2016年4月号

「Die Brücke 架け橋」第687号 平成28年 4 月 1 日発行(隔月刊)公益財団法人日独協会
Japanisch-Deutsche Gesellschaft
架け橋
日独協会機関誌
2016
4
表紙のことば:ヴェルニゲローデのワルプルギスの夜
Zum Titelblatt:Walpurgisnacht in Wernigerode
Wenn die Nacht des 30. April anbricht, strömen viele Menschen
in Vorfreude auf die Walpurgisnacht in die Städte rund um den
Harz. Hier in Wernigerode gibt es zwei große Versammlungsplätze – auf dem Nicolaiplatz kann man ausgelassen tanzen und
auf dem Schloss von Wernigerode in eine mittelalterliche Atmosphäre eintauchen.
Auf dem Balkon des Schlosses werden Geschäfte eines mittelalterlichen Marktplatzes nachgestellt. Hier bilden als Hexen und
Dämonen verkleidete Menschen einen Kreis ums Feuer, während
sie Bier oder Honigwein (Met) trinken. Noch sind die Tage und
Nächte kalt. Auf der aufgebauten Bühne gibt es Aufführungen
mit mittelalterlichen Instrumenten und den Preis für die beste
Hexe, an dem jeder teilnehmen kann. Die Auswahlkriterien sind
neben der Aufmachung der Verkleidung auch eine kleine Kostprobe der schauspielerischer Fähigkeiten und ein Interview.
2009 hat die Enkeltochter einer Freundin gewonnen, was für
große Freude in der ganzen Familie gesorgt hat. Und, haben Sie
auch Lust bekommen, einmal den Harz zur Zeit der Walpurgisnacht zu besuchen?
(Foto und Text: Yuko Nishimura)
4 月 30 日の夜になるとワルプルギスの夜を楽しむ人々
がハルツの町々を訪れます。ここヴェルニゲローデには、
踊りを楽しむニコライ広場と中世の雰囲気に浸れるヴェル
ニゲローデ城で祝う二つの会場があります。
城のバルコニーには、中世の市場を再現した店が並び、
かがり火のまわりでは魔女や悪魔に扮した人々がビールや
蜂蜜酒を片手に暖を取っています。まだ寒い時期です。設
営された舞台では中世の楽器による演奏や魔女コンテスト
が行われます。コンテストは誰でもエントリーできます。
仮装の出来栄えやちょっとした演技披露とインタビューの
受け答えなどによって選ばれます。2009 年は私の知人の
お孫さんが優勝し、家族じゅうで喜びあいました。一度は
ハルツのワルプルギスの夜を訪れてみてはいかがでしょう。
(写真・文: 西村佑子 プロフィールは本誌 P.13 をご覧ください)
目
次
ページ/ Seite
INHALT
新年度を迎えて
古森
重隆
1
Zum neuen Fiskaljahr
ドイツ経済の動き
伊崎 捷治
2
Tendenz der deutschen Wirtschaft
3
Das goldgelbe kühle Nass mit dem schneeweißen Schaum
Folge.18 : Das Nummer 1 Fassbier in Deutschland
Dr. Koichi Matsuzawa
4
Die Wissenschaftsforschung in Deutschland und ihre Nobelpreisträger
(Extraausgabe): Josef von Fraunhofer (1)
Atsuhiko Ii
隆
5
Post aus Köln 3
幸子
6
Deutsche Rosen wiegen sich im „Wind-Garten“
マリン・ウィンター
7
Berliner Luft
8
Serie: Deutsche Jugendliche und ihr soziales Engagement
Deutsche Jugendliche und Politik
