経済特区〜フィリピンの視点から〜 フェルディナンド・C・マキト 「古い日本」の良さに学ぶ1 最近、日本国内の「経済特区」構想が論議を呼んでいる。沖縄の金融特区をはじめ、「規制改革特区」 「構造改革特区」などのアイデアが経済界や省庁から相次いで打ち出されている。目指しているのは、 古いやり方からの脱却だろう。 フィリピンにも経済特区がある。スービック、アンヘレスなど旧米軍基地からの転換を手始めに、各 地に広がっている。しかしその狙いは、むしろ日本のこれまでのやり方を学ぶことにある。つまり、特 定地域に税制や財政面での優遇政策を適用し、企業を誘致して経済の活性化をめざすのだ。 その目標は、国全体が著しく成長しながら所得分配をかなり改善できた戦後日本型の経済発展であ る。残念ながら、フィリピンは成長も所得分配の改善も芳しくない。他の途上国同様、所得が富裕層に 偏る一方で国民の多くはなお貧困に苦しんでいる。 ポスト・マルコスのフィリピン政府は分権政策をとり、大都市に集中しがちな開発を地方にも展開さ せ、貧富の差の縮小を狙っている。その一環が経済特区の振興策で、輸出増や雇用確保の面で着実な成 果をおさめ始めている。 日本の「失われた10年」について語るとき、「日本のシステムはもう世界に通用しない」とよく言 われる。確かに激変するグローバル環境のなかで日本も変わる必要はある。だが極端に走って、日本に はまるで良いことが何もないというような、アイデンティティ危機に陥ってしまうことの方がむしろ問 題だろう。この危機さえ避ければ、対応は十分に可能なのに。 日本が要らないというのなら、「古い」日本のシステムとそれを支えてきた中小企業を、フィリピン に移転してもらいたいくらいだ。フィリピンに今必要なのは、英米的な徹底した市場主義ではなく、果 実が共有された成長を図る「古い日本」のようなシステムなのである。 フェルディナンド・マキト テンプル大ジャパン客員講師。フィリピン大学卒。東京大学経済学博士。渥美国際交流奨学財団の関口 グローバル研究会研究チーフも務める。 2002 年8月 2 日朝日新聞朝刊に掲載 http://www.asahi.com/international/aan/column/020802.html 1朝日新聞アジアネットワーク(AAN)のコラムに私が書いた記事が掲載されたが、スペースの制約でその背景にある検 証を充分に述べることができなかった。本稿では、この新聞記事を補い、私の意見の根拠をフィリピンのデータを用いて 説明する。最近の日本経済の動きに関する私の意見を纏める機会をくださった朝日新聞アジアネットワークの内山眞事務 局長、浅野千明幹事、並びにご紹介くださった今西淳子SGRA代表に感謝の意を述べたい。 1 経済特区 〜フィリピンの視点から〜 フェルディナンド・C・マキト 関口グローバル研究会(SGRA)研究員 目 次 冒頭コラム:「古い日本」の良さに学ぶ(朝日新聞アジアネットワーク掲載) はじめに 第1章:フィリピンの経済特区の背景 第2章:フィリピンの経済特区の形態 第3章:フィリピンの経済特区の総合的実績 第4章:クラーク経済特別区の事例 第5章:幾つかの経済特区の実績 第6章:中小企業の定義と開発戦略 第7章:日本のシステムをフィリピンで生かす 付録:統計分析の結果 2 【はじめに】 小泉政権の骨太方針の第 2 弾〔正式には「経 しかし、理念的には日本とフィリピンにおけ 済財政運営と構造改革の基本方針 2002」〕が、6 る経済特区は異なっている。日本の場合は従来 月 25 日に発表された。その中に「経済改革特 の日本的な方法から脱却するために行うという 区」の設立が盛り込まれている。周知のように、 意味合いが強いが、フィリピンの場合はどちら 経済特区というのは、発展途上国において開発 かというと、日本が経験した「共有された成長」 手段として利用されてきた。フィリピンもその をフィリピンで実現するために行っているので 一国である。基本的な方法としては、日本の経 ある。 済特区もフィリピンの経済特区と変わらない。 本稿ではフィリピンの特区に焦点を絞り、そ 指定された地域を対象に特別優遇政策(税金免 こで期待される日本の役割を検証してみたい。 除、補助金、充実したインフラ設備)によって これにより、経済特区がどのようなものである 経済活性化を図る。経済特区の中で活動してい か、日本の皆さんへ、海外とりわけフィリピン る企業は、まるで現地の経済と「一国二制度」 からの一つの視点を提供できればと思う。 議論を引き起こすほど違うのである。 【第1章】フィリピンの経済特区の背景 マルコス政権(1966−1986 年)の後、アキ でいるのである。残念ながら、フィリピンもこ ノ政権(1986 年―1992 年)とラモス政権(1992 貧困にある人口 (百万人) 年―1998 年)は地方分権戦略に積極的に乗り出 国 した。地方分権戦略の基本的な狙いは、大都市 に集中しがちな開発を地方にも展開させるとい うことである。開発が大都市に集中すると、地 方と都市の生活格差を広げ、地方から都市への 1975 1985 1995 フィリピン 15.4 17.7 17.6 マレイシア 2.1 1.7 0.9 87.2 52.8 21.9 3.4 5.1 東アジア 716.8 524.2 345.7 東アジア(中国 147.9 125.9 76.4 インドネシア 人の流入を招き、都市のスラム化や地方の空洞 タイ 化などが生じる。これが悪循環となり、都市と 地方の状況を悪化させるばかりになる。 発展途上国の一つの特徴として、国の所得が 0.5 弱 抜き) 富裕層に非常に傾いていることが挙げられる。 表1.東アジアにおけるフィリピンの貧困 場合によっては、途上国の一番の金持ちが先進 http://www.worldbank.org/eapsocial/countries/phil/pov1.htm 参照 国の貴族より資産を持っているということもあ り得る。その一方、人口の多くは貧困に苦しん 3 の典型的な発展途上国の特徴を有している。し 国を対象としたが、そのなかにはフィリピンは かも、開発を推進しても、この格差は縮小する 含まれていなかった。マルコス政権での大型開 どころか、拡大しているのである。 発が失敗に終わり、残ったのは大量の累積債務 さらに深刻なのは、このような所得分配の悪 だけだったのである。しかも、フィリピンでの 循環は、典型的な発展途上国の国内のみに留ま 所得分配の状況は悲惨で、悪化するばかりであ らず、世界全体でみると、裕福な先進国と貧し る。表1からわかるように、1975 年から 1995 い発展途上国との所得格差の拡大にもみられる。 年まで、フィリピンの貧困層の人口は依然とし 世界は半世紀に及ぶ開発の歴史を経て、今まで て高い水準のままであったが、東アジア全体で にない豊かさを生み出したが、その恩恵の分配 みると、この数字は減少した。