罪をお金で買わされました。

罪をお金で買わされました。
2010 年参議院選挙 公職選挙法違反
著書:武佐忠直
※詳細は、ブログにて
http://blog.livedoor.jp/toyama212/
『悪い思い出は吐き出せ』
『悪い思い出は言ってしまったり、書いてしまったりし
た方が引きずらないらしい。
自分の失敗を良く話す人の方が失敗を恐れない。
失敗を恐れないから、そういう人は良く新しい事に挑戦
する。
対して、自分の失敗を胸の内にため込んで忘れようとす
る人は、引きずりがちかもしれない。
したがって失敗を恐れて新しい挑戦が出来ない。
失敗したら笑い話にしよう。
僕らは新しい事に常に挑戦するわけだから、
少しくらい損したからって、クヨクヨしてられない。』
7 月 12 日(月曜日)※投票日翌日
O くんが、警察に行ったとお父さんから聞き、何の件か話をした。お父さん
は警察がNのポスターを指差し、この件で来たと聞いた。私自身さっぱり見当がつ
かなかったが、このときS館か何かの件かなぁ程度で終わった。その後、S館のあ
とラーメン(屋台村だったかなぁ)という程度でそして、H店?もよぎった。
【取調べ 1 日目】
7 月 13 日(火曜日)
私のことでO君が警察に行ってると思ったので、私から警察へ行くほうがいいと
思っていた。しかし、あっちから出向いてきた。早朝 6:50 ごろ、警察が自宅に来
て、身支度もそうそうにして連れて行かれた。
T警察署
<午 前>
二人の刑事で取り調べが始まった。すごい迫力で怒らた記憶しかない。新聞記事で
「無党派層 3 割」の記事を見せ、「お前はこの無党派層を取り込むために、S館で
T市の若い人をターゲットに開催したんだ。」と言われ、まったくそんな巧妙な気持ち
もないのに、心の中ではなるほど、そういう見方もあるんだと感じた。
イメージ図
<午 後>
和やかだったが徐々にH店での挨拶、そしてお金の支払い、本当にあまり覚えがな
い状態で思い出す努力をしなさいと、かもしれない話で誘導、そして若い人たちが私
を信頼し、皆が同じように事情聴取をさせられ、あなたの事で大変なことになっている。
そんな慕われているあなたがこのままでいいのかと言われ、その言葉が私の心に痛く
突き刺さった。その時の覚えがないまま結論を出した形で、かもしれないからそうし
ましたという形に塗り替えられ、拇印を押しその日を終了した。
S館
次のような調書だった気がします。
「私はS館で「Nの話を聞こまいけ」を開催し、・・・・・・・・終了
後、T村の若い人たちを連れて行くためにH店を予約し、H店では、挨拶に「今日は
来てくれてありがとう。Nさんの人となりを少しでもわかったでしょうか?また、
よろしくおねがいします。乾杯!」と言い、宴の終わりに私が1階へ行き、全額支払
いました。その時の挨拶の気持ちに若い衆に家族や知人にもお願いしてほしい気持ち
もあった。」といった調書だった気がします。
この調書にたどり着くまでに、刑事からS館に対する私の気持ち(Nさんの
人柄をわかってほしいその根幹の目的は、告示3日前、選挙を控えた時期だったのだ
から当選させたい気持ちがある)のなかで、自らがステージに上がりN氏とトーク
ショーを行うぐらい熱い思いの後、T村の若い人たちに個室のH店を自らが予約した
んだからその時の挨拶をするとしたら、どう言います?って具合いで、だったらこの
位は言うでしょうね。
さらに、支払いは覚えがないが、K君が支払い時私の横に居たことを思い出し、
たぶん支払いにK君が気を利かせ、私の次の年長者という思いで、追加でお金を出
そうとしたのを私が拒んだような気がしたのでその点についても話しました。また、
これも”かもしれない”という頭で、集めるのが面倒で私の財布に全額支払える程度入
っていたら全額支払ったかもしれませんね。といっているうちに、パソコンを用意し
パチパチ打ち始めた。そして、かもしれないという文言はないまま、先のような調書
ができあがり、私自身は今日一日の日報、報告書的な意味合いだと思い、安易に拇印
を押しました。のちにそのことが尾を引いていくなんてこの時は少しも思いませんで
した。その後、自宅まで送迎してもらいました。
<午後 7:00>
不安になり、O君のお父さんのところへ行き、若い者に迷惑をかけたと私は泣きなが
ら謝った。O君もそこにいて、今日の事情聴取の内容など話をした。O君があまりに
もしっかりし、私よりも警察にはわからない事はわからないと言っていることを聞き、
安心と私ももっとしっかりしようと決意をしました。
自宅に帰ると、H君から電話があり、1,000 円ずつ払った記憶のある人が何人もい
ること、そして、Mさん全然あんたが悪いと思っていないし、若いもんも立ち向か
ってがんばっていると聞き、更に決意を新たにしました。
【取調べ 2 日目】
7月 14日(水曜日)
<10:00~>
今日も警察が迎えに来たのだが自宅を出る前に、S館の内容の資料はパソコン
にあるかと尋ねられ、会社のパソコンにあるかもしれないということでそのまま、会
社へ向かってパソコンを押収された。
昨日の調書の内容について誘導的なものだったと異議を述べ、「挨拶を支払った金額が
覚えのないままかもしれないという状態で、判を押してしまった。」と告げた。
再度、S館の駐車したところから流れを追って調べられた。
私自身の態度、下向き目線などから刑事は、心を開けと言わんばかりに怒号を浴びせ
てきた。
<午 後>
調べの中で私とスムーズに話をさせようとやさしく若い人たちの話やこの日の話の
流れで納得いく理由付けのできる順序を踏んだ話をしてほしいと言った。記憶のない
部分があるのに話が順序だっていないと怒り、「思い出す努力を一生懸命しなさい。」
と言ってみたり、私の態度によっては、「かもしれないという話をしていただいていい
んですよ。」とやさしくしたりする。かもしれないの理由付けをどんどんしてきて、か
もしれないが事実に変えられそうになるのを避けるのに、途中ダンマリをすると、怒
号や若い人たちの話をする。これの繰り返しが続き、最後のほうでは、「Mさん、雑
談しましょう。」などとなだめてくる。この日は結局、昨日のような供述書はなかった。
<21:00~>
弁護士と連絡を取り、経緯の説明。取り調べの内容や、1日目に判を押した供述調
書のこと、今後起こりうる状況、弁護士が実際動くとき(任意の取調べの状況では動
けない)などを電話で聞いた。
仕事の集金をしたあと、自宅に戻ると不審なワゴン車が近くに停まっているの
をこの時初めて気づいた。以前から張り込みをしていたのかもしれないが、この時から、
逮捕までの 14 日間、調べから帰ってくると自宅近くに交代で朝まで見張られていた。
【取調べ 3 日目】
7月15日(木曜日)
翌朝、気になって外に出るとやはり、同じワゴンが停まり、警察だと思った。私が
逃げずに、自宅に居ることを確認するためだと感じた。そして、このメモを取ろうと
書いた。
<午 前>
今日も昨日同様、真実そして警察の話にペースを流されない決意でのぞむ。長期に
なるが真実はまげない!!(真実→決して票をもらうための宴ではない。いつもの私
たち若い衆でやっている飲み会。年長者がすこしお金を出す。その 1 点)
-------------残念ながらこの日の 2 枚目のメモをのちに紛失してしまった----------------------【取調べ 4 日目】
7月16日(金)
<午 前>
自宅から今日は、隣の市のT警察署だった。
刑事よりポリグラフ(うそ発見器)をかけると言われた。
部屋に入ると白衣の人が2名おり、刑事は姿を消した。指や胸などに装置を取り付け
られた。機器の確実性を証明するために、トランプを用意し複数枚あるなかの 1 枚を
私だけにとらせ番号を順番にいいながら、それを当てるというもの。7 番のカードを
取り、見事にあてた。私は、今覚えていることなら反応するけど、この件の質問で時
間が経っていることや覚えのないことに反応したとしても、このトランプの証明とな
んら関係のないことだと感じた。その手にはのらんぞと感じた。
その後、事件に関する 5 問の質問があったが、特にびっくりした内容だけしか記憶
がありません。
3 問目 H店で本日、会費がいらないと言ったタイミングは?
1.乾杯前 2.乾杯後 3.宴会途中 4.終了前 5.会計後
5 問目 口裏あわせのリーダーは誰?
1.K 2.T 3.O 4.H 5.N
5 問目の質問の時、私は、まず、こんな容疑までかけられているんだ。聞きながら
涙がこみ上げ、一人一人の性格や顔を思い浮かべ、こんないい奴らが、こんなくだら
ない質問の答えにさせられているかと思うと悔しくてたまらなかった。白衣の方に
「こんなばかな、質問をよく考えましたね。ひどすぎます。」というと、「警察から渡
されたものを私たちは読んでいるだけですので・・」私は涙ながらに「すみませんが、
この質問に答えなくていいですか?」
「いいですよ、読み上げ聞くだけでも反応がでるので」と言われた。
このポリグラフの結果は、結局最後まで明らかにされることはなかった。そして、私
以外に 3 名がポリグラフにかけられていた。
<午 後>
S館での趣旨・目的について強く聞かれた。私自身Nを当選させたい気持ち
があったのであろうと何度も聞かれる。
1 日目の供述した私が本当の私であると信じているといい続けられる。調書を正当化
しようとしている。聖一の件(1,000 円集めた確認電話を全員にしたこと)やTの
件(県の公安委員会に取調べ内容をメールしたこと)など、若い衆がいろんな行動を
しているがそれに対してどう思うのか、おまえが止めさせないとダメじゃないかと言
われる。
若い衆の取調べなどの悲惨さもアピールして私を動揺させようとしてきた。
※この日、若い衆の供述がバラバラでO君に皆を集めて、とりまとめるよう
刑事より指示があったようだ。
【取調べ 5 日目】
7 月 17 日(土曜日)
<午 前>
一方的に罪を犯した方向でのトークをひたすらし続け、続いてもう一方の刑事も交
替で話をする。私はほとんどノーコメント、もしくは信用しないをアピールし続ける。
<午 後>
13 名の写真一覧を出される。名前や性格などを一人一人聞かれ、わかる範囲で答える。
私の携帯電話のメールの内容を印刷した 1cm 程度の厚みのある綴りが出てきた。関係
のある部分に付箋が多くつけられていた。過去の選挙活動や 7 区メーリングリストの
内容などを見せられながら、S館への呼びかけのメールやラーメンと書いた件な
どの話をした。
【7 区メーリングリストより 6/21】
「Mです。先般の青年会全体会は都合により出席できなくってすみませんでした。
納涼祭の資料いただきました。今年もがんばりましょう!
