YOUNG ECHO - NEXUS 飯島直樹 (DISC SHOP ZERO) 歳のジョセフ……と、平均 20 代半ばのヤング・エコー たちの最大公約数がそのまま溶けて混ざり合って いるのが、本作のサウンドである。 筆者は 2008 年以降、ブリストル・サウンドに関 する文章を依頼される度に下の文章を記すことに している。 「2000 年代に入ってすぐくらいだったか、 ロブ・スミス(スミス&マイティ)と街の音楽の今 後について話したことがある。当時はブリストルで も、多くのキッズがインターネットやテレビ・ゲー ムに夢中になり、音楽から離れつつあった。音楽業 界的にも“ブリストル”というキーワードが以前ほ ど魔力を持たなくなっていた時期だった。グローバ リゼーションの侵略とインターネットの普及によ る価値観の均一化と、それと相反する多様性。その バランスがどう影響するかについて。いま考えると 『ネクサス』はその名(連結)の通り、構成員たちのコラボレーションによる楽曲が、時間軸に沿いながら まったく大袈裟なのだが、当時は、その進む方向によっ レイヤー状に重ねられることで、全体像が浮かび上がるような内容になっている。クレジットを見ると、メ てはブリストルで生まれる音楽の響きが大きく変 ンバーの別名義やユニット名として、8 個の名義が登場する。本作に登場しないものも含め、各人の別名 質すると危惧していたものだ」 ( 雑 誌『 r e m i x 』 義やユニットを書き出してみる。 2008 年 5 月号)。現在 20 代半ばのヤング・エコー Sebastian Gainsborough たちはこの頃がロウティーン。つまり、音楽などの Gorgon Sound ■セバスチャン・ゲインスボロー=レイ/キリング・ カルチャーに興味を持つ年代だと言えるだろう。こ サウンド/ババ・ヤガ/フレキシブル・エイプ/ の直後である 2004 年頃から、ピンチやアップルブ Kahn Rei パンサー・モダン リム、ぺヴァラリストといったダブステップ第 1 世 Vessel ■エイモス・チャイルズ=ジャブ/ゾウ/キリ 代が、この街の息を吹き返させた。セバスチャンも Baba Yaga Joseph McGann ング・サウンド 「アップルブリムとシャックルトン(スカル・ディス ■クリス・エブドン=ゾウ/アイシャン・ コ)、そしてぺヴァラリスト(パンチ・ドランク)が Killing Sound サウンド Sam Kidel 2007 ∼ 08 年にかけてダブステップを前進させた Alex Rendall ■ジョセフ・マッギャン=カーン/ババ・ 姿に大きな影響を受けている」と、あるインタヴュー ヤガ/ゴーゴン・サウンド/カーン で語っている。我々からすると危惧すべき空白の時 El Kid Amos Childs &ニーク 代の中こそ、彼らは自由を見つけ、2009 年頃まで ■サム・キデル=エル・キッド/キリ のダブスステップが持っていた風通しの良さに刺 Chris Ebdon ング・サウンド 激されたのだろう。 Jabu 様々な名義を駆使し、コラボレーションしながら ■アレックス・レンドール=ジャブ/キ Zhou Ishan Sound リング・サウンド 個々の活動も精力的に行い、正体不明な有機体のよ うな存在感で 1 枚のアルバムを浮かび上がらせる。 図にしないと理解するのが容易ではない状態で インダストリアル・サウンドとダブ、実験音楽、そ そんな彼らのあり方は、全くもって新しいものと言 はあるが、セバスチャンによると、この名義の多さ してライヴ・エレクトロニクス的即興性。ウェブ・ えるが、そのサウンドのエレメンツには、脈々と流 は「デトロイトのように変名を多く持つことでシー マガジン『レジデント・アドヴァイザー』の取材で、 れるブリストルの空気を強く感じることができる。 ンをより大きく見せようと」いう理由からなのだそ 彼らは、ダブカズムやリー・ペリーといったレゲエ 所謂“ブリストル・サウンド”が好きで聴いてきた うだ。確かに、これだけの名前が羅列されると、ひ /ダブ、アシュレイ・ポール(実験音楽/フォーク)、 方なら、このアルバムの中に、マッシヴ・アタック とつのシーンの内部で絡み合いながら蠢いている ラス・カス(ヒップホップ) 、スルー・デム(グライム) 、 やトリッキー、ポーティスヘッドが持っていたムー ように感じる。そして、ヤング・エコーがアイコン PJ ハーヴェイ(ロック)、トリッキー、アイク・ヤー ドを感じることは簡単だろう。