スポーツ医・科学 2013 Vol.24 公益財団法人 スポーツ医・科学研究所 巻 頭 言 公益財団法人スポーツ医・科学研究所 所長 横 江 清 司 ソチオリンピックが盛会のうちに終了しました.長野以来のメダル獲得8個と日本も好成績を収め ました.フィギュア男子,スノーボード,ジャンプ,ジャンプ複合でメダルを獲得しましたが,スケー ト種目,アルペンスキーは期待はずれに終わりました.五輪の精神的圧迫感は想像を絶するものがあ り,怖いもの知らずの低年齢か何度も失敗を経験したベテランにしか好成績は望めないという印象を 持ちました. 当所には土地柄未来のフィギュアスケートオリンピック選手を目指すジュニアの選手がけが故障 で受診していますが,いかにけがを少なくするか頭を悩ませています.また女子モーグルの選手が ACL(膝前十字靭帯)損傷のまま試合に臨んだり,練習中に ACL 損傷を起こしたりと,ACL 損傷 が注目を浴びました.特にジャンプの着地,ターンが危険で,現場で「靭ポジ」と呼ばれる後方重心 で損傷します.危険な種目たとえばスロープなどでは何人 ACL を切ったのでしょうか.けがの予防 に対する取り組みが急務です. ここ数年利用者数は横ばいです.トップレベルの利用状況では,桜花学園高校女子バスケ3冠,デ ンソー女子実業団駅伝優勝,名古屋大学鈴木亜由子ユニバーシアード陸上女子長距離メダル獲得など のうれしいニュースが続きました . トヨタ自動車ラグビー,アイシン AW 女子バスケ,愛知電機陸上 女子長距離の各チームについては,来シーズンのさらなる奮起を期待したいところです. 今年度から始まった活性化プログラム,所員の危機意識の自覚,能力向上,利用者視線での利用 者増は道半ばです.25 周年記念マラソンセミナーの開催は好評であり,継続予定です.またメタボ, ロコモ外来開設による高齢者を中心とした利用者増も見込まれます. さて今年度もスポーツ医・科学に4編の論文を掲載させていただきました.少なくとも一編の論文 をこの雑誌に投稿することが,所員の能力向上につながる最低の課題と思われます.それぞれの論文 の概要について述べます.熊澤らは発育期かかとの痛みの原因として頻度が高い踵骨骨端症の疫学に ついての報告です.サッカー,野球の男子に多く見られますが,発育段階,柔軟性,シューズを含め て前向きな研究が必要です.岡戸らは従来からの継続研究としてランニングの回転方向の違いが足の アーチに及ぼす影響について報告しています.今回は時計回りの縦横アーチの変化を比べ,反時計回 りと同様にトラックの内側に位置する足のアーチが低下することを定量的に解析しています.北岡ら は女子バスケットボール選手に多発する ACL 損傷の予防の観点から,年齢によるストップ動作の相 違を膝の角度変化,歩幅等から比較検討し有意差が見られないと報告しています.重心位置の確認が 必要になります.二神らは本人の経験から女子ハンドボール選手の外傷調査を行い,膝,足関節の外 傷が多く,しかもジャンプ動作で発生していると述べています.どういうジャンプ動作が危険で,膝, 足関節それぞれの既往との関係についてさらに調査する必要があります. いずれの研究もスポーツ医・科学に携わるものにとっては興味深い内容ですが,未熟な研究も多く, 御一読の上忌憚なき御意見,御感想をいただければ幸いです. 目 次 巻 頭 言 横 江 清 司 当施設における踵骨骨端症の競技種目別特性 熊 澤 雅 樹,横 江 清 司 亀 山 泰,鬼 頭 満……… 1 時計回り走の前後における足部アーチの形状変化について(第 2 報) 岡 戸 敦 男,小 林 寛 和 横 江 清 司… ………………………… 5 女子バスケットボール選手におけるストップ動作の年代による違い 北 岡 さなえ,金 村 朋 直 岡 戸 敦 男… ………………………… 9 女子ハンドボール選手の外傷調査―外傷部位別の動作の特徴― 二 神 沙知子,北 岡 さなえ 金 村 朋 直,岡 戸 敦 男 横 江 清 司… ……………………… 13 1 スポーツ医・科学:Vol, 24. 2013 当施設における踵骨骨端症の競技種目別特性 Event specific characteristics of the calcaneal apophysitis in our institute 熊澤 雅樹,横江 清司,亀山 泰,鬼頭 満 Masaki KUMAZAWA,MD1, Kiyoshi YOKOE,MD1, Yasushi KAMEYAMA,MD1, Mitsuru KITOH,MD2 1 公益財団法人 スポーツ医・科学研究所 1 Institute of Sports Medicine & Science 2 鬼頭整形外科スポーツクリニック 2 Kito Orthopaedics & Sports Clinic Abstract The purpose of this study was to describe the characteristics between the event of the calcaneal apophysitis. We investigated the soccer, baseball, track and field and gymnastics players whose diagnosis of calcaneal apophysitis. Subjects were 134 patients and analysed the age at first medical examination, sex, onset side, event start age, athletic career, Body Mass Index, exercise days and times per week. Soccer group had a long athletic career, and there were few exercise days per one week in the baseball, but exercise time was long. Track and field group had older event start age, and an athletic career was short. The gymnastics group had low onset age, event start age, and BMI was low and exercise time per week is long. The calcaneal apophysitis has various characteristics every event and it was useful for a diagnosis, treatment, the prevention to know them. Key words:calcaneus,apophysitis,event キーワード:踵骨,骨端症,競技種目 Ⅰ.はじめに 調査項目は性別,発生側,初診時年齢,競技開始年齢, 競技歴,Body Mass Index(BMI) ,1週間当たりの練習 踵骨骨端症は8歳から13歳前後の成長期にランニング 日数,練習時間とし競技毎に比較検討を行った.