Title チェルニーのピアノ教授 −『チェルニーのピアノ教授に関する手紙Car l Czerny. Briefe über den Unterricht auf dem Pianoforte』を手掛かりに− Author(s) 小野, 亮祐 Citation 釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第44号: 105-110 Issue Date 2012-12 URL http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/6873 Rights Hokkaido University of Education 釧路論集　－北海道教育大学釧路校研究紀要－第44号（平成24年度） Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.44(2012):105-110 チェルニーのピアノ教授－『チェルニーのピアノ教授に関する手紙 Carl Czerny. Briefe uber den Unterricht auf dem Pianoforte』を手掛かりに－・・小　野　亮　祐北海道教育大学釧路校音楽教育教室 A study of Czerny's Piano Method －''Briefe uber den Unterricht auf dem Pianoforte''－・・ Ryosuke ONO Department of Music Education, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education 本論はピアノ練習曲集（エチュード）の作曲家として著名で、現代日本のピアノ教育に至るまで影響を与え続けているチェルニーが著した小著『ピアノ教授に関する手紙』に焦点を当てて、その内容を検討するものである。チェルニーは練習曲集とともに、言葉の説明を中心としたピアノ教則本をいくつか出版している。これらは、基礎から即興演奏といった高度な段階に至るまでのピアノ演奏に必要な知識技能を、主に言葉で説明している。しかしながら、はたしてこれら「理論的著作」としてまとめられた教則本の内容と、ピアノ教授の実際がどの程度同じであるのか、また異なっているのかはいまだによくわからなかった。しかし、本論の俎上あげる『手紙』は実際の生徒に教師（チェルニー自身）が順を追って手紙で教授内容を送るという想定のもとで書かれており、レッスンの実態に近いものとなっている。そのことを利用して、理論的著作中の主著ともいうべき『完全なる理論的実践的ピアノ教本』と、この『手紙』の内容構成を比較検討した。その結果、少なくとも初心者の教授にかかわる主著の第1部の部分については、その個々の教授内容の配列、習得に要する期間などが明らかになり、従来よりも具体的な形でチェルニーの鍵盤楽器教授にアプローチすることができた。１．チェルニーの教授活動の中の『10の手紙』の位置づけはじめに日本の音楽家、とりわけピアニストにとって、カール・チェルニー Carl Czerny（1791-1857）（以下単にチェルまず、チェルニーの音楽活動、教育活動における『10のニー）の名は、その作曲家としての業績を知られることは手紙』の基本的な性質を見てゆきたい。チェルニーはボヘなくとも、とりわけ音楽教育に多大な功績をあげた人物とミア出身の父ヴェンツェルWenzel（1752-1832）の長男（一して認識されている。また専門家でなくとも幼少期にピア人息子）としてウィーンに生まれ、幼少期を除いてはそのノを習ったことがあれば、その名は教則本の通称としてよ生涯をウィーンで過ごした。父はいくつもの顔を持っておく知るところだろう。チェルニーの教育的業績としてよくり、ピアノ教師、ピアノ修復師、オルガニスト、オーボエ知られているのは、大量の練習曲集（エチュード）である。奏者、歌手として活躍した音楽家であった。その息子カーそれらエチュードについて研究は、従来ピアニストやピアルも、父から幼いころに音楽教育を受けたが、1800年からノ教育家たちによってなされ、その多くは現在のピアノ教はベートーヴェンLudwig van Beethoven（1770-1827）育現場の問題として取り扱われている。