フィリピンにと は世界的にみるとあまり高く評価できないよう って貧困問題は重要な課題なのである。 に思われる。 ポスト・マルコスのフィリピン政府はこのよ このような所得分配の悪化が典型的な特徴で うな傾向を阻止するために地方分権政策に踏み あるといっても、東アジアのケースは例外であ 出した。そして、地方分権政策の一環として打 った。1993 年に世界銀行が公表した「東アジア ち出されたのが経済特区の振興政策である。経 の奇跡」で報告されたように、東アジアは 30 済特区、略してエコゾーン(Ecozone)を振興 年間、珍しい開発経路を歩んできた。その開発 するための法案も幾つか制定された。1992 年に 経路を世界銀行は「共有された成長」 ( SHARED は、Bases Conversion and Development Act GROWTH)と呼ぶ。つまり、東アジアでは長 により、米軍の基地や設備などがフィリピン政 期にわたる目覚しい成長と同時に、所得分配の 府に返還され、エコゾーンとして開発されるよ 状況を改善した国々が比較的多くみられる。世 う命じられた。1995 年には、Special Economic 界銀行はその珍しい現象についての調査報告を Zones Act が制定され、エコゾーンによる開発 行った。 を促進する体制が設立された。 報告は日本を含む合計 10 カ国の東アジア諸 【第2章】フィリピンの経済特区の形態 エコゾーンの基本的な狙いは地方での開発 の輸出割合も検討可能である。) を促進することだが、具体的につぎのように Free Trade Enterprise〔自由貿易企業〕 分類されている。 区域内に免税品を輸入し、販売している 1. Industrial Estate〔工場団地〕 企業。エコゾーンから国内に持ち込まれ 2. Export Processing Zone〔輸出加工区〕 る物品には関税が課せられる。 3. Free Trade Zone〔自由貿易地域〕 Service Enterprise〔サービス企業〕政 4. Tourist and Recreational Zone〔観光・娯 府に認定されたサービス業務を営んでい 楽地域〕 る企業。 〔 たとえば、関税の仲介、宅配便、 また、エコゾーンに参入している企業はつ ビルの管理、保険、銀行業務、経営コン ぎのように分類される。 サルティング〕 Export Enterprise〔輸出企業〕生産物を Domestic Market Enterprise〔国内市場 100%輸出する企業。 (ただし、100%以下 むけ企業〕3年間輸出割合を高く維持で 4 きない製造、組み立て、あるいは加工を 行う企業。 〔 輸出割合がフィリピン系企業 の場合は 50%以下、外資系の場合は 70% 以下の企業に当てはまる〕。 Pioneer Enterprise〔先駆企業〕次のい ずれかを満たす企業。国内で大規模に生 産されていない製品を生産する企業、フ ィリピンでまだ試されていない新しい設 計や方法などを利用する企業、非伝統的 な燃料 2、またはそれを利用する機械を生 産する企業、農業輸出品を開発する企業、 もしくは、フィリピン政府の投資優先計 画で先駆企業として認定されている企業。 Facilities Enterprise〔設備企業〕エコゾ ーンの開発に必要とされるインフラ〔た とえば、倉庫、道路、港、排水システム〕 を建設・管理する下請企業。 Tourist Enterprise〔観光企業〕エコゾー ン内観光・娯楽むけの設備を管理する企 業。 Ecozone Developer/Operator[ 経 済 特 区 開発企業:ゼネコン]エコゾーンのインフ ラを総合的に開発し、経営する企業であ る。 これらの企業は政府から優遇対策を享受す ることができる。エコゾーンに関する業務は、 Philippine Economic Zone Authority (PEZA)が政府の窓口になって行っている。 2 化石燃料ではなく、新しい(環境に優しい) 燃料 5 【第3章】エコゾーンの総合的実績 あらゆる意味で、フィリピンのエコゾーンの で投資の成長率が一時下がったが、その翌年か 実績は爆発的なもので、それだけフィリピンの ら回復した。 発展、とくに地方においては期待されている。 同様に、図2からわかるように、雇用の面に PEZA によると、2000 年 12 月時点で、エコゾ おいてもエコゾーンはよい実績を発揮している。 ーンの数は 130 ヶ所に上るという。エコゾーン エコゾーンの雇用は 1994 年に 229,650 人で、 は地方開発の基本姿勢に沿って、フィリピン全 2000 年にはその約 3 倍の 696,035 人にまで増 国に散在している。そのうち政府系のエコゾー 加した。 ンが 4 ヶ所あり、PEZA の直接の管理下にある。 しかし、何よりも民間からの参加が圧倒的に多 い。政府は民間の力、特にフィリピン国民の強 い地方主義を利用し、誘導したため、エコゾー ン計画は順調に進展していると考えられる。 エコゾーンに対する投資額も著しく増大して きた。 図2.エコゾーンの雇用状況 提供:PEZA エコゾーンのもう一つの狙いは輸出の拡大だ が、図3からわかるように、輸出実績もうなぎ 登りである。輸出額は 1994 年に 27.4 億ドルだ ったが、2000 年には 200 億ドルまで膨らみ、 図1.エコゾーンの投資状況 年平均にして 40%の成長率を記録した。前述の 提供:PEZA 金融危機は雇用と輸出にあまり影響がなかった ということがうかがえる。 図1が示すように、投資額は 1986 年か ら 1994 年まで 1.7 億ペソであったのに対し、1995 図 4 には 1995 年から 2000 年にかけての製品 年から 2000 年までは 68.7 億ペソまで膨張した。 別投資の平均割合が示されている。電子部品・ 1994 年 ま で は エ コ ゾ ー ン の 管 理 は Export 製品に対する投資は 55.6%で、最も大きな割合 Processing Zone Authority(EPZA)に任され を占めている。電気機械は 18.5%、自動車部品 ていたが、1995 年に Special Economic Zones は 10%、医療や精密・光学製品は 2.6%、ゴム・ Act が制定されてから、EPZA は PEZA へ進化 プラスチック製品は 2.1%、衣料や繊維は 1.5%、 し、結果からみれば、それが効果的な転換であ 金属の加工品は 1.3%、化学製品は 1.1%、そし ったことがわかる。1997 年に勃発した金融危機 てその他は 7.3%である。 6 25 20 15 10 5 20 00 年 19 99 年 19 98 年 19 97 年 19 96 年 19 95 年 19 94 年 0 図3.