統計学 やジャンプなどの負荷が誘因となり踵骨骨端線部に疼痛 的処理には対応のないt検定を用い有意水準は5%未満と を認める疾患と考えられている.過去に競技種目別に患 した. 者の特性を調査した報告は少ない.今回当施設における 踵骨骨端症患者を,行っている競技毎に分類しその特性 Ⅲ.結 果 を調査したので報告する. 性別ではサッカー,野球は全例男性であり,陸上は男 Ⅱ.対象および方法 性10名,女性3名,体操は男性4名,女性8名であった. 発生側はサッカーは両側32名,左16名,右8名,野球は 対象は平成8年2月から平成25年3月までに当施設を受 診し踵骨骨端症と診断された患者169例の内,患者数の 両側33名,左15名,右5名,陸上は両側5名,左3名,右5 名,体操は両側7名,左2名,右3名であった. 多かったサッカー,野球,陸上,体操を行っている患者 初診時年齢ではサッカーは12歳,野球は10-11歳,陸 134例とした.症例数はサッカー 56例(41.8%),野球53 上は10歳,体操は9歳にピークを認めた(図1).初診 例(39.6%),陸上13例(9.7%),体操12例(9.0%)であった. 時年齢の平均ではサッカー 11.2±1.4歳,野球11.0±1.2 2 表 1.初診時平均年齢(歳) ※ (名) N.S N.S サッカー 野球 陸上 体操 歳 11.2±1.4 11.0±1.2 10.9±1.5 9.8±1.0 N.S ※ ※ ※P<0.05 図 1.初診時年齢(歳) 表 2.平均競技開始年齢(歳) N.S (名) ※ ※ サッカー 野球 陸上 体操 歳 6.4±1.5 7.4±1.4 8.3±1.8 5.7±1.3 ※ ※ ※ ※P<0.05 図 2.競技開始年齢(歳) 表 3.平均競技歴(年) (名) N.S N.S ※ サッカー 野球 陸上 体操 年 4.9±1.7 3.5±1.7 2.8±1.5 4.1±1.2 N.S ※ N.S ※P<0.05 図 3.競技歴(年) 表 4.平均 BMI (名) ※ N.S N.S サッカー 野球 陸上 体操 17.5±1.7 17.6±2.4 17.2±1.5 15.6±1.2 N.S ※ ※ 図 4.BMI ※P<0.05 スポーツ医・科学:Vol, 24, 2013 3 表 5.平均練習日数(日/週) (名) ※ N.S N.S サッカー 野球 日/週 4.0±1.7 2.7±1.5 陸上 体操 4.0±2.0 5.1±0.7 N.S ※ (日) ※ ※P<0.05 図 5.練習日数(日/週) 表 6.平均練習時間(時間/週) (名) ※ N.S ※ サッカー 野球 陸上 体操 時間 11.4±5.4 14.9±5.0 9.4±4.9 19.3±5.9 ※ ※ ※ ※P<0.05 図 6.練習時間(時間/週) 歳, 陸 上10.9±1.5歳, 体 操9.8±1.0歳 で あ っ た( 表1). 1週間当たりの練習日数は野球ではほとんどの症例が 平均年齢では体操は他の3種目よりも有意に低かった 2日であったが他の種目には明らかな傾向は認められな (p<0.05).競技開始年齢ではサッカーは6歳,野球は8歳, かった(図5).練習日数の平均ではサッカー 4.0±1.0日, 体操は5歳にピークを認めた.陸上は6歳から12歳までの 野 球2.7±1.5日, 陸 上4.0±2.0日, 体 操5.1±0.7日 で あ っ 間に明らかなピークがなく分布していた(図2).競技開 た(表5).野球が他の3群と比較して有意に少なかった 始年齢の平均ではサッカー 6.4±1.5歳 野球7.4±1.4歳 陸 (p<0.05). 上8.3±1.8歳 体操5.7±1.3歳であった(表2).サッカー 1週間当たりの練習時間ではサッカーは6-10時間が多 と体操の間に統計学的有意差は認めなかったが他の各種 く野球は16-20時間にピークを認めた.陸上,体操には 目間では有意差を認めた(p<0.05).初診までの競技歴 明らかな傾向は認められなかった(図6).1週間当たり では野球は1から3年の間にピークを認めたが,サッカー での平均練習時間はサッカー 11.4±5.4時間,野球14.9± は2から6年の間,陸上は1年未満から4年の間,体操は2 5.0時間,陸上9.4±4.9時間,体操19.3±5.9時間であった(表 から6年の間に広がっており明らかな傾向を認めなかっ 6).体操は他の3種目と比較して有意に長く,次いで野 た(図3).競技歴の平均ではサッカー 4.9±1.7年, 野球3.5 球が残り2種目に比較して有意に長かった. ±1.7年, 陸上2.8±1.5年, 体操4.1±1.2年であった(表3). サッカーは野球,陸上に比較して有意に長く(p<0.05), Ⅳ.考 察 体操は陸上に比較して有意に長かった(p<0.05). BMIはサッカー,野球,陸上は15から20の間が多い 踵骨骨端症の発生側に関して過去の報告では両側発症 が体操は15以下の症例も全体の1/3で認め19以上の症例 例が多い1,2).高橋らはサッカーに関した報告で片側発症 は認めなかった(図4).BMIの平均ではサッカー 17.5± 例では蹴り足側の発生は少なかったと述べており,渡邊 1.7,野球17.6±2.4,陸上17.2±1.5で体操は15.6±1.2であっ らはキック時の軸足にかかる着地衝撃が発症に関与して た(表4).体操は他の3種目と比較して有意に低かった いると述べている2,3).本研究でも両側発生が全体の57% (p<0.05). で最も多かった.サッカーにおける片側例では非蹴り足 4 側の発生が多かった.また野球に関しても投球側の反対 究―第 2 報―サッカー,日本臨床スポーツ医学会誌, 側の発生が多く投球時の着地衝撃が関与している可能性 20;286-291, 2012. 4)内山英司ほか:外来新患統計からみた成長期下肢ス が示唆された. 本症の発症年齢に関して内山らは成長曲線と関連があ 4) り成長期前半に症状発現のピークがあると述べている . ポーツ障害の年齢分布.日本臨床スポーツ医学会誌, 14;346-351, 2006. 身長の発育が最も盛んなpeak height velocityは男子で 5)加藤晴康:サッカー愛好児への指導―成長期のス 13.3歳,女子で11.6歳と性差を認める.そのため女子の ポーツ障害、早期発見、早期治療―,臨床スポーツ医 割合が多かった体操で発症年齢が低かったと考えられ 学,26;883-887, 2009. る. 6)鈴木英一ほか:サッカーのスパイクシューズが身体 環境因子として加藤らはサッカー選手では競技開始 年齢,1週間の練習時間,試合数,ポジションなどは発 5) 症に関連しなかったと述べている .一方渡邊らは発症 2) 群で1週間の練習時間が有意に長かったと述べている . 本研究では体操,野球は他の種目に比較して1週間当た りの練習時間は有意に長かった.発症の誘因となる運動 負荷の強度や頻度は競技毎に異なる可能性が示唆され た. その他の発症因子として鈴木らはサッカーでスパイク シューズを履くことでストップ動作時に体が受ける衝撃 力がトレーニングシューズより大きいと述べており江川 らは踵骨骨端症を発症したサッカー少年はアキレス腱の 堅い傾向があったと述べている6,7).他の競技でも非発症 群と比較することで競技毎の発症因子が認められる可能 性がありそれらの比較検討が予防等に重要であると考え られた. Ⅴ.