開発指導要綱の有効性に関する研究 008T060N 1 はじめに 1.1 研究の背景と目的 開発指導要綱は,昭和 42 年に兵庫県川西市で制定さ れたのがはじまりであるが,その後急速に全国の自治体 に普及し,今でも多くの自治体で行政の一部として定着 している。この要綱は何ら法的根拠をもつものではない が,既存法制度の不備を補いながら,無秩序な開発行為 の防止や,良好な住環境の整備,自治体の財政負担の軽 減等に一定の役割を果たしてきたものである。 しかし一方で,昭和 50 年代からはこれに対する抵抗 も表面化し,法廷で要綱行政の法的限界が明らかになる 他,旧建設省が繰り返し見直しを通達する等,その道の りは決して平坦なものではなく,現在においても,法律 的・行政的な問題をいまだ抱えている。 特に近年においても,建築確認業務が民間開放される 等,要綱行政を取り巻く環境に大きな変化が見られ,こ れに応じて要綱を廃止しその内容を条例化する自治体が 見られるなど,またひとつ大きな転機を迎えているよう に思われる。 本研究は,特に近年における開発指導要綱の動向に影 響を与えている社会的・行政的背景と,それに対する自 治体の取り組みや意向を調査することによって,現在に おける指導要綱の果たす役割とこれからの開発指導行政 の在り方について考察を行うことを目的としている。 1.2 研究の対象と方法 兵庫県内の全 88 市町を対象として,独自の開発規制 手段(要綱や条例)の有無,持っている場合にはその内 容や運用実態,これからの条例化の意向等についてヒア リング調査を行い,現在の開発指導要綱等の機能や,こ れからの在り方について分析を行う。このなかで独自の 規制手段をもつ自治体は 44 市町で,そのうち尼崎市, 西宮市,芦屋市は以前の開発指導要綱を廃止し,その内 容を条例化している事例である。 2 近年における開発指導要綱を取り巻く状況 ・ 行政手続法の施行 行政運用における公正の確保と透明性の向上を目的と した「行政手続法」が平成 5 年 11 月に公布され,平成 6 年 10 月より施行された。同法第 32 条第 1 項によれば, 「行政指導にあっては,行政指導に携わる者は,いやし くも当該行政機関の任務又は所轄事務の範囲を逸脱して はならないこと及び行政指導の内容があくまでも相手方 の任意の協力によってのみ実現されるものであることに (1) 宮迫 慎二 (大西 一嘉) 留意しなければならない」こととし,同法第 2 項におい ては「行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に 従わなかったことを理由として,不利益な扱いをしては ならない」こととしている。このことから,開発指導要 綱等による行政指導が強制的契機をもたないように一層 留意する必要があるほか,事業者に対して何らかの負担 を求めるのであれば,内容面における適正化を進めると ともに,手続き面においても透明性を確保することが強 く求められることとなった。 ・ 規制緩和の推進 規制緩和の観点からは, 「規制緩和推進計画」 (平成 7 年 3 月閣議決定)において,土地の有効利用,良質な住 宅宅地供給の促進, 住宅建設コストの低減等を図るため, 指導要綱の行き過ぎ是正を含めた諸規制の緩和等を推進 することとされ,平成 7 年 11 月には旧建設省が「宅地 開発等指導要綱の見直しに関する指針」を全国の都道府 県知事に対し通達し,行き過ぎ是正の徹底を求めるとと もに,さらに行政指導の公正さの確保や透明性の向上を 強く求めている。 ・ 建築確認の民間開放 また,平成 10 年 6 月に公布された「建築基準法の一 部を改正する法律」 (平成 11 年 5 月に施行)では,建築 確認や検査等の充実・効率化を図るとともに,行政の十 分な実施体制が確保できない状況であるとの理由で,建 築確認・検査業務が民間へも開放された。開発指導要綱 は法的強制力をもつものではないため,それ自体が事前 協議のきっかけを担保するものではなく,実際は開発許 可や建築確認等の法に基づく必要な手続きによって,そ のきっかけが担保されているのであり,この建築確認業 務の民間開放によって,要綱による行政指導ではそもそ ものきっかけを失う危機が生じた。 ・ 地方分権化の推進 平成 11 年 7 月に地方分権一括法(正式には「地方分 権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」 ) が公布され(施行は平成 12 年 4 月) ,地方自治制度の抜 本的な見直しが行われた。特に大きな改正点は,機関委 任事務制度の廃止と国の関与の大幅な縮減である。