本日、先般メールしました、Nさんの話をきくということで、下記のように開催さ
れます。
本日夜 8:00~1時間、S館 T シャツジーパン、仕事着で OK です。
私がステージで、Nさんと対談形式でやる予定・・・
是非、参加をお願いします。終了後、出町でラーメン?ですか?お待ちしてマー
ス!」
今考えると動揺してうまく説明できていなかったけど、「ラーメン?ですか?」は、
行く事を聞いていたことに対してのなげかけと「お待ちしてマース!」は講演会に対
するものですね。今ならちゃんと説明できるのに・・・・
刑事は、私から望んだ答えがなかったのか、今度は、7 区メーリングリストの過去に
私が皆に送ったメールの中に松下幸之助集の文章があり、それを読み上げた。今の私
に訴えたかったのだろう。
~真実を知る~
「人間は、ものの見方一つで、どんなことにも堪えることができる。
どんなつらいことでも辛抱できる。のみならず、いやなことでも明るくする
ことができるし、つらいことでも楽しいものにすることができる、みな心持
ち一つ、ものの見方一つである。同じ人間でも、鬼ともなれば仏ともなるの
も、この心持ち一つにあると思う。
そうすれば、人生において、絶望することなど一つもないのではあるまいか。
ただ、この、ものの見方を正しく持つためには、人間は真実を知らなければ
ならないし、また真実を教えなけれはならない。つまり、ものごとの実相を
しらねばならないのである。
もちろん情愛は大切である。だがかわいそうとか、つらかろうとか考えて、
情愛に流され真実をいわないのは、本当の情愛ではあるまい。
不幸とは、実相を知らないことである。真実を知らないことである。
人間はほんとうは偉大なものである。真実に直面すれば、かえって大悟徹底
し、落ち着いた心境になるものである。だからおたがいに、正しいものの見
方を持つために、素直な心で、いつも真実を語り、真実を教え合いたいもの
である。」
この文章以外にも送ったものも幾つか読み聞かせをしたが、この文章は、2 回読ま
れた。
私は、
「すごくいい言葉ですね。余計に私の真実をつらぬこうと思いました。」と言った。
事実私も強く真実を語ることを感じた。読んでくれてありがたいと思った。おそらく、
刑事はこのことで、私を動揺させようとしたのかもしれないが、かえって逆効果だっ
たようだ。
<帰宅後>
U宅へ行き、U君とGさんに今までのことを報告する。
【取調べ 6 日目】
7 月 18 日(日曜日)9:30~17:30
<午 前>
今日は、迎えに来たとき刑事 2 人ともスーツ・ネクタイでビシッとしていた。車の
中で「どうしたんですか?スーツ決まってますね。」と聞いたが、答えはなかった。
今日は、なごやかな雰囲気の取調べで富山市の選挙違反の件や地積調査の談合事件の
話を聞かされた。
<午 後>
S館からH店までどうやって行ったのかをやたら聞かれる。私自身、自分で行
ったのか、誰かといったのか覚えがないので「覚えがない。」の一点張りでした。
私は、刑事二人に「お二人とも私の性格、考え方、今回の選挙に対する思いも十分わ
かっているのに・・・」と強く話した。私の中で調官が私に対する疑いを感じなくな
ってきていると感じ出した。
裁判の流れや検察庁のしくみなどについて教えてもらった。
片方の刑事が今日はすごく疲れて見えた。
<帰宅後>
同業者の信頼なる先輩のSさんのところに行って、報告・相談する。
また、同業者内で今後私と連絡取れないことでの混乱のフォローをお願いした。
※今日のスーツ姿の件は、後でU君から、T警察署に県警の偉い方が来ている
と聞いた。なるほどと思った。この件で来ているのかどうかは、わからないまま
でしたが・・
【取調べ 7 日目】
7 月 19 日(月)9:30~17:30
<午 前>
私は自分から宣言するように「昨日、この後の流れで検事、弁護士、裁判の話をし
ていましたが、私の真実はかわらず、たとえ、裁判となり有罪となってもまったく後
悔しないし最後の審判ですので、私自身仕方のないものだと思っている。そしてたと
え、若い衆全員が認めたとしても、それは、家族、仕事など長期の負担が限界で認め
ざるをえないと理解してますので、気にせず私の真実を言い続けます。」と調官に告げ
た。
刑事から「今回の件で反省すべき点はあなたにとってどんなことですか?」とあり、
私は「選挙の時期そしてNさんのS館での講演の後にT村いつもの飲み会とい
う、疑われるようなことをしたこと、そしてH店に私がいたということです。」
刑事から「それって反省じゃなく後悔ですよね。」
私も「そうですね、反省じゃなく後悔ですよね。」と自分自身も確認した。
<午 後>
雑談が続く
刑事から「この件が終わったら若い衆、T村の人々が警察自体を嫌いにならない
か。T村の駐在が心配ですね。」
私は「それは、私自身警察の役割、立場は今回のことで、よくわかりました。警察
が悪いなんて思っていません、若い人もケアしたいと思っています。」と告げた。
<帰宅後>
家でU君に電話する。電話の内容は下記に記述
●O君がリーダーで重罪になると言われたことで、O君が調書に印を押
した。と聞きかわいそうになった。
●Y県議が、明日警察に行く
●Y弁護士に相談 明日Y弁護士と面談する
●各自 思いを書いた報告書を作成し提出してみては・・・
【モチベーションを保つためにメモしたもの】
【取調べ 8 日目】
7 月 20 日(火曜日)
<午 前>
雑談
私から、今後のことや警察側へのお願い、思いとして「若い衆も含めて警察の考え
や真実を曲げられたという司法や国に対する思い、これを私も含めて彼らが一生傷を
負って行くことがよいのか考えてしまう。」と告げた。
<午 後>
私から、この状況を続けていいのか、若い衆が何人か調書に印を押し、どういう段
階で警察の上司が判断していくのかを聞いたが、上司のあくまで判断なのでわからな
いと言った。
<帰宅後>
U宅にて U君とGさんと面談
若い衆の調書印を押していないものは残り、3 名。
S君の調書内容を聞き、私は呆然とした。
完全にトップの考えがまったく変わっていなかった。私が調官に伝えたことなどがト
ップに伝わっていない、聞く耳を持たない姿勢だとあらためて実感する。さらに、容
疑のまま変わらずで、S館でも一票投じる依頼があったという完全でっちあげの
内容でひどすぎると感じた。
【取調べ 9 日目】
7 月 21 日(水曜日)
私は、警察に対する不信感と自分自身どうしていいのか、真実をつらぬくことの迷
いがでてきて、法務局長までした祖父と父の入っている墓に取り調べ前に行くことにし
た。お墓に向かって合掌し、「今回の件で、心配をかけてすみません。このまま真実を
貫いてもいいんでしょうか?」と泣きながら唱えてみた。私の心になにも帰ってこな
かった。私は貫いていいと確信しました。見上げると、何人かの若い衆の先祖の墓が
見え、さらに視界を広げると、私の中でこの墓地全体がT村全体のように見えました。
申し訳ない気持ちで涙が止まりませんでした。
<午 前>
昨日のU家での話にあったS君の調書の内容を言いました。そのことに関して
も、調書をU君がメモして私に見せてくれたというと、本当の内容かどうかわから
ないと私に触れられたくないような感じでした。調書について私から「警察トップの
考えが全く変わっておらず、長期の取調べが疑問です。」といいました。「トップの方
の人間性、警察組織、これが正義だとしたら大変なことだ。」と非難しました。。「若い
衆が何人か調書に印を押したことも知っているが、仕事、家族の負担で印を押したと
思っているので、この点については各自自由だと思う。ただ、お二人についてはそう
いった警察組織の流れで行っていることも十分わかっているが、この程度の理解をし
ていない上司のいる仕事、組織に勤めているお二人はいかがなと思います。」と私から
の話をしたが、反応はなかった。その後、墓参りに行き、その時の上記のような思い
も伝えた。
刑事から「課題としてH店で、もしN一票と言ってあなたが若いもんから見てど
う考えるかを今日帰って考えてほしい。」と言われました。
私は、「考えてみてもいいが、ひとつ思うのだが今回の飲み会ひとつとりあげても、私
たち側は、いつもの飲み会でいつもどおり楽しい酒の会、交流の会というスタンス。
そして警察側のシナリオの飲み会のスタンス、その点が始めから架け違っている。私
たちは素直に覚えていることは覚えている、わからない所はわからない。それは別に
今回のことでなくても、いつもの集まりでも同じレベルの流れ的な観点でしか見れな
いし、そちら側のこうなればこうなるんだからという順序だてた流れで発生し、その
思いや記憶というものが思い出せば明確になるものであるということは、必ずしもあ
りえることではないと思います。警察の流れの中に我々の流れを引き込もうとしてい
るから、若い衆、そして私の話がバラバラで違っている、覚えがないと偽って見える
んだ」と客観的に思いました。
「警察の皆さんは、毎日の仕事に追われ、我々一般人の生活のコミュニケーション、
こちら目線の感覚や経験がないから私たちの話が理解できず、このような平行線をた
どっているのだと思います。警察の中での上下関係、私たちの上下関係を同じように
思っているような発言が出てくるのもその証かと思います。」
私は、「その供述書にS館では 1 票と書いてあったのですが、全くもってありえ
ない話ですので私は警察は固定観念で○党の個人演説会ぐらいのことは、ある。私
が始めから言っているS館の目的について上の人は聞く耳をもたずでショックだ
った。この感覚、ボランティアや町のコミュニケーションをしていない方々の考えな
んだと感じた。」
以後、二人の刑事とざっくばらんに話しているうちに少しずつ警察への不信感(二
人に対してのものだったのかもしれないが・・)は少なくなっていった。私自身も感
覚的に白に近づいている気がしてきていた。一方では若い衆の調書を含め、難しいの
かなという不安もかすめていた。
【取調べ 10 日目】
7 月 22 日(木曜日)
<午 前>
私の警察への不信感や凝り固まった考え方という言い方でそういった考えをなくす
よう言う。また、S館の目的にN応援の気持ちまた、その度合いについての話
を詰めてくる。刑事は、「あなたの思いは理解できるし、S館のときにあなたから
1 票入れてくれと言ったような人間ではないと思っている。」と言ってくれた。
<午 後>
H店の翌日、7 区メーリングリストに私がNスピーチがどうだったのか、そして
H店のことで「祭りの 3 次会楽しかった。」とメーリングリストに発信している。この
ことで、私自身も祭り 3 次会の宴会だったということが記憶になかったのと、今まで
祭りに 1 次会・2 次会があったことすら知らないと、今まで言っていた事と、ひっく
り返されたような気がした。そして、刑事から「祭りの 3 次会にしておこう」という
話があったことについてどう思うかと質問があった。私は、早合点し、「私が言うわけ
ありません。」というと、「あなたではなく、誰かが言ったんでは?」と言ったので、
「わからないが、言ったとしても私の思うニュアンスでは、祭りの 1 次会 2 次会とあ
ったからか、今日そのタイミングで集まったメンバーが祭りメンバーの一部ではある
が、延長線で 3 次会の位置づけだね、といった意味だったからそう言ったんだと思い
ます。「しておこう。」ということは、本当のことがあって、そうだけど、まずいから
これにしておこう。」ということですが、選挙の宴のことだと言いたいと思いますがあ
り得ません。私はどっかでまた作られた話だと思う。」と言った。
私は「今まで、ずっとお二人と話して、票を集めるためにこの宴を開いているとお
二人は思ってないはず・・・」と二人に向けて独り言のようにつぶやいた。
刑事は「それは、ずっと見て聞いて感じられない部分もあります。わからない、覚
