世界に存在したと言う証が
な。﹂
最強の水上戦闘艦。大なり小なり、戦艦と言う艦はその概念を実現
するために建造された。それはここに居る金剛型戦艦、長門型戦艦も
例外ではない。
﹂
﹁我ハ此処ニ在リ。それを刻むために、トラックへ向けて最後の砲撃
を放った。⋮と言うのはちょっと非論理的かな
た。
﹁No Problem
﹂
何より、
!
小さく肩を竦める。
﹁さあ、どうかしらね
﹂
﹂
﹁アサマ、ですか。信用できるのですか
﹂
陸奥の言葉に、霧島が興味深そうに彼女の方を振り向く。
はアサマが入るそうよ
﹁ホタカね。あ、そうそうホタカが日本に回航されるから、抜けた穴に
﹁おや、アレは⋮﹂
とする巨大な影を見つける。
霧島も肩を竦める。そんな時、榛名が今まさに環礁を抜けて行こう
﹁まあ、最終的に判断を下すのは司令ですしね。﹂
そっちの方がカッコいいですからネ
そういう事にしておきましょウ
少し照れくさそうに微笑む長門に、金剛は何時もの様に明るく笑っ
?
たし帰りまショウ
テートクもそろそろ戻ってるはずデース
﹂
﹁そうデスカ。ま、このままここに居ても仕方ないネ。見るモノは見
も戦線復帰できるらしいわ。﹂
﹁でもまあ、実力は折り紙付きの筈よ。高速修復剤を使えば、明日にで
?
!
続く。陸奥もボロボロと崩れる足場の悪いクレーターを滑り降りる
が、自分の姉が続いていないに気づき淵の上を見上げる。
802
!
!
?
?
そう言うと金剛はクレーターの淵を滑り降り、それに榛名、霧島も
!
﹁置いてくわよ
﹂
ああ。先に行ってくれ。私は⋮もう少しここに居る。﹂
﹂
﹁君は、この作戦をどう考えていますか
﹂
相変わらずのコミュニケーションが艦橋で交わされる。
﹁出港時刻まで30分ですよ。﹂
﹁龍鳳。﹂
隻、龍鳳の艦橋で一人の海軍将校が作戦指令書を流し読みしている。
船の姿もちらほら見ることが出来た。湾外に浮かぶ軽空母の中の一
ていた。湾の内外に大小さまざまな戦闘艦が浮いているが、兵員輸送
トラック島から遥か北方。単冠湾鎮守府には無数の艦艇が集結し
満月からの白銀の光が、長門とクレーターを包み込んでいた。
継がれるだろう。﹂
﹁貴艦の勇戦に敬意を表する。あの戦いは未来永劫、我々の中で語り
脆い足場の上で、踵をそろえて敬礼する。
かった生き方だ。
│ │ │ │ │ 戦 い の 中 で 生 き、戦 い の 中 で 死 ぬ、か。私 に は 出 来 な
消えるのを見送ってから、視線をもう一度クレーターに戻す。
肩を竦めて陸奥は司令部に向かって歩き出す。妹の後ろ姿が森に
﹁ほざけ。﹂
﹁そう。迷子にならないようにね
﹁⋮ん
?
る。絶対的な数ではこちらが若干不利ですが、それは練度で十分に補
つけて海域の制海権を握り、そのまま目標地点の港湾要塞を制圧す
﹁そうですね、最初からこちらが移動できる最大限の戦力を敵に叩き
?
803
?
?
填可能です。提督は⋮あまり乗り気ではなさそうですね
﹂
﹂
龍鳳は通信機を手に取ると、幌筵鎮守府艦隊に通信を繋ぐ。
﹁はい、提督。﹂
﹁龍鳳。﹂
ていたが。
最も、元幌筵鎮守府メンバーの様に新進気鋭の艦隊も確かに存在し
度や実戦経験で言うならば最精鋭と言える有力な艦隊だった。
れらの鎮守府は艦娘が出現した時点から戦っている最古参であり、練
と、AL方面軍に参加する鎮守府の数は少ないようにも思えるが、こ
宿毛以南の鎮守府戦力がトラックに回航されていることを鑑みる
性があったからだった。
情報処理能力を上回り、最悪の場合戦闘中に指揮系統が麻痺する可能
は6隻で1個艦隊としてしまうと膨大な数の艦体が集結し司令部の
運用される。鎮守府の戦力をほぼ丸ごと動かすような作戦において
られるが、このような大規模作戦では12隻以上で1つの艦隊として
所属の艦隊が集結している。艦娘は基本的に6隻で1個艦隊と数え
この単冠湾には、横須賀、舞鶴、大湊、呉、単冠湾、元幌筵鎮守府
通信士の妖精が司令部からの命令を伝達する。
ことになります。﹂
﹁提督、司令部より伝達。我々は大湊第2警備府艦隊の後に出撃する
よります。﹂
﹁戦争では多少の博打は必要ですがね。こればかりは各人の趣味にも
龍鳳の答えに、若干肩を竦める。
﹁博打の要素が強すぎると
ちらを始末するチャンスでもあるわけです。﹂
おうとしているように見えますが、その実相手にとってはまとめてこ
作戦は一見戦力を集中させて、局所的に数の差を埋め有利に戦闘を行
は敵を分離しての各個撃破、補給線の寸断、謀略、ゲリラ戦。今回の
﹁ええ、まあ。我々は深海棲艦から見れば弱者です。弱者の常套手段
?
﹁此方総旗艦龍鳳。各艦隊は準備状況を報告してください。﹂
直ぐに各艦隊の旗艦から通信が届く。
804
?
﹃第2艦隊、旗艦利根じゃ。出港準備は遠の昔にできておる。﹄
﹃第3艦隊、旗艦由良です。こちらも出港準備完了です。﹄
﹃第1艦隊、千歳です。機動部隊、水雷戦隊共に準備できてます。﹄
﹁提督、幌筵鎮守府艦隊。龍鳳以下38隻。出港準備完了です。﹂
備後は小さく頷く。幌筵鎮守府艦隊は編成され配属されてから日
が立たないうちに撤退することになったため、他の鎮守府の艦隊と比
べると規模的に見劣りしてしまい、正規空母や戦艦と言った主力艦は
所属していなかった。しかし幌筵鎮守府に所属する艦娘達は、着任直
後からの備後の効率極まる訓練により練度で言えば本土の艦隊と遜
﹂
色ない物になっている。
﹁怖いですか
備後の視線の先で、龍鳳の小さな肩がピクリと動く。彼は最悪の場
合、つまりAL作戦が失敗し退却する時に、この艦隊を率いて撤退掩
護作戦を行う事になるかもしれないと考えていた。血も涙も無いよ
うな話ではあるが、建造や再戦力化に時間が掛かる主力艦を多数含ん
だ歴戦の古参の艦隊複数と、主力艦をほぼ含まない小規模鎮守府1つ
分の艦隊では随分と割のいい交換でもあった。また、戦争では脆弱で
頭数の少ない部分を突き崩すのが常道だが、AL作戦に参加する戦力
の中で幌筵がこの最も脆弱で頭数の少ない艦隊だった。いざ戦闘が
始まった時、真っ先に狙われ全滅する可能性も十分にあった。
蒼い着物をまとった少女は、首だけで振り返るとニコリと微笑む。
﹁ええ、少し。でもこうして出撃してこそ、私が航空母艦に改装した意
﹂
義があると言うものです。それに⋮﹂
﹁何か
まっすぐな赤い瞳が備後のレンズの奥へと届く。その視線を遮る
ように、彼は帽子のつばに手をやって白い軍帽を被りなおした。
│││││私は、本当に出来るのだろうか
│││││子犬の様にただ自分を慕い、命令に従ってくれるこの娘
見る。
顔を上げて、相変わらずこちらへ視線を送り続ける自分の秘書官を
?
805
?
﹁提督なら私たち全員を連れ帰ってくれるって、信じてますから。﹂
?
達を一人も欠けることなくこの地へ連れて帰る事が。そもそも、この
AL/MI作戦が最善策なのだろうか
作
﹂
ね艦娘諸君。﹂
贋
﹁さーて。やることはやったし戻りますか。⋮せいぜい頑張ることだ
はずの無い埃をパタパタと払う。
クツクツと喉の奥の方で笑うと、おもむろに立ち上がりついている
白くなってきたものだ。﹂
﹁斯くして、決戦の火蓋は切って落とされると言うわけか。随分と面
れでも見るような、軽い雰囲気で見物している。
大艦隊を眺める影があった。岩の上に座り、眼下の艦隊をクジラの群
単冠湾のとある岬の端にで、海面に幾筋もの航跡を残しながら進む
要塞なら軽く攻略できてしまいそうなほど重厚な物だった。
までもMI方面に対する陽動作戦ではあったが、その陣容は並大抵の
て無数の艦隊が輸送艦を率いてAL海域へと進撃を開始する。あく
ハリマ迎撃作戦から数日後、ここにAL作戦は発動され夜陰に乗じ
﹁幌筵鎮守府艦隊。出動する。﹂
座っていた背の高い椅子から降りて、艦橋の床に足を付ける。
﹁はいっ
﹁AL作戦を完遂し、全員でここに戻りますよ。必ず。﹂
﹁はい。﹂
﹁龍鳳。﹂
ことを全力でやるまでだ。
│││││余計な事は考えるべきではないな。私は、私がなすべき
出す。
る通信が艦橋に流れ込み、備後は自分の頭に巣食う嫌な予感をたたき
其処まで考えた時、時計の針が出港時間に至る。作戦開始を意味す
?
暗闇の中でチェシャ猫のような笑みを浮かべた少年の人影は、文字
通り闇に溶けて消えていった。
806
!
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 807
STAGE│42 陽動作戦
距離7000
﹂
!
﹂
﹁9時方向に駆逐艦
﹁主砲撃てぇ
!
北方港湾を叩け
!
!
しかし、徹甲弾じゃ少々分が悪いですな。﹂
弾種変更
三式
!
!
副長の報告を受けて息を短く吐くように笑う。
所詮は豆鉄砲って事かい
!
る。
も、もう
﹃きゃぁっ
大丈夫か
﹂
痛いじゃない
﹂
!
!
﹄
かに優っているらしく。前方を進む駆逐艦に砲弾が相次いで命中す
の数では互角だったが、時間当たりの投射量では深海棲艦側の方が僅
口径砲弾が単縦陣を形成して航行する味方艦隊に降り注いだ。砲門
進する敵艦へ旋回していく。その間に敵艦隊から放たれた無数の小
型︶に対空用の三式弾が装填されると横鎖栓式の尾栓が閉鎖され、併
前部に1基、後部に2基搭載された12,7cm連装高角砲︵後期
﹁ハッ
﹂
外側が銀色、内側が紫色と言う特徴的な髪を持った小柄な艦娘は、
双眼鏡を覗いていた副長が思わず自分の艦長を振り返る。
﹁命中
穿つ。が、穴が開いた程度であまり聞いたようには思えない。
て突進してきた駆逐イ級後期型の気味の悪いヘドロに塗れた艦体を
徹甲弾を吐き出す。放物線を描いて飛翔した砲弾は波間を突き破っ
左舷を指向した3基6門の12,7cmが黒煙と轟音と共に6発の
!
船体後部に火災発生
﹁清霜被弾
﹁清霜
!
らの報告が艦橋に上がってくる。
﹁弾種変更および主砲射撃準備完了
﹄
﹂
奴さんのケツに火をつけてやりな
!
!
散らした。元々対空用として搭載されている三式弾だったが、砲戦で
再び放たれた砲弾はイ級の艦体直前で炸裂し多量の燃焼剤をまき
﹁ぶっ放せ
﹂
だったため、朝霜はホッと胸を撫で下ろした。それと同時に各主砲か
横 に 向 け ら れ た 砲 身 か ら 再 び 火 炎 が 迸 る の を 見 る と 大 丈 夫 そ う
﹃こ、これ位なら大丈夫。こんのぉー
?!
!
!
!
!
808
!
!
!
はあまり活躍の場が無い駆逐艦にとっては格上の相手に無視できな
い損害を与え、一時的に戦闘能力を削ぐ砲弾として対艦用途にも用い
られることがあった。
1番はそのまま射撃を続行し
艦上に燃え盛る焼夷剤を撒かれた駆逐艦は松明の様に燃え上がり、
早朝の薄暗い海面を明るく照らした。
﹂
﹁敵艦炎上
2番3番は通常弾に変更
﹁よぉっし
﹂
!
更に後方の雷巡大破炎上中落後する模様
﹂
!
がりオレンジ色の光が艦橋に差し込む。
﹁敵雷巡爆沈
﹁解ってらぁ。撃てぇ
﹁感心してる場合ではないでしょうよ。﹂
﹁へぇ、流石由良だな。﹂
!
く。
﹁敵艦中破
﹂
機関部を叩いたようです。落後していきます
﹁そろそろ頃合いだな、左舷雷撃戦用意
﹂
!
左雷撃戦用意
﹄
!
﹂
に体に鈍痛が走る。
﹁左舷舷側に被弾
に鈍い鉄錆の味が広がるが、そんな事は気にならない。
艦橋内を妖精の絶叫が飛び交うのがどこか遠く聞こえる。口の中
!
!
﹁応急修理班は損害個所に急行せよ
﹂
ラメータ│を加味して射角を決定していく。が、突然船体に衝撃と共
度、こちらの進路、速度、艦の動揺、潮流、波の高さなどの様々なパ
艦娘の能力を使って魚雷発射管を微調整していく。敵の進路、速
﹁動くなよ⋮﹂
﹃全艦
酸素魚雷が装填された魚雷発射管が滑らかに旋回し固定される。
!
!
艦の細い煙突から火炎が迸ったかと思うと、速度が見る見る落ちて行
ある舷側に突き刺さると、艦中央に存在する機関部を引き裂いた。敵
4発の通常弾は吸い込まれるように駆逐イ級の熱で脆くなりつつ
!
﹂
炎上する敵艦を見て朝霜がこぶしを握った瞬間、前方で大音響が上
ろ
!
!
809
!
!
﹄
﹃てーっ
﹁追うかい
﹂
重巡リ級は進路を変えると、大破した雷巡と共に退避行動に移る。
リューシャンへと沈んでいく。こちらの雷撃を何とか中破で凌いだ
部から2つに破断した駆逐艦は身をよじりながら大音響とともにア
舷側を突き破り艦内で炸裂した魚雷は駆逐艦に止めを刺した。中央
き刺さると、水柱と共に甲板に張られた鉄板が膨れ上がり弾け飛ぶ。
朝霜が放った魚雷の内、2本が炎上し落伍しかけている駆逐艦に突
らせるが⋮。
nch3連装砲の火力に物を言わせて艦娘を一撃で戦闘不可能に陥
撃戦ではあまり脅威と言うわけではない。その分、砲撃戦時には8i
棲艦の重巡洋艦は雷撃戦よりも砲撃戦に重きを置いているらしく雷
逐艦2隻は中破状態により雷撃は不可能。厄介なのは重巡だが、深海
までの航路を逆行する形になる。砲撃戦により厄介な雷巡は潰し、駆
面舵一杯右回頭。アリューシャンの海に6つの弧が描かれて先ほど
旗艦の攻撃を確認して61㎝酸素魚雷4本を射出。それと同時に
﹂
﹁てぇッ
!
﹃いいえ。私たちの任務はあくまでも味方部隊の護衛よ。深追いは禁
物。各艦は被害状況を報告して。﹄
﹃こ ち ら 鬼 怒。爆 雷 投 射 機 が や ら れ ち ゃ っ た け ど、そ れ 以 外 は 大 丈
夫。﹄
﹃早 霜 で す ⋮。煙 突 が や ら れ た 以 外 は、大 丈 夫 ⋮。ま た ⋮ 煙 突、フ
フッ。﹄
﹃高波です。後部魚雷発射管と後部艦橋に被弾したけど、魚雷は入っ
て無かったし大丈夫かも、です。﹄
﹄
﹁こちら朝霜、左舷に一発喰らった以外は損傷なーし。﹂
﹃清霜も主砲が1基やられちゃったけどまだ行けます
一通りの戦闘が終わり、朝霜は艦長席にどっかりと腰を下ろす、と
単縦陣を成した艦隊は進路を変え、速度を上げていく。
﹃了解。敵艦隊の迎撃は完了したから本体と合流するわ。続いて。﹄
!
810
!
朝霜の提案を旗艦である由良は即座に却下した。
?
﹂
同時にわき腹に感じた鈍痛に顔をしかめた。
﹁っつぅ⋮。副長、損害はどんな感じだ
います。﹂
無いでしょう
﹂
﹁慎重にやってくれよ
からな。﹂
﹁解っていますよ。﹂
艦隊のド真ん中で爆発したんじゃ恥ずかしい
﹁処理した後海洋に投棄します。何時までも腹に爆弾抱えていたくは
﹁不発弾は
﹂
弾だったので大した損害ではありません。今穴を応急修理で塞いで
﹁後部魚雷発射管の真下でしたが、魚雷は打ち尽くしていた上に不発
?
の撃破が必須の条件だったためこれ幸いと戦闘体勢に移行。戦艦ル
んで来た。日本側としても、この海域の制海権を握るためには敵艦隊
本の大艦隊の前に無数の深海棲艦の艦隊が真正面から艦隊決戦を挑
戦の事であることは間違いなかった。3本の単縦陣を成して進む日
先日の海戦、敵港湾まであと2日の距離に迫った時に勃発した大海
双眼鏡を下ろした砲雷長がうんざりした顔で呟いた。
﹁それもこれも昨日の戦闘が原因なんですよね。﹂
﹁それが今では先頭で敵性海域に向かってまっしぐらですもんね。﹂
いけどさ。﹂
やってるはずだったんだけどなぁ⋮。まあ、敵を叩けるのは悪かぁな
﹁あ あ。っ た く、本 当 な ら ア タ イ 等 は も っ と 後 ろ で 輸 送 船 団 の 護 衛
度湯呑に口を付けてから頷く。
航海長が羅針盤に背を預けて朝霜の方を振り返ると、彼女ももう一
﹁それにしても、酷い戦いですね。﹂
の中の血液が水に溶けて何とも言えない味が広がる。
糧食班の妖精さんが差し出してきた湯呑の水で口の中を濯ぐ。口
﹁おお、悪いね。﹂
﹁艦長、水です。せめて口をゆすいでください。﹂
副長がヤレヤレと肩を竦める。
?
?
級、タ級、重巡リ級を主軸とする水上打撃部隊と空母ヲ級を主軸とす
811
?
る機動部隊と激突した。戦闘は早朝から深夜までほぼ丸一日続き、無
数の砲弾や爆弾が海を泡立てた。破壊された艦体から流れ出した重
油が海面上で燃え盛り、あちこちに天然の松明が出現した為、夜間に
なっても戦闘海域は煌々とオレンジ色に照らされていた。両陣営の
艦は漂流する残骸を躱しつつも砲雷撃戦を続行。結果的にこの海戦
で深海棲艦側の主力を文字通り全滅させることに成功したが、その代
償は大きかった。本土から派遣された艦隊は主力艦、護衛艦ともに甚
大な損害を出し修復のために単冠湾に撤退せざるを得なかった。特
に大湊第三警備府、舞鶴第五鎮守府の損害は目を覆わんばかりであ
り、喪失艦が出てしまうほどであった。
基本的に艦娘は極めて沈みにくい艦艇である。妖精さんによるダ
メージコントロールや高速修復剤、応急修理装置などの恩恵もある
が、その最たるものは深海棲艦の性質によるものだった。
深海棲艦は艦娘を発見すると即座に攻撃を行うが、この時艦娘を沈
める事では無く損傷させることを主眼に置いて攻撃を行う。例えば、
深海棲艦側の航空攻撃で艦娘の1隻が大破した場合に、続く砲撃戦で
はめったな事ではその大破した艦を狙って攻撃を行わず、まだ戦闘能
力を保持した艦を優先的に攻撃する。一説には深海棲艦の目的は艦
娘の撃破では無く撃退である為、既に損傷し脅威度の低い目標には攻
撃しないと考えられてはいるが、ごくまれに例外もあるため定説には
なっていない。また、損傷し大破した艦はすぐさま撤退行動を起こせ
ば逃げおおせることが可能だが、大破した艦を残したまま進撃続行の
意思を見せた場合には深海棲艦の攻撃目標は大破した艦にも向けら
れ運が悪ければ轟沈しその艦を喪失することになる。
その為、提督達にとって大破した艦娘を引きいて進撃することはタ
ブーとされていた。とは言え、今回の海戦の様に一海域で延々と戦闘
を行っている時は進撃したとは言うことは出来ない。それでも、大破
した艦娘を戦闘海域にとどめておいて平気な精神を持つ提督はほと
んどおらず、甚大な被害を出した艦から後方の海域へ撤退させ、空い
た穴には別の自分の艦隊の艦を入れるか有機的に陣形を組み替える
などして対応する事となった。この戦術には高度な戦闘指揮能力が
812
問われるがそれが可能な提督が多いのも事実だった。問題の2つの
鎮守府では大破した艦娘を前線から下げずに攻撃を行ってしまった
ために喪失艦が出てしまっていた。
そもそも、その戦闘自体は双方にまともに戦える戦力が消失した為
自然消滅的に終息したことを考えると、いかに激烈な消耗戦が繰り広
げられたかがよく解る。現在は備後達の様に、直接その海戦に参加し
なかった艦艇が先陣を切って敵港湾へ陸軍部隊を満載した輸送艦を
率いて進撃していた。正規空母はいないが、戦艦ならばまだ他の鎮守
府の艦隊に存在した為上陸支援の艦砲射撃に困ることは無いだろう。
問題はその時のエアカバーだった。
リストをパラと捲り、彼我の損害をもう一度頭の中にイメージして
備後中佐は小さくため息を付いた。キルレシオ自体は悪くない、むし
ろ圧倒していると言っていい。が、こちらの艦隊が大打撃を受けたこ
だと伝えてやる。
813
とは間違いなかった。メタメタにされた艦隊は単冠湾鎮守府の修復
ドッグで高速修復剤と資材に物を言わせればすぐに復旧できるのは
事実だがやはりそれなりに時間が掛かる。MI作戦の事を考えると
作戦の延期は有りえなかった。
﹁作戦海域までもう少しです。﹂
﹂
﹁攻撃隊発艦準備。﹂
﹁はい
﹂
?
嫌な事を考えてしまったと言うように顔をしかめる艦娘に大丈夫
﹁まさか、まだいませんよね
でなければ危ない所でした。﹂
う。戦力を一個所に集中させこちらを打ち砕く。本土の艦隊が精鋭
﹁あの時に出現した艦隊がこの海域に存在する全戦力だったのでしょ
弓を携えた艦娘が小さくつぶやく。
﹁アレから敵の大艦隊が出てこなくて本当によかったですよね。﹂
た。
龍鳳の甲板上には紫電改二が並べられプロペラを力強く回してい
!
﹁あれだけの戦力をそろえて一度にぶつけてきた相手です。港湾近海
に展開できる主力の艦隊が有れば間違いなくあの海戦に投入してい
たでしょう。もし、近海で最後の決戦を意図していたのであれば今朝
﹂
まで続いた散発的な襲撃などと言う手を打たず集結させていたで
しょうね。﹂
﹁散発的に突入してきた艦隊の狙いは輸送艦でしょうか
敵艦はいなかった。
﹁AL方面軍総旗艦長門から通信
﹂
!
湾へ突入。﹂
﹁第一次攻撃隊、発艦
﹂
﹁攻撃隊発艦開始。第2、第3艦隊は輸送艦、揚陸艦を護衛しつつ敵港
敵港湾への攻撃を開始せよ
そうこうしているうちに戦闘海域に接近する。天気は快晴、周辺に
ば敵を引きつけさえすれば港湾を破壊しなくても良かったのだった。
はいるが何が何でも敵港湾を占領する必要は無い。極端な事を言え
AL方面軍の目的は敵艦隊の陽動である為、陸上部隊を連れてきて
あ、無意味でしたが。﹂
り目的を失う。つまり撤退に追い込めると考えたのでしょうね。ま
﹁恐らく。輸送艦がやられてしまえば私たちは陸上を制圧できなくな
?
れた。
アリューシャン方面の驚くほど冷涼な空気は此処には無い。
│││││ああくそ、なんだってこんな事になってんだ。
そんな事を考えている男の頭上。天井よりも遥か高い所で、球形の
物体が紫電改二の機銃掃射を受けて爆発四散する。その轟音は飛行
甲板を震わせ、その下の格納庫の空気も振動させる。それによってほ
んの少しの間現実逃避をしていた彼は現実に引き戻された。
彼らから直接は見れないが、上空では奇怪な航空戦が繰り広げられ
ていた。天空を乱舞するのは骸骨の様な奇怪な姿をした敵の航空機
と味方の緑色の艦上戦闘機。今までの深海棲艦の艦載機は曲がりな
814
!
飛行甲板から緑色の戦闘機が飛び立ち、北方港湾攻略作戦が開始さ
!
りにも飛びそうな形をしていたが、この新型機はもはや航空機と呼ん
でいいのかすら怪しい代物だった。力任せに何とか制空権は取れて
いるようだが、早い所港湾に隣接した飛行場を制圧した方が良いだろ
う。生き残った戦艦隊の艦砲射撃によって上陸地点一体が入念に耕
されているがどれだけ防御陣地を削れているかは全く持って未知数
だった。
手にした4式自動小銃を握りしめると、小さくはあるが一先ず安心
する。大発動艇に同僚や部下と共に詰め込まれて蹲っている現在で
は身じろぎ一つできやしない。
一際大きな音が鳴り響き、後部の大型ハッチが下がっていき薄暗
かったウェルドック内に外の光が差し込んだ。暗闇に慣れていた目
にとっては愉快なものでは無く何度か目をしばたかせて明るさに目
を慣らしていく。艦全体が艦尾方向へと傾いていくのは大発を下ろ
すために艦尾に注水したからだろう。艦の最後部が波に洗われる音
815
がウェルドック内に大きく響いた。
﹁じゃあ、諸君。﹂
大発動艇の舳先付近に陣取っている若い小隊長が、これから始まる
ことが楽しみでたまらないと言う風に口を開いた。
﹁戦争を始めようか。﹂
大発動艇の固定具が外され、次々と艦尾方向へ滑り降り着水すると
同時にスクリューを回して移動。後続の発動艇の道を開ける。
彼が乗り込んだ大発動艇も少々の衝撃と共に外へと投げ出される。
今まで視界を覆っていた金属の天井は消え失せて、真上には青い空が
広がり冷涼な空気が肺に流れ込んだ。そのまま発動艇は旋回して舳
先を陸地に向けて止まる。首を伸ばしてみると、艦砲射撃は既に止ん
でいたが相変わらず熾烈な航空戦が遠くの方で続けられていた。周
りの輸送艦や神州丸型特務艦からはひっきりなしに大発動艇や小発
動艇が下ろされている。
﹂
﹁おい、岩村。﹂
﹁なんだ
自分を呼んだ男の方へ顔を向ける。そういえばコイツとは割と長
?
い間肩を並べて戦ってきたなと奇妙な感慨深さが突然沸き上がった。
﹁実は、お前に言っておかなくちゃならんことが有ってな。﹂
│││││えらく神妙な顔だな。
言葉を続けようとする男、結城に彼は待ったを掛けた。
﹁敵は目の前だ、結城。その話はあとでな。﹂
岩村がそう言った瞬間、突撃の命令が出され今まで低く唸っていた
の全速で
大発動艇のエンジンが獣のような方向を上げる。60馬力のディー
ゼルエンジンが第2歩兵小隊70名を乗せた発動艇を8
推進させる。彼らの周りの発動艇も搭載した乗客を目的地に届ける
ために白波を蹴立てて目標地点の浜へ向けて突入していく。前方に
広がる浜が巨大な化物の口の様に彼らの目の前に広がっていた。
横一線に展開した無数の発動艇は搭載したエンジンを震わせなが
ら鉛色の海を疾駆していく。その歩みはお世辞にも早いとは言えな
い物だったが、数百隻の発動艇が一斉に突撃を掛ける様は壮観だっ
た。
その無数の航跡をある艦の船橋から眺める影が一人。黒い軍服を
身に着けた色素の薄い肌を持つ艦娘、海軍の艦娘と言うよりも陸軍の
将校に似た雰囲気を持つ少女だった。その少女は何か納得のいかな
いような、不満そうな面持ちであった。
﹁艦長。﹂
﹁みなまで言うな、であります。﹂
副長の声を途中でさえぎり、一つため息を吐いた。
﹁戦艦隊による艦砲射撃。欲を言えば、もう2時間続けてほしかった
でありますな。﹂
﹁仕方ありません。先の海戦で多数の砲弾を使用してしまい、手持ち
の弾薬が少なくなっていますから。﹂
航海長が落胆する艦娘│││││あきつ丸を宥める。
﹁それぐらいわかっているであります。が、将校殿達の事を考えると
気が重くなるであります。﹂
﹁いまさらジタバタしたって仕方が有りませんよ。それに、今回投入
816
?
されるのはキス島で長い間闘ってきた精鋭ですよ。少々の防御火器
ならばなんとかできるはずです。﹂
﹁機関銃陣地程度なら、航海長の言う通りではあるでしょうが⋮。﹂
チラリと上陸予定地点に視線を向けてみると、ちょうどそこから無
数の火箭が上陸部隊に伸びていくところだった。その数は予想して
いた物よりも数倍多い。短い距離を飛翔した多数の中小口径砲弾が
海面に無数の水柱を形成し、運悪くそれに突っ込んでしまった大発動
艇の一隻が登場した歩兵小隊をあたりにまき散らして派手に転覆す
る。
﹁艦砲射撃では防御陣地を完全に無力化できない事は、我々が硫黄島
で自ら証明していたでありますからなぁ⋮﹂
﹂
﹂
困りきったような少女の声が艦橋に静かに響いた。あきつ丸の上
行け
空を爆装した零戦がフライパスしてゆく。
行け
重機で掩護する
レットを潜り抜けた上陸隊に待っていたのは機関銃陣地からの十字
砲火と砲兵陣地からの上陸阻止砲撃だった。浜に上陸し、前の扉を解
放した大発動艇に機関銃の火箭が数本飛び込み内部を撫でまわすと、
数十人分の肉塊が瞬時に生産された。その隣に上陸した大発動艇は
搭載した重機関銃で手近な機関銃陣地を制圧射撃しながら乗員を下
ろしていく。運よく上陸できた陸軍部隊は、艦砲射撃によってできた
﹂
クレーターに身を潜ませて手りゅう弾や小銃擲弾、小型の迫撃砲で機
海軍は何やってんだよ
関銃陣地に応戦していく。
﹁ああクソ
!
クレーターの淵から手りゅう弾を敵陣地に投げ込んで、いったん穴
!
817
﹁行け
﹂
﹂
舷側から飛び降りろ
﹁前扉が故障した
走れ
﹁姿勢を低くしろ
﹂
﹂
!
発動艇で上陸するまでの間に開催された中小口径砲のロシアルー
﹁手りゅう弾であの煩い陣地を黙らせろ
﹁前方に機関銃陣地
﹁第四中隊司令部は如何した
!
!
!
!
!
?!
!
!
!
!
の底まで退避してきた伍長が上陸地点の防御陣地を完全に破壊でき
なかった海軍に悪態をついた。
﹁仕方ないですよ。砲弾も数が少ないですし、とっととしないとミッ
ドウェイ方面の艦隊が押し寄せてきますからね。﹂
太平洋戦争中の帝国陸軍であれば部下がこのような物言いをする
ことは考えられない事ではあったが。人的資源が枯渇寸前なうえに
あちこちに宣戦を広げなければならない帝国軍にとって以前の軍隊
では当たり前の様に行っていた教育を削減できるだけ削減し、一刻も
早く前線へ送り出さないとまともに戦線を維持できない状況に陥っ
ていた。極端な事を言ってしまえば、命令に従い、兵器の手入れが出
手りゅう弾をよこせ
﹂
来、最低限の礼節をわきまえていればとやかく言う必要性を現状の陸
そんな事は
!
軍は感じていなかったのだ。
﹁解ってるわい
部下の一等兵に八つ当たり気味に返答する。
!
それとも何か
﹁そいつは勘弁。﹂
俺が掩護する。﹂
この機関銃弾の中突っ込む気か貴様
?
﹁何
﹂
一等兵はその視線を後方へと向けると、ニヤリと笑った。
﹁了か⋮その必要は無さそうですぜ
﹂
﹁正面の機関銃陣地を潰したら一気に隣のクレーターへ走れ、良いな
素直に手りゅう弾を上司に手渡す。
?
﹂
!
﹁初期型ですけど、自分らを支援してもらうにはこっちの方が都合が
﹁九七式か
よった砲塔、その砲塔に撒かれた鉢巻上のアンテナ。
弾きながら一回り大きい発動艇から上陸する。細い履帯、車体右側に
その理由は、浴びせかけられる12,7mm機関銃弾を火花と共に
つられて振り返った瞬間、伍長は部下がそう言った理由を知った。
?
818
!
!?
﹁この先にもまだ敵は居るのにバカスカ使っちまっていいんですかい
﹂
﹂
﹁仕方ねぇだろ
?
!
?
良さそうです。﹂
上陸した九七式中戦車は砂利を踏みしめながら、彼らの真横ほどま
で進撃したところでいったん停車し、短砲身57mm砲で次々と機関
銃陣地を吹き飛ばし始めた。対戦車戦闘では全くと言っていいほど
使えなかった57mm砲だったが、榴弾で敵港湾近くに張り巡らされ
た防御陣地を叩くには非常に有効に働いた。短い砲身から火炎が噴
き出すたびに機関銃陣地やトーチカが爆炎と共に沈黙していく。そ
小隊と合流するぞ
ついてこい
﹂
の間にも、特大発に搭載された九七式戦車が続々上陸し歩兵の盾と
﹂
なって進撃を開始した。
﹁ほらね
﹁ぼさっとしとる場合か
!
2型の近接航空支援が到着すると砲兵陣地は爆撃と機銃掃射にさら
砲の水平射撃によって撃破される戦車も少なくは無かったが、零戦6
一式中戦車チへの75mm戦車砲に吹き飛ばされていく。中小口径
が攻撃を開始したトーチカは数秒と待たずチハの57mm戦車砲や
近づけば近づくほど、トーチカ群の攻撃は強烈なものになっていった
本軍は何とか橋頭保を確保し港湾へと陸路を進撃している。港湾に
陸させて港湾要塞と隣接する飛行場を制圧する筋書だった。現在、日
を盾に港湾要塞へと進んでいく。作戦では敵港湾の両側に陸軍を上
2人の陸軍兵が四式自動小銃を構えながら進撃する九七式中戦車
﹁まったくだ。﹂
﹁チハがここまで頼もしかったとはな。﹂
いた。
戦車の脅威となる対戦車砲陣地に叩きつけるべく緩降下を開始して
とか振り切った零戦62型が到着し、その翼に抱いてきた陸用爆弾を
自分もさっさとクレーターの壁を登り始める。上空では新型機を何
が新手の機甲部隊に対処している隙を見逃すわけには行かないので
弾が帰ってきていない事に若干の不満を覚えながらも、敵の防御陣地
そう言って伍長はクレーターをよじ登り始める。自分の手りゅう
!
され次々と機能を停止していく。時折、少数の陸上部隊が突撃を掛け
819
!
?
てくることもあったが、歩兵の小銃や機関銃分隊の制圧射撃によって
ハチの巣にされていった。
深海棲艦の陸上部隊は、人型では無くちょうど駆逐イ級やロ級、ハ
級の艦娘に当たる流線型のクジラの様な体にカエルやトカゲに似た
足を4∼8もつ気味の悪い格好をしていた。火器は口の中に当たる
部分や背部に搭載し、火力や防御力はその大きさに比例して強力に
な っ て い っ た。要 す る に 小 型 の 個 体 が 歩 兵 で 大 型 の 個 体 が 戦 車 や
トーチカに当たる。陸軍では大きさ、機動性の有無によって歩兵級、
軽戦車級、中戦車級、重戦車級などと大雑把に区分していた。中でも
厄介なのは重戦車級でその体躯は97式中戦車のざっと2倍、口の中
に備えた主砲の口径は100mmであり装甲も分厚く、対戦車火器の
少ない日本軍にとっては動く要塞も良い所だった。
﹁まあ、ここは港湾要塞だし居たとしても中戦車級だろうよ。それぐ
らいならチヌの主砲で何とかなる。﹂
820
2人の後ろを走る一等兵が横目でこちらを追い抜いていく頭でっ
かちな印象を受ける戦車を見やる。三式中戦車チヌは四式中戦車チ
トを輸送できる大型発動艇に搭載されてこの地に運ばれていた。本
来は四式中戦車を持ってくるところではあるが、比較的高性能なチト
は南方戦線に優先的に回されていたためAL作戦には数合わせとし
て多数の旧式戦車が投入されていた。北方の地を多種多様な戦車が
進撃する姿は日本戦車の展覧会の様相を呈していた。前々から計画
されていた作戦に旧式戦車を送り込む理由としては港湾要塞に大規
模な機甲部隊が配備されているとは考えづらく、もし存在していたと
しても水上艦からの直接火砲支援で対処可能と言う判断があったた
めだった。
﹁そう上手くいくものかね。﹂
最後尾を進む上等兵が小さくぼやいた瞬間、先ほど抜き去って行っ
たチヌの砲塔が爆炎と共に持ち上がり宙を舞った。突然の敵襲に彼
らの前を進むチハは速度を上げて回避機動。盾を失った4人は慌て
﹂
て手近にあった破壊されたトーチカの陰に滑り込んだ。
﹁なんだ
!?
﹁不味い
を送る。
高射砲だ
﹂
﹁発煙弾の前方700mの速射砲群への空爆を要請する
﹃解った。少し待っていろ。﹄
﹁流石は大隊長殿だ話が速い。﹂
﹂
りゅう弾は高射砲群の手前に落ちる。それを確認した後、本部へ通信
スモークが噴き出る発煙手りゅう弾を投擲、煙のアーチを描いた手
腰にぶら下げて来た発煙手りゅう弾のピンを抜いてオレンジ色の
﹁まってろ、上の連中に空爆を要請してみる。﹂
﹁おいおいおい。コイツはヤバいぞ。﹂
える。
沈黙させるも、逆に複数の砲台からの集中砲火を受けて火炎の中に消
を行い、75mm戦車砲弾で5inch単装高射砲の砲塔を打ち抜き
ていた日本戦車が血祭りにあげられていく。あるチヌが主砲で反撃
ない。単装砲の砲身が咆哮するたびに先ほどまで意気揚々と進撃し
砲弾の水平射撃を受けて耐えられる日本戦車なぞこの場には存在し
は砲兵隊の重砲に匹敵する巨砲だった。対空目標に使われる高初速
まる兵装ではあるが、陸上部隊にとって5inch=127mmの砲
向いている。5inch単装高射砲は対艦攻撃に使うのなら貧弱極
りくる艦船や航空機に向けて使われるべき要塞砲が、今は陸上部隊に
彼らの視線の先にあるのは幾つもの沿岸砲台だった。本来なら迫
﹁ああ、畜生。ここが要塞だってことを忘れてたぜ。﹂
で自分たちが盾にしていたチハが木端微塵に粉砕される。
先行していた一人が指差した先で光が瞬いたかと思うと、先ほどま
!
﹂
﹃こちら指揮所。先ほどまでいた支援機は弾薬補給のためいったん撤
だ。﹂
﹁あ あ。大 隊 長 に は 世 話 に な っ て る か ら な、こ こ を 落 と し て 恩 返 し
すよね
﹁そういえば、大隊長殿って今日の戦闘が終わったら引退されるんで
ばと先輩陸軍兵に顔を向ける。
そのやり取りを聞いていたこの中では比較的若い一人がそう言え
!
821
!
?
﹂
退した。他の部隊は向こう側の部隊に掛かりきりでこちら側に割く
で、では水上艦の砲撃は
戦力は無いそうだ。﹄
﹁なんですって
﹁あれを見てください
﹂
うな爆撃機は見当たらない。
と吹き飛んだ。空爆が来たのかと思って上を見るが、それをやったよ
生返事を返した瞬間、前方で火炎を吐き続けていた高射砲が砲塔ご
﹁はぁ⋮﹂
や水上艦の支援が無くても十分戦えるさ。﹄
﹃ま、その代わりに〟とっておき〟を投入する。何、帝国陸軍は航空機
味を混ぜた様な声が帰ってくる。
此方の兵士の驚きをよそに、通信機からは老齢の指揮官の少し諧謔
方に向けられる戦力は無いらしい。﹄
﹃敵飛行場から出撃した多数の新型機相手に防空戦を行っている。其
?
ないだろう
﹂
うなところまで出てこないぞ
﹂
そもそも重砲の揚陸はまだ終了して
﹁砲兵にしちゃ足が速いな。それに、砲兵はこんな直接照準できるよ
﹁なんだありゃ。﹂
た。敵陣地にまた重砲並みの爆炎が上がる。
おり、それが再び火を噴くと同時に後退してこちらの視界から消え
と見えた。小さな車体に不釣り合いなほど巨大な砲身が乗っかって
新兵の声に従って振り返ると、遠くの方に奇妙な戦闘車両がちらり
!
﹁もしかして、キングチーハーか
?
る。
﹁上等兵殿、まさか混乱されてますか
﹂
量産されていたとは思わなかったが。﹂
十二糎自走砲。チハの車体に12cm砲を固定した代物だ。まさか
﹁違うわ、馬鹿者。キングチーハーってのは俗称だ。正式名称は海軍
?
822
?!
眼鏡の上等兵が言った言葉に、他の3人は理解不能と言った顔をす
?
?
﹁チ ハ の 車 体 で 1 2 セ ン チ 砲 な ん て 撃 っ た ら ひ っ く り 返 り ま せ ん か
﹂
?
﹁車体の前後方向ならなんとかなるんだろう。詳しいことは知らん。﹂
上等兵は大げさに肩を竦める。
﹁海軍ってことはチハについてる12cm砲ってひょっとして﹂
﹁ああ、あの主砲は十年式十二糎高角砲。正真正銘の艦載砲だ確か、赤
城や加賀にも積まれていたらしい。太平洋戦争ごろには既に旧式砲
だが、陸の目標を叩くならまだまだ使えるだろう。﹂
砲撃と爆発の音の合間に風切り音が聞こえたかと思うと、砲弾を戦
車隊に浴びせかけていた高射砲陣地が劫火に包まれ、赤熱した砲身が
彼らの頭上を飛び越えて行った。突如敵陣地を襲った連続爆発はそ
れから1分ほど継続されてようやく収まる。トーチカの後ろで伏せ
ていた彼らの目の前には高射砲の残骸と新しく生成されたクレー
ターが存在していた。新兵がちらりと海の方を見ると、空襲を強行突
破してきたらしい2隻の重巡洋艦が主砲をこちらに向けていた。
あ、そういえば戦車隊は
﹂
﹁海軍の再砲撃で高射砲陣地が吹き飛んだ。行くぞ。﹂
﹁了解
はほぼ全滅。﹂
﹁所詮チハはチハか。﹂
?
〟と惚けながら増援として駆け付け
﹁おい、10分前になんて言ってたか覚えてるか
仲間のツッコミに〟さあな
貴様。﹂
﹁チヌは半分ぐらいやられたが何とか行けそうだ。チへも同じ、チハ
男だった。
1等兵の問いに答えたのは先ほどまで共に走っていたもう一人の
?
が近づけば逃げ切れないと悟った深海棲艦は即座に自沈を選択して
全滅させ、残る一隻を大破状態にして鹵獲、曳航を試みてみるも艦娘
試みてきたが、その挑戦は常に失敗してきた。敵艦隊を一隻を除いて
開戦以来人類側は大破漂流した深海棲艦を鹵獲することを何度も
制圧と言う理由があったがもう一つ理由があった。
AL作戦に大々的に陸軍部隊を投入したのには、表向き港湾施設の
設はもう目の前だった。
た歩兵隊と共にトーチカの陰から飛び出して走り始める。敵港湾施
?
823
!
いた。人類側も降伏勧告や、生存の保証をあらゆる手段で行い意思疎
通を行おうと試みてみるも、相手からの返答は無かった。
時たま人類側に向かって放たれる警告とも、怨嗟の声とも取れる一
方的な通信から彼女達は一定の知能を持つことは海軍内では常識
だった。このような八方ふさがりのような状態で深海棲艦との意思
疎通の道を模索していた指導部にとって、深海棲艦を捕虜にするのは
彼らの悲願であった。
そんな中発見されたAL方面の港湾要塞。潜水艦や航空機による
詳細な偵察、ごく少数の特殊部隊による潜入偵察によって、この港湾
要塞は陸上型深海棲艦ともいうべき代物である可能性が極めて高い
と言う結論に達した。そこで、今回のAL作戦では陸上部隊による港
湾の制圧と共にそこに居るであろうインターフェース│││││お
そらく艦娘のような存在│││││の確保が計画されていた。もし
も、作戦が成功し深海棲艦側のインターフェースを確保することが出
来れば、先の見えない戦争にいくらかの光明が差し込むはずだった。
﹁⋮⋮どうしてこうなった。﹂
複数回にわたる空襲によって小破に相当する被害を受けた龍鳳の
艦橋で、備後中佐は彼らしくない言葉を喉の奥から絞り出した。ハッ
キリ言って目の前の艦娘が言っていることを理解したくない。
理解できないでは無く、したくないのである。海軍軍人にしてはガ
キの様な感情に顔をしかめるが、そう思ってしまうのだから仕方がな
い。事実は小説よりも奇なり、などと言う言葉が自然に頭に浮かび上
がってくるが、これは幾らなんでもあんまりな事実だった。
﹁あ、アハハ⋮なんででしょうねぇ⋮﹂
提督の正面で乾いた笑い声を上げているのはこの軽空母の艦娘、龍
鳳。何時もの様なハキハキとした雰囲気は鳴りを潜め、形の良い眉は
ハの字型に下がってしまっている。この提督とその秘書艦、ついでに
AL海域に集結した帝国海軍艦艇と破壊され、制圧した港湾要塞で輸
送艦への撤退準備を進めている陸軍将兵の頭を悩ませている元凶は、
元幌筵泊地艦隊、現在は揚陸護衛艦隊総旗艦となり敵港湾要塞の港の
手前に停泊している龍鳳の艦橋、正確には艦娘の方の龍鳳の右隣に居
824
た。
雪の様にと言うよりも色素そのものが欠落しているような頭髪と
肌。白い衣服に白い手袋を身に着け全体的に〟白〟と言う印象を受
ける。ただし両目は燃え盛る炎の様な橙色であり、明確な意思がそこ
に宿っていることが解る。とは言え、彼らが頭を抱えているのは彼女
艦娘にもそう言った髪質を持
のそれらの要素では無い。髪が白い
そ の 特 徴 を 持 つ 艦 娘 も 居 る。
つ 物 が 要 る。肌 が 病 的 な ま で に 白 い
それがどうした、艦娘の目の色は宝石の様に多種多様だ。
﹂
あ、あの。﹂
敵に囲まれている現状でも少しも動じていないように見えた。やは
正直、備後は驚いていた。目の前で自分を睨みつけるこの少女は、
﹁ケレド、幌筵ニハ行ッテヤル。残念ダケド。﹂
ギロリ、とオレンジ色の視線が備後を射抜く。
﹁私ハ、負ケテナイ。﹂
備後の言葉に、彼女は小さく無邪気な笑い声をあげた。
ます。﹂
りました。そして一時的に、幌筵鎮守府にて過ごしてもらう事になり
﹁では、北方棲姫と呼ばせていただきます。貴方は我が軍の捕虜とな
﹁好キニ、呼ベ。ニンゲン。﹂
て口を開いた。
白い妖精は、その両目で長身の海軍提督をじっと見ると、ややあっ
しょうか
部の指揮を執っています。備後中佐です。なんと、呼べばよろしいで
﹁自己紹介位は済ますべきでしょう。初めまして、私はこの艦隊の一
﹁ちょ、ちょっと待ってね
│││││大本営の連中、腰を抜かさなければいいのですが。
存在は、自分の手を握った龍鳳を見上げて空腹を訴えるのだった。
海棲艦のインターフェース。大本営から北方棲姫と呼称されている
きゅる∼。と可愛らしく腹を鳴らした非常に幼い容姿の陸上型深
﹁オ腹空イタ。﹂
彼らを悩ませている問題、それは。
橙色の目
?
!
り通常の深海棲艦とは格の違う、まさしく〟姫〟としての威厳と言う
825
?
?
?
ダカラ代ワリノ家、用意シロ
者が確かにそこにあった。その時までは。
﹁オ、オ前等ガ私ノ家壊シタ
﹂
!
﹁私は、悪くないからな
﹂
る幼女。帝国にとって頭の痛すぎる捕虜が誕生した瞬間であった。
艦娘のみにしか触れられず、その他の物体をすり抜けることが出来
功し、現在に至る。
が前方不注意で突っ込んできた彼女を受け止めて確保することに成
に海上を滑走できる│││││で、たまたま様子を見に来ていた龍鳳
陸上部隊から逃れて会場へ出たところ│││││彼女も艦娘の様
になってしまう。
ない幼女を追いかける中々危ない光景が港湾要塞内で発生する羽目
う。最終的には制圧を終えた陸軍将兵が寄ってたかって年端もいか
を払おうとするも、その棒きれも彼女の小さな足をすり抜けてしま
が出来なかった。業を煮やした荒っぽい下士官が、適当な棒きれで足
らの手は彼女の身体をすり抜けてしまい如何やっても捕まえること
最初に北方棲姫を発見した陸軍部隊が捕縛しようとしたところ、彼
間が触ることは出来ないのだ。
彼の頭を悩ませている原因はもう一つある。実はこの深海棲艦、人
いるんだ
│││││深海棲艦はなんだってこんな幼子を最前線に投入して
再び頭痛がぶり返してしまう。
しっくりきた。幼い妹にする様に北方棲姫を宥めている龍鳳を見て、
無く、おもちゃが壊れて新しい物を要求する子供。と言う表現が一番
目は若干うるんでいる。その様子に、先ほどまでの威厳の様なものは
よくよく見てみれば、龍鳳とつないだ手や両足が小刻みに揺れ、両
!
うわけでもなく、小さくつぶやいた。
いて通路に消えていく秘書艦の背中をぼんやり眺めながら。誰に言
とりあえず食堂に案内するように龍鳳に命令し、北方棲姫の手を引
?
826
?
輸送艦への積み込みを待っている二式砲戦車ホイに球を打ち尽く
した自動小銃を立てかけて、履帯に体を預けて座る。日は既に沈んで
いるが、撤収作業はまだ続いていた。このままこの地に陸軍を置いて
おいても、帝国にとって負担になるだけであったため、港湾制圧後陸
軍は速やかに撤退することになっていた。
﹁よう、死にぞこなったな。﹂
上からかけられた声に顔を上げると、血と硝煙に汚れた結城の顔が
あった。
﹁お前もな。﹂
﹂
岩村からの言葉に苦笑して結城はホイの履帯の上に腰かける。
﹁んで、話ってのはなんだったんだ
﹁あー、覚えてたか。﹂
参ったなと頭を掻く友人に若干の不安が芽生える。
﹁もったいぶんな、今の俺は生き残って気分がいいからな。正直に吐
いちまえ。﹂
﹁そうか、じゃあ言うぞ。﹂
上を見上げると、履帯の上に座ってこちらを見下ろす結城と目が
合った。少しばかり彼の瞳が揺れ、乾いた音と共に結城は顔の前で手
﹂
お前のヘソクリでこの前の賭けの負け分払っちまった。﹂
を合わせる。
﹁すまん
﹂
﹁なーんだ。そんな事⋮って何やってんだテメェェェェェェ
﹁いや、ほら、戦いには勝ったし許せ。な
軍将兵はまた始まったと肩を竦めていた。
﹁元気だなあいつ等。﹂
﹁ま っ た く、こ っ ち は 幼 女 追 い か け て 要 塞 内 駆 け ず り 回 っ た っ て の
に。﹂
827
?
生命保険を俺の受け取りにして南方戦線で突撃して来い
?
!
!
﹁許せるか
﹂
!
そのままホイの横でギャアギャアと言い争いが始まるが、周りの陸
!
海軍十二糎自走砲に腰かけてぼんやりと言い争いを眺めていたの
は、高射砲群によってもう少しでチハ事吹き飛ばされるところだった
4人のうちの2人の一等兵だった。彼らはあの後、倉庫の中に駐機
されていた白い新型機の零距離射撃を喰らいそうになりながらも、な
んとか空港を制圧し、その後要塞内を逃げ回る北方棲姫を追いかけま
わしたせいで疲労困憊と言った有様だった。ちなみに、あの時の二等
兵は飛行場での攻防で負傷し既に輸送艦へ、指揮を執っていた上等兵
は彼らが座っている自走砲の乗員の所へ行っている。あの後も、倉庫
内にあった起動済みの新型機を水平射撃で〟撃墜〟するなどで彼ら
の命を救ったため大方お礼でも言いに行っているのだろう。付け加
﹂
えておくと、彼らと結城、岩村は同じ小隊のメンバーだったりする。
﹂
﹁ところでよ。﹂
﹁なんだ
﹂
﹁ウチの行方不明になった小隊長殿。あんなに戦争狂だったかな
﹁⋮さあ
﹁いやはや、なかなか楽しい戦争でしたよ。﹂
陸軍将校がもぎ取られた5inch砲の砲身に腰かけていた。彼の
両手はだらりと下がり、通信機の様なものは持っていない。要する
に、彼は虚空に向かって呟いていた。
﹁ええ⋮⋮はい、これで任務完了と言う事で。詳しい報告はまた後程。
では、また。﹂
少し微笑んで一区切り置くと、彼は足に力を込めて立ち上がった。
﹁こっちの任務は終了。後は⋮﹂
彼の視線の先、海を越えた方向には日本本土が存在した。一陣の突
風が元高射砲陣地に吹いた後、その場所には誰も居なかった。
828
?
誰も居ない破壊されつくした高射砲陣地に、少尉の階級章を付けた
?
?
?
日本本土、呉鎮守府。本来ならば無数の戦艦がひしめき合っている
べき場所で1隻の戦艦│││││ホタカが係留されていた。艦体に
艦
橋
穿たれた大小の破孔や破壊された兵装によって廃城の様な雰囲気を
受 け る。そ ん な 廃 城 の 天守閣 に 居 る は ず の 無 い 人 影。ヒ ト ラ ー ユ ー
ゲントの制服に似た衣服を身に着けてはいるが、腕章に描かれている
のはハーケンクロイツでは無くウィルキア帝国の紋章だった。金髪
の髪に赤い瞳の14、5程の年齢に見える少年は、破壊された電波妨
害装置の上に腰かけて足をぶらつかせている。
そこで何やっている
﹂
﹁さて、それじゃあ仕事を始めましょうかねぇ。﹂
﹁誰だ
﹂
﹁我らが指揮官殿からのお見舞いの品だよ、ありがたく受け取ってね
まっすぐ伸ばしたまま顔の高さまで持ち上げる。
ほど黒く無機質な物だった。彼はそのキューブを片手で保持し、腕を
1辺が15cm程度のモノで、全ての光を吸収しているのかと思える
え、白手袋を嵌めた左手には黒い立方体を持っていた。その立方体は
カの機関室にまた、あの少年が音も無く現れる。顔には薄い笑みを湛
甲板上に当直の警備妖精が集合し、大捜索が行われている頃。ホタ
誰も居なかった。
警備の妖精さんは懐中電灯を回して周囲を探るが、もはや甲板上には
ら飛び降りて懐中電灯の光の輪の中から消える。不審者を見失った
だ。発見されたことを悟った少年は慌てるでもなく、電波妨害装置か
精さんの姿。さすがに両舷上陸とは言え、警備兵ぐらいはいるよう
突然掛けられた鋭い声の方を見ると、懐中電灯でこちらを照らす妖
!
かと思うと。手に持った立方体にメンガ│のスポンジの様な無数の
穴が開き、そこから黒い霧のようなものが機関室の床に降りて拡散し
ていった。しばらくは、霧を垂れ流していた箱だったが突然、硬質な
物が派手に壊れる時の様な甲高い音を残して粉々に砕けちった。砕
け散った無数の破片も霧に分解されて床へ拡散し、それまでの霧と同
じように見えなくなってしまった。
829
!
手に持ったキューブから一度、ガラスにひびが入るような音がした
?
﹁じゃあね、ホタカ。また何処かで。﹂
その後すぐ警備妖精が機関室へ捜索に来た時には、少年の姿も、黒
い霧も存在していなかった
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 830
STAGE│43 決戦
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
MI作戦発動
狭い機内には登載されたエンジンが発する甲高い音と、翼が高層の
大気を切り裂く音以外は聞こえてこない。透明のキャノピーの向こ
うには、南洋の太陽がコバルトブルーの海面に各種の電磁波を平等に
供給している。視線を海面から少し上げると、空と海の境界線が白く
巨大な弧を描きながら果てしなく伸びている。更に視線を上げると、
空は水平線から離れるにつれて深く吸い込まれそうになる青色へと
変わっていく。海の様な声明に満ち溢れたようなものでは無く、もっ
と無機質的な青色。
﹁電探に感なし。時間です、浅井中尉。﹂
﹁了解。現時刻をもって哨戒任務を終了する。敵影は無し。Fair
y│3 completed Mission.RTB.﹂
通信回線に乗せない同乗者とボイスレコーダーにだけ聞こえる様
に呟き、操縦桿を倒す。空対空ミサイル2発と増槽だけを装備した
ホーネットはゆっくりと右旋回、来た道を引き返していく。
武装を減らし高高度性能と高速性能を確保した偵察機仕様のホー
ネットを唯一運用する長距離偵察部隊、通称Fairy隊は加久藤の
航空隊の中でもかなり異色な存在だった。基本的に加久藤航空隊の
ホーネットは単座のC型で複座のD型の数は少ない。2人分の目が
有る複座型の戦闘能力は侮れるようなものではないが、日本に複座の
機体全てに2人を乗せられるほどの余裕は無く、例え一人で乗り込ん
だとしても高性能な電算機がその戦闘を補助するためわざわざパイ
ロットと兵装システム士官を用意する必要が無かった。
しかし、D型が優先的に配備されているFairy隊は2人の人間
をホーネットに乗せている。それは長距離偵察以外に彼らが帯びて
いる任務を果たす為だった。
深海棲艦の情報収集。開戦から長い月日が経過しているが、彼女た
ちの正体は未だにつかめない。そこで、現行の航空機で最も高性能と
831
!
思われるホーネットを偵察機仕様に小改造し運用。深海棲艦の情報
を積極的に収集、分析する部隊が発足した。この隊に下された至上命
令 は た だ 一 つ、︻味 方 を 見 殺 し に し て も 必 ず 情 報 を 持 っ て 帰 還 す る
事︼。例え眼下で艦娘や味方航空隊が深海棲艦の航空機に蹂躙されて
いようとも、機体に搭載された武器を使うことは許されない、その武
力は自分と情報を守る時のみに行使される。兵装システム士官の役
目は各種の偵察機器の往査、リアルタイムでの分析、万一パイロット
とフライトコンピューターが死んだ場合の航空機の操縦などの任務
が与えられていた。そのような慈悲の欠片も無い任務の性質上、この
隊に選出されるメンバーはいずれも特殊な人間たちだった。いざと
なったら顔色一つ変えずに味方を見捨てることのできる感情の希薄
な人間、共感能力が著しく欠落している人間がこの隊に選出される。
前席で操縦桿を握る浅井中尉も、そんな人間の一人だった。本土で
彩雲を使った長距離哨戒任務を行っていたころから、彼は他人と親交
を深めようとはせず。愛機の整備を黙々とやるような人間で、〟腕は
良いが、一緒に飛びたいとは思わない。〟彼と同じ機体に乗って出撃
した偵察員は誰もがそう口をそろえた。Fairy隊が発足した時
に彼が招集されたのを彼を知る人間が聞いた時、誰もが即座に納得し
たことが普段の彼の行いを端的に表している。
来た時と同じぐらいの時間をかけて母艦へと戻る、その間どちらも
声を発さない。彼らにとって機上でする無駄話は無駄で必要ないも
のだったからだ。
綿菓子の様な雲の横を突っ切ると、目の前の海には大小の艦艇が並
んで航行する光景が飛び込んで来た。普通の軍人ならばため息が出
そうになるほどの勇壮な艦隊も、彼らにとっては海面に踊る波と大差
ないらしく、母艦との通信準備に入る。
﹁レーザー通信回線、つながりました。﹂
﹁了解。こちらFairy│3、着艦許可を願う。﹂
﹃こ ち ら 加 久 藤。第 三 飛 行 甲 板 へ の 着 艦 を 許 可。飛 行 ル ー ト は L C
3.2。﹄
無機質な合成音声がヘルメットのスピーカーから響く。
832
﹁了解。﹂
増槽と機内の燃料を殆どを消費し身軽になってホーネットは、大艦
隊のやや後方を航行する巨大艦へとその翼を翻した。
遠雷の様な音が耳に届くと、反射的に彼女は首を音の来た方向に向
ける。空高くそそり立った真っ白の雲にゴマ粒の様な黒点が現れる
と、その点はすぐに大きくなっていき彼女にとっては未だに見慣れな
い航空機の姿がはっきりと見えてくる。フラップを下ろした1機の
ホーネットが、正規空母瑞鶴のアイランドの上空をジェットエンジン
の爆音とともにフライパスしていく。主翼と水平尾翼の間に配置さ
れた垂直尾翼に描かれているのは、彫刻のような印象を受ける妖精の
イラスト。妖精の背後には、蒼い円の中に日本本土が縮小されて描か
れていた。あっという間に上空を通過した機体は彼女の後方を航行
あらずって感じです。何かあったので
﹂
見張り員の言葉に副長は軽く頷いた。
﹁そうさねぇ、あったと言うより〟向き合った〟ってところかな
﹁はぁ⋮﹂
と見張りな。﹂
﹂
﹁何にせよ、戦闘中も腑抜けているわけじゃないよ。解ったらとっと
?
?
833
する超兵器へと高度を下げていった。
﹁妖精のエンブレム。噂のFairy隊ですね。﹂
﹂
副長が、空に上げていた視線を元に戻しながらつぶやく。
﹁そうね。副長ここ、暫く頼める
﹁お任せください。﹂
?
た。
﹂
﹁副長。なんか艦長、変じゃないですか
﹁変、とはどういうことだい
﹂
が完全に消えたところで、見張りをしていた妖精が副長に問いかけ
敬礼する副長に礼を言って防空指揮所から艦内に入る。艦娘の姿
?
﹁何というか、説明しにくいですけど。トラックを出てから心ここに
?
﹁了解です。﹂
備え付けの双眼鏡を再びのぞき込むと、空の彼方に新たに飛び立っ
たFariy隊のホーネットの翼がキラリと陽光を反射した。
﹁はぁ⋮。﹂
艦長室のベッドに座り込むと硬いマットが僅かに凹んだ。頭に手
を当て額を揉むが、このもやもやとした気分は晴れそうになかった。
ホタカの軍医の前でああいった手前、容易にこの思考を放棄する気
トラック泊地から出撃してからこのかた、暇を見つ
には慣れない。自分の胸に渦巻く、あの艦息へのこの感情はいったい
何なのだろうか
けては答えを探そうと努力していたが未だにその問いの答えは見つ
からなかった。無線封鎖中の為、レーザー通信設備でもなければ他の
艦娘に相談することも出来ない。艦娘同士の相互通信を使えば問題
は無いが、それだと交信記録が各艦に残ってしまう。この手のネタに
目が無い某重巡に知られてしまったら、不味い事になるのは目に見え
ていた。
│││││ホタカ、か。
顔を上げると無機質な艦長室のドアが目についた。
│││││アイツが沈んだって聞いた時は、頭が真っ白になって。
何も考えられなくなった。
もう一度、ホタカが撃沈した時の事を思い出す。
│││││その後は、頭に血が上って気づいたら⋮
そこまで考えたところで、加賀の絶対零度の視線を思い出し身震い
する。冷静になった今だからこそ理解したが、あの時の加賀の目は、
戦艦ル級Flagshipを一撃で叩き潰した時の視線と同じだっ
た。今更になって体中から冷や汗が噴き出す。
│││││や、やばかったぁぁぁぁ。
よくあの時、拳骨の一発でも飛んでこなかったものだと自分でも不
思議に思う。
│││││いや、いまはそういう事じゃなくて。アタシがアイツの
834
?
事をどう思っているかよ。
頭に浮かんできた嫌な予想を頭を振り払って、元の思考に回帰す
る。
それもあるけど、そんな小さ
│││││嫌い⋮何てことじゃ絶対ない。そうならアイツの事で
こんなに悩む必要は無い。じゃあ、恩
い物じゃない。
﹁むぅ⋮。﹂
それはとってもeasyなことデース
込んできたのはほぼ同時の事だった。
﹁Oh
!
﹁そ、それは⋮⋮⋮﹂
﹁それは⋮﹂
切ってしまう彼女に一抹の不安を覚えてしまう。
自分がさんざん悩んで出せなかったその問いの答えを簡単と言い
を伝えたところ、あっけらかんとした解答が返ってきたのだった。
に相談するのは中々勇気が居る事だったが、意を決して事のあらまし
橋に居座って世間話を始めていた。何かとエキセントリックな彼女
そんなこんなで、金剛は一言二言作戦について話した後で瑞鶴の艦
サボっている艦娘を放っておくほど彼女は甘くなかった。
座上しているのが加賀であることが主な原因らしい。あからさまに
かったのだけかもしれない。真津提督の所に行かなかったのは、彼が
ら色々と喋りまくっている辺り単に暇だったため話し相手が欲し
剛だった。彼女の言い分だと、作戦の確認だそうだが、艦橋に来てか
瑞鶴に単身乗り込んできたのは、彼女の前を航行しているはずの金
﹁はぁ⋮。﹂
﹂
そんな漠然とした希望が頭に浮かぶのと、ある艦娘がこの艦に乗り
│││││誰か来ないかなぁ⋮
小さく唸ってみるが、何時もの様に答えは出なかった。
?
﹂
急に真剣な目になった金剛に、瑞鶴自身も何故か妙に真剣な表情に
デース
!!
なってしまう。
﹁Love
!!
835
!
﹁⋮⋮⋮は
﹂
何故か無駄にポーズを決め左手をまっすぐ伸ばした金剛の後ろで、
戦艦の方の金剛が砲撃しているようなエフェクトを空目してしまっ
ないないない
違うのデスカ
﹂
!
絶対それは無いって
あ
に違いありまセーン
た上に衝撃的すぎる回答に一瞬フリーズしてしまう。
﹁What
?
!
﹁ズ イ ズ イ の そ の 思 い は ホ タ カ へ の L o v e
いやいやいや
﹂
!
﹂
﹁え、ええ
とズイズイ言うな
!
瑞鶴は激しく顔を横に振り、ツインテールが跳ねる。
!
﹁え
﹂
も行くデース。霧島を助けてくれたお礼もしたいしネ。﹂
﹁それじゃあ、本土に帰ったら二人っきりでホタカとDinnerで
金剛が若干目を細め、チェシャ猫の様な笑みを作った。
﹁ホホゥ⋮﹂
﹁だ、だって、アイツとは、ホタカとは何でもないから。﹂
を口から絞り出した。
にストンと納得してしまったのである。それでも、彼女の理性は反論
いるが、心の方では真逆の事が起こっていた。要するに、金剛の言葉
かった。頭の中の理性の部分では金剛の解答に否と声高に叫んでは
心底不思議そうな顔の金剛に、反論しようとするが言葉が出てこな
?
﹁綺麗ですネ。﹂
をちょいちょいと手招きして呼び寄せる。
瑞鶴が呆然としているのを他所に、金剛は艦橋見張り員の妖精さん
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁その後はその後は夜景のみれる小高い丘とかに行っちゃっテ﹂
に、瑞鶴の心の中で何か黒い物が鎌首を擡げ始める。
顎に手を当ててデートの予定をつらつらと立てていく金剛の様子
﹁その後は、夜の街を腕組んで歩いてみたりして。﹂
﹁ちょ。﹂
﹁先ずは、評判のレストランでおいしいお酒と料理を食べテ⋮﹂
?
836
?
!?
!
コテン、と妖精さんの肩│││││実際はサイズの差もあり、単に
小首をかしげているように見える│││││に頭を乗せる。すると、
怪訝そうな顔をしていた妖精さんは面白そうな顔をして、金剛の頬に
その小さな手を添え自分の方を向かせた。
﹁金剛、君の方が綺麗だよ。﹂
⋮⋮⋮あ。﹂
﹁ホタカッ。﹂
﹁ダメッ
今にもホタカ︵妖精さん︶に抱き着こうとした金剛を阻止するよう
に、妖精さんと金剛の間に割って入る。その後、自分が今何をしたの
かを理解した。顔が、焼夷弾でも直撃したように熱い。見たくないが
金色の瞳だけ動かして金剛を見ていると、これ以上ないぐらいニヤニ
ヤ笑っていた。
﹁あぅ⋮。﹂
ズイズイはホタカさんの事何とも思ってなかったんじゃ
﹁あるぇー
﹁Yes
大好きデスヨ
﹂
﹁うううう⋮。その、金剛は本当にホタカの事⋮。﹂
﹂
ないデスカ
?
それに比べて自分はどうだろう 。身長は高くない。髪の手入れ
の自分から見ても、掛け値なしに美人だと言い切ることが出来る。
事なバランスで組み合わさり、金剛と言う艦娘を形作っている。女性
ち、すらりとした手足、自分よりも確実に熱い胸部装甲。それらが見
かな髪、鳶色の瞳に西洋系の面影もわずかながらに残る整った顔立
改めて、自分の目の前で無邪気に笑う艦娘を見る。長い茶髪のつやや
何 か 言 い し れ な い 危 機 感 が 心 の 底 か ら 湧 き 上 が っ て き て し ま っ た。
ガンッと頭をハンマーか何かで殴られたような衝撃が瑞鶴を襲う。
!
﹁あ、あんたは⋮提督さんが好きじゃないの
﹂
まうほどの差が、自分と目の前の艦娘との間にあるように思えた。
言ってどちらが美人かと聞かれれば瑞鶴自身即座に金剛と答えてし
が、本当に考えたくはないが他の艦娘と比べて胸も控えめ。ハッキリ
綺麗な金色と言うわけではない。顔立ちも普通だ。考えたくはない
は怠ってはいないが所詮くすんだ緑色だ。瞳の色も自分の姉の様に
?
?
837
!!
?
!
大好きデース
瑞鶴が絞り出すように問いかける。
﹁Of course
﹁じゃ、じゃあ。﹂
﹂
│││││違う。アレ、なんで
でいる。
﹂
な、そんな敗北感を感じてしまう。ふと気づくと、艦橋の床がゆがん
金剛の言葉に、瑞鶴は俯いてしまう。演習でボロボロに負けた様
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
何処にもありまセンヨ
﹁ズイズイ、好きな人が一人だけでないといけない。何てruleは
!
│││││何で泣いてんだろ
ポタッと、水滴が艦橋の床に落ちて小さなシミを作る。
?
﹁へっ
﹂
ええ
﹂
﹂
彼女が其処まで考えたところで、金剛は俯く艦娘を抱きしめた。
?
﹁ホタカへの好きはLoveじゃなくてLikeネ。Dinnerの
話も提督と行くために計画したものデス。﹂
それを聞いて、瑞鶴の心に襲い掛かっていた敗北感や劣等感は消え
去り、安心感が広がった。金剛は少し身体を放すと、瑞鶴の頬に伝っ
﹂
ていた涙を親指で優しく拭う。それまでの人の悪い笑みは消え去り、
すまなさそうな顔をしていた。
﹁私がホタカの事を好きって言った時。どう思いましタ
﹁如何って⋮。﹂
茶
番
﹁な る ほ ど ネ。じ ゃ あ 瑞 鶴。さ っ き や っ た Farce、私 が y o u
腹が立って、気分が悪くて、それで⋮。﹂
﹁ホタカが、アタシの手が届かないどこか遠くへ行っちゃいそうで。
小ささな声が、彼女の口から洩れる。
﹁⋮⋮⋮怖かった。﹂
﹁今は、何もかも置いといて。自分に素直になってみるネ。﹂
?
838
!
?
﹁意地悪してsorryネ。泣かせる気は無かったんだヨ
﹁え
?
?
?
未だに自体が呑み込めていない瑞鶴の頭を優しくなでる。
?
﹂
だったとして、考えてみてくだサーイ。﹂
﹁アタシが
﹂
﹂
?
﹁帰るの
﹂
﹂
そう言うと、金剛は踵を返して艦橋の出口へと歩きだす。
いからネ
﹁この分なら、思いっきり戦えるワ。悩んだままじゃ、まともに戦えな
クシャクシャともう一度瑞鶴の頭を撫でた。
﹁いい顔ネ。﹂
瑞鶴の解答を聞いた金剛は、太陽の様な笑みを浮かべた。
﹁アタシは。ホタカの事が、好き。﹂
│││││アタシは⋮
何とか顔を上げて微笑んでいる金剛の顔を真正面から見る。
│││││ああ、そっか⋮
な、そんなある種の開放感を感じていた。
ているが、なかなか入らなかった荷物が収まるべき所に収まったよう
本当に小さく頷きながら肯定する。未だに心臓は早鐘の様に鳴っ
﹁⋮⋮⋮⋮yes.﹂
﹁Do you understand
て金剛から視線をそらした。その様子に、金剛は小さく微笑む。
普段なら勢いよく突っ込むところだが、何故かいたたまれなくなっ
│││││そんな事は知ってるわよ
﹁顔、真っ赤デスヨ。﹂
﹁ふぇ
﹁瑞鶴。﹂
鼓動がうるさいほど頭に響く。
しているのかと思ったが、何時もより若干高いだけで平常値。心臓の
る。一瞬で顔が熱くなる、と言うか全身が熱い。ボイラーが異常加熱
先ほど自分の艦の妖精さんのセリフが、ホタカの声で頭の中を掠め
で⋮⋮⋮。
│││││美味しい物を食べて、夜の街を歩いて、夜景の見える丘
良い笑顔で〟yes〟と言う金剛に従って考えてみる。
?
!
?
839
!
?
﹁yes
加賀にどやされるのはゴメンですカラ。あ、そうだ
ねてみてくだサイ。必ず、answerはそこにあるネ
﹂
﹂
まったのか解りませんが。自分がどうしたいか迷った時は、ココに尋
b u t w i t h t h e m i n d.貴 女 の 何 が、そ う さ せ て し
﹁L o v e l o o k s n o t w i t h t h e e y e s, 一つ手を叩いて、出入り口を超えたところで瑞鶴に振り返る。
!
ああ、もう。
﹁なーんで、好きになっちゃったのかな
﹂
│││││考えない様にしてたのに。やっぱり惚れちゃってたか。
が、もう一度加速し始める。
件の艦息を思い浮かべてみると、ようやく収まってきた心臓が鼓動
艦橋の壁に背を預けると、いつも見てきた風景が飛び込んでくる。
│││││恋は目で見るものではなく、心で見るもの。か⋮
二度三度自分の胸を叩き、今度こそ通路の奥へと消えていった。
!
の強烈な光を和らげていた。再び風が簾の隙間を通り抜けて室内の
線を左に動かしてみると、開け放たれた窓にはすだれが掛かり、太陽
ゆっくりと目を開けると、板張りの天井が目に飛び込んでくる。視
﹁⋮⋮⋮⋮。﹂
抜けた。
風の音に紛れて感じ取れる、それと同時に顔の上を生ぬるい風が吹き
嗅覚が病院特有の消毒液の様な匂いを補足する。硬質の澄んだ音が
暗闇に包まれた世界に、微かな風の音が小さく響き始める。次に、
は取り払われたが、問題がさらに厄介になったような気がした。
グッと歯を食いしばる。金剛のおかげで胸のモヤモヤとしたもの
に。
│││││ホタカの隣に居られるほど、アタシは綺麗じゃないの
?
空気を入れ替えていく。窓の上の方に取り付けられた透明な風鈴か
840
!
ら垂れ下がっている水色の短冊が揺れ、硬質な音が響いた。
﹁⋮⋮⋮。﹂
一つ深呼吸すると、潮と消毒液の匂いが胸いっぱいに広がる。
│││││右手、良し。左手、良し。右足、良し。左足、良し。四
肢に欠損無し。
一つずつ指をシーツの中で動かして問題が無いか確認すると、幸い
な事に何時もの様に動いた。腕と腹筋を使ってベッドから起き上が
る。簾と風が有るとはいえ、蒸し暑いことには変わりはない。病人服
の胸元を僅かに緩め、そこらに置いてあるであろう自分の眼鏡を探そ
うとベッドの横に置いてあった棚に手を伸ばす。
ぼやける視界の中に棚の上に置かれた眼鏡と思われる物体と、その
隣に置かれた赤いナニカが目についた。とりあえず、眼鏡を掛けてそ
﹂
の紅い物を手に取ってよく見てみる。
﹁お守り、か
﹁気が付いたようだな。﹂
かけられた声の方に首を巡らせる。病室の入口の所に、一人の女性
が佇んでいるのが見えた。やや薄めの金髪は金色のヘアバンドで二
つにまとめている。紅いツリ目気味の瞳が、網目模様の入った眼鏡越
しにこちらを見ていた。かなり露出度の高い格好をしているものの、
ここに貴様が担ぎ込
扇情的な雰囲気があまり感じられないのは彼女の武人然とした態度
の所為だろう。
﹁おかげさまでね。僕は﹂
﹁知っている。アサマ型二番艦、ホタカだろう
﹂
まれてから、その名を知らない者はいないさ。﹂
﹁それもそうか。ところで君は
?
﹁ここは瀬戸内海だからな、仕方ないさ。動けるか
﹂
﹁呉か、道理で佐世保にしては見慣れない風景だと思ったよ。﹂
﹁大和型戦艦二番艦、武蔵だ。呉鎮守府へようこそ。歓迎しよう。﹂
な敬礼を行う。
コツコツと病室の中、ホタカのベッドの近くまで歩を進めると完璧
﹁ああ、すまない。君と面と向かって話をするのは初めてだったな。﹂
?
?
841
?
﹁幸 い に も 後 遺 症 は 無 い み た い だ。移 動 す る ぐ ら い な ら で き る だ ろ
﹂
う。走ったり飛んだりは保証できないけどね。﹂
少し諧謔身を含ませて肩をすくませる。
﹁歩ければ十分だ。﹂
﹁そう言えば、このお守りは誰のか知らないか
武蔵に赤いお守りを見せる。彼女は少し考えた後で、思い出したと
言う風に一つ頷いた。
﹁貴様の軍医から聞いた話だが、確か瑞鶴からの見舞いの品だそうだ。
仲がいいのだな。﹂
さて、軍服はそこ
﹁彼女からか。何かお返しをしないと爆撃機が飛んできそうだ。﹂
﹁ハハッ、そいつは大変だ。下手なものは送れんぞ
海が目の前に広がり、ポツリポツリと駆逐艦などが浮いている。
﹂
﹁なあ、武蔵。﹂
﹁なんだ
﹂
海を見渡すと、その光景に違和感を彼は覚える。一見何の変哲もない
のそれを大きく上回っていた。鎮守府内の廊下を歩きながら瀬戸内
蓄施設、鎮守府施設、艦娘の寮などはそれなりの大きさが有る佐世保
言うだけあって各種の工廠、修理用のドック、改造用の大型ドック、備
武蔵の後に続いて呉鎮守府内を歩く。帝国最大級の海軍根拠地と
言い難かった。
キア仕様の軍服は、夏用の服とは言え日本の気候に合致しているとは
首元を若干ゆるめて、軍服の中の熱気を逃がす。雪国であるウィル
﹁日本で着るには少々厚手だけどね。﹂
﹁ほう、やはり軍服を着ると結構違うものだな。﹂
お守りはとりあえず内ポケットに入れておくことにする。
武蔵が顎で示した先には見慣れた軍服が壁に掛かっていた。紅い
守府を案内してやろう。﹂
に掛かっている。私は外で待ってるから、着替えたら出て来い。呉鎮
?
﹁ここに居た艦隊は、どれぐらいの数大規模作戦に投入されたんだ
842
?
彼の目に写る戦闘艦の数は、鎮守府施設と比べて極端に少なかっ
?
?
た。勿論、彼も鎮守府の艦隊の多くが作戦に投入されることを知って
いたが、それを差し引いても呉に居る留守番艦隊の数はかなり少な
かった。どう見ても、鎮守府の施設の重要性に対して戦力が釣り合っ
ていない様に感じられた。
﹂
ホタカの問いを聞いた武蔵は、ヤレヤレと肩をすくませた。
﹁全てだ。﹂
﹁⋮⋮冗談だろう
﹂
﹁私だってそう思いたいよ、だが事実だ。呉第1鎮守府から第6鎮守
府まで文字通りの全力出撃さ。﹂
﹁じゃあ、君は何処の艦娘なんだ
るのは何処の司令官だ
﹂
﹁提督執務室か。呉鎮守府艦隊が全てで払っているのなら、ここに居
に着いたぞ。﹂
ここに深海棲艦が突っ込んでこないとも限らないしな。さて、目的地
﹁私自身この作戦は楽しみにしていたのだが、命令ならば仕方ないさ。
そうだな。と、困ったように武蔵が頷く。
﹁なるほどね。だが、大和型の君を置いていくのは意外だな。﹂
の鎮守府の警備に回っていると言うわけだ。﹂
合わなくてな。数は少なくてもその分練度は高いからこうして各地
た部隊だよ。今の今まで再建に尽力していたが、大規模作戦には間に
﹁私の所属は横須賀第四鎮守府。あの超兵器に特にこっぴどくやられ
?
﹂
の80%が中破以上の損害を受け、多数の喪失艦が発生しつつも沖ノ
人類が艦娘を運用して戦った、戦争初期の決戦のことだ。参加艦艇
資料を思い出す。
沖ノ島沖と言えば、沖ノ島沖海戦の事だろうとホタカは以前読んだ
隊を殲滅したらしい。﹂
﹁提督だった時代には1個水雷戦隊で沖ノ島沖に展開した水上打撃部
怪訝そうな表情のホタカに、心配ないと武蔵は告げる。
﹁それで大丈夫なのか
個々の指揮を執っている。﹂
﹁元提督の女性だ。今は海軍の別の職に就いているが、今回は臨時で
?
