知っておきたい医療関連発明のポイント

第8回連載・医療と知財を考える 弁理⼠ 平⼭晃⼆
更新⽇:2012年6⽉1⽇ ⾦曜⽇
知っておきたい医療関連発明のポイント
「医療と知財を考える」第8回は、「知っておきたい医療関連発明のポイント」と題して、医療に関連する発明について特許と
して権利化を図る際のポイントや医療従事者が留意すべきポイントについて考えていきたいと思います。
特許権の対象である「発明」とは?
特許法において、「発明」とは「⾃然法則を利⽤した技術的思想の創作のうち⾼度のもの」と定義されています(特許法第2条
第1項)。この定義に該当しないものは特許法上の発明とはいえないので、特許権の対象とはなり得ません。
「発明」に該当しない類型をみながら「発明」の定義を理解していきましょう。
まず、万有引⼒の法則、エネルギー保存の法則といった⾃然法則⾃体は、⾃然法則を利⽤したものではないから特許法上の
「発明」には該当しません。⾃然現象等の単なる発⾒であって創作でないものや、永久機関等の⾃然法則に反するものも「発
明」には該当しません。
また、⾃然法則以外の法則(例えば、経済法則)、⼈為的な取決め(例えば、ゲームのルールそれ⾃体)、数学上の公式など
は、⾃然法則を利⽤したものといえず、「発明」に該当しません。
技術的思想でないものの例としては、フォークボールの投球⽅法などの技能や、情報の単なる提⽰、単なる美的創造物(例え
ば、絵画、彫刻)が挙げられます。これらも「発明」に該当しません。
なお、定義において「⾼度のもの」の部分は、実⽤新案法における考案と区別するためのもので、「発明」に該当するか否か
を判断する際には考慮されません。
医療関連発明とは?
「医療関連発明」という⽤語は、特許法において定義された法律⽤語ではありません。本論稿では、特許法上の「発明」に該
当するもののうち、およそ医療に関連する発明を指しています。
医療に関連する発明としては、まず、⼿術や治療などの医療⾏為、医療機器、医薬に関する発明が挙げられます。医療を広く
捉えれば、介護を含むことができ、介護に関連する発明も医療関連発明ということができます。
種々の医療関連発明
また、ひと⼝に医薬に関連する発明と⾔っても、その内容は幅広く、例えば、化学物質、結晶形、中間体、代謝物、プロド
ラッグ、製剤などの「物」の発明、スクリーニング⽅法、化学物質の検出⽅法などの「⽅法」の発明、化学物質の合成⽅法、
中間体の製造⽅法などの「物を⽣産する⽅法」の発明があります。
これらの医療関連発明は、審査により⼀定の特許要件を具備すると認められれば、特許を受けることができます。代表的な特
許要件としては、発明が産業上利⽤可能であること(産業上利⽤可能性)、発明が新しいこと(新規性)、発明が既に知られ
ている発明に基いて容易にできたものでないこと(進歩性)、等があります。特に、医療⾏為に関する発明については、後述
する産業上利⽤可能性が問題となるので要注意です。
医師や学者による発明は、学会で研究成果を発表することが多く、特許出願前に発表してしまうと新規性を失ってしまうので
注意が必要です。新規性のない発明は原則特許を受けることができません。例外として⼀度失なわれた新規性を救済できるこ
ともありますが⼀定の場合に限られます。また、⽇本だけではなく外国でも権利化したいときは、国により制度が異なるの
で、⽇本と同様の例外が適⽤されないこともあります。従って、原則として、特許出願を完了するまでは学会等での発表は控
えた⽅がよいでしょう。
新しい治療⽅法を考案したけど特許をとれる?
特許法では「産業上利⽤することができる発明をした者は・・・その発明について特許を受けることができる」(特許法第29
条第1項柱書)と規定されています。⾔い換えれば、特許権を取得するためには、その発明が産業上利⽤可能性を具備していな
ければなりません。ここでいう「産業」は広く解釈され、製造業以外の、鉱業、農業、漁業、運輸業、通信業なども含まれる
とされています。
特許庁が審査における法の運⽤を定めた特許・実⽤新案審査基準では、この「産業上利⽤することができる発明」に該当しな
いものの類型として、「⼈間を⼿術、治療⼜は診断する⽅法」が挙げられています。すなわち、特許庁による審査実務の運⽤
においては、通常、医師が⼈間に対して⼿術、治療⼜は診断をする⽅法であって、いわゆる「医療⾏為」と呼ばれるものは、
産業上利⽤可能性がないとして、特許を受けることができません。
従って、従来にない新しい治療⽅法を考案したとしても、(新しいか否かに拘わらず)⼈間を治療する⽅法に関する発明は特
許を受けることができません。
これは、治療⽅法や診断⽅法に関する発明は、⼈道上の理由から、特許権による独占を認めるのではなく⼈類のために広く開
放すべきと考えられているからです。
なお、⽶国では、⽇本と異なり、治療⽅法等に関する発明について特許を受けることができるので、注意が必要です。
新しい医療機器、新しい医薬を考案したけど特許をとれる?
