オリンピックと 文化プログラム

時 の 話 題 ~平成26年度 第1号(H26.4.30調査情報課)~
オリンピックと
文化プログラム
オリンピックはスポーツだけではなく、文化の祭典でも
ある。2020 年の東京大会は、東京が文化の魅力を世界に発
信するための絶好の機会でもあり、都は既に施策策定に向
けた議論を開始している。文化プログラムの概要や、国・
都の取組について紹介する。
1 オリンピック文化プログラムとは
図1 オリンピック憲章(抜粋)
(1)オリンピック憲章における文化プ
ログラム
オリンピズムの根本原則
オリンピックはスポーツの祭典である オリンピズムは人生哲学であり、肉体と意思と知性の資質
と同時に、文化の祭典でもある。オリン を高めて融合させた、均衡の取れた総体としての人間を目
指すものである。スポーツと文化と教育を融合させるこ
ピック憲章は、オリンピズムの根本原則 とで、オリンピズムが求めるものは、努力のうちに見出さ
に、スポーツと文化と教育の融合を謳っ れる喜び、良い手本となる教育的価値、社会的責任、普遍
的・基本的・倫理的諸原則の尊重に基づいた生き方の創造
ており、オリンピック組織委員会は、複 である。
数の文化イベントからなる文化プログラ
文化プログラム
ムを計画しなければならないと規定して OCOG(オリンピック競技大会組織委員会)は、短くとも
いる。また、このプログラムは IOC 理事 オリンピック村の開村期間、複数の文化イベントのプログ
ラムを計画しなければならない。このプログラムは、IOC
会に事前に提出して承認を得なければな 理事会に提出して事前の承認を得るものとする。(規則39)
らない(図1)。
出典:オリンピック憲章(2011 年版)より作成
(2)文化プログラムの経緯
近代オリンピックにおける文化的要素は、いくつかの変遷を経て今に至っている(表1)。
表1
近代オリンピックにおける文化的要素の変遷
内容
文化的要素がない時代
「芸術展示」の時代
「芸術競技」の時代
~
~
1988 第24回 ソウル
1992 第25回 バルセロナ
~
~
1908 第4回 ロンドン
1912 第5回 ストックホルム
内容
~
~
年
大会
1952 第15回 ヘルシンキ
~
~
年
大会
1896 第1回 アテネ
「文化プログラム」の
時代
1948 第14回 ロンドン
出典:平成 25 年 6 月生活文化局「第 1 回 2020 年の東京の文化政策検討部会」配布資料等より作成
①「芸術競技」の時代
近代オリンピックの創始者クーベルタンは、古代ギリシャ
〈1936年ベルリン大会
のオリンピックにならいオリンピックに芸術競技を加える 芸術競技 銅メダル作品〉
ことを提案し、1912 年ストックホルム大会から 1948 年ロン 藤田隆治「アイスホッケー」
ドン大会まで、建築、彫刻、絵画、音楽、文学という5種目
が正式種目として導入され、スポーツをモチーフとした芸術
作品のコンペが行われ、メダルも授与された。この間、世界
大戦の影響による数度の大会中止を経ていることから、「芸
術競技」は実質7大会でしか行われていない。このうち、1936
年ベルリン大会では、日本人2名(藤田隆治「アイスホッケ
ー」、鈴木朱雀「古典的競馬」)が絵画種目で銅メダルを獲得
出典:国立国会図書館 HP より
している。
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②「芸術展示」の時代
作品輸送の難易度の高さや、客観的な審査の困難さ等から、1952 年ヘルシンキ大会以降、
芸術は競技から外れ、代わりに芸術展示が行われるようになった。
〈参考:1964 年東京大会における芸術展示〉
1964 年東京大会では、それ以前と異なり、
「テーマ
をスポーツに限定しない」
「日本最高の芸術品を展示す
る」という方針の下に、美術部門 4 種目(古美術、近
代美術、写真、切手)
、芸能部門 6 種目(歌舞伎、人形
浄瑠璃、雅楽、能楽、古典舞踊邦楽、民俗芸能)が実
施された。これら 10 種目はオリンピック期間中、都
内の美術館、博物館などで展示・上演され、特に東京
国立博物館で開催された「日本古美術展」には、約 40
万人が来場するなど大きな成功を収め、当時の IOC ブ
ランデージ会長に、ベストと評された。
また、これら以外にも東京オリンピック記念文化事
業として様々な催しが行われた。1965 年の東京都に
よる東京都交響楽団の設立も、その一つである。
〈芸術展示の賑わいを報道する記事〉
出典:昭和 39 年 10 月 16 日