の教えを受けた。このような現在メジャーになっているチェルニーの業績その後1806年、15歳となったチェルニーはピアノの教授に対して、未だマイナーな業績とでもいうべき理論的著作を行い始める。自伝では「個人的なコンサートを重ねるう群がある。これらの中には言葉でピアノ演奏を解説する「ピちに有名となり、日中の時間はレッスンでいっぱいとなっアノ教則本」が含まれている。本論ではその中での主著とた」と述べている（東川＝チェルニー 2003 p.188）。そのされる『完全なる理論的実践的ピアノ教本』に比してさら後も個人的な作曲活動を重ねながら、1836年に教授活動をに光の当てられてこなかった10の手紙から成る『ピアノ教休止するまでこのような日々を過ごしていた。そうした授に関する手紙』（以下『10の手紙』と呼ぶ）について、日々の中で次々に練習曲集が出版され、1836年までにす主著との比較を交えてその特質について検討を行う。でに141曲の練習曲集が出版されている（MGG; Czerny, Personen Teil, Bd4. p.228）。基本的にこれらの練習曲集－ 105 －小　野　亮　祐は、「練習曲」という楽曲の集合であり、言葉による説明 as an appendix to every school for that がなされていない。しかし、それらはチェルニー自身によっ instrument（translated by J.A.Hamilton）. てピアノ教育上の目的がある程度明確にされており、使用 London（トロント大学所蔵 MT220 C9 13 者側の習得したいピアノ演奏上の技能に応じて、それらを 1840 c1 musi.）選び使用することが意図されているi。それに対して、チェルニーは理論的な著作を出版してい日本語版：若き娘への手紙（中村菊子、渡辺寿恵子訳）る。中には、外国語の文献をドイツ語に訳すという仕事も 1984　全音楽譜出版（ただし、底本は1861年含まれているが、おおむね10の文献があげられる。表1はにニューヨークで出版された版）その一覧である。ウィーン版には所蔵図書館により1830年ごろ（c.1830）著者題　名プレイエル鍵盤楽器教本（1797）アダンピアノフォルテのための指使いの一般原則（1798）（自著）ピアノフォルテのためのファンタジー教本出版年という推定年代が記されている。ただし、『10の手紙』の 1826 序論には、本著作が「私のピアノ教則本の補足として書 1826 かれたdiese Briefe als seine Zugabe zu meiner einigen 1829 レイハ完全な作曲教本（1816－1818） 1832 Fortepianoschule geschrieben」と明記されていることかレイハ劇場用作品のための作曲教本（1833） 1835 ら、少なくともチェルニー自身が著わした２つの鍵盤楽器（自著）完全な理論的実践的ピアノフォルテ教本 1839 教則本『完全なる理論的実践的ピアノ教本』と『小ピア（自著）理論的実践的小ピアノフォルテ教本 1846 ノフォルテ教本』よりは後となる。さらに、「指使いのこ（自著）鍵盤楽器教授に関する 10 の手紙年代不明（自著）完全な理論的実践的作曲教本年代不明（自著）音楽史概略 1851 とが書いてあるピアノ教則本の第２部に入る前にehe Sie zu dem zweyten, vom Fingersatz handelnden Theile der Clavierschule ubergehen」（ウィーン版p.26）という具体表１：チェルニーの理論的著作一覧・・的な参照指示をしている件は、明らかに３部構成をとる『完著者名に名前が入っているものは、他の著作の翻訳、自全なる理論的実践的ピアノ教本』の、指使いFingersatzに著となっているものはチェルニー自身の著作である（翻訳割かれている第２部を指している。よってこの『10の手紙』はプレイエル、アダン、レイハなどのフランス系の理論書は早く見積もっても『完全なる理論的実践的ピアノ教本』のみ）。それらの領域は、鍵盤楽器に関するものから作曲、の出た1839年以降に出版されたと言える。つまり、ピアノ音楽史に至るまで幅広く、チェルニーの音楽理論家として教授活動を終え、その集大成としてのピアノ教則本に準拠の高い力量がうかがえる。