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PIC を用いたメカトロニクス教育実践
-地域貢献を目指して-
伊藤
徳山工業高等専門学校
尚
機械電気工学科
概要 メカトロニクス教育を標榜する本学科および機械制御工学専攻では,2001 年度より
ワンチップマイコン PIC を用いたコンピュータ制御教育を展開してきた。PIC は小型で安
価,多機能,C によるプログラミングが可能などの多くの長所を持っている。メカトロニク
ス教育に必須なプログラミングや I/O 技術などリテラシー教育のみならず,これらを応用し
た簡単な機械制御技術は“ものづくり教育”としての「創造製作」には欠かせない要素と
なっている。また,単に学科教育だけではなく,これらの教材システムを市民対象の公開
講座へ応用したり,地元企業への技術移転などで還元したりできれば,学校教育活動の一
環として,学生の教育研究活動以外に,さらなる地域貢献が期待される。
1. はじめに
最近の高度情報化社会に対応する人材を育て
る高等教育機関の一つである高専において,情報
処理教育の重要性はますます高まってきている。
機械系学科のように,情報処理専門の学科でなく
ともこの傾向は著しく,これからは機械技術者と
いえどもコンピュータ制御の知識は必須と考え
られる。
本校の機械電気工学科はもともと機械と電気
工学の複合学科として発足したが,時代の流れに
従い,教育目標も初期の「電気のわかる機械技術
者の育成」から,何度かのカリキュラム改訂を経
て,「コンピュータで制御する機械を設計・開発
するエンジニアの育成」へと変遷し,まさにメカ
トロニクス教育を標榜する今日に至っている。
これに伴い,学科の骨格として重要な情報処理
教育においても,そのターゲットを,従前からの
ポケットコンピュータ(以下ポケコンと称する)
による Z80 教育[1]から,2001 年度には,ハード
ウェアを直接制御可能な種々のインターフェー
ス機能をワンチップに納めたマイクロチップテ
クノロジー社(Microchip Technology Co.)のマイ
コン PIC(Peripheral Interface Controller)[2]に変
更した。その大きな理由は,①機械語と C 言語
の学習が総合的に行えること,②創造的なものづ
くりを意図した「創造製作」[3]に組み込むには,
従前のポケコンシステムでは本体が大きすぎる
上,さらに同程度の大きさの I/O ボードも必要と
なることや,③センサーからのアナログ信号入力
を扱うのに,A/D コンバータなどの別要素を付加
する必要があり,これらの大きさから来る制約に
対して,PIC を採用すれば,ものづくり製品に柔
軟性や発展性を期待できたからである[4]。
2. PIC を用いたメカトロニクス教育
PIC は web[5]上で公開されている様々な電子
回路製作記事などにも多用されている。その理由
は,開発環境が安価に構築できること,およびイ
ンターフェースを追加することなくワンチップ
で制御回路が構成できるところにあろう。その特
徴[6]およびそれを用いた授業展開例を示す。
(1) PIC の特徴
・小型・・18,28 や 40 ピン DIP など
・高速・・最大 1 命令 200ns,RISC アーキテクチャ
・広範囲な動作電圧・・最小 2V から 6V で動作 消
費電力最小 30uA(電池駆動も可能)
・メモリ・・512 - 4 KB の EEPROM
・入出力ピン・・LED 直接駆動可能な容量,入力/
出力プログラマブル
・開発環境・・アセンブラやシミュレータが BBS
で提供されている
・ROM ライタ・・PICSTRAT として流通,自作も可
・低価格・・秋葉原で約 200 円/個から入手可能
・その他・・パワーオンリセット,ウォッチドッグ
タイマ内蔵,A/D コンバータ,シリアルポート,
PWM 出力付きあり
(2)メカトロニクス関連教科における PIC 応用例
【工作実習】
2年次に履修する工作実習Ⅱにおいて,全体の
1/5の時間に相当する電子工作部分の課題とし
て,3年次以降の授業で使用するPIC16F873/876
用したPIC入出力実験,モータの制御を目的とし
たPWM制御や回転方向制御実験,各種センサー
の使用法およびPICへの入力を目的とした実験,
さらに,これらの実験を通して得た知識を確かめ
るため図1の教育用PICボード制御のDCモータ付
台車を用いたライントレースの課題実験を行う。
後期は,これを競技形式に発展させたものづくり
活動を行う。
【プログラミング基礎および応用】
一般的なANSIに準拠したC言語教育が行われ
るが,PICで使用するC言語(CCS-C)とは少し異
なるため,PC上のプログラミングとPICでの実際
の制御がどのような関係にあるのか理解させる
工夫が必要である。そのためプログラミング基礎
が終了する時期に合わせて「創造製作」において,
PICによる簡単な制御実験を行う。
機械制御工学専攻においても PIC をベースと
した【コンピュータ総合演習】や【機械制御工学
総合演習】[7]などの総合的なものづくり演習が
行われている。
