スポーツ観戦者における経験価値の比較に関する

スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
スポーツ観戦者における経験価値の比較に関する研究:
個人属性の違いに着目して
Comparing the experiential value among sport spectators
齋藤れい
1)
原田宗彦
1)
2)
広瀬盛一
3)
2)
Rei Saito , Munehiko Harada , Morikazu Hirose
3)
1) 早稲田大学大学院スポーツ科学研究科
2) 早稲田大学スポーツ科学学術院
3) 東京富士大学経営学部
1) Graduate School of Sport Sciences, Waseda University
2) Faculty of Sport Sciences, Waseda University
3) Faculty of Business Administration, Tokyo Fuji University
キーワード: 経験価値, スポーツ観戦者,マーケット・セグメンテーション
Key words: experiential value, sport spectators, market segmentation
抄 録
「みるスポーツ」はスポーツファンを引き付け魅了してやまない.しかしながら,クラブは中核プロダクトの
ゲーム(競 技 )のみに頼 っては安 定 的 な経 営 を行 うことはできない.周 辺 プロダクトの強 化 と共 に,スタジ
アム全 体 で「経 験 価 値 」を知 覚 する空 間 を創 ることによって可 能 となるだろう.本 研 究 では,性 別 と観 戦
頻 度 に着 目 し,スポーツ観 戦 者 が知 覚 する経 験 価 値 の違 いを明 らかにすることを目 的 とし,スポーツ観
戦 における経 験 価 値 尺 度 (EVSSC)を用 いて,「審 美 性 」,「フロー」,「サービスエクセレンス」,「投 資 効
果」の 4 因子を従属変数とし,性別と観戦頻度を独立変数とした二元配置分散分析を行った.その結果,
「審 美 性」において性 別の主 効 果 が確 認 され,それは女 性 に遡 及 する要素 であることが明 らかとなった.
また,観 戦 頻 度 の主 効 果 が全 ての因 子 において確 認 され,高 頻 度 群 が低 頻 度 群 に比 べて,より高 い経
験 価 値 を知覚 していることが確 認できた.いずれの因 子 においても,性 別 と観 戦 頻 度 の交 互 作 用はみら
れなかった.「審 美性」の重 要 性 を実証 できたことは,クラブ側が継 続 的 に周 辺 プロダクトの強 化を図 るこ
との必要性をあらためて認識させたといえるだろう.
スポーツ科 学 研 究 , 8, 35-47, 2011 年 , 受 付 日 :2009 年 9 月 2 日 , 受 理 日 :2011 年 2 月 2 日
連 絡 先 : 齋 藤 れい 〒202-0021 西 東 京 市 東 伏 見 2-7-5 早 稲 田 大 学 大 学 院 スポーツ科 学 研 究 科
E-mail:[email protected]
I. 緒論
ゲーム(競 技 )は,選 手 とスタジアム(ピッチ)と観
「みるスポーツ」はスポーツファンを引 き付 け魅
客 が三 位 一 体 となってはじめて最 高 の空 間 を創
了 してやまない.なかでも,中 核 プロダクトである
造 することができる.選 手 の芸 術 的 ともいえる技
35
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
術 や , 勝 負 に 集 中 する研 ぎ 澄 まされ た 空 間 で,
テーションが有効であるとされている(Mullin et al.,
一体化した雰囲気を創 り上げる空間に身を置 くこ
2007).スポーツビジネスにおいても例 外 ではなく,
とは最 高 の経 験 である.しかしながら,ゲームには
観戦者をセグメント化したうえで,ターゲットを定め
勝敗がつきものであるうえ,ゲーム内容によっては,
てマーケティング活 動 を行 うことが重 要 である.セ
毎 回 最 高 の経 験 を与 えてくれるとは限 らない.ク
グメント化 を行 うに際 し,どのような基 準 を用 いる
ラブが安 定 的 な経 営 を行 うには,ゲームのみに頼
かについては,一般的にデモグラフィック基準,サ
ってはいけない.ゲーム以 外 のスタジアム環 境 や
イコグラフィック基準,製品ベネフィット基準,製品
サービス,飲 食 ,マーチャンダイジング,イベント
使 用 基 準 の4つの変 数 が用 いられるとされている
等 の周 辺 プ ロダクトを強 化 し,スタジ アム全 体 で
(コトラーとアームストロング, 2003).なかでも,デ
最 高 の「経験 価 値」を与 えてくれる空 間 を創ること
モグラフィック基 準 (性 別 や年 齢 等 )や製 品 使 用
が,ファンに支 持 され,クラブの持 続 的 な発 展 に
基 準 (観 戦 頻 度 等 )は質 問 紙 調 査 において簡 易
つながると考 えられる.わが国 においては,スタジ
に収集できるデータであることから,現場において
アムの所 有 形 態 や運 営 形 態 によって規 制 等 もあ
も把 握 しやすい情 報 であり,セグメントごとに到 達
るものの,昨 今 のプロスポーツでは様 々な取 り組
可 能 なマーケティング活 動 を検 討 することが可 能
みが各 球 団 やクラブで行 われはじめている.周 辺
であると考えられる.
プロダクトを強 化 し,イノベーションし続 ける取 り組
以 上 より,本 研 究 においては,スタジアムにお
みは,スタジアム全 体 の雰 囲 気 を盛り上 げて最高
いてスポーツ観 戦 者 が知 覚 する経 験 価 値 の要 素
の空 間 を創 出 する潜 在性 を持 っているといえるだ
はセグメントごとに異なると考え,観戦者の個人属
ろう.このように,観 戦 に訪 れた人 がスタジアムで
性(性別と観戦頻度)ごとに比較することとした.こ
経 験 して知 覚 することすべてが,スポーツ観 戦 に
れは,スポーツ観 戦 者 の知 覚 する経 験 価 値 とは
特 有 の価 値 (経 験 価 値 )である.本 研 究 では,ス
何 かについてセグメントごとに基 礎 的 な資 料 を得
ポーツ観 戦 における経 験価値を客 観的に把握 す
るほか,今 後 クラブが効 果 的 なターゲット・マーケ
ることは,スポーツそのものの価 値 とは何 かという
ティングを行う上で貢献できるものと考えられる.
問 いに対 する答 えとなる重 要 なものであると考 え
II. 先行研究の検討
た.そこで,クラブ側 が提 供 している「みるスポー
ツ」というプロダクトに対し,顧客である観戦者がス
スポーツ観戦者に関する研究は国内外で幅広
タジアムにおいてどのような経 験 価 値 を知 覚 して
く行 われてきた.なかでも,観 戦 者 の個 人 属 性
いるかについて,分析を試みることとした.