全体を覆うダークで として使用している図形は、まさに彼らの繋がり/ ド(ノーウェイヴ)、ソヴィエト・フランス(ポスト・ 煙たい質感はもちろん、インダストリアルな感触か 連結を表しているということに気付く。 インダストリアル)などを、最近のお気に入りやルー らはマッシヴ・アタックの『メザニーン』やポーティ アルバムを再生して聞こえてくるのは、ダークな ツとして挙げている。22 歳のセバスチャンに 25 スヘッドの『サード』、緩やかなビートにストーンし 英国南西部の小さな港町ブリストルから登場した、まったく新しい音楽形態――ヤング・エコーのアル バム『ネクサス』を紹介しよう。 ヤング・エコーは、セバスチャン・ゲインスボロー、エイモス・チャイルズ、クリス・エブドン、ジョセフ・ マッギャン、サム・キデル、アレックス・レンドールを中心にした、有機的“連結 (Nexus)”体。セバスチャ ン、エイモス、クリスの 3 人がインターネット上でラジオ・ショウを始める(2010 年 11 月)ことから、ヤ ング・エコーは誕生した。この 3 人に、シュアスカンクというパーティ・コレクティヴの一員でもあったジョ セフとサムが合流、ヴォーカルのアレックスが加わり、アルバムの構想が編まれていくことになる。なお、 アルバムの完成後、ポール・ゼバ、MC としてジャック・リチャードソンが新たに参加している(追記: 2015 年 4 月現在、サム“ニーク” ・バレット、ダニエル・デイヴィーズ、ライダー.シャフィークらも合流)。 月に 1 回を目標に配信してきたラジオ・ショウで顔を合わせる度に、彼らは各自の新曲を披露し、互いの最 近の好みやルーツを確認していった。 たラップが絡むリズム感からは初期のマッシヴ・ア タックやトリッキーが浮かんでくるではないか。実 際、オンライン上で公開されているヤング・エコー のホーム・セッション動画を見ると、若き日のマッ シヴ・アタックもこんな風なことを誰かの自宅でやっ ていたに違いないと思う瞬間があるのだ。そして、 ブリストルのもうひとつの流れである、フライング・ ソーサー・アタックやサード・アイ・ファウンデーショ ンらが牽引してきたポスト・ロック∼音響派の影響 も大きいだろうことは、並べられたエフェクターな どの機材群を見ても明らかだ。 私見ではあるが、ブリストルは“コレクティヴの街” だと思っている。ワイルド・バンチ、マッシヴ・アタッ ク、スミス&マイティはいわずもがな、パンク時代 のポップ・グループからの派生バンドを見ると、そ う思わずにはいられないのだ。1990 年代中頃には、 ロニ・サイズとクラストを中心にしたフル・サイク ル∼リプラゼント・クルーがいた。そしてそれは、 “サ ウンドシステムの街”と言い換えることもできる。ジャ マイカから移り住んできた人が多いブリストルに は古くからあった、レゲエのサウンドシステムの文 化が、パンクやヒップホップなど、その時その時の 最新のモードに合わせて姿を変えながら、ブリスト ルのサウンドを発展させてきた。空白の時代を過ぎ ダブステップで刺激された、ブリストル・サウンド の最新形のひとつが、ヤング・エコーなのだ。 今回の『ネクサス』日本盤の発売に際し、特典と して 2 つのダウンロード音源が用意された。ひとつ は、 『ネクサス』の 2 枚組 LP に 100 枚のみ同梱さ れたソノシート「Intention」。そしてヤング・エコー のライヴ・ミックス『Young Echo RAMP Exclusive Mix』。このミックスは『ネクサス』の世界を拡大し たような内容で、よりライヴ感のあるサウンド処理 と、アルバム未収録のソロ曲など、より深く幅広い 世界観を聴くことができる。 『ネクサス』本編とこの ミックスを併せて聴けば、彼らがどんなことをヤン グ・エコーにおいて成し遂げようとしているのか、 より近くに感じることができるのではないかと思う。 最後に、本作でヤング・エコーを初めて知ったと いう方は、ぜひ各メンバーの別名義の作品にも触れ てみてほしい。ヤング・エコーよりも焦点がしっか りしたサウンドを聴かせてくれる個々の作品。逆に 言えば、各メンバーが持つ個性の連結がヤング・エコー のサウンドを作り上げているという、その秘密の理 由が浮かび上がってくるだろうから。
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