Tatsuhito Ono
黄金の琥珀に純白の泡
〜 Vol.18 ドイツ No.1 の樽生ビール<後編>〜
松沢 幸一
「ノーベル賞に見るドイツの科学力 外伝:
ヨセフ・フォン・フラウンホーファー(1)
」
井伊
ケルン便り
第3信
篤彦
久保田
『風のガーデン』に揺れるドイツのバラ
小林
Berliner Luft
小野
竜史
ドイツ銘醸ワイン物語
黒川
英作 10 Perlen deutscher Weine 4
ドイツ歳時記:イースター/ワルプルギスの夜
マリア・ヒュットル/西村
講演記録(ドイツ語圏文化セミナー 91)
「モノが語る魔女の秘密」
協会活動
おにぎり姫のカタリン
佑子
Takashi Kubota
Malin Winter
Eisaku Kurokawa
11
Das deutsche Jahreszeitenwörter-Glossar:
Ostern / Walpurgisnacht
Maria Hüttl / Yuko Nishimura
12
Vortrag ( Kulturseminar des Deutschen Sprachraums 91 )
Die Geheimnisse der Hexen
Yuko Nishimura
14 JDG-Aktivitäten
カタリン・ケンプケン 16 Kathrin, die Onigiriprinzessin
会員のひろば/ドイツ関連情報いろいろ
コラム【驚いてン Sie!?】
西村
佑子
Shoji Isaki
Yukiko Kobayashi
シリーズ:ドイツの若者と政治参画
第1回 ドイツの若者と政治
4
Shigetaka Komori
Kathrin Kempken
17 Aus dem Mitgliederkreis / Die Informationen
タベア・カウフ 18 „Odoroiten Sie!? “
Tabea Kauf
ドイツ経済の動き
第 38 回
 着実な実績を上げた 2015 年の経済
ドイツでは昨年、さまざまな出来事があり、前号で十大ニュースとして採り上げましたが、経済では着実に成果を挙げました。今回
は今年 2 月末までに発表された経済・社会関係の主なデータをご紹介します。ご参考までに、日本のデータも掲げます。
 人口と就業者数が大幅に増加(連邦統計庁速報)
2015 年末の人口は年初と比べて約 70 万人増加して、少なくとも 8,190 万人になったと推定されています。自然減が例年を下回る約
15.3 万人にとどまったのに対して、流入から流出を差し引いた移民の純流入が 90 万人に達したとみられています。就業者数も引き続
き大幅に増加しており、2015 年第 4 四半期は前年同期比で 1%、41 万 2,000 人増加して、4,340 万人となりました。
2015 年は企業に雇用される人が 51 万人増加したのに対して、家業従事者を含む自営業者は 9 万 8,000 人減少しました。2015 年 12
月の製造業(従業員数 50 人以上の企業)の従業員数は約 540 万人で、前年同月比で 1.0%、5 万 5,000 人の増加でした。3 年前との比
較では未成年者を含む人口が 140 万人あまり増加したのに対して、就業者数は約 100 万人増加したことになります。
(日本の 2015 年
12 月の就業者数は 3 年前と比較して 151 万人増の 6,385 万人、2015 年 9 月の人口は 3 年前と比較して約 64 万人減。総務省統計)
 輸出、輸入、貿易黒字がこれまでの最大を記録(連邦統計庁速報)
2015 年の輸出額は前年比 6.4%増の 1 兆 1,958 億ユーロ、輸入額が同 4.2%増の 9,480 億ユーロで、貿易黒字額は 2,478 億ユーロに
達し、いずれもこれまでの最大を記録しました。地域別にみた輸出の伸び率は、ユーロ圏以外の EU 諸国向けが 8.9%で最も高く、次
いでユーロ圏諸国向けが 5.9%増、EU 以外が 5.6%増でした。輸入でも EU 諸国からの伸び率が高く 4.5%増であったのに対して、そ
れ以外の地域からの輸入は 3.5%増でした。日本との輸出入は平均を上回って増加しましたが、ドイツの輸出全体に占める日本の割合
は 1.4%、輸入では 2.1%でした。
(2015 年の日本の輸出は前年比 3.5%増の 75.6 兆円、輸入は 8.7%減の 78.5 兆円、差し引き 2.8 兆円
の赤字でした。財務省統計)
 着実に成長した経済(連邦統計庁速報)
ドイツの経済は実質 GDP の伸び率で 2013 年の 0.3%から、2014 年 1.6%、2015 年 1.7%と着実な成長を達成しました。雇用が増加
するとともに賃金が物価を上回って上昇したことから、個人消費が 1.9%増と好調だったのが大きな要因です。そのほか政府消費支出
が 2.8%増、設備投資が 1.7%増で、1.7%の成長率のうち、1.5%は国内経済の活発化によるものでした。なお、ドイツ政府は 2016 年
の実質成長率を前年と同じ 1.7%と見込んでいます。
(日本の成長率は 2013 年 1.4%、2014 年 -0.0%、2015 年 0.4%。内閣府統計)