まとめ 1.踵骨骨端症患者の競技種目別特性を調査した. 2.サッカー,野球で多く発症していた.男子に多く, 両側発症が多かった. 3.非発症群と前向きに比較することが各種目における 予防などに重要であると考えられた. 文 献 1)Micheli LJ et al: Prevention and management of calcaneal apophysitis in children. J Pediatr. Orthop. 7; 34-38, 1987. 2)渡邊裕之ほか:小学生サッカー選手における Sever 病発生状況に関する調査,整スポ会誌,33;196-201, 2013. 3)高橋佐江子ほか:スポーツ医科学センターリハビリ テーション科におけるスポーツ外傷・障害の疫学的研 動作に与える影響について.日本臨床バイオメカニク ス学会誌 , 20;109-112, 1999. 7)江川陽介ほか:踵骨骨端症発生要因としての腱弾性 特性の評価.体力科学 , 54;107-112, 2005. スポーツ医・科学:Vol. 24, 2013 5 時計回り走の前後における足部アーチの形状変化について(第 2 報) Influence of the Clockwise Running on the Foot Arch 岡戸 敦男 1,小林 寛和 2,横江 清司 1 Tsuruo OKADO 1,Hirokazu KOBAYASHI 2,Kiyoshi YOKOE1 1 1 公益財団法人 スポーツ医・科学研究所 Institute of Sports Medicine and Science 2 2 日本福祉大学 健康科学部 Faculty of Health Science, Nihon Fukushi University Abstract The purpose of this study was to examine the influence on medial longitudinal and transverse arch of the foot by clockwise running. We compared ratio of foot arch height and foot width before and after clockwise running. 24 men's long distance runners participated in this study. The foot arch height ratio decreased after each running in all subjects and was increased after each rest. The change of the right foot in all subjects showed larger than the left in clockwise running. The foot width ratio increased after each running in all subjects and was decreased after each rest. A difference was not seen in the ratio of foot width between both feet. Key words:medial longitudinal arch of foot,transverse arch of foot,clockwise running キーワード:足部内側縦アーチ,足部横アーチ,時計回り走 Ⅰ.はじめに ど,不明な点も多い. 今回は,CWRによる下肢への負荷が,足部アーチの 足部アーチをはじめとした下肢静的アライメントの変 形状変化に及ぼす影響を確認することを目的に,CWR 化は,動的アライメントにも影響し,スポーツ外傷の誘 の練習前後で足部アーチ高率(以下,アーチ高率),足 因ともなってしまう.足部アーチの形状は,ランニング 部幅率を比較した.下肢外傷の発生を予防する上で有用 (長距離走)などのスポーツ活動で連続する足部への負 1,2) 荷により変化することが多い.我々の報告 と考えられる知見が得られたので報告する. では,ラ ンニング練習により,足部内側縦アーチ(以下,内側縦 Ⅱ.対 象 アーチ),足部横アーチ(以下,横アーチ)は練習後に 降下し,休憩後に挙上する傾向がみられた.また,陸上 対象は,高校男子陸上競技長距離選手24名とした.年 競技場のトラックでの反時計回り走(以下,CCWR)後 齢は16.8±0.8歳,身長は170.7±5.1cm,体重は56.2±5.3kg は,コーナーに対して外側に位置する右足部に比べ,内 (いずれも平均±標準偏差)であった.対象は,計測時 側に位置する左足部の内側縦アーチが降下することを確 にチーム練習が可能な者のみとした. 認し,報告した. 陸上競技場のトラックでのランニング練習を実施する Ⅲ.方 法 際には,反対回りの練習を取り入れられていることもあ る.我々は,トラックでの時計回り走(以下,CWR)に 3) 練習前後にアーチ高率と足部幅率の計測を実施した よる内側縦アーチの形状変化を確認し,報告している . (図1).練習内容は,高強度の練習として,3,000m走を しかし,横アーチの形状変化は確認できていないことな 3本のインターバル走を実施した.練習は陸上競技トラッ 6 横アーチの指標として,足部幅率を計測した(図3). ●計測時期 計測姿勢はアーチ高率計測時と同じとし,第1中足骨頭 変化率 1.第1日目練習前 2.第1日目練習後 3.第2日目練習前 から第5中足骨頭までの幅をアーチ長で除した値に100を ① 乗じて算出した2).なお,アーチ高率,足部幅率ともに, ② アーチ長の基準値は第1日目練習前の値とした. 算出した値から下記の項目について検討した. ●変化率の算出方法 例)変化率① (%) = 第1日目練習後の値 ー 第1日目練習前の値 ×100 第1日目練習前の値 図 1.足部アーチ高率、足部幅率の計測と変化率の算出方法 1.経時的変化 練習,休憩の影響による経時的変化をみるために,各 測定時の実測値を比較した.アーチ高率の増加は内側縦 アーチの挙上を,減少は降下を表し,足部幅率の増加は 横アーチの降下を,減少は挙上を表す. 足部アーチ高率(%) 舟状骨高 = アーチ長 ×100 2.計測時ごとの変化率 ① ② ①舟状骨高(cm):床面から舟状骨粗面までの高さ ②アーチ長(cm):第1中足骨頭から踵骨後面までの長さ ※アーチ長の基準値は、第1日目練習前の値とした 練習前後の値から, 計測時ごとの変化率を算出し(図1) , 左右足部の変化を変化率で比較した. 統計学的処理には,paired t-test,Mann-Whitney's U test,Student' s t-testのいずれかを用い,有意水準は5% 未満とした. 骨盤幅 Ⅳ.結 果 図2.足部アーチ高率の計測方法 図 2.足部アーチ高率の計測方法 1.経時的変化 1)アーチ高率(表 1) 足部幅率(%) 足部幅 = アーチ長 ×100 ①足部幅(cm):第1から第5中足骨頭までの幅 ②アーチ長(cm):第1中足骨頭から踵骨後面までの長さ 全ての対象で,左右足部ともに練習後に減少し,休 憩後に増加していた.1日目練習前後間では右足部の 骨盤幅 ※アーチ長の基準値は、第1日目練習前の値とした みに差が有意であった. 