金融論B 資料 7 企業金融

金融論B 資料 2
担当:楠美 将彦 e-mail:[email protected]
http://www.takachiho.ac.jp/˜mkusumi/index.html
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企業金融
キーワード
MM 理論
間接金融
エクイティ・ファイナンス
エージェンシー・コスト
エージェンシー問題
外部金融
外部資金
株式の相互持合い
企業金融
コーポレート・ガバナンス
再交渉
資金調達の優先順位
資本コスト
資本市場の不完全性
情報の非対称性
所有と経営の分離
直接金融
デット・ファイナンス
内部金融
内部資金
不完備契約
モラル・ハザード
有限責任制
利益相反
リスク・プレミアム
7.1
企業の資金調達
当期利益は、以下のように分割される。
「税金、役員賞与、配当金」 「内部留保」 「減価償却」
調達方法による区分
内部金融
企業の経営活動から得られた粗貯蓄に相当する資金( 内部資金)
内部保留 企業の当期利益から税金、配当金、役員賞与など 企業外に流失する分を除いた
もの( 減価償却費も除く)
減価償却費 企業の所有する建物・機械設備などの有形固定資産の年々の使用による経済価
値の減少分( 磨耗分)を補てんするための資金( 損益計算上は費用)
外部金融
借入金、株式発行、社債、CPなどの金融・資本市場から資金を調達する方法
エクイティ・ファイナンス 増資などの株式発行
デット( 負債)
・ファイナンス 社債の発行や金融機関からの借入によるもの( 社債やワラ
ント付社債も含まれる。)
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自己資本 内部資金とエクイティ・ファイナンスによる資金( 返済の必要がなく、利子や配当金を支払
う必要のない資金)
他人資本 デット・ファイナンスによる資金
高度成長期の特徴
• 内部金融比率が低い
• 外部金融でも間接金融( 銀行借入)比率が高い(オーバーボロイング )
・投資家が評価しにくい企業にも融資を行うため
・社債市場が発達していないため
• 銀行は、ロールオーバー( 借換え )を行ってきた
・企業のモニターを行うことになるため
70 年代以降の特徴
• 内部金融比率の高まり
・企業の自己金融力の高まり
• 有価証券( 社債、株式))の発行による資金調達が増加
・社債市場が整備されてきたため
• 資本市場を通じた資金調達の拡大と多様化( 外債、転換社債、ワラント債)
日米の特徴
1. 日本の企業は外部資金の依存度が高い
2. 日本の企業は外部資金調達のなかでも銀行借入に依存する割合が高い
3. 米国の企業は内部資金による調達が大部分を占める
4. 米国の企業は有価証券の資金調達に占める割合が高い
※ 米国の企業の長期の資金調達は社債が中心、銀行借入れは短期が中心である
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表 1: 日本の資金調達( %)
( 内部資金を除く)
7.2
7.2.1
1996
2005
借入
31.5
20.4
株式
29.6
46.8
企業間信用
16.3
14.2
債権
4.2
3.8
その他
18.2
14.6
投資の決定とMM理論
投資の決定と資金調達
企業の目的
さまざ まな生産要素を使って財やサービ スを生産・販売することによって、できるだけ多くの利潤
をあげること、すなわち、利潤最大化を目的とする( 企業の利潤最大化とは株価の最大化)
企業によって調達された資金
運転資金 企業が一定の設備のもとで生産、営業活動を継続していくために必要な資金
設備資金 企業が将来の生産能力の拡張や労働力の節約、新製品の生産などを目的として、
機械・設備を購入するのに必要な資金
企業の直面する問題
1. どれだけの設備投資を行うか
2. そのために必要な資金をどのような方法によって調達するか
どれだけの設備投資を行うか
企業の投資額は、投資の限界効率がそれを調達するのに必要な資金のコストとしての利子率に等し
くなるように決定される
C=
Q2
Q1
Qn
+
+ ··· +
1 + ρ (1 + ρ)2
(1 + ρ)n
C 追加的な投資プロジェクトの費用
Qi 1 期から n 期までの予想収益の流列
ρ 収益率( 投資の限界効率)
これらをもとに、
「投資の限界効率表」を作成し 、利子率と一致する点まで投資を行う。 21
企業の収益の現在価値を考えると次のようになる。
V =
Q2
Q1
Qn
+