(性 別 ・観 戦 頻 度 )に着 目 した研 究 は多 く散 見 さ
また,消 費 者 の価 値 観 や嗜 好 が多 様 化 してい
れる.その背景として,消費者行動は個人属性に
る今日,市場の消費者ニーズを単一なものと考え
よって異 なることから,サービスの提 供 者 が個 人
て,同 じ製 品 を投入していくマスマーケティング手
属 性 を用 いてセグメンテーションし,ターゲット・マ
法 では,製 品 を消 費 者 の個 々のニーズに適 合 さ
ーケティングを行 うことが一 般 的 であることがあげ
せることが困 難 になっている(コトラーとアームスト
られるだろう.スポーツビジネスにおいても例 外 で
ロング, 2003).したがって,欲求や属性等が類似
はなく,ターゲット・マーケティングは現場で広く実
するグループに細 分 化 し,ターゲット市 場 を見 つ
践 されている.一 方 ,スポーツ観 戦 において観 戦
け出 すことにより,訪 れる観 戦 者 に対 して効 果 的
者 が経 験 して知 覚 した一 連 の価 値 (経 験 価 値 )と
なマーケティング活 動 を行 う,マーケット・セグメン
いう心 理 的 な面 に着 目 した研 究 は限 られている.
36
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
しかしながら,サービスの提 供 者 であるクラブが提
動 的 にもロイヤルティが高 いファンのことである.
供 するサービスや,観 戦 者 と一 緒 に創 り上 げる雰
その中 でも,チームに対 する行 動 的 ロイヤルティ
囲 気 等 が,観 戦 者 にどのような経 験 価 値 として知
を測 る指 標 である観 戦 頻 度 を用 いることは分 析 し
覚されているかを把握することは重要である.これ
やすいことから,数 多 くの研 究 が行 われてきた.こ
らの経 験 価 値 はセグメントごとに知 覚 される要 素
れまでの先 行研究から,観戦者が真 にロイヤルテ
が異 なると考 えられることから,セグメントごとに知
ィが高 い状 態 になるには,二 つの形 態 があるとい
覚される経験価値の特徴を明らかにすべきと考え
えるだろう.一 つ目 は,観 戦 回 数 が多 くなるにつ
た.それは,セグメントごとに遡 及 する経 験 価 値の
れ徐 々にチームに対 する心 理 的 ロイヤルティも上
要素の違いに応じて,有 効なターゲット・マーケテ
がっていく「エスカレーターモデル」である(Mullin
ィングを行うことが可能となるからである.
et al., 2007).それは,観 戦 者 は観 戦 回 数 が増
スポーツ観 戦 者 に関 連 して性 別 を用 いて分 析
加 するにつれて,エスカレーターに上 っていくよう
した研 究 は,多 く行 われてきた.男 女 間 に差 があ
にファンレベルも上 昇 するものである.このモデル
るとした研 究 には,動 機 要 因 の比 較 研 究 (Wann,
によれば,クラブ側に必要な取り組みとして,観戦
1995; Wann et al., 1999; James and Ridinger,
者 を観 戦 頻 度 によってセグメント化 し,そのセグメ
2002)や,チームに対する接着点に関する Points
ントに応 じて少 しずつ上 方 にスライドさせることが
of Attachment 要 因 の 比 較 研 究 (Funk et al.,
課 題 であるとされている(図 2).エスカレーターモ
2002)や,環 境 要 因 ・態 度 とロイヤリティに関 する
デルを引 き合 いにした研 究 はいくつか散 見 される.
比 較 研 究 (Fink et al., 2002)などが挙 げられる.
たとえば,Pritchard and Funk(2006)は,高頻度フ
一 方 ,性 差 はないとした研 究 としては,別 の動 機
ァンは低 頻 度 ファンに比 べて,当 該 スポーツに対
尺度を用いて行った動機要因の比較研究
して興 味 レベルが高 く,より深 く関 わっているとし
(Robinson and Trail, 2005; Sloan, 1989)や,チー
ている.また,藤本ほか(1996)が,プロ野球チーム
ム・アイデンティフィケーションに関 する比 較 研 究
の観 戦 者 を対 象 に行 った研 究 では,観 戦 頻 度 ご
(Wann and Branscombe, 1993; Wann and Dolan,
とに次 のような特 性 が明 らかとなった.それは,低
1994; Wann and Wilson, 2001)等が挙げられるほ
頻 度 ファンは昨 シーズン以 前 の観 戦 経 験 が少 な
か,熱 烈 なスポーツファンになるかどうかについて
く,友 人 ・知 人 や家 族 に誘 われて来 場 し,チーム
は , 性 別 は 要 因 と は な ら な い と 指 摘 し た Sloan
よりも特 定 の選 手 へのロイヤリティが強 いが,高頻
(1989)の研 究 がある.以 上 より,先 行 研 究 の結 果
度ファンであるほど昨シーズン以前の観戦経験は
からは,性 差 があらわれるかについては用 いる尺
多 く,自 主 的 に観 戦 し,特 定 の選 手 よりチームへ
度 によって異 なるほか,尺 度 を構 成 する要 素 によ
のロイヤリティを持 つということである.エスカレー
って差 の現われるものと現 れないものがあることが
ターモデルが,人 は何 回 も観 戦 することによって
示唆された.したがって,EVSSC を用いた場合に
ファンレベルやロイヤリティが上 昇 するものである
おいても,性 差 がみられる構 成 要 素 が存 在 すると
ということをあらわすのに対 し,二 つ目 の「エレベ
考えられる.
ーターモデル」は,観戦回数が少ない観戦者でも
また,クラブの安 定 的 経 営 を支 えるには,継 続
観 戦 経 験 に価 値 を見 出 せば,一 気 にロイヤルテ
的 にファンを増 やして入 場 料 収 入 を確 保 すること
ィが上 昇 することがあるとするものである(原 田 ,
が欠 かせない.ファンレベルの高 いファン,つまり
2008).