エコゾーンの輸出(10億ドル) 提供:PEZA 図 4.エコゾーンにおける製品別投資 提供:PEZA 【第4章】クラーク経済特別区(CSEZ)の事例 以上の説明をより具体的に理解できるように、 に満ちた近代的な経済特区になった。 CSEZ のなかで活動している企業はつぎのよ 一つの経済特区に焦点を当てよう。UAP,3 のあ る レ ポ ー ト を 参 考 に し た い : ”Clark Special うになっている。 Economic Zone: Jobs in the Zone” (A. Hidalgo, R. Dacanay, UAP, Regional Markets Adviser, 産業プロジェクト:輸出品の生産(衣料品、 2002 年 4 月)。この経済特区は(以下 CSEZ と シリンダー・ドラム缶、電子製品、家具、 呼ぶ)セントラル・ルゾン(Central Luzon) おもちゃ、化粧品、配管製品、照明設備、 4という区域に属し、 シンガポールとほぼ同程度 自動車、貨物自動車と飛行機のタイヤなど) の面積を有する元米空軍の基地であった。基地 農産プロジェクト:加工野菜と果物、花・ として利用されていただけに、東アジアの地理 蘭の繁殖、果樹園、植物アクセサリー、漁 上戦略的な位置にある。 業 1992 年にフィリピンとアメリカの基地利用 商店プロジェクト:免税品店、ショッピン に関する契約を延長できず、さらに、20 世紀で グ・センター、ファーストフード、飲食店、 最大の噴火を起こしたピナツボ山の影響により ゲーム・センター その地域を被災地域として宣言したため、米の サービスプロジェクト:交通サービス、経 空軍と海軍が撤退を余儀なくされた。当時、そ 営・コンサルタント、保険、銀行、印刷・ の地域の展望は絶望的であったが、現在は活気 製本、ガソリンスタンド、貨物(空・海) 輸送 IT プロジェクト:衛星の陸上管理センター、 UAP はフィリピンにある University of Asia and the Pacific の略。 4 図5を参照。 3 放送局、デジタル・アニメ作成、コール・ センター、ソフト開発など 7 図5.幾つかのエコゾーンの地理的位置 合計 15,099 人を雇った。 航空機産業:貨物便ターミナル、航空ク 〇商店関連プロジェクトは 1993 年から 2001 ラブ、ツアーやチャーター便、航空学校、 年第 1 四半期まで、合計 8,694 人を雇った。 航空メンテなど 〇IT 関連プロジェクトは 1993 年から 2001 観光サービス:ホテル、カジノ、ゴルフ、 年 5 月まで、合計 4,216 人を雇った。 テーマ・パーク、展覧会サイト、住宅開 CSEZ で働いている人々の出身地をみると、 発、娯楽 住宅プロジェクト:主に、ピナツボ山の 最も多いのは CSEZ が属するパンパンガ州で 噴火で破壊された住宅の復旧 ある。2001 年の第 1 四半期の統計によれば、 インフラ整備:石油タンクと配管、電送、 CSEZ の従業員の 82%がパンパンガの住民で 通信サービスの整備 ある。その他は近くの地域から来る人々であ る。 2001 年 7 月には、CSEZ に参入の許可を受 プロジェクト別の雇用はつぎのようになる。 けたプロジェクトは 305 件にのぼった。これ 〇産業(輸出)プロジェクトは最大雇用先で らのプロジェクトは、一年間で、510 億ペソ ある。1993 年から 2001 年 5 月までに、合計 の投資と 21,935 人の雇用を図った。5 年間 38,595 人を雇った。 では、CSEZ への投資額は 1,174 億ペソに、 〇観光関連プロジェクトは 2 番目に大きな雇 また、雇用は 67,406 人にまでのぼると予想 用先である。1993 年から 2001 年 5 月までに、 されている。 8 2001 年 4 月、4 つの航空関連プロジェクト が、今後 30 年間に CSEZ へ数十億ドル投資 することを誓約した。 英国民間企業の MACE は 100 ヘクタール という広大な敷地に、民間航空会社と空軍の メンテナンス施設を設立する。投資額は当初 7.5 億ドル 5、10 年後に 20 億ドル、30 年後に は 146 億ドルまで上昇する。このプロジェク トは 3,500 人の技術者や乗務員などを雇う。 郵 送 の 大 手 会 社 United Parcel Service (UPS)はアジア太平洋地域の中心を CSEZ に設立するという意図を明らかにした。2002 年 9 月から UPS は 5 億ペソを投資し、CSEZ のなかにあるクラーク空港で一日往復 6 便を 運航する。航空宇宙産業のリーダーである Lockheed Martin は空軍の大型貨物便の C −130 用のサービス・センターを設立する予 定である。Century Properties Group は 20 ヘクタールのインフラとサポート設備を設置 し、CSEZ に航空関連産業の物流センターを 設立する。 5 1ドルは約 52 ぺそ 9 エコゾーン エコゾーンの輸出・輸入 割合 属する国内区域 地域の輸出・輸入割合 Bataan EZ 2.871795 Central Luzon 0.863162 Baguio City EZ 1.190391 CAR 1.671018 Mactan EZ 3.727735 Central Visayas 1.622533 Cavite EZ 1.58835 Southern Tagalog 1.546267 Angeles Industrial Park 17.85714 Central Luzon 0.863162 Calamba Premier 1.93617 Southern Tagalog 1.546267 Carmelray Industrial Park I 1.695578 Southern Tagalog 1.546267 Carmelray Industrial Park II 1.645833 Southern Tagalog 1.546267 Cocochem Agro-Industrial Park 4 Southern Tagalog 1.546267 Daiichi Industrial Park 7 Southern Tagalog 1.546267 First Cavite Industrial Park 2.759036 Southern Tagalog 1.546267 First Philippine Industrial Park 1.831579 Southern Tagalog 1.546267 Gateway Business Park 2.430427 Southern Tagalog 1.546267 Jasaan Misamis Oriental 6.666667 Northern Mindanao 