医療機器、医薬⾃体は、物であり、「⼈間を⼿術、治療⼜は診断する⽅法」には該当しません。従って、産業上利⽤可能性が
否定されることはなく、審査により他の特許要件を具備すると認められれば特許を受けることができます。
また、医療機器の作動⽅法は、医療機器⾃体に備わる機能を⽅法として表現したものであり、「⼈間を⼿術、治療⼜は診断す
る⽅法」に該当しません。よって、特許を受けることができます。
しかしながら、医師が⾏う⼯程(例えば、医師が症状に応じて処置するために機器を操作する⼯程)や機器による⼈体に対す
る作⽤⼯程(例えば、機器による患者の特定部位の切開・切除、あるいは、機器による患者の特定部位への放射線、電磁波、
⾳波等の照射)を含む⽅法は、「⼈間を⼿術、治療⼜は診断する⽅法」を含むものと考えられ、特許を受けることができませ
ん。
「⼈間を⼿術、治療⼜は診断する⽅法」に該当するもの、しないもの
「⼈間を⼿術、治療⼜は診断する⽅法」に該当するか否かの線引きは、必ずしも明確にできるものではないかもしれません。
理解を助けるために、審査基準には次のような「⼈間を⼿術、治療⼜は診断する⽅法」に該当するもの(産業上利⽤可能性が
ないもの)、しないもの(産業上利⽤可能性があるもの)の例が挙げられています。
これらの該当するもの、該当しないものの例を⽐較すると、実質的に同じ内容に思われるものもあります。つまり、「⼈間を
⼿術、治療⼜は診断する⽅法」に該当する発明であっても、発明の表現を⼯夫するなどして「⼈間を⼿術、治療⼜は診断する
⽅法」に該当しない発明として特定することができれば、実質的に同じ発明について特許を受けることができる場合があるの
です。
薬剤師の調剤⾏為、医師・⻭科医師の治療⾏為は特許を侵害する?
「⼈間を⼿術、治療⼜は診断する⽅法」に関する発明は、⼈道上の理由から、産業上利⽤可能でないものとして特許を受ける
ことができないことは既にお話ししたとおりです。しかし、医薬合剤の製造⽅法に関する発明等は、「⼈間を⼿術、治療⼜は
診断する⽅法」に該当しないので、特許を受けることができます。
では、医薬合剤の製造⽅法の発明について特許権が存在する場合に、薬剤師による調剤⾏為がこの発明の実施に該当すると
き、薬剤師は特許を侵害することになるのでしょうか。
特許権は正当な権原を有する者(特許権者、実施権者)以外による特許発明の実施を排除する、いわゆる独占排他権であると
ころ、特許法には、例外として、特許権の効⼒の及ばない範囲が規定されています。この規定により「⼆以上の医薬を混同し
て製造される医薬の発明の特許権の効⼒は、医師⼜は⻭科医師の処⽅せんにより調剤する⾏為には及ばない」(特許法第69条
第3項)とされています。
調剤⾏為は医師⼜は⻭科医師が交付する処⽅せんにより⾏われるので薬剤師は処⽅せんに従うしかありまえん。また、処⽅せ
んは、多種の医薬の中から病状に最も適切な薬効を期待できるように選択し調剤することを指⽰するもので、医師等はその都
度その混合⽅法が特許権と抵触するか否か(侵害するか否か)を判断することは困難です。また、医師等の調剤⾏為は国⺠の
健康を回復せしめるという特殊な社会的任務に係るものです。これらを考慮すれば、調剤⾏為にまで特許権の効⼒を及ぼすの
は適当ではないと考えられています。
なお、医師⼜は⻭科医師による治療⾏為についてはこのような特許権の効⼒に対する例外規定はありませんが、そもそも、
「⼈間を⼿術、治療⼜は診断する⽅法」に関する発明は特許を受けることができないので、医師⼜は⻭科医師による治療⾏為
⾃体が他⼈の特許を侵害するという問題が⽣じることはありません。
注:本論稿は、著者の個⼈的⾒解を⽰したものであって、著者が所属する団体等の意⾒・⾒解を⽰すものではありません。ま
た、本論稿は、個別具体的案件に対する法的助⾔を提供するものではなく、本論稿に依拠して何らかの損害を被った場合で
も、著者または本サイトが責任を負うものではありません。
執筆者プロフィール
平⼭晃⼆ ⽒ (ひらやまこうじ) 平和国際特許事務所 弁理⼠
⽇本弁理⼠会国際活動センターにおいて知的財産に関する国際政策の⽐較研
究・提⾔を⾏うほか、世界知的所有権機関(スイス、ジュネーブ)の締約国
会議(特許法常設委員会)に同会代表として出席(2010年1⽉、10⽉、
2011年5⽉)。同会関東⽀部常設特許相談室の相談員として活動。⽶国知的
財産権法協会、アジア弁理⼠協会、⽇本国際知的財産保護協会、等に所属。
2009年より慶應義塾⼤学⼤学院健康マネジメント研究科にて⾮常勤講師。
⽶国パテントエージェント試験合格
東京⼯業⼤学⼤学院修了
中央⼤学法学部卒業
⽶国ジョージ・ワシントン⼤学ロースクール修了
(Master of Laws in Intellectual Property Law)