3.メカトロニクス教育実践と地域貢献
3.1 各種公開講座などへの応用
学校 PR のためにも,市民対象の公開講座や工
作教室は重要である。PIC は安価で簡単なシステ
ムなので,これを用いた電子工作キットを準備す
れば,あまり大きな負担なく工作教室などが開催
できる。また,学生が企画立案や準備,当日の指
導などを経験できれば,インターンシップ並みの
教育効果があると考えられる。その実施例を示す。
(1) 電子オルガン製作教室
2 年前から毎年,夏休みに小中学生を対象に開
をコアとしたメカトロニクス教育用PICボード
(図1)を製作する。ここでは,ガラスエポキシ両
面プリント基板のCADアートワークや現像から,
半田付けや完成検査までの一連の基板製作を行
う。初心者の作業性を考慮して,パターン幅やラ
ンド間隔が若干大きいため,ボードの外形寸法も
約100×100mmとやや大きい。主な特徴を以下に示
す。
①単 3 乾電池 4 本または AC-DC アダプタ 5V 駆動
②文字表示のための液晶表示器
③PC とシリアル通信可能な RS-232C Dsub 9 ピン
コネクタ装備
④入出力ポート(Port B 全 bit)モニタ用 LED,同
(Port A)への入力スイッチ装備
⑤プログラム書き込み時に PIC の取り外しが容
易なゼロプレッシャーソケット
⑥モータドライブやセンサー入力など(3 年次
「コンピュータ制御」で製作するトランジスタア
レー)などのための拡張コネクタを装備
【創造製作】
本学科では1996年度から,学生の興味・問題意
識を引き出し,それを高めることによる個性と創
造力の発揮を狙いとして「創造製作」を本学科2,
3年(現行版では2,4年)のカリキュラムに加え
た。いわば,ものづくりを通して創造力を得るた
めの時間であり,ここでの基本的な制御にはPIC
が利用される。
【コンピュータ制御】
創造的なものづくり教育を目的とするもので,
3年次の科目である。「PICによる自動制御マシン
製作」という条件で,前期はスイッチとLEDを利
10k
PIC 16F873
RESET
SW1
SW2
RB7(28)
(2) RA0/AN0
RB6(27)
(3) RA1/AN1
RB5(26)
(4) RA2/AN2
RB4(25)
(5) RA3/AN3
RB3(24)
(6) RA4/T0CK1
RB2(23)
(7) RA5/AN4
RB1(22)
(8) GND
(9) OSC1/CLKIN
10MHz
(10)OSC2/CLKOUT
(11)RC0/T1CK1
+5V
HD44780 Driver Used
(1) MCLR
RB0/INT(21)
D7
D6
D5
D4
RW
RS
E
1K
+5V
VCC(20)
GND(19)
RC7/RX(18)
(12)RC1/CCP2
RC6/TX(17)
(13)RC2/CCP1
RC5/SDO(16)
(14)RC3/SCK
RC4/SDI (15)
DC+6V
78L05
* Portは全 て外部にコネクタで解放
(1) VCC
V+(2)
(1) C1+
(3) C2V-(6)
(4) C2+
(5) C2(11)T1IN T1OUT(14)
(10)T2IN T2OUT (7)
(12)R1OUT R1IN(13)
(9) R2OUT R2IN (8)
(15)GND
MAX232
Dsub-9
(6)DSR
(2)RXD
(7)RTS
(3)TXD
(8)CTS
(4)DTR
(5)GND
図 1 メカトロニクス教育用 PIC ボード
催している。PIC の I/O ピンにスピーカーを接続
し,割り込みを用いた発振ソフトにより,2オク
ターブの全音階を出力する。16F819 は外部の発
振子も不要なので,必要部品は 13 個の白黒鍵盤
スイッチとトランジスタやスピーカーだけであ
る(図 2)。自動演奏モードを選択すれば,書込
まれた曲が演奏される。子供の好きな曲に加えて,
予め参加者から入手した小中学校校歌を基にコ
ーディングしたデータを入れておけば,完成とと
もに演奏会が始まり,子供達は大喜びである。
(2) LED イルミネーション工作教室
クリスマスの季節ともなれば,街中が電飾物で
賑わう。最近は住宅地でも,年々,派手になって
きている。出来合いのものではなく,自分で製作
し,種々の点灯パターンが選べるような簡単な
LED 電飾工作教室を市民対象に 2 年前から行って
いる(図 3)。これも回路は簡単で,16F819 の I/O
ピンに 100 円ショップの LED 電線を接続し,点灯
パターンや速度などが PWM 制御できるようにし
たものであり,参加者からは好評である。
(3) 周南冬のツリーまつり
昨年で 22 回目を迎えた「周南冬のツリーまつ
り」は,当地における大事な冬の風物詩の1つと
なっており,毎年 12 月 1 日から年末までの 28
日間,はなばなしく開催されている。徳山駅周辺
のヒマラヤスギなど約 50 本の木が合計 4 万個の
電球で飾られ,周南市をあげての一大行事である。
このように歴史もあり,行政も力を入れてはいる
ものの,長年のマンネリでやや活気に欠けてきて
いた。一昨年,これに対して「新風を吹き込んで