えていないでは困るんです。」
私は「でも、本当に覚えがないんです。この件の前日にも心当たりとしてH店ではな
く、屋台村だと思っていたぐらい、いい加減な記憶なんですから」
続いて刑事は、「それもわかってます。そんなあなただから、困っているんですよ。」
「すみません。」と返事した。
※今思えば、このころから刑事も大分こちら側に理解を示し、グレーに近い白だと
感じてきたのではないかと感じた。
7 月 23 日(金曜日)取調べ開始より 10 日が終わる。
本日は、取調べがなかった。仕事をしに、会社へ行く。
この日に感じたこと
<警察が白方向の見方に変わってきたとして>
・全員の記憶もあいまいで、バラバラ、まとまらない。そして主犯格の私は最
悪で。この状態で時間がたって立件できない。棚上げ状態。
<警察が自分たちの手柄しか考えていないとして>
・調書の印を順次押させ、M以外全員押せば、立件できる。あとは、武佐を
逮捕して無理やり供述させ立件まで持っていく。
【取調べ 11 日目】
7 月 24 日(土曜日)
<午 前>
S館とH店の関連性、普通、会合の後の宴は会合の話題がもっとあってもいい
のではないか。別という考え方はどう考えてもおかしい。T君に対する今回の位置
づけがかみ合わない。
<午 後>
T君と取調べ期間中に会っていないかと会ってもいないのになぜか、聞かれた。
「S館でやるときまたは、当時でもいいがH店の宴をやることで、公職選挙法に
触れると感じなかったか?」と聞かれ
「全く感じませんでした。」というと、二人は愕然とした様子でした。
「青年局長やいろんな選挙に携わり、選挙のときは飲み屋が暇になるなど、一般常識
的に見ても普通考えるんじゃないんですか?」
「その時は、全く感じなかったし、思いもしませんでした。単なるラーメンでも食べ
るんだというつもりの程度いしか考えていなかった。」と私が言うと二人は納得いかな
い顔をしていた。
刑事「H店の一番大事な 2 シーン(挨拶・会計)すらも覚えていないなんて疑われ
ても仕方ないし、また、あなたは 2 つの選択肢しかもうない。
①あなたの思っていることが真実ならしかりと説明をし、納得できるもので話す。
②嘘ならば、真実を明らかにする。
この 2 つのみがあなたの責任。
せっかくいろいろ話してきて信じようとしてきたのに、肝心な所で信用できない話
やわからない話がでると私たちも信じたいのに信じれなくなる。」
刑事「どうして、S館とH店を別々に考えるのか?」
刑事「若い衆、警察に言ってくれと誰も反抗せんだよ。このこと(選挙違反)を知
っていたからじゃないが・・」私はこれを聞いて、誰でも警察に来いと言われ
れば悪いことをしていないからこそ、一般人は行くんじゃないかと感じていた。
<夜の部>
いよいよ、捜査 2 課の上司が登場してきた。
上司「T君が大変なことになっている。自分が、取りまとめのナンバー2 だと
思われていると思い込み、起訴されるとつらい思いをしている。あなたは、
それでいいのか!リーダーをしていて皆に迷惑をかけている。あなたの真実
を言わない事で皆が困っている。本当のことを言いなさい。県議、市長、い
ろんな人が祭りの 3 次会ぐらいでと警察に来ているようだがそんな人たちに
そんなことを言わせていいのか!」
私は「私がそんなことを言わせたわけではないし、T君のことは気になるが、
警察の取り調べのせいでそうなっているんじゃないか。」と告げた。
【取調べ 12 日目】
7 月 25 日(日曜日)
8:45 自宅に電話があり、Yという方から、甥っ子が警察の取調べで困っている。
H店で票をお願いしたと言っている。あなたが本当のことを言わないので甥っ子も家
もおかしくなっている。早く本当のことを言って欲しいと。私はすごく辛かった。動
揺した。
<午 前>
今日も上司の調べで初日の調書について、すごくこだわっていた。
上司だと言う事で、少しでもわかってほしいと、私は訴えて言った。「今、私も若いも
んも取調べでつらい思いをしているがでも、もっと長い目で見て真実を持ち続けるこ
とが大切だと感じている。
これまで、若い衆は、いろいろと傷つき、悩んだと思う。また、家族や仕事について
も大きな負担を感じ辛い思いをしている。私も同じだが、今辛いからではこの件が終
わった後、きっと仲間として自分の人生もこの後、きっといい形になっていけるとは
思わない。そして、傷ついた心を警察も早く癒す方向でお願いしたい。でないと、警
察に対する考え方がみんな変わってくるし、駐在さんにもよくないと思う。私の取調
官 2 人は客観的立場でお話し、私自身は警察の調べるという立場は十分理解している。」
と宣言するように言った。
上司「あなたの向かっている方向が違うんじゃないの?真実に向かずに警察に向かっ
ているんじゃないの?」
私「警察に全く向かっていません。真実のみです。」
私が妻と昨晩、自分は忘れやすい性格について妻があなたはいつもそう、私もよく
16 年間やってきたという妻との会話をした。
上司「私も 40 歳過ぎるとよく忘れるよ。」私は上司の言ったことが理解できなかった。
今まであんなに、私が覚えていないわからないと言ってきたのに・・・・
<午 後>
上司「H店のあなたの挨拶で、若い衆から「今日はありがとう。Nさんの人柄
少しわかったでしょうか?よろしくお願いします。乾杯!」という話だった
と聞いているが、覚えている?」
私「覚えていません。」
上司「ポリグラフの反応があなたは、敏感に反応してるんだけど、挨拶の件どう
思う?」
私「すみませんが、ポリグラフの質問で挨拶の件って 5 種択一だったと思いま
すが、どんな答えでどう反応したのですか?」と逆に聞いたが、上司からあ
いまいな答えではぐらかされた。
T君の反応について、また話をしてきた。
「どうしてT君は、悪く考え起訴など
まで考えているのかなぁ?」と聞いてきたので「いろいろな状況の中で現在の
ようになっているんじゃないでしょうか?」
私は、T君の状況は、初日の取調べの内容を公安委員会にメールしたことまで
は、知っていたがそれ以外彼のことは知らなかった。
上司「T君が「祭りの 3 次会ということにしよう」という話があったというけ
れど、祭りの 3 次会って普通 1.2.3 次会があるとすると 1 日で終わるときに
使うんじゃないの?」
私「普通はそうでしょうね。わからないけど、1.2 次会が以前にあって、今日は
また、祭りのグループだったから 3 次会目だねの程度だったと私は考えます
が。私はあまり覚えていないし・・・」
上司「でも、あなたのメールに 3 次会ってあるよね。」
私「その件については、私もビックリし、その程度の記憶です。申し訳ありま
せん。」
※よく考えたら、7 区のメーリングリストにS館の参加の感謝と祭り 3 次会だ
としているだけで、別にH店参加者全員に送ったわけでない。
<帰宅後>
U君に連絡
調官が上司になったこと、T君が心配であることを伝えると
U君からは、T君は真実を通している大丈夫。Mさんもがんばれと言っている。
と聞き安心した。
【取調べ 13 日目】
7 月 26 日(月曜日)
<午 前>
昨晩の考えていることを話した。
H店の挨拶で「Nさんの人柄どうだったでしょうか?」と言った覚えがないこと
Yさんから甥っ子の件で電話があったこと。
私「確かに私が真実を明確に言う立場にあることも認識し、一方で親戚の方まで
迷惑をかけ、もしかしたら同じように若い衆に迷惑をかけている中で、挨拶に
ついて覚えがない。終わりにしたいために、あえて思い出したとか、間違いな
いなどと言っても、当然真実でもないし、私の中でうやむやな形となって終わ
るのは納得いかないし、よくないと思っています。」と告げると
上司「十分わかっているのは、この件に関し、票を集めるためのS館、H店で
ないことは私たちも理解している。H店の挨拶で票をお願いするような発言も
ないと理解している。青年局長として、選挙活動をやっているあなたが、S館・
H店の流れでやれば、まずいなぁって第三者から見ても思わないと言う
のはおかしいと見えますよね。」
私「そう思われても仕方ないと思います。ただ、私の局長としての肩書きはあり
ますが、実際選挙組織の中で、例えば市議の皆さんを見ていても、候補者のた
めというよりも自分の立場やT市連もしくは県議のためぐらいしか思いはあ
りません。そんな下で青年局だって当然そういう人たちを見て動くわけですか
ら、その程度の思いしかありません。逆に疑問を感じるときさえ、あります。
そんな思いの中で運転手や旗振り、事務所当番、ガンバローコールをしていて
も、結局は与えられた役職だから仕方がないぐらいの気持ちで、できるならあ
んまりやりたくないのが、本音です。また、本来なら積極的に前向きに活動す
るならなおさら、選挙違反のことについてもちゃんと理解し、注意すると思い
ますが。こんなモチベーションでいやいやしているわけですから、この件につ
いて、全くまずいとか、やばいとか考えるすべもありません。言い訳に聞こえ
るかもしれませんが・・・・・私の無知さがこの件のすべてを引き起こした原
因だとつくづく思いました。それによって多くの方に迷惑をかけてしまった。
ため息ばかりです。」
上司「H店の挨拶の中で若い衆の中にはNに一票投じるよう言ったということも
あったようだが・・」
私「どう捉えられたかは、わかりませんが、そんなことは思ってもいないし、言
ってもいないです」
上司「あなたがこの宴が少しやばいと言う話がその時あったというが、どうだった
んですか?」
私「絶対無いです。あったとしたらそれは最初からこの宴がまずいと思っていた
ことになります。ありえません。」
上司から元の調官に交替
私「この件が終わったら、若い衆のところへ個別に周り、謝りたい。最後に全員
集まって終えたい。」
刑事「皆で会うのはもっと先のほうがよい」「どうしても理解できないのがこの件で
飲み食いがまずいと気づかなかったことがまだ少し理解できない。」
私「H君の提案があってから、警察につれて来られるまで、全くその件について
まずいこととは本当に頭にうかばなかった。その感覚が理解できないと言われ
れば、情けないけど私自身もそう思われることは理解できます。でも、そうな
んです。U君にS館でT村の若い衆とラーメンでも行って来るんでと本
当はS館を企画したスタッフで宴を開くのが本筋ですが、H君から聞い
ていたこともあって、悪いなぁと感じていました。まずいと知っていればラー
メンだからまっいいか、大丈夫って思うし、更にH店を予約した自分は、全く
疑う余地もありませんでした。
【取調べ 14 日目】
7 月 27 日(火曜日)
<午 前>
刑事「H店をどうして選んだんですか?まるたかやじゃダメだったんですか?あえ
て誰もいない個室でやる意図があったんじゃないんですか?」
私「若いもんからまるたかやと言われればそこに行っていたでしょう。まるたか
やに行っていたとしても、もしかしたら、各テーブルを回り、「今日は来てくれ
てありがとう!」って御礼は言ったと思います。」
私「H店は獅子のときにも使っていたし、おばちゃんとも仲良しだった。そして、
Tさんの国政報告会にも使ったりしていたから、別にこの部屋がいくつもあり
簡単な間仕切りがあってもやっていたと思います。個室にこだわっていたわけ
ではありません。」
刑事「H店での宴の流れについて教えてください。」
私「おそらく、ビールを数人分注文し、その後食べ物を注文していると思う。入
口に近い者かよく気のつく人が仕切って運んだりしていたと思います。本当な
らありがとうと言いながら、各人のところに私が注ぎに回らなくてはならない
が、結構億劫な人間なので挨拶だけにしました。恐らく参加した心境は、S館で
緊張しながらステージでトークショーを終え、自分にお疲れ様的な気分で飲んで
いたと思います。」と答えた。
<午 後>