?
843
?
島周辺海域│││││ホタカ等の世界での沖ノ鳥島周辺海域に相当
│││││に展開した深海棲艦の大艦隊を撃退した凄惨な海戦だっ
たと記録されている。
大口径砲弾と空襲の境を縫って戦艦を含む水上打撃部隊を殲滅す
るのは並大抵の事ではないと理解するのはそう難しい事では無い。
﹁それが本当だとしたら安心だな。﹂
﹁ま、どちらにせよ判断するのは貴様自身だ。﹂
重厚な木の扉をノックすると、くぐもった若い女性の声が部屋の中
から響いた。
薄暗いCICには空調の音と、時折飛び込んでくるレーザー通信回
線の音声の音しか響いていない。蒼いレーダースクリーンや暖色系
844
の小さなランプが各種のコンソールをボンヤリと照らしている光景
は、ファンタジー小説に出てくるような不気味な洞窟を思わせた。
その洞窟の主である艦息は、CIC中央に設置された指揮卓の傍に
佇み、指揮卓の大型モニターに映し出される現在の艦隊の配置図を眺
めていた。
大雑把に言えば、前衛に戦艦と重巡洋艦を集中的に配備した水上打
撃部隊、後衛に正規空母を主軸とした機動部隊が配置され、その周り
を取り囲むように水雷戦隊や軽空母を含む哨戒艦隊が配置され、さら
にその外縁にはホークアイやレシプロ偵察機による索敵線が引かれ
﹂
ている。ホークアイのレーダーの穴をレシプロの偵察機が埋めるよ
うな格好で、ある種の結界を艦隊の外に張り巡らせていた。
﹁加久藤、予想される敵戦力の大きさ。君はどう考えている
者は前衛の大和型戦艦に座上しているため、巨大なCICには加久藤
には居ない。さらに、実質この連合艦隊を取り仕切っている前線責任
MI作戦司令本部はトラック島に置かれている為、高城らはこの場
藤に問いかける。
指揮卓の向こう側、若干質の良い提督席に収まった筆木中将が加久
?
と筆木以外の影は無かった。指揮能力で言えば加久藤かアサマに座
上するのが適当ではあった。しかしアサマは帝国海軍に編入された
ばかりでまだ完全に味方だと決まって分けでは無く、今回の作戦の前
線指揮を執ることになっていた将官はアルケオプテリクスに蹂躙さ
れた横須賀の人間であったため、同じ超兵器である加久藤に座上する
ことを良しとしなかった。自分の艦隊を一方的に撃滅した存在と同
類の存在に座上するのは、心情的に許容できず、彼の周りの司令部要
員も横須賀の惨状をよく知っていたため彼の決定に従ったのだった。
その代り、彼が乗る大和型戦艦は高角砲を若干減らしてでも指揮通信
設備を拡充させている。
﹁少なくとも、AL方面海域で出撃してきた敵艦隊の規模を上回る物
でしょう。それ以上は何とも言えません。Fairy隊を先行偵察
に出しても未だに敵艦隊は見つけられていませんからね。﹂
﹂
﹁そうか。君は、どれほどの艦隊なら単艦で対処できる自信があるか
ね
﹁敵の種別にもよりますから、お答えするのは難しいですね。ただ、機
動部隊10個分程度の働きはさせていただきますよ。﹂
第23哨
何でもない様にそう言い放つ艦息に、筆木は小さく微笑む。
﹂
Thunderheadより入電
その数90
!
﹁フッ、それを聞いて安心したよ。﹂
﹁油断は禁物ですが⋮
戒艦隊に不明編隊多数接近中の模様
!
での直線距離は約250kmだった。
?!
﹂
?
﹂
?!
﹁ブイン第二鎮守府艦隊が123km西に、ラバウル第二鎮守府艦隊
﹁少なすぎる⋮。周囲に救援できる艦隊は
﹁天山30、紫電改二12、二式艦偵6です。﹂
﹁祥鳳に搭載された艦載機は
巡2、駆逐3の哨戒艦隊です。﹂
﹁ショートランド第一鎮守府の艦隊です。旗艦は祥鳳、そのほかに軽
﹁だ、第23哨戒艦隊は何処の艦隊だ
﹂
角に無数の赤い光点が描き出される。加久藤から第23哨戒艦隊ま
指揮卓の大型ディスプレイが俄かに騒々しくなり、艦体外縁部の一
!
!
845
?
が130km北に展開していますが。どちらも哨戒から戻ってきた
艦載機の収容中で恐らく間に合いません。﹂
﹁不味い、これでは袋叩きになる。﹂
﹂
﹁⋮⋮総旗艦より命令を受信。我が航空隊を発艦させて迎撃せよとの
事です。﹂
﹁間に合うのか
﹁F│14の足と槍なら、奴らが第23哨戒艦隊を捉える寸前に一撃
を与えられるでしょう。SchneeとRazglizを制空装備
で上げます。F│14によって敵編隊を攪乱し、後詰にAntare
sを投入すれば揉み潰せます。﹂
﹁すぐにやってくれ。﹂
﹁Schnee、Razgliz両隊の発艦は完了しました。Ant
aresの発艦を始めます。﹂
加久藤が目線で示した先のモニターには、翼端からヴェイパートレ
イルを引きながら蒼空へと駆け上がっていく8機の戦闘機とその下
をややのんびりと飛ぶ電子戦機の姿があった。
﹁相変わらず早いな。﹂
﹁機 動 部 隊 運 用 の 基 本 は 先 手 必 勝。独 断 専 行 気 味 で ち ょ う ど い い で
しょう。﹂
﹂
加久藤にしては珍しく、冗談めかした答えを出す。彼自身、久々の
大規模戦闘で若干高揚している節があった。
﹁そう言えばF│14の制空装備とは何を積んでいるのかね
﹁AIM│54Cだけで最大48機に打撃を与えること出来ます。い
全弾命中したとして64機を落とせると言うわけか。﹂
﹁とすると、ミサイルだけでも1機辺り最大8機を撃墜できる。仮に
ガトリング砲を1門、携行弾数は675発ですね。﹂
IM│54Cを6発携行しています。更に、固定武装として20mm
﹁短距離対空ミサイルAIM│9Mを2発。長距離空対空ミサイルA
?
﹂
きなり部隊の半数がやられたら、流石の深海棲艦の艦載機も足並みに
乱れが生じるでしょう。﹂
﹁AIM│54Cの射程距離は
?
846
?
﹁約210kmです。このミサイルはF│111Bで運用することを
想定して作られましたが、肝心のF│111Bが艦上戦闘機としての
性能を満たせず不採用。その後開発されたF│14はこのミサイル
を運用できる能力を付加されてロールアウトしました。元々F│1
4もAIM│54Cも敵の攻撃から味方艦隊を防御するために開発、
改良された兵器です。レシプロ機レベルの敵航空隊に後れは取りま
せんよ。﹂
加久藤の飛行甲板上には、サソリのエンブレムを付けたホーネット
が電磁カタパルトによって次々射出されている。恐らく、この航空戦
がMI方面の決戦の始まりを告げるだろうことは誰の目にも明らか
だった。
﹁では、提督。戦争を始めましょうか。﹂
軍帽の下の、紅い瞳がレーダー画面の敵編隊を射抜いた。
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 847
STAGE│44 MI島攻略作戦
けたたましいブザーの音をBGMに急角度のラッタルを鉈橋の後
に続いて駆け下りていく。滑り止め加工がされた甲板に着地するや
否や、弓月文也は照明によって照らされた黒い愛機へと向かって走り
出した。
元々名古屋付近の防空任務に就いていたため、スクランブル出動に
駆り出されたこと自体はあったが今回の移動で与えられたジェット
戦闘機によるスクランブルは初めての事だった。無人で稼働してい
る兵装取り付け装置の隣を走り抜け、愛機からたらされているラダー
を駆け上がり、細長いコクピットに滑り込む。機の電源は既に入れら
れており、コンピューターによって既に発艦準備が進行中だった。J
FSが起動し、右エンジンのタービンブレードが強制的に駆動され回
転数が徐々に上がっていく。それと同時に弓月の前方、機首方向に光
848
が差し込み始める。加久藤の第3、第4飛行甲板は2段式飛行甲板の
下側の甲板である為、滑走路の殆どが天井に覆われている発艦専用の
甲板だった。さらにこの甲板は格納庫も兼ねているため、発艦作業が
行われる時以外は最前部にシャッターが展開され外界とは隔離され
ている。基本的にスクランブル任務の部隊はこのシャッターの直前
に機を待機させている。恐らく彼らとは逆側の甲板では、もう一方の
﹄
F│14を配備した飛行隊が同じように発艦準備を進めているのだ
ろう。
﹃こちらラーズグリーズ・リーダー。準備はいいか
航行中の合成風が吹き込み、8基のTF30│P│412ターボ
﹃よし、発艦するぞ。﹄
﹁ラーズグリーズ4、アーチャーです。準備完了しました。﹂
ソーズマンこと雪嶋少尉と、チョッパー、鉈橋少尉の声が続く。
﹃こちらラーズグリーズ3、チョッパーだ、何時でも行けるぜ。﹄
﹃ラーズグリーズ2、ソーズマン、準備完了。﹄
ムはブレイズ│││││の通信が聞こえてくる。
先頭で発艦準備を進めている隊長機│││││犬養炎、タックネー
?
ファンエンジンが奏でるジェットサウンドと入り混じって戦場特有
の 音 楽 が 第 3 飛 行 甲 板 一 杯 に 鳴 り 響 い て い る。前 輪 を 保 持 し た ス
ポッティングドーリ│によってカタパルト上のシャトルに隊長機と
2番機が横に並んで、その後ろのシャトルに3番機と自分の機体が固
定される。
加久藤の第3飛行甲板のカタパルトは合計4本。ハの字を重ねた
よ う に 2 本 ず つ 平 行 に カ タ パ ル ト が 設 置 さ れ て い る。と は 言 え、
ジェットブラスト・ディフレクターを展開しなければならないため4
機を同時に発艦させることは出来ず、前の2機が短い間隔で打ち出さ
れ、ディフレクターが格納されてから後方の2機が打ち出される。し
かし、この4重カタパルトをフル稼働させることは流石に危険である
為、スクランブルの時でもない限り4機を一度にシャトルに固定する
ことは無かった。
トムキャットの間隔を開けて設置された2発のエンジンノズルが
849
展開されたディフレクターによって隠れたかと思うと、壁の向こう側
で一瞬炎が煌めきあっという間に2機が光の中へ消えていった。
﹂
﹃よし、俺たちの出番だな。しっかりついて来いよ、弓月。﹄
﹁了解
することが出来た。
パーの後ろを付いていくと間もなく先行した隊長機と2番機に合流
へ と 稼 働 し て い く の が 見 え る。可 変 翼 の 機 嫌 は 良 い 様 だ。チ ョ ッ
して目の前を飛ぶチョッパーの後を追う。視界の端で黒い翼が後ろ
ディスプレイに表示された文字列を確認してからギア│UP、加速
uck︼
︻Altitude limit released good l
るような青空と海が目の前に広がる。
させる。今まで目の前に迫っていた天井は後方に消え去り、目の覚め
軽く超える大柄な漆黒の戦闘機をたった数秒で離陸速度にまで加速
き込んだ瞬間、甲板に埋め込まれた電磁カタパルトが作動。30tを
3番機が先に射出され、次は自分の番。スロットルをマックスへ叩
!
│││││何とかなったか。
首を巡らせて危なげなく既定のポジションについた2機の黒いト
ムキャットを確認する。隊長として彼らと飛ぶのはもう慣れたもの
だったが、ジェット機での初めてのスクランブル発進に不安にならな
いはずは無かった。今のところは自分の目論み通り行っていること
を確信して、ブレイズは小さくため息を付く。今回の戦闘から個人に
タックネームを付けることが義務付けられたが、特に混乱は無さそう
だった。と言うのも、犬養や鉈橋、弓月の場合は自分の名前からタッ
クネームを考えたし、雪嶋の場合は剣道3段と言うのをもって考えた
名前であったため、彼らにとって非常に解りやすい物だった。
│││││そう言えば、和泉がフェニックスのタックネーム争いに
負けてブスくれていたっけ。
﹄
そんな事を思い出すあたり、彼に割と余裕があることの証明だろ
う。
﹃こちらシュネー・リーダー。ラーズグリーズ隊、聞こえるか
その和泉から不死鳥のタックネームを勝ち取った人物からの通信
が入った。下方警戒レーダーに反応、4つの光点がこちらの飛ぶ高度
へ向けて一糸乱れぬ編隊飛行で加速上昇して来た。
﹁よく聞こえています。貴隊と共闘できるとは心強いです。﹂
右側を見ると、青みがかったグレーに白のアクセントが入った4機
のスーパートムキャットが目に飛び込んでくる。ダイヤモンド編隊
を維持したまま、シュネー隊の4機は漆黒のトムキャットの右斜め前
なんでよりによってコイツなんだ
﹄
此奴は楽な戦
850
?
方に位置を取った。犬養の階級は少尉、シュネー1、フェニックスこ
と阿武の階級は中尉である為、敬語で返答をする。
﹃それはこちらのセリフだ。ラーズグリーズ隊。﹄
﹃しっかし、俺たちに加えてシュネー隊も来るとはな
いになりそうだぜ。﹄
!
﹃こちら空中管制機サンダーヘッド。迎撃任務中だ、私語は慎め。﹄
﹃ああ畜生
!?
私語は慎めと言ったはずだ
!
!
﹃こちらサンダーヘッド。鉈橋祐司少尉
﹄
!
ほらはじまった。とブレイズはコクピットの中で肩を竦めた。空
中管制機の中でサンダーヘッドの名を与えられた大佐は、今のやり取
りでわかるように加久藤随一の生真面目な人物だった。そんな人物
と、よく言って賑やか、悪く言って喧しいチョッパーを組ませればど
うなるかは見ての通りだった。と言っても、これは加久藤航空隊の日
常風景になりつつある。
﹃今回の作戦はオーソドックスな迎撃戦だ。初めに長距離ミサイルで
敵の数を減らし、その後近接航空戦で敵戦力を殲滅する。電磁妨害は
シュネー5が行う。また、付近警戒艦隊から増援の戦闘機部隊も急行
中だ。彼らと連携して敵攻撃隊を迎撃せよ。﹄
チョッパーとのやり取りを強制的に中断したサンダーヘッドから
作戦の再説明が行われた。なお、ミサイルの効力を最大限発揮するた
め初めにシュネー隊が、次にラーズグリーズ隊がフェニックスを放つ
手はずになっている。
!
﹄
トムキャットに搭載された6発の不死鳥の名を持つ槍が母機から
切り離されると、真っ白な排気煙と共に空の彼方の敵へ飛翔を開始し
た。それに続くためこちらもミサイルの最終安全装置を解除、HUD
上をターゲットマーカーが滑るように動いていき、6つのボックスを
851
暫く進むと、小さな電子音がコクピットに鳴り響き、前方のHUD
に 次 々 と タ ー ゲ ッ ト ボ ッ ク ス が 現 れ て い く。前 方 を 警 戒 す る レ ー
ダーにも同じように無数の機影。IFF応答無し。識別コードがU
NKNOWNからENEMYに切り替わる。200km彼方の敵す
ら発見するF│14の強力なレーダーが第23哨戒艦隊に襲い掛か
﹄
ろうとする敵機の群れをしっかりと捕捉する。
﹃攻撃を開始せよ
﹃シュネー2、FOX3
﹄
﹃シュネー3、FOX3
!
﹄
﹃シュネー4、FOX3
!
﹃目標を射程圏内に補足。シュネー1より各機、槍を放て。﹄
空しか見えていないが、電子の目は確実に敵の姿を捉えていた。
サンダーヘッドからの指示が飛ぶ。キャノピーの向こうには青い
!
赤く染め上げる。目標のロックを告げる心地いい電子音が響き、ミサ
﹄
どうした
何があった
﹄
イルレリーズを押し込む瞬間、サンダーヘッドの焦ったような声が耳
おい
攻撃中止だ
に飛び込んでくる。
﹃攻撃中止
﹃攻撃中止ぃ
ラーズグリーズ隊は攻撃を中
﹃第21哨戒艦隊に敵編隊が接近中だ
﹂
!
く。
!?
接戦闘で撃破と言う手段が使えるだろう。
アーチャー。﹄
﹃21哨戒艦隊、第21哨戒艦隊⋮⋮まさか
れる。
無線から聞こえて来た弓月のハッとした様な声に、現実に引き戻さ
﹃どうした
﹄
に、長射程のミサイルもある。作戦通りに長距離ミサイルで攪乱、近
は約240km、トムキャットの速度ならそう時間はかからない上
大気を切り裂いて4機の悪魔が翔ける。件の第21哨戒艦隊まで
4機はすぐに見えなくなってしまった。
キャットが黒い翼を翻して針路を変え加速していく。シュネー隊の
ソ ー ズ マ ン の 声 に、隊 長 機 は 翼 を 振 っ て こ た え た。4 機 の ト ム
﹃幸運を祈ります。﹄
んさ。早く行け。﹄
﹃俺たちを舐めてもらっては困る。レシプロ航空機程度に後れは取ら
﹁ラーズグリーズ1よりシュネー1、貴隊のみで迎撃可能ですか
﹂
操縦桿を倒し右旋回、垂直に立った水平線が上から下へと流れてい
﹁ラーズグリーズ隊了解
大きくなる弊害がもろに出た形だった。
かったらしい。巨大な艦隊になると哨戒が必要な空域が加速度的に
サ ン ダ ー ヘ ッ ド の 焦 り 具 合 か ら か な り の 近 距 離 ま で 補 足 出 来 な
﹄
止し同艦隊に迫る敵航空隊を迎撃せよ
!
!
!
チョッパーの声が喧しい。
!
!
!
!
852
!?
!
?
そいつは本当か
﹄
﹃あ、あの艦隊は、第21哨戒艦隊の指揮を執っているのは自分の姉で
す。﹄
﹃なんだって
数およそ80
!
﹃それだとしたら、なんとしても助けないとな。ブレイズ。﹄
﹄
!
ソーズマンの落ち着いた声に頷く。
﹁ああ。そうだな⋮っと、目標をレーダーで補足
ラーズグリーズ3
﹃サンダー石頭ヘッドの情報通りだな。﹄
﹃聞こえているぞ
!
﹂
﹃アーチャーよりチョッパー。こんな土壇場で嘘は言いませんよ。﹄
?!
グを掛けられても知らんぞ
﹄
﹃サンダーヘッドよりラーズグリーズ隊
﹄
!
?
ブレイズ、FOX3
﹂
チョッパー、FOX3
!
トルを開くと、幾分か軽くなった愛機がミサイルの排煙を切り裂いて
4の最終速度はマッハ5。200kmを数分で駆け抜ける。スロッ
ルが白い排気煙を吹き出しながら轟然と加速していく。AIM│5
して軽くなった機体がフワリと浮かぶ、その下を6本の大柄なミサイ
ミサイルレリーズを押し込むと、軽い振動と共にミサイルを切り離
!
﹁ロック完了
﹃これでも喰らえ
﹄
﹃ソーズマン、FOX3
!
﹄
﹃アーチャー、FOX3
!
﹄
ターが〟何やってる早く撃て〟と言っているかのように感じる。
T の 文 字 が 投 影 さ れ 控 え め に 点 滅。機 体 に 搭 載 さ れ た コ ン ピ ュ ー
ディスプレイにコンピューターからの文字列。HUDにSHOO
︻RDY AIM│54︼
いいロックオンが響く。
を滑るように移動していたターゲットマーカーが赤く染められ、心地
サンダーヘッドから文字通り雷が落ちたところで、前方のHUD上
飛べんのか
貴様らもうちょっと静かに
﹃ソーズマンよりチョッパー。いい加減にしないとお前だけジャミン
こりゃ。﹄
﹃サンダーヘッドから地獄耳にコールサインを変えないといけないな
!
!
853
?!
!!
!
加速していく。レーダー上に表示されていた光点が20以上唐突に
1時方向
敵機多数確認
﹄
消失したのはその数分後の事だった。
﹃見えた
!
﹃ソーズマン、エンゲージ
﹁やるしかないさ、行くぞ
ブレイズ、エンゲージ
﹃チョッパー、エンゲージ
!
!
﹂
!
﹁ブレイズ、FOX2
﹂
マーカーが敵編隊の長機らしき機体を補足。ロック完了。
︻RDY AIM│9M︼
イルを選択。
び込む。隊長機らしき蒼い光を放つ敵に狙いを定め加速、短距離ミサ
くのを横目で見ながら、のんびりと編隊を組んで飛行する攻撃隊に飛
を保ったまま交錯。ソニックブームをまともに受けた数機がふら付
てくるのをとっさに機体をロールさせ回避。修正の暇を与えず音速
る。敵、胴体化に取り付けた単装機関砲を発砲。曳光弾の火箭が伸び
向かってくる。その数21。ヘッド・トゥ・ヘッドで距離を詰めてく
編隊の両翼を固めていた護衛機らしき編隊が翼を翻してこちらに
攻撃機や爆撃機。護衛機は放っておく。
襲い掛かった。弾数に限りがある今、狙うべきは対艦兵装を満載した
て、矢の様なフォルムになった4機のトムキャットが一斉に敵編隊に
甲高く咆え、大柄な機体を前へ前へと推し進めていく。可変翼が閉じ
スロットルをMAXに叩き込むと2基のターボファンエンジンが
﹄
﹄
﹄
﹃アーチャー、エンゲージ
!
に考えればたった4機でこれらを止めるのは難しいように思える。
は大部分がオレンジだが中には青色の機体も交じっていた。常識的
確認できる敵機はざっと5,60機、銀色の背についたライトの光
﹃多いですね。﹄
穴が開いてしまっている。
見せる所だった。幾つもの編隊が連なって入るが、所々にぽっかりと
ソーズマンの声に首を巡らすと、雲の隙間から無数の敵編隊が姿を
!
!
!
854
!
フェニックスよりも幾分か小柄なミサイルが飛び出し、若干蛇行し
た軌跡を描きながら敵機へと進撃していく。すぐに、敵編隊上で火球
が2つ生じ、バラバラになった構成物が空にばら撒かれる。これで、
積んできたミサイルはもうない。とは言え、まだ攻撃オプションは残
されている。
︻RDY GUN︼
狙いを付けた敵機をコンピューターが認識し、ロックする。HUD
の中心にガンレティクルが表示、ご丁寧にロックした敵の未来予測位
置まで表示されている。針路を微修正、敵僅かに回避機動を取る。し
かし、もう遅い。トリガーをコンマ数秒引き絞ると機首左下部に設置
されたM61バルカンが咆えて20mm機関砲弾を吐き出す。機体
を翻そうとした敵機の左側に火花が爆ぜたかと思うと機体後部から
ボンと黒煙が吹き出し脱落していく。撃墜した戦果を喜ぶのは後回
しにしていったん編隊の下へもぐりこむ。操縦桿を引いて上昇、大き
く期待をループさせ天地がひっくり返り頭上に編隊が見えるように
なる。途端に耳障りな警報音、ペダルを蹴飛ばし機体を横滑りさせる
とさっきまでいた地点を火箭が打ち抜き銀色の影が低空へと逃げて
いく。こちらが優速だからと言って数の差は大きく覆せるものでは
ないだろう。
操縦桿を引いて再突入。狙われたと察知した敵は、編隊から外れて
急旋回、回避機動。Gリミッタ解除、スロットルMIN、エアブレー
キOPEN、可変翼がいっぱいに開かれる。操縦桿を倒し高G旋回、
機体表面を白い霧が包む。F│14はその巨体と迎撃機と言う側面
から見れば、速度性能には優れていても機体自体の機動性は高くない
ように見える。しかし、一見平坦に見える機体は其れそのものが揚力
を発生させるリフティングボディの技術が導入されており揚力発生
能力が高い。航空機が進行方向に対して機首を上向きに、つまり仰角
を取り過ぎると主翼から空気の流れが剥がれ落ち失速、場合によって
は急激な機首上げによって生じた過重に翼が耐え切れず機体そのも
のが破断する。トムキャットの場合、仮に機体が35度以上の大仰角
を取った場合でも揚力を発生させることが出来る為、急激な機動を
855
行った場合でもその時の過重は胴体に掛かり主翼を保護することが
出来る。このリフティングボディと可変翼による後退角の最適化に
より翼面過重の高さに似合わない高い機動性を持っている。ウィル
キア帝国での模擬戦ではF│14よりも後発のF│15との戦闘で
何回もイーグルの撃墜判定を取っていることが、この機体の優秀性を
物語っている。ぐいと強引に機首を獲物の進路上にねじ込み機関砲
を発射。機関砲弾をもろに浴びた敵機はそこで爆発四散。急激な機
動で落ちた速度をパワーダイブで補給する。
ああくそ、キリがねぇ
﹄
﹄
無駄口を叩いている
80機に4機でカチコ
上昇し、再攻撃。眼下ではチョッパーが一航過で2機を立て続けに
ガンキル。
﹃2機撃墜
仕方ないですよ
﹃アーチャー、FOX2
﹄
ミかましてるんですから
﹄
アブねぇなこの野郎
左へ回避だ
﹃うあっち
﹄
﹃こうも多いと、下手に巴戦やったら火だるまになるな⋮チョッパー
暇が有ったら敵を叩け
﹃サンダーヘッドよりチョッパーとアーチャー
!
!!
方位は
不明機接近
被弾を避けているが、何時まで続くのか。
﹃サンダーヘッドよりラーズグリーズ1
サンダーヘッド
﹄
!
?!
⋮これは﹄
﹃この期に及んで援軍かよ
!
!
敵編隊からいったん離脱しながら不明機が接近してくる方向を見
﹃いや⋮⋮コイツは敵じゃない。﹄
!
その数36機
攻撃でも当たれば落ちる。今は出来る限り速度を殺さずに機動して
│││││トムキャットだって無限じゃない。深海棲艦艦載機の
ら歯噛みする。
目の前に不用意に飛び出してきた雷撃機に機関砲を叩き込みなが
│││││しかし、コイツはやはり不味いな。
込まれバラバラになって落ちて行く。
チョッパー機を掠めて退避した戦闘機に、怒りの20mm弾が叩き
!!
!!
856
!
!
!
!
!
!?
!
!
﹄
﹄
る。雲の合間に、緑色の機体が見えたかと思うと、その影は見る見る
うちに接近し見慣れた機体を形作った。
﹃あんまり苦戦しているようだから助けに来てやったぞ
助けに来たってまさか
凛とした女性の声が通信機から響く。
﹃姉さん
それと作戦行動中だ、莫迦者。
?
﹄
﹄
四方八方に飛び散った。
グッキル
﹄
その数112
﹄
戦
グリューン隊は迎撃に当た
南東より敵増援
﹄
!
﹃グッキル
﹃イーグルアイより味方航空隊
新型機を36機含んでいる
﹄
こいつ等次から次へと
弾の切れた部隊は加久藤へ補給に戻れ
闘機隊だ
れ
﹃クソっ
﹃もうミサイルも弾も無いぞ
スターボード
﹄
いったん退避する
回避
弾薬欠乏
上からくるぞ
﹄
!!
﹃こちらランサー21
﹃コクーン3
﹄
﹄
またかオイ
どこの隊だ
﹃オメガ11被弾
﹃零戦が落ちた
﹄
紫電改二も落とされてるぞ
﹃タコ焼き風情が調子にのんじゃねぇ
﹃零戦だけじゃない
!
!!
!
!
ム1、サイファーこと菅納零士は聞いていた。
通信機からは奮戦する友軍航空部隊の声が聞こえてくるのをガル
!
!!
!
若干赤みが差し始めた空にまた一つ火球が生まれ、燃え盛る残骸が
入した。
36機の紫電改二が雄猫に散々に食い荒らされている編隊へと突
﹃弓月忍大佐だ。一先ずは小煩いハエどもを何とかするとしよう。﹄
﹁此方ラーズグリーズ・リーダー。支援感謝します。えーと⋮﹂
かなるな
こちらが保有するありったけの戦闘機を向かわせた。これなら何と
﹃戦闘機乗りは辞めたと言っただろう
?!
!
!
!
?!
!!
?!
!!
!
!
!
!!
!
!
857
?
!?
?
!
!
!
!
哨戒艦隊襲撃に端を発した一大航空戦は丸一日続こうとしていた。
手始めに日本艦隊の南方と西方に展開していた哨戒艦隊に攻撃隊を
繰り出し、日本艦隊の制空部隊を吊り上げ、全くの逆側から強襲する
深海棲艦の目論みは加久藤航空隊の航空部隊によって真正面から叩
き潰された。3波にわたって突入した総勢400機の制空戦闘機は
超音速の猛禽と哨戒艦隊の艦載機によって容易く噛み千切られてし
まった。しかし、深海棲艦の十八番である数に任せた正面突破に切り
替えると、途端に加久藤を加えても余分な戦力など無い日本軍は苦戦
を強いられる。味方艦隊まで到達されることこそなかったが、敵と味
方のほぼ中間点では熾烈な航空戦ガ繰り広げられていた。
人類側もやられっ放しと言うわけではない。佐世保艦隊やトラッ
ク艦隊を中心とする機動部隊から攻撃隊を繰り出し15隻以上の航
空母艦を潰していたが、それでも敵の攻撃は衰える事を知らなかっ
た。戦闘が昼を過ぎるころになると、AL方面で報告のあった丸い新
型機が、敵味方中間での航空戦に投入されてしまう。零戦では話にな
らず紫電改でも不利、烈風でようやく互角に戦える頭の痛い戦力の出
現に、加久藤のジェット戦闘機部隊を大規模投入して何とか押し込ま
れることを防いだが、それは同時に敵艦隊への護衛にジェット機が使
えないことを意味していた。圧倒的ともいえる空戦能力が使えなく
なったため、従来通りの航空戦を行うしかなく、さらに敵艦隊の上空
にも丸い新型機が張り付いている場合があったため数度の攻撃の後
は、中間空域航空戦を迂回しての敵艦隊強襲は行われなくなり、余っ
た戦闘機はこの航空戦に投入されていた。
中間空域航空戦に勝利することはMI海域における制空権を掌握
したに等しいことは理解できることではあるが、次から次へと湧いて
くる深海棲艦の航空機に、参加パイロットの疲労の色は隠せなかっ
た。不味い事に、ジェット機部隊の補給が重なってしまい、前線のレ
シ プ ロ 戦 闘 機 の 比 率 が 一 時 的 に 高 騰 し て し ま う。こ の 機 を 逃 さ な
かった深海棲艦側は一転攻勢をかけ、次々とレシプロ機を撃墜。戦力
差をひっくり返していく。さらに悪い事に、ホークアイのレーダーの
端には制空権を掌握したら機動艦隊に流れ込む気満々の無数の航空
858
クソ
﹄
それまで持ちこたえ
加久藤からの増援はまだ
俺たちがやられたら敵が本隊に流れ込
味方のレシプロ機が次々落とされていく
グリューン13
クソ
隊の姿が確認されていた。
﹃クソ
﹄
﹃落ち着け
むぞ
﹄
﹃グリューン・リーダーよりイーグルアイ
か
﹄
あ、畜生
﹄
﹄
﹄
弾切れだ
あれだけいた味方は何処に行った
﹃間もなくガルム隊とライジェル隊が到着する
ろ
﹃それだけか
﹄
後はこっちで何とかする
﹃加久藤で補給してるんだろ
頼む
﹃離脱しろランサー7
﹃すまねぇ
レシプロ戦闘機の損耗が酷く母艦航空戦力の損害は
﹃本隊より入電
!!
﹄
現在前線でのレシプロ戦闘機の損耗率は60%だ
﹄
20%を超えた
!
こりゃ落とされるために投入してるのと変わらんぞ
!?
﹃本隊に言っとけ
!
﹃よし、花火の中へ突っ込むぞ
﹄
い華が咲き乱れているのがポツポツと見え始める。
前方には空に刻まれた無数のエッジや散華した航空機の遺した黒
﹁ああ。だが、やるしかないな。﹂
め込まれている。
れが初めてだった。愛機にはありったけのミサイルと機関砲弾が詰
てきた航空隊を撃滅していたため、中間空域制空戦に参加するのはこ
が響いた。彼らガルム隊は今の今まで陽動の為に哨戒艦隊を襲撃し
通信機からガルム2、大瀬結人ことピクシーのウンザリした様な声
﹃全く、不味い事になり始めたな。相棒。﹄
無線を聞いている限りお世辞にも良い状況ではなさそうだ。
とな
!
!
!
!
く起動する幾つものターゲットボックスが現れる。
が強烈な推力を受けて弾かれたように加速する。HUD上には激し
こちらも負けじとスロットルをMAXへ、戦闘機としては大柄な機体
片方の翼を赤く塗ったF│15が加速し、自分を追い抜いていく。
!
859
!
!
!
?!
!
!
?!
!
!
!
!
!
!!
!!
!
?!
!
︻RDY AIM│120︼
中距離対空ミサイルを選択。不用意にこちらに背を向けて緑色の
まだら模様に塗装されたグリューン隊の機へ攻撃を行おうとしてい
FOX3
﹄
た白い球形の艦載機をロック。聞きなれた電子音が鳴り響く。
﹃ガルム1
刻まれ爆散する。
﹃こちらイーグルアイ。敵機撃墜を確認
﹄
﹄
助かった
ガルム1
﹃ガルム隊か
﹃グッキル
!
あらぬところを貫き、こちらの機関砲は新型機の顔面
を粉々に粉砕
とした敵機へ機関砲を叩き込む。相対速度が速すぎる為敵の火箭は
新型機へロック。発射。こちらを迎撃しようと無謀にも上昇しよう
りの中距離対空ミサイル3発を味方へ向けて攻撃しようとしていた
俯瞰する。敵機が固まって居そうな所へ向かってパワーダイブ。残
機首上げ上昇、インメルマンターン。更に半ロールで戦場を上から
出来ないが、継戦能力は飛躍的に向上しているはずだ。
ピードを落としている。短い時間に多数の命中弾を叩き込むことは
り抜け次の獲物へ向かう。今回の作戦では意図的に機関砲の射撃ス
抜きざまに2連射。爆散する2機の機体の狭間をロールしながらす
続いて2機ならんで飛行する新型戦闘機に狙いを定め加速し、追い
︻RDY GUN︼
!
﹄
作動。至近距離で浴びせられた衝撃波と無数の弾体片に機体を切り
を回避しようと敵機は急旋回を掛けるが、それよりも早く近接信管が
ミサイルレリーズを押し込む。軽い振動と共に放たれたミサイル
!
!
!
来型艦載機、短距離ミサイルを選択。
息つく暇なく次の獲物へ、烈風を追いかけまわす3機の見慣れた従
えたのは彼の仕業だろう。
る敵は無し。近くにはガルム2の姿も見える。光点が2つ同時に消
機首を強引に引き起こしつつレーダーを確認。こちらに追いすが
が着弾。3つの華が空に咲いた。
する。ハチの巣にした新型機を追い抜いたところで3発のミサイル
?
860
!
!
︻RDY AIM│9M︼
最も烈風へ近づいている一機へロック。発射。さらに加速して近
その調子だ
﹄
づき追いすがる他の2機へ短くガンアタック。後部をズタズタにさ
いいぞ
れた機体が火を噴いて落ちていく。
﹃敵脅威レベル低下
!
│││││逃がすかよ
き返さざるを得ない。
が追いすがってくるが、ジェット戦闘機にかなうわけもなく虚しく引
に飛び出してきた敵機へバルカンを叩き込んで再度上昇。5機ほど
イーグルアイにしては珍しい感情を表にした声に苦笑する。不意
!
たガルム1の射線上。ほどなくハチの巣になって爆散する。
う。残った1機は旋回して逃れようとするも、逃げた先は旋回してき
に、無防備な背中を晒すことになり3機が機関砲の餌食になってしま
ほどガルム1に手傷を負わされ、漂流する2機をすり抜けたガルム2
た敵機はそのまま針路を修正してガルム1を追跡しようとするが、先
り。スライスバックで高度を速度に変換、予定ポイントから逃げられ
さない。Gリミッタを切って右バンク135度、そのまま下方宙返
波で2機の戦闘能力は失われ漂流する。その瞬間をガルム1は見逃
る2機の艦載機のちょうど中間で近接信管が作動し炸裂。爆発の余
ず。生き残った方が攻撃を仕掛ける算段だろう。ミサイルは迫りく
せずに密な編隊を組んでいる2機へ打ち込む。敵機、回避機動をせ
受けてイーグルでも落とされる。躊躇わず最後のミサイルをロック
の艦載機、更に上下左右から新型艦載機。このままいけば十字砲火を
次、短距離ミサイルは残り1発。真正面から2機の従来型深海棲艦
﹃なんて奴らだ、アイツ等だけで戦況をひっくり返し始めている。﹄
機を機関砲で血祭りにあげ、2機を短距離ミサイルで始末する。
ほどの敵機。アフターバーナーを炊いて急降下。すれ違いざまに3
前には追撃を諦めて低空のレシプロ機へ襲い掛かろうとしている先
クリと横滑へ倒れ込み機首を下方へ向ける。ストールターン。目の
スロットルMIN、エアブレーキOPEN。垂直に立った機体がガ
!
﹁お前なら来ると思ってたよ。ガルム2。﹂
861
!
﹃礼はどうした
ガルム1﹄
﹁帰ったら1杯奢ってやるよ。っと。﹂
ガルム2の後方に付こうとしていた敵機を叩き落す。
﹁前言撤回。これでチャラだ。﹂
﹃数が違うだろ、数が。まあいい、敵もまだまだいるしな
﹄
敵の反応が固まっているところへ向けてガルム2が加速。ミサイ
ルはもうないが、機関砲の射撃レートを落としたことによって、機銃
弾にはまだ余裕がある。突っ込まない理由は無かった。手当たり次
第に敵機に20mm機関砲のシャワーをプレゼントしていく。ある
物は即座に爆散し、またあるものは機全体から黒煙を噴いて墜落して
いく、時には回避しようとして別の機体にぶつかり共倒れする敵機も
﹄
あった。レーダーを真っ赤に染めていた敵機も、徐々にその数を減ら
していく。
﹄
﹃この短時間で15機以上撃墜しやがった
﹃なんだアイツは、鬼か
!?
撃隊に幾つもの巨大な火球が現れ、文字通り消し飛ばした。
を紙屑の様に引き裂き、戦闘空域の敵側で待機していた深海棲艦の攻
海面から突き上げる様に飛来した無数のミサイルが交戦中の敵機
は到達した。
効きなれない声に、空戦を行っている誰もが首をかしげた時、それ
﹃ああ言うのをな、鬼神って言うんだよ。﹄
彼の欲する最後の一撃は、空では無く海からやってきた。
か、もうひと押しが必要だと菅納は感じ取っていた。
関砲弾を節約したとしても、敵を壊滅させることは出来ない。後何
くなってはいるが、敵の数が多いことには変わりはない。どれだけ機
れでは勝てないと結論付けていた。確かにレーダー上の光点は少な
そんな自分への評価を聞きながら、頭の片隅の冷静な部分はまだこ
う。﹄
﹃グ リ ュ ー ン 2 よ り グ リ ュ ー ン 4、そ ん な 生 易 し い 物 じ ゃ な い だ ろ
?
﹄
﹃イーグルアイよりアサマ。貴艦は本隊の護衛として展開しているの
ではなかったのか
?
862
!
?
﹃航空隊の被害が予想以上に甚大であることを受けて作戦変更だ。こ
遠泳の
!
そもそもついていない奴は
れより電子支援と対空ミサイルによる掩護射撃を開始する
﹄
したくないIFFが故障している奴
とっとと低空へ逃げ込め
!
﹃うおっ
﹃退避
アブねぇ
退避だ
﹄
﹄
﹄
ている。その数は200を下らないだろう。
レーダー画面上を埋め尽くす無数の対空ミサイルがこちらに迫っ
﹃なん、だこりゃ⋮﹄
意が明らかになった。
駆け下りていく。つられて高度を下げる敵機を叩いていると、その真
かなり乱暴な命令だったが、素直にレシプロ機の一部が超低空へと
!
﹃加減ってものを知らんのかアイツは
!
此奴らを落とせば終わりだ
!
る。この好機をイーグルアイは逃さなかった。
﹃イーグルアイより全航空隊
﹄
!
戦闘中に誰かが呟いたこの言葉とアサマの発言が組み合わさり、後
﹃ミッドウェーが生んだ鬼か。﹄
こそぎMI方面の空から駆逐されてしまった。
た加久藤航空隊によって、踏みとどまっていた深海棲艦の航空機は根
来れば後は機体の性能が物を言う。次元の違う戦闘能力を見せつけ
と増援により彼我の航空機数はかなり小さくなっていた。ここまで
7個飛行隊が戦闘空域になだれ込む。アサマによる多目標同時攻撃
漆黒と青みがかったグレーのトムキャットを先頭に、加久藤航空隊
の制空権を確保せよ
MI海域
更に、補給に戻っていた無数のジェット戦闘機も戦線に復帰し始め
数は目に見えるほど激減していた。
のミサイルが次々炸裂した。ミサイルによる攻撃が終わった後、敵の
ガルム隊も上空へ退避し、機体を水平に戻した瞬間、下の方で大量
イブしたり、敵機よりも遥かな上空へ逃げる。
ば誰だってその空域に留まりたくは無い。我先にと低空へパワーダ
ジェット機に乗っていても、これだけのミサイルの数を見てしまえ
!!
?!
!!
!
863
!
任務完了
にガルム1はミッドウェーの鬼神と言う二つ名を付けられることに
なったのは余談である。
﹄
﹃イーグルアイより全機、空域内の全敵戦力の殲滅を確認
だ
﹁それでも、損害には違いないわ。﹂
て、替えの効く無人機ですから、まだマシでしょう
﹂
洋投棄ですからね。まあ、やられた機体の殆どが艦内容積を取らなく
﹁ああ、そうですね。今日の攻撃で38機が撃墜、7機が修理不可で海
されていた。
チラリと飛行甲板を見ると、ボロボロになって紫電改二が海洋投棄
﹁そうね、でも。﹂
疲れと喜びが無い混ぜになった表情を副長が作る。
﹁艦長、どうやら勝ちましたね。﹂
を、瑞鶴は防空指揮所で聞いていた。
イーグルアイのその宣言と共に、無線機が喜びの歓声で飽和するの
!
﹂
副長。まだアタシ達はMI海域を丸裸にしただけ、
MI作戦はまだまだこれからよ
しょうね。いい
﹁〟 M I 作 戦 は こ れ か ら だ、気 を 抜 く な 〟。ア イ ツ な ら こ う 言 う で
副長の言葉に、瑞鶴は小さく笑う。
艦2隻沈めたんですから、もっと誇ってくださいよ。﹂
﹁ウチの航空隊は、貴女はよくやりましたよ。何せ正規空母1隻に戦
?
無かったら無人機がいくらあっても使えないしね。じゃ、ココはよろ
に出来るだけ使える機体を増やしておかないと、肝心な時に有人機が
﹁ま、これから夜だからアタシ達の出番は無いけどね。明日の朝まで
とした艦長の姿がそこにはあった。
抜けた様な雰囲気は消え、いつも通りの。否、いつも以上に指揮官然
適度な緊張感を含ませた瞳が副長を見る。先日まで続いていたふ
?
?
864
!
しく。﹂
副長の返事を聞かずにラッタルを降りていく。
│││││こんなところで苦戦していたら、アイツに合わせる顔が
無いもんね。
ふと、自分が彼の事を意識しているのに気づき足を止める。後から
気恥ずかしさと共に湧いてきたのは、決して表に出さないドス黒い感
情だった。知らず知らずのうちに自虐的な笑みが浮かぶ。
│││││バカだな。どんなに戦果を挙げたとしても、過去が消え
るはずなんてないのに。
斯くして空の騎士達の死闘はいったん幕が引かれる。次に舞台に
上がるのは、それまで空を翔け上がっていく味方を見送る事しかでき
なかった海洋の覇者達だった。
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂
865
STAGE│45 MI島確保作戦
。戦艦、および巡洋艦多数。触接を続ける。﹄
﹃こちらフェアリィ3。敵艦隊発見。方位0│9│0、彼我距離3
90km。敵速27
イ ー グ ル ア イ と 交 代 し て 真 夜 中 の 空 に 出 撃 し て い た 空 中 管 制 機
ゴーストアイに、偵察に出していたフェアリィ隊から敵艦隊発見の報
がもたらされてから4時間が経過していた。日は既に没し、満天の星
が広がっている。
帝国海軍MI方面艦隊は敵艦隊に現在地が露見することを恐れて
電探を使わずに航行を続けていた。電探の代わりに艦隊の目として
暗視装置を積んだ複数のホーネットによる先行偵察が行われその
データは高度に暗号化された上でホークアイ、加久藤へ送られる。そ
して、加久藤が受け取ったデータを傍受の心配がない艦娘相互通信に
よって各艦に伝達することで隠密性を維持しつつある程度の索敵が
可能だった。
敵艦隊と接触した結果、例の新型艦載機が偵察機を襲おうと上昇す
るが、どれだけ高性能であっても所詮はレシプロ機の次元であったた
め、可能な限り軽量化し上空10km以上を悠々と飛行するホーネッ
トと同じ土俵に立つことすらできず、偵察機の遥か下方で所在なさげ
にうろつく以外は何もできなかった。
﹁さて、ここからどうするかだが。﹂
照明が落とされ真っ暗になった戦艦伊勢の艦橋で真津は小さくつ
ぶやいた。加賀をはじめとする機動艦隊は既に後方へ下げられてい
る。今の所加久藤やホタカの製造した艦載機以外では夜間飛行が不
可能である為、夜戦の最中に空母が居ても邪魔なだけであり、なす術
も無くやられてしまう。史実では加賀や赤城に20㎝砲が積まれて
いた時期があったが、艦娘として生まれてくる彼女達にすでにその武
装は無く、取り付ける事も出来なかった。
そう言うわけで、現在真津は佐世保第三鎮守府の中でも最古参艦の
一隻、伊勢で指揮を執っていた。戦闘・指揮能力を鑑みれば第一鎮守
府から借りて来た長門型の二人か、榛名改二に座上するのがベストな
866
?
選択にも思える。しかし彼個人、今まで長い間自分の指揮に従ってく
れた艦娘に座上して指揮を執ることが一種の筋であると言う考えを
持っていたため、彼女らの進言を辞退して伊勢に座上している。この
決定に某高速戦艦の一番艦がむくれていたが、真津は今度その艦娘を
食事に誘う事で何とか許しを貰っていた。尻に敷かれ始めている自
分から目をそらしつつ、彼は今伊勢の艦橋に居る。
﹁如何するこうするも、私たちの主目的はMI島の深海棲艦施設の撃
破、もしできればMI方面に展開した敵深海棲艦隊の撃滅。敵さんが
せっかくこっち来てくれてるんだからこっちは真正面から叩けばい
いでしょ。﹂
戦艦娘の中でも一際巨大な艤装を背負った女性があっけらかんと
言い放った。
作戦説明では本作戦の最終目標はMI島の攻略と言う事だったが、
今の帝国軍にMI島を維持するだけの戦力も意味も無かった。その
ためMI島攻略とは銘打たれているが実の所、MI島、その島周辺の
深海棲艦施設の完全破壊が最終目的と言えた。MI島の施設及び周
辺海域の深海棲艦を掃討すれば、海域の支配権は日本軍が握ることに
なる。勿論、MI島の深海棲艦施設は時がたてば再建されるだろう
が、その頃には多数の艦娘が戦力化されている見込みで、場合によっ
てはMI島を再破壊、ハワイへの侵攻すら目論んでいた。
﹁まあ、それはそうなんだが。こういうデカい作戦は久しぶりでな。﹂
﹁最近だと⋮ああ、沖ノ島の奴か。確かにアレはヤバかった、何度沈ん
だと思った事か。﹂
二度三度頷く。あの戦いで、真津の艦隊の主力艦は伊勢型2人と加
賀のみで、そのほかは駆逐艦などの補助艦艇だった。しかも、頼みの
綱の加賀が早々に中破戦線離脱してしまったため一時期は制空権を
盗られ、降り注ぐ爆弾に生きた心地がしなかったのを思い出す。それ
でも何とか深海棲艦の猛爆撃に耐えた後、修復を終わらせた加賀と共
に自らを散々嬲ってくれた敵艦隊を叩き潰し、全員生還させることが
出来たのだった。真津とその艦隊が生き残った理由として伊勢型二
人の活躍があった。瑞雲の数が足りなかったため、史実の小沢艦隊よ
867
ろしく広大な飛行甲板に対空兵器をこれでもかと詰め込みハリネズ
ミ状態にして出撃した結果、濃厚な対空弾幕を張ることが出来た。さ
らに、伊勢型の二人も前世の経験を活かし敵弾を回避しつつ味方の上
にも弾幕を張ったため、制空権を喪失した艦隊にしては損害を最小限
に抑えることに成功した。
﹁田 沼 司 令 の 所 か ら 長 門 や 榛 名 を 借 り て い る 分、前 の 戦 い よ り も プ
レッシャーが大きいよ。ホタカが要れば、こんな気苦労はせずに済ん
だんだがなぁ⋮。﹂
﹂
﹁でもさ、ホタカがもし健在だったとしたら。アサマみたいになるん
じゃない
﹁だよなぁ⋮。﹂
何方にせよ、自分のやることに変わりがない事に気づき大きくため
息を吐く。真津の艦隊は主力の一角として敵艦隊と真面に砲撃戦を
行う艦隊に編入されている。ちなみに、真津の艦隊をそれまで護衛し
ていた水雷戦隊は、戦艦が砲撃戦をしている間に敵艦隊から突入して
くる水雷戦隊の迎撃、あわよくば主力艦の撃沈を行うため3つの独立
した水雷戦隊に編成し直されていた。それぞれの旗艦は最上、青葉、
北上であり、ある程度自由に作戦行動がとれるようになっていた。更
に、真津の居る戦艦の艦隊も長門型、伊勢型を集めた低速戦艦隊と金
剛型とある戦艦を加えた高速戦艦隊に分かれていた。高速戦艦隊は
別働隊として敵艦隊の側面を突くため主力部隊とは若干離れた地点
を進んでいる。
﹁や は り、山 城 は 低 速 戦 艦 隊 に 入 れ た 方 が 良 か っ た ん じ ゃ な い か
なぁ。﹂
ポツリと真津はそんな事を呟く。
﹁主砲を45口径35.6㎝磁気火薬複合加速砲に換装して、主機を
ガスタービンⅥ型に変えてるんだし大丈夫でしょ。個人的には私の
﹂
開発は狙って出来るもんじゃない
主砲も複合砲にしてほしかったんだけどなー
﹁うっ⋮。それは仕方ないだろう
?
全の状態にしてやりたい。それに、お前も55口径41cm砲に換装
し、別働隊は比較的少数で敵の側面に回り込むんだから出来る限り万
?
868
?
してるじゃないか。﹂
慌てて弁解し出す真津が妙に滑稽に思えて、伊勢は小さく笑う。
﹁冗談だよ。冗談。っと、そんな事言ってる間に。﹂
伊勢は視線を目の前の真っ暗な海に向ける、星明りに照らされ微か
に浮かび上がる彼女の横顔からは先ほどまでのお茶らけた態度は消
えて、真剣な顔つきに変わっていた。
﹁来たよ。﹂
伊勢に装備された4基の41cm連装砲の砲身が、待ち伏せする猫
まで増速。艦隊針路変更、方
が身じろぎをするように一瞬だけ揺れる。
﹁敵艦隊発見。旗艦より伝達、全艦20
位0│4│5。﹂
水平線上が一瞬だけ赤く染まったかと思うと、続いて遠雷の様な腹
に響く音が聞こえてくるのを、違法建築のごとくそびえ立った特徴的
な艦橋で聞いている艦娘が居た。
南太平洋の夜風にショートカットにした黒髪を靡かせている女性
は、紅い瞳を水平線の向こうに投げかけていた。
﹁始まったようですね﹂
﹂
傍らから掛けられた声に瞳だけを向けると、双眼鏡を覗いている自
分の副長の姿が見えた。
﹁そうね。周囲に敵影は
です
﹂
路に乗っているわ。このままならT字有利で敵艦隊に一撃を与えら
﹂
れる。にしても⋮。﹂
﹁なんです
ち上っていた煙突からは、極端に色の薄い排煙が噴き出しているのが
る主砲。次に首を回して後方を見ると、今までならどす黒い排煙が立
チラリと眼下を見下ろす。視線の先には一見普通の連装砲に見え
﹁未だに私がこんなところに居るのが信じられないわね。﹂
?
869
?
﹁私等の観測では、今の所見られません。加久藤からのデータはどう
?
﹁此方は本隊と敵艦隊の進行方向上を本体側から敵艦隊側へ抜ける進
?
辛うじて見える。現在速度は約30
度だった。
、以前の自分では有りえない速
山城は未だに航空戦艦には改造されていない。航空戦艦は伊勢型
の二人がいる上に空母は合計で4隻居る為、あえて主砲を下ろして航
空戦艦にする必要性が見られなかったためだった。これまでの作戦
でも6基12門の主砲はその火力を如何なく発揮し、佐世保第三鎮守
府での純粋な砲火力の投射量ではホタカを除けば頭一つ抜けていた。
今回の作戦が伝達された時、佐世保鎮守府に所属する高速戦艦は第
三鎮守府の金剛、霧島。第一鎮守府の榛名の3隻だけであり、高速戦
艦隊を編成するには火力不足に思われた。そこで真津はホタカが開
発したガスタービンⅥ型と45口径35.6㎝磁気火薬複合加速砲
を山城に搭載し、火力と機動性を両立させた高速戦艦に改装したの
だった。この複合砲は作戦直前の開発作業により完成したもので、実
質的に長門型の45口径41cm連装砲に近い威力を持ちながらコ
ンパクトにまとまった主砲だった。しかし、磁気火薬複合加速式の主
砲を運用するには山城の発電機は非力すぎた為、ホタカを参考にガス
タ ー ビ ン を 搭 載 し て 発 電 と 艦 の 推 進 を 行 う 大 規 模 改 装 が 施 さ れ た。
しかし、やはりホタカの世界の技術をこちらの艦娘に落とし込むこと
は難しく、ガスタービン機関を中心に据えた推進・発電システムは十
全に稼働しているとは言いづらい物になった。
それでも改装を終えた山城は金剛型並の足と長門型以上の火力を
持つ、規格外な高速戦艦に生まれ変わったところを見ると、2つの世
界の技術格差にうすら寒さを覚えてしまう。
﹄
私たちの中で榛名の練度が一番高いです
?
わ。﹄
﹃ええっと⋮。﹄
前を走る金剛型戦艦3番艦の視線がこちらに向けられているよう
な気がして、山城は小さく笑ってしまった。しっかりと実力はあるの
870
?
﹃あの、榛名が旗艦で本当に宜しかったのでしょうか
﹄
﹃No problemネ
カラ
!
﹃それに改二に改装済みだしね。私の計算でも貴女が適任と出ている
!
だからもっと堂々としていればいいのにと、心の片隅で思ってしま
う。頭の中では自分が適任かもしれないと考えていても、他者にそれ
を押し付けるのを躊躇ってしまうのは何事にも控えめな彼女らしい
ふるまいだった。
﹁私も異存はないわ。主砲はこの測距儀でも撃てるように練習したか
﹄
らいいけど、結局電探とか指揮通信設備は手つかずだからね。旗艦に
は貴女が適任よ。﹂
﹃⋮⋮⋮解りました。榛名、全力で参ります
﹄
!
が遂に視認できた。
全艦砲撃戦用意
﹃1時方向に敵艦隊、および味方艦隊視認したヨ
﹃了解
﹄
決意したように宣言した時、同航戦で撃ち合っている敵味方の艦隊
!
ついて回る。
レーションではそれこそ反吐が出るほど繰り返したが、やはり不安は
放 つ こ と が 出 来 た だ け で 実 戦 使 用 は 初 め て の 砲。ホ タ カ の シ ミ ュ
てマネは出来ない。まずは交互射撃で間合いを測る。練習では数回
九一式徹甲弾を装填し、続いて装薬を装填。初めから全門斉射なん
は出来ない。彼にはもっと別の任務が有る。
ヴィルベルヴィントの時の様に、射撃諸元データの支援を受けること
し込み、砲身内に電磁気力のフィールドを生成する。アサマはいるが
ガスタービンで発電機を回し発電した電力を12本の砲身へと流
程の長く強力な従来砲として運用することになっていた。
もかなり下がってしまい、従来砲レベルになる。そのため、今回は射
節することが出来ないため移動目標への命中率は本来の複合砲より
これはあくまで補助的な物であり状況によって電磁気力を即座に調
で従来型の艦砲と同じように運用することが可能だった。とは言え、
あるが、砲弾加速に使用する電磁気力を固定し、装薬を調節すること
く。磁気火薬複合加速砲の完全な制御には高性能な電算機が必要で
せていく。山城も砲塔を旋回させながら、敵艦との距離を測ってい
榛名の号令で佐世保所属の高速戦艦3隻が搭載した主砲を旋回さ
!
戦争が始まる前の奇妙な静寂。眼前には火だるまになって落後し
871
!
砲撃開始
﹄
ていく戦艦ル級がはっきりと見え始める。
﹃主砲
﹁修正射、撃てぇっ
﹂
く飛んでいる。手早く射撃諸元を修正し、第2射を用意。
察機から弾着の情報が入る。先ほどの砲弾は全弾が遠弾、計算よりよ
艦隊に達し高い水柱を噴き上げた。すぐさま、上空を旋回している偵
佐世保艦隊以外の艦隊も砲撃を開始する中、山城の放った砲弾は敵
ととなった。
を追い抜きかねないと言う事で山城が別働隊の攻撃の火蓋を切るこ
気火薬複合加速式の砲弾は高い初速を持つため、先に撃った艦の砲弾
から飛び出した。続いて先を行く榛名が発砲、金剛、霧島と続く。磁
した砲弾は電磁気力によってさらに加速され、高圧ガスと爆炎と共に
装薬が高温高圧のガスを生成し砲弾を加速。薬室から砲身内に侵入
榛名からの号令に合わせて各砲一発ずつ、6発を放つ。点火された
!
主砲に装填する。
よく狙って
浮かぶ。
│││││姉様や皆を救えたのかな
した新型機が、ジェット機によって良いように嬲られている。
敵、進路変わらず。上空では空母ヲ級Flagship改から発艦
│││││否、止そう。
砲身が微かに上下し、砲身内のレールに紫電が迸る。
?
ふと、この主砲があの時に自分が搭載していたらと言う考えが頭に
﹁主砲
﹂
は必至だろうが、今なら火力は負けていないはず。12発の徹甲弾を
目標は戦艦ル級Flagship。以前までの自分だったら苦戦
│││││でも、この素直な弾道は癖になるかも。
叉。全力射撃に移行する。
ほどなく着弾、弾着観測情報によれば近、遠、近、近、遠、遠で夾
イわね。
│││││確かに高性能だけど、私が撃つにはちょっと反動がキツ
再び衝撃が艦体を揺さぶる。
!
!
872
!
!
トリガー
│││││今は私が成すべきことをやるまでだ。
﹂
射撃用意完了。後は、引鉄を引くだけ。
﹁撃てぇ│
先ほどとは比べ物にならない衝撃波が艦体を包み、閃光が迸る。ほ
ぼ同時に発砲した霧島の35.6㎝砲弾を後方に置き去りにした砲
弾は目標のル級に突っ込む。ル級の細長い艦隊の両舷に一際鋭い水
柱が直立したかと思った瞬間、甲板や艦橋に多数の火花が散ったかと
﹂
思うと艦橋が内部から火炎を吹き出し、大小の破片を周辺にばら撒い
た。
﹁艦橋に直撃弾
祖
国
帰ってこられる場所を守り続けます。
主砲弾の再装填を急いで
!
﹂
﹁敵艦沈黙
│││││扶桑型戦艦の名に懸けて。
!
﹁さてと、じゃあ俺の出番だな。﹂
間取れば、本隊に大きな被害がいくかもしれない。
転し戦場へ戻ってくるにはそれなりの時間が掛かる。戦線復帰に手
ただし、別働隊が高速戦艦で編制された部隊であっても一度離脱、反
増速して敵艦隊を味方本隊と挟む位置へ着き同航戦でケリを付ける。
別働隊はT字戦を行った後はそのまま敵艦隊と反航し一度離脱、反転
画 面 上 で は 敵 と 味 方 が 整 然 と 隊 列 を 組 ん で 砲 撃 戦 を 続 け て い る。
﹂
│ │ │ │ │ だ か ら、安 心 し て く だ さ い。扶 桑 姉 様。私 は、姉 様 の
横転沈没した。
とはせず、本隊側からの砲弾が相次いで直撃し爆炎を上げてほどなく
告が入る。彼女が艦橋を破壊したル級はそれ以上戦闘行動を行おう
る。偵察機の報告で艦橋以外にも第3砲塔を撃ち抜き沈黙させた報
爆散し、松明の様に燃え盛るル級を見て山城の艦橋で歓声が上が
!
敵4番艦
﹁目標変更
!
873
!
!
まっすぐ突っ込んできます
﹂
その間、敵艦隊を攪乱し攻撃能力を削ぐ役割として彼は投入され
る。
﹁敵艦隊、正面
レーダー手妖精の声がCICに響いた。
やれ
﹂
すつもりで行くぞ。あの気味悪い奴らにウィルキア帝国魂を見せて
﹁俺は真面目に攪乱しようなんて思っちゃいない。敵艦隊を食い尽く
そこでいったん言葉を切る。
けでいいとか言われてるが、攪乱する方法までは指示されてもねぇ。﹂
居ねぇ、敵ばかりだ。ついでに司令長官からは攪乱して時間を稼ぐだ
突っ込んで敵艦隊を滅茶苦茶に引っ掻き回すだけだ。周りに味方は
﹁んじゃあ今から本艦は作戦行動に入る。やる事は単純、真正面から
チを入れる。
呆れた様な視線をレーダー手へ投げかけた後で艦内放送のスイッ
込んでいる〟んだ。﹂
﹁〟突っ込んで来る〟なんて言い方すんなよ。今俺たちは敵に〟突っ
!
FCSオンライン
﹂
主砲弾装填
目標、前方敵艦隊
対艦ミサイ
!
た後、アサマは艦内通信機を手放す。
﹁機 関 全 速 発 揮 用 意
ル、特殊弾頭VLSハッチ解放
!
!
だった。
イ
ン・
レ
ン
ジ
射程距離圏内
﹂
オ ー ル・ウ ェ ポ ン ズ・フ リ ー
!
全兵装使用自由
手当たり次第に撃ちまくれ
﹂
!
﹁敵艦隊
﹁両舷前進全速
!
メージしやすいと言う事もあって、何かしらの命令を出すのが一般的
たりする。これは艦娘にも言える事ではあるが、声に出した方がイ
装は艦息が考えた通りに動くため攻撃準備などの号令すら不要だっ
ホタカでは考えられないような大雑把な命令ではあるが、実の所兵
!
!
かが軽空母にアサマの主砲弾に耐えられるような構造は存在せず、砲
m砲弾は運悪く獲物と定められてしまった軽母ヌ級に命中する。た
対艦ミサイルが夜空を焦がした。低い弾道を描いて飛翔した41c
41cm磁気火薬複合加速砲と152mm速射砲が咆えて、無数の
!
!
874
!
各部署からの了解の返事がスピーカーから響くのを満足気に聞い
!
弾は易々と主要部位を貫き炸裂した。更に無数の速射砲弾は取り巻
護衛駆逐艦4隻大破炎上中
﹂
きの護衛艦を瞬時にハチの巣に変えていく。
﹁ヌ級轟沈
﹁雑魚に主砲は勿体無いな。﹂
ル
れっぱなしと言うわけでは無く、アサマの前に展開する後続艦隊の主
の 情 報 を 削除。再 度 目 標 を 設 定 し 連 続 射 撃 を 開 始。敵 艦 隊 も や ら
キ
副長の提案に無言で頷き、いくつかの速射砲に入力されていた目標
﹁では、そいつらも速射砲で処理しますか。﹂
!
連中の懐に突っ込むぞ
﹂
砲や、側面の今本隊と撃ち合っている艦隊から副砲の射撃が始まる。
﹂
取り舵5
!
﹁敵砲弾来ます
﹁防御重力場出力最大
!
﹁なんだ
﹂
﹄
そうしないと袋叩きに﹄
!
だけのことだ。ところで誰だ
あんた。﹂
﹁袋叩きになるのは敵に囲まれるからだ。なら、囲まれなければ良い
音だった。
の主と話す時間が有るのなら一隻でも多くの敵艦を叩きたいのが本
話の腰を叩き折ることで相手の話を強制的に止める。正直、この声
﹁ならないさ。﹂
﹃すぐに進路を変更してください
聞きなれない女性の叫び声じみた怒声に思わず首を竦める。
!
ながら突入する彼に通信が入る。
爆沈した艦の残骸の間を抜けて飛来する無数の砲弾を弾き、回避し
の単縦陣で構成される深海棲艦隊のど真ん中へ。
アサマは防御重力場で敵弾をそらしつつ進路を微妙に変更。複数
!
!
ちょ﹄
﹁ハッ、汚い花火だ。﹂
イトアウトし、CICを白く照らす。
此方から一方的に通信を切る。丁度その時、外部観測モニタがホワ
﹃ええっ
﹁提督に言っといてくれ。我に構わず砲撃を続けるようにな。﹂
﹃わ、私は横須賀第二鎮守府、総旗艦の大和で﹄
?
875
!
﹃何だじゃありませんっ
?
?!
アサマから放たれた7発のHEモードのトライデントは彼の進路
上の左舷側、つまり味方本隊とは逆側を航行する艦隊に襲い掛かる。
戦術核に匹敵する衝撃波をまともに受けた艦に戦闘能力など残され
ていない。駆逐艦は艦体が破断して轟沈し、巡洋艦はその上部構造物
を吹き飛ばされ転覆する艦が相次ぐ。戦艦ですら夜戦では命ともい
える観測機器を破砕されて精密射撃が困難になっていた。そこへA
Pモードのトライデントと多数の対艦ミサイルが飛来する。戦艦な
どの重装甲目標にトライデントが突き立ち、その他の艦艇にハープー
ンが相次いで直撃し炸裂。艦体構造を破壊し戦闘艦に引導を渡して
いく。
死屍累々となった敵艦から漏れ出た燃料が引火、炎上し海面を赤黒
く照らした。その炎を背景にアサマはその2基の主砲を本隊と撃ち
合っている艦隊へと向ける。本来なら反対側の艦隊に対処するはず
の艦隊を散々に叩かれた深海棲艦側は、仕方なく人類側とまともに砲
通信を許可した覚えはないぞ
﹂
こっちは今手が離せないんだよ。説教なら後にして
通信手が〟お手上げです〟と両手を上にあげていた。
﹁チッ、なんだ
?
876
戦を行っている艦隊の火力の一部を割いて迎撃しようとするが、火力
を割くと言う事は人類側本隊への攻撃力が減少することを意味して
いた。深海棲艦からの砲撃が減少した帝国軍艦隊はその隙をついて
高精度の砲撃を深海棲艦側へ撃ち込んでいき、立て続けに戦艦3隻を
爆沈させる。本体を攻撃しようとすれば、アサマに後背を喰い散らか
され、アサマに対処しようとすれば本体に叩き潰される。前門の虎、
後門の狼とはこの事だった。
﹁敵に囲まれる前に、囲もうとした敵を殲滅すればいい。後ろの守り
を失った敵はただでさえ減少した火力を更に分配せねばならなくな
﹄
り、高速で機動する戦艦を袋叩きに出来るほどの火力は残っていな
い。何とも簡単な話じゃないか。﹂
﹃それが出来るのは貴方方だけですっ
﹁誰だ
通信機から再び聞こえてきた声に嫌そうな顔を後ろに向ける。
!
?
﹁旗艦からの通信ですよ。うちらにはどうにもなりません。﹂
?
くれ。﹂
うっとうしいハエを払うように手を一振りすると、2基の主砲が咆
えて艦載機を発艦させようとしているヲ級を串刺しにする。時限信
管によって艦体を貫通する前に格納庫で炸裂した砲弾はそこにあっ
た航空機と弾薬燃料を誘爆させ、平坦な飛行甲板を劫火によって天空
へと打ち上げた。
﹃もう後ろに下がれとは言いませんが、くれぐれも無茶はしない様に﹄
﹁解った、解ったからキーキー騒ぐな。アンタらにも獲物は残してや
るから。﹂
﹃そういうことでは﹄
本格的に面倒臭くなってきたので通信機の電源を落として物理的
に通信を切る。
﹁被弾により回路破損、通信機故障だ。﹂
命令違反ですよ
﹂
ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
﹁いいんですか
じゃないか
﹂
﹁提督から命令は受けていないしな。それに抜け駆け先討ちは兵の華
呆れたような顔の副長がアサマに問いかける。
?
者の華とかいいますよ
頼みますんで粛清されないでください。﹂
﹂
!
析を開始する。接射でもない限り、深海棲艦の主砲ではアサマ型の防
大口径主砲の近距離射撃にさらされていながらも、艦息は冷静に分
﹁ヲ級よりデカい。パッと見はヨークタウン級だな。﹂
に後方へ抜けていく。
巻きのル級が発砲、16inch砲弾が防御重力場に命中し火花と共
一際巨大な航空母艦がヲ級とル級を従えて進撃してきていた。取り
重油で濁った海面を切り裂いてアサマが突入を続ける。前方には
﹁進路そのまま、ヨーソロー
﹁あの総旗艦らしい奴を喰うか。﹂
全てのVLSにミサイルの装填が完了する。
﹁流石に限度位はわきまえるさ。まあ、さしあたりは﹂
?
877
?
﹁命令を反し、あたら兵を失った無能な部下を処断するのも、また指揮
?
御重力場は破られない。
﹁ヨークタウンをそのまま大きくしたような艦ですね。﹂
﹂
﹁データベースに該当艦は⋮無いな。﹂
﹁艦娘側の資料ではどうです
は無い。
﹁新型艦と言う事か。だが⋮﹂
﹁奴さんが親玉ってことですかい
?
﹂
﹂
!?
目標は取り巻きの2隻のル級
﹂
!
た後方の敵の砲弾が虚しく海面に突き刺さった。甲板も若干傾くが、
われた海面を切り裂いて針路を変えていく。弾着予想点をずらされ
急転舵の影響で艦橋がで右に振られつつも巨大な艦隊が重油に覆
り舵一杯、全主砲射撃用意
﹁APモードでぶっ放せ。あの中央の不明艦には念のため2発だ。取
﹁全弾発射準備完了
新型艦だ。トライデントの再装填は終わっているな
﹁叩き潰してみて敵が混乱したら新型の旗艦。変わらなかったら只の
見る。
視線を手元のファイルから炎上する海面に照らされた不明空母を
﹁可能性は高いよな、まあ。﹂
﹂
副長が持ってきたファイルをパラパラと捲っても該当しそうな艦
?
!
い破り、射撃を待っていたっ砲弾と装薬に引火、誘爆を引き起こす。
天まで届かんばかりに吹き上がった2つの火柱によって2隻のル級
の正面火力は完全に失われた。それならばと転舵し、後方の主砲を向
けようとするが天空から降り注いだ海神の槍によって艦中央から〟
く〟の字に圧し折られ、スクラップになる。アサマが未確認艦と呼ん
だ艦へのルートが開かれたことを察知した深海棲艦は、全ての攻撃を
暴れまわる艦息へと集中しようと目の前の人類側艦隊本体を無視し
878
!
アサマのFCSは艦の変化を察知して砲身の角度を調整、標的を睨み
続ける。
﹂
﹂
﹁転舵完了
﹁撃てぇ
!
ごく短い距離を走り抜けた41cm砲弾がル級の主砲塔防盾を食
!
砲塔を旋回させ、転舵する。それによってふたたび被弾する深海棲艦
が続出したが、それすら意に介していない様だった。しかし、何もか
もが遅すぎた。
アサマによって放たれた2発のトライデントは夜空から急降下し
て大柄な空母の飛行甲板に突き立つ。それと同時に指向性を持たせ
た衝撃波を不明艦の艦体に打ち込んだ。空母ヲ級とは比較にならな
い装甲を有している空母ではあったが、異世界の超兵器の主要装甲を
撃ち抜くために設計された特殊弾頭ミサイルに対してはあまりにも
無力に過ぎた。放たれた衝撃波によって一瞬で甲板が拉げ、薙ぎ払わ
れていく。艦体構造そのものも、設計限界を遥かに超える圧力を受け
て飴細工の様に歪み、構成物が吹き飛ばされ空母としての、船として
の機能を根こそぎ奪われていった。
閃光と衝撃波による破壊のプロセスが終了した時、そこにあったの
は威風堂々たる航空母艦では無く、喫水線から上の構造物を根こそぎ
879
吹き飛ばされ、炎上しながら左へ傾いて沈みゆこうとする廃艦に過ぎ
ない代物だった。
│││││シズカナ⋮キモチニ⋮そうか、だから私は⋮⋮ すると今まで徹底抗戦の意志を示していたル級や、軽巡洋艦を初め
とする水雷戦隊と至近距離で砲戦を繰り広げていた駆逐ハ級後期型
が我先にと東へ転舵し逃走を図った。
﹁やっぱりアイツが旗艦だったと言うわけか。﹂
退避しようと転舵したヌ級を主砲弾で貫きながらポツリとつぶや
く。
﹁深海棲艦の全艦隊が退却を開始しているようです。横須賀第二鎮守
府旗艦大和から発光信号。ウチ・ノ・オジョウ・ガ・オイカリ・ダ・
ツウシン・ヒラケ。です。﹂
軍法会議ものです
バレてーら。と肩を大げさに竦め通信機の電源を入れる。
﹁こちらアサ﹂
﹄
﹃なに通信機の電源切っちゃってくれてんですか
よ
?!
電源を入れて名乗ろうとした瞬間に、再び大和の怒声がスピーカー
!?
を貫いた。
﹄
﹁通信回路に被弾したからな、今の今まで復旧していた。﹂
﹃貴方一発も被弾してないでしょう
とか見えるだろ
﹂
﹄
﹃どっちもミサイルの噴射炎が原因でしょう
じき返してましたよね
﹄
﹂
!?
﹄
に割り込んで来た。
?
きないでしょう
﹄
命令の上書きなんてで
っていうかアサマさんは高
城司令長官の命令で動いてるはずですよね
?!
?
い様だった。
﹃いやさ、独断専行は戦場の華じゃん
﹄
のの行為でもあった。しかし、通信機越しの提督は少しも動じていな
軍法会議に呼ばれても何ら可笑しくなく、下手すればその場で銃殺も
確かに、この飄々とした提督のやったことは立派な越権行為であり
?!
﹃何で提督にはそんなに丁寧なのですか
られた任務が攪乱から突撃に変更されていた。
加久藤とのデータリンクで確認を取ってみると、確かに自分に与え
ら。心配しなくていいよ。﹄
﹃あれね、君が突撃してる間に命令の内容を突撃制圧に変えといたか
ざいませんでした。どのような処分でも受ける覚悟です。﹂
﹁横須賀第二鎮守府の提督ですね
先ほどの独断専行、誠に申し訳ご
如何やら今まで黙って聞いていたらしい大和に座上する提督が話
﹃提督
からさ。﹄
﹃あーその辺にしといてくれないかねぇ、ほら、家のお嬢クソ真面目だ
スピーカーから届く。
か頭を回転させ始めたアサマの耳に、どこか飄々とした雰囲気の声が
漫才のような会話に楽しくなってきたため、もっと弄るネタが無い
﹃なっ⋮ち、ちがいます
と言うか、砲弾全部は
﹁いや、一見大丈夫なんだけど実は何発か貰ってるんだよ。煤とか煙
?!
﹁おお、よく見てるな。心配してくれたのか
?!
!
?
?
?!
880
!?
﹁確かに一理ありますね。﹂
﹄
﹃同意を求めないでください提督
いでください
アサマさん貴方も提督に同調しな
!
夫。﹄
﹃今黙らせるとか言いかけましたよね
﹄
?!
﹁なんなりと。﹂
何 や ら 通 信 機 の 向 こ う で 〟 提 督 ー
〟とか聞こえるような気がするが幻聴だろうとアサマは断
!
へ投げかける。
異形の艦の艦橋に腰かけた幼い少女は、無邪気な笑みを暗い水平線
﹁アト、スコシ。﹂
定的に違う部分があったのだった。
航空戦艦のようにも思える。しかしその艦は有る一点、他の艦艇と決
に飛行甲板を設け前部に大型の艦砲を搭載しているところを見ると
中でも、一際目につくのが艦隊前部よりを航行する一隻の艦。後部
い巨大な戦闘艦の姿が複数存在した。
ip改に護衛された艦隊の中枢には、威風堂々という言葉がふさわし
の艦影があった。複数のル級Flagshipやヲ級Flagsh
通り焼き尽くしている間に、MI方面軍艦隊より遥か北方を進む無数
MI方面で艦息が深海棲艦の敗残部隊とミッドウェー本島を文字
﹁了解。﹂
トでミッドウェー焼き払っといて。﹄
﹃敗走している深海棲艦を可能な限り撃破せよ。そんで、トライデン
定し、無視して第二鎮守府の提督の言葉を待つ。
さーい
〟とか〟無視しないでくだ
﹃さて、これ以上弄ると後が怖いからアサマ、君に新しい命令だ。﹄
んですか
、特警時代本当に何やってた
﹃まあ、司令長官を黙ら⋮んんッ、説得する資料もあるし、大丈夫大丈
!
﹁ヤラレッパナシハ、タノシクナイシネ。﹂
881
?!
!
楽しみで仕方がないと言う風に少女は嗤う。少女の傍らの巨大な
蛇にも似た化け物は、何時もの事かと目の光を細めるだけだった。
彼女の視線の先、暗い海面を切り裂く2つの艦首よりもさらに先の
水平線の向こうには、日本列島が横たわっていた。
ED ﹁ONE OK LOCK 〟アンサイズニア〟﹂ 882
STAGE│46 淡路絶対防衛線
時間軸はホタカが目覚めたころへ遡る。
どうぞ。と言うくぐもった声が扉の中から聞こえてくると、隣にい
た 武 蔵 は 重 厚 な つ く り の ド ア ノ ブ を 捻 り 部 屋 の 中 へ と 歩 を 進 め た。
ホタカも、彼女に続いて部屋の中に入る。
内 部 の 広 さ は 流 石 は 帝 国 海 軍 の 精 鋭 が 集 う 呉 鎮 守 府 と 言 う だ け
あって、佐世保の提督執務室よりも幾分大きく、調度品の類もより上
等なものだと推察できるものばかりだった。正面のこれもまた佐世
保鎮守府のモノより2回りほど大きな執務机の向こうには、両肘を机
についてホタカを見つめる一人の女性提督の姿があった。
年のころはハッキリしないが、まだまだ若いと言う事はハッキリし
ていた。正面の女性提督は、ホタカをつま先から最上部の軍帽まで視
私は草凪智子。階級は少佐。
線を移動させたのち、少し表情を崩して口を開いた。
﹁初めまして、と言った方が良いわね
﹂
元々は海軍の別部署にいたんだけど、手が足りないと言う事で提督業
務なんてやっているわ。貴方の事を聞かせてもらっていいかしら
﹁どちらかと言えば、私が貴方に謝らなくてはならないわね。元々は
た。
踵を合わせて敬礼するホタカに、草凪は楽にしろと身振りで示し
の度はご迷惑をおかけして申し訳ありません。﹂
﹁佐世保第三鎮守府所属、アサマ型装甲護衛艦二番艦、ホタカです。こ
くる。
ら欺きかけるほど巧妙に隠匿する必要がある部署はかなり限られて
線を使って対象を見る部署は海軍内でも多くなく。それも、艦息です
害をなす存在かどうかを判断する時の視線。海軍内で、このような視
ぼ同じものだった。今目の前にいる対象が、自分または国家にとって
ある施設の地下で杉本少佐に尋問を受けていた時の、木曾の視線とほ
以前にも受けたことが有る。アルケオプテリクスの帝都空襲直前、と
取っていた。これよりもずっと露骨な物だったが、同じ種類の視線を
草凪少佐の視線がほんの少し鋭くなったのを、ホタカは何とか感じ
?
883
?
﹂
佐世保に行く予定だった貴方を無理やり呉に帰還させたのは私だも
の。﹂
﹁理由を聞いてもよろしいですか
かれる。
﹁少佐ぁー
まるでダメだった
どーにもならねぇわ
﹂
!
た。
﹁痛ってぇぇぇぇ
何すんだ姉御
﹂
にずらすと、右こぶしを上から下へ振り抜いた形の武蔵の姿があっ
思うと、天龍は頭を抱えてその場に座り込んでしまう。視線を少し横
何か硬いものどうしがぶつかる様なくぐもった音が聞こえたかと
まう。
見つけ何か言いかけようとするが、それは物理的に中断させられてし
も見えた。短いスカートを靡かせて執務机に近づく艦娘は、ホタカを
服と、荒っぽい言動からか、一見どこかの学校の不良女子生徒の様に
だった。黒髪を短く切り、左目を眼帯で覆っている。若干着崩した制
ノックもせずに室内にドカドカと入ってきたのは、見慣れない艦娘
!
正面の少佐が答えようとした瞬間、ホタカの背後の扉が勢いよく開
?
!?
何度目だと思っている
﹂
﹁ノックもせずに執務室に突入するからだ、馬鹿者。これでいったい
!
?
ファイルを手渡す。
﹁やっぱり敵が来ない事には、どうにもならないかと思いますよ∼
渡されたファイルをパラパラと捲った少佐は、少し眉を寄せる。
﹂
えて唸っている艦娘とホタカ、武蔵の間を抜けて草凪へ持ってきた
そうですね∼。と言いつつ、龍田と呼ばれた艦娘は未だに頭を押さ
﹁ああ、龍田。首尾はあまりよくなかったみたいね。﹂
いる。
た。紫色の髪を肩のあたりで切り揃え、掴み処の無い笑みを浮かべて
先ほど入ってきた艦娘と変わらないが、雰囲気は真逆と言って良かっ
室のドアの向こうに一人の艦娘が佇んでいるのが見えた。背格好は
特徴的な甘い声が聞こえてきた方に振り返ると、開け放たれた執務
﹁そうね∼、6回目くらいかしら∼。﹂
?