1.02381 Laguna International Industrial Park 2.123288 Southern Tagalog 1.546267 Laguna TechnoPark 1.167375 Southern Tagalog 1.546267 Leyte Industrial Dev t. Estate 0.693632 Eastern Visayas 1.212209 Light Industry & Science Park I 1.772636 Southern Tagalog 1.546267 Light Industry & Science Park II 2.544484 Southern Tagalog 1.546267 Lima Technology Center 7.046154 Southern Tagalog 1.546267 Luisita Industrial Park 1.861111 Central Luzon 0.863162 Mactan Ecozone II 2.373832 Central Visayas 1.622533 People s Technology Complex 1.956522 Southern Tagalog 1.546267 Plastic Processing Center 1.8 Central Luzon 0.863162 Subic Special Economic Zone 21 Central Luzon 0.863162 Tabangao Special Ecozone 1.04 Southern Tagalog 1.546267 Toyota Industrial Complex 7.875 Southern Tagalog 1.546267 West Cebu Industrial Park 1.623377 Central Visayas 1.622533 表2: 幾つかのエコゾーンの比較実績(PEZA の統計から計算した) 参考資料:UAP, Regional Markets Adviser, 2002 年1月と 3 月 10 【第5章】幾つかの経済特区の実績 ここで焦点を一段広げ、幾つかの経済特区 の実績を検証したい。表2は UAP が特に注 労働 目している経済特区がリストアップされてい 経済 る。フィリピンはルゾン島(LUZON)、ビサ 特区 ヤ ス 島 ( VISAYAS )、 と ミ ン ダ ナ オ 島 輸出 中間材 (MINDANAO)に大きく分かれ、さらに 16 ヶ所の区域に分かれているが、その詳細は付 録 2 に示されている通りであり、地理的な位 図 6.経済特区の模式化 置は図5に表示されている。表2をみれば、 その経済特区が属する区域が分かる。表示さ れている経済特区はルゾン島に集中している が、経済特区がフィリピン全土に散らばって 経済特区は、基本的に生産拠点であり、そ いることに注目していただきたい。マニラは の主な産物は輸出品であり、それを生産する METRO MANILA(マニラ都)という印が ための投入材は主に中間材と労働であると考 されているように、ルゾン島にあり、マニラ えられる。国内で生産できないものを海外か 湾に面している。東京から飛行機で南下して ら調達するための外貨を得るため、発展途上 4 時間ほどかかる。 国にとって輸出品は重要である。日本でも以 表2には、属する区域のほかに、2 種類の 前、「国際収支の天井(準備外貨高の限度)」 輸出・輸入割合が示されている。この割合は という外貨不足の問題を避けるために様々な 輸出実績の指標と考えてよい。以上、説明し 工夫をした時期があった。図6に示したよう たように、フィリピンの経済特区の主な目的 に、この輸出品という産物を生産するために の一つは、輸出促進による外貨獲得である。 中間材と労働の投入が必要である。この統計 輸出によって外貨が入ってくるが、輸入によ 分析の結果は付録 3 に詳しく書いてあるが、 って外貨が国から出て行くということは言う ここでその主なインプリケーションを取り上 までもない。従って、輸入に対する輸出の割 げたい。 合が高くなればなるほど外貨の獲得という目 先ず、統計的な分析が図6に書いてある経 標が達成されるといえよう。 済特区の模式化は十分であることを示してい 表2をよくみると、3ヶ所の経済特区を除 る。この図の裏にある理論が説明しているよ いて、輸出の輸入に対する割合は経済特区の うに経済特区の生産には中間材である資本材 属する区域全体より経済特区のほうが高いと (たとえば、機械、設備、材料)と労働が必 いうことがわかる。従って、一般的にいえば、 要である。発展途上国にとって、資本材の多 経済特区はその属する区域の外貨獲得という くは輸入品である。 第 2 に、経済特区における生産技術はいわ 目標を達成するための効果的な手段だと考え られる。 ゆる固定弾力性で説明することができる。た とえば、労働投入だけが 10%上がれば、輸出 経済特区の生産構造は簡略化して図6のよ は4%上がり、輸入する中間材だけが 10%上 うに表すことができる。 11 がれば、輸出は 5%上がるのである。このよ れば、生産は減っていく)のように、生産性 うな生産技術は一般的にいわれる生産過程の が落ちるばかりというわけでもない。つまり、 第 2 段階にあることを意味する。この生産段 経済特区の生産技術が第 2 段階にあるという 階では、非効率的な第 1 段階と第 3 段階とは のは、効率的に経営されていると解釈できる 異なる。また、 のである。 一人当たり 労働 労働コスト 生産性 Bataan EZ 0.089031 0.011142 Baguio City EZ 0.249293 0.19091 Mactan EZ 0.082926 0.014095 Cavite EZ 0.084008 0.009809 Angeles Industrial Park 0.092968 0.137131 Calamba Premier 0.106158 0.016812 Carmelray Industrial Park I 0.122664 0.054466 Carmelray Industrial Park II 0.112287 0.03431 Cocochem Agro-Industrial Park 0.18806 0.069851 Daiichi Industrial Park 0.08403 0.00519 First Cavite Industrial Park 0.086199 0.008261 First Philippine Industrial Park 0.106746 0.036622 Gateway Business Park 0.238787 0.037382 Jasaan Misamis Oriental 