夕方か、夜だったか覚えがないが、取り調べも硬直し、穏やかな雰囲気の中
刑事から「別の刑事が来ることになって、今後はその刑事の調べになるから」と。
私は、裏切られたような気がした。14 日間も一日中、話をし、口では言わなかったが、
私のことを理解していてくれた。そそくさと、刑事が調べ室から出ようとしたその時、
刑事が「Mーさん(彼が途中で私につけた呼び名)、真実を貫いてね。きっと白に
なるから。この言葉は、墓場まで持っていってくれ。」と私は、わかってく
れていたんだといううれしさで、涙をこみ上げながら、
「はい、ありがとうございます。」と答えた。そのまま、その刑事さんは調べ室から
立ち去った。
刑事がかわり、体格のいい、強面でやくざ風な風貌の刑事に交替した。
話をしている途中、取調室の外側がバタバタとあわただしい音が聞こえていたので、
私はほかの事件で取り込んでいるんだと思っていた。
刑事「今までの取り調べ内容とか、全然聞いとらんけど、なんせ、6 月 21 日にあ
ったことをもう一度、一から俺に話してみられ。」
私「6 月 21 日に午後 6 時に準備をし・・・・・・・・・・・・H店では・・・」
刑事「それだけか!全然ダメだね。(ドアを開けたまま)7 月 27 日午後○時○分
逮捕状がでたので、公職選挙法違反の容疑で逮捕!」取調室に警官が何人か入
ってきて、逮捕状を見せられ、手錠を架けられた。
私「どうして、こうなるんですか・・・・・」と私は下を向き、涙を流しながら
うなだれた。バタバタしていたのは、その準備のためだと後で気づいた。その
まま、私は、警官に連れられ、車の中に手錠をしたまま乗せられました。ショ
ックで車の中も下を向いたままでどこに連れて行かれているかも、全く興味も
ありませんでした。
N警察署
留置所に連行
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
どこに連れてかれたかは、わからなかったが、留置所に到着した。
和室6帖
和室6帖
ここから弁当
や本などの出
入れがある。
【イメージ図】
和室6帖
早速、看守より、服をいったん脱ぎ、施
設の仮の服に着替えた。さらに、持ち物
を全部取り出し、持ち物一覧表に看守が
すべて記入したものに捺印した。
その時の注意事項として、名前や素性
などは、一切中の人間と話さないように。
素性がわかると釈放されてから連絡を取
ったりして巻き込まれたりするから・・
ということだった。
私の名前は番号で 212 番と呼ばれる。
細かな施設の注意事項なりは、その時説
明があったが、逮捕の動揺で覚えていない。
【イメージ図】
【留置所の決まりやスケジュール】
○部屋に入るときは
「212 番入ります」でサンダルを手で揃えて入る。出るときも同様に「212 番出ま
す」という。出た後は、必ず全身チェックと、金属探知機でチャックされ、手錠を
架けられてから、移動する。
【拘置所スケジュール概要】
7:00 起床→布団を外のローカーに収納→歯磨き
(タオル・石鹸・歯ブラシ・歯磨き粉)
7:30 朝食
【イメージ図】
点呼-看守 5.6 人で各部屋を回り、私たちは、牢屋の入口に定位置に座る。
施設員が大声で被疑者番号を言い、「はい」と返事する。
運動-時間は 30 分間 運動する 15 帖程度の部屋に行き、運動をするか、タバ
コ 2 本、髭剃り、耳掃除
清掃-牢屋内の掃除を自ら行う。ほうきと雑巾とトイレブラシを与えられる。
9:00 このぐらいから、取り調べのあるものは、「212 番調べ!」という看守の
掛け声で、別棟の取調室へ連れて行かれる。裁判待ちで取り調べのない
者は、本などで時間つぶしをしている。
12:00 昼食
13:00 取調べ時間
18:00 夕食
就寝の準備で、朝と同じように、布団をロッカーから取りに行き、歯磨きをする。
21:00 消灯
※差し入れは、本と服そして、限度額 3 万円まで
※この 3 万円で、使用する洗面用品やたばこ、お菓子類を購入できる。
(私は結構お菓子を注文したが結局 1 万円は、使わなかった。)
※月曜日と木曜日に入浴がある。一度に 4 人入れる浴場。30 分間
(頭がかなり、かゆくなっているので、シャンプーをたっぷり付け、2 回洗
う。髪の毛がかなり抜ける。)
※お菓子(チョコ・せんべい・ビスケット・コーヒー牛乳・牛乳など)が火曜
日に注文できる。だたし、木曜日に配達される。
食べれる時間帯は、9:00~18:00 まで
※本は、3 冊まで牢屋に入れることができる。被疑者ノートとボールペンも入
れることができる。恐らく、凶器とならないようにペン先が丸くなっている。
【イメージ図で・先の丸いボールペン】
【身体拘束と刑事手続きの流れ】
逮捕→勾留 10 日→勾留延長 10 日→釈放(不起訴・処分保留)か起訴
→釈放(略式命令)か 起訴(裁判)で裁判まで勾留(約 1 ヶ月以上)
→裁判→無罪(釈放)か実刑
<私の場合>
2010年7月
日
月
火
水
木
1
金
2
土
3
4
5
6
7
8
9
10
11
投票日
12
15
16
17
18
19
13
14
任意取調べ
警察調書
砺波警察署
20
21
22
23
24
27
逮捕
28
留置所
29
30
31
火
3
水
4
木
5
金
6
土
7
勾留延長
9
警察調書
10
検事調書
11
12
13
14
16
17
18
19
20
21
25
26
27
28
高岡署
ポリグラフ
砺波警察署
25
26
2010年8月
日
月
1
2
8
15
検事調書
略式起訴
22
23
24
29
30
31
【取り調べ 15 日目】
7 月 28 日(木曜日)勾留 1 日目
被疑者ノートがなかったので、記載なし。
【取り調べ 16 日目】
ここからは、弁護士から与えられた、被疑者ノートにから抜粋
7 月 29 日(木曜日)勾留 2 日目
11:00~12:00 14:00~17:30 19:00~21:00
刑事から、「お前は、俺に全然心を開いていないし、信じてもくれない。無理はしな
くていいが、いつかは、心を開いてほしい。T警察署での 14 日間で話したこ
となどは、前任者から聞いていないので、ゼロとして一から話してほしい。」
私は愕然とした。いったい今まではなんだったんだろう。そして、前任者なり、上
司から聞いているが、私が、すべて前任者に話してもう話すことはないと言われる
のがいやだったから、そう言っているのか。いろいろ考えてしまった。
刑事は「S館を公示前の事前運動活動で、Nを公示前 3 日に行うと言うこと
はどう考えても投票を促すものですね。T村の若い衆の供述書にお金の点で全
額払っていると言っているんだし、あなたは覚えていないと言っているが、そ
んなことはありえない。昨年のTの時も飲んだのか?」
「覚えていません。」
刑事「若いもんが、あなたのために、がんばっているいるのにあなたは、何をして
るんですか!あなたが、引き起こしたことなのに!」
私は、刑事の目を見て話は聞いているが、それに対して考えていないように見えた
のか(実際私自身も聞いているふりだけなのですが・・・)怒鳴るように「私の話
をちゃんと、聞いてくれ!すべて、俺の話が無駄話じゃないか。」と私は見透かされ
ている、さすが刑事だと感じた。刑事の聞いてくることに私の返事が聞き流してい
る感じでおもしろくないよう。
明日まで、彼らの気持ちを考えてくるよう努力してほしいと聞く気がないなら、取
調べをさっさと止め、それなりのことを考えなくてはならない(処分のこと)。と言
われた。
【取り調べ 16 日目】勾留 3 日目
7 月 30 日(金曜日)
10:00~12:00 13:30~17:00 19:00~20:30
刑事「昨日はいろいろと責め、あせりすぎてごめんね。反省してるよ。昨晩、いろ
いろこの事件のことを調べて少しあなたのことを理解できたよ。昨日の取り調
べはよくなかった反省してるよ。」とそれに対して、うれしそうな顔を見せる
と、昨日までしかめっ面だった私の顔を見て刑事もにこやかになった。
刑事「T村の若い衆のリーダーとしてこの件について責任をちゃんと取らないとだ
めじゃないですか。中にはもう忠直さん認めてほしいといっている人も結構い
るんだから、考えてみてはどう?」
私は「すみませんが、14 日間の時にも刑事さんに言っていましたが、私自身がこの
ような取調べを受け、彼らも同じような取調べをさせられた中で、若い衆がこ
う思っているとか私に言っても聞き入れられません。刑事さんからの話ではフ
ィールターをかけて言っているしか思えませんので、信じれません。」私自身、
刑事から若い衆の話のことを持ち出されても、全く信用できなくなっている自
分を感じました。
時おり雑談をしながら、T署での刑事の取り調べ方に否定的で、そのときの刑事
を馬鹿にしたような発言がたびたびあった。
また、弁護士に対して、弁護士を信用してはいけない。といった話もした。
【取り調べ 17 日目】勾留 4 日目
7 月 31 日(土曜日)
10:00~11:30 14:00~16:50
この日も刑事からの一方的な話であった。
刑事「T村中そして、若いもんに迷惑をかけ、あなただけが責任を取ろうとして
いないじゃないか、それでいいのか!この後どうしたいのか考えてほしい。」
私は返事しない。
刑事「祭りの 3 次会にしておこう」「1,000 円集めたことにしておこう」が現実に
あったことで、このことも踏まえて若いもんのことを考えておいてほしい。」
私は返事しない。
刑事「Mさん、あんた、このまま時間が過ぎればいいと思ってるんじゃないが!」
私は返事しない。
刑事「何度も言うが、今までの調べはないものとして、一から始めよう。頭を真
っ白にして話してください。その時の刑事は、あなたを白といっていたと思
うが・・・前の刑事に心を開いていたようにその 10 分の 1 でもいいから、
俺に心を開いてくれよ。」
刑事「日もないから、自分でどう決着をつけるのか、落としどころを見つけんな
んあかんぞ。あなたは、いったいこの件でどういう責任を取り、どうしてほ
しいと思っているの?罪は軽いのだから、認めたらどうですか。交通違反の
罰金程度やないけ。」
刑事「弁護士の先生なんて言うとったけ?」
私は「あなたの真実でよいから・・と言われました。」
刑事「この事を家に帰って、子供に説明できるんですか?奥さんにも話を聞きま
した。奥さんは「子供だけは守る」って言ってらっしゃいました。」
刑事「T村の正義っていったい何?それがT村か!警察がそんなに悪いのか!そ
れより元々、お前が悪いからだ!」
刑事「今まで、私が考えていてほしいとあなたに言ってたのに、全く話も聞いて
いないし考えてもいない。私に失礼じゃないですか?聞いているふりだけし
て、腹黒いですね。私の取調べを拒否したいなら、そうしたいと言ったらど
うですか!」と切れそうになっていた。
<勾留され 3 日間の取り調べの感想>翌日書いたもの
最初から、一貫して具体的な話より考えておいてや心を開けや固定的な概念、心の
鍵を開ける、前の刑事の取調べはゼロにしてなどを言い続けている。
しかし、一方少し具体的な話をしてきたり、私の信念を事実関係から説明できるのか
や若い衆、T村、子供、妻そして刑罰的な話をしたり、取調べの話に流れがなく時々
焦りや感情を抑えたりする場面が見られる。(「取調べを拒否してもいい」とか「どう
したいのか、落としどころを見つけておいで」や「このままこの状態を過ぎていくの
を待っているのか」など)-結局全然取調べが前に進んでいない
【取り調べ 18 日目】勾留 5 日目
8 月 1 日(日曜日)
13:20~16:20 18:30~21:00
刑事はまた、昨日の調べで怒っていたことに反省していると言う。
T市での調べでいったい何があったのか?警察に対してどのくらい敵対心、不信感
があるのか?そして、1 日目(調書を書いた日)の取調べからなぜ、一変したのか?
