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副作用と
text by Shimizu Makoto
ついひと昔までは、子どもに精神科のお薬が使われる機会は非
常に少なかったのですが、とくにここ一〇年、その機会が急激に
増えてきました。そして、医者だけではなく教育関係者、さらに
は社会全体が子どもに薬が使われることのためらいも減ってきて
いるように思います。私の患者さんでも、学校の先生から薬をす
すめられて受診したというケースも増えてきました。
しかし、子どもの精神疾患に対する薬物療法は、科学的に正し
い方法論による検証がすんでいないものも少なくありません。ま
*1
た、子どもへの向精神薬の使用が長期的にも恩恵をもたらすとい
う研究は、発達障害もふくめて、じつはまだひとつもありません。
さらに、薬物が子どもの脳の発達にどのような長期的な影響を及
ぼすのかは未知なのです。このためとくに中学生以下の子どもに
薬を使うかどうかは、かなり慎重に検討する必要があります。
ADHD治療薬
●コンサータ
ADHDに処方される「コンサータ(二〇〇七年発売)」という
お薬は、覚せい剤と同じ構造です。このため正常な人が服用して
も、集中力が増す効果があったり、覚せい剤と似たような副作用
児童精神科医
清水 誠
*1/
「向精神薬」とは精神
に 作 用 す る 薬 剤 の 総 称。
向精神薬の一種で、主に統
後 述 の「抗 精 神 病 薬」は、
合失調症の精 神 病 性の症
状や、躁 状 態の興 奮 など
に対して使用される薬剤。
本原稿中の、コンサータ、ス
トラテラは商品名、リスペリ
ドン、エビリファイは一般名
(化学構造などにもとづく世
界共通の学名、主成分)
。表
記を統一していないのは、以
下の理由から。リスペリドン、
エビリファイはさ ま ざ まな
商品名で発売されており、一
方コンサータ、ストラテラは、
その薬剤のみ。さらに、コン
サータの一般名はメチルフェ
ニデートだが、乱用が問題で
現 在ADHDに使 用されな
く なったリタリンという 薬
剤もメチルフェニデートのた
め、それらと区別するため。
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薬は
離脱の
むずかしさ
「にっちも
さっちもいかない」
ときだけに
special issue
どう診断? どう支援?
あの子が発達障害!?
みんなと一緒じゃ、ムリ?
もあります。またADHDの症状は自閉症スペクトラムの子ども
にも併存しやすいため、自閉症スペクトラムの子どもに使用され
2012
(見込み)
2011
2010
ることもあります。
60
数ヶ月〜二年以内の短期間についてはADHDの中核症状(多
45
50
動・不注意・衝動性)に対して効果はあります。しかしこのお薬
は実際には、長期で使用される機会が多いため、長期での効果を
みる必要があります。コンサータについては、長期的な効果がど
日本のADHD治療薬の販売高
販売高
︵億円︶
25
30
2009
2008
0
うなるのかという研究が最近いくつか発表されだしています。五
年以上の経過をみたこれらの研究をまとめると、短期間での効果
は確かにありましたが、長期では効果がないことがわかりました。
たとえば学校での成績、子どもと親との関係など、あらゆる評価
項目について長期的には薬を内服しないのとくらべて利益があり
ませんでした。
コンサータの副作用には、頻度は少ないですが心疾患や突然死、
そして時に幻覚・妄想や躁状態などの精神病症状がまれに出現す
ることがあります。その他に依存性や、食欲の低下、不眠などの
副作用があります。また、長期に治療を受けることで、身長・体
重の成長が少し遅くなる、血圧が高くなることがあります。
さらに驚くべき所見として、薬物療法を受けている子どものほ
うが、三年以上など長期にみた場合には、学校での援助などをよ
り必要としました。つまりお薬を使ったほうが長期的には症状が
むしろ悪化する可能性が高いのです。
●ストラテラ
二〇〇九年から発売された「ストラテラ」は非中枢神経刺激薬
でSSRIなどの抗うつ薬と構造の近いお薬です。短期的には症
状を改善しますが、その効果はコンサータに比べるとかなり小さ
いです。長期での効果は不明です。
またコンサータに比べて使用しやすいことのみが強調されてい
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ますが、FDA(米国食品医薬品管理局)からは、子どもや若者
に対して自殺念慮の増加のリスクがあるという警告がでています。
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14
20
58
67
80
40
医療用医薬品データブック2012
(富士経済)
抗精神病薬
●リスペリドン、アリピプラゾールなど
自閉症スペクトラムに使用される可能性のある薬として、リス
ペリドン、アリピプラゾールなどの抗精神病薬があります。昔で
あれば、子どもに抗精神病薬が使用されることは、ほとんどあり
ませんでした。しかし、海外の研究で、抗精神病薬が自閉症スペ
*2
クトラムの反抗的・攻撃的行動、反復的行動、イライラなどの怒
りっぽさを軽減することが報告されだしてから、日本でも使用さ
れる機会が徐々に増えてきています。即効性はありますが、長期
で使用することで効果がどうなるのかは、まだわかっていません。
これらのお薬は重度の副作用を起こす可能性があるため、常に
十分な注意を払うことが必要です。内分泌・代謝系の副作用には、
体 重 増 加、 肥 満、 糖 尿 病・ 高 脂 血 症 な ど。 そ の ほ か 筋 肉 の ふ る
え・こわばり・足がむずむずしてじっとしていられない等があり
ます。また長期に使用することで運動異常を引き起こすことがあ
り、これは治療を中断したとしても回復しないこともあります。
子どもの脳への影響は大きい
以上紹介したお薬のように、短期的には効果のあるものもあり
ますが、長期で使用することの効果とリスクが未知のお薬がほと
んどです。とくにコンサータと抗精神病薬は子どもの脳への影響
は大きいでしょう。またこれらのお薬は発達障害の特徴を根本的
に治すものではなく、対処療法にすぎません。
このため、子どもに対してお薬を使用することは極力控えるべ
きと私は考えています。いろいろと手を尽くした、それでも「に
っちもさっちもいかない」……。そんな場合の最後の手段として
とっておき、使用するとしてもできるだけ短期間にとどめるよう
にすることが賢明でしょう。
対して認可されてないが、
*2/
日本では抗精 神 病 薬
は 自 閉 症スペク トラムに
実 際 には 適 応 外 で 処 方 さ
れることがある。
しみず・まこと
横 浜カメリアホスピタル勤
務。
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