毎日新聞より
③「文化プログラム」の時代
1992 年バルセロナ大会以降、多彩な行事が行われる「文化プログラム」の時代となる。
特に、2012 年ロンドン大会では、かつてない大規模な文化プログラムが実施され、観光
や地域振興などの面においても大きな波及効果を生み出したことが注目された。
大会開催4年前の 2008 年から「カルチュラル・オリンピアード」と題した大規模な文化
プログラムが、ロンドンのみならず英国全土で開催され、合計で約 18 万にも及ぶ様々な文
化イベントに、4,300 万人が参加した。
2012 年にはそのフィナーレとして、London 2012 Festival と名付けられた大規模な芸術
祭がオリンピック開催の1ヶ月前にスタートし、パラリンピック閉幕までの 12 週間にわた
って行われた。フェスティバルには、オリンピック・パラリンピックに参加した 204 の国
から2万5千人以上のアーティストが参加、音楽や演劇、ダンス、美術、文学、映画、フ
ァッションなど多様な文化イベントが繰り広げられ、近代オリンピック史上、最大の規模
と内容となった。
〈参考:ワールド・シェイクスピア・フェスティバル2012〉
英国が世界に誇る劇作家、シェイクスピアの戯曲全 37 作品が世界各地 37 の言語により、
ロンドンのグローブ座をはじめ英国各地で上演された。
〈ロンドン・グローブ座〉
出典:平成 25 年 11 月スポーツ振興局「2020 年オリンピック・パラリンピック競技大会実施準備会議」資料より
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国の取組
文化庁は、平成 26 年3月、文部科学相の私案である「文化芸術立国中期プラン」を発表
し、東京五輪・パラリンピックが開催される 2020 年までの間を、文化政策振興のための「計
画的強化期間」と位置付け、具体的な施策と数値目標を示した。今後、この案を基に文化
審議会において審議を行い、政府の定める文化振興施策の基本方針である「文化芸術の振
興に関する基本的な方針(第4次方針)」を策定するとしている。
また、2016 年のリオデジャネイロ五輪終了後から開始される文化プログラムの着実な実
施等に資するため、平成 25 年 11 月、文化庁と観光庁は包括的連携協定を結んだ。今後、
日本文化の海外発信や観光振興に連携して取り組む予定である。さらに、平成 25 年 12 月
には、文化庁が中心となり、東京都や JR、東京国立博物館や東京都美術館などが参加する
「上野『文化の杜』新構想推進会議」を設置し、各施設の連携策の検討を始めた。文化庁
は 2020 年東京オリンピック・パラリンピックの「文化プログラム」において、全国の名所
を「文化おもてなしロード」で結ぶことを検討しており、上野『文化の杜』をその中心地
とすることを想定している。
文化で華やぐ東京五輪
名所コースや芸術大会 国が検討
2020 年の東京五輪・パラリンピックに向けて文化庁が、世界遺産や和食から、祭りにアニメまで日本
の文化を総動員した「文化プログラム」を検討していることがわかった。19 年秋から 20 年夏にかけて、
全国の名所を「文化おもてなしロード」で結び、海外の芸術家 1 万人に盛り上げてもらうことも考えて
いる。
文化プログラムは、五輪憲章で実施が義務づけられている。昨夏のロンドン五輪では約 3 ヶ月間に、
世界中から2万5千人を越える芸術家が音楽や演劇のイベントに出演、五輪を盛り上げた。
文化庁は 20 年夏に、音楽や美術、アニメなどの「芸術競技大会」
、世界各地で同じ歌を歌う「10 億人
合唱祭」の開催を検討。プログラム案では、期間中、各国から訪れる芸術家たちに、コンサートや芸術
祭への出演に加え、秋のお祭りや春のお花見など季節に応じたイベントへの参加を呼びかける。富士山
などの世界遺産や各地の伝統芸能、歴史的な街並みを巡回するコースを「文化おもてなしロード」とし
て紹介、ユネスコ無形文化遺産に登録される見通しの「和食」も楽しんでもらう。
(平成 25 年 11 月 30 日付 朝日新聞(夕刊)より)
3 都の取組
(1)都におけるオリンピック・パラリンピック招致に向けた文化施策
都においては、オリンピック・パラリンピック招致に向け、世界における東京の文化面
でのプレゼンス確立を目指し様々な文化施策を進め、平成 24 年には、芸術文化推進の専門
機関である「アーツカウンシル東京」を本格的に設立した(表2)。また、文化施設の改修
も行われている。
表2
(時の話題 平成 24 年度第 17 号「アーツカウンシル東京(仮称)の設置」参照)