 約 14 万人の難民を受け入れ(連邦移民・難民庁統計)
2015 年にドイツへ来た難民は 100 万人ともいわれますが、政府が受け付けた亡命・難民申請は 47 万 6,648 人(再申請を含む)でし
た。そのうち、判定が下ったのは 28 万 2,726 人で、うち、49.8%にあたる 14 万 915 人が亡命者または難民ないしはそれに準じる者と
認定され、ドイツ滞在が認められました。出身国別で最も多かったのはシリアの約 10 万人、イラク約 1.5 万人、エリトリア 9,300 人
などでした。認定を受けられなかった残り 50.2%は本国に送還されたり、途中で申請を取り下げて、帰国したりしました。
(日本にお
ける 2015 年の難民認定申請者数は 5,000 人、認定者数は 11 人。法務省発表)
 その他(連邦統計庁速報)
2014 年の全世帯に占める片親世帯の割合は 20%。2015 年の公共財政(連邦、州、市町村、社会保険)は 190 億ユーロの黒字。
2013 年に地方自治体が負担した公立学校の費用は生徒 1 人あたり 6,500 ユーロ。2015 年の旅行者国内宿泊数は 3%増の 4 億 3,640 万泊。
2015 年の実質賃金上昇率は 2.5%。2015 年のビールの販売量は 9,570 万ヘクトリッターで前年とほぼ同じ。2014 年の 20 歳から 64 歳
までの就業率は 78%で、ヨーロッパではスウェーデンの 80%に次いで 2 番目。
伊崎捷治(当協会会員、元ベルリン独日協会副会長)
月 刊 音 声 教 材(無料)
2
ケルン便り
第3信
久保田 隆(当協会会員・ケルン在住)
△
△
春の足音
この記事を皆さんにお届けする頃には、ケルンの街にもようやく春が到来します。ケルン大学
からも程近いケルン日本文化会館(Japanisches Kulturinstitut Köln)の前や、その隣のヒロシマ・ナ
ガサキ公園(Hiroshima-Nagasaki-Park)では、春になると桜(Kirschblüte)が咲き乱れます。遠く
異国の地にありながらも、こうして桜が花開くのを今か今かと待ちわびることができるのは、と
ても贅沢なことかもしれません(…と思いきや、12 月頃にも花をつけていたので驚きました)
。
大晦日の襲撃事件(その 2)
大晦日の晩にケルン中央駅・大聖堂周辺で発生した集団女性襲撃事件をめぐって、新たに動
きがありました。
まず、ケルン区裁判所(Amtsgericht Köln)にて事件後初の裁判が行われ、2016 年 2 月 24 日、
(23
3 名の被告人に対して判決が言い渡されました。第 1 事件の被告人となったモロッコ人男性
歳)は、ドイツ人女性から携帯電話を盗んだとして起訴され、裁判の結果、執行猶予付きの自由刑(拘
禁刑)6 月と罰金刑の有罪判決が下されました。第 2 事件に関しては、インド人男性からカメラを盗んだとされるチュニジア人男性
(22 歳)に対して、執行猶予付きの自由刑 3 月の有罪判決が言い渡されました。そして、第 2 事件でチュニジア人男性と共に犯行に
及んだモロッコ人青年(18 歳)については、罪を犯したことは認定されたものの、少年刑法(Jugendstrafrecht – 法律の正式名称は「少
年裁判所法(Jugendgerichtsgesetz)
」
)の規定に基づいて、刑の言い渡しについては猶予されました。さらに、第 2 事件の被告人両名
に対しては、難民宿泊施設での 60 時間の社会奉仕活動も命じられています。両事件に共通していえるのは、いずれも女性に対する
。ケルン検察によれば、現在勾
性犯罪の責任を問われたわけではないという点です(もちろん無罪放免ということではありません)
留されている 14 名の被疑者のうち、性犯罪を理由として拘束されているのは 1 名だけとのことです。また、裁判において被告人の
人物を特定するのも容易ではなかったようです。
次に、ドイツで罪を犯した外国人に対する退去強制の要件を緩和するための法案が 1 月 27 日、閣議決定されました。この法案が
議会を通過すれば、将来的には、執行猶予に付された犯人についても退去強制が可能となります。また、2 月 29 日には、トーマス・
デメジエール(Thomas de Maizière)内相がモロッコとアルジェリアを訪れ、ドイツに不法滞在している両国人の身元特定・送還に
協力する旨の約束を取り付けました。
その他の動向としては、大晦日の事件後、デュッセルドルフ(Düsseldorf)をはじめとするノルトライン=ヴェストファーレン
(Nordrhein-Westfalen)州の各都市で、自警団(Bürgerwehr)を組織する人々が現れたことが関心を引きます。もっとも、2 月末現在、
実際に街を練り歩くグループはほとんど存在せず、インターネット上の活動が主であるそうです。
なお、2 月 4 日(木)から 10 日(水)に予定されていたカーニバル週間も、警備を強化した甲斐あってか、大きな混乱はなかっ
たようです(筆者は風邪で家から一歩も動けず ...)