表 1.足部アーチ高率の変化 左 右 ① ② 第1日目練習前 21.3±2.7 練習後 19.8±2.8 第2日目練習前 21.2±2.8 * 19.9±2.6 20.6±2.7 (単位:%、平均±標準偏差) * paired t-test (P<0.01) 図 3.足部幅率の計測方法 20.5±2.7 2)足部幅率(表 2) 全ての対象で,左右足部ともに練習後に増加し,休 クにてCWRのみで行った.計測はこれに加え,翌日の 憩後に減少していた.また1日目練習前後間,1日目練 練習前までとした. 習後と2日目練習前の間に差が有意であった. 内側縦アーチの指標として,アーチ高率を計測した 表 2.足部幅率の変化 (図2).計測は,安静立位にて実施した.安静立位は, 両足部を両側第2指間の距離が骨盤幅となるように開か 第1日目練習前 53.4±2.3 せ,足部内側を平行とした.荷重は左右均等を意識させ 練習後 54.2±2.2 た.床面から舟状骨粗面までの高さを,第1中足骨頭か 第2日目練習前 53.5±2.3 ら踵骨後面までの長さ(以下,アーチ長)で除した値に 100を乗じて算出した4). 左 右 * paired t-test (P<0.01) * * 53.9±2.5 54.6±2.3 53.7±2.3 * * (単位:%、平均±標準偏差) 7 スポーツ医・科学:Vol. 24, 2013 2.計測時ごとの変化率 一方,横アーチは今回実施したCWRにおいても,先 1)アーチ高率(表 3) 行研究2)で実施したCCWRにおいても,両足部間の差が 全ての対象で練習後はマイナスの変化を,休憩後は 有意でなかった.したがって,横アーチの形状変化には プラスの変化となっていた.また,両足部間で差が有 個体要因など,ランニングの周回方向以外の要因の影響 意であった. が大きいことが考えられる. 足部と下腿の運動は密接に関係している14).足部回内 表 3.足部アーチ高率の変化率 変化率 右 第1日目練習前→後 -6.7±2.5 第1日目練習後 →第2日目練習前 6.6±2.7 は距骨下関節を介して下腿内旋運動(足部に対する下腿 左 * * 運動として)を,足部回外は下腿外旋運動(足部に対す -3.4±1.2 る下腿運動として)を誘導し,さらに,下腿運動は膝関 3.5±1.2 節,大腿部,股関節へと隣接する関節に運動が波及して (単位:%、平均±標準偏差) * Mann-Whitney’s U test (P<0.01) いく.このことから,陸上競技トラックでランニング練 習をする際,ランニングの周回方向が常に同じ場合には, 2)足部幅率(表 4) 全ての対象で練習後はプラスの変化を,休憩後はマ コーナーに対して内側に位置する下肢の内側縦アーチの イナスの変化となっていた.両足部間の差は有意でな 降下により,下肢局所へ繰り返し加わる力学的ストレス かった. が増強することが推測される. 陸上競技トラックでのランニング練習による下肢外傷 表 4.足部幅率の変化率 の予防には,ランニングの周回方向への配慮も要するこ 変化率 右 左 第1日目練習前→後 1.4±0.9 1.4±0.8 第1日目練習後 →第2日目練習前 -1.3±0.5 とが提言できると考える. -1.7±0.9 文 献 (単位:%、平均±標準偏差) 1)岡戸敦男他:ランニングによる足部アーチ高率の変 Ⅴ.考 察 化について.東海スポーツ傷害研究会会誌,27:6567, 2009. 足部の形状変化には,荷重,運動量の増加,疲労,筋 力低下などが関係していると報告されている 5 ~ 11) .今 回の結果では,全ての対象でランニング練習により,内 側縦アーチ,横アーチともに降下し,一定時間の休憩に より挙上する傾向がみられた. 我々 の形状変化について.スポーツ医・科学,21:7-12, 2009. 3)岡戸敦男他:時計回りでのランニング前後における 足部内側縦アーチの変化について(第 1 報).スポー カーブ走による内側縦アーチの形状変化について, 1,2) 2)岡戸敦男他:ランニングの負荷による足部アーチ はCCWR後ではコーナーに対して外側に位置す る右足部に比べ,内側に位置する左足部のアーチ高率の 3) 変化が大きくなっていたことを,山本 はCCWRにより, 左足のみにアーチ高率の有意な低下が認められたことを 報告している.また,CWRではコーナーに対して外側 に位置する左足部に比べ,内側に位置する右足部のアー 3) チ高率の変化が大きく ,今回の結果でも同様であった. これらの変化は,コーナーに対して内側に位置する下肢 は,直線走に比べ,足部回内が増大する 12,13) ことから, この反復によりCCWRでは左足部が,CWRでは右足部 が影響されたことが考えられる.しかし,変化率は対象 ツ医・科学,22:13-15, 2011. 4)山本利春:陸上競技場用トラックの左回り走におけ る足アーチ高の変化―ランニング障害との関連性―. 臨床スポーツ医学 , 8 ⑵:195-200, 1991. 5)Gould, N. : Graphing the adult foot and ankle. Foot Ankle, 2: 213-219, 1982. 6)水野祥太郎:ヒトの足―この謎に満ちたもの―.創 元社:1984. 7)Cailliet R.(荻島秀男訳) :足と足関節の痛み.第 2 版. 医歯薬出版:pp45-46, 1985. 8)河内まき子:足の形態.足の事典(山崎信寿編). 朝倉書店:pp29-71, 1990. によって違いがみられたことから,内側縦アーチの形状 9)Shereff, M. J. , et al: A comparison of nonweight- 変化にはランニングの周回方向以外に,関節動揺性や筋 bearing and weight-bearing radiopraphs of the foot. 力などの個体要因も関与することが考えられる. Foot Ankle, 10: 306-311, 1990. 8 10)川上敏生ほか:足部立位 X 線の前足部幅計測値の 荷重位置による変化.靴の医学,17 ⑵:89-91, 2003. 11)Fufrmann, R. A. , et al: Radiopraphic changes in fore-foot geometry with weightbearing. Foot Ankle, 24: 326-331, 2003. 12)横江清司ほか:ランニング障害に及ぼすコーナー走 の影響.スポーツ医・科学 , 3 ⑴:21-25, 1989. 13)小林寛和ほか:コーナー走における痛みの出現の特 徴.スポーツ医・科学 , 5 ⑴:23-29, 1991. 