●表紙の画および題字は、 故・平山郁夫画伯のご厚意により ご提供いただいているものです。 -夏 No.72 ᅺટ!ॢ࣌ā3115༃ 公益財団法人 ラリベラの岩窟教会群 (エチオピア連邦民主共和国) 標高二六⃝⃝メートル、エ チオピア北部の街ラリベラに あるキリスト教︵アビシニア 正教︶教会群。十三世紀初 め、サグウェ朝のラリベラ王 が第二のエルサレムをつくる 目的で、ヨルダン川の両岸に 岩をくりぬいた二つの教会群 を作った。一つはエマヌエル 教会、ルクリウス教会など、 他方は対岸のゴルゴダ・ミカ エル教会、聖マリア教会など で、現在も信仰生活の拠点と なっている。 ︵一九七八年に文化遺産とし て登録︶ 公益社団法人 日本ユネスコ協会連盟 文化庁長官 ︵こんどう せいいち︶ 近藤誠一 2013年-夏 ●2 2013年-夏 3● C ⃝UNESCO ユネスコ世界遺産 (文化遺産) シリーズ 経 ち ま し た。こ の 間、私 た ち 東 京 文 化 財 研 究 所 は、 では地震によって破損した文化財が多数ありました な ど が 大 量 に 被 害 を 受 け ま し た。も ち ろ ん、内 陸 部 郷 土 の 資 料、さ ら に 個 人 の 住 宅 に 所 有 さ れ る 美 術 品 財 は さ ら に 劣 化 し、大 量 の カ ビ を 発 生 さ せ る よ う な と な り ま す。半 月、一 カ 月 と 時 間 が 経 つ 内 に、文 化 被災した文化財を救出する活動はどうしても後回し ︵おかだ けん︶ 岡田 健 東京文化財研究所 保存修復科学センター長 文化財レスキュー事業への取り組みと課題 日本を世界を震撼させた東日本大震災。 巨大地震によって甚大な被害を被った貴重な文化財を救出するために 部 を 襲 っ た こ と が 大 き な 特 徴 で す。広 い 地 域 で 町 が って引き起こされた巨大津波が特に東北地方の沿海 今 回 の 震 災 は、大 き な 地 震 の み な ら ず、そ れ に よ 発動された﹁文化財レスキュー事業﹂の成果と問題点を報告。 初期活動をふりかえる 文化庁の呼びかけによって実施された東北地方太平 破 壊 さ れ た 結 果、地 域 の 博 物 館 や 資 料 館 が 保 管 す る 洋 沖 地 震 被 災 文 化 財 等 救 援 事 業︵文 化 財 レ ス キ ュ ー が、私 た ち の 活 動 は 津 波 に よ っ て 悲 惨 な 被 害 を 受 け 平成二十三年三月十一日の震災から二年の月日が 事 業︶に お い て、独 立 行 政 法 人 国 立 文 化 財 機 構 を 代 た地域を中心に実施されました。 廃 棄・散 逸 や 盗 難 の 被 害 か ら 防 ぐ た め の 救 出 活 動 を 救 援 委 員 会 は、被 災 し た 文 化 財 を 緊 急 に 保 全 し、 状態となっていました。 その捜索や被災者の生活の回復が最優先となるなか、 と は 言 え、夥 し い 数 の 死 者 と 行 方 不 明 者 が 出 て、 おびただ 表 し、同 年 四 月 十 五 日 に 設 置 さ れ た 救 援 委 員 会 の 事 務 局 を 担 当 し て き ま し た︵二 年 目 は 東 京 国 立 博 物 館 任 務 と し、国 立 文 化 財 機 構 を は じ め、文 化 庁 の 要 請 との共同担当︶。 に 応 じ て 多 数 の 文 化 財・美 術 関 係 団 体 が 参 加 し ま し て も、そ の ま ま の 状 態 で 保 管 を 引 き 受 け て く れ る 博 物 館・美 術 館 な ど の 施 設 は あ り ま せ ん で し た。救 出 こ の た め、被 災 文 化 財 を 緊 急 避 難 さ せ る と は 言 っ 作業は、 た。こ の 活 動 を 支 え る た め に、近 藤 誠 一 文 化 庁 長 官 財 保 護・芸 術 研 究 助 成 財 団 は そ の 受 け 入 れ 窓 口 と な の呼びかけによる募金が行われました。︵公財︶文化 る と と も に、自 ら も 国 内 外 の 団 体 や 個 人 に 呼 び か け ①被災文化財の状況確認 は、文 化 財 を 歴 史・保 存 科 学・修 復 技 術 の 多 分 野 か ②被災地への交通手段の確保 ら 研 究 す る こ と を 役 割 と し た 機 関 で、独 自 に は 修 理 て 資 金 を 調 達 し、私 た ち 救 援 委 員 会 に よ る 緊 急 避 難 城 の 四 県︵文 化 庁 へ の 連 絡 順︶に と ど ま り ま し た。 作 業 へ の 助 成 を 行 っ た 他、被 災 し た 文 化 財 の 修 理 に はじめ県教委としての体制が整わなかった岩手県等 専門の部門さえ保有していないのです。 ③救出作業参加者の調整︵専門性・人員・日程・ ④保管場所の確保︵保管環境・防犯体制︶ で は、県 立 博 物 館 や 大 学 な ど が 中 心 と な り、早 い 段 ついて助成を行っています。 ⑤保 管 場 所 へ 搬 入 す る 前 の 応 急 処 置 の 実 施︵ク 階 か ら 独 自 の 活 動 を 展 開 し た 所 も あ り ま し た。こ の 宿泊場所等︶ リ ー ニ ン グ を 行 う た め の 場 所 と 人 員、日 程 の 個人のお宅との密接な繋がりを持っていたところも り、中にはもともと東北地方の特定の地域や資料館・ 連して展覧会や研究活動を実施してきたところであ あらゆる地域のあらゆるジャンルの資料を救出の対 産 文 化 財 に と ど ま ら ず、動 植 物 を 集 め た 資 料 館 な ど、 な か っ た と い う 博 物 館 が あ り ま し た。美 術 工 芸 の 動 す ら、地 域 に よ っ て は 長 く 救 援 委 員 会 の 存 在 を 知 ら そ れ に し て も、救 援 の 対 象 と な っ た 四 県 に お い て 大震災で学んだ教訓を 生かすために … 四県以外にも文化財への被害は多数発生していたの ですが、救援委員会は活動を実施しませんでした。 調整︶ 等を行って進めなければなりませんでした。 広 い 地 域 で 文 化 財 の 被 災 が あ っ た に も か か わ ら ず、 ありました。救援委員会の活動が始まるよりも前に、 他 方、救 援 委 員 会 参 加 団 体 は、文 化 財・美 術 に 関 救 援 委 員 会 の 活 動 は、教 育 委 員 会 か ら 文 化 庁 へ の 支 象 と す る と 謳 っ た 内 容 が、は じ め は 分 野 を 越 え て 伝 次々に浮上する課題 援 要 請 が な さ れ た 県 を 対 象 と し て 実 施 す る、と い う そういった地域との連携を図りつつ早い段階で救出 わりませんでした。 