0.252941 0.076471 Laguna International Industrial Park 0.108772 0.034735 Laguna TechnoPark 0.131561 0.036734 Light Industry & Science Park I 0.13156 0.017853 Light Industry & Science Park II 0.124438 0.030449 Lima Technology Center 0.126286 0.03126 Luisita Industrial Park 0.141321 0.016877 Mactan Ecozone II 0.091873 0.014025 People's Technology Complex 0.135995 0.074144 Plastic Processing Center 0.109569 0.016794 Subic Special Economic Zone 0.164159 0.01208 Toyota Industrial Complex 0.148722 0.036947 エコゾーン West Cebu Industrial Park 0.082434 0.021571 表3 労働者の交渉力(PEZA の統計から計算した) 参考資料:Regional Markets Adviser, UAP, 2002 年 1 月 第 3 に、弾力性がほぼ同じであると いうことは経済特区の生産技術がそれ ほど輸出集中型ではないことを意味す る。つまり、経済特区はそれほど中間 材の投入に偏ることなく雇用に大きく 貢献しているのである。労働力が豊富 であるフィリピンのような発展途上国 にとって、これはありがたいことであ る。産業化を図る発展途上国の一つの 悩みは育成する産業が中間材に大きく 依存することである。その点、経済特 区がそのような傾向がそれほど明らか でないというのは真に歓迎すべきこと である。 第 4 に、生産性と賃金の関係をみる と、経済特区では労働者が不当に扱わ れることはないようである。表3では、 統計分析で算出された労働の生産性と 一人当たりの労働コストが表示されて いる。ご覧のように、1 人当たりの労 働コスト(賃金)は、労働の生産性よ り大きいので、経済特区の労働市場は 不完全競争であることが明確である。 不完全競争の市場は非効率性を生み出 すという批判があるかもしれないが、 上述のように(第 2 点)、経済特区の 効率性にはこのような不完全競争が悪 い影響を与えておらず、労働者が搾取 されていない事実に、先ずは安心する。 というのは、発展途上国の産業では労 働者が経営者に搾取されることの方が 第 1 段階(投入材を 10%上げれば、生産は 典型的だからである。経済特区で搾取されて 10%以上上がるという段階である)のように、 いる可能性が低いのは、経済特区の経営者に 生産性を向上させる余地が十分にあるわけで とってプラスである。海外投資家が多く進出 はない。また、第 3 段階(投入材が 10%上が していることを思えば、経済特区は外国との 12 友好関係に貢献しているというように解釈し も考えられる。しかも、さらに開発を分散さ てもよいであろう。 せることができる。その手段は、経済特区と 以上、経済特区の地方開発への貢献を検証 中小企業との間の繋がりに関わっているもの してみた。これは開発の分散への貢献として である。 【第6章】中小企業の定義と戦略 フ ィ リ ピ ン の Department of Trade and Industry この分析からも、フィリピンの企業構造の望 Bureau of Small ましくない不均衡が明らかである。所得分配の Development 不平等から発生する不均衡だから、多くの問題 (BSMBD)の報告では、中小企業を以下のように を起こしやすいのだ。貧富の差が大きく、国内 定義している(表4)。まず、資産によって次の 市場についてはあまり伸ばすことができない。 ように分類している。ここで資産というのは借 従って、生産側も育たないという悪循環に陥り 金を含むが、企業が利用する土地の価値を除い やすい。企業構造の不均衡により、国の経済や た数字である。一般的に、資産が 1500 万ペソ 社会は打撃に弱く、非常に不安定な状態になり を下回る企業を「小」企業という。次に、雇用 かねない。グローバル化が進み、激変する現代 に関していえば、従業員 99 人以下が「小」企 において、これは特に重要な課題である。不安 業とされている。 定な社会では、犯罪の増加や政治腐敗や人権侵 and (DTI)6の傘下にある Medium Business 害といった社会的な問題が発生しやすく、それ 資産 雇用 が経済全体にマイナスの影響を与えかねない。 Micro〔零細〕 P1,500,000 以下 1−9 人 日本と多くの東アジア諸国が享受した「共有さ Small〔小〕 P1,500,001− 10−99 人 れた成長」の実現が、フィリピンにとって困難 であったのも、この中小・大企業間の不均衡の P15,000,000 Medium〔中〕 P15,000,001− 100−199 人 1998 年 に 発 行 さ れ た Philippine SME P60,000,000 表4. 結果だともいえよう。 Development Strategy(フィリピン中小企業開 企業の定義 発戦略)では、つぎのような戦略が優先されて いる。 1995 年の統計によれば、中小企業の数は製造 業やサービス業において全体数の 99%であっ 焦点の絞り込み―特に、グローバルな競争 た。雇用に関しても、中小企業で働いている人 力を持ち、雇用拡大により貢献できる部門 数は全体の 67%であった。しかし、付加価値 7に に集中すべき。 関しては中小企業の占める割合は約 32%に過 中小企業と大企業との互いに便益をもたら ぎなかった。 す連携の促進―産業下請構想の啓蒙と中小 企業関連協会設立の促進を含む。 研究・開発の構造強化―中小企業のための 6 日本の通産省に当たる政府機関。 7 付加価値とは企業が投入材を加工し、それ以上 の価値を生み出す 技術を分析し、振興する政府機関の努力を 進める。情報ネットワークや研修機会の導 13 入や技術改善の中心となる APEC8 Center べての非一次産業を従業員数でみると、1999 for Technology Exchange and Training 年に、199 人以下の中小企業は平均して 80.6% for SMEs の実施を支援する。 であった。ということで、中小企業は日本経済 人材育成の促進―中小企業を対象とする企 の労働者の大部分を採用し、広い範囲に所得を 業家精神、経営、技能のための研修プログ 配分する役割を果たしている。 