を聞いてきた。
私はそんなに敵対心はないし、警察の立場も理解していることを告げ、1 日目の件
は誘導されただけと言う。
この刑事は、結構擬人法的な言い回しが多く、「あなたの反応はぬかに釘を刺して
いるようだ。」とか、高校野球で今回のT村の人々が警察にいろいろ言ってきている
のか、「試合中、打ったバッター(私のこと)がファールかホームランかぎりぎりの
玉を打ち、どっちかわからないとき、審判がファール(黒)と判定し、地元の観客
席からホームラン(白)だ!!と大騒ぎ。球児たちもファール(黒)と認識してい
るのに外野(T村の人)がうるさく、そのうち外野からビンをなげ、球児たちに当
たってけが(余計状況を悪くしている)をする。そんなような状態じゃないか?」
と言い回しをする。恐らく、わかりやすくたとえ話をして具体的に表現しないよう
にしている。
私は、刑事に「T村は昔から合併の時もそうでしたが、とっても結束力が強く、
行事や町内活動も活発で一つにまとまるすばらしい地区なんです。そして、獅子舞
や祭り、左義長など多くの地区民が参加し、若いもんは一生懸命参加し、年配はそ
れを応援する。私自身もそんなT村が好きだから、日ごろでも仕事や自分のことを
裂いてでも、T村のことに参加するようにしています。だから、そんな一生懸命や
っている若い衆にも私自身できるだけ貢献しようと日頃から考えています。」
私は、切羽詰まり、泣きながら「私自身が刑事さんから考えてくれ、どうなんだ
とか多く言われますが、今まで十分取調べを受け、頭も混乱し、刑事さん自身も私
のために一生懸命考えてくれている。いろんな意味でプレッシャーです。」という
と、刑事も動揺したのか「あなたに、もう細かいことを聞いても無駄だと感じてい
るよ。あとは、若い衆やT村のことを考えて、最後はどこに着地するのか、どう責
任を取るのか考えてください。信念を通すのか、罪を償うのか。私自身もこれで心
が折れました。」
取調べを終え私は、この被疑者ノートに弁護士に聞きたいこととして次のように
メモしてます。
事実関係はどうなっているのか?(支払ったお金のこと。祭りの 3 次会ということ
にする。お金はいらないとその場でだれかが言ったこと。若い衆は本当に私が票を
促しているように見えたのか?)・落としどころをどうしたらいいのか、相談する。
この告示 3 日前のこの行為が間違われることだったのか、若い衆がS館の後
の宴を行う事で、勘違いするような行為だったことは、認めるべきか?
押収されている会社のサーバーパソコンを早く返却してほしいこと。(家賃請求など
の業務に支障をきたす為)
このことは、翌日弁護士に相談したがすべて、ノーでした。がんばりなさいでした
ので、私も少し、めげそうだったのですが、がんばる気がでました。幾度か弁護士
接見をしますが、お会いすると勇気が出ます。私の唯一の心の支えです。
【取り調べ 19 日目】勾留 6 日目
8 月 2 日(月曜日)
10:00~12:00 13:50~17:00 19:00~21:00
この日は、ほとんど雑談。特にこの刑事は、暴力団関係にたけた刑事らしく、暴力
団事件のエピソードを交えながら、私を和ませようとした。、また、富山市の公職選挙
法違反は今日、終わり、罰金 30 万円で終わったことを私に知らせた。刑事は「今回の
件も、たかが罰金で終わるんだし、あなたもそうしたらどうですか。」と罪が軽いのだ
から認めるような話をした。
刑事は「昨日お願いした、着地点のことは、どう考えていますか?あわてなくてい
いけど」私「なんらかの、着地点は考えています。信念を通すのか、公職選
挙法違反だと認識していない自分に対する反省として考えるのか?を」
<取調べを終えて>
今日は終始、雑談だったが、途中雑談から無理やりこじつけながら、事件の犯罪性
の方向へ持っていくことが何度かありました。以前と違い、やわらかい口調だったが、
やはり焦っているように見えた。
一部の人がH店のことが票の取りまとめの宴と思った人がいるとしたら、自分はそ
のつもりがなくとも、そう思わせた自分の責任。これをどう考えるのか非常に苦しむ。
そして、こう考えることが、取り調べによりそう感じるようになったのか、もともと
H店に座って感じたのか、錯乱している。
【取り調べ 20 日目】勾留 7 日目
8 月 3 日(火曜日)
10:00~12:00 18:40~21:00
今日もほとんど雑談
T君は、若いもんからラーメンに始めから誘われていなかったことが刑事から告
げられビックリした。
刑事「君の言っている決断とはいつごろを考えているのか、教えてほしい。若い
衆の再取調べをやっていてその内容については、あなたに報告したいと思っ
ていますが、今のあなたの状態では、その報告すらもあなたの都合のいい所
のみ理解して、悪いところは警察が言わしていると思っているでしょ?それ
なら、そんな取調べしませんが、どうですか。」
私は「やめて、結構です。」と告げた。
刑事「あなたと普段からあまり付き合いのない若い人がH店でのあなたの挨拶を
見たらどう感じると思いますか?また、彼らはまるたかやからH店に場所が
変わって変だと感じていた。そう思った人がいるのだから、あなたはそれに
対して責任をとるべきじゃないですか?」かなり、怒った感じで話してきた。
私、反応なし。
【取り調べ 21 日目】勾留 8 日目
8 月 4 日(水曜日)
10:00~12:00 15:30~16:50 18:30~20:30
再度、H店の流れと祭りの 3 次会、メールの流れなどおかしくないかと聞いてきた。
刑事「私から言う若い衆の取り調べ内容の話をどうしたら、あなたは信じてく
れるんですか?警察を不信に思っているのは、どうして?」
私「だって、私も彼らと同じ、このような取調べを受けているからですよ。
罪があった方向へ持っていく誘導的な取り調べですからね。だから、彼ら
の話を聞いても、警察のフィルターをかけた話なんか信じれません。」
刑事「あなたは、これだけ、一生懸命つっぱねているのには、あなたの背中に
何か背負っているものがあるのではないか?なにがそうさせているんですか。
あなたは、議員になりたかったという話も出ていますよ。」
私「とんでも、ありません。議員の話は恐らく若い衆が私が出たらいいと言
う話しからそうなっているんでしょうね。会社に借金もあるし家族も認めな
いと議員に出るなんて無理だし、もともとなりたいなんてありません。声かけ
てもらえるのは悪い気はしませんが・・・背負っているものは何もありません。
私は純粋に真実のみを貫きたいだけです。」
刑事「でも、事実は、覚えていない、わからないばかりでどこに真実があるん
ですか?」
私「私自身確かに、わからない部分ばかりですが、思い(票をとるために供
与してはいない)はちゃんと覚えています。不思議なことですか?」と逆
に投げかけるように答えた。
刑事「今日は、この後、検事さんと面談するので、ちゃんといろいろ聞いてく
ださいね。」
と言われ、午前中を終えた。
午後から、私は検事というのは、男性の中年ぐらいの方かと思っていたら、二十代
後半の女性の検事さんだった。内容を箇条書きする。
1.○党への取り組み
2.S館開催の考え方
3.Nへの思い
4.若い衆の私との位置づけ
5.H店での記憶
6.今回の反省点
5 以外は熱心に聴いてくれ私自身もうれしく感じた。この時は気づかなかった。
検事と警察がグルであることが・・・
検事「明日は、調書を取ります。あなたなりに、きちんと順を追って説明できる
ようにしておいてください。」と言われ、私は 1 日目の調書の重さを知ってい
るので「弁護士と相談します。」と言った。
夜の部は、あまりノートに記載していないが、どうだ、どうだ、どう思うと言う追
求トークが終始続き、最後に、刑事が「おまえは、警察に宣戦布告したな!」と怒号
を浴びせられた。後日、この警察に宣戦布告したと刑事が言ったことなのに私が言っ
たことになった。
<弁護士接見>
弁護士からは、このまま信念を貫くよう言われた。今日は検事と会い、10 日勾留延
長になると言われた。弁護士からは、10 日延長はありえるが、この後、裁判になる可
能性は低く、不起訴になる可能性が高いと言われ、私は可能性を信じた。
【取り調べ 22 日目】勾留 9 日目
8 月 5 日(木曜日)
13:00~16:40 19:00~21:00
<検事調べ>
昨日と同じ。上記 6 つの点について聞かれた。その中で、私は「宴を主催したのは
私のように言っておられるが、会場を段取りしただけです。別にまるたかやでやると
いうのなら、まるたかやにしてたと思います。」と答えた。
<夜の刑事調べ>
この日は、一変して私のことを侮辱したり、私のことを‘おまえ’と言い出し、私
もこの日を境に、黙秘しだした。
【取り調べ 23 日目】勾留 10 日目
8 月 6 日(金曜日)