活 動 を 実 施 し た 団 体 が 多 数 あ り ま し た。そ れ ら の 活 発 事 故 に よ っ て、地 域 そ の も の が 強 制 避 難 を す る と 福 島 県 で は、東 京 電 力 福 島 第 一 原 子 力 発 電 所 の 爆 動は、場合によっては救援委員会における﹁県 から文化庁への連絡﹂という前提にこだわる い う 事 態 に な り、文 化 財 の 分 野 で は こ れ ま で 経 験 し ことなく実施されましたし、はじめに述べた たことのない放射性物質の飛散とその影響について 二 年 目 に な っ て よ う や く 実 現 さ れ ま し た。震 災 後 三 文化庁長官の呼びかけによる募金の集まりを 年 目 を 迎 え、い わ ゆ る 警 戒 区 域 の 再 編 な ど が 進 み つ の 対 策 を 講 じ つ つ、文 化 財 を 救 出 す る と い う 作 業 が、 今 回 の 救 援 委 員 会 に よ る 活 動 を、簡 単 に 総 つ あ る も の の、町 の 復 興 に は な お 時 間 が か か る と 想 待つのではなく、各団体の経費の﹁持ち出し﹂ 括、評 価 す る こ と は で き ま せ ん。し か し、い 定されています。 によって実施されたのです。 まここに書いた内容だけを見ても、﹁文化庁に 事実でした︶、それらを全体として緩やかに統 会 の 事 務 局 を 担 当 し た 者 と し て、他 の 委 員 会 構 成 団 か し、私 た ち 東 京 文 化 財 研 究 所 は、今 回 の 救 援 委 員 救 援 委 員 会 の 設 置 期 間 は す で に 終 了 し ま し た。し 地 域 は 大 き な 被 害 を 受 け た と は い え、そ の 場 所 に よる活動﹂には幾つも課題とすべきことがあ 合し、 ﹁被災文化財の緊急避難﹂という使命を、 体 及 び そ の 専 門 家 た ち と と も に、変 わ る こ と な く 被 人 び と が 残 っ て い る 宮 城、岩 手、茨 城 の 三 県 に お い 二年間をかけて何とか果たしてきた、と言う 災 地 の 現 在 と 未 来 に 向 き 合 っ て い く 決 心 を、新 た に ったと言うことができます。それでも私たち ことができると思います。阪神淡路の大震災 し て い る と こ ろ で す。も ち ろ ん、文 化 財 保 護 に 関 す て さ え、救 出 し た 文 化 財 が 再 び 所 有 者 に 戻 る ま で に を経験して、これほど自然災害が多発する国 る 専 門 研 究 機 関 と し て、今 回 明 ら か に な っ た 数 多 く の活動を前向きに評価するならば、このよう でありながら、非常時に対応する文化財専門 の 課 題 に つ い て も、向 き 合 っ て 行 か な け れ ば な ら な は相当の時間がかかると考えられます。 のレスキュー部隊が設置されていないという いと強く自覚しているところです。 な簡単ではない構造をだんだんに把握しなが 中で、私たちは、やはりそれなりによくやった、 ら︵最初は分かっていなかったということも と言うことができるでしょう。文化財研究所 2013年-夏 ●4 2013年-夏 5● 宮城県・気仙沼市個人宅での救出活動 (平成23年6月) 原 則 が あ っ た た め、結 果 的 に 宮 城、岩 手、福 島、茨 岩手県・陸前高田市立博物館での救出活動 (平成23年7月) 東京藝術大学音楽学部邦楽科 日本人の感性が生み、育ててきた邦楽。そこには西洋音楽とは異る 独特の情緒あふれる世界が繰り広げられる。日本で唯一、教育機関として邦楽科をもつ東京藝術大学。 邦楽という伝統文化はいかにして伝えられ、伝えゆくのか ・・・。音楽学部邦楽科の素顔を紹介。 いこの時期に邦楽の専攻が設置された背景に、日 作 曲 専 攻 は 一 九 三 一 年 に 新 設 さ れ た︶、他 で も な て︵た だ し、西 洋 音 楽 で も 管 楽 器 は 一 九 三〇年、 家浄観がいた。西洋音楽の諸専攻に約五〇年遅れ 子、長 唄 が 加 味 線、邦 楽 囃 尺 八、長 唄 三 が、そ の 後、 曲のみだった やじょうかん 本の文化を称揚する昭和戦前期の機運が底流とし 邦楽科誕生の背景 京音楽学校の創立︵一八八七年︶から数えて今年 東京藝術大学音楽学部は、その前身となった東 わ っ た。た だ し、藝 高 は 一 てあったことは否めないだろう。 学年の定員が る。そこで、まず邦楽科の沿革を簡単に紐解いて られてきたことなどが影響しているように思われ 世間一般にはどちらも﹁洋楽の学校﹂と受けとめ 設された藝高も作曲・器楽専攻のみの時代が長く、 専攻のみで発足したこと、同様に一九五四年に創 が 器 楽︵ピ ア ノ・弦 楽 器︶・声 楽 と い う 西 洋 音 楽 があるかもしれない。その陰には、東京音楽学校 が 加 わ っ た ほ か、一 九 七 七 年 に は 尺 八︵琴 古 流、 楽科の教育は順調に発展し、能楽囃子・邦楽囃子 流れていたことを窺わせる。しかし、その後、邦 国の文化の取り扱いをめぐって一種微妙な空気が 一九五〇年であった。ここにも、敗戦直後には自 られた関係で、藝大での発足は他科に一年遅れた 術大学となるのだが、邦楽科は一時廃止案が唱え た東京音楽学校と東京美術学校は合併して東京藝 明治期以来、上野の地で隣り合わせに存立してき 戦 後、一 九 四 九 年 に 行 わ れ た 大 学 改 革 に 際 し、 高校三年間は 教室で過ごす 生たちと一つ 楽専攻の同級 ンなど西洋音 やヴァ イ オ リ だけにピアノ し か し、そ れ 程 度 で あ る。 生は例年数名 で、邦 楽 専 攻 小規模校なの 四〇名 と い う おきたい。 都山流︶ ・常磐津・清元専攻を追加し、一九九四年 東京藝術大学発足と共に で一二六年目を迎えるが、音楽学部に日本の伝統 音楽を専攻する邦楽科があることや、音楽学部附 属音楽高等学校︵以下藝高︶にも一九九九年から 一九三六年︵昭和十一年︶のことで、箏曲・能楽・ 東 京 音 楽 学 校 に﹁邦 楽 科﹂が 新 設 さ れ た の は、 には雅楽・日本舞踊の各専攻を加えている。現在 邦楽専攻が置かれていることは、ご存じない向き 長唄の三専攻が置かれた。これ以前から、実技科 きわめて貴重 東京藝術大学教授 ︵つかはら やすこ︶ 塚原康子 だともいえる。