欲しい」という徳山商工会議所からの要請を受け,
研究室学生と一緒に,誰もが“驚く”ようなツリ
ーを企画することになった。学生の印象でも,
木々にぶらさげられリレー制御された従来の白
熱電球群では寂しいように思われた。実際,この
期間中,この町並みを注意深く観察すると,ブラ
ブラ電球および電柱横の配電盤から聞こえてく
るガチャガチャ音を伴うリレー制御の古臭さが
何とも言えない停滞感を漂わせていた。
市側から与えられた高さ約 8 m のヒマラヤスギ
1本を,学生の提案により PIC 制御した LED チュ
ーブライトで電飾することにした。実質1週間の
ごく短期間で,制御回路や LED チューブの取り回
しなどをゼロから開発しなくてはならず,研究室
全員の協力が必要であった。定期試験中にもかか
わらず,点灯式に奇跡的に間に合わせることがで
きたのは,当時の研究室学生達の努力の賜であり,
今でも感謝している。電飾システムは,LED チュ
ーブ(東西電気産業㈱,IF-50 イルミネーション
シリーズ:防水チューブの中に 100V 用の電流制
限抵抗とともに LED が等間隔に直列接続された
製品[8])4 色 4 本ずつを,高所作業ながらも,
学生自らがバケット車に乗って 16 方位の円錐状
に吊し,さらに,その周りにはイルミネーション
のオブジェとして,星,ハート,徳山高専を示す
TCT の文字などを飾った。
これら LED は PIC16F877
で様々な点灯パターンに制御できる。初日の点灯
式以降,数回にわたり,プログラムの更新作業を
行い,色鮮やかな LED の直線的な演出効果を市民
に楽しんでもらうことができた。最終的にはクリ
スマスにあわせて,上述の電子オルガンソフトを
組込み,「音と光のファンタジー」と題して,ク
リスマスソングとイルミネーションの連動も行
った。多くの市民に高専生の技術力を PR するた
めの説明ポスターも作成し,ツリーの前に展示し
た(図 4)。他の電球電飾とは異なる LED ツリー
に,通行人が立ち止まって見入る様子から,“サ
プライズ”を提供できたのではないかと,学生と
もども喜んだ。なお,ツリーまつりの期間中には,
前述の LED イルミネーション工作教室を街なか
の本校サテライト教室で市民対象に開催した。
3.2 共同研究への応用(誌面の都合により省略)
(1) 教材風車への PIC 応用[9]
(2) データロガーの開発[10] [11]
(2) LED を用いた情報発信装置
図 2 電子オルガンキット完成品
4. まとめ
一昨年の秋,地元商工会議所からの突然の要請
に応え,取組み始めた LED 電飾を契機として,
PIC-LED の仕事に追われている。気がつけば,高
専祭メイン企画や今年度本校主管で開催予定の
全国高専デザコン 2007 の環境部門テーマも「み
ちのあかり -LED de Eco Road-」で走っている。
メカトロニクス教育を通して,地域貢献も可能な
らば,それほど有意義なことはないと願っている。
図 3 工作完成後の LED 製品および参加者との記念撮影(指導学生扮するサンタクロースも仲間入り)
図 4 「LED ツリー」の外観および製作学生による紹介ポスター
参考文献
[1] 伊藤尚ほか:機械電気工学科におけるメカト
ロニクス教育へのポケットコンピュータ導入,高
専教育,第 15 号,PP. 52-59(1992)
[2] マイクロチップテクノロジー社 web サイト,
http://www.microchip.com/
[3] 藤本浩ほか:創造的ものづくり教育の試み,
高専教育 第 25 号,73-78(2002)
[4] 藤本浩,中村金良,石田浩一,伊藤尚,櫻本
逸男,門脇重道:PIC を用いたコンピュータ制御
教育,高専教育,第 26 号,441-446(2003)
[5] 後閑哲也,電子工作の実験室 web サイト,
http://www.picfun.com/
[6] 後閑哲也,電子工作のための PIC 活用ガイド
ブック 初版第 6 刷,技術評論社,(2001).
[7] 兼重明宏,藤本浩,伊藤尚,森野数博,戸田
善久:PIC マイコン制御製品開発による総合演習
教育,工学教育,Vol.51,No.5,74-79(2003)
[8] 東西電気産業㈱web サイト,
http://www.tozaidensan.co.jp/
[9] 伊藤尚,藤本浩,門脇重道,村上洋士:自然
エネルギーを利用したものづくり教育,日本風力
エ ネ ル ギ ー 協 会 誌 , Vol.27, No.3, 通 巻 67,
100-105(2003)
[10] 伊藤尚,長井浩:PIC を用いた風況調査用小
型データロガーの開発,日本風力エネルギー協会
第 26 回風力エネルギー利用シンポジウム論文集,
219-222(2004)
[11] Development of PIC-Controlled Small Data
Logger Including SD Memory Card System for
Wind Measurement, H. ITO, H. TAKEUCHI, H.
NAGAI, D. CARR and K. STARCHER, RENEWABLE
ENERGY 2006