真 にロイヤルティの高 いファンは,心 理 的 にも行
37
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
一気に最上階へ
観戦経験あり
高頻度ファン(ヘビー・ユーザー)
中頻度ファン(ミディアム・ユーザー)
低頻度ファン(ライト・ユーザー)
なし
無関心
Mullin et al. (2007)と原田(2008)を参考に作成
図2:スポーツ観戦者の頻度エスカレーターと頻度エレベーター
エレベーターモデルに関しては,J1 チームの観
着 目 して消 費 者 行 動 分 析 を扱 ったポストモダン・
戦 者 にインタビュー調 査 を行 った研 究 (早 稲 田
マーケティングと呼 ばれる理 論 である(熊 沢 ,
大学スポーツビジネス・マネジメント研究室, 2008)
2008).それは,Holbrook and Hirschman (1982)
で実 証 されている.そこでは,初 めてスタジアムに
に萌 芽 が見 られ,伝 統 的 な情 報 処 理 アプローチ
訪 れた観 戦 者 であっても,試 合 前 から試 合 終 了
では捉えきることのできない限 界について,はじめ
後 までの感 情 に変 化 が見 られ,スタジアムでの観
て経 験 価 値に着 目 したアプローチを取 り入 れたも
戦 経 験 に満 足 し,再 観 戦 意 図 をもち,実 際 に再
のであった.その後 ,同 じ系 譜 として,経 験 価 値
観 戦 行 動 へ移 ったという事 例 が報 告 されている.
に関 連 する研 究 が散 見 されるようになった(Batra
つまり,たった1回の観 戦でも,観戦 者がそこに経
and Ahtola, 1991; Babin et al., 1994).そして,
験 価 値 を見 出 せば何 回 でも見 に来 るようになると
消 費 経 験 ・経 験 価 値 という概 念 の重 要 性 は,近
いうことをあらわしている.以 上 より,観 戦 者 の観
年 ,マーケティング研 究 では,有 形 財 を対 象 とす
戦頻度ごとに特性を明らかにする試みは多く行わ
る伝 統 的 なマネジリアルマーケティングが,無 形
れてきたが,観 戦 者 の心 理 的 な側 面 に焦 点 をあ
財を対象とするサービスマーケティングへと広がる
てて分 析 をした研 究 はみられない.したがって,
一 方 ,データベースマーケティング,ダイレクトマ
観 戦 頻 度 ごとに経 験 価 値 の特 性 を分 析 すること
ーケティング,リレーションシップマーケティングな
は有用であると考えられる.
ど,顧客へのアプローチ方法が従来 とは異なる新
昨 今 ,顧 客 ベースのブランド価 値 の概 念 は,マ
しいマーケティングの考 え方 が時 代 の流 れにとも
ーケティング研 究 に及 び現 場 双 方 において最 も
なって再 定 義 され(コトラーとアームストロング,
注 目 されている概 念 といっても過 言 ではない.岡
2003 ) , 最 近 で は , 顧 客 経 験 (customer
本 (2005)が,顧 客 ベースのブランド価 値 の向 上 の
experience)や経 験 価 値 (experiential value)への
構 築 において,経 験 の場 の重 要 性 が認 識 されて
関 心 が高 まり,顧 客 ベースのブランド価 値 向 上 に
いると指摘しているように,元来顧 客 ベースのブラ
おいては必須の概念となったのである。
ンド価値 概 念の基 礎となっているのは, 1980 年
これらの顧 客 経 験 や経 験 価 値 の概 念 を定 量
代から 90 年代にかけて,消費経験・経験価値に
的 に測 定 するためのモデルを開 発 する代 表 的 な
38
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
研究として,Mathwick et al., (2001)による経験価
好ましい知覚を与えること(p.53)」と定義している.
値尺度(Experiential Value Scale - EVS)開発研
これまで,スポーツマーケティング分 野 では,ス
究があげられる.EVS は,Holbrook(1994)の概念
ポーツ観 戦 行 動 を消 費 者 行 動 と捉 え,消 費 者 行
を用 いてインターネット・ショッピングとカタログ・シ
動 研 究 の理 論 を援 用 しながらスポーツ観 戦 者 行
ョッピングの消 費 者 を対 象 に開 発 されたものであ
動 の解 明 を試 みてきた(隅 野 , 2005).近 年 のス
る.尺 度 は,快 楽 的 価 値 (hedonic value)を説 明
ポーツマーケティング研 究 においても,スポーツ
する「審 美 性 (aesthetics)」と「遊 び(playfulness) 」
消費 者の行 動分 析には,遊 び・楽 しさ・ファンタジ
を 1 次因子とし,機能的価値(utilitarian value)を
ーといった経 験 的 ・主 観 的 要 素 を考 慮 する必 要
説 明 す る 「 サ ー ビ ス エ ク セ レ ン ス (service
性 があるとされてきた(原 田 ,1991).しかしながら,
excellence) 」 と 「 投 資 効 果 (customer return on
スポーツ観 戦 の価 値 は定 量 的 に測 定 することは
investment – CROI)」を 1 次因子として,2 次因子
難 しく,これまでのスポーツマーケティング分 野 に
によって説明 されるとした高 次 因 子分 析 モデルで
おいて経 験 価 値 を定 量 的 に測 定 した研 究 では,
ある.「審美性」は「演出(visual appeal)」と「エンタ
surprise, participation, immersion の感情的側面
テイメント(entertainment)」から構 成 され,「遊 び」
の経験価値に焦点をあてて因果モデルの実証研
は 「 逃 避 (escapism) 」 と 「 内 な る 楽 し み (intrinsic
究を行った Kao et al. (2007)や,Mathwick et al.
enjoyment)」から構 成 されている.「サービスエク
(2001)の EVS を援用し,スポーツ消費者がどのよ
セレンス」は 1 次因子のみで説明される因子とし
うな経験 に価値 を感 じているかを測 る尺 度を開 発
て独 立 し,「投 資 効 果 」は,「効 率 性 (efficiency)」
した齋藤ほか(2009)のスポーツ観戦における経験
と「経済的価値(economic value)」によって説明さ
価値尺度(EVSSC)があるものの限られている.
れ た . ま た , Mathwick et al., (2002) は ,
本 研 究 では,齋 藤 ほか(2009)のスポーツ観 戦
Holbrook(1994)の顧 客 経 験 を類 型 化 した概 念 を
における経験価値尺度(Experiential Value Scale
基に,経験価値とは,「モノやサービスが,消費者
for Sport Consumption - EVSSC)を用いて分析を
が消 費 する場 面 において相 互 作 用 することにより,
行うこととした(図 1).