大学はカリキュラムはじめ学科単 うかが 目のみを学べる﹁選科﹂で箏曲・長唄・能楽を学 の定員は邦楽科全体で一学年二五名だが、多様な 種目から成り立つ日本の伝統音楽の特性を反映し ず とき わ ぶ道は開かれていたが、いわゆる専攻は置かれて いなかったのである。 位で物事が進むのだが、藝高では一緒に全校テニ ス合宿にも行けば、毎秋の定期演奏会では邦楽曲 て、沢山の専攻に分かれていることが特徴である。 一方、藝高に邦楽の専攻が置かれたのは、冒頭 かん ぜ さ こん 箏曲山田流の中能島欣一、能楽観世流の観世左近、 を演奏する以外に、合唱の一員として昨年はブラ なかのしまきんいち 発足当時の教授陣には、箏曲生田流の宮城道雄、 に述べたように一九九九年からであり、当初は箏 ァ ル ト の︽戴 冠 式 ミ サ︾を 歌 う と い っ た ふ う に、 ー ム ス の︽ド イ ツ・レ ク イ エ ム︾、今 年 は モ ー ツ 合わせて楽器の細部を工夫してきたことが、邦楽 ても、全くオリジナルな音楽を生み出し、それに 器である。けれども、元は外来楽器であったとし 箏・尺 八・三 味 線 は、す べ て 中 国 か ら 伝 来 し た 楽 き ね ほかでは到底考えられないような音楽経験を重ね の 演 奏 を 聴 い て 貰 う こ と で よ く 伝 わ っ た。実 際、 よしずみじきょう 長唄には戦後に文化勲章を受ける吉住慈恭・稀音 ることになる。邦楽の専攻生に限ったことではな 音楽と自国の音 交流では、西洋 ジアの国々との だが、とくにア 奏曲を出したの 国生徒の合同演 邦楽の演奏や両 な ど に 加 え て、 器アンサンブル 楽四重奏・管楽 側もピアノや弦 た。迎える日本 演奏を披露し 日し、華やかな 器の専攻生も来 多く寄せられた。考えてみれば、この日使われた らではの贅沢な演奏会﹂に感動したという声が数 ならず日本人研究者からも﹁邦楽科をもつ藝大な 晴らしい演奏で、演奏会後には中国人研究者のみ だったが、どれもが日本の音楽の魅力を伝える素 宝生流仕舞︽枕慈童︾ ︽船弁慶 キリ︾、長唄︽賤機帯︾ 日の演目は、山田流筝曲の中田博之作曲︽秋篠寺︾、 百人ほどの聴衆が固唾を飲んで聴き入った。この 別に椅子が運び込まれ、日本人研究者を合わせて れた。会場の能ホールには遠来の客人のために特 として企画され、邦楽科の全面的協力の下に行わ 〇回日中音楽比較研究国際学術会議の歓迎演奏会 国から三〇名の研究者を招聘して開催された第一 れた邦楽の演奏会である。この日の演奏会は、中 音楽学部の第四ホール︵能ホール︶を会場に行わ も う 一 つ は、今 年 の 三 月 二 十 七 日 の 夕 刻、藝 大 なっているといえるのではないだろうか。 部の教育研究が果たすべき役割はいっそう大きく だからこそ、邦楽科のある東京藝術大学音楽学 は、今も我々の眼前にある。 どのように生かし伝えてゆくのかという重い課題 ていく現代の音楽文化の中で、自国の音楽伝統を 北海道生まれ。一九九〇年東京藝術大学大学院音楽 研究科博士後期課程修了。現在、東京藝術大学音楽 学部楽理科教授、附属音楽高等学校長兼務。専門は 近世・近代の日本音楽史。著書に﹃十九世紀の日本 に お け る 西 洋 音 楽 の 受 容﹄︵一 九 九 三 年︶、﹃明 治 国 家 と 雅 楽 ︱ 伝 統 の 近 代 化 / 国 楽 の 創 成 ︱﹄︵二〇〇 九年︶、共著に﹃日本の伝統芸能講座︱音楽﹄︵二〇 〇八年︶など。 筆者略歴 楽を併せもつこ る。邦楽を育んだような音環境が日常から遠のい 本の状況は、アジア諸国の中ではかなり特殊であ と、音楽大学に伝統音楽の専攻がほとんどない日 専攻が設けられている中国や韓国などと比べる ンドや、音楽学校や音楽大学には必ず伝統音楽の ば音楽学校で自国の伝統音楽を主に教えているイ 楽文化を築く大きな力にもなったのだが、たとえ ぶ拠点として機能してきた。それは近代日本の音 日本では明治期以来、音楽学校は西洋音楽を学 これからの邦楽科 できる幸せを強く感じさせた。 現の輝きに溢れ、自国の音楽をこうした形で紹介 この日間近に聴いた邦楽は磨きぬかれた独自な表 いが、校内でさまざまな楽器編成のアンサンブル に挑戦できるのも得難い魅力だろう。 比重を増す邦楽科の存在 さて、昨年から今年にかけて、藝大に邦楽科が あることの重要性を私自身がかみしめる機会が二 度 あ っ た。そ の 一 つ は 昨 年 三 月 二 十 七 日 に 中 国・ 中央音楽学院附属中等学校生徒一五名を招いて奏 楽堂で開催された﹁日中青少年交流演奏会﹂であ る。中国の各音楽学校には、必ず伝統音楽の専攻 洋音楽専攻生と と も に、古 箏・ 山田流箏曲 とが双方の音楽的特性の違いを理解する上でいか 風景三題 に大切であるかを痛感させられた。 邦楽科の授業(稽古) 二 胡・揚 琴・琵 長唄三味線 琶などの中国楽 能楽宝生流 (能ホール) 2013年-夏 ●6 2013年-夏 7● が置かれており、この時もピアノや声楽などの西 日中青少年交流演奏会で演奏する藝高の邦楽専攻生 (2012年) 。 定期演奏会で演奏する藝高の邦楽専攻生 (2012年) 。 第六十二回 せん ぎょ 神 宮 式 年 遷 宮 に あ たって じょうあん 浄闇の中で執り行われる遷御の儀。 にな 二十年に一度の伊勢の大神様の﹁お引っ越し﹂である式年遷宮には 伝統文化、伝統技術・工芸の継承を担う日本人の知恵がこめられている 。 …… 座以来変わらない﹂。これは変えること以上に じんぐう 労力を必要とするものであります。 ﹁お 伊 勢 さ ん﹂﹁大 神 宮 さ ん﹂と 親 し み を 込 め だいじん ぐ う 伊勢の神宮は、正式には﹁神宮﹂と申します。 て長い歴史の中で人々の感謝の心で呼ばれて 世界中のどこの國どこの民族にも源郷と呼 ば れ る﹁ふ る さ と﹂が 有 る で し ょ う。そ れ ら ないく う きました。 こ う たいじん ぐ う とにお参りします。 今 も 昔 も お 参 り さ れ る 人 々 は、外 宮 と 内 宮 げ くう の 民 族 に よ っ て は そ こ を 聖 地 と し、命 を 懸 け て戦い守る対象になってもいます。 ど こ 日 本 の 源 郷 は 何 処 と 尋 ね ら れ た ら、人 に よ 日本人の総氏神様である天照大御神をおまつ 内宮は﹁皇大神宮﹂で皇室の御祖先であり、 あ まてらすおおみかみ っ て は 伊 勢 神 宮 を 上 げ ら れ る 事 で し ょ う。そ りしています。 れ は 神 宮 の 歴 史 も あ る か も 知 れ ま せ ん が、永 久不変の美しさを見るからではないでしょう とよ う け だいじん ぐ う ま す。