これまでの都におけるオリンピック・パラリンピック招致に向けた主な文化施策
年月
項目
2007年3月
東京芸術文化評議会設置
(平成19年)
概要
文化振興のための施策を総合的かつ効果的に推進することを目的に設
置された知事の附属機関。石原知事(当時)より「オリンピック文化プロ
グラム」について諮問される。
「東京からの文化の創造発信」を強化する取組として、東京都と公益財
2008年4月 「東京文化発信プロジェクト」開始 団法人東京都歴史文化財団が、芸術文化団体、アートNPO等と協力し
て開始したプロジェクト。「六本木アートナイト」「恵比寿映像祭」「パ
(平成20年)
フォーマンスキッズ・トーキョー」等の事業を実施。
芸術文化推進のグローバルスタンダードな仕組みを日本で初めて本格
2012年11月
的に設置。東京芸術文化評議会での政策提言や、これを踏まえた東京
「アーツカウンシル東京」設立
(平成24年)
都の方針の下、具体的な施策(助成支援事業、パイロット事業、企画戦
略事業)を行う。
出典:生活文化局 HP 等より作成
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平成 25 年9月の開催都市決定後は、2016 年リオデジャネイロ大会終了後の事業展開に
向け、平成 25 年 12 月、東京芸術文化評議会を開催し、文化プログラム策定のための議論
を開始したところである。
(2)立候補ファイルにおける文化プログラム
都は、平成 25 年1月、IOC に提出した立候補ファイルの中で文化イベントのコンセプト
について、訪れる人に特別な体験をしてもらうため、東京、日本、そして世界の文化の最
高の要素を取り出し、独自のビジョンである"Discover Tomorrow"から発想を得た様々な文
化プログラムを展開するとし、下のような構想を掲げている。
図2
立候補ファイルにおける文化プログラム(抜粋)
移行段階から大会まで
-すべての人のためのステージ、未来のためのステージ-
○開催都市決定後から文化事業、展覧会、祭典など包括的なプログラムに着手
○「東京文化発信プロジェクト」を更に発展させ、全ての市民にオリンピズムのメッセージを
伝える
○「アーツ・フォー・オリンピズム・ユース・クリエーション・プログラム」を実施し、若手
芸術家を支援
大会期間中のプログラム
-都市が劇場となる-
○「TOKYO2020フェスティバル・オブ・アーツ・アンド・カルチャー」の開催による文化交流
の促進
○「アーツ・フォー・オリンピズム・ユース・クリエーション・プログラム」で、若手芸術
家、高齢者、障害者等が共に創作、ロンドン大会の「アンリミテッド」プロジェクトの
成功を継承
○大会期間中は、劇場や美術館の開放だけでなく、公園や公共施設等、都市の隅々で文化の
多様性の体験が可能
○都市自体がこの祝祭のための大きな劇場となる
出典:「TOKYO2020 立候補ファイル」より作成
(3)オープンフォーラム「オリンピック・パラリンピックと文化プログラム」の開催
平成 26 年2月、アーツカウンシル東京は、2012 年のロンドン大会における文化プログ
ラムを支えたディレクター3人を招き、
「オリンピック・パラリンピックと文化プログラム
-ロンドン 2012 から東京 2020 へ」を開催し、文化プログラムの企画・運営、課題、成果
などについて意見交換を行った。
この中で、ロンドン大会の成功要因として英国側からは、組織委員会、文化プログラム
開催都市、アーツカウンシルの三者が一体となって取り組んだこと、数多くの無料イベン
トを英国全土で展開することにより、世界中から2千万人という参加者を得たことが挙げ
られた。また、反省点としては、組織委員会の中での文化プログラム部門の設置が遅れ、
オリンピック開催の2、3年前になってしまったとの指摘があった。
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今後に向けて
文化プログラムはオリンピックの大事な要素であり、ロンドン大会での経済波及効果等
を考えても、東京大会においても成功させることが重要である。都は今後、多彩で魅力的
な文化プログラム展開のためアーツカウンシル東京の体制を強化する予定である。今後の
取組状況を注視し、官民一体となった取組を行うことにより、オリンピックムーブメント
を高めていくことが必要である。
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