その中には本論に関連の深いピした文献であるということがいえよう。アノの奏法に関する説明を行い、その技能を身に着けることを目的とした文献がある（以下「ピアノ教則本」と呼ぶ）。２．『10の手紙』の対象者と叙述体裁このようなピアノ教則本を、チェルニーは翻訳・自著合わせて5つ出版している。この中で主著ともいうべき教則本・対象者は1839年出版の『完全なる理論的実践的ピアノ教本』であウィーン版の題名からは知りえないのだが、ロンドンる。全体で3巻400ページを超える大著で、楽譜の読み方に版、日本語版の題目からわかるとおり、若い女性を対象と始まり、運指法などを含み、最後は即興演奏の方法に至るしていることが分かる。序文にその意図が以下のように書幅広い高度な内容を含んでいる。かれている。本論が検討の中心に据える『10の手紙』は、出版年が明確でない。本研究で参照できたのは２つの原典と１つの翻「私の教本の出版社から、私が長年ピアノ教師として生訳である。詳細は以下のとおりである（それぞれ、便宜上徒を指導してきた一歩一歩階段を上るような独特な教授法ウィーン版、ロンドン版、日本語版と名付ける。）。を、手紙の形で簡潔に、しかも親しみやすく書き下ろしてくれと依頼された。（中略）読者は、私が好意に満ちた楽ウィーン版：Briefe u ber den Unterricht auf dem しい手紙により、遠い辺鄙な土地に住む才能を教育に恵ま Pianoforte vom Anfange bis zur れた十二歳の娘に、どのような教則本にも出てくるピアノ Ausbildung; als Anhang zu jeder 学習の基礎をよりよく理解させ、それを実施できるよう重 Clavierschule. o.J. Wien (Diabelli)（バイエ要な点に注意を向けさせていく仕事を引き受けたと想定しルン州立ミュンヘン図書館所蔵Mus.th.790 ていただきたい。」（日本語版p.IX）・・ b） 18世紀以来、当時のドイツ語圏ではある程度の階級に属ロンドン版：Letters to a young lady, on the art of する物質的な余裕を有する市民が、娘にピアノを習わせる playing the pianoforte from the earliest ことが流行し（岡田2008）、その点が反映されていると言 rudiment to the stage of cultivation. Witten える。手紙体を取るための策ではあるが、辺鄙な土地に住－ 106 －チェルニーのピアノ教授む学習者を相手にしているところは興味深い。現在で言える）。ば通信教育に近いともいえよう。このような地方に住んで『10の手紙』は表面的な体裁からは教師からの手紙が10 いる学習者を対象とした教則本は『10の手紙』が初めてであるだけのようではあるが、各手紙にはセシリアという生はない。時代はさかのぼるが、1765年にM.J.F.Wiedeburg 徒からその時々の状況が返信されているという想定の元書著Der sich selbst informierende Clavierspieler（『自習すかれており、ある程度双方向的なやり取りが疑似的に繰りる鍵盤楽器奏者』）もその類の教則本である。序文におい広げられている。加えて、大変興味深いのはいくつかの教て「特に初心者の地方のオルガニストが教師の助けなし程の経過時間がおおよそ明らかになっていることである。に、自力で楽譜から歌を鍵盤楽器で演奏するために（略）」つまり、初心者を教えるにあたって、何をどのような順番とあり地方の学習者が明確に対象者となっている。特に地で、どの程度の時間をかけて教えようとしたのか、またそ方の音楽教師に恵まれない地域で、教会のオルガンを演奏のチェルニーにとっての理想が書かれているといえよう。することを要求されているような、迫られて学習をする人先の文字ばかりで書かれた教則本においては、確かに理論にも書かれている（小野2010 p.60）。つまり、この『10の的にはよくまとめられてはいるものの、その章立ては実際手紙』が辺鄙な地にいる若い女性に向けて書かれている想の教授の順番である保証はなく、また当然としてどの程度定は、単なるチェルニーの思い付きではなく、18世紀以来それぞれの教程内容に時間をかけたのかも明らかではなのピアノを含む鍵盤楽器教育に対する様々な需要と、そのい。