日 本 人 の 主 食 で あ り ま す お 米 を 始 め、 事をつかさどる豊受大御神をおまつりしてい とよ う け おおみかみ 外 宮 は﹁豊 受 大 神 宮﹂で 天 照 大 御 神 の お 食 き、発 達 と 共 に 社 会 の 利 便 性 も 飛 躍 的 に 進 み 人々は合理性を求め様々な近代文明が花開 衣食住や産業の守り神であります。 か。 ま し た。そ の よ う な 中 に あ っ て 神 宮 は 何 も 変 神 宮 に は 外 宮、内 宮 共 に そ れ ぞ れ 東 西 に 同 明治以降は内務省に造神宮使庁がおかれ造替 古来、式年造替は国家の事業でありました。 ごと わ る こ と な く 人 々 を 太 古 へ と 誘 い ま す。速 い じ 広 さ の 御 敷 地 が あ り ま す。こ こ に 二 十 年 毎 ごしょう ぞ く み しきち 速度で変化する社会の中で、﹁二千年前の御鎮 ごしょうでん に同じ形の御社殿を新しく造り替えるのであ ります。 御 神 宝 も 新 し く 作 り、大 神 様 に 新 し い 御 殿 へ を 担 当 し ま し た。昭 和 二 十 四 年 に 予 定 さ れ て おおかみさ ま 御 遷 り 頂 く お ま つ り が 式 年 遷 宮 で あ り ま す。 い ま し た 第 五 十 九 回 は、太 平 洋 戦 争 の 終 結 で ご し んぽ う ま た、御 社 殿 だ け で は な く 神 様 の 御 装 束 や 遷宮とは新しく御殿を造って大神様に御遷り 中止を余儀なくされ神宮は一宗教法人となり 外 宮・内 宮 の 御 正 殿 の ほ か に、式 年 遷 宮 で か ら 七 億 二 千 万 円 が 浄 財 と し て 献 金 さ れ、二 神宮崇敬の心厚き六百五十六万人に及ぶ国民 し き ねんせん ぐ う 頂 く こ と で、式 年 と は 定 め ら れ た 年 限 の こ と は 十 四 の 別 宮 や 宇 治 橋 な ど も 造 り 替 え ま す。 十 八 年 十 月 二 日 に 内 宮、五 日 に 外 宮 の 遷 御 が ごしょう ぞ く せん ぎょ 神宮の御遷宮は日本で最大最高のおまつりな 執り行われました。 み とば り み も 四種四百九十一点あり古式のままに作られま み ちょう み ぞ この式年遷宮の制度は、今から約千三百年前 や服飾品の御被、御帳、御幌などの総称です。 す。御装束は﹁御衣﹂﹁御裳﹂等で神様の衣服 みふす ま し、勝 利 し た こ と で 御 礼 に 二 十 年 毎 に 御 殿 を 御 神 宝 は、神 様 の お 使 い に な る 道 具 や 調 度 品で紡績具、武具︵弓・矢・太刀︶、馬具、楽 れ た 最 高 の 技 術 を 持 っ た、伝 統 工 芸 家 や 彫 刻 これら御装束御神宝はその時代の選りすぐ おん く し 第一回目の御遷宮は次の天皇の持統天皇に 総称です。 器︵琴︶、文具︵硯︶御鏡、御櫛など日用品の 二十年毎に繰り返し行われて参りました。 ら 発 掘 さ れ た 太 刀 が、御 神 宝 と 同 じ 形 で あ っ 家 に よ っ て 作 成 さ れ ま す。六 世 紀 頃 の 古 墳 か た こ と か ら わ か る よ う に、千 年 を 越 え る 技 術 四 年 に 第 一 回 の 御 遷 宮 が 斎 行 さ れ て よ り、今 年 は 千 三 百 二 十 三 年 目 に 当 た り ま す。概 算 す が御遷宮の歴史と共に大切に継承されて居る てっ ると六十六回の御造営が行われていなければ か 下 さ れ た 御 装 束 御 神 宝 は、土 に 埋 め て 自 然 に の で あ り ま す。古 い 時 代 に は 二 十 年 た っ て 徹 てんしょう 成 り ま せ ん が、先 に も 書 き ま し た 戦 国 時 代 の 人 手 に 渡 ら な い よ う に 考 え た か ら で、現 在 は お 帰 し し て お り ま し た。そ れ は 神 様 の お 品 が ﹃皇家第一の重事、神宮無双の大営﹄といわ ことが出来ます。 伝統技術継承の為に神宮微古館で一部を見る かんじん 御遷宮が斎行されるのであります。 そしていよいよ今年の秋に第六十二回目の ちょう こかん れ ま し た 御 遷 宮 も、過 去 に お い て は、決 し て よる御遷宮もありました。 順、周 養 両 上 人 と い わ れ る 尼 僧 の 諸 国 勧 進 に けいこ ういん 順 調 に 運 営 さ れ た と は 言 え ま せ ん。慶 光 院 清 間は式年造替が中断致しました。 かんしょう ﹁寛正﹂から﹁天正﹂にかけての百二十余年の 武 天 皇 が 二 十 年 を 式 年 と 定 め ら れ、持 統 天 皇 式 年 遷 宮 も 迎 え て 六 十 二 回 と な り ま す。天 みか がみ 国時代に一時中断や延期などがありましたが、 よ り 行 わ れ ま し た。長 い 長 い 歴 史 の 間 に は 戦 新しく造り替えることを御発意になりました。 に天武天皇が壬申の乱で必勝を大神宮に祈願 五百二十五種千八十九点と御神宝類が百八十 神 宝 も 新 し く 致 し ま す。そ の 数 は 御 装 束 類 が しんぽ う 御 遷 宮 に は 先 に も 書 き ま し た が 御 装 束、御 ご のであります。 ごしょうでん であります。 ๙ ຕ ࡳ Ɉ ॅ Ɉ ᆏ ௲ ȥ ɣ 元神宮禰宜・ 前熊野那智大社権宮司 篠原 龍 ︵しのはら りゅう︶ 2013年-夏 ●8 2013年-夏 9● Ⴈ ఱ ɂ ڭ ౬ త ૺ ༃ ೋ Ɉ ڷ Ⴭ ȳ ɥ ɜ Ɉ 遷御の図:ご神体を新宮に遷しまつるまつり。天皇陛下が斎行の月日をお定めになる。 美の伝承 そ(の三 ) 岩絵具 二つの危機を越えて① 画家にとって絵具は必要不可欠な品。良質で 豊かな色彩を持つ絵具は表現力を高める。 そうした絵具の開発に傾注した先人の努力を見る。 東京藝術大学大学院 准教授 荒井 経 ︵あらい けい ) 革新者登場 一 方、岩 絵 具 の 製 造 業 に も 維 新 の 荒 波 が 押 し 寄 せ て い ま し た。明 治 政 府 は 大 規 模 な 勧 業 博 覧 会を開催してあらゆる産業を近代化に誘導しま し た。単 な る 伝 統 産 業 で は 評 価 さ れ ま せ ん で し た。江戸時代からの顔料・染料業の多くは、塗装 や衣料などの大規模産業に供給できる工業化を 遂 げ ま し た が、岩 絵 具 は 日 本 画 に し か 使 わ れ ま せん。 