演出
審美性
エンタテイメント
選手
雰囲気
フロー
逃避
内なる楽しみ
サービス
エクセレンス
覚醒
共感
効率性
投資効果
経済的価値
図1:スポーツ観戦における経験価値尺度
(齋藤,原田,広瀬,2009)
EVSSC は,スタジアムにおけるスポーツ観戦の
経 験 価 値 は「スタジアムにおいて,試 合 やサービ
39
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
スや他 の観 客 とインタラクションすることにより,観
回数の中央値を基準に行った.
戦 者 が知 覚 する付 加 価 値 のある経 験 」と定 義 し,
データの収集方法は,2008 年 11 月に関東圏
EVS をスポーツ観戦消費にあてはまるように検討
の J1リーグに所属するチームのホームゲームにお
された項 目 にスポーツ特 有 と考 えられる 4 因 子
いて,試合開始前の 10 時から 12 時半まで,便宜
(選 手 ,雰 囲 気 ,覚 醒 ,共 感 )を追 加 し,チクセン
的 抽 出 法 を用 いて,訪 問 留 置 法 による質 問 紙 を
トミハイ(2008)の概 念 に照 らし合 わせて「遊 び」を
配布する調査を行った.調査員は総勢 27 人であ
「フロー」の概 念 におきかえていることが特 徴 であ
り,事 前 に調 査 方 法 について説 明 を受 け,トレー
る.国 内 のスポーツ観 戦 者 を対 象 に尺 度 開 発 を
ニングが行われた.総回収数は 982 部であった.
行った研究は他にないことから,EVSSC を用いて
その中 から,経 験 価 値 尺 度 に関 する項 目 ,デモ
分析を行うことは妥当であると考えた.
グラフィクス項 目 ,及 び観 戦 頻 度 について欠 損 の
あった質問紙を除外したものを有効回答と判断し
たところ,有効回答数は 801 部であった(有効回
III. 研究目的
答率 81.6%).
本研 究では,性 別 と観 戦頻 度 の二 つの要 因に
着 目 し,要 因 の組 み合 わせによって,スタジアム
データの分 析 は,はじめに経 験 価 値 尺 度 の信
に訪 れたスポーツ観 戦 者 が知 覚 する経 験 価 値 に
頼 性 の検 討 を行 うため,経 験 価 値 を構 成 する 1
どのような違 いが生 じるのかについて明 らかにす
次因子「審美性」,「フロー」,「サービスエクセレン
ることを目的とする.
ス」,「投 資 効 果 」について,それぞれ Cronbach
α係 数 の算 出 により信 頼 性 の検 討 を行 った.そ
の後,経験価値を構成する 1 次因子を従属変数
III. 研究方法
本 研 究 は,スタジアムに訪 れた観 戦 者 を対 象
とし,因 子 ごとに,性 別 (男 女 )と観 戦 頻 度 (低 頻
に,観 戦 者 のセグメントごとに質 問 紙 調 査 を行 い,
度 ・高 頻 度 )を独 立 変 数 とした二 元 配 置 分 散 分
スポーツ観 戦 を通 じて知 覚 する経 験 価 値 につい
析を行った.なお,分析にあたり,SPSS ver. 11.5
て比 較 検 討 を行 った.質 問 紙 は,経 験 価 値 を測
を分析用ソフトとして使用した.
定 する尺 度 に関 する項 目 ,デモグラフィクスに関
する項 目 ,及 び観 戦 頻 度 に関 する項 目 から構 成
IV. 結果と考察
された.経 験 価 値 尺 度 は,齋 藤 ほ か(2009)が開
1. デモグラフィクス特性
発したスポーツ観戦における経験価値尺度
表 1に示 したデモグラフィクス特 性 の結 果 につ
(EVSSC) を 用 い た . 観 戦 頻 度 に 関 し て は , 2008
いて説 明 を行 う.まず,サンプルの平 均 年 齢 は,
年 シーズン中 に調 査 対 象 チームのホームゲーム
36.3 才 であった.また,性 別 ごとの割 合 は,男 性
(J リーグ戦およびナビスコカップ)を,何回観戦し
が 63.2%,女性が 36.8%であった.そして,観戦頻
に訪 れたかについて尋 ねた.回 答 にあたっては,
度の平均は 12.6 回であった.これらの結果を,J リ
調 査 当 日 の 試 合 は カ ウ ン ト し な い こ と と し , 2008
ーグスタジアム観戦者調査報告書(2008; J リーグ
年 シーズンに一 度 も観 戦 したことがない場 合 には
公 式 サイト)に照 らし合 わせると,当 該 チームの平
0 回と回答するよう求めた.なお,2008 年シーズン
均年齢は 35.8 才,性別ごとの割合は男性 63.7%,
については,調査当日までの試合数は 20 試合で
女性が 36.3%であり,平均観戦頻度は 14.4 回で
あった.観 戦 頻 度 の分 類 は,低 頻 度 観 戦 者 と高
あったことから,今回の調 査で得られたデータは,
頻 度 観 戦 者 の 数 をな るべ く 近 づける ため ,観 戦
当 該 チームを代 表 するサンプルであるといえる.
40
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
年 齢 層 別 の割 合 について,J リーグスタジアム観
するため,中 央 値 (=15 回 )を基 準 に,低 頻 度 群
戦者調査報告書(2008; J リーグ公式サイト)では,
(n=375)は 0 回から 14 回とし,高頻度群(n=426)
12-18 才 (9.1%) , 19-22 才 (6.5%) , 23-29 才
は 15 回から 20 回とすることとした.年齢層別に見
(11.7%),30-39 才 (35.2%),40-49 才 (27.3%),50
ると,12-18 才,19-22 才,23-29 才のいずれの年
才 以 上 (10.3%)であることから,サンプルにおける
齢 層 においても,低 頻 度 群 が高 頻 度 群 を上 回 る
年 齢 層 別 割 合 についても妥 当 と判 断 した.観 戦
傾向にある一方,30-39 才,40-49 才,50-59 才,
頻 度 の群 分 けについては,低 頻 度 群 と高 頻 度 群
60 才 以 上 の年 齢 層 においては,高 頻 度 群 が低
がなるべく同 じ大 きさのサンプルになるように分 類
頻度群を上回る傾向にあった.