。
戦火を免れて
最後に、
前々回に引き続き、
ケルンの地ビール・ケルシュにまつわる話をさせてください。現存するケルシュ
の銘柄のうち最も歴史が長いとされるのが、1830 年創業の「ズュナー(Sünner)
」です。ライン右岸のカル
ク(Kalk)地区に位置するズュナー・ケルシュの醸造所(Brauerei)は、第二次世界大戦時の空襲によってそ
の大部分が破壊されてしまいましたが、建物の一部は戦火を免れ、現在では文化財として登録されています。
この醸造所では、決まった曜日・時間に見学ツアーに参加することができます(下記参照)
。ツアーガイドと
しても活躍している見習いの男性によれば、
「ケルンに戦前からある建物のうち、戦前と同じ機能を維持して
いるのは大聖堂とこの醸造所ぐらいのもの」だそうです。ツアーの終盤には、タンクから注ぎたての無濾過
のケルシュを試飲させてもらえます。ツアーに参加した後は、併設のレストラン「ズュナー・ケラー(Sünner
Keller)
」にてお食事はいかがでしょうか。自家製のコルン(Korn – 穀物ブランデー)やリキュールなど、ビー
ル以外のアルコール飲料も豊富に取り揃えています。ほかにも、
「ケルンの水(Kölsches Wasser)
」というソフ
トドリンクもありますので、アルコールが苦手な方でも手軽にケルンの味を楽しむことができます。
△
<大晦日の襲撃事件>
・事件後初の裁判について
(2 月 24 日付 Kölnische Rundschau)
http://www.rundschau-online.de/region/koeln/koelner-silvesternacht-erste-prozesse-nach-den-uebergriffen-zeigen-problemeder-justiz-23620544
(2 月 23 日付 Die Welt)
http://www.welt.de/regionales/nrw/article152544434/Erste-Verdaechtige-der-Koelner-Silvesternacht-vor-Gericht.html
・自警団について(2 月 28 日付 RP Online)
http://www.rp-online.de/nrw/panorama/nordrhein-westfalen-mehr-buergerwehren-im-netz-als-auf-der-strasse-aid1.5798929
・退去強制の要件緩和に関する法案について(1 月 27 日付 Süddeutsche Zeitung)
http://www.sueddeutsche.de/news/politik/migration-ausweisung-krimineller-auslaender-soll-erleichtert-werden-dpa.
urn-newsml-dpa-com-20090101-160127-99-253339
・モロッコ政府・ナイジェリア政府との取り決めについて(2 月 29 日付 Süddeutsche Zeitung)
http://www.sueddeutsche.de/politik/abgelehnte-asylbewerber-marokko-sagt-ruecknahme-zu-1.2885299
<ズュナー・ケルシュ>
・醸造所見学ツアーの曜日・時間帯(要予約。1 人 9.80 ユーロ) 木曜・金曜 16:30 18:00 / 土曜 15:00 16:30 18:00 19:30
・
「ズュナー・ケラー」の営業時間 平日 16 時〜 / 土曜 12 時〜 / 日曜 11 時〜(10 月から 4 月の間ブランチ営業。要予約)
・アクセス(Kalker Hauptstraße 260-262, 51103 Köln-Kalk)
市電 1・9 番線「Kalk Kapelle」駅から地上に出たら、大通り(Kalker Hauptstraße)を東に向かって進んでください。2, 3 分ほ
どで、右手に看板とガラス張りのボイラー室が見えてきます。
・ズュナー社のホームページ
http://www.suenner-brauerei.de/suenner̲historie.html(ズュナー社の歴史について)
http://www.suenner-keller.de/brauereibesichtigung.html(醸造所見学について)
※上記の情報はいずれも 2016 年 2 月 29 日現在のものです。
5
Das Japanfestival in der Urania
Deutschlandfreunden im Raum Tokyo ist sicher das alljährlich stattfindende Deutschlandfest im AoyamaPark ein Begriff. Ich selbst durfte in
meiner Praktikumszeit bei der JDG ja
auch einmal dabei sein (im Dirndl natürlich) und ich war wirklich beeindruckt von den vielen Ständen, dem
Bühnenprogramm und dem deutschen Essen. Ich habe ganz schön gestaunt, so weit weg von Zuhause
plötzlich auf ein ganzes Festival zu treffen, welches meinem Heimatland gewidmet ist. Ob es Japanern beim Japanfestival in der Berliner
Urania wohl genauso geht? Auch in diesem Jahr war ich wieder als
Helferin am Stand der DJG Berlin dabei und möchte ein wenig über
das Festival berichten. Das Japanfestival findet jedes Jahr in den traditionsreichen Hallen des Veranstaltungszentrum Urania im Bezirk Berlin
Schöneberg statt. Allein schon über die Urania könnte man locker einen ganzen Artikel schreiben, wurde sie doch schon sage und schreibe 1888 gegründet, um Interessierten ohne Vorkenntnisse in Vorträgen auf einfache Weise Wissen zu vermitteln. Auch heute noch wird
dieses Ziel verfolgt und in den zwei großen Sälen und dem Kino finden
ständig Vorträge und Präsentationen zu den verschiedensten Themen
aus Kunst, Kultur, Wissenschaft und Technik etc. statt. Auch das Japanfestival soll interessierten Besuchern vor allem die japanische Kultur und Lebensweise vorstellen und neben einer Messe mit zahlreichen
Verkaufs- und Informationsständen gibt es ein vielfältiges Bühnenprogramm. Angefangen von Vorträgen, etwa über den Tokyo Sky Tree
über Schaukämpfe, hin zu Kimonomodenschauen und Sumie-Workshops gab es auf der Bühne auch in diesem Jahr viele musikalische
Darbietungen, etwa von der Gruppe Tengu Daiko zu bestaunen.