き ちさ く そ ん な 逆 風 の 中、岩 絵 具 で 名 声 を 獲 得 し た の 商品を開発して第五回内国勧業博覧会で受賞し 岩 絵 具 の 品 質 を 守 り 続 け な が ら も、岩 絵 具 の 新 が石田吉作 ︵∼一 九 一 八︶ で し た。吉 作 が 京 都 で し か し、岩 絵 具 に は 近 代 に 入 っ て か ら 二 度 の ま し た。今 で も 日 本 画 家 に 愛 用 さ れ て い る 珊 瑚 創 業 し た 放 光 堂 は、現 在 五 代 目 の 石 田 憲 弘 さ ん 大きな危機が訪れています。一度目の危機は、明 末 や 水 晶 末 は、伝 統 的 な 群 青 や 緑 青 と と も に こ は、多 様 な 絵 画 表 現 を 展 開 し な が ら 千 数 百 年 の 日 本 画 家 に と っ て 岩 絵 具 は〝 文 化 〟で す。親 指 治維新︵一八六八︶によって日本文化が軽視され のとき博覧会に出品された岩絵具です。吉作は、 時を越えて今日の日本画へと伝承されてきまし をかけたパレットで絵具を自在に混ぜる洋画 た時代です。明治維新による近代化政策は、欧米 竹 内 栖 鳳、山 元 春 挙、上 村 松 園 の 師 で あ る 鈴 木 が 営 む 老 舗 の 日 本 画 材 店 で す。吉 作 は、伝 統 の 家、硯 で 墨 を 磨 っ た 厳 か な 香 り の 中 で 筆 を 執 る の 文 化 や 社 会 制 度 を 導 入 し た だ け で な く、江 戸 松年といった京都画壇の重鎮たちと親交を持ち 近代化の波の中で 水 墨 画 家、膠 を た ら し た 岩 絵 具 を 中 指 で 静 か に 時 代 ま で の 文 化 を 大 き く 再 編 し ま し た。絵 画 に ながら新しい岩絵具の開発に励みました 。 た。 溶 く 日 本 画 家。こ う し た 画 家 た ち の 姿 は、そ れ は 油 彩 画 が 洋 画 と し て 導 入 さ れ、欧 化 政 策 の も 近 代 の 日 本 画 は、徐 々 に 色 彩 を 重 視 す る 方 向 た。 さん ご ぞれの材料から導き出された文化だと言えるで とで明治九年︵一八七七︶に開校した工部美術学 へ と 進 み ま す。明 治 生 ま れ の 岩 絵 具 は、近 代 と 民文化の浮世絵など様々な流派が散在している 状 況 で、今 日 の 日 本 画 に つ な が る 岩 絵 具 の 文 化 は存亡の危機に立たされていたのです。 そ の よ う な 混 沌 と し た 情 勢 の 中 で、お 雇 い 外 国人のアーネスト・フェノロサ︵一八五三∼一九 ○八︶ と文部官僚の岡倉天心 ︵一八六三∼一九一 三︶が 推 進 し た 国 粋 新 派 が 美 術 行 政 の 実 権 を 握 り ま す。明 治 二 十 年 に 彼 ら の 尽 力 で 創 立 し た 東 京 美 術 学 校︵現 東 京 藝 術 大 学 美 術 学 部︶は、洋 画 を 廃 し て 日 本 画 だ け で ス タ ー ト し ま す。教 員 に は、岩 絵 具 に も 精 通 し た 旧 狩 野 派 の 面 々 が 選 ば れ、近 代 日 本 画 に 岩 絵 具 の 文 化 が 継 承 さ れ る こ 群の修復・復元 ︵奈良文化財研究所国際 ⑥アンコール遺跡群西トップ遺跡建築装飾 博物館館長 サイドムロド・ボボムロエフ︶ データ化 ︵東海大学大学院芸術学研究科 ⑬近代ガラス工芸基礎的資料群のデジタル 人文化財保存支援機構理事 増田勝彦︶ とになったわけです。 ②高知県・三嶋五社神社 津野山舞台 ︵三 嶋神社回り舞台︶ の修理 ⑭日本・カンボジア交流促進年 ﹁アンコール ■重点助成事業 物館蒙古壁画保護中心非常勤職員︶ の招致 ⑦外国人研修員 ︵範奕瑩︶︵中国、呼和浩特博 遺跡研究室長 杉山洋︶ のヴィーナス¦BAKU斉藤の視線¦﹂ 展 常勤講師 井上曉子︶ の図録制作と講演会の実施 ︵女子美術大 ︵ ページの特集欄に掲載︶ 事業 ②東日本大震災被災文化財救援・復旧支援 の修理 霊 鑑 寺 蔵 東 福 門 院 十 二 単 ﹁表 着﹂﹁唐 衣﹂ 調査研究 ︵女子美術大学芸術学部教授 ⑮被災文化財修復ワークショップ ︵宝塚大 ②千 總 所 蔵 小 袖・裂 類 の 保 存 と 修 復 に 関 る 術大学美術学部教授 手塚雄二︶ ①国宝伴大納言絵巻現状模写研究 ︵東京芸 ■芸術研究等助成事業 まつ し ょ う。美 し い 砂 状 の 岩 絵 具 は、日 本 画 家 に 独 校 で は﹁洋 画﹂し か 教 え ら れ ま せ ん で し た。そ れ いう時代にふさわしい日本画を彩っていきまし おごそ 特 の 所 作 を つ く り、独 特 の 画 質 を つ く り、日 本 に 対 抗 す べ き 日 本 在 来 の 絵 画 は、幕 府 に 仕 え た すずり 画 と い う 文 化 を つ く っ て き ま し た。仏 教 文 化 と 狩野派、写実の円山派や四条派、水墨の南画、庶 にかわ ともに大陸から日本へと伝わった岩絵具の文化 定款第4条の定めに従い、 次の事業を行った。 平成二十四年度事業報告 ■文化財保存修復助成事業 ︵美術工芸 ︶ ︵敬称略・以下同︶ 学アートデザイン学科学科長補佐 加藤 ①尼門跡寺院文化財保存修復助成事業 ③中川氏所蔵毘沙門天立像をはじめとした 勝久 ︶ 学美術館長 田中一幸︶ 中世∼近世毘沙門天立像 ︵天部像︶ の修復 岡田宣世︶ に伴う調査・比較研究 ︵東京芸術大学大 修理 ①山形県・普門坊 木造馬頭観音菩薩立像の ②山梨県・西念寺 木造釈迦如来立像の修理 第十四回大会 ︵奈良文化財研究所国際遺 ⑰ヨーロッパ東南アジア考古学会国際会議 議 ︵箜篌研究者・箜篌奏者 菅原朋子︶ ⑯国際トラディショナル ポリフォニー会 作曲﹁暁の賛歌﹂ の再演およびアプサラス ④アプサラス第3回演奏会 ︵故松村偵三先生 学院美術研究科教授 籔内佐斗司︶ ③高知県・金林寺 木造薬師如来坐像の保存 修理 会員作曲家合唱作品演奏 ︶︵東京芸術大 ︵建造物 ︶ ①青森県・寶福寺 本堂の保存修理 ル ツ ェ ル ン・フ ェ ス テ ィ バ ル ア ー ク・ノ ③東日本大震災被災地復興支援事業 委員会委員長 梶本眞秀 ︶ ヴァ松島 2013 ︵アーク・ノヴァ実行 物 の 刊 行、講 演 会 の 開 催、そ の 他 普 及 及 ①敦煌研究院から研究員二名 ︵韓衛盟、陳港 ■国際協力事業 第 号 ︵二○一二秋︶ 平成 年 月 日発行 第 号 ︵二○一二夏︶ 平成 年6月 日発行 ①広報誌﹁絲綢之路﹂の発行 び広報活動に関連した事業 ■文化財の保護及び芸術振興に関する出版 いて ﹂︵福島県会津大学短期大学部准教 ウム ︵国宝修理装潢師連盟理事長岡興造︶ 授 井波 純︶ ⑲国 際 漆 芸 教 