したがって、この『10の手紙』を見ることで、準拠し事情が投影された結果だといえよう。ている『完全な理論的実践的ピアノ教本』を用いたピアノ教授の実態がよりリアルに浮かび上がってくるといえよ・体裁う。以下、『10の手紙』の内容を明らかにしつつ比較検討『10の手紙』は手紙体という体裁をとっているが、そのを試みてみたい。ことについて序文において次のようにチェルニーは記している。「私は、出版社の希望に沿ってこの小冊子を書き始３．『10の手紙』の教程内容とその想定習得期間めたが、書いているうちに私自身、手紙の形とは口移しに教える方法に一番近いことに気づき、大変乗り気になそれぞれの手紙には見出しがつけられ、以下に挙げるり（略）」。つまり、教則本とは違ってかなり教授現場に（ウィーン版に基づく）とおり、その概要を示している。おける雰囲気や進め方に近いものであることを述べてい見出しの後の括弧の中に書かれた時間は、実際の本文中のる。ドイツで継続的に出版されたホフマイスターカタログ各手紙に仮想的ではあるが、前の手紙からの経過時間が記 Monatsberichte（1829-1900）を参照するとii、初版の出されたものである。版年は不明であるもののヴィットマンRobert Wittmann のMethodische Unterrichtsbriefe fur das Pianoforteやヘ序文ネス Aloys Hennes の Klavier-Unterrichtsbriefe など、19 手紙１：初心者が取り組むべきピアノの課題について世紀には手紙体による鍵盤楽器の教則本が出版されてい手紙２：打鍵法、音、ピアノの取り扱いについて（２か月後）た。特にヘネスのものは1873年の時点で22版を数えてお手紙３：拍、拍子、指使い（２か月後）り、大変人気を博していたことが分かる。手紙４：装飾音奏法iii（３か月後）また、18世紀にさかのぼると、同様に現場と近い体裁手紙５：調性、練習方法、ならびに本番について（２か月後）である対話体や問答体の体裁をとる鍵盤楽器の教則本が手紙６：それぞれの奏者に合った選曲について（記載なし）あった。たとえば、ロンクWilhelm Rong『Versuch einer 手紙７：通奏低音の基礎（数か月後） Elementar Lehre fur die Jugend am Klavier』（1793）や、手紙８：和音の構成（記載なし）ボスラー H.P.Bossler編『鍵盤楽器の授業のための初級読手紙９：通奏低音のつづき（記載なし）本 Elementarbuch der Tonkunst zum Unterricht beim 手紙10：即興演奏（記載なし）・・・・ Klavier』（1781）がある。前者は問答体の形で書かれているが、これは教理問答形式というキリスト教の教理を子供また、生徒のチェチーリアにはすでにピアノ教師についに分かりやすく教えるための伝統的な教授法に基づいていていることが想定されている。つまり、教師につきながらる。後者は生徒（子供）であるカールとピアノ教師との対さらにチェルニーと手紙を交わしているという想定であ話を中心としているが、中には親戚からの手紙によって進る。しかし、読み進めているとチェチーリアがついているめられるなど『10の手紙』の原型ともいうべき形となってピアノ教師のことや、その教師との間でどの程度進んでいいる。つまり、教師が語りかけるという体裁は、かねてかるかなど具体的なことにはあまり関知せず内容を進めていらあったものであった。少なくとも、出版社はこのようなる感がある。この点についてチェルニーがいかに厳密に想伝統と当時の状況を了解のうえで、チェルニーに依頼した定しているのかは不明である。一方で主著『完全なる理論ものと思われる（しかし、先の引用の口ぶりからは、チェ的実践的ピアノ教本』には、その使用について教師についルニー自身はあまりこの手紙体へのなじみは無いようであていることが前提にしている。つまり、チェルニー自身は－ 107 －小　野　亮　祐教則本だけで自習することは、原則的に考えていないのでえることを推奨している。あり、『10の手紙』でもその点を配慮していることは確か指使いについては、特に以下の７つの点について指摘しだろう。