14)Mann R. A. : Subtalar joint. Surgery of the Foot. 5th ed, C. V. Mosby, pp14-16, 1986. スポーツ医・科学:Vol. 24, 2013 9 女子バスケットボール選手におけるストップ動作の年代による違い The difference of a stop-jump task between youth and adult female basketball players 北岡さなえ,金村 朋直,岡戸 敦男 Sanae KITAOKA,Tomonao KANAMURA,Tsuruo OKADO 公益財団法人 スポーツ医・科学研究所 Institute of Sports Medicine and Science Abstract Deceleration is one of the most popular injury mechanisms of anterior cruciate ligament injuries. The purpose of this study was to clarify any difference of stop-jump task between youth and adult female basketball players. We analyzed speed, knee flexion angle, ankle dorsiflexion angle during initial foot contact phase of stop motion. No significant difference was found between youth players and adult players, speed and lower extremity motion patterns. Youth athletes had the indivisual difference more than adult athletes. Key words: stop-jump task, motion analysis, female basketball players キーワード:ストップ動作,動作分析,女子バスケットボール選手 Ⅱ.対象と方法 Ⅰ.背景・目的 近年,外傷予防への関心は高まり,さまざまな外傷予 1.対 象 防プログラムが実施されている.日本バスケットボール 対象は,測定時に下肢に整形外科的な問題がなく,練 協会はジュニア世代に特化した外傷予防プログラムを作 習を実施している女子バスケットボール選手とした. 1,2) 成する など,対象に合わせた内容の実施が進められ ている. 中 学 生 が9名( 身 長153.6±5.4cm , 体 重42.3±14.1 ㎏, BMI17.9±1.2㎏ /㎡,年齢12.5±0.7歳:平均±標準偏差), 女子バスケットボール選手において,膝前十字靱帯 20歳以上の社会人11名(身長163.6±7.3cm ,体重55.5± (ACL)損傷は代表的な膝関節の外傷である.これまで, 5.7㎏,BMI20.7±1.6㎏ /㎡,年齢27.1±4.4歳:平均±標 受傷時の動作に関しての多くの報告がなされており,減 準偏差)であった(表1).競技レベルは,どちらも地 速を伴う動作での受傷が多いことが明らかとなってい 方大会に出場するレベルであった. 3-5) る 6) .先行研究 にて,女子バスケットボール選手にお 表1.対象者プロフィール けるACL損傷発生機転の年代による違いについて診療 中学生 社会人 記録より調査を行い,中学生では社会人よりもストップ 年齢 12.5±0.7歳 * 27.1±4.4歳 動作での受傷が多いことが明らかとなった. 身長 153.6±5.4cm * 163.6±7.3cm 体重 42.3±14.1kg * 55.5±5.7kg BMI 17.9±1.2kg/m2 * 20.7±1.6kg/m2 今回,ACL損傷の予防に役立てることを目的に,中 学生と社会人の女子バスケットボール選手におけるス *p<0.05 :対応のないt検定 トップ動作の特徴を比較・検討した. 2.課題動作の撮影 課題動作は,前方へのランニングからのストップ後, ジャンプシュートを行うまでの連続した動作とした.図 10 Ⅲ.結 果 対象 ① 対象 ①ランニング ↓ ②ストップ ↓ ③ジャンプ カメラ ② ③ 1.最後の一歩の歩幅(表2) 最後の一歩の歩幅が確認できた対象は中学生が9名, 社会人が11名であった. 歩幅は,中学生では127.3±36.5㎝(身長比0.83±0.23 ㎝ /㎝),社会人では119.2±19.6㎝(身長比0.73±. 11㎝ /㎝)であった.中学生において歩幅が大きい傾向にあっ ストロボ たが,差は有意でなかった. カメラ 表2.減速時の歩幅 カメラ 図1.方法 中学生 社会人 127.3±36.5cm 119.2±19.6cm 0.83±0.23cm/cm 0.73±0.11cm/cm 最後の1歩 1のようにゴールから20mの地点より前方へのランニン 最後の1歩(身長比) グを開始し,ストロボの合図後なるべく早くジャンプ シュートを行うように指示した.ストップは,ストラ イドストップとした.デジタルカメラ3台(casio社製, 240コマ/秒)を使用してストップ動作を撮影した.試行 回数は5回とし,3回目の試行のストップ動作を解析し 2.最後の一歩の移動速度(表3) 移動速度を確認できた対象は中学生が9名,社会人が 11名であった. 移動速度は,中学生では344.5±100.5㎝ /sec,社会人 では333.1±70.5㎝ /secであった.中学生の方が,最後 た. の一歩の移動速度が速い傾向にあったが,差は有意でな 3.解析 かった. 解析には,二次元動作解析ソフト(ダートフィッシュ 表3.移動速度 ジャパン社製)を使用した.ランドマークを足尖,踵部, 外果,腓骨頭,大腿骨外側上顆,大転子,足関節中央, 最後の1歩 膝蓋骨中央,上前腸骨棘に貼付した.解析項目を以下に 最後の1歩(身長比) 中学生 社会人 344.5±100.5cm/sec 333.1±70.5cm/sec 2.36±0.59cm/cm・sec 2.04±0.44cm/cm・sec 示す. ⑴ 最後の一歩の歩幅 ストップ時と,ストップの1歩前の踵部間の距離を 算出した.また,距離を身長で除した値(身長比)を 算出した. ⑵ 最後の一歩の移動速度 最後の一歩の歩幅を移動時間で除して算出した. ⑶ 角度変化量 ストップ足の接地時,および最大膝屈曲時の膝関節 屈曲角度,下腿前傾角度を算出した.膝関節屈曲角度 は,大転子,大腿骨外側上顆を結ぶ線と腓骨頭,外果 3.角度変化量(表4) 角度変化量の解析ができた対象は中学生が6名,社会 人が7名であった. ストップ時の膝関節屈曲の角度変化量に関して,中学 生では12.8±14.4°,社会人14.2±8.3°であった.統計学 的な差は有意でなかったが,中学生において膝関節屈曲 角度が小さい傾向であった.下腿前傾角度は中学生が 49.1±16.2°,社会人で47.7±12.1°であった.統計学的な 差は有意でなかった. 膝関節屈曲角度,下腿前傾角度ともに,中学生におい を結ぶ線のなす角とし,下腿前傾角度は腓骨頭と外果 て標準偏差が大きい傾向にあった. を結ぶ線と,床からの垂線のなす角とした.最大膝屈 表4. 角度変化量 曲時から接地時の角度を引いて角度変化量を求めた. 4.統計学的解析 統計学的解析には対応のないt検定を用いた.危険率 5%未満を有意とした. 中学生 社会人 膝関節屈曲角度 54.0±20.0° 56.7±17.6° 下腿前傾角度 49.1±16.2° 47.7±12.1° 11 スポーツ医・科学:Vol. 24, 2013 文 献 Ⅳ.