Im Messebereich drängten sich an dem Wochenende ebenfalls die
Besucher, welche sich aus den unterschiedlichsten Gründen für Japan
zu interessieren schienen. Den größten Anteil der Besucher machten
aber wohl die Anime- und Mangafans aus - die ganze zweite Etage
des Zentrums war den Themen Anime, Manga und Cosplay gewidmet.
Über Japan als Reiseland informierten Stände von verschiedenen Touristikunternehmen auf der ersten Etage. Gleich nebenan konnte man
sich im traditionellen Go-Spiel versuchen. Im Gastronomiebereich gab
es neben Sushi und japanischer Hausmannskost den neuen Trend
„onigirazu“ zu probieren. Onigiris als praktischer und gesunder Snack
sind bei den Berlinern ja ohnehin seit einer Weile sehr beliebt (irgendwann schreibe ich darüber auch mal einen Artikel…), und auf dem diesjährigen Japanfestival waren sie wieder der Renner. Ich habe ohnehin
den Eindruck, dass die japanische Bentokultur in Deutschland sehr beliebt ist. So gab es beispielsweise im Erdgeschoss einen Stand für Bentozubehör, der von den Besuchern sehr gut angenommen wurde.
Die oberste Etage des Veranstaltungszentrums war hingegen laut
Plan für „Exklusives Japan“ reserviert. Hier waren neben dem Stand
der DJG auch die Japanische Botschaft und viele Stände zu traditionellem Kunsthandwerk vertreten. Zu finden waren Stände mit Kimonos, Kaligraphie, traditionellen Trommeln, Schmuck und kunstvollen
Tuschezeichnungen, aber auch exklusive Tee- und Sakespezialitäten
wurden angeboten. Viele Besucher schienen sich einen japanischen
Yukata oder eine Shouji-Wand für Zuhause mitnehmen zu wollen.
Auch in diesem Jahr gab es also wieder jede Menge zu sehen und
auszuprobieren und die meisten Besucher wirkten sehr zufrieden. Ich
bin dabei jedes Mal beeindruckt, wie viele Start-Ups, Firmen und Geschäfte es bereits in Deutschland gibt, die sich mit der japanischen Kultur beschäftigen oder japanische Produkte anbieten. Auch scheint das
Festival von Besuchern in Berlin sehr gut angenommen zu werden - es
ist jedes Mal sehr voll und man lernt viele nette und interessante Menschen kennen. Nächstes Jahr bin ich auf jeden Fall wieder mit dabei!!
Malin Winter, Mitglied der DJG Berlin
Bi
er
Fer
ns
Berliner L
uft
ベルリン「ウラーニア」で開催された日本フェスティバル