育 会 議﹁漆 芸 の 保 存 修 復 に 付 ⑱第五回東アジア紙文化財保存修理シンポジ 跡研究室 佐藤由似 ︶ ②福島県・南会津町 旧南会津郡役所の修理 ⑤和楽の美 ︵東京芸術大学音楽学部教授 学音楽学部附属音楽高校教諭 高橋裕︶ 修理事業 ③栃木県・㈶益子参考館 上台茅葺屋根部分 三浦正義︶ 日本の交響楽100年∼未来へ紡ぐ ︵東 ⑥オ ー ケ ス ト ラ・プ ロ ジ ェ ク ト 20 1 2 京学芸大学教育学部教授 山内雅弘︶ 保存修理 ⑤山梨県・上野昇 上野家住宅の修理 き役割 ︵金沢美術工芸大学教授 前田昌彦︶ 平成 年1月 日発行 第 号 ︵ 二○一三新春︶ 保存、修復と若手専門家の養成 ︵㈶中近 ②ト ル コ 共 和 国 古 代 遺 跡 出 土 遺 物、遺 構 の 他関係者に配布 社、支援者、賛助会員、理事・評議員、その 物 館、文 化 財 研 究 機 関、芸 術 系 大 学、新 聞 配布先 都道府県教育委員会、美術館・博 発行部数 各2、000部 東文化センター附属アナトリア考古学研 ⑨ ︽カ ー リ ュ ー リヴァ ー︾ + ︽隅 田 川︾ 日英公 究所長 大村幸弘︶ 金活動 ②文化財保存修復支援カレンダー基金の募 演 ︵東京芸術大学音楽学部長 植田克己︶ 館企画課情報資料室長 水谷長志︶ 募集期間 平成 年 月∼平成 年1月 制作題材 出光美術館所蔵 ﹁伴大納言絵巻﹂ 現状模写 ③日中韓文化交流フォーラムの開催 ︵募金額8、539、644円︶ 募金応募件数 2、363件 壁画の保存修復 ︵タジキスタン国立古代 ⑤タジキスタン国立古代博物館が所蔵する 復技術実技研修 ︵駒澤大学文学部非常勤 ∼ ﹁文化財保存修復専門家養成実践セミナ 講師 古庄浩明︶ ④ウズベキスタンにおける文化遺産保存修 ー長 岡田健︶ 究 ︵東京文化財研究所保存修復科学センタ ③古代墳墓の発掘保護に関する日中共同研 覚書 ︵一九九八年十二月十日︶ に基づく招致 泉︶ 招致 人材育成等の援助計画に関する による漆表現の現在¦ ︵宇都宮大学教育 21 15 15 ⑩ ARLIS UK&Ireland Art Libraries Journal 日本特集号刊行事業 ︵東京国立近代美術 学部准教授 松島さくら子︶ 25 24 24 ④千葉県・常世田薬師奉賛会 常灯寺本堂の 放光堂の初代当主・石田吉作 ⑧漆・う る わ し の 饗 宴 展 ¦ 世 界 の 女 性 作 家 ⑦東日本大震災復興における芸術の果たすべ ⑥長野県・光輪寺 薬師堂の屋根修理 北村正春 岡倉天心六角堂修復事業 ⑦新潟県・にいがた妙高岡倉天心顕彰会会長 ⑧岐阜県・八王子神社 社殿の保存修復 ⑨愛知県・德興山建中寺 德川家霊廟の保存 修理 ⑩滋賀県・胡宮神社 本殿の保存修理 車庫の保存修理 ⑪兵庫県・西尾一三 西尾家住宅真珠亭及び 10 25 塀の修理 に基づく初演¦ ︵くらしき作陽大学音楽学 ⑪オペラ ﹃オルフエウス﹄ ¦森鴎外自筆訳稿 部特任教授 森悠子︶ ー﹂ レ ベ ルⅡと し て ∼ ︵特 定 非 営 利 活 動 法 ⑫文化財の危機管理セミナー ﹃陸前高田学校﹄ 9 ⑫鳥取県・聖神社 本殿、幣殿及び拝殿附透 ⑬島根県・三渡八幡宮 本殿屋根修理 ⑭大分県・早吸日女神社 本殿および総門保 存修理 ︵有形民俗︶ 季生業図絵馬の保存修理 ①新潟県・下粟生津赤坂諏訪神社 下粟生四 24 2013年-夏 ●10 2013年-夏 11● 13 71 70 69 伝統的な岩絵具の製造 (放光堂) 会期 平成 年 月 日㈮∼ 日㈪ 会場 中国 無錫市 第 回社会を明るくする運動﹁∼犯罪や 美術展実行委員会 三井住友海上火災保険 株式会社 有限会社 丸栄堂 チカラ∼中央行事 ﹁匠に学ぶワークショ 非行を防止し、立ち直りを支える地域の 株式会社 三越伊勢丹 三井物産 株式会社 株式会社 三井住友銀行 森ビル 株式会社 ︻五十音順︼ 株式会社 ミロク情報サービス ﹂を後援 ップ in 東京芸術大学vol・ 法人維持会員︵十一社 ︶ 主催 〝社会を明るくする運動〟中央推 進委員会他 ︵公 財︶ 文 化 財 保 護・芸 術 研 究 助 成 財 団、新潟日報社、妙高市他 二 十 四 年 度 ご 支 援いた だ き ま し た賛助会員の皆様 大阪ガス 株式会社 関西電力 株式会社 公益財団法人 五井平和財団 株式会社 資生堂 宗教法人 全昌院 大和建設 株式会社 千代田絨毯 株式会社 ︻五十音順︼ アサヒグループホールディングス 株式会社 期間 平成 年7月 日㈭∼ 日㈰ 参加者 日本画 ︵三十二名 ︶ 油彩画 ︵二十 四名 ︶ 水彩画 ︵二十七名︶ デッサン・スケ ッチ ︵十 五 名 ︶ 水彩画初心者 ︵十 六 名 ︶ 計一一四名 第7回﹁文化財保存・修復¦読売あをに ⑤講演会・シンポジウム・展覧会等の後援 法人正会員︵三十一社 ︶ 株式会社 なとり アイテック 株式会社 主催 読売新聞社 朝日生命保険相互会社 株式会社 竹中工務店 株式会社 電通 野村ホールディングス 株式会社 ※文化財レスキュー助成 文化財ドクター派遣事業を採択しました。 株式会社 横井春風洞 株式会社 平成建設 株式会社 NHKエンタープライズ 機構他 鹿島建設 株式会社 株式会社 講談社 賀茂鶴酒造 株式会社 存支援機構 株式会社 集英社 ー﹂ を後援 共催 独立行政法人国立文化財機構 東 株式会社 精養軒 キリンホールディングス 株式会社 京国立博物館 陸前高田市教育委員会他 全日本空輸 株式会社 セコム 株式会社 ンポジウム﹂ 主催 文化遺産国際協力コンソーシア ム、文化庁 株式会社 東京ドーム 東京ガス 株式会社 主催 ㈲ライザ トヨタ自動車 株式会社 株式会社 東京マルイ美術 回 ﹁文化人・芸能人の多才 地球を救う!∼を後援 公益財団法人 東日本鉄道文化財団 日本写真印刷 株式会社 主催 特定非営利活動法人 ﹁日本国際文 株式会社 日立製作所 ※文化財保存修復助成 一件 百万円 ︵建造物︶ 東日本大震災により被災した文化財の救 を通じて申請を受け付け、審査の上、左記の 復助成事業を開始し、被災各都県教育委員会 に関して、技術的支援を行う文化財ドクター ①岩手県・毘沙門堂 木造伝阿弥陀如来立像 修復 ②宮城県・安国寺 木造阿弥陀如来坐像修理 復旧 ③宮城県・八幡神社 随神像 ︵開口像・閉口像︶ ④福島県・長福寺 木造地蔵菩薩坐像修理 ⑤福島県・善性寺 木造阿弥陀如来立像修復 ※文化財保存修復助成 ⑧茨城県・粕毛町 木造阿弥陀如来立像復旧 ⑦茨城県・阿弥陀寺 木造阿弥陀如来立像復旧 修復 ⑥福島県・渡辺由起夫 木造聖観音菩薩立像 七十七件 八千七百二十三万余円 申請を受け付け、審査の上、左記のとおり助 成事業を採択しました。 