+ ··· +
2
1 + r (1 + r)
(1 + r)n
V 各期の予想収益の現在価値
r 1 期間あたりの利子率
この結果、次のようにも判断できる。
ρ > r :投資の限界効率が利子率を上回る限り、投資は実行される
V > C :投資収益の現在価値が現時点の投資額を上回る限り、投資は実行される
ρ
r
O
I∗
I
利子率
• 資金を実物資産の形態で運用するか、さもなければ金融資産で運用するかという企業の資産選択
行動における一種のチャンネル・スイッチとしての働きを担っている
• 貨幣保有の機会費用 (opportunity cost) であると同時に、実物資産保有 (投資) の機会費用である
• 最低必要収益率であり、いわゆる資本コストに相当する
資本市場の完全性
1. 投資家が金融市場で十分な裁定活動が可能
2. 投資家にとって情報は完全であり、かつ情報の非対称性も存在しない
3. 税金や手数料などの取引コストはゼロ
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資本コスト (cost of capital)
• 株主など 資本提供者 (投資家) が資本の提供の見返りに要求する最低限の収益率
• 企業が設備投資を計画する際に超えなければならないハード ル・レート (hurdle rate) ないし投
資の切捨率 (cut-off rate)
• 企業が必要な資金を調達するのに要する資本コストは利子率に等しくなる(市場の完全性を前提
とする。)
• 資本市場が不完全である場合、資本コストは利子率に取引コストや投資家の要求する リスク・プレミアム
を加えたものとなる
投資額の決定
• 投資の限界効率が利子率に等しくなるように決定される( 完全市場)
• 投資の限界効率が資本市場で決定される資本コストに等しくなるように決定される(不完全市場)
7.2.2
資本市場の完全性とMM理論
表 2: 企業 L が発行する債券と株式を保有 v.s. 企業 U が発行する株式を保有
投資額
投資収益
α DL
α r DL
株 式 L
α EL
α (X − r DL )
合 計
α (DL + EL ) = α VL
αX
株 式U
α VU = α SU
αX
債 券
表 3: 企業 U が発行する株式を保有し 、借入をする v.s. 企業 L が発行する株式を保有
投資額
投資収益
借入れ
−α DL
−α r DL
株 式U
α VU
αX
合 計
α (VU − DL )
α (X − r DL )
株 式 L
α EL = α (VL − DL )
α (X − r DL )
企業の価値は、その資本構成から独立である( モデ ィリアー二=ミラーの理論)
MM 理論は、資本市場の完全性という仮定のもとでは、企業が内部資金によって資金を調達しよう
が 、外部資金によって資金を調達しようが無差別であり、資金調達コストは資金調達手段の選択には
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依存しない
企業 U :負債をもたず、株式を発行することによってのみ資金を調達
企業 L :株式の発行と債券の発行によって必要な資金を調達
VU = EU :企業 U の総価値
EU :発行する株式の価値 (株価総額)
VL = EL + DL :企業 L の総価値
EL :発行する株式の価値
DL :債券の価値
r :債券の利子率(グロス)
α :投資家の保有する株式の割合
もし VU > VL ならば :投資家は企業 U の株式を市場で売却し 、それによって得た資金で企業 L の債
券と株式を購入するという裁定取引を行うと、α(VU − VL ) だけの利益を上げることができる
資本市場の完全性を前提とすると、
企業の価値は、その投資が自己資金 (株式発行) によって調達されようが 、負債の発行によって調達
されようが、あるいは両者の組合せによって調達されようが 、
そうした資金調達の方法とは無関係である
企業の価値を決定するのは実物的な投資活動である
補足:MM の拡張
MM の第 2 命題
資本コストは、負債の自己資本に対する比率(
債比率が高まるとともに増大する。
DL
)の一次関数である。株主の負担するリスクは負
EL
期待収益率:E[rL ] = E[rU ] + (E[rU ] − r) ×
リスク :σ(rL ) = (1 +
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DL
) × σ(rU )
EL
DL
EL