毎年、
東京の青山公園で行われている「ドイツフェスティバル」
が日本のドイツファンによく知られている行事であることは間違
いないでしょう。私が東京の日独協会で研修した時、このフェス
ティバルを実際に体験し、
ドイツ文化に関するたくさんのブース、
ステージプログラム、食物が提供されていることがとても印象的
でした。自国から遠く離れた所でドイツをテーマにする祭りに出
会ったのは驚きでした。日本人も、ベルリンの「ウラーニア」で
開催される「日本フェスティバル」を訪れたら同じように感じる
でしょうか?今年もスタッフとして「ベルリン独日協会」のブー
スで活動しましたので、今回は「日本フェスティバル」について
お伝えしたいと思います。
「日本フェスティバル」は、ベルリン・シェーネベルク地区の
歴史ある文化施設
「ウラーニア」
のホールで開催されます。
「ウラー
ニア」だけでも記事が丸ごと一本書けそうです。1888 年に創立
された「ウラーニア協会」は当時から、あまり予備知識がない一
般の人々に、講演やプレゼンテーションを通じて知識を与えるこ
とを目的にしています。その目的は今なお受け継がれ「ウラーニ
ア」の二つの大ホールと映画館では常に美術、文化、科学や技術
に関するイベントや講演が行われます。
「日本フェスティバル」は来場者に日本の文化と生活様式を紹
介するイベントとして 11 年前に始まりました。現在の出展者数
は 80 社以上で、日本の製品を売る屋台、情報ブースや多彩なス
テージプログラムが提供されます。今年も舞台プログラムが盛り
だくさんで、
「東京スカイツリー」についてのプレゼンテーショ
ンや、舞台上での武道の模範試合、着物ファッションショー、墨
絵ワークショップの他にも「天狗太鼓」による演奏などの多くの
音楽プログラムが賞賛されていました。
販売エリアにも、日本文化に様々な関心を持っている来場者が
押し寄せました。その大部分はアニメと漫画のファンであったに
tu
eh
S
e
säul
ieges
rm
違いありません。ドイツ人の若者に大人気の日本のポップカル
チャー(アニメ、漫画、コスプレ)に「ウラーニア」の 3 階がま
るごと使われました。
2 階では、様々な旅行会社が日本の観光スポット情報を提供し
ました。そのすぐ隣には体験用の碁盤が用意され、飲食コーナー
では、お寿司や日本の家庭料理だけではなく、最近話題となった
「おにぎらず」も試食できました。日本のおにぎりは手軽で健康的
な食べ物として、少し前からベルリンでも大変人気がありますが、
(いつかドイツ風おにぎりについての記事も書きたいと思いま
す!)今年の「日本フェスティバル」でも相変わらず大好評でした。
お弁当や和食用の道具を売るブースのにぎわいを見ると、日本の
お弁当文化がドイツでもとても人気だという印象を受けました。
会場施設の最上階には「エクスクルーシヴェス・ヤーパン」と
銘打って出展者が集まりました。在ドイツ日本大使館や日本の伝
統手芸を紹介するブースに並んで、ベルリン独日協会のブースも
設けられました。着物、書道の道具、和太鼓、アクセサリーや芸
術的な墨絵だけではなく、高級な緑茶とお酒を売るブースもあり
ました。フェスティバルのお土産として、浴衣や障子などを買っ
て帰ろうとする来場者は少なくなかったようです。
今年の「日本フェスティバル」でも、体験できることがたくさ
んあり、来場者も大満足のようでした。日本の文化を専門に扱っ
たり、日本の製品を提供するドイツの会社、お店やスタートアッ
プ企業が多数あることに毎年あらためて驚
かされます。ベルリンに住む来場者にとっ
てのみならず、とても人気なフェスティバ
ルだと思います。毎回多くの来場者で会場
が賑わい、日本に熱心に関わっている人と
たくさん知り合うことができます。来年も
ぜひ、行きたいと思います!
マリン・ウィンター
(ベルリン独日協会会員)
7
講演記録
ドイツ語圏文化セミナー 91
モノが語る魔女の秘密
西村 佑子(2016 年 2 月 12 日 於・日独協会)
91.Kulturseminar des Deutschen Sprachraums
VORTRAG
Die Geheimnisse der Hexen
Yuko Nishimura
「百聞は一見に如かず」とは言いますが、
「見えても見えず」とも言え
て、モノをみてもそれが何なのかわからなければ仕方ありません。皆さ
んは「魔女の秘密展」
( 2 月 19 日〜 3 月 13 日ラフォーレミュージアム
原宿)を見に行かれると思いますが、今日はそこに展示されているモノ
が何を語っているのか、その背景についてお話ししたいと思います。
「ハガツサ」から「ヘクセ」に
ヘクセとはドイツ語で魔女のことですが、これは案外新しい言葉で、
文字として出てくるのは 14 世紀くらいのことです。このヘクセの語源
は「ハガツサ (Hagazussa)」ではないかと言われており「垣根の上の魔
的な存在」という意味です。
「ハガ」は垣根、
「ツサ」は座っているとい
う意味の古いドイツ語です。この「垣根」とは何かと言いますと「この
世とあの世の境い目」
、さらに具体的に言うと「村と森の境界」