884
!
﹁こればかりは仕方がない、か。﹂
﹂
﹁といっても∼準備だけはしてくれるように頼んでおきましたから。
下手を打たない限りは大丈夫だと思いますよ。﹂
﹁まあ、そうなることを祈ろうか。﹂
﹁はい∼。ところで、この人がホタカさんですね
を行うのが通例ですよね
﹂
﹂
りの鎮守府で最低限の整備を行ってから所属鎮守府で本格的な修理
﹁はい、通常大きく損傷した艦娘は所属する鎮守府に帰還するか、最寄
だったわね。﹂
﹁さて、話が飛んでしまったけど、何故貴方をここに呼んだかと言う事
挨拶を済ませて先ほどの話題に戻る。
﹁アサマ型2番艦、ホタカだ。よろしく。﹂
失礼だろう。
事は既に知っているようであったが、自己紹介をされて返さないのも
すら涙が浮かんで居り全く怖くなかったのはご愛嬌だろう。自分の
天龍と名乗った艦娘は不敵にほほ笑んでみるが、金色の瞳にはうっ
﹁俺の名は天龍。フフ、怖いか
龍田の視線を追うと、頭をさすりながら立ち上がる眼帯の艦娘。
が。﹂
﹁天 龍 型 軽 巡 洋 艦 二 番 艦 龍 田 だ よ ∼。そ れ で、さ っ き 殴 ら れ て た の
クルリと龍田が回れ右をしてホタカと正対し、敬礼する。
﹁そうだ、自己紹介を済ませておけ。﹂
チラリと後ろを振り返った龍田の紫色の瞳が見える。
?
﹂
のドックで治すのが通常の手順だわ。﹂
﹁では、なぜ
﹁ホタカ、貴方はこの大規模作戦をどう考えているの
聞かせてみて。﹂
は莫大ですが。﹂
率直な意見を
ホタカの答えに草凪は一つ頷いた。ホタカが続ける。
885
?
﹁そうね。貴方の場合なら、トラックで最低限の修理を受けて佐世保
?
﹁オーソドックスな陽動・強襲作戦だと思いますよ。投入される兵力
?
?
﹁AL海域の深海棲艦基地を叩き、ある程度の兵力を釣り上げたうえ
でミッドウェー島付近の深海棲艦戦力を大部隊を持って撃滅し、戦局
の打破を計る。しかし、ただでさえ戦力が少ない帝国海軍がこのよう
な2正面作戦に等しい作戦を遂行し、深海棲艦の大艦隊と対抗するた
めには本土の防衛戦力すら引き抜いて兵力を集中させなければなら
ない所を考えると博打の要素が強い作戦と言えます。﹂
﹁そう。貴方の言うようにこの作戦は諸刃の剣。兵力の一極集中は言
い換えれば戦力の少ない、もしくはほぼ存在しない戦線が出来ると言
う事よ。ここの鎮守府みたいにね。﹂
﹂
﹁少佐は此処に深海棲艦が強襲を駆けてくる可能性があることをお考
えで
﹁可能性と言うよりも、確信に近いわね。ヤツラは必ずここへ来る。
それも敗残兵を寄せ集めた破れかぶれの特攻では無くて、統率の取れ
た最精鋭の艦隊が。﹂
そう彼女は断言した。武蔵や天龍、龍田が何も言わない事を見るに
この提督の考えは此処にいる面々の共通認識らしい。彼自身も、MI
方面の作戦がうまくいったとしても深海棲艦がこのまま引き下がる
とは考えづらかった。圧倒的な戦力を率いて一時期人類を想うがま
まに蹂躙した深海棲艦がこのままやられてくれるようにはどうにも
思えなかった。
﹂
﹁⋮根拠を尋ねる必要は無さそうですね。﹂
﹁理解が速くて助かるわ。﹂
﹁では、僕はすぐにドック入りですか
﹁高速修復剤ですか
﹂
けれど、貴方の修理はそう簡単にはいかないのよ。﹂
の指揮権が与えられていて、その中には勿論補給、修理の権限もある。
﹁残念だけど、そう簡単にはいかないわね。私には戦闘に関する行動
ホタカの問いに、草凪は静かに首を振る。
?
ていても、巨大な艦体を一瞬で修復させる高速修復剤は激戦が予想さ
送られていて呉鎮守府には一つも無いのよ。どれだけひどく損傷し
﹁ええ。艦娘の艦体と身体を癒す高速修復剤は、その殆どが前線へと
?
886
?
れる作戦には欠かせない物よ。敵の大規模な反撃が予想されるAL
方面軍は特にね。﹂
﹁陽動として釣り上げた艦隊がそのまま本土に雪崩れこんで来れば事
ですからね。MI方面艦隊も目標を達成した後も、送り狼的に襲撃さ
れる可能性もありますからね。﹂
﹁本土防衛艦隊に置くのも確かに有効な手ではあるけれど、大本営か
今の僕では浅瀬に座礁させて
らしてみれば因縁のミッドウェーだから準備は万全にしておきたい
のでしょうね。﹂
﹁なるほど。では、どうするのですか
サンドバッグぐらいにしかなれませんが。﹂
﹁敵の攻撃を誘引すると言う点では面白いかも知れないわね。貴方、
深海棲艦側にものすごく恨み買ってそうだし。﹂
草凪が諧謔身を含ませた口調でホタカを揶揄う。ホタカは彼には
珍しいうんざりした様な表情を作った。
﹂
﹁止してくださいよ。前の世界でも全世界に侵略戦争しかけた大帝国
の恨みを大人買いしてたんですから。﹂
﹁でも、売られた喧嘩は買うタイプだろ
天龍が更に茶化す。
﹁手当たり次第に買ってたら弾がいくらあっても足りないよ。時と場
﹂
合を見て最高値で買う。﹂
﹁超兵器戦もか
るからな。﹂
﹁とか言って毎回毎回蹴散らしてるじゃないか。﹂
﹁どうぞ蹴散らしてくださいと目の前に出てくるから仕方ないさ。﹂
生産性の無い会話にケタケタ笑う天龍から目をそらし、視線を艦息
と艦娘のやり取りを面白そうに見ていた提督へ戻す。
﹁ま、冗談はそれくらいにして。貴方を呼んだのはそんな役割じゃな
くてちゃんと戦ってもらうためだから安心して頂戴。そのための考
ですか
﹂
?
887
?
?
﹁できれば尻尾巻いて逃げたいところだね。ヤツラの相手は骨が折れ
?
えは用意してあるわ。﹂
﹁考え
?
﹁ええ。さしあたりは待機していてもらうけど、その時になったら存
分に働いてもらうわ。貴方が目覚めた事を知ったら前線へ戻せと煩
い輩が出るかもしれないから鎮守府施設からは出ない様に。武蔵、彼
を部屋に案内してあげて。﹂
﹁了解。﹂
﹂
ついてこいと顎をしゃくる武蔵に続いて部屋を出ようとした時、提
督に呼び止められた。
﹂
﹁時にホタカ。﹂
﹁何でしょう
﹁無茶をやる覚悟は出来てる
一瞬何のことか解らなかったが、その問いの答えは既に彼の中に
あった。
﹁僕の友人曰く、あなた方にとっての〟無茶〟が僕にとっての〟普通
〟である場合が有るようなので、心配はないと思われます。﹂
﹁それならいいわね。下がってよし。﹂
﹁失礼します。﹂
敬礼。
奴は。﹂
ホタカと武蔵が出て行った執務室で、最初に口を開いたのは天龍
だった。
﹁で、使えそうなのか
く浮かび上がっていた。
?
﹁龍田は
﹂
だ。さすがは超兵器をバカスカ沈めて来ただけの事はある。﹂
﹁まあ、大丈夫だろ。戦闘の実績は問題無し、度胸も根性も有りそう
﹁逆に聞くけど、貴方はどう思うの
﹂
のお茶らけた様な雰囲気は消え失せて猛獣の瞳の様な鈍い輝きが薄
ドカリと上等なソファに腰を下ろす。その瞳には、涙や先ほどまで
?
優秀な人だと思いますよ
提督はどうお考えなんですか∼
﹂
?
も、歩んで来た道が違うからでしょうけど。﹂
﹁そうね。確かに貴方達の言うように戦士としては一級品よ。そもそ
?
888
?
?
﹁そうですね∼。資料と照らし合わせて総合的に判断しても、極めて
?
彼の前世の経歴を幾つか思い出す。自分たちの祖国があげて来た
戦果を全て足しても、彼の戦果には及ばないのではないだろうか
﹂
﹁けれど、何か引っかかるわね。﹂
﹁何がって、何だよ
顎に手を当てる草凪に、天龍が怪訝な目を向ける。
﹁さっきの話でそんな風な感じはしなかったぜ
﹂
あるところで自己を否定しているような、そんな気がするわね。﹂
﹁上手くは言えないけれども、自分の戦力を客観的に評価しつつ、何か
?
﹂
な彼女達の振る舞いに、彼女達の好意の原因を龍田から聞かされるま
と言うわけである。ちなみに、最初から好感度が振り切っているよう
ようするに彼女達秋月型駆逐艦にとってホタカは〟憧れの存在〟
位置づけだった。
続けてきたホタカは、まさに自分たちの最終到達点であり目標と言う
ステムと各種の兵装を用いて、味方に迫る敵航空機を文字通り殲滅し
なる。元々艦隊防空の為に建造された彼女たちにとって、イージスシ
呉での生活を初めると間もなく、彼の傍には彼女達がいることが多く
に武蔵の護衛艦として呉に配備されることとなっていた。ホタカが
彼女らはもともと武蔵と同じように横須賀所属の艦で他の艦と共
の完遂について話していた。
敵艦隊来襲の報が届いた時、ホタカは食堂で秋月、照月とMI作戦
﹁その線もありうるけど、もっと別な事の様な気がするわね。﹂
龍田の疑問に軽く頷いた。
事ではないですか∼
﹁でも、それは超兵器に対抗するために作られたのだから、当たり前の
干揺れたのよ。まるで、あまり聞きたくない途でも言う風にね。﹂
﹁貴方はケタケタ笑ってたしね。超兵器の話題が出た時、彼の目が若
?
でホタカがタジタジになっていたりする。理由を聞いてからは彼女
889
?
?
達にイージスシステムや各種兵装の説明、対ウィルキア帝国戦初戦で
の対空戦闘の様子などを教えたりと、普通に交流していた。無条件の
好意ほど裏に何かあるのではないかと身構えてしまうのは、戦争に明
﹂
﹂
け暮れた彼の防衛本能と言えるかもしれない。閑話休題。
﹁て、敵襲
﹁ほ、本当に来ちゃったの
頭上のスピーカーから響く緊急通信に、思わず姉妹が顔を上に向け
る。
﹁ま、戦略上当然の結果だよな。﹂
ホタカは机に手をついて立ち上がると、食堂の出入り口へ足早に歩
﹂
きだす。それを見て2人の艦娘も慌てて席を立つのだった。
﹁ホタカさん。どの程度の敵が来ると思います
んも居ますから大丈夫ですよ
﹂
﹁空母機動艦隊なら、今の私と秋月姉、武蔵さんに周りの航空隊も皆さ
いだろう。﹂
﹁さて、敵の中枢に殴り込みをかけてくるんだ。生半可な戦力じゃな
鎮守府内の廊下を速足で移動していると、秋月が問いかけてくる。
?
﹂
備は、例え取り外す前の艦で完全に破壊されていたとしても何故か新
しかし、改造・改装用の工廠で妖精さんの手によって取り外された装
艦娘に搭載された兵装は敵の攻撃にさらされれば当然破壊される。
あった。
数積んでいない。ただし、今の2人を秋月型と言うのは少々語弊が
さらに、秋月型は防空を意図した設計になっているため魚雷も大した
が、所詮小口径艦砲である為、巡洋艦以上の艦艇に効果は薄かった。
長10cm連装砲は航空機の迎撃にはうってつけの兵装ではあった
る秋月型も、戦艦や重巡が相手となると分が悪すぎた。3基搭載した
若干青い顔をする照月。航空機に対しては非常に有効な戦力であ
﹁えーと⋮﹂
の殴り込みだったらどうする
﹁機動部隊ならそうかもしれないが、戦艦を中心とした水上打撃部隊
口では威勢の良い事を言っているが、照月の言葉は震えていた。
!
?
890
!?
!?
品同様の状態で別の艦に付け替えることが出来た。これによって、損
傷を受けた艦が入居する前にその装備を取り除いて別の艦に搭載、出
撃させることで、強力だが数の少ない兵装をフルに活用することが出
来るのだった。とは言え、このような裏技的な運用が行われるのは発
足から間も無い鎮守府位で、ある程度戦力の整った鎮守府ではまず見
られない光景だった。装備の取り外しをするためには改装・改造用
ドックを運転せねばならず、それなりの費用や手続きが必要だった。
装備のアップグレードを行う為には仕方ないだろうが、一々損傷艦か
ら装備を剥いで別の艦に乗せ換えていたのでは、提督室が書類の山に
埋もれてしまう。そのため、知ってはいるが使えない裏技と言う評価
が一般的だった。
運よく呉鎮守府にはホタカを改装・改造できるドックがあったた
め、今のところ戦力になりえないホタカから速射砲や35mmCIW
Sが剥されて秋月型の二人や武蔵に搭載されていた。主砲やミサイ
ル類は、運用できるほどの発電機や電算機を持つ艦娘がいないため保
留されている。機関を改装で取り除くのは妖精さんでも換装にそれ
なりの時間が掛かるため見送られていた。
結果的に今の秋月と照月には長10cm砲の代わりに152mm
速射砲3基と、魚雷を下ろしたスペースに35mmCIWSが2基装
備されていた。一応速射砲と高射装置のリンクは可能だった。残り
のCIWSは武蔵に搭載されている。
﹁そんな顔をするなよ。僕はそのためにここに来たんだからな。﹂
その言葉に2人の顔がパッと明るくなる。ホタカ自身此処まで自
分を信頼してくれるのは悪い気分ではないが、それにしても変わり身
が速すぎやしないかと心配になってくる。それ以前に、本当に自分が
対戦艦用にここに連れてこられたかについては只の予想だった為、嘘
をついているようで若干の後ろめたさもある。
﹁⋮たぶんな。﹂
ボソリとつぶやいた言葉は、2人の防空駆逐艦には届いていない様
だった。
891
3人が執務室に入った時、草凪は備品の電話を使ってどこかに連絡
を取っているところだった。執務机の前で書類を捲っていた龍田が
口に指をあてて静かにするように促す。
﹁⋮わかった。では、手筈通りに。﹂
受話器が乱雑に置き、提督の瞳がホタカ達を視界に収める。
﹁提督、敵艦隊が発見された言う事でしたが。﹂
﹁本当よ。今日午後2時12分、紀伊半島沖370kmの海上を深海
棲艦の水上打撃部隊が北北西へ航行しているのが偵察機によって確
認されたわ。その偵察機は敵の進行方向とおおよその速力、位置を発
進したところで撃墜されている。その後も何度か偵察機を出したの
だけれど、尽く落とされてしまっている。﹂
﹁紀伊半島沖で北北西ってことは⋮﹂
秋月が執務室に張られている日本地図の紀伊半島沖のあたりから
﹂
北北西の方向へ視線を滑らせる。
﹁紀伊水道じゃないですか
﹁ああ、奴らの目的地は十中八九此処だろう。﹂
照月の素っ頓狂な声に草凪が頷いた。
﹁提督の読みが当たりましたね。﹂
﹂
﹁正直、外れてほしかったけれどね。﹂
﹁敵戦力の詳細は解らないので
る前に撃墜されているわ。白い新型艦載機にね。﹂
執務室の扉がノックされると、武蔵が中に入ってきた。
﹁提督、どうやら敵が来たようだな。﹂
?
﹁ええっ
それだけなんですか
﹂
と龍田はもう戦艦同士の正面戦闘で使うには危険すぎる。﹂
﹁正面で戦闘出来そうなのは私と秋月、照月と言うところだな。天龍
﹁敵の数は今のところ不明よ。武蔵、紀伊水道には何隻行けそう
﹂
﹁偵察機を何度も飛ばしているのだけれど、どれもが敵艦隊を発見す
?
?!
う名目で秋月型の他にも数隻の駆逐艦が配備されていた。確かに、戦
力的には秋月型に遠く及ばないだろうが、だからと言って戦闘に出さ
892
!
秋月が信じられないと言う声を出した。この鎮守府には警備と言
!?
ないのは不可解だと彼女には思えたのだ。秋月の問いに答えたのは
草凪少佐だった。
﹁他の艦は紀伊水道と念のため豊後水道の機雷封鎖の為に先に出撃さ
せたわ。どちらにせよ、あの子たちでは正面切って戦えない。﹂
﹁でも、私も秋月姉も水上砲戦は苦手なんですけど⋮﹂
﹁勿論、貴方達に水上部隊へ向かって突っ込めとは言わないわ。秋月
と照月は武蔵の周りで対空弾幕を張って敵機を寄せ付けないで。敵
は新型の艦載機を運用しているけど、152mm速射砲なとCIWS
﹂
なら十分対処できるはず。﹂
﹁私は如何すればいい
﹂
﹁機雷は解るが、防潜網は使えるのか
﹂
機雷の中を武蔵の砲撃を受けつつ進撃することになるわ。﹂
﹁それに、淡路島の太平洋側に機雷と防潜網を設置しているから敵は
納得したように武蔵が頷く。
うな。﹂
艦隊は紀伊水道の中だ。大艦隊故に下手に回避機動は出来ないだろ
﹁可能だ。それに淡路島の呉側からと言うと射程距離に入る頃には敵
ど、出来る
路島に観測班を送るから、彼らの情報を頼りに砲撃することになるけ
﹁武蔵は淡路島の呉側から島越しに敵艦隊を砲撃して。弾着観測は淡
?
では必ず突破を許すことになる。鳴門海峡と明石海峡にその罠を仕
﹁しかし提督。防潜網と機雷があったとしても、対水上戦力が私だけ
小細工、奴らを止めるにはある程度沈めるしかない。﹂
潜網で敵艦隊の進撃を止めるまでには至らないでしょうね。所詮は
﹁でも。何分時間が無いわ。民間船舶を徴用したとしても、機雷と防
ない。
につながるシャフトを折り航行不能にさせることが出来るかもしれ
ペラに巻き付けば速力の低下は必至であり、運が良ければスクリュー
防潜網の材質は鋼鉄製のワイヤーである。これがスクリュープロ
のスクリューに絡まって足を止めることが出来る筈。﹂
﹁今回、防潜網には浮きを付けて水平に張らせた。上手くいけば敵艦
?
893
?
掛ければ完全に封鎖できないか
わ。﹂
﹁では、どうする
﹁敵の規模は
﹂
﹂
り、灯火管制が敷かれた戦闘艦橋は暗闇に包まれていた。
橋の中で、草凪が静かに目を開ける。時刻は既に午前2時を回ってお
武蔵の静かな声が巨大な艦橋に静かに響いた。鋼鉄に覆われた艦
﹁前進観測班より報告、お客さんが来たようだ。﹂
に集まる。
定めをするような視線、秋月型姉妹の期待に満ち溢れた視線がホタカ
提督の何かを含ませた視線、龍田の面白がるような視線、武蔵の品
﹁そのための彼よ。﹂
ない。﹂
さっきも言ったが私だけでは呉を守ることは出来
﹁無理ね、潮流が急すぎる。今から慌てて設置しても流されてしまう
?
の艦艇は数えるのが面倒なほどいるらしい。﹂
空母が別の場所に回ったのが唯一の救いね。﹂
﹁何とも豪勢な面子だな。AL方面軍が釣り上げた敵艦隊が丸ごと雪
崩込んで来たのか
﹁そのことだが提督、どうやら﹂
新型艦載機は何処からきたのだろう
﹂
﹁しかし、そうだとするとこっちの水上打撃部隊への偵察機を叩いた
多用していた。
だったが、このような戦闘時には命令を伝達しやすい男性的な口調を
れていたのだろう。草凪と言う軍人は普段は柔らかい女性的な口調
前で帝都空襲のための機動部隊と呉突入の為の水上打撃部隊に分か
が発生し、双方に大きな損害が出ているらしい。恐らく紀伊半島沖以
が伝わってきた。帝都防空隊と深海棲艦艦載機の間で熾烈な航空戦
出撃前の通信で横須賀に深海棲艦隊が大空襲を仕掛け始めたこと
?
?
894
?
﹁タ級が6隻、ル級が10隻、姫クラスの大型戦艦が9隻、巡洋艦以下
?
武蔵が言葉を続けようとした時、艦橋に取り付けられた無線機から
私ハ
聞き覚えの無い声が大音量で響く。子供の様な高い声だったが、言葉
人間ト不愉快ナ仲間タチ聞コエテルー
の端はしに言いしれない違和感のある声だった。
﹃アー、ハローハロー
皆ガ〟レ級〟ッテ呼ンデル艦ダヨー。ヨーローシークーネー
﹁と、言うわけだ。﹂
武蔵が肩を竦める。
﹁そう言えばレ級には艦載機も積めたっけ。﹂
﹄
ヤレヤレと首を振る草凪の言葉を無視するように〟レ級〟からの
通信は続いた。
﹄
内
﹃何ダカ小細工シカケテ待ッテルミタイダケド、出来ルダケ楽シマセ
テネー
﹄
兵装ノ点検ハ
そこで一つ区切りを入れるかのように、レ級は沈黙した。
﹃今カラ、ブッ殺シニ行クヨ。補給ハ済マセタカ
海ノ隅デガタガタ震エテ無様二爆沈スル心ノ準備ハOK
﹃ひっ⋮﹄
コッチモ楽ダ
武蔵の通信機に、照月の小さな悲鳴が微かに響いた。
﹄
﹃マー、ソッチニ行クマデニ時間アルカラ自沈スレバ
﹁攻撃開始。﹂
了解の返事が2隻の護衛艦から帰ってくる。
礁していれば、艦娘が死ぬことは滅多に無い。﹂
て退避しろ、例え撃沈されるような攻撃を受けたとしても艦が既に座
勝つための切り札はこちらにある。危なくなったら浅瀬に乗り上げ
﹁此方草凪。向こうの戦力は強大だが、私たちは時間を稼げばいい。
小さく笑うと手元の通信機を起動させた。
﹁では、教育してやろう。﹂
武蔵の赤い瞳が草凪に向けられる。
﹁ヤツラもう勝った気でいるようだな。提督。﹂
閃光が空に放たれ、一瞬島の影が闇夜に浮かび上がった。
ブツリと一方的に通信が切られた瞬間、淡路島の向こうで幾つもの
?
895
!?
!
!
シマジオススメ。ジャアネー皆、愛シテルヨー
?
?
!
?
?
武蔵の46cm砲が轟然と火炎を噴き上げた。
ってそういや下
海面にまた一つ火炎が吹き上がり、駆逐艦にしては大柄な艦体に炎
ったぁ⋮いったぁ⋮魚雷発射管は大丈夫
が躍った。
﹃いやぁ
﹄
?
﹄
!
げて沈没を防げ。﹂
﹃私もまだ戦えるから、照月。早く
!
﹁敵巡洋艦を撃沈
だが、キリがないな。﹂
う側の深海棲艦に46cm砲弾が降り注いでいく。
間にも、武蔵と淡路島の観測隊による弾着観測射撃によって島の向こ
の152mm速射砲の連続射撃によって袋叩きにされていた。その
雷戦隊が突入を駆けてくるが、海峡出口で待ち構えている秋月、照月
艦を沈めていた。未だに鳴門海峡は突破されていない、時折軽快な水
かれて数十分、武蔵の主砲による砲撃で3隻の戦艦タ級と無数の巡洋
された対空砲群は根こそぎ吹き飛ばされてしまっていた。戦端が開
どのダメージでは無いように見えたがそれでも艦橋より後ろに搭載
却していく。巡洋艦クラスの砲弾でも榴弾らしく、即座に轟沈するほ
艦中央部から煙と炎を噴き上げながら、照月は転舵しヨタヨタと退
﹃りょ、了⋮解。﹄
﹄
﹁命令だ、すぐさま転舵し退避。それが無理なら適当な場所に乗り上
﹃で、でもっ
﹁退避しろ、照月。﹂
気な秋月の声が響いた。
硝煙と鉄の焼けるような匂いに支配された武蔵の戦闘艦橋に、苦し
﹃照月
ろしてたっけ。﹄
?!
主砲を新たな目標へ向けて旋回させながら武蔵が毒づく。戦艦娘
!
896
!?
として、敵艦隊と存分に主砲を撃ちあえるのは心躍る物だったが、終
わりの見えない戦いにだんだんと不安が募ってくる。
﹁そうだな、これだと明石海峡から迂回してくる部隊に挟撃される。﹂
﹂
﹁や は り 鳴 門 海 峡 に 輸 送 艦 か 何 か 沈 め て 閉 塞 さ せ た 方 が 良 か っ た ん
じゃないか
﹁その沈める輸送艦が無い。もしそんな物が有ったら真っ先に沈めて
閉塞させている。﹂
2個水雷戦隊と戦艦2隻が明石海峡を通過し
武蔵の周囲に特大の水柱が何本も吹き上がり、硝煙に汚れた艦体を
洗う。
﹂
﹁前進観測班より報告
ようとしています
提督。﹂
機関前進一杯
﹂
!
攻撃を続ける。
﹁淡路島より発光信号
ことができるが、通信設備はそう言うわけにもいかない。
てしまったらしい。前進観測班自体は強固なトーチカに身を潜める
如何やら念のため複数設置した淡路島の通信設備の全てが潰され
キズ。﹂
﹁ワレ・ツウシン・セツビ・タイハ・コレ・イジョウ・ノ・シエン・デ
﹁読み上げろ。﹂
﹂
出来る第3砲塔で海峡を抜けるために速度を落とした敵艦へ向けて
mm速射砲弾の至近弾でバラバラになる。武蔵も敵に向けることが
付けなかった。そして、恐らく最後になるだろう新型艦載機が152
射砲は暗い夜空へ対空砲弾を発射し続け、白い新型艦載機を全く寄せ
を先導するように増速し、巨大な戦艦を追い抜く。3基装備された速
武蔵の号令により舵輪が回転し機関がうなりを上げる、秋月は武蔵
﹁面舵一杯
﹁退くしかないな。面舵一杯、本島まで退くぞ。﹂
されれば撃沈される。
帝国海軍最強の大和型戦艦とは言え、戦艦に挟撃されて滅多打ちに
﹁如何する
妖精から聞きたくない報告が上がる。
!
!
!
897
?
?
!
﹂
﹁此方からも発光信号をだせ。内容は〟支援に感謝す、退避されたし
〟だ、送れ
ていく。
﹁さて、これでズルは出来なくなったな、武蔵。﹂
!
﹁グウッ
﹂
﹁お見事。ッ
﹂
としていた駆逐艦に1発が直撃し文字通り消し飛ばした。
3発の46cm砲弾が放たれると、今まさに鳴門海峡を通過しよう
﹁フッ、前進観測班が無くても私は戦えるさ。撃てぇ
﹂
信号の内容を受け取った妖精が敬礼をしてラッタルを駆け上がっ
!
明白だった。
大丈夫か
?!
火災発生中
﹂
!
が流れだしていた。
機銃群大破
!
夜戦で炎上すれば敵艦がそれめがけて撃ってくるぞ
﹁左舷中央部に着弾
﹁消 火 を 急 げ
﹂
!
わき腹を抑えて武蔵が立ち上がる。手で押さえたところからは血
﹁この程度で、沈めるかよ。﹂
﹁武蔵
﹂
ることで床に叩きつけられることは無かったが、攻撃を受けたことは
音が鼓膜を貫き床から身体が浮き上がる。何とか適当な場所に捕ま
草凪の称賛の言葉を遮るように巨大な衝撃が武蔵を揺さぶった、轟
!?
!?
!
していく。
﹁武蔵、まだ行けるか
﹂
﹁とにかく退避だ。小豆島よりも向こう側へ行けば奴らの視界を切る
ていた。
に照らされた3連装主砲は、その全てがこちらを狙って振り上げられ
通り踏みつぶして一隻の巨大戦艦が鳴門海峡を通過していく。火炎
測距儀を通して見る視界の向こう。燃え盛る駆逐艦の残骸を文字
きやがったか。﹂
﹁戦闘、航行に支障は無い。しかし、この威力。ついに戦艦棲姫が出て
?
898
!
草凪の怒鳴りつけるような指示に、妖精たちが弾かれたように行動
!
ことが出来る。﹂
、それに対して深海棲艦の戦艦は
﹁解ってる。が、向こうの方が足が速い。﹂
大和型戦艦の最高速力は約27
出せるものが多い。水雷戦隊の速度はそれ以上だ。
﹁本島まで退いた後は
﹂
本島までは逃げ切れるはずだ。﹂
す必要がある。一旦落ちた速度を回復させるのは時間が掛かるから、
﹁深海棲艦は海峡を通過しなくてはならないからいったん速度を落と
30
?
﹁武蔵。﹂
﹁解ってる、取り舵10
。﹂
始めていた。そろそろ舵を切らないと衝突するだろう。
6門の46cm砲が咆える。眼前には小豆島の暗い影がちらつき
ち込んで足を止めてみる。﹂
﹁狙いが甘い、最大射程で撃ってきたかようだ。前部主砲を鼻先に打
塔2基を旋回させる。
冷静に分析する草凪を他所に、武蔵は何とか射角がとれた前部の砲
したのだろう。﹂
﹁戦艦を先に明石海峡を突破させたのか。秋月と照月の速射砲を警戒
ル級による砲撃らしい。
武蔵の右舷側遠方に水柱が直立した。明石海峡を突破した2隻の
﹁本島まで退いたころには彼の準備も整うさ。﹂
?
何を﹂
﹄
!
﹁っ
﹃左舷より雷跡20以上
避けてください
面へ叩きつけられ、大小の水柱として消えていく。
舵を掛けていた。さらに、生き残っている兵装から幾つもの砲弾が海
のまま視線を前方を先導する秋月に戻す、と目の前の秋月は左へ急転
る。ここで舵を切れば釈迦ヶ鼻の沖を抜ける航路になるだろう。そ
草凪はおもむろに戦闘艦橋の窓から前方の小豆島らしき島影を見
!
!
草凪の声をかき消すように秋月の半分悲鳴の警告。見張り員から
﹂
も同様の報告が入る。
﹁潜水艦だと
?!
899
?
!
﹁取り舵一杯
﹂
│││││間に合わん
常日頃から自分の舵の鈍さを実感している武蔵には直観でこの魚
﹂
雷を避け切ることが不可能だと言う事実が理解できてしまった。
﹁総員、何かに捕まれ
した。
﹁武蔵っ
﹄
大丈夫か
﹂
!?
﹁まだまだ、この程度で武蔵は沈まない
﹂
通信機から秋月の悲鳴が響き、既に左に傾き始めた戦闘艦橋に木霊
﹃武蔵さんっ
の爆圧で舷側の装甲板を食い破り、大量の海水を流入させる。
破壊力を秘めていた。弾頭に搭載された数百キロの炸薬が炸裂しそ
のにうってつけだったが、複数の魚雷の同時着弾はその防御すら貫く
の巨艦を揺さぶった。大和型戦艦の幅広のバルジは魚雷を防御する
に10本の魚雷が直撃しすさまじい衝撃が基準排水量64000t
草凪が羅針盤に、武蔵が手近な柱にしがみついた瞬間、武蔵の左舷
!!
﹂
て見せた。世界で最も攻撃を受けた艦、その化身の艦娘は自らが大破
してもなお闘志を燃やし続けていた。
﹂
﹁右舷に注水をして艦を水平に戻す
両舷逆進一杯
舵そのまま
注水はするな
!
ずだ。
舷側への傾斜へ乗り上げる場合、艦底の損傷は最小限に抑えられるは
側が高くなっている。横転の危険ももちろんあったが、右舷側から左
達できるとは思えなかった。今の武蔵は左舷側に傾斜しており、右舷
ない。たとえ何とか小豆島への衝突を回避したところで本島まで到
る。しかも、先ほどの雷撃によって舵が変形し舵を動かすことが出来
じ曲げてしまっており、今の進路では確実に釈迦ヶ鼻付近に座礁す
することを理解した。魚雷の連続的な着弾は武蔵の進行方向すら捻
不可解な指示に眉を寄せた武蔵だったが、外を見て草凪の言わんと
﹁何を⋮チッ、そういう事か。﹂
﹁まて
!
!
900
!
!
!
左半身は血みどろになりながらも、それでもなお武蔵は不敵に笑っ
!
!
!
!
総員衝撃に備え
﹂
逆進一杯によって減速を始めた武蔵は左に傾いたまま浅瀬に進ん
でいく。
﹁座礁するぞ
!
﹂
﹃だ、大丈夫ですか
司令
武蔵さん
﹄
!
﹁武蔵、艦底の破損状況はどうだ
﹂
秋月の安堵の声が通信機から漏れる。
﹁キャンキャン咆えるな、私はここに居るぞ
﹁こちら草凪、私は大丈夫だ。﹂
!
﹂
﹂
﹁たぶんな。いつの間に潜り込んだのかはわからないが。秋月
﹂
そんなっ。わ、私にだって﹄
に後方へ退避しろ
﹃ええっ
!
すぐ
﹁死んでないのを見るに、竜骨はどうやら無事らしい。だが、潜水艦か
?
?
?!
の海底に沈み込んで巨大な戦艦は2度左に傾いた状態で停止した。
飲み込んでいく。右舷側の重量増により舷側が大重量によって浅瀬
右舷側の注排水ポンプが全力運転し何千トンもの海水をバルジへ
﹁右舷注水
られていく異音が嫌になるほど響いた。
傾く。艦底から遠く離れた戦闘艦橋にも、艦底と海底が擦られ傷つけ
まず最初に艦首が浅瀬に乗り上げて武蔵全体が衝撃と共に後ろへ
!
﹂
防空駆逐艦の貴様がここに留まっても嬲り殺されるのがオ
すぐに撤退しろ
﹁馬鹿者
チだ
!
!
﹂
!
!
はない。
﹃⋮⋮わかり、ました。でも、2人とも絶対に帰ってきてください
﹄
ことを局限するだけであり、艦娘自体の生存を絶対に保証するもので
殺してしまえば一巻の終わりだった。座礁することは艦として死ぬ
幾ら座礁させているからと言って、敵の砲弾が艦娘そのものを直接
﹁私は此処でヤツラを食い止める。早く行け
に噴き上げる。1発は小豆島に着弾し森林を根こそぎ薙ぎ払った。
武蔵の周囲に大口径砲弾が着弾し、海水と海底をミキサーして空中
!
901
!
味方を置いて撤退できないと躊躇する秋月に武蔵の怒声が飛んだ。
!
!
?
﹁解ったから、早く行け。主砲弾がそっちへ飛んで行かない前にな。﹂
秋月は舳先を呉基地へ向けると砲弾を避けるため左右に微妙に進
路を変えながら全速で退避を始める。あの様子なら、何とか逃げ延び
れるだろう。
﹂
﹁提督、これ以上は貴方の指示がなくても戦える。﹂
﹁私に艦を降りろと
ノだろう
﹂
﹁死ぬかもしれないんだぞ
﹂
我々の役割は敵を潰す事では無い。時間を稼げば
勝ちなんだ。勝ちの見えた戦争から逃げる指揮官が何処にいる
うに思えた光が消え去り、再び轟音と闇が艦橋を支配する。
﹁⋮クッ。それなら、最後まで私の戦争に付き合ってもらおうか
﹂
線を描いた砲弾はル級の後部艦橋を直撃する。火炎と衝撃波のサイ
の傾きも艦娘の処理能力なら補正することは難しくない。低い放物
装薬に点火、発砲。着底したおかげで艦に動揺は存在せず、艦自体
され、横腹を見せたル級の内損傷を与えた方を照準する。
ば武蔵とてただでは済まないはずだった。46cm砲に次弾が装填
を武蔵に向けようと起動する。16inch砲で滅多打ちにされれ
けたル級とその僚艦は怖気づいたように転舵し、前後の砲門その全て
最強の艦砲であることに変わりは無かった。初弾で鼻先に弾着を受
が使用できるのは後部を指向できる第3砲塔のみ。しかし、世界最大
炸裂し喫水線下に大破孔を開ける。西から突っ込む形になった武蔵
立った3発の主砲弾は放物線を描くと、戦艦ル級の艦首付近に着弾、
第3砲塔が迫りくる戦艦ル級を照準し、徹甲弾を吐き出す。飛び
!
の顔は勝利を少しも疑っていない表情を作っていた。数秒続いたよ
戦闘艦橋に差し込み、草凪と武蔵を照らし出す。硝煙に塗れた指揮官
再び、武蔵の周囲に弾着。小豆島に着弾し炸裂した主砲弾の閃光が
?
﹁武蔵、忘れたか
﹂
﹁この作戦は私が立案したものだ。最後まで付き合うのが筋と言うモ
無言で頷く武蔵に、草凪は小さく笑う。
?
?
クロンが後部艦橋とその直下の艦内構造物を蹂躙し火災を発生させ
た。
902
?
?
2隻のル級も撃たれるだけでは無い。2隻合わせて18門の16
inch砲が火を噴き、砲弾を撃ちだす。敵は移動していないため命
中率は飛躍的に高まった。複数の水柱と土砂の柱が林立し、武蔵に着
弾した証拠の爆炎が2つ上がる。この攻撃で武蔵は左舷と後部艦橋
に直撃弾を受けて、いったんは収束した火災が再び発生する。彼女の
艦内では消火設備を持った妖精さんが火災個所へ急行していた。も
はや武蔵は着底しているため水の掛け過ぎで艦が沈むことは無く思
い切り火災個所へ水をぶちまけ消火していく。
武蔵も負けじと反撃、今度の砲弾はル級の手前で着弾、2発が水中
弾となって舷側を破壊し浸水させる。と、ここで2隻のル級が転舵を
開始した。瀬戸内海とはいってもその幅は広くなく巨大な戦艦が戦
闘を行うのには手狭であるため、2隻のル級は転舵しなければ四国側
に乗り上げてしまうのだった。
転舵中に主砲を放っても当たるはずもない、逆にこれは武蔵にとっ
て一方的に砲弾を叩き込めるチャンスである。それを阻止しようと
潜んでいた潜水艦から武蔵へ向けて魚雷が発射されるが、座礁した武
蔵にもはや魚雷は大きな効力を発揮しなかった。複数の魚雷が大破
した舷側に突き刺さり炸裂するが、若干揺らいだだけで武蔵の砲撃を
遅らせるには至らない。三度主砲が火を噴くと、180度転舵を初め
ていた手負いのル級の第2砲塔に着弾する。1460㎏の九一式徹
甲弾はル級の主砲防盾を貫き、中で装填を待っていた16inch砲
弾とその装薬を誘爆させた。橙色の竜巻が第二砲塔をバラバラに解
体しながら現れ、すぐ近くにそびえ立つ艦橋すら破壊した。艦橋を破
壊 さ れ た ル 級 は ぐ ら り と 揺 ら い だ か と 思 う と 急 速 に 速 度 を 落 と す。
後続していたル級は、僚艦を避けようと転舵、減速するが間に合わず、
左 舷 側 を 燃 え 盛 る 僚 艦 に こ す り つ け る よ う な 形 で 衝 突 し て し ま う。
そこへ武蔵の止めの砲弾が飛来した。大破したル級に衝突し、団子状
態になったル級に3発全てが着弾すると、巨大な爆炎が2隻を包ん
だ。如何やら弾薬庫を撃ち抜いたらしい。
│││││これで、奴らは動けまい。次だ。
次の目標を指向しようと第三砲塔を回そうとした時、雷撃とは比較
903
にならない衝撃と激痛が武蔵と草凪を襲う。不意の衝撃に背を羅針
盤に打ち付け、肺の空気が一瞬にして強制的に排出されてしまった草
凪が喘ぎながら後方をみる。その光景を理解した瞬間、彼女は思わず
舌打ちをしてしまった。先ほどまで敵艦を退け続けてきた第三砲塔
﹂
があった場所からは濛々と黒煙が上がっていたのだ。
﹁武蔵
﹁クソ、やられた。第3砲塔は完全に破壊された。誘爆の可能性は無
いが⋮﹂
﹁さっきのル級は文字通り時間稼ぎと言うわけか。﹂
第三砲塔から吹き上がる黒煙の向こうには、2つの海峡を抜けて
堂々とした隊伍を組んだ深海棲艦の水上打撃艦隊の姿があった。
﹁こちらが囮と潜水艦に忙殺されている隙に、海峡を抜けて艦隊を整
理したか。﹂
忌々しそうに武蔵が歯噛みする。第二副砲ではあの水上艦隊を退
けることは出来ないだろう。頼みの綱の2基の前部主砲塔を撃つた
めには奴らが自分の横を抜けて行かなければ撃てない。ややあって、
艦隊を組んだ敵戦艦隊が主砲を斉射する。それに対してこちらは主
砲を撃ち返すことも、回避機動を取る事も出来ない、精々出来る事と
言えば手近なものに捕まり砲弾が外れることを願う。ややって連続
的な着弾。海水と火炎と土砂が炸裂し、武蔵を大きく揺さぶった。鋼
鉄の城が至近弾の衝撃で大きな異音を奏でる。
そんな絶望的で一方的な砲撃が続く中、艦橋に通信が入る。待ち望
弾ノ無駄ダカラ
んでいた報告かとも思ったが、届いたのはあの違和感のある高い声
だった。
﹃手モ足モ出ズニ、一方的二殴ラレル気分ハイカガ
自爆シテクレルト助カルンダケドナー。﹄
て小さく笑った。
降伏勧告とも取れる深海棲艦の通信に、2人の軍人は顔を見合わせ
?
今更自爆何て有りえない。言葉は交わさずとも、武蔵と草凪は互い
提督。﹂
の意図を感じ取ることが出来た。
﹁ああ言ってるぞ。どうする
?
904
!
﹁〟バカめ〟とでも言ってやれ。﹂
﹁フッ。良いだろう。﹂
奇跡的に生き残っていた探照灯を操作して、発光信号で〟バカめ〟
を伝える。反応はすぐに帰ってきた。
﹃アッソ、ソレジャア。﹄
一拍置くように、レ級が言葉を切る。
﹃死ネ﹄
次にくるであろう大砲撃に備えて、耳を塞ぐ。が、水平線を埋め尽
くすほどの砲撃による閃光は見えず、代わりに2隻のタ級の艦体上に
﹄
巨大な火の玉が膨れ上がり、次の瞬間には艦体が2つに破断してズブ
何ガ起コッタ
ズブと沈み始めて行く。
﹃ナンダ
﹁勝ったな。﹂
﹁そうね。﹂
﹄
暗闇の中からスマートな艦体が姿を現した。特徴的な前部艦橋の
らの強襲作戦は見事だが、残念ながら最終防衛線には僕がいる。﹄
﹃佐世保第三鎮守府所属。アサマ型装甲護衛艦2番艦、ホタカだ。君
向かって名乗りを上げる。
援軍は若干わざとらしさを含めて、これから自らが蹂躙する獲物へ
﹃ああ、そう言えば初めましてだったな。﹄
﹃ダレダ
バラバラになって沈んでいく。
と、先ほど武蔵が攻撃し一時的に戦闘不能となっている2隻のル級が
武蔵の前方、男木島の向こうから遠雷の様な音が響いたかと思う
﹃外したか。やはりこの測距儀で戦うのは少々無理があるな。﹄
通信機からは待ちに待った援軍の声。
元に戻った。
レ級の狼狽える声をしり目に、武蔵がニヤリと微笑み草凪の口調が
?!
前方には〟2〟基の巨大な三連装主砲が鎮座し、次の獲物を求めて旋
回している。
905
!?
!
﹃補給は済ませたか
﹄
兵装の点検は
に爆沈する心の準備はOK
内海の隅でガタガタ震えて無様
?
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂ 906
?
?
STAGE│47 瀬戸内海殲滅戦
﹁そのための彼よ。﹂
オーダー
何やら含みを持たせた草凪の笑みをホタカは真正面から受け止め
た。
﹁提督、軍艦は指示が無ければ動けません。命令を。﹂
帝国が涙す
﹁そんなに慌てなくてもいいわ。今、徳山の秘匿資源倉庫から必要な
物資をここへ移送中よ。﹂
﹁徳山と言えば、海軍第3燃料廠があった場所ですよね
べき4年間で破壊されて、その後に再建されたと言う記録は見ていま
せんが。﹂
﹁貴方の言う通り第3燃料廠は未だに再建されていないわ。でも今回
資源の調達先に選んだのはそこじゃない。燃料も必要だけど、私が欲
しいのは鋼材と弾薬。﹂
執務机から一冊のファイルを取り出し、机の上に投げ出した。表紙
にはでかでかと〟極秘〟の赤い判子が押されている。目で指示され
たホタカは、ファイルを手に取って中を開けた。と、その時背後に誰
かの気配。瞳だけ動かしてみると、秋月と照月が両側からのぞき込も
うとしている。提督も武蔵も何も言わないので構わないだろうと考
﹂
﹂
え、ファイルの位置を調整して見やすいようにしてやる。
﹁これって
﹁徳山秘密資源倉庫
る。ファイルに掛かれていたのは、公表されていない秘密倉庫の概要
だった。それでも、詳細な場所などには黒い棒線で加工が施され解ら
ない様になっている。
﹁帝国海軍の中に深海棲艦のスパイが居るかもしれないと言う話が沖
ノ島沖海戦の後に上層部で持ち上がってな、帝国には資源の集積所が
何か所もあるが、軍内にスパイが居たのでは深海棲艦にすべて筒抜け
だ。これでは面白くない。そこで、万一の場合に備えて秘密裏に資源
倉庫を建造し資源を備蓄する事にした。﹂
907
?
秋月が驚きの声をあげ、照月は聞きなれない言葉に首をかしげてい
?
!
﹁その資源倉庫の一つがこの徳山の秘密倉庫と言うわけですか
付けた。
﹂
﹁でも、ここに備蓄された資源ってどこから持ってきたんですか
﹂
﹁そういう事。﹂と草凪は頷き、すでに温くなっているコーヒーに口を
?
事故かしら
﹂
﹁それって。﹂
﹁早い話が消されるって事。で、如何する
﹁遠慮します。﹂
﹂と驚きの声を上げる二人を無視して、彼は秘密へ一歩
﹁本当にいいのね
﹂
確認した草凪は、ホタカに最後の確認をする。
敬礼をして3人の艦娘が執務室から出ていった。扉が閉まるのを
﹁了解。行くぞ二人とも。﹂
へ行くわ。﹂
たらいつでも出られるようにね。ホタカに作戦を伝達した後、そちら
﹁そう。なら武蔵、秋月と照月を連れて出撃準備を進めて。私が行っ
踏み出した。
﹁ホタカさん
﹁お願いします。口の堅さと防諜に自信はある方なので。﹂
うな秘密を進んで聞きたいとは思わない。
人は顔を青くして真っ先に辞退する。誰も漏らしたら謀殺されるよ
某重巡洋艦なら目を輝かせて聞こうとするだろうが。秋月型の二
﹁私も。﹂
﹂
﹁大戦中の陸奥みたいに、謎の爆沈を遂げるかもね。それとも、不幸な
草凪の目がほんの少し鋭くなった。
﹁別に話してあげてもいいけど。他言しようとしたら。﹂
は。
預金できるほどの余力は見えない。少なくとも、照月達の知る表面上
照月の問いも、もっともだった。万年資源不足の帝国海軍にタンス
?
る資源は合法的に集められたものでは決してない。﹂
﹁解ったわ。ハッキリ言って、今帝国の秘密資源倉庫に備蓄されてい
﹁構いません。得られる情報は全て貰う主義ですから。﹂
?
908
?
?
!?
背もたれに体重を預けられた提督の椅子が小さく抗議の声を上げ
る。
﹁でしょうね。僕は兵站を統括する部署で文書を偽造して集めている
と考えていますが。﹂
﹂
﹁それもあるわ。でも、それだけでは不十分。書類偽装で集められる
﹂
﹂
資材の数もたかが知れている。ねぇ、ホタカ。﹂
﹁何でしょう
﹁ブラック鎮守府って知ってる
彼の目が、何かを悟ったように鋭くなる。
﹁ええ。艦娘を酷使し、私腹を肥やす提督の運用する鎮守府ですね
今の大日本帝国
﹁そうよ。彼らはこの帝国にとって害悪な存在。じゃあ、何故そんな
奴らが未だに僅かとは言えはびこっていると思う
得る。貴方も、パラオで見たでしょう
﹂
有る、各鎮守府に定期的に補給される資源を売りとばすことで金銭を
﹁彼らが私腹を肥やすオーソドックスな方法として、資源の横流しが
﹁⋮⋮。﹂
に。﹂
は若干の反撃に成功したものの、無能を飼っておく余裕なんてないの
?
﹁そういう事。見えて来たでしょ
﹂
満足そうに、草凪は一つ頷いた。
﹁海軍のダミー企業か何かと言うわけですか。﹂
る。その売却先が﹂
ブラック鎮守府なら、多くても4分の1程度を小分けにして売却す
﹁流石にあそこまで大胆に堂々とやってるのは珍しいけどね。普通の
﹁輸送艦ごと横流しされていましたね。﹂
がフラッシュバックする。
ホタカの脳裏に、荷卸しをしないまま出港していった輸送艦隊の姿
?
ラック鎮守府が目立つ行動をしたり、度し難い無能であるならば粛清
その資材を使って秘密倉庫を建造し、残りを備蓄に当てている。ブ
的に見逃し、そこから横流しされる資材をダミー企業を通して購入。
﹁帝国海軍上層部は戦争に支障が出ない程度のブラック鎮守府を意図
?
909
?
?
?
し、また別のブラック鎮守府予備軍をどこかに作る。例えブラック鎮
守府が摘発されても、捜査をするのは身内。横流しされる資源のルー
トを偽装することは簡単、よって資源倉庫の秘密は保たれると言うわ
けですか。この計画を思いついた人は、資源の横流し先よりも誰がそ
れをやっていたかを重視する日本と言う国家の性質をよく解ってい
る人みたいですね。﹂
皮肉を含ませた笑みを作る。
﹁そうね。ブラック鎮守府に当たってしまった艦娘達には悪いけれど
も、私たちは負けるわけには行かない。本当に必要な時に使える資源
失望した
﹂
を確保しておかないとならない、特にこの国ではね。生き残るためな
らば、例え味方でも利用するのよ。﹂
﹁勝つために。ですか。﹂
﹁いいえ。〟負けないため〟、よ。どう
草凪の問いに、彼は首を横に振った。
s f a i r i n l o v e a n d w a r.現 に、
?
戦には間に合いません。﹂
?
ホタカの言葉に、草凪は小さく笑う。
﹂
﹁そうでしょうね。でも、〟全部改造しきらなければ〟、どう
﹁どういうことですか
﹂
﹁しかし、改造にはしばらく時間が掛かります。少なくとも、この迎撃
なる。﹂
くる資材を使って改造を施してもらうわ。改造をすれば損傷は無く
﹁なら結構。ホタカ、貴方はこれから徳山秘密資源倉庫から送られて
秘密資源倉庫が無かったら僕らは負けていました。﹂
﹁A l l
?
直される。工廠の中で一旦船体から装備をはがされて作り直される
んすべて分解され、その後で成虫原基を元に成虫の身体が一から作り
に変化する。この時、蛹の中では幼虫の器官が食細胞によっていった
昆虫などで完全変態を行う種類は、蛹の段階で幼虫から成虫の身体
﹁まるで蛹ですね。﹂
き、その後で改造を施していくらしいわ。﹂
﹁工廠の妖精さんの話では、改造はまず船体から全ての装備を取り除
?
910
'
ことを考えると、蛹と言うたとえは合っているかもしれない。
﹁船体に必要な改造を施した後は、必要な装備を取り付けていくのだ
けど、この順番はある程度設定できるの。例えば、〟必要最小限の機
﹂
関と、敵艦を消し飛ばせる十分な火力の搭載を最優先にする〟とか
ね。﹂
﹁改造中の工廠に立ち入るのは可能なのですか
りは絶対に楽だろう。
﹂
段階で改造を一時中断。独力でドックより出撃し、深海棲艦を殲滅せ
﹁ホタカはこれより改造作業に入り、ある程度の戦闘能力を確保した
草凪の雰囲気が歴戦の戦士のそれに代わる。
﹁では、命令を伝達する。﹂
﹁有りません。﹂
隊よ。話は以上。何か質問は
﹁ここは学校じゃないわ。無理と理不尽が徒党を組んでやってくる軍
﹁初めから拒否権なんて無かったと言う事ですか。﹂
ドックへ入れようと四苦八苦しているでしょうね。﹂
﹁既に届いているわ。恐らく、今頃はタグボートが貴方の艦体を改造
﹁資材が届くのは何時ですか
﹂
はあったが、不可能には感じられなかった。敵艦隊に単艦突入するよ
一つ合図するようにため息を付く。草凪少佐の計画は前代未聞で
﹁やるのは貴方よ。﹂
﹁無茶苦茶やりますね。﹂
論、戦闘もね。﹂
けどある程度時間がたっていれば船として浮かぶことは出来る。勿
﹁出来るわ。誰かが立ち入った時点で、改造作業は全てストップする
?
よ。なお、改造案については一任する。復唱の要無し。﹂
﹂
ホタカは何時もの様に踵を打合せ敬礼する。
﹁了解
911
?
?
提督執務室を出て、がらんとした呉鎮守府の廊下を工廠目指して歩
﹁では、行け。﹂
!
いていると、あることに気が付いた。
│││││そうか。僕を改造するための資材は、あそこ︵パラオ︶か
ら出ている可能性もあるのか。
あの時、甲板上で血を流しながらこちらを見る提督の顔や、憔悴し
きった4人の艦娘の顔が過る。
│ │ │ │ │ 負 け な い た め に。味 方 す ら 食 い 物 に し て 戦 い 続 け る。
なるほど、きちんとエグイじゃないか。この軍も。
自嘲を含んだ笑みが零れる。
│││││敵の技術で作られた兵器を、味方を犠牲に備蓄した資源
で装備して戦う。正真正銘の戦争と言う事か。
工廠に付くと、艦から追い出された大勢の妖精さん達が工廠横でた
むろしていた。ホタカは解放軍艦艇の例にもれず極力省力化が施さ
れていたが、それにも限界はある。ざっと見たところ、500人は居
能ですが。﹂
﹁VGF│2301B案で頼む。ただ、主砲の搭載を最優先に、その次
に重力場、最後に機関だ。﹂
﹁出来ない事も無いですが、主砲を先に乗せると、機関搭載の作業効率
が落ちてしまいます。﹂
912
るだろう。
﹁あ、艦長。聞いてくださいよ、なんだかわからないうちに私ら追い出
されたんですけど。﹂
﹂
何処か不機嫌そうな顔の副長妖精が、ホタカを見かけて近づいてく
る。
﹁改造を施すことになった。工廠の妖精さんは居るか
た。
﹁どうも、工廠妖精です。ホタカさんですね
﹁そうだ。改造案の決定をしたい。﹂
﹂
彼女にとっては巨大なボードをもってこちらに飛んでくるのが見え
﹁そこです。﹂と副長が指差した先に、ヘルメットと作業着姿の妖精が
?
﹁此方から選んでください。資材は各7万有りますので、どれでも可
?
﹁それならば、先に機関を搭載してくれ。主砲だけ載せて40
出せればいい。﹂
﹂
?
付く。
﹁艦長。今度はいったい何を企んでるので
?
﹂
﹂
?
女自身がゆるせなかった。
ありったけの増槽付けて飛ばせば届くんじゃないの
以上
例え航続距離が足りていたとしても、今からではもう間に合
ジェット機が万能でない事位、彼女にも解る。それでも、もしかし
わん。﹄
んだぞ
﹃もう一度言うが無理だ。MI海域から本土までは4000kmある
﹁だから
﹂
が無茶苦茶だとは解ってはいるが、だからと言って何もしないのは彼
通信機の向こうから、艦息の否定の声がする。自分の言っている事
﹃無理だ﹄
ないか。﹂
﹁艦が無ければどうにもならない。武蔵たちの勇戦を期待しようじゃ
下ろす。
﹁待機だ。﹂とホタカは手短に答えて、乱雑に積まれたコンテナに腰を
﹁ところで、艦も有りませんけど何かやることは
﹁ウィルキア帝国の秘密警察の方がしっくりくるね。﹂
たとか
﹁あの少佐ですか。もしかして、前世はウィルキア海軍の技術屋だっ
﹁僕の企てじゃない。草凪少佐のだよ。﹂
﹂
行った。すぐに、何処かわくわくした表情の妖精さんがホタカの横に
怪訝な顔をして、了解と返した工廠妖精は巨大な工廠へと飛んで
﹁かまわん。早くやってくれ。﹂
けですよ
﹁はぁ⋮。でも、最終的に機関は規定数積みますから時間が長引くだ
?
!?
913
?
!
?
たら何とかなるのではないかと言う淡い期待は脆くも崩れ去ってし
まった。思わず歯を食いしばり、絞り出すように通信機の向こうの加
久藤に﹁解った。﹂とだけ伝えて、通信を切る。本土の呉に敵艦隊が来
襲したと伝えられたのはつい先ほどの事だった。そして、何故かホタ
カが呉に居ると聞かされたのも。
大きなため息を吐いて、艦長席に崩れる様に座り込む。自分の無力
さに殺意すら覚えるのはこれで何度目だろうか。
﹁艦長⋮。﹂
副長妖精が二度三度口を開きかけるが、なんと言っていいのか解ら
なかったのか、言葉が続かない。
﹁何やってんだろうね⋮。﹂
ぎりぎり聞き取れるぐらいの声が、うなだれた瑞鶴の口から洩れ
る。
│││││何が、幸運艦よ。大事な人が本当に必要な時に役に立て
ないなんて。
再び、歯を食いしばった。そうでもしないと、直ぐにもみっともな
く泣きわめいてしまいそうだったからだ。如何にかして、ホタカの役
に立ちたい。そんな気持ちばかりが先走りして、余計に自分の無力さ
が嫌になってくる。今の自分に打てる策はもう無い。艦載機は航続
距離圏外だし、まず間に合わない。アサマのトライデントでも届かな
い。出来る事と言えば、艦長席で無事を祈ることぐらいだった。
﹁畜、生⋮。﹂
艦橋の外には、既に夜の帳が降りていた。
﹁王手。﹂
﹁ちょっと待ってください、艦長。﹂
﹁これで何度目だよ。﹂
﹁すげー余裕だよな、アンタら。﹂
冷や汗をかいた副長と、怪訝な顔をしたホタカが呆れた顔で見下ろ
している天龍の姿を見る。ホタカと副長は、やることが無いので将棋
914
に興じていたのだった。
﹁どうせジタバタしてても敵はくるんだ。時間は有意義に使うもんだ
よ。﹂
天龍にそう答えながら、先ほど動かした成金を元の場所に戻す。
﹁そうですよ。〟火砲は寝て待て〟です。﹂
﹁なーんか、ニュアンスが違うような気がするんだよなぁ。﹂
〟気のせいですよ。〟と副長はごまかすように笑い、別の手を打っ
た。
﹁そう来たか。じゃあ、これで。﹂
パチンと軽い音が鳴って、ホタカの駒が副長の陣地深くに食い込
む。
﹁うげ、そう来ますか。なら⋮。﹂
│││││大丈夫かよ。
そんな思いが頭の中をよぎり、当たりを見渡す。
いる妹の姿があった。
﹂
﹂
﹂
﹁おう、龍田か。いや、こいつらこんなにだらけてて大丈夫かなと思っ
てよ。﹂
誰が
﹁天龍ちゃんは面倒見いいからね∼。﹂
﹁なっ
そして頭を撫でるんじゃねぇ
﹁うふふ。かわいい∼。﹂
﹁かわいい言うな
!
いた。これではどちらが姉かわからない。
龍田に抗議の声を上げるが、彼女はお構いなしに天龍の頭を撫でて
!
!
﹂と間抜けな声を上げて振り返ると、先ほどまで思い思いにだら
915
岸壁から釣り糸を垂れている妖精、大富豪をやっている妖精、寝転
んで天体観測をやっている妖精、小さいマグカップでコーヒーを飲ん
でいる妖精、読書している妖精。ホタカの乗組員の妖精たちは、なか
天龍ちゃんここに居たの
なかフリーダムな状態でその時を待っていたのだった。
﹁あら
?
聞きなれた声に振り返ると、何時もの様に意味深な笑みを浮かべて
?
!?
﹁そんな事やってるうちに、準備。出来ちゃったみたいだよ∼。﹂
﹁え
?
けていた妖精さん達は身だしなみを整えてホタカの前に整列してい
少し行ってくる。﹂
た。どうやら、目的の段階まで改造が終わったらしい。
﹁天龍、龍田。ここを頼めるか
﹁あ、ああ。﹂
﹁いってらっしゃ∼い。﹂
先ほどまでの緩い雰囲気を消し飛ばしたホタカに、天龍は威圧され
たが龍田はするりと受け流してひらひらと手を振っている。
ホタカは副長と乗組員を率いて工廠横の資材搬入用のドアの前に
立つと、合図をだして緊急開閉スイッチを押し込ませた。途端に明ら
かに非常用のサイレンが鳴り響き、紅い回転灯が明滅する。そして、
巨大な鉄製のスライドドアが轟音と共に開かれていった。暗くて良
く見えないが、この闇の向こうに新しい〟ホタカ〟が有るはずだっ
た。
﹁なるほど、だからあんな注文を寄越したと言うわけですか。﹂
﹂
口を開けた闇から、先ほどの工廠妖精がホタカの前に姿を現す。
﹁そういう事だ。戦闘は可能か
﹁主砲と機関と重力場のみの改造です。他は船体を延長した意外は一
切弄ってません。正直言うと、技術屋としてこの艦を送り出したくは
ないですね。﹂
﹂
﹁技術屋として〟真面〟でいると言う贅沢は後で楽しんでくれ。性能
は
ても47.2
て行った。
。主砲はA型を3基9門、弾薬は搭載されてますが量
工廠妖精が敬礼する横を、ホタカを初めとするクルーは足早に通っ
武運を。﹂
﹁その言葉は、完全に改造が終わった後にかけてください。どうかご
﹁了解、ご苦労でした。﹂
ん。外へ出る時は実力でお願いします。修理代は出るそうですよ。﹂
てください。それと、改造中にこのドックに注水する設備は有りませ
は有りません。が、改造途中なので戦闘が終わったら即座に帰ってき
?
916
?
?
﹁仕方ないですね。戦闘は一応可能です、最高速力は推進装置を使っ
?
船体にかけられたタラップを走り抜け、開きっ放しのハッチから艦
体の中へ入り込む。通路などのレイアウトも随分変わっているが、も
と も と 自 分 の 身 体 だ。何 処 に 何 が 有 る か ぐ ら い は 把 握 で き て い た。
いかにも改造中と言うように、あちこちからコードが垂れ下がってい
る通路を走り抜け、CICを目指す。それでも、水密隔壁はしっかり
しているようだった。
CICに入ると、久しぶりの冷気が身体を包む。定位置で停止し、
﹂
後ろを振り返ると、後から入ってきた妖精たちが続々と自分の席につ
いていく。
﹁機関始動
突貫工事で搭載された6基のガスタービンTYPEεが起動し、電
力が艦内に供給され始める。CICの大型モニターにも次々と光が
灯り、電装品が久しぶりによみがえる。
﹁主砲と艦体以外への電力供給カット。﹂
﹁推進システム正常。﹂
﹁防御重力場TYPEα、起動確認。﹂
﹁FCSスタンバイモードで起動。問題無し。﹂
﹁艦長。このFCSは以前のバージョンです、これでは主砲の精密射
撃は。﹂
﹁問題ない、今回は接近戦だ。長距離砲戦は行わない。﹂
﹁主砲はこの世界の物に比べて旋回性能では圧倒していますが、それ
でも接近しすぎると敵を追跡できません、ご注意を。﹂
﹁解ってる。﹂
ホタカと副長が会話している間も、艦は発進準備を整えていく。外
部観測カメラに、前部甲板に据え付けられた2基の巨大な3連装砲
実力で排除しろって言われても、この艦にマ
と、舳先に立ちはだかる工廠の壁が映し出される。
﹁で、如何するんですか
そうにないですし。﹂
ニピュレーターは有りませんよ。〟ひらけゴマ〟って言っても開き
?
917
!
﹁ちょいと手荒だが、やるしかないだろう。主砲装填
﹁世界最大の艦砲の初射が空砲とはね。﹂
﹁榴弾なんか使ったら、あたり一帯吹っ飛ぶよ。﹂
弾種空砲
!
﹂
!
巨大な砲弾が6本の砲身に装填され、主砲塔直下のコンデンサには
﹂
発射準備完了
﹂
発射の為の大電力がチャージされ始めている。
﹁装填完了
﹁総員、衝撃に備え
!
﹂
﹁機関前進全速
﹂
の中に塊となって侵入してくる。
扉が押し出されたことによってせき止められていた海水はドック
なかったガラスや屋根が吹き飛ばされる。
へ押し倒した。工廠建屋も無事ではすまず、充満した圧力に耐えられ
スは、目と鼻の先にある鋼鉄製の壁に直撃し、接合部を歪ませて海側
頭をここまで推進させてきた燃焼ガスだった。一気に解放されたガ
砲用の弾頭は圧力に耐えきれず四散するが、必要なのはその空砲用弾
に加速され、砲口から爆炎と衝撃波と共に飛び出した。この時に、空
を燃焼させる、高圧のガスで推進された空砲用の弾頭は砲身内でさら
伝えられた電気信号は砲の後部にある薬室の火管を作動させ装薬
﹁発射
射する。
全員が何かに捕まったのを確認すると、久しぶりに自らの主砲を発
!
!
﹂
艦尾がドックの壁に接触します
下がっていく。
﹁艦長
﹁全員何かに捕まってろ
!
傾いてしまった。
から投げ出されて床に転がる。さらに、船台からは完全に落ちて左へ
それでも5万トンの艦体の衝突は凄まじい衝撃だった。数人が椅子
前への推力で海水の勢いのまま叩きつけられることは無かったが、
!
﹂
海水の力は強烈だった。艦体が押され、ぐらりと揺れて船台からずり
入してきた海水を撹拌し、推力を生み出し始める。しかし、流れ込む
艦尾に取り付けられた5基の可変ピッチプロペラが空気と共に流
!
918
!
!
﹁なんか斜めになってません
﹂
先ほどの衝撃で建屋が崩壊しかかってます
﹁浮力が得られれば関係ないさ。﹂
﹁工廠妖精より通信
﹁違いない。﹂
﹁ここまで来て生き埋めは勘弁ですよ。﹂
﹁とっとと出て行かないと不味いな。﹂
!
く。
﹂
遠くの方で、遠雷の様に砲声が鳴り響いていた。
﹁戦争の時間だ。﹂
東へ向ける。
﹂
艦体の上に鋼鉄の梁を乗せた巨大な旋回がカーブを描いて艦首を
﹁そうだな。針路0│9│0、前進全速。さて﹂
﹁取りあえずは、目の前の敵潰しましょうか。﹂
﹁佐世保に請求書来ないよな
﹁これで来年度の予算はゼロですな。来年度が有ればの話ですけど。﹂
でボロボロになった工廠建屋が大音響とともに崩れ落ちた。
巨大な艦体が瀬戸内海に滑り出る。それと同時に、空砲と衝突の衝撃
りな音を立てるが強引に突破していく。火花で夜の海を照らしつつ、
前方から衝撃。空砲で吹き飛ばした扉の残骸に艦首が触れて、耳障
の建屋の残骸が降り注ぎ始めCICにも騒々しい音が響いてきた。
へ押し出すことで、艦体は徐々に加速していく。艦体の上にも鋼鉄製
り込みプロペラを回転させる。5基のプロペラが大量の海水を後方
ガスタービンを思い切り運転し、出来る限りの電力をモーターへ送
﹁機関前進一杯
﹂
きた建屋が、崩壊を初め、天井から落ちた鋼鉄製の梁が次々落ちて行
こで艦後方を映し出す外部観測カメラに異変が現れる。ついに力尽
始める。如何やら、艦が浮けるだけの海水が流入したらしい。と、こ
再び揺れて、左に傾斜していた艦体が水平に戻りゆっくりと前進を
!
?!
?
919
!
﹁補給は済ませたか
﹂
兵装の点検は
に爆沈する心の準備はOK
備え付けのゴミ箱に放り込んだ。
﹁いやー決まってましたね。艦長。﹂
内海の隅でガタガタ震えて無様
?
方位0│9│0
と来たか。﹂
潜水艦6隻接近中
﹁アスロックが無いのが痛いですね。﹂
距離30k
!
﹁最大加速で固定するしかないだろう。どうせ突っ込んで零距離射撃
ですね。アップグレードするにも時間が有りません。﹂
ただ、射程の柔軟な設定はこの艦に今付けられている電算機では無理
﹁磁気加速に問題は有りませんし、薬室内の圧力も全て正常値です。
﹁ガラじゃないことをやらせるな。で、何か異常は
﹂
通信を切った後で、副長から渡された台本をぐしゃぐしゃに丸めて
?
﹁間に合わせるために、火器は主砲しか積んできてないからな。だが
!
!
﹂
瀬戸内海は水深が浅い。この主砲なら爆圧で十分吹き飛ばせるさ。﹂
﹂
﹁装填完了
﹁撃て
!
に着弾。そして、海中で炸薬が点火され着弾の衝撃波を増幅させる。
6発の砲弾は短い距離をほぼ水平軌道でとびぬけると、衝撃波と共
らし出した。
る。人類が手にした中で最強の艦砲の砲撃は、三度瀬戸内海を赤く照
瞬の静寂の後に、6門の砲から61㎝榴弾が衝撃波と共に吐き出され
空両用磁気火薬複合加速砲A型が僅かに旋回し、砲身が上下する。一
ホタカの前部に搭載された2基の55口径61cm三連装対艦対
!
920
?
?
で片付けるつもりだからな。っ
﹂
﹁ソナーに感あり
m
!
﹁榴弾装填。目標前方の潜水艦隊。﹂
!
その衝撃波のただ中に放り込まれることになってしまった6隻の潜
﹂
水艦は、艦体構造そのものを粉々に破壊されて、海底へと降り積もっ
ていく。
﹁さて、彼我距離は
﹁敵艦隊発砲
﹂
﹁なら、当てられる距離まで近づけばいいでしょう。﹂
だろうな。﹂
﹁この砲なら50kmは飛ぶだろうが、今の状態じゃあまず当たらん
﹁敵艦隊の先頭艦まで約35kmってところでしょうかね。﹂
?
す。﹂
﹂
﹂
﹁まあ、ほどほどにするさ﹂
﹂
﹁しかし、今はジェネレーターの出力が低いのであまり過信は禁物で
いよ。﹂
低でも18inch砲じゃないとキャパシティを削る事すらできな
﹁なんか今日は独り言が多いな副長。まあ、新型の防御重力場だ。最
﹁流石防御重力場αだ、何ともないですぜ。﹂
は見えなかった。
次々と顔を出してくる。そのどこを見ても傷一つ追っているように
て現れる。続いて現れた2基の主砲に艦橋構造物、後部の主砲塔が
り上がったかと思うと、アサマ型特有の細い艦首が黒い煙を引き裂い
放たれた5発が立て続けに命中する。が、形成された爆煙の一部が盛
に直撃し、艦体を煙と爆炎が包み込んだ。更に追い打ちをかける様に
泥ごと撹拌し打ち上げる。そして、4発の16inch砲弾がホタカ
暗い夜空から無数の砲弾がホタカの周りに降り注ぎ、海水を海底の
﹁敵弾、来ます
﹁いえ、お気になさらず。﹂
﹁なんだそりゃ
﹁まるで火の七日間ですね。﹂
らし出された。
CICが外部観測カメラで捉えられた敵艦隊の発砲炎で明るく照
!
﹁敵艦との距離25kmを切りました
!
921
?
!
﹁取り舵10。全主砲射撃用意、弾種徹甲。﹂
﹂
〟武運を祈る〟。以上です
﹂
ホタカが僅かに左へ変針し、大破し着底した武蔵の横をすり抜けて
いく。
﹁武蔵より発光信号
﹁何か送り返しますか
﹁いや、必要ない。﹂
﹁斉射は使わないので
﹂
CIC指示の目標へ各個射撃。﹂
﹁あの人なら返信する暇が有ったら敵を叩けと言うだろう。全主砲は
ころで舵を戻し直進する。
艦が左へ変針して行き、後部の3番砲塔の射角に敵艦隊が入ったと
!
﹂
﹂
﹂
続く9隻の戦棲姫は複縦陣、その最後部にレ級が位置していた。
て戦艦レ級が1隻。ル級とタ級は横一線の横隊で進撃を続けている、
上打撃部隊。大型艦はル級とタ級が5隻ずつ、戦艦棲姫が9隻、そし
モニターの向こうには戦列を布いて狂ったように砲撃を続ける水
﹁全主砲射撃用意完了
離と言って良く、仰角ゼロの直接照準による砲撃が可能だった。
磁気火薬複合加速式の高初速砲弾にとって25km以内は至近距
にル級相手なら、一発当たれば十分だ。﹂
﹁ここまで近づけばほぼ零距離射撃だ。直接照準で打ち込める。それ
?
!
﹁先ずは手前のル級から潰す。攻撃開始
﹁発射
!
方向へずれるような衝撃を感じる。衝撃を吸収する駐退機は最新型
を搭載しているが、61㎝砲の反動は其れをもってしても制御しがた
い物だった。音を置き去りにした砲弾は、四国側を進む3隻のル級へ
殺到した。時間にして10秒も立たないうちに砲弾は獲物に着弾す
る。戦艦ル級は沖ノ島開戦が始まる前から、深海棲艦の水上打撃艦隊
の文字通りの主力として何度も艦娘を窮地に陥らせてきた。その火
力は戦艦ですら一撃のもとに無力化させることもあり、装甲は生半可
な攻撃を受け付けない。
922
?
!
3基9門の主砲が咆哮すると同時に、艦本体が反動でガクリと左舷
!
だが、そんな彼女たちにとって今回ばかりは相手が悪すぎた。
1隻につき3発送り込まれた61㎝砲弾は、零距離射撃の影響も
あってル級の舷側に直撃した。幾度となく艦砲を防いできた装甲板
でも、61㎝砲弾にとっては正しく〟紙〟に等しかった。障子紙の様
に装甲は引き裂かれてしまい着弾した砲弾はその全てがル級の艦内
で炸裂する。巨大な砲弾は、徹甲弾であっても大量の炸薬を搭載する
ことが可能になる。それが何を引き起こすかは、3隻のル級の末路を
見れば解るだろう。
砲弾を舷側に受けた数秒後、ル級の最上甲板が内側から膨れ上がり
4基の16inch3連装砲が紅蓮の炎と共に打ち上げられ、爆散す
る。この規模の爆発に耐えられる艦体構造はル級には存在せず、文字
﹂
通り艦体ごと引き裂かれて海中へと没していった。
﹁ル級3隻轟沈
﹁あっけない。鎧袖一触とはまさにこの事か。﹂
﹁こいつは核砲弾じゃないですよ、副長。それにしても流石は61㎝
砲ですね。あのル級が一撃で木端微塵だ。﹂
﹁遠距離からの砲撃でも敵の防御重力場を無理やり撃ち抜いて加害す
る兵器だからな。対41cm防御用の装甲板だけでは、何をやったっ
て無駄だ。﹂
ホタカが副長や砲雷長とそんな事を話しているうちに、本州側の2
隻のル級と四国側のタ級が紅蓮の炎の中へ消える。戦闘開始から1
分も立っていない。一瞬で戦力の25%を失った敵艦隊は明らかに
狼狽え戦列を崩し始めていた。こちらの砲撃が至近距離にもかかわ
らず全く通用しないにもかかわらず、敵の砲撃は一撃で戦艦を轟沈さ
せるのだから当然と言えば当然の事だが。
6隻の戦艦を葬った9門の巨砲は続いてタ級3隻を地獄の炎で焼
き尽くすと、その後ろで複縦陣を成して進撃する戦艦棲姫へと砲門を
向ける。
﹁戦艦棲姫。アイオワ級に似ているな。﹂
﹂
923
!
﹁そう言えば、アサマ型戦艦の船体や艦橋構造物はアイオワ級ベース
でしたよね
?
﹁まあ、そうだな。形は似通っているが、中身は別物だ。﹂
﹁61㎝複合加速砲積んだアイオワとは、やり合いたくないですな。﹂
﹁主砲装填完了。﹂
﹂
﹁全主砲照準。目標、敵複縦陣先頭、本州側戦艦棲姫。撃て。﹂
﹁発射
腹に響く音と衝撃を残して、戦艦棲姫へと9発の徹甲弾が飛翔す
る。実際の装甲のデータが存在しないため、念のための全門斉射だっ
た。ホタカの実験の標的にされてしまった運の無い戦艦棲姫は、7発
の61㎝砲弾をその身に受けてしまう。ホタカに艦首を向けて突っ
込んでいる形であったため、砲弾は艦首側から突っ込む形になった。
最初に到達した一発は、第2砲塔の真上を抜けて艦橋に着弾。それだ
けで終わるはずが無く、進行方向上にある前部艦橋、煙突、後部艦橋
を瓦礫の山に変えながら撃ち抜き、最終的に第3砲塔の真上で炸裂す
る。2,3,4発目は第2砲塔と第1砲塔の主砲防盾を真正面から引
き裂き、艦内に飛び込んで炸裂。5発目と6発目は右舷と左舷の舷側
から浅い角度で着弾し、装甲を横に引き裂きながら艦尾へ進んで行き
第3砲塔近くで炸裂。最後の7発目は艦首の真正面に直撃し、内部構
造を引き裂きながら艦内を直進、第1砲塔と第2砲塔の間で炸裂し
た。ル級ですら1,2発で轟沈する巨弾を7発受けてしまった戦艦棲
姫は、艦体構造の全てを熱と圧力で解体され一つの巨大な爆弾の様に
破片をまき散らして炸裂する。
﹁これはひどい。﹂
やつがどんな装甲を持っているかわからんから
﹁オーバーキルですな。﹂
﹁仕 方 な い だ ろ う
な。﹂
﹁H級は防御重力場も良い奴積んでますからね。﹂
もしなかった。﹂
﹁確かに。H級は硬かったな。全門斉射で滅多打ちにしないとびくと
のH級位ですよ。﹂
﹁超兵器用の61㎝砲弾ぶち込まれて浮いていられる戦艦は、ドイツ
副長と砲雷長の憐れみの声を柳に風と受け流す。
?
924
!
モニターの向こうで、更にもう一隻の戦艦棲姫がホタカの斉射で上
部構造物を根こそぎ破壊され漂流している。
﹂
﹁両舷半速、面舵一杯。﹂
﹁左舷砲戦用意ですか
ない。﹂
﹁対水上電探ダウン
﹁第23コンデンサ沈黙
﹁ほらな
﹂
くなってきています
﹂
予備に切り替えます
﹂
﹁砲身冷却装置にもう少し電力を回してください
!
﹂
!
放熱が追いつかな
主砲衝撃波によるものと思われます
﹁改造中に無理やり出してきたものだから、各部の負荷がバカになら
﹁妙に強硬策ですね。﹂
﹁いや、両舷砲戦用意だ。反航で複縦陣の中央に突入する。﹂
艦体が傾き、右方向へと進路が変わっていく。
?
ろう。
﹁だから、可及的速やかに殲滅しなくてはならない。﹂
?
用意。取り舵一杯。﹂
﹂
打ち漏らしの処理だ。防御重力場は艦首方向に集中展開。即時発射
﹁1番砲塔は左舷側、2番砲塔は右舷側の艦を砲撃する。3番砲塔は
聞き流すことにした。
副長が妙な事を口走っているが、聞いたことの無い戦術だったので
﹁ようするに、ビッテン突破。いや、沖田戦術ですな。﹂
両方の敵から砲撃を受ける。﹂
﹁ネルソンタッチは敵が撃てない艦首と、艦尾側を通過するが、これは
﹁まったく。ネルソンタッチでも、もうちょっと穏やかですよ
﹂
艦息の能力で出来る限りの補修を行っているが、長くは続かないだ
ような形で使えば当然出てくる不具合だった。
一つの戦艦として奇跡的なバランスの上に成り立っている物を、この
る砲戦が可能なレベルにまで改造を施しているはずだが、もともとは
ホタカにも無理やり出撃してきた影響が出始めていた。主砲によ
!
!
!
!
﹁敵艦との距離15kmを切りました
!
925
?
艦首が今度は左へと振られて行き、戦艦棲姫で構築された複縦陣の
中央を抜ける進路をとる。彼我距離が近づき、ひっきりなしに砲弾が
﹂
降り注いでいるが、未だにホタカの防御重力場を貫くことは出来てい
なかった。
﹁防御重力場の稼働率は
﹁67%です。まだまだ余裕ですよ。﹂
﹁よし、突入する。機関前進全速、攻撃開始。﹂
僅かに左右に首を振った主砲が、防御重力場によって阻まれた敵弾
の爆炎を引き裂いて再び咆哮する。複縦陣を布いた深海棲艦艦隊は、
十字砲火のポイントへ自分から突っ込んで来る戦艦にこれ幸いと主
砲弾を発射した。数十発の主砲弾の直撃弾、至近弾がホタカを襲う
が、帰ってくるのは一撃でこちらを屠る魔弾だった。この距離になる
と、いくらFCSが61㎝砲に対応していないとはいえ着弾個所をあ
る程度選択することが出来た。砲塔直下の弾薬庫に61㎝砲弾が殺
到し、炸裂すると、いくら戦艦棲姫と言えど残される選択肢は竜骨を
折られて轟沈するか、砲弾に誘爆して巨大な火の玉になって爆沈する
かの二択だった。
先頭艦の2隻が先ほどのル級やタ級の様にほぼ同時に砲弾を受け
て、同じように爆発して海上から姿を消していく。
あれだけいた戦艦が、今では戦艦棲姫5隻とレ級1隻になってし
まった。さすがにマズイと思ったのか、6隻の戦艦は一斉に転舵し
て、退避に移る。しかし、転舵すると言う事は今まで自分たちを一方
的に借り続けた化け物に柔らかい横腹を見せることを意味していた。
しかし、巡洋艦を初めとする護衛艦隊
転舵が完了するまでに、重要個所を撃ち抜かれた4隻の戦艦棲姫が紅
蓮の炎に焼かれて空を焦がす。
﹂
﹁敵、戦艦隊退避していきます
が突撃を開始してきました
!