10:00~12:00 19:30~21:00
刑事「もう俺の話を聞く気がないのか!!」私「ありません。」
刑事「このままの状態で、裁判までいくのか!」私「はい」
刑事「若い衆はお前のために頑張っているのに、お前は自分のことしか考えてい
ないやつだなぁ。くそったれ!それがT村か!T村ちゃたいしたことないわ!」
その後、お互い全く話のない状態が、始めから最後まで続く。刑事はパソコンを持
ち出し、何をしているのか、パチパチ打つだけ。私は、途中途中眠くなり、その度に
寝るなと怒られた。
【取り調べ 24 日目】勾留 11 日目
8 月 7 日(土曜日)
10:00~12:00 19:30~21:00
<午 前>
またまた、今日は刑事が昨日と一転して柔らかな口調で話しかけてきた。
刑事「今日は、すべて聞いてきたことを調書にするんで、聞いていてください。」
と刑事は言葉をいいながら、パソコンで打ち出した。
<調書概要>
私は後援会活動として(事前運動でなくなっている)S館で「Nの話をきこまい
け・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
閉会し、T村の若い人たちがおり、人数もいたので、過去に使ったことのあるH店
を予約しました。祭りの打ち上げということで、H店にて宴を開き、挨拶では、私は
今日来てくれたことの感謝の挨拶と乾杯をしました。そして宴が終わると、年長者と
言う事と感謝の気持ちで、全額支払ったかどうか覚えはありませんが、レジにて支払
いをしました。
といったものだった。私の言い分 120%の出来で満足した。でもあまりの出来で、
気持ち悪かった。祭りの件をもっとうまく表現していた記憶があります。私はこの時
から自分の気持ちを刑事はわかってくれた思い、少し刑事のことを信用し、心を開ら
いていきました。
<夜の部>
刑事「私が今まで刑事生活でいろいろ取調べしてきたけど、あなたがもっとも手
ごわいです。こんな人見たことないわ。」
刑事「どうしてもH店で若い衆が感じたこと(私が宴席にいることで票の供与を
感じたのではないか)をもう一度考えてみてほしい。明日また聞くから。も
っと頭をやわらかくしてください。」
刑事「いつもの飲み会ってよく言われますが。あなたのやっているいつもの飲み
会は、会費制ですよね。このH店は、会費制でないじゃないですか?」
刑事「若い衆から、今回の件で祭りが今後できなくなると思うと悲しい、難しく
なるっていう話も出ているんだから・・・」
私「事実は曖昧ですが、私の思っている真実を貫き通します。最終決定の裁判
で裁判長から判決をくだしていただかないと、納得いきません。たとえ、有
罪と言われても。」
刑事「裁判になったら若い衆もみんな出頭しなくてはならないし、あなた自身が、
彼らの話を聞いて、苦しむだけですよ。今、正直に話せば、T村に帰っても
皆受け入れてくれるから、大丈夫ですよ。後悔しますよ。」
刑事「あなたの人生を調官によって左右するから、今あなたには重要な決断をし
てほしい後悔しないように。」
<弁護士接見>
私は弁護士に微笑みながら、今日調書を書いた内容について、私の意見を十分取り
入れた内容だったことを話した。このことをK君とT君へ弁護士を通して伝えて
ほしいと言った。
【取り調べ 25 日目】勾留 12 日目
8 月 8 日(日曜日)
10:00~12:00 15:00~17:30 19:30~21:00
刑事「昨日、家に帰ってあなたのことをいろいろ考え悩んでいました。私の尊敬
する先輩と話をして、その人の人生を取調官が担っているから、もっと考え
てあげないといけないと言われ、いろいろ考えたんだ。」
刑事「今日中に調書を取りたいので、もう一度考え直すか、思い出してほしい。
奥さんと話したが、奥さんも、子供たちも大変心配してますよ。K君も忠
直さんいいかげんにしてほしいと言っていますよ。」
私「H店での挨拶の内容、どうしても思い出せないんですよ。勾留の時間もな
いのもわかっています。裁判までしなくてはならなくなり、いったいどうし
たらいいのか私自身も混乱しわからなくなってます。」
刑事「H店での記憶がない、覚えていないということで、一丁目一番地(これは、
彼の得意の擬人法で私の思っている真実のこと)まで、曖昧で信用性がなく
なり、裁判になる可能性が高くなるよ。検事さんもこのままじゃ、認めないよ。
H店での挨拶は、皆が言っているんだから(Nを頼むとか、よろしくお願
いします)ちゃんと、思い出してくださいね。そんな事実関係はあるけども、
そんな思いでやっていないことを主張すれば大丈夫だから。私からのアドバ
イスとして聞いてください。調書は、明日の午前中まで待つから考えてほしい。」
刑事「今までの、あなたは多くの取調べを受けてきたことにより、1 日目の供述
から、すべてにふたをしてきた。そして「供与したことは一切ない」を信念
に持ち続け詳しいことを思い出したり、曖昧な供述をすることを避けてきた。
それより、シナリオ流れがちぐはぐで、警察、検事が認められない状態にな
っています。あなた自身もどうしてよいのかわからない状態でこれがずーっ
と今日まで続いているんですね。警察も悪かったと感じています。武佐さん
の前の笑顔を早く取り戻してほしいんです。」この時私は、うかつにも刑事の
ことを信じるようになっていた。
【取り調べ 26 日目】勾留 13 日目
8 月 9 日(月曜日)
10:00~12:00 15:00~17:30 19:50~21:00
刑事「昨日も言いましたが、あなたの思っているよい方向へ向かいたいのなら、
覚えていないでは、進んでいきませんよ。事実関係を少しでも明らかにしな
いとダメだと思います。若い衆の 9 割が乾杯の時、あなたは、N頼むと言
っているんですよ。調書をとったらこの後は、内心の調書をとり、その時に、
ちゃんとあなたの信念を説明することができますから。」
(私は、よい方向=不起訴と解釈し、乾杯の“よろしくお願いします。”をいっ
た覚えがないが、若い衆がN頼むと聞いたと言っていることを信じ、そして
この事件の解決になると思った。)
刑事「じゃぁ、調書をとりますので、いいですか?」
私「刑事さんの言うとおり、いい方向にいくなら、調書をお願いします。」
その時の調書は次のようだった・・・
S館で・・・・・・
H店では私が挨拶と乾杯を行い、その時に「今日は来てくれてありがとう、Nさ
んの人となりはどうだったでしょうか?また、よろしくお願いします。乾杯!」
支払いは、それぞれがお金を出した覚えもありませんし、だれかがお金を集めた覚え
もありません。私はレジで金額を記した紙を見て、全額を払いました。
この時、支払いは云々の部分の言い回しが多少気になったが、刑事のことを信じて
いたので(よい方向へ進む)拇印を押した。
その後、そそくさと、取調室から調書を持って、外に出て行った。上司に FAX を送
るとか言っていた。何度か、行ったり来たりしていた。
午前中を終え、昼食をとりながら、先ほどの調べのことを考えていた。そして、あの
支払いの言い回しや、調書を取った後の、行動が気になったり、冷静に考えるとなんか、
はめられた気がして、後悔し始めた。
<検事調べ>
検事さんにも(検事にもよい方向になるなら、事実を明らかにした形で話したほう
がよいと思い)上記の供述内容を話した。
そうすると、検事は「いままでそうして覚えていないと言っていたことを思い出し
たのか?」といいました。私は、先の、刑事が「警察の長い取調べで頭の中が錯乱し
ていたが整理したら思い出したんだね。」と言う言葉を思い出し、そのまま、納得して
もらうために私は、「長い取調べでいろいろ錯乱し、整理したら思い出しました。」と
告げました。
<弁護士接見>
検事の調べ中に、弁護士接見があり、中断されました。
昨日のK君の言っているという、「Mさん、いいかげんに本当のことを言うべき」
の言葉が本当か、弁護士から確認をとったが、そんなことは、聞いていないといった。
弁護士に、今日の刑事からの調べでよい方向と言われ、調書に判を押したこと、そし
て、今、検事にも同じように話したことをいい、これでいいのか相談しました。
弁護士から、
「思い出したかのように言ってはダメですよ。覚えていないことは、覚え
ていないんだから。」私は、困惑し、だれを信じていいか、わからなくなっていたが、や
はり、私自身も、やはり覚えのないことをいくら若い者がそう聞いたとはいえ、作って
まで言いたくないと感じ、弁護士が見方だと信じなおした。
<検事調べ再開>
私は「先ほどの供述した件ですが、やはり、間違いです。覚えていません。」午前中
の刑事とのやりとりで、よい方向=不起訴と思って、刑事さんの話に乗った。事実を明
らかにしないといけないと言われ、そうしてしまった事を話した。恐らく、検事はいい
方向で話が進んでいたのに、弁護士によって変えられたと感じたのか?