考 察 ACL損傷の発生に関係する動作の問題として,急激 な減速や,ストップ時の下肢動的アライメント(kneein&toe-out,dynamic valgus等) ,膝関節軽度屈曲位,後 4)7)8) . 方重心でのストップ動作等が指摘されている 1)津田清美他:膝前十字靱帯損傷 予防ビデオとその ポイント.臨床スポーツ医学 25:120-126, 2008. 2)清水結他:女子バスケットボール選手に対するリハ ビリテーション . 臨床スポーツ医学 , 26:793-801, 2009. 減速時の速度の一指標としてストップ動作の最後の1 3)Gray J et al: A survey of the anterior cruciate 歩の移動速度を比較したが,中学生と社会人の間の差は ligament of the knee in female basketball players. 有意でなかった. Int J sports Med, 6:314-316, 1985. ストップ時の足関節,膝関節の関節運動に関して,中 4)Krosshaung T et al:Mechanism of anterior cruciate 学生6名,社会人7名にて解析を行った結果,中学生と社 ligament injury in basketball: video analysis of 39 会人との間の差は有意でなかった.ACL損傷につなが cases. Am J sports Med, 35:359-67, 2006. る動作の問題として膝関節屈曲角度の減少があるが,今 5)小林寛和 : 膝関節における外傷発生の運動学的分析 回の結果からは膝・足関節の中学生における特徴的な傾 ―女子バスケットボールにおける膝前十字靱帯損傷の 向はみられなかった.今回は股関節屈曲運動については 発生機転を中心に―.理学療法学 21:537-540, 1994. 解析を行っていない.股関節屈曲運動の減少は,体幹後 6)北岡さなえ他:女子バスケットボール選手における 傾の増大,後方重心につながるため,今後は股関節につ 膝前十字靱帯損傷の受傷時状況―年齢区分による検討 いても検討を行う必要があると考える. ―.日本臨床スポーツ医学会誌 18:127, 2010. 今回の結果からいえることとして,膝関節屈曲運動, 7)Hewett TE, et al:Biomechanical measures of 足関節背屈運動ともに中学生では標準偏差が大きいこと neuromuscular control and valgus loading of the があげられる.これは,動作における個人差が中学生の knee predict anterior cruciate ligament injury risk in 方が社会人より大きいことを示す.中学生は成長期にあ female athletes:a prospective study . Am J Sports たり,身長・体重の変化が大きいことや,経験年数の違 Med, 33:492-501, 2005. いもスポーツ動作に大きな影響を与えると考える.その ため,中学生の外傷予防プログラムを考える際には,全 員に共通したプログラムだけではなく,個人に合わせた プログラムも実施する必要があると考える. 8)Boden B:Video analysis of Anterior Cruciate Ligament Injuries Abnormalities in hip and ankle kinematics. Am J Sports Med, 37, 252-259, 2009. 9) 年代による動作の違いについて,Hewettら は,思 9)Hewett TE, et al :Decrease in neuromuscular 春期後期の女性は,前思春期の女性と比べて着地時の control about the knee with maturation female 最大外反角度が大きいことを報告した.一方,Barker athletes. J Bone Joint Surg Am86, 1601-8, 2004. 10) 11) は,ドロップジャンプテストを実 10)Barber-Westin SD, et al: Jump-land characteristics 施し,knee separate distanceを比較したが,年齢によ and muscle strength development in young る差はみられなかったと報告している.今回は,水平面, athletes.:a gender comparison of 1140 athletes 9 to 前額面での特徴について確認を行っていないため,今後 17 years of age.Am J Sports Med, 34:375-84, 2006. は前額面,水平面の運動についても解析を進める必要が 11)Yu Bet al:Age and gender effect on lower Westinら やYuら ある. 本研究において,移動速度,矢状面の関節運動の特徴 について検討を行った.結果として,移動速度,矢状面 の関節運動については中学生と社会人間では差が有意で なかった.中学生において,標準偏差が大きく,より個々 に応じたプログラムが必要となることが考えられる.今 後は,対象者数を増やし,前額面,水平面の運動の解析 もあわせて,特徴の確認を行っていきたい. extremity kinematics of youth soccer players in a stop-jump task.Am J Sports Med, 33, 1356-64, 2005. 12 スポーツ医・科学:Vol. 24, 2013 13 女子ハンドボール選手の外傷調査-外傷部位別の動作の特徴- The epidemiology of injury in female handball players –Characteristics of the motion of the each segment at the time of injury – 二神沙知子,北岡さなえ,金村 朋直,岡戸 敦男,横江 清司 Sachiko FUTAGAMI,Sanae KITAOKA,Tomonao KANAMURA, Tsuruo OKADO,Kiyoshi YOKOE 公益財団法人 スポーツ医・科学研究所 Institute of Sports Medicine and Science Abstract The purpose of this research was to investigate injuries in 229 female handball players who had visited the Institute of Sports Medicine and Science for any treatment. A number of total injuries were 991 for twenty-five years. The knee joint was the largest number of the injury