、つまり人の住む村と、人ではない何か恐ろしいものが住んでいる森
セミナーの様子
との境界ということです。そこにいる魔的な存在という意味だろうと思われています。もちろんヘクセの語源については「おしゃべ
り」
、
「うるさい女」等いろいろな説がありますが、今日ではこのハガツサ説が有力です。
妄想から実在に
古代から魔女のような存在はいました。
「この世とあの世の橋渡しをするような場所にいる何か不思議なもの、異界のもの」そし
て「魔的な力を持つ魔術師」のような存在でした。魔術師は家畜を盗んだり、妊婦を流産させたり、占いや呪文をなしたりすると思わ
れていました。これが魔女の仕業と結び付けられるようになります。最初はこうした魔女がいると妄想すること自体が罪でしたが、や
がて魔女は妄想ではなく実在するというふうに変わっていくのです。なぜ変わっていったのか、というのが今回の展覧会のテーマとな
るわけです。魔術を使う、
なんだか得体の知れない存在に対して、
教会や権力者が具体的な実像を与えて迫害の対象にしていくわけです。
その実像とはどんなものかと言いますと、魔女とは「□□と契約」
「□□の情婦」
「空を飛んで□□のサバトに参加」
「□□の手引
きで魔術を使い、悪いことをする」と定義されています。この□□にすべて同じ言葉が入ります、そう「悪魔」です。悪魔は魔女を
介してこの世に害を与えるとみなされたのです。
なぜ魔女は作り出されたか
まずは 30 年戦争。1618 年から 30 年断続的に続いたのですが、戦場であったドイツにとっては大変な時代だったわけです。この
戦争で戦う兵士たちのうち傭兵は戦闘が途切れると職にあぶれ、村々を放浪して悪さをすることも多々ありました。なおかつ、この
時代は「小氷期」
、つまりマンモスが死ぬような大氷河期ではないけれど冬は極寒で夏もジメジメして寒い、という気候が何度も起
こりました。当然大飢饉になるわけです。皆さんご存知の「ヘンゼルとグレーテル」も食べるものが無くて親が子供を捨てる、とい
う出だしですが、そういう時代です。そして天候が不順だと疫病も発生しやすい、放浪する傭兵が病気を運んでくることもあり、ペ
ストの大発生の第二波、第三派がヨーロッパを襲いました。このころキリスト教会は体制・機構を固めつつありましたが、災難が多
い辛い時代には人々は「神様はどうしてお救いくださらないのだろう!?」という風潮になり、教会にとっては都合が悪かったので
す。そんな中、教皇インノケンティウス(Innocentius)8 世が 1484 年に「世の中が乱れているのは信仰心を忘れて、魔女の悪行を
横行させているからだ」という内容を含む教書(Summis desiderantes affectibus) を出し、異端審問(ローマカトリックの教えに反す
るものを排除する)を強化させなくてはいけない、それを特に怠けているのはドイツである、と糾弾したのです。これを受けてドイ
ツの神学者が 2 年後に「魔女への鉄槌」という、魔女とはどういうものか、どのよ
うに発見し、尋問・処刑すればよいか、という魔女裁判のマニュアル的な本を書き
ました。これがグーテンベルクの印刷術の発明によって瞬く間にヨーロッパ全土に
広められたのです。昔はどんな良い本でも手で写本するしかなく簡単に世界中には
広まりませんでしたから、印刷術という発明は今の IT 革命に匹敵するようなもの
だったのです。
確かに魔女を作り出したのはキリスト教でしたが、その後は、悲しいことに、む
しろ一般庶民が魔女迫害の主役になっていきました。
魔女の悪事とされたこと
赤ん坊を煮る魔女たち
12
魔女が具体的にどのような悪事をするのか、ということは当時の絵や本で広めら
れました。例えば子どもの死産は、その子が洗礼を受けてキリスト教徒になる前に
死んでしまい神の国に行くことができなくなる重大事ですから、悪魔と魔女の仕業とさ
れました。また、魔女の特徴とされる「空を飛ぶ」力ですが、もともとは空飛ぶ箒があっ
たわけではなく、特殊な軟膏を身体に塗って飛ぶのだと考えられていました。赤ん坊の
脂肪はこの軟膏に使われるという説もありました。牛乳が腐ったり、
牛乳の出が悪いこと、
悪天候も魔女のせいにされていました。人々は厄災から身を守るための護符や魔除け、
お守りに頼りました。女性だけではなく、男性や子どもも魔女として告発されました。
権力闘争に敗れた男性が魔女にされてしまったケースもあったのです。
19 世紀〜現代の魔女像
19 世紀、ロマン派の時代になって主に男性の芸術家たちが魔女をファンタスティック
なものとして扱うような風潮があらわれました。例えば拷問道具として知られるアイア
ンメイデン(女性の形をした拷問道具)ですが、実際に使われたものではなくロマン派
の人々が作りだしたものでした。
「サバト前のレッスン」という絵がありますが、どう思
われますか?ここに描かれているのは若い魔女にサバト ( 魔女の集会 ) での心得を教え
ている老魔女ですが、聖母マリアの母アンナを描いた「教育するアンナ」を思わせ、19
世紀の男性が抱いた魔女に対するロマンティックなイメージと重なって見えます。
迫害の犠牲者だった魔女がロマンティックなものとして扱われるようになり、20 世紀