轟と主砲が咆えると、こちらに突っ込もうとしていた重巡リ級の艦
﹁だとしたら、僕はこの後負傷するじゃないか。﹂
こちらは井伊直政ですな。﹂
﹁どうやら捨て駒のようですね。捨て艦と言うわけですか。さしずめ
!
926
?
体が炸裂しまた一つ瀬戸内海に火炎が上がる。
│││││ナンダ。ナンダナンダナンダナンナンダアイツハ
たった一隻の戦
分の砲撃は何度も直撃させた、だがすべてが手前で弾かれるか爆発
が、それはあくまで自分の能力が通用する範囲においてであった。自
うにも見える威力だった。彼女は自他ともに認める戦闘狂ではある
以前、艦娘の51㎝砲弾を受けたことが有るが、アレが豆鉄砲のよ
奪った。
攻撃は必ず装甲を撃ち抜き、重大な損害を与え、一撃で戦闘能力を
艦が作戦全てを破壊し、蹂躙した。味方の攻撃は全く通用せず、敵の
らの一撃を与えるはずだった。それが今はどうだ
簡単な任務の筈だった。戦力の希薄な呉鎮守府を強襲して、後手か
体されているのだろう。
音が響いてくる。断末魔を上げる暇も無く、衝撃波と熱に蹂躙され解
音が鳴り響くと同時に、通信機からは断末魔の代わりに弾着による爆
機関を焼け付かせるほど回して、レ級は瀬戸内海を進む。後方で轟
!?
奴ニハ、奴ニハ勝テナイ
た。ここを抜けて紀伊水道を通れば太平洋だ。退却の可能性は十分
にある。
そう、思った時だった。自分の左舷後方を同じように退却していた
戦艦棲姫が、突然内部から炸裂しレ級の艦体をオレンジ色の光で照ら
しだした。視線の向こうには、後ろの戦艦棲姫が爆発した時の光で生
まれた自分の艦の影が海面に写っている。本能的に、後ろを振り返っ
てはならない事を悟る。
甲板上の魚雷発射管を旋回させて、後方へ扇形へ発射。自分の主砲
が何故、後ろを向けるようについていないのか歯噛みする。限界を超
えて機関を駆動し、必死に海峡を目指す。と、そこで後ろで大きな爆
927
?
し、艦体には届いていない。逆に、奴の砲弾を防御できるかと自分に
早ク
!
問うてみるが恐ろしい予想しか出てこなかった。
│││││逃ゲロ
!
目の前に淡路島が迫っている、舵を調節して鳴門海峡へ艦首を向け
!
発。主砲の発射では無い、この爆発音は聞きなれた自分の魚雷の命中
音だった。いつもの癖で、目を輝かせて振り返り戦果確認を試みてし
まう。
もし、この時彼女が後ろを見なかったら、そちらの方が幸せだった
のかもしれない。
ホタカ
上に吹き上がる魚雷の爆発による水柱を貫いて、細長い艦首が姿を
現す。1番主砲、2番主砲、艦橋、煙突とその悪魔の身体には損傷ら
しいものは見られなかった。
前部甲板に据え付けられた2基の61㎝3連装磁気火薬複合加速
砲がこちらを睨む。
﹁バ、バケモノ⋮﹂
6つの閃光。それが、彼女が見た最後の景色だった。61㎝砲弾の
一発が艦橋に直撃し、戦艦レ級の小柄な体はぼろ布の様に引き裂か
れ、次の瞬間には炭化した何かのカケラに過ぎなかった。双胴艦のレ
級の艦体は巨大な浮力を生む為、ホタカの主砲の一撃では完全に沈ま
ない。
ホタカはゆっくりと転舵すると、艦体に装備された3基の主砲を全
て大破したレ級の残骸へと向ける。瀬戸内海に最後の砲声が鳴り響
いた。
瀬戸内海迎撃戦。別名︻瀬戸内海殲滅戦︼は深海棲艦の侵攻部隊の
全滅をもって幕を閉じた。
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂
928
STAGE│48 帰還
九州近海を進む加賀の露天艦橋から、艦娘加賀は自分の艦隊のすぐ
わきを上昇していく銀灰色の偵察機を感情の読み取りにくい表情で
眺めていた。
﹁それにしても、意外だったよ。まさか君からあんな進言が有るとは
ね。﹂
後ろから掛けられたよく知っている声に振り返ると、真津が下の航
海艦橋から上がってくるところだった。
﹁そう。﹂
何時もの様に言葉少なに返す秘書艦に少しばかり苦笑しながら真
津は彼女の隣に立ってぐんぐん上昇していく艦上偵察機彩雲を見た。
どことなく97艦攻を思わせるフォルムを持つ艦上偵察機は艦隊の
周りを一周旋回したかと思うと、北東の方角へと飛び去ってゆく。銀
色の翼が見えなくなったころ、加賀は自分の提督に頭を下げた。
﹁提督。彼女の離脱を許可していただきありがとうございました。﹂
﹁感 謝 さ れ る ほ ど の 事 で は な い し、君 が 言 わ な く て も 結 局 は 同 じ 事
だっただろう。と言うよりも、適当な理由を付けて飛び出していきそ
うだったしね。﹂
先ほど姿が見えなくなった偵察機の偵察員席には、加賀の後ろを航
行する空母の艦娘。瑞鶴が収まっていた。
﹁私も、味方を撃ち落したくはありません。﹂
﹁素直じゃないなぁ。﹂と笑う自分の提督に若干鋭い視線を向ける。
瀬戸内海殲滅戦の詳細はすぐに本土へ急行中の本土防衛艦隊にも
たらされた。この艦隊は航空母艦と足の速い高速戦艦、巡洋艦で構成
されたもので、呉基地を襲撃して太平洋へ出て来た敵艦隊を補足し撃
滅するために臨時編成された艦隊だった。高速艦と空母を片端から
集めた艦隊である為、まとまりはお世辞にも良いとは言えない。この
艦隊を率いる横須賀第2鎮守府の司令は、敵艦隊との戦闘に入れば指
揮が乱れ艦隊が混乱しかねないと考えていた。正直、ミッドウェーで
勝ってきたのに、この迎撃戦で艦隊に大打撃を受けるのは気分が良く
929
ない。瀬戸内海殲滅戦でホタカが深海棲艦の殴り込み艦隊を文字通
り殲滅したと聞いた時、最も喜んだのは呉の住民では無く、この艦隊
の司令部かも知れなかった。
此処までは吉報と言えるもので、今までさんざん心配し自分の無力
さに嫌気がさしていた瑞鶴も胸を撫で下ろすことが出来たが、その後
が大問題だった。瀬戸内海殲滅戦で、最後の深海棲艦を仕留めた直
後。ホタカの全システムがダウンし、艦息も昏睡状態に陥ったと言う
報告が舞い込んだのだ。
とはいえ、本土防衛艦隊の狙うべき目標は既になく、本土近海にも
深海棲艦の侵攻部隊は見られなかった。その上本土防衛艦隊も日本
近海まで帰ってきていたこともあり、ホタカの昏睡はさほど深刻に受
け止められていなかった。燃料を節約するため艦隊の速度を巡航に
戻し、経済速度で本土に戻ることを決定したのだった。
こうして、瑞鶴はまた歯がゆい思いをすることになる。彼女とて一
930
個人の想いで艦を離れて呉に行くことは許されないと理解してはい
たものの、それを了承できるかと問われれば否だった。帝国海軍の一
員としての責任と、一個人の艦娘としての感情に板挟みになり、道中
の彼女の機嫌は最悪といっていい。この間、ご機嫌斜めな自分の艦長
を宥めすかしていた副長は、後日ホタカの副長に散々愚痴ることにな
る。もっとも、ホタカの副長は自分が悪いわけではないので他人事の
様に│││││実際他人事だが│││││爆笑したのだった。
〟と直談判したのだった。真津の方はホタカの様子
そんな彼女を見かねた金剛は加賀と提督に〟瑞鶴の呉行きを認め
てくれないか
の先には、白い海鳥が低空をはばたいていた。
真津から視線を再び青空に向けた加賀がポツリとつぶやく。視線
には海面に浮いていないかもしれない。﹂
﹁私も貴方も何時死ぬか解りません。もしかしたら、明日のこの時間
の呉行を進言した事だった。
加賀も二つ返事で了承し、金剛が真津提督の所へ行く前に提督に瑞鶴
を行かせるつもりだったので二つ返事で了承したが、意外だったのは
を見てこさせるために、敵の危険がほぼない本土近海まで来たら瑞鶴
?
﹁だからこそ、毎日を悔いなく生きて行かなければならないのよ。﹂
﹁おいおい。俺は自分が死ぬつもりもないし君らを沈める気も無い、
そんな事は絶対にさせない。﹂
﹁その点に関しては、信頼しているわ。けれども、何事にも絶対は有り
えない。﹂
ドーントレス
加賀の頭に、船としての自分が死んだときの映像が流れる。急降下
す る 爆撃機。緩 い カ ー ブ を 描 き な が ら 落 下 し て く る 爆 弾。火 炎。衝
撃。浸 水。傾 斜。世 界 最 強 と う た わ れ た 機 動 部 隊 が 壊 滅 し た 最 悪 の
1日。
﹁あの娘が彼と恋人関係になろうがなるまいが、私には関係ない。け
れども。実際問題、数少ない正規空母が何時までも腑抜けていられて
は困るわ。﹂
﹁腑抜け、ねぇ。﹂
﹂
﹁まあ、ホタカも守ろうと思える存在が居た方が。無茶やらかさない
んじゃないかしら
加賀のある意味打算的な考えに、真津は面白い事を聞いたと言う風
に小さく笑った。
﹁そりゃいい。俺もアイツの為に毎回毎回書類書かされるのには飽き
飽きしていた所だ。﹂
﹁逆に今以上に無理して、被害が加速度的に増えるかもしれないけれ
﹂
ど。それと、艦息の改造にはいろいろと書類が必要になってくるわ。
鎮守府に着くまでに少しでも片付けて置いたら
﹁それで、瑞鶴ちゃんは文字通り飛んで来たってわけね∼。﹂
運転席には紫色の髪を持つ艦娘、龍田が座りハンドルを握っている。
で待機していたくろがね四起に揺られて呉鎮守府へと向かっていた。
呉鎮守府横の航空基地に着陸した彩雲から飛び降りた瑞鶴は、そこ
いなかった。
肩を落とす。加賀の長官室に積まれた書類の山脈は、一ミリも減って
昨日、呉から連絡機で送られてきた大量の書類を思い出しガクリと
﹁考えないようにしていたことを言うなよチクショウ。﹂
?
931
?
﹁う、うん。﹂
何と言うか、瑞鶴にとってこの艦娘は苦手だった。決して悪い印象
を受けたとか邪険に扱われたと言う理由では無い。元来竹を割った
ような正確な瑞鶴にとって、雲の様にどことなく掴み処が無い龍田の
雰囲気は肌に合わなかった。軽巡洋艦で艦の〟格〟で言えば自分の
方が上なはずだが、何故か逆らってはいけないような気がする。加賀
もその部類だが、彼女の場合はやんちゃし過ぎると鉄拳制裁が飛んで
きかねない。何が来るかと予想できない分、龍田の方が不気味だっ
﹂
た。瑞鶴〟ちゃん〟と子ども扱いするような呼び方をされているの
にも、苦手と考える理由があるかもしれない。
﹂
﹁それでぇ∼。瑞鶴ちゃんは彼のどこに惚れたの
﹁⋮⋮は
で満たされた。
まさか、金剛
!?
女の心は何故
│││││え、えええええええ
何で知ってるのよ
唐突過ぎる質問に、思わず間抜けな声が漏れてしまうが。すぐに彼
?
でも、今は艦の上だし
いや、あの人は色々オープンだけど他人の事を簡単にばらすよ
うちの艦橋要員
?
さん
うな人じゃない。じゃあ誰
⋮
!?
?
瑞鶴ちゃん。﹂
コニコと笑っている。
﹁顔真っ赤よ
﹂
?
いように愚痴りまくっていたが、今その内容を思い返してみるとホタ
ガクリ、と首を折る。確かにさっきまで龍田の口車に乗せられてい
│││││アタシって、ほんと莫迦。
できました∼って言ってるのとかわらないじゃな∼い。﹂
﹁だって飛行場からあれだけ愚痴っていたんじゃ、心配で心配でとん
知らず知らずのうちにぶっきらぼうな口調になってしまう。
﹁何でわかったの
ントガラスに向ける。
じゃないかと気づいてしまった。観念したように、視線を前方のフロ
指摘されて思わず視線をそらした瞬間、この行為そのものが肯定
?
932
?
ちらと横の運転席を見てみると、龍田の紫色の瞳と目が合った。ニ
?
?!
カの事を心配しているとしか思えないような愚痴ばっかりだった事
実に気づく。
﹁まあ、どうでもいいんだけどね。他人の惚気に興味ないしぃ∼。﹂
│││││やっぱりこの人苦手
だったのか飛び込んで来る。
│││││どうしろと
〟女性の涙ほど厄介なものはありませんよ
〟以前に意味深な笑
まだ話が出来そうな秋月に視線を向けた瞬間、彼女も我慢の限界
たが、味方駆逐艦を宥めるのには全く慣れていなかった。
ていたりもする。戦艦を物理的に黙らせるのには慣れている彼だっ
かった。と言うか、照月に至っては普通に泣いて彼の胸に顔をうずめ
悪いとは思うが、半べそを掻きながら抱き着くのは正直やめてほし
うれし涙を流してくれているのは理解できるし、心配をかけた自分も
瞬間に、ベッド横の椅子に座っていた秋月姉妹に抱き着かれていた。
した瞬間に意識が途絶え、次に気づけばベッドの上。身体を起こした
絡まって身動きが取れていなかった最後の重巡が自沈したのを確認
呉鎮守府のベッドで目を覚ました彼は困り果てていた。防潜網に
﹁ボダガざぁ∼ん
﹂
み処の無い笑みを浮かべていた。
龍田は面白いように顔の色を変える瑞鶴を横目で見つつ、何処か掴
﹁うふふ。﹂
の評価を確固なものにした。
自分が彼女の掌の上で思いっきり弄ばれている事を自覚し、龍田へ
!
に泣かれた。
あえず、自分は大丈夫と言う意味で彼女達の頭を撫でてみるが、余計
宥める方法を聞いていなかったのか本気で後悔し始めていた。とり
みを浮かべながらそう忠告した副長を思い出す。何であの時、女性を
?
?
933
!
その時、病室のドアが開かれ龍田が入ってくる。
│││││助かった。
これ幸いと龍田に声をかける。
﹁あ∼、龍田。﹂
・・・・
﹁はいは∼い。二人とも、ちょ∼っとお客さん来てるからホタカさん
に抱き着くのは後にしてね∼。﹂
何故か〟抱き着く〟の部分を強調した龍田は、二人の防空駆逐艦の
肩を掴む。最初、秋月と照月は抵抗したが龍田の後ろにいる何かを見
て大人しく、むしろ率先して病室を後にした。ホタカからは龍田が邪
﹂
魔になって彼女達が何を見たのか解らなかった。
﹁助かったよ、龍田。﹂
﹁それは後ろの彼女に言ったらどう
ニコニコしながら龍田が横に一歩ズレる。すると、秋月たちが何故
すんなりと帰って行ったのかを瞬時に理解できた。
﹁久しぶりね、ホタカ。﹂
﹁げ、元気そうで何よりだよ。瑞鶴。﹂
満面の笑みを浮かべた瑞鶴が病室の入り口に立っていた。ただし、
目は笑ってない。
﹁アンタがまた無茶苦茶やって倒れたって聞いて、彩雲で飛んで来た
んだけど。元気そうでよかったわ。﹂
笑みを浮かべてホタカのベッドまで歩み寄る。それと入れ替わる
ように龍田は病室の出口へと向かう。
﹁じゃあ、ごゆっくり∼。﹂
ヒラヒラと手を振って病室の扉を閉める。
〟この、ロリコン〟
〟誤解だ、それと病室で爆撃は〟
〟却下〟
複数の爆竹が弾けるような音が病室の中から聞こえてくる。
│││││天龍ちゃんみたいで面白い娘よね♪
上機嫌で廊下を歩き始める。後ろからは未だに爆発音が響いてい
た。
934
?
ソロン鎮守府の灯台が艦橋から見える。電探、音探ともに感無し。
あたりに深海棲艦はいない事を再確認し、加久藤は大きく息を吐い
た。MI作戦に置いてソロン鎮守府艦隊は喪失艦を出さず、全艦が無
傷で返って来れた。しかし、航空隊はそうはいかなかった。無数の艦
載機が落とされ、有人機の損失も少なくない。UH│1で編成された
捜索救難隊は広い太平洋を文字通り駆けずり回って多数のパイロッ
トを生還させたが、それでも戦死者は出てしまった。空母として生き
ていくうえで艦載機やパイロットの喪失は不可避の災厄だったが、編
隊に穴が開いたまま帰ってくる航空隊を見ると胸を痛めずにはいら
れない。
灯台を回り込み、湾への進入経路に乗ると決して大規模とは言えな
い母港のささやかな明かりが見えてくる。
│││││意外だな。自分にここまで里心が付いていたとは。
戦場となった南太平洋とは、空気の匂いが違っているような感じを
受けている自分に素直に驚く。帝国海軍に編入されて高々一年程度。
この国にいったい自分の何が有るのだろうかと自問自答してみるが、
ホー ム
答えは出なかった。
ホー ム
﹁加久藤。母港だ﹂
﹁ええ、母港です﹂
ふと視線を下げると、自分の前を先行する重巡古鷹の姿がある。後
ろに意識を向けると、すぐ後ろに重巡位の大きさの電探反応が有っ
た。寝ぼけて隊列を離れていなければ加古で間違いないだろう。
│││││いや、夜型だから起きているやもしれんな。
そんな風にいつしか仲間の性質をよく理解している自分に気づく。
│││││悪くない、な。これが艦息か。
味方からの通信、先行する古鷹だ。
﹁こちら加久藤。﹂
﹃加久藤さん、お疲れ様でした。﹄
開口一番、通信機から古鷹のねぎらいの言葉が聞こえる。
935
﹁私は何もやっていない。その言葉は航空隊の連中に言ってやってく
れ。﹂
﹃はい。でも、加久藤さんが航空機の管制で大きく貢献したのは事実
じゃないですか。﹄
その他にも、自分がMI作戦で担った仕事をつらつらと上げて行く
彼女に苦笑が漏れる。
﹁よく知っているな。﹂
﹃私は、あんまり役に立てませんでしたから⋮﹄
責任感が強く、優しい心を持つ古鷹にとって今回のMI作戦に自分
があまり貢献できなかったことを気にしていた。勿論、加久藤の護衛
と言う役目は有ったが、敵航空機や敵艦は遥か彼方で航空隊に撃滅さ
そんな事を
れ結局のところ一発も撃たずに帰ってきたのだった。また、護衛任務
のために水上艦同士の決戦にも参加できていない。
いったい自分はあの海域へ何をしに行ったのだろう
考えてしまっていた。
﹁古鷹、確かに君たちは今回出番が無かったともいえる。﹂
﹃はい⋮﹄
﹂
﹁だが、無意味だとは思うな。あの戦いの最中、君らには私が提供でき
る限りのデータを送っていただろう
する護衛艦艇へ流していた。攻撃を行う主力艦にも流してはいたが、
それは混乱が起きない様に加久藤側で取捨選択を行った加工済みの
データだった。そのため、加久藤が得た全ての情報を逐次受け取って
いたのはやることが無かった護衛艦艇の面々だけだった。
古鷹は待機時間を利用して、このデータを自分なりに分析していた
のだった。
﹁君たちは、私たちの護衛として敵と砲火を交えることは無かった。
だが、あの戦場をもっともよく〟見て〟、分析することが出来たのは
君達だけだ。これは、実際に砲火を交える事と同じぐらい重要な戦果
と言える。﹂
﹃⋮。﹄
936
?
あの戦いの最中、加久藤はできうる限りのデータを古鷹をはじめと
?
﹁だから、自分は役に立たなかったなんて思うな。君たちが役に立つ
のはこれからだ、あの戦場をリアルタイムで俯瞰出来た艦娘として、
﹄
君たちの経験は十分に役に立つ。﹂
﹃はい
﹄と、何処か救われたような声が通信機から響いて
﹁では、今回の戦闘についての戦闘詳報を期待しておくよ。﹂
﹃任せてください
﹁酷くないか
﹂
引きずり出し強制的に休ませたのは完全な余談だったりする。
港についても一向に降りてこない加久藤を、古鷹が実力行使で外へ
と向かう。纏めるべきデータは其れこそ山の様にあった。
仕事が増えることにゲンナリしている筆木の横を通ってCICへ
もう一仕事してきます。﹂
﹁彼女なら読み応えのある報告書を作成してくれるでしょう。私も、
﹁その報告書に目を通すのは私なんだが。﹂
は無かった。
くる。自分のやるべき役割を見つけた彼女には、先ほどの暗い雰囲気
!
﹁侍らせてはいないだろう。﹂
艦の娘侍らせてましたって。酷くない
﹂
﹁でもさ、心配になって提督さんに無理させて飛んで来てみたら、駆逐
のはよろしくないが。
うところの素直さは彼女の美徳だろう。勿論、怒りに任せて爆撃する
爆撃をしたことで溜飲が下がったのか、瑞鶴は素直に謝る。こうい
似ていた。
瑞鶴の爆撃に殺傷能力は無く、音と煙と煤が主なもので、爆竹によく
ひとしきり空爆を受けた後、病人服についた汚れを叩いて落とす。
﹁⋮⋮⋮ごめん。﹂
?
感が湧き出てくる。彼女自身、病室突入前に龍田から簡単な経緯を聞
ハァと小さくため息を付くホタカを見て、今更になって強烈な罪悪
?
937
!
いており、穏便に済まそうと思っていた。しかし、2人の駆逐艦娘│
││││認めたくないが自分よりスタイルがいい│││││に抱き
着かれて、何とかなだめようと頭を撫でているホタカを見て一瞬でそ
んな考えは吹っ飛んでしまい、気づけば〟とりあえず一発爆撃してか
ら話し合おう〟なんて物騒な考えに至ってしまった。
﹂
ようするに、嫉妬したと言う事だ。とは言え、冷静になって考えて
みると自己中心的にもほどがある。
│││││これじゃあ嫌われるよね。
自爆。そんな言葉が頭をよぎる。
﹁ところで、MI作戦で怪我は無かったか
﹁えーと、伊勢と日向は小破で、金剛と榛名と霧島は損傷はあるけど小
破まではいかないわね。他には、﹂
﹁僕は、君に怪我は無いかと聞いたんだよ。﹂
彼の言葉の意味を頭の中で噛み砕き、自分を心配してくれたと言う
事に気づく。
﹁わ、私は大丈夫。水上砲戦には巻き込まれていないし、加久藤の航空
隊が守ってくれてたし。でも、艦載機は⋮﹂
加久藤の艦載機が落とされていたように、彼女の艦載機の喪失も結
構な数に上った。落とされたのはほとんど無人機だが、妖精さんの
乗 っ て い た 機 も 少 な く は 無 い。自 分 が 送 り 出 し つ い に 戻 っ て こ な
かった妖精の顔が浮かぶ。無人機のお蔭でパイロットの数が少ない
分、空母の艦娘がパイロット妖精と面識を持つのは稀な事では無かっ
た。航空戦に未帰還は付き物だと頭では理解しているものの、感情の
部分で了承なんてできない。
視線が下に下がり、自然にうつむいてしまう。
﹁何人も、帰って来なかった。﹂
﹁そうか。﹂
﹂
頭に軽い衝撃の後、くしゃくしゃと少し乱雑に撫でられる。
﹁え
少し落ち着いていたから試してみた。嫌ならすぐに辞めるよ。﹂
938
?
﹁いや、泣きそうな顔をしていたからな。さっき秋月たちにやったら、
?
その後余計泣かれたけどね。と疲れたように肩を竦める艦息。
髪型が少し乱れるが、そんな事はもはやどうでもよかった。好きな
人に頭を撫でられるのは、悪くない。金剛が事あるごとに真津に抱き
着いていたのも、解る気がする。
若干の気恥ずかしさとそれ以上の嬉しさで、少し顔が熱くなる。ほ
んの少し顔を上げて、ベッドから上体を起こした艦息を見る。ホタカ
の視点からは、彼女は上目遣いをしているのが見えたが、慣れない対
応の連続を迫られて内心混乱の瀬戸際にある彼に、その様子を楽しむ
余裕なんてなかった。
﹁嫌じゃ、ないけどさ。もう少し丁寧に撫でてほしいわね。﹂
│││││まったく、味方にはトコトン優しいわよね。
安らぎを感じる一方。やはり自分は、この艦息の隣に居られるよう
な存在じゃない事を心のどこかで再認識してしまった。強く、優しい
艦息の隣には彼と共に戦える存在が居るべきだ。自分の様な薄汚れ
939
た弱い艦娘では決してない。
こんな事を考えるのは、本来闊達な彼女らしくない。しかし、パラ
オでの事件が彼女の心を歪めてしまっていたのだった。自分は綺麗
な存在では無い、そんな自分に明るい未来が有るはずない。そんなあ
る 種 の 固 定 観 念 が 巣 食 っ て い た。建 設 的 な 未 来 像 を 想 起 で き な く
なっているところを見ると、PTSDと言ってもいいかもしれない。
しかし基本的に闊達な性格でその症状が直接表に出てこない分、彼
女をPTSDと診断するのは難しかった。
﹂
﹁すまない。ああ、言い忘れていた。﹂
﹁なに
﹁⋮⋮ただいま、ホタカ。﹂
る。自然に顔が綻び、柔らかい笑みが浮かぶ。
たった4文字の言葉に、彼女の心に奇妙な幸福感が沸き上がってく
に戻した。
たホタカの手が外れる。彼は、宙に伸ばした形になった手を布団の上
その言葉に、ハッとして顔を上げる。急に上げた為、頭を撫でてい
﹁お帰り、瑞鶴。﹂
?
先ほどの暗い雰囲気が一気に吹き飛んだことで、ようやくホタカは
内心で一息つくことが出来た。それと同時に、自分が女性の扱いに全
く慣れていない事を再認識する。やっぱり、超兵器を相手にする方が
呉
楽だ。それでも瑞鶴の笑顔を見ると、〟悪くないな〟などと言う感情
が出てきていることに小さな驚きを感じる。
そこからは、今回の作戦でMI方面ではあの後何が有ったのか
だけど。﹂
﹁で、何て呼ぶの
﹂
?
﹂
?
﹂
は喜べばいいのか悲しめばいいのか解らなかった。
﹁いや、非常用の措置で。﹂
﹁ホ・ン・ト・ウ・ナ・ノ
﹁⋮⋮⋮本当だ。﹂
﹁毎度毎度毎度思うんだけどさ⋮⋮⋮バッッッッッカじゃないの
﹂
爆発寸前の彼女の雰囲気にどことなく懐かしさを覚えてしまうの
│││││なんというか、久しぶりだな。
上打撃艦隊に単艦で殴り込んだってのは本当
﹁改造中に工廠の壁主砲でぶっ壊して無理やり進水した挙句、敵の水
ある雰囲気。例えば、超兵器戦の後の雰囲気に似ていた。
四苦八苦しながら対応した弱弱しい雰囲気では無く、非常に既視感の
そこで、再び瑞鶴の雰囲気がガラッと変わる。先ほどまでホタカが
﹁ふーん。ところでさ。﹂
ばわりするのもどうかと思ってる。﹂
﹁一応2番艦だが、竣工も進水もほぼ同時だからなぁ。今更〟兄〟呼
少し揶揄いを含めた瑞鶴の問いに、さてねと彼は惚けた。
兄さんとかアサマ兄とか
﹁ああ、声も聞いていないよ。船に行けば録音したデータが有るはず
け。﹂
﹁そう言えば、アンタはアサマが出てきたころには気絶してたんだっ
﹁へぇ、そんな奴だったのか。﹂
な人物だと言う事に驚く。
いった。ホタカは自分の兄が少なくとも自分よりは社交性の高そう
基地の迎撃戦はどんなことが有ったのかを、お互いが詳しく話して
?
??!!
?
940
?
﹁そうでもしなかったら間に合わなかっただろ。﹂
可笑しいでしょ
あ
﹁いや、改造中にドック爆破して出てきたのはもうアンタだから何も
言わないけどさ。何でわざわざ突っ込むのよ
!?
殴ればいいじゃないの
﹂
のバカでかい主砲は飾りじゃないんだからアウトレンジで一方的に
!?
が⋮﹂
そのまま砲戦して
と若干現実逃避。
?
﹁距離24kmで命中率はほぼ100%じゃない
る検察官はこんな気分なんだろうか
ホタカの鼻先に瑞鶴の指が付きつけられる。弁護士に突っ込まれ
﹁ダウト
﹂
﹁測距儀やFCSの換装が間に合わなくてね、近距離砲戦しか選択肢
!!
﹂
!?
﹂
だった。もしかしたら、久しぶりの戦闘でテンションの上がっていた
個人的に、自分は冷静な方だと考えているがそれにしては妙な突撃
うやく気付いた。
攻撃有るのみ、殲滅あるのみと考えていたことを瑞鶴に指摘されてよ
沈めていれば敵は反転して帰って行っただろう。どうにも、あの時は
艦を殲滅する必要は無かった。わざわざ突撃せずとも、あのまま数隻
後は甘んじて彼女の苦言を受けることになる。確かに、あの戦いで敵
約1時間ほど彼女の説教をのらりくらりと躱し│││切れずに最
やったら袋叩きにされて撃沈するのがオチだからだ。
険且つ力任せ過ぎる戦法をやらなかった。何故か。普通そんな事を
カはこの手を多用はしていたが他のウィルキア海軍はそのような危
口から出まかせも彼女には通じない。実際の所、以前の世界でホタ
│││││だよな。
﹁そんな滅茶苦茶なドクトリンがあってたまるかっ
敵弾を防御重力場で防御しつつ速やかに殲滅するのが基本で﹂
﹁ウィルキア海軍は突撃分断、各個撃破が基本でな。敵艦隊に突入し、
心の中でそんな事を愚痴る。
│││││しっかり戦闘詳報読んでるじゃないか⋮
突っ込むって何考えてんのよ
追っ払えばいいものをよりによって戦艦棲姫の複縦陣のど真ん中
!!
!!
941
!
聞いてんの
﹂
副長や砲雷長に引きずられたのだろうか
﹁ちょっと
!
?
﹁あ、ああ。聞いてるよ。﹂
﹂
?
﹂
﹁多少は、な。﹂
﹁そういう事。理解した
﹂
﹁生き残らなければ負け、か。﹂
である兵器︵自分︶の役割と考えていたのだ。
また造ることが出来る。代えの効かない人間を守り戦うのが消耗品
兵器だからだ。たとえ自らが沈んでも、設計図と資源と工場があれば
作戦が遂行できればそれでいいと考えていた。何故なら、自分は只の
沈められることは負けだが、自らが沈んでも敵も沈めばそれでいい、
とって、自らの撃沈は絶対的な負けでは無い。勿論、一方的に撃たれ
生 き 残 ら な け れ ば 負 け。そ ん な 言 葉 に、軽 い 衝 撃 を 受 け た。彼 に
から。﹂
はそれが心配なのよ。戦争なんて、生き残らなきゃ負けも同然なんだ
あ駄目、いくら強くてもそれじゃあ何時か絶対壊れてしまう。アタシ
﹁アンタは自分が沈んでもいいから敵を沈めようとしてる。それじゃ
荒げた。
理解して無さそうな艦息に、艦娘はじれったくなったのか少し声を
﹁何が
﹁そこよ。そこが心配なの。﹂
﹁僕も、只で沈むつもりは無いよ。﹂
その言葉にはそれ以上の何かが込められていそうな響きが有った。
急に真剣な表情になって、まっすぐ自分を見てくる瑞鶴。何故か、
に沈んでほしくない。絶対に。﹂
﹁こんなこと続けてたらいつかは沈むってことよ。アタシは、アンタ
﹁おい、じゃあ今までの説教はなんなんだ
﹁まあ、いいわ。ちゃんと帰ってきたらそれでいいんだし。﹂
れる。蛇に睨まれた蛙の気分が少しだけ羽語ったような気がする。
絶対嘘ついてるでしょ
とでも言う風に彼女の金色の目が細めら
不機嫌そうな瑞鶴の声に現実に引き戻される。
!?
?
?
942
?
曖昧に笑うホタカに、何処かうまくごまかされたような気がして、
彼女は微妙な顔をする。そんな微妙に煮え切らない場の雰囲気を変
寝てなくていいの
﹂
えようと、ホタカはベッドから立ち上がる。
﹁ちょっと
﹁もう大丈夫だよ。﹂
﹁何か意味あるの
﹂
字を使った羅針盤だ。これは其れを模したペンダント。﹂
﹁ルーン・コンパス。大昔にバイキングが使っていたらしいルーン文
見るほど不思議な形だった。
チェーンをつまんで、金属板を目の高さにまで持ってくる。見れば
﹁雪の結晶⋮にしては変な形ね。﹂
チェーンでつながれている。
パッと見、雪の結晶のようにも見える幾何学模様に成形された金属が
瑞 鶴 の 手 の 上 に 落 と さ れ た の は、奇 妙 な 形 の ペ ン ダ ン ト だ っ た。
だ。﹂
るほどの物を取り出すと、彼女の前に立った。﹁ほら、お守りのお礼
壁に掛かっている軍服に歩いていき、内ポケットを探る。掌に握れ
?!
﹂
?
﹂
?
バイキングって言ったら北欧とか
?
﹁どう
﹂
パスが胸当てに当たり小さな音を立てた。
さっそくチェーンを外し、首にかけてみる。金属製のルーン・コン
﹁なるほど、あながち無関係ってわけではないのね。﹂
それで、デーン人は当初バイキングとして海賊活動を行っていた。﹂
がユーラシア大陸をはるばる渡ってきてウィルキアを作ったんだよ。
﹁ウィルキア人の先祖はデーン系のヴィルク族と言われている。彼ら
ヨーロッパの方でしょ
﹁へぇ。でも、なんでバイキング
んな感じの意味だ。まあ、お守りと言って差し支えないかな
﹁どんな天候でも道に迷わない、道に迷っても家にたどり着ける。そ
?
﹁解ってるわよ。﹂と苦笑してペンダントトップを胸当ての中に入れ
た。
943
!
﹁装飾品だけど、自分を着飾るものじゃないよ。﹂
?
﹁さて、退院するか。そろそろ艦の改造も終わっている事だろう。﹂
﹁アンタ⋮⋮はぁ。﹂
何かを言いかけた瑞鶴だったが、ため息を吐いて言葉を飲み込ん
だ。自分が言ったところで、この艦息が従うはずがない。それに、も
しだめなら佐世保の医務室に放り込めばいいだろう。
﹁アタシは外で待ってるから。急がなくていいわよ。﹂
医務室を出て、廊下の壁に背中を預ける。おもむろに自分の首に掛
かっているチェーンを指でつまみ、ペンダントトップを引き出した。
そろそろ日も傾きかかっており、廊下にはオレンジ色の太陽光が入り
込んできている。掌に置いたルーン・コンパスは、斜陽のオレンジ色
の光を鈍く反射していた。
│││││道に迷っても、家にたどり着ける。か⋮。
こんなものが今の日本にあるわけはない、恐らく彼の艦内に積み込
まれていた物の一つだろう。グッと握ると、金属特有の硬く無機質な
感触。再び、彼から伝えられた意味を反芻する。
掌を開く。自分には考えもつかない改造を施し、再び戦闘の海に
帰ってきた艦息。自分にとってかけがえのない存在。その人物から
受け取ったペンダントは自分には理解できない文字を模した枝を生
やし、掌の上でオレンジ色の光を反射している。
﹁そう言う意味なら、アンタが持ってなさいよ。ばか。﹂
そんな言葉をつぶやいてみるが、だからと言ってこのペンダントを
突っ返す気には慣れなかった。
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂
944
STAGE│49 ラバウルの迷い鶴
﹁以上で報告を終わります。﹂
草凪が提出した報告書の内容を手短に話し終えると、つい先日まで
彼女が座っていた椅子に収まった若い司令官が一つため息を吐いた。
彼の軍服には真新しい少将の階級章がぶら下がっている。
﹁ご苦労だった、草凪少佐。呉を強襲されてこうむった被害が大型改
造ドックだけと言うのは奇跡に近い。﹂
口では称賛の言葉を吐いてはいるが、彼は何処か疫病神を見るよう
な視線を机の向こうの女性将校へ投げかける。確かに、呉鎮守府に深
海棲艦の水上打撃艦体が雪崩込んだにしては鎮守府の被害は非常に
小さいと言う事が出来る。しかし、貴重な大型改造ドックを必要だっ
たとはいえ〟味方に〟全壊させられたならば、何か釈然としない物を
感じるのが人情と言うモノだった。
﹂
945
﹁改 造 ド ッ ク の 修 理 資 材 と 資 金 は 大 本 営 か ら 支 給 さ れ る と の こ と で
す。﹂
﹂
﹁頼むよ。それが来ないと佐世保の連中に請求書つきつけなくてはな
らなくなる。﹂
勿論、本気で言っているわけではない。
﹁まあ、ドックの事は良いとして。武蔵の浮揚作業は
敬礼
﹁それは〟彼〟に言ってあげてください。では。﹂
がとう。﹂
﹁では草凪少佐、留守番ご苦労だった。それと、呉を守ってくれてあり
﹁有りません。﹂
低速艦も戻ってくる。他に何か報告するべきことは
ないからな。早いにこしたことは無い。それに、早くしないとウチの
﹁何時までもボロボロの大和型戦艦を国民の目に見せるわけにはいか
応急修理の後横須賀へ回航することになっています。﹂
﹁今日の午後には完了する予定です。その後、呉鎮守府まで曳航して
?
?
﹂
執務室を出ると、見知った面子が草凪を待っていた。
﹁よぉ、どうやらどやされなかったみたいだな
﹁嫌な顔はされたけどね。﹂
ていく。
てないわ。﹂
?
﹁あら
私は面白そうだと思うけどな∼。﹂
めんどくさそうに、天龍は頭の後ろで手を組んだ。
やらなくちゃならないってのが辛い所だな。﹂
﹁だよなぁ。鴨はしっかり飼う。戦争には負けないようにする。両方
もない。﹂
﹁現状維持、だそうよ。下手に贄を増やして戦線が崩壊すれば元も子
﹁でも∼これでまた物資はからですね∼。贄を増やしますか∼
﹂
﹁ええ、例の場所からの物よ。提督には大本営からの物資としか言っ
﹁あのトラックの中身は修復用の資材ですか
﹂
うな青空の下、多数のトラックが鎮守府施設へと群がり、飲み込まれ
む。右手には深海棲艦から守られた呉の街が良く見えた。抜けるよ
廊下で待っていた天龍と龍田を従えて、絨毯の布かれた通路を歩
?
﹂
範疇外の攻撃に、発言を強制的に中断させられてしまう。
﹁性格が何ですって∼
笑みを浮かべる。
?
﹂
横須賀っていやぁようやく鎮守府が復旧されたところだ
﹁大本営に戻って報告をする。その後は⋮恐らく横須賀でしょう。﹂
﹁ところで∼。これからどこへ行くのですか
﹂
何時もの様にじゃれ合う二人の声を背中で聞きながら、草凪は小さく
い。﹂と弁明する様には姉としての威厳なぞ欠片も残っていなかった。
何処か黒い笑みを浮かべる妹に、冷や汗を流しながら﹁なんでもな
?
それに、横須賀には鴨はいないぜ
﹁横須賀ぁ
ろ
?
?
配置することは避けていた。
946
?
﹁ウフフ﹂と笑いながら放たれた龍田の肘が天龍の脇に入る。予想の
﹁おめーのは性格悪ぐふっ﹂
?
流石に大本営と言えど、帝都を守護する立場にある横須賀に無能を
?
﹂
﹂
﹁そうね、確かに横須賀に鴨は居ない。けれど、虎が来ることになって
いるわ。﹂
﹁アサマ、ですね
龍田の答えに軽く頷く。
﹁アサマって、MIで大戦果を挙げたホタカの兄貴だよな
﹁ええ。大本営はアサマを帝都の守備に就かせる気よ。本当なら最初
はもっと辺境の鎮守府に配備するのが妥当だけど。始祖鳥に蹂躙さ
れて以来、彼ら横須賀司令部は海域支配戦闘艦の配備を熱望してい
た。けれど、ホタカは佐世保、加久藤は南方の守備に就いているから
﹂
下手に動かすことはできない。実績のある艦を命令で引き抜けば要
らぬ軋轢を生むことになる。﹂
﹁でも∼。信頼できるのですか
たりする。
﹁まずは大本営に行って報告をしないとね。天龍、頼める
﹁任せとけ。﹂
﹂
酷い言い方をする天龍だが、あながち間違っているわけでは無かっ
﹁ああ、あのお嬢と適当提督の所か。﹂
配備されるのは横須賀第2鎮守府らしいわ。﹂
﹁彼を信頼せずとも、彼の戦闘能力は信用すると言うことよ。それと、
?
﹁はい﹂と花のような笑みを浮かべる小柄な艦娘に癒されながら、再び
﹁ありがとう。五月雨。﹂
のは約一月後らしいです。﹂
﹁改造ドックへの資材搬入が終了しました。それと⋮修理が完了する
いる艦娘の姿が有った。
後ろからの声に振り返ると、長いこと自分の秘書艦を務めてくれて
﹁提督。﹂
くのが見えた。
執務室の窓からは出港していく2隻の軽巡が瀬戸内海を進んでい
主の帰りを待っていた。
彼女達の向かう先では2隻の天龍型軽巡洋艦が出港準備を終えて、
?
947
?
?
窓の外を見やる。
﹁確か、草凪少佐と一緒に来た軽巡の方たちですよね
のですか
﹂
でも、艦娘を運用できるのは提督だけでは
﹁いや。彼女は提督じゃないよ。﹂
﹁え
﹂
﹂
﹂
﹁沖ノ島沖海戦から一線を退かれたと聞いていましたが、復帰された
うに呟く。
隣に来て自分と同じように窓をのぞき込んだ五月雨が確認するよ
?
﹁あの二人をよく見てごらん、何か妙な感じがしないかい
?
?
あの2隻って天龍型ですよね
ると、何か物足りない印象を受けた。
﹁あれ
?
﹂
これじゃあ深海棲艦に撃ち負
あの二隻には主砲が艦首と艦尾に一基ずつ、魚雷は
?
前部の物しか搭載されていませんよ
けるのでは
?
基の筈ですよね
﹁でも、天龍型って14cm単装砲4門に533mm3連装発射管2
﹁そうだ。﹂
﹂
﹁ん∼﹂と小首をかしげながら、低速で航行する天龍型軽巡を見る。す
?
?
あの2隻なら38
ぐらいは余裕で出るんじゃないかな
まあ、彼女
?
何時もの様に笑いながらクシャクシャと彼女の透き通るような蒼
ろ。﹂
﹁まっ、清廉潔白な呉第4鎮守府︵俺達︶には関係ない事だ。安心し
反省する。お詫びの意味も込めて、手を彼女の頭にポンと乗せた。
﹁ひっ⋮﹂と小さく悲鳴を上げる秘書艦に〟脅かし過ぎたか〟と少し
〟になる。﹂
に敵に回したら〟不慮の事故〟や〟戦闘中の誤射〟で〟名誉の戦死
発、憲兵と組んで国内の不穏分子の粛清、その他イロイロだ。要する
達の仕事は不正を働いた提督や艦娘の捕縛、深海棲艦側スパイの摘
?
娘 は 武 装 を 減 ら さ れ て そ の 分 の リ ソ ー ス を 装 甲 と 速 力 に 割 り 振 る。
﹁海軍特別警察隊、彼女達はそこに所属している。特警に所属する艦
﹁そ、それって。﹂
﹁それでいいんだよ、彼らの相手は深海棲艦じゃない。身内だ。﹂
?
948
?
い髪を撫でつつも、心の底では別の事を考えていた。
│││││そう言えば、特警と憲兵を統合させて国内の不穏分子摘
発をより攻勢的に実施する組織が出来たとか噂が流れてきたが。
チラリと瞳だけ動かしてもう小さくなっている軽巡を見る。
│││││まさか、な。
﹁少 佐、大 本 営 か ら 連 絡 だ。帝 都 に 行 く 前 に 静 岡 の 港 湾 倉 庫 で 集 会
﹂
やってるバカが居るらしい。﹂
﹁へぇ。それで
﹁木端組織だがほっとくわけには行かないってよ。俺たちは海から、
場合によっては爆発事故が起こるかも。﹂
草凪は進路の変更を天龍と龍田に伝える。翌日、その静岡の港湾倉
庫にはわずかな血痕以外には何も残されていなかった。
ラバウル第2鎮守府からほど近く。名前すらついていないような
入り江に巨大な航空母艦が停泊している。甲板には偽装用のネット
がかけられ、艦橋もそれらしく葉や枝が取り付けられており、上空か
ら見たら空母だとは思えない様に隠されていた。
ヤシの木の葉が張り付けられた防空指揮所に、一人の艦娘が佇んで
いる。紅白の衣服に身を包んでいるため、何処か巫女のような雰囲気
も感じさせるが、脚部に取り付けられた大柄な艤装によって確かに艦
娘であることが解る。入り江の入り口から吹き込んでくる海風が彼
女の銀髪を揺らし、当人は手で弄ばれかけている自分の髪を抑える。
不意に聞きなれたエンジン音が頭上から響く。顔を上げると、6機の
グ リ フィ ス
雷電が編隊を組んで上空を飛び過ぎて行くところだった。目をこら
してよく見てみると、その雷電の垂直尾翼にはお気楽なハゲワシのエ
949
?
ンブレムが描かれているのが解る。
深海棲艦との戦争の中で復旧したラバウル基地航空隊では部隊の
マークを尾翼に描くことが流行っており、あのハゲワシのエンブレム
を付けた航空隊も、それに乗っかったと言うわけだった。
ああして頭上を飛び過ぎて行く6機の姿を見ると、自分がここへ来
た時の事を思い出す。
思い出せる中で最も古い光景は、あちこちで甲板がめくれ上がった
自分の飛行甲板だった。艦載機は見当たらず、発艦の時に使う艤装の
弓は半ばほどで折れて使い物にならない。そして、自身の身体もあち
こちに裂傷や火傷が出来ており満身創痍と言った風貌だった。
思い出したように襲ってくる激痛に意識を手放さない様に努力し
ながら防空指揮所を見渡すが、妖精さん達は倒れ伏したままだった。
妖精さんは死亡するとすぐに霞の様に消えてしまうので、今こうして
950
倒れている妖精さんは少なくとも死んでいないと考えることができ
る。
妙な事は、自分も妖精さんも飛行甲板も一目でわかるほどずぶ濡れ
だと言う事だった。至近弾でもあれば吹き上がった海水に艦体が洗
われることは考えられることだが、それならば自分たちは海水を被っ
ていることになる。しかし、舐めてみる限り自分たちに降りかかった
この水は真水。
不思議に思って空を見ると、今自分たちが居る場所も何故ずぶ濡れ
なのかも理解した。
微速航行する自分の艦体の後ろの方に分厚い雨雲の壁が有った、更
に遠くの暗い方では雷も光っている。要するに、巨大なスコールから
なぜ自分はこんなに傷ついているのか
たった今出て来たらしかった。ややあって目を覚ました妖精さんに、
なぜ自分はここに居るのか
を失っていた。
﹁艦長、如何します
﹂
などと矢継ぎ早に質問をするが、妖精さんも自分と同じように記憶
?
若干の不安を滲ませながらずぶ濡れの副長が問うてくる。正直、翔
?
?
鶴自身が聞きたかった。あたりを見渡しても、僚艦の姿は見えない
し、通信機も完全に破壊されている。
﹁取りあえず、被害状況の確認をお願い。使える兵装の確認も。﹂
﹁了解。﹂
不意に、頭の中に妹の顔が浮かび彼女の顔から血の気が引く。もし
かしたら、彼女もまた自分と同じ様に損傷しているのかもしれない。
﹂
考えたくはないが、もしかしたら。
﹁ッ
轟沈と言う到底許容できそうもない自分の考えを、艦橋の手すりを
殴りつけた痛みで強制終了させる。そんなはずはない、自分よりも運
のいい妹なら無傷で居るのだろう。根拠も何もない、妄想に等しい願
望だったが今はその考えに縋るよりほかなかった。
、火災はほとんどが鎮火されたが数
妖精さんには被害状況の確認を命令したが、自分の艦体は自分が一
番良く解る。出せる速度は14
むごいほど美しく蒼く輝く太平洋は艦の全周を取り囲み、進んでも進
みと言う中での逃避行は彼女と乗組員の精神を容赦なく削って行く。
一日、二日と当てもなく西進を続ける。敵に見つかれば轟沈あるの
アジアの島々が見えてくるはずだった。
その方位は解る。ここが仮に北太平洋とするならば、西進すれば東南
めた。羅針盤は故障し役に立ちそうもないが太陽の位置からおおよ
い事を確認した後、現在出せる精いっぱいの速度で西進することに決
副長からの報告で自分が感じ取った艦体の損傷と現実に剥離が無
だった。
つけてもらえることを祈りつつ、敵から見つからない様に逃げるだけ
逃げる足も、戦う術もない。その時の彼女にできたことは、味方に見
連 装 機 銃 が 1 基 の み。駆 逐 艦 が 相 手 で も た だ で は 済 ま な い だ ろ う。
矢も無い。使える火器は12.7㎝連装高角砲が2基に25mm三
の全てが格納庫にも甲板にも存在しなかった、パイロットも無人機の
出ているので直ぐに完全な消火がされるだろう。肝心の艦載機はそ
か所ではまだくすぶっているようだ。危険性は低い、応急班が消火に
?
んでも切れ目は無い。鯨を潜水艦と誤認する事が数度あり、その度に
951
!
彼女は悲壮な決意と共に戦闘配置を命じなければならなかった。せ
めて一矢報いる意志をかき集め、狙いを定めた向こうに鯨の潮吹きの
白い塔が立ち上ると言い様の無い安心感と肩透かしを食らったよう
な奇妙な感覚に襲われた。
睡眠も碌に取れず、頭上を幾度も太陽と月が通り過ぎて行く。
﹂
﹂
西進を開始して数日たったある日、不明機体発見の報告がもたらさ
れる。
﹁不明機体は
﹁方位1│0│1です
現在の艦の向きは方位2│7│0。艦の後方にその不明機は現れ
た。見張りの妖精さんが使っている望遠鏡と自分の視界をリンクさ
せると、真っ白な雲の谷間に黒い点が浮かんでいた。心臓の鼓動が速
くなり、抉られた傷口が痛みだす。友軍であってくれと心から願う
が、数分の後に彼女の網膜に写っていたのは流線型の機体を持つ銀色
の深海棲艦の艦載機だった。単独飛行しているところを見るとアレ
﹂
は偵察機だ、後数時間以内に空襲が来るだろう。
﹁対空戦闘用意
﹂
この程度の火器で空襲をしのげるなんて思えないが、やらないよりは
マシだった。
﹁副長、どれぐらい持つと思う
?
やられます。﹂
﹁それは、面白くないわね。副長、救難信号を出してくれる
﹁お任せください。﹂
﹂
も傍受されるでしょうが、だからと言ってやらなければどの道空襲に
しかしたら、付近を航行中の友軍に届くかもしれません。深海棲艦に
部分だけですが復旧しました。これで助けを呼んでみましょう。も
﹁まだ、沈んだと決まったわけではありません。先ほど通信機の送信
﹁艦長。﹂と呆れたような声の副長が割り込んだ。
﹁そうよね。退艦用意は﹂
﹁軽空母相手でも、生かして返してはもらえないでしょうなぁ。﹂
?
952
!
?
僅かに残った防御火器が起動しゆっくりと砲身を持ち上げて行く。
!
敬礼して副長が下の航海艦橋へ降りて行く。深海棲艦の艦載機は
翔鶴の対空火器の範囲外で旋回し触接を続けている。こちらに航空
機があれば迎撃できるのに、我が物顔で飛び回る偵察機を見ると酷く
惨めな気分になってくる。最後の戦いに臨むための覚悟を決めて行
く心の片隅で、処刑を待つのはこんな気分なのだろうかと妙な考えが
浮かんでは沈む。
日本機にしては大柄な風防の中は、機首のプロペラが空気を切り裂
く音と爆撃機のエンジンらしい重厚な鼓動に支配されていた。機体
を少し傾けて下を見ると、いびつな形の入り江が眼に入った。パッと
見ではまずわからないほどに偽装されているが、そこには確かに正規
空母が停泊しているはずだった。
﹃ラバウル管制よりグリフィス・リーダー。針路を0│9│0に取り
高度4000まで上昇してください。﹄
﹁グリフィス・リーダー了解。﹂
通信機からは新任の管制官の声が聞こえてくる。それなりに優秀
らしかったが、声にはまだあどけなさが残っていた。機体を操作して
機首を東に向け上昇を始める。元々迎撃機として作られた雷電は、そ
の巨体をエンジンパワーに物を言わせて上昇させていく。ふと、後ろ
を振り帰り入り江の方を見てみると森の様に見える場所から発光信
号が放たれる。
﹁幸運ヲ祈ル、か。﹂
翼を数度振って返事の代わりにしておいた。前に視線を戻すと広
い空に幾つかの山の様に巨大な雲が浮かんでいる。
│││││そう言えば、〟あの時〟もこんな風にやたらデカい雲が
多かった日だったな。
偵察機
救難信号を受けたのは、深海棲艦艦載機の迎撃のため高度4500
mを巡航している時だった。ラバウル基地の天山が洋上で単独飛行
953
する深海棲艦の艦載機を発見。この敵機の進行方向上にはラバウル
基地が有ったため余計な情報を与える前に撃墜することが決定され
グリフィス隊の6機の雷電が派遣されたのだった。
グリフィス隊の隊長機を務める南晃一は、突然入った救難信号に若
干焦る。この通信が本当ならば、大破状態の正規空母が無防備で敵の
前にさらけ出されていることになる。救難信号が発せられた座標と、
今自分たちが向かっている地点がほぼ一致していることから、この空
母が触接を受けている機こそ自分たちの狙っていた獲物だと考える
事が出来た。
﹁グリフィス・リーダーよりラバウル管制。所属不明の正規空母から
救難信号を受けた。目標の偵察機はこの正規空母に触接を続けてい
る模様。増援を要請する。﹂
﹃ラバウル管制よりグリフィス・リーダー。救難信号はこちらでは受
信できませんでした。﹄
0から、敵編隊の外縁へ向けて急降下。後ろ上方を取られた敵機は回
954
﹁対象の正規空母は大破しているそうだ。位置はポイント42│35
│G。時間が無い、早く頼む。﹂
﹃⋮了解、2個飛行隊を送ります。グリフィス隊は前進し対象艦を掩
護してください。﹄
﹁感謝する。﹂
﹃幸運を。﹄
これから前進し正規
│││││この管制官。たしか、空野とか言ってたな。
﹁グリフィス・リーダーより各機、聞いていたな
空母を護衛する。﹂
﹃グッキル
﹄
6機で戦いぬかねばならなかった。
の部隊以外に彼女を護衛できる航空機はいないため増援の到着まで
に空を見据えた。航空機を使えない空母は脆い。付近の空域に自分
了解の声が通信機から響いてくるのを聞きながら、防弾ガラス越し
?
機体のすぐ後方で幾つもの炎の華が蒼空に開いた。高度差約60
!
避機動を取る前に20mm機関砲弾に貫かれて次々と爆散していく。
ずんぐりとした雷電は勢いそのままに編隊の下方へ離脱。
首を巡らせると敵編隊には5機分の穴が開き、1機が煙を噴いて高
度を下げてゆくのが見える。11機ほどの艦上戦闘機が編隊を解い
上昇だ
﹂
てグリフィス隊の追撃を始める。
﹁もう一度やるぞ
!
換していく。
戦闘機は如何する
﹂
雷電なら後ろ
!
﹃マジすか
﹄
吹き飛んで行った。
火花が弾けたかと思うと、即座に機体の構成部品がバラバラになって
出され、雷電の主翼と敵機とを曳光弾のラインが結ぶ。銀色の背中で
翼に搭載された4門の九九式二号二〇粍機銃から20mm弾が吐き
準器からその機体がはみ出す。コンマ数秒トリガーを引き絞ると両
防弾ガラス越しの銀色の機体が見る見るうちに巨大化して行き、照
からの弾幕でハチの巣になるが。
撃位置につけるのだった。ただし、離脱を上手く行わないと下部機銃
だからこそ、上空から敵編隊に突入する場合に限れば比較的安全に攻
御火器はついておらず、機体下面に旋回式の機銃が搭載されている。
へ突入を開始する。深海棲艦の艦載機には後ろ上方を攻撃できる防
3機が矢じりの様なトライアングル編隊を組んで16機の攻撃隊
﹃つべこべ言うな突撃ぃ
﹄
﹁編隊の中心に突っ込んで攪乱するぞ。﹂ くのが見えた。
見える。さらに下の方には煙を噴きながら1機が編隊から外れてゆ
り返り頭上に自分の下方を抜けて行こうとする16機の雷爆連合が
了解の声を聴きながらさらに操縦桿を退き続ける。天地がひっく
につかれても逃げ切れる
撃をかける。ヤツラの方が多い、旋回戦に持ち込むな
﹁グリフィス4,5,6は編隊を解いて掩護に回れ。1,2,3が再攻
﹃隊長
﹄
機体を傾けて左方向旋回上昇。急降下で稼いだ速度を高度へと変
!
!?
!
!
!?
955
!
機体をロールさせながら編隊を通過し、曳光弾がキャノピーの外を
流れるのを見ながら急降下で離脱。即座に操縦桿を退いて上昇。戦
果確認をしてみると敵の攻撃隊は13機に減っており、それどころか
5機ほどが腹に抱いてきた爆弾や魚雷を切り離して制空戦闘に参加
チェックシックス
﹄
し始める。これで始末するべき機体は残り8機。
﹃グリフィス1
!
警告が入ってくる。
﹁2,3は4,5,6を掩護
散開
﹂
!
いる。
今掩護します
﹄
!
まずは攻撃隊を始末しろ
!
﹃グリフィス1
﹁構うなグリフィス4
﹄
!
ちにだいぶ接近されてしまったようだ。
振り返ってみると、すぐそこに正規空母の姿が見える。戦っているう
南もインメルマンターンで機体を編隊へ戻す進路へ機体を乗せる。
追撃を諦めて翼を翻し、他の敵を求めて編隊へと機首を向けた。
深海棲艦の艦載機でも敵わず、どんどん引き離されて行く。ついには
上上昇していく。迎撃機として設計された雷電の上昇力には流石の
下速度とプロペラの推力で速度を殆ど維持したまま秒間に20m以
水平+10度程度まで起こしたところでスロットルをMAXへ、降
に染まっていく。
くと、上から押しつぶされるような重力加速度が掛かり視界がグレー
艦の艦載機と雷電はほぼ互角。適当な場所で機体を引き起こしてい
る、制限速度の400ノットはすぐそこだった。機体剛性では深海棲
7 4 0. 8 k m / h
計は2000mを切った。降下速度は優に700kmを突破してい
から飛んでくるが機体を微妙に滑らせることで被弾を避ける。高度
操縦桿を押し込んで思い切り機体を降下させていく。火箭が後方
﹃了解
﹂
行った。振り返ると2機の戦闘機がこちらを狙って急降下に移って
機体を捻り急降下に移る。後ろを飛んでいた2,3は上昇を続けて
!
チェックシックス。6時の方向、つまりケツにつかれたと僚機から
!
!
敵編隊はと言うと、残りは全部で16機。そのうち攻撃機は3機程
956
!
度だった、こちらの雷電は全機健在。速度と火力に優れた雷電が一撃
離脱を徹底して行えばそうそう落とされないし、その機体を操るのは
ラバウルでも歴戦のエースばかりだった。また一機、雷電の後ろに付
ケツに付かれた
﹄
こうとした機体が機銃掃射を受けて爆散する。
﹃うげっ
!
﹂
グリフィス・リーダー
になり爆散する。
﹃グッキル
﹄
!
﹃グリフィス6より全機、敵機が引き返していくぞ
﹄
4門の20mm機銃が咆えて腹を見せた2機の艦載機が火だるま
機の戦闘機はグリフィス1に柔らかい腹を見せることになった。
が降りて雷電が宙返りに入る。それに追随しようと機首を上げた2
通信機に叫んだのとほぼ同時に、グリフィス3の主翼からフラップ
﹁回避
合がよく解る。
いる。正面から見るとどこか愛嬌すら感じさせる雷電のずんぐり具
銃砲照準距離、両翼から放たれた火箭が交差する距離は感覚で覚えて
き連れて機首上げ上昇。衝突コースに機体を乗せる。自分の雷電の
操縦桿を押し込んで降下体勢。グリフィス3は2機の戦闘機を引
﹁グリフィス3、掩護する。合図したら離脱しろ。﹂
!
!
零﹄
﹃グリフィス6、問題なーし
全部合わせて20発ぐらいなら残って
﹃グリフィス5、尾翼に被弾、舵の効きが鈍い。帰還に問題無し。残弾
なら大丈夫だろ。あと弾はもう無い。﹄
﹃こちらグリフィス4、最後の無茶でフラップがおかしい。ま、帰る位
ません。﹄
﹃グリフィス3、左主翼に被弾飛行に問題はありません。残弾は有り
﹃グリフィス2、問題無し。弾切れです。﹄
﹁損害と残弾を報告してくれ。﹂
いえ正規空母を沈める力は無い。
逃走を始めた。もはや攻撃機の存在しない編隊に大破しているとは
最後の無傷な攻撃機を落とされた深海棲艦の攻撃隊は翼を翻して
!
!
957
!
るはずだが、弾詰まりで撃てねぇ。﹄
被弾はしているが帰る分には問題なさそうだが、戦闘能力は喪失し
たと言っていいだろう。そう言う自分も、被弾はしていないが後1連
射撃てるかどうかと言うレベルだった。
﹁よし、対象艦の上空で味方が来るまで哨戒飛行をするぞ。とりあえ
ずあの空母の上で合流だ。﹂
翼を翻して翔鶴へと向かう。この中で一番早く翔鶴へたどり着き
そうなのは自分だった。30機以上の敵機に6機で殴り込んで勝利
したことをいまさらながらに実感し、この部隊も良い加減化け物じみ
てきたものだと若干呆れる。
攻撃隊は追っ払ったはずだぜ
﹄
翔鶴から高角砲弾が吐き出されたのはそんな時だった。
﹃どうしたんだ
﹂
!
する。
﹁こちらグリフィス1
これから突っ込むが高角砲は撃ち続けろ
鋭く舌打ちをして機体を傾け、スロットルをMAXへ叩き込み突入
きながら1機の敵雷撃機が突入を続けていたのだった。
場所を見ると、一気に血の気が引いた。銀色の機体から薄い黒煙を退
不思議そうなグリフィス4の声を聴きながら高角砲弾が炸裂した
?
る。
│││││畜生、翔鶴の受信機は死んでるのか
│││││ジャムった
﹁趣味じゃないが、仕方ない。﹂
無駄だろう。海面までの距離は700mを切る所だった。
い。ちらりと翔鶴の方を見ると回避機動を取り始めているが、恐らく
飛行中に弾詰まりが起こるとパイロットには如何する事も出来な
!?
射されたかと思うと、直ぐに射撃が途切れてしまう。
いつもより機体一機分接近し、トリガーを引き絞る。しかし、数発発
する。撃てる弾数はごく限られているため、無駄弾なんて撃てない。
撃機はあまり速度を出せていなかったため直ぐに射程距離内に補足
高度を速度に変換し、雷撃機に追いすがる。幸いにも、被弾した雷
!
通信機から返答は無い、それどころか高角砲がピタリと射撃を止め
!
958
?
﹃隊長
回避を
﹁グリフィス2
﹄
救助宜しく
﹂
腹をくくって減速させずに機体を接近させて行く、速度差は約10
0km/h。機体を傾け、右主翼を敵機にぶち当てた。滑らかなカー
ブを描く半層流翼が強烈な衝撃と共に吹き飛び、一瞬意識が途切れか
けれる。操縦桿とラダーを操作して機体が錐もみ回転することを抑
えつつ、エンジンの馬力に物を言わせて無理やり上昇する。今まで感
じた事の無い振動を感じながら敵機の方を見ると、ただでさえ被弾し
ていたところへ雷電の主翼がぶち当たったために、コントロールを完
﹄
全に失って海面へ叩きつけられたところだった。
﹃脱⋮し⋮⋮だ⋮い⋮⋮長
ける艦娘の顔を思い出して苦笑する。あの時は甘んじて彼女の苦言
泣き顔で敵機を落とすために無茶苦茶な攻撃をした自分を責め続
で翔鶴に散々説教されたっけな。
│││││体当たりして海面に不時着した後、迎えの水偵が来るま
会いに行くのもいいかもしれない。
スロットルを開いて機体を加速させていく、基地に帰ったら彼女に
﹃了解、グリフィス・リーダー。幸運を祈ります。﹄
﹁グリフィス・リーダーよりラバウル管制。敵機を確認、攻撃に移る。﹂
かすかに見えた。
る。指示に従って風防の外を見ると、遠くの方に偵察機の2機編隊が
聞きなれた管制官の若い声に、過去に遡っていた意識が引き戻され
隊が見えるはずです。﹄
﹃ラバウル管制よりグリフィス・リーダー。そろそろ2時方向に敵編
われなくても解っているよと風防に手をかける。
通信機もイカレているらしく、とぎれとぎれにしか聞こえない。言
!
を受けていたが、今となってはいい思い出の一つだった。
959
!
!
!
!
﹁お呼びですか
提督。﹂
翔鶴が飛鷹に呼ばれて執務室に入ると、何時もの様に弓月提督が執
務机の向こうに座っていた。翔鶴が執務室に呼ばれることは珍しい
事では無い。鎮守府戦力として書類には記載されていなかったが、だ
からと言って艦娘に仕事を回さないと言う考えは弓月の頭の中にな
かった。出撃すれば資材の減少量から翔鶴の存在が露見するが、それ
ならば艦体を出撃させなければ良い。鎮守府内でも艦を動かさずに
行える仕事などは其れこそ山の様にあった。基本的に弓月提督の秘
書艦を務めているのは飛鷹だったが、彼女が出撃する時は翔鶴が代わ
りに秘書艦として提督の補助に回っている。その他にも、資料整理、
掃除、食事の用意等等、直接戦闘にかかわらない仕事が彼女に当てら
れており、翔鶴自身も出撃できない分こういう仕事を積極的にこなし
ていた。
そして、今日呼び出されたのも何か別の仕事の話だろうと内心考え
ていたので、弓月提督が差し出した写真の意味を理解するのに若干の
時間が必要だった。
﹁て、提督⋮これは⋮﹂
擦れた自分の声が、どこか遠く聞こえた。彼女の視線は有る一枚の
写真の一部に釘付けになっていた。緑がかった黒髪、活発そうな金色
の瞳、色や模様が違うが自分と同じような形の衣服。その人物は、霞
がかった記憶の中の一人の艦娘と完全に一致した。
﹁この写真は今年1月、佐世保第3鎮守府で撮影された写真だ。そこ
に映っている二つ結びの空母娘は去年の夏、パラオ鎮守府から脱出し
てきたと聞いている。﹂
パラオ鎮守府の名を聞いた時に、翔鶴の背筋に言いしれない悪寒と
強烈な嫌悪が広がる。何故この名前に自分がこれほど憎しみを覚え
るのかは解らなかった。だが、身体の傷に関するろくでもない理由だ
と言う事は簡単に想像がついた。
960
?
﹁何か、心当たりは有るか
﹂
﹁間違いないな
﹂
﹂
い柔らかい微笑みを浮かべた。
嗚咽しながら絞り出した翔鶴の声を聴いて、弓月提督にしては珍し
﹁私の、妹、です。﹂
理解できた。
一度失った最愛の存在が、まだ自分の手の届く場所に居ることだけは
自分の過去にいったい何が有ったのかはまだ分からない。けれど。
ていく。
左手で両目に浮かんだ涙をぬぐうが、滴は次から次へとあふれ出し
│││││貴方は、そこに居るのね。
音を立てて小さな滴が写真の上に落ちる。
飛鷹の気遣うような声も彼女には届いていない。ポタリと小さな
﹁翔鶴さん
視界が急激に歪み、集合写真が良く見えなくなる。
│││││そう、だったのね。
る。安堵と喜び、そして一抹の不安が彼女の心を覆っていく。
提督の言葉を聞いて、心に出現した憎悪は別の感情に洗い流され
?
曲した受話器を受け取る。
?
うだな
﹄
﹃ビンゴだ。こちらも間違いないらしい。その様子だと、問題なさそ
る。
受話器の向こうから、トラックで知り合った大佐の声が聞こえてく
﹁真津提督。其方はどうだった
﹂
﹁つながってるわ。﹂といつの間にか電話を操作していた飛鷹から、湾
﹁飛鷹。﹂
﹁はい。間違い、ありません。﹂
?
んだが⋮﹄
﹁構わない、あの話は後にしよう。翔鶴。﹂
961
?
﹃そりゃよかった。瑞鶴が替われと煩いから先に話をさせてやりたい
﹁ああ。﹂
?
﹁はい
﹂
何とかあふれ出る涙をぬぐおうと格闘している銀髪の艦娘に受話
器を差し出す。
﹂
﹁佐世保に居る君の妹だ。電話に出てやれ。﹂
﹁⋮はい
﹄
計り知れない。
﹁瑞鶴⋮貴女なのね
﹂
彼女自身、ソロン鎮守府の空母航空隊に弟がいる。弟には若干の苦
れた気がするのだった。
組の姉妹が電話越しにでも再開できたことを考えると少しだけ救わ
鎮守府は特に。苦労ばかりが目立ったこの作戦だったが、こうして一
持っていたラバウル第2鎮守府の様な〟裏方〟の仕事を行っていた
鎮守府に十分な褒賞が送られることは無い。哨戒や護衛などを受け
AL/MI作戦で提督海軍は勝利をおさめたが、だからと言って各
﹁これだけでもMIで消費した資材の元は取れそうだな。﹂
秘書艦の飛鷹が少しもらい泣きをしながら、弓月の方を向く。
﹁本当に、よかったですね。提督。﹂
合っている艦娘をどこか安堵した様な顔で弓月は見つめていた。
目の前で流れる涙をそのままに、電話越しではあるが再開を喜び
?
ほど本当に短い物だった。だが、そこに込められた彼女自身の想いは
動かない。漸くの想いで紡いだ言葉は、自分ではそっけないと思える
次へと頭の中を駆け巡るが、自分の声帯は金縛りにあったかのように
こうに居る。伝えたいことが山の様にあった、話したいことが次から
い、もう二度と会えないだろうとどこか諦めていた妹が、受話器の向
止まりかけた涙が再びあふれ、頬を伝う。記憶の彼方に消えてしま
受話器からの少しくぐもった少女の涙声を聞いたとたん、ようやく
﹃翔鶴姉
女は弓月の手から受話器を受け取る。
一瞬呆然としたような顔から、直ぐに泣き笑いの笑みを浮かべた彼
!
?
手意識を持たれていたりするが、数少ない肉親として彼女は何かと気
962
?
にかけていたりする。
﹁ところで提督、あの話って何なの
﹂
飛鷹の言う〟あの話〟とは自分が先ほど口走った事を指している
のだろう。別にこの場に居る人物に聞かれたとしても問題は無い話
だったが、少し気が緩んでいたかと反省する。
翔
﹁何、適材適所と言う言葉を実行するだけだよ。これも、引き合わせの
法則の内かもしれないが。﹂
﹂
﹁艦娘同士、姉妹同士はひかれあうと言う事ね。でも、どうやるの
鶴さんは書類上では撃沈されているはずでしょ
?
イプがあるとか何かと型破りな噂が有る提督だったが、こういう風に
土防空をやっていたエースパイロットだったとか、帝国軍の裏側にパ
黒い笑みを浮かべる上官に、若干背筋が寒くなる。元は航空隊で本
﹁パラオ鎮守府が既にないのなら、どうにでもなるさ。﹂
?
時たま浮かべる黒い笑みがそう言ったうわさを助長しているのでは
ないかと考える秘書艦だった。
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂
963
?
読者諸君。今回は予定を変更して二回目
E X T R A S T A G E │ 4 9.5 主 人 公 艦 船
設定・解説︵改︶
﹁Guten Tag
伯爵﹁私が誰かって
まあ、気軽に伯爵と呼んでくれたまえ。それ
となるエクストラステージを投稿することになった。﹂
!
﹂
が必要になったんだよ。﹂
﹂
ホタカ﹁小説内でやれよ。あれか
そのとおりでございます
ンが出たから浮かれてるのか
伯爵﹁Exactly﹂
ホタカ﹁帰る。﹂
伯爵︵計画通り︶
ホタカ﹁さて、まずは船体の説明からだな。﹂
伯爵﹁翔鶴型2番艦に、あることない事吹きこんでやろうか
?
アサマ型高速戦艦ホタカ︵VGF│2301B案︶
船体
﹂
?
?
リアルでグラーフ・ツェッペリ
伯爵﹁ステージ47で大規模改造を行ったから、外観と武装の説明
なんで呼ばれたんだ
ホタカ﹁リア充はともかく、ガイキチ戦艦は君もだろう。で、僕は
物エクストラステージの時空、メタネタキャラ崩壊は当たり前だ。﹂
伯爵﹁誰かと思えばリア充ガイキチ戦艦じゃないか。ここは鋼鉄名
ぎだしメタ発言自重汁。﹂
ホタカ﹁おい。君の出番は当分先だろうが。それと、性格替わり過
義に時間を使ってくれ。﹂
いない。興味を持てないなら即刻画面左上の↑をクリックして有意
と冷やかしで主人公艦を再現したいと言う人向けの情報しか載って
賢明な判断だ。どうせここには鋼鉄の咆哮を持っていて、伊達と酔狂
カーソルを左上に持っていった読者、ヲチスレ住民、スコッパー諸君。
と、いきなりの台本形式や特盛の地雷要素でブラウザバックしようと
?
?
964
???
全長 281.940 m
全幅 36.779 m
船体重量 約66,500t
防御力 対46cm防御
防御評価 66% 完全防御
伯爵﹁船体は米国戦艦Ⅶだ。全長、全幅はモンタナ級戦艦を参考に
している。﹂
﹂
それは
ホタカ﹁キールの長さからしてもはや別物だろうと言うのは野暮な
ツッコミか
伯爵﹁艦これのスキズブラズニル。妖精さんを舐めんなよ
ともかく、全幅が広がったおかげで完全なパナマックスサイズだ。大
西洋に来るならスエズ運河を使ってくれ。﹂
ホタカ﹁流石にウィルキアの技術でも、主砲の射撃による衝撃を受
け止めるにはモンタナクラスの全幅が必要だったらしい。﹂
﹂
伯爵﹁船体重量も1万トンレベルで増えているが、防御は46cm
で据え置きなのはなぜだ
戦える。﹂
伯爵﹁艦種が高速戦艦になっているが
﹂
盤では満足な装甲を張るよりチャフ使って足で引っ掻き回した方が
もかく防御重力場はアップデートしてあるし。正直、鋼鉄の咆哮の終
ホタカ﹁ティーガーの戦車長が言ってそうなセリフだな。それはと
伯爵﹁グデーリアンは言った〟厚い皮膚より早い足〟と﹂
動力だ。﹂
ホタカ﹁制限重量が足りない。それに、鋼鉄の咆哮では装甲より機
?
回転効率 100
出力 208000
動力 ガスタービンε
機関
対して防御が薄いからこれでいい。次だ。﹂
ホタカ﹁61㎝3連装砲を積んだら護衛艦は名乗れんだろ。主砲に
?
965
?
?
配置 通常配置
︵推進装置稼働時︶
速力 63,7
兵 装 4 対 空 ミ サ イ ル V L S Ⅲ 1 2 基 弾 数 9 9 8
7 即応弾72
兵 装 3 A S R O C 対 潜 Ⅲ 6 基 弾 数 1 8
10
兵 装 2 6 1 c m 砲 7 5 口 径 3 連 装 3 基 弾 数 3 5
即応弾12
兵 装 1 特 殊 弾 頭 ミ サ イ ル V L S 1 2 基 弾 数 1 5 6 兵装
の艦橋が最強だから変えようがない。次だ。﹂
込むために艦橋の細かい位置は変わってるんだが、米国戦艦系ではこ
ホタカ﹁よく見ろ、弾薬庫が一か所増設されている。そいつを埋め
伯爵﹁まったく変わってないな。﹂
弾薬庫 大型弾薬庫4ヶ所
水中索敵 7
水上索敵 24
指揮値 74
探照灯 2基
後艦橋 米国戦艦艦橋α
前艦橋 米国戦艦艦橋α
設備
らないはずだ。﹂
を圧迫されている。だが、これ位の速度低下なら、大きな問題にはな
ガスタービンを置けないからな。しかも、特殊弾頭やレーザーで場所
ホタカ﹁こればかりは仕方がない。米国戦艦は船体中央付近にしか
がってしまっているな。﹂
伯爵﹁ガスタービンの最終型に改装したのは良い物の、速力が下
︵推進装置非稼働時︶
42,4
?
即応弾384
966
?
兵 装 5 対 空 パ ル ス レ ー ザ ー Ⅲ 8 基 弾 数 1 6 6 4
0 照射回数6400
兵 装 6 3 5 m m C I W S 1 6 基 弾 数 9
9999
兵 装 7 1 5 2 m m 速 射 砲 5 基 弾 数 1 0
400
伯爵﹁特殊弾頭ミサイルが減らされているな。﹂
ホタカ﹁ステージ終盤になると敵も硬くなってくるし、特殊弾頭は
イージスと併用してばら撒くと偶に誤射るからな。火力不足と言う
事で対艦味噌はリストラだ。﹂
﹂
伯爵﹁それで、空いたところにパルスレーザーが突っ込まれたと。
照射回数6400と言うのは
ホタカ﹁消耗部品の交換無しに撃てる回数だ。とは言えレーザーに
無駄撃ちはほとんど存在しないから死に設定になるだろうな。対空
関連では35mmCIWSが倍に、弾薬庫の設置で対空ミサイルの弾
数も増加している。対空レーザーの射程だが条件が良ければ15k
m程度、悪ければ10km程度だな。レーザー兵器だからどうしても
大気中の粒子に影響を受けてしまう。どちらにせよ、レーザーの射程
圏内は航空機にとっては入りたくない領域であることに変わりはな
﹂
い。制空権は空母に取ってもらうのではなく、自らが勝ち取る物だ
よ。︵鋼鉄論破︶﹂
伯爵﹁速射砲が減っているのは何故だ
﹂
伯爵﹁ったく。連装砲の無駄のないフォルムの素晴らしさが解らな
ホタカ﹁作者曰く﹃戦艦は3連装砲だろ常考﹄だそうだ。﹂
伯爵﹁主砲は61㎝砲75口径か、3連装砲では最強の主砲だな。﹂
かないからな。﹂
ホタカ﹁威力、射程共に据え置きだ。鋼鉄に特殊弾頭ミサイルⅡと
伯爵﹁ミサイルに何か変化はあるのか
した。さすがに61㎝砲を3基積むには邪魔だったのでな。﹂
ホタカ﹁改装前に艦の後部主砲より後ろにあった6番速射砲を撤去
?
?
967
?
いとは、収容所行きだな作者よ。﹂
﹂
ホタカ﹁君のその趣向については、兄弟がこの主砲に沈められま
くったのが原因じゃないか
伯爵﹁否定はしない。2000mまで接近されて水平撃ちされるの
はもう嫌だ。﹂
ホタカ﹁いきなり群れで湧いて、超怪力線と荷電粒子砲ぶつけてく
る君が悪い。それはともかく、超兵器相手だと特殊弾頭ミサイルより
61㎝砲の方が効率がいい。﹂
伯爵﹁デュアルクレイターの魚雷艇に主砲斉射する奴が効率を語る
んじゃない。﹂
ホタカ﹁兵装切り替えるの面倒。﹂
兵装配置図 伯爵﹁また詰め込んだな。﹂
ホタカ﹁終盤ステージに行こうと思ったら、低難易度でもなりふり
構っていられない。﹂
﹂
伯爵﹁主砲の砲身の下にVLS埋め込むのは常套手段と言えるだろ
うが、現実的に考えたら邪魔だよな
んだ
コレ。﹂
伯爵﹁そんな嗜みがあってたまるか。それと、弾薬庫は何処にある
嗜みだ。﹂
ペースがあるなら弾薬庫かVLSを埋め込むのが、鋼鉄プレイヤーの
ホタカ﹁主砲を旋回させれば撃てない事は無い。そこに使えるス
?
2個所設置されている。﹂
﹂
伯爵﹁じゃああれか、弾薬の上で艦長は指揮を執ると言う事か。そ
れと、排煙は如何しているんだコレ
う。﹂
艦橋にも煙突が有るし、いい感じに迂回させて煙路を作ってるんだろ
ホタカ﹁どうせ弾薬庫に直撃したらどんな船でも沈むよ。排煙は前
?
968
?
ホタカ﹁前艦橋と煙突と後艦橋の下だ。後艦橋の下には横に並べて
?
伯爵﹁本音は
﹂
ホタカ﹁﹃置けるから置いた。だそうだ。﹄﹂
補助
補助1 イージスシステムⅢ
補助2 自動迎撃システムⅢ
補助3 自動装填装置γ
補助4 ECCMシステムⅢ
補助5 発砲遅延装置γ
補助6 防御重力場α
補助7 謎の推進装置Ⅱ
伯爵﹁防御重力場がαになっている以外は変化が無いな。﹂
ホタカ﹁超重力電磁防壁を乗せるのは第2次改装の時だからな。今
回の改装を行ったころには、まだ対艦用の大型光学兵器は実用化され
てなかったから、対光学兵器防御はあまり強力では無い。と、言う設
定だ。﹂
性能
攻撃力 B
対空 A
防御 B
対応力 A
指揮索敵 D
機動力 A
評価 A
伯爵﹁評価は前回と変化なしか。﹂
ホタカ﹁兵装やら船体やら入れ替えたが、基本的なコンセプトも変
わっていない正統進化型だからな。﹂
﹂
伯爵﹁しかし、主砲を61㎝に換えたのになぜ攻撃評価が据え置き
なんだ
969
?