among whole body part (233 injuries, 23.5%), followed by the ankle joint (203 injuries, 20.5%). Our study demonstrated that the knee joint injuries occurred more frequently at the jump landing (58 injuries, 53.2%), side-step (18 injuries, 16.5%) , deceleration (12 injuries, 11.0%).We also found that in the ankle joint injuries, the number of jump landing was largest(66 injuries, 53.2%), followed by side-step (19 injuries, 15.3%) , deceleration (17 injuries, 13.7%). Key words:injury research,lower extremity injury,female handball players キーワード:外傷調査,下肢外傷,女子ハンドボール選手 Ⅰ.背景・目的 inciting eventには,外傷発生時の状況や,自身や他者 の動きの問題などが含まれる.今回は,ハンドボールで ハンドボールは,走る,止まる,跳ぶ,投げる,当た の外傷予防に活かす知見を得ることを目的に,女子ハン るといった様々な動作が含まれる競技である.動作の問 ドボール選手を対象として外傷発生部位と外傷発生時の 題が原因となり,様々な外傷が発生する.ハンドボール 動作を調査した. 選手を対象とした過去の外傷調査では,下肢の外傷発生 頻度が高く1-5),膝関節や足関節が多いことが報告され Ⅱ.対象と方法 1) ,2) ,4) ,5) ている .膝関節や足関節の外傷には,膝前十 字靱帯(以下,ACL)損傷のようにスポーツ活動の再 対象は,1988年6月から2013年12月の約25年間にスポー 開までに長期間を要するものや,足関節捻挫など後遺症 ツ医・科学研究所を受診した女子ハンドボール選手229 6) の残存 により,再発や他外傷発生のリスクが高まるも 名とした.なお,小学生と中学生は対象から除外した. のがある.そのため,下肢外傷の予防に関する関心は高 年齢は16.3±2.0歳(平均±標準偏差)であった.区分は, まっており,様々な予防策が実践されている 7,8) . 一般社会人3名,実業団選手23名,大学生23名,高校生 外傷を予防するには,外傷の発生頻度,重症度を把 9) 10) 180名であった.競技レベルは,全国大会出場レベル125 握し,発生要因を検討しなければならない .Bahrら 名,地区大会出場レベル104名であった.対象の診療記 は,外傷の発生要因について,個人が有する内的因子と 録より,以下の項目について調査した.診療記録は,熟 環境などの外的因子があり,これらに外傷を誘発する 練した医師・理学療法士が対象者に対して直接インタ inciting eventが加わることで発生に至ると述べている. ビューを行い,記録・保存したものである. 14 Ⅲ . 結 果 1.外傷について 1)外傷発生件数 1.外傷について 対象から得られた総外傷発生件数を調査した. 1)外傷発生件数 総外傷発生件数は,991件であった. 2)急性外傷・慢性外傷 明らかな外傷発生機転があるものを「急性外傷」,外 傷発生機転が不明確なものや徐々に疼痛が出現したもの を「慢性外傷」,診療記録に明確な記載がないものは「不 2)急性外傷・慢性外傷(図 1) 急性外傷が382件(38.6%),慢性外傷が591件(59.6%), 不明が18件(1.8%)であった. 明」とし,3つに区分した. 不明:18件 (1.8%) 3)外傷発生部位 外傷発生部位は, 「頭部・頚部」, 「胸部・腹部」, 「腰背部」, 「肩関節」, 「上腕部」, 「肘関節」, 「前腕部」, 「手関節」, 「手 急性外傷:382件 (38.6%) 部」, 「股関節・鼠径部」, 「大腿部」, 「膝関節」, 「下腿部」, 慢性外傷:591件 (59.6%) 「足関節」,「足部」に分類した. さらに,外傷発生部位について,急性外傷・慢性外傷 に分類した. n=991 2.外傷発生時の動作について 図1.急性外傷・慢性外傷 「急性外傷」における「膝関節」,「足関節」の外傷に ついて,外傷発生時の動作を調査した.動作は,「ラン 3)外傷発生部位(図 2,表 1) ニング」, 「ジャンプ」, 「ストップ」, 「切り返し」, 「ステッ 外傷発生が最も多かった部位は,膝関節(233件, プ」,「転倒」,「その他」,「不明」に区分した.分類でき 23.5%)であった.次いで,足関節(203件,20.5%), なかった動作は「その他」,動作が明確に表現できなかっ 下腿部(129件,13.0%),足部(127件,12.8%)であった. たものや,明確な記載がないものは「不明」にそれぞれ 急性外傷では,足関節(124件,32.4%),膝関節(109 件,28.5%)の順に多かった.慢性外傷では,膝関節 分類した. (122件,20.6%),下腿部(115件,19.5%),足部(106 件,17.9%)の順に多かった. (件) 300 233 (23.5%) 250 200 50 0 203 (20.5%) 129 (13.0%) 150 100 n=991 72 (7.3%) 62 (6.3%) 7 2 (0.7%) (0.2%) 1 (0.1%) 31 (3.1%) 50 33 (5.0%) 21 (3.4%) 19 1 (2.1%) (1.9%) (0.1%) 図 2.外傷発生部位 127 (12.8%) 15 スポーツ医・科学:Vol. 24, 2013 表1.急性外傷・慢性外傷の外傷発生部位 急性外傷 5 1.3% 頭・頚部 1 慢性外傷 0.2% 1 不明 5.6% 合計 7 胸部・腹部 1 0.3% 1 0.2% 0 0.0% 2 腰背部 5 1.3% 67 11.3% 0 0.0% 72 肩関節 19 5.1% 41 6.9% 2 11.1% 62 上腕部 1 0.1% 0 0.0% 0 0.0% 1 肘関節 16 4.2% 12 2.1% 3 16.6% 31 前腕部 0 0.0% 1 0.1% 0 0.0% 1 手関節 8 2.1% 11 1.9% 2 11.1% 21 33 手部 29 7.6% 4 0.7% 0 0.0% 股関節・鼠径部 5 1.3% 14 2.4% 0 0.0% 19 大腿部 27 7.1% 22 3.7% 1 5.6% 50 膝関節 109 28.5% 122 20.6% 2 11.1% 233 下腿部 14 3.7% 115 19.5% 0 0.0% 129 足関節 124 32.4% 74 12.5% 5 27.8% 203 足部 19 5.0% 106 17.9% 2 11.1% 127 合計 382 100.0% 591 100.0% 18 100.0% 991 (単位:件) 2.外傷発生時の動作について 生時の動作はジャンプ(66件,53.2%)が最も多く,次 膝関節の急性外傷109件のうち,外傷発生時の動作が 明らかであった外傷は103件であった.