表1:サンプルのデモグラフィクス特性
年齢
12-18才
19-22才
23-29才
30-39才
40-49才
50-59才
60才以上
性別
男性
女性
低頻度 (0-14回)
n=375
高頻度 (15-20回)
n=426
合計
n=801
48 (6.0%)
36 (4.5%)
71 (8.9%)
109 (13.6%)
79 (9.9%)
23 (2.9%)
9 (1.1%)
13
15
41
148
143
49
17
(1.6%)
(1.9%)
(5.1%)
(18.5%)
(17.9%)
(6.1%)
(2.1%)
61 (7.6%)
51 (6.4%)
112 (14.0%)
257 (32.1%)
222 (27.7%)
72 (9.0%)
26 (3.2%)
801 (100.0%)
220 (27.5%)
155 (19.4%)
286 (35.7%)
140 (17.5%)
506 (63.2%)
295 (36.8%)
801 (100.0%)
2. 尺度の信頼性の検討
てはならないため,スタジアム観戦におけるサービ
表 2 に示したスポーツにおける経験価値尺度
スエクセレンスとは,スタジアムで受 けるサービス
(EVSSC)における,1 次因子である「審美性」,「フ
が総 合 的 に優 れていると知 覚 していることを測 定
ロー」,「サービスエクセレンス」,「投 資効 果 」を用
できていなくてはならない.また,「会 場 全 体 のオ
いて因 子 ごとに信 頼 性 の検 討 を行 った結 果 につ
ペレーション・運 営 が優 れている」と「<チーム名
い て で あ る が , 「 審 美 性 」 (.86) , 「 フ ロ ー 」 (.83) ,
>が優れているのは会場の雰囲気である」の 2 項
「投資効果」(.83)の 3 因子については,基準とな
目 のみで測 っていることや,前 者 の項 目 が「オペ
る.707(Nunnally, 1978)を上回る結果となったこと
レーション」と「運 営 」の2つを一 つの項 目 で聞 い
か ら 信 頼 性 は 担 保 さ れ た . 「 サ ー ビ ス エ クセ レ ン
た形 は,回 答 者 にストレスを与 える聞 き方 になっ
ス」(.68)については,基準を下回る結果となった.
ていると考 えられる.また,後 者 の項 目 において
その理 由 は,サービスエクセレンスの概 念 を本 尺
は「審 美 性 」の「雰 囲 気 」項 目 と重 複 する内 容 で
度 では的 確 に測 定 できていなかったことが考 えら
あることも回 答 者 に混 乱 を生 じさせた可 能 性 があ
れる.サービスエクセレンスは,消 費 者が好感をも
るだろう.これらの課 題 があるものの,基 準 を大 幅
つかどうか(Holbrook, 1994)や,サービスの品 質
に下 回 るものでないと判 断 し「サービスエクセレン
が最 終 的 に評 価 されるもの(Oliver, 1999)でなく
ス」についても分析の対象とした.
41
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
表2: スポーツ観戦における経験価値尺度(EVSSC)の信頼性 (n=801)
項目
審美性
フロー
演出 1 全体の演出方法はおしゃれである
2 競技場全体は見た目がかっこいい
3 全体の演出が好きである
エンタテイメント
4 エンタテイメント性が高い
5 熱狂的で心うたれる
6 試合以外にも色々なお楽しみをラインアップしている
選手
7 選手の美しいプレーや個人技にほれぼれする
8 選手の素晴らしいパフォーマンスを観るのが好きだ
9 スキルの高いフォーメーション・組織プレーを観るのが好きだ
雰囲気
10 競技場全体の雰囲気・空気が好きである
11 観客全員でつくりあげる雰囲気・空気が好きである
12 試合の流れによって変化する競技場全体の雰囲気・空気が好きである
逃避
13 日常から遠ざかって、非日常な気分を味わうことができる
14 まるで別世界にいるような気にさせてくれる
15 いつも(試合に)没頭してしまい、他の一切のことを忘れることができる
内なる楽しみ
16 純粋にサッカーを観戦するのが好きだ
17 試合を観戦するのは、純粋に楽しいからである
覚醒
18 競技場にくると、わくわくする
19 試合を観戦すると、気持ちが高揚する
共感
20 選手が頑張っている気持ちがわかる瞬間選手と一体感を感じることがある
21 試合中の選手のミスが、自分のミスであるかのように感じられることがある
22 チームや選手のプレーに私は強く心を動かされたり、深く入り込んでしまうことがある
サービス
23 会場全体のオペレーション・運営が優れている
エクセレンス
投資効果
24 <チーム名>が優れているのは会場全体の雰囲気である
効率性
25 試合がある日だったら,<チーム名>を見に行こうと思う
26 ホームゲームは気軽に訪れることができる
27 ホームゲームは私の都合に合わせやすい
経済的価値
28 ホームゲームはお得感がある
29 私は全体的にチケットの値段に満足している
30 <ホーム競技場名>で行われる試合は割安であると思う
3.二元配置分散分析の結果
α
.86
.83
.68
.83
配 置 分 散 分 析 を行 った 結 果 に つい て以 下 順 に
表 3 に示した性別(男性・女性)と観戦頻度(低
説 明 を行 う.セグメントごとのサンプル数 は,男
頻度・高頻度)を独立変数,EVSSC の1次因子で
性・低頻度群は 220 名,男性・高頻度群は 286
ある,「審 美 性 」,「フロー」,「サービスエクセレン
名,女性・低頻度群は 155 名,女性・高頻度群は
ス」,「投 資 効 果 」の4因 子 を従 属 変 数 とした二 元
140 名であった.