ホタカ﹁おそらく、この攻撃評価は単発の攻撃能力が最も高い火器
?
を基準にしているのだろう。そうやって見てみると最高の火力を持
つのは特殊弾頭ミサイルの攻撃力5000、特殊弾頭ミサイルは改装
前も搭載しているから。結局のところ攻撃能力に大きな変化なしと
﹂
判断されたのだろう。こればかりは鋼鉄の咆哮のプログラムが影響
しているからどうにもならないよ。﹂
伯爵﹁ところで、主砲の火力はどれだけ上がった
﹂
伯爵﹁本編中のハリマの80㎝砲は射程55300mだったよな
ば一方的にアウトレンジ出来るな。﹂
がった。射程も53900mにまで上昇している。観測さえできれ
ホタカ﹁火力は一基当たり774から、一基当たり2556に上
?
ホタカ﹁史実のヴィットリオ・ヴェネト級の主砲、cannone
da 381/50 Modello 1934の射程は44,6
40mで大和型の九四式四〇センチ砲の42,026m以上の射程を
持つ。射程の長さを決めるのは砲弾の大きさじゃなくて初速だよ。﹂
全景
前部拡大
中央部拡大
正面
ホタカ﹁一応、瀬戸内海殲滅戦の時の設計と写真も掲載しておく。﹂
伯爵﹁誰得だよ。﹂
970
?
設計
全景
伯爵﹁本当に更地だな。﹂
ホタカ﹁主砲は正規品だから火力〟は〟ある。さて一通り見てきた
が、この状態で暫く戦う事になるな。﹂
伯爵﹁〟ここの兵装配置が解らん〟と言う疑問があったら、エクス
いい加減にし
トラステージを投稿したことを連絡した活動報告のコメント欄で質
問してほしい。﹂
ホタカ﹁〟こんな艦で高難易度ステージに行けるか
〟と言う意見は、申し訳ないが受け付けない。と言うか、作者も
する。茶番に付き合っていただき感謝する。﹂
?
伯爵﹁まだ私の出番ではないからな、ツェッペリンのコーヒーでも
ホタカ﹁ところで、そろそろ本当の名前を名乗ったらどうだ
伯爵﹂
伯爵﹁と言うわけで、エクストラステージ49.5を終えることに
的に。﹂
この艦で高難易度ステージに行きたくなんかない。建造、運用は計画
ろ
!
飲みながらのんびりしているよ。もっとも、私が出るまでエタらない
保証はどこにもないがね。﹂
ホタカ﹁おい、不吉な事を言うんじゃない。﹂
読者諸君
Auf Wiedersehen
!
﹂
伯爵﹁もし続いていたら私は欧州編︵仮︶に出番があるらしい。そ
れではホタカ
!
!
971
!
STAGE│50 南洋での再会
佐世保第3鎮守府のレンガ造りの建物の一角には、今までの海戦の
戦闘詳報や各種資料が収められた資料室が存在していた。古い資料
特有の香りと、僅かばかりの埃っぽさが同居する資料室に据え付けら
れた長机の上には、多数の資料が広げられていた。
パラリと資料が捲られる音が、微かに潮騒の響く資料室に溶けて行
く。先ほど試料を捲った人影は、資料の活字を追う作業を一時中断す
ると眼鏡を外し目頭を揉んだ。まだまだ現役だとは思いたいが、近年
疲れやすくなっているのは事実だった。
│││││少しばかり、まとまった休暇でも取りましょうかねぇ。
その時は九州の温泉を巡るのもいいかもしれないと、何時になるか
杉本さ
解らない旅行の予定を立てようとした時だった。資料室のドアが開
き、聞きなれた声が資料室の入り口から響く。
﹁これは⋮ホタカの整備記録じゃないか。﹂
﹁はい。これら資料は彼がこの世界にやってきてから、今日に至るま
での整備記録が詳細につづられています。﹂
パラパラと捲っていくが、超兵器と戦闘の後に大きな修理を受けて
﹂
いる以外特に不審な点は見られない様に思える。
﹁これがどうかしたのか
﹁⋮ここを見てください。﹂
目には、好奇心と僅かばかりの疑念の光が見て取れた。
怪訝な目で自分の上官を見る。紳士然とした雰囲気の海軍士官の
?
972
﹁やっぱりここに居たか。ちょっとは休まないと体に毒だぜ
ん。﹂
ねぇ。﹂
﹁気になる事
﹂
﹁お 気 遣 い あ り が と う。し か し、少 し 気 に な る こ と が 有 り ま し て
料を広げている海軍士官│││││杉本少佐に近づく。
若干の呆れを含ませた声を投げかけた艦娘は、資料室の机の前で資
?
怪訝な顔をする緑髪の艦娘に、いくつかの資料を差し出す。
?
杉本が指示した個所には、主コンピューター関連のシステムチェッ
クが行われたことを意味する言葉の羅列が有った。日付を確認し木
﹂
曾自身の記憶と照らし合わせてみると、そのシステムチェックが行わ
れたのはキス島撤退作戦の数日前のはずだった。
﹁戦闘の前にシステムチェックをやるのは自然な事じゃないのか
﹂と首をかしげる木曾に、杉本は資料の別の場所を指さす。
スフリーと言う事は無いだろう
﹂
﹁おいおい、いくらホタカが規格外でも。電子機器の塊がメンテナン
行った記録は無いのです。﹂
ますが、キス島撤退作戦以前での戦闘前の洋上でシステムチェックを
は行われておりません。その他にも彼は幾つもの海戦に参加してい
ヴィント迎撃戦では、戦闘前にこのような重点的なシステムチェック
﹁例 え ば、彼 に と っ て 初 め て の 超 兵 器 迎 撃 作 戦。第 3 次 ヴ ィ ル ベ ル
﹁疑問
ングでやり始めたのか疑問が残るのです。﹂
﹁確かにそう見る事も出来ます。しかし、それならば何故このタイミ
?
﹁どう違うんだ
﹂
回行われています。﹂
うに戦闘前の点検と言う意味でのシステムチェックは戦闘前には毎
期点検などで行う重システムチェックの事です。木曾さんが言うよ
作戦直前のシステムチェックは本来母港などに停泊している時の定
﹁少し、言い方が悪かったですかねぇ。ボクが言っているキス島撤退
ことを杉本は感じ取る。
呆れた様な声を上げる部下を見て、自分と彼女の認識に相違がある
?
さらに、軽システムチェックは日に何度も行われているためこういう
れているので、こういう記録には定期点検としか書かれないのです。
テムチェックが行われるのは母港での定期的な点検・整備の時に限ら
すが、危険な状態であることに変わり在りません。それゆえ、重シス
艦の戦闘能力が著しく低下してしまいます。勿論副電算機も有りま
機を完全に自己診断モードに切り替えるので、システムチェック中は
支障が無いか一通り点検するか。ただ重システムチェックは主電算
﹁言葉通りの意味です。重点的に全ての領域を点検するのか、戦闘に
?
973
?
記録には記載されません。﹂
﹂
﹁ようするに、システムチェックと言う単語が出ている時点で可笑し
いと言う事か
杉本は満足げに一つ頷いた。
﹁後は、そのタイミングにも疑問があるのです。キス島撤退作戦前に
ホタカは佐世保で定期点検を行ってから出撃しています。数日前に
﹂
行った重システムチェックを、領海内とは言え危険を冒して洋上でや
るでしょうか
﹁確かに、いくら領海内でも偶に深海棲艦の潜水艦が潜り込んでるし
な。それにアイツとは何度か話したことが有るが、念のためで艦を危
険にさらす様な奴じゃなかった。﹂
﹁とすると、残るのは一つ。﹂
﹁重システムチェックを行うべき〟何か〟が有った。﹂
﹁ええ、そうです。そして、もう一つ。﹂
海軍少佐が机の上に広げられた資料を集め、整理し自分と艦娘が良
く見える様に並び替える。
﹁定期点検以外でのシステムチェックはこの後も2度行われています
が、もしかしたら共通の原因があるかもしれません。﹂
2回目、3回目の定期点検以外のシステムチェックはホタカがMI
作戦に向けて訓練を行っている時と、ハリマ迎撃のためにトラック環
礁を出撃する直前だった。
﹂
﹁⋮共通の原因があろうがなかろうが、やはり本人に聞くのが手っ取
り早いでしょうねぇ。﹂
﹁本人に聞くって、アイツは今ラバウルへ向かって航行中だぜ
﹁帝国軍内でも、特警に所属する艦は総じて探査能力が高いですが。
﹁行きはともかく、帰りはどっちが護衛対象か解らないよな。﹂
りはホタカ君と一緒に瑞鶴さん、翔鶴さんを護衛しましょうか。﹂
ても問題ないはずです。鼠輸送艦隊に混ざってラバウルまで行き、帰
らして探査設備と速力を増強させた特警艦なら、鼠輸送艦隊に混ざっ
港するようですから、そことご一緒させてもらいましょう。武装を減
﹁確か今日の1900に第二鎮守府のショートランド行東京急行が出
?
974
?
?
比べる対象が悪すぎますからねぇ。﹂
テキパキと資料を片付けつつ、苦笑する。特警の捜査員をある程度
自由に動かすため、また必要最低限度の武力行使のために配属された
艦娘は、武装を減らし探査能力や速力、装甲を増強している。特警の
捜査員が必要と感じた場合は、適当な輸送船団に混ざって行動し目的
ホタカ
地を目指す。いくら比較的高い探査能力があっても、独航で行動する
のは危険すぎた。
﹂
﹂
CICにクシャミの音が響くと、数人の妖精さんが音源に振り向い
た。
﹁風邪
﹁大丈夫だ、誰かが噂でもしているのだろう。﹂
作戦行動中だろ
心配と呆れが混ざった瑞鶴の視線を柳に風と受け流す。
﹁それにしても、君はここに居ていいのか
は瑞鶴とホタカの2隻だけだった。しかも、普段の輸送作戦では軽空
隊で実施されている。ただし、今回の航空機輸送作戦で使用される艦
基本的には燃費が比較的良い軽空母を3隻に護衛艦を付けた輸送艦
復 路 で は 格 納 庫 に 幾 分 か の 資 源 を 積 み 込 ん で 帰 還 す る 任 務 だ っ た。
前線に送り届けており、往路は空母に補充用の航空機を積んでいき、
航空機輸送作戦は、不定期に数隻の空母を使って航空機を本土から
内の格納庫にも大量の航空機と予備部品が積み込まれている。
られた航空機が所狭しと並べられていた。外観からは解らないが、艦
載機以外には何も置かれていないはずの飛行甲板には、カバーをかけ
かおかしい。いつもなら飛行甲板には上空直掩任務を待つ少数の艦
を見る。そこには自分の後を航行する正規空母の姿が有ったが、どこ
チラリと後部光学観測カメラがとらえた映像を映し出すモニター
﹁まあ、それもそうだろうが。﹂
しないでよ。﹂
﹁艦に戻ってもやることないし、ってか今のアタシに戦闘なんて期待
?
母も必要最低限の自衛を行う為に1隻か2隻は航空機が運用できる
975
?
?
分のスペースを開けていたが、現在の瑞鶴には乗せられる最大量の航
空機と補給物資が積載され正規空母と言うより高速輸送艦状態だっ
た。辛うじて対空火器は使えない事も無いが、飛行甲板にも航空機が
並べられている以上回避機動も満足に取れない。
ホタカは瞳だけを動かして、自分のすぐ傍の椅子に腰かけて白濁し
たコーヒーを傾ける艦娘を見る。一見、手持無沙汰になり退屈そうな
様子にも見えるが、よくよく口元を見てみるとわずかだが口角が上
がっている。死んだと思っていた自分の姉が生きていたのだから無
理もないだろう。
瑞鶴が提督から写真を受け取った時、ホタカは彼女と共に提督執務
室に居た。呉鎮守府から瑞鶴を伴って佐世保に回航したことを報告
に言った時に、提督がその写真を彼女に見せたのだ。正直言って、ホ
タカはその写真の件を忘れかけていたため提督が差し出した写真の
意味を瞬時に理解することが出来なかった。
﹁アサマに電話
﹂
?
976
写真を受け取った瑞鶴は初め怪訝な顔で提督を見たが、その視線を
写真に映したところで文字通り固まった。呆然とした表情で、あふれ
る涙をそのままにした彼女をよく覚えている。彼はああいう表情を
彼女が見せた事に小さく驚きを感じつつ、電話越しに再開を喜ぶ瑞鶴
の様子を大きな感慨も抱かず眺めていた。
│││││兄弟とまた会えたと言う事は、やはり嬉しいものなのだ
ろうか
と思えてくる。しかも、その電話は半ば瑞鶴に強制さ
?
れたようなものだった。
のだろうか
さて、そう考えると兄弟の再会を電話一本で済ませた自分は如何な
を焼く光景が良く見られている。美しい姉妹愛、そんな所だろう。
された時に、その艦娘の姉妹艦が居れば姉妹の配属に喜び何かと世話
自然なのだろうと言う事は解っている。新しい艦娘が鎮守府に配属
わけではない。最悪の状態で生き別れた姉と再開するのだ喜ぶのが
と言っても、ホタカは瑞鶴が姉との再会に喜ぶ感情を理解できない
?
何のために
この世界に来たなら電話位かけなさいよ﹂
と言う雰囲気を隠さない艦息に瑞鶴は呆れたよう
な視線を向ける。
﹁アンタの兄貴でしょ
場所は呉鎮守府から佐世保へと向かうホタカの艦内、航海艦橋だっ
﹂
た。以前まではすっきりとしていた甲板の前部に、無骨で巨大な3連
﹂
話したくないの
装砲塔が2基備えられているのが良く見える。
﹁必要あるのか
﹁アンタ、たった一人の兄さんでしょ
?
﹁了解﹂
﹁おい、何をしている
﹂
﹁⋮⋮⋮副長、アサマと通信を繋いで﹂
だろうし電話したところで何を話したらいいか解らん﹂
﹁別にそう言うわけじゃないが、わざわざ電話するほどの話じゃない
信じられないと言う風な感情が込められた声だった。
?
近感の様な感情は無い。
してみる。確かに自分の兄と認識できるが、だからと言って特別な親
かっていないだろう。自分の兄にあたる艦息の声をもう一度思い返
あの後は他愛のない話をして、通信を切った。時間にして3分とか
﹃こちらアサマ﹄
賀に居るだろう自分の兄に通信を繋ぐ。
何かを訴えるかの様な色を浮かべた彼女の瞳から目をそらし、横須
﹁⋮解った﹂
い重みが有った。
戦いの中で姉を2度も失う事になった彼女の言葉には、言いしれな
ばいい。けれど、一回でもいいから話をするべきだとアタシは思う﹂
﹁アンタがそれでも話したくないなら、艦息の権限で通信を遮断すれ
準備を続け、瑞鶴に至ってはまっすぐに彼の目を見て来た。
睨む。副長は彼の視線など感じていないとでもいう風に連絡を取る
勝手に副長に命令した瑞鶴と、素直に命令に従っている副長を軽く
?
あの通信で得たものと言えば、アサマは自分の兄であると言う毒に
977
?
?
?
も薬にもならない確信だけで、ホタカにとって時間の無駄ともいえる
通信だった。瑞鶴にもそれが解ったらしく、その後呉鎮守府に戻るま
でどこか気まずい雰囲気が艦橋に流れてしまう事になった。
何故、自分がアサマの事を兄とは認識できてもそれ以上の感情を持
てないのかについてのアタリは大体つけてある。結局のところ、自分
たちは只の兵器と言う事なのだろう。兵器は自分が所属する陣営を、
自分の戦場を決めることはできない。その証拠に同型艦である2隻
の装甲護衛艦は敵同士となり、それぞれの祖国のために戦う事になっ
た。もし、何処かの海戦でこの2隻が砲火を交えていたとしたら。も
し、この2隻のうちどちらかが寝返って同一の陣営に2隻が居たのな
ら、親近感であれ憎悪であれ何か思うところが有ったのかもしれな
い。
所が、実際は2隻の接点は横須賀の秘密ドックに居た事だけ。それ
もごく短い時間で2隻は永遠に解れることになった。その結果が、今
978
のホタカとアサマの兄弟の意識なのだろう。お互いを兄弟と認識で
きても、それ以上の感情は発生しない。せいぜい〟同一の戦場に居れ
ば戦いが楽になるだろう〟それぐらいの重みしか彼らの間には無
かった。
これが人間ならば、薄情な兄弟と言う人や、環境の所為でこうなっ
たかわいそうな兄弟と言う人が居るかもしれない。だが自らを一個
の戦闘兵器と心の中で無意識のうちに硬く信じ込んでいるホタカに
とって、そう言う意見は的外れも良い所だった。
﹂
故に、少なくともホタカにとって兄と弟などと言う区別は、只の記
号の一つに過ぎなかった。
﹁艦長、赤道を越えました﹂
﹁航海は順調のようだな。敵影は有るか
が、音紋解析により味方の伊号潜水艦だと言う事が直ぐに解ってい
潜水艦の推進音をソナーが捉えた時は一瞬CICに緊張が走った
ア﹂
﹁先ほどの味方潜水艦の影以外は見られません。電探、音探共にクリ
?
た。
﹂
﹁そう言えば副長、瀬戸内海殲滅戦後のシステムダウンについて何か
わかったことはあるか
﹂
?
磁波を電探が捉えました﹂
﹁⋮念のためだ、データベースと照合をしてくれるか
﹂
﹁既に照合しました﹂
﹁結果は
﹂
﹁99.9999%の確率でNo.13波形です﹂
﹁発信場所の特定は
﹂
﹁システムダウン直前。1000分の1秒だけですが、この波形の電
の波形を見た瞬間、彼の頬が若干ひきつる。
副長が拡大したグラフには彼のよく知る波形が表されていた。そ
﹁この波形を見てください﹂
し出される。
副長がコンソールを操作すると、いくつかのデータがモニターに映
﹁なんだ
﹁ですが、少し気になるデータが有りました﹂
の持てる原因を突き止められるとは思えなかった。
原因は未だにつかめていない。報告書には調査中と記載したが、確信
末した瞬間に、こと切れたようにほぼ同時に全システムがダウンした
何処かうんざりした様な口調だった。最後の深海棲艦を主砲で始
ましたから、データの数値自体信用性にかけています﹂
﹁調査を続けていますが、何分あの瞬間に全ての観測機器がダウンし
副長は小さく首を横に振った。
?
データベースの混乱が起こった可能性があります。﹂
﹁艦長、ハッキリ言ってこのデータは当てにできません。只のバグで
ているからだろうか
ホタカは帽子をかぶり直した。手が震えるのはこの結果に恐怖し
﹁距離0。要するに発信点はこの艦か﹂
いるのです。何処から出たかは言うまでもありません﹂
﹁距離、角度共に測定不能。なのにこの波形がはっきりと採取できて
?
?
979
?
?
﹁⋮⋮⋮⋮﹂
﹁それに、艦内をくまなく捜索しましたが13波形を裏付けるような
機構は有りませんでした。﹂
﹂
﹁⋮だが、13番が検出されたことは事実だ。それに奴らの謎が全て
解けたわけでもない。加久藤の調査も進んでいないのだろう
﹁そうですが⋮﹂
﹁何はともあれ、調査は進めなくてはならない。最悪の場合は﹂
﹁処分。ですか﹂
﹁そうだ。まあ加久藤の様な例もあるから、いきなり悲観することは
無いだろうな。﹂
出来る限り明るい声を出すホタカだったが。その瞳に何時もの様
な理知的な光は無く、観測カメラのレンズの様な無機質さが満ちてい
た。
No.13波形は電子機器の機能を妨害する一種の妨害電波であ
るが、一般的な電波妨害装置で作ることは出来ず、ある装置による副
次的産物だった。そのため、ウィルキア解放軍ではその波形をその装
置の探知に利用していた。
No.13波形│││││超兵器ノイズと通称されるそれが、ごく
わずかな時間ではあるが瀬戸内海殲滅戦後のホタカ自身から検出さ
れた。
執務机の向こうに座った海軍将校が、先ほどまで目を通していた書
類を机に置いた。可愛いと言うより美しいと言える容姿、鳶色の瞳、
切れ長の目の女性提督は机の向こう側に立つ艦息の目を向ける。
﹁補充品の輸送ご苦労、機材は確かに受け取った。帰りに積載する物
資は既に倉庫にあるから、いつでも積み込みを開始してくれ。﹂
﹁了解しました。﹂
﹁それにしても、まさか主力艦2隻、護衛ゼロで来るとは思わなかった
980
?
よ。﹂
弓月提督は少し面白がるように口角を上げる。
﹁一応僕の分類は装甲護衛艦でしたからね。今では高速戦艦になって
﹂
いますが、正規空母一隻を護衛するぐらい問題はありません。﹂
﹁そうか。だが、これは本来第2鎮守府の仕事ではないのか
艦に指定したのは弓月提督では
﹂
僕らはその応援と言ったところですね。そもそも、瑞鶴を航空機輸送
戦 終 了 後 は 備 蓄 資 源 回 復 の た め に 輸 送 船 団 が フ ル 稼 働 し て い ま す。
﹁第2鎮守府は確かに海上護衛を専門に行うところですが、大規模作
?
るだろう。
﹁あの二人は如何している
〟と言う事だけだ。何も瑞鶴を連れて来
﹂
?
﹂
積み下ろしは妖精さんの仕事ですから作業に遅れは出ないでしょう。
﹁港か瑞鶴の艦内で話し込んでいるのではないですか
まあ、資材の
数隻の駆逐艦娘でも結末は変わらないどころかさらに悪いことにな
ホタカが居ても護衛対象に被弾させるほどの敵戦力が有った場合、
﹁確かに。それを考えると君の配置は適当かもしれないな。﹂
ど集まれば戦艦1隻分の燃料は消えますからね。﹂
﹁幾ら低燃費な駆逐艦でも、身動きの取れない主力艦を護衛できるほ
﹁まあ、護衛に君が来たのは完全に予想外だったがね。﹂
に大型空母を動かす許可は下りない。
す茶番劇と言えるものだった。そうでもしなければ大規模作戦直後
弓月の言葉に偽りはないが、この要請自体が瑞鶴と翔鶴を引き合わ
いとは言っていない。﹂
機を詰め込んではどうか
軽空母が海上護衛にとられるのであれば、正規空母に目いっぱい航空
﹁勘違いするなホタカ。私が佐世保に言ったのは〟航空機を輸送する
?
﹂と怪訝な顔をホタカに向ける。
それはともかく、本当にいいのですか
﹁何が
?
高性能艦です。パラオ鎮守府での登録をうやむやに出来るのであれ
ば、ラバウル鎮守府に正式に配属するのが自然かと思われます。﹂
981
?
?
﹁翔鶴型航空母艦は日本海軍の正規空母の一つの完成形と言っていい
?
﹂
﹁ほう、君はようやく再会した姉妹を別の場所に置くべきだと言いた
いのか
剣呑な視線をホタカは涼しい顔で受け流した。
﹁そう言うわけではありません。純粋に一つの戦力として考えた場合
の話です。﹂
│││││へぇ、こいつは。
弓月は心の中で小さく感嘆する。艦娘も元が兵器である故に一兵
器としての覚悟や意識を持っている。必要とあれば捨て身の殿を名
乗り出ることもあるし、囮にもなる。
それでも、何処か兵器として割り切れない所があることも事実だっ
た。人としての意識が有るからこそ、提督と親しくなりたいと願う艦
娘が居り、姉妹と共に居たいと願う艦娘が居り、どんな時でも仲間を
助けたいと願う艦娘がいる。兵器として消耗品としての意識の他に、
人としての意識が確実に存在し、その人としての意識が自分達︵艦娘︶
を只の兵器だと思う事に抵抗を感じさせていた。事実、武人の様にふ
るまう艦娘は居ても、他の艦娘を例え便宜上の話だとしても只の戦
力、只の兵器として見る艦娘はまずいない。
それはそれで大きな問題では無い。艦娘をあくまでも一兵器と考
えて運用するのは人である提督の仕事だからだ。提督は部下として
の艦娘に接する面と、1個の兵器として艦娘を見る2つの面を持つこ
とが絶対条件だった。どちらかがかけても、鎮守府の運営は成り立た
ない。
いま自分の目の前にいる艦息は、そういう意味では艦娘と言うより
提督側に近い存在かも知れないと彼女は思った。姉妹の背景を全く
考えず、只1個の戦力として機械的に判断する様は、正しく提督が普
段部下である艦娘に見せない冷徹な面とほぼ同じだった。
﹁ラバウル鎮守府の主な仕事は船団護衛と周辺警戒だ。正規空母の様
な大飯ぐらいは必要ない。軽空母と巡洋艦で十分だ。まあ、酷いこと
が有ったみたいだからこれからは姉妹二人でいさせてやりたいと言
う理由もあるが。現実的に考えてラバウルに正規空母は必要ない。﹂
﹁なるほど﹂と納得したようにホタカは頷いた。翔鶴を佐世保へ連れ
982
?
て帰ることについて彼は反対の意志は欠片も持っていない。この質
問をした理由も単なる好奇心、ホタカの戦闘兵器としての意志が持っ
た素朴な疑問だった。特に大それた意味を持つわけではない質問だ
が、彼自身の他の艦娘とは大きく違う点でを持つことの証明でもあっ
た。必要ならば誰よりも冷徹に機械的に物事を判断することができ
る、人間味の欠片も無い、ある意味艦娘よりも完成された一種の生体
戦闘システムとしてのホタカは確かにそこにあったのだった。
﹂
﹁ああ、それと帰りは翔鶴以外にもう一隻増えることになる。﹂
﹁誰ですか
﹂
し、﹁まあいいか﹂と割り切った。
﹁ところで瑞鶴。貴女と一緒に来た戦艦が、ホタカさん
﹂
ら〟今日はゆっくりしているように〟と言われていたことを思い出
てみると思いのほか時間がたってしまっていた。一瞬焦るが、連れか
なったコーヒーを飲んでいる。ちらりと自分の姉の背後の時計を見
自分の対面のソファでニコニコしている銀髪の艦娘は、既に温く
なってしまう。
はまだまだ山ほどあるが、こういう状況になると何故か口にしづらく
に起こる、話題が途切れた瞬間の奇妙なエアポケット。話したいこと
をつぐんだ、と言うわけではない。2人以上の人間が会話している時
ふと、いままで続いていた会話が突然途切れる。どちらかが急に口
敬礼
﹁有りません。﹂
質問は
﹁恐らくな。数時間後に到着するから予定を開けておくと良い。何か
﹁急ぎの用みたいですね。﹂
どうやら君に用があって東京急行に便乗してきたらしい。﹂
﹁佐世保第3鎮守府付きの特警だよ。杉本少佐と特務軽巡洋艦木曾。
?
そう言えば、お互いのことはいろいろ話したが彼の事はあまり話し
?
983
?
ていなかったことに気づく。
﹂
﹁そうだよ。まあ、いろいろ規格外な奴なんだけどさ∼﹂
﹁そう、どんな人か教えてくれる
翔鶴は手に持っていた白い陶磁器のカップをソーサーに戻し、妹の
話を聞く体勢に。
﹁どんな奴⋮か﹂
顎に手を当てて考えてみる。が、答えは条件反射並に一瞬で出て来
た。
﹁バカよ﹂
﹁ダメでしょ、瑞鶴。そんな事を言ったら﹂
姉は困ったような顔をして妹を窘める。当の瑞鶴はそんな姉の苦
言に目をそらした。
﹁それでも、バカだよ。何でもかんでも一人でやろうとしてさ、結局全
部こなしても酷い怪我して帰ってくるし。何回やめろって言ったっ
て、それで止めたためしがないし。約束も普通に無視するし。﹂
口をとがらせてブツクサ不平不満を漏らす妹に、翔鶴は柔らかい笑
みを向けている。自分よりも澄んだ金色の瞳に、何か居心地の悪い物
を瑞鶴は感じてしまう。そんなわけだから、ついついつっけんどんな
﹂
言葉が口から洩れてしまった。
﹁何
﹁貴方の話を聞く限り。そのホタカさんって、相当酷い人みたいね。﹂
何度もアタシ
私にはとてもできない事平
自分の言った事には責任持つし
﹁い、いや、バカだけど悪い人じゃないよ
然とやっちゃうし
!
!
超兵器だって、無茶苦茶やるけどそれで全部
それに﹂
の事守ってくれたし
勝ってきたし
!
!
﹁へ
﹂
﹁フフフ、冗談よ瑞鶴。﹂
で優しく押して彼女を元の椅子へ座らせる。
思わず身を乗り出して早口でまくしたてる瑞鶴の肩を、翔鶴は両手
!
984
?
ニコニコとした表情を崩さずに、翔鶴はコーヒーを一口飲んだ。
﹁何でもないわ﹂
?
?
﹁でも、安心したわ。貴方はちゃんと前を向いて歩いてるみたいで。﹂
本当にうれしそうな様子で瑞鶴のコーヒーカップにポットから新
﹂
しいコーヒーを注いだ。
﹁えーと、どういう事
何の事
﹂
﹂
?
翔 鶴 に 手
そのファイルは君の資料室にでも保管しておく
ように、報告書の作成にまた使うからな。﹂
﹁うげ、ヤだなぁ。⋮⋮﹂
﹁そ ん な 眼 し て も、僕 は 僕 の 分 が 有 る か ら ヤ ら な い ぞ
伝ってもらうのも禁止だ﹂
﹁じゃあ、僕はこれで。邪魔して悪かった﹂
笑する。
〟チェッ〟とわざとらしく舌打ちをする瑞鶴に、ホタカは小さく苦
?
﹁そう言っただろう
﹁さんきゅ、ってか本当に急ぎの用でも何でもないわね。﹂
﹁帰りに積載する資源の目録だ。一応目を通しておいてくれ。﹂
ファイルを渡す。
ことをやって直ぐに出て行けばいいかと思い直し瑞鶴へ持ってきた
う事で呼び止めた。ホタカも連絡自体はすぐに伝えられるので、やる
翔鶴はすぐにでも出て行きそうな艦息を、自分は構わないからと言
急ぎの用じゃないからゆっくり話していてくれ。﹂
﹁そうだ。悪い、もう終わってるものだと思っていたんだ。こっちは
﹁ホタカさん、ですよね
﹁っと、取り込み中か。また出直すよ。﹂
座った銀髪の艦娘に気づくと、少しだけバツの悪い顔をする。
服に身を包んだ艦息だった。眼鏡を掛けた艦息は艦長室のソファに
もって聞こえる。ややあってドアから出てきたのは、薄いブルーの軍
長室のドアがノックされた。瑞鶴にとって聞きなれた声が幾分くぐ
再び瑞鶴が自分の姉の方へ身を乗り出した時、二人が居る瑞鶴の艦
﹁だ、か、ら
﹁別に、隠さなくてもいいのに。﹂
コニコして彼女を見ている。
訳が分からないと言った風に瑞鶴は首をかしげるが、当の本人はニ
?
!?
?
985
!
﹁ホタカさん﹂
ドアに向かおうとして再び翔鶴の声に立ち止まり、2人の方を振り
返る。すると、翔鶴が後ろから瑞鶴の両肩を持って寄り添っているの
が見えた。先ほどまでニコニコと温かい視線を瑞鶴へ送り続けてい
﹂
た金色の瞳は、真剣な光を宿してホタカを射抜いていた。
﹁しょ、翔鶴姉
﹂
次だった。
﹁ふつつかな娘ですが、末なが﹂
ストップ
﹂
﹁わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁぁぁあ
翔鶴姉ストップ
﹂
?
﹂
何処か呆れた様子のホタカの言葉で自分の顔と彼の顔との距離が
!
!
今言った事全部忘れて
!
﹁今翔鶴姉が言った事、全部忘れなさい
ら
!
﹂
か
お願いだから
正面へ移動して、自分より若干高い位置にある彼の両肩を掴む。
女がやるべきことは一つだった。翔鶴の前から一足飛びにホタカの
かしげる自分の姉に強烈な頭痛を覚えてしまう。が、さしあたって彼
何か変な事をしたのだろうかと、心底不思議そうな顔をしつつ首を
﹁もう、何するの
叫と、直接口をふさいだ両掌によってかき消された。
翔鶴の言葉は、瞬間湯沸かし器の様に一瞬で顔を上気させた妹の絶
!
!!
と言う部分以外に関しては完全にホタカも同意できる。問題はその
瑞鶴がギョッとし、ホタカが困惑したように頷く。〟甘えたがり〟
﹁あ、ああ﹂
﹁ちょ
すけど。真っ直ぐで、とても優しい娘です。﹂
﹁瑞鶴はちょっと元気過ぎる所があったり、甘えたがりな所もありま
斜め後ろの自分の姉の顔を振り返った。
突然肩を捕まれた瑞鶴は、予想外の事態に慌てた様な声を上げて、
?!
!
986
!?
?
い
!
﹁はぁ
﹁い
﹂
!
﹁わかった。わかったから、一旦離れてくれ﹂
!
5cmも無い事にようやく気付き、妙な悲鳴を上げて後ずさった。そ
んな様子の瑞鶴を横目に、ホタカはズレてしまった軍服を直す。数秒
固まっていた瑞鶴は再起動を果たすと、上気した顔のまま艦息の背中
アタシは翔鶴姉と大事な話があるから
を押して艦長室から無理やり押し出しにかかる。
﹁と、取り敢えず出てって
﹂
﹂
﹂
ってかマジでどうしたんですか副長
﹂
﹂
﹄
それからこの邪教徒をCICから
副長の笑い声が聞こえたがどうした
!?
な目を向ける。
﹁ど、どうしたんですか副長
SAN値直葬ですか
﹁アレですか
遂に狂いましたか
面を睨んでいた妖精や、火器管制妖精、砲雷長達がギョッとしたよう
ニヤしていた副長が突然笑い出したことに、隣で真面目にレーダー画
薄暗いCICに副長の笑い声が響いた。通信機を耳に当ててニヤ
うとするが、考えは暫くまとまりそうになかった。
半分混乱した頭で、この状況を潜り抜ける上手い言い訳を構築しよ
│││││こんなところに伏兵が居るとはっ
と、不思議そうな顔をした自分の姉の姿。
め る。心 臓 が 早 鐘 の 様 に 鳴 り、顔 と 言 う よ り 全 身 が 熱 い。振 り 返 る
ホタカの抗議の声を無視して彼を部屋の外へ押し出すと、ドアを閉
﹁解ったから押さないでくれよ ﹂
!
!?
くとぅるふ ふたぐん
いあ
﹁いあ
CIC
﹃艦橋
!
?
!
!
﹁フェアリーエラーだと報告しろ
叩きだせ
!
!?
?
!
﹂
きしてたんだけどさ、時に砲雷長。﹂
﹁何ですか
﹁青春って、本当にいいものだよなぁ。﹂
﹂
?
﹁はぁ
﹂、
﹁SAN値チェック
?
﹁やっぱり狂ったか
ワン・ツー
﹂、
﹂などと他のCIC妖精が好き
!
?
﹁1d100で﹂、
﹁それ何てムリゲ
!
﹁いや∼、ねぇ。暇潰しに艦長が何やってるのかリンク開いて盗み聞
?
!
!
?
987
!
勝手言っているが当の副長は、楽しくて仕方がないと言う風にクスク
ス笑っていた。
﹁これを聞けば解るよ。じゃあ、砲雷長。私は休むから後宜しく∼﹂
﹁おい、デュエじゃない仕事しろよ。﹂
砲 雷 長 の ツ ッ コ ミ を 軽 く ス ル ー し て 副 長 は 狭 い 通 路 へ と 消 え て
行った。
│││││まさかちょっと目を離しただけで、典型的な恋する乙女
になるなんてね。
声だけしか聴いていないが、顔を真っ赤にしてあたふたしている瑞
鶴を容易に想像できて思わず吹き出す。
艦長は年の近い│││少な
│││││でもまあ、タイミング悪いなぁ。場合によっちゃあ、〟
処分〟なんてことになるのに。
自分の艦長はどうするのだろうか
くとも外面は│││少女のあのような姿を見て、何も感じないような
鈍感と言うわけではない。しかし。
﹁今まで以上に何時死ぬかわからない上に、味方に危害を加えるかも
しれない。こんな状態で受け入れるなんて無責任、とか思ってそうだ
よなぁ﹂
これからの展開が楽しみで仕方がないと言う風に、もう一度副長は
小さく笑うのだった。
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂
988
?
STAGE│51 ホワイトアウト 通路と比較して一回り狭いハッチを潜り抜けると、CICルーム特
有の冷気が身体を包む。この部屋に足を踏み入れたのは今日が初め
てではないが。一般的な視点から見て過剰ともいえる冷房の効き具
合には慣れなかった。この部屋の主が言うには、大型の電算機が配置
されたエリアに近く、モニターが集中的に配置されたCICルームは
電子機器の熱暴走を防ぐためにこのような温度にまで室温を下げる
必要があると言う事らしい。
CICに足を踏み入れたために発生したどうでもいい回想を振り
切って現実に意識を向けると、自分の上司である少佐がこの艦の艦息
と会話しているのが見える。佐世保第2鎮守府の鼠輸送艦隊に便乗
する形でラバウルまでやって来たが、道中で深海棲艦の触接を受けな
かったのは僥倖だろう。
989
﹁では、よろしくお願いします。﹂
﹁すぐに調べてみます、結果はこちらのモニターへ表示します。﹂
ホ タ カ が 使 わ れ て お ら ず 沈 黙 し て い る 多 目 的 モ ニ タ ー を 指 さ す。
如何やら話が付いたようだ。木曾も一歩踏み出して杉本の隣に立ち、
モニターをのぞき込む。ややあって、報告書の題名が複数表示され
た。
﹁これが洋上で重システムチェックを行った時の詳細な記録です。﹂
﹁拝見させていただきます。﹂
杉 本 が コ ン ソ ー ル を 操 作 し て 報 告 書 の 一 つ の 詳 細 を 表 示 さ せ る。
﹂
その内容を要約すると、原因不明のホワイトアウトの原因を調べるた
めの重システムチェックが行われたとの事だった。
﹁ホタカ君、この電子機器類のホワイトアウトとは何でしょうか
に ダ ウ ン、と 言 う よ り も フ リ ー ズ し て し ま っ た の で す。そ の 時 に、
﹁言葉通りの意味です。そこに記載された日時に僕の電子機器が一斉
?
レーダー類のモニターがホワイトアウトしごくわずかな時間ですが
﹂
艦の機能の大部分が失われてしまいました。
﹁大部分と言うと
?
﹁火器管制、探知のみならず艦内電力など多岐にわたり、一部区画では
停電も起こりました。約3秒後に全てのシステムが復旧したため、戦
闘能力が失われていた時間は極僅かと言えます。﹂
﹁なるほど。﹂
コンソールを操作し、報告書を次々と確認していく。
﹁どいつもこいつも、ホワイトアウトが原因ってことか。﹂
最後の報告書に目を通し終えた木曾がポツリとつぶやく。杉本の
予想通りこれらの不自然なシステムチェックには共通の原因が存在
していた。
﹂
﹁けどよぉ、ホタカ。この〟ホワイトアウト〟の原因って何か解って
るのか
﹁ダメだ。僕も調査しているが、全く分からない。﹂
﹂
お手上げと言わんばかりにホタカは両掌を木曾へ見せた。
﹁何かウィルス的な物が原因ですかねぇ
とを目的にした奴だと言うのは
﹂
﹁今回ホタカに流し込んだウィルスは、システムチェックを逃れるこ
たならば、もっと重大な影響を与えても可笑しくないはずです。﹂
﹁そこなんですよ。仮にこれがコンピューターウィルスの所為であっ
ピューターウィルスにしては効果が限定的すぎますねぇ。﹂
﹁重 シ ス テ ム チ ェ ッ ク に 引 っ か か ら な い、隠 ぺ い 性 能 の 高 い コ ン
です。しかし⋮﹂
﹁そもそも、僕にコンピューターウィルスを流し込めるのは超兵器位
能性はかなり低いですね。﹂
チェックでも見つからなかったので。コンピューターウィルスの可
よ。し か し、電 算 機 の 能 力 全 て を 自 己 診 断 に つ ぎ 込 む 重 シ ス テ ム
﹁ウチらもそうじゃないかと思ってシステムチェックを行ったんです
杉本の言葉に、近くで作業をしていた副長が首をかしげる。
?
沈黙がCICルームの一角を支配する。しばらく3人の間にはC
ようにやると対象に抗体を作らせるようなものだ。意味が無い。﹂
﹁こういうウィルスは奇襲で使う事で最大の効果を発揮する、今回の
木曾の提案をホタカは即座に否定した。
?
990
?
ICルームの空調と他の乗員の声しか流れなかったが、ややあって杉
本が口を開いた。
﹂
﹁ホタカ君、コンピューターウィルスで艦内部での要因として考えら
れる物は有りますか
﹂
き起こされたとみるべきですね。﹂
﹁例えば⋮なんだ
﹁加久藤
﹂
﹁⋮加久藤君は、どうだったのでしょうか
﹂
意打ちで喰らったら、俺たちの電探じゃひとたまりもない。﹂
﹁んん、まあそうなるよな。ホタカが不具合起こす様な妨害電波を不
トアウトでは、他の艦の電子機器には何ら影響は有りませんでした。﹂
ような影響が有るはずですがキス島撤退作戦前や佐世保でのホワイ
の艦に影響を与えるような強力な妨害電波を受ければ、僚艦にも同じ
僕の妨害電波に対する耐性は帝国海軍艦艇の比ではありません。こ
まで影響は起こしません。更に自分で言うのもどうかと思いますが、
は似た様な症状を引き起こしますが、艦内電力や火器管制装置などに
﹁確かに、超兵器機関によって放たれるNo.13波形等の妨害電波
と言う風な微妙な顔をしていた。
木曾と杉本の視線がホタカに収束する。当の艦息は、納得できない
﹁そうですねぇ。妨害電波とかはどうですか
﹂
﹁なるほど。それでは、このホワイトアウトは外的な要因によって引
う。﹂
し、数秒の後ほぼ同時に沈静化するなんてことは有りえないでしょ
はほぼ同じです。複数の要因がほぼ同時に示し合わせたように発生
具合と考えられます。過去3回のホワイトアウトによる艦の不具合
﹁あるにはありますが、ウィルスではないとなると複数の機械的な不
?
?
﹂
因であり、杉本の発言は突拍子の無い物の様に思える。
﹁何故、加久藤が出てくるのですか
しなかった艦です、もしかしたら君だけが影響を受けたホワイトアウ
﹁いえ、ただ少し気になりましてねぇ。君はもともとこの世界に存在
?
991
?
?
思わずホタカは杉本を見る。今の議題は謎のホワイトアウトの原
?
﹂
トの原因がそこにあるのかもしれません。﹂
﹁なるほど。連絡を取りましょうか
ホタカの提案を杉本は手で制した。
﹁いえ、電波を使うのはやめておきましょう。そのホワイトアウトの
原因がもしも、我々が感知しえない敵からの攻撃であったとするなら
ば、安易に電波を使うのは危険です。傍受される恐れがありますの
で。﹂
﹂
﹁まあホタカだけを狂わせる電波を使える奴らなら、ホタカの暗号を
解読する可能性もあるしな。﹂
﹂
﹁断っておくが、ホワイトアウトしただけで狂ってはいないぞ
﹁言葉の綾だよ。気にすんな。で、如何する杉本さん
?
豊富にあるだろう。
﹁ホタカ君、出発は何時ですか
﹂
補給基地としての役割も最近持ち始めてきたため、帰りの輸送艦隊は
の航路の近くにあったため、行くのは簡単なはずだった。南方要塞は
ソロン南方要塞はラバウルから母港へ戻る佐世保第3鎮守府艦隊
ねぇ。﹂
﹁電 波 に よ る 通 信 が 使 え な い 以 上、ソ ロ ン へ 行 く 必 要 が あ り ま す
?
ます。﹂
﹁解りました。では、ボク達はこれで。木曾さん、行きましょう。﹂
﹂
木曾を伴ってCICから出る直前、杉本の足が止まりホタカを振り
向く。
﹂
﹁おっと、最後に一つだけ。﹂
﹁何か
﹁最近、妙な事はありませんでしたか
﹁⋮いえ、何もありません。﹂
﹁そうですか、では。﹂
杉本はそう言うと、木曾を連れて通路の向こうへと消えて行った。
992
?
﹁瑞鶴と翔鶴に資源を積み込む時間も必要なので二日後を予定してい
?
ホタカの頭の中を、一瞬No.13波形の事が過る。
?
?
﹁ふーん、アンタも苦労してたんだねぇ。﹂
しみじみと言った風に、目の前の艦娘はガラス瓶を傾ける。特徴的
な形の瓶の中に納まったガラス玉が、壁と触れ合って小さな音を立て
た。
﹁し か し 貴 方 の 力 な ら、上 層 部 は も っ と 積 極 的 に 前 線 に 出 し て も 良
かったと思うのですけど。﹂
サイダーの瓶を傾ける艦娘の横に座った、茶髪の艦娘は湯気を立て
るカップを傾ける。エメラルドグリーンの瞳は対面に座る異色の存
在を捉えていた。
黒髪黒目。東洋人的な顔立ち。ツーポイント型眼鏡のブリッジよ
り右半分が存在せず、左のみにつるが有るタイプの片眼鏡。薄いブ
ルーを基調とし、少しばかりの装飾が加えられた軍服を身にまとった
青年。
993
アサマ型高速戦艦一番艦アサマは、横須賀第2鎮守府の談話室で最
上型重巡洋艦の3女と4女と共にテーブルを囲んでいた。空調の効
いた談話室の中には、ちらほらと他の艦娘の姿が見える。
大規模作戦が終了すると、各鎮守府は消費した資源の回復のために
駆逐艦や軽巡、軽空母等を使って輸送任務に励む。その間。戦艦や正
規空母、場合によっては重巡洋艦は資源の節約のため出撃を制限され
ることがままあった。これは、大規模作戦中に最前線で殴り合った艦
娘の療養も兼ねていたりもする。
そう言うわけで当分は暇を持て余すことになった鈴谷は、熊野を
誘って新顔の艦息と話をすることにしたのだった。冒頭の鈴谷の反
応は自己紹介を済ませた後、アサマの前世での活躍を聞いた後にでた
言葉だった。
﹂
﹁ウィルキア帝国には俺よりキチガイな軍艦が居たから、よく解らな
い帝国海軍の実験艦は信用できなかったんじゃないか
﹂
超兵器とタイマン出来
る戦艦ならほっとくのも可笑しいと思うんだけど
﹁でもさ、超兵器を沈めたのはホタカじゃん
?
﹁ど│やら初戦の内は信じられねぇって思ってたらしい。んで、アイ
?
?
ツが超兵器を次々沈めて行くもんだからある時に上層部はためしに
俺をぶつけてみようと紅海まで持って来た。だけど、それが不味かっ
た。﹂
アサマはヤレヤレと言った風に肩を竦めた。
﹁紅海では新型爆弾を使った大規模な殲滅戦が考えられていた。スエ
ズを通過し紅海へ進撃してくる反乱軍の艦隊を、無人艦の艦隊で襲
撃、拘 束 す る 予 定 だ っ た ん だ。ん で、反 乱 軍 と 無 人 艦 隊 が 泥 泥 沼 沼
やってるところへ新型爆弾を放り込み、一網打尽にする。ところが、
反乱軍の侵攻が予想以上に早くて急遽計画が前倒しになった。﹂
﹁うっわ、もう嫌な予感しかしないんですけど。﹂
﹁鈴谷みたいに思った奴もごまんといるだろうな。君の言うように、
﹂
不味い事が起きたんだよ。﹂
﹁不味い事、ですか
クッキーをつまみながら、熊野が首をかしげる。
﹁その頃、俺はホタカ撃沈作戦のために無人艦に改造されていた。帝
国もこれ以上アイツに超兵器を沈められるわけには行かないから、沈
む瞬間まで戦闘できるようにしたんだ。それと武装をあの頃のホタ
カが苦手としていた光学兵器中心に換装して、機関を強化。アイツよ
近くで衝突すれば、防御重力場も装甲も関係ない。
りも優速にしておいて最悪の場合は艦体をぶつけて沈める。5万ト
ンの戦艦が80
身振り手振りを加えて、艦娘にとっては恐ろしい事をあっけらかん
と話すアサマに、若干のうすら寒さを熊野は覚えてしまった。勿論、
自分も最後の手段として体当たりが有ることは理解できるし、絶対に
倒さなければならない敵が居たのなら生存を投げ捨てて打ちかかる
のも解る。
しかし、そう言う必死の覚悟が必要な戦術をここまで軽く話せるか
と問われれば否と返すしかない。
目の前の艦息はそう言う、死を恐れると言う生物としての感情が欠
落しているのではないのかと、奇妙な予想が持ち上がってしまう。視
線を正面のアサマから手元の紅茶に映す。白いカップの中は紅茶で
994
?
どっちも拉げて海の底、だ。﹂
?
﹂
満たされており、液面には微かに自分の顔が映っている。
﹁このご時世に衝角戦
﹂
﹂
﹁紅海海戦が、貴方の唯一の本格的な戦闘であったとしても。ですか
たかもしれん。﹂
﹁いや、わずかではあるが紅海海戦で戦果を挙げた俺はラッキーだっ
﹁ありゃりゃ。運が無いと言うか何と言うか⋮﹂
だ。﹂
サイルの爆発でごっそり抉られて、大量の海水がなだれ込んで積み
を打とうとした瞬間に爆発の衝撃波で横転して自爆。上部甲板がミ
も融解、横転、誘爆で尽く沈んでいった。俺の場合は、トライデント
﹁猛烈な熱と衝撃波で、爆心地に居た艦隊は蒸発。直撃しなかった艦
アサマはそこで言葉を切って、握りしめた拳をぱっと開いた。
の艦隊に俺も含まれててな、暫く他の有人艦艇と戦ってたら。﹂
迎撃を命じた後、他の艦隊引き連れて退却しやがった。その〟一部〟
が、紅海艦隊司令は爆弾の時限起爆装置を作動させ一部の通常艦隊に
とっとと退却するかの二択なんだが。何をトチ狂ったのか知らねぇ
も無かった。普通なら作戦を中止して普通に迎撃するか、爆弾持って
予定だったんだが、反乱軍が侵攻してきた時には紅海に必要量の半分
から引き抜いた艦をバーレーンで無人艦に改造して紅海に投入する
﹁ああ、無人艦の絶対量が足りなかったんだ。計画ではインド洋艦隊
鈴谷の問いに一つ頷く。
﹁それが不味い事
わけだが準備不足が早々に露呈した。﹂
作戦が発動。それにつられるように帝国軍の殲滅作戦が発動された
艦に改造されて紅海まで派遣された俺だったが、此処で反乱軍の侵攻
を主眼に設計されたやつも居たし。まあ、その話は横に退けて。無人
船の機動力は君らの比じゃないからなぁ。超兵器の中には衝角戦術
﹁この世界では衝角戦術は廃れてるらしいけど、俺たちの世界では艦
?
﹁あの時代には就役期間が一か月無い軍艦がザラだったからな。建造
995
?
熊野の問いに、アサマは﹁そうだ。﹂と力強く肯定した。
?
から半年程度は彼方此方の護衛任務や訓練ばかりだったが、最後の最
後でわずかながらも〟真面目な戦争〟が出来たのは悪くないと思
う。﹂
﹁真面目な戦争ねぇ⋮﹂
ソファに置いてあったペンギンの様なキャラクターのぬいぐるみ
を弄びながら鈴谷はつぶやく。このぬいぐるみは艦娘の開発が失敗
するとたまに現れるもので、一部からは失敗ペンギンと呼ばれてい
る。手触りは良いので談話室以外にも艦娘の私室など彼方此方に置
かれていたりする。
鈴谷に興味があるの
あいたっ
﹂
﹁さて、俺の事を話したんだ。君らの事も聞かせてくれよ。﹂
﹁なに
!
﹁なっ
何を言ってますの
﹂
﹁恵方巻頬張ってのどに詰まらせるのが淑女、ねぇ⋮﹂
もっと優雅に⋮﹂
﹁すぐに茶化そうとするのは貴方の悪い癖ですわね。淑女たるもの、
熊野がニヤリと笑みを浮かべる鈴谷の後頭部を軽く叩く。
?
し。かーわいー。﹂
それを言ったら鈴谷だって〟どうする
﹁つつかないでくださいまし
しょう
ナニする
〟って
?
!
﹂
﹂
﹂
〟とか叫んでたじゃん
こー見えて純情なんだよ
?!
それは⋮その⋮ね
﹁なっ
別に
なんでそこで顔紅くして俯くんですの
﹁もう
﹁い、いーじゃん
熊野だってバレ
提督に迫った挙句、揶揄われてしどろもどろになっていたでしょう
?
そ、それに、それは今年の2月の事で
﹁何をって、事実じゃーん。その後何とか飲み下して涙目になってた
みを浮かべる自分の姉を見る。
今まで余裕そうに座っていた熊野は顔を真っ赤にして、人の悪い笑
!?
?
!
喧嘩する姉妹を見ると、二人でも十分姦しかった。こうなってしまえ
女三人集まれば姦しいとは言うが目の前でキャイキャイと仲良く
!
!
ンタインの時に緊張しすぎて〟とぉぉぉぉ
﹂
!
!
996
?
?!
?!
!
?!
!
ば男の自分は入りづらい。悪乗りして更に引っ掻き回すことも考え
﹂
たが、撤退するのが面倒くさそうだった。
﹁お前がアサマだな
章。
﹁アンタは
﹂
セントが入った眼帯が特徴的な黒髪の艦娘。そして、腕には特警の腕
して自分の背中側の方を見る。黒を基調とした制服に、ピンクのアク
か御菓子の話に移っている鈴谷と熊野から視線をそらし、頭だけを回
ふと、後ろから声をかけられる。目の前で言い争いからいつの間に
?
﹂
﹂
?
近くを走っていた九四式トラックに揺られて、ソロン要塞司令部へ
ラッタルを伝ってソロン南方要塞に足を踏み入れた。
て岸壁へ続くラッタルへ消えて行く。彼女も置いて行かれない様に
そんな事を言いながら杉本は汗一つ書かずに木曾の隣を通り抜け
うか。﹂
﹁ラバウルと同じように水分と塩分の補給を忘れないようにしましょ
る木曾の艦橋は低く中途半端な温風は逆に不快感を掻き立てる。
所ならばそれなりの風が吹いているだろうが、あいにく軽巡洋艦であ
量の湿気を含み汗の蒸発を防いでいた。戦艦の防空指揮所などの高
ニューギニア。季節の移り変わりは存在せず、あいかわらず空気は多
暦 の 上 で は 秋 に 近 づ き つ つ は あ る が、此 処 は 赤 道 に 近 い パ プ ア
﹁ふーっ、あっちいなぁ。﹂
艦木曾はソロン南方要塞の港に停泊していた。
横須賀へ進路を向けるホタカ達と別れてから数時間後、特務軽巡洋
﹁ハァッ
﹁いや、まったく。﹂
﹁俺の名は天龍。フフ、怖いか
アサマの誰何に、その艦娘は若干の凄みを込めて不敵に微笑んだ。
?
の道を進む。このトラックを運転するのは妖精さんであったため、2
997
?!
人 は 送 ら れ て き た 2 0 m m 機 関 砲 弾 と 共 に 荷 台 に 座 ら ず に 済 ん だ。
ただたんに乗せてもらうのは悪い気がしたのでトラックの操縦は木
曾が行っている。妖精さんはダッシュボードにて道案内とソロン要
塞の説明をしていた。
﹁加久藤が来てからと言うもの、この要塞も徐々に強化されてまして
ね。以前までは役に立つかわからない要塞砲と貧弱な対空火器程度
だったんですが、今ではそれなりに要塞として運用できる規模まで拡
大されました。﹂
﹁そこの看板を右です﹂と木曾に指示を出しつつ説明を続ける。
﹁今の所主要な要塞砲は41cm連装砲4基と35,6㎝連装砲12
基ですね、ソロンには2つの主要な港が有りますが港一つに付き41
﹂
cm砲2基35.6㎝砲が6基で港間で相互に支援できるように配
置してあります。﹂
﹁要塞砲って深海棲艦に効かなかったんじゃないのか
何時も愛用しているくろがね四起よりもかなり硬いシフトレバー
に四苦八苦している木曾が、横目で妖精を見る。
﹁ええ、まあそうなんですが。最近の研究で私ら妖精さんが操作をし
たらそれなりに通用することが解ったんですよ。﹂
﹁ほう、それは初耳ですねぇ。﹂
﹁何分、報告書を今作っている段階でして。実はここの要塞砲でその
﹂
ことが解ったんですよ。﹂
﹁そうなのか
加久藤が居たはずでは
艦が要塞砲の射程圏内で浮上した為、ためしに撃ってみたところ撃沈
できたのがきっかけだったらしい。
﹁なぜそこまで潜水艦に接近されたのですか
﹂
?
僅かな穴が有ったみたいですね。この事件が有った後、加久藤から対
潜哨戒機を増派してもらい対策を取りました。﹂
トラックは崖に沿った坂を上りきると、トンネルへと入っていく。
998
?
妖精さんによると、数週間前にソロン要塞近海にまで侵入した潜水
?
﹁その頃はちょうど加久藤がトラックへ行っていたので対戦警戒網に
?
ハロゲンランプで照らされたトンネル内に、トラックのエンジン音が
反響して独特の低い音が響いた。
﹁MI作戦が終わって加久藤が帰還したのを見計らい、水上艦をあえ
てソロン要塞近くまで誘引して実験してみたんです。流石に戦艦を
連れてくるわけには行きませんから、重巡を旗艦とする艦隊に阿賀野
と矢矧がちょっかいをかけて逃走。速度は軽巡の方が上ですからつ
かず離れずの距離を保ってソロン要塞まで誘導したんですよ。敵が
来ることは解ってるので、万一に備えて高空では誘導爆弾を抱いた
ホーネットを飛ばしていつでも敵を処理できるようにしておきまし
た。﹂
﹁先ほどの話を聞く限り、その実験は成功したようですね。﹂
杉本の言葉に、妖精さんは力強く頷く。
﹁阿賀野達が釣り上げた艦隊は重巡2、軽巡1、雷巡1、駆逐2の艦隊
でした。この艦隊が要塞主砲の射程に入ったことを確認した後に砲
﹂
として知ってはいたがどのように無効化するかまでは知らなかった。
艦娘の登場により深海棲艦の能力でその命運が付きかけていた沿岸
通用する兵器を作るにはどうすればいいのか
と考察、
要塞は止めを刺された形になっていたため、何故人類側の兵器が通用
しないのか
い砲弾もあるみたいです。﹂
加久藤で処理した映像を見る限り〟すり抜けている〟というしかな
﹁半分ほどは弾かれたり、手前で爆発したりするみたいです。しかし、
?
999
撃を開始。対照実験の為要塞砲の半分は手漉きの司令部要員から希
望者を募って使用しました。結果的に、妖精が運用した要塞砲は深海
棲艦に効果が有り、人が運用した要塞砲は効果が有りませんでした。
結果的に使える砲台は半分になりましたが、敵艦隊の射程外から散々
に砲弾の雨を降らせることで軽巡と重巡を一隻ずつ撃沈し、他の艦に
も大小の被害を与え撤退に追い込みました。﹂
防御重力場みたいに弾かれるのか
﹁前から気になってたんだが、人間が撃った砲弾が深海棲艦に直撃し
たら実際どうなるんだ
?
艦娘である木曾は、深海棲艦には人類の兵器は通用しない事を知識
?
検証する機会や資金は失われつつある。
?
﹁すり抜けている、とは
﹂
それとも、角度の関係でそ
砲弾の速度が速すぎて信管が作動する前に
船体を貫通しているのではないのですか
う見えるだけでは
?
?
よ
﹂
﹁なんだぁ
それじゃあ深海棲艦は正真正銘の幽霊だってことなのか
んでした。加久藤本人も〟すり抜けている〟と形容したようです。﹂
映像を見る限り、砲弾が命中した部分にはそう言った痕跡が有りませ
実上では敵艦に命中しているにもかかわらず。スローモーションの
弾と否命中弾を特定したんです。それでも、約半数の命中弾は仮想現
検証し、仮想空間に敵と着弾した砲弾の位置関係を再構成して、命中
偵察機から得られたデータと加久藤の電探からのデータを統合的に
﹁あの空域には偵察装備のフェアリィ隊も8機飛んでいました。その
杉本の不思議そうな声に妖精さんは首を横に振った。
?
﹂
﹁そう言えば杉本さん。﹂
﹁はい
﹁天羽々斬はどうなったんだ
﹂
深海棲艦でも容易く屠るでしょう。﹂
器になりうると言えます。直径160㎝の大口径砲弾は姫や鬼級の
﹁逆に言えば、妖精さんに運用してもらえば極めて強力な拠点防御兵
言う事か。﹂
﹁とすると、天羽々斬も妖精さんに撃ってもらわないと無用の長物と
覚しても不思議ではないでしょうねぇ。﹂
棲艦には人類の攻撃を物理的に防ぐバリヤーの様なものがあると錯
ても。我々の技術で観測できる、手前で爆発する砲弾だけを見て深海
もし、人類の撃った砲弾が深海棲艦をすり抜けている物があったとし
﹁今まで我々にはスローモーション撮影の技術は有りませんでした。
聞きたい話では決してない。
ンドルが頼もしかった。真夜中にくろがね4起のハンドルを握って
ばかりは、要塞への道を照らす南国の太陽の光とトラックの大柄なハ
妖精の話にうすら寒さを覚えて、気味悪そうな顔が浮かぶ。この時
?
帝都で超大型爆撃機アルケオプテリクスを撃墜してからそろそろ
?
?
1000
?
一年が経過しようとしていた。
﹁当の昔に復旧されていますよ。一度突貫工事で完成させたので、不
具合を洗い直して細々と改良が加えられています。﹂
﹂
﹁ソロン要塞の実験結果を考えると、もしかしたら第2号砲の建造と
かあるんじゃないか
少しだけ楽しそうな木曾に﹁難しいでしょう﹂と杉本は首を振る。
﹁戦争は結局のところ数です。160㎝要塞砲1門よりも、46cm
﹂
要塞砲を4門作った方が何かと使いやすいでしょう。基本的に戦艦
と要塞砲では要塞砲の方に分がありますからねぇ。﹂
﹁要塞砲だからこそ巨大な砲を付けられるんじゃないのか
指令室は意外に広く、あまり圧迫感を受けなかった。灰色の壁には周
き、要塞司令室へ足を踏み入れる。無機質なコンクリートに囲まれた
阿賀野と名乗ったどこかふわふわした印象を受ける艦娘の後に続
中は地下へ続く道が覗いていた。
トラックの行く手には草や木で厳重に隠蔽された掩体壕、その口の
りませんよ。﹂
﹁それで命中率と言うアドバンテージを失ってしまっては元も子も有
?
特警の人達を連れてきましたよ
﹂
辺の海域図や、南方鎮守府の行動情報、本土からの命令などが掲示さ
れていた。
﹁提督さん
!
の男の元へと、阿賀野が駆け寄る。
それじゃあ阿賀野、待機してま∼す
﹁ああ、ご苦労だった。戻っていていいよ。﹂
﹁は∼い
﹂
!
﹂
﹁あ、いえ。﹂
何処か面白がるような口調の筆木が問いかけた。
半ば呆然と通路の向こうへと消えた阿賀野の方を見ていた木曾に、
﹁意外かね
将への敬礼は完璧と言っていい出来だった。
声自体は良く言って可愛らしく、悪く言って子供っぽいが、筆木中
!
1001
?
要塞司令質の真ん中に置かれた巨大な地図を見下ろしていた壮年
!
?
﹁構わんよ。私も、初めは君と同じことを思った。如何やらここに来
る前に矢矧に散々どやされたみたいでね。まあ行動はかなり矯正さ
れたようだが、言葉や性格ばかりは変えられない。さて杉本少佐、木
曾、ソロン南方要塞へようこそ。﹂
﹂
あいにく、此処には横領できるほどの余裕
それに、君の性質はよく解っているつもりだ。
﹁突然押しかけて申し訳ありません、筆木提督。﹂
﹁君と私の仲だろう
﹂
それで、何を調べに来た
はないぞ
彼なら工廠に居るはずだ。しかし、何故
﹂
?
う。﹂
でいるつもりだ
島の奴はいないが偶には飲むのも悪くは無いだろ
﹁君の〟少し〟の定義はちと広すぎるんだよなぁ。ところで、何時ま
つく。
何時もの様に微笑を湛える杉本の顔を見て筆木は大きくため息を
﹁少し、気になることが有りまして。﹂
﹁加久藤
﹁ご心配なく。今回は別件です。加久藤君は今どこに
?
?
﹁ソロン南方要塞防衛艦隊旗艦、加久藤です。﹂
│加久藤と茶髪の艦娘は2人に敬礼する。
筆木が目線で杉本らの方を支持すると、第二種軍装の青年││││
﹁ご苦労だった、詳しい報告は後でいい。君に客が来ている。﹂
で、比率によって開発できる装備に偏りが出来るようです。﹂
﹁こ れ が 開 発 し た 機 材 の リ ス ト で す。本 土 か ら の 指 示 は 正 し い よ う
と、筆木の元まで歩き手に持っていたファイルを手渡した。
顔をほころばせる。第二種軍装の青年は見慣れない客人を一瞥する
年士官と茶髪の艦娘が入ってきた。2人の姿を見て、筆木は少しだけ
筆木がそこまで言った時に司令室のドアが開かれ、第二種軍装の青
る。だが﹂
﹁それもそうか。彼のいる工廠は君らが入港した港とは別の場所にあ
間鎮守府を留守にするわけには行きませんので。﹂
﹁今回の用事はすぐに済みます。鎮守府付きの特警隊員があまり長い
?
﹁同じく防衛艦隊所属、重巡洋艦古鷹です。﹂
1002
?
?
?
﹂
﹁初めまして、海軍特別警察隊第一課佐世保第3鎮守府付き特殊命令
対策係、杉本京谷少佐です。﹂
﹁同じく、佐世保第3鎮守府付き、特務軽巡洋艦木曾だ。﹂
﹂
﹁加久藤君と古鷹さん、少しお時間をいただいてもよろしいですか
﹁構いませんが、彼女もですか
﹁⋮はい。﹂
はくれんかね
﹂
﹁今の所、君にやってもらう仕事は無い。杉本少佐に協力してやって
のは彼女が思うような答えでは無かった。
一縷の望みをかけて恐る恐る筆木の方を見る。しかし、帰ってきた
﹁あの、提督⋮﹂
﹁はい、ぜひ。﹂
た。
んでも特警の腕章をつけた人間と積極的に会話したいと思えなかっ
塞の一部で〟大天使〟と呼ばれていたりする彼女だったが、いくらな
気はサラサラなかったのだった。その慈愛に満ちたふるまいから、要
ないのもどうかと思って名乗っただけであり、自分から首を突っ込む
たような表情をしている。先ほどは加久藤が名乗って自分は名乗ら
話の流れから自分はお呼びじゃない事を薄々感じていたため面喰っ
チラリと一歩後ろに居る古鷹を瞳だけ動かして見る。古鷹本人も、
?
い 交 ぜ に な っ た 雰 囲 気 が 全 身 か ら に じ み 出 て い た。流 石 に こ れ を
放っておくと、後で彼女のファンからとんでもないことを押し付けら
れそうだったので一応のフォローをしておく。
な、杉本。﹂
﹁い、いや。そう不安がらなくていい。何も悪いことはしていないだ
ろう
質問させていただきますが。そうおびえる必要は有りませんよ。﹂
﹁そ、そうですか。﹂
ホッとする表情を見せる古鷹だったが、その瞳から警戒の光が消え
ることは無かった。
1003
?
ガクリと露骨に肩を落としたわけでは無かったが、不安や緊張がな
?
﹁はい。ボクが主に話を聞きたいのは加久藤君です。貴女にも2,3
?
﹂
﹁ここでは落ち着かないだろう。杉本、第4会議室で話を聞くのはど
うだ
﹁ご厚意、感謝します。﹂
杉本と木曾は加久藤と古鷹に案内され、第四会議室と書かれたドア
の向こうの部屋へ足を踏み入れる。会議室の中には、楕円形の机とそ
の周りに椅子が置かれ、天井にはいくつかの照明がぶら下がっている
ているそこまで広くない部屋だった。あまり使われていないせいか、
どことなく埃っぽいようにも感じてしまう。
古鷹が人数分の飲み物を準備している間に、杉本はあらかじめ持っ
てきていた書類の束を加久藤の前に置いた。一番上になっている書
これが何か
﹂
類の題名を一読した加久藤が、怪訝そうな赤い瞳を杉本へ向ける。
﹁海域支配戦闘艦ホタカにおける不具合。ですか
?
不調が起こっています。﹂
﹁ホタカの不具合が起こったのとほぼ同じ日時に、私の方でも機器の
対面する海軍少佐は僅かに笑みを深くする。
杉本の言葉を遮り、加久藤は書類を机の上に置いた。それを見て、
﹁そうです。﹂
﹁加久藤君。ボクの予想が正しければ、君にも﹂
なったため、書類が捲られなくなったからだった。
はすぐに止まることになる。加久藤の視線が、ある部分に釘付けに
クリートで囲まれた会議室に紙が捲られる音だけが響いた。が、それ
書類を手に取りパラパラと捲っていく。しばらくの間、四方をコン
﹁⋮拝見いたします。﹂
﹁これを読んでいただきたいのです。﹂
不気味とも取れる艦息の瞳を杉本は笑みを持って受け止める。
夕立改二や扶桑型戦艦姉妹も赤い瞳を持つが、それよりも数段暗い
?
人数分の湯気の立つマグカップを持った古鷹が入ってきたのは、そ
んな時だった。
1004
?
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂
1005
S T A G E │ 5 2 M e p h i s t o p h e l e s
﹁ホタカの不具合が起こったのとほぼ同じ日時に、私の方でも機器の
不調が起こっています。﹂
﹁詳しく聞かせてください。﹂
ほんの少し身を乗り出した杉本の前に、湯気の立つマグカップが置
かれる。白い器の中には、黒色の液体が微かに揺れていた。コーヒー
を配り終えた古鷹は加久藤の隣の席へ腰を下ろす。
﹁不具合の内容は主に電子機器です。電探、電算機、艦内電力それと超
﹂
兵器機関にも少しばかりの不具合が有りました。﹂
﹁超兵器機関にもですか
﹁はい。超兵器機関が異常な振動を示したのです。幸いにもその異常
振動は、騒音以外の弊害を生みませんでしたが、普段の運用では起こ
り得ない事態であることは間違いありません。﹂
﹁なるほど。﹂
一つ頷いてコーヒーを口に運ぶ。見た目は濃く、苦そうにも見える
﹂
が香りが良く飲みやすいコーヒーだった。
﹁美味いな、ジャワコーヒーか
る。加久藤に対しては未だに敬語であるが、これは海域支配戦闘艦│
古鷹は特に打ち解けた相手でもない限り基本的に敬語で話しをす
送られてくるんです。﹂
﹁そうですよ。リンガ泊地から〟そっちでも消費してくれ〟って偶に
する。
を飛び回って収集したコーヒー豆が戸棚の中に詰め込まれていたり
茶を飲んでいる。しかし、自室にはコーヒーサイフォンが有り、各地
│││と言っても鎮守府の談話室の一角│││││ではもっぱら紅
けでもなく、杉本が淹れた紅茶も美味しいため鎮守府のオフィス││
コーヒー党である木曾が古鷹に問いかける。紅茶が嫌いと言うわ
?
1006
?
﹂
││││実質航空戦艦│││││と言う格上の軍艦であることが大
きい。
﹁その不具合の原因で何かわかったことは、有りませんかね
加久藤は苦々し気に首を振った。
﹁ひゃいっ
﹂
﹁ふむ。古鷹さん。﹂
的にも物理的にも調べましたが原因は未だに解っていません。﹂
﹁私の方でも調査を進めましたが、どうにもなりませんでした。電子
?
﹂
﹂
?
なりの数に上る。しかし、そのどれもが機械的な修理が必要な不具合
軍には無数の艦娘がいるため、その日に不具合を起こした艦娘はそれ
マグカップを机に起き乍ら木曾が補足する。現在の大日本帝国海
で消えたなんて事例は報告されていない。﹂
も機械的な故障でホタカや加久藤みたいに一瞬で不具合が生じ、一瞬
か調べてもらってる。まあ、不具合のあるやつはいたが、どれもこれ
﹁特警の方でも、全ての鎮守府にその日艦娘に何か不具合が無かった
の所艦息の2人だけと言う事になりますね。﹂
ようです。古鷹さんの話を聞く限りでは、不具合が起こったのは、今
君が不具合を起こした日には他の艦娘に似た様な不具合は無かった
﹁そうですか。佐世保でも事前に調査しましたが、ホタカ君と加久藤
り寝てましたね。﹂
﹁えーと⋮特に不具合が有ったとは聞いていません。加古もいつも通
古鷹は顎に手を当てて虚空に視線を走らせる。
﹁では他の艦娘は
いたと思います。﹂
﹁い、いえ。いつも通りでした。電探も機関も、何も問題なく動作して
たか
﹁加久藤君が不具合を起こした時、貴女には何か不具合が起こりまし
なってしまう。
話しかけられ妙な返事を返してしまった。恥ずかしさで耳まで赤く
マグカップを傾けて完全にリラックスしていた彼女は、突然杉本に
?!
であり3回とも同じ時間に不具合が生じた艦娘は存在しなかった。
1007
?
﹁とすると、この不具合は私たちだけに生じた現象だと言う事ですか
﹂
﹁そう言う事になりますねぇ。加久藤君、何か心当たりは有りますか
どのような事でも構いません。﹂
加久藤は、難しい顔をして腕を組む。
﹁私 と 奴 の 共 通 す る 点 は 同 じ 世 界 か ら、異 世 界 か ら 来 た と 言 う 事 で
しょう。﹂
﹂
﹁その、加久藤達がいた世界には同時にこんな現象が起こったことは
あるのか
類似性は存在しない。﹂
?
磁力がどうかかわってくるんだ
﹂
?
ニシティと言いますね。﹂
﹁それは、何かの概念ですか
﹂
﹁違いますよ。共通の共に時間の時で共時性です。英語ではシンクロ
﹁強磁性
呟くような古鷹の言葉に、木曾が呆れた様な視線を彼女へ向ける。
﹁⋮もしかして、共時性
﹂
可能性が高いが。奴はガスタービン機関搭載艦だからな。機械的な
﹁もしこれが超兵器限定の現象であるなら、超兵器機関に原因がある
木曾の問いに無いと即答する。
?
?
﹂
加久藤の問いに、杉本が不思議そうな目を向ける。
﹁それは⋮カール・グスタフ・ユングの事ではないですか
?
﹁グスタフ・ユングは連想実験に関する論文も書いていますが、190
に連想実験に関する論文を書いた。﹂
1904年
﹁少佐、グスタフ・カール・ユングと言う深層心理学者をご存知ですか
の世界では存在しない概念なのかもしれませんね。﹂
﹁加久藤さんの艦内資料室で見つけた本に書いてあったので、私たち
﹁聞いたことの無い理論だな。﹂
が離れた場所で同時に起こす原理です。﹂
﹁はい。〟意味ある偶然の一致〟のことで、何らかの一致する出来事
好奇心を湛えた杉本の視線が古鷹へ向く。
?
1008
?
?
?
4年よりも以前です。まあ、同じような歴史をたどった並行世界です
から、理論の成立が数十年前後しているのも不思議ではないでしょ
う。それはそれとして、ユングのシンクロニシティは因果性で説明で
きない部分を補完できますが、これを結論にすることは避けた方がい
﹂
いでしょうね。﹂
﹁なぜだ
微妙な顔をした古鷹が答える。
﹁実証不可能な理論だからですよ。正直、似非科学や超常現象と言っ
ていいかもしれません。混乱させるようなこと言ってすみませんで
した。﹂
前々からこの目で見た
﹁いえいえ、興味深いお話です。お気になさらず。聞きたいことはこ
﹂
れで全部なのですが、最後に一つだけ。﹂
﹁何でしょう
﹁超兵器機関を見せていただけませんかねぇ
いと思っていましたので。﹂
﹁構いません、案内しましょう。﹂
再び黄色い藁半紙にペンを走らせようとした時、視界の端で何かが
なる。
ら目も当てられない。そういう時は、流石の備後でも不貞寝をしたく
ジは比較的少なかった。これが最後の一行を書こうとした時だった
る。幸いにもまだ書き始めたばかりの所で破れたので精神的ダメー
破れてしまった書きかけの報告書を横に退け、新しい紙を手に取
みの種だった。
しかし、よく使われている藁半紙はペン先が引っかかりやすいのが悩
して上等と言えるような品ではないが備後中佐は好んで使っていた。
書艦から昇進祝いに貰った軸胴部が群青色のインキ止式万年筆は、決
によって切り裂かれ、その下の机が破れた穴から覗いていた。以前秘
紙の破ける小さな音が手元で響く。手元の藁半紙は金色の万年筆
?
?
動く。視線を上げて視界を広くとってみると、さっき横に退けた紙が
1009
?
忽然と姿を消している。床に落ちたのかと、自分の椅子の横辺りを見
てみるが板張りの床が見えるだけ。となると、思い当たる原因は一つ
だけだった。
顔を上げて執務机の向こうに置かれている応接セットを見る。革
張りの椅子に背の低い机。いつもならば、秘書艦である龍鳳が座って
書類仕事の手伝いをしているはずの場所には、白い妖精が陣取ってい
た。
妖精の手元には一か所に敗れた穴の有る藁半紙と10色程度の種
類があるクレヨンが転がっている。彼女はおもむろに緑色のクレヨ
ンを取ると、藁半紙に色を乗せて行く。
ノックの音が響き、備後が返事を返す前に扉が開け放たれ翡翠色を
身にまとった艦娘が3つのマグカップを盆にのせて入ってきた。
﹁提督、コーヒーをお持ちしました。﹂
﹁ありがとう。﹂
1010
執務机にコーヒーが入ったマグカップを置き、応接セットに陣取る
﹂
北方棲姫の前にはココアが置かれる。
﹁何の絵を描いているの
たが、そこからが問題だった。
身体相手は透過できないと言う制約があったため捕獲自体は成功し
いることは彼女の捕獲作戦によって知られていた。幸いにも艦娘の
とって害のあるものを透過させると言う、ある種の特殊能力を持って
女 が 帝 国 軍 に も た ら し た 利 益 は ほ と ん ど な か っ た。彼 女 が 自 分 に
AL作戦後に捕虜と言う形で帝国軍に下った北方棲姫だったが、彼
ると実感できる。
えて描かれているのを見ると、やはり只の人間の子とはかけ離れてい
ている。見た目が幼い子供でも、一目で零戦と解る程度には特徴を捉
大部分の艦娘達が最初に触れることになる零式艦上戦闘機が描かれ
言葉少なに答えて、再び緑色のクレヨンを振るう。藁半紙の上には
﹁ゼロ。﹂
は顔を少し動かしてオレンジ色の瞳で龍鳳を見上げた。
ニコニコしつつ龍鳳は北方棲姫の隣に座る。小さな深海棲艦の姫
?
本土に送って情報を聞き出そうにも、常に艦娘が彼女を捕まえてい
ることは現実的に無理があった。さらに、彼女はどうやっても情報を
吐かない。と言うよりも、何も知らされてい無いようで人類側が攻め
て来たから迎撃していたと言うだけで、それ以上の情報は得られな
い。無理やり情報を吐かせるに拷問と言う手もあるが、取れる手段は
艦娘自身の手によるもの│││││要するに首絞め│││││ぐら
いしかなかった。当然、敵とは言え見た目幼女の存在の首を絞められ
るような艦娘は存在せず。またそのような強硬手段を取るような素
振りをすれば、せっかくの貴重な捕虜が全力で逃走を図るだろう。い
くら艦娘でも、あらゆる場所をすり抜けられる幽霊のような存在を再
び捕まえられるとは思えない。
結局のところ、幌筵での尋問も時間の無駄として中断されることに
なってしまい、彼女の管理は備後がすることになった。つまり、厄介
者を押し付けられた形だ。
!
1011
最初は深海棲艦の親玉の一人と言う事で周囲の艦娘も敬遠してい
たが、積極的に彼女の世話をやく龍鳳の姿を見ているうちに、いつの
間にか受け入れられていた。北方棲姫自身も初めは龍鳳にだけ心を
開き他の艦娘には警戒心の塊のような状態だったが、今では幌筵での
生活にも慣れたようでのんびり過ごしている。
一部の陸軍やAL作戦で艦娘を失った将校からは、北方棲姫を軟禁
以下の状態でのうのうと暮らさせている事を理由に備後を非難した。
しかし、陸軍では作戦に参加し北方棲姫の捕獲に奔走した将兵自身が
﹁アレの制御は無理、幌筵の措置は妥当﹂と公言したことで非難の声は
すぐに止み、海軍の提督は﹁大破させたまま戦闘続行させた貴様が悪
い﹂と逆に袋叩きにされてしまった。
今度はノックも無しにドアが開かれ、両手いっぱいに冊子を抱えた
朝霜が執務室に入ってきた。北方棲姫はうるさい奴が来たとばかり
に、ジト目を駆逐艦娘に向ける。元来穏やかに過ごすことを好むこの
頼まれてきた資料持って来たぜっ、て〟ほっぽ〟も居るの
深海棲艦にとって、朝霜の様に活発な性格の艦娘は若干苦手だった。
﹂
﹁司令ー
か
?