機関 委任事務が廃止され,その多くが自治体の事務となった ことから,条例制定権の及ぶ範囲が拡大し(これまで機 関委任事務は国の事務であるため,条例の制定は認めら れなかった) , また権利が拡大すると同時に自治体の責任 も重大なものとなっている。改正地方自治法第 14 条第 2 宮迫 慎二 1 項には 「 (住民に) 義務を課し, 又は権利を制限するには, 法令に特別の定めがある場合を除くほか,条例によらな ければならない」と明記され,要綱行政の在り方が問い 直されている。 3 現在における開発指導要綱等の機能 各自治体の開発指導要綱等の内容を整理すると,国の 法令ではカバーしきれないだけの幅広い内容について, また地域ごとの特色に応じて,開発行為のコントロール を図っているのがわかる。まずは今日における自治体独 自の開発規制手段の機能について見てみると,大きく以 下の 3 つにまとめることができる。 ① 住環境の最低基準を確保する機能 都市計画法をはじめとする国の制度も,以前に比べれ ば拡充してきているとはいえ,多くの自治体にとっては まだ規制の範囲は狭く基準は緩いものであり,低質な開 発行為を防止し最低限の住環境を確保するためにも,そ れ以上の範囲や基準を定める必要があるというもの。 ② よりよい住環境の創造を図るための機能 また,多くの自治体は,最低限の住環境を確保するだ けではなく,さらによりよい住環境の創造を目指してお り,それを実現するためにもさらに強い規制を行うこと が必要になるとうもの。 ③ 地域性のある住環境の形成を図る機能 地域が異なれば確保すべき最低基準も異なり,目指す べき理想の環境も異なる。地域の実情にあった最低基準 を確保することや,あるいは地域の特色を生かしたより よい環境の創造を目指すためには,地域独自の基準が必 要となるというもの。 また, 他にも新たな行政課題に迅速に対応する機能や, 事業者と住民との関係を調整する機能等も評価できる。 4 条例化の事例について この章では,兵庫県内で開発指導要綱の条例化を図っ ている自治体の事例について分析する。対象とするのは 以下の 4 事例である。 ・ 尼崎市「尼崎市住環境整備条例」 (昭和 59 年) ・ 篠山市「篠山市まちづくり条例」 (平成 11 年) ・ 西宮市「開発事業等におけるまちづくりに関する条 例」 (平成 12 年) ・ 芦屋市「芦屋市住みよいまちづくり条例」 (平成 12 年) 尼崎市は全国にも先駆けて開発指導要綱の条例化を図 った事例であり,西宮市と芦屋市もそれまでの開発指導 要綱を廃止してその内容を条例化した近年における事例 である。篠山市の場合は 4 つの町が合併して新たに市が 誕生したのを機会に,条例による開発指導行政の体系化 を図った事例である。 4.1 条例の法体系による分類 まず, 法体系に係る用語については以下の説明に従う。 ・ 条例 地方公共団体の処理する事務に関して法令の範囲内で, 議会の議決によって制定する規範。首長,議員(定数の 12 分の 1 以上) ,住民(有権者の 50 分の 1 以上)のそ れぞれが提案できる。住民に対する法的拘束力を持つ。 ・ 規則(条例施行規則) 地方公共団体の首長が自己の権限に属する事務処理に ついて,法令の範囲内で制定する規範。原則として住民 に対する法的拘束力を持つ。 ・ 基準(条例技術基準や要綱) 地方公共団体が事務処理に際して準則として定める 内部規範。住民に対する法的拘束力を持たない。ここで は条例技術基準と要綱を同じく扱うこととする。 法体系によれば以下の 3 つの体系に分類できる。 ① 条例−基準(要綱)タイプ(篠山市) 許可に係る事項のみを「条例」と「規則」で定め,建 築計画や建築施工に関する規定や基準,また公共公益施 設等の整備に関する規定や基準については,そのすべて を「基準」として定めている 2 層構造。3 つのタイプの 中では比較的強制力が弱く,柔軟性が高いのが特徴であ る。 条例・施行規則 技術基準 許可に係る事項 敷地計画や建築 計画の基準 要綱 公共公益施設の 整備基準 図 1 篠山市の事例 ② 条例−規則タイプ(西宮市) 許可に係る事項,建築計画に関する規定,公共施設等 の整備に関する規定を「条例」で定め,それぞれの細か な基準についてはそのすべてを「規則」で定めている 2 層構造。比較的強制力が強く,柔軟性に乏しいのが特徴 である。 条例 施行規則 許可に係る事項 敷地計画や建築 計画の基準 公共公益施設の 整備基準 | 紛争調停条例 紛争調停制度 図 2 西宮市の事例 ③ 条例−規則−基準(要綱)タイプ(尼崎市,芦屋市) 許可に係る事項,建築計画に関する規定,公共施設等 の整備に関する規定を「条例」で定めるところまでは西 宮市と同じであるが,それぞれの大まかな基準について 宮迫 慎二 2 は「規則」で定め,さらに細かな基準については「基準」 で定める 3 層構造。