42
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
表3: 観戦頻度レベル・性別によるEVSSCの因子得点平均値比較及び主効果・交互作用の検討
男性
性別
観戦頻度
女性
主効果
低頻度
(n=220)
高頻度
(n=286)
低頻度
(n=155)
高頻度
(n=140)
5.45
5.68
5.51
5.91
(.78)
(.64)
(.75)
(.62)
5.60
5.73
5.70
5.82
(.80)
(.72)
(.73)
(.78)
4.84
5.17
4.91
5.37
(1.13)
(1.04)
(1.19)
(1.07)
4.96
5.87
4.98
5.92
(.83)
(1.13)
(.84)
交互作用
性別
観戦頻度
EVSSC因子
審美性
フロー
サービスエクセレンス
投資効果
(1.17)
上段:平均値,下段:標準偏差
*p<.05, **p<.01, ***p<.001
8.03
**
37.40
3.18
5.07
2.83
23.50
.19
159.45
***
*
*
*
2.65
.00
.65
.04
まず,「審 美 性 」においては,因 子 得 点 の平 均
次に,「フロー」は,すべてのセグメントにおいて
値は,すべてのセグメントにおいて 5 点台 と高 め
5 点台の高い水準となったが,4 因子の中の比較
の水 準 であった(男 性・低 頻 度 群:5.45,男 性・高
においても,女 性 ・低 頻 度 群 (5.70)と男 性 ・低 頻
頻度群:5.68,女性・低頻度群:5.51,女性・高頻
度群(5.60)では最も高い平均値を示した.特に女
度 群 :5.91).いずれのセグメントにおいても,スタ
性 ・低 頻 度 群 においては,男 性 ・高 頻 度 群 (5.73)
ジアムでスポーツ観 戦 をするときの独 特 の雰 囲 気
と遜 色 ない水 準 である結 果 となった.これは,中
やエンタテイメント性 を楽 しんでいることのあらわ
核 プロダクトとしてのゲームそのものの魅 力 に対 し
れであると考 えられる.特 に,女 性 ・高 頻 度 群 に
て,セグメントを問 わず,人 々がワクワク感 やドキド
おいては,「投 資 効 果 」(5.92)と並 ぶ高 水 準 であ
キ感を楽しむことを期待し,それなりの価値を得て
った.それは,女 性 は男 性 よりも「審 美 性 」に反 応
いると感じていることのあらわれであるといえるだろ
すると Moss and Colman(2001)が指摘していること
う.分 散 分 析 の結 果 は,観 戦 頻 度 の主 効 果 に有
から説明できるだろう.また,「審美性」を構成する
意な差がみられる結果となった.性別の主効果は
2 次 因 子 である「選 手 」が寄 与 していることも考 え
有 意 な差 はみられず,性 別 と観 戦 頻 度 の交 互 作
られる.なぜなら,女 性 がチームのファンになるの
用 についても有 意 でない結 果 となった.したがっ
は好 きな選 手 がきっかけであるとの指 摘 もあること
て,フローの知 覚 に男 性 と女 性 の差 はなく,低 頻
から(Robinson and Trail, 2005),選手に経験価
度 群 より高 頻 度 群 のほうがよりいっそう高 い知 覚
値 を見 出 す女 性 ファンが多 いと考 えられるからで
を示していることがうかがえる.
ある.分 散 分 析 の結 果 は,性 別 と観 戦 頻 度 ともに
そして,「サービスエクセレンス」であるが,すべ
主 効 果 に有 意 な差 がみられた.性 別 と観 戦 頻 度
てのセグメントにおいて,他の 3 因子と比べて最も
の交 互 作 用 は有 意 でなかった.したがって,審 美
低 い因 子 得 点 の平 均 値 となった(男 性 ・低 頻 度
性 に対 して は,男 性 より 女 性 の方 が 高 い知 覚 を
群 : 4.84 , 男 性 ・ 高 頻 度 群 : 5.17 , 女 性 ・ 低 頻 度
示 し,低 頻 度 群 より高 頻 度 群 の方 が高 い知 覚 を
群 :4.91,女 性 ・高 頻 度 群 :5.37).最 も低 い因 子
示す結果となったと判定できる.
得 点 を示 している理 由 として考 えられるのが,信
43
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
頼 性 の検 討 のところで述 べたように,質 問 項 目 が
因 子 においては主 効 果 がみられなかったことから
わかりづらいとされたことも無 関 係 ではないだろう.
も,経験価値の 3 因子の知覚には影響しないこと
今 後 ,スタジアム観 戦 全 体 で受 けるサービスの印
が示 唆 された.これは,Spence(1993)の多 要 因 的
象 を測 るため,ワーディングの再 検 討 および,項
ジェンダーアイデンティティ理 論 からも説 明 するこ
目 数 の検 討 が必 要 と考 えられる.分 散 分 析 の結
とができるだろう.それは,生 物 学 的 な男 女 の違
果 は,「フロー」と同 様 ,観 戦 頻 度 においては有
いに依 拠 するというよりも,様 々な要 因 (性 別 ごと
意 な差 がみられる結 果 となったものの,性 別 の主
の社 会 的 役 割 の違 い等 )に依 拠 するとしたもので
効 果 は有 意 な結 果 は得 られなかった.性 別 と観
ある.性 差 が観 戦 者 のフィーリングを予 測 する変
戦 頻 度 の交 互 作 用 についても有 意 でない結 果 と
数とならないことを WNBA 観戦者において実証し
なった.したがって,サービスエクセレンスの知 覚
た McCabe(2008)の主張からも説明できるだろう.
に男 女 の差 はなく,低 頻 度 群 より高 頻 度 群 のほう
また,高 頻 度 群 が低 頻 度 群 より因 子 得 点 平 均 が
が高いと判定できる.
高かったことは,Mullin et al.(2007)がエスカレー
最後に,「投資効果」の結果である.男女ともに,
ターモデルで示 したように,観 戦 頻 度 が高 くなれ
低頻度群において因子得点平均値が 4 点台(男
ばなるほどファンレベルが上がっていくということを
性・低頻度群:4.96,女性・低頻度群:4.98)と「サ
示 した結 果 であるといえるだろう.そして,経 験 価
ービスエクセレンス」同 様 に低 い水 準 となった.低
値 の4つの因 子 すべてにおいて,観 戦 頻 度 に有
頻 度 観 戦 者 は,ファンレベルも低 い観 戦 者 が多
意な差があったことは,観戦頻度が高ければ高い
いと考 えられることから,チケット代 を購 入 するに
ほど,経 験 価 値 の知 覚 が高 まることを明 らかにし
は「高 い」と知 覚 すると同 時 に,気 が向 いたときに
た.これは,高 頻 度 ファンは低 頻 度 ファンに比 べ
しか観 戦 に来 ないということが反 映 されたのでは
て,当 該 スポーツに対 して興 味 レベルが高 く,より
ないだろうか.一 方 ,男 女 ともに,高 頻 度 群 にお
深く関わっているとした Pritchard and Funk(2006)
いては,他の 3 因子と比較して最も高い平均値を
の主張を裏づけるものであろう.また,4 因子すべ
示 している(男 性 ・高 頻 度 群 :5.87,女 性 ・高 頻 度
てにおいて最 も高 い因 子 得 点 平 均 値 を示 したの
群 :5.92).特 に,男 性 ・高 頻 度 群 の方 が他 の因
は,女性・高頻度群である.これは,女性がひとた
子 と差 のある傾 向 がみられる.高 頻 度 群 には,シ
びクラブを好 きになってくれれば,行 動的ロイヤル
ーズンチケットの購 入 者 の割 合 も多 く,毎 回 期 待
ティの高い優良 顧客 としてクラブに安定 的に貢 献
を裏切らない価値あるレジャーとして認識している
してくれることが示 唆 される.そのためには,女 性
ことから,好 きなチームの応 援 に足 を運 べば運 ぶ
を飽 きさせない経 験 価 値 を作 り続 ける必 要 がある
だけ買 い得 感 を感 じていると推 察 される.分 散 分
だろう.特 に,経 験 価 値 の要 素 の中 で,「フロー」,
析 の結 果 は,「フロー」,「サービスエクセレンス」と
「サービスエクセレンス」,「投 資 効 果 」においては
同 様 に,観 戦 頻 度 の主 効 果 は有 意な差 がみられ
性 別 に有 意 な差 は見 られなかったが,「審 美 性 」
たが,性 別 の主 効 果 に有 意 な差 はみられなかっ
に関して唯 一女性の方 が高いことが実証されたこ
た.性 別 と観 戦 頻 度 に有 意 な交 互 作 用 はみられ
とは非 常 に重 要 なことである.女 性 客 を多 く呼 び
なかった.つまり,投 資 効 果 の知 覚 に男 女 の差 は
込 むには,「審 美 性 」の要 素 である「演 出 」,「エン
なく,低 頻 度 より高 頻 度 のほうが高 いという結 果 と
タテイメント性 」,「選 手 」,「雰 囲 気 」を常 にイノベ
なった.