サバトへ行く前のレッスン
© スムール城美術館
になってそれはいっそう強くなりました。魔女迫害の歴史をもたない日本では、
「魔女の
宅急便」の主人公キキのような可愛らしい魔女が作り出されたり、サブカルチャーの世
界でも人気のテーマになっていますが、ドイツでは現代になってもこの負の歴史から目
を逸らさず、魔女の展覧会を毎年のように各地で開催しています。
現代社会と魔女
どれくらいの人が魔女として殺されたのか、ドイツでは約 2 万 5 千人と言われていま
すが、裁判記録が残っていないものも含めると本当の数はわかりません。
魔女迫害に関する展覧会が開かれるのはウーマンリブの運動が盛んになる 1970 年代
になってからです。それまでは教会への恐れや、男性社会であるがゆえに女性迫害の暗
い歴史を明るみに出すことはできなかったのです。1977 年にイタリアで起きたレイプ事
件を発端として、
ドイツ全土で女性たちのデモが行われました。カッセルでは、
4 月 30 日、
ワルプルギスの夜に、
「女たちがこの夜を支配する」と書いたプラカードを掲
教育するアンナ
げて行進しました。当時レイプ事件では往往にして襲われる女の方が悪い、と
いうことにされていましたが、それに女性たちが猛反発して、こうしたデモが
広がりました。魔女に関する展覧会が開かれるようになったのは、ちょうどこ
の頃のことです。
ドイツ人というのは、本当に真面目に過去と向かい合っています。例えば魔
女として処刑された女性の子孫がケルン市に対して再審請求をし、2012 年に
名誉回復を勝ち得ました。そういうところは本当にすごいと思います。また、
エーレントという小さな街でのお祭りでは、焚き火に魔女の人形を投げ込む習
慣があり観光の目玉になっていたのですが、女性たちの反対にあって雪だるま
に似た人形を使うようになりました。
また、薬草を扱う女性たちが薬草魔女と名乗って活躍するようになりました。
4 月 30 日にハルツ地方の 50 に及ぶ市町村で「ワルプルギスの夜」という魔
女のお祭りがあります。私は毎年見に行っていますが、内輪で楽しむ町内会
のようなものや、大勢の観光客がやってきて、大いに盛り上がる町など様々
です。
カッセルでの女性たちのデモ行進
ついつい 2 時間も話してしまいましたが、
ぜひ展覧会に足を運んでいただき、
モノが語る魔女の姿をご覧いただければと思います。そして魔女を作りだし
た社会や歴史に思いをはせてみてください。
講師:西村佑子
うお座。青山学院大学、成蹊大学などの講師を経て、現在は執筆や講演活動
※
(東映、
を行っている。魔女に関する貴重な史料が展示された
「魔女の秘密展」
中日新聞社企画)を監修。今年 1 月に最新刊『あなたを変える魔女の生き方』
(キノブックス)を上梓
※福岡市博物館にて 2016 年 4 月 8 日から 5 月 29 日まで開催
薬草の店を持ち、著作や講演、テレビ出演、薬草ツアー などで活
躍している薬草魔女(マウルブロン近郊)
13
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編集後記
■今月号より編集員の末席に加えていただけることとな
りました。これまでの Brücke を踏襲しつつ、より密度の
濃い情報をみなさまに御提供できればと思います。今後
ともよろしくお願い致します。私事ですが先日、東京演
劇アンサンブル(TEE)の『最後の審判の日』
(エデン・フォ
ン・ホルヴァート原作)を観劇して参りました。大戦前
夜の何ともいえない不穏な空気を見事に描き出したこの
作品、刻々と変わっていく日本社会の「今」と決して無
関係ではないように感じたのは私だけでしょうか。Brücke
が日独交流の架け橋として、そして文化の伝達を担う良
心として幾許かの役割を果たすことができれば、と切に
願うばかりです。
(田)
1952 年、日本とドイツ連邦共和国の国交が戦後はじめて
結ばれたその年7月、財団法人日独協会も再建され、11
月からは会報誌「日獨協会月報」の発行もはじまりました。
当時の会報誌をめくっていると、行事記録や談話、ドイツ
訪問記等の記事にまじって「事務所を求む 5 坪乃至 10
坪、室の一隅でも差支えありませんのでご心配下さい。日
独協会」という小さな広告も見られます。そのような創設
期から今日まで、会報誌は、途絶えることなく協会の活動
とドイツに関する情報を伝えつづけてきました。この度、
編集に関わらせていただくことになりましたが、これまで
会報誌を支えてきてくださった先輩方の情熱を胸に、皆様
により良い内容をお届けできればと思っております。
(菊)
発送作業を手伝って下さったボランティアの皆さんに心から感謝します。
架け橋
日独協会機関紙「Die Brücke 架け橋」第 687 号
2016 年 4 月 1 日発行/隔月刊
編集責任:金谷誠一郎
(編集長)公益財団法人日独協会/電話:03-5368-2326/FAX:03-5368-2065/http://www.jdg.or.jp
住
/印刷・製本:三和印刷株式会社
所:〒160-0016 東京都新宿区信濃町 18(マヤ信濃町 2 番館)
禁 無断転載