また、セシリアはチェルニーの主著で勉強していている。１）指の交差の必要性、２）黒鍵の打鍵に親指をることも示唆されており、この『10の手紙』を教師の手引用いることの禁止、３）同一指の連続使用の禁止、４）早書、すなわち彼の主著の具体的な使用の手引きと想定していパッセージにおける黒鍵打鍵の小指使用の禁止、５）和いたともみなしうる。このような教則本は、歴史的に見て音・跳躍音程における黒鍵への親指・小指の例外的使用、学習者の使用のみならず、時として教師の手引きとしても６）音階の指使いは、あらゆるパッセージに応用されるこ想定されていた。たとえば、1789年出版のテュルクDaniel と、７）指使いは後続の音を見ながら見通しをもって行う Gottlob Turkの鍵盤楽器奏法Clavierschuleは、教授内容こと。と並行して教師にむけた注釈を文字の大きさを変えて明確次の手紙が３か月後となっているので、これらの習得期に提示している。間としてもおよそ３か月を見ていることがわかる。・・ここからは、各手紙の具体的な内容についてみておきた・手紙４い。ここでの主要な内容は、表現と装飾音となっている。し・手紙１かし、冒頭では音階練習の重要性を強調し、半音階の練習ここでは、最初歩の学習者がピアノの練習に取り掛かるも加えた形での音階練習を指示している。それに関連して前に取り組まねばならない内容が記されている。具体的に毎日３時間練習を行い、そのうち初めの30分を必ず音階練は、上体の姿勢から指の形、腕の形、打鍵について、音符習に充てることを指示している。の勉強法が展開されている。音符の勉強法については特に次いで本題に入り、表現についての教授がはじまる。表順を追ってその方法論が次のように書かれている。高音部現と中では言われているものの、具体的にはダイナミクス記号の勉強→初心者用の優しい曲を弾いてみる→その曲をやレガート、スタッカート、リタルダンドなど音符以外の写譜する→『完全なる理論的実践的ピアノ教本』のなかの指示についてである。特にテンポの指示についてはメトロ数曲を毎日２，３曲練習する。また、毎日の学習時間につノームを用いることを勧めている。次いで装飾音についていても記されており、出来れば毎日教師に１時間見てもらは、とりわけトリルについて説明がなされている。スケーい、自習を１－２時間行うことが指示されている。ルと同様、速く平均した音が求められるとしたうえで、『完次の手紙が２か月後となっているので、これらの習得期全なる理論的実践的ピアノ教本』に含まれているトリル練間としておよそ２か月を見ていることがわかる。習を推奨している。次の手紙が２か月後となっているので、これらの習得期間としてもおよそ２か月を見ていることがわかる。・手紙２ここではまず、前回の練習成果を受けて、毎回２，３曲の初見演奏とその復習を勧めている。ついで、特に打鍵法・手紙５の詳細とその練習方法が記されている。特にそのための指ここでは調性、練習方法、本番の演奏の心得が書かれての交差練習として音階練習の必要性が説かれている。そのいる。調性については、これまでチェルニーが重要視して練習方法としては、片手→両手、ゆっくり→速く、といっいた音階練習をすべての調で行うことで、すべての調性にた順序が指示されている。その際に重要視されているのおける指使いを習得することが指示されている。楽曲の練は、５本の指の均等性である。それは、力（打鍵の強さ）、習方法については以下のようにかなり具体的な手順で示さ速さ（指を動かす）、テンポの３つの点についての均等されている。が指摘されている。これらの点に気を付けながら、毎回の練習においてまず音階練習をし、それから曲の練習に入る１）ゆっくりのテンポで、正確な指使いと読譜を行うことように指示がなされている。次の手紙が３か月後となっているので、これらの習得期２）ゆっくりのまま全体を繰り返すこと間としておよそ３か月を見ていることがわかる。３）テンポを上げてゆくこと４）難しい個所のみを取り出して練習すること５）前の手紙にあった表現に関する記号の読み込みと実・手紙３施ここではテンポや拍子、指使いの習得について書かれている。特に拍子については初心者が指使いと同時に習得することが困難であることを指摘したうえで、まずは実際の本番については、人前で弾くにあたっての心得や平常時速さ（イン・テンポ）で練習することは諦めて、ゆっくりの準備を説いた部分である。