ラムを作成、拡大、改善すべき。Special Economic Zones ( 経済特区 ) で実施されて 規模 産業 いる研修プログラムを全面的に支援する。 小 中 大 中小企業の資金調達の改善――非伝統的か 鉱業 47.9 46.4 5.7 つ革新的な資金提供の計画を開発する。 (た 建設業 57.3 38.5 4.2 とえば、協力会、株式、ベンチャー・キャ 製造業 26.3 48.2 25.5 ピタルなど) 卸売・小売・飲食店 22.4 61.4 16.2 金融・保険業 30.4 56.1 13.5 不動産業 75.6 20.8 3.6 20.7 68.3 11.0 6.4 65.2 28.4 15.7 56.7 27.6 規模 小 中 大 運輸・通信業 鉱業 83.5 16.4 0.1 電気・水道・ガス業 建設業 91.9 8.0 0.1 サービス業 製造業 84.8 14.6 0.6 卸売・小売・飲食店 66.3 32.8 0.9 表6.日本の産業別規模別従業者数の割合 資料:中小企業白書 2002 年版(METI) 金融・保険業 77.3 22.4 0.3 不動産業 98.7 1.3 運輸・通信業 74.9 24.7 0.4 電気・水道・ガス業 52.1 45.2 2.7 サービス業 67.1 31.9 1.0 産業 0 表5.日本の産業別規模別企業数の割合 資料:中小企業白書 2002 年版(METI) 経済特別区が中小企業の所得分配の改善に役 立っていることを理解するため、ここで日本の 中小企業の現状を紹介する価値があると思う。 表5をみると、日本の 1999 年の各産業(非農 業、民営)における産業規模構造が理解できる。 すべての産業において、中小企業の数が占める 割合は大手企業の数を大きく上回る。すべての 非一次産業の企業数では、1999 年に中小企業の 数が平均して 99.3%を占めている。また、表6 からわかるように、このような圧倒的な企業数 の割合は、従業員の数にも反映されている。す 8 Asia Pacific Economic Cooperation の略。 14 【第7章】日本のシステムをフィリピンで生かす 図7からわかるように、1995 年から 2000 年 あるシステムである。というのは、そのシステ にかけて経済特区に対する海外投資家の中で ムのおかげで、日本が「共有された成長」を実 36.9%の最高割合を占めるのは、日本の企業で 現できたからである。 ある。日本企業の経済特区への参入がいかに重 日本の企業は大手企業と中小企業との連携の 要であるかが明確である。さらに、フィリピン 重要さをよく理解し、実際にそれが日本経済の に進出する日本の企業の意欲も伝わっており、 重要な柱になっている。経済特区に参入してい 大歓迎である。日本以外の国の投資割合は、フ る日本の企業が、現地の企業と連携し、 「共有さ ィリピンが 18.3%、米国が 15.4%、英国が 9%、 れた成長」の実現に向かって共に進めば、フィ シンガポールが 7%、オランダが 3.4%、ドイツ リピンにとって大きな「技術移転」となるに違 が 3.2%、韓国が 2.3%、マレーシアが 1.1%、そ いない。 の他が 3.4%である。 もうひとつ、日本の「共有された成長」の実 現に大きく貢献したのは戦後の日本の政策 であった。あらゆる手段で(たとえば、行 政指導、税金免除、補助金、インフラ整備)、 日本政府は大手企業と中小企業の連携を促 進した。その智恵を今度は海外へ生かして もらいたい。つまり、日本政府が管理して いる ODA にもこの「共有された成長」の 精神を反映させるべきである。 さて、問題は、経済特区で活動している 日本の大手企業が「共有された成長」を目 指してフィリピンの中小企業の育成に貢献 図7.エコゾーンに対する投資の国別の配分 できるのかということである。これはほと 提供:PEZA んど現場に任せざるを得ないことなので、 本稿ではその戦略的枠組みの定義に注目し 日本企業の参入を大歓迎する理由は、優秀な たい。即ち、海外投資と海外援助という二つの 生産技術力にあるので、技術移転は当然期待さ 領域において、日本とフィリピンの両側が最低 れている。しかし、日本からは、企業の技術力、 限検討すべき点を明らかにしたい。 或いは政府の援助(ODA)よりもっと重要な 以下の議論をより分かりやすくするために、 ものが得られると思う。それは、日本の「もの 現段階で検討中の日比プロジェクト「セブ投資 づくり精神」を支えてきた、優れたシステムで 促進センター」の例を取り上げたい。プロジェ ある。日本では「日本のシステムは世界に通用 クトはまだ初期段階にあるため、詳細な説明は しない」という「改革派」のことばが流行して 差し控えるが、その案件の狙いは、日本の ODA いるようだが、今のフィリピンで必要とされて できっかけを作り、フィリピンの人材育成によ いるのは、まさにその、日本では否定されつつ って日比の中小企業の連携を強化するというこ 15 とである。 この案件はフィリピンにとって大変歓迎すべ セブ投資促進センター、改革へ きものである。中小企業は日本の経済システム のなかで大変な役割を果たしているし、フィリ 日本の海 外 貿易 開 発 協 会(JODC)と野村 総 ピンにおいても同じように発展する可能性を秘 合研究所の調査チームが、セブの日系企業お めている。フィリピン、そして日比関係に大き よび中小企業を支援するためセブ投資促進セン く貢献するために、このような案件に対して、 ター(CIPC)の改 革 を目 的 とした調 査 を開 始 し 敢えて意見を述べさせていただくと、以下のよ た。調査では、ワンストップサービスや三重県と うな点を検討すべきではないかと思う。 の姉妹提携、人材開発などに関する勧告が報 告されると期待されている。 (1)現地への調和 調査報告では、CIPC がセブの中小企業に日 本の中小企業が資本や技術あるいは販売協力 第一に検討すべきは、 「現地への調和」という で参加する際の投資情報を提供するための方 原理である。日本からの海外投資と海外援助は 法が提示されるとみられている。 フィリピン政府の開発戦略に上手く調和しなけ 三重県との姉妹提携を目指して家具製造、食 ればならない。上述のプロジェクトに関してい 品加工、アクセサリー、金属加工、情報技術分 うならば、中小企業の強化だけに目を留めるの 野に焦点を合わせ、人材資源開発ではこうした ではなく、地方分権戦略の柱にもなっている経 分野の技術および管理能力を調査、技術向上 済特区開発戦略とも何らかの形で繋いでいこう のための方法やセブで支援を要請できる日系企 と計画されており、現地調和の原理に適うもの 業の選定方法などを推薦する見通し。 と評価できる。