ーションし続 けるマーケティング活 動 が重 要 となる
以 上 より, 性 別 に関 して は,「審 美 性 」以 外 の
だろう.しかしながら,女 性の方 がよりセンシティブ
44
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
な反応をすると Grossman & Wood (1993)が指摘
なかった.
していることは,いい意味でも悪い意味でも,女性
本 研 究 では,スポーツ観 戦 者 の知 覚 する経 験
は敏 感 に反 応 するということであるため,注 意 が
価 値 を要 素 ごと,及 びセグメントごとに分 析 するこ
必 要 である.たとえば,「サービスエクセレンス」に
とにより,観戦頻度の高い観戦者がよりいっそう経
関しては,今回,女性・高頻度群(5.37),女性・低
験価値を知覚していることが明らかになった.また,
頻度 群(4.91)ともに他 の因子 と比 べて最も低い結
女性の観戦者においては「審美性」が重要である
果 となっている.女 性 は嫌 悪 する感 情 を抱 いたと
ことを実証できたことは,女性向けのターゲット・マ
き,男性と比べてより「悪い」経験をしたと認識して
ーケティングの可 能 性 を示 したほか,周 辺 プロダ
い る と い う 報 告 (Gross and Levenson, 1995;
クトの重 要 性 をあらためて認 識 させたといえよう.
Rohrmann et al., 2008)があることから,今後,会
近 年 ,日 本 の野 球 場 においても「ボールパーク
場 全 体 のサービスや運 営 に関 することでマイナス
化 」が進 んでいる.家 族 で訪 れて楽 しいスタジア
な事 象 (スタッフの態 度 等 )があれば一 気 に全 体
ムでの経験は,価値ある思い出深い経験として心
の経 験 価 値 を下 げることにもつながる可 能 性 があ
に一 生 刻 まれるものである.セグメントごとに遡 及
ることを肝に銘じてマーケティング活 動を行ってい
する経 験 価 値 は異 なると考 えられるが,クラブ側
く必要があるだろう.
が,中 核 プロダクトと周 辺 プロダクトを効 果 的 に組
み合 わせた統 合 的 マーケティングを駆 使 してイノ
ベーションし続けることが,J リーグクラブにとっても,
V.まとめ
持続的な経営に結びつくであろう.
本研究の目的は,性別と観戦頻度の二つの要
因 に着 目 し,要 因 の組 み合 わせによって,スタジ
最後に,研究の限界であるが,本研究は J リー
アムに訪 れたスポーツ観 戦 者 が知 覚 する経 験 価
グ1チームのみのデータを分 析 したため,チーム
値 にどのような違 いが生 じるのかについて明 らか
の特 性 があらわれた結 果 とも考 えられる.今 後 は,
にすることであった.その方 法 として,齋 藤 ほか
他 チームおよび他 競 技 において分析 を行 うことに
(2009)が開 発 したスポーツ観 戦 に おける経 験 価
より,スポーツ観 戦 者 の知 覚 する経 験 価 値 を明 ら
値 尺 度 (EVSSC)を用 いて,性 別 や観 戦 頻 度 によ
かにする必要があるだろう.
って差異があるかどうかについて検証を行った.
VI. 参考文献
スポーツ観 戦 における経 験 価 値 尺 度 (EVSSC)
を従属変 数 とし,性別 と観戦頻 度を独立変 数とし
Babin, B., Darden, W.B., & Griffin, M.
た二 元 配 置 分 散 分 析 を行 った結 果 ,「フロー」,
(1994). Work and/or fun: measuring hedonic
「サービスエクセレンス」,「投資効果」の 3 因子で
and utilitarian shopping value. Journal of
は,性 別 で差 はあらわれなかったが,「審 美 性」に
Consumer Research, 20(March), 644-656.
対して,女性が有意に経験価値を知覚することが
Batra,
R.
and
and
(1991).
Measuring
美性」,「フロー」,「サービスエクセレンス」,「投資
sources of consumer attitudes. Marketing
効 果 」のすべての 4 因 子 において,高 頻 度 群 が
Letters, 2(April), 159-170.
hedonic
O.T.
明 らかとなった.また,観 戦 頻 度 については,「審
低 頻 度 群 に比 べて,より高 い経 験 価 値 を知 覚 し
the
Ahtola,
utilitarian
チクセントミハイ: 大 森 弘 訳 (2008) フロー体
験とグッドビジネス.世界思想社: 東京
ていることが確認できた.そして,いずれの因 子に
おいても,性 別 と観 戦 頻 度 の交 互 作 用 はみられ
45
Fink, J.S., Trail, G., and Anderson, D.F.
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
(2002). Environmental factors associated
quality:
with
practice. Sage: Newbury Park, CA, 21-71.
spectators
attendance
and
sport
consumption behavior: Gender and team
Behavior, 25, 260-278.
(2002).
