女性の深夜・長時間労働が 内分泌環境に及ぼす影響に関する研究

労災疾病等 13 分野医学研究・開発、普及事業
分野名「働く女性のためのメディカル・ケア」
女性の深夜・長時間労働が
内分泌環境に及ぼす影響に関する研究
─ 労働が女性ホルモン分泌に与える影響の解明を目指して ─
第2報
(pg/ml)
120
100
メラトニン
昼間
夜間(暗闇)
80
60
40
20
0
10:00 11:00 12:00
9:30
10:30 11:30
時刻
愛媛労災病院 副院長
宮 内 文 久
独立行政法人 労働者健康福祉機構
独立行政法人 労働者健康福祉機構
働く女性健康研究センター
労災疾病等13分野医学研究・開発、普及事業
研究の背景
夜間労働が卵巣機能に及ぼす影響
ホステス
看 護 師
事 務 員
教
師
0
10
20
30
40
50
不規則な月経周期の出現率(%)
夜間働くホステスさんは、不規則な月経周期を訴える率が極めて高い。そうで
あるなら夜働く看護師さんはどうかと考え検討してみると、昼間しか働かない事
務員さんや教師の方々よりも、不規則な月経周期を示す例が多い。
夜間勤務回数(/月)
1∼4
5∼8
9∼12
13∼16
0
5
10
15
20
25
30
35
看護師さんの場合、夜勤の回数が増えれば増えるほど、不規則な月経
周期の出現率が増えてくる。これは、今迄の内分泌の常識からは考えら
れない成績である。
分野名「働く女性のためのメディカル・ケア」
1
独立行政法人 労働者健康福祉機構
不規則な月経周期の出現率(%)
女性の深夜・長時間労働が内分泌環境に及ぼす影響に関する研究
研究目的
夜間労働がどのような機序により、不規則な月経周期を引き起こしているのか
を検討する。月経周期は、内分泌系の女性特有のホルモンによって調節されてい
るので、ホルモン分泌の視点から検討する。
また、最近、女性の職場への進出が増加しているが、女性の労働がホルモン分
泌へどのような影響を与えているのか、これまで検討されていない。そこで、労
働が女性のホルモン分泌にどのような影響を与えているのかについても検討する。
研究対象及び方法
和歌山労災病院 36 名、愛媛労災病院 41 名の看護師を対象に、看護師の勤務時
間帯の違い、つまり、昼間、準夜、深夜勤務の違いによる血中及び尿中ホルモン
の変動を検討する。
昼間勤務
採血
24時間蓄尿
準夜勤務
採血
24時間蓄尿
深夜勤務
採血
24時間蓄尿
16:00
24:00
時 刻
2
労働が女性ホルモン分泌に与える影響の解明を目指して
8:00
16:00
24:00
独立行政法人 労働者健康福祉機構
8:00
労災疾病等13分野医学研究・開発、普及事業
結 果
松果体より分泌されるメラトニンに注目
─ 松果体と日内リズム ─
(pg/ml)
120
100
メラトニン
昼間
夜間(暗闇)
80
60
40
20
0
10:00 11:00 12:00
9:30
10:30 11:30
時刻
ヒトは 1 日 24 時間で生きているが 1 日の体内リズムは 1 日約 25 時間である。体
内リズムと外の 24 時間のリズムを同期させているのは松果体が大きなキーファク
ターであると考えられている。
松果体への刺激は眼から入ってくる。光が網膜に伝わり、交感神経を介して松
果体に伝わる。 分野名「働く女性のためのメディカル・ケア」
3
独立行政法人 労働者健康福祉機構
松果体より分泌されて
いるメラトニンは、昼間
血 中 値 が 低 く、夜 暗 く
なったら高くなってくる
という特徴がある。
女性の深夜・長時間労働が内分泌環境に及ぼす影響に関する研究
夜間の光刺激が血中メラトニン濃度に及ぼす影響
メラトニン
(pg/ml)
120
昼間
100
夜間(暗闇)
夜間(光刺激)
80
60
光刺激
3,000ルクス
40
20
0
10:00
11:00
12:00
9:30
10:30
11:30
時刻
夜、ボランティアの看護師さんを手術室の無影灯の下で 3,000 ルクスの光刺激
後に採血して、メラトニンを測定してみると、夜上昇するメラトニンが下がって
くる。この結果から、夜間労働とホルモン分泌の接点が明らかになった。
メラトニン
(pg/ml)
140
120
1,000ルクス
夜22時まで光刺激
100
80
深夜2時まで光刺激
60
40
翌朝8時まで光刺激
20
0
22
2
6
10
14
18
22
看護師さんに夜 22 時、深夜2時、翌朝 8 時まで 1,000 ルクスの光刺激をすると、
光刺激の時間によって、血中メラトニンの上昇が抑制される。
4
労働が女性ホルモン分泌に与える影響の解明を目指して