具体的には、本番用楽曲の選の速さで、指使いと拍子感の習得を同時に確実に行うこと曲方法、本番での楽器と練習の楽器の違い、社交の場でのが提案されている。拍子については、初めは声に出して数不意の演奏依頼に備えた暗譜曲の準備が述べられている。－ 108 －チェルニーのピアノ教授次の手紙には具体的な期間が書かれていないのでここで使用であるか否か、解決方法など）が例示されている。の内容にどれほどの時間をかけるかを特に想定していない手紙10では通奏低音を踏まえたうえで、即興演奏についと思われる。しかし、内容からいってもある種の時間をかて記されている。即興演奏の習得は生来の才能によるとこけて習得する課題が課されているわけではなく、あくまでろがあるとし、それゆえに系統だった方法論は述べられても練習を進めるうえでの方法論とその補足事項にとどまっいないが、これまで習った練習曲や通奏低音の授業の中のているので特に一定の期間を明示すべきものではないと考和音をつないで弾いてみることといった、具体的な練習例えていたとも考えられる。が述べられている。そのためには、通奏低音についての勉強やより多くの楽曲の勉強が欠かせないとして、チェルニーはこの小著を閉じている。・手紙６ここでは、練習で使用する楽曲の選曲方法とその観点が述べられている。当時における現代の作曲家と、古典の作４．準拠している『完全なる理論的実践的ピアノ教本』との関係曲家を明確に区別したうえで、初心者向けの楽曲として、ベルティーニ、ヘルツ、ヒュンテン、カルクブレンナー、最後に準拠しているチェルニーの主著との関連を見ておモシェレスといった作曲家を挙げ、次の段階として、これきたい。初心者を対象にした手が見であるので、まず、主らの作曲家の難しい曲、およびフンメル、クラーマー、デュ著の中でも基本的な事項が多く取り扱われている第１部とセック、リース、シュタイベルトといった作曲家を挙げての比較検討から始めてみたい。表２は、主著の第１部の目いる。さらに上達すれば、当時の現代作曲家である、ショ次である。パン、タルベルク、リスト、フィールドや、前述の作曲家の協奏曲を挙げている。これらの作曲家を具体的に挙げた章うえで、以下の３つの選曲の注意点を促している。１姿勢と手の形について、鍵盤について２指の練習と打鍵の規則３音符について、高音部記号について４指の練習５低音部記号について６変位記号について７親指の使用法と交差８音階練習の我々が「バロック音楽」と呼んでいる時代の対位法的作９音価と３連符、６連符品に取り組むことを推奨している。 10 音価について、付点について 11 ３連符系と２連符系の音符の整合性について 12 拍子について 13 ビートとテンポの正確な保持について７～９では通奏低音について、10では即興演奏について 14 繰り返し記号などその他の記号について述べられている。通奏低音は一般的な音楽史においては、 15 テンポとその記号の一覧当時からさらに80年以上遡るバロック時代の演奏習慣や和 16 装飾音とその記号について 17 トリルについて 18 表現にかかわる記号について（レガート、スタッカート） 19 24 の調性について・難しい調の練習１）難易度順に進むこと２）自分の好みではなく、評価を得ている作曲家の楽曲に取り組むこと、３）古典やそれ以前の楽曲に取り組むこと。この手紙最後には、厳格様式と称して古典期以前の現代・手紙７.８.９.10 声の理論とされているものの、その教授自身はチェルニーの時代になっても明確に残存していた（小野2010）。チェルニー自身は通奏低音の教本を著わしていないが、1765 第　１　部表２：『完全なる理論的実践的ピアノ教本』第１部年に初版が出版されたレーラインGeorg Simon Lohleinの・・ Clavierschule鍵盤楽器教本第８版の改訂（1825年）を引手紙１～10との対応関係を単純に追ってみたい。手紙１き受けている。この教本は、初版当初はバロック時代の音では姿勢手の形や打鍵、音符の学習法など取り扱われてい楽や鍵盤楽器教授の枠組みを踏まえて鍵盤楽器教本の後半たが、主著１部の１～６章がそれにあたるといってよいだ部分が通奏低音に割かれていた。しかし、前述のとおりそろう。