﹂
﹁ご苦労様。資料は執務机に置いてください。﹂
﹁居タラ悪イカ
どうしてだ
﹂
│││││備後司令って、こんなに書き損じてたっけ
浮かぶ。
朝霜が数々の航空機の絵を眺めていると、ふと頭の中にあることが
攻、天山等等様々な航空機が書き損じられた藁半紙に描かれている。
が無造作に積まれていた。零戦は勿論、紫電改二、九九艦爆、九七艦
北方棲姫が今零戦を描いている書類の横には、既に書き終えた作品
﹁でもよ、ほっぽが描くのって飛行機ばっかだよな。﹂
る。
素直な評価に、当然だとでもいう風に深海棲艦の姫は無い胸を張
﹁へぇ、上手いじゃん。﹂
き込む。
龍鳳の捕捉に、ふーんと頷きながら北方棲姫の手元の元書類をのぞ
﹁此処なら提督が書き損じた紙が出るからじゃないかな
﹂
﹁いやぁ悪くないさ。そういや、ここの所執務室に居るのが多いな。
いないようで〟ほっぽ〟呼びもすんなり受け入れていたりする。
なかった。なお、北方棲姫自身は自分がどう呼ばれようが意に介して
い出した、龍鳳が言い出したなどと点でバラバラの答えしか返ってこ
最初に誰が言い出したかもわからず、艦娘達に聞いてみても朝霜が言
呼ぶことが増えるうちに、半ば自然発生的に生まれたあだ名だった。
が│││││で呼んでいた物の、月日が流れ日常生活で彼女の名前を
の内は北方棲姫と正式な名前│││││海軍がそう名付けただけだ
〟ほっぽ〟と言うのは言うまでも無く北方棲姫の事だった。初め
でいく朝霜を見た。
何処かむすっとした表情で提督の執務机に持ってきた資料を積ん
?
﹁なあ、司令﹂
方を向くと、彼は再び書類を書き直しているところだった。
絵の日付はそのどれもが今日の日付だった。不審に思いつつ備後の
北方棲姫の画の端には描かれた日付が書かれているが、手に取った
?
1012
?
?
﹁経費削減の名目で、先週から書類に使う藁半紙の製造元が替わりま
してね。結果的に書き損じが多くなり、使用する紙の枚数が増加、作
業効率の低下を招いています。全国の鎮守府から抗議の文書が上層
部に送られているようですから、直ぐに元に戻るでしょう。﹂
相変わらずの早口でまくしたてる提督だったが、長い事この提督の
指揮下で戦ってきた朝霜にとっては日常の一角であり、上層部への呆
れ以外の感情は浮かんでこない。手に持ったままだった北方正姫の
絵を綺麗にまとめてテーブルの端に置く。その上に、ついさっき彼女
が書き終えた零戦の画が無造作に乗せられた。
﹂
﹁なあ、ほっぽ﹂
﹁ナンダ
﹁偶にはさ、アタイの画とか書いて﹂
﹁嫌ダ﹂
言い終わる前に断られて朝霜の顔が若干ひきつった。
﹁私ハ、飛行機以外ハ書カナイ主義﹂
ちっちっちと人差し指を立てて横に振る。年下の子供にバカにさ
れたような何とも言えない微妙な気分になってしまった。
﹁あ〟⋮﹂
紙の破ける音が響き、その部屋の主が妙な声を出して固まる。その
近くで資料の整理をしていた秘書艦の空母娘は、ちらりと声の主を見
るだけで再び自分の仕事にとりかかった。
﹂
﹁なあ、加賀さん﹂
﹁何かしら
﹂
?
突っ伏していた。
﹂
﹁絶対に紙が破れない万年筆とか、無いかな
﹁あるわけないでしょう。どうかしたの
﹁アト、一文字ダッタノ二﹂
﹁はい、新しい紙﹂
?
1013
?
加賀が真津の方を見ると、彼は重厚な執務机に上半身を投げだして
?
無慈悲にも差し出される藁半紙を、真津は何処かうつろな瞳で受け
取る。
﹁もう、ゴールしても﹂
﹁だめです。それと一五〇〇から佐世保司令部で会議が有るのでそれ
までには終わらせてください﹂
﹁畜生、上層部の馬鹿野郎﹂
口から恨み言を吐きつつ、万年筆で破れてしまった藁半紙をぐしゃ
ぐしゃに丸めてゴミ箱へ投げつけた。
通路の中を一台のジープが進んでいく。通路の材質は耐火性セラ
ミックと聞いたが一見只の鉄のパネルにしか見えない。通路の天井
に取り付けられた照明器具からは白色の光が降り注ぎ行く手を照ら
している。
﹁それにしても、艦の中を車で走るとはな﹂
木曾の言うように、彼女達が乗るジープが走っているのはソロン鎮
守府の地下通路では無い。超大型航空戦艦加久藤の3胴艦を構成し
ている中央の戦艦部分、そこを前後に貫く通路を、3人を乗せたジー
プは走る。
﹁全長が数百mにもなると、流石に徒歩では迅速に移動できないから
な。緊急時に必要な人員が移動でくたびれてしまえば致命的だ。﹂
ハンドルを握る加久藤が答える。
﹁このジープ、エンジン音がかなり少ないですがもしや﹂
﹁バッテリーで動く電動車両です。しかも、インホイールモーターで
すから、4輪操舵が可能になっています﹂
インホイールモーターは車輪の中に駆動用のモーターを取り付け
る方法で、駆動力が直接ホイールへ伝わるためにギアや駆動軸による
エネルギー損失が無く、またドライブシャフトを介さずに直接車輪を
駆動するため、舵角の制限が緩く、直進状態から真横にまで車輪を旋
回させることができ、超信地旋回や平行移動が可能になる。加久藤な
どの様に、ウィルキア帝国によって建造された超兵器の、その図体に
1014
よる人員の迅速な移動の問題を解決するためには艦内を走行できる
車両は必要不可欠だった。
初めは艦内に普通のジープを走らせることで問題の解決を図ろう
としたが、内燃機関による排気ガスの処理が問題になった。排気ガス
の処理システムを構築するのは当然考えられたが、被弾による処理装
置の故障で、艦内通路の換気が出来なくなれば車両は使えず、最悪の
場合艦内に排気ガスが充満する事も有りえた。また、ジープでは人員
の大量移動がしづらいと言う問題も指摘された。しかし新規で車体
の設計をしなくていい分コストの削減には役立ちそうで、さらにやろ
うと思えばその車両を上陸作戦に転用することも可能だった。
次に兵員の大量輸送が可能で換気の必要が無い電車を走らせるこ
とで問題の解決を図るが、被弾時に線路がやられてしまえばそれだけ
で使い物にならなくなる。
最後に、2つの案のいいところどりをすることでインホイールモー
ター搭載の電動車両案が誕生する。車体は現在生産されているジー
プの物を出来る限り流用することでコストの削減に努め、電気駆動に
よって排気ガスの問題を解決する。大量輸送に関してはジープとは
別に大型のトラックも電気駆動化して搭載することである程度の輸
送能力を確保。更に航空甲板や舷側へ続くハッチとクレーンを設け
ることで、上陸作戦で必要になった場合は、上陸用舟艇さえあればそ
のまま転用できるようにした。
インホイールモーターによる高い機動性能は車両にとっては狭い
艦内通路を駆け抜けるのに役に立ち。初めは試験的にデュアルクレ
イターでのみ利用される計画だった艦内電動車両は、瞬く間に全ての
超兵器へと導入されたのだった。
﹁しかし加久藤君、戦闘中にこの通路に浸水すれば大変な事になりま
せんかねぇ﹂
﹁この通路自体にそれなりの強度が有る上に艦の舷側から距離を取っ
て存在していますから、魚雷で傷つけることはまず不可能、対艦徹甲
弾が直撃しない限りは穴は開きません。それに各所に瞬時に展開で
きる隔壁や、強力な排水ポンプが有りますから問題は有りません。さ
1015
て、そろそろです。﹂
車両の速度が落ちて、とある角を曲がると数台の車両がひしめき合
う駐車場の様なスペースが有った。車を降りて近くにあったハッチ
を 開 け る と、途 端 に 腹 に 響 く 重 低 音 が 奏 で る 協 奏 曲 が 鼓 膜 に 届 く。
ハッチの向こうは巨大な部屋を貫くキャットウォークが見えた。
﹁此処が本艦の心臓部、超兵器機関の有る機関室です。﹂
巨大な部屋の天井を碁盤の目のように走る頑丈なキャットウォー
クのすぐ下には、紺色と紫を基調とした見た事も無い物体が横たわっ
ていた。初めて超兵器機関を目にする2人の特警の捜査員には、これ
が機械らしいと言う事以外の情報を、視覚から得ることは出来なかっ
た。真っ先に感じたのは、得体のしれない機械と言う事だけだ。床以
外にも、壁や天井を毒々しい色のパイプがはい回って隔壁を突き破り
消えている。
キャットウォークを歩きながら下を見下ろすと、超兵器機関のすぐ
上にも設けられた通路に白衣を来た人々がファイルやグラフを手に
走り回っているのが良く見えた。
﹁これが本艦の超兵器機関です。今はアイドリング状態なのでそこま
で酷い騒音は有りませんが、全力運転状態ではこの部屋の騒音値は1
20dbを越えるので基本的には完全に閉鎖されます。﹂
加久藤に説明を受けながらキャットウォークを歩いていくと、部屋
の天井の角から突き出す施設へと足を踏み入れる。その施設は飛行
場の管制塔の上部を天井の隅に貼り付けた様な形をしていた。部屋
の中は思ったよりも4倍ほど広くそれまでの腹に響くような重低音
のアイドリング音は聞こえてこない事を見るに、完全な防音対策が施
されているのだろう。
﹁ここは中央主機関観測室。部屋の中央の階段を上がれば中央主機関
制御室です。﹂
部屋が4倍ほど広いと杉本たちが感じた原因は中央主機関観測室
の位置にあった。超兵器機関の収まる機関室は巨大な隔壁によって
概ね4つに区切られており、真上から見ると田の字型に隔壁が配置さ
れていた。中央機関観測室はこの田の字の中央に存在しているため、
1016
機関室から入る時には観測室の4分の1しか見えなかったのだ。
加久藤に続いて中央の階段を上がると、各種のコンソールとモニ
ターがひしめき合う制御室にでる。オペレーターの為の座席も用意
されているが、そこに座っているのは白衣を纏ったわずかな人々だけ
だった。
部屋の中央で部下から手渡された書類に目を通していた白髪の男
﹂
性が、部屋にあがってきた加久藤達に気づく。
﹁加久藤、その方たちは
﹁佐世保第3鎮守府付きの特警の人達だ。この頃発生したホワイトア
ウトについて調べている。﹂
杉本と木曾が自分の名を名乗ると、納得したかのように白髪の男性
は頷いた。
﹁そうでしたか。私はこの加久藤で超兵器機関の解析を行っている、
艦政本部第9部の大原と言います。﹂
﹁艦政本部には第8部までしかないと聞いてしましたが、第9部とは
﹂
機関の解析を主目的にしているので、他の部署よりも研究部所と言う
﹂
趣が強いです。部長の私も、もともとは帝都の大学で物理学の研究を
やっていましたから。﹂
﹁それでは、教授か博士と呼んだ方がいいでしょうか
お好きにどうぞ、と大原はお道化たように答える。
大原がとある多目的モニターの前に全員を移動させると、コンソー
﹁構いませんよ。さあ、こちらのモニターの前にどうぞ。﹂
たいのですが﹂
しよろしければ、この機関について解っていることを教えていただき
﹁いえ。ボクたちが来たのは超兵器機関をこの目で見る為でして。も
申し訳なさそうな顔をする大原に、杉本は問題ないと返した。
れに関してのさらに詳しい説明は難しいのですが﹂
すが、残念ながら解っている情報は全て加久藤に渡しているため、そ
﹁さて、先に起こったホワイトアウトに関する調査と言う事らしいで
?
1017
?
﹁第9部は最近できた部署ですから仕方がないでしょう。主に超兵器
?
ルを操作してある物を映し出した。葉巻型の2本の物体の中央部を、
それよりも若干細い構造物が2つを接合しており、上から見るとちょ
うどアルファベットのHの様な形をしていた。その構造体の表面は
﹂
紺や紫で塗装されており、全体的に毒々しい雰囲気を与える。
﹁こいつは、超兵器機関
﹂
した電力を用いて推進器を回転させて言ます﹂
﹂
﹁よくご存じですね、木曾さん。貴方の言うように、超兵器機関で発電
みたいなやつだっけ
﹁IEPっつーと、ポルシェ・ティーガーのガス・エレクトリック方式
事が出来ます﹂
は膨大な量の電気です。そのため、加久藤の推進方式はIEPと言う
﹁超兵器機関は其れそのものは回転運動を生み出さず、出力されるの
て1mほど伸ばした。
大原は白衣のポケットから伸縮式の指揮棒を取り出すと、一振りし
きませんが、おおよその形は判明しています﹂
﹁そうです。今は隔壁で区切られてますから全貌を直接見ることはで
?
﹁超兵器機関の最大出力はどれぐらいでしょうか
﹂
﹁不明です﹂
﹁不明
?
﹂
力を上げて行くと観測機器や艦自体が先に限界を迎えてしまい、その
全力を我々が見ることはできないのです。﹂
﹁艦自体がって、加久藤の技術をもってしてもか
にすぎないのかもしれない﹂
したら、いま私たちが感じ取れる超兵器機関の能力は本来の力の数%
の機関の能力を引き出しているとは到底言う事は出来ない。もしか
それと同じなのだ。超兵器機関技術による恩恵を受けたとしても、こ
と思えるかもしれない。だがしかし、私たちから見た超兵器機関も、
﹁君らからしてみれば、私の技術は常識の範疇外であり、ある種の奇跡
縦に振った。
驚いたような表情を加久藤へ向ける。艦息はそうだと小さく首を
?
1018
?
﹁超兵器機関の出力する電力の量は簡単に調節できます。しかし、出
?
﹁本来の力、ですか。﹂
杉本が顎に手を当てる。全長が1km近い巨艦を40
ろですね。﹂
﹂
﹁超兵器機関は戦艦部分のみに搭載されているのですか
加久藤が杉本の問いに答えた。
﹂
以上の速
﹁加久藤の建造記録です。ちょうど超兵器機関を組みつけているとこ
ドックに収まった作りかけの船体の巨大さが解る。
り 巨 大 な 部 類 に 入 る 機 材。そ れ が 芥 子 粒 の 様 に 見 え る と 言 う 事 は、
みると各種の重機であることが分かった。それも、重機の中でもかな
かがうごめいているのが見える、最初は人かと思ったがよくよく見て
られようとしているH型の超兵器機関が移る。画面のあちこちを何
画像が切り替わると、ドッグの中に固定された船体と、それに収め
で火山から〟出土〟します。﹂
機関の一部です。ごらんのとおり、超兵器機関は各部が破損した状態
﹁これはイタリアのヴェスヴィオ火山から発掘されかけている超兵器
﹁超兵器機関
ている見覚えのある巨大なぶった。
モニターに表示されたのはどこかの火山と、その山腹から突き出し
﹁この画像をご覧ください。﹂
と、好奇心が沸き上がってくる。
ては朝飯前の事なのかもしれないと考えると言いしれない恐ろしさ
度で航行させるのに必要な膨大なエネルギーすらも、この機関にとっ
?
器ノイズと呼ばれる特殊な電磁波はその代表例ですが、我々科学者が
﹁超兵器機関には様々な特徴があります。No.13波形、通称超兵
の様な質感だった。
には微かな光沢があり、金属と言うよりもセラミックやプラスチック
画面が切り替わり、超兵器機関を間近でとらえた映像が映る。表面
を搭載するのがベストですので。﹂
本艦は緊急用の補助機能が有り、それを運用するには戦艦部分に機関
用のモーターと緊急用バッテリーさえあれば事は足ります。それに
﹁一基だけでも十分すぎる電力を生み出すので、両舷の空母には推進
?
1019
!?
持っとも興味深いと考えているのは別の場所にあります。これは、直
接見てもらった方がいいでしょう。﹂
此方へどうぞ、と大原が一行を先導して管制室を出る。しばらく通
路を歩き、数分後にとある部屋に到着する。部屋の中はどこかの研究
室の様に様々な観測機器が運び込まれ、白衣を着た研究員が歩き回っ
ていた。
﹂
﹁加久藤に備え付けられていた研究設備をそのまま利用させてもらっ
ています。﹂
﹁加久藤に備え付けられていたって⋮戦闘艦に研究室
﹁私たちの世界でも超兵器機関は謎だらけだった。こうやって兵器に
転用する技術はそれなりに確立されたが、解らない事はまだまだ多
い。研究をするなら機関の傍がいいと言う事で、超兵器には超兵器機
関研究所が設けられている。幸い、艦内の容積はべらぼうにあるから
な。設置場所には困らない。﹂
彼は意図的な諧謔味を含ませた笑みを木曾に向けた。
﹁これを見てください。﹂
﹂
大原が指差した先には、机の上に紺色と紫色の塊が鎮座していた。
大きさはマグカップ程度。
﹁これは、超兵器機関の一部ですか
﹁らしいって
﹂
れていましたからね。私たちが直接採取したことがあるのは、もっと
小さな破片です。﹂
﹂
木曾の問いに応え乍ら、大原はその超兵器機関のサンプルを手に取
る。
﹁杉本少佐、持ってみますか
﹁ぜひ、お願いします。﹂
う多めに見積もっても500gあるかどうかだった。
た。この大きさの金属の塊なら優に1㎏を越えるだろう。しかし、ど
超兵器機関を受け取った杉本が感じたのは、まず軽いと言う事だっ
?
1020
?
﹁そうです。右側の超兵器機関から切り出したものらしいです。﹂
?
﹁この研究所には最初からいくつかの超兵器機関のサンプルが保管さ
?
﹁軽いですねぇ、それに、少しばかり熱を持っているようです。﹂
サンプルを回して様々な角度から眺める。広範な知識をもつ杉本
ですら、これが何処の部品なのか皆目見当もつかなかった。
﹂
﹁その熱が問題なのですよ。少佐、熱を持っていると言う事はどうい
うことかわかりますか
木曾にサンプルを渡しつつ、杉本は有りえない答えだと思いつつそ
の問いに答えた。
﹂
﹁このサンプル。いえ、超兵器機関は未だに駆動しエネルギーを生産
し続けていると言う事ですか
﹂
力なく、白衣の研究者は首を横に振る。
﹁超兵器機関の最小単位と言うのは観測出来たのですか
﹂
細胞生物、超兵器機関は細胞群体と言えるかもしれません。﹂
の出力を生み出す機関となる。生物に当てはめると、我々の機械は多
エンジン
で機関として完成しており、それが多数集まることによってけた外れ
を持ちます。しかし、超兵器機関は違う。個々の極小機関はそれ単体
な意味を持たず、正確に組み合わさることで初めて機械としての機能
マシン
来るでしょう。我々の生み出した機械は、個々の部品はそれほど大き
﹁少なくとも、人類の生み出した機械とは方向性が違うと言う事が出
た巨大な機関と言うのが人の出した答えだった。
加久藤が杉本の答えを肯定した。極小機械、ナノマシンで構成され
の集合体という結論が出ています。﹂
﹁恐らくですが、間違いないでしょう。ウィルキア帝国でも極小機関
﹁ごく小規模の機械の集合体と
杉本は、大原の言葉を続ける。
関は﹂
も、ごく微量ですがエネルギーを放出しているのです。つまりこの機
﹁更に面白い事に、この機関をヤスリで削ったところその削り屑自身
事ですか。いやはや、面白い機関ですねぇ。﹂
﹁時計から取り外した歯車が、そのまま時計として働いていると言う
るのです。これは、人類の科学史上では有りえないことです。﹂
﹁そうです。巨大な機械の部品が、それ単体で機関として駆動してい
?
?
?
1021
?
﹁残念ながら。この研究室には我々の物よりも性能の良い電子顕微鏡
が有るのですが、それでも観測することはできませんでした。と言う
﹂
よりも、電子顕微鏡では観測が出来ないのです。﹂
﹁それは如何して
﹂
理なのか
これだけデカけりゃメンテナンスハッチぐらいあるだろ
﹁じゃあよ、加久藤の今動いている超兵器機関を丸ごと調べるのは無
ろありません。﹂
顕微鏡では限界がある。直接超兵器機関を解析する方法は、今のとこ
使い物になりません。残されるのは光学式顕微鏡のみですが、光学式
微鏡からの電子線を攪乱してしまうのです。これでは、電子顕微鏡は
に当ててサンプルを観測します。しかし、超兵器機関のサンプルは顕
﹁電子顕微鏡と言うモノは、走査型であれ透過型であれ電子線を対象
?
﹁何故
﹂
きませんでした。﹂
かし、その中に入ったところで超兵器機関の駆動原理を知ることはで
通り確かにメンテナンスハッチらしきものは無数に存在します。し
兵器機関は極小の機関が集まって形作る機関なのです。貴方の言う
﹁それは意味が無いのですよ、木曾さん。先ほどお話しました通り、超
?
に行っています。﹂
﹁その通りです、杉本少佐。そこで、我々は新しい技術の発掘を優先的
問題ではないのかもしれませんねぇ﹂
﹁超兵器機関が極小機関の集合体として働くのであれば、姿かたちは
言っていましたね﹂
で機械として成り立つのなら、技術者と芸術家の垣根は無くなる〟と
中にも機械工学が専門の者がいますが〟こんな出鱈目な配管や配線
剤でつなげただけのオブジェが一番近いのではと思います。我々の
が何もない素人が、スクラップの山から適当な部品を持ってきて接着
持たずただそこにあるだけの物体なのです。そうですね、工学の知識
ボックスの様なものでひしめき合っていますが、そのどれもが意味を
﹁メ ン テ ナ ン ス ハ ッ チ の 中 は 無 数 の 配 管 や コ ー ド、シ ャ フ ト や ギ ア
?
1022
?
﹁発掘、ですか﹂
大原はあえて開発や発見では無く、発掘と言う言葉を選んだことを
海軍少佐は違和感を覚えた。
﹁はい、発掘です。実は、超兵器機関は其れそのものが機関であり高性
加久藤君。﹂
能な電算機でもあるのです﹂
﹁そうなのですか
赤目の艦息は頷き、言葉を続けた。
﹁ウィルキア帝国での超兵器機関研究による技術発展は、この超兵器
機関の電算機の記憶領域からサルベージされたデータをもとにした
のが大半です。軸流式ジェットエンジン、LSI、コンピュータウィ
ルス、防御重力場理論等、超兵器機関から得られたデータは数々のブ
レイクスルーを引き起こし、技術開発の加速を引き起こしました。ま
た、サルベージ出来るデータの中には新しい理論の式だけでなく、そ
の理論を用いた数々の兵器の設計図や、製造するために必要なマザー
マシン、合金の生成方法まで多岐にわたります。しかしこのサルベー
ジにも問題が多く。狙ったものを見つけることは出来ず、その殆どが
超兵器機関を電子的に解析しようとした結果の副産物です。﹂
﹂
﹁その回収したデータ群から製造できる兵器を、俺達が利用できない
のか
の世界で第二次世界大戦が勃発したころとあまり変わらず、技術レベ
ルも同じぐらいの筈だ。ウィルキア帝国が超兵器を用いて出来た最
新鋭兵器の数々を、大日本帝国が再現できない道理はない。
しかし、現実は日本にとって厳しい物だった。
﹁今の大日本帝国には、この数々の技術を利用できるほどの力が有り
ません。現在でも深海棲艦の侵攻を抑えられているのは奇跡と言っ
例えば、菊花にここから得ら
ていいのに、超兵器技術を全面的に導入することは⋮﹂
﹁だが、一部ならできるんじゃないのか
れた最新型のジェットエンジンを搭載するとか、外付けの機関砲を再
?!
﹂
現するとか。ウィルキアだって出来たのに、俺たちにできない道理は
ないだろう
?
1023
?
木曾の問いはもっともだった。超兵器が暴れまわったのは、こちら
?
﹁状況が違うんだよ。﹂
木曾が加久藤の方を見ると、艦息は机の上にあった超兵器機関のサ
ンプルを弄んでいた。その眼はサンプルでは無くどこか遠くを見て
いるように思える。
﹁ウィルキアは、ヴァイセンベルガー元帥は随分前から超兵器の存在
を知り、来るべき時にウィルキアが急激な技術革新に耐えられるよう
に準備を行っていた。様々な資源を蓄え、発展させるのに効率の良い
開発ルートを模索し、一部の技術者たちを集め教育していった。超兵
器の存在を明かした後で、猛烈な勢いで兵器開発を進めて行った。量
産ラインが毎週変わるほどの猛烈な発達速度、高性能な電算機で補助
することによって人を補助し、訓練時間を大幅に取り除くことで兵器
の発展に人間が耐えられるようにした。しかし、今の日本ではそれが
出来ない。﹂
ごとり、と超兵器機関のサンプルを机の上に戻す。
﹁時間、金、資源、その全てが足りない。まず必要なのはコンピュー
ターだが、今の日本にLSIを作る余裕は無い。太平洋戦争と深海棲
艦との戦争で破壊された工場を必死で直しているのが現状だ。その
工場で生産される部品は、大部分が民間へ流れ戦災の復興に当てられ
ている。今、日本が戦えているのは艦娘と妖精さん、工廠によるもの
が大きい。﹂
鎮守府に有る艦娘などを建造したり、装備を開発する工廠は、資材
を消費したうえで妖精さんによって建設される。そこに人間の工廠
で作る製品は必要なかった。ホタカや加久藤と言う秘密兵器の塊を
得たとしても、今の日本にそれを十全に生かす下地が整っていなかっ
た。国民の暴動を抑えるために民生品に工業力を割り振り、軍事方面
は 妖 精 さ ん の 工 廠 に 任 せ き り と 言 う 戦 略 が こ こ で 裏 目 に 出 て い た。
しかし例え工業が万全でも、艦娘に必要な膨大な資源を輸送している
輸送網に、これ以上の負荷をかけるのは現実的では無かった。
戦前から資源を世界中から集め、戦争の傷も無い所でゆっくりと下
地を整えられたウィルキアに対し、今の日本の現状は過酷だった。
消化不良、そんな言葉が木曾の頭の中をよぎった。
1024
﹁今の私たちの役目は、一刻も早くこの超兵器機関の技術を国へ還元
し、超兵器機関の謎を解明する事です。今、手元にあるサルベージ出
来た設計図は今の帝国の手に余る物ですが、まだまだ未解析のデータ
ベースは山の様にあります。その何処かに、今の帝国でも運用できる
技術が必ずあるはずです。なんとしても、それを見つけなくてはなり
ません。もう二度と負けないために﹂
その後、2,3話をしているとそろそろ帰らねばならない時間に
なってしまった。大原は、彼らを中央機関観測室にまで送っていく。
ガラスの向こうには毒々しい色の超兵器機関が横たわっていた。
﹁もう少しお話を聞きたかったのですがねぇ﹂
﹁いつでも、お越し下さい。私は何時でも歓迎しますよ﹂
どうやら大原は、本心から言っているようだった。
﹁では、また会いましょう。ああそうだ、最後に一つだけ﹂
﹂
﹂
1025
﹁何でしょうか
﹁科学は、いったいどのようなものと考えていらっしゃいますか
生存圏を飛躍的に拡大させることができたのです。人類が得た外部
位で得ていた特殊な能力をごくわずかな時間で、同党の能力を習得し
ことを選択しました。その結果、今まで他の生物が数万年、数億年単
器官を発達させることで自分たちが住めるように環境の方を変える
体自体を進化させ環境に適応するのではなく、道具と言う一種の外部
無いと私は考えているのです。人間は他の野生動物の様に自分の身
﹁私たち人間のちっぽけな掌に科学が収まったことなど歴史上一度も
そこで言葉を切り、強化ガラスの向こうの超兵器機関を見る。
ば破滅するのはどちらも同じです。﹂
持っていますが、最終的な決定権は常に人間に持たせます。道を誤れ
﹁理性は有っても、悟性は無い。悪魔は人間よりも遥かに強大な力を
﹁ほぅ﹂
﹁悪魔、ですかね。﹂
に手を当てて一瞬逡巡した後に口を開く。
眼鏡の奥の杉本の視線は、白衣の男性に固定されていた。大原は顎
?
?
器官、すなわち科学技術は人間の繁栄を約束したのです。しかし、結
果的に人類は恐らく地球史上もっとも多くの同胞を殺した生物種と
なっています。これが全て、科学の所為だとは言いませんが、科学が
それを手助けしたのはまぎれもない事実です。そして、今我々の目の
前には科学技術の生み出した、悪魔的と言っていいほどの秘密技術の
塊が有る。﹂
それでも、と大原は暗い雰囲気を吹き飛ばすように声を上げた。
﹁それでも、我々は研究を続けるしかない。人類が技術を手にしたそ
の時から、悪魔との契約が始まったのです。血反吐を吐いても、新し
超兵器技術
い発見を積み重ね、理論を構築し、技術へ落とし込む。今の私たちに
はこの悪 魔を絶対に支配できません、ですが上手く付き合う方法ぐ
らいは有るはずです。それを見つけるために我々が、艦政本部第9部
が存在すると考えています。﹂
杉本と木曾が見た大原の瞳には、先の見えない戦いへの不安と好奇
1026
心、そして熱意が確かに存在した。
ソロン要塞の中を木曾の艦体が停泊している港へ向かってジープ
が走る。ハンドルを握った木曾は、先ほどの大原の言葉を思い返して
いた。
│││││科学技術、悪魔と付き合う方法か
深海棲艦の出現から4
兵器と人間を結ぶミッシングリンク、艦娘。兵器としての艦
彼は科学技術を悪魔に例えた。それならば、自分はいったい何なの
だろう
体と人間としての肉体を持つ生命体。
│││││そもそも、艦娘ってなんなんだ
あれは﹂
杉本の言葉に、木曾の意識が浮上する。ちょうど、前方からくる別
﹁おや
付けないと満足な捜査も出来ないな。
│││││真相は全て闇の中。それ以前に、深海棲艦と超兵器を片
カーブを曲がると、目的地の港が見えてくる。
終的には解らなかった。
年後に出現したらしいが⋮詳しい所は機密だった。杉本さんでも、最
?
?
?
のジープとすれ違うところだった。その車両の後部座席には、海軍将
﹂
校らしき人物が座っていたのが見えた。
﹁どうかしたのか
﹁いえ、先ほどの車に大本営の森原中佐が乗って居ましてね。出来れ
ば挨拶をして起きたかったのですが﹂
﹁時間的に無理だ。この輸送艦隊を逃すと、帰るのが遅くなるよ﹂
﹁ふむ、それならば仕方がないですねぇ﹂
港に停泊している艦体では、木曾の指示で既にボイラーには火が淹
れられ、煙突からは黒い煙が立ち上っていた。
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂
1027
?
STAGE│53 佐世保強襲
甲高い金属音が響き渡る空間にソレは存在した。光の当たらない
機構の奥底に潜り込んだソレは、甲高い金属音を発する構造物を徐々
に浸食もとい捕食していった。ソレを構成する最小単位の粒が、機構
を構成する金属に触れたかと思うと、金属は即座に消え去り、それま
で金属の有った場所にはソレとまったく同じものが存在していた。
﹁電探、音探共に敵影なし。順調ですな﹂
副長からの報告にホタカは鷹揚に頷いた。翔鶴型の巡航速度18
に合わせて航行すること数日、正規空母2隻と高速戦艦1隻の歪な
艦隊は佐世保鎮守府まで直線距離で約600km、奄美大島沖200
kmの東シナ海上までたどり着いていた。これまでの航海で深海棲
艦の触接は無く、電探から照射される電波は何もない空間を貫きモニ
ターには敵を表す輝点は描かれない。例外として、後方30km地点
を佐世保第2鎮守府の軽巡と駆逐艦から成る水雷戦隊6隻が航行し
ている。恐らく遠征帰りだろう。
﹁解った。この分なら邪魔されずに佐世保へ帰れそうだ﹂
﹁幾ら改造したと言っても、ドンパチやらずに済むならそれに越した
ことは無いですからなぁ﹂
のんびりとそんな事を言いながら、副長はコーヒーカップを傾け
た。現在時刻は午後3時を少し回ったころで、空は雲も少なくほぼ快
﹂
晴と呼べる天気だ。艦内のCICは空調が効いて肌寒いほどだが、艦
の外はまだまだ気温が高い。
﹁そう言えば、そろそろ台風の季節だ。副長、気象レーダーは
﹁勢力は解るか
﹂
﹁探知限界ギリギリに大型の低気圧を確認、方位は1│9│5です﹂
?
ホタカの贅沢と言える言葉に、彼女は呆れたような顔をした。
﹁気象衛星があればよかったんだが、贅沢は言ってられないな﹂
は解りますが⋮﹂
﹁だめですね、少々距離が有り過ぎます。かなり大型らしいと言うの
?
1028
?
﹁ミサイルも満足に出来てない大日本帝国に無茶言わんでください﹂
彼が元居た世界では、大戦終盤ごろにドイツ共和国が世界で初めて
偵察衛星を打ち上げており、それに続くように各国もこぞって人工衛
星を打ち上げるようになった。大気圏外を高速で移動する人工衛星
は戦略偵察と気象観測に大いに貢献したが、それらの人工衛星の登場
はロケット技術の進化の副産物でもあった。
例によって超兵器機関からサルベージされたロケット関連技術、中
でも大型宇宙ロケットにウィルキア帝国は最初大きな関心を持たな
かった。いくら設計や開発の時間が大幅に軽減されるとはいえ大気
圏外まで人工物を投げ飛ばす技術の実用化には多額の資金が必要に
なる。その頃の帝国では超兵器と艦船の建造に国家のリソースの多
くを割いていたため、対空、対艦用途に使われる小型ロケット│││
││各種ミサイル│││││の開発には積極的だったが、大型宇宙ロ
ケット技術の実用化には積極的では無かった。
サルベージされたものの中には大陸間弾道ミサイルの技術も有っ
たが、帝国としては既に超兵器と言う戦略兵器を保有していたため必
要とは言い難かった。わざわざ大型のミサイルを作って飛ばすより
も、必要な場所へ超兵器を差し向けて蹂躙すれば済む事であったから
だ。
このまま忘れ去られるかと思われたロケット技術だったが、ウィル
キア解放軍とドイツ共和国の共同作戦によって超兵器機関の技術が
奪取されたことが転機となる。
アイスランドの超兵器機関研究室からドイツ軍の諜報員が入手し
た情報の中には超兵器機関が存在する場所のデータ以外に、大型宇宙
ロケット技術のデータも有った。反帝国陣営も、最初は莫大な金がか
かるこの計画を実行に移すことに乗り気ではなかったが、紅海での惨
劇を受けて考えを入れ替える。
もしもあの特殊爆弾がロケットに搭載されたら。
いつでもどこでも大量破壊の恐怖におびえなければならない事を
実感した反帝国陣営の首脳部は恐れおののき、即座に開発計画をス
タートさせた。ほぼ同時期に、ウィルキア帝国からの大陸間弾道弾に
1029
よる特殊弾頭攻撃を防ぐための対抗措置も研究され始める。
暫くの後大陸間弾道弾は完成したが、ついにこの戦争で大陸間弾道
弾が使われることは無かった。大陸間弾道弾はその価格に対してペ
イロードは大きくない。当初は特殊弾頭を組み込むことで火力を補
おうとしたが、ここで大きな問題に直面した。
大陸間弾道弾に特殊弾頭兵器を搭載する実験が行われる直前、帝国
からの有る警告が反帝国陣営にもたらされた。要約すれば、帝国も大
陸間弾道弾の開発に成功したと言う事だった。これでは、特殊弾頭I
CBMを使用すれば世界中に紅海での新型爆弾が届けられることに
なる。
これに慌てた反帝国陣営はウィルキア帝国と交渉し、大量破壊兵器
の 弾 道 ミ サ イ ル へ の 搭 載 を 双 方 が 禁 止 す る と 言 う 条 約 を 締 結 し た。
どちらも戦争を継続する意思は有るが、全滅覚悟で戦争を続ける気は
無かった。現行の特殊弾頭兵器自体は都市部への攻撃を禁止する事
1030
のみにとどまる。帝国も反帝国も多数の敵を一度に薙ぎ払える特殊
弾頭兵器を捨てる気にはならなかった。
ホタカなどに搭載されているトライデントの弾頭には特殊弾頭が
搭載されているが、この条約で規制されることは無かった。最大射程
が2500kmと破格ではあるが、流石のトライデントでも最大射程
を得るためには速度を落とさなければならず、回避機動も取れない。
真っ直ぐ飛んでくるミサイルを撃ち落すことはこの時代では難しく
なく、帝国にとって脅威となりえなかった。
最終的に反帝国陣営は条約によって特殊弾頭の搭載できなくなっ
た弾道ミサイルを宇宙ロケットへと改造し、各種衛星を打ち上げる方
向へ舵を切ったのだった。
﹂
﹁ところで艦長、この頃瑞鶴さんが来てませんけど、喧嘩でもされたの
で
ラバウル鎮守府からの帰還の途にある2隻の正規空母には燃料や
彼女達は輸送艦とそう変わらないから問題ない﹂
﹁大方、翔鶴と話し込んでるのだろう。積もる話もあるだろうし、今の
アホ、と副長を呆れたような目で見る。
?
ボーキサイトなどが、格納庫へ目いっぱい積み込まれており艦載機は
装備していない。両舷の対空火器は使えない事も無いが、護衛のホタ
ここまで来ればそうそう敵艦隊は居ない
カの事を考えると例え襲撃を受けても出番は無さそうだった。
﹁少し休まれてはどうです
でしょう﹂
﹁⋮そうだな、1時間ほど休息をとる。用があったら呼び出してくれ﹂
﹁了解﹂
艦長室に備え付けられた革張りの椅子に腰を下ろすと、小さく椅子
が軋む音が聞こえる。艦長室の中は殺風景の極みと言っていいだろ
う。部屋の壁は灰色の耐火セラミックに覆われており、備え付けの備
品もその全てが何らかの耐火性を備えている。建造当初の計画では
艦長室と言う事で木製の備品もあったが、建造工程の簡略化と火災へ
の耐性獲得のため備品は最低限に抑えられた。
暫くは背もたれに身体を預けて、天井をボンヤリ見上げていたホタ
カだったが、ふと顔を横へと向けた。そこには、艦長室でもただ一つ。
何ら耐火処理を施されていない可燃物が天井からの白い光を微かに
反射していた。
緑を基調とし、中心には白い鳥の意匠が施された旗。この世界には
本来存在しないはずの旗だった。
│││││そう言えば、僕がこっち側の世界に来て1年が過ぎたの
か。
淡い緑色のウィルキア王国旗を眺めていると、そんな事実が浮かん
でくる。
│││││ヴィルベルヴィント、ドレッドノート、アルケオプテリ
何のために
クス、デュアルクレイター、ハリマ、加久藤、そしてアサマ。何故、僕
らはこちらの世界へと来てしまったのだろう
視線を再び天井へと向けた。
?
に目的は無い。問題は、それが誰によるものかと言う事だ。
使い道なんてない。戦争中の場所に越させられたのならば戦争以外
│││││決まってる、戦争の為だ。戦う事と抑止力以外に僕らの
?
1031
?
瞼を閉じると、視界が黒一色に染められる。それでも、電探や音探
が拾った情報は常に頭の中へ流れ込んでくる。
│││││日本、と言う線は薄いだろう。ここまで疲弊した国に、
異世界への扉を開ける技術力は存在しない。だからと言って、深海棲
艦でもない。もし深海棲艦ならば何らかのコンタクトを取ってくる
はずだ。
閉じていた目を開けて、背もたれから身体を起こしデスクへ肘をつ
く。
│││││日本以外の国は、存在自体が怪しい。では、誰が。
﹃君ノ思イ通リニナルト思ッタラ大間違イダ﹄
﹂
│││││ありえ
﹁いや、そうか
頭の中で即座に否定しようとしたのを、言葉を発して更に否定す
る。言葉とともに開けられた瞼の隙間から、白色光が降り注ぐ。
│││││超兵器機関なら、究極超兵器なら莫大な量のエネルギー
を生み出せる。それこそ、時空すら捻じ曲げられるほどのエネルギー
を生み出したとしても可笑しくないだろう。安易に否定するのは、少
し危険かもしれないな。
脳裏に浮かぶのは禍々しいオーラを放つ異形の戦闘艦。底知れな
い恐ろしさを今でもハッキリと感じ取れる。超兵器機関については、
ブラウン博士が研究を続けていたがそれでも解らないことだらけ
だった。
そんな中で解った事の一つに、超兵器機関は互換性を持つことがあ
げられる。別々の艦に搭載された超兵器機関の欠片でも、組み合わせ
れば問題なく動作する事がデュアルクレイターとヴィルベルヴィン
トの超兵器機関の合成実験によって発見された。
反帝国陣営が初めて得ることが出来た超兵器ワールウィンドの超
兵器機関は、ヴィルベルヴィントからサルベージした超兵器機関の一
部とアメリカのイエローストーンで発見された超兵器機関の残骸か
1032
?
ら作られたものだった。いくら技術が発達したあの世界のアメリカ
でも、海中に沈んだ巨大な超兵器機関の全てをサルベージすることは
不可能だったため、足りない部分をイエローストーン国立公園で発掘
された超兵器機関の残骸を合わせて補われたのだった。イエロース
トーンで発見された超兵器機関は、それ単体で超兵器機関に使うには
バラバラ過ぎて出力が小さかったため、そう言う用途に使用された。
頭 の 中 で ど う に も な ら な い 理 論 や 考 え が 浮 か ん で は 消 え て 行 く。
そんなホタカに通信が入ったのはそんな時だった。
机の上に置かれた電話がベルの音をならす。それとほぼ同時にホ
タカ自身の頭の中にも外部通信が入っていると言う感覚が来る。別
に受話器を取る必要は無かったが、こういう通信機が近くにある時、
ホタカはなるべくそう言う道具を使う事にしていた。理由は特にな
い。
﹄
で 航 行 中。敵 襲 で す か
北上している。狙いは恐らく佐世保だろう。現在迎撃艦隊を準備し
﹂
ている。ホタカ達は一旦西へ退避してくれ﹄
﹁敵艦隊の規模は
﹄
?
れます﹂
?
﹁改造したばかりだからこそですよ。早いうちに戦闘を行って不具合
﹃危険だ。それに、お前は改造したばかりだろう
﹄
﹁後方の第2鎮守府艦隊に2人の護衛を依頼すれば、僕が迎撃に当た
12だが、それがどうした
﹃確認できている範囲では、戦艦2、正規空母6、巡洋艦14、駆逐艦
?
敵が機動部隊ならば、出撃する前に空襲に晒されるかもしれ
を洗い出すべきだと思います。それに、佐世保の多くの艦は整備中で
しょう
?
1033
けたたましくベルを鳴らす黒い電話から受話器を取る。らせん状
﹂
?
に成形されたコードが振動しながら長く伸びた。
今どこだ
﹁こちらホタカ﹂
﹃ホタカか
?
﹁奄 美 大 島 西 方 2 0 0 k m で す。現 在 1 8
?
﹃沖縄の哨戒機が敵艦隊を発見した。沖縄県東方180kmの洋上を
?
ません﹂
﹄
発揮可能です﹂
ホタカの提案を許可するか否か考えているようで、暫く提督の声が
途絶える。
﹃機関に問題は
﹁有りません、全速63.7
くれぐれも無理はするなよ
﹄
﹃⋮なら頼む。第2鎮守府の艦隊と合流後、ホタカは敵侵攻艦体の迎
撃に当たれ。いいか
﹁了解﹂
?
﹁状況は
﹂
微かに靡いた。
旗の傍を足早に通過したことによる微かな風で、ウィルキア王国旗が
跳ね起きる様に椅子から立ち上がり、艦長室を後にする。ホタカが
ない。
この世界に来た理由はなんであれ、〟敵〟を叩くと言う事に変わりは
│││││いろいろ考えてみたが、今となっては詮無き事だ。僕が
す。
通話が切れた事を確認すると、半ば叩きつける様に受話器を元に戻
?
わただしく乗員が動き回っていた。
﹂
﹁後方の第2鎮守府艦隊が増速、我々が針路、速度を維持した場合1時
に減速すればどうだ
間で合流します﹂
﹁10
?
まで減速、後方の艦隊と合流する﹂
﹁それでいこう﹂と頷き、瑞鶴と翔鶴へ通信を繋げた。
﹄
﹁こちらホタカ。10
﹃なんかあったの
?
2鎮守府艦隊に護衛され、一旦西方へ退避する事になる﹂
狙いは恐らく佐世保への港湾爆撃。君らはこれから後方の佐世保第
﹁敵襲だ。沖縄東方180kmに敵艦隊。針路から考えれば、奴らの
?
1034
?
?
ホタカがCICに足を踏み入れると、それまでの平穏が嘘の様にあ
?
﹁約36分で合流できます﹂
?
﹃アンタはどうすんの
﹄
﹄
﹄
?
﹄
?
﹄
と、ふとそんな考えが
しながら、巨大な戦艦は東シナ海の海面を蹴立てて疾走する。
かっていく戦艦を見やる。低い煙突から殆ど色の無い排煙を空へ流
ように弄んだ。そんな事は気にもしない様に、艦娘は艦隊から遠ざ
防空指揮所に出ると何時もの様に海風が二つにまとめた髪を良い
﹃でも〟ちゃんと戻ってくる〟って事だけは約束して﹄
せた。
何かを決心したかのような、そんな声が通信機のスピーカーを震わ
﹃⋮⋮解った。それなら、もう何も言わない﹄
後方の艦隊と敵艦隊は航行を続けている。
重苦しい沈黙が、通信機越しの二人の間に横たわる。その間にも、
﹁そうだ﹂
﹃それを理解した上で、行こうってのね
﹁まあ、そうだ。敵は大艦隊と言っていいだろう﹂
中のアンタが動かなければならないほどの艦隊なんでしょ
﹃そんな艦隊なら、アンタが出なくても事足りる。わざわざ護衛任務
だった。
まう。嘘だとバレない様に極めて平静に、いつも通りに応対したはず
一瞬で嘘を見破られたことに、流石のホタカもあっけにとられてし
﹃嘘ね﹄
﹁正規空母2、重巡2、駆逐艦4だ﹂
﹃敵の数は
進出。敵艦隊を迎撃する﹂
﹁僕は君達が後方の艦隊と合流するのを確認した後、フィリピン海へ
通信機の向こうの艦娘の声が途端に鋭くなった。
?
彼をこうやって見送るのは何度目だろうか
頭をよぎる。
﹃瑞鶴、いいの
?
?
1035
?
自分の後ろに付いた姉から、気遣うような通信が飛んでくる。
﹄
﹁うん。これで、いいんだ。アタシは⋮﹂
﹃何
﹁⋮何でもない﹂
﹃そう﹄
そう言って、姉は通信を切った。ただ話すことが無くなったのか、
それとも自分の様子からこれ以上話すべきではないと判断したから
か。瑞鶴自身は後者が正しいような気がした。うぬぼれや思い上が
りではないだろう。上手くは表現できないが、姉の澄んだ金色の視線
の前では自分のなにもかもが見抜かれているような気がした。
もう一度水平線に視線を移すと、もうホタカはマストの最上部しか
見えなくなってしまっていた。
正直、心の中には不安しかない。本音を言えば首根っこを掴んでで
も行かせたくなかった。単艦で敵艦隊に突っ込むなんて正気の沙汰
では無い。勿論、彼の戦闘能力も戦績も自分は正しく評価しているつ
もりだが。それでも、胃の辺りがキリキリと痛んだ。
ホタカはいつも迷わない。真っ直ぐに、最善の手を正確に選択して
いく。一見無謀に見える今回の迎撃も、彼にとっては当然の選択肢な
のだろう。それを否定する資格は自分にはない。彼が戻ってくるこ
とを信じて見送る事しかできない。
歯がゆさは有る、情けなさも有る、無力感もある。それでも、この
現状を当然の結果だと冷たい目で見る自分も確かにいた。
〟薄汚れたお前にはお似合いだ〟
そんな暗い意志が彼女の心で鎌首を擡げる。
ホタカへの想いは捨てきれるものではない。そんな事が出来たら、
別れ際の約束なんてしない。しかし、自分はホタカと一緒に居られる
ような者では無いと言う考えも根強く彼女の心に巣食っていた。
瑞鶴の事に対しては人一倍敏感な翔鶴も、まだ彼女の抱える歪みに
気づけていない。硬く信じ込み、行動にまで現れる深い部分の意識を
くみ取れるほど、この姉妹は同じ時間を共有していなかった。
彼女の視線の先で細長いマストが遂に水平線へもぐりこむ。
1036
?
﹁敵は機動部隊だ、対空警戒を厳にしろ﹂
CICの中は戦闘直前特有の張りつめた空気が漂っていた。瑞鶴
達を護衛艦隊に預けた後、敵艦隊迎撃のため東へ進路をとったホタカ
は、電子の網を空へ張りつつ戦闘準備を急ぐ。
﹁艦長、対空レーザー砲の試射が終了しました。全基異常なし、非常用
﹂
バッテリーへの充電も完了。電力供給が立たれても一基当たり20
0回程度は照射できます。作戦はいかがしますか
ホタカがコンソールを操作し、多機能ディスプレイに周辺海域図を
投射する。沖縄の北東方向には敵艦隊を示す凸マークが描かれ、奄美
大島の北方にホタカを示す矢じりに似たマークが東進しているのが
解る。
﹁現 在 の 位 置 関 係 は 敵 艦 隊 の 進 路 へ こ ち ら が 割 り 込 む 形 に な っ て い
る。敵は空母6隻を主軸とする機動部隊だ、恐らく艦載機の発艦前に
﹂
は叩けない。敵艦載機の大群を排除した後、敵艦隊へ水上砲戦を挑む
ことになるだろう﹂
﹁対空ミサイルでアウトレンジですか
ル一発のコストの高さは変わってない。勿論、どうやっても敵航空隊
の進路上に陣取れないのであればミサイル攻撃で方を付けるが。基
本的には敵航空隊の進路上へ割り込み、対空レーザーを重点的に使
う﹂
﹁敵航空隊は高い通行料を払う事になりそうですね﹂
﹁払ったところで通す気はないがね﹂
距離300km
﹂
高度4
副長の冗談に肩を竦めて返した時、ホタカの放った電子の網が獲物
を捕らえた。
方位1│6│8
速度360km/h
!
1037
?
﹁確かに改造によって対空ミサイルの搭載量は拡大されたが、ミサイ
艦息は﹁ダメだ﹂と副長の進言を却下した。
?
数⋮400いや560機以上
﹁対空レーダーに感あり
200m
!
!
!
!
﹁また随分と、反復攻撃はしないようですね﹂
!
﹁近くに岩川基地も有るからな、数の暴力で押しつぶすつもりだろう。
本土の戦闘機隊へ連絡、敵編隊の情報を送り、迎撃態勢をとるように
要請してくれ﹂
﹁必要のない気もしますがね﹂
﹂
﹁言 う な。万 一 取 り 逃 が し た 時 に 防 空 戦 闘 機 が 上 が っ て ま せ ん で し
た、では格好がつかないだろう
多機能ディスプレイ上に、突然現れた敵航空隊の機数、高度、速度
が投影され予想進路として矢印が伸ばされた。それを見る限り、現在
ホタカは矢印に沿って南下を続けている。
﹁天気は快晴、雲量0ですが、気温が高く海水の蒸発によって海面付近
の湿度は高めです。雷撃機相手には速射砲とCIWSで対処するか、
そもそも低空に降りる前に落とす必要があります。﹂
﹁敵航空隊の目標は佐世保ないし陸上の基地だ、雷撃機は少ないと考
えていい。敵編隊の真下へもぐりこめさえすれば、レーザーは敵機の
﹂
上昇限界まで届く﹂
﹁トライデントは
遠距離でこちらの危険性が露見するのはマズイ。トライデントによ
る先制長距離攻撃は無しだ。敵編隊との距離が50kmを切り目視
で確認できるようになった後、攻撃を開始する。艦載機を落としたら
次は水上艦艇も叩かなくてはならない、トライデントの無駄撃ちは避
けるべきだ﹂
﹁偶には対帝国戦の時みたいに、後先考えず気前よくぶっ放したいで
すね﹂
﹁帝国海軍と解放軍じゃ軍艦の頭数が違うからな、仕方ないさ﹂
﹂
ディスプレイ上の輝点の群れは速度、高度をそのままに突入を続け
ていた。
﹁敵編隊、視認圏内に入ります
﹁全周波数帯で警告を行え、取り舵4、軸先を敵編隊へ。主砲、対空パ
!
1038
?
﹁敵の狙いが本艦で無い以上、交戦は極力避けるだろう。 とすると、
?
ルスレーザー、速射砲、CIWS起動、対空ミサイルVLS解放、攻
撃用意﹂
﹁全周波数帯にて警告を開始﹂
﹁主砲起動、ACSCオンライン、特殊榴弾装填﹂
﹁対空パルスレーザーオンライン、電路直結、大気浮遊物解析⋮解析完
了。有効射程距離はおよそ13km。照準用レーザー照射開始、目標
指示願います﹂
﹁速射砲、1番から5番までオンライン、初弾装填、砲塔旋回装置に異
常なし、攻撃完了﹂
﹁全CIWSスタンバイモードに移行。全自動迎撃システム起動﹂
ホタカから警告電文が敵編隊へ送られるとともに、各部の対空火器
システムがその鎌首を擡げ敵編隊を睨む。その様子をCIC要員は
逐一報告していく。
﹂
なお、敵編隊より100機が分離、高度を下げ
他の敵編隊は進路を維持したまま上昇を開始
﹁敵編隊より応答無し
ています
空を飛行するゴマ粒のような点にあわされる。僅かに上下を繰り返
直径61㎝の特殊榴弾を飲み込んだ6本の巨大な砲身が旋回し、蒼
﹁第1砲塔、第2砲塔は目標群Bを照準﹂
かう100機が突出する形となった。
二つに分け、上昇と下降を行った結果深海棲艦の艦載機はホタカへ向
降下すれば速度は大きくなり、上昇すればその分減少する。編隊を
戦闘機170、艦爆62、艦攻250の模様﹂
﹁目標群Bは上昇を続けています、現在高度4700。編隊の構成は
を停止、水平飛行に入りました﹂
﹁目標群Aは艦爆72、艦攻28です。いずれも高度2500で降下
いていく。
番号がふられていく。その間に、外部観測カメラが敵編隊の構成を暴
レーダー上でほとんど重なっている2つの編隊にそれぞれの通し
群Bとする。﹂
﹁これより降下している編隊を目標群A、上昇している目標群を目標
!
!
していた砲身は、艦体の揺れを補正しピタリと同じ場所にその切っ先
1039
!
を向け続ける。
﹁対空パルスレーザー、および対空ミサイルVLSは目標群Aを照準。
対空ミサイルはレーザーの射程外へ逃げた敵を優先的に攻撃せよ﹂
白いタライをひっくり返した様な形の対空パルスレーザー発射機
が旋回し、一部に設けられた四角形の穴からはレーザーを照射口のク
リスタルにも見える構造物が小さく突き出していた。発射機の中で
はレーザー発振器へ流し込む為の電力が渦巻き、一部の電力は照準用
の低出力レーザーとして砲口から虚空へと照射されている。
﹁目標群B上昇停止、高度6000﹂
﹁目標群A攻撃隊形へと移行、距離28km﹂
遂に、ホタカから攻撃命令が下される。上空直掩の無い一隻の戦艦
に差し向けられた100機の攻撃機は、普通の艦娘であるならば大破
必死の過剰戦力と言えた。しかし、今回ばかりは相手が悪すぎたと言
える。
殊榴弾6発の空間制圧砲撃だ﹂
飛来した6発の特殊榴弾は敵編隊を包むこむ様なポジションに到
達すると、最適なタイミングで起爆される。
﹁原型が残る機体は数えるほどだろうよ﹂
回避機動を取らない戦艦へ最大火力をぶつけるべく、出来るだけ密
集して飛行していた深海棲艦の艦載機は全方向からの巨大な衝撃波
に突然襲われる。6か所で炸裂した特殊榴弾の衝撃波は一部では打
1040
おもむろにホタカが右手を軽く上げ、躊躇いなく振り下ろした。
﹂
﹁主砲、斉射﹂
﹁発射
﹂
?
﹁如何だろうな、たかが100機の敵艦攻撃前の密集隊形に61㎝特
﹁何機残りますかね
海面を抉った砲弾は放物線を描いて敵編隊へと突き進んでいった。
囲の大気を轟かせて強烈な衝撃波を発生させる。文字通り衝撃波で
加速された6発の赤熱した砲弾が砲身から吐き出されると同時に、周
し出していく。砲身の中を進むうちに、強力な電磁力を受けてさらに
薬室に収められた装薬が燃焼し、発射ガスで巨大な61㎝砲弾を押
!
ち消し合いながらも、その大半が複数の炸裂によって増幅されて敵機
へと襲い掛かった。
一瞬にして機体構造物と搭載弾薬が圧潰し6つの巨大爆発の中で
無数の機体が爆散していく。幸運にも衝撃波にあおられて、衝撃波の
檻の外側へと弾き飛ばされた機体や、そもそも編隊からはぐれ気味
だった機体は空へ留まることを許されたが、それ以外は原型を留める
なおも突撃を敢行中
距離15km
﹂
﹂
事すらできず部品単位にまで解体されたうえで青い空へ拡散してし
﹁撃ち方始め
﹁目標群A、対空パルスレーザー射程圏まで5秒﹂
の黒雲に包み込み、飛行能力を奪い去っていく。
きつけられ踊る度に、主砲の蹂躙を逃げ延びた〟幸運〟な機体を弾片
を震わせる。砲身の下から吐き出された金色の薬きょうが甲板へ叩
先ほどの主砲発射よりもかなり軽い発射音が断続的に甲板の空気
!
まった。
﹁目標群B、残存機数12
!
﹁152mm速射砲、CIC指示の目標、撃ち方始め﹂
!
ン
レ
ン
ジ
﹂
﹁優先目標は艦攻、艦爆、戦闘機の順だ。攻撃用意﹂
イ
﹁射程圏内に進入
﹂
﹁迎撃開始﹂
﹁発射
!
パルスレーザーへと導かれる。目標を伝達された発射機はまず最初
に照準確認用のレーザーを上空を通過しようとしている艦上攻撃機
へと照射する。通常ならばエンジン、燃料タンクまたはパイロットを
狙って照射されるレーザーだが、深海棲艦の艦載機はどれがエンジン
で燃料タンクであるのか見当がつかない。そこで、照準用の低出力
レーザーは外付けされた爆弾へと照射された。
ターゲットロック、パルスレーザー照射機に備え付けられたFCS
は本命の攻撃用高出力レーザー発振器を作動させる。刹那、膨大な電
力を元に極端な指向性を持たされた細い光が照射された。
レ ー ザ ー 光 が 通 っ た 道 は 肉 眼 で 確 認 す る こ と が で き な い。レ ー
1041
!
迎撃開始の命令と目標の情報が電子回路を突っ切って8基の対空
!
ザーは光に指向性を持たせたものであり、照射される対象以外に見え
ると言う事は、光︵=エネルギー︶の集中が上手くいっていない証拠
でその分威力は落ちる。
対空パルスレーザーⅠ等では、比較的簡単に光の道を見る事が出来
たが、現在ホタカに搭載されたⅢ型レーザーは霧の中での照射でもな
い限り滅多に見ることができない。
13kmを0.00004秒程度で駆け抜けたパルスレーザーは、
航空爆弾の炸薬を異常加熱させたばかりか爆弾の裏にあった航空機
本体をその収束された熱エネルギーで貫く。数秒遅れてレーザーの
熱量により炸裂した航空爆弾の爆炎と、航空機本体の炸裂による爆発
が重なり空に歪な花が8つ咲いた。
攻撃を受けていることを悟った攻撃隊は編隊を解いて回避機動を
取ろうとするが、もはやすべてが手遅れであることを身をもって知る
ことになる。
超音速で飛来する各種ミサイル、航空機を仕留めるために開発され
た光の弓矢の前に、音の速度すら突破できない深海棲艦が逃れる術は
存在しなかった。
翼を翻し、回避機動を取ろうとした艦爆に1秒かからずに無数の赤
熱した穴が、わずかな金属蒸気と共に穿たれたかと思うと、その熱に
耐えきれなくなるように爆散する。数珠上状に連なっていた艦攻の
編隊は、隊長機から順番にパルスレーザーによって〟ミシン縫い〟に
賭けられたように穴を穿たれ、順番に爆発し黒い帯を空に描いた。
ホタカの甲板上では主砲や速射砲による迎撃の様な大音響も衝撃
波も聞こえない。せわしなく小刻みな旋回を続ける対空パルスレー
ザーが発するモーター音のみが、舷側に打ち付ける波の音と共に静か
に響く。空を見上げると、高出力のパルスレーザーによって屠殺され
ていく敵航空機がのたうち回り、天空を黒く彩っている。光の速度で
飛来するパルスレーザーを打たれた後に回避する方法は物理的に存
在せず、照射される前に回避しようにも、別のレーザーの火箭に絡め
とられはかなく散っていく。急降下して速度を稼ごうと機体を傾け
る個体もいるが、そう言う大きな回避機動をした航空機から優先的に
1042
攻撃されて行き、火だるまになっていった。
レ ー ザ ー の 照 射 開 始 か ら 3 分 と 経 た な い 間 に あ れ だ け の 威 容 を
誇った攻撃隊は壊滅し、電探に捉えられる影は戦闘機の光点ばかりと
なっている。
﹁敵編隊は撤収を開始﹂
﹁レーザー射程圏外に出るまで攻撃を続けろ、対空ミサイルVLS閉
鎖。﹂
結局使われなかった対空ミサイルのハッチが次々と閉じられてい
る間にも、対空レーザーのターゲットスコープは戦闘機を追いかけま
わし、結局120機ほどを爆散させてしまった。
﹁敵攻撃隊の退避を確認﹂
﹂
﹁攻撃隊の撤退方向に敵艦隊が居るはずだ、第2戦速。主砲弾装填、弾
種徹甲﹂
﹁砲撃戦だけでケリを付けるおつもりですか
﹁いや、敵艦隊の陣形が判明した後、護衛戦力の掃討にトライデントを
使用する。巡洋艦以下ならばHEモードで大破、もしくは撃沈できる
が、戦艦や正規空母クラスとなるとモードAPに換えなければならな
い。それに敵戦艦をトライデント無しで仕留められるように巨大な
主砲を乗せたのだから、使わなければ本末転倒だ。﹂
﹂
﹁機関長﹂
﹁どした
⋮﹂
﹂
﹁見せてみ⋮⋮⋮まあ、これ位なら許容範囲だろう﹂
﹁異常燃焼では
?
たぞ﹂
﹁あ、ホントだ。センサーや表示機器の故障ですかね
﹂
﹁それなら各種センサーがビービー喚いているだろさ⋮って、下がっ
?
1043
?
﹁8番ガスタービンの出力が、上がっているような気がするのですが
?
﹁ウィルキアの科学技術の粋を集めたと言えば聞こえはいいが、要す
るに寄せ集めも良い所だからなぁ。この戦闘が終わったら8番ター
ビンのセンサー類とっ換えるぞ﹂
﹁了解﹂
機関室を牛耳る妖精さん達はモニターを操作して第8タービンを
映し出す。機関室の光を鈍く反射するガスタービンエンジンは、甲高
い金属音を響かせながら戦艦を動作させるエネルギーを生産し続け
ていた。
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂
1044
STAGE│54 巨砲鳴動
先ほどまで艦橋の隅にある海図を眺めていた艦娘が、突然右手の掌
を耳に当てた。艦娘が味方の通信を受信する時に特別な動作は本来
必要としないが、何かしらの動作をする艦娘は特に珍しいものでは無
﹂
い。一種の癖と言っていいだろう。
﹁どうかしましたか
通信が終わる│││││木曾が耳から手を離す│││││のを見
計らって、環境の椅子に腰かけてファイルを捲って居た杉本が問いか
ける。
﹂
﹁旗 艦 か ら の 通 信 さ。こ の 先 で ど う や ら ホ タ カ が ド ン パ チ や る ら し
い、一旦西へ退避するそうだ﹂
﹁なるほど、敵の規模は解りますか
﹂
﹁了解、手が空いている奴を防空艦橋へ上げておくよ。何見てるんだ
う﹂
﹁空母6隻ですか。万一の事を考えて対空監視を厳にしておきましょ
と舳先を西へ向けていく。
取り舵と木曾が指示すると艦橋の舵輪が滑らかに回転し、ゆっくり
﹁戦艦2、空母6の艦隊らしい、護衛艦もそれなりに居る様だ﹂
?
た様な顔をした。
﹂
﹁またその整備記録か。それ見てても、ホワイトアウトの原因は書い
てないだろう
整備班の妖精さんから書類を受け取り、一読する。対空パルスレー
﹁艦長、対空パルスレーザーの消耗部品の交換終了しました﹂
羅列をせわしなく追いかけ続けていた。
曖昧な答えとは裏腹に、眼鏡の奥の視線は紙面に並べられた文字の
﹁ええ、そうかもしれませんが⋮何か、引っかかるんですよねぇ﹂
?
1045
?
杉本の開いているファイルをのぞき込むと、木曾は少しばかり呆れ
?
ザーは電力さえあれば残弾の心配はしなくていいが、800回の照射
ご と に 消 耗 部 品 の 取 り 換 え を 行 わ な け れ ば な ら な い 弱 点 も あ っ た。
消耗部品の交換自体はユニット化されたブロックを交換すると言う
一見簡単な物だったが、消耗部品ユニット自体が大型であるため専用
の重機が必要でそれなりに時間もかかった。ウィルキア海軍では規
定回数の発射に達していなくても、大規模な海戦の前にはユニットを
﹂
交換することが望ましいとされていた。
﹁速射砲の即応弾の補給は
﹁全速射砲において完了しました。弾種は対艦徹甲弾と多目的榴弾、
冷却システムも問題無し﹂
﹁ご苦労でした、戻ってよし﹂
﹁失礼します﹂
﹁艦長、機関科から報告のあった第8タービンでしたが特に異常は無
さそうでした﹂
整備妖精と入れ替わりにCICへ入ってきた副長が、くたびれた風
な声で報告する。
﹁早かったな、副長﹂
﹁艦長が急がせたんでしょうが。それはそれとして、第8ガスタービ
ンを一旦停止させて点検しましたが、どこもかしこも異常なしです。
と言っても、洋上じゃあバラすわけにもいきませんから、簡単な目視
点検だけですが。気に成るなら佐世保で改めて点検するのが良いで
しょう﹂
﹁異常なし、か﹂
﹁やはり⋮﹂
副長の言わんとしていることは解るので一つ頷く。第8ガスター
ビンの異常運転自体は艦に影響を与えるようなものでは無かったが、
ホタカにはこれが例のNo.13波形に関係あるように思えた。念
のためガスタービンも止めてみたものの、原因は解らずじまい。いつ
もなら気のせいで済ませられるが、言いしれない恐ろしさがチロチロ
とくすぶっている。
﹁どちらにせよ、もう戦闘は避けられない。邪魔な奴を叩いてから、後
1046
?
の事を考えるとしようか。敵艦隊の位置は解るか
離さずに報告する。
﹁航空機を囮にして逃げましたかね
﹂
﹂
妖精さんが自分の体躯よりも巨大な対空電探のモニターから目を
0﹂
と思われる輝点が出ています。方位は先ほどから変わらず2│0│
﹁水上電探には何も映っていませんが、対空電探には敵艦隊の直掩機
?
﹁何です
﹂
艦隊の模様
﹂
﹁水上電探に感あり
同方位に輝点
数2
否4,5、まだ増えます
よ、あの敵機の下に何が居るのかはそろそろわかる﹂
﹁ト ロ い 戦 艦 付 き で 5 0
か ら 逃 げ ら れ る と も 思 え な い な。何 に せ
てないだろう。逃げたとしても可笑しくは無いが⋮﹂
セックス級6隻でも反復攻撃がかけられるような真面な機体は残っ
﹁相手は機動部隊だからな、先に襲来した攻撃隊は560機以上。エ
?
!
!
うところか。舵戻せ。1番砲塔照準、敵戦艦1番艦。2番砲塔照準、
﹁エアカバーを施した戦艦隊を切り離して、機動部隊は逃走したと言
の前後に1隻ずつ重巡洋艦が航行してている。
た。戦艦2隻の単縦陣の左右に重巡1、駆逐3が単縦陣を布き、戦艦
電探にとらえられた敵艦隊は戦艦2、重巡4、駆逐艦6の艦隊だっ
し、距離情報をコンピューターへ送り込んでいく。
視の力場が包み込む。その間に、ホタカの電探は敵艦の位置を測定
狭い通路の隔壁が閉鎖されるとともに、ホタカの巨大な艦体を不可
﹁防御重力場発生装置正常、重力場効力100%﹂
﹁全隔壁閉鎖、ダメコン班は所定の位置で待機﹂
重力場出力最大。﹂
﹁機関前進全速、面舵10。対空、対水上戦闘用意。全隔壁閉鎖、防御
動を開始する。
ICにもたらされる。ホタカも感覚的に敵艦隊の存在を感じ取り、行
対水上レーダーを睨みつけていた妖精さんから相次いで報告がC
!
敵戦艦2番艦。距離53kmで砲撃開始。1、3、5番速射砲は右舷
1047
!
!
?
?
側の重巡、2,4番速射砲は左舷側の重巡を照準、射程に入り次第各
個射撃﹂
﹁主砲電探射撃用意、データリンク開始。FCSオンライン、射撃諸元
入力﹂
其々の主砲塔に収められたACSCの補助の元、艦載砲としては前
代未聞の超長距離砲撃準備が着々と整えられていく。
﹁1から5番速射砲、初弾装填。咄嗟射撃用意﹂
﹁対空パルスレーザーは射撃待機、敵直掩機は対艦爆弾は抱いていな
い可能性が高い。攻撃の予兆が無い限りは放っておけ。﹂
﹁そう言えば﹂と思い出したように副長が取り敢えずの指示を出し終
えたホタカに振り返る。
﹂
﹁61㎝砲を最大射程で撃つのは今回が初めてでしたな、上手く行く
でしょうか
﹁シミュレーションでは上手く行った﹂
﹂
﹁1︶祖国の技術を信ぜよ、2︶性能に疑問が生じた場合は1︶を読め、
と言う事ですね﹂
﹁何時から僕は赤い国の戦車になったんだ
ていると思いませんか
﹂
﹁喧しい。敵艦隊に動きは
﹂
﹁戦闘能力偏重で中の人の事あんまり考えて無い所を見ると、よく似
?
﹁発射
﹂
﹁撃て﹂
﹁射程まで5秒、4秒、3、2、1⋮ゼロ
﹂
砲口がある方位、角度でピタリと固定された。
大なデータを統合し射撃諸元を弾きだす。それを元に砲身が上下し、
データと艦の各種センサーから得られた艦の動揺、波、気象などの膨
機とACSCは電探によりえられた目標との距離、方位、相対速度の
は無く、相対距離は見る見るうちに近づいている。その間に、主電算
モニターにの端ギリギリに映し出された12の光点に大きな動き
?
?
!
61㎝の巨弾が大気を貫きながら飛翔していく。61㎝砲の砲撃に
1048
?
轟と空高く振り上げられた6門の砲身から爆炎が吐き出され、直径
!
よる衝撃は、ホタカを強制的に減速させるほどの威力で。付近の海面
は文字通り吹き飛ばされ、艦首ではバルバスバウが僅かに露出するほ
どだった。
﹁最大射程での砲撃、さて、何発当たるか﹂
﹁61㎝砲にも誘導砲弾が欲しかったですね﹂
﹁火薬と電磁力で無理やり砲弾を加速させているんだ、誘導システム
が砲撃のショックに耐えられない。そもそも、真面な誘導砲弾が作れ
たら複合加速砲で初速を無理やり補う必要はないよ﹂
ウィルキアでも誘導砲弾の考え自体は有ったが、砲撃のショックを
克服することよりも砲の初速を可能な限りあげることで偏差射撃の
労力を軽減する事に力が淹れられた。これには砲撃のショックを克
服できる誘導装置を作ることが出来なかったと言うよりも、誘導砲弾
などと言う値が張る物を大量にそろえられないと言う経済的な問題
が多分にあった。勿論ホタカの複合加速砲も安い買い物ではないが、
1049
海面を覆いつくすほど迫る帝国軍の艦艇を相手にできるほど誘導砲
弾をそろえるためにはどれほどの費用が掛かるか見当もつかなかっ
た。
その分、既存の砲弾をある程度流用できる複合加速砲の方が、長い
目で見れば〟安上がり〟な選択であった。
機動部隊を逃がすために艦隊を分離し低速で航行していた2隻の
ル級の内、先頭を進む1隻は味方の機動部隊が繰り出したなけなしの
以上の猛速で航行する戦艦から逃げることは現時点では不
直掩機の報告で敵の接近を知った。
50
う。
言う事だ。だとするならば、対艦火力もケタ外れと考えていいだろ
ウェー海域でこちらの艦隊を思う存分撃沈した艦とよく似ていると
バ ケ モ ノ。命 か ら が ら 帰 還 し て き た 戦 闘 機 隊 の 報 告 で は、ミ ッ ド
だ。だが、接近してくる戦艦は先ほど味方の攻撃隊を散々に落とした
可能に近い。普段の戦闘ならば、反転し数の暴力で轢き潰すのが最善
?
機動部隊による空襲が失敗した今、例の部隊も使うべきか。
ゾクリ、とル級の背筋に言いしれない悪寒が走った時、上空の直掩
機から敵艦発砲の知らせが入る。慌ててレーダーを確認するが、未だ
以上で追跡するミッド
にレーダーに影は見られない。探知距離圏外だ。
機動部隊による空襲作戦の完全瓦解、50
ウェーの悪魔と同型の戦艦の出現、そして普通ならば有りえない位置
での砲撃開始。様々な要因がル級の中に小さな焦りを生み、その焦り
は彼女とその艦隊を守るわずかな可能性を食いつぶしてしまう。
一瞬の出来事だった。
突然周囲の海面が文字通り弾け飛び、真っ白な3本の柱が彼女の艦
体を包み込んだ。それと同時に、喫水線下に今まで感じた事も無いよ
うな水中衝撃波が襲い掛かる。天高く噴き上げられた柱は、強制的に
空気と撹拌され小さく切り刻まれた海の欠片を陽光に反射させなが
ら崩れ落ちて行った。
艦橋の防弾ガラスが悲鳴を上げて振動し、十枚以上に亀裂が走る。
巨大な衝撃波に艦体と艦橋の人型を弄ばれながらも、亀裂の入ったガ
ラス越しに海面を見た時、前方を進む重巡洋艦の艦尾が文字通り弾け
飛んだ。
被弾と言う生易しいものでは決してない。先ほどまで前方を航行
していた重巡洋艦は、最後尾から3分の1ほどを文字通り消失し急速
に速度を落としつつあった。
我航行能力喪失ス、回避サレタシ
重 巡 洋 艦 か ら の 発 光 信 号 を 確 認 し 舵 を 切 る。艦 尾 を 喪 失 し て し
まっては、もはや軍艦では無く浮き砲台にしかならない。
ここに来て、ル級は自分たちがいったい何に追いかけられているの
かを理解する。深海棲艦にも姫や鬼と言った強大な力を持つ者達が
居るが、少なくとも探知距離限界以上の距離から、一撃で命中弾をた
たき出す存在なんていない。
最早、迷っている暇は無かった。例の艦隊に集結命令、座標は現海
域。佐世保への攻撃を完全に諦めることになる命令だったが、この化
物の様な戦艦が一隻で戦いを挑むと言う好機を逃すわけには行かな
1050
?
かった。人には人のやり方が有るように、深海棲艦にも深海棲艦なり
のやり方が有る。
ふと、後方を航行する味方戦艦はどうなったのだろうかと意識をそ
ちらに向ける。彼女が見たのは海面から天を突くようにそそり立っ
たサウスダコタ級戦艦の艦首だった。
﹁敵1番戦艦への砲撃の内1発が水中弾となり重巡洋艦に命中、大破。
敵2番戦艦への砲撃は1発が命中です﹂
外部観測カメラから得られた映像には、爆炎を上げて艦体をくの字
に 折 り 曲 げ つ つ 海 中 へ と 没 し て い く 戦 艦 の 姿 が 映 し 出 さ れ て い る。
いくら偏差射撃の労力を減少させるために初速を早くした複合加速
砲でも、超長距離砲撃時には弾道はそれなりの高さの放物線を描く。
複合加速砲の高初速に地球の重力も加わることでさらに加速された
1051
61㎝砲弾を装甲板で耐えようとするのはウィルキア帝国の艦艇で
も不可能に近い。更に、内部にめり込んだ61㎝砲弾は弾殻内に搭載
した高性能炸薬を起爆させ砲弾の直撃によりズタズタにされた艦内
を衝撃と熱で再度蹂躙する役割も持っていた。
後方を進むル級の後部艦橋付近に突入した61㎝砲弾は、強烈な衝
撃波で艦橋と周辺の対空火器を粉砕しながら艦内に突入。装甲板を
突き破るだけに飽き足らず、艦の内部構造体を引き裂きながら進み艦
底部で炸裂した。艦底部での巨大砲弾の炸裂に戦艦ル級の竜骨は耐
える事が出来ず、飴細工の様に捩じ切られ、爆発の余波は両舷のバル
ジを内側から粉砕し後部主砲の弾薬庫を誘爆させたのだった。
﹁1発で仕留められたのは良いが、あまり当たらないな﹂
﹁現時点で最高の発砲遅延装置を搭載していてもこれですからね、ま
あ逆に〟艦隊全体を攻撃できる〟と考えた方がいいでしょうな﹂
﹁たった6門で10隻からいる艦隊全域に効力射なんて無理な話だ﹂
﹂
﹁敵艦隊取り舵を切りました、現在距離47km。隊列を解いていま
す﹂
﹁奴さん、やる気のようですよ
?
﹁大方反航戦に持ち込んで少しでも距離を積める気だろう。近づいて
さえしまえば、砲門数ではあちらが上だ﹂
﹁至近距離でたこ殴りにされるのは面白くないですね﹂
﹁それまで浮いて居られればの話だがな﹂
ホタカのアウトレンジ砲撃から逃れるために、深海棲艦は取り舵を
切って反航戦に持ち込もうとした。この時点で先ほど水中弾により
艦尾をもぎ取られた重巡洋艦は浸水に耐えられず、上甲板を波に洗わ
れるほど海に沈み込んでいる。
反航戦に持ち込めば、ホタカに一方的に砲撃を受けてなすすべなく
撃滅されると言う最悪の事態は防げる。また、反航戦で接近すれば相
対速度が大きくなり砲撃の精度にも問題が出ると言う考えも有った。
勿論、接近するにつれて見越し射撃の必要性は薄くなっていく為、適
当なところで回避行動をとる必要があるが。
戦艦がゆっくりと旋回していくのを尻目に、2隻の巡洋艦と8隻の
駆逐艦はできうる限り早く転舵を完了し最大速力でホタカへ突っ込
んで行く。鈍重な戦艦の転舵を待っていたらその間に砲撃を受ける
と考えたル級が突撃命令を下したためだった。
8隻の駆逐艦は今まで自分たちを率いていた巡洋艦を追い越し、4
隻ずつの単縦陣を形成しつつホタカへと突っ込んで行く。後続する
巡洋艦は駆逐艦を追走しつつ、8inch主砲を振り上げ攻撃の機会
を伺う。
深海棲艦が己の牙を突き立てるために接近を続ける中、パッと小さ
な閃光が水平線上の敵艦から放たれる。閃光自体は小さなものだが、
その小さな閃光と共に解き放たれた魔弾は容赦ない破壊を振りまい
た。
6発の主砲弾がようやく転舵を終えたル級に殺到し、4発が直撃す
る。艦体の4か所が火花と共に複数の非装甲の構造体を吹き飛ばし
たかと思うと、サウスダコタ級は内側から破裂するように膨れ上が
り、亀裂から噴き出した劫火に焼かれ海中へと没していく。
再び閃光。今度は単縦陣を形成し射程外であることを承知で牽制
1052
射撃を行おうと主砲を振り上げていた3隻の重巡洋艦に相次いで直
撃弾が出る。先頭を進んでいた1隻は主砲塔を真正面から61㎝砲
弾に撃ち抜かれ、機関室に飛び込んだ砲弾に艦内を蹂躙され大火災を
起こし脱落する。真ん中に位置していた一隻は前を進む巡洋艦のす
ぐ後に落ちた砲弾が水中弾となり艦首左舷側へ命中、前艦橋から前方
の艦体が砲弾と弾薬庫の誘爆によって弾け飛び、前につんのめるよう
に海へ沈んでいく。最後尾の一隻は主砲弾の直撃こそなかったもの
の、至近弾により舷側の隔壁に裂け目が出来、速度を落とした。前方
で沈められた味方の右舷側、つまりホタカとは逆側を抜けるように舵
を切るが、舵が効き始める前に止めに放たれた第4斉射が襲来。2発
が艦中央付近に命中したかと思うと、先ほどのル級の様に内部から弾
け飛び轟沈する。
﹁敵重巡洋艦隊戦闘能力喪失しました﹂
!
数8
﹂
│5│0より戦艦4、重巡1、軽巡3、駆逐4 いずれの艦隊も我々
﹂
﹂
方位1│7│5に推進音多数
に向かって進行中
﹁音探に感あり
﹁罠と言うわけか
逐艦12、潜水艦8、一隻の戦艦に対して投入される戦力としては過
ポツリとそんな事をホタカが呟く。戦艦14、重巡5、軽巡7、駆
!
!
!
!
?
!
1053
﹁敵水雷戦隊20km地点を突破、なおも突入中﹂
﹁主砲次弾装填中、射撃準備完了まで8秒﹂
CICのモニターには遮二無二突進してくる駆逐艦へゆっくりと
砲身を向けて行く2基の主砲が映し出されている、がここに来てホタ
カは主砲による射撃を中断させる。
﹁主砲、攻撃中止。1,2,4番速射砲で対応、射程距離に入り次第撃
距離、って方
﹂と副長が怪訝な顔を向けた時、水上電探を睨みつけていた妖
ち方始め﹂
﹁艦長
戦艦4、重巡4、駆逐艦4
﹁方位0│9│5に感あり
!
さらに方位1
!
戦艦6、軽巡2駆逐艦4
位1│1│4に敵艦隊発見
!