E[rL ] = r + (E[rU ] − r) ×
σ(rL )
σ(rU )
※ この式を変形すると以下の式になる。このことは、リスクあたりの超過リターンが一定である
ことを示している。
E[rL ] − r
E[rU ] + (E[rU ] − r
=
σ(rL )
σ(rU )
法人税を含めた拡張
法人税は、法人税法において、その利子を損金に算入することができる。法人税は利子支払後の純
利益に対して課税されるものなので、損金に算入できる分だけ、節税効果があり資本コストが下がっ
ていく。
また、このように税金を導入することによって節税効果があり、資本コストが下がっていくという
ことは、その分だけ企業価値は増加することになる。つまり、できるだけ負債で調達する方がよいこ
とになる。ただし 、t は税率とする。
VL = VU + t × BL
法人税と倒産コスト を含めた拡張
負債の増加は倒産の可能性を増加させる。
そのため、可能性と実際の費用を考慮した倒産コストは、負債比率( 負債の自己資本に対する比率)
の逓増関数になる。
倒産コストに含まれるもの
1. 裁判所に支払う裁判手続きコスト
2. 管財人、保全管理人などに支払う報酬
3. 手続き中の財産の管理売却コスト
4. ( 間接的には )売上の減少、資金調達の条件悪化など
このことを考慮すると、ある最適な負債比率が決定される。
VL = VU + t × BL − C(BL )
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V
節税効果
V∗
VU
倒産コスト
B ∗ /S ∗
7.3
7.3.1
B/S
資本市場の不完全性とエージェンシー・コスト
エージェンシー問題
MM 命題の問題点 税や手数料など 取引コストの存在を無視しているうえ、情報の完全性 を前提にし
ている
情報の完全性 外部の資金提供者が資金の借り手に関する情報をまったく費用をかけずに
入手できること
現代の企業を構成する主体 :経営者や株主、債権者、従業員、取引先など( 必ずしも利害の一致しな
い多くの経済主体によって構成されている)
経済主体の間の関係は、一種のエージェンシー関係としてとらえることができる
エージェンシー関係 依頼人 (principal) が代理人 (agent) に対し 、自分の権限の一部もしくは全部を委
託して特定の仕事に従事させ、仕事の結果得られた成果については何らかの取決めによって両者
の間で分配するような契約関係
企業とは、さまざ まな利害関係者の間の「契約関係の束」と考えられる
利益相反が生じ 、結果として生産や投資活動が非効率化する可能性も存在する
→こうした企業の関係者間の利害対立をエージェンシー問題 (agency problem) と呼ぶ
→エージェンシー問題に起因する何らかの企業の非効率性の発生もしくは企業価値の減少
をエージェンシー・コスト (agency cost) と呼ぶ
(1) 株主と経営者の利益相反
所有と経営の分離 (separation of ownership and control)
株式は多数の株主によって分散して保有される一方、その経営は株式をほとんど 保有しない専門的
経営者によって行われる
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→株主と経営者の利害が一致しない、もしくは利害の対立が生じやすい。利益相反が生じ る。
(その目的や動機などが必ずしも一致しないから )
株主 企業業績が向上し企業価値の増大することを求める
企業の経営者 企業の規模や成長に大きな関心をもち、それを追求する傾向がある
企業の成長による社会的地位の高まりは 、金銭的収入にとど まらず、非金銭的な役得の増
大 (たとえば 、不必要に豪華なオフイスや多くの秘書の採用など ) を通じて、経営者の個人
的欲求を満足させるような行動、いわゆるモラル・ハザード を誘発しがちである。
企業の外部者である一般の株主と企業の内部者である経営者との間に情報の非対称性の問題が存在
する
→企業の経営は株主の利益よりも経営者の利益を優先してなされる傾向が生じる。
企業の外部者 (株主) と内部者 (経営者) の間に利益相反が存在する場合のエージェンシーコスト
• 非生産活動への投資による企業価値の低下
• 非効率な投資による企業価値の低下
投資の収益性が経営者のみ知ることのできる内部情報であるときの投資行動 (上記以外のエージェン
シーコスト )
企業の投資プロジェクトの収益性が実際には低い場合
• その企業の株価は過大に評価されることがある