修理 ⑪栃木県・芳全寺 銅造阿弥陀如来坐像保存 像並びに厨子修復 ⑩栃木県・上根自治会 上根観音千手観音坐 ⑨茨城県・蒼龍寺 木造阿弥陀如来立像復旧 ⑴文化財ドクター派遣事業は、文化庁の要請を 受けて㈳日本建築家協会を事務局として ﹁東日本 大震災被災文化財建造物復旧支援委員会﹂ を設置 し、建造物に関して被災地へ専門家を派遣し、被災 状況を調査するとともに、応急措置及び復旧に向 けて技術的支援をするもので、﹁東日本大震災被災 文化財建造物復旧支援事業 ︵文化財ドクター派遣事 件 、 無形二十一件︶ ︵美術工芸十一件、建造物四十三件、記念物二 二件 二千六百万円 ︵美術工芸 ︶ 文化財レスキュー事業は、文化庁の要請を受け 一件 四百万円 て東京文化財研究所を事務局として ﹁東北地方太 ※文化財保存修復助成 平洋沖地震被災文化財等救援委員会﹂ を設置し、主 四十九件 八千六百四十万円 として美術工芸品等の動産文化財を緊急に安全な 場所に保全し応急措置を施すもので、﹁東北地方太 ︵美術工芸八件、建造物三十四件、無形七件︶ 平洋沖地震被災文化財等救援事業﹂ として実施。 ◎平成二十四年度助成事業一覧 ○平成二十四年度 援・復旧支援事業は、皆様からの暖かいご支 平成二十四度から本格的に文化財保存修 援により実施しております。本事業の概要に 派遣事業も採決しました。 なお、文化財レスキュー助成では、建造物 ︵募金︿寄付金﹀の状況︶ ︵助成事業の状況︶ 日本大震災被災文化財復旧支援事業 ︵ Save Our 業︶ として実施。 ︹ SOC ︺ ︶ 心を救う、文化で救う﹂︵協力 文 ⑵文 化 財 保 存 修 復 に 関 し て は 百 七 件 の 申 請 が あ Cultuer 化庁、東京芸術大学︶ り、八十二件 ︵一億二千四十万円︶ の助成を決定し ⑶日本サムスンとの提携による、﹁平山郁夫・文化 たが、計画通り事業を実施できないことや他から 財赤十字プロジェクト¦東日本大震災被災文化 の助成を受けたことなどの理由により、五件の辞 財修復支援事業﹂ 退があったため、七十七件となった。 ⑷京極夏彦氏との連携 なお、具体的な事業名等は次の平成二十四年度 助成事業一覧に記載の通りです。 ※募金については、当財団理事長からの呼びかけの 他、左記のとおり連携・協力をいただいています。 ⑴文化庁長官の呼びかけ ⑵ワ ー ル ド モ ニ ュ メ ン ト 財 団 と の 連 携 に よ る ﹁東 件 数 百六十八件 募金額 五千百万余円 ○平成二十四年度 件 数 五百四十四件 募金額 二億七千四百四十九万余円 ○平成二十三年度 な浄財をご寄付いただきました。 各方面の多数の方々が応じていただき、貴重 ※文化財レスキュー助成 募金協力呼びかけに個人、団体、企業など ついて、次のとおりご報告いたします。 とおり助成事業を採択しました。 ︵文化財保存修復助成︶ 東日本大震災被災文化財救援・復旧支援事業 特集 化遺産協会 ﹂ 文化人・芸能人の多才な な美術展﹂ ∼広げよう文化の輪・芸術は ー企画 第 東日本大震災救済応援特別チャリティ ﹁第6回 美の継承展﹂ を後援 武田薬品工業 株式会社 株式会社 髙島屋 入等禁止条約 年﹂ を後援 ﹁さまよえる文化遺産¦文化財不法輸出 ﹁文化遺産国際協力コンソーシアム シ 主 催 特 定 非 営 利 活 動 法 人 文 化 財 保 ﹁文化財保存修復専門家養成実践セミナ 株式会社 NKB 後援 文化庁、独立行政法人国立文化財 よし賞﹂を後援 主催 共同通信社、日本新聞博物館 高句麗壁画古墳と報道写真展を後援 共催 主催 妙高夏の芸術学校実行委員会 ④﹁妙高夏の芸術学校﹂の共催 行事 第八回日中韓文化交流フォーラム 29 29 ○平成二十五年度 ○平成二十三年度 平成二十三年度は、文化財レスキュー事業 被 災 各 県 教 育 委 員 会 を 通 じ て 五 十 九 件 の に重点を置き助成しました。 なお、文化財レスキュー助成では引き続き 一酒造場 旧売場倉庫﹂倒壊防止・修復 ①岩手県・世嬉の一酒造株式会社 ﹁世嬉の ︵建造物 ︶ 本尊損傷状況 ②岩手県・盛合光徳 盛合家復旧・復元修理 2013年-夏 ●12 2013年-夏 13● 茨城県・蒼龍寺「木造阿弥陀如来立像復旧」 栃木県・芳全寺「銅造阿弥陀如来坐像保存修理」 26 26 ※文化財レスキュー助成 宮城県・安国寺「木造阿弥陀如来坐像」修理 修複後 10 24 24 一件 四千万円 被災後の状況 修複後 被災後の状況 修複後 62 10 10 14 ①岩手県・釜石市尾崎地区 尾崎青友会虎舞 埼玉県・原田みさ子 原田家住宅保存修理 蔵屋店舗︶ 保存修復 万円 行事支配太神楽被災用具整備事業 ③岩手県・釜石市大只越町 南部藩寿松院年 購入 ②岩手県・釜石市浜町 箱崎虎舞流出資材等 衣裳購入 ︵無形︶ 大蔵復旧 茨城県・宮本昇一 宮本家住宅店蔵・新蔵・ 茨城県・沼尻俊一 沼尻家住宅主屋復旧事 茨城県・森洋 旧矢中邸本館・別館復旧 ⑤宮城県・日野正一 旧仙台城板倉復旧 ⑦宮城県・愛宕神社 拝殿復旧 ⑧宮城県・風待ち復興検討会 男山本店店舗 業 茨城県・小田部庄太郎 小田部鋳造南土蔵 復元 ⑨宮城県・風待ち復興検討会 角星店舗復元 修理 埼玉県・山下いね 山下家住宅倉庫等の補 栃木県・若駒酒造株式会社 酒蔵改修工事 ⑪宮城県・風待ち復興検討会 武山米店修復 蔵修復 ⑩宮城県・風待ち復興検討会 小野健商店土 ⑫宮城県・福應寺 毘沙門堂長屋門修復 修工事 千葉県・水嶋陽子 紅屋商店主屋保存修復 千葉県・岩井宗志 岩井家住宅主屋 ︵旧武 ⑭宮城県・尾形健 気仙沼・尾形家修復 復旧 ⑬宮城県・十八夜観世音堂保存会 観世音堂 ⑮宮城県・升敏明 升敏明家土蔵修理 化財 ︵縄文土器︶ 修復 維 持 会 員 年額︵1口 ︶ 連絡下さい。 ④宮城県・只越芸能保存会 只越芸能保存会 復興 ⑤宮城県・東根榊流神楽保存会 東根榊流神 楽神楽舞台再建 ⑥宮城県・閖上大漁唄込み踊保存会 閖上大 漁唄込み踊用道具等復旧整備 ⑦宮城県・竹浦区 竹浦地区獅子舞復活 打ちばやし保存会復興 ⑧宮城県・古谷館打ちばやし保存会 古谷館 ⑨宮城県・横浦実業団 横浦地区獅子舞復活 ⑩宮城県・野々浜区 野々浜地区獅子舞復活 復活 ⑪宮城県・飯子浜実業団 飯子浜地区獅子舞 ⑫宮城県・塚浜区 塚浜地区獅子舞復活 ⑬宮城県・尾浦青年部 尾浦地区獅子舞復活 編集後記 一応達成し、 三月末日をもって終了しました。 ﹁文化財レスキュー活動﹂は当初の目的は だ前途遼遠です。解決しなければならない せん。東日本大震災の復興事業は、まだま これで事が万事終了という意味ではありま ただいた浄財は、被災地域の文化財の救援及 文 豪 夏 目 漱 石 は、名 作﹁虞 美 人 草﹂の 中 事業も二年目となり、こちらも問題点が浮上 労を思えば、私たちのそれは苦労の内には 入らないでしょう。