独立行政法人 労働者健康福祉機構
時刻
労災疾病等13分野医学研究・開発、普及事業
下垂体と松果体
下垂体
松果体
季節発情を示す動物では日照時間の変化が性腺機能を調節している。月経周期
には、下垂体も重要な役割を演じている。下垂体からは、性腺刺激ホルモンとし
て黄体形成ホルモンと卵胞刺激ホルモンが分泌されている。
夜間の光刺激が血中性腺刺激ホルモン濃度に及ぼす影響
黄体形成ホルモン
1,000ルクス
7
夜22時まで光刺激
6
5
6
3
翌朝8時まで光刺激
1
0
夜22時まで光刺激
10
8
4
2
1,000ルクス
12
深夜2時まで光刺激
22 2
6 10 14 18 22
時刻
4
翌朝8時まで光刺激
2
0
深夜2時まで光刺激
22 2
6 10 14 18 22
時刻
看護師さんに、メラトニン同様、夜 22 時まで、深夜 2 時まで、及び翌朝 8 時ま
で 1,000 ルクスの光刺激をし、黄体形成ホルモン、卵胞刺激ホルモンの変動を検
討したが、昼と夜との差は認められない。
分野名「働く女性のためのメディカル・ケア」
5
独立行政法人 労働者健康福祉機構
mIU/ml
卵胞刺激ホルモン
女性の深夜・長時間労働が内分泌環境に及ぼす影響に関する研究
下垂体・松果体ホルモンの日内リズム
黄体形成ホルモン
14
(mIU/ml)
8
12
10
8
6
4
2
0
卵胞刺激ホルモン
10:00
12:00
11:00
(mIU/ml)
プロラクチン
16
7
14
6
12
5
10
4
8
3
6
2
4
1
2
0
10:00
12:00
11:00
0
(ng/ml)
メラトニン
120
(pg/ml)
100
80
夜間
60
40
昼間
20
10:00
12:00
11:00
0
10:00
12:00
11:00
下垂体から分泌されている黄体形成ホルモン、卵胞刺激ホルモン、プロラクチ
ンについて、昼間と夜間において分泌量に差があるか否か検討してみると、プロ
ラクチンには、メラトニンと同様のパターンが認められたが、黄体形成ホルモン、
卵胞刺激ホルモンについては、昼と夜の差は認められなかった。
労働が松果体に及ぼす影響
メラトニン
60
※p<0.05
勤務前
50
勤務前、勤務後対照、
勤務後の意味
勤務後対照
勤務後
非勤務
40
採血
pg/ml
勤務後対照
※
20
10
0
昼間
準夜
勤務
採血
勤務前
勤務後
8:00
16:00
24:00
16:00
24:00
8:00
深夜
血中メラトニンは勤務の影響を受けず、昼間低く夜間上昇する日内リズムを示
した。深夜勤務後の血中メラトニンの減少は有意であった。
6
労働が女性ホルモン分泌に与える影響の解明を目指して
独立行政法人 労働者健康福祉機構
30
労災疾病等13分野医学研究・開発、普及事業
労働が下垂体に及ぼす影響
黄体形成ホルモン
14
※p<0.05
勤務前
12
勤務後対照
勤務後
勤務前
30
※
10
25
8
mlU/ml
※
勤務後対照
勤務後
※p<0.05
※
※
20
ng/ml
6
15
4
10
2
5
0
プロラクチン
35
昼間
準夜
0
深夜
昼間
勤務形態
準夜
深夜
勤務形態
血中黄体形成ホルモンは、準夜勤務後、有意に低下した。血中プロラクチンは、
昼間勤務、準夜勤務、深夜勤務後ともに有意に低下した。
労働が下垂体・副腎皮質系に及ぼす影響
コルチゾール
30
※p<0.05
勤務前
25
DHEA-S
勤務後対照
※
勤務後
20
μg/dl
15
勤務前
2000
勤務後対照
勤務後
1500
※
ng/ml
1000
※
10
500
0
昼間
準夜
深夜
勤務形態
0
昼間
準夜
深夜
勤務形態
血中コルチゾールは、昼間勤務、準夜勤務、深夜勤務後ともに有意に低下した。
つまり労働によって血中コルチゾールは常に低下した。一方、血中 DHEA-S は勤
務の影響を受けなかった。
*DHEA-S = dehydroepiandrosterone sulfate
分野名「働く女性のためのメディカル・ケア」
7
独立行政法人 労働者健康福祉機構
5
女性の深夜・長時間労働が内分泌環境に及ぼす影響に関する研究
労働が交感神経・副腎髄質系に及ぼす影響
─ 血中濃度の検討 ─
ドーパミン
25
勤務後対照
20
※
勤務後
ドーパミン
ノルアドレナリン
15
pg/ml
アドレナリン
10
ノルメタネフィリン
メタネフィリン
5
0
ドーパ
※p<0.05
勤務前
MHPG
昼間
準夜
深夜
勤務形態
400
ノルアドレナリン
※p<0.05
350
勤務前
ドーパ
※
勤務後対照
勤務後