検事に「このままの状態で、弁護士は不起訴になると思っているみたいだが、ありえ
ませんよ。弁護士を変えたほうがよいのではないでしょうか?」と言われ、「明日はち
ゃんと私に話してほしい。」と言われた。
<刑事調べ>
私は、刑事を裏切ったことで少々、後ろめたい気持ちがあったので、私は「私はよい
方向と言うのは不起訴と思って刑事さんの話にのったんですが。どうもそんな気がしな
くなったので、検事さんにも正直に誘導されて刑事さんに調書をとってしまった。」と言
った。
刑事は怒るかと思ったが、はっきりと返事はしなかった。また、K君からの言葉も弁
護士から確認をとったが、聞いていないと刑事に話した。
【取り調べ 27 日目】勾留 14 日目
8 月 10 日(火曜日)
9:00~12:00 13:30~17:30 19:00~21:00
<刑事調べ>
昨日の調書、取り消しの件で少し起こっている。
私から昨日の調書に判を押したことについて「今朝 6 時に起きて考えました。やっぱ
り覚えていないことに無理やり作った話を供述してしまったことに、とっても悔やみま
した。今後は、もう絶対このようなことのない様に自分に誓いました。曖昧な事実でも
真実を裁判まで通し、最終決定である裁判官に有罪でもいいから、聞いてほしいと思い
ました。」
刑事は「どうしてそうなったの?」
私「刑事さんの言っていた、よい方向に前へ行くには、具体的な事実関係がない
と言われ私は、よい方向はとは、不起訴という意味にとらえ、また、一丁目一
番地を通したかったから・・・ということもあり、刑事さんをすっかり信用し
てしまいました。アドバイスと言いながらすすめてきました。よい方向とは不
起訴の方向だと思っていた。」
刑事は「不起訴なんてこの状況でありえないでしょう。裁判でしょう。裁判になっ
たらどう話すの?弁護士も不起訴と思っているなら、裁判でこの程度の事実
で勝てるの思ってるの?聞いてみて。弁護士を代えたほうがいいですよ。」
怒鳴りながら、刑事「まったく、私を信用していないんじゃないか!」私は「はい」
さらに、刑事は「もう話す気はないんですね!」私は「はい」と答えた。
かなり威圧された雰囲気になった。
<検事調べ>
検事は焦ったように「今日は、昨日の供述を基に調書をとります。」といった。
昨日の、刑事での調書にほぼ同じように取り出し、
「修正する部分はありますか?」の
問いに私は
S館の部分で「当選させる目的・主旨で」を「人柄を知ってもらい、付随的に当選
させたいと思い」と
H店の支払いの部分で追加として「私が全額負担した覚えもない」も入れてほしいとい
いました。
検事は、仕方なさそうに手書きで追加しました。とくに、支払いの部分はかなり躊躇し
てました。昨日の調書とはちがい、少々納得のいくものだったので、判を押しました。
<刑事調べ>
やけくそになりながら、刑事は「これからは、○党の活動の調書をとるがどう?」
と聞かれ、私も刑事に対して信じることが全くなくなり、調書を書くことに変な恐怖感、
また、警察側の有利な調書になるんではないかと感じ、
「もう、調書は一切、とりません!」
と強く言った。
刑事は今度は、怒鳴りながら「そんな人間だから、奥さんも離婚したがっている。お
前は人間として最低だ!俺はサラリーマンなんだから、書類あげる作業せんなんがやか
ら、話しせんなんダメながいぜ。」私は「いやです。もう、いいです。」それから、黙秘
が 1 時間 30 分続き、取調べを終えた。
【取り調べ 28 日目】勾留 15 日目
8 月 11 日(水)
9:00~11:30 15:00~17:10 19:00~21:00
<検事調べ>
検事「若い衆は皆、1000 円は、集めていないと言ってるよ。」で始まった。再度、
お金の支払いに関する調書をとろうとしていた。不思議だった。
私「そんな、細かな覚えていないばっかりの文章じゃなくて、お金の内訳をどの
ように支払ったか覚えていないにしてほしい。」と言うと、検事は不機嫌そうに、
「調書はとりませんね。」という。この時、検事のことも不審に思った。警察と
同じなんだ、はめようとしていると感じた。
私は再度、検事に「裁判しましょう。」と言った。
○党・○メンバーに送った 6 月 22 日のメールが出てきた。
『武佐です。昨日は、「Nの話をきこまいけ」の協力、ありがとうございました。
動員的には少々寂しかったですが、トークショー的な新しい、選挙の PR 方法が見出せ
たような気がします。
後拭きできませんでしたが、あの後、T村若連中と集まりましたが、Nさんの人柄が
まだ、全面に出ていなくてよくわからなかったという意見が多数ありました。大変残念
です。
しかしながら、少しでもこの後、彼が変化していただくことを祈りながら、なんとか、
当選してもらうことを願います。告示後もなにかと、協力をお願いするかもしれません
が、どうか、私の電話に出ていただき、よろしくおねがいします。』
このメールが、選挙目的の要素を大きく含んでいることを強く検事より言い出した。確
かに、新しい選挙の PR 方法と明記しているので、やむを得ないかなとは、思ったが、
供与と何の関係もないと感じた。
<刑事調べ>
午後の部 2 時間黙秘
夜の部
2 時間黙秘
【取り調べ 29 日目】勾留 16 日目
8 月 12 日(木曜日)
10:00~12:00 15:00~17:10
今日は、昨日と違い、もう私の調べをあきらめたというか、勝手にしたらっていう感
じで、淡々と話をしてきた。
刑事は「考え直して、もう起訴は間違いないからとか、保釈金積んでも無理だよ。せ
めて、検事さんだけにでも調書を取らせてあげてほしい。」など
さらに、
「起訴後の勾留では面会は奥さんとできるかもしれないね。上司から調べは
もう、ほうっておけと言われているんだ。今、ほかの刑事は、K君とT君の供
述調書の作成で忙しいんだ。もう、お盆に入るし、今日の取調べが最後になるかも
しれないね。よかったね。」と言われ、私は、「このまま裁判でいいから・・・」と
言い、きつい刑事の取調べがなくなると思ったら、内心ほっとしていた。あとは、
検事だけか、気が抜けたような気がして今日を終えた。
<弁護士接見>
弁護士には、
「警察、検察に、私は、処分がどうなるかわからないが、裁判してもよい
と告げた。」ことを伝え、「がんばってほしい。」と言われた。
それと弁護士からの提案で、取調べを少しでも減らすというのが本当の目的だか、権
利勾留延長の意義申し立て裁判を明日、行うと言われた。すでに、K君とT君も行
ったそうで、簡単なシミュレーションを行った。E弁護士から私へ一問一答方式で、
何日間、どんな取調べを受けているのかや事件についての真実や家族や仕事の地位、住
まい年数からの逃亡の恐れのないことなどのやりとりをするために行った。
私は、弁護士からテレビで見ているような裁判所の風景で、後ろには、知人や家族で
がいるという。妻、弟、U君が来ると聞いた。私が被告人としてその場にいて、妻が
その後ろにいる、それを考えるだけで辛い思いがした。
【取り調べ 30 日目】勾留 17 日目
8 月 13 日(金曜日)
10:00~11:30 13:00~15:00 19:00~20:00
裁判所へ連れて行かれた。車から、駐車場に車を停めている妻の顔が見えた。元気そ
うでなによりだった。被告人として手錠をしたまま出廷する。それだけで、見られたく
なかった。自分が哀れで何とも言えない気持ちになった。本当にドラマのような時間だ
った。警察官 2 人に囲まれながら、中へ。私は、傍聴席を見ることができなかった。正
面に裁判長と左にはにっくきあの検事が、そして右には山本弁護士と越後弁護士が座っ
ている。始まると裁判長がなにやら、難しい言葉を羅列しながら、この勾留期間の延長
に関する準抗告を棄却する。あとは、意見を述べる言葉をこの後、与える。ということ
で、まず、被疑者から意見をと言われた。私は昨日の弁護士とのシミュレーションで一
問一答式の方法で行うのかと思っていたら、いきなり、私だけのスピーチとなり動揺し
た。すかさず、越後弁護士から一問一答式でお願いすると、裁判長から却下された。そ
して、じゃぁ、弁護士から意見をさせてほしいということで、弁護士が不当な取り調べ
や勾留の不当な理由を述べた。
「これは、志布志事件と同じくらいの検察・警察によるで
っちあげである。」が印象に残った。次に私の番である。T市での 14 日間もの任意の取
り調べや選挙による票のとりまとめで食事を供与していないこと、勾留されなくても逃
亡するつもりもないし、証拠を隠滅するつもりもないことなどを話した。話しているう
ちに、妻や知人の前で無実の私が、こんな情けない姿で話さなければならないことが情
けなくなり、涙をこぼし、声を詰まらせながら答えた。検察側からの意見はなかった。
閉廷した。
<検事調べ>
検事「裁判して、若い人たち、T村の人々がよいと感じていないですよ。あなたが、
T村に帰ったとき、ちゃんと復帰できないような気がして心配です。T村の人、
若い人にちゃんと罪を償えるでしょうか?無理な気がします。
若い人はだれもあなたのことを信じれなくなっています。あきれていますよ。
裁判が長引くと若い人に迷惑をかけるし、家族も会社も大変でしょ。K君も
T君も昨日調書に判を押したんだよ。S館の件、22 日のメールでもちゃ
んと選挙 PR と書いてあるし、選挙中も当選を願っていると書いてあるじゃな
いですか?」「調書をとる気はありますか?」
私「今後もずーっとありません。」
検事「いいかげんにしなさい!皆に迷惑をかけるの、やめなさい!」資料をテーブ
ルに叩きつけ私は、びっくりした。
検事はそれから、実際の裁判の状況をイメージさせよるように説明をしだした。
「あなたは、被告席に座り、左に検事、右に弁護士、傍聴席には奥さんや子
供さん、T村の方もたくさん来るでしょうね。そして、参考証人として 13 人
のうちの誰かが来る。参考証人が話すときは弁護士側の席に座って、彼らの
話を聞くのです。つらくないですか?」
私は「かまいません。裁判しましょ。」
検事「あなたは、ヒーローになったつもり!」と怒鳴った。私はこの言葉の意味は、
無罪になったら、私がヒーローっと思っているのかなぁ?と感じた。
私「H店で食事を注文したこととか、誰がビールを頼んだとか、この事件とどん
な関連性があるのでしょうか?疑問です。」と検事に問いただしたが、返事はな
かった。
<夜の部>
<検事調べ>
検事「裁判するとしたら 13 名みんなが、参考証人として呼ばれます。1 回に 2~
3 名づつということは、5 回~6 回の裁判、3 ヶ月以上かかるかもしれません。
勾留されるけど大丈夫ですか?奥さんは耐えられると思いますか?離婚するか
もしれませんよ。」
私は、裁判の回数や期間より最後の離婚すると言う言葉に憤りを感じた。夫婦関係も
知らないのになんでこんな 20 代の小娘検事に言われる筋合いはないと感じました。
検事は「弁護士さんに、この後のことを詳しく聞いていないの?裁判が長くなると
か、不起訴とか?」聞いていたが、「聞いていません。」と答えた。
最後に、検事は、
「検事調べは、お盆に入るから今日が最後かもしれません。もう、あ
なたが弁解できるのは今しかありませんが、後悔しませんか?」
私は、「まったく後悔しません。裁判しましょう。」と告げた。
検事は「のこり 2 日間、もし、考えが変わるようでしたら、担当の刑事さんに連絡
してください。」と言った。検事は私に対する調べを諦めたようだ。
この日で私は、刑事、検事ともに調べを終え、2 日間は平穏な日々を送るだけだと安
堵していた。
【取り調べ 31 日目】勾留 18 日目
8 月 14 日(土曜日)
15:00~16:10 16:30~17:30 18:30~20:40
午前中も調べがなく、やっぱりお盆だし、昨日おとといの様子から、もう調べは終わ
ったと感じていた。私にとって、留置所の部屋にいるときが一番、自分らしく入れる場
所で取り調べは恐怖、苦痛でしかなかった。呼び出しのベルがなる(取り調べがあると
留置署入口から刑事が押し、看守が扉をあけ、調べのある番号を告げ、部屋まで看守が
呼びにくる)と私はいつも、ドキドキしていた。
ところが、夕方になって検事の調べが始まった。
<検事調べ>
調べ室に入ると勾留請求をした時の、検事(女検事の上司・次席)が座っていた。
やさしい口調で検事は「もう事件について聞くことはないんだか、個人的に若い人たち
と今後、T村でどうコミュニケーションをとっていくのか心配です。あなたが考えてい
る以上に彼らはもっと傷ついている。あなたに対しての不信感や恨みがあると思います。
その点を残りの日で考えておいてほしいのです。」
検事「裁判では、絶対に有罪になります。確実に起訴しますし、裁判も長期になりま
すので。」
私はいつものように「裁判で有罪になっても、自分の信念を貫き、最後の審判を仰ぎ
たい。一生後悔すると思うので・・・・」
<刑事調べ>
取調室には、年配の刑事が私の前に、そして、いつもの刑事が部屋の片隅に座ってい
た。
その上司であろう刑事から「私は彼の上司です。いろいろ今回のことは聞いています。
彼との取り調べの状況も聞き、もう信用していないから話したくないと言っているよう
だが、なんとか彼と話をしてほしいんです。弁護士がなにを言っているかわからないが、
弁護士はお金をもらうためにしか、やってない。まぁ、私たちも税金で給料をもらって
いるがそこまででもない。一番一緒にいる F(刑事)、一番君の事をわかっている F とう
まくやってほしいんだよ。」と言われた。子供の喧嘩の仲裁に親が口を挟む感じで、カッ
コ悪いと感じた。
刑事「若い人はあなたのことを信頼しているし、今の状況を心配してるよ。大人の
選択をするのもひとつ、情状酌量になり、刑も軽くなるんだよ。」と言われ、先
で検事に言ったように「私は裁判で有罪になっても・・・・・・」と裁判で戦
うスタンスで言った。
<刑事調べ>
上司に仲を取り持ってもらったつもりなのか、いつもの刑事が調べを再開した。
刑事「私の話はもう聞いてくれんと思うけど、もう一回、若い衆の気持ち、奥さん
の気持ちを考えてみろ。裁判で若い衆に参考証人として出てもらうのは、かわ
いそうやと思わんがか?おまえ、自分の事しか考えていない。ちょっと頭おか
しいじゃない?」
私「もう考えることはありません、裁判しましょう!」
刑事「詐欺でいう、騙されている人、それが、今のあなた。誰かに一度聞けば理解
できるのに、誰も相談しないで自分で決めている。」
刑事「弁護士は、金だけ、裁判すればもっと儲かるんだよ。」
【取り調べ 32 日目】勾留 19 日目
8 月 15 日(日曜日)
9:30~12:00 13:30~16:00 18:30~21:00
昨日の夕方から、怒涛のように調べが今日も続いた。焦っているのか??