Characterizing
consumer
Kao, Y., Huang, L., and Yang, M. (2007).
to explain level of sport. Sport Marketing
Effects
of
experiential
elements
Quarterly, 11, 33-43.
experiential
satisfaction
and
藤 本 淳 也 ,原 田 宗 彦 ,松 岡 宏 高 (1996). プ
intentions: a case
ロス ポ ーツ 観 戦 回 数 に 影 響 を及 ぼ す要 因 に
basketball league in Taiwan. International
関 する研 究 :特 に,プロ野 球 のチーム・ロイヤ
Journal of Revenue Management. 79-96.
study
of
the
on
loyalty
super
コトラーとアームストロング: 和田充夫訳
巻,51-62.
(2003). マーケティング原 理 . 第 9版 . ダイヤ
Gross, J.J., and Levenson, R.W. (1995).
モンド社.
熊 沢 孝 (2008). J.A.ハワード -マーケティン
and Emotion, 9, 87-108.
グ管 理 論 および消 費 者 行 動 論 の開 拓 者 - マ
Grossman, M., and Wood, W. (1993). Sex
ーケティング史 研 究 会 (編 )マーケティング学
differences
説 史 アメリカ編 . 増 補 版 . 同 文 館 出 版 . 東
in
intensity
of
emotional
京. 61-78.
Journal of Personality and Social Psychology,
McCabe, C. (2008). Gender effects on
65, 1010-1022.
spectators’
原 田 宗 彦 (1991). J. J. Sports Science..,
basketball. Social Behavior and Personality,
10-4: 248–252.
36(3), 347-358.
原 田 宗 彦 編 (2008) スポーツマーケティング.
attitudes
toward
WNBA
Mathwick, C., Malhotra, N., and Rigdon, E.
大修館書店: 東京.
(2001) Experiential value: conceptualization,
Holbrook, M.B. and Hirschman, E.(1982).
measurement, and application in the catalog
The experiential aspects of consumption:
and internet shopping environment. Journal
Consumer
of Retailing, 77(1), 39-56.
Journal
of
fantasies,
feelings
Consumer
and
Research,
fun.
Vol.9,
132-140.
J リーグスタジアム観戦者調査報告書. J リーグ
公式サイト. http://www.j-league.or.jp/
experience: A social role interpretation.
James, J.D., and Ridinger, L.L. (2002).
Funk, D.C., Mahony, D.F., and Ridinger,
Emotion elicitation using films. Cognition
and
sport consumption motives. Journal of Sport
ルティに注目して.大阪体育大学紀要,第 27
theory
8-19.
Augmenting the sport interest inventory (SII)
in
Female and male sport fans: A comparison of
motivation as individual difference factors:
directions
differences. Sport Marketing Quarterly, 11,
L.L.
New
Mathwick, C., Malhotra, N., and Rigdon, E.
(2002)
effect
of
dynamic
retail
of
experiences on experiential perceptions of
customer value: An axiology of services in
value: an internet and catalog comparison.
the consumption experience. In: Roland T.
Journal of Retailing, 78, 51-60.
Holbrook,
M.B.
(1994).
The
nature
The
Rust and Richard L. Oliver (Eds.) Service
46
Moss, G., and Colman, A.M. (2001). Choices
スポーツ科学研究, 8, 35-47, 2011 年
and preferences: Experiments on gender
Lawrence Erlbaum Associates.
differences. Brand Management, Vol.9, No.2,
89-99.
and
Mullin, B.J., Hardy, S., and Sutton, W.A.
multifactoral theory. Journal of Personality
(2007). Sport marketing. Human Kinetics.
and Social Psychology, 64, 624-635.
Nunnally, J.C. (1978). Psychometric Theory
a
隅 野 美 砂 輝 (2005). プロサッカー観 戦 者 行
the
学研究科博士論文(未公刊)
consumption
Holbrook
(Ed.)
framework
for
experience.
Customer
analysis
In:
Value:
and
M.B.
A
research:
Wann, D.L.(1995). Preliminary validation of
the Sport Fan Motivation Scale. The Journal
of Sport & Social Issues, 19, 377-396.
パインとギルモア: 岡 本 慶 一 , 小 高 尚 子 訳
Wann, D.L., and Branscombe, N.R. (1993).
(2005). 新訳 経験経済. 第 1 版. ダイヤモン
Sports
ド社.
identification with their team. International
Pritchard,
M.P.
and
Funk,
D.C.(2006).
Measuring
fans:
degree
of
Journal of Sport Psychology, 24, 1-17.
Wann,
D.L.,
and
(1994).
Robinson, M.J. and Trail, G.T. (2005).
spectators. Journal of Social Psychology, 134,
Relationships
783-792.
spectator
gender,
highly
T.J.
Attributions
among
of
Doran,
Journal of Sport Management, 20, 299-321.
identified
sports
Wann, D.L., Schrader, M.P., and Wilson,
preference. Journal of Sport Management, 19,
A.M.
58-80.
Questionnaire validation, comparisons by
Rohrmann, S., Hopp, H., and Quirin, M.
sport, and relationship to athletic motivation.
(2008).
Journal of Sport Behavior, 22, 114-139.
Federationof
for
着 目 して. 大 阪 体 育 大 学 大 学 院 スポーツ科
Gender
differences
in
psychophysiological responses to disgust.
Evidence
Oliver, R.L. (1999). Value as excellence in
motives, points of attachment, and sport
ideology:
動における感情-情動的反応と情動的経験に
Symbiosis and substitution in spectator sport.
gender
(2nd ed.). New York: McGraw Hill.
Routledge, London, 43-61.
Spence, J.T. (1993). Gender-related traits
European
Psychophysiology
(1999).
Sport
fan
motivation:
Wann, D.L., and Wilson, A.M. (2001). The
relationship
between
the
sport
team
Societies, Vol.22(2), 65-75.
identification of basketball spectators and
齋 藤 れい, 原 田 宗 彦 , 広 瀬 盛 一 , 原 田 尚
the number of attributions they generate to
幸 , 大 西 孝 之 ,佐 藤 晋 太 郎 (2009). Jリーグ
explain
観 戦 者 における経 験 価 値 分 析 , 日 本 スポー
International
ツマネジメント学会第1回大会号, 11.
43-50.
Sloan, L.R. (1989). The motives of sports
their
team’s
Sports
performance.
Journal,
5(Winter)
早 稲 田 大 学 スポーツビジネス・マネジメント研
fans. In J.H. Goldstein (Ed.), Sports games
究 室 (2008).Jリーグファンの経 験 価 値 マネジメ
and play: Social and psychological viewpoints
ント報告書.
(2
nd
ed., pp. 175-240). Hillsdal e, NJ:
47