精さんの慌てた様な声がCICに響いた。
?
剰と言う言葉すら優しく思えてしまうほどの戦力だったが、ここに居
る艦息や大部分の妖精たちはそう考えてはいない様だった。
﹂
﹁罠 な ら ば 我 々 が 先 ほ ど の 艦 隊 と 接 触 す る 時 に 出 て く る べ き で し ょ
う。これでは各個撃破を許したも同然です﹂
﹁こちらの速度を計算に入れていなかったと言うのは
砲雷長の解答をホタカは首を振って否定した。
﹁まあ、確かにそうですよね。で、如何されますか
﹂
の程度の戦力で罠として成立するなんてことは思わないはずだ﹂
﹁僕に罠をかけるのなら、それなりの情報を持っているだろうし。こ
?
﹂
みに全長を切り詰めた事でコンパクト化を図ったサウスダコタ級戦
に着水し水柱を噴き上げた。ノースカロライナ級を元に、重巡洋艦並
金属片が大量の黒煙と爆炎に打ち上げられると放物線を描いて海面
フィリピン海に何度目かわからない轟音が響き渡る。焼け焦げた
上部構造物を砕かれ燃え盛る松明となって漂流していた。
距離15kmを過ぎたあたりから152mm速射砲の猛射を受けて
その頃には主砲の洗礼を受けずに突入を続けていた8隻の駆逐艦は、
アサマ型の細長い艦首が波を切り裂いて針路を東へと変えていく。
﹁取り舵一杯、まずは方位0│9│5の敵艦隊を攻撃する﹂
﹁了解﹂
対処する﹂
て接近、分断し各個撃破だ。潜水艦隊は射程に入り次第アスロックで
ンジ砲撃では仕留めきるのに時間が掛かる。今回は機動力を生かし
﹁この場にとどまって居たら三方から砲撃を受ける。それにアウトレ
を振った。
冗談はよしてくれとでも言うように、彼は煙を払うように小さく手
﹁アウトレンジからの砲撃ですか
1│1│4、方位1│5│0の順番に殲滅していく﹂
﹁まず最初に方位0│9│5の艦隊に接近し殲滅する。その後、方位
?
艦は、2番砲塔に巨弾の直撃を受けてその生涯を今まさに終えようと
している。
1054
?
前級とは異なり16inch砲弾に対応できるだけの防御力を付
加された戦艦だったが、24inch砲弾と言う想像の範囲外の代物
の前では只の鉄板と大差は無かった。
また一隻、艦中央部のバイタルパートを貫かれた戦艦ル級が横転
し、紅い船底を大気に晒しながら数度の誘爆と共に海中へと没してい
く。流れ出した重油が海面を黒く覆い、所々では炎上している。
油で汚れた海面を矢の様に切り裂いて突入した雷巡チ級は、必殺の
酸素魚雷を放つ直前に巨大な爆炎を上げて艦体ごと木端微塵に吹き
飛んでしまう。61㎝砲弾が命中したわけではない、それならば命中
した個所から艦体が2つに折れて沈んでいく。152mm速射砲弾
でもない、速射砲弾の誘爆ならば舷側に並べられた複数の魚雷発射管
が同時に炸裂する事は無く、外れた砲弾が周囲の海面に水柱を立て
る。
しかし、先ほど爆沈したチ級は左舷側の魚雷発射管が突然一斉に誘
爆していたように見える。言いしれない恐ろしさを意図的に無視し
ながら、先ほど爆沈した味方の残骸を蹴散らしつつ後続の雷巡チ級は
突撃を続ける。
既に6隻いた味方の戦艦はその殆どが巨弾によって叩き割られ、海
中へと没している。辛うじて海面に浮かんでいる最後の1隻も、主砲
塔の全てが火炎と煙を噴き上げる地獄の窯に変貌してしまい戦闘能
力は残っていない。一足先に突入した4隻の駆逐艦は軽巡の主砲ク
ラスの砲弾を百発単位でその身に受けて、大破炎上し漂流しつつあ
る。
方位1│5│0から突入した最後の水上打撃艦隊は、全速で自分た
ちの方へ向かおうとしているが間に合わない。それほどまでに機敏
な敵だった。
敵との相対距離は10kmを切ろうとしている、搭載した主砲の攻
撃は敵の手前で青いシールドに弾かれ一発たりとも着弾していない。
着弾したところで、あの化け物に14cmそこそこの砲弾が通用する
とも思えないが。
それでも、何とか此処まで持ってきた数十本の魚雷ならば、致命傷
1055
を与えられる。射点について魚雷を放ちさえすれば、数の暴力で敵艦
を絡めとれる。後は後続の最後の艦隊が何とかしてくれるだろう。
距離良し、角度良し、魚雷調停完了。雷巡チ級は、魚雷を放つこの
瞬間が何よりも好きだった。それまで良いように遠距離から砲撃を
加え続けて来た艦娘に手痛い一撃を食らわせてやれるこの瞬間。相
対する敵の、艦娘の姿は見えないが、大量の魚雷を向けられ轟沈の恐
怖に身を震わせているだろうことは容易に想像できる。
鋼の仮面の下の唇に歪んだ笑みを浮かべつつ、敵を睨む。その時、
彼女の〟何か〟が警鐘を鳴らした。危険だ、逃げろと頭の中の何かが
悲鳴を上げている。敵艦を見てみると、敵の速射砲も主砲もこちらを
向いていない事に気が付いた。目の前の敵艦は自分の存在など眼中
にないかの如く、次の獲物へと凶悪な死神の鎌を振り上げている。
│││││フザケルナ。
そんな思いが沸き上がり、頭の中の警鐘をかき消した。今の敵はこ
ちらに左舷側を向けた反航戦状態、同航戦では無いものの絶好の射
点。
│││││沈メ。
艦体に魚雷発射の指令を走らせようとした時だった。突然、魚雷発
射管から複数の煙が立ち上ったかと思うと白色の光がチ級の意識を
包み込んだ。
﹁雷巡チ級、爆沈を確認﹂
﹁大破炎上していたル級で大爆発、沈没を開始しました﹂
﹁敵戦艦1番艦大破横転、1番砲塔は3番艦に照準﹂
﹁1,2番速射砲即応弾補給完了、3,4番速射砲は砲撃中止し補給開
始﹂
﹁敵軽巡1及び駆逐艦4、なおも接近中﹂
﹁アスロック全弾命中、潜水艦隊の殲滅を確認﹂
ホタカの取った策は単純な物だった。自分を半方位状態に追い込
んだ敵艦隊に十字砲火を受ける前に、その包囲網を突き崩す。最初の
1056
水上打撃部隊を殲滅した後、取り舵を取って一番東側の敵艦隊から時
計回りに順番に敵艦隊を仕留めて行った。各個撃破されることを察
知した残りの2つの敵は攻撃されている艦隊を見捨てて合流を計ろ
うとするが、その前に一方がホタカの主砲射程に捕まってしまった。
ホタカが2番目に会敵した艦隊は、電探が軽巡と誤認した雷巡チ級
2隻に戦艦6隻を主軸とする強力な艦隊ではあったものの障害とな
りうるような戦力では無かった。
6隻の戦艦は瞬く間にバイタルパートを61㎝砲弾に貫かれ炎の
吐息を吐きつつ海中へ没し、4隻の駆逐艦は速射砲のつるべ打ちに
よってハチの巣にされていった。
速射砲の砲弾補充の隙をついて接近した2隻のチ級は、魚雷を放と
うとした瞬間対空パルスレーザーの精密射撃を受けて搭載していた
魚雷の全てが誘爆し、文字通り弾けてしまう。
何とか距離を詰めようと海中でもがいていた潜水艦は1隻辺り2
込まれたモニターからの青白い光を受けた、眼鏡を掛けた青年。いつ
も副長が見る艦息と何ら変わりはない。しかし、副長は何かが引っか
かってしまった。根拠も何もない、ただ〟いつもと違う気がする〟そ
んな主観が大量に混入した感想を持ってしまった。隣に佇む青年を
つま先から帽子の上まで眺めてみるが変わった様子は無い。もう一
﹂
度彼の顔に視線を移すと、先ほど感じた違和感はきれいさっぱりなく
﹂
なっていた。
﹁どうした
﹁は、はい。何でもありません。敵艦隊は殲滅するのですね
﹁そうだ、一隻残らず沈める﹂
?
1057
発のアスロックに狙われ、ホタカの姿を直接見る事すらなく戦闘能力
を奪い去られてしまった。
﹁勝負あり、ですかな﹂
!
思わず副長は艦息の方を振り返る。CICルームの至る所にはめ
﹁いや、まだだ﹂
﹂
2番砲塔は敵4番艦に照準、攻撃開始﹂
﹁敵戦艦撃沈
!
方位1│5│0へ退却を開始
﹁敵艦隊転舵
!
?
│││││まただ。
何時もの語調で敵艦隊を殲滅する判断を下したホタカに、再び違和
感 を 覚 え て し ま う。ホ タ カ が 敵 艦 隊 の 殲 滅 を 命 じ る こ と は 今 日 に
限った事では無く、むしろ今までの海戦で敵を取り逃がしたことはほ
とんど無かったはずだ。余程の事が無い限り、いつどんな時も圧倒的
な火力と装甲で真正面から叩き、全てを破壊してきた。今回ホタカが
下した〟殲滅〟と言う判断も正しいように思える。瑞鶴達は別の護
衛艦に守られているため安全であり、心配する必要はないだろう。そ
れよりも、この水上打撃艦隊を逃してしまえ残存艦隊が通商破壊戦を
させてしまう危険がある。大規模作戦が終わった今、通商路に対する
攻撃は帝国軍にとって死活問題だった。
﹁まあ、本土近海に居座られて通商破壊されても困りますしね。叩け
るときに叩くのも重要ですし﹂
何時もよりほんの少し大きい声を出して、胸中にある出所の解らな
い警戒心を覆い隠す。主砲の爆煙と敵艦隊から立ち昇る黒煙が彩る
モニターを見つめる艦息の横顔は、いつもと変わらない顔に戻ってい
た。
十数分後、ホタカに襲い掛かった3個水上打撃艦隊と潜水艦隊はそ
の全てが黒煙と重油を海面に残し、暗い海底へと沈んでいった。
ツタが壁面をのたうち回りながらはい回るように、ゆっくりとでは
あるが着実に伸びていた大多数の細い触手は戦闘終結とともにその
活動を不活性化させ、休眠状態に移る。ガスタービンの表面にある大
小の凹凸や部品の隙間に収まった直径0.1mmにも満たない触手
と言うしかないソレは、戦闘中に全力運転するガスタービンから幾ば
くかのエネルギーを得ながら、床を伝って隣接する別のガスタービン
に到達する。その後、ガスタービン内の構成部品を自分の複製と交換
しつつさらに隣のガスタービンへと勢力を伸ばしていく。肉眼では
見つけることができないソレの触手は、ガスタービンに巻き付くと手
1058
始めに外側からは見えない部分の構成物質を自らの複製と入れ替え
た。ガスタービンの構成部品となったソレの一部は、自らの正体をひ
た隠すように置き換わる前の部品と同じ仕事を行い続けた。
このように幾つものガスタービンは無数の触手で連結され、触手の
中を無数の電気が流れ始める。始めは単にエネルギーが足りていな
い場所に、必要なエネルギーを供給するパイプ役としての働きだった
が、先頭が終わる頃になると複雑な意味を持つ電気信号に変化してい
た。こうなると、ガスタービンの間に張られた触手はエネルギーの伝
達経路では無くネットワークとして機能を始め、無数の触手を介して
複雑な電気信号が送受信される様は、コンピューターよりも人の脳髄
のニューロンネットワークを彷彿とさせた。
大部分御触手が取り敢えずの勢力拡大を終える中、一本の触手だけ
は妖精さんの目を盗むように静かに伸長を続けていた。機関室の床
の隙間をはい回り、壁と床の境目を通過し、艦内各所に通じるダクト
に潜り込むと、ある場所を目指して一目散に触手を伸ばしていく。
艦内を縦横無尽にはい回るダクトを抜けた先、機関室とは比べ物に
ならないほど過剰に冷却された部屋にたどり着いた触手は、部屋の中
央に鎮座し低い駆動音を立てている巨大な箱へと進んでいった。
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂
1059
STAGE│55 帝都に潜むモノ
﹁第4艦隊、ただいま帰投しました﹂
﹁ご苦労。本当はもっと楽な任務だったはずだったんだがな。何にせ
よ、全員無事に戻れて何よりだ﹂
佐世保鎮守府に到着したホタカ達は、第三鎮守府の執務室で、軍隊
の定型文と呼べる会話を並べていた。ホタカと瑞鶴、翔鶴が執務机の
﹂
前に並び、机を挟んで向こう側に真津と秘書艦の加賀。
﹁あれから他の敵艦隊の情報は入っていませんか
﹁偵 察 機 を 3 倍 に 増 や し て 広 域 偵 察 を し て み た が、敵 は 見 当 た ら な
かった。恐らく、ホタカが始末したものが全てだったのだろう﹂
﹁敵は此方が機動部隊に目を奪われている隙に、複数の艦隊に分かれ
ることで薄くなった哨戒線を抜けようとしたみたいです﹂
﹁俺もそう思う。正直、機動部隊に向けて全戦力を差し向けていたら、
敵水上打撃部隊の分進合撃策にやられていたかもな﹂
﹁この短期間に2度も本土への敵艦隊の接近を許すのは、防衛体制に
深刻な不備があると思われます﹂
﹁わ か っ て る﹂と 真 津 は う ん ざ り し た 様 な 雰 囲 気 で 軍 帽 を 目 深 に か
ぶった。
﹁軍令部もそのことで大荒れらしい。まあ、それでも精々新しい鎮守
府を新設するとか、哨戒機を増やすとか当たり障りのない結論になる
だろうが﹂
﹁さて﹂と真津は先ほどまでの遠征、迎撃任務の話を打ち切ると、机の
向こう側でツインテールの艦娘に寄り添うように立つ人物に視線を
向ける。
﹂
﹁俺がこの佐世保第2鎮守府の司令官、真津大佐だ。君は翔鶴で間違
いないな
る。暫く訓練をやってもらった後、実戦だ。詳しい事はこの後加賀か
ら聞いてくれ。それと、部屋は瑞鶴と相部屋だ。姉妹だしちょうどい
1060
?
﹁聞いているだろうが、君はこれから佐世保で過ごしてもらう事にな
﹁はい。翔鶴型航空母艦1番艦、翔鶴です﹂
?
いだろう﹂
﹁瑞鶴が良ければ、ですが⋮﹂
何処か不安そうに自分の妹を見る翔鶴。すると、妹は少しだけ呆れ
を含んだ苦笑を漏らした。
﹁いいに決まってるじゃん。翔鶴姉なら大歓迎だよ﹂
その言葉に姉はパッと顔を輝かせた。
﹁決まりだな。それじゃあ話は以上だ、解散﹂
﹂
敬礼し、姉妹に続いて部屋を出ようとした時、ホタカは真津に呼び
止められた。
﹁何でしょうか
﹁お前に客が来ている。一階の会議室に行ってくれ。
﹁了解﹂
正直言って、艦に戻って機関の調子を調べたかったが、上からの命
令は絶対であるのが軍隊だ。確かにメンテナンスも重要だが、確たる
証拠もないメンテナンスを命令よりも優先させるわけには行かな
かった。
見慣れた廊下を通り抜け、階段を下りて左に曲がり、暫く進むと目
的の会議室のドアが見えた。ドアには使用中の札がかけられている。
金属製のドアノブに手を伸ばそうとしたところで少し思いとどまり、
硬い木のドアを拳で小突いた。3回ほど木材独特の硬質な音を立て
ると、中から﹁入ってくれ﹂と声がする。
その声にどこか既視感を覚えながらドアを開けると、見知った艦娘
が会議室に並べられた椅子の一つに座っていた。黒髪を短く切り、左
目を眼帯で覆っている。若干着崩した制服と、会議室の椅子にダラッ
と座っている様子から一見どこかの学校の不良女子生徒の様にも見
える。
﹁よぉ﹂と軽く手を上げる天龍の姿がそこにあった。
﹁久しぶりだな天龍。客と言うのは君の事か﹂
﹂
﹁まあ、そう言う事だ。つー訳で行くぞ﹂
﹁行くって、どこへ
?
1061
?
不思議そうな顔をするホタカの傍を通り抜け、ドアノブに手をかけ
る。
﹁詳しい事は道中で話すさ﹂
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる天龍に、言いしれない不安を感じて
しまった。
それから30分後、ホタカは機上の人となっていた。佐世保鎮守府
に併設された基地航空隊の滑走路から飛び立った零式輸送機の窓か
﹂
らは白い雲と青い空が見え、時折ある雲の切れ間にはさらにその下の
緑の大地が見え隠れしていた。
﹁で、そろそろ教えてくれないか
視線を窓から自分の対面に座っている天竜に映した。2発の金星
五 三 型 発 動 機 の 音 が 響 く 客 室 に は ホ タ カ と 天 龍 し か 載 っ て お ら ず。
空いたスペースには航空貨物の郵便物や各種報告書などが積み込ま
れていた。
﹁まあ、此処ならいいか﹂と頷いた天龍は、彼女の隣に積まれた箱の中
から一つのカバンを取り出した。学生カバンほどの大きさの黒いカ
﹂
バン、その外見からは中には何も入っていない様に見える。彼女はそ
の中におもむろに手を突っ込んだ。
﹁ホタカ、帝都を爆撃したバカでかい爆撃機の事は覚えているよな
﹂
カバンの中でごそごそと手を動かしながら、天龍は口を開く。
﹁ああ、アルケオプテリクスの事だろう
?
﹂
﹁その時、使ったアメノハバキリなんだが。妙だと思った事は無いか
を思い出すと、今更ながらに恐ろしさが沸き上がってくる。
下部の砲台を破壊され、サーチライトに照らされつつ下降してくる様
脳裏に浮かんだのは巨大な砲身越しに見るオレンジ色の巨鳥の姿。
?
﹁それ以外には
﹂
ホタカの口からその言葉が紡ぎ出された時、天龍は金色の瞳を目の
﹁⋮⋮実射データだな﹂
?
1062
?
﹁ガタガタの帝国が、こんな巨大な砲身を作っていたのは驚いたが﹂
?
前に座る艦息に向ける。彼は膝の上で組んだ手を見ていたため気が
付かなかったが、その時の彼女の瞳からは良く言って豪放磊落、悪く
言っていい加減な光は消え失せ、代わりに獲物を品定めするネコ科の
猛獣に似た怜悧な光が宿っていた。
﹁実射のデータは砲ごとによって変化する。砲身自体に個体差が有る
分、照準の補正には個々の実写データが必要だ。そのデータは砲を完
成させない事には得ることはできない。しかし﹂
﹁まだ完成もしていないアメノハバキリには、それが有った﹂
﹁そうだ、一番妙な点はそこだ﹂
ホタカの視線と天龍の視線が交錯する。一瞬の静寂が二人の間を
支配し、金星発動機の音が嫌に大きく響く。
﹁俺が、いや少佐がお前を呼んだのはソレが原因だ﹂
何時もの様に不敵な笑みを浮かべた天龍が、黒いカバンから手を引
き抜く。その手には薄いファイルが掴まれていた。
﹂
﹁それはまた、きな臭い事だな﹂
﹂
陰謀の匂いを感じ取ってしまい、ホタカは思わずゲンナリしてし
まった。彼自身もパラオで一人の提督を謀殺した過去があるが、好き
好んで陰謀をやる神経は持ち合わせていない。
﹂
﹁そんな顔すんなよ、俺だってウンザリしてるんだから。んで、その安
本当の幽霊だったとかいうオチか
村大佐なんだがどうにも妙な点があってな﹂
﹁なんだ
?
﹁その安村大佐だが、海軍内で働いた経歴もしっかり残ってる。けど、
1063
﹁少佐も、有るはずの無い実射データを不審に思い捜査を始めたんだ。
ホタカ、あのデータの出所は何処だって聞いた
﹁大本営の倉庫だと聞いたが、まあ嘘だろうな﹂
んなデータを持っていたんだ
﹁第2部と言うと、軍備計画や兵器整備だな。では何故安村大佐がそ
人間だ﹂
﹁その通り、真っ赤な嘘だ。本当の出所は安村大佐、大本営の第2部の
?
﹁さてな、今となっては聞けない。大佐は帝都決戦後行方不明だ﹂
?
﹁あながち間違っちゃ無いかもな﹂と天龍は白い歯を見せて笑った。
?
﹂
その安村大佐がそこに居た事を同僚の誰も知らないんだ﹂
﹁どういうことだ
﹁席は有るのに、誰も顔を覚えていない。聞き込みをやっても〝そん
な奴が居た様な、いなかったような〟と言う風な曖昧な返事ばかり
﹂
だ。直属の上官に至っては、そんな奴は知らないとまで言ってきや
がった。奴は文字通り幽霊大佐と言う事さ﹂
﹂
﹁じゃあ、その幽霊大佐は何で砲の実写データを持ってたんだ
﹁それはまだ調査中だが、コイツを見てくれないか
?
に理解できる。
﹁超兵器ノイズ。コイツは、どこから
﹂
かれていた。本艦に確認を取るまでも無く、その波形の正体は直観的
ホタカの視線を釘づけにしている紙には、見覚えのあるグラフが描
﹁どうにも、ビンゴだったみたいだな﹂
﹁天龍、コイツは﹂
まれた紙を見た時、ホタカの目がスッと細められた。
は無い。﹁開けてみろ﹂と天龍に目で示され表紙を開く。その中に挟
手渡された何の変哲もないファイル、裏返してみても特に不審な点
?
目の前に座る天龍は口角を釣り上げて獰猛な笑みを浮かべた。後
のラジオでも受信自体は出来る程度のものだ。
のに特別な機器は必要ない、只の電波である以上やろうと思えば市販
僅かに擦れを含んだ声が唇から漏れた。超兵器ノイズを受信する
?
ろの窓からの光が逆光になり、黒いシルエットになりかけている艦娘
の金色の瞳が艦息を貫く。
飛んでった
何処へ
﹂
﹁第二海堡、アメノハバキリ﹂
﹁へ
?
ぽかんとした顔をする瑞鶴に、吹雪はきまり悪そうに返した。談話
室の机の一つで赤城と談笑していた瑞鶴が、ホタカが帰ってきていな
1064
?
?
﹁そこまでは私も解りません。初雪ちゃんから聞いただけなので﹂
?
いことを思い出したのが発端だった。
以前ならば、提督への報告を済ませた彼は自艦のCICに戻り、食
事の時間まで帰って来ない事が常だった。やるべきことが多いのか
と、瑞鶴が思い聞いてみたところ﹁そう言うわけではないが、気づい
たらCICへ足が向いてしまう﹂との事だった。それを聞いて瑞鶴が
軽い頭痛を覚えたのも今となっては昔の事。彼女に諭され││││
│半ば強制じみてはいたものの│││││最近の彼は提督に報告を
上げた後、特に問題が無い限り談話室でのんびり過ごしていることが
多かった。
そんな所に吹雪が入ってきたのが事の発端だった。ダメもとでホ
﹂
タカの居場所を聞いた瑞鶴は、吹雪の言葉を理解するのに2秒半の時
間を要した。
﹁でも、アイツ遠征から帰ったばかりなのよ
﹁そう言われましても⋮﹂
﹁そう言えば﹂
﹂
困り顔の吹雪と瑞鶴が、何かを思い出した様な赤城に振り返る。
﹁何かあったんですか
ウチの鎮守府には居ませんよね
たわね﹂
﹁天龍
﹂
?
龍型は一人も居なかったはずだ。その時、呉で散々自分をいじり倒し
てくれた艦娘の姿を思い出す。紫色のショートカット、つかみどころ
のない笑み、泣き黒子。彼女は確か天龍の妹だったはずだ。余り思い
出したくない類の顔を思い出してしまい、僅かに顔を歪めてしまう。
﹁まあ、他の鎮守府の艦娘が目的地まで案内するのは珍しい事ではな
いし、ホタカさんも他の鎮守府から呼ばれたのだと思うわ﹂
﹁でも、アイツはついさっきまでドンパチやってたんですよ﹂
其処まで言ったところで、二人の視線が何処か暖かいモノに変わっ
たことを感じ取ってしまい、とっさに口をつぐむ。暖かい笑みをこち
らに向ける駆逐艦と航空母艦、なんというかものすごく居心地が悪
1065
?
﹁直接関係ない事かもしれないけど、ここに来る前に天龍とすれ違っ
?
怪訝な顔をする瑞鶴。佐世保鎮守府には数多くの艦娘が居るが、天
?
かった。
﹁何ですか
﹂
正直、自分の大先輩に向かってこんなぶっきらぼうな口を利くのも
どうかと思うが。自分の中に芽生えた反発の意志には抗えなかった。
ここに恐ろしい青い方が居たら刺すような視線が飛んでくることに
吹雪ちゃん﹂
違いないと頭の片隅で思う。
﹁何でもないわ。ね
﹁はい﹂
﹁良いのですか
﹂
ちょうど3時ぐらいだし、いっしょに食べない
﹂
﹁はいはい。そうだ、昨日加賀さんからクッキーをたくさん貰ったの。
﹁し、心配なんか﹂
﹁そんなに心配しなくても、ホタカさんはすぐ戻ってくるわ﹂
辞書から、自己暗示の文字を静かに消去しておいた。
そんな事を考えて内心の不安を押し隠そうと努力する。心の中の
大丈夫だ。
ずだ、誰にも言ってないし、念のため翔鶴姉にも口止めしておいた。
ニコニコと笑みを深める二人。大丈夫だ、自分の事はバレてないは
?
?
﹂
﹁はい
﹂
﹁勿論、皆で食べた方がおいしいもの。初雪ちゃん達も呼んで来たら
!?
﹂
瑞鶴に視線を向ける。
﹁瑞鶴ちゃんもどう
﹂
﹁加 賀 さ ん と 翔 鶴 さ ん も 後 で 来 る と 思 う わ。遠 慮 し な く て い い の よ
﹁え、え∼と。アタシは⋮﹂
?
食べ物については、中々うるさい所がある加賀からのクッキーには
非常に惹かれる所がある。が、その当人と顔を合わせるのは、中々苦
手意識が抜けない瑞鶴にとって躊躇する理由になりえた。しかし、こ
の一見慈母のような笑みを浮かべる空母娘と、先ほど駆けて行った駆
1066
?
パァッと顔を輝かせてトタタタと駆けて行く吹雪を見送り、赤城は
!
?
?
逐艦娘を放っておいたら、10分もすれば始まるであろうお茶会で何
を言われるのか解った物ではない。
﹁⋮じゃあ、アタシも﹂
﹁決まりね﹂
自分は有ることない事を言いふらされないためにお茶会に顔を出
すのだ。クッキーにつられたわけでは断じてない。無いったらない
のだ。
誰も得しない自己弁護を心の中で繰り返しながら、クッキーにあう
紅茶はなんだろうかと考えを巡らせている自分に気づき、妙な疲れを
感じてしまった。
1067
調布飛行場に滑りこんだ零式輸送機から降りると、格納庫の傍に止
められた乗用車へ天龍は近づいていった。ホタカも黒い背中を追い
かけて歩き始めると、彼らを運び終えた零式輸送機はエンジンを唸ら
せタキシングを始める。2つの3枚羽プロペラからの暴風から帽子
を守りつつ、天龍に少し遅れて黒塗りの乗用車│││││ トヨダA
C型に近づくと、後部座席と運転席に見知った顔を見つける。
﹁悪かったわね、急に呼び出して﹂
後部座席に乗り込むと、先に座っていた草凪少佐が口を開いた。
﹁まったくです。あの後はのんびりコーヒーでも飲もうかと思ってい
たので﹂
﹂
﹁それなら、帝都に良い店を知っているわ。それで、話は天龍から聞い
た
﹁は∼い﹂
﹁なら結構。龍田、出してちょうだい﹂
﹁ええ。大体は、ですが﹂
体が身震いをした。
前の席でハンドルを握る龍田がエンジンに火を入れると、大柄な車
?
エンジンの声が俄かに大きくなったと思った瞬間、4人を乗せたセ
ダンが発進する。遠くの滑走路からは、今しがた乗ってきた零式輸送
機がさっさと離陸していくのがフロントウィンドウ越しに見えた。
﹁それで、アレは貴方が戦ってきたモノの出すノイズでいいのかしら
﹂
舗装されていない河川敷の道を走るセダンは、あまり良いサスペン
ションが使用されていないのかちょっとした段差でも相応の衝撃を
車内に伝えた。ちょくちょく跳ねるセダンのシートに辟易しつつ、ホ
タカは天龍から見せられた書類に描かれたグラフを思い描く。
﹁間違いないです。アレはNo.13波形、超兵器ノイズに間違いあ
﹂
りません。そもそも、何故アメノハバキリでそんな物が検出されたの
ですか
﹁今、アメノハバキリはどうなっていますか
﹂
大柄なハンドルを軽々と操る龍田が草凪の後を続けた。
ちゃんが渡した波長が検出されたんだよ∼﹂
﹁そ れ で 簡 単 な 受 信 機 を ア メ ノ ハ バ キ リ に 持 っ て い っ た ら ∼、天 龍
た﹂
存在は解っていたから、もしかしたらと言う事で私に仕事が回ってき
だけど、最近になって私の上官の耳にそれが入った。超兵器ノイズの
のが事の起こりよ。初めは粗悪品とかの理由で片付けられていたの
﹁作業員の一人が作業中にラジオを付けた時に、妙にノイズが入った
?
﹂
?
んか
﹂
﹁自分が連れてこられた目的は聞かないのね
﹂
﹁なるほど。ところで、そろそろ少佐の正体を明かしていただけませ
を知る者はいない﹂
﹁これは私たちの部署だけが情報を握っている。大本営の中にこの事
草凪は首を横に振った。
﹁このノイズを大本営は感知しているので
す電力が回復すればすぐにでも砲撃が可能よ﹂
﹁せり上げ機構以外は殆ど修理完了しているわ。ポンプとそれを動か
?
?
?
1068
?
﹁その超兵器ノイズがらみだと言う事ぐらい解ってます。ですが、大
﹂
本営も知らない事に協力する訳ですから、それなりに信頼関係を構築
﹂
するのは悪くないと思いませんか
﹁貴方はどう思っているの
?
﹂
確か
?
棲艦問わず﹂
﹁裏側、ですか
﹂
﹁納得が行かないと言う顔ね
﹂
本当の私たちの目的は敵の正体を軍の裏側から探る事。超兵器、深海
﹁あくまでも不穏分子の摘発は大本営や国に対するカモフラージュ。
別部隊〟とは畑違いの様に聞こえます﹂
に超兵器ノイズが検出されたのは問題ですが、話を聞く限りその〝特
それだと何故少佐がこの超兵器の件に関わっているのですか
﹁よくもまあ3つの組織から人を集める事が出来ましたね。しかし、
﹁俺も龍田も少佐も、特警からの出向って事になってるけどな﹂
リーハンドを得ている﹂
大本営の指揮下に入っているけど、ほとんど独立部隊に近いほどのフ
高から人材を抽出した特別部隊。と言う事になっているわ。一応は
﹁国内の不穏分子をより攻勢的に摘発、鎮圧する為に、特警、憲兵、特
と揺れた。
﹁そう﹂と少佐が頷いた時、車輪が道の窪みを踏みつけて車体がガクリ
﹁語弊、ですか
特別警察隊に籍を置いている。まあ、少し語弊があるけど﹂
達は軍内の不正の摘発や防諜、不穏分子の摘発を仕事にしている海軍
﹁正解とも不正解とも言えるわね。確かに貴方の考えている通り、私
﹁特警の一部署、それも国内の内諜に特化した﹂
何処か楽し気な雰囲気を滲ませた黒い瞳がホタカを射抜く。
?
なります。そんな事﹂
?
細められた視線がホタカを貫くと同時に、背中に寒気が走る。真夜
﹁有りえない、と言えるかしら
﹂
協力者が居る事になる、もしくはその可能性が非常に高いと言う事に
﹁少佐の言葉が本当ならば、軍内、しかも上層部に深海棲艦や超兵器の
?
1069
?
?
中を集団の先頭で歩居ていた時、おもむろに振り返ると誰も居ない事
に気づいた時の様な、自分の存在が脅かされるような根源的な恐怖を
感じた。
﹁超兵器や貴方達、そして深海棲艦の出現には謎が多い、けれどもそれ
と同じぐらい艦娘の出現にも謎が多い﹂
確かに、艦娘の出現の詳しい経緯をホタカは知らなかった。一度、
そのことを知ろうと思い資料室にこもってみたが、結局のところ徒労
に終わったことを思い出す。
﹁この戦争で艦娘が出現したころの主要な情報はその全てが何故か闇
に葬られた。私たちの役割はその謎を解き明かし、帝国を存続させる
カギを得る事﹂
﹁カギ、ですか﹂
﹁そう。それに、今の状況は深海棲艦との戦争が始まった頃と誤差は
有れども酷似しているわ。既存の戦力ではどうにもならない敵の出
﹂
1070
現と、その敵を討ち倒す味方の出現。そんなお伽話みたいな奇跡が2
度も起こるかしら
﹁そう言う事﹂
か﹂
抹消された艦娘の初期の記録の調査を行う諜報部隊と言うわけです
﹁実体は軍内に居るかもしれない敵側の人間、敵の情報、そして何故か
穏分子の攻勢的鎮圧部隊と称して﹂
力して、信頼できる部下を集めた部隊を大本営に設けた。表向きは不
﹁同じ事を考えた人間は特警や内務省にも居たみたいでね。彼らは協
満足そうに海軍将校は頷いた。
﹁軍内で何かが行われていることに気づいた﹂
説明はつかない。だから﹂
よる混乱があった事を差し引いても、資料が完全に消滅している事の
アンテナを伸ばしても、得られるのは不明瞭な情報だけ。深海棲艦に
く、艦娘の出自がはっきりしない事に疑問を抱いていた。様々な所に
﹁こ の 組 織 を 立 ち 上 げ た 憲 兵 隊 の 人 物 は 前 々 か ら 深 海 棲 艦 は と も か
沈黙が車内を支配する。
?
﹁帝国軍が作ったはずのアメノハバキリからの超兵器ノイズ、有るは
ずの無い実射データ、第2部の幽霊大佐、艦娘の謎。なるほど、確か
﹂
に何かありそうですね。それで、僕の今回の役割はアメノハバキリの
調査に同行せよと言う事ですか
﹂
?
﹂
﹁公共安全調査部、か﹂
のある大本営の建物が見え始めていた。
前席の2人が自分の部署をネタにする。車両の行く手には見覚え
だし、人員も一番少ない。要するに閑職ってやつだ﹂
の仕事も、一課が集めてきた情報の処理、検討、偶に他の連中の応援
﹁送られてくるヤツラも癖のあるやつばっかだしな。表向きの公安で
て事になってるわね∼﹂
﹁対外的には∼公安三課は、要請が無い限り直接荒事に関わらないっ
間は少ないに越したことはないわ﹂
一課と二課の人間は私たちの本当の目的を知らない。情報を握る人
の役目をはたすことで、第三課は本来の目的を遂行できる。そして、
こなすために送られてきた人たち。この2つが表向きの公安調査部
ている。一課と二課の人員は三課の動きを隠し、本来の公安の仕事を
﹁何方も存在するわ。一課は情報収集、二課は武力制圧に重きを置い
﹁公安一課と二課は
﹁公共安全調査部第三課、もっぱら公安三課と呼ばれているわ﹂
﹁ところで少佐、その特別部隊に名前は有るのですか
少佐の言う〝問題〟とは十中八九超兵器の事だろう。
きるように手配もされているから心配しないで﹂
る聴取と言う事になっている。何か問題が起これば、水上機で直行で
﹁話す手間が省けて助かるわ。表向きにはウィルキア、超兵器に関す
?
窓の向こう側に、黒塗りのセダンから降りる女性将校の姿を見やり
1071
?
ながら壮年の海軍将校は露骨に眉をひそめた。国内の反乱分子をよ
り攻勢的に鎮圧する部署だと説明を受けたが、今の特高以上にやる必
要があるのかと彼は考えていた。また、彼以外にも公安の必要性に疑
﹂
問を持つ人間も大勢いる。それでも、この部署が作られたのは自分が
感知しえない力が働いたのだろうと当たりを付ける。
﹁公安ねぇ、ちょ∼っと注意した方が良いんじゃない
部屋の奥の方から飛んで来た声に、窓際に佇んでいた男は忌々しそ
うな視線を向ける。
一目で高級品と解るソファにゆったりと座り、足を組む人物。ヒト
ラーユーゲントの制服に似た衣服を身に着けてはいるが、腕章に描か
れているのはハーケンクロイツでは無くウィルキア帝国の紋章。金
髪の髪に赤い瞳の14、5程の年齢に見える少年は、この世の全てを
バカにした様な笑みを浮かべる。
ニヤニヤと笑みを崩さない少年に頭痛を覚えるのは今に始まった
﹂
事ではないが、これからもこの厄介者と関わらざるを得ないのは決し
て面白いものではない。
﹁注意とはどういうことだ
ける。
こ の 少 年 が 西 原 の 目 の 前 に 現 れ た の は 今 年 の 1 月 末 の 事 だ っ た。
大規模作戦の準備に奔走していた西原は大本営で倒れ海軍病院へ担
ぎ込まれた。医者の話では過労との事で、3日ほど入院を言い渡され
た。その入院最終日に、突然現れたのがこの少年だった。
﹁公安には彼女がいる、もしかしたら〟僕ら〟の事も知られちゃうか
もね﹂
﹂
危機感の欠片も無いあっけらかんとした声が、薄暗い部屋に妙に響
く。
﹁そうなって困るのは君らじゃないのか
?
﹂
1072
?
人を小ばかにする笑みを隠さずに、少年は温くなり始めた紅茶を傾
﹁そのままの意味だよ、西原中将﹂
?
﹁まあ、面倒な事にはなるかもね。でも、あの方はそれも予想済みなん
じゃないかな
?
〟あの方〟と言う言葉を出す瞬間だけ、少年の目がほんの少し細め
られる。
﹂
それを知ってどうしようってのさ。中将閣下
﹂
﹁君の言うあの方がどういう存在なのか、そろそろ教えてはくれない
のか
﹁ははっ
│││││まただ。
そうだったでしょ
まあ、君が知ったのは最近だけど﹂
﹁君らは僕らの言う事聞いていればいいんだしさぁ。深海棲艦の時も
から流れ出し部屋の絨毯を伝って足に絡みついてくるようだった。
どまでのふざけた雰囲気は消え失せ、ねっとりとした殺意が少年全体
ん顔を紅潮させていく海軍中将にゆっくりと歩を進めて行く。先ほ
ソファから飛び上がるように立ち上がると、直立不動のままだんだ
﹁あのさぁ、僕らは君らにそう言う好奇心は求めてないんだよねぇ﹂
﹁ッ、ッッ﹂
石になってしまったかのような錯覚を起こす。
し、肺に空気を送ることができない。そもそも、肺の中の空気が突然
指一本どころか、呼吸すらも出来なくなってしまう。横隔膜が硬直
一瞬、少年の双眸がボンヤリと赤い光を発したかと思うと、西原は
?
﹂
?
バカにする笑みを浮かべた少年の顔が目に入った。
る。屈辱と安堵がない交ぜになった顔で上を見上げると、再び人を小
10秒ほどかけて、ブレた焦点が目の前の少年の靴へと調整され
つきながらガクリと膝をついてしまう。
に、彼の身体を支えられるほどの酸素も、力も残っておらず荒い息を
も活動を開始し体の自由も戻る。一種の金縛りから解放された身体
フッと体中にまとわりついていた殺気が消えるとともに、西原の肺
﹁おっと、やりすぎちったかな
い瞳を呆然と眺める事しか出来ない。
に胸を掻きむしる事も出来ず、目の前に迫ったガラス玉の様な深く赤
かのように熱くなり、それとは逆に意識に霞が掛かっていく。苦しみ
がる。酸欠状態が続くにつれて胸は赤熱したパイプを突っ込まれた
目の前でクスクスと笑う少年に、何度目かわからない恐怖が沸き上
?
1073
!
?
それじゃ﹂
﹁公安から目を離さない方がいいと思うよ。三課の連中は特にね、森
原中佐も居ることだし内偵にでも出してみれば
﹁ええ、勿論﹂
力してくれるかね
﹂
﹂
が必要だ。話は少佐から聞いているだろうから省かせてもらうが、協
﹁いきなり呼び出されて戸惑っているかもしれないが、我々は君の力
を移動させた。
そうなダークグレーのスーツに身を包んだ男は艦息へとその黒い瞳
も拳2つ分ほど背が低かった。海軍や陸軍の軍装では無く、質の良さ
上等と解る椅子から立ち上がり敬礼した男性は、ホタカの予想より
﹁うむ、ご苦労﹂
﹁草凪少佐、他2名、ただいま戻りました﹂
が座っているだけだった。
には人の姿は無く、部屋の入り口から最も遠いデスクに、初老の男性
れ、窓の無い部屋に白い光をもたらしている。幾つか置かれたデスク
そこまで大きいものでは無く、天井にはいくつかのライトがつるさ
公共安全調査部第三課は大本営地下の一室にあった。部屋自体は
のは半開きのドアだけだった。
その言葉を最後に、少年の姿は幻の様に消えてしまう。後に残った
まり手間かけさせないでね
﹁解ってると思うけど、代わりなんていくらでもいるんだから。あん
ろで一旦立ち止まりようやく起き上がった西原へ赤い目を向けた。
ヒラヒラと手を振りながら踵を返した少年は、ドアまで歩いたとこ
?
知れないが、こういうある種の儀式に似た会話は必要だった。特に、
こういった裏の任務では。
﹁私は公安三課、課長の牧原だ。一応陸軍大佐だが、ここでは軍の階級
1074
?
ホタカがここまでついてきたことを考えると必要のない質問かも
?
はそこまで重要ではない。隙に呼んでくれ﹂
﹁アサマ型二番艦、ホタカです。よろしくお願いします牧原課長﹂
﹁うむ。では、早速だが件の第二海堡に向かい、超兵器ノイズについて
調査を行ってくれ。現在の第二海堡は立ち入り禁止となっているが、
話は通してある。出来る限りの情報を熱め、持ち帰るんだ。ある程度
の独自行動も認める。ホタカは一旦少佐の指揮下に入ってくれ﹂
﹁了解﹂と草凪とホタカがほぼ同時に挙手の敬礼をする。
﹁では、行動開始﹂
同時刻、ようやく佐世保第三鎮守府に帰ってきた杉本は、いくつか
のファイルと共に岸壁へと続くタラップを降りる。既に日は傾き、細
長い岸壁は斜陽によってオレンジ色に塗装され赤熱した鉄板のよう
1075
にも見えた。海も赤い光に照らされオレンジ色に輝き、水面近くを海
鳥が滑るように飛び過ぎて行く。
鉄製のタラップからコンクリートの地面に降り立ち振り返ると、西
日に照らされた特務軽巡洋艦の姿。随分前から自分と共に、調査のた
め彼方此方を駆けずり回った軽巡洋艦は、今日も誇らしげにその艦体
を浮かべていた。
手元のファイルに目を落とす。この航海中も暇があったら読んで
いたが、結局ホワイトアウトの決定的な証拠は得られんなかった。調
査で当てが外れ無駄足を踏むのは慣れているが、今回のホワイトアウ
トに関してはこの整備書類がどうにも引っかかる。
おもむろにファイルを開くと、暗記できるほど目を通した整備項目
と日にちの羅列。目を通していくが、もやもやとした何かが頭に残る
だけで、結論は導き出されない。
﹂
何か一つ、何かが欠けている。
﹁杉本さん、まだいたのか
艦娘がラッタルを降りてくるところだった。
上からかけられた声につられて見上げると、黒いマントを靡かせた
?
﹁別に読むなとは言わねぇが、岸壁で読まなくてもいいだろう
﹂
せがあるって話聞いたことあるか
﹂
﹂
﹁そりゃそうか。⋮そう言えば杉本さん、特定の艦娘の間に虫の知ら
ないでしょう﹂
﹁彼らは、ボク達よりも先行していましたからねぇ。不思議な事では
を護衛してきた戦艦も鎮守府へ着いているはずだった。
2隻の翔鶴型航空母艦が佐世保に停泊していると言う事は、彼女達
﹁あ。ホタカの奴、もう着いてたのか﹂
泊しているのを見た。
視線を隣を歩く杉本に向けた時、彼の向こう側に2隻の航空母艦が停
お手上げとでもいう風に彼女は手袋に包まれた両手を空に向けた。
アウトまでの時間もバラバラだ。これじゃあ手も足も出ねぇよ﹂
アイツが真っ先に気づくはずだし。超兵器戦終了から次のホワイト
ような被弾も、自然現象も無かったじゃねぇか。電算機のバグなら、
﹁けどよぉ、こんだけ調べてもホタカにホワイトアウトを起こさせる
﹁そう結論付けるには、いささか強引な様に思えますがねぇ﹂
の
﹁にしても、さっぱりわからねぇな。本当は原因何て無いんじゃねぇ
めた。
呆れた様な顔をする相棒に苦笑を返して、鎮守府へ向かって歩き始
?
﹂
?
よりも数歩後ろで立ち止まった杉本の姿が有った。彼は手に持って
なっていることに気づく。きょろきょろと首を巡らせてみると、自分
言葉を続けようとした木曾は、それまで隣を歩いていた人影が無く
せを受けるらしい。まあ、家の鎮守府でも大井が⋮ってどうした
がある二人の艦娘の家、一方に何かが有った時はもう片方が虫の知ら
も、親愛でも何でもいいらしい。とにかく、そう言った強いつながり
い艦娘同士で発生するって噂だ。つながり自体は絆でも、執着心で
﹁その法則が関係してるのかどうかは解らねぇが、特につながりの強
﹁初耳ですが、引き合わせの法則に関係が有りそうですねぇ﹂
?
﹂
いたファイルを再び開き、とあるページを凝視している。
﹁杉本さん
?
1076
?
﹂
﹂
﹁木曾さん、先ほどなんと言いましたか
﹁えーと、大井がどうかしたか
﹂
﹁その前です﹂
﹁家の鎮守府
﹁もっと﹂
﹁虫の知らせ
﹁それです﹂
﹂
?
﹁どういうことだ
﹂
〟だったとしたら﹂
﹁でも、もしこのホワイトアウトが機械の故障では無く、〟正常な反応
﹁そうだな﹂
よる損傷や老化も考えて、です。それでも、原因は解らなかった﹂
えて調査を行ってきました。敵艦による損傷はもちろん、自然現象に
﹁ボク達は今まで、彼のホワイトアウトを外的要因による損傷だと考
ら、彼は捲し立てる。
心が燃え上がっていた。いつもよりも、ほんの少し早口になりなが
ファイルの紙面からあげられた杉本の目は、幾ばくかの興奮と好奇
?
た。
?
てのは早計じゃないか
仮にホワイトアウトが起こった瞬間に超兵
と異世界艦の出現回数は同じだけど、だからと言ってそれが原因だっ
﹁幾らなんでも論理が飛躍してないか
確かにホワイトアウトの回数
整理しきれないと言う風に、木曾が声を上げて杉本の考えを遮っ
﹁ちょ、ちょっと待ってくれ﹂
同じ数です﹂
のホワイトアウトが発生してからの回数と、異世界からの艦の出現は
リューシャンのデュアルクレイター、太平洋のハリマとアサマ。最初
は 超 兵 器、ま た は 異 世 界 か ら の 艦 と の 接 触 を 経 験 し て い ま す。ア
﹁3回のホワイトアウトが起こった後、あまり時を置かずして我が軍
の手でポケットから手帳を取り出した。
そう言うと、杉本は片手に広げたファイルを持ったまま、器用に逆
﹁虫の知らせ、です﹂
?
?
1077
?
?
アリューシャンのデュアルクレイターはともかく、太
器が出て来たってんなら、なんでその瞬間から此方への攻撃を仕掛け
てこないんだ
﹂
平洋に出たハリマの速力なら、MIが発動する前にトラックなり本土
なり強襲をかけられたはずだろう
﹂
?
﹁横鎮に誰かいたっけ
﹂
﹁先ずは情報です。鎮守府に戻って横須賀に連絡を取りましょう﹂
やってやろうじゃないか。何から始める
﹁仮 説 は 実 証 し て 初 め て 真 実 に な る っ て か。不 条 理 上 等。面 白 い、
た。
ていた全身の血管に、熱いオイルが流れ込んで行くような感覚を覚え
〟と叫び声をあげて居る。進展しない調査に、焦燥感が募り冷却され
性では〟有りえない〟と否定していても、彼女の直観は〟何かが有る
突拍子もない仮説が妙にしっくりと来ていることに気が付いた。理
正直言って先ほどまで半信半疑だった彼女だが、直ぐにこの杉本の
でに考えた事の無い切り口です、考えてみる価値は有るでしょう﹂
ことになります。あくまでも、この説はまだ仮説です。ですが、今ま
のであれば、出現から戦闘行動までの不自然なタイムラグが存在する
﹁たしかに、ホワイトアウトの発生と超兵器の出現がリンクしていた
?
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂
﹁アサマ君です﹂
に出した。
足早に彼女の横を通り抜けつつ、海軍将校は目的の人物の名前を口
?
1078
?
﹂
STAGE│56 叩けよさらば開かれん
﹁外出中ですか
窓から見える空からはオレンジ色の光が抜け、代わりに群青色の
カーテンが掛かり始めている。佐世保鎮守府の一角に割り当てられ
た部屋に、杉本の確認する声が静かに響いた。
﹃はい、何でも大本営からの呼び出しと言う事で、ついさっき出て行き
ました﹄
﹂
受話器の向こうから、大和と名乗った艦娘の声が杉本へ届く。
﹁なるほど、いつ戻るか解りますか
﹂
?
んだ。
﹁留守だったって
﹂
受話器を自分の机の上に戻し、まだ湯気の立っている紅茶を一口飲
﹁ありがとうございます。それでは﹂
ます﹄
﹃おそらくは。本人が帰ってきたら、こちらから連絡させていただき
﹁ダイニカイホ、第二海上堡塁の事ですね
﹃いえ。ただ、第二海堡へ行くと口走って居ましたけど﹄
?
なんでまたあんな所へ﹂
?
﹁公安だぁ
﹂
公安でしょう﹂
﹁大本営が絡んでいると言っていました。恐らく彼を呼び出したのは
﹁んで、第二海堡に行ってるだって
﹁ええ、少し電話をするのが遅かったですねぇ﹂
いる木曾の後ろ姿が見える。
声のした方に顔を向けると、自分のマグカップにコーヒーを注いで
?
を上げる。
﹁公安は国内の不穏分子粛清やってる奴らだろ
艦息に関係なさそうじゃねぇか﹂
るのは公安3課の方です﹂
ますます第二海堡や
﹁公安1課と2課は君の言う通りの仕事でしょうが、ボクが考えてい
?
1079
?
はなから頭に無かった組織の名前を耳にした彼女が、素っ頓狂な声
?
﹁⋮聞いたことの無い部署だな﹂
﹁表向きは1課と2課の手伝いですからね。ですが彼とホタカ君を呼
﹂
びつけたと言う事は、第二海堡には何かが有るということでしょう﹂
﹁超兵器とか、か
だった。
立つ。
﹁協力感謝するわ、アサマ。ホタカの事は知っているわね
﹂
﹁宜しく、少佐。で、俺達を呼び寄せて宝探しでもやろうってのか
﹁強ち間違っちゃいないわね﹂と、草凪は小さく笑みを浮かべた。
﹂
大発を手際よく桟橋に固定する間に、4人は修復された桟橋へと降り
反射しながら水面に浮かんでいた。アサマがホタカ等が乗ってきた
顎で指示した先には、確かに緑色の零式水上偵察機が月の光を淡く
﹁そこの少佐に呼び出されてな。横須賀から水偵飛ばして来た﹂
は│││にけげんな顔を向けた。
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる自分の兄│││少なくとも書類上
﹁何故ここに
﹂
第二海堡に到着したホタカを待っていたのは、片眼鏡を掛けた艦息
﹁よう、実際に会うのは初めてだな。ホタカ﹂
けた。
艦娘は揶揄いを多分に含んだ口調で冗談を飛ばし、マグカップを傾
?
たのだった。元々、帝都防空隊が機能し、艦娘もいる現在では必要性
とする資材が必要となるため、帝都の復興を進めるための犠牲となっ
いた。高射砲塔を一基作るためには膨大な量のコンクリートを初め
した高射砲塔は、復旧不可能と判断され完全に取り壊されてしまって
帝都空襲時にアルケオプテリクスの主砲弾をまともに受けて崩壊
言えば、高射砲塔が完全に撤去されている事だった。
わり、以前の様に平坦な地表が続いている。以前と変わったところと
直後には瓦礫で覆われていた堡塁の表面も、今では復旧作業もほぼ終
草凪を先頭に、第二海上堡塁を歩いていく。アルケオプテリクス戦
?
?
1080
?
が薄いと言う事も、撤去に拍車をかけていた。
﹂
﹁そう言えば、九州沖でまたやり合ったそうじゃないか。61㎝砲は
どうだ
砂利を踏みしめながら歩くホタカの横に、アサマが肩を並べた。
﹂
﹁威力、射程共に文句がつけられない。が、少々問題もある﹂
﹁なんだ
﹁深海棲艦は防御重力場を積んでいないからな。ヤツラを相手にする
には強力すぎる﹂
肩をすくめて見せるホタカ。
﹂
﹁防御重力場を純粋な破壊力でぶち抜く主砲なんだから、そりゃそう
なるわな。戦艦相手に2発ぐらいか
パートを貫いて弾薬庫に誘爆、二つに折れて沈んでいったよ﹂
﹂
﹁おお、むごいむごい。俺も積みたいが、どうなるんだろうな
﹁ウィルキア帝国では改装されなかったのか
?
﹁ん
﹂
﹂
をした提督が見やる。
書類整理をしていた秘書艦が小首をかしげたのを、不思議そうな顔
﹁どした
﹂
同時刻、横須賀第二鎮守府提督執務室
片眼鏡越しに見る彼の瞳は楽しそうに笑っていた。
﹁あんまり人の事言えんだろうに﹂と不満げに続けるアサマだったが、
﹁おっそろしいお嬢さんがウチの鎮守府に居るもんだからさ﹂
﹁何故だ
﹁恐らくな⋮あ、やっぱ無理だわ﹂
﹁だが、基本設計は同一だ。やろうと思えばできるだろう﹂
十分だしな﹂
改造しなくても、超兵器やバカみたいに艦が有ったから、戦力的には
﹁いや。内部の改造は施されたが、兵装関係はそのままだ。まあ、俺を
?
﹂
﹁い や、サ ウ ス ダ コ タ 級 で 当 た り が 良 け れ ば 一 発 だ っ た。バ イ タ ル
?
﹁あ、いえ。なんだかとっても不愉快な噂をされているような﹂
1081
?
?
?
?
?
﹁大方アサマ辺りが弟に愚痴ってるんじゃないの
たんでしょ﹂
﹂
ま∼た痴話喧嘩し
龍田に促されて、アメノハバキリに視線を奪われていた二人の艦息
﹁当たればの話だけどね∼。こっちよお二人さん﹂
むわけだ﹂
﹁これが例の要塞砲か。想像以上にバカでけぇな。超兵器も一撃で沈
に鎮座していた。隣でアサマが息をのむ音が聞こえる。
中から浮かび上がらせた。以前見た時と同じように、その巨砲は静か
懐中電灯をつけると、光の帯が目の前に鎮座する巨大な砲身を闇の
﹁そのうち明るくなってくるから、それまでは我慢だ﹂
天井を見上げて呟くホタカは、天龍から懐中電灯を投げ渡された。
﹁仕方ないさ、ホレ﹂
﹁水銀灯か、時間が掛かるな﹂
ぽつと光源が見え始める。
金属と金属が擦れるような音が響いたかと思うと、天井付近にぽつ
﹁それだ、下へ押し下げろ﹂
﹁何かレバーのようなものがあります﹂
カの手が大きなレバーのようなものに触れた。
ホタカとアサマが草凪の指示に従って手分けして壁を探ると、ホタ
﹁壁際にスイッチが有る、それを下ろせ﹂
完全な暗闇だった。
通路からの弱い光が5人の影を格納庫内へ伸ばすが、そこから先は
﹁真っ暗だな﹂
チを開くと、耳障りな音を立てつつ格納庫へ通じる道が開ける。
いたハッチが鎮座していた。錆が浮き始めたハンドルを回してハッ
僅かな光が足元を照らす狭い通路の終点には、円形のハンドルが付
て何考えてるって痴話喧嘩じゃありませんっ
ですよ。ただでさえ余裕が無いのに、演習弾頭ミサイルばら撒くなん
﹁あの人が演習の弾薬消費見積もりを出してきたから突っ返しただけ
?
は我に帰る。二人の艦娘と海軍少佐は既にこの巨大な空間を歩き始
1082
!
﹂
めていた。慌てて彼らも歩みを進め、砲身の傍を歩いていく3人へ追
いつく。
﹁二人とも、何か感じる
主砲の基部辺りまで来た時に、先頭を進んでいた草凪が艦息へ振り
返る。その頃になると水銀灯はそれなりの光を放ち始めていたため、
﹂
たしか貴方達は音探や暗視装置が使えるは
他人の顔も要塞砲も良く見える様になってきていた。
﹁何かってなんだ
﹁いえ、特には﹂
﹁艦息の能力を使っても
ずよ﹂
草凪に言われたように普段は使用していない能力を起動する。暗
視装置には特に問題無かったが、ソナーを起動した瞬間、僅かなノイ
ズが耳に混ざり始めた。超兵器との戦闘中にソナーに流れ込むノイ
ズよりも格段に小さい物だったが、間違いなく超兵器ノイズと感じ取
れる。
﹁音探にノイズ。恐らく超兵器ノイズですね﹂
﹂
﹁こっちもだ、何か聞こえる。ジリジリジリジリウザったいな﹂
﹁出所は
周りを見渡すようにノイズの強弱を拾っていく。すると、有る所から
比較的強力なノイズが検出される。
﹁コイツだな。間違いない﹂
そう言って、アサマが砲台基部を軽くたたく。ホタカの音探もそこ
にノイズの発生源が有ることを示していた。
﹁やはり、アメノハバキリか⋮﹂
﹁しかし、妙ですね﹂
﹁ああ、ノイズが小さすぎる﹂
﹂
顔を見合わせると、お互いが怪訝な顔をしているのが解る。
﹁ノイズが小さすぎるってどういうことだ
﹁そのままの意味だ﹂
天龍の疑問への解答を、ホタカが続ける。
?
1083
?
?
?
首を振ってみると、ノイズの強弱が僅かに変化するのでゆっくりと
?
﹁もし超兵器が起動状態ならば、もっと強力なノイズが発信される。
それか、起動してないとか﹂
だけど、ここから検出できるノイズは小さすぎる﹂
﹁アイドリング状態とかじゃねぇの
ばノイズは発生しない﹂
﹂
﹁じゃあ、どういうことだ
か
﹂
このアメノハバキリは超兵器じゃないの
﹁アイドリング状態でももっと大きいし、超兵器機関が起動しなけれ
?
﹂
?
﹂
﹁仮にそうなら、帝国は貴方達どころか艦娘が出る以前に超兵器と接
ナリオだ﹂
ドルヒから引っぺがした主砲を据え付けた⋮小説なら三流以下のシ
﹁こんな代物を〟表向き〟は建造したとしておいて、ひそかにドーラ・
アサマの片眼鏡の奥の目が細められる。
﹁表向き、ねぇ﹂
﹁〟表向き〟はね∼﹂
ろ
﹁そもそも、アメノハバキリって対深海棲艦用に〟建造〟されたんだ
要はない。専用の線路を敷いて本来の使い方をすればいい﹂
﹁ドーラ・ドルヒが丸ごと手に入ったとして、わざわざ隠匿式にする必
砲身命数の少なさもあって無駄撃ちの出来ない兵器でもあった。
するためにはウィルキア帝国本国の特殊クレーンを使う必要があり、
る。しかし、その巨大な砲身は運用上の障害となり続け、砲身を交換
備での最高時速160kmでの移動と迅速な加減速を可能としてい
た。4両の動力車は超兵器機関からの莫大な電力を利用して、フル装
と対空機関砲、SAMを取り付けた4両の動力車から成る超兵器だっ
超大型列車砲ドーラ・ドルヒは、160㎝砲を備え付けた砲台車両
付けたとしか思えない。そんな事を誰がやったんだ
此処だけ見ると、わざわざ動力車と砲台車両から主砲をはがして据え
し、もしそうなら動力車や砲台車両は何処に行ったかが問題になる。
﹁これが超兵器だとすれば、ドーラ・ドルヒに間違いないだろう。しか
﹁限りなく黒に近いグレーだな。ホタカ、どう思う
?
触していることになるわね﹂
1084
?
?
?
﹁けどよぉ、超兵器ノイズが出てるってのは事実なんだろ
頭をガシガシと掻きながら天龍が声を上げる。
﹂
﹂
﹁超兵器ノイズに似たノイズを普通の機材が出す事ってありうるの∼
ことに間違いないわけだ﹂
﹁だったら、有りえる有りえないはおいといてコイツが超兵器だって
?
﹂
﹁いや、無い。少なくとも、僕らの世界では無かった。少佐、今この要
塞砲に電力は供給されているのですか
けです﹂
﹁なあ、超兵器機関が何処にあるのかはわからないのか
﹁無理だ。俺らの音探じゃあ、そこまでの精度は無い﹂
﹁そうか⋮﹂
いきなり﹂
﹂
?
?
﹁アサマ。ドーラ・ドルヒの超兵器機関は何処に積まれていた
﹁どうした
﹂
のエネルギー無しにノイズを発生させ続けられるのは、超兵器機関だ
﹁だとしたら、超兵器機関が此処に在ることに間違いない。外部から
ホタカの問いに、草凪は首を横に振った。
?
﹂
﹁僕の記録では、たしか砲台車両に搭載されていたはずだが、違うか
続けた。
ホタカは目の前にそびえる巨大な砲台から目を離さずにその先を
?
﹁お前の言う通りだ。ドーラ・ドルヒの超兵器機関は砲台車両に搭載
﹂
され、そこで生み出された電気を動力車と旋回砲塔へ供給していた。
それがどうかしたか
発生するんだ
﹂
身と基部しかないのに、下の砲台車両が無いのに何故超兵器ノイズが
﹁それだとおかしいんだよ、コイツから微弱なノイズが出るのは。砲
?
の格納庫の中に満ちている。
兵器ノイズが出るはずがない。であるのに、実際は微弱なノイズがこ
兵器機関が砲台車両にあったとしたら、此処に在る砲と砲基部から超
ハッと全員が目の前の要塞砲を振り仰ぐ。ホタカの言うように超
?
1085
?
?
﹁それじゃあ、コイツはいったい何なんだ
とかは無いのか
﹂
﹂
まり信用するのも考え物だ。アサマ、ドーラ・ドルヒの詳細な設計図
﹁いや僕の記録も外見と戦闘後の簡単な調査の記録しかないから、あ
帽子をかぶり直したアサマがいらだたし気にホタカを見る。
?
﹂
﹂
りゃ、ひょっとするかもな﹂
﹁それを確認する手立てはあるの
﹂
﹁あ ん な も の 飛 ば し て 喜 ぶ 帝 国 の 変 人 共 が 考 え そ う な こ と だ ぜ。こ
出してしまったのが原因だった。
に改造するために送り込まれた技術者たちの様子をハッキリと思い
ホタカの推測に、アサマは思わず頭を抱えてしまった。彼を無人艦
に検知できるし、それの補正も迅速に行える﹂
る。砲身や基部に埋め込んどけば熱や自重による歪みをダイレクト
線でつながなくても、超兵器機関ならそれ自体が高性能センサーにな
﹁超兵器機関は巨大電算機でもある。遠くにセンサーを埋め込んで電
﹁どういうこと∼
微量の超兵器機関を埋め込んでいるって線だが﹂
﹁だよなぁ。有りえそうなのは、砲身と基部にセンサー代わりにごく
ねぇだろ
﹁俺は一介の戦闘艦だ。そんな国家機密レベルの代物、持ってるわけ
?
?
﹂
?
﹂
?
んでいるわ。アメノハバキリの建造を引き受けていた第901工作
﹁無理ね。日記の持ち主、第901工作大隊のとある大尉はすでに死
﹁日記、ですか。書いた本人に話を聞くことは
わったらしき部隊の将校の日記。今現在他の人員が調査中﹂
されていなかった。唯一の記録と言えそうなのは、初期の建造に携
﹁不明よ。建造当初の記録を探ってみたけれど、その殆どの記録が残
﹁少佐、アメノハバキリの部品は何処で製造されたのですか
﹁そんな事したら軍法会議送りね∼。良くて銃殺ってところかしら﹂
きる﹂
ることだな。超兵器機関が有る場所に電極を当てれば電流が検知で
﹁無い。一番手っ取り早いのは砲身ぶった切って断面に電極当ててみ
?
1086
?
大隊は、建造中止の決定後南方根拠地の建造のため、輸送艦に分乗し
佐世保を出港。8日後に潜水艦の襲撃を受けて全員海に消えた﹂
﹂
﹁それじゃあ、日記を調査している連中からの連絡が無い限りどうに
もならないんじゃないか
ていた。
﹁何かわかった
﹂
は先ほどから黙っていた天龍で、彼女の耳には通信機が押し当てられ
突然、何処か興奮を押し隠した様な声が格納庫の中に響く。声の主
﹁それが、どうにかなりそうだぜ﹂
?
﹂
越さない。確かにこの要塞砲は軍機の塊だろうが、そもそも天羽々切
伝ったものは居なかった。大佐殿は軍機の一点張りで、碌な情報を寄
いたが901大隊の中で主砲の搬入・取り付けを見た、もしくは手
基部への固定が済まされていた。奇妙な事に大佐殿や他の隊員に聞
〟格納庫へ入ると、前日には無かった巨大な砲身が既に搬入され、
している。
帰ってきていた。アサマが乗ってきた水偵は一足先に横須賀へと返
堡から引き上げた一行は大本営施設地下、公安3課のオフィスへと
古ぼけたノートの上、ある日付の部分を白い指が指示した。第二海
﹁此処です﹂
﹁砲身だ﹂
大な円筒。
天龍が顎をしゃくった先には、水銀灯の白い光を浴びて鈍く輝く巨
﹁何処だ
ていた部分が一か所だけある﹂
リの建造のほぼ全てを取り仕切っていたが、ブラックボックスとなっ
﹁日記を調査していた連中からの連絡だ。901大隊はアメノハバキ
?
の建造は我が901大隊に一任されていたはずで⋮〟
﹂
1087
?
﹁でかした
!
﹁わきゃっ
﹂
隣から聞こえて来た悲鳴に視線を向けると、天龍に乱雑に頭を撫で
られている風雲の姿が見える。龍田の話によると、彼女も元々は正規
艦隊に所属した後特警に配属されていたが、公安3課が発足した時に
引き抜かれてきたらしい。前世の事も有り、天龍がかわいがっている
娘の一人だと楽しそうに語っていた。
﹁これを見ると、901大隊が要塞砲の建造、設置を一手に引き受けて
いた。けれど、要塞砲の砲身についてはノータッチだったと言う事が
解るわね。それにしても、よくこの短時間で見つけてくれたわ﹂
風雲のデスクだという机には、件の日記の他にもキチンと積み上げ
られた別の日記も置かれていた。彼女の生真面目な性格が反映され
ているかのように、ノートのタワーは寸分のずれも無くそびえ立って
1日にどれだけ書けばこんなになる
いる。その数は100冊は下らないだろう。
﹁にしても、これが全部日記か
んだよ﹂
のすぐ下には迷路のような幾何学模様。さらにその幾何学模様の間
群は左端から右端へ緩やかな弧を描いて伸びているかと思えば。そ
則性などと言うモノは全くと言っていいほど感じ取れない。有る線
いてしまう。見開き2ページの間を所狭しと走り回る鉛筆の線。規
アサマが見たページをのぞき込んだホタカも、思わず彼の言葉に頷
ねぇな﹂
﹁俺はあんまり絵に興味は無いが、少なくともこれを絵とは認めたく
絵の方が多いです﹂
にもこんな感じの絵が描かれてるんですよ。って言うか、日記よりも
﹁どうやら日記の持ち主の中佐は絵が趣味だったらしくて、日記以外
﹁なんじゃこりゃ﹂
かりに彼は顔をしかめた。
ノートを手に取り広げる。その瞬間、嫌なものを見たとでも言わんば
少し呆れた様な、疲れた様な顔の風雲に促されてアサマが適当な
﹁あ∼。それは、他のページを見てもらったら解ると思うわ﹂
?
を、文字通り蛇がのたくったような線が走り回っている。見ているだ
1088
!?
けでめまいがしてくるようなそんな絵だった。
﹂
﹁抽象画の一種かしらね∼﹂
﹁龍田、何か解るのか
少佐はど∼お
﹂
﹂
やはり、国防は帝国軍の技術によって行われるべきではないか
得
どと言う出所のしれない怪しい存在に国防を任せていいのだろうか
を放棄せよと言うのは、胸が引き裂かれる思いだ。そもそも、艦娘な
事だろうとは思う。しかし、現在まで我が子の様に扱ってきた要塞砲
とは非常に残念であるが、艦娘と言う存在が出たのではしょうがない
すい指揮官殿であることを願おう。天羽々切計画が中止になったこ
になる。大佐殿の後任は現地で合流することになるらしい。やりや
〟安村大佐殿の送別会も終わり、いよいよ明日この本土を発つこと
完了させて、横須賀へ向かう前日です﹂
﹁此処見てください。日付は901大隊が第二海堡からの引き上げを
を指さす。
風雲はテーブルの奥に積まれた数冊のノートを広げて、あるページ
﹁え∼と、ああこれだこれ﹂
﹁気に成る事
ころが有ったんですよ﹂
﹁まあ、これは関係なさそうだから置いておくとして、少し気になると
ずに﹁風景画以外は解らん﹂と返した。
草凪に突然話を振られた公安3課の主は、手元の書類から目を離さ
﹁私も、絵はさっぱりね。課長はどうですか
﹂
﹁私は知識として知ってるだけで∼、絵の良し悪しは解らないわ∼。
﹁ぜぇんぜん﹂と龍田は掌を上に向けて肩をすくませた。
?
?
えているのだろうか
私は今に大きな問題が起きるような気がして
ちらとしてはありがたいことだ。部隊の空きが出た分には余分に建
い。部下たちは食中毒やら脱走兵やら勝手な予想を立てているが、こ
はずだった部隊が、急遽輸送を取りやめたらしい。詳しい事は解らな
ならない。問題と言えば、明日出港する輸送艦に我々と共に搭乗する
?
1089
?
?
?
体のしれない存在に早々に国家の存亡を掛けるなど、上層部は何を考
?
設資材を積んでいくことになりそうだが、話を聞く限り資材が集まっ
てない物だから、事前計画以外の物資はあまり積まないそうだ。頭数
が半分になれば船内のゆとりも大きくなるだろう。現地についてか
らは頭数の不足に悩まされるかもしれないが、ひとまずは優雅な船旅
を楽しもうと思う〟
日記の文字はそこで途切れ、その次のページからは何も書かれてい
ない白紙のページが広がっていた。
﹁これを見ると901大隊は別の部隊と輸送する予定だったのが、何
らかの事情で別の部隊が乗船しなかったと書いてあります。この時
期の帝国軍は深海棲艦の侵攻により輸送艦もかなりの数が減らされ
ていた上に、艦娘の数も揃っていません。そんな中で海上輸送をする
ならば、一度の輸送でより多くの物資を積むはず。部隊も資材も間に
﹂
﹂
合わないからと言って、901大隊と計画上の資材だけを積んで出港
するでしょうか
﹁確かに、何か妙だな。風雲、この輸送艦隊の詳細な情報は
黒髪の艦娘の問いに、力なく首を振る。
﹁だめですね。出港から8日後に沈没したらしいと言う事以外は﹂
﹁そか、だけどあの要塞砲の砲身が怪しいと言う事は解った。ありが
とな風雲﹂
少し落ち込む彼女の雰囲気を吹き飛ばすように、天龍は明るい声を
出した。
﹁少佐、この安村大佐と言うのはもしかして﹂
﹁いや、諸元データを渡した安村大佐は30代ぐらいに見えたそうだ。
この日記の時期に大佐だったとすれば、年齢が合わないと思う﹂
ホタカの問いに、草凪は大佐の年齢から否定の意見を出した。日記
の安村大佐と、諸元データを渡した安村大佐が同一人物であるなら
ば、かなり若い段階で大佐の階級を得た優秀な人物が昇進も無く大佐
のまま存在することになる。ただでさえ人手不足の帝国海軍で、そん
な余裕があるとは思えなかった。現に、大本営の大河内大将はこの頃
中佐の階級章をぶら下げていた。
﹁だけど、この安村大佐については調査を続ける必要がありそうね。
1090
?
?
﹂
アメノハバキリの建造を行っていた時代の901大隊大隊長。何か
﹂
では失礼します
情報が有る筈。風雲、頼める
﹁お任せください
!
﹁あいよ
﹂
先行ってるぜ
﹁は∼い﹂
行くぞ龍田
﹂
!
沈黙。
給されるだろう。何か質問は
﹂
る情報は他言無用でお願いする。調査に対する報酬は別の名目で支
﹁調査への協力感謝する。公安3課の特殊性の為、今回の調査に関す
人の前へ歩を進めた。
それまで黙って調査書類を確認していた牧原課長が立ち上がり、二
﹁さて、と﹂
敬礼を交わし、草凪も足早にオフィスのドアをくぐっていった。
﹁じゃあ、私はこれで。また会いましょう﹂
﹁解っている﹂とでもいう風に、草凪は頷いた。
するのは危険と考えます﹂
が、これはウィルキア解放軍が独自に解析した記録です。あまり過信
﹁ドーラ・ドルヒのデータは鎮守府に戻り次第送らせていただきます。
﹁大したことはやってねぇよ﹂
は高まった。礼を言うわ。﹂
﹁さて、あなたたちのお蔭でアメノハバキリが超兵器だと言う可能性
2人の艦娘がオフィスを後にする。
やる気に満ち溢れた天龍の声とは真逆の間延びした声で答えつつ、
!
必要なはず。先ずはクレーン船の記録を当たってみましょう﹂
あれだけの巨大な砲身を製造・運搬するにはそれなりの機材や設備が
﹁そうね。私たちはアメノハバキリの砲身を追う事にしましょうか。
ればいい
﹁アイツもガキじゃないんだ、上手くやるさ。で、少佐俺たちは何をす
﹁元気が有るのはいいけれど、根を詰め過ぎないか心配ね∼﹂
ていく。
臙脂色のジャンパースカートを翻し、一目散にオフィスを飛び出し
!
?
?
1091
?
!
﹁よろしい。では、現時刻をもって両名の調査協力任務を終了する。
﹂
ご苦労だった。アサマは良いだろうが、問題はホタカだ。やろうと思
えば佐世保行の便を用意する事も出来るがどうだね
﹁そうか。宿舎を手配しよう﹂
﹂
﹁どうせ今夜帰らないなら、家の鎮守府へ来ると良い﹂
﹁アサマ
﹁鎮守府の近くに飛行場が有るから、朝一で帰ればいいさ。どうだ
﹂
チラリと牧原の方を見ると、君に任せると目で返してきた。
マの間で往復させていた。
じられないようなものを見るような視線を、ホタカとその後ろのアサ
印象を受ける海軍将校が座っていた。因みに、秘書艦の大和は何か信
督執務室に居た。真新しい重厚な机の向こうにはどこか気だるげな
時計の針が12時近くを指すころ、ホタカは横須賀第2鎮守府の提
﹁お世話になります﹂
い。あ、こっちが秘書艦の大和ね﹂
﹁横須賀第二鎮守府へようこそ。上等な部屋は無いが寛いでいくと良
最終的にアサマの案に乗ることにしたのだった。
泊まるよりも鎮守府に泊まった方が何かと動きやすいだろうと考え
あっけらかんと言う兄の姿に一抹の不安を覚えるが。軍の宿舎に
以外は大体寝てるよ。空き部屋もあるし、あの提督も反対しないさ﹂
﹁今から車で帰って11時半ってところだ。その頃には提督と秘書艦
﹁いきなり行って提督や他の艦娘が迷惑しないか
﹂
﹁いえ、明日の便で帰ることにします。今日は少々くたびれました﹂
夜空には雲が低く垂れこめて月も見えない闇夜だった。
時刻は既に10時を回っており、地下のオフィスからは見えないが
?
大和型1番艦、大和です
それにしても⋮﹂
﹁アサマ型の2番艦ホタカだ。兄が世話になっている﹂
﹁こ、こちらこそ
!
!
1092
?
?
?
﹁なにか
﹂
﹂
﹁いえ、アサマさんとはずいぶん違う雰囲気ですので。本当に弟さん
なのですか
﹂
言動的に考えて﹂
﹁おい。そりゃどういう意味だ﹂
﹁いえ、どう見ても逆でしょう
﹁ったく。んなことあるかよ、なあホタカ
?
﹂
が⋮もう遅いですよね
﹂
﹁佐世保鎮守府の杉本少佐からアサマさんにお電話が入っていました
り忘れていたらしい。
提督の問いに﹁あっ﹂と小さく大和が声を上げた。どうやらすっか
無かったか
﹁まぁ∼艦娘でもいろいろあるからなぁ。そういや佐世保から電話が
まで〟軽い〟性格ではない⋮筈だ。
問が沸き上がってしまう。自分も確かに冗談を言う事もあるが、此処
大げさに頭を抱えるアサマに、本当に自分の兄だろうかと純粋な疑
﹁ブルータス、お前もか﹂
がある﹂
﹁いや、実際問題君の事を〟兄さん〟と呼ぶのは少し、否、かなり抵抗
?
?
?
が、ホタカの隣を通り過ぎて執務室のドアに手を掛けた。ホタカも彼
マスターキーらしきものを机の上のホルダーから抜き取った大和
﹁はい、提督。ではホタカさん、こちらへどうぞ﹂
﹁大和、ホタカを部屋に案内してあげな。部屋の場所は任せる﹂
﹁お電話替わりました、アサマです﹂
した。
外にも、電話は直ぐにつながったようで大和はアサマへ受話器を手渡
秘書艦用と思われる机の上の電話を手に取り、ダイヤルを回す。以
﹁了解﹂
かけてみろ﹂
﹁一度連絡してみて、電話に出なかったら明日かければいいだろう。
の少佐が起きているとは考えづらい時間だった。
時刻は既に12時近い。提督なら起きているかも知れないが、一介
?
1093
?
﹂
女に続こうと身体を反転させ歩き始めたとき、アサマの声が妙にハッ
キリと聞こえる。
﹁俺がこっち側に来た時間
﹃俺がこっち側に来た時間
﹄
受話器の向こうから、少々の驚きを含んだ声が聞こえる。
﹁そうです。アサマ型護衛艦は常に自分の状態をモニターしたデータ
が集積されているはずです。此方の世界に来た時の最も古いデータ
を見せてほしいのです﹂
1時間前まで杉本の目の前のデスクに居た艦娘は半強制的に自室
﹄
に戻し、そろそろ自分も休もうと思っていた矢先に掛かってきた電話
は、彼が待ち望んでいた物だった。
﹃確かに、データはある。どれぐらいの長さのデータがいるんだ
﹁最も古い、24時間分のデータをお願いします﹂
﹂
﹃解った。ホタカに持たせて送り返す﹄
﹁ホタカ君がそちらに居るのですか
?
答え合わせの時間はすぐそこまで迫っていた。
マのデータ。二つを合わせれば、答えは導き出される。
が教えてくれる。ホタカと加久藤のホワイトアウトのデータとアサ
想が当たっているかどうかは、明日ホタカが持ってくるだろうデータ
受話器を置き、すっかり冷めてしまった紅茶の残りを飲み干す。予
﹃了解﹄
﹁そうでしたか。それでは、データの方よろしくお願いしますよ﹂
たんだ﹄
﹃ああ、ちょろっと用事が長引いてな。横須賀で一泊するように勧め
?
1094
?
?
ED ﹁ORIGA 〟rise〟﹂
1095
STAGE│57 虫の知らせ
﹂
﹁それにしても、俺がこっちに来てからの24時間分のデータねぇ。
何に使うと思う
九七式大型飛行艇が横付けされた桟橋で、ホタカはアサマからデー
タの入った黒いブリーフケースを受け取った。既に巨大な翼に取り
付けられたエンジンは暖機運転を終えて、何時でも飛び立てる様に準
備を終えていた。水平線から顔をのぞかせた太陽が、横須賀鎮守府近
くの水上飛行場の海面を照らし始めている。
﹁あの人の事だから無駄な事じゃないことは確かだろうさ﹂
﹁ど う だ か ね。国 内 線 だ し 深 海 棲 艦 も 居 な い と は 思 う が 気 を 付 け ろ
よ﹂
﹁それはパイロットに言ってくれ。じゃあな﹂
ヒラヒラと手を振って飛行艇の機体に開けられたハッチをくぐる。
﹂
﹁ちょっと待て﹂
﹁なんだ
ハッチ越しに彼をのぞき込んでいた。
﹁超兵器はあとどれぐらい来ると思う
﹂
﹁まあ、ラッキーな事に今回は加久藤と君がいる。前よりは、もう少し
りそうにない。
出してみると、アサマの過程が真実だった場合、まだまだ戦いは終わ
嫌そうな顔をするアサマにため息をついた。こうして改めて口に
じゃないか﹂
﹁もしも全部出てくるなら、前途多難だな。まだ半分も終わってない
チェ、リヴァイアサン、ノーチラス、そしてフィンブルヴィンテルだ﹂
ル・シュメーラ、アラハバキ、ヴォルケンクラッツァー、ヘル・アー
ルヒ。まだ確認できていないのは、グロースシュトラール、フォーゲ
ター、ムスペルヘイム、ハリマ、そして確証は持てないがドーラ・ド
ルヴィント、ドレッドノート、アルケオプテリクス、デュアルクレイ
﹁それが解れば苦労はしないだろう。今まで確認できたのはヴィルベ
?
1096
?
後ろから掛けられた声に振り返ると、アサマが機体に手をついて
?