①と②の中間的なタイプである。芦 屋市の場合は,基準のなかの協力金に関するものだけを さらに別途要綱として定めている。 条例 施行規則 技術基準 公共公益施設 敷地計画や建築 許可に係る事 のさらに細か 計画の基準 項 な整備基準 公共公益施設の 紛争調停制度 整備基準 図 3 尼崎市の事例 4.2 条例化による基準改正の比較 西宮市と芦屋市の条例化による内容の変化について見 てみると,以下の表のようになる。 表 1 条例化による変化(西宮市と芦屋市の事例) 項目 西宮市 芦屋市 責務の明示 追加 追加 勧告・命令・公表 追加 追加 罰則 追加 追加 紛争調停制度 別途条例化 追加 負担金制度 廃止 存続(要綱) 文化財の保護 廃止 廃止 一部強化(規則) 壁面の後退距離 一部強化(規則) 一部緩和(規則) 連絡先道路の幅員 一部緩和(規則) 一部強化(基準) 開発区域内道路の 一部緩和(規則) 一部強化(基準) 幅員 住宅の最低宅地規 一部緩和(規則) 一部緩和(規則) 模 駐輪場の設置 一部強化(規則) 一部緩和(規則) 地区計画の推進、 立ち入り検査、単 その他の追加項目 公害・安全対策 身者共同住宅の入 居者規則 道路の面積率、公 電波障害の排除義 その他の廃止項目 園の配置計画、緑 務、被害の補償 化率 両市とも原則としては,旧要綱の内容をそのまま条例 化しており変化のない内容も多いが,一部の基準で強化 あるいは緩和したものが見られる。他にも,協議に必要 となる標準期間を示しているなど,手続きの明確化を図 っている面も見られる。 特に西宮市では,あいまいな明記を明確化したものが 多く見られる。例えば,道路の有効幅員を緩和できる要 件として,これまでは「当該道路の延長が短いこと」と されていたものが, 「当該道路の延長が 70m以下である こと」 という風に明確な基準が示されている事例が多い。 誰が判断しても同じ結果となるような明確なルールづく りを行っているのがわかる。 4.3 条例の性格による分類 条例の性格による分類を行うと,以下の 2 つの性格に 分類できる。 ・ 開発指導要綱型(西宮市、篠山市) 開発指導要綱の内容をほぼそのまま条例化した形態。 開発行為等に対する規制やそれに伴う都市環境整備のた めの協力や負担に関する事項だけを定めているもの。 ・ 総合的なまちづくりの一環型(尼崎市、芦屋市) 開発行為等に対する規制や協力を総合的なまちづくり の一環として捉え,他にも地区計画への住民参加など幅 広くまちづくりに関する内容を包括するもの。特に尼崎 市の事例は,既成市街地の再開発計画の促進や,沿道整 備,老朽化密集地域の解消,住宅系地域の純化など,様々 な内容を含んだ総合的なまちづくりに関する条例である。 4.4 民間確認検査機関との関係 阪神間の自治体では事前に民間確認機関と覚書を締 結し,民間確認機関に出された建築確認申請であっても それをチェックできる体制を整えている。それは,民間 確認機関が建築主等から建築確認を行うことを求められ たときには,必ず自治体担当課へ調査依頼(その計画が 自治体の各種条例や要綱の対象となっていないか,また 対象となっている場合はその基準を満たしているかの調 査)を行うこととし,自治体担当課はそれに基づき調査 を行い,調査結果を調査書として報告した後,はじめて 申請者に検査済証を公布できるというものであり,同時 に必要があれば指導を行うこととする内容が盛り込まれ ている。 また他の自治体でも,覚書を締結してはいないが,同 様の内容を民間確認機関と口約束で交わすような形で, 民間確認機関に建築確認申請が出されても自治体担当課 に調査依頼があり,その内容をチェックできる仕組みに なっている。もちろん必要があれば指導を行うこととな り,現実には民間確認機関に確認申請を出された建築計 画であっても,各自治体の定める開発指導要綱等に違反 するケースは今のところ全くと言っていいほどないよう である。 4.5 今後の条例化の意向について 兵庫県内で現在,要綱による開発規制を行っている自 治体に対して, 今後の条例化の意向について話を聞くと, 条例化をこの先検討していかなければならない課題であ るとしながら,まだ具体的な準備には取り掛かっていな いという自治体がほとんどであり,条例化に向けて具体 的な準備を進めているという自治体はみられなかった。 その理由としては,まず,現実的に事業者が要綱に違 反するようなケースが全くと言っていいほどないことか 宮迫 慎二 3 ら,緊急の必要性に迫られていないという意見があり, また,開発指導要綱には独自の利点があるため,条例化 によってその利点を失うことへの不安があるという意見 も聞かれた。 