<刑事調べ>
まったく、刑事は信用できなかったので、考え直せの話ばかりで一方的な話。私は終
始聞くだけの時間であった。
<夜の部>
<検事調べ>
検事「今日は何の日かわかりますか?」
私「お盆の終戦の日ですかね。」
検事「そうです。ゆっくり休みたかったのですが、あなたのことを思い出し心配
で来ました。」
検事「仕事大丈夫ですか?今後の仕事であなたが居ないと、どんな支障をきたし
ますか?」
私「パソコンが押収されて困っていますが・・・ボーナスをまだ出していないし、
借入れの書き換え、土地の売買が途中になっているしなぁ・・」
検事「体調はどうですか?」
私「大丈夫です。」
検事「今後、長期になるんで体に気をつけてくださいね。」と穏やかにそしてやさ
しい口調で語りかけてきた。
私はやっぱり、あっちは起訴して裁判するつもりなんだとその会話の流れで
感じてしまった。そして、実際に長期の勾留をさせられると仕事に支障を来
たすかもしれない、今から 3 ヶ月だと 11 月か・・・と。
検事「今まで、言ったことがないのですが、富山の件と同じくこの件についても
金額が少なく、略式罰金と言う方法もありますよ。」
不安がどんどん募り、完全に私は検事のペースに引き込まれていった。明日が検察
側の審判の日、起訴か不起訴かで勾留は行って帰ってくるほど違う。罰金で済むのな
らという思いが強くなってきた。
私はついに「そうすると、いつ出られるのですか?」と言ってしまった。
検事「罰金が用意できれば明日出られます。」明日、釈放されるんだという思いに
なってしまった。
私は悔しさもこみ上げながら声を詰まらせ「検事さん、その方法を望みます。でも、
私は供与したつもりもないし、事実関係も変えるつもりもないし。そんな形でも、
この罰金を支払えば開放してもらえるのですか?」
検事「その部分は必要ないが、罪として認める必要はあります。」
私「じゃぁ、私はその罪を『私がこの事件のことを気づけなかった責任として
罪を受ける』と差し替えて自分で納得するしかありません。検事さん、わか
ってください。」と悔しくて涙が止まらなかった。
検事「明日、弁護士さんとどうするのか相談してください。」
調べが終わり、私は、自分がこれだけの拘束や時間、仕事が限界で認めざるを得な
かった思いになり、この時、やっと若い衆が嘘の調書に判を押した本当の気持ちを理
解したことに気づいた。彼らの気持ちはきっと悔しかっただろうと・・
今まで、留置所では、真実を貫いていたので、寝ることができたのだが、この日の
夜はいろいろ考えて寝付けなかった。
開放されたい、嘘はつきたくなという 2 つの気持ちが入り混じりながらも、すっき
りしないが、開放されたいという気持ちが優先した感覚になった。そして、この気持
ちを彼らが同じように感じていたのだ。私一人ががんばっていることで恐らくもっと
彼らが苦しくなっているのではないかとも感じた。この言葉を勝手にノートに書いた。
「タダナオさん モウ ヤメヨウ!十分ダヨ ボクラ モウクルシイヨー」涙が止ま
らなかった。彼らのことを強く思った。彼らは悪くない。かわいそうな思いをさせて
しまった。
私も彼らの気持ちと同じくすることが、今は大切だと感じることに決めました。
しかし、とっても悲しい事件でした。私が引き金で起こった事件ですが、最後には時間、
仕事、体、気力ともすべて使い果たしたとしても、真実を貫けない。そして、事実、
真実をねじ曲げてでも、有罪とする組織、司法のあり方。何のけがれのない人々が、
傷と罪だけを背負い、それを時間で少しずつ消していくしかないのが現状です。
略式罰金を受けると考え、初めて彼らの気持ちがわかりました。今までの取調べで彼
らの気持ちを考えろと調べで言い続けられて、警察の作り話としてしか、考えなかっ
たのに・・・。
罪をお金で買いました。ごめんなさい!
でも、自分の主張は、最後の最後まで貫き通した。!
だれにも恥じることでもない!
みんなも一緒、恥じることではない!
私のせいで、若い衆を巻き込んだ、この罪だけ!
こんな形になるとは、思いもしなかった。不起訴を望んでいた。もしくは、裁判で
勝ってみんなで盛り上がることまで考えていた。検事の言葉と長期拘留でいっぺんに
不安となった。そして、罪を受けるという形で考えてみて初めて、みんなの気持ちを
理解し、そうであれば自分も同じことで終わる。
『みんな、無実!!絶対、無罪!!これで忘れる!心のみ知る!!』笑って話せる日。
【取り調べ 33 日目】勾留 20 日目
8 月 16 日(月曜日)
昨晩の検事からの司法取引的な調べにより、T市の検察庁で再度、検事の調べが
あった。
検事より「それでは、調書を書くので聞いておいてください。」
「好きに書いてください。」と半ばやけくそに言った。
【最後の調書】
私は来る第22回参議院選挙で平成22年6月21日、T市Y町S館にて「Nの話し
を聞こまいけ」を開催しました。終了後、T駅前の中華料理店「H店」にて、Nの票を
取りまとめるため(今まで一度も供述していない)、同じT村の若者13名に食事をご馳
走しました。
6月21日は、私を中心にNの選挙の当選させるため20歳から40歳のT市の
若者を対象に事前運動として(認めていない)、私がステージに上がり、N氏と1対
1でトークショーの講演会を行いました。
N氏とは以前より面識もあり、幾度か個人演説会などで、話を聞いていましたが、
つまらない話ばかりで、今回行った「話しを聞こまいけ」も盛り上がらないと困ると
思いトークショーを行うことで、N氏の人柄などがわかるような形で開催すること
を思いつきました。
(もう一人のスタッフが考えついたもの 供述したのに)盛り上がっ
たのは奥さんが元スチュワーデスだったというところです。
20時40分ごろ講演が終わり、T村の若者たちが椅子やステージの後片付けを手
伝いしてくれました。
そこで、私は彼らの票を取りまとめるため、H店へ連れて行き、全額私が負担し、
ご馳走してあげようと思いつき(彼らのシナリオだったんだと思い、検事に「そうい
うことだったんですね。」と言う。返事はない。)、彼らに声をかけ、私がH店を予約し
ました。
私は、どのようにH店へ行ったか覚えはありませんが(ここは、供述どおり)H店に
着くと若者がH店2階に座り、私は店員にいつものように、から揚げや焼きそばなど
10数名いたので、適当に注文をし(覚えていないことだがこの部分も調書にとって
は大切な部分なのか)、入口にいたT君かK君がビールやウーロン茶、焼酎(焼酎
はこの時はじめて出てきた)などを注文しました。飲み物がそろうと、床の間のある
上座に私が座り、乾杯の挨拶を私が行いました。挨拶では、
「今日来てくれてありがとう。
Nさんの人となりはどうだったでしょうか?Nをよろしくお願いします。(言った
覚えがない)乾杯!」と言いました。会も終わりに近づいたと感じ、私は支払いをす
るために1階のレジへ行き、定員に値段を聞きました。そして全額を支払いました。
(若い衆が集めたという1,000円が消されました。
)
調書の話の途中、検事から「でよかったですね。」と言われ、私はどうでもよかった
ので「はいはい」とか、「そういうことだったんですね。」(検事・警察の考えたシナリ
オのこと)と他人事のように答えた。
この検事はどうも、下線の部分はおもしろい調書を書くのに自分に酔いたいのか、
事件とそんなに関係のない部分まで触れた調書にしました。
太字の部分が、争点だったのでしょうが、まさか中華料理の注文も私じゃないと駄目
なんだ、そんなこと覚えてもいないのにと思いました。
そして、なげやりになりながら、拇印を押しました。
検察庁から、次にいったん、留置所に戻りました。しばらくすると、看守から今ま
でだと「212番調べ」とか「212番運動」と言われるのが、「212番出て」と言
われ、出てから小声で私が「裁判所からの判決は出てないけど・・・」と言うと「検
察から帰ってきたら荷物をまとめるんです。」と言われ、どういう意味か察した。裁判
所で判決後、そこで釈放となるからです。その後裁判所へ行き、1時間30分あまり
待ち、裁判著から判決をもらうのかと思っていました。助手みたいな女性が紙切れ一
枚持って、「略式命令です。罰金は別のところで支払いしてください。」と言って略式
命令の文章を書いた紙を渡されました。こうして、33日間の悪夢があっけなく幕を
閉じました。
完