手紙２で取り扱われる、打鍵法、指の交差、音階練の演奏習慣もなくなったとされる時代の1825年の改訂で習は主著第１部でいう７, ８章がそれに該当する。手紙３も、引き受けたチェルニーは通奏低音の教程を残し、それではテンポや拍子、指使いについて書かれている。指使いばかりか自らも手を加えている。については主著の中ではそれ以前の教程の続きであると言手紙７において和音の基礎となる音程の定義と数え方えるが、テンポや拍子については、音符の長さ（音価）がを、手紙８では和音の構成として協和音程と不協和音程のその基礎になっていることを含めれば、おおむね主著第１区別、三和音と不協和音の解決、転回形の説明が行われて部９～13、15章に該当すると言える。手紙４の表現に関すいる。以上は通奏低音の本題に入る前の基礎知識である。る記号と、トリルを中心とした装飾音は、主著第１部の16 次いで、手紙９では実際の和音の名前と、その連結例が音～18章がそれに該当する。手紙５の内容はすべての調性に程順に、つまり２の和音、３の和音。４の和音、５の和音・・・おける練習であったが、まさに主著における19がそれに該という形で示され、それぞれの構成音と使用用途（経過的当している。－ 109 －小　野　亮　祐手紙５までに対して、手紙6以降の内容については、第 Barenreiter , Metzler 1994-2008 2., neubearbeitete １部の中には見られない。手紙６の内容については、演奏 Ausg. / herausgegeben von Ludwig Finscher ・・についてと題された主著第３部の中には、「様々な作曲家と作品の特殊な演奏法」と題された章があり、そこには手紙６にあげられた作曲家が年代順に挙げられ、それぞれの演奏法と楽曲の特質が説明されている。同様に手紙６に取り上げられていた厳格方式に楽曲についても、同第３部の 12章に書かれている。また、手紙７～９の通奏低音は主著の中では取り扱われていない。しかし、前述のようにチェルニー自身が改訂した教本においては取り扱いがあった。手紙10の即興演奏については主著第３部の19章に同様の題目の部分が設定されている。以上から、手紙１～５まではほぼ第１部の内容をほぼ網羅していると言える。しかもその順番は、両者とも一致している。また、手紙の中からはそれぞれの習得期間が記されていたが、これは同時に主著のそれぞれの項目の学習期間の参考ともなっていよう。これらのことから、本小論では以下のことが指摘されうる。初歩の各教程内容の順番が主著の順番と一致しているおり、チェルニーの意図として主著のうち少なくとも第１部については初めから順にたどって習得することが狙われていること、それぞれの習得にかけるべき期間が、チェルニーの意図として具体的に知ることができること、主著には掲載されていないが通奏低音の習得は当時でも重要視されるべきだとチェルニーは考えていたことの３点である。今回の検討は非常に大まかなものであったが、さらに細かい内容の検討や他の教本との比較検討も行いたいと考えている。これについては他日を期したい。注） i たとえば、Die Schule des Legato und Staccato op.335, 『レガートとスタッカートの Leipzig und Linz, o.J.（練習』作品335） ii ただし実際に参照したのは、ヨーロッパの図書館が共同で行っているデータベースプロジェクトHofmeister XIX（http://www.hofmeister.rhul.ac.uk）である。このプロジェクトでは、ホフマイスターカタログをデータ化し、ウェブ上で公開している。 iii ロンドン版では、 O n E xp ression, and G ra c e s o r Embellishments（表現ならびに装飾音について）となっている。日本語版も同様である。引用文献（本文中に詳細のないもの）岡田暁生2008『ピアニストになりたい』春秋社小野亮祐2010『近世ドイツにおける鍵盤楽器教授の史的展開』（広島大学博士学位請求論文）東川清一編訳2003『音楽家の自叙伝』春秋社 MGG:Die Musik in Geschichte und Gegenwart. 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