このようにプロジェクトを計画 日比の中小企業間のプロジェクトに関する記事 する時には、経済特区と中小企業のそれぞれに http://www.t-macs.com/news/may̲2002/13.htm# 4 対する、フィリピン政府の戦略を考慮する必要 がある。第6章で紹介した中小企業開発戦略の 次に、中小企業と大企業との連携戦略である うち、ここでは「セブ投資促進センター」に関 が、フィリピンにおいては中小企業と大企業と 連する「絞込みによる輸出拡大」 「大企業との連 の連携が薄いので、その強化が必要とされてい 携」そして「技術改善」について検討する。 先ず、焦点の絞込みによる輸出拡大戦略だが、 フィリピンの中小企業が輸出を拡大しようとす る。日本の独自的な企業慣習では、中小・大企 業の連携は非常に強い。そこで、 「セブ投資促進 センター」プロジェクトのようにフィリピンと れば、グローバル競争にさらされるので、効率 日本の中小企業の連携を促進すれば、フィリピ 性を高めるには有効な手段だと思われる。これ ン国内に中小企業と大企業の連携を育てるのに は日本でも戦後、発展の初期段階で取り込んだ 役立つであろう。つまり、フィリピンの中小企 戦略である。それ故に、日本企業との連携は、 業は、大企業とどのように上手く付き合えるか 輸出を狙っているフィリピンの中小企業にとっ という智恵を学ぶことができるだろう。経済特 ては参考になるはずで、競争力を高めるにも大 区は大企業のイメージが強いかもしれないが、 いに役立つであろう。 大企業と連携を図る中小企 業にとっても非常に 経済特区も同じように輸出の拡大を目的とす 大きなチャンスがある。 る戦略であるがゆえに、中小企業の絞込みによ 最後に、フィリピンの中小企業の技術改善戦 る輸出拡大戦略と補完性が高い。 略だが、グローバル化の激しい競争世界で生き 16 残っていくためには、十分な技術力が不可欠で る要因を取り上げたい。その構造は図 8 にまと ある。さまざまな製造技術を保有する豊かな日 めてある。 本の中小企業との連携は、フィリピンの中小企 脅威となる要因の一つは、海外へ移転された 業にとってグローバル化の恩恵を享受できる重 技術は、受入国の国際市場における武器となり 要なことに違いない。技術・技能に加え、フィ 10 、日本国内産業にさえも大きな打撃を与える リピンの中小企業は日本の中小企業から「モノ ようになる、というところから発生する脅威で づくり」精神も受け継ぐことができればよいと ある。この要因は受入先により深く関係してい 考える。技術レベルの高い中小企業が多くなれ るので「受入先要因」と呼ぶことにする。もう ば、経済特区にある発注元の大企業にとっても 一つは、海外移転による日本国内産業の空洞化 有利であろう。 から発生する脅威である。この要因は移転元の 日本とより密接な関係があるので、「移転元要 因」と呼ぶことにする。 (2)日本側への便益 では、何故、今までの雁行型海外移転はこの 第二に検討すべきは、日本側にも適切な便益 ような脅威を与えなかったと実感されているの をもたらす原理である。このような連携は一方 だろうか。それは、海外進出による日本の便益 的にならないようにすることも忘れてはならな がその被害を上回ったからである。受入先の安 い。日本企業にとっても十分な便益を与えなけ い労働力で日本企業は国際競争力を確保するこ ればならない。連携によって長期的な信頼関係 とができ、日本企業が大きな利益を享受し続け が生まれてくるのは最も望ましいことである。 てきた。しかし、この 10 年間の日本経済の低 今までの東アジアの発展をよくみると、日本 迷で日本企業は以前の寛大さを失い、海外の発 からの直接海外投資によって、産業が東アジア 展は脅威としてしか見えなくなった。対策とし の諸国で育てられてきた。日本から東北アジア ては、日本経済に活力を取り戻して、より付加 へ、東北アジアから東南アジアへ、そしてそれ 価値の高い次世代の産業技術へ先進するという ぞれの国で、軽工業から重工業へと、産業が育 ことが求められている。これは恐らく最も一般 成されてきた。これはいわゆる「雁行」の開発 的に指摘されることであろう。 モデルであり、南国で冬を過ごしに雁の群れが このような指摘に、さらにあまり強調されて 奇麗に揃って飛ぶ、V 字型飛行の姿を描いてい いない点を付け加え、この危機の中に潜んでい る。このようにして、日本の企業は海外移転に る絶好の機会に注目したい。 先ず、受入要因とより関係しているチャン よる競争力持続 と、海外投資による利益を生み スである。海外移転の根本的な原因は母国にお 出してきた。 最近、雁行をリードしてきた日本が行き詰ま ける環境が厳しくなったということである。今 っているようであり、雁行型の海外投資は日本 回の危機は企業だけでなく日本のシステム自体 国内で批判を浴びるようになった。従来から海 が息苦しくなってきたことに起因している。 外投資の受け入れ先である東南アジアの発展途 上国にとっては、このような批判が、開発への 貢献度が高い雁行モデルをひっくり返し、日本 い。ODAや海外投資に対する批判があまりにも強く、 日本や日本企業が今後海外へ積極的に投資する意 欲が失うのではないかということを、私は心配してい る。 10 特定な国を取り上げるつもりはない。どの国でもこの ような問題を起こす可能性を秘めている。 からの海外投資を妨げるのではないかという脅 威を生み出している。9具体的に二つの脅威とな 9 日本がどこへ進出しようとしているかが問題ではな 17 対策:日本のシス テムを受け入れ る先へ技術移転 受け入れ先要因 技術移転に よる国内産 業への打撃 海外移転の 受け入れ国 日本 海外移転に よる国内産 業の空洞化 移転元要因 対策:日本の中小 企業を海外へ移 転させる 図8.海外移転から発生する脅威感とその対策 そ こで、日本企業の海外移転は、日本国内でや 力パートナーづくり」の後者の方が、日本が実 っていけなくなった企業だけでなく、日本型シ 現した「共有された成長」という開発経験に明 ステムの受入にもなるということを認識しても らかに近い。 らえれば、海外移転に関するメリットも見直さ 次に、移転元要因により関係しているチャン れるはずである。 スである。従来、日本政府は、海外移 転による 日本企業にとって海外への移転はどちらか 国内での産業衰退を防ぐために、民間部門と強 というと「競争相手づくり」というよりは「協 調しながら戦略的な施策を円滑に実施してきた。 力相手づくり」という行動ではなかろうか。日 今、空洞化が及ぼす国内混乱は、政府が、従来 本の系列は海外へ輪を広げようとしたのではな 行ってきた適切な調整を、以前ほど効果的にで かろうか。だとすると、ここで重要になるのは きなくなったことを示唆している。 受入先の日本技術に対する態度であろう。