外傷発生時の動 いでステップ(19件,15.3%),ストップ(17件,13.7%) であった(図4). 作はジャンプ(58件,53.2%)が最も多く,次いで切り 返し(20件,18.4%),ステップ(12件,11.0%)であっ Ⅳ.考 察 た(図3).足関節の急性外傷124件のうち,外傷発生時 の動作が明らかであった外傷は121件であった.外傷発 本研究の結果より,発生頻度の高い外傷部位は,膝 関 節(233件,23.5%), 足 関 節(203件,20.5%) で あ (件) 70 n=109 58 (53.2%) 60 り,全体の44.0%を占めていた.日本代表チーム,およ び実業団チームに所属する女子選手48名を対象に行った 50 外傷調査3) では,総外傷件数152件のうち,足関節(55 40 件,36.2%),膝関節(23件,15.1%)が多かった.また, 30 20 (18.4%) 20 10 0 1 (0.9%) 高校生女子ハンドボール選手129名を対象に行ったアン 12 (11.0%) 1 (0.9%) 5 (4.6%) 6 (5.5%) 6 (5.5%) ケート調査4)でも,総外傷件数200件のうち,足関節(73 件,36.5%),膝関節(51件,25.5%)が多く,今回の調 査結果は,過去の報告と同様の傾向であった. 下肢急性外傷の中でも,発生頻度が高い膝関節,足関 節の外傷に関して,外傷発生時の動作を調査した.その 図3.膝関節の急性外傷発生時の動作 結果,膝関節ではジャンプによる外傷発生が53.2%と半 66 (53.2%) (件) 70 n=124 数以上を占め,次いで切り返し,ステップで多かった. 60 膝関節急性外傷の代表例として,ACL損傷が挙げられ 50 る.山下ら11) は女子ハンドボール選手を対象にACL損 40 傷の発生時のプレイについて調査し,ジャンプシュート 30 17 (13.7%) 20 10 0 6 (4.9%) 着地の次にフェイントの切り返し,パス中のステップで 19 (15.3%) 8 (6.5%) 4 (3.2%) 1 (0.8%) 3 (2.4%) の外傷が多かったと報告している.ジャンプシュートは, 空中での体幹の回旋運動が求められることに加えて,他 者からの影響により,空中で体幹側屈位を強制されるこ とがある.体幹のこれらの運動を制動しながら着地でき 図4.足関節の急性外傷発生時の動作 なかった場合,危険な動的アライメントを呈しやすくな 16 る.切り返しやステップは,左右へのフェイントなど, 172-177, 1997. オフェンスで用いられるプレイに多くみられる.ハンド 8)Olsen OE, et al:Exercises to prevent lower ボールにおけるオフェンスでのプレイは,ボールを保持 limb injuries in youth sports cluster randomized したまま動ける歩数が決められている.限られた歩数で controlled trial. Br Med J 449:330:2005. 他者をかわすために,切り返しや側方のステップにおい 9)Van Mechelen, et al. :Incidence, severity, て,ステップ幅を大きくする.それにより足底面内側へ aetiology and prevention of sports injuries. A review の荷重が強まり,外傷発生につながる危険な動的アライ of concepts.Sports Med 14:82-99, 1992. メントを呈しやすくなる. 足関節においても,ジャンプによる外傷発生が53.2% と最も多く,次いでステップが多かった.足関節急性外 10)Bahr R, et al. :Understanding injury mechanisms a key component of preventing injuries in sport. Br J Sports Med 39:324-329, 2005. 傷の代表例として,足関節内反捻挫が挙げられる.ジャ 11)山下光子,他:女子ハンドボール選手における膝前十 ンプ着地では,足関節底屈位での接地となるため,足関 字靱帯損傷の発生に関する検討.Journal of Athletic 節内反を呈しやすくなる.そのため,荷重位置が過剰に rehabilitation 2:55-60, 1999. 外側となった場合,足関節内反が強制されやすい.また, ハンドボールにおけるステップは,側方への急激な減速 と加速を伴った移動となる.側方移動の際にも,足底面 外側への荷重が過剰となり,足関節内反を強制しやすい. 本研究において,ハンドボール選手の外傷は,膝関節, 足関節に多く,ジャンプによる外傷発生が半数以上であ ることが明らかとなった.今後は,外傷発生が多い動作 に関してさらに詳細な分析を進め,予防策を検討してい きたい. 文 献 1)板倉尚子:ハンドボール選手のケガと身体管理(1). コーチング・クリニック 11 ⑶ :66-69, 1997. 2)Susanne Habelt,et al.:Sport injuries in adolescents.Orthopedic Reviews 3 ⑵:82-86, 2011. 3) 川 波 賢 一, 他: ハ ン ド ボ ー ル. 理 学 療 法 17 ⑷: 419-424, 2000. 4)長堂益丈,他:少年女子ハンドボール選手における スポーツ外傷および障害の実態に関する調査・研究. 臨床スポーツ医学 25 ⑹ :665-669, 2008. 5)花岡美智子:ハンドボールにおける傷害発生状況と その発生要因について.ハンドボール研究 10:99-102, 2008. 6)Anandacoomarasamy A, et al.:Long term outcomes of inversion ankle injuries. Br J Sports Med 39:1-4, 2005. 7)Bahr R, et al. :A twofold reduction in the incidence of acute ankle sprains in volleyball after the introduction of an injury prevention program a prospective cohort study. Scand J Med Sci Sports 7: スポーツ医・科学 Vol.24 Journal of Sports Medicine & Science Vol. 24 2014年6月4日 印刷 2014年6月6日 発行 発行者 横 江 清 司 発行所 公益財団法人 スポーツ医・科学研究所 〒470-2212 愛知県知多郡阿久比町大字卯坂 字浅間裏49番地の9 電 話(0569)48-7383(代表) FAX(0569)48-0183 http://www.sorc.or.jp/ 印刷所 株式会社 マ ル ワ スポーツ医・科学 2013 Vol.24 公益財団法人 スポーツ医・科学研究所
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