楽な戦いになると思いたい﹂
﹁同感だ。じゃあな、ホタカ。また会おう﹂
アサマがハッチを閉じると、にわかにプロペラが大気を撹拌する音
が大きくなり、緑色の飛行艇は海へと滑り出て行った。
﹂
飛行艇が佐世保鎮守府の最寄りの桟橋に着岸すると、とある人物が
彼を待っていた。
﹁飛行艇で朝帰りとは、良いご身分ね
訂正、待ち構えていた。
﹁や、やあ瑞鶴。出迎えご苦労﹂
何時もの様に笑みを浮かべようと努力しては見るモノの、桟橋で仁
王立ちする空母娘の後ろに般若を空目してしまい、ひきつった笑顔に
なった。
│││││別の水上飛行場で降りて陸路で来ればよかったかな
│││││何で彼女が僕が帰ってくる時間を知ってるんだ
ほんの少しだけほっとした表情になっていた。
彼をつま先から帽子の上まで眺め、怪我をしていない事を確認すると
えていたため彼は気づけなかったが。瑞鶴は飛行艇から降りてきた
何とか彼女に今回の出張の真意を悟られまいと言い訳を必死に考
笑えない。
と一瞬考えるも、彼女なら普通に正門前で待ち構えていそうだから
?
にも午前中に到着するとしか言っただけだ。
﹁なあ瑞鶴。何で僕が帰ってくる時間が解ったんだ
﹂
後は一切佐世保鎮守府の艦娘と話をしていない。出発前に真津提督
中に受けつつ自問自答してみる。昨日、天龍から移動の指示を受けた
桟橋から鎮守府建屋に向かう間、瑞鶴のいぶかしむような視線を背
?
さんから聞いてたし。この時間に飛んでくる横須賀所属の定期便な
﹁アンタが横須賀鎮守府で一泊して午前中に帰って来るってのは提督
?
1097
?
んてない。それに今日の鎮守府周辺の哨戒飛行はアタシの航空隊だ
からね、鎮守府に飛んでくる飛行機の所属と目的を聞く権限は有るの
よ﹂
│││││タイミング悪いなぁ、おい
﹁んで、休憩もと
﹂
らずにいったい何しに帝都まで行ってきたのか、教えてくれるよね
﹂
﹁軍機だ、軍﹂
﹁お・し・え・て・く・れ・る・よ・ね
﹁今まで叩いてきた超兵器についての研究報告だ、急遽参加させられ
た﹂
﹁ふーん﹂
1mmも納得していませんと言わんばかりの返事に、冷や汗が流れ
そうになるのを我慢する。色々と物ぐさに見えて実の所妙に勘の鋭
﹂
い彼女の事だ、少しでもボロを出してはいけない。
﹁で、これからどうするの
﹁気になるところ
﹂
それに、少し気になるところもある﹂
﹁そうは言っても、前回の海戦のデータをまだまとめられていない。
﹁却下よ、却下。ちゃんと休めって毎回毎回言ってるでしょ﹂
データ整理でもやるつもりだが﹂
﹁提 督 執 務 室 へ 報 告 に 行 っ た 後 は、別 命 あ る ま で 待 機 だ。C I C で
?
運転音を発することなく沈黙を保ち続けていた。
ホタカの言う〟少し気になるところ〟。第8タービンは騒々しい
た。
しかし、瑞鶴自身は何か得体のしれない恐ろしさを微かに感じてい
ている。
認識していない。精々、部品を幾つか交換すれば大丈夫だろうと考え
う思っていると彼女に思わせる物だった。事実、彼自身も大事だとは
﹁大したことじゃないよ﹂と軽く流したホタカ。その口調は本気でそ
?
1098
?
?
﹁これが、そのアサマのデータか
﹂
机の上に広げられた紙の一枚を手に取り眺めてみる。左端に日時
が並べられ、機関出力、航行速度、針路、風向、風速などのデータが
びっしりと印刷されている紙を眺めていると、木曾は少々の頭痛を覚
えてしまう。あまりにも文字が細かすぎて、定規でも当てないと正し
く読み取れないような気がした。
﹁ええ、そうです。彼がこちらの世界へと出現した瞬間から24時間
分のデータ。と言っても、僕が欲しいのはそこではありません。木曾
さん、ホタカ君と加久藤君のホワイトアウトのデータを見せて下さ
い﹂
﹁えーと。コイツか﹂
2冊のファイルの目的のページを開いて杉本に見せる。すると、杉
﹂
本は視線を手元の書類とファイルとの間を行ったり来たりさせた後、
一つ頷いた。
﹁何かわかったのか
﹂
渡された用紙には先ほど自分が見たのと同じような数字の羅列が
並んでいる。
﹁見ろって、どこのデータを
﹂
﹂と言う杉本の声は木曾には届いていない。解が
!
時間が一致していた。
ウトの時刻と、アサマがこの世界で一番初めに記録したデータを示す
完全にと言うわけではないが、ホタカと加久藤の最後のホワイトア
う一度3つの数字を見比べる。
を氷が滑って行ったようなゾクリとするような感覚を感じながら、も
回はもっと気分が悪くなるような感覚が木曾の身体を襲った。背中
解った時に、電流が走ったと言うような感覚を味わう事があるが、今
﹁気づきましたか
﹁一番左上ってーと、時刻だな。これがどうか⋮って、この時間
﹁風向や針路は今回の問題ではありません。1番左上が重要です﹂
?
1099
?
﹁あくまで可能性の域ですがねえ。このデータを見てください﹂
?
?
﹁これって、そう言う事なのか
﹁そこですよ、一番の問題は﹂
いや、でも⋮なんでいまさら
の妨害装置を積んでいるとかはどうだ
﹂
﹂
﹁ヴォルケンクラッツァ│よりも後に建造された超兵器は、何かしら
ない﹂
テリクス、ムスペルヘイムの時に何も起こらなかったのか説明が出来
だとしたら、何故ヴィルベルヴィント、ドレッドノート、アルケオプ
﹁異世界からの戦闘艦の出現がホワイトアウトを引き起こしているの
る紅茶を口に含んだ。
好奇心の中に少しばかりの疲れを滲ませて嘆き、杉本は湯気を上げ
?
﹁ッ
﹂
ジャミングには使えないなら、こんな現象を引き起こす意味
﹂
﹁彼らにとっても、想定外の事象だったらどうですか
が﹂
んだ
﹁そりゃそうか⋮まてよ、じゃあこのホワイトアウトの目的はなんな
す﹂
付きませんねぇ。そもそも、妨害装置にしては効果が限定的すぎま
前期から猛威を振るったヴォルケンクラッツァーで反応した説明が
﹁それでは比較的後期に作られたムスペルヘイムで反応せずに、戦争
?
﹁このホワイトアウト自体が、彼らが意図的に発した妨害電波のよう
﹂
なモノではなく、何らかの原因によって発振してしまった現象だっ
た、と言うのはどうでしょうか
データ用紙だった。
?
﹁完全に同じものと言うわけではありません。アサマ君のデータは主
﹁これって、さっき見たアサマの奴と同じ奴だよな
﹂
杉本が引き寄せたのはホタカのホワイトアウトが起こった時刻の
﹁それについては、興味深い資料が出てきました﹂
事になるんだよなぁ﹂
が原因だとして。それでなんでホワイトアウトにつながるのかって
﹁それなら、筋が通りそうだ。でもなぁ、仮に異世界の艦が出現するの
?
1100
?
静かに紡ぎ出された言葉に、木曾は言葉を詰まらせる。
?
?
!
に艦の位置情報を重点的にまとめたデータですが、これは艦の動揺に
関するデータを集中的に集めたモノです。そして、問題のホワイトア
ウトが起こった時間がこの列﹂
杉本が指示した先には、赤線が轢かれたデータ列が並んでいた。ホ
ワイトアウトの時に観測機器が異常作動したのか、ほとんどのデータ
が前後の傾向を無視して最大値を指示している。ただ一つを除いて。
﹁こいつ﹂
﹁そうです、ほとんどすべての観測機器が沈黙した時も一つだけ動作
していた機器が有ります﹂
それは艦の縦揺れと横揺れを示すデータでデータ用紙の端の方に
記載されていた。その値は縦揺れ、横揺れ共に前後の時間のデータと
あまり変わらない値を示していた。あたかも、ホワイトアウトなど無
かったかのように。これがこのホワイトアウトだけのデータならば
偶然と言う事も有りえたが、そのほかのホワイトアウトの時のデータ
事でした。元々同じ国だった軍隊で利用されていたのですから、当然
1101
を見てみても、同じようにこの観測機器だけが正常な値を示してい
た。
﹁杉本さん、これは﹂
﹁ホタカ君の妖精さんに聞いてみたところ、このデータを吐き出した
のはホタカ君に唯一登載されたデータの取得から記載に至るまで一
切の外部電力を必要としない、スタンドオフの計測器です。万一艦の
電算機が使えない場においても最低限のデータが取れる様にとバッ
﹂
クアップとして搭載されていました﹂
﹁何で此奴だけ
﹂
?
﹁僕も最初はそう考えましたが、確認したところ全く同じものと言う
﹁形式でも違うんじゃないのか
加久藤君にもあるのに、この値が出てきたのはホタカ君だけです﹂
いため電池で稼働します。もう一つ興味深いのが、同様の観測機器は
書き込む地震計の様な構造らしいのです。多くの電力を必要としな
用した観測機器で。得られたデータをグラフ用紙に鉛筆で自動的に
﹁この観測機器は電気的なセンサーでは無く、振り子の様なものを利
?
と言えば当然ですがね﹂
﹁それじゃあ、この違いは何処から
﹂
﹂
﹁それをこれから調べに行くのですよ。では、昼食を取ったらホタカ
君の所へ行きましょうか﹂
﹁やあ、森原中佐、いや今は大佐だったかな
トの原因に気づきつつあるよ﹂
﹁そうか。あの方の予定通りと言うわけだ﹂
書類を捲る、どうやら目当ての書類では無い様だ。
?
﹁それと、次の札も出すみたいだ﹂
すべてはあの方の掌の中、さ﹂
﹁次は、グロース・シュトラールだったな。何処に出す
﹁さぁ
﹂
﹁あれからちょろっと調べたんだけどねー。あいつら、ホワイトアウ
書類棚から目当ての物を探す。
行儀悪く執務机に腰かけた少年に碌に目を向けず、備え付けられた
﹁何しに来た﹂
は未だに慣れない。
ているはずだが、こうしていつの間にか部屋に入り込んでいることに
た少年が自分の執務机に腰かけている。コイツの能力は重々承知し
鎮座していた。何時も通りの人を小ばかにするような笑みを浮かべ
自分にあてがわれた部屋に入ると、あまり見たくない奴が目の前に
?
﹁と言うわけであの方からの伝言だ。〟君の意見は却下する〟だって
さ。何度も言ってるじゃん、そんな事言っても、あの人は聞かないっ
て﹂
﹁⋮⋮そうか﹂
﹂
却下。その言葉を聞いて初めて森原の顔があからさまに歪んだ。
﹁あの方は計画を変更なさらない、と
﹁そういうこと。それが解ったら、出番が有るまで大人しくしてるこ
?
1102
?
﹁よっ﹂と小さく声を出して机から降り、森原へと近づく。
?
﹂
とだね。ま、君が反逆したところであの方は〟楽しみが増える〟程度
にしか考えてないみたいだけど﹂
﹁⋮⋮⋮﹂
﹁じゃあ、そう言う事で。また用事があったら言ってね
│││││■■■■■■
小さく嘆かれた言葉。久しぶりに聞いた自分の本当の名前を意味
する言葉を耳にし、無意識に少年の方を振り返る。しかし、そこに少
年の姿は無く、開け放たれた窓にカーテンが揺れているだけだった。
│││││わかっている。だが⋮⋮
目的の書類らしきものを発見し、中を確認する。
│││││あの方を失ってはならない
目的の書類であることを確認し、踵を返してドアに近づく。
│││││ムスペルヘイムはともかく、あの艦は、ホタカは危険だ。
一応策は仕掛けたが、万一と言う事も有りうる。
ドアノブに手をかけて、軽くひねるとドアが外へと開いた。
│││││やるなら、今しかないか
で武骨な観測機はこれぐらいだろう。左舷の最下層に設置された観
測機器室の一角にある白い箱。その白い箱のスリットからは絶えず
赤い線の轢かれた白いグラフ用紙がゆっくりと吐き出され、傍に取り
付けられたスキャナーへと吸い込まれていく。
﹁元々電子攪乱弾頭を受けてもデータが取れる様に取り付けられたも
のだ。艦の動揺が解らないと主砲も当たらないからな。普段は電池
で動作し、電流に異常が有った場合自動的にぜんまいばね駆動に変わ
る。この機構は解放軍もウィルキア帝国もまったく変わらない。そ
れに、バージョンアップも無しだ﹂
1103
?
木曾がそう評するのも無理はない。ホタカの艦内においてここま
﹁こりゃまた、旧式な﹂
﹁これがそのアナログ式動揺記録装置です﹂
?
﹂
﹁ふむ、加久藤君と機構はまったく同じと言うわけですか。困りまし
たねぇ﹂
﹁しかし艦長、アレは関係ないのでしょうか
﹂
﹁と言うと
﹂
なのかもしれませんね﹂
﹁日本製だから、と言うよりも〟あの世界の物でない〟事の方が重要
納得が行かないと言う風に木曾が腕を組んだ。
﹁ぜんまい1個でそんなに変わるもんかなぁ﹂
能性がありますねぇ﹂
﹁とすると、この異常データは日本製のぜんまいばねが原因と言う可
測機の違いと言えばそこだけでしょう﹂
く日本で仕入れたぜんまいで修理したわけです。加久藤と本艦の観
まいもその全滅した部品の中に入っていたんですよ。それで、仕方な
修理できたんですけど中に搭載されていた交換用部品は全滅。ぜん
しまっている左舷側の倉庫が吹き飛んでまして、倉庫自体はドックで
なったのです。所が、前回のドレッドノートとの戦闘で予備パーツを
さ ま り が 悪 い。そ こ で 艦 長 の 指 示 で ぜ ん ま い だ け 交 換 す る こ と に
ことはできませんし、かといって次のドック入りまで放置するのもお
もれなく治るんですが、こんなぜんまい1個で艦をドック入りさせる
まいに異常が発見されたんですよね。まあ故障ならドックに入れば
﹁アルケオプテリクスと戦闘をしている時の点検で、この機器のぜん
﹁はい
観測機室までついてきた副長が思い出したように声を上げる。
?
﹁その異物がこのデータを生み出したと言うわけですか﹂
の世界の物〟言うなれば異物です﹂
は〟前の世界〟のものです。所が、今副長が言ったぜんまいは〟此方
近いでしょう。ですからいくら修理しても、ホタカ君を構成する部品
とまったく同じように修復されます。いえ、修復と言うよりは再生に
へ来た。そして基本的に損傷した艦をドックで修理した場合、損傷前
カ君を構成している全ての部品は、ホタカ君が居た世界のからこっち
﹁この艦、つまりホタカ君はこの世界では無い所から来ました。ホタ
?
1104
?
ぱちんと、手に持ったデータをホタカが弾いた時だった。
ガンと頭を殴られたような衝撃を感じ、目の前にチカチカと星が
散った。
﹂
﹂
﹁これは
﹁なっ
!
に広がる。
﹁な、なんだ
﹂
CICより報告
﹂
﹁艦長
﹁何
ホワイトアウトです
﹂
!
?
の兆候だと
﹂
﹁それで、ホタカと少佐たちはそれが超兵器、ないし異世界の艦の出現
立つホタカと杉本、木曾を見やる。
という報告を受けていた。ややあって、受話器を置いた提督は正面に
既に横須賀のアサマとソロンの加久藤でホワイトアウトが起こった
トアウトが発生した後、直ぐにデータを纏めて執務室へ行くと。彼は
真津が執務机の上の電話をとり、各所へ報告を上げて行く。ホワイ
﹁解った、直ぐに大本営と横須賀、ソロンへ連絡する﹂
﹁はい。本日午後1時23分、ホワイトアウトを確認しました﹂
﹁お前にもホワイトアウトが有ったと言うのは本当か
ホタカ﹂
グラフ用紙がゆっくりと吐き出されているところが見えた。
が作動した時特有の音と共に、先ほどまでと変わらない赤線を乗せた
杉本の指さした先、アナログ式の動揺記録装置からはぜんまい機構
﹁ホタカ君、これを見てください﹂
データの羅列が確認できた。そして。
慌てて電算機を確認すると、いままで3回ほど見て来た不自然な
!
痛みと目の前を舞っていた星は消え去り、再びクリアな世界が目の前
思わず片手で頭を抑えて数度振る、すると先ほどまで頭を襲っていた
遠くの方で杉本と木曾が驚いているような声が聞こえた気がした。
!?
!
?
?
1105
?!
﹁可能性はかなり高いかと思われます。すぐにでも艦娘の出撃を減ら
し、航空機による索敵を行うべきだと考えます﹂
﹂
﹁ボクも、ホタカ君と同意見です。まだ仮説の段階ですが、用心してお
くべきでしょう﹂
﹁⋮一応大本営にも通達してみるが、あまり期待はしてくれるなよ
﹁それと、ソロンの加久藤にホークアイによる広域索敵を行うよう要
請してください。超兵器が超兵器機関を起動しているならば、電探が
ジャミングを受ける。ホークアイの大型電探は広い索敵範囲を持っ
ています。電探に電波妨害の影が映れば大まかな位置は推定できま
す﹂
﹁要請してみる。念のためだ、ホタカは出来るだけ早く出港準備を行
い湾外で待機してくれ。何時でも出撃できるようにな﹂
﹁了解﹂
﹁後はこちらに任せろ。行動開始﹂
もう一度真津に敬礼してから執務室を出る。と、執務室の前で立ち
﹂
﹂
聞きをしていた青葉をはじめとする非番の艦娘達とばったり出くわ
してしまった。
﹁何してるんだ
﹁あ、あははは⋮撤収ゥゥゥゥゥ
﹂
く。が、一人だけその場に残って鋭い視線を彼に投げかける者も居
た。
﹂
﹁君も居たのか
﹁悪い
う﹂
﹂
そんな言葉をつぶやきつつ、速足で彼女の横をすり抜けようとした
﹂
時、腕を捕まれ強制的に停止させられる。
﹂
﹁放してくれないか
﹁また超兵器
?
﹁⋮まだ確定じゃない。放してくれないか
?
?
1106
?
蜘蛛の子を散らすように数人の艦娘達が脱兎の様に駆け出してい
!
?
?
﹁提督執務室の中で話されていることを盗み聞きするのは不味いだろ
?
すんなり瑞鶴は彼を掴んでいた手を離した。いつもなら何かしら
小言が飛んでくるところだが、素直な反応に少し面喰ってしまう。
普段とは様子の違う彼女に2、3聞きたいことはあるが、今はそれ
﹂
どころじゃないと再び歩き出す。すると、隣に彼女が並走して歩き始
めた。
﹁超兵器が来たとして、勝算は有るの
﹂
と大本営から索敵機を出すようにとの命令が来てから10分と経っ
﹁ご苦労﹂と目の前で敬礼する艦息に返す。佐世保第3鎮守府の提督
てあります﹂
も問題ありません。念のため幾つかの飛行隊を爆装状態で待機させ
﹁提督、ホークアイ全機、護衛隊の発艦が完了しました。データリンク
れ廊下の角を曲がっていった。
い視線の交錯を終えると、瑞鶴は自分の艦へ向かうためにホタカと解
めた金色の瞳には気遣うような光が込められている。数秒に満たな
してこちらを見ていた瑞鶴と目があった。普段の闊達さは鳴りを潜
となりを歩く彼女の方へ瞳だけを向けると、同じように瞳だけ動か
﹁何時もの様に帰ってくるよ﹂
﹁絶対に帰ってくる。それだけは約束して﹂
彼女は一旦そこで言葉を切る。
﹁解った。それと﹂
捉えさえすれば取れる手段は多くなる﹂
﹁ありったけの索敵機を飛ばしてほしい。超兵器の存在を早いうちに
﹁何か手伝えることはある
勝算はある、少なくとも負けは無い﹂
﹁さて、何が来るかも解らないからな。だが、見た事のある超兵器なら
?
ていない。この艦息の事だから、ホワイトアウトが起こった時点で偵
察機の準備を進めていたのだろう。
1107
?
﹁それと、事後報告になってしまいましたが。既にフェアリィ隊12
機をホークアイと共に上げています。彼らはホークアイの護衛機に
﹂
守られつつ、超兵器ノイズを確認した時点で対象空域に突入、情報収
集を行います﹂
﹁了解した。しかし、危険ではないかね
﹂
﹁超兵器との戦いに出すのか
﹂
﹁何時でも出港できるようにしておいてください﹂
鷹達は如何する
﹁ならいいんだ。君も万一の場合に備えて出港準備を整えてくれ。古
きます﹂
﹁フェアリィ隊は変人ばかりですが、腕は確かです。必ず全員戻って
?
﹁加久藤さん
﹂
│││││そして、あの杉本少佐の仮説。嫌な予感がするな
衝撃、頭痛、目に散った星。
と言っていい。
│││││さっき起こったホワイトアウトは、これまでの物と別物
で進む。頭にあるのは先ほど起こったホワイトアウトだった。
敬礼をして執務室から出る。ソロン鎮守府の窓の無い廊下を速足
﹁では﹂
﹁なるほど。伝えておこう﹂
﹁いえ。私が出撃している間に万一と言う事が有ります﹂
?
﹂
る。立 ち 止 ま っ て 声 の し た 方 に 顔 を 向 け る と 見 知 っ た 艦 娘 の 姿 が
有った。
﹁早期警戒機がたくさん上がってましたけど、何かあったのですか
が来るだろう﹂
﹁超兵器、ですね
﹂
﹁まだ決まったわけじゃないが⋮よく解ったな
﹂
﹁まだ確証はないが、念のためと言う奴だ。君もすぐに提督から指示
?
せんから﹂
﹁加久藤さんがそんなに慌てているなんて、超兵器以外に考えられま
?
?
1108
?
廊下が交差する十字路まで来たとき、ふいに横から声を掛けられ
!
そんなに慌てていたのだろうか
自覚は無いが、彼女がそう言うの
ならそうなのだろう。対超兵器戦闘を前に浮足立っていたかもしれ
ないと自分を戒める。
﹁私は今回も、何にもできませんけど。どうか、ご無事で。絶対に戻っ
てきてくださいね﹂
﹁だから、まだ超兵器が来ると決まったわけじゃないんだが﹂
ほんの少し苦笑すると、古鷹は﹁あぅ﹂と小さい声を上げて赤くなっ
てしまう。
﹁忠告はありがたく受け取っておくよ。君も気を付けて﹂
﹁はい﹂
北太平洋を西進する巨大な白い船が有った。島の様に巨大な艦体
は白銀に染められ太陽光を受けて鈍く輝いている。920mを越え
る船体には、平面を多用した近未来的な艦橋構造物が鎮座し。水上戦
闘艦と言うよりも宇宙船のような印象を受ける。甲板上に据え付け
られた巨大な2基の連装砲塔が前後を睨み、広大な甲板上には大小の
奇怪なオブジェクトが所狭しと並んでいる。ひときわ目立つのは、最
で航行していた白亜の巨大艦が俄かに速力を
も前方に取り付けられたカニの爪のようにも見える、巨大なクロー状
の構造物。
ふと、それまで20
ロペラが海水を撹拌し海面を泡立たせて長大な航跡を形作っていく。
艦橋の直上に取り付けられた細い壺の様な構造体からは至近距離
の生物を一瞬で死に至らしめるほどの強力な電磁波が放出され、周囲
の空間を探っていく。レーダーマストから放出された電波は、進行方
向上に存在する〟敵〟の姿を一つ残らずとらえた。次に、射撃指揮シ
、微風、風浪、うねり共に微小。
ステムが起動し得られたデータをもとに攻撃手段を決定する。距離
62km、相対速度18
?
1109
?
増し始める。艦尾の喫水線化に取り付けられた巨大なスクリュープ
?
重々しい音と共に、前艦橋前方に取り付けられた連装主砲がゆっく
りと持ち上がっていく。砲塔内では主砲塔直下から揚弾された主砲
弾と装薬が仰角を上げ続ける主砲へと押し込まれ尻栓が閉鎖される。
その間に、砲身の冷却システムがアイドリング状態に移行し、超兵器
機関からの大電力がチャンバーへと充電された。
。敵針北北東。
目標捕捉、敵先頭艦。艦種、戦艦。大日本帝国海軍Ise│Typ
e。敵速力14
対空レーダーがこちらに接近する機影を確認する。数は3、いずれ
も F / A │ 1 8 系 列 の 機 体 西 南 西 の 方 角。超 兵 器 ノ イ ズ 有 効 圏 内。
妨害電波放出で対処。驚異度は低い。
│││││攻撃、開始
﹃そこの戦艦、回避せよ。面舵﹄
突然、ノイズ交じりの通信が山城の艦橋に響いた。所属も理由も無
く、ただ〟回避せよ〟と言う人間よりもコンピューターが話している
かのような無機質な声。普段なら所属と突然の警告を問い詰める所
だが、伊勢にとっては自分の懸念の答えを示してくれる通信だった。
面舵一杯
耐衝撃姿勢
﹂
それも、彼女が考えうる中で最悪の答えを。
﹁全艦
!
まで走ってきたコースから少しでもずらそうともがく。通信機から
は突然の転舵命令を訝しんだ僚艦から真意を問う言葉が矢継ぎ早に
まさか
﹂
届くが、彼女は即座に回避せよと命令を繰り返した。
﹁艦長
またノイズ交じりの通信が入る。総排水量3万トンを超える艦体
﹃着弾まで10秒﹄
能性から目を背けた自分のミスだった。
同時に不調になる事なんて有りえない。まさかとは思いつつ、その可
も登載した電探の故障は珍しい事では無かったが、6隻すべてがほぼ
口癖になってしまっている呪詛の言葉が漏れる。艦娘になった後
﹁ええ。まったく⋮ついてないなぁ、もう﹂
!
1110
?
!
スクリュー直後に取り付けられた舵をいっぱいに旋回させ、艦を今
!
!
はじれったいほど緩やかに東へと針路を変えていく。
﹃4、3、2、1⋮弾着﹄
一瞬の出来事だった。何か巨大な物が頭上を飛び越えたかと思う
と、彼女の左舷側に着弾。着弾と同時に、文字通り海が割けた。強烈
な運動エネルギーは伊勢の航跡により白く縁どられた海面を叩き割
り、数十トン以上の海水を蒸発させ、それ以上の海水を同心円状に押
し出した。極小の津波となったソレは伊勢の後に続く日向と駆逐艦
を木の葉のように弄び、超ド級戦艦であるはずの伊勢、日向さえも揺
らがせた。
海水交じりのソニックブームが艦橋のガラスにヒビを入れ、背の高
い艦橋を揺らしマストの電探を吹き飛ばした。
﹁なんつー威力。80㎝クラスのバケモノ砲ってのは違うわね﹂
一瞬で額に噴きだした冷や汗を手の甲で拭う。ハリマの80㎝砲
のデータはホタカからもらってみた事があるが、もしかしたらそれよ
﹂
驚異的な攻撃能力や防御能力だけでなく、速度性能をも備えているこ
とを知っている彼女にとって、通信機の向こうからの情報は違和感を
全艦全速発揮用意
﹂
、変わらず。敵艦第2射発砲﹄
覚えさえる物だった。
﹃28
﹁取り舵30
!
へ と 推 進 さ せ る。後 続 の 駆 逐 艦 と 日 向 も 同 じ よ う に 速 度 を 上 げ た。
伊勢に搭載されたガスタービンが唸りを上げて、巨大な艦体を前方
!
1111
りも巨大な砲弾かも知れなかった。通信機を手に取り、先ほど警告を
入れて来た通信元へ通話を試みる。口を開く直前、先ほどの衝撃で通
信機がいかれているかとも思ったが、やってみる価値はあるはずだっ
た。
で貴艦隊へ向けて航行中。ノイズの影響から恐ら
﹁こちら佐世保第3鎮守府所属、伊勢。敵艦の針路、速力を知らされた
し﹂
﹃敵艦は速力28
﹁28
く超兵器と思われる。進路を北に取り、最大速力で離脱せよ﹄
?
艦の進路を北へ戻しながら訝し気に問いかける。超兵器の特徴は
??
?
彼女達は日本の戦艦の中でも低速な伊勢型戦艦だったが、航空戦艦化
による軽量化とホタカが開発したガスタービンに換装したことによ
り、最高速力は高速戦艦並にまで引き上げられていた。
﹄
心臓に悪い時間が過ぎ去り、今度は右舷側で海面が大爆発を起こ
す。
﹃伊勢、如何する
いや、あの巨弾を受けて浮いていられる訳は無いか。どっちにせ
た。
﹁大丈夫、策ならあるよ﹂
!?
そこを突く
﹂
﹁そう言うのじゃないよ、日向。アイツは今28
で航行している。
﹃先に言っておくが、伊勢だけ殿になるとかは無しだ﹄
﹁たった一つだけ残った策が、ね﹂
ターが有ったのなら、尊敬のまなざしが伊勢に届いていただろう。
最 後 尾 を 航 行 し て い る 吹 雪 か ら 通 信 が 入 る。も し も こ こ に モ ニ
﹃何かいい考えが有るんですか
﹄
う。しかし、伊勢の頭には状況を打開する方法が既に組み上がってい
苦々しい顔で現状を確認する妹の姿が手に取るように解ってしま
よ火力が足りない。ホタカか加久藤がいてくれればよかったが﹄
ぞ
板には燃料を満載したドラム缶が山盛り。一発当たれば火だるまだ
入っている分だけ。しかも、私たちの飛行甲板や格納庫、駆逐艦の甲
口 径 3 5.6 ㎝ 砲。駆 逐 艦 に は 6 1 ㎝ 酸 素 魚 雷 が 有 る が、発 射 管 に
﹃此方の戦力は航空戦艦が2隻に駆逐艦が4隻。しかも、装備は45
た。
葉が似合う彼女も、流石に超兵器の突然の奇襲で余裕を失いかけてい
通信機から日向のやや上ずった声が聞こえる。泰然自若と言う言
?
?
全艦、捨てられるドラム缶は海洋へ投棄
﹂
!
つきたくなってしまった。
﹁逃げるんだよォ
向けて前進全速
!
!
母港へ
ニヤリと伊勢の口元がゆがむ。それを見た副長は、なぜかため息を
﹃そ、それで。その方法って﹄
!
1112
?
﹃ええええええぇぇぇ
﹃まあ、そうなるな﹄
﹄
ノイズが混じるレーダーには6つの光点が30
して北へ退避する様子が映し出されている。
以上にまで増速
が精一杯らしく、佐世保艦隊との距離が開き始めてい
程度だったはずだが、あの艦隊の
を越えている。十中八九、機関を換装してい
が一瞬煌めき、薄い大気をかき分けて前へと進んでいく。
速。フェアリィ隊の任務に合わせて改造されたホーネットのノズル
て自分たちの機体を追い抜いていく。此方もスロットルを開き、増
言葉少なに答えたと同時に、眼下のホーネットのうち一機が増速し
﹁了解﹂
されるか、目標を望遠カメラでとらえたら退避しろとのことだ﹂
俺たちはその機に追従して情報を逐次受け取る。ホーネットが撃墜
﹁浅井中尉。護衛の無人ホーネットの内1機が強行偵察を行う様だ。
る。
コンソールのモニターが明滅し、新しい命令にアップデートされ
いるのが見えた。
よりも更に下、高度12000m付近に護衛のホーネットが追従して
ているが、上空2万mは静かな物だった。レーダーを見ると、自分達
う感覚に近い。眼下では6隻の艦が生存を目的に必死の退却を行っ
較対象の無い空の上では飛んでいると言うよりも浮かんでいると言
たF/A│18ホーネットは成層圏を滑るように飛行しているが、比
コンソールから目を放し、キャノピーの外を見る。専用に改造され
るのだろう。
速力はどう見ても30
る。伊勢型戦艦の最高速力は25
うやら28
後部座席のフライトオフィサが現状を確認していく。超兵器はど
斉射着弾、損害なし﹂
﹁佐世保艦隊、敵艦より離脱を開始。敵艦、針路、速力変わらず。第5
?
!?
?
﹁超兵器ノイズが酷いな。此処まで来るとノイズキャンセラーもあま
1113
?
?
り効いていない様だ﹂
フライトオフィサが忌々し気に愚痴をこぼす。この機体には加久
藤に搭載されていた航空機用の超兵器ノイズキャンセラー││││
│これが無いとムスペルヘイムに着艦する時は、母艦が超兵器機関を
停止していない限りレーダーが使えない│││││を搭載している。
しかし、この航空機側のノイズキャンセラーは補助的なもので、加久
ゴー
ス
ト
藤側のノイズキャンセラーと併用しないと十分な効力を発揮しな
かった。
レーダー画面の砂嵐が酷くなり、いくつかの擬似標的が浮かび上が
る。
﹁味方機、目視距離まで10秒﹂
﹁望遠カメラ用意﹂
﹁カメラ起動、録画開始。無人ホーネット、敵艦を視認。偵察開始﹂
データが浅井の操縦するフェアリィ│3に流れ込んだ時、ヘルメッ
﹂
際の急激な機動によるGでフライトオフィサがうめき声をあげた。
レーダー画面にはノイズが生み出した無数のゴーストと共に、高速
飛翔体が映し出されている。接近していた下の護衛機へ2発。こち
らへ6発。スロットルをMAXへ、アフターバーナーを点火。弾かれ
﹂
るような加速が伝わり、鋼鉄の雀蜂は太平洋の空を音を置き去りにし
ながら駆け下りて行く。
﹂
﹁味方護衛機撃墜﹂
﹁データは
﹁全て此方へ転送済みだ。避けられるか
﹁このホーネットは特別製だ。フェアリィー3、エンゲージ﹂
フライトオフィサの声が心なしか震えている。
?
?
1114
ト内に耳障りなブザーが鳴り響く。
﹁敵艦より照準レーダー波受信﹂
回避しグアッ
その後すぐに、ヘルメットに流れるブザーが、切羽詰まったアラー
敵艦ミサイル発射
!?
トに変化した。
﹁っ
!
翼を立ててロール。スプリットSで高度を速度に変換する。その
!
降下角45度。徐々に濃くなっていく大気が主翼を叩き、機体をガ
タガタと振動させていく。ヘルメットにはミサイル接近を知らせる
アラートが相変わらずガンガン鳴り響いている。HUDに表示され
た高度表示が瞬く間に0へと近づいていく。
此方を追跡する6発のミサイルは大きく3波に分かれている。第
1波の2発は直ぐ後ろにまで迫っている。
︻RDY Chaff/Flare︼
機体から無数の金属片と赤熱したフレアが放出されるとともに、操
縦桿を倒し急旋回。ハーネスが胴体に食い込み、急激な機動によって
血液が下半身へと集まっていく。目の前にチャフとフレアをバラ撒
かれたミサイルは急旋回で離脱するホーネットを無視し、天使の羽の
﹂
ような奇跡を描いたフレアの雲を突っ切り虚空を貫く。
﹁第二波、5秒後
もう一度チャフとフレアをバラ撒き、逆方向へ急旋回を掛けて回
避。しかし、回避が一瞬遅れミサイルの近接信管が作動。炸裂する。
破壊されたミサイルの弾体片がバチバチと機体に衝突する。それ
と同時に別のアラートが鳴り響いた。航空機のアラートはコクピッ
トボイスレコーダーで後から解析するためにそれぞれ微妙に異なっ
た音が設定されていた。
チャフがやられた
第3波、15秒後
﹂
︻Chaff/Flare dispenser Down︼
﹁中尉
!
!
に退避する護衛機の片割れ。急旋回で速力を失いかけていた愛機は
浅井中尉
﹂
再び加速し、眼下を飛ぶ味方機へ向かって突っ込んで行く。
﹁正気か
!
かけた機体を立て直し、水平飛行へと移った。後方を振り返ると、火
波と切り刻まれたホーネットの破片が機体を穿つ。バランスを崩し
ンジン音が一瞬響いた。後方から閃光、追い打ちをかけるように衝撃
轟とキャノピーギリギリをホーネットの機首が通過し、味方機のエ
の背中めがけて突っ込んで行く。
後ろで叫ぶフライトオフィサの声を無視し、機体をロールさせ灰色
?!
1115
!
浅井は機首を下げてパワーダイブ、進行方向上には自らと同じよう
!
の弾になった破片が流星群の様に海へと落ちて行くのが見える。
味方の無人機のギリギリを上から下へすり抜けて、味方機をミサイ
ルの盾にする〟曲芸飛行〟を成功させた前席のパイロットに、正規の
後席が急病で倒れたため臨時で配属されたフライトオフィサは舌を
巻くと同時にうすら寒さを覚えた。あの一瞬で瞬時に味方を盾にす
る回避策を思いつき実行する。〟情報を守るためなら味方すら利用
する〟と言われるフェアリィ隊の一端を垣間見た気分だった。少な
くとも、自分は長い間留まりたくはない。レーダー画面を確認、全速
ゴー
ス
ト
で離脱した為ノイズキャンセラーもそれなりに有効に働いているよ
うで擬似標的も見えず、高速飛翔体も写っていない。
﹁第4波は無し。さっきのが最後らしい﹂
﹁了解した。帰還する﹂
︻Fairy│3 Completed mission RTB︼
まで加速した佐世保艦隊はどうにか敵艦の射程か
1116
1時間後、32
E〟﹂
ED ﹁Donna Burke 〟HEAVENS DIVID
ら逃れることに成功した。
?
STAGE│58 狂気の奔流
大粒の雨が艦橋の防弾ガラスを叩き、重力に轢かれ下へと流れて行
く。上空に張られた分厚い雲は太陽光線の大部分を減衰させ、当たり
を夜の様に薄暗くしていた。時折紫電が黒雲を走り、腹の底に響く雷
鳴をとどろかせる。艦首が高くなり始めたうねりに突っ込むと、数ト
ンに上る海水が打ち上げられ白い飛沫と共に2基の主砲塔を濡らし
ていく。艦体は前後左右上下にゆっくりと揺さぶられているが、その
針路がブレることは無かった。
﹃こちら加久藤、針路そのまま。会敵まで10分。敵艦、針路、速力と
もに変わらず。攻撃隊は敵艦の迎撃を受け接近できない。第一段階
は失敗だ﹄
﹄
通信機から加久藤の苦虫をかみつぶしたような言葉が聞こえてく
る。
﹃レーザーの減衰は見られなかったってのか
﹃レーザーの減衰は見られたが。問題は拡散荷電粒子砲だ。コイツの
所為で艦載機のFCSやフライトコンピュータに甚大な被害が発生
していて、迂闊に近づけん﹄
﹁やはりそうなるか。予想はしていたが﹂
思わず、ホタカも頭を掻いた。決戦はすぐそこにまで迫っていると
言うのに、使える艦船はホタカとアサマに限定されてしまった。
超兵器発見の報がもたらされると、直ぐにホタカ、アサマ、加久藤
は特設第一艦隊に編入され超兵器迎撃の命令を受けた。特設第一艦
隊は超兵器が出現した場合に各鎮守府で運用されている艦息を超兵
器迎撃に当たらせるために臨時で編制される艦隊であり、指揮権は大
本営に有る。と言っても、大本営から出される指示は〟超兵器を撃沈
せよ〟以外に存在せず。実際の作戦行動においては旗艦│││││
索敵・指揮通信能力に秀でる加久藤│││││に一任されている。ま
た、超兵器戦と言う特殊性から特設艦隊として編成される際に彼ら以
外の戦闘艦は基本的に編成されない。
1117
?
室戸岬沖でアサマと合流したホタカは、加久藤から敵艦のデータを
受け取りつつ太平洋を南下していった。
敵艦の光学映像を確保し生還したフェアリィ│3の情報によると、
今回出現した超兵器は艦形からグロースシュトラールに間違いない。
それを知った瞬間、特設艦隊の誰もが露骨に嫌な顔をしたのだった。
の鈍足の戦艦であ
超巨大レーザー戦艦グロースシュトラール。全長は920mに達
する白亜の巨大戦艦である。超兵器ながら28
り、主砲は連装2基4門しか搭載していない。しかし、後にあるウィ
ルキア技術士官に〟狂気の産物〟と言わしめるほどの凶悪な性能を
持つことも事実だった。
特徴的な白亜の艦体は、とある特殊塗料によるものだった。グロー
スシュトラールが戦力化されたころに台頭し始めたエネルギー兵装
に対抗するための塗料で。主にレーザー等の熱量で焼き切るタイプ
の兵器に効果を発揮し、レーザー光によって発生した熱を艦全体に拡
散させ決定的な損傷を受けないようにする性質を持つ。また、その塗
料の下も分厚い複合装甲で覆われ、艦内も細分化された水密区画が無
数に設けられ、標準搭載された防御重力場と電磁防壁により極めて沈
みにくい艦になっている。
また、4門しかない主砲自体も只の艦載砲では無かった。ウィルキ
ア帝国シュヴァンブルク第3海軍工廠製60口径100㎝磁気火薬
複合加速砲。最大射程は60km以上を誇り、その砲弾は如何なる艦
も一撃で戦闘不能に至らしめる。巨大なプラットフォームを持つた
め連装砲塔に搭載する事が出来たが、通常の艦船なら単装砲を艦体軸
線上に搭載するだけで精いっぱいな文字通りの超兵器専用砲であっ
た。艦体が巨大と言う事はそれだけ波浪にも強くなると言う事であ
り、たとえ嵐の海でも比較的正確な射撃を実行できる。
主砲と装甲だけをとってみても一級品の超兵器だったが、グロース
シュトラールをグロースシュトラール足らしめている要素は別に
あった。
艦全体に惜しみなく搭載された大小のエネルギー兵装である。前
後に搭載された円盤状の構造体は大型レーザー発振装置であり、β
1118
?
レーザー発射装置が前部にγレーザー発射装置が後部に搭載されて
いる。βレーザーは上、左右の3方向に照射されたレーザーが目標と
の中間地点で屈曲し目標地点で収束するレーザーで、工夫をすれば島
の向こうに居る敵艦を攻撃できる。γレーザーは8本のレーザーを
束ねた収束レーザーを照射する兵器で、照射装置から約30km地点
で半円状に分裂、反転したレーザーが射撃地点を包み込むように着弾
する独特過ぎる弾道を持つ。レーザー光は本来直進するもので、この
二種類の様な軌道を持つことは無い。しかし、超兵器機関よりもたら
された技術の中の光子婉曲装置により、このようなふるまいを持つ
レーザーが開発可能となった。光子婉曲装置はある空間に光子の方
向を変える力場を形成することが可能な装置で、これを利用すること
により様々な軌道を持つレーザー兵器の開発が可能になった。
さらに、グロースシュトラールには無砲塔型の荷電粒子砲と拡散荷
電粒子砲を搭載している。荷電粒子砲はある電気を帯びた重金属粒
子を高速で射出する兵器であり、レーザー兵器と言うよりも実弾兵器
に近い性質を持つ。
荷電粒子砲を発砲すると次の現象が起こる。まず、高速の金属粒子
が多量に衝突することによる物理的消滅破壊。原子よりも小さい荷
電粒子が高速で原子核に衝突すると双方とも粉々に破壊され、結果的
に命中した個所は構成する原子そのものが消滅する。次に、巨力な電
荷を持つ粒子が高速で運動することにより様々な波長の電磁波が放
出される。その電磁波は可視光はもちろん、様々な物体を加熱・融解、
蒸発させる赤外線やマイクロ波。電子機器を破壊する各種電磁波等
で直撃せずとも相応の被害を射線上にまき散らす。また、大気や標的
の物体との摩擦熱によりプラズマ化し膨大な熱量を生み出す。
グロースシュトラールに登載されたのは通常型と拡散型であった。
中でも特徴的なのが拡散型で、一定距離を進むと10本近い荷電粒子
ビームに分裂し散弾銃の様に面制圧を行う。荷電粒子ビームは特定
の荷電子│││││+または│の電荷│││││の集合体であるた
め、射出する直前に圧力をかけて目標に届く前に粒子自体が反発し合
い拡散することを防いでいる。拡散型はこの圧縮装置に手を加え、荷
1119
電粒子ビームの拡散をある程度コントロールしたものだった。ただ
し、装置のリソースが〟兵器としての威力を保ったままの拡散〟に割
かれた為、拡散した荷電粒子ビームは大まかな方向以外に飛ばすこと
が出来なかった。
艦首に搭載された巨大な発射機は光子榴弾砲と呼ばれる兵装で、グ
ロースシュトラールの奥の手と言える兵器だった。名前に〟光子〟
とつけられているが実態は対消滅反応弾を利用したレールカノンで
あり、艦内を軸線方向に貫く幾つかの線形粒子加速器により生成され
た反物質を専用の真空カプセルに封入し敵艦へ向けて発射する。発
射されたカプセルは何かに着弾した瞬間に壊れ、中の反物質が対消滅
反応を起こし、辺りを特殊弾頭の比では無い膨大なエネルギーにより
薙ぎ払う。この時に膨大な光を発生させることから、偽装の意味も込
めて光子榴弾砲と命名されることになった。唯一の弱点として、超兵
器ほどの大型艦でなければ反物質を生成できるほどの加速器を搭載
できず、反物質を封入する真空カプセルが衝撃に弱いため比較的低速
で発射しなければならないと言う制約が有った。
また、艦橋周辺は多数の対空ロケットやパルスレーザー、多目的ミ
サイルで防御され航空機や潜水艦の接近を許さない。文字通りの無
敵要塞の称号にふさわしい戦艦と言える。
この超兵器を攻撃するにあたり、ホタカを初めとする艦息は敵との
位置関係上悪天候下での襲撃を決定せざるを得なかった。
しかし、彼らはそれを〟好都合だと〟逆に笑みを浮かべる。確かに
悪天候なら海面に大きな波浪が生まれ、艦体が小さなホタカ達の砲撃
精度は落ちるが巨大な船体を持つグロースシュトラールはその影響
をあまり受けず存分に砲撃できる。しかし、豪雨であればあるほどグ
ロースシュトラールの持つ各種エネルギー兵器の威力は減衰される
のも事実だった。
艦砲などの質量兵器と異なり、レーザーや荷電粒子ビームは大気の
影響をもろに受けてしまう。豪雨の中を進めば進むほど、雨や大気の
水粒子に触れてエネルギーが意図しない所で放出、拡散されてしまい
必要な火力を得られず有効射程は短くなる。光子榴弾砲も強風の吹
1120
きすさぶ天候ならば、弾速の遅さから致命的な影響を受けて命中率は
格段に落ちる。ホタカ達は荒天を利用してグロースシュトラールの
凶悪なエネルギー兵装群を沈黙させ、加久藤の航空攻撃とホタカ、ア
サマのミサイル、主砲弾の飽和攻撃で撃沈する計画だった。
しかし、その計画は冒頭の様に最初の段階で躓くことになる。
﹃奴は拡散荷電粒子砲の面制圧砲撃により、航空機に致命的な打撃を
与える漏斗状のフィールドを形成し迎撃を行っている。レーザー兵
器から電力を回し、射出する荷電粒子量を増やすことで雨を克服して
いるようだ。射出された荷電粒子は一定時間後にバラバラに拡散し、
その粒子ビームに囲まれた空間は一瞬で一千度に達する熱と各種電
磁波に晒される。そこに飛び込んだ航空機は一機残らず燃料や火器
が誘爆し、領域を掠める様に飛んだ機体は電子装備をやれらた。高高
1121
度 か ら の 爆 撃 を 行 お う に も 荒 天 に よ る 強 風 で ま と も に 当 た ら な い。
すまないが⋮﹄
﹁状況は把握した。まあ、前の世界では僕一隻で何とか出来た。今回
は同型艦2隻だ、何とかする﹂
﹃攻撃ヘリ隊はハープーンを発射出来る。3個飛行隊72機を近海に
展開させているから適宜支援攻撃を要請してくれ。最も、終端誘導は
君らの誘導電波で超兵器の妨害電波網を貫くことになるからそのつ
もりで﹄
﹃了解。こき使ってやるから代えの銛を飛行甲板に積んどいてくれ﹄
﹃解った。武運を祈る﹄
﹂
加久藤からの通信が切れ、再び艦体を打つ波や雨の音が意識の中に
入ってくる。
﹁航空機はダメでしたか
ゲンナリする副長に﹁すまん﹂と短く謝る。
﹁部下の前で弱気な事言わんでくださいよ﹂
になってくるな﹂
﹁そうらしい。しかし予想はしていたが、いざ使えないとなると不安
?
﹂
﹁相手はレーザーの使用を諦めたようですが、荷電粒子砲は如何しま
すか
ほど優速だ。そのあたりのイニシアチブは
﹁どうにもこうにも、近づかない様に逃げ回るしかないな。幸いこち
らの方が30から40
こちらにある﹂
。速度と大きさからして従来型の艦娘でない事は明白だった。巨
既に捉えていた。全長270m程度の大型戦艦が2隻、速力は45
特徴的な艦橋に据え付けられたレーダーはこちらに接近する戦艦を
ラが移すのは灰色の海と空。視程は10kmと無いだろう。しかし、
ベールをかき分けるように進んでいく。可視光での観測を行うカメ
飛沫となって暗い空に舞う。衝角の様に鋭くとがった艦首が豪雨の
数mのうねりが艦体にぶち当たるとその質量に押しつぶされ白い
ぞ﹂
﹁こんな時はズルいと言う奴が間抜けなのさ。さて、CICに降りる
なか小賢しい戦術ですな﹂
﹁アウトレンジ砲撃と言えば格好がつきますけど。考えてみればなか
?
を浮かべ、腕を振るう。
彼我距離は60kmを切り、既に主砲の射程圏内。しかし、流石の
超兵器でもここまでの荒天では命中弾を出すことはできない。この
天気ではさっきまでの航空戦と同じく対艦レーザーも対して役に立
たないだろう、荷電粒子砲にレーザーの分の電力を回せば雨を力技で
無理やり突破出来るかもしれない。レーザーに割り当てられていた
エネルギーを荷電粒子砲と粒子加速器へ回し、主砲に初弾を装填す
る。火器管制システムが彼我距離と周辺の環境から射撃諸元を算出
していくが、その値は荒天のため逐一変わっていき、FCSは射撃を
控える様に表示した。
その表示を楽し気に無視し、彼は主砲射撃の準備を進めて行く。今
撃っても威嚇にしかならないだろうが、戦いの始まりを示すゴングと
1122
?
大なモニターに囲まれたCICに立つ人物は口角を釣り上げて笑み
?
しての役割は十分果たすだろう。
主砲弾です
﹂
前艦橋近くに設置された大口径主砲が鎌首を擡げ、ゆっくりと旋回
を始めた。
﹁対空電探に感
﹁弾着、今
﹂
弾の降りしきる中を突入することになる。
m程度。超兵器が最大射程ギリギリで打ってきたなら20kmは砲
れるノイズをかき消すノイズキャンセラーの有効範囲は半径40k
ればこちらも見えるはずだが、相手は超兵器だ。超兵器機関から発さ
艦の所在を捉えていない。通常の艦船ならば相手から見えるのであ
内に飛び込んだ事の方が重要だった。ホタカの水上電探ではまだ敵
か後方に着弾する筈だった。それよりも、自分たちが敵戦艦の射程圏
報告に冷静に返す。電算機上の計算では、この砲弾は自分たちのはる
電探画面に映った巨大な輝点を見つけたレーダー手の叫ぶような
﹁焦るな。この天気では当たらない﹂
!
強烈な水中衝撃波がバルジを打った。その音は雨のカーテンを貫き
何重にも装甲されたCICにも微かに響くほどだった。
﹁すごい威力ですね。これが100㎝対艦砲弾ですか﹂
冷や汗を流す副長が引きつった声で呟いた。
﹁計算上、ヴィルベルヴィントなら4発当てれば爆沈するらしい﹂
﹂
﹁超兵器すら鎧袖一触ですか。で、まさか対100㎝装甲持ってると
か言いませんよね
正直に対100㎝装甲を張る意味は無い。グロースシュトラールの
る。第一、超兵器を持つのはウィルキア帝国だけなのにわざわざ馬鹿
直撃は多数の小部屋がつぶれることで威力を分散させて対応してい
密隔壁を設けて沈みにくくしているらしい。50,8㎝以上の砲弾の
0.8㎝砲を防御できる程度の装甲しかないが、後は艦内に多数の水
﹁流石にそんな装甲板を張ったら超兵器でも沈むよ。装甲板自体は5
?
1123
!
ホタカの後ろに続くアサマの後方400mに巨大な水柱が上がり、
!
設計班は、あの大戦で製造される艦砲の最大口径は50cm前後と見
積もったんだろう﹂
﹁なるほど。ウィルキア帝国からしてみれば、雑魚艦艇の砲弾を防ぐ
程度で十分と言う事ですか﹂
﹁そう言う事だ﹂と頷き、艦内マイクに手を伸ばした。
﹁全艦に達する。これより本艦は敵レーザー戦艦との戦闘に入る。彼
の艦は多数のエネルギー兵器と巨大な艦砲を搭載しているが、足は遅
い。その為戦闘の主導権は常にこちらが握る事になるだろう。〟分
厚い皮膚より速い脚〟と言う言葉をイロモノ戦艦に教えてやろう
じゃないか。諸君らの奮励努力に期待する﹂
﹁艦長も大概イロモノの類だと思いますがねぇ﹂
副長のぼやきを無視しつつ、戦闘準備を進める。
﹁特 殊 弾 頭 ミ サ イ ル V L S 解 放。主 砲 装 填、弾 種 徹 甲。対 空 パ ル ス
レーザー、CIWS射撃準備。防御重力場展開最大出力﹂
﹂
1124
﹁特殊弾頭ミサイルVLS1番から5番解放。続いて5番から6番ま
で解放。装甲ハッチロック。排煙スリット解放﹂
﹁1番、2番、3番砲塔主砲弾装填。正副予備バッテリー充電完了。排
熱機構正常可動﹂
﹁対空パルスレーザー、およびCIWS起動確認。即時射撃用意﹂
﹁防御重力場発振装置運転中。現在重力場効力103%﹂
﹃こちらアサマ。攻撃準備完了。超兵器戦はお前の方が先輩だ、宜し
く頼むぜ﹄
﹁了解。だが、こちらが指揮を取れなくなったらその時は﹂
じゃあな、攻撃開始のタイミングは任せる﹄
﹃バカ、俺を盾にしてでも生き残れ。どっちが軍にとって価値がある
のかぐらいわかるだろ
囲を示す領域に巨大な光点が侵入したところだった。
﹁敵超巨大レーザー戦艦グロースシュトラール接近中
目標、敵超兵器
加久藤から支援射撃を開始したと言うメッセージがモニターに踊
10基照準
トライデント
加久藤航空隊に支援射撃を要請
!
﹁誘導電波発信せよ
突入ルートはB│22
!
!
!
﹂
通信を切りレーダーに目を向けると、ノイズキャンセラーの最大範
?
!
!
る。攻撃ヘリ部隊の144発のハープーンの着弾にホタカとアサマ、
合計48発のトライデント│││││1隻に付き2斉射│││││
とアサマのハープーン256発を合わせる。これがグロースシュト
﹂
ラールへの最初の一撃になる。
﹂
﹁トライデント打ち方始め
﹁発射
は海面へと向きを変えてシースキミング飛行に移った。
15秒後に1番から射撃可能
!
﹂
﹁トライデント次発準備中
弾着、今
!
﹂
﹂
グロースシュトラール右舷側、距離36kmにつき同航
艦ミサイルを斉射中
﹁面舵40
主砲射撃諸元データ入力、砲撃用意
!
!
可能
﹂
﹁トライデント第2斉射、てぇーッ
﹂
﹁アサマからのトライデント、ハープーン斉射を確認
﹂
!
!
ハープーン138発
!
る飽和攻撃。例え対空パルスレーザーが使えたとしても、全てを迎撃
れて、超兵器を目指す。海中以外のあらゆる方向からの誘導兵器によ
これらの誘導兵器はホタカとアサマから放射される誘導電波に導か
ロースシュトラールへトップアタックを仕掛ける手筈になっていた。
整える。ヘリ部隊から放たれたハープーンは雲の上を飛行した後、グ
側へ回り込み、第二派の発射の時間を稼ぐとともに全周攻撃の準備を
28発のハープーンはシースキミング飛行を行いながら敵艦の左舷
戦艦へと殺到していく。最初に放たれた24発のトライデントと1
巡洋艦を簡単に破壊する威力を持つ破滅の槍は荒れた海を進む巨大
ていたレーダーに442個の小さな輝点が表示される。一発一発が
続々と荒天に電子の目を持つ槍が打ち上げられ、それまで閑散とし
﹁加久藤航空隊の支援攻撃が到着しました
﹂
﹁1番、2番、3番主砲塔電探連動射撃。砲塔旋回中、20秒後に射撃
戦を行う
!
続いて対
全14発飛行中
!
!
﹁敵15斉射
!
﹁アサマからのトライデント発射を確認
!
﹂
波しぶきを蹴飛ばして上昇していく。ある程度上昇するとミサイル
1秒の発射間隔をおいて10発の大型ミサイルが雨粒を切り裂き、
!
!
!
1125
!
!
﹂
する事は時間的物理的に不可能。
﹁主砲、射撃用意完了
﹂
﹁撃て
!
許容値オーバー
﹁急冷により砲身が歪みます
﹂
直撃コース
﹂
再設定が終わり次第撃て
﹁敵艦発砲
﹁取り舵一杯
﹂
!
﹂
!
発射。
ファイア
算出。
﹂
照射可能時間、およそ4秒。粒子加速完了、目標ロック、最適コース
全 エ ネ ル ギ ー を 荷 電 粒 子 砲 へ。圧 縮 率 最 大。直 進 補 正 最 大。連 続
スを実行する。
う。ますます笑みを深くしつつも、無数のミサイルを叩き落すプロセ
の防御重力場や装甲も、これを受けてしまえば只では済まないだろ
れほどのミサイルによる同時攻撃は前の世界でも経験が無い。自慢
倒すために400発以上のミサイルによる飽和攻撃を選択した。こ
CICのミサイル警報装置がうるさいほど鳴り響く。敵は自分を
7とレーダー手がカウントしかけた時にソレは起こったのだった。
﹁9、8﹂
御重力場の予想展開位置が青いラインで引かれていた。
点がその軌跡と共に表示されている。巨大な光点の直ぐ近くには防
電探画面には巨大な光点に群がろうとする400以上の小さな光
﹁ミサイル着弾まで10秒
5万トンの艦体がぐいとひねられ、艦首が白波を蹴立てる。
!
!
ACSCで砲身の冷却による歪みを再
﹁冷却レベルを一段階下げろ
!
!
!
計算
!
打ち付ける雨を瞬時に蒸発させ、9本の砲身が白い蒸気に包まれる。
り轟音とともに巨大な砲弾を吐き出す。瞬間的に加熱された砲身は
左舷を指向した3基9門の61㎝磁気火薬複合加速砲に紫電が迸
﹂
﹁発射
!
4か所に設置された無砲身型荷電粒子砲が青白く煌めいたかと思
1126
!
!
うと右舷前方の荷電粒子砲から一本の荷電粒子ビームが放たれ、突入
してくるハープーンの真正面に命中。一瞬で弾体を蒸発させた荷電
粒子ビームは延長線上の黒雲を貫いた。次に荷電粒子砲基部の旋回
装置が作動し反時計回りにビームをスイングさせ、迫りくるミサイル
を荷電粒子ビームで舐めて行く。艦橋を囲む4基の荷電粒子砲で9
0度ずつの空域を担当し、青白いビームが4秒の時間をかけて超兵器
の周りの空域を一周する。青白いビームが消えた瞬間、荷電粒子によ
る過熱に耐えられなくなったミサイル群が思い出したように反時計
﹂
回りに閃光と轟音を放ちながら炸裂しグロースシュトラールを光輪
が取り囲んだ。
﹁敵艦、健在っ
光輪と爆炎を引き裂いて現れたグロースシュトラールには傷一つ
ついていない。
﹂
﹁荷電粒子砲でミサイルを薙ぎ払うとは、無茶苦茶やりますね。奴さ
んはぁっ
﹂
せ、ホタカの艦体を揺さぶった。5万トンの艦体が跳ね上げられ、高
﹂
!
?!
いうねりに頭から突っ込み傾いた。
発射可能
﹁正攻法しかないって訳か。主砲砲身の補正は
﹂
﹁今終わりました
﹁撃て
!
で行く。
﹁光子榴弾砲は撃ってきませんね﹂
﹂
﹄
﹂
﹁反物質を兵器に使えるほどの量を生成するのは、超兵器機関でも簡
単な事じゃないんだろう﹂
﹁超兵器、光子榴弾砲を旋回中
﹂
!
光子榴弾砲の爆発範囲はどれぐらいだ
﹁チッ、機関全速発揮用意
ホタカ
?!
!
今なら、数キロってところじゃないか
?!
﹃おい
﹁場合によって変わる
!
!
1127
!
艦橋を掠めて右舷側20mに着弾した主砲弾が荒れた海を爆発さ
!?
ズンと艦体に重い響きが加わり、9発の砲弾が緩い弧を描いて飛ん
!
!
﹃反転して分かれるか
﹄
お
こっちに合わせて回避だ
光子榴弾の進路上に砲弾ばら撒いて早爆を狙ってみる
﹁反 転 中 を 狙 わ れ た ら ひ と た ま り も な い
﹂
﹃解った
﹄
﹂
主砲弾種変更、特殊榴弾
前も手伝え
﹁了解
﹂
特殊榴弾装填
﹁主砲弾緊急発射
砲身に収められていた徹甲弾を諸元計算が終わる前に発砲し強制
排除。砲身を強制冷却させつつ特殊榴弾を装填する。碌に諸元を入
力しなかった主砲弾は目標を大きくそ逸れて着水、海面を破砕した。
爪の様な大型の砲身が旋回し、基部に白い光が灯る。
﹂
﹁敵艦光子榴弾装填
!
射抜いていた。
﹁両舷後進一杯
﹂
!
には様々なアラートが躍り、艦の異常を主に伝える。
が床やモニターに叩きつけられた。ダメージコントロールモニター
場が軋み鋼鉄が悲鳴を挙げる。CICもその衝撃で揺さぶられ、数人
れた破壊の光球が起こした衝撃波が艦体を強かに打ち付け、防御重力
を引き裂く。対消滅反応により質量がエネルギーに変わった結果現
薬の爆炎では考えられない巨大な光球が出現し大気をかき乱し雷雲
15発の特殊榴弾が光子榴弾の進路上で相次いで炸裂すると、特殊炸
3基の3連装砲が火を噴き、続いてアサマの3連装砲も咆哮する。
撃て
周囲の風向きなどから判断した弾頭の予想コースは見事にこちらを
たれた光球は放物線を描いてホタカとアサマを目指す。最悪な事に、
た。光球の速度は遅く、およそ800km/h。ホタカの進路上へ放
モニターに浮かんだ光子榴弾砲が煌めき、白色の光球を打ち出し
とは火を見るより明らかだった。
る事を差し引いても、迎撃に失敗すれば無視できない損害を受けるこ
大破させることができる。例え荒天下で命中率が極端に低下してい
一瞬の静寂。あの光子榴弾なら至近弾でもアサマ型装甲護衛艦を
﹂
﹁主砲即時発射用意
!
!
1128
!
!
!
!?
!
!
!
!
!
!
長距離無線機大破
!
!
防御重力場効
電波妨害装置脱落
!
2、4,5番CIWS攻撃不可
!
﹁た、対空対水上電探破損
﹂
気象レーダーダウン
力23%
!
銃を奇妙なオブジェに変えた。
﹂
﹂
!?
射撃指揮レーダー波感知
損傷が酷い。予備は
まだ行けます
﹁両舷前進全速
﹁予備は健在
﹁主砲弾種﹂
﹂
!
!
!
﹁敵超兵器、光子榴弾砲再装填
艦の模様
﹂
!
!
﹁主砲装填急げ
﹂
﹂
﹂
﹂
﹁再発射まで16秒
﹁アサマは
﹁再発射まで9秒
!
!
│││││間に合わない
!
?
﹄
左舷後進一杯
取り舵一杯
﹂
超兵器に突っ込むぞ
アサマは退避
!
㎝特殊榴弾の攻撃範囲があってこそだった。
﹁右舷前進一杯
!
防御重力場は後方へ即時集中展開を用意
﹃正気か
!
!
囲に飛び込んだのか青白い荷電粒子ビームが放物線を描き飛来する。
い流した。超兵器に向かって舵を切ったことで、荷電粒子砲の有効範
茶な転舵に艦体が傾き、波が乾舷についたミサイル噴射による煤を洗
クリューが海水をかき乱し艦首を強引に超兵器へと向けて行く。無
アサマの声を無視して艦を回頭させていく。新型の操舵装置とス
!
!
どの迎撃でも、実際に光子榴弾砲を早爆させることが出来たのは61
41cm砲弾とFCSでは小さな光子榴弾をとらえきれない。先ほ
め、砲弾さえあればある程度連射が効く兵器だった。アサマの6発の
身が見える。光子榴弾砲は砲弾を飛ばすエネルギー自体は小さいた
外部観測カメラは今にも光子榴弾を発射しようと発光している砲
!
モニターに目をやると、再び光子榴弾砲に光が灯っている。
﹁何
目標は本
激烈な衝撃波は艦橋に取り付けられた電子の目を奪い去り、対空機
!
!
?!
1129
?!
防御重力場緊急停止
﹂
艦首が超兵器を向く瞬間に光子榴弾砲が輝き、再び光球が解き放た
れる。
﹁面舵一杯
﹁重力場展開
﹂
たコースだった。
しも防御重力場を展開したままなら、間違いなく弾頭を起爆させてい
ラには一種の神々しさを放つ光球がすぐ近くを通るのが写った。も
え艦橋の横を通過しながら左舷後方へと抜けて行く。外部監視カメ
いくホタカの第一砲塔の直上を、右舷側から入った光子榴弾が飛び越
何発もの荷電粒子ビームの直撃を受けながら、右へと針路を変えて
けだったが、まだ彼の悪運は尽きていなかった。
たのだった。一歩間違えば対消滅反応のただ中へ突入する危険な賭
される瞬間に右へ転舵。フェイントの要領で光子榴弾を躱そうとし
路を反転させると見せかけて、超兵器に舳先を向け光子榴弾砲が発射
へ傾いていく。光子榴弾砲に誘導機能は無い。ホタカは取り舵で針
取り舵によって右側に振られていた艦体が中央に戻り、今度は左側
!
弾が炸裂した衝撃により5
ほど加速したホタカは超兵器との衝突
かった光子榴弾が炸裂。破壊の奔流をまき散らした。後方で光子榴
ホタカの後部に重力場が緊急展開されるとともに、三角波に引っか
!
﹂
カに被害を与えたのは2発。最初の一発は後部主砲から発射された
ていなかった判断がホタカを救った。4発の100㎝砲弾の内、ホタ
し、規格外の大口径であること、そして前方には防御重力場を展開し
超兵器が放った4発の主砲弾はホタカを完全に捉えていた、。しか
とっていた。
艦はそのまま面舵を取り続け衝突を回避、超兵器から離脱する針路を
次々と砕け、配線がスパークし鮮血がCICの床を濡らす。10秒後
し、巨大な戦艦に感じた事の無い衝撃が襲い掛かった。モニターが
外部監視モニターが小さな光を捉えたかと思うとホワイトアウト
﹁全門斉射
主砲にとって至近距離も良い所だった。
コースをとっている。彼我距離は25kmを既に切っており、双方の
?
1130
!
!
もので、ホタカの第3砲塔直上を通過しその衝撃波で後部艦橋の観測
機器を根こそぎ吹き飛ばした。問題は次の一発で、この前部主砲から
放たれた砲弾は真正面からホタカの艦橋を撃ち抜いた。第2砲塔の
直上を通り過ぎ航海艦橋、煙突、後部艦橋を撃ち抜いた後も進み続け
ホタカ艦尾から100m地点で炸裂した。砲弾の通った部分より上
の構造物は根こそぎ吹き飛ばされていたが、致命傷になりうる船体に
は大きな損傷を与えてはいなかった。
超兵器にも簡単に致命傷を与えうる砲弾にとって、ホタカの艦橋に
張られた装甲板は全く意味をなさなかった。その結果、砲弾の信管が
作動する前にホタカは100mの距離を稼ぐことが出来たのだった。
光子榴弾砲でズタボロにされた防御重力場は完全に防御壁崩壊を引
き起こしていたが、100㎝砲弾の炸裂による被害からある程度艦を
守ることは可能だった。しかし、艦の目ともいえる艦橋を根こそぎ吹
き飛ばされた為、艦息へのフィードバックも相応の物がもたらされ
﹂
1131
た。
﹁クソッ、目が﹂
思わず悪態をつきながら、痛むからだ身体を引きずって起き上が
損害知らせ
対空パルスレー
る。ひびの入った眼鏡の奥は、赤く染まりとめどなく血が流れだして
いた。
﹁ダメージコントロール
﹂
CIWS全滅
﹂
﹁最上甲板指揮通信、索敵設備消失
シ ー ル ド・ ダ ウ ン
防御壁崩壊
まだ撃てます
機関正常
﹂
現在復旧中
ザー沈黙
﹁艦底に浸水無し
﹁1番2番3番主砲塔健在
レーザー発射台の半ばほどまで見事に吹き飛び、黒煙を噴き上げてい
旋回させて超兵器を見ると、優美さすら感じさせる艦首から円形の
入ったのか、外の景色にはいくつか不自然な線が走っている。砲塔を
の被弾の衝撃で測距儀に取り付けられたカメラのレンズにひびでも
は全て頭に直接入ってくるので一旦置いておくことにした。先ほど
まず艦外の視界を得た。相変わらず身体の方の目は見えないが、情報
ホタカは自分の主砲塔に取り付けられた測距儀にアクセスし、ひと
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
!
何が起こった
るのが見えた。
﹁副長
﹂
!?
よ
﹂
﹁防御重力場は如何した
二択だった。
﹂
ませた兄の声が聞こえてくる。
ノイズの混じる艦息様通信の向こうからは、少しばかりの安堵を滲
?
﹁舵戻せ、両舷第五戦速。副長、目が見えない。どうなっている
﹂
﹁あ∼、その。グラウンド・ゼロって感じです﹂
﹁だいたい把握した。アサマ、聞こえるか
﹂
在しない。この後、超兵器を待ち受けるのは自沈か撃沈かの不名誉な
しかし、艦首を失った超兵器にもはやこの荒天下での航行能力は存
4分の1を犠牲にすることで、完全に破壊されること自体は防いだ。
が漏れ出す寸前に傷ついたカプセルを前方上空へ緊急射出。艦体の
シュトラールも誘爆自体は設計時から想定済みだったようで、反物質
ルを破壊。対消滅反応を引き起こしたのだった。とはいえグロース
殊榴弾の衝撃波は光子榴弾砲に収められようとしていた真空カプセ
マの攻撃により防御壁崩壊寸前だった防御重力場は崩壊し、3発の特
シ ー ル ド・ ダ ウ ン
る。そこへ、ホタカが咄嗟に放った61㎝砲弾3発が直撃。先のアサ
トと2発の砲弾は防御重力場に突き立ち、キャパシティを大幅に削
れていたため荷電粒子砲の迎撃網を食い破った14基のトライデン
が安全圏へ脱出した直後だった。それでも、ホタカ迎撃に振り分けら
だったが、結果は一歩間に合わず防御重力場に着弾したのは光子榴弾
れた光子榴弾を超兵器の近くで炸裂させようと実行した同時攻撃
トをグロースシュトラールの艦首部分へ向けて叩き込んだ。発射さ
ありったけの主砲弾と予め発射し上空待機させておいたトライデン
グロースシュトラールが2発目の光子榴弾砲を放つ直前、アサマは
﹁アサマが排除しました
﹂
﹁こっちの撃った砲弾が光子榴弾砲に直撃して誘爆を起こしたんです
!
﹃こちらアサマ、その様子だとどうやら生きてるみてぇだな﹄
?
1132
! ?!
!
﹁此方は射撃管制レーダーその他が全滅だ。主砲は撃てるが当たらん
だろう、止めは頼みたい﹂
﹃そのナリじゃあ当然だわな。後は片付けとくから海域を離脱し、ッ
何だ、アレ﹄
ゾワリと悪寒が走った。通信から意識を再び主砲の測距儀に向け
ると、荒天下を漂うグロースシュトラールが見える。先ほどまで砲弾
を撃ちあげていた主砲も、狂ったように荷電粒子を迸らせていた砲台
も一切合財が死んだように沈黙している。一見、抵抗を諦めた様にも
見えるが、彼の直観は其れを否定していた。
﹁まさか⋮﹂
CIC要員の誰かが嘆いた瞬間、グロースシュトラールが紫色の
﹄
オーラに包まれ再起動を果たし、再び前進を開始した。
﹁暴走⋮﹂
﹃クソッタレ、もう一戦かよ
﹁っ
﹂
し、それよりも大きな問題が超兵器に生じていた。
噴き上げる。如何やら防御重力場は展開されていないらしい。しか
アサマからの主砲弾がグロースシュトラールの艦体を穿ち、爆炎を
!
た光子榴弾砲付きで。
﹃そんなんアリかよ⋮﹄
﹂
﹁主砲測距儀の映像、モニターへ回します
﹁なっ、戻ってる⋮だと
!
いたことも無い。
艦種を黒いナニカで修復し、ある程度元の機能を補う超兵器なんて聞
が認識している映像がイマイチ信じられなかった。吹き飛ばされた
信じられないと言った風な副長の声が聞こえる。ホタカも、今自分
?
﹂
かなり短くなったが黒い艦首が再建された。それも、苦労して破壊し
は伸び縮みを繰り返しながら変形して行き、最終的に元の部分よりも
たかと思うと、欠落した艦前方部に蒼黒い不定形の塊が現れる。それ
変化は唐突だった。艦体を包む紫色のオーラがひときわ強く輝い
ホタカが声にならない悲鳴を上げる。
!?
1133
!
﹄
あんなことが出来そうなのは超兵器機関だけだ
あの黒い奴って超兵器機関じゃないのか
│││││あの黒い構造体、まさか
﹃ホタカ
﹁恐らく間違いない
﹂
?!
﹄
!
さっさと下がれ
﹄
﹄
﹂
﹂
いいから早く
﹁艦息用の通信回線でリンクすれば可能だ
﹃出来んのかよそんな事
いと碌な事にならんぞ
﹃⋮無茶すんじゃねーぞ﹄
怪我人は
とっとと潰さな
!
メインコンピューターに不正アクセス
!?
タカの意識を押し流していく。
﹁なっ
こいついったいどこ
衝動がゼロとイチのデジタル情報に変換されて頭の中へ流れ込み、ホ
意だとか人間的な感情とはかけ離れた、ただ敵を滅ぼすための純粋な
い数字の羅列が視界を横切り、世界をゆがめて行く。憎悪だとか、悪
なだれ込んでくる。体中の筋肉が硬直し、言葉が出ない。見た事の無
其処まで言った瞬間、彼の視界が赤く染まり頭の中に別のデータが
﹁良し、両舷前進全そ﹂
解る。
間に形成、後は音探を利用すれば最低限の位置関係はリアルタイムで
算機は無事だったのでそのデータをもとに彼我の位置関係を仮想空
通信回線を経由して膨大なデータが流れ込んでくる。幸いにも電
!
!
!
﹁以前艦娘相手にやったことが有る
!
!
!
﹃艦橋根こそぎ吹き飛ばされて受信機が死んでるだろうが
﹁アサマ、こっちの砲台は生きている。射撃諸元を回してくれ﹂
ウンザリしたアサマの声が、悲鳴に混ざって聞こえた。
﹃男の悲鳴ほど気味悪いモノはねぇな﹄
似た声は全周波数帯で流れて居るらしかった。
突然通信に割り込んだ絶叫に思わず耳を塞ぐ。この人間の悲鳴に
rrrrrrrrrrrrrrr
﹃Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
﹃なら話は簡単だ、また艦首をふっとばせば﹄
!
!
!
1134
!
から
﹂
﹂
オペレーターが悲鳴のような声をあげ、猛スピードでキーボードを
防壁を展開
叩き始める。
﹁焦るな
!
開していく。
﹁防壁展開、擬似エントリー展開。クソッ回避された
﹂
そんな﹂
!
!
﹁擬似エントリーをさらに展開して防ごう、その間に攻勢防壁解凍
﹁擬似エントリーを回避、攻勢防壁⋮回避した
システムダウン許可を
ワードクリアー﹂
﹁艦長
艦長
﹂
!?
だ。
﹁カウントどうぞ
っ
﹂
﹂
﹂
砲雷長と副長が同時にキーを回すが、メインコンピューターへの侵
!
!
﹁3、2、1、回せ
﹂
﹂
げ渡す。更に、懐から別のキーを取り出し専用のスロットへ差し込ん
副長がホタカのポケットに入っていたキーを取り出し、砲雷長に投
!
る。
﹂
⋮でました
﹁艦長が指揮をとれる状態じゃないので副長が引き継ぐ
逆探は
﹂
!
第8ガスタービンです
﹁待ってください
﹁何処だ
﹁本艦最下層
!
﹁なんでそこに。システムダウンだ
!
!?
!
!
アクセスの
るところだが、その指示を出す声帯は石の様に固くなってしまってい
等しい。こういう時ならすぐさまシステムダウンを行い強制終了す
ピューターが乗っ取られると言う事は艦のコントロールを失う事に
解 る。電 算 機 が 全 て を つ か さ ど る ア サ マ 型 護 衛 艦 で、メ イ ン コ ン
か頭に入って来ないが電算機を乗っ取られかけているらしいことは
副長や他のCIC要員の声がどこか遠く聞こえる。言葉の断片し
!
﹁補 助 電 算 機 に ア ク セ ス、パ ス ワ ー ド 解 析 ⋮ 1 0 桁 ⋮ 1 5 桁 ⋮ パ ス
!?
﹂
副長の指示が飛び、オペレーター達は必要なプログラムを解凍し展
!
?!
1135
?!
!
!?
﹂
攻は止まらなかった。
﹂
﹁ダウンしません
﹁もう一回
!
﹂
﹂
!
﹁ウィルキア帝国の紋章⋮だと
﹂
祖国を蝕んだ仇敵の紋章がモニターに浮かんでいた。
りには、蛇と王冠、そして稲穂の意匠。忘れることなどできはしない、
見慣れたウィルキア王国の紋章では無かった。中央を舞う白鳥の周
ちになったホタカを染め上げる。再起動したモニターに映ったのは、
た。沈黙したモニターも次々と復旧し、CICに残る妖精たちと棒立
数秒後、CICルームは再びLEDに照らされ元の明るさに戻っ
かれる。
ムダウンが成功したのかと誰もが希望を持つが、それもすぐに打ち砕
ステムがダウンしCICルームは再び暗闇に包まれた。一瞬、システ
絶望した様なオペレーターの声が嫌に大きく響いた瞬間、全てのシ
﹁電源、落ちません⋮﹂
ムに襲われた場合に味方を守る最後の手段だった。
その間にはコンピューターによる介在は存在しない。敵性プログラ
動しメインコンピューターへの電源供給が不可逆的にストップする。
叩き割り、紅いレバーを引く。これを退けば機械的に爆発ボルトが作
砲雷長がコンソールに取り付けられたプラスチック製のカバーを
﹁はいっ
﹁電源供給を強制廃棄
再び同じ操作を繰り返すが結果は同じだった。
!
とにはならない筈だった。
最悪ホタカが目を覚まさなくても戦闘に巻き込まれて轟沈なんてこ
タカは戦闘を続ける2隻から遠ざかる針路をとっていた。これなら、
付けられたものでは無く。明後日の方角へ突き立てられている。ホ
狂ったように各種兵装を放っているが、そのどれもがまともに狙いを
砲 撃 で 蒼 黒 い 艦 首 部 分 に 猛 攻 撃 を 加 え て い る。超 兵 器 は と 言 う と、
アサマが優勢に戦闘を進めているようだ。距離を取ってミサイルと
システムが復旧し、主砲測距儀の映像がモニターに流れる。外では
?
1136
!
﹁まったく、何だってんだ。一体﹂
思わず副長は頭を掻いた。艦の状態は最悪と言っていい。上部構
造物はなぎ倒され、敵に攻撃を加える能力は著しく低下している。艦
長は棒立ちで心ここにあらず。そして艦のメインコンピューターは
何者か│││││少なくともウィルキア帝国関係者│││││に
乗っ取られてしまっている。
﹁取り敢えず、第8タービンを見に行きましょう。それから軍医を﹂
﹁そうだね砲雷長。ちょっと、君と君、機関室と医務室行ってくれる
﹂
商 売 道 具 を 破 壊 さ れ て 仕 事 が 無 い 対 空 レ ー ダ ー 手 と 対 空 パ ル ス
レーザー操作員を伝令に出す。艦内通信網はメインコンピューター
をジャックされている現状では使いたくない。その時聴音手がヘッ
﹂
ドフォンに慌てたように手を当て、数秒後真っ青な顔で副長へと振り
返る。
﹁どうしたんだい
﹁あれ
・
・
主砲が旋回して、ッ
﹂
・
・
撃を続けるグロースシュトラールとアサマへと向けられる。
・
り、それに連動するように3基の主砲が旋回し未だに狂ったように攻
それまで石造の様に固まっていたホタカの右手がゆっくりと上が
﹁超兵器ノイズの発信源は﹂
た。
CICの全員の目が聴音手に向いていたため、誰も気が付かなかっ
﹁いえ、向こうじゃありません﹂
・
く横に振った。
呆れたような副長の視線を受けた聴音手は、蒼白になった顔を小さ
﹁いや、そりゃそうだろう。近くで超兵器とドンパチやってんだから﹂
﹁副長、超兵器ノイズを確認しました﹂
?
!
・
・
・
﹁ここです﹂
・
塔には揃っていた。
諸元を元に予測値を弾きだし、必要なデータも射撃に必要な電力も砲
主砲管制員が気づいた時にはもう遅かった。アサマから得た射撃
?
1137
?
﹁攻撃、開始﹂
ED ﹁Donna Burke 〟HEAVENS DIVID
E〟﹂
1138