その 日本政府としては、日本経済低迷で現在苦し 技術は、弱者を 切る「刀」なのか、あるいは弱 ん でいる部分の海外移転を手助けし、国際貢献 者、強者、共に和を保つための「技」なのか、 に寄与するというチャンス がある。本来は素晴 進出者の態度によって違う結果を生み出す。 「協 ら しい技能や知識などの持ち主が日本で相次い 18 で解雇されている。このような人材は発展途上 の隣国でまだまだ十分に活躍できるに違いない。 (3)バランスよい開発 フィリピンの共有 されていない成長 比中小企業 戦略 第三に検討すべきは、経済特区と中小企業の 開発に、バランスよく焦点を与えるという原理 比エコゾー ン戦略 である。このような開発戦略は図 9 のように簡 潔に描写できるであろう。フィリピンの中小企 業戦略と経済特区戦略の間には補完性がある 日本が援助する 案件 (青い矢印)。日本側から援助 される中小企業向 け のプロジェクト(赤い矢印)は、この補完性 図 10.戦略補完性を無視するケース: を 狙えば、フィリ ピン経済をバランスよく持ち 中小企業戦略だけを狙う 上げることができる。様々な地域と同時に中小 企業を支援することによって、富の偏在を助長 フィリピンの共有 されていない成長 することができるだろう。 フィリピンの共 有された成長 比エコゾー ン戦略 比中小企業 戦略 比エコゾー ン戦略 比中小企業 戦略 日本が援助する 案件 図 11.戦略補完性を無視するケース: 日本が援助する 案件 エコゾーン戦略だけを狙う 図9.戦略補完性を狙うケース しかし、図 10 のように、日本側からの援助 が中小企業戦略だけを狙ったり、あるいは図 11 のように経済特区だけを狙ったりすれば、経済 を持ち上げることは可能だが、バランスの良い 成長は果たせなくなる危険性が高いといえよう。 「共有された成長」にあまり貢献しない可能性 が高い。 経済特区戦略と中小企業開発戦略の補完性を 狙うのは、日本にとって最も相応しい方法であ る。というのは、 「日本は共有された成長」をな 19 し遂げたみずからの経験を持っているので、図 府が景気を刺激しようとしても結果があまり得 9 のような開発戦略はまさにそのような経験を られなかったのは、このような危機が存在して 生かす戦略となりうる。 いるからだと筆者は見ている。 今回の諮問会議にもこのような要素があるが、 以上の3つの原理を理解した上で、フィリピ ようやく彼らの口から「改革には 現実性」とい ンの経済特区の開発を推進すれば、フィリピン う ような言葉がでるようになった。そこから「経 も東アジアの奇跡の経験者になる日がそう遠く 済特区」という提案が妥協案として打ち出され はないと期待している。それと同時に、フィリ たと筆者は思う。経済特区では、日本経済全体 ピンの開発支援に関わる人たちは、なによりも への悪影響、すなわち、システマティック・リ 日本の経済特区とフィリピンの経済特区の理念 スクを最低限に抑えながら、改革者が望むよう が違うということをしっかりと念頭に置いても にあらゆる改革の手法を実験できるという名案 らいたい。日本は今までと違う方法を模索して である。経済特区はまさに実験室である。この いるのに対し、フィリピンは今まで日本が実現 失われた 10 年間の大失敗までの日本政府の政 したものを手にいれようとしているからである。 策をみると、変化に関して非常に鈍感だった。 このような提案に、なぜもう少し早く気が付か 日本では、 「失われた 10 年」という言葉で示 なかったのか、実に不思議である。 されるように、アメリカの先導するグローバ 今後、日本の海外投資家や援助実施者が、フ ル・スタンダード化の方向に暴走する傾向があ ィリピンの経済特区をみるときに、日 本の特区 り、結果として国内の混乱を引き起こした。セ と 理念的に違うことをしっかりと念頭において ンセーショナルな報道を好むマスコミ、 「 市場万 もらいたい。繰り返しになるが、現在フィリピ 能」を好む経済学者やエコノミスト、 「自由化の ンに必要なのは、英米的な徹底した市場原理主 外圧」に弱いか、対応に失敗した政治家・官僚 義ではなく、日本が実現した「共有された成長」 の責任が重いと思う。銀行部門の不良債権問題 である。 をめぐる彼らの無責任な行動や発言は、日本経 済にシステマティック・リスクを引き起こして しまったといえよう。つまり、日本のシステム より詳細のデータをご希望の方は、SG にまるで何も良いところがないかのような指摘 RA事務所にご連絡ください。 をして、多くの日本人に危険なアイデンティテ ィ 危機を起こしてしまったのである。いくら政 20 付録:統計分析の結果 Y = I α Lβ 推定したモデル:COBB−DOUGLAS 生産関数 ただし、Y は産物である輸出、I は投入材である輸入品、L は投入材である労働である。 利用したデータ: 統計は PEZA の提供で、2001 年の各エコゾーンの実績である。実際に参考にした資料は UAP の Regional Markets Adviser (2002 年 1 月)である。輸出と輸入の単位は百万ドルである。 回帰分析の結果: 回帰統計 重相関 R 0.954693 重決定 R2 0.911439 補正 R2 0.869571 標準誤差 0.227435 観測数 28 分散分析表 自由度 変動 分散 回帰 2 13.84109 6.920546 残差 26 1.344891 0.051727 合計 28 15.18598 切片 α̂ β̂ 観測された分散比 有意 F 133.7909 4.43E-14 係数 標準誤差 t P-値 下限 95% 上限 95% 0 #N/A #N/A #N/A #N/A #N/A 0.524778 0.064454 8.14183 1.27E-08 0.392289 0.657266 0.386316 0.039178 9.860596 2.84E-10 0.305785 0.466847 R2 は非常に高く、統計的に有意義である。α̂ と β̂ は理論的に意味があり、統計的に有意義である。 切片は統計的に無意味であるため、最後に生産関数から排除した。 21 SGRAレポート No.0013 投稿レポート 「経済特区〜フィリピンの視点から〜」 編集・発行 関口グローバル研究会(SGRA) 〒112-0014 東京都文京区関口 3-5-8 (財)渥美国際交流奨学財団内 Tel:03-3943-7612 Fax:03-3943-1512 SGRA ホームページ: http://www.aisf.or.jp/sgra/ 電子メール:[email protected] 発行日:2002 年 12 月 12 日 発行責任者:今西淳子 印刷:藤印刷 ⓒ関口グローバル研究会 禁無断転載 本誌記事のお尋ねならびに引用の場合はご連絡ください。 22
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