要綱と条例の利点や欠点として聞いた内容をまとめ ると以下の表のようになる。 表 2 条例と要綱の比較 条例 要綱 柔軟な対応が可能。担当 強制力が強い。基準に満 たない場合には罰則規定 職員の粘り強い交渉によ メ もあり、事業者に対して強 っては基準以上や規定外 リ の規制を求める場合もあ く出られる。 ッ 判断基準が極めて明確 る等、裁量の幅がある。 ト 新たな行政課題にも迅 であり外部への透明性も 速に対応できる。 高い。 強制力に欠ける。基準に 基準を満たしていれば デ 全て合格となり、それ以上 満たない場合にも罰則は メ やそれ以外の規制を求め なく、あくまで事業者に対 リ するお願いに過ぎない。 ることはできない。 ッ 明確性や透明性に欠け 対応が事務処理的とな ト る面がある。 り裁量の余地がない。 要綱による行政指導は,事前協議のなかで合意点をみ いだす交渉的な要素があり,様々なケースにも比較的柔 軟に対応できる利点がある一方で,条例化すれば基準が 画一的な最低基準になるのではという不安や,事務処理 的な対応になることへの抵抗を感じている声が聞かれた。 かつ,今現在は緊急の必要性に迫られているわけではな いので,先進的に条例化した自治体や近隣の自治体の様 子をじっくりと窺っている段階のようである。 4.6 条例化による効果 すでに開発指導要綱の条例化を行っている自治体に対 して,条例化による効果について聞いた内容をまとめる と以下の表のようになる。 表 3 条例化によるメリット・デメリット 要綱に比べれば強制力がある。 まちづくり施策の一環として位置づけ、 市 (町 メリット 村)全体の方針として示すことができる。 完全に強制力があるわけではない。 デメリット 事務処理的で融通が利かない面がある。 要綱に比べれば強制力があり,事業者から「そういう ことは条例で示してくれ」というような不満を聞くこと が少なくなり,訴訟になったとしても法的な根拠がある ことから,事業者に対して強く出られるところはあるよ うだ。しかし,法の委任を受けたものではなく,あくま で自治体独自の条例であることから,強制力にはやはり 限界があるとの意見も聞かれた。また,持ち込まれる計 画の条件には全く同じものは二つとなく,思いもよらな かったケースが現れる場合もあり,そういった場合には やはり融通が利かず対応しにくいということが欠点とし てあるようだ。 5 まとめ 5.1 自治体独自の開発規制手段の役割と課題 国の画一的な制度によらない自治体独自の開発規制 手段は,現在においても,良好な住環境の整備や,地域 の特色を生かした環境づくり等に広く貢献していること がわかった。また,これから地方分権化が推進するなか で,これらの役割はさらに大きなものとなっていくこと が考えられる。 しかし,これらはあくまでもその内容が適正であり, また,運用方法が適切であってはじめて有効に機能する ものである。過大な負担を事業者に求めることや,不正 で不公平な対応が生じることがないよう注意を払わなけ ればならない。特に要綱はあくまで自治体の内部規範で あるため,明確性や透明性に欠け,責任の所在もあいま いになりがちな点があるため,より一層の注意が必要に なるだろう。 また,要綱では強制力にはやはり限界があり,これか らは行政の姿勢を広く住民に示していく責務もある。そ のため,要綱を条例化することによって開発指導の実効 力を担保し,さらにその内容や手続きの明確化・透明化 を図ることがひとつの手段として考えられる。 5.2 開発指導要綱と条例化について 条例化によって要綱の交渉的で柔軟的な対応ができ る利点が失われることのデメリットも考えられるが,条 例化するにしても,篠山市のように,許可に係ることや 基本的な事項だけを条例で定め,細かな基準については 要綱で定めることで,比較的柔軟な対応を図ることも可 能である。また,要綱の内容をほぼそのまま条例化する こともあれば,尼崎市のように総合的なまちづくりを図 った条例とすることも考えられる。 各自治体は,それぞれの地域的な事情にも照らしなが ら,条例化するべき部分とそうでない部分を整理し,条 例化すべき部分については,緊急の必要性に迫られる前 に条例化していく必要があるのではないだろうか。個人 的な見解ではあるが,要綱をすべて否定するよりも,条 例と要綱の能動的な分担を図りながら,その両者の利点 を両立させる開発規制手段の仕組みをつくりあげていく 方法がよいのではないかと考える。 宮迫 慎二 4
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