• 新株発行 (増資) によって資金を調達しようとする
• 投資が実行され 、その収益性の低さが明らかになると、結局、株価は下落する
企業の投資プロジェクトの収益性が実際は高い場合
• 株価は過小評価されてしまう
• 新株発行 (増資) によって資金を調達しようとしない
以上から、企業が株式を発行するのは、その企業が収益性の低い投資機会に直面して株価が過大評
価されている場合の シグナル であると解釈するのである
→こうした投資家の合理的な行動を仮定する限り、投資家は企業の株式発行に対して厳しい発行条
件を要求する( 株主は、モラルハザード を考慮したより高い収益率( 資本コスト )を要求する) →
企業価値の低下が起き、株式発行のエージェンシー・コストが生じている
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Jensen-Meckling のモデル
図は、Jensen-Meckling のエージェンシーコストを説明するモデルである。
縦軸に企業価値、横軸に経営者の非金銭的支出をとってある。
仮定
• ( 外部)株主は、企業価値のみの効用関数を持つ。
• 株主兼経営者は、企業価値と非金銭的支出の2つの変数の効用関数を持つ。
1.100 %オーナー経営者の場合
一定額の非金銭的支出を行うと最も効用が高くなる。
(その分の企業価値を減じることになる。)
2. α%の株式所有の経営者の場合
非金銭的支出を追加的に1円増やしても、企業価値の追加的損失はオーナー経営者にとっては
α/100 円のみとなる。残りの企業損失の追加分は他の株主が負担する。
このことを外部株主がわかっているなら、当初の企業価値に応じてではなく、非金銭的支出を差し
引いた企業価値に応じた分のみしか支払わないだろう。
結果として、両者がこのことをわかった上での均衡点で非金銭的支出は決定する。
両者の効用の改善方法
外部株主 モニター( 監視)をして非金銭的支出を抑え、企業価値の損失を抑える。
V
企業価値
= V̄ − F (M, α) − M
= エージェンシーを考えない企業価値 − 非金銭的支出 − モニタリング・コスト
オーナー経営者 モニターの費用の損失を被るよりも、自ら情報開示などを行い、過剰なモニターを抑
制する「ボンデ ィング 」を行う。
( 会計情報の開示など )
V
企業価値
= V̄ − F (M, α) − M − B
= エージェンシーを考えない企業価値 − 非金銭的支出
−モニタリング・コスト − ボンデ ィング・コスト
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V̄
V0
V2
F0
O
7.3.2
F2 F1
F̄
F
F̄
F
利益相反とエージェンシー・コスト
V̄
V4
V3
V2
O
F4
F3
F2
(2) 債権者と経営者の利益相反
仮定:経営者と株主は企業の内部者として両者の利害は一致していると仮定し 、株主と経営者を同
一視する
債権者 直接には企業の経営に携わらず、みずからの資金を経営者 (株主) に委託する依頼人
株主( 経営者)債権者の提供した資金を自由に使用できる代理人である
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債権者 企業が負債の返済に応じられないような場合には、債権者がその一部もしくは全部を負担する
ことになる
株主( 経営者)有限責任制のもとでは、株主は自己の出資額以上の負担を迫られることはない
以上の条件下では、企業が 相対的にリスクの高い投資プロジェクトを選択 させるような偏りを生じ
させる
資産代替効果 借り手( 経営者)が相対的にリスクの高い投資を選好する効果
リスクの高い投資がうまくいくと、株主は報酬が増え、債権者はそのまま
リスクの高い投資が失敗すると、株主は出資分のみの損失、債権者は出資分
にさらに負担が増える可能性がある
貸し 手の行動制約行動
• より高い貸出金利や社債発行利回りを要求
• 純資産の維持の特約
• 支払い配当の増加の制限
上記の貸し手の行動制約による企業価値の低下分を負債発行のエージェンシー・コストと呼ぶ
株式のエージェンシーコストと負債のエージェンシーコストを合わせた総エージェンシーコストが
最も低い資金調達方法を選ぶ。
AC
ACT
ACE
ACD
O
D∗ /E ∗
30
D/E
資本コスト
O
7.3.3
A
D B
C
投資額
資金調達の優先順位
資本市場の不完全性を重視する考え方に立つと、調達手段ごとに資金調達コストが異なる
→ 一定の順序(ペッキング・オーダー)に従って資金調達を行っている