ドーパミン
300
250
ノルアドレナリン
pg/ml 200
アドレナリン
150
ノルメタネフィリン
100
メタネフィリン
50
0
MHPG
昼間
準夜
深夜
血中ドーパミンとノルアドレナリンは、深夜勤務後でともに有意に減少した。
8
労働が女性ホルモン分泌に与える影響の解明を目指して
独立行政法人 労働者健康福祉機構
勤務形態
労災疾病等13分野医学研究・開発、普及事業
70
60
アドレナリン
※p<0.05
ドーパ
勤務前
※
勤務後対照
勤務後
40
pg/ml
ドーパミン
※
50
ノルアドレナリン
30
アドレナリン
20
ノルメタネフィリン
メタネフィリン
10
0
昼間
準夜
MHPG
深夜
勤務形態
6
5
MHPG
※p<0.05
※
ドーパ
勤務前
勤務後対照
勤務後
※
ドーパミン
4
pg/ml
ノルアドレナリン
3
アドレナリン
2
ノルメタネフィリン
メタネフィリン
1
0
昼間
準夜
深夜
MHPG
血中アドレナリンは昼間勤務と深夜勤務で有意に上昇した。MHPG も昼間勤務
と深夜勤務で有意に上昇した。
*MHPG=methoxyhydroxyphenylglycol
分野名「働く女性のためのメディカル・ケア」
9
独立行政法人 労働者健康福祉機構
勤務形態
女性の深夜・長時間労働が内分泌環境に及ぼす影響に関する研究
─ 尿中の一日排泄量の検討 ─
ドーパミン
1600
1400
ノルアドレナリン
アドレナリン
120
12
100
10
80
8
60
6
40
4
20
2
1200
1000
μg/day
800
600
400
200
0
昼間 準夜 深夜
0
昼間 準夜 深夜
0
昼間 準夜 深夜
ドーパミン、ノルアドレナリン、アドレナリンの尿中の一日排泄量は、昼間、
準夜、深夜勤務で、次第に低下してゆく。一日分泌量が同じとすると、労働に使
われる各ホルモンの量が昼間、準夜、深夜勤務の順に多くなるため、尿中への排
泄量が次第に低下すると考えられる。
昼 間
準 夜
深 夜
ン
→
→
↓
黄体形成ホルモン
→
↓
→
プ ロ ラ ク チ ン
↓
↓
↓
コ ル チ ゾ ー ル
↓
↓
↓
D
S
→
→
→
ン
→
→
↓
ノルアドレナリン
→
→
↓
ア ド レ ナ リ ン
↑
→
↑
M
↑
→
↑
メ
ド
ラ
H
ト
E
ー
H
パ
ニ
A
ミ
P
G
プロラクチンとコルチゾールは、いずれの勤務時間でも、労働により有意に低下した。
10
労働が女性ホルモン分泌に与える影響の解明を目指して
独立行政法人 労働者健康福祉機構
労働による血中ホルモン値の変動のまとめ
労災疾病等13分野医学研究・開発、普及事業
考 察
1 夜間勤務の看護師では、明るい所で勤務するため、夜間暗闇で上昇する血中
メラトニンが上昇しないことが解明された。不規則な月経周期発症との関連が
示唆された。
分野名「働く女性のためのメディカル・ケア」
独立行政法人 労働者健康福祉機構
2 看護師における昼間、準夜、深夜勤務の各種ホルモンの血中値への影響を検
討したところ、勤務時間により、異なる変動を示した。「労働により低下するホ
ルモン」と「労働により上昇するホルモン」が、存在することが明らかとなった。
労働によるホルモン分泌の変化についての研究は、世界でも例をみないもので
あり、全く新しい視点からの検討である。また、生体反応としてのホルモン分
泌の変化を測定することによって、労働強度を客観的に評価できる指標の実現
が可能であることを示唆している。本研究のデータを基礎として、今後更に詳
細を検討してゆく必要がある。
11
「働く女性のためのメディカル・ケア」分野 研究者一覧
○矢 本 希 夫
赤 井 智 子
今 中 香 里
上 條 美樹子
辰 田 仁 美
星 野 寛 美
宮 内 文 久
山 嵜 正 人
吉 田 眞 子
和歌山労災病院 働く女性健康研究センター長
東北労災病院 第二呼吸器科部長
釧路労災病院 リハビリテーション科部長
中部労災病院 女性診療科部長
和歌山労災病院 第三呼吸器科部長
関東労災病院 産婦人科医師
愛媛労災病院 副院長
大阪労災病院 副院長
釧路労災病院 耳鼻咽喉科部長
*○印は主任研究者(以下研究者五十音順)
〔謝辞〕
本研究に御協力いただいた和歌山労災病院および愛媛労災病院の看護師の
皆様に厚く御礼申し上げます。
本研究は、独立行政法人労働者健康福祉機構 労災疾病等 13 分野医学
研究・開発、普及事業によりなされた。
※「働く女性のためのメディカル・ケア」分野
ついての研究、開発、普及
独立行政法人 労働者健康福祉機構
テーマ:女性の疾患内容と就労の有無並びに労働の内容との関連に