文化財の救済という目標 上 皇︵一 二 四 九 ∼ 一 三○五︶が 橋 の 上 に か の名は、第九○代天皇であらせられた亀山 明 治 四 十 年︵一 九○七︶の こ と で あ る。橋 は文化、芸術を後世に伝えるための日本人 意味の一端を御紹介いたしました。そこに れます。二十年ごとに行われる遷宮が持つ 勢神宮の式年遷宮の儀式がこの秋に挙行さ 川と合流し、嵐山の渡月橋あたりから桂川 にむけて今後も努力してまいる所存です。 と 名 を 変 え る。漱 石 が 嵐 山 を 訪 れ た の は、 ﹁日本人の心のふるさと﹂とも称される伊 まさに言いえて妙である。清滝川は保津 問題は山積しております。被災文化財救済 び 修 復・保 存 の た め に 活 用 さ せ て い た だ き で渡月橋をこう記している。 ます。皆様のご協力をよろしくお願い申し上 ﹁天龍寺の門前を左へ折れゝば釈迦堂で右 げます。募金のお振込は左記の銀行又は郵便 局からお願いいたします。 * 銀行振込 ︵①銀行名②口座番号③名義︶ ① 三井住友銀行 上野支店 かる月を御覧になって、 ﹁まるで月が橋を渡 の知恵がはたらいていることが御理解いた ① 00160¦5¦12319 郵便振替 ︵①振替番号②加入者名︶ 文化財保護・芸術研究助成財団 ③︵公財︶ っ て い る か の よ う だ・・・﹂と 仰 せ ら れ た こ 文化財保護・芸術研究助成財団 ②︵公財︶ 広報誌﹁絲綢之路﹂︵シルクロード︶ しちゅうのみち ください。 だけたか、と思います。 ︵通信欄に ﹁地震﹂ とお書きください︶ とに由来する。 なお、募金はクレジットカードからも可能 桂川はここからさらに南へと流れ、やが うか皆さま方、くれぐれも健康には御留意 梅雨を経て、季節は夏へと移ります。ど です。詳細は当財団のホームページをご覧く ださい。 常に絵になる姿をしている﹂と語っている。 平 山 郁 夫 画 伯 は﹁こ の 橋 は、四 季 折 々、 ★編集発行/公益財団法人 文化財保護・ ★平成二十五年六月十七日発行 ● 渡月橋は ない。 かもしれ 東京都台東区上野公園十二ー五十 E-mail : [email protected] ★印刷 株式会社 東都工芸印刷 URL : http : // www.bunkazai.or.jp/ て い る の FAX︵〇三︶五六八五ー五二二五 内 に 秘 め 電 話︵〇三︶五六八五ー二三一一 る 魅 力 を 〒 事務局 Ⓒ ひ き つ け 芸術研究助成財団 芸術家を 葉の通り、 そ の 言 二〇一三年 夏号 通巻第七十二号 * 人の方々を募集しています。 ◎賛助会員ご入会並びにご寄付のお願い 等救援委員会︶ ②東日本大震災文化財建造物復旧支援事業 当財団では、財団の活動趣旨にご賛同いた だき、ご支援いただける賛助会員の法人、個 ︵文化財ドクター派遣 ︶︵東日本大震災文 力をお願いいたします。 支援が必要ですので、引き続きご支援、ご協 の経過とともに忘れられないよう、息の長い まだまだ復興には時間がかかりますが、時 事業が二年目に入りました。 皆様のご協力によって本格的な修復助成 にかかる桂川大橋のたもとにある。 て淀川と合流する。ちなみに桂離宮は桂川 ② 普通 6615496 しい﹂ してまいりました。被災された方々の御苦 今号の表紙 岩手県・釜石市「箱崎虎舞流出資材等購入」 へ曲れば渡月橋である。京は所の名さへ美 平山郁夫 嵐山 渡月橋 請求、その他お問い合わせは財団事務局にご 財団案内および賛助会員入会申込書のご 東京都・延命寺「小塚原の首切地蔵(延命寺地蔵尊)復旧」 (有形文化財・歴史資料) ②新潟県・津南町教育委員会 津南町被災文 寺地蔵尊復旧︶ ①東京都・延命寺 小塚原の首切地蔵 ︵延命 東京都・赤羽敬司 赤羽家長屋門修復 ︵記念物︶ 東京都・小林良一 小林家住宅屋根及び室 修 ︵耐震補強︶ 内保存修理 千葉県・内野萬里子 内野家住宅洋館等改 ⑱福島県・㈱伊東商事 蛇の鼻御殿復旧 東京都・田無神社 本殿・拝殿復旧 ⑯福島県・禅長寺 仏殿部分修理 ⑲福島県・渡辺一夫 渡辺家住宅修復 宮城県・風待ち復興検討会「武山米店修復」 整備された太鼓 及び虎頭 ⑥宮城県・亀岡八幡宮 石鳥居復旧 ジェクト 茨城県・宮本昇一「宮本家住宅店蔵新蔵・大蔵復旧」 茨城県・茨城大学 天心・六角堂復興プロ 被災後 修復後 ③岩手県・丹内山神社 神社緊急災害復旧 福島県・県立磐城桜が丘高校「桜丘会館修理」 ④宮城県・祇劫寺 本堂修理 修復前 修復後 ⑰福島県・江尻愼一郎 江尻家住宅部分修理 ⑳福島県・住吉神社 本殿部分修理 福島県・八槻浩子 八槻家住宅土蔵修繕 福島県・阿部和永治 福島市景観百選に選 定された蔵の修理 福島県・木之崎八雲神社御神輿渡御保存会 被災前 修復途中 八雲神社倉庫外壁工事 福島県・県立磐城桜が丘高校 桜丘会館修 理 福島県・藤田弥五兵衛 藤屋建造物群 ﹁C 蔵﹂ 改修 福島県・安田豊 松井薬局建造物群改修 本店建造物群復旧 福島県・合名会社大谷忠吉本店 大谷忠吉 復 岩手県・世嬉の一酒造株式会社「世嬉の一酒造旧売場倉庫倒壊防止・修復」 ◎東日本大震災被災文化財の救援と復旧の お願い 修復中 修復後 保全にむけて、募金活動を行っています。い 被災後 修復後 10 福島県・遠藤博巳 遠藤家住宅建造物群修 家住宅建造物群内外壁修復 福島県・林道夫 小峰城外堀土塁跡及び林 ⑭宮城県・桐ヶ崎区 桐ヶ崎地区獅子舞復活 復活 ⑮宮城県・寺間伝承保存会 寺間地区獅子舞 ⑯宮城県・女川実業団 女川地区獅子舞復活 ⑰宮城県・相喜会 相喜会地区獅子舞復活 「女川地区 事業 ︵東北地方太平洋沖地震被災文化財 整備された獅子頭 ための募金のお願い ⑱宮城県・鷲神実業団 鷲神地区獅子舞復 ⑲宮城県・小乗浜実業団 小乗浜地区獅子舞 東日本大震災によって被災した文化財の 復活 ⑳宮城県・沢虎舞 沢虎舞復興 獅子舞復活」 福島県・いわき市平薄磯区長 薄井神社お 宮城県・女川町 化財建造物復旧支援委員会︶ 嵐山 渡月橋 2004年 浜下り神事復興 整備された太鼓 ①東北地方太平洋沖地震被災文化財等救援 ︵文化財レスキュー︶ 「只越芸能 2013年-夏 ●14 2013年-夏 15● 110 保存会復興」 年額︵1口 ︶ 万円 ※ 事 業 名 称 等 に つ い て は 申 請 書 に 基 づ き ま 法人正会員 した。 個人正会員 年額︵1口 ︶ 1 万 円 50 0007 宮城県・気仙沼市
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