( 固有のコスト( 取引費用やエージェンシーコストなど )の低い順に利用する)
内部資金→→→ 銀行借入→→→ 社債や株式発行
内部資金
• 工一ジェンシー・コストは無視できる
• 外部の投資家は実情のよくわからない企業に、株価を低く評価したり、高い社債の利
子率を要求する
• 銀行もこうした企業への貸出に対してより高い利率を設定したり、あるいは貸出を
渋る
• 費用がゼロというわけではない(内部資金を用いて設備投資などを行った場合、それを
金融市場で運用すれば得られる収益を犠牲にするという意味での機会費用 (opportunity
cost )を必要とする)
銀行借入れ
• 株式発行による資金調達に比べて、銀行借入れのエージェンシー・コストが低い
• 単に資金の提供を受けるというだけでなく、銀行によるモニタリング (監視) を受ける
• 企業経営者が資金提供者の利益を犠牲にして自己の利益を高めるような行動 (モラル・
ハザード ) をとる可能性は低下する
• とくに、メインバンクからの借入れについて妥当する
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株式の発行
• 銀行借入れのように適切なモニタリング機能が働かないため、エージェンシー・コス
トはもっとも大きくなる
資本市場の不完全性を重視する考え方に立つと、調達手段には一定の優先順位がある
図の場合は、限界効率曲線に応じてCまたはDとなる。
O-A 内部資金
A-B 銀行借入
B- 株式発行
7.4
コーポレート ・ガバナンス
コーポレート・ガバナンス( 企業統治)
:
情報の非対称性の対立から生じる企業経営に関するモラル・ハザード を防ぎ 、効率的な経営を実現
させるためのメカニズム
企業経営に対するインセンティブ管理機能のひとつ
検討点
• 各ステークホルダーの役割
• ステークホルダー間の調整
• 実現したパイの配分
問題意識
• 株式会社か合資会社かなど 企業形態がパフォーマンスに影響するか
• 執行役員と取締役の関係はどのよう形がよいのか
• 株主構成によって企業のパフォーマンスは影響されるのか
• ファイナンスの仕方によって企業のパフォーマンスは影響されるのか
32
• 金融市場が資本市場型ファイナンス中心か相対型ファイナンス中心かで企業のパフォーマンスは
影響されるのか
7.4.1
株式によるガバナンス
直接コント ロール 議決権の行使( voice )
間接コント ロール( 市場による規律付け )株式売却( exit )
株式公開買付( TOB )の心配:市場による規律付け
TOB:ある企業の経営権を支配することを目的として、株主に対して一定期
間内に一定数数以上の株式を、通常は、買い付け直前の時価を上回る価格で
買い付ける旨を公表し 、株式を取得する方法 (企業価値改善によって、売却し
ない残存株主にも利益が与えられる。)
株主は直接、間接の企業経営のチェック機能を持っている
株主が議決権を行使する直接的コントロールは、株式所有の集中度が高いほど 、経営のチェック機
能は有効に作用する
( 皆が小口の株主の場合、フリーライダー問題が生じる)
資本市場を通じるガバナンスが有効に働くためには、企業の株式が公開され市場で自由に取引が行
われ 、適切な価格形成がなされることが前提
コーポレート・ガバナンスを有効に機能させるためには、株式市場において的確な価格シグナルが
形成される必要がある
・日本では、株式持合い現象が広範囲にみられた
• 「安定株主」を確保して敵対的買収 (TOB) の可能性を低下させ、経営者が長期的な観点から経
営を行うことを可能にする
• 株式市場を通じる経営の規律づけ機能は不十分
• 株式所有者の交代による経営者や労働者の解雇を回避する
1990 年代以降、株式持ち合い現象も次第に解消の方向
機関投資家のような専門的投資家の影響力も次第に強まっている
→資本市場を通じるコーポレート・ガバナンスの重要性が着実に高まりつつある
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経営への介入を抑えるファイナンス方法
優先株 議決権はない株式( 利益や配当の分配の優先)
:株式のリスクは共有
持ち合い お互いの企業の出資は相殺されて、実質ゼロ:一般株主の影響を無効化できる
従業員の株式保有 エージェンシーコストの抑制になり、同時に、勤労意欲も高めることができる
※ ストックオプション:ある一定価格で株式を所有する権利
株主のみのガバナンス
TOB などの市場からの規律付けは確かに合理化を招く
しかし 、株主以外のステークホルダーも存在する。
そこで、買収提案を拒否できる方法も存在する。
ポイズンピル 既存株主に株式を安く買い付けるオプションを与えることを株主の同意なしに決定で
きる
ゴールデンパラシュート 経営者が退陣させられたとき、巨額の退職金を支払うことを保証する契約を
株主の同意なしに決定できる
株式保有者のガバナンス
CalPERS(カリフォルニア州職員退職年金基金) が企業の経営者との直接交渉を行った
7.4.2
負債によるガバナンス
金融機関からの借入れや社債発行など 企業の負債発行によるコントロール
企業が業績不振となり、経営が破綻するような事態
→ 企業の経営権は債権者に移転
こうした事態を回避するためには、経営者は少なくとも負債を返済するだけの収益をあげ
ることができるよう、絶えず経営の効率化に努めなければならない。
経営者は、確実な経営を行うインセンティブを持つ( 反面、過小投資の可能性もある)
企業内部に残るフリー・キャッシュ・フロー (free cash flow) を削減させ、企業の余剰資金を非効率
的な投資に回すことを抑制する効果がある
( 生産的でない目的のために内部資金を浪費するのを抑制する働きをする)
フリー・キャッシュフロー:企業の生み出したキャッシュフロー( 利潤と減価償却)のうち
正味現在価値がプラスである投資プロジェクトに投資する資金を除いた余剰部分
エクイティ(株式) はソフトであるが負債はハード である
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※ 配当とガバナンス
経営者は、配当にも回せるが内部留保する傾向がある( 外部資金の必要性を減らすため )
また、自社株買いによって株主を減らしたい傾向がある
いずれにしろ、経営者は配当に回しにくいインセンティブがある
銀行借入れと社債の違い
銀行借入 モニタリングありの負債、内部負債、継続的なモニタリングと評価が可能
社債 モニタリングなしの負債、外部負債、発行時には厳しいチェック
内部負債 負債の保有者が公開されない企業の意思決定過程に関する情報を得ることがで
きるような負債
外部負債 負債の保有者が企業自身による公開情報に基づいて取引を行う負債
評判( reputation )
• みずからのイニシアティブによる規律づけ、ないしは「市場による規律づけ」
(モニタリングは
他者による規律づけ )
• モラル・ハザード (エージェンシー問題) を抑制する
評判:債券発行時の格付けなどに見ることができる
債務不履行時の違い
不完備契約のもとでは、、債務条件に関する再交渉 (renegotiation) は銀行借入の方が社債よりも容易
不完備契約:契約内容が細かく記述されない契約
メインバンクによるガバナンス
• 大口債権者としての立場から企業を継続的にモニター
• 同時に株主にもなることによって、両者の利害対立に伴うコスト (エージェンシー・コスト ) を
節約してきた
• (※)銀行が情報を独占するために、借り手の努力水準が低下する
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銀行借入の優位性
相対的に銀行借入のプラスが優位であった
エクイティ 倒産リスクが少ない
デット 経営への介入が少ない
社債 経営への介入は少ない
市場から客観的な( 厳しい)評価を受ける
銀行借入 長期的な関係を持ち続ける( 経営への介入も伴う)
近年では大企業を中心に、企業とメインバンクの関係が次第に希薄化しつつある
バブル崩壊後の不況は、ガバナンス不況と見ることもできる
• 持ち合いによりモニタリングを受けない株式保有をしていた
• メインバンクは効率的な投資を促していなかった
• 銀行への依存が高いため、企業は借入への努力が不足していた( 資金調達の多様化に
より、借入努力の改善から投資の効率性が向上する)
メインバンク 業績が悪化したときのみの「状態依存型」ガバナンス
資本市場 継続的にチェックされている
相対型の規律チェック 信用を損なうことのコストが大きい村型である
市場型の規律チェック 評価の客観性が重要な都会型である
市場によるガバナンスがこれからは重要となる。
バブル後の不況の大きな原因は、バブル期の企業が外部、特にメインバンクからのモニタ
リングを受けていない状態にあり、効率性を損ねていたからという意見